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「役作り会話」の試み―演劇的朗読の手法を取り入れて

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「役作り会話」の試み―演劇的朗読の手法を取り入れて
1)
「役作り会話」の試み
―演劇的朗読の手法を取り入れて―
山田真理・福富七重・土居美有紀・井手友里子・藤本純子
要 旨
日本語教科書のモデル会話に
「役作り」
の手法を取り入れた授業実践を報告する。
初級や中級の日本語授業で使用している教科書のモデル会話には、ト書きによる簡
単な状況設定はあるものの、まだ余白部分(自由に解釈する余地)が残っている。
この余白を残したまま会話練習をおこなっても、学習者は会話文に現実味を感じら
れない。そこで、筆者らは演劇において俳優がおこなうような役作りの手法を、こ
の余白を埋めるために用いて指導することを試み、
これを「役作り会話」と呼んだ。
「役作り会話」とは、教科書添付の CD や教師を模倣するのではなく、会話文の登
場人物や位置関係や前後の行動といった状況を学習者自身が設定し、その設定した
状況をイメージしながら教科書のモデル会話を口頭練習するという方法である。こ
の実践を、学習者に答えてもらったアンケート調査の結果とともに報告し、
「役作
り会話」の効果について考察する。
キーワード:会話練習、朗読、役作り、演劇的
1 はじめに
初級および中級の日本語教科書の多くにはモデル会話のページが含まれている。この教
科書のモデル会話をどう扱うべきか、どうすれば楽しくて役に立つ授業ができるだろう
か、
と迷いながら授業をおこなっている日本語教師は少なからずいるのではないだろうか。
筆者らも、教科書のモデル会話やそこから作成した短縮版などを用いて様々な口頭練習を
おこなってきたが、必ずしも楽しい活動とは言えず、実際の会話場面との心理的な乖離も
感じていた。
2.授業改善の試みへ
2.1 「演劇的朗読」から「役作り会話」へ
筆者らは、2012 年 6 月から 7 月にかけて中村透子氏による Faculty Development 研修「日
2)
本語の先生のための朗読ワークショップ」
に参加し、「演劇的朗読」に触れた。中村氏は
113
国際教育センター紀要 第 14 号
元日本語教師で、今は朗読指導に携わるだけでなく、自ら舞台に立つ現役の女優である。
中村氏に指導してもらった「演劇的朗読」とは、朗読する際も、俳優が役作りをする時の
ように、文章に書かれていない場面の状況や人物の背景を朗読者自身が具体的に設定し、
それをイメージしながら読むという方法だ。この方法をとると、読まれた言葉が厚みを増
し、生き生きしたものになるということに筆者らは強い印象を受けた。そして、この役作
りという方法を日本語の教科書のモデル会話を使う授業に取り入れることができるのでは
ないかと考えた。
2.2 日本語授業における「役作り会話」とは
当然ながら、筆者らが日本語の授業で用いる役作りは、俳優がするような本格的なもの
ではなく、登場人物の性格、気持ち、生理的状態(頭が痛い、疲れている etc.)、および、
その人物が会話の前にしていたこと、会話の場所や時間、会話の後ですることなど、その
会話を口頭で表現する際に影響を与えると思われる様々な要素について学習者自身が設定
をするというものである。別の言葉で言うと、
「書かれた会話には余白、すなわち自由な
解釈の余地が残されている」ことを学習者に意識させ、機械的に教科書添付の CD や教師
の言い方を模倣するのではなく自由な解釈に基づいて創造的に表現してもらうというやり
方である。そうすることによって、会話が学習者にとってより現実的なものになり、覚え
やすくなる可能性があるのではないかと考えた。
3.実践方法
筆者らは、南山大学外国人留学生別科の初級後半クラスと中級クラスのそれぞれ 2 クラ
