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メダカ属 MHC ゲノム領域の多型と進化

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メダカ属 MHC ゲノム領域の多型と進化
公募研究:2008 ∼ 2009 年度
メダカ属 MHC ゲノム領域の多型と進化
●野中 勝
東京大学大学院理学系研究科
ており、我々はすでにこの両種の MHC クラス I 領域を含むクロー
<研究の目的と進め方>
MHC(主要組織適合性抗原複合体)は有顎脊椎動物に固有のゲ
ンのスクリーニングを行い、塩基配列の決定を始めている。約
ノム領域で、獲得免疫に中心的な役割を果たす多くの遺伝子が集
400 kb と予想されるこの領域の塩基配列の完全解読を行うととも
積しており、そのゲノム構造の生理的な意義、進化的な成立過程
に、支援班の援助を受け、セレベスメダカ種群に属するセレベス
に興味が持たれている。ヒト MHC の場合は、4Mb 以上の領域に
メダカの BAC ライブラリーを構築し、同様に MHC クラス I 領
100 以上の発現している遺伝子がコードされており、その中には
域の塩基配列を解読する。また、メダカに認められた MHC の顕
複数のクラス IA 遺伝子、クラス IIA,B 遺伝子をはじめとして、
著な二型の起源は、予備的な分子系統解析の結果から Oryzias 属
クラス I 抗原提示に関与するプロテアソームサブユニット遺伝子
における種分化よりも古いことが予想され、balancing selection
や、TAP トランスポーター遺伝子、補体成分 C4, C2, B 因子の
によって維持されていることが示唆されている。そこで Oryzias
遺伝子、TNF 遺伝子など、免疫学的に重要な遺伝子が多数含ま
属各種の野生集団に入手可能なものより順次この二型の有無を検
れている (Consortium Nature 401:921, 1999)。構造上はこれらの
討する。メダカを他のモデル動物と比較した時の明らかな利点の
免疫関連遺伝子の起源は様々であり、一方機能上は抗原提示過程
ひとつは、東南アジアに広く分布する同属の近縁種の存在であ
を中心とする免疫反応に関わるという共通点を持っている。これ
り、進化・種分化の問題解決のための絶好の材料を提供している。
らの遺伝子のクラスター形成の生理的な意義については、協調し
ゲノムレベルでこれらの問題に取り組むためには、メダカでのゲ
た発現を可能にしているとする説と、共進化を可能にしていると
ノム情報を最大限に利用して他種の各ゲノム領域を解析すること
いう説があり、いまだ結論が得られていない。脊椎動物における
が現実的と考えられる。各研究者が解析する個々の領域に関する
MHC の進化を明らかにするために、哺乳類以外の MHC が、鳥
情報が集積すればより正確なゲノム進化の様子が明らかになる事
類のニワトリ (Kaufman et al. Nature 401:923, 1999)、両生類のツ
が期待されるが、中でも MHC 領域はその高い遺伝子密度(ヒト
メガエル (Nonaka et al. PNAS 94:5789, 1997)、軟骨魚類のサメ
MHC はヒトゲノム中で最も遺伝子密度の高い領域の一つとされ
(Ohta et al. PNAS 97:4712, 2000) で解析されたが、クラス I 遺伝
る)により、効率よく情報収集ができる領域である。さらに構造
子、クラス II 遺伝子およびクラス III 補体遺伝子間の連鎖は保存
的には無関係ながら機能的には密接な関係を有する遺伝子が集積
されており、これらの遺伝子間の連鎖は MHC の成立当初から存
するという進化的に興味深い領域でもある。そのため哺乳類にお
在していた事が示唆された。しかしながら硬骨魚類は例外で、ド
いては比較ゲノム的な解析が最も進んでいる領域と言ってよい
イツのグループによるゼブラフィッシュや我々のメダカの解析か
が、前述のように哺乳類と硬骨魚類の MHC の遺伝子構成は著し
ら、これらの遺伝子は数個の染色体に分散して存在している事が
く異なっており、クラス I 領域に限定すれば硬骨魚類のものがよ
明らかになった。にもかかわらず2つのメダカクラス I 遺伝子と
り祖先型に近いと考えられ、硬骨魚類において進化的なデータを
その抗原提示に直接関わる4つの免疫プロテアソームサブユニッ
収集することは脊椎動物における MHC の進化を理解するために
ト遺伝子、TAP2 遺伝子、TAPBP 遺伝子は他の遺伝子の介在な
も重要と考えられる。
し に 緊 密 な ク ラ ス タ ー を 形 成 し て い た (Matsuo et al.
