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通訳者養成における実習指導のあり方

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通訳者養成における実習指導のあり方
東京外国語大学論集第 80 号(2010)
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通訳者養成における実習指導のあり方
鶴田 知佳子
内藤 稔
はじめに
1. 市場に対応できる通訳者の要件
2. 指導の基軸
3. 通訳実習から期待される成果
4. 今後の課題
はじめに
高度職業専門人である通訳者の養成にあたり、昨今の通訳者に対するニーズを考慮に入れる必要
があると思われる。一般的に国内では大学・大学院で通訳を学んだ後、フリーランス通訳者として活動
を目指す場合、まず社内通訳者・翻訳者として経験を積むのが最近の傾向である。社内通訳者として
の業務においては、主として外国人幹部が会議等に出席する際の通訳を担当する場合が多い。その
際、通訳者は外国人幹部のために日本語で発話された会議の内容を簡易同時通訳装置を用いて同
時通訳し、一方外国人幹部が英語で発言する際には、発話された内容を会議に参加する日本人母
語話者に逐次通訳を行うものである。しかもビデオ会議や、電話により遠隔地より参加するという場合
もある。
くわえて最近では、日産自動車株式会社の社長兼最高経営責任者であるカルロス・ゴーン氏を引くま
でもなく、日本における外資系企業で英語母語話者でないが、英語を社内言語として駆使する外国人
幹部も多い。したがって社内通訳者は非英語母語話者に日本語から英語で情報を伝えるとともに、英
語母語話者ではない多様な英語を日本語に通訳するという課題を負っている。
大学・大学院において通訳者の養成にあたる際には、近い将来、仕事を行う市場環境についての
配慮も必要である。東京外国語大学は、2007 年度より 2009 年度にかけて文部科学省・大学院教育改
革支援プログラム「即戦力通訳者養成のための高度化プログラム(以下、本プログラム)」を実施した。
本プログラムでは、主として実践的な通訳スキルを身につけ、大学院修了後に即戦力として市場に対
応できる通訳者の養成を試みた。
養成にあたっては、市場の要請に基づいた通訳者を育てるべきであると考える。しかも市場の要請
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は絶対的なものではなく、機器の発達や、実際に活動している通訳者の提供できるスキルのレベルに
よっても変わっていくものでもある。上述のような社内通訳のスタイルが定着したのも、簡易同時通訳
装置やビデオ会議、電話会議の機器が広く普及し、そういう機器を通じて通訳業務を提供できる通訳
者の層が厚くなったからでもある。近年、大学や大学院からの通訳者養成がはじまった日本と比べると、
欧米ではすでに多数の通訳者を輩出している実務家養成のコースがあるが、大学院レベルに設置さ
れ、実務家教員が担当し、通訳力と語学力ははっきりとわけて教えられている。比較的短期間におい
てすでに語学力を有している大学院生に通訳スキルをつけるようにするのが養成の目的であるが、東
京外国語大学でも修業年限の間に市場で即戦力となれるために必要なスキルを習得することをめざ
してきた。本稿はそのような試みの中での実習のあり方についての考察である。
1. 市場に対応できる通訳者の要件
今後学生が大学院を修了し、将来通訳者として専門職に就く場合には、OJT(On the Job
Training)を含む、具体的な実務経験が求められる。しかし現実には、学生が通訳現場での実務経験
を得るのは困難な状況にある。その背景には、通訳業務のほとんどは通訳エージェント経由で発注さ
れるが、昨今の経済不況もあり、経験年数の少ない通訳者よりも経験が豊富なベテラン通訳者が優先
されるという事情もある。
こうした状況をかんがみると、通訳業務の第一歩を踏み出すために必要な実務経験がなかなか得
られないこともあり、本プログラムを運営する東京外国語大学大学院国際コミュニケーション・通訳専修
コース(以下、通訳コース)は独自に本学にゲストスピーカーを招き通訳付きの講演会を実施したほか、
学内外のさまざまな組織と連携し、幅広いテーマをもとにした通訳実習の機会を提供することとした。
以下に 2009 年度に実施した演習を一覧表として示すが、これまでに通訳コースで取り組んだ主だっ
た実習機会は次のように要約できる。
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ミクロネシア英語スピーチ優勝者交流会
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African American Journeys: Struggle, Progress
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ビジネス英語を学ぶ心構え
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「法と言語学会」設立総会
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津田塾大学公開講座「総合」Jazz Re/Bordered: Jazz as a Global Music ~差異定義されるジ
