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成果主義が企業業績に与える影響
成果主義が企業業績に与える影響 企業組織パート 鈴木 康太 髙山 駿平 竹井 佑理子 平井 創 はじめに 2011 年 9 月、日本マクドナルドは翌年 1 月から定年制の復活と 2006 年に導入して いた成果主義に基づく給与体系の廃止を発表した。その理由として、成果主義の下で ベテラン社員による若手従業員の育成が疎かになってしまったことなどを挙げている。 成果主義は一般的に個人の業績に連動した給与体系の事を指す。戦後高度成長の中 で大企業は年功制と職能給に基づく長期雇用を人事制度として採用してきた。長期雇 用下で従業員によるモラル・ハザードを防ぎ、労働に対するインセンティブを高める 制度として機能していたのは Lazear and Rosen (1981) が言うトーナメント制度(昇 進制度)であった。ところがそれは Milgrom and Roberts (1992) が指摘するように、 企業が成長し続ける間にのみ上手く機能する制度であり、1990 年代初頭にバブル経済 が崩壊して企業業績が低迷するようになると、管理職ポストの減尐によりトーナメン ト制度そのものが機能しなくなってしまった。そうした中で注目されたのが成果主義 による人事制度であり、1993 年に富士通が本格的に導入した事をきっかけに様々な企 業で採用された。ところが近年では成果主義を廃止する企業が相次いでいる。その理 由として職場の環境悪化、人材育成の失敗などが指摘されている。 ここで、成果主義を失敗だとする議論には 2 つの視点が必要だと思われる。一つは 成果主義に基づく給与体系自体がそもそも業績に影響を与えないという成果主義の直 接的な負の面、もう一つは成果主義的給与体系が職場環境を悪化させるために、結果 として業績が低迷するという間接的な負の面である。 そこで本稿では成果主義が企業業績に対してどのような影響を及ぼすのか、という 視点に立ち成果主義の持つ性質を分析する。本稿の構成は以下の通りである。第 1 章 で成果主義の現状分析を行い、第 2 章では成果主義に関する理論を、第 3 章では有価 証券報告書のデータに基づき成果主義導入企業において従業員の給与体系と企業業績 の間にどのような関係があるかについて実証分析を行う。そして最後の第 4 章では第 1 章から 3 章までの現状分析を踏まえて、考察を行う。 2011 年 11 月 企業組織パート 目次 はじめに 第1章 現状分析 1.1 成果主義導入の背景 1.2 成果主義とは 1.3 成果主義に期待されていたこと 1.4 実際の動向 1.5 成果主義の現実と課題 第2章 理論分析 2.1 成果主義導入のメリット・デメリット 2.2 ラチェット効果 2.3 モチベーションのクラウディングアウト 2.4 マルチタスクエージェンシーモデル 2.5 トーナメント制度 第3章 実証分析 3.1 従業員・役員報酬に関する先行研究 3.2 実証モデル 3.3 実証結果 3.4 対象とした産業の特徴と近年の動向 3.5 各産業の労働環境 3.6 考察 第4章 おわりに 参考文献 まとめ 第1章 1.1 現状分析 成果主義導入の背景 日本企業への成果主義的賃金体系の導入は 1990 年代初頭に始まったと言われてい る。バブル崩壊後、経済が長期に渡り停滞している日本において、企業はグローバリ ゼーションによる国際競争の激化という環境要因とも相まって、経営の効率化を迫ら れることなる。その中で改革の対象となったのが人件費だった。20 世紀後半の日本企 業の多くは勤続年数に比例して報酬が上昇するという年功制賃金を採用しており、従 業員の高学歴・高齢化による人件費の固定費化はそのような賃金体系の改革を一層必 要とさせた。そこで導入されたのが、当時アメリカ企業では主流であった従業員の働 きぶり(成果)と報酬を連動させる業績連動型賃金体系である成果主義制度であった。 1.2 成果主義とは 一口に成果主義的賃金体系といっても、各企業によって運用の仕方(目標設定・評 価方法など)は異なっておりその定義は曖昧である。中小企業総合研究機構は成果主 義を「従業員個々人の顕在化された短期的貢献を成果としてとらえ、それを可能な限 り客観的に評価して、賃金および処遇に結び付けようとする考え方」としてとらえて いる。また日本経営者団体連盟によると成果主義とは「一定の評価期間内の成果業績 をとらえて測定し、直ちにその結果を処遇に結び付けていくこと」である。これらに ならって本論文では成果主義を「従業員(またはチーム)の一定期間の成果を客観的 に測定し、その達成度に応じて従業員の報酬・処遇に結び付けていく」ものとする。 1.3 成果主義に期待されていたこと (ア) 従業員の勤労意欲向上というインセンティブ効果 従来の年功賃金制では勤続年数に応じて報酬が支払われていたので、実際の貢献度 と報酬にギャップがあったことが問題視されていた。どんなに一生懸命に働いても年 齢という壁によりその努力が処遇に反映されないという事実は、能力のある、特に若 手の従業員のモチベーションを下げていたと指摘される。 それに対して成果主義的賃金体系の下では、実際の報酬・処遇は個人もしくはチー ムの成果によって変動するので勤労意欲向上へとつながると考えられる。 (イ) 競争による活性化 年功賃金の場合は同期とは同じ賃金であり、先輩の賃金を追い抜くことはなく、逆 に後輩に抜かれることもなかった。しかし成果主義的賃金体系の下では、個々人の従 業員またはチームの成果によって処遇が決まるので他の従業員に差をつけることがで きる。その結果従業員間で切磋琢磨して働く環境を作り上げることができる。 (ウ) 企業全体での業績向上 (ア)、(イ)の作用により、企業全体の業績が改善されることが期待される。 (エ) 総人件費の抑制 年功賃金制で増大した人件費、特に高年齢の従業員の報酬を年齢ではなく業績に関 連付けることで削減できる。 1.4 実際の動向 厚生労働省の就労条件総合調査(2010)によると、業績評価制度を導入している企 業割合は 45.6%にのぼる。表 1-1 からも明らかにわかるように業績評価制度の導入割 合は、従業員数が多いほど高くなっている。産業別にみると金融業・保険業、情報通 信業などは業績評価制度の浸透が大きいことがわかる。 表 1-1 企業規模・産業 企業規模・産業別業績評価制度の導入割合 業績評価制度がある企 業績評価制度がない企 業 業 全産業 1,000 人以上 100.0 83.3 16.7 300 ~ 999 人 100.0 70.2 29.8 100 ~ 299 人 100.0 56.9 43.1 30 ~ 100.0 38.6 61.4 鉱業、採石業、砂利採取業 100.0 32.1 67.9 建設業 100.0 41.8 58.2 製造業 100.0 44.3 55.7 電気・ガス・熱供給・水道業 100.0 63.9 363.1 99 人 情報通信業 100.0 68.6 31.4 運輸業、郵便業 100.0 31.7 68.3 卸売業、小売業 100.0 52.8 47.2 金融業、保険業 100.0 77.2 22.8 不動産業、物品賃貸業 100.0 59.4 40.6 学術研究、専門・技術サービス業 100.0 51.1 48.9 宿泊業、飲食サービス業 100.0 33.4 66.6 生活関連サービス業 100.0 40.5 59.5 教育、学習支援業 100.0 50.3 49.7 医療、福祉 100.0 35.4 64.6 サービス業(他に分類されないもの) 100.0 35.2 64.8 出所:厚生労働省 また社団法人日本能率協会が 2005 年に行った「成果主義に関するアンケート」調 査結果(図 1-2 参照)によると、成果主義導入が「組織力やチーム力向上につながっ た」と感じている従業員は約 15%に過ぎず、「社員の意欲向上につながっている」と 思う従業員も 20%、同じく「ビジネス競争力や業務効率向上に役立っている」という 質問に対しても 25%程度しか肯定的にとらえていないことがわかった。 このアンケート結果より、当初成果主義導入によって期待されていた「従業員の就 業意欲向上」としてのインセンティブ効果はあまりうまく機能していないように思わ れる。 一方同様のアンケートを部門トップ(管理職)に対しても行ったところ、結果は従 業員の場合のものと異なった(図 1-3 参照)。全体的に部門トップでは成果主義の効果 を肯定的にとらえていることがわかるが、特に「社員の意欲向上につながっている」 という項目に関しては、過半数(約 52%)が「つながっている」と答えており、従業 員の回答(約 20%)と比較すると両者の認識には大きな隔たりがあることがわかった。 これらのことから、成果主義に対する効果の認識は従業員と管理職では乖離がある ことが読み取ることができる。 図 1-1 成果主義導入に対する従業員の認識 まったくその通り どちらかといえばその通り どちらともいえない どちらかといえばその通り違う まったく違う 無回答 組織力やチーム力 向上につながっている 1 14.7 社員個々人の 1.7 能力アップにつながっている 社員の意欲向上 1.5 につながっている ビジネス競争力や 2.08 業務効率向上に役立っている 46.4 23.2 29.4 46 20.9 23.1 45.1 22.39 45.78 7.6 0.9 5.3 0.7 25.6 6.18 0.72 23.68 5.44 0.63 出所:社団法人日本能率協会 図 1-2 成果主義に対する部門トップの認識 まったくその通り どちらかといえばその通り どちらともいえない どちらかといえばその通り違う まったく違う 無回答 組織力やチーム力向上 1.9 につながっている 社員個々人の能力アップ 1.9 につながっている 社員の意欲向上に 1.9 つながっている ビジネス競争力や 2.8 業務効率向上に役立っている 29.9 6.5 0 61.7 41.1 50.5 44.9 50.5 40.2 43.9 0 6.5 0 0 5.60.9 0.9 0.9 7.5 0 出所:社団法人日本能率協会 1.5 成果主義の現実と課題 経営を効率化する機能を持つと期待された成果主義だが、その実際は多くの問題点 を抱えていた。 1.5.1 実際の企業の事例(富士通・ブリジストンの例) 日本で成果主義をいち早く(平成 5 年)導入したと言われる富士通では、当初従業 員の業績を相対評価するという形で成果主義を運用していた。具体的には社員を SA (全体の 10%)、A(20%)、B(50%)、C(20%)とランク付けをした。しかし、一 部の従業員のみが優遇されるという事態になり、その他の従業員には不満が募る結果 となってしまった。そこで改善策として絶対評価に転換することとなるが、今度は多 くの従業員が高評価を得(SA、A 合わせて社員の半分以上)、差がつかないという「評 価のインフレ」状態になってしまったのである。