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神谷良法 - 名古屋大学 文学研究科 文学部
ンビリ儀礼の式次第と儀礼時の歌謡についての報告 神谷 良法 On the Ceremony Procedure and Songs in Mbiri Rite KAMIYA Yoshinori 要旨 本稿の目的は、カメルーン南部ファン社会でおこなわれている儀礼ンビリの式次第と儀礼時の歌 謡について報告をおこなうことにある。ファン社会でおこなわれている儀礼については、ンビリに 類似の儀礼ブウィティについての報告は数多くなされているが、 ンビリについての報告は多くない。 詳細な報告は、スウィデルスキーによるものがあるのみである。スウィデルスキーは、死と再生、 家族関係などを象徴する多くの事例を見出している。 しかしながら、 これは約 40 年前のものである。 したがって、本稿では、ンビリについて現地調査をもとに記述したうえで、簡潔な分析をおこなう。 儀礼の象徴分析という面についていえば、本稿は先行研究でおこなわれてきた分析を支持する。し かしながら、 本稿では象徴分析だけでは明らかにできない点についても言及をおこなう。 すなわち、 儀礼の家族の一員としての新生、家族の絆・協同が重視されているにもかかわらず、この儀礼には 極めて個人主義的な側面も存在するのである。 Abstract The purpose of this study is to report on a procedure and songs of Mbiri, a rite in Fang Society, Southern Cameroon. Although a large number of researches mentioned another similar rite of Fang, Bwiti, little is reported on Mbiri. Only S. Świderski reported on it through his field research in Gabon and he found many symbols of death, rebirth and familial relationship in this rite. This, however, is reported about forty years ago. I describe it, therefore, according to my field research in Southern Cameroon and make a brief analysis of the rite. As for symbolical phase, I recognize Świderski’s analysis. I found, however, individual nature of this rite, in spite of symbolical birth as member of ritual family and respect for familial linkage and collaboration. キーワード 儀礼、歌謡、ンビリ、カメルーン、ファン 名古屋大学大学院文学研究科 Nagoya University, Graduate School of Letters. 90 はじめに 1.目的 ファン(Fang)はパウアン(Pahouin)とよばれるバンツー系言語を話す 1 群のなかに属する 1 民族である。パウアンは赤道付近の熱帯雨林地域、国としてはカメルーン、ガボン、赤道ギニア、 コンゴ・ブラザヴィルに居住する民族群であり、総じて似た慣習、言語、伝承などを持つ(Alexendre and Binet2005) 。 現在では熱帯多雨林地帯に居住するファンであるが、伝承によれば、もともと、サヴァンナ地域 の大きな湖1のほとりに居住しており、山地に住む人々の攻撃を受け、移住を開始したという。移住 自体は実際におこなわれていたようで、20 世紀初頭まで、漸進的な移住による拡張を繰り返し、ガ ボン河口域地方にまでたどり着いたという。 ファンは、この移住の中で政治的団結と祖先祭祀を失っていった。かつては強大な軍事力と政治 システムを保持していたというファンであるが、度重なる移住は、ファンの政治システムを混乱状 態に陥れ、結果として彼らは、弱体化を余儀なくされた。1870 年代の植民地行政官の記録によれば、 共通の敵に立ち向かうために多数の村で集まることも不可能になっていたという(Chamberlin 1978:432-433) 。また、彼らはビエリ(Bieri)2という祖先祭祀を保持していたとされるが、これも またこのような移住に伴う混乱の中で失われていった。 本稿で取り上げるンビリ(Mbiri)やブウィティ(Bwiti)といったファンの新たなる儀礼は、この ような時期に他民族との接触の中で創り上げられていく。 ブウィティについての報告は多く存在するが、ンビリについ ての報告は数少ない。1972 年、スウィデルスキーは、ガボンに おけるこの儀礼について詳細な記述をし、象徴人類学的観点か ら、これを生と再生のモチーフを持つ治療儀礼として分析した (Świderski 19 72) 。 本稿では、 報告の少ないこの儀礼について、 カメルーン南部ファン人社会でおこなわれる実践を報告し、予 備的分析をおこなうことを目的とする。 2.調査地概要 南部州 調査地は、カメルーン共和国南部 州ジャー・ロボ(Dja et Lobo)県 O 郡、ガボン国境から程近い M 村であ る。主たる居住民はファン、生業は 農耕と狩猟・漁撈、採集である。プ ランテンバナナやマニオク、落花生 91 地図 1 調査地 出所:筆者作成 などの栽培の他、換金作物としてカカオの栽培に従事している。食用植物の栽培は、男が畑を開き、 女性が耕作するとされており、カカオ栽培に関しては男性の仕事とされているがこの仕事の区分は 必ずしも明確ではない。狩猟は金属線を用いた罠、銃が用いられ、主に男性がこれに従事し、漁撈 は乾季に女性による掻い出し漁が行なわれる。また、女性は副食物の重要な材料となるブッシュ・ マンゴー(ndo’o, lt. Irvingia gabonensis)3をはじめとした食材や薪の最終に従事する。 調査は 2005 年 8 月から 11 月、2005 年 12 月から 2006 年 8 月、2009 年 8 月から 9 月まで計 14 ヶ 月間おこなった。1 回目の調査のときは観察者として、2 回目のときは筆者自身が新加入者として儀 礼に参与している。 I. ンビリ ンビリは先に述べたようにファンが移住の中で接触した他民族の儀礼を取り入れたものとされる。 元来は主としてガボン中部沿岸部に居住する民族ンコミ(Nkomi)に起源を持つとされ(Świderski 1972: 135) 、ンビリという儀礼の名は、ンコミや近隣民族の言語ミエネ語で精霊を意味する語から来 ている(Gaulme 1979 : 50) 。