ス、計 4 クラス(41 名)の会話練習に役作りを取り入れた。以下に報告するのは、筆者ら
が 2012 年秋学期から 2013 年春学期にかけて実践した「役作り会話」の授業の試みである。
3.1 初級後半クラスでは
まず、5 分ほどで、使用教科書『げんき 2』の会話文についての聴解、音読、語彙・表
現の確認をおこなう。そのあと、ペアをつくり、10 分ほどかけて以下のような「役作り
会話」の活動をする。
1 )教師の作成した質問(
「メアリーは『そろそろ行かなきゃ』と言っていますが、飛行
機は何分後に出ますか」etc.)に答えることによって、各ペアが会話前後の状況、登
場人物の気持ちなどを考える。
2 )設定した状況をイメージしながらペアで会話を音読練習した後、発表する。
3 )学期が進み、慣れてきたら、各ペアが状況設定を伏せて発表した後、発表を聞いてい
114
「役作り会話」の試み
た学習者はそのペアの状況設定や登場人物の気持ちなど、受け取ったイメージについ
てコメントする。
3.2 中級クラスでは
まず、使用教科書『中級の日本語』の会話文を聞き取り練習によって内容確認した後、
教科書本文の短縮版をクラス全体で音読し、語彙・表現の確認をする(10 分ほど)。
次に、ペアをつくり、短縮版を用いて、以下のような「役作り会話」の活動をする(15
∼20 分)
。
1 )どんな場所か、どんな関係か、どんな人(性格)か、といった一般的な質問に答えな
がら人物・状況設定をする。
2 )その設定で音読練習をして、発表する。
3 )アウトラインだけを見て会話文が言えるまで練習し、発表する。
4 )同じアウトラインでロールプレイをする。
4.アンケート結果
2013 年春学期開始から 10 週目にアンケート調査3) をし、
「役作り会話」を用いて指導し
た初級後半クラスと中級クラス(以下、
「初級後半」と「中級」と呼ぶ)で「役作り会話」
に対する意見を求めた。その主な結果とコメント例を以下に記す。
4.1 アンケート結果
1 )「好きな活動」としては、初級後半、中級ともに「人物と状況を表現すること」と「人
物をイメージすること」が挙げられた。
「難しかったこと」としては、
初級後半は「特
になし」が半数以上だったが、中級は「人物と状況を表現すること」が多かった。
2)
「役作り会話で上達したこと」としては、「教科書の会話がスムーズに言えるように
なった」や「教科書の会話がもっとわかるようになった」が挙げられた。
3 )初級後半、中級ともに、多数が「会話文が覚えやすくなる」と答えた。
4 )初級後半、中級ともに、
「会話に現実味が出る」という回答も目立った。
5 )初級後半では 80%、中級では 100%の学生が「役作り会話を薦めたい」と答えた。
115
国際教育センター紀要 第 14 号
図表 1 役作り会話で好きな活動(複数回答)
初級後半(20 人中)
中級(21 人中)
①人物をイメージすること
8人
40%
11 人
52%
②状況設定を考えること
3人
15%
9人
43%
11 人
55%
13 人
62%
5人
25%
10 人
48%
③①②を表現すること
④発表を聞くこと
図表 2 役作り会話で難しかったこと(1 つ)
初級後半(20 人中)
中級(21 人中)
①人物をイメージすること
2人
10%
4人
19%
②状況設定を考えること
2人
10%
2人
10%
③①②を表現すること
4人
20%
10 人
48%
④その他
0人
0%
1人
5%
12 人
60%
6人
29%
⑤特になし
図表 3 役作り会話で上達したと思うこと(複数回答)
初級後半(20 人中)
中級(21 人中)
①スムーズに話すこと
13 人
65%
13 人
62%
②日本語での会話
10 人
50%
11 人
52%
③教科書の会話の理解
9人
45%
9人
43%
④発音
3人
15%
8人
38%
図表 4 覚えやすくなったか
初級後半(20 人中)
