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毛玉転生 ∼ユニークモンスターには敵ばかり∼ Re
毛玉転生 ∼ユニークモンスターには敵ばかり∼ Re boot すてるすねこ タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ 毛玉転生 ∼ユニークモンスターには敵ばかり∼ Reboot ︻Nコード︼ N2515CV ︻作者名︼ すてるすねこ ︻あらすじ︼ 教室に突っ込んできたトラックが爆発して、主人公は命を落とす。 気がつくと異世界で、ケサランパサ○ンみたいな毛玉となって生ま れ変わっていた。おまけにどうやら使い魔として召喚されたらしい が、契約を結ぶ前に、風に飛ばされてしまう。最初は自分で歩くこ とも出来ない主人公は、そうしてサバイバル生活へと放り込まれる。 1 プロローグ 中学校の卒業式。 この日、ボクは初めて、クラスメイト全員と言葉を交わした。 朝のホームルーム前の教室は、普段よりもざわついていた。 登校してくる時間も、いつもより早い人ばかりだった。 ﹁でも意外だな。大貫さんの成績なら、何処の高校でも行けたよね ?﹂ ﹁う、うん⋮⋮でも⋮⋮﹂ ﹁ああ、理由とか話し難いなら別にいいよ。今更だし﹂ ボクだって、幾名かとは話したことがあった。 でも目の前の大貫さんみたいに、挨拶も交わした覚えがない相手 が大半だった。 このまま卒業するのは、なんだか嫌な気がする。 そんな思いつきから行動してみただけ。 どうせもう会うこともないからね。 みんなも普段と違う雰囲気のおかげか、一言二言の会話なら問題 なかった。 適当に切り上げて、すぐに次のクラスメイトに声を掛ける。 ﹁相良くんは、あんまり普段と変わらないね﹂ ﹁⋮⋮はしゃぐようなことでもねえだろ﹂ 相良くんは、いつも遅刻ギリギリで登校してくる。 でも本当に遅刻したことはない。 今日もそうだった。 2 ﹁いつも怖い顔してるけど、わざとなの?﹂ ﹁んなワケねえだろうが。生まれつきだ﹂ 舌打ちを返されて、睨まれる。 やっぱり相良くんの顔は威圧的だ。クラスのみんなにも怖がられ ていた。 でも別段、誰かに暴力を振るったとかいう話は聞いたことないん だよね。 ﹁最後って言うなら、俺も聞いておきてえな﹂ ﹁ん? なに?﹂ ﹁おまえ、本当に男だよな?﹂ ああ、その質問か。 よく言われる。女の子みたいだって。 ボクは華奢だし、童顔だし、そう見られても仕方ないとは思う。 筋トレとかしてもちっとも肉がつかないので、もう諦めた。 だから皮肉っぽい言葉にも、笑って言い返せた。 ﹁もちろん男だよ。なんなら、今から一緒にトイレ行ってみる?﹂ ぶぼっ、と。 近くで話を聞いてた誰かが吹き出した。 振り返ると、背後では女子生徒の誰かが鼻血まで流していた。 腐ってる子だ。とっても嬉しそうな顔でヨダレまで垂らしてる。 相良くんも目を丸くしてたけど、楽しそうに笑ってくれた。 ﹁おまえ、面白いヤツだったんだな﹂ ﹁そんなことないよ。今日はテンションが違うだけ﹂ 3 ﹁卒業式って、そんな嬉しいもんでもないだろ﹂ 相良くんは苦笑いを零しながら、だけど、と一言を加えた。 ﹁おまえとは、もっと話しておいてもよかったかもな﹂ 小さな呟きだったので、その言葉はチャイムの音に紛れて消えた。 ボクの耳には届いていたけどね。 でも今更言われたって、それこそ仕方ない。 手を振って、ボクは自分の席へ戻ろうとした。 すぐに担任の先生も来るはずだから。 でも、教室にやってきたのは先生なんかじゃなかった。 ﹁え︱︱︱!?﹂ いきなり、だ。 トラックが突っ込んできた。 窓をぶち破って。三階にある教室へ。 なんで!?、とか考えてる間にボクは吹っ飛ばされていた。 ほとんど何が起こったのか不明だった。 理解できたのは、大惨事だということくらい。 気づけば、仰向けで床に倒れていた。 ﹁な、ぁ、ぁ⋮⋮﹂ ﹁お、落ち着け! みんな、まずは先生に⋮⋮﹂ ﹁ぃ、や⋮⋮いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ︱︱︱︱︱︱!!﹂ いくつかの声が聞こえた。 一番冷静な声は、たぶんクラス委員の目黒くんだ。 いつも浮かべている爽やかな笑みを引き攣らせていた。 4 甲高い叫び声は、女の子だっていうくらいしか分からなかった。 きっとあんまり話したこともなかった女の子だろう。 もうちょっと関わっておけばよかったかな。 でも、後悔しても仕方ない。 すぐに全部がどうでもよくなっちゃったからね。 なにもかもが吹き飛んで。 そうだ。ひとつ訂正しないといけない。 突っ込んできたのはトラックじゃなくて、タンクローリーだった。 きっとガソリンか何かを積んでたんだろうね。 油っぽい匂いがした。 そして、爆発した。 木っ端微塵になって、ボクの人生は終わった︱︱︱はずだった。 5 01 白毛玉の使い魔候補 ぼんやりと目を覚ます。 騒々しい声が聞こえた。男女の、罵り合うような声だ。 笑い声も混じっている気がする。 何を言ってるのかは分からない。英語に似てるみたいだけど違う 気もする。 うるさいな。 テレビの点けっ放しなんて、ボクがするはずが︱︱︱。 そこまで考えて、思い出した。 ボクは死んだはずだ。 教室で。タンクローリーに吹っ飛ばされて。爆発で木っ端微塵に なって。 だとしたら、今の状況は︱︱︱どうなってる? 辺りを見回そうとする。 もうその時点で、ボクが変わり果てているのが分かった。 首が回らない。というか、首が無い。 でも周囲は見渡せる。 三六〇度、全方位が見て取れる。 どういうことか? それを説明する前に、見て分かった周囲の様子を確認しておこう。 広々とした、学校のグラウンドみたいな場所だ。むき出しの地肌 よりも、青々とした芝生が目立つ。少し遠くには大きな洋風校舎み たいな建物もある。 6 学校っていう発想に行き着いたのは、ボクの記憶が教室で終わっ てたから、というのもあるだろう。 だけど理由は他にもある。 周りには小学生くらいの子供たちがいた。 全部で三十人くらいかな。男女で違いはあるけれど、同じような 制服を着ている。 制服、なんだろうね? ブラウスにズボン、あるいはスカート。マントも揃いのものを羽 織っている。 手には小振りの杖を握っていて︱︱︱、 中世の貴族か、あるいは魔法使いみたいだ。 ファンタジーな単語が思い浮かんだのにも理由はあるよ。 この場にいるのは、人間の子供ばかりじゃなかった。 得体の知れない生き物たちもいる。 双頭の犬とか、尻尾が三つに別れている猫とか、翼が四枚ある鳥 とか、 そちら側 らしい。 スライムや妖精、果てには人を丸呑みできそうなドラゴンみたい なものまで。 そして、どうやらボクも もちろん自分の姿は、自分の目では見られない。近くには鏡なん て無いからね。 見えない とは言っても、目から少し離れた部位なら視 だけど身体の感覚から、なんとなく今の姿は察せられる。 それと 線は通る。 普通の人でも、頑張れば鼻先くらいは見えるし、顔立ち次第で眉 毛の先だって見えるからね。 そんな感覚と観察を総合すれば、自分の姿も大まかには把握でき 7 る。 認められるかどうかは別問題だけどね。 正直、ボクだって認めたくはない。 でも、受け入れないとマズイんだろうなあ。 どうやら、非常に不本意ながら、ボクは毛玉であるらしい。 大きさはテニスボールくらい。視線を落とすとすぐに地面がある。 全身が真っ白い毛に覆われている。 大きな目玉が正面?にひとつあって、他にも全身の数ヶ所に小さ な眼があるみたいだ。小さな眼の方は、たぶん、毛に覆われて外か らは判別できないと思う。 昆虫の複眼みたいなのが、ぽつぽつとある感じだね。 きっと毛を毟られたら気持ち悪い姿になる。 いや、白毛に覆われていても誇れる姿とは言えないと思うけどね。 ケサランパサランみたいなものかな。 風で飛ばされそう。 っていうか、いまちょっと風が吹いただけで転がったよ。 手足がないので踏ん張ることも出来ない。 mkldrcfu#$ji@co!!﹂ この体、生き物として致命的に欠陥だらけじゃないのかな? ﹁︱︱︱p@pko+ で、そんなボクの前で、さっきから女の子がなにやら喚き立てて いる。 まだ十才にもなっていなさそうな幼い女の子だ。 なのに、金髪縦ロールっていうのが凄い。 言葉は分からないけど、きっと﹁わたくし﹂とか﹁ですわ!﹂と か言ってるに違いない。 8 時折、ボクの方を指差して、どうやら怒っているみたいだ。 ん∼⋮⋮? 周りの子供も、教師っぽい大人の人も、全員が魔法使いっぽい。 謎生物たちは、それぞれの子供たちに寄り添うようにしている。 つまりは、あれかな? 使い魔の召喚ってやつかな? ハルケギ○アから始まる、ファーストキスのヒストリーってやつ だね。 状況的にそれっぽい。 となると、ボクは使い魔で、目の前の幼女と契約する、と。 あんまり歓迎できないかなあ。ヒステリックな子って苦手なんだ よね。 まあ、人付き合い自体が得意じゃないんだけど。 相手にしても、ボクみたいな弱そうな毛玉が召喚されたのが気に 喰わないらしい。 さっきから教師っぽい人に向けて喚いているのはそのためだろう。 周りからは囃し立てたり、笑ったりする声も投げられている。 そりゃあ当然かもね。 ドラゴンとか、いかにも強そうな使い魔もいる中で、毛玉だもん。 眼を閉じてたら、きっと生き物かどうかも分からないよ。 燃やすゴミと一緒に捨てられたっておかしくない。 あれだよね、スライムやスケルトンの方がずっとマシだよね。 web小説で最弱の人外転生ってあるけど、少なくとも自分の意 思で動ける分、まだ恵まれてると思う。 いいよねー、キミたちはー、って言っても許されるんじゃない? ケサランパサランとか、かなりマイナーな謎生物だしねえ。 ほんと、どうなってるんだろう。 9 そもそもボクの状況からして謎なんだよね。 一度は死んだはずだ。 学校の、三階の教室に大型車が突っ込んできたのも不可思議だよ ね。 ともかくも、その後に転生したって認識でいいのかな? それと異世界への使い魔召喚が混じってる? なんだかとってもカオスだ。 ともあれ︱︱︱ぼうっとしてる場合じゃなさそうだね。 さっきから、ふわふわしてる。 ほら、毛玉だから。 風が吹いただけで飛ばされそうになってる。 っていうか、もう子供たちを見下ろすくらいまで浮かび上がって るよ。 あ、金髪縦ロールの子も気づいて振り向いた。 慌てた顔をして駆け寄ってくる。 飛びつくけど、小さな手は空中を掴むばかりだ。 風船を手放しちゃった子供みたいに。 見捨てられるかとも思ったけど、意外といい子かも。 ん? でもなんだか背後から変な気配が⋮⋮。 そちらを見てみると、男の子数名が悪戯を思いついたような顔を していた。 それぞれが手にした杖の先に、青白い光を灯している。 複雑な模様を描く光は、もしかして魔力ってやつかな? その光が弾けると、強い風が巻き起こった。 途端に、ボクの体は高々と舞い上げられる。 どうやら、あの男の子たちが魔法を使って突風を起こしたらしい。 10 って、これ冗談や悪戯じゃ済まないんじゃない? 眼下の風景がどんどん遠ざかっていく。 上空の風にも煽られて、ボクはあっという間に飛ばされてしまう。 戻ろうと思っても戻れない。 だって、いまのボクは毛玉だよ。 空を飛ぶどころか、手足すら生えてないから動くのもままならな い。 幸いと言えるのは、落下して怪我する心配もないところかな。 まあ、軽すぎて落下するかどうかも分からないんだけど。 どうしよう? うん。どうしようもない。 風に流されるまま、身を任せるしかないかなあ。 でも毛玉体じゃあ、遅かれ早かれ終わりが来るんじゃないかな。 潰されるとか、焼かれるとか、何にしてもあっさり死んじゃいそ うだ。 うん。死ぬのは嫌だね。 あんな苦しくて痛いのは一回で充分だよ。 そう思った。 思ってしまったからには仕方ないよね。 だから、生き延びるためにも、まずは出来ることから探してみよ うか。 よく分からない毛玉体だけど、仮にも魔法的な力で召喚された以 上、何かしらの力は持ってると思う。 ここは落ち着いて考えて⋮⋮そうだ、定番のアレをまだやってな かった。 異世界召喚だか転生だか知らないけど、こういう時のお約束だ。 念じてみよう。 ステータス、と。 11 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮ッ⋮⋮zax⋮⋮⋮⋮。 ん? なんかノイズっぽいのは聞こえた。 でもそれ以外の変化はない。ステータスも表示されない。 そういうのは存在しない世界かな? でも反応っぽいのはあったよね。もう一回、試してみようか。 慣れてないことだし、方法が違うっていう可能性もあるからね。 どうせ他にやることといったら、空高くからの風景を楽しむくら いしかない。 では、あらためて⋮⋮。 ステータス! Status! States! 情報開示! 能力表示! 神様、管理者さん、誰でもいいからボクの能力を見せてくれませ んか? ⋮⋮と、ダメ元で言ってみた。 もちろん心の中でね。 この体、一応は口っぽいものもある。でも満足な声は出せない。 それはともかく、表示されたよ。 どうやら神様か管理者か知らないけど、訴えてみたのがよかった らしい。 目の前に浮かぶのは、青白いウィンドウ。 文字や数字が並んでる。 見覚えのない文字だけど、不思議と読める。 それによると︱︱︱。 12 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:1 名前:なし 戦闘力:2 社会生活力:−120 カルマ:−100 特性: −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− どうしよう。 生き残れる気がしない。 13 02 一寸の毛玉にも五分の魂。ただし戦闘力は皆無。 小学校の頃、白紙でテストの答案を出したことがある。 返ってきたそれを見る時も、こんな気持ちだったかな。 結果は分かり切っているけど見たくないような。 ん∼、ちょっと違うかな。 まあいいや。現実逃避しても仕方ない。 もう一度、しっかりと確かめてみよう。 あまりの数値の低さに、見過ごしてた部分もあったからね。 ステータス、と。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:1 名前:なし 戦闘力:2 社会生活力:−120 カルマ:−100 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄ 14 カスタマイズポイント:100 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ツッコミ所満載だけど、まず注目すべきは戦闘力だよね。 戦闘力2。 ﹃2﹄だ。 まさか、ナンバー2とかいう最強一歩手前なワケもないよね。 いくらボクだって、そこまで楽観主義じゃない。 比較対象がいないから分かり難いけど、この世界で最底辺にいる のは間違いない。 下手したら、赤ん坊にでも負けるんじゃないかな? ちょっと手を振ったところで、ぷちっ、と。 有り得そうで怖い。 いまのボクは手足もないから、風に流されて移動するしか出来な いからね。 おかげで、飛ばされ続けている。 だけどこうして上空から眺めるのは、状況を掴むためには悪くな いかな。 それに、空を飛ぶって憧れてたんだよね。 わぁい。ちょっと気持ちいい。 空の青さがとっても近くて、見ているだけでも胸が弾んでくるね。 何処が胸だか分からない体だけど。 眼下には、高い石壁に囲まれた街が広がっている。 石造りや木造りの建物が軒を連ねていて、道行く人も多い。 15 なかなかに賑わっている街みたいだ。 最初にいた学校らしき建物は、街の中央近くにある。 海に面した方には港もあるね。何隻かの大型帆船が目立つ。 そう、帆船だ。エンジンを積んでいるような鉄の船じゃない。 街並みを見ても思ったけど、やっぱりボクが知っている世界じゃ ないね。 いかにも中世ファンタジーといった感じの風景だ。 馬車とか走ってる。トカゲっぽい大型の動物に乗ってる人もいる ね。 あと金属甲冑を着て腰に剣を差した、兵士っぽい一団なんかもい る。 はあ。本当に異世界なんだね。 で、ボクは人外、魔獣とやらに転生した、と。 ステータスやスキルもあり。 うん。把握した。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃情報把握﹄スキルが上昇しま した︾ んん? スキル上昇? 情報把握って、あれこれと観察して考えてたおかげかな? だけど、これといった変化は起こっていない。 もう一度ステータス画面も見てみたけど、そのスキルとやらは表 示されない。 どういうことだろ? 技みたいに使えるものじゃないのかな? とりあえず、﹁﹃情報把握﹄を使うぞ∼﹂とか念じてみても、何 も起こらない。 よく分からないな。 16 もしかして、パッシブスキルとかの分類で、自動で発動されてい るとか? でもステータス欄に表示されてもいいのに。 んん∼⋮⋮考えても分かりそうもないね。後回しで。 それよりも、いまはこの状況をなんとかするのが先決だよね。 いつまでも空を漂うままっていうのは心許ない。 落下の衝撃で死ぬことはなくても、海に落ちたら、そのまま底ま で沈みそうだ。 いや、その前にお腹が空いて餓死するかも。 毛玉でもお腹は減るよね? 何処が腹部なのか分からないけどさ。 ともかく、こう身体を捻って風の抵抗を調整するとかして︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ またスキル上昇だ。 今度は読んで字の如く、思考するのが速くなるスキル? あんまり変わった気はしない。それと、やっぱりステータスにも 表示はない。 しかし、スキルが上昇って言葉も変だね。 意味としては、なんとなく分かる。 だけど、そこはかとなく違和感があるんだよね。 ゲームっぽいから? でもステータスとか存在する世界だし、そこに突っ込むのも違う かな。 ステータスと言えば、ありがちなHPとかの能力値が表示されて 17 いないのも⋮⋮ あ、このスキルも能力値と同じ括りってことかな? だから細かくは表示されていない? ﹃高速思考する能力が向上しました﹄だと、しっくりくる。 まあ、ボク個人の感覚だから、間違ってるかも知れないけどね。 いずれにしても、行動や努力に伴って能力が上がるのは間違いな さそうだ。 何かしらの行動によって能力が上下する。 以前の、地球での常識と照らし合わせても当然のことだね。 違うのは、その能力変動を世界のシステムが保証してくれるって ことか。 あるいは、システムによる補正も付く? 過度な期待はしやがらない方がいいかな。 そこらへんも含めて、早目に把握した方がよさそうだ。 ともあれ、現状での問題は、その努力の方向性だね。 ボクがいま置かれている状況を解決するには、どんな努力が必要 か? 問い:空を漂うばかりで身動きもできない時は、どうするべきで すか? 答え:空を飛ぼうと努力しましょう。 簡潔ではあるけど、正しく突飛な発想だよねえ。 だけど、あながち間違ってはいないと思う。 少なくともタケ○プターが出てくるのを待つよりは、現実的じゃ ないかな。 だって、この世界には魔法なんてものが存在するみたいだし。 18 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ はい。また上昇したね。 なんて呑気に受け止めてるけど、これでもボクは真剣に頭を働か せてるんだよ。 話を戻そう。まず、この世界には魔法が存在する。 少なくとも、突風を起こして毛玉を飛ばすくらいは子供でも出来 る。 だったら、毛玉が空飛ぶ魔法を使ってもおかしくないんじゃない? いやそのりくつはおかしい。 なんて言葉も、頭の片隅には浮かんでくる。 前の世界の常識に囚われてるのかな? こんな毛玉に生まれ変わって正気を失くしている? どっちだろうね。 でもステータスを信じるなら、この毛玉体、かなり魔法向きの性 能のはず。 特性とやらの項目に、﹃魔導の才・極﹄なんてあるしね。 まだ意味は掴みきれてないけど、カッコイイ響きなのは確か︱︱ ︱じゃなくて、なんとなく魔法向きっぽいよね。 ともかくも、試してみよう。 魔法だからね。科学技術しか知らないボクには、使い方なんて分 からない。 まずは﹁飛べ∼飛べ∼﹂とか念じながら、体内のエネルギーみた いなものを一点に集中させるようイメージしてみる。 ん? んん? 気だか魔力だか分からないけど、なんとなく体の内側から力が流 19 れてくるような⋮⋮。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃浮遊﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力操作﹄スキルが上昇しま した︾ おお。ひとまずは正解みたいだ。 でも、システムメッセージが流れただけで何も起こっていない。 ボクは相変わらず風に流されるままだ。 あ、いや、なんかマズイかも。 妙な疲労感がある。どんどん力が抜けていく感じだ。 力というか、魔力っぽいのが抜けていく? とりあえず、意識して流れ出る力を止めるようにする⋮⋮大丈夫 っぽいね。 あれかな? 魔力を消費しすぎると危険ってことかな? よく考えてみれば、ボクって生まれたばかりなんだよね。 赤ん坊に体力がないのは当然で、魔力も同じって考えておくべき かな。 いきなり飛ぼうとするのは無理があるかも。 だけど他に手段もない。それに、このまま空の上にいるのも寒く て︱︱︱、 と、何かが近づいてくる。 空中から。三時の方向。特徴的な影。 鳥だ。 カモメっぽい。それともウミネコ? 鳴いてないからよく分からないね。 だけど、こっちに向かってきているような⋮⋮。 20 そういえば、鳥って虫とかも食べるんだっけ? もしかして、ボクを獲物だと思ってる? 毛玉なんて食べても美味しくないと思うんだけどなあ。 とか考えてる内にも、カモメはぐんぐん近づいてきてる。 その眼は食欲に輝いてるようにも見えるね。 さて、どうしよう? 第二の人生、じゃなくて毛玉生、早くも詰んだかも知れない。 21 03 はじめてが空中戦 カモメが迫る。 人間だった頃なら可愛らしくも思えただろうけど、いまのボクに は猛禽類みたいに凶悪な顔にしか見えない。 あ、でも鳥の種類ってよく知らないな。 猛禽類と言えば、タカとかワシだよね? カモメは違うよね? なんて、考えてる場合じゃないか。 このままだとカモメに啄ばまれて終わっちゃう。 空中で漂うだけのボクには逃げる術がない。 だけど、抵抗できないという訳でもない。 全身の毛を逆立てる。 テニスボールくらいの毛玉体が一回り大きくなる。 さらに毛の一本一本に意識を注ぐようにすると、毛が針みたいに 硬くなる。 ステータスにも﹃毛針﹄と表示されていた。 だから試してみたんだけど、想像以上に簡単だね。本能の助けも 加わってるかな。 射撃もできればいいんだけど、残念ながらそこまでは無理っぽい。 だけどカモメを驚かせる効果はあった。 小さく一鳴きしたカモメは、軌道を変えて、ボクの真横を抜けよ うとする。 でも、そうはさせない。 擦れ違う瞬間、毛針を伸ばして突き刺した。 22 カモメが暴れる。 ボクはさらに毛を伸ばして、カモメに絡め、背後を取り、何本も 針を突き刺していく。 針はともかく、絡んだ毛はそう簡単には解けないよ。 糸を編む要領で、素早くしっかりと巻きつけたからね。 向こうが最初に食べようとしたんだ。 こっちが食べても文句ないよね。 齧りつく。同時に、﹃吸収﹄スキルも発動。 この﹃吸収﹄、どうやら﹃毛針﹄と連動して働くスキルらしい。 刺した針がストローみたいになって、相手から吸い取れる。 スキルに頼るというか、本能的に﹃吸収﹄能力が使えるって分か るんだけどね。 赤ん坊でも乳を吸えるようなものかな。 ともかくも、刺した毛の先から吸い上げていく。 何を吸い取るかって? ん∼⋮⋮単純に血や体液じゃないみたいだね。 生命力とか魔力とか、そういった根源的なモノを吸収してる気が する。 この白毛玉体、ふとすれば可愛くも見えそうだよね。 でも実は、かなり凶悪な生き物なのかも知れない。 それは﹃吸収﹄を受けたカモメを見ても分かる。 ほんの数秒の間に干乾びていった。 最後には、真っ白な灰みたいになってパラパラと空中に散ってい く。 跡形も残らない。 ごちそうさまでした。 23 ちなみに、味はどっぺりしてた。 なんかこう、油ジュースって感じだね。もしくは生卵? 悪く言いたくはないけど、もうちょっとまともな味だったらよか ったのに。 あと、少し失敗したかも。 吸収しないで、そのまま背中にでも乗ってればよかった。 そうしたら安全に着地できたのにね。 まあでも、悪いことばかりじゃない。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・ロウ・パサル リアがLV1からLV4になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毛針﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃吸収﹄スキルが上昇しました︾ 頭の中にファンファーレの音が響く、なんてことはなかったけど ね。 レベルアップだ。 一気に三つも上がった。ちょっと強くなった気がする。 見た目はまったく変わってないっぽいけどね。 でも、ステータスにはしっかりと変化があったよ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:4 名前:なし 24 戦闘力:6 社会生活力:−130 カルマ:−110 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄ カスタマイズポイント:140 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 戦闘力6。 初期の三倍だね。 某漫画の計算からすると、猟銃を持った農夫より強いかも。 いや、実際に戦ったら、あっさり撃ち殺されそうだけどね。 ただ、社会生活力とカルマがマイナス方向に伸びてるのは気にな る。 この数値も謎だ。 なんとなく意味は分かるよ。 でも、もしかして、マイナス方向に伸びた方いいのかな? だってボクは何も悪いことはしてないしねえ。 襲ってくる凶悪な鳥をやっつけただけだよ。 野生の獣を排除して、むしろ社会に貢献してる気もする。 25 だけどまあ、文句を言っても仕方ないか。 それよりも今は、これからどうするか︱︱︱とか考えてたら、ま たカモメだ。 今度は十二時の方向、真っ正面から近づいてくる。 えっと⋮⋮何十羽とかいるんですが。 どういうこと? もしかして、仲間がやられたから復讐に来たとか? 鳥が? そんな習性あるの? まさか、ねえ? ボクが慌ててる間にも、カモメの群れは近づいてくる。 目一杯に毛針を逆立てる。 突っ込んできたカモメが、さっきと同じように軌道を変える。 また取り付いてやろうと思ったけど、今度は暴れられて、弾き飛 ばされた。 やっぱり、この体は弱い。軽すぎる。 毛針も刺して絡められるけど、力自体はほとんど出ないみたいだ。 カモメの羽ばたきにも負けるくらいだからね。 でも、弾き飛ばされた方向は悪くなかった。 群れで飛んでいた別のカモメの背後を取れた。 そのまま針を刺して吸収︱︱︱なんてことはしない。 どうやらこのカモメの群れ、ボクを襲う意図はないらしい。 偶々、進行方向がボクと重なっただけみたいだね。 背中に乗ったボクにも構わず、真っ直ぐに空を飛んで行く。 けっこうな速度だね。 しっかりと掴まっておかないと、すぐにも振り落とされそうだ。 杭みたいに針を刺したいところだけど暴れられても困る。 代わりに、羽毛に毛を絡めておく。 26 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力操作﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃干渉﹄スキルが上昇しました︾ んん? またなんか上がったね。 そういえば、この﹃干渉﹄スキルって謎のままだった。 スキル名から推測するに、﹃魔力﹄を使って何かしらの﹃干渉﹄ をしてる? 意識してなかったけど、全身の白毛を操れるのって﹃干渉﹄スキ ルが関係してるのかな? 言われてみると、毛の中に魔力っぽいものも感じられる。 極細の糸みたいな魔力が通ってる感じだ。 ﹃吸収﹄を使った時もそうだったね。 この魔力糸?を操って、あれこれと﹃干渉﹄するってことかな。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ なるほど。やっぱりこの感覚が魔力ってやつなのか。 よし。覚えた。 この魔力を上手く使えば、魔法にも繋がって、出来ることも増え るはずだよね。 空だって飛べるはず。 だから、こんな状況だってなんとかなるよ。 うん。カモメがね、真っ直ぐに飛び続けているんだ。 ボクを乗せたまま、海の上を。 えっと、餌を採りに行くだけだよね? 27 まさか、このまま海を渡ったりしないよね? ボクは困惑と疑問の混じった眼差しを投げる。 それに答えるみたいに、カモメはニャーと鳴いた。 って、ウミネコだったよ。 28 04 飛べ、シルバー! おはようございます。 空の上って想像以上に寒いんですね。 それと、夜の海は本当に真っ暗で怖かったです。 二度目の生で初めて知りました。 毛玉です。名前はまだありません。 ウミネコの背中にしがみ付いたまま、一晩が明けた。 海に出たウミネコの群れは、どうやら陸地に引き返すつもりはな いらしい。 鳥の生態なんてよく知らないけど、こいつらは渡り鳥の仲間みた いだね。 いまは海の上に浮かんで羽根を休めている。 ボクも少しだけ眠ることは出来た。 とても落ち着いてはいられなかったけどね。 だって海の真ん中で、鳥の背に乗ってるだけの状態だよ。 タイタニックに乗ってたって、もう少しは安心できたと思う。 泥舟よりはマシっていう程度かな。 この毛玉体だと、とても泳げるとは思えない。 毛が水を吸って、あとは重さに引かれるまま海の底まで沈んじゃ うだろうね。 もうウミネコに命を託すしかない。 何処かの陸地に着くまでは、しがみ付き続けるしかないね。 幸い、ボクの毛はそこそこに頑丈みたいだ。 29 魔力を通しているおかげかも知れない。 体自体が軽いのもあって、引き千切れる心配もひとまずは無さそ う。 ウミネコの首や、背中の羽毛に雁字搦めにして、落ちないように 出来た。 気掛かりだったのは、ウミネコが暴れないかどうかだったんだけ どね。 そちらも、今のところは問題ない。 最初こそ、﹁何か変なのいるなー?﹂みたいに首を傾げていたウ ミネコも、すぐに慣れてくれた。 でも、他にも問題はたくさんあるんだよね。 その問題のおかげで、色々と分かってきたこともあるんだけどね。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:4 名前:なし 戦闘力:12 社会生活力:−100 カルマ:−110 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄ 30 カスタマイズポイント:140 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− まず、寒い。 空の上をけっこうな速度で飛んでるんだから、当り前と言えば当 り前だけど。 どうやらボクの白毛には、防寒能力は期待できないみたいだね。 ただ、徐々に適応はしていっている気がする。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ こんなメッセージが、幾度か流れてきた。 体力も削られたからか、﹃生命力強化﹄や﹃耐久﹄なんてスキル も上昇してた。 だけど寒さに震える状態は続いているし、逞しくなった気もしな い。 相変わらず、ステータスには表記されないスキルばかりだ。 推測になるけど、見えているスキルは、とりわけ得意なものなん じゃないかな? ステータスで記されているのも﹃特性﹄。 つまりは、特に目立つ性質とか、特別な性能とか。 例えるなら、履歴書で書く長所とか資格みたいなものだね。 まあボクは人生も短かったから、履歴書も書いたことないんだけ ど。 ともあれ、このステータスだと自分の細かな能力までは把握でき 31 ない。 でも特徴や長所なら分かる。 あくまで、システムを信じるなら、っていう条件は付くけどね。 項目の左側にあるのは、自分の 才能 のおかげで、個別のスキルと相性が良く、使いこな だっていうのも まあいまは信頼して、自分の長所を伸ばしていくのが良策かな。 特性 というか、そうしないと生き残れないと思う。 才能 推測できるね。 その せる、と。 うん。なんとなく理解できた。 それじゃあ、あらためてボク自身を分析してみると︱︱︱、 魔獣種で﹃毛針﹄を武器にしてて、 魔法が得意で、魔力によって色々なものに﹃干渉﹄できて、 英傑になれるほど成長が早くて?、 手芸が得意、そして初期戦闘力は2、と。 はあ。なんともバランス悪いねえ。 ゲーム的に言えば、魔法能力に全振りしちゃったみたいな。 表記はされてないけど、肉体関係のステータスはマイナスでもお かしくないよ。 カスタマイズポイント とやらで何とか出来ない だって自力だと満足に歩けもしないんだからね。 そこらへん、 のかな? このポイントって、やっぱり消費して自分を強化できるとかだよ ね。 才能 自体を変更できるのかな? スキルを取得できる? あるいは強化できる? もしくは、自分の 32 カスタマイズっていうくらいだし、自分自身を改造⋮⋮? 才能を得られるなら、早い内の方がよさそうだけど⋮⋮ちょっと 試してみよう。 システムさん、音楽の才能って取れるー? ︽﹃楽士の才﹄取得には、カスタマイズポイントが足りません︾ むむ。まあ、ボクは音楽の成績でも﹃1﹄を取ったことがあるか らね。 期待はしてなかったよ。 でも、とりあえず才能を選べるってのは分かった。 それじゃあ次だ。﹃手芸の才﹄を強化できるかな? ︽﹃手芸の才・参﹄は﹃手芸の才・極﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイント:100が必要です。強化を行いますか?︾ ほうほう。編み物職人にでもなれそうだね。 人じゃないけど。 ともかくも、才能の強化が可能なのも分かった。 あ、答えはノーで。次を試してみよう。 ﹃毛針﹄スキルの強化って可能かな? ︽スキル﹃毛針﹄は﹃剛毛針﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイント:40が必要です。強化を行いますか?︾ 剛毛って⋮⋮。 毒針とか麻痺針とかじゃないんだ。硬くて強くなるってところか な。 まあいいや。こっちの答えもノーで。 33 も スキル も、ポイントによって強化が可能。 とりあえずポイントは温存しておくけど、システムの概要は分か 才能 ってきたね。 ただし、才能の方がポイントは高くつく。 しかも才能の種類によって、必要なポイントも変わってくるのか な? 細かい部分は要検証だね。 ポイントも限られてるし、もう少し考えてから決断しても遅くは ないはず。 とりわけスキルの方は、自力でも鍛えられるみたいだからね。 まずは魔法系かな。 ﹃浮遊﹄なんてスキルもあるみたいだし、その内に自力で飛べる ようになるかも。 あと、この体の特徴と言えば、眼がいいくらいかな。 全方位確認できるのは間違いなく長所だし、不意打ちとかに備え るにも⋮⋮、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感強化﹄スキルが上昇しま した︾ 五感、か。 少なくとも視力は、人間だった頃より優れてる。 でも、耳や鼻は何処にあるのか謎だね。 聴覚はある。触覚や嗅覚も。味覚は⋮⋮あるのかな? 吸収以外での食事はしたことないし。 強化 って部分が気になるね。 だけど空気の味くらいは感じられるから、たぶんあるんだろうね。 それにしても、五感 周囲へ目を向けてはいたけど、別段、強化するようなことは⋮⋮ 34 と、シルバーが起きたみたいだ。 あ、シルバーっていうのは、ボクが乗ってるウミネコのこと。 折角なので名前を付けてみた。 しばらくは一蓮托生の相棒だからね。 で、そのシルバーはきょろきょろと辺りを見回す。 他のウミネコたちも起き始めていた。 朝の狩り、じゃなくて漁を始める。 ウミネコって、海面に出てくる魚とかを獲るんだね。 海の中まで潜る種類じゃなくて助かったよ。 懸命に魚を獲る姿は、なかなかに可愛らしい。 くりくりとした目とか、首を振る仕草とか、鳥って愛嬌あるよね。 優しい感じもする。 横から魚を掠め取っても怒られないし。 嘴で摘み上げたところに毛針を刺して、﹃吸収﹄でね。 ちゅぅ∼、っと。 さすがに全部は横取りしないよ。 シルバーにはしっかり飛んでもらわないといけないからね。 そうして旅の二日目が始まる。 ボクはしがみ付いてるだけなんだけどね。 頑張れ、シルバー。 ニャー。 うんうん。おまえも早く陸地に着きたいよね。 ニャー。 35 なるべく低く飛んでくれないかな。寒いのは苦手なんだよ。 ニャー。 だからね、もっと低く飛んでいいよー。 群れから離れたくないのは分かるけどさー。 ニャー。 寒い∼! 寒いよ∼! ニャー。 ⋮⋮シルバーって、実はアホウドリだったりする? ⋮⋮⋮⋮。 なんでそこで黙るの!? え? なに? もしかして、ボクの心の言葉が通じてる!? ニャー。 ⋮⋮いや、まさかねえ。 偶然だよ、偶然。どこから見ても只のウミネコだしね。 ニャー。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃待機﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力強化﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力強化﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃器用﹄スキルが上昇しました︾ 36 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃耐久﹄スキルが上昇しました︾ 地味にスキルを鍛えたり、魔法を試したりしながら、旅は順調に 進んだ。 飛んでいる間に能力の検証をしたり、 シルバーと獲った魚の奪い合いをしたり、 自分でも毛針を伸ばして魚を獲れるようになったり、 たまに他のウミネコから啄ばまれそうになったり︱︱︱。 そう、順調だと思ってたんだ。 ボクはまだ自分の、この毛玉体の貧弱さを甘く見ていた。 37 04 飛べ、シルバー!︵後書き︶ たまに、後書きにステータスを載せていきます。 本文だとけっこう邪魔になる時もありますからね。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:4 名前:なし 戦闘力:18 社会生活力:−100 カルマ:−110 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄ カスタマイズポイント:140 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 38 05 陸だー! 海に出て五日目の朝、不意に目眩を覚えた。 普通に立ってたら倒れそうなくらいの、強烈な目眩だ。 幸い、いまのボクはシルバーにがっちりと白毛を絡め付けている。 海の上で眠っても大丈夫なくらいにね。 だから直接の危機には陥らなかった。 でも、おかしい。 気分が悪い。 意識がぼんやりとする。 そんな体調の悪さは、ウミネコの群れが飛び立っても続いた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衰弱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 昼頃になって、そんなシステムメッセージが頭の中に響いてきた。 ボクが﹃衰弱﹄しているのは間違いないみたいだ。 どういうことだろう? 風邪でも引いた? あるいは、病気とか? 原因が分からないんじゃ、対策の立てようもない。 でも病気だったら、﹃衰弱﹄じゃなくて他の耐性が上がるかな? ちょっと聞いてみよう。 ﹃病気耐性﹄って鍛えられるー? 39 ︽スキル﹃病魔耐性﹄は﹃病魔大耐性﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイント:50が必要です。強化を行いますか?︾ なるほど。あ、答えはノーで。 この﹃病魔耐性﹄が上がらない内は、他の原因って考えていいの かな。 断定するのは危険だけどね。 でも、他の原因? 単純に疲れているとか? 海の上の生活で、寒くて、落ち着けなくて、無理している自覚は ある。 この数日の積み重ねが一気に表面化したとか? 有り得そうだなあ。 だけど一応、そこらへんは気遣ってたんだよね。 食事だって、魚限定だけどちゃんと摂ってる。 ﹃吸収﹄ばかりじゃなくて、口からも食べてるよ。 そうじゃないと、どうもお腹が空くみたいなんだよね。 ︽スキル﹃飢餓耐性﹄は﹃飢餓大耐性﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイントが足りません︾ こんな耐性もあるみたい。 でもいまのところ、空腹感は覚えていない。 あと考えられるのは、水分補給が足りなかったから、とか? 海水を飲むのは危険だって聞いた覚えがあるから、この数日、水 は口にしてないんだよね。 だけどそれなら、もっと早くに異変が起こってたはずだ。 急にがっくりと体力が落ちたような感じだし⋮⋮、 40 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衰弱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ と、本格的にマズイみたい。 どんどん目眩が酷くなる。 吐き気もする。頭痛もだ。全身頭部みたいなものなのに。 いま目を閉じたら、二度と目覚めない気がするよ。 折角、陸地が見えてきたのに。 ⋮⋮ん? 陸地? うわぁっ! 陸地だ。ようやく地に足が着ける。 いや、足は無いけど。 とにかく落ち着ける、はず。 波と風に流されるだけの生活からはおさらばだよ。 そうとなったら、ぐったりなんてしていられない。 なんとかして、もうちょっとでも生き延びないと。 考えろ。考えよう。 急に衰弱した、原因︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ いや、原因を突き止めるのは無理だ。 ひとまず別方向に頭を働かせてみよう。 個別の原因に対するのじゃなくて、もっと大きな対策を打つしか ない。 いまのボクは、大雑把に言えば﹃状態異常﹄だ。 なら、それに耐えられるようになればいいんじゃないか? ︽スキル﹃状態異常耐性﹄は強化不可能です。条件を満たしていま 41 せん︾ ダメか。 これまでとは少し違ったメッセージだったけど、それはひとまず 置いておこう。 耐性獲得よりも、もっと根本的な解決法がある。 生命として強くなればいい。 状態異常なんて問題じゃないくらいに。 ⋮⋮って考えてみたけど、我ながら大雑把すぎるよねえ。 ﹃生命力強化﹄とやらのスキルはあったけど、効果は限られてる と思う。 少なくとも実感できるほどじゃないしね。 強くなるって方法とはズレるけど、魔法で回復するっていう方法 も考えられる。 ただ、これまで旅の合間にも魔法は試していた。 寒さや風を凌げないかと試行錯誤していたら、﹃風雷系魔術﹄ス キルが上がった。 ﹃治療系魔術﹄なんてスキルがあるのも確認してる。 だけどまだ、まともな魔術なんて一度も成功していない。 魔法だか魔術だか知らないけど、そもそも使い方からして謎なん だよね。 なんとなく、魔力操作が必要なのは分かる。 だけどそこから先はさっぱりだ。 例えるなら、汎用性の高いロボットに乗せられた気分かな。 操作パネルにはキーボードが十個くらい繋がっていて。 しかも全部のキーが印字されていない、とかね。 レバーにしてよ! 操縦桿は浪漫!、ってツッコミたくなる。 42 ともあれ、魔術の発動方法すら分からない状態だ。 折角、魔法関連の適性は高いみたいなのにね。 正しく、才能の無駄使い。 教本のひとつでも用意してくれればいいのに。 ︽﹃魔術知識﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイント:50が必要です。取得しますか?︾ ⋮⋮は? え、なに? 知識もスキルみたいに取れるの? 遅いよ! そういうことはもっと早くに︱︱︱うぇっぷ。 口から変な液体が出た。本当に余裕がなくなってきたみたいだ。 全身に脱力感も襲ってきてる。 吐き気と目眩も酷くなってきた。 これはもうシステムに文句つけてる場合じゃない。 新しい知識を得たとしても、すぐに使えるかどうか不明︱︱︱。 こうなったらプランBしかないね。 ねぇよそんなもん? 今回に限っては違うよ。 ボクがあれこれと思案している内に、ウミネコたちは陸地に到達 していた。 海辺近くに降りるのかとも思ったけど、さらに少し進んで、森の 上を飛んでいく。 しばらくして、ウミネコの群れは高い木枝の上へと降りる。 シルバーも仲間に従うように適当な木を見つけて降りた。 よし。ここならイケる。 プランB発動。 43 毛針を伸ばす。 衰弱して毛針も萎れてきてたけど、密着した相手に外すはずもな い。 最初から毛を絡めて逃げないようにもしてるからね。 突き刺して、﹃吸収﹄発動。 ヴャー、とか怒ったネコみたいな鳴き声を漏らすけど気にしない。 こっちは命が懸かってるからね。 ようやく海を渡りきったところで残念だろうけど、容赦はしない よ。 まあ感謝の言葉くらいは贈るけどね。 これまで、ご苦労様。 そう、ボクが狙ったのはレベルアップだ。 強くなるための、手っ取り早い方法だね。 それで何かが変わるかは分からない。 でも、ウミネコの一羽くらい仕留めるのは密着してれば簡単だか らね。 試してみるのは悪くない。 最初に一羽倒しただけで、レベルは三つも上がった。 もう一回くらいのレベルアップは期待できる。 ︽特定行動により、称号﹃仲間殺し﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃仲間殺し﹄により、﹃我道﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃不動の心﹄が承認されます︾ ︽﹃不動の心﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・ロウ・パサル リアがLV4からLV5になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ 44 ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃吸収﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされたため、魔獣、ティニィ・ロウ・パサルリアは進 化可能です︾ ︽進化選択先は一種類のみです。進化しますか?︾ ほんの数秒で﹃吸収﹄は完了する。 後には真っ白な灰が残されて、散っていった。 そして、期待以上のメッセージが届いたよ。 不本意な称号も手に入れたみたいだけど、それは置いておいて︱ ︱︱、 進化可能! つまり、この謎の毛玉体から解放されるってことだね!? スケルトンがリッチになったり。 蜘蛛がアラクネになったり。 蛇がドラゴンになったり。 いやまあ、そこまでは期待できないけど、手足が生えるくらいは ありそうだ。 ってことで、進化するよ! システムさん、お願い! ︽申請を受諾。進化を開始します︾ メッセージと同時に、強烈な目眩を覚える。 いや、睡魔かな。 また衰弱が襲ってきたのかと思ったけど、それとは違う感じだ。 ほんの少しだけ安心感もある。 ボクは逆らえずに目を閉じていった。 45 最後に、ニャー、という聞き慣れた声を聞こえて︱︱︱、 飛んで行くシルバーの姿が見えた。 あれ? 行っちゃうの? 隣にいた仲間が灰になっても、平然として首を傾げてるだけだっ たのに。 そんなにボクの進化が劇的だったのかなあ? 46 05 陸だー!︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・パサルリア LV:5 名前:なし 戦闘力:24 社会生活力:−360 カルマ:−560 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:150 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 47 06 進化したよー⋮⋮? ︽魔獣、ティニィ・ロウ・ベアルーダへの進化が完了しました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃耐久﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃苦痛耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ いだだだだだだっ!? なにこれ!? いったい、何が起こってるの? 周囲を見回す。 どうやらボクは、草むらにいるらしい。雑草だらけだ。 あと、黒い毛が見える。 っていうか、これボク自身から生えてるのか。 進化して、白毛玉から黒毛玉になったみたいだね。 なんか悪役っぽいなあ。 まあ、見た目の問題はひとまず置いておこう。 体の感覚も少し違ってるね。 とりあえず、ちょっと前まで感じてた衰弱感は消えてる。 助かったって考えてよさそうだ。 全方位見渡せるのは相変わらず。基本デザインは変わってないの かな。 48 でも、少し大きくなった気がする。 テニスボールから、ソフトボールくらいに? 体重も増えたみたいだね。 少なくとも、草むらが揺れる程度の風が起きても飛ばされない。 そして、嬉しいことに足が生えてる。 虫みたいに、左右に四本ずつ。合計八本。 やった! これで自由に動けるよ! もう風任せの毛玉生にはさよならだ。 あれ? なんでこんな当り前のことで喜んでるんだろう? なんだか涙が溢れてくるけど、きっと気の所為だよね。 痛みの所為だよ。 うん。その痛みの原因も分かった。 脚が圧し折れてる。ぽっきりと。 右側の脚が三本。その内、一本は完全に千切れてるね。 残り二本も、皮一枚で繋がってるような状態。 痛いはずだ。 おまけに、体の方もかなり傷ついてるみたい。 進化した所為じゃない。 きっと、その後だ。 視線を上方へ向けてみる。 木の枝がけっこう高い位置にある。 進化して意識を失った直後に、そこから落ちてきた訳だ。 白毛玉だった頃なら違っただろうけど、いまのボクはそこそこに 重さもある。 なんとなくだけど、ミカンかリンゴくらいの重さかな。 問い:リンゴが数メートルの高さから落ちたらどうなるか? 49 答え:砕け散ります。 万有引力を発見する、なんて答えが許されるのはニュートンの特 権だ。 脚の数本と打撲だけで済んだのは、本当に幸運だね。 一応、シルバーには毛を絡めておいたんだけど、進化して黒毛に なって解けちゃったみたいだ。 辺りをよく見てみると、ボクの物だったらしい白い毛が散らばっ てる。 絡みついた羽毛と一緒に。 進化の際に変形して、こう、脱皮するみたいに出てきたってこと かな? で、驚いたシルバーに背中から振り落とされた、と。 くそぅ、シルバーめ。 驚くのは分かるけど、なにも落とさなくてもいいのに。 仮にも仲間に対して薄情じゃない? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力強化﹄スキルが上昇し ました︾ って、ウミネコに怒ってる場合じゃないね。 まずは怪我をなんとかしないと。 こういう時こそ﹃治療系魔術﹄の出番だ。 使い方は分からないけど、﹃魔術知識﹄があればイケる気がする。 なにせ、ボクには﹃魔導の才・極﹄があるからね。 魔法関連なら、きっと無茶も利く。 ポイントも、進化したおかげで350まで増えた。 進化ボーナスって言うのかな、それが大きいみたいだね。 50 余裕があるとは言えない。でも温存しておく状況でもない。 ってことでシステムさん、﹃魔術知識﹄をくださいな。 ︽申請を受諾しました。﹃魔術知識﹄への閲覧許可を取得します︾ ︽残りカスタマイズポイントは300です︾ システムメッセージが告げられると、ボクの前に光が浮かんだ。 光は四角い形を取る。本の形だ。 なるほど。これを読んで知識を得ろってことか。 空中に浮かんだ本は、意識すれば自由に動かせる。 傾けたり、振ってみたり、ページをめくるのも簡単だね。 それじゃあ早速、読んでみよう。 ドキドキするね。 これで今日からボクも魔術師︱︱︱⋮⋮って、ダメだ。あかん。 文字が読めない。 えぇ∼⋮⋮なにこれ? どういうこと? ステータスは普通に読めるんだから、こっちの本も翻訳してくれ ればいいのに。 まさか、これはアレ? 言語スキルとかを取れっていうセット商法? 本体無料、ソフトが10万円、みたいな。 ︽﹃共通言語﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイントが足りません︾ おのれシステム! この借りはいつか返すよ! と、怒ってる場合じゃないね。 さっさと怪我を治さないと、本当に命に関わる。 51 幸い、文字は読めなくても、描かれている術式は見て取れる。 三次元的な、複雑な模様みたいな術式だ。 たぶん、この形に魔力を組んでいけば何かしらの術が発動するん だと思う。 でもさぁ、その術式、十数種類も載ってるんだよね。 おまけに、治療系の魔術があるとも限らない。 もしかしたら、毛玉爆散術式なんてものがあるかも知れない。 いやまあ、それはさすがに冗談だとしても、だ。 魔法を失敗して爆発、とかありそうじゃない? あるよねえ。有り得るだろうねえ⋮⋮それでも、この怪我はなん とかしたい。 もしかしたら、一発で治療系魔術を当てられるかも知れないし。 ってことで、ひとまず試してみよう。 ﹃魔術知識﹄に記された中から、勘に頼ってひとつの術式を選ぶ。 球状に描かれた方程式みたいなやつだね。 それを、魔力を操って描いていく。 けっこう複雑な図式だけど、﹃魔導の才・極﹄を持つボクなら簡 単⋮⋮、 む?、あれ?、意外と難しい︱︱︱!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ぶえっ。吹っ飛ばされた。 いきなり術式が弾けたかと思うと、ボクの体を衝撃が襲った。 木の幹にブチ当たって止まったけど、けっこう痛い。 52 うん。やっぱりあったね、魔術の暴発。 納得してる場合じゃないか。いまので、怪我がさらに酷くなった。 黒毛が赤い液体で濡れてる。 ボクの血だ。ちゃんと赤い色なんだね、とか感心してちゃいけな いね。 ひとまず魔術はダメ、と。 でも急いで治療手段を探さないと。今度こそ手遅れになるよ。 とりあえず傷口だけでも塞げないかな。 ﹃干渉﹄で自分の毛は動かせるんだし、なんとかならない? こう、ぎゅっと押して密着させる感じで。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃干渉﹄スキルが上昇しました︾ 手で傷口を押さえるみたいに、魔力を集中させてみる。 む? なんとなく良い感じだ。 仄かに魔力光が漏れるけど、むしろ温かくて心地良いくらいだね。 このまま治ってくれればいいんだけど︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自然治癒﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ え? なに? 治癒に再生? それ、いま一番欲しい技能なんですけど? もしかして傷口に魔力を集めてたのがよかったのかな。 もう一度、同じように試してみる。 ん⋮⋮んん∼? 魔力集中は問題なくできるけど、治ってる感じ はしない。 53 なんだろう? さっきと何処が違う? 傷口を押さえようと必死で、とりたてて変わったことなんてして それ が良かったのかな? ないはず⋮⋮、 よし。もう一度試してみる。 治れ∼、治れ∼、と念じながら魔力集中。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力操作﹄スキルが上昇しま した︾ 温かい魔力光が溢れてくる。 少しずつだけど、傷が癒えていくのが感じられる。 なるほど。意識すれば毛針を動かせるのと、基本的には同じだね。 この世界の魔力は、どうやら随分と応用範囲が広いらしい。 しっかりと意識を向ければ、望んだ現象を起こしてくれるみたい だ。 自分の傷を癒す っていう比較的難易度が低い現象だ もちろん、何でも簡単に、とはいかないだろうけど。 今回は、 ったから、手順も簡単で済んだ。 自然治癒の力、元から起こる現象を強化したってところかな。 まあ、そんな理屈はともかく、だ。 ﹃自己再生﹄の手法は分かった。ゆっくりだけど、傷も治ってき てる。 だけどこれ、想像以上に魔力消費が大きいね。 旅の途中で魔力量はそれなりに鍛えてきたつもりだけど︱︱︱、 あ、マズイ。空になりそう。なんだか嫌な予感がする。 ストップ! ストぉ∼ップ! 54 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ ふぅ。危なかった。 魔力が空になったらどうなるのか、興味はあるけど試してみる気 にはなれないね。 だって﹃危機感知﹄なんてスキルも上がってるし。 ゲームとかだと気絶するだけで済む場合が多いけど、もっと危な い気がする。 まあ、ボクは魔法に頼りきりだからね。 魔力は生命線とも言える。 よほどのことがない限り、余裕を残しながら使うようにしよう。 ひとまず治療手段は手に入れた。 血も止まったみたいだし、いまは魔力の回復を図ろう。 旅の途中で、﹃瞑想﹄なんてスキルも見つけたからね。 心を落ち着けて、体の奥から魔力が湧き上がってくるようなイメ ージを作る。