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日本のワーク・ライフ・バランス 男女比較の視点から

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日本のワーク・ライフ・バランス 男女比較の視点から
日本のワーク・ライフ・バランス
─男女比較の視点から
林葉子
わが国でワーク・ライフ・バランスという考え方が知られるようになったのは、1990年代以
降である。その背景には、少子高齢化問題や長時間労働問題などがあると言われている。特に、
少子化は、1990(平成2)年の「1.57ショック」が契機となって、出生率の低下と子どもの数
が減少傾向にあることが「問題」として認識(
『平成22年版 子ども・子育て白書』共生社会
統括官、2011)され、政府は仕事と子育ての両立支援など子どもを生み育てやすい環境づくり
に向けた対策の検討を始めた。
「1.57ショック」とは、前年(1989(平成元)年)の合計特殊
出生率が1.57と、
「ひのえうま」という特殊要因により過去最低であった1966(昭和41)年の
合計特殊出生率1.58を下回ったことが判明したときの衝撃を示すものである。2005年には、
「人
口減少社会が到来」したことが明確になったと『平成18年版少子化社会白書』
(共生社会統括
官、2005)で述べられており、人口減少の度合いを小さくする少子化対策への重点的取組が必
要不可欠であることが明記されている。
そのような状況のなか、2007年に関係閣僚、経済界、労働界、地方公共団体の代表者からな
る「官民トップ会議」において「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」(内
閣府)が策定され、
「仕事と生活の調和推進のための行動指針」が示された。我が国ではワー
ク・ライフ・バランスは政府主導で実施されているといえる。この「仕事と生活の調和(ワー
ク・ライフ・バランス)憲章」では、ワーク・ライフ・バランスを「国民一人ひとりがやりが
いや充実感を持ちながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいて
も、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できること」
と定義づけている。
本稿では、
「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」に定義づけられている
“ワーク・ライフ・バランス”の現状について男女の比較という視点から、背景と政策、実態
について検討し、ワーク・ライフ・バランス実現を推進していく方策を検討することを目的と
する。
林葉子、お茶の水女子大学研究協力員、自治医科大学非常勤講師
39
1.背景の男女比較
(1)男性労働者
我が国の1970年代は、高度成長から安定成長へと移行し、バブル景気を経験した10年であっ
た。その間の働き手は団塊の世代が中心で、企業では、終身雇用や年功序列の人事慣習のもと、
男性の正社員たちが、企業戦士といわれ長時間労働で成果をあげ、その多くが自分の時間を働
くことに費やしてきた。社会保障費をはじめとして家族の生活も、価値観も企業に依存してい
た。
1980年代になると、夜勤・交代勤務者や、運転手、新聞やテレビ、建設、営業などの分野で、
業務上の突然死や脳血管疾患が多発し、
「過労死」が社会問題となった。1987年、労働省(現
在の厚生労働省)が、36年ぶりに脳心臓疾患の労災認定基準を改定し、労災補償認定の統計公
表を開始した。
1990年代になると、経済状況は80年代までとは異なり、バブル崩壊やその後のデフレ定着に
より、停滞していた。また、グローバルな企業間の競争に勝ち抜くために、企業は非正規雇用
者を増やし、雇用は正規雇用と非正規雇用の二極化が進んだ。1997年に大手証券会社の倒産に
代表されるように、生活のすべてをいままでのように企業に依存できない時代となった。1996
年に、過労自殺事件が東京地裁で勝訴し、1999年には、人事院および労働省が、それぞれ心理
的負荷による精神障害等に関わる業務上外の判断指針を発表。1990年代の中高年の自殺の増加
は顕著で、1998年に、日本人男性の平均寿命が前年より短縮した。そして、2000年、最高裁が
過労自殺や過労死の事案で相次いで原告勝訴の判決をだし、労働省は「事業場における心の健
康づくりのための指針」を発表した。
図1 週労働時間が60時間以上の労働者の割合の推移
