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先進グローバル生命保険会社の海外進出に 関する国内要因分析
生命保険論集第 190 号 先進グローバル生命保険会社の海外進出に 関する国内要因分析 崔 桓碩 (早稲田大学商学学術院助手) 1.はじめに 1.1 研究背景と目的 近年、生命保険会社によるグローバル展開が活発に行われている。 特に1990年代に米国とヨーロッパの生命保険会社を中心に行われてき たグローバル展開は、日本をはじめ、韓国のようなアジアの生命保険 会社によっても積極的に行われている。日本の場合は、1980年代に金 融機関としての海外進出が中心であったが1)、現在は生命保険業の保 障機関としての進出が多い。それは、グローバル市場における生命保 険会社間の競争をさらに増進させる要因となる。 1)たとえば、前川(1982)によると、米国の生命保険会社における海外進出形 態は主として保障機関としてのものであったが、日本の生命保険会社の場合 は金融機関としての進出が主眼であった。なお、保障機能を主体とした進出 は効率的な保険保護とそれに伴う経営技術の販売の形を取る一方、金融機能 を中心にする進出は投資機関としての形を取る。言い換えると、保障機能の 追求は保険保護の経済性の追求であり、再保険制度による損害の分散を通じ て効率の改善に向かう。その反面、金融機能の追求は資産の多様化および地 理的分散をはかることによって投資効率を向上させることができる。結局の ところ、生命保険会社による海外進出は、投資の一形態とみられるため、企 業の利潤獲得動機に支えられているといえる。 ―127― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 生命保険会社によるグローバル化の形態は、主としてM&Aであり、 株価上昇、金利低下、業界の規制緩和により1990年代半ばに急激に増 加した2)。生命保険会社による海外進出が行われる要因としては、国 内要因として、自国における生命保険市場の成熟、自国市場における 安定的な経営状況、海外進出の必要性に対する会社の認識程度などが 挙げられる。そして国外要因としては、進出対象国における生命保険 市場の成長速度、今後の成長可能性などが重要である3)。その中で、 国内要因は海外進出を決定する最も重要な要因であり、国内市場の成 熟段階、国内市場での競争力は生命保険会社による海外進出を後押し する。 そこで、本論では先進グローバル生命保険会社が属している国の市 場状況を分析することにより、海外進出を後押しする国内要因につい て考察したい。 1.2 研究範囲と方法 まず、 研究範囲として本論でいう先進グローバル生命保険会社とは、 保険監督者国際機構(IAIS)の規定により、規模の基準は収入保険料 が100億ドルを超える場合、または保険資産が500億ドルを超える場合 を指す。また、国際活動の基準として3カ国以上において事業を展開 している場合、または保険料収入の10%以上を本国以外で獲得してい る場合を指す。さらに具体的には、国際的に活動する保険グループ (Internationally Active Insurance Group, IAIG)の中でもグロー バルにシステム上重要な保険会社(G-SIIs)として選定されている9 社を指している4)。G-SIIsの選定については、金融安定化理事会(FSB) 2)崔(2012)、pp.111-112. 3)崔(2014)、pp.125-127. 4)9社は、Allianz SE(ドイツ), American International Group, INC.(米国), Assicurazioni Generali S.p.A.(イタリア), Aviva plc(英国), Axa S.A.(フ ―128― 生命保険論集第 190 号 が2013年7月に初めて指定しており、その後、毎年11月に見直すこと とされている。2014年11月の発表では、前年度と同様に変更はなかった。 その中で、本論では先進国に属している米国、英国、ドイツ、フラ ンスの生命保険市場を中心に分析する。そして、先進グローバル生命 保険会社についてはこの4つの国に属しているAIG、メットライフ、プ ルデンシャル(米国3社) 、AVIVA、プルデンシャル(英国2社) 、アリ アンツ(ドイツ1社) 、アクサ(フランス1社)のうち、規模の大きい AIG、メットライフ、アリアンツ、アクサの4社を中心にそれぞれのグ ローバル展開過程について調べることにしたい。 本論の構成は以下の通りである。第2章では先進グローバル生命保 険会社の4社におけるグローバル展開過程を調べる。第3章では先進 グローバル生命保険会社が属している国の生命保険市場の状況につい て分析する。特に生命保険産業の成熟度を表す指標である収入保険料 の推移、保険密度、保険浸透度について対象国の状況を分析する。第 4章では本論の内容を取りまとめる。 2.先進グローバル生命保険会社の海外進出過程 先進グローバル生命保険会社が海外進出を決定する動機は、大きく ①顧客志向、②収益、③名声、④ニッチ商品、⑤同伴進出に分けられ ている。