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全文 - 産学官の道しるべ

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全文 - 産学官の道しるべ
2013
5
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
Vol.9 No.5 2013
特集 1
http://sangakukan.jp/journal/
MEMS・仙台・ネットワークの可能性
■ MEMS・半導体開発のための共用施設「試作コインランドリ」
■第 4 回国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト国内予選
高校生 2 チームが世界大会へ
■株式会社メムス・コア 急がれる新分野のアプリ開発
特集 2
研究成果を社会へ
● SiC 超高温プロセス環境の実現
●注目される全方向移動型歩行訓練機の技術
●医療現場のニーズから生まれた安全安心な内視鏡手術ナビゲーター
●省エネ効果の大きい透明断熱フィルムの実用化
産学官5月号.indb
1
2013/05/10
13:26:34
巻 頭 言
グローバル人材養成で産業界と連携
三島良直… ……… 3
特 集 1
MEMS・仙台・ネットワークの可能性
MEMS・半導体開発のための共用施設
「試作コインランドリ」
第4回国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト国内予選
株式会社メムス・コア
高校生2チームが世界大会へ
急がれる新分野のアプリ開発
戸津健太郎… ……… 4
和田信也… ……… 9
本間孝治… …… 11
特 集 2
研究成果を社会へ
CONTENTS
SiC 超高温プロセス環境の実現
注目される全方向移動型歩行訓練機の技術
医療現場のニーズから生まれた
安全安心な内視鏡手術ナビゲーター
省エネ効果の大きい透明断熱フィルムの実用化
証券市場の新規上場3年連続増加
連載
産学官連携
ジャーナル
アーカイブ
企業が実感した共同研究の日米比較
後編 米国の新規事業開発のスキーム
科学技術イノベーションへの道(1)
役に立つということ
視点 / 編集後記
2
産学官5月号.indb
山本昭二… …… 14
佐藤 暢… …… 17
山本清二… …… 19
藤 正督… …… 22
宇壽山図南… …… 24
堀井朝運… …… 26
… …… 29
… …… 35
Vol.9 No.5 2013
2
2013/05/10
13:26:35
巻
頭
言
■グローバル人材養成で産業界と連携
三島 良直
みしま よしなお
東京工業大学長
時代が変遷し環境が変わろうとも、研究、教育等に対する大学の使命は一貫しているが、同
時に時代の要請に応えて変わらなければならない側面も持っている。加速するグローバル化へ
の対応は後者の代表的なもので、グローバル人材の育成と大学自体の国際化は喫緊の課題であ
る。本学でも、こうした教育改革をスピーディーに進めている。
いま社会、産業界が求める人材の資質は次の 3 つである。
第 1 に、自分の専門分野の基礎学力をしっかり身に付け、その能力を磨くだけでなく、周辺
の科学技術の分野が、わが国および世界で、今後どうなっていかなければならないのかについ
ての視点――俯瞰力――を備えていること。
第 2 に、世界中の人とグループでディスカッションし、課題解決に向けて共同作業ができる
協調性やコミュニケーションスキルを持つこと。
第 3 に、
国籍、
文化、
宗教という垣根を越えて活躍する“理工人”となるために、
人文系の教養、
異文化理解のための素養を身に付けること。
こうした人材を育てるには産業界と連携して進める視点が必要である。文部科学省の「博士
課程教育リーディングプログラム」として、本学はオールラウンド型、複合領域型(情報生命
と環境エネルギー)
、オンリーワン型(原子力安全・セキュリティー)の 3 タイプで計4教育
院を設置しているが、いずれも企業の積極的な参画なくしては成り立たない。
また、過去 5 年間、同省の「イノベーション創出若手研究人材養成」
(平成 20 年度採択)を
実施してきた。インターンシップの期間は博士課程 3 カ月、ポスドク 6 カ月で、プログラムを
一緒につくる連携企業 10 社と学生を受け入れてもらうパートナー企業約 100 社との共同事業
である。その都度マッチングさせるのではなく、
普段から学生と企業が交流するプラットフォー
ムをつくっておいて、
「学生 20 人がこういうトピックでポスターセッションを行いますから、
興味のある方は来てください」と企業に案内。そこでのコミュニケーションを通じて「当社に
インターンシップに来ない?」と話が進む。最後の 2 年ほどは企業の関心が高まり、多くのイ
ンターンシップに結び付いた。同事業は 3 月で終了したが、今年度は大学独自の資金で継続し、
博士課程の全員がキャリアパスを考えながら学位を目指せるようにした。企業の方と話ができ
る場も設けている。
本学の長期的な目標は「世界最高の理工系総合大学の実現」
。世界のトップクラスの大学に
伍す教育の質を確保するとともに、大学自体の国際化を進め、さらに産業界との連携も深めて、
世界を舞台に活躍する人材育成に挑戦していきたい。
3
Vol.9 No.5 2013
産学官5月号.indb
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13:26:36
特集1
MEMS・仙台・ネットワークの可能性
MEMS・半導体開発のための共用施設
「試作コインランドリ」
MEMSを中心とした半導体試作開発設備を開放し、大学の研究成果を活用しながら
企業の試作を支援する東北大学マイクロシステム融合研究開発センターの
「試作コ
インランドリ」
。その利用の実態と成果は?
■はじめに
戸津 健太郎
MEMS(微小電子機械システム)はシステムの鍵を握る高付加価値部品であり、
とつ けんたろう
例えば携帯電話のユーザインターフェース用の加速度センサなどが多く使われて
東北大学マイクロシステム
融合研究開発センター 試作コインランドリ長
准教授 いる。MEMS は半導体微細加工技術によって作製されるが、
開発を行うためには、
高価なプロセス装置やクリーンルームの導入が必要で、それらの維持費も高額と
なる。そのため、一連の設備を 1 つの企業内でそろえることは容易ではない。ま
た、分野横断形の技術で標準化も困難であるため、多様なプロセスの中から最適
なものを適宜選択する必要があるなど、幅広い知識、経験が要求されていること
も開発の障壁を大きくしている。このような困難さを少なくするため、東北大学
では内閣府/日本学術振興会最先端研究開発支援プログラム(FIRST)
「マイク
* 1
ロシステム融合研究開発」
(中心研究者:江刺正喜教授、期間:2009 ~ 2013 年
東北大学試作コインランドリ
http://www.mu-sic.tohoku.
ac.jp/coin/
度)のサブテーマの 1 つとして、試作コインランドリ*1を 2010 年に開始した。
MEMS を中心とした半導体試作開発設備を開放し、大学の研究成果を活用しな
* 2
がら企業の試作支援を行うものである。2012 年 7 月からは文部科学省ナノテク
ノロジープラットフォーム事業
文部科学省ナノテクノロジー
プラットフォーム
https://nanonet.go.jp/
の微細加工プラットフォームの実施場所として
*2
も活用している。試作コインランドリでは、
MEMS の産業化を加速させるために、
企業の技術者が滞在し、技術支援を受けながら、必要なときに必要な装置を時間
単位で自ら操作して試作開発を行うことができる。東北大学に蓄積された多くの
ノウハウにもアクセスすることができ、効率の良い研究開発が進められるととも
に、開発投資を減らせるので、リスクが低減し、研究開発から産業化への移行が
より円滑になる。受託開発は原則として行っておらず、企業の技術者が自ら装置
を動かして開発を行うので人材も育成できる。各装置の操作方法
については、試作コインランドリのスタッフが指導を行う。
�館研究�
実験室、クリーンルーム
■設備・スタッフ・技術
試作コインランドリは東北大学西澤潤一記念研究センター内で
行っている(図 1)
。3 階建てで、
2 階と 3 階の一部がクリーンルー
ムとなっており、試作コインランドリでは、主に 2 階のクリーン
ルーム(広さ約 1,800m2)のうち、およそ 1,000m2 を利用して
いる。2008 年までは企業がパワートランジスタの製造を行って
4
産学官5月号.indb
3F
Class 100~10,000
1,600m2
スーパークリーンルーム
2F
1,800m2
1F
1,800m2
Class 1~1,000
試作コインランドリ
ユーティリティスペース
2�館
2
2F 700m
実験室
1F 700m2 実験室、倉庫
3F 居室
2F 会議室
1F
事務室 仙台MEMSショールーム、
近代技術史博物館
クリーンルーム、実験室の延べ床面積: 約5,000m2
東北大学西澤潤一記念研究センターのレイアウト
図1 図1
東北大学西澤潤一記念研究センターのレイアウト
Vol.9 No.5 2013
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2013/05/10
13:26:43
特集
いた設備がクリーンルーム内にあり、現在は試作コインランドリの主要設備とし
て活用している。企業で不用になった中古装置を寄付いただくことも多い。
試作コインランドリで利用可能な装置とそれぞれの利用料金の一覧を示す(表
1)。対応するウェハの大きさは主に 4 インチおよび 6 インチであり、企業の開
発現場で主に利用されている環境と互換性がある。装置の数はサービスを開始し
た 2010 年当初に比べて約 2 倍となった。前工程だけではなく後工程や測定装置
も保有している。MEMS のほか、半導体デバイスの試作も可能である。例えば
pn 接合を利用したデバイス試作等のため、イオン注入装置の利用も多い。RIE
装置などは MEMS 用途のものと半導体用途ものを分けて運用しており、クロス
コンタミネーションが極力起きないよう注意している。
表1 東北大学マイクロシステム融合研究開発センター 試作コインランドリ 主要装置リスト (2013 年 1 月~)
■施設使用料(1 人あたり) 学外:570 円 / 時間、 学内:390 円 / 時間 (ナノテクノロジープラットフォームご利用の場合、学外:350 円 / 時間、学内:170 円 / 時間)
■技術支援料 5,565 円 / 時間 (ナノテクノロジープラットフォームご利用の場合、3,150 円 / 時間)
分類 洗浄、乾燥
装置名称
エッチングチャンバー
メーカ/型番
アズワン PSH1200
リン酸槽
使用料
(円/時間)
対応ウェハサイズ
備考/簡単な仕様、装置の特徴等
141
最大6インチ
酸洗浄、ウェットエッチング(Si, SiO2, 金属など)
227
最大6インチ
SiNウェットエッチング
CO2 超臨界乾燥機
SCFluids CPD1100
683
最大6インチ
壊れやすいデバイスの乾燥
イナートオーブン(シンター炉)
ヤマト科学 DN63H
102
最大6インチ
N2雰囲気中での熱処理、Alシンタリングなど
真空オーブン
ヤマト科学 DP-31
46
最大6インチ
真空中での熱処理
ブラシスクラバ
全協化成
1,023
最大6インチ
研磨後のウェハ洗浄
スピン乾燥機
東邦化成 ZAA-4
34
最大6インチ
平置き式でウェハやフォトマスクの乾燥
41
最大6インチ
有機洗浄、レジスト剥離
36
4インチ
カセット式で1度に25枚まで処理可能
36
有機ドラフトチャンバー
フォトリソグラフィ
4"スピン乾燥機
SEMITOOL PSC101
6"スピン乾燥機
SEMITOOL PSC101
6インチ
カセット式で1度に25枚まで処理可能
パターンジェネレータ
日本精工 TZ-310
593
最大7インチ角
エマルジョンマスク、Crマスクの作製、最小描画パターン:1µm
スピンコータ
ミカサ 1H-DXII
150
最大4インチ
レジスト等のスピンコーティング
クリーンオーブン
ヤマト科学 DE62
92
最大6インチ
ウェハのベーク
ポリイミドキュア炉
ヤマト科学 DN43H
69
最大6インチ
N2雰囲気中でのポリイミドのキュア
両面アライナ
Suss MA6/BA6
1,120
最大6インチ
コンタクト露光、片面・両面アライメント、接合時のアライメント
片面アライナ
キヤノン PLA-501-FA
1,043
4インチ
コンタクト露光、カセットtoカセットで連続処理可能
Reith EB描画装置
Reith 50
2,677
最大3インチ
最大加速電圧:30keV、最小描画パターン:30nm
13
最大6インチ
レジスト現像用のドラフトチャンバー
4インチ
レジストのキュア、カセットtoカセット
現像ドラフト
酸化拡散、イオン注入、熱処理
成膜
UV キュア装置
ウシオ電機 UMA-802
1,222
スピンコータ
アクテス ASC-4000
143
最大6インチ