とても覚えやすくなった
覚えやすくなった
前と変わらない
中級(21 人中)
2人
10%
3人
14.3%
10 人
50%
15 人
71.4%
8人
40%
3人
14.3%
図表 5 自分の会話に現実味を感じたか
初級後半(20 人中)
中級(21 人中)
13 人
65%
17 人
81%
いいえ
6人
30%
1人
4.8%
わからない
0人
0%
3人
14.3%
無回答
1人
5%
0人
0%
はい
116
「役作り会話」の試み
図表 6 他の人の発表に現実味を感じたか
初級後半(20 人中)
中級(21 人中)
11 人
55%
16 人
76.2%
いいえ
4人
20%
3人
14.3%
わからない
2人
10%
2人
9.5%
無回答
3人
15%
0人
0%
はい
図表 7 役作り会話を他の人に薦めるか
初級後半(20 人中)
強く薦める
薦める
あまり薦めない
中級(21 人中)
4人
20%
4人
19%
12 人
60%
17 人
81%
4人
20%
0人
0%
4.2 学習者のコメント例
主なコメント、その中でも特に「役作り会話」の本質に関わると思えるコメントをいく
つか紹介する。
コメントは、アンケート調査の結果と同様、
「役作り会話」に好意的なものが多かった。
その中でも、A から E のようなコメントは筆者らにとって思いがけないもので、「役作り
会話」
のさらなる可能性を示してくれた。次回のアンケートでも同種のコメントがあれば、
これらの点について検証してみたい。
A:翻訳をしなくても、日本人がどう考え、
B:日本人がどのように会話する
どう文法を使っているかが分かるようになる。
のかを理解できる。
D:アクセントや文法
E:役作りをすると恥ず
C:母語で考える必要
が覚えやすい。
かしくなくなる。
がなくなった。
一方、少ないながら、F、G、H のような否定的なコメントがあることは、想定内のこ
とであった。この点については、5.5(
「役作り会話」で留意すべき点と課題)で述べるが、
学生・教師ともに、この方法に不慣れであったことが原因だろうと思われる。
F:表現などには役に立つが、感
G:会話を勉強することは役に立つが、役作
情の方をより考えてしまうため、
りをすると感情を入れるので、発音が変わっ
会話が台無しになってしまうこと
てしまい、本当の日本語の発音の練習になら
がある。
ない。
H:おもしろおかしく演じているのを見る時だけおもしろく、意味のない活動だ。
117
国際教育センター紀要 第 14 号
5.考察
「役作り会話」は、筆者らが意図したように教科書のモデル会話をより現実的なものに
し、記憶に残るものにすることができるのだろうか。「役作り会話」の授業をおこなって、
筆者らは学習者の楽しそうな様子を感じ、この授業を受けた学習者からは数多くの好意的
なコメントをもらったが、
同時に、この方法の問題点となるようなコメントもいくつかあっ
た。これらを基に、
「役作り会話」の効果と課題について考えてみたい。
5.1 教科書のモデル会話の役割
教科書のモデル会話は本来、日本語の授業の中で、どのような役割があるのだろうか。
モデル会話について、筆者らが初級クラスで使用中の教科書『げんき』の著者は以下のよ
うに述べている。
「会話」は、日本に来た留学生とその友人・家族を中心に展開し、学習者が日常生
活で経験しそうなさまざまな場面から成っています。会話文を通して、学習者は「あ
いづち」などを含めた自然なやりとりに触れ、会話の中で文と文がどのようにつな
がっていくか、どのような部分が省略されたりするかなどを学ぶことができます。
「会話」には、その課で学ぶ新しい学習項目が多く含まれ……。
(p. 8)
また、中級クラスで使用中の『中級の日本語』の著者は、次のように説明している。
a.各課で、コミュニケーションに必要と思われる機能(紹介する、誘う / 誘われる、
など)を導入した。そして、その会話の練習がしやすいように、会話練習のポ