我々は免疫系の進化過程、特に MHC の遺伝子構成の進化的な
Immunogenetics 53:930, 2002)。さらに約 400 kb に及ぶこの領域
意義の解明を目指して研究して来た。その過程で有顎脊椎動物の
を2種の近交系(Hd-rR と HNI)間で比較すると、クラス I 抗原
中で硬骨魚類のみが分散型という極めて特殊な MHC を有するこ
提示に関与する MHC クラス I 遺伝子(
テアソームサブユニット遺伝子(
と
と
)と免疫プロ
とを見いだした。ところがメダカの MHC クラス I 領域の塩基配
)を含む約
列を決定して、情報が集積しだしたアフリカツメガエル、サメな
100 kb の亜領域には、これまでに前例のないアラインする事も不
どの MHC の遺伝子構成と比較してみると、少なくともクラス I
可 能 な 著 し い 塩 基 配 列 の 違 い が 存 在 し た (Tsukamoto et al.
領域に関してはクラス I 遺伝子とその抗原提示に直接関与する遺
Immunogenetics 57:420, 2005)。当研究では、哺乳類と大きく異な
伝子群が密接に連鎖するメダカ等が基本形で、両者が遠く離れて
る遺伝子構成と驚異的な多型を特徴とするメダカ MHC クラス I
存在する哺乳類のほうがむしろ例外である事が明らかになった。
領域の構造を、メダカ属各種間で比較することにより MHC の進
それと平行して免疫プロテアソームサブユニット PSMB8 遺伝子
化 過 程 を 解 明 し よ う と す る も の で あ る。 メ ダ カ の 所 属 す る
はカエル、メダカ、サメでは顕著な二型性を示すのに、哺乳類で
Oryzias 属には約20種が知られ、東南アジアに広く分布してい
は機能に影響を及ぼすような多型の存在は知られていない。これ
る。近年の分子系統解析は、これらの種は地理的な分布と一致す
らの結果から、MHC とはクラス I 遺伝子とその抗原提示に直接
る3種群、メダカ種群、ジャワメダカ種群、セレベスメダカ種群
的に関わる遺伝子が共進化を遂げることを保証する場と考えられ
に 分 か れ る 事 を 明 ら か に し た。 メ ダ カ MHC 配 列 と 比 較 し て
る。一度出来上がってしまえば構成遺伝子の突然変異の多くが有
Oryzias 属内における MHC の進化を解明するには、各種群より
害となる他の生体反応系と異なり、免疫系は種分化等に伴い新た
夫々1種の MHC を解析する事が望ましい。これまでに当領域の
な環境に進出して新たな病原体に出会った場合は、それを抗原と
藤山秋佐夫代表らにより、メダカ種群のルソンメダカ、ジャワメ
して認識できるように変化していくことが求められる。共進化を
ダカ種群のインドメダカについて BAC ライブラリーが構築され
保証するために、抗原提示に関わる遺伝子間の緊密な連鎖を保ち
− 255 −
続けた場が MHC であり、それを失っている哺乳類の MHC は、
PCRによるスクリーニングを可能にする。ライブラリーが構築さ
進化的な尺度で考えた場合は、もはや本来の機能を果たせなく
れたら、ルソンメダカ、インドメダカと同様な方法により、セレ
なっている可能性がある。従って、MHC が共進化の場として意
ベスメダカMHCクラスI領域の塩基配列をできるだけ広い範囲で
味を持ち続けていると考えられる Oryzias 属は、MHC の進化を
決定する。約400 kbになる事が期待されるこの領域の塩基配列
解明するのに最も適した対象ということができる。我々の MHC
を、メダカ、ルソンメダカ、インドメダカ、セレベスメダカの4
領域の進化に関する問題意識と、当領域の BAC ライブラリーの
者間で比較し、ミトコンドリア遺伝子の分子系統解析から推定さ
構築、大量の塩基配列決定能力が結びつくことによって、近縁種
れたこれら4種の系統関係に基づき、Oryzias属におけるMHCク
群における特定のゲノム領域の進化過程が、精度よく解明される