これらの経験を生かし、その後富士 通では業務目標・プロセス、行動様式などの項目も評価基準に取り入れることにし、 結果偏重からの脱却をすることになった。 ブリジストンでは厳格な相対評価を用いたため、社員のモラール(士気)が低下し てしまった。従業員を S(34,000 円昇給)、A(24,000 円昇給)、B(昇給なし)、C(6,000 円減給)、D(8,000 円減給)とランク付けし、S、A が全体の 25%のみという非常に 厳格な制度を運用していた。しかもこのランクは各部門に適用されたので、たとえ優 秀な人材しかいない部門でも減給対象になる社員が決められなければならなかったの である。結果として、従業員はどんなに頑張っても評価されないと勤労意欲が低下し、 評価の高い社員に仕事がさらに集中するという状況になってしまった。ブリジストン はそのようなシステムを見直し、昇給対象枠を 50%まで増やし、減給対象も最悪でも C まで、さらに対象者がいなければ無理に C という評価をしなくてもいいこととした。 1.5.2 近年の傾向 厚生労働省の就労条件総合調査(2010)によれば、評価する側が感じている問題点 として、 「評価に手間や時間がかかる」 ・ 「評価者の研究・教育が十分にできない」 ・ 「格 差がつけにくく中位の評価が多くなる」といった問題が挙げられている。逆に評価さ れる側は、 「評価システムまたは結果に対して納得できない」、 「評価によって勤労意欲 が低下する」、「職場の雰囲気が悪化する」といったような問題を感じている。成果に よって働きぶりを判断されるシステムの下では、個人が自分の業績を意識し本来協力 して働くべき他の従業員を過度にライバル視してしまい、結果として雰囲気が悪くな るという状況が生じていると考えられる。 企業規模別に見てみると、評価に関する項目では企業規模が大きいほど被評価者の 納得を得ることのできない割合が多くなっている。これは従業員数が多いため、評価 する側と評価される側の距離が遠いということが一つの原因と考えられる。他方、 「職 場の雰囲気が悪化する」・「グループやチームの作業に支障がでる」といった項目では 小規模企業の方がより問題と感じていることがわかる。これは逆に従業員が尐ないた めに日ごろから関わる機会が多いということが要因として挙げることができるだろう。 また成果主義導入による問題点として、労働者の「目標設定水準の低下」 ( 朝日 2004) があげられる。成果主義では業績の評価方法としてしばしば、設定した目標を達成し たか否かで個人の業績を判断する目標管理制度が用いられる。そのようなシステムで は、労働者は高い目標を設定し達成できず評価されないよりも、確実に達成できる目 標を設定することしかしなくなる。結果として、労働者の挑戦意欲が低下し企業全体 としてのパフォーマンスも低下することが懸念されるのである。 表 1-2 業績評価制度の評価によって生じる問題点 問題点の内訳(3 つまでの複数回答) 業績評価制度 がある企業 評価によ る問題点 がある企 業 評価システ ムに対して 労働者の納 得が得られ ない 評価結 果に対 する本 人の結 果が得 られな い 評価に よって 勤労意 欲の低 下を招 く 職場の 雰囲気 が悪化 する 個人業 績を重 視する ため、グ ループ やチー ムの作 業に支 障が出 る 全体 [ 45.1 ] 100.0 50.5 14.4 19.1 20.9 5.4 11.6 3.3 1,000 人以上 [ 83.3 ] 100.0 56.5 20.6 33.2 19.7 1.6 9.2 5.5 300~999 人 [ 70.2 ] 100.0 61.0 19.9 33.2 22.5 3.1 9.9 3.6 100~299 人 [ 56.9 ] 100.0 52.4 16.1 19.2 24.4 4.8 11.2 3.3 30~99 人 [ 38.6 ] 100.0 47.7 12.5 16.3 19.3 6.2 12.2 3.1 企業規模 (注)[ その他 ]内は業績評価制度がある企業の割合を示す 出所:厚生労働省 これらの問題を解決するための企業の対策は多岐にわたる。評価方法に関する問題 に対しては、評価のためのマニュアルや研修・教育制度、業績評価について労働組合 やその他労使協議機関との話し合いを持つなどし、評価の公平性を改善する努力をし ている。その他労働者が感じている問題に対しては、勤務態度やチーム・グループの 業績を評価対象にしたりするなど、目標達成のプロセスに対する評価項目のウエイト を高くするなどして挑戦意欲の低下を防止するための対策が見られる。 これまで見てきて分かるように、成果主義的賃金体系は良い点も改善すべき点も多 くはらんでいることがわかる。しかし完璧な賃金体系などもとより存在しないのは明 らかであり、企業は成果主義のメリット・デメリットを企業規模、産業特性などに照 らし合わせ考慮し運用することが必要不可欠であろう。 第2章 2.1 理論分析 成果主義導入のメリット・デメリット 本節においては、阿部 (2006) による成果主義に関する理論モデルを紹介し、そこ から得られる示唆について触れることとする。比較的単純なプリンシパル・エージェ ント理論ではあるが、成果主義導入によって幾らかのメリットが期待されることの根 拠、また同時にデメリットが存在する可能性を示したものであり、成果主義が内包し ている性質を説明できることから、ここで紹介しておきたい。 そもそも企業内部において従業員に対する完全なモニタリングがなされているよう な状況では、従業員の努力水準を正確に把握できることから、賃金評価においてイン センティブ的な要素が重要となることはない。しかしながら、実在の組織が各個人の 努力を完全にモニタリングすることは不可能であるから、現実には常に企業・従業員 間に情報の非対称性が横たわっており、何らかの方法で「企業」と「個人」の目指す べき方向性を一致させる必要がある。通常、企業は利潤最大化、個人は効用最大化を 目的として行動すると想定されるため、成果と賃金をある程度連動させた報酬体系が 最適となるということが直観的にも推測できる。本モデルでもプリンシパルである企 業の利潤最大化、エージェントである労働者の効用最大化という流れに沿って理論を 展開する。 2.1.1 モデル設定 企業の提示する報酬体系を𝑤 = 𝛼 + 𝛽𝑥とおく。ここで𝑥は企業が観察可能な労働者の 生産量であり、努力水準𝑒と誤差項𝜀を用いて𝑥 = 𝑒 + 𝜀と表すこととする。ここで、努 力以外の要素である𝜀の期待値に関しては𝐸(𝜀) = 0が成り立つため、賃金の期待値は 𝑤 𝑒 = 𝛼 + 𝛽𝑒と整理される。尚、𝛼は成果とは一切連動しない部分、即ち固定給部分で あり、𝛽は成果と直接的に連動する部分、即ちインセンティブ強度を表す。つまり𝛽 = 0 であれば固定的な賃金体系であり、𝛽 > 0であれば努力に応じて賃金が増加する成果主 義的な賃金体系であるということを示している。 2.1.2 労働者の効用最大化 最適な賃金体系は企業の利潤最大化を実現させるだけでなく、労働者の効用最大化 も同時に実現するように設定されなければならない。ここではリスク中立的な労働者 を仮定し、効用関数を以下のように定義する。 𝑈(𝑤 𝑒 , 𝑒) = 𝑤 𝑒 − 𝛿 ∙ 𝑒2 2 これは賃金が効用を、努力が負効用をもたらすことを意味する効用関数であり、𝛿は 努力を嫌う度合いを表す係数である。この効用関数に基づき、労働者の効用最大化問 題は Max 𝑈(𝑤 𝑒 , 𝑒) = 𝑤 𝑒 − 𝛿 ∙ 𝑒2 2 s. t. 𝑤 𝑒 = 𝛼 + 𝛽𝑒 と表され、最適努力水準として 𝑒∗ = 𝛽 𝛿 (2.1) が導かれる。この(2.1)式で表された結果は後の 2.1.4 で用いる。 2.1.3 企業の利潤最大化 生産物価格を𝑝とおき、企業の期待利潤を以下のように表す。 𝐸(𝛱) = 𝑝𝐸(𝑥) − 𝑤 𝑒 = (𝑝 − 𝛽)𝑒 − 𝛼 (2.2) また労働者の留保効用を𝑢とすると、この企業において働く際の効用が𝑢を上回って いる必要があるから、参加制約は 𝑈(𝑤 𝑒 (𝑒 ∗ ), 𝑒 ∗ ) ≥ 𝑢 と表される。参加制約が等号で成り立つことが企業にとっては望ましいから、 𝛼の水 準は 𝛼=𝑢− 𝛽2 2𝛿 となる。これを基に、(2.2)式は 𝐸(𝛱) = (𝑝 − 𝛽)𝑒 ∗ − 𝛼 = (𝑝 − 𝛽) = 𝛽 𝛽2 − (𝑢 − ) 𝛿 2𝛿 𝑝𝛽 𝛽2 −𝑢− 𝛿 2𝛿 と書き換えられる。従って、企業の利潤最大化問題は Max 𝐸(𝛱) = 𝑝𝛽 𝛽2 −𝑢− 𝛿 2𝛿 と表され、これをインセンティブ強度𝛽について解くと 𝛽=𝑝, が得られる。尚、𝑢 ≤ 𝑝2 2𝛿 𝛼=𝑢− 𝑝2 2𝛿 であることから、 𝛼<0 (2.3) が導かれる点がここでは重要である。この(2.3)式は 2.1.5 で用いることとする。 2.1.4 成果主義のメリット (2.1)式で表された最適努力水準𝑒 ∗ に注目して頂きたい。仮にある企業が固定給的な 賃金制度を導入していたとすると、𝛽 = 0であることから、𝑒 ∗ = 0という結果が導かれ る。即ち、固定給制の企業においては労働者の努力水準がゼロとなりモラルハザード が発生する可能性が示唆される。しかしながら、𝛽 > 0としてインセンティブ部分を組 𝛽 み入れた報酬体系を提示すれば𝑒 ∗ = となり、モラルハザードを防ぐことが可能であ 𝛿 る。ここから、 「労働者の努力を引き出すためには成果主義的な賃金を導入すべきであ る」という本モデルにおける重要な示唆が得られる。 2.1.5 成果主義のデメリット 成果主義導入によってモラルハザードを防ぐことができるということを理論的に示 したが、同時に問題点を指摘することもできる。まず、固定給部分の非負制約を考慮 すると最適努力水準が低下するという点が挙げられる。(2.3)式で示したように固定給 部分𝛼はファースト・ベストにおいて負の値をとるが、これが現実的ではないという ことは直感的にも容易に想像できる。より現実に近づけるためには 𝛼を非負とする制 𝑝 約を置く必要があるが、この制約の下で最適報酬体系を求めると、𝛽 = , 𝛼 = 0が得ら 2 れる。このとき、最適努力水準は 𝑒∗ = 𝛽 2𝛿 (2.4) となるが、この(2.4)式と非負制約を想定せずに導出した(2.1)式を比較すると努力水準 は半減していることが分かる。従って「理論を現実に近づければ、ファースト・ベス トな報酬体系は困難であり、努力水準の向上は予想ほど期待できない」というデメリ ットが示唆される。 また、Lazear (2000) では成果主義を導入したある企業についての実証分析を試み ているが、阿部 (2006) はここで得られた結論の日本における妥当性に疑問を呈して いる。 Lazear (2000) では米国自動車ガラス修理会社 Safelite の成果主義導入という事例 を分析し、成果主義導入で業績が向上することを示した。更にその業績向上は労働者 インセンティブが高まることによる「インセンティブ効果」、また生産性の高い労働者 のみ継続して就業し、そうではない者は離職する「ソーティング効果」に分けること ができ、これら 2 種類の効果が業績向上に対してほぼ同程度の影響を与えていること を示した。 