そうすると若干だけど回復が早くなる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃瞑想﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃待機﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力強化﹄スキルが上昇しま した︾ この﹃待機﹄はよく分からないね。 じっとしてると上がるスキルなんで、自然と鍛えられてるみたい 55 だけど。 何にしても、いまは動けない。 ステータスでも見ながら、今後の方針を考えておこうか。 進化もしたことだしね。 普通なら最初に確認すべきなんだろうけど、いきなり大怪我して たからねえ。 ともあれ、ステータス、と。 56 06 進化したよー⋮⋮?︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:44 社会生活力:−480 カルマ:−660 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:300 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 57 07 だがいまは雌伏の時、って付けるとだいたい格好良くなる 魔力の回復を待って、また﹃自己再生﹄を試みる。 傷口へ魔力を集めていって、新しい細胞で埋めていくようなイメ ージを作る。 しばらくすると、すぐに魔力切れだ。 でも前回よりは長く続けられた。魔力量が増えてるのも実感でき る。 それに、この﹃自己再生﹄、どうやら千切れた足も再生できそう だよ。 ちょびっとずつだけど、確実に復元してきてる。 魔力消費は激しい。 だけど回復効果も大きい、ってところだね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感強化﹄スキルが上昇しま した︾ あと、この﹃五感強化﹄スキルが上がる理由も分かってきた。 どうやら自然と使っちゃってたみたいだね。感覚器官に魔力を流 して。 コツを掴めば意識しても行えた。 基本的には﹃干渉﹄と同じだ。 対象を動かすか、元の働きを強化するかの違いがあるだけ。 58 この世界の魔力っていうのは、本当に応用範囲が広い。 驚異的なくらいに優秀なエネルギー源、と言えるんじゃないかな。 魔獣 、獣の一種だから。 ただ、﹃五感強化﹄に関しては、元からの性能のおかげでもある みたいだ。 一応、ボクは それなりに感覚は鋭い。 少し離れた位置で草木が揺れるのも察知できるくらいだ。 風で揺れたのか、もっと違う原因なのかも分かる。 いまだって、イノシシみたいな大きな足音を聞き分けられたよ。 そう。イノシシがね、のっしのっしと歩いてきてるんだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ まだ距離はあるけど、威圧感は伝わってくる。 何処のモン○ン世界から来たんだ、っていうくらいのヤツだよ。 背丈は人間の大人を軽く越えてるね。 そこらへんの樹木なんて、体当たりであっさりブチ倒しそうだ。 巨大イノシシは、鼻をひくつかせながら、ゆっくりと進んでくる。 どうやら何かを探してるみたいだね。 餌探し? そういえばイノシシって、野菜とか茸とか食べるんだっけ? 毛玉なんて食べないよね? ボクなんて食べても美味しくないよ︱︱︱、 と、アピール手段を考えてた時だ。 風を切り裂くような音が聞こえた。 頭上から。 59 次の瞬間、大きな影が舞い降りてきていた。 木枝を圧し折りながら現れたのは、派手な色をした鳥だった。 極彩色の鳥、というかもう怪鳥だね。 だって、イノシシより大きいんだもん。 鉤爪のついた足でイノシシの体を掴むと、そのまま上空へと去っ ていく。 後には、イノシシの痛々しい悲鳴だけが残された。 ⋮⋮ああ、やっぱりここ異世界だね。 イノシシが怪鳥に喰われるとか、地球じゃ有り得ない。 とんでもなく殺伐とした世界だ。 危険がいっぱい。 分かってはいたけど、しっかりとそう心に刻んでおこう。 ともあれ、ひとまずの脅威は去った。 また魔力回復を図って、自分を治療する繰り返しになるワケだけ ど︱︱︱、 こんな動けもしない状態だから、ハッキリと言えるね。 ボクは弱い。 怪鳥どころか、イノシシ、犬や鼠に狙われても生き残れるか分か らない。 一応、毛針って武器はあるけど、どうにも頼りないよね。 例えば硬い鱗を持ってる魔獣なんかが現れたら、どうしようもな くなる。 なら、また魔術に頼る? それも無理だ。だって暴発しかしていないんだもの。 だけど魔法系の技に頼るっていう方向性は間違ってないと思う。 60 実はね、前々から考えてはいたんだよ。 強力な武器が欲しい、って。 もちろん銃器とか戦艦とかいう意味じゃなくて。 さすがにそこまで現実離れした発想をしても仕方ないからね。 この世界は、地球と比べれば随分とファンタジーだ。 ステータスがあって、スキルがあって、魔法も存在する。 おまけに、ボクは毛玉なんて不思議生物になってる。 そんな新しい現実を受け入れた上で、最良の武器を選ばないとい けない。 さて、この毛玉体の特徴と言えば何か? 全身を覆う毛もそうだけど、そっちはおまけみたいなものだと思 う。 刺身のツマみたいなものだね。 あ、刺身と言えば、海では魚ばかり食べてたね。 というか、魚だけだった。 不味くはなかったけど、醤油が無かったのが残念だよね。 この世界にも醤油ってあるのかなあ︱︱︱と、話が逸れたね。 ボクの、この毛玉体の特徴。 それは眼だ。 正面に大きな目玉がある。 そして全身が黒くなって、アレに近づいてきたと思わないかな? そう、アレ。 バックベア○ド。もしくは鈴木土下座衛門。 このロリコンどもめ!、とか言いながら、目からビームを出せそ うな。 つまりは、魔眼だ。 61 才能 なり スキル なり、存在しないのか? 相手を見つめるだけで攻撃できる。優秀な武器になりそうだよね。 そんな魔眼の システムさんに尋ねてみましたよ。 ︽﹃魔眼の才・極﹄を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイント:100が必要です。取得しますか?︾ まず存在していることに驚いたね。 いや、尋ねてみたはいいけど、半分は冗談みたいな気持ちだった から。 でも期待してたのも事実だ。 思わず、YES!って答えちゃったからね。 手があったら、握り拳を作ってたと思う。 で、そんなノリで取っちゃった﹃魔眼の才﹄。 毒食わば皿までって勢いで、さらにポイントを注ぎ込んで強化し ちゃいました。 アレだよ、けっして魔眼って響きに惹かれたワケじゃないよ。 純粋に。戦う力を求めて。生き残るために。 そして、その結果が、このステータス。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:48 社会生活力:−530 カルマ:−660 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 62 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 魔眼の覇者 : 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:100 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− やったね。戦闘力が4も上がったよ。 ついでに社会生活力は落ちてる。 貴重なポイントを200も注ぎ込んだのに! 才能 みたいなものだ。 こんなサバイバルな状況で何やってるんだ!?、と激しく自己嫌 悪です。 はぁ。そうだよねー⋮⋮。 この左側の項目にあるのは、あくまで いくら才能があったって、それだけで即座に戦力になるはずもな いよね。 スキルが表示される部分の空白は、何も出来ないって証拠でしょ。 そう気づいて、100ポイントだけでも残した自分を誉めてもい いかな。 まあ、無駄になるとも思えない。 まずは才能を得られた。なら次は、その才能を活かす努力をすれ 63 ばいい。 ﹃魔眼の才﹄を取った時に、一瞬だけど目が熱くなる感覚があっ た。 僅かに魔力が流れていく感覚も。 たぶん、ボク自身の中で何かしらの変化があったんだろうね。 早い内に、あれこれと検証してみたい。 そのためにも、いまは傷を癒さないといけないね。 ﹃瞑想﹄をして、少し眠りもして、また魔力は回復してきた。 ってことで、また﹃自己再生﹄だね。 魔力量も増えて、回復効率も上がってきた。 この分なら、数日と掛からずに動けるようになりそうだ︱︱︱。 ︽条件が満たされました。﹃治癒の魔眼﹄スキルが覚醒しました︾ 64 08 針を飛ばすって地味だよね おはようございます。 回復と再生を繰り返し、蠢く漆黒の塊です。 ちょっと格好良い表現にしてみたけど、未だに自力では一歩も動 けません。 でも足の再生は順調に進んでる。 関節ひとつ分くらいは治ってきたね。 体の打撲傷も、ほとんど完治したと言っていいかな。 魔眼 だ。 ﹃治癒の魔眼﹄スキルも、順調に鍛えられてるみたいだ。 そう、 突然だったけど覚醒しちゃったよ。 ﹃自己再生﹄で足の治療中に、傷口をじっと見てたのがよかった みたいだ。 治れ治れ∼って集中してたのも、何かしらの効果があったのかも ね。 覚醒の切っ掛けはともかく、この﹃治癒の魔眼﹄はかなり便利だ。 視線を向けるだけで治療効果が出る。 試しに毛針で傷つけた木に使ってみると、みるみる傷が塞がって いった。 正しくファンタジーな回復魔法、みたいな感じで。 注いだ魔力次第で回復効果が広がるから、自分の治療にも使える。 ただ、さすがに欠損した部位までは生えてこない。 65 だけど魔力効率はかなり良いので、普通の傷には﹃治癒の魔眼﹄。 魔力は激しく消耗するけど、部位欠損も治せる﹃自己再生﹄。 そうやって使い分けていけそうだね。 他のスキルも、ぼちぼちとレベルアップしてるみたいだ。 随分とペースが早い気もするけど、きっとまだ低い段階だからだ ね。 高いレベルになったら、もっと上がり難くなると思う。 さて、海を渡って初めての朝を迎えたワケだけど⋮⋮、 お腹が空きました。 近くに大きな木が生えてるから、毛針を使って樹液を啜るくらい はできる。 あと、草も齧れるけど、こっちはちょっと怖いね。 たぶん無害な雑草だとは思うけど、毒草とか混じってても区別が つかない。 嫌だよ、自分で毒見するなんて。 そういうのは他の誰かとかナニカとかにやらせるべきだ。 思えば、海上での生活は恵まれてたね。 ボクが何もしなくても、シルバーは魚を見つけて捕まえてくれる。 それをちょこっと、お裾分けしてもらうだけでよかった。 これからは、自分で食べ物も探さないといけないんだよね。 まあ、当然と言えば当然なんだけど。 仮にもボク、生まれたばかりのはずなんだよね。 人間で言えば赤ん坊だ。 ばぶばぶ言って、寝るか泣くか粗相をするか、ってくらいに何も 出来ない状態。 なのに、自給自足しろとか⋮⋮。 66 ハードモードだねえ。 まあ、文句を並べてても仕方ない。 足が治ったら、森の探索がてら食べられそうな物も探してみよう。 果物でも見つかるといいな。 それと、ウサギくらいなら狩れるかな? 黒毛玉に進化して、少しだけ出来ることが増えたんだよね。 あんまり頼れるものじゃないけど、﹃毛針﹄も︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感強化﹄スキルが上昇しま した︾ ん? 少し離れた草むらが揺れる音がした。 小さな音だ。﹃五感強化﹄を使い続けてなかったら気づかなかっ ただろうね。 草陰から、そちらへ目を向けてみる。 なんだろう? ちょうど考えてたおかげかな? ウサギがいた。 薄茶色で小さくてもこもこしてる。 可愛らしいね。 あ、でも目つきは鋭くて怖いかも。 いかにも野生って感じを溢れさせてる。 とか考えてたら、目が合った。 途端に、こっちへ突撃してくる。真っ赤な目で睨みながら。 素早い。デンジャーな予感がする。 迎撃! 毛針発射! 67 そう、黒毛玉に進化して、﹃毛針﹄に射撃能力がついた。 あんまり遠くまでは飛ばせないけどね。 ウサギを追い払うくらいは︱︱︱って、避けられた!? さらにウサギは眼光を鋭くして距離を詰めてくる。 マズイ。 油断してた訳じゃないけど、認識を改めよう。 これは本格的にピンチだ。 いまのボクは満足に身動きもできないからね。 ウサギ相手だって、齧られれば殺される。 全身の毛を逆立てる。 ﹃毛針﹄も全力発射。点ではなく、面で攻撃する。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃射撃﹄スキルが上昇しました︾ システムメッセージと同時に、ウサギに数本の毛針が突き刺さる。 さすがに避け切れなかったみたいだ。 小さな鳴き声を上げたウサギが転がる。 でもダメージを与えただけだ。 この﹃毛針﹄、木の幹に刺さるくらいの威力はあるけど、必殺に は程遠い。 だけどボクには、もうひとつ武器がある。 そっちの準備も整えておいた。 ﹃干渉﹄を使って、近くに生えていたツタを操っている。 この﹃干渉﹄スキル、ボク自身の毛を操るだけじゃない。 毛針の先から魔力糸みたいのを伸ばして、他の物にも内部から干 渉できる。 応用範囲はかなり広そうだね。 68 生き物にも有効かは、まだ試してないけど。 でも少なくとも、植物には有効だった。 射程は数メートル程度だけど、ウサギは自分からその範囲に突撃 してきてくれた。 捕らえて首を絞める程度の力なら出せる。 ってことで、ウサギ捕獲。 暴れるけど、さらにツタを絡めていく。 きゅうっと首を絞めてトドメは完了。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・ロウ・ベアル ーダがLV1からLV3になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃干渉﹄スキルが上昇しました︾ おお。ウサギ一匹狩っただけで、レベルが二つも上がるんだ。 ボクが弱いのか、ウサギが想像以上に強かったのか。 前者だと思いたい。 好戦的で手強いウサギとか、あんまり出会いたくないからね。 ともあれ、今回の危機は去った。 レベルアップしたステータスも確認しておこう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:3 名前:なし 戦闘力:52 社会生活力:−510 カルマ:−660 69 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄﹃自己再生﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:130 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ちゃんとスキル欄に﹃治癒の魔眼﹄が増えてるね。あと、﹃自己 再生﹄も。 他には目立った変化はないけど⋮⋮ん? ポイントが増えてる? レベルアップで貰える分が、これまでの計算だと120のはずだ。 15ずつになったのかな? それとも別の計算式なのか。 まあ、次にレベルアップした時には分かるかな。 とりあえず、ステータスの確認はこんなところだね。 それよりも、試したいことがある。 最優先は怪我の回復ではあるけど︱︱︱、 白毛玉の時から考えてはいたんだよね。 この体、魔法系の適性が高いのはいいけど、やっぱり不便も多い。 狩ったウサギの処理にしても、例えば肉を捌くのだって現状では 難しいよ。 70 それに、ボクの意識は未だに人間に近い。 社会生活力 が最初から低いのも、この毛玉体の影響が大きい 人間の体って、構造としてやっぱり便利だとも思う。 んじゃないかな? そんな訳で、解決方法を考えてみた。 異世界転生のテンプレ的にね。 答えは、人化。 モンスターから人間になる。 これも稀によくある展開だよね。 さすがに﹃人化の才﹄なんて、そのままのものはなかった。 だけど代わりになりそうなスキルは見つかった。 ︽﹃変身﹄スキルは覚醒可能です︾ ︽カスタマイズポイント:100が必要です。覚醒を行いますか?︾ 覚醒 可能なスキルは、普通の方法だと鍛えられないん 強化とか覚醒とか、スキルシステムにも謎単語が残ってるよね。 たぶん じゃないかな? 特定の条件を満たすとか、才能があるとか、ポイントを使うとか。 そうしてスキルを手に入れて、初めて使用可能になる。 特殊能力みたいなものだよね。 例えば、こんなスキルもあったよ。 ︽﹃透明化﹄スキルは覚醒不可能です。条件を満たしていません︾ どちらかと言えば、﹃変身﹄の方が難易度高そうだけどね。 この条件っていうのも謎だ。 システムに問い掛けても答えてくれない。 71 もしかしたら、魔眼系のスキルもこういった特殊な分類なのかも ね。 そういえば﹃魔眼の才﹄を取った時に、﹁関連スキルが解放され ました﹂っていうメッセージもあった。 ともあれ、いまは﹃変身﹄だ。 ちょっと冒険になるけど取得してみよう。 上手く使えば、体の一部だけ変身させて傷を癒す、なんてことも 出来るかも知れないからね。 そんなワケで、システムさん、お願い! ︽申請を受諾しました。﹃変身﹄スキルを解放します︾ ︽残りカスタマイズポイントは30です︾ ん⋮⋮なんか一瞬、全身がムズムズとした。 魔力が走ったような感覚? だけど体そのものには、とりたてて異変は起こっていない。 なんだか分からないけど、これで﹃変身﹄が使えるようになった のかな? よし。早速実験してみよう。 あ、でも直接にスキルを使うのって初めてかな。 この世界のスキルって、あくまで自分の能力の補佐って感じだっ たからね。 もしくは単純に能力を保証してくれてる、みたいな。 あ、でも科学世界の常識からすれば、魔法だって特殊能力か。 そうなると、また特別に使い方を学ぶ必要が出てくる? どうなんだろ⋮⋮とりあえず、念じてみようか。 以前の自分の姿を想像しながら、変身するぞ∼っと⋮⋮。 72 お、なんか全身から光が溢れてきた。 これは上手くいきそう? 予想通りの効果なら、人間として生活することも︱︱︱ぶボmろ あっ!!??? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃苦痛耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃苦痛耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃苦痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 73 08 針を飛ばすって地味だよね︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:3 名前:なし 戦闘力:56 社会生活力:−550 カルマ:−680 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力強化﹄﹃自己再生﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:30 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 74 09 甘い言葉には毒がある 問い:人間がソフトボール大に丸められたらどうなりますか? 答え:死ぬほど痛いです。 それが逆回しでも同じ。 あ∼⋮⋮本当に死ぬかと思った。 一歩間違えたら、痛みでショック死しててもおかしくなかったよ。 うん。原因は﹃変身﹄なんだ。 狙った通りの効果は発揮されたと思う。たぶん。 だけど体の形がぐにゃぐにゃと変えられたら、そりゃあとんでも なく痛いよね。 魔法的なものでなんとかなるって考えてたのが甘かった。 元の姿に戻れただけでも幸運だったね。 おまけに、この﹃変身﹄、魔力消費がとてつもなく激しい。 体感でしか図れないけど、﹃自己再生﹄の数倍はあるんじゃない かな? 今のボクだと数秒しか使えない。 その数秒間に、しっかりと人間の形になるなんて、まず不可能だ ね。 それ以前に、痛みで正気を失いそうだよ。 ひとまず﹃変身﹄は放置だね。 少なくとも、何かしらの対策ができるまでは。 ﹃苦痛耐性﹄がもっと上がったら、少しだけ試してみよう。 75 体の一部だけ変身とかも出来るかも知れないしね。 足が剣、とか。 まったく役に立ちそうもないけどねえ。 ともかく、いまは魔力を回復させよう。他に試したいことも山ほ どあるからね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力強化﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃魔力大強化﹄スキルが解放されます︾ お? 新たなスキル解放? というより、これまでのスキルが強力になったみたいだね。 ある程度までスキルを鍛えると、より効果の高いスキルが解放さ れる、と? システムはなんとなく理解できる。 ただ、明確な数値で示されるものじゃないんだね。 スキルも、レベルとか熟練度とか、そういう数値が出れば分かり 易いのに。 そこまでいくと完全にゲーム世界になっちゃうか。 生き残るためには都合がよさそうなんだけどね。 まあ、戦闘力が数値化されているだけでも喜んでおくべきかな。 ﹃毛針﹄なんかにしても、ステータスに表記されてなかったら気 づかなかったかも知れない。 自分の体毛を動かすって、まずその発想が出て来ないよね。 そういった意味でも、システムさんには随分と助けられてる。 不親切な部分もある。でも使い方次第だよね。 直接に尋ねれば、大きなヒントをくれることもあるし。 76 例えば、 魔眼 も。 ﹃治癒の魔眼﹄は役に立ってくれた。 でも当初の目的である、武器としての魔眼を諦めたワケじゃない。 死の魔眼 スキルとか覚醒させられるかなー? なので、まずは尋ねてみる。 ︽﹃死毒の魔眼﹄スキルは、すでに解放されています︾ おお? なにやら凶悪そうな名前が出てきたよ。 そうかあ。 ボクってば、こんな凶悪な魔眼も使えるのかあ。 なんだか睨んだだけで相手を殺せそうだね。 もっとも、その使い方が分かってないんだけど。 だけど﹃治癒の魔眼﹄もそうだった。 切っ掛けがあるとか、練習するとかで使えるようになるんじゃな いかな。 実際に魔眼を手に入れて、なんとなくコツも掴めてきたからね。 とりあえず、ちょっと試してみようか。 もちろん自分に使う訳にはいかないので、斜め上方を睨んでみる。 空に向けて魔眼発射。 ﹃治癒の魔眼﹄だと、治れ治れ∼って念じたら上手くいったんだ よね。 今度は﹃死毒の魔眼﹄だから、死ね死ね∼とでも念じればいいの かな? あんまり良い気分じゃないねえ。 誰かに殺意を向けた経験なんて無いし。 77 だけど、いざって時に頼れる武器が使えないのも困る。 そうだね、大切なのは想像力と、状況設定だ。 以前に見た怪鳥を思い出してみよう。 あの怪鳥が迫ってくる。空から、ボクを捕まえて食べようと。 もちろんボクは抵抗するよ。 毛針を飛ばして、視線にも殺意を込めて︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ っ⋮⋮と、遠くの空中に、何か黒い靄が浮かんだ。 すぐに風に紛れて消えていったけど、あれが﹃死毒の魔眼﹄の効 果みたいだね。 とりあえずは成功したかな。 目の内側に、複雑に魔力が流れていく感覚もあった。 この感覚を再現できるようになれば、きっと上手く使いこなせる はずだ。 だけどこれ、使い処が難しいかも。 魔力消費が随分と激しい。 ボクが抱えてる魔力量は体感でしか分からないけど、ごっそりと 減ったみたいだ。 あんまり数は撃てないかな。 だけどボクが成長して、もっと魔力が増えれば、連発できる可能 性はある。 それに、消費が激しいってことは、それだけ強力な攻撃だと期待 できる。 もしかしたら、あの怪鳥だって一撃で倒せるかも。 いや、そこまでは無理でも追い払うくらいはいけるかもね。 78 ともあれ、一度ステータスを確認しておこうか。 ちゃんと新スキルとして表記されてるといいな。 あと、戦闘力にも注目したいね。 これまでもレベルやスキルが上がるたびに、少しずつ上昇はして いた。 もしも予想通り、﹃死毒の魔眼﹄が強力なスキルなら、それなり の数字が戦闘力になって表れてるはずだ。 さっき確認した時は、60手前だったね。 ついに100の大台に乗れるかな? もしかしたら、200くらい越えてるかも。 さすがにそこまでは期待しすぎかなあ。 比較対象がないのは残念だけど、地道に上がっていくのは楽しい。 たとえ10や20の成長でも気にしないよ。 さて、どれくらい伸びてるかなあ? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:3 名前:なし 戦闘力:566 社会生活力:−940 カルマ:−1150 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄﹃自己再生﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 79 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄ カスタマイズポイント:30 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮は? 戦闘力566? え? なにそれ? ﹃死毒の魔眼﹄取っただけで、一気に500 オーバー? いいの? 許されるの? 社会生活力やカルマのマイナスっぷりも只事じゃないよ? え∼⋮⋮これまでの変動って、精々、10や20単位だったのに。 それだけ﹃死毒の魔眼﹄が強力ってことだよね。 すごい必殺技を手に入れてしまったかも知れない。 もう一回試してみたい。 うずうずする。 でも我慢するよ。 いまは、眼の奥に走った魔力の感覚を覚えておくだけに留めてお こう。 いつでも使えるように。 だけど、不用意に使わずに済むように。 80 強力ってことは、それだけ危険も大きいってことだ。 花火の注意書きにもあるからね。 なるべく広い場所で。 自分への被害が及ばないように、だっけ? 81 10 川だー! 魔力回復と自己再生の繰り返し。 やってることは同じでも、効率はかなり上がってきた。 ﹃自己再生﹄にしても﹃治癒の魔眼﹄にしても、これまでは無駄 な魔力消費も多かったみたいだ。 治したい部分だけに魔力を集中させる。 そう意識しておくと、余計な消耗をかなり抑えられた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ この﹃魔力集中﹄は名前通りのスキルだね。 魔力を使う時に一点に集中させて、無駄を抑えるだけじゃない。 多くの魔力を注げば、それだけ効果も上がる。 たぶん、攻撃魔術とかにも使えるんじゃないかな? そうなると、逆に魔力拡散とかないのかな∼って思うよね。 攻撃魔術を広範囲用にする、とか。 でもシステムに問い合わせてみると、答えは返ってこなかった。 どうやら、そこまで細かいスキルは無いっぽい。 まあ、元から広範囲用の魔術があって、それを強力にする手段は 別にあるかも知れないけどね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ 82 ん∼、色々と考え過ぎかもねえ。 まだ﹃死毒の魔眼﹄も本格的には試してないし、ひとつずつ順を 追っていこう。 ひとまずは回復。 それと食事。 もぐもぐ。 そう、狩ったウサギが後回しになってた。 忘れてた訳じゃないよ。 ただ﹃変身﹄とか﹃死毒の魔眼﹄が強烈すぎて、手を付けられな かっただけ。 ツタで絡めて逆さ吊りにして、ちゃんと血抜きもした。 ﹃吸収﹄を使えば数秒で食べきれるけど、それだと空腹感が残る んだよね。 折角だし、まともな形で食べたい。 火も通したいところだけど、そんな文明的な物は無いなあ。 魔術なら火を起こすのも出来るんだろうけど、いまは使い方が分 からないからね。 下手に挑戦して、自分が火達磨になるのは怖い。 仕方ないので、そのまま齧りつく。 まあ海の上では生魚だって食べてたから、もう悩むほどの問題で もないよ。 不満を言うなら、お醤油が欲しいところ。 お醤油すごいよね、お醤油。 御飯にもパンにもナンにでも合う万能調味料。 異世界でも通用するのは、もはや定説。 目玉焼きにも、ボクは絶対に醤油派だね。ベーコンも欠かせない けど。 ああ、ベーコンエッグが食べたい。 83 このウサギ、燻製とかにしてベーコンもどき作れないかな? まあ無理だよねえ。 そんな材料も無いし、煙なんて出したら野生の獣を引き寄せるか も知れない。 あ、引き寄せると言えば⋮⋮血の匂いって大丈夫かな? この森がどんな場所だか分からないけど、クマくらいは住んでそ うだね。 なるべく早く食べて、さっさと移動しよう。 ちょうど足も治りかけてきたからね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力操作﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃精密魔力操作﹄スキルが解放されます︾ 森の中を歩く。 そう、歩ける! 自分の足で! 素晴らしいね。生きてるって素敵なことだったんだ。 いまならクララの気持ちが分かるよ。 まあ、アル○スの少女って、家庭教師のCMでしか見たことない んだけど。 ともあれ、ようやく怪我が完治して動けるようになった。 84 それでいまは森を散策中。 と言っても、木の上を枝伝いに歩いてるんだけどね。 だってほら、何が出るか分からないし。 木の上なら幾分か安全だと思う。 いまのボクは八本足で、昆虫みたいに木登りも簡単にできる。 節足動物ってやつだね。 魔獣だけど。 あ、黒くてカサカサ歩くってなるとGみたい⋮⋮、 いや、やめよう。 自分で自分が嫌いになりそうだ。 せめて、まっくろく○すけで留めておこう。 いまのボクは単眼だし、見た目的にはかなり違うけどねえ。 ともあれ、木枝の上を移動。 怪鳥も怖いので、上空にも気を配りながら進んでいく。 そうしてしばらくすると、水の流れる音が聞こえてきた。 川だー! いや、そんな感動するほどのものじゃないけどね。 なんとなくこう、海だー!、みたいなノリをやってみたくなった だけ。 でも水場を確保できたのは良かったかな。 この体だと別段、水を飲む必要はないみたいだけどね。 それでも何かしらの時には役立つと思う。 魚とかも獲れるだろうし。 草を編んで網でも作ってみようかな。 そうすれば、当面の食料には困らなくなるね。 あんまり大きな川じゃないけど、水は綺麗だし、魚くらいはいる 85 はず。 そうだ、水があるなら、自分の姿も確認できるんじゃない? なんとなくは分かってるけど、はっきりとは見てないからね。 水浴びがてら、確かめてみよう。 と、木から降りて川に近づこうとした時だ。 ざばぁっ、と大きな水音を立てて現れた。 目が合う。 ワニだ。 全身が硬そうな皮で覆われてる。 人間だって丸呑みできそうな口を、ぱかっと開いた。 鋭く尖った歯がたくさん並んでる。 ﹃死毒の魔眼﹄、全力発動! 直後、ワニが吹き飛んだ。 体の内側から黒い靄を噴き出して。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・ロウ・ベアル ーダがLV3からLV5になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされたため、魔獣、ティニィ・ロウ・ベアルーダは進 化可能です︾ ︽進化先の候補が複数あります。次の中から選択してください。 ティニィ・ベアルーダ ロウ・ベアルーダ 86 ティニィ・レア・ベアルーダ︾ え? なにこれ、ヤバイ。 ヤバイ。すごくヤバイ。言葉が出て来ないくらいヤバイよ。 進化可能とか出たけど、いまはちょっと構っていられない。 魔眼を発動した時に、ボクはワニの口の中を睨んでたんだけど、 どうやらそこから﹃死毒﹄が広がったらしい。 爆発するみたいに広がった死毒は、ワニを体内から食い破った。 さらにはワニの体だけでなく、周囲の草木や地面まで黒く染めて、 ぐずぐずに溶かして崩していく。 あ、川も黒くなってる。 ちょうど吹っ飛んだワニが落ちたからね。 真っ黒になった水が流れていって⋮⋮うわぁ、何処まで行くんだ ろ。 とりあえず、ボクは急いで退却。 ボク自身まで﹃死毒﹄に巻き込まれたら堪らないからね。 後ろへ向かって全力疾走。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃俊敏﹄スキルが上昇しました︾ ふぅぅ⋮⋮。 久しぶりに全力で走った気がする。 っていうか、毛玉生で初の全力疾走だね。 まあ、それはともかく、﹃死毒の魔眼﹄だ。 ワニに迫られて咄嗟に使っちゃったけど⋮⋮うん、あれは酷い。 正しく死毒だ。 87 一撃必殺。それどころか一撃大虐殺できるんじゃないかな? 正確な効果はいまひとつ分からなかった。 だけど、どうやら視点を中心に毒を生み出すみたいだ。 毒の状態異常を与える、とかじゃないのがポイントだよね。 魔眼効果を切った後にも、しばらくは毒が残る。 だから広範囲にも影響が出る。 魔力消費はやっぱり大きいけど、いまのペースで魔力が伸び続け れば、下手したら街ひとつくらい滅ぼせるんじゃない? あ、街と言えば、川の下流に街とか作られてないよね? そもそも人がいるかどうかも分からないんだけど⋮⋮、 ︽特定行動により、称号﹃悪逆﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃悪逆﹄により、﹃破戒撃﹄スキルが覚醒しました︾ ︽特定行動により、称号﹃魔獣殺し﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃魔獣殺し﹄により、﹃生命力大強化﹄が覚醒しました︾ なんかキタ!? ﹃悪逆﹄と﹃魔獣殺し﹄って⋮⋮。 これは、あれかな? 川に流した毒で、魔獣を何匹かヤッちゃったっていう。 そうかあ。ヤッっちゃったかー⋮⋮。 なるほど。うん。 人じゃないからセーフだよね。 88 11 進化とは、下がることと見つけたり さて。 ワニとの死闘のおかげで、新しい称号やらスキルやらが手に入っ た。 その後にちょっとした不幸な事故もあったみたいだけど、いまは 置いておこう。 大切なのは、ひとつ。 また進化可能になった、ってことだ。 レベル5ごとに進化可能なのかね? 刻み過ぎな気もするけど、まだ生まれて間もないからかな? この進化システムも謎が多い。 そもそも生物がそうポンポン進化していいのかって話だよね。 猿が人に進化するとか、当然のように言われるけど、落ち着いて 考えてみると異常だよ。 カニがエビになるのか、みたいな? あ、でも進化の順番としてはどっちが先なんだろ? カニの方が美味しい? 高級感もある? だけど食べ難いし、体も冷えるから調理方法には気配りが必要な んだよね。 と、話が逸れたね。 進化のシステムとかは、まあそのまま受け入れるしかないかな。 ファンタジー世界の不思議に文句をつけるのも野暮だからね。 というワケで、ボクも素直に進化をしておこう。 89 進化して強い生き物になる。 生き残るには避けては通れない道だね。 そうなると、選択も慎重にするべきで⋮⋮、 まずは現在のステータス確認からしておこうか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・ロウ・ベアルーダ LV:5 名前:なし 戦闘力:646 社会生活力:−1490 カルマ:−2250 特性: 魔獣種 :﹃毛針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄﹃破戒撃﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄﹃自己再生﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄ カスタマイズポイント:50 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− またズドンと下がったね。 90 うん。社会生活力とカルマが。 これ絶対、﹃死毒の魔眼﹄のおかげだよねえ。 正確には、﹃悪逆﹄称号をもらった不幸な事故が原因かな。 でも心外だなあ。 あれはボクの所為じゃないのに。 いきなり目の前にワニが現れたら、魔眼をぶっ放すのも当然だよ。 誰だってそうする。ボクもそうした。 はあ。 まあこれはもう過ぎたことだ。 気にしないでおこう。 それよりも、あの事故でひとつ分かったこともある。 この世界でも、川に毒を流すような行為は悪と認められる。 つまりは、大きく常識が異なる可能性は低い、と推測も成り立つ。 細かな文化の違いはあるだろうけど、そこは追々知っていけばい いかな。 知る機会や必要があるかどうかも疑問だけどねえ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃瞑想﹄スキルが上昇しました︾ さて、ひとまず考察はこれくらいにしておこう。 魔力も適度に回復した。 すでに周囲の草を操って、ボクの体をドーム状に覆って隠してあ る。 どうやら進化すると意識が途切れるみたいだからね。 以前は、それで木の上から落下して酷い目に遭った。 今回は地面の上だけど、意識が無い時に何かが起こっても困る。 まあそんなに長い時間じゃないとは思うよ。 91 心配してたらキリがない。 ってことで、進化しよう。 候補が複数出てたけど、選ぶのはもう決まってる。 ティニィ・レア・ベアルーダ。 魔獣ベアルーダ種の中でもレアな存在、みたいな認識でいいのか な。 ともかくも、レアだ。 その先にスーパーレアとかウルトラスーパーレアとか、強そうな 進化も期待できる。 選ばない理由はないね。 それじゃあシステムさん、進化をお願い。 ︽申請を受諾。進化を開始します︾ 途端に、強烈な眠気が襲ってくる。 逆らうことも出来ず、ボクは静かに目を閉じた。 ︽魔獣、ティニィ・レア・ベアルーダへの進化が完了しました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽進化により、﹃毛針﹄が﹃毒針﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃混沌の魔眼﹄スキルが大幅に上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃生存の才﹄が承認されます︾ ︽﹃生存の才﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ 目を覚ますと同時に、システムメッセージが届く。 92 え∼と、ちょっと待ってね。 どうやら無事に進化は終わったみたいだ。 時間もたぶん、そんなに経っていない。 だけど色々と情報が溢れてて、把握するのが追いついてない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃情報把握﹄スキルが上昇しま した︾ また情報が増えたよ! ああもう。 この﹃情報把握﹄スキルも、けっこう謎なんだよね。 いまのサバイバル生活、常に周りには気を配ってる。情報も大切 だ。 だから自然とスキルも上がってきてる。 気がつくと、周りの物を簡略化して把握する癖がついてるね。 ﹃草﹄とか﹃土﹄とか﹃黒毛﹄とか。 頭の中で名札でも付けてる感じだ。 スキルが上がってきて、その名札に付ける修飾語が増えてきた。 ﹃ありふれた草﹄とか、﹃元気のない草﹄とかね。 あと、﹃よく刺さりそうな黒毛、だけどふわふわ﹄とか。 刺すこと前提なのかい、ってツッコミたくなるよ。 いやまあ、そう評価してるのはボク自身なんだろうけどね。 実際、毛針で飛ばすワケだし。 って、そんなことはどうでもいい。 ともかくいまは⋮⋮えっと、まずはステータスを確認してみよう。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 93 魔獣 ティニィ・レア・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:678 社会生活力:−1660 カルマ:−2350 特性: 魔獣種 :﹃毒針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄﹃破戒撃﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃苦痛耐性﹄﹃水 冷耐性﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄ カスタマイズポイント:250 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ⋮⋮⋮⋮。 進化しただけで下がってる。 うん。社会生活力とカルマがね。 もうこれはマイナスが当然のものだと受け止めておこう。 きっとあれだよ、プラス100くらいで聖人とか救世主とか、そ ういうもの。 だからマイナスでも問題なんて無いはず。 94 さて、他に気になるのは⋮⋮とりあえずボク自身には大きな変化 は無いね。 相変わらずの黒毛玉だ。 大きさはソフトボールよりも少し膨れてる? でもこれは進化っていうより、単純な成長かも知れないよね。 ともかくも小型毛玉なのは間違いない。 次に、やっぱり新しいスキルを検証しておきたい。 ﹃毒針﹄、﹃破戒撃﹄、﹃混沌の魔眼﹄、 ここらへんは能力を把握しておくべきだろうね。 まあ﹃毒針﹄は、名前のままのスキルかな。 試しに、そこらへんの木に向けて毛針を飛ばしてみる。 毒を込めるのを意識しながら。 カカッ、と針が刺さると、そこから木の幹が少しだけ黒く染まっ た。 ん∼、これだけだと威力はよく分からないね。 適当な草にも毒針を刺してみる。 黒く染まって、そのままボロボロと崩れていった。 と、わ、ぶぁっ!? 破片が目に入った。 目がぁっ、目がぁ∼!? あ、これ本気でシャレにならない。目を開けていられない。 ﹃自己再生﹄、発動! 潰れてない方の複眼を使って、﹃治癒の魔眼﹄も同時発動させる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒耐性﹄スキルが上昇しまし 95 た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自然治癒﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃苦痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃激痛耐性﹄スキルが解放されます︾ ぜぇぜぇ。 あ∼、死ぬかと思った。 もしも﹃死毒﹄の方だったら、確実に終わってたね。 自分の毒でも危険っていうのは覚えておこう。 ちょうど耐性も手に入ったし、早目に上げておいた方がよさそう だ。 しかしこれだけの威力なら、ウサギくらいは毒針のみで狩れるね。 とりあえず﹃毒針﹄がメインウェポン、﹃死毒の魔眼﹄を切り札 としておこう。 ﹃混沌の魔眼﹄は、しばらく後回しだね。 もう魔眼も三つ目になるので、なんとなく使い方は分かる。 でも、なんとなく危険な感じがするんだよね。 嫌だよ、使った途端に名状し難きものが這い寄ってきたら。 で、残ったのは﹃破戒撃﹄か。 これは何だろう? 名前の感じからすると物理攻撃系? 96 だけど、どんな使い方をするのか分からないね。 スキル発動、って念じても何も起こらない。 持っているだけで使える っ まあ勝手に体が動いて技を繰り出すとかなったら、それはそれで 気持ち悪いけど。 この世界のスキルって、そういう ていうのとは違うみたいなんだよね。 ﹃変身﹄や﹃魔眼﹄にしてもそうだ。 あくまで自分自身の能力で、スキルは補助的なものに過ぎない。 ただ、本能的に使おうとすれば、手段が間違っていなければ効果 は発揮される。 だとすると、﹃破戒撃﹄も⋮⋮、 相手を睨むとか、力を込めるとか、何かしらの手順が必要なのか な? あるいは剣とか槍とか、特定の武器による技? あとは、普通の攻撃に﹃破戒撃﹄の効果が加わるっていうパター ンもあるか。 エンチャント系だね。 魔法剣とかカッコイイから使ってみたいなあ。 拳に雷属性を纏った格闘士とか好きだったね。 と、話が逸れたか。 反省しよう。どうもまだ、ゲーム感覚が抜けない。 いまは﹃破戒撃﹄の検証だ。 とりあえずスキルを意識したまま、﹃毒針﹄を飛ばしてみる。 ズドンッ!、と。 うわ、毛針が丸ごと木の幹に埋まったよ。 明らかに威力が増してる。 使い方はこれで正解みたいだね。 97 ほんのちょっぴり、体内で魔力が流れる感覚もあった。 効果は攻撃力アップでいいのかな? 名前が﹃破壊﹄じゃなくて﹃破戒﹄なのも気になるところだ。 戒。戒律。戒め? それを破るってこと? ルール無視? またゲーム的な考えだけど、防御力無視ってことかなあ。 しばらくは要検証だね。 いまは威力アップの効果があるって覚えておこう。 さて、これで一通りのスキル検証は終わったね。 ちょっと一息吐こう。 魔力回復もしておきたいところだからね。 落ち着いて、これからの方針を決めていこうか。 98 11 進化とは、下がることと見つけたり︵後書き︶ タグにも追加しましたが、基本的に人化は無しの方向でいきます。 その方が好みですしね。 あっても、かなりの制限を掛ける方向で。 99 12 森の恵み、それは甘い果実 森林探索再開。 これからの方針を考えてみたけど、前提として生き残ること、っ てのがある。 つまりは、衣食住を確保しないといけない。 いや、毛玉に衣は必要ないだろうってのは置いておいて。 ともかくも食料と寝床は整えないといけない。 寝床はまあ、草でも編んで適当に作ればいいと思う。 叶うなら、城でも建てないところだけどね。 だって怪鳥やワニが出るような森だし。 何が起こるか分からないし。 さすがに城は無理でも、ちょっとした拠点くらいは作れそうな考 えはある。 いまは無理だけどね。 草むらに隠れて寝るくらいしかないよ。 そうなると、やっぱり食料だけでも確保しておきたい。 ウサギでも狩れればいいんだけど、どれだけの数がいるかも分か らない。 だから果実でも手に入れたいね。 安定して採れる植物なら、先の予定もある程度は組めるだろうし。 ってことで、森を探索中。 時々、高い木の上まで登って周囲を見渡したりもしてる。 だけど辺り一帯が森ってことしか分からないね。 100 海からもけっこう離れてる感じだ。 あと、近くに流れてる川も見えたので、それを目印に地形を把握 していくつもり。 また木から降りて探索を続ける。 上り下りもけっこう慣れてきたね。 この毛玉体から生えてる足、見た目通り、虫みたいに器用に動け る。 ある意味では、人間よりも便利だね。 それでも手や指が無いから、やっぱり人間の方が器用なんだろう けど。 身体能力的には、小さな体の割に優れてるとは思う。 自分の体と同じくらい大きな石とか持てるからね。 あと、﹃五感強化﹄に頼らなくても、感覚はそれなりに鋭いみた いだ。 いまも、なんだか妙な匂いを感じられた。 甘くて良い匂いだ。 果物かな? 美味しそうな香りがする。 ウサギの一匹も現れないし、確保しておきたいね。 少し森が暗くなってきた。 だけど気にせずに進む。 甘い香りが強くなる。涎が零れてきそうだ。 森の奥に、バスケットボールみたいに大きくて、林檎みたいな赤 い果物が見えた。 駆け出す。 次の瞬間、視界が黒く染まった。 101 頭上から何か降ってきた。いや、襲い掛かってきた。 大きな筒状の、人間も丸呑みできそうな植物だ。 ウツボカズラだっけ? 食虫植物を逆さにしたような奴だった。 頭からボクを呑み込もうとする。 というか、最初の不意打ちで、もうがっしりと体全部を捕まえら れていた。 全身から毒針を出して対抗する。 邪魔するな! ボクは、あの果物を食べたくて仕方ないんだ! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魅了耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 包み込んできた花弁を強引に引き千切って脱出する。 でも同時に、樹液みたいなのをかけられた。 痛い。体のあちこちから白い煙が上がる。足も二本溶けて落ちた。 でもこんな痛み、あの果物を食べられるなら幾らだって我慢でき る。 ボクはさらに美味しそうな果実へ向けて進もうとする。 今度は何体ものウツボカズラが襲ってきた。 だけどもう不意打ちは喰らわない。 喰ってやるのはボクの方だ。 奴等が森の影から姿を現す直前に、魔眼攻撃をばら撒いてやる。 ﹃死毒﹄も﹃混沌﹄も大奮発だ。 かなりの魔力を使ってしまうけど構わない。 ﹃死毒﹄に侵されたウツボカズラたちは、次々と黒く染まって崩 れていく。 102 ﹃混沌﹄が効いた方は、苦しむような、錯乱したような動きをし て暴れ始めた。 暴れるウツボカズラが紫色の体液を撒き散らし始める。 そこかしこに異臭が漂う。 怪しげな植物たちの大乱舞だ。 あれ? これってかなり危機的状況じゃない? ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV1からLV2になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃溶解耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒耐性﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魅了耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ぼくは しょうきに もどった。 って、ボケてる場合じゃない! 逃げる。そりゃあもう一目散に。後ろへ向かって全速前進! ウツボカズラの群れもマズイけど、なにより﹃死毒﹄が危険すぎ る。 黒ずんだ空気に触れただけで、ボクの毛先が崩れ落ちた。 まともに浴びたら、確実に昇天しちゃう。 BC兵器だ。 誰だ、あんな危ない物撒いたヤツは!? うん。ボクしかいないよね。 103 その証拠か、またカルマが200ポイントくらい下がってるし。 でも生き残るためだったし、仕方ないと思うんだよね。 おまけに、正気も失ってた。 裁判だったら無罪じゃないかなあ。 ってことで、気にしないでおこう。逃げるのも上手くいきそうだ しね。 風下にいなかったのも運が良かったよ。 今度から、なるべく風上から移動するようにしようかな。 でも、それだと匂いとかで野生生物には気づかれそうだ。 どちらにしても良し悪しだね。自然の中で生きていくのは大変だ。 ともあれ、一旦野営地に戻ろう。 ウツボカズラにやられた足も治さないといけないからね。 またしばらくは治療のために引き篭もりだ。 食料はそこらへんの草で我慢するしかない。 帰り道に食べられそうな果物でも転がってればいいんだけど。 あ、でも毒が怖いからすぐに食べるのは無しで。 余裕があれば、ウサギでも捕まえて毒見をさせたいね。 とか思ってたら、来たよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃硬皮﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃溶解耐性﹄スキルが上昇しま した︾ いや、スキルアップじゃなくてね。 そっちは嬉しいけど。 ウツボカズラのおかげで、まだちょっと体が溶けてる最中なんだ よね。 ﹃治癒の魔眼﹄発動。 104 でも同時に、正面にいるヤツの相手もしなきゃいけない。 ウサギだ。 探してる時には現れなかったのに。 そして以前と同じように、ボクの姿を見つけてくる。 しかも今度は三匹の群れだった。 一応、草陰に隠れるようにして歩いてきたんだけどね。 こっちは足を怪我してるし、逃げられる状況じゃない。 戦うしかないね。 もう向かってきてるし。 ボクはハリネズミみたいに全身の毛を尖らせる。 同時に、﹃混沌の魔眼﹄発動。 魔力にはあまり余裕がないけど、こっちは﹃死毒の魔眼﹄ほど大 喰らいじゃない。 短い時間なら大丈夫だし、すぐに効果も発揮された。 混乱 の効果だ。 さっきのウツボカズラとの戦いで分かった。 ﹃混沌の魔眼﹄が与えるのは、 それはウサギたちにも、すぐに影響を及ぼす。 三匹のウサギは、真っ直ぐに向かってきていた。 最後尾にいた一匹が、自分の前にいたウサギに襲い掛かった。 一撃で首を断ち切る。 うわ。何気にウサギすごいな。 攻撃の瞬間、前歯が急に伸びたよ。おまけに鋭い。 あんな攻撃を喰らったら、ボクも真っ二つにされる。 だけどその心配はなさそうだね。 先頭のウサギが振り返る。 105 仲間の血を浴びたウサギは、今度はその振り返ったウサギに首を 刎ねられた。 壮絶な同士討ちだ。 混乱効果、えげつないね。 残りの一匹はボクに向かってくるけど大丈夫。 同士討ちの間に、足下の草を﹃干渉﹄で操って罠を張っておいた。 足を引っ掛けるだけの単純な罠だけど、ウサギは簡単に引っ掛か ってくれる。 転んだ隙にツタで縛り上げる、コンボが上手く決まったね。 後は毒針を飛ばしてフィニッシュ。 食料も確保だ。 毒で仕留めたのは食べられないけど、大丈夫そうな部分だけ吸収 しておこう。 ちゅぅ∼、っと。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒針﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃吸収﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃干渉﹄スキルが上昇しました︾ 初期スキルがまとめてレベルアップだね。 いい感じ。実戦だと経験値を得られ易いみたい。 さて、残りのウサギ肉を野営地まで運びたいけど⋮⋮難しいかな? けっこう重い荷物になる。 ツタで縛って運ぶにしても、余計な時間を取られそうだ。 なるべく早く回復に専念したいんだよね。 いっそ、この辺りを野営地にしちゃった方が安全かな。 106 13 弱り目に祟り目 適当な木の影にウサギの死体を運ぶ。 ボク自身の治療をしつつ、生肉を齧っていく。 一息ついたところで、周囲の草やツタを利用して、簡単な罠を設 置していく。 そんな作業の最中に、思わぬメッセージが届いた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃土木系魔術﹄スキルが上昇し ました︾ え? 魔術? どうしてそんなスキルが上がるの? 魔術的な行動なんて取ってなかったはずなんだけど? あ、でも草やツタを操るのに﹃干渉﹄の魔力糸を使ってる。 この行動が、魔術と関係してるのかな? よく分からないけど、ひとまずそう考えておこうか。 それにしても、﹃土木系魔術﹄って不思議な響きだね。 そういえば前に、﹃風雷系魔術﹄があるのも確認してたっけ。 どうやらこの世界の魔術って、属性二つが一緒になってるみたい だ。 他にも光術とか闇術とかが在るのも、システムに尋ねて確認して ある。 ついでだ。他の属性についても聞いてみよう。 炎魔術って解放できるー? 107 ︽﹃炎熱系魔術﹄スキルは、すでに解放されています︾ なるほど。なんとなく分かってきた。 それじゃあ、もうひとつ。 水魔術って取れるー? ︽﹃水冷系魔術﹄スキルは、すでに解放されています︾ 炎と熱、水と氷が一緒ってところかな。 他にもどんな魔術があるのか、忘れない内に聞いておこうか。 ︽﹃空間魔術﹄スキルは覚醒不可能です。条件を満たしていません︾ ︽﹃重力魔術﹄スキルは覚醒不可能です。条件を満たしていません︾ ︽﹃影魔術﹄スキルは、すでに解放されています︾ ︽﹃障壁魔術﹄スキルは、すでに解放されています︾ ︽﹃封印術﹄スキルは、すでに解放されています︾ ︽﹃錬金術﹄スキルは、すでに解放されています︾ ︽﹃呪術﹄スキルは、すでに解放されています︾ かなりの種類があるねえ。 だけど一番役立ちそうな﹃空間魔術﹄なんかは、まだ使えないみ たいだね。 ﹃魔導の才・極﹄とかあるのに無理なのか。 才能だけじゃダメとか? 他の魔術を鍛える必要もある? まあ、そのうちに分かるかな。後回しだね。 なんだか後回しにばっかりしてる気もするけど、優先すべき事柄 があるから仕方ない。 いまは、自然に取れた﹃土木系魔術﹄について考えておこう。 しかしこれ、繰り返しになるけど、不思議な響きだね。 108 土木って⋮⋮。 正直、ぱっとしないね。 けっして貶すつもりはないけど、他の魔術が派手そうなだけに、 ねえ? 人間社会だと、まず確実に差別されてるよね。 土木魔術師だっていうだけでクスクスと笑われたり。 学園の土木魔術科は生徒が三人しかいなかったり。 愛し合う二人が、土木魔術への偏見のために引き裂かれたり。 酷いなあ。差別はよくないよ。 きっと土木魔術だって、上手く使えば有用だと思うんだ。 家を建てたり城壁を築いたり、そういう方面では大活躍できるん じゃないかな? だとすると、いまのボクには嬉しい魔術だね。 穴を掘れるだけでも、罠のレパートリーが増える。 いまは草で足を引っ掛けたり、ツタで絡め取ったりと、簡単な仕 掛けしか作れてないからねえ。 ただの野営地が、アジトや拠点と呼べるくらいにランクアップで きるかも。 よし。早速使ってみよう。 ﹃土木系魔術﹄、発動! ⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮。 うん、知ってた。 何も起こらないよね。 やっぱり﹃魔術知識﹄を読み解くしかないかなあ。 だけどまったく未知の言語を一から理解するなんて、かなり難し 109 い作業だよ。 大学生とか博士とか、旅先では必ず殺人事件に遭遇する探偵とか、 そんな特殊技能を持った人でないと無理じゃないかなあ。 少なくとも、ただの中学生だったボクには無茶な要求だ。 おまけに、いまは毛玉だし。 ﹃共通言語﹄の閲覧許可とやらを取れば、なんとかなりそうでは ある。 社会生活力 でマイナス補正が掛かってるんだろうね。 でもそっちはポイントが足りない。 たぶん、 さもなければ、システムによる嫌がらせか。 