ラスIゲノム領域の進化過程を明らかにする。この過程で、メダ
ことが期待される。約6億年前に有顎脊椎動物の共通祖先で確立
カ種群、ジャワメダカ種群、セレベスメダカ種群の他種について
されたと考えられる獲得免疫において抗原提示は中心的な役割を
解析する必要が生じる可能性が高く、その場合は至急その種につ
果たしており、その過程に関わる多くの遺伝子が MHC 領域に存
いてBACライブラリーを構築し、MHCクラスI領域の塩基配列を
在するのは極めて興味深い現象である。そのため、これまでにも
決定する。
多くの研究者が MHC の遺伝子構造の生物学的な意義を明らかに
メダカ野生集団におけるMHCクラスI領域多型の解析:Oryzias属
すべく研究を重ねて来たが、これまでのところ明確な結論を得る
内でのMHCクラスI領域の進化を種内多型も含めて明らかにする
に至っていない。一番の問題点はヒト、マウス等の哺乳類を用い
ための基礎的な情報を得るために、まずメダカの各地の野生集団
てこの問題の解決を試みた事にあると思われる。前述のごとく哺
を用いてこの領域の多型の様子を明らかにする。これまでの
乳類の MHC は極めて特殊な遺伝子配置をしており、機能関連遺
PSMB8遺伝子をもちいた予備的な解析により、約500万年前に分
伝子が緊密な連鎖により共進化を遂げる場としての機能を失って
岐したとされる北日本集団、南日本集団のいずれからも、Hd-rR
いる可能性が高い。それに対してメダカの MHC のゲノム構造は、
型、HNI型の両者がみつかっており、この顕著な2型は南北両集
共進化の場としての機能を保持していることを強く示唆してお
団の分岐に先駆けて成立していたことが明らかになっている。こ
り、近縁種の MHC の構造および多型性を明らかにすることによ
の解析を隣接するPSMB10, UAA, UBA遺伝子にも拡大すること
り、実際に共進化が生じていることが証明されることが期待され
によって顕著な2型の範囲を明らかにするとともに、これら緊密
る。淡水から海水、熱帯から温帯の様々な生息環境に適応分化し
に連鎖する遺伝子がハプロタイプを形成して、共進化してきた可
たと考えられる約20種に及ぶ Oryzias 属の各種の存在は、この
能性を検討する。また、Hd-rR型、HNI型の中に亜型が存在する
種の解析に最適な材料を提供している。
可能性を検討し、後に近縁各種での多型解析を行う際に、種間で
共有される多型と、各種に固有の多型を識別することを可能にす
<研究開始時の研究計画>
る。これらの解析は基本的に、各遺伝子の両端のエクソン上に設
ルソンメダカ、インドメダカのM H CクラスI領域の完全解読:
計したプライマーを用いて、ゲノムD N Aを鋳型にしたP C Rを
我々はすでに両種のBACライブラリーより、メダカのMHCクラ
行ってイントロンを含む全遺伝子領域を増幅して行う。PSMB8
スI遺伝子、PSMB8遺伝子をプローブとしてスクリーニングを行
遺伝子とPSMB10遺伝子の間の間隙は極めて短いため、両遺伝子
い、それぞれ数個のBACクローンを単離してある。メダカの様々
は一緒に増幅して解析する。これによって遺伝子配置の多型が存
な遺伝子プローブ、及びBAC末端配列決定の結果から、それぞれ
在した場合にも、それを含めた多型の検出が可能になり、
の種からメダカMHCクラスI領域の中心部分約200̶300 kbをカ
Oryzias属におけるMHCクラスI領域の多型の進化をより包括的に
バーする2個ずつのBACクローンを選択した。そこでこれら4個
理解することが可能になる。
のBACクローンをSau3AIで不完全切断し、アガロースゲルで2 ‒
Oryzias属各種の野生集団を用いたMHCクラスI領域多型の解析:
4 kbの断片を精製し、pGEM3ベクターに入れ両端の配列を決定す
メダカでの解析から、PSMB10, PSMB8、及び二つのMHCクラ
る。約1000クローン読んだ時点で、PhredPhrapによるアセンブ