ブウィティとンビリの起源は異なり、主に取り扱う領域もブウィティ が宗教儀礼、ンビリが治療儀礼、主たる実践者は前者が男性、後者が女性というように異なってい たとされているが、徐々に両者がお互いの領域における実践に入っていき、現在では半ば同一視さ れている。 筆者が調査を行なった M 村においては A 家の人間4がこれを執りおこなっており、筆者が調査中 に観察したのは 2005 年 12 月、2006 年 4 月、同 8 月、2009 年 8 月-9 月 4 回である。2006 年 4 月は 1 晩のみ、残りの 2 回は 3 晩に渡り、行なわれた。2006 年 4 月のものが 1 晩のみであるのは、儀礼 に必要な品物を揃えるための金銭が十分でなかったためであり、3 晩に渡りおこなうのが正式であ るという。 儀礼は年末におこなうソソ(soso)とよばれるものがバンジたちにとって義務であり、これは必 ず行なわなければならない。ただし、金銭があるならば、他に数回おこなうことが望ましい。また 治療儀礼は依頼があったときに行なわれる。 1. 儀礼の起源あるいはエボガの起源 ンビリの起源は、儀礼で摂取される幻覚性植物エボガ(éboga, lt. Tabernantheiboga)の発見とこれ をめぐる男女の争いを物語るものとなっている。本稿末尾に付した資料 1 の歌 2-29 でも歌われて いるように、女が発見したンビリ、すなわちエボガとその使用法を男が村に持ち帰ったとなってい る。以下、もう少し具体的に説明をする5。 寡婦が日々の生活に困難を感じているとき、死んだ夫が漁に行くことを求める。漁で何も得るこ とができなかった女は、呼びかけてくる声に導かれ、エボガ等の植物を発見し、死んだ夫と交信す る方法を教えられる。女はこれをおこなうようになったが、ある日、男たちに知られ、儀礼は村へ 92 と持ち帰られることとなった。 2.儀礼に参加するもの 2.1.バンジ:儀礼集団の成員 儀礼の中核となるのが儀礼集団の成員であるバンジ(banzi, pl. :be-)である。バンジたちの中には儀 礼において何らかの役割を持つ者たちがいる。この役割は、後述するコンボ(kombo)以外は加入 儀礼時に決まるといい、役割間、また役職のあるバンジと役職のないバンジの間に地位的な序列が あるわけではない。儀礼の際にほぼ休みなく流れる曲を奏でるのがハープ奏者(ngombele、ハープ を持つ者)である。儀礼の流れを取り仕切るのが儀礼の長とされるニマ(nima)という役割である。 儀礼の最中に悪いものの侵入を阻むのはカンボ(kambo)と言われる者の役目である。カンボは儀礼の 最中は常に礼拝所の入り口の脇に位置する。他には儀礼の最中に嗜好品の給仕をおこなう者をオカ ンビ(okambi)と呼ぶ。 役職名 ニマ ハープ奏者 カンボ 説明 備考 儀礼の進行を司る。 ハープによる伴奏をおこなう 入 り 口 近 辺 に 待 機 し 、 悪 い 存 在 が フ ラ ン ス 語 で com m issaire ( 「 警 入ってこないように見張る。 視」)と呼ばれることもあり。 オカンビ 儀礼最中に回す飲食物・タバコ等の 給仕をする。 コンボ 儀 礼 の 知 識 全 て に 通 じ た 者 に 与 え ら 特定の役割はない。 れる称号。 表 1 バンジたちの役職 出所:筆者作成 コンボは全ての知識に通じた者に与えられる称号であり、M 村の儀礼集団においては、この地に おける儀礼の創始者である女性がコンボと呼ばれている。 2.2.精霊 バンジたちの役割を定めるのがここで便宜上精霊(nwanzi, pl. : mi-)と訳す存在である。バンジた ちは加入儀礼の時に精霊の世界に赴き、そこで精霊から自らが儀礼で果たす役割と禁忌を与えられ る。また、バンジたちに力を貸すのも精霊である。 精霊は妖術師 (nném, pl. :beyém あるいは ngbwéngbwél, pl. : mi-) が使役する動物の姿をした超自然 的存在 (nkinda, pl. : mi-あるいは nkuk, pl.:mi-) 6と区別されている。また、死者 (bewu) とも区別さ れている。ただし、起源伝承によれば、ンビリの目的は死者との交信であり、精霊と死者との区別 は曖昧である。 後述するように、精霊は人と異なる世界に住む存在とされている。 2.3.新加入者 儀礼のメンバー、すなわちバンジになるには加入儀礼を受け(エボガを食べ e ziéboga)なければ 93 ならない。逆に言えば、加入儀礼を受けることができればバンジになることができる。ここでは彼 らを新加入者と呼称する。加入儀礼を受ける資格のある者は、特に儀礼集団と血縁や地縁関係があ る者に限られるわけではない。 とはいえ、バンジの候補者として一番に挙げられるのはまず儀礼集団の家族である。ただし、家 族であるからといってバンジとならないといけないというわけではない。彼らは自らが望むときに 加入儀礼を受ける。 他には、治療儀礼を依頼した者たちである。簡略化した儀礼ですむとバンジたちに判断された場 合以外、依頼者たちはバンジとならなければならない。また、病気治療の依頼者の他にも、希望者 はバンジと精霊の了承を得ることができれば、バンジとなることは可能である。ンビリ儀礼は決し て秘密というわけではなく、近隣の人間が見物に来ていることもしばしば見受けられる。したがっ て、バンジ以外の人間が儀礼の場に居合わせることもある。彼らの中にはバンジになることを希望 するものもいる7。 バンジとなるための加入儀礼を受けるには、精霊によって承認を受けた者が、儀礼に必要な物な いしはその費用を支払い、他のバンジたちによって儀礼を開催してもらう必要がある。 儀礼に際し、準備しなければならないものをビサンベ(bisambé、sg. :misambé)という。ここで用 意されたものは、全て儀礼において消費される。加入儀礼時にビサンベを用意するのは、新加入者 である。 品名 エボガ 赤い布 白い布 コロン 量 10株 3m 3m 1瓶 ベビーパウダー 鶏 ヤシ蒸留酒 赤ワイン パスティス 飴 牛乳 食用油 プランテン ジュース ビール タバコ 米 砂糖 ネスカフェ 石油 小型の椅子 ゴザ ロウソク 合計 1瓶 2羽 5リットル 5リットル 1瓶 2袋 2パック 1リットル 1房 6瓶 6瓶 3箱 3kg 4kg 1缶 5リットル 2脚 2枚 2箱 合計価格 備考 30000 儀礼集団の収入となる このうち、エボガは、儀 礼集団が育てているのを購 加入儀礼のみで必要 入する形になり、これが治 2000 水に混ぜて,儀礼開始時に 礼拝所周辺にまく 2000 フンとして用いる 3000 2500 3800 2000 1500 1600 800 1500 2400 3000 1200 3000 3400 1000 2000 3000 1000 1600 72300 療儀礼の対価となる。加入 表 2 ビサンベ 出所:2006 年の加入儀礼をもとに筆者作成 94 儀礼以外の儀礼においても、 必要なものはほぼこれに準 ずる。表 2 からも明らかな ように、少なく見積もって も数万フランかかる。これ は下手な勤め人の月収に匹 敵するものである。したが って、 「病院」といわれる儀 礼であるが、頻繁に開催で きるものではない。バンジ たちも日常生活では村や森 で採集する薬草や市販の薬 剤を利用している。 