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脊髄内転移を来たした卵巣外原発性腹膜癌の1例

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脊髄内転移を来たした卵巣外原発性腹膜癌の1例
仙台医療センター医学雑誌 Vol 2 April 2012
症例報告
脊髄内転移を来たした卵巣外原発性腹膜癌の 1 例
朝野晃 1)、石橋ますみ 1)、島崇 1)、早坂篤 1)、鈴木博義 2)、栗原紀子 3)、小澤信義 1)、和田裕一 1)
1) 国立病院機構仙台医療センター
産婦人科
2) 国立病院機構仙台医療センター
臨床検査科
3) 国立病院機構仙台医療センター
放射線科
≪抄録≫
症例は 71 歳、女性。癌性腹膜炎の診断で開腹手術を施行し、両側卵巣は正常大で、回盲部から S 状結腸
にかけて多数の転移性腫瘤の播種を認め、両側卵巣の部分切除及び大網切除を施行した。病理診断は、中分
化型漿液性腺癌で、卵巣外腹膜癌 IIIc 期と診断した。術後に TC(パクリタキセル+カルボプラチン)療法
を施行し、その後も TC 療法を施行した。初回治療 4 年後に、再発の診断でドキシルを投与したが、その後
歩行困難、両下肢のしびれ、右優位の下肢の脱力、排尿困難を認めたため緊急入院した。MRI では、Th11
~12 レベルに T2 強調像では高信号で、内部が低信号で不均一に造影される腫瘍性病変を認め、腫瘍性病
変の中央部に 5mm 大の低信号の結節性構造を認め、転移性脊髄内腫瘍と診断した。2010 年 1 月から放射
線照射をおこない、下肢の脱力は一時やや軽減し、排尿困難も軽快したが、8 月に永眠した。脊髄内転移例
は稀であり予後不良であるが、手術療法・放射線治療・化学療法に奏功する症例もあり、再発の早期発見に
努める必要があると思われた。
キーワード:脊髄内転移
(2011 年 9 月 19 日
1
腹膜癌
卵巣癌
原稿受領、2011 年 10 月 14 日
採用)
められていない。今回、卵巣外原発性腹膜癌の再発
緒言
治療中に脊髄内転移(intramedullary metastasis)
を生じた 1 例を経験したので報告する。
悪性腫瘍の転移部位の中でも転移性脊髄内腫瘍
はまれであるが、その中でも原発巣は肺癌が最も多
く、乳癌の転移が次いで多いと報告されている 1,2)。
2
症例
婦人科癌では卵巣癌の転移性脊髄内腫瘍の報告例
があるが、極めて稀である
3-9)。また、卵巣外原発
年齢:71 歳。
性腹膜癌は、卵巣癌の漿液性乳頭状嚢胞腺癌と同様
妊娠歴:1 経妊 1 経産。
の組織像を示すが、その脊髄内転移例の報告例は認
既往歴・家族歴:特記事項なし。
57
脊髄内転移を来たした原発性腹膜癌
現病歴:2005 年 5 月に癌性腹膜炎の診断で近医よ
レベルにかけて、約 2cm の T2 強調像では高信号で、
り紹介された。術前の血中 CA125 は 1037.0U/ml
T1 強調像では不均一な低信号を示している脊髄内
であった。6 月に開腹手術を施行し、癌性腹膜炎の
腫瘍を認めた。T2 強調像での高信号は境界明瞭に
状態であったが、両側卵巣は正常大で、回盲部から
見えるが、T1 強調像の Gd 造影効果は不均一で境
S 状結腸にかけて多数の転移性腫瘤の播種を認め、
界不明瞭であった。また、腫瘍性病変の頭側と尾側
両側卵巣の部分切除及び大網の部分切除を施行し
の脊髄内に浮腫状の T2 高信号域が認められた。原
た。大網や播種巣の病理診断は、中分化型漿液性腺
疾患の経過および MRI 像から転移性脊髄内腫瘍と
癌(図 1)であり、卵巣は正常大であり卵巣外原発
診断した。また、神経学的には腱反射の亢進、病的
性腹膜癌 IIIc 期と診断した。
反射の出現も認めたが、CT では脳転移は認めなか
った。
図1
大網の播種性腫瘍の組織像(HE 染色)中分化型漿液
性腺癌を認める。
術後に TC(パクリタキセル+カルボプラチン)
療法を 8 コース施行し、CT で CR、CA125 値は正
常化した。その後、2007 年 11 月に CA125 が
46.6U/ml に上昇したため TC 療法を 6 コース施行
した。2008 年 3 月には CT で左卵巣腫大を認め再
発を疑い TC 療法を 5 コース施行したが、手足の痺
図2
れがひどいため化学療法を中止した。その後、
像、C:前額断 T2 強調像)Th11~Th12 レベルに脊髄内転
