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放送部門の経済研究 - DSpace at Waseda University

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放送部門の経済研究 - DSpace at Waseda University
放送部門の経済研究
―学説史的照射とその政策的含意―
Economic Studies on Broadcasting:
Theoretical Models and Their Policy Implications
中村
清
2004 年 2 月
i
序
第 1章
広告放送・有料放送と番組選択モデル
1.1
番組の質と番組の選択
1.2
広告放送市場と「番組の質」
1.2.1
広告放送の経済的意義
1.2.2
番組の質とホテリングの差別化最小化モデル
1.3
番組選択のスタイナー・モデルとその理論的枠組み
1.4
ローゼンバーグによる拡張モデル
1.5
有料放送とビービ・モデル
1.5.1
競争市場
1.5.2
独占市場
1.6 番 組 選 択 モ デ ル に よ る 厚 生 比 較
1.7
2.2
番組選択モデルによる厚生比較
1.6.2
ワルドマン・オーエンの拡張モデル
「番組の質」と規制政策
第 2章
2.1
1.6.1
1.7.1
「番組の質」と空間的競争モデル
1.7.2
「番組の質」と多チャンネル化
公共サービス放送の概念とその経済的意義
公共サービス放送とその経済的合理性
2.1.1
厚生経済学の基本定理と「市場の失敗」
2.1.2
放送サービスとその公共財的特性
2.1.4
「フリーライダー」問題
2.1.5
「価値財」としての放送サービス
2.1.6
英国と米国における公共サービス放送の公的供給
公共サービス放送とオプション価値ならびに超公平性
2.2.1
公共サービス放送とオプション価値
ii
2.2.2
2.3
公共サービス放送の財源問題と「公共サービス放送基金」
2.3.1
公共サービス放送と消費者主権
2.3.2
公共サービス放送の資金調達方法
2.3.3.
第 3章
3.1
3.2
公共サービス放送と超公正性の概念
「公共サービス放送基金」
放送コンテンツの供給とその経済分析
放送コンテンツとしての映画とその経済的特性
3.1.1
映画の経済的特性
3.1.2
映画の配給とその収益構造
映画の需要と情報伝達
3.2.1
映画需要と経路依存性
3.2.2
映画の質と不完全情報
3.3
映画コンテンツの供給と“費用病”
3.4
映画とウィンドウズ戦略
3.5
3.4.1
映画コンテンツのウィンドウズ戦略
3.4.2
ウィンドウ戦略と映画市場への影響
ウィンドウズ戦略と異時点間差別価格
3.5.1
ウィンドウズ戦略とその経済的意義
3.5.2
異時点間差別価格の理論的枠組み
3.5.3
映画コンテンツの二次利用市場とその課題
3.6
有料放送市場と 3 つの差別価格形成
3.7
放送コンテンツの供給と政策的課題
第 4章
4.1
放送政策の経済学的課題
デジタル融合と放送市場の構造変化
4.1.1
デジタル技術と放送部門への影響
4.1.2
放送市場とその経済的特性
iii
4.1.3
デジタル技術の標準化と補完
4.2
放送コンテンツ供給と垂直的製品差別化
4.3
放送コンテンツの資産特殊性とホールド・アップ問題
4.4
垂直統合とその経済的意義
4.5
メディア集中排除と競争政策
4.6
4.5.1
英国におけるメディア集中排除と競争政策
4.5.2
米国におけるメディア集中排除と競争政策
4.5.3
クロスメディアの所有集中と市場占有率
映像コンテンツ市場と競争政策の展開
4.6.1
英国における映像コンテンツ制作市場と競争政策の展開
4.6.2
米国における映像コンテンツ制作市場と競争政策の展開
第5章:英国と日本の放送政策とその展開
5.1
5.2
5.3
英国における放送政策の展開と経済学的含意
5.1.1
英国における放送市場の変遷と放送改革
5.1.2
英国における地上波放送デジタル化とマルチプレクッス配分
5.1.3
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー に よ る 放 送 市 場 の 支 配 と 隘 路 問 題
5.1.4
コミュニケーションズ法と周波数帯域の配分問題
日本の放送政策とその経済学的課題
5.2.1
日本の放送部門の現状とその構造的特徴
5.2.2
放送のデジタル化政策とその展開
5.2.3
コンテンツ流通の促進と公正取引
日本と英国における放送政策の決定過程とその相違
結
iv
序
放送部門は、製造部門や情報通信部門の市場規模と比較すれば極めて小さい
が、文化・教育・娯楽など社会生活の多岐にわたって極めて強い影響力を有し
ている。特に放送部門は「言論の自由」という民主主義の根源に関わる重要な
役割を担っている。しかし、この放送部門を取り巻く技術的・社会的・経済的
な環境は激しく変化している。とりわけ、デジタル技術革新は、情報化と国際
化という社会的構造の変化と相まって、放送部門の経済的・社会的機能の新た
な る 展 開 を 促 し て い る 。 放 送 の デ ジ タ ル 化 は 、 情 報 源 符 号 化 (source coding)、
多 重 化 (multiplication)、 伝 送 路 符 号 化 (channel coding)の 3 つ の 基 本 的 な 技
術から構成されるが、こうした重層的な技術進歩がデジタル化された大量の映
像・音声・データ信号を圧縮して伝送することを可能にしている。その結果、
放送の多チャンネル化、高画質化、双方向化・多機能化が進み、放送部門と情
報通信部門の融合化を促している。特にインターネットや電子メールなどの利
用の拡大は、人々の視聴行動を受動的な視聴から能動的な視聴へと変化させつ
つある。
このような放送部門の供給と需要の両側面における著しい構造的変化の中で、
どのようにして放送市場の健全な成長を促すかは社会にとって極めて重要な経
済的課題である。とりわけ、有料放送市場の発達は「放送が無料である」とい
う伝統的な概念を変え、放送部門を特殊な経済部門から一般の経済部門へと変
質させようとしている。
放送部門に対する伝統的な政策は、周波数帯域の有限性と放送の公共的・社
会的影響力に基づいて、参入規制と集中排除規制に重点が置かれてきた。こう
した規制政策は、既存の放送事業者の既得権益を保護するのに貢献したが、消
費者主権の発想はほとんど存在しなかった。また多くの国で放送の公共性を論
拠とした公共サービス放送と広告・有料による商業的な民間放送という二元体
制を取ってきたが、こうした二元体制は放送市場における「棲み分け」をもた
1
らしてきた。しかし、デジタル技術革新は、一般の市場と同様に、放送部門に
おいても「新しい発想による新しい試み」を可能とし、伝統的な放送部門に対
する政策とその経済的な意義について再考を促している。事前にデジタル技術
革新の方向や需要の変化を読み取ることは不可能である。それだけに硬直化し
た制度や規制政策が新たなるデジタル融合市場の育成の妨げとならないように、
経済学的な視角からの照射が求められている。すなわち、消費者主権という基
本的な視点に立ち戻り、放送市場において自由で公平な競争原理が働くような
ル ー ル と 仕 掛 け が 不 可 欠 と な っ て い る 。放 送 部 門 の 担 う 社 会 的 機 能 を 考 え れ ば 、
市場機構によってすべての問題が解決されるわけではない。しかし、これまで
の規制政策に見られるように、家長的な価値判断に基づく放送政策は資源配分
の歪みを生ずることは明らかである。放送市場における競争を通じて、放送事
業者の合理的行動が社会全体の利益につながるような施策を編み出していかね
ばならない。しかし、そのためには放送部門の経済的な特性を明確にし、また
いかなる経済的課題が存在するかを明らかにする必要がある。
放 送 部 門 に 関 す る 経 済 研 究 は 、 コ ー ス (Coase, R.[1950])に よ る 『 英 国 の 放
送 : 独 占 の 一 研 究 』 を も っ て 嚆 矢 と す る 。 コ ー ス は こ の 著 書 に お い て BBC の 独
占問題を取り上げ、初めて経済学的な視点から放送部門の分析に取り組んだ。
その後、英国ならびに欧州における経済研究は放送サービスの公共性とその独
占 的 な 供 給 体 制 に 対 す る 問 題 を 中 心 に 展 開 さ れ て き た 。と り わ け 、1986 年 に 発
表 さ れ た 「 BBC の 資 金 調 達 」 に 関 す る い わ ゆ る 『 ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 』
( Peacock,A.[1986]: Report of the Committee on Financing the BBC: Chairman
Professor Alan T. Peacock DSC FBA) は 、 単 に BBC の 財 源 問 題 を 論 じ た だ け で
なく、厚生経済学の視角から放送部門の抱える経済的な課題に切り込んだとい
う 点 で 経 済 研 究 の 金 字 塔 を 築 い た 。 ピ ー コ ッ ク は 、 こ の 報 告 書 の 中 で 、 BBC が
その財源の一部を広告収入に求めるとすると、商業的な放送事業者や視聴者に
いかなる経済的な影響を与えるかについて計量的な分析を行っている。放送広
告 市 場 へ の BBC の 参 入 が も た ら す 経 済 的 帰 結 を 論 ず る こ と に よ っ て 、 放 送 市 場
の規制緩和政策の可能性についていち早く指摘している。そして、放送が有料
化されたり、チャンネル数が拡大したり、参入費用が低下したり、あるいは教
育や文化の振興のために公的な補助が行われたりするケースを検討し、視聴者
2
の効用最大化という消費者主権を達成するための条件を解明しようとした。す
でに技術的にはデジタル革新によって有料化と多チャンネル化が進行し、視聴
者は代替的な選択肢を持てるようになっているが、ピーコック報告書の先駆的
な経済研究の意義は少しも薄れていない。
放送部門は放送コンテンツの制作から流通、伝送、地域的な配信、視聴者管
理に至るまで様々な経済活動から構成される統合的な部門である。どのように
垂直的に統合されるか、あるいは分離されるかは、放送事業者の数と規模、市
場への参入条件、所有形態、財源の調達方法、あるいは規制政策によって左右
される。特にそれぞれの段階における規模の経済性の大きさに依存するであろ
う。
新しい産業組織論が指摘するように、激しい技術革新下にある放送部門の市
場構造は戦略的な市場行動によって変化し、また逆に戦略的な行動は市場が競
争的であるのか、あるいは独占的であるのかによって影響を受ける。こうした
ダイナミックな市場構造と市場行動の相互依存を生み出し、放送部門に新たな
る活力を与えるためには、自らの判断と責任において自由に参入できる条件を
創り出す必要があるだろう。
本稿の目的は、こうした認識を前提として、これまで放送部門に関してどの
ような経済的問題が存在し、いかなる経済学的な接近が行われてきたかについ
て、学説史的な視点から整理し、デジタル時代における放送市場の経済研究の
方向性を探ることに置かれる。放送部門の経済分析は極めて多岐にわたるため
に、ここでは5つの研究視野からまとめている。
第一は、視聴者の番組選択という視角から、広告放送市場と有料放送市場の
特性を分析し、また市場が競争的である場合と独占的である場合の経済的厚生
の比較を行い、放送市場への政策的な意義を導き出そうとした経済研究に焦点
を当てる。
第二は、公共財的な特性を持つ放送サービスの理論的な研究を概観し、また
「公共サービス放送」に関する具体的な政策提言を取り上げ、その経済的な意
義がどのように変化したかを考察する。
第三は、放送コンテンツの制作と流通に関連した経済研究であり、垂直的製
品差別化行動、メディア集中排除政策、さらに米国や英国におけるコンテンツ
3
市場における競争政策などについて検討している。
第四は、放送政策における経済学的な課題として重要なコンテンツの供給問
題とコンテンツ市場の支配に関わるメディア集中問題ならびにそのための競争
政策を取り上げている。特にコンテンツ供給の市場支配力がメディア市場の集
中につながるだけに、デジタル時代においてもこうした研究の意義は極めて大
きい。
第五に、現実的な英国と日本における放送政策を概観し、いかなる経済的な
課題に直面し、デジタル時代に向けてどのような政策が展開されようとしてい
るのかを概観し、英国と日本との比較を通じてどのような教訓を引き出すこと
ができるかについて照射する。
“ 新 し い 酒 は 新 し い 革 袋 に "と い う 聖 書 マ タ イ 伝 に あ る よ う に 、放 送 市 場 を 取
り巻く技術的・競争的環境の変化を十分に考慮し、新しい発想に基づく経済政
策が放送部門に求められている。そのためにはこれまで経済分析が培ってきた
研究成果を理解し、放送市場の進化の方向を解明する必要がある。シャピロ・
バ リ ア ン (Shapiro,C.and H.T.Varian[1999])が 指 摘 し た よ う に 、
「技術は変貌す
る が 、 経 済 法 則 は 変 化 し な い 」 こ と に 留 意 す る 必 要 が あ る 1 。 す な わ ち 、「 技 術
の変貌という木に目を奪われすぎて、森、すなわち成功と失敗を決定づける本
質的な経済学的作用を見落とさない」ようにしなければならない。普遍的な経
済原則が、激しい技術変化の中でも、進化の方向を見極めるための重要な指針
になることは歴史を振り返れば明らかである。これまで蓄積された英知から教
訓を学び取ることが進歩のための第一歩となる。
1
Shapiro,C. and H.T.Varian[1999]( 訳 書 、 10− 12 頁 )
4
第 1章
1.1
広告放送・有料放送と番組選択モデル
番組の質と番組の選択
日本ならびに欧州諸国の地上波放送市場は、一般に公共サービス放送と広告
収 入 や 有 料 収 入 に 依 存 す る 民 間 放 送 に 棲 み 分 け ら れ て き た 。こ う し た 背 景 に は 、
広告放送は視聴者の満足度(効用)ではなく、広告主の満足度を最大化するこ
とを目的とするために、視聴率に偏向したコンテンツが中心となり、従ってこ
うした偏りを是正するために公共サービス放送が不可欠であるという認識があ
った。公共性の高いコンテンツは公共サービス放送によって供給し、また娯楽
性の高いコンテンツは商業的な民間放送によって供給するという二元体制が生
まれた。すなわち、放送コンテンツの質によって分業が制度化されてきた。
しかし、放送コンテンツの質を評価することは、客観的な絶対基準や明確な
測度がないために極めて難しい問題である。放送コンテンツの制作は創造的活
動であり、そこでは芸術的感性が重要な役割を演ずる。言い換えるなら、放送
コンテンツは同質的な財ではないために、単純に比較することはできない。従
って、放送コンテンツの質についてはしばしば社会的な問題として取り上げら
れるにも関わらず、経済学的な視点からは論じられることが少なかった。
一般に、倫理観に基づいて放送コンテンツの質に関する直接的な規制や教育
あ る い は 文 化 に 関 す る 放 送 コ ン テ ン ツ の 供 給 義 務 規 定 な ど が 存 在 す る 。そ れ は 、
国家の貴重な資産である周波数帯域を利用した経済活動である放送事業が、視
聴率競争のために同じような「人気番組」に集中し、コンテンツの質が偏ると
いう懸念があるからである。しかし民間の放送市場においてはなぜ放送コンテ
ンツの類似性が高まるかについて、その経済的メカニズムを明確にする必要が
ある。現実には、それぞれの民間放送事業者は人気番組だけに依存するだけで
なく、独自の放送コンテンツによって視聴率を高めようと努力している。どの
5
ような経済的な条件の下で放送事業者は放送コンテンツの類似性を高めるのか、
あるいは逆に多様化を図ろうとするかを明らかにすることが、放送市場の二元
体制と公共サービス放送の経済的意義を論ずる上で不可欠となる。
ここでは視聴者による番組選択という視点から、広告放送市場と有料放送市
場における市場行動の相違とその経済的な含意について検討する。番組選択モ
デ ル に よ る 放 送 部 門 の 経 済 分 析 は 、ス タ イ ナ ー (Steiner, P.O.[1952])を も っ て
嚆 矢 と す る 。 ス タ イ ナ ー の 研 究 は 、 ロ ー ゼ ン バ ー グ (Rothenberg, J.[1962])、
ス ペ ン ス ・ オ ー エ ン (Spence, M. and Owen, B.[1975]) 、 ビ ー ビ
(Beebe,
J.H.[1977])、 ワ イ ル ド マ ン ・ オ ー エ ン (Wildman, S.S. and Owen, B.[1985])、
ノ ー ム (Noam, E.[1985])な ど に よ っ て 展 開 が 図 ら れ 、 オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン
(Owen, B. and S.S. Wildman[1992])の 研 究 に よ っ て 集 大 成 さ れ て い る 。 こ こ で
は 、 ケ イ ブ (Cave, M.[1989])と オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に 基 づ い て 、 番
組選択モデル分析を整理し、広告放送市場と有料放送市場の抱える経済的な課
題について考察する。
1.2
1.2.1
広告放送市場と「番組の質」
広告放送の経済的意義
広告放送が「番組の質」にどのような影響を与えるかについて検討するため
には,まず広告の経済学的な意味を考える必要があるだろう。広告は放送コン
テンツとの結合生産物であるが、広告主から見れば放送コンテンツそのものは
視聴率あるいは視聴者数を最大化するための付随的な生産物に過ぎない。しか
し広告は、インフォメーションとコマーシャルからの造語である「インフォマ
ーシャル」という言葉が示すように、視聴者に製品やサービスの特性や効用に
ついて情報を与えるという意味で重要な価値を持つ。しかし、広告放送におい
ても視聴者の見ようとするのは放送コンテンツであるから、ある一定量を越え
た 広 告 は 視 聴 者 に と っ て「 苦 痛 」あ る い は 不 効 用 (disutility)と な る 。従 っ て 、
放送局が受け取る広告料金は、視聴者に情報の供給という水準を越えて広告を
6
消費してもらうために支払う費用と捉えることができる。コマナー・ウィルソ
ン (Comanor, W.S. and T. Wilson[1974])は 、 広 告 料 金 を 広 告 消 費 し て も ら う た
め の 視 聴 者 に 対 す る「 補 助 金 」(subsidy)あ る い は「 買 収 金 」(bribe)と 考 え る 。
視聴者は放送コンテンツを無料で享受することによって「買収」されており、
また放送局にとってはコンテンツの調達・制作のための費用とこの「補助金」
との格差が収益となる。
コ マ ナ ー ・ ウ ィ ル ソ ン [1974]に よ れ ば 、 こ の よ う な 広 告 の 経 済 的 意 義 は 図 表
1-1 の よ う に 示 さ れ る 。 縦 軸 は 広 告 の 一 単 位 当 た り の 費 用 ( 価 格 ) を 表 し , 横
軸は広告量を示している。図表の中のDDは視聴者の広告に対する需要曲線を
示 し 、 D 'D 'は 広 告 主 の 広 告 に 対 す る 需 要 曲 線 を 表 し て い る 。 視 聴 者 に と っ て
情報としての水準を越える広告は負の価値しか持たないために、DDは価格・
費 用 が ゼ ロ を 示 す 横 軸 以 下 の 領 域 を 持 つ 。 す な わ ち 、 図 表 1-1 の 中 の Q D 点 を 超
える広告量については、視聴者に広告を視聴してもらうために何らかの支払い
が必要となる。
図 表 1-1
広告放送市場と2つの需要曲線
出 所 : Comanor, W.S.and T. Wilson [1974] 1 7 頁 よ り 引 用
7
こ れ に 対 し て 、広 告 の 供 給 曲 線 は 広 告 の 限 界 費 用 曲 線 で 示 さ れ る 。い ま 広 告 制
作・流通のための費用(SS)を広告量に関わらず一定と仮定すると、広告を
供給するための総費用は、こうした広告制作・流通のための費用に加えて、上
述のように視聴者に広告を消費してもらうための費用を上乗せしなければなら
な い 。 図 表 1-1 で は 、 視 聴 者 の 広 告 に 対 す る 需 要 曲 線 D D が 横 軸 と 交 差 す る Q D
点を超えて広告量が増えると、視聴者の苦痛を補償するための費用が発生する
ことが示されている。広告が増えれば増えるほど視聴者の苦痛は増大するはず
で あ る か ら 、 S S に こ の 費 用 を 上 乗 せ し た 限 界 費 用 曲 線 ( S 'S ') は Q D 点 の 真
上 に 位 置 す る S '点 か ら 右 上 が り の 曲 線 と な る 。す な わ ち 、供 給 曲 線 S 'S 'と 横
軸に平行な供給曲線SSの格差は広告を消費してもらうために視聴者に支払わ
ねばならない補償金(費用)を示し、それは横軸と需要曲線DDとの格差で示
される視聴者にとっての苦痛に等しい。
供 給 曲 線 S 'S 'と 広 告 主 の 需 要 曲 線 D 'D 'の 交 点 で 広 告 量 は 均 衡 す る が 、 視
聴者の不効用を償わねばならないために、広告放送における最適な広告量はQ
B
となる。その時の価格(広告料金)はP Bで示される。もし広告放送市場が参
入規制によって独占下にあるとすれば、広告量は広告の価格と広告の限界生産
物価値とが等しくなるQ Cで決まり、その時の価格はP Bより高いP Cとなる。
これは、単に独占によって広告料金が上がり、広告量が減るばかりでなく、
番組の価値が低下することを示唆している。なぜなら広告量がQ BからQ Cへと
減 少 す る た め に 、 視 聴 者 に 間 接 的 に 支 払 う 補 償 金 ( す な わ ち S S と S 'S 'と の
差)が小さくなり、それは視聴者が広告を我慢しながらでも見たいと思うよう
な価値の高い放送コンテンツが減ることを意味しているからである。このこと
は、広告放送という市場構造が番組の質に間接的に影響を及ぼすことを示唆し
ている。
1.2.2
番組の質とホテリングの差別化最小化モデル
コマナー・ウィルソン・モデルで明らかなように、広告放送は放送局と広告
主とが取引する市場と放送局と視聴者とが取引する市場に二分される。前者で
は広告の放送時間と広告する放送時間帯が取引され、後者では広告が放送コン
8
テンツとの結合生産物として売買される。広告主の期待は広告が出来るだけ多
くの視聴者に見られることであり、これに対して広告収入に依存する放送局は
視聴率が唯一の広告を引き付ける基準となる。その結果、必然的に広告放送で
は視聴率を重視した番組が多くなる。娯楽性が高ければ番組の質が低くなり、
娯楽性が低ければ番組の質が高くなるという単純な関係は成り立たないとして
も、娯楽性の高低と視聴率との間には密接な関係があることは確かであろう。
図 表 1-2 に 示 さ れ る よ う に 、 横 軸 に 娯 楽 性 の 高 い 番 組 か ら 娯 楽 性 の 低 い 番 組
へと左から右へと順に並べ、縦軸にそれぞれの番組の視聴者数を計測すれば、
その分布はおそらく右側に歪んだ分布となるであろう。娯楽性が低く、思考を
要する番組に対する需要は相対的に少数の人に限られるという常識的な判断に
立てば、このような分布は想像に難くないはずである。従ってもし民間放送事
業者が視聴率の最大化を目指して高い娯楽性の高い番組に集中するなら、放送
コンテンツの類似性が高まり、少数の人々が求めるコンテンツが相対的に少な
くなる。すなわち、広告放送市場では視聴率競争によって多様な需要が満たさ
れ な い た め に 、選 択 の 自 由 が 制 約 さ れ る と い う 意 味 で 重 要 な 経 済 的 課 題 と な る 。
図 表 1-2
番組の質の分布と視聴者の選好
出 所 : Hughes, G. and David Vines eds.[1989]、 4 7 頁 よ り 作 図 。
9
視聴率競争によって広告放送市場における番組の質が収斂するという仮説は、
ホ テ リ ン グ (Hotelling, H.[1929])の「 製 品 差 別 化 最 小 化 原 理 」を 用 い て し ば し
ば解説される 2 。ここでは番組の質のみが分析の対象となり、価格は捨象され
る。ホテリングの「海浜のアイスクリーム売り」の例えに示されるように、同
一 の 選 好 を 持 つ 視 聴 者 が 一 様 に 分 布 す る 直 線 的 な 市 場 を 想 定 す る 。 図 表 1-3 に
示されるように、
[ 0 ,1 ]で 示 さ れ る 直 線 市 場 に お い て 放 送 局 A と B が 競 争 し
ているとする。ゼロから1の間に分布する市場の中点をmとすれば、AとBの
そ れ ぞ れ の 市 場 領 域 は A ∈[ 0 ,m ]、B ∈[ m ,1 ]と な る 。ど ち ら の 放 送 局
も競争相手の市場を前提として、自分の視聴者数を最大化しようと行動するで
あろう。いまBが市場の半分以上を占有しているとすれば、すなわちいまB>
1/2 で あ れ ば 、A は B の す ぐ 左 に 位 置 し 、自 分 の 市 場 の 最 大 化 を 図 ろ う と す る 。
逆 に B < 1/2 な ら 、A は B の す ぐ 右 に 位 置 し て 自 分 の 市 場 を 最 大 化 し よ う と す
るであろう。すなわち、互いにできるだけ近くに立地することが双方にとって
合理的行動となる。こうした過程を繰り返えすなら、やがてこのふたつの放送
局は視聴者の数をちょうど半分に分ける中点のmに隣接して立地することにな
る 。す な わ ち 、広 告 放 送 市 場 で は 多 く の 視 聴 者 を 確 保 し よ う と す れ ば す る ほ ど 、
出来る限り視聴率の高い番組を提供しようとするために番組が類似的になるこ
とは、AとBが中点mに集まることと同義と考えられる。このホテリング仮説
は水平的な差別化を前提とした議論であり、視聴者はそれぞれの放送コンテン
ツに対して異なった価値を置いていることが前提となる。
2
ダ ス プ レ モ ン ト 等 (D’Aspremont, C, J.J. Gabszewicz and J.F. Thisse[1979])は 、 ホ
テリング・モデルの線形市場を前提として同質的な財を想定した場合には、均衡価格が存
在せず、従って製品差別化最小化というホテルリング仮説が当てはまらないことを指摘し
た。そして費用関数としてホテリング・モデルの線型費用関数ではなく、二次の費用関数
を前提とするなら、ホテリングとは逆に差別化最大化となることを示した。しかし、この
結 論 は そ の 前 提 条 件 に よ っ て 大 き く 左 右 さ れ る 。 な ぜ な ら デ ・ パ ル マ 等 (de Palma et
al.[1985])は 消 費 者 間 の 異 質 性 (consumer heterogeneity)が 高 け れ ば 、 製 品 差 別 最 小 化 仮
説 が 成 立 す る こ と を 証 明 し て い る 。 詳 し く は カ ブ ラ ル (Cabral, L.M.B.[2000])を 参 照 さ れ
たい。
10
図 表 1-3
ホテリングの製品差別最小化原理
もしホテリングの「製品差別最小化原理」が成り立ち、番組の類似性が高く
なるとすれば、政策的には、少数者の望む質の高い番組を確保するために公共
サービス放送が必要であるという結論が導かれる。すなわち公共サービス放送
は 、 ア ー カ ロ フ (Akerlof, G.A. [1970])の 「 レ モ ン の 市 場 」 に お け る 「 品 質 保 証 」
のように 3 、放送コンテンツの多様性を維持するという役割が期待される。英
国ではしばしば、BBCの視聴率が3分の1以下になった場合に放送の質は下
がったと判断すべきであると指摘される。
1.3
番組選択のスタイナー・モデルとその理論的枠組み
ス タ イ ナ ー (Steiner, P.O.[1952])の 分 析 は 、番 組 に 対 す る 視 聴 者 の 選 好 に 偏
り が あ り 、そ の 視 聴 者 を め ぐ っ て チ ャ ン ネ ル 間 で 競 争 が 生 ず る な ら 、少 数 の 人 々
3
ア ー カ ロ フ (Akerlof, G.A.[1970])は 、 中 古 車 の 売 り 手 と 買 い 手 の 間 に 質 に 関 す る 情 報
不均衡が存在するために、質の高い車は中古車市場から消え、質の低い中古自動車(レモ
ン)が増え、ますます中古車市場で販売される中古車の平均的な質が低下し、やがて中古
車市場そのものが消えてしまう仮説を論じた。こうした市場の消滅を食い止めるために、
中古車販売業者による期間限定あるいは走行距離限定した品質保証が重要となる。しかし、
放送コンテンツの場合に、こうした「レモン市場」と異なって、質の低下が短期的には視
聴率の上昇につながる可能性もある。
11
が望むコンテンツは放送されないという結論を導いている。ここではケイブ
[1989]な ら び に オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に 基 づ い て 、 ス タ イ ナ ー の 番 組
選択モデルの理論的枠組みを概説し、その政策的含意について検討する。
スタイナー・モデルの基本的な枠組みは、次のような数値例によって説明さ
れる。いまA、B、Cという3つの放送番組があるとして、Aを最も好む視聴
者をAグループ、Bを最も好む視聴者をBグループ、同様にCを最も好む視聴
者をCグループとする。いまAグループ、Bグループ、Cグループに分類され
る視聴者の数は、それぞれ5,000人、2,500人、1,250人である
と仮定する。ここでは議論を単純化するために、自分が最も好む番組以外は見
ないとする。
もし広告放送局が独占であり、3つのチャンネル(チャンネル1,チャンネ
ル2,チャンネル3)を持っているとすれば、競争の脅威は存在しないから、
3つのチャンネルを通じてそれぞれ別々にA、B、Cの番組を放送するであろ
う。この時には8,750人の視聴者すべてがそれぞれ別々のチャンネルを視
聴し、視聴者全員の満足度は最大化される。
これに対して、もし放送市場が競争的であり、3つのチャンネルはそれぞれ
別々の放送局によって所有されているとする。この場合、もし別々の2つのチ
ャンネルが同じ番組を同時に放送するとすれば、視聴者の全体的な満足度は独
占の場合より低下してしまうであろう。
このことは次のような事例から明らかである。いまチャンネル1とチャンネ
ル2で同時に番組Aを放送したとすると、番組Aを最も好む5,000人の視
聴者は、この2つのチャンネルによって二等分されることになる。番組Bはチ
ャ ン ネ ル 3 で 放 送 さ れ る た め に 、視 聴 率 が 低 い 番 組 C は 放 送 さ れ な い と す れ ば 、
自分の希望する番組が視聴できる視聴者の数は、2,500人+2,500人
+1,250人=6,250人となり、独占の場合より2,500人ほど減少
してしまう。明らかに放送市場における競争は独占の場合より視聴者の満足度
を低下させてしまうことになる。
次 に 、 オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に 基 づ い て 3 つ の チ ャ ン ネ ル 間 で 競 争
が生ずる場合を考えてみよう、A、B、Cという3つの番組は視聴者の選好に
よって付けられた順位も表すとする。いまチャンネル1が最も人気の高い番組
12
Aを放送するなら、5,000人の視聴者を獲得するとする。
これに対してチャンネル2は、
(1)番組Aを放送して、5,000人の視聴者の半分の2,500人を確保
するか、
(2)番組Bを放送して2,500人を確保するか、
(3)番組Cを放送して1,250人を確保するか
のいずれかの行動を取ることになる。
チャンネル2にとって、行動(1)と行動(2)とは同じ視聴者を確保でき
るために差異はなく、どちらも行動(3)よりは視聴者を多く獲得できるから
有 利 な 戦 略 と 言 え る 。残 さ れ た チ ャ ン ネ ル 3 に と っ て は 、番 組 A を 放 送 し て も 、
チャンネル2が行動(1)を取る限り、市場は3等分されて1,600人強し
か確保できない。
またチャンネル3が番組Bを放送する場合、もしチャンネル2が行動(1)
を取れば2,500人を確保できるが,もしチャンネル2が行動(2)を取れ
ば2,500人の半分の1,250人しか奪えない。またもしチャンネル3が
番組Cを放送する場合には、1,250人は確保できる。チャンネル2もチャ
ンネル3も視聴率の最大化を目的とするから、少なくとも2,500人の視聴
者を得られる行動を選択するはずである。その結果、3つのチャンネルの内い
ずれか2つのチャンネルが番組Aを放送し、残りのチャンネルは番組Bを放送
することになり、番組Cはどのチャンネルでも見ることはできなくなる。
この事例から次のような二つの結論が導き出される。第一に、広告収入を最
大化しようとしてチャンネル間で競争が存在する場合には、少数の視聴者の望
む番組は放送市場から排除されてしまうという結論である。従って逆に独占の
方が番組の種類は豊富となり、視聴者の厚生は高まると言える。
第二に、ホテリング・モデルが示唆したのと同様に、視聴率競争による番組
の類似性は資源の浪費につながる。従って、放送市場は競争的であるより独占
的である方が、少数の視聴者の選好とその視聴の権利を無視しないという意味
で、社会的厚生が大きくなることになる。このスタイナーの結論は、全ての国
民が差別なく放送サービスを享受できる公共サービス放送の必要性につながる。
13
1.4
ローゼンバーグによる拡張モデル
上 述 の ス タ イ ナ ー・モ デ ル は 、ケ イ ブ [1989]や オ ー エ ン・ワ イ ル ド マ ン [1992]
が指摘するように、次のような限定された前提条件の下で成立する。第一に、
参入規制によって少数の視聴者の選好を反映するような番組を供給するチャン
ネルの参入が生じない。
第二に、かなり偏った番組の選好を前提としており、複数の番組に対する選
好が均等に近い場合には、異なった結論が出る可能性がある。
第 三 に 、視 聴 者 は 自 分 の 好 む 番 組 以 外 は 見 な い と 想 定 さ れ て い る 。す な わ ち 、
Aグループの人はAという番組しか見ず、たとえBやCの番組が放送されても
見ない。視聴者は次善的な選択を行わず、テレビのスイッチを切ることを前提
としているために、視聴者の満足度は第一の選択肢である番組が視聴できるか
どうかによって決まる。
第四に、番組は互いに完全な代替財である。しかし、もし視聴者の選好が2
つの番組間で無差別であれば、番組の重複は何らかの便益を生じるかもしれな
い。また競争によって番組の質の向上も期待できるかもしれない。
第五に、異なったチャンネルで同じ番組を放送した場合に必ず視聴者の数は
二等分されると仮定されている。
第六に、番組の製作費用はAもBもCもまったく同一と想定されている。
第七に、視聴者はどの放送局にとってもすべて同値であり、放送局の広告収
入は単純に視聴者数に依存すると仮定されている。
これらはいずれも強い前提条件であり、これらの条件が満たされるか否かに
よ っ て 結 論 は 大 き く 左 右 さ れ る 。特 に 第 三 の 仮 定 で あ る 次 善 の 選 択 に 関 し て は 、
視聴者は一般に番組に対して何等かの順位づけを行い、自分が最も見たい番組
が放送されていないとしても次善の番組を見ると考えられる。
ロ ー ゼ ン バ ー グ (Rothenberg, J. [1962])は 、 視 聴 者 が 複 数 の 番 組 に 対 し て 順
位を付け、また誰もが見ようとする最大公約数的な番組が存在するという条件
の下で、視聴者の厚生がどのように変化するかについてスタイナー・モデルを
拡張した。スタイナー・モデルと同様に、A、B、Cの3つの番組に対してそ
14
れぞれを第一番目に選択する視聴者グループは、Aグループ、Bグループ、C
グループに分類される。BグループとCグループはどちらも次善的に選択する
番組を持っているが、Aグループは番組Aが放送されない限り、テレビのスイ
ッチを切ってしまうと想定する。Bグループは、番組Bを第一番目に選択する
が、次善の選択として番組Aを選び、番組Cが放送されても見ないとする。ま
たCグループも同様に番組Cを第一番目に選択し、次善的に番組Aを選択する
が、番組Bは見ないと仮定する。
このように視聴者の第二番目の選択肢まで考慮すると、番組Aは誰でも見た
い最大公約数的な番組となり、どのチャンネルでも番組Aを放送するだろう。
従 っ て 各 チ ャ ン ネ ル は そ れ ぞ れ 均 等 に 2 ,9 1 7 人 ず つ の 視 聴 者 を 確 保 で き る 。
なぜなら番組Aを放送すれば、Bグループのために番組Bを放送した時に獲得
できるはずの視聴者数2,500人よりは多くなるし、またCグループのため
に番組Cを放送したときに得られる視聴者数の1,250人より多くなるから
である。
このローザンバーグ・モデルでは、第一の選択肢である番組Aを見ることの
できるAグループ(5,000人)と次善の選択として最大公約数的な番組A
を見るBグループとCグループ(3,750人)の全視聴者(8,750人)
の希望が一応は満たされる。しかし、番組の重複の可能性はスタイナー・モデ
ルの場合より高まるであろう。なぜならスタイナーの独占モデルとローゼンバ
ーグ・モデルは共に自分の選択が満たされる視聴者数は共に8,750人とな
るが、スタイナー・モデルではA、B、Cの3つの番組が放送されるのに対し
て、ローゼンバーグ・モデルではAの番組しか放送されないからである。しか
し、ローゼンバーグ・モデルから引き出される結論もまた、スタイナー・モデ
ルと同様に、番組の重複を促すチャンネル競争よりはむしろ独占の方が番組の
質が豊富になり、社会的厚生は高まることを示している。
しかし、このモデルもまた幾つかの点で問題点を抱えている。第一に、どの
場合にも8,750人が一応満足するとしても、第一の選択で番組Aを見るA
グループの効用と第二番目の選択で番組Aを見るBグループやCグループの効
用との間には格差が存在するはずである。従って視聴者全体の満足度が高まっ
たかどうかを判断するのは極めて困難である。ローゼンバーグ・モデルは、第
15
一の選択肢と第二の選択肢との効用の差をどのように測定するかという個人間
における経済的厚生の比較という基礎的な経済問題に触れることになる。
第二に、番組の順位づけを認め、第二番目の選択肢まで考慮するローゼンバ
ーグ・モデルの結論は、もし独占的な放送局が3つのチャンネルを使って別々
に3つのA、B、Cの番組を放送しない代わりに、あるチャンネルで最大公約
数的な番組(ここでは番組A)のみを放送し、残りの2つのチャンネルを全く
使わないとすれば、スタイナーの独占モデルと同じことになる。
第三に,スタイナー・モデルもローゼンバーグ・モデルもチャンネル数が制
約されていることが前提となっている。しかし、もしチャンネル数が無制限で
あると仮定すれば、番組が重複しても視聴者の満足度は下がらないと考えられ
る。チャンネルの数が多ければ、たとえ少数の人しか見ないような番組Bや番
組Cであっても、それを放送するチャンネルが存在するであろう。
従って、独占的な公共サービス放送の必要性を示唆するスタイナーならびに
ローゼンバーグ・モデルの結論は、放送市場における利用しうるチャンネル数
によって強く影響されることになる。デジタル技術革新によって多チャンネル
化が進んでいる現在、スタイナー・ローゼンバーク型番組選択モデルが示唆す
る公共サービス放送論の限界は明らかである。
1.5
有料放送とビービ・モデル
デジタル技術革新による暗号化と双方向性化が有料放送市場の拡大を促して
いる。広告放送市場と異なって有料放送市場は、視聴者と直接取引きできるた
めに、視聴者の支払意思額に応じた差別価格の適用が可能となる。しかし、有
料放送市場の場合には、広告放送市場における視聴率競争に加えて、チャンネ
ル 間 の 価 格 競 争 を 考 慮 し な け れ ば な ら な い 。 ビ ー ビ (Beebe, J. H.[1977])は 、
スタイナーの番組選択モデルで前提とされた第一番目の選択肢以外の番組は見
ないという制約条件を緩め、視聴者の選好の分布、チャンネル数、市場構造、
財源、番組の調達費用などの影響について検討している。
ビ ー ビ・モ デ ル で は 、ま ず 視 聴 者 の 視 聴 行 動 と し て 、
( 1 )自 分 の 見 た い と 思
16
う番組しか見ない、
( 2 )自 分 の 見 た い 番 組 が 放 送 さ れ て い な け れ ば 第 二 番 目 の
選択肢の番組を見る、
( 3 )誰 も が 見 た い と 思 う よ う な 最 大 公 約 数 的 な 番 組 が 存
在するという3つの類型が想定される。そして、番組に対する視聴者の選好と
しては、
( 1 )選 好 の 分 布 が 非 常 に 偏 り 、従 っ て あ る 特 定 の 番 組 に 人 気 が 集 中 す
る 場 合 、( 2 ) 視 聴 者 の 選 好 分 布 の 偏 り が 中 程 度 の 場 合 、( 3 ) 選 好 が 均 等 に 分
布 し て い る 場 合 を 検 討 し て い る 。 ま た 番 組 制 作 ・ 購 入 の 費 用 に つ い て は 、( 1 )
費用が高い場合と(2)費用が低い場合を仮定する。さらに広告収入と番組費
用とが均衡する最小限の視聴者数が、
( 1 )大 き い 場 合 と( 2 )小 さ い 場 合 に 分
け 、ま た チ ャ ン ネ ル 数 に つ い て は( 1 )チ ャ ン ネ ル 数 が 3 つ の 場 合 、
( 2 )チ ャ
ンネル数が無制限の場合についてのシミュレーションを行っている。ここでは
オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に 基 づ い て 、 市 場 構 造 が ( 1 ) 競 争 的 な 場 合 と
(2)独占の場合について概説する。
1.5.1
競争市場
いま最も単純な事例として、ふたつのチャンネルAとBが競争する有料放送
市場を想定する。いま市場には10,000人の視聴者がいるとして、制作あ
るいは購入費用として400万円が必要とされる番組に対するそれぞれの視聴
者の支払意思額は1,000円とする。ここで(1)チャンネルAがチャンネ
ルBより先に有料放送市場に参入する場合と(2)AとBが同時に市場に参入
する場合について、市場構造の違いが番組選択行動に与える影響の違いは次の
ように示される。
(1)もしチャンネルAが初めに有料放送市場に参入し、支払意思額の合計
に等しい総額を料金として徴収するとすれば、600万円の利益を得ることが
できる。この市場にチャンネルBが後から参入すると想定して、チャンネルB
もまたチャンネルAと同様に同じこの番組を放送し、総視聴者の半分(5,0
00人)を奪うのに成功したとする。この場合、明らかにチャンネルAとBの
利益はそれぞれ100万円に下がってしまう。しかし、Aは既に400万円を
固定費として埋没化してしまっているので、その料金を引き下げてBに対抗す
るであろう。その引き下げ限度額は限界費用のゼロに等しいから、Bは参入を
17
諦めるか、あるいは同じ番組は放送しない戦略を取らざるを得ないであろう。
(2)これに対して、チャンネルAとBが同時に有料放送市場に参入する場
合には、視聴者をめぐる契約競争が生じ、有料料金は最終的な競争価格である
400円近くまで下がるであろう。従って利益はゼロとなるから、どちらかは
参入を諦めるはずであり、番組の重複は生じないであろう。このことは、有料
放送市場における番組の類似性は広告放送市場の場合より少ないと考えられる。
1.5.2
独占市場
広告放送市場が独占である場合には、視聴者の選好を考慮するというインセ
ンティブは放送局側には働かないために、誰もが平均的に好む最大公約数的な
番組が放送され、番組の類似性が高まる可能性が高いことはスタイナー・モデ
ルによって示された。これに対して、有料放送市場では視聴者は自分の見たい
番組に対しては高い料金を支払っても見たいと考えるために、例え独占市場で
あっても視聴者の選好に応じた番組を放送し、最大公約数的な番組を放送する
ことはないであろう。
いま独占的な有料放送市場において7,500人の視聴者がいるとして、2
つの視聴者グループAとBに分けられるとする。Aグループは、番組Aに対し
て100円の支払意思額を持つが、番組Bは見ないグループである。これに対
してBグループは、番組Aに対して同じく100円の支払意思額を持つが、番
組Bに対しては番組Aより高い2,000円という支払意思額を持つと仮定す
る。またどちらの番組もその制作・購入費用は200万円とする。もし独占的
放送事業者が2つのチャンネルを保有し、それぞれのチャンネルで別々に番組
Aと番組Bを放送するなら、AとBのグループ毎にそれぞれの支払意思額に対
応 し た 料 金 を 徴 収 で き る な ら 最 大 6 0 0 万 円 の 利 益 を 得 ら れ る 。こ の 場 合 に は 、
グループ毎にチャンネルが割り振れるから、広告放送に比べて番組の数は増加
することになる。
いまBグループの番組Bに対する支払意思額が2,000円から1,400
円に下がったとする。独占市場の場合には、番組AとBの両方を放送するより
はむしろ番組Aのみを放送しようとするであろう。なぜなら前者の場合には利
18
益は450万円に過ぎないが、後者の場合には利益は550万円となるからで
ある。しかし、その結果として番組の数は逆に減少してしまう。このように放
送市場が独占下にある場合には、番組の数が増えるか否かは番組間の支払意思
額の格差によっても左右される。
いま上記と同じ条件の下で市場構造が独占から競争に変わったと想定する。
番組Aを放送する第一チャンネルと番組Bを放送する第二チャンネルに市場が
二分されるなら、第一チャンネルの利益は300万円となり、また第二チャン
ネルの利益は150万円となる。もし第二チャンネルが第一チャンネルと同じ
ように番組Aを放送すると、7,500人の視聴者は二等分されるために、第
一チャンネルも第二チャンネルも利益は175万円になる。第二チャンネルに
とっては利益が増大するから番組Aを放送しようとするインセンティブが働く。
しかし、第一チャンネルにとっては第二チャンネルの参入によって利益が引き
下 げ ら れ る た め に 、価 格 競 争 で 第 二 チ ャ ン ネ ル に 対 抗 し よ う と す る は ず で あ る 。
この場合、価格競争では不利な第二チャンネルは番組Aの放送を諦めるはずで
あるから、結果として番組の重複は避けるであろう。
有料放送の市場構造が番組選択に与える効果について、ビービ・モデルは次
のような興味深い結論を導き出している。
(1)有料放送の場合、どのチャンネルも人気の高い番組を出来る限り市場
での優位性を確保するために、安い価格(料金)で放送しようとするが、破滅
的な価格引き下げ競争を導く恐れがあるために番組の類似を避けようとするは
ずである。従って、有料放送市場における競争は、広告放送市場とは異なり、
番組の種類を増やす方向に働くと考えられる。
(2)有料放送市場が独占の場合、番組の数、特に少数の人々のための番組
数が増えるか否かは、制作・購入費用と複数のチャンネル間での利益配分のあ
り方に依存する。競争的な市場に比べれば独占的な市場の番組数は少なくなる
と考えられるが、広告放送市場と比べれば視聴者の選好を満たすように行動す
るために、消費者の厚生は相対的に大きくなると思われる。
(3)競争的な市場では、当然ながら価格(料金)は独占的な市場の場合よ
り低下するはずである。
以上のように、有料放送市場は広告放送市場に比べて視聴者の選好を満たそ
19
うと努力するために資源配分上の効率性は高まると考えられる。ビービ・モデ
ルから導き出される政策的な含意は、放送市場の規制を出来る限り緩和し、新
規参入を促す必要があるという点にある。
1.6 番 組 選 択 モ デ ル に よ る 厚 生 比 較
1.6.1
番組選択モデルによる厚生比較
上述の番組選択モデルでは、有料放送の市場構造が競争的であればあるほど
独占の場合より番組の種類が増え、また価格も低下するために、視聴者の厚生
( 消 費 者 余 剰 )は 大 き く な る こ と が 示 さ れ た 。し か し 、有 料 放 送 市 場 に 比 べ て 、
コンテンツが無料である広告放送市場の方が視聴者にとっての厚生は大きいこ
とは明らかである。番組選択モデルでは、例えば視聴者が最も見たいと思う番
組と二番目あるいは三番目に見たい番組との間には選好の度合いに違いがある
にも関わらず、こうした差異については明示的に取り扱っていない。そのため
には、こうした視聴者の選好の違いを数量的に考慮するような支払意思額
(willingness-to-pay)に よ る 分 析 が 不 可 欠 と な る 。
ス ペ ン ス ・ オ ー エ ン (Spence, A, M. and B. M. Owen[1975])は 、 支 払 意 思 額
を用いて視聴者の厚生を最大化するような放送市場について分析を行っている。
支 払 意 思 額 に 基 づ く 放 送 の 費 用 便 益 分 析 は 、 荒 井 [1995]に よ っ て も 試 み ら れ て
い る が 、 こ こ で は オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に 基 づ い て 、 広 告 放 送 と 有 料
放送について市場構造が競争的な場合と独占的な場合に視聴者の厚生がどのよ
うに異なるかについて整理する。
い ま 放 送 市 場 を 、( 1 ) 有 料 放 送 市 場 が 独 占 ( MP) の 場 合 、( 2 ) 有 料 放 送 市
場 が 競 争 的 ( CP) で あ る 場 合 、( 3 ) 広 告 放 送 市 場 が 独 占 ( MA) の 場 合 、( 4 )
広 告 収 入 放 送 市 場 が 競 争 的 ( CA) の 4 つ の 市 場 構 造 に 分 け ら れ る と す る 。 図 表
1-4 に お い て 、 縦 軸 は 番 組 数 を 示 し 、 横 軸 は 番 組 当 た り の 視 聴 者 数 を 表 わ し て
いる。明らかに、原点から東北の方向に離れれば離れるほど、番組数と視聴者
数 が 増 加 す る か ら 視 聴 者 の 厚 生 は 高 ま る 。 図 表 1-4 で 示 さ れ る 4 つ の 市 場 構 造
20
( MP、 CP、 MA、 CA) の 位 置 は 、 そ れ ぞ れ の 市 場 構 造 が も た ら す 市 場 成 果 の 違 い
を示している。
図 表 1-4 の 中 央 に 位 置 す る O 点 は 原 点 か ら 最 も 遠 い 位 置 に あ り 、 番 組 が 無 料
で放送されるために厚生が最大となる最適点を示している。4つの市場構造の
市場成果は、この O 点からの相対的な距離で定められる。最適点である O 点を
通過し、原点に対して凸型の右下がりの曲線は、番組数と番組当たりの視聴者
数 と の 最 適 な 組 み 合 わ せ の 可 能 性 を 示 し て い る 。こ の 曲 線 が 凸 関 数 で あ る の は 、
番組の数と番組当たりの視聴者数との間には反比例の関係があり、また番組当
たりの視聴者数の増加率は番組の数が少ないほど大きくなると考えられるから
で あ る 。最 適 点 で あ る O 点 を 原 点 と し て 4 つ の 象 限 を 描 く と し よ う 。そ の 場 合 、
MA と CA と い っ た 広 告 放 送 の 市 場 構 造 が 第 4 象 限 に 位 置 す る の は 、 広 告 放 送 は
広告収入を最大化するために同じような人気の高い番組に集中し、その結果と
して番組の数は減り、番組当たりの視聴者数も相対的に多くなると想定される
からである。
図 表 1-4
放送市場の構造と厚生比較
出 所 : Owen, B. M. and S. S. Wildman [1992]の 120 頁 よ り 作 図 。
21
広告放送市場が独占的である場合には、番組の数を増やすインセンティブが
働かないために、番組数の減少という傾向はさらに強まるであろう。従って、
MA は CA よ り 右 側 に 位 置 し 、 ま た 横 軸 に 近 く な る 。 し か し 広 告 放 送 市 場 が 独 占
で あ れ 、 競 争 的 で あ り 、 広 告 に よ っ て 番 組 は 無 料 で 供 給 さ れ る か ら 、 MA も CA
も最適な O 点を通る右下がりの曲線上に位置する。
こ れ に 対 し て 、有 料 放 送 市 場 が 競 争 的 で あ る 場 合 の CP と 独 占 的 で あ る 場 合 の
MP が O 点 を 軸 と し た 時 の 第 3 象 限 に 位 置 す る の は 、無 料 で は な く 、有 料 で あ る
ために広告放送と比較して番組当たりの視聴者数は少なくなるからと考えられ
るからである。しかし有料放送の場合には番組数は広告放送の場合より多く、
少 数 の 人 々 の 好 む 番 組 も 放 送 さ れ る 。 こ の こ と は 、 図 表 1-4 に お い て 有 料 放 送
の CP や MP が 広 告 放 送 の CA や MA と 比 較 し て 視 聴 者 数 に お い て や や 高 い 位 置 に
あることで示されている。すなわち、有料放送の番組の類似性は広告放送に比
べ て 少 な い こ と を 示 唆 し て い る 。 ま た CP が MP に 比 べ て O 点 に 近 く 、 ま た 視 聴
者数から見て高い位置にあるのは、有料放送市場が競争的な場合と独占的な場
合を比べると、独占的な市場では視聴者の選好に応じた番組を放送するインセ
ンティブが弱いために、番組数もまた番組当たりの視聴者数も少なくなるから
である。しかし、いずれの市場構造の場合も視聴者にとっては有料であるため
に無料で放送される場合よりも厚生水準は低く、O 点より下に位置する。競争
的 な 有 料 放 送 市 場 を 示 す CP は 、そ の 他 の 市 場 構 造 と 比 べ て O 点 に 近 く 、視 聴 者
の厚生が最も大きいことを表している。
い ま CP と 全 く 同 じ 厚 生 水 準 を も た ら す 番 組 数 と 視 聴 者 数 の 組 み 合 わ せ を 示
す 等 厚 生 曲 線 (iso-welfare curve)を 描 く と す る 。 こ の 場 合 、 最 適 点 で あ る O
点 は こ の 等 厚 生 曲 線 の 内 側 に 位 置 す る 。 も し 図 表 1-4 が 示 す よ う に 、 CA や MA
が O 点を通過する等厚生曲線の外側にあるなら、広告放送の競争市場より有料
放 送 の 競 争 市 場 の 方 が 厚 生 は 高 ま る こ と を 示 唆 し て い る 。 し か し 、 CA や MA が
この内側に来る可能性も残されている。
どのような市場構造が厚生水準を最も高くするかは、オーエン・ワイルドマ
ン [1992]が 指 摘 す る よ う に 、 番 組 間 の 代 替 性 に 大 き く 依 存 す る 。 番 組 間 の 代 替
性が強くなれば番組の数は減り、また番組当たりの視聴者数も減少する。従っ
て 、 O 点 は 図 表 1-4 の 中 で 右 下 の 方 向 に 移 行 す る 可 能 性 が あ る 。 同 様 に 、 有 料
22
放送市場が競争的である場合や広告放送市場が独占的である場合に、番組間の
代 替 性 が 高 け れ ば 高 い ほ ど 番 組 数 と 番 組 当 た り の 視 聴 者 数 は 減 少 し 、CP 点 も ま
た MA 点 も 同 様 に 右 下 の 方 向 に 移 行 す る で あ ろ う 。広 告 放 送 市 場 が 競 争 的 で あ る
場合には、番組数は減少しても、番組当たりの視聴者数は競争が存在するため
に 変 わ ら な い と 想 定 さ れ る の で 、CA 点 は 下 方 に の み 移 動 す る 。番 組 間 の 完 全 な
代替性を想定するなら、広告放送市場が独占的である場合に厚生は最大化され
るはずである。また番組間の代替性が減少すればするほど、広告放送の競争市
場,有料放送の競争市場の順序で厚生は高まることになる。スペンス・オーエ
ン [1975]は 、 放 送 市 場 の 市 場 構 造 と 厚 生 と の 関 係 を 明 確 に し よ う と し た 点 で 放
送部門における経済分析に極めて大きな貢献をなした。
1.6.2
ワルドマン・オーエンの拡張モデル
ス ペ ン ス・オ ー エ ン・モ デ ル を 拡 張 し た ワ ル ド マ ン・オ ー エ ン (Wildman, B. O.
