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MOVE/MRI.COM への海氷密接度同化の導入に向けて

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MOVE/MRI.COM への海氷密接度同化の導入に向けて
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
特集「新海洋データ同化システム(MOVE/MRI.COM)による海洋情報の高度化」
MOVE/MRI.COM への海氷密接度同化の導入に向けて
―オホーツク海を対象とした予備調査と簡易同化実験-*
碓氷 典久 **・今泉 孝男 ***・辻野 博之 **
要 旨
現業用北西太平洋版海洋データ同化システム(MOVE/MRI.COM-WNP)
への海氷密接度同化に向けて,オホーツク海を対象とした海氷モデルのシミ
ュレーション実験及び簡易同化実験を行った.現行海氷モデルは,オホーツ
ク海の平均的な季節進行をおおむね再現したが,海氷域及び密接度を過大評
価するなどのバイアスも見られた.海氷は主にオホーツク海北西部陸棚域で
生成され,海氷生産量は先行研究と整合的な値を示した.ナッジングによる
簡易同化実験から,時定数 1 日程度が海氷同化に必要であることが分かった.
また,モデルバイアスに起因してモデル方程式の熱力学項が大きく影響を受
けることが分かった.
られたが,その 1 つに海氷モデルの導入が挙げら
1. はじめに
現在の気象庁の現業用海洋データ同化システ
れる.これにより,オホーツク海等における海氷
ム(MOVE/MRI.COM) は 気 象 研 究 所 を 中 心 と
の季節進行を陽に現すことが可能となり,従来シ
して開発され,2008 年 3 月より日本近海の海況
ステムにおける気候値緩和に比べて,特に高緯
監視・予測を目的とした,北西太平洋版システ
度域の海洋環境の再現性向上が期待される.ま
ム(MOVE/MRI.COM-WNP) の 現 業 運 用を 開 始
た,海氷モデルの導入により,北海道を中心とし
した(石崎ほか,2009).MOVE/MRI.COM-WNP
て関心が高いと思われるオホーツク海南部におけ
は,従来システムである海洋総合解析システム
る海氷の挙動を,海上風などの大気要素とともに
(COMPASS-K;杉本ほか,2003)に比べて,モ
海流や海洋混合層水温などの海洋内部の場と連動
デル及び同化手法の多くの点において高度化が図
して解析することが可能となり,海況情報として
*
Toward introduction of assimilation of ice concentration into MOVE/MRI.COM: A model validation and a simple
assimilation experiment in the Sea of Okhotsk
**
Norihisa Usui,Hiroyuki Tsujino
Oceanographic Research Department,Meteorological Research Institute(気象研究所海洋研究部)
***
Takao Imaizumi
Office of Marine Prediction,Global Environment and Marine Department(地球環境・海洋部海洋気象情報室)
- S71 -
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
の利用価値の向上が期待される.しかし,現状で
した海洋・海氷結合モデルを用いた海氷データ同
はデータ同化は海氷モデルに対応しておらず,海
化システムは存在していない.
氷域において海面水温を結氷温度として同化して
本報告では,本節に続いて第 2,3 節で MOVE/
いるのみであり,MOVE/MRI.COM-WNP の海氷
MRI.COM-WNP の海氷モデルの概要と今回実施
出力は現実の海氷分布を反映しているわけではな
した実験設定について述べる.第 4 節で各実験の
い.また,海氷モデル自体のパフォーマンスにつ
結果を述べ,第 5 節で全体のまとめ及び今後の課
いても十分な調査がなされていないのが現状であ
題について述べる.
る.そこで,本調査では以下の 2 点を目的とす
る.まず,モデルシミュレーション実験を行い,
2. 海氷モデル
MOVE/MRI.COM-WNP に用いられている海氷モ
本実験には,MOVE/MRI.COM-WNP(石崎ほか,
デルの基本パフォーマンスを把握する.さらに,
2009)に用いられているものと同じ海洋・海氷結
今後の海氷密接度同化の導入に向けて,簡易同化
合モデルを用いた.モデル領域は,117°E-160°W,
実験を実施し,同化結果の再現性を把握するとと
15°N-65°N の北西太平洋で,水平解像度は日本近
もに,今後の海氷同化スキーム開発の見通しを明
海で東西 0.1° ×南北 0.1°,50°N 以北で南北 1/6°,
らかにする.