レジスト等のスピンコーティング
スプレー現像装置
アクテス ADE-3000S
190
最大6インチ
現像液とリンス(水)をノズルから噴霧
ステッパ
キヤノン FPA1550M4W
4,035
最大6インチ
g線ステッパ、最小描画パターン:約0.6µm、カセットtoカセット(4インチ)
エリオニクス EB描画装置
エリオニクス ELS-G125S
8,692
最大6インチ
最大加速電圧:130keV
酸化炉(半導体用)
東京エレクトロン XL-7
3,221
最大6インチ
酸化膜形成、半導体ウェハ用
酸化炉(MEMS用)
東京エレクトロン XL-7
3,221
最大6インチ
酸化膜形成、MEMSウェハ用
P拡散炉
東京エレクトロン XL-7
4,211
最大6インチ
P拡散(プリデポ用)
P押し込み炉
東京エレクトロン XL-7
2,658
最大6インチ
P拡散(ドライブイン用)
B拡散炉
東京エレクトロン XL-7
3,317
最大6インチ
B拡散(プリデポ用)
B押し込み炉
東京エレクトロン XL-7
2,658
最大6インチ
B拡散(ドライブイン用)
アニール炉
東京エレクトロン XL-7
2,641
最大6インチ
イオン注入後のアニール
中電流イオン注入装置
日新イオン機器 NH-20SR
7,610
4インチ
最大加速電圧:180keV、最大電流:0.6mA、注入可能元素:P、B、カセットtoカセット
高電流イオン注入装置
住友イートンノバ NV-10
7,761
4インチ
最大加速電圧:80keV、最大電流:6mA
ランプアニール装置
AG Associates AG4100
3,426
最大6インチ
最高温度:1100℃、昇温速度:100℃/sec、カセットtoカセット
LPCVD(SiN)
システムサービス
4,457
最大6インチ
SiN
LPCVD(Poly-Si)
システムサービス
4,617
最大6インチ
Poly-Si
LPCVD(SiO2)
システムサービス
7,312
最大6インチ
SiO2(NSG)、SiON
熱CVD
国際電気
6,570
最大6インチ
Epipoly-Si(non-doped, doped)、Poly-Si(non-doped, doped)、最高温度:1100℃
住友精密PECVD
住友精密 MPX-CVD
7,161
最大8インチ
SiN、SiO2、最高温度:350℃、低応力SiN成膜
W-CVD
Applied Materials P-5000
3,432
4インチ
タングステン成膜
アネルバスパッタ装置
アネルバ SPF-730
2,099
最大6インチ
1バッチ9枚(4インチ)、8インチターゲット×3
芝浦スパッタ装置
芝浦メカトロニクス CFS-4ESII
1,041
最大8インチ
基板ステージφ200mm、3インチターゲット×3、基板加熱形(最高300℃)
電子ビーム蒸着装置
アネルバ EVC-1501
2,296
4インチ
主に金属薄膜の蒸着
ゾルゲル自動成膜装置
テクノファイン PZ-604
1,487
最大4インチ
PZT成膜
めっき装置
山本鍍金試験器
694
最大6インチ
Cu、Ni、Sn、Au
MOCVD
ワコム研究所 Doctor T
15,081
最大8インチ
PZT成膜等
JPEL PECVD
日本生産技術研究所VDS-5600
12,397
最大6インチ
SiN、SiO2、バッチ式:4インチ×13枚、6インチ×8枚
5
Vol.9 No.5 2013
産学官5月号.indb
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13:26:47
スタッフは現在 9 名であり、MEMS や半導体の研究開発、生
産に携わってきた経験者である(写真 1)
。それぞれの知識、経験
を最大限活用して支援にあたっている。多くの利用者が快適に使
えるように、それぞれの装置はスタッフが中心となってプロセス
開発、情報共有、維持管理を行っている。
試作コインランドリでは、最先端研究開発支援プログラムの
一環として、各種プロセス技術の開発を行っている。特に低応力
CVD 技術や圧電薄膜成膜技術等を開発している。また、利用者
の希望に応じた加工レシピを提供するオンデマンドのシリコン深
写真 1 試作コインランドリのスタッフ
写真1 試作コインランドリのスタッフ
掘り技術を保有している。これらは主に利用者の要望に応える形で研究開発を行っ
ており、その成果を利用者の課題解決に速やかに役立てることを目的としている。
同じセンター内には、仙台 MEMS ショールーム*3が設置されている。これま
でに国内外で開発された 100 を超える MEMS デバイスやポスターが展示されて
いて、MEMS 技術を俯瞰(ふかん)することができる。また、近代技術史博物
館*4もあり、情報通信技術や録音技術などの変遷を感じ取ることができる。
* 3
仙台 MEMS ショールーム
http://www.mu-sic.tohoku.
ac.jp/showroom/
* 4
近代技術史博物館
http://www.mu-sic.tohoku.
ac.jp/museum/
表1 東北大学マイクロシステム融合研究開発センター 試作コインランドリ 主要装置リスト (2013 年 1 月~)(続き)
分類 エッチング
装置名称
メーカ/型番
使用料
(円/時間)
対応ウェハサイズ
備考/簡単な仕様、装置の特徴等
接合、研磨、パッケージング
DeepRIE装置#1
住友精密 MUC-21
4,217
最大6インチ
Siの深堀エッチング
DeepRIE装置#2
住友精密 MUC-21
4,217
最大6インチ
Siの深堀エッチング
DeepRIE装置#3
STS
4,217
最大6インチ
Siの深堀エッチング
アネルバRIE装置
アネルバ DEA-506
3,238
最大6インチ
SiN、SiO2のドライエッチング、ガス:CF4、CHF3
アネルバSi RIE装置
アネルバ L-507DL
3,040
最大6インチ
Siのドライエッチング、ガス:SF6
Al-RIE装置
芝浦エレテック HIRRIE-100
4,932
最大6インチ
AlやSiのドライエッチング、カセットtoカセット、ガス:Cl2、BCl3
アルバック アッシング装置
アルバック UNA-2000
928
最大6インチ
2.45GHz、カセットtoカセット
ブランソン アッシング装置
ブランソン IPC4000
1,193
最大6インチ
13.56MHz
ECRエッチング装置
アネルバ ECR6001
5,653
最大3インチ
ガス:Cl2
アルバック多用途RIE装置
アルバック RIH-1515Z
4,500
最大6インチ
金属膜や圧電膜も対象とした多目的のドライエッチング、ガス:Cl2、BCl3、SF6、CF4、CHF3、Ar、N2、O2
KOHエッチング槽
1,884
最大6インチ
Si結晶異方性エッチング
TMAHエッチング槽
1,884
最大6インチ
Si結晶異方性エッチング
陽極接合、金属接合、ポリマー接合
測定
ウェハ接合装置
Suss SB6e
1,774
最大6インチ
東京精密 ダイサ
東京精密
6,168
最大6インチ
切削水:純水
ディスコ ダイサ
ディスコ DAD-522
737
最大6インチ
切削水:水道水
ワイヤボンダ
West Bond
チップ
Al、Au
レーザマーカ
GSI ルモニクス WM-II
4インチ
ウェハのマーキング
6インチウェハ研磨装置
BNテクノロジー Bni62
1,201
最大6インチ
Si、SiO2、金属などの研磨、CMP
4インチウェハ研磨装置
BNテクノロジー Bni52
993
最大4インチ
Si、SiO2、金属などの研磨、CMP
サンドブラスト
新東
1,305
最大6インチ
ガラスの穴あけ加工
ウェハゴミ検査装置
トプコン WM-3
19
最大4インチ
ウェハ上のパーティクル測定(数、大きさ)
膜厚計
ナノメトリクスNanoSpec3000
41
最大6インチ
光学式の膜厚測定
Dektak 段差計
Dektak 8
619
最大6インチ
触針式の表面形状測定
Tenchor 段差計
Tencor AlphaStep 500
619
最大6インチ
触針式の表面形状測定
深さ測定装置
ユニオン光学 Hisomet
412
最大6インチ
光学式の非接触深さ測定装置
413
最大6インチ
ウェハ抵抗率などの測定
4探針測定装置
13
700
拡がり抵抗測定装置
Solid State Measurements SSM150
1,013
小片
不純物濃度プロファイルの測定、ウェハを小片にして端面を斜め研磨した後に測定
ウェハプローバ
東京精密 EM-20A
1,041
4インチ
デバイスの電気特性測定
金属顕微鏡
ニコン L150
デジタル顕微鏡
キーエンス/クノーテクノクラフト
熱電子SEM
日立 S3700N
1,237
最大12インチ
EDX付、低真空モード付、光学画像ナビゲーション付
FE-SEM
日立 S5000
2,085
小片
小片専用、インレンズ式の高分解能FESEM
マイクロX線CT
コムスキャンテクノ
ScanXmate D160TS110
1,354
最大6インチ
X線を用いた非破壊内部観察
エリプソ
アルバック
116
最大6インチ
薄膜の厚さ、屈折率測定
超音波顕微鏡
インサイト IS-350
484
最大12インチ
デバイス内部の非破壊検査、ウェハ接合面の欠陥、ボイド評価等
デジタルサーモ顕微鏡
アピステ FSV-1200
126
最大6インチ
熱画像センサ、最小分解能:10µm
赤外線顕微鏡
オリンパス/浜松ホトニクス
56
最大6インチ
四重極質量分析装置
キヤノンアネルバM-101QA-TDM
TOF-SIMS
CAMECA TOF SIMS IV
クイックコータ
サンユー電子 SC-701MkII
走査形プローブ顕微鏡
島津製作所
6
産学官5月号.indb
12
最大6インチ
パターン観察
546
最大8インチ
パターン観察、デジタル画像保存、電動ステージ(PC制御可)、20~200倍、500~5000倍
439
3,862
455
2,027
両面アライメントの確認、ウェハ接合面のボイド評価等
プロセス中の残留ガスのモニタ等
チップ
二次イオン質量分析装置、深さ方向の微量元素分析
最大2インチ
SEM観察試料のPtコーティング
チップ
表面形状の精密測定
Vol.9 No.5 2013
6
2013/05/10
13:26:52
特集
■利用
試作コインランドリの利用を希望される場合は、ま
ずスタッフにメール等で連絡をいただき、相談させて
学内
学外
いただく。利用が決定した場合は、東北大学ナノテク
融合技術支援センターのホームページ*5 で申請を行っ
ていただく。申請作業と並行して、装置の空き状況や
技術支援が必要な場合はスタッフの予定を調整し、利
用日程を決定する。
2010 年 4 月にプロジェクトが本格稼動して以来、利
用件数は増加傾向であり、現在は毎月 400 件を超えて
いる(図2)。企業利用者と東北大学内の利用者の比率
4 5 6 7
8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8
2010
9 10 11 12 1 2 3
2011
4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3
2012
2013
図3 月毎の主要装置利用件数
図 2 月ごとの主要装置利用件数
はおよそ半々である。東北、関東地域を中心に全国からこの 3 年間で約 110 社
が利用している(図3)
。これまで MEMS に取り組んできた企業の利用のほか、
樹脂成型メーカーなど新規参入企業の利用も多い。少人数で活動している設備を
* 5
東北大学ナノテク融合技術支援
センター
http://cints-tohoku.jp/
持たないファブレスのベンチャー企業の利用もある。企業の多くは何度も利用い
ただいているリピーターであり、一部の企業は常駐して活動している。
試作デバイスの例としては、加速度センサ、圧センサ、磁気センサ、放射線セ
ンサ、フォトダイオード、ガスセンサ、振動発電デバイス、太陽電池、圧電デバ
イス、水晶デバイスなどが挙げられる。放射線センサは既に実用化されている。
デバイスの試作だけではなく、薄膜成膜やエッチングのみの加工で利用されてい
るケースも多い。
外国
このほか20社程度
図 3 3 年間のユーザリスト
図4 3年間のユーザリスト
7
Vol.9 No.5 2013
産学官5月号.indb
7
2013/05/10
13:27:00
■人材育成
試作コインランドリでは、試作を支援しながら、同時に企業の
開発者の育成を図っている。産学官連携組織である MEMS パー
クコンソーシアム*6主催の人材育成事業では、持ち込みの課題に
ついて 3 カ月間で設計、
試作、
評価するプログラムを実施している。
これは経済産業省産学連携製造中核人材育成事業を自立化したも
ので、人材育成の成果が製品化に結び付いた事例もある。さらに
2013 年 1 月~ 2 月には毎週木曜日の午後、仙台市主催で MEMS
デバイス試作実習講座を行った(写真 2)
。新規参入を検討する企
業から 7 名の技術者が参加して、加速度スイッチなどの MEMS
デバイスを設計、試作し、好評であった。
