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人間の歴史の中で、 人は必ず

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人間の歴史の中で、 人は必ず
蟹 と 蝦 と の 命 を 蹟 ひ て 放 生 し 、現 報 に 蟹 に 助 け ら れし 縁
渡 部 和 雄
人 間 の歴 史とい うものの中で 一番は ずかしいと思 うこと は、人 間 の歴 史の中で、人 は必 ず︿生き よう﹀ として いる
ことで ある。
人 は因縁 を語 る動 物であ るらし い。因 縁に自分 を依せてみ る。そ の筋 によ って生 き る。因 縁に は神 とか仏と か、自
七七
人 が因 縁を語 るという のは、その奇跡 への参与、 神︵仏︶ の現世化 の作用で あった。救 いとい うのは案外異 端化 し
あ った。
こ れはま た隠 れた神︵仏︶ の社会 化︵現 世化︶ でも あり、︿奇跡﹀ ともい う。復活 は死 んで また︿生 きる﹀こ とで
とす るわけであ る。
ること によって自己 が安定す るよう に体 感す るのであろ う。社 会化し た自己、物語 ︵言葉︶ に 十致し て︿生 きよう﹀
物語︵言 葉︶ は社会 的 なものだから、 自己 が隠 れるよ うにし か在り えない だろうに、 その言葉︵社 会︶に表現 され
分 を超 えるものを基 盤にす ること が必要 であ る。
蟹 と蝦 との命 を蹟 ひて 放生 し、 現報 に蟹に 助け られし 縁
て し ま う こ と で あ ろ う 。 故 に 言 語 ︵ 物 語 ︶ は 人 間 ︵ ひ と り ︶ の不 倶 戴 天 の 敵 な の で あ る 。
聖 書 は 奇 蹟 を 集 め た 本 で あ る 。 言 語 表 現 だ か ら ︿ 汝 の信 仰﹀ が歴 史 復 帰 に つ な が る。
⊇ ウサニアス︶
昔 、 人 間 は両 性 具 有 で 、 男 根 を 切 り 取 っ た 者 が女 性 で 、 そ の 女 性 が男 性 を 恋 し た 。 と い う 話 を し た こ と がめ っ た 。
う 印 象 も持 た な か っ た で あ ろ う 。
ら は 本 来 、 同 一 の 基 盤 の上 に見 え て い た の で は な か っ た か 。 復 活 な ど と い う の は昔 、 エ ジ プト で は 不 可 思 議 な ど と い
多 分 、 生 と 死 、 明 と暗 、言 葉 と 聾 唖 な ど 、始 原 的 に は ︿縁 ﹀ に基 づき も 、︿ 奇 蹟 ﹀ に 基 づ き も し な か っ た ろ う 。 そ れ
の 主 人 公 は ま た し て も歴 史 の 部 品 に 復 帰 し て し ま う の で あ る 。
﹁ 縁 ﹂︵ エ ニ︶ は 弱 者 ︵ 負 性 ︶ が 語 る 矛 盾 で あ る。 そ の 矛 盾 を 説 明 す る表 現 も ま た人 類 は 持 だ な い か ら、 縁 の 物 語 り
る 。 言 葉 が言 葉 す る、 表 現 が表 現 す るこ と は不 可 能 で あ る。
言 語 表 現 と い う の は す べて 支 配 と 被 支 配 の 、 強 者 と 弱 者 の符 号 だ ろ う に 、 そ の 理 解 と い う表 現 は 不 可 能 に な っ て い
に 合 わ な い も の で あり 、 社 会 化 し 、 国 家 化 し な い 限 り 、 宗 教 は国 民 の 救 済 に は なり え な い だ ろ う 。
り 、 庶 民 が ︿ 礼 拝 し て は 、 戒 律 が 与 え ら れ る ﹀ も の で あ っ た 。 そ う で な け れ ば国 家 に お け る宗 教 な ど と い う の は間 尺
も の で あ る 。 さ て 渡 来 し た 仏 の 像 と い う の は 、天 皇 や 為 政 者 が ︿ 礼 拝 し て願 え ば、 思 う こ と が す べて 成 る ﹀ も の で あ
昔、コ ー
、 二 一と仏 教 が伝 来 し た と い っ た 。 神 や仏 は 飛 行 機 や 船 に は乗 ら な い。
。 本 来 的 に 神 や 仏 は酔 う こ と の な い
を見 よ ﹄︶ と 。︿ 運 命 へ の 愛 ﹀ と い う の も、︿因 縁 ﹀ を 語 る こ と な の だ ろ う 。
ニ ーチ ェ は こ ん なこ と を 言 っ て い る。﹁ 人 間 に お け る 偉大 さ を あ ら わ す 私 の方 式 は 、 運 命 へ の 愛 で あ る。﹂︵﹃こ の人
七
八
蟹 と 蝦と の命を 蹟ひ て放生 し、 現報 に蟹 に助 けら れし縁
﹁ ダ ビデの子 イ エスよ、我 を惘みたまへ、 と言 ふ。イエ ス立 ち止まり て、 か れを呼 べと言 ひ給へ ば、人 々盲人 を
呼びて言 ふ、心安 かれ、起て、 なん ぢを呼 びた まふ。盲人 うはぎを脱 ぎすて、躍 り上 りで、 イエ スの許 に来りし