しかしながら、Lazear が分析したのはあくまで外部労働市場の流動性が日本より高 い米国での事例である。日本では米国と比較すると終身雇用的な体質が残っており、 転職もさほど一般的ではないため、生産性の低い労働者が「成果主義の企業は合わな いから」という理由で離職することはリスクが大きいと考えられる。2 種類の効果の うち、ソーティング効果はあくまで離職や解雇を経験しても次の就業先が見つけ易い 米国で妥当するものであり、外部労働市場が未発達である日本ではその効果は不明で ある。従って、日本における成果主義は Lazear による分析結果ほどは機能しない可 能性があると阿部は指摘する。 以上に示した阿部 (2006) の理論は、現実に妥当するかという点に関して検証する ことは困難である。しかし成果主義のメリット・デメリットに関する理論としては有 用なものであるから、成果主義を捉える 1 つの視点として据えておくこととする。 2.2 ラチェット効果 ラチェット効果とは従業員が今期自分の本来の能力を明らかにすることによって 来期以降高いノルマを課されるのを忌避して、本来の能力よりも過小に表現する現象 のことである。一般的に成果主義では業績のよい人が高い評価を受けるため、能力の 高い人は多くの仕事を任される可能性が高い。つまり成果主義賃金体系の下ではラチ ェット効果が顕在化すると考えられている。 ここでは Charness, Kuhn and Villeval (2008) のモデルを紹介することとする。 まず労働者のタイプは「能力の高い労働者」と「能力の低い労働者」の 2 種類とする。 労働者の効用は報酬と努力費用に依存し 𝑈 = 𝑤 − 𝛾𝑖 𝑉(𝑒), 𝑖 ∈ *𝐿, 𝐻+ と表現される。ここで𝑤は労働者の報酬を表し、𝛾𝑖 𝑉(𝑒) = 𝛾𝑖 𝑒 2は労働者の努力費用であ る。ただし、𝛾𝐻 < 𝛾𝐿 , 𝑉(0) = 0, 𝑉 ′ > 0, 𝑉 " > 0とする。また生産量と努力投入量は等 しいと仮定する。つまり𝑦 = 𝑒である。 契約(出来高)は以下のように表されるとする。 𝑤 = −𝛼 + 𝛽𝑦, 𝛼≥0 α:企業が労働者に課す入場料(使用料) 𝑢̅ ≤ 𝛼 ∈ *𝛼𝐿 , 𝛼𝐻 + ( 𝛼𝐿 < 𝛼𝐻 , 𝑢̅:留保賃金) また、企業の利潤は 𝜋 = 𝑦 − 𝑤 = 𝑦 + 𝛼 − 𝛽𝑦 と表される。以上の条件を用いて企業 の利潤最大化問題を解くと、一階の条件より 𝜕𝜋 = 1−𝛽 = 0 𝜕𝑦 ∴𝛽=1 一方労働者の効用最大化問題は、一階の条件より 𝜕𝑈 = 𝛽 − 2𝛾𝑖 𝑒 = 0 𝜕𝑒 ∴𝑒= 𝛽 2𝛾𝑖 結局、企業の利潤最大化条件より 𝛽= 1 だから労働者の最適な努力水準は 𝑒= となる。 1 2𝛾𝑖 ここで企業と労働者の 2 段階の交流を考える。第 1 段階では企業は労働者の能力に ついて情報を持たないが、第 1 段階の生産量によってそれは明らかになる(𝑦 = 𝑒 = 1 2𝛾𝑖 より)。高い生産量を示した労働者は高い能力を有するとみなし第 2 段階において、 高い入場料 𝛼𝐻 を課してくる。 このことを予期して、能力が高い労働者は第 1 段階で能力が低いふりをする可能性 がある。よって企業は非効率的な生産量に直面してしまい、ラチェット効果が発生す るのである。 2.3 モチベーションのクラウディングアウト 成果主義賃金体系が批判される大きな理由の一つに従業員のモチベーションのク ラウディングアウトが挙げられる。モチベーションのクラウディングアウトとは成果 に結び付けられた「外発的な報酬が労働者の内発的動機づけを駆逐してそのパフォー マンスを低下させてしまう」 (大洞 2006)という理論である。成果主義によって仕事 の成果が重視されて、本来の仕事そのものに対する楽しみがなくなりやる気が低下し てしまうという心理学的見地による考えだ。 以下、Frey and Jegen (1999) のモデルを見ていく。エージェントのパフォーマン スを𝑝、プリンシパルの外的介入を𝑒とすると、エージェントの便益とコストは以下の ように表される。 :𝐵(𝑝, 𝑒), エージェントの便益 エージェントのコスト:𝐶(𝑝, 𝑒), 𝜕𝐵 𝜕𝑝 𝜕𝐶 𝜕𝑝 ≝ 𝐵𝑝 > 0, ≝ 𝐶𝑝 > 0, 𝜕2 𝐶 𝜕𝑝2 𝜕2 𝐵 𝜕𝑝2 ≝ 𝐵𝑝𝑝 < 0 ≝ 𝐶𝑝𝑝 > 0 エージェントの純便益最大化は以下のようになる。 Max 𝐵(𝑝, 𝑒) − 𝐶(𝑝, 𝑒) 𝐵𝑝 − 𝐶𝑝 = 0 with respect to 𝑝 ∴ 𝐵𝑝 = 𝐶𝑝 さらにこれを 𝑒 について偏微分すると上で得られた最適なパフォーマンス水準が プリンシパルの外的介入によってどのように影響されるかがわかる。すなわち、 𝐵𝑝𝑒 + 𝐵𝑝𝑝 ∙ ∴ 𝑑𝑝∗ 𝑑𝑝 ∗ = 𝐶𝑝𝑒 + 𝐶𝑝𝑝 ∙ 𝑑𝑒 𝑑𝑒 𝑑𝑝∗ 𝐵𝑝𝑒 − 𝐶𝑝𝑒 = 𝑑𝑒 𝐶𝑝𝑝 − 𝐵𝑝𝑝 仮定より、𝐵𝑝𝑝 < 0, 𝐶𝑝𝑝 > 0, よって𝐶𝑝𝑝 − 𝐵𝑝𝑝 > 0 であることが従う。また一般的な プリンシパルエージェントモデルでは𝐶𝑝𝑒 ≤ 0 としてもいい。なぜならプリンシパル の外的介入はエージェントを補助するものであるからである(従業員の仕事を阻害す る介入をする経営者はいない)。 𝐵𝑝𝑒 > 0 のとき、crowding-in effect があると いい、 𝐵𝑝𝑒 < 0のとき crowding-out effect があるという。𝐵𝑝𝑒 > 0 のとき 𝑑𝑝∗ 𝑑𝑒 > 0 だから、プリンシパルの介入はエージェ ントのパフォーマンスを向上させる。一方、𝐵𝑝𝑒 < 0 のとき 𝑑𝑝∗ 𝑑𝑒 < 0 だからプリンシパ ルの介入はパフォーマンスを低下させることがわかる。 一般的にプリンシパルの外的介入がエージェントの便益を下げるかどうかは一概 には断言することはできない。しかし仮にそうだとすればプリンシパルの介入はエー ジェントのパフォーマンスを低下するということは証明されたことになる。 2.4 マルチタスクエージェンシーモデル マルチタスクエージェンシー問題とは従業員がいくつかの仕事に直面した時、より 努力が尐なくて済む仕事に労力を偏重するという問題である。特にプリンパルがエー ジェントの仕事ぶりを観察できない場合この問題は顕著になる。また成果主義の導入 は「マルチタスクの問題、すなわち職務間のトレード・オフ問題が生じ」させると言 われている(阿部 2005)。 以下では Fehr と Schmidt のマルチタスクエージェンシーのモデルを見ていくこと とする。企業にとって観察可能なタスクに対する努力を𝑒1 、観察不可能なタスクに対 する努力を𝑒2 とすると、企業の総利潤は 𝑣(𝑒1 , 𝑒2 ) = 10𝑒1 𝑒2 と表される。また、努力水 準は 𝑒𝑖 ∈ *1, ⋯ , 10+ (𝑖 = 1, 2) となり、エージェントの努力費用関数を 𝑐(𝑒1 + 𝑒2 ) と表 す。 努力の費用は以下の表 2-1 によって具体的に表現される。 表 2-1 努力費用 𝑒 = 𝑒1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 70 80 90 100 110 120 130 140 + 𝑒2 𝑐(𝑒) 社会的に最適な努力水準は (𝑒1∗ , 𝑒2∗ ) = arg Max*𝑣(𝑒1 , 𝑒2 ) − 𝑐(𝑒1 , 𝑒2 )+ = (10, 10) で表現される。 ここで、𝑤を固定給、 𝑠を出来高率、 𝑏をボーナスとし、以下の 2 種類の契約形態を 設定する。 1. 出来高制:(𝑒1∗ , 𝑒2∗ , 𝑤, 𝑠) 2. ボーナス制:(𝑒1∗ , 𝑒2∗ , 𝑤, 𝑏) エージェントの利得:𝑀 𝐴 = { 𝑤 + 𝑠𝑒1 − 𝑐(𝑒1 + 𝑒2 ) 𝑓𝑜𝑟 𝑎 𝑝𝑖𝑒𝑐𝑒 𝑟𝑎𝑡𝑒 𝑐𝑜𝑛𝑡𝑟𝑎𝑐𝑡 𝑤 + 𝑏 − 𝑐(𝑒1 + 𝑒2 ) 𝑓𝑜𝑟 𝑎 𝑏𝑜𝑛𝑢𝑠 𝑐𝑜𝑛𝑡𝑟𝑎𝑐𝑡 10𝑒1 𝑒2 − 𝑤 − 𝑠𝑒1 𝑓𝑜𝑟 𝑎 𝑝𝑖𝑒𝑐𝑒 𝑟𝑎𝑡𝑒 𝑐𝑜𝑛𝑡𝑟𝑎𝑐𝑡 プリンシパルの利得:𝑀𝑝 = { 10𝑒1 𝑒2 − 𝑤 − 𝑏 𝑓𝑜𝑟 𝑎 𝑏𝑜𝑛𝑢𝑠 𝑐𝑜𝑛𝑡𝑟𝑎𝑐𝑡 <出来高制契約の場合> どんな賃金スケジュールであろうがエージェントは 𝑒2 = 1 を選択する。このとき 努力の限界費用は𝑒1 ≤ 9 のとき 5、 𝑒1 > 9 のとき 10 となる。よって最適な賃金スケジ ュ ー ル は (𝑒1∗ , 𝑒2∗ , 𝑤 ∗ , 𝑠 ∗ ) = (9, 1, 5, 5) と な る 。 こ の と き 𝑀𝑝 = 10 ∙ 9 ∙ 1 − 5 − 5 ∙ 9 = 40 、 𝑀 𝐴 = 5 + 5 ∙ 9 − 50 = 0 となる。 <ボーナス制の場合> 合理的なエージェントはプリンシパルがボーナスを払わない(𝑏 = 1)と見抜くので 𝑒1 = 𝑒2 = 1 となる。このときプリンシパルは 𝑤 = 𝑐(1 + 1) = 10 を提案する。よって均 衡 は (𝑒1∗ , 𝑒2∗ , 𝑤 ∗ , 𝑏 ∗ ) = (1, 1, 10, 0) で あ る 。 こ の と き 𝑀𝑝 = 10 ∙ 1 ∙ 1 − 10 = 0、 𝑀 𝐴 = 10 − 10 = 0 となる。 2.5 2.5.1 トーナメント理論 トーナメント制度とは 最後に、成果主義が日本企業に導入される以前にインセンティブ制度として機能し ていたトーナメント制度について簡単に紹介する。トーナメント制度とは、従業員間 で競争を行わせ、評価の高い方を昇進させていくという昇進制度の事を言う。特に日 本企業におけるトーナメント制度の特徴としては、部署移動が頻繁に行われる事や従 業員の勤務態度・業績評価者が複数いることがあり、一般的な成果主義と大きく異な る点である。 トーナメント制度の利点は三点ある。第一に、評価の基準が相対評価であることか ら、絶対評価に基づく業績連動給を付与する場合に比べ、評価が容易であることが挙 げられる。第二に、個人の業績に含まれる不確実性を排除した上で、従業員の評価を 行う事が出来るという点である。例えば不景気で企業業績全体が落ち込んでいるとき、 どれだけ従業員が努力しても絶対評価の基準でみた場合、個人の業績が落ち込んでし まうかもしれない。絶対評価に基づく業績連動型報酬であれば、従業員の給与は軒並 み下がることになり、結果として彼らの努力水準を下げてしまう可能性がある。トー ナメントは外的要因に左右されず行われ、また賞金(給与だけでなくポスト・社会的 地位などを含めた意味で)は固定されているため、従業員の労働に対するインセンテ ィブとして十分機能する。第三に、経営者の事後的な機会主義を防止することが出来 る。業績に基づく給与であれば、経営者の意志一つで大幅に変動する可能性があるが、 トーナメント制度は賞金・ポスト数ともに基本的に固定されているため、従業員個人 の業績に応じて給与を払うという事に経営者をコミットさせることが可能なシステム である。 一方で、トーナメント制度のデメリットは二つ存在する。