160°E 以東で東西 1/6° である.海洋モデルの詳細
海洋・海氷結合モデルを用いた海氷データ同化
については,Tsujino et al.(2006)及び石崎ほか
システムは,近年,諸外国においても開発が進め
(2009)を参照されたい.以下では,辻野(2005)
られつつある.以下に,海洋・海氷結合モデルを
を基に海氷モデルの概要について記す.
用いた海氷データ同化に関する最近の研究につい
MRI.COM の海氷モデルは,海氷の移動や海氷
て簡単にレビューしておく.Zhang et al.(2003)
間の内部応力等を扱う力学モデルと海氷の生成・
及び Lindsay and Zhang(2006)は,米国ワシント
融解を扱う熱力学モデルから構成される.力学モ
ン大学における海氷同化システムを開発した.同
デルでは,海氷に働くコリオリ力,海氷内部応力
化に用いている観測データは,海氷移動ベクトル
テンソルの発散(内部応力項),大気・海氷間及
と海氷密接度である.この内,海氷移動ベクトル
び海洋・海氷間に働く応力,及び海面傾斜力から
は,最適内挿法により(Zhang et al.,2003),海
構成される運動方程式を解くことにより海氷の移
氷密接度は,より簡単化した最小分散推定により
動速度を予報する.この内,内部応力項につい
客観解析を行い(Lindsay and Zhang,2006),ナ
ては,Hunke and Dukowicz(1997)の弾粘塑性体
ッジングによりモデル場へ同化している.Stark
(EVP:Elastic-Viscous-Plastic)モデルにしたがっ
et al.(2008)は,英国気象局の海洋データ同化シ
て解いている.EVP モデルは,従来の粘塑性体
ステムに海氷同化スキームを導入した.同化手法
(VP:Viscous-Plastic) モ デ ル(Hibler,1979) で
に最適内挿法を用いて,衛星観測による海氷密接
用いられていた内部応力テンソルと歪み速度の関
度及び海氷移動ベクトルを同化している.Lisæter
係を表す構成則(constitutive low)に,弾性パラ
et al.(2003,2007)は,ノルウェーのナンセンリ
メータ(ヤング率)を介して内部応力テンソルの
モートセンシングセンターの運用する海洋データ
時間変化率と歪み速度とを関係付けた弾性項を加
同化システムに海氷密接同化スキームを導入し
えた式を新たな構成則として採用している.これ
た.このシステムでは,同化スキームにアンサン
により,局所的にかかる大きな内部応力が解放さ
ブルカルマンフィルタを採用しており,状態変数
れ,VP モデルに比べて計算効率が向上する.
として海洋モデルの予報変数及び海氷密接度を用
海氷の生成・成長,消滅・融解を扱う熱力学モ
いることにより海洋内部と海氷密接度を同時に推
デルは,Mellor and Kantha(1989)の海氷モデル
定を行っている.上述の各システムは,いずれも
を基本としている.本モデルでは,第 1 図に示す
北極海及びその周辺海域の海氷を主なターゲット
ように,海氷全体を 3 層(下 2 層が海水の結氷し
としており,現状においてオホーツク海を対象と
た部分,最上層が雪氷)に分け,各層に対して
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第 1 図 海氷モデルで考慮する各フラックス
左図は熱フラックス,右図は水フラックスに関連した各要素を示す.図は辻野(2005)より引用した.
熱バランスを評価することにより海氷の熱力学過
3.2 簡易同化実験
程を表現する.なお,本モデルでは,Mellor and
次に,ナッジング法による海氷密接度の簡易同
Kantha(1989)の海氷モデルに比べて,海氷・雪
化実験の概要について述べる.この実験の目的
氷に熱容量がない,昇華に伴う淡水フラックスを
は,同化結果の再現性及びナッジングに対する海
扱っていない,氷晶(frazil ice)を扱っていない
氷モデルの安定性を確認することである.
期間は,
等の簡略化が施されている.