なお、その前提要因として、国内要因としては自国市場の状 況または海外進出に関する認識などがあり、国外要因としては進出対 象国市場の成長速度または可能性などを挙げることができる5)。その 中で、特に自国市場の状況が最も重要な要素であり、自国市場の中で ランス), MetLife, Inc.(米国), Ping An Insurance(Group) Company of China, Ltd.(中国), Prudential Financial, Inc.(英国), Prudential plc(米国)で ある。 5)Lee(2005)、pp.36-41. ―129― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 安定的な位置を占めており、国内マーケットのみでは利益の獲得に限 界がある場合、海外進出を行うことになる。 先進グローバル生命保険会社は早い時期から海外進出を行っている。 その背景としては、 1950年代以降、 米国による海外投資が活発になり、 その結果、多国籍企業が多数生成された。その中で、生命保険会社は 多国籍企業の海外における保険を引き受けることにより、生命保険会 社においてもグローバル展開が積極的に始まった6)。特に、アジアお よび中南米のような新興市場は、生命保険の普及率が低いため、外国 生命保険会社において魅力的であり、実際に外国生命保険会社による 新興市場への進出が活発に行われている7)。その結果、2004年基準で 世界における規模の大きい40の生命保険グループは、全世界生命保険 市場の55.9%を占めており、さらにその現象は12のグローバル生命保 険グループが主導している8)。 以下では研究範囲のところで記述したように、AIG、メットライフ、 アリアンツ、アクサの4社における海外進出の過程について調べる。 2.1 AIG (1)沿革 AIGは1919年に創立者C.V.スターが中国の上海に会社を設立した後、 保険および金融サービス分野において130カ国以上で営業を展開して いる。AIGの主要な事業部門は大きくAIGプロパティ・カジュアリティ (損害保険事業)とAIGライフ・アンド・リタイヤメント(生命保険事 業およびリタイヤメント・サービス)に分けられる。この他にユナイ テッド・ギャランティー・コーポレーション(UGC)が米国におけるモ ーゲージ保険のマーケットリーダーとして、事業を展開している。そ 6)前川(1982)、pp.72-73. 7)Sigma(2006)、p.10. 8)Sigma(2006)、pp.17-18. ―130― 生命保険論集第 190 号 の内、生命保険事業は全体の34%を占めている9)。 AIG の 海 外 進 出 過 程 を み る と 、 1950 年 代 に は AIU ( American International Underwriters)という社名として全世界の75カ国で営 業を行っていた。1969年にはAIGとして企業公開を行い、米国国内では 1999年に最大手の年金保険会社であるSun Americanを買収し10)、国外 では1972年12月にはアリコ(ALICO)を日本支社として設立した。1987 年から2000年の間には東ヨーロッパ、ロシア、インド、中国などで独 占販売権を獲得するなど、積極的に海外進出を行っている11)。 しかし、2008年に金融派生商品を扱う子会社であるファイナンシャ ル・プロダクツが巨大な損失を引き起こしたことを発端として、AIG はアメリカ政府の救済を受けることとなり、海外事業の一部を売却す るなど海外進出への勢いが低下している。 年 1919年 1921年 1939年 1948年 1951年 1960年代 1967年 1987年~ 2000年 1990年 1992年 1999年 2001年 表1 AIGの海外進出過程 海外進出の内容 C.V. ス タ ー が 上 海 に 損 害 保 険 代 理 店 AAU ( American Asiatic Underwriters)を設立 中国に生命保険事業を開始(ALICOの全身であるAsia Life Insurance Company(中国名:友邦人寿保険公司)を設立) 、AAUとAsia Lifeを通 じてアジア各国に進出 AAUの本社を上海からニューヨークに移転 AIA(American International Assurance Company)を設立 Asia Lifeが社名をALICOに変更し、アジア、アフリカ、中東などの各 地に進出 ニューハンプシャー保険会社、ナショナルユニオン、商工業保険会社、 トランスアトランティック再保険会社などを買収 AIG持株会社を設立 東ヨーロッパ、ロシア、インド、中国などで独占販売権を獲得 インターナショナルリースファイナンスコーポーレーションを取得 AIAが中国で外資系生命保険会社として最初に営業許可を取得 米国の最大手年金保険会社であるSun Americaを買収 American Generalを買収 出所:Ron and Al(2006)、Yang・他(2008) 9)AIG(2014)、pp.3-4. 