スI遺伝子を含む約100 kbの領域は、アラインすることが困難な
ルを試みる。10 ‒20程度のギャップの存在が予想されるので、
ほどの著しい2型性(Hd-rR型とHNI型)を示すことが明らかになっ
ギャップを跨ぐPCRプライマーを合成してその部分の配列を決定
た。日本各地の野生集団を調べたところ、この2型性は殆どの集
し、最終的には200 ‒ 300 kbの完全塩基配列を得る。メダカの
団において保たれており、また常にHd-rR型の頻度が高く、NHI
MHC領域にはG/Cの連続配列、ATリッチ領域等塩基配列の決定
型の遺伝子頻度は1 20 %程度であり、偏ったbalancing selection
を妨げる配列が多く存在し、その問題はルソンメダカ、インドメ
の存在を示唆した。またP S M B8遺伝子を用いた分子系統解析
ダカでも同様であることが予想される。メダカでの経験を生か
は、両型の分岐は約1億年前と、Oryzias属の各種の種分化が開
し、これらの配列に強いシーケンス反応試薬の使用や、シーケン
始されたと考えられる数千年前より遥かに古い事を示した。従っ
ス反応の際のアニーリング温度を上げる事により、これらの問題
てOryzias属各種において両型の有無、頻度を明らかにする事に
に対処する。メダカの場合、他の脊椎動物のMHCと共通な遺伝
より、balancing selectionの実態を解明する。この種の解析には少
子は約450 kbにわたって存在している。支援班による塩基配列決
なくとも100頭程度の野生集団からのサンプルが必要であり、サ
定の支援が受けられる場合は、ルソンメダカ、インドメダカ
ンプルが入手できたものより順次解析を進めてゆく。これまでに
MHCについても隣接するBACクローンを単離して塩基配列の決
既にタイのSrinakharinwirot大学のMagtoon博士の協力でタイメダ
定を行う。3種の配列を比較することにより、Oryzias属MHCの
カを、またシンガポールのシンガポール国立大学のNg博士の協力
進化過程を、メダカ種群とジャワメダカ種群が分かれて以来、あ
でジャワメダカを各200 ‒ 300個体入手済みであり、中国の香港
るいはメダカ種群内の種分化過程という二つのタイムスケール
市立大学のCheng博士からは近くハイナンメダカのサンプルが送
で、一塩基レベルの精度を持って比較する事が可能になる。
られてくる予定になっている。まず、PSMB8遺伝子のHd-rR、
セレベスメダカBACライブラリーの構築とMHCクラスI領域の完
HNI両型のエクソン部分に作られた特異的なプライマーを用い
全解読:支援班の支援を得て、Oryzias属3種群のうち未だBAC
て、メダカ近縁各種のゲノムD N Aを鋳型としたP C Rをおこな
ライブラリーが存在しないセレベスメダカ種群の代表種セレベス
い、得られたバンドの塩基配列を決定する事によりタイピングを
メダカよりBACライブラリーを構築する。3Dプールを作成して
行う。クラスI遺伝子についても同様な解析を行い、両遺伝子が
− 256 −
ハプロタイプを形成して進化しているかどうかを明らかにする。
もHNI型の頻度は0-27%と低く、これら2つの遺伝子を含むハプ
またこれまでに入手の見込みのついていないセレベス種群のいず
ロタイプの二型性はHd-rR型に偏った形のbalancing selectionに
れかの種の野生集団の解析を行うため、セレベス島にて採集を試
よって保たれていることが示された。その原因については、超優
みる。MHCクラスI領域の完全解読を計画しているセレベスメダ
性や頻度依存性選択よりも時間、場所により変化する淘汰圧によ
カを始めとして、いずれもセレベスメダカ種群に属する数種を採
る可能性が強いことが示唆された。
集できる可能性があり、生息環境の情報とあわせて、MHCクラ
Oryzias属各種の野生集団を用いたMHCクラスI領域多型の解析
スI領域の適応的な進化の様子が解明される事が期待される。
メダカ種群のハイナンメダカ、ジャワメダカ種群のジャワメダ