出典:厚生労働省 『労働力調査』「労働時間等の現状」より作成
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000002lzsv-att/2r9852000002m0j7.pdf
40
しかし、2000年代に入っても、この傾向は、一向に改善されていない実態を、『2007年版 労働経済白書』で報告している(厚生労働省、2008)。同白書によると、2005年までの30歳代
の男性の長時間労働は横ばい状態である。
図1をみると、全体的には、2011年までに、労働時間の短縮は進んでいるように見えるが、
個別にみていくと、近年では労働人の長い人とそうでない人の差が極端になってきたことが、
労働時間別の雇用者数分布(図2)からも明らかである。
図2 労働時間の分布(2012年)
出典:社会実情データ実録 http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3123.html
具体的には、労働時間の長い正社員と、短いパートタイム労働者であり、週49時間以上が
1,212万人(22.2%)おり、そのうち60時間以上が490万人(9.0%)となっている。長時間労働
者の男女別の内訳はやはり男性が多くなっている。このように、1980年代から始まった長時間
労働問題と過労死の問題は、2000年代にも、働き盛りの男性の問題であり、長時間労働問題と
過労死問題から、男性にとってはワーク・ライフ・バランスが必要とされるようになったと
いっても過言ではないだろう。
(2)女性労働者
1950年代半ばから1970年代はじめの高度経済成長期には、女性が家族従業者として就業して
いることの多い農業のウエイトが低下し、配偶者のいる女性全体に占める夫がサラリーマンで
ある女性の割合が増大したため、女性の労働力は低下した(平成9年 国民生活白書)。1980
年にも、なお、女性は正社員の夫(サラリーマン)の妻、専業主婦である人が多く、サラリー
マンと専業主婦世帯とサラリーマン共稼ぎ世帯の推移をみるとサラリーマンと専業主婦世帯が
共稼ぎ世帯の2倍弱存在していた(図3)
。しかし、1900年代に入ると、女性の就業率は増加し、
1996(平成8)年には、専業主婦数を上回るにいたった。女性の就業率が伸長している。これ
は、高等教育を受けた女性が増加し、性別役割分業意識が変化してきたなどの理由が考えられ
る。
しかし、女性の労働力の推移をみると、25歳∼35歳の育児期の女性の労働力率が低下してい
41
図3 専業主婦世帯と共働き世帯の推移
出典:内閣府男女共同参画局 男女共同参画社会の形成の状況
http://www.gender.go.jp/whitepaper/h24/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-03-17.html
る、いわゆる M 字型の就労状況は、1997(平成9)年から2012(平成24)年まで、わずかず
つではあるが、M 字の底は上昇してはいるものの、まだ台形にはなっていない(図4)。特に、
第1子出産時に離職する女性は多く、2005∼2009年においても、有職者の女性が第1子を出産
する前後に離職する割合は、62.0%と、半数以上を占めている。女性が妊娠すると、
「いつ辞
めるんだね」と上司から言われるなどのマタニティー・ハラスメントも社会問題となっており、
女性が仕事を家庭を両立することはまだまだ難しい。
女性の仕事と家庭の両立については、1972年に公布された勤労婦人福祉法でもすでに、その
第1条【目的】において、
「勤労婦人について、…職業生活と育児、家事その他の家庭生活と
の調和の促進し、…勤労婦人の福祉の増進と地位の向上を図ることを目的とする。
」とし、第
11条では、
「勤労婦人について、事業主は、育児休業、その他の育児に関する便宜の供与を行
うように努めなければならない」としている。
家庭生活については、
「夫婦協力して解決していくべきものである」としながらも、当時の
状況としては、
「勤労婦人の中には、…家庭責任を負っている者が多数にのぼる」ため、
「現実
に着目して、勤労婦人の職業生活と家庭生活との調和を図ることが大きな課題である」との考
えに基づいて立案したと説明されている。1985年にこの勤労婦人福祉法から改正された男女雇
用機会均等法でも、類似の内容が見られる。「この法律は、…雇用の分野における男女の均等
な機会及び待遇が確保されることを促進するとともに、女子労働者について、職業生活と家庭