に、イエス答へ て言ひ給 ふ。わ が汝 に何を為 さんこ とを望 むか。 わが師よ、見え んこと なり 。イ エス彼に、ゆけ、
汝の信仰 なんぢを救 へり。
﹂︵ マルコ +4−
752
︶
ここ では︿ ダ ビデの子﹀ の話に なってい る。国家的、 社会的言語 表現 だから死 は ︿生Y に、盲 は︿明﹀ に健常化し
て いる。
﹁ そこから移 り行き、 イエス はガリラ ヤの海の近く に来られ た。すると、大 群衆 が、足 の なえた人、不具 の人、盲
人、 口のきけ ない人 、 その他多く の人 を連 れて彼に近 づき、そ れらの人を彼 の足 も とに投げ出 さんばか肛 にして置 い
た。 それでイ エスは彼 らを治 された。
﹂とい うとイ エスも︿願 うこと がす べて成就 する﹀迪い う神に﹃ つてし まう。 イ
エスはかつて、 盲目 、聾唖 はす べて︿神のし るし﹀ だと言 わ なかったろう か。イ エスは神のし るしを国民、 社会人、
健常 者に回復し てしま った。
ここ には個人 ︵ひとり︶ の﹁ エニ﹂ の語り は存在し ない。い わば不 具の人 は対象的 に、客観的 に存在 させられて い
る。
表現 するこ と、 説明す ること、語 って語り っくすこ とは神を消 滅し、国家秩 序を構 成す るこ とであ った。キリ スト
教国家 、仏教国家 、イ スラ ム教国家 などと いうのは、 多分 、神︵仏︶ から の矛 盾で あろう が、 そうした矛盾 を語 る言
語表現 はあり えない。
︿生 きる﹀ は国 家化、社 会化 だから当然、 個人 の ︿死 ぬ﹀こ とにひとし いだろ う。
七九
八〇
言葉 を話す人 の前か ら消 えた神 も、 神は船 にも飛行機 にも乗ら ないから、 多分村 の道や山や谷 を歩い たのだろう。
そ の跡 を訪 ねると結構、 神の気配 ははっきり見 える もので、そ んな時、人 はエニを語 るのを忘 れてしまう のか。も知 れ
ない。
エニを語り ながら生きて行 くとい うことは国家 内生存 に再 び出会 うことで ある。 そこ はあの歴史的 生存 そのもの の
世界で ある。
エニは国家、社 会水準 の筋︵論理︶ では ない。国道、市 道、村道 とい った筋 道を通 らない。国民 は必 ず公 道を行く
に対し て、 エ土を語 る人 は人 目に つかない裏 道、廻り 道を通る。 その道で は動 物や植物 に会う。人 がま だ動 植物か ら
余り離 れた存在 ではない状 態での生 きる道で ある。
狭 き門 から入 れば神︵仏︶ に会 う。だ が国家内 存在 は、 その動植物 、神︵仏︶ に出会 った場所 で充足して とどま っ
て はいられ ない。
下 層 階級は動 植物に会 い。神仏 に会 って、国民 、市民 、村民の門 に入 ら なけれ ばならない。こ の矛盾 が︿心﹀と い
わ れるよう なもので、 その心の上 に物 語︵言語 表現︶ する。その話 をエ ニというの だろう。
㎜
︿カエサ ルのものは カエサルへ﹀ という と、人 は死 ぬことを覚悟し なけ ればな るまい。
けで あろう。
そう、人間 にネ ロや ヘロ デに抵抗 ︵逆対︶ するこ とができ るとし たら、田 舎で生産共同 体的生活 をして いること だ
㎜
蟹と 蝦と の命を 蹟 ひて 放生し 、現 報に 蟹に 助け られし 縁
﹁ 山 背 国 紀 伊 郡 の 部 内 に 、 一 の女 人 有 り き 。 姓 名 詳 か な ら ず。﹂
と い う の は 田 舎 の こ と だ ろ う 。 そ れ だ け が国 家 内 言 語 か ら 疎 遠 で あ る こ と が で き る。﹁ 姓 名 未 詳 ﹂﹁ 女 人 ﹂ は い い 、 せ
めて も の 言 語 可 能 性 で あ る 。﹁ エ ニ ﹂ を 背 負 え る存 在 だ ろ う 。
︿汝 殺 す な か れ﹀
︿ 蟹 を殺 し て 食 う こ と な か れ﹀と い う 言 葉 が受 納 さ れ る の は 多 分 農 耕 生 産 共 同 体 性 に だ け で あ ろ う 。
そ こ に は 人 間 の生 活 だ け が あ って ︿ 殺 す な か れY と い う 倫 理 で は な か っ た 。 し か し ﹁ エ ニ ﹂ を 語 る言 語 表 現 に は ま た
宗 教 と い う 枠 が使 用 さ れ る 。 生 産 共 同 体 性 と国 家︵国 民 ︶と の 関 係 で あ る 。︿ ひ と り﹀ が 宗 教 の枠 に 当 て は め ら れ よ う
とし ている。 その枠に自己 を置くこ とで充足し ようとし てい るのであろう。
﹁天 年 慈 の 心蹟 にし て 、 因 果 を 信 ぜり 。
﹁五 戒 十 善 を 受 持 し て 、 生 物 を 殺 さ ず 。
に 蟹 を 放 し て や って も ︿慈 の心 ﹀ な ど に よ る も の で は な か っ た ろ う 。
八 一
﹃
教 の 枠 内 に存 在 し て い る 。 こ れ ま た 言 語 表 現 を 制 約 す る 。 生 産 共 同 体 性 で は 蟹 は採 集 生 活 の基 礎 的 存 在 で あ っ た。 逆
