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自治体の低炭素都市形成戦略のあり方
自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 Strategy for Local Municipality to Develop Low Carbon Societies 天野 宏欣(福岡アジア都市研究所 主任研究員) 目 次 Ⅰ. 序論 Ⅱ. 都市の低炭素政策の分類 Ⅲ. 都市が戦略的に選択する低炭素政策のあり方 Ⅳ. 福岡市への適用 要約 2011年の福島原発が起こした様々な問題を踏まえて、多くの日本の自治体は住民ニーズを汲 み取り、自主電源として再生可能エネルギーを積極的に取り入れる動きがあるが、エネルギー 政策は国家の戦略に基づく政策であるため、自治体が低炭素都市を目指すにあたってエネル ギー政策を設計するには、本質的な限界がある。そのため、自治体にとって低炭素都市の形成 は「炭素削減」を目標ではなく手段として位置づけ、国のエネルギー政策の変更如何にかかわら ず、都市が戦略的に進めるべき低炭素都市形成政策を位置づける必要がある。 戦略的政策の形成の際、最も重要な視点は「都市の成功体験の創出」であることがケース・ス タディから整理でき、都市の経済・産業的な側面から政策を取捨選択するべきことが明らかに なった。福岡市に当てはめると、交流の促進を目的にしたり、九州など広域の経済活性化を目 的にするような、インバウンド観光産業とサービス業を活性化しうる再生可能エネルギー政 策、交通ネットワークの最適化と都市の集約化政策、飲食物流の最適化(フード・マイレージ) 政策を優先すべきものとして結論づけた。(本稿は公益財団法人福岡アジア都市研究所 2010-2011年度総合研究をベースに再整理したものである) - 215 - 第13號 海峽圈硏究 Summary Witnessing various problems caused by the heavily-damaged Fukushima nuclear power plant after the earthquake disaster occurred in March 2011, many local municipalities tend to plan their own renewable energy policies in order to give reactions to their citizens’ desires for risk-free energy sources. However, energy policy is a kind of national strategy, and there is a fundamental limit for local municipalities to design their energy – or low carbon society – policies. Therefore, a local municipality should not take “carbon reduction” as the goal of policies but as the measures for other strategic objectives. “Creating a successful experience cycle by means of low carbon policies” is one of the most important suggestion from our case studies. This means when a local municipality designing its low carbon society policies, it has to design that from a viewpoint of city economy and industry. Apply the same logic to Fukuoka City, we suggest the city should give priority to: first, the renewable energy policy which involves all Kyushu area and can activate the inbound tourism industries; second, optimization of the traffic network and urban structure which can activate the retail and service industries; and third, introducing the food mileage policy to strengthen the foods’ brand as well as activate the restaurant industries. - 216 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 Ⅰ. 序 論 直近の四半世紀において、国内外の環境問題の様々なテーマの中で、「気候変動」は急速にそ の位置付けを高めてきた。今日では、あらゆる発展段階の国の国家重点事業、先進国・途上国 間の国際協力事業、グローバル企業から中小企業に至るまでの社会貢献活動、また、都市・郊 外・農山漁村に限らない各地の市民活動において、気候変動や低炭素に言及しないものはほと んどない。 