ャズの境界 グローバル・ミュージックとしてのジャズ ~
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日加修好 80 周年記念カナダ出前授業「多文化主義の国、カナダへようこそ!」
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CFAJ Career Seminar
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AID FOR TRADE(貿易のための援助)
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NHK 番組制作の舞台裏
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I LOVE NEW YORK
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リーズ大学・プリドー博士:イギリスにおける障害者への自立支援とは
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IBBY(国際児童書図書評議会)会長来日対談「多文化社会の中の子どもたち」
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TUFS 通訳シンポジウム:「世界の大学・大学院における通訳者養成」
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TUFS 通訳シンポジウム:「世界の大学・大学院における通訳者養成」懇親会
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お茶の水女子大学・ドイツにおける家族史と子ども概念の変遷史
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「脱植民地化研究の最前線 植民地責任論からのアプローチ」
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St. Gallen Symposium 説明会
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Rewriting Economic News: A Complex Crisis Made Simple for TV Broadcast
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平成 21 年度国際コミュニケーション・通訳専修コース主催キャリアガイダンス
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東京外国語大学「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業:中東とアジアをつなぐ新
たな地域概念・共生関係の模索」トークセッション「ハリウッド映画における他者の表象-アラブ
人・ムスリム人・アジア人」
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2009 年度修士論文・修士修了研究発表会
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パリ第三大学(ESIT)との合同授業
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HSP 国際シンポジウム「移民、人権ビジネス、公共人類学」
主だったものとしては、2008 年 5 月、東京外国語大学教員の紹介により、本学で開催されたジョアキ
ン・シサノ元モザンビーク大統領の講演会通訳に本学生が加わったほか、同年同月、第 4 回アフリカ
開発会議(TICAD IV)を目前に開催された「第 7 回 TICAD 外務省・NGO 定期協議会」および「新時
代のアフリカ・日本間交流促進に向けた官民連携懇談会」において通訳実習を行い、英日方向の逐
次通訳および日英方向のウィスパリング通訳の経験を提供した。その他、2009 年 6 月には日本 CFA
協会(CFAJ)が主催する「CFAJ Career Seminar」の場において、上述の通訳形式で実習を行った。
本プログラムで実習を行うにあたり留意したのは、市場のニーズに沿ったテーマ・内容に則した講演会
およびセミナーを経験の場とすることである。その意味からも通訳市場で継続的にニーズが高い金融
や情報技術(IT)分野の実習も含めるよう配慮した。
そのほか、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日事務所と連携して、2009 年 4 月より通訳・
翻訳インターンシップを開始し、学生に国際機関で働く機会を提供するとともに、単位化を図っている。
また国際機関での就業環境を把握することも重要と考え、国際的な場で通訳業務を遂行するために
必要な背景知識としての社会科学分野における教養の涵養を主眼として、学内の研究者と協力し、共
同セミナーでの通訳を学生に担当させた。