3.2 つの世界、バンジの旅 儀礼集団の説明によると、我々の住む人間の世界 Chéngé 以外に精霊の世界 Yinanong があるとい う。2 つの世界の関係を図式化すると図 1 のようになる。 人の世界と精霊の世界を妨げるのが、起源伝承にもあらわれるように川(yom)である。この 2 つの世界を行き来することを可能にするのがエボガおよびンビリ儀礼である。ンビリ儀礼をおこな い、エボガを摂取することによって、バンジたちは精霊の世界に赴き、そこで精霊たちの手助けを 受けて、問題を解決する。この儀礼における神秘的な旅の乗り物とされるのが舟である。今日では 飛行機によって旅をするということが歌われることがあるが、どちらにせよ、川を越えることので きる乗り物による旅が想定されている。バンジたちは精霊の手助けに感謝をし、儀礼によって精霊 をもてなす。 精霊はバンジにもてなされる 舟 (飛行機) の利用 人間の世界chéngé 川 人 mot yom 精霊の世界 yinanong 精霊 nwanzi バンジ banzi エボガの摂取⇒舟 (飛行機) の利用 ンビリ mbiri によって 精霊と人の交流を行なう バンジは精霊の世界で問題 を解決する 図 1 2 つの世界の関係 出所:筆者作成 4.空間と装具 4.1.空間 儀礼は礼拝所(mbanza menganga)とその周囲で行なわれる(図 2 参照) 。礼拝所の中は3つの領 (si ngom) 、最南部は「カンボの地」 (si kambo) 、中心部 域に分けられる。最北部8は「ハープの地」 分を「ニマの地」 (si nima)と呼ぶ。 「ハープの地」には祭壇およびコンボの座る場所ムスカ(meseka) が存在し、祭壇の裏に楽器演奏者が座る。 「カンボの地」には外に通じる出入り口があり、カンボは この出入り口の脇に座する。 「ニマの地」に関してはその名前があるのみでとりたてた特徴は見受け 95 られない。礼拝所の正面にはたき火(ébéké)がたかれる。このたき火の周囲をジンバ(zimba)と 呼ぶ。準備の日の薪はパラソルツリー(aseng) 、他の日にはトウダイグサ科の植物アサス(asas, lt : Macaranga huraefolia)が燃料として用いられる。ジンバは精霊の世界と人間の世界の接点であると 説明される。礼拝所の横の建物にはエサロマ(ésaloma)という小部屋がある。エサロマには、ハー プを初めとした儀礼に用いられるもの一式が納められている。 図 2 礼拝所(mbanzamenganga) 出所:筆者作成 4.2.装具 (1)楽器 まずあげられるのは 8 弦のハープ(ngom)である。多くの歌はこれによって伴奏がおこなわれる。 ハープは 2 つあり、共鳴器部分は人を模した形となっている。それぞれのハープにはエディンゴ (Édingo) 、ムジマ(Mezima)というように精霊の名前がつけられている。 他に用いられる楽器は、オバカ(obaka)と呼ばれる木の板を台の上に渡したものがある。これを 木のバチで叩く。打楽器は他にンクル(nkul)と呼ばれるスリットドラムがある9。また儀礼の間は 常にマラカス(syoké)数個鳴らされる。また、儀礼の前や途中で角笛(tyika)が吹き鳴らされる。 96 日本語名 形状 寸法 材質 ハープ 人間をかたどった台座の 胸部から弦部が伸びる. 台座部分は紅白に塗装.8 弦. 高さ 63cm,弦部 51cm, 台座下部 ミサンベの木 15cm×11cm 高さ 64cm,弦部 50cm, 台座 14c (lt. Maesopsis eminii Engl.) m×6.5cm 角笛 装飾なし 高さ35cm ダイカーの角 オバカ 木製(植物名不明) スリット・ドラム マラカス 柄つき 全長10cm前後 木製(植物名不明) 表 3 楽器一覧 出所:筆者作成 (2)衣装と身体装飾 儀礼時に用いる衣服は、町で布を買い、仕立てさせたものである。各人によって、差はあるが、 膝下から踝くらいまでの長さのローブで腰の部分を縄ないしは布で縛っていることが多い。つまり 見た目は修道服に類似している。 衣装は各晩変える、すなわち計三種類あることが望ましい。この際、衣装の色は任意ではなく定 められている。第一夜は、赤、第二夜は黒、第三夜は白である。 顔は白と赤の染料で染める。白い染料は材料である白い粘土の名前をとってフン(fun)と呼ばれ る。川で白い粘土を採集し、それを乾燥させ、汚れを取り除いたものを用いる。ただし、現在では 店で購入したベビーパウダーも同じように使われている。 赤い染料はバア(ba’a)と呼ばれる。エジゴ(ézigo, lt. Pterocarpus sp.)と呼ばれる木の樹皮の内 部は赤色であり、朽ちかけた木を採集し、これを石の上ですり潰す。 (3)道具 名称 形状 寸法 材質 製法 柱( akone) 紅白に塗装され た柱 直径 8cm、高 さ 184cm エジゴの木 伐採した木をペンキで塗装. さら に上半分は赤色の,下半分は白色 の布でくるみ,花( sam )で飾る. 鉦( alam ) 柄つきの小型鐘 不明 金属製(詳細不明) 購入. 両刃の短剣状. 刀身部分は両面 ともに赤と白で ナイフ( ochon ) 半分ずつ塗り分 けられており, 柄は黒. 刀 身 部 分 43cm , 柄 18.5cm 木製(材質となる植物 は指定なし) 木を削り,ペンキで塗装. 木製の丸木舟の 模型. 深さ 6cm、 横幅 8cm、 全 長 35.5 c m 木製(材質となる植物 は指定なし) 木を削る.塗装なし. 丸 木 舟 ( mbongo ) 表 4 儀礼で用いられる装具等 出所:筆者作成 97 祭壇には鉦(alam)10、木製の丸木舟(mbongo)が飾られる。また、木製のナイフ(ochon)も飾 られる。 このナイフの刀身部分は両面ともに赤と白で半分ずつ塗り分けられており、 柄は黒である。 儀礼の最中は礼拝所の入り口、すなわちカンボの地に位置するカンボがこれを持つ。加入儀礼のと きのみ用いられるものに、柱(akone)がある。以上、寸法などについては表 4 にまとめてある。 II. 加入・治療儀礼の流れ 本章では加入儀礼の流れを説明する。加入儀礼は準備期間から終了までおよそ 1 週間を要する。1 週間の内訳は新加入者の沐浴が 3 日、便宜上ここでは本儀礼と呼称する儀礼構成要素が 3 日、儀礼 で用いたものの一部を森に置いてくるという行為が 1 日である。 1.準備期間 新加入者は、3 日間の間、儀礼集団のもとで自身の身体を清める。準備期間から加入儀礼の終了 まで飲酒・喫煙は禁じられる。新加入者は薬草(詳細不詳)を浸した水を渡され、それを枕元にお くようにと指示される。薬草を枕元に置くことによって夢を見やすくするのだという。また、加入 者は 1 日 2 回、5 時と 15 時にこの薬草水で沐浴をする。 3 日目の夜、新加入者は礼拝所の中央にしかれたゴザの上で眠ることになる。バンジたちは新加 入者を囲むようにして眠る。 2.本儀礼 2.1.1 日目 バンジたちに囲まれて礼拝所で最後の睡眠を取ったバンジは翌朝の食事以降、絶食することにな る。これ以降、新加入者が取ることを許されるのは、エボガと多少の水分だけとなる。