国際的に気候変動問題は1980年代、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)が、人間 活動が地球温暖化の原因となっている可能性を指摘し、1988年に科学者の国際組織「気候変動 に関する政府間パネル(IPCC)」を設立した時期から関心が高まってきた。1992年には世界の 国々が温室効果ガスの削減に取り組むことを目指した「気候変動枠組条約(UNFCCC)」が署名さ れ、様々な科学的・政治的議論を経て1997年に京都議定書が採択された。この条約と議定書 を基礎として、2001年には京都メカニズムの運用をマラケシュ会議(COP7)にて合意、2004 年にロシア連邦が議定書を批准したことで、翌2005年に京都議定書が発効し、第一約束期間 (2008~2012年)での各国の削減目標達成に向けた努力が進められている。それと同時に、京 都議定書の第二約束期間と各国の目標を設けるべきかどうか、あるいは京都議定書に代わる枠 組みを作るべきかどうかについて、各国の発展段階や資源構造、産業や政治の様々な背景をも とに国際交渉が進められている。 一方、日本においては、1990年に「地球温暖化防止行動計画」が閣議決定されたが、国内世 論の形成にはその後時間がかかり、1997年の京都会議(COP3)で京都議定書が採択され、その 後1998年に温暖化対策推進法(地球温暖化対策推進に関する法律)、地球温暖化対策推進大綱が 相次いで策定されてから様々な広報や啓発活動を経て、徐々に国民の意識が高まってきたとい える。議定書発効後の2005年には「京都議定書目標達成計画」が閣議決定され、2010年3月に 閣議決定された「地球温暖化対策基本法案(地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正す る法律案)」が東日本大震災後の紆余曲折を経て法制化され施行日を控えている。同法では、温 室効果ガスの削減目標だけでなく、地球温暖化対策における国、地方公共団体、事業者及び国 民の責務が定められており、福岡市を含む日本の自治体の取組みの大きな根拠になる法案でも ある。また、産業界は「経団連環境自主行動計画」を中心に、業界ごとに温室効果ガス排出削減 の取組みを進めており、2011年度の実績で1990年度比10.1%の削減を達成している。 世界や国・産業界の動きとは別に、日本の地方自治体においては地球温暖化対策地域推進計 画が1990年代から策定され、温室効果ガスの削減目標やアクションプランが検討されてき た。 本研究は、以下に挙げるいくつかの背景認識からこの課題を捉え、都市が戦略的に形成すべ き低炭素都市を明らかにしていくことを目的に行うものである。 - 217 - 第13號 海峽圈硏究 1. 炭素削減政策はエネルギー政策とほぼ同義である 図 1に示しているように、日本における温室効果ガス排出量の約95%は二酸化炭素であり、 その二酸化炭素の排出の約94%は燃料の燃焼によるものである。つまり、「温暖化対策」、「気 候変動対策」、「低炭素社会形成」と様々な言葉で温室効果ガスと炭素の削減がうたわれている が、一部吸収源対策や適応策を除き、課題の本質は石油、石炭、天然ガスといった化石燃料消 費をいかに抑制するか、風力、太陽光・太陽熱、バイオマス等の再生可能エネルギーのシェア をいかに高めるか、というエネルギー政策そのものである。 SF6 PFCs HFCs N2O CH4 CO2 2 温室効果ガス排出量(百万トンCO 換算) 1,400 1,200 1,000 CO2 95% 800 京都議定書 1990 1991 1992 京都 議定 書 の基 準年 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 0 600 (年度) 図 1 日本の温室効果ガスのガス別排出量推移 (出所) NIES温室効果ガスインベントリ - 218 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 CO2排出量の発生源内訳 工業プロセス(セメント・化学等) CO2排出量発生源・燃料別別内訳 廃棄物(ゴミの燃焼等) 4% 燃料からの漏出 漏出 0億トン 2% 工業プロセス 廃棄物 0.5億トン 0.3億トン 0.003% 天然ガス等 2.0億トン 13% 運輸用 家庭用 エネルギー用 2008年 約12億トンCO2 石油等 5.2億トン 34% 2008年 約12億トンCO2 19% 産業用 28% 94% 石炭等 4.2億トン 燃料の燃焼 図 2 日本の二酸化炭素排出の内訳 (出所) NIES温室効果ガスインベントリ 2. エネルギー政策は、国が主導する政策領域である エネルギーは国民生活や経済活動になくてはならないものである。エネルギー資源に乏し く、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている日本においては、2回のオイルショックの経 験を活かし、省エネルギー法の策定等により産業や国民生活における省エネに徹底的に取り組 んできた。また、エネルギー安全保障の観点から、原子力、水力、石油、石炭、天然ガス等エ ネルギー源のベストミックスにも積極的に取組み、日本の一次エネルギー構成の多様化・分散 化が進められてきた。 2010年6月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では地球規模の気候変動問題への対応も 考慮されることとなったが、2030年に向けてゼロ・エミッション電源比率を高めること、暮 らし(家庭部門)の二酸化炭素排出を半減させることなどが目標とされていた。