2005 年 1 月から 6 月までの 6 か月間とし,全球
力学モデル及び熱力学モデルで計算された海氷
日別海面水温解析(MGDSST;栗原ほか,2006)
の移動速度及び生成・融解量を元に最終的に氷厚
に収録されている海氷密接度格子点値(水平解像
及び海氷密接度分布が決定される.具体的には,
度 0.25°)を同化データとして用いた.ナッジン
氷厚分布については,移流拡散方程式に海氷の生
グの時定数は,1 日と 5 日の 2 ケース行った.また,
成・融解量を外力項として加えた質量保存式を解
大気外力には,JRA-25/JCDAS の日別値を用いた.
いている.海氷密接度についても移流拡散方程式
なお,本実験では,海洋データ(水温・塩分)の
が基本となるが,海氷の生成・融解の密接度への
同化は行っていない.
寄与量は経験的パラメータを用いて表現される.
以下に,ナッジングの際のモデル予報変数の修
なお,拡散項は主に数値計算の安定のために加え
正法について述べる.第 2 節で述べたように,本
たものである.
モデルでは,海氷密接度
の時間発展は,移流
拡散方程式に海氷の生成・融解による寄与が外力
3. 実験設定
項として加わった方程式にしたがって解かれる.
3.1 海氷モデル再現性実験
モデルの支配方程式をモデル演算子
海氷モデルの再現性を調べるために,モデルシ
ミュレーション実験を行った.実験は,1995 年 1
月から 2002 年 12 月までの 8 年間及び,2005 年 1
を用
いて
月から 6 月までの 2 つの期間において実施した.
と表し,ナッジングによるモデル修正量を
1995 年~ 2002 年の実験は,海氷モデルの基本パ
すると,ナッジングの際の海氷密接度の時間発展
フォーマンスを見ることを目的とし,2005 年の
は以下の式で表わされる.
実験は,この期間に実施した同化実験結果との
比較用に行った.いずれの期間も大気外力には,
(1)
JRA-25/JCDAS(Onogi et al.,2007) の 日 別 値 を
ここで,ナッジングによるモデル修正量
用いた.また,実験の初期値は,石崎ほか(2009)
観測値
で作成された海洋再解析値を用いた.
- S73 -
と
及びナッジングの時定数
(2)
は,
を用いて
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
となる.この際,海氷の体積をどのように扱うか
場合が見られた.そこで,本実験では,不安定を
が問題となるが,本実験では,海氷の体積を保存
回避するために,式(3)の氷厚及び密接度から
させるようにした.すなわち,海氷の厚さを
求まる淡水フラックスの 10 倍の値を上限値とし
として,海氷体積
保存するように
がナッジングの修正前後で
て設定した.なお,その際,海氷密接度及び氷厚
についても修正を施した.し
の修正量については変更を加えていない.
かし,モデルで海氷が存在していない海域に海氷
が観測された場合やその逆の場合は,氷を生成又
4. 結果
は融解させる必要があり,体積を保存させること
4.1 海氷モデル再現性実験結果
はできない.これら 2 つの場合については以下の
モデルの表現する海氷の平均的な季節進行を見
ように扱った.
るために,11 月から 6 月までの月別の海氷密接
度分布を観測と比較する.第 2 図 a にモデル結果,
(i)
=0,
>0 のとき
第 2 図 b に観測(MGDSST)のいずれも 1995 年
この場合,新たに海氷を生成させることになるが,
から 2002 年における月別の平均分布を示す.特
その際の初期の氷厚及び密接度を以下のように設
徴的な季節進行としては,11 月から 12 月にかけ
定した.
てオホーツク海北西部で海氷が生成され始め,そ
の後,サハリンの岸沿いを南下し,2 月から 3 月
(3)
ここで,
に北海道のオホーツク海沿岸付近に最接近する.
は海氷モデルのタイムステップであ
その後,徐々に海氷は後退し,6 月にはほぼ消滅
る.また,海氷の生成に伴う,淡水フラックス
する.モデル結果は,定性的には,上述の季節進
も以下のように考慮した.
幾つかのバイアスが見られる.例えば,海氷域及
(4)
ここで,
行を良く表現しているといえるが,定量的には,
,
び密接度がともに過大評価されている点,サハリ
は海氷及び海水の密度である.
ン沖を南下する海氷域が観測に比べてより東方ま
で張り出している点などである.