まず、従業員に共謀の機 会がある場合、従業員が「手抜き」をする可能性がある。トーナメント制度は相対評 価に基づくものであるので、従業員同士で共謀して努力費用を節減する事が考えられ る。次に、過剰な昇進競争が従業員間での「妨害行為」を発生させてしまう可能性が ある。具体的には、他の従業員・部署に自分の持っている情報を漏らさない、といっ たことがある。 2.5.2 トーナメント制度に関する先行研究 トーナメント理論が最初に紹介されたのは Lazear and Rosen (1981) においてであ る。以下その内容を簡単に説明する。 3 期間モデルを想定し、2 人の同質的な従業員𝑗(𝑗 = 𝑎, 𝑏)の効用関数を𝑈𝑗 と表現する。 第 1 期に報酬契約を結び、第 2 期に契約を基に従業員が努力することで一定の成果を あげる。ここでより大きな成果を上げた者が、高い報酬の得られる経営者に事後的に 昇進することとなる。尚、トーナメントの勝者の報酬を𝑊1 、敗者の報酬を𝑊2 と表すこ ととする。 ここで、努力によってもたらされる従業員の成果は 𝑞𝑗 = 𝜇𝑗 + 𝜀𝑗 (𝑞:成果、𝜇:努力水準、𝜀:攪乱項) と表される。一方、努力費用は 𝐶(𝜇𝑗 )(𝐶’ > 0, 𝐶’’ > 0) である。また、𝑃を従業員𝑎が勝利する確率であるとすると 𝑈𝑎 = 𝑃,𝑊1 − 𝐶(𝜇𝑎 )- + (1 − 𝑃), 𝑊2 − 𝐶(𝜇𝑎 )- (2.5) また𝑃は次のように定式化される。 𝑃 = prob,𝑞𝑎 > 𝑞𝑏 - = prob,𝜀𝑏 − 𝜀𝑎 < 𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 - ⇔ prob,𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 > 𝜁- = 𝐺(𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 ) (𝜁:確率変数であり、𝐸,𝜁- = 0を仮定する。また𝐺は𝜁の確率密度関数) (2.5)式を最大化するような努力水準を求めると 𝜕𝑃 𝜕𝐶 − =0 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝜇𝑎 (1 階の条件) (2.6) 𝜕2𝑃 𝜕2 𝐶 − <0 𝜕𝜇𝑎 2 𝜕𝜇𝑎 2 (2 階の条件) (2.7) (𝑊1 − 𝑊2 ) (𝑊1 − 𝑊2 ) (2.7)式を用いると以下の式が成立する。 𝜕𝑃 𝜕𝐺(𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 ) = = 𝑔(𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 ) 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝜇𝑎 (2.8) (2.8)式と(2.6)式をあわせて従業員𝑎の反応関数は次のようになる。 (𝑊1 − 𝑊2 )𝑔(𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 ) = 𝜕𝐶 𝜕𝜇𝑎 ナッシュ均衡は𝜇𝑎 = 𝜇𝑏 となるから (𝑊1 − 𝑊2 )𝑔(0) = 𝜕𝐶 𝜕𝜇𝑎 (⇔ 𝑊1 − 𝑊2 = 𝜕𝐶 𝜕𝜇𝑎 ∙ ) 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝑃 (2.9) 以上の結果から 2 つの結論を得ることができる。第一に、均衡努力水準𝜇∗ は報酬格 差𝑊1 − 𝑊2の増加関数である。(2.9)より左辺の報酬格差が増大すると、右辺の 𝜕𝐶 𝜕𝜇𝑎 が増 大する。右辺が上昇するという事は、努力費用の機会費用、すなわちトーナメントに 敗北した場合の費用が大きくなることを意味しているので結果として均衡努力水準が 増大することになる。第二に、従業員が経営者に昇進できる確率が高い程、報酬格差 は小さいと言うことができる。(2.9)のカッコ内の式から、左辺の 格差が増大する事は明らかである。ここで 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝑃 を 𝜕𝑃 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝜇𝑎 𝜕𝑃 が増大すると報酬 の逆数ととらえると、 𝜕𝑃 𝜕𝜇𝑎 は𝑎の努力 𝜕𝜇 水準上昇に対する𝑎の勝利確率の上昇分である。従って、𝑎の勝利確率が高い場合、 𝑎は 𝜕𝑃 小さくなり、報酬格差は小さいと言うことができる。 Lazear and Rosen (1981) においてトーナメント制度が従業員に対するインセンテ ィブ制度として機能する事が示されたが、その一方でこうしたトーナメント制度は一 定の条件下でしか機能しない。Lazear (1989) ではその典型例として、従業員間に「妨 害行為」が存在する場合のモデルを示している。 「妨害行為」とは部署間での情報共有 を拒む事、足の引っ張り合いなどが上げられる。ここで Lazear and Rosen (1981) の モデルに以下の仮定を加える。 ・𝑞𝑎 と𝑞𝑏 の間に強い相関関係がある ・同僚への妨害行為𝜃を説明変数に加える ・𝑞𝑗 = 𝑓(𝜇𝑗 , 𝜃𝑘 )と定義する 以上を考慮すると、従業員𝑎がトーナメントに勝つ確率は次のように表される。 𝑃(𝜇𝑎 , 𝜃𝑎 ; 𝜇𝑏 , 𝜃𝑏 ) = prob,𝑞𝑎 > 𝑞𝑏 - = prob,𝑓(𝜇𝑎 , 𝜃𝑘 ) − 𝑓(𝜇𝑏 , 𝜃𝑏 ) > 𝜀𝑏 − 𝜀𝑎 ⇔ prob,𝜇𝑎 − 𝜇𝑏 > 𝜁- = 𝐺,𝑓(𝜇𝑎 , 𝜃𝑘 ) − 𝑓(𝜇𝑏 , 𝜃𝑏 )ここで労働者の効用最大化の 1 階の条件を求めると、 𝜕𝐶⁄ 𝜕𝜇𝑎 (𝑊1 − 𝑊2 )𝑔(0) = 𝜕𝑞𝑎 ⁄𝜕𝜇 𝑎 (2.10) −𝜕𝐶⁄ 𝜕𝜃𝑎 (𝑊1 − 𝑊2 )𝑔(0) = 𝜕𝑞𝑏 ⁄𝜕𝜃 𝑎 (2.11) (2.10)式と(2.11)式に着目すると、いずれの場合もトーナメントに勝てなかった場合 の従業員の機会費用は報酬格差が増大すると大きくなるので、努力水準が上昇する一 方で、 「妨害行為」の水準も上昇してしまう。従ってこのような状況下ではトーナメン ト制度が従業員に対するインセンティブ制度として機能しているということはできな いのである。 2.5.3 トーナメント制度の実証に関する先行研究 企業内においてトーナメント制度が機能しているかどうかを実証した研究はいく つか存在する。Kubo (2001) は実証を行うにあたって、『賃金構造基本統計調査』か ら 1984 年~1998 年の期間、日本企業における職階別従業員月収・ボーナスのそれぞ れの合計額をデータとして、①社内の職階が高くなるほど隣接する階層間の賃金格差 は大きくなる ②職階間の賃金格差と昇進できる確率との間には負の相関関係がある、 という 2 つの仮定を立てた。この仮定は Lazear and Rosen (1981) のモデルの結論か ら十分推定できる事である。 (部長の wage)=𝛽0 ∙age + 𝛽1 ∙sector + 𝛽2 ∙rank + 𝛽3 ∙year (2.12) wage : 賃金 age : 年齢 sector : 企業の業種 rank : 職階 year : 年齢 推定式(2.12)の結果、rank の係数は全て負であり、階級が下がるに従って係数は小 さくなった。また rank 間の係数の差は、上の rank になるほど大きくなるという結果 が得られた。 wagegap = 𝛽0 ∙rone + 𝛽1 ∙year + 𝛽2 ∙size + 𝛽3 ∙sector + 𝛽4 ∙age (2.13) rone : 隣り合った 2 つの職階の社員が全体に占める割合 size : 企業規模(従業員人数で大・中・小に区分) 推定式(2.13)の結果、rone の係数は全て負であり、rank が下になるほど係数が小さ くなるということが分かった。以上 2 つの結果からトーナメント制度が日本企業にお いて存在していると久保は指摘している。 第3章 3.1 実証分析 従業員・役員報酬に関する先行研究 従業員報酬に関するものとしては、Gerhart and Milkovich (1990) が企業 219 社の 5 年に渡るパネルデータで従業員報酬が企業業績に及ぼす影響を検証したところ、従 業員報酬において企業業績によって変動する賞与部分の割合が増える程、業績指標 ROA が増大するという結果が得られている。 ROA it =Z it +Base it-1 C+[Bonus it-1 /Base it-1 ]D+e it (3.1) T: 年 Z : 操作変数(産業ダミーもしくは前期の ROA) e : 誤差項 また破田野 (2006) は従業員の努力水準を(経常利益/従業員人数)で表現し、従業 員の平均報酬が努力水準に影響を与えていることを示した。 (従業員の努力水準=経常利益/従業員人数) =𝛼0 + 𝛼1 ∙(従業員平均報酬) (3.2) 役員に関する研究としては、Murphy (1999) が感応度アプローチと呼ばれる手法を 用いて、企業業績が役員報酬に対してどの程度影響を与えるかを計測した。 ΔComp it = 𝛼 + 𝛽 ∙ΔPerformance + 𝜀 (3.3) Comp : 経営者報酬 Performance : 企業業績 𝜀 : 誤差項 一方 Xu (1997) は有価証券報告書のデータに基づいて一般機械・電気機器産業を対 象としたパネルデータを分析し、役員報酬において給与(基本給)と賞与の機能が異 なる事を示した。役員給与は従業員に対する報酬としての性格が、役員賞与には株主 の役員に対する規律付けとしての面があることが Xu (1997) によって示されている。 以上をまとめると、報酬とりわけ従業員報酬の企業業績に与える影響について述べ た先行研究は極めて尐ない。その理由としては、企業業績は景気の変動やライバル企 業との競争など企業外のマクロ的な要因に大きく左右され、従業員の労働に対する努 力水準によって大きく変動する可能性がそれ程高くない、という事が考えられる。ま た、そうしたマクロ的な要因が観察可能でデータを得やすいのに対し、従業員報酬に 関するデータはアンケートに基づくマイクロデータ以外の手法では得にくい、という 理由も挙げられる。 3.2 3.2.1 実証モデル 実証の目的とプロセス 本稿での実証の目的は、成果主義を採用している企業において成果主義が上手く機 能するかどうかを検証することだ。その事を確認するためには以下のプロセスが不可 欠である。 1. 成果主義を採用している企業を特定し、データを集める 2. 従業員報酬が企業業績と連動している事を確かめる 3. 企業業績が従業員個人の業績の影響を受けている事を確かめる しかし 1 については、そもそも企業が成果主義を採用しているかどうかを判別する のが難しい。なぜなら成果主義とは個人の業績に連動した給与体系を指すものの、そ の評価方法・支給方法などは企業によって大きく異なるからである。