イントとして、各課の機能をハイライトした会話の枠組みを示した。
b.会話を自然なものとするように(例えば、会話が書き言葉で行われたりしない
ように)気をつけた。また会話のスタイルも、
「デス・マス体」のほか、
「ダ体」
や敬語などを適宜混ぜてある。
まとめると、教科書のモデル会話の役割は以下のようなものになる。
1 )学習者が日常生活で経験しそうな場面を紹介する。(初級)
2)
「あいづち」など自然なやりとりに触れさせる。(初級)
3 )会話文の中の文と文のつながりや省略について学ばせる。(初級)
4 )その課で学ぶ新しい学習項目を紹介する。(初級)
5 )コミュニケーションに必要な機能を導入し、練習させる。(中級)
118
(p. vii)
「役作り会話」の試み
6 )話し言葉を紹介する。
(中級)
7 )様々な会話スタイルを紹介する。
(中級)
このように、教科書のモデル会話によって、
「学習者が経験しそうな場面」
、「自然なや
りとり」
、
「会話文の中の文と文のつながりや省略」、
「新しい学習項目」、
「話し言葉」、
「様々
な会話スタイル」、「コミュニケーションに必要な機能」(中級の場合)などに学習者が触
れることができる。これらに触れる際に、受身的に情報を受け取るだけでなく、何か学習
者の側から能動的に働きかけることができたら、学習活動がさらに楽しくなり、少しでも
実際に話せるようになることにつながっていくのではないだろうか。
5.2 モデル会話における余白
教科書のモデル会話の練習でありながら、学習者が創造的かつ能動的に参加できる方法
として考えたのは、会話の「余白」である。
この「余白」について、
作家の秦建日子が『文藝春秋』
(2013 年 4 月号)の著者インタビュー
で次のように語っている。
[小説とシナリオは]かなり違いますね。……シナリオは設計図です。監督や役者
さん、たくさんのスタッフがいろんなプランを持ちより、話し合い、肉づけをして、
徐々に作品が立体化していきます。なので、シナリオの場合はあえて余白を作りま
す。いろんなアイデアがつけたされる余地をあえて作るわけです。
(p. 453)
つまり、小説とは異なり、シナリオはそれに関わる人が肉付けすることによって立体的
なものになるということを前提に、余白(=自由な表現の余地)を残して書かれているの
だ。
同じことが、日本語教科書のモデル会話についても言える。教科書の筆者は読み物とは
異なり、モデル会話にはすべてを書き込まない。
「ト書き」である程度の設定を示しては
いるものの、会話という文章の性格上、余白を残すのは自然なことなのである。したがっ
て、筆者が残した余白をそのままにして学習者に音読や暗記をさせていては、会話が「立
体化」されにくく、書かれた文章の音声化としての会話にとどまってしまう。学習者自身
がこの余白を埋めることによってはじめて会話が現実的なものになるのではないだろうか。
また、この余白を埋めるために、
(学習者ではなく)教師が細かく状況設定をすること
もできるし、教科書に添付の CD や教師のモデル読みを聞かせたりすることも助けにな
る。しかし、これらは受身の活動であり、学習者自らが能動的に解釈することに勝るとは
思えない。しかも、会話の余白を自由な表現で埋めるという創造的な作業のために必要な
のは、わずか 10 分程度の時間である。
119
国際教育センター紀要 第 14 号
5.3 「役作り会話」における状況設定
「役作り会話」において最も大切なのは、教科書のモデル会話の余白を埋めること、す
なわち、自由な解釈によって具体的な状況を設定し、それをイメージするという活動であ
る。以下に、モデル会話の余白を埋める状況設定をするための質問の例をいくつか挙げる。
例 1 :登場人物ジョンの日頃の生活態度とお互いに対する評価が会話の余白として考えら
れる。
At Professor Yamashita’s Office.