生活との調和を図る等の措置を推進し、…女子労働者の福祉の増進と地位の向上を図ることを
目的とする。…女子労働者の福祉増進は、女子労働者が母性を尊重されつつしかも性別により
42
図4 女性の年齢階級別有業率─平成9年∼24年
出典:平成24年就業構造基本調査の結果より
http://www.stat.go.jp/info/today/067.htm
図5 子どもの出生年別、第1子出産前後の妻の就業経歴
出典:『平成24年版 子ども・子育て白書』
差別されることなくその能力を有効に発揮して充実した職業生活を営み、及び、職業生活と家
庭生活との調和を図ることができるようにすること」としており、改正前の勤労婦人福祉法と
同様に「女性の…」職業生活と家庭生活との調和の必要性が述べられている。
このことからも、女性のワーク・ライフ・バランスは、
“母性”という言葉に象徴される家庭
役割が滞りなく遂行されることを前提に、それでも労働において差別されないように働くこと
ができるようにすることが必要であるということが要求されているという見方も可能であろう。
43
2.男性と女性のワーク・ライフ・バランスの必要性
以上のように、ワーク・ライフ・バランスが提唱されるようになった主な背景には、男女差
があった。2000年代になると、少子高齢化問題が深刻になっており、女性が重要な労働力であ
るという認識が高まってきた。前述のように、出産による離職は減少傾向にはあるが、大幅な
減少にはなっていない。それよりも、生涯未婚率の増加や子どもを持たない夫婦(DINKS)
も増加しているというのが現在の状況である。
生涯未婚率や DINKS の増加には、男性の非正規社員が増加し、収入の減少により生活基盤
が悪化し、将来設計ができないので、結婚したくてもできないといった理由や、女性の多くが
社会に進出し、結婚せずとも独立したライフスタイルを選択し、その結果、結婚という形での
パートナーを持つ必要がないという考え方が徐々に広まりつつあるといった理由、「自分の稼
いだお金は自分の好きなことに使いたい」
「子ども、家族を持つことに価値を見いだせない」
など、独身主義の人が増えるなど、ライフスタイルが多様化したことなどが理由に挙げられる。
こういった個人的な理由だけではなく、社会的な問題としての少子化をみると、内閣府が説
明しているように、
「企業間競争の激化、経済低迷や産業構造の変化により、正社員以外の労
働者が大幅に増加、正社員の高止まりといった状況から、長時間労働による生活の質の悪化か、
収入の減少による生活基盤の悪化という二極化が起こり、安定した仕事に就けず、経済的に自
立することができない若者が増加し、また、女性の社会進出が増加し、勤労者世帯の過半数が
共働き世帯であるにも関わらず、働き方や子育て支援などの社会基盤は従来のままであり、職
場や家庭、地域では男女の固定的な役割分担意識が残存している。
」共働き世帯でも、家事・
子育ては女性が多く分担している(図6、7)し、介護役割(図8、9)も同様である。
このような現状を踏まえて、少子化対策には、働き方の見直しと、育児支援が大切であるこ
とが明らかとなり、政府は、1992年に施行された育児休業法を1995年に改正し、育児・介護休
図6 末子の年齢別にみた夫・妻の1日の仕事、育児時間
(共働き世帯、週全体)
出典:総務省統計局「社会生活基本調査からわかること」
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/wakaru/#a11
44
図7 共働き世帯における家事関連時間 妻の分担割合の推移
出典:総務省統計局「社会生活基本調査からわかること」
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/wakaru/#a11
図8 家族介護者の男女の割合
出典:厚生労働省『平成22年 国民生活基礎調査』より作成
図9 介護・看護の有無別にみた仕事、家事時間
出典:総務省統計局「社会生活基本調査からわかること」
45
業法とし、女性の育児休業制度の充実を図った。その後、女性だけに育児が集中する環境は能
力発揮の阻害要因になっており、女性の活躍を進めるためにも男女ともの子育てできる働き方
が必要である(厚生労働省、男性も育児参加できるワーク・ライフ・バランス企業へ、2006)
との考え方から、育児・介護休業制度を、男性が育児参加しやすいものに改正し、男性の育児
休業制度取得率の目標を10%とした。男性も育児介護休業制度を取得しやすい制度に改正した