写真2 デバイス試作実習講座の様子
MEMSデバイス試作実習講座の様子
写真 2 MEMS
* 6
■おわりに
MEMS パークコンソーシアム
http://www.memspc.jp/
高付加価値のものづくりを行って産業競争力を向上させる必要があると考えて
いるが、そのためには、高性能化や低価格化だけではなく、知恵やノウハウやネッ
トワークをフル活用した新しい価値を生み出すものづくりが必要と考える。試作
コインランドリでは、大学の研究成果の活用による企業の新製品、新事業の創出、
雇用の維持、
拡大を目指し、
常に危機感を持って、
精一杯支援するようにしている。
MEMS デバイスに対するニーズは増加の一途であり、これらのニーズを的確に
捉えてものづくりに活かすことが重要である。試作コインランドリを利用いただ
くことで、これまで障壁が大きいと考えられてきたニッチな市場も狙えるものと
思われる。ベンチャー企業の受け皿としても機能し、仙台において MEMS の産
業化を加速させたい。さらに技術支援を超えて、利用者同士やスタッフが交流し
て新たなビジネスの種を見つけ成長させる「場」にもしたいと考えている。
企業が試作コインランドリの設備を用いて製品の製作を行う準備を進めてお
り、間もなく開始する予定である。これは、大学の研究開発活動の成果を製品と
して社会で実証し、製作の過程や社会で生じた成果・課題を大学の教育研究に
フィードバックさせてさらに加速させようとするものである。大学と企業が技術
や知識を共有しながら同じ環境で研究開発を行う場とし、1 つでも多くのデバイ
スが実用化されて社会の役に立つような取り組みを続けたい。
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特集1
MEMS・仙台・ネットワークの可能性
特集
第 4 回国際ナノ・マイクロアプリケーションコンテスト(iCAN'13)国内予選
高校生 2 チームが世界大会へ
日本のものづくりの将来を担う若手技術者の育成を狙いに、MEMSを活用した新し
い製品・サービスのアイデアを競うコンテストが毎年開催されている。今年のコンテス
トには高校生、大学生の各4チームが参加した。
■仙台地域に研究・試作開発拠点が集積
4 月 18 日、東北大学片平さくらホールにおいて、高校生から大学院生を対象
とした MEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電子機械システム)
を活用したアプリケーションの試作コンテストである「第 4 回国際ナノ・マイ
クロアプリケーションコンテスト(iCAN'13)国内予選」
(主催:東北大学マイ
和田 信也
わだ しんや
仙台市経済局産業政策部
産業振興課 産学連携推
進室 主査
クロシステム融合研究開発センター、MEMS パークコンソーシアム)が開催さ
れた。
このイベントは、日本のものづくりの将来を担う若手技術者の育成を狙いとし
たコンテストで、今回が 4 回目の開催となる。参加した学生は自ら発案したオ
リジナルのアイデアを実際のアプリケーションに仕上げ、コンテストでは一般参
加者への展示、
審査員の前でのプレゼンテーション・デモンストレーションを行っ
た。そして審査の結果、6 月にスペイン・バルセロナで開催される世界大会に日
本代表として出場する 2 チームが決定した。
もともと、中国で実施されていたコンテストを世界規模に拡大したもので、世
界大会には世界各地の国と地域から毎年 20 チーム前後が参加している。なお、
仙台地域は国内有数の MEMS 研究者や MEMS 試作開発拠点の集積があること
で有名で、東北大学では江刺正喜教授を中心に世界最先端の研究が展開され、ま
た、MEMS ベンチャー企業の立地や MEMS 試作開発拠点「試作コインランドリ」
を有するなど、国内のみならず世界的にも注目されている地域である。本イベン
トの主たる運営は仙台地域の産学官連携組織である MEMS パークコンソーシア
ムが、東北大学マイクロシステム融合研究開発センターと連携して担っている。
なお、本イベントは、MEMS 技術を活用したアミューズメント分野における
新製品開発へのきっかけづくりを狙いとした「アミューズメント× MEMS」マッ
チングフォーラムと併催され、フォーラム参加者も学生の熱のこもった展示説明
や発表に聞き入っていた。以下では本コンテストの概要を紹介したい。
■展示ブースでも来場者に説明
●展示
過去のコンテストから継続して参加するチームが多いのが特徴的で、今回は初
参加の山形大学を含めて計 8 チームが参加した。
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午前中は、各チームが展示ブースにポスター、試作したアプリケー
ション、ノートパソコン、説明資料などを設置し、来場者への説明を行っ
た。来場者からの投票結果が最終審査に反映されることもあって各チー
ムとも説明に力が入っており、中にはオリジナルの特大パネルを製作し
たチームもあった。
●発表
午後からはメインの発表会である。5 名の審査員や一般来場者の前で、
大学生チーム→高校生チームの順に 7 分間のプレゼンテーション・デモ
写真1 郡山北工業高校
ンストレーションを実施した。各チームとも堂々とした発表内容で、仲
間と共に試作してきたアプリケーションへの想い、そして世界大会出場
への想いがひしひしと伝わってくる熱のこもった発表となった。
●表彰式
審査員による厳正なる審査の結果、大学生部門、高校生部門の結果は
表1のとおりとなった。また、特に審査員の評価が高かった郡山北工業
高校(写真1)、宮城県工業高校(写真2)の 2 チームが大学生チーム
写真2 宮城県工業高校
を抑えて 6 月の世界大会への出場権を獲得した。共に本コンテストの常
連校で過去に世界大会出場経験があり、
高校生ながらその実力は高く評価された。
高校生チームのみの日本代表は今回が初めてとなるが、両チームともアプリケー
ションの完成度、プレゼンテーションの内容とも申し分なく、世界大会での活躍
が期待される。
表1 審査結果
<大学生の部>
チーム名
アプリケーション名
第一位
山形大学
Team Telerobotics
育児支援システム
“気持ちよく揺らしてーな”
第二位
京都大学 TBT
みちびくん
最優秀プレゼンテーション賞
東北大学
Team EARTH
あっち向いてパズル
最優秀ポスター賞
東北工業大学
Team Tohtech
デジタル火力調節器
<高校生の部>
チーム名
アプリケーション名
第一位
郡山北工業高校
ROBO Pro2 Team
Sma ROBO
第二位
宮城県工業高校 EXACT
伊達コプター ver.2.05
最優秀プレゼンテーション賞
仙台第一高校物理部
ドント スリープ!
最優秀ポスター賞
仙台第一高校電脳研究部
MAGIC WAND
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特集1
MEMS・仙台・ネットワークの可能性
特集
株式会社メムス・コア
急がれる新分野のアプリ開発
東北大学発ベンチャーで、わが国で唯一のMEMS(微小電子機械システム)開
発専業企業である株式会社メムス・コア(宮城県仙台市泉区、本間孝治代表取締
役)は、会社設立から11年半。ビジネスモデルを模索する時期があったが、技術
力を生かして数年前から「MEMS開発および開発試作の受託」を事業の柱に据え
た。また、小ロットを数多くこなすMEMSの製造受託も軌道に乗り、昨年度、創
業11年目で黒字化を達成し業容が拡大している。この背景には、わが国のエレ
クトロニクス業界の構造変化もあるようだ。わが国のMEMS関連業界は、そして
産学官連携による仙台地域のMEMS産業振興の可能性は? 本間社長に聞いた。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
■東北大の技術と融合
本間 孝治
ほんま こうじ
株 式 会 社メムス・コア 代表取締役
― メムス・コアは、MEMS の世界的権威である江刺正喜東北大学教授の蓄積した技術と、
本間さんの経営する半導体製造装置開発の株式会社ケミトロニクスの技術を融合させ
る新会社として話題になりました。また江刺先生と本間さんの出会いが、東北大学、
仙台市などの産学官連携で新産業創出を目指す取り組みのきっかけになったとも言わ
れています。
本間 私が技術顧問をしていたある電子計測器メーカーが小型の高速スイッチを
つくりたいというので、技術者を江刺先生の研究室に派遣したのが江刺先生と出
会うきっかけでした。メムス・コア設立に当たっては、江刺先生を含む東北大学
の研究者の方々にも出資していただきましたし、当社の泉工場(仙台市泉区)に
は江刺研究室の分室があります。新会社設立の目的は大学の技術を世の中に出す
ことでした。MEMS ならビジネスとしてもいけると考えたのです。
― メムス・コアを設立した 2001 年末当時、半導体の中でも、かつて世界の市場を席巻
した DRAM は韓国、
台湾勢に押され、世界シェアは 20 ~ 30%にまで落ちていました。
日本のメーカーが技術を開発し市場を開拓した液晶パネルや DVD プレーヤーなども
急速にシェアを失い始めていました。
本間 それについては、日立製作所中央研究所の半導体技術者だった私が 30 年
前に独立し、株式会社ケミトロニクスをつくった経緯からお話しましょう。日本
の DRAM が全盛だった時代、半導体メーカーは、製造装置の 20 ~ 30%は自前
でつくっていました。当時はウエハ加工プロセス(前工程)が中心でした。各社
が自前の技術を競い合った時代ですから、必然的に技術を具現化する装置が主役
であり、メーカーの中に装置をメンテナンスする人材がいました。
― そのノウハウが日本の半導体メーカーの強さの秘密だったわけですね。
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本間 そうです。装置メーカーから汎用機を購入する場合でも、それを自社で改
造していました。技術を秘匿するため装置メーカーの人は工場には入れません。
ところが、日本の半導体メーカーは、全部汎用機を導入し、手を加えず、それで
生産するようになったのです。しまいには装置メーカーに歩留まりの保証まで求
めるようになりました。こうした状況を見て、LSI の開発をやめ起業することに
したのです。2001 年当時、MEMS はそこまではいっておらず、産学の技術を
生かしたビジネスのチャンスはあると思いました。
■海底資源探査に AE センサー
― 大学の先端的な技術で事業化したものはありますか。
本間 実用化は簡単ではなく、11 年目にしてようやく認められつつあるものが
2つあります。1 つは、東北大学の新妻弘明先生の AE センサーです。これは振
動音を検知し解析するもので、橋梁やトンネルのモニタリングや飛行機、風車軸
等の金属疲労による破壊の検知などに適用できるのではないかと考えています。
現在、海底の資源探査や地熱資源探査への活用を探っています。既存の電気信号
のセンサーはノイズに弱いですが、当社の技術は光ファイバーを使うので電気ノ
イズに強く信号が減衰しません。まだ、試作段階ですが、それを活用しているわ
けです。もうひとつは、東北学院大学の木村光照先生の真空インジケータです。
薄膜上にトランジスタとマイクロヒーターを設け、ヒーターの熱が周囲の雰囲気
圧によってトランジスタの特性が変化することを利用するものです。実際に開発
を進めてゆきますと当初のアイデアだけでは実用化が難しく、商品化の厳しさを
思い知らされた案件でもありますが、やっと実用化の段階にたどり着いた製品で
す。いずれも MEMS の技術と装置がなければつくれません。
― 現在の事業展開について説明してください。
本間 主な事業は ① MEMS 開発および開発試作の受託 ② MEMS の生産受託
(小ロットの生産受託/要素プロセスの受託/開発試作向きの特徴ある技術の提
供)③特徴ある MEMS デバイスの開発・生産です。売り上げの中心は①です。
毎年、およそ 150 社から受託しています。単なるものづくりではなくソフトも
受託することで収益力が高まったと言えます。開発や試作の受託が増えている理
由は2つあります。1 つは MEMS が必要になっていること。もうひとつは、こ
れまで MEMS を社内で開発製造していた大手総合電機メーカーなどが MEMS
の開発と生産を外注するようになったことでしょう。MEMS の開発と生産には
何十もの種類の装置が必要ですが、大手総合メーカーはそうした装置を保有し、
メンテナンスする態勢を維持することができなくなり、MEMS の開発から撤退
し始めています。ただ、当社にとってはビジネスチャンスが増加するものの、日
本の産業の競争力には先行き影響するかもしれません。
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特集
― 世界の MEMS 市場はまだまだ拡大しています。現在でも年率 20%くらいで伸びてい
るのでしょうか。
本間 成長を続けているのは確かです。携帯電話や自動車、
あるいは医療器具等、
多くの製品に MEMS デバイスが搭載されており、それも年々増加しております。