10)Yang・他(2008)、pp.214-225. 11)Ron and Al(2006). ―131― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 (2)地域別の事業状況 政府から公的資金を受けたAIGは、 公的資金の返済のため一部の事業 を売却せざるをえなくなり、その売却の対象になったのはAIAやALICO などの生命保険会社であった。その結果、AIAやALICOなどの生命保険 会社を売却する前の2004年12月末基準では、生命保険・年金に関する 収入保険料は、434億ドルであったが、2013年基準では26億ドルまで減 少した。その半面、事業を継続している損害保険事業関連の正味収入 保険料は344億ドルである。現在AIGの主力事業は損害保険事業部門に なっているといえる。 そこで、 AIGの損害保険事業部門の地域別正味収入保険料の割合をみ ると、米国では52%の収入を得ており、海外では48%である。具体的 にアジアでは28%を占めており、 EMEA(Europe, Middle East and Africa) では20%を占めている。 図1 AIGの損害保険事業部門の地域別正味収入保険料割合 100% ( 3 4,840) ( 3 4,436) ( 3 4,388) 6 , 634 6 , 374 6 , 750 1 0 ,062 1 0 ,448 9 , 691 EMEA 80% 60% アジア 40% 1 8 ,144 1 7 ,614 1 7 ,947 2011 2012 2013 20% 0% 注:(1)単位は百万ドル (2)EMEAは“Europe, Middle East and Africa”の略語 出所:AIG(2014)“Annual Report 2013” 、p.87. ―132― 米国 生命保険論集第 190 号 2.2 メットライフ (1)沿革 メットライフは1868年の当時にメトロポリタン・ライフ・インシュ アランス・カンパニー(メトロポリタン生命保険)の設立から始まる12)。 現在は、50カ国以上で、保険、年金、従業員福利厚生サービスを提供 しており13)、米国の生命保険市場において最大手の生命保険会社である。 表2 メットライフの海外進出過程 年 1985年 1989年 1992年 1995年 1996年 1997年 2000年 2001年 2002年 2005年 2010年 海外進出の内容 イギリスに進出 韓国のコオロン (KOLON) 企業と合弁でコオロンメット生命保険を設立、 1998年にメットライフが持分を100%引受け、 メットライフに社名変更 メキシコに合弁会社の設立 香港に生命保険会社を設立、中国北京に事務所を設置 米国のNew England Mutual Life Insurance Companyと合併 インドネシアおよびブラジルに生命保険会社を設立 組織を相互会社から株式会社化、米国のGen American保険グループを 買収 メットライフバンクを設立、中国における合弁会社での営業認可を取 得、フィリピンでの営業を開始 メキシコの最大手である国営生命保険会社Aseguradora Hidalgoを買 収 米国のTravelers & Annuityの生保部門とシティの国際保険部門を買 収、 2005年7月にシティグループが日本の保険事業から撤退し、事業をメ ットライフに売却することにより、三井住友海上メットライフを設立 日本のアリコ(ALICO)支社をAIGから164億ドルで買収 出所:大越(2008)、Yang・他(2008)、メットライフホームページ メットライフによる海外進出は1980年代後半から活発に行われてい 12)メトロポリタン生命保険を設立する前の1863年にナショナル・ユニオン生 命保険会社(National Union Life and Limb Insurance Co)という社名で営業 を始めたが、その当時は軍人の戦時における廃疾をカバーする保険商品を販 売するのみであった(大越(2008)、p.3)。 13)メットライフホームページ ―133― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 る。1989年に韓国の生命保険市場に進出し、1992年にはメキシコに合 弁会社、1995年には香港に生命保険会社、1997年にはインドネシア、 ブラジルに生命保険会社、2002年には日本に合弁会社を設立し、メキ シコの最大の国営生命保険会社を買収した14)。2010年11月には日本の アリコ(ALICO)支社をAIGから164億ドルで買収することにより、さら に海外展開を加速している15)。 (2)地域別の事業状況 メットライフは2010年にAIGから日本のアリコを買収することによ り、アジア市場でのマーケットシェアが大きくなっている。メットラ イフの保険事業部門の地域別収入保険料の割合をみると、米国では 73%の収入を得ており、 海外では27%である。 具体的にアジアでは21% を占めており、EMEAでは6%を占めている。 