のである。しかし、現状は、まだ、2%にも及ばない。(図10)
図10 育児介護休業取得率の男女別推移
出典:NISSAY「数字で読み解く23歳からの経済学」
http://www.nissay.co.jp/enjoy/keizai/44.html
3.共働き夫婦のワーク・ライフ・バランス
以上のように、制度は整えられてきたのに、実際には実行されにくい男性の育児参加の現状
を踏まえて、共働き夫婦がどのようにそれぞれのワーク・ライフ・バランスをとろうと努力し
ているのかの実態に関する調査研究を実施した。この研究は、文部科学省と日本学術振興会か
らの委託研究である、「近未来の課題解決を目指した実証的社会科学推進事業」
『ジェンダー・
格差センシティブな働き方と生活の調和:キャリア形成と家庭・地域・社会活動が可能な働き
方の設計』(お茶の水女子大学 代表永瀬伸子教授)
」の研究プロジェクトの一部である。本項
では、研究結果を提示し、男女のワーク・ライフ・バランスの実態を比較し、検証する。
(1)研究の目的
ワーク・ライフ・バランスの研究は、2000年ころから始まり、男性の働き方や男性の育児参
加、女性の出産・育児時の継続就労の研究、企業におけるワーク・ライフ・バランス施策など
数多くあるが、夫婦ペアでの研究はなく、また、家庭における夫婦のワーク・ライフ・バラン
スの在り方の研究もない。そこで、本稿では、共働き夫婦が、仕事と子育てを行っている夫婦
間の相互作用の実態を明らかにすることを目的とする。
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(2)概要
① 調査方法
スノーボールサンプリング方式で集めた対象者に対する半構造化インタビューを2009年8年
から2010年3月に実施した。インタビューは、夫婦別々に行い、インタビュアーは2人、同意
を得て録音し、スクリプトに起こした。スクリプトは、A4(45×45)で10枚∼25枚である。
面接場所は、対象者の勤務する企業の会議室か、大学の会議室。面接時間は、一人につき1
時間∼2時間であった。また、インタビューを実施する前に、フェイスシートを送付し、事前
に対象者の属性等の情報を得て、インタビューをスムースに実施できるようにした。このフェ
イスシートとスクリプトを分析の資料とした。
② 対象者の概要
6歳以下の子どもがいる共働きの夫婦8組にインタビュー調査を実施した。本研究の主旨に
賛同する首都圏に本拠を置く組織・企業を通して協力の呼びかけを行った結果、男性15名、女
性8名(女性は全て男性調査対象者の配偶者)の聞き取り調査を実施することができた。質問
の主な内容は、家庭における家事・育児分担や親役割、職場環境では昇進のシステム、子ども
を持ってからの働き方の変化、ワーク・ライフ・バランスにおけるロールモデルなどやワーク・
ライフ・バランスそのものに関することであった。
本稿での分析対象者は、夫が育児休業を取得した3組に絞った。夫婦 A は夫婦が家庭科共
修世代の夫婦、夫婦 B は妻が家庭科共修世代の夫婦、夫婦 C は、家庭科共修以前の夫婦である。
夫婦 A は同じ会社に勤務する同期の研究職である。夫婦 B の妻は中小企業に勤務し、夫は自
宅でインターネット関連の自営業を営んでいる。夫婦 C の妻は、再婚で、夫と会うまでは再
婚する気持ちも、子どもを持つことも諦めていたが、夫が子どもを望んだので不妊治療を受け
た。また、夫婦 C の妻は、転職をして現在の職を得ている。表1に分析対象者の概要を示した。
表1 分析対象者の概要
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B
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(3)分析枠組み
家族システム論を応用し、夫と妻の家庭役割の調整方法、個々人の仕事と家庭役割との調整
方法を、事例ごとに①夫婦個々人の意識の調整、②仕事・職場・企業との調整 ③家庭役割の
夫婦間の調整 ④夫婦のワーク・ライフ・バランス感についてまとめ、ワーク・ライフ・バラ
ンスの男女の相違点について言及する。
図11 家族システム論を応用した分析枠組み
(4)夫と妻のワーク・ライフ・バランスの男女比較
① 夫婦個々人の意識の調整
夫婦 A の33歳の夫は、子育てをすることにはあまり抵抗感がないように思えた。
「それは同期入社で奥さんと結婚したんですけど、同じように入ってきて、向こうも同じ
ようにその仕事をしたいという気持ちがあるので、それを考えると自分が絶対奥さんのほ