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一方、社会科学分野の教養を身につけることを視野に、学外の研究者とも連携を図り、通訳実務の
経験を蓄積させるよう実習の機会を設けた。具体的には、2009 年 3 月にお茶の水女子大学で行われ
たシンポジウム「ドイツにおける家族史と子ども概念の変遷史」、2010 年 3 月に東京大学駒場キャンパ
スで開催された HSP 国際シンポジウム「移民、人権ビジネス、公共人類学」などである。これらの機会
において、学生は発表される研究者の論文などを事前に丹念に学び、訳語リストを作成し、質疑応答
の想定質問も用意するなど入念な準備を行い、背景知識を蓄えた後、通訳に臨んだ。
この一年間の実習を振り返ってみても、通訳実務の上では常に新しいことばが用いられていることが
わかる。特に金融や IT 分野ではすぐに使われなくなる用語も含めて、常に通訳現場と接点のある実
務家教員が実習の機会を適切に企画する努力をしなくては、実際に会議などで用いられている用語
や表現を実感させるのは難しい。
たとえば engagement は戦争の文脈であれば「交戦」の意味になるが、経済の文脈であれば「関与」
「供与」となる。また accountability は、通常「説明責任」と訳されることが多いが、時として「開示責任」
となることがある。その他、payoff も単に「お金を払う」という意味ではなく、文脈によっては「賄賂」とな
ることもあり、一方、金融分野では「金利」を意味する interest も own self interest は「自分の利益」では
なく「自己保身」と訳出されるべき状況も起こっている。
こうした一見わかりやすくとも、文脈によって訳出の異なることばに直面し、その都度通訳上の方略を
思考し、改善を図るよう努めることこそが、通訳学習者にとって重要な気づきの機会となるだろう。こうし
た気づきの機会を実習により提供することで、市場が求めるような幅広い知識を有した通訳者の養成
に貢献できると考えられる。
2. 指導の基軸
通訳コースでは、2009 年 4 月にコースに在籍する学生を対象に、「実習・実技を行うにあたり望む指
導方法」「通訳コースで得られることとして何を重視しているか」について、自由記述形式でアンケート
調査を行った。その結果、学生からは通訳技術を習得する上でもっとも欠けている点として、「デリバリ
ー能力」、「訳語の選択に対する配慮」、「語彙力」、「情報処理能力」が自身の課題として挙げられた。
そこで 2009 年度においては、上述した課題項目のうち、特に「デリバリー能力」に関係が深い「放送
通訳」を本プログラムの一環として授業化し、ニーズに応えるよう試みた。授業の運営にあたっては、
NHK 放送文化研究所放送用語担当部長であり、元アナウンサーの田中浩史氏を招き、「放送におけ
る『役割語』と放送敬語」、「用字用語辞典に基づく放送用語」、「日本語発音アクセント辞典に基づく
放送の伝え方」、「気象・災害ハンドブックに基づく災害報道における注意点」などのテーマで講義を
依頼した。いずれのテーマでも、放送通訳においては視聴者へのわかりやすい話し方が重視される
内容であることが強調されていた。
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ある学生は「外来語のアクセント、標準語と方言、漢語表現の問題など、たくさんの例を挙げられた
が、特に万人に受け入れられる日本語の使い方は難しい。実は日本語で失敗することは多々あり、日
本語を勉強することの必要性が強調されたが、まさに通訳者に必要不可欠な要素と痛感させられた」
としている。また別の学生も「できるだけメッセージを多くの人に伝えることを念頭に、さまざまな努力と
工夫がされていることを改めて実感した。放送報道関係者は、外来語の表記の仕方から漢語や和語、
アクセントなど多くの問題と日常的に接しており、日々審議が繰り返されていると聞き、ことばに携わる
者としての姿勢の強さを感じた。普段は、特に気にしない表現でも、放送において不特定多数に届く
場合は、慎重に訳語を選択しないといけない」としている。放送通訳の現場を考え、通訳者として発話
する際に学生が問題意識として挙げた点すべてに慎重な配慮が必要だと痛感させられる講義内容と
なっていた。
また「放送通訳」の授業では、実際に放送された番組を学生が放送通訳者の立場に立って実技を
行う形式で指導し、放送通訳において必要な要素の確認を促した。
実際の実習にあたっては、実習を行う前に実習内容に即した準備として、少なくとも一授業を充当し
た。授業では、各学生が通訳実習に臨むにあたり必要な語彙リストを準備、検討させ、人名、地名など
の固有名詞を確認し、「訳語の選択に対する配慮」や「語彙力」を高めるよう指導した。また実習後にも
一授業をかけ、各学生が記入した通訳業務報告書や自身の訳出ならびに原発言の書き起こしをもと
に、実習で達成された成果や課題を振り返る機会を必ず設けた。
通訳業務報告書は自己評価能力の向上を目的として、主として通訳業務を通して学んだ点や反省
点を記述させ、内省を促すためのものである。以下に 2009 年度の実習後に提出された通訳業務報告
書から例を挙げる。
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また、これからも同時通訳の技術を維持、成長させていくためにはどのような素材でどのような練