図2 メットライフの保険事業部門の地域別収入保険料割合 100% 80% ( 3 6,215) 2 , 477 ( 3 7,855) 2 , 370 ( 3 7,559) 2 , 297 7 , 716 8 , 344 7 , 801 EMEA 60% 40% アジア 2 6 ,022 2 7 ,141 2 7 ,461 米国 20% 0% 2011 2012 2013 注:単位は百万ドル 出所:メットライフ(2014)“Annual Report 2013” 、pp.103-105. 14)Yang・他(2008)、pp.268-277. 15)メットライフホームページ ―134― 生命保険論集第 190 号 2.3 アリアンツ (1)沿革 アリアンツは1890年にドイツにおいて損害保険会社から始まって おり、生命保険事業は1922年から始めている。現在は生命保険、損害 保険、資産運用の3つの分野で世界70カ国以上で営業を展開してい る16)。特に、アリアンツは創業してから3年後にはロンドンに支店を 開設するなど、早い時期から海外進出を行っており、1910年以降には 保険ポートフォリオの内、20%以上が海外市場であった17)。 アリアンツによる海外進出は、表3に見られるように、1974年にオ ランダ、スペイン、ブラジルへの進出を始め、1976年には米国で損害 保険事業を開始した。特に、1985年には組織形態を持株会社に変更す ることにより、さらに海外進出を積極的に行っている。1990年に入っ てからはアジア地域にも積極的に進出を行っている。 表3 アリアンツの海外進出過程 年 1974年 1976年 1986年 1991年 1997年 1999年 2000年 2001年 2003年 2007年 2008年 海外進出の内容 オランダ、スペイン、ブラジルへ進出 米国で損害保険事業を開始 コーンビル保険(英国)を買収 ファイヤマンズ・ファンド保険会社(米国)を買収、 アリアンツ火災海上保険株式会社が日本で営業を開始 アシュアランス・ジェネラール・ド・フランス(現:アリアンツ フランス)を買収 中国でジョイントベンチャーのアリアンツ大中生命(現:アリア ンツ中国生命)を設立、韓国の第一生命(現:アリアンツ生命) を買収 米国の資産運用会社ピムコ・アドバイザーズを買収 米国の資産運用会社ニコラスアップルゲートを買収 インドでマイクロ保険の販売を開始 ロシアの保険会社、ロスノならびにプログレス・ガランを買収 アリアンツ生命保険株式会社が日本で営業を開始 出所:アリアンツホームページ 16)アリアンツホームーページ 17)大越(2009)、p.18. ―135― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 (2)地域別の事業状況 アリアンツの保険事業部門の地域別収入保険料の割合をみると、ド イツを含めたEMEA地域では85%の収入を得ている。その他にアジアで は6%を占めており、米国では9%を占めている。 図3 アリアンツの保険事業部門の地域別収入保険料割合 100% ( 9 9,200) (103,782) 8 2 ,662 8 8 ,064 80% 60% EMEA アジア 40% 20% 米国 5 , 699 0% 1 0 ,839 6 , 006 9 , 712 2012 2013 注:単位は百万ユーロ 出所:アリアンツ(2014)“Annual Report 2013” 、pp.71-81. 2.4 アクサ (1)沿革 アクサは1817年にフランスで設立され、保険と資産運用を中心に世 界56カ国と地域で営業を展開している18)。1982年から社名を現在のア クサに変更し、1980年代はフランス国内でのM&Aを通じて会社の規模 を拡大した。たとえば、1986年にフランス国内のプレザンス・グルー プを吸収することにより、 フランス最大規模の保険グループとなった。 そして、 1996年にはフランスの国営保険グループUAPとの合併を通じて、 18)アクサホームページ ―136― 生命保険論集第 190 号 世界的規模の保険グループとなった19)。 国内でのM&Aの経験を活用し、1990年代からは海外進出を積極的に 行っている。たとえば、表4を見ると、1992年に米国のエクイタブル・ ライフに資本参加することにより、 米国の保険市場への進出をはじめ、 他国の保険会社を買収することにより海外での占有率を広げている。 