and B. M. Owen[1985])の モ デ ル で は 、 広 告 ・ 有 料 併 用 型 の C A T V が 番 組 選 択
にどのような影響を与えるかを検証している。広告・有料併用型の場合、利潤
を最大化するような広告量と料金水準を決めるために、広告が視聴者の支払意
思額にどのような影響を及ぼすかを考慮しなければならない。オーエン・ワイ
ル ド マ ン (Owen B. C.and S. S. Wildman[1992])は 、 広 告 時 間 の 長 さ と 支 払 意 思
額 の 関 係 を 図 表 1− 5 に 示 し て い る 。縦 軸 は 収 入 と 支 払 意 思 額 を 表 し 、横 軸 は 広
告 時 間 を 表 し て い る 。図 表 1-5 の 中 の 逆 U 字 型 曲 線 は 視 聴 者 の 支 払 意 思 額( W )
と 広 告 収 入 ( R ) の 関 係 を 示 し て い る 。 視 聴 者 一 人 当 た り の 広 告 収 入 は 、( 1 )
広 告 主 が 1 分 当 た り の 広 告 に 支 払 う 金 額 、( 2 ) 広 告 時 間 の 長 さ 、( 3 ) 広 告 付
きの番組を視聴者が見る確率で決まるとする。広告時間が長くなればなるほど
収入は増大するが、広告が視聴者の番組を見る確率が減り、広告時間の増加ほ
どには視聴者一人当たりの広告収入は増加せず、ある一定の時間を越えるとや
がて減少し始める。広告時間が極端に長くなれば、誰もそのチャンネルを見な
くなるから広告収入はゼロになるので、広告収入曲線は逆U字型となる。
また視聴者の支払意思額は広告時間とは反比例の関係にあるが、支払意思額
の減少率は広告時間が短い時には小さいが、広告時間が増えるに従って減少率
23
は大きくなるはずである。従って、支払意思額と広告収入を合計した総収入曲
線(W+R)は原点に対して凹型となる。この(W+C)曲線の頂点が収入を
最大化する点であり、そこから横軸に下ろした垂直線と支払意思額曲線と交差
す る 点 の 高 さ (P W)が 総 収 入 を 最 大 に す る 料 金 と な る 。広 告 の 導 入 に よ っ て 有 料
放 送 の 料 金 は 支 払 意 思 額 の み で 決 ま る 純 粋 の 有 料 放 送 の 料 金( P W+R)よ り 低 く
なる。同様にこの垂線と広告収入曲線(R)と交差する点が最適な広告時間と
な る が 、こ れ は 明 ら か に 広 告 収 入 の み に 依 存 す る 場 合 の 広 告 時 間 よ り 短 く な る 。
図 表 1-5
Owen, B. M. and S. S. Wildman [1992]の 128 頁 よ り 作 図 。
このワルドマン・オーエン・モデルの結論は有料・広告収入併用型放送市場
が単純な有料放送より視聴者の厚生が大きくなるという点で、広告放送から有
料放送に移行すれば資源配分の効率性が高まるというスペンス・オーエン・モ
デルの結論の延長線上にある。
24
1.7
1.7.1
「番組の質」と規制政策
「番組の質」と空間的競争モデル
商業的な放送市場の場合、利潤最大化を目的として行動する限り、質の高い
コンテンツを放送するかどうかは放送事業者の戦略的な判断に委ねられる。い
ま放送市場が規制緩和され、新規参入が可能となった場合、新規参入の放送事
業者は既存放送事業者との競争を考えて、戦略的にコンテンツの質を決めるで
あ ろ う 。す な わ ち 、視 聴 率 を 確 保 し よ う と す る 新 規 参 入 の 放 送 事 業 者 の 戦 略 は 、
既存の放送事業者がコンテンツの質の高い番組編成を取るのか、あるいは質の
低い番組編成を取るかによって異なるはずである。ここでは、ヒューズ・ヴァ
イ ン ズ (Hughes, G. and D. Vines[1989])に 基 づ い て 、 放 送 市 場 が 競 争 的 で あ る
場合に、どのような規制政策が番組の質の向上を促すかについて検討する。
図 表 1− 6
出 所 : Hughes, G. and David Vines eds.[1989]、 4 7 頁 よ り 作 図 。
いま何らかの基準で番組の質が判断できるとするなら、一般に番組の質と視
25
聴 者 数 の 関 係 は 図 表 1-6 の よ う に 示 さ れ る 。 ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ [1989]は 、
図 表 1-6 の 中 の A 点 に 純 粋 の 公 共 サ ー ビ ス 放 送 で あ る BBC2 と チ ャ ン ネ ル 4 を
位置付け、また B 点に民間放送を位置づけている。前述のホテリングの「アイ
ス ク リ ー ム 売 り 市 場 」と そ の 発 展 的 な 空 間 競 争 (spatial competition) 理 論 に
おいてしばしば想定されるように、いま放送の質に対して様々な選好を持つ視
聴者が一直線に分布する直線的な放送市場を仮定する。この場合、競争市場に
おける市場成果を左右する要因として次の3つの経済的特性が重要となるであ
ろう。第一は市場における放送事業者の数であり、第二はそれぞれの放送事業
者の直線市場における位置であり、第三は番組の制作・調達費用である。
いま規制が緩和されて、この放送市場に新たに放送事業者が参入しようと仮
定 す る な ら 、こ の 新 規 参 入 が 選 択 し う る 戦 略 は 、
( 1 )い わ ゆ る「 大 衆 路 線 」を
中心とした番組編成を取るか、
( 2 )質 の 高 い 番 組 を 中 心 と し た 番 組 編 成 を 取 る
か の い ず れ か で あ ろ う 4 。先 の ホ テ リ ン グ ・ モ デ ル に よ れ ば 、番 組 の 質 は 両 者 と
も類似し、線形市場の中央に収束するという結論が導かれるはずである。それ
は中央から乖離すると、競争相手に視聴者を奪われ、視聴者数が低下するから
で あ る 。 し か し 、 厚 生 と い う 視 点 か ら は 、 こ の 中 央 (1/2 の 地 点 )へ の 収 束 は 必
ずしも厚生を最大化するものではない。なぜなら、もしこの線形市場において
放 送 事 業 者 が 位 置 す る 中 央 (1/2 の 地 点 )か ら 視 聴 者 の 位 置 す る 場 所 ま で の 距 離
(x)を厚生の代理変数とするなら、競争する放送事業者の位置がそれぞれ左
右 の 端 の 点 か ら 1/4 の 距 離 に あ る 場 合 に 、 視 聴 者 の 厚 生 は 最 大 化 さ れ る か ら で
ある。中央に収束することが番組の多様性の減少を意味し、従って視聴者の厚
生を減少させることと同義となる。
しかしアイスクリーム市場と異なって、放送市場の場合には、番組の質を分
布の中央に収斂させようとする要因と端点へ分離しようとする要因について、
ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ [1989]が 指 摘 す る よ う に 、 さ ら に 次 の よ う な 3 つ の 経 済
的特性を考慮する必要がある。
第一は、もし視聴者は自分が望む番組の質から離れている場合には、スイッ
4
ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ [1989] は 、 こ う し た 不 確 実 性 の 高 い 環 境 の 下 で は 名 声
(reputation)が 長 期 の 利 潤 最 大 化 に 重 要 な 役 割 を 演 ず る と 指 摘 し て い る 。
26
チを切って視聴しない可能性があるという点である。この要素は番組の質を分
布の中央から引き離すように作用するであろう。なぜなら、番組の質の類似を
示す中央から離れて質の異なった番組を供給すれば、これまで視聴しなかった
人も引き付けて、視聴させられるからである。すなわち、番組の質の多様化に
よって視聴者を増加させることが可能となる。
第二は、一般に視聴者の選好はある特定の番組に集中しやすく、アイスクリ
ーム市場のように初めから一様に分布していない点である。これはどちらかの
端点の方向に向かって分布が傾斜することを意味し、番組の多様性を減少させ
るが、視聴者の厚生にどのような影響を持つかは必ずしも明らかではない。
第 三 に 、番 組 の 制 作・調 達 費 用 は 番 組 の 質 と 共 に 増 大 す る と 考 え る 点 で あ る 。
もし中央より左側に移行し質を低くすれば、また視聴者を失う費用の増大より
番組制作の費用の節約が大きくなるとすれば、利潤を増やすことができる。し
かし、逆に番組の質が低下するために、質が高い番組を見たいと思う視聴者に
絞って高い費用の番組を制作するという差別化によって利益を高めることもで
きる。
このような放送市場の特性を考慮するなら、競争市場で番組の質がどのよう
な水準に定まるかは、既存の放送事業者と新規参入の放送事業者の戦略の相互
依存性によって左右され、また番組の質を低下させた(高めた)場合の費用の
節約(増加)とそれによって得られる(失う)視聴者の数との関係によって定
まるであろう。
ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ [1989]は 、 放 送 事 業 者 に 番 組 の 質 を 高 め さ せ る た め の
政 策 と し て 、( 1 ) 広 告 収 入 に 対 す る 課 税 、( 2 ) 民 間 放 送 の 放 送 権 に 対 す る オ
ークション制度の導入、
( 3 )番 組 の 質 に 対 す る 直 接 的 な 介 入 を 挙 げ て い る 。そ
して次のような結論を導き出している。第一に、上述のように、番組の質は質
の変更による収入と費用の変化に依存するから、もし広告収入に課税すれば限
界収入が減少し、こうした減収は番組の多様性のインセンティブを弱めるであ
ろう。
第二に、放送権についてオークション制度を導入した場合、埋没化するため
に直接的に利潤とは関係なく、従って番組の質には影響を与えないかもしれな
い。放送事業者が危険回避型であれば、オークション後の利潤の不確実性を考
27
慮 し て 人 気 番 組 路 線 を 取 る 可 能 性 は あ る 。す な わ ち 、入 札 価 格 が 高 い 場 合 に は 、
番組の多様性は戦略として魅力的でなくなるであろう。また入札価格が高い場
合には、費用を考慮すると質の高い番組に投資する意欲は減退するかもしれな
い。
第三に、番組の質について細部にわたる直接的な規制を設けるべきかどうか
については、いずれの国においても議論を呼んでいる。日本においても最近の
メディア規制法(個人情報保護法と人権擁護法)をめぐる議論は、どこまで政
府が報道ならびに言論の自由に関与できるかについて論じられた。また日本の
放 送 法 に は 番 組 準 則 が あ り 、そ こ で は 民 間 放 送 は 番 組 全 体 の 1 0 % が 教 育 番 組 、
2 0 % が 教 育 を 含 め て 文 化 ・教 養 番 組 で な け れ ば な ら な い と 規 定 さ れ て い る 。し
かし、現実には放送コンテンツの質を規定することが難しく、従って直接に規
制することは不可能である。特にインターネット放送は「法の外」にあると言
える。従って、番組の質についての直接的な規制ではなく、放送事業者が利潤
を最大化するための戦略が必然的に番組の質の向上につながるような政策的な
誘導を考えねばならない。
ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ [1989]は 、 英 国 の 放 送 市 場 に お い て 放 送 コ ン テ ン ツ の
質を向上させるための具体的な提案として、後に詳しく論ずる「公共サービス
放 送 基 金 」に つ い て 論 じ て い る 。チ ャ ン ネ ル 3 と 呼 ば れ る 民 間 放 送 (ITV)の 番 組
の質が高くなるように仕向けるためには、放送時間帯の一部を新設の公共サー
ビス放送基金のような組織に割り当てることを提言している。そして、政府は
放送権のオークションに当たって放送事業者に事前的に番組の質に対する事業
方針を明確にさせるべきであると指摘している。
1.7.2
「番組の質」と多チャンネル化
デジタル技術は多チャンネル化を促し、それが番組の多様化をもたらすと期
待されているが、どのように番組の質に結びつくかが問題であろう。すでに図
表 1− 6 で 示 さ れ た よ う に 、 番 組 の 質 を 低 い も の か ら 高 い も の へ と 左 か ら 右 へ
と順に配列し、視聴者数の分布を描くなら、質の高い公共的な番組は分布の右
側に位置する。商業的な放送事業者は多チャンネル化を利用して番組の差別化
28
を図ろうとするために、分布の右側においてそれぞれの戦略に応じて位置を決
めようとするであろう。その結果、多チャンネル化は視聴者の選択の自由は拡
大し、厚生も改善されると考えられる。
ノ ー ム (Noam,E.[1991], [1998])は ,番 組 の 多 様 性 を 示 す 測 度 と し て( 1)
「番組
の 質 」 の 幅 (spread)と ( 2 ) 充 足 度 (preference satisfaction)を 挙 げ 、 放 送 事 業
者の「番組の質」による差別化戦略の合理性を論じている。図表1−7では、
番組の質の幅と充足度を図式化したものであるが、X という番組の質を選ぶ視
聴者層と Y という番組の質を選ぶ視聴者層が重複するケースを示している。
図 表 1− 7
番組の質の幅と充足度
出 所 : Noam, E.[1991],52 頁 に 基 づ い て 作 図 。
多チャンネルの下では放送事業者は番組の質を変えて様々な番組の質を揃え
ようとするために、これまで視聴しなかった人々までも市場に取り込むことが
出来るようになる。こうした傾向はチャンネルが増えれば増えるほど強まり、
番組の質の高い右側でも、番組の質の低い左側でも生ずる。その結果、図表 1
−8 で示されるように、多チャンネル化は番組の質の幅と視聴者の充足度を高
め 、 こ れ ま で の ブ ロ ー ド キ ャ ス テ ィ ン グ (broadcasting)か ら 専 門 的 な 番 組 を 放
送 す る ナ ロ ー キ ャ ス テ ィ ン グ (narrowcasting)へ と 変 化 し て ゆ く こ と に な る 。
29
図 表 1− 8
多チャンネル化と番組の質の選択
出 所 : Noam, E.[1991], 53 頁 に 基 づ い て 作 図 。
多チャンネル化によって番組の質が分布の両極端まで拡大するとしても、そ
れは必ずしも番組の質が多くなることを保証するものではなく、むしろ質の低
い番組も増加するために質の高い番組を視聴する視聴者数の比率は相対的に下
がることになる。従って番組の質を保つための何らかの施策を求める動きが高
ま る で あ ろ う 。 ノ ー ム [1998]は 、 番 組 の 質 を 向 上 さ せ る 施 策 と し て 、 次 の よ う
な提案を行っている 5 。
5
米国では、多チャンネル化によって商業的放送による公共番組は大幅に増大したと言わ
れ る 。 ノ ー ム [1998]に よ れ ば 、 公 共 番 組 の 視 聴 率 は 6 % で あ り 、 PBSな ど 公 共 放 送 の 視 聴
率の2.3%に比べてかなり大きい。その予算も21億ドルで公共放送の19億ドルに匹
敵し、特にニュースの時間は増大している。しかし、ノームは米国型の商業放送システム
で一部の公共番組、特に質の高い子供向けの公共番組は市場では供給できないし、また考
えるような番組は回避されるために、公共放送や非商業的放送という代替案を考えるべき
であると主張している。そして、市場機構を通じて人々望むすべての番組が供給されると
考えるのは誤りであるが、また改善が進んでいないと考えるのも誤りであると指摘してい
る 。 ノ ー ム [1998]の 152 頁 を 参 照 さ れ た い 。
30
1)
番組の質についての直接規制:すなわち、コミュニティや子供のための
番組を義務付ける。
2)
複数放送局所有の認可:放送局の所有規制を緩和すれば、放送事業者は
複数のチャンネルで同じような番組の重複を避けようとするために、番
組の種類が増える。ただし、メディア支配と情報源の多様化という問題
は生ずる。
3)
有料放送方式の導入:質の高い番組のために支払意思額の高い視聴者を
対象として、有料で番組を供給する。
4)
公 共 放 送 局 (public TV stations)の 設 立:民 間 の 放 送 事 業 者 で は 供 給 で き
ないような質の高い番組を放送し、民間放送を補完するための公的な放
送局を設ける。
ノームが指摘するように、公共放送局の設立は広告放送事業者が質の高い番
組を供給しようとするインセンティブを弱める一方、民間放送事業者と公共放
送局との間に質の高い番組をめぐる競争が起きるなら、質の高い番組の供給が
増えることになる。前者と後者のどちらの要因が強く働くかを事前に判断する
ことは不可能であるが、一般的には前者のような棲み分けが生じる可能性は高
い。
英 国 で は BBC と 民 間 放 送 (ITV、 す な わ ち チ ャ ン ネ ル 3 )に よ る 二 元 体 制 は 、
競 争 が 働 か な い と い う 意 味 で 、 ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 ( Peacock,A.[1986])
の 中 で も「 心 地 よ き 複 占 」(com fortable duopoly)と 呼 ば れ て き た 。こ う し た 安
定 的 な 寡 占 均 衡 は 、 図 表 1-9 で 示 さ れ る だ ろ う 。 縦 軸 は 民 間 放 送 事 業 者 に と っ
て は 収 入 (CR)を 示 し 、公 共 放 送 局 に と っ て は 受 信 料 (SR)を 表 し 、ま た 横 軸 は 番
組 の 質 の レ ベ ル (QL)で 表 す と す る 。ま た 質 の 高 い 番 組 を 制 作 あ る い は 調 達 す る
た め の 費 用 は 質 の レ ベ ル と 共 に 増 大 す る と 想 定 す る な ら 、右 上 が り の 曲 線( CQ)
で 示 さ れ る で あ ろ う 。い ま QL1 と い う 番 組 の 質 の レ ベ ル で 民 間 放 送 事 業 者 の 広
告収入は最大化されるとする。これに対して、公共放送局は質の高い番組を供
給することにその存在意義があるために、出来る限り右側の領域にある質の高
い番組を供給しようとするであろう。また公共放送局は番組の質を下げること
は で き な い た め に 、民 間 放 送 事 業 者 の 提 供 す る QL1 よ り 左 側 の 番 組 は 放 送 し な
いであろう。このように公共放送局と民間放送事業者の間には、ちょうど先進
31
国 間 の 産 業 間 貿 易 (intra-industry trade)に お け る 垂 直 的 製 品 差 別 化 を 伴 う 寡
占均衡と同様に、どちらも共存のために競争を避けることになる。
図 表 1-9
民間放送と公共放送の「寡占体制」
出 所 :Stead,R., P.Curwen and K.Lawler [1996] Industrial Economics:Theory,
Applications, and Policy, McGraw-Hill Book Company Europe, Surrey, UK, 152 頁 に
基づいて作図。
民間放送事業者が自主的に質の高い番組を供給するかどうかは、ヒューズ・
ヴ ァ イ ン ズ・モ デ ル で も 指 摘 さ れ た よ う に 、番 組 の 制 作・調 達 費 用 と 広 告 収 入 ・
有 料 収 入 と の バ ラ ン ス に 依 存 す る 。図 表 1− 10 の よ う に 視 聴 者 数 に 対 応 し た 収
入曲線と直線の費用曲線を想定するなら、質の高い公共番組は分布の右側に位
置するために、商業的な放送事業者では供給されないとする。
しかし、ノームが指摘するように、次のような条件が整えば商業的な放送事
業者でも質の高い番組を供給する可能性はある。すなわち、
1)
番組の質を求める視聴者が多くなり、収入曲線が上方に移行する場合
2)
質の高い番組の制作費が下がり、費用曲線が低下する場合
3)
伝送費用が低減する場合
4)
収入源が多様化される場合
5)
補助によって費用が下がる場合
しかし、放送事業者がどのようなコンテンツの質を選択するかは、放送事業
32
者の数や規模、あるいは参入条件のみならず、戦略的な市場行動によって大き
く左右されるであろう。すなわち、放送事業者の間にどのような戦略的補完関
係あるいは戦略的代替関係が存在するかがコンテンツを決める上で重要な役割
を 演 ず る 。 ま た こ の よ う な 「 産 業 内 」 競 争 (inter-industry competition)の み
ならず、地上波による広告放送市場と衛星やケーブルテレビによる有料放送市
場 と の 「 産 業 間 」 (intra-industry competition)競 争 も 放 送 コ ン テ ン ツ の 質 を
決める要因となる。
図 表 1-10
民間放送による番組供給
出 所 : Noam, E.[1998],154 頁 に 基 づ い て 作 図 。
日本においても、欧米においても急速に多チャンネル化が進み、一般の人々
の視聴行動は大きく変りつつある。多チャンネル化によって質の低いコンテン
ツも増えたが、質の高いコンテンツもまた増加しており、古典的な番組選択モ
デルが示したように、番組の質が収斂し、類似性が高まるという懸念は減って
いる。しかし、多チャンネル化が質の高いコンテンツの供給を保証するもので
ないとすれば、直接的な規制政策ではなく、質の高い番組を増やすようにイン
センティブを組み込む必要がある。たとえ質の高い番組を供給するために公的
な供給が望ましいとしても、公的な供給は常に資源配分の効率性という問題に
直面せざるを得ない。従って質の高い番組の公的な供給に当たっても、何らか
の競争原理は働くような制度づくりが不可欠となるであろう。
33
第 2章
2.1
2.1.1
公共サービス放送の概念とその経済的意義
公共サービス放送とその経済的合理性
厚生経済学の基本定理と「市場の失敗」
厚生経済学の基本定理は、価格機構による資源配分の効率化にある。まず厚
生 経 済 学 の 第 一 定 理 は 、市 場 と い う 組 織 が 資 源 配 分 上 最 も 効 率 的 な 組 織 で あ り 、
価格機構が「経済状況をよくするためにはもはや誰かを犠牲にしなければなら
ない」というパレート効率的な資源配分を促すことを示している。また厚生経
済 学 の 第 二 定 理 は 、消 費 者 が 凸 選 好 を 持 つ と い う 条 件 の 下 で 、一 括 税 ・補 助 金 に
よる所得再配分を行えば、パレート効率的な資源配分が競争によって達成され
ると説いている。すなわち、厚生経済学の基本定理は、完全競争という制度的
な仕組みが社会的な最適状況を産み出すことを示している。アダム・スミス
(Adam Smith) の 言 う 「 神 の 見 え ざ る 手 」 へ の 信 奉 は 、 し ば し ば 市 場 社 会 主 義
(market socialism)と さ え 呼 ば れ て き た 。
し か し 、こ う し た 市 場 機 構 の 働 き は 、独 占 力 の 存 在 に 加 え て 、次 の よ う な 様 々
な理由によって制約を受ける。第一に、ある経済主体の消費活動によって他の
経 済 主 体 の 消 費 活 動 が 制 限 さ れ な い よ う な 公 共 財 の 存 在 が 挙 げ ら れ る 。第 二 に 、
ある経済主体の行動が他の経済主体の行動に市場機構を経ずに影響を与えると
いう外部性が存在するためである。第三に、生産活動に収穫逓増や分割不可能
性の現象が生ずるために、凸環境の前提が崩れるためである。第四は、経済主
体間の情報の非対称性や取引費用が存在するためである。こうした要因によっ
て市場が失敗するとすれば、それを補正する代替的な資源配分の方法を見出さ
ね ば な ら な い 。 「市 場 の 失 敗 」に 対 す る 解 決 策 を 探 る こ と は 、 経 済 学 の 基 本 的 な
研究課題となった。
34
しかし、市場が失敗するからと言って、それが直ちに政府あるいはそれに代
わ る 非 営 利 的 組 織 (N P O :non-profit organization)に よ る 市 場 へ の 介 入 を 正
当化するものではない。なぜなら政府あるいはその代替的組織は、効率的な資
源配分をもたらす価格についての情報を持っていないからである。効率価格に
ついての情報を持たない限り、厚生経済学の第二定理で示される望ましい所得
再配分を行うことは不可能となる。すなわち、市場に代わる代替的組織として
必ずしも公的な供給が望ましいとは言えない。市場の失敗に対処するためにど
のような代替的な機構あるいは制度が望ましいかは、対象となる財あるいはサ
ービスの供給に関わる特性や需要に関わる特性に大きく依存している。
サ ミ ュ エ ル ソ ン (Samuelson, P.[1945])は 、市 場 の 失 敗 を も た ら す 公 共 財 を 等
量 消 費 性 (non-rivalrous consumption)と 排 除 不 可 能 性 (non-excludability)と
いう二つの原則に基づいて定義づけた。私的財と公共財の基本的な違いは、前
者の場合には価格がすべての人に共通であるが、消費する数量が異なるのに対
して、後者の場合にはすべての人にとって数量が共通であるが、財に対する限
界代替率が異なるという点にある。従って公共財の場合には、価格を基準とし
て需要と供給の均衡を図ることは不可能となり、市場が失敗するのは必然とな
る。
2.1.2
放送サービスとその公共財的特性
地上波テレビ放送や衛星放送など周波数帯域を利用した放送サービスは、デ
ジタル技術革新によって暗号化と情報通信ネットワークの高度化によって、こ
れまで技術的に困難であった利用者あるいは視聴者の識別化が可能となってい
る。例えば料金を支払わない視聴者を識別して、市場から排除することが可能
であるとすれば、放送サービスはサミュエルソンの定義した純公共財の定義に
は当てはまらない。しかし、放送サービスはある視聴者が受信しても同時に他
の視聴者も受信できるという意味で、共同消費性あるいは等量消費性という特
性は残る。従って、放送サービスは国防、警察、消防のような純公共財ではな
い が 、公 共 財 に 近 い 財 と し て の 準 公 共 財 (quasi-public good)と 考 え ら れ る 。放
送コンテンツが準公共財であるとすれば、その供給をどこまで市場に任せられ
35
るのか、また市場ではなく公的な供給に依存するとすれば、いかなる財源でこ
れを支えるかが重要な経済的な問いとなる。すなわち、これは効率性と公平性
に深く関わる基本的な問題である。
放送コンテンツは等量消費という特性に加えて、一度制作されるとその限界
費用はゼロに近いという特性を持っている。すなわち、コンテンツ供給の費用
は視聴者の数とは独立的に決まる。このように追加的な視聴者に放送コンテン
ツを供給する限界費用がゼロに近い場合に、その供給費用を賄うために料金を
徴 収 ( 有 料 化 ) す る と す れ ば 、 差 別 価 格 を 適 用 で き な い 限 り 、 画 一 料 金 (価 格 )
を課さざるを得ない。しかし、こうした画一料金は支払意思額がゼロとその料
金の間に位置する視聴者層を排除してしまうことになる。ピーコック委員会報
告 書( Peacock, A. [1986],132-133, 554-556)や フ ォ ス タ ー (Foster, R.[1992])
が指摘するように、放送コンテンツの供給の場合には、ゼロに近い限界費用と
平均費用の格差が大きい。もし限界費用が平均費用をかなり下回るなら、有料
制 は 供 給 不 足 (undersupply)に つ な が る 可 能 性 が 高 い で あ ろ う 6 。
また放送コンテンツの供給費用をゼロにするために、例えば政府が放送事業
者 に 補 助 金 を 与 え よ う と し て も 、費 用 構 造 に 関 す る 情 報 の 非 対 称 性 が 存 在 す る 。
従って必要とされる最小の補助金を明確に把握することは難しく、資源配分上
の 効 率 性 に 影 響 を 与 え る 可 能 性 は 残 る 。な ぜ な ら 、こ の よ う な 補 助 金 の 給 付 は 、
これまでも公企業問題でしばしば論じられたように、費用削減への意欲を減退
させる懸念があるからである。放送サービスについてはその準公共財としての
経済特性を十分に考慮しながら、どのような制度あるいは仕組みによって厚生
経済学の基本である消費者主権が達成されるかを検討しなければならない。
2.1.3
市場の失敗と外部性の内部化
これまで放送サービスは、周波数帯域が制限されているために、複数の放送
事業者が同時送信するなら電波の輻輳現象を招き、たとえ異なった周波数帯域
で あ っ て も 相 互 変 調( intermodulation)と 呼 ば れ る 混 信 問 題 を 生 じ て き た 。こ
6
Peacock, A. [1986]の 第 132-133 項 ,な ら び に 第 554-556 項 を 参 照 さ れ た い 。
36
のように「外部性」が存在する場合に、市場を通じた競争による放送サービス
の供給は失敗すると指摘されてきた。輻輳などの技術的な問題は長期的にはデ
ジタル技術革新や新しい周波数帯域の開発などによって解決されるであろうが、
短期的には利用できる周波数帯域は限定されているために、いかにして周波数
帯域を配分するかは重要な政策問題となる。
外 部 性 の 問 題 に つ い て は 、古 典 的 に は コ ー ス (Coase, R.[1960])が 外 部 性 の 内
部 化 に よ っ て 解 決 し う る こ と を 示 し た 。 す な わ ち 、 コ ー ス の 定 理 (Coase
Theorem)は 、 所 有 権 の 帰 属 の あ り 方 に 関 わ ら ず 、 当 事 者 間 に お け る 交 渉 に よ っ
てパレート効率的な資源配分をもたらされることを証明した。しかし、現実に
当事者間で交渉が成立するためには莫大な取引費用が必要とされるし、また外
部性そのものを取引する市場では需要と供給を均衡させる競争価格が存在しな
いなど、実行上あるいは理論上の問題点があるとしばしば批判されてきた。コ
ー ス の 定 理 の 意 義 は 、コ ー ス (Coase, R.[1988])自 ら が 指 摘 す る よ う に 、所 有 権
と取引費用の重要性を浮かび上がらせることにあったと言えるであろう。
確かに、当事者間の交渉は外部性を内部化する方法として最適な解決策をも
たらさないかもしれないが、ある一定の条件の下では少なくとも双方が納得で
きる解決策が得られる可能性があり、コースの定理の現実的な価値は決して失
われていない。
チ ョ ン グ (Cheung, N. S.[1973])は 、 米 国 に お け る 養 蜂 業 者 と 果 樹 園 業 者 と の
契約関係を研究し、コースの定理が現実に機能していることを示した 7 。チョ
7
チ ョ ン グ [1973]は 、 ワ シ ン ト ン 州 に お け る り ん ご 、 ブ ル ー ベ リ ー 、 さ く ら ん ぼ 、 ク ラ ン
ベリー、アーモンドなどの果実、アルファルファ、レッドクローバーなどのマメ科、キャ
ベツ、ミントなどの農園と養蜂業者との関係を調べた結果、蜂を利用した受粉契約
(pollination contracts) が 存 在 し て い る こ と を 明 ら か に し て い る 。 そ し て 、 養 蜂 業 者 と
農園で交わされる契約書には、蜂の数と効力、巣箱あたりの賃借料、巣箱の配送ならびに
撤収の時期、殺虫剤散布に対する蜂の保護、巣箱の戦略的な配置などが一般に盛り込まれ
ているとのことである。一般に外部性の代表的な事例として引用される「りんごと蜂」の
関 係 に つ い て も 、 現 実 に は 「 り ん ご の 蜂 蜜 」( ” apple” honey) は 稀 で あ り 、 む し ろ タ ン
ポポや野草の花から蜂蜜が採られるという興味深い事実も指摘している。チョングの論点
37
ングは、ワシントン州における養蜂業者の価格形成と契約制度について調べた
結果、りんごなどの果実やマメ類などを栽培する農園との間には長年にわたっ
て口頭による契約や明文化した契約が存在し、現実に養蜂業者はこうした作物
の受粉活動から支払いを受けているという事実を明らかにしている。また自由
に飛び回る蜂の習性を利用して受粉契約していないりんご農園が一方的に得を
し な い よ う に 、ど の 農 園 も 同 じ 数 だ け の 蜂 を 契 約 す る と い う 暗 黙 の 協 定 が あ り 、
意識的にフリーライダー問題を避ける仕組みがあることも明らかにしている。
このことは、コースの定理が示すように、外部性を内部化する契約制度が市場
機構を代替できる可能性を示唆している。
チ ョ ン グ [1973]の 論 点 を 放 送 市 場 に 当 て は め る な ら 、 放 送 サ ー ビ ス が 公 共 財
的特性を有するから「市場が失敗する」という先入観に囚われるべきではない
という点にあるだろう。具体的に放送市場ではどのような市場の失敗が生ずる
か、またどのようにすれば市場の失敗は解決しうるかなどについて、実証的な
研究が必要とされる。チングが単なる想像から政策的含意を引き出す危険性に
ついて警鐘を鳴らしている。
2.1.4
「フリーライダー」問題
放送サービス、とりわけ公共サービス放送は出来るだけ多くの人が差別なく
受 信 す る と い う 「 あ ま ね く 普 及 」 (universal access)が 前 提 と さ れ て き た 。 こ
のように等量消費性と非排除性が働く場合には市場は失敗するという論拠によ
って、公共サービス放送は公的に供給することが是認されてきた。しかし、公
的 供 給 は 常 に 費 用 負 担 に 関 わ る 「 た だ 乗 り 」 問 題 を 生 ず る 。「 フ リ ー ラ イ ダ ー 」
は、先入観や想像に囚われることなく、経済的な事実関係について詳しく調べることの重
要性を示すことにある。政治家が経済学者の主張から人々を駆り立てるような“熱狂を引
き 出 そ う ” (distilling their frenzy) と す る と い う ケ イ ン ズ の 批 判 と 同 様 に 、 経 済 学 者
が 現 実 の 世 界 を 調 査 せ ず に 、「 単 な る 想 像 か ら 政 策 的 含 意 」 (policy implications out of
sheer imagination)を 引 き 出 す こ と に 警 鐘 を 鳴 ら し た 。
38
(free riding)問 題 の 古 典 的 な 事 例 は 、船 舶 の 安 全 性 を 高 め る た め の 灯 台 サ ー ビ
スとその費用負担をめぐる公平性の問題に見出すことが出来る。すなわち、灯
台というサービスを船舶が利用したとしても料金の徴収は不可能であり、料金
を負担しないという理由で灯台を物理的に利用できないようにすることはでき
ない。従って「ただ乗り現象」が回避不能であるような灯台サービスについて
は、税金によって公的に維持されるべきであると主張されてきた。しかし、コ
ー ス (Coase, R.[1974])は 、英 国 に お け る 灯 台 の 歴 史 的 経 緯 を 調 べ 、灯 台 サ ー ビ
スが初めは民間組織によって供給され、また政府の役割は灯台の所有権の明確
化だけに限定されていたという事実を明らかにした。そして、たとえ灯台サー
ビスが公共財であったとしても、港湾施設が私的財である限り、港湾利用料の
一部として料金の徴収は可能であり、従って灯台サービスは市場によって供給
し得ると反駁した。そして、上述のチョングの「りんごと蜂蜜」の事例と同様
に、フリーライダーを理由として公的供給を正当化するために灯台の事例を使
うことは誤解を招くと指摘した。
放送サービスについても視聴者を識別して直接に課金できない場合には、フ
リーライダー問題が生ずる。しかし、こうした「ただ乗り」現象によって市場
が 失 敗 す る か 否 か は 、サ ラ ニ エ (Salanié, B.[2000])が 指 摘 す る よ う に 、社 会 の
倫理観と利用者の数に依存するであろう。社会全体が公平な負担という強い倫
理観を持っているとすれば、フリーライダーはさほど大きな問題ではないかも
しれない。またサービスを利用者の数が少なければ少ないほど、個々人の機会
主義的な行動がサービスの供給そのものに与える影響が大きくなり、フリーラ
イダーとなる動機は抑制されるであろう。
放送サービスにおけるフリーライダー問題の程度は、ある放送コンテンツに
対する支払意思額が支払方法によってどの程度変わるかを調べれば明確となる
で あ ろ う 。 ボ ー ム (Bohm, P.[1972])は 、 あ る 特 定 の 公 共 的 な 番 組 を 対 象 と し て
視聴者に一定の現金を与えて、支払いの仕方とその支払意思額にどのような変
化が生ずるかを分析した。実験経済学の手法を用いた調査の結果、支払方法の
違いによる支払意思額の差はほとんどなく、人々は正直に放送サービスの価値
を顕示した報告している。一般に公共財の便益は自分の負担を減らすためにで
き る だ け 低 く 評 価 す る た め に い わ ゆ る 「 コ モ ン ズ の 悲 劇 」 (tragedy of the
39
commons)が 生 ず る と 言 わ れ る が 、 ボ ー ム の 検 証 は こ う し た 通 念 に 反 す る 答 え を
導き出している。このようにもし人々が正直に自分の支払意思額を表すとすれ
ば、ただ乗り現象の深刻さは比較的小さいかもしれない。しかし、明らかに視
聴する人数が多くなればなるほど相互の信頼関係は薄れ、何らかの法的な強制
力 が な い 限 り 、「 た だ 乗 り 現 象 」 は 深 刻 化 す る か も し れ な い 。
デジタル技術革新は、放送市場において外部性やフリーライダー現象が生ず
る環境を大きく変えつつある。第一に、デジタル技術革新は視聴者に関するメ
タ ・デ ー タ を 付 加 す る こ と に よ っ て 視 聴 者 の 識 別 を 可 能 と し 、放 送 事 業 者 と 視 聴
者の間で直接的な取引をする有料放送市場を生み出している。すなわち、放送
サービスは限りなく一般の財ならびにサービスに近づき、支払意思額に応じた
課金が可能となっている。第二に、デジタル技術革新は、視聴者と放送事業者
の契約やその変更、課金などに関わる取引費用を著しく低下させた。デジタル
技術革新とインターネットの拡大の中で、公共サービス放送の新たなる意義付
けが求められている。
2.1.5
「価値財」としての放送サービス
放送メディアに利用される周波数帯域は貴重な国民の資産であり、従ってこ
れを利用した放送サービスはすべての国民が等しくそれを享受する権利を有し
て い る 。こ う し た 認 識 を 背 景 と し て 、放 送 サ ー ビ ス の 利 用 可 能 性 (availability)
や「 あ ま ね く 普 及 」(universal access)を 重 視 し 、放 送 サ ー ビ ス を 価 値 財 (merit
goods)と し て 捉 え よ う と す る 考 え 方 が あ る 。
一般に、価値財は「個人が好むと好まざるとに関わらず、また所得の違いを
超えて、社会が人々に消費してほしいと望む財」と定義づけられる。代表的な
価値財としては、義務教育や公衆衛生などが挙げられる。義務教育は普及すれ
ばするほど新しい知恵や知識が創造され、社会的な生活水準の向上につながる
し、また定期的な健康診断は病気を社会的に蔓延させないという意味で消費の
外部性が存在するために、価値財と考えられる。放送サービスについてもまた
教育の普及、文化の伝承、教養の拡大に資するという観点から見れば、価値財
と し て の 側 面 を 持 つ 。ノ ー ル 等( Noll, R.G.,M.J. Peck and J.J. McGowan [1973])
40
は、伝承されてきたシェークスピアの演劇が時代を超えて高く評価されるよう
に、現在の文化を将来の世代に文化遺産として残すことは公共サービス放送が
貢献しうる重要な分野であるとして、時代を超えた文化の伝承に放送サービス
の価値財としての意義を見出している 8 。
放送コンテンツのすべてが価値財でないことは明らかである。放送サービス
が価値財的側面を持つのは、ドキュメンタリー、芸術・文化、教育、時事問題
などのコンテンツに限定されるだろう。しかし、こうしたコンテンツについて
も 、 例 え ば デ ィ ス カ バ リ ー ・ チ ャ ン ネ ル (Discovery Channel)や CNN の よ う に 、
有料放送市場でも供給されており、価値財という基準で公共サービス放送と民
間放送を区別することは困難となっている。
2.1.6
英国と米国における公共サービス放送の公的供給
(1)英国のケース
フ ォ ス タ ー (Foster, R. [1992])は 、 英 国 に お け る 放 送 サ ー ビ ス の 公 的 供 給 に
関する議論を検討し、その合理性について次のように整理している。第一に、
産業政策的な視点からテレビ番組や映画などの映像コンテンツ市場の育成を促
す た め に 、公 的 な 機 関 に よ る 公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 維 持 す る と い う 考 え 方 が あ る 。
ハリウッドのようにコンテンツ制作に長い歴史と優れた供給能力を持つばかり
でなく、また巨大な国内需要を背景として限界費用に近い価格でコンテンツを
供給できる価格競争力を持つ米国に比較して、欧州諸国はすべての点で脆弱で
ある。従って、国内におけるコンテンツ供給事業者の拡大を図るためには、公
共サービス放送を公的な資金で支えて需要を拡大することが不可欠となる。英
国における公共サービス放送は、国内のコンテンツ事業者に間接的な補助金を
与えるという重要な政策的な意義を持っている。公共サービス放送と呼ばれる
チ ャ ン ネ ル 4 (Channel 4)、 チ ャ ン ネ ル 5 (Channel 5)は 、 こ う し た 産 業 政 策 の
一 環 と し て 設 立 さ れ た 。ま た こ う し た 産 業 政 策 は 、テ レ ビ ・映 画 産 業 に 対 す る 直
接 的 な 補 助 金 制 度 に 加 え て 、数 量 規 制 (Quota)と 呼 ば れ る 国 内 の 独 立 プ ロ ダ ク シ
8
ノ ー ル 等 [1993]の Chapter 8: Public Televisionを 参 照 せ よ 。
41
ョンが制作したコンテンツの購入義務、すなわち数量規制政策によっても補強
されている。
第二に、公共サービス放送の公的供給は放送市場における技術革新とコンテ
ンツの創造性を促進するために不可欠であるという見解がある。広告ならび有
料を財源とする放送市場では、技術革新のための基礎研究などリードタイムが
長く、リスクの高い放送技術の研究開発への投資は難しく、従って技術進歩が
遅 れ る と 危 惧 さ れ て き た 。 日 本 の 場 合 、 放 送 技 術 は NHK の 放 送 技 術 研 究 所 が 基
礎的な研究開発を進め、こうしたシードとなる研究を商品化するために電子機
器製造業者が参加するという一種の共同開発方式が採用されている。日本の電
子機器技術の著しい進歩と相まって、これまでも衛星放送や高画質などの分野
において様々な先端技術を育んできた。
第三に、放送サービスの質を高めるために不可欠な人的資源の育成に果たす
公共サービス放送の役割が指摘される。放送コンテンツの制作についてはほと
んど教育機関が存在しないために、オン・ザ・ジョブ・トレーニングに依存し
て い る が 、 英 国 の 場 合 に は BBC が こ う し た 人 的 資 源 の 開 発 に 貢 献 し て き た と 考
えられる。しかし、こうした人材教育が有効に働くために、労働の移動性を認
め、契約による労働市場が確立していることが前提となる。
英国における公共サービス放送の公的供給は、多くの合理性を持つが、同時
に 多 様 な 問 題 に 直 面 し て い る 。 BBC は 免 許 料 あ る い は 受 信 料 ( license fee) に
依存するために、必然的にすべての視聴者を対象とした総合的な番組編成とな
らざるを得ない。すなわち、視聴者は供給される総合番組の中から受動的に番
組を選択するだけであり、一般に消費財のように支払意思価格に応じて自分の
意思で選択することはできない。またどのような放送コンテンツを供給するか
は BBC の 判 断 で 決 ま り 、
「 視 聴 者 を 教 育 す る 」と い う 家 長 的 な 価 値 判 断 に 基 づ く
ことになる。
ガ ラ フ ァ ー (Gallagher, R.B.[1989])は 、公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 公 的 な 機 関 が 供
給することが国民にとって「善」であると考えるのは単なる「神話」に過ぎな
いと述べている。特に英国における公共サービス放送義務という政策介入は、
こうした義務を果たしていれば市場への新規参入が抑制され、長期にわたって
既存の民間放送事業者の優位性を保全することに役立っていると批判している。
42
そ し て 、 も し 英 国 の 放 送 市 場 が 競 争 的 で あ れ ば 、 朝 食 時 間 テ レ ビ (GMTV)や 24
時間放送などの新しいサービスはもっと早い段階で導入されていたはずである
と 論 じ て い る 。ま た 民 間 放 送 の 番 組 を“ 補 完 "し 、
“ 少 数 者 "の た め に 設 立 さ れ た
全 国 向 け の チ ャ ン ネ ル 4 (Channel 4)は 、 む し ろ 市 場 で 供 給 さ れ た は ず の 地 域
向 け 番 組 の 機 会 を 奪 う こ と に な っ た と 指 摘 し て い る 。そ し て 公 共 サ ー ビ ス 放 送
義務は、ちょうど政府がある特定の新聞を”良質“な新聞として指定して、す
べての国民に強制的に購読料を支払らわせるのに等しいと述べている。
ま た 英 国 の 民 間 放 送 は 、 独 立 商 業 的 公 共 サ ー ビ ス 放 送 (independent
commercial public service broadcaster)と 呼 ば れ る よ う に 、 基 本 的 に す べ て
の 放 送 局 は 公 共 サ ー ビ ス 放 送 義 務 を 前 提 と し て ITC か ら 放 送 の 免 許 を 与 え ら れ
て い る 。し か し 、同 じ よ う な 公 共 サ ー ビ ス 放 送 義 務 を 課 す こ と は 、広 告 市 場 で 競
争に晒されている民間放送と受信料で支えられているBBCとの間に実質的な
負担の不公平が存在するという反論がある。
(2)米国のケース
米 国 に お け る 公 的 な 機 関 に よ る「 公 共 サ ー ビ ス 放 送 」の 供 給 は 、1917 年 の ウ
ィ ス コ ン シ ン 大 学 (Radio station 9XM, University of Wisconsin)の ラ ジ オ 放
送 か ら 始 ま っ た 。テ レ ビ に よ る 公 共 サ ー ビ ス 放 送 に 対 す る 連 邦 補 助 は 、1962 年
の 連 邦 通 信 委 員 会 ( FCC:Federal Communications Commisions) が 立 案 し た 教 育
テ レ ビ 促 進 法 (Educational Television Facilities Act)に 基 づ い て い る 。 そ し
て 1965 年 に は 、 教 育 テ レ ビ に 関 す る カ ー ネ ギ ー 委 員 会 の 報 告 書 に 基 づ い て
「 1967 年 公 共 放 送 法 」 (Public Broadcasting Act of 1967)が 制 定 さ れ た 。 こ
の 法 案 に よ っ て 公 共 放 送 公 社 (CPB: Corporation for Public Broadcasting)が
創 設 さ れ て い る が 、 こ こ か ら 公 共 放 送 サ ー ビ ス (PBS:Public Broadcasting
Service) と 全 国 公 共 ラ ジ オ ( NPR:National Public Radio) が 派 生 し て い る 。
こうした米国の公共サービス放送政策と公共放送公社の創設に対して、コー
ス (Coase, R. [1968]))は 反 対 の 意 見 を 表 明 し た 。 す な わ ち 、 連 邦 補 助 に よ る 公
共放送公社の設立は中央集権化した放送番組の独占的な供給体制を作り出すに
過ぎないと政策を批判している。そして、もし公共サービス放送のために連邦
政府の税を割り当てるのであれば、むしろ同額の資金を独立放送局に与え、放
43
送コンテンツ市場から自由に教育番組を購入させるような仕組みを考えるべき
であると主張している。同様に文化活動や教育を大義名分とした教育放送への
連邦補助は非効率的であり、もし文化・教育の向上を目的とするのであれば、
教育機関や文化団体に直接補助金を与え、自主的な判断によって放送メディア
を活用するか、あるいは別の代替的な方法に依存するかを決めさせるべきであ
ると論じている。コースの考えは、例え公共サービス放送であっても市場機構
を通じて供給されるべきであるという市場機構への限りない信奉に基づいてい
る。
ま た コ ー ス (Coase, R. [1966])は 、 1960 年 代 後 半 の 米 国 に お け る 放 送 市 場 を
前提として、放送市場の在り方を検討する上で、民間放送の行動原理は公益で
は な く 、 利 潤 の 追 求 で あ り 、 ま た 放 送 政 策 を つ か さ ど る 連 邦 通 信 委 員 会 (FCC:
Federal Communications Commission)そ の も の が 政 治 的 な 影 響 を 受 け や す い 点
に留意すべきであるとしている。そして、利潤極大化という放送事業者にとっ
ての合理的行動が公益につながるように誘導することこそ政策の役割であると
コースは強調している。すでに早い段階からオークションによる周波数帯域の
配分を提言し、また消費者の選好と支払意思額が反映するように当時規制され
ていた有料放送の育成を説いている。
(3)多チャンネル化と公共サービス放送
「市場の失敗」を補完するために公共サービス放送を公的な機関を通じて供
給する制度は、米国を例外として、多くの欧州諸国ならびにアジア地域で採用
されている。周波数帯域が不足し、伝送路が限定されていたアナログ時代には
公共サービス放送の公的供給は経済的な合理性を持っていたが、その論理のす
べてがデジタル放送時代には当てはまらないことは明らかである。
公共サービス放送の公的供給が抱える基本的な問題は、第一に、放送のコン
テンツの供給にあたって視聴者の選好をどのように反映するかという点にある。
特にデジタル技術革新による多チャンネル化が進行し、視聴者の識別が可能と
なっており、支払意思額の異なる視聴者に対して画一的な受信料を課す経済的
な根拠は弱まっている。なぜなら、画一的な受信料はコンテンツ間の内部補助
を意味するが、選択の自由を軸とした消費者主権という視点からはこうした内
44
部補助は必ずしも正当化されないからである。
第 二 に 、ニ ュ ー ス ・報 道 、時 事 問 題 、ド キ ュ メ ン タ リ ー な ど こ れ ま で 伝 統 的 に
公的な放送機関が供給してきた放送コンテンツが有料市場を通じても供給可能
となっている点である。公共サービス放送の公的供給については、フォスター
(Foster, R. [1992]が 指 摘 す る よ う に 、 す べ て の 視 聴 者 を 対 象 と し て い な け れ
ばならないのか、あるいは商業的な放送事業者によっては供給されないコンテ
ンツに限定すべきなのかという問いが残る。また市場に任せた場合に、現在公
共サービス放送が供給するコンテンツの中でどのような範疇のコンテンツが供
給不足になるのか、またインターネットやウェッブ・キャスティングなどで代
替できるかどうかを分析しなければならない。
第三に、公共サービス放送と商業的な民間放送との間には、視聴率をベンチ
マークとする間接的な競争が存在するが、放送コンテンツについては市場への
参入規制と「棲み分け」によってコンテンツの質をめぐる競争が働かないとい
う点が挙げられる。公共サービス放送のみならず、民間放送事業者を含めて、
公共的なコンテンツの供給をめぐる競争が生ずるような仕組みを考えねばなら
ない。
多チャンネル化が公共的な番組の供給にどのような影響を与えているかにつ
いて、公共サービス放送の供給が基本的に放送市場に委ねられている米国の現
実から興味深い示唆を得ることができる。米国の多チャンネル化はケーブルテ
レ ビ に よ る 有 料 放 送 の 拡 大 と 共 に 進 ん で い る 。 ノ ー ム (Noam, E. [1998])に よ れ
ば 、 24 時 間 ニ ュ ー ス の CNN、 科 学 と 自 然 番 組 を 中 心 と し た デ ィ ス カ バ リ ー ・ チ
ャ ン ネ ル 、天 候 に 関 す る ウ ェ ザ ー・チ ャ ン ネ ル (Weather Channel)、ビ ジ ネ ス 情
報 の CNBC な ど 専 門 的 な チ ャ ン ネ ル が 増 え た が 、 公 共 的 番 組 (public-interest
programs) も ま た 増 加 し て い る と 言 わ れ る 。 と り わ け 、 ニ ュ ー ス 、 ド キ ュ メ ン
タリー、健康医療、科学と自然、ファイナンスなどの分野の拡大が著しく、特
にニュース番組の時間が大幅に拡大され、民間放送における公共的番組の総放
送時間に占める比率は43%までに増大したと報告されている。
このように米国では有料放送市場を通じた公共的番組が著しい増加を見せて
いるが、こうした番組間における内部補助による供給方法が次のような問題点
を持つことをノームは指摘している。第一に、良質な子供向け番組の不足とい
45
う事実である。子供向けの良質な書籍は民間の出版社から出版されていること
を考えるなら、商業ベースで子供向けの公共的番組を供給することは不可能で
はないはずであり、従って広告収入に依存しない代替的な供給方式が必要とさ
れると論じている。第二に、有料放送であるために、所得の低い人々にとって
負担となり、公平性で問題を生ずるとしている。そして、米国の民間放送が公
共的番組の増加に貢献しているとしても、子供の教育を促すために何らかの公
共サービス放送あるいは非営利的な放送の役割が残るとノームは論じている 9 。
公共サービス放送は明らかに岐路に立っている。放送のデジタル技術革新に
よる多チャンネル化の進行、有料放送市場における専門的なナローキャスティ
ン グ (narrow-casting)の 拡 大 、 イ ン タ ー ネ ッ ト を 利 用 し た ウ ェ ッ ブ ・ キ ャ ス テ
ィ ン グ (Webcasting)、 ホ ー ム ペ ー ジ の 急 速 な 拡 大 な ど 、 公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 取