このような目標 を目指すに当たって、再生可能エネルギーの導入促進、それに合わせた固定価格買い取り制度 や系統安定化対策の構築、再生可能エネルギーに関する技術開発や規制緩和を国全体で検討・ 促進する必要がある。また、原子力発電の新増設・リプレース、設備利用率向上に関しても、 国と電力事業者の様々な努力が必要となる。更に、化石燃料の高度利用や産業部門の省エネ、 輸送用機器や各種電気機器の効率向上も自治体の役割ではなく、産業界の自主的な行動であ り、また、国が企業の研究開発を促したり、規制を強化して効率を改善させたりする性質が強 い政策領域である。このエネルギー基本計画は、東北地方太平洋沖大地震に起因する福島第一 - 219 - 第13號 海峽圈硏究 原子力発電所での事故で、大量の放射性物質漏洩に至るという大惨事に至ったため、原発推進 路線を謳った現行計画の白紙からの見直しがまだ進められている最中である。 3. 自治体が自ら戦略的に取り組むべき低炭素施策は限られる 前述のエネルギー基本計画において、地方自治体は、「国の基本的なエネルギー政策のもと に、地域の創意工夫を活かした再生可能エネルギーの導入、率先行動、交通流対策、市民との 連携、国の施策の執行、啓発・周知や広聴・広報」等が求められている。また、2008年7月に 閣議決定された「低炭素社会づくり行動計画」においても、自治体の役割として、バイオマス資 源等地域の農林水産業の活用、資源の有効利用や公共交通網の構築を通した低炭素型の都市づ くり、低炭素社会についての学習、ビジネススタイル・ライフスタイルの変革への働きかけが 求められている。 以上のように、低炭素社会の形成は、本来エネルギーの需給両面から対処すべき課題である が、自治体が司れる範囲は、ほんの一部の再生可能エネルギーの導入を除けば、エネルギー需 要面の対策に限られており、また、その需要面の対策においても、多くは国の計画を遂行する 執行機関としての取組みであることを理解する必要がある。自治体が低炭素社会の形成を検討 するにあたっては、このような本質的な限界を認識した上で、一体何を目的に、誰のために、 どういった施策を、どういう優先順位で実行していくべきかを真剣に考える必要がある。 Ⅱ. 都市の低炭素政策の分類 低炭素都市の形成を図る上では、様々なアプローチが考えられるが、ここではその形成に向 けた各種施策を、「低炭素型都市の形成施策(=都市づくり)」「低炭素化の推進と相関の強い産 業施策(=産業づくり)」「低炭素化を推進する人の形成施策(=人づくり)」という大きく3つの括 りで類型化する。 なお、本項で類型化の対象とする施策については、2004年から2009年にかけて研究活動を 実施した、環境省の戦略的研究プロジェクト「脱温暖化社会に向けた中長期的政策オプション の多面的かつ総合的な評価・予測・立案手法の確立に関する総合研究プロジェクト(脱温暖化 プロジェクト)」がとりまとめた報告書低炭素社会に向けた12の方策(2008年)、及びそれを ベースに有用な情報を追加した書籍低炭素社会に向けた12の方策(2009年)、また国土交通 省都市・地域整備局が地方公共団体における低炭素都市づくりを支援することを目的に打ち出 した低炭素都市づくりガイドライン(2010年)に示された施策群をもとに分類整理した。 - 220 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 1) 都市づくり 低炭素化都市の形成を図るベースは、都市構造・都市基盤にあると言える。今後の社会動態 の変化を鑑み、その必要性が指摘されている「コンパクトシティ化」は、環境負荷の小さな都市 構造の推進という観点から、大変有用な都市政策である。また、都市では多様な活動が複合的 に展開されているため、都市構造の集約化に関わらず、エネルギー分野、運輸分野、民生(住 宅・オフィス)分野等の各活動で、直接的に低炭素化に結びつく施策を推進し、総合的にCO2 排出低減施策を実施すべきである。もちろん、こうした施策を進める上では、都市の成長との 両立を図ることも重要な観点である。だが、低炭素型都市づくりに取り組むことは、自ずと都 市の高機能化や維持管理コスト低減、緑の増加による環境・景観の向上など、他の都市施策に も有用に働き易いと考えられる。こうした都市構造・都市基盤に関する低炭素化施策は、社会 的・経済的事象や市民生活に広範な影響を及ぼすため、産学官民の理解と協調の下、中長期的 に取り組むことが求められる。 2) 産業づくり 低炭素化の推進においては、既存の産業や業務活動による活動で排出されるCO2を抑制・削 減することが必須である。しかし、それを以って安易な目標や規制を設定し、生産や物流、オ フィス業務等の活動抑制を促したり、産業の萌芽や成長を妨げたりするようでは、経済界およ び市民の支持は得られず、地域活力の停滞・衰退にもつながりかねない。 従って、低炭素化の推進に寄与しつつも、既存の産業や業務を、現状と同等ないしそれ以上 のレベルで実行できる仕組みや商品・サービス、また、低炭素化の推進を契機とした新たな需 要の創出と、それに応える産業や仕組みの創出によって、「低炭素化の推進と経済成長を両立 させること」が重要な視点である。 3) 人づくり 低炭素社会づくりをハードおよびソフトの両面から、様々なアプローチで推進すべきことは 論を俟たない。そうした低炭素化推進を担保し、より効果的にするためには、推進活動を運用 し、同時に推進活動に則る市民一人一人が「近接する環境、ひいては国土や地球を、自ら守 り、育てる」という認識のもと、正確な情報を取得することができ、望ましい価値基準に鑑み て判断をできる能力を有することが、前提・基盤であると言えよう。 よって、そうした“環境市民”を育む教育の仕組みづくりと拡充、また、それをサポートする リーダーや教育者といった人材の育成などが、今後求められる。 