なにせ、ボクを毛玉に転生させるようなシステムだからね。 悪意の塊みたいなヤツだって不思議じゃない。 むしろ、そうであった方が納得できる。 システムがラスボスとか、よくある話だからねえ。 と、妄想して怒ってる場合じゃないか。 さっさと野営地を作らないと。怪我の回復もしないといけないか らね。 まずは雑草を編んで身を隠せる場所を作る。 ﹃治癒の魔眼﹄と﹃自己再生﹄を使って傷を癒して、﹃瞑想﹄し て、 草むらでゴロゴロしながら﹃魔術知識﹄の本を読む。 ああ、なんかこういう生活っていいなあ。 あとは、ポテチとコーラがあれば完璧だね。 こんな野外でサバイバル生活なんて、好きこのんでやりたくない よ。 でも、この﹃魔術知識﹄はけっこう面白いね。 110 魔術の構築式部分は立体映像みたいに浮かんでくるんだけど、そ れを拡大させたり、回転させたりもできる。 電子書籍も泣いて負けを認めそうな技術だ。 見ているだけでも綺麗で︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ システムメッセージが届くのと同時に、ボクも異変を察知してい た。 低い音が近づいてくる。 地面の下から。震動とともに何かが迫ってくる。 ボクは咄嗟に飛び退いた。 大きく長い影が、地中から突き出てきた。 まるで巨大なミミズだ。 ただし、先端にある口はぱっくりと割れて、鋭い牙を生やしてい る。 人間だって骨まで噛み砕いて、丸ごと呑み込めそうだった。 対するボクの方は、ソフトボールくらいの大きさしかないんです が。 どうせいと? 困惑している間に、ミミズは頭部と言っていいのか分からないけ ど、ともかくも巨体の先っぽをボクへと向ける。 目らしき物は無さそうなのに、確実にボクを捉えている。 腹に収める、エサとして。 いやほんとどうしよう。 かつてないピンチだ。ウツボカズラに食べられ掛けた時以上だよ。 111 だって、一匹だけならなんとかなったと思うよ。 治療でけっこう魔力を使ったけど、いまはそこそこ回復してきて る。 ﹃死毒の魔眼﹄も、ギリギリ二回は使えるからね。 でもこいつらは一匹じゃなかった。 ボン、ボン、と続けて地面から出てきたミミズは、合計で五匹。 ボクの短い毛玉生、詰んだかも知れない。 112 14 毛玉vs巨大ミミズ ボクの正面を塞ぐように、五匹のミミズが聳え立っている。 うねうねと蠢きながら。 気持ち悪いなあ。 でも鳥肌立てて丸くなってもいられないんだよね。 とりあえず、全身の毛を逆立てて威嚇してみる。 うん。まったく効果がないね。 それどころか、一匹が大きく口を開いて襲い掛かってきた。 蛇みたいな動きで、なかなかに素早いけど、回避できないほどじ ゃない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ スキルアップがあったけど、いまは構っていられないね。 状況確認。 敵は五匹。油断できないくらいに素早い。 たぶん、ボクは一撃でももらったら終わる。 ボク自身の状況はと言えば、いまだに足の二本が失くなったまま だ。 六本の足でも普通に動く分には問題ないけど、微妙にバランスが 崩れてる。 気を抜けない戦闘では致命的な隙を作りかねない。 逃げるのは、難しいかな? 113 ミミズたちが追ってきたら、ボクの体力が先に尽きる。 倒しきるか、どうにかして追い払うしかない。 ならば、まずは﹃混沌の魔眼﹄発動! だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃混沌の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ こっちの魔眼はそんなに魔力も喰わない。 混乱 ミミズ五匹をまとめて効果範囲に収められる。 ウサギでも試した通り、この魔眼の効果は それだけじゃない気もするけど、ともあれ、敵が多い状況では役 立つはず。 潰し合えー!、と念も乗せる。 でも、予想外のことが起こった。 ミミズ五匹の内、一匹には効いた。 魔力感覚による手応えと、そのミミズが苦しそうに蠢いたので判 別できた。 だけど残りの四匹は違った。 一瞬、ミミズの体を囲うように半透明の壁みたいなものが見えた。 結界? 障壁? レジスト なんだかよく分からないけど、魔眼を防がれたのは分かった。 魔法への抵抗ってやつだ。 ミミズのくせに生意気な! と、悔しがってる場合じゃない。 一匹は混乱して近くにいたミミズに襲い掛かったけど、多勢に無 勢だ。 混乱したミミズは、二匹のミミズから反撃を受けて瞬く間に食い 散らされる。 114 仲間に対しても容赦無しだ。 薄情なミミズだね。 残りの二匹が、ボクの方へ襲い掛かってきた。 一匹目の攻撃を飛び退いて避ける。 だけど続く二匹目の攻撃が、空中にいるボクを捉えようとする。 事前に準備していなかったら、身動きできない空中では避けよう がなかった。 操ったツタで、半ば自身を叩くようにして逃れた。 ボクの体の重さは、ソフトボールよりは幾分か軽いからね。 身軽でよかった、と喜ぶべきかな。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ そのまま他のツタも操って、木の上へと逃れる。 ミミズは攻撃する瞬間は素早いけど、移動速度はそれほどでもな い。 というか、地面から生えている状態なんだよね。 地中に埋まっている部分もあるから、すぐには移動できない。 おかげで、距離は取れた。 また地中を進んできたら、すぐに接近戦になるだろうけどね。 ミミズたちの巨体からすると、木の上にでも登ってきそうだし安 全とは言えない。 だけど、一瞬でも安全圏に離れられれば充分だ。 ﹃死毒の魔眼﹄、発動! 魔眼効果が直撃したミミズの一匹が真っ黒に染まる。 苦しげにのたうって、ボロボロと崩れながら倒れ伏した。 もちろん、効果はそれで終わらない。 115 倒れた一匹を中心に、黒い死毒の霧が広がっていく。 あっという間に、残り三匹のミミズも包み込んだ。 ボクは木の上、おまけに風上にいる。 安心して見ていられるね。 死毒の霧が晴れるのを待つ。 現状、ボクが可能な最大威力の攻撃だ。 やったはず。 やったよね? やったか!? ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV2からLV3になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ 確かに、一匹は倒せた。 だけど残りの三匹は無傷だった。 死毒の黒霧に包まれたのに、また障壁で防いでみせた。 ええー⋮⋮。 正直、かなり驚いてる。 ﹃死毒の魔眼﹄って、ほとんど反則と言ってもいいくらいのスキ ルだと思ってた。 だって見ただけで相手は死ぬんだよ。 おまけに、範囲攻撃っていう容赦の無さ。 最初のインパクトも大きかったからね。 これを使えばどんな敵でも倒せるんじゃないか、って評価しても 仕方ないよ。 116 でもどうやら過信だったみたいだ。 そうだよねー⋮⋮。 レジスト どんなに強い技でも、対応策くらいあるよね。 抵抗、か。 まあ過信していたとはいえ、いつかは防がれる可能性も少しは考 えてたよ。 でもそんな相手は、ドラゴンとか、凄腕の魔術師とか、そういっ た明らかに強そうなのを想像してた。 なのに、まさかミミズとはねえ。 驚愕っていうより衝撃だね。落胆かなあ。 見た目で判断しちゃいけないのは分かってる。 ウサギだって凶悪な牙を隠してた。 外見は毛玉のボクだって、中身は真っ当な人間だしね。 このミミズも、単純な見掛けの割にテクニカルな魔獣らしい。 魔法攻撃を防ぐだけじゃない。 魔法を攻撃にも使ってくる。 ミミズの周囲に小さな光粒が浮かんだかと思うと、地面が盛り上 がった。 土が固まって、幾つもの弾丸になって飛んでくる。 また驚かされたけど、ぼんやりしている余裕はない。 咄嗟に木の幹に隠れて土の弾丸を防ぐ。 威力は大したことなかった。木を盾にしておけば、やりすごせそ う。 ただし、相手が動かなければ。 三匹のミミズが、地面から完全に姿を現す。 え∼と⋮⋮全長10メートル近くありそうなんですが。 117 レジスト この辺りは深い森だけど、5∼6メートルくらいの木がほとんど だ。 つまり、木の上に居てもミミズの射程範囲内になる。 さすがに細い体だと直立は出来ないみたいだ。 でも、木に巻きついて登ろうとしてくる。 頼みの綱である魔眼も効かない。 もう一度﹃混沌の魔眼﹄を使ってみたけど、あっさり抵抗された。 そうしている間にも、ミミズは這い寄ってくる。土の弾丸も飛ば しながら。 まずい。本格的に追い込まれ始めた。 とにかく、じっとしていたらやられる。 ボクは枝を伝って木から木へと逃げる。 対して、ミミズたちはまた土の弾丸を撃ってくる。頭から突撃も してくる。 その攻撃は素早く、鋭い。さほど狙いが正確じゃないのが救いだ。 紙一重で攻撃を避けながら、ボクは毒針での反撃も試みる。 でもここでまた意外な事実が判明する。 ミミズたちは見た目に反して硬い。ボクの針が徹らない。 表皮をちょっと傷つけるだけだ。毒の方も黒い点ができるくらい で効果は見られない。 こうなるともう打つ手が無い。 いや、﹃破戒撃﹄を乗せた毒針ならいけるかな。 早速試す。 避けられた! うねうねと、体を捻じって。 なに、このミミズ!? やっぱり気持ち悪くてテクニカルだよ! あとは、﹃死毒の魔眼﹄を直撃させれば倒せそうだけど、残念な 118 がら魔力切れだ。 土の弾丸と突撃から逃げまくるしかない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃俊敏﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃器用﹄スキルが上昇しました︾ 弾丸を避けるために木の影に身を隠す。 でも直後、その幹がミミズに食い千切られた。 ボクの頭上を、ミミズの長い身体が掠めていく。 何十本かまとめて毛も毟られていった。 ハゲるよ! そんなこと言ってる場合じゃないけどね! 半ば飛ぶようにして、ツタも操って隣の木へと移動する。 その時、妙な出来事があった。 ミミズに圧し折られて、地面に落ちた木を、別のミミズが攻撃し た。 もちろん、そこにボクはいない。 どうにか太い枝の上に辿り着いて、次の逃走経路を探っていたと ころだ。 そこで、気づいた。 このミミズたちには目らしき部位が無い。 もしかしたら、普段は地中に潜んでいるから退化したのかも。 だとしたら、どうやってボクの位置を掴んでいる? 音? 匂い? あるいは両方? 他にも気配とか、風の流れとか? そういえば逃げている内に、いつの間にかボクは風下へと移って いた。 ミミズたちの攻撃は、鋭くても正確じゃなかった。 見えていない のだとしたら、そこに付け込む隙があるかも知 合わせて考えると︱︱︱、 119 れない。 120 14 毛玉vs巨大ミミズ︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・レア・ベアルーダ LV:3 名前:なし 戦闘力:740 社会生活力:−1660 カルマ:−2550 特性: 魔獣種 :﹃毒針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄﹃破戒撃﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃激痛耐性﹄﹃水 冷耐性﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄ カスタマイズポイント:280 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 121 15 ミミズのち、新たなる脅威 ミミズ観察日記。 襲われてから半日ほどが過ぎました。もうすっかり夜です。 三匹のミミズは、なにやら土いじりをしています。 ボクはと言えば、じっと木の上で隠れたままです。 魔力回復を待ちながら、ミミズたちを観察中。こうして静かに眺 めていると、少しだけ愛着が出てきました。 あ、あいつら、ボクが狩ったウサギを食べてる。 肉食なのかな。木の根とか食べるんじゃないんだ。ふぅん。 べつに怒ってないよ。 ウサギ肉くらい、あげちゃってもいい。どうせ大して美味しくな いからね。 でも殺す。 あとで、ミミズ肉の味も確かめさせてもらおう。 食べられる部分が残っていたらだけど。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃瞑想﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃待機﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ 観察して分かったのは、ミミズは視覚以外が鋭いってこと。 注意深く歩かないと、ボクの小さな足音にも反応する。 匂いも捉えてくる。風上に立つと、攻撃の正確性が増した。 でもなるべく高い所に居れば、風が匂いを散らしてくれるので安 122 全に過ごせる。 厄介なのは、魔力にも反応する点だね。 毟られた毛の部分だけでも﹃自己再生﹄しようとしたら、土の弾 丸が飛んできた。 すぐに逃げたけどね。 ﹃瞑想﹄にまで反応しなくて助かったよ。 おかげで魔力は回復できたし、反撃の態勢は整った。 まあ、﹃死毒の魔眼﹄を放つだけの簡単なお仕事なんだけどね。 でもちょっと気になっていることがある。 ミミズたちが妙な行動をし始めた。 さっきも言ったけど、土いじりだ。畑を作るみたいに土を掘り返 してる。 それで、その掘り返した場所に、なにやら吐き出した。 三匹のミミズが揃って嘔吐する光景っていうのは⋮⋮うん、気持 ち悪い。 なんだろう? 揃って変な物でも食べた? ウサギに毒を仕込んだ覚えはないんだけど。 ボクには首は無いけど、気持ち的に首を捻りながら観察している と、今度はミミズが揃って輝き出した。何かの魔法を使っているみ たいだ。 すると、地面からにょきにょきと草が生えてくる。 もしかして、吐き出したのって植物の種なのかな? その植物を育てている? そういえばミミズがいる土は栄養豊かだと聞いた覚えがある。 でも直接に育てるっていうのは⋮⋮まあ、魔獣の生態なんだから 何でもアリかな。 123 ともあれ、観察はこれまでだ。 ミミズたちは作業が終わったのか、魔力切れなのか、地中へ戻ろ うとしてる。 隠れられるのは困る。 妙な植物も、育ちきったら厄介なものになるかも知れないからね。 ってことで、﹃死毒の魔眼﹄全力発動! ﹃魔力集中﹄も乗せて威力を増す。 まず一匹。長い身体の中ほどから黒く染まったミミズがのたうっ て倒れる。 やっぱり直撃させれば効果はあるみたいだね。 続いて、二匹目、三匹目も仕留める。 いまのボクなら、﹃死毒の魔眼﹄も全力で六発は撃てるからね。 あっさりしてるけど、勝利だ。 ボクに回復の時間を与えた、それがミミズの敗因だね。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV3からLV4になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速思考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃知謀の才﹄が承認されます︾ ︽﹃知謀の才﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ 124 んん? 知謀の才? これは字面のまま、頭を使う才能ってことだよね? ずっと色々と考えてたし、﹃高速思考﹄も上がったから認められ たのかな。 別段、誉められた訳じゃない。 システムメッセージが告げてくれただけ。 だけど、こうして行動の結果を認められるのは悪くない気分だね。 将来的には、参謀とか軍略家なんかになれるのかな? ちょっと戦いに傾いてるけど、イメージとしては格好良いかも。 あ、でも学者とか研究者にもなれる才能でもあるのか。 そっちの方がボクの好みではあるね。 のんびり過ごせそうだし。 まあ、そんな職業に就く以前に、毛玉なんだけどねえ。 それにしても、やっぱり相手がいるとスキルの上がりも早いみた いだ。 訓練よりも実戦の方が経験を多く積めるってことかな。 だからって積極的に危険を冒したくはないけどね。 ともあれ、いまはミミズの片付けだ。 死毒は強力だけど、周りの被害も大きいのが難点だね。 土まで黒く汚染されてる。下手に触ったら、ボクだって危ない。 これはもう、この簡易野営地は廃棄かな。 ミミズは、毒されてない部分だけでも﹃吸収﹄しておこうか。 直接食べなければ、たぶん毒も入ってこないはず。 勿体無いしね。慎重にいけば大丈夫でしょ。 うん。なにせボクは知謀家だからね、その判断は間違ってないで しょ。 125 針を刺して、ちゅぅぅ∼っと⋮⋮。 あ、これ美味しい。 例えるなら、濃厚なオレンジジュースみたい。 なんで? ミミズのくせに! まあいいや。毛玉生初の甘味だし、じっくりと味わ︱︱︱げぼら バッ!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒耐性﹄スキルが大幅に上昇 しました︾ うわぁ。マズイ。 死毒に侵された部分まで﹃吸収﹄しちゃったよ。 っていうか、﹃吸収﹄でも毒って回ってくるんだね。 あ、くらくらする。視界が歪む。 体全体が痺れてきた。 まずいまずい。 ﹃治癒の魔眼﹄、オン! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃我慢﹄スキルが大幅に上昇し ました︾ 我慢って⋮⋮そんなスキルもあったんだ。 と、細かいことを気にしてる場合じゃないね。 死毒まずい。不味いどころか死味いっていうくらい。 自分の中で、生命力がどんどん黒に染まっていくのが分かる。 ﹃治癒の魔眼﹄で生命力を回復させてるけど、黒く染まる方が早 い。 126 でも、なんとか堪えないと。 自分の毒で死ぬなんてシャレにもならない。 魔力が切れるよりも先に、毒耐性が上がれば︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒耐性﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自然治癒﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力大強化﹄スキルが上昇 しました︾ よし! って、あんまり楽になってないね。 ちょっと毒の侵蝕が遅くなった気がするくらいだ。 耐えるだけじゃダメだ。 そうだ、解毒。なにか解毒できるような方法はないかな? 治療魔法とか、解毒魔法とか、薬作成とか。 そういうスキルが欲しい! っていうか、﹃治療系魔術﹄なら持ってる。 でも使い方が分からない。 ﹃魔術知識﹄に頼ろうにも、また術式が暴走する可能性の方が高 いよね。 魔法はダメだ。 ここはもっと生命力的に耐える方向でいこう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃治癒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃耐久﹄スキルが上昇しました︾ ぐべっ!? 口からなんか変な液体が出た。 本格的にマズイかも知れない。 127 治癒の魔眼効果は上がっても、まだ毒の進行の方が早い。 でも、そうだ。 ポイントでスキルの強化も可能だったはずだ。 そんな訳で、﹃毒耐性﹄を強化できないかな、システムさん? ︽スキル﹃毒耐性﹄は﹃猛毒耐性﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイント:100が必要です。強化を行いますか?︾ YES! すぐにお願い! ここはポイントを惜しむところじゃない。 命が買えるなら、全部注ぎ込んでも安いものだしね。 ︽申請を受諾。﹃毒耐性﹄は﹃猛毒耐性﹄へと強化されました︾ ︽残りカスタマイズポイントは190です︾ む? むむ? かなり楽になった気がする。 毒の進行が止まった? いや、まだ油断できないね。 もう一段階、毒耐性を強化できないかな? ︽スキル﹃猛毒耐性﹄は﹃死毒耐性﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイントが足りません︾ さすがに無理か。 上位のスキルになると、それだけ多くのポイントが必要になるみ たいだね。 でも、なんとか耐えられそう? ﹃治癒の魔眼﹄と死毒の進行、拮抗してる感じはする。 油断は出来ないけど、集中して﹃治癒の魔眼﹄を発動させてると、 ほんのちょっとだけど回復してるのも感じられる。 128 ﹃魔力集中﹄のおかげか、多めに魔力を注ぐと回復効果も上がっ てる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ スキルアップは嬉しいけど、いまはあんまり使わない方がよさそ うだね。 なるべく現状維持で、毒が抜けるのを待つ方針でいこう。 治癒効果が切れたら、一気に毒の進行も早まりそうだ。 治癒と毒との我慢比べ。 地味な戦いになりそうだ。 129 16 一人で立てた完璧な計画は大抵ロクなことにならない ミミズは強敵だった。 まさか、死んでからも毒で苦しめてくれるとはね。 え? 自爆だって? そんな過去は忘れたよ。 過去は振り返らない。振り返りたくない。 っていうか、そんな余裕も無いんだよね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃睡眠耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 一晩中、毒と戦い続けてたからね。 うん。徹夜なんだ。 さすがに、ぐったりしてる。肉体的にも。精神的にも。 ﹃猛毒耐性﹄スキルが上がったおかげで、幾分か楽にはなったよ。 だけど苦しいのは相変わらずだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力圧縮﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自然治癒﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃瞑想﹄スキルが上昇しました︾ いまは大きな木の根元に隠れてじっとしている。 樹液を吸ったりしながらね。 とにかく体力の回復を待つしかない。 130 でも少しは余裕が出てきた。 ﹃瞑想﹄スキルも上がったおかげで、魔力回復を図りながら、同 時に﹃治癒の魔眼﹄も発動できてる。 ﹃魔力圧縮﹄は文字通りのスキルだね。 自身の内にある魔力を圧縮して、溜められる量を増やす感じだ。 とりあえず、他に何もしなければ魔力切れの心配はなさそうだよ。 樹液ばかりだと、先に体力が尽きそうだけどね。 それにしても、こんなに苦しめられるって、どんだけ強い毒なん だろ。 やっぱり﹃猛毒﹄以上ってことだよね。 ミミズには防がれるのに。 でも、毒自体が入るとミミズもあっさり死んでたね。 ミミズは魔法系の敵だったから、そっち方面の抵抗力が高かった のかな。 あくまで﹃魔眼﹄の毒だから、入るまでは魔法判定で、入ってか らは生命力での判定とか? まあ、深く考えても仕方ないんだけどね。 いまは他にすることがないんだよ。 風邪ひいて寝込んでる気分だね。 じっとしてなきゃいけないけど、退屈で何かしたいっていう。 もちろん﹃治癒の魔眼﹄は発動させたままだし、気も抜けないん だけど。 考える時間はあるし、あらためてステータスでも見てみようか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・レア・ベアルーダ LV:4 名前:なし 131 戦闘力:780 社会生活力:−1760 カルマ:−2750 特性: 魔獣種 :﹃毒針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄﹃破戒撃﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄﹃我慢﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃激痛耐性﹄﹃猛 毒耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃高速思考﹄﹃待機﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄ カスタマイズポイント:190 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 地道に戦闘力は上がってるね。 でも相変わらず比較できる相手がいないから、高いのか低いのか 分からない。 社会生活力とカルマが下がってるのも平常運転。 でも﹃悪逆﹄を取って以来、これといって派手なことはしてない のにねえ。 132 あれかな? やっぱり﹃死毒の魔眼﹄? 一発使うごとにカルマが下がっていくとか。 まさか、ねえ? 自然にも汚染を広げてるって考えると、有り得なくもないのが怖 いところだね。 だけど仕方ないと思うんだよ。 現状、他に頼れる武器もないしね。 宇宙人に攻められたら、正義の国アメリカだって核兵器を使うも んね。 核に比べたら、毒なんて可愛いものだよ。 しかしこうして見ると、ボクのスキル構成って頼りないね。 魔眼対策をされたら簡単に詰みそうだ。 鏡で反射されるとか、想像したくもない。 だからといって物理攻撃を頼るのも、この毛玉体だと難しそう。 辛うじて頼れるのは﹃破戒撃﹄くらいかな。 要検討だなあ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃情報把握﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃鑑定﹄スキルが解放されます︾ お? おお! ﹃鑑定﹄キタ! これで勝つる!? いや、待って。落ち着こう。 これまでも何度かスキルには騙されてきたからね。 ポイントの無駄使いさせられたり、自爆させられたり。 喜ぶのはまだ早いよ。 133 ん∼、でも﹃鑑定﹄と言えば、異世界転生の王道スキルだしねえ。 知名度、活躍度、信頼度、どれもナンバー1と言っても過言じゃ ない。 例えば、武器屋で投売りされている伝説の剣を見つけたり。 あるいは、敵の能力をすべて見抜いたり。弱点を的確に突いたり。 そんな場面も期待できるワケだ。 もっとも、毛玉が武器屋に入れるかどうかは別問題だけどね。 ともあれ、試してみようか。 まずは﹃鑑定﹄を使うのを強く意識します。 次に、そこらの草木に目を向けてみます。 ⋮⋮⋮⋮。 んん∼⋮⋮どれも同じに見える? あ、いや、よく見ると似てるけど違う雑草が混じってるのが分か る。 葉っぱの筋が描いてる模様の違いで区別できるね。 って、違う! 欲しかったのはこんな能力じゃないよ! もっとこうさぁ、見ただけで対象の名前が分かるとか。 せめて﹃草﹄とか﹃毒草﹄とか表示されるとか。 ないのかなあ。ないよねえ。 この世界のスキルって、そういう便利さとは異なってるんだもん。 いやまあ、﹃魔眼﹄とか﹃変身﹄みたいな変り種もあるけどね。 この﹃鑑定﹄は、自分の目利き能力が鋭くなるってところかな。 まあ細かな部分に気づけるなら、役立つ場面は多いかもね。 例えば、潜んでいる敵を発見したり。 134 あ、枝毛発見。 自慢のふわふわ黒毛が、ちょっぴりお疲れ模様だ。 ﹃自己再生﹄を使えば治るけど、いまは毒に抗うので手一杯だか らね。 あと、ちょっと気になってるモノがある。 雑草に混じって、やたらと青々とした芽が出てるんだよね。 そう、ミミズが育てようとしてた謎植物だ。 たった一晩経っただけなのに、ボクと同じくらいの背丈まで成長 してるのもある。 まだ植物としては小さな部類だけど⋮⋮、 これ、ウツボカズラじゃない? ボクを食べようとした危険植物に似てる。 どういうことだろ? まさか、ミミズと共生でもしてるのかな? それで、ボクが荒らしたから追ってきた、と? まあ、そんな経緯はどうだっていいや。 問題は、こいつらを利用できるかどうかってこと。 ﹃干渉﹄で操れるとは思うけど、常時支配できるワケじゃないか らね。 意識が切れた時に、こっちを襲ってきたら困る。 でもウツボカズラを味方にできたら、それなりの戦力にはなるん だよねえ。 獲物も引き寄せられるだろうから⋮⋮ん∼⋮⋮、 毒針発射! 全部まとめて駆除しちゃった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃射撃﹄スキルが上昇しました︾ 135 けっして考えるのが面倒になったワケじゃないよ。 違うったら違う。 だってこのサバイバル生活、不安要素を抱えられるほど楽なもの じゃないよ。 ミミズとの戦いだって、最後は楽だったけど、一歩間違えたら食 べられてた。 ウサギだって、たぶん一撃喰らったらボクは真っ二つにされる。 っていうか、大抵のモンスター相手には一撃死できるんじゃない かな? 難易度ルナティック。 ヘルorヘブンってやつだね。 そんな状況で、こっちを襲ってくるかも知れない植物を育ててお きたくない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃猛毒耐性﹄スキルが上昇しま した︾ あ、これは素直に嬉しい。 このまま毒が抜けるのを待てば、なんとか乗り切れそうだ。 とりあえず、今回は、ね。 回復を待ちつつ、次の方針も考えておこうか。 ウツボカズラを見て思いついたこともあるんだよね。 意思を持った植物は勘弁だけど、そうでないなら使えるんじゃな いかな? 植物って色々な種類があるからね。 棘があったり、毒を持っていたり、溶解液を撒き散らしたり。 そういったのを育てれば、拠点の守りに使えそうだ。 136 別段、拠点に拘っているワケでもないよ。 でも休める場所は必要だと思う。 何も無いところで寝泊りするよりも、守られている場所の方がい いからね。 魔獣 なんていうケモノ相手に、肉体で立ち向かう それに、戦いにしても守りの方が有利だ。 だいたい、 のが間違ってる。 もっと知恵を絞るべきだよね。 ボクも魔獣だけど、中身は人間なんだから。 何かしらの武器が欲しい。 なるべくボクから離れた場所でも使えるような。 そういった意味で、自動迎撃してくれるウツボカズラみたいな植 物も利用できるといいんだよね。 武器で守られた拠点を作る。 それを当面の目標にしようかな。 137 17 単眼仲間⋮⋮? 死毒との戦いは丸一日くらい続いた。 いやぁ、自分で使える毒ながら、本当に恐ろしいね。 でも生死の境を彷徨ったおかげか、得るものも大きかった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自然治癒﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃自動回復﹄スキルが解放されます︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃瞑想﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。スキル﹃瞑想﹄と﹃高速思考﹄が統合さ れ、スキル﹃沈思速考﹄が解放されます︾ スキル統合。 そういうのもあるのか。 ﹃沈思速考﹄って名前からすると、気持ちを落ち着けて、速く考 えるのをサポートしてくれるのかな。 ん∼⋮⋮あ、魔力回復が早まってる? これまでも﹃瞑想﹄してると、魔力は幾分か早目に回復してた。 自分の内側から魔力が湧き出るようなイメージを作ってたんだけ ど⋮⋮、 それを自然に行えるようになったみたいだね。 もっと落ち着いて心を沈めれば、さらに回復速度は上がる、と。 うん。これは嬉しいスキルだ。 我ながら器用な真似ができるようになったものだね。 138 さて。毒もほとんど抜けた。 あとは完全な回復を待って、今度こそ拠点作りに挑戦しよう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ ウツボカズラに溶かされた足も、ようやく再生が終わった。 でも今日は動くのは危険だね。日も暮れかけてる。 だけど丸一日も食事をしていないので、お腹が空いてる。 何か食べたい。でも草木くらいしかないんだよね。 死毒まみれのミミズは危険だし。 あ、でも成長途中だったウツボカズラがあるか。 毒針で倒したけど、魔眼ほど強い毒じゃない。 それに、ボク自身の体で作った毒だから、耐性もあるんじゃない かな? ってことで、試食。 うん⋮⋮悪くないね。そこらへんの野草よりも油が乗ってる感じ。 ちゃんと成長させてから食べた方がよかったかも。 まあ、仕方ないね。安全とは言い難かったから。 残った分だけでも、﹃吸収﹄も使って全部お腹に納めておこう。 それじゃあ、完全に日が暮れる前に簡易拠点も作ろうか。 魔力にはけっこう余裕が出てきてる。 草やツタを編むくらいなら、いくらでも出来るね。 だけどやっぱり、それくらいじゃ拠点の防御として心許ないんだ よねえ。 これまでは無事に過ごせたけど、寝ている時に襲われたら本当に 危ないよ。 地面の下からミミズが、﹁こんにちは、死ね﹂って来るかも知れ 139 ないからねえ。 どうしたものかね? 木柵とか作りたいけど、そんなのは魔力全快でも難しい。 切る とか 加工 とかが出来ない。 そもそも使える木材と言えば、細い枝くらいだ。 毛針だと、 スキルを取るか、﹃土木系魔術﹄で試行錯誤するか、どっちにし ても魔力不足だ。 とりあえず、今日のところは木の上で休もうか。 怪鳥の襲撃は怖いけど、枝を組んで隠れておけば大丈夫かな。 あと、念の為に周囲にいくつか落とし穴も掘っておこう。 適当な木を選んでよじ登る。寝床を作っていく。 まだ陽が暮れたばかりだけど月が昇っていた。 ⋮⋮やっぱり異世界なんだよね。 青白い月と、赤い月がある。 なかなかに綺麗な光景だね。 本当に幻想的で、ゆっくりと鑑賞できないのが惜しくなってくる よ。 ぐっすりと眠って、陽が昇るよりも早くに目が覚めた。 意識はすっきりしている。 早目に寝たおかげか、それとも睡眠耐性のおかげかな。 ともあれ、今日からあらためて活動開始だ。 目指せ、拠点作成。 140 と、その前に周囲の安全を確認しておこうか。 ミミズに囲まれている、なんて状況だったら困るからね。 一応、﹃危機感知﹄なんてスキルもあったけど、安心には程遠い ね。 むしろ﹃五感強化﹄の方が頼れるかも。 贅沢を言うなら、レーダーみたいなスキルも欲しいところだね。 人間の感覚だったら無理だと思うところだけどね。 仮にも体は魔獣なんだから、素早く敵の接近に気づけてもいいと は思う。 もしくは、そういった魔法でも見つけられると楽になるね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃待機﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃静寂﹄スキルが解放されます︾ んん? またなんかスキル解放だ。 待機から静寂か。 じっとして静かにするのが得意になるスキルってことかな? サバイバル生活だと、少しは役に立ちそうだね。 変に音を立てて、厄介な魔獣とか引き寄せたくないから。 さて、周囲の安全確認よし。 お腹も空いてるし、今度こそ食料確保を優先だね。 川の位置は覚えてるから、ひとまず水場の確保はできてる。 この体だと水は必要なさそうだけど、いざって時に使える可能性 もあるからね。 ともあれ、食料を探そう。 最低限数日分の食料は確保しておきたい。 数日分がどれくらい必要なのかも分からないけど、まあ適当に。 141 この毛玉体だと、食事の量は少なくて済むからねえ。 なにせ、体自体が小さいし。 だけど﹃吸収﹄を使うと、体の大きさ以上の獲物も食べ尽くせる んだよね。 そこらへんも謎だ。 っていうか、この世界自体が謎だらけだね。 まあ、いまは有りのままを受け入れるしかないかなあ。 余裕があったら、この世界の一般常識とかも知りたいよ。 ︽﹃常識﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイントが足りません︾ あるの!? 投げ捨てるモノじゃないんだ! しかし常識が買えるって、すごいな、異世界。 そういえば﹃魔術知識﹄とか﹃共通言語﹄とかもあるんだし、驚 くほど不思議ではない、かな? また本みたいな形で読めるんだろうか。 そういえば、地球では愛だって買えるって話があった。 コンビニで売ってるんだっけ? まあいいや。どっちの世界もすごいってことで。 それよりも、そろそろ出掛けよう。 森の中をひょいひょいと進む。 基本的には木の上を移動。 普通に歩くよりも速度は落ちるんだけど、遠くまで見渡せるので 幾分か安全だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃登攀﹄スキルが上昇しました︾ 142 木登りにも慣れてきたね。 最初は八本足ってどうなのかとも思ってたけど、本能なのか、自 在に操れる。 単純な運動能力なら、もう人間だった頃より上なんじゃないかな? 体育の成績は下から数えた方が早かったからねえ。 でもいまのサバイバル生活だと、積極的に体を鍛えておくべきだ よね。 ﹃俊敏﹄とかは特性に表記されなくても役立ちそうだ。積極的に 上げておきたい。 いざという時の戦略的撤退のためにもね。 あと、腕立て伏せとかしたら腕力アップ系のスキルも上がるのか な? まあ足しか無いのに、どうやって腕立て伏せするのって話なんだ けど。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃剛力﹄スキルが上昇しました︾ えっちらおっちら、石を担いで歩いてみた。 スキルアップ!、と喜んでばかりもいられないね。 お腹空いてるのに、なんでさらに疲れるようなことしてるんだろ。 思いついたから、つい、ね。 でもこういう鍛錬は、もっと余裕がある時にしよう。 ってことで、石を捨てる。 ズゥン、と。 え? 石を捨てた音じゃないよ? 森が揺れた。 っていうのはちょっと大袈裟だけど、とにかく震動が伝わってき た。 143 重い物を落としたような。 しかも一回じゃない。断続的に、音と震動が響いてくる。 なんかマズイ。 危機感知に頼らなくても分かるよ。 木陰に隠れながら、近づいてくる大きな音の正体へと目を向ける。 ほどなくして、ソイツは現れた。 背丈は周りにある樹木とほとんど同じくらい、五メートルほども ある。 人型。緑色の皮膚に覆われた全身は、石よりも硬そうな筋肉の塊。 木をそのまま持ってきたような棍棒を片手で持っている。 単眼の巨人だ。 サイクロプスってやつだね。特殊部隊や大量破壊兵器じゃない方 の。 とりあえずは一体だけか。 ミミズみたいに群れてたら、こうして観察するのも怖かったかも ね。 でも人型で、一応は武器を持つ知能はあるんだよね。 もしかしたら、仲間を連れてきて集落を作るくらいの知恵もある? そうなったら厄介だね。 まあ、そうなったらボクが拠点を移せばいいんだけど⋮⋮と、足 を止めたね。 巨人は、きょろきょろと周囲を見回す。 何かを探してる? まあいいや。ああいう危ない奴には近づかないのが一番だよね。 静かに離れよう︱︱︱、 そうボクが足を動かした瞬間、巨人が棍棒を振り上げた。 144 145 18 適者生存という言葉を教えてあげよう 吹っ飛ぶ。 いや、吹っ飛ばされた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 巨人に殴られたんじゃないよ。 直接殴られたなら、間違いなく一発で終わる。 巨人は振り上げた棍棒で地面を殴りつけただけ。 でも、その衝撃は凄まじかった。 ボクとの距離は数十メートルはあったのに、高々と吹っ飛ばされ たからね。 周囲の木々も圧し折られて、まとめて爆発したみたいに吹き飛ば されて、空中にあるボクの体を叩いた。 クリティカルヒットはしなかったけど、一瞬、気が遠くなったよ。 ちょっと体が潰れてる。 ﹃激痛耐性﹄がなかったら悶え転がってるね。 もちろん痛くない訳じゃないけど、ひとまずは冷静に対処できた。 飛ばされる方向にあった木に黒毛を絡める。 地面に叩きつけられることなく、なんとか木枝の上に降り立てた。 ふぅ。 146 すぐに﹃治癒の魔眼﹄を使いたいところだけど、ミミズの例もあ るからね。 下手に魔力反応を出すと見つかる可能性もある。 静かに逃げるのがベストだね。 戦う? ないない。 だって相手は巨人だよ。 いまのボクなんて、巨人からすれば正に豆粒みたいなものでしょ。 そりゃあ大きいからって強いとは限らないけど、脅威なのは確か だからね。 同じ単眼同士で仲良くしよう、って雰囲気でもないし。 精々、吹っ飛ばされた恨みを込めて睨んでやるくらいしか出来な い。 ﹃死毒の魔眼﹄、発動! ﹃混沌の魔眼﹄も同時発動! ボクと巨人との距離は二百メートル以上は離れていた。 魔眼の射程はまだ測ってなかったけど、どうやら有効みたいだ。 巨人の頭が黒靄に包まれる。 ん? ﹃混沌の魔眼﹄の方は届かないね。熟練度の差かな。 でも片方だけでも充分っぽい。 雷が落ちたみたいな悲鳴が響き渡った。 こうかは ばつぐんだ! 巨人の目は大きく開かれてたしね。 あそこに死毒を喰らったら堪らないでしょ。 しかも喚き散らして、自分からさらに毒を吸い込んでくれてる。 もう二発ほど﹃死毒の魔眼﹄を追加。 147 これは決まったかな。 ジャイアントキリング成功? あっさりしてるけど、死毒の効果はとんでもないからねえ。 残滓を吸っただけでも、ボクだって死に掛けたくらいだ。 ミミズだって、直撃させられる状況なら苦戦はなかったはずだし。 正しく一撃必殺。 生物相手なら、もう怖いもの無しじゃないかな。 ましてや頭の悪そうな巨人には防ぐ術なんてあるはずもない。 とか思った時だ。 巨人が赤い光を放った。 まるで炎を纏ったみたいに赤々と輝いて、雄叫びを上げる。 全身から生命力を溢れさせるみたいに。 あ、これはダメだ。 逃げる。脱兎。ダッシュ。後ろに向かって全速前進。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恐怖耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃俊敏﹄スキルが上昇しました︾ 直後、凄まじい轟音がボクの背後から襲ってきた。 こういう時、全方位視界は便利だね。 背後で、森が裂けるのが見えた。 地割れみたいのも起こって、竜巻が通り過ぎていくみたいに樹木 が吹っ飛ぶ。 もしも逃げていなかった、ボクも巻き込まれて潰されていた。 離れていても衝撃波で少し飛ばされたからね。 でも、逃げる後押しになっただけで済んだよ。 148 そのままさらに距離を取る。 巨人は暴れ続けてるみたいだ。 木とか地面とか得体の知れない肉塊とかが空高くまで弾け飛んで る。 うわぁ。早目に逃げてよかった。 最初に目を潰しておいたのもナイス判断だったね。 だけど他の感覚が鋭い相手だったら終わってた。 次からはもっと慎重にいこう。 そこそこダメージも受けたしね。 安全圏まで避難したら回復しないといけない。 巨人の暴れる音が聞こえなくなって、ほっと息を吐く。 暴れ回ってる内に死毒で倒れてくれるのも期待したけど、そう都 合良くはいかなかったみたいだ。 最初に毒が入った感覚からして、﹃毒耐性﹄が高かったとは思え ない。 となると、あの赤く輝き始めた影響だろうね。 何かしらのスキルだろうとは思う。 でも大きな魔力の流れは感じなかった。 ﹃魔力感知﹄スキルが鍛えられたからか、ボク自身の外にある魔 力も感じられるようになってきてる。 まだ曖昧な感覚だけど、派手な魔力だったら気づけたはずだ。 ん∼⋮⋮いかにも肉体派って感じだったから、そっち系の技なの かなあ。 149 生命力でダメージを強引に捻じ伏せる的な。 暴れまくりの威力も上がってるみたいだったね。 何にしても、あんなのがあるんじゃ手出しできない。 あ、でも待てよ。 あの暴れまくり技って、消耗具合はどうなんだろ? ボクを狙ってはいたんだろうけど、位置は掴めていなかった。 滅茶苦茶に攻撃してただけだよね。 それこそバーサーカーみたいに。 だとすると、大人しくなった今は⋮⋮体力が尽きた? 有り得るね。 連続で暴れまくれるなら打つ手無しだけど、一回限りなら逆に弱 点になりそうだ。 もう一度﹃死毒の魔眼﹄を叩き込めば倒せるかも? こっちは吹っ飛ばされたダメージの治療も終わったし、魔力の回 復も早い。 ただ、アレにもう一度近づくのはどうだろう。 たまたま見つからなかったから逃げられたけど、捉えられたら確 実に殺られる。 死毒でしっかりと目が潰れてればいいんだけど⋮⋮。 ん∼⋮⋮⋮⋮。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃静寂﹄スキルが上昇しました︾ 来ちゃった。 危険な敵相手にわざわざ近づくなんて、避けるべきだとは思う。 でも、あの巨人ってバカなんだもん。 150 巨人が暴れた跡は、はっきりと見えた。 だって森の中で一箇所だけ、ぽつんと更地になってたからね。 その中心で座り込んでる巨人は目立つ。 ちょっと木の上まで登れば、遠くからでもどんな状態か丸見えだ った。 座り込んで、項垂れて動かない巨人。 じっと休んでるっぽい。 なんかちょっとカッコイイポーズだね。脳筋巨人のくせに。 これは近づくしかないでしょう。 もちろん音を立てないように、そぉっと。 慎重に、感覚を研ぎ澄ませて、周囲にも気を配りながら。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感強化﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃五感制御﹄スキルが解放されます︾ 魔眼の射程距離近くまで迫ったところで、﹃五感強化﹄もランク アップした。 これは地味に嬉しいスキルだね。 いまもけっこう遠くまで見えたり聞こえたりしてたけど、さらに 便利になった。 視覚は望遠鏡みたいに︱︱︱とは、いかないか。 残念。だけどかなり遠くまで窺える。 慣れてくれば、本当に望遠鏡みたいな効果も引き出せるかも? 聴覚は、狙った場所の音を聞き分けられる感じだね。 嗅覚も似たようなもの。 触覚と味覚はまだちょっと分からない。 いまは全部を確かめてる時間もないからね。 151 巨人が休んでる。 距離にして三百メートルくらい先だ。 物陰に隠れつつ、なんとか近づくことができた。 魔眼の射程ギリギリってところかな。 鍛錬を積めばもっと伸びそうな気もするけど、いまはこれでも充 分だね。 それじゃあ行こうか。 一撃離脱作戦、開始。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 巨人の頭が黒靄に包まれる。 雄叫びを上げて仰け反る。 その時には、ボクはもう逃げ出していた。 地面を殴りつけた音が響いてくる。 最初にボクがいた方向へ、石や岩が幾つも投げつけられる。 でもそれも予測済み。 さっきも攻撃した方向くらいは巨人も察知できてたみたいだから ね。 攻撃の射線からズレる形で、ボクは斜めに駆け抜けてる。 それでも巨大な岩が飛んでいくのは迫力あるね。 あんなの直撃したら、間違いなく一撃で潰される。 雄叫びだけでも威圧感があるよ。 152 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恐怖耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 巨人の暴れまくりはしばらく続いた。 だけど、前回みたいに赤く光ったりはしない。 予測が当たったってことだね。 そして、あの技が使えないと、さすがに死毒には抵抗しきれなか ったらしい。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV4からLV9になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃我道﹄スキルが上昇しました︾ ︽特定行動により、称号﹃無謀﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃無謀﹄により、﹃物理大耐性﹄及び﹃恐怖大耐性﹄スキル が覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃戦闘の才﹄が承認されます︾ ︽﹃戦闘の才﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ 無謀って、酷い称号だなあ。 ちゃんと勝算があった行動だし、そんなに無茶ではなかったはず。 ﹃戦闘の才﹄は、まあ素直に嬉しいね。 でも随分と漠然とした才能だ。関連スキルって言われても想像が 難しい。 剣の扱いとか、格闘技とか、そういったスキルかな? 毛玉なのに? あとは、相手の弱点を突くとか、戦略を立てるとか⋮⋮やっぱり 153 範囲が広すぎだよねえ。 ともあれ、ジャイアントキリング成功。 レベルが5つも上がるとは、これは嬉しい誤算だね。 でも今度は進化無しか。 さすがに5レベル毎じゃなくなった? 次は10かな? 次に期待だね。 そして当然のようにカルマは下がってる。 ん∼⋮⋮巨人殺しっていうより、﹃死毒の魔眼﹄を使ったからか な? それとも、レベルアップしたから? なんにしても、−2950って酷いね。 3000とか5000を越えたら何か起こるとか⋮⋮ないよね? うん。嫌な予感は無視しておこう。 154 18 適者生存という言葉を教えてあげよう︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・レア・ベアルーダ LV:9 名前:なし 戦闘力:940 社会生活力:−1960 カルマ:−2950 特性: 魔獣種 :﹃毒針﹄﹃吸収﹄﹃変身﹄ 魔導の才・極:﹃干渉﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄ 不動の心 :﹃我道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃激痛耐性﹄﹃猛 毒耐性﹄ ﹃物理大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄ カスタマイズポイント:240 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 155 156 19 リンゴはハマの味 仰向けに倒れた巨人の頭部からは、しばらく黒い靄が立ち昇って いた。 そんなに長い時間じゃない。 ボクが更新されたステータスを眺めてる間に、黒靄は完全に散っ ていった。 前回はうっかり吸収しちゃった死毒だけど、対処を間違えなけれ ば怖くない。 強力でも、持続力の点では脆いみたいなんだ。 揮発性が高いのか、魔法効果だからなのかは分からない。 どちらにせよ、時間が経てば自然と消えていく。 体内に入った毒効果そのものは残るけど、相手が死体になった以 上は、そう長くは続かないはず。 念の為、慎重にいくけどね。 慎重に、ゆっくりと、巨人を﹃吸収﹄していく。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃吸収﹄スキルが上昇しました︾ 味の方は、渋い緑茶みたいだね。 体が緑色だから? もっと肉々しい味かと思ったんだけどねえ。 美味しくも不味くもない。 しかしこの﹃吸収﹄も不思議スキルだね。 明らかにボク自身より大きな巨人を吸収できてる。 なのに空腹感は満たされないし、お腹が膨れもしない。 157 だけど生きるための活力にはなってるみたいだ。 あ、でもボクの体自体はちょっと大きくなってるかな。 もうソフトボールは確実に上回ってる。 膨らんだっていうより、成長したって感じだね。 レベルアップ効果もあると思う。 さて、巨人もあらかた吸収した。 ボロボロと崩れて風に散っていく。 直接に食べれば空腹感も満たされるんだけど、まだ人型は抵抗あ るね。 それに、あんまりゆっくりもしていられない。 ここ、更地だしね。 こんな目立つ場所にいたら危ないので、さっさと移動する。 今度こそ、まともな食料見つけたいね。 もう甘い果物じゃなくてもいいや。 キュウリとかナスとか大根とか、味のしない野菜でもいいから確 保したい。 そろそろ落ち着いて拠点を作りたいんだよね。 あんな巨人もいるのに、多少の拠点を作っても安心できないのは 分かってる。 だけどスキル上げや検証もしたい。 謎スキルもぼちぼち出てきたからねえ。 レベルアップと同時に上がった﹃我道﹄も、放置してたけど気に なるところ。 なんだろうね? 我が道を行くスキル? 我が侭が通るようになるとか? ん∼⋮⋮これといった変化は感じられないんだけどなあ。 158 まあ持っておいて損はないのかねえ。 森の探索を進めつつも、あれこれと考察してみようか。 見つけた! ﹃五感制御﹄で強化しておいた嗅覚に反応アリ。 この匂いは林檎。まず間違いない 異世界にも存在するのかどうか知らないけど、ともかく甘い果物 の匂いだ。 駆け出す。 だけど、すぐに立ち止まる。 なんだか前にもこんなパターンがあったような。 そう、ウツボカズラの時だ。 また匂いで誘って肉食植物が待ち構えてるなんてパターンも⋮⋮? いや、だけどこの前とは違う匂いだしね。 ボクだって落ち着いてる。 冷静だ。いつもの常識的で人道的なボクのままだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃登攀﹄スキルが上昇しました︾ 近づいてみると、本当に林檎みたいな果実が生っていた。 まずは、じっと観察する。﹃鑑定﹄も意識してみる。 どう見ても果物としか思えない。 うん。そのままだね。 159 あ、虫が食べてるのもある。小さな芋虫が、にょきっと頭を出し てるよ。 これは問題ない食べ物って証拠じゃない? よし。辺りには虫以外の生き物もいない。採り放題だ。 急いで草を使って籠を編む。幾つか林檎を放り込んで、そそくさ と退避。 別段、悪いことをしてるワケじゃないんだけどね。 だけど甘い匂いが漂ってるし、いつ何が現れても不思議じゃない。 サバイバル生活は慎重に行動するのが鉄則だ。 でもまあ、嬉しさで足取りが軽くなるくらいは許されるよね。 初めてのまともな甘味だしねえ。 ミミズも吸収したら甘かったけど、あれはまともとは言えないし。 少し離れたところに川が流れているので、そことの中間で足を止 める。 日も暮れてきたし、今日はここらで休もうかね。 木の上に寝床を作るとしよう。 でも、その前に林檎を味わわせてもらおう。 ふふん。わざわざ川に行って洗ってきたので、美味しそうに輝い てる。 折角の甘味だし、綺麗に味わいたいよね。 味覚強化も乗せて、と。 それじゃあ、いただきます。 がぶり。 ぶっ!? べ、ば、ぇ︱︱︱すっぱぁっ!! なにこれ!? 食感は林檎! 味わいはレモンと梅干し! その名は知らない謎 160 果実! って、キャッチコピー考えてる場合じゃない。 口の中がシュワンシュワンしてる。 騙されたぁっ! 絶対に甘味だと思ったのに! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破魔耐性﹄スキルが上昇しま した︾ せめて味見しておけば︱︱︱って、そんな場合じゃなさそうだ。 なに? 破魔って? 一撃死させられそうな名前なんですが! 耐性スキルが手に入ったってことは、この謎果実の影響だよね? 毒じゃないみたいだけど、何かの状態異常が起こってる? あれ? でも、いまのところ気分が悪いとかはないよ? なんだろう。 だけど異変が起こってるのは確実だろうし、放置するのは怖いね。 とりあえず﹃治癒の魔眼﹄を発動させて⋮⋮もう一口食べてみる? 一口で耐性が獲得できるほどの異常なら、二口目ではっきりと判 別できるはず。 危険かなあ。 でも治癒効果は発揮されてるし⋮⋮あ、ちょっと待った。 ﹃治癒の魔眼﹄を切ってみる。 ⋮⋮⋮⋮。 あ、分かった。 いつもボクの魔力は﹃沈思速考﹄の効果で常時回復してるんだけ ど、それが失くなってる。 破魔ってのは、つまりは魔力に対する攻撃か。 161 生命力じゃなくて、魔力に対する毒みたいなものだね。 危ない物には違いないけど、ボクの魔力量なら問題ない。 しっかりと瞑想していれば、少しずつでも回復できる程度のダメ ージだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破魔耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 元々、魔法系には強いからね。 これで甘味だったら、もう一口二口は食べてもよかったくらいだ。 でも耐性を上げておけば、いざという時には役立つかも知れない ね。 余裕がある時には齧っておこうか。 あの酸っぱさは、ちょっと勘弁して欲しいところだけど。 せめてまともな味なら︱︱︱あ、魔法で品種改良とかできないか な? ミミズだってウツボカズラを急成長させてた。 成長と改造じゃ全然違うとは思うけど、何かしら影響は与えられ るかも。 まだ寝るには早いし、ちょっと試してみよう。 地面に置いた偽リンゴに毛針を刺してみる。 ﹃干渉﹄で草を編んでる時に気づいたけど、これって﹃吸収﹄と 似てるんだよね。 刺した針を介して、魔力で作った糸や管を通していくところが。 魔力糸を通して偽リンゴの中にある種に触れる。 このまま吸収もできるけど、逆に、魔力を流してみる。 養分を送り込む感じでね。 同時に、甘くなれ∼甘くなれ∼、とか念じてみる。 162 いやほら、魔法だし、なんかそういう精神的な効果が出てくるか も知れないよ。 過度な期待はできないけどね。 でもこっちの意思に合わせて、魔力って微妙に動くんだよ。 だからって何かの効果が現れはしないけど。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔力操作﹄スキルが上昇 しました︾ ゆっくりと魔力を送っていくと、程なくして変化が起こった。 種から芽が出る。 実の部分を突き破るほどに勢い良く。 おお。明らかに普通の成長じゃないね。 