最後の食事 を取った新加入者は夕方までは何もすることなく待機することになる。 夕方、ハープの演奏が始まり、新加入者はエサロマに連れていかれる。エサロマでバンジは他の バンジによってエボガを口に入れられる。その後、エボガを一人で摂取するように言われる。エボ ガをある程度摂取すると、身体が熱くなり、平衡感覚を消失し、しばしば嘔吐するようになる。す ると、エボガを摂取するスピードも鈍るが、嘔吐してしまうとエボガの効果が薄れるため、吐き気 をこらえるようにと指示される。水分を取りすぎると嘔吐しやすくなるため、水分は口を漱ぐ程度 しか取らないようにとも指示される。 新加入者がある程度エボガを摂取すると、彼は夕闇の中バンジたちに誘われて森へと連れていか れる。森の中にあるトゥナビコ(tunabiko, lt. :Pterocarpus sp.)という木の前で、コンボがこの木に語 りかけながら、精霊に対し、儀礼執行の許可を求める。その後、バンジたちに囲まれながら、新加 98 入者はエボガを摂取する。エボガを摂取しおえた新加入者は再びバンジたちに伴われ、礼拝所に戻 る。 礼拝所に戻ったバンジたちは祭壇で祈りを捧げる。跪き、左に 2 回、右に 2 回ずつ、正面に 1 回 手をついた後、顔を挙げ、手のひらを顔の方に向け、胸元まで手を下ろしてから、両手を真横に引 くのが祈るときの作法である。この後、バンジたちは鉦を鳴らし、少量のエボガを摂取する。新加 入者はこの後、別室に連れて行かれ、背を礼拝所の方に向け11、ゴザの上に足を開いて座らされる。 ここでランプの炎を見つめながら、エボガを摂取するように命じられる。加入儀礼の間、新加入者 の居場所はゴザの上である。ここを許可なく離れることは許されない。 新加入者の横にはコンボが付き添う。コンボは新加入者にエボガの摂取を促しながら同時に「何 を見たか」 、 「どんな精霊に出会ったか」と質問を続ける。 一方、礼拝所のほうでは歌と踊りが繰り広げられる。主としてハープ奏者のイニシアチブによっ て、歌は決定される。歌には必ず歌われるものとその時々で歌われるものがある。以下は必ず歌わ れるものである12。 1-1 エボガよ。精霊の世界に送る力よ。死は私をとらえる。 1-2 ハープをかなでる者よ。ハープを取りに来い。オロンピック。ファン人たちよ、仕事はす でにはじまった。ファン人たちのオロンピック、仕事はすでにはじまった。 1-3 儀礼は永遠に。神よ、オロンピックの創造者よ、永遠に。 1-4 ニマ・ディバディよ。ニマは赴くところだ。ニマは病人たちにつきそって、イナノンに赴 くところだ。ハープは病人たちに付き添って、精霊の世界に赴くところだ。汝が精霊の世 界にたどり着いたならば。汝がそこにたどり着いたならば。 1-5 母よ、ハープよ。我々は儀礼を数えに行く。それはいくつだ?数えよ。 1-6 ニマ・ディバディよ。新加入者たちを守れ。彼ら(=新加入者)はやってくる。 1-7 ジンバにともに行こう。舟の中で鉦はなっている。 1-8 ニマたちが行く。私たちもジンバに行く。ジンバ・ムカカ、ムカカ・ジンバ。 1-9 行こう、ハープたちよ。ジンバに行こう。ムンガンガは私たちをジンバに行かせる。 1-10 ニマとコンボよ、ジンバに行こう。私(=ハープないしハープ奏者)はあなたをジンバに 連れていく。母(=ニマ)よ、私はあなたをジンバに連れて行く ここまでで歌われているように彼らは精霊たちを呼び入れるためにジンバへと向かう。 1-11 良い光はあなたを導く。母よ、ハープよ。 次の歌とともにバンジたちを初めとした列席者は立ち上がり、バンジの一部はカメルーン国旗を 手に踊る。歌 1-12 から 1-14 までの3曲は連続して歌われ、旗を持ったバンジは歌 1-13 で列席者た ちと握手をして回り、歌 1-14 終了と同時に皆が着席する。 1-12 我々はともにある。ハープは旗を持つ。私はハープが旗を持つのを見に行く。 1-13 私たちともにある。私はあなたたちに挨拶をする。こんにちは。 1-14 お座りなさい。儀礼の場には、既に角笛がある。お座りなさい。 99 1-15 ムジマ13のハープとオバカはエボンゲへの道上で鳴り響いている。母なるハープよ。ハープ は私に問いかける。 「誰が永遠の生をもたらすのか」 。ハープをだきしめよ 1-16 ザンビ14のエボンゲ15、エボンゲ、ザンビ。他の者は通り過ぎた。ザンビのエボンゲよ、他 の者はエボンゲとともに私のところへ来る。 1-17 エボンゲ、私は道の入り口にいる。 精霊たちはジンバを経て、礼拝所にたどり着いたことを示す歌が次に歌われる。 1-18 ハープ奏者よ、精霊たちはすでに来たり。 1-19 ともにンビリたち16を引く者、ともに引く者。 精霊たちが礼拝所に訪れる頃合に歌は精霊たちへの語りかけへと向かう。 1-20 コンコンコン、私に扉を開けてくれ。私はそこ(精霊の世界)にたどり着きたい。母よ、 ハープよ、私に扉を開けてくれ。私はそこにたどり着きたい。 (今まで見たことのないよう な)出来事がおこるのだ。 1-21 ベンサンゴ。私は立っている。私たちは(立っている) 。 ベンサンゴ(Bénsango)は精霊の世界からのメッセージをもたらす精霊だとされる。 これに呼応するかのように、バンジたちからも精霊たちへのメッセージがある。 エカル・フイ(ékarfui, nkarfui)の日常生活における意味は、家族や親しい友人に自分の身の上に 起こった出来事を語ることである。儀礼における聞き役は精霊たちとなる。バンジたちは祭壇に向 かって直立し、マラカスをならしながら、自らの身におこったことなどを報告する。精霊たちへの 報告の後、歌の上ではバンジたちの精霊の世界への旅が歌われ始める。精霊の世界への旅はしばし ば死という言葉で表現される。 1-22 数々の手紙を書いたもの。彼は既に数々の手紙を書いた。私は死ぬ。 1-23 もし、汝が精霊の世界にたどりついたならば。そこは遠い。母よ。ハープよ、私は(儀礼 用の)化粧をしているところだ。精霊の世界の娘たちよ。 1-24 お前は儀礼をどこに残してきた。どこにあるのだ?儀礼の始まり。 1-25 ハープは囲いをしめるのか?エジグザ17よ。私は出発するところだ。私は死んだ。ハープは 囲いを閉めるのか? ここでの囲いをしめるという表現は精霊の世界への入り口が閉ざされるということを意味すると いう。精霊の世界へ入ろうとする者は入り口でこれまでにおこなってきた善行と悪行が秤にかけら れ、悪行が多かった者は締め出されるという。 1-26 ワンガサンガ18よ、あなたはゼンベに(人々を)入らせる。ンビリの精霊たちよ。あなたは (人々を)ゼンベに入らせる。 1-27 私がエガゾ19を食べ、ンビリを見ないでいると、ンビリはやってくる。ハープよ。 1-28 ンツァリ・ダンボ20よ。ンビリには(この儀礼を学ぶ所が)ある。 1-29 母なるハープよ。私は何故死ぬのだ。罪が原因か。 (違う)私はエボガで死ぬのだ。 100 1-30 私は見に行く。エジグザが鳴り渡る(=歌い、踊る)のを。他の者たちは既に手紙ととも に行った。 1-31 栄光、私はハープの話す地にたどり着きたい。栄光。エコライック村。 1-32 鉦はオヴェア(精霊の世界の村)からやってくる。子ども(=バンジ)たちよ。