り巻く技術的・制度的環境は激変している。また公共サービス放送の財源とそ
の調達方法は多様化している。過去において公共サービス放送の公的供給方式
が成功してきたとしても、あるいは公共的番組の民間放送による供給方式が成
功してきたとしても、それは必ずしも未来の成功を保証するものではない。デ
ジタル時代に相応しい公共サービス放送のあり方については、経済学的な視座
か ら の 再 検 討 が 求 め ら れ て い る 10 。
2.2
2.2.1
公共サービス放送とオプション価値ならびに超公平性
公共サービス放送とオプション価値
公共サービス放送を維持する経済的な論拠のひとつは、そのオプション価値
9
商 業 的 な 民 間 放 送 が 公 共 的 番 組 に 支 出 す る 金 額 は 、1997 年 の 推 計 で 、24 億 ド ル と 言 わ れ 、
公 共 放 送 (PBS)の 19 億 ド ル を 上 回 っ て い る 。民 間 放 送 は 特 に 子 供 向 け 教 育 番 組 、ニ ュ ー ス・
時 事 討 論 な ど で PBSの 3− 4 倍 の 資 金 を 投 入 し て い る 。
10
コ ー ス (Coase, R.[1968])は 、 教 育 テ レ ビ の 費 用 負 担 で は な く 、 放 送 局 が 市 場 で 自 由 に
公共的な番組を購入するための基金として与えるべきことを主張した。
46
にあると考えられる。オプション価値とは、ある財やサービスの利用可能性
(availability)か ら 得 ら れ る 現 在 な ら び に 将 来 の 効 用 を 指 す 。 例 え ば 自 然 災 害
や事故などのニュースはいつ必要になるかを事前に予測できないが、社会にと
っては不可欠な放送サービスである。また常時そうした放送サービスを供給す
る体制が整っていなければ緊急時の対応は不可能である。しかし、広告収入に
依存する広告放送や視聴料で支えられる有料放送では、こうした緊急の要請に
対して供給体制を維持することは、財政的に困難であろう。従ってこうした利
用可能性を確保するためには、公的な資金による公共サービス放送が必要であ
ると主張される。このように、いま直ぐには消費(視聴)しないかもしれない
が、将来消費するかもしれない可能性に対する選択肢(オプション)に対して
オ プ シ ョ ン 価 値 ( option value: OV) と 呼 ば れ る 。 す な わ ち 、 公 共 サ ー ビ ス 放
送 の 価 値 は 、 顕 在 化 し て い る 需 要 に 加 え て 潜 在 的 な オ プ シ ョ ン 需 要 ( option
demand) に よ っ て 定 め ら れ る 。
公共的なサービスの便益は、一般に二つの消費者余剰によって計測される。
第一は、どのような価格であれば消費者はそのサービスを維持するために進ん
で支払うかを表す価格補償的消費者余剰である。第二は、そのサービスの消費
を諦めさせるためには消費者に対してどれだけ支払わねばならないかという等
価格的消費者余剰である。しかし、緊急時における放送サービスのような場合
には、需要が不確実であるという意味で、こうした消費者余剰の概念に加えて
将来消費するかもしれないという利用可能性の価値、すなわちオプション価値
を考慮しなければならない。オプション価値は、危険回避型の人にとってはリ
ス ク ・ プ レ ミ ア ム (a risk premium)を 意 味 す る 。 将 来 消 費 す る か も し れ な い 公
共サービス放送を入手できないために生ずる機会費用がその個人の期待消費者
余剰より大きいとすれば、その格差がオプション価値となる。
ワ イ ズ ブ ロ ッ ド (Weisbrod, B.[1964])は 、次 の よ う な 条 件 が 存 在 す る 場 合 に 、
オプション価値を考慮する必要があると説いている。第一に、将来消費するか
どうか不確実な消費者あるいは時々しか利用しない消費者がいる場合である。
ただし、その中には実際に利用しない消費者も含まれる。第二に、もしこうし
たサービスの供給を一度中断すると、改めて供給のための施設を再建したり、
拡張したりするためには、莫大な費用が必要となるか、あるいは技術的に不可
47
能に近い場合である。第三に、このサービスを利用することによって便益を受
ける利用者を確実に識別したり、また利用のための料金を支払わない人を排除
したりすることができないという理由によって、オプション価値、すなわち将
来利用できるという利用可能性に対するプレミアムを徴収できない場合である。
受 信 料 あ る い は 免 許 料 に よ っ て 支 え ら れ て い る 現 在 の NHK や BBC の 場 合 に は 、
「あまねく普及」あるいは「ユニバーサル・アクセス」が使命とされているた
めに、実際に視聴するかどうかではなく、公共サービス放送の利用可能性に対
する費用負担となっている。また基本的な放送に対しては視聴者を識別する仕
組みは存在しない。さらにまたこうしたサービスを供給するためのシステムを
改めて構築するための費用は甚大である。従って、緊急時における報道や情報
の供給に限定した場合には、公共サービス放送の経済的な価値について議論す
るにあたってそのオプション価値を考慮しなければならない。
こ こ で は 、 ワ イ ズ ブ ロ ッ ド ( Weisbrod,B.[1964] ) な ら び に ク ル テ ィ ラ 等
(Krutilla,J., C. J. Cicchetti, A. M. Freeman, and C. S. Russel [1972])
に基づいて、公共サービス放送のオプション価値を考えてみよう。ここで、公
共サービス放送の供給システムは一度破棄するとその再現は容易ではなく、ま
た 公 共 サ ー ビ ス 放 送 そ の も の は 即 時 消 費 財 で あ り 、保 存 が 不 可 能 で あ る と す る 。
また代替的なサービスは存在しない。さらにまたこの公共サービス放送は独占
事業者によって供給されるとする。こうした公共サービス放送が将来の需要が
不確実である視聴者に対してオプションとして販売されると考えるなら、その
将来価格はこの権利の購入によって固定される。
いま公共サービス放送をある一定の価格で将来消費する権利を留保するため
に 視 聴 者 が 進 ん で 支 払 う 最 大 の 支 払 意 思 額 を オ プ シ ョ ン 価 格 (option price:
OP) と す る な ら 、 こ の 最 大 オ プ シ ョ ン 価 格 と 消 費 者 余 剰 の 期 待 値 (expected
value of consumer surplus: CS)と の 格 差 が オ プ シ ョ ン 価 値 (OP)と 定 義 さ れ る 。
すなわち、
OP ≡ OP ‒ CS
まず視聴者が公共サービス放送に需要するかどうかの確率と公共サービス放送
48
が供給されるかどうかの確率を考慮するなら、それは次のように表される。
P(D): 需 要 の 確 率
P(S/O): オ プ シ ョ ン を 購 入 し た 場 合 の 供 給 の 確 率
P(S/NO): オ プ シ ョ ン を 購 入 し な か っ た 場 合 の 供 給 の 確 率
こ こ で は ワ イ ズ ブ ロ ッ ド の 仮 定 に 基 づ い て 、独 占 的 供 給 を 想 定 し て い る た め に 、
オプション価格が支払われた場合のみサービスが供給されることが前提となる。
も し 視 聴 者 が 確 実 に 公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 視 聴 す る な ら 、P(D)=1 と 表 さ れ る 。ま
た視聴するというオプションに対する価格を支払わないで視聴するというフリ
ーライダー問題が生ぜず、またオプションを購入した場合には必ず供給される
と い う 前 提 を 置 く な ら 、 P(S/NO)=0,P(S/O)=1 と 表 す こ と が で き る 。
図 表 2-1
Krutilla, J., C. J. Cicchetti, A. M. Freeman, and C. S. Russel [1972]、
109 頁 よ り 引 用 。
ここで需要の確率の変化がオプション価値と期待消費者余剰にいかなる影響
を 与 え る か を 考 え て み よ う 。 図 表 2-1 の 縦 軸 は 2 つ の 測 度 で 示 さ れ る 消 費 者 余
剰 を 示 し 、 横 軸 は 需 要 の 確 率 を 表 し て い る 。 図 表 2-1 の 中 の 線 は 消 費 者 余 剰 と
49
需 要 の 確 率 P(D)の 直 線 的 な 関 係 を 示 し て い る 。上 の 曲 線 は 最 大 オ プ シ ョ ン 価 格
曲 線 を 表 し て い る 。従 っ て 、こ の 直 線 と 曲 線 の 垂 直 的 な 距 離 が P(D)の 関 数 で 示
されるオプション価値である。もしこの確率が1に近い場合には、オプション
価値は小さいし、また期待消費者余剰に比べて小さい。しかし、確率が中程度
の場合には、オプション価値は期待消費者余剰と比べて大きい。従って、視聴
する確率の低い視聴者が多い場合には、オプション価値を考慮しないことは公
共サービス放送のもたらす便益を過小評価することになるであろう。
以上は、質の高いコンテンツを供給する公共サービス放送に対する需要が不
確実な場合には、消費者余剰のみならずオプション価値と呼ばれる追加的な価
値を考慮すべきことを示唆している。しかし、公共サービス放送のオプション
価値を実際に測定可能とするためには多くの課題が残されている。第一に、公
共サービス放送に対する支払意思額と公共サービス放送を諦める代わりに受け
取る補償額との間にどのような差異があるのかを測定しなければならない。第
二に、視聴者が公共サービス放送を視聴するかどうかについての主観的な確率
と客観的な確率に格差があるという点である。第三に、デジタル技術革新によ
って多様な放送メディア市場が誕生しつつあるが、公共サービス放送のオプシ
ョン価値を考える場合にも、他の放送市場との代替性を考える必要がある。例
え ば 、 有 料 放 送 で あ る CNN に よ る 報 道 ニ ュ ー ス と 公 的 な 放 送 機 関 に よ る 報 道 ニ
ュ ー ス と の 間 に は 明 ら か に 競 合 関 係 が あ る 。両 者 と も に 基 本 的 に 有 料 で あ る が 、
その違いは前者がサービスに対して直接的にその対価を支払うのに対して、後
者 の 場 合 に は 受 信 料 と し て 間 接 的 に 支 払 う と い う 点 に あ る 。明 ら か に BBC や NHK
のような公共サービス放送の場合、長年にわたって築かれた名声あるいはブラ
ンドのゆえに視聴者の主観的な需要の確率はかなり高く、受信料はオプション
価値を反映しているかもしれない。しかし、デジタル技術革新によるインター
ネット放送のような代替的なサービスの供給を考慮するなら、受信料の相対的
な価格水準はオプション価値の変動によって大きく影響を受けるであろう。
2.2.2
公共サービス放送と超公正性の概念
法的な支払義務を伴う受信料制度であれ、あるいは自発的な受信料制度であ
50
れ、すでに論じたように受信料と総合番組とは表裏一体を成している。国民に
差別なく、あまねく広く放送サービスを供給することは、すべての人々の選好
を満たすために番組は総合化せざるを得ない。言い換えるなら、公共サービス
放送における総合番組化は、番組間の内部補助による量的な公平性を図るため
の必然的な結果である。とりわけ周波数帯域が限定されていたアナログ時代に
おいて公共サービス放送の公的な供給を維持するためには、番組のジャンル別
量的公平性は不可欠の条件であった。
しかし,デジタル技術革新とそれに伴う多チャンネル化は放送の伝送容量を
飛躍的に増加させ、量的な公平性に基づく総合番組化の意義を薄めている。周
波数帯域の希少性であった時代における公平性と希少性が相対的に薄れた時代
における公平性の概念とはかなり異なっているはずである。ここではヴァリア
ン (Varian,H.[1974]) や ボ ー モ ル (Baumol,W.[1986]) に よ る 「 超 公 平 性 」
(superfairness)の 概 念 を 整 理 し 、超 公 平 性 に 基 づ く 公 共 サ ー ビ ス 放 送 の 総 合 番
組化とその意義について考察する。
最も一般的な公平性の概念は均等配分である。例えば、二人の間でケーキを
正確に量的に 2 等分することによって公平性の条件は満される。しかし、もし
両者の間に選好の違いがあれば、量的な平等性は真の意味で公平性ではなくな
る。従って、現代の経済学では、個人間で比較不可能な序数的効用の概念に基
づ く 限 り 、 公 平 性 は 「 羨 望 の な い 公 平 性 」 (equity as no-envy)状 態 を 指 す と さ
れ る 。例 え ば 、二 人 の 間 で ケ ー キ を 分 配 す る 場 合 に 、
「 一 方 が 切 っ て 、他 方 が 選
ぶ 」 (a cut-and ‒choose process)と い う 分 配 方 法 が 最 も 羨 望 が 少 な い 公 平 な 分
配となるが、これをn人に拡張した場合でも当てはまるはずである。ヴァリア
ン や ボ ー モ ル は 、 誰 も が 羨 望 を 感 じ な い よ う な 配 分 を 「 公 正 性 」 (fairness)と
定 義 し 、 さ ら に 「 あ る 人 に 与 え ら れ る 複 数 の 財 の 組 み 合 わ せ (the bundle of
commodities)と 他 の 人 に 与 え ら れ る 複 数 の 財 の 組 み 合 わ せ と 比 較 し て も ま っ た
く羨望を感じないような配分」を「超公正性」と呼んだ。
超公平性の概念は,エッジワースのボックス・ダイヤグラムによって説明さ
れ る 。 こ こ で ボ ー モ ル (Baumol,W.[1986])に 基 づ い て 、 い ま 二 人 の 人 を M , N ,
二 つ の 財 を X ,Y で 表 す と し て 、図 表 2-2 の よ う に M の 無 差 別 曲 線 が (I mI m),
( I m'I m') で 示 さ れ る と す る 。 こ こ で 描 か れ る 無 差 別 曲 線 は 通 常 の 無 差 別 曲
51
線 と 異 な り 、( I m' I m') は ( I mI m) を 鏡 で 写 し た よ う に 上 下 を 逆 に し た 無
差 別 曲 線 で あ る 。す な わ ち 、こ の( I m' I m')は N の 受 け 取 り 分 に 対 す る M の
評 価( 羨 望 )を 示 し て い る 。同 様 に し て 、M の も う ひ と つ の 無 差 別 曲 線 を( J m
J m)で 表 わ す な ら 、そ の 上 下 を 逆 に し た N の 受 け 取 り 分 に 対 す る 羨 望 は 無 差 別
曲 線 ( J m'J m') で 示 さ れ る 。
図 表 2-2
ボーモルの超公正性の概念
出 所 : Baumol,W.[1986]、 21 頁 よ り 引 用 。
二 つ の 無 差 別 曲 線 (I mI m)と( I m'I m')の 交 点 を A と す る と 、こ の 交 点 A
は M の 受 け 取 り 分( O mX m,O mY m)と N の 受 け 取 り 分( O nX n,O nY n)と が 無
差別であり、MはNの受け取り分について何の羨望も抱かない配分状況を表し
ている。また交点A’は二つの無差別曲線のもうひとつの交点であり、交点A
と A ’は M に と っ て 公 平 性 の 境 界 を 示 す 。同 様 に 、も う ひ と つ の 無 差 別 曲 線( J
mJ m)
( J m'J m')か ら 得 ら れ る 二 つ の 交 点 、B と B ’は M に と っ て の 別 の 公 正
性の境界を示している。
こうしたMにとっての公正性の境界点をつなげれば、Mが不公正と感ずる分
配 と 公 正 以 上 で あ る と 感 ず る 分 配 と の 境 界 は 、 図 表 2-3 の 実 線 の よ う に 描 け る
はずである。同様にして,Nについての公正性の境界線を得られるが,それは
ちょうどMの境界線と対称的な曲線となる。
図 表 2-3 の K 点 は M の 公 正 性 の 境 界 線 よ り 上 部 に あ っ て 右 側 の 領 域 に あ る か
52
ら、Mは公正以上のものを受け取ったと感ずるであろう。またK点に比べてX
財とY財のいずれも受け取り分が減少する(もしくは変わらない)が、逆にN
にとってはどちらの財も受け取り分が増える(あるいは減少しない)ような公
正性の境界線上のS点が考えられる。このようなS点はMにとっての限界的な
公正を示している。
図 表 2-3
ボーモルによる超公平性による分配
出 所 : Baumol,W.[1986]、 21 頁 よ り 引 用 。
Nの公正性の境界線の下にある点は、いずれもNにとって公正以上のものを
受け取ったと感じさせる点である。従って、超公正性の領域はMの公正性の境
界線の上部に属し、同時にNの公正性の境界線の下部に属する領域となる。そ
れ は 図 表 2-3 の 中 で 斜 線 の 領 域 で 示 さ れ る 。 も し こ の よ う な 分 配 を 行 え ば 、 M
もNも少なくとも自分の受け取る分量に満足し、また相手の取り分についても
まったく羨望を感じないという超公正性の基準が満たされることになる。前述
のケーキの事例のように、
“ 私 が 切 っ て ,あ な た が 選 ぶ ”と い う 古 典 的 な 分 配 は
単純な超公正性を満たす分配方式であるが、もしケーキを切る人が相手の好み
について情報を持っているとすれば、ケーキを切る人は自分に有利となるよう
に 切 り 方 を 変 え ら れ る で あ ろ う 。 こ れ は 、 図 表 2-3 に お い て は 出 来 る 限 り 原 点
53
から遠い無差別曲線に接する公平性の境界線上の点を選ぶことを意味している。
す な わ ち 、情 報 が ど ち ら か に 偏 在 す る な ら 、
「 切 る 人 と 選 ぶ 人 を 分 け る 」と い う
上述のような分配方法でも超公正性を満たされず、分配に歪みが生ずる可能性
を示している。
以上のように超公正性の概念は、公共サービス放送の総合番組と受信料制度
のあり方を考える上で重要な示唆を含んでいる。視聴者の選好が多様化する場
合には、量的な均等は公正な配分ではなく、むしろできる限り視聴者の選択の
自由を拡大することが超公正性に近づく方法となると考えられる。こうした視
点に立つとすれば、公共サービス放送はこれまでの総合番組編成からチャンネ
ル毎の専門化に移行せざるを得ないであろう。このことは視聴者の選好を直接
的に反映するような公共サービス放送制度への転換を意味している。
オ ル ソ ン (Olson, M.[1965])の 集 団 行 為 論 に よ れ ば 、大 集 団 に お け る 集 団 的 行
動を統一するためには、集団の目的に協力する成員に対する報酬と費用を負担
しない成員に対する制裁という「アメとムチ」の政策が組み込まれていなけれ
ばならないと言われる。公共サービス放送制度における「ムチ」とは、英国の
BBC の 場 合 の よ う に 、 フ リ ー ラ イ ダ ー を 排 除 す る た め の 罰 則 と な る 。 し か し 、
受信料の支払拒否に対する法的な制裁がないとすれば、実質的に排除は不可能
である。その場合に残された選択肢は特別な報酬の供与という利益誘導だけと
なる。
もしフリーライダーの存在を排除することができなければ、費用負担をする
成員の不満を払拭することはできない。いま公共サービス放送制度を国民一人
一 人 が 成 員 と し て 参 加 す る 組 織 と し て 捉 え る な ら 、 ハ ー シ ュ マ ン (Hirshman,
A.[1970])が 指 摘 す る よ う に 、 成 員 は 退 出 (exit)あ る い は 告 発 (voice)と い う 行
動によって自らの選好を伝えようとするであろう。多くの視聴者は公共サービ
ス 放 送 に 対 し て 忠 誠 (loyalty)を 誓 い 、受 信 料 を 支 払 う と し て も 、も し フ リ ー ラ
イダーの比率が多くなったり、また放送コンテンツに対する視聴者の選好と供
給側の選好の一致する割合が少なくなったりすれば、受信料不払いという形で
組織からの「退出」が起こり得るであろう。こうしたことが現実に起こりうる
か ど う か は 、先 に 論 じ た よ う に 、社 会 全 体 の 価 値 観 に 大 き く 依 存 す る で あ ろ う 。
54
2.3
2.3.1
公共サービス放送の財源問題と「公共サービス放送基金」
公共サービス放送と消費者主権
これまで繰り返し論じてきたように、デジタル技術による多チャンネル化、
番組選択の拡大、有料放送の定着化、インターネットの普及など放送メディア
を取り巻く環境は大きく変化している。こうした激しい放送部門の市場構造と
市場行動の変化の中で、公共サービス放送もまた新しい意義付けが求められて
い る 。 英 国 に 代 表 さ れ る よ う に 、 公 共 サ ー ビ ス 義 務 (public service
obligations)を す べ て の 放 送 局 に 求 め る 国 も あ れ ば 、 公 共 放 送 義 務 を 一 切 排 除
し 、寄 付 金 や 助 成 金 な ど に よ っ て 支 え よ う と す る 米 国 の よ う な 国 も あ る 。ま た 欧
州諸国では、受信料に加えて広告収入で支える国も多い。こうした公共サービ
ス放送のあり方の違いは、それぞれの国の文化や価値観の相違を反映するもの
であろう。しかし、デジタル技術革新によって放送市場が限りなく一般の市場
に近づきつつある現在、公共サービス放送においても消費者主権の視点から捉
え直さねばならない。
1980 年 代 半 ば に 公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 検 討 し た 報 告 書 「英 国 放 送 事 業 に お け る
公 共 サ ー ビ ス の 考 え 方 」 (The
Public
Service
Idea
in
British
Broadcasting,1986)は 、 放 送 サ ー ビ ス の 公 共 性 を 高 め 、 番 組 の 質 を 向 上 さ せ る
ために次のような 8 つの原理を考慮すべきであると指摘した。
(1)地 上 波 テ レ ビ を 地 域 の 区 別 な く 普 遍 的 に 受 信 で き る こ と
(2)視 聴 者 の 多 様 な 関 心 と 選 好 に 対 応 す る こ と
(3)少 数 の 視 聴 者 の 選 好 に も 答 え る こ と
(4)国 家 な ら び に 地 域 社 会 の 帰 属 意 識 を 高 め る こ と
(5)政 府 か ら 独 立 し て い る こ と
(6)放 送 事 業 の 財 源 は 視 聴 者 が 直 接 負 担 す る こ と
(7)視 聴 率 で は な く 、 番 組 の 質 に つ い て の 競 争 を 促 す こ と
(8)番 組 制 作 の 規 制 緩 和 を 進 め る ガ イ ド ラ イ ン を 作 る
55
これらの原則は互いに独立とは言えず、またどのような優先順位でこれらの
目 的 を 達 成 す る か に つ い て 具 体 的 な 手 順 は 示 さ れ て い な い 。ピ ー コ ッ ク
(Peacock, A.[1989])が 指 摘 す る よ う に 、上 述 の 公 共 放 送 サ ー ビ ス の 定 義 の 中 に
は 、視 聴 者 に よ る 放 送 番 組 の 選 択 の 自 由 と い う 概 念 が 欠 落 し て い る 。伝 統 的 な 公
共サービス放送の概念においては、視聴者の番組を選択する能力に限界がある
という認識が強く、従って“視聴者が望むものではなく、視聴者にとって望ま
し い と 思 わ れ る 番 組 を 供 給 す べ き で あ る 。 "と 考 え ら れ て き た 。視 聴 者 が 自 ら の
厚生について最善の判断力を持つという消費者主権の概念はほとんど存在しな
か っ た と 言 え る だ ろ う 。視 聴 者 が 番 組 選 択 行 動 を 通 じ て 最 終 的 な 決 定 権 を 有 す
るという考え方は、市場機構を信奉してきた欧米においてさえもなかなか認知
さ れ て こ な か っ た 。ピ ー コ ッ ク (Peacock, A.[1989])に よ れ ば 、例 え ば 1985 年 の
時点でも、カナダにおいては米国の衛星放送を受信できるアンテナの取り付け
が禁じられていた。
日本や欧州において公共サービス放送の公的な供給が優先され、消費者主権
が強調されなかったのは、主として次のような理由によるものであろう。第一
に、放送部門の情報伝達という役割が重視された点である。放送市場ではしば
し ば 「 あ ま ね く 普 及 」、 あ る い は ユ ニ バ ー サ ル ・ ア ク セ ス (universal access)
と い う 言 葉 が 使 わ れ る が 、 こ の 概 念 は 入 手 可 能 性 (availability or
accessibility)と 購 入 可 能 性 (affordability) と い う 二 つ の 概 念 か ら 成 り 立 っ
ている。これらの概念は、国民生活の安定のために不可欠な放送サービスは、
誰 で も 、廉 価 に 、ま た 差 別 な く 利 用 で き な け れ ば な ら な い こ と を 意 味 し て い る 。
周波数帯域の限定されていた時代には、こうした要請に応えるための下部構造
として公的な供給が不可欠と考えられてきた。
第 二 に 、 放 送 コ ン テ ン ツ は 経 験 財 (experiment goods)で あ り 、 事 前 に そ の 価
値を知ることはできない。従って、こうしたリスクを回避し、商業的な民間放
送では供給できないような良質の放送コンテンツを供給するために、公的な供
給が必要とされるという見解である。
しかし、デジタル技術革新によって新たなる代替的な供給方法が創造され、
競争的な環境が生まれており、また需要も多様化する中で、従来の社会的義務
56
の 概 念 と そ の 達 成 す べ き 方 法 に つ い て の 再 考 が 迫 ら れ て い る 。放 送 市 場 に お い
ても、周波数帯域の利用可能性は飛躍的に高まり、もはや技術的な制約条件は
極めて小さくなり、暗号化技術によって代価を支払わない視聴者を排除可能と
なり、インターネット利用や双方向型のブロードバンドの急成長によって、放
送 サ ー ビ ス の 時 間 的 ・空 間 的 な 市 場 の 範 囲 は 急 速 に 拡 大 し て い る 。
ま た 放 送 コ ン テ ン ツ は 連 続 的 ・反 復 的 な 視 聴 が 可 能 と な り 、番 組 内 容 に つ い て
も 試 行 錯 誤 を 通 じ て 比 較 的 短 時 間 に 情 報 を 蓄 積 で き る よ う に な っ て い る 。さ ら
に多チャンネル化は放送コンテンツを並列的に比較評価することが可能として
おり、視聴者の放送コンテンツに対する判断力は高まっていると考えられる。
このように放送市場がますます競争的となっている現在、社会的義務をどこ
まで追求すべきか、また誰にそれを負わせるべきかなどについて新たなる視点
か ら の 再 検 討 が 必 須 と な っ て い る 。経 済 学 的 な 視 点 か ら 見 れ ば 、 ユ ニ バ ー サ ル ・
ア ク セ ス は 現 物 支 給 (in-kind)に よ る 所 得 分 配 政 策 の ひ と つ と 考 え ら れ る 。し か
し、こうした現物支給政策は直接的な補助金政策に比べて消費者に与える厚生
効果は小さく、また視聴者の選択の自由は制約されるであろう。ピーコック
( Peacock, A.[1996])が“ 放 送 の セ ル フ サ ー ビ ス "(broadcasting self-service)
と呼んだ新たなる放送市場の発展は、視聴者の選択の自由を前提とした新しい
公共サービス放送の概念を求めている。
2.3.2
公共サービス放送の資金調達方法
公共サービス放送が直面する重要な課題は、財源をいかにして調達するかと
いう問題である。公共サービス放送を支える代表的な資金調達方法としては、
英 国 に お け る BBC の 免 許 料 と 日 本 の NHK の 受 信 料 が 挙 げ ら れ る 。 前 者 は 支 払 い
が 法 的 に 義 務 付 け ら れ て お り 、 人 頭 税 (poll tax)の 一 種 と な っ て い る が 、 後 者
は法的に罰則のない自主的な支払いに依存している。しかし、こうした受信料
制度については、一般の公企業と同様に、情報の不均衡性によるエージェンシ
ー 問 題 ( agency problem) が 指 摘 さ れ る 。 い ま 公 的 な 放 送 機 関 を 国 民 と い う 依
頼 人 (principal)か ら 依 頼 を 受 け て 放 送 サ ー ビ ス の 供 給 す る 代 理 人 (agent)と
捉えるなら、依頼人は必ずしも代理人の行動について完全な情報を持っていな
57
い。とりわけ、依頼人である視聴者は自分がどのようなコンテンツを視聴した
いかについて知識がないと前提されるために、依頼人と代理人との間の情報の
非対称性は大きいであろう。従って、例えば制作費用についての情報を持たな
い依頼人は報告された費用が適切であるかどうかについて判断することはでき
な い 。 こ の よ う に 、 エ ー ジ ェ ン シ ー 問 題 は 生 産 の 効 率 性 (productive
efficiency)と 資 源 配 分 の 効 率 性 (allocative efficiency)に 深 く 関 わ る 問 題 で
あ る 。 ま た こ の 問 題 は 自 ら の 事 業 活 動 に 対 し て い か に 透 明 性 (accountability)
を高めるかという問題にも関連している。どのように事業活動の透明性を高め
て、視聴者との信頼関係を築くかが重要な課題となる。
このように公共サービス放送の資金調達の問題は、経済学的には効率性と説
明責任に深く関わっているが、それはまた放送市場における公共サービス放送
の範囲をどこまで認めるかという問題に関連している。公共サービス放送の範
囲 に つ い て は 、 フ ォ ス タ ー (Foster, R.[1992])は 次 の よ う な 2 つ の 選 択 肢 を 検
討 し て い る 。第 一 の「 中 核 サ ー ビ ス 」案 (core-service option)は 民 間 放 送 が 供
給 し 得 な い サ ー ビ ス の み に 限 定 し 、「 溝 を 埋 め る 」 (gap-filling)こ と に 集 中 す
るという考え方である。しかしながら、この案は番組間あるいはチャンネル間
における内部補助を不可能とするために、すべての視聴者にサービスを供給す
るという本来の目的は達成できなくなり、公共サービス放送の基盤を揺るがす
か も し れ な い 。 第 二 の 「 拡 張 サ ー ビ ス 」 案 (wider-service option)は 、 公 共 サ
ービス放送義務を果たすという制約の下で、商業的な活動を含めて事業の拡大
を認めるという案である。すでに指摘したように、欧州諸国の公共サービス放
送の多くが広告放送の収入に依存している。この案は明らかに放送市場にどの
ような影響を与えるかが問題となるであろうし、また公共サービス放送の存在
とその経済的合理性が問われる。
有料放送市場と多チャンネル化によって視聴者の番組選択が広がる中で、効率
性と説明責任性の高い公共サービス放送を維持するためには何らかの市場機構
の導入を考えねばならないであろう。市場原理を活用した公共サービス放送の
あり方としては、広告収入の導入、有料制への移行、周波数帯域の入札制など
が挙げられるだろう。
1980 年 代 後 半 に 英 国 で は 、B B C の 財 源 と 広 告 導 入 策 を め ぐ る 議 論 が 高 ま っ
58
た。公共サービス放送として英国の放送市場に支配的な力を持つBBCが広告
を導入したとすれば、明らかに広告収入に依存する民間放送やラジオ、あるい
は そ の 他 の メ デ ィ ア へ の 影 響 は 甚 大 で あ る 。 NERA(National Economic Research
Associates [1985])に よ る 研 究 報 告 書 は 、 B B C の 広 告 導 入 が 民 間 放 送 を 含 め
て放送メディア全体の広告収入にどのような影響が生ずるかについて、次のふ
たつの問題を検討している。第一に、BBCが広告を導入した場合に、たとえ
広告量を限定したとしても,広告放送は直ちに赤字に陥るという仮説であり、
第 二 は 、広 告 支 出 全 体 が 増 加 す る た め に ,既 存 の メ デ ィ ア の 広 告 収 入 は 減 ら ず ,
BBCは広告収入を増やすことができるという仮説である。前者はパイの配分
に関わる問題であり、後者はパイの大きさに関わる問題である。
NIRA は 、B B C に 広 告 を 導 入 す れ ば 、テ レ ビ 広 告 の 需 要 の 価 格 弾 力 性 が 低 い
ために,BBCの参入によって広告の供給量が増加すれば,広告の価格が大幅
に落ち込み,広告収入はそれに比例して減少すると推測した。また同時に広告
放送への悪影響は広告需要の拡大によって緩和され、やがて消えるかもしれな
いと結論づけている。なぜなら、経済成長とそれに伴う消費者の消費支出の拡
大が広告需要を拡大させ、広告支出を増大させるばかりでなく、需要が非弾力
的 で あ る た め に 広 告 の 価 格 は 上 昇 す る と 予 測 さ れ る か ら で あ る 。NIRA の 分 析 結
果は、広告の供給量の増加(広告収入の減少)と広告の需要量の拡大(広告収
入の増加)のバランスがBBCの広告量の大きさと経済成長率に依存すること
を示している。
ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書( Peacock, A.[1986])は 、広 告 支 出 と 広 告 市 場 の 拡
大に連動してBBCの広告収入依存度が高まるとすれば、民間放送事業者や他
のメディアは経営破綻に追い込まれるとする長期的な予測を示している。ピー
コック委員会報告書の中では、BBCの広告導入が民間放送・新聞やケーブル
テレビなどの他のメディア・広告産業などの利潤、国庫、視聴者の厚生に与え
る影響について検討されているが、広告収入の最大化をめざす広告放送は基本
的に視聴者の支払意思額を反映しないために、視聴者の厚生への影響は計測す
ることが極めて困難であると論じている。すでに指摘したように、欧州諸国で
は公共サービス放送の財源として広告が用いられているが、一般に広告時間も
59
広 告 主 体 も 限 定 さ れ て い る 11 。
公共サービス放送の有料化は視聴者の支払意思額をそのまま反映し、資源配
分上の効率性を達成する上で最も望ましい資金調達の方法と考えられる。しか
し、公共サービス放送の場合には、一般の財やサービスと異なって、幾つかの
点 で 問 題 を 抱 え る 。フ ォ ス タ ー (Foster, R.[1992])が 指 摘 す る よ う に 、第 一 に 、
公共サービス放送が有料とすると、無料の広告放送との間で視聴率をめぐる競
争が生じ、エンターテイメント系のコンテンツが増えることも危惧される。第
二に、公共サービス放送が有料であるとすれば、受信料制度に比べて経営の不
確実性は高まり、創造的な放送コンテンツへの投資意欲が落ち込んだり、ユニ
バ ー サ ル ・ア ク セ ス の 費 用 負 担 に 積 極 的 で な く な っ た り す る 可 能 性 が あ る 。ま た
一般の有料放送事業者と有料の公共サービス放送とを区別する意義が明確でな
くなるであろう。
また公共サービス放送のための周波数帯域を入札によって配分する方法は、
周波数帯域の機会費用を反映し、資源配分の効率性を達成する上で最善の方法
と考えられる。しかし、入札によって得た貴重な周波数帯域の有効利用を考え
るなら、こうした特権の売買を認める必要がある。この場合には、放送サービ
スの継続性という問題が生ずる。
2.3.3.
「公共サービス放送基金」
先に論じたように、放送コンテンツの固定費は極めて高いにも関わらず、コ
ンテンツの送信あるいは複製制作の限界費用はゼロに近いという費用構造を持
つ。従って、価格差別化が不可能とすれば、資源配分上最も効率的な価格はゼ
ロとなるために、公的な機関による供給が考えられてきた。また広告放送市場
では視聴率競争によって質の高い放送コンテンツが十分供給されず、番組が類
11
ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 ( Peacock, A.[1986]) に よ れ ば 、 経 済 成 長 と 広 告 に 対 す る 需
要の増大との関係を示す広告需要の所得弾力性は1から4の範囲であり、またその価格弾
力 性 は 0 .5 か ら 2 の 間 に あ り 、 か な り 研 究 に よ っ て 推 計 が 異 な る こ と を 示 し て い る 。
60
似化すると考えられてきた。このような市場の失敗を克服し、コンテンツの質
を 高 め る た め に 、 す べ て の 放 送 事 業 者 に 公 共 サ ー ビ ス 義 務 (public service
obligations)を 課 す と い う コ ン テ ン ツ 規 制 が 多 く の 国 で 導 入 さ れ て き た 。 こ の
ような規制政策は、最小限の質を確保するという点では有効であるが、積極的
に質の高いコンテンツを供給しようとするインセンティブが組み込まれていな
い。すなわち、質の高いコンテンツを制作したり、放送したりすることが自己
の利益になるような仕組みが不可欠である。
こうしたインセンティブ規制のひとつとして、ピーコック委員会報告書
( Peacock Report[1986] ) は 「 公 共 サ ー ビ ス 放 送 基 金 」 (Public Service
Broadcasting Fund)を 提 示 し た 。 こ こ で は ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 ( Peacock
Report [1986])、 ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ (Hughes, G. and D. Vines [1989])、
フ ォ ス タ ー (Foster, R.[1992])、 ピ ー コ ッ ク (Peacock, A. [1989][1996])に 基
づいて、その経済的意義について検討しよう。
ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 で は 、 知 識 (knowledge) 、 文 化 (culture) 、 批 評
(criticism)、革 新 (experiment)の 4 つ を キ ー ワ ー ド と し て 、公 的 な 支 援 (public
patronage)に 適 し た 放 送 コ ン テ ン ツ と し て 次 の よ う に 規 定 し て い る 1 2 。
(1)ニューズ、時事問題、ドキュメンタリー、科学番組、自然に関する番組
など明らかに教育に関連した番組、
( 2 ) 音 楽 、 ド ラ マ 、 文 学 な ど ア ー ツ (Arts)に 関 わ る 質 の 高 い 番 組
(3)政治、イデオロギー、哲学、宗教などに関する批評や討論などに関する
番組
これは「公共サービス放送」という概念と同義となるが、こうしたコンテン
ツの供給義務を民間の放送事業者に負わせることは、放送市場がますます競争
的となるだけに難しくなっている。ピーコック委員会は、民間放送市場におけ
る 視 聴 率 競 争 を 収 入 あ る い は 視 聴 者 数 を め ぐ る 競 争 (competition for revenue
or audiences) に 変 え る た め に 、「 公 共 サ ー ビ ス 放 送 基 金 」 (Public Service
Broadcasting Funds:PSBF)を 提 言 し た 。 684-688 具 体 的 に は 、 公 共 サ ー ビ ス 放
送に相応しい番組に対して補助金を供与するために、公共サービス放送委員会
12
ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 (Peacock, A.[1986])の 第 563 項 に 基 づ く 。
61
(Public Service Broadcasting Council:PSBC)の 設 立 を 提 案 し て い る 。 そ し て
この公共サービス放送基金は、公共サービス放送に適した内容を持つものであ
れ ば 、い か な る 放 送 事 業 者・番 組 制 作 者 で あ っ て も 利 用 可 能 と し た 。す な わ ち 、
コンテンツの質をめぐる資金調達についての競争を通じて、コンテンツの質を
高めることが考えられた。この基金の財源としては、人頭税である受信料が考
えられているが、財源の安定化を図るために、長期的には周波数帯域に対する
入札金を利用すべきことを示唆している。また基金の導入段階の過渡的な対策
として、BBCの権益を守るために優先的な基金の配分をを提案している。
公共サービス放送基金の特徴は、一方では民間放送を視聴率競争という圧力
から解放し、他方では「市場の失敗」を補完するという点にある。ヒューズ・
ヴ ァ イ ン ズ (Hughes, G. and D. Vines [1989])が 指 摘 す る よ う に 、 民 間 の 放 送
事業者にとって個々の番組の成功と収入との短期的な因果関係が断ち切られ、
基 金 の 獲 得 と い う イ ン セ ン テ ィ ブ を 通 じ て 質 の 高 い 番 組 が 制 作 ・放 送 さ れ る 可
能 性 を 高 め る で あ ろ う 13 。
しかし、公共サービス放送基金の設立に当たっては、いくつかの問題が残さ
れている。第一に、どのような放送コンテンツをいかなる基準で公共性が高い
コンテンツと判断するかという問題である。第二に、誰が審査するかという問
題である。前者については基本的に教育のための素材として利用できるかどう
かが重要な基準となるであろう。しかし、恣意性を完全に排除することはでき
な い 14 。 日 本 に お け る 番 組 準 則 の 場 合 に は 、 教 育 な ら び に 文 化 に 関 す る 番 組 で
13
ヒ ュ ー ズ ・ ヴ ァ イ ン ズ (Hughes, G. and D. Vines [1989])は 、 英 国 の 放 送 部 門 に お け
る規制緩和政策に関する論文の中で、コンテンツの質を継続的に監視したり、また強要し
た り す る 規 制 政 策 よ り は む し ろ 公 共 サ ー ビ ス 放 送 機 構 (public service broadcasting
foundation) を 設 立 し 、 放 送 コ ン テ ン ツ の 質 を 高 め る 政 策 を 提 言 し た 。 具 体 的 に は 、 放 送
コンテンツの質を高めるために、民間放送に放送時間の一部を公共サービス放送機構に譲
渡させて、公共的なコンテンツの放送のために割り当てるようにすべきであると主張して
いる。
14
公共サービス放送を厳密に定義することは困難である。それぞれの価値観によって公共
62
あるかどうかは自主的な判断に委ねられており、その意味では恣意性という問
題は残る。後者の問題については、政府ならびに放送機関から独立した審査委
員会の設置が不可欠となるであろう。そこでは番組の制作費用の効率性ならび
に 透 明 性 (accountability)に つ い て も 審 査 が 必 要 と な る 1 5 。
さらに公共サービス放送番組の拡大のために、寄付金制度の活用も考えられ
る 。す な わ ち 、一 般 企 業 が 公 共 サ ー ビ ス 放 送 番 組 に 対 し て 寄 付 を 行 う 場 合 、こ う
し た 寄 付 に 対 し て 税 制 上 の 優 遇 措 置 を 与 え 、 寄 付 番 組 (sponsored programmes)
の積極的な拡大を図ることも考えられる。この方式は自主的な公共サービス放
送 番 組 の 増 加 に つ な が る と い う 利 点 を 持 っ て い る 。 英 国 で は ,芸 術 ・図 書 館 庁
(Office of Arts and Libraries)に 対 す る 年 間 120 ポ ン ド ま で の 寄 付 に つ い て
は税制上の優遇策を講じており、また給与差引制度を認めている。
米 国 に お い て も 公 共 サ ー ビ ス 放 送 を 維 持 す る た め に 、 「ぺ イ ・オ ア ・ プ レ イ 」
案 (“ pay or play" options)と 呼 ば れ る 負 担 金 制 度 が 1998 年 の 「 デ ジ タ ル 放 送
の 将 来 を 探 る 」 (Charting the Digital Broadcasting Future: Final Report of
the
Advisory
Committee
on
Public
Interest
Obligations
of
Digital
Television Broadcasters,1998)で 検 討 さ れ て い る 。国 民 的 な 資 産 で あ る 電 波 資
源 を 使 用 す る 放 送 事 業 者 は 、公 的 な 信 託 を 受 け た 受 託 人 (public trustees)で あ
り 、従 っ て 放 送 事 業 者 は 公 共 の 利 益 (public interest)を 守 る た め に デ ジ タ ル 時
代に適した子供向け、成人向け、地域社会向けの教育番組や芸術番組の公益義
務を負うとしている。そして、放送事業者はこうした公益義務を遂行するか、
あるいは放送事業で得た収入の一部を連邦政府に対して納入することによって
サ ー ビ ス 放 送 の 定 義 は 左 右 さ れ る し 、 ま た 文 化 の 一 方 的 な 押 し 付 け (cultural
dictatorship)に 陥 る 可 能 性 も あ る こ と に 留 意 す べ き で あ ろ う 。 こ う し た リ ス ク を 回 避 す
るために、定期的にメンバーの入れ替えを行うべきであるピーコック委員会報告書
(Peacock, A.[1968])の 第 686 項 目 で 指 摘 し て い る 。
15
英 国 の BBCの 場 合 、 経 営 効 率 を 監 視 す る 機 関 と し て 経 営 委 員 会 (Board of Governors)が 設
置 さ れ て い る が 、 そ の 委 員 は BBCに よ っ て 任 命 さ れ て お り 、 情 報 の 非 対 称 性 を 完 全 に 克 服
するのは難しい。
63
公益義務から解放されるかのいずれかを選択するという提案が行われた。
またニュージーランド、カナダ、シンガポールにおいてもピーコック構想に
基づいて、公共サービス放送基金が設立されている。ニュージーランドでは、
1989 年 放 送 法 に 基 づ い て ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド・オ ン・エ ア ー (New Zealand on Air)
という公共サービス放送のための機構が設立され、そこではハイリスクで費用
の高い公共的な番組の制作を支援するためにふたつの基金が設けられている。
具 体 的 に は 、 テ レ ビ 番 組 制 作 基 金 (TV programming funding)と テ レ ビ 番 組 開 発
基 金 (TV development funding)で あ り 、ド キ ュ メ ン タ リ ー 、ド ラ マ 、コ メ デ ィ 、
青少年向け番組などの制作費用について、この基金への入札を認めている。
またカナダにおいては、国と民間放送によるカナディアン・テレビ基金
(Canadian Television Fund)が 1996 年 に 設 立 さ れ て い る 。 こ の 公 共 サ ー ビ ス 放
送 基 金 は 、 投 資 プ ロ グ ラ ム (Equity Investment Program)と 受 信 料 ・ プ ロ グ ラ ム
(License Fee Program)で 構 成 さ れ て お り 、 前 者 で は 制 作 費 用 の た め の 投 資 に 対
する補助金を供与し、後者ではカナダのテレビ放送局の関連制作会社に対して
制作費の補助金を入札で与えている。
公 共 サ ー ビ ス 放 送 基 金 の 発 想 は 、2003 年 に 立 法 化 さ れ る 英 国 の コ ミ ュ ニ ケ ー
シ ョ ン ズ 法 (Communications Law)に も 引 き 継 が れ て い る 。 新 し い コ ミ ュ ニ ケ ー
シ ョ ン ズ 法 の 中 で は 、 周 波 数 帯 域 の 価 格 形 成 (spectrum pricing)が 提 案 さ れ て
いるが、そこでは電波を利用するすべての関係者が周波数帯域の価値に応じて
電波利用料を支払うことが原則となっている。一切の例外を認めず、また単に
通信事業者や放送事業者のみならず、気象情報や国防のための電波利用につい
てもその機会費用を支払うというのが原案となっている。ピーコックの原案で
は、受信料を原資とする公共サービス放送基金が提言されているが、さらに一
歩進んで電波使用料を原資とした公共サービス放送基金の設立が、単に質の高
い放送コンテンツを確保するためだけでなく、周波数帯域の資源配分の効率性
を考える上でも重要と思われる。ピーコックが指摘するように、これまでの通
念を打ち破り、選択の自由は市民としての視聴者にあるという認識を現実のも
のとするためには、公共放送サービス基金の創設とその競争的配分は重要な一
歩であろう。
64
第 3章
3.1
放送コンテンツの供給とその経済分析
放送コンテンツとしての映画とその経済的特性
光波長分割多重伝送技術の急速な進歩と光ファイバー・ネットワーク網、電
力線、移動型端末ネットワーク伝送ネットワーク網の拡大が、100本分の映
画を一瞬の内に伝送することを可能としている。映画は、ニュース・報道、ス
ポーツ中継などと共に「キラー・コンテンツ」のひとつであるが、情報通信と
放送の市場融合の中で伝送ネットワーク間の競争が激化すればするほど、放送
コンテンツとしての価値はますます増大する。従って、放送コンテンツとして
の映画がどのような経済的特性を持ち、またどのようにしてそれらが供給され
るかについて経済学的な視点から考察し、放送コンテンツの流通を促進するた
めに英国ならびに米国においていかなる放送政策が取られてきたかについて検
討する。
3.1.1
映画の経済的特性
芸 術 的 な セ ン ス を 求 め ら れ る 映 画 制 作 は ま さ に 「 創 造 的 活 動 」 (creative
activities)と 呼 ぶ に 相 応 し い 。そ れ だ け に 映 画 は 、大 量 生 産 さ れ る 一 般 的 な 消
費財とは極めて異なった経済特性を持ち、またそうした経済特性が映画産業の
市 場 構 造 や 市 場 行 動 に 多 大 な 影 響 を 与 え て い る 。 ケ イ ブ ス (R. Caves [2000] )
に基づくなら、映画の代表的な経済特性は次のようにまとめられるであろう。
第一に、映画の場合、制作された作品がヒットするかしないかを事前に知る
ことは難しい。なぜなら、ヒットするかしないかは観客側の主観的な選好ある
いは価値観によって大きく左右されるし、また実際にそれを見るまで観客は自
分の好みに合うかどうかを知ることはできないからである。このように映画は
65
主観的な価値判断と経験財という特性を持つがゆえに、映画に対する需要は極
め て 不 確 実 な も の と な る 。 こ れ を ケ イ ブ ス は 不 知 性 (nobody knows property)
と呼んでいる。第二に、こうした需要の不確実性から生ずるリスクを低減させ
るために、有名な監督や俳優を起用しようとする。ハリウッド映画の場合、脚
本家、監督、製作者などは過去の業績から A 級や B 級のように等級化されてい
る。すなわち映画に関わる人々はその技量や質によって垂直的に差別化されて
お り 、 ケ イ ブ ス は こ れ を 順 列 性 (A list/B list property)と 名 づ け て い る 。 し
かし、上述の「不知性」という特性が存在するために、A 級の組み合わせが必
ずヒットを生み出すという保証はないし、逆に B 級の人々の組み合わせがヒッ
トに結びつく場合もある。
第三に、まったく同じシナリオで別々に映画を制作した場合にはその良し悪
しを比較しうるという点で垂直的に差別化されているが、映画の質はそれぞれ
異なり、水平的に差別化されているとも考えられる。このように映画は垂直的
にも、水平的にも差別化されており、無限の多様性を持つと言える。これをケ
イ ブ ス は 「多 様 性 」(infinite variety property)と 呼 ん で い る 。
第四に、映画の制作のためには、監督、俳優、衣装、音楽など多くの才能と
人 材 の 組 み 合 わ せ が 不 可 欠 で あ る 。ケ イ ブ ス は こ れ を「 チ ー ム ワ ー ク 性 」(motley
crew property)と 呼 ぶ 。 人 的 資 源 と そ の ネ ッ ト ワ ー ク が 映 画 制 作 の た め に は 重
要となる。
第五に、大量生産の一般財とは異なり、映画の場合にはひとつひとつが個別
の芸術作品であるという意味で、制作者側の作品に対する思い入れは深く、ま
た 制 作 さ れ た 作 品 に 対 す る 誇 り も 高 い 。す な わ ち 、映 画 は ケ イ ブ ス が「 芸 術 性 」
(art for art’ s sake property)と 呼 ぶ 特 性 を 持 ち 、 こ の た め に 制 作 者 た ち は
金銭的な成果の追及のみならず、名声、仲間内の評価、自己満足などの非貨幣
的な要素が重要な制作動機を与えている。
第六に、映画制作には巨額の初期投資が必要とされるために、ある一定期間
内に完成させて、利益を回収しなければならない。さもなければいかなる収益
も生まれないし、また完成が予定より遅れればそれだけ逸失利益としての機会
費 用 が 発 生 す る 。こ の よ う に 映 画 制 作 は 、ケ イ ブ が「 時 間 制 約 性 」(time flies
property)と 呼 ぶ 特 性 を 持 つ 。
66
第七に、上述のような時間的な制約によって、撮影が始まれば途中で主演俳
優などを交替させることは難しい。一般に資産や能力が特定の用途にしか使え
ないために、別の用途に用いてもその価値が減少する特性を一般に「資産の特
殊 性 」 (asset specificity)と 呼 ぶ が 、 映 画 の 主 演 者 も 直 ぐ に 代 役 を 見 つ け る
のが難しいという意味で特殊な資産となる。従ってもし監督と俳優との間に意
見の対立が起きたり、契約内容の解釈をめぐる紛争が生じたりすると、双方に