表4 アクサの海外進出過程 年 1992年 1994年 1995年 1998年 1999年 2000年 2004年 2006年 2007年 2008年 海外進出の内容 エクイタブル・ライフ(米国)に資本参加、米国へ進出 アクサの100%出資日本法人アクサ生命保険株式会社設立 ナショナル・ミューチュアル(豪)を買収、オーストラリア、ニ ュージーランド、香港へ進出 アクサの100%出資日本法人アクサ損害保険株式会社(アクサダ イレクト)を設立 ガーディアン・ロイヤル・エクスチェンジ(英国)を買収、 アクサチャイナと中国企業ミンメタルズとの合併企業、アクサミ ンメタルズを設立 アクサ子会社のアライアンス・キャピタル(米国)を通じてサン フォード・バーンスタイン(米国)を買収、アライアンス・バー ンスタインとなる アクサがマネー(MONY)グループ(米国)を買収 クレディ・スイス・グループからウインタートウル・スイス・イ ンシュランスの株式を取得 教保自動車保険(韓国)を買収、のちに社名を教保AXA損害保険 に変更、モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行(伊)と長期 事業提携に合意 レソ・ガランティア(ロシア)の株式の36.7%を取得、 INGセグロス(スペイン)を買収、社名をアクサセグロスに変更 出所:アクサホームページ (2)地域別の事業状況 19)大越(2009)、p.7. ―137― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 アクサの保険事業部門の地域別収入保険料の割合をみると、フラン スを含めたEMEA地域では77%の収入を得ている。その他にアジアでは 10%を占めており、米国では13%を占めている。 図4 アクサの保険事業部門の地域別収入保険料割合 100% ( 8 3,331) ( 8 4,122) 6 2 ,836 6 4 ,338 80% 60% EMEA アジア 40% 米国 20% 9 , 267 8 , 481 1 1 ,228 1 1 ,303 2012 2013 0% 注:単位は百万ユーロ 出所:アクサ(2014)“Annual Report 2013” 、p.292. 3.主要国の生命保険市場の分析 本章では、先進グローバル生命保険会社が属している国(米国、英 国、ドイツ、フランス)の生命保険市場の状況について把握すること により、海外進出に影響を与える国内要因を分析したい。特に、生命 保険産業の成熟度を表す指標である収入保険料の推移、保険密度、保 険浸透度について対象国の状況を分析する。そして、本国における外 資系生命保険会社のマーケットシェアと市場集中度を調べ、生命保険 市場における競争環境を把握する。 ―138― 生命保険論集第 190 号 3.1 主要国の生命保険市場における総保険料の推移 まず、主要国の生命保険市場における総保険料の推移をみると、国 別の差は広がる傾向をみせている。特に1990年代後半からは米国と英 国で保険料の増加現象が顕著になってきた。 図5 主要国におけるドル建て生命保険総保険料の推移 (百万ドル) 1000000 900000 800000 700000 600000 500000 400000 300000 200000 100000 米国 英国 ドイツ 2012 2011 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1987 1986 1985 1984 1983 0 フランス 注:英国の場合、1983年、1984年、1987年、1988年のデータは利用不可 出所:OECD, Insurance Statistics Yearbook 各年号より作成 その後、2007年には米国で金融危機20)が発生したにもかかわらず、 保険料は順調に伸びた。たとえば、退職設計や遺産相続設計のような 商品に関心が高まり、総保険料が急増した。そして、英国では年金お よび年金以外の貯蓄型商品への需要が高かったため、総保険料も急増 した。さらに、人口高齢化や国の社会保障給付の削減が伝統的な生命 20)保険業界は、米国のサブプライム関連の信用問題で2つの関連性をもって いる。1つは、保険会社は大手機関投資家として、その資産ベースにモーゲ ージ関連証券またはモノライン保険会社が保証した証券を保有している可能 性があることである。2つは、保険会社は保険カバーの提供者としてのリス クを負っている。その結果、米国のサブプライム危機は、保険業界の資本を 減少させ、大幅な影響を与える可能性が存在する(Sigma(2008)、p.7) 。 ―139― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 保険モデルから年金型モデルへの転換をもたらしている国では、年金 商品に関するニーズが高まり、保険料を増加させている21)。 ところが、2008年には米国における金融危機後の経済悪化が続き、 その結果保険料一時払いのユニットリンク商品の販売に大きな影響を 与えた。その中で、英国とフランスにおいてはこの種類の商品が一般 的であったことから、保険料の大幅な下落をもたらした。特に、英国 ではユニットリンク商品の富裕層の個人に対する税制優遇策が廃止さ れた影響も大きい。その反面、定期払込保険料の割合が高いドイツに おいては大きい影響はなかった。なお、リースター年金商品に対する 税額控除と国の助成の影響で、各種年金商品の販売が増加した。米国 では、変額年金や変額保険のような株式にリンクした商品の販売が低 調したが、定額年金の販売が急増したため、保険料の大きな下落現象 は発生しなかった22)。 その後、2011年からは主要国の生命保険市場は金融危機から徐々に 回復している。2012年には、米国では個人契約のうち、終身保険とイ ンデックス連動ユニバーサル保険が好調に販売されたため保険料は増 加した23)。 