子どもた ちよ、ハープは奏でられない、適当には奏でられないのだ。子どもたちよ、ハープはでた らめには喋らない、喋らないのだ。 1-33 汝は心の中にもの(考え)を持っている。心の中のもの。そうだ、心の中のもの。 1-34 母なるハープよ、呼び声は汝をエボンゲ・ニマのもとへ連れて行く。誰が私を呼ぶのか? 1-35 行こう。私たちは神に祈る。行こう、兄弟たちよ。 上記の歌の後、バンジたちは次々と祈る。順調に儀礼が進んでいれば、大体 3 時頃になっている。 ここで15分の休憩が宣言される。バンジたちはジンバに出てビサンベである酒やタバコ、ジュー スなどを消費する。休憩が15分でおわることはまずなく、大概30分以上かかる。休憩がおわる と礼拝所で演奏が再開される。ただし、新加入者にとって、休憩等は一切関係ない。別室でただ炎 を見つめながらエボガを摂取するだけである。 1-36 マボ21、マボ、マボ… 1-37 母なるハープよ。私は子どもをあやそうとする。母よ、エボガの力とともに。子どもよ。 何故、子どもはしばしば泣くのか? 1-38 他の者たちはすでに言った。あわれな小さな人間よ。汝は生の終わりを知っているか。汝 の人生はムボン22に留まっている。 1-39 朝の雄鶏は「コケコッコー」と朝鳴く。 1-40 子供である私を守りたまえ。 (私は)子供だ。子供は独りで、独りでいる。 1-41 私は死につつある。アケレ・ゾゲ23よ、そうではないか?許したまえ、母よ、アケレよ。ア ケレ・ゾゲよ、あなたは私を待つ。私たちは一緒だ。 1-42 出産は大きなことだ。母なるハープよ。ニマよ、私は死ぬ。 1-43 精霊の世界のエコンゲ24の娘たちはムバタ25を踊る。膝を使って。彼女たちはすでに発った。 オクゾゲよ、私も彼女たちのようにしたい。エヴァンガ、オクゾゲ26よ 6時過ぎに一連の歌が終わる。 次の歌とともにバンジたちは再び順々に祭壇で祈りを捧げていき、 1日目は終了する。 1-44 神は人生をなおした。父なる神よ。父よ、父なる神よ。私たちはあなたに祈る。 新加入者はゴザの上でしばしの間休むことが許される。しかし、このときも手足が交叉すること がないように横になる方法は決まっている。 2.2.2 日目 2 日目の午後、新加入者はバンジたちに連れられて、森の中の沼のほとりに赴き、そこで「丸木 101 舟」という儀礼構成要素がとりおこなわれる。 新加入者はまず衣服を脱いで水浴びをする。水浴びをするといってもエボガの副作用によって平 衡感覚が失われているので、深くないところで他のバンジに支えられるようにして浸されている。 その後、薬草で身体をこすられる。ついで新加入者は丸木舟の模型27の上に火をともした蝋燭を立 てたものを渡され、 これを押しながら池の中で両足を開いて立つ女性バンジの股の下を潜り抜ける。 両足を開いて立つ女性バンジはエボガの親(ésa éboga)と呼ばれる儀礼上の親である。 池から上がった新加入者は着衣し、池のほとりにしかれたゴザの上にバンジによって座らされる 28 。着座した新加入者の背後には儀礼親がつき、最初に彼らにエボガが与えられる。その後、新加 入者は他のバンジたちが見つめる中、残されたエボガを全て摂取しなければならない29。 新 加 入 者 が エ ボ ガ を 全 て 取 り 終 え る と 、 新 加 入 者 を 含 む 各 人 が ズ ン ( zeng, lt. Selaginellamyosorus(Sw.),あるいは Alston or Nephrolepisbiserrata (Sw.) Schott)という植物を一掴みずつ 集めながら、帰路に着く。 2 晩目は基本的には 1 晩目と大きく変わらない。2 晩目で歌われる歌については、本稿末尾資料 1 に載せる。儀礼の構成要素は 1 晩目でおこなわれたものと重なるものも多いが、エカル・フイの後 にエバンバ(ébamba)という目薬状のものがバンジたちおよび別室でエボガを摂取し続ける新加入 者に点眼される点が異なる。エバンバはよく「見る」ための薬とされ、点眼されるとかすかな痛み を感じ、視界がしばらくの間ぼやける。 2.3.3 日目 3 日目、礼拝所の中に柱が運び込まれ、入り口近くに立てられる。別室にいた新加入者はこの後、 水浴びをさせられる。ここまで同じ服を着ていたバンジは古い衣装を捨て、白い衣装に着替える。 その後、新加入者は顔を白く塗られ、フンとバアを施される。 身支度を終えた新加入者はバンジの手助けのもと、柱に紅白の布を巻きつけ、アブラヤシの葉の 繊維の紐で縛り、そこに白い花を挿していく。 新加入者の居所であるゴザは礼拝所の中央に運ばれ、その上に 2 日目の「丸木舟」のとき採集し たズンがムシロのように敷かれる。新加入者はバンジの手を借りて、ゴザの上に座らされる。横に なった新加入者にはズンが毛布のように被せられ、ズンとヤシ紐で編んだサークレット状の飾り (zengmenkon, ékolozéngé)を被せられる。新加入者の頭の上にエボガが巻かれ、口の中にエボガを 放り込まれる。その後は、新加入者が中央にいることを除けば、2 日目までと同じように進む。な お、3 晩目の歌については本稿末尾資料 2 として載せてある。 歌 3-8 の後、一同はジンバに向かう。新加入者は、ジンバと礼拝所の間に穴を掘り、そこにオチ ュアン(ochuang, lt. Costussp)という木を植える。オチュアンの横で一同は整列した後、音楽に合わ せ、オチュアンおよび柱の周囲を回ってそれぞれが着席する。太鼓代わりのドラム缶が運び込まれ る。太鼓の伴奏のもと、柱の回りで歌(歌 3-11 から 3-31)が歌われる。歌 3-31 の後は再び 2 日目 までと同じように進行していく。 2 日目までと違った光景はエカル・フイのあとに再び現れる。トランス状態になったバンジの 1 102 人が新加入者の上にまたがり、 匂いをかぐような仕草をしたあと、 新加入者を覆うズンを手に取り、 これで新加入者の身体をマッサージする。これはフランス語で手術と呼ばれる。 3 時の祈りのあとの休憩後には、新加入者も一緒に踊るようになる。そして、6 時の祈り終了後、 新加入者はジンバに向かう。バンジによって雄鶏の首がねじ切られ、血が犠牲(mechuna)として オチュアンに振りかけられ、儀礼は終了する。 朝食は歌 3-24 にあったキャッサバを水に浸したもの、オサ・ムボン(osambong)が食べられる。 これによってエボガによって熱を持った身体を冷やすことができるという30。 3.本儀礼終了後 本儀礼が日曜の朝に終了すると、新加入者はこれまでの居場所であったゴザから解放され、寝具 の上で自由な姿勢で眠ることが許されるようになり、身体を休めるようにと言われる。 月曜の朝、歌 1-39 が演奏される中、礼拝所の飾りが取り外される。ヤシの葉の繊維で作った紐や ズン、花およびオロンピック(orompik)31が中央に集められる。新加入者はオチュアンを引き抜き、 これを担ぎ、バンジに付き添われ、森へ行く。飾りやオロンピックは森の中に捨てられ、オチュア ンの木は大木のそばに埋められる。 礼拝所に戻った新加入者は再びゴザの上に座らされる。周囲にバンジが集まり、祈る。