莫大な取引費用が発生する。このように資産の特殊性のために交渉上劣位に置
か れ る こ と は 、後 述 す る よ う に 、ホ ー ル ド ア ッ プ (hold-up) 問 題 と 呼 ば れ る が 、
こ う し た リ ス ク を 分 散 す る た め に は 完 成 債 券( completion bond)な ど の 金 融 商
品の開発が必要とされる。またこうしたリスクを考慮して契約の柔軟性が求め
られる。
最後に、
「 芸 術 は 長 く 、人 生 は 短 い 」と 言 わ れ る よ う に 、芸 術 作 品 と し て の 映
画 の 寿 命 は 長 く 、ケ イ ブ ス は こ れ を 永 遠 性 (ars longa property)と 呼 ん で い る 。
「風と共に去りぬ」や「タイタニック」に代表されるように、映画は一度ヒッ
ト す れ ば 様 々 な ウ ィ ン ド ウ ズ( windows)と 呼 ば れ る 販 路 を 通 じ て 売 買 さ れ 、長
期にわたって準レントを発生させる。またこうした将来への期待感が創作意欲
を高める。従って製作者の期待利得を高め、新しい作品の制作を促すように、
著作権・周辺著作権、知的所有権、放送権などの法的あるいは制度的な支援が
必要とされる。
このように映画制作は様々な経済的特性を持つが、こうした特性が映画独自
の市場構造と市場行動が生じている。以下においては、映画制作における情報
の価値と多様なウィンドウズ戦略を中心とした映画市場における経済的な課題
について考える。
3.1.2
映画の配給とその収益構造
(1)映画の収益構造とその特徴
毎年多数の映画がハリウッドを中心として制作されるが、世界的な大ヒット
と な る 確 率 は 極 め て 小 さ い 。 ド ゥ ヴ ァ ニ ー ・ ウ ォ ー ル ス (De Vany, A.D. and
W.D.Walls [1996] )は 、 ど の よ う に 映 画 の 収 益 が 時 間 と 共 に 変 化 す る か に つ い
67
て い く つ か の パ タ ー ン を 見 出 し て い る 。 図 表 4-1 は ド ゥ ヴ ァ ニ ー ・ ウ ォ ー ル ス
の図を簡略化したものであり、横軸はヒット上位50位までに入っていた週数
を、また縦軸は週間の映画館収入を示している。映画がロードショーの段階か
ら ヒ ッ ト し た 場 合 に は 、 図 表 4-1 の A で 示 さ れ る よ う な 右 下 が り の 収 入 曲 線 を
描 く 。 図 表 4-1 の B に 示 さ れ る よ う に 、 マ イ ケ ル ・ J ・ フ ォ ッ ク ス 主 演 の ヒ ッ
ト 作 「 バ ッ ク ・ ツ ー ・ ザ ・ フ ュ ー チ ャ ー 」 (Back to the Future)の 人 気 は 比 較
的長く続き、ゆっくりと右下がりの曲線を描いている。これに対して、当時は
無 名 で あ っ た ア ー ノ ル ド・シ ュ ワ ル ツ ェ ネ ッ ガ ー の 主 演 作「 鋼 鉄 の 男 」(Pumping
Iron)は 、初 め そ れ ほ ど 人 気 は な か っ た が 、や が て 評 判 が 評 判 を 呼 び 、図 表 3-1
の C で示されるような山型(原点に凹型)の収入曲線を描いている。しかし、
大ヒットした映画に比べればその収入規模は極め小さい。
図 表 3-1
映画コンテンツの収益構造
出 所 : De Vany, A.D. and W.D.Walls [1996]、 1459 頁 よ り 作 図 。
図 表 3-2 は 、 近 年 大 ヒ ッ ト し た コ ミ ッ ク を 基 礎 に し た 映 画 、 X − メ ン ( X )、
メ ン・イ ン・ブ ラ ッ ク( M )、バ ッ ト マ ン( B )の 2 4 週 間 に わ た る 興 行 収 入( 週
末集計)に加えて、2002年5月に封切られて当時の興行初日の最高収益を
記録したスパイダーマン(S)の興行収入の動向を示している。1億3千万ド
ル( 約 1 6 6 億 円 )と 言 わ れ た ス パ イ ダ ー マ ン( S )の 制 作 費 を 100 と す る と 、
X−メン(X)は約60、メン・イン・ブラック(M)は約70、バットマン
68
(B)は約25と推測される。この図表からも明らかなように、制作費の大き
さと収入とは必ずしも連動しないことが分かる。
図 表 3-2
映画収入と費用の比較―3 つのケース
出 所 : http://www.bosofficemojo.com に 基 づ く 。 (2002 年 5 月 当 時 )
ま た 映 画 の 収 益 分 布 は マ ー フ ィ ー の 法 則 (Murphy’ s law)に 従 う と 言 わ れ る 。
ドゥヴァニー・ウォールスの計測によれば、1985年から1986年にかけ
て 3 0 0 本 の 映 画 を 調 べ た 結 果 、 映 画 館 収 入 の 順 位 で 見 た ジ ニ 係 数 (Gini
coefficients) は 0.777 で あ り 、 ま た 映 画 配 給 会 社 の 順 位 で 見 た ジ ニ 係 数 は
0.873 で あ っ た 。こ の 非 常 に 高 い ジ ニ 係 数 は 、上 位 20% の 映 画 が 80% の 収 入 を
生み出し、いかに映画制作のリスクが高いかを示している。映画会社の大部分
の収益は数本のヒット作から生じ、またそうしたヒット作は少数の映画会社に
集中していることを示している。
リ ス ク の 高 い 映 画 制 作 の 経 済 的 特 性 を ド ゥ ヴ ァ ニ ー・ウ ォ ー ル ス は 、図 表 3-3
を 用 い て 示 し て い る 。 す な わ ち 、 図 表 3-3 の 横 軸 ( 対 数 ) に 映 画 が ヒ ッ ト し た
順 に 並 べ 、 ま た 縦 軸 (対 数 )に 映 画 館 収 入 の 累 積 額 を 示 す な ら 、 均 等 分 布 を 示 す
パレート分布(直線)に比べて、実際に観察される分布は原点に対して凹型の
不均等な分布で表される。パレート分布と実際の分布の乖離が大きいことは、
映画の制作はかなりのリスクを伴うことを示している。
69
図 表 3-3
映画における収入分布とパレート分布
出 所 : De Vany, A.D. and W.D.Walls [1996]、 15059 頁 よ り 引 用 。
(2)映画の供給とその市場行動
映 画 の 制 作 に は マ ー フ ィ ー の 法 則 が 働 く か ら 、リ ス ク を 軽 減 す る た め に 需 要
の変化に対応した多様な戦略的経営が求められる。例えば、上映する映画館の
立地、その数、あるいはマルチスクリーンによる上映回数などの変更は極めて
重要な戦略要素となる。
こ う し た 戦 略 的 行 動 は 、映 画 会 社 と 映 画 館 と の 収 益 配 分 に 関 す る 契 約 に よ っ
て大きく規定される。ドゥヴァニー・ウォールスによれば、映画館における上
映 の 最 小 期 間 契 約 は 4 週 間 と 言 わ れ 、 時 に は 6-8 週 間 と い う 契 約 も あ り 得 る 。
もしその映画が契約で想定された以上の収入をもたらす場合のために、延長契
約が付帯されている。また場合によっては、近隣の映画館には同じ映画を配給
しないという条項も含まれる。
映画館側は契約で定められた上映収入を超えた分については、例えばその9
0%を映画会社に支払うことなどが定められている。映画は映画館に貸与され
るために、映画館側はレンタル料を支払うことになるが、入場料の一定比率に
定められているのが一般的である。そのレンタル料は上映期間と共に低減し、
例 え ば 第 1 週 目 と 第 2 週 目 は 入 場 料 の 70% 、第 3 週 目 は 60% 、第 4 週 目 は 40%
のようにスライド制が採用される。また上映期間を延長するための費用は延長
70
に伴う増分費用の大きさで決まる。すなわち、増分費用は別の映画館で同じ映
画を上映した場合の機会費用で測定されるが、それはまた同じ映画館で上映を
延長することの限界費用でもある。もし別の映画館での上映が収入の拡大につ
ながると判断された場合には、映画の上映は他の映画館に移されることもあり
得る。こうした上映期間の延長やその収益配分については、映画会社と映画館
の間で事前に契約で決められている。
需要に応じて供給を変更するというハリウッドの戦略は、次のような事例で
確認することができる。すなわち、ある映画は2002年4月19日に全米
3,444 の 映 画 館 で 封 切 ら れ た が 、 人 気 が 高 い た め に 上 映 す る 映 画 館 の 数 は 第 2
週 目 に は プ ラ ス 5、第 3 週 目 に は プ ラ ス 17 と な っ た が 、第 4 週 目 に 入 っ て 大 ヒ
ッ ト 作 と な っ た 「ス パ イ ダ ー マ ン 」が 封 切 ら れ た た め に 、 そ の 映 画 の 上 映 館 数 は
第 4 週 目 か ら 247 減 っ て 3,219 と な り 、第 5 週 目 に は さ ら に 664 減 少 し て 2,555
となっている。
これは、週単位の映画館収入に応じて上映期間の延長、映画館の増大、上映
地域の拡大などの変更が可能であり、契約の中に極めて弾力的な運用が盛り込
まれていることを示している。逆に映画がヒットしなかった場合には、上映期
間の短縮、二本立てへの変更による実質的な入場料を引き下げなどの対策も可
能となっている。またリスク回避のために様々な手法が取られる。例えば、少
数の人に限定して完成した映画の試写会を行い、その意見によってシナリオに
手を加えたり、結末のシーンだけを撮り直したりすることもある。また初めか
ら観客層を絞って少数の映画館で上映して、
「 口 コ ミ 」で 評 判 が 広 が っ た 場 合 に
上映する映画館数を増やすなどの戦略も取られる。
映画が興行的に成功したかどうかは、経験的に4−8週間で判明すると言わ
れる。そのためにどのように一般公開するかという戦略は、封切り日の需要、
封切り日を含めた週末の需要、週単位の需要、メモリアル・デーや独立記念日
など特別な休日の需要など極めて細かいデータに基づいて定められる。
しか
し、経験財である映画の場合には、特に事前の広告が重要な役割を演ずる。試
写会や上映初日における主演俳優の舞台挨拶やポスターづくりは時には映画収
入そのものを大きく左右すると言われる。従って、興行が成功であるたかどう
かを判断する指標としては、第一週目の興行収入よりもむしろ第一週目と第二
71
週目の興行収入の格差が適切であると言われる。
3.2
映画の需要と情報伝達
3.2.1
映画需要と経路依存性
すでに指摘したように、映画は経験財であるために観客自身が広告媒体とな
り 、映 画 収 入 に 大 き な 影 響 を 与 え る 。い わ ゆ る「 口 コ ミ 」に よ る 評 判 の 拡 散 は 、
ちょうど瀧の水が上から下へと段々に伝わって流れていくのに似ているために、
情 報 の 滝 型 伝 達 (an information cascade)と 呼 ば れ る 。
図 表 3-4: 映 画 と 経 路 依 存 型 視 聴 行 動
出 所 : Arthur, B.[2000]、 109 頁 な ら び に Schelling, T.C.[1978]、 106 頁 に 基
づく。
ドゥ・ヴァニー・ウォールスが指摘するように、これは映画の需要が極めて
経 路 依 存 的 (path-dependent)で あ り 、自 己 組 織 化 (self-organizing)的 で あ る こ
とを示唆している。一般に、人々は過去の経験と未来への予測によってその行
72
動 を 変 え る が 、 複 数 の 選 択 肢 に 直 面 し た 場 合 、( 1 ) 選 択 を 変 え な い か 、( 2 )
他に影響されて選択を変えるか、あるいは(3)自発的に選択を変えるかのい
ず れ か の 行 動 を 取 る 。映 画 の よ う に 消 費 す る ま で そ の 価 値 を 判 断 で き な い 「経 験
財 」の 場 合 に は 、明 ら か に 他 人 の 評 価 に 影 響 さ れ る こ と が 多 い 。他 の 人 の 評 価 が
高ければ映画を見に行こうと考えるであろう。
映画の興行成績が経路依存型な選択行動によって左右されることは、図表
3-4 の よ う に 示 さ れ る で あ ろ う 。 図 表 3-4 の 中 の 矢 印 は 、 評 判 が 評 判 を 呼 ぶ と
いう「口コミ」によって観客が増える様子を示している。こうした経路依存が
強く働く状況の下では、需要者の選好をできる限り早く感知し、その変化に応
じて速やかに供給を変えられる状況適応型の契約が不可欠となる。
3.2.2
映画の質と不完全情報
映 画 は 経 験 財 で あ る た め に 、鑑 賞 す る 前 に そ の「 質 」に つ い て 知 る こ と は で
きない。確かに公開以前の映画評論家によるレヴューや過去の作品の評価など
が需要に影響を与えるであろうが、そうした情報の影響力は口コミに比べれば
小さいと考えられる。すでに指摘したように、映画の質を客観的に判断する測
度 は 存 在 し な い し 、ま た そ れ は 消 費 者 の 主 観 的 な 選 好 に よ っ て 決 ま る 。従 っ て 、
供給側が推測する需要側の選好と需要側の選好とは必ずしも一致するとは限ら
ない。ここでは、映画の質に対する主観的評価と選好に関する情報の不完全性
が 映 画 の 供 給 と 需 要 に い か な る 影 響 を 与 え る か に つ い て 、ピ ナ タ ロ (Pignataro,
G. [1994])に 基 づ い て 考 察 す る 1 6 。
いま独占的な映画制作会社を想定し、この映画会社ではその制作にあたって
コメディー、悲劇、ドキュメンタリー風作品など多様なジャンルから制作する
映画を決めるとする。映画会社の収入は、明らかに映画会社が予測した観客の
選 好 と 実 際 の 観 客 の 選 好 と が ど の 程 度 一 致 す る か と い う 確 率 ( 0≤φ ≤1) に よ っ
て 左 右 さ れ る 。い ま 観 客 の 選 好 パ ラ メ ー タ を λ 、ま た 映 画 料 金 を P で 表 す な ら 、
1 6 ピ ナ タ ロ [1994]は 、2 期 モ デ ル で 需 要 の 不 確 実 性 が 価 格 の 低 下 と 需 要 の 抑 制 効 果 を 持 つ
ことを示している。
73
φ λ ≥P、 す な わ ち 観 客 が 得 ら れ る 消 費 者 余 剰 が 映 画 料 金 よ り 大 き い か 、 少 な く
とも等しい場合に観客はその映画を見に行くであろう。有名な俳優や著名な監
督 を 起 用 す る の は 、こ の 確 率 φ を 限 り な く 1 に 近 づ け て 、λ ≥P に 近 い 状 態 を 作
り出すための戦略と考えられる。
いま映画人口を 1 として、
( 1 )映 画 会 社 と 観 客 の 選 好 が 完 全 に 一 致 す る と い う
確 実 性 が 高 い 場 合 ( φ =1) と ( 2 ) 選 好 が 一 致 し な い 不 確 実 性 の 高 い 場 合 ( 0≤
φ ≤1) に つ い て 需 要 が ど の よ う に 変 化 す る か を 考 え て み よ う 。 前 者 の よ う に 確
実性が高い場合、ある特定の料金 P の下でこの映画を見たいと思う観客の需要
は 1− F(P)で 示 さ れ る が 、 後 者 の 確 実 性 が 低 い 場 合 の 需 要 は 1− F(P/φ )で 示 さ
れる。ここで F は選好パラメータの累積分布を示すとする。
図 表 3-5
出 所 : Pignataro,G.[1994]、 60 頁 よ り 引 用 。
図 表 3-5 は こ の 2 つ の 需 要 曲 線 を 示 し て い る 。 こ の 2 つ の 需 要 曲 線 は ど ち ら
も同じ点で横軸を横切る。この図から明らかなように、不確実性がある場合に
は確実性がある場合に比べて料金は高く設定されるために、需要は減り、収入
も 減 少 す る 。こ う し た 状 況 に 対 応 し て 映 画 会 社 が そ の 収 入 を 増 や そ う と す れ ば 、
費用を削減する以外に方法はない。しかし、B級の俳優や監督を雇うことによ
って制作費の低減を図ろうとすれば、結果として制作した映画がヒットしない
74
リスクは高くなる。従って、ウィンドウズを拡大して多くの観客に見てもらう
ように図ることが唯一の残された戦略となる。
こ の よ う に 映 画 に 対 す る 選 好 は 不 確 実 性 が 高 く 、リ ス ク の 回 避 が 難 し い た め
に、ますます一流の俳優・監督に依存せざるを得なくなる。すなわち、俳優や
監督のブランドが重視され、その結果としてますますそれらの人々のギャラ
(guaranty)と 呼 ば れ る 契 約 金 は 高 騰 す る こ と に な る 。 ま た 情 報 の 不 完 全 性 と 情
報の滝型伝達のゆえに、映画制作は一般大衆の好むテーマにますます集中する
ことになる。
3.3
映画コンテンツの供給と“費用病”
映画コンテンツの制作にあっては、監督、脚本家、俳優、カメラマンのみな
らず、衣装デザイン、メーキャップ、作曲、音楽効果、録音、ライトマンなど
極めて多くの人の協力が必要とされる。今日ではデジタル技術によるコンピュ
ー タ ・ グ ラ フ ィ ッ ク ス (CG: Computer Graphics)を 駆 使 し た 映 画 が 多 く 制 作 さ れ
る よ う に な り 、 映 画 制 作 の 全 体 的 な 生 産 性 は 向 上 し つ つ あ る 。 し か し 、 CGの 制
作そのものは極めて多くの人力を必要とするし、また映画の実写はチームワー
クによって行われるために労働集約的である。従って、技術進歩によって労働
生産性を向上させることが難しい部分が残る。このように、ハードウェアの側
面ではデジタル技術によって生産性は向上するが、ソフトウェアの側面ではそ
の生産性は高まらないという生産性の格差が存在し、それは時間と共に拡大す
る 可 能 性 が あ る 17 。
17
と り わ け 実 演 を 伴 う コ ン テ ン ツ の 場 合 に は 、費 用 病 は 深 刻 な 経 済 問 題 で あ る 。例 え ば 、
プ ッ チ ー ニ の オ ペ ラ「 ツ ー ラ ン ド ッ ト 」は ミ ラ ノ ・ ス カ ラ 座 で 1926 年 4 月 25 日 に 初 演 さ
れ て い る が 、 そ の 上 演 時 間 は 3 時 間 30 分 を 要 し て い る 。 い ま 同 じ オ ペ ラ を ロ ン ド ン の ロ
イ ヤ ル ・ オ ペ ラ 座 で 公 演 し た と し て も 3 時 間 30 分 を 要 す る は ず で あ る 。 オ リ ジ ナ ル に 忠
実に再現しようとすれば、上演時間を短縮したり、オペラ歌手の数を減らしたりすること
はできない。従ってコンテンツ制作にあたって労働生産性を改善できない。このことは、
言うまでもなく、演劇や演奏などにも当てはまる。
75
ボ ー モ ル (Baumol, W. [1967] )は 、 こ の よ う に 生 産 性 に 格 差 が 存 在 す る と 、
“ 費 用 病 ” (cost disease)が 生 じ 、 産 出 を 減 少 さ せ て 成 長 が 止 ま る 可 能 性 が あ
ると指摘した。ここではボーモルの費用病モデルに基づいて、映画制作におけ
る生産性の格差が映画コンテンツの供給にいかなる影響を及ぼすかについて考
察する。
映画制作活動は様々な活動から成り立つが、ここでは単純化して、人的資源
を多く必要とするために生産性の拡大が進まないコンテンツ部門と最新のスー
パーコンピュータやデジタル処理技術を駆使できるために大幅に生産性が向上
するハードウェア部門とに二分されるとする。技術進歩が早いハードウェア部
門では、労働節約的技術によって労働生産性は指数関数的に高まるとする。
こ こ で は 単 純 化 の た め に 、映 画 制 作 の た め の 投 入 物 と し て は 労 働 (L)の み を 考
慮し、その他の生産要素を無視する。またコンテンツ部門でもハードウェア部
門 で も 賃 金 は 同 じ と す る が 、賃 金 (W)は 技 術 進 歩 の 速 い ハ ー ド ウ ェ ア 部 門 の 生 産
性に合わせて増加すると仮定する。これらの条件は以下のようにまとめられる
であろう。
Yh: ハ ー ド ウ ェ ア 部 門 の 産 出
Yc: コ ン テ ン ツ 部 門 の 産 出
Lh: ハ ー ド ウ ェ ア 部 門 の 労 働 力
Ls: コ ン テ ン ツ 部 門 の 労 働 力
Lt: 総 労 働 力 (=Ls+Lh)
Yh = aLh
(1)
Yc = bLce rt
(2)
Wc = Wh = W e rt
(3)
ここから次のようなふたつの基本的な命題が導かれる。
[命 題 1] コ ン テ ン ツ の 制 作 費 用 (Cc)は ハ ー ド ウ ェ ア の 費 用 (Ch) に 比 べ て 相 対
的に高騰するために,コンテンツはやがて供給されなくなる。
証明:
76
Cc/Ch = (WcLc/Yc) / (WhLh/Yh) = be rt /a  
(4)
[命 題 2] も し コ ン テ ン ツ と ハ ー ド ウ ェ ア に 対 す る 相 対 的 な 支 出 が 一 定 と す れ
ば,コンテンツの相対的な生産比率はゼロに近づく。
証明:
Cc*Yc / Ch*Yh = X (一 定 )
(5)
数 式 ( 1)、( 2) な ら び に ( 5) よ り 、
Yc / Yh = a Lc / b Lh e rt  
命 題 ( 1 ) は 、 ブ ラ ッ ド フ ォ ー ド (Bradford, D.F.[1969])に 基 づ く な ら 、 図
表 3-6 の よ う に 表 す こ と が で き る だ ろ う 。 図 表 3-6 に 示 さ れ る よ う に 、 あ る 時
点 t に お け る 総 労 働 力 が Lt と す れ ば 、( 4 ) 式 で 表 せ ら れ る 生 産 可 能 曲 線 は 縦
軸 の 切 片 a Lc と 横 軸 の 切 片 b Lh e rt と を 結 ぶ 直 線 で 描 か れ 、 そ の 傾 き は (- a
/ b e rt )と な る 。 総 労 働 力 が 一 定 で あ る た め に 、 時 間 が t1 期 か ら t2 期 へ と 進
む に つ れ て 、 (4)式 の 右 辺 の 逆 数 で 示 さ れ る 生 産 可 能 曲 線 の 傾 き は 小 さ く な る 。
すなわち、横軸の切片が時間と共に右側に移動し、やがて横軸と平行になる。
このことは、生産性の低いコンテンツ制作部門において生産性の高いハードウ
ェ ア 部 門 と 同 じ 比 率 で 賃 金 が 高 騰 す れ ば 、生 産 性 格 差 に よ っ て 費 用 病 が 発 病 し 、
やがてコンテンツが費用的に制作不可能となることを示唆している。
図 表 3-6
ボーモルの費用病:命題 1
出 所 : Bradford, D. F. [1969]、 69 頁 よ り 引 用 。
77
ま た 命 題 ( 2 ) に お い て コ ン テ ン ツ 制 作 Yc と ハ ー ド ウ ェ ア Yh へ の 相 対 的
支 出 が 一 定 で あ る と い う 仮 定 は 、 時 間 が t1 期 か ら t2 期 へ と 進 む に つ れ て 、 生
産可能曲線のそれぞれの切片の点から距離が同じ比率で変化することを意味し
て い る 。 す な わ ち 、 図 表 3-7 に 示 さ れ る よ う に 、 原 点 0 か ら 生 産 可 能 曲 線 に 向
か っ て 引 い た t1 期 の 直 線 は A で 交 わ り 、 ま た t2 期 の 原 点 か ら の 直 線 は B で 交
わ る 。 こ れ ら の A 点 と B 点 は 、 t1 期 と t2 期 の 生 産 可 能 曲 線 を 同 じ 比 率 で 分 け
るために、横軸に水平な X 線として示される。相対的な支出が一定であり、需
要の弾力性が1と仮定される限り、コンテンツ制作の生産比率はゼロに近づく
ことになる。
図 表 3-7
ボーモルの費用病:命題 2
出 所 : Bradford, D. F. [1969]、 72 頁 よ り 引 用 。
ボーモル・モデルは極めて単純な2部門モデルであり、現実にはデジタル技
術によって生産性の向上が実写部門の生産性向上に寄与すると思われるが、生
産性格差が費用増大を招くという問題の深刻さを伝えている。ボーモル
((Baumol, H. and W. Baumol [1998] )に よ れ ば 、 テ レ ビ ド ラ マ の シ リ ー ズ の 場
合、俳優、制作者、監督、音楽など人件費は1984年までの10年間の平均
で35−40%を占めており、残りの60−65%が制作費用であると言われ
る 。 映 画 制 作 の 総 費 用 は 、 い わ ゆ る ア バ ブ ・ ザ ・ ラ イ ン (above-the-line)と 呼
ば れ る 人 件 費 と ビ ロ ー ・ ザ ・ ラ イ ン (below-the-line)と 呼 ば れ る 制 作 費 で 構 成
78
されている。
今後とも光ファイバー・ネットワークの拡大、携帯端末機器の普及、DVD
など新しい記録技術の革新など映画コンテンツに対するウィンドウズが拡大し、
映画一本あたりの需要が増大すれば費用病に陥らないかもしれない。映画制作
が “ 費 用 病 ” に 対 し て 免 疫 性 を 持 つ た め に は 、 二 次 利 用 市 場 (multi-use) の 拡
大が極めて重要となる。しかし、こうしたデジタル技術は画像が劣化しないこ
とや複製や加工が容易であるという利点が逆にコピーや改変を可能とするため
に、莫大な初期投資を必要とする制作側の著作権・知的所有権などをいかに保
護するかが重要な課題となる。制作者側の利益が保護されない限り、ウィンド
ウズの範囲は限定されるとすれば、費用病の処方箋は知的財産に関わる法制度
整備にあると言えよう。
3.4
3.4.1
映画とウィンドウズ戦略
映画コンテンツのウィンドウズ戦略
ハリウッドの新作映画はまず初めに大都市圏のロードショー館で公開され、
続いて地方都市の映画館に移り、次に有料でホテルや飛行機の中で上映され、
やがてビデオ店で貸し出されたり、販売されたりする。そしてほぼ同時期に無
料地上波放送や有料の衛星放送・ケーブルテレビで放映される。時間の経過と
共に次々と窓口が開くように流通経路を変えるウィンドウズ戦略は、映画会社
にとっては利潤最大化の要となる。
リ ッ ト マ ン (Litman, B.R.[1998] )に よ れ ば 、 米 国 の ビ デ オ 店 で レ ン タ ル あ
るいは販売されるビデオの約80%は映画であり、また映画は有料テレビであ
る ペ ー ・ パ ー ・ ヴ ィ ユ ー (PPV: Pay Per View)の 約 6 0 % 、 有 料 放 送 の お よ そ 8
0 % を 占 め て い る と 言 わ れ る 。米 国 に お け る 映 画 の ウ ィ ン ド ウ ズ は 、一 般 的 に 、
ロードショー公開されてから約6ヶ月後にビデオ化され、さらに2ヶ月後にケ
ー ブ ル テ レ ビ の PPV や 衛 星 放 送 な ど で 放 映 さ れ る 。 そ し て 3 0 ー 3 6 ヶ 月 後 に
地上波テレビで放送される。映画会社の収入のおよそ47%がビデオからの収
79
入であるのに対して、映画館からの収入は29%ほどに過ぎないと言われる。
図 表 3-8 は 、 1980 年 代 後 半 の 米 国 に お け る 映 画 の ウ ィ ン ド ウ ズ の 変 化 と 封
切り後の経過時間を示している。これによれば、封切りの映画は 6 ヶ月ほどで
ビデオとなる。そして9ヶ月後に有料のケーブルテレビで放送され、さらに1
年から3年後に一般の地上波テレビに登場している。しかし、近年はロードシ
ョ ー と ビ デ オ 化 あ る い は DVD 化 を 同 時 に 行 っ た り 、 ロ ー ド シ ョ ー と 有 料 放 送 で
同時に放送したりする戦略も使われるようになっている。ウィンドウズ戦略は
伝送経路の多様化によって大きく変化しつつある。
図 表 3-8
映 画 の ウ ィ ン ド ウ ズ ( 1980 年 代 後 半 の 米 国 )
ウィンドウズ
封切り以後の月数
映画館
0−4+
海外の映画館
4−18+
家庭用ビデオ
6−30+
海外の家庭用ビデオ
9−24+
最初のケーブルテレビ
12−36+
一般のテレビ放送
36−60
海外のテレビ放送
48−60
ケーブルテレビでのリピート
66−72+
シンジケーションによる地方局
72+
出 所 : Owen and Wildman[1992]、 30 頁 よ り 引 用 。
オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン (Owen, B.M. and Wildman,S.S. [1992] )に よ れ ば 、
このようなウィンドウズ戦略によって利潤を最大化するためには、第一にウィ
ンドウズ毎の価格格差、第二にウィンドウズ毎の視聴者の増加数、第三に機会
費用を計算するための割引率、第四にあるウィンドウズから他のウィンドウズ
に移行する時間、第五に違法なコピーを取られる可能性、第六に視聴者の興味
が薄らぐ時間的な速さを考慮しなければならない。映画のウィンドウズの機会
80
が増える中でこうした要素をどのように戦略の中に取り入れるかは、不法なコ
ピーに対する技術的対策と著作権保護、DVDの普及による有料放送市場への
影響などによって大きく影響を受ける。
3.4.2
ウィンドウ戦略と映画市場への影響
莫大な予算を必要とする映画制作が、ウィンドウズ戦略によってどのような
影 響 を 受 け る か に つ い て 、 こ こ で は オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]な ら び に ワ
イ ル ド マ ン ・ シ ー ウ ェ ク (Wildman,S.S. and Siwek, S.E.[1993])に 基 づ い て 考
察してみよう。
図 表 3-9 と 図 表 3-10 は 、 映 画 制 作 の た め の 予 算 (B)・ 収 入 (R)・ 制 作 費 用 (P)
な ら び に 配 給 費 用( D)の 関 係 を 示 し て い る 。い ず れ の 図 に お い て も 、横 軸 は 映
画制作の予算を表し、縦軸は興行収入ならびに制作費用・流通費用の合計であ
る 総 費 用 (TC)を 示 し て い る 。た だ し 、配 給 費 用 は 常 に 一 定 と す る 。明 ら か に 有
名な俳優や監督を起用したり、あるいは高度なコンピュータ・グラフィックス
を使ったりすると、制作費用は直線的に増加すると想定する。ここで利潤は、
総 費 用 曲 線 ( TC) と 収 入 曲 線 ( R) の 差 で 示 さ れ る 。
図 表 3-9 は ウ ィ ン ド ウ が ひ と つ し か な い 場 合 で あ り 、 こ の 時 に は ロ ー ド シ ョ
ーだけで利潤最大化を図らねばならない。利潤は収入曲線の接線の傾きと総費
用 曲 線 の 傾 き が 等 し く な る B* で 最 大 と な り 、従 っ て B* は ウ ィ ン ド ウ が ひ と つ
の場合の制作予算を示している。
こ れ に 対 し て 図 3-10 の 中 の R1 と R2 は 、 そ れ ぞ れ 第 1 番 目 の ウ ィ ン ド ウ か
ら得られる収入と2第番目のウィンドウから得られる収入を表している。第1
番目のウィンドウに配給する費用と第2番目のウィンドウに配給する費用は一
定 (D)と す る 。 Rc は 、 第 1 番 目 と 第 2 番 目 の 両 方 の ウ ィ ン ド ウ ズ か ら 得 ら れ る
総 収 入 を 示 し て い る 。第 1 番 目 の ウ ィ ン ド ウ だ け の 場 合 に は 収 入 は R1 に 留 ま り 、
総 費 用 (TC1)と 収 入 (R1)が 一 致 す る た め に 超 過 利 潤 は 生 じ な い 。し か し 、も し 第
2 番 目 の ウ ィ ン ド ウ で R2 と い う 収 入 が 期 待 で き る と す れ ば 、 た と え R1 に 比 べ
て 小 さ い と し て も 、 こ の 2 つ の ウ ィ ン ド ウ ズ か ら 生 ず る 収 入 の 合 計 は Rc( =R1
+ R2)と な り 、超 過 利 潤 が 発 生 す る 。従 っ て 、総 費 用( TCc)と 総 収 入( Rc)と
81
の 格 差 、す な わ ち 利 潤 最 大 化 と な る 点 Bc が 映 画 制 作 の 予 算 を 示 し て い る 。ウ ィ
ンドウズが2つある場合の制作予算はウィンドウがひとつしかない場合の制作
予算よりも大きくなる。すなわち、映画制作にどのくらい予算を立てるかは第
2番目のウィンドウにおける収入見込みに依存する。
図 3-9
映画制作の予算と収入:ウィンドウが一つの場合
出 所 : Owen and Wildman[1992]、 42 頁 よ り 引 用 。
明 ら か に 、 第 1 番 目 の ウ ィ ン ド ウ に お け る 総 費 用 (TC1)が 収 入 (R1)よ り 大 き
くても、第2番目のウィンドウから収入が得られるなら、映画会社は大型予算
(Bc )を 組 ん で 映 画 を 制 作 す る 。第 2 番 目 以 降 の ウ ィ ン ド ウ か ら の 収 入 見 込 み が
大きければ大きいほど、巨額の予算が計上され、いわゆる大作が作られること
に な る 。 オ ー エ ン ・ ワ イ ル ド マ ン [1992]に よ れ ば 、 米 国 に お け る ケ ー ブ ル テ レ
ビの普及によって映画のウィンドウが広がり、主要なハリウッド映画会社の予
算は1976年から1985年の間に122%増大したと言われる。
ウ ィ ン ド ウ ズ 戦 略 を 展 開 す る ハ リ ウ ッ ド に と っ て 、二 次 利 用 を 促 す テ レ ビ 市
場ならびにシンジケーション市場は重要なウィンドウとなる。後で詳しく論ず
る よ う に 、 米 国 に お い て は 1 9 9 1 年 の フ ィ ン ・ シ ン ・ ル ー ル (financial
82
interest rule)に よ っ て 当 時 の ABC、CBS、NBC の 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク( 現 在 は Fox
を加えて4大ネットワーク)が放送番組を所有することを禁止した。これによ
って映画制作会社や独立プロダクションが番組の所有権を持てるようになり、
放送コンテンツ市場での制作会社の交渉力は高まった。また放送コンテンツを
売買するシンジケーション市場における収入を見込んだ差別価格戦略も可能と
なった。すなわち、ネットワークで放映された番組でもオフ・ネットワークの
シンジケーション市場で高く売却できるとすれば、ネットワークに対して廉価
で売却した収入の不足分をシンジケーション市場からの二次的な収入で補填す
ることができるようになった。シンジケーション市場の形成と放送・コンテン
ツに関わる競争政策が映画制作会社とテレビ局との競争的関係に大きな影響を
与えている。
図 3-10
画制作の予算と収入:ウィンドウが二つの場合
出 所 : Owen and Wildman[1992]、 44 頁 よ り 引 用 。
83
3.5
3.5.1
ウィンドウズ戦略と異時点間差別価格
ウィンドウズ戦略とその経済的意義
映 画 の よ う に 、「 口 コ ミ 」 に よ っ て 需 要 が 増 幅 さ れ 、 ま た 「 封 切 り 」 と い う
鮮度が重視される場合には、観客の支払意思額の大きさに応じて市場を細分化
し、その支払意思額に応じた差別価格が採用できる。人より早く見たいと思う
人の支払意思額は後で見ればよいと考えている人の支払意思額に比べて高いか
ら、ロードショーの料金は高く設定できるし、また封切り後の映画館の入場料
をできるだけ低く設定して映画に対する支払意思額の低い人を引き付けようと
する戦略が取られる。すなわち、市場を年齢、職業、家族構成、地域などに応
じて観客層を細分化できればできるほど、こうした差別価格は有効に働くであ
ろ う 。図 表 3-11 は 、こ う し た ハ リ ウ ッ ド の ウ ィ ン ド ウ ズ 戦 略 と 差 別 価 格 の 典 型
的な姿を示している。
図 表 3-11
出 所 : Liman, [1998]、 の 75 頁 よ り 引 用 。
84
映 画 会 社 に と っ て は 、ウ ィ ン ド ウ ズ の 順 序 と ウ ィ ン ド ウ ズ 間 の 時 間 差 を ど の
よ う に 設 定 す る か が 極 め て 重 要 な 戦 略 的 判 断 と な る 。ロ ー ド シ ョ ー 期 間 の 調 整 、
上 映 館 数 の 増 減 に 加 え て 、 ビ デ オ 化 や DVD 化 の 時 期 に つ い て 柔 軟 な ウ ィ ン ド ウ
ズ 戦 略 が 求 め ら れ る 。 ま た ビ デ オ 化 あ る い は DVD 化 し た 場 合 、 そ れ を レ ン タ ル
市場に流すか、あるいはセルと呼ばれる販売市場に流すか、あるいは同時にこ
うしたウィンドウズを開くかの時間的な選択は極めて重要な戦略的行動となる。
3.5.2
異時点間差別価格の理論的枠組み
映画のように消費する時間差に基づいた差別価格は、異時点間差別価格
(intertemporal price discrimination) と 呼 ば れ る 。 こ こ で は ス ト ー キ ー
(Stokey, N.L. [1979]) と ヴ ァ リ ア ン (Varian, H.R. [1991])に 基 づ い て 、 異 時
点間差別価格についてその経済的な意義について考察する。
ま ず 映 画 の 観 客 を 二 つ の グ ル ー プ 、す な わ ち い ま す ぐ に 見 た い と 考 え て い る
観 客 (C1)と 後 で 見 て も よ い と 思 っ て い る 観 客 (C2)に 二 分 で き る と し よ う 。 前 者
が 支 払 っ て も よ い と 考 え て い る 留 保 価 格 を r1、 後 者 が 付 け る 留 保 価 格 を r2 で
表 わ す な ら 、r1> r2 で 示 さ れ る 。将 来 の い ず れ か の 時 点 で 映 画 を 見 る こ と の 価
値 と 現 時 点 で の 見 る こ と の 現 在 価 値 を 比 較 す る た め に 、割 引 率 d(0< d< 1)を 用
いる。ただし、議論を単純化するために、供給する映画会社の時間的割引率と
消費者の時間的割引率は同じとする。また第一期と第二期の制作費用はゼロと
する。
いまある映画会社が映画を封切ったとして、それをロードショー(第一期)
で 見 た い と 思 っ て い る 観 客 C1 に 対 し て は p1 と い う 高 い 価 格 を 付 け 、 ロ ー ド シ
ョ ー 以 降 の い つ か の 時 点( 第 二 期 )で 見 れ ば よ い と 考 え て い る 観 客 C2 に 対 し て
p1 よ り も 低 い 価 格 p2 を 付 け る と す る 。 ロ ー ド シ ョ ー で 見 る か 見 な い か の 意 思
決定は,それぞれの観客が価格の現在価値をどのように判断するかによって左
右される。このような観客の自己選択行動は以下のように表わされる。
r1 ― p1 ≧ d(r1 ― p2)
(1)
d(r2 ― p2) ≧ r2 ― p1
(2)
85
このふたつの不等式は、
(p2 ― p1)(r2 ― r1) ≧ 0
と書き直される。
明 ら か に 、 r1 > r2 と い う 前 提 条 件 か ら 、 p1 > p2 で な け れ ば な ら な い 。
すなわち、第一期の価格は第二期の価格より高くなければならないことを意味
し て い る 。 ヴ ァ リ ア ン (1991)は 、 こ の よ う な 自 己 選 択 を 制 約 条 件 と し て 、 映 画
会 社 が 差 別 価 格 に よ っ て 利 潤 (p1+ dp2)最 大 化 を 図 る 場 合 の 3 つ の 最 適 解 を 導
き出している。
ケ ー ス 1:自 己 選 択 の 制 約 条 件 (1)と (2)が 同 時 に 成 り 立 つ と い う こ と は 、r1
= r2 を 意 味 し 、 そ れ は 前 提 条 件 で あ る r1> r2 に 矛 盾 す る 。
ケ ー ス 2:第 二 期 の 留 保 価 格 と 実 際 の 価 格 が 一 致 し 、自 己 選 択 の 制 約 条 件 (2)
が 成 り 立 つ 場 合 に は 、 P1 = P2 で な け れ ば な ら ず 、 画 一 価 格 が 最 適 と な る 。
ケ ー ス 3:第 二 期 の 留 保 価 格 と 実 際 の 価 格 が 一 致 し 、自 己 選 択 の 制 約 条 件 (1)
が 成 立 す る 場 合 、最 適 な 戦 略 は r1 の 価 格 で 購 買 意 欲 の 強 い 消 費 者 だ け 顧 客 と す
る か 、あ る い は 相 対 的 に 低 い r2 の 価 格 で 両 方 の 消 費 者 を 顧 客 と す る か の い ず れ
か と な る 。 第 一 期 の 価 格 を 第 二 期 の 価 格 の 2 倍 に す る 差 別 価 格 、 す な わ ち r1 =
2r2 が 利 潤 を 最 大 化 す る が 、 そ の 時 得 ら れ る 利 潤 は 画 一 価 格 の 場 合 と 同 じ と な
る。
従 っ て 、 こ の 映 画 会 社 が 利 潤 最 大 化 を 目 的 と す る 限 り 、( 1 ) 第 一 期 と 第 二
期 の 区 別 な く 画 一 価 格 で 販 売 す る か 、あ る い は( 2 )第 一 期 の 価 格 を r1 あ る い
は r2 の い ず れ か に 設 定 し 、第 二 期 で は 上 映 し な い こ と が 最 適 な 差 別 価 格 政 策 と
なる。このことは異時点間差別価格が最適な価格政策とならないことを示唆し
ている。
し か し 、映 画 会 社 が 利 潤 極 大 化 で は な く 、成 長 率 最 大 化 や 売 上 高 最 大 化 と い
う目的で行動したり、観客と映画会社の時間的割引率が異なったりすれば,別
の 結 論 が 導 か れ る 可 能 性 が あ る 。例 え ば 、映 画 会 社 の 現 在 価 値 割 引 率 を wと す る
と 、 差 別 価 格 が 最 適 な 政 策 と な る た め の 十 分 条 件 は w > dで あ る 。 す な わ ち ,
86
これは将来の利益に対して映画会社が観客に比べて性急であることを示唆して
い る 18 。
コ ー ス (Coase, R. [1972])の“ コ ー ス の 推 測 ”(Coase conjecture)に よ れ ば 、
ウィンドウズが無限とすると、第一期の価格は限界費用(すなわち最も低い留
保価格)に等しくなるときに利潤は最大化される。これは映画会社がどのくら
い の 頻 度 で 価 格 を 変 更 で き る か に 依 存 し て い る 。 ス ト ー キ ー (1981)が 指 摘 す る
ように、例えばある映画が大ヒットし、その価値がかなり持続的であれば、価
格変更の時間的間隔が長いほど利潤は高くなる。
映 画 の 場 合 、伝 送 ネ ッ ト ワ ー ク の 増 大 に よ っ て ウ ィ ン ド ウ ズ が 拡 大 し 、異 時
18
差 別 価 格 の 理 論 的 枠 組 み は ピ グ ー (A.C. Pigou)に よ っ て 最 初 に 論 じ ら れ た 。 ピ グ ー に よ
る分類に基づくなら、差別価格は以下のような第1種・第2種・第3種の3つに分けられ
る 。 第 1 種 の 差 別 価 格 (P1): 個 々 の 消 費 者 の 最 大 支 払 意 思 額 と 一 致 す る 価 格 を 個 別 に 設 定
する完全な差別価格であり、企業は個々の消費者ごとに利潤の最大を図ることができる。
第 2 種 の 差 別 価 格 (P2): 需 要 量 に 応 じ て 異 な る 価 格 を 設 定 す る 差 別 価 格 で あ り 、 二 部 料 金
や数量割引などに代表される非線形的な価格形成である。視聴者が様々な価格と数量のメ
ニ ュ ー を 選 択 で き る た め に 自 己 選 択 価 格 と も 呼 ば れ る 。 第 3 種 の 価 格 差 別 (P3): 消 費 者 を
選好や需要量でいくつかのタイプに分けてグループ化し、そのグループ毎に差別価格を設
け る 。学 生 割 引 や 夜 間 割 引 な ど の よ う に 、需 要 の 価 格 弾 力 性 に 反 比 例 し た 差 別 価 格 で あ り 、
ラムゼー・ルールあるいは逆弾力性ルールと呼ばれている。このような3つの差別価格形
成 (P1,P2,P3)の 違 い は 、 均 一 価 格 (Pu)と 比 較 す る こ と に よ っ て 明 ら か と な る 。 も し 視 聴 者
を完全に識別できるなら、視聴者の消費者余剰をすべて独占企業の利潤に変えられるから、
利 潤 最 大 化 と い う 独 占 企 業 の 視 点 か ら は 明 ら か に P1 > P2 > P3 > Pf の 順 序 で 選 ば れ る は ず
で あ る 。 視 聴 者 を 高 所 得 者 と 低 所 得 者 に 分 け た 場 合 に は 、 高 所 得 者 の 視 点 か ら は Pf> P3>
P2> P1 の 順 序 と な る は ず で あ る 。な ぜ な ら 高 所 得 者 の 支 払 意 思 額 は 高 く 、そ の 留 保 価 格 も
高いので、差別価格の場合には均一価格の場合より高い価格を払わされることになる。従
って、均一価格を選び、消費者余剰を大きくしようとする。逆に低所得者の支払意思額は
低 い か ら 、 需 要 弾 力 性 に 応 じ た 差 別 価 格 が 望 ま し い 。 従 っ て 低 所 得 者 の 場 合 に は 、 P3> Pf
> P1=P2 の 順 序 で 選 ば れ る は ず で あ る 。
87
点間差別価格戦略の重要性はますます増している。とりわけパッケージ・メデ
ィアとしてのDVDの急速な拡大とインターネットによる映画配信といった新
しい技術革新の中で、伝統的なウィンドウズの逐次性を考慮した異時点間差別
価格政策は大きな転換を迫られるであろう。その意味で、蓄積型メディアと流
通 型 メ デ ィ ア と の イ ン タ ー モ ー ダ ル な 競 争 (intermodal competition)が ど の よ
うに差別価格政策に影響を与えるかは極めて興味深い経済的な研究課題である。
3.5.3
映画コンテンツの二次利用市場とその課題
デ ジ タ ル 技 術 革 新 は 情 報 通 信 と 放 送 の 市 場 融 合 を 促 し 、新 し い ネ ッ ト ワ ー ク
社会を創造しつつある。光ファイバーによるブロードバンド化などの高速で大
容量の伝送手段の発達は、キラー・コンテンツとしての映画の重要性をますま
す高めている。ウィンドウズ戦略が有効に作用する映画は、一度ヒットすれば
莫 大 な 収 入 を も た ら 創 作 的 活 動 で あ る 。 2003 年 夏 ま で の 累 積 額 で 、 例 え ば 「風
と 共 に 去 り ぬ 」は 11 億 5 千 万 ド ル( 約 1,400 億 円 )、「 ス タ ー ・ ウ ォ ー ズ 」は 11
億 2 千 万 ド ル ( 約 1,275 億 円 )、「 タ イ タ ニ ッ ク 」 は 7 億 2 千 万 ド ル ( 約 900 億
円 )を 超 え る 収 入 を 生 み 出 し て い る と 言 わ れ る 。ま た 2002 年 5 月 に 封 切 ら れ た
ソニー・コロンビアの「スパイダーマン」の場合には、封切り初日の土曜日だ
け で 4,400 万 ド ル ( 約 53 億 円 ) を 超 え 、 封 切 り 後 5 日 間 で 1 億 ド ル ( 約 120
億円)を超える記録を残している。
し か し 、映 画 制 作 に 長 い 経 験 を 持 ち 、映 画 市 場 で は 独 占 的 な 支 配 力 を 持 つ ハ
リウッドでさえ、このような大ヒット作を連続的に放つことは容易ではない。
その収入は、基本的には二次利用市場の拡大と異時点間差別価格政策に依存し
て い る 。1950 年 代 半 ば ま で 映 画 会 社 は テ レ ビ 放 送 に 市 場 を 奪 わ れ る こ と を 恐 れ
て、テレビ用放送コンテンツとして映画の供給をボイコットする政策を取った
が 、い ま で は む し ろ こ う し た“ 二 次 利 用 市 場 ”が “ 基 幹 的 な 市 場 ”と な っ て い
る。
米 国 で は 数 千 の シ ナ リ オ の 中 か ら お よ そ 450− 500 本 が 映 画 化 さ れ る と 言 わ
れ る 。そ の 中 で A 級 映 画 (A-Picture)と 呼 ば れ る メ ジ ャ ー の 封 切 り 映 画 は 、3,400
か ら 2,500 の ス ク リ ー ン で 10-20 週 間 ほ ど 上 映 さ れ る の が 一 般 的 で あ る 。 米 国
88
に お い て は 二 次 利 用 市 場 か ら 得 ら れ る 収 入 は 、 映 画 館 収 入 の お よ そ 3.3 倍 に 達
すると言われる。またビデオレンタル・販売からの収入は映画館収入のおよそ
2.15 倍 に 達 し 、テ レ ビ 放 送 な ら び に シ ン ジ ケ ー シ ョ ン 市 場 か ら の 収 入 は 映 画 館
収 入 に ほ ぼ 匹 敵 す る と 推 測 さ れ る 19 。 ま た 映 画 に 関 連 し た 玩 具 、 ゲ ー ム 、 T シ
ャツなどの副次的な市場も拡大しつつある。またハリウッドの映画市場は地球
規模で展開しており、海外からの収入は米国・カナダ地域からの収入のおよそ
2 分の1にも達すると推測される。
今後はブロードバンド技術の進歩によってインターネットや携帯端末によ
る 映 画 配 信 な ど が 可 能 と な り 、ビ デ オ・オ ン・デ マ ン ド (video-on-demand)市 場
の 成 長 が 期 待 さ れ る 。ま た イ ン タ ー ネ ッ ト の 拡 大 は 、映 画 の 再 上 映 の み な ら ず 、
新しい伝送方法に応じたオリジナルな作品の創作にもつながるであろう。
し か し 、こ う し た デ ジ タ ル 技 術 革 新 の 中 で 、映 画 を 含 め て 放 送 コ ン テ ン ツ の
拡大を図る上で、いかにして制作上のリスクを減らし、その莫大な初期投資を
回収するかという仕組みづくりが最も大きな課題となるであろう。複製のコピ
ーが容易なデジタル技術の拡大は、これまで以上に放送コンテンツに対する著
作権の保護が必要とされるが、二次利用市場における流通の拡大という二律背
反的な要請とどのように調和させるかが問われている。また創造的な活動であ
る放送コンテンツの制作のためには多くの才能豊かな人材が必要とされるが、
そうした創造的活動を促す教育機関やそれを支援する補助金や税制上の優遇策
な ど の 経 済 政 策 が 不 可 欠 と な る で あ ろ う 20 。
19
一 般 に 米 国 内 市 場 を 対 象 と し た 時 に 映 画 館 収 入 を 100 と し た 場 合 、 ビ デ オ 収 入 は 215、
ケ ー ブ ル テ レ ビ 収 入 が 20、テ レ ビ な ら び に シ ン ジ ケ ー シ ョ ン 収 入 が 100 と な る と 言 わ れ る 。
す な わ ち 、総 収 入 の お よ そ 半 分 が ビ デ オ か ら の 収 入 と な る 。 http://www.mecfilms.com の
J.R.ジ ェ イ ガ − (J.R. Jaeger II)に 基 づ く 。
20
かつて米国の映画輸出は国策として振興された。とりわけ1918年のウェッブ・ポ
メ ラ ン ス 法 (Webb-Pomerence Act)に よ っ て お よ そ 4 0 年 に わ た っ て カ ル テ ル が 認 め ら れ 、
映画輸出組合が輸出価格や交易条件を定めることや流通過程に介入することが許されて
いた。この保護的な法律は撤廃されたが、米国の映画産業を育成する上では重要な意義を
89
3.6
有料放送市場と 3 つの差別価格形成
デジタル技術革新がもたらす多チャンネル化・高画質化・高機能化は、双方
向性の向上と相まって、有料放送市場においても異時点間差別価格やコンテン
ツの質に基づく差別価格形成も可能にしている。一般に人々がわざわざ映画館
に出かけるのは、広告によって映画が中断されないばかりでなく、大きなスク
リーンと優れた画質と音響で臨場感を味わえるからであろう。特に、コンテン
ツの「質」を重視する観客あるいは視聴者を認知できるなら、その支払意思額
に応じた差別価格を適用することが可能であろう。またこうした画質や音質を
重視する視聴者の所得は高く、従って費用の負担能力は高く、差別価格の導入
は容易と考えられる。以下では、デジタル技術革新がもたらす差別価格形成の
3 つ の 可 能 性 に つ い て 、 ウ ォ ー タ ー マ ン (Waterman, D.[1999])に 基 づ い て 検 討
しよう。
ケ ー ス 1 : NVOD・ VOD と 差 別 価 格 形 成
デジタル圧縮技術の進歩によって、これまでと同じ周波数帯域を利用して多
チャンネルの伝送が可能となっている。その結果、コンテンツを「見たい時に
見 る こ と 」が 可 能 と な り 、従 来 は 時 間 で 分 類 さ れ た 番 組 表 か ら 時 間 軸 が 消 え た 。
例えば、15分あるいは30分のような一定の時間的間隔を設けて同じ番組を
放 送 す る ニ ア ・ ビ デ オ ・ オ ン ・ デ マ ン ド 方 式 (NVOD: Near Video On Demand)や
視 聴 者 の 要 請 に 応 じ て 即 時 に 伝 送 す る ビ デ オ・オ ン・デ マ ン ド 方 式 (VOD: Video
On Demand)は 、 異 時 点 間 差 別 価 格 の 変 形 と 言 え る で あ ろ う 。
持っていたと考えられる。今日ではハリウッド映画は文化的植民地化を促すと批判される
ことさえあり、文化的なアイデンティティを保護するために貿易に制限を加える国もある。
しかし、米国の映画産業は膨大な国内需要を持ち、国内市場で十分採算が取れるために、
海外への販売は増分費用を償うだけで十分となる。
90
ケース2
数量割引による差別価格形成
一般の消費財の数量割引ほど顕著でないにしても、デジタル化された放送コ
ンテンツについては視聴回数に応じた数量割引を差別価格として用いることが
で き る だ ろ う 。 例 え ば 、 DVD 化 さ れ た 映 画 番 組 の 場 合 、 字 幕 を つ け た り 、 消 し
たり、その字幕を英語や日本語に切り替えたり、また俳優のプロフィールや撮
影の模様などを付加されるようになっている。これまでのビデオとは異なり、
映画のコンテンツのみならず、それに付随する様々な情報を提供できるように
な っ て い る 。ま た CD-ROM で は 録 音 可 能 な 回 数 に 応 じ て 差 別 価 格 が 採 用 さ れ て い
るが、有料放送の場合にも視聴の回数に応じて割引くような差別価格の導入は