︿ 五 戒 ﹀ 受 持 の 中 に ︵ 殺 生 、 楡 盗 、 邪 淫 、 妄 語 、 飲 酒 ︶、 殺 生 は 第 一 に 挙 げ ら れ て い る 。 受 持 し て と あ る か ら 既 に 仏
す る 。 ゛ ¥ Φ
り ﹂ と ﹁ 五 戒 十 善 を 受 持 し て 、 生 物 を 殺 さ ず ﹂ は そ の 慈 の 心 に 外 側 か ら 与 え ら れ た 律 法 で あ る・。 茲ごの 心 は そ れ で 安 定
の ﹁ 慈 の 心 ﹂ と い う の は 難 し い 。 多 分 、 生 産 共 同 体 性 内 の 存 在 と で も 言 う し か な い の で は な い か 。 続 く ﹁因 果 を 信 ぜ
と 前 提 さ れ る 。 女 人 は 仏 教 の 枠 の 中 に あ る 。﹁ 天 年 慈 の 心 ﹂ な し に は エ ニ と い う 語 り は 成 立 し え な い だ ろ う が 、 枠 以 前
t 1
八二
言語 表 現 や 倫 理 は 与 え ら れ た枠 の 中 で 充 足 す る。 と い う こ と か ら 推 測 す る に 、 こ の 環 境 に は くひ と り ﹀ と い う人 間
は存在し ないことに なるだろ う。言 語表現 には人間︵ ひとり︶ は存在し ない。い わば人 間 には﹁ 表現 の自由﹂ などと
いうのは本来 あるわけ のないこ とである。
﹁聖武天 皇のみ代 に、彼 の里 の牧牛 の村 童、山川 に蟹を八 つ取 りて、 焼き食 はむとす。是 の女見て、 牧牛に勧 め
て曰はく、﹁幸 に願 はく は此 の蟹 を我 に免せ﹂ といふ。
これは︿五戒十 善﹀的 な表現 と思 われ る。 農耕生産共同 体的生活 に於て は山 川 の蟹 は貧弱 な食糧で 参ったろう。 ク
ジラが浜に打 ち上 げら れたよ うな時、国民、 社会人、 まして文明人 は それを海に戻し てやろ うとする。死 んだら砂 に
埋 めて哀悼し ようと する。しかし昔 の村長 はその肉 を切 り分け て持ち帰 るように村人 に布告 するだろ う。
その昔、 神 の子 は く
こ れは私 の体 で ある﹀ と言 い、人 は神 の体 を食 べて い る。 神 が姿を隠 して、人 は神の し るし
︵ 体 ︶ を失 っ た 。﹃ ロ ー マ 帝 国 衰 亡 史 ﹄ で は︿ 蛮 族 ︵ 人 ︶﹀ と い う 。﹁ 八 つ﹂ も形 式 的 で あ る。 牧 童 が小 さ な 蟹 八 匹 く ら
い し か 取 れ な か っ た ら村 の お 姉 さ ん は 協 力 し て も っ と取 って や れ ば よ か っ た の で は な い か 。
こ こ で 女 人 ︵五 戒 十 善 主 体 ︶ が 言 動 し う る の は ﹁ 聖 武天 皇 の み 代 ﹂ に よ っ て 可 能 な の だ ろ う 。 国 民 の言 動 と天 皇 の
言 動 は 似 て い る 。 人 は支 配 者 に 似 な い 言 動 を 行 う 可 能 性 を 持 だ な い 。﹁ 幸 に 願 く は 此 の 蟹 を 我 に 免 せ﹂と い う 表 現 が 生
活 離 れ し て い る 。 当 然 、 生 活 そ の も の の童 男 は き き入 れ な い 。
﹁ 懸 に 誂 へ 乞 ひ 、 衣 を 脱 ぎ て 買 う 。 童 男 等 乃 ち 免 し つ。 義 禅 師 を 勧 請 し 、 哭 願 せ し めて 放 生 せ り 。﹂ 十
と い う 。︿ 衣 ﹀は 蟹 よ り 高 価 で あ っ た 。 そ れ が 認 識 と い う も の で あ った 。 禅 師 を 勧 請 す る に も 費 用 が か か っ た ろ う 。衣
を織 った人 は蟹を食 べなか ったわけで もあるま い。そん なかんぐりは言語 表現、認 識な どの外 だ った。
﹁然 ありし後 に、山 に入り で見れ ば、 大き なる蛇、大 きなる蝦を飲 む。大 きなる蛇に誂 へて言 はく、是 の蝦 を我
に免せ 。多の幣帛 を賂し奉 らむと いふ。蛇聴 さずして吝 めり。
﹂
この﹁山 に入 りて見 れば﹂ というの は︿オ ジイ サンは山に﹀ という童話 とそ う隔 たりは ないだろう。先 の﹁山川 に
蟹 を﹂ と併 せてみ ると両 方と も女人 は山 に︵働き に︶ 行く形 になって いる。山 は農 耕地以外 の野 、林 などを言 うこと
もある が、山川 とい うからに は実 際の山 を言 って いるので あろう。そ の山行 き の具 体性は書 いてない が、 あ るい は行
J
一
一
る︶。 士
蛇 は 何 よ り 農 耕 生 産 性 に よ っ て対 象 化 さ れ る。﹃ 風 土 記 ﹄ に 、
八
﹁ 多 く の幣 帛 を 賂 し 奉 ら む ﹂ と い う 。 女 は 裕 福 で 、 蛇 を 非 常 に恐 れ て い た こ と が わ か る ︵ よ う に 書 か れ て し ま っ て い
あ っ た とし た ら 、 女 人 は 妖 惑 す る 者 と 妖 惑 さ れ る者 の 間 に 住 ん で い た こ と に な る 。 こ れ は スリ ル だ ろ う 。 そ の 女 人 が