ジョン :失礼します。先生、今日授業に出られなくて、すみませんでした。
山下先生:どうしたんですか。
ジョン :実は朝寝坊して、電車に乗り遅れたんです。すみません。
山下先生:もう三回目ですよ。目覚まし時計を買ったらどうですか。
ジョン :はい。あの、先生、宿題をあしたまで待っていただけませんか。
宿題を入れたファイルがないんです。
山下先生:困りましたね。あるといいですね。
『げんきⅡ』(p. 96)
〈状況設定のための質問〉
1 )この日、ジョンはどうして朝寝坊したのですか。
2 )ジョンはどうしてよく遅刻するのですか。
3 )ジョンはきのう宿題をしましたか。
4 )ジョンは山下先生のことをどんな先生だと思っていますか。
5 )山下先生はジョンが「朝寝坊して……」と言った時、どう思いましたか。
6 )山下先生はどうして「目覚まし時計を買ったらどうですか」と言ったのです
か。
7 )山下先生はジョンが目覚まし時計を買うと思っていますか。
8 )山下先生はジョンが本当に宿題をしたと思っていますか。
ペアのうち、ジョン役の学生は 1)∼ 4)の答えを決めてイメージし、山下先生役の学生
は 5)∼ 8)の答えを決めてイメージする。もちろん、ペアの 2 人が相談して決めてもかま
わない。その結果、同じモデル会話から、あるペアは、ジョンはまじめな学生で、もう遅
刻しないことを決心しており、山下先生もそれを信じているという関係性を示す。また別
のペアは、ジョンが二日酔いで、先生が優しいのをバカにしており、先生の方も優しいふ
りをしているが、実はジョンを落第させることを決めているという関係性を示すかもしれ
ない4)。
120
「役作り会話」の試み
例 2 :物理的な位置関係やどろぼうに入られた経験やお金の額などに余白がある。
John runs into his landlord’s house.
ジョン:大家さん、大変です。どろぼうに入られました。
大家 :えっ。何かとられたんですか。
ジョン:パソコンと……バイトでためたお金もないです。
大家 :とにかく、警察に連絡したほうがいいですよ。
『げんきⅡ』(p. 208)
〈状況設定のための質問〉
1 )ジョンの部屋から大家さんの家まではどれぐらいですか。
2 )ジョンは初めてどろぼうに入られたのですか。
3 )ジョンがバイトでためたお金はいくらでしたか。
4 )大家さんは今まで、どろぼうに入られたことがありますか。
1)のジョンの部屋から大家さんの家までの距離によって、走ってきたと思われるジョ
ンの息の荒さと話し方が違ってくるだろうし、ジョンや大家さんのどろぼうに入られた経
験の有無によって、あわて方にも差が出てくるだろう。
例 3 :会話の前と後に何をしたか / するかというところに余白がある。
At the airport.
たけし :じゃあ、元気でね。
メアリー:うん。たけしくんも。たけしくんに会えて、本当によかった。
たけし :そんな悲しそうな顔しないで。
メアリー:わかってる。じゃあ、そろそろ行かなきゃ。
たけし :メアリーが卒業して日本に戻ってくるまで、待っているから。
『げんきⅡ』(pp. 252―253)
〈状況設定のための質問〉
1 )この会話のすぐ前に、二人は何を話していましたか。
2 )メアリーの乗る飛行機は、あと何分で空港を出ますか。
3 )メアリーが卒業するまで、あと何年ですか。
4 )この後、二人はそれぞれどんなことを考えるでしょうか。
この会話は同じ課の別の会話でたけしとメアリーの関係性がわかるため、余白が少ない
と思われるが、
「じゃあ、元気でね」というたけしの台詞の前に、二人が何を話していた
かによって、
(特に、「じゃあ」の)言い方が変わってくるだろうし、この後、二人がどれ
ほど相手のことを想い続けるかということもこの会話の話し方に影響を与えるはずだ。
以上のように、モデル会話によって様々な種類の余白があり、その余白を埋めるために
様々な種類の質問をすることができる。実は、今回の実践において、中級レベルでは教師
121
国際教育センター紀要 第 14 号
が質問を与えず、学生に状況設定のしかたを任せたが、次回は、少なくとも慣れるまでは
中級レベルでも質問を与える方がいい効果が得られそうである。
5.4 「役作り会話」の利点
書かれていない状況を設定し、それをイメージするという内面的な活動である「役作り
会話」が「会話」という言語活動においてどれほど役に立つのかは未知数であるが、学習
者が答えてくれたアンケート調査の結果とその理由を考えると、少なくとも、1)繰り返