うが休みを取って、自分が仕事をしたいよという気持ちと、子供を例えば半年ぐらい見て
もいいかなという、それもなかなかできないことなんでいいかなという気持ちを天秤に掛
けたら、全然その見てもいいかなの気持ちのほうが勝ったという感じですかね。」(夫 A)
と語っているように、同期の妻が仕事をしたいと思っていることや、妻が、夫に育児休業をと
ることを勧めたこともあって、1年間の育児休暇の半分の半年を妻と交代して子育てに専念し
た。子育てを、ある意味で当たり前の行為としてとらえているようなところがうかがえた。
夫婦 B の38歳の夫は、自営業の範囲を縮小して、自宅で子育てしている。
「自分の中で、やっぱり自分の子どもは自分で育てるべきだと思ってるんですよね。育児
を自分なりにしっかりしたいという部分もあります。やるのならしっかりしたいってい
う。」(夫 A)
48
と語っているように、子育てについて自分なりの信念があり、それを貫きたいという気持ちと、
以下に語るように仕事に対する気持ちから子育てに専念している。
「理想どおりに、自分の思ったものどおりにいってたら、辞めたくないという気持ちは
あったかもしれないですよね。
(会社は)そんなに意地になって守るべきものではないと
思ってるので、育児を中心になれるようになってるのかもしれないですね。
」
(夫 B)
自分が打ち込める対象が仕事ではなく子どもにあったことがうかがえる。
夫婦 C の47歳の夫は、積極的な育児への関わりではなく、妻のためにという思いがあるこ
とが語られた。
「本人も相当、育児ノイローゼと言ったらあれなんでしょうけど、ちょっとまいった部分
もあったので、…また1人でずっと見るというのはなかなか難しい部分もあったので、私
も休むことにしたことになります。
」
(夫 C)
「仕事上の巡り合わせが、ちょうど休んでいいというところだったので、休んだというの
はあります。
」
(夫 C)
彼にとっての子育てに対する意識は、A や B の夫より消極的な態度であることがうかがえる。
一方、妻 A は、夫に積極的に育児休暇を取るように薦め、それによって平等感を保つよう
にしていた。
「会社自体にそういう前例もあって、比較的寛容だろうというのがわかっていたので、そ
れ(育休)をやったらどうかみたいな話をしたんです。…同期で結婚していて、基本的に
はずっと同じような仕事を、自分は妊娠して体が思うように動かないとか、子どもを産ん
で子どもにずっとついているというのは、それは人間としてしょうがないとは思うんで
す。それを自分だけが負うのが、どうしてもしゃくだったので。」
(妻 A)
このように、何事にも夫婦平等は当たり前と思う妻もいれば、ほぼ同年代の妻 B のように夫
に対する気持ちには少し罪悪感がある妻もいる。
「ちょっと後ろめたいんですけど、はい(笑)
。…私がいったん仕事を辞めたほうがいい
んじゃないかとか、いろんな可能性をあげて、話し合ったんですけれども、一応そこで結
論として出たのは、このまま、正社員で仕事をしている私が仕事を辞めないほうがいいだ
ろうと。
」
(妻 B)
子どものために郊外に一戸建ての家を借りた際に、不動産屋から「会社員の奥さんが借りてく
49
ださい」といわれたこともあって、夫が専業主夫となるのは経済的にしかたがないことだと、
気持ちを整理している様子がうかがえる。
妻 C は子どもを持つまで一人でバリバリ働いてきたので、仕事や高収入に未練があること
が語られた。
「本来だったらあり得ない自分をどうやって支えているかというと…今は子どもがいるか
らこれを我慢しようという気持ちで、相殺させている。…自分で収入を持ってないという
のが不安でしょうがない。…あれもしたい、これもしたい、あれも収入を自分が持ってい
たら、どんどんできたのにというのが非常に私は強くて、それが嫌なんですよね。…外資
系にいたので、海外の人はみんな働くのが当然で、…ものすごく貪欲な状況にいるという
のを見てきたので、そっちに精神的に引っ張られた。いかに自分がドライになれるかとい
う。」(妻 C)
仕事中心のドライな自分と子育てをしなければならない自分の気持を調整しきれていない様子
が語られており、仕事中心の男性と同じような気持ちを表出している。
② 仕事・職場・企業との調整
夫 A は、結婚したときから積極的に子育てをしようと思っていたので、職場や上司には、
早い段階から、自分のそういった考えを表明して理解を得る努力をしていた。
「産まれる前かからかちょっと忘れちゃったんですけど、上司にはそういうことをちょっ
と考えているという話は結構前から、産まれるたぶん1年以上前から話はしていた。…同