す表 現 に な っ て も よ か っ た ろ う に 、そ ん な 言 語 表 現 は あ り え な い 。﹁ 百 姓 を 妖 惑 す ﹂と い う が、こ の 女 人 も そ の 百 姓 で
と あ る を 見 れ ば行 基 集 団 は ︿ 悪 の 巣 窟 ﹀ と い う に 似 て い る。 多 分 こ こ か ら 発 言 と い う の は ︿ 説 話 ﹀ な ど を ひ っ く り 返
老元 年 詔 ︶
﹁ 方 今 、 小 僧 行 基 、 併 び に 弟子 ら 、 街 街 に 零 畳 り て 妄 り に罪 福 を 説 き ⋮ ⋮ 詐 り て 聖 道 と称 し百 姓 を妖 惑 す 。﹂︵ 養
基 達の上木工 事の支援 に山菜採集 な どを する女性会員 のよう な組織 があったのか も知れな い。
蟹 と蝦 と の命を 蹟ひて 放生 し、 現報 に蟹 に助け ら れし 縁
八四
﹁郡 より西 谷 の葦原を截 ひ、ひら きて新に田 を治し き。此 の時、夜刀 の神、 相群れ引率 て、悉尽 に到来り、左 右
に防 障へて、耕 佃らし むること なし 。
﹂
とは大変 な有様で、 まさに蛇 の谷で あった。
﹁ 夜 刀 の 神 、池 の 辺 の椎 株 に 昇 り 集 ま り 、時 を 経 れ ど も去 ら ず 。 是 に 、磨 、 声 を 挙 げ て 大 言 び け ら く 、﹁ 此 の池 を
修 めし む る は、 要 は 民 を活 か す に あ り 、 何 の 神 、 誰 の祗 ぞ 、 風 化 に 従 は ざ る﹂ と い ひ て ⋮ ⋮ 。﹂
と い う の は国 家 の政 治 で あ っ た 。 境 界 を 設 定 し て 蛇 を 山 に 追 い上 げ て 神 と し て 祀 る 。 此 方 側 は 皇 民 の生 活 の 場 所 で あ
る 。 政 治 的 に は 、 国 家 組 織 的 に は 、 此 方 側 を 侵 略 し た 蛇 は合 法 的 に 殺 し て も い い 。
農 耕 生 産 性 を 基 盤 に し て い る 旧 約 聖 書 で は 蛇 は 神 と 神 の下 孫 へ の 敵 の 様 相 を持 だ さ れ る 。
エ バ︵ サ タ ン︶ は 蛇 の 恋 人 で あ っ た か ら 、 マリ ア は ア ダ ムーエ バ以 前 に用 意 さ れ て い た と い う 話 も あ る ︵﹃象 徴 と し
て の 女 性 像 ﹄ 若 桑 み ど り ︶。
無 原 罪 の 聖 母 は エ バの 系 譜 に は な ら な い と い う順 序 で あ る 。 マ リ ア も イ エ ス も 農 耕 生 産 性 を 全 く 示 さ な い か ら 、 そ
れ と 共 に キ リ ス ト 教 は 国 家 的 、 社 会 的 秩 序 と も な る か ら マ リ ア に も イ エ ス に も蛇 は 敵 ︵ サ タ ン ︶ と な る 。
﹁ 蛇 よ 、ま む し の 子 孫 よ 、ど う し て あ な た 方 は ゲ ヘ ナ の裁 き を 逃 れ ら れ るで し ょ う か 。﹂と ま で は ヘ ロ デ に も ピラ ト
に も 大 祭司 に も言 っ て い な い 。 相 手 は パリ サ イ人 で あ る。 マ タ イ 二 三 章 全 部 が 怒 り に 溢 れ て い る 。
﹁ 偽 善 者 な る 書 士 と パリ サ イ 人 よ 、 あ な た方 廿 災 い で す 。 あ な た 方 は 人 の 前 で天 の王 国 を 閉 ざ す か ら で す 。﹂
蟹 と蝦 との 命を 蹟ひ て放生 し、 現報 に蟹 に助 けら れし 縁
天 の王国 、神へ の道を閉 ざすもの が蛇 ︵ パリ サイ人︶で あった。
さてこ のよ うな政治的、思 想的 な蛇 とは違 って、ここ の蛇 は民話的、 あ るいは童話的 に存在して いる。舞台 の上 に
大き な蛇 と蛙 が向 き合 って いる。隣り にそれ を見 つめて いる︿慈の心﹀ の女性 がいる。
﹁ 是 の 蝦 を 我 に 免 せ 。 多 の 幣 帛 を 賂 し 奉 ら む 。﹂
﹁ 女 、 幣 帛 を募 り て 、 祷 し て 曰 く 、 汝 を 神 と し て 祀 ら む 。 幸 に 乞 は我 に 免 せ ﹂ と い ふ 。
﹁ 蛇 聴 さ ずし て 吝 め り 。﹂
﹁ 此 の 蝦 に 替 へ て 、 吾 を 妻 と 為 む 。故 、 乞 我 に 免 せ ﹂ と い ふ 。
︿蛇 が 蛙 を 食 わ な い ﹀ と い う不 條 理 。
︿人 が 蛇 と 結 婚 す る ﹀ と い う不 條 理 。
この存 在的不條理 表現は、長 いも のに呑ま れる弱者 の心情 によ って構 成さ れるのだろ う。五 戒十善 には存在 論的負
性 がある。加 えて、 蛇を神 とし 、男性 とし、力 とし て自ら を弱 者、女性 として位置 づけて いる。
そして蛇 が蛙 を飲 む、い わは自然現象 と 多 の幣 帛を賂し奉 らむ、 という人工現 象は事 の次第は同 じこと なのだろ