可 能 で あ ろ う 。 例 え ば 1 回 だ け の 視 聴 な ら 500 円 、 2 回 な ら 800 円 、 あ る い は
1,000 円 を 支 払 え ば 無 制 限 と い う よ う な 差 別 価 格 が 考 え ら れ る 。
ケース 3
画質による差別価格形成
一般に映画に興味を持つ人は、できる限りよい画質で見たいと考えるであろ
う。テレビ放送の場合にも、画質にこだわる視聴者は、高い料金を払っても鮮
明 な 画 像 の デ ジ タ ル ・ ハ イ ビ ジ ョ ン 放 送 を 好 む で あ ろ う 。 例 え ば NHK の 場 合 、
衛星放送のハイビジョンを見るためには衛星カラー契約料金を追加的に支払わ
ねばならないが、これは画質に対応した差別価格形成の事例である。
こ こ で は ,ウ ォ ー タ ー マ ン [1999]の 数 値 例 に 基 づ い て ,画 質 に よ る 差 別 価 格
形成について考察してみよう。いまテレビの画質はハイビジョンのような高画
質 (HQ)と 普 通 の 画 質 画 質 (LQ)の 2 種 類 に 分 け ら れ る と す る 。 視 聴 者 も ま た 画 質
を 重 視 す る 視 聴 者 (HV)と 画 質 を 重 視 し な い 視 聴 者 (LV)の 二 つ の グ ル ー プ に 分 け
ら れ る と す る 。図 表 3-12 は こ う し た 2 種 類 の 画 質 と 二 つ の グ ル ー プ の 視 聴 者 と
の組み合わせを示している。
図 表 3-12 の 数 値 は 、こ の 二 つ の グ ル ー プ の 視 聴 者 が 高 画 質 と 普 通 の 画 質 に 対
する支払意思額を示している。ただし放送コンテンツの制作・流通費用とテレ
ビ 受 信 機 の 費 用 は ゼ ロ と す る 。 こ の 数 値 例 で は 、 画 質 を 重 視 す る 視 聴 者 (HV)は
高 画 質 (HQ)に 対 し て 1,000 円 を 支 払 う 意 思 が あ る が 、 普 通 の 画 質 (LQ)し か 見 ら
れ な い な ら 、 そ の 支 払 意 思 額 は 600 円 に 下 が る と 想 定 さ れ て い る 。 こ れ に 対 し
て 画 質 に こ だ わ ら な い 視 聴 者 (LV)の 高 画 質 ( HQ) に 対 す る 支 払 意 思 額 は 500 円
91
で あ り 、 通 常 の 画 質 (LQ)に 対 す る 400 円 と 比 較 し て 1 0 0 円 し か 格 差 が な い と
さ れ る 21 。
図 表 3-12
画質による差別価格形成:ウォーターマン・モデル
視聴者
画質
HV
LV
HQ
1,000 円
500 円
LQ
600 円
400 円
出 所 : Waterman,D.[1999]、 190 頁 に 基 づ い て 作 成 。
も し 通 常 の 画 質 し か 伝 送 さ れ な け れ ば 、 こ の 有 料 放 送 事 業 者 は 400 円 の 価 格
しかつけられない。なぜなら、400円に価格を設定すれば、画質にこだわら
な い 視 聴 者 (LV)と 画 質 に こ だ わ る 視 聴 者 (HV)の 両 グ ル ー プ を 確 保 で き る た め に 、
総 収 入 を 最 大 に す る こ と が で き る か ら で あ る 。も し 価 格 を 600 円 に 設 定 す る と 、
画質にこだわる視聴者しか視聴しないために、総収入は両方のグループを顧客
とした場合の総収入より少なくなってしまう。
次にハイビジョンのような高画質だけしか視聴できないケースを考えてみよ
う 。 こ の 場 合 、 画 質 に こ だ わ る 視 聴 者 の 支 払 意 思 額 は 1,000 円 で あ る が 、 画 質
に こ だ わ ら な い 視 聴 者 の 支 払 意 思 額 は 500 円 に 過 ぎ な い 。 従 っ て 、 価 格 を 500
円 に 設 定 し て も 、 ま た 1,000 円 に 設 定 し て も 、 画 質 に こ だ わ る 視 聴 者 し か 視 聴
し な い か ら 、 最 大 収 入 は 1,000 円 と な り 、 こ の 場 合 ど ち ら の 価 格 を 付 け て も 総
21
ここでは画質にこだわる視聴者の支払意思額と画質にこだわらない視聴者の支払意思
額の格差がかなり大きいと想定されている。両者の画質に対する支払意思額の違いはまた
その限界評価額の違いにも示されている。画質を重視する視聴者の場合、普通の画質に対
す る 支 払 意 思 額 と 高 画 質 に 対 す る 支 払 意 思 額 の 差 で 示 さ れ る 限 界 評 価 額 は 400 円 と 想 定 さ
れ て い る 。 こ れ に 対 し て , 画 質 に こ だ わ ら な い 視 聴 者 の 較 差 は わ ず か 100 円 に 過 ぎ な い 。
こうした画質に対する視聴者の限界評価額が差別価格形成に大きな影響を及ぼす。
92
収入は変わらない。
ここで多チャンネル化によって高画質と通常の画質のいずれかを選択できる
ようになったとしよう。画質にこだわらない視聴者は、高画質の映像が視聴可
能 で あ る と し て も 、 500 円 し か 支 払 う 意 思 は な い た め に 、 も し 高 画 質 の 価 格 が
500 円 以 上 で あ れ ば 400 円 で 普 通 の 画 質 を 選 択 す る で あ ろ う 。 こ れ に 対 し て 画
質 に こ だ わ る 視 聴 者 は 、 も し 普 通 の 画 質 の 価 格 が 400 円 で あ れ ば 、 自 分 の 支 払
意 思 額 ( 600 円 ) よ り 低 い の で 普 通 の 画 質 で 我 慢 す る か , あ る い は 自 分 の 好 む
高画質に移行するかという選択に迫られる。画質を重視する視聴者が高画質に
移行するかどうかは消費者余剰がどのように変化するかに依存する。
い ま 放 送 事 業 者 が 800 円 の 価 格 を 高 画 質 に 付 け た と し よ う 。 こ の 場 合 、 画 質
に こ だ わ る 視 聴 者 は 高 画 質 を 選 び 、 画 質 に こ だ わ ら な い 視 聴 者 は 400 円 で 普 通
の画質を選択するであろう。しかし画質にこだわる視聴者にとって高画質に移
行 し た 場 合 の 消 費 者 余 剰 は 200 円 で あ り 、 ま た 普 通 の 画 質 で 我 慢 し た 場 合 の 消
費 者 余 剰 も ま た 200 円 (600 円 − 400 円 )と な る か ら 、ど ち ら の 選 択 も 無 差 別 と な
る。従って画質にこだわる視聴者に高画質を選択させるためには、高画質を選
択した時の消費者余剰よりも普通の画質を選んだ時の消費者余剰より大きくな
っ て い な け れ ば な ら な い 。 100 円 単 位 で 価 格 が 決 ま る と す れ ば 、 高 画 質 の 価 格
を 700 円 に 設 定 す る の が 最 適 な 差 別 価 格 形 成 と な る 。高 画 質 を 好 む 視 聴 者 は 700
円 で 高 画 質 の 有 料 放 送 を 契 約 し , 普 通 の 画 質 で よ い と 考 え る 視 聴 者 は 400 円 で
契 約 す る 。 そ の 結 果 , 総 収 入 は 1,100 円 と な り , 差 別 価 格 を 行 わ な い 場 合 に 比
べて総収入は大きくなる。
デ ジ タ ル 技 術 の 応 用 は 、1970 年 代 初 め の フ ロ ッ ピ ー ・デ ィ ス ケ ッ ト や CD と い
っ た 蓄 積 型 メ デ ィ ア か ら 始 ま り 、1990 年 代 に 入 る と 映 画 な ど の 映 像 コ ン テ ン ツ
やデータの伝送へと拡大してきた。また双方向性の向上は視聴者の選好を識別
し、その階層化・細分化を通じて支払意思額に応じた差別価格形成の導入を容
易としている。現代社会がこうした絶え間ない製品差別化と差別価格の時代で
あ る こ と を ガ ル ブ レ イ ス (Galbraith, J.) が 『 豊 か な る 社 会 』 (The Affluent
Scoiety)の 中 で 指 摘 し て い る が 、 放 送 メ デ ィ ア 市 場 も ま た 同 じ 方 向 を た ど っ て
いる。
93
3.7
放送コンテンツの供給と政策的課題
生物学においては進化によってまったく同一のものになることを融合
(convergence)と 呼 ぶ が 、デ ジ タ ル 技 術 革 新 は ま さ に こ う し た 意 味 で の 放 送 部 門
と情報通信の融合を促している。しかし、ブロードバンド化と呼ばれる高速・
大容量のデジタル伝送ネットワークの拡大は、それに対応していかにして質の
高いコンテンツを多く供給するかという問題を生じている。デジタル技術を活
か し た 映 画 制 作 の 試 み は 、例 え ば ジ ョ ー ジ・ル ー カ ス (George Lucas)の ス タ ー ・
ウ ォ ー ズ ・ エ ピ ソ ー ド Ⅱ (Star Wars: Episode II)な ど に よ っ て 行 わ れ て い る 。
これはデジタルカメラ技術を駆使した初めての映画制作であり、また映画館へ
の衛星やケーブルによるデジタル配信も行われた。こうした新しい実験を通じ
てデジタル・コンテンツの質と量の拡大を図るためには、様々な制度的支援が
求められる。特に、デジタル・コンテンツの流通を促進するための著作権とコ
ンテンツの制作に関わる契約制度の整備が急がれる。
放送コンテンツに関しては著作物の制作についての発意や責任を重視した著
作財産権、脚本・監督や音楽に対する著作人格権などがあるが、デジタル融合
の時代に即したマルチユースを前提とした制度化が不可欠となっている。特許
と同じように、権利の保護を通じて創作意欲を高めることは重要であるが、デ
ジタル技術によってオリジナルのコンテンツから新しいコンテンツの創作が容
易となっているだけに、コンテンツの流通に重点を置いた契約と利用に関する
課金制度について法的な整備もまた焦眉の急である。このことは、著作権を単
に コ ピ ー す る 権 利 (copy right) と し て 捉 え る の で は な く 、 知 的 財 産 権
(intellectual property right)と し て 考 え て 、 そ の 活 用 を 重 視 す る 必 要 性 を 示
している。
音 楽 配 信 に つ い て は 、 ナ プ ス タ ー (Napster)を め ぐ る 訴 訟 に 見 ら れ る よ う に 、
インターネットを通じた無料音楽交換サービスは著作権侵害と判断されたが、
個 人 や 会 社 に よ っ て 運 営 さ れ て い な い Gnutella や FreeNet の よ う な 場 合 に は
訴 訟 の 対 象 に す る こ と は 難 し い 。ま た 最 近 MD に は 複 製 可 能 で あ る が 、パ ー ソ ナ
ル ・ コ ン ピ ュ ー タ の ハ ー ド デ ィ ス ク や 追 記 型 CD あ る い は CD-R に 対 し て は 複 製
94
防 止 機 能 を 付 け た CD が 製 作 さ れ て い る 。し か し 、米 国 な ど で は「 オ ー デ ィ オ 家
庭録音法」によって私的利用のための音楽の複製は法律的に認められており、
こ の よ う な 矛 盾 を ど の よ う に 解 決 す る か が 残 さ れ て い る 。ま た 映 画 に つ い て も 、
米 国 で は「 デ ジ タ ル・ミ レ ニ ア ム 著 作 権 法 」(Digital Millennium Copyright Act)
に よ っ て DVD 化 さ れ た 映 画 の コ ピ ー を 違 法 と す る 法 律 が 制 定 さ れ た が 、 DVD デ
コ ー ダ ー の ソ ー ス コ ー ド の 利 用 を 禁 ず る こ と は DVD の コ ン テ ン ツ を 扱 う す べ て
の OS に 対 し て DVD の 利 用 を 拒 否 す る こ と に な る と い う 反 論 も あ る 。
デジタル技術革新とインターネットの拡大の中で、所有と利用についてデジ
タル時代に即した新しい調整を図らねばならない。とりわけゲームソフトを含
めてソフトウェアの知的財産権の訴訟は国際的な広がりを見せており、技術進
歩を配慮した法制度の見直しが求められる。特に放送コンテンツの制作のため
には巨額の初期投資や高いリスク負担を伴うだけに、いかにして知的所有権の
制度に立ち上げるかは、デジタル融合を背景とした知識集約的産業の育成と新
しい経済成長の促進という視点からも極めて重要な政策課題である。
95
第 4章
4.1
4.1.1
放送政策の経済学的課題
デジタル融合と放送市場の構造変化
デジタル技術と放送部門への影響
1990 年 春 に 米 国 の ジ ェ ネ ラ ル ・ イ ン ス ツ ル メ ン ト 社 (General Instrument
Co.) は デ ジ タ ル 圧 縮 技 術 に よ る HDTV ( 高 画 質 映 像 : High definition
television) の 伝 送 に 成 功 し た が 、 そ れ は 放 送 事 業 を 取 り 巻 く 技 術 的 環 境 を 一
変させただけでなく、放送と情報通信のデジタル融合への道を切り開くことに
な っ た 。1980 年 代 に NHK が 開 発 し た ミ ュ ー ズ と 呼 ば れ る ア ナ ロ グ に よ る ハ イ ビ
ジョン方式が最先端の技術と考えられており、デジタル技術による高画質映像
の伝送は将来の技術と考えられていた。しかし、アナログ技術の遅れに危機感
を感じた米国はデジタル放送技術を優先し、技術競争を通じてその開発に成功
し た 。 NHK の ハ イ ビ ジ ョ ン が ア ナ ロ グ と い う 過 去 の 技 術 の 延 長 線 上 に あ っ た の
に対して、米国のデジタル技術革新はまさに革新と呼ぶのに相応しい躍進であ
り 、1455 年 の グ ー テ ン ベ ル ク に よ る 活 字 の 発 明 、1785 年 の ワ ッ ト の 蒸 気 機 関 の
発明に次ぐ第3次の産業革命とさえ呼ぶことができるだろう。
デ ジ タ ル 圧 縮 ・ 伝 送 技 術 が テ レ ビ 放 送 事 業 に 与 え る 最 大 の 技 術 革 新 は 、( 1 )
多 チ ャ ン ネ ル 化 、( 2 ) 高 画 質 化 、( 3 ) 高 機 能 化 に あ る と 言 わ れ る 。 デ ジ タ ル
放 送 技 術 は 、基 本 的 に は 情 報 源 符 号 化 (source coding)、多 重 化 、伝 送 路 符 号 化
によって構成されている。経済学的な視点から見ると、多チャンネル化は従来
と 同 じ 6 Hz の 帯 域 を 使 っ て 複 数 の チ ャ ン ネ ル を 送 信 可 能 と す る た め に 、チ ャ ン
ネル当りの送信費用を大幅に低下させ、放送部門の供給と需要の両分野におい
て新規参入と新機軸を促す点が重要である。
第二の高画質化は、貴重な文化財産や自然景観などの高精細な映像化とその
96
アーカイブ化、あるいは高画質を活用した遠隔治療や教育への応用が可能とな
り、新しい市場の開拓につながると期待される。
第三の高機能化は新しい放送と情報通信の融合市場を生み出す上で重要な役割
を演ずると期待される。これまで一方通行的な放送ネットワークは、電話回線
や携帯電話などの携帯端末ネットワークなどとの組み合わせによって、双方向
性 が 一 層 高 ま っ て い る 。特 に イ ン タ ー ネ ッ ト の 急 速 な 普 及 と ADSL・ワ イ ヤ レ ス
LAN の 高 速 化 ・ 大 容 量 化 は 、 放 送 事 業 を 新 た な る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 産 業 と し
て拡大する機会を与えると思われる。
放送部門は、その社会的・文化的な影響力と緊急時における情報伝達などの
特殊な社会的機能のために、様々な規制の下に置かれてきたが、上述のように
デジタル技術が放送部門の市場構造を大きく変えようとしている。特に限定受
信技術の進歩は視聴に代価を直接的に求める有料放送市場の発展を促し、また
ホームページのような放送と情報通信の中間領域的な市場を生み出している。
デジタル技術による市場融合は、放送部門を「特殊な」市場と看做す伝統的な
発想に転換を求めている。
図 表 4-1
出所:中村
産業組織論的接近
清 [2003]、 707 頁 よ り 引 用 。
97
このように激しいデジタル技術革新に見舞われる放送部門を産業組織論的な
視 点 か ら 捉 え る な ら 、 図 表 4-1 に 示 さ れ る で あ ろ う 。 す な わ ち 、 デ ジ タ ル 技 術
革新が放送市場の市場構造(参入条件や参加事業者の数と規模など)と市場行
動(市場構造の変化に対する事業者に新たなる戦略的行動)を同時的に変え、
こうした市場構造と市場行動の変化が市場成果(事業者の利潤率、効率性、技
術進歩、公平性など)に影響を及ぼしている。
デジタル技術革新が放送と情報通信の需要構造をどのように変えつつあるか
は 、 図 表 4-2 に よ っ て 示 さ れ て い る 。 図 表 5 − 2 の 縦 軸 は 、 消 費 の 最 小 単 位 で
あ る 一 人 か ら マ ス (mass)と 呼 ば れ る n 人 ま で を 表 し 、 横 軸 は 積 極 的 に 情 報 を 求
める消費者の能動的行動から受身的に情報を享受する受動的行動までを示して
いる。言うまでもなく、消費者は時には個人として、また時にはマスの一人と
して行動するために、時と場所に応じて図表の4つの象限を自由に動き回ると
考えられる。一方通行型ネットワークを形成する従来型の放送事業は第3象限
に位置し、また通話・音声ネットワークを担ってきたこれまでの固定電話事業
は第1象限に位置する。近年のデジタル技術革新とコンピュータ・ネットワー
クを利用したインターネットの急成長は、対照的な象限にある放送事業と電話
事業の領域を拡大し、市場の融合を進めようとしている。伝送速度の超高速化
と大容量化は情報通信のコンテンツと放送のコンテンツの差異を急速に縮め、
消費者は消費の時と場所に応じて適切な機器を選択することになるであろう。
図 表 4-2
放送と情報通信の融合と市場構造の変化
出所:中村
清 [2003]、 708 頁 、 な ら び に 重 村 一 「 コ ン テ ン ツ サ イ ド か ら 見 た
放 送 と 通 信 の 融 合 」、 中 村
清 [2001]『 産 業 経 営 』 第 30 号 、 58 頁 よ り 作 成 。
98
4.1.2
放送市場とその経済的特性
デジタル融合下にある放送市場は、映像コンテンツというネットワーク製品
(network products)を 取 引 す る 市 場 と し て 捉 え ら れ る だ ろ う 。 こ の 市 場 の 経 済
的 特 性 と し て は 、 バ リ ア ン ・ シ ャ ピ ロ (Varian and Shapiro[2001])の 指 摘 す る
よ う に 、 第 一 に 、 シ ス テ ム 競 争 (systems competition)を 挙 げ ら れ る で あ ろ う 。
すなわち、ネットワークというシステムの構築をめぐる競争は、市場の分配を
めぐる競争とは異なり、市場というパイそのものを大きくすることが優先され
る。こうしたシステム競争においては、補完関係が重要な役割を演ずる。伝統
的に経済理論では競争による資源配分の効率性が重視されるために、
「 補 完 」と
いう概念はしばしば等閑視される。しかし、企業は市場において常に競争関係
にあるだけでなく、補完関係にもある。特に放送市場のようにデジタル技術革
新によって市場の範囲が大きく変化する場合には、補完関係の確立は重要な企
業行動となる。
システムの構築とは、技術の側面から見れば、技術の標準化を意味する。従
っ て 企 業 に と っ て は い か に し て 自 ら の 技 術 を デ フ ァ ク ト ・ ス タ ン ダ ー ド 化 ( de
facto standard) す る か が 重 要 な 企 業 戦 略 と な る 。 ビ デ オ 規 格 を め ぐ る ベ ー タ
と VHS と の 競 争 と い う 古 典 的 な 事 例 が 示 す よ う に 、 補 完 関 係 の 確 立 に 重 点 を 置
いたオープン戦略は時に重要な役割を演ずる。また近年のマイクロソフトのウ
ィ ン ド ウ ズ (Windows)と リ ナ ッ ク ス (Linux)と の 競 争 に 見 ら れ る よ う に 、 自 社 に
よる独占的な技術開発と一般参加型の補完的な技術開発との競争はオープン戦
略がどこまで有効であるかを示す試金石となるであろう。明らかにオープン戦
略 の 有 効 性 は 、消 費 者 が OS 技 術 の 独 占 に よ る 取 引 費 用 の 低 減 を 求 め る か 、あ る
い は オ ー プ ン 戦 略 に よ る OS 費 用 そ の も の の 低 減 を 選 ぶ か に 依 存 す る 。
ネ イ ル バ フ [1997]が 指 摘 す る よ う に 、 例 え ば 自 動 車 産 業 の 成 長 の た め に は 高
速で走行できる高速道路網の建設が不可欠であり、また自動車の販売を促進す
る消費者金融の制度化が必要であったように、映像コンテンツの取引市場にお
いても、いかにして補完関係を確立するかは重要な戦略的意義を持つ。かつ映
画コンテンツを制作するハリウッドにとってビデオは映画館収入を脅かす存在
であったが、現在ではビデオ販売収入が総収入の半分近くを占めており、ビデ
99
オ か ら D V D へ の 移 行 の 中 で い か に し て DVD と の 新 し い 補 完 関 係 を 作 り 出 す か
が重要な成長戦略となっている。
第二に、放送ネットワークの構築や放送コンテンツ制作のためには膨大な初
期 投 資 が 必 要 と さ れ る が 、規 模 に 関 す る 収 穫 は 逓 増 す る 可 能 性 が 高 い 点 で あ る 。
特に放送コンテンツの制作は人的な資源に依存する知識集約的な活動であり、
そ の 固 定 費 は 高 い と 考 え ら れ る 。 図 表 4-3 に 示 さ れ る よ う に 、 固 定 費 の 存 在 は
必然的に収穫逓増をもたらす。
図 表 4-3
出 所 : Jones, C. I. 1998]、 77 頁 よ り 引 用 。
こうした規模の経済性が強く働くとすれば、後述するように、企業規模の拡
大が市場支配力を強め、反競争的な行動につながるかもしれない。
4.1.3
デジタル技術の標準化と補完
デジタル技術によって情報通信と放送の市場融合が進行しているが、激しい
変化の中でどのような技術が標準規格となるかを事前に見定めることは難しい。
特に放送と情報通信との新しい融合的ネットワーク構築のための投資は莫大で
あり、また埋没化しやすく、固定的な補完関係を前提とするために資産の特殊
性 も 高 く な る 。こ の よ う に 技 術 の 不 確 実 性 と 資 産 の 特 殊 性 が 強 く 働 く 場 合 に は 、
そのリスクを回避するために、ネットワークにおける技術を標準化し、また技
100
術 の 共 用 性 (interoperability)を 高 め よ う と す る で あ ろ う 。 し か し 、 そ の た め
には当事者間において様々な交渉や契約が必要となるが、こうした行動は何ら
か の 取 引 費 用 (transaction costs) を 発 生 さ せ る で あ ろ う 。 ウ ィ リ ア ム ソ ン
( Williamson, O. E.[1975]) の 伝 統 に 基 づ く な ら 、( 1 ) 情 報 収 集 の た め の 費
用、
( 2 )交 渉 の た め の 費 用 、
( 3 )契 約 遂 行 と そ れ を 監 視 す る た め の 費 用 、
(4)
契約変更に伴う費用、
( 5 )法 的 な 処 理 を す る 弁 護 士 や 事 務 処 理 の 費 用 な ど が 取
引費用となるが、技術の標準化はこうした取引費用の最小化を図るためのひと
つの形態と捉えられる。
こ こ で は ウ ェ ア (Weare,C.[1996])の モ デ ル に 基 づ い て 、 不 確 実 性 と 資 産 の 特
殊性が高い場合に、取引費用の最小化のためにどのような契約形態、組織、あ
るいは政策が選択されるかについて検討する。
図 表 4-4
ウエラ・モデル:標準規格の決定と資産特殊性・不確実性
不確実性
高い
複合的な管理
包括的契約
垂直的統合
ジョイント・ベンチャー
規制政策
完全な契約
先行的な規格設定
資産特殊性
低い
高い
調整機構
市場
競争的決定
相乗り
自主機構による規格設定
規制機関による規格設定
低い
出 所 : Weare, C. [1996]、 149 頁 よ り 作 成 。
図 表 4-4 は 、横 軸 に 技 術 の 不 確 実 性 (uncertainty)の 水 準 を 示 し 、縦 軸 は 資 産
の 特 殊 性 (asset specificity)の 程 度 を 表 し て い る 。ま ず 不 確 実 性 と 資 産 の 特 殊
101
性が共に低い場合、市場が技術を標準化することになる。特に新しい財やサー
ビスの場合には、それを最初に供給した企業の技術が標準となり、追随する企
業はその技術に合わせるように行動するであろう。これはバンドワゴン効果と
呼 ば れ る が 、そ の 代 表 的 な 事 例 は マ イ ク ロ ソ フ ト の ウ ィ ン ド ウ ズ に よ る OS 市 場
の 支 配 が 挙 げ ら れ る 。リ ナ ッ ク や ト ロ ン と い っ た オ ー プ ン ソ ー ス 型 の OS の 急 成
長が指摘されているが、ウィンドウズの市場支配は技術的な不確実性を減らし
ている。
不確実性は高いが、資産の特殊性が低い場合には、企業間で自主的に標準化
の た め の 調 整 機 関 を 創 設 し 、技 術 的 な 不 確 実 性 を 減 ら そ う と 努 力 す る で あ ろ う 。
環 境 基 準 ISO9000 や ISO14000 を 認 証 す る 国 際 標 準 化 機 構 (ISO: International
Standards Organization)は 代 表 的 な 事 例 で あ る 。企 業 に よ る 自 主 的 な 組 織 で あ
る場合には、どこまで標準化について強制力を持てるかが重要となる。
逆に不確実性は低いが、資産の特殊性が高いような場合には、条件が変わっ
た場合に契約を改変できるように、当事者間による包括的な契約が重要な役割
を演ずるであろう。技術革新が激しい場合には、すべてを事前に網羅すること
は不可能であるだけに、契約の弾力的運用の可能性を残すことは重要となる。
最後に、技術の不確実性もまた資産の特殊性も極めて高い場合には、もはや一
企業の制御できる範囲を超え、また例外的な事態が多くなるために契約の弾力
的運用だけでは対応できなくなるので、何らかの中央集権的な機構が不可欠と
なる。合弁による水平的な統合、川下部門から川上部門までの垂直統合などの
組織的な対応から政府による規制政策の導入などが考えられる。
ウェア・モデルが指摘するように、企業の機会主義的な行動を抑制し、消費
者の便益を増やすために技術の共用性が求められるが、どのようにしてそれを
確 保 す る か は 、( 1 ) ど の よ う な 取 引 費 用 が 発 生 す る の か 、( 2 ) ど の よ う な 補
完関係が存在するのか、
( 3 )ど れ だ け の 関 係 企 業 が 参 加 す る か な ど に よ っ て 左
右されるであろう。そして、合弁や垂直統合などが採用される場合には、明ら
かに市場支配に対する独占禁止法的な判断が求められることになる。
102
4.2
放送コンテンツ供給と垂直的製品差別化
放送と情報通信の市場融合が進めば進むほど、放送コンテンツに対する需要
はますます増大するであろう。従って、放送コンテンツ市場における公正な競
争を促すためには、放送コンテンツの垂直的製品差別化という経済的特性につ
いて考慮する必要があるだろう。
一般に,製品差別化は水平的製品差別化と垂直的製品差別化に分けられる。
例えば、誰でもスピードの遅い自動車よりもスピードの速い自動車を望むよう
に、どの消費者でも同じような価値判断を下す場合には、その製品は垂直的に
差別化されていると言われる。これに対してセダン型の自動車を選ぶか、ある
いはスポーツタイプの自動車を選ぶかは消費者の価値観や必要性によって異な
る 。 こ の よ う な 差 別 化 は ホ テ リ ン グ (Hotelling, H [])に よ っ て 最 初 に 提 示 さ れ
たが、水平的製品差別化と呼ばれる。
放送コンテンツは一般に垂直的製品差別化された財のひとつと考えられる。
なぜならニュース,スポーツ中継,あるいは映画などは誰でも見たいと考える
コンテンツであり、しばしば「キラーコンテンツ」と呼ばれる。例えば、オリ
ンピックやワールドカップのようなキラーコンテンツの独占放送権を確保する
ためには莫大な初期投資が必要となり、埋没化しやすい。従って、放送市場に
おける競争政策を考える上で、垂直的な製品差別化の市場構造への影響を考察
する必要がある。
伝統的な産業組織論では市場の規模が拡大すれば新規参入が促進され、市場
集中率は低下すると考えられてきた。しかしこのような市場規模と集中率の反
比 例 的 な 関 係 は 、サ ッ ト ン (Sutton,J [1991])に よ れ ば 、広 告 や 研 究 開 発 へ の 支
出が大きい産業については必ずしも当てはまらない。サットンは広告費や研究
開発費を製品やサービスの垂直的差別化を促し,消費者の支払意思額を高める
ための内生的な埋没費用と捉える。そしてこうした埋没費用は市場規模が大き
く な れ ば な る ほ ど 、市 場 で の 競 争 優 位 を 引 き 出 す た め に 増 大 す る と 考 え ら れ る 。
こうした莫大な埋没費用が発生するために、市場への参入はむしろ歯止めがか
かり、市場集中率は低下せず、むしろ市場は寡占的な構造となるとサットンは
103
指摘する。以下においては、サットンに基づいて,垂直的に製品差別化された
放送コンテンツの市場構造について理論的に考えてみたい。
いま有料放送市場で供給される放送コンテンツの質という属性 U で示し,属
性 U1 は 属 性 U2 よ り 質 が 高 い と す る 。 い ま こ れ ら の 属 性 を 持 つ 放 送 コ ン テ ン ツ
を視聴するための価格を同じとすれば、放送コンテンツは垂直的に差別化され
て い る た め に 、 視 聴 者 は 誰 で も U2 よ り 質 の 高 い U1 を 見 た が る は ず で あ る 。
サ ッ ト ン に 基 づ い て 、 い ま 図 表 4-5 と 図 表 4-6 の 縦 軸 に コ ン テ ン ツ を 供 給 す
る た め の 限 界 費 用 C(U)を 示 し 、横 軸 に コ ン テ ン ツ の 質 を 水 準 に 応 じ て 属 性 U を
U*, Ua, Ub, Uc, U**で 示 す な ら 、 属 性 と 限 界 費 用 の 関 係 は 図 表 の 中 の 曲 線 で 表
さ れ る と す る 。た だ し 、コ ン テ ン ツ の 価 格 は 限 界 費 用 に 等 し い と す る 。図 表 4-5
と 図 表 4-6 の 下 の 部 分 は , そ れ ぞ れ の 視 聴 者 の タ イ プ (t)の 属 性 (U)へ の 写 像 を
表している.
図 表 4-5
サ ッ ト ン ・モ デ ル : 垂 直 的 差 別 化 さ れ て い な い 場 合
出 所 : Sutton[1991], Sunk Costs and Market Structure 、 70-71 頁 よ り 引 用 。
104
図 表 4-6
サ ッ ト ン ・モ デ ル : 垂 直 的 差 別 化 さ れ て い る 場 合
出 所 : Sutton[1991], Sunk Costs and Market Structure 、 70-71 頁 よ り 引 用 。
図 表 4-5 の 場 合 、 あ る 一 定 の 値 域 ( U*と U**) の 中 で 視 聴 者 が そ れ ぞ れ の 選
好に応じて様々な質のレベルを選択することを示している。これに対して、図
表 4-6 は す べ て の 視 聴 者 が 最 も 質 の 高 い 属 性( U**)を 選 好 す る 場 合 を 表 し て い
る。前者の場合には、明らかに既存の放送事業者が供給するコンテンツの質の
隙間を狙って、コンテンツが供給される可能性を示している。すなわち、新規
参 入 に よ り 競 争 が 生 ず る 可 能 性 を 示 唆 し て い る 。 図 表 4-6 の 場 合 に は 、 誰 も が
同 じ よ う に 質 の 高 い コ ン テ ン ツ( U**)を 選 ぶ た め に 、別 の レ ベ ル の コ ン テ ン ツ
が入り込む余地はなく、新規参入は難しい。その結果、こうした市場では集中
度 が 下 が ら ず 、自 然 寡 占 的 な 市 場 構 造 と な る と い う の が サ ッ ト ン の 示 唆 で あ る 。
ヴ ィ ッ カ ー ズ (Vicker,J [1985])が 指 摘 す る よ う に 、 市 場 が 自 然 寡 占 的 に な
るかどうかは、
( 1 )視 聴 者 の コ ン テ ン ツ に 対 す る 選 好 と( 2 )コ ン テ ン ツ の 質
を 高 め る た め の 技 術 水 準 に 依 存 す る で あ ろ う 。 図 表 4-6 で 示 唆 さ れ た よ う に 、
たとえコンテンツの質を高めるために限界費用の増大を招くとしても、限界費
用曲線の増大率が比較的なだらかであれば、自然寡占となる可能性は高いと言
105
えるであろう。
サットン・モデルは、巨額の内生的な埋没費用のために放送コンテンツ市場
も必然的に寡占的構造を持つ可能性を示している。しかし、ある特定の有料放
送事業者が国民の誰もが見たいと思うようなキラーコンテンツの独占的放送権
を持つなら、有料を負担できる視聴者と負担できない視聴者との間に公平性に
関わる問題が生ずるであろう。
サッカーが国民生活の一部とさえなっているEUならびに英国においては、
有 料 放 送 に よ る サ ッ カ ー の 独 占 的 中 継 は 重 要 な 問 題 と な っ て い る 。EU な ら び に
英国では、国民的な関心を呼ぶスポーツの試合中継についてはその放送権の独
占 を 規 制 し て い る 。英 国 で は 1996 年 放 送 法 の 細 則 (code)に お い て ,人 気 の 高 い
ス ポ ー ツ の 中 継 放 送 を 特 別 指 定 行 事 ( listed and designated events) と 定 義
づ け 、 そ の 独 占 的 な 生 中 継 (live)の 放 送 権 や 特 定 の 放 送 局 に よ る 中 継 を 制 限 し
て い る 。 EC は 欧 州 放 送 指 令 (European Broadcasting Directive)の 中 で 同 じ 規
定 を 設 け て い る 。細 則 で は 特 別 指 定 行 事 を 含 め て 一 般 に ス ポ ー ツ 番 組 の 放 送 は 、
生中継、録画、ハイライトを問わず、一般国民が誰でも自由に視聴できなけれ
ばならないとしている。特別指定行事は、少なくとも国民の95%が視聴でき
るという条件の下で、その重要度に応じて A と B の二つのグループに分けられ
ている。生中継放送について細かく規定されている A グループの中には、オリ
ンピック,FIFAのワールドカップ決勝、ウィンブルドン決勝、ラグビー世
界選手権決勝などが含まれている。また B グループとしては、クリケットやウ
ィンブルドン、ラグビーの決勝以外の試合、オープンゴルフなどが挙げられて
いる。こうした特別指定行事は中継放送される時間帯に応じて、ハイライト放
送やラジオ放送などの細かな規定を設けられている。
しかし、こうした規制は放送市場で放送権を売買するコンテンツ流通事業者
にとっては自由な競争を制約することになる。ワールドカップの放送権を独占
す る キ ル ヒ ・メ デ ィ ア・グ ル ー プ (Kirch Media WM Ag group)の プ リ ズ マ 社 (Prisma
Sports and Media Limited)は 、こ う し た 規 定 を 監 視 す る 英 国 の ITC(Independent
Television Commission:独 立 放 送 委 員 会 )に 対 し て 、( 1 ) サ ー ビ ス の 供 給 の 自
由 を 制 限 し 、競 争 原 理 に 反 す る こ と 、
( 2 )特 別 指 定 行 事 の 認 定 基 準 が 不 明 確 で
あ る こ と な ど に つ い て 批 判 し た 。結 果 的 に は 、2 0 0 2 年 春 に キ ル ヒ ・メ デ ィ ア
106
と そ の 傘 下 の キ ル ヒ 有 料 テ レ ビ 会 社 (KirchPayTV)は 破 産 し た が 、 特 別 指 定 行 事
の独占放送権をめぐる対立は競争の自由と公共の利益の均衡をいかにして保つ
かという基本的な経済問題に帰着するであろう。
4.3
放送コンテンツの資産特殊性とホールド・アップ問題
ドキュメンタリーやテレビ・シリーズ番組のような放送コンテンツを制作す
るためには,映画と同様に,巨額の初期投資が必要とされる.テレビ用の放送
コンテンツの場合、特定のテレビ局のためだけに制作されるから、制作された
コンテンツはその放送事業者しか使えないのが一般的である。このように特定
の 取 引 の た め だ け に 必 要 と な る 投 資 は 関 係 特 殊 化 投 資 (relationship-specific
investment)と 呼 ば れ る 。こ う し た 資 産 の 特 殊 化 (asset specification)が 生 ず
る場合に、何らかの事情で状況が変わったとすれば、交渉力の強い方に有利な
取引条件に変更されるというリスクが発生する。例えば、あるテレビ局が独立
プロダクションに番組の制作を依頼したにも関わらず、何らかの理由で放送を
止めたり、あるいは延期したり、あるいはそのために制作費用の未払いや遅延
が生じたとしても、もし独立プロダクションの交渉力が弱い場合にはこうした
変更を認めざるを得ないであろう。このような問題は、放送コンテンツが特定
の放送局のために制作されるために、他の放送局に転売できないという資産の
特殊性から生ずる。特に放送コンテンツの制作費用の大部分を放送局に依存し
ていたり、あるいは強力な人気タレントを抱えていなかったりすれば、その可
能性は一層高いであろう。こうした状況の変化にどのように対処するかについ
て契約の中に書き込むことは理論的には可能であるが、現実には不測の事態を
すべて書き込むことはできない。このような契約の不完備性によって負担が一
方にしわ寄せされる可能性は常に存在する。
投資の埋没化による資産特殊性、契約の不完備性、交渉力の格差などから生
ず る 損 失 は 、 一 般 に 準 レ ン ト (quasi-rent)の 概 念 に よ っ て 説 明 さ れ る 。 こ こ で
は ベ サ ン コ ・ ド ラ ノ ヴ ェ ・ シ ャ ン レ イ (Besanko, Dranove & Shanely[2000])に
基づいて、一般の財の生産について資産の特殊性と準レントの関係について考
107
えてみよう。
い ま 資 産 の 特 殊 性 で あ る た め に 、 契 約 し た 取 引 相 手 が 予 定 し た 価 格 (P*)で 購
入 し な い と す る 。す で に 投 資 (I)は 埋 没 化 し て い る た め に 、こ の 生 産 者 は 変 動 費
( C)を 回 収 で き る 限 り 生 産 を 続 け る と す る な ら 、予 定 し た 価 格 で 契 約 相 手 に 売
却 し た 時 の 利 益 と 予 定 価 格 よ り 低 い 価 格 (Pm)で 別 の 取 引 相 手 に 売 却 し な け れ ば
ならなかった時の利益との格差が準レントとなる。ここで生産する数量を1と
す る と 、 準 レ ン ト (R)は 次 の よ う に 表 さ れ る 。
R = (P*-C-I) - (Pm-C-I) = P* - Pm
すなわち、この式は契約が履行された場合の事前的に期待される利益と資産の
特殊性のために契約が不履行となった場合の事後的な利益との格差が準レント
を示している。もし資産の特殊性が高いために準レントが極めて大きいとすれ
ば、交渉力の強い取引相手は解約や取引中止などの脅しを使って、準レントの
一部を自分の物にしようとするかもしれない。このように資産の特殊性から生
ずる準レントの発生は「
、 脅 し 取 る 」と い う 意 味 で ホ ー ル ド・ア ッ プ 問 題( hold-up
problem)と 呼 ば れ る 。ホ ー ル ド・ア ッ プ 問 題 は 、日 本 で も キ ー 局 と 独 立 プ ロ ダ
ク シ ョ ン に お け る い わ ゆ る“ 窓 口 権 ”を め ぐ る 問 題 と し て し ば し ば 指 摘 さ れ る 。
現実には人気タレントを擁して交渉力の強い独立プロダクションも存在するが、
多くの場合には制作を依頼するキー局が強い。明らかに独立プロダクションと
放送局との長期取引関係やリスクならびに費用負担の在り方に関わる問題であ
る。放送コンテンツの円滑な流通を促進するためには、契約の制度化と契約の
実施に関する公正取引の視点から監視が重要となるであろう。
4.4
垂直統合とその経済的意義
ネ ッ ト ワ ー ク ・ オ ブ ・ ネ ッ ト ワ ー ク ス (network of networks)と 呼 ば れ る ザ ・
イ ン タ ー ネ ッ ト (the Internet)の 急 速 な 普 及 は 、 競 合 す る 様 々 な 情 報 通 信 ・ 放
送ネットワークを連結させ、市場融合を促している。こうした新しい競争的環
108
境に対応するために、コンテンツ制作事業者、情報通信事業者、放送事業者は
垂直統合を進められている。こうした事例として、インターネット・プロバイ
ダ ー で あ る AOL と 報 道 ・ 映 画 と い っ た コ ン テ ン ツ を 制 作 ・ 所 有 す る タ イ ム ・ ワ
ー ナ ー (Time Warner)と の 合 併 、英 国 衛 星 放 送 市 場 を 独 占 す る ビ ー・ス カ イ・ビ
ー (B Sky B) に よ る 名 門 サ ッ カ ー ・ チ ー ム の マ ン チ ェ ス タ ー ・ ユ ナ イ テ ッ ド
(Manchester United)の 買 収 の 試 み な ど が 挙 げ ら れ る 。こ れ ら は い ず れ も 、産 業
の川下にあって顧客と直接取引する放送・情報通信事業者と産業の川上にある
コンテンツ供給事業者が、それぞれの機能を活かして市場を拡大し、リスクの
分散化を図る戦略的行動と捉えられる。
こ こ で は 、 カ ー ル ト ン (Carton[1979])の モ デ ル に 基 づ い て 、 川 下 に あ る 有 料
放送事業者が川上にある一流サッカー・チームを垂直統合するという戦略の経
済的な意義について考察してみよう。欧州では一流サッカー・チームの試合は
有料放送事業者にとって最も重要なキラー・コンテンツであり、その独占的な
放送権の入手は放送事業者にとって生命線である。ここでいまある有料放送事
業者がサッカー・チームを買収して、その放送権を確保することによって番組
供給の不確実性を回避しようとすると想定する。ここで視聴者は選択した番組
を 見 る た び に 料 金 を 支 払 う と い う ペ イ ・ パ ー ・ ヴ ュ ー (Pay Per View)方 式 で 課
金されるとする。この視聴者が支払う視聴料は、一般の財やサービスの価格と
同様に、需要と供給を均衡させるシグナルとして働くとする。しかし、価格に
よる均衡は瞬時に起きないために、調整の時間が必要となり、需要に比べて供
給が過剰となったり、逆に供給が不足したりするリスクが生ずる。価格調整に
時間がかかるために、視聴者は見たい試合の中継を見られないというリスクが
生ずる。またサッカーの試合を中継されるかどうかという不確実性も考慮しな
ければならない。すなわち、サッカーの試合中継を見たいと思っている視聴者
の満足度(効用)は、視聴者が支払う視聴料(価格)と試合が中継されるかど
うかという確率によって左右されると言える。
い ま 視 聴 料 と い う 市 場 価 格 を P で 示 し 、 試 合 中 継 が 見 ら れ る 確 率 を (1 − λ )
で 表 す な ら 、 図 表 4-7 に 示 さ れ る よ う に 、 視 聴 者 の 無 差 別 曲 線 は 右 上 が り で 描
かれる。なぜなら価格が高くなるほど試合中継の確率は高くならなければなら
ないからである。しかし、視聴者の需要を満たすために試合中継権の購入を増
109
やせば増やすほど、供給過剰のリスクも高くなる。従って、有料放送事業者は
こうしたリスクを回避するために値上げせざるを得なくなる。いま価格と視聴
者を満足させる確率の組み合わせの中から、一定の利潤をもたらす価格と確率
の組み合わせを示す等利潤曲線を描くなら、右上がりの曲線として示されるで
あろう。それは、一方では一定の利潤を確保しながら、他方では視聴者の期待
を満たす確率を高めるために値上げせざるを得ないからである。
図 表 4-7
戦略的行動としての垂直統合
出 所 : Carlton, D. W. [1979]、 189 頁 よ り 引 用 。
いま有料放送市場が競争的市場であるとすると、有料放送事業者は期待利潤
がゼロとなるまで競争を余儀なくされるであろう。従って、利潤ゼロの等利潤
曲線は図中のπ 1 のように示されるであろう。いまサッカーの試合を中継する
た め の 平 均 費 用 を C( 一 定 )で 表 す と す る と 、こ の 中 継 番 組 が 売 れ な い 場 合 で も
有 料 放 送 事 業 者 は Cを 負 担 し な け れ ば な ら な い 。 従 っ て ゼ ロ の 等 利 潤 曲 線 は Cで
横軸と交わり、右上がりで描かれる。この場合、最も北東に位置する無差別曲
線 で あ る I 2 と 等 利 潤 曲 線 π 1 が 接 す る 点 Eが 均 衡 解 と な る 。明 ら か に (1 − λ ) 1 ≻
1 であるから、視聴者の一部は価格が高いために購入しないであろう。市場価
格 P 1 が 平 均 費 用 Cよ り 高 く 設 定 さ れ る の は 、 試 合 中 継 の た め の 費 用 の み な ら ず 、
視聴者に売れないかもしれないというリスクを上乗せしなければならないから
110
である。すなわち、ここに垂直統合への強いインセンティブが存在する。
有料放送事業者がこのような需要の不確実性に直面するということは、試合
の独占的放送権を売るサッカー・チームにとっても不確実性が存在することを
意味する。すなわち、有料放送事業者と同様に、独占的放送権に対する需要に
比べて供給が過剰となり、試合のための費用が試合の放送権料より高くなると
いうリスクの可能性がある。こうした状況の下で、川下にある有料放送事業者
が川上にあるサッカー・チームを買収するかどうかは、サッカー・チームを傘
下に収めて試合中継を独占的に放送する場合の節約額に依存する。試合中継を
見たいという需要の確率が高ければ垂直統合による節約は費用を上回るであろ
う。逆に需要の確率が低ければサッカー・チームから独占的放送権を購入する
ための費用は、垂直統合した場合の費用よりも低くなるはずである。垂直統合
は有料放送事業者がリスクの移転を通じて自分のリスクを減らすための戦略的
行動となる。しかし、このような垂直統合が経済的厚生にいかなる影響を与え
る か に つ い て は 、カ ー ル ト ン (Carton,D.W.[1979])の モ デ ル を 含 め て 、ま だ 多 く
点で研究の余地が残されている。垂直統合がもたらす静学的な効率性だけでは
なく、垂直統合がもたらす技術進歩への影響といった動態的な側面について検
討が必要とされる。
4.5
メディア集中排除と競争政策
放送部門は、世論形成の上で重要な役割を演ずるために政治的な中立性が強
く求められる。放送市場は、真実でない情報を伝えたり、単なるプロパガンダ
を伝達したりしないことを暗黙の前提として、社会的に“信託”を受けた特殊
な経済活動の場として位置づけられる。特に電波の希少性の下で情報の多元性
と多様性を確保するために、ほとんどの諸国においてメディア集中排除原則が
制定されている。
し か し 、放 送 部 門 を 取 り 巻 く 技 術 的 ・経 済 的 環 境 は デ ジ タ ル 技 術 革 新 に よ っ て
急速に変化し、周波数帯域の希少性が相対的に薄れている。また情報通信と放
送の市場融合によって国民は無線系の伝送路のみならず、有線系の伝送路を通
111
じ て も 様 々 な 情 報 の 入 手 が 可 能 と な っ て い る 。こ う し た 激 し い 環 境 変 化 の 中 で 、
放送市場の活性化を促すためにメディア集中排除原則の緩和の動きが高まって
いる。その意味で放送市場の支配が言論の自由を制限するという伝統的な論理
の有効性が問われている。
他方では、こうした技術革新がメディア間の水平的あるいは垂直的統合とい
う戦略的な市場行動を促している。こうした規模の経済性の追及や有料放送事
業者によるコンテンツの囲い込みによって放送市場への参入障壁がますます高
ま り 、 寡 占 的 な 構 造 を 一 層 強 め る 可 能 性 が あ る 。 特 に 限 定 通 信 シ ス テ ム (CAS:
conditional access systems) 、 電 子 番 組 表 (EPG: electronic programming
guide)の 支 配 を 通 じ て 消 費 者 を ロ ッ ク ・ イ ン (lock-in)し 、 消 費 者 の 選 択 を 制
限するかもしれない。
以下では初めに英国ならびに米国におけるメディア所有規制と集中排除原則
をめぐる議論を整理し,とりわけ言論の自由という視点から重視されるクロス
メディアの所有問題について検討する。
4.5.1
英国におけるメディア集中排除と競争政策
英 国 の 地 上 波 放 送 市 場 は 5 つ の 放 送 局( BBC、民 間 放 送 の ITV、チ ャ ン ネ ル 4 、
チ ャ ン ネ ル 5 ) に よ っ て 構 成 さ れ て い る 。 1 5 地 域 の ITV( チ ャ ン ネ ル 3 と も
呼 ば れ る ) と 朝 食 時 間 帯 に 限 定 さ れ た GMTV は 、 ITC(Independent Television
Commission: 独 立 テ レ ビ 委 員 会 )の 監 視 下 に 置 か れ て い る 。
英国ではテレビ放送の多元性を保つために、全国テレビ視聴時間の15%を
超える市場占有率を持つテレビ放送局の複数支配とロンドン地域における2つ
の放送局の支配を禁じてきた。しかし2003年に提案されているコミュニケ
ーションズ法の中では、デジタル化に伴う様々な代替的なサービスの増大を理
由 と し て 、市 場 占 有 率 1 5 % と い う 上 限 (cap)の 規 制 を 緩 和 し 、ま た ロ ン ド ン 地
域における2つのテレビ放送局の支配を認める方針が検討されている。
クロスメディア所有については、
( 1 )全 国 レ ベ ル に お け る 民 間 放 送 あ る い は
チャンネル5によるラジオ放送局の所有または支配の禁止、
( 2 )同 一 地 域 内 に
おける民間放送とラジオ放送局の所有または支配の禁止、
( 3 )全 国 レ ベ ル に お
112
ける市場占有率が20%を超える新聞社による民間放送もしくはチャンネル5,
またはラジオ放送局の所有と支配の禁止、
( 4 )地 域 レ ベ ル に お け る 市 場 占 有 率
が20%を超える新聞社による民間放送の所有と支配の禁止、
( 5 )民 間 放 送 も
しくはチャンネル5またはラジオ放送局と全国レベルにおける市場占有率が2
0%を超える新聞社の相互間の議決権の20%以上の取得の禁止などが定めら
れている。しかしこうしたクロスメディア所有についても、新しいコミュニケ
ー シ ョ ン ズ 法 (Communications Bill)の 中 で は 市 場 占 有 率 が 2 0 % を 超 え る 新
聞社でも民間放送の所有を可能とする規制緩和が示されている。
こうした規制緩和政策は国内のコミュニケーション産業の活性化を目指すも
のであるが、同時に国外のメディア事業者によるメディア市場への参入も促す
こ と に な る . ザ ・ サ ン (The Sun)、 ザ ・ タ イ ム ズ (The Times)、 ザ ・ニ ュ ー ズ ・オ
ブ ・ ザ ・ ワ ー ル ド (The News of the World)な ど 英 国 新 聞 市 場 の 約 3 分 の 1 を 占
め ,衛 星 放 送 を 独 占 す る ビ ー・ス カ イ・ビ ー (BSkyB)社 を 所 有 す る ル ッ パ ー・マ
ー ド ッ ク (Rupert Murdoch)の ニ ュ ー ズ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン・グ ル ー プ に よ る チ
ャンネル5の買収の可能性などが論じられているが、外資によるメディア支配
と市場原理の重視の間の選択を迫っている。また規制緩和の方針を受けて、二
大 テ レ ビ 放 送 局 で あ る カ ー ル ト ン (Carlton Communications Plc.)と グ ラ ナ ダ
(Granada Plc.)の 合 弁 が 提 案 さ れ て い る 。 英 国 の 公 正 取 引 委 員 会 (OFT: Office
of Fair Trading)は 、 す で に カ ー ル ト ン と グ ラ ナ ダ に 与 え ら れ た ロ ン ド ン 地 域
でのフランチャイズ権によってテレビ広告市場での競争が阻害され、合併によ
って広告料金が上昇する可能性が高いと論じている。
新しいコミュニケーションズ法は放送市場をコミュニケーションズ・メディ
ア 市 場 の 一 部 と し て 捉 え 直 し 、革 新 的 で 競 争 的 な 市 場 (dynamic and competitive
communications and media market)の 育 成 を 図 る こ と に 重 点 が 置 か れ て い る 。
情報通信と放送のデジタル融合の中で周波数帯域の有効利用を図るために、放
送部門についてもその周波数帯域の経済価値に応じた電波利用料を設定するこ
となどが提案されている。メディア集中排除の緩和政策は、市場における競争
原理の重視という方向性に沿った展開と考えられる。
4.5.2
米国におけるメディア集中排除と競争政策
113
米国では憲法修正第一条において言論の自由を規定しており、メディア市場
への政府の介入を原則として禁じている。同時に1890年のシャーマン法
(Sherman Act)の 制 定 以 来 、 ス タ ン ダ ー ド オ イ ル (Standard Oil)、 AT&T、 IBM、
近年のマイクロソフトに至るまで市場支配力の弊害を排除するために独占禁止
法を適用してきた。放送市場における競争政策に関しては、情報通信政策を担