CA125 値の再上昇を認め、9 月から DC(ドセタキ
移性腫瘍を認める。
脊椎の MRI 像(A:Gd 造影 T1 強調像、B:T2 強調
セル+カルボプラチン)療法を 2 コース施行したが、
カルボプラチンによるアレルギー反応のため、その
その後、ステロイドの経口投与を開始し、2010
後ドセタキセル単剤療法を 5 コース施行し、PR と
年 1 月から Th10~L1 に放射線照射(46Gy)を施行
なり治療を終了した。
し、下肢の脱力は一時やや軽減し、排尿困難も軽快
2009 年 11 月には、CT で骨盤腔に 7cm 大の多嚢
したが、ステロイド誘発性の糖尿病を発症したため
胞性腫瘍を認めたため、再発の診断で 12 月にドキ
ステロイド投与は中止した。2 月にはドキシル
シル(79mg/body)を 1 コース施行したが、ドキシル
(60mg/body)を投与したが、骨髄抑制が著しく敗血
投与 2 週間後に、歩行困難、両下肢のしびれ、右優
症となりその後は中止し、在宅療養を希望し 8 月に
位の下肢の脱力、排尿困難を認めたため緊急入院し
永眠(初診から 63 ヶ月、脊髄内転移から 8 ヵ月)
た。MRI(図 2)では、Th11 椎体下部~12 椎体下部
した。
58
仙台医療センター医学雑誌 Vol 2 April 2012
巣癌の卵巣漿液性乳頭状腺癌と同一とされている
3
考察
ために、近年ではタキサン製剤による治療が行なわ
れることが多く 11)、本症例でも主にタキサン製剤を
脊髄内転移は、悪性腫瘍の転移部位としては稀で
投与した。卵巣外原発性腹膜癌症例の脊髄内転移は
1,2)、原発巣では肺癌、乳癌の転移が多く、卵
これまでに報告例を認めず、組織学的には卵巣癌の
巣癌の脊髄内転移例は極めて稀で脊髄内転移症例
組織型の 1 つである漿液性腺癌であるため卵巣癌
の 1%であった 1)。一方、卵巣外原発腹膜癌は、組
の脊髄内転移症例 1-9)と比較した(表)。臨床進行期
織学的に卵巣漿液性乳頭状腺癌に類似または同一
は、本症例は IIIc期であったが、卵巣癌の脊髄内
の組織像を示し、卵巣は正常大であり、卵巣への浸
転移では I 期から IV 期症例を認め、病期に有意差
潤性の癌の増殖は認めないもので 10)、今回の症例は
はなかった。組織型は漿液性腺癌が卵巣癌症例の 6
卵巣外原発腹膜癌で臨床進行期は IIIc 期であった。
例中 4 例であり、漿液性腺癌例で脊髄内転移が多か
あり
った。
卵巣外原発腹膜癌の化学療法では、組織学的に卵
表
卵巣癌の脊髄内転移症例および本症例の臨床所見
CBDCA: carboplatin, TC: paclitaxel + carboplatin, *詳細不明
信号を示し、T1 強調像で等信号から低信号を示し
Schiff ら 12)の脊髄内転移 40 症例の報告では、初
ており 5,12)、本症例でも同様の所見であった。脊髄
発症状は知覚障害が 42.5%と最も多く、疼痛が 30%、
内転移部位は、頚髄から胸髄まであり、好発部位は
歩行障害が 5%、排尿障害が 2.5%であった。また、
認めなかった。初回治療から脊髄内転移までの期間
62.5%の症例で脊髄内転移の診断時に排尿障害を
は 16 ヶ月から 4 年まであり、本症例では 4 年 7 ヵ
認めていた。本症例では、下肢の脱力、排尿困難、
月であったが、卵巣癌 Ib 期で初回治療から 2 年後
下肢のしびれを訴え受診している。下肢のしびれは、
に脊髄転移を来たした例もあり、臨床進行期と脊髄
タキサン系薬剤の副作用と考えていたが、脊髄内転
転移までの期間は相関していなかった。また、脊髄
移の知覚障害の症状も加わっていた可能性もあっ
転移例では、脳転移も同時に認められる例が 57.5%
たと思われた。脊髄内転移の診断には臨床症状に加
認められており
え MRI が有用であり、転移部位は T2 強調像で高
認めたが、本症例では脳転移は認められなかった。
59
11)、卵巣癌症例では
7 例中 2 例に
脊髄内転移を来たした原発性腹膜癌
治療は、全例に放射線治療が行なわれているが、手
Intramedullary spinal cord metastasis of
術療法を先行させたのが 2 例、化学療法を行った症
ovarian tumor. Spinal Cord. 2004;42:485-487
例が 3 例であった。悪性腫瘍の脊髄内転移例の平均
6) Rastelli F, Benedetti G, Di Tommaso L, et. al.
