発狂する

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発狂する
新ヒラリ ズム
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発狂する
陽羅
義光
真夏のさ みし い青さ のなか で
ぼくはひ とり
やさしく 発狂 する
(森 田童子 『逆光 線』)
他人が 発狂 する瞬 間に立 ち会っ たこ と がありま すか 。
自分が 発狂 する瀬 戸際を 認知し たこ と がありま すか 。
これら の問 いに 、
「あ る」と答 えた 者は 、発狂と いうも のの何 たる かを
ごぞんじ だ。
【彼ら の愁 訴は告 訴なの である 】
これは 鬱病 患者を 云々し たフ ロイト の 言葉であ るが 、この 言葉を 借り
て発狂者 を云 々する なら、 こう云 う他 は ない。
「彼ら の断 崖は弾 劾なの である 」
ニーチ ェの みなら ず、古 往今来 、何 人 もの天才 が発 狂して いる。
彼ら(彼 女ら)は【 やさし く発狂 する 】というよ りも 、
「発狂 してや さ
しくなる 」の である 。
だがそ の断 崖状況 におけ る叫び は、 す なわち弾 劾に 等しい 。
何を弾 劾す るのか 。
誰を弾 劾す るのか 。
それは 有形 無形の 、彼ら (彼女 ら) の 「敵」を であ る。
従って 発狂 を防ぐ 最適の 方法は 、「 敵 」を作ら ない ことで ある。
けれど も、 天才の 多くは 「敵」 を作 る 。
いや、 作る のでは なく、 好む と好ま ざ るにかか わら ず「敵 」が現 出し
てしまう ので ある。
その「敵」も、近所の お兄ち ゃん やお 姉ちゃん レベ ルでは なく 、
( 凡人
が考える と) とても とても 手に負 えそ う にない「 敵」 なので ある。
それは 「神 」だっ たり「 悪魔」 だっ た りするこ とも ある。
それは 「宇 宙」だ ったり 「運命 」だ っ たりする こと もある 。
それは 「死 」だっ たり「 生」だ った り すること もあ る。
それは 「聖 」だっ たり「 俗」だ った り すること もあ る。
それは 「皇 帝」だ ったり 「世間 」だ っ たりする こと もある 。
それは 「平 和」だ ったり 「戦争 」だ っ たりする こと もある 。
それは 「文 化文明 」だっ たり「 自然 破 壊」だっ たり するこ ともあ る。
それは 「あ れ」だ ったり 「これ 」だ っ たりする こと もある 。
ううむ 、大 変だ。
発狂し たほ うが楽 に違い あるま い。
だが楽 だか ら発狂 するわ けでは ない 。
楽じゃ ない から発 狂する のであ る。
それな ら発 狂は無 意識の 逃避な のか 。
それは 結果 論とし てそう なの であっ て 、彼ら( 彼女 ら)は あくま で闘
士なので ある 。
それな ら、 天才で はない 発狂 者はど う なのか、 と聞 きたく なるで あろ
う。
彼ら( 彼女 ら)も 闘士に は違い ない 。
ただ彼 ら( 彼女ら )にと って 、「己 の 敵は己」 なの である 。
だから 天才 にはな り得な いが、 闘士 な のである 。
天才の 発狂 者は、 敗れる つもり はな く て敗れた 闘士 である 。
天才で ない 発狂者 は、敗 れるべ くし て 敗れた闘 士で ある。
世間は どう してこ うも発 狂者を 毛嫌 い するのか 。
自分た ちと 同じコ モンセ ンスを 共有 し ないから か。
交信や 交情 が成立 しない 苛立た しさ に 我慢がな らな いのか 。
一般的 心情 からた だ薄気 味悪い だけ な のか。
それは 誰だ ってそ うだ。