僚は自分たちに急に仕事が、自分が、僕がやっていたことが振られたりしたらたぶん大変
だったと思うんですけど、事前にそういう話はしていたので、それは徐々に、徐々にそう
移せるところは移しながらやっていたので」
(夫 A)
育休前には努力をしていたにもかかわらず、育休復帰後には、仕事の調整はあまりしていない
ようである。夫 B はかなり仕事の調整を行っている。
「お客さんにもそういう事情なのでとは言ってるんですよ。だから、ほとんど電話とか
メールとかでやらせてもらってるんですけども。
」(夫 B)
「やっぱり気を使ってくれてる部分もあると思うんですよね。急ぎの仕事を回すと大変だ
ろうとか。やりやすい仕事を回してくれてるっぽいんですよね。
」(夫 B)
夫 C にいたっては、仕事を家庭役割のために調整する気持ちをほとんど持っていない様子が
語られた。
50
「私のほうは裁量権が少ないと思うんです。あとは、自分のペース配分でできないという
こともあるのかもしれないですね。彼女よりは。
」
(夫 C)
しかも、妻が調整することを暗に希望している。この夫に対して、妻 C は、子どもためにか
なり仕事を調整している。夫が協力的ではないからであろうが、そのことについては語られな
かった。
「一緒にいるグループの人に急遽のことはやってもらう。あとは、…予定を変えていくと
いうことで対応はします。…クライアントさんにも、5時までしかいないので、そこから
先は、すみません、こっちに連絡してください。その代わり朝は早いですから、というふ
うに理解してもらっているので。
」
(妻 C)
さらに、どの妻も、会社と交渉して、子育てに都合がいいように、仕事を調整しているのである。
「(派遣さんとか契約社員に手伝ってもらう)そういう日数を増やしてもらったり、自分
に(派遣さんとか契約社員を)たくさんつけてもらうようにして」(妻 A)
「ちょっといろいろやはり私もお願いをしたことが、それこそ授乳しに帰らせてほしいと
か、…週1回は、しばらくは在宅で仕事をさせてください、という交渉をして。」
(妻 B)
「辞めてくださいと言われないような人である限りは、結構わがままは言える。会社に交
渉して何とかってやってしまうことができるんですけど」
(妻 C)
妻 C によれば、このような交渉は、自分自身が会社にとって必要な人物であるからだという。
自分自身の能力を自負している。また、妻 A は、6ヶ月間の育児休暇のために昇格が遅れな
いための工夫までしている。
「旦那とかほかの同期と同じタイミングで昇格するにはどうしたらいいか、総務へ聞きに
いって、ポイントの算出方法とかも聞いて。…私はこの期に A を何回取らなきゃいけない、
この期に取らなきゃいけないというのが出てくるので、それを上司に言ったんです。
」
(妻 A)
「半年経って旦那が復帰してきた3月から時間短縮の申請を出して、それから2年ぐら
い。…時短を取らないとマイナスになってしまう…」
(妻 A)
同期の夫に対して、仕事においても平等意識を強く持っており、同期の夫と差がつくことを懸
念しているようにうかがえる。
③ 家庭役割の夫婦間の調整
夫婦 A は、2人で住んでいたときには、お互いに相談し、交渉して家庭役割を分担してい
たことが語られた。
51
「保育園から電話がかかってきたらどっちが休む? みたいな、」
(夫 A)
「週に1回でも1カ月に1回でもいいから、夜は何時に帰ってきてもいいということをさ
せてくれというのを夫に交渉している…」(妻 A)
「この日は私が行くと決めて、割り振りをして」
(妻 A)
夫は、相談するとはいいながら、結局は妻が分担を決めているのではあるが、決めるにあたっ
ては、かなり夫の都合を考慮している。
「ほんとは半々ぐらいで早く帰る日とか、…したいんだけどと言ったんだけど、それは嫌
だ、と言われてしまって私のほうが折れてしまったような感じなんですが、ほんとにその
辺は、ちょっと納得いかない。
」
(妻 A)
しかし、妻 A の不平等感は否めない。結局、夫婦 A は妻からの提案によって、夫の両親と同
居することにした。
夫婦 B は、夫がほとんど専業主夫のように自宅で仕事をしているため、ほとんど夫が育児・
家事をしている。夫婦 C の場合は、妻が夫の家事能力をあまり認めていないことや、夫も積
極的に家事・育児をするつもりはなく、妻が実の母の支援を得ながら育児をしている様子が語
られた。
「要領の部分からいったら、同じことをやるにしても私のほうが2倍早くできる。…私の
夕ご飯は母につくってもらう。彼にこれ以上の負担は難しいだろう。ご飯をつくれないか