以上のように、低炭素都市形成のための政策は、各種先行研究や提言で既に取りまとめられ ている。ただ、これらの政策を全て実行することは、都市の財務力や組織の能力から急には難 しく、何らかの取捨選択をして優先順位を決める必要がある。例えば、福岡市では「人と環境 - 221 - 第13號 海峽圈硏究 と都市が調和のとれたまち」を目指す方向性としているが、人、環境、都市という3つの軸で各 種政策をマッピングしたのが下図である。後述するストックホルム市が「木質バイオマスの活 用」を優先したり、京都市が「歩いて暮らせる街づくり」を優先したように、各都市は各都市が 目指す都市像や都市の特性に応じて低炭素政策を工夫する必要がある。 o 全ての政策を導入するに越したことはないが、 都市の現状や目標に合致する政策を選ぶことが必要 人づくり (ライフスタイル転換) 都市づくり (都市・産業構造転換) 快適さを逃さない住まいとオフィス トップランナー機器をレンタルする暮らし 低炭素社会の担い手づくり 安心でおいしい旬産旬消 産業づくり (エ ネ ル キ ゙ー /緑の構造転換) 歩いて暮らせる街づくり 次世代エネルギー供給 集約型都市構造への転換 カーボンミニマム系統電力 都市計画マスタープラン・都市計画・ 条例等にもとづく施策 エネルギー負荷を削減するための対策 人と地球に責任を持つ産業・ビジネス 安心でおいしい旬産旬消型農業 エネルギー利用効率を高めるための対策 未利用エネルギーを活用するための対策 再生可能エネルギーを活用するための対策 CO2排出の見える化 木質バイオマスの活用 公共交通の利用促進 公共交通の整備 ヒートアイランド対策 みどりの管理・育成施策 道路整備(走行速度改善) 大規模な緑地の保全と適正な管理 自動車走行需要の調整(交通需要マ ネジメント) 公園緑地の整備と都市緑化の推進施策 滑らかで無駄のないロジスティクス 太陽と風の地産地消 森林と共生できる暮らし 図 3 各種低炭素施策のマッピング (出所)各種資料よりURC整理 Ⅲ. 都市が戦略的に選択する低炭素政策のあり方 前章では各種低炭素政策を分類・整理したが、都市は最初から全ての政策を導入することを 試みるのではなく、各都市が目指す都市像や都市の特性に応じて低炭素政策を工夫する必要が あると結論づけた。本章では、どのように政策を戦略的に選択すべきかを、欧州、日本の都市 の事例研究から導く。 1. 欧州都市のケース ①取組の概要 過去、ストックホルム市は1950年代、暖房用石炭の煤煙による大気汚染や1970年代の湖沼 の酸性雨被害を経験してきたため、市民は環境問題に関心が高く、また、政府が高福祉政策と 同時に、環境にも人にも優しいまちづくりへの意識を育んできている。70年代の酸性雨問題 は、多くの原因がイギリスや中央ヨーロッパからの排気ガス汚染であったことから、環境問題 が単に自国内で解決できるものではないことが市民のコンセンサスになったことは特筆すべき - 222 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 である。その後1979年の米スリーマイル島事故が起きた際には、スウェーデン国内で広く原 発反対運動が起こり、1980年の国民投票で過半数が脱原発路線を選ぶこととなった。また、 80年代はオゾン層破壊の問題、熱帯雨林破壊の問題、さらには海洋汚染等によりスウェーデ ンの西海岸にアザラシが大量死する事件も人々の環境意識を高め、90年代以降は特に温室効 果ガス削減が市民のコンセンサスとなっていった。 ストックホルム市は欧州委員会の事業である欧州環境首都(European Green Capital)の初 代(2010年)の授賞都市に選ばれたが、様々な環境問題を克服する取組みが評価されたのと、国 主導のバイオマスエネルギーを主としたエネルギー源の転換により、産業と雇用を生み出し、 環境・経済・社会がともに発達する持続可能な都市のモデルになりうることが評価されたもの である。このような歴史的社会的の流れから、ストックホルムは更にその環境施策を強化して いく方向にある。 歴史的経緯 ’70年代 オイルショック ’79年 米スリーマイル島事故 ’80年 脱原発国民投票 ’88年 スウェーデン西岸 アザラシ大量死 成功体験 •森林国であることからバイオマス 産業に注力 •バイオエネルギー産業が経済成 長と雇用を創出(林業、発電・熱 施設、物流、鉄道等) ’90年代 ローカルアジェンダ21 ’00年代 異常気象の体感 温暖化対策機運の高まり ’05年 脱化石燃料宣言 脱化石燃料・脱原発 市民のコンセンサスと参加 ストックホルム市の施策強化 •2050年までに化石燃料フリー目標 •市の予算・計画・報告・監視に環境の 視点を組み込む統合的マネジメント システム •人口の約95%の300m以内に緑地 •レクリエーションや水質浄化、騒音削 減と同時に生物多様性や生態系を強 化 •統合的廃棄物システムにより、特に 生分解性廃棄物について、高いリサ イクル率 •混雑税制度により、自動車利用低減、 公共交通機関利用増加 •一人当たりのCO2排出量は、1990 年比マイナス25%を達成(2009年) •2010年欧州環境首都 図 4 ストックホルム市が環境への取り組みを強化した経緯 2) ドイツ(フライブルク市、ハンブルク市) 前節のストックホルム市があるスウェーデンでは、憲法の一部に相当する「統治法」で「公的 機関は現代世代と将来世代を良好な環境に導く、持続可能な発展を推進すべき」と記されてお り、また、1999年施行の「環境法典」の冒頭には「この法典の目的は、私たちと私たちの未来の 世代が健康的で良い環境で生活できることを保障する」と記されている。 