カ、インドメダカ、タイメダカ、及びセレベスメダカ種群のセレ
<研究期間の成果>
ベスメダカ、マタネンシスメダカ、マルモラタスメダカについて、
ルソンメダカ、インドメダカのMHCクラスI領域の完全解読:ル
各 100 個体程度の野生集団の PSMB8, PSMB10 遺伝子のタイピ
ソンメダカは2つの一部重複するBACクローンから、193,474bp
ングを行った。その結果、インドメダカ、タイメダカからは
の連続配列が得られ、
遺伝子はHd-rR型であった。インド
Hd-rR 型のみが、その他の各種からは Hd-rR 型、HNI 型の両型
メダカは2つのBACライブラリーを使い、一方のライブラリーか
が検出された。ただしインドメダカは日本に維持されているラボ
らはHd-rR型の
ストック中に二型が認められ、種としては二型を保持しているこ
遺伝子を含む一つのBAC配列、141,664bp
を決定した。もう一方のライブラリーからは2つのBACクローン
とが判明しており、タイメダカも今後別の産地のものを調べるこ
遺伝子はHNI型
とにより二型が確認される可能性が高いと思われた。二型が認め
であった。これまでインドメダカの属するジャワメダカ種群から
られた各種では、メダカ同様に Hd-rR 型の頻度が高くなってお
はHNI型
り、これらの結果から PSMB8 遺伝子の二型性は
から340,769bpの連続配列を決定したが、
て
遺伝子は確認されておらず、この結果により初め
遺伝子の二型性は数千万年前とされるメダカ種群、ジャ
ワメダカ種群の分岐以前から存在し、trans-speciesに伝えられて
属の共
通祖先の段階で既に存在しており、一方に偏った形の平衡淘汰に
より種を越えて維持されてきたことが示唆された。
きたことが明らかになった。ここで明らかにした3つのMHCク
ラスI領域の配列と、これまでメダカで明らかにされていた2つ
<国内外での成果の位置づけ>
及びいくつかの
メダカ以外の魚類を用いた MHC 領域の構造、多型の解析は国
遺伝子を含む領域は配列間で大きな違いを示し、MHC領
内外で行われているが、クラス I 遺伝子のように重複して、しか
域特有の進化をしているが、それ以外の領域は比較的高い保存性
も多型を示す遺伝子ではアレルとアイソタイプの区別すら容易で
の配列を互いに比較した結果、
を保ち、通常の非MHC領域と同様の進化をしていることが示唆
なく、しかも産業的に重要で解析の進んでいるサケ科やコイ科の
された。また、M H C特有の進化を示す領域のうち、
魚は最近の4倍体化を経験しているために MHC 領域の解読は困
遺
難を極めている。ここで述べたような高精度の解析は BAC ライ
伝子はそれぞれの種に固有なコピー数を示し、メダカには
と
ブラリーや近交系等の基盤が整備されているメダカでのみ可能と
が各1コピー存在したのに対して、ルソンメダカには
が
遺伝子は種を超えた二型性を示すのに対して、
3コピー
が1コピー、インドメダカには
が0コピー存在した。
が4コピー
なっており、既に発表済みの2種の近交系の MHC 配列の論文も
他種の研究者から高い評価を受けている。更に系統関係が明らか
遺伝子の系統樹は、同種の遺伝子が
にされている近縁種の存在、及び支援班によって進められている
クラスターを形成し、それぞれの種内でhomogenizationが行われ
近縁種での BAC ライブラリーの整備は、メダカを進化的な側面
ていることが示唆された。以上の結果はメダカ属のMHCクラスI
の研究に圧倒的に優れた対象としている。
領域は3つの亜領域に分かれ、それぞれが異なる淘汰圧を受けて
いることを示した。
<達成できなかったこと、予想外の困難、その理由>
セレベスメダカBACライブラリーの構築とMHCクラスI領域の完
メダカ近縁種で解析を予定していたもののうち、メコンメダカ
全解読:基礎生物学研究所の成瀬班員と協力して、基礎生物学研
とインド産のインドメダカを入手することが出来なかった。前者