しかし、センサーということでは、日本は海外から買い始めています。スマート
フォンや自動車に使うセンサーシステムの多くが輸入品に代わり始めており、そ
ういう意味ではわが国にとっては厳しい状況です。
■独創技術をブラックボックス化
― 日本の MEMS にとって活路はありますか。
本間 海外の MEMS メーカーのように、MEMS とマイコンを合体させてモ
ジュール化するなど技術を組み合わせることでしょうか。大量生産のセンサーで
は海外メーカーに太刀打ちできないので、回路まで含めたビジネスを手掛ける必
要があります。また、環境、エネルギー、医療、介護などアプリケーションを開
発する余地の大きい分野がたくさんあります。例えば、
病院の独特の臭い対策や、
認知症の方の徘徊対策などに MEMS、センサーの新しい活用方法があると思い
ます。さらに、身近な器具類のエネルギー源として振動発電素子など微小エネル
ギーの電気変換素子に日本の得意な材料技術を組み入れる等があります。
しかし、
最も大事なことは LSI や液晶ビジネスのわだちを踏まぬように、独創技術を独
創装置においてブラックボックス化することであり、他国にまねされ難いビジネ
スを築くことです。
― 仙台地域では医工連携にも力を入れていますね。
本間 そうですね。人がやっていることをセンサーに任せればまだまだ市場拡大
の可能性はありますし、技術を生かせば日本がリードできる分野があると思いま
す。そのためには産業界と大学の知恵が真に融合しなければなりません。大学に
はさまざまな分野の研究者がいます。それらの学際的な連携ももっと進める必要
があります。成功例をつくることも大切です。弊社は大学との連携を深め、多く
の MEMS 製品を市場に出してゆくことで社会的責務を果たしたいと思っており
ます。
― ありがとうございました。
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特集2
研究成果を社会へ
SiC 超高温プロセス環境の実現
電力変換・制御に用いるパワー半導体の材料は現在、シリコン
(Si)
が主流だが、炭化
ケイ素(SiC)がその高い電力変換率、優れた耐電圧・耐熱性のために注目されてい
る。関西学院大学は企業3社と連携し、2000 ℃を超える超高温のSiCプロセスインフ
ラ環境を実用化した。その中心を担うのが
「超高温超高真空炉」
と
「TaC製るつぼ」
だ。
■はじめに
山本 昭二
やまもと しょうじ
パワー半導体デバイスは鉄道や自動車、産業用モータ、さらにはエアコンや
照明といった家庭用電気機器の電力変換・制御のため広く使われている。パワー
関西学院 大学 副学長・
研究推進社会連携機構長
半導体の材料は、現在シリコン(Si)が主流であるが、使用環境や効率の観点
から Si より優れた物性を持つワイドバンドギャップ半導体、中でも炭化ケイ
素(SiC)が着目されている。SiC を用いたパワー半導体デバイスは電力変換
効率が高く、高温環境下でも使用できることから、地球環境の保全のため実用
化が強く望まれている。すでに世界中で実用化に向けた投資や研究開発が活発
に展開されており、わが国でも技術研究組合次世代パワーエレクトロニクス研
究開発機構などで大規模な資金と開発チームでの実用化開発が進んでいる。
■ SiC プロセスにおける新たな発見
SiC はその有用性が古くから指摘されていたが、実用化へのめどがなかなか立
たなかった。それは SiC が高い物質的安定性を持つ一方で、ダイヤモンドに次
ぐ硬さを持ち、2000℃でも融けないことから、単結晶成長や表面平坦化といっ
たエンジニアリングが難しく、これが実用化への高い障壁となっていた。
こうした状況下で、関西学院大学理工学部金子忠昭教授が最初に取り組んだの
が準安定溶媒液相成長法(MSE)という等温プロセス法を用いた SiC の結晶成
長であった。それは異なる材料同士のポテンシャル差を利用する、金子教授が新
たに発見した原理に根差したものである。しかしそこでの大きな問題は、このプ
ロセスを実現するために必要な環境を提供する装置・部材が存在しないことであ
り、そのため金子教授は自身のアイデアを実証するため、数年間、装置そのもの
の開発に身を投じることとなった。
■(株)サンリック・
(株)エピクエスト・東洋炭素(株)との協業
金子教授は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)等のプロジェク
トで装置開発を進めた。目指したのは、外部からのガス導入や場所ごとの温度制
御などの通常のプロセスを排すこと、超高真空かつ等温で 2000℃を超える環境
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特集
が保持されることである。しかし高温になるほど環境は不安定になり、Si 半導
体で確立された方法をそのまま転用できず、そのコンセプトを実現する装置と部
材の開発は難航した。
それを可能にしたのが、東京都大田区にある株式会社サンリックのヒーター
技術と、京都市南区にある株式会社エピクエストの真空技術である。両社はい
ずれも世界最高峰の技術を持つ中小企業であり、まさにこの分野では「日本の
宝」と言うべき存在だ。この 2 社との協業により 2008 年に超高温超高真空炉
「KGX-2000」(写真1)が完成した。この製品は 6 インチの大面積 SiC 結晶成
長に対応し、1000℃から 2000℃まで 1 分以内に急速昇温するという優れもの
である。現在、エピクエスト社から販売されており、半導体製造の現場への納
入実績を上げている。
装置と並行して開発を進めたのが「TaC(炭化タンタル)製るつぼ」
(写真2)
である。この容器の中で SiC 単結晶の液相成長が行われる。このるつぼは先進的
な炭素系素材メーカーである東洋炭素株式会社の浸炭技術をタンタル(Ta)金属
に適用し Ta と炭素(C)に傾斜組成を持たせたものである。これにより SiC 単
結晶液相成長を可能とする超高温準閉鎖環境が確立された。なお TaC 製るつぼ
に関する本学保有の特許は、2009 年に東洋炭素社へ有償譲渡を行い、東洋炭素
社による産業利用が加速されることとなった。
写真 2 TaC 製るつぼ
写真 1 超高温超高真空炉「KGX-2000」
■気相プロセスによる SiC 表面平坦化と新たな展開
超高温超高真空炉「KGX-2000」と「TaC 製るつぼ」は、その後新たな機能
を発揮するに至る。その 1 つが SiC 基板の表面平坦化である。TaC 製るつぼ
内に SiC 基板をセットし一定の温度条件で加熱処理を行う。すると気体となっ
た Si が SiC 基板の表面をエッチングする現象が生じ、これにより SiC 基板がナ
ノレベルで平坦化されるのである。平坦化された SiC の表面を原子間力顕微鏡
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(AFM)で観察すると、SiC 分子層 2 個分の高さで均一な
段差が形成されている。この結晶学的に決まる高さを利用
したのが走査型プローブ顕微鏡の高さ校正ツールである
「SiC 製ナノものさし」
(写真3)である。現在はこの SiC
分子層 2 個分の 0.50nm の高さをベースに、0.75、1.05nm
といったバリエーションの製品を製造することが可能であ
る。この「SiC 製ナノものさし」は株式会社東京インスツ
ルメンツに販売を委託している。
また、平坦化した SiC 基板を KGX-2000 で加熱処理す
ることにより、炭素だけの薄膜であるグラフェン(エピタ
キシャル・グラフェン)を作成することが可能である。グ
ラフェンは電気・熱伝導性が高く、次世代半導体等に利用
できる高機能素材として注目され、その単離法がノーベル
賞を獲得したことで知られている。表面を平坦化した SiC
写真 3 SiC 製ナノものさし
基板上に形成することにより、グラフェンの高品質・大面積化が可能であり、こ
の方法は産業技術としてのグラフェン基板製造法として大きな可能性を持つもの
である。
■あらためて「自律型プロセス」について
安定した高温環境が構築されると、初めてその中に置かれた材料はその様態や
形態により固有の性質を発揮し始める。あるものは蒸発し、
あるものは吸収され、
あるものはそれらの影響を受け自分自身を変化させる。これらの機能を最適に組
み合わせ、配置することにより自律型のプロセス様態が発現する。このように、
目的対象とする材料のみならずその材料を保持する部材や環境そのものを含め、
全てが 1 つの協調関係を生み出すこと。それが金子教授の考案したプロセスの
特徴である。
■おわりに
SiC 超高温プロセス環境の実現は、金子教授の産業化を強く指向した研究開発
と、サンリック社・エピクエスト社・東洋炭素社が持つ高い技術力の融合のたま
ものである。「超高温」「真空」「ナノオーダーの SiC 材料プロセス」という明確
なコンセプトと目標の存在がシンプルで明快な装置技術の開発につながった。優
れた要素技術が結集した最高峰のチーム編成であったと言える。
また、特許の計画的な出願や時宜を得た権利譲渡という戦略を、企業での経験
が豊富な芦崎重也産官学連携コーディネーターが中心となり推進したことも、実
用化を加速させる重要な要素となった。今後はこの超高温プロセス環境のさらな
る展開を図りつつ、産業界にこの技術を活用していただけるよう大学を挙げて取
り組んでいきたい。最後に、サンリック社・エピクエスト社・東洋炭素社のこれ
までの協働に対し深く感謝の意を表します。
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特集2
研究成果を社会へ
特集
注目される全方向移動型歩行訓練機の技術
前方だけでなく左右、斜め方向、さらには転回や旋回もできる全方向移動型歩行訓練
機は、支援機関のさまざまな産学官連携支援プログラムを活用して事業化された。
このコア技術である
「オムニホイール」
は、ロボットなど他の分野の要素技術として注
目されている。海外から引き合いもある。
■研究開発の経緯と事業化の達成
佐藤 暢
さとう まさと
全方向移動型歩行訓練機(商品名:歩行王〔あるきんぐ〕
)の開発の発端は、
2002 年度にさかのぼる。当時、高知工科大学の王碩玉教授は、大手家電メー
高知工科大学
社会連携専門監
カーとの連携による日本発フィットネス機器「ジョーバ(JOBA)
」の研究開発
に携わり、商品化に成功していた。その研究と並行して、新たな歩行訓練機、す
なわち、全方向移動機能を持つ歩行訓練機の開発に着手していた。この研究の一
部が、科学技術振興機構(JST)2002 年度の地域研究開発促進拠点支援(RSP)
事業の育成試験に、
「転倒防止できる全方向移動型歩行訓練機」
(代表研究者:王
碩玉高知工科大学教授)として採択され、高知医科大学(現高知大学医学部)と
の医工連携による研究が進められた。その結果、前後左右に移動でき、転倒防止
機能も有する訓練機の開発に成功した。この成果を、高知県産業振興センターの
故松崎武彦コーディネータが、株式会社相愛* 1 に紹介したことがきっかけとな
り、事業化に向けた本格的な研究開発が始まった。2003 年度には原型モデルを、
* 1
http://www.soai-net.co.jp/
2004 年度には改良モデルを開発し、2005 年度に実証試験を、2006 年度には
臨床試験を行うなど研究が進展した。その後、JST の 2007 年度シーズ発掘試験
に、「全方向移動が可能な歩行訓練機の介護予防事業への展開に関する研究」
(代
表研究者:石田健司高知大学医学部准教授)として採択され、全方向移動型歩行
訓練機の効果を医学的見地から検証した。そして 2008 年度に、相愛から「歩行
王(あるきんぐ)
」として商品化された。これらの成果およびその発展は、国内
* 2
・I E E E I C M A A W A R D f o r
ICMA 2010 Best Paper in
Automation(2010)
・日本機械学会中国四国支部賞技
術創造賞(2010)
・S CIS-ISIS Best Application
Award(2012)
および国際学会より表彰されている* 2。
■事業化への想い
従来の歩行訓練機には、平坦路における二足直立歩行を想定しているため前方
方向しか訓練できないという問題があった。しかし歩行機能障害に対処するため
には、左右方向、斜め方向、転回や旋回といった、全方向に移動する歩行訓練が
必要である。また、リハビリテーションの現場には、理学療法士のマンパワー不
足などによる病院スタッフの負荷増大の問題があった。このような問題の解決に
向け、前述した医工連携による研究が進められてきた。一方、相愛の永野正展社
長(現・会長)は、既に欧州視察などを通じ、介護問題への対処の重要性を感じ
●参考資料
・JST地域事業15年史1996-2010
・高知県地域研究開発促進拠点支
援(RSP)事業育成試験成果集
・地域イノベーション創出の人材
育成用教材の開発と創出のモデ
ル 化( 平 成 21 年 度 ~ 平 成 23
年 度 科 学 技 術 研 究 費 補 助 金
(基盤研究 B)研究成果報告書)