う。人間︵ 慈の心 の女 ︶ が動物 の生存 に優 って いるわけで はない。
﹁蛇乃 ち聴し、 高く頭頚 を捧げて、女 の面 を謄、蝦 を吐 きて放 つ。
﹂
を﹃古典文 学全集 霊異記﹄ では、
﹁蛇 が頭 を上 げるのは、女 の顔を より よく熟視 するた め。女 の顔 を熟 視す るのは、女 の美貌を見っ めたも ので、蛇
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の好淫 を示 す。
﹂ と、 うまいこ とを言 って いる。
に あるという。前 一六 〇〇年頃 の ものであ るという。こ れは地母神 として信仰 されて いたものと推測 され る。地面 を
女 が蛇 に結びつけ られて いる古い例で は、ク レタ島の クノッソス宮殿 から出土し た︿蛇女 神﹀ の像 が ボス トン美術館
女 は敗北、歎願、 許し の代 償 が︿性﹀ であ るこ とを知 って いた。当 然相手 は、力 、男性 であ るこ とも知 って いた。
た男女 は性によ って 愛を成立 させ たり、 幸福に なったり もする動物で ある。
亡 史﹄ の一面 で あった。凌辱 は男と女 の、勝者 と敗者の相互 性で あった。性的欲 求を うけ る聖女、悪代 官と村 娘。ま
とは、 あのユ ダヤ陥 落の ︿マサ ダ﹀ の最後の様子 であ る。 戦いに敗け た方 が受 ける略奪 と凌辱は また﹃ ローマ帝国衰
女 たち﹂
﹁ さあ、急い で雄々し く死 のうで はないか。 ⋮⋮暴力 と隷従、凌辱 のた めに子 供 だちと一緒 に引 っぱら れて行く
︵ 演出︶ されない。
ドラ マチ ック とい う表現 があ る が、同 じ舞台 に 登る者 たち は全部 似て い る。異 る者 た ちの ドラマ とい うのは表 現
という のは婚縁の日 。
︿七 日﹀と いうのは西 洋の古 い物語に よく出 てく る。
﹁今 日より七日 経て来。﹂
いうこ とになる。 マリアだ って美し い絵 にな った。
生産共同 体な どからは大分隔 った、
︿階級的人間 ﹀のもので ある。絵本 にすれ ば舞台に立 ってい た女人 は高貴 な美人 と
女 の美貌と蛇 の好 淫は殆 ど同 等で、 この次元 で女 性は蟹 や蛙の性質 ではあり えない。五 戒十善 などという のは農耕
八
六
蟹 と蝦 との 命を 蹟ひ て放生 し、 現報 に蟹 に助け られし 縁
はう蛇 とその土地 の生 産性 が結 びつけ られ、女 の労働 と生 殖性 が加 わ って、
︿蛇 女神﹀とい う豊饒神 が成立し たのだろ
○
よう ともしない。律 令国家同 一性の判断 を与え ようとはし ない。
天 武十 年二 月飛 鳥浄御原令 の編集始 まる。 上
八七
︿蛇 が蛙を呑ま ない﹀と いう不 條理 を行基 は蛇 の殺戮 によっても、 追放によ っても、神 として祀 って賂して 解決し
生産共同 体を離 れて、国家 の、し たがって裕福 な階級 を占 めた女 は仏 ︵神︶ を使用す る。
く 三 宝 を 信 ず ら く の み ﹂ と い ふ 。﹂
﹁ 時 に 行 基 大 徳 、紀 伊 郡 の深 長 寺 に 有 し き 。 往 き で 事 の状 を 白 す 。 大 徳 聞 き て 曰 く 、
﹁ 烏 呼 量 り 難 き 語 なり 。 唯 能
に よ って 律 令 社 会 を生 き る。
働 を 失 っ た 。 生 殖 だ け 残 っ た女 が ︿ 性 ﹀ に 相 応 し く 生 き る よ う に な っ た 。 性 に よ っ て 許 さ れ 、 性 に よ っ て 愛 さ れ 、 性
国 家 ・ 社 会 は 農 耕 生 産 共 同 体 性 を 支 配 す る 。 蛇 に 結 び つ い て い た 女 は国 家 ︵ 法 治 的 男 性 社 会 ︶ に従 属 し て 、 生 産 労
隠 れ る よ う に な る 。 ロ ーマ の フ ォ ル ト ゥ ー ナ は 知 識 人 に 嫌 わ れ、 悪 し き霊 に なり さ が る 。
リ ス ト 教 が入 り 込 め る 一 つ の 条 件 に な っ て い る だ ろ う 。 ロ ー マ が エ ジ プ ト を 征 圧 す る と イ シ ス は 異 教 の 如 く 世 の隅 に
エ ブ が蛇 の 恋 人 で あ フた と は先 に 触 れ た が キ リ ス ト 教 ︵ 新 約 ︶ で は蛇 を サ タ ン と し て い る 。 こ れ は ロ ーマ 帝 国 に キ
﹁ イ シ ス は 自 然 に お け る女 性 的 な も の そ の も の で し て 、あ ら ゆ る 種 類 の 生 殖 の営 み 受 け 手 で す 。﹂
︵ プ ル タ ル コ ス︶
イ シ ス も ま た 地 母 神 で あ る。 当 然 、 蛇 と も 関 わ っ て い る。
つ
十 一年行基出 家。
八八
儒教的貴族社 会、天 皇制的律令国 家の官人 組織 からの脱出。存 在の不条理 は存在 の不 條理 のまま尊重 する。
不 条理 を言 う女 の口許 を行基 は見 てい る。律令 国家 の ある階級 を なして いる男 の家 族で ある美 しい女 性 の顔を見