ら無理でしょう。
」
(妻 C)
「一番大事だったのは、子どもに対するケアと同じぐらい大事だったのは、配偶者に対す
る配慮だったんです。要は子守も大事なんだけど、一方では、出産をした妻に対するフォ
ローというか、話し相手になるとか、サポートをするとか。」
(夫 C)
夫自身は、妻のために家事・育児、そして、育児不安の解消に役に立っているという自負があ
るが、妻は、夫がやるより手早く自分でやってしまったほうがいいと思っており、夫婦間での
調整はほとんどできていない。また、夫は、家庭役割に関しては、補助的な役割でよいと思っ
ていることがうかがえた。47才という年齢を考慮すると、いまだに性別役割分業観に、無意識
のうちに捕らわれているのではないだろうか。
④ 夫婦のワーク・ライフ・バランス感
平等意識の強い夫婦 A は、親の支援を得て、バランスが取れるようになったことを妻は語り、
夫は育休からの復帰後、平日は仕事中心になっていることを自覚しており、バランスが取れて
いないと語り、土日で補うしかないと語った。
夫婦関係が逆転している夫婦 B は、それなりにバランスがとれていると語っている。
52
「妻には外で働いてきてもらうというのは一番の今の仕事なので、それ以外は私はやるつ
もりです。…リスクを考えると今がベストじゃないかなという。…基本的に、自分の時間
になるので本当に勉強をしたりとかですよね。仕事にプラスになることを何かしらやろう
とはしてるんですけどね。
」
(夫 B)
「育っていく子供とずっと一緒にいられない、時間的には、平日は制限されてしまうんで、
もうちょっと一緒にいたいなと思う気持ちというのはあります。ただ、その一方で、やは
り仕事をしたい気持ちというのもあるので、そういう意味では、比較的バランスが取れて
いるほうなのではないかと、そういうふうに思っています。」(妻 B)
そして、その状態を自分達が認め、他の人にも見とめてもらえればいいのであって、自分達に
とっては普通の状態であるとも述べている。そういう意味では妻 B は働く男性と同じ気持ち
なのであろう。
「主人が家で子供を見ていて、逆転しているわけですよね、男性と女性の役割が、今まで
でいうものとは、逆転しているわけなんですけれども、それが、普通の状態で、私たちが
いいと思っていて、それをみんなに認めてもらえればそれでいいんじゃないかというふう
に思いますので、普通に、自然に、このままこういう仕事の仕方も続けていきたいなと。
」
(妻 B)
夫婦 C は、夫はバランスが取れていると思っているが、妻はかなり我慢しており、バラン
スはとれていないことに不満感を持っている。
「何とか自分の時間を増やしたいとは思いつつ、それは無理なんだろうなという。主人は、
どうしても2週間に1回行くお稽古と、毎週行くスポーツクラブは絶対行かせてくれとい
うことを先に言うので、なんかズルいなという。いつでも行ってくれていいんだよ、と言
いながら先に向こうが言うから、結局私が引かなきゃいけないじゃないですか。何度も何
度も喧嘩しました。
」
(妻 C)
以上のように、積極的、消極的の違いはあっても、現在での共働き夫婦においては、いまだ
に、夫婦で調整しあってお互いのワーク・ライフ・バランスをとることが出来ていないことが
判明した。しかも、専業主夫と働き手である妻の場合にも、実は、夫がかなり仕事をセーブし
て家事・育児をしておりワーク・ライフ・バランスは取れていない。常勤で働くことと、家事・
育児を両立し、個人のワーク・ライフ・バランスをとることは、男女に関係なく難しく、バラ
ンスをとるためには、親を含めた支援が必要であることが、事例調査から明らかになった。
⑤ ワーク・ライフ・バランスの男女の相違点
夫と妻の家庭役割と仕事に対する姿勢とワーク・ライフ・バランスに対する考え方を表2に
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まとめた。
家庭役割を担うには夫にとって、ワーク・ライフ・バランスをとるためには信念などのそれ
なりの理由が必要であった。また、仕事の調整は積極的に実施していないことが分かった。一
方、妻にとっては、家庭役割は当たり前であり、仕事についてはかなり能力が高く、交渉も上
手であることがワーク・ライフ・バランスをとるために必要であった。ワーク・ライフ・バラ
ンスは夫婦ともにバランスがとれていないと思っており、夫は仕事中心、妻は家庭中心に考え
方を述べている。男性は仕事中心のワーク・ライフ・バランス、女性は子どもを中心としなが
らも仕事をしたいために能力を駆使するワーク・ライフ・バランスのとり方をしているといえ