当 す る 連 邦 通 信 委 員 会 ( F C C : Federal Communications Commission) が 担 当
している。特にメディア所有と集中排除については、1940年代に全国市場
に お け る メ デ ィ ア 所 有 の 上 限 (The National Ownership Cap rule)を 定 め 、 ま
た 1 9 7 0 年 代 に は 新 聞 ・ テ レ ビ な ら び に ケ ー ブ ル ・ 放 送 の 相 互 所 有 (The
Newspaper/Broadcast and Cable/Television Cross Ownership rules)を 禁 止 す
る規則を制定してきた。
FCC の メ デ ィ ア 所 有 ・ 支 配 に 関 す る 政 策 の 基 本 は 、 メ デ ィ ア の 多 様 性
(Diversity)、 地 域 性 (Localism)、 競 争 (Competition)に 置 か れ て い る 。 1 9 9
6 年 の テ レ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 法 (Telecommunication Act of 1996)で は 、 4 大
ネ ッ ト ワ ー ク ( ABC, CBS, NBC, Fox) 間 の 合 併 を 禁 止 し た 。 ま た 全 国 の 視 聴 可
能世帯数の35%を超えるテレビ放送局の複数所有と支配を禁止し、約200
に区分された放送市場については同一市場内におけるテレビ放送局の所有と支
配が2局以内に限定されている。さらにクロスメディアの所有については、新
聞社によるテレビ放送局あるいはラジオ放送局の所有を禁止し、テレビとラジ
オについては市場の大きさによって所有できる数を制限している。例えば、2
0以上の独立放送局が存在する場合には、最大でテレビ2局とラジオ6局、あ
るいはテレビ1局とラジオ7局であり、また独立放送局が10以上の場合には
最大でテレビ2局とラジオ4局となっている。
し か し 、近 年 に な っ て テ レ ビ 放 送 市 場 の 構 造 に 大 き な 変 化 が 見 ら れ る 。第
一 に 、 フ ォ ッ ク ス (Fox)、 ワ ー ナ ー ・ ブ ラ ザ ー ス (WB)、 ユ ニ バ ー サ ル ・ ピ ク
チ ャ ー ・ネ ッ ト ワ ー ク (UPN)、 パ ッ ク ス (PAX)な ど が 新 し い ネ ッ ト ワ ー ク と し
て 参 入 し 、か つ て の 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク の 市 場 支 配 力 は 大 き く 後 退 し て い る 点
で あ る 。か つ 8 0 % 以 上 を 占 め た 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク の ゴ ー ル デ ン タ イ ム に お
け る 視 聴 率 は 現 在 で は 2 5 % ほ ど に 減 少 し て い る 。第 二 に ,独 立 放 送 局 の 数
114
が 増 加 し 、 2 0 0 2 年 6 月 現 在 で 1,712 の 独 立 放 送 局 が 存 在 す る 点 で あ る 。
第 三 に 、8 割 以 上 の 世 帯 が 有 料 の ケ ー ブ ル テ レ ビ 、衛 星 放 送 な ど の 多 チ ャ ン
ネ ル サ ー ビ ス を 受 信 し 、視 聴 行 動 は ブ ロ ー ド キ ャ ス テ ィ ン グ (broadcasting)
か ら ナ ロ ー キ ャ ス テ ィ ン グ (narrowcasting)へ と 移 行 し つ つ あ る こ と が 挙 げ
られる。
FCC は 、 こ の よ う な 市 場 占 有 率 、 競 争 的 事 業 者 の 数 、 競 争 状 況 な ら び に 参
入 障 壁 な ど の 市 場 構 造 の 変 化 を 踏 ま え て 、米 国 の 放 送 市 場 が 十 分 に 競 争 的 で
あ る と 判 断 し て い る 。そ し て こ れ ま で の 市 場 占 有 率 3 5 % を 上 限 と す る 所 有
規 制 と ク ロ ス メ デ ィ ア 所 有 規 制 の 根 本 的 な 見 直 し を 提 案 し た 。し か し こ う し
た規制緩和政策が、合併などを通じた寡占体制を生み出し、価格上昇、番組
数 と 番 組 の 多 様 性 の 減 少 、地 域 的 な 番 組 の 縮 小 な ど に つ な が る と い う 批 判 が
起 き て い る 。規 制 緩 和 の 是 非 を 判 断 す る た め に は 、所 有 規 制 が 規 模 の 経 済 性
ならびにコンテンツの質の向上にどのような影響を与えるかについての経
済的な分析が不可欠である。
4.5.3
クロスメディアの所有集中と市場占有率
放送部門がどのような社会的影響力を持つかは、視聴者によるメディアへの
ア ク セ ス の 可 能 性 、情 報 源 の 多 元 性 、コ ン テ ン ツ の 多 様 性 に 依 存 す る 。し か し 、
メディアの社会的影響力はコンテンツのジャンルによって大きく異なるであろ
う。例えば、テレビと新聞の複数支配は言論の自由に与える影響は極めて大き
い。従ってニュースや報道などのジャンルに関わるメディア集中排除の緩和に
ついては特に慎重でなければならない。クロスメディア所有が社会的にどのよ
うな影響力を持つかを判断するためには何らかの測度が不可欠となる。ここで
は ロ ビ ン ソ ン (Robison, B. [1995])に 基 づ い て 、メ デ ィ ア 支 配 の 測 度 と し て( 1 )
視 聴 者 数 、( 2 ) 視 聴 時 間 、( 3 ) 収 入 ( 広 告 収 入 や 受 信 料 )、( 4 ) 普 及 範 囲 を
用いた市場占有率を取り上げ、その経済的な意義について考察する。
(1)視聴者数による市場占有率:テレビやラジオについては視聴者数によっ
て、また新聞については購読者数を用いて市場占有率を計測する場合には、メ
ディア間の社会的な影響力の違いを考慮する必要があるだろう。例えばテレ
115
ビ・新聞の影響力がラジオの影響力の2倍と想定すれば、前者には1、後者に
対しては0.5の加重を加えて市場占有率を測定する必要がある。ロビンソン
に よ れ ば 、 こ の 測 度 を 用 い た 英 国 の メ デ ィ ア 別 市 場 占 有 率 は 、 BBC が 19.7% 、
ITV が 9.4% 、ニ ュ ー ズ ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン (News Corporation)が 10.9% と な る 。
衛 星 有 料 放 送 を 独 占 す る ビ ー・ス カ イ・ビ ー (BSkyB)と 複 数 の 新 聞 を 所 有 す る ニ
ュ ー ズ ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン 社 (News Corporation)の 市 場 支 配 力 は 民 間 放 送 (ITV)
と比肩される。
(2)時間要素を考慮した市場占有率:メディアに消費する時間を用いて市場
占有率を計測するなら、視聴時間の長いテレビの市場占有率は相対的に大きく
なる傾向がある。英国の場合、テレビの視聴時間は新聞を購読する時間の約 7
倍 で あ る と 言 わ れ る 。こ の 市 場 占 有 率 を 用 い た ロ ビ ン ソ ン の 計 測 に よ れ ば 、BBC
の 市 場 占 有 率 が 44.1% 、ITV が 25.4% 、ニ ュ ー ズ ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン 社 が 3.4%
となり、テレビと新聞の市場占有率の格差は拡大する。
(3)収入による市場占有率:広告収入ならびに受信料収入による単純なシェ
ア 率 を 計 測 す る な ら 、 BBC が 17.5% 、 民 間 放 送 が 16.0% 、 ニ ュ ー ズ ・コ ー ポ レ
ー シ ョ ン 社 が 11.6% に な る と ロ ビ ン ソ ン は 計 測 し て い る 。テ レ ビ と 新 聞 の 影 響
力 の 質 的 ・量 的 な 違 い を 反 映 さ せ る た め に 、例 え ば 広 告 主 が テ レ ビ と 新 聞 の 影 響
力をどのように判断しているかを計測のための加重として用いることができる。
ロビンソンによれば、英国ではテレビへの広告支出額は新聞の広告支出額の2
倍と言われる。ここでテレビの広告支出額を視聴延べ時間で除し、また新聞の
広告支出額を購読延べ時間で除すことによって単位時間当たりの広告費用を算
定し、それを加重として市場占有率を計測している。ロビンソンの計測によれ
ば 、 BBC が 30.4% 、 ITV が 24.3% 、 ニ ュ ー ズ ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン 社 が 12.0% と
なっている。ここでは視聴者階層の違いや視聴する時間帯・購読する紙面によ
る影響の違いは反映されていない。
( 4 )普 及 範 囲 (reach)に よ る 市 場 占 有 率:あ る 特 定 の 時 間 帯 に テ レ ビ や ラ ジ オ
を視聴したり、新聞を読んだりする人数の総人口に対する比率を用いて市場占
有率を測定することも可能であろう。この市場占有率を用いたロビンソンの計
測 結 果 は 、BBC が 26.0% 、ITV が 9.6% 、ニ ュ ー ズ ・コ ー ポ レ ー シ ョ ン 社 が 7.2%
となる。しかし,ジャンル別や階層別の影響度の違いを区別できない。
116
これらの市場占有率は、市場占有率の大きさが社会的な影響力を表すという
前 提 に 立 っ て い る 。 ロ ビ ン ソ ン の 試 算 を 要 約 し た 図 表 4-8 か ら も 明 ら か な よ う
に、どのような測度を用いるかによって市場占有率は大きく変わり、特にメデ
ィアの市場支配力は市場の切り分けやジャンルによっても大きく異なる。従っ
て市場占有率と市場支配力の関係については定性的な判断が不可欠となるであ
ろう。
図 表 4-8
様々な測度によるメディアの市場占有率とその変化
測度
(1)視 聴 者 数
(2)時 間 的 要 素
(3-1)収 入
(3-2)広 告 支 出
(4)普 及 範 囲
BBC
19.7%
44.1%
30.4%
17.5%
26.0%
ITV
9.4%
25.4%
24.3%
16.0%
9.6%
News
10.6%
3.4%
12.0%
11.6%
7.2%
出 所 : Robinson, B. [1995]、 55-68 頁 よ り 作 成 。
4.6
映像コンテンツ市場と競争政策の展開
4.6.1
(1)
英国における映像コンテンツ制作市場と競争政策の展開
英国のテレビ放送市場とその構造変化
英国のテレビ放送部門は5つの地上波放送と衛星放送、ケーブル放送、デジ
タル放送から成り立っている。地上波放送は、受信料による 6 つの全国局を持
つ BBC、 広 告 収 入 に 依 存 す る 民 間 放 送 、 チ ャ ン ネ ル 4 ( C4 と ウ ェ ー ル ズ 地 域 の
S4C)、 チ ャ ン ネ ル 5 か ら 構 成 さ れ て い る 。 こ の 民 間 放 送 は か つ て ひ と つ し か な
か っ た た め に 、独 立 テ レ ビ (ITV:Independent televison)と 呼 ば れ る が 、そ の 後
設立されたチャンネル4やチャンネル5と区別するために、チャンネル3とも
総 称 さ れ る 。 こ の ITV は 1 5 の 地 域 放 送 局 か ら 構 成 さ れ る が 、 朝 食 時 間 帯 だ け
117
の 放 送 を 行 う GMTV も 含 ま れ る 。
民 間 放 送 は 免 許 審 査 や 番 組 検 閲 な ど の 強 い 権 限 を 持 っ た ITC(Independent
Television Commission:独 立 テ レ ビ 委 員 会 )の 監 督 下 に 置 か れ て い る 。 新 し い
「 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 法 」に よ れ ば 、ITC は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 庁( OFCOM:
Office of Communications)に 統 合 さ れ る 。 衛 星 放 送 は ル ッ パ ー ・ マ ー ド ッ ク 氏
の ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー (BSkyB: British Sky Broadcasting)に 独 占 さ れ て お り 、
ケーブルテレビは米国系資本によって支配されている。また1997年から世
界に先駆けて地上波放送のデジタル化を進めたが、チャンネル数の不足、有料
というビジネスモデルの採用、サッカー放送権の高騰、あるいは不正な視聴な
どによって経営不振に陥り、2002年5月に停波した。しかし2002年1
1 月 に フ リ ー ヴ ュ ー (Freeview)と 名 付 け ら れ た 無 料 放 送 局 と し て 再 建 さ れ た 。
図 表 4-9
英 国 に お け る テ レ ビ 放 送 市 場 ( 2003 年 10 月 現 在 )
地上波テレビ放送
(1)受信料による放送
BBC (BBC1, BBC2, BBC Chioce, BBC Four, BBC News24, BBC Parliament)
(2)広告収入による民間放送
ITV (Channel 3: Granada Group, Carton Group, Socttish media Group,
Ulster, Channel, GMTV)
Channel 4
Channel 5
ケ ー ブ ル テ レ ビ ( NTL, Telewest, Broadband, OMNE, Wightcable)
デ ジ タ ル 地 上 波 テ レ ビ ( Freeview)
* BBC は 海 外 向 け の BBC World と BBC Prime を 持 っ て い る が 、 こ れ ら は 広 告 収 入 に よ
っ て 支 え ら れ て い る 。 ス コ ッ ト ラ ン ド 、 ウ ェ ー ル ズ 、 ア イ ル ラ ン ド の BBC1 は 、 地 域 番 組
の放送を行っている。
* GMTV は 朝 の 時 間 帯 だ け 担 当 す る 放 送 局 で あ る 。 ITV は 基 本 的 に 視 聴 率 の 高 い 時 間 帯 に
は全国番組を放送し、それ以外の時間にはそれぞれ独自の番組を放送する。
2002 年 度 に お け る テ レ ビ 放 送 の 収 入 別 構 造 は 、 広 告 収 入 が 31 億 ポ ン ド
118
( 44%:約 6400 億 円 )、有 料 が 15 億 ポ ン ド( 25%:約 3800 億 円 )、受 信 料 が 1
8 億 ポ ン ド ( 2 1 % : 約 3200 億 円 )、 ス ポ ン サ ー シ ッ プ や 販 売 な ど そ の 他 の 収
入 が 8 億 ポ ン ド( 10%:約 1500 億 円 )と な っ て い る .近 年 に お い て 広 告 収 入 は
やや減少傾向にあるが、その中で特にチャンネル3と呼ばれる民間放送の広告
収入が低下し、逆に有料の衛星放送やケーブルテレビの広告収入はやや増加傾
向にある。こうした収入構造の変化は、英国のテレビ放送市場がデジタル技術
革新によって多チャンネルの時代に移行しつつあることを示すものであろう。
特 に デ ジ タ ル 化 の 進 行 は 目 覚 ま し く 、ITC に よ る 調 査( 2003 年 第 2 四 半 期: The
UK Television Market: An Overview, September 2003)に よ れ ば 、 約 660 万 世
帯 が 有 料 デ ジ タ ル 放 送 を 視 聴 し 、 ま た 地 上 デ ジ タ ル 放 送 も 約 180 万 世 帯 ま で 普
及していると言われる。デジタル技術の進歩による多チャンネル化は、英国に
おけるテレビ市場に激しい構造変化を起こしつつある。
こうした状況下の中で英国のテレビ市場の健全な育成を図るために、どのよ
うな政策が映像コンテンツの制作ならびに取引市場に対して展開されているか
を知ることは意義深いと考えられる。特に脆弱な独立プロダクションの育成を
図り、自国の映像コンテンツの制作能力を維持するためだけではなく、地域的
な番組制作の促進を図る上でも、コンテンツ制作に関わる経済的な政策は重要
と思われる。
英国においては、国外放送事業者と法的には位置づけられるビー・スカイ・
ビ ー (BSkyB)に よ る 衛 星 有 料 放 送 市 場 が 拡 大 し 、視 聴 者 が 自 分 の 選 好 に 基 づ い て
映像コンテンツを選び、その価値に応じて支払うという意識を高めているだけ
に、今後ブロードバンド化が進めば、ますますテレビ放送市場の構造変化に一
層の拍車をかけることは明白である。そしてこうした現象は海外からの番組の
拡大を促し、国内における番組制作市場と番組取引市場に多大な影響を及ぼす
と推測される。ここでは、映像コンテンツ番組の供給に関わる競争政策を中心
として、英国の番組コンテンツ市場の動向について考察する。
(2)映像コンテンツに関する数量規制政策とその背景
英 国 で は 、 1990 年 放 送 法 第 186 条 第 3 項 に 基 づ い て 、 BBCな ら び に 民 放 の 映
像コンテンツについて独立プロダクションからの番組が25%を占めるように
119
義務付けられている。その目的は、番組制作市場における競争の促進と質の高
い 番 組 の 供 給 を 目 指 す こ と に 置 か れ て い る 。こ の 義 務 規 定 は 、前 述 し た よ う に 、
一 般 に ク ォ ー タ (Independent Productions Quota: 数 量 規 制 )と 呼 ば れ る が 、 こ
れ は ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 (Peacock, P.[1986])の 中 で 最 初 に 提 言 さ れ て い
る 。そ の 中 で BBCの 番 組 制 作 費 用 が 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン の 番 組 制 作 費 用 と 比 べ て
相 対 的 に 高 い の は 、「 BBCと 民 放 の 心 地 良 き 寡 占 体 制 」 と い う 英 国 の テ レ ビ 放 送
市場の構造にあると指摘した。そしてこのような番組コンテンツの費用を抑制
し 、 供 給 の 多 様 性 を 高 め る た め に は 、 競 争 の 促 進 が 不 可 欠 で あ る と し て 、「 BBC
と 民 間 放 送 は 今 後 10 年 間 に わ た っ て 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン の 番 組 が 40% 以 下 に
な ら な い よ う に す べ き で あ る 」 と い う 進 言 を 行 っ た 22 。
こ の 提 言 を 受 け て 、 1990 年 放 送 法 に お い て , BBC は 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン か ら
購 入 し た 番 組 の 放 送 時 間 が 25% 以 上 と す べ き で あ る と い う 数 量 規 制 を 定 め た 。
この数量規制は、その後の英国における番組制作市場や番組取引市場に大きな
影響を与えたのみならず、新しく立法化される「コミュニケーションズ法」
(Communications Bill)に お い て も 重 要 な 政 策 の ひ と つ と な っ て い る 。
(3)番組制作市場の構造と現状
英 国 に お け る 番 組 制 作 は テ レ ビ 局 に よ る 内 部 制 作 が 中 心 で あ る が 、 過 去 20
年間で見れば独立プロダクションによる番組制作は増加している。独立プロダ
ク シ ョ ン の 拡 大 は 、1982 年 11 月 に チ ャ ン ネ ル 4 の 設 立 と 1990 年 放 送 法 に よ る
数量規制の制定によるものであろう。チャンネル4は広告収入で維持される公
共 サ ー ビ ス 放 送 と し て 、 情 報 、 教 育 、 娯 楽 系 番 組 な ど BBC を 補 完 す る と 同 時 に
BBC と 競 争 す る 放 送 局 と し て 設 立 さ れ 、 当 初 よ り 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン を 育 成 す
るためのテレビ局として位置づけられてきた。チャンネル4の設立によって英
国では独立プロダクションによる番組供給が始まったと言える。
ITC が 新 し い コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 法 の 制 定 の た め に 文 化 ・ メ デ ィ ア ・ ス ポ
ー ツ 省 に 送 っ た 報 告 書 (A Review of The UK Programme Supply Market: ITC 2002)
に よ れ ば 、図 表 4-10 に 示 さ れ る よ う に 、英 国 に お け る テ レ ビ 番 組 制 作 へ の 総 投
2 2 ピ ー コ ッ ク 委 員 会 報 告 書 (Peacock, A.[1986])の 提 言 8(Recommendation 8)、第 645-651
項において論じている。
120
資 額 は 年 間 43 億 ポ ン ド( 約 8000 億 円:2001 年 )で あ り 、こ の 中 で BBC1、BBC2、
民放、チャンネル 4 ならびにチャンネル5などの地上波放送局による番組制作
支 出 は 29 億 ポ ン ド ( 約 5400 億 円 ) と な っ て い る 。 放 送 局 の 内 部 制 作 さ れ た 番
組あるいは外部に委託して制作された番組はクォリファイング・プログラム
(qualifying programmes)と 呼 ば れ る が 、 こ う し た 番 組 へ の 支 出 は 16 億 ポ ン ド
( 約 2980 億 円 )で 番 組 制 作 総 支 出 の 約 55% を 占 め る 。残 り の 13 億 ポ ン ド( 約
2400 億 円 )が ニ ュ ー ス 番 組 、ス ポ ー ツ 放 送 権 へ の 支 払 い 、そ の 他 の 番 組 の 購 入
に当てられている。クォリファイング・プログラムについて見ると、放送局に
よ る 内 部 制 作 の た め の 支 出 が 8.5 億 ポ ン ド( 約 1600 億 円 )で ク ォ リ フ ァ イ ン グ・
プ ロ グ ラ ム 支 出 の 53% を 占 め 、独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン な ど の 制 作 し た 番 組 へ の 支
出 は 48% と な っ て い る 。ま た 地 上 波 放 送 局 に よ る ク ォ リ フ ァ イ ン グ・プ ロ グ ラ
ムの放送時間で見ると、独立プロダクションの役割は比較的大きく、クォリフ
ァ イ ン グ・プ ロ グ ラ ム の 総 放 送 時 間( 16,100 時 間 )の 中 で 外 部 制 作 は 10,100
時間であり、63%ほどを占めている。しかし、英国の地上波放送に限定すれ
ば、番組制作の約二分の一が放送局の内部制作によって賄われており、独立プ
ロダクションの育成の必要性を示唆している。
図 表 4-10
英 国 に お け る 番 組 支 出 の 構 造 ( 2001 年 度 )
放 送 部 門 に お け る 番 組 支 出 : 43 億 ポ ン ド
地 上 波 放 送 局 に よ る 番 組 支 出 : 29 億 ポ ン ド
内訳
ス ポ ー ツ 放 送 権 ・ ニ ュ ー ス な ど の 購 入 費 : 13 億 ポ ン ド
ク ォ リ フ ァ イ ン グ ・ プ ロ グ ラ ム の 制 作 費 : 16 億 ポ ン ド
( 内 部 制 作 費 : 8.5 億 ポ ン ド )
出 所 : A Review of The UK Programme Supply Market: ITC 2002、 22 -25 頁
より作成
また独立プロダクションの市場構造は集中型構造を示している。放送時間
数 で 見 た 番 組 制 作 市 場 は 、 番 組 制 作 会 社 上 位 12 社 が 80% 以 上 を 占 め る 集 中 度
121
の 高 い 構 造 と な っ て い る 。図 表 4-11 に 示 さ れ る よ う に 、上 位 2 社 の 占 め る 市 場
占 有 率 は 非 常 に 高 く 、と り わ け BBC は 37.7% を 占 め 、ま た 民 間 放 送 の グ ラ ナ ダ
(Granada)が 16.6% を 占 め て お り 、BBC と グ ラ ナ ダ の 内 部 制 作 能 力 の 高 さ を 示 し
て い る 。文 化・メ デ ィ ア・ス ポ ー ツ 省 へ の 報 告 書 ( Out of the Box: The Programme
Supply Market in the Digital Age: a Report for the Department for Culture
Media and Sport, December 2000)に よ れ ば 、 英 国 に お け る 番 組 制 作 市 場 の ハ ー
フ ィ ン ダ − ル 指 数 ( HH 指 数 : Hirschman-Herfindahl Index) は 1999 年 の 1791
と な り 、 1997 年 の 1856 よ り は 減 少 し て い る が 、 基 本 的 に 寡 占 的 構 造 と な っ て
いる。その上に近年は放送局と番組制作会社との垂直統合が生じている。民間
放 送 の 最 大 手 で あ る グ ラ ナ ダ に よ る 番 組 制 作 会 社 ユ ナ イ テ ッ ド 社 (United Film
& Television)の 買 収 に 伴 っ て グ ラ ナ ダ の 市 場 占 有 率 は 、 16.6% ( 1999 年 ) か
ら 20% ( 2000 年 ) に 増 加 し た と 推 測 さ れ て い る 。
図 表 4-11
英国における番組制作市場の構造(市場占有率)
出 所:David Graham & Associates: Out of the Box: The Programme Supply Market
in the Digital Age: a Report for the Department for Culture Media and Sport,
December 2000、 32 頁 よ り 引 用 。
ま た BBC と グ ラ ナ ダ に 次 ぐ 3 番 目 に 大 き い 放 送 局 で あ る ピ ア ソ ン ・ ア ー ル テ
122
ィ ー エ ル (Pearson/RTL)も ま た 番 組 制 作 会 社 で あ る ト ー ク バ ッ ク 社 (Talkback)
を買収している。番組を確実に確保したいという放送局側の希望と番組の販路
を確保したいという番組制作会社側の期待との一致が、こうした垂直統合に拍
車をかけていると考えられる。
このように垂直統合によって独立プロダクションの定義が難しくなっている
が、基本的に地上波放送局の番組の内部制作能力が高く、映像コンテンツの供
給市場における独立プロダクションの地位は全体的にはまだ小さいと考えられ
る。
(4)数量規制と独立プロダクションによる番組制作
1980 年 代 の 初 め か ら 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン に よ る 番 組 制 作 が 始 ま り 、1999 年 現
在 で 560 社 が 番 組 供 給 市 場 に 参 入 し て い る と 推 計 さ れ る 。 地 上 波 放 送 局 の た め
に 約 6300 時 間 、 ま た 地 上 波 放 送 局 以 外 の た め に は 約 5000 時 間 の 番 組 を 制 作 し
ている。
しかし、地上波放送局が独立プロダクションの番組制作からどの程度番組を
購入するかは地上波放送局によってかなり異なっている。例えば、チャンネル
4は当初から独立プロダクションからの番組購入を前提として設立されたため
に、独立プロダクションからの番組調達率は高い。独立プロダクションからの
番 組 調 達 率 は 、 1999 年 が 56% , 2000 年 が 66% , 2001 年 が 61% と な っ て い る 。
25% と い う 数 量 規 制 の 2 倍 以 上 を 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン か ら 購 入 し て い る 。 2003
年 現 在 (The UK Television Market: An Overview, September 2003)で は 、 チ ャ
ン ネ ル 4 は 66% 、チ ャ ン ネ ル 5 は 86% と な っ て お り 、数 量 規 制 を 大 幅 に 超 え て
い る 。ま た 1998 年 の 放 送 免 許 の 授 与 に 際 し て 、オ リ ジ ナ ル 番 組( 英 国 制 作 の 番
組 )の 目 標 値 が 掲 げ ら れ て い る 。チ ャ ン ネ ル 4 に つ い て は 総 番 組 の 60% 、チ ャ
ン ネ ル 5 に つ い て は 55% が 設 定 さ れ い る が 、 2003 年 現 在 (The UK Television
Market: An Overview, September 2003)で 、 チ ャ ン ネ ル 4 は 67% 、 チ ャ ン ネ ル
5 は 58% に 達 し 、 目 標 値 を 達 成 し て い る 。
上 述 の 報 告 書 (Out of the Box)に よ れ ば 、 図 表 4-12 が 示 す よ う に 、 チ ャ ン ネ
ル 4 は 317 社 の 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン か ら 番 組 を 購 入 し て い る の に 対 し て 、 BBC2
が 144 社 、ITV が 98 社 、BBC1 が 95 社 、チ ャ ン ネ ル 5 が 86 社 の 独 立 プ ロ ダ ク シ
123
ョ ン か ら 番 組 を 購 入 し て い る 。BBC は 自 ら の 豊 か な 人 的 ・物 的 資 産 を 効 率 的 に 活
用し、規模の経済性を追及しようとする動機が強く働くために、内部制作をむ
し ろ 拡 大 し て い る 。 1999-2000 年 度 に お け る BBC の 総 番 組 に 占 め る 独 立 プ ロ ダ
ク シ ョ ン の 比 率 は 26.5% で あ っ た が 、2000-2001 年 度 は 23.7% に 低 下 し て い る 。
図 表 4-12
地上波放送局のために番組を制作する独立プロダクション数
400
350
300
250
200
150
100
50
0
チャンネル4
BBC2
ITV
BBC1
チャンネル5
出 所 : David Graham & Associates: Out of the Box: The Programme Supply
Market in the Digital Age: a Report for the Department for Culture Media
and Sport, December 2000、 34 頁 よ り 引 用 。 数 値 は 1999 年 に お け る 推 定 値 。
しかし、数量規制が独立プロダクションの育成にどの程度まで役立っている
かを知るためには、独立プロダクションと特定の放送局の取引関係について把
握 す る 必 要 が あ る 。 前 述 の 報 告 書 (Out of the Box)に よ れ ば 、 独 立 プ ロ ダ ク シ
ョ ン 563 社 の 中 で 、お よ そ 80% に あ た る 445 社 が 特 定 の 放 送 局 一 社 の た め に 制
作していると推定されている。2 つ以上の放送局のために番組を制作する独立
プ ロ ダ ク シ ョ ン の 数 は わ ず か 80 社 に 過 ぎ ず 、 3 局 の 場 合 に は 24 社 、 4 局 と 5
局の場合にはそれぞれ 7 社となっている。確かに数量規制によって独立プロダ
クションの数は増加したが、そのほとんどが特定の放送局のために番組を供給
するという構造となっている。このことはまた独立プロダクションの財政的な
脆弱性と制作能力の限界を示唆するものでもある。ごく一部の大手の独立プロ
124
ダクションしか財政的には自立できず、残りのほとんどの独立プロダクション
が放送局の制作資金に依存せざるをえない。またこうした資金ならびにリスク
の負担力の格差が番組の放送権をめぐる独立プロダクションの交渉力の弱さに
つながっていると思われる。
明らかに番組制作はリスクの高い事業であるばかりでなく,制作した番組の
知的所有権・著作権あるいは放送権が保障されていないために,こうした権利
を担保として資金調達を行うことが難しい.従って財政的に脆弱な独立プロダ
クションは放送局側の資金とリスク負担に頼らざるを得ない。英国では伝統的
に番組の購入価格は番組から得られる収入ではなく、制作費用に基づいて決め
られていると言われる.
(5)番組供給における数量規制とその成果
放 送 局 が 番 組 の 25% を 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン か ら 購 入 す る こ と を 義 務 づ け た
数量規制は、
1) 表現の自由と文化的な多様性の維持
2) 番組供給市場における競争の促進と放送局の制作部門の効率化
3) 中小の独立プロダクションの育成
を目的とするものであった。この数量規制が番組制作市場にどのような成果を
もたらしたかについては、一般に次のように評価されている。
確かに数量規制は独立プロダクションによる番組供給を促したが、放送に関
わる著作権や知的所有権などが独立プロダクションには帰属しないために、経
済 的 な 自 立 に は つ な が っ て い な い と 言 わ れ る 。 ITC は 、 市 場 に お い て 優 越 的 地
位にある放送局と独立プロダクションとの交渉力が均衡するように 2 段階の調
整を求めている。第一段階は、独立プロダクションとの契約について新たなる
契 約 施 行 の 細 則 (Codes of Practice)を 定 め 、 第 二 段 階 と し て 取 引 条 件 に お け る
不 平 等 な 条 項 (mandatory terms of trade)な ら び に 放 送 権 の 分 割 (unbundling of
rights)に つ い て 新 し く 設 置 さ れ る 規 制 当 局 (コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 庁 , OFCOM:
Office of Communications)に よ る 監 視 と 実 行 を 求 め て い る 。 特 に 制 作 し た 映 像
コンテンツの知的所有権を独立プロダクション側が確保できるとすれば第三者
に よ る 投 資 も 期 待 さ れ る と ITC は 主 張 し て い る 。
125
(6)番組供給市場と「コミュニケーションズ法」
ITC は 、 英 国 の 放 送 市 場 を 発 展 さ せ る た め に は 、 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン が 直 面
する資金力不足と放送権の譲渡という悪循環を断ち切る必要があると指摘して
いる。そして上述の契約施行の細則の設定や放送権の分割に加えて、第一次的
な放送権の価格の公表化、さらには数量規制を満たさなかった場合の罰則、価
値ベースでの数量規制の導入などの必要性を訴えている。しかし同時に独立プ
ロダクションの育成のためには、番組制作の専門的な教育や技能訓練、経営指
導などが不可欠となっている。
新しいコミュニケーションズ法において、新聞社あるいは海外の放送事業者
が 英 国 の 放 送 市 場 に 参 入 す る 条 件 が 緩 和 さ れ る 。す で に RTL と ベ ル テ ル ス マ ン 、
あるいはマードック氏によるチャンネル 5 の買収などが報じられているが、外
資による放送局の買収が海外、特に米国製の番組による番組市場支配につなが
るとの危惧がある。しかし、この場合には、番組の数量規制がひとつの歯止め
と な る と も 考 え ら れ て い る 。 新 し い 規 制 当 局 で あ る OFCOM が 、 放 送 市 場 の 規 制
緩和政策と番組の数量規制との間でどのような調整を行おうとしているかにつ
いては現時点では明確ではない。
(7)英国の公正取引委員会と放送政策
英 国 の 公 正 取 引 委 員 会 (OFT: Office of Fair Trading)は 、 伝 統 的 に 市 場 と い
う概念が明確でなかった放送部門においてもデジタル技術革新によって様々な
選択の機会が生まれ、市場として競争政策について考慮すべき時が来たと判断
し て い る 。 英 国 で は 1 9 9 8 年 に 競 争 法 (Competition Act 1998)を 制 定 し て い
るが、放送市場にもこうした競争法の適用を考えるべきであると公正取引委員
会は指摘している。なぜなら市場が競争的であればあるほど新しい技術や創造
的な番組が生まれ、効率的な市場が育成されると期待されるからである。競争
法の重要な目的のひとつは、反競争的な行動や優越的地位の濫用の抑制に置か
れており、その意味で市場として立ち上がりつつある放送市場も例外とは考え
られないとしている.しかし,デジタル技術革新の急速な進展によって情報通
信と放送の市場融合が進み,市場行動を規制することは難しいために、ある程
126
度の構造規制は不可欠であると判断している。
放送市場は番組の制作から流通に至るまで複数の階層から構成される市場で
ある。従ってこうした階層の一部の支配力が連鎖的に及ぶ構造となっている。
英 国 で は 特 に BBC の 存 在 感 が 大 き く 、 そ の 活 動 が 放 送 市 場 全 体 に 与 え る 影 響 は
大 き い 。 と り わ け BBC の 商 業 的 サ ー ビ ス に 対 し て は 競 争 法 に よ る 監 視 を 公 正 取
引委員会は重視している。また衛星有料放送市場を支配するビー・スカイ・ビ
ー (BSkyB)に 対 し て も 、ス ポ ー ツ や 映 画 コ ン テ ン ツ な ど 番 組 供 給 市 場 に お け る 優
越的地位、それを背景とした排他的な契約、垂直統合などについて競争政策の
観 点 か ら 関 心 を 持 っ て い る 。ま た コ ン テ ン ツ 供 給 者 と し て の 映 画 配 給 協 会 (Film
Distributor’s Association)の 価 格 政 策 や ス ポ ー ツ 協 会 に よ る 独 占 的 な 放 送 権
の売却などについても競争法の対象となるとしている。
4.6.2
米国における映像コンテンツ制作市場と競争政策の展開
( 1 ) フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル な ら び に プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル と そ の 論 拠
連 邦 通 信 委 員 会 (FCC: Federal Communications Commission)が 1970 年 に 定 め
た フ ィ ン ナ ン シ ャ ル ・ イ ン タ レ ス ト ・ エ ン ド ・ シ ン ジ ケ ー シ ョ ン ・ ル ー ル (The
Financial Interest and Syndication Rules:以 下 で は フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル と 略
す )は 、番 組 の 多 様 化 と 当 時 の 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク( 当 時 は ABC,NBC,CBS の 3 つ の
放送局を指した)の放送市場における支配力を抑制するために制定された。主
たる目的は、その名前が示すように、三大ネットワークが初回の放送後も番組
の放送権を保有することを禁ずると同時に、番組制作プロダクションの育成を
目指すものであった。基本的にネットワークが内部で制作する番組の比率を抑
え 、ま た 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク が シ ン ジ ケ ー シ ョ ン 市 場 (syndication markets)と 呼
ばれる二次的な番組取引市場で番組を販売する権利を制限しようとするもので
あ っ た 。1977 年 に 司 法 省 と 三 大 ネ ッ ト ワ ー ク と の 間 で 合 意 判 決 に 基 づ い て フ ィ
ン ・シ ン ・ル ー ル は 強 化 さ れ た 。 そ し て さ ら に ネ ッ ト ワ ー ク 自 身 が 制 作 し た 番 組
を プ ラ イ ム ・ タ イ ム (prime time)と 呼 ば れ る 最 も 視 聴 率 の 高 い 時 間 帯 に 放 送 す
ることについても制限を加える決定をした。
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 制 定 に は 、 い く つ か の 理 由 が あ っ た 。 第 一 に 、 フ ィ ン ・
127
シ ン ・ル ー ル 以 前 は ネ ッ ト ワ ー ク が 制 作 か ら 流 通 に 至 る ま で の す べ て の 活 動 を
垂直統合しており、テレビ放送市場における寡占的支配構造の拡大が危惧され
たためである。第二に、シンジケーション市場におけるネットワークの市場支
配力が増大したために、ネットワークが内部制作した番組の販売権を制限し、
ネットワークによる番組制作の意欲を押さえ込もうとした。すなわち、テレビ
放送における制作と流通の分離を図ることが目的とされた。第三に、フィン・
シ ン ・ル ー ル に よ っ て 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン に よ る ネ ッ ト ワ ー ク へ の 経 済 的 な 依
存を減らし、シンジケーション市場での利益によって自立を促すことが期待さ
れた。またこうした独立プロダクションの育成が番組の多様化と革新的な番組
制作につながると考えられた。第四に、三大ネットワークをシンジケーション
市場から切り離すことによって独立テレビ放送局の利益が増大すると考えられ
た。一度ネットワークで放送された番組が売買されるオフ・ネットワーク・シ
ン ジ ケ ー シ ョ ン (off-network syndication)市 場 で 、い わ ゆ る オ フ ・ネ ッ ト ワ ー
ク 番 組 (off-network programs)を ネ ッ ト ワ ー ク が 売 買 す る 権 利 を 持 つ と す れ
ば、ネットワークはこうした番組を退蔵するか、あるいは自らの直営の放送局
やネットワーク傘下の放送局だけに流し、ネットワーク系列の放送局の強化に
つながると懸念されたからである。
し か し な が ら 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は 制 定 の 当 初 か ら そ の 経 済 効 果 を 疑 問 視
する意見もかなりあった。例えば、ネットワークの巨大化は規模の経済性によ
る参入障壁であり、垂直統合の結果ではないという見解である。また中小の独
立プロダクションの財政的基盤は脆弱であり、制作にあたってネットワークの
資 金 に 依 存 せ ざ る を 得 な い た め に 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン
の育成にとって逆効果であるという意見もあった。とりわけ、ネットワークに
著作権や放送権と引き換えに制作費の相当部分を負担してもらう欠損財政方式
の活用が不可能となり、独立プロダクションにとってはむしろ不利になるとい
う主張である。また資金力のあるハリウッド映画会社は短期の損失をシンジケ
ーション市場での番組の売却によって回収できるのに対して、独立プロダクシ
ョンは資金調達能力の不足のためにむしろ費用のかからない番組の制作に留ま
り、革新的な番組制作を増やすことにはつながらないという指摘もあった。
FCC は 、 1983 年 に こ う し た フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル に 対 す る 批 判 の 高 ま り と 規 制
128
緩 和 と い う 政 策 的 な 流 れ の 中 で 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 緩 和 を 考 え た が 、 三 大
ネ ッ ト ワ ー ク の 弱 体 化 を 狙 っ た ハ リ ウ ッ ド の 政 治 的 な 工 作 に よ っ て フ ィ ン ・シ
ン ・ル ー ル の 緩 和 は 先 送 り さ れ た 。 し か し 、 1990 年 代 の 初 め に な る と 再 び フ ィ
ン ・シ ン ・ル ー ル に 対 す る 見 直 し の 声 が 一 段 と 高 ま っ た 。 な ぜ な ら フ ィ ン ・シ ン ・
ル ー ル は 、ネ ッ ト ワ ー ク に よ る 市 場 占 有 率 が 90% に 達 し て い た 時 代 に 制 定 さ れ
た も の で あ り 、ケ ー ブ ル テ レ ビ の 普 及 以 前 の 産 物 と 言 え る か ら で あ る 。そ の 後 、
ケ ー ブ ル テ レ ビ が 著 し く 拡 大 し 、ま た マ ー ド ッ ク 氏 の フ ォ ッ ク ス( Fox)テ レ ビ
が 参 入 し 、1990 年 代 初 頭 に は ネ ッ ト ワ ー ク は 激 し い 競 争 に 晒 さ れ る よ う に な っ
た。その結果、市場占有率は急速に低下した。またタイムー・ワーナー
(Time-Warner)の 垂 直 統 合 に 見 ら れ る よ う に 、他 メ デ ィ ア と の 融 合 が テ レ ビ 放 送
市 場 の 競 争 に 多 大 な 影 響 を 及 ぼ す よ う に な り 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル に よ っ て ネ
ッ ト ワ ー ク の 市 場 支 配 力 を 規 制 す る 意 義 が 薄 れ て き た 。1991 年 に FCC は フ ィ ン ・
シ ン ・ル ー ル の 緩 和 を 表 明 し た が 、 こ れ に 対 し て 番 組 制 作 会 社 は フ ィ ン ・シ ン ・
ル ー ル の 維 持 を 主 張 し た の に 対 し て 、 番 組 流 通 業 者 は フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 撤
廃 を 訴 え た 。 し か し 、 最 終 的 に 裁 判 所 は フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 緩 和 を 認 め 、 こ
れ を 1995 年 に 撤 廃 し た 。
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 廃 止 は 、 番 組 供 給 市 場 に 多 大 な 影 響 を 及 ぼ し て き た 。
特に番組制作会社と番組流通会社との垂直統合が推進され、三大ネットワーク
の 内 部 制 作 が 増 加 し た 。例 え ば 、1992 年 ま で に NBC で は 自 ら が プ ラ イ ム・タ イ
ム に お け る 最 大 の 番 組 供 給 者 と な っ て い る 。 1986 年 か ら 1995 年 に か け て 新 し
いネットワークが誕生したのはこうした事情を物語っている。例えばフォック
ス (Fox)は 映 画 会 社 と し て 番 組 を 制 作 す る と 同 時 に 、CBS,NBC,ABC に 次 ぐ 第 4 番
目のネットワークを形成するのに成功した。その後パラマウント映画とワーナ
ー映画がフォックスのテレビ・ネットワークに参加している。また1995年
に は デ ィ ズ ニ ー に よ る ABC な ら び に キ ャ ッ プ ・ シ テ ィ (Cap Cities)の 買 収 も こ
うした垂直統合の動向を示している。
プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル ( Prime Time Access Rule: PTAR) は 、 上 述 の フ
ィ ン ・シ ン ・ル ー ル に 関 連 し て 、FCC に よ っ て 1970 年 に 制 定 さ れ た 。そ の 目 的 は 、
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル と 同 様 に 、 ネ ッ ト ワ ー ク の 市 場 支 配 力 を 弱 め 、 地 域 の 独 立
放送局を育成することに置かれた。具体的には、ネットワークの放送局あるい
129
は そ の 傘 下 に あ る 放 送 局 が ネ ッ ト ワ ー ク の 配 信 す る 番 組 を プ ラ イ ム・タ イ ム( 東
部 あ る い は 太 平 洋 側 の 地 域 で は 午 後 7 時 か ら 11 時 、中 央 あ る い は 山 岳 地 域 で は
午 後 6 時 か ら 10 時 の 間 ) に 放 送 を 制 限 し た 。
1960 年 代 ま で は ネ ッ ト ワ ー ク の 放 送 局 で は ネ ッ ト ワ ー ク の 制 作 し た 番 組 が
プライム・タイムのほとんどを占め、またネットワーク系列以外の独立放送局
のプライム・タイムでもネットワークの制作した番組の再放送を行っていた。
こ う し た 番 組 市 場 の 独 占 的 な 状 況 を 改 善 す る た め に 、 FCC は 1970 年 に プ ラ イ
ム・タイム・ルールを制定した。
米 国 で は 都 市 の 人 口 規 模 に よ っ て 約 200 の テ レ ビ 放 送 市 場 に 分 類 さ れ る が 、
最大市場はニューヨークであり、これにロサンゼルスやシカゴが続く。プライ
ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル は 上 位 50 に 入 る 地 域 市 場 に 対 し て 適 用 さ れ た 。 上 位 50 ま
でのテレビ放送市場では、4 時間のプライム・タイムの内 3 時間を越えるネッ
ト ワ ー ク 番 組 の 放 送 を 禁 じ 、ア ク セ ス・ア ワ ー (access hour)と 呼 ば れ る プ ラ イ
ム・タイムの最初の 1 時間は地域の番組を放送するように定めた。従って、ネ
ットワークは全国市場を対象とした広告放送が月曜日から土曜日の 3 時間、日
曜 日 の 4 時 間 に な り 、合 計 週 22 時 間 だ け に 限 定 さ れ た 。ネ ッ ト ワ ー ク の 広 告 収
入は必然的に減少せざるを得なかった。なお日曜日の 4 時間の中の 1 時間分は
特集番組、ニュース、時事報道、あるいは子供向けを中心とした家族番組のた
めの特別枠であった。
( 2 ) フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル と プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル の 経 済 効 果
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル と プ ラ イ ム・タ イ ム・ル ー ル の 経 済 的 な 効 果 に つ い て は 、
こ れ ま で も 多 く の 疑 問 が 提 示 さ れ て き た 。 ア イ ン シ ュ タ イ ン (Einstein,
M.[2002]) は 、 番 組 の 多 様 性 は フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル が 制 定 さ れ る 以 前 の 1960
年 代 後 半 が 高 く 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル が 導 入 さ れ た 頃 か ら 番 組 の 多 様 性 が 減 少
し た と 指 摘 し て い る 。そ し て フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル が 続 い て い た 1990 年 代 は 番 組
の 多 様 性 は あ ま り 変 化 が な く 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 撤 廃 後 に 番 組 の 多 様 性 は
拡 大 し て い る こ と を 明 ら か に し て い る 。 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は ネ ッ ト ワ ー ク に
よる自社制作番組の配信を抑制したために、逆に番組の多様性が縮小したと推
測 し て い る 。図 表 4-13 が 示 す よ う に 、ア イ ン シ ュ タ イ ン の 調 査 に よ れ ば 、フ ィ
130
ン ・シ ン ・ル ー ル 以 前 の 1966 年 に お け る 多 様 性 指 数 は 43 で あ っ た が 、 フ ィ ン ・
シ ン ・ル ー ル が 実 施 さ れ て い た 時 期 で あ る 1974 年 の 多 様 性 指 数 は 37 に 減 少 し 、
1995 年 の 指 数 は 35 と 1974 年 の 指 数 と あ ま り 変 わ ら な か っ た が 、 逆 に フ ィ ン ・
シ ン ・ル ー ル 廃 止 後 の 2000 年 の 指 数 は 44 に 上 昇 し て い る 。 ま た 2002 年 の 多 様
化 指 数 は 46 で あ り 、フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 以 前 の 数 値 に 戻 っ て い る 。こ の よ う に
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は 、 そ の 目 的 に 反 し て む し ろ 番 組 の 多 様 性 を 抑 制 す る 方 向
に働いたと推測される。
図 表 4-13
米国における番組の多様性とその変化
出 所:Einstein, M. [2002]、18 頁 よ り 引 用 。多 様 性 は 、Dominick, J.K. and M.C.