習をしていけばよいのだろうかとも考えさせられた。
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どんなスピーカー、内容でもなんとか乗り切れるまでの、気力、体力、危機管理能力がまだまだ
足りないと思った。
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思ったよりもスピーカーの方がゆっくり話されたので、追い越さないようにと気をつけた。
それでも日本語ばかりを見ているとどこを話しているのか分からなくなってしまい、次の
文章を先に通訳してしまい、後で気付いて「しまった」と思ったことが何回かあった。
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スピーカーや質問者に対して、全く知識が劣っていた。そこから数々の誤訳をしてしまった。もっ
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と背景知識や常識、教養とよばれるものを身につけたいと思った。
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もはや自己モニタリングできていないが、いつも以上にフィラーが多かったのではと思う。「ま」や
「その」「この」などにくわえ「という」「なのです」が非常に多かったと思う。
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英語力および知識を常日頃から鍛錬しなければならないことを痛感した。しかし、実際にそうした
知識を蓄積して、さらには自分のものとするためには、いったい日々どのようなことをすればよい
のだろうかと思った。新聞や雑誌などだけでは今回のような内容の知識はなかなか吸収できない
ような気がするので、やはり多くの本を読むことだろうかとも思うが、ではどのような本を読めばい
いのか、どのような読み方をすればよいのかなど、色々と考えさせられる経験だった。
知識の習得は専門職として通訳者がキャリア全体を通して培っていかなければならないものである
が、その際に学ぶ必要があるのはいかに通訳に際して準備を行うかである。知識を習得するだけでな
く蓄積するためには、実習などの聴衆を前にした、臨場感の体験を通じて通訳者としての要件を身に
つけるのが肝要だと考える。教員側から言い淀み(フィラー)が多いなどの指摘をすることは可能だが、
学生本人が現場経験を経て、自身の課題を自覚する場を与えることこそが実習の最大の効用である。
3. 通訳実習から期待される成果
本プログラムの一環として、2009 年 10 月、東京外国語大学において通訳シンポジウム「世界の大
学・大学院における通訳者養成」を開催した。出席大学は、いずれも東京外国語大学と学術交流協定
を締結している韓国外国語大学校、上海外国語大学、モスクワ国立大学、パリ第三大学(ESIT)であ
る。このシンポジウムの主旨は、欧州ならびにアジアなどの世界各国の大学・大学院で会議通訳者を
養成するにあたり注力している主任教授陣を招き、各校事情を発表し、今後の通訳教育のあり方を模
索するところにあった。最後に各校の代表者一人ずつが参加するパネルディスカッションを行ったが、
その中で実習を通して得られる成果として各パネリストが述べた代表的な意見を紹介する。この通訳
シンポジウムについても通訳コースの学生による同時通訳実習の機会でもあった。
韓国外国語大学校
通訳において実習を行うのは極めて重要である。プログラムを開始した当初は、訓練中の場合は実
習を行わない方がよいと思っていたが、授業と学外の実習では状況が大きく異なる。そのため実習
を通して、学生は多くを学ぶことができる。ただし、実習の仕方については最大限の配慮が必要で
あるし、実習に際しての準備を行った上で学生のレベルに合った機会を与えねばならない。
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上海外国語大学
本学の場合は全員が修士コースの仕上げとして国連で通訳インターンシップを行う。そもそも本コ
ースは国連での中国語通訳者を養成するために始まったものである。学生は在籍中、報酬を得る
通訳をすることを禁止している。その理由はたとえば医師が医師免許の取得以前に報酬を得ての
診療をしないとの同じである。倫理的に、専門職の通訳者として報酬を得て活動ができると認定され
る以前に収入をあげてはならないと考えるためである。
ただし授業で経験を積む際に、外部のスピーカーとして、たとえば学生の父兄などに講演者となる
よう依頼している。
モスクワ国立大学
倫理的に観点から、専門職になるに足りると認定されるレベルになるまで、すなわち、通訳者が学
位を取得するまで報酬を得る通訳業務を行わないという考えは適切である。学生が安い労働力とし
て使われないようにするためにも、この考えは妥当である。
だが学生が通訳や翻訳を扱う会社で仕事をする、あるいは非政府組織(NGO)のための通訳者とし
て働くことによって練習をすることはできる。実際に卒業後、通訳・翻訳分野の専門家を目指したい
のか、あるいはより幅広く、異文化間コミュニケーションにかかわる仕事をしたいのか、見極めること
ができる。(本学では卒業後に政府・企業に就職し、通訳・翻訳スキルを活かす場合が多く)卒業生