ドイツも環境先進国として周知されているが、スウェーデン同様、憲法(ドイツ連邦共和国 基本法)において「将来世代の環境権は国の責務」と記されている。このように、これら環境先 進国と呼ばれる国では、次世代の環境保障や持続可能な発展が、国の根幹をなす原則として位 置付けられていることが分かる。この明確な位置づけによって、各都市の政治・行政もそのた めの取組みを推進し、市民もそれを監視・参加する気運が盛り上がっているものと考えられ る。 - 223 - 第13號 海峽圈硏究 ドイツの諸都市の中でもフライブルク市は長らく環境首都と称されてきたが、この名声を得 るに至る過程には、ストックホルム同様、ローカルな環境汚染の深刻な問題や原発問題等が あった。 1969年にフライブルク市近郊ヴィールにおいて原発建設が計画されたが、それに対してフ ライブルク市の学生や周辺の農家が反対運動を進め、政府を相手に起こした訴訟で勝訴し、原 発建設は取りやめとなった。同時期に、フライブルク市が南端に位置する黒い森では、酸性雨 の影響で樹木の立ち枯れが深刻化していたが、原発訴訟の勝訴や、ローカルな深刻な環境問題 が環境保護団体のフライブルク市での活動を活発化させた。 その後、フライブルク市は人口が急速に増え、80~90年代に極端な住宅難問題を抱えること となった。ベルリンの壁崩壊前まで、フライブルク市にはフランス軍のヴォーバン兵営地が あったが、その兵営地の返還に合わせて、住環境に配慮した市民が参加する住宅地づくりやま ちづくりが行われた。フライブルク市の環境への取組みに関しては数多くの著書や報告書が出 版されているので本研究では割愛するが、元来工業都市ではなく農業やサービス業を中心とし た産業構造のフライブルク市も、ストックホルム同様、環境への取組みを強化することによ り、都市の成長を実現してきた成功体験を有している。この成功体験が、更なる環境対策の強 化(脱原発、自然エネルギー依存、公共交通・自転車強化、エコロジー住宅地形成等)につな がっていると言える。 歴史的経緯 ’69年 フライブルク近郊原発計画 反原発運動 ’70年代 酸性雨による黒い森の枯死 ’75年 ドイツ環境自然保護連盟創設 ’80年代~’90年代 極端な住宅難から環境に 配慮した様々な施策 ’92年 ドイツ環境首都 ’90年代 世界的な知名度確立 ’00年代 異常気象の体感 温暖化対策機運の高まり 成功体験 •フライブルクは歴史的に工業都市 ではなく、農業・サービス業都市 •各国から視察が相次ぎ、視察団向 けの環境ツアーもビジネスに •環境政策が一つの観光資源となり、 観光産業をはじめ、サービス業が 成長した フライブルク市のGDP推移 100万ユーロ(当年価格) 7,000 6,000 農林水産業 製造業・ 建設業 サービス業 5,000 4,000 3,000 2,000 フライブルク市の施策強化 •2030年までに2007年比40%削減 •脱原発・自然エネルギー推進 • 太陽光発電推進のための太陽 光発電研究機関誘致(研究所 を核とした太陽光関連企業の 進出) • 水力発電、風力発電、バイオマ ス発電の推進 • 小規模地域冷暖房推進 •公共交通・自転車の強化 • 都心への自動車乗り入れ制限 • LRTの郊外部への延伸 • パークアンドライド • モーダルスプリット •エコロジー団地の造成 1,000 低炭素都市への注力 市民のコンセンサスと参加 0 '91 '92 '93 '94 '95 '96 '97 '98 '99 '00 '01 '02 '03 '04 '05 '06 '07 '08 図 5 フライブルク市が環境への取り組みを強化した経緯 - 224 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 2. 日本の都市のケース 1) 京都市 京都市は、1200年を超える悠久の歴史に育まれ、市域の4分の3を占める森林をはじめとす る山紫水明の美しい自然や落ち着いた都市景観、受け継がれ磨き上げられてきた伝統文化が、 今も生き続ける世界でも稀有の歴史都市であるとともに、人口150万人を擁する現代の大都市 であり、また、年間約5,000万人の観光客が訪れる国際文化観光都市である。 さらに、伝統を守りつつ、常に新しいものに挑戦する進取の精神と創造の力を秘めた「未来 を創るまち」でもある。 このようなまちの特性を活かし、京都市は、1997年に開催された「国連気候変動枠組条約第 3回締約国会議(COP3)」を契機に、自治の伝統に裏打ちされたパートナーシップの精神の下、 市民、事業者、行政が一体となって、環境への負荷の少ない持続可能なまちを目指し、議定書 誕生の地として、先進的な地球温暖化対策を進めている。 【事例研究】環境モデル都市 京都市 都市ブランドの形成が主要目的。真の効果は基幹産業である観光への貢献。 o 京都(議定書)ブランドの形成、シビックプライドの醸成を図っている。 n o “DO YOU KYOTO?”の浸透 観光都市として京都市が一層集客力を向上することが戦略的な目的。 n n n 持続可能な社会を目指す新景観政策の推進 人が主役の道づくり・まちづくりを目指す交通社会実験の実施 市民・事業者・行政の協働による取組基盤の整備 図 6 京都市の戦略的な低炭素政策 (出所)京都市資料よりURC整理 - 225 - 第13號 海峽圈硏究 2) 北九州市 北九州市は産業を基盤に発展してきた都市であり、その発展の過程で、公害対策、循環型社 会づくり、市民活動促進と着実にステップを踏みながら、持続的に環境問題に取り組んでき た。