気持ち は解 る。
解らな い人 は発狂 者くら いのも ので 。
けれど も、 これも 解って 貰わな けれ ば 困る。
発狂者 は闘 士のな れの果 てなの だと 。
あなた 方が 決して なれな かった 闘士 の 。
ニーチ ェ発 狂前後 の、周 りの 反応や 対 応に関す る資 料が手 元に乏 しい
ので、代わり に、日本の 天才発 狂者の 例 を、
『絶対 文感』から 引用し てみ
る。
【島田清 次郎 の放浪 時代( 19 24年 ) の逸話を 、こ れも簡 明に紹 介す
る。
○清次郎 は同 郷の室 生犀星 に金を 借り よ うと田端 を訪 ねるが 不在。
○仕方な く菊 池寛の 家に行 くと 、菊池 は 留守で書 生の 那珂が 泊める 。そ
れを先輩 に知 られ菊 池 に電 話。 菊池は す ぐに追い 出せ と命じ る。菊 池家
には若い 女性 も住み 込みで いるか ら危 な いとのこ と。
○清次郎 は今 度は金 沢に帰 り室 生犀星 宅 に行く。 いく ばくか の金を 借り
て、
「 室 生犀星 の家の 梯子段 から 落ちて 死 んではた まら んから な」と嘯く 。
犀星は 、
( この 男は相 変わら ずだ )と おも い、二 度と 会わな いよう にした 。
○清次郎 は徳 田秋声 の家の 勝手 口から 入 り込み、 女中 部屋に 居座る 。女
中に対し てコ ーヒー を持っ てこ いとか 鰻 丼の出前 を頼 めとか うるさ かっ
たが、秋 声は 渋々泊 めた。
○浅見淵 が出 版社聚 英閣の 座敷に 座っ て いる清次 郎を 見た 。
「 薄汚 い 恰好
をしてチ ビ下 駄を引 きずり 書き ためた 原 稿を包ん だ風 呂敷包 みを大 事そ
うに抱え てい た」
○清次郎 は( 生田長 江邸で 一度 会った き りの)橋 爪健 に突然 電話を して
呼び出す 。外 遊の際 にアメ リカ で購入 し た万年筆 を売 ってや ると云 い、
十一円で 売っ た。清 次郎の 爪が黒 くの び ているの を橋 爪は覚 えてい る。
○清次郎 は吉 野作造 の家に も行 って皆 に からかわ れて いるが 、今晩 だけ
という約 束で 泊めて あげる 。そ の日記 に こうある 。
「気が 違っ てるの では
ないかと 思う が、考 えてみ れば 気の毒 な 青年なり 。で きるだ けのこ とは
してやり たい が、凡 そ物事 には 人に頼 ん で いいこ とあ り、必 ず自分 でせ
ねばなら ぬこ とあり 。彼は 自分 でせね ば ならぬこ とま で人に やらせ ると
いうので 厄介 なり。 はいは いと 云って 居 れば、雪 隠に 往って 己の尻 を拭
えとまで 云い そうな 男。そ れで気 の毒 だ が面倒を 見る ことが できぬ 」
これら の逸 話から 受ける 印象は 、
( お そ らくまと もな 作家な ら誰で もそ
う感じる だろ うが )菊池 寛も室 生犀 星も 吉野作造 も 、ケツ の穴が 小さい 、
というこ とだ 。ただ それだ けだ。
住むと ころ のない 赤貧の 青年 作家の 傲 慢なぞ可 愛い ものだ と、ど うし
て思えぬ ので あろう 。
島田清 次郎 の哀れ さここ に極ま れり 。】
こ の後 、時 を経ず に、島 田清 次郎は 精 神病院に 押し 込めら れるが 、闘
士に対す る闘 士でな い者の 反応や 対応 は 、大凡こ んな ところ だ。
闘士で ない 者が闘 士を侮 辱す ること は 、発狂者 ゆえ に殺人 を犯し ても
罰せられ ない 現在の 刑法が 、発 狂者に 対 する侮辱 であ るのと 同様に 、本
質的に改 めら れねば ならぬ 課題で ある 。
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