(ii) >0,
=0 のとき
次に,モデルの表現する海氷密接度分布の変動
この場合,海氷が観測されていないのであるから,
特性をより詳しく調べるために,モデルの予報方
=0 も同時に得られたものとみなして,
程式に基づいて収支解析を行った.海氷密接度 A
観測値
密接度及び氷厚を 0 にナッジする.すなわち,海
氷を融解させる.その際の氷厚の修正量
は
び熱フラックス
ここで,
(8)
及
は以下のように与えられる.
ここで,
表す演算子,
(6)
,
は移流項及び拡散項を
は開氷域の結氷に伴う淡水フラ
ックスである.密接度の変動要因としては,右辺
は融解時に生じる潜熱である.また,
融解に伴う単位時間当たりの体積変化量
(5)
となる.また,融解に伴う淡水フラックス
の支配方程式は,以下の様に与えられる.
は
(7)
となる.しかし,モデルバイアス等に起因して式
(7)はときとして大きな値となり,それによる過
剰な淡水フラックスによりモデルが不安定となる
第 1 項及び第 2 項の力学(dynamics)の寄与と右
辺第 3 項の熱力学(thermodynamics)の寄与に大
別することができる.なお,右辺第 3 項の
び
及
は,結氷及び融解による密接度変化への寄
与を調整する経験的パラメータであり,本実験で
は,
= 4.0 ,
= 0.0 としている.
第 3 図に 2005 年 2 月と 4 月における海氷密接
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測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
第 2 図 月別の平均海氷密接度分布(単位:%)
(a)モデル再現性実験結果(シミュレーション),(b)観測(MGDSST).1995 年から 2002 年ま
での平均値を 11 月から 6 月まで示す.
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測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
度の変化量とその内訳として,熱力学項及び力学
は正の値を示し(結氷),それを打ち消すように
項の寄与を示す.海氷の拡大期である 2 月の密接
力学項は負の値(主に風による移流)を示してお
度変化量は,海氷域南端の氷縁付近で正の値を示
り,両者はほぼバランスしている.海氷の衰退期
しており,海氷域が南下傾向にあることを表して
である 4 月には,オホーツク海南部を中心に熱力
いる.また,この海氷域の南下は,力学過程(移
学項の寄与(融解)により密接度は減少する.
流)によりもたらされ,熱力学過程(融解)によ
第 3 図 a で見たように,オホーツク海北部では,
りその寄与が緩和されている.一方,北緯 50 度
密接度の変動は,熱力学の寄与と力学の寄与が打
以北のオホーツク海北部に着目すると,密接度の
ち消し合う関係にある.一方,氷厚の変動につい
変動特性は,南部と異なることが分かる.オホー
て収支解析すると,海氷の拡大期にはオホーツク
ツク海北部では,沿岸域及び氷縁域で,熱力学項
海北西部陸棚域における海氷生成に伴う熱力学項
第 3 図 海氷密接度の変化要因(単位:% /day)
(a)2005 年 2 月,(b)2005 年 4 月の海氷密接度の変動要因の内訳を示す.海氷密接度
の支配方程式の内,正味の変化率を左図,熱力学項を中図,そして力学項を右図に陰影で
示す.また,各月の平均密接度分布を等値線で示す(密接度 10%から 70%までを 20%間
隔で表示).
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測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
が支配的となる.第 4 図に,1 月から 3 月までの
結果,沿岸域に開氷域,いわゆる沿岸ポリニヤが
平均の 1 日当たりの熱力学項による海氷生産率を
形成されそこで再び海氷が生産される.北西部陸
示す(1995 年から 2002 年までの平均).ここで,
棚域では,このプロセスが繰り返され,その結果
)の熱力学過
大量の海氷が生産される.オホーツク海全体での
程(結氷)による増加率として定義した.海氷
11 月から 3 月までの総海氷生産量(海氷生産率
は,オホーツク海北西部陸棚域で盛んに生産され
の積分値)を見積もると,約 9 × 1011 m3 となり,
ており,この結果は,過去の研究(Martin et al.,
その大半は沿岸ポリニヤで生産されている.月別
1998)とも整合的である.陸棚域で生産された海
の海氷生産量は,第 5 図のようになり,これらの
氷は,その後季節風により沖へと輸送され,その
見積りは,海面熱フラックスデータから海氷生産
ことを反映して力学項は負となる(図略).その
量を見積もった Ohshima et al.(2003)の結果と
海氷生産率は,格子平均氷厚(
整合的である.