全員が(フリーランスの)会議通訳者として働くとは限らない。
パリ第三大学(ESIT)
会議通訳者の場合、学士号、修士号を取得する前にインターンを行う機会がある。ESIT では、ヨー
ロッパ委員会、経済協力開発機構(OECD)、国連教育科学文化機関(UNESCO)などの国際機関
と提携し、空いている同時通訳ブースを使用して会議場には流れない形で通訳の練習をしている。
またヨーロッパ評議会でもインターンをする機会がある。このような機関で実際に通訳をすると有用
な経験となり、その場に慣れることができる。またそれとは別に、同僚の通訳者に訳出を聞いてもらう
ことでフィードバックをもらうことも重要である。
またスピーカーを学外から招く機会、あるいはビデオ会議の場も提供している。三つ目の選択肢とし
ては NGO との連携がある。たとえば「国境なき記者団」との協力が挙げられる。個人的には、誰も聴い
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ていない環境で通訳をするよりも、実際の聴衆がいる場の経験が役立つものと考えている。
4. 今後の課題
上述したような各校での取り組み内容を振り返り、通訳コースでまだ十分に活用していなかった点と
して、ビデオ会議を通した実習が挙げられることを認識した。この課題に取り組むため、通訳コースで
は 2010 年 2 月、ESIT とのビデオ会議システムを通じた合同授業を行い、演習の機会とした。
演習では 2010 年はじめにハイチ大地震が発生したことを受け、「防災」をテーマに逐次および同時
通訳を修士課程 2 年生の学生が行った。英語、フランス語および日本語の母語話者の学生が、それ
ぞれの言語でおよそ 5 分間にわたるスピーチを 3 本作成し、演習の素材とした。演習の前には、頻出
語彙や固有名詞に関しての事前準備ができるよう、各校の通訳担当学生に語彙リストを提供する段取
りとした。また演習に際して、各言語の母語話者である各校の教員が個々の通訳パフォーマンスに対
してコメントを行った。なお ESIT においてはフランス語が主たる使用言語であることから、英語・フラン
ス語間の同時通訳が行われた。
当日の流れは以下の通りである。
1. 英語から日本語への逐次通訳(ESIT、本コース各 1 名)
通訳パフォーマンスに関するコメント
2. フランス語から日本語への逐次通訳(ESIT から 2 名)
通訳パフォーマンスに関するコメント
英語への同時通訳付(ESIT)
3. 日本語から英語への逐次通訳(本コースの学生 2 名)
通訳パフォーマンスに関するコメント
フランス語への同時通訳付(ESIT)
上述の流れの中で、本コースからは逐次通訳者として 3 名(英日 1 名、日英 2 名)、日本語のスピー
カーとして 1 名が参加した。また本コースの修士課程 2 年生である他の 5 名が、ESIT 側の通訳パフォ
ーマンスに対して、フィードバックを与える役割を担った。通常、本コースではこれまで逐次通訳にお
いて、一度に 5 分間の長さの素材を扱うことはない。英日、日英両方向とも 5 分間という長さの逐次通
訳を行い、ESIT 側の教員からコメントをもらう機会となった。本コースの学生は新聞記事やインターネ
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ット上で配信されているニュースを検索するほか、関連書籍で知識の習得を図り、合同授業に備え
た。
また実習を通して学生に対してどのようなフィードバックを与えるかはさらに研究が必要な点である。
この点についても世界の学術交流協定を結ぶ大学・大学院と協力し、さらに研さんを積んでいく必要
がある。その第一歩して、教材開発をすでに行っている。ESIT とは逐次通訳についての教本を作成し
た。また学内外で行われた実際の講演会をもとにした教材の開発にも取り組んでおり、日本放送協会
の関連会社である NHK グローバルメディアサービスと協力し、実践的な内容の教材作成に着手して
いる。
会議通訳者養成には長い歴史を有するヨーロッパで発足 50 年以上となる国際通訳者協会(AIIC)
が設けている Training Committee では、質の高い通訳者養成のためにガイドラインが策定されており、
そのうちの一節ではこのように記されている。
Courses should be designed and interpretation classes taught by practising conference
interpreters whose language combinations are recognised by AIIC or by an international
organisation. Professional interpreters who serve as teaching faculty provide the essential
interface between the classroom and the profession. They can inform newly qualified
interpreters who have been their students about the markets and potential employers, and
mentor them as they start their careers.