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ていた。とりわけ、日本における高齢化と、それに伴う介護問題の増加を想定し、
寝たきり高齢者を減らし元気な高齢者を増やすためには、歩行訓練機が有効であ
ることを実感した。同社はもともと建設コンサルタントを主業務としていた企業
であったが、このころにはすでに地域計画室を立ち上げ、地域の課題解決のため
の新規事業の展開を模索していた。その結果、王教授らの全方向移動型歩行訓練
機の研究に着目するに至った。
■コア技術「オムニホイール」
「全方向移動機能」とは、狭い場所を自由自在に
動き回り、切り返し操舵なしに目的場所までスムー
ズに移動可能な機能をいう。この機能を実現する技
術のコアは、
「オムニホイール」である(写真1)
。
これは、車輪の円周方向にフリーで回転する、ロー
ラと呼ばれる樽型の小輪を複数つけることで、前後
だけではなく左右にも自由に動くことが可能となる
写真 1 歩行王(あるきんぐ)の駆動部に使われるオムニホイール
車輪である。そして、オムニホイールを複数使用す
http://www.satt-web.com/omniwheel.htm
ることにより、車軸を変動させることなく全方向へ物体を可動させることが可能
となる。本事例で開発したオムニホイールは、モーター内蔵型(モーター・イン・
オムニホイール)であるところに特徴がある。アクチュエーター・ユニットをホ
イール内に収容することで車輪部の容積がコンパクトになる。また、フリーロー
ラーを 10 個配置し、従来品よりも円形に近い構造となり、振動の低減化が図れ、
より滑らかな走行性の実現にも特徴がある。
■その後の事業展開
商品化の達成後、相愛ではインターネットの専用サイトを設け、営業活動を展
開してきた。また、2009 年 11 月 25 日~ 27 日に東京ビッグサイトで開催され
た産学官ビジネスフェア(日刊工業新聞社主催)では、JST の出展ブースでデモ
展示を行う機会を得た(写真 2)
。その結果、商談の件数
が増えたという。韓国、中国、デンマークなど海外からの
引き合い案件も発生し、とくに韓国については、代理店を
通じての受注(輸出)を達成した。さらに、
モーター・イン・
オムニホイールは、
「歩行王(あるきんぐ)
」のコア技術と
してのみならず、移動ロボットの要素技術としても注目さ
れるようになってきた。最近では、北陸地方の企業と大学
から 1,000 万円単位の受注を獲得したほか、中国の大学
とも交渉中とのことである。高知工科大学としても、微力
ではあるが地元企業への貢献になればとの想いである。今
後、より一層の事業展開に向け、サポートしていく所存で
ある。
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産学官5月号.indb
写真 2 産学官ビジネスフェアでの「あるきんぐ」の出展の様子
(2009 年 11 月 25 ~ 27 日 東京ビッグサイト)写真提供:JST
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研究成果を社会へ
特集2
特集
医療現場のニーズから生まれた
安全安心な内視鏡手術ナビゲーター
内視鏡手術では手術器具の体内位置を表示するナビゲーションシステムが重要であ
る。従来のシステムは患者の動きに追従するためにアンテナを装着させる必要があっ
た。浜松医科大学と企業3社が、白色光を用いた3D計測技術を用いて開発した新シ
ステムはいかにして誕生したのか。
■はじめに
医療現場のニーズに基づいた浜松医科大学の基本技術に対して、光計測のパル
ステック工業株式会社、3D ソフトウエアの株式会社アメリオが浜松地域で連携
し、さらに医療機器としてまとめ上げ医療機器認可を取得するために、医療機器
製造販売で実績のある永島医科器械株式会社が東京から参加して事業化を実現し
た「内視鏡手術ナビゲーター(写真1)
」を紹介する。
山本 清二
やまもと せいじ
浜松医科大学 産学官共同
研究センター 長、メディ
カルフォトニクス研究セン
ター 教授
Fscan
⾲♧⏝䝰䝙䝍
᧯స⏝䝰䝙䝍
᧯స⪅ഃ
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写真1 手術ナビゲーションユニット「NH-Y100」
ᅗ䠍
■企業との連携の背景
2002 年度開始の文部科学省知的クラスター創成事業の 1 つに浜松地域が指定
され、浜松医科大学は光・電子技術を基盤とする研究の 1 つとして内視鏡手術
ナビゲーターの開発に着手した。内視鏡手術ナビゲーターは、臨床医である筆者
が「安全で確実な内視鏡手術を実現したい」という医療現場のニーズから着想し
たものである。浜松地域から開発に参画した企業は、工業用光学式計測器を開発
し製造販売しているパルステック工業と、3 次元形状処理技術に優れた技術を持
つアメリオであった。3 者はお互いに車で 5 分以内の至近距離にあり、顔の見え
る連携相手として自由で活発な意見交換を頻繁に行うことができた。また、一緒
に大学病院の手術室に入って医療現場の声を聞きながら開発に活かした点も特筆
すべきである。第 1 期の事業終了時(2006 年)には、要素技術の基本原理を確
立することができた。
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次に、医療機器として製品にまとめ製造販売の認可を取得するための開発を行
う必要があり、東京都文京区の永島医科器械に筆者から協力を依頼した。同社は
1910(明治 43)年創業の耳鼻咽喉科器械のトップメーカーであり、日本におけ
る手術用顕微鏡開発の草分けでもあるが、われわれのプロジェクトに興味を持ち
開発内容を熱心に聞いて下さり、浜松の開発メンバーとも旧知の仲のようにすぐ
に意気投合したのが、手術ナビゲーター事業化の最大の要因だと思える。筆者は
これらの企業群をまとめ、
プロジェクトの推進に積極的に関わり、
知的クラスター
に続き、経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業(2007 年)
、地域
イノベーション創出研究開発事業(2008 年)に採択されて、事業化版の基本形
を完成させることができた。
■開発システムの概要とコア技術
白色光3次元表面形状計測スキャナ(図1)
既存のナビゲーターは空間における点の位置を検出し
ている。そのため、共通の座標に載せる位置合わせの作
Fscan
原理
カメラ
業では、撮影したそれぞれの点が患者のどの点と対応す
るかの意義付けをする必要があり、位置合わせ操作が煩
雑で時間がかかる。筆者らはこれを改善するため、面に
より 3 次元形状を瞬時に計測する新たなナビゲーショ
プロジェクタ
プロジェクタ
カメラ
ンシステムを開発した。パルステック工業は 2001 年ご
ろから、森本吉春教授(和歌山大学)の協力を得て、太
陽光と似たキセノン光源の白色光による 3 次元表面形
状計測スキャナ「Fscan(エフスキャン)
」の開発に着
カメラの映像
分解能: Z軸方向 0.1 mm
X軸・Y軸方向 0.6 mm
精度: < 0.3 mm
撮像時間:0.58秒





格子投影法による非接触3次元スキャナ
周波数変調格子を使用した高精度方式
3次元座標を取得 (3次元形状計測)
計測時間0.58秒の高速面形状スキャン
人体にも安全な白色光を使用
図 1 白色光 3 次元表面形状計測スキャナ「Fscan」
ᅗ䠎
手していた。この方式では、空間周波数を周期的に変調させたストライプ模様を
被写体に投影し、それを CCD カメラで撮像することにより、高速に表面 3 次
元形状を計測することができた。
自動化された位置合わせとナビゲーションの結果表示(図2)
内視鏡手術開始に先立ち、共通の座標に載せる位置合
わせのために Fscan で撮影した患者顔面の表面形状と
・スキャナで患者顔面の表面三次元形状を計測
→ CT画像の表面形状と照合し自動的位置合わせ
術前CTと術中患者を同一の座標に乗せる
術前 CT 画像の表面形状をマッチングさせることによ
り自動的に位置合わせが行え、1 秒で術前 CT と術中患
者を同一の座標に載せられる。位置合わせの誤差は 0.4
mm 未満である。手術開始後、術者が手術操作を加え
スキャナ
顔面にストライプを投影して3
次元情報を持ったカラー画像
を撮影
時に撮影する。その画像から標識球を抽出し器具先端の
3 次元位置を算出し術前 CT に表示する。もし初回の位
・ポインタ先端位置を算出
・患者の動きに追従
→ 位置合わせ補正しポインタ先端
位置をモニタの術前CT画像に表示
標識球付ポインタ
ている場所を解剖学的に確認する必要があると思った
時には、標識球付手術器具と患者の顔面を Fscan で同
・スキャナで体外に出ているポインタ
の位置を、標識球の位置を計測する
ことにより計測
・同時に患者顔面の表面形状も計測
●
患者
特許第4836122号、特願08-45330、特願08-45331
図2 自動位置合わせとナビゲーションの結果表示
�3
置合わせ以後に患者の頭部を動かしたり自然に動いた
りした場合でも、患者の顔面を Fscan で同時に撮影しているので、位置合わせ
を自動的に補正し患者の動きに追従可能である。既存の装置は、患者の動きに追
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特集
従するためのリファレンス(患者の頭部につける標識球付アンテナ)が必要とい
う欠点がある。リファレンスは手術中にずれる場合があり、ナビゲーションの精
度そのものが著しく損なわれる。われわれのナビゲーションでは、患者につける
標識球付アンテナは不要であり、手術中に精度が損なわれる心配もない。ナビ
ゲーション精度に関しては、精密モデルを使って検証した模擬的内視鏡手術にお
ける 3 次元空間上での平均誤差は 1.02 mm である。これらを実現するためには、
Fscan で取得した 3 次元形状データを処理する必要があるが、アメリオの技術
により、3 次元形状計測スキャナのデータと CT など医用画像データを瞬時に処
理することを可能にした。
■製品化の経過
2008 年には、このナビゲーター開発は内閣府の先端医療開発特区(スーパー
特区)の課題として採択され、文部科学省の橋渡し研究支援推進プログラムスー
パー特区課題(2009 ~ 2013 年)として、手術用立体内視鏡などと組み合わせ
た低侵襲手術支援装置の開発を行っている。薬事申請に当たってはクラスⅡに分
類されるが、認証基準が無かったので、独立行政法人医薬品医療機器総合機構
(PMDA)に承認申請を行う必要があった。国立医薬品食品衛生研究所・スーパー
特区対応部門と北海道臨床開発機構の方々の指導の下に、文部科学省橋渡し研究
の一環として、PMDA で事前面談、個別面談、対面助言を受け、2011 年 6 月
に永島医科器械から申請を行い、2012 年 3 月に承認を取得した。
医療機器の認可を申請する場合には、機器の仕様が決まってから電気安全性試
験や電磁両立性(EMC)試験に必要なデータを取得し、非臨床・臨床試験を行
う必要があり、申請の準備段階で開発を止めなければならない。この点は、常に
改良と開発を行っていくことが仕事である大学の研究者や医療機器開発の経験が
ない企業の技術者にとって違和感が強く、医療機器開発の難しさを感じた。どこ
で開発を止めて申請業務を行うかについては、医療機器製造販売企業の主導が必
要であると実感した。
■さらに
筆者らは、手術器具先端位置ではなく内視鏡で観察しているモニタ画面の中心
位置を術前画像に表示することにより、術者に手術部位を教える新たなナビゲー
ターも考案した* 1。
この装置の実用化開発は、科学技術振興機構(JST)地域イノベーション創出
* 1
特許第 4836122 号、特願 2007022077、特願 2008-45330、特願
2008-45331、特願 2008-68606、
特願 2009-62143
総合支援事業(2007 ~ 2009 年)に採択され、現在実用レベルの試作機が完成
し改良を重ねている。これら一連の手術ナビゲーター開発、
「はままつ発モノづ
くりと医療の融合 ―世界初の機能を持つ内視鏡手術ナビゲーターの開発―」は、
第 5 回(2010 年)モノづくり連携大賞中小企業部門賞を受賞した。
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特集2
研究成果を社会へ
省エネ効果の大きい透明断熱フィルムの実用化
名古屋工業大学はナノサイズで内部が空洞
(バルーン状)
の粒子合成法を確立した。
この粒子を使ったフィルムは可視光を95%通過させ、熱を90%遮断する。ナノ粒子の
層を加えた遮熱フィルムは建物のガラスに貼ることで、昼夜平均約30%の節電効果
を可能とする。
■はじめに
藤 正督
ふじ まさよし
2010 年の猛暑に続き、昨年は残暑も厳しい夏であったことは記憶に新しい。
節電、省エネの観点から、高断熱住宅の設計に注目が集まっている。冬暖かく、
名古屋工業大学 教授
夏涼しい快適な生活を送るためには、特に熱の出入りが多い窓に、より高機能な
断熱性が求められる。グラスウールやウレタンフォームなどのように、熱伝導率