これは品種改良も成功する可能性が出てきたよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃栽培﹄スキルが上昇しました︾ ほう。栽培ですと? 農家には必須っぽいスキルだね。 他にも﹃農業﹄とか﹃開墾﹄とかあるのかな。 考えてみると、戦闘系以外のスキルは始めてだね。 だけど在るのは、当然と言えば当然か。 人は戦いのみに生きるにあらず、だね。 あ、でも﹃魔術知識﹄なんかも戦闘系とは限らないか。 ﹃高速思考﹄なんてスキルもあるんだから、記憶力とか計算力と 163 かも鍛えられそうだね。 暇な時に試してみよう。 まだ厳密には中学も卒業してなかったし、勉強は大切だよね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃干渉﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃操作﹄スキルが解放されます︾ む? ﹃干渉﹄が﹃操作﹄へランクアップ? どういうこと? とりあえず芽が出た偽リンゴは地面に埋めて、進化したスキルを 試してみようか。 この﹃干渉﹄って初期スキルだからね、なるべく大事にしたい。 ボクの特徴を示してくれるスキルでもあるだろうし。 とりあえず、これまでやっていたように草を編んでみる。 ん∼⋮⋮けっこう楽にはなってるかな。 手袋して作業してたのを脱いだような⋮⋮。 だけどレベルが上がるごとに徐々に複雑な動作ができるようにな ってたから、驚くほどには劇的な変化じゃない。 基本的には、魔力糸を介して対象を動かせるスキルだ。 魔力糸の射程は、いまは十メートルほど。 初期から比べたら、かなり伸びたね。 今度は、手近な樹木へ﹃操作﹄を使ってみる。 枝を振ったりするくらいは以前からできた。 でも躍らせるとか複雑な動きは、そもそも糸の力不足で︱︱︱、 ズボォッ、と根っ子が持ち上がった。 うわ、これすごい。 木を丸ごと一本引き抜けたよ。 164 しかも消耗はほとんど無いし、そんなに力を込めるつもりもなか った。 どうやら、樹木自体の力を使ってるみたいだね。 いや、木に動く力があるかどうかなんて知らないけどさ。 内部の水分を操るとかで動いてるのかね? まあ細かな理屈はともかく、こっちが望んだように動作してくれ る。 あ、枝が折れた。 さすがにラジオ体操は無理があったか。 今度は、倒した木をそのまま空中へ持ち上げるようにしてみる。 ぬぬ⋮⋮こっちの場合は、かなり魔力消費が激しいね。 というか、そこまでの力は出せない。ちょびっと揺らすくらいが 限界だ。 やっぱり樹木自体の力も﹃操作﹄して利用してるみたいだね。 でも、これは使えそうだ。 一旦魔力糸を通しちゃえば、射程範囲内なら自由に操作できるし、 上手くすればゴーレムくらい作れるかも。 あ、だけどゴーレムだと動力が確保できないか。 魔法でなんとかなる? ん∼⋮⋮やっぱりよく分からないね。 そういえば、まともな生き物も﹃操作﹄できるのかも不明だった。 今度、ウサギにでも会ったら試してみようか。 165 20 幼女だー! 完全に日が暮れる前に寝床の準備をする。 草を編んで、ハンモックみたいに木の上に吊るしていく。 さらに枝葉で隠すようにすれば完璧だ。 寝てる間に落ちちゃうのは怖いけど、命綱も体に絡めておけば大 丈夫のはず。 破魔の効果は抜けたし、魔力には余裕がある。 おかげで色々な作業をする余力も出てきた。 やっぱり﹃魔力強化﹄系のスキルとは別に、魔力量そのものが上 がってるね。 不可視ステータスとでも言うのかな。 ともあれ、鍛えておいて損は無い。 なので、作業の傍らに他のスキルも使ってみた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃器用﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃射撃﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破戒撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃浮遊﹄スキルが上昇しました︾ ﹃浮遊﹄スキルは、文字通りに浮かぶためのスキルだった。 という点 こっちの世界で生まれて、ほとんどすぐに使えたスキルだね。そ の構造は魔眼にも似ているみたいだ。 体内に魔術式が予め用意されている もちろん効果はまるで違う。 似ているのは、 166 だ。 内臓みたいに物理的に刻まれてるものじゃない。 霊的構造?、とでも言うのかな。そこに魔力を流し易くなってい る。 だから即座に発動できる。本能が使い方を教えてくれる。 たぶん、白毛玉のパサルリア種って空で暮らす生物だったんだろ うね。 鳥が羽根を持つみたいに、魔法での浮遊能力を持っていた。 まあ、中途半端なものだったみたいだけど。 なにせ、地面から離れすぎると効果がない。 ほんの数十センチ跳んだだけでも、そのまま落下してしまう。 指数本分くらいの高さなら、なんとか浮かんでいられる。 たったそれだけなのに、魔力消費はけっこう大きい。 鍛えれば本当の意味で飛べる可能性もあるけど、成長させるのが 難しいスキルでもあるね。 魔力に余裕がある時じゃないと使えないし。 で、その魔力に余裕がある時のボクは何してるかと言うと、 ふよふよと浮かびながら草を編んでる。 同時に、周囲の木枝に毛針を飛ばしていく。 なんだか浮遊機雷になった気分だ。裁縫機能付きの。 そういえば、﹃裁縫﹄スキルが上昇したってアナウンスはないね。 けっこう草であれこれと作ってるんだけどな。 ﹃操作﹄スキルを使って編んでるからかな? それとも単純な編み方しかしてないのが原因? ちゃんとした糸があれば、もっと色々と作れるんだけどねえ。 167 針仕事は、子供の頃に仕込まれたから。 女の子なら当然の嗜みよ、とか言われて信じてたなあ。 でもまあ、手編み自体は面白いから好きだよ。 温かい部屋でソファにでも座りながら、静かに没頭できたら最高 だね。 一番面白いのは竹編みかなあ。 あれだけは、ボク自身が興味を持って始めたんだよね。 教えてくれた近所のおばあさん、まだ元気かなあ。 ボクが贈った籠、まだ使ってくれているのか︱︱︱と、何かの気 配? もうじき日も暮れるのに、動く生き物の気配がした。 まだ百メートルほどは離れてる。 ほとんど音はしない。向こうも静かに歩いてる? でも完璧ではないし、なにより匂いが漂ってくる。 あんまりいい匂いじゃないね。むしろ鼻につく臭いだ。 ともかくも、ボクは木の上に登って様子を窺う。 居ると分かれば、﹃五感制御﹄に頼らなくても、その姿は見て取 れた。 草むらを掻き分けながら、四人の人間が進んでいる。 人間。人間だ。 久しぶりに見た気がするね。 ここが島だか大陸だか分からないけど、ともかくも近くに人間が 住んでるのかな? だけど住民にしては妙な雰囲気でもある。 四人の内、三人は男なんだけど、武装してるんだよね。 それぞれが革鎧を着て、腰には剣やナイフを差してる。 168 兵士って感じじゃないね。 ファンタジー世界の常識からすると、冒険者っぽい。あるいは盗 賊っぽい。 薄汚れた感じは、むしろ後者かなあ。 問題は残りの一人、女の子の方だね。 なんだか疲れ果てた表情をしてる。 男三人の方も元気に森を散歩って感じじゃないけど、女の子の方 は、とりわけ困窮しきっている様子だ。 しかもまだ本当に子供だよね。幼女だ。 体格の小ささからすると、まだ十才にもなっていなさそう。 銀髪が肩下まで伸びていて、その髪の隙間からは長い耳がひょこ りと覗いていた。 これもまた、ファンタジーの定番ってやつかな? じっとりと﹃鑑定﹄してみる。 比較対象が少ないから断言はできないけど、幼女の方は着ている 服の造りも違う。 エルフ なんだろうねえ。 糸自体がしなやかで頑丈そうだ。縫い目とかも丁寧だね。 やっぱり そして男達の方は標準的な人間ってところかな。 どれが標準か分からないくらい、これまで見た人間の数って少な いんだけど。 と、彼らが足を止めた。 警戒するみたいに周囲を窺ってる。 野営地でも探してるのかな? 念の為に、ボクも見つからないよう木陰に身を潜める。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃静寂﹄スキルが上昇しました︾ 169 しばらく待つと、彼らは移動を再開した。 まあ謎生物が多い危険な森だからね。警戒するのも当然か。 もう陽が落ちそうだけど、少しでも早く森を抜けたいってところ かねえ。 ん∼⋮⋮、 やっぱり平凡な住民じゃないんだろうね。 むしろ、男三人は逆の立場に就いてるんじゃない? 盗賊とか。人攫いとか、ね。 エルフと言えば、そういう用途で高く売れるのが定番だ。 銀髪の女の子は、とても男たちの仲間には見えない。 あ、最後尾を歩いてた男が、幼女の背中を蹴りつけた。 なにやら怒鳴りつけてる。 言葉は分からないけど、早く行け、とか言ってるみたいだね。 幼女は目に涙をいっぱい溜めた悔しそうな顔をしながら、それで も立ち上がって歩いていく。 うん。これは確定かな。 男どもは悪人。幼女は被害者。 だからといって、どうするかってなると悩むところなんだけど⋮ ⋮。 勇者やヒーローよろしく、颯爽と現れて女の子を助けられるなら、 そりゃあ万々歳だよね。 でも生憎、ボクはそんな格好良いものじゃない。 毛玉だ。 男たちに見つかったら、あっさり返り討ちにあってもおかしくな い。 相手の強さも分からないからね。 170 だいたい、女の子のために体を張るとかボクのキャラじゃないよ。 もしもここで助けたところで、その後の問題もある。 どうせ森の中でのサバイバル生活だよ。 無事に家に帰るなんて難しい。 あの子が何処から来たのかも分からないし、聞き出そうにも言葉 も通じない。 人間社会を知ってる男三人に守られてた方が安全じゃないかな。 少なくとも、殺されることはなさそうだし。 ボクが助けるメリットも義理も無いよね。 見捨てるのが一番理性的な選択。 うん。そうしよう。 あの幼女だって、こんな毛玉に助けられても困惑するだろうし。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ああ、でもなあ、ボクってバックベア○ドっぽいん だよね。 一度くらいはやってもいいかな。 このロリコンどもめ!、って。 171 21 作戦名LO 夜の帳が下りた。 辺りはもう完全に暗闇だ。 月や星の明かりも、生い茂った枝葉に遮られている。 だけどボクの眼は、しっかりと風景を捉えていた。 ﹃暗視﹄スキルとかは持ってないんだけど、不思議と見えてるね。 魔獣の特性か、それともベアルーダ種だからなのか。 どっちにしても有り難い。 今回の作戦では、暗闇での正確な行動が必須だからね。 男たちは最低限の野営道具しか持っていなかったようで、全員が 質素な毛布に包まっているだけだ。 焚火もつけていたけど、食事が終わると消していた。 幼女は薪と一緒に集めた葉っぱを被って横になってる。毛布は与 えられていない。 はあ。本当に酷い連中だね。 あの子がいなければ、とっくに遠距離から﹃死毒の魔眼﹄をお見 舞いしてる。 いまは巻き込む恐れがあるから使えないけどね。 でもまあ、どっちにしろ、あの男どもに容赦は無用ってことだね。 それじゃあ始めようか。 作戦名、LOを。 ちょうど見張りで一人だけ起きていた男が立ち上がった。 172 交代の時間かと思ったけど違う。 近くの木陰へ向かう。トイレだね。 lonely otoko 可能性は薄いと思ってたけど、これは正しく絶好の機会だ。 一人になった男をヤッちゃおう作戦の始まりに相応しい。 男が木陰に入った直後、﹃死毒の魔眼﹄発動! 黒靄に顔を包まれた男が悲鳴を上げる。 声も上げられずに即死、っていうのが理想だったけど、まあ仕方 ないか。 ほんの数秒だけ悶えた男は、そのまま事切れる。 ︽特定行動により、称号﹃罪人殺し﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃罪人殺し﹄により、﹃懲罰﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。称号﹃戦士﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃戦士﹄により、﹃強力撃﹄及び﹃威圧﹄が覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。称号﹃悪業を積む者﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃悪業を積む者﹄により、﹃極道﹄スキルが覚醒しました︾ ︽スキル﹃我道﹄は上位スキル﹃極道﹄へ統合されます︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV9からLV10になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽条件が満たされたため、魔獣、ティニィ・レア・ベアルーダは進 化可能です︾ ︽進化先の候補が複数あります。次の中から選択してください。 エンジェリック・ベアルーダ デモニック・ベアルーダ カオティック・ベアルーダ︾ 173 なんかえらいことになった。 ああもう。とりあえず、全部保留で。 ツッコミが追いつかない。 なにより、いまは構ってる場合じゃない。 一人目を仕留めたのはいいけど、悲鳴を上げられたおかげで残り も目を覚ましちゃったからね。 男二人がなにやら喚きながら明かりを灯す。 幼女も起きたけど、こっちは身を縮めて震えているだけだ。 可能なら、男どもだけ誘い出したいところだけど︱︱︱、 あ、男の一人が幼女を強引に立たせた。 腕を捻り上げて、首筋に剣を押し当てる。 叫んでる言葉は分からないけど、これたぶん人質のつもりだよね。 うむむ、最悪の展開になっちゃったなあ。 気づかれずに一人ずつ始末するつもりだったのに。 あ、一人目の死体も見つけられた。 驚いた顔してるね。 まあ顔のほとんどが崩れた死体見れば、戦い慣れた人間でもそう なるか。 動揺してる内に、こっちは次の作戦に移らせてもらおう。 プランBは常に用意しておく。生き残るための鉄則だよ。 ってことで、3番から5番、起動。 奴等が野営の準備をしている間に、こっちも罠を設置しておいた んだよ。 ツタを組んだ簡単な物だけどね。 殺傷力はなくて、木枝や草むらが揺れるだけ。 それでも注意を引くには充分だった。 174 揺れる草むらを凝視する男どもの背後から、ボクはこっそりと近 づく。 まずは幼女を人質に取っているゲス野郎から。 後頭部へ向けて、﹃毒針﹄を全力射撃。 ﹃破戒撃﹄と、取ったばかりの﹃強力撃﹄も乗せてやる。 わぁい。根元まで突き刺さったよ。 何本かは貫通までしてた。 ボクの毛針って、いまの長さは二十センチ以上もあるんだよね。 そんなのが十本単位で根元まで刺されば、そりゃあもう即死だよ。 今度は悲鳴も上げずに倒れる。 あ、でも幼女が小さく悲鳴を上げた。 残った男一人が振り向く。 ボクと目が合った。 だけど残念。そっちは風下なんだ。 距離もひとまず安全なくらいには離れてるね。 ﹃死毒の魔眼﹄、発動。 ついでに﹃混沌の魔眼﹄と、﹃毒針﹄&﹃破戒撃﹄&﹃強力撃﹄、 あとなんだか分からないけど﹃懲罰﹄も使ってみる。 いまのボクが撃てる最強コンボだね。 お? 毛針が白く光った。 魔眼を喰らって動きを止めた男を、容赦なく穴だらけにしていく。 あっさりと、最後の一人も死体になった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃混沌の魔眼﹄スキルが上昇し 175 ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃毒針﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃射撃﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破戒撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃強力撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、ティニィ・レア・ベアル ーダがLV10からLV15になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽特殊条件が満たされたため、魔獣、ティニィ・レア・ベアルーダ は進化可能選択肢が増えました︾ ︽進化先の候補が複数あります。次の中から選択してください。 エンジェリック・ベアルーダ デモニック・ベアルーダ カオティック・ベアルーダ オリジン・ユニーク・ベアルーダ︾ またえらいことになった。 ああ、これはスキル検証が大変だね。 それよりも進化先が増えたってどういうこと? てっきりレベル10で打ち止めだと思ったんだけど、それ以上に アップしたから、特殊進化が可能になったと? ん∼、よく分からないね。 176 きっと考えても答えは出ない。 いまは目の前の問題から解決しよう。 とりあえず邪魔者は始末した。後は幼女だけだ。 って、こう言うとこっちが悪役みたいだね。 違うよ。﹃極道﹄とか持ってるけど、悪いことするつもりはない からね。 それに、連中はやっぱり悪人だったっぽい。 称号で﹃罪人殺し﹄なんて手に入ったからね。 さて、それじゃあ幼女に目を向けようか。 涙目になってへたりこんで震えてる。 地面がちょろちょろと濡れてるのは、えっと、見なかったことに してあげよう。 やっぱり怖がらせちゃったか。 とりあえず落ち着けるためにも、邪魔な死体の片付けから先にし ておこう。 まずは幼女から見えない森の影まで運びます。 次に、毛針を刺します。 ﹃吸収﹄します。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃吸収﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃高速吸収﹄スキルが解放されます︾ 死体は灰みたいになって散っていって跡形も残らない。 これ、完全犯罪に使えるね。 そんなことする予定はまったくないんだけど。 あ、でも装備や服だけは残ってる。使えるかも知れないから回収 しておこう。 177 元の場所に戻ると、まだ幼女は座り込んでいた。 ボクの姿を見て、やっぱり怯えたみたいに肩を縮める。 幾分か落ち着いたみたいだけど、どうしようかねえ。 とりあえず、放置して帰るって選択肢はないね。 ボクが連中を殺したおかげで、この子は一人で放り出されるワケ だから。 最低限、相手の行動を待つくらいはする。 それくらいは人として当然だよね。 毛玉だけどさ。 で、ボクは幼女の前に腰を下ろす。 腰なんて何処か分からないけど、とにかく座る。 足を畳んで、それこそボールみたいに。 レベルアップのおかげか、いまのボクはバスケットボールくらい の大きさがある。 その黒毛玉と、幼女が座り込んで向き合ってる形だね。 夜の薄暗い森の中で。 傍目から見たらシュールだろうね。 ﹁⋮⋮⋮⋮a%﹂ 幼女が小さく口を開いた。 ん∼、いつまでも幼女っていうのも妙だね。 銀髪エルフっ子だから、銀子でいいか。 ﹁t$O+к ̄YΟ?﹂ 銀子はまた何か呟く。やっぱり言葉は分からないね。 ボクはとりあえずゴロゴロしておく。 178 敵意は無いアピールだ。 そんなボクを眺めて、銀子は目をぱちくりさせていた。 ﹁⋮⋮aλΓ&u﹂ また銀子は呟くと、そっと手を伸ばしてきた。 涙で濡れていた小さな手で、ボクの頭を優しく撫でる。 こうしてボクは、異世界ではじめて人に触れた。 179 21 作戦名LO︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 ティニィ・レア・ベアルーダ LV:15 名前:なし 戦闘力:1250 社会生活力:−2320 カルマ:−3450 特性: 魔獣種 :﹃毒針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄﹃栽培﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄ カスタマイズポイント:300 180 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 181 22 幼女と一晩を共にする 人攫いどもが作った野営地から少し離れて、ボクと銀子は休むこ とにした。 とりあえず持ってきたのは毛布と軽い手荷物だけ。 もう夜中だし、銀子は疲れてるみたいだから早く眠った方がいい からね。 細かな作業は明日に回すことにした。 薄い毛布に包まった銀子は、すやすやと寝息を立てている。 ボクを抱えたまま。 なんだろう、この毛玉体って撫でてると落ち着くのかな? 自分だと毛触りとかよく分からないんだよね。 もしかしたらキューティクルばっちりでふかふかなのかも。 ボクの方も温かいので、とりあえず抵抗せずに身を任せてる。 あ、ちなみに寝る前に、川に寄って水浴びはさせておいたよ。 ちょっと怖がりすぎて匂ってたからね。 まあ朝になれば、服もそれなりに乾いてると思う。 さほど寒い季節でもないから大丈夫なはずだ。 ついでに、軽い怪我もしてたので﹃治癒の魔眼﹄で治しておいた。 そうして銀子はすぐに眠ったけど、ボクには少し考えなきゃいけ ないことがある。 一気にレベルが上がって、称号やらスキルやらが増えたからね。 まず﹃罪人殺し﹄。 182 これは文字通り、あの男たちが罪人だったってことだろうね。 うん。始末しといてよかった。 次の﹃戦士﹄と﹃悪業を積む者﹄。 こっちはシステムメッセージが少し違ったね。 ﹁特定行動﹂じゃなくて、﹁条件を満たしました﹂だった。 悪業の方はカルマだろうねえ。 ちょうど−3000を越えるくらいだったし。 そうなると、戦士の方は戦闘力の数値じゃないかって予測がつく。 1000を越えたからかな? それくらいで﹁戦士﹂って名乗れるなら、ひとつの判断基準にな るね。 少なくとも、村人Aよりは強そうだ。 そういえば、この称号自体には効果ないのかな? 例えば﹁戦士﹂だったら戦いの時に有利になるとか、腕力が強く なるとか。 ん∼、まあ考えても分からないか。 それにしても、称号の中に三つも﹁殺し﹂があるって⋮⋮。 ﹁悪﹂も二つあるね。 このシステムが作る称号は、どうにも偏ってる気がするよ。 ボクは何も悪いことなんてしてないのにね。 まあシステムへの不満はともかく、スキルの検証もしないといけ ない。 一番気になるのは、新しく獲得した﹃懲罰﹄かな。 ﹃極道﹄も気になるけど、謎なので放っておこう。 ひとまず﹃我道﹄のランクアップスキルだって覚えておけばいい。 ﹃懲罰﹄は、基本的に﹃破戒撃﹄と同じように使えるみたいだ。 183 攻撃用のエンチャントだね。 ﹃魔導の才﹄に分類されてるから、特殊な魔法攻撃でもあるみた いだ。 毒針に込めて使ったら、白く光ってた。 名前からすると、罪人とか悪人への特効スキルかなあ? ちょっと試してみようか。 眠ってる銀子はそのままにして⋮⋮あ、抱きしめられた。 むう。まだ一人寝ができない子供なのかなあ。 だけどこの森はそんなに甘くない。 ボクは容赦無く抜け出させてもらう。 ぽんぽんと幼女の頭を撫でて、そぉっと起こさないように。 寝床から少し離れて、適当な木枝を拾い上げた。 ﹃操作﹄のおかげで、一旦毛針を刺せば、魔力糸を介して動かせ る。 傍目には念力みたいに見えるかなあ。 ともあれ、その小さな枝に﹃懲罰﹄を乗せて、自分へ向けて振っ てみた。 白く光った木枝が当たる。 直後、全身に痺れが走った。 お? おお? これはけっこう効くかも。 抵抗し難いような不思議な痛みがある。 ほとんど力を込めなかったのに、数秒くらいは動けなくなったよ。 やっぱりカルマに比例してダメージを受けるのかな? だとしたら、ボクにとって危険な攻撃になるかも。 対応できる耐性があるなら、早目に鍛えておいた方がいいかも知 れない。 184 ってことで、何度かぺしぺしと叩いてみる。 その度に、痺れるような痛みが襲ってくるけど我慢だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃懲罰﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃我慢﹄スキルが上昇しました︾ むむ? これ、耐性が上がったのか? だけど、どっちが﹃懲罰﹄に対応してるのか分からないね。 ん∼、どちらかと言えば、﹃極道﹄の方かなあ。 ﹃我道﹄からの進化だし、我が道を行くから懲罰なんて知らん!、 みたいな。 でもこれ、そもそも耐性系のスキルなのかな? とりあえず、﹃我慢﹄とともに上げていくって方針でいいかな。 対応できる手段が皆無じゃない、って分かっただけでも好しとし よう。 さて、次は最大の検討項目だ。 進化可能になった。しかも、選択先が四つもある。 エンジェリック。デモニック。カオティック。 そして、オリジン・ユニーク。 これまでの進化先と違って、どれも強そうだね。 少し迷わないでもないけど、選ぶのは最後のでいいと思う。 原初の。唯一の。 どう進化するか分からない怖さはあるね。 だけど逆に言えば、一番可能性が広い選択肢でもある。 なにより、進化条件が特殊だったみたいだしね。 うん。踏み込んでみよう。 185 選択肢は決まった。 この簡易野営地は、周囲をぐるっと草で覆ってるから、意識を失 っても危険は少ないと思う。 ちょこっと魔力を注いで、急いで草を成長させたんだよね。 中には魔力だと枯れちゃう種類もあったのは参考になった。 おかげで﹃栽培﹄も地味に鍛えられたよ。 まあ、進化しても大丈夫だよね。 気掛かりなのは、進化した後の姿だけど⋮⋮銀子にも分かるかな あ。 ユニークとか付いてるから、今度は大幅な変化があるかも知れな い。 でもベアルーダって種族の内なのかな? だとしたら、そう大きくは変わらない? これも考えてても仕方ないか。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ それじゃあ、進化するよ。 システムさん、お願い。 そして、おやすみなさい。 ︽申請を受諾。進化を開始します︾ ︽原初種への進化です。魂の解析を行います︾ ︽原初種を設定しています。少々お待ちください︾ ︽魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダへの進化が完了しました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ 186 ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽進化により、﹃毒針﹄が﹃九拾針﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃万魔撃﹄スキルが覚醒しました︾ ︽進化により、﹃破滅の魔眼﹄スキルが覚醒しました︾ ︽特殊条件が満たされたため、称号﹃根源種﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃根源種﹄により、﹃加護﹄、﹃無属性魔術﹄スキルが大幅 に上昇しました︾ ︽称号﹃根源種﹄により、﹃魂源の才﹄が覚醒しました︾ ︽﹃魂源の才﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ ゆさゆさと揺さぶられる。 柔らかくて温かな感触が肌に当たってるのが分かった。 ゆっくりと目蓋を押し上げていく。 ﹁@、@ξyu﹂ 目の前に銀子がいて、小首を傾げながらボクの様子を窺っていた。 もう朝陽が昇ってる。 どうやら、けっこう長い時間意識を失ってたみたいだ。 疲れてたのもあるのかな。 ともかく、先に起きた銀子に心配させちゃったらしいね。 軽く前脚を上げて、手を振るみたいに朝の挨拶をする。 言葉は分からないけど、銀子も少し安心したみたいな顔をして小 さく呟きを返してくれた。 どうやらボクの進化は無事に終わったようだ。 銀子の様子からすると、あんまり姿は変わってないのかな? 187 と、身を起こそうとしたところで、足下に違和感があった。 ごっそりと黒い毛が落ちてる。 これ、ボクから抜け落ちたものだよね? んん? でもボクの姿は相変わらずの黒毛玉っぽい。 だけど少し艶は良くなかったかな。 よく見れば色の違いもある? 前は黒だったけど、今度はどちらかと言えば闇色って感じかな? 微妙な違いだ。 まあ、いいか。どうせ大して変わらない。 折角だし、抜け落ちた黒毛は集めて保管しておこう。 後で編んで、何かに使えるかも知れないしね。 いっそ、ぬいぐるみでも作ってみようか。 銀子はどうやら、朝食の支度をしてくれるみたいだ。 人攫いたちが持ってた荷物から少しだけ食料も持ってきておいた からね。 保存食を取り出してる。 薪も集めてあるし⋮⋮え? 火を点けた? 魔法だ。へえ、魔術を使えるんだ。 今度、教えてもらおう。 ボクも何か手伝おうかな。 あ、その前にステータスくらいは確認しておこうか。 188 22 幼女と一晩を共にする︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:1850 社会生活力:−2820 カルマ:−3950 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄﹃栽培﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 189 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄ カスタマイズポイント:500 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 190 23 フィーッシュ! ボクはいま、燃えてる。 比喩じゃなくて。 正しく、文字通りに、自慢の黒毛に火がついてる。 うっかり焚火に近づきすぎたのがよくなかった。 この体、どうやらかなり燃え易いみたいだ。 ﹃治癒の魔眼﹄を使っても治まらない。 炎に巻かれるなんて、十歳の時以来だね。 あの時はどうやって助かったんだっけ︱︱︱。 あ、銀子が水を掛けてくれた。 水冷魔術も使えるのか、助かったよ。 なんとか火が消し止められたところで、心配そうに銀子が覗き込 んでくる。 大丈夫。問題ない。 けっこう火傷したけど死ぬほどじゃない。 ﹃治癒の魔眼﹄、発動。 チリヂリになった毛も、﹃自己再生﹄を使えばすぐに新しいのが 生えてくる。 毛針を使った後も、ちょっとの魔力消費で再生できてたからね。 ぽんぽんと頭を撫でてあげると、銀子もほっと息を吐いた。 揃って朝食を再開する。 今朝のメニューは、干し肉のスープだ。 保存食なのであまり味は期待できないけど、折角、銀子が作って 191 くれたものだ。 有り難くいただくとする。 ちなみに、食器も人攫いたちの荷物の中にあった。 あんな連中の食器を使い回すのは嫌だけど、まあ状況的に仕方な い。 ﹃操作﹄で食器を動かして、スープを口へ運んでいく。 幼女の手前、犬食いするのも行儀悪いしね。 でも毛玉が丁寧に食べるのも変なのかな? そんなボクを銀子はしげしげと見つめていた。 早く食べた方がいいよー。 折角作ったのに、冷めちゃうじゃないか。 身振り毛振りで促してやると、銀子は小さく笑いながら食事を再 開した。 食事の後は、また食事の準備だ。 食料確保とも言う。 このサバイバル生活が始まってから続いてる課題だけど、一気に 深刻さが増した。 ボクだけなら、数日間に一匹でもウサギを狩れば事足りる。 いざとなれば、樹液と雑草だけでも生きていけそうだ。 でも銀子はそうもいかない。 子供はしっかりと食べないとね。 たぶん、育ち盛りだろうし。 192 数日分は、人攫い連中が持っていた保存食で間に合わせられる。 その間に安定した食料源を見つけておきたい。 とはいえ、ボク一人の時もけっこう探し回ってはいたんだよね。 なのにまだ、まともな果実ひとつすら発見できていない。 そんな訳で、今回は川に足を運んでみた。 ボクが歩く後ろを、銀子がとてとてとついてきている。 草で編んだ籠と網を背負いながら。 そう、目的は魚だ。 一度はワニに出くわしたけど、あんな大物と何回も出会う可能性 は低いはず。 実際、昨夜に銀子を連れてきた時は出くわさなかったからね。 ﹃五感制御﹄に﹃危機感知﹄もある。 注意深く見張っていれば、ワニが現れる前に気づけるはずだ。 そうして川に到着。 周囲を見渡す。 ウサギと目が合った。 え? いきなり獲物発見? 探してたのはそっちじゃないんだけ ど。 まあいいや。 ウサギがすぐさま走り出して迫ってくる。 銀子も気づいて、泣き出しそうな悲鳴を上げた。 進化しすぎている あれ? 可愛いウサギを見ての反応じゃないよね。 怖い魔獣だって認識してるのかな。 ともあれ、﹃九拾針﹄発射。 ﹃毒針﹄から進化したスキルだけど、実に 193 スキルだった。 ステータスに表示されたスキル名を見て首を傾げてたらね、現れ たんだよ。 別ウィンドウが。 ﹃九拾針﹄用の専用メニュー画面だった。 それによると、様々な種類の針が扱えるらしかった。 既に持っていた﹃毒針﹄や、その上位っぽい﹃猛毒針﹄。 見るからに危なそうな﹃爆裂針﹄や﹃石化針﹄、﹃麻痺針﹄、﹃ 呪怨針﹄。 変わり種としては﹃辛味針﹄や﹃甘味針﹄、﹃笑針﹄や﹃泣針﹄ なんてものまであった。 どんな針やねん!、って突っ込んだよ。 隣にいた銀子には、ビクッ、て肩を縮めて驚かれたけどね。 さすがにメニューで機能を切り替えられはしなかった。 そこまでゲーム的じゃない。この世界のルールだね。 でも意識すれば、どの針を使うか簡単に選べる。 今回使ったのは﹃貫通針﹄だ。 数十本まとめて放たれた針は、その名前通りにウサギを貫通して いった。 当然、ウサギは穴だらけになって倒れる。 じっくりと観察して、﹃鑑定﹄も意識して、死体になったのを確 認する。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃鑑定﹄スキルが上昇しました︾ と、身を縮めていた銀子が抱きついてきた。 何事か言葉を並べて、しきりにボクの頭を撫でる。 瞳には涙を溜めてるけど、嬉しそうに笑っていた。 お返しに、ボクもぽんぽんと頭を撫でてやった。 194 さて、銀子が落ち着くのを待って行動再開。 ウサギは血抜きのために、適当な木枝に吊るしておく。 いざという時は身代わりとして使おう。 もう一度周囲の安全を確認してから、今度こそ本命の作業開始。 持ってきた網を﹃操作﹄して、川へと放り入れる。 ボク自身が川に入るのは危ないからね。 深さはそんなにないけど、この毛玉体だと沈むと危ない。 なんとなく浮きそうな気はするけどね。 こう、ボールみたいに。 試さないでおこう。 ボクの役目はあくまで魚を見つけることだからね。 射程範囲である十メートル内なら、離れていても網は﹃操作﹄で きる。 ん∼、でも肝心の魚がいないみたいだ。 岩陰とかに隠れてるのかな? どっちにしても、水の中だと発見し難いんだよねえ。 何かいいスキル無いかな? 探知系? 魔力感知があるから、生命力感知とか? ︽﹃生命力感知﹄スキルは、すでに解放されています︾ やっぱりあるんだ。 というか、すでに解放されている? ん∼⋮⋮分からないな。魔力なら感知できるんだけど。 ボクが鈍いのか、意識していなかったからか⋮⋮、 あ、銀子が川に入っていった。 195 魚探しを手伝ってくれるつもりかな? まあいいや。流れも激しくないし、危なくはないでしょ。 こっちはこっちで、﹃生命力感知﹄を試してみよう。 スキルは存在するんだし、あとは努力次第のはず。 まずは、自分自身の生命力とやらに意識を傾けてみようか。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力感知﹄スキルが上昇し ました︾ んん⋮⋮⋮⋮初めてだからか、やっぱり微妙だね。 ぼんやりと気配みたいなのは感じられる。 だけど自分のだけで、他のものには感覚が及ばないみたい。 この感覚が正しいのかも分からないんだよね。 魚みたいな小さなものを見つけるのも難しそうだ。 魔法系のスキル以外は、やっぱりボクは苦手なのかな? 少なくとも、もうちょっと練習が必要になりそうだ。 これなら普通に目で探した方がよさそう、と、魚発見。 銀子が岩の下から追い出してくれた。 逃がさないよう、魚に対して﹃混沌の魔眼﹄も使ってみる。 基本的には混乱効果みたいだけど、相手の動きも止められるから ね。 後は、網で掬い上げてフィニッシュ。 あ、魚だけにっていうシャレじゃなくてね。 ともあれ、そこそこに大きな魚確保だ。 銀子用にすれば一食分くらいはあるね。 嬉しそうに銀子もはしゃいでる。 この分なら、当面の食事は問題なさそうだね。 196 24 サバイバル生活にも潤いを求めたい 焼き魚に齧りつく。 ボクの分は要らないってアピールしたんだけどね。 銀子がどうしてもって言いたげに押しつけてくるから。 まあ十匹以上獲れたし、余裕がある内は一緒に食べておこう。 ちなみに、﹃塩味針﹄で軽く味付けもしてある。 なんとこれ、毛針の先から塩水が出ます。 薄味なのはレベルが低いからかね。 ちなみに﹃辛味針﹄だと赤い水が、﹃苦味針﹄だと黒い水が出た。 魚に飲ませたけど生きてたので、たぶん無害だと思う。 不思議だけど、魔法効果ってことで納得しておく。 でも栄養素とかは摂れてないはずだから、頼りすぎると危険だよ ね。 いや、でも待てよ。 単純に魔法効果って考えたけど、生物的に作り出してるとしたら どうだろう? 人間だって体内で色んな物質を作れたはずだし⋮⋮。 ああ、これは考えても分からない疑問だね。 自分の体液で味付けとか考えたくもない。 放置で。頭の片隅に追いやっておこう。 ともあれ、焼き魚は美味しいです。 銀子も無邪気に笑ってる。 魚を捕まえられたのも、火を用意できたのも彼女のおかげだ。感 197 謝しておこう。 ︽特定行動により、称号﹃善意﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃善意﹄により、﹃闇大耐性﹄スキルが覚醒しました︾ お、カルマが100ポイントプラスされた。 社会生活力もちょこっと上方修正。 焼け石に水って感じだけどね。 まあいいや。いまは焼き魚の美味しさの方が大切だよ。 ん? 銀子の頬っぺたに小骨がついてる。 取ってあげよう。 黒毛をブラシみたいにして、よし、綺麗になった。 お礼のつもりなのか、銀子もボクを撫でてくる。 ん∼、こうやって撫でられるのって、子供扱いされてるみたいで 好きじゃないんだけどなあ。 でも幼女のすることだしね。 寛大な心で受け止めてあげよう。 余った魚は、銀子が魔術で氷漬けにしてくれた。 干物にでもしようかと思ってたけど、作り方がよく分からないし、 こっちの方が確実だね。 銀子は本当に役に立ってくれるいい子だ。 さて。食料に余裕が出てきたので、午後からは拠点の作成を始め る。 198 同時に、スキルを鍛えたりもしたい。 とりあえず、人攫いどもの荷物なんかもまとめて回収する。 森の探索もしつつ、川に近い位置へ移動。 そこで拠点作成をするよ。 まずは、例の酸っぱい偽リンゴの栽培から。 拠点を囲う形で生やしていくつもりだ。 この偽リンゴ、魔力を注ぐと驚くくらいの早さで成長するんだよ ね。 魔獣はこの実が危険だって知ってるはず。 最初に見掛けた時に採られてなかったのは、それが理由じゃない かなあって考えてる。 だから、偽リンゴが生えてれば魔獣は近づいてこないんじゃない かな? まあ期待は薄いけど、下手な柵で囲うよりは安全だと思う。 でもさすがに、一日で何十本も成長させるのは無理だ。 とりあえず、四方に数本ずつ配置しておく。 成った偽リンゴを見上げて、銀子が食べたそうな顔をしてた。 なので、危ないと説明しておく。 地面に絵を描いてね。 ドクロマークとか、リンゴを食べたボクが萎んでいく様子とか、 そんな感じで。 なんとなくは伝わったはず。 それでも銀子は不思議そうに首を傾げていたので、ほんの一欠片 だけ渡してみた。 指先ほどの一欠片だよ。 ちょっと舐めただけで、銀子はミャぁ∼と悲鳴を上げた。 199 ウミネコだった!? って、違うね。とにかくすぐに吐き出したので問題はない。 ﹃魔力感知﹄で探っても、魔力が減ってる様子はなかった。 偽リンゴの危険性も理解してくれたみたいだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃栽培﹄スキルが上昇しました︾ 栽培と言えば、ひとつ思いついたことがある。 少しだけど生命力を感知できるようになったので、それも操作も できないかなあ、と。 雑草の中には、魔力を送り込むと枯れちゃう種類もあったんだよ ね。 なので、生命力ならどうかと考えてみた。 まあ感じられるのと、それを操れるのは別なんだろうけど。 とりあえず試してみる。 まずは偽リンゴに毛針を刺して、そこから自分の生命力を送り込 むイメージで。 さすがに生命力を失うのは怖いから慎重にね。 ん∼⋮⋮やっぱり簡単にはいかないか。 そもそも生命力って動かせるの?、っていう疑問もある。 魔力は操作できてるけど⋮⋮ああ、システムに聞いてみればいい のか。 ﹃生命力操作﹄って取れるー? ⋮⋮⋮⋮応答なし、と。 何かしらの条件を満たしてない可能性もあるね。 だけど、﹃魔力操作﹄みたいに簡単にはいかないって認識でいい かな。 そうなると、﹃栽培﹄で出来るのは魔力を送り込むことだけにな 200 るけど⋮⋮、 魔眼で治癒でも掛けてみる? 幾分か成長は早くなるかも⋮⋮あ、なにも治癒じゃなくてもいい のか。 魔力を養分みたいに送るだけだからダメなんだ。 もっとこう、刺激を与えるようにすればいいのかも。 イメージとしては、魔力による遺伝子組み換え? そこまではいかなくても、何かしらの変化は起こるかも知れない。 こういう実験って、けっこう好きなんだよね。 まずは偽リンゴに毛針を刺して、その先から細い魔力糸を伸ばし ていく。 種に侵入した糸は、これまでは単純に魔力を注ぎ込むだけだった。 今回は、じっくりと種の中にある魔力を観察する。 元からある種の魔力構成を、ボクの魔力で少し変えてやる。 積み木の幾つかを、同じ形の、違う色の積み木と取り替えてやる 感じだね。 幾つかの種に同じような作業をして、とりあえず放置だ。 明日まで様子を見て、それから育ててみよう。 それぞれにどんな手の加え方をしたのか、覚えておかないといけ ないね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃記憶﹄スキルが上昇しました︾ メモ用紙が欲しくなるね。 どんな改造をしたのか、書き留めておきたい。 一目で分かるようになれば、作業効率だって上がるだろうし。 それに、﹃鑑定﹄がもっと使えるスキルなら⋮⋮、 201 あ、でも知識系の問題なら、一応は救済措置があるんだよね。 ﹃魔術知識﹄なんてものがあった。﹃共通言語﹄も。 だったら、他の知識もあるかも知れない。 例えば﹃植物知識﹄とか、システムさんは用意してないのかな? ︽﹃植物知識﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイント:50が必要です。取得しますか?︾ あった! すぐに欲しいところだけど、ここは我慢だ。 ボクだって、そう何度も騙されはしないよ。 閲覧許可 ってひとつしか取ってな どうせまた本が出てきて、それが読めないとかいうオチなんだか ら。 ん∼、でもなあ、これまで いんだよね。 ﹃魔術知識﹄のみ。 他のはもしかしたら読めるんじゃないか、とも思えちゃう。 そうでなくても、言葉を学ぶ参考にはなりそうだ。 ポイントも安いくらいだしね。 知識 もあるか確かめてからでも遅くはないよね。 いや、でも待った。焦るべきじゃない。 他の ︽﹃魔獣知識﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイント:50が必要です。取得しますか?︾ ︽﹃鑑定知識﹄は閲覧許可を取得可能です︾ ︽カスタマイズポイント:100が必要です。取得しますか?︾ ぬぬぬ⋮⋮これは誘惑に駆られるね。 とりわけ﹃鑑定知識﹄は気になる。役立ちそうだ。 202 ポイントはなるべく ⋮、 才能 ええい、取っちゃえ! を伸ばす方向で使いたいんだけど⋮ ︽申請を受諾しました。﹃鑑定知識﹄への閲覧許可を取得します︾ ︽残りカスタマイズポイントは400です︾ それじゃあ早速︱︱︱ぼふっ? 背中に柔らかな感触が当たった。 銀子だ。抱きついてきて、なにやら不満そうに頬を膨らませてる。 さっきまで黙ってボクを見守ってたけど、どうやら退屈してきた らしい。 まあ子供だから仕方ないか。 こっちの魔力も減ってきたし、回復しつつ相手をしてあげよう。 でも子供の遊び相手なんてしたことないなあ。 何すればいいんだろ? 学校みたいに授業でもする? むしろ、こっちが魔術を教えてもらいたいくらいだよね。 だけど今は回復中だし⋮⋮。 ひとまず、算数でも教えてみようか。 適当な木枝を使って、地面に書いていく。 ○の下に1。 ○○の下に2。 こんな感じで、まずは数字から教えていく。 最初は戸惑っていた銀子も、数字はすぐに覚えた。 足し算と引き算も、一桁なら胸を張って答えてみせる。 二桁三桁になると、やや苦戦した。 203 眉根を寄せて恨めしそうな顔をする。 そんな顔をしてもダメだ。勉強はちゃんとしないとね。 とりわけ算数は基本だから、どんな場面でも役に立つはず。 筆算の仕方を教えてあげると、すぐに理解した。 やっぱり頭のいい子だね。 ご褒美にお菓子をあげたくなるけど、残念ながら雑草と危険果実 しかない。 あ、そうだ。 お菓子はないけど、ジュースもどきなら作れるね。 まずは人攫いどもが持ってた木製のコップを取り出す。銀子に水 と氷を魔術で用意してもらう。 そこに、ボクの﹃甘味針﹄と、偽リンゴの酸っぱい果汁をちょこ っと。 念の為に毒見してから、銀子へと渡す。 さあ、ごくっといってみなさい。 小首を傾げてから、銀子がコップを傾ける。 わぁっと大きく目を見開いた。 一気に飲み干して、太陽みたいな笑顔を輝かせる。 うん。喜んでもらえたようでよかった。 おかわりを欲しそうな顔もするけど、残念ながらボクは首を振る。 さっき試したけど、偽リンゴの果汁も破魔ダメージを受ける。 ある程度の量を飲めば、だけどね。 だから銀子に渡したジュースもどきには、ちょこっとしか混ぜて いない。 もう一杯∼!、みたいなことを繰り返し言ってくる銀子を宥めて、 勉強に戻る。 204 今度は掛け算だ。 三の段くらいまではクリアしたいね。 それが終わったら、少しお昼寝でもしようかな。 205 25 新たなる目標 夜、銀子はすやすやと眠っている。 ボクを抱えたまま。 地球だったら、立派なバスケ選手になる将来が期待できるね。 このファンタジー世界だと⋮⋮テイマーとかいるのかな。 どうやら使い魔ってシステムもあるっぽいし、魔獣と仲良くなる のも珍しくないのかも。 ともあれ、大人しく眠ってくれたので、ボクはまた思案に耽る。 お昼寝の後も、ちょこちょこと作業を行った。 例の男どもが着てた服を洗って、銀子用に仕立て直したり、雑巾 を作ったりね。 ほら、針はいくらでもあるから。 糸の方も、ボクも毛で代用した。 まずは﹃頑強針﹄を地面へ向けていっぱい飛ばします。 すぐに﹃自己再生﹄で毛を生やし直します。 次に使うのは、﹃溶解針﹄と﹃粘着針﹄。 ﹃九拾針﹄は基本的に、針の内部に特殊な液体が作られるみたい なんだよね。 その液体を組み合わせれば、一本ずつでは短い毛を繋ぎ合わせる のも可能だった。 さすがに試行錯誤は必要だったけどね。 完成した糸は少々太めだけど、ドレスに使うのでもない限りは問 題ない。 むしろ、頑丈で使い勝手はよさそうだ。 206 試行錯誤のおかげで、あれこれとスキルが上がっだよ。 まずは﹃錬金術﹄、針仕事をしてたら﹃裁縫﹄スキルも鍛えられ たみたいだ。 あらためてステータスを見てみようか。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:1920 社会生活力:−2650 カルマ:−3800 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄﹃激 痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: 207 ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄ カスタマイズポイント:400 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 順調に成長してる、ってところかな。 でも相変わらず比較対象がいないから、数値も高いのか低いのか 分からないね。 それでも今日は大きな成長があったと言える。 ポイントを使って取得した、﹃鑑定知識﹄。 これがなかなかに面白いものだったよ。 まずは﹃魔術知識﹄と同じように本を呼び出します。 次に、本を開いたまま﹃鑑定﹄を使います。 すると、真っ白だったページに映像と文字が記されていきます。 どうやら﹃鑑定﹄した結果を記録してくれるみたい。 映像付きっていうのは、なかなかに高性能だよね。 文字の方は、ボクの認識なのか、別の所から正しい知識を持って きたのか不明。 だって読めないから。この点は相変わらずだね。 だけど、大きく役立ちそうな機能がある。 なんとこの本、鑑定結果を声付きで読み上げてくれます。 システムメッセージと同じ声だね。淡々とした女性っぽい声だっ た。 大したことないと思う? 208 いやいや、とっても有り難いよ。だって言語の勉強に役立ちそう だし。 ﹃魔術知識﹄に書かれている文章とは違う。 ﹃鑑定﹄した物について書かれるから、漠然とした意味は推測で きる。 しかも音声付き。 外国映画で言葉を学ぶようなものじゃない? 難易度はもう一段くらい上がるとは思うけど、そこは量でカバー できる。 何かしらの作業の傍らで﹃鑑定﹄しつつ、声を聞き続けてるだけ でも効果ありそうだよね。 新しい映像や文字が記されるたびに、少しの魔力が消費される。 だけどボクにとっては問題ない。自然回復で相殺できるくらいの 少量だ。 少なくとも、これまでお先真っ暗だった言葉の問題に、僅かな光 が差してきたよ。 その後押しの意味もあって、﹃知謀の才﹄を強化しようかとも思 った。 才能 部分にも謎がある。 ポイントに少し余裕が出てきたからね。 ただ、この ポイントだけでしか伸ばせないのか? 自力で鍛えられるのか? 前世の常識からすれば、幼い内は才能だって伸びそうだよね。 でも、生まれつき変わらないって考えにも頷ける。 この世界のシステム次第だと思うけど、そこらへんも確かめたい。 なので、しばらくポイント使うのは自重で。 いまを生き残るのが大切で、そんな余裕がない気もするけどね。 急いで力をつけるべきだとも思える。 209 だけど後を考えるなら間違った選択でもないはず。 まあ、正解は結果次第だよね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ あと、進化後に気になってるスキルがある。 ﹃破滅の魔眼﹄だ。 これまでで一番危なそうな名前だよね。 まだ試していない。 何が起こるか不安だからね。 その内、機会があれば調べておきたいけど︱︱︱。 まあ、ボク自身のことはいいや。 これからも成長を目指していく、ってことで。 問題は、銀子だよね。 このまま森でのサバイバル生活を続けるのは難しい。 そう遠くない内に限界が訪れると思う。 食料だけの問題じゃない。 こんな人外魔鏡みたいな森の中じゃ、いつ危険な魔物に襲われる か分からない。 ボクが守りきれる自信はないしね。 銀子は頭のいい子だけど、とても戦いなんて出来ない。 ウサギにだって怯えてた。 魔術は得意みたいだから、いざとなったら抵抗くらいはするだろ うけど︱︱︱。 ﹁uμы⋮⋮kwΠnξι⋮⋮﹂ 210 ん? 銀子が寝言を呟いただけだね。 ボクに頬擦りして、幸せそうな顔をして眠ってる。 あーあー、涎も垂らしちゃって。 夕食に食べたウサギがそんなに美味しかったのかな? 塩味しか利かせてなかったんだけどね。 残念ながら、﹃醤油針﹄とか﹃味噌針﹄とかはなかったから。 そっと涎を拭いてから、毛布を掛けなおして頭を撫でてやる。 銀子はまた静かに寝息を立て始めた。 はぁ⋮⋮やっぱり、人里を目指すのが一番だよね。 あの人攫いどもも、何処かにある街を目指していたんだと思う。 銀子を売りさばくためにね。 この島か大陸か分からない森の外に、ともかくも人が住む場所が ある。 それは確定としていいだろう。 うん。少し整理してみようか。 まず海を渡ってきたボクは、北から南へ向かってきたみたいだっ た。 太陽の位置に頼った推測だけどね。 異世界だと太陽の動きも違うのかも知れないけど、ひとまずの方 向認識として使わせてもらおう。 で、ボクは北側から陸地に入った。 少し南へ進んだ森の中が、いま居る場所だね。 人攫いどもは、西から来て東へ向かってるみたいだった。 素直に考えるなら、東に街があるってことだよね。 でもそこはエルフの売買が行われるような場所だから、近づくの は危険か。 211 となると、連中が来た方向かな。 西へ行けばエルフの里がある? ん∼⋮⋮そちらを目指すにしても、距離が分からないと不安だね。 だけどあの三人は、そんなに強い人間でもなかった。 慎重に進めば、ボクと銀子で逆戻りルートを行けるかな。 旅ってことになるね。 そうなると、まずは荷物を運ぶ手段を考えないといけない。 ボクにはこれといって必要な物はない。 でも銀子が使う毛布や食器、替えの服も一着くらいは持っていき たいね。 連中が持ってた鞄にまとめて積めれば、﹃操作﹄で運べるかな。 重い物を扱うと魔力消費も大きくなる。 いまのところ、人間二人分くらいなら自然回復量と釣り合うね。 旅の途中で食料を確保できれば⋮⋮なんとか、いける? 拠点を築いて守りを固めるにしても限界があるからね。 森でのサバイバルより、早目に人里へ向かった方がいいに決まっ てる。 よし。結論は出た。 明日には出発しよう。 212 26 川を越え行こうよ∼ 初めて﹃浮遊﹄が役に立った。 このスキル、水の上でも浮いていられるみたい。 水面から数センチの距離で浮かんだまま、銀子に押してもらって 移動する。 そうして川を渡りきった。 いや、最初は普通に渡ろうとしたんだよ。 でも川に入ったらボールみたいに浮いちゃって、そのまま流され た。 危うく下流まで運ばれるところだったよ。 まあすぐに岸へ戻って事無きを得たけどね。 人間だった頃は、そこそこに泳ぎは得意だったんだけどねえ。 ぼんやりと浮かんで漂っているのが好きだった。 この体は浮かびすぎるし、足が水を掻くのにも向いていない。 ともあれ、最初の難所は越えた。 旅を続けるとしよう。 朝早くに拠点を引き払ったボクと銀子は、西を目指して歩いてい る。 昨夜に考えていた、銀子を人里へ帰そう計画だ。 銀子への説明は、例によって絵に頼った。 四コマ形式で。 たぶん、理解してもらえたんだと思う。 なにやら複雑な表情をして首を傾げていた銀子だけど、素直に従 ってくれている。 213 荷物は鞄ひとつにまとめて、ボクが﹃操作﹄で運んでる。 常時魔力を消費することになるけど、自然回復量の方が多いくら いだ。 ﹃魔力大強化﹄もそうだけど、日毎にボクの魔力量は上がってる からね。 時折、木の上に登って安全確認もする。 銀子の休憩も兼ねて。 子供に無理をさせるのは嫌だし、元より長旅は覚悟してる。 ゆっくりと、慎重に進むつもりだ。 お、少し離れた木の枝に鳥発見。 ボクの鑑定眼に狂いがなければ危ない鳥じゃない。むしろ弱そう だ。 食料になってもらおうと思ったけど、飛んでいっちゃったよ。 でも収獲はあった。 その鳥がいた場所に、果実が生ってる。 木苺みたいな果実だね。鳥が食べていたから毒もないはず。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃登攀﹄スキルが上昇しました︾ 木から降りて、銀子を促し、果実があった方向へと歩く。 そうして木苺みたいな果実、確保。 最初にボクが毒見してみるのは毎度のことだね。 うん。問題なさそうだ。 甘酸っぱい。 あ、初めてのまともな甘味だね。大きな収獲だ。 ちょっと酸っぱいけど、銀子も嬉しそうに口へ運んだ。 214 しばらくここに居座りたくもなったけど、そういう訳にもいかな いよね。 木苺を片っ端から採って、また西へと向かう。 ひとまずは順調だ。 太陽が真上に来る頃には休憩。 無理をせずに簡易拠点を作って、明日に備えることにする。 魔獣除けの偽リンゴを生やして四方を囲む。 適当な雑草も茂らせて、寝床を隠すようにする。 これで簡易拠点の完成。 午後の時間はのんびりと過ごす計画だ。 旅には余裕があった方がいい。 食料が足りなくなりそうだったら、余りの時間を狩りとかに当て られるからね。 それに、ちょっと銀子から習いたいこともある。 だからぽんぽん叩くのをやめなさい。 ボールみたいだけど、ボクは遊び道具じゃないんだから。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃浮遊﹄スキルが上昇しました︾ どうやら、川渡りでボクを運んだのが面白かったらしい。 スキル上げも兼ねて浮いていると、銀子が横から突ついてきた。 で、ふわふわと浮かんだまま遊ばれてる。 いや、ボクが遊んでやってるんだよ。 少しくらいの息抜きは必要かなあって思ったから。 215 だけど、ここからは真面目な話だ。 銀子を止めて、﹃魔術知識﹄の本を呼び出す。 すると、銀子が目を丸くした。 その反応でもう分かった。この本、他人にも見えるんだね。 ボクが教えてもらいたいのは魔術の使い方だ。 本には十数種類の魔術式が載ってるけど、どれがどんな術式なの か分からない。 でも、銀子に実演してもらえば分かる。 ひとつずつ試していってもいいけど効率が悪いからね。 そこらへんの事情を、銀子へ訴えていく。 もちろん身振り毛振りで。 銀子はしばらく首を捻っていたけど、なんとなく理解してくれた みたいだ。 本から浮かび上がる術式のひとつを指差すと、両手から魔力光を 発した。 