これらの取組は、2002年のヨハネスブルグ・サミットでアジアの環境都市のモデルとし て実施計画に明記され、日本の環境首都コンテストでは2006、2007年度連続1位になるな ど、大きな成果を収めている。また、取組の過程で蓄積された、人財、技術、ノウハウは、ア ジアを中心とした世界の諸都市と、都市間環境外交ネットワークという形で活かされ、日本を 代表する環境国際協力拠点を形成している。 こうした様々な取組において成果を収めるに至った共通のポイントは、取組の過程で育まれ た、「北九州市民の環境に対する強い想い」と「産学官民の垣根を取り払った堅固なパートナー シップ」であり、北九州市は、市民の環境力の基盤に立って、ストック型社会構築という理念 の下に、低炭素社会づくりにチャレンジし、地球温暖化問題の解決と都市の活力増大を同時に 切り拓いている。さらに、その成果は、国内はもとより、成長するアジア地域の諸都市にも役 立て、アジアの発展にも尽くそうとしている。 【 事例研究】 環境モデル都市 北九州市 「 環境」 をキーワードとした地域産業の振興。低炭素も産業政策の一環。 o 公害克服と同時に進んだ70年代以降の鉄鋼業・重工業の縮小に合わせて、北九 州市の次の産業振興は「環境」に重点が置かれ続けている。 n n n 付加価値の高い成長産業の集積 環境技術研究開発拠点の形成 環境ビジネスの海外展開促進 等が低炭素社会づくりの戦略的な目的。 図 7 北九州市の戦略的な低炭素政策 (出所) 北九州市資料よりURC整理 - 226 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 3. 事例からの示唆―成功体験を創出することが戦略的第一歩 ストックホルム市はバイオ産業に注力して、炭素を削減すると同時に経済成長を果たした。 その結果、一層強力な環境政策を打ち出すことに成功している。フライブルク市も同様に、環 境のモデル都市になることで観光やサービス業の成長、企業の誘致に成功し、その結果、更に 強化された環境政策の導入に至っている。 仮に北九州市がアジアへの環境産業の展開により炭素削減と同時に経済が成長したり、ある いは京都市が歩けるまちづくりで炭素削減と同時に観光業が盛んになったりすれば、両市とも 一層環境政策を強化することができ、よりクリーンな成長を果たすモデルになっていくのでは ないだろうか。このように、持続可能な発展に向けては、何よりも最初に都市の成功体験を創 造すべきだという点が重要な示唆である。 何故ならば、低炭素政策は相応の投資が必要で、それを強化するには都市の成長が不可欠だ からである。下図に示すように、戦略的な低炭素政策を導入して、炭素を削減すると同時に都 市の成長を達成することができれば、都市の財務力が強化され、政策の選択肢が拡大して、一 層進んだ政策を導入することができる。つまり、この成功体験の循環をつくることで、都市の 成長を実現する戦略的な低炭素政策が求められる。 戦略的な 低炭素政策 強化された 都市の成長 低炭素政策 炭素の削減 都市の財務力強化(政策の選択肢拡大) より快適でクリーンな都市 図 8 低炭素型都市の目標設定の段階(模式図) - 227 - 第13號 海峽圈硏究 Ⅳ. 福岡市への適用 前章では都市が低炭素政策を戦略的に取捨選択する際に、最も重視すべきは「成功体験の創 出」と結論づけたが、それを福岡市に当てはめる場合に、どのように検討を進めたかを本章で 例示する。 1. 都市のビジョン、産業と求められているミッション 1) 都市のビジョン 日本の都市では、将来の健全な発展を促進するために策定する市政の総合的計画「総合計画」 があるが、その中でも「基本構想」と呼ばれる、市が長期的にめざす都市像を示した、様々な計 画や市政運営の基になるものを基本的な都市ビジョンと考えることが出来る。戦略的に低炭素 政策を選択する際には、まずは都市のビジョンに合致する方向にあるものを優先することが必 須である。 福岡市では2012年12月に新たな基本構想が策定されたが、福岡市の都市像は下記の通り「ア ジアの交流拠点」であるので、低炭素政策の目指す目標も、アジアの交流拠点になるための政 策であるべき。 「住みたい、行きたい、働きたい。アジアの交流拠点都市・福岡」 1 自律した市民が支え合い心豊かに生きる都市 2 自然と共生する持続可能で生活の質の高い都市 3 海に育まれた歴史と文化の魅力が人をひきつける都市 4 活力と存在感に満ちたアジアの拠点都市 2) 都市の産業 「成功体験の創出」で考えるべきは都市の産業構造である。都市の基盤となっている産業をど のように盛り上げるか、都市で最も成長している産業をどのように促進するか、都市が持つ発 展のポテンシャルの高い資源をどのように活用するか、といった視点がありうる。福岡市の場 合は、基盤となる流通業やサービス業が活性化するための政策が1つの方向性になりうる。 - 228 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 100% 非営利サービス 90% 政府サービス サービス業 80% 運輸・通信業 不動産業 70% 金融・保険業 卸売・小売業 60% 電気・ガス・水道 建設業 50% 製造業 鉱 業 40% 農林水産業 30% 20% 10% 0% 福 岡 市 北 九 州 市 ( 除福 福岡 北県 佐 賀 県 長 崎 県 熊 本 県 大 分 県 宮 崎 県 鹿 児 島 県 ) 図 9 福岡市の産業構造(総生産シェア)と九州他地域との比較 (出所) 各県県民経済計算、福岡市、北九州市市民経済計算 福岡市の卸売業年間商品販売額 その他 18% 福岡市の小売業年間商品販売額 鉱物・金属材料卸売業 21% その他 24% その他の飲食料品小売業 16% 各種商品卸売業 4% 合計 約12兆円 化学製品卸売業 5% 医薬品・化粧品等卸売業 5% 一般機械器具卸売業 6% 建築材料卸売業 6% 電気機械器具卸売業 14% 書籍・文房具小売業 3% 合計 約2兆円 百貨店,総合スーパー 14% 婦人・子供服小売業 5% 燃料小売業 5% 自動車小売業 10% 機械器具小売業 8% 医薬品・化粧品小売業 6% 各種食料品小売業 9% 食料・飲料卸売業 13% 農畜産物・水産物卸売業 8% 図 10 福岡市の卸と小売の年間商品販売額内訳 (出所) 商業統計調査 (注) 図 12図 13ともに2007年 2) 都市が求められているミッション 一時的な政策として、ビジョンに向かう産業振興のための低炭素関連事業を単発的に行うの では不十分である。