究所で保持しているセレベスメダカについて
遺伝子のタイ
はバンコクで行われたメダカ国際会議で知り合ったタイ北東部の
ピングを行い、Hd-rR型、HNI型をヘテロに有する個体から培養
研究者から共同研究としてサンプルを提供してもらう話が進んで
細胞を確立してDNAを抽出した。支援班によりこのDNAから約
いたが、途中から連絡が取れなくなってしまった。また、インド
6xのBACライブラリーが構築された。PSMB8, DAX, RING3遺伝
メダカはマレーシアのものを自ら採集して解析することが出来た
子にP C Rプライマーを設定してスクリーニングし、それぞれ
が、遺伝的にかなり異なっていると思われるインド産のものにつ
2,2,7個のBACクローンを得た。二型性領域を含むPSMB8, DAX
いては、インド国内のメダカ研究者を見つけることができず、ま
のプライマーにより得られたクローンを検討した結果、PSMB8
た自ら採集するためにインド政府に提出した許可申請も認可され
で得られたものはHd-rR型、HNI型が各一個、DAXで得られたも
なかった。
のは共にHd-rR型であった。PSMB8で得られた2クローンを完
全解読することにして、現在Hd-rR型のもののショットガンライ
<今後の課題、展望>
これまでに
ブラリーを作成し解読を開始した所である。
メダカ野生集団におけるMHCクラスI領域多型の解析:メダカ野
遺伝子の顕著な二型性は、メダカ以外でも
サメ、ツメガエルからも報告されていたが、系統解析の結果はこ
生集団における多型性を明らかにするために、4つ存在するメダ
れらの二型性は独立に生じたことを示していた。しかし最近デー
カの地域集団のうち北日本集団、南日本集団、中国西韓集団に属
タベースに登録されている
する10地点からの1245個体の
ころ、以下のような事実が判明した。サメと硬骨魚類の一部には
遺伝子のタイピン
遺伝子の配列を調べ直したと
グを行った。得られた全ての配列はHd-rR型かHNI型のいずれか
それらの共通祖先に由来すると考えられる共通の二型、A 型と F
に明確に分類され、メダカのこれらの遺伝子は多型性ではなく、
型が存在する。メダカとツメガエルにはそれぞれ独特の二型が認
二型性を示すことが明らかになった。また両遺伝子の型は常に一
められるが、それらは配列からは全て祖先的な二型の A 型の系統
致してハプロタイプを形成していた。更にどの地域集団において
に属し、進化過程のどこかで F 型が失われた後、A 型から再生さ
− 257 −
れた二型と考えられる。ヒト、マウス等の哺乳類には A 型のみが
これほど精力的に進められている MHC 領域を有する分類群は他
遺伝子が失われている。これ
に存在しないと思われ、この解析により 1 塩基レベルという高解
らの断片的な情報からは、MHC の成立と時を同じくして有顎脊
像度で、最も包括的な MHC 領域の進化過程の解明が成し遂げら
椎動物の共通祖先で
れるものと思われる。
存在する。ニワトリからは
遺伝子から遺伝子重複により生じた
遺伝子は、出現直後から二型性を示し、その二型性は一
また、PSMB8 の二型間の機能的な違いを検証するために、メ
部の動物では5億年以上にわたって現在まで継承されており、ま
ダカを用いてそのアッセイ系を確立する。真核生物の 20S プロテ
た他の系統では二型性の消失、再生が複数回行われてきたことを
アソームは 14 種類のサブユニット各ふたつずつ計 28 のサブユ
示唆するが、具体的な回数と系統樹上の位置は特定されていな
ニットからなり、全ての細胞の生存に必須な巨大なタンパク分解
遺伝子の進化過程の全貌
酵素で、細胞内タンパク分解の主要な部分を担っている。酵素活
を明らかにすることが今後の重要な課題と考えられる。そのため
い。これらの事象を特定して、
性を持つのは PSMB5, PSMB6, PSMB7 と呼ばれる三種のサブユ
には、条鰭類、肉鰭類のそれぞれの系統で重要な位置を占める動