し練習することができる、そして 2)モデル会話をパーソナル化することができるという
利点があると思われる。
〈利点 1〉
繰り返し練習できる
「役作り会話」で会話を練習した学習者たちが、アンケート調査で「スムーズに話
せるようになった」
「覚えやすくなった」と答えているのは、おそらく、
「聴解、音読、
語彙・表現の確認の後、ペアで練習して発表する」という通常の手順に「状況を設定
する」
・
「イメージする」という手順が新たに加わることにより、必然的に練習の回数
が増えることになったためではないだろうか。しかも、学習者自身には教師の指示に
よって繰り返し練習させられているという感覚は少なく、会話を解釈し、自分が設定
した状況でどのように話すかに意識を向けて繰り返しているからだろう。時間があれ
ば、別の状況設定を考えて新鮮な気持ちでさらに練習することさえ可能である。
〈利点 2〉
モデル会話をパーソナル化できる
「役作り会話」では、書かれていない具体的な状況を考えてイメージすることが求
められるので、学習者は、会話テキストを自分なりに解釈すること、自分なりの意味
を持たせることが必要になる。その結果、会話の登場人物であるたけしやメアリーが
学習者本人と一体化するようである。学習者が登場人物を自分の方に引きつけて、あ
たかも学習者自身がその会話を経験しているかのように感じるとの指摘もある5)。そ
のようなパーソナル化の結果、
学習者は「現実味が出る」という回答をしたのだろう。
さらに、パーソナル化することによって、練習した会話を発表する学習者と発表を
聞く学習者の間に情報の差が生まれ、発表を「聞いてもらいたい気持ち」と「聞きた
い気持ち」が生まれた結果、
「楽しい」と感じるということも言えるだろう。
5.5 「役作り会話」で留意すべき点と課題
学習者が状況をイメージすることなく、表面的にただおもしろおかしく演じてしまった
としたら、
「役作り会話」としては失敗である。たとえその演技が上手で、クラスメート
を楽しませたとしても、それは筆者らの意図するところとは異なる。実は、筆者らは、授
業でこのような失敗を繰り返していたかもしれない。それは、
「役作り会話」をする目的
122
「役作り会話」の試み
を学習者に正しく理解してもらっていないために起こったことだ。学習者に理解してもら
うためには、もちろん目的を説明することも大切だが、それだけでは十分ではない。最も
大切なのは学習者の発表に対する効果的なフィードバックなのだ。とはいえ、内面に起こっ
ていること(つまり、設定した状況をイメージしたということ)を外面に現れたちょっと
した変化から読みとって評価する / ほめるというのは、意外に難しいものだ。「外面に現れ
たちょっとした変化」の中には、言語的なものだけではなく、アイ・コンタクトやジェス
チャーなども含まれるからだ。学習者の発表を聞く / 見る際に教師が大いなる集中力と観
察力を駆使して効果的なフィードバックをするということが、「役作り会話」の指導上の
留意すべき点であり、筆者らの今後の課題でもある。
6.おわりに
教科書のモデル会話を用いて楽しく生き生きとした会話練習をしたいという意図で始め
た「役作り会話」の効果は、
まだよくわからない。気に入ってくれた学生が多いとは言え、
効果はやり方次第だろうと思われる。教師自身の好みやビリーフとの関わりもあるだろ
う。しかし、どの会話文にも余白が存在することは確かであり、何らかの方法でその余白
を埋めなければ、教科書のモデル会話を用いた授業の効果は限定的なものになるだろう。
「役作り会話」の効果を証明するには実証的な研究が必要であるが、しばらくの間は試行
錯誤を続けていきたいと思っている。
(注)
1) 本原稿は、2013 年 6 月 8 日「小出記念日本語研究会」(於:国際基督教大学)でのポスター
発表原稿に加筆修正したものである。
2)「日本語の先生のための朗読ワークショップ」:中村透子氏による 6 回の朗読レッスンは以下
のようなものであった。
口の体操・舌のストレッチなど、ウォーミングアップの方法、腹式呼吸・発声練習、のどと
① 声のセルフケア、朗読の基礎(1)地の文と会話文の読み分け(杉ひろこ『小さな果物店』)
(2)
事実を伝える(武石正憲『水星』)
②
滑舌のメカニズムとプロセス、朗読の基礎(1)(2)の復習、朗読を楽しむ(日本語教科書の
読み物から:「かさじぞう」『げんきⅠ』より、永井明「問診」『中級の日本語』より)
③
改めて朗読とは?(詩人と俳優の読みを比較する)
、朗読の基礎(3)イメージを伝える(川
崎洋「たんぽぽ」『しかられた神様』より)(4)演じる(生理と行動)