米国・英国・ドイツ・フランスの主要国における生命保険市場の総 保険料推移からは、米国の成長速度が最も速く、英国がその後を次い でいる。ドイツとフランスにおいては若干の変動はあるがいずれも逓 増している。 3.2 主要国における保険密度と保険浸透度の推移 国内市場の成熟度をさらに調べるためには保険密度と保険浸透度 の分析が必要である。保険密度は、国民1人当たりの支払い保険料の 21)Sigma(2008)、pp.3-10. 22)Sigma(2009)、pp.10-19. 23)Sigma(2013)、pp.19-21. ―140― 生命保険論集第 190 号 大きさであり、保険密度が高いほどその国の保険市場は飽和状態に至 っていることを示している。なお、保険密度は国の経済発展にも強い 相関関係をみせている。そして、保険浸透度は、対象国の国内総生産 (GDP)に保険料が占める割合である。保険浸透度が高ければその国に おける国民は保険に関する認知度が高く、市場も十分に発達している といえる。 まず、主要国における保険密度の推移をみると、英国が最も高く、 1990年には1055ドルであったが、2012年には3927ドルまで急増した。 2012年を基準にすると、米国(2643ドル) 、フランス(2299ドル) 、ド イツ(1302ドル)の順である。そして保険密度は保険料の推移と同様 に増加傾向にあり、国別の差も広がる傾向をみせている。 図6 主要国における保険密度の推移 (ドル) 8000 7000 6000 5000 4000 3000 2000 1000 0 19901991199219931994199519961997199819992000200120022003200420052006200720082009201020112012 米国 英国 ドイツ フランス 出所:OECD, Insurance Statistics Yearbook 各年号より作成 次に、主要国における保険浸透度の推移をみると、保険密度と同様 に2012年を基準にすると英国の保険浸透度が最も高い10.2%であり、 フランス(5.6%) 、米国(5.3%) 、ドイツ(3.1%)の順となっている。 ―141― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 図7 主要国における保険浸透度の推移 (%) 16 14 12 10 8 6 4 2 0 19901991199219931994199519961997199819992000200120022003200420052006200720082009201020112012 米国 英国 ドイツ フランス 出所:OECD, Insurance Statistics Yearbook 各年号より作成 主要国における保険密度と保険浸透度の推移を比較してみた結果、 米国の場合は保険料の規模は最も大きいものの保険密度と保険浸透度 の方は相対的に低い状況にあり、英国は保険密度と保険浸透度が最も 高い水準をみせている。 ところが、保険料水準、保険密度、保険浸透度の要因だけでは、国 内市場環境を十分に把握することが難しい。そのため、市場の成熟度 の他に、競争環境を調べることも重要である。競争環境は、対象国に おける生命保険市場の集中度測定と外資系生命保険会社のマーケット シェアを調べることにより把握できる。 3.3 主要国の生命保険市場における集中度の推移 まず、米国における生命保険市場の集中度をみると、個人生命保険 の場合、上位4社は2005年に29.6%を占めている。1985年の22.4%と 比較すると増加しているといえるが、高い水準ではない24)。なお、ハ 24)一般的に集中度(Concentration Ratio、以下CR)は、CR1(1位企業の市 ―142― 生命保険論集第 190 号 ーフィンダル指数をみても、2005年には410を記録しており、1985年の 207と比較すれば増加しているが、集中度と同様に高い水準ではない25)。 すなわち、生命保険市場における集中度とハーフィンダル指数が低い ことは、競争的市場であることを表している。 表5 米国における生命保険市場の集中度 (単位:%) 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 個人生命 22.4 33.8 21.2 22.7 29.6 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 32.9 49.4 37.9 36.9 45.5 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 45.2 65.3 53.1 56.3 64.4 上位4社基準 個人年金 団体生命 27.8 37.1 47.2 49.9 25.2 42.5 37.2 36.0 35.0 45.5 上位8社基準 38.8 51.7 63.0 65.5 40.1 55.7 53.9 54.3 53.6 61.2 上位16社基準 54.4 64.6 79.3 78.2 58.2 68.3 70.1 72.7 76.2 78.1 ハーフィンダル指数 団体年金 49.6 58.6 40.3 51.6 55.2 63.4 76.1 59.6 69.8 72.0 78.9 91.3 76.9 87.5 89.1 場シェア率)が50%以上であれば、独占(Monopoly)市場であると判断し、CR 2(1位と2位の市場シェア率の合計)が75%以上であれは、複占(Duopoly)、 CR3(1位から3位までの市場シェア率の合計)が75%以上であれば、寡占 (Oligopoly)、CR5(1位から5位までの市場シェア率の合計)が90%以上であ れば、独占的市場、40%以上であれば競争的市場であると判断される。