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平成 27 年度 先駆的チーム医療実践講習会参加報告
平成 27 年度 先駆的チーム医療実践講習会参加報告 ~国家プロジェクトとしての認知症領域への対応~ JCHO 宇和島病院 原 正樹 平成 28 年 1 月 10 日に日臨技会館にて認知症領域への対応について講習会があり、参加する機 会を得たので、参考資料による追加情報も含めて報告する。 講習会は宮島会長の挨拶から始まり、国家戦略である「新オレンジプラン」についての話を厚生 労働省認知症対策推進課の新美専門官から、認知症を理解するためにと言う総論的な話しを認知症 予防学会理事長の浦上教授から、認知症における臨床検査技師の関わりとして野田教授の話、認知 症の実際として川瀬神経内科クリニックの川瀬院長・坂井看護部長・原島介護部長の話と続き、最 後に認知症領域における臨床検査技師の可能性について総合討論を行うと言う流れであった。 新オレンジプランの理念は「認知症の人の意思が尊重され、出来る限り住み慣れた地域のより良 い環境で自分らしく暮らし続けることが出来る社会の実現を目指す」と言うものである。新美専門 官の話は、将来推計のひとつとして 65 歳以上の高齢者における認知症患者の割合が、2012 年に は 7 人に 1 人と言われていたが、2025 年には 5 人に 1 人に増加し、生涯で認知症になる確率が 1/2 の時代がやってくる可能性が有ること、慶応大学の研究において認知症に関する年間の社会的 費用は 2014 年で 14.5 兆円、2025 年には 19.4 兆円、2060 年には 24.3 兆円と推計されて いることを挙げ、これらの統計学的な予測を踏まえて、国の使命として超高齢化社会における認知 症の理解を深めるための普及・啓発の促進や環境整備を進めていると言う話であった。 認知症を理解するためにと言う浦上教授の話は、「認知症は脳の病気である」と言う事を大前提 に認知症の分類とその特徴を MRI や SPECT の画像等を使って説明し、中核症状と周辺症状の違 いや治療薬および様々な注意点等について話をしていただいた。 資料を基にごく簡単にまとめると 1. アルツハイマー型認知症(認知症の 50%程度を占める:参考資料によって誤差がある) 認知症の割合として最も多い 脳にアミロイドβというたんぱく質が溜まり正常な神経細胞が壊れ脳萎縮が起こることが 原因 アミロイドβが蓄積する原因については不明 発症には加齢や遺伝が関係する 糖尿病や高血圧などが高いリスク因子となる事が科学的に証明された 予防には生活習慣の改善が重要 MRI では海馬の萎縮が確認できる SPECT では両側の側頭葉と頭頂葉の血流低下を認める 運動障害がない 物盗られ妄想 楽天的 アルツハイマー型認知症の症状(期間については資料によって差があるので参考までに) 【初期の症状】 期間2~6年間 忘れていることを忘れる(食べた夕食の内容を忘れているのではなく、夕食を食べ たこと自体を忘れてしまう) 【中期の症状】 期間2~3年間 段々と現在と過去の区別がつかなくなる 近い時期の記憶からなくなっていき、過去の記憶は比較的残りやすい 徘徊症状の出現 例:過去の記憶通り朝に出社しようと家を出て、もともとの目的を忘れてしま い外で混乱してしまう。 尿意や便意が分からず失禁が目立つ 【後期の症状】 期間は個人差が大きい:およそ 8~10 年で死に至るとの資料もある 脳萎縮がさらに進行(言葉の数も意味も失われていき、やがて話が通じなくなる) 食事に集中できないため介助が必要となる 歩行が緩慢となり姿勢が前倒したり、左右どちらかに傾いていたりする やがて寝たきりになり、上下肢の関節が拘縮、嚥下障害も出て栄養不良と誤嚥性肺 炎が起こりやすくなる 専門家が説明に使う「段階」と言う考え方 段階 1: 認知機能の障害なし 段階 2: 非常に軽度の認知機能の低下 段階 3: 軽度の認知機能の低下 段階 4: 中等度の認知機能の低下 段階 5: やや重度の認知機能の低下 段階 6: 重度の認知機能の低下 段階 7: 非常に重度な認知機能の低下 バリー・ライスバーグ博士により考案 2. 脳血管性認知症(認知症の 20%程度を占める:参考資料によって誤差がある) アルツハイマー型についで多い 脳梗塞や脳出血など脳の血管障害によって起こる 血管障害は生活習慣病が原因であることが多い 高血圧・高脂血症・糖尿病などにならないようにする事が脳血管性認知症の予防 生活習慣の改善が重要 脳血管障害を早期に治療してリハビリを行えば、症状の進行を抑えることも可能 運動障害有り 悲観的 脳血管性認知症の症状 【初期の症状】 意欲低下・自発性低下・夜間の不眠・不穏が目立つ 症状の変動が激しいことが多い また影響を受ける脳の部位が限られており、できることとできないことがはっきりし ていることが特徴 非常に小さな脳梗塞や脳出血が起こった場合は、自覚症状がない場合や、感じてもふ らつきやめまい程度であまり気がつかないことがある 【中期以降の症状】 発作が起こる度に症状が段階的に重くなる ダメージを受けた脳の部位によって出る認知症の症状が異なるため、記憶障害がひど い一方で判断力は保たれているという「まだら認知症」がみられるのも特徴 脳血流が少なくなる事が原因なので認知症の症状が日ごとに大きく変わる 3. レビー小体型認知症(認知症の 15%程度を占める:参考資料によって誤差がある) レビー小体というたんぱく質が脳にたまることで起こる脳の萎縮が原因 このたんぱく質はパーキンソン病の原因にもなるやっかいな存在 なぜこの異常なたんぱく質がたまるのかはまだ解明されていない レビー小体型認知症の症状 体の動きが緩慢になるパーキンソン病に似た症状で歩行の障害や体の硬さともなうため 転倒しやすくなる 幻視として色がついた鮮明な人・動物・虫などが昼夜問わず見える 幻聴も発生 睡眠時に夢にあわせて踊ったり、手足を動かしたり、歩いたりする行動をとる場合もある 認知機能障害も変動しやすく、良いときは話が通じるが、悪くなると話も周りのこともわ からなくなる 気分や態度、行動がころころ変わる 4. 前頭側頭型認知症(認知症の 7~10%程度を占める:参考資料によって誤差がある) 多くは初老期に発症 原因はわかっていない ピック球という異常構造物が神経細胞にたまる場合とTDP-43という蛋白がたまる場 合が今のところ発見されている そのため一つの病気というよりも、いくつかの病気に分かれていると考えられている 10年以上かけてゆっくり進行することが多い 前頭側頭型認知症の症状 人格や性格が極端に変わる・清潔保持・衛生面が管理できない・柔軟な思考ができない・ 反社会的な行動(万引き等)が増えるなど性格の変化 決まった時間に同じ行動を繰り返さないと不機嫌になる その場と関係ない言葉を繰り返す 物の名前が意味する事がわからなくなる 言葉が徐々にでなくなる場合もある 浦上教授の話の中に「徘徊」と言う言葉の説明があった。認知症では良く出てくる言葉ではあるが、 浦上教授の説明はこうだ。 「本来の徘徊と言う言葉は何の意味もなくうろうろする事であり、認知症の患者に対して使う言葉 ではない。彼らはちゃんと理由があって行動している」と。行動・言動の意味を知ることが患者の 理解につながり有効な治療が可能となる。 認知症における臨床検査技師の関わりとして野田教授の話では、どの医療従事者も同様に、今後、 認知症の患者に関わる機会が増えるとの指摘があった。検査技師であれば、採血や生理学的検査を 行う際に、認知症患者の状況を理解し、正確な検査を実施することが重要となって来る。そのため にはそれぞれの特徴を把握し患者の協力を引き出す必要があることは浦上教授と同意見である。 認知症の予防は下記の3つがあると言われている。 第 1 次予防:疾患の発症予防 第 2 次予防:早期発見早期治療 第 3 次予防:疾患の再発予防・進行防止 この考え方を基に、認知症の専門知識を持った臨床検査技師は第 1 次予防から第 3 次予防を行 うために全ての医療職種との連携をとることが大切な役割になると話された。患者の病態を理解し ている臨床検査技師が対応することで患者や家族の不安が軽減され、より正確な検査が可能となる。 そのことも大切な事であるとも話された。 軽度認知障害(MCI)と言う考え方があり、これは早期診断・治療や生活指導により認知症への 進行を抑えられると言われている。最近の研究では睡眠不足や不眠もうつ病や認知機能低下と密接 に関係することが明らかになったとのことである。 野田教授が資料として出されていた「認知症診断・治療に必要な臨床検査」を提示しておく。 スクリーニング検査:改訂長谷川式簡易知的機能検査、MMSE 等 神経心理学的検査 血液生化学検査・尿検査 標準 12 誘導心電図 超音波検査 脈波検査 肺機能検査(喫煙) 脳波検査 睡眠検査 画像検査:CT、MRI、SPECT 髄液検査 NIRS 検査 これらの検査以外に嗅覚検査の説明をされたので情報として記載しておく。 嗅覚検査:においスティック(OSIT-J) 第一薬品産業株式会社製 においを同定する能力を測定 それぞれのにおいの違うスティックが 12 本で 1 セット 約 15 分で測定でき、結果もすぐ分かる 12 点満点 明確な基準値はない 嗅覚障害は認知症の早期発見につながる可能性が有る(早期に嗅覚障害が現れる) 野田教授はこれらの有用な検査をどのように情報提供・運用展開していくか、その体制を構築する ことを考える必要があると結ばれた。 川瀬神経内科クリニックは関連施設全体で認知症に取り組んでいる施設である。私は今まで認知 症と診断された人と密接に関わることはなかったように思う。今回、日々の業務としてそのような 方々を中心に関わりを持っている施設の医療従事者ならではの話も聞くことが出来た。 