さらに実際には 成果主義の給与体系ではない企業が、株主・新卒予定の大学生に対する好感を得よう として成果主義と言っているだけの可能性もある。また 3 については、企業業績と従 業員給与の関係から推定する事は可能であるが、景気変動などのマクロ的要因から偶 然その関係が成り立つという可能性もある。従って 1~3 のプロセスを本稿では以下の ようなプロセスに解釈し直す。 4. 上位企業 10 社は全て成果主義を採用しているとみなす 5. 従業員報酬が企業業績と連動している事を確かめる 6. 企業業績が従業員報酬の影響を受けている事を確かめる 7. 従業員の努力水準が従業員報酬から影響を受けている事を確かめる 4 については、大企業ほど成果主義を採用する傾向が強いという 1 章の現状分析に 基づいている。6・7 についてはこれらが同時に成り立っていれば、3 を示すことがで きると考えた。 3.2.2 データ データの対象としたのは、有価証券報告書の産業分類に基づき銀行・食品・電気機 器・機械・繊維の 5 産業 100 社である。抽出したデータは、従業員平均報酬・従業員 数・経常利益・売上高・ROA であり、対象期間は 2007 年~2011 年とし、パネル分 析を行った。 マクロ的な要因を排除するため、操作変数として総売り上げの変化率 Sales_change と円ドル為替相場の変動係数 CV を用いた。為替レートは輸出産業にとって、業績を 左右する大きな要因であり、景気もしくは需要変動の代理変数として有効であると判 断した。あまり有意な結果の出なかった銀行業に対し、CV の代わりに 2007 年日経平 均の年度末の終値を基準値とした指数を用いて回帰分析を行ったところ結果がほとん ど変わらなかったため、景気変動の指標として CV を用いることに問題はないという ことが分かっている。 3.2.3 分析方法 プロセス 5: 従業員報酬は企業業績と連動しているのか 企業業績が役員報酬に対して影響を与えることは Murphy (1999) においても示さ れている。Murphy (1999) は説明変数である Performance の係数𝛽を業績報酬感応度 (pay-performance sensitivity)と呼んだ。実証モデルは Murphy (1999) の感応度 アプローチについて、経営者報酬の変化率を従業員平均報酬の変化率に、企業業績を ROA もしくは Performance に置き換えたものを使用する。 Payroll t = 𝛼0 + 𝛼1 ∙(企業業績) t + 𝛼2 ∙Sales_change t + 𝛼3 ∙CV + 𝜀 (3.4) Payroll : (今期の従業員報酬‐前期の従業員報酬)/(前期の従業員報酬) 企業業績:ROA もしくは Performance(経常利益の変化率) ※Performance=(今期の経常利益‐前期の経常利益)/(前期の経常利益) Sales_change : (今期の総売上高‐前期の総売上高)/(前期の総売上高) CV : 為替相場の変動係数 プロセス 6:企業業績は従業員報酬の影響を受けているのか 従業員報酬が企業業績に与える影響については Gerhart and Milkovich (1990) に おいて示されたモデルを参考にする。 (企業業績)= 𝛼0 + 𝛼1 ∙Payroll t + 𝛼2 ∙Sales_change t + 𝛼3 ∙CV + 𝜀 (3.5) Gerhart and Milkovich (1990) の実証では説明変数に前期の(従業員賞与/従業員 基本給)を入れているが、有価証券報告書の従業員平均報酬には賞与額も含まれてい るため、Payroll は実質的に賞与額の変化割合であると考えられる。賞与の支給時期 は一般的に夏の 6 月、冬の 12 月であり、またデータの対象企業の大半は 3 月決算で あることから、企業業績と Payroll が同期のものであっても検証は可能であると判断 し、以上のような回帰式を考えた。 プロセス 7:従業員の努力水準は従業員報酬の影響を受けているのか プロセス 6 の検証のみではマクロ的な要因等によって偶然有意となる可能性もある。 破田野 (2006) と同様に従業員の努力水準を(経常利益/従業員人数)と置き、前期の 従業員報酬が今期の従業員努力水準にどのような影響を与えるかを検証した。 Effort_rate t = 𝛼0 + 𝛼1 ∙Payroll t-1 + 𝛼2 ∙Sales_change t + 𝛼3 ∙CV + 𝜀 (3.6) Effort_rate : (今期の努力水準‐前期の努力水準)/前期の努力水準 3.2.4 固定効果モデルと変量効果モデル 本稿における実証分析では、パネルデータ分析の代表的手法である「固定効果モデ ル」と「変量効果モデル」の 2 種類の推定法を考えた。最終的には主に固定効果モデ ルでの推定に着目することとしたが、ここでそれぞれのモデルについての説明を簡潔 に加えておく。 通常、パネルデータ分析における回帰式は以下のように表すことができる。 𝑦𝑖𝑡 = 𝛽0 + 𝛽1 𝑥𝑖𝑡 + 𝑢𝑖𝑡 , 𝑡 = 1, 2, ⋯ , 𝑇 固定効果モデル及び変量効果モデルでは、誤差項を個体に固有な効果と純粋な誤差 項の 2 つに分解して考える。従って、これら 2 つのモデルにおける回帰式は、 𝑦𝑖𝑡 = 𝛽0 + 𝛽1 𝑥𝑖𝑡 + 𝑎𝑖 + 𝑣𝑖𝑡 , 𝑡 = 1, 2, ⋯ , 𝑇 𝑎𝑖 :個体に固有な効果 𝑣𝑖𝑡 :純粋な誤差 と表される。固定効果モデルでは、個体に固有な効果 𝑎𝑖 が、時間経過に関して不変で あるという仮定を置く。更に、全期間に渡る各個人の平均値を求め、各時点における 値と平均値との差を取ることで、各個体の内部における変動から回帰係数を導出する ことができる。 つまり、各個体間には観察できない異質性があるが、 「異質性は時間の経過によって 変化するものではない」という仮定によって固定してしまうことにより、各個体内部 における時間に沿った変化を観察するのが固定効果モデルである。例えば、各国の人々 の身長を食品消費量などの変数を用いて回帰する場合、 「各国に固有な身長の高さ」と いうものが存在するはずである。ここでの各国間の相違は時間の経過に伴って変化す るものではないと考えられるから、これを時間に関して固定的なものと捉えることで、 あくまで身長と食品消費量との関係のみに着目して検証することができる。非常に直 観的な説明ではあるが、このような場合に固定効果モデルは妥当すると解釈できる。 尚、固定効果モデルによる推定の短所としては、時間経過とともに変動する変数しか 用いることができないことが挙げられる。 ここまでで説明した固定効果モデルは、 「個体内」の誤差項に着目する分析手法であ るといえる。一方、変量効果モデルは「個体内」の誤差に加えて「個体間」の相違に も着目するものである。こちらは固定効果モデルとは異なり、時間とともに変動しな い変数も説明変数として組み込むことができるという利点がある。 以上の通り、パネルデータ分析の代表的な手法としては固定効果モデルと変量効果 モデルの 2 種類が挙げられるため、どちらの推定法がより適切であるか判断しなけれ ばならないが、ここでは固定効果モデルを中心に結果を見ることとした。本稿での分 析において最も重視すべき点は同一企業内での変動であり、各企業間における変動で はないということがその理由である。以下では固定効果モデル、変量効果モデルによ る回帰結果の両方を記載するが、基本的には固定効果モデルでの分析に特に着目して 頂きたい。 3.2.5 ROA と Performance に関する留意点 業績の指標として、ROA と経常利益増加率である Performance を用いると 3.2.3 で説明した。どちらも業績を表す指標としては一般的なものであるが、Performance に関しては従業員報酬と負の相関が存在し、予想した実証結果が得られない可能性が 考えられる。この原因としては会計上の理由が挙げられる。 売上から経常利益を算出するには、そこに至るまでの過程を通じて様々な経費が差 し引かれている。ここでいう経費とは従業員報酬もその例外ではなく、売上から従業 員報酬を含んだ様々な経費を除いた結果、残ったものが経常利益なのである。従って、 人件費の増加は売上から差し引かれる額の増加を意味するから、経常利益と従業員報 酬の間には負の相関関係が存在するはずである。 しかしながら、会計上の負の相関関係と、成果主義によってもたらされる正の相関 関係のどちらがより強い効果を持つかという点は非常に曖昧なものであり、今回行っ た分析ではその判断は困難である。従って、もう 1 つの業績指標である ROA の方が、 本稿での分析に用いる指標として中立的であり、得られた結果も信頼できると考えら れる。この点を考慮した上で、3.3 に示す実証結果を見て頂きたい。 3.3 実証結果 前述のプロセスに基づき、実証分析を行った結果を以下に示す。変数に関しては特 に我々が注目したいもののみを載せることとし、係数の下の括弧内には、固定効果モ デルの場合は t 値、変量効果モデルの場合は z 値を記載した。また**は 5%水準で有意、 ***は 1%水準で有意であることを示している。尚、便宜上変数 ROA と Performance を横に並べて記載しているが、記載した変数の両方を同一の回帰式で用いたというわ けではなく、それぞれ別個の回帰式に用いたものであるということに注意して頂きた い。 3.3.1 実証結果<プロセス 5> 表 3-1 上位 50 社(固定効果) Payroll 被説明変数 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 表 3-3 ROA 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 上位 50 社(変量効果) Payroll 被説明変数 Performance 0.0000615 -0.00045 (3.57)*** (-2.60)** 0.000116 -0.0000746 (0.94) (-0.21) 0.000173 0.008679 (0.73) (0.25) 0.0001828 0.0094443 (2.65)** (0.90) 0.000099 -0.0004923 (2.36)** (-1.21) 0.0000844 -0.0004992 (1.66) (-1.45) 中小 50 社(固定効果) Payroll 被説明変数 表 3-2 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 表 3-4 ROA Performance 0.0000189 -0.0001765 (1.43) (-1.21) 0.0001622 0.0000228 (1.57) (0.08) -0.00000585 0.021147 (-0.34) (0.74) 0.0000475 0.0091071 (0.99) (0.93) 0.0000355 -0.0004114 (1.13) (-1.24) 0.0000527 -0.0001931 (1.16) (-0.65) 中小 50 社(変量効果) Payroll 被説明変数 ROA Performance 0.0000304 0.0009749 (0.83) (0.28) 0.0001111 0.0025225 (1.02) (1.60) -0.0000315 0.0014517 (-0.83) (0.38) 0.0002456 0.0118397 (3.23)*** (2.79)*** -0.0000821 -0.0023928 (-0.46) (-0.13) 0.0000953 0.002656 (1.55) (0.33) 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 ROA Performance 0.0000279 0.0010081 (1.20) (0.37) 0.0001227 0.0012834 (1.41) (0.97) -0.0000016 0.0018812 (0.00) (0.54) 0.000028 0.0117077 (0.97) (3.08)*** 0.0000267 -0.0018367 (0.26) (-0.13) 0.0000332 0.00055 (0.77) (0.09) プロセス 5 の実証では、企業業績の変化を従業員報酬にも反映させているか否かを 検証した。