が低い空気を導入することで材料に断熱性能を付与することは知られていたが、
窓ガラスには視野を妨げない透明性も必要である。われわれは、樹脂フィルムの
中にナノサイズの小さな空気層を導入することで、高い断熱性と透明性を同時に
発現する高機能複合フィルムを開発した。パートナー企業とともに開発フィル
ムの性能試験を行い、エアコン消費電力量が約 30%削減できることを実証した。
この成果を受け、パートナー企業がフィルムを本格製造し 2011 年より法人向け
に販売している。このように大学の持つシーズが実用化に結び付くためには、産
学の確固たる信頼に基づく連携が必要であった。本稿では高機能発現の鍵となる
ナノテクノロジーを紹介し、産学連携に至った経緯を紹介する。
■高機能を引き出すナノテクノロジー
開発フィルムに導入したのは、写真1の電子顕微鏡写真に示すような、
内部が空洞で無機物の層(= シェル)で覆われたナノサイズの中空粒子で
ある。シェル内部空間が外部空間と遮蔽(しゃへい)されていることが高
機能発現の 1 つのポイントである。ナノサイズのシェル内部空間に存在
する空気分子の挙動が大気中のそれとは異なり、疑似的な真空状態が成り
立つのではないか。ナノサイズ化した中空粒子の断熱性は飛躍的に増加す
るのではないか―という興味のもと、2008 ~ 2010 年度科学技術振興
機構(JST)地域イノベーション創出総合支援事業重点地域研究開発推進
プログラム(育成研究)「ナノシリカ中空粒子内包断熱薄膜用塗料の開発
10 nm
写真1 無機テンプレート法により合成した
および実用化研究」の支援を受け透明断熱フィルムの研究にまい進した。
写真1 無機テンプレート法により合成したナノ中空粒子の電
開発した断熱フィルムは、ナノサイズ中空粒子の特性により理論値を 10
ナノ中空粒子の電子顕微鏡写真
子顕微鏡写真
倍以上も上回る“超”断熱性となった。フィルムに内包したナノシリカ中空粒子
の粒子径は可視光波長に比べはるかに小さい約 60nm である。写真2に示すよ
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特集
うに、フィルムに高分散させる保有技術を応用するこ
とで透明性が得られた。同サンプルを可視分光計で透
(a) 分散処理前
(b) 分散処理後
過性を評価すると 90%以上の直線透過率であること
が確認された。
■産学連携に至った経緯
研究室におけるナノ中空粒子の合成実験を経て、東
海ものづくり創生プロジェクトの下で設立された研究
会で参加企業へナノ中空粒子合成のシーズ紹介の機会
写真2 ガラス板に貼り付けた開発フィルム
を得た。シーズに興味のある企業とグループをつくり、ナノ中空粒子の特異な性
能として低誘電性、防食性、断熱性について研究開発を進めた。低誘電性、防食
性については、経済産業省 2004、2005 年度地域新生コンソーシアム研究開発
事業「ナノ中空粒子を用いた超低誘電率絶縁膜および防食膜の研究開発」にて研
写真2
究開発を行い、防食塗料の商品開発につながっている。
ガラス板に貼り付けた開発フィルム
ナノ中空粒子の断熱性については、JST の 2006 年
度シーズ発掘試験「ナノ中空シリカ粒子内包型超断熱
性ハイブリッド薄膜の開発」に採択され、断熱フィル
ムの基礎を固めることができた。その後、前述の育成
研究にて、グランデックス株式会社と研究開発を進め、
透明性断熱性を併せ持つ高機能複合フィルムとして開
花した。断熱性能に特化したナノ中空粒子の量産化、
ナノ粒子分散技術を伴う塗料化はグランデックスが担
当した。これを東洋包材株式会社が大面積フィルムと
し、豊田通商株式会社の販売協力により 2011 年 4 月
より正式販売を始めた(写真3)。
写真3 ナノ中空粒子を練り込んだ透明断熱フィルム
ここで培われた強固な信頼関係がナノ中空粒子の予想し得ない機能を発見した
こともある。滑り止め効果が高いナノテクコーティング材料として 2008 年北京
五輪、2012 年ロンドン五輪の公式バレーボールに採用されたのである。効果は
写真3 ナノ中空粒子を練り込んだ透明断熱フィルム
認められ、2016 年リオ五輪での採用も決定している。
■最後に
ここではナノサイズ中空粒子を含有するフィルムの応用例としてビルや家屋の
窓に使用する透明断熱フィルムについて紹介した。建築ガラス用の断熱フィルム
の市場は 3,000 億円と見込まれている。
“超”断熱フィルムの事業化には、産学
の信頼、大学のシーズとそれを生かす企業の目が必要であった。またナノ中空粒
子の量産化、粒子分散、塗料化などの粉体技術も欠かせない。今後も粉体技術の
研究はもちろん、産官学連携をさらに強固にし、中空粒子の研究開発を進めたい
と考えている。現在は新たなナノ中空粒子の魅力を引き出そうと高輝度 LED 照
明への応用を目指し研究にまい進している。
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証券市場の新規上場3年連続増加
低迷期から脱したとされる株式市場の新規上場(IPO)。その実態と、大学発ベン
チャー企業にとっての IPO のメリットを解説する。
■ 2012 年の IPO 概況
日本の証券市場に新規上場(以下「IPO」
)した会社数は 3 年連続で増加し、
宇壽山 図南
うずやま となみ
IPO の低迷期から脱するターニングポイントの年となった。本稿では 2012 年
の IPO の状況について振り返るとともに、大学発ベンチャーの IPO についても
株式会社 東京証券取引所
上場推進部
少し触れてみたい。
2012 年の日本の IPO の会社数は昨年の 37 社から 11 社増加して 48 社*1と
なった(表1)
。これは 2009 年に年間 IPO 社数が 19 社まで落ち込んで以降、
* 1
TOKYO PRO Market に上場
した 2 社を含む。
3 年連続の増加であり、3 年連続の増加は 1995 年以来 17 年振りのトレンドと
なっている。2013 年も昨年末以降の相場環境の好転に後押しされて、この傾向
が継続することが見込まれる。証券会社をはじめとする IPO 関係者には 2013
年の IPO 社数を 60 社以上と予測する向きが多く、実際に 2013 年の 1 月から
3 月までの IPO 社数は 13 社と、昨年同期の
7 社からほぼ倍増で推移している。
60
そうした意味で 2012 年は、年末の相場環
50
境も相まって、
IPO の低迷期から底を脱する、
まさにターニングポイントの年となったと言
資金調達面においても、IPO の際に行わ
れる株式の「公募・売出し」の規模が 48 社
合計で 7,000 億円を超えた(2011 年は 37
社合計で約 1,600 億円)。そして上場時の資
金調達面だけではなく、IPO 全体の 8 割(48
社中 39 社)、特にベンチャー企業向けの市
銘柄数
える。
40
30
49
2
��IPO�数�
������
9
48
2
2
37
1
19
22
12
19
1
8
4
6
6
7
2008
2009
2010
20
10
10
6
14
16
23
11
13
2
6
9
7
5
2011
2012
2013/3
0
東証1・2部
マザーズ
場であるマザーズに限れば 9 割(23 社中 21
社)の企業の初値(上場後に株式市場で初め
ジャスダック
ヘラクレス
TOKYO PRO
他市場IPO
出典:東京証券取引所
表1 国内 IPO 社数の推移
て付く株価)が公開価格(
「公募・売出し」における基準の株価)を上回るなど、
上場後の株式市場での投資者からの評価・注目度も高まっている。
■ IPO 活性化の取り組み
株式会社東京証券取引所グループと株式会社大阪証券取引所は 2013 年 1 月
に経営を統合し、
株式会社日本取引所グループ(以下「JPX」
)として新たなスター
トを切った。現物市場については本年 7 月に統合する予定となっている(表 2)
。
24
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このような中、JPX では「IPO 促進」を
 �����東証�����証����������������
現物市場における最重点テーマとして掲げ
 �����������������������
 �������������������������
て IPO の拡大を図っており、今回の現物市
�東京証券取引所
場統合に伴い 1 つの取引所として IPO をサ
現状
ポートする体制を強化する。JPX では「東証
IPO センター」を窓口に、IPO を目指す企
市場第一部
(大企業向け)
マザーズ
(大企業向け)
市場第二部
(成⻑企業向け)
JASDAQ
(多様な企業群)
市場第二部
(中堅・中小企業向け)
(中堅・中小企業向け)
TOKYO PRO MARKET
(プロ投資家向けの多様な企業群)
業に対してより充実した情報提供やサポート
��
えている。
7
���
を行うので積極的にご活用いただきたいと考
株式会社東京証券取引所では、2012 年 4
���証券取引所
市場第一部
�東京証券取引所
市場第一部(大企業向け)
マザーズ(成⻑企業向け)
JASDAQ
市場第二部(中堅・中小企業向け)
(多様な企業群)
TOKYO PRO MARKET(プロ投資家向けの多様な企業群)
月から 11 月にかけて上場後、約半年から 1
出典:東京証券取引所
年となる会社 20 社の代表者を対象として、
表2 現物市場の統合イメージ
IPO のメリット等についてインタビューを
実施した。その中で、上場後実感している
IPO のメリットのうち「知名度・信用度の
向上」および「人材の確保」が最も多い結果
0
2
4
6
10
12
12
イオ医薬品の研究開発を主たる事業とする株
・上場後半年~1年程度の会社
8
・原則CEOの方を対象
7
【主な質問内容】
8
・IPO の経営に対する効果
13
資金調達力の向上
チャーが 2 社上場したこととなる。1 社はバ
【調査対象】
7
社内管理体制の強化
社と定義*2すると、2012 年には大学発ベン
【調査期間】 2012 年4 月~ 11月
12
従業員のモラル向上
研究成果等をもとにビジネスを行っている会
トッ���������
11
人材の確保
また、大学発ベンチャーを大学で生まれた
14
12
知名度や信用度の向上
となった(表 3)。
■大学発ベンチャーへの示唆
8
7
・上場のメリット・デメリット
【調査会社数】 20 社
4
売上の拡大
4
4
その他
5
上場前に期待した効果
上場後実感している内容
出典:東京証券取引所
表3 トップインタビューの実施
式会社ジーンテクノサイエンスで、もう 1 社
はミドリムシを活用した機能性食品の製造・販売等を主たる事業とする株式会社
ユーグレナである。いずれも東証マザーズに上場した。
大学発ベンチャーの直面する主な問題*3として「①人材の確保・育成」
「②販
路開拓」および「③資金調達」が挙げられている。このうち「①人材の確保・育成」
については、前述のインタビューでも IPO のメリットの 1 つとして挙げられて
おり、「②販路開拓」についても、IPO により「知名度・信用度の向上」を活か
すことができれば、販路開拓につながると考えられる。また「③資金調達」につ
いても、IPO により、その選択肢が増えることにつながる。このことからも大
学発ベンチャーが直面する主な課題の解決策の 1 つとして、IPO を選択するこ
* 2
大学発ベンチャーの定義につい
ては、株式会社日本経済研究所
「平成 20 年度経済産業省委託調
査『大学発ベンチャーに関する
基礎調査』実施報告書」
(平成
21 年 3 月)3 頁参照。
* 3
株式会社日本経済研究所「平成
20 年度経済産業省委託調査『大
学発ベンチャーに関する基礎調
査』実施報告書」
(平成 21 年 3
月)32 頁参照。
とも考えられるのではないか。
25
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連載
後編
企業が実感した共同研究の日米比較
米国の新規事業開発のスキーム
収益を上げている企業は何が違うのか。米国の企業を調査した結果、大学を活用
する新規事業開発の仕組みが定着していることが分かった。
■なぜ産学官連携か
急激な国際化が進展しているため、企業はスピードを上げてイノベーションに
堀井 朝運
取り組むことが国際社会で存続する要件である。経験から大学の活用が最も効果
ほりい あさかず
的である。企業の主要なイノベーションには、表1のような 3 つがある。
2009 年度末の日本の上場企業約 3,700 社
タカノ株式会社
相談役
表1 企業の 3 つの経営革新(イノベーション)
のうち約 1 割の企業は、過去最高利益を更新
画期的な改善
し続けている。昨今の困難な経営環境の中で 1
1.既存事業の画期的な改革
(コスト・品質・スピード)
画期的な事業の改革
年だけではなく毎年高い収益力を維持している
企業があることは驚きである。この 370 社は
新規事業開発
経営革新
2.新たな事業、経営手法の
導入
なぜ毎年、最高利益を更新し続けているのか、
非常に興味を持った。そこで、この中の 30 社
新たな管理手法の開発・導入
新たな販売手法の開発・導入