ニットであるが、免疫反応が惹起されインターフェロン g が分泌
物を選定して、これまでに知られている全ての
配列に対
されると PSMB8,9,10 と呼ばれるサブユニットが誘導され、これ
応できるユニバーサルなディジェネレートプライマーを用いてゲ
らが PSMB5,6,7 と置換することにより免疫プロテアソームが形
ノム DNA を鋳型とした PCR を行う必要がある。これまでに解
成される。免疫プロテアソームは通常のプロテアソームとは異な
遺伝子において、イントロンの挿
る切断特異性を有し、免疫プロテアソームによって切り出された
入位置は完全に保存されており、また各エクソンは比較的短いた
ペプチドは MHC クラス I 分子による抗原提示により適している
析された全ての動物の
め、ユニバーサルプライマーはエクソン2、3上に二型の判定に
と言われている。各サブユニットは単体では酵素活性を示さない
使う成熟ペプチドの 31 番目の残基を挟む様に設計してある。条
ため、PSMB8 の活性を測るのは6種類のプロテアーゼ活性を示
鰭類の系統では祖先的な二型の存在が知られているのはサケ科、
す可能性のあるサブユニット、PSMB5,6,7,8,9,10 の存在下で行わ
コイ科の魚に限られているため、それより根元で分岐したポリプ
れなければならず現在そのための準備を整えている。先ずメダカ
テルス、アナゴおよびそれ以後に分岐したシクリッド等について
には汎用される2つの近交系、Hd-rR と HNI が存在し、PSMB8
検討する。また、肉鰭類については肺魚、有尾類のイモリ、は虫
の型は前者が祖先型二型の A 型に相当する活性を示すと考えられ
類のヤモリ、単孔類のカモノハシ、有袋類のワラビーを調べる。
る d 型、後者が祖先型二型の F 型に相当する活性を示すと考えら
50 頭程度の野生個体からのゲノム DNA を鋳型に PCR を行い、
れる N 型である。これらの近交系からは繊維芽細胞用の株が確立
得られるバンドの塩基配列を決定し 31 番目の残基に基づくタイ
されているので、それを活性測定に用いる。メダカのインターフェ
ピングをおこなう。A 型または F 型のホモとタイピングされた個
ロン g はこれまでにクローニングされていなかったため、メダカ
体から、RNA が利用できる場合は 3 RACE により、利用できな
ドラフトゲノム配列にインターフェロン g としてアノテートされ
い場合はインバース PCR により成熟ペプチドの全アミノ酸配列
ていた2つの遺伝子のうち、生物活性があることが確認されてい
を決定し、既知の配列と系統樹解析を行うことにより、祖先的な
るニジマスインターフェロン g と系統樹上同じクレードに属する
二型がどの種で保存されているか、あるいは新たに形成されたと
方の遺伝子をクローニングし、大腸菌に発現させて GST タグ付
思われる二型が存在するかどうかを明らかにすることができる。
きの組換えタンパクを得た。前述の培養細胞で組換えインター
またメダカ属のメダカ近縁種については、これまでに解析でき
フェロン g の効果を調べたところ、添加前には殆ど検出されなかっ
ていない種に付いて、野生集団のサンプルが入手できるものから
た PSMB8 の mRNA がインターフェロン g の添加によって強く
二型性の有無を検証し、100 頭程度を目安に二型の相対的な遺伝
誘導されることが確認された。従って Hd-rR と HNI 由来の2種
子頻度を明らかにする必要がある。また、支援班によって更に構
の培養細胞を使って、インターフェロン g の添加前後で切断特異
築されているメダカ近縁種の BAC ライブラリーについても、利
性を比較することにより、PSMB8 の二型間の切断特異性の違い
用可能なものから二型に対応するクローンを単離、解析する。そ
を検出できると思われる。増殖期の培養細胞をインターフェロン
れぞれの型について MHC クラス I 領域の中心部分約 300 kb を最
g 処理したものとしないものについて 24 時間後にホモジェネー