まず上位 50 社での結果を見ると、特に全産業を一括して回帰した結果が 有意となっており、大手企業の間で企業業績が従業員報酬と連動している事が明らか になった。産業ごとに見ると、特に食品産業と機械産業において成果主義的傾向が顕 著であったが、その他の産業では有意とは言えない結果となった。 また中小企業 50 社では全産業で見ても有意な結果は得られず、個別で見ると食品産業のみが有意とな った。 全体を通して見ると、固定効果モデルを採用した場合の方が有意である結果が多く、 個別企業内での時間経過に伴う変動を観察するという我々の目的に合致した。 3.3.2 実証結果<プロセス 6> 表 3-5 被説明変数 上位 50 社(固定効果) ROA Payroll 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 Performance 1305.75 -98.22697 (3.57)*** (-2.60)*** 285.0125 -22.77321 (0.94) (-0.21) 1115.816 2.627296 (0.73) (0.25) 1125.942 3.052464 (2.65)*** (0.90) 1732.424 -104.2869 (2.36)** (-1.21) 1091.86 -144.9455 (1.66) (-1.45) 表 3-6 被説明変数 上位 50 社(変量効果) ROA Payroll 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 Performance 871.364 -42.3231 (2.43)** (-1.21) 404.6694 -1.3084 (1.57) (-0.01) -386.7228 7.031578 (-0.23) (0.74) 1000.897 2.527496 (2.37)** (0.92) 1466.48 -101.15 (2.04)** (-1.28) 678.1544 -59.5855 (1.16) (-0.65) 表 3-7 被説明変数 中小 50 社(固定効果) ROA Payroll 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 Performance 155.202 0.5425466 (0.83) (0.28) 331.7297 34.51622 (1.02) (1.60) -786.0451 3.732755 (-0.83) (0.38) 1235.619 18.86569 (3.23)*** (2.79)*** -95.84515 -0.2710828 (-0.46) (-0.13) 857.5767 1.476514 (1.55) (0.33) 表 3-8 被説明変数 中小 50 社(変量効果) ROA Payroll 説明変数 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 Performance 206.0789 0.6897121 (1.07) (0.37) 423.7679 19.81362 (1.41) (0.97) -400.9524 4.308988 (-0.44) (0.54) 1232.115 17.80662 (3.33)*** (3.08)*** -46.63342 -0.2637089 (-0.22) (-0.14) 485.3029 0.3812796 (0.77) (0.09) プロセス 6 の実証では、従業員報酬の変化が業績に与える影響を分析した。ここで もプロセス 5 と同様、大手企業を一括で回帰した結果が強く有意となっていることか ら、傾向として大企業における従業員報酬の変化は企業業績に正の影響を与えている ということが読み取れる。更に、大企業を産業ごとに見た際には食品産業と機械産業 でのみ有意となっている。プロセス 5 での結果と併せて考えると、これら 2 つの産業 では業績連動報酬体系をとる傾向が特に強く、更に業績に対して実際に好ましい影響 を及ぼしていると推測される。 中小企業に関しては、食品産業のみで有意となったが、中小企業全体を対象に回帰 すると有意な結果が得られなかった。これもプロセス 5 での結果と同様である。 3.3.3 実証結果<プロセス 7> 表 3-9 上位 50 社(固定効果) 表 3-10 上位 50 社(変量効果) 被説明変数 Effort_rate 被説明変数 Effort_rate 説明変数 L_Payroll 説明変数 L_Payroll 全産業 (4.19)*** -51.8097 銀行 (-0.47) 電気機器 -15.5325 (-1.14) -4.50946 食品 (-0.77) 43.82624 機械 (0.32) 383.7191 繊維 表 3-11 197.4612 (3.55)*** 中小 50 社(固定効果) 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 表 3-12 204.6309 (5.14)*** -35.821 (-0.35) -12.5082 (-1.00) -2.17462 (-0.55) 61.67138 (0.51) 392.7149 (4.12)*** 中小 50 社(変量効果) 被説明変数 Effort_rate 被説明変数 Effort_rate 説明変数 L_Payroll 説明変数 L_Payroll 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 0.4551281 (0.24) 37.4624 (1.06) -4.19158 (-0.52) 0.0580546 (0.01) 0.0985548 (0.07) 1.862642 (0.32) 全産業 銀行 電気機器 食品 機械 繊維 0.9797429 (0.55) 9.883661 (0.35) -1.564861 (-0.28) -3.825399 (-0.47) 0.3235666 (0.26) 5.137027 (1.07) プロセス 7 の実証では、2 期前から前期にかけての賃金の増加が今期の努力水準に どのような影響を及ぼすかを分析した。まず中小企業においては 1 つも有意な結果が 得られず、大企業に関しても全産業及び繊維産業でしか有意な結果が得られなかった。 食品業界はプロセス 5・プロセス 6 の実証分析では明確に有意な結果が得られたが、 プロセス 7 ではまったく有意な値が得られなかった。また、大企業では繊維以外の産 業では到底有意とは言い難い t 値及び z 値が得られたのに対し、繊維産業では 1%水準 で有意という結果が得られ、産業間での相違が顕著であると言える。また有意な産業 の尐なさにも関わらず、全産業で回帰した場合の t 値が最も大きかったという結果も 意外である。 3.4 3.4.1 対象とした産業の特徴と近年の動向 食品業界 回帰式から得られた推定結果に関する考察を行うため、今回分析対象とした産業に ついての現状分析を行う。 食品業界(飲料含む)は長らく続く消費不振に加え、安価な PB(プライベートブラ ンド)の台頭、大手小売りからの値下げ圧力、さらに食の安全を求める声が消費者の間 で高まった事などから収益率が年々低下する傾向にある。各社では生き残りをかけた 戦略を模索しており、2008 年 10 月の日清食品ホールディングス誕生、2007 年の山 崎パンの資本・業務提携、2009 年 4 月の明治ホールディングス設立、同年 10 月の雪 印メグミルク発足など業界再編の流れが一気に進んでいる。 図 3-1 は食品製造業生産指数の推移を表したものである。全体としてはゆるやかな 低下傾向が見られる。国内需要の低迷に伴い、食品市場の規模が縮小してしまってい ると推測される。一方図 3-2 は加工食品(飲料含む)の輸出入数量指数の変動を、図 3-3 は輸出入額の変動を表した図である。輸入数量・輸入額は中国製の冷凍餃子によ る中毒事件などの影響で中国製品の輸入が減尐した影響から、平成 19 年から 20 年に かけて下落傾向をみせた。その後景気の悪化による需要低下などで輸入額は同水準に とどまっている。一方、輸出数量・輸出額は 20 年から 21 年にかけて落ち込んだもの の、22 年では大幅に上昇に転じている。つまり輸出入に関して、輸出は増加傾向、輸 入は減尐傾向にあるということが分かる。ただし加工食品については図 3-5 からも分 かる通り圧倒的な輸入超過である。 以上の事から、食品業界では企業が生き残りをかけて輸出増加を打ち出している傾 向が見られるが、全体の売り上げで見れば輸出の増加はごくわずかであり、国内需要 の低迷を補うには全く及ばない状況であるということができる。また、リーマンショ ックによる景気悪化の影響を受けてはいるものの、対外輸出ではなく国内景気の悪化 による需要低迷の影響の方が遙かに大きいということも明らかである。 図 3-1 食品製造業生産指数(2000 年=100) 106 104 102 100 98 96 94 92 90 88 86 84 食品製造業生産額指 数 食品製造業生産指数 出所:農林水産省 図 3-2 加工食品(総合)の輸出入数量指数(2006 年=100) 140 120 100 80 輸入数量指 数 60 40 20 0 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 出所:農林水産省 図 3-3 加工食品(総合)の輸出入額 20 輸 出 15 入 額 ( 10 千 億 5 円 ) 0 輸入額 輸出額 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 出所:農林水産省 3.4.3 繊維 繊維産業は明治以降近代日本の外貨獲得の役割を担ってきた。