例えば、 世間の認知症に対する「本音」は 認知症の事はよくわからない 年をとったらボケるもの、悪あがきはしない 一番なりたくないのは認知症 認知症になったらおしまい 認知症を治す薬はないから薬を飲む必要もない 認知症の患者の「本音」は 認知症になると不便なことはあるが不幸なことではない 認知症になると何もできなくなると決めつけないでほしい 認知症をめぐる多くの困りごとは病気が原因ではなく人災である みんなに喜ばれたい みんなの笑顔が見たい 人のために自分にできる何かをしたい 社会の一員として役割を持ち続けたい と言う世間の皆さんと患者さんの考えにズレがあり問題であるとのことであった。 アルツハイマー型認知症発生の危険因子についても話された。危険度の割合が大きい方から運動 不足、うつ、喫煙、中年期高血圧、中年期肥満、知的不活性、糖尿病の 7 つの因子がアルツハイマ ー型認知症患者のうち半数の方々の発症に関与していると言われているそうである。 看護師の立場からと言う観点からの坂井看護部長さんの話では、外来の診察や検査等の結果と診 療方針の説明等、日常の業務の流れの説明といくつかの事例の紹介があった。特に意識消失発作に ついては、その誘因の分析や対策が立てられ日常に活かされていた。 初めて見る「認知症予防専門士」の原島介護部長の話は「通所」 「入所」 「住宅」等のサービスに ついての説明と、認知症の方との関わり方について話をされた。基本的な考え方は「原則普通に接 する」 「正直な対応:嘘はつかない」 「色々な注文に対する対応」であり、病人扱いしないことだそ うである。 症状の維持・改善を目的とした脳活性化訓練のためのアクティビティについてはスタッフ全員が 役割(キング:リーダー、ビショップ:盛り上げ役、ナイト:個別対応等の名前を付けている)を 持ちプログラムに沿って行われている。提供しているアクティビティは 26 種類以上あり、中には スタッフが考案したものも入っている。「飽きさせない」ことが重要で、そのために試行錯誤しな がら「自分達も楽しんでいる」とのことであった。 施設を利用する方々には何かしら得意なことがあり、それを見つけて一緒に楽しむと言う「個別 対応」をする事で同じことに興味を持っている人が少しずつ集まって来る。これを少しずつ広げて いくことで、次のプログラムが出来ていくそうである。本人や家族からの情報を細かく集め、その 方が得意なことを夢中に出来て達成感を味わってもらうことが大切と言う。自分には得意な事(や れる事)があり、それをする事で人が喜び、自分の居場所があることを実感できる。それが自分の 存在を肯定する事になり生きる力となる。と、多少の過大解釈も含めて、この様な話であった。 ここからは、研修会で聞いた話の引用と個人的な考えを含めた総括(?)である。 世間も本人も認知症に対する理解が十分でないため患者自身は病院に行きたがらないのが現状で あり、早期発見には家族や周りの人の理解や協力が必要となる。「認知症は脳の病気」なのだから 可能な限り早く、気付いた段階で病院に行き、その原因を判別して「治る認知症症状を来す疾患」 は速やかに治し、現状としては症状の進行を遅らせることしかできない認知症であっても早期発見 することで「自分が自分として生きられる時間」を伸ばすことが出来ることは大切なことである。 家族が認知症となった場合に世話をする身内の人や周囲の人の精神的・肉体的・経済的な負担は想 像を絶するものであるだろうと考える。そこで早期発見の重要性が増し、臨床検査技師は、その部 分に関わる可能性が十分にある。更に嗅覚検査など業務拡大も視野に入れてみるのはどうだろうか。 この講習会に参加して、まだまだ自分は認知症に対して知識や理解が足りないと実感した。総合 討論でも色々な話が出たが、認知症に興味はあるが実際臨床検査技師として何をどうすれば良いの かわからないと言う話が多く聞かれた。結論としては、やはりまず認知症について理解することか ら始めなくてはならないと話がまとまり、この様な講習会や研修会に参加して知識を得て理解を深 めようと言う事になった。認定も取得し(勉強の過程で認知症の理解が深まる)今まで部分的に認 知症に必要な検査をしてきていたが、これからは、積極的に認知症チーム医療の一員として新たな 検査の導入も含めて 1 人の患者ごとに関わりを持って行かなければならないと思う。 最後に認知症において少し明るい情報がある。最も多いとされているアルツハイマー型認知症の 話のようだが、そう遠くない将来、脳の障害をもたらすアミロイドβの発生を抑制する薬が発売さ れるそうである。それが現実となると余計に早期発見が重要となる。それは、その薬がアミロイド βを消滅させるものではなく「作らせなくするもの」だからであり、その時の状態が継続されるこ とになるからである。早く見つけるほど通常に近い状態が維持できることになる。 「認知症を治す」 が無理でも「認知症にならない」は可能な時代が来るのであれば、少しでもそのためのチーム医療 に参加したいと思う。 参考資料出典元:認知症ねっと(URL:https://info.ninchisho.net/)