指先から細い光を流すようにして、複雑な三次元術式を描く。 その術式が弾けると、銀子の手元から風が吹き出した。 なるほど。いまのは風を起こす術式か。 ﹃風雷系魔術﹄の基礎ってところかな。ボクも真似してみよう。 要は、﹃操作﹄で魔力糸を扱うのと同じだね。 んん? でもこれ、けっこう難しいかも。 糸みたいな単純な形だと分からなかったけど、意識を逸らすと、 術式を組んだ魔力が崩れていく。 しっかりとしたイメージが大切みたいだね。 あ、術式が弾けた。 216 直後、突風が巻き起こる。吹き飛ばされた。 むう。やっぱり失敗するとこうなるのか。 そういえば、この森に落ちた最初の頃にも同じ失敗をしたっけ。 あの時の術式もこれだったかな。 銀子が慌てて駆け寄ってくる。 大丈夫。ちょっと木に叩きつけられて凹んだだけだから。 これくらいなら、﹃治癒の魔眼﹄ですぐに治るよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力大強化﹄スキルが上昇 しました︾ もう一度挑戦してみる。 しっかりと術式を覚えてから、慎重に、崩さないように。 中 くらいの風が吹く。 むむ⋮⋮お、今度は成功。 扇風機の 意識して魔力を流しておけば持続もできるね。 暑い日には涼しくなるかも。 まあ、それだけなんだけど、銀子はパチパチと手を叩いて誉めて くれた。 うん。喜んでくれるのはいいけど、頭は撫でなくていいから。 子供扱いされるのは君の方だからね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃風雷系魔術﹄スキルが上昇し ました︾ スキルもアップ。 217 もう一度同じように試してみると、さっきより幾分か楽になって た。 やっぱり練習して慣れるのが大切なのかな。 ﹃魔導の才﹄もあるし、さほど苦労なく覚えられそうではあるね。 ただ、すべての術式を覚えるのは、学校の勉強よりも難しいかも。 系統の種類だけでもかなりの数があるからねえ。 と、銀子が次の術式を見せてくれた。 銀子の小さな指先に炎が浮かぶ。 今度は炎熱系か。 なるほど⋮⋮。 嫌な予感しかしない。 さっきは失敗して風に吹っ飛ばされたワケだけど⋮⋮、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自動回復﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃治癒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ やっぱり燃えた。火達磨になった。 銀子に消し止めてもらったけど、今度は危なかったかも。 どうもボクの弱点でもあるみたいだし、炎熱系は後回しにするべ きだね。 218 27 綺麗な花には根っ子がある 魔術の練習をして、幾つか分かったことがある。 術式を組むには、想像力が大切だということ。 まず正確な術式を思い描かないといけない。 次に、結果のイメージも大切になる。 結果として起こる魔法現象をイメージしておくと、そこまで必要 な方向へ魔力が引っ張られるみたいなんだよね。 魔力は意志の力で動く。 その引力にも似た力は、ボクが思っていた以上に強く、より繊細 だった。 要は、術式だけ知ってても使うのは難しいってこと。 どんな魔術現象が起こるのかも把握していないといけない。 ﹃魔術知識﹄の本から術式だけ取り出しても意味は薄いんだね。 つまり、言葉が理解できないと魔術の勉強も厳しい、と。 はぁ。翻訳機能が欲しいよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃静寂﹄スキルが上昇しました︾ それはそれとして、どうやら無事に旅の一日目を乗り切れそうだ。 銀子は疲れたのか、夕食を済ませるとすぐに眠ってしまった。 魔術の練習にも付き合わせたしね。 ほんと、素直でいい子だよ。 こんな子を酷い目に遭わせるヤツは地獄に落ちて当然だよねえ。 さて、例によってボクはまた抱き枕にされてる。 219 もう慣れたよ。 為すがままにされてる。 抱き潰されることもないし、思索に耽る邪魔にもならないしね。 とりあえずステータス確認、と。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:1 名前:なし 戦闘力:2250 社会生活力:−2350 カルマ:−3850 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄﹃激 痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 220 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄ カスタマイズポイント:400 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 表記はされてないけど、今日は魔術系のスキルが地味に上がった よ。 風雷系とか、土木系とか。 大きな穴を掘るのは楽になったし、そこそこ強い風も起こせるよ うになった。 望めるなら、﹃空間魔術﹄とか覚えたいんだけどね。 まだ解放もできないみたいだし、他の術式を鍛えていくしかない かな。 ちなみに銀子が覚えてたのは、風雷、水冷、土木、それと治療系 の四種類。 エルフっ子らしい選択だね。 銀子が持ってた﹃魔術知識﹄も見せてもらったけど、ボクのより 多くの術式が載ってた。 たぶん、系統の数は同じなんだと思う。 だけどスキルの熟練度みたいのは、銀子の方が上なんだろうね。 が気になるね。 ちゃんと読み進めて、術式を使いこなせるようになれば、ボクの 本もページが増えていくんだと思う。 魂源の才 かなり先になりそうだけどねえ。 先の成長を考えると、やっぱり 221 そこにある﹃成長大加速﹄。 これはまあ、読んで字の如し、なんだろうね。 英傑絶佳・従 にも﹃成長加速﹄はあ 物覚えが早くなるとか、コツを掴み易いとか、才能に分類されて てもいいスキルだと思う。 ずっと放置してたけど、 るんだよね。 の項目が気に掛かってる。 才能 こっちはスキルよりも 英傑 って付いてるところから考えると納得できなくも なんて才能があるのか? 今更だけど、どうしてボクに 毛玉なのに、ねえ? 従 普通に考えたら似合わないよね。 だけど、 ない。 たぶんこれ、ボクを召喚した金髪縦ロールっ子が持ってた才能じ ゃないかな? あの子なら、凄い才能を持ったお嬢様、っていう肩書きも似合い そうだ。 そのおかげで、﹃使い魔候補﹄であるボクにも恩恵がある、と。 推測に過ぎないけどね。 いつか確かめられる日が来るのかなあ。 ともあれ、今日は訓練的には実りのある一日だったね。 魔眼もひとつ増えたし。 そう、新しい魔眼の訓練もしておいたんだよ。 基本的には、魔眼も魔術と同じように扱えるんだと分かってきた。 大切なのは、結果をイメージすること。 そうすれば体内の魔力回路にしっかりと魔力が流れて、効果を発 揮してくれる。 222 ﹃死毒の魔眼﹄では強烈な殺意を視線に乗せた。実際に、ボクが 死を体験していたのも助けになった。 ﹃混沌の魔眼﹄の時は我を忘れてて本能に従った。 今度は石化や麻痺の魔眼を覚えようとした。 だけど、どうにも上手くイメージできないんだよね。 睨んだ相手が石になるとか、麻痺するとか、ボクの常識から掛け 離れているし。 一度でも使えれば違ってくるんだけどねえ。 そこで覚えたのが、﹃衝撃の魔眼﹄。 衝撃だったら何度も味わわされたからね。 巨人と相対した時とか。魔術の暴走とか。 これは名前の通り、注視した場所に爆発みたいな衝撃を起こす魔 眼だ。 炎や熱は持たないけど、﹃魔力集中﹄も使うとそこそこの威力が 出る。 木の一本を吹き飛ばして、銀子を驚かせちゃったくらいに。 魔力消費は少なくて、射程は百メートルくらい。 それでも毛針より射程は長いから、遠距離用のメインウェポンに もなる。 少なくとも攻撃手段が増えたのは良いことだ。 まだ旅は一日目、何が起こるか分からない。 色々な事態に備えておくべきだよね。 まあ、武器なんて使わないのが一番なんだろうけど。 その可能性は低いだろうねえ。 223 翌朝、木苺で朝食を済ませて、ボクたちは旅を再開した。 銀子は今日も元気だ。 軽やかな足取りで、ボクの斜め後ろを歩いてくる。 時折、ボクを撫でたり、何事か喋り掛けたりしながらね。 何を言ってるのかは分からない。 でも曖昧に反応しておく。 瞬きするとか、毛を揺らすとかしてね。 そんな反応にも、銀子は目をぱちくりさせたり、にっこり笑った りしていた。 まあ泣いて項垂れてるよりはずっといいね。 でも、元気があり過ぎるのも困る。 不意に銀子が駆け出した。 向かう先へ目を向けると、一厘の白い花が草むらに咲いてる。 花を見つけて目を輝かせる女の子だ。 微笑ましい光景だけど︱︱︱ボクは急いで追いかけ、銀子を引き 倒す。 小さな悲鳴に、けたたましい金切り声が重なった。 白い花が生えていた地面が盛り上がる。 その下から現れたのは、人間を二回りも大きくしたような根っ子 だ。 直前で気づけたのは、﹃鑑定知識﹄のおかげだ。 本も浮かべながら歩いてたんだけど、白い花を﹃鑑定﹄すると、 二つの映像が記載された。 224 ひとつは、既に見えていた白い花を大きく映したもの。 もうひとつは、その花を頭から生やした人型の根っ子だった。 咄嗟に身構えられたおかげで、驚きは少なかった。 でも、この金切り声は危険だね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恐怖大耐性﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃混乱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 頭がくらくらする。 視界が歪む。 えっと、とにかく、この大きな根っ子を倒さないと。 ﹃衝撃の魔眼﹄、発動。 根っ子が仰け反る。 でもすぐに体勢を整えて、向かってこようとする。 人間みたいな形で、顔や口もある。 その口が裂けたみたいに開いて襲い掛かってくる。 でもボクの方が早い。 貫通針、爆裂針、猛毒針、麻痺針、甘味針、まとめて撃ち込む。 これはさすがに効いたみたいだ。 根っ子が激しく悶える。 でも同時に、太い足でボクを蹴り飛ばした。 ぐえ。こっちも効いた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 225 背後にあった木に叩きつけられる。 だけど、おかげで目が覚めた気もする。 すぐさま﹃九拾針﹄を放つ。 ﹃衝撃の魔眼﹄も、﹃魔力集中﹄を乗せて連打だ。 また金切り声が放たれる。 でもそれは断末摩の叫びだった。 爆裂針に砕かれ、衝撃で吹き飛ばされて、根っ子は完全に動かな くなった。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV1からLV3になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃九拾針﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ さて、あとは銀子を食べ⋮⋮じゃない! 落ち着け、ボク。 瞑想する。頭を振る。体ごと振る形だけどね。 よし、冷静だ。 あの金切り声が悪かったのかな。 まとめて精神系の攻撃を喰らったみたいだね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ 銀子は⋮⋮あ、草むらで蹲って震えてる。 226 とりあえず怪我はないみたいだね。 念の為に﹃治癒の魔眼﹄を掛けつつ、毛先を丸めたのでぽんぽん と撫でてやる。 よーしよし。もう怖くないよ。 地面が濡れたのも見なかったことにするから大丈夫。 そうしてしばらく待つと、泣きじゃくっていた銀子も我に返った。 はっと目を見開いて抱きついてくる。 また、わんわんと大声を上げて泣きながら。 いまはあんまり密着して欲しくないんだけどなあ。 匂いが付きそうだし。 でも見なかったことにしたし、仕方ないか。 とりあえず早目に野営場所を決めて、洗濯して休息を取ろう。 ほら、もう大丈夫だって。 だから泣き止んでよ。あと鼻水も勘弁して欲しい。 227 28 ほくほくのお芋 簡易拠点を作り始めると、さすがに銀子も泣き止んでいた。 まあ、まだ子供だしね。 いきなり化け物に襲われたら怖くて泣くのも仕方ない。 おまけにあの根っ子、恐怖攻撃持ちだったしねえ。 泣きながら歩けただけでも大したものだよ。 いまも火を起こして、昼食の準備を手伝ってくれてる。 さっさと簡易拠点を整えて休むとしよう。 偽リンゴを周囲に生やすのも、もうかなり手早く出来るようにな ったね。 ﹃操作﹄や﹃精密魔力操作﹄も順調に鍛えられてる。 相変わらず酸っぱいままの果実だけど、少しだけ改造の成果が出 てきたよ。 なんと、毒を持つようになった。 うん。失敗だね。 まあ魔力を介して行き当たりばったりでの試行錯誤だから仕方な い。 何の変化もないよりはマシだと喜んでおこう。 大して強い毒じゃなかったのも幸いだね。 ボクの猛毒耐性を突破できるほどじゃなかった。 でも銀子には危ないので、すぐに木ごと倒して燃やしておいた。 銀子はちょっと悲しそうな顔をしてたけど、納得はしてくれたみ たいだった。 228 さて、昼食だ。 砕け散った人型根っ子を集めておいたので、調理を試みてみた。 毒がないのは、ちょこっと齧って確かめてある。 もしも食べられないようなら、木苺があるからね。 人攫いが持ってた保存食も残してあるけど、それは本当に困った 時のためだ。 まあ、大丈夫でしょ。 イモみたいなものだ。むしろ栄養価は高いんじゃない? 大きな獲物だったし、砕け散っても何日分かにはなりそうだった よ。 ともあれ、まずは調理。 焼くのと茹でるのを試してみた。 茹でるのは、例によって人攫いが持ってた携行用鍋を使ってね。 焼く方は少し工夫した。 適当な草を集めて、それに﹃耐火針﹄から出る謎液を塗って加工。 あとは根っ子を包んで焚火に放り込む。 まあ、アルミホイルで包む焼き芋の要領だね。 昔の漫画とかで見たことはあったけど、実際にやるのは初めてだ。 ちょっとわくわくする。 揺れる炎を眺めているからかな。 そういえば、炎の揺らめきって心理効果をもたらすって何かで聞 いたっけ。 銀子もぼんやりと炎を眺めながら、またボクに手を伸ばしてきた。 しばらく撫でて、自分の膝に乗せて抱きしめてくる。 はあ。まだ少し暗い顔してるね。 迂闊な行動をしたって分かってるんだろうね。 229 でも反省できるんだから立派だと思うよ。 子供は突飛な行動をするものだって、ボクも覚えておかないとい けないね。 さて、そろそろいいかな。 ほんのりと甘い香りが漂ってきた。 毛針⋮⋮は燃えそうなので、適当な枝を使って焼き芋を取り出す。 いい感じに焼けてる。 だけど油断は禁物。ここはファンタジーでデンジャーな森だから ね。 焼いて齧ったら爆発する、なんて事態も起きかねない。 まずは慎重に突ついて様子を窺う。 何も起こらないのを確認してから、ちょこっとだけ崩して口へ運 んでみる。 あまぁ∼い。 うん、これとっても美味しい。 もう一口。甘味だ。幸せの味だ。木苺とはまた違った蕩ける感じ がある。 ひょいひょいと食べていると、いきなり視界が揺らいだ。 何事!?、と思ったけど銀子に持ち上げられてるだけだった。 不満そうに唇を捻じ曲げながら、なにやら語り掛けてくる。 あ、うん、食べても大丈夫だよ。 でも子供だから控えめに⋮⋮ああ、いきなり真ん中の一番美味し い所をいった。 むう。幸せそうな顔をして。 まだ熱いんだから、火傷しても知らないよ。 それに焦らなくても、イモはたっぷりあるからね。 茹でた方も、ほんのりとした甘味で良い具合に出来上がってるね。 230 ちょっと塩味を効かせると美味しいかも。 厄介な根っ子だったけど、結果としては大収穫だったかも。 すぐに腐る物じゃないので旅の食事に使える。 栄養価も期待できる。 経験値もけっこう貰えたし、もう何体か狩っておきたい︱︱︱、 ︱︱︱なんて、この時のボクは呑気に喜んでいた。 それが甘い考えだと知らされるまで、さほど時間は掛からなかっ た。 ︽条件が満たされました。﹃悪食﹄スキルが解放されます︾ 本当に、もっと慎重になるべきだった。 考えてみたら当然だ。 毒物だって、時間が経ってから効果が現れるものがある。 知ってたはずだ。 だけどこの森では、口に入れてすぐに異変が起こるものばかりだ った。 そんな思い込みも悪かったんだろうね。 と、言い訳をしても仕方ない。 なんとかして、いまの危機的状況を脱しないといけないよ。 始まりは、昼食が終わってのんびりしていた時だった。 ふと気づくと青白い光が溢れていた。 231 ボクの体から。 魔力光だとはすぐに察せられたけど、魔法を使った覚えはない。 ﹃浮遊﹄スキルを使っていたけど、そちらとは違う。 首を捻った途端に視界が歪んだ。 ﹃浮遊﹄も切れて、ボクは地面に転がってしまう。 気だるさと熱さが急に襲ってきた。 体の芯から熱が溢れてくるような感じだ。 熱は錯覚みたいだけど、はっきりと大量の魔力が溢れてくるのが 感じられた。 加えて、その魔力を上手く制御できない。 だから﹃浮遊﹄も切れてしまったんだ。 危機感を覚えて周囲を窺うと、銀子も倒れていた。 仄かに青白い光を発しながら。 ボクと同じ症状だ。 原因は︱︱︱恐らくはあのイモ、人型根っ子だろうね。 他に二人揃って影響を受けそうな物はない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破魔耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃猛毒耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 破魔と毒? 毒はまだ分かるけど、破魔っていうのはおかしい。 魔力を減らす攻撃じゃなかったの? いまはむしろ魔力が溢れてきてる⋮⋮ああ、魔力に直接影響を及 ぼす攻撃なのか。 だから魔力制御も乱れている、と。 232 よし。だいたいの症状は理解できた。 次は対策だ。 まずは銀子の側に寄って、﹃治癒の魔眼﹄発動。 魔力は乱れてるけど、強く意識すれば動かせないほどじゃない。 地震の中で歩くようなものだね。 震度は4か5? 日本人ならテレ東見て安心するレベルだ。 ともあれ、眼に魔力を流すくらいはいける。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃治癒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃大治の魔眼﹄スキルが解放されます︾ ここでのスキル強化は有り難い。 だけどあまり効果は出てないみたいだ。 魔力が溢れてくるのも乱れているのも相変わらず。 銀子はうつ伏せに倒れたまま、ぼんやりとした目でこちらを見上 げてくる。 とりあえず、地面に寝かせておくのはマズイね。 運ぼう⋮⋮にも、﹃操作﹄の魔力も乱されるのか。 人間なら簡単な作業なのに、ここにきて魔法特化種族っていうの がアダになった。 だけど意識を集中すれば出来ないほどじゃない。 銀子にツタを絡めて、ボクが背負う形で引き摺っていく。 草むらに毛布を敷いて寝かせる。 あまり良いとは言えない環境だけど仕方ない。 それよりも治療だ。 どうやら異常に多い魔力が溢れてきて、さらにそれが乱されるか 233 ら体にも不調が起こってるらしい。 そうなると、一番良いのは溢れてくる魔力を体外へ出すこと? 試してみる。 空へ向かって、混沌と衝撃の魔眼を連発する。なるべく多くの魔 力を込めて。 魔力を消費した先からどんどん回復してくる。 楽になるのは一時だけか。 魔力が乱れるのは変わらないし、根本的な解決にはならないね。 ボクだけだったら、ひたすら魔力を使って毒が抜けるのを待てば いい。 でも銀子は、それまでもちそうにない。 酷く蒼ざめた顔色をしてる。 呼吸も荒くなって、とても苦しそうだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破魔耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃闇耐性﹄スキルが上昇しまし た︾ 毒というより、破魔効果が大きいのかな? おまけに闇属性の魔法効果も入ってる? どっちにしても銀子は耐性を持っていなかったんだろう。 元々の種族にしても、ボクほど魔力の乱れに強いとは思えない。 なにより、子供だし、早目に治療しないと危険だ。 魔眼で治癒を続けても、生き延びられる時間が増えるだけかも知 れない。 そうだ、例の偽リンゴを食べさせるのはどうだろう? 234 あれも破魔効果で、少しずつ魔力が減っていった。 いまの状況と合わせれば相殺︱︱︱ってのは、素人考えすぎるか な? うん。落ち着こう。 例えば料理に、うっかりして大量の塩を入れてしまったとする。 それで砂糖を入れるのは確実に間違っている選択だ。 しかも今回は毒と毒だからね。 薬と薬だって副作用が怖いって聞くし。 子供を実験台にするほど、ボクは非道じゃないよ。 他に選択肢がなければそうするけど⋮⋮あとは、魔力を吸い出す? 以外 も吸い出してしまう可能性が高い。 ﹃吸収﹄であれば可能だとは思う。 だけど、魔力 ⋮⋮最後の手段だね。 他にある手段と言えば、銀子自身が魔力を外に出せればいいのか。 だけどその魔力が乱れている状態だから、操作するのも難しい。 八方塞がりだ。 状況を説明しようにも、これだけ複雑だと絵で描くのも難しい。 言葉は相変わらず分からないしね。 ポイントを使っても無理だ。 どうしよう? 何か、他に打てる手はないかな? これこそ医者が必要な事態だ。 もしも街が近ければ、ボクが目立つ行動でもして人間を連れてこ れるのに︱︱︱。 と、銀子が手を伸ばしてきた。 ボクの黒毛をそっと撫でる。 235 蒼ざめた顔をして、虚ろな眼差しをしながら、小さく唇を震えさ せた。 ﹁κτμ⋮⋮aλΓ&u﹂ 涼やかな声で何を言ったのかは分からない。 でも、伝えたかったことはなんとなく分かる。 初めて会った時も、銀子は同じようなことを口にしていた。 それはきっと感謝だ。 ⋮⋮はぁ。別段、感謝される理由なんてないよ。 人攫いをやっつけたのも、銀子の面倒を見てたのも、全部ボクが 勝手にやったことだ。 子供を助けるなんてボクのキャラじゃない。 そんな義理も、慈悲深い感情もない。 だけど危険な物を食べさせたのはボクの責任だからね。 それが原因で苦しんでるなら、放っておく訳にはいかないよ。 倫理的に、常識的に考えて。 うん。ボクは常識人だからね。 可能な限りの努力をしてみよう。 それで駄目だったら、恨まれるのもボクの責任だ。 丸めた毛球で、銀子の頭をぽんぽんと撫でる。 そうしてから細い腕を掴んだ。毛を絡めて動けないようにする。 ひとつ息を吐く。 慎重に、ゆっくりと︱︱︱針を突き刺した。 236 29 少したくましくなったみたい ︽条件が満たされました。﹃生命干渉﹄スキルが解放されました︾ おはようございます。 爽やかな朝です。 だけど少し苦しい。 原因は、銀子がぎゅぅっと抱きしめてきてるから。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃耐久﹄スキルが上昇しました︾ って、おい! スキル上がるほど力込めないでよ! それに、そろそろ起きる時間だ。 毛球でぽふぽふと顔を叩いてやる。起きろー。 うぅん、とか言いながら、銀子がのっそりと体を起こす。 眠たそうに目を擦る。 まあ夕べは遅くまで状態異常と戦ってたからね。 ボクも少しだけ眠い。 だけど動けるなら、規則正しい生活は続けていかないとね。 ほら、起きる起きる。 ボクを撫でてないでいいから。 237 嬉しそうに笑ってないで、顔でも洗ってきなさい。 昨日、ボクがまず試したのは、銀子の体内にある魔力を操ること だった。 ﹃吸収﹄は危険すぎる。 だけど魔力の扱いなら得意分野だ。 破魔による状態異常を受けても、ボクはどうにか魔力の乱れを抑 えられた。 同じように、銀子の魔力も抑えられないかと試してみた。 その結果は失敗だった。 そもそも魔力が動く理屈からして分かってないからね。 意思に従ってくれる、と経験から判明しているだけ。 だけど他人の魔力は、ボクの意思には反応してくれなかった。 次に、ボク自身の魔力を少しだけ送り込んでみた。 ﹃栽培﹄の要領でね。 偽リンゴを育てたり、改良しようとした時と同じだ。 今回は魔力で魔力を押さえつけようとした訳だけど、これも失敗 だった。 不可能ではなさそうだったけど、銀子の体が耐えられそうになか った。 体内で喧嘩か、下手をしたら爆発が起こってるようなものだから ね。 銀子が苦しみだしたので魔力を引っ込めた。 だけど、その時に﹃生命干渉﹄のスキルが解放された。 238 字面からして、そこはかとなく危険が漂うスキルだ。 手に入れた際に、カルマが300くらい減ってたし。 スキルの詳細は未だに分からない。 ただ、生命そのものに何かしらの影響を与えられるのは確かだろ うね。 だから頼ってみることにした。 銀子の腕に刺した毛針を介して、また少しずつ魔力を送り込んだ。 ﹃生命干渉﹄が解放された時と同じように。 今度は乱れを押さえつけるためじゃなくて、﹃干渉﹄するために。 そうして 生き延びられ 命の危機に対して、根本的な解決方法がひとつある。 ボクが最初に死の予感を覚えた時も、 た。 強くなれ 、と。 だから今回も、銀子に対して望んだことはひとつだ。 その意志に沿うみたいに魔力が流れていくのを感じられた。 膨大な魔力消費が必要だったけど、幸いと言っていいのか、魔力 が溢れてくる状態だったから不足はしなかった。 魔術式を描く時と同じようなものだ。 明確な結果をイメージできていれば、魔力はそれを実現しようと 誘導してくれる。 そよ風に撫でられるくらいの繊細な誘導だけどね。 おまけに、﹃破魔﹄状態でボクの魔力も乱れていた。 大波に揺れる船の上で蜘蛛の糸を刺繍していくようなものかな。 さらに加えて、術式暴走で痛い目を見るのは経験済みだ。 かつてない膨大な魔力が暴走したら︱︱︱たぶん、ボクも生きて いなかったはず。 239 だけど銀子の体内で複雑な魔力模様は組みあがった。 小さな体から銀色の光が溢れて、しばらくして、異変は治まって いた。 恐る恐る、ボクは銀子に近づいた。 あ、もちろん離れて作業してたんじゃないよ。 毛針を刺せる距離で、﹃大治の魔眼﹄も発動させてたからね。 銀色に輝き出した時に、咄嗟に木陰へ逃げ込んだだけ。 それくらいは許されるでしょ。 ともあれ、銀子の容態は落ち着いていた。 少し頬が上気してたけど、蒼ざめた顔色よりはずっと健康そうに 見えた。 そうして夜まで様子を見て、魔眼による治癒も掛け続けて︱︱︱、 ﹁ημっο!?﹂ 銀子は元気に朝食を頬張ってる。 うっかり木苺の実を潰しちゃって、顔を汁まみれにしてた。 はいはい、布巾はここだよ。 拭いてあげるから大人しくしてなさい。 べたべたの手で撫でるんじゃありません。 はぁ。子供のこういうところが苦手なんだけどなあ。 なんだって、こんな面倒なことしてるんだろ。 騒がしい朝食を済ませて、簡易野営地を引き払う。 240 そうしてボクたちは旅を再開した。 しかし、この旅ってまだ始めたばかりだよね? いきなり問題ばかり起こってる気がする。 魔獣に襲われるのは、まあ覚悟してたから許容範囲内だ。 やっぱり一番の問題は食料だね。 あの根っ子が食べられなくなったのは痛い。 木苺もそんなに残ってないし、早目に新しい食料を確保しないと いけないね。 なのに、銀子は呑気に笑ってる。 鼻唄まで混じえて。 ﹁κτμ∼!﹂ はいはい、なに? 撫でたかっただけ? そういうのはいいから、静かに歩きなさい。 それにしても、さっきから同じ単語ばかり口にしてるね。 もしかして、ボクの名前のつもり? ん∼⋮⋮まあ、いいか。響きは悪くないみたいだし。 こっちだって勝手に銀子とか名付けてるしね。 ともあれ、旅はこれからだ。 ボクたちの戦いは始まったばかり。 あ、いやいや、戦いなんて起こらない方がいいよね。 平穏な旅を期待しよう。 期待するだけなら構わないよね? 241 29 少したくましくなったみたい︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:3 名前:κτμ 戦闘力:2480 社会生活力:−2150 カルマ:−3780 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃器用﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄﹃激 痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃危機感知﹄﹃五感制御﹄ 魔眼の覇者 :﹃治癒の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃破滅の魔眼﹄ 242 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄ カスタマイズポイント:430 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 243 30 森のくまさん、with火炎ブレス 問い:森でくまさんに出会ったらどうするべきですか? 答え:目を合わせたまま、ゆっくりと後退して距離を取りましょ う。 ﹃混沌の魔眼﹄&﹃衝撃の魔眼﹄、全力発動! ﹃九拾針﹄は貫通、爆裂、溶解、各種に﹃破戒撃﹄や﹃強力撃﹄ を乗せて撃ちまくる。 木陰から現れたのは、赤黒斑模様の凶暴そうなクマだった。 とても落し物を届けにきてくれたようには見えない。 実際、いきなり木を叩き折って投げ飛ばしてきたからね。 こっちも全力で応戦させてもらう。 衝撃でクマを吹き飛ばしつつ、慎重に後退する。 銀子も慌てた声を上げながらも従ってくれる。 草木が倒れて、土煙が上がった。 やったか!?、と言いたくなるような場面だ。 もちろん油断はしない。 ボク自身と銀子に﹃加護﹄を掛けて様子を窺う。 この﹃加護﹄は、字面通りに身を守るためのスキルだ。 自身を囲う形で魔法っぽい防壁が展開する。 魔術の一種なんだろうけど、魔眼みたいに簡単に発動できる。 魔力消費は軽くて、普通の人間が殴ったくらいじゃ破れないくら いの硬さがある。 244 もっとも、この世界の 普通 がどれくらいか知らないし、魔獣 相手だと気休めくらいにしかならないだろうけど︱︱︱、 それでも展開しておいてよかった。 木陰が揺れる。 直後、炎が襲ってきた。 銀子を横に突き飛ばして、ボクも必死になって避ける。 炎はダメだ。焦んがり毛玉にされる。 火炎放射器みたいにクマの口から吹き出された炎を、ボクたちは 辛うじて避けた。 そして今度はクマが突撃してくる。 でも、遅い。 最初に吹っ飛ばされてくれたおかげで、準備をする時間は稼げて いた。 溜め が必要になるけど、この﹃万魔撃﹄、威力は格別 ﹃万魔撃﹄、発動。 少々の だ。 太い光が一直線に放たれて、進路上にあるものを徹底的に破壊す る。 ほとんどビームだ。 正面の単眼から放たれるように見えるので、ますますバックベア ○ドっぽくなってきた。 クマは咄嗟に身を捻ったけど、避けられる速度じゃない。 体の右半分を消し飛ばされたクマは、そのまま息絶える。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV5からLV6になりました︾ 245 ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ 勝利! とはいえ、ギリギリの戦いだった。 いきなり炎吐くクマが出てくるとか、やっぱりこの森はデンジャ ーだね。 ﹃加護﹄つけてたのに少し燃えたし。 銀子が慌てて水を出して消してくれてる。 ふう。大した怪我がなくてよかった。 西を目指して出発して、今日で十日目に入った。 根っ子に苦しめられた後も、色々と事件はあったけど、なんとか 無事に旅を続けていられる。 川に近づいたらダツっぽい魚が襲ってきたり、 毒粉を撒き散らすセミが襲ってきたり、 貫通針も弾くアルマジロが襲ってきたり。 襲われてばっかりだよ! なんで平穏な旅をさせてくれないかな! ちなみに、アルマジロが一番美味しかった。 丸まったままの死体を見て、銀子が悲しそうな顔をしてたけどね。 もしかして丸い物が好きなのかね? 最近、夜中じゃなくてもボクに抱きついてくるし。 撫でるだけじゃなくて、抱えたまま振り回すようにもなった。 246 はいはい。分かったから、そろそろ離しなさい。 元気なのはいいけど、騒ぎすぎるのは困る。 高い高∼いとかやられても、こっちは喜ぶような年齢じゃないん だから。 いつか銀子の両親に会ったら文句を言ってやろう。 お嬢さんは毛玉遊びするような子になってしまいましたよ、と。 あれ? あんまり文句になってないかな? この世界にボールがあるのかは知らないけど、それくらいの遊び は普通にするだろうし。 って、ボクはボールとは違うからね。 最近、少し頑丈になって弾力も出てきたけど、あくまで毛玉だ。 似てるけど違う。そこは一線を引いておきたい。 まあ毛玉って時点で誇れはしないんだけどねえ。 さて、遊ぶのはこれくらいにして、と。 まだ先がどれくらいあるかも分からないし、進まないといけない。 銀子を押し離して、﹃操作﹄の魔力糸を伸ばしてクマの死体を運 ぶ。 食料確保だ。 午後からは、クマの解体だね。 野営地を作るのにも随分と慣れてきた。 偽リンゴの効果なのか、幸運なのか、夜中に襲われたことも今ま では無いね。 その偽リンゴだけど、大きな変化があったよ。 247 しばらく続けてきた品種改良が成功した。 ﹃生命干渉﹄の補助も利いてるはず。 イメージ構築が難しいとか、魔力消費が激しいとかの問題はある けど、結果はそれに見合ったものだ。 なんと、甘いリンゴが生るようになりました。 青森!、って味がする、本物と言えるリンゴだ。 しかも破魔効果も現れない。 ちゃんとボクが毒見して、時間も置いて確かめたからね。 もうこのままリンゴ農家として生活していけそうだ。 土の養分と魔力だけでぐんぐん成長してくれるので、食料にも悩 まされない。 種さえ持っていれば、ほとんど何処ででも育てられる。 銀子も喜んで齧ってるよ。 とりあえず昼食はこれでよし、と。 それじゃあ次はクマの解体だね。 って言っても、さすがに動物の解体方法なんて知らない。 とりあえず内臓を避けて、肉を削ぎ落としていく感じでいいかな。 ちなみに使うのは人攫いどもが持ってた剣、それを持ち易い包丁 に改造したもの。 改造方法の基本は、﹃操作﹄による魔力を介した物体への干渉。 そこに﹃錬金術﹄が加わって、少しずつ幅が広がってる。 元々は、物を曲げたり伸ばしたりしか出来なかったスキルなんだ けどねえ。 ﹃干渉﹄から進化した﹃操作﹄、なかなかに奥が深そうだね。 地球からの知識のおかげで、ボクが物質の構造を理解してる影響 248 もあるのかな。 鉄の剣を折ったり、圧縮したり、鋭くしたりも可能だった。 まだ細かな作業は難しいけど、練習すれば上達もしていけそうだ。 鋼○錬金術師とか名乗れる日も近いかも。 あざな どちらかと言えば、毛玉の錬金術師だけどね。 字は毛玉! カッコ悪い! まあ、そんなことはともかくも。 あれこれと覚えた技を駆使して、今日はまた新たな挑戦をしてみ た。 土を円筒形に固めて、内部にちょこちょこと手を加えて、所々を くり貫いて。 簡素だけど燻製器が完成。 燻すよ∼、超燻すよ∼! クマ肉も手に入ったことだし、試してみるしかないでしょ。 銀子も首を捻りつつも、拍手して応援してくれてる。 うん。きっとよく分かってないね。 薪を設置して、火を点けてくれるように頼む。 ボクも一応、﹃爆裂針﹄と﹃火炎針﹄を持ってるけど、使い勝手 が悪いんだよ。 下手したら自分が燃える。 なので、火の管理は銀子が頼りだ。 あと燻製には、チップとやらが必要なんだよね。 よく分からないので、リンゴで代用。 桜チップとか聞いたことあるけど、そんな木は見掛けてないから ねえ。 適当に切って混ぜればいいでしょ。 249 いい匂いがつきそうだし、なんとなくお肉が柔らかくなりそうな 気がする。 材料はたっぷりあるので失敗しても問題なし。 死んだクマは文句を言うかも知れないけど、襲ってきた方が悪い んだしね。 残った肉も適当に焼いて持っていくようにしよう。 あ、クマの手って高級食材だっけ? なんだか毛むくじゃらで美味しそうじゃないけど。 爪の方が凄いね。 加工したら武器になりそうだし、ボクも角みたいに装備してみよ うかな。 少しは強そうに見えるかも。 まあ、時間に余裕があったらだね。 午後にも、やるべきことは山ほどある。 基本的にはスキルの検証や、鍛錬の時間だね。 細かな作業をしたり、ダッシュを繰り返したり、魔術の練習をし たり。 毎日やってたおかげで、それなりに成長してきた実感はある。 まずは基礎的な身体能力を伸ばしてくれる、﹃器用﹄や﹃耐久﹄ や﹃俊敏﹄。 これらのスキルが伸びて、上位の﹃精巧﹄、﹃頑健﹄、﹃疾風﹄ がそれぞれ解放された。ステータス表記されてるのは一部だけどね。 魔術も徐々に使いこなせるようになってきてる。 相変わらず﹃魔術知識﹄は読めない。 ﹃鑑定知識﹄を使っての言語学習も遅々としたものだ。 だけど大切なのは、結果への明確なイメージ力だからね。 250 そこさえ固めておけば、魔力自身が複雑な術式も描こうとしてく れる。 まあ、ゼロから魔術を作り出してるようなものだね。 魔力量には自信のあるボクだけど、消耗が激しくて苦労させられ てる。 それでも幾つか成功はしたよ。 一番大きいのは、﹃土木系魔術﹄で大きな穴を掘れるようになっ たことだね。 これで野営地の周囲を囲んでる。 夜の安全度が増して、少しは落ち着いて眠れるようになった。 ついでに、﹃罠師﹄なんてスキルも上昇してきた。 あと面白いのは﹃精霊感知﹄だね。 称号﹃エルフの友﹄を貰った時に、一緒に解放されたスキルだ。 妖精みたいなものが見えるワケじゃないけど、大地とか樹木とか 風とか、そこに流れる力みたいなものが感じられるようになった。 魔力と似ているけど違う。 木に毛針を刺したりすると、怒ってる感じを受けたりもする。 だからって、何が起こるでもないけど⋮⋮、 精霊というよりは、精霊力なのかなあ? だとすれば、魔力みたいに扱える? もしくは、﹃操作﹄で干渉できるのか⋮⋮要検証だね。 さて、燻製器の様子も見ながら鍛錬再開。 と思ったところで、銀子が抱きついてきた。 さっきまで魔術の練習をしてたのに、どうやら飽きたみたいだ。 仕方ないので相手をしてやる。 ただし、鍛錬にもなるようにね。 251 ﹃浮遊﹄を使いながら、前足を上げて銀子と押し合いっこをする。 むむむ、今日こそは⋮⋮銀子がちょっと本気を出しただけで転が された。 この毛玉体、肉体としての能力は本当にへっぽこだね。 252 30 森のくまさん、with火炎ブレス︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:6 名前:κτμ 戦闘力:2780 社会生活力:−2280 カルマ:−3990 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄﹃激 痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄﹃悪食﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 戦闘の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃威圧﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃危機感知﹄﹃五感制御﹄ 魔眼の覇者 :﹃大治の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃破滅の魔眼﹄ 253 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣殺し﹄﹃無謀﹄﹃罪人 殺し﹄﹃戦士﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄ カスタマイズポイント:460 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 254 31 竹だー! 今日も今日とて森の中を歩く。 銀子も斜め後ろを、とてとてとついてくる。 似たような風景が続く森だけど、生えてる草木なんかは微妙に違 ってきてる。 それだけ新しい危険も潜んでるってことだ。 飽きなくて済むのは良いことだけどね。 ﹃鑑定﹄も使い続けて、警戒しながら進んでいく。 ﹃鑑定知識﹄に記される文章が、少しずつ長くなってきたね。 たぶん、それだけ詳しく書かれてるんだと思う。 幾つか似たような単語が出てくるようにもなった。 地名っぽいのもある。 名前が付いてるってことは、人も住んでる、はず? まあ住んでいると信じよう。 それにしても、けっこうな距離を歩いてきたはずだよね。 人里の気配くらいは感じられてもいいのに。 どれ、例によって木に登って辺りを確認してみよう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃登攀﹄スキルが上昇しました︾ 銀子を放っておくと、自分で木登りを始めて危ない。 なので、ツタを絡めて背負う形で登っていく。 肉体的には弱っちいボクだけど、﹃操作﹄で自分の足にも魔力を 流せば、そこそこの力を出せる。 255 子供を運ぶくらいなら魔力消費も大したものじゃない。 体自体も地道に鍛えられてる。 いざって時は、銀子を運んで逃げる必要もあるかも知れないから ね。 練習しておいても損じゃないよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃闘魔﹄スキルが解放されまし た︾ むむ? 闘魔? どういうこと? 体に負荷を掛けてたのがよかったのかな。 それとも、魔力を巡らせてたのがよかったのか。 午後の時間にでも検証してみよう。 いまはまず、周囲の確認。 高い所の景色が面白いのか、銀子がはしゃいでるからね。 落さないよう注意しないといけない。 さて、ここから先は幾分か地形が変わってきてるね。 丘陵地帯ってところかな。森も続いてるけど勾配のある地形にな ってきてる。 あの丘の向こうは人里、だったら楽なんだけどね。 これといって珍しい物は⋮⋮ん? いいもの発見したかも。 竹だ。バンブー材だ。 まだ遠いけど、丘の下あたりにまとまって生えてる。 あれが手に入れば、作れる物の幅が一気に広がるよ。 筍も採れるって期待できるしね。 よし。目標は決まった。 256 今日はあの辺りまで進んでキャンプにしよう。 そして種を確保する。 あ、竹だから地下茎か。種タイプの竹もあるんだけど、どっちだ ろうね。 魔力栽培が出来るタイプだといいなあ。 で、竹林までやってきました。 けっこう遠かったから、お昼を少し過ぎちゃったね。 銀子の顔色に疲れが滲んでる。 適当に伐採して、早目に休むとしよう。 どうせ大きな物を作っても、いまは持ち運べないしね。 その気になれば家だって建てられるんだけどなあ。 まあ、ちぐらを作るくらいで我慢しておこう。 それでボクが入って、銀子に持ってもらえば、まるでペットみた いに⋮⋮、 って、ペットじゃないよ。 むしろ、ボクの方が面倒見てる側だからね。 あー、だけど街を見つけたら、そういう作戦もアリかなあ。 きっと見張りの兵士とかいるだろうし、すんなりとは入れないよ ね。 プランのひとつとして考えておこう。 さて、そのためにも、いまは竹を仕入れないと。 ﹁ッ⋮⋮ёεΓ、κτμ!﹂ 257 銀子がなにやら声を上げた。緊迫した面持ちだ。 ボクは首を傾げつつ、周囲の様子を窺う。 これといって、おかしな所は見当たらない。 ﹃五感制御﹄で常に感覚は強化してあるから、異変があれば銀子 より先に察知できるはずだ。 あ、でも待てよ。竹の匂いに違うものが混じってる。 不快な匂いだ。 銀子はこれに気づいたのか? 声を顰めて身振り手振りで、銀子は引き返すように訴えてくる。 うん。了解。 詳しくは分からないけど、きっと危険が近づいているんだろう。 ボクもそそくさと足を動かして、銀子の元へと駆け寄る。 直後、風を裂く音が聞こえた。 黒い影がボクの居た場所を掠める。銀子が悲鳴を上げる。 高さ的に当たらない軌道だったけど、飛んできたそれの凶悪さは 察せられた。 斧だ。 柄の部分が短くなっている手斧が、数本の竹を叩き割り、止まっ た。 別の竹に刺さって止まったんだけど、とんでもない力が込められ ていたのが分かる。 ボクは即座に銀子を背負って走り出す。 同時に、背後へ向けて魔眼を発動。 最近になって分かったけど、ボクの魔眼は、正面の単眼からだと 威力が増す。 258 逆に言うなら、全方位に配置されてる複眼だと威力が減衰するみ たいだ。 だからこの場合は全力が出せない。 ﹃衝撃﹄と﹃混沌﹄を受けて、竹林の奥にいたそいつらは足を止 めた。 そう、敵は複数いた。 ぱっと見ると、なんと言うか⋮⋮オークの集団だね。 顔は豚で、五体を持った人型だ。 音声付きの﹃鑑定﹄によると、﹃魔獣 ポーン・オーグァルブ﹄ とかいうらしい。 解説部分はよく分からないけど、たぶん名前は間違っていないは ず。 そのオーグァルブだけど、見た目はオーク&亀だね。 頭部は豚、人間みたいな手足があって、亀みたいな甲羅が胴体を 覆っている。 太くて強そう。そして守りも固そうだ。 ﹃混沌﹄効果に掛かった一体の亀オークが、仲間に剣で斬り掛か るのが見えた。 だけどその一撃は甲羅に弾かれる。 剣の方が折れた。 そして仲間に殴られて、派手に倒れる。 ボクが見えたのはそこまでだった。逃げるのを優先したからね。 相手は数体のみだったし、距離は充分に離れていた。 魔眼を存分に使える距離だ。 死毒を撒き散らせば勝てたと思う。 だけど銀子がひどく怯えていたし、厄介な魔獣かも知れないと思 って逃げた。 259 ひとまず、奴等は追ってこないみたいだった。 倒しておくべきだったのか? 逃げるべきだったのか? どちらが正解だったかは分からない。 だけど少なくとも、あの竹林には近づかない方がよかったのだろ う。 この後、ボクはそれを思い知らされることになった。 260 32 亀がノロマだと、いつから勘違いしていた? 亀オークから逃げて、慎重に周囲を窺う。 敵の気配がないのを確認して簡易拠点設営を始める。 銀子はまだ泣き出しそうな顔をしているので、毛球でぽんぽんと 撫でてやる。 どうやら、よっぽど怖かったらしい。 火吹きクマに遭った時はこんなじゃなかったのに、何かあるのか な? 仮にも人型の魔獣だから? もしかして、オークだからエルフと因縁が? まさかねえ。 ないない。そんなエロ同人みたいな。 ほら、木苺あげるから泣き止みなさい。 くしゃくしゃの顔をしながら、銀子は木苺を口へ運ぶ。 すすり泣きながら頬張る。 器用な子だね。この様子なら、まあ大丈夫でしょ。 そういえば、この木苺も﹃生命干渉﹄のおかげで栽培ができるよ うになった。 魔力が直接の栄養にはならない。 だけど変換して栄養みたいなものにしてるみたいだ。 魔法効果っぽい部分は、やっぱりまだまだ謎が多いね。 そもそも理屈付けようとするのが間違ってるのかも知れない。 でも魔法の術式とか、明らかに法則性がありそうなんだよねえ。 261 そのうちに理解できるようになるのかね。 ともあれ、拠点を設営。 魔獣除けの偽リンゴに、落とし穴を複数。 中央に柔らかな草を集めて、毛布を敷く。 もう慣れた作業だ。そろそろもう一段上を目指したいね。 ﹃土木系魔術﹄と﹃錬金術﹄、あと﹃栽培﹄も影響してるのか、 木材にも多少の加工はできるようになってきた。 頑丈なツタも使って、弓くらいは作れる。 試しに銀子に持たせてみた。 エルフと言えば弓だからね。 もしくは細剣。筋肉エルフなんて邪道だよ。 銀子も弓の扱いは知ってたみたいで喜んでくれたし。 でも矢がなかった。 いや、雑な物なら作れるんだよ。 だけど矢羽根が難しい。近くを通り掛かる鳥もほとんど見掛けな いからねえ。 だから今度目指すとしたら、弩弓とか投石器? 時間があったら試してみたいところだ。 さて、いまはまず昼食だね。 銀子も泣きやんで、薪に火をつけてくれてる。 ベーコンスープにしよう。 そう、クマ肉はそこそこ美味しい燻製肉に仕上がったんだよ。 毒見も済んでる。ほんのりとリンゴの風味もする。 あとは、幾つか食べられる野草も混ぜて、と。 人間だった頃と比べれば全然だけど、食事も随分とレパートリー が増えたね。 以前のイモは失敗だったけど、少し持ってきてあるので品種改良 262 を試みたい。 この森には、まだまだ隠れた食材がありそうだ。 そのうちキノコとかも試してみたいねえ。 いつものように鍛錬をして、銀子と遊んで、そろそろ夕食を作ろ うとした頃だ。 今度は、ボクの方が先に気づいた。 ほぼ同時に、銀子も肩を縮める。また泣き出しそうな顔になる。 昼間に遭った亀オークの匂いが漂ってきた。 それも複数。昼間よりも随分と数が多い。 ボクはすぐに木の上に登ると、匂いを辿って奴らの姿を確認した。 よし。逃げよう。 すぐに木から降りて銀子と荷物を抱える。 だってアイツラ、数え切れないほどいるんだもん。 何十じゃ足りない。何百、下手をしたら千を越えるかも。 もう軍勢って言える規模だ。 そんな奴らが何をしに来たのか? 知らないよ。どっかでお祭りでもあるんじゃない? もしくは同人誌即売会とか。 勝手にやってて、ということで駆け出す。 向こうもボクたちが逃げ出したのに気づいたのか、足音が派手な ものになった。 けっこう速い。 263 だけど入り組んだ森の中なら、小柄なボクたちの方が有利︱︱︱、 と思った時、近くの草むらが揺れた。 小柄な亀オークが現れる。 ちょっ、なにこいつ!? 全身が緑色だ。そして四つ足で迫って くる。 衝撃の魔眼で迎撃する。 貫通針と爆裂針、さらに猛毒針もお見舞いする。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃九拾針﹄スキルが上昇しまし た︾ 緑亀オークは吹っ飛ばされ、全身に針を喰らって、そのまま動か なくなった。 倒せたらしい。 ボクはそのまま駆け続ける。 けれどまた迫ってくる足音があって、草むらが揺れる。 緑亀オークだ。犬や狼みたいに追ってくる。 こいつらは斥候、猟犬役ってことか。 手斧を使ってたことから知恵を持つとは思ってたけど、予想以上 に厄介だね。 たぶん亀オークも、色んな種類に進化するんだろう。 その進化種ごとに適切な役割を担っていて、軍隊として活動する。 下手をしたら人間の軍勢より手強いんじゃない? どうする? どうしよう? このまま逃げ切れるかな? あんまり考えてる余裕もない。 緑亀オークの足は、ボクたちよりも速い。 264 また襲ってくる。魔眼と毛針で迎撃。 一体一体は弱いけど、逃げる方向を塞ぐみたいに複数で迫ってく る。 まずいね。敵の作戦に嵌まっちゃってる。 オークのくせに頭もいいなんて。 ボクの焦りが伝わったのか、銀子もいまにも泣き出しそうだ。 可哀相だけど宥めてる余裕もない。 とりあえず﹃加護﹄を掛けて逃走を続ける。 また前方に緑亀オークだ。 でも様子がおかしい。というか、盾を持ってる。 いや、仲間を盾にしてるんだ。 甲羅に閉じこもった緑亀オークを、そのまま盾として使ってる。 なんて連中だ。 頭が良すぎる。そして必死すぎる。 そこまでしてボクたちを追い詰めたいのか? いったい理由は︱︱︱ああもう、考えるのは後だ。 盾オークの両脇から、ボクたちを包囲するみたいに別の緑亀オー クが襲ってくる。 迎撃。また足止めされるけど仕方ない。 複眼からの魔眼でも、緑亀オークは吹っ飛ばせる。 毛針も貫通や爆裂なら通じる。甲羅部分で防がれなければ猛毒も 効果アリだ。 一体一体は、本当に大した強さじゃない。 盾オークにしても、正面から﹃衝撃の魔眼﹄を打ち込むと吹っ飛 んだ。 すぐさま毛針を打ち込んでトドメを刺す。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速撃﹄スキルが解放されま 265 した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ む? 高速撃? 名前からして素早い攻撃が得意になるスキルか な? と、新しいスキルに構ってる場合じゃない。 ある程度は減らせたけど、まだまだ敵の数は残ってるみたいだ。 背後からの本体らしき足音も近づいてる。 参ったね。 徐々に追い込まれてきてる。 これは、本格的に軍勢と戦う覚悟を決めなきゃいけないみたいだ よ。 266 33 毛玉vs亀オーク 太い木に登って、手頃な枝に銀子を降ろす。 まだ不安げな顔をしている銀子だけど、泣き喚いたりはしない。 本当に頭のいい子だね。 ボクが覚悟を固めたのも分かったみたいだ。 木に登ろうとしていた緑亀オークを、貫通と猛毒針で仕留める。 爆裂は地味に魔力消費が大きい。だから温存だ。 それでもよほど当たり所が悪くなければ倒し切れる。 亀の甲羅も全身を覆ってはいないからね。 ボクの足を止めたので充分と判断したのか、もう緑亀オークは 襲ってこなかった。 本隊を待つつもりなんだろう。 もうこいつらを知性の無い魔獣と同じように考えるのはやめる。 人間並に知恵を働かせてくる相手として想定しよう。 とはいえ、じっくり作戦を組んでいる時間なんて無いんだけど ね。 ボクは振り返って、あらためて状況を確認する。 もう一分も経たない内に、亀オークどもの本隊は襲ってきそう だ。 森の中で視界は悪いけど、ぞろぞろと迫ってくる奴らの姿がは っきりと見えた。 竹林で会ったのと同じ種類の奴等が百体以上もいる。 それぞれが手に武器を持って、不恰好ながら隊列みたいなのも 組んでいる。 267 なかなか威圧感があるね。 だけどボクだって考え無しじゃない。 ﹃無謀﹄の称号は持ってるけど、そんなのはシステムの間違い だって認めさせてやろう。 元々、肉体派じゃないんだから頭くらいは働かせないと︱︱︱、 ん? 銀子がなにやらブツブツ言ってる。 魔力の流れも感じられる。 何するつもり?、と思ってたら魔術が発動した。 初めて見る魔術だ。 ﹃精霊感知﹄も常に意識しているから、周囲の精霊がざわつい てるのが分かる。 すぐに効果は発揮された。 淡い光がボクたちに降り注ぐ。 ん∼、よく分からないけど、体の奥から温かくなってくるよう な? 生命強化とかかな? ともかくも、銀子もサポートしてくれるみたいだ。 それじゃあ、ボクも全力戦闘を始めようか。 まずは﹃死毒の魔眼﹄、全力発動! ﹃魔力集中﹄も乗せて、広範囲に死毒をばら撒く。 途端に、亀オークどもの大絶叫が響き渡った。 黒靄に包まれて次々と倒れていく。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ ベアルーダがLV6からLV8になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ 268 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが大幅 に上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇し ました︾ かなりの数を仕留められたみたいだ。 おまけに、目の前に広がる森も黒靄に呑まれて崩れていく。 だけどこっちに毒が流れてくる心配はない。 逃げながらも、風上へ陣取れるように動いていたからね。 風下に立ったうぬが不運よ、ってやつだ。 銀子も目を見開いて唖然としている。 なるべく子供には見せたくない光景だけど、余裕のない状況だ から仕方ないよね。 こっちの消費もけっこう大きい。最大魔力の半分近くまで減っ た。 だけど亀オークも半減くらいはしたはずだ。 木々が倒れて、森での視界も開けた。 残った亀オークも遠距離にいる内に仕留めたい。 死毒が広がった辺りよりも奥に、まだ亀オークの集団がいるん だよね。 鑑定も魔眼も届かない距離だ。 だけど集団の一番奥には、一風変わった亀オークがいるのが見 える。 他の亀オークより一回り大きいのが十数体。 大きな杖を持って、頭からトサカみたいな赤毛は生やしている のが数体。 そして全身が赤黒い、いかにもボスって感じのが一体。 269 早目に仕留めたいところだ。 魔眼の射程範囲に入ったら即座に︱︱︱む、魔力反応!? 出所は、大きな杖を持ったトサカオークたちだ。 この距離で魔術が届くのか、とか思っている内に近くへ反応が 現れる。 マズイ。 銀子へ最大限の加護を掛けると同時に、ボクは飛び退く。 空中から光り輝く矢が降ってきた。 数本の矢は、ボクがいた場所を正確に貫いて、地面に刺さる。 幸いか、最初から狙っていなかったのか、銀子には一本も届い ていない。 だけどボクは空中に飛び出さずにはいられなかった。 そのまま地面に降り立つ。直前に﹃浮遊﹄も使ったので怪我は ない。 だけど光の矢が追撃してくる。 無数の矢が現れるところへ、﹃衝撃の魔眼﹄で迎撃。 回避も図る。魔術だからか、矢の狙いはなかなかに正確だ。 おまけに空中から突然に現れるので避け難い。 ﹃九拾針﹄にある防衛針も使う。 これは射程距離が短いけど、命中した瞬間に小さく重い盾にな る。 魔法の矢に対しても有効だ。 ほとんどの矢を防ぐ︱︱︱けど、一本刺さった。 ぐぅっ、けっこう痛い。 木の上から銀子の悲鳴が聞こえた。 細い矢なのでダメージは少ない。刺さった後はすぐに消えた。 270 ほんの短い間の攻防だ。 だけどボクが身を守ってる間に、亀オークの集団が距離を詰め てきた。 いや、まだ接近戦と言うほどじゃない。 ﹃死毒の魔眼﹄、発動! ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ ベアルーダがLV8からLV9になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇 しました︾ ︽条件が満たされました。称号﹃熟練戦士﹄を獲得しました︾ ︽﹃戦士﹄は﹃熟練戦士﹄へと書き換えられます︾ ︽称号﹃熟練戦士﹄により、﹃天撃﹄スキルが覚醒しました︾ 一気に殲滅を期待︱︱︱したけど、反応がおかしい。 