しかしながら近年で は繊維製品の大半は輸入品となり、国内の衣料用繊維の需要も減尐傾向だ。一方で産 業資材用製品は増加傾向にあり、例えば航空機の機体などに使用されている水処理膜 等は、世界的に日本企業が高いシェアをもつ強い分野である。また多くの企業では化 学繊維に中心を移行しつつ繊維以外の分野に活路を見出そうとしている。例えばクラ レは旭化成・東レ・帝人といった大企業に売上高の規模では大きく务っているが、営 業利益率では 3 企業 6~7%に対し、14.6%と倍近い差をつけている。クラレは液晶パ ネル用の偏光フィルムで世界シェア 80%を占め、LED テレビの反射用素材ではほぼ 独占状態となっている。このように、国内メーカーの技術力を活かした繊維製品に限 らない高機能製品は、国内外において様々な用途で活用されている。繊維業界では全 体的にこうした企業独自の強みを持っている企業が高い収益を上げる傾向がはっきり しているが、その一方で将来性のある事業が尐ないという悩みを抱えている。国際競 争の激化と国内人口減による市場の縮小傾向に見舞われる中で、依然として内需依存 体質の傾向にあり、海外市場進出が十分とは言えない。人件費が安いアジア諸国に対 抗するためには、高い技術力を活かし、商品の差別化・高付加価値化を図る必要があ るだろう。実際国内の繊維産業は、一般の消費者向けというよりも高度な繊維素材の 生産へとメインをシフトさせつつある。また企業組織的にみると、成果主義が大企業 を中心に積極的に採用されていることも繊維産業の特徴である。 繊維製品の売上高の推移を見ると(図 3-4)、国内の繊維産業は縮小傾向にあり、2004 年あたりからほぼ横ばい状態であったが、2008 年秋のリーマンショック以降は減尐の 傾向が強まった。特に 2006 年以降は衣料用、産業用繊維ともに大幅な減尐を記録し ており、業績不振が続いている。2010 年 3 月の決算では、主要繊維メーカー47 社中 43 社が売上高前年割れを記録し、18 社が最終赤字を計上した。また、県内の製造業 全体の 14%を繊維産業が占める福井、10%の石川、6.6%の岡山などで産地性が強いと いう特徴があり、地域経済で大きな影響力を有している。日本の繊維市場では輸入品 が年々増加傾向にあったが、2008 年以降はリーマンショックの影響もあり、輸入額が 減尐傾向にある(図 3-5)。また 2008 年度には輸入が輸出を上回り、国内メーカーの 競争力低下を示している。更に輸出入においては対アジア圏の国々の割合が高く、今 も増加し続けている。なかでも中国が最多で、輸出 42%、輸出輸入 57%にのぼる。 以上に見られるように日本の繊維産業は、人口減尐に伴う国内市場の縮小やアジア 圏の国々の競争力向上、グローバル競争の激化と海外展開の遅れといった弱点を背景 に、売上が減尐する傾向が続いていくと思われる。しかしながら、国内のメーカーに は機能や品質等の技術面、これらを活かした衣料用繊維以外への転換が可能な柔軟性、 川上から河口までの産業が一貫して存在しているという強みなども存在している。今 後はグローバルな市場を見据えた、衣類に限らない広い分野での企業戦略により、新 たな発展の可能性があるだろう。 図 3-4 繊維業界主要大企業 47 社の売上高 3,000 売 上 高 ( 百 万 円 ) 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 2005 2006 2007 2008 2009 2010 出所:業界動向 search.com 図 3-5 輸 出 入 額 ( 百 億 円 ) 繊維製品 輸出輸入額の推移 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 輸出額 輸入額 出所:財務省貿易統計 3.4.4 電気機器 電気機器の分類は近年の技術発展に伴い曖昧になりつつあるが、大きく分けると家 電と重電に分けることができる。家電業界は平成 15 年から 18 年にかけて順調に業績 を上げていたが、平成 19 年から減尐傾向が見られるようになった。翌 20 年秋のリー マンショックを契機に始まった大不況による外需低迷、急激な円高とそれに伴う莫大 な為替損失、さらに国内需要の低迷などにより家電業界の経営環境は厳しい状況とな った。その一方で世界の企業との競争も激化している。特に液晶テレビについては価 格競争が激化し、パナソニック(日本)、ソニー(日本)、シャープ(日本)、サムスン 電子(韓国)、LG 電子(韓国)、フィリップス(オランダ)などが新興国市場のシェ アを巡って激しい競争を繰り広げている。 他方重電業界も家電と同様に新興国、特に中国を始めとするアジアのインフラ整備 の需要拡大に下支えされて平成 19 年まで順調に業績を拡大させていた。しかし翌年 以降の景気悪化により拡大成長が止まる事となった。国内の重電需要が低迷する一方 で、重電メーカーは海外進出を積極的に行っており、2006 年には東芝が英国のウエス チングハウスを、同年 10 月には三菱重工業がフランスのアレバを、さらに翌 11 月に は日立製作所がアメリカの GE と業務提携をするなど世界的な業界再編の動きが活発 化している。 図 3-6 電気機器生産額の推移 4.5 4.0 3.5 生 産 額 ( 兆 円 ) 3.0 2.5 2.0 重電 1.5 家電 1.0 0.5 0.0 出所:日本電気工業会 図 3-7 電気機器輸出入額の推移 7.0 輸 出 入 額 ( 千 億 円 ) 6.0 5.0 4.0 重電輸出額 3.0 家電輸出額 2.0 重電輸入額 1.0 家電輸入額 0.0 出所:日本電気工業会 図 3-6 は電気機器製品の国内生産額を、図 3-7 は輸出入額を示したものである。国 内生産額は 2010 年から 2011 年にかけて家電・重電ともに上昇に転じているが、これ はエコポイントを始めとした政府の経済対策や景気悪化に歯止めがかかった事などが 考えられる。しかし 2000 年から 2010 年を通じて家電・重電共に若干の変動を除けば ほぼ横ばいの状態が続いており、国内市場の低迷ぶりを示している。一方輸出入額に ついて、家電は 2001 年以降輸入超過となる一方で、重電は一貫して輸出超過となっ ている。家電の輸入額が輸出額を大幅に上回っている原因としては、急激な円高に加 え、サムスン・LG など韓国企業の台頭と日本企業の国際競争力の減尐が考えられる。 以上から、国内において電気機器製品の需要が低迷していることと輸出依存が大き くなっている事、その一方で国際競争が激化しており、重電メーカーが比較的好調な のに対し、家電メーカーは苦戦を強いられている事が分かる。 3.4.5 機械 機械産業は「建設機械」 「工作機械」 「重機」に大別される。グラフから、2007 年ま では業界全体として順調な拡大傾向にあったが、それ以降は一転して減尐傾向にある ことが読み取れる。この市場規模の推移は、世界的な景気変動の影響を受けやすいと いう産業の特性が反映されたものである。 建設機械産業は新興国での需要や欧米での住宅バブルを背景として 2007 年まで拡 大傾向にあったが、世界規模での景気低迷の影響を受け欧米での住宅市場が縮小した ため、建設機械需要も大幅に減尐した。平成 22 年 3 月決算では、今回サンプルにも 含めたコマツが売上高前年比で約-30%を記録するなど、その影響がうかがい知れる。 工作機械産業でも同様に、2007 年までは自動車の世界各国での需要を背景として拡大 傾向にあった。また三菱重工業に代表される重機業界においても、中国を初めとする 新興国需要や資源開発競争を背景に、重機需要は拡大しつつあった。ところが景気低 迷の影響により、平成 22 年春の決算では国内の主要工作機械メーカー48 社中実に 45 社が前年割れを記録し、うち 33 社が最終赤字となるなどの大打撃を受けた。 図 3-8 機械売上高の推移(主要 248 社) 30 25 売 上 20 高 ( 15 兆 10 円 ) 5 19.5 21.2 23.6 25.8 23.7 19.4 0 2004 2005 2006 2007 2008 2009 出所:業界動向 search.com 次に日本の機械受注額と輸出入額を示した。まず、総受注額と外需は連動するよう に推移しており、外需の変動幅と総額の変動幅がほぼ同程度であることが分かる。ま た輸出額と輸入額の変動もほぼ連動しているが、輸入と比較すると圧倒的に輸出額が 大きい。これらから、機械産業の世界的景気変動に対する影響の受けやすさを読み取 ることができる。典型的な輸出産業であるからこそ、輸出低迷が引き金となり、近年 の市場規模の縮小傾向が浮き彫りとなった形である。 図 3-9 機械受注額の推移 3,500 受 注 額 ( 百 億 円 ) 3,000 2,500 2,000 受注額合計 1,500 外需 1,000 500 0 2005 2006 2007 2008 2009 2010 出所:内閣府景気統計 図 3-10 輸 出 入 額 ( 百 億 円 ) 一般機械の輸出入額 1,800 1,600 1,400 1,200 1,000 800 600 400 200 0 輸出 輸入 2005 2006 2007 2008 2009 2010 出所:財務省貿易統計 また、輸出入相手国としては多くのアジア諸国が重要なポジションを占めている。 特に中国に関しては輸出の 4 分の 1、輸入の半分を占めるなど、その影響力の高さを 物語っている。 また、今後はこの停滞傾向も徐々に改善していくという見方もある。工作機械にお いては、インフラや航空機産業など今後の成長が見込める分野からの需要が期待され ており、建設機械・重機は震災復興の要となる存在であるから、国内需要の更なる拡 大が見込めると言われている。特に新興国では世界的不景気の傷も先進国と比較する と浅いため、徐々に回復の兆しが見えてきている。今後は、新興国を中心とするアジ アでの収益拡大及び国内での震災復興需要に伴う収益拡大が一層重要になるものと考 えられる。 3.4.6 銀行業界 銀行業界ではバブル崩壊後の不良債権処理、合併・再編が落ち着くと、平成 19 年 頃まで安定期に入った。ところがリーマンショック後の株価下落などを受けてメガバ ンクは多額の含み損を出し、平成 22 年度決算ではいずれも最終赤字を出す結果とな った。メガバンクはリーマンショック直後サブプライムローン関連の証券化商品をあ まり保有していなかったこともあり、それほど影響を受けなかった。しかしその後の 株価急落や経済の急速な悪化により損失を拡大した。翌年には黒字へと回復した。メ ガバンクの課題は国債を中心とした収益性の低い運用から高い収益性の運用へと転換 しつつ、いかにリスク回避を行えるということになっており、今後経済発展が見込ま れる新興国への積極的な投資を行う意欲を示している。 