継続的な政策によって成功体験を創出するには、ビジョンに向かう主導的 な方向付けでなく、受動的にも何らかの都市のミッションに関連付けた政策が必要だと考えら れる。そのため、都市に期待されているミッション(役割)が何かも明らかにする必要がある。 福岡市の場合は九州の各地方からアジアネットワークの提供、消費の場の提供、交通ハブサー ビスの提供といった役割が求められているので、これらを応えていく政策の方向性が重要であ ろう。 - 229 - 第13號 海峽圈硏究 図 11 福岡市が九州各自治体から期待されている役割 (出所) 福岡市と九州各自治体との交流・連携に関する調査(2010年3月福岡市) 以上のビジョン、産業、ミッションを踏まえて、II章で整理したような様々な低炭素政策の 優先すべき低炭素政策の方向性を定める 中から、成功の循環を導出できうる政策群を抽出するのが次のステップになる。 福岡市の目標像と特徴に合った低炭素政策を検討。 長期的 な目標 中期的 なビジョン 持続可能 な発展 持続可能な発展 住みたい、行きたい ・福岡 住みたい、行きたい、働きたい。アジアの交流拠点都市 、働きたい。アジアの交流拠点都市・福岡 基幹となる流通やサービス 業を成長させる政策手法 九州にネットワーク機能 を提供する政策手法 より住みやすく、より活気の ある、より交流を盛んにさ せる政策手法 九州にマーケット機能を 提供する政策手法 炭素 を削減 する 方策 人づくり (ライフスタイル転換) 快適さを逃さない住まいとオフィス トップランナー機器をレンタルする暮らし 低炭素社会の担い手づくり 安心でおいしい旬産旬消 都市づくり (都市・産業構造転換) 環境づくり (エ ネ ル キ ゙ー /緑の構造転換) 歩いて暮らせる街づくり 次世代エネルギー供給 集約型都市構造への転換 カーボンミニマム系統電力 都市計画マスタープラン・都市計画・ 条例等にもとづく施策 エネルギー負荷を削減するための対策 人と地球に責任を持つ産業・ビジネス 安心でおいしい旬産旬消型農業 エネルギー利用効率を高めるための対策 未利用エネルギーを活用するための対策 再生可能エネルギーを活用するための対策 CO2排出の見える化 木質バイオマスの活用 公共交通の利用促進 公共交通の整備 ヒートアイランド対策 みどりの管理・育成施策 道路整備(走行速度改善) 大規模な緑地の保全と適正な管理 自動車走行需要の調整(交通需要マ ネジメント) 公園緑地の整備と都市緑化の推進施策 滑らかで無駄のないロジスティクス 太陽と風の地産地消 森林と共生できる暮らし 図 12 福岡市の低炭素都市形成の優先政策議論イメージ - 230 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 2. 福岡市の優先政策の検討 2011年度の研究では、上述のように「アジアの交流拠点都市」というビジョン、小売業・卸 売業を中心とするサービス産業の構造、九州各自治体から、アジアのネットワーク機能、交通 の結節機能、消費市場の提供機能等を求められている役割を検討の前提として、3つの大きな 政策群を福岡市に提言した。 1) 再生可能エネルギーの産地ではなく一大消費地になる政策 九州全体の発電ポテンシャルを見ると、福岡市は再生可能エネルギーを市内で創ることよ り、市外で作られたものを消費することに集中してはどうかという結論に至ったが、再生可能 エネルギーの一大消費拠点形成することで、九州経済全体の活性化を促進し、各地との交流を 増やして、福岡市の成長に寄与する将来像を描き、このような将来を実現するために、下記の ステップを提言した: (1) 再生可能エネルギーの消費目標設定 再生可能エネルギーの消費目標を設定することで、九州全体で福岡向けに供給する市場のボ リュームを明確にする。 (2) 実現化に向けた仕組みの構築 高い目標を設定する場合、九州電力の電力網による再生可能エネルギー比率だけではまかな え切れないことが想定できるので、目標を達成するための仕組みを構築することが必要にな る。 グリーン電力基金を活用したり、いわゆる「生グリーン電力」を使用するプロジェクトを行っ たりして、九州のポテンシャルの高い地域での発電を支援することが現在の仕組み内で取組む ことが可能な内容である。 一歩進んで、市の特定規模電気事業者(PPS)立ち上げて自前で供給したり、街区単位、企業 単位の再生可能エネルギー基金を創設して発電事業を行ったりすることも取組んでいいのでは ないか。これらの事業によって、都市圏や九州各地域との広域の事業を形成していくことが肝 要である。 (3) 電源地域との交流促進 「再生可能エネルギーの産地ではなく一大消費地になる政策」が目指すところは、九州全体の 経済を盛り上げることで、交流都市である福岡市を成長させることにある。そのため、九州全 域で行う再生可能発電事業には、電源地域との交流をセットにするべきである。 