すでに薄暗くなってきた森に、亀オークの悲鳴が無数に響き渡 った。 だけど黒靄に混じって、青白い壁みたいなものも見える。 障壁? 魔法による防御か。 そういえばミミズも、魔眼の直撃以外は防いでいた。 亀オークの場合は全員じゃないけど、そういう頑丈な奴らも混 ざってるみたいだ。 本当に色々としてくれる。 あ、甲羅に閉じこもって耐えている奴もいるね。 そのまま震えて固まってて欲しい。 もう先頭の亀オークはボクに迫ってきそうだけど、こっちも準 備は整った。 271 溜め 時間は稼げたからね。 位置取りも間違っていないはずだ。 目からビーム! ﹃万魔撃﹄! 一気に敵本陣を狙う。一直線に閃光が戦場を貫いた。 太い光は亀オークどもを焼き、地面も削り、轟音とともに破壊 を撒き散らす。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ ベアルーダがLV9からLV10になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔力操作﹄スキルが上 昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しま した︾ やったか!?、なんてフラグは立てないよ。 万魔撃の攻撃範囲が広くても、亀オークどもも広範囲にいた。 衝撃で吹っ飛ばされたのもいるけど、何体か、構わず突撃して くるのも見えた。 こいつら知恵が回る上に、肉体的にも逞しいんだよね。 腕なんて人間の数倍はあるんじゃないかな。 そんな奴らと殴り合いなんてしたくないよ。 まだギリギリ、接近戦には届かない。﹃九拾針﹄を飛ばしまく る。 もちろん、混沌と衝撃の魔眼も。 む、銀子がいる木の上に登ろうとしてる奴もいる。 272 だけど銀子が風の刃を放って叩き落した。こっちも猛毒針でト ドメを刺す。 ナイス連携、とか思ったところで︱︱︱、 雄叫びが上がった。 大気が震え上がる。亀オークどもがビクリとして一瞬動きが止 まった。 味方を怖がらせてどうするのさ。 まあ﹃恐怖大耐性﹄がなかったら、ボクも危なかっただろうけ ど。 容赦無く、動きが止まった奴には猛毒針を叩き込ませてもらう。 余裕は無いからね。 だってこれからボス戦だ。 雄叫びを上げたのは、敵陣の一番後ろにいた赤黒いオークだっ た。 仲間の甲羅を盾にして構えて、残りの亀オークを押し退ける形 で突っ込んでくる。 一回り大きい亀オークやトサカオークも何体か混じってる。 万魔撃で仕留めておきたかったんだけどねえ。 どうやら避けるか防ぐかしたらしい。 それでも無傷じゃなかった。 精鋭連中の数は減ってるし、ボスオーク自体も頭や腕から血を 流してる。 腹部分の甲羅にもヒビが入ってるね。 追い詰められてる、って感じだ。 だけどそれはボクの方にも言える。 けっこう魔力がカツカツだ。 273 一瞬だけ﹃自己再生﹄を発動させて、毛針を補充する。 これでなんとか倒しきれるかな? 魔眼は防がれるかも知れないし、頼りきるのは危険だね。 どっちにしても殺るしかない。 うん。これまでと同じだね。 喰うか喰われるか。 この森では、そんなことばっかりだ。 274 34 このロリコンオークどもめ! 毛針を飛ばす。盾で防がれる。 貫通針でさえ、亀の甲羅を完全には貫けない。 深く刺さりはするんだけど、ボスオークまでは届かない。 しかも本体の表皮も硬そうだ。 ボクが距離を取ろうとすると、他のオークが囲むように移動する。 もう数えられるくらいしか残っていないのに、連携を保っていた。 どうしてもボクを倒したいらしい。 ﹃混沌の魔眼﹄をバラ撒いても、精鋭連中にはほとんど効果がな い。 精々、一瞬動きを止められるくらいだ。 ボスオークが迫る。 振り下ろされる大剣の一撃は、ボクの体を両断できそうだ。 たぶん﹃加護﹄でも防ぎきれない。 辛うじて回避する。 同時に毛針も飛ばしてる。狙ったのは後方にいる杖持ちオークだ。 魔術を使おうとしてた杖持ちを、爆裂針で邪魔してやる。 怯んだところに﹃死毒の魔眼﹄も直接に叩き込む。 範囲攻撃としては防がれる魔眼でも、﹃魔力集中﹄も乗せて直接 レジスト なら、まず確実に効果を発揮する。 隣にいた数体も抵抗に失敗して、死毒を吸い込んで倒れた。 これで杖持ちは全滅のはずだ。 275 だけどまたボスオークが突撃してくる。 横薙ぎの剣を避ける。 その直後、大型オークが回り込む形で迫っていた。 盾でぶん殴られる。 正しくボールみたいに吹っ飛ばされた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ いたた。 一瞬、意識が飛びそうになったよ。 体も凹んでるんじゃないかな。 地面を削って、背中から木にぶつかってどうにか止まった。 ダメージは大きい。 でも距離が取れたのは幸運だ。 反撃を︱︱︱と思ったところで、銀子が悲鳴を上げた。 ボスオークが銀子に迫ってる。 手を伸ばして細い腕を掴んだ。 マズイ。銀子も魔術を放って抵抗するけど、物ともしていない。 助けに行きたいけど、ボクの目の前には大型オークだ。 壁を築くみたいに立ち塞がる。 貫通針。効かない。盾で防がれる。 その間にもボスオークは銀子を捕まえて、そのまま逃げようとし ていた。 連れ去るつもりか! 仕方ない。ボスに叩き込むつもりだったけど、ここで使おう。 最後の﹃万魔撃﹄だ。 目からビーム! 大型オークどもがまとめて消し飛ぶ。 276 逃げるボスオークがちらりと振り返った。 ボクと目が合う。 向こうが怯えているのが分かった。 こんな毛玉に何を怯えてるのやら。だけど、それだけ必死だった のかね。 知ったことじゃない。 追い掛ける。 まだ何体か残ってたオークが邪魔しようとするけど、毛針を叩き 込んで排除。 ボスオークも動きが鈍ってるのか、逃げ足はさほど速くない。 追いつけそうだ。 向こうもそれを察したのか、足を止めて銀子を離した。 剣を構えてボクと向き合う。 正真正銘、最後の対決といったところかな。 お互いのすべてを賭けて。正々堂々と? いや、もう終わってる。 傷ついてるボスオークは、すでに何本か猛毒針を喰らっているん だ。 治療法があれば別だけど、ボクはもう時間を稼ぐだけでいい。 その意味では、銀子がサポートしてくれたとも言えるね。 それでもボスオークは諦め悪く剣を振り上げる。 ボクは剣の間合いから逃れて、﹃衝撃の魔眼﹄を叩き込んだ。 さすがに吹っ飛びはしない。やっぱり、とんでもない力だね。 だけど動きは止まった。 そこにまた﹃九拾針﹄。まとめて叩き込む。 あ、貫通針がちょうど頭に突き刺さった。 277 大きく目を見開いたボスオークは、地面へと倒れ伏した。 おまけで猛毒針もお見舞いしておく。 いくらなんでも、これで死んでない、なんてことはないよね? ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV10からLV11になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽特定行動により、称号﹃エルフの恩人﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃エルフの恩人﹄により、﹃精霊の加護﹄スキルが覚醒しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃魔獣の殲滅者﹄を獲得しました︾ ︽﹃魔獣殺し﹄は﹃魔獣の殲滅者﹄へと書き換えられます︾ ︽称号﹃魔獣の殲滅者﹄により、﹃一騎当千﹄スキルが覚醒しまし た︾ ︽条件が満たされました。﹃覇者の才﹄が承認されます︾ ︽﹃覇者の才﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ ︽条件が満たされました。﹃戦闘の才﹄は﹃闘争の才﹄へと強化さ れます︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃九拾針﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃混沌の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃威圧﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速撃﹄スキルが上昇しまし 278 た︾ ふうぅ。 なんとか倒しきった。 ごっそりとシステムメッセージが出たけど後回しだ。 まだ何体か残った亀オークもいたけど、散り散りになって逃げて いく。 今度は追わなくてもいいかな。 銀子も無事だしね。 あ、でも泣いてる。そしてちょっと服と地面を濡らしちゃったみ たいだね。 まあ後で洗えばいいよ。 ぽんぽんと、いつものように撫でてやると、銀子は抱きついてき た。 はいはい。怖かったね。 だけどもう少しだけ頑張ろうか。 まだ亀オークが潜んでるかも知れないし、油断はできないからね。 ほっと息を吐いたところで襲撃、なんて洒落にならないよ。 って、いたた。 ボクも怪我してるんだった。 銀子を押し離して﹃大治の魔眼﹄を発動させる。 ああ、魔力が尽きる寸前だよ。 治療も満足にできないね。しばらくは我慢かなあ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃我慢﹄スキルが上昇しました︾ 我慢って⋮⋮むしろ、戦いの中で上がってもよさそうなのに。 279 まあいいや。 とにかく周囲の安全を確認して、移動しないと。 荷物の回収もしたいね。 こいつらの死体はどうしようかな? とりあえずボスオークと、精鋭どもは﹃吸収﹄しておこうか。 豚か亀か知らないけど、銀子だってこんなの食べたくないだろう しね。 それじゃあ、ちゅうぅぅ∼っと。 う、不味い。 なんて言うか、油っぽさと水臭さが混じり合ってるような。 実際に亀オーク肉を口にすると、こんな味なのかな。 とても食べ比べてみる気にはなれないなあ。 ともあれ、吸収完了。 適当に後片付けをして、さっさと休みたいよ。 280 34 このロリコンオークどもめ!︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:11 名前:κτμ 戦闘力:3780 社会生活力:−2580 カルマ:−4480 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃浮遊﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃静寂﹄ 生存の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃自己再生﹄﹃自動回復﹄﹃激 痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄﹃悪食﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃危機感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の 加護﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄ 281 魔眼の覇者 :﹃大治の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃無謀﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄ カスタマイズポイント:510 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 282 35 戦いから一晩明けて おはようございます。 悪い獣どもから幼女を守って、一晩が明けました。 その幼女から抱き潰されそうになっている毛玉です。 よっぽど怖かったのか、銀子は一晩に何度もボクを強く抱きしめ てきた。 その度に起こされて、ロクに眠れなかったよ。 まあ、あんな化け物オークに攫われかけたんだから無理もないけ ど。 それにしても、どうしてアイツラは必死になって襲ってきたんだ ろう。 戦いの時は考える余裕もなかったけど、明らかに不自然だよね。 こっちからは手を出していないのに。 縄張りとかあって、そこを荒らしたと勘違いでもされた? だけど最後はボクを倒すことより、銀子を優先してるみたいだっ た。 銀子を攫うことを。 それが目的だとして⋮⋮やっぱり、エロ同人みたいなことしたか ったのかね。 うん。やめよう。 下衆な想像なんてしても気分が悪くなるだけだからね。 オークの心情なんて知りたくもないよ。 それよりも休みたい。 283 あの後は、戦いの場から少し離れて、あらためて野営地を作り直 した。 夜中遅くになっちゃったけどね。 だけど、どうせ今日は丸一日休むつもりだ。 さすがに疲れたからね。 傷は治したし、魔力も急いで回復させた。 それでもあんなに気を張ったのは初めてで、ゆっくりした時間が 欲しくなってる。 銀子も精神的に参ってるみたいだしね。 早く動いた方が安全なのかも知れないけど、休息も必要だよ。 元より危険だらけの森でもあることだし。 無理をして、またあんな戦いに放り込まれでもしたら、今度は切 り抜けられる気がしない。 万全の状態を保つのも大切だね。 ってことで、今日は遅くまで寝る。 二度寝万歳。 ぐうたら最高。 ん∼⋮⋮寝坊が許されるだけでも、人間だった頃より嬉しい生活 かもねえ。 昼前になって、ようやく銀子も目を覚ました。 本当に疲れてたんだろうね。 栄養のある物でも食べさせてあげたいけど、ベーコンと木苺が精 284 一杯だ。 それでも銀子はゆっくりとスープを口へ運ぶと、幸せそうに微笑 んだ。 とりあえずは元気になったみたいだね。 よしよし。毛球で撫でてあげよう。 そうして食事を済ませると、銀子は荷物をまとめ始めた。 ん? 今日はここで休むつもりだったんだけど? どうやら伝わっていないらしい。 言葉が通じないから、こういう細かな行き違いも起こるんだよね。 仕方ないか。 昼の鍛錬時間を削れば、少しの距離なら進める。 途中で新しい食材も見つかるかも知れないし、夕方前までは頑張 ってみようか。 それじゃあボクも準備を、と思った時だ。 妙なシステムメッセージが届いた。 ︽警告します。次回の外来襲撃まで、およそ330日です。 万全の準備を心掛けてください︾ ⋮⋮外来襲撃? 意味はいまひとつ分からないけど、襲撃というのは穏やかじゃな いね。 システムがわざわざ﹃警告﹄とも言ってる。 尋常じゃない何かが起こりそうだ。 それに︱︱︱作業をしていた銀子も手を止めていた。 ボクの方を振り返って、急に頭を撫でてくる。不安を覚えた時の 顔だ。 285 どうやらいまのメッセージは、銀子にも届いていたらしい。 ん∼⋮⋮そういえば、天気の注意報とか地震の警報みたいな言い 回しだったね。 広域のメッセージってこと? あるいは全世界規模とか? まあ、考えても分からないか。 何かが起こるにしても330日後らしいし、いまは構わなくてい いでしょ。 ってことで、銀子を宥めて作業再開。 ほら、浮かんであげよう。 少しくらいなら遊んでもいいよ。 ただし涎で汚すのは許さない方向で。 ふよふよと浮かびながら森を進む。 うん。これはなかなか楽しい。癖になりそうだ。 そう、ボクはいま浮かびながら移動してる。 銀子に押してもらわなくても、自分の意志で移動できるようにな った。 ﹃浮遊﹄スキルが、ついに﹃空中遊泳﹄に進化したおかげだ。 体内にある魔術回路がより複雑になったのも分かる。 まだゆっくりとしか進めないし、さほど高くも浮かべない。 精々、銀子の頭の上くらいまでだね。 それでも充分に面白いよ。 やっぱり空を飛ぶっていうのは浪漫があるよね。 286 幼女の頭に乗る毛玉っていうシュールな光景も描き出せる。 銀子と遊んでやってたのも無駄じゃなかった。 ついにボクは空を手に入れ︱︱︱ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃刺突耐性﹄スキルが上昇しま した︾ うぎゃぁぁっ!? ブスリと刺さった! 何がって、でっかい蜂の針が。 いつの間に近寄ってたんだ。 っていうか、痛い痛い痛い! ﹃九拾針﹄発射! ﹃衝撃の魔眼﹄ も発動! 強引に蜂を突き放す。衝撃でボクも吹っ飛んだ。 ゴロゴロと地面を転がって、木に当たって止まる。 銀子が悲鳴を上げて駆け寄ってくる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃硬皮﹄スキルが上昇しました︾ 大丈夫、とは言えないか。 ボクを掴み上げられそうなくらいに大きな蜂だった。 当然、その針も大きくて、けっこうなダメージを喰らわされた。 おまけに毒もあったのかな。 少し視界が揺らぐ。﹃猛毒耐性﹄がなかったら終わってたかもね。 危なかった。 そして、危険はまだ続いてるみたいだ。 287 油断してて気づかなかったけど、上空から羽音が近づいてくる。 生い茂った葉の向こうに、何匹かの蜂が飛んでいるのが確認でき た。 で、急降下してくる。 随分と攻撃的みたいだね。 こっちも﹃衝撃の魔眼﹄と﹃九拾針﹄で応戦。 四方八方から飛んでくる蜂だけど、生憎、ボクの視界は全方位だ。 油断さえしてなければ、余裕を持って迎撃できる。 毒を飛ばしてくる奴もいたけど、そっちは﹃加護﹄で防げるね。 お、銀子も風の魔術で一匹を仕留めた。 どうやら攻撃力はあっても、かなり脆い魔獣みたいだ。 だけどあんまり相手はしたくないね。 蜂の怖さは、それが集団で襲ってくることにあるし。 いまはまだ十数匹だけど、何十匹、何百匹となったら脅威だよ。 ってことで、銀子を促して足早に移動する。 さすがにもう空中を味わってる余裕はないね。 地面を這うように静かに、なるべく奴らを刺激しないように撤退 しよう。 288 36 四人の冒険者 何匹かの蜂は攻撃してきたけど、しつこく追って来たりはしなか った。 最初の襲撃地点からある程度離れると、完全に襲撃はなくなった ね。 たぶん、近くに巣があったんじゃないかな。 地球の蜂も、縄張りさえ侵さなければ襲ってこなかったし。 でも同じとは限らないから、今夜は警戒をするつもりだ。 また軍団を引き連れて襲ってくる、なんて勘弁して欲しいよ。 あんな妙な習性を持ってるのは亀オークだけで充分だ。 さて、いつものように木の上から周囲を確認。 もう夕暮れだし、ここらへんで野営をする予定⋮⋮だったんだけ ど? 木々の合間から上がる煙が見えた。 距離にして数百メートル。走ればすぐに辿り着ける距離だ。 だけど木枝が立ち塞がって、何があるのかは見て取れない。 放っておくのはマズイかな。 見た感じ、焚火の煙にも思える。 ん? こっちも火を焚いたら向こうからも気づかれるか。 ボクは急いで木から降りて銀子を止める。 ちょうど薪に火をつけようとしているところだった。 そうして、説明を始める。絵を描いて。 289 あの煙が何なのか、ボクがひとっ走りして確かめてくるつもりだ。 もしも危険な事態だったら戻ってくる。 すぐに銀子も連れて逃げるようにする。 その間、銀子には隠れてもらうことにした。 木陰に穴を掘って潜めるようにする。草を掛けておけば、まず発 見されない。 匂いに鋭い魔獣がいたら危ないけどね。 だけど偵察する短い時間なら大丈夫でしょ。 そんな作戦を丁寧に説明すると、銀子は少し不安げな顔をして手 を伸ばしてきた。 ひとしきりボクを撫でると、素直に従ってくれる。 それにしても、銀子は子供にしては随分と逞しいよね。 腕力なんかは全然だけど、精神的には下手な大人より立派じゃな いかな。 あ、でも、やっぱりそうとも言えない? ほら、あんまりにも怖い目に遭うと、お漏らしとかするし⋮⋮。 まあ本人の名誉のために、そこは目を瞑っておこう。 ともあれ、銀子が隠れたのを確認してボクは偵察へと向かう。 煙が見えた方向へと駆けて、途中から木の上に登る。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃登攀﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃立体機動﹄スキルが解放されます︾ む、妙なタイミングで強化されたね。 だけど﹃立体機動﹄か。森の中では有り難いスキルかもね。 枝から枝へ飛び移るのが、幾分か楽になった気がする。 290 さすがに空中を自由に飛び回る、とはいかないみたいだけどね。 っていう訳じゃない。サポートはあるみた それにしても、こういう肉体的なスキルってどうなってるんだろ スキルに頼った力 う。 いだどね。 あくまで自分の力って感じはするけど⋮⋮、 もしかして、肉体改造でもされてる? スキルが解放される一瞬 の内に? ん∼⋮⋮細かな検証をしてる暇はないか。 もう煙が近づいてきた。 木陰の隙間から目を凝らす。 だけど実は、少し前から声が聞こえていた。 そう、人間らしき声だ。 笑い声も混じってる。 言葉は分からないけど、響きからして間違いないはずだ。 そして、その姿もいま確認できた。 四名の人間が、焚火を囲んで談笑してる。 男が三名に女が一名。なんというか⋮⋮冒険者っぽい? 一人は戦士風。金属製の全身甲冑を着て、腰には剣を差している。 もう一人も戦士っぽいけど、動き易そうな革鎧だ。レンジャーと かかな。 残りの男女は魔術師風だね。男の方は紺色のローブに大きな杖、 もう一方は魔術師というより神官っぽい服装かな。 あと、女神官の方は小さい。子供くらいの背丈しかない。 女神官っていうより、幼女神官? 銀子よりは年上っぽいかな。 なんだか幼女に縁があるね。 291 やっぱりボクがバックベ○ードっぽいから? まさかね。関係ないよね。関係ないと言って欲しい。 ともかくも、ざっと見たところ、いかにもな冒険者パーティだと 思える。 慎重に近寄って、﹃鑑定﹄もしてみる。 と書かれていないのが分かるくらいだ。 ﹃鑑定知識﹄には一人一人の映像が収められるけど、相変わらず 魔獣種 文字は読めない。 精々、 あ、でも全員が揃いのアクセサリーを付けてるね。 首に下げていたり、装備に縫い付けていたりするけど、小さなプ レートが目立つ。 銀色の金属板には、なにやら文字も刻まれている。 もしかして、身分証明書? 冒険者にありがちな、ランクを示すための物とか? だとしたら、銀色ランクの冒険者か。 けっこう強そうだね。 金属甲冑だけを見てもお金が掛かってそうだし、なんとなく風格 も感じられる。 年齢は、幼女神官を除いて、二十代周辺ってところかな。 地球での年齢を合わせても、全員がボクより年上っぽい。 まあ毛玉としての年齢なんて、まだ二ヶ月も経ってないんだけど。 とにかくも下手な衝突は避けるべき︱︱︱、 って、なんか凄いものが転がってるのが見えた。 焚火の奥、簡素なテントが張られた脇に、大きな塊が転がってる。 幾つかに割られてるみたいだけど、特徴的な模様は間違いない。 蜂の巣だ。 292 ほぼ確実に、ボクたちが襲われた巨大蜂の巣だよね。 となると、あの蜂の群れを駆逐してきたってことか。 どういう経緯かは分からないけど、これで戦闘力の高さは証明さ れたね。 やっぱり慎重に対応するべきだ。 そもそも、ボクだって争うつもりはない。 むしろ友好的に接したいね。 冒険者だっていうなら、街へ連れていってもらえるよう頼めるか も知れない。 銀子の保護にも協力してくれないかな。 ただ、一番の問題はボクが毛玉だってことだ。 種族的に魔獣ってのは、人間に狩られる側みたいだからねえ。 こんにちは∼って挨拶しに行く訳にもいかない。 銀子を連れていけば話くらい出来るかも知れない。 だけど危険だとも思えるんだよね。 最初に会った人攫い連中の件もある。 また銀子が酷い目に遭ったら⋮⋮まあ、困りはしないんだけどね。 やっぱり人間として見捨てるのはどうかと思うし。 毛玉だけど。 彼らの中に、エルフが一人でもいれば接触してみてもよかったん だけどねえ。 残念ながら、四人とも一般的な人間みたいだし⋮⋮? ん? 四人、だったよね? いつの間にか、焚火を囲んでるのが三人に︱︱︱ッ! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま 293 した︾ 咄嗟に枝から跳ぶ。 木陰から短剣が飛んできた。 迎撃は間に合わない。正確で鋭い攻撃だった。 短剣は木の幹に突き刺さる。 でも、ボクの表皮も薄く傷つけていった。 大した傷じゃない。 構わずに、短剣が飛んできた方向へ注意を向ける。 木陰に一人の男、さっきまで焚火の近くにいたレンジャーが潜ん でいた。 ボクの気配を察して、こっそりと近づいてきたみたいだ。 その手には新しい短剣も握られている。 着地を狙われた。今度は避けられない。 だけど甘く見たね。迎撃なら出来るんだよ。 ﹃九拾針﹄&﹃衝撃の魔眼﹄、レンジャーにも何発か叩き込む。 向こうも僅かに目を見開いただけで避けたけど、こっちも同時に 動いてる。 また別の枝へと跳んで、そのまま逃走︱︱︱ と思ったところで、がっくりと足から力が抜けた。 え? なに? どういうこと? 地面へ落下してしまう。 咄嗟に﹃空中遊泳﹄を使ってダメージを和らげる。 ゴロゴロと地面を転がった。 落ちた原因はなんとなく分かった。マズイ。体が痺れて動かない。 たぶん、さっき掠った短剣に毒でも塗られてたんだ。 294 システムメッセージが、その推測が事実だろうと告げてくれる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃麻痺耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃睡眠耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 猛毒耐性だと防げない、単純じゃない毒ってことだね。 まあ原因は外れてても構わないよ。 それよりも、いまはこの事態をなんとかしないといけない。 地面に転がったボクを狙って、レンジャーがまた短剣を投げてく る。 さらに声を上げた。仲間を呼ぶつもりらしい。 くそぅ。慎重なヤツだね。 だけどこっちが打てる手は尽きた訳じゃないよ。 短剣を迎撃しつつ、衝撃の魔眼を近距離で控えめに発動。 ﹃空中遊泳﹄と合わせて、ボク自身を吹き飛ばす。 多少のダメージはあっても、﹃加護﹄を使ってれば無視できるく らいだ。 短い距離を飛ぶ間に、﹃操作﹄と﹃魔闘﹄を発動。 肉体的には痺れていても、魔力を通してなら強引に足を動かせる。 とにかくいまは逃げる。距離を取る。 もう友好的な接触とか言ってる場合じゃない。 向こうから仕掛けてきたんだ。こっちも全力で生き残らせてもら うよ。 逃げようとするボクを追おうと、レンジャーが木陰から駆け出し た。 295 狙い通り。 風向きも確認してある。死ね。 ﹃死毒の魔眼﹄、発動! 296 37 死闘 黒靄がレンジャーの頭部を包む。 夕暮れの森に、濁った悲鳴が響き渡った。 最初から強力なスキルだった﹃死毒の魔眼﹄だけど、使いこなし ていく内にさらに凶悪さを増してきている。 使い手であり、﹃猛毒耐性﹄を持つボクでさえ、巻き込まれただ けで危ない。 だから本当に安全な位置取りを出来ていない時は使わないように してる。 ある意味では﹃万魔撃﹄以上に、ボクにとっての切り札だ。 正しく一撃必殺。 そう信じられるほどだった。 なのに、防がれた。 魔眼の発動と同時に、レンジャーの首元に掛けられていたアクセ サリが光るのが見えた。 大きな魔力反応も感じられた。 防御の魔術が込められているとか、きっとそんな物なのだろう。 アクセサリは砕け散ったけど、レンジャーも逃げていた。 木陰に身を隠す。 だけどその途中で、レンジャーは血を吐いていた。 直撃は避けても、僅かに死毒を吸い込んだみたいだ。 ならばトドメを︱︱︱と思った瞬間、ボクの視界が真っ白に染ま った。 297 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃風雷耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃風雷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃麻痺耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ いだだだだだだっ!? なんだ、これ、雷撃!? 魔術か! 咄嗟に張った﹃加護﹄も貫かれて、ボクの全身が光に焼かれた。 吹っ飛ばされて、またも地面に転がる。 意識が朦朧とする。 それでも歯を食いしばって、目を見開いた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 敵が増えていた。 レンジャーを守る形で、他の冒険者もこっちへと駆けてくる。 幼女神官はレンジャーに治療魔術を掛けてるみたいだ。 その隣にはローブ姿。大きな杖を持った魔術師だ。 いまの雷撃魔術はアイツの仕業か。 さらにもう一人、身を覆うほどの盾を掲げた戦士が突撃してくる。 雄叫びを上げて。殺意を全開にして。 うわぁ、顔も怖い。 298 しかもその盾の表面には、複雑な模様が淡く輝いている。 どうやら魔法的な防御が施されているらしい。 たぶん、魔眼も防がれる。 だからといって、このまま戦士の剣で両断されるつもりはないよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ 魔眼をバラ撒く。 残念ながら、いまは風向きが悪いので死毒は使えない。 だから﹃衝撃﹄と﹃混沌﹄を連続で。魔力の出し惜しみは無しだ。 これくらいで戦士が怯まないのも覚悟してる。 さらに﹃天撃﹄も混ぜた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃天撃﹄スキルが上昇しました︾ ﹃熟練戦士﹄の称号と一緒にもらった﹃天撃﹄は、分かり易い攻 撃スキルだった。 いや、魔術スキルでもあるね。 基本的には﹃魔眼﹄や﹃万魔撃﹄と同じだ。 体内に用意された専用の術式回路に、一気に魔力を流し込む。 同時に、攻撃の起点となる空間を意識する。 直後、空中から白く輝く柱が降ってくる。 打撃と衝撃って感じだね。 魔力はさほど消費しないけど、少しだけ疲労感がある。 生命力も使っているのかも。 十数発も連発すると息が切れて、身体の感覚が鈍ってくるね。 299 属性とか、不明な部分はまだある。 溜め ができた。 でも頭上からの攻撃は避け難く、それは間違いなく利点だ。 実際、突撃してきた戦士の歩みが乱れた。 その間にボクは距離を取る。 ほんの少しの時間が欲しかった。そして、 喰らえ、目からビーム! ﹃万魔撃﹄! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ 真っ白い閃光が森を貫く。冒険者四人を巻き込んで。 いまのボクが撃てる最高威力の攻撃だ。 軍勢を盾にした亀オークのボスだって防ぎきれなかった。 これを喰らっては只では済むまい! いや、冗談とかフラグ立てとかじゃなくてね。 本気でそう思えたよ。 ほんの数秒の間だけだったけど。 濛々と白煙が立ち昇って︱︱︱その煙を裂いて、戦士が肉迫して きた。 もしもボクが声を出せたら、げえっ、とか言ってたと思う。 さすがに戦士も無傷ではなかった。 盾は焼け焦げて、鎧は傷だらけで、額から血も流れていた。 だけど唖然としたボクは、行動が遅れてしまった。 それでも咄嗟に﹃衝撃の魔眼﹄を放つ。 自分の足下へ向けて。 300 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃生存の才・弐﹄が承認されます︾ ︽﹃生存の才・弐﹄取得により、関連スキルが解放されました︾ 振り下ろされた剣は、ボクの毛を数本裂いていっただけだった。 空中へと飛んだボクは、そのまま距離を取ろうとする。 魔眼の良いところは、視線さえ通れば何処にでも効果を発揮でき る点だ。 上手く使えば、衝撃で素早く空中移動も可能。 ボクの体が軽い分、ダメージを覚悟すれば、かなりの速度が出せ る。 でも、戦士の突撃はもっと速かった。 戦士は地面を蹴り、さらに空中も蹴った。多段ジャンプだ。 うわぁ、そんな技あるの!? 欲しい! とか言ってる場合じゃない。 戦士の攻撃を援護するみたいに、上空から魔法の矢も降ってきた。 後方にいた三人も無事ってことか。 何発かは辛うじて回避。 残りは﹃加護﹄や﹃九拾針﹄を使って防ぐ。 だけど、その瞬間を狙い済ましたみたいに戦士が剣を薙ぎ払って きた。 回避、魔眼、どれも間に合わな︱︱︱!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃斬撃耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ 301 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ボクの視界が赤と黒に染まった。 正面の単眼が潰された。 でも複眼に意識を傾ければ、どうにか視界は確保できる。 魔眼も針も滅茶苦茶に撃ちまくって、ボクは衝撃とともに地面へ 叩きつけられた。 ﹃空中遊泳﹄と﹃加護﹄で、幾分かダメージは減らせた。 だけどこれは重傷だ。 複眼に映る視界が歪んでる。 足もいくつか折れてるみたいだ。細かく確認してる余裕もない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ とにかく逃げよう。 森の中に落下したのは、ある意味では幸運だ。 上手く草むらに隠れれば、やり過ごせるかも︱︱︱なんて甘かっ た。 少し離れた位置で、草むらが大きく揺れる。 微かに地面を伝わる衝撃とともに、戦士が着地していた。 そして、真っ直ぐにこちらへと駆けてくる。 怒気と殺意を撒き散らしながら。 マズイ。本格的にマズイ。これまでで一番の危機だ。 なんとかしないと。 魔眼と毛針を飛ばすけど、全部盾で防がれる。足止めにもならな 302 い。 一方、ボクの足は満足に動かない。 魔力を通して強引に動かすけど、何本か折れて体を支えられなく なってる。 打つ手がない。 殺されるしかない。 絶望し掛かったボクに、容赦無く剣が振り下ろされた。 ﹁︱︱︱Δγτッ!!﹂ 直前で、剣が止まった。 気がつくと、ボクの体は柔らかな感触に包まれていた。 銀子だ。 jκη nа!﹂ ボクを庇うように抱きしめて、戦士を睨みつける。 ﹁yπΠ! κτμΞγ ﹁ε、ειφΛχ⋮⋮?﹂ ついさっきまで殺意を溢れさせていた戦士が、明らかに動揺して いた。 気が抜けたような顔をして一歩退く。 まだボクへ向ける目には警戒が残っているけど、斬りつけてくる 様子じゃない。 そこへ、他の足音も近づいてきた。 他の冒険者たちだ。 三人とも無傷じゃないけど、ひとまずは無事と言える状態みたい だ。 これは、不幸中の幸いって言えるかな。 303 少なくとも、いきなり銀子を捕まえようとするような悪人連中じ ゃない。 とりわけ幼女神官なんて、短剣を投げようとしたレンジャーを制 止してる。 よし。よく分からないけど助かった。 全員が困惑してる。状況を把握できずにいる。 銀子のおかげだ。 このままプランBへ移行しよう。 覚悟は必要だけど、まあ死ぬことはないはず。 いまより悪い状況になることも、まず無いと思う。 それじゃあ⋮⋮変・身! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃変身﹄スキルが大幅に上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ あだだだだっ! 痛い痛い痛い! やっぱりこれ、とんでもなく苦しいね。気を失いそうにもなる。 魔力消費も半端じゃない。 精々、三十秒が限界かな。 だけど、それだけあればなんとかなるでしょ。 光に包まれたボクの全身が膨れ上がる。 銀子もさすがに驚いていた。 冒険者連中は警戒を露わにして、其々の武器を構える。 だけど襲い掛かってくるよりも、ボクの姿に驚く方が早かった。 たぶん、成功したんだろう。 304 人間だった頃の ボクのものだ。 顔は見えないけど、手足は間違いなくボクのものだ。 いや、 華奢で、肌は白に近くて、女の子みたいに小柄で︱︱︱。 魔術がそうであるように、この﹃変身﹄もきっとイメージが大切 なんだろうね。 だけど自分自身だったらイメージするのは簡単だ。 爪や指紋の形だって覚えてる。 まあ、全裸ではあるけど。 そこは仕方ないよね。 緊急事態だし。全裸で幼女の前に立っても許されるはず。 事案じゃない。 あ、ちなみに全身が輝いてるので、細かな部分は見え難くなって るよ。 ともあれ、人間の姿になったボクは銀子の前に立った。 銀子はぽかんと口を開けていた。 さっぱり事態が飲み込めないみたいだ。 でも、それでいい。きっと上手くいくよ。 これまでとは違って、ボクの方が背が高い。 そうして見下ろす小さな頭を優しく撫でた。 ぽんぽん、と。これはもう旅の間に慣れた動作だ。 人間の姿で触れるのは初めてだけど、ふわふわの銀髪の感触は同 じように感じられた。 そうしてボクは微笑んでみせてから、銀子の横を抜けていく。 静かに歩いて、夕暮れの森の中へと。 まるでそれが当然であるように。 冒険者たちも唖然として立ち尽くしたまま追ってこない。 305 そうしてボクの姿は、森の中へと消えていった。 変身を解く。 いだだだだっ! いだっ! 元に戻る時も、全身を捻じ切られそうな痛みが走る。 だけど上手くいった。 トンデモ展開で全員が固まってるところを脱出しちゃおう作戦、 成功! 後は一目散に走る。 足は折れて、体を支えるのも難しくなってるけど、ここが正念場 だ。 ﹃自己再生﹄での応急処置もして、とにかく距離を稼ぐ。 走りながら、後ろも確認する。 よし。追ってきてない。 上手く逃げられたみたいだね。適当なところで隠れよう。 回復しつつ、連中の後をこっそりと尾行してやるんだ。 正しく、計画通り。 散々にボコボコにしてくれちゃって。 このままボクが終わると思ったら大間違いだよ。 306 37 死闘︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:11 名前:κτμ 戦闘力:3920 社会生活力:−2520 カルマ:−4680 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃空中遊泳﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃精神耐性﹄﹃ 静寂﹄ 生存の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃激痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄﹃立体 機動﹄﹃悪食﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃危機感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の 加護﹄ 307 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄ 魔眼の覇者 :﹃大治の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃無謀﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積む者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄ カスタマイズポイント:510 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 308 38 始まりのエピローグ 息を潜めて枝から枝へと移動する。 僅かに葉を揺らす音にまで気を配りながら。 例の冒険者たちに負けてから、二日が過ぎた。 あ、いや、負けたんじゃないね。 戦略的撤退をしただけ。 生き残れば、それ即ち勝利である、とか。 何処かの偉い人も言ってた気がする。 だからボクも勝利進行中ってことでいいんじゃないかなあ。 まあ、どっちでもいいや。 ボクってあんまり勝敗に拘る性格でもないからね。 それよりも、今は連中を見失わないようにしないといけない。 見失わないというか、匂いや音を辿って尾行してるんだけどね。 視線が通る距離まで近づくと、それはまた危なそうだから。 今度は徹底して慎重にいくよ。 直接に見えなくても、ある程度の様子は窺えるからね。 とりあえず、この二日間、銀子は無事に過ごしているみたいだ。 最初の晩こそ、泣き喚く声や、言い争うような声が聞こえてきた。 だけどその後は、大きな騒動は起こっていないらしい。 ちらりと、幼女神官に手を引かれてる場面も見えた。 まるで幼稚園か小学校に通う友達同士みたいに。 そこまで仲良くなってるかは分からないけどね。 それに、あの幼女神官もけっこう侮れない。 309 ﹃死毒﹄の治療もできたみたいだし、﹃万魔撃﹄を防いだのも彼 女の力が大きいんじゃないかな。 細かく観察してる余裕はなかったけど、かなり頑丈そうな﹃加護﹄ も張ってた。 少なくとも、見た目通りの幼女じゃないね。 まあそれは、あいつらの仲間って時点で分かってるんだけど。 ところで、こうしてスニーキングミッションをしてるおかげか、 スキルの進化もあった。 ﹃静寂﹄が強化されて、そこから三つも新スキルが解放された。 正直、驚いたよ。危うく木の枝から落ちそうになっちゃったくら いに。 ﹃静寂﹄って、たしか﹃待機﹄から進化したんだよね。 どっちも何もしないでいると手に入るスキルだった。 言うなれば、簡単に手に入るスキルだよね。 だけどその簡単なことが基本で、色んなことに通じてるってこと なのかな。 まあ、システムの理屈はともあれ。 その新スキルっていうのが、﹃自動感知﹄、﹃隠密﹄、﹃無音﹄。 まず﹃自動感知﹄。 これは感知系スキルが合わさったものみたいだ。 生命力や魔力、匂いや音、精霊力なんかもまとめて感知できる。 ただ、元から自分が持ってない感覚はプラスされないらしい。 自動 であることだね。 試しに﹃精霊感知﹄を意識的に外したら、そっちは感じられなく なった。 そして一番の特徴は、名前通りに 他の感知系スキルも、普通にしてても働いてくれる部分はあった。 310 だけど意識が逸れてると、やっぱり効果は鈍ってくる。 ﹃自動感知﹄にはそれが無いみたいだ。 だからといって、情報量の多さに煩わされることもないんだよね。 常に、自然と周囲を探れている感じがする。 あれだよ、武芸の達人には不意打ちが効かない、みたいな。 ついにボクも達人になっちゃったね。 生後一ヶ月ちょっとの毛玉なのに。 ともかくも、おかげで魔獣からの奇襲も回避できた。 途中で一回、木陰からアルマジロが転がって突撃してきたんだよ ね。 気づかなかったら、トラックに跳ね飛ばされるみたいになってた と思う。 さらりと回避した後は、魔眼と毛針で仕留めて御飯になってもら ったよ。 もちろんその後は、冒険者たちに見つからないように隠れたけど。 隠れるのも、﹃隠密﹄と﹃無音﹄のおかげで楽になった気がする。 こっちのスキルは読んで字の如しだね。 元からボクは体重も軽いし、足音とかも派手じゃなかったとは思 うけど。 あ、だけど魔力とかはどうか分からないね。 もしかしたら反応が垂れ流しだったかも。 何にしても、これからもサバイバル生活を続けるなら有り難いス キルだよ。 たぶん、街には入れないからね。 冒険者たちを尾行してきて、なんとなく分かってきた。 うん。このまま銀子を預けた方がいい。 311 幾分か森が開けてきて、様子を窺いやすくなってきた。 少なくとも、銀子は酷い扱いを受けていない。 大きな鞄は背負っているけど、これまでボクが持ってきたヤツだ。 前の野営地から運んできてたみたいだね。 銀子が疲れて歩みが遅くなったところで、幼女神官が荷物を持と うとしてる場面もあった。 だけど、どうやら銀子の方が拒絶してるらしい。 それでも冒険者たちは、仕方ないな、といった顔をして銀子の遅 い歩みに付き合っていた。 あの人攫いたちみたいに、小さな背中を蹴ったりもしない。 きっと街まで連れて行って、後の面倒もそれなりに見てくれるだ ろう。 エルフの国とかがあるなら、そこまで帰る手筈も整えてくれるか も知れない。 連絡くらいは取ってくれるはずだと思える。 楽観的かも知れないけどね。 でも、ボクと一緒に森の中で暮らすよりは安全なはずだ。 だから⋮⋮お別れだね。 まあ、なんとなく、こうなるんじゃないかとは思っていたよ。 わざわざ危険な変身をしたのは、そのためでもある。 お別れの挨拶は、あれで充分だったよね。 銀子だって、きっと分かってくれるでしょ。 そう考えながら、ボクは木苺を齧る。 冒険者たちが野営地を引き払った後、その場に置かれていたもの だ。 312 他にも、偽リンゴとか、根っ子の欠片とか、熊ベーコンも幾つか 置いてあった。 荷物の中から、銀子が残してくれたんだろうね。 草編みポーチでも作って、体に縛って持てるようにしよう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃細工﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃裁縫﹄スキルが上昇しました︾ よし、完成。これまでで一番の出来栄えだね。 あんまり多くの物は詰め込めないけど、頑丈な作りになってる。 まず失くす心配はない。 大切にしよう。 さらに二日が過ぎて、完全に森が途切れた。 平原が広がっていて、その先に街の影も見える。 北側が海に面した街みたいだ。石造りの壁に囲まれてて安全そう だね。 そして、どうやら無事に辿り着けそうだ。 冒険者四名も。銀子も。 平原を揃って歩いていく。 それなりに銀子も打ち解けてるみたいだね。 少なくとも、幼女神官となにやら話しているのは見える。 レンジャーが軽い感じで話し掛けると、困った顔になりながらも 返答はしていた。 313 魔術師は黙々と歩いているだけ。 戦士は遠慮がちに話し掛けて、きつく睨み返されていた。 よし。戦士が怯んでる。もっと睨んでやれ。 なんなら魔眼を発動しても許すよ。 まあさすがにそれは無理な注文だろうけどね。 そんな銀子だけど、何度か森の方を振り返っていた。 立ち止まりもしていた。 だけど幼女神官に呼ばれて、手を引かれて、小さく頷いてから街 へ向かっていく。 最後に大きく手を振って、そこからはもう振り返らない。 うん。ちゃんと分かってくれたみたいだね。 縁があれば、また何処かで会えるかも。 でも、いまはお別れだ。 ボクも森に戻ろう。 まだまだ生き残るための試練は続きそうだ。 強くならなくちゃいけない。 叶うなら、ボクを使い魔として呼んだ子とももう一度会いたいね。 それに、そもそも転生なんて事態になってるのも謎だ。 いつか答えが得られるのかな。 もしかしたら、ボク以外にも転生してる人がいるかも知れない。 なにもかも、これからで︱︱︱。 振り返って、枝から枝へと移りながら木苺を齧る。 甘いはずなのに。 少しだけ、しょっぱい味が混じっていた。 314 数日後、ボクは、とある物を発見した。 森の中、鬱蒼と茂る木々の合間に、大破したタンクローリーが転 がっていた。 315 38 始まりのエピローグ︵後書き︶ これにて、当作品はひとまず完結となります。 あれこれと放置された部分が気になる方には申し訳ありませんが、 続く予定は今のところ無しということで。 最後まで付き合ってくださった読者の皆さんには、大変感謝して います。 ありがとうございました。 ⋮⋮ということだったんですが、色々と思うところがありまして、 連載再開しました。もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいで す。 316 幕間 とある銀ランク冒険者の野望 俺の名はグラッツ・オードフル。 偉大なるゼルバルド帝国を支える貴族諸侯のひとつ、オードフル 家の三男︱︱︱、 なんて過去は、とっくに抹消されている。 俺の馬鹿な行動が原因だ。 でも、だからといって後悔はしていない。 どうせ貴族の三男坊なんてのは、よっぽどの大貴族でもない限り は苦労ばかりを背負わされる。辺境の領主貴族にでもなれれば御の 字ってところだ。 そんな退屈で侘しい生活よりも、俺は夢を追い求めることにした。 幼い頃に抱いた、男の浪漫だ。 そう、俺は︱︱︱美しいエルフと結婚したい! 馬鹿か、馬鹿だろ、馬鹿ですわ、この大馬鹿者!、と家族からは 揃って罵られた。 いやまあ、社会的に非常識なのは、俺だって理解している。 帝国とエルフは、一応は友好関係を築いている。同じ人類種だと 認め合って、交易を行い、互いに友人として助け合っていこうと宣 言もした。 しかし仮にも貴族の婚姻となれば話はまったく別だ。 そもそもエルフだって排他的で、自分たちの島に篭もっていて、 多種族との交流は最低限のものに限っている。 だけどなあ、忘れられないんだよ。 317 子供の頃に見た、エルフの美しさが。 だから俺は家を捨てて、冒険者になった。 ちょうど何とかという有名な冒険者がエルフと結ばれた、なんて 噂を聞いたところだったからな。俺も続こうと思ったんだ。 幸い、剣技には自信があった。 帝国騎士団にも誘われていたくらいだ。当事ですでに﹃戦士﹄の 称号は持っていたからな。 だが俺は夢を追って冒険者になった。 そりゃあ苦労もしたが、仲間にも恵まれて、順調に成功を収めて いった。 パーティ名は﹃四色の槍﹄。 誰も槍なんて使えないけどな。 最初はちょっとした依頼で組んだ臨時パーティで、その場のノリ で付けた名前だった。長い付き合いになるとは、誰も思っていなか ったからな。 そんな名前はともかく、パーティとしての中身は悪くない。 感知系の才能に秀でたバスタは、レンジャーとして頼りになる。 俺の記憶に限れば魔獣から先手を取られたことがない。弓や短剣の 腕前もなかなかのものだ。 ヴルスも有能な魔術師だ。寡黙なヤツだが、自分の役目は心得て いる。 ﹃魔術の才﹄の上位にある﹃魔導の才﹄を持っていて、風雷系の 魔術は強力なものばかりだ。怒らせると俺にまで雷撃を放ってくる 危ないヤツだがな。 紅一点であるアプフェールは、大地の女神を信奉している。 神官で、かつ冒険者なんて珍しいんだがな。修行の一環らしい。 長命種である﹃ラディ・ヒューラル﹄なので、見た目は完全に幼 318 女だ。しかし防護系統の魔術は頼りになるし、実は俺たちの中で最 も戦闘力が高い。 メイス 辺り一帯の地面を刃に変えて、魔獣の群れを殲滅したりもできる。 おまけに接近戦も強い。近づいた魔獣は、鉄棍で粉砕される。 ああ、魔獣に限らないな。 以前、邪教の集団が毒を撒いて川を汚染した事件があった。その 際にアプフェールは、犯人である邪教徒どもを片っ端から潰してい った。 ﹁魂から悔い改めなさいデス﹂とか言いながら、淡々と頭をカチ割 っていくんだ。 あの時、俺は誓ったね。 自然は大切にしよう、と。 話が逸れたが、ともかくも俺たちは﹃銀﹄ランク冒険者として認 められている。 もう一流を名乗っても許されるランクだ。 まあ金、白金、竜なんていう化け物ランクには及ばないが、何処 遠征 の誘いを受けたのも、当然と言えば当然だった。 の街に行っても頼りにされるくらいだからな。 大陸の南にある、ムスペルンド島への遠征。 帝国と、それに対抗する各国が競って乗り出している。さすがに 最後の魔境 だとか言われている。 への備えもあるから、現状では橋頭堡を築いたってと 本格的な軍の派遣までには至っていないがな。 外来襲撃 ころだろう。 ムスペルンド島は、 大陸では魔獣の数もかなり減ってきた。魔族との和睦も成立して、 ほぼ全土が人類の領域となったおかげだ。 319 だが、ムスペルンド島は違う。 数年前から街を作るために帝国から兵団が派遣されている。それ でも幾度も魔獣による襲撃を受けて、かなりの苦労をさせられてい るって話だ。 どうにか冒険者の行き来ができるようになったのも最近になって から。 新種の魔獣もいるし、大陸から逃げた魔獣も増え始めているらし い。 危険な土地だ。 だが、その分だけ収獲も期待できる。 俺たちは四人で話し合い、多少の議論はあったが、全員が納得し て遠征への参加を決めた。 五人 で食事の席を囲んでいた。 でもまさか、あんな出会いがあるとは夢にも思っていなかった。 ﹁ありました。これです﹂ 街に戻ってきた俺たちは、 黙々とスープを口へ運んでいたヴルスは、その間も﹃魔獣知識﹄ を読み進め続けていた。 知識系のスキルは実に便利だ。 様々な知識を得られるし、貧しい者でも努力次第で才能を活かせ る。 まあ、俺みたいに勉強嫌いな人間には使い難いスキルだけどな。 閲覧許可を得ても、しっかりと読んで知識を自分の物にしないと、 本のページが止まってしまう。おかげで、俺の﹃常識﹄なんかは数 320 ページしかない。 だが、生真面目なヴルスは違う。 黒毛玉 については記されていなかった。 こいつの﹃魔獣知識﹄は、とっくに五百ページくらいは越えてい た。 なのに、あの ﹁随分と時間が掛かったな。それだけ珍しい魔獣ってことか﹂ ﹁そりゃあ、あんなのがほいほい出てきたら堪らないぜ﹂ バスタは苦笑を零しながら、テーブルの上に身を乗り出す。開か れた﹃魔獣知識﹄へ興味深げな目を向けた。 いつもはお気楽なバスタだが、今回は死に掛けたからな。 自慢の優顔も毒でボロボロにされて、アプフェールの治療がなか ったら二度と見られなくなっていたところだ。 ﹁ベアルーダ種⋮⋮聞いたこともないデス﹂ そのアプフェールも、野菜スティックを齧りながら呟いた。 ﹃魔獣知識﹄から浮かび上がった映像へ、真剣な眼差しを注ぐ。 ﹁特殊進化種デスか? あるいは異常発生個体?﹂ ﹁いえ。非常に稀少なだけのようです。あれ自体は変異種かも知れ ませんが﹂ ﹁黒毛に単眼、八本足、特徴は同じデスね。でも⋮⋮﹂ ﹁はい。戦闘力は高くても一千とあります。あれは、そんな程度じ ゃなかったです﹂ 魔術担当の二人は、普段の口数は少ない。 だけど一旦興味を刺激されると、こうして一気に喋り出す。 321 まあ、今回は俺も気持ちが分からないでもない。 あの黒毛玉は異常だった。 一歩間違えたら、俺たちは全滅していただろう。得体の知れない 魔術を使う上に、全身の毛が武器で、何処から攻撃しても隙が無い。 おまけに空中を素早く移動して、危なくなったら逃げる知能まで備 えている。 もう一度戦えと言われたら、俺は遠慮したいね。 辛うじて無事で済んだとはいえ、自慢の盾と鎧がボロボロにされ た。 修理だけで、ここ最近の稼ぎが吹っ飛んだからな。 ﹁この幼体も気になりますね。黒毛玉に対して、白毛玉ですよ﹂ ﹁パサルリア種? え⋮⋮戦闘力、一桁デスか?﹂ ﹁手足もなく、満足に動けもしないそうです。﹃毛針﹄で近づいて きた獲物を捉えるそうですが、そうそう捕まる魔獣なんていないで しょう? しかもこの状態から進化しないと、七日ほどで寿命が尽 きるみたいですよ﹂ ﹁七日って⋮⋮なんというか、哀れみを誘う生き物デスね﹂ ﹁だけど進化すると怖いですよ。個体によっては、﹃魔眼﹄を使い こなすそうです。しかも一種類だけでなく、何種類、下手をすれば 何十種類も。普通の魔眼使いでは有り得ないことです。いや、そも そも魔眼というだけで非常に珍しいんですが︱︱︱﹂ ヴルスとアプフェールは熱心に語り続けている。 きっと頭を働かせるのが好きなんだろうな。 だが、どんなに考えたって、あの事態は説明できないと思うぜ。 だって、魔獣が人の姿になるなんて︱︱︱自分の正気すら疑いた くなる。 ましてや、あんな可愛い子だったなんて。 322 そういや御伽噺でもあったな。 呪いで魔獣にされたお姫様が、勇者のキスで元に戻るっていうの が。 お姫様と勇者が結ばれて大団円ってやつだ。 俺は勇者じゃないが、もう一度、あの毛玉と出会えれば⋮⋮、 いやいや、何を考えてる? あんな奴に近づくなんて危ない真似、誰が望んでやるかって話だ。 だいたい、俺はエルフ一筋だって決めてるんだ。 ともあれ、だ。 あの黒毛玉は信じ難いほどに驚きの塊だった。 でも俺だけじゃなくて全員が目撃して、体験したことだ。 夢や幻じゃない。 その証拠に、彼女がここにいるんだからな。 ﹁⋮⋮なに?﹂ ﹁いや、何でもないって。だから睨まないでくれよ﹂ 俺がちょっと目を向けただけで、彼女、シルヴィは不機嫌そうに 睨み返してきた。 明らかに嫌われている。 まあ原因は分かっている。理解もできる。 自分のペットを殺そうとした奴とは、そうそう仲良くできないよ な。 彼女に言わせれば大切な友達らしい。尚更だな。 しかも俺が剣を振るおうとした瞬間を、目の前で見ていたんだか ら。 だけどなあ。普通は考えもしないだろ。 323 まさか、魔獣が子供を守っているなんて。 使い魔なんてのもいるが、あれは一部の貴族だけが持つ特権だ。 と、俺も一応は貴族だっけな。まあいいや。 ともかくも、そこいらに人間の味方になる魔獣なんていないはず だった。 シルヴィはエルフの里から攫われて、海を渡って、この島まで連 れて来られたそうだ。恐らく人攫いどもは島を横断して、東にある ウィンディア王国の街へ向かうつもりだったんだろう。 エルフの里は大陸の西方、海を隔てた先にある。 帝国とは友好関係にあるエルフだが、大陸東側の国々では、未だ に亜人種などと言われて差別も受けている。奴隷の売買ができるの も東側だけだ。 だから、危険は承知で、この島に渡ってきたんだろう。 帝国領を通り抜けるよりは捕まり難いのは事実だ。 だが、その人攫いどもには運がなかった。頭も悪かった。 エルフの里に乗り込んで戦うなんて、自殺行為みたいなもんだ。 森を味方につけたエルフの戦闘力は群を抜いている。その里の近 くでは多くの獣人も一緒に暮らしていて、外敵に対しては容赦無く 牙を振るう。 かつて大陸全土で猛威を振るった﹃魔獣オーグァルブ﹄でさえも、 エルフの里では苦戦し、ついには撃退された。それが連中を絶滅さ せる切っ掛けになったとも言われている。 実際、人攫いどもは手痛い反撃を受けたはずだ。 シルヴィを連れてきたのは三人だけだって話だし、残りは撃退さ れたのだろう。 その生き残った三人も、結局は魔獣の餌食になった。 あの黒毛玉に睨まれて。 324 ﹁そこらの犯罪者程度じゃ、相手にもならねえだろうなあ﹂ ﹁⋮⋮怖くないもん﹂ ﹁ん? ああ、大丈夫だぞ。ちゃんと故郷まで送り届けて⋮⋮﹂ ﹁違う! 私を守ってくれたの! とっても優しいんだから!﹂ ﹁あ、ああ。