4.2 簡易同化実験結果
第 6 図に同化実験結果の日別海氷密接度分布を
2005 年 1 月から 5 月まで 20 日ごとに示す.観測
(MGDSST)による海氷分布の密接度 40%の等値
線を氷縁の指標として示している.ナッジングの
時定数 5 日のケース(第 6 図 a)では,1 月から
2 月の海氷拡大期にオホーツク海北部で海氷分布
の形状に観測との違いが見られる.オホーツク海
南部及び 3 月以降の北部においては、おおむね観
測の分布が再現されている.一方,時定数 1 日の
ケース(第 6 図 b)では,海氷拡大期においても
おおむね観測の海氷分布が再現されている.
第 4 図 1 月から 3 月における平均の海氷生産率(単
位:cm/day)
氷厚の支配方程式の熱力学項を 1 月から 3 月まで平
均.平均期間は 1995 年から 2002 年までである.
次に,オホーツク海における海氷面積及び海氷
体積の 2005 年 1 月から 5 月までの時系列図を第
7 図に示す.同化を行っていないモデルフリーの
結果は,前節で述べたモデルバイアスに起因して
海氷面積を過大に表現する傾向があるが,面積の
変動は,観測をおおむね再現している.このバイ
アスは,同化結果にも見られるが,時定数 1 日の
ケースでは,ほぼ観測と同程度の面積となる.ま
た,同化結果の特徴として,1 月から 3 月の海氷
拡大期よりも 3 月以降の衰退期の方が,観測と良
く一致する傾向が見られ,第 6 図と整合的である.
以上のことから,観測と同程度の海氷分布を再現
するためには,時定数 1 日程度が必要であるとい
える.海氷体積は,両時定数の結果ともモデルフ
リーの結果とほぼ同様の値を示している.これは,
第 5 図 オホーツク海における月別の海氷生産量
1995 年から 2002 年の期間で算出,11 月から 4 月を
示す.
- S77 -
第 3.2 節で述べたように,同化の際に,海氷の体
積を保存させたためである.ただし,時定数 1 日
のケースでは,5 日に比べて若干過大評価となっ
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
ているが,その要因については,後述する.
最後に,前節と同様にして,ナッジングの際の
海氷密接度の支配方程式のタームバランスを評価
する.ナッジングの際の海氷密接度は,式(8)
に式(2)の同化修正項
(9)
を加えた次式に従う.
第 6 図 同化実験による日別海氷密接度分布の時間発展(単位:%)
(a)時定数 5 日,(b)時定数 1 日.同化実験結果(青の陰影)と観測(MGDSST)の密接
度 40%の等値線(赤線)を示す.2005 年 1 月から 5 月まで 20 日ごとに示す.
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測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
第 7 図 オホーツク海における海氷面積(上図)と海氷体積(下図)の時系列
(上図)海氷面積をモデルシミュレーション,同化実験 2 ケース及び観測(MGDSST)
で比較.
(下図)海氷体積をモデルシミュレーション及び同化実験 2 ケースで比較.いずれも
2005 年 1 月から 5 月までの時系列を示す.
第 8 図に時定数 5 日及び 1 日の各ケースに対す
同化により密接度は減少し,その結果,開氷域が
る 2005 年 2 月の各項の分布を示す.両ケースと
増大する.しかし,モデル内では,現実よりも高
も正味の密接度変化量と力学項は,モデルフリ
密接度の状態で熱のバランスが成り立っていたた
ーの結果(第 3 図 a)と同様の特徴を示している
め,熱力学過程により更に海氷を生成してモデル
が,熱力学項は全域で正の値を示しており,支配
内のバランスを保とうとする.このようにして,
方程式のタームバランスはフリーの場合と大きく
同化修正項に対して熱力学項が応答しているよう
異なる.また,同化修正項は,第 4.1 節で述べた
である.第 7 図 b で,時定数 1 日のケースが時定
モデルバイアスを反映して,ほぼ全域で負の値と
数 5 日のケースに比べて海氷体積を過大評価した
なる.このように,熱力学項と同化修正項は,打
のは,熱力学項がより強く応答したためと考えら
ち消し合う関係にある.すなわち,同化の修正に
れる.したがって,今後の改良点として,モデル
対して熱力学項が応答している.具体的には,モ
の熱力学バランスを考慮した同化修正量の見積り
デルが海氷域及び密接度を過大評価する傾向を反
が必要であるといえる.