一同はエ サロマに行き、バンジの 1 人が「そうではないか、人々よ」と問いかけ、一同の「おお」という応 答とともにハープが安置される。 新加入者は礼拝所の前で椅子の上に立たされ、目をつぶりながら、日曜の朝犠牲として捧げられ た雄鶏の頭を茹でたものを食べさせられる。このとき、 「悪いことは全て出て行き、良いことが入っ てくるように」と願うようにと言われる。雄鶏の頭を食べ終えると、椅子の上から飛び降り、骨を 地面に埋める。これでンビリ儀礼は終了する。終了後、今やバンジとなった新加入者に他のバンジ は小銭を与える。 III. 整理と分析 1.死、儀礼の子供としての再生 スウィデルスキー(1972)も指摘しているが、この儀礼は生と再生のモチーフに彩られている。 歌からも明らかなように、ンビリの加入儀礼は死にたとえられる。ここで死として用いられてい る言葉アウ(awu)は昏睡状態やカタレプシーを示すのにも用いられる。ファンの間では、死は魂 (nsisim)が身体(nyol)から離れた状態を指す(Alexandre and Binet 2005: 105) 。先述したようにエ ボガを取ったときに陥る昏睡状態および意識が精霊の世界という別世界へと離れていく様はまさし くアウであり、死と同じ状態である。たとえば、歌 1-29 ではエボガによって死ぬことが明確に歌わ れている。 103 前述したように衣装は赤・黒・白の 3 種である。バンジの説明によると、赤は誕生を、黒は誕生 から死までを、白は死後の世界を示すという。また、礼拝所は毎日変えられるアブラヤシの葉で飾 られ、バンジたちのうち帽子をもたないものは頭部にアブラヤシを飾りつける。アブラヤシもまた 生命としばしば関連付けられる植物である。アブラヤシはヤシ油のほか、副食物の材料としても重 要であり、ヤシ酒の供給源としても重要である。ヤシ酒の供給源としては他にラフィアヤシも存在 する。しかしながら、その際、しばしば語られるのは、アブラヤシの酒は食事と同じであり、これ を飲んでいるだけでも生きていられる、ラフィアのそれとは違うという語りである。つまり、アブ ラヤシは生命に活力を与えるものとして、ラフィアヤシと差別化が図られているわけである。 生命の象徴であるアブラヤシで飾られた礼拝所で昏睡状態に陥り、意識は精霊の世界へと渡るこ と、これは異世界への旅というだけでなく、生から死への旅であるといえる。それゆえ、衣装に見 られるように 3 晩に渡る儀礼は誕生から死に向かうのである。このような死を経て、加入希望者は バンジとなることができるのである。 さて、加入希望者が正式にバンジになったとされるのは、儀礼の最後の晩、新加入者にフンとバ アが施されるときであるとされる。バアは、ここでは月経の血として説明され。フンは精液を意味 するとされる。この 2 つをもってして、加入希望者はバンジとして誕生する32。 誕生のモチーフ は 2 日目に行なわれた丸木舟という儀礼構成要素にも色濃く現れている。ここでは加入者は女性バ ンジの股の下をくぐるしぐさをおこなう。これは出産の模倣とされる。さらに儀礼の最中に植えら れる木オチュアンは臍の緒として説明され、この木は儀礼終了後、切り倒し、大木の根元に埋めら れる。これは新生児の臍の緒の処理法と同じである。 新加入者は死を経て、新たに誕生する。これはバンジたちが儀礼の子供(mone ya menganga)と して位置づけられること(cf.歌 2-26)から知ることができよう。 また、次の歌からも、儀礼の子供として位置づけられることが大きな変化を指し示していること を推測することができよう。 歌 人生は動きはじめている。ニャメ33よ、人生は変わり始めている。神は言った。人生は 既に変わったと。 生を象徴するものに彩られた礼拝所の中で、新加入者は、誕生から死後までを示す衣装をまとっ たバンジに囲まれてエボガを摂取し、アウすなわち死を経験し、新たにバンジとして誕生し、これ までとは異なった人生を歩むことになるのである。 2.バンジは 1 人で歩く 「エボガの親」という表現や歌にしばしばあらわれる兄弟たちよという言葉、儀礼の子供という 表現から儀礼集団は家族にたとえられる。そして、加入儀礼は新加入者がバンジとして新たに誕生 するのに他の先達バンジたちが協力すると言う構図になっている。 104 しかしながら、統合された集団という一面では語りきれない部分がこの儀礼に存在することを指 摘しておかねばならない。すなわち、擬似的な家族として助け合うというモチーフとは裏腹に、実 際の儀礼では個人的な性格も同時に存在することが儀礼に見られる諸要素から明らかとなる。 まず、 注目すべきなのがバンジと精霊の関係性である。 両者の関係はあくまで 1 対 1 対応であり、 バンジたちがどの精霊に出会うか、精霊の姿をどのようなものとして捉えるか、精霊からどのよう な教えを受けるか、これらは全てそれぞれのバンジ次第である。このような両者の関係は、歌 2-41 や次の歌からも明らかとなる。 歌 彼は見た。彼は見た。彼は見た。子供は彼のやり方で見た。 バンジたちは独りで歩き、彼らそれぞれのやり方で見る。すなわち、バンジたちは礼拝所で儀礼 を遂行しながらも、彼らのいう精霊の世界への旅は常に独りでおこなわれ、 「彼のやり方」で精霊の 世界を見るのである。また、儀礼時の新加入者の行動もこのような儀礼の個人的性格を裏付けるも のとなるだろう。新加入者は本儀礼 2 晩目までの大半を別室で独り炎を見つめながら、エボガを摂 取することに費やす。バンジたちはンビリで新加入者の精霊の世界への旅を手助けするが、新加入 者やバンジが精霊の世界に無事たどりつけるか、精霊の世界で彼らの困難が取り除かれるかは彼ら 個人のおこない、精霊との関係性によって全てが決まるのである(cf.歌 1-25) 。 おわりに 本報告は儀礼の記述および、予備的分析をおこなうことであった。先行研究でも既に指摘されて いるように、儀礼は死と再生を示唆するモチーフに彩られ、また儀礼集団は擬似家族として位置づ けられている。しかしながら、家族ということが強調されながらも、儀礼には極めて個人的な性格 も強いことも見出すことができた。このような儀礼が儀礼外のコンテクストに置かれたとき、いか なるようにみなされるかについては稿を改めたい。 105 資料1:2 晩目の歌 2-1 歌 1-1 に同じ。 2-2 ハープはムザン34にある。永遠に。それを疑う者よ。永遠だ。人よ(儀礼を)恐れることは ない。永遠に。それを疑う者よ。永遠だ。 2-3 私は行く。彼らはすでに(精霊の世界)に発った。彼らはすでにオヴェア35へ発った。 2-4 もし、汝が老いたフクロウをもっているならば、それを森に捨てに行け。汝が(私たちと) 友情を結ぶために。もし、汝が人の骨を持っているならば、それを森に捨てに行け。汝が (私たちと)友情を結ぶために。 2-5 亀よ。私はここで苦しんでいる。私はここ、エボンゲの木下にいる。エボンゲよ。私はこ こで苦しんでいる。 角笛の音 2-6 歌 1-7 に同じ。 2-7 歌 1-8 に同じ。 2-8 歌 1-9 に同じ。 2-9 歌 1-10 に同じ。 2-10 神の父とともに。群集はともに村にやってくる。 2-11 我々女は神の娘とともにある。汝(=神の娘)は行くところだ。汝は行くところだ。