3.技術革新
ほどの企業を訪問し調査した。その結果、これ
「中小企業の経営組織改革」中央経済社(著者作成)
らの企業には「種」も「仕掛け」もあった。そ
の 1 つがイノベーションである。
■誘発型新規事業開発
産学官連携による新規事業開発の最も理想的
なスキームは、新規事業開発によりそのノウハ
ウを蓄積し、蓄積されたノウハウを使って、さ
らに新規事業開発を繰り返して行う誘発型新規
事業開発である。このスキームを成功させるに
表2 理想的な新規事業開発のスキーム
Ⅰ「立ち上げ新規事業開発」
開発
商品化
新開発方式
新生産システム
事業化
新管理、新販売
は、大学との共同開発のチームに社員を参加さ
せ人材育成を図ることが不可欠である(表2)
。
情報収集と開発・販売のノウハウの蓄積
Ⅱ「誘発型新規事業開発」
■米国の大学との産学連携
1980 年ごろ、IT、宇宙、航空などの分野では、
(再蓄積)
(活用)
誘発型新規事業開発
この繰り返しが
新規事業開発の
飛躍の活力
新たな情報収集と新ノウハウの獲得
日本は米国よりかなり遅れていることに気付い
た。コネチカット州からカルフォルニア州まで
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「中小企業の経営組織革新」中央経済社(著者作成)
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20 余りの大学を直接訪問して、その確証を得た。米国での調査は ISU(アイオ
ワ州立大学)
に渦電流による金属のキズの検査装置開発を依頼したことに始まる。
また、日本の大学ではできない画像処理装置の Windows の基本ソフトを ISU
に依頼し完成した。米国では既に、産学連携を行っていた。ISU の産学連携の
窓口は、Center for Advanced Technology Development(以下「CATD」
)
である。
■米国の大学との産学連携の手順(ISU との場合)
1.CATD に研究・開発のテーマを明確にして、共同研究、委託研究を申し込む
2.CATD と打ち合わせ
・どのような研究開発を依頼したいか、どのような結果を期待するか
・委託研究契約か独占ライセンス契約か
・研究開発の期間など
3.CATD は ISU と話し合い、
企業から出ている研究テーマの専門の教授を探し、
リーダーとして研究開発チームを編成する
4.大学で選定されたプロジェクトチームリーダの教授やメンバーと会い紹介さ
れる。企業側と技術的な詳細な打ち合わせを行う。企業側からプロジェクト
チームに社員の参加を申し込むと良い
5.プロポーザルは大学と CATD から次のような内容の書類が提出される
・研究開発の可能性と見通し
・研究開発のタイムスケジュール
・費用
・レポート提出のスケジュール
・報告書、プレゼンテーション、テストデータ、試作、プロジェクトの最終
期限などが事前に提出され、詳細の打ち合わせと双方の交渉が行われる
6.知的所有権の管理
7.財政面での助成、資金調達全般についての相談
8.CATD が契約の障害になりそうなことは事前交渉を行う
・パテント
・プロジェクトチームのコミュニケーション
・プロジェクトチームの各人の義務
9.R&D スタート
10.Get Results
11.リサーチパークの紹介(年数に制限があるが特別安価である。インキュベー
タの施設も整っている、大学に近く、大学の施設も利用できる)
研究が進んでくると、その研究を完成させるために、大学の中にあるスペー
スを借り、研究を続けることも可能。米国の大学は交渉によりかなりフレキ
シブルに対応してくれる
表3は ISU 提供の新規事業開発のスキームである。新規事業開発には事業開
発、技術開発、知的財産開発の 3 つを行うことが最も重要である。
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表3 アイオワ州立大学(ISU)CATD の総合指導
事業のコンセプト確立
事業開発
技術開発
市場分析
知的財産開発
製品設計
知的財産評価
Yes
3M・ラボ
試
作
テク・ラボ
製
造
ソフトウェア
実験評価
特許申請
Yes
ライセンス契約
Yes
・ラボ
終
了
Yes
事業計画
(レベルにより
着手の決定
事業化
詳細は変わる)
資本金払込
法
務
会
計
マネジメント/
ネットワーク
オペレーション
利害衝突の
リサーチパークの
調査・対策
必要なスペース
検討
それぞれの時点で起こる利害の衝突
必要なスペースは、時点によって
を調査し、前もって解決する。
異なるので交渉し判断する。
「中小企業の経営組織改革」中央経済社(ISU の資料より著者作成)
■おわりに
本原稿は、米国で産学官連携を行い、米国企業の取締役を務めたという限られ
た経験から述べている。日米の違いは、日米の企業、大学の違いからきている。
一般的に、米国には次のような特徴がある。
・米国企業は出資者と経営者が別である場合が多い。経営者はイノベーション
をやらなければ株主から交代を迫られる。
・会社にとって、技術、アイデア、技能などは売買の対象であり、企業経営は
企業価値を高めることを求められている。
・労働市場は横断的である。各個人の能力向上は個人自らが行う。
・米国の大学は「国際的」に見て高度な研究機能を持ち、成果、影響力と教育
面での人材輩出能力は世界の有力大学と比較して、非常に高い。また日本の
文部科学省のような機関はなく、数多くの州立大学と私立大学があり、各大
学、各州立大学に多様性があり、大学の「国際競争力」を高めている。
これらのシステムは日本の産学官にとって多々学ぶ価値がある。産学官連携に
よるパフォーマンスを上げ、企業が業績向上を図ることは、雇用を守り、地域社
会発展の源泉となる。
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産学官連携
ジャーナル
アーカイブ
科学技術イノベーションへの道(1)
役に立つということ
科学技術イノベーションを推進し富を創出するために、今、産業界、大学、支援機
関等にはどんな課題があるのか。その課題をどう解決していけばいいのか―。こ
れまで「産学官連携ジャーナル」で掲載した記事をキーワードで振り返り、ヒン
トを探ります。
過去の記事はすべて小誌のホームページでご覧になれます。登録は不要です。
テーマ、都道府県、記事の種類、発行号などで記事を検索することができます。
(編集長:登坂和洋)
1.「事業化」という目的を共有せよ
行政の産学官連携施策は、企業が大学等*1の先進的な知見・技術を活用して
新製品・新サービスを開発し、それを事業化することによって産業を振興すると
ともにわが国産業の国際競争力を強化することを主な目的としている。初期のス
* 1
大学・短大のほか、高等専門学
校、国の研究機関、自治体の公
設試験研究機関等を含む。
テージの産学共同研究が対象になっているものや、大学等で生まれた技術シーズ
の実用化を目指すベンチャー企業の設立・育成を支援する事業などもあるが、こ
れらの施策によって国あるいは地域の新しい産業創出を誘発し、産業構造を転換
させたいという狙いもある。
そうした産学官連携を背景とした産業振興の歯車は、新製品・新サービスのビ
ジネスが軌道に乗り企業の収益に結び付くことによって滑らかに回転する。新し
い情報通信技術や公共的なサービスなどでは、ビジネスサイクルに乗せるのでは
なく、社会に実装されれば十分なものもあるが、いずれにしても同施策は各事業
において採択された各プロジェクトの「成果」が世の中の役に立つことによって
目的を達成する。
事業化、あるいは世の中の役に立つという「目的」を正面に据えた2つの記事
を紹介したい。
2010 年 6 月号で「グリーン・イノベーション」と「ライフ・イノベーション」
を特集し、それぞれいろいろな切り口の記事を掲載した。後者の 1 つとして取
り上げたのが福島県における医療機器産業創出のプロジェクトである。
● 2010 年 6 月号
尾股定夫氏、特集2:ライフ・イノベーション「わが国における医療機器のデバ
イスラグと福島モデル」
同県では、
平成 14 ~ 16 年度の文部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(一
般型)
」を皮切りに、いろいろな支援事業を活用して今日まで、医療機器を軸に地
域発イノベーションに取り組んでいる。この産学官連携プロジェクトはどのよう
に進められたのか。初期の状況について、大学の研究者の尾股氏は実に興味深い
ことを書いている。
ヒアリングが毎月行われ、2 〜 3 カ月ごとに事業化推進会議が開催され
た。進ちょく状況が厳しく問われた。
「その結果では、論文になるかもしれ
ないがビジネスになるかどうか疑問」
「試作品は商品化に程遠い」
「このよう
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な商品が売れますか」
「あなたの研究成果を医療機器会社が注目すると思い
ますか」
「このレベルの研究成果では、税金ドロボウと言われても仕方ない」
などなど。会議は毎回、4 〜 5 時間に及んだ。 3 人の研究リーダーが戸惑
いと反発を覚えたのは事実である。しかし、1 年ぐらいたつと、研究の目的
とビジネスの目的との融合を理解できるようになり、研究手法にも影響を与
えるようになった。新しい見方が生まれたことは大きな発見であった。
プロジェクトの「事業(ビジネス)
」のリーダーやプロジェクト全体を統括す
る人たちが、「研究」のリーダー(大学の研究者ら)たちに対して、目的は「事
業化」であるということをくどいほど説き、その推進を迫っている。
同県の医療機器産業の集積は順調に進展している* 2。同県の産学官が連携し
て 2005 年度から毎年、医療機器の設計・製造技術展示会「メディカルクリエー
ションふくしま」を開催している。1 回目の出展企業は 50 社程度だったが、昨
年 11 月 28 ~ 29 日に開催された第 8 回は 200 社を超えた。その 62%が県外
企業で、医療機器メーカーと県内の部品メーカーの商談も行われるようになった。
また、ドイツで開催される世界最大の医療機器展示会「メディカ」に、昨年は県
* 2
以下の記事を参照。
・2012 年 2 月号、仲井康道氏、
特集:福島 産業創造への扉
「福島県における医療機器関
連産業の集積」
・2013 年 3 月号、福井邦明氏、
特集:大震災から 2 年 産業
復興に支援の輪「福島県の医
療機器産業集積に向けて」
内企業 8 社が出展した。
福島県の医療機器プロジェクトのように、産学官の関係者が「出口(目的)は
事業化」という認識を共有している事例がどのくらいあるのだろう。
「事業化」を目標とする一般的な産学共同の研究開発の場合、研究が進み、新
たな知見が得られると、研究者は成果を発表する。開発も進み、企業は試作品を
つくったりする。その間、特許を出願する。そして事業化に進む。しかし実際に
は、事業化に至る“工程”は明確に分かれているわけではないし、産学それぞれ
の役割にしても融合が必要なことが多い。
研究者には「研究のための研究」ではなく「事業化のための研究」が求められ
る。企業は、コストや市場を念頭においた、ビジネスのための開発に取り組む必
要がある。そして、プロジェクト全体を統括する人は(時には「官」も)事業化
という目的に向かって産学を叱咤(しった)激励し、的確なマネジメントを行わ
なければならない。そうしたことを実現するためのカギが「目的は事業化」とい
う認識の共有なのだろう。
しかし、これはなかなか難しい。そのことを指摘したのが次の記事である。
● 2012 年 5 月号
岡田基幸氏、
「地域発イノベーションを左右するプロジェクトディレクターの素
養と人選 ~地方・地域の産学官連携組織を機能不全にしないために~」
この記事の中で岡田氏は、各地の大型産学官連携プロジェクトにおいて「プロ
ジェクトディレクター(事業総括者)
」を務めた人たちのパネルディスカッショ
ンの模様を紹介している。文部科学省主催の
「地域イノベーションシンポジウム」
の中での議論である。
産学官連携は多くの知恵が集まるので事業化しやすいというもくろみがあった
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はずだが、なかなか成功事例が生まれないのはなぜか。事業化を阻んでいるもの
は何なのか――という問題意識を持っている岡田氏は、そのパネル討論のポイン
トを次のように書いている。
各地域とも、
プロジェクトの大小にかかわらず出口はあくまでも「事業化」
であるという認識の共有が難しい課題であることが浮き彫りになった。
企業や役所の日常の業務においても、あるいは産学官民の間のどのような組み
合わせのプロジェクトでも、その目的を参加メンバーがしっかり共有していなけ
れば協業する意味はないし同床異夢の名ばかりの連携組織では成果を出すのはな
かなか難しいだろう。文部科学省主催のその討論によると、各地の「地域発イノ
ベーション」を目指す取り組みは、出発点であるはずの“目的の共有”が、実は
大きな課題だったというのである。そこで、福岡県のプロジェクトディレクター
は対応策を取った。岡田氏はパネル討議の紹介を続ける。