映して,同化修正項は負の値となる.すなわち,
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測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
第 8 図 ナッジング時における海氷密接度の変化要因(% /day)
(a)時定数 5 日,(b)時定数 1 日.いずれも 2005 年 2 月の分布を示す.海氷密接度の支配方程式の
内,正味の変化率(total)
,熱力学項(thermodynamics)
,力学項(dynamics),及び同化修正項(increment)
を陰影で示す.また,平均密接度分布を等値線で示す(密接度 10%から 70%までを 20%間隔で表示).
5. まとめと今後の課題
であった.また,海氷衰退期には,熱力学項(融
MOVE/MRI.COM の海氷モデルの基本パフォー
解)が支配的となり,
海氷は後退していく.一方,
マンスを調べる目的の再現性実験,及び海氷密接
海氷の体積についても同様に調べると,主に北西
度同化に向けた簡易同化実験を行った.海氷モデ
部陸棚域に形成される沿岸ポリニヤにより生成さ
ル再現性実験において,オホーツク海における平
れ,総生産量及びその季節変化は,先行研究の結
均的な海氷の季節進行はおおむね再現されている
果と整合的であった.
ことが確認された.しかし,定量的には,海氷域
次に,ナッジング法を用いた簡易同化実験とし
及び密接度が過大評価されている点やサハリン沖
て時定数 5 日と 1 日の 2 ケースの実験を行った.
を南下する海氷域が観測に比べてより東方まで張
同化結果は,海氷拡大期に熱力学項の卓越するオ
り出している点などのバイアスが見られた.収支
ホーツク海北部において,誤差が拡大しやすく,
解析により海氷密接度の変動を詳しく調べると,
観測と同様の分布を再現するためには,時定数 1
海氷拡大期には,オホーツク海北部では,熱力学
日程度が必要であることが分かった.また,ナッ
項(結氷)と力学項(移流)がほぼバランスして
ジング時のモデル方程式のバランスを調べると,
いるのに対し,南部では力学項(移流)が支配的
正味の密接度変化量及び移流項は,モデル再現性
- S80 -
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
実験のときと同様の傾向を示したが,熱力学項が
同化修正項の影響を強く受けていることが分かっ
参
考
文
献
た.
Hibler, W. D., III(1979):A dynamic thermodynamic sea
以上を踏まえて,今後の課題点を幾つか述べて
ice model. J. Phys. Oceanogr., 9, 815-846.
Hunke, E. C., and J. K. Dukowicz(1997):An Elastic-
みたい.今回のナッジングを用いた簡易実験で
は,モデルバイアス(海氷域及び密接度の過大評
Viscous-Plastic Model for Sea Ice Dynamics. J. Phys.
Oceanogr., 94, 1849-1867.
価)に起因して,熱力学項を中心にモデル方程式
石崎士郎・曽我太三・碓氷典久・藤井陽介・辻野博之・
のタームバランスが大きく崩れていた.このよう
石川一郎・吉岡典哉・倉賀野連・蒲地政文(2009)
:
な場合,モデルバイアスは表現誤差と考えて,観
MOVE/MRI.COM の概要と現業システムの構築.
測に過度に近づけない方が賢明であると思われ
測候時報,76,特別号,S1-S15.
る.そのためには,最適内挿法や 3 次元変分法な
どの客観解析を用いて,背景誤差と観測誤差のチ
ューニングにより同化修正量を調節することが適
当と考えられ,今後の開発課題であるといえる.
栗原幸雄・桜井敏之・倉賀野連(2006):衛星マイク
ロ波放射計,衛星赤外放射計及び現場観測データ
を用いた全球日別海面水温解析.測候時報,73,
特別号,S1-S18.
Lindsay, R. W., and J. Zhang(2006):Assimilation of
また,モデルバイアスそのものの低減も今後の課
Ice Concentration in an Ice–Ocean Model. J. Atmos.