小限の重複でカバーする2個ずつの BAC クローンを選択し、
トを調整し、グルコース密度勾配遠心により 26S, 20S 分画を分
Sau3AI で不完全切断し、アガロースゲルで 2 ‒ 4 kb の断片を精
離し、切断部位に様々なアミノ酸残基を有する各種 MCA 基質を
製し、pGEM3 ベクターに入れ両端の配列を決定する。約 1000 ク
用いて特異性を比較する。31 番目の残基は立体構造の決定され
ローン読んだ時点で、PhredPhrap によるアセンブルを試みる。
ているウシプロテアソームでは S1 ポケットの側壁を形成してお
10 ‒20 程度のギャップの存在が予想されるので、ギャップを跨ぐ
り、ここに Val がある d 型ではキモトリプシン様活性が、ここに
PCR プライマーを合成してその部分の配列を決定し、最終的に
Tyr がある H 型ではエラステース様活性が予測される。また、イ
は完全塩基配列を得る。得られた結果をこれまでに解析したメダ
ンターフェロン g の誘導により実際にタンパクレベルで PSMB5
カの二型、ルソンメダカの d 型、インドメダカの二型、及び現在
から PSMB8 への置換が生じていることを確認するために、20S
解析が進んでいるセレベスメダカの二型の MHC クラス I 領域の
分画を二次元電気泳動で分離し、各スポットをトリプシン処理後
配列と比較することにより、種の系統に従って進化している領域
質量分析にかけることで同定する。硬骨魚類の MHC クラス I 領
と、二型性に従って種を超えて進化している領域が明確になるこ
域には、PSMB8,9,10 遺伝子の他に、PSMB9-like と呼ばれる硬
とが期待され、メダカ属 MHC 領域の進化の全貌を明らかにする
骨魚類固有の遺伝子が存在することが知られているが、その産物
ことができる。前述のごとくこれまで MHC の進化的な研究は主
が免疫プロテアソームに組み込まれるかどうかについてはこれま
遺伝子の二型が存在しない有胎盤類で行われてきた
で全く解析されていない。このことについても同時に明らかにな
が、その MHC 構造は派生的であることが明らかになりつつある。
ると思われ、もし組み込まれる場合には PSMB9 と PSMB9-like
従って脊椎動物 MHC の進化過程の本流を理解するためには、
の間の特異性の違いも判明するものと思われる。 に
遺伝子の二型もふくめてより祖先的な MHC のゲノム構造
を有する分類群における解析が必要と思われ、メダカ属は格好な
<研究期間の全成果公表リスト>
研究対象といえる。近縁種について BAC ライブラリーの構築が
1) 論文/プロシーディング
− 258 −
1. 0812251442
Tsukamoto, K., Sakaizumi, M., Hata, M., Sawara, Y., Eah, J.,
Kim, C.B. and Nonaka, M.: Dichotomous haplotypic lineages of
the immunoproteasome subunit genes, PSMB8 and PSMB10,
in the MHC class I region of a teleost medaka, Oryzias
latipes, Mol.Biol. Evol. 26(4), 769-781 (2009).
2. 0911301152
Mehta, R. B., Nonaka, M. I., and Nonaka, M.: Comparative
genomic analysis of the major histocompatibility complex class
I region in the teleost genus Oryzias, Immunogenetics 61,385399 (2009)
− 259 −
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