る。この女 はカ ニ、 エ ビ、 カエル、 サ カナ、 ウ シ、 ブタ、 ニワ トリを愛し ている のだろう か。
︿量り難 き表現 ﹀︿量り難 き内 容﹀
殆 ど行基 は無能力で ある。生産労 働を去 って律令国家 の階級 にいる女 は神︵仏︶ を使用で きる。
創造主とし ての神︵仏︶、宇宙 の摂理 とし ての神︵仏 ︶がそのし るしとし て現 実を在 らし めているなら不 条理 は不 条
理 を解決し、 条理は条理 を解決 するだろ う。いえ、行 基は︿解決﹀ とは言 わない だろう。彼 は神︵仏︶ を使用す るこ
とはない 。
﹁ 唯能く三宝 を信 ずらくのみ﹂ 恚いふ。
行 基集団 が道を作り、 橋を掛 け、堤を造 る時は毎日 カエ ルや蛇 を叩き殺 し、踏 み つぶして いたし、 その死 骸 は無 数
に横だわ って いたろ う。マ ムシなどは家 に持ち帰り、 貴重 な食料 となり、 ガマ ガエルもうま かったろ う。
﹁教を奉 りて家 に帰 り、期り し日の夜 に当 り、屋 を閉 ぢ、身 を堅 め、種 々発願し て以て三 宝に信へ まつる。﹂
全一宝 に信 へま っ る﹀ は行基 の言うこ とに等し い。行基 にし ても女 にし ても、こ れは賭け のよう なもので、こ れは
案外 、信仰 というも のの面 白 さなのだろ う。
﹁蛇、屋 に続り、 婉り転り、 腹 ばひ行 き、尾 を以 て壁 を打 ち、屋の頂 に登りで、 草を咋ひ 抜き開 き、女 の前 に落
蟹 と蝦 との命 を蹟 ひて 放生し 、 現報に 蟹に 助け られし 縁
O
L _
㎜
㎜
八九
﹁屋 の頂 に登 りで﹂ というのも多分 ない だろう。蛇 は外 壁をは い登って、 軒下 か ら屋 根の内側 に入 るの である。草
ぐり︶ な どは男 どもの求婚 の様相 を示 して いるのかも知 れない。一種 の求婚物 語に なってい るのだろう。
こ れは他家 を訪 問す る時の、賀入 り婚 などの く
お とない﹀の形 をいう のだろう。 そうとす れば﹁屋に続 り﹂
︵屋を め
を叩 くわけに はいか ない 。
で壁 を叩 くこ とは多分 ない。蛇は頭 部︵上半身︶ を壁 から離せ るにしても尾 で︵下 半分 で︶身 を支 えていて、 尾で壁
てい る。貧農 の状 態で はない。そ れで外 壁を這 って﹁屋 の頂 に登﹂ ること になってい る。けれ どもその途中 で蛇 が尾
場合 は土 間に も入 れ込 めないし、勿 論土 開 から床上 に登 れもし ないし 、壁 もし っかり作 られてい る家 屋 が前提 と され
﹁尾 を以 て壁 を打ち﹂ も一般的 には存在し ない。蛇 は土 台辺の隙間 、壁 の穴 な ど何処 からで も入 れる が、 この話 の
い うのであろ う。習俗 を使用 し た表現 であ る。 蛇 が屋内 に侵入 す るのは鼠 の巣、飼兎 の巣、庭鳥 の巣 が目的 であ る。
入で きる。春 の く
もぐ ら打 ち﹀行事 に、
﹁ 長虫 はくるな よ﹂とい って屋 敷の境界 を廻る から、その四方八 方性 を含めて
蛇 の﹁ 屋に続 り﹂ な どという現象 は一般的 には存在し ない。蛇 は隙間 か あれば家の前 後左右何処 からで も屋内 に侵
㎜
﹁ 茅 草 を く わ え て引 き 抜 く﹂ と 頭 注 に い う 。
﹁ 続﹂ を ﹁ マ ト フ マ ツ ハ ル ﹂︵ 字 類 抄 ︶ と 訓 む 。﹁ 婉 転ソ を ﹁ メ グリ メ グ リ ﹂︵ 名 義 抄 ︶ と 訓 む 。﹁ 咋 い草 抜 開 ﹂ は
つ
九〇
屋 根 で は、 垂 木 に 横 木 ︵ 細 木 ︶ を 結 ん で 格 子 様 に す る 。 そ の上 に 軒 か ら 葺 草 を ふ き 上 げ る 。 細 木 の太 さ だけ 垂木 と 葺
草 の 間 は 空 い て い る 。 蛇 よ り は 広 い 。 そ の 空 間 を 垂 木 を 伝 っ て 、蛇 は ネ ズミ の 巣 を求 め て 、︿屋 根 の 裏 の 一 番 上 、棟 木
の辺り まで﹀登 っていく。
﹁ 草 を 咋 ひ 抜 き開 き 、女 の 前 に 落 つ 。﹂も 事 実 と 違 う と 思 わ れ る 。 ネ ズミ は身 軽 に 素 早 く 逃 げ る。 蛇 は 前 半 分 を 立 て
て 飛 び か か ろ う と す る 。 尾 だ け で は体 を 支 え 切 れ ず 床 に 落 ち る 。
︿茅 草 を く わ え て引 き 抜 く﹀ と 見 ら れ た 草 片 は ネ ズミ の 巣 の 草 片 で あ る 。 葺 草 ほ ど長 い も の で は な い 。
﹂ ﹂の 屋 ︵ 家
屋 ︶ に は天 井 板 は な い 。
﹁然 りと雖、 蛇、女 の身 に就 ず。唯し爆 く音のみ有り て、跳り かみく らふが如し。明 くる日見 れ ば、大 蟹八 つ集
り、 彼の蛇条然 にむしり段 切ら る。
﹂
﹁ かみくら ふ﹂ はかみ ついてく う。
﹁条然 に揃り段切 ら る﹂ は筋状 に?
﹁揃 ︵むし︶ り段︵つ だ︶ 切ら る﹂ はむし り切 段︵断︶ する?