題といえる.辻野(2010)では,移流スキームを
高度化することにより北海道オホーツク沿岸部へ
Oceanic Technol., 23, 742-749.
Lisæter, K. A., J. Rosanova, and G. Evensen(2003):
接近する海氷の氷縁部の再現性が向上すると報告
Assimilation of ice concentration in a coupled ice-
しており,今回見られたバイアスの低減に資する
と期待される.さらに,海氷同化のみでなく海洋
データ同化も併用することにより,海洋内部の再
現性が向上し,バイアスの低減につながるものと
ocean model, using the Ensemble Kalman filter. Ocean
Dyn., 53, 368-388.
Lisæter, K. A., G. Evensen, and S. Laxon(2007):
Assimilating synthetic CryoSat sea ice thickness in
期待される.最後に,データ同化研究の対象とし
a coupled ice-ocean model. J. Geophys. Res., 112
(C07023), doi:10.1029/2006JC003786.
て海氷同化を見た場合,密接度の支配方程式に表
Martin, S., T. Drucker, and K. Yamashita(1998):The
れるような経験的パラメータを例えばアンサンブ
ルカルマンフィルタなどの同化手法を用いて最適
化することも興味深いテーマである.そのことに
より,同化結果の再現性向上のみならず,海氷モ
production of ice and dense shelf water in the Okhotsk
Sea polynyas. J. Geophys. Res., 103, 27,771-27,782.
Mellor, G. L., and L. Kantha(1989):An Ice-Ocean
Coupled Model. J. Geophys. Res., 94, 10,937-10,954.
Ohshima, K. I., T. Watanabe, S. Nihashi(2003):Surface
デルの再現性向上にも資する結果が期待される.
Heat Budget of the Sea of Okhotsk during 1987-2001
今後,上述のような課題に取り組むことにより,
and the Role of Sea Ice on it. J. Meteor. Soc. Japan,
MOVE/MRI.COM-WNP へ海氷密接度同化を導入
し,海洋・海氷場の再現性向上を図っていきたい.
81, 653-677.
Onogi, K., J. Tsutsui, H. Koide, M. Sakamoto, S.
Kobayashi, H. Hatsushika, T. Matsumoto, N.
Yamazaki, H. Kamahori, K. Takahashi, S. Kadokura,
謝辞
本研究は,気象研究所融合型経常研究「全球及び
日本近海を対象とした海洋データ同化システムの
K. Wada, K. Kato, R. Oyama, T. Ose, N. Mannoji, and
R. Taira(2007):The JRA-25 Reanalysis. J. Meteor.
Soc. Japan, 85, 369-432.
開発」及び日本学術振興会二国間交流事業共同研
Stark J. D., J. Ridley, M. Martin, and A. Hines(2008):
究・セミナー「凸解析を用いた東アジア縁辺海で
Sea ice concentration and motion assimilation in a sea
の観測データとモデルの最適統合システムの研究
開発」の成果の一部である.
- S81 -
ice-ocean model, J. Geophys. Res., 113(C05S91),
doi:10.1029/2007JC004224.
測 候 時 報 第 77 巻 特別号 2010
杉本悟史・蒲地政文・吉田久美・村上潔・川江訓・三
浦雄美利・谷政信・吉岡典哉・湊信也・宮城直文・
瀬河孝博・岡野克彦(2003):海洋総合解析シス
テムの検証.測候時報,72,特別号,S71-S105.
辻野博之(2005):気象研究所共用海洋モデル(MRI.
COM)解説:第 10 章「海氷」.気象研究所技術報告,
47,111-126.
辻野博之(2010):気象研究所共用海洋モデル(MRI.
COM)最新版(バージョン 3)と実施中の実験の
紹介.測候時報,77,特別号,S1-S10.
Tsujino, H., N. Usui, and H. Nakano(2006):Dynamics
of Kuroshio path variations in a high-resolution GCM.
J. Geophys. Res., 111 (C11001), doi:10.1029/
2005JC003118.
Zhang, J., D. R. Thomas, D. A. Rothrock, R. W. Lindsay,
and Y. Yu(2003):Assimilation of ice motion
observations and comparisons with submarine
thickness data, J. Geophys. Res., 108(C6), 3170,
doi:10.1029/2001JC001041.
- S82 -
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