④
朗読の基礎(3)
(4)の復習、複数の人物を演じ分ける∼俳優の読みに学ぶ∼
(宮沢賢治『よ
だかの星』
)、朗読を楽しむ(『げんきⅠ』『げんきⅡ』の会話から)
⑤
他の人の朗読を聞く(朗読フィードバックの例)
、朗読を楽しむ(「猫の皿」
『げんきⅡ』より)
、
演劇における「ダメだし」の効果と欠点
123
国際教育センター紀要 第 14 号
⑥
他の人の朗読を聞く(朗読フィードバックの実践:向田邦子「かわうそ」『思い出トランプ』
より、井上ひさし「川上の家」『新釈遠野物語』より)
3) 本調査は、南山大学研究倫理審査委員会において倫理審査を受け、承認された。承認番号:
12―F031 2012 年秋学期にも会話練習に役作りを使ったが、アンケート調査はしていない。
4)これらの解釈は、2010 年の同レベルの学習者が書いた作文(
「ジョンの日記」
「山下先生の日
記」)によるものである。
5)これは、筆者らに演劇的朗読法を指導してくれた中村氏のコメントである。このクラスの学
習者の発表ビデオを見てもらったところ、このような指摘を受けた。また、中村氏による
と、演劇的素養のある学習者の場合は、逆に、
「たけしやメアリーになろうとする」とのこ
とである。
参考文献
「本の話」編集部(2013)「著者インタビュー 秦建日子」
『文藝春秋』4 月号 pp. 452―453
参考資料
坂野永理・大野裕・坂根庸子・品川恭子・渡嘉敷恭子(2011)
『げんきⅡ』The Japan Times
三浦昭・マグロイン花岡直美(2008)
『中級の日本語 改訂版』The Japan Times
124
「役作り会話」の試み
Bringing“Drama”into the Classroom:
How to Utilize Character-building Methods Used by Theater Actors
in Teaching Conversation Skills
Mari YAMADA, Nanae FUKUTOMI, Miyuki DOI, Yuriko IDE,
& Junko FUJIMOTO
Abstract
This is a report on using “character-building” methods in model conversations.
Model conversations used in elementary- or intermediate-level textbooks present very
little in terms of setting the scene, leaving much room for interpretation. Unless this
room for interpretation is utilized, the conversation will not come alive for students.
Thus, we have used character-building methods used by actors in the theater for deeper
interpretation of the conversations. Instead of imitating teachers or CDs attached to
textbooks, the students themselves will decide on the characters’ emotional or physical
situations or the context in which the conversation took place. Students will practice
the conversations with this context in mind. We have asked our students to answer a
questionnaire and examined the effect of “character-building” in conversation class.
Key Words: bringing drama into the classroom, to read aloud, character-building
methods, to practice conversation
125
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