な どは色 々 な切 られ方、殺 され方をI ペんに言 うのだろ うか。
﹁山川 の蟹﹂が突然﹁大 蟹八 つ﹂になるの も相手 が大き
な蛇だ から か。
多分、 カニー ハサミー切 るの遊 び、 民話、童 話、お伽噺 とい った基礎 がこ こにもみ られよう。蛇 が侵入 が困 難な部
屋 に蟹が何事 もなく入 っているの も、 蛇を殺 すこと に主点 のあ る表現 に なっている。
蟹 と 蝦と の命を 蹟 ひて放 生し 、現報 に蟹 に 助けら れし 縁
﹁ 悟元 き 虫 す ら 猶 し 恩 を 受 く れ ば 恩 を 返 す な り け り 。﹂
﹁ 此 れ よ り 己 後 は 、 山 背 国 に 、 山 川 の 大 蟹 を 貴 び、 善 を 為 し て 放 生 す な り 。﹂
と終 るのは報恩型 ︱起原物 語でも ある。
﹁ ヨ ーロッ パの農家 では、今で も鼠の害 が少 く ないが、蛇は農作 物その他 の財産 を鼠 の被害 から守 って くれる有
用 な生物で あった。 それは日本 でも同 じで ある。
﹂︵大 和岩雄 ﹃十 字架 と蛇 と渦巻﹄︶
蟹 が助 けら れ、 蛙 が助 けられ、女 が助 けら れた。蛇 だけが殺 された。
女 の役割 が終 った。蛇 の死 は人 の心 の安定 であ った。 何の疑念 もなしに、 その故 に人 は健や かにな った。 そして、
この 安定感か ら︿豊人 にし て恩を忘 る べけむ や﹀ が人 の心情に収 まるだろ うし 、放生会行 事 が成立 する。
∼ 九一
ミ︵ 蛇︶に追 われ たのは辰 年生 まれの女で あったろ う。蛇は午年生 ま れの男 に追 われる。昔、聖 書の話で 蛇の頭 を
ヌ はイノ シシ に追わ れる⋮⋮くり返 され るこ の世の ︿縁﹀。 イノ シシはネ ヅミを追 う。
追 われる。 ウマはヒツ ジに追われ る。ヒツ ジはサルに 追われる。 サルはトリ に追わ れる。トリ はイヌに追 われる。 イ
ウシはトラに追 われ る。 トラは ウサギに追 われる。 ウサギは タツに追わ れる。 タツ はヘミに追 われる。 ヘミは ウマに
子I 丑I 寅 ︱卯 ︱辰1 巳 ︱午1 未 ︱中 ︱酉 ︱戌− 亥 と廻 るのは時間 なの か空 間 なのか。ネ ズミ はウ シに追 われ る。
四
九二
踏み 砕くの はイエスで、 彼は午年生 まれで あったろ う。馬の蹄鉄 が蛇の頭 をく だく。 蛇は馬 のかかとに かみつく。二
十六 才 でイ エス を生 んだマリ ア は辰 年生 ま れの勘 定に なる。人間 が歴 史上 に存 在す る限り、人 間 はサ タン に追 われ
る。︿人間﹀ は案外 うまく出来 てい るらし い。
周 知 のとおり、
﹁ お 前 と 女 、 お 前 の孚 孫 と 女 の子 孫 の 間 に、 わ た し は敵 意 を 置 く 。 彼 は お前 の頭 を 砕 き 、お 前 は 彼
の か か と を 砕 く 。﹂ と の、 蛇 に 対 す る 神 の 言 葉 。
周 知 の と お り。
、﹁ 彼 ﹂ は イ ェ ス ーキ リ ス ト で あ り 、 そ の こ と に よ っ て 、﹁ 彼 ﹂ を 産 む で あ ろ う母 が背 景 に 茫 漠 と浮
か び 立 っ て見 え る の で あ る 。
というのは高橋 たか子氏 であ るが、女 と蛇 は敵対 関係 におかれて いる。男 には牧畜、狩 猟な どがあ って、地上面 で の
農耕 は女性 によった時代 があ った。
創世 紀・ アダ ムと エブの時以来蛇 はま だ死 なないで、 サ タンと死 な ない でいてイ エスに抵抗し てい る。
右 は︿ マリアへ の祈り﹀ で ある故 に、﹁彼﹂︵イ エス︶ を産む であろ う母 が、﹁背景 に茫 漠とし て浮 かび立 って見 え
る﹂ と高橋氏 はいう わけであ る。︿蛇 の頭 を打 ち砕く﹀イ エスの生誕 が期待 されていた というわけで ある。
プルタルコ スは﹁ イ シスとオ シリ スの伝説 につ いて﹂ このよう に書いてい る。
﹁大 勢 の人 々 がデュ ポンの所 から ホロスのもとへ馳 せ参じまし た が、 デュ ポンの第二 夫人 のト ウエリ スも ホロス
の側に つきまし た。一匹 の蛇 が彼女 を追ってき ました が、 ホロス軍 の兵士 たち がそれを切り 刻みまし た。
﹂
蛇 が追う のだからト ウエリス は辰 年生ま れであろ う。ホ ロス軍 の兵 士 は午 年の者 たちであ る。
オ シリ ス がホロス に問 う所 かお る。﹁戦 いに出 て征く 者に最 も有用 な動 物 は何だ と思 う か。
﹂
﹁ そ れは馬 にご ざい ま
す。⋮⋮馬 は敗走す る敵兵 を孤立 せし め、 敵軍をせ んめつい たし ます。
﹂
‘
ト ウェリ スという のは女 神 タウレトの ギリ シャ語読 み、結婚し て河馬 の姿をして いると註 されてい る。とすれ ば、
軍 隊・馬・ トウェリス は一体化し て、こ の面 白い伝説 が作られ ていると いうわけで ある。
こ のト ウェ リスは農耕生 産の女 神で あろ う。そこ に王 ・国家・軍 隊 が混成 した話で ある。物語、 伝説 というのは何
世代 をも含 んで、複合し た構 成に なってい る。こ の女神 がイ シスで もあれ ば、ここ もマリ ア・神 の子 ホロスの形 に なっ
て面 白い気 もする が、 プルタ ルコ スはそ の上うには言 つぐ ない。