我々 女は神の娘とともにある。 2-12 歌 1-12 に同じ。 2-13 歌 1-13 に同じ。 2-14 歌 1-14 に同じ。 2-15 申し訳ない、兄弟たちよ。私はエコライックに向かっている。私はエコライックに向かっ ているところなのだ。たとえ、私が裸足であったとしても、私はエコライックに向かって いる。 2-16 兄弟たちよ、もし汝が(ハープの)音を理解するならば、立ち上がれ。精霊たちは向かっ ている。彼らは汝についてきている。立ち上がれ、救いを求めよ。 (彼らの声を)聞け、立 ち上がれ、救いを求めよ。 2-17 エジグザというンワンジたちは、儀礼の最中に鳴り渡る(=歌う) 。精霊たちよ。汝らは行 くのか、精霊たちよ。 2-18 歌 1-19 に同じ。 2-19 歌 1-18 に同じ。 2-20 歌 1-21 に同じ。 エカル・フイ エバンバ 2-21 歌 1-21 に同じ。 106 2-22 歌 1-22 に同じ。 2-23 私はオロンピックを呼びながら行く。オロンピック、私はオロンピックを入らせようとす る。汝はオロンピックを知っているか? 2-24 コミッセール(=カンボ)よ、フォッカー(という飛行機)に乗りに来い。ハープよ。他 の者たちは遠くに向かっている。私を渡らせるためにこい。他の者たちは(精霊の世界の) 村に行く。 2-25 ンツァンゴ36よ。数々の鉦、1 つの鉦。私は人(=新加入者)を見るだろう。ンツァンゴ、 あなたはデンボの木に登る。人々があなたを呼んでいる。あなたはハープを奏でる。 2-26 儀礼の子供、彼は困難な生まれだ。私は遠くからきた。私はエボンゲの子供だ。 2-27 母なるハープよ。私は音を奏でる者に疑いをもって死ぬ37。音を奏でる者は仕事中である。 2-28 誰がンビリをもたらした。誰がンビリを森にもたらした。女たちがンビリを森にもたらし た。男たちがエボンゲの木の下からンビリを引き離した。ンビリはある。 2-29 歌 1-35 に同じ。 3 時の祈り 2-30 酒を飲んだ人よ。眠るな。精霊たちは外にいる。お前は眠りにつくだろう。眠気はどうだ? エジグザよ、眠気はどうだ? 2-31 舟よ、舟は既に発った。誰が舟に出発するのか、誰が舟に乗るのだろうか。 2-32 (精霊の世界の)村の娘たちが舟に乗る。 (他には)誰が舟に乗るのか。 2-33 ニュンゴ38と精霊たちが囲いをつくっている。精霊たちが囲いを作っている。ニュンゴよ。 命のハープよ。永遠に。 2-34 兄弟たちよ。汝が精霊の世界にたどりついたならば、あわれみは死だ。 2-35 エドゥラ・ザンビ39がやってきた。鉦が鳴る。鉦がエボンゲの道をおおう。 2-36 父なる神よ、創造者よ、あなたはムビリがすでにあることを知っている。兄弟たちよ、こ んにちは。 2-37 モンガ・ベンダ40。お前は(今では力ある)ムクック・モカザだ。モンガ・ベンダ。彼は赤子 だった。ザビヴァンだった。彼は子供だった。彼は大人だった。ハープよ。 2-38 母よ、生命のハープよ。夜明けだ。母よ。 2-39 モンガ・ベンダは人々にさよならを告げる。モンガ・ベンダ。 2-40 オクゾゲ(okzogé, 学名不詳) 、鉦、それは井戸の上で鳴り響く。鉦よ、私はオクゾゲと鉦 を呼ぶ。鉦よ、鉦は私を呼ぶ。 2-41 人々と一緒でも、私は独りで歩いている。何故だ?私がどのようにして歩いているかを見 よ。私がどのようにして独りで歩いているのかを見よ。 2-42 他の者たちは彼らが望むハープを再び聴くだろう。父なる神よ。 2-43 柱の力がやってくる。私は子供をあやす。来い、オロンピックとやってこい。 2-44 歌 1-44 に同じ。 107 資料2:3 晩目の歌 3-1 歌 1-1 に同じ。 3-2 汝の名は?ヤムヤ41よ、ヤムヤ、それが汝の名。 3-3 人々はバンジたちに言う。 「彼らは儀礼の間は注意するべきだ」と。バンジよ、儀礼の間は 注意せよ。 角笛の音 3-4 歌 1-7 に同じ。 3-5 歌 1-8 に同じ。 3-6 歌 1-9 に同じ。 3-7 歌 1-10 に同じ。 3-8 母なる命のハープよ。儀礼は汝をジンバに連れて行く。 ジンバ 3-9 我々は人々につきそって、エジリアン42に行く。死よ、哀れみよ。それらは私の身体の中に ある。人々よ、我々はともにある。死よ、我々はともにある。 3-10 永遠に。薬は発つだろう。 3-11 エドゥ43は来た。エドゥはジンバに来た。 3-12 エドゥはすでにジンバの火のところにいる。 3-13 エドゥはすでにオチュアンのところにいる。 3-14 エドゥはすでに礼拝所に入った。 3-15 サンバ44よ、我々は儀礼をおわらせよう。 3-16 サンバよ、我々は儀礼をおこなおう。 3-17 サンバよ、我々は腰みので踊ろう。 3-18 儀礼よ、こんにちは。はい、こんにちは。どんな良いことがあるだろうか? 3-19 儀礼はうまくいっているか?はい、儀礼はうまくいっている。どんな良いことがあるだろ うか?良いことはたくさんだ。 3-20 人々よ、汝らは人生に満足しているか?死ぬ人のそばに私は連れていかれる。私はそのそ ばにいる。 3-21 死ぬ人のそばに私は連れていかれる。私は葉っぱだ。 3-22 死ぬ人のそばに私は連れていかれる。私は死体だ。 3-23 落花生の皮が地面に落ちる。 3-24 オサ・ムボン45、私はお前をかき混ぜるために来た。明日にはお前を集めるだろう。 3-25 私は人々が恐れること(=エボガを食べること)をするのを好む。 3-26 土の塊をもつ庭、私はそれを恐れる46。 3-27 私は村にいるとき、エボガを食べるのを好む 108 3-28 象がアケクイ47の葉を踏んで音を立てる。 3-29 引け、子供たちは紐を引く。 3-30 ムヴォよ、ハープの弦48。 3-31 ムング・ム・ザム49よ、私は平和を求める。 3-32 歌 1-12 に同じ。 3-33 歌 1-13 に同じ。 3-34 歌 1-14 に同じ。 3-35 歌 2-11 に同じ。 3-36 ニマ・ディバディよ。母なるハープはチェンゲに何を探しに来たのか? 3-37 歌 1-38 に同じ 3-38 私たちはバンジたちに問う。 「汝はエボガを食べたか」と。 「汝はエボガを知っているか?」 と。なぜなら、人々は汝を疑うからだ。嘘つきの口よ。エボガは我々に間違いをさせない。 3-39 歌 1-18 に同じ。 3-40 歌 1-21 に同じ。 エカル・フイ 3-41 歌 1-22 に同じ。 3-42 歌 1-23 に同じ。 3-43 歌 2-25 に同じ。 3-44 歌 1-24 に同じ。 3-45 歌 1-26 に同じ。 3-46 私たちはやってきた。―ようこそ。ほら、私たちは風と共にやってくる。風と共に私たち はやってくる。彼らがやってきた。―ようこそ。 3-47 ハープの地よ。鉦はハープの地で鳴っている。ハープのおかげで。 3-48 鉦はなっている。私は神に祈り、懺悔する。私は父なる神を呼ぶ。 3-49 歌 1-35 に同じ。 3 時の祈り 3-50 歌 2-30 に同じ。 3-51 母はエシ(ési 植物、学名不詳)の上に座っている。 3-52 行こう、鉦はよいことを話す。母よ、生命のハープよ。鉦はあなたに許しを求める。 