る。
表2 夫と妻の家庭役割と仕事に対する姿勢と
ワーク・ライフ・バランスに対する考え方の相違点
夫
妻
家庭役割に対する姿勢
妻には評価されていないと思って
はいても、良くやっていると自負
している。
妻がリードして夫にやってもらう。
仕事に対する態度
仕事優先にしたいし、将来のため
に勉強する時間を持とうとする
が、妻や子どものためにも両立し
ようと努力する。
会社と交渉し、制度を活用してフ
レキシブルに対応し、能力を最大
限にアピールして両立に努力。
ワーク・ライフ・バランス
に対する考え方
仕事をふっきれないのでバランス
に欠くと思っている。
まだ、バランスがとれていない。
子どものためにがまんしている。
4.ワーク・ライフ・バランスの実現に向けて
事例研究で明らかになったように、現在は、まだ、仕事のシステムと家庭のシステムが折り
合わないなかで、子育て期の夫婦のワーク・ライフ・バランスでは、家族が最大限の努力と工
夫をしなければ、家庭のシステムは機能しない。また、その努力と工夫の仕方には男女差があ
ることも明らかになった。家庭のシステムを機能させるためには、家事や育児の技術力が必要
で、女性には、男性よりもその技術があるため、家族システムを機能させるにあたって、妻が
リードすることになっているようだ。家庭科共修世代の夫では、その技術が他の世代の夫より
あるので、他の世代の夫よりは家族役割を遂行するのに抵抗感が少ない。このことから、家庭
科の技術を男女ともに子どものころから習得することは大切であるということが明らかになっ
たと考える。また、仕事との調整のためには、職場における交渉力が重要であることから、お
互いの意見を尊重しながら話し合う力も身に着ける必要があろう。
一方、企業においても、働き方に対する評価基準の見直しをし、働き方の多様性に対する理
解を管理職が持てるような教育をするなどの努力も必要なのではないだろうか。ワーク・ライ
フ・バランス憲章にあるように、多様な生き方が選択・実現できるためには、子育て期の若い
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夫婦が、経済的にも、精神的にも安心して子育てをしながら働いていけるように、国は制度や
経済的支援をさらに充実させ、企業も含めた社会全体で、仕事と家庭の調和についてもっと積
極的に対応していく工夫と努力が必要であると考える。
【参考文献】
経済企画庁、1997、『平成9年 国民生活白書』
厚生労働省、2012、『労働力調査』「労働時間等の現状」
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3123.html(2014年1月)
_____、2006、「男性も育児参加できるワーク・ライフ・バランス企業へ─これからの時代の企業経営」男
性も育児参加できるワーク・ライフ・バランス推進委員会
http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/ryouritsu02/pdf/01b.pdf
_____、2010、『平成22年 国民生活基礎調査』
http://www.gender.go.jp/whitepaper/h24/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-03-17.html(2014年1月)
総務省、2013、『平成24年就業構造基本調査』
総務省統計局、2006、「社会生活基本調査からわかること」
http://www.stat.go.jp/data/shakai/2011/wakaru/#a11(2014年1月)
内閣府、2013、『平成24年版 子ども・子育て白書』
http://www8.cao.go.jp/shoushi/whitepaper/w2012/24webhonpen/html/b1_s2-1-4.html(2014年1月)
___、「仕事と生活の調和の実現に向けて」
http://wwwa.cao.go.jp/wlb/towa/nanoka.html(2014年1月25日)
内閣府男女共同参画局、2012、「男女共同参画社会の形成の状況」
NISSAY、2012、「数字で読み解く23歳からの経済学 第44回」
http://www.nissay.co.jp/enjoy/keizai/44.html (2014年1月25日)
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