生存期間は 6.1 ヶ月と予後不良であり
Intramedullary
2)、卵巣癌の
spinal
metastasis
from
脊髄内転移例でも予後は不良であり、本症例を含め
ovarian cancer. Lancet Oncol. 2005;6:123-
3 例が脊髄内転移発見後 1 年以内に死亡している。
125
Hieu ら 2)の脊髄内転移 19 例の手術施行例と非手術
7) Baksi A, Biswas G, Deshmukh C, et. al.
施行例の予後を比較した報告では、手術施行例の平
Successful complete regression of isolated
均生存期間が 7.4 ヶ月で非手術施行例は平均生存期
intramedullary spinal cord carcinoma with
間が 2.6 ヶ月であり、手術施行例で有意に生存期間
chemotherapy and radiotherapy. Indian J
が延長していたと報告している。卵巣癌の脊髄内転
Cancer. 2006;43:136-138
移以外に他の転移が無い、手術+放射線治療、放射
8) 奥川利治、長尾賢治、近藤英司、他:脊髄転移
線治療+化学療法を行った 2 例で 2 年以上の生存が
を来たした再発卵巣癌に対し放射線治療および
認められており、脊髄転移以外に他の転移がない例
化学療法が奏功した 1 例.日本癌治療学会誌
では積極的な治療を勧めたほうが良いと思われた。
2008;43:745
9) Kodama M, Kawaguchi H, Komoto Y et. al.
4
Coexistent intramedullary spinal cord and
結語
choroidal metastases in ovarian cancer. J
Obstet Gynecol Res. 2010;36:199-205
脊髄内転移は稀で、予後不良であるが、放射線療
法・手術療法・化学療法に奏功する場合があり、神
10) Bloss JD, Liao SY, Buller RE, et. al.
経学的な臨床症状にも留意し、再発の早期発見に努
Extraovarian peritoneal serous papillary
める必要があると思われた。
carcinoma:
a
case-control
retrospective
comparison to papillary adenocarcinoma of
5
the ovary. Gynecol Oncol. 1993;50:347-351
文献
11) 海野洋一、盾真一、平藪好一郎、他:当科にお
ける卵巣外原発性腹膜癌 7 症例についての検討.
1) Connolly ES, Winfree CJ, McCormick PC, et.
日産婦関東連会報 2006;43:423-427
al. Intramedullary spinal cord metastasis:
12) Schiff D, O’Neill BP. Intramedullary spinal
Report of three cases and review of the
literature. Surg Neurol. 1996;46:329–337
cord
2) Dam-Hieu P, Seizeur R, Mineo JF, et. al.
912
intramedullary spinal cord metastasis. Clin
Neurol Neurosurg. 2009;111:10-17
AW,
Simon
SR,
Evans
Clinical
features
and
treatment outcome. Neurology 1996;47:906–
Retrospective study of 19 patients with
3) Thomas
metastases:
C.
Intramedullary spinal cord metastases from
epithelial ovarian carcinoma. Gynecol Oncol.
1992;44:195-197
4) Cormio G, Di Vagno G, Di Fazio F, et. al.
Intramedullary spinal cord metastasis from
ovarian carcinoma. Gynecol Oncol. 2001;81:
506-508
5) Isoya E, Saruhash Y, Katsuura A, et. al.
60
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