Pearce [1946]”Trend In Network Prime-Time Programming, 1953-74,” Journal of
Communications, 26, 70-80 に 基 づ い て い る 。
し か し , こ う し た 番 組 の 多 様 化 の 背 景 に は 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 廃 止 が 影
響しただけでなく,番組制作の費用という制約条件が存在していると考えられ
る。すなわち、時事報道などの番組は制作費が安く、また自社で制作しやすい
た め に 、他 の 番 組 に 取 っ て 代 わ る よ う な っ た と 推 測 さ れ る 。ま た 2000 年 代 に 入
131
ってからやはり制作費の廉価なゲーム・ショーなどが増加しているが,これも
同じ理由によると考えられる。
ま た フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は む し ろ 番 組 制 作 会 社 の 市 場 集 中 率 を 増 大 さ せ た と
考 え ら れ る 。図 表 4-14 が 示 す よ う に 、例 え ば ,フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 以 前 の 1970
年にネットワークのプライム・タイムのために番組を供給した上位 6 社の市場
占 有 率 は 41.2% で あ っ た が 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 実 施 後 の 1977 年 に お け る 市
場 占 有 率 は 45.5% に 上 昇 し て い る 。 な お 上 位 20 社 の 中 に 占 め る 独 立 プ ロ ダ ク
シ ョ ン の 数 は 11 か ら 12 に 増 え た に 過 ぎ な い 。
図 表 4-14
米国における番組制作市場と市場占有率の変化
出 所: Einstein, M. [2002]、25 頁 よ り 作 成 。な お こ こ で は 市 場 占 有 率 は 総 放 送 時
間数に占める比率で示している。
またネットワークのプライム・タイムに番組を供給した上位 6 社の市場占有
率 を 見 る と 、図 表 4-15 が 示 す よ う に 、1989 年 の 47.8 か ら 1995 年 の 59 に 微 増
に 留 ま っ て い る が 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 廃 止 後 の 2002 年 の 市 場 占 有 率 は 81.8
へ と 増 加 し て い る 。 こ の こ と は フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル が あ る 程 度 集 中 率 の 増 大 を
遅らせたが、基本的には市場集中を止めるだけの効果は持たなかったことを示
唆している。
132
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル の 撤 廃 後 、 ネ ッ ト ワ ー ク は 自 社 制 作 の 番 組 を よ り 多 く 配
信するようになり、特にエンターテイメント系の番組の制作が多くなったと言
わ れ る 。1970 年 代 に は ネ ッ ト ワ ー ク は こ う し た エ ン タ ー テ イ メ ン ト 系 番 組 を ハ
リ ウ ッ ド の ス タ ジ オ に 発 注 し て い た が 、 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 廃 止 後 は 自 社 制 作
が増え、ハリウッド制作の番組は減少している。こうした傾向はその後も続い
ている。
図 表 4-15
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル 廃 止 前 後 の 市 場 占 有 率 の 変 化
出 所 : Einstein, M. [2002]、 28 頁 よ り 引 用 。
上述のように、番組の多様性は価格や資金調達の方法によって大きく左右さ
れるために、独立プロダクションの数やネットワークによる放送権所有が番組
の多様性にどの程度影響を与えているかを断定するのは難しい。しかし、フィ
ン ・シ ン ・ル ー ル や プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル 規 制 が 番 組 の 多 様 性 を 増 や す こ と
にはあまり役立たなかったことは確かであろう。
フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル と プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル は , ネ ッ ト ワ ー ク の 番 組 市
場における支配力を弱めたが、独立プロダクションの育成よりはむしろ大手の
ハリウッド映画会社の番組供給力を拡大させた。ネットワークの凋落は、都市
部におけるケーブルテレビの急速な拡大とフォックスの新規参入によって拍車
が か か り 、ネ ッ ト ワ ー ク の 視 聴 率 は 1970 年 代 の 90% か ら 1990 年 ご ろ に は 65%
ま で 低 下 し て い る 。 フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル は 廃 止 さ れ た が 、 今 後 は さ ら に 衛 星 放
133
送の成長、ブロードバンドの伸展、垂直統合などによって、地上波放送市場の
構造は大きく変化するであろう。
(3)メディアの再編と番組取引市場への影響
FCC に よ る フ ィ ン ・シ ン ・ル ー ル な ら び に プ ラ イ ム ・ タ イ ム ・ ル ー ル の 背 景 に
は、ネットワークとハリウッドとの利害の対立があった。すなわち、当時ネッ
トワークは番組取引市場において買手独占という優越的な立場にあったばかり
でなく、またもしネットワーク側が独立プロダクションの育成を図ればハリウ
ッ ド に と っ て 競 争 の 拡 大 が 懸 念 さ れ た 。 そ の た め に ハ リ ウ ッ ド は フ ィ ン ・シ ン ・
ルールの策定に政治的な力を発揮したと考えられる。
近年は逆にハリウッドによるテレビ局の買収に見られるように、ハリウッド
を 中 心 と し た メ デ ィ ア の 再 編 が 急 速 に 進 行 し て い る 。 特 に バ イ ア コ ム (Viacom)
に よ る CBS 買 収 、パ ラ マ ン ト (Paramount Pictures)に よ る UPN(United Paramount
Networks)の 設 立 、 タ イ ム ワ ー ナ ー (Time Warner)に よ る WB(Warner Brothers)
ネ ッ ト ワ ー ク の 設 立 、 デ ィ ズ ニ ー (W. Disney) に よ る キ ャ ピ タ ル ・ シ テ ィ
(Capital Cities)・ ABC 買 収 、 20 世 紀 フ ォ ッ ク ス ( Twentieth Century Fox) の
フォックス・ネットワークの拡大などはハリウッドによるネットワークの創設
を意味している。
番 組 制 作 会 社 を 含 め て こ う し た 新 た な る ネ ッ ト ワ ー ク の 再 編 は 、 FCC に よ る
メ デ ィ ア 集 中 排 除 の 緩 和 に よ っ て 一 層 拍 車 が か か る と 予 想 さ れ る 。 FCC は 、 現
在 ケ ー ブ ル テ レ ビ や DSL な ど 伝 送 路 の 拡 大 と イ ン タ ー ネ ッ ト の 普 及 に よ っ て 放
送 市 場 は 競 争 的 な 構 造 と な っ て い る と い う 判 断 に 基 づ い て 、2003 年 夏 に テ レ ビ
局 所 有 の 上 限 (ownership caps)を 緩 め る 方 針 を 発 表 し た 。
1996 年 法 に お い て 、テ レ ビ 局 の 所 有 に つ い て は 市 場 占 有 率 の 上 限 を 25% か ら
35% へ と 緩 和 さ れ て い る が 、 FCC は さ ら に 45% へ の 上 限 の 緩 和 を 求 め た 。 ま た
同一市内においては新聞社 1 社とテレビ局1局、同じ市場圏ないであればテレ
ビ局2局まで所有できるように、クロスメディアについても規制緩和を提案し
た 。そ れ は 、上 限 規 制 (a cap)が 競 争 を 通 じ て 放 送 市 場 を 活 性 化 す る た め の 障 害
となっているという認識がある。すなわち、規制緩和を促進しない限り、放送
事業者はますます良質の番組をケーブルや衛星による有料放送に流すように仕
134
向け、広告による無料の地上波放送市場は縮小すると懸念されるからである。
FCC の 放 送 政 策 の 基 本 は 、 伝 統 的 に 地 域 性 の 重 視 (localism) 、 競 争
(competition)、 多 様 性 (diversity)に 置 か れ て き た が 、 米 国 で 普 及 し た ケ ー ブ
ルテレビと地上波放送の競争を促すためには現在のメディア集中排除原則が足
かせとなっているという判断が強く働いたと思われる。すなわち、放送市場に
おいて多様性が達成されている以上、様々なメディア間のインターモーダルな
競争を促進しようとする考え方が規制緩和の背景にある。急速に技術が変化す
る市場において、市場集中と多様性との関係をどのように捉えるかによって見
解は大きく分かれるであろう。それは、デジタル技術革新とインターネットの
普 及 の 中 で 、マ イ ク ロ ソ フ ト の OS「 ウ ィ ン ド ウ ズ 」の 市 場 支 配 力 を ど の よ う に
判 断 す る か と い う 問 題 と 同 じ と 考 え ら れ る 。2003 年 10 月 末 現 在 で は 、FCC の 規
制 緩 和 案 は 国 会 に お い て 圧 倒 的 多 数 で 否 決 さ れ て お り 、 35% 上 限 規 制 は 延 長 の
方向にある。しかし、最終的な判断は大統領の拒否権にかかっている。
米国におけるメディア集中排除の規制緩和策が、番組取引市場にどのような
影響を及ぼすかは、優れた映像コンテンツを供給する能力を持つのみならず、
番組制作のための資金調達やリスク回避など幅広い分野で知識と経験を持つハ
リ ウ ッ ド と フ ォ ッ ク ス( Fox)を 通 じ て 米 国 の 放 送 市 場 に 多 大 な 影 響 力 を 持 ち つ
つあるマードック氏の動向によって大きく左右されるであろう。
135
第5章:英国と日本の放送政策とその展開
5.1
5.1.1
英国における放送政策の展開と経済学的含意
英国における放送市場の変遷と放送改革
Jeremy Tunstall
(1)サッチャー政権下における放送政策とピーコック委員会
タ ン ス ト ー ル (Tunstall, J. [1983])は 、 英 国 に お け る 放 送 メ デ ィ ア 政 策 の 特 徴
として、次の5つの特徴を挙げている。第一は、ドイツ、イタリア、スペイン
などの欧州諸国と比べて政策の継続性を重視しながら改革を進めるという漸進
主 義 (gradualism)を 取 っ て き た 。1936 年 に BBC が 試 験 的 な テ レ ビ 放 送 サ ー ビ ス
を 始 め 、1946 年 に 再 開 し て い た が 、ラ ジ オ が 市 場 を 支 配 し 、テ レ ビ 放 送 は 実 験
の 域 を 出 な か っ た 。 1955 年 に な っ て 初 め て 広 告 を 財 源 と す る 民 間 放 送 ,す な わ
ち ITV(Independent Televison)が 参 入 し 、 BBC と ITV に よ る テ レ ビ 放 送 市 場 の
複占体制が確立された。
第 二 の 特 徴 は 、 BBC の 設 立 の み な ら ず 、 民 放 の 公 共 サ ー ビ ス 放 送 (public
service broadcasting:PSB)の 義 務 規 定 に 見 ら れ た よ う に 、英 国 の 放 送 メ デ ィ ア
は 非 商 業 主 義 を 重 視 し た と い う 点 で あ る 。新 聞 に つ い て も か つ て こ う し た 特 性
が 見 ら れ た 。 1896 年 に デ イ リ ー メ イ ル (Dailiy Mail)と い う 50 ペ ン ス の 最 初 の
大 衆 向 け の 朝 刊 は 、ノ ー ス ク リ フ (Northcliffe)に よ っ て 発 刊 さ れ た が 、そ の 後
の ザ ・タ イ ム ズ (The Times)や デ イ リ ー ・テ レ グ ラ フ (Daily Telegraph)な ど も 長
い間非営利を目的とした新聞であったと言われる。
第 三 に ,英 国 の 放 送 メ デ ィ ア は 全 国 放 送 に 力 点 を 置 き 、 地 域 放 送 は あ ま り 重 視
さ れ な っ か た 点 で あ る 。BBC と ITV の 第 二 チ ャ ン ネ ル と し て 設 立 さ れ た BBC2 と
チ ャ ン ネ ル 4 (Channel Four)は 純 然 た る 全 国 放 送 局 と し て 設 立 さ れ て い る 。
第四に、英国の放送メディアは常に米国の新しいアイディアや技術革新を模
136
倣してきた。
第五に、英国のメディア政策の決定には基本的に合意を重視する姿勢を取っ
て き た 点 が 挙 げ ら れ る 。 例 え ば 1955 年 の ITVの 承 認 に も 4 年 間 に わ た る 年 月 を
費 や し て い る 23 。
英国では、アングロサクソンの伝統に基づいて、新聞を取り締まる法律は望
ましくないと考えられていたために、新聞に対しては名誉棄損のような一般的
な 法 律 し か 適 用 さ れ な い 。実 質 的 に は 独 占 禁 止 法 が 新 聞 を 律 す る 唯 一 の 法 律 と
言われ、例えば新聞社の規模を制限しようという考えは支配的ではなかった。
こうした姿勢は英国の放送メディア政策にも当てはまり、政府による介入や規
制を最小必要限に止め、政府から独立した専門家で構成される委員会方式が重
視された。
英国のメディア政策は常に市場重視派と文化重視派とに分かれて対立してきた
が、サッチャー政権が放送メディア市場の構造変化に大きく寄与したと考えら
れる。サッチャー政権は、合意と伝統を重視する英国の諸制度が労働組合に過
剰な力を与え、企業者精神を欠落させることになっているという基本的な判断
に基づいて、放送メディアについても改革を試みている。
タンストールによれば、サッチャー政権の放送メディア政策は二つの時代に
分けられる。第一の時代は、サッチャー政権はハイテク技術の育成を目指して
ケーブルテレビや衛星放送といった新しい放送メディアの発展に力点を置いた。
当 時 の 監 督 機 関 で あ っ た IBA は デ ジ タ ル 衛 星 放 送 (DBS: Digital Broadcast
Satellite)を 1986 年 に BBC な ど に よ る BSB(British Satellite Broadcasting)
に 3 チ ャ ン ネ ル の 免 許 を 与 え た 。し か し 、1989 年 に ル ク セ ン ブ ル グ の ア ス ト ラ
衛 星 (Astra satellite)を 利 用 し て サ ー ビ ス を 開 始 し た マ ー ド ッ ク (Murdoch,R)
の ス カ イ 衛 星 放 送 (Sky Television)と の 競 争 に 敗 れ 、 1990 年 に は ス カ イ 衛 星 放
送 に 吸 収 合 併 さ れ た 。 そ し て 新 た に ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー (BSkyB:British Sky
Brocasting) と し て 発 足 し 、 衛 星 放 送 市 場 は 完 全 に “ 非 国 内 放 送 事 業 者
23
王 立 委 員 会 (Royal Committee)が 放 送 と 新 聞 の 両 方 を 監 督 し て い た が 、 1970 年 代 は 放 送
に つ い て は ア ナ ン 委 員 会 (Annan Committee) 、 新 聞 に つ い て は マ ク レ ガ ー 王 立 委 員 会
(McGregor Royal Committee)が 監 督 す る よ う に 分 離 さ れ た 。
137
(non-domestic broadcaster)” と 呼 ば れ る ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー に 独 占 さ れ る こ
とになった。
サッチャー政権は新聞についても強力な労働組合の力を弱め、事業主の復権
を 図 る た め に 1980 年 と 1982 年 に 雇 用 法 を 成 立 さ せ た が 、 そ の 結 果 マ ー ド ッ ク
による新聞 2 社と夕刊新聞 2 社の買収を許すことになった。一連の政策は、そ
の 後 の マ ー ド ッ ク に よ る 英 国 の メ デ ィ ア 市 場 の 拡 大 を 促 し た 24 。
第二段階は、広告収入に依存する新しい公共サービス放送としてのチャンネ
ル 4 (Channel 4)の 設 立 で あ り 、 こ の 政 策 は 1980 年 代 の 放 送 市 場 に 大 き な 衝 撃
を与えた。チャンネル 4 の目的は、労働組合の力を弱め、独立プロダクション
による番組制作の育成を目ざすことにあった。広告収入に依存するチャンネル
4 の 導 入 に よ っ て 、公 共 放 送 の 2 つ の チ ャ ン ネ ル (BBC1,BBC2)と 民 間 放 送 の 2 つ
の チ ャ ン ネ ル (ITV, Channel 4)と い う 複 占 体 系 が 構 築 さ れ た 。
サ ッ チ ャ ー 政 権 は BBC の 改 革 に も 着 手 し 、 BBC の 民 営 化 を 目 指 し て 広 告 放 送
の 可 能 性 に つ い て ア ラ ン ・ ピ ー コ ッ ク (Alan Peacock)を 委 員 長 と す る ピ ー コ ッ
ク委員会に諮問した。ピーコック委員会は市場機構の信奉者が多かったにも拘
わ ら ず 、 サ ッ チ ャ ー 政 権 の 意 図 に 反 し て 、 ITV が 公 共 サ ー ビ ス 放 送 義 務 を 果 た
し て い る と い う ITV の 役 割 を 認 め 、 広 告 収 入 を め ぐ る 競 争 を 避 け る た め に BBC
の広告導入案を却下した。
1985 年 の ピ ー コ ッ ク 委 員 会 に 始 ま る 一 連 の 議 論 を 経 て 、 サ ッ チ ャ ー 政 権 は
1998 年 に “ 90 年 代 の 放 送 : 競 争 ・ 選 択 ・ 質 "(Broadcasting in the 90s:
Competition, Choice and Quality)と い う 放 送 白 書 を 公 表 し た 。 こ の 白 書 は 放
送市場における競争、選択、質という概念が全面的に導入され、デジタル技術
によって大きく変わる放送部門の在り方を示唆する最初の白書となったが、こ
の 白 書 に 基 づ い て 1990 年 放 送 法 が 成 立 し た 。し か し 、チ ャ ン ネ ル 3 と 呼 ば れ る
ITV の 再 認 可 は 1993 年 ま で 掛 か り 、 ま た 1982 年 の チ ャ ン ネ ル 4 の 認 可 か ら 次
24
このような拡大は、新聞社の合併に関しては破産寸前の会社を買収する場合に限り、
政 府 は 直 ち に こ れ を 許 可 す る と い う 適 用 除 外 を 認 め た た め に 生 じ た 。そ の 後 、 こ の 適 用 除
外 条 項 が 広 く 適 用 さ れ た た め に 、 ザ ・タ イ ム ズ 、 サ ン デ ー ・タ イ ム ズ は そ れ ぞ れ 1981 年 に
マードックによって買収され、一層の拡大が促された。
138
の チ ャ ン ネ ル 5 の 新 設 ま で に 13 年 の 歳 月 を 要 し た 。
タンストールが指摘するように、市場におけるインセンティブを重視する急
進的なサッチャー政策は技術革新時代の放送政策を志向するものであったが、
現実的には漸進的な手続きを踏んだ政策だけしか実現しなかった。またサッチ
ャー政権の民営化政策の一環として、放送部門においても商業主義が強調され
たが、放送における公共サービス放送の重視の発想はその後も続いている。
(2)英国の放送市場の現状と問題点
伝 統 的 に BBC を 機 軸 と し た 英 国 の 放 送 事 業 は 、 急 速 な デ ジ タ ル 技 術 革 新 に よ
って競争的な市場へと変貌を遂げつつある。 一方では、地上波テレビ市場にチ
ャンネル 4 ならびにチャンネル 5 の新規参入があり、他方では衛星放送やケー
ブルテレビなどとの競争が拡大している。さらにインターネットを利用するコ
ンピュータ・ネットワークや携帯端末ネットワークの急成長とブロードバンド
化 が 情 報 通 信 と 放 送 の 融 合 を 促 し 、BT の よ う な 通 信 事 業 者 の 放 送 市 場 へ の 参 入
も考えられている。こうした技術革新が地上波放送の再編成を促し、また周波
数帯域の利用を含めてこれを一括管理する新たな組織が検討されている。
(1)アナログ地上波テレビ放送市場
英国の地上波テレビ放送市場は、視聴時間数による市場占有率は公共放送で
あ る BBC1・BBC2 と 民 間 放 送 ITV が そ れ ぞ れ 40%を 占 め て ほ ぼ 均 衡 し 、 チ ャ ン ネ
ル 4、チ ャ ン ネ ル 5、衛 星 放 送 な ら び に ケ ー ブ ル テ レ ビ が そ れ ぞ れ 10%を 占 め て
いる。
チ ャ ン ネ ル 4 は 民 間 放 送 ITV( チ ャ ン ネ ル 3)で は 満 た さ れ な い 放 送 コ ン テ ン
ツに対応するために「個性的」な番組を放送することを目的に設けられた。 基
本的には公共的な放送と民間放送との中間的な性格を持つチャンネルであり、
ニュース、時事問題、学校関係、教育、宗教などについて最低限の放送時間枠
が 規 定 さ れ て い る 。特 に チ ャ ン ネ ル 4 は 独 立 プ ロ ダ ク シ ョ ン か ら の 番 組 購 入 が
重要な責務となっている。
1982 年 の 創 設 時 に は チ ャ ン ネ ル 4 の 財 源 を 確 保 す る た め に ITV の 広 告 収 入 の 支
援 を 受 け る と 共 に 、 ITV に 広 告 時 間 を 売 却 し て 収 入 を 確 保 す る こ と に な っ て い
た 。1993 年 1 月 に は 、 チ ャ ン ネ ル 4 は 広 告 収 入 に よ っ て 財 源 を 支 え る 公 共 サ ー
139
ビス放送に改組され、自立することになった。またチャンネル 4 は、ウェール
ズ 地 域 で は チ ャ ン ネ ル 4 ウ ェ ー ル ズ 局 (S4C)と 呼 ば れ 、 1982 年 に 設 立 さ れ た 。
こ の S4C は 普 通 の チ ャ ン ネ ル 4 の 番 組 に 加 え て 週 30 時 間 の ウ ェ ー ル ズ 語 に よ る
番 組 を 放 送 し 、 ま た BBC の 番 組 も 供 給 し て い る 。
チ ャ ン ネ ル 5 は 1995 年 10 月 に 独 立 テ レ ビ 委 員 会 (ITC:Independent
Television Commission)に よ っ て 免 許 が 与 え ら れ 、 1997 年 か ら 放 送 が 開 始 さ れ
る 。 こ の 放 送 局 は 、 MAI、 ピ ア ソ ン (Pearson)、 欧 州 の 放 送 局 で あ る CLT、 米 国
の 投 資 銀 行 で あ る ウ ォ ー バ ー グ (Warburg Pincus)の 共 同 体 で 構 成 さ れ て い る 。
チ ャ ン ネ ル 5 は 全 国 の 70%を 対 象 と し て 、ニ ュ ー ス 、ス ポ ー ツ 、婦 人 向 け 番 組 、
ドラマ、成人教育など従来型の地上波テレビである。
(2)衛星放送
ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー (BSkyB) は マ ー ド ッ ク の ニ ュ ー ズ ・ イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル
(News International)の 傘 下 に あ り 、 2003 年 現 在 で 約 670 万 世 帯 の 視 聴 者 を 獲
得 し て い る 。 後 に 詳 し く 論 ず る よ う に 、 番 組 著 作 権 (programme rights)や ス ポ
ー ツ 放 送 権 (sports rights)の 取 得 に 力 を 入 れ 、特 に 国 民 的 ス ポ ー ツ で あ る サ ッ
カーの中継放送権を軸として英国における衛星放送の独占的地位を築いている。
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー (BSkyB)は コ ン テ ン ツ 市 場 に お け る 支 配 の み な ら ず 、NTL の 先
端 技 術 部 門 を 買 収 し 、 い ち 早 く 500 チ ャ ン ネ ル の デ ジ タ ル 放 送 に 着 手 し た 。 こ
うしたビー・スカイ・ビーによる英国テレビ放送市場の独占は今日に至るまで
重要な経済問題となっている。
5.1.2
英国における地上波放送デジタル化とマルチプレクッス配分
1998 年 夏 に 世 界 に 先 駆 け て 英 国 は 地 上 波 テ レ ビ の デ ジ タ ル 化 を 決 定 し た が 、
ここではデジタル化政策に伴う帯域免許の配分をめぐる経済的な問題について
考察する。英国では周波数帯域を幾つかに区分して免許を与えるマルチプレク
ッ ス (multiplex)と 呼 ば れ る 帯 域 免 許 の 概 念 を 採 用 し た 。こ の マ ル チ プ レ ク ッ ス
化 の 意 義 は ,主 と し て( 1 )番 組 放 送 事 業 者 と 番 組 の 多 様 化 、
( 2 )時 間 帯 別 の
周波数利用や高画質番組の供給、
( 3 )送 信 イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー の 建 設 促 進
などに求められた。
140
6 つのマルチプレクッス(マルチプレクッス1と2ならびにマルチプレクッ
ス A か ら D )が テ レ ビ 放 送 に 割 り 当 て ら れ た が 、1996 年 放 送 法 で 第 1 の マ ル チ
プレクッスは公共サービス放送のBBCに、第 2 のマルチプレクッスは既存の
チャンネル 3 とチャンネル 4 に、さらにまたマルチプレクッスAの半分はチャ
ン ネ ル 5 と 地 域 放 送 局 で あ る S 4C に 優 先 的 に 配 分 さ れ る こ と が 定 め ら れ た 。そ
のために実質的な公開入札は、Aの一部とB・C・Dに限定された。
民 間 放 送 の 免 許 と 規 制 監 督 を 行 う I T C は 、デ ジ タ ル 化 の 促 進 を 図 る た め に 、
マ ル チ プ レ ク ッ ス に 対 す る 免 許 基 準 と し て 、( 1 ) 送 信 地 域 の 広 さ 、( 2 ) サ ー
ビ ス 展 開 の 速 さ 、( 3 ) 提 供 す る サ ー ビ ス の 資 金 的 裏 付 け 、( 4 ) 番 組 の 魅 力 、
( 5 )デ コ ー ダ ー の 普 及 対 策 、
( 6 )番 組 サ ー ビ ス の 供 給 者 や 付 加 的 サ ー ビ ス の
供 給 者 と の 関 係 な ど を 掲 げ た 。1997 年 春 ,A に つ い て は 1 社 、B ・ C ・ D に つ
い て は 3 つ の マ ル チ プ レ ク ッ ス を 一 括 し た 形 で ビ ー・ス カ イ・ビ ー (BSkyB)と 既
存 の 民 間 放 送 事 業 者 で あ る カ ー ル ト ン ・ コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ (Carlton
Communications)な ら び に グ ラ ダ ナ・グ ル ー プ( Gradana Group)と の 連 合 体 で あ
る B D B ( British Digital Broadcasting) と 米 国 系 の ケ ー ブ ル 会 社 を 中 心 と
し た D T N ( Digital Television Nework)の 2 社 が 応 募 し た 。 B D B は 、 衛 星
放 送 市 場 を 支 配 す る ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー に 加 え て , B B C と 米 国 系 の 番 組 供 給 事
業 者 の フ レ ッ ク ス テ ッ ク (Flextex)に よ る 有 料 放 送 事 業 も 参 加 す る と い う 大 規
模な連合体であった。
I T C は 1997 年 6 月 24 日 に 、 B D B に 対 し て B ・ C ・ D の マ ル チ プ レ ク ッ
ス の 一 括 供 与 を 最 終 決 定 し た が 、 そ の 前 提 条 件 と し て ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 市 場
支配力の拡大を危惧して、ビー・スカイ・ビーのBDBへの資本参加取りやめ
を求めた。DTNではなく、BDBが選ばれた理由は、事業の継続性と財政的
な 安 定 性 に あ っ た 。D T N は 親 会 社 の 資 金 に 依 存 す る 計 画 で あ っ た の に 対 し て ,
BDBは自己資本に重点を置いたためにBDBの財政基盤が優れていると判断
された。だだし番組の多様性や革新性という観点からは既存の民間放送の連合
体 で あ る B D B よ り D T N の 方 が 望 ま し い と 評 価 さ れ て い た 。 ま た ビ ー ・ス カ
イ ・ビ ー の B D B へ の 参 加 は 、放 送 市 場 に お け る 競 争 の 促 進 と い う 視 点 か ら は 望
ましくないとの判断に基づいてビー・スカイ・ビーの参加が見送られたが、B
DBの主たる番組供給者として止まることは認められた。それは地上波テレビ
141
の デ ジ タ ル 化 の 普 及 の た め に は 、 ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 番 組 供 給 が 不 可 欠 と 考 え
られたからである。結果として、3つのプレミアム・チャンネルと1つのベー
シック・チャンネルを最低7年間は供給するという契約が結ばれたが、これは
ビー・スカイ・ビーの英国における放送市場での地位を端的に示すものであっ
た 。 な お 残 り の マ ル チ プ レ ク ッ ス は 、 デ ジ タ ル 3・ 4(Digital 3 & 4)と SDN に
与えられた。
B・C・Dのマルチプレクッスは当初は分割して免許が与えられる予定であ
ったが,配分されるマルチプレクッスの送信対象地域の格差や分割免許による
採算上の問題から最終的には一括して免許が与えられた。デジタル放送の迅速
な 普 及 と デ ジ タ ル テ レ ビ や セ ッ ト ・ ト ッ プ ・ ボ ッ ク ス (STB: Set-Top-Box)の 開
発上のリスクの軽減のためには、一括免許が必要であった。地上放送のデジタ
ル化は英国の放送部門の将来性を担う戦略的な意義を持っていたが、投資とそ
れに伴うリスクが大きい新規事業であり、安定性の視点から既存放送局の連合
体であるBDBが適格と判断された。しかしマルチプレクッス配分に関する問
題 は , ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 市 場 支 配 力 を 改 め て 浮 き 彫 り に す る も の で あ っ た 。
ITC に よ る B D B へ の マ ル チ プ レ ク ッ ス 配 分 決 定 に 対 し て 、 通 信 部 門 を 監 督
す る 通 信 委 員 会 ( Oftel: Office of Telecommunications) は 反 対 の 意 向 を 表 明
した。放送市場における競争促進とDTNの番組編成の優位性という観点から
BDB よ り も D T N へ の 配 分 が 望 ま し い と の 見 解 を 示 し た 。 こ う し た 見 解 の 相 違
は、通信部門を規制するオフテルと放送コンテンツを規制するITCとの権限
の対立が影を落としていたと考えられる。
英国の地上波放送のデジタル化計画はマルチプレクッスの配分によって第一
歩を踏み出した。社会的な影響を考慮して、アナログ・テレビ放送とのサイマ
ル放送を義務づけられたが、いつの時点でアナログ放送を停止するのかは極め
て重要な課題であった。また有料事業として立ち上げられたデジタル地上波放
送は、デジタル衛星放送との厳しい競争に晒された。特に公共サービス放送の
義務を負わないデジタル衛星放送はエンターテイメント系を軸に自由な番組編
成 が 可 能 で あ っ た た め に 、 規 制 に よ る ク リ ー ム ・ ス キ ミ ン グ (cream-skimming)
を生じさせた。
1998 年 に BDB は オ ン ・ デ ジ タ ル (OnDigital)と い う 名 称 で 地 上 波 デ ジ タ ル 放
142
送 が 開 始 し 、 同 様 に BBC、 ITV、 チ ャ ン ネ ル 4 も デ ジ タ ル 放 送 を 始 め た 。 2001
年 に オ ン・デ ジ タ ル は ITV デ ジ タ ル (ITV Digital)と 改 称 さ れ た 。し か し 、2002
年 3 月 に 経 営 破 綻 に 追 い 込 ま れ 、 終 に 同 年 5 月 に 130 万 世 帯 の 有 料 放 送 視 聴 者
に 対 す る 送 信 を 停 波 し た 。す で に ビ ー・ス カ イ・ビ ー の 視 聴 者 数 は 2000 年 の 段
階 で 500 万 世 帯 数 を 超 え て お り 、ITV デ ジ タ ル の 競 争 力 は 明 ら か に 劣 っ て い た 。
特に有料事業モデルの下でサッカーの放送権の高騰は負担が重く、また課金シ
ステムの不備や双方向的サービスの低迷などが破綻の原因となった。
ITC は 再 度 、地 上 波 デ ジ タ ル 放 送 の 免 許 の 入 札 を 実 施 し 、BBC を 中 心 と し て ビ
ー・ス カ イ・ビ ー (BSkyB)と 伝 送 会 社 で あ る ク ラ ウ ン・キ ャ ッ ス ル (Crown Castle)
に 免 許 を 与 え た 。地 上 波 デ ジ タ ル 放 送 は 2002 年 11 月 に フ リ ー ヴ ュ ー (FreeView)
と い う 名 称 で 28 の 無 料 放 送 を 開 始 し て い る 。
ITC(ITC News, 4 April 2003)に よ れ ば 、 地 上 波 デ ジ タ ル 放 送 は 40% 以 上 の
世 帯 に 普 及 し 、最 も 高 い 普 及 率 で 延 び た 場 合 に は 、次 の 5 年 間 で 58% か ら 78%
に 達 す る と 予 測 さ れ て い る 。政 府 は 1999 年 の 段 階 で は デ ジ タ ル テ レ ビ の 普 及 率
が 95% に 達 し た 時 に ア ナ ロ グ 放 送 を 停 波 す る こ と を 決 定 し た 。
5.1.3
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー に よ る 放 送 市 場 の 支 配 と 隘 路 問 題
ビー・スカイ・ビーによる放送市場の独占的支配とそれに伴う隘路
( bottleneck) 問 題 は 、 放 送 政 策 の 経 済 学 的 な 含 意 を 考 察 す る 上 で 多 く の 示 唆
を含んでいる。既に指摘したように、英国の地上波デジタルならびに衛星放送
市 場 は ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー (BSkyB)の 市 場 行 動 に よ っ て 大 き く 左 右 さ れ て い る 。
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー が 放 送 市 場 に お い て ど の よ う な 隘 路 と い か な る 反 競 争 的 行 動
が生じているかを検討することは、今後の日本における有料放送市場の将来を
考える上で重要な示唆を与えると考えられる。なぜならデジタル技術革新は有
料放送市場におけるインターモーダルな競争を促し、そこでは常に勝者と敗者
が生ずるからである。ここでは放送コンテンツの供給から最終的な視聴者の管
理 に 至 る ま で の 流 通 過 程 に お い て 、 ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 市 場 行 動 が ど の よ う な
経済学的問題を生じているかについて考察する。
143
(1)放送コンテンツの供給独占
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー は 2002-2003 会 計 年 度 第 3 四 半 期( 2003 年 3 月 末 )現 在 で
約 670 万 世 帯 の 視 聴 世 帯 を 確 保 し 、英 国 の 衛 星 放 送 市 場 を 完 全 に 支 配 し て い る 。
またケーブルテレビを通じてビー・スカイ・ビーを視聴する世帯数は約330
万であり、英国の総世帯数の約48%に番組を供給している。マルチチャンネ
ル・テ レ ビ (multi-channel television)と し て の ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 優 位 性 は 、
破 城 槌 (battering ram)と 呼 ば れ る プ レ ミ ア ム 番 組 の 放 送 権 の 独 占 か ら 生 じ て
い る 。 特 に ス カ イ ・ ス ポ ー ツ (Sky Sports)は ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー に と っ て 最 も
重要なチャンネルであり、サッカーを中心として様々な国民的スポーツの独占
的 な 中 継 を 行 っ て い る 。例 え ば 、英 国 サ ッ カ ー 協 会 に よ る プ レ ミ ア・リ ー グ (The
Football Accociation Premier League)フ ッ ト ボ ー ル 中 継 放 送 権 に よ る プ レ ミ
ア シ ッ プ・マ ッ チ (Premiership matches)、ワ ー ル ド カ ッ プ・ク リ ケ ッ ト (World
Cup cricket)の 試 合 、 ゴ ル フ の ラ イ ダ ー ・ カ ッ プ (Ryder Cup)や US・ オ ー プ ン
(US Open)、 USPGA・ チ ャ ン ピ オ ン シ ッ プ (USPGA Championship)、 ワ ー ル ド ゴ ル
フ・チ ャ ン ピ オ ン シ ッ プ (USPGA Championship)、ヨ ー ロ ッ パ・ツ ア ー (Europe Tour
events)な ど 主 要 な ス ポ ー ツ の 独 占 中 継 放 送 に よ っ て 多 く の 視 聴 者 を 引 き 付 け
ている。その他にラグビーやボクシングの独占中継契約やハリウッド映画会社
の独占的配給権を手中に収めている。
有料放送事業ビジネスモデルの成功は、いかにして人気の高い番組の放送権
を獲得できるかに懸かっている。特にスポーツの場合にはライブによる中継放
送に意義のある即時財であり、需要の価格弾力性が小さいために独占放送権の
保有は大きな準地代を発生させるであろう。しかし、もし同じ番組が広告放送
を通じて無料で放送されるとすれば、有料放送はその財政的基盤を失う。放送
権の独占契約が経済的厚生という視点から見てどのような影響を持つかを判断
するのは難しい。独占契約でなければ、こうした番組に対する投資が過小とな
り、経済的厚生は小さくなるかもしれない。しかし、もしこうした独占契約が
市場における支配力を一層強めるとすれば、視聴者の保護の視点から反競争的
な市場行動に対して何らかの経済規制が必要となる。また放送コンテンツの独
占契約は、卸売価格を吊り上げて競争相手の競争力を奪うといういわゆる「価
144
格 に よ る 囲 い 込 み 」( price squeeze)に つ な が る 可 能 性 が 高 い 2 5 。
公 正 取 引 委 員 会 ( OFT: Office of Fair Trading) は , ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー に よ
るコンテンツの卸売価格の算定基準,小売価格と卸売価格との格差,割引制度
や違約金制度など反競争的となる可能性について調査した。そしてビー・スカ
イ・ビーの販売価格維持政策や違約金制度がケーブルテレビの価格競争を制約
し、また他の放送事業者からのコンテンツの購入を実質的に不可能としている
と 指 摘 し 、 ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー に 対 し て 供 給 条 件 に つ い て 修 正 す る よ う に 勧 告 し
た 。ま た 英 国 の 通 信 委 員 会 (Oftel)も ま た ビ ー・ス カ イ・ビ ー に よ る サ ッ カ ー の
プレミアム・リーグの独占的な放送権に反対する意向を示した。
(2)番組ならびにチャンネルの包括的販売とその経済的意義
ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー は 、 一 般 の 視 聴 者 へ の 小 売 な ら び に C A T V へ の 卸 売 に あ
たって番組をパッケージとして販売している。この戦略はバンドリング
( bundling) と 呼 ば れ る が 、 番 組 の バ ン ド リ ン グ の 経 済 的 な 意 義 は 次 の よ う に
示されるだろう。
シ ャ イ (Shy,O [1995])に 基 づ い て 、 あ る 独 占 的 な 放 送 事 業 者 が 直 面 す る 逆 需
要関数を
Q=4−P(単位:ドル)
で 表 す な ら 、独 占 価 格 は
P m = 2 ド ル ,独 占 供 給 す る 番 組 数 は
Qm=2
と
な り 、 独 占 利 潤 は 4 ド ル と な る 。 図 表 5-1 に 示 さ れ る よ う に 、 差 別 価 格 が 採 用
されない場合の消費者余剰は25ドルとなる。もしこの独占的放送事業者がバ
ンドリング戦略を採用し、視聴者に対して4つの番組をパッケージとして8ド
ルで購入するか,あるいは全く購入しないかのいずれかの選択を迫るとする。
4つの番組を一括購入した場合には消費者余剰は8ドルに増えるから,番組を
パッケージとして購入するはずである。この時の独占的放送事業者の利潤は8
ド ル と な り 、バ ン ド リ ン グ 戦 略 を 用 い な か っ た 時 の 利 潤 4 ド ル よ り も 増 加 す る 。
25
Cowie, C. and G. Yarrow [1997] の 中 で 詳 し く 論 じ ら れ て い る 。
145
これは完全な価格差別を行った時の利潤と同じとなる。これがバンドリング戦
略を用いる経済的な意義である。
図 表 5-1
バンドリング戦略とその経済的意義
出 所 : Shy, O.[1995]、 362 頁 よ り 引 用 。
ビー・スカイ・ビーは、最も高い料金のパッケージを契約した場合のみ無料
の ボ ー ナ ス 番 組 と し て デ ィ ズ ニ ー ・ チ ャ ン ネ ル (Disney Channel)が 見 ら れ る と
い う 戦 略 を 採 用 し た が 、こ れ は 明 ら か に 市 場 に お け る 優 越 的 地 位 の 濫 用 で あ り 、
公 正 取 引 委 員 会 よ り 忠 告 を 受 け て い る 。2003 年 現 在 で は 、デ ィ ズ ニ ー・チ ャ ン
ネ ル は ア ラ カ ル ト ・ チ ャ ネ ル (a la carte channel)と し て 分 類 さ れ て い る 。 こ
のような多チャンネル化に伴うチャンネルのバンドリング戦略は、時には反競
争的な行動となる。競争企業が供給しそうな番組を別のチャンネルで放送し、
参 入 の 余 地 を 奪 う 戦 略 は 番 組 の ブ ー ケ 化 (programme bouquet)と 呼 ば れ る が 、こ
のような戦略的行動はしばしば見受けられる。例えば、自動販売機で売られる
炭酸飲料水のように、甘さの程度や風味の種類を豊富に揃え、出来る限り隙間
市場が生じないようにすることは、参入阻止のための戦略的行動となる。
(3)限定受信による市場支配の可能性
ビ ー ・ ス カ イ ・ ビ ー は ル ク セ ン ブ ル グ の S E S (Société Européenne Des
Satellites)が 所 有 す る 東 経 19 度 2 分 と 28 度 2 分 の ア ス ト ラ 衛 星 ( Astra
146
satellites:19.2°East and 28.2°East) の ト ラ ン ス ポ ン ダ ー (transponders)
の か な り の 部 分 を リ ー ス 契 約 し て お り 、 こ れ が ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 競 争 優 位 に
つ な が っ て い る 。 ト ラ ン ス ポ ン ダ ー の 支 配 は 限 定 受 信 ( C A : conditional
access)と 視 聴 者 管 理 シ ス テ ム (S M S : subscriber management system)を 通 じ
て市場における独占力を高める。
欧 州 で は 3 つ の タ イ プ 暗 号 化 技 術 ( イ ン ク リ プ シ ョ ン : encryption) が 使 わ
れているが、限定受信システムを支配する有料放送市場が市場におけるゲート
キ ー パ ー (gatekeeper)と な る 。 す な わ ち 、 暗 号 化 さ れ た 放 送 コ ン テ ン ツ を 解 読
( decode)す る た め に セ ッ ト・ト ッ プ・ボ ッ ク ス( STB)が 必 要 と さ れ る が 、こ
の STB を 先 に 普 及 さ せ た 放 送 事 業 者 が 先 行 者 の 利 益 (first mover advantage)
を 享 受 で き る 。ビ ー・ス カ イ・ビ ー は 傘 下 の ニ ュ ー ズ・デ ー タ コ ム( News Datacom)
の 技 術 仕 様 に よ る STB を デ フ ァ ク ト・ス タ ン ダ ー ド 化 さ せ る の に 成 功 し て い る 。
STB は 減 圧 (decompression) 、 復 調 (demodulation) 、 知 的 処 理 装 置 (general
intellingence equipment)な ど の 機 能 か ら 構 成 さ れ る が 、 競 争 を 妨 げ る 幾 つ か
要因が存在する。第一に、ソフトウェアの同一性を検査するための検査機構
(Verifier)に つ い て も し 詳 細 な 技 術 規 格 が 公 開 さ れ な け れ ば 、 参 入 の 機 会 は 少
なくなる。第二に、番組時間表の表示や双方向のオンライン・サービスのため
の 電 子 番 組 ガ イ ド (Electronic Programme Guide)に つ い て は 、 番 組 の 掲 載 に 関
連した差別化が生ずる可能性がある。この問題は、米国において航空の規制緩
和 が 実 施 さ れ た 1980 年 代 の 初 頭 に 、 航 空 会 社 の C R S (computer reservation
system)の 画 面 上 に 表 示 さ れ る エ ア ラ イ ン の 順 序 が 不 当 に 差 別 さ れ 、利 用 者 の 選
択の自由が狭められているとして独占禁止法に問われたの同じ問題を生ずるか
もしれない。第三には、操作システムと視聴者のアプリケーションとを結ぶ応
用 プ ロ グ ラ ミ ン グ ・ イ ン タ ー フ ェ イ ス ( A P I : Application Programme
Interface)に つ い て 、 技 術 規 格 の 非 公 開 に よ る 利 用 の 限 定 や ア ッ プ グ レ ー ド の
拒絶などが参入を抑制することもあり得る。
ま た 視 聴 者 は 一 度 STB を 購 入 す れ ば , 切 替 費 用 (switching cost)が 存 在 す る
ために他の放送事業者に変更する意欲はそがれる。このように限定受信システ
ム を 通 じ た 先 行 者 の 利 益 、切 替 費 用 に よ る ロ ッ ク・イ ン( lock-in)な ど に よ っ
て 、 ビ ー ・ス カ イ ・ビ ー の 市 場 支 配 を 一 層 高 め た と 思 わ れ る 。 こ う し た 限 定 受 信
147
( conditional access) に よ る 市 場 支 配 力 が 、 番 組 供 給 者 と の 契 約 の 拒 否 、 自
らの番組への参加の強要、不利なアクセス条件の提示、独占価格、契約の変更
などにつながらないような監視が不可欠となる。放送のデジタル化によってホ
ーム・バンキングやホーム・ショッピングなど双方向のオンライン・サービス
が 拡 大 す る と 期 待 さ れ る が 、S T B と 視 聴 者 管 理 シ ス テ ム (S M S:subscriber
management system) は こ う し た オ ン ラ イ ン ・ サ ー ビ ス に と っ て 基 幹 施 設
(essential facility)と な る 。 従 っ て 、 代 替 が 存 在 し な い 場 合 に は 、 伝 送 プ ラ
ットホーム間での競争が生ずるような競争政策が求められる。
5.1.4
コミュニケーションズ法と周波数帯域の配分問題
(1)英国におけるコミュニケーションズ法と放送政策
英 国 で は 2002 年 夏 よ り 新 し い 情 報 通 信・放 送 法 で あ る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 法
案 (Communications Bill)の 検 討 を 始 め て お り 、 2003 年 末 ま で に コ ミ ュ ニ ケ ー
シ ョ ン ズ 法 (Communications Bill 2003)と し て 承 認 さ れ る 予 定 で あ る 。 こ の 法
案は、デジタル融合という時代の流れの中で、情報通信産業と放送産業を包括
的 に「 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 産 業 」(communications industries)と し て 捉 え 直
し 、こ こ に 新 た な る 経 済 成 長 と 雇 用 の 創 造 の 機 会 を 見 出 そ う と す る も の で あ る 。
そしてその目的を達成するために、これまでの情報通信ならびに放送に関する
規制を担当してきた主要な独立機関を統合し、新たにコミュニケーションズ庁
( 以 下 で は オ フ コ ム と 略 す 。 OFCOM: Office of Communications)を 発 足 さ せ る
ことを決めている。
このコミュニケーションズ法の立法化とオフコムの創設は、英国にとって新
しいデジタル融合時代に対応するための極めて壮大な制度改革を意味している。
そ こ で は 、デ ジ タ ル 融 合 (convergence)が 経 済 成 長 と 消 費 者 の 選 択 の 拡 大 を 促 す
ための重要な要因として捉えられている。しかし、その発展の方向はほとんど
予測不可能であり、従ってこれからの公共政策は消費者の選好と選択に従うべ
きであり、そのためにオフコムは可能な限り規制より競争に依存すべきことが
強調される。
こ の 法 案 の 提 出 に 先 立 っ て 英 国 政 府 は コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 白 書 (White
148
Paper on “ A New Future for Communications” )を 発 表 し 、 放 送 部 門 に 関 し て
は、
( 1 )い か に し て 消 費 者 で あ る 視 聴 者 を 保 護 し 、ま た( 2 )公 共 サ ー ビ ス 放
送の質を維持するかが重要な課題として取り上げられた。こうした問題を解決
するためには、最新のコミュニケーション技術への自由なアクセスと選択の自
由の拡大が最も重要であるとして、次の3つの点を論点として掲げた。すなわ
ち 、 第 一 は テ レ ビ ジ ョ ン の ユ ニ バ ー サ ル な 利 用 可 能 性 (universal
availability)の 確 保 、第 二 は 誰 で も 消 費 の 時 点 で は 無 料 で 視 聴 で き る 公 共 サ ー
ビ ス ・ チ ャ ン ネ ル (public service channels)の 継 続 、 第 三 は 放 送 市 場 の 規 制 緩
和と放送事業者間の競争条件の公正化を促すための公共サービス放送に関する
新しい規制政策の導入である。
デジタル時代に相応しい放送規制の在り方として、コミュニケーションズ法
は 3 階 層 の 規 制 方 式 (three-tier broadcasting regulatory structure)の 導 入
が 提 示 さ れ た 。 第 一 の 階 層 は 、 放 送 コ ン テ ン ツ の 質 の 標 準 (standards of
programme content)に 関 す る 規 制 で あ り 、さ ら に 広 告 に 関 す る 規 則 、E C の「 国
境 な き テ レ ビ ジ ョ ン 」 指 令 (EC Television Without Frontiers Directive)と の
国際的な調整、人材開発の規定などがこの中に含まれている。第二の階層は独
立プロダクションの育成や地域における放送コンテンツの制作の促進を目的と
し 、第 三 の 階 層 は 自 己 規 制 (self-regulation)に よ る 公 共 サ ー ビ ス 放 送 の 自 主 努
力を規定している。
コミュニケーションズ白書に対して、ITCは競争の在り方と公共の利益の
保護という視点から、
( 1 )放 送 市 場 へ の ア ク セ ス (access)、
( 2 )質 (quality)
の確保、
( 3 )多 様 性 (diversity)と 多 元 性 (plurality)の 維 持 を 重 視 す べ き こ と
を提言し、次のような具体的な施策の必要性を説いている。
第一に、放送市場における支配的な地位のみならず、市場への参入の容易性
が問題視されるべきであり、アクセスの規制緩和が競争促進の前提条件である
と 位 置 づ け て い る 。 そ の た め に 技 術 の 標 準 化 に よ る 共 通 性 (interoperability)
が重要な役割を演ずるとしている。
第 二 は 、 公 共 サ ー ビ ス ・ チ ャ ン ネ ル (public service TV channels)を 地 上 波
放 送 の デ ジ タ ル へ の 切 り 替 え (switchover)を 促 す た め に 不 可 欠 の 条 件 で あ る と
している。そしていかなる放送事業者であってもこうした公共サービス・チャ
149
ンネルを提供すべきであり、電話ネットワークにおけるユニバーサル・サービ
ス (universal service)と 同 様 に マ ス ト ・ オ フ ァ ー (must offer)や マ ス ト ・ キ ャ
リ ー (must carry) と い う 放 送 義 務 規 定 、 あ る い は デ ュ ー ・ プ ロ ミ ネ ン ス (due
prominence)と い う 卓 越 性 義 務 規 定 を 設 け る べ き で あ る と 論 じ て い る 。
第 三 は 、 コ ン テ ン ツ の 質 に 関 わ る 問 題 で あ り 、 ITC は コ ン テ ン ツ の 内 容 が 著
しくコードに触れる場合には、罰金や免許取り消しなどの強い権限を持ってき
たが、こうした権限をオフコムが維持すると共に、上述のように基本的には自
主規制を重視することを指摘している。
第 四 は 、 多 様 性 と 多 元 性 に つ い て 、 放 送 コ ン テ ン ツ の 地 域 性 (regionalism)
の重要性を論じている。すなわち、地域での制作やロンドン外での制作目標値
やニュース、時事問題など最低放送時間の設定などの必要性を指摘し、独立プ
ロ ダ ク シ ョ ン の た め の 数 量 規 制 の 維 持 を 説 い て い る 。し か し 、視 聴 者 数 の 1 5 %
を上限とする現行のテレビ放送局の所有規制に関しては、むしろ合併による利
益が所有の多様性の利益より大きいとしてその緩和に賛意を示している。ただ
し BBC に つ い て は 市 場 の 40-45% を 支 配 し て お り 、 特 に ニ ュ ー ス 番 組 の ジ ャ ン
ルにおいて意見の多様性を確保するために 2 あるいは 3 の追加的な放送事業者
が必要であると論じている。
新しいコミュニケーションズ法の目的は、これまでの分散していた情報通信
ならびに放送に関する規制機関をオフコムに統合し、
( 1 )イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ
ャ ー /ネ ッ ト ワ ー ク 、
( 2 )放 送 、
( 3 )周 波 数 帯 域 管 理 と い う 3 つ の 重 要 な 機 能
を 統 括 的 に 監 視 す る こ と に あ る 。( 1 ) イ ン フ ラ ス ト ラ ク チ ャ ー /ネ ッ ト ワ ー ク
と(3)周波数帯域管理に関しては経済学的な視点から競争政策による規制を
強調するのに対して、放送に関しては、3 階層の規制政策に示されるように、
自主規制に重点を置いている。放送コンテンツの規制は民主主義や文化に深く
関わるという点で、競争という視点からだけでは論ずることの限界を示すもの
であろう。しかし、経済的な基盤が揺らげば民主主義や文化を維持することは
不 可 能 で あ る 。 そ れ だ け に 、 I T C (ITC Communications Bill Bulletin, No.4
March 2003) が 指 摘 す る よ う に 、 オ フ コ ム が 市 場 支 配 力 に よ る 市 場 の 囲 い 込 み
のような事態に対して経済的規制を行使する権限を保持することの重要性は変
わ ら な い し 、ま た 競 争 法 や 企 業 法 を 背 景 に 持 つ O F T( 英 国 の 公 正 取 引 委 員 会:
150
Office of Fair Trade) と の 協 力 は 不 可 欠 と な る で あ ろ う 。
(2)周波数帯域の市場機構による配分
英 国 の 民 間 放 送 は 長 年 に わ た っ て 独 立 放 送 監 督 庁 (IBA:Independent
Broadcasting Agency)が 放 送 事 業 の 免 許 の 付 与 を 行 い 、ま た 地 方 ご と に 選 定 し
た番組制作会社に番組制作を担当させていた。各番組制作会社は、利益の一定
比率を課徴金として国庫へ収めていたが、IBAによる番組制作会社の選定が
恣意的であり、また比率制の課徴金のために番組制作費を水増ししているとの
批 判 が 強 く 、新 た な 制 度 の 構 築 が 求 め ら れ て い た 。1990 年 放 送 法 の 成 立 に よ り 、
商業的なテレビ放送を行う放送事業者と監督機関との機能分離が行われ、IB
Aを改組して独立テレビ委員会(ITC)が監督機関となった。民間放送事業
者の選定にあたっては、公正かつ客観的な手続きを確保し、電波という公共資
源の利用から得た収益を納税者へ還元するために、オークション方式が導入さ
れた。オークションの入札事業者は、入札価格のみならず、番組内容、財政状
況に関する情報等を提出することが求められる。入札額による落札者の決定に
先立って、番組の内容や品質、欧州域内でのコンテンツ制作の比率、独立プロ
ダクションによる制作の比率、財政的基礎などについて審査が行われる。免許
は、原則として、番組の質に関する基準や財政的基礎の審査に合格した事業者
の中で最高額を提示した事業者に付与されるが、当局が例外的に、サービスの
質が極めて高いと認めた場合には、最高額の事業者以外の者にも免許を付与す
る こ と も 可 能 で あ る 。免 許 期 間 は 10 年 と さ れ て お り 、当 局 は 、毎 年 、事 業 者 の
業績について評価し、その公表を行うこととされている。オークション方式に
より、これまでチャンネル3やチャンネル5について、入札が行われてきた。
こうしたオークションと資格審査を組み合わせた方式はしばしば“美人コンテ
ス ト ”(beauty contest)と 呼 ば れ る 。通 信 事 業 の よ う に コ ン テ ン ツ と 伝 送 が 切 り
離されている場合とは異なって、放送の社会的影響力を考慮した配分方式とな
っている。
コミュニケーションズ法のひとつの重要な改革は、デジタル融合を前提とし
て 、市 場 機 構 を 活 用 し た 周 波 数 帯 域 管 理 (spectrum management)に 関 す る 提 案 に
見 出 す こ と が で き る 。 こ れ は ケ イ ブ (Cave, M [2001])を 委 員 長 と し て 提 案 さ れ
151
た 報 告 書『 周 波 数 帯 域 管 理 の 再 検 討 』(Review of Spectrum Management [2002]))
に 基 づ く も の で あ り 、し ば し ば ケ イ ブ 案 (Cave proposal)と 呼 ば れ る 。こ の 報 告
書の特徴は、電波を利用するすべての事業者に対する周波数帯域の配分を市場
に 任 せ る と い う 点 に あ る 。そ し て 周 波 数 帯 域 管 理 策 と し て は 、
( 1 )周 波 数 帯 域
の 価 値 に 応 じ た 価 格 形 成 (spectrum pricing) と ( 2 ) 周 波 数 帯 域 の 売 買
(spectrum trading)か ら 成 り 立 っ て い る 。
コミュニケーションズ法案の中で、英国政府は周波数帯域が有限な希少資源
であり、また通信ネットワークや放送などの事業にとっては最も重要な原材料
で あ り 、 そ の 国 民 経 済 的 な 価 値 は 年 間 200 億 ポ ン ド ( 約 3 兆 8 千 億 円 ) に 達 す
ると指摘している。また国防、国家の安全保障、緊急時の連絡のための必須で
あり、科学的・社会的・文化的な活動にも不可欠な資源であることを認めた上
で 、様 々 な 用 途 に ど の よ う に 配 分 す る か に つ い て は 、割 り 当 て 方 式 (assignment
methods)、 オ ー ク シ ョ ン 方 式 (auction design)、 行 政 主 導 の イ ン セ ン テ ィ ブ 価
格 形 成 (administrative incentive pricing) な ら び に 免 許 適 用 除 外 (licence
exemptions)な ど の 手 法 が あ り 得 る と し て い る 。
2002 年 1 月 に 通 商 産 業 省 大 臣 と 大 蔵 大 臣 (Department of Trade and Industry
and Treasure Ministers)に 提 出 さ れ た ケ イ ブ 報 告 書 は 、 ま ず 周 波 数 帯 域 を ま す
ますその重要性が増す貴重な資産であり、英国の新しい産業発展のために不可
欠な資産であるという認識から出発する。しかし、デジタル技術革新の変化は
激しく、予測が難しいだけに柔軟な対応が不可欠であるとしている。従って、
これまで行政的な手法で配分されてきた周波数帯域の配分に代わって市場機構
に 配 分 に 切 り 替 え 、新 た な る サ ー ビ ス の 創 造 を 促 す 必 要 が あ る と 指 摘 し て い る 。
英 国 に お け る 周 波 数 帯 域 の 利 用 は 、図 表 5-2 に 示 さ れ る よ う に 、気 象 、国 防 、
放 送 、携 帯 電 話 が そ れ ぞ れ お よ そ 20% を 使 用 し て い る が 、費 用 的 に は 携 帯 電 話
がそのほとんどを負担している。このように利用と負担が必ずしも一致しない
状況の改善のために、次のような 3 つの課題に対して次のような改革の方向を
ビジョンとして打ち出した。
(1)急速な環境変化:柔軟性の確保のための利用変更、包括的な再配分、二
次市場での売買の確立
(2)経済的便益の最大化:オークションや市場取引、価格形成など市場機構
152
の利用
(3)社会的優先順位の遵守:共同利用あるいは貸与を促す価格形成やインセ
ンティブの設定
図 表 5-2
英国における周波数帯域の配分
Prime spectrum: 0-3 GHz percentage allocations
Other
Aeronautical
Maritime
Defence
TV
Radio
other mobile
Fixed
3G mobile
Business radio
2G mobile
出 所 : Cave, M. [2000] Independent spectrum review,
specturmview.radio.gov.uk に 基 づ く 。
ケイブ案の特徴は、周波数帯域の利用について経済的効率性を優先させるた
めに、これまでの組織別免許を補完するような周波数帯域アクセス免許
(spectrum access licensing) を 導 入 し 、 次 の よ う な 市 場 機 構 に よ る 配 分 方 式
を重視する点にある。第一にオークションを過大な需要に対応する有効な手段
と し て 捉 え 、既 得 権 化 し た 利 用 の 再 配 分 (refarming)を 行 う こ と 、第 二 に 周 波 数
帯域の所有権を強化し、市場における取引を可能とすること、第三にオークシ
ョンや市場取引を促進するために、周波数帯域の機会費用に基づく周波数帯域
153
価格形成を行い、放送や気象などの非市場的なサービスに対してはインセンテ
ィブ価格形成を適用することを提言している。
ケ イ ブ 案 で 示 さ れ た 周 波 数 帯 域 価 格 形 成 (spectrum pricing)と は 、 基 本 的 に
(1)市場で料金が直接決定されるオークション
(2)周波数帯域管理基準に基づいて規制によって設定される管理価格形成
(administrative pricing)
から構成されている。重要な点は、効率的な周波数帯域の利用を優先し、国防
省など公的部門の利用についても例外を設けずに管理価格形成の適用が決めら
れている点にある。そして、周波数帯域の利用の効率化を促すために、新しい
サービスのために周波数帯域を必要としている部門と余剰が生じている部門と
の間で取引が可能となる市場の創造は、周波数帯域価格形成の延長線上にある
必然的な帰結とする点である。
放 送 部 門 に 関 す る ケ イ ブ [2001]の 提 言 は 、
(1)BBCならびにチャンネル4の地上波放送に対する周波数帯域価格形
成の適用、
(2)周波数帯域の効率的利用へのインセンティブを促すためのフランチャ
イズ料金の細分化、
(3)第三者によるデータ伝送あるいは放送に対して空いている周波数帯域
の貸与の認可、
(4)BBCに対して周波数帯域の共同利用からの収入留保の許可、
(5)BBCの周波数帯域に対するオフコムの監視体制の強化などにある。
こ う し た ケ イ ブ 案 に 対 し て I T C [2002]は 、 周 波 数 帯 域 取 引 と 公 共 サ ー ビ ス
放 送 事 業 者 に 関 連 し て 、次 の よ う な 3 つ の 選 択 肢 が あ る と 指 摘 す る 。す な わ ち 、
第 一 は 、 デ ジ タ ル 化 投 資 に よ っ て 周 波 数 帯 域 の 利 用 に 対 し て 実 質 的 な 負 担 (a
payment in kind)を し て い る B B C と チ ャ ン ネ ル 4 を 対 象 か ら 外 す こ と 、 第 二
は 、「 料 金 の 課 徴 と 特 権 付 与 の 削 減 」 と い う ケ イ ブ 案 の 漸 進 的 な 採 用 、 第 三 は 、
デジタル化の完了後からの周波数帯域料金の徴収を認めることである。そして
第 三 案 を 最 も 可 能 性 が 高 い 案 と し て い る 26 。
26
“ITC Account of Buisness: The Meeting of the Commission on 18 April 2002”に 基 づ
154
ケイブ案の重要性は、すべての電波資源の利用者を対象として例外を認めな
いという前提の下で、機会費用に応じた価格がシグナルとして働く周波数帯域
取引市場を確立しようとする点にある。すなわち、周波数帯域の売買を認め、
需要と供給に応じた周波数帯域の配分を可能とする市場誘導型の政策が提言さ
れている。そして放送用周波数帯域については放送権による優先的配分を保証
しながらも、電波利用料の徴収が勧告されている。可能な限り行政当局の恣意
的な判断と既得権の温存を排し、政策の一貫性を維持するために市場機構の資
源配分機能に信頼を置く経済学的な視角が明確に打ち出されている。
英国のコミュニケーションズ法においては、公共サービス放送の重要性がし
ば し ば 言 及 さ れ て い る 。民 間 放 送 さ え も「 商 業 的 公 共 サ ー ビ ス 放 送 」(commercial
public service broadcasters)と 呼 ば れ て お り 、 英 国 で は 公 共 サ ー ビ ス 放 送 が
放送の概念の基本となっている。従って、多チャンネル化、伝送容量と速度の
飛躍的な拡大、視聴者を識別する双方向的な有料放送市場の確立、家族視聴か
ら個人視聴への視聴行動の移行、代替的なインターネット放送の可能性など公
共サービス放送を取り巻く技術的環境の変化の中で、いかにして公共サービス
放送を経済的、社会的に支えるかはますます重要な問いとなりつつある。
ケイブ案が英国の公共サービス放送を代表するBBCやチャンネル4からも
周 波 数 帯 域 の 利 用 料 を 徴 収 し よ う と す る の は 、 ペ イ ・ フ ォ ー ・ プ レ イ (Pay for
Play)の 原 則 に 従 う も の で あ ろ う 。す な わ ち 、貴 重 な 国 家 資 産 で あ る 周 波 数 帯 域
を 使 用 (play) す る 事 業 者 は 必 ず 電 波 の 使 用 料 を 支 払 わ ね ば な ら な い (pay)こ
とを意味しており、それは前述のピーコックの「公共サービス放送基金」につ
な が る も の で あ る 。こ こ で は 、便 益 の 享 受 と 費 用 の 負 担 を 一 致 さ せ る と 同 時 に 、
資源の効率的配分を優先させて、その費用負担のための財源は別途考慮すると
いう考え方が前面に打ち出されている。こうした発想は、資源配分の効率性と
所得分配の公平性とを切り離すという伝統的な経済学の考え方に沿うものであ
ろう。
く。
155
5.2
5.2.1
日本の放送政策とその経済学的課題
日本の放送部門の現状とその構造的特徴
1952 年 に サ ー ビ ス を 開 始 し た 日 本 の テ レ ビ 放 送 は 、デ ジ タ ル 技 術 革 新 と い う
極めて重要な転換期に直面している。英国と同様に、広告収入に依存する民間
放 送 と 受 信 料 に よ る NHK( 日 本 放 送 協 会 ) と い う 二 元 的 な 構 造 を 持 つ 日 本 の 放
送部門は、衛星放送やケーブルテレビの拡大、さらには地上波放送のデジタル
化によって大きくその構造を変えようとしている.また視聴者と放送事業者が
取引する有料放送市場の発達と情報通信と放送のデジタル融合による代替的な
放送の拡大は、伝統的な放送概念の変化を通じて、放送市場の構造的な変化を
迫るであろう。揺籃期にある放送市場の健全な育成を図るために,ここでは近
年における構造変化の特徴を取り上げ、競争政策の視点からの問題点について
考察する。
日 本 に お け る 放 送 市 場 の 経 済 的 規 模 は 3 兆 7552 億 円 ( 2001 年 度 ) と 推 計 さ
れ る 。 広 告 収 入 に 依 存 す る 民 間 放 送 は 全 体 の 68.8% ( 2 兆 5823 億 円 ) を 占 め 、
受 信 料 な ど で 支 え ら れ る NHK の 比 率 が 17.8%( 6676 億 円 )と な っ て い る .構 造
変化の要因となっているケーブルテレビや衛星放送が占める比率は、前者が
7.2%( 2718 億 円 )、後 者 が 6.2%( 2335 億 円 )で あ り 、有 料 放 送 市 場 が い ま だ
黎明期であることを示している。
一 般 放 送 事 業 者 と 呼 ば れ る 地 上 波 テ レ ビ 放 送 事 業 者 は 127 社 で あ る 。 衛 星 放
送 は 放 送 衛 星 ( BS) を 利 用 す る BS 放 送 と 通 信 衛 星 ( CS) を 使 う CS 放 送 と に 分
け ら れ て い る が 、 BS デ ジ タ ル 放 送 は 7 社 、CS デ ジ タ ル 放 送 が 101 社 、東 経 110
度 の CS を 使 っ た CS デ ジ タ ル 放 送 が 15 社 と な っ て い る 。ま た 自 主 的 な 放 送 を 行
う ケ ー ブ ル テ レ ビ は 669 社 に 達 す る 。 こ の よ う に 日 本 の 放 送 部 門 の 第 一 の 特 徴
は、極めて多数の放送事業者が存在する点にある。これは,一県4局体制と呼
ばれる放送の普及政策の結果である。また放送サービスの持続性を重視する視
点から市場からの退出は認められてこなかった.