あの毛玉の話か⋮⋮って、怖いって言ったのは俺じゃ ねえぞ。バスタやヴルスじゃねえか﹂ 非難の目を逸らそうと、俺は二人に話を向ける。 だけど揃って顔を背けやがった。 息もピッタリ。本当に頼もしい仲間どもだ。 ﹁まあ落ち着くデス。グラッツだって悪気は無いのデスよ﹂ そう言って、アプフェールが仲裁に入ってくれる。 シルヴィは基本的に良い子だ。話が通じる。 相手が俺でなければ、と条件がつくのが難点だが。 ﹁ただ、グラッツはアホなのです。アホでエロだから剣を振るしか 能がないのデス﹂ ﹁って、待てアプィ! 誰がアホでエロだ!?﹂ ﹁美人の嫁さん探しのために貴族をやめるなんてアホは、一人しか いないのデス﹂ ﹁ぅ、それは事実だが⋮⋮とにかく、アホ呼ばわりはやめろ。シル ヴィが子供らしくない哀れみの視線を向けてきてるじゃねえか!﹂ アプフェールの言葉なら、シルヴィも素直に受け入れてくれる。 俺だって、なるべく仲良くしたいんだ。 これからしばらくは一緒に旅をする仲間でもあるんだし。 325 そう、俺たちはエルフの里までシルヴィを送り届ける。 善意での行動じゃない。冒険者として依頼を受けたからだ。 依頼主はシルヴィ自身で、報酬もしっかりと用意してくれた。攫 グドラマゴラの根 を持っていた。 われてきて、子供で、今日の食事にも困るようなシルヴィだったが、 上質な 珍しい魔樹であるグドラマゴラの根は、粉末にして、魔力回復薬 の材料になる。 普通の人参くらいの大きさでも、一級品の剣と同じくらいの値段 がつく。 しかもシルヴィが持っていたのは、人間と同じくらいに育った物 だった。破片だけだったのは残念だが、それでも驚くほどの高値で 売れた。 そうして俺たちが雇われた、という訳だ。 他の冒険者を頼らなかったのだから、それなりに信頼してくれて いるのだろう。 でもやっぱり、俺に向ける眼差しは厳しい。 時々、呻りもする。 まあ子供だから可愛いものだけどな。 ﹁な、なあ、シルヴィ﹂ ﹁⋮⋮許さないもん﹂ ﹁いや、えっと、それは悪かったと言うか⋮⋮そうじゃなくてだな﹂ 可愛いものなんだが、相手がエルフだと思うと遠慮が先に立って しまう。 俺にとって、エルフは幼い頃からの憧れだからな。 相手が子供だとしても、敬意を抱いてしまう訳だ。 そうでなくとも、あの森から一人で生還してきたことには素直に 326 賞讃を覚える。 ともあれ、ひとつ尋ねたいことがある。 実はずっと聞きたくて、機会を得られずに困っていたんだ。 ﹁なんと言うか⋮⋮これから俺たちは、エルフの里へ向かうんだ﹂ ﹁⋮⋮うん。分かってるの﹂ ﹁それでだな、これは重要なことで、どうしても聞いておきたいん だが⋮⋮﹂ コホン、と咳払いをひとつ。 俺は真剣な眼差しをシルヴィへと向ける。 ﹁シルヴィには、お姉さんとかいるかな? 血は繋がっていなくて もいい。知り合いとかでも構わない。年頃の、そう、結婚ができそ うな、種族が違う俺でも受け入れてくれるような人がいたら紹介を ︱︱︱﹂ え? あれ? なんだかシルヴィの視線から寒気を感じるんです が? じっとりとして軽蔑が混じっているような? アプフェールさん、なんで悪巧みするような顔で耳打ちしてるん ですか? あ、また一段とシルヴィの視線が冷たくなった。 ﹁⋮⋮最低なの﹂ ﹁まったくデス。やっぱりグラッツはエロくて変態なのデス﹂ ﹁え、ちょっ!? いったい何を吹き込んだんだよ!?﹂ 見た目幼女の二人は、揃って俺から距離を取る。まるで汚いモノ を前にしたみたいに。 327 はあ。折角、糸口を掴んだと思ったのに。 俺の悲願が叶えるには、どうやらまだまだ苦労が必要らしい。 328 幕間 とある銀ランク冒険者の野望︵後書き︶ 閑話をもう1話挟んで、夜には第二章を始めます。 329 幕間 とある勇者候補の始まり 目を覚ますと暗闇だった。 ぼんやりと橙色の光が揺れていたが、ほとんど暗闇みたいなもん だ。 夜中にロウソクでも点けてんのか? 停電? どういう状況だよ? いや、そうだ︱︱︱!! 俺は教室にいたはずだ。 いきなりデカイ車が突っ込んできやがったんだ。 ありえねえ状況だった。目の前で轢き潰されていく奴の姿も見た。 俺も正面から激突されたはずだ。 なのに、生きてる? よっぽど運が良かったのか? なら、ここは病院ってことか? だけどおかしい。 全身の感覚がいつもと違いすぎる。視界もやけにぼやけてやがる。 怪我の影響かとも思ったが、誰でもいいから人を呼ぼうとして気 づいた。 口から出たのは、俺の声じゃなかった。 いや、俺の声だった。違う。だが︱︱︱、 そんな風に錯乱したのも仕方ねえだろ。 まさか自分が赤ん坊になってるなんて、そう簡単に受け入れられ るかよ。 こんな状況で冷静さを保てる奴がいたら、そいつはきっと狂人だ。 生憎、俺はそんな大した人間じゃなかった。 330 生まれつきの強面なだけで、勘違いする奴もいたが⋮⋮そんなこ とはどうでもいいか。 嫌なこと思い出しちまった。 くそっ、心底どうでもいいのにな。 とにかく異常な状況だった。 いっそ地獄に落ちたって言われた方が受け入れ易かったかもな。 自分が転生した、と理解できたのは少し後になってからだ。 そして、それよりも早く地獄みてえな光景を見せられた。 転生なんて異常を感じているのは俺だけだった。 俺以外の、俺の両親にとっては、一大事ではあっても当り前のこ とだったはずだ。 親が子供を産む。育てる。 自分たちの赤ん坊を見て喜ぶのも当り前だよな。 ぼやけた顔しか見えなかったが、嬉しそうな声は聞こえてた。 抱きかかえられて、温もりを分けてもらって、俺も少しだけ安心 した。 父親は髭面で、太い腕をしていた。 母親は優しそうな声で語り掛けてくれて、俺の頭を撫でる手は荒 れていた。 小さな家だっていうのも分かった。 床板が軋む音が聞こえて、部屋の端まで灯りは届いていなかった。 それでも新しい父親と母親は、幸せそうに笑い合っていた。 前世の両親よりもずっと立派な人間だったはずだ。 331 本当に、温かかった。 だけど、殺された。 いきなり白鎧姿の男たちが家に押し入ってきて、剣で父親を斬り 殺した。 俺は男たちの一人に強引に抱えられた。 背後から、母親の悲鳴が聞こえた。 俺は呆然としているしかなかった。 状況を受け入れることも、把握することも、泣き出すことさえ出 来なかった。 そうして男たちに連れ去られて︱︱︱、 五才になった俺は、いま教会で暮らしている。 毎朝、定められた時間に起きて、神に祈るフリをする。 心の中で悪態を吐くのも日課だ。 偉そうな神父が星神とやらの話を語っているが聞き流す。 どうせクズ野郎が信じてる神だ。 実在はしてるみてえだが、ロクでもない奴なのは間違いねえ。 無駄な時間を過ごした後、朝食を済ませた俺は、教会内の訓練場 へと向かう。 この教会は、星神教の総本山だ。 星神教ってのは、この大陸全土に影響を持っているらしい。クズ 司祭が語ったことだが、ひとつの国を作っているほどだから、あな がち嘘ばかりでもないだろう。 シュリオン聖教国。 それがこの国の名前で、俺がブッ潰すべき相手だ。 332 生まれたばかりの俺を連れ去ったのは、教会の兵士どもだった。 星神からお告げがあったそうだ。﹃世界の守護者﹄が生まれる、 と。 それが俺だってワケだ。 歓迎したくないが、その﹃世界の守護者﹄とやらの称号は、俺の 勇者 になるらしい。 ステータスにしっかりと表示されてやがる。 で、その称号を持つ奴はきまって 俺からすれば馬鹿馬鹿しい話だ。 魔王 ってのも存在してるそうだ。 勇者だの魔王だのは中学二年で卒業しろって思うぜ。 だがこの世界では、現実に 魔王だからって悪人とは限らねえと思うがな。 なにせ、教会の人間は揃って﹁魔王を討つべし﹂って言ってやが る。 むしろ俺としては、その魔王の側に立ちたいくらいだ。 ともかくも俺は﹃世界の守護者﹄で、将来的には人間離れした力 を持てるらしい。 その力を教会は手駒として扱いたいって企んでやがる。 子供の頃から洗脳して、ってことだな。 誰がそう都合よく動いてやるか、と俺は反吐が出る想いを抱えて る。 だけど考え無しに暴れたって、子供の俺じゃあ、力で押さえつけ られるだけだ。 奴隷の首輪 って道具もあるそうだからな。 それくらいは予想できた。 最悪、 主人の命令には絶対服従、逆らえば首ごと吹っ飛ぶ、っていうロ クでもねえ魔法の道具だ。 いまのところ、奴等は油断してるのか、俺を奴隷扱いはしていな 333 い。 だから、ひとまずは従順なフリをして力をつけることにした。 毎日の訓練には積極的に取り組んでやった。 倒れるまで。明らかに子供への虐待だろ、って思う内容もあった がな。 厄介だったのは、自分のステータスを教会の奴等に把握されるこ とだ。 高位の﹃感知﹄系スキルや、魔術を使えば、そういった真似も出 来るらしい。 敵に手の内を把握されるなんて冗談じゃ済まねえ。 密かに力をつけるのも不可能になるからな。 才能 や スキル に関しては、教会に詳しい資料があ だが逆に、ステータスを誤魔化す技も存在した。 幸い、 ったからな。 貴重な資料らしいが目を通すことは叶った。 仮にも俺は勇者だから、鍛錬の一環としてな。 おかげで﹃詐術の才﹄や﹃欺瞞﹄スキルを早目に覚えられた。 まあステータスの確認は、そう頻繁に行われはしなかった。高位 のスキルや魔術が必要だからな。精々、数ヶ月に一度くらいだ。 いざとなったら強引な手段を使ってでも防ぐつもりだった。 神の啓示が降りた、とか言って相手の目を潰したりな。 だけどなるべく騒動は避けるべきだ。 もっと力を付けたい。 朝から晩まで剣を振って、魔術の訓練をして、時には魔獣討伐に も参加した。 もちろん、他人の目が無い場所でのスキル上げなんかもやってお 334 いた。 十才までには出て行くか︱︱︱、 そう考えていたが、まだ俺は甘かったらしい。 この教会にいる連中のゲス加減は、俺の想像以上だった。 六歳になった頃、神父の一人から呼び出された。 正式には枢機卿とかいう肩書きを持った、お偉いさんだ。 夜中だったが逆らう訳にもいかない。 呼び出しにきた教会兵も、当然のように俺が従うものと思ってい やがった。 俺はこっそり行っていた訓練を中断して、そいつの部屋へ向かっ た。 部屋に入ると、小太りの神父が薄手の服一枚を羽織った格好で待 っていた。 バスローブ姿みたいなやつだ。 オヤジの半裸なんて見たくもない俺は、顔を顰めそうになるのを 必死に抑えていた。 違和感はあった。 いつもは趣味の悪い神官服で着飾っている奴なのに、その格好だ。 この時点で察せられなかったのは、やっぱり俺の甘さなんだろう な。 小太り神父は、しばらく偉そうに語っていた。 勇者の在り方とか、 335 星神教の将来とか、 如何に自分が敬虔な信徒だとか︱︱︱ぶん殴ってやりたくなった。 ルイとか気安く呼ぶな。 気持ち悪いんだよ、あと息が臭い。 酒を注いだグラスを時折口に運びながら、そいつは嬉しそうにし てやがった。 お楽しみ を前にして。 悦に入っていた、ってやつだな。 これからの 服を脱げ、と言われた時にようやく俺にも事態が察せられた。 まさか子供に、しかも男の俺に対して、そんな欲望を向けてくる とはな。 神だって呆れるだろ。 俺が迷ったのは一瞬だった。 奴が手を伸ばしてきた時には覚悟は決まっていた。 ﹃隠密﹄、﹃無音﹄を発動。 同時に﹃錬気﹄、﹃闘魔﹄も使う。 手刀に﹃疾風撃﹄﹃剛力撃﹄、﹃破戒撃﹄、おまけで﹃絶剣﹄も 乗せた。 一撃で、あっさりと、小太り神父の首は刎ね飛ばされる。 だけど、あまり気持ちのいいものじゃない。 クズ野郎とはいえ、人間を殺すっていうのは少しだけ心が痛んだ。 殺しに慣れていくのも怖いな。 それでもさすがに、のんびりと後悔してるほど、俺も馬鹿じゃな い。 外に異変を気づかれはしなかったが、きっと長くはもたない。 俺はすぐに窓から抜け出した。 336 そのまま﹃隠密﹄を駆使して教会からも脱出する。 いまの俺より戦闘力が高い奴は、教会兵の中にはいない。 だからといって、教会全部を敵に回して勝てるかどうかは別問題 だ。 何百人、何千人を相手にしたら、さすがに殺されるだろう。 しかし参った。 教会から出て行くのは決めていたが、先の計画はまったくの白紙 だった。 おまけに、いまの俺は体ひとつだ。 金も持っていない。剣の一本すら無い。 クズ神父の部屋を漁れば金くらいあったはずだが、そこまで考え が至らなかった。 どうするか︱︱︱。 勇者候補 の肩書きを頼らせてもらうか。 とりあえず、他の国にでも行ってみるかな。 庶民の家のタンスや宝箱を漁るのも勇者の特権らしいし、なんと かなるだろ。 いや、それはさすがに冗談だけどな。 聞いた話だと、西にあるゼルバルド帝国は教会と仲が悪いらしい。 外来襲撃 に備えて、さすがに戦争はしてねえみたい ほとんど敵対関係だそうだ。 数年後の だが。 敵の敵がまともな味方、とは限らねえ。 だけど行ってみる価値はあるだろ。 実際に、自分の目で確かめて、どうするか決めるのはそれからだ。 337 幕間 とある勇者候補の始まり︵後書き︶ 連載再開にあたって、ステータス表記などを改稿してあります。 ストーリーの大幅な変更はありませんが、少しだけ違っている部分 もあるので、ご注意を。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 人類種 ヒューラル LV:16 名前:ルイディアス・フロード 戦闘力:12860 社会生活力:2550 カルマ:1670 特性: 人類種 :﹃怪力﹄﹃頑健﹄ 世界守之剣 :﹃絶剣﹄﹃破戒撃﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃危機 感知﹄﹃錬気﹄ ﹃成長加速﹄﹃幸運﹄﹃闘魔﹄﹃無音﹄﹃回避﹄ ﹃受け流し﹄ ﹃上級剣術﹄﹃魔力大強化﹄﹃高速魔﹄﹃聖光術﹄ ﹃封印術﹄ ﹃上級炎熱系魔術﹄﹃上級風雷系魔術﹄ 世界守之鎧 :﹃反射﹄﹃生命力大強化﹄﹃物理大耐性﹄﹃光大 耐性﹄﹃堅牢﹄ ﹃状態異常大耐性﹄﹃斬撃大耐性﹄﹃刺突大耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄ ﹃全属性大耐性﹄﹃我慢﹄﹃沈思速考﹄﹃難攻不 落﹄ 強面 :﹃威圧﹄ 338 詐術の才・弐:﹃隠密﹄﹃欺瞞﹄﹃鑑定﹄ 閲覧許可 :﹃共通言語﹄﹃魔術知識﹄﹃魔獣知識﹄﹃常識﹄ 称号: ﹃世界の守護者﹄﹃孤児﹄﹃魔獣の天敵﹄﹃熟練戦士﹄﹃人類最強﹄ ﹃欺く者﹄﹃研鑽を積む者﹄﹃助ける者﹄﹃人殺し﹄ カスタマイズポイント:200 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 339 01 孤独な毛玉、ふたたび まず地面に穴を掘ります。 水冷系魔術を発動させて、その穴へたっぷりと水を溜めます。 ここまでは下準備で、次からが本番です。 用意しておいた薪に狙いを定めつつ、慎重に術式を組んでいきま す。 そして発動。 燃えます。ボク自身が。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃炎熱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ おおぅ、もう何度も火達磨になってるのに、ようやく初めてのス キルアップだ。 でもこれ以上は危ない。 ボク自身が種火になって、薪に火を点ける。 あとは急いで溜めておいた水に飛び込む。 体は浮いちゃうけど、構わずにぐるんぐるんと回転する。 ほどなくして鎮火。 自慢の毛並みがチリチリだけど、﹃自己再生﹄を使えばすぐに生 え変わるよ。 ってことで、ようやく薪への着火成功。 いやぁ、銀子の優秀さが身に染みて分かるね。 火を起こすだけでも一苦労だよ。 あ、でも別段、ボクだけなら火に頼る必要はなかったんだよね。 340 まあいいや。 今日はミミズが狩れたし、折角だから焼いて食べよう。 ﹃吸収﹄した時も思ったけど、このミミズって意外と美味しいん だよね。 脂が乗ってるお肉で、ほんのりと甘味もある。 焼けば旨みも凝縮されるかも。 ってことで、調理開始。 さて。銀子と別れてから十日余りが過ぎた。 ボクは来た道を戻ったり、ふらふらと探索をしたりもしながら、 サバイバル生活を続けていた。 大雑把な目標は決めてる。 それは、強くなること。 まあ生き残るための必須条件とも言えるんだけどね。 負けていないとはいえ、冒険者たちから逃げなきゃいけなかった のは確かだ。 もっとボクが強ければ、そんな必要はなかった。 銀子の面倒だって最後まで見て、ちゃんと安全を確認できたかも 知れない。 生後一ヶ月ちょっとの毛玉がなにを、って感じだけどね。 だけど、これからも危険はあると思うんだ。 ともかくも強くなっておいて損は無い。 幸い、この世界のスキルシステムは便利だからね。 341 何をどうすれば、どう強くなれるのか、分かり易い形で示してく れる。 ただ残念なのは、自分一人だと成長が鈍いってことだ。 実際、あの冒険者や亀オークとの戦いの最中には、幾つもスキル が上がってた。 それと、幾分か鍛えたスキルは上がりが遅くなるみたいだ。 少し試してもみた。 自分で自分に針を刺すとか、針を連ねて切ってみるとか、適当な 石を拾って殴ってみるとかね。 けっこう痛い想いはした。 でもすでに一定以上に鍛えられていた﹃打撃耐性﹄なんかは、ス キル上昇アナウンスがなかった。 ﹃懲罰﹄も自分に向けたりしたんだけどね。 ﹃極道﹄と﹃我慢﹄が上がったけど、こっちの上昇具合も控えめ だ。 ﹃懲罰﹄への耐性スキルみたいだから、しっかりと鍛えておきた いんだけどね。 システムに嫌われてるのか、ボクはカルマが低いから。 下手をしたら、﹃懲罰﹄だけで封殺されかねない。 ここらへんは、今後の検討課題だね。 あと、﹃破戒撃﹄への耐性も分かった。 自分をぺしぺし叩いてたら、﹃不変﹄ってスキルが解放されたん だ。 これもやっぱり上がり難いけどね。 持ってないよりはマシな程度かなあ。 新スキルと言えば、﹃法則改変﹄なんてものも見つかった。 342 これはまあ、なんていうか、新しい称号と一緒に出てきたんだよ ね。 また好ましくない称号で、﹃悪業を積み重ねる者﹄っていうのが。 ちょっと硬いアルマジロが群れで出たから、﹃死毒の魔眼﹄に頼 ったのがよくなかったみたい。 カルマが−5000越えちゃった。 前からあった﹃悪業を積む者﹄は上書きされたよ。 で、この﹃法則改変﹄だけど、正直さっぱり分からない。 名前からすると強力そうなスキルなんだけどね。 ステータス上では、﹃不変﹄と一緒に、﹃覇者の才﹄に分類され てる。 ますます謎だね。 この﹃覇者の才﹄にしても、強そうではあるけど、どんな才能な のやら掴み難い。 少なくとも、ボクには似合わないと思うんだけどなあ。 精々、ワンルームの覇者くらいで充分だよ。 才能 に関しては、もうひとつの﹃隠者の才﹄は分かり易いね。 つつましく生きたいよね。 ﹃隠密﹄とか﹃無音﹄が、ここに分類されてる。 その内に、﹃忍者の才﹄とかになったりしてね。 いや、まさかね? ないよね? あるとしたら、﹃暗殺者の才﹄とか⋮⋮でも隠れるのと暗殺は違 うのかな。 どっちにしても、積極的に伸ばすものではないかな。 時には隠れるのも大切だろうけど、いまは純粋に戦闘力の方を磨 いておきたい。 そういった目標もあって、地道に魔術の訓練とかもしてる。 343 着火はできるようになったのに、未だに﹃炎熱系魔術﹄スキルは 上がってない。 やっぱり狙ったところに火が出るようにならないとダメかねえ。 術式は正確なはずなのに、どうなってるんだか。 少なくとも、この毛玉体が炎に弱いのは間違いなさそうだけど。 それでも他の魔術との相性はいい。 とりわけ土木系と闇術の伸びが早いね。 おかげで、野営地を整えるのが随分と楽になった。 そこかしこに落とし穴を掘れるし。 夜を待たなくても、辺り一帯を闇で覆って結界みたいにできる。 しかも、この闇に触れた相手を察知する警戒機能付き。 最初は辺りを暗くするくらいしか出来なかったのにね。 ちなみに、未だに﹃魔術知識﹄は初期のままで読み進められてい ない。 だけど自力での術式開発のコツが分かってきた。 もちろん、何でも出来るって訳じゃない。 ただ、この世界の魔力は、力を振るう方向を示してやれば、細か な道順を自分で探してくれる。 その道順が術式となるので、間違わないよう補佐してやればいい。 まだ﹁穴を掘る﹂とか、﹁暗闇を広げる﹂とか単純な術式ばかり だけどね。 そういった単純なものを組み合わせれば、闇結界みたいな便利な 術式も作れる。 パッチワークみたいなものかな。 もしくは、レース編み? あのちまちました作業は好きだったなあ。 教えてもらった時は面倒そうだって思ったけど、やってると楽し 344 くなってくるんだよね。 と、いまは関係ないか。アクセサリなんか作ってもお腹は膨れな いしね。 ともかくも、ボクの強化計画は順調に進行中。 そうそう、﹃魔術開拓者﹄っていう称号も貰えたよ。 同時に﹃魔術開発﹄のスキルも解放された。 こんなスキルもあるくらいだし、自分で魔術を作るって、この世 界では珍しくないのかもね。 さて、そろそろ行ってもいいかな? 何処って、以前に断念した竹林にね。 亀オークの群れには大打撃を与えたはずだし、ボクもあの時より 強くなった。 いざとなったら逃げるくらいは出来るはず。 だから、たぶん大丈夫。 今度こそ、筍くらいは手に入れたいね。 という訳で、やって参りました竹林。 静かだ。 こういう雰囲気っていいよね。 いまは昼間だけど、夕方で灯篭とか並んでるともっと素敵になる。 京都だっけ? 有名な観光スポットもあったからねえ。 そういえば中学の修学旅行って京都だったね。 自由時間を使えば行けたのかな。 345 一人で真っ直ぐにホテルへ向かったから考えてなかった。 ま、今更だよね。 それよりも、奇妙なくらいに静かすぎる。 竹林の風通しの良さが、そう感じさせてくるのかな? 一応、注意しておこう。 筍掘りに夢中にならないようにしないとね。 まあ﹃自動感知﹄があるし、よっぽどでないと不意打ちは受けな いはず。 とか考えてる間に、筍発見。 ちょこんと盛り上がってる地面を掘る。 うん。間違いなく筍だ。 少なくとも魔獣じゃないのは﹃鑑定﹄で分かる。 なんとなく毒も無さそうな気がするね。 とりあえず一つだけ確保。 あと、地下茎を掘り起こして幾つか採っておこうか。 それくらいなら持って帰れるからね。 人間だったらシャベルか、いっそ重機が欲しくなる作業だけど、 今なら簡単だ。 土木系魔術が活躍するよ。 ボクが、カッと目を見開いて、グッと魔力を込める。 それだけで大穴が開く。 いや、実際にはそこそこ複雑な術式を組んでるんだけどね。 穴を掘るのには、もうそれくらい慣れてきたよ。 さて、地下茎確保。 小さな芽がついてるね。上手くすれば増やせるはず。 安全なところで栽培できれば、竹材も筍も採り放題になるねえ。 346 問題は、その安全なところがこの森に存在するかどうかなんだけ ど。 なんだか逆に、ここの方が安全な気がする。 本当に静かだね。 ちょっと周囲を探索してみようか。 竹林の奥へ、かさこそと進む。 たまに﹃空中遊泳﹄も使って、ふよふよと進む。 森が開けて、小高い丘が見えてきた。 だけどボクは森から出ずに、その丘の様子を窺う。 なんだか妙な物が見える。 丘の斜面に沿って、いくつかの穴が掘られていた。 住居?、とすぐに思ったのは、そこに出入りする影があったから。 亀オークだ。 相変わらず、甲羅がゴツくて、全身が太ましい。 斜面の中心には大きな穴もあって、そこには見張りっぽい亀オー クも立ってる。 ん∼⋮⋮奴らの住処ってことかな。 まだ距離はあるから、向こうはボクに気づいていない。 だけどさすがに森から出たら見つかるよね。 斜面から見下ろす形で、防御には向いた地形みたいだし。 どうしよう? 襲撃する? それとも立ち去る? そういえば、幾つか新しい魔眼も訓練して使えるようになったん だよね。 なかなかに格好良くて、気に入った魔眼もある。 347 とりあえず、ぶっ放しておく? 348 01 孤独な毛玉、ふたたび︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔獣 オリジン・ユニーク・ベアルーダ LV:12 名前:κτμ 戦闘力:5530 社会生活力:−2780 カルマ:−5180 特性: 魔獣種 :﹃九拾針﹄﹃高速吸収﹄﹃変身﹄﹃空中遊泳﹄ 魔導の才・極:﹃操作﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃我慢﹄﹃恐怖大耐性﹄﹃精神耐性﹄﹃ 静寂﹄ 生存の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃激痛耐性﹄ ﹃猛毒耐性﹄﹃物理大耐性﹄﹃闇大耐性﹄﹃立体 機動﹄﹃悪食﹄ 知謀の才・壱:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・壱:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 349 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼の覇者 :﹃大治の魔眼﹄﹃死毒の魔眼﹄﹃混沌の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃無謀﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄ カスタマイズポイント:520 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 350 02 スニーキング&Dミッション こんばんは。 闇夜に紛れて蠢く漆黒の毛玉です。 これより、異臭漂う深淵たる穿孔への侵入を行いたいと思います。 まあ簡単に言うと、亀オーク拠点へのスニーキングミッションだ ね。 残念ながらダンボールは無い。 だけど今のボクなら、いざとなっても脱出くらいは出来るはず。 以前に会ったボスオークが十匹とか出てきたら危険だけどね。 まず、有り得ないと思う。 昼間にこっそり観察してたんだけど、普通の亀オークばかりしか 姿を見掛けない。 斥候型の緑亀オークが数匹いたけど、それだけ。 やっぱり前回の戦いでの被害は大きかったんじゃないかな? なんだか必死に銀子を攫おうとしてたし、それなりの戦力は出し てたんだと思う。 全戦力を傾けてでも!、ってくらいに必死だったからね。 その戦力を、ボクが徹底的に削った。 だからいまは、奴らの数は少ない。 そう考えるのは、ちょっと楽観的すぎるかな? だけどもっと多くの戦力があるのなら、亀オークの勢力圏が広が ってるはず。 見たところ、この拠点の近く以外では亀オークは活動していない。 351 斜面には幾つも穴があるけど、まったく出入りのない所もあるか らね。 おまけに、夜になって奴らは中央の穴に集まってるみたいだった。 その数は全部で百体程度。 数が減ってるっていうのは、そう悪い推測じゃないはず。 だったら一気に殲滅、っていう考えも浮かんだ。 広い場所の方が、ボクの魔眼は使い易い。 逃げ場の確保もできる。 戦うだけなら、わざわざ潜入する意味はないよね。 だけど、まあ、ちょっとした思いつきだよ。 もしかしたら、銀子みたいに攫われた子がいるかもなあ、って。 例えそうでも、ボクが助ける義理はないんだけどね。 倫理的にも法的にも、亀オークの殲滅を優先していいと思う。 それでも、巻き添えで生き埋めなんかにしちゃったら後味悪いか らね。 まあ、ボクにメリットが無い訳じゃない。 隠密系のスキルは上がるだろうし。 もしも助け出せる人がいたら、今後のためになるかも知れない。 銀子だって、あれこれと助けになってくれたし。 ん∼⋮⋮まあ、言い訳してても仕方ないか。 ボクがしたいようにする。 危なくなったら、﹃万魔撃﹄で洞窟くり抜いて脱出しよう。 そんな訳で、こっそり丘の裏手まで回り込んでおいた。 奴ら、けっこう頭がいいかと思ってたんだけど、こっちまでは警 戒してないね。 実は馬鹿なのかな? 352 これじゃあ、いくらでも丘の上から不意打ちできるよ。 念を入れて、慎重に身を隠しながら進むけどね。 草陰を静かに進むだけじゃなくて、匂いへの対策もしてある。 湿った風を纏って、匂いの粒子を水分でキャッチ。そのまま地面 へ染み込ませる。 そんな魔術を開発しちゃいました。 基本的な水球を生み出す魔術と、風魔術の合わせ技だ。 やってることは簡単なんだよね。 言い換えるなら、霧を発生させてるだけ? 欠点があるとすれば、ボク自身も湿っちゃうことかな。 でもいまの黒毛は少しくらいの水なら弾くし、毛針を使うのに支 障はない。 ってことで、丘の上へ位置取るのにも成功したよ。 斜面を見下ろすと、二体の亀オークが大きな洞窟を見張ってる。 ん? 欠伸なんてしてるね。 これは完全に気づいてない。よし、死ね。 ﹃混沌の魔眼﹄、発動! 二体とも、ビクリと全身を震えさせる。だけど声も上げられない。 そこへボクが駆け寄って、後頭部に着地。 毛針を突き刺し、即座に﹃高速吸収﹄発動。 む? 死体や植物から吸収するのとは違和感があるね。 抵抗されてる? 生き物としては当然か。だけど、ボクの吸う力の方が強い。 一体に掛かるのは五秒ってところ? とかやっている間に吸い終わった。 愕然として震えているもう一体に飛び掛かって、同じように仕留 める。 353 吸収され切ると、死体も残らない。 我ながら完璧な暗殺だね。 奴らが声も上げられなかったのは、﹃混沌の魔眼﹄に含まれる麻 痺効果のおかげだ。 混沌 石化 くらいだけどね。 って言うだけあって、他の効果も含まれて この魔眼、基本は混乱効果なのは間違いなかった。 でもさすがに た。 とりあえず確認できたのは、あとは 魅了とか病魔とかあってもおかしくない。 思えば、ビクリとして動きを止めてた敵もいた。 その時も一瞬だけ麻痺効果とかが現れてたんだろうね。 石化とかの効果が薄いのは、いまひとつボクのイメージが固まっ てないからかな。 要練習だね。 ともかくも、入り口は確保。 お邪魔しまーす、と。 声を掛けたから不法侵入じゃないよね。 あ、声は出てないか。まあいいや。 洞窟内部はけっこう広いね。通路も太い。 天井の高さもそれなりにあるけど、頭上を進んで見つからないほ どじゃない。 端っこをコソコソ進むしかないね。 幸い、夜なので影は多い。 明かりも壁に掛けられている松明がまばらにあるくらいだ。 ん∼⋮⋮亀オークの姿もないね。気配もない。 通路に沿っていくつも部屋があるけど、扉もないから覗き放題だ。 なんか雑草をいっぱい放り込んである部屋がある。 354 それも複数。酷い匂いがするね。 もしかして、寝室? 麦わらベッドならぬ雑草ベッド? 戦いの時は知恵が回りそうだったのに、こういう文化面は全然な のか。 まさか、発酵食品を作ってるなんてことないよね? いやだよ、亀オーク手製の納豆とか。 まあ、そんな珍しい物も転がっていない。無視して奥へ進む。 乱雑に武器を収めてる部屋もあった。 錆びていたり、欠けていたりする武器ばっかりだね。 修理するっていう文化も無いのかな。 お、今度は食料庫? とはいえ、肉とか魚とか、よく分からない果実とかが乱雑に積ま れてるだけだ。 腐りかけの物も混じってる。 どうせ持っていく余裕もないね。 よし。適当に毒針撃っておこう。 そんな地味な破壊工作をしつつ、さらに奥へと進む。 地下、というか下層へ向かう斜面があって、螺旋状になってる。 二層構造の洞窟だね。 生活関連の知恵は無くても、こういう構造物を作る技術はあるん だね。 必要に迫られて、っていう部分もあるんだろうけど。 いきなり上層が崩れたりしないよね? 大丈夫だよね? 不安を覚えながらも下層へ向かう。 ここまで来たら、トコトン進んでやろう。 なんて考えてたけど、そこまで奥深い洞窟でもないみたいだった。 355 真っ直ぐに幅広の通路が続いていて、また両脇に幾つかの部屋が ある。 だけど一番奥の突き当たりは大広間になっていた。 下層に降りた時点で、その大広間に亀オークが集まってるのが分 かった。 ブもぉ∼、とかいう雄叫びが聞こえてくる。 大勢がなにやら騒いでるみたいだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ んん? 大きな魔力反応もあるね。 何かしらの魔術を使おうとしてるのかな? 近づきつつ、視力も強化して広間の様子を覗き見る。 大勢の亀オークが立ち並んでいて、部屋の奥には杖持ちがいる。 石や骨で作ったアクセサリで着飾った、少し派手なオークだ。 その杖持ちが場を仕切ってるみたいだね。 魔力反応は、部屋の中央、亀オークたちの頭上にあった。 青白い光が集まってる。 どうやら全員がそこへ魔力を流してるみたいだ。 ん∼⋮⋮みんなの魔力を集めて、何らかの大きな術式を行おうと してる? そんなところかな。 だけど見たところ、術式とも言えないような、歪みきった魔力の 集まりだ。 暴走だけはしてないけど⋮⋮。 まあ、何を企んでるのかは分からなくてもいいや。 どうせロクなことじゃない。 356 よし。邪魔してやろう。 ここには亀オーク以外はいないみたいだしね。 ってことで、上層へ戻る通路の端まで移動して⋮⋮、 まずは﹃闇裂の魔眼﹄、発動! 広間全体を暗闇で覆う。同時に、見えない斬撃がそこかしこに乱 れ飛ぶ。 一瞬、喧騒が止んだかと思うと、次の瞬間には悲鳴が響き渡った。 だけど、まだまだ。 続いて﹃凍結の魔眼﹄、﹃雷撃の魔眼﹄もまとめて叩き込む。 あ、﹃混沌の魔眼﹄は暗闇で相手を捉えられないと効かないのか。 いま気づいた。 だけど二種類でも充分っぽいね。 広間のあちこちが凍りついて、亀オークどもが次々に巻き込まれ る。 通路を真っ直ぐに進んだ雷撃が、その進路上に焼死体を作ってい く。 阿鼻叫喚だね。 地獄絵図だ。 まあ相手が亀オークなので、ちっとも心は痛まないけど。 時間はあったからね。 幸運にも生き残った奴らが何体か、広間から逃げ出してきた。 溜め だけど遅い。 充分に トドメの、目からビーム! ﹃万魔撃﹄! 派手な破壊音を背中で受けながら、ボクはそそくさと撤退。 一気に洞窟の外へと出る。 邪魔しにくる敵もいなかった。 357 そうして奴らの拠点から離れたところで、もう一発﹃万魔撃﹄を 叩き込む。 見事に崩れてるね。これは運が良くても生き埋めコースじゃない? うん。スッキリした。 ︽︱︱︱が、一定に⋮⋮zx⋮⋮ッ︱︱︱︾ ん? いま、システムメッセージがあったけど、なに? 掻き消えた? まるで途中で切れた電話みたいに、雑音が混じったんだけど? ︽通信障害を確認。修正、メッセージの再送信を行います︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV12からLV14になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃隠密﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃無音﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃闇裂の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍結の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ え、あ、ハイ。分かりました。 それにしても、通信障害って⋮⋮どういうこと? これまでボクは仮にシステムメッセージって呼んでたけど、本当 に機械っぽいね。 いや、機械的って言うべきかな? 微妙なニュアンスの違いなんだけど⋮⋮。 このスキルシステムとか、神様みたいのが管理してるんじゃない 358 のかな。 魔法のある世界だから、そういうファンタジー的な方向で考えて た。 でも、実は違う? 超科学の産物とか? んん∼⋮⋮うん、分からないね。 これもまた考えても仕方ないことだ。頭の片隅で放置しておこう。 ともあれ、亀オークどもは殲滅してやった。 これで少しは森も平和に近づくんじゃないかな。 359 03 真夜中の出会い 夜。手早く拠点を作って睡眠を取る。 闇結界を使えるようになって、作業が随分と楽になったね。 これひとつで、魔獣への警戒は充分とも言える。 ただ、あくまで接近を察知できるだけ。 魔獣除けの偽リンゴと落とし穴、これくらいは可能な限り設置し ておきたい。 もっとも、偽リンゴは未だに効果があるのか未確定だけどね。 だから栽培目的も兼ねてる。 破魔効果を抜いた食べられるリンゴへの改造も、手法は確立でき た。 あちこちに生えていれば、そこの種から簡単に食料が確保できる。 なるべく荷物は無しで動けるようにしておきたいからね。 いまはポーチひとつで持ち歩ける分だけにしてる。 余った果実とかは、森の中に何ヶ所かに分けて隠してあるよ。 元は人型だった根っ子も、幾つか芽が出たのが残ってる。 ちょっと危険なイモだけど、育てて増やしておくべきかね。 そのうちに品種改良を成功させれば、安定した食料源になりそう だ。 ジャガイモみたいなのが出来れば最高なんだけどなあ。 ただ、そろそろ本格的な拠点の製作に挑戦したいところでもある ね。 土木系魔術や錬金術のおかげで、土壁くらいは作れるようになっ 360 た。 建築知識なんて持ってないけど、家くらいは作れそう。 だけど一番の問題は、大きな物を作ると目立つのが︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自動感知﹄スキルが上昇しま した︾ んん? 何かが結界に入ってきた。 大小二体の反応? 人間くらいの大きさかな? とりあえず、﹃加護﹄を発動。 木枝の上から近づいて様子を窺う。 と、また別の反応もあった。 今度はもっと大きな、はっきりと分かる相手だ。 ゴロゴロと転がってくる、アルマジロだ。 ただし、大きさは地球の熊よりも大きい。 一旦、闇結界を切る。木々の間からでも人影が確認できた。 え? 人? なんか半裸の母子二人がアルマジロに追われてるっぽいんだけど。 半裸っていうか、下半身は服を着ていない。 ちゃんと上半身には綺麗なシャツを着てるのにね。 それ以外は葉っぱで一部を隠してるだけだ。 あ、いや、それも違う。 隠してるというか、下半身は植物になってる。 アレだ、アルラウネってやつだね。 ﹃鑑定﹄すると、魔獣に分類されているのは分かった。 ﹃鑑定知識﹄には種族名っぽいのも表示されてるんだけど、相変 わらず読めない。 361 音声付きで読んでもらうと、アルリムとかアルリューネとか聞こ える。 まあ、アルラウネでいいか。 それにしても、若い母親と幼女? もしかして姉妹? ああいう人型魔獣もいるんだねえ。 そういえば巨人や亀オークも、一応は人型だった。 怖いのと臭いので親近感湧かなかったから、枠外に追いやってた よ。 と、のんびり観察してる場合じゃないかな。 幼女を庇って、母ラウネがアルマジロに弾き飛ばされる。 うわ、痛そう。 アイツの回転突撃って、実は棘付きなんだよね。 直撃は避けた母ラウネだけど、背中が大きく裂かれていた。 悲鳴を上げて幼女が駆け寄るけど、もう母ラウネは立ち上がるの も難しそうだ。 アルマジロの方は、太い木に当たって止まり、振り返る。 のっしのっしとアルマジロが歩いていく。 母子アルラウネに迫る。 仕方ないね。この森は弱肉強食だから。 弱いと生き残れない。狩られて、食べられるしかない。 だから︱︱︱、 ﹃凍結の魔眼﹄、発動! アルマジロの全身が凍りつく。 その頭上へ降りて、貫通針と吸収でトドメ。 いや、凍りついた時点で終わってたけど、念の為にね。 吸収され尽くしたアルマジロは死体も残さず、バラバラと氷だけ 362 が地面に散らばった。 その様子を、母子アルラウネは呆然として眺めていた。 さて、どうしようか? 鑑定では魔獣となってた二人だけど、言葉は喋れるらしい。 追い詰められてる時に、母子で何やら遣り取りはしてた。 音の響きからして、銀子が話してた言葉と同じっぽいんだよね。 共通言語っていうものかな? まあ、言葉が喋れるから何だって話もあるんだけど。 人攫いとか冒険者とか、危険な相手はいるからね。 だけど、目の前にいる二人は怯えて震えているだけだ。 互いを守るように抱き合ってる。 こうなると、ボクだって襲うつもりはないし︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魅了耐性﹄スキルが上昇しま した︾ なにこれ? 魅了攻撃を受けてるってこと? あ、夜で見え難かったけど、辺りに粉が舞ってる。 もしかして花粉? このアルラウネ母子からの攻撃? それとも自動で撒いてるとか? どっちでもいいや。 幸い、﹃加護﹄でほとんど防がれてるので害はない。 だけど相手が攻撃してきたのは確かだ。 ふぅん。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ。 誰に攻撃したのか教えてあげよう。 ﹃大治の魔眼﹄、発動。 淡い光が母アルラウネを包んで、傷を癒していく。 363 ついでに幼女アルラウネにも掛けておこう。 これでボクが危険な魔獣じゃないって分かったはずだ。 呆然としてる二人に背を向けて、ボクは立ち去る。 もう夜だしね。眠い。 何処でも好きな所に行くといいよ。 朝。例の母子アルラウネはいなくなっていた。 他に取り立てて変わったことがないのを確認しつつ、リンゴで朝 食を済ませる。 それにしても、あの二人は何してたんだろうね? 夜中なのに探索? そもそも危険な森の中を出歩くようなタイプには見えなかった。 魔獣だからって戦闘力があるとは限らないからね。 ボクだって最初は酷いものだったし。 まあ、話を聞こうにも言葉が分からないか。 意思疎通の問題も、いつか解決したいんだけどねえ。 とりあえず、今日の行動から始めよう。 まずは例の亀オーク拠点をもう一度見てみるつもりだ。 あそこの丘の南の方には、どうやら湖があるみたいだった。 昨日はオークとの一戦もあったから、遠目での確認のみだったけ どね。 364 その湖を目指そうと思う。 新しい植物とか、拠点を作るのに向いてる土地とかあるかも知れ ないね。 ちなみに︱︱︱、 母子アルラウネも、どうやらそっちへ向かってるみたいだった。 別段、気にしてる訳じゃないよ。 ただ、草むらに、二人が進んでいったような跡を見つけただけ。 逃げてきたのも南からだったね。 何かしらの事情でここらまで来て、アルマジロに追われて、それ でまた引き返していったってところかな? あくまで推測だけどね。 広い森だし、もう会うこともないはず。 同じ方向に進んでるからって、偶然バッタリとか、そうそう有り 得ない。 ないよね? 幼女絡みのトラブルを引き寄せるとか? そんな才能は要らないよ。 365 04 毛玉vs魚竜① 小高い丘の上から見渡す景色は、なかなかに壮観だ。 まず広い平原が続いている。 生い茂った草が風に揺れて、さわさわと静かな音を流している。 降り注ぐ陽の光も爽やかだ。 足下には、大量の亀オークが死体となって埋まってるけど。 一晩経って訪れてみると、亀オークの拠点は完全に空っぽになっ てた。 けっこうな被害が出たはずだしね。 生き残ったのがいても逃げ出したんでしょ。 何処かで細々と暮らしてくれてればいいと思う。 まあ、あんな危険種族は絶滅しても構わないとも思うけどねえ。 ともあれ、ここからの眺めは素敵だね。 遠くに見える湖も輝いてるみたいだ。 そんな訳で、心地良い風を感じながら草原を進む。湖を目指して。 見晴らしの良い草原を歩くのは、森の中とはまた違った気分にな れる。 空が広いね。 青々としていて、こっちの気分まで晴れやかになる。 大きな鳥も飛んでるし⋮⋮ん? 鳥? ちょっと違うね。 遠くて分かり難かったけど怪鳥だ。極彩色だし。 空の上にいる相手なんで大きさも判別し難いけど、十メートルは 366 越えてる。 大猪も一掴みにできるヤツだ。 思わず警戒しちゃったけど、怪鳥は悠然と飛んでるだけだね。 いまのところ、こっちを襲ってくる様子はない。 それもそうか。 あの巨体だと、ボクなんて襲って食べても大した足しにならない。 見つけたとしても、草原で黒い点が動いてるな∼、くらいにしか 思わないでしょ。 ってことで、気にせず進ませてもらおう。 一応、全方位の視界で姿を捉えてはおくけどね。 こういう時は油断しない。 変なフラグを立てない。 かつ、大胆に行動して先を目指す︱︱︱、 とか偉そうなこと考えてる内に、湖が近づいてきた。 怪鳥? どっかに飛んでいったよ。 手頃な獲物でも見つけたんじゃないかなあ。 それよりも湖だ。 遠目でも分かってはいたけど、けっこうな大きさがあるね。 向こう岸を確認するのが難しいくらい。 実際、高い木の上まで登らないと続く水面しか見えないところも ある。 日本最大の湖って琵琶湖だっけ? それくらいはある? ん∼⋮⋮大袈裟かな? ともかくも、大きくて綺麗な湖だ。 魚とかもいっぱい棲んでいそうだね。 でも問題は魔獣か。水中に引き込んでくるようなのがいるかも? 367 あ、いや、そういう心配は無さそうだ。 別の心配は必要みたいだけど。 水中から飛び出してくるのがいた。 て、空へと舞い上がった。 まるで湖の底から噴火でも起こったみたいに水柱が沸き上がる。 飛び出し 大きな影が三つ。 本当の意味で ボクはすぐさま近場の草陰に隠れる。 大きな影には翼が生えていた。細長い身体。腕はなくて、小さめ の足が二本。 光を反射する皮膚は鱗に覆われている。 魚のようで少し違う。 アレだ、魚竜だ。 その魚竜三体は上空まで舞い上がると、獲物に襲い掛かった。 襲われたのは、悠然と飛んでいた怪鳥。 大きな牛みたいのを掴んでいたのに、それはボクの近くに落ちた。 と、巻き込まれちゃ堪らないね。 落ちてきた虎模様の牛に毛針を刺す。﹃高速吸収﹄発動。 一気に吸収すると、牛は灰になって散っていった。 そして、ボク自身は森へ逃げ込む。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速吸収﹄スキルが上昇しま した︾ べつに、漁夫の利でお腹を膨らませようとしたんじゃないよ。 近くに餌が落ちてたら、アイツラが降りてくるだろうから。 どっちが勝つにしてもね。 368 空での戦いは、早々に決着がつきそうだった。 三対一で、ほとんど不意打ちでもあった。完全に魚竜が有利だ。 でも空というフィールドでは怪鳥の方が素早い。 派手に動いて、衝撃波みたいのを放つ。さらに炎も吹いた。 でも魚竜も勢い良く水を吐き出す。 水流ブレスというか、ウォーターカッターだね。 翼を傷つけられて、怪鳥が鳴き声を上げる。そこへ魚竜たちが齧 りつく。 怪鳥が地面へと叩き落されると、魚竜たちは悠然と降りてくる。 勝利を誇示するみたいに魚竜たちは一鳴きした。 そうして三体で怪鳥の死体を食べ始める。 喰らえ、﹃万魔撃﹄! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃隠密﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃雷撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍結の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 草陰からの不意打ち。しかもボクが持つ最大威力の攻撃。 念入りに魔眼も追加した。 後には、こんがりと焼かれた魚竜が残る。 それでもまだ、ふらふらと起き上がって首を回す魚竜が残ってい た。 ボクと目が合う。 水流ブレスを吐こうとしたのか、口を開いた。 だけど魔眼の方が早い。 369 雷撃に貫かれて、今度こそ魚竜は動かなくなった。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV14からLV15になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽条件が満たされたため、魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダ は進化可能です︾ ︽進化承認後、新たな固体を設定します︾ おお。レベルアップ&進化可能だ。 やっぱり竜だけあって、経験値的に美味しかったのかな。 三体掛かりとはいえ、あの怪鳥に勝つくらいだしね。 弱いはずがない。﹃万魔撃﹄にも耐えてたし。 きっと不意打ちじゃなかったら苦戦してた。 それでも怪鳥の攻撃で傷も負ってたし、勝てると思ったから挑ん だんだけどね。 ともあれ、勝利だ。 怪鳥と合わせて、御飯になってもらうとしよう。 あ、食べられるよね? ちょうど美味しそうな具合に焼けてるし。 鱗は硬そうだけど、これで﹃万魔撃﹄も防いだのかな? まあ剥がすか、一気に吸収しちゃうかすれば︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ 飛び退く。 直後に、魚竜の死体が真っ二つに裂けた。 370 一瞬遅れて、衝撃波がボクの体を叩く。吹っ飛ばされた。 あ、あぶなぁー⋮⋮。 咄嗟に動かなかったら、ボク自身も真っ二つにされていた。 水流カッターだ。 いや、もう水竜カッターと呼ぶべきかな? それを飛ばしてきたのは魚竜だけど。ややこしいね。 ともかく、新たな魚竜が湖から現れた。 水面から長い首だけを出して、こちらを睨んでいる。 明らかに敵視してるね。 どうしよう? その首だけで、倒した魚竜よりも一回り大きいん だけど。 全長は二十メートルを軽く越えていそうだ。 マザー? ボス? 湖のヌシ? なんだか知らないけどお怒り様子の巨大魚竜は、激しい水飛沫と ともに飛び上がった。 いやもう、水飛沫というより津波っぽい。 ボクは湖畔から急いで離れつつ、空中に舞い上がった巨大魚竜を 睨む。 逃がしてくれそうにない。 でも、そこはボクの射程距離内だ。風向きも良好。 ﹃死毒の魔眼﹄、全力発動! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死毒の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 371 他の魔眼を使うことを考えない、正真正銘の全力だ。 確実な一撃必殺を狙った。 ﹃死毒の魔眼﹄は、ボクが最初に手に入れた必殺技みたいなもの だ。 ミミズとか巨人とかに耐えられはした。 だけど、完全な直撃を防げる敵はいなかった。 そういった意味では、﹃万魔撃﹄よりも信頼性は高い。 なのに、巨大魚竜は無傷だった。 死毒の黒靄が頭を包み込んだのに、軽く首を捻っただけで払い除 けた。 いや、ほんの少しだけ鱗を溶かしたみたいだ。 僅かに額部分の鱗が歪んでる。 でも、それだけだった。 一旦空中高くまで飛び上がった巨大魚竜は、こちらを睨んで一直 線に突撃してくる。 まるでミサイルみたいに。 あるいは、ハンマーの打ち下ろしかな。 巨体をそのまま武器にして、辺り一帯ごと小さな黒毛玉を消し潰 すつもりだ。 逃げても無駄。防ぐのも無理。 ボクはそう理解して︱︱︱、 直後、巨大魚竜が地面へと激突する。 まるで隕石でも落ちたみたいに、周囲のなにもかもが消し飛んだ。 372 04 毛玉vs魚竜①︵後書き︶ 今夜はここまで。 373 05 毛玉vs魚竜② ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃土木系魔術﹄スキルが上昇し ました︾ あ、あぶなぁー⋮⋮。 死ぬかと思った。 短い毛玉生で生命の危機は何度も覚えたけど、こうも短い間に連 続ってのは初めてだよ。 巨大魚竜のミサイルアタックに対して、ボクは逃げるのも防ぐの も不可能だった。 だから隠れた。 潜ったとも言うね。地面の中に。 毎日のように拠点作りで穴を掘ってたのが役に立った。 急いで土木系魔術を発動させて、ボクの真下に縦穴を作ったワケ だ。 後は、そこに飛び込むだけ。 かなりの深さだったけど躊躇してる暇なんてなかった。 ﹃空中機動﹄もあるから、着地の心配はせずに済んだけどね。 そうして地面を味方につけた。 ボクには無理でも、大地の壁がミサイルアタックを防いでくれた。 374 バンカーバスター 地中貫通弾じゃなくてよかったよ。 さすがに凄い衝撃が伝わってきて、生きた心地がしなかったけど ねえ。 生き埋めにされたし。 でも、埋められた状態でも魔術は発動できる。 さっさと脱出するとしよう。 折角生き延びたのに、窒息なんて嫌だよ。 ってことで、横穴を掘って戦略的撤退。 あの巨大魚竜と戦う? ないない。アレは手出ししちゃいけない類の化け物だよ。 ﹃死毒の魔眼﹄さえ効かないんだもん。 威圧感だけでも、圧倒的な強者だって分かる。 推測だけど、戦闘力にしたら一万は軽く越えてるんじゃないかな? あ、そういえば湖から出てきた時に、咄嗟に﹃鑑定﹄だけはした んだよね。 後で﹃鑑定知識﹄にも目を通しておこう。 それにしても、地面の中だと方向がいまひとつ分からない。 もしも湖側に出ちゃったら、自爆的に水攻めを受けることになっ ちゃうね。 なので、少し慎重に掘り進めていく。 まあたぶん、木の根が多い方向に進んでいけば大丈夫でしょ。 湖の畔辺りは、樹木が少なくて拓けた感じになってたからね。 地中の様子を探るためにも、五感を研ぎ澄ませながら進もう。 そう思った矢先だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ 375 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感制御﹄スキルが上昇しま した︾ 咄嗟に飛び退く。 と言っても、狭い穴の中だから短い距離だけどね。 それでも真っ二つになるのは避けられた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃打撃大耐性﹄スキルが解放されます︾ 穴の天井から水が噴き出した。 いや、これきっと巨大魚竜のブレスだよね。 直撃は避けられたけど、衝撃で吹っ飛ばされたよ。 掘ってた穴もけっこうな規模で崩れた。 マズイ。地下にいるのに、巨大魚竜には感知されてるみたいだ。 そうでなければ、こんな正確な攻撃はしてこない。 というか、ブレスを吐いてくる意味がないよね。 確実に、ボクのことを狙ってる。 どうやって? 音? あるいは魔力感知? だったら、何もせずに潜んでいれば︱︱︱。 なんて考えたのは一瞬だけで、ボクはすぐにまた横穴を掘る。 慎重に、なんて考えずに、一気に遠くまで。 隠れていても、無事で済むかどうか分からない。 それに、空気だって長くはもたないと思う。 だからボクは急いで逃げる作戦へと切り替えた。 376 横穴で斜め上方を目指す。一気に地上を目指すと、登る時に動き が鈍るからね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速魔﹄スキルが上昇しまし た︾ いまのボクなら、かなり素早く広い穴も掘れる。 地下を駆けながら魔術発動。なるべく単調な動きにならないよう にも気を配る。 また水流ブレスが降ってきた。 二発、三発と。こっちを追ってくるみたいに。 直撃したら終わりだけど、狙いが荒いのに助けられる。 だけど衝撃だけでも痛い。 ちょっと足を捻った。壁に叩きつけられて、副眼が幾つか潰され た。 ﹃自己再生﹄と﹃大治の魔眼﹄で応急処置をしておく。 ひとまず動きに支障はない。 痛みはあるけど、﹃激痛耐性﹄もあるので無視できる程度だ。 さらに穴を掘り進めて、ようやく地上から光が差した。 全力疾走で飛び出す。 溜め の姿勢だ。 直後、背後で長い首をもたげている巨大魚竜の姿が見えた。 ブレスを吐く直前の うん。分かってた。 溜めて おいたよ。 やっぱり姿を現した瞬間を狙ってくるよね。 だからこっちも準備して 巨大魚竜が口を開く。 377 ボクも空中で身を捻りつつ、﹃万魔撃﹄を発動。 水流ブレスと、魔力ビームがぶつかり合う。 もしも最大威力の水流ブレスだったら、﹃万魔撃﹄も貫かれてい た。 だけど、逃げている最中に分かった。 少しずつ威力が落ちている、と。 推測になるけど、体内の水を高圧縮して吐き出しているから、そ の水が少なくなると威力が落ちるんじゃないかな? あるいは、単純に疲労したのか。 どちらにせよ、いまの水流ブレスは僅かながら威力が落ちていた。 ﹃万魔撃﹄は拮抗︱︱︱いや、押し勝って、巨大魚竜の口内へ一 撃を叩き込んだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ さすがにこれは効いたらしい。 攻撃の瞬間には無防備になる、ってやつだね。 口から煙を上げながら、巨大魚竜は甲高い声を上げた。 だけど致命傷じゃない。 身じろぎしただけ。ほんの掠り傷程度だね。 この程度じゃ倒せないのは、ボクだって分かってるよ。 だから﹃闇裂の魔眼﹄発動。 巨体を闇で包み込む。 その闇の中では無数の斬撃が放たれるんだけど、きっと鱗で防が れるね。 だけど目的は目眩ましだ。すぐさまボクは逃げ出す。 378 辺りは湖畔から少し離れた森だ。 今度こそ身を隠せれば︱︱︱なんて考えは甘かった。 闇の中から巨大魚竜が飛び出してくる。 低空飛行して、木々を物ともせずに打ち倒すと、ボクの正面に降 り立った。 甲高い、怒りを感じさせる吠え声が大気を震えさせた。 戦意を滾らせた眼光で、こちらを見据える。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恐怖大耐性﹄スキルが大幅に 上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ 相手は完全に殺る気だ。 その眼光だけでも、ボクにとっては凶器みたいなものだ。 今更ながら、圧倒的な力量差がひしひしと伝わってきた。 身が竦む。足もがくがくと震えた。 全身の毛が逆立っていたのは、けっして戦意を湧き上がらせたか らじゃない。 本能が最大限の警告を発していたんだ。 逆らっても無駄。どうしようもない、と。 理性で考えても分かる。 頼みの綱である魔眼も、万魔撃も通用しない。 あの硬い鱗の前では、毛針だって当然のように弾かれる。 つまりは、打つ手が無い。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恐怖大耐性﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 379 はあ。仕方ないね。 この巨大魚竜は、絶対にボクを逃がすつもりがない。 逃げられない。殺される。 だったら、こっちが先に殺せばいい。 それしか生き延びる手段は無いんだから。