しか し、CRは、上位何社の企業間の相対的な規模の格差が考慮されないことと、 企業の数が競争に与える効果を完全に排除している短所をもっている。 25)一般的にハーフィンダル指数が1,000以下であれば集中度が低い競争市場、 1,000~1,800であれば集中度がそれほど高くない競争的市場、1,800~4,000 であれば寡占的市場、4,000以上であれば独占市場であると判断されている。 ―143― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 1985年 1990年 1995年 2000年 2005年 207 425 247 266 410 319 753 288 489 522 461 825 561 525 777 896 1065 646 1161 971 出所:Grace・Klein(2007) 、p.143を一部修正 次に、英国・ドイツ・フランスにおける生命保険市場の集中度をみ ると、上位5社を基準とした場合、英国は1996年の30.7%から2006年 の43.6%まで12.9ポイント増加しており、ドイツは1996年の30.5%か ら2006年の46.5%まで16.0ポイント、フランスは1996年の48.4%から 2006年の56.4%まで8.0ポイントでそれぞれ増加の傾向をみせている。 この3カ国の集中度も高くない水準であるため、競争的市場を形成し ている。なお、英国とフランスにおいては上位15社の集中度が90%以 上を占めているため、上位生命保険会社の競争関係はさらに厳しい状 況にあると推測できる。 表6 英国・ドイツ・フランスにおける生命保険市場の集中度 (単位:%) 国 上位5社 上位10社 上位15社 1996年 2006年 1996年 2006年 1996年 2006年 英国 30.7 43.6 44.8 75.3 55.5 93.0 ドイツ 30.5 46.5 45.8 63.7 56.3 74.2 フランス 48.4 56.4 69.5 81.5 82.6 92.1 出所:CEA(2008), European Insurance in Figures(2007 Data) dataset 以上のように、各国の生命保険市場の集中度を減少させる要因とし ては、生命保険会社の海外進出を挙げることができる。たとえば、外 資系生命保険会社の経営目的は利潤の極大化、すなわちマーケットシ ェアの獲得であり、限られた市場の中では国内生命保険会社との競争 ―144― 生命保険論集第 190 号 構図を構成する要因となる。 主要国における外資系生命保険会社のマーケットシェアをみると、 1990年代には10%前後を占めていたが、 徐々に拡大し、 2012年には20% 前後を占めている。特にドイツと英国では外資系生命保険会社のマー ケットシェアは30%を占めている。 図8 主要国における外資系生命保険会社のマーケットシェア (%) 60 50 40 30 20 10 米国 英国 2012 2011 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 0 ドイツ 出所:OECD, Insurance Statistics Yearbook 各年号より作成 4.おわりに 本論では、先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要 因について分析した。まず、先進グローバル生命保険会社の海外進出 過程をみると、各社ごとに状況は異なるが、先進グローバル生命保険 会社による海外進出は主として1980年代後半から始まっており、1990 ―145― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 年代に最も活発に行われている。進出の範囲も欧米地域からアジア地 域までさらに拡大されつつある。 先進グローバル生命保険会社が属している主要国(米国、英国、ド イツ、フランス)における生命保険市場を分析した結果、生命保険総 保険料は1983年から1990年代前半まで逓増しており、主要国間の差は 大きくなかったが、1990年代後半に入ってからは主要国間の差は徐々 に広がる傾向をみせている。 保険密度と保険浸透度を比較してみると、 保険密度の場合は保険料の推移と類似性をみせているが、保険浸透度 の場合は保険料の推移と必ず一致してはいなかった。 