(プロジェクトディレクターは)自身の立場をファンドマネージャーとし
て位置付け、大学の副学長と「先生方のテーマを目利きし、世界的な競争力
のないテーマについては予算をつけない」という合意形成を行ったという。
注目したいのは、先生方の研究は絶対に否定はしないというスタンスながら
も、事業化という出口に対して「3 カ月に 1 回、コーディネータからの諮問
を受けることが 5 年間続く厳しいプロジェクト」であることを先生方にご
理解いただいた点である。
特に、大学の研究者に「目的は事業化である」という認識を持ってもらうこと
が課題のようだ。
2.試作品と実用化
試作品づくりで止まってしまったこと、言い換えると、研究開発の成果が世の
中で役に立っていないことが厳しく問われたことがあった。2011 年 3 月 11 日、
東京電力福島第一原子力発電所が――巨大な津波に襲われて原子炉冷却装置の全
ての電源が失われ――事故を起こしたときである。
原子炉建屋に国産ロボットとして初めて投入された「Quince(クインス)
」
を開発したのは、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター副所長の小栁栄次
教授だ。小誌は、同年 8 月号に小栁教授のインタビュー記事を掲載した。
● 2011 年 8 月号
小栁栄次氏、小特集:災害対応ロボット・イノベーションに向けて「
『想定』は
仕様書、欠かせないオペレーターの訓練」
『1999 年の東海村の核燃料加工会社「JCO」の臨界事故のあと、30 億円を掛
けて開発した原発用のロボットは放置されたり、資料館入り。今回、東京電力は
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外国から貸与されたロボットをいかに使うかを考えていましたが、一方で、事故
発生から 2 週間、使えそうな国産ロボットを徹底的に探し回ったそうです。私
のところには 3 日後だったと思いますが、電話がありました。事故発生時に対
応できるロボットはなかったのです。
』小栁氏は事故直後の状況についてこう述
べている。
こうした中で、最終的に Quince に白羽の矢が立ち、東北大学や日本原子力
研究開発機構の協力で放射線対策を施し、建屋の中で作業を行った。
Quince は 2011 年 3 月までの 5 年間、NEDO(新エネルギー・産業技術総
合開発機構)の事業を活用して開発した。2010 年 9 月から半年間、千葉市消防
局に貸与して使ってもらった。分かったことが 2 つあると小柳氏はいう。1 つは、
大学が研究室で開発したロボットはそのままでは実用的でないということ。9、
10 月は毎週のように、千葉市消防局に修理に行った。もう 1 つは消防の訓練は
すごいということ。同消防局には 4 つのハイパーレスキュー部隊があり、その
中でロボットを回してもらった。小栁氏らは 1 つの部隊の 1 チーム(同部隊は
4 人 1 組で訓練している)に、簡単なマニュアルを渡し1回操作説明をしただけ
だったが、隊員は訓練の中で習得したノウハウなどを詳しく記録し、次のチーム
にきちんと申し送りをしていた。
「訓練」の意義を次のように強調する。
大学などの研究者がどんなにいい災害対応ロボットを開発しても、企業が
それを事業化し、世の中に送り出して実用化されないと、
“役に立つ”とは
言えません。(中略)しかし、企業が生産を始めるだけでは、実用化に向け
て歯車が1つ回るだけです。社会で役立てるためには、ロボットを操縦する
オペレーターと、メンテナンスする人が欠かせません。まあ、メンテナンス
はメーカーが担当するとしても、オペレーターが決定的に重要です。特にオ
ペレーターが日ごろトレーニングを積んでおくことが大切なのです。
小栁氏の提言は極めて重要だと思い、小誌は折りに触れて取り上げてきた。
2012 年 3 月号では「東日本大震災から 1 年 被災地支援、復興に『学』のネッ
トワーク」というタイトルで、4 つの大学・機関のトピックスを取り上げた。そ
の 1 つが「千葉工業大学 災害対応ロボット Quince をバーションアップ」で
ある。
日本経済団体連合会も同様の提言を行っており、この記事の中で紹介した。
日本経済団体連合会(日本経団連)は、2011 年 10 月 18 日に発表した
政策提言「科学技術イノベーションの推進に向けた重要課題」の中で、
「今
回の震災においては、わが国の災害対応ロボットの研究開発に実用化という
視点が乏しかった点が露呈した」と述べ、
以下のような「具体的な施策(例)
」
を提案している。
「被災地の調査や計測等に活用する機動性の高いロボットや、化学物質、
放射能、悪臭等の劣悪な環境で復旧を行う無人化施工のロボット、原子力発
電所の解体ロボット等の技術開発を促進するとともに、防衛省や消防庁への
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配置や日常的な訓練を施す等、緊急時にいつでも投入できるような運用体制
を整備する」
ちなみに研究成果の実用化に関して、平成 24 年版科学技術白書は「原子力発
電所事故現場でのロボットの使用」というコラムで次のように述べている。
『日本原子力研究開発機構が原子力事故の現場で放射線量の情報収集等を遠隔
操作で行うために開発したロボットも、平成 13 年に試作を終了した後、実用化
に向けた開発を行うべきユーザーがいなかったために、継続的に維持管理する費
用を捻出できないまま経過し、直ちに使用できる状況ではなかった。学識経験者
を対象とした、科学技術政策研究所「東日本大震災に対する科学技術専門家への
アンケート調査
(第 1 回)
」
でも、
実用というハードルを課して研究開発をしなかっ
た我が国のロボット研究開発の方向性や、開発後の管理体制等に対する批判、災
害に対応できるロボットが商品として販売されている米国と、研究レベルである
我が国の技術力の差や開発への取組方の相違など様々な意見が寄せられた。
』
3.事業化はビジネスのプロが担う
産学官連携プロジェクトでは試作品止まりだった大学の技術シーズを、ベン
チャー企業を設立して事業化した人がいる。株式会社 TESS の鈴木堅之代表取
締役だ。同社が手掛けるのは、脳卒中で半身が麻痺(まひ)した人や、腰痛など
で歩行困難な人でも自分の両足でペダルをこいで自由に走り回れる車いす。製品
の名称は「Profhand(プロファンド)
」
。ビジネスとしても快調に飛ばしている。
● 2012 年 6 月号
鈴木堅之氏、「『足こぎ車いす』に学ぶ医療イノベーションの法則 ―大学発ベン
チャー TESS 快走の秘密を一挙公開―」
なぜ重度の障害者や要介護高齢者でも足こぎ車いすをこぐことができるのか。
まだ歩けない赤ん坊の両脇を抱えて、足の裏を床につけ、前傾させると両足を交
互に出してまるで歩くような動きがみられる。これが「自動歩行」と呼ばれる運
動。研究者らは、筋肉を動かす指令を出す中枢神経に働き掛けるニューロモジュ
レーション(神経調節)が機能し、自動歩行の能力が呼び起こされ、動くはずの
ない筋肉が動くとみている、という。
産学官連携プロジェクトで 5 年間研究開発が行われたが、製品化には至らな
かった。鈴木氏が医療機器の営業マンだったとき、大学の研究室に眠っていた試
作品を偶然目にしたのが起業のきっかけだった。
記事掲載時点での「Profhand」の販売実績は約 2,500 台。同社は全国に販売
の代理店網(大手福祉機器販売会社から地元に根差した医療福祉とは関係ない異
業種の企業まで)を築くなど、積極的なマーケティングを行っている。
TESS が大学のシーズを事業化しようとする以前、すなわち、産学官連携プロ
ジェクトのもとでは以下のようなことの繰り返しだったという。
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① 関係者は「良いものだから価格が高くても買うはずだ」
「機能こそ重要、
デザインなどあまり気にしないだろう」という一方的な考え方にとらわれ
ていた。
② 「素晴らしい研究成果の賜物である。にもかかわらず売れないのは営業
方針が良くないからだ」いや「研究の仕方が悪かったからだ」といった関
係者の仲間割れ。
③ 「ここからはわが社の発明だ、大学の研究成果は関係ない」
「研究成果を
勝手に製品化した」ノウハウだけ利用していつのまにか自社製品として販
売してしまう企業の存在。
こうした先行プロジェクトの失敗の理由に学び、鈴木氏は次の 3 つの方針で
取り組んだ。
1.良い製品を低価格で、障害者・高齢者に使いやすい環境を整える
2.利用者を増やすには何が足りないのかについて、研究者と企業が頻繁に意
見交換したり、互いの進捗を報告し合う場の設定
3.基本特許があってこその応用・改良である。発明者を尊重し細かな変更も
連絡確認を取り合いながら進める
TESS は Profhand の具体的な設計・製造を株式会社オーエックスエンジニア
リングに委託している。パラリンピックの競技用車いすを製造する世界トップク
ラスの企業である。
『発明者の基本概念があり、TESS がコンセプトを固め、同
社(オーエックスエンジニアリング)が形にする。それぞれの考えを尊重し、作
業工程の途中で口出ししない』と鈴木氏は述べている。新しい産学官連携の形で
ある。
発明と市場が融合して、
初めてイノベーションが創出される。
大学発ベンチャー
にプロの経営者が必要なことがよく分かる。
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視 点
弁理士のコンサル業務に期待
コーディネータ配置の課題
★本年 2 月の日本弁理士会の調査によると、
★ここ数年の傾向として産学官連携に関する
わが国の弁理士数は 9,652 名でその約 80%
は理工系のバックグラウンドを有している。
技術の創り手は、弁理士に出願業務のみなら
ず、技術の将来性や知財価値を的確に判断す
るコンサル業務への期待が大きい。しかし、
出願手続きを役務の中心に据えるわが国の多
くの特許事務所にとって、知財コンサルは奉
仕的な位置付けである。知財コンサルは技術
分野における深い知識と経験、ビジネス感覚
が必要であり、出願業務と分別されてはじめ
て内容の信頼性が確保できる。弁理士数が増
加し、業務も多様化する今日、知財戦略を担
える弁理士の幅広い活躍に期待したい。
コーディネータ等の配置のための国の財源は大
学ではなく、地方自治体に関連した産業支援組
織等、どちらかと言うと官の立場の組織に向け
られる傾向が見られる。大学に置くとどうしても
大学の主たるミッションである研究と教育に縛ら
れ、本来国が求めるイノベーションの創出まで
の範囲を所掌とすることが困難になり、活動も
産学官連携の入り口に限定される傾向があると
いう見方には理解ができる。しかしながら、コー
ディネータがどんな立場であろうと、現場での
“産学官連携の同床異夢”的な問題に対して
配慮がなければ成果が得られないことには注意
をすべきである。
飯田香緒里 東京医科歯科大学
研究・産学連携推進機構 准教授
産学連携研究センター長
編 集 後 記
伊藤 正実 特定非営利活動法人 産学連携学会 会長
群馬大学 教授
高校生が MEMS のアプリを提案
東北大学で開かれた MEMS(微小電子機械システム)デバイスを用いたア
プリケーションの試作コンテスト発表会を見学した。第4回を迎えた国際大会
の国内予選で、高校生と大学生各 4 チームが参加した。詳細は本号の記事を
読んでいただきたいが、伸び伸びした提案には感心した。中国・北京で開催さ
れた昨年の世界大会に出場した大学生、高校生もいた。世界大会で大変だった
のは、各チームがプレゼンテーションを行ったあと審査員の質問に答えること
だったようだ。無論英語のやり取りだ。大学生でも帰路、「もっと英語を勉強
しなければ」と思ったそうだから、受け答えに苦戦した高校生には大きな刺激
になったことだろう。東北大の発表会場では、こんな若者の発表を大学で最先
端の研究をしている研究者やさまざまな企業関係者らが温かく見守っていたの
が印象的だった。
産学官連携ジャーナル(月刊)
2013 年 5 月号
2013 年 5 月 15 日発行
PRINT ISSN 2186 - 2621
ONLINE ISSN 1880 - 4128
Copyright ©2005 JST. All Rights Reserved.
(編集長・登坂和洋)
編集・発行:
問合せ先:
編集責任者:
〒 102-0076
東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
TEL:
(03)5214-7993
FAX:
(03)5214-8399
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携展開部 産学連携支援担当
高橋 富男
東北大学 高度イノベーション博士
人財育成センター 事業推進主幹
JST 産学連携支援担当
多田羅、登坂
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産学官連携ポータルサイト
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