第二の特徴として、こうした多数の放送事業者は東京を中心とした5つのキ
156
ー局のネットワークのいずれかに組み込まれ、全国的な系列を形成している点
が 挙 げ ら れ る 。こ の よ う な 系 列 化 は 、1960 年 代 半 ば の ニ ュ ー ス の 交 換 協 定 や 業
務協定を通じて形づくられた。地方局における報道番組の制作能力不足や全国
向けの広告需要の存在がこうした放送局の系列化を促したと言われる。
第 三 の 特 徴 は 、 公 共 放 送 を 担 う NHK と 広 告 収 入 に 依 存 す る 民 間 放 送 と が 明 確
に 区 分 さ れ て お り 、 不 可 侵 の 関 係 が 前 提 と さ れ て い る 。 NHK は 受 信 料 を 財 源 と
するが、それは放送のあまねく普及を促すための「負担金」と位置づけられて
いる。民間放送の広告収入は日本における広告総収入の35.4%(2001
年度)を占め、民間放送が広告媒介体として極めて重要な役割を果たしている
ことを示している。
第四に、放送部門は放送法と電波法によって規律を受けている。放送は「公
衆によって直接受信されることを目的とする無線通信の送信」と定義されるた
めに、放送局の複数支配を規制するマスメディア集中排除原則、外資規制、番
組 編 集 の 自 由・規 律 ・調 和 な ど 放 送 法 の 管 理 下 に 置 か れ て い る 。ま た 放 送 局 そ の
ものは無線局として電波法に基づく免許を必要とし、5 年毎に更新しなければ
ならない。電波法は有限な周波数帯域の公平で効率的な利用を確保するための
規制であるのに対して、放送法は放送の普及、表現の自由、健全な民主主義の
発達など放送そのものの在り方を規定している。
日 本 の テ レ ビ 放 送 部 門 の 市 場 規 模 は 約 18 兆 円 の 市 場 規 模 を 持 つ 情 報 通 信 部
門の6分の1程度に過ぎないが、個人間の通話や企業間取引のための情報伝達
を目的とする情報通信部門と異なり、その社会的な影響力は甚大である。従っ
て 、 テ レ ビ 放 送 部 門 は 改 め て コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 産 業 (communications
industry)と し て 捉 え 直 し 、そ の 経 済 的 な 構 造 と 在 り 方 に つ い て の 研 究 が 求 め ら
れる。
5.2.2
放送のデジタル化政策とその展開
膨大な情報量の放送コンテンツはデジタル技術によって圧縮され、無線ある
いは有線を通じて超高速で伝送されるようになっている。こうしたブロードバ
ンド化は新しい放送市場としてのモバイル放送あるいはインターネット放送の
157
発展を促すであろう。放送部門の特殊な社会的機能を考慮しつつも、自由で公
正な競争が行われる市場を育成するという二律背反的な目的の微妙なバランス
を取るように、優れた制度的設計が求められている。以下では近年の激しい技
術的環境下に置かれている情報通信ならびに放送部門に対してどのような政策
が展開されてきたのか、またそれが放送部門にいかなる影響を与えたかについ
て考察する。
第 一 に 、 1989 年 か ら の CS 通 信 衛 星 (Communications Satellite)を 利 用 し た
CS デ ジ タ ル 衛 星 放 送 が 開 始 さ れ 、放 送 市 場 に 初 め て ハ ー ド( 放 送 施 設 を 有 す る
受託放送事業者)とソフト(番組を編集する委託放送事業者)の分離という概
念 が 導 入 さ れ た 。こ う し た 背 景 に は 、1985 年 に お け る 日 本 電 信 電 話 株 式 会 社 法
に よ る NTT 民 営 化 政 策 と 電 気 通 信 事 業 法 に よ る 電 気 通 信 市 場 の 自 由 化 政 策 が あ
る。そして通信衛星を利用した「通信と放送の境界領域的サービス」あるいは
「放送類似サービス」の拡大に対応するために、ハードとソフトを分離する受
委託放送制度が確立された。また有線テレビネットワークを利用した通信など
の 一 層 の 活 用 を 促 す た め に「 電 気 通 信 役 務 利 用 放 送 法 」が 2001 年 に 立 法 化 さ れ 、
有線テレビは一定の適格性を満たせば通信事業者として認可されるようになっ
た 。さ ら に ま た CS 衛 星 放 送 事 業 者 は 、与 え ら れ た 周 波 数 帯 域 に つ い て 需 要 に 応
じて自由に通信用と放送用に使い分けることが可能となっている。このような
受委託放送制度や電気通信役務利用放送法の導入は、急激に変化するデジタル
技術革新への臨時的な対応策に過ぎなかったが、放送市場にハードとソフトの
分離という発想を導入したという点で極めて重要な意義を持っている。この衛
星 放 送 市 場 に お け る ハ ー ド ・ソ フ ト 分 離 政 策 は 番 組 制 作 事 業 者 に よ る 番 組 供 給
市 場 へ の 参 入 を 促 し 、 1992 年 当 初 は わ ず か 6 社 し か 参 入 し な か っ た が 、 2003
年 1 月 現 在 ま で に 103 社 に 拡 大 し て い る 。
第 二 に 、 東 経 124 度 な ら び に 1288 度 の CS を 利 用 し た CS デ ジ タ ル 衛 星 放 送
は、多チャンネルによる有料放送市場を創出すると同時に、放送事業者と視聴
者の中間に存在するプラットフォームと呼ばれる新たなる事業者を生み出した。
プ ラ ッ ト フ ォ ー ム 事 業 は 、ハ ー ド と ソ フ ト の 分 離 し た CS 衛 星 放 送 に お い て 受 託
放 送 事 業 者 と 委 託 放 送 事 業 者 を 連 結 し 、顧 客 管 理 を 行 う 。1995 年 に デ ィ レ ク TV、
1996 年 に パ ー フ ェ ク TV が そ れ ぞ れ 創 設 さ れ た が 、 そ の 後 参 入 し た J ス カ イ B
158
と パ ー フ ェ ク TV が 合 弁 し て ス カ イ パ ー フ ェ ク TV と な り 、CS デ ジ タ ル 放 送 市 場
は2つのプラットフォーム事業者による寡占体制が築かれた。しかし競争の結
果 、デ ィ レ ク TV が 2000 年 に 市 場 か ら 退 出 し た た め に 、2003 年 1 月 現 在 で は ス
カ イ パ ー フ ェ ク TV 一 社 に よ る 独 占 と な っ て い る 。
CS デ ジ タ ル 衛 星 放 送 は 東 経 1 1 0 度 の 通 信 衛 星 を 活 用 し た サ ー ビ ス が 2 0
02年夏より供給されるようになった。プラットフォーム事業者はスカイパー
フ ェ ク TV と プ ラ ッ ト ワ ン の 2 社 が 参 入 し て い る 。
第 三 に 、BS 放 送 衛 星 (Broadcasting satellite)に よ る 衛 星 放 送 は 、1989 年 か
ら ア ナ ロ グ 放 送 と し て 始 ま っ た が 、10 年 間 で そ の 契 約 世 帯 数 が 1,000 万 世 帯 を
超 え る ほ ど の 急 速 な 拡 大 を 見 せ た 。こ う し た BS ア ナ ロ グ 放 送 の 飛 躍 的 な 普 及 は
NHK の 技 術 と チ ャ ン ネ ル 戦 略 に よ る と こ ろ が 大 き い と 思 わ れ る 。 ま た 映 画 ・ ス
ポ ー ツ な ど を 中 心 と し た 娯 楽 系 チ ャ ン ネ ル と し て WOWOW が 参 加 し た が 、 2 0 0
3 年 春 現 在 で そ の 契 約 数 は 266 万 に 留 ま っ て い る 。
NHK は 1 9 8 0 年 代 に は ア ナ ロ グ 技 術 に よ る 高 画 質 な 「 ハ イ ビ ジ ョ ン 放 送 」
を世界に先駆けて開発に成功したが、こうした日本の技術力に脅威を感じた米
国 が デ ジ タ ル 放 送 技 術 の 開 発 を 急 ぎ 、1990 年 春 に は デ ジ タ ル 圧 縮 技 術 に よ る 高
画質の映像の伝送に成功させた。その後、世界各国がデジタル放送技術の開発
に 取 り 組 み 、デ ジ タ ル 技 術 が デ フ ァ ク ト 標 準 に な っ た に も 関 わ ら ず 、日 本 の BS
放 送 が デ ジ タ ル 技 術 へ の 転 換 を 決 め た の は 1997 年 に な っ て か ら で あ っ た 。 BS
デ ジ タ ル 放 送 市 場 に は 、 2000 年 12 月 に NHK と 民 間 放 送 5 社 と WOWOW の 7 社 が
参 入 し 、 デ ジ タ ル ・ハ イ ビ ジ ョ ン 放 送 の 供 給 を 開 始 し た 。 2003 年 春 現 在 で 385
世帯が契約しているが、デジタルで視聴する世帯数は総視聴世帯数の二分の一
強に過ぎない。
BS デ ジ タ ル 放 送 は 、マ ス メ デ ィ ア 集 中 排 除 原 則 に よ っ て 地 上 波 放 送 に よ る 兼
営が認められていないために、東京を中心としたネットワークを持ついわゆる
5大キー局(日本テレビ、TBS、フジテレビ、テレビ朝日、東京テレビ)の
出資は制限されている。キー局を中心とした連合体として運営されているが、
コ ン テ ン ツ の 著 作 権 処 理 な ど の 費 用 が 高 く 、BS デ ジ タ ル 放 送 の 経 営 は 圧 迫 さ れ
て い る 。ま た 無 料 放 送 と い う 事 業 モ デ ル の た め に 、CS デ ジ タ ル 放 送 の よ う な プ
ラットフォーム事業者による顧客管理は行われていない。
159
全 国 を 対 象 と す る BS デ ジ タ ル 衛 星 放 送 が 、今 後 ど の よ う に 放 送 市 場 全 体 の 中
で位置づけられるかは定かではない。特にケーブルテレビを通じて受信する比
率 が 約 48% と 高 く 、ケ ー ブ ル テ レ ビ 側 の デ ジ タ ル 技 術 へ の 対 応 が デ ジ タ ル 衛 星
放送の普及を左右する。しかしケーブルテレビ会社の平均的な資本規模は小さ
く、デジタル投資はかなりの負担となっており、衛星放送のみならず、放送全
体のデジタル化における重要な隘路となっている。
衛 星 放 送 は 、CS デ ジ タ ル 放 送 が 有 料 に よ る 多 チ ャ ン ネ ル 、BS デ ジ タ ル 放 送 が
高精細度放送とデータ放送という役割分担が想定されているが、今後は衛星放
送間ならびに衛星放送と地上波放送との機能分離について再検討が必要とされ
る で あ ろ う 。 ま た デ ジ タ ル 放 送 に 利 用 で き る 衛 星 の 数 は 、 2003 年 秋 現 在 で CS
放 送 用 が 4 機 ( 144°E/SUPERBIRD-C, 128°E/JCSAT-3, 124°E/JCSAT-4A,
110°E/N-SAT-110)、 ま た BS 用 が 2 機 (110°E/BSAT-2a, 110°E/BSAT-1a/1b)
となっている。衛星間における競争が生じていない現状では、規模の経済性か
ら見てプラットフォーム事業者の数は限定されるであろう。
第 四 に 、 地 上 波 放 送 の デ ジ タ ル 化 が 2003 年 12 月 か ら 関 東 圏 を 中 心 と し て 実
施 さ れ る 。 地 上 波 放 送 は 、 こ の デ ジ タ ル 化 に よ っ て VHF 周 波 数 帯 域
( 30Mhz-300Mhz)か ら UHF 帯 域( 300Mhz-3Ghz)へ と 移 行 す る 。地 上 波 放 送 の デ
ジタル化の目的のひとつは、携帯電話など移動体系の電波需要の拡大に対応し
て周波数帯域の利用を見直すことにもある。地上波放送のデジタル化の利点と
しては、高画質、双方向性などの高機能、データ伝送、移動体などの動画の伝
送 な ど が 挙 げ ら れ て い る が 、 地 方 局 を 含 め て 放 送 局 の デ ジ タ ル 投 資 負 担 、 UHF
への変換に伴う混信対策のための経過措置(いわゆるアナログからアナログへ
の一次的な変換)とその費用負担、アナログ放送とデジタル放送のサイマル放
送 義 務 、 2011 年 の ア ナ ロ グ 放 送 停 止 の 可 能 性 な ど に つ い て 問 題 を 抱 え て い る 。
特に地方放送局の在り方を含めて、デジタル化された地上波放送をどのような
事業モデルで運営するかが今後の重要な課題となるであろう。
このように衛星放送、ケーブルテレビ、地上波放送に至るまでのデジタル化
と 情 報 通 信 と の 技 術 的 融 合 は 放 送 50 年 の 歴 史 を 大 き く 塗 り 替 え よ う と し て い
る。放送部門はコンテンツ制作、伝送路、携帯電話など端末機器などの重層的
な階層から構成されており、デジタル技術革新はすべての階層において新たな
160
る放送市場の誕生を促している。それだけに放送市場に公正な競争が働き、視
聴者の便益が増大するように経済的な施策が求められている。
5.2.3
コンテンツ流通の促進と公正取引
日 本 に お け る イ ン タ ー ネ ッ ト の 世 帯 普 及 率 は お よ そ 60% ( 2003 年 ) に 達 し 、
ADSLや無線LANなどのブロードバンド化は放送コンテンツに対する需要
を急増させている。しかし、放送用映像コンテンツのほとんどが地上波放送向
け で あ り 、地 上 波 放 送 は 映 像 コ ン テ ン ツ の 流 通 量 の 98% 以 上( 2000 年 度 )を 占
めている。またこうした地上波放送用の映像コンテンツが、ビデオなど放送以
外 の 目 的 に 二 次 利 用 さ れ る こ と は 少 な い 。そ の 主 た る 理 由 は 、
( 1 )二 次 利 用 に
ついての権利処理が一般的に行われていないこと、
( 2 )契 約 に よ っ て 著 作 権 が
放送局に帰属し、活用が制約されていることなどが挙げられる。すなわち、放
送コンテンツに関わる著作権や著作隣接権など権利関係が極めて多岐にわたり、
事後的な処理費用が極めて高く、また制作の委託や費用とリスクに関する契約
が整備されていないなどの問題点が指摘できる。
映像コンテンツの著作権については、著作権法上は映画に準ずる著作物とし
て保護されている。映画の場合、原作者、脚本家、作曲家などのモダンオーサ
ー (Modern Author)と 制 作 者 、監 督 、演 出 、撮 影 な ど 創 作 に 貢 献 し た ク ラ シ カ ル ・
オ ー サ ー (Classical Author)と に 分 け ら れ る が 、 両 者 は 同 等 の 権 利 を 有 す る 。
それは映画の製作から生じる著作権が自動的に映画製作者に帰属するという著
作権の原始的帰属が規定されているからである。
日本のテレビ放送向けの映像コンテンツは、制作費用とリスクの負担から見
て 3 つ の グ ル ー プ に 分 類 で き る 。す な わ ち 、
( 1 )民 放 テ レ ビ が 自 ら 制 作 す る 局
制作番組、制作会社との共同による(2)共同制作番組、制作会社に制作を委
託 す る( 3 )制 作 発 注 番 組 で あ る 。夜 7 時 か ら 10 時 の 放 送 時 間 帯( い わ ゆ る ゴ
ー ル デ ン タ イ ム )に 放 送 さ れ る 番 組 の 約 70% に 制 作 会 社 が 関 わ っ て い る と 言 わ
れるほど制作会社の果たす役割は大きい。このように放送局と制作会社とは緊
密な協力関係があるが、同時に制作された番組の著作権とその二次利用の取り
扱いについて両者は競合的な関係にある。
161
日本の場合には、地上波放送局の数が無線法によって割り当てられており、
放送市場への新規参入が制限されている。従って、すでに指摘した放送コンテ
ンツの資産の特殊性と相まって、委託する放送局側に買手独占の状況が発生し
や す い と 言 え る 。ま た 受 託 す る 制 作 会 社 の 9 割 以 上 が 資 本 金 1 億 円 未 満 で あ り 、
5大キー局との間には極めて大きな事業能力上の格差があるために、委託する
放送局側にとって有利な取引条件が設定される可能性がある。特に放送局側が
制作費を供出するということを論拠として著作権の譲渡を一方的に求めたり、
二次利用に関する権限を放送局が独占したりすることは、独占禁止法上は優先
的地位の濫用となると指摘されている。また制作された番組の受け取りを断っ
たり、委託代金を減額したりすることも独占禁止法上の問題とされる。公正取
引委員会では、
「 優 越 的 な 地 位 」は 当 事 者 間 の 事 業 能 力 の 格 差 、受 託 者 の 取 引 依
存度、取引先変更の可能性などを総合的に考慮して判断されるべきものとして
いる。
しかしながら、こうした判断のためには著作権の原始的帰属と番組制作に関
する「発意と責任」について明確にしなければならない。制作費の拠出という
経済的負担が「責任」の一部と一般に解釈されるが、これが著作権の原始的帰
属とどのように関連するかを明らかにするために、コンテンツ別の取引関係に
ついての実証的な研究が必要とされる。経済的な視点からは、とりわけ二次利
用に伴う利益配分の在り方を検討する必要がある(
。 1 )費 用 に 基 づ く 分 配 (
、2)
所得に基づく分配、
( 3 )収 入 に 基 づ く 配 分 な ど が あ る が 、利 益 配 分 に 関 す る 契
約とその制度化が映像コンテンツの流通を促進する上で極めて重要となる。
5.3
日本と英国における放送政策の決定過程とその相違
英 国 と 日 本 は 、1980 年 代 初 め よ り 規 制 緩 和 政 策 と 市 場 の 国 際 化 と い う 世 界 の
潮 流 に 巻 き 込 ま れ 、ほ ぼ 同 じ 時 期 に 規 制 政 策 の 見 直 し を 迫 ら れ て い る 。し か し 、
どちらの国も同じようなスローガンの下で規制改革を行ったが、上述の英国と
日本の放送政策に関する経緯とその政策展開が示唆するように、その成果は大
き く 異 な っ て い る よ う に 思 わ れ る 。ヴ ォ ー ゲ ル (Vogel, S.K.[1996])は 、日 英 両
162
国が同じような規制緩和政策の道を選んだにも拘らず、なぜ改革の成果が異な
ったかについて極めて興味深い仮説を提示している。以下においては、ヴォー
ゲ ル の 論 点 を 整 理 し 、日 本 の 放 送 政 策 の 特 性 と 今 後 の 在 り 方 に つ い て 考 察 す る 。
ヴ ォ ー ゲ ル [1996]は 、 日 本 と 英 国 の 比 較 研 究 を 通 じ て 規 制 緩 和 政 策 の 方 向 性
を 決 め る 動 因 は そ れ ぞ れ の 国 が 受 け 継 ぐ「 独 自 の イ デ オ ロ ギ ー と 制 度 的 な 遺 産 」
(the distinct ideological and institutional legacies) で あ り 、 こ れ ま で
の経済分析が主張してきたような利益集団の政治力ではないと考えている。す
なわち、伝統的な経済分析では、利害集団、労働組合、産業構造、政治政党な
どが国によって異なることが規制改革の差異をもたらしてきたと考えられてき
たが、利害集団の行動はいずれの国においても類似しており、また労働組合は
いずれも改革の速度を弱めただけであり、政治力や構造的な違いが規制改革の
基 本 的 な 方 向 を 変 え た わ け で は な い と ヴ ォ ー ゲ ル [1996]は 主 張 す る 。 ま た 産 業
構造の違いについては、産業部門ごとに規制改革への方針に違いがあり、マク
ロ的な意味での産業構造の違いでは規制政策の違いを説明できないと指摘して
いる。さらに政権を握る政党の勢力の違いは規制政策の推進に対する意欲に差
異を生じたかもしれないが、規制政策の成果の違いは説明できないし、また実
際に政権が移っても規制政策に根本的な変化は見られなかったとしている。
ヴ ォ ー ゲ ル [1996] は 、 英 国 の 場 合 に は 、( 1 ) 戦 後 の 規 制 中 心 型 政 策
(regulatory orientation)と 分 権 的 な 組 織 構 造 (a segmented structure)や( 2 )
独立機関への権限の委譲や規制の法律化などが産業育成のための政策的誘導と
い う 政 府 の 能 力 を 失 わ せ 、競 争 重 視 型 (pro-competitive)の 自 由 化 政 策 へ の 移 行
を容易にしたと論じている。これに対して日本の場合には、伝統的な管理中心
型政策と中央集権的体制が産業の戦略的な育成を可能にしたと指摘する。こう
した伝統の下で日本の政府ならびに官僚機構は自由化の過程を管理し、自らの
規制の権限を温存しながら、産業の利害調整に重点を置いた戦略的補強政策
(strategic reinforcement)の 道 を 取 っ た た め に 、規 制 緩 和 の 過 程 で む し ろ 政 府
の権限が一層高まったと捉えている。英国の官僚が産業政策の有効性に懐疑的
であり、産業調整よりはむしろ競争の導入によって経済の活性化を図ろうとし
たのに対して、日本の官僚は競争よりは産業の再編成を重視した点で異なって
いたと指摘している。そして、こうした官僚のイデオロギーと官僚制度の差異
163
が 規 制 緩 和 政 策 の 成 果 の 違 い と な っ て 表 れ た と 論 じ て い る 。 図 表 5-3 は 、 ヴ ォ
ーゲル仮説の要約である。
図 表 5-3
英国と日本の規制政策後の成果とその差異
英国
日本
市場の競争力
増加
増加
政府の規制
増加
増加
政府の管理能力
減少
不変
出 所 : Vogel, S. K. [1996]、 60 頁 よ り 引 用 。
ヴ ォ ー ゲ ル [1996]は 、 日 本 と 英 国 の 放 送 政 策 に つ い て 触 れ 、 同 様 の 傾 向 を 見
出している。すなわち、英国の官僚は規制政策に対する産業界の影響を切り離
す た め に 、 ITC の よ う な 独 立 規 制 機 関 の 権 限 拡 大 を 考 え た の に 対 し て , 日 本 で
は規制政策を産業政策の一環と位置づけ,中央省庁の権限が侵されないように
配慮した。英国の場合、官僚の権限が細分化されているために政治力が強く働
くのに対して、日本の場合には政治の指導力は相対的に弱く、中央集権された
官僚の権限によって産業への影響力を弱める自由化策に対して強く抵抗した点
を挙げている。
英 国 で は 、前 章 で 論 じ た よ う に 、2003 年 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン ズ 法 の 目 的 の ひ
とつは、これまでの独立的規制機関を統合し、権限の強いオフコムの創設にあ
る。米国や日本のように成文化された憲法を持たない英国では、公共政策を決
定する上で、政府や既得権益グループから独立した規制機関や委員会の果たす
役割は極めて重要である。デジタル技術が放送部門と情報通信部門の融合を促
す一方で、規制の少ない衛星放送市場は拡大しており、これらを包括的に取り
扱うことのできる独立機関は不可欠であろう。これまで放送部門の規制を担当
し て き た 独 立 テ レ ビ 委 員 会( ITC)は 、放 送 に 関 す る 周 波 数 帯 域 の 配 分 す る 権 限
を背景に極めて強いコンテンツ規制を行ってきた。これに対して情報通信部門
は規制緩和政策の一環として、競争の促進が行われている。こうした政策方針
164
の違いと規制機関の権限の重複を回避することがオフコムの役割となっている。
重要なことは規制当局の数ではなく、デジタル時代にどのような規制機関が必
要とされるかという点にあるだろう。かつて周波数帯域が限定されていた時代
にピーコック委員会は、放送免許に関する入札制度によって放送市場に競争の
概念を初めて導入したが、オフコムの創設がデジタル融合市場における新たな
る競争の促進につながるかどうかが問われている。
英国と日本の相違は、どこまで政府や産業界から独立した機関が放送政策を
立 案 す る か と い う 点 に あ る 。ヴ ォ ー ゲ ル [1996]が 指 摘 し た よ う に 、
「市場を自由
化 す れ ば す る ほ ど 、 規 則 が 増 え る 」 (freer markets, more rules)と い う パ ラ ド
ックスをどこまで排除できるかがデジタル時代の放送市場のあり方を左右する
で あ ろ う 27 。
27
Vogel, S. K.[1996]の 第 3 章 (Chapter 3: The United Kingdoms and Japan: Two Paths
to Regulatory Reform: The Augment in Brief)に 基 づ く 。
165
結
日本のみならず、世界の諸国において放送部門は極めて大きな変革期に直面
している。デジタル技術によって放送市場と情報通信市場の融合が急速に進捗
し、新たなる市場の創造と競争の機会が増大している。こうした構造的変化の
中で、放送部門だけを対象とした部門別規制政策の意義は薄まりつつある。言
うまでもなく、技術融合が自動的に市場融合をもたらすものではない。放送市
場と情報通信市場の新しいデジタル融合市場の誕生を促し、経済成長や雇用の
拡大につなげるためには、放送政策は進化しなければならない。放送部門の融
合的な発展は単に経済的な拡大だけでなく、社会、文化、教育にも多大な影響
を 与 え る 。 そ の 意 味 で 、 放 送 部 門 は 「 極 め て 優 れ た 文 化 産 業 」 (a cultural
industry par excellence)で も あ る 。従 っ て 、デ ジ タ ル 時 代 に お け る 放 送 部 門 に
対する規制政策は、
(1) 政策目的を明確にすること
(2) 規制を必要最小限に留めること
(3) 法律的に不確実をなくすこと
(4) 技術中立的であること
(5) 規制を厳格に適用すること
が求められている。
放送市場のデジタル融合は、伝統的なコンテンツを中心とした規制政策から
市場に対する競争政策への転換を促している。新しい技術開発、新しい産業構
造、新しい消費者需要に柔軟に対応するためには、市場のインセンティブを活
用した資源配分の効率化が不可欠となっている。これまで論じてきたように、
放送部門の経済的特性が、
( 1 )高 い 固 定 費 と 低 い 変 動 費 と い う 費 用 構 造 、
(2)
放送技術によって異なる財源調達の方法、
( 3 )多 段 階 の 供 給 構 造 に あ る 。こ う
した特性を持つ市場では、伝統的な経済学が教えるように、特定の事業者によ
る市場支配力の拡大や反競争的な行動につながる可能性が存在する。従って放
166
送市場への参入の自由を確保し、常に競争の風が吹くようにしなければならな
い。
「 公 共 の 利 益 の た め に 」と い う 伝 統 的 な ス ロ ー ガ ン の 下 に 、周 波 数 帯 域 の 希
少性を論拠として展開されてきたこれまでの規制政策は、既存事業者の既得権
を 守 る た め の 保 護 策 に 変 質 し た 。放 送 市 場 に お け る 選 択 の 自 由 と 多 様 性 を 高 め 、
経済成長への礎とするために、競争政策が重要な役割を演ずる時が来ている。
ヴ ィ ッ カ ー ズ (Vickers, J.[2002])は 、 放 送 部 門 へ の 競 争 政 策 と し て 、 放 送 部
門 の 特 性 を 考 慮 し て「 競 争 政 策 プ ラ ス 」(competition policy plus)と い う 考 え 方
を 提 唱 し て い る 。 英 国 の 放 送 市 場 に あ る す べ て の 事 業 者 (undertakings)に 対 し
て、BBCを含めて競争法を適用すべきであることを指摘している。そして政
府の規制政策そのものが放送市場における競争を歪めないように競争のプロセ
ス (competitive process)の 監 視 が 重 要 で あ る と 論 じ て い る 2 8 。
諸外国の放送政策は、それぞれの国の政治制度、伝統的な文化あるいは社会
的な風土を反映するものであり、そのまま自国に移し変えることはできない。
しかし、デジタル技術革新という新たなる産業革命の中で、様々な法制度や政
策の進化に果敢に取り組む国々の壮大な社会的実験から貴重な教訓を引き出す
ことはできるであろう。以下においては、本稿の結びとして、英国を中心とし
た放送政策の、日本の放送政策への含意について考えたい。
第一に、伝送ネットワークに対する規制とコンテンツに対する規制とを分離
する必要がある。有線ならびに無線による多様な伝送路の自由な利用を促すた
めに、コンテンツに関する規制政策とは切り離すべきであろう。ADSLの急
速な普及に見られるように、伝送ネットワーク間の競争は伝送技術の飛躍的な
進歩と新しいビジネスモデルの誕生を促している。日本の衛星放送市場におけ
る受託放送事業者と委託放送事業者の分離は、放送コンテンツの量的な拡大に
28
英 国 で は 1 9 9 8 年 に 競 争 法 ( the Competition Act 1998) を 制 定 し 、 競 争 政 策 の 重 要
性 を 全 面 的 に 打 ち 出 し て い る 。 英 国 の 競 争 法 で は 、( 1 ) 反 競 争 的 な 協 定 や 優 越 的 地 位 の
乱 用 の 禁 止 、( 2 ) 合 併 に 関 す る 規 制 、( 3 ) 競 争 促 進 的 な 政 策 手 段 の 実 施 、( 4 ) 政 府 の
規制政策から生ずる競争上の歪みの監視が重視されている。1998年競争法(2000
年3月より施行)では反競争的な協定や優越的地位の乱用の禁止が強化された。この競争
法は、EC条約の中で競争を規定している81条と82条に沿うものと言われている。
167
貢献していると考えられる。
「 上 下 分 離 」政 策 の 導 入 の た め に ど の よ う な 経 済 的
な条件が必要とされるかなどについて研究が求められている。
第 二 に 、貴 重 な 国 民 資 産 で あ る 周 波 数 帯 域 の 配 分 方 法 に つ い て は 、
( 1 )オ ー
クション、
(2)
「 美 人 コ ン テ ス ト 」と 呼 ば れ る 包 括 的 な 審 査 、
( 3 )周 波 数 帯 域
の経済価値に応じた配分などが考えられるが、英国のコミュニケーションズ法
で議論されたように、周波数帯域については経済価値に基づいた効率的な配分
を考えねばならない。伝統的な「美人コンテスト」による周波数帯域配分は、
既存の放送事業者や情報通信事業者に有利であり、新規参入を抑制し、結果と
して独占価格の設定や供給過小となる可能性が残るからである。明確なルール
づくりのために、経済的な分析が不可欠となっている。
第三に、放送市場はコンテンツの供給から視聴管理に至る複数の階層から成
り立っているが、こうした階層の一部における市場支配力が隘路となる可能性
がある。垂直統合は必ずしも競争を制限することを意味しないが、垂直統合は
取引費用の削減という合理的な市場行動と理解されてきたために、市場成果に
対する影響については必ずしも十分な経済的研究が行われてこなかった。デジ
タル技術革新によって放送市場の競争が進めば進むほど垂直統合の経済分析は
重要になるであろう。
第四に、有料放送市場が競争的になればなるほど、プレミアム番組の独占的
放送権による囲い込みが生ずる可能性がある。特にハリウッド映画、4 年に一
度のオリンピックあるいはサッカーのワールドカップのように供給量が極めて
限定されているキラー・コンテンツの場合には、準レントが発生しやすい。英
国 の 場 合 、国 民 的 な ス ポ ー ツ で あ る サ ッ カ ー の 放 送 権 を 独 占 す る ビ ー・ス カ イ・
ビ ー が 衛 星 放 送 市 場 の み な ら ず 、放 送 部 門 の 全 体 的 な 市 場 構 造 を 規 定 し て い る 。
「指定番組」制度を含めて、コンテンツへのアクセスを高めるためにどのよう
な規制があり得るかについての経済的な研究が求められる。
第五に,放送部門はその強い社会的影響力のためにメディア所有の集中を排
除するための規制が行われているが、多様な伝送路の拡大と自由なアクセスは
集中排除の経済的意義についての再検討を促している。特にクロスメディアの
所有規制は言論の自由を守るために不可欠であるが、放送部門内における所有
については、視聴者数、視聴時間、普及率など様々な測度によって市場占有率
168
を測り、また規模の経済性や範囲の経済性などについても計量的な把握も重要
となっている。
第六に、放送コンテンツに関連した著作権・知的所有権あるいは放送権など
に関する権利処理がコンテンツの流通を促進するために必要となっている。特
に多チャンネル化は、放送コンテンツの二次利用市場の発達が前提条件となっ
ている。伝統的に著作権はコンテンツ制作の保護に力点を置いたものであり、
流通を重視したものではなかった。コンテンツ制作のリスクと報酬とのバラン
スについて、金融制度のあり方も含めて経済学的な検討が必要とされている。
第七に、デジタル融合の中で公共サービス放送をいかにして支えるかは極め
て重要な政策的課題である。公共サービス放送と商業的な民間放送の共存とい
う二元体制のあり方は、放送市場における公正な競争に関わる基本的な問題で
ある。公共サービス放送の資金調達方法としては、受信料、政府資金、有料、
寄付、広告収入、公共サービス放送基金などが考えられる。すでに第2章で論
じたように、こうした財源が自由な競争市場の促進という原則とどのように調
和するかについて検討が求められる。ピーコック委員会が指摘したように、放
送市場におけるコンテンツにおける競争を促進し、番組の質を向上させるため
には、公共サービス放送基金の意義は極めて高いだろう。
放送部門における経済研究は、デジタル技術革新の進行と共に、ますますそ
の重要性を増すと考えられる。デジタル融合によって放送部門が「特殊な」経
済部門から「一般的な経済部門」へと移行する中で、放送市場あるいはデジタ
ル融合市場をどのように育成するかは極めて重要な経済学的な問いであり、経
済政策的な課題である。しかし、そのためには地道な経済分析の積み重ねが不
可 欠 で あ る 。 シ ャ ピ ロ ・ ヴ ァ リ ア ン [1998]が 指 摘 す る よ う に 、 変 貌 す る 技 術 と
は対照的に経済的な法則は不変であるからである。
放送部門は基本的に「コミュニケーション」を取引するネットワーク産業で
あ る 。ネ ッ ト ワ ー ク 産 業 と し て 放 送 部 門 を 捉 え る 時 に 最 も 重 要 な 経 済 的 特 性 は 、
需要と供給の両側面における規模の経済性に見出すことができるだろう。すで
に論じたように、需要における外部性はしばしば「プラスのフィードバック」
という言葉で表現されるが、ある閾値を越えると急速に需要が拡大し、ネット
ワークの規模を一層拡大させる。他方、供給サイドにおいても様々な規模の経
169
済性が働くはずである。
ケ イ ブ( Cave,M.[1989])が 指 摘 す る よ う に 、放 送 部 門 に ど の よ う な 規 模 の 経
済性が存在するかについては、放送コンテンツの制作から番組配信に至るまで
の流通過程別に考慮する必要があるだろう。番組制作については、規模の経済
性 が 存 在 す る か ど う か の 判 断 は 極 め て 困 難 で あ る 。な ぜ な ら 、機 械 設 備 や 人 的 資
源の利用という点では確かに少数の大手制作プロダクションへの集中が効率的
となるが、コンテンツの制作費用と番組の質との間には必ずしも直線的な関係
が存在しないために、規模の経済性だけで論ずることには限界がある。伝送部
門について、番組の数が増えたり、あるいは視聴者数が増加したりしても、伝
送 の た め の 限 界 費 用 は ゼ ロ に 近 く 、 規 模 の 経 済 性 が 存 在 す る と 考 え ら れ る 29 。
放送部門における規模の経済性あるいは範囲の経済性がどの程度存在するか
は 、放 送 市 場 に お け る 競 争 政 策 を 考 え る 上 で 極 め て 重 要 な 指 標 と な る 。し か し 、
そのためには放送部門における費用構造を明らかにしなければならない。放送
部門における規模の経済性に関する計量的な経済分析は、まだ緒についたばか
り で あ る 。植 田 ・三 友 [2003]は 、ト ラ ン ス ロ グ 型 費 用 関 数 を 用 い て 、放 送 部 門 の
費用構造の最初の解明を試みている。その意味で、放送部門における実証研究
の重大な一歩を記し、またこれからの放送部門における経済研究の方向性を示
し て い る 30 。
29
ケ ー ブ ル ・テ レ ビ の 場 合 に は 、 規 模 の 経 済 性 は か な り 自 明 で あ る 。な ぜ な ら 、 ケ ー ブ ル
敷 設 の 費 用 は チ ャ ン ネ ル 数 と は 独 立 で あ り 、 ケ ー ブ ル ・テ レ ビ の チ ャ ン ネ ル 当 た り の 平 均
費 用 は チ ャ ン ネ ル の 数 が 増 え れ ば 増 え る ほ ど 減 少 す る は ず で あ る 。 ノ ー ム (Noam,
E.[1985])の 計 量 的 な 研 究 に よ れ ば 、1980 年 代 の 米 国 に お け る ケ ー ブ ル ・テ レ ビ に は 規 模 の
経 済 性 が 認 め ら れ る 。 し か し 、 こ う し た 規 模 の 経 済 性 の 追 及 は 、“ 過 剰 敷 設
"(over-building)を 招 く 可 能 性 が 高 く 、 現 実 に 米 国 で は 近 年 は 光 フ ァ イ バ ー の 過 剰 供 給 に
よって、かなりの通信会社が経営破たんに追い込まれている。流通段階別の規模の経済性
に 関 す る 議 論 は 、 ケ イ ブ ( Cave, M[1989]) を 参 照 さ れ た い 。
30
日 本 に お け る 放 送 事 業 の 費 用 構 造 を 初 め て 計 量 的 に 分 析 し た の は 、 植 田 ・ 三 友 [2003] で
あ る 。 そ こ で は 、 ト ラ ン ス ロ グ 型 の 費 用 関 数 を 用 い て 、 一 般 に 「 地 方 局 」 と 呼 ば れ る 38
局 に お け る 規 模 の 経 済 性 が 測 定 さ れ て い る 。ア ウ ト プ ッ ト に は 、事 業 売 り 上 げ 、地 域 人 口 、
170
しばしば論じたように、デジタル融合がどのような方向に進化するかを予測
することは不可能である。
「 馬 な し 馬 車 」と 呼 ば れ た 蒸 気 機 関 車 が 初 め て 鉄 道 の
上を走った時、人々に危険を知らせるために蒸気機関車の前を「赤旗を持った
人 」を 歩 か せ た と 言 わ れ る 。マ ト ソ ン (Matson, M.J.[1996])が 指 摘 す る よ う に 、
技術進歩は現在の「常識」をやがて「特殊な通念」に変える可能性は高い。放
送部門についても、現状を維持のために弥縫的な政策を繰り返すのではなく、
起業家たちの自由な発想を活かし、新しい実験が行えるような制度整備が不可
欠となっている。
地域面積を取り上げ、またインプットには人件費価格と物件費価格を用いて計測した結果、
規模の経済性が存在する可能性を導き出している。またコンテンツ制作と伝送という二つ
の活動を垂直的に分離することによって費用の低減が生ずるかどうかという範囲の経済
性についても同様に、トランスログ型費用関数による計量分析が試みられた。ここでも番
組制作と伝送機能を統合することによる費用上の節約という積極的な証拠を見出すこと
はできなかったとしている。政策的な帰結として、規模の経済性を論拠として放送局の統
合化ならびに伝送活動と番組制作活動の垂直分離が示唆されている。
しかし、放送部門はコンテンツ制作から視聴者管理に至るまでの様々な活動から構成さ
れており、規模の経済性ならびに範囲の経済性はそれぞれの段階で大きく異なると思われ
る。その意味では、放送事業の段階毎の規模ならびに範囲の経済性の計測が必要と思われ
る。またトランスログ型関数はデータの定義の仕方によって一般に結論が大きく揺らぐ可
能性を持つことも留意しなければならない。さらに放送部門の特殊な役割、すなわち言論
の自由とその社会的な影響力を考えるなら、規模の経済性による効率性の追求だけでは放
送市場のあり方を必ずしも十分論じきれないことも確かであろう。特に垂直的あるいは水
平的統合が言論の自由に与える影響を考えるなら、規模の経済性による効率性の向上とメ
ディアの集中がもたらすかもしれない多様性・多元性の欠如との関係について配慮しなけ
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信研究科
N H K 放 送 文 化 研 究 所 ( 2 0 0 1 )『 20 世 紀 放 送 史 』
蓑 葉 信 弘 ( 1 9 9 7 )「 英 デ ジ タ ル 地 上 波 放 送 : 世 界 初 の 放 送 開 始 へ 」『 放 送 研
181
究 と 調 査 』 10 月 号 、 2-11 頁 、 NHK 文 化 放 送 研 究 所
菅谷
実・中村
清 編 著 ( 2 0 0 1 )『 放 送 メ デ ィ ア の 経 済 学 』 中 央 経 済 社
菅谷
実・中村
清 編 著 ( 2 0 0 3 )『 映 像 コ ン テ ン ツ 産 業 論 』 丸 善
中村
清( 1 9 9 7 )
「 広 告 放 送・有 料 放 送・公 共 放 送 ー 番 組 選 択 モ デ ル に よ る
経 済 学 的 照 射 」、郵 政 省 郵 政 研 究 所 編『 有 料 放 送 市 場 の 今 後 の 展 望 』、日 本 評 論
社
中村
清( 1 9 9 8 「
) 英 国 に お け る 放 送 部 門 の 経 済 学 的 問 題 」、
『 公 益 事 業 研 究 』、
第 4 9 巻 、 第 3 号 、 33-39 頁
中村
清( 2 0 0 0 )
「デジタル技術革新と放送メディア市場における差別価格
形 成 」 早 稲 田 商 学 、 第 384 号 、 55-73 頁
中村
清 ( 2 0 0 1 )『 産 業 経 営 :
第 27 回
公開講演会特集:情報通信と放
送 の 融 合 ― テ レ ビ・ケ ー タ イ は ど う な る か ? 』、第 30 号 、早 稲 田 大 学 産 業 経 営
研究所
中村
清 ( 2 0 0 2 )「 情 報 通 信 と 放 送 の 融 合 と そ の 政 策 課 題 」『 オ ペ レ ー シ ョ
ン ズ ・ リ サ ー チ 』 第 4 7 巻 、 第 1 1 号 、 707-713 頁
中村
清( 2 0 0 3 )
「英国と米国における映像コンテンツ制作市場と競争政策
の 展 開 」『 公 正 取 引 』 第 631 号 、 27-33 頁
バ リ ー・ネ イ ル バ フ( 1 9 9 7 )
「「 補 完 」の 発 想 で 新 市 場 開 拓 」、日 本 経 済 新 聞
5 月 7 日号「経済教室」
放 送 経 済 研 究 会( 1 9 9 8 )、
『放送経済学序説ーデジタル時代の放送経済分析』
(報告書)
民 間 放 送 連 盟 ( 2 0 0 1 )『 民 間 放 送 50 年 史 』
182
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