一方で地方銀行は景気の悪化、地域経済の低迷などによりリーマンショック後の影 響はメガバンクよりも深刻となっている。今後再編が一層進むと考えられ、地域経済 再生にも大きく影響すると思われる。 図 3-11 は国内銀行の貸出預金額の推移を表したものである。預金合計額は 2001 年 から 2010 年にかけて上昇傾向であるのに対し、貸出合計額は減尐・横ばい傾向にあ る。特に都市銀行では貸出額の減尐がはっきりと伺える。預金額の増大は国民の貯蓄 志向が高まっていることがその原因と考えられ、貸出額は国内に有望な投資先が無く なっていることを示すものであると推定することができる。また図 3-12 は銀行全体 の総売上の推移を示した者であるが、平成 19 年から 21 年にかけて大きく売上げが減 尐している。これはリーマンショックとその後の金融危機、株式価格が大幅に減尐し た事などが考えられる。他業種と比較して金融商品は株価の変動などによって大きく 左右されるため、その分利益の変動が激しく短期間で売上げが大きく減尐したのだと 推測される。一方で平成 22 年にはメガバンクはいずれも大幅な業績回復を見せてい ることから、銀行業に特にメガバンクにおいては売上げの増加も比較的短期間で実現 するものと考えられる。 図 3-11 国内銀行の貸出預金額合計の推移 600 貸 出 預 金 額 ( 兆 円 ) 500 400 貸出合計(兆円) 300 都市銀行 200 地方銀行 預金合計(兆円) 100 0 出所:日本銀行預金貸出関連統計 図 3-12 銀行業の総売上の推移 30 25 売 上 20 総 額 15 ( 10 兆 円 5 ) 0 売上総額 (兆円) 出所:業界動向 search.com 3.5 各産業の労働環境 一口に労働者と言っても、働く企業・産業・年齢・性別などによって特徴をもって いる。ここでは産業や企業規模によって賃金の受け取り方にどのような相違があるの かを調べる。 厚生労働省の調査によると、賞与支給額の決定に企業業績を取り入れている割合は 全産業では 59.8%である。産業別にみると食料品が 68.7%と高く、また繊維産業は 26.0%と突出して低くなっていることから製造業の中でも特徴的な労働環境と考えら れる。金融業、保険業も 44.8%と低い水準に留まっている。 図 3-13 産業別 賞与支給額の決定方式別企業割合 業績連動式 労使交渉 その他 不明 44.8 金融業・保険業 61.1 電気・情報通信機器・電子・デバイス 11.2 1.3 42.6 16.8 0.1 22 60 機械・輸送 40 26 繊維 42.8 31.2 68.7 食料品・たばこ 製造業計 60.7 産業計 59.8 0% 20% 0 24.1 40% 60% 5 2.2 9.2 0.3 29.7 24.4 0 15.4 0.4 80% 100% 出所:厚生労働省 また企業が年功序列制度を採用している割合を調べるために、定期昇給制度を実施 している企業の割合の推移と 1 人当たりの平均賃金改定率を、産業別に見てみる。 2009 年に全産業を通じて割合の低下がみられるのはリーマンショックの余波など のマクロ的要因が影響していると思われる。その中でも、食料品・たばこ産業、繊維 産業は急激に割合が低下してきているので、年功序列制度が薄れてきているのだろう。 機械・輸送産業は実施企業の割合が上昇しているものの、 2010 年度の賃金改定率は 1.5 に止まっていることから、そこまで年功制が広がっているとは言えない。金融・ 保険業は大きな変化は見られない。またその他の産業にも観察できるが、電気・情報 通信機器・電子・デバイス業界は 2009 年度の落ち込みが特に激しく、マクロ的要因 による影響を受けやすいのではないか。 図 3-14 産業別 定期昇給制度を実施した企業の割合 2008 2009 2010 ( 90 80 70 60 50 % 40 30 20 10 0 ) 出所:厚生労働省 図 3-15 産業別 1 人当たり平均賃金改定率及び改定率の階級別労働者割合 2008 2009 2010 2.5 2 ( % 1.5 ) 1 0.5 0 出所: 厚生労働省 3.6 考察 成果主義は、従業員の勤労意欲を高め企業全体の業績を上げるという目的の下、導 入された経緯を現状分析で述べた。しかし本稿の実証結果からは、その目的が実現し ているとは必ずしも言えない結果となった。 まず中小企業に関する実証では、ほとんど有意な結果を得ることができなかった (食品を除く)。これは現状分析の章でみたように従業員数が尐ない企業ではそもそも 業績連動型の賃金体系が採用されていないことに起因すると思われる。従ってプロセ ス 5 の仮定が正しかったということができる。逆に各産業の上位 10 社を集めた全産 業では、概ね有意な結果を得ることができた。プロセス 6 に関しては、企業の業績が 従業員の報酬に正の影響を与えているというある意味当然の結果を確認することがで きた。全産業ではプロセス 6・7 に対して有意な結果を得ることができたので、従業 員報酬が企業業績に対して影響を与え、かつ報酬は従業員の努力水準に影響を与える 一つの要因であると言える。 また産業別にみると、すべての検証を通して食品・繊維業界が有意であったのに対 して、従来成果主義の傾向が強いと思われていた銀行・電気機器・機械業界では有意 な結果を得ることができなかった。理由として考えられるのは、銀行市場については 預金が貸出を上回る状況が続いており従業員同士で競争をさせる必要があまり無い事、 上位 3 社でマーケットシェアの約 80%を占めており市場の歪みが大きいこと、図 3-13 から分かる通り賞与額の支給基準が業績であるとした企業の割合が食品産業に比べて 低かったこと、もともとの報酬額が高く成果主義による金銭に結びつけたインセンテ ィブが有効に作用していない可能性などが考えられる。電気機器・機械産業について は、プロセス 5 に関する実証が有意でなかったことから、給与体系があまり業績と連 動していない事が考えられる。つまり、成果主義による給与体系ではなくトーナメン ト制度による給与体系が依然として強く残っている、もしくは富士通の失敗に見られ るように成果主義からトーナメント制度への転換が再び起こったものと推測される。 一方食品・繊維市場が有意となったのは、これらの産業において制度としての成果 主義が機能しやすいということを示唆している。食品・繊維市場は他の市場と比べ企 業数が多くまたそのシェアも比較的均等であるため競争が激しい。特に近年輸入が輸 出を上回っており、東南アジアを中心とする海外企業に対する激しい競争を迫られて いる。そのため新製品の開発などが絶えず求められ、成果主義が普及していると考え られる。そういった環境であれば、成果主義に対する従業員の反応が顕著であると推 測できる。また、食品・繊維市場は市場そのものが縮小していることから、この結果 は 1 章の現状分析でも述べたように成果主義が人件費削減の一環として行われている 事を裏付けるものでもあると考えられる。 第4章 まとめ 第 1 章では成果主義に関する現状分析を行い、日本企業が人件費削減・若手従業員 のモチベーション向上のために成果主義を導入したことが分かった。 第 2 章では理論分析を行い、成果主義は従業員の労働意欲を高め企業業績の向上に 貢献する可能性がある一方、ラチェット効果・モチベーションのクラウディングアウ ト・マルチタスクエージェンシー問題といった負の側面も強くもっていることが分か った。また、従来のトーナメント制度が相対評価であるのに対し、成果主義は絶対評 価であるという区別があることも明らかになった。 第 3 章では有価証券報告書のデータを基に実証分析を行った。分析の結果、全体と しては成果主義の給与体系が従業員の労働意欲に対して正の効果を持つことが明らか となった一方、産業別にみた場合有意となったのは食品・繊維のみであった。この結 果から成果主義は食品・繊維といった国内市場の規模が縮小している産業ほど機能し やすいという事が言える。 あとがき 本稿では成果主義下の給与体系が企業業績にどのような影響を与えるのかを検証 した。成果主義に関する研究はほとんどが従業員に対するアンケートを基にしたもの であり、本稿のように企業財務データから分析を行ったものはほとんど無かったため、 実証のデータ集め・分析方法を考えるのに非常に苦労した。 そもそもほとんどの研究では企業業績が従業員給与に与える影響、もしくは役員報 酬と業績の関係しか扱っておらず、また企業財務データに基づくものでは、景気の変 動などマクロ的な要因を排除する事が極めて困難であった。 反省点としては産業ごとの従業員の仕事のスタイル、チーム制といった要素まで踏 み込む事ができなかったため、曖昧な実証になってしまった事がある。 一方で実証の結果として、一件競争的に見えない食品・繊維といった産業において 成果主義と業績の結びつきが強いという結果が得られたのは興味深かった。 成果主義はニュースや本などでもよくとりあげられるテーマであるが、いざ経済学 的な実証を行うとなると非常に難しいテーマであると痛感した。理論・実証をどのよ うな方向で行うのかメンバー4 人で提出直前まで悩んだが、非常に良い経験になった と思う。 この論文は企業組織パート 4 人の力だけでは決して完成する事は無かったと思う。 合宿でアドバイスを下さったゼミの 4 年生の方々や相談にのってくれた 3 年生、そし て論文の内容や方向性について相談に乗って頂いた石橋教授。この場を借りて皆様に 感謝の意を示したい。 2011 年 11 月 企業組織パート 参考文献 朝日吉太郎 (2004),「 グローバル化の下での日本の賃金制度の変化 ―成果主義賃金を めぐって―」『商経論叢』第 54 号. 阿部正浩(2005), 「『成果主義』成功のポイント ―人事データによる成果主義の検 証から―」独立行政法人 労働政策研究・研修機構. 阿部正浩 (2006),「 成果主義導入の背景とその功罪」 『日本労働研究雑誌』No. 554, pp. 19-25. 社団法人日本能率協会 「『成果主義に関するアンケート』調査結果」 2005 年 3 月. 大洞公平 (2006),「成果主義に関する行動経済学的分析」『日本労働研究雑誌』No. 554, pp. 40-42. 中小企業総合研究機構 「中小企業における雇用・賃金戦略に関する調査研究」2004 年, pp. 7-14. 破田野耕司 (2006), 「トーナメントによる業績評価と従業員報酬の決定 ―⽇本企業 のインセンティブ・メカニズム―」『オイコノミカ』42 巻 3・4 号, pp. 129-148. 福田節也 (2007), 「ライフコースにおける家事・育児遂行時間の変化とその要因 ―家事・育児遂行時間の変動要因に関するパネル分析」 『季刊家計経済研究』No. 76, pp. 29-31. 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