人間 ︵男・女︶ と蛇 との関係︵ 縁︶に ついて、何処 で気 づい たのかユ ングは、
﹁ 竜や蛇 は、タ ブー破り、す なわち近親 相姦と いう退行の結果 に たいする不 安 を示 す象徴例 であ る。﹂
それにし ても蛇は何故 殺され るのか。
五
九三
の ように あったので あろう。蛇 は人間 の虎馬 であ った。 で、近親相 姦て、国 家と国民 のよう な関 係なの か。
竜︵蛇︶ は ギリ シャ語 の ドラコ ーン。神話、 メル ヘンも生きて きた。単に人間 への障 害的対象 というより は心的体験
と いう。
人蛇 ににら まれた カエル﹀と いう、強大 な力 の前 に意識を失 うよう な具合 であ る。呑 み込 まれる不 安。
蟹 と 蝦 と の 命 を 蹟 ひ て 放 生 し 、 現報 に蟹 に助 けら れし縁
九四
﹁ 神蛇 に言 ひたまひ けるは汝是 を為し たるに困り て、 汝は諸 の家畜と野 の諸の獣 よりも勝り て誼は る。汝腹行て
一生の間 塵を食ふ べし 。
﹂︵創世 三−14︶
蛇 が誼わ れて いる環境 は﹁諸の家 畜﹂と﹁ 諸の獣﹂
︵ それ以下 ︶のようで あった。こ の表 現は諸 の家畜や諸 の獣やら
誼 われてい る様 相で一般的、 歴史的 価値観 を示 してい る。
それら全体 は農耕環境 を示 して いる。
﹁ カイ ンエホ バに言ひ けるは我 が罪は大 にして負 うこと能は ず。視よ汝今 日斯地 の面 より我 を逐 出し たまふ。我
汝 の面 を見 ること なきにい たらん。我地 に吟行ふ流 離子 と ならん。凡 そ我 に遇ふ者我 を殺 さん。
﹂
カインと蛇 の出 会う所、 そこは ︿流離﹀ の地 、農耕環 境であ った。そこ がサタンの棲家 。 サタンのい る所 に神 が現
われる。 サタンの言動 が神を引 き寄 せるの である。
モー セの前 から神 が姿 を隠して から、気 の遠くな る才月 が経 って、 ダビデの王 国 などまで出来 てしま フていた。 ダ
ビデ以 来、神 が姿を現 わすこと はなか った。
その間、神 はマリア を用 意して いたとい う話 が︿ マリ アへの祈 りブで ある。マリア は農耕生産共同 体性 の中 に生 き
て いた。 ローマ帝国 と属領 ユ ダヤの流離地 にマリア は生 まれ た。 マリア はサタンに追 われた。 流離の農耕生 産共同体
を追うもの はロ ーマ帝国 とユ ダヤの国 で あった。そこ から見え た神は︿カエ サルのもの はカエサル に返 せ﹀という。神
を見 つけ たマリアは神 の子 を産 む。神の子 は馬 に乗 って来て蛇 の頭 を踏み 砕く。
生 産共同体 性の敵 が何故 蛇の形 をと ったのか。砂漠 に生息す る毒蛇の イメ ージがあったの かも知れ ない。しかし 力
イン︵農耕 生活者︶ と蛇は同 郷の生物 であった。
素朴 に生活 的 に考え れ ば蛇 は邪 魔で、 危険 であ る故 に殺 された とい う本来性 は ある だろう。共 に農 耕生 産共同 体
性・マリ アを追い つめたの はロ ーマ帝国 とその属国 ユ ダヤの社 会で あった。神 の子 が踏み砕 こう 恚し たのは国家・ 社
九五
ブドウ酒 は ブドウの腐敗醗 酵によ るもので何 かの特殊性 ではない。旧 約以来エ ルサレ ムの地 は ヨエル書に。
蹟、 ブドウ酒の横溢 は プネウマ︵聖霊︶ の横溢 とされた。
蛇は ドラ ゴン、悪 魔に なり、 ブドウ酒 は︿聖霊﹀ と なった。カナ の婚礼 で水 ガメが ブドウ酒 で充 たされた、 あの奇
であ る。
という パンと ブドウ酒 は農耕生活 性で あり、親密 な身体性で ある。 パンが肉、 ブドウ酒 が血 とは原始的 な人間 の感覚
﹁ あ な た 方 は み な そ れ か ら 飲 み な さ い 。 こ れ は わ た し の契 約 の 血 を表 わ し て お り 、﹂
﹁ 取 っ て 食 べな さ い 。 こ れ は わ たし の 体 を 表 わ し て い ま す 。﹂
有名 な、
本来的 に物語︵説話︶ が作 られてく るのは農耕生 産性、身体 性の根源 的記憶 が立 ちの ぼることに よるだろう。 あの
ラ ゴンを踏 みつけて いる騎馬 像かお る。
今も、 ボルゲ ーゼ美術館で マリア はその子 イ エ 。スと共に蛇 の首根 を踏 みつけて いる。 サンクト ペテ ル ブル グには ド
かくして、王 、教皇、 修道院長、司 教、 参事会員 もまた神 からの罪で あった。
に掛けて復 讐した。︿神 が死 んだ﹀ わけで はなく、社会 は神を殺し ながら国家 を作 るのである。
会 とい う怪 物︵ サタツ︶ で あった。国家 ・社会 とは神︵存在︶ からの罪 であ った。 で、国家 と国民 はイエスを十字 架
蟹 と蝦 と の命を 蹟 ひて放生 し、 現報 に蟹 に助 けら れし縁
﹁山々 には甘い ぶどう酒が滴 り、丘 には乳 が流 れ、ユ ダの川 床には どこも水 が流 れる。
﹂
教的 祭礼︵信 仰行 事︶ を形 成し たのであろ う。
なのか。イ エスは家庭 を肯定し ないから ︿カナの奇蹟﹀ 信仰説 を作 り上 げたのは ヨハネ集団で あろう。彼 らもま た宗
と描 かれ る。 イエ スの言 葉は そうし た伝統 の素朴 さで あろう。 それで︿ カナの婚礼﹀ の祝福 を作 り上 げたのは一体 誰
九
六
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