例えば、福岡市内の施設が九州内特定地域のグリーン電力を使用するのであれば、その施設 - 231 - 第13號 海峽圈硏究 において電源地域のPRを行ったり、定期的に電源地域からの販促活動を行ったりすること を、広告物の掲示や道路占用等の規制緩和により支援していくことが考えられる。 2) 集約化拠点の形成を早める政策 (1) 複数交通手段の運行一元管理 複数交通手段(地下鉄、JR、西鉄)の運行一元管理がまずは取り組まないといけない内容にな る。一元管理することで、再設計が必要な路線も明確になり、運賃制度の統合も避けて通れな いと考えられる。 運賃制度の統合にあたって重要なのは、交通事業は不動産事業と小売事業とセットになって その価値がはじめて測られるので、交通事業単体での収益計算で運賃の整合を取ることは、運 賃が高まり、ますます公共交通を使わなくなる可能性がでてくることに注意すべきである。公 共交通の一元管理と最適化により、JRや西鉄の不動産事業と小売事業への収益効果、市営住宅 入居への効果も含めて、3事業者で検討することが重要であろう。 長期的には、不動産事業と小売事業を持たない市営地下鉄は、市民共有の財産であるという 前提に、交通事業者とサービスレベル協定を結んだ上で地下鉄インフラの事業者移管を行うこ とも視野に入れる必要があるであろう。 (2) 都心交通規制の強化 公共交通シフトが目指すところは、自家用車交通の減少によって、福岡市の産業基盤である 流通業や都市圏の製造業がスムーズな物流インフラ(道路)を使用することで、それらの生産性 の向上に寄与することである。そのため、特に交通渋滞が想定される都心エリアでは、相応な 交通規制の導入が必要となる。短期的には低公害車に限定した都心運行条件を設けたり、長期 的にはロードプライシング等、自家用車運行課金を検討することが必要になるであろう。 (3) 交通需要を安定化させる駅周辺の集約化 上記公共交通の最適化に合わせて取り組まなければならないのが、公共交通需要を安定化さ せる需要の創出(拠点地域の形成)である。公共交通拠点駅周辺の都市計画上の中高層範囲拡 大・規制緩和をはじめ、二世帯同居補助、集約化拠点への転入優遇、まちなか居住促進等の中 心市街地活性化策を導入することが重要である。また、交通不便地のスマートシュリンクを進 めるには、規制緩和された拠点地区開発の収益を交通不便地に移転するインセンティブも設け る必要がある。規制的な手法も重要であり、今後の交通不便地の開発を抑制し、それらの地域 を第一次産業、観光や炭素固定(緑化)用途に使用するためのインセンティブも必要であろう。 (4) 集約化拠点の商業機能向上 福岡市の基盤産業である流通業の活性化と、商業による公共交通需要の創出を目指すため、 - 232 - 自治体の低炭素都市形成戦略のあり方 集約化拠点の商業機能向上も取組むべき重点である。福岡市では既に天神明治通り街づくり協 議会、We Love天神協議会、博多まちづくり推進協議会など活動の成功例があるので、各集 約化拠点(主に鉄道駅)でのまちづくり協議会の形成を積極的に働きかけ、サポートしてくこと が重要であろう。 3) 農水産物の地産池消を促進するブランド強化の政策 (1) 水産物卸売市場のITプラットフォーム整備 農水産物の流通には様々な過去からの商習慣・文化があり急に変化することが難しいため、 サポート的な仕組みで、かつ流通関係者全体にメリットのある仕組みの構築が必要になってく る。そのため、ITによる市場機能の支援が一つの方策として考えられる。 漁獲現場でのWebカメラによる個体識別で漁業資源を管理したり、卸売市場の流通情報を一 元管理して効率化を実現したり、その過程でカーボンフットプリントを算出して、流通製品の 付加価値として公開する等の施策が考えられる。 (2) 流通・飲食業へのプラットフォーム公開 カーボンフットプリント表示が可能になれば、市内の流通業や飲食業へのプラットフォーム 公開により、各消費チャネルで消費者がカーボンフットプリントを確認することも容易にな る。この際、流通・飲食業がこのプラットフォームを利用するメリット(商品価値の向上)を消 費者に直接訴えることが行政の重要な役割になるであろう。 (3) 農産物への展開、他地域産品のカーボンフットプリント表示 まずは市外への流通量が多い水産物での取り組みをきっかけに、長期的には農産物市場への 展開や、他地域との連携も考え、より網羅的なカーボンフットプリントプラットフォームを作 ることを目指すのがいいのではないか。 3. 福岡市を対象にした検討と他都市への示唆(おわりに) 本稿では、エネルギー政策は国家の戦略に基づく政策であるため、自治体が低炭素都市を目 指すにあたってエネルギー政策を設計するには、本質的な限界があることから議論をスタート している。また、自治体にとって低炭素都市の形成は「炭素削減」を目標ではなく手段として位 置づけ、国のエネルギー政策の変更如何にかかわらず、都市が戦略的に進めるべき低炭素都市 形成政策を位置づける必要があるという視点に立っている。 その視点を踏まえてケース・スタディから、戦略的政策の形成においては「都市の成功体験 の創出」が優先されるべきだという仮説を導き出し、成功体験を形成するためには、都市のビ - 233 - 第13號 海峽圈硏究 ジョン、経済・産業、そして周囲から期待されている役割を踏まえることが重要ではないかと まとめている。福岡市に当てはめた事例として前節の諸政策を提言しているが、行政の現場に おいては、政策実現の可能性をもっと重視したり、自治体の役割として炭素削減を大上段に位 置づけたりすることも当然考えられるが、本稿が日韓双方の都市の低炭素政策の検討において 何らかの参考になれば幸いに思う。 - 234 -