AIIC Conference Interpreting Training Programmes: Best Practice 2010
ここでも示されているように、教授陣となる専門職の会議通訳者こそが授業と現場との重要な接点を
提供せねばならないことがうかがえる。実際に通訳者がどのような職業であるのかについて現場の知
識を与え、指導していく必要性が示唆されている。
実習の指導についていえば、学生の意欲を向上させ、さらに技能の質を高めるよう配慮がなされたフ
ィードバックが求められる。適切な通訳を行うには、情報量と正確性が目安となるが、フィードバックを
与える上でただ情報の抜けの指摘に終始してはならない。各学生が抱える問題点を指摘し、それぞ
れの技能の習得レベルに対応した、きめ細かい指導を行うためには妥当な評価方法を策定する必要
がある。
くわえて学生の側においても、本コースですでに行っているように、個々の通訳パフォーマンスにつ
いて自己モニタリングをする能力が欠かせない。実習は自己モニタリングを格好の機会を提供するも
のである。実習後に提出された通訳業務報告書からも見てわかるように、学生自身のパフォーマンス
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通訳者養成における実習指導のあり方:鶴田
知佳子:内藤
稔
評価の方が教員による評価と比べ厳しい場合がある。教員側からのフィードバックだけではなく、学生
自身、通訳者としてコミュニケーションの成功につながるパフォーマンスができたかどうかを適切に評
価できることこそが、本人の通訳者としての成長につながると考えられる。
参考文献
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Seleskovitch, D. (1968). 1978 Interpreting for International Conferences. Paris and Washington, DC: Pen and Booth.
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内藤稔. (2009). 通訳実務能力涵養に向けた実習指導方法の考察. 東京外国語大学論集, 78, 107-122.
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A study on the role of practicum in interpreter training
TSURUTA Chikako
NAITO Minoru
This paper attempts to clarify the role of practicum in interpreter training through the
three-year interpreting program at Tokyo University of Foreign Studies (TUFS), International
Communication and Interpreting, supported by a grant from the Ministry of Education in Japan.
What young aspiring interpreters need in order to successfully acquire work as a professional
interpreter in the real world is actual experience. However, in Japan, it is difficult for them to gain
hands-on experience as an interpreter, since most of the jobs are assigned to interpreting
agencies. It had been a dilemma in this industry that many are not able to gain such vital
experience that they need as interpreters.
In addition, the authors have provided ample opportunities to students so that they can
practice at actual international conferences. As an example, a former President of the Republic of
Mozambique gave a talk at TUFS, which was utilized as the opportunity for student interpreting.
People’s TICAD (Tokyo International Conference on African Development) on the occasion of
African Year stipulated by the Japanese government also provided our students the opportunity
for practicum, together with a number of other interpreting assignments.
In conducting a practicum, it should be noted that an appropriate form of feedback must be
given to students. How to maintain accuracy and sufficient rendition of information are believed
to be the two crucial elements in order to achieve quality interpretation skills.
However, the comments made by teachers should not only point to the omission of
information, but assess the challenges faced by each student. Additionally, the instructors’
comments should sufficiently address the challenges confronted by the students so that the
instructors can give hints to them as how to better cope with their own issues.
The students on their parts must submit performance reports which would then lead them to
reflect upon their interpreting. The authors believe what ultimately helps the students improve their
interpreting skills is their recognition of what they should work on as an interpreter. It is the authors’
belief that practicum is a vital and appropriate means through which to achieve this goal of training
interpreters successfully to meet the growing demands and intense competition of the actual market.
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