その他に、主要国における生命保険市場の集中度をみると、趨勢と して増加の傾向をみせているが、高い水準ではなく、競争的市場を形 成している。 以上を取りまとめると、競争的環境におかれている国内市場におい て、新しい収益を求めるために海外進出は重要な経営目標となってい る。その中で、グローバル市場でハイパフォーマンスを実現するため のビジネスモデルが必要であり、それに関する研究は今後の課題とし て進めたい。 ―146― 生命保険論集第 190 号 【参考文献】 江澤雅彦(2007)「第16章 生命保険」『保険論』(大谷孝一編著)成 文堂、pp.310-337. 塗 明憲(1983)『国際保険経営論』千倉書房. 前川 寛(1982)「保険事業の国際化-生命保険事業を中心として-」 『所報』第59号、pp.57-85. 水島一也(2006)『現代保険経済(第8版)』千倉書房. 大越健一(2008)「メットライフはどのような会社か」 『MSKR Quarterly Review 季刊調査研究』NO.55 JULY.2008、pp.2-19. ____(2009)「AXA、Allianzの経営戦略とビジネスの現況」『MSKR Quarterly Review 季刊調査研究』NO.58 APR.2009、pp.2-26. 崔 桓碩(2012)「保険監督者国際機構(IAIS)によるComFrameの現状 と今後の課題」『生命保険論集』第181号、pp.103-128. ____(2014)「生命保険会社の海外進出に関する研究-日本と韓国 の比較を中心に-」『生命保険論集』第186号、pp.119-148. 서대교 ・ 오영수 ・ 김영진(Seo, Deagyo ・ Oh, youngsu ・ Kim, youngjin)(2009)『保険産業のグローバル化のための政策的支 援方案』保険研究院. 안철경・오승철(An, Chulgyoung・Oh, Seungchul)(2006)「先進保険グ ループのグローバル化の趨勢と示唆点」『Insurance Business Report』第22号 保険開発院. 양성문・김진억・지재원・박정희・김세중(Yang, Sungmoon・Kim, Jineok・ Ji, Jaewon・Park,Junghi・Kim, Sejung(2008)『保険会社グロ ーバル化のための海外保険市場調査』保険研究院. 양희산・ 허연・ 정중영・ 김재현(Yang, Heesan ・Heo, Yeon ・Jung, Jungyoung・Kim, Jaehyun)(2012)『保険産業の海外進出方案』 韓国保険学会. ―147― 先進グローバル生命保険会社の海外進出に関する国内要因分析 AIG(2014)“2013 Annual Report” CEA(2008)“European Insurance in Figures(2007 Data) dataset”. OECD “Insurance Statistics Yearbook”各年号. Sigma(2006)“Getting together: globals take the lead in life insurance M&A”、No1/2006. _____(2008)“World insurance in 2007: emerging markets leading the way”、No3/2008. _____(2009)“World insurance in 2008: life premiums fall in the industrialized countries”、No3/2009. _____(2011)“Insurance growth drivers and profitability in emerging markets”、No5/2011. _____(2013)“World insurance in 2012. Progressing on the long and winding road to recovery.”、No3/2013. Soonjae Lee(2005)“The Change of Northeast Asian Insurance Market and the Korean Insurance Firms’ International Expansion Strategies”Journal of Insurance(Korea) No.72, pp.33-76. Ron, Shelp and Al Ehrbar(2006)“Fallen Giants:The Amazing Story of HANK GREENBERG and the History of AIG”, John Wiley & Sons(박수철(Park, Sucheol)訳(2009)『天才的事業家と彼が導 く偉大な保険会社AIGの話、AIG倒れぬ巨人』Everrichholdings 社). (本論文は、公益財団法人生命保険文化センターの「平成25年度生命 保険に関する研究助成」による研究成果である。ここに記して、厚く 御礼申し上げる。 ) ―148―