3-53 人生でただひとつのこと、それはオゼンゲ50。私は母を呼ぶ、ハープを呼ぶ。行こう、オゼ ンゲ、よい村よ。汝はオゼンゲだ。 3-54 雄鶏は歌った。朝を告げる雄鶏よ。 3-55 歌 2-43 に同じ。 3-56 ファンの娘よ、傲慢さが汝を殺すだろう。ファンの娘よ、遊べ、朝まで。ファンの娘よ、 私はお前を呼ぶ。 109 3-57 モンガ・ベンダは一箇所にとどまっていない。速い。私はあなたを見ている。 3-58 母よ、エボガよ。ベンサンゴは村へ行った。 3-59 父なる神よ、創造者よ、生ける人々の魂を守りたまえ。 (彼らが悪しき者であれば)誠実な 者へ変えたまえ。 3-60 歌 1-44 に同じ。 6 時の祈り 1 この湖について、アレクサンドル(Alexandre and Binet, 2005) 、フェルナンデス(1982)やバランデ ィエ(1970)はチャド湖であり、山地に住む人々は牧畜民フルベを指すのではないかとしている。 シセ(1944)は移住の出発点をより南部のサナガ川付近ととっている。 2 ビエリとは祖先祭祀と同時に祖先そのもの、あるいは祖先の頭蓋骨やそれを収めた遺物も指す。家 単位でおこなわれる私的な儀礼である(Alexandre and Binet 2005: 106-7, Raponda-Walker and Sillans 1983: 146-150) 。 3 なお、植物の学名に関しては,筆者が標本を採集し、カメルーン国立ハーバリウムに同定を依頼し た。最初に現地名を記載し、同定できたものに関しては、lt.の略号のあと学名を記している。 4 儀礼をこの地にもたらしたのはこの一家の最年長である女性であり、彼女はガボン出身の 70 代女 性である。 5 詳細な説明は紙幅の関係上、稿を改めたい。 6 なお、これらの悪い精霊は総称として「悪い魂(mbiansisim) 」と呼ばれることもある。また、ファ ンや近隣の民族にはエヴーévu という人に内在する神秘的な力の観念がある (cf.Alexandre and Binet 2005) が、これもしばしば「悪い魂」や妖術師と同一視される。 7実際、M 村でカンボという役割をもつバンジとして活動するうちの 1 人はファンではなく、首都 ヤウンデ近辺の都市ンバルマヨ近くの村落出身のベティである。 8 なお、方角に関しては特に意味はないという。 9 ただし、私が観察した儀礼において、ンクルはドラム缶で代用されていた。 10 鉦は伴奏に用いられるわけではないため、道具として扱っている。 11 礼拝所のほうに背を向けるのは、他のバンジたちの演奏をよく聞こえるようにするためであると される。 12 なお、歌は基本的にいくつかの文言とかけ声が繰返されるものが多い。本稿ではこのような繰り 返とかけ声を省略している。また、歌の中にある括弧内の文言は、バンジへの質問によって補った ものである。 13 ムジマ(Mezima)は2つのハープのうちの片方を司る精霊。 14 ザンビ(Zambi)は精霊の 1 種。 15 エボンゲは樹木の名称(lt: Pycnanthusangolensis(welw.) Warb.)であるが、ここでは供物のことを指 す。 16 ここでは通常、儀礼の名称をさすンビリは精霊の総称として用いられている。 17 エジグザ(Égigza)は精霊の 1 種。 18 ワンガサンガ(Wangasanga)は精霊の 1 種。ハープを奏でるという。ゼンベ(zémbé)は不詳。 19 エガゾ(Égazo) はエボガに似ているが効き目の弱い潅木。 20 ンツァリ・ダンボ(Ntsualidambo):ハープを教える精霊。 21 マボ(Mabo)は精霊の 1 種。悪いものが入ってこないかを見張るというカンボと同じ役割を果す という。 22 人生には良いとき、悪いときがある、このような有様をムボン(mebong)という。 23 アケレ・ゾゲ(Akéré zogé)は精霊。イナノンに人を連れていく。なお、この歌で母と呼ばれてい るのはこの精霊のこと。 110 24 エコンゲ(Ékongé)はイナノンの村の名前。 ムバタ(Mebata)はダンスの 1 種。 26 エヴァンガ(Évanga) 、オクゾゲ(Okuzogé)は精霊の名。 27 これは祭壇に飾られていたものである。 28 具体的には両手の小指をつなぎ、バンジがゴザの上から差し出す右足に自分の左足を乗せる。右 足も同様にして、ゴザの上に移動する。なお、これはゴザの上に座り直すときには必ずおこなわれ る。 29 観察および自身の経験からすると、新加入者はなかなかエボガを摂取しようとしない。身体がエ ボガを受け付けず反射的に嘔吐してしまうためだと思われる。したがって、しばしば薬を取れ、吐 くなという声が周囲からかかることになる。 30 本稿では扱うことはできないが、オサ・ムボンについては、フェルナンデス[Fernandez 1982:532-534]による分析がある。 31 儀礼の最中、バンジたちに供される薬草水、詳細不明。 32 実際、バンジではない者には決してバアは施されない。たとえば、2006 年の調査時、私はまだ加 入儀礼を受けていなかったゆえに、バアは施されなかった。つまり、筆者はバンジとして「誕生」 していなかったわけである。 33 ニャメ(Nyamé)は精霊の 1 種。 34 ムザン(Mezan)はイナノンにあるという村の1つ。 35 オヴェア(Ovéa)はイナノンにあるという村の 1 つ。 36 ンツァンゴ(Ntsuango)は精霊の 1 種。カンボと同じ役割を持つという。 37 音が聞こえないとき、ハープ奏者が仕事に取り掛かっていることを疑うという意。ハープの音は 儀礼になくてはならないことも示すという。 38 ニュンゴ(Nyungo)は精霊の 1 種。悪いものを締め出す囲いを作るのを指揮するという。 39 エドゥラ・ザンビ(Édura Zambi)は精霊の 1 種。 40 モンガ・ベンダ (MongaBénda) は精霊の1 種。 ムクック・モカザ (Mukuk Mokaza) ザビヴァン (Zabivan) は別名。 41 ヤムヤ(Yameya)は精霊の 1 種。 42 エジリアン(Éziliang)はンビリの実践の 1 種。詳細は不明。 43 Édu は精霊の 1 種。 44 サンバ(Samba)は精霊の 1 種。 45 オサ・ムボン(osambong)はキャッサバを水に浸したもの。 46 この歌が何を意味するかは不明。 47 アケクイ(akékui, 学名不詳) 。この葉は物をつつむのに用いられる。 48 この歌が何を意味するかは不明。 49 ムング・ム・ザム(Mengu me zame)は精霊の 1 種。これに願いをかける。この歌の平和の部分に 関しては歌い手の願いをあらわす任意の単語を入れて、次々と別の歌が歌われる。 50 オゼンゲ(Ozéngé)はムビリの 1 種。M 村でおこなわれているのはこれだという。 25 参考文献 Alexandre, P. and Binet, J. 2005 (1958) Le Group Dit Pahouin(FANG-BOULOU-BETI), L’Harmattan. 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