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ 巨大魚竜が一歩を踏み出そうとする。 でもそれより早く、ボクの方が前へと駆け出した。 380 06 毛玉vs魚竜③ 一瞬、巨大魚竜が目を見開いた。 まさかボクの方から突っ込んでくるとは思いもしなかったのだろ う。 見た目は弱そうな黒毛玉だしね。 実際、巨大魚竜に殴られたら一発で潰されて終わるはずだ。 だから虚を突けた。 でもそれで何が変わる訳でもなく、巨大魚竜はボクを捻り潰そう とする。 太く長い身体を回転させた。 ヒレの付いた尾が横薙ぎに、ボクを叩き潰そうと迫る。 樹木をまとめて薙ぎ倒すほどの攻撃だ。 ボクには防ぐのも押し止めるのも不可能。 だけど、どうせ最初から回避するしかないのは覚悟していた。 ボクは前進しながら跳ぶ。 同時に、﹃衝撃の魔眼﹄を自身の足下に放つ。 高々と飛んで、尾撃を回避︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃衝撃大耐性﹄スキルが解放されます︾ 避けたはずだった。 だけど重い空気に叩かれて、体ごと弾き飛ばされる。 381 木枝の何本かを折って、太い幹に激突して止まる。 うぇっぷ。肺の中の空気が全部搾り取られたみたいだ。 いや、この毛玉体に肺があるのか知らないけど。 まあ、呼吸はしてるからあるんだろうね。 今はどうせもいいけど。 怪我の度合いは、けっこう酷い。潰れる一歩手前ってところかな。 視界が歪む。すぐにも眠りたくなる。 だけど、まだ動ける。 巨大魚竜が大きく口を開けて迫ってきた。 ボクを噛み砕いて、完全な決着とするつもりだろう。 その直前で、ボクは跳ねた。 もはや使い慣れた﹃空中遊泳﹄と﹃衝撃の魔眼﹄の合わせ技。 加えて今回は、衝撃による自分へのダメージを構わず、速度優先 で。 同時に、﹃雷撃の魔眼﹄も放つ。 鱗に弾かれるけど、一瞬でも目眩ましになればいい。 巨大魚竜の顎は空中を噛んだ。 そしてボクは、大きな頭を越えて、巨体の上を取った。 背ビレのすぐ近く、首筋の付け根あたりに取り付く。 即座に黒毛を伸ばす。 ヒレや鱗の隙間を狙って、何重にも絡めて、がっちりとしがみ付 いた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃操作﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃九拾針﹄スキルが上昇しまし た︾ 382 そう、最初に白毛玉だった時には、この戦い方しかなかった。 いまも正に、その状況と同じだ。 ﹃死毒の魔眼﹄は通じない。 ﹃万魔撃﹄も弾かれる。 他の魔術を使ったところで結果は見えている。 だったら、残された武器はひとつしかない。 相手に絡みつき、鱗の隙間から毛針を刺して︱︱︱﹃高速吸収﹄ 発動! 途端に、巨大魚竜は咆哮を上げた。 さすがに危険な攻撃だと察したみたいだ。 激しく身を捩る。背中にいるボクに噛み付こうとする。 巨大魚竜の首は長くて、柔軟性もある。 だけど背中に牙が届くほどじゃない。 無理だと悟ると、今度は両肩から生えた翼を動かした。 どうにかしてボクを叩き落そうとする。 でも、そちらも届かない。ちょうどボクは死角に入っているから ね。 けっこう強烈な風が巻き起こったけど、振り落とされるほどじゃ ない。 その間にも、ボクは﹃高速吸収﹄を続けている。 さすがに抵抗が強い。 十秒や二十秒で終わる感覚じゃないけど、確実に吸っているのは 分かる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速吸収﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ 383 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速吸収﹄スキルが上昇しま した︾ よし。こっちの勢いが増した。 このまま︱︱︱と思った直後、巨大魚竜が勢いよく飛び上がった。 唐突な浮遊感が襲ってくる。 ボクが一番恐れたのは、背中から地面にダイブされることだ。 そうなったらもう潰されるしかない。 あるいは逃げて、もう一度取り付く機会を狙うか。 だけど巨大魚竜が打った手は、予想外のものだった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 飛び立ち、一気に森の上を抜けて、そのまま湖へと突っ込んだ。 水中戦に引き込まれた。 重々しい水の流れが、ボクの全身を叩いて押し剥がそうとする。 絡めた黒毛の束がブチブチと悲鳴を上げた。 だけど堪える。 堪えながら、黒毛に流す魔力量を増やして強化する。 さらに吸収する速度を上げていく。 の勝負じゃなかった。 あとは、ボクの息が切れるのが先か、吸収が終わるのが先か︱︱ ︱。 それだけ 周囲から、幾つもの大きな影が迫ってきた。 魚竜だ。群れだ。 たぶん、巨大魚竜が配下を呼び集めたんだろう。 少なくとも十数体はいる。まさかここにきて集団で攻めてくるな 384 んて。 ちょっと心が折れそうになる。泣きたくなる。 ボクは静かな湖畔でのんびり過ごせれば満足だったのに、どうし てこんな修羅場に叩き込まれてるんだろう。 ああもう。でも、泣き言も漏らすのは生き残ってからだね。 迫ってくる魚竜たちを、衝撃&凍結の魔眼で迎撃する。 水中だと、さすがに﹃死毒の魔眼﹄は使えない。 ボク自身まで巻き込まれたら耐えられないからね。 ﹃九拾針﹄は使えるけど威力が落ちる。ほとんどが回避される。 それでも牽制のために撃ち続けるしかない。 もしも一匹でも抜けてきて、齧りつかれたら終わる。 たとえ一撃で潰されなくても、巨大魚竜の背から落とされたら最 期だ。 ここは水中。魚竜たちのフィールド。 毛玉であるボクは、後はもう嬲られて殺されるだけになる。 そうなる前に、一瞬でも早く吸い尽くすしかない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ 毛針と魔眼を全方位へ撃ちまくる。 牙剥く魚竜たちの群れを次々と打ち払っていく。 さすがに魚竜も一体一体が手強いので、仕留められる個体は少な い。 それでも衝撃で突撃を逸らして、氷を壁代わりにして近づけさせ ない。 一体が氷を噛み砕きながら迫ってきた。 385 ﹃加護﹄の盾も鋭い牙で貫かれる。 その顎を狙って﹃衝撃の魔眼﹄を叩き込む。 辛うじて牙が逸れて、ボクの体を傷つけながらも通り過ぎていっ た。 だけど、かなり深く抉られた。 また意識が落ちそうになる。 息もどんどん苦しくなる。追いつめられていく。 だけど巨大魚竜だって必死なはずだ。 密着してるから、動きに焦りが混じってきたのも感じられる。 ほとんど本能任せで毛針を撒き散らして、ボクは魔眼を放ちまく った。 同時に、巨大魚竜にも意識を向けて、そのすべてを吸い上げてい く︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍結の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速吸収﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃我慢﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃不屈﹄スキルが解放されます︾ そんな戦いが続いたのは、どれくらいの間だろう? 正確には分からない。測っている余裕なんてあるはずもなかった。 だけど当然ながら終わりは来るもので︱︱︱、 386 気がつけば、鱗に絡みつけていたはずの黒毛が解けていた。 無数の泡が浮かび上がる。 そうしてボクは、魚竜の群れが舞う水中へと放り出された。 387 07 魔獣の壁を越えて ︽総合経験値が一定に達しました。魔獣、オリジン・ユニーク・ベ アルーダがLV15からLV18になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速吸収﹄スキルが上昇しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃蛮勇﹄を獲得しました︾ ︽﹃無謀﹄は﹃蛮勇﹄へと書き換えられます︾ ︽称号﹃蛮勇﹄により、﹃下位物理無効﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃生存の才・弐﹄は﹃生存の才・参﹄へ と強化されます︾ ︽条件が満たされました。﹃知謀の才・壱﹄は﹃知謀の才・弐﹄へ と強化されます︾ ︽条件が満たされました。﹃闘争の才・壱﹄は﹃闘争の才・弐﹄へ と強化されます︾ ︽魔獣、オリジン・ユニーク・ベアルーダは進化可能です︾ ︽進化承認後、新たな固体を設定します︾ ︽特殊条件が満たされました。進化による強化項目が追加されます︾ 388 水面に浮かんで、大きく息を吸い込む。 咳き込む。 ひとしきりゲホゲホ言ってから、空気の有り難味をたっぷりと味 わう。 あ∼⋮⋮死ぬかと思った。 本当に、心底から死ぬかと思ったよ。 ギリギリのところで、巨大魚竜を仕留められた。 ﹃吸収﹄しきっての勝利だ。 直後、巨大魚竜はボロボロに崩れて、体内にあった空気も勢いよ く放出された。 その空気に吹き上げられる形で、ボクも水面まで脱出できたとい う訳だ。 とはいえ、まだ魚竜の群れは残っていたはずだけど︱︱︱。 水中を確認してみると、どうやら逃げ去ったみたいだね。 揃って背を向けて離れて行ってる。 ボスを倒されて脱兎の如く、ってところかな。 仇討ちをしようとか考えるのはいないみたいだ。 そこらへんの行動は魔獣だね。やっぱり自分の生存が最優先らし い。 ボクなんかを倒しても、得られるものは何もないしねえ。 でも正直、助かったよ。 毛針や魔眼を撃ちまくったから、ボクもかなり消耗してる。 魔力の残りも、大きいのを一発撃てるかどうかだ。 逃げてくれるなら、しばらくこうして浮かびながら回復を待とう。 まさか、アレ以上に巨大な魔獣が現れるのは無いと思いたい。 超古代魚竜とか⋮⋮いないよね? 389 無事に岸へと辿り着く。 静かな湖畔へと戻ってきたよ。 そこらへんで木々が倒れていたり、地面が裂けていたり、大変な 有り様だ。 巨大魚竜が暴れたおかげだね。 折角、景色も綺麗で過ごし易そうだったのに。 ボクが怒らせた所為? いやぁ、あんな凶暴な魚がいるのが悪いでしょ。 早々に駆除できたのは、結果としては僥倖だって言えるかもね。 この湖だけでなく、ここら一帯が、あの巨大魚竜の縄張りだった んだと思う。 戦いの最中にも、魚竜以外の魔獣は姿を見せなかった。 たぶん、普段から近づかないようにしてるんだろうね。 だとすると、ボスが倒されて魔獣の移動が起こりそうだ。 生態系の変化ってやつだね。 でも、今すぐにどうこう、っていう訳でもない。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力圧縮﹄スキルが上昇しま した︾ 少なくとも一晩か二晩か、静かな湖畔で過ごせるはず。 魔力回復を図りつつ、辺りも見て回っているけど、やっぱり魔獣 390 の姿はない。 つまりは、拠点を作るのに良い場所だ。 安心して進化もできそう。 前回の進化だと、数時間は眠ってたみたいだからね。 充分な警戒と準備が必要でしょ。 ただ、少し気になる場所も見つかった。 湖に面して、花畑が広がっていた。樹木と花で平らな土地を囲む 形になっている。 学校のグラウンドくらいのスペースはあるね。 そこに草花と、破壊の跡が残されていた。 破壊の跡は、たぶん魚竜が暴れたものだろうね。 地面が綺麗に切り裂かれている部分がある。水流カッターの跡は 分かり易い。 あと、何かを食い散らしたような痕跡もあった。 血液か体液か、異臭を放つ黒い染みも目に留まった。 ほんの少し前に、派手な狩りがあったみたいだ。 綺麗な花畑と、凄惨な残り香と、アンバランスな光景だね。 問題なのは、こういう場所って魔獣を引き寄せそうだっていうこ と。 残飯に集まってくる、みたいな? 危険な匂いを嗅ぎ取って避ける魔獣もいるんだろうけどね。 いずれにしても、あまり長居したい場所じゃない。 狩られた側の魔獣は何なのか、その点は気になったけど、ボクは 一通りの観察を終えると森へと足を向けた。 拓けた場所っていうのは活用できそうなんだけどね。 良い拠点になりそう。 でも今は、早々に進化するための寝床が欲しい。 391 まあ、この森で確実な安全なんて無茶な要求ではあるね。 なので花畑から少し離れてから、ボクは穴を掘ることにした。 地中だからって安全とは限らない。 巨大魚竜のブレスは貫通してきたし、ミミズみたいなのもいるか らね。 だけど土壁を固めれば、ミミズの襲撃くらいは防げる。 ﹃土木系魔術﹄のおかげだね。 まだ穴を掘ったり、土を固めたり、あるいは木を少し移動させた りと、単純なことしか出来ない。 だけどやっぱり魔法は便利だ。 単純なものでも組み合わせれば、家くらい作れそうだしね。 さて、地下室完成。 しっかりと固めた壁や床は、﹃貫通針﹄や﹃衝撃の魔眼﹄にも少 しは耐えられる。 絶対とは言えないけど、ミミズ程度には食い破れないはず。 時間が掛かるので、まだ戦闘では使えないけどね。 天井には、ちゃんと空気を取り入れる管も作っておいたよ。 それじゃあ進化︱︱︱の前に、やっておくことがある。 折角だから、ポイントを使い切っちゃおうと思う。 ちょうど区切りがいいからね。 才能 才能 も伸ばせるってこ の部分も強化されていた。 進化すれば、100か200は貰えるはずだし。 それに、さっきの戦いで ポイントに頼らなくても、努力次第で とだ。 ここは早目に強くなるのを優先しよう。 で、現在のポイントは580。 392 何処に割り振るかの問題だけど、極フリしていこうと思う。 なるべく長所を伸ばす方針で。 その結果︱︱︱、 ﹃魔導の才﹄に500ポイントを注いで、一段階強化しました。 ﹃万能魔導﹄になりました。以上。 もうちょっと強化できるとも思ったんだけどね。 残念ながら、ひとつだけで終わっちゃった。 ﹃魂源の才﹄や﹃不動の心﹄も強力そうだから、伸ばせるか試し てみた。 壱 とか 弐 とか付いていないのは、それなりに上位 だけどシステムの答えは﹃条件を満たしていません﹄だった。 どうも の才能な気がする。 以前に強化した﹃魔眼の覇者﹄もそうだしね。 それでも何かしらの条件さえ満たせば、まだ成長させられる望み はある。 強くなっておいて損は無いだろうからね。 生き延びるためにも、貪欲に上を目指すよ。 そのためにも、そろそろ進化しておこう。 今回は選択先がなかったけど、妙なメッセージも出てたね。 新たな固体を設定、とか。 ちょっとワクワクする。 それじゃあシステムさん、なるべく強力なのをお願いするよ。 ︽申請を受諾。進化を開始します︾ ボクは静かに目を閉じて、意識を手放す。 高揚感はあったけど、それもすぐに暗闇に溶けていった。 393 ︽魔眼、ジ・ワンへの進化が完了しました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽進化により、﹃九拾針﹄が﹃八万針﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃操作﹄が﹃支配﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃高速吸収﹄が﹃完全吸収﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃空中遊泳﹄が﹃空中機動﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃全属性耐性﹄スキルが覚醒しました︾ ︽進化により、﹃状態異常耐性﹄スキルが覚醒しました︾ ︽進化により、﹃精神無効﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃生存の才﹄が﹃活命の才﹄へと強化さ れます︾ ︽特殊条件が満たされました。﹃魔眼の覇者﹄は﹃魔眼覇王﹄へと 強化されます︾ ︽特殊条件が満たされました。﹃死滅の魔眼﹄スキルが解放されま す︾ ︽特殊条件が満たされました。﹃災禍の魔眼﹄スキルが解放されま す︾ 394 07 魔獣の壁を越えて︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:1 名前:κτμ 戦闘力:7280 社会生活力:−3280 カルマ:−6350 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 395 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝撃の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄ カスタマイズポイント:300 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 396 08 我こそは封印を解かれし覇王 おはようございます。 地下深くの封印されし小部屋で目覚めた漆黒の毛玉です。 そして魔眼です。 魔獣ではなくて魔眼になりました。 獣と眼、どちらが慶ばしいんでしょう? そんなささやかな疑問を覚えつつも、起き上がろうとしました。 浮きました。 うん。足が失くなってる。 そしてどうやら、空中移動が自然とできるようになったみたいだ。 魔獣ならぬ、魔眼種の特殊能力ってところかな。 ほんの少しだけ魔力の消費はあるね。 意識すると、体内で魔術式が発動されているのも感知できる。 だけど人間だって歩けば筋肉や血液が動くからね。それと同じよ うなものだ。 気に留めるほどの消費じゃない。 素早さとしては、これまでより若干向上してるっぽい。 ただ少し慣れは必要かな。やっぱり足が無いっていうのは違和感 もある。 まあそれを言ったら、この毛玉体そのものが違和感だらけだから ね。 なんとかなるでしょ。 毛を操って、あれこれできるのは変わらない。 いざとなったら、﹃変身﹄で足や手だけ生やすのに挑戦してもい 397 い。 むしろ重力の縛りから解放されて動き易くなったかも。 それにしても、こうして足が失くなると⋮⋮、 完全に玉だねえ。分かってたけど、毛玉だ。 眼を瞑ってたら、もう魔獣って認識されないんじゃない? 人間の街にも平然と入っていけるかも。 見張りの兵士も、毛玉だな、通ってよし、とか見逃してくれそう。 まあさすがに、そこまで甘くはないだろうけどね。 試してみるほど無謀でもないよ。 さて、他に変わったところと言えば⋮⋮、 黒い毛並みは相変わらずだね。ふわふわで、艶もある。 だけどよく刺さりそうだ。 全身の大きさもほとんど変わっていないかな。 バスケットボールより、ちょっと大きいくらいだ。 ステータス面の変化も、まあ平常運転? 戦闘力が上がって、社会生活力とカルマが下がってる。 気になるのは、特性の﹃魔眼覇王﹄だね。 覇者から覇王へとランクアップ。 そっかぁ。 ついにボク、王様になっちゃったか。 しかもシステム神によるお墨付き。 王権神授説を唱えても許されるね。 暴君万歳。何でもアリだ。 まあ、国民も国土も持っていないんだけどねえ。 冗談はともかくとして、魔眼が強力になったのは確実だろうね。 眼の内側に意識を向けて、刻まれている魔力回路を確かめてみる。 398 以前にあった﹃死毒の魔眼﹄より、さらに複雑になっているみた いだ。 ﹃死毒の魔眼﹄は﹃死滅の魔眼﹄に。 ﹃混沌の魔眼﹄は﹃災禍の魔眼﹄に、其々が強化されてるね。 効果はまだ分からない。 それでも間違いなく頼れる武器になるはず。 試したいところだし、そろそろこの地下から出ようかね。 頭上へ向けて、魔術を組んで穴を掘る。 開いた穴から一気に浮上。 視界が開けた。 そして、目が合った。 半裸の女の人たち?が、一斉にボクを見て目を見開いていた。 どうやら進化直後で、ボクも浮かれていたらしい。 地上の気配を探るのを忘れてた。 ともあれ、いまは囲まれた状況で︱︱︱女の人たち?がいっぱい。 人の部分に疑問符が付くのは、彼女たちの下半身が植物になって いるからだ。 肌が緑色の子もいる。 髪の先からツタや花が生えている子もいる。 うん。アルラウネだね。 以前に会った親子の仲間かな? 399 だとすると、警戒しなくても大丈夫っぽい? とか思ったところで、アルラウネの一人が声を上げた。 なんとなく悲鳴みたいな。 同時に、身体から生えた植物が花粉を吹き出す。 他のアルラウネも我に返ったような顔をして、一斉に花粉を飛ば してきた。 ボクへ向かって。魔術を使って風を操るアルラウネもいた。 反射的に、ボクは﹃加護﹄で障壁を張る。 花粉は障壁を傷つけられもせず、ボクにはまったく届いてこなか った。 油断する訳じゃないけど、試しに受けてみてもよかったかもね。 進化して、﹃精神無効﹄やら﹃全属性耐性﹄やらのスキルが解放 された。 アルラウネの花粉は魅了効果みたいだったし、たぶんボクには効 かないでしょ。 まあ、実験で自分を危険に晒すつもりはないけどね。 もしかしたら毒の花粉とかもあるかも知れないし。 だけど怖くないと、半ば確信もできる。 アルラウネからは、巨大魚竜に感じた脅威みたいなものがまった く無い。 亀オークや、もしかしたらミミズよりも弱いかも。 アルマジロから必死になって逃げてたくらいだからねえ。 それに、今もアルラウネたちは腰が引けてる。 絶望したような表情をして、なにやら喚き散らしている子もいる。 ん? 一人が植物になってる部分から何か伸ばしてきた。 ハエトリグサみたいに牙を生やした植物だ。 400 ﹃八万針﹄で迎撃。 爆裂効果を乗せた針は、あっさりとハエトリグサを砕き散らした。 本体であるアルラウネの方も、悲痛な声を上げて倒れる。 さて、どうしようか? 相手は人間みたいで、知性もあるみたいだから、穏便に済ませた かったんだよね。 でも向こうから攻撃してきたんだし、そろそろ反撃してもいいか な。 新しくなった魔眼も試してみたい。 まずは﹃災禍の魔眼﹄を︱︱︱と思った時、一体のアルラウネが 駆け出してきた。 んん? なんか見覚えがあるような? ああ、アルマジロに襲われてた母親アルラウネだ。 後ろの方には幼女アルラウネの姿も見える。 あと、大きなイモムシみたいな魔獣も控えてるね。 で、その母ラウネは、いきなり土下座した。 あるんだ。この世界にも、土下座って。 謝っている、と解釈していいのかな? 他のアルラウネたちは戸惑うばかりだけど、ひとまず攻撃の手は 止まった。 母ラウネは頭を下げたまま、何やら言葉を投げてくる。 意味は分からない。 だけど懸命な様子は伝わってくる。 以前に会った時とは、ボクは微妙に姿が変わってるはずだけど、 同じ相手だって分かったのかな? ともあれ、手出ししたのを謝ってるのは確かみたいだ。 401 んん∼⋮⋮なんだか戦う雰囲気でもないね。 無視してもいいけど、このまま攻撃しても後味が悪いことになり そうだ。 幼ラウネも涙を溜めてこっちを見つめている。 まあ、ボクの被害は無かったし。 こっちから驚かせた事態でもあるし。 魔眼の試し撃ちなら、他の標的でも構わないし。 ひとまず休戦ってことでいいかな。 その意志を示すために、ボクはハエトリグサを伸ばしてきたアル ラウネへ目を向けた。 ﹃大治の魔眼﹄、発動。 砕けた植物部分までは治らないけど、すぐに起き上がれるくらい には回復する。 それを確認してから、ボクは高々と浮かび上がった。 おお、やっぱり素早さが上がってる。 今ならウミネコたちとも揃って飛べそうだよ。 あっという間に森の上まで移動して、アルラウネたちを見下ろす。 そのまま離れようとした。 だけど、ふと気になるものが目に留まった。 また別のアルラウネ集団だ。 いや、仲間なのかな? さっきの場所からさほど離れてない。 百人? 百体? ともかくそれくらいの数がいる。 花畑と破壊跡があった場所だね。 あ、もしかしてあの花畑って、アルラウネたちが育てていたとか? 植物系の魔獣みたいだし、有り得そうだね。 だけどそうなると、あの破壊跡は⋮⋮、 402 魚竜に追われて逃げ出したってところかな。 夜の森で出会った親子は、逃げ出す最中ではぐれたと考えると辻 褄が合う。 それで、ボス魚竜がいなくなったのが分かって戻ってきた? ん∼⋮⋮正解か分からないけど、推測できるのはこんなところだ ね。 でも、だとすると、魚竜が湖に来たのって最近なのかな? あるいは逆に、アルラウネたちがもっと遠くから移動してきて、 暮らし始めたところで襲われた? まあ、細かな事情はどうでもいいか。 知ったところで、ボクにはあんまり関係なさそうだしね。 ただ、アルラウネたちが暮らせる場所だっていうのは重要だ。 それだけ安全だって言えるんじゃない? さっきの遭遇でも分かったけど、アルラウネの戦闘力は高くない。 魅了攻撃は嵌まると怖そうだけどね。 人間型だけあって知恵は働くみたいだから、集団なら亀オークと 互角くらい? いずれにしても、今のボクにとっては脅威じゃない相手だ。 そんな彼女たちが暮らしていけるなら、近くに厄介な魔獣もいな いはず。 うん。好立地だよね。 綺麗な湖があって、風景も好みだ。 魚も獲れる。土も悪くないから果物とかも育てられる。 そろそろボクも一箇所に落ち着きたい。 作っちゃおうか、拠点を。 折角だから大規模な︱︱︱お城とか、どうだろう? 403 404 09 ガテン系毛玉 目の前の壁を見上げる。 そう、壁だ。 ボクが土を固めて自作したものだ。 お城と言えば城壁。城壁と言えば頑丈さが最重要。 という訳で、まずはどれだけ硬い壁を作れるか試している。 土壁の製作自体は、﹃土木系魔術﹄の範囲らしい。 だけど壁を硬くさせたり、魔術に対する抵抗力を付けたりすると、 ﹃無属性魔術﹄スキルが鍛えられている。 そんな細かな区分はともかく、魔術の扱いにもかなり慣れてきた ね。 ﹃万能魔導﹄の助けもあると思う。 風の刃を飛ばしたり、土飛礫を放ったりする術式も瞬時に組める ようになった。 ついでに実験として、雷撃や凍結の術式も組んでみたよ。 魔眼でイメージは掴めていたから、割りと簡単だった。 でも実戦で使うには、もう一工夫が必要かな。 まだまだ魔眼の方が発動は早いし、威力も強い。 で、そういった攻撃魔術を次々と撃って、壁の強度を確かめてい る最中だ。 実験結果としては、ひとまず満足かな。 雷撃や凍結の魔術に対しても、特製土壁は何発かなら弾き返せる。 目一杯威力を高めた﹃衝撃の魔眼﹄に対しても、一発だけは耐え てみせた。 405 少しヒビは入ったけどね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃衝破の魔眼﹄スキルが解放されます︾ そして魔眼もランクアップ。 ﹃衝撃の魔眼﹄は魔力消費も少なくて使い易いから、かなり撃ち まくってたね。 今後の活躍にも期待だ。 だけどまあ、いまは壁の方に専念。 もっと分厚い壁を作るとか、二枚重ねとかにすれば、かなり堅牢 な城壁を作れそうだよ。 ただし、作れるのは城壁だけかも知れない。 だってほら、壁を作るのと城を作るのは難易度がまるで違うから。 積み木みたいに簡単にいくとは思えないし。 個人でログハウスを作った人がいるとか、聞いたことはあるけど、 それだって相当の手間が必要でしょ。 魔法でどこまで無茶が通るか、その点が問題だね。 まずは簡素な小屋から作っていこうと思う。 壁と天井があるだけの、本当に簡単なやつだね。 あ、だけど脱出路だけは念入りに作るつもり。 いざっていう時に飛び込んで逃げ出せる、地下通路を、ね。 それが完成したら、四方を頑丈な壁で囲っていく。 広い範囲を、城壁みたいに。 そうして壁の中で、じっくり作業をしようという計画だ。 いい加減、サバイバル生活から抜け出したいからね。 406 落ち着いて魔術の研究とか、能力の検証とか、編み物とかしたい。 そうして出来ることが増えれば、また安全の度合いも上がる。 食糧確保も、もう難しくないからね。 ﹃栽培﹄があるから。 ﹃生命干渉﹄のおかげで、色々と品種改良も進んでる。 まずはリンゴ。 元々は破魔効果が付いてる上に、酸っぱくて食べられた物じゃな かった。 だけど品種改良が進んで、美味しい上に、ほとんど魔力だけで栽 培できる優良種になってくれた。 破魔リンゴと青森リンゴって呼んでる。 食べられない破魔リンゴの方も、魔獣除け効果があるっぽいから 役に立つよ。 これだけでも空腹を満たすには充分だね。 でも、主食になるのはイモだね。 鑑定によると﹃グドラマゴラ﹄っていう、ちょっと危険な根っ子 だ。 下手に引っこ抜くと叫ぶ。そして襲ってくる。 だけど美味しい。お芋だ。 量産を目指す理由には充分だね。 そのお芋の栽培にも目途がついた。 破片からも小さな芽が出てきてくれたし、かなり生命力の高い植 物みたいだ。 植物というか、ほとんど魔獣、魔樹だよね。 だけど、いまのボクにとっては大した強さじゃない。 問題だったのは、育てられるかどうかだ。 407 リンゴみたいに、魔力を送り込めば一気に育つ、とはいかなかっ た。 下手に栄養を与えすぎると、土の中で破裂しちゃうんだよね。 だけど、時間を掛ければ育てられる。 いまはまだ、数日でジャガイモ一個分くらいにしかならないけど ね。 その内に数を増やして、品種改良も進められるはず。 あとは、木苺もある。竹の栽培もなんとかなりそう。 近場に湖もあるんだし、定期的に魚竜でも狩れば食料には困らな い。 骨も砕けば肥料になる? あれって貝殻だっけ? ともあれ森もあるし、壁を盾にしつつ遠距離魔眼で魔獣も狩れる。 うん。完璧だね。 この拠点が完成すれば、ようやく平穏な暮らしが叶う。 引き篭もり生活だって出来そうだ。 コーラはないけど、頑張ればポテチくらいは作れそうだし。 食っちゃ寝万歳も夢じゃないよ。 また放浪するにしても、帰ってくる場所があれば安心だからね。 ってことで、張り切って作業を進めよう。 まずは、小屋だね。 頑丈な土台から作っていく。基礎工事は大事だからね。 柱をしっかりと地中深くまで張って、床も厚めの三重構造にする。 問題は、壁とか天井の設置なんだよね。 パーツは作れても、それの移動をどうするか? 生憎、この毛玉体の身体能力は高くない。むしろ貧弱だ。 魔法方面に極フリしちゃってるからねえ。 408 重い壁を持ち上げて運ぶなんて出来ないよ。 そもそも進化して足は無くなったし、最初から手はついてない。 ﹃支配﹄の魔力糸に頼れば、かなり重い物まで動かせる。 だけど、この特製壁は重過ぎて、さすがに大変なんだよね。 これから高い壁を作るのも考えると、何かしらの手段を得ておい た方がいい。 そこで思いついたのが、ボクが自然と使っている﹃空中機動﹄だ。 この効果を運びたい物に付与できないかな、と考えたワケですよ。 ボク自身がそうだけど、浮かんでいる間はかなり軽くなるからね。 重い壁でも、浮かせてしまえば楽に運べるはず。 という訳で、試してみる。 まずは自分の内で発動してる、﹃空中機動﹄の魔力回路へ意識を 傾ける。 複雑な魔術式が描かれてるね。 それをしっかりと認識して、覚えながら、壁に対して描いていく。 んん、意外と難しいね。魔力が乱れる。 ﹃万能魔導﹄のおかげか、なんとなく魔術式の意味を理解できる ようにもなってきた。 例えるなら、未知の言語だったのが、英語に見えるようになった 程度だね。 それでも書き写すくらいは簡単かと思ったんだけど︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔力操作﹄スキルが上昇 しました︾ ︽条件が満たされました。﹃精密魔導﹄スキルが解放されます︾ システムメッセージが流れた瞬間だ。 409 ふと、気が逸れた。 途端に魔術式が歪んで、弾ける。 何度か経験したことがあるよ。魔術暴走だ。 マズイ︱︱︱と思った直後、土壁が凄い勢いで吹っ飛んだ。 まるでロケットみたいに。斜め上方へ向けて高々と。 うわぁい。 これはこれで成功じゃないかな? だって、すっごい飛んだよ。 湖の向こう岸まで届きそうな勢いで⋮⋮あ、落ちた。土煙が上が ってる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃無属性魔術﹄スキルが上昇し ました︾ 上手く利用できれば、強力な武器になるんじゃない? ほら、カタパルトみたいに。 重い土壁を飛ばせるくらいだからね。 土塊とか岩とか、ガンガン飛ばして遠距離から一方的に攻撃でき る。 これは早急に研究を進めるとしよう。 ﹃魔術開拓者﹄としての腕が鳴るね。 でもまあ、まずは安定して浮かばせることからだ。 また土壁を作って、と。 今度こそ浮遊を成功させ⋮⋮あ、マズぶっ︱︱︱!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃大耐性﹄スキルが大幅に 上昇しました︾ 410 痛いよ! 一瞬、意識を失いそうになったし! ﹃下位物理無効﹄も仕事してないし! それにしても⋮⋮うん。これはやっぱり凄い武器になる。 身を以って体験したよ。潰されるかとも思った。 考えてみたら、なにもいきなり重い物で試さなくてもいいんだよ ね。 まずは柔らかい土団子でも作って、それで実験を重ねよう。 安全第一。 魔術研究は面白いけど、マッドになるつもりはないからね。 そうして拠点を作り始めて三日︱︱︱。 家の外枠が完成した。 土台の上に壁を立てただけの簡単なものだけどね。 それでも全体の大きさはけっこうなものだよ。 家というか、二階建ての屋敷と言っていいくらいの広さはある。 内部も大雑把に仕切りを立てて、もしも襲撃された時は、すぐに 脱出できるようにしておいた。 地下通路も、枝分かれする形で三本用意してある。 気配を殺して進めば、巨大魚竜からでも逃げられるはずだ。 警戒しすぎ、とはボクも少し思うけどね。 でも油断して食べられちゃうよりはずっといいよ。 411 さて、それじゃあ次はいよいよ天井の設置に︱︱︱と思った時だ。 何かが近づいてくる。 まだ匂いも音も感じられないけど、結界に反応があった。 そう、闇結界の応用で、風の結界を張ってあるんだ。 早期警戒は防衛の基本だからね。 大きく動くものがあれば、ボクには感知できる。 で、近づいてくるのは⋮⋮集団みたいだね。 上空に浮かび上がって確かめてみる、と、 森の中を、十数名のアルラウネたちがこちらへと向かってきてい た。 412 09 ガテン系毛玉︵後書き︶ 今夜はここまでです。 413 10 貰える物は貰っておこう ボクが屋敷を作った場所は、辺りの木々をまとめて引き抜いてあ る。 広場を作って、その外側に高い壁を築いて、将来的には森に囲ま れた城にしたいと考えていた。 でも今は、開墾したばかりの畑みたいなものだ。 歩くだけでも足が汚れる。 そんな場所に、十数名のアルラウネたちが揃って膝をついた。 え∼と⋮⋮なにこれ? なんだかボクが王様で、アウラウネが拝謁する騎士みたいな構図 なんですが? ご近所さんに御蕎麦持って挨拶に来た、って感じじゃない。 むしろ後から来たのはボクの方だし、近い内に挨拶に行こうと思 ってたのに。 アルラウネの先頭にいるのがリーダーかな? 一際白い肌をしていて、美人さんだね。身体から生えている植物 も豪華だ。 クイーンって呼ばせてもらおう。 他のアルラウネも美人さん揃いだけど、怯えた顔もいくつか混じ ってるね。 やっぱり怖がられてるっぽい。 心外だなあ。 ボクはただの毛玉で、ちょっと黒くて毛触りがいいだけなのに。 別段、威圧してる訳でも⋮⋮、 414 あ、そういえば﹃威圧﹄スキルなんてものもあったね。 これも原因だったりする? これまで気にしてなかったけど、﹃威圧﹄しないように意識して みよう。 お、何名か安堵したみたいな顔をしてる。 気の所為かな? まあ、どう思われてても構わないか。 少なくとも喧嘩しようって雰囲気ではないからね。 それよりも、クイーンラウネが何やらずっと語り続けているのが 問題だ。 ボクに向けて。真剣な様子で。 うん。何言ってるのかさっぱり分からない。 日本語でOKって言い返したいけど、ボクの方はまともな声すら 出せない。 どうしたものかね?、とか考えていると、控えていたアルラウネ が前に出てきた。 ん? よく見ると、前にも会った母ラウネだ。 その手には幾つかの品を抱えている。 ボクに向けて差し出されたのは、大きな布に乗せられた瑞々しい 果実。 それと、白赤緑の三色の布。同じ色の糸玉もある。 え? もしかして、貰っちゃっていいの? どうやって手に入れたのか知らないけど、美味しそうな果物ばか りだ。 なにより、布と糸は嬉しい。 編み物ができるよ。 しかもけっこう上質っぽい。 415 この体だと手触りを確かめられないけど、絹糸っぽいよ。 いいの? 貰っちゃうよ? いいよね? ってことで、早速布と糸玉を手に取る。 いや、手は無いんだけどね。﹃支配﹄の魔力糸を伸ばせば同じよ うに扱える。 毛針を何本か抜いて編み物開始。 うん。やっぱり上質な布と糸だね。 久しぶりにまともな物に触った気がする。 自作の黒毛糸とか草糸なんかとは、滑りも艶もまるで別物だよ。 何を編もうか迷ったけど、基本の花飾りにしておく。 赤と白の布で花弁を作って、緑の葉っぱも添えていく。 ちまちま、ちまちまと縫っていく。 単純作業だけど懐かしい。 やっぱり、こうしてのんびりと過ごす時間って大切だよねえ。 サバイバルでささくれ立った心が和んでいくよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃裁縫﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃細工﹄スキルが上昇しました︾ と、システムメッセージが流れて我に返った。 周りに目を向けると、もう陽が紅く染まり始めてる。 確か、編み物を始めた時は昼過ぎだったはず。 うわぁ、随分と没頭しちゃってた。 自分のうっかり具合に驚きだ。 でもそれ以上に、まだアルラウネたちがいたことに驚愕だよ。 未だに跪いたような姿勢で、控えめにボクの方を窺ってる。 あ、だけど寝ちゃってる子も発見。 416 隣の子に肘で突つかれて、慌てて顔を上げた。 ボクと目が合う。 居眠りしてた子は小さな悲鳴を上げて、地面に額を擦りつけた。 いや、泣くほど慌てなくても怒ったりしないよ。 同じ状況に置かれたら、ボクならこっそり抜け出してるし。 むしろこれで、アウラウネたちに敵意が無いのは完全に証明され たね。 隙だらけのボクを襲いもせず、ずっと待っていたくらいだから。 ついでだ。花細工も上手く出来たし、プレゼントしよう。 適当な木枝も持ってきて、ちょこちょこっと削る。 ﹃八万針﹄にある黒染針と潤滑針から、謎の液体を投下。 そこに削った枝を漬けて、簡単に磨いて、簪の完成。 花細工を付けて、母ラウネの長い髪に刺してあげる。 うん。なかなか似合ってる。 我ながら、良い出来だね。 アルラウネたちの反応は驚きが大きいみたいだけど、そう悪くも なさそうだ。 母ラウネも嬉しそうに頬を緩めて、頭を下げた。 そうしてまたクイーンが何やら語り掛けてきて、一礼すると去っ ていく。 ん∼⋮⋮まあ、友好関係が築けたってことでいいのかな? 言葉が通じないながらの接触としては上出来でしょ。 なるべくなら、アルラウネとは仲良くしたいね。 どういう経緯か知らないけど、上質な糸や布が手に入るみたいだ し。 必要って訳じゃないけど、貰えるなら嬉しい。 417 その内、ボクが着れる服も作ってみようかな。 毛玉だからデザインに悩むところだけどね。 下手な服にすると、視界が塞がれちゃう。だけどベルトとかなら いいかも。 こう、丸い体に回して、相撲廻しみたいに飾り付けるとか⋮⋮。 いまひとつ、かなあ。 一瞬、神社にあるような注連縄が頭を掠めた。 邪悪なナニカを封印するような。 って、ボクは邪悪じゃないけどね。 カルマは下がり続けてるけど、善良な毛玉だよ。 ◇ ◇ ◇ アルラウネたちが挨拶に来てから、十日余り︱︱︱。 拠点の建築は順調に進んでいた。 さすがにまだ、お城と言えるほどの建物は建てられていない。 だけどボクの屋敷は完成した。 外壁は頑丈な作りで、赤茶色の煉瓦みたいに染めてある。 ﹃赤染針﹄とか﹃掘削針﹄とかあったから、それで細工をしてお いた。 簡素ではあるけど、一応、二階建ての屋敷としてそれなりに見え るデザインだ。 最初はそれこそ、ダンボールハウスを大きくしたようなのでも構 わないと思ってたんだけどね。 418 でもボクって、意外と凝り性だったらしい。 一旦出来上がったのを見て、どうにも不満が抑えきれなかった。 あと、一回崩れちゃったからね。 強化の魔術が切れて。 そう、土壁は魔術で頑丈さを上げておいたから。 その効果が切れれば、重さに耐え切れなくなって崩れるのは当然 だった。 よく考えれば気づけたはずなのに、盲点だったね。 昼間だったから無事だったけど、夜中だったらボクも潰されてた かも。 で、その反省を活かして、ふたつの新技術を取り入れた。 ひとつは、土壁の硬度そのものを上げること。 分子構造とかを意識してね。 でも生憎、ボクは専門的な知識なんて持っていない。 規則正しい分子構造なら硬いんじゃない?、という程度の知識し かない。 硬いけど折れ易いとか、切れ易いとか、そういう問題もあるみた いだよね。 だけどまあ、そこは魔法が存在する世界だ。 ともかくも試してみた。 なるべく単純で、規則正しく、カーボンナノチューブみたいな構 造を意識しながらね。 土の分子を魔力で操って、組み替えて固めていくイメージで。 材料は幾らでもあるので、何度も試行錯誤を繰り返した。 ﹃錬金術﹄スキルがかなりの速度で上がっていったね。 そうして作られていく土壁は、徐々に黒く、硬く、それでいて適 度な重さへと変わっていった。 419 うん。魔法って凄い。 貫通針の上位にある﹃徹甲針﹄でも、まったく傷つかない壁が完 成しちゃった。 だ。 たぶんこれ、魚竜の水流カッターでも跳ね返せるんじゃない? 大量に魔力を使うので量産は難しいけどね。 永続化 それでも屋敷の外壁分は確保できた。 次に取り掛かった新技術は、魔術の ほら、魔法のアイテムとかあるし。 永続 ってイメージが掴み難いから苦労したけどね。 そういう手法もないかなーと、こちらもあれこれと試してみた。 大きなヒントになったのは、アルラウネから貰った布だ。 この布、最初は気づかなかったけど、とある魔術が掛けられてい た。 切っ掛けは、貰った果物を齧ってる時だった。 葡萄みたいのがあって、喜んで食べてたんだよね。 でも、うっかり汁を飛ばして汚しちゃって。 洗っても落ち難いかな∼、って落胆してたら、軽く触っただけで 綺麗になった。 どうやら、清潔になる術式が組み込まれてたっぽい。 ちょっとの魔力を流すと、術式が光って反応する。 永続化 に成功しました。 アルラウネさん、意外と凄い技術を持っていましたよ。 で、その術式を参考に、 これで土壁の強度はさらに上がるし、魔法に対する抵抗力も付加 できる。 本当に永続かどうか、どれだけ効果が続くのか、実際のところは 時間を置いてみないと分からないんだけどね。 420 ともあれ、拠点を作る技術は揃った。 重い物を運ぶ浮遊術式も、何度か失敗した後で完成したからね。 そうして最初に言ったように、ボクの屋敷も出来上がった。 ようやく安眠できる場所を確保だ。 城壁も築いていけば、さらに安心度は増していく。 だけど︱︱︱、 ﹁Θγυερ Γψτοτκη?﹂ 何故か、ボクの後には母ラウネが付いてきてる。 まるで従者みたいに。 幼ラウネも一緒で、こっちは従者見習いみたいな感じだ。 おまけに、他のアルラウネたちも引っ越してきた。 ボクが作った屋敷から、歩いて三十秒くらいの所に。 百体余りのアルラウネたちがいて、ボクが近づくと笑顔で頭を下 げてくれる。 手を振ってくる子もいる。 つまりは、だ。 どうやらボクは、彼女たちに懐かれてしまったらしい。 421 11 アルラウネと災禍な毛玉 アルラウネ観察日記。 ここ何日か彼女たちの生活を眺めて、まずひとつ。 彼女たちは、とってもマイペースだ。 大らか、と言い替えてもいいかも知れない。 いきなり畑の真ん中で居眠りを始める子がいた。 前にクイーンと一緒に来てた居眠りっ子かと思ったけど、別の子 だ。 しかも、そう珍しくもないらしい。 日向ぽっこをして、ぼんやりとしている集団もある。 花畑の世話をしていて、寄ってきた蝶を追いかけて、危うく湖に 落ちそうになった子もいた。 なんていうか⋮⋮全員が、ドジッ子か不思議ちゃん属性持ち? よくこの森で生きてこられたものだよね。 思わず、空中で首を傾げちゃったよ。 魅了 だ。 でも、アルラウネたちにも生きてこられただけの武器があった。 それは 彼女たちが育てている花畑の近くに、ふらりとイノシシが現れた ことがあった。 暴れたら生身の人間じゃ対抗できないくらいの、大きなイノシシ だ。 ボクが倒さなきゃダメか、と毛針を逆立てた。 だけど様子がおかしい。 422 イノシシはふらふらと歩くと、アルラウネの一体に擦り寄った。 どうやら彼女たちは、普段から魅了効果のある花粉を飛ばしてい るみたいだ。 後になって、ボクの﹃状態異常耐性﹄や﹃魅了耐性﹄が少し上が りもした。 で、そのイノシシだけど、完全に我を失っていた。 食べられても抵抗しなかったからね。 うん。ぱっくりと丸ごと食べられたんだ。 アルラウネの下半身にある大きな花が開いて、イノシシを丸呑み にした。 そのアルラウネは膨らんだ花を撫でて、うっとりと目を細めてい た。 丸一日も経つと完全に消化したみたいで、元に戻っていた。 ちょっぴり猟奇的だね。 植物ってすごい。 だけど別段、肉食という訳でもないらしい。 土から養分を吸い上げて、あとは水と光があれば生きていけるみ たいだ。 果物や花を育ててるのは趣味みたいだね。 湖には何本か川が繋がっているんだけど、その川から集落に水を 引いた。 工事はボクも手伝ったよ。 お礼に、また果物を幾つかもらった。 甘味はいいよね。心を和ませてくれる。 けっして餌付けされてるワケじゃないよ。 423 ともあれ、アルラウネはのんびりとした生活を送っている。 クイーンにしても、いつも適当に集落をふらついているだけ。 毎日、ボクのところに挨拶にも来るけどね。 それ以外は、花や果樹を育てているだけみたいだ。 きっと全員が警戒心の薄い性格なんだろうね。 だからボクに対しても、一旦警戒を解いたら平然と接してくるよ うになったんじゃないかな。 それを証明するみたいに、﹃植物の友﹄なんていう称号も貰えた。 スキルの方は、﹃栽培﹄と﹃生命干渉﹄が大幅に上がったよ。 っていうか、アルラウネって植物の分類でいいのかね? ﹃鑑定知識﹄によると、魔獣らしいんだけど。 案外、こういう分類っていい加減なのかも知れない。 ﹃栽培﹄と言えば、やっぱりアルラウネたちが得意としてる。 花や果実をはじめとして、色々な植物を育ててるね。 ボクが品種改良したリンゴやお芋も渡してみた。 ﹃鑑定知識﹄の読み上げによると、グドラマゴラとかいうやつだ ね。 数日後には、何倍にもなって返ってきた。 それどころか、小さなグドラマゴラが集落をうろつくようになっ てたよ。 飼い慣らしたらしい。 うん。やっぱり植物ってすごい。 前にもちょっと見たけど、大きなイモムシの魔獣も飼い慣らして るからね。 そのイモムシが吐く糸を使って、布も織ってる。 部分的には、本当に魔獣とは思えないくらいに文化的だね。 だからといって、ボクが完全に警戒を解く理由にはならないけど 424 ︱︱︱。 あ、幼ラウネがまた居眠りしてる。 今日は陽射しも温かいからね。 ボクは屋敷の周りに壁を作る作業をしてたんだけど、見てるだけ だから退屈になったみたいだ。 母子ラウネは、いつも揃ってボクに付き従ってくれてる。 でも特別に頼むことは少ないんだよね。 お茶や果物を用意してくれるのは助かるけど、空き時間の方がず っと多い。 子供が飽きるのも当然だね。 なので、母ラウネに面倒を見ておくように伝える。 例によって身振り毛振りでね。地面にも絵を描いて。 すぐに理解した母ラウネは、近場の芝生へと幼ラウネを抱えてい った。 二人してお昼寝を始める。 アルラウネは植物部分がベッド代わりにもなるから、何処でも眠 れるんだよね。 そういう部分も、のんびりした性格に影響してるのかも。 さて、それじゃあボクはどうしようかな。 壁作りを続けてもいいけど、こっちも少し飽きてきた。 ちょっと狩りにでも出掛けようか。 久しぶりに、お肉も食べたくなってきたし。 425 空高くへと舞い上がって獲物を探す。 しかし、ボクも強くなったものだよね。 ほんの少し前は、ウサギにだって怯えてたのに。 魔眼 になってから本格的な戦闘はしてないね。 今ならイノシシどころか、怪鳥だって狩れる気がするよ。 でも、 そういえば検証せずに放ってあるスキルもある。 ﹃八万針﹄は、﹃九拾針﹄からの正統進化ってところかな。 色んな種類の針が増えて、﹃徹甲針﹄みたいに強力なのも幾つか あるね。 ただ、本当に八万種類あるかどうかは数えてない。 っていうか、数えるのは無理でしょ。 そこまでボクも暇じゃないよ。 あと、﹃完全吸収﹄や﹃支配﹄も謎な部分が多いね。 支配 できちゃ 初期スキルが強化されたワケだけど、これまでとの違いが分かり 難い。 吸収速度が上がった感じはしない。 魔力糸による干渉も、これまでと大差ないね。 字面からすると⋮⋮もしかして、他の生き物を うとか? 有り得るのかなあ? あとでイモムシでも借りて試してみるのも︱︱︱と、獲物発見だ。 木々の合間に、クマの姿が見えた。 前にも遭遇したベーコンの材料、じゃなくて火吹きクマだ。 前回は、危うく焼き殺されそうになったね。 426 だけど今回は違う。 空から一方的に攻撃させてもらおう。 新しい魔眼も試したいけど、﹃死滅の魔眼﹄は後回しだね。 お肉が食べられなくなると勿体無いから。 もうひとつの方でいこう。 眼の内側にある、新しくなった魔力回路を意識する。 よし︱︱︱、 ﹃災禍の魔眼﹄、発動! 途端に、クマの動きが止まった。 ん? それだけ?、と思ったけど微妙に震えてる。 直後、どさっと倒れた。 紫色の液体を口から吐き出して。 何事!?、とかボクが驚いていると、今度はクマが苦しそうな声 を上げた。 のたうち回って、煙も吐き出した。 あ、燃えてる。 体の内側から溢れてきた炎が、クマの全身を包み込んだ。 ほどなくして動かなくなる。 んん∼⋮⋮? なんだか酷い効果が発揮されたのは分かる。 でも、具体的には何が起こったんだろ? ﹃災禍の魔眼﹄って、﹃混沌の魔眼﹄が強化されたんだよね。 元は混乱とか麻痺とか与えてたから、基本的には状態異常系? その認識で間違ってはいないはずだ。 と、なると⋮⋮体に変調を起こして、自滅するくらいの状態異常 ってことかな。 427 自分の炎で焼かれてたみたいだし。 なんにしても、えげつない。 戦闘力としては頼りになりそうだけどね。 また使っただけでカルマが減ってるけど、もう気にしないでいい でしょ。 開き直ろう。うん。 ってことで、クマ肉を確保するために降下。 随分と焼けちゃったけど、食べられる部分は残ってるはず。 あ、でもこれって状態異常で仕留めたんだよね? ﹃死毒の魔眼﹄がそうだったけど、もしかして︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃病魔耐性﹄スキルが上昇しま した︾ 逃げ出す。 上空へ向けて。全速力で。 また自分の魔眼で苦しめられるとか、冗談じゃないよ。 だけど今回は大丈夫のはず。 ちょっと近づいただけだし。 ﹃病魔耐性﹄はともかく、元から﹃状態異常耐性﹄は持ってるか らね。 体の変調もない。 うん。ボクは元気だ。問題なんてない。 でも念入りに﹃大治の魔眼﹄と﹃自己再生﹄を使って、と。 クマの死体も消毒しておこう。 ﹃万魔撃﹄を上空から叩き落す。 光に包まれたクマの死体は、跡形も無く消え去った。 428 429 11 アルラウネと災禍な毛玉︵後書き︶ 今夜はここまでです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:1 名前:κτμ 戦闘力:7480 社会生活力:−3220 カルマ:−6550 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・参:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃悪食﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐 430 性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄ カスタマイズポイント:300 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 431 12 増える幼女と見張り塔 作ったばかりの燻製器に火を入れる。 ﹃災禍の魔眼﹄を試し撃ちしたのとは別に、クマを仕留めてきて 解体した。 ちなみに、アルラウネは死んだ肉は食べないらしい。 なので燻製肉は一人占めさせてもらう。 いや、一玉占め? どっちでもいいか。 狩りのついでに、進化後の能力検証も一通り終わったよ。 一番気になってた﹃死滅の魔眼﹄だけど⋮⋮、 うん。酷いとだけ言っておこう。 ﹃死滅﹄も﹃災禍﹄も、強化前の魔眼に新たな効果が加わった感 じだ。 ある意味では、使い難くなった。 とりわけ﹃災禍﹄の方は、病魔効果を振り撒くみたいだからね。 危なすぎて迂闊に使えないよ。 混乱や麻痺効果があるだけでも、使い勝手はよかったんだけどね。 可能なら、その効果だけ引き出せるように改良したいところ。 近い内にまた試してみよう。 他のスキルといえば、﹃支配﹄の使い方も分かってきた。 支配 可能になる。 やっぱり文字通りのスキルだったね。 他の生物を 魅了 効果の上位版かな。 毛針を刺して、魔力糸を通して、操り人形みたいに。 ある意味では、 432 でも、あんまり有用とは言えないね。 ミミズやクマを相手に試してみたけど、意識をそっちに集中して ないといけない。 意識まで支配できるみたいだけど、あくまで魔力糸を繋げている 間だけだ。 糸が切れた魔獣は、途端に我に返って反撃してきた。 どうやって活用できるのか、難しいスキルだね。 強い魔獣を盾として利用できるかも知れない。 だけど意識が逸れるから、ボク自身の能力が抑えられる。 支配 能力の活用は思いついたら、ってことで。 まあ、あれこれと道具を操れるだけでも便利だからね。 さて、そんなことを考えながら作業をしてたんだけど︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃細工﹄スキルが上昇しました︾ 竹弓を作ってみた。 そう、亀オーク拠点の近くに生えてた竹だけど、こっちでの栽培 も成功した。 籠とか笊とか竹トンボとかも作れるね。 でもそっちは後回しにして、竹弓を優先した。 単なる思いつきだね。竹細工自体、ボクの趣味でもあるし。 アルラウネが持つ武器として、弓が向いてるんじゃないかな、と。 おっとりとした性格の割りに、彼女たちの腕力はかなり強いんだ よね。 地中深くに根を張ったお芋を、片手で軽々と引き抜いたりする。 さすがは魔獣、ってところだ。 そんなアルラウネたちに合わせて、かなり強力な弓を作ってみた。 433 形としては和弓だね。 地球だとカーボンとかグラスファイバーの弓が多いみたいだけど、 竹弓だって質は馬鹿にできない。 ただ問題は、ボクが弓作りの知識なんて持ってないってことなん だけど。 それでも一応は武器として使える物ができた。 矢羽根も、前に魚竜が仕留めた怪鳥の死体が残ってたから調達で きたよ。 矢尻には、適当な石を変形&装着、土壁と同じように硬化させて おいた。 薄い金属甲冑くらいは貫けるはず。 何セットか作って、アルラウネに渡しておいた。 べつに、彼女たちを鍛えて兵士にしようとかは考えてないよ。 でも近くに暮らしてる友好的な相手だから、あんまり無防備でも 困る。 例えば、亀オークなんかが攻めてきたらどうなるか? 突然の襲撃で、アルラウネが反撃もできずに逃げ出したら、すぐ にボクも危機に晒される。 でも反撃して足止めくらい出来れば、ボクも落ち着いて対処でき る。 撃退するにしても、一人で逃げ出すにしても。 まあ弓は簡単な作りだし、アルラウネたちでも作れるでしょ。 早速、竹を切り出してるアルラウネもいるし。 おっとりしてる彼女たちだけど、興味を持つと行動は素早いね。 幼ラウネも、竹トンボで遊んでる。 同じ年頃の子供たちが集まってきたね。 434 作り方も教えてやってる。いつの間にか、皆のお姉さんみたいに なってる。 ⋮⋮っていうか、子供が増えてない? 最初の頃は、幼ラウネを含めて五∼六名くらいしかいなかったの に。 今では十名を越えてる。 赤ん坊を抱えてるアルラウネも、さらに数名いるんですが。 もしかして繁殖期? 種族的に増えるのが早いのかな? でも見たところ女性しかいないのに、どうなってるんだろ。 そこらへんの生態はまだ謎だねえ。 だけどまあ、友好的な相手が増えるのはいいことかな。 ボクの方は拠点製作を進めよう。 屋敷の外壁もじきに完成する。 次はいよいよ城壁かな? それとも屋敷の内装? 見張り塔を建てるのもいいかもね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃建築﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃手芸の才・参﹄は﹃手芸の才・極﹄へ と強化されます︾ だんだん建築が楽しくなってきた。 内政とか戦略系のゲームってやったことないんだけどね。 一度くらい手をつけておけばよかったよ。 435 で、今度は朝から半日ほど掛けて、見張り塔を作ってみた。 半日も作業してると、さすがに魔力が心許なくなってくる。 回復手段もあるけどね。 例の人型根っ子、グドラマゴラ。 食べると破魔効果に襲われるけど、魔力がどんどん溢れてくる。 ただ、魔力制御が乱れるのが難点だね。 強壮剤みたいなものだから、あんまり頼りすぎるのはよくないと 思う。 だけど甘くて美味しいお芋でもあるからね。 偶に食べるくらいならいいでしょ。 ともあれ、見張り塔が完成。 高さはひとまず十メートルちょい。 森の方を見張れるように建てたんだけど︱︱︱、 ﹁ыΞγΑ!﹂ ﹁Στκεοッ!﹂ ﹁Ηοσφ! Ηοσφ!﹂ 何故か、子供たちが喜んで遊び始めてる。 自分の体から伸びるツタも操って、ハシゴも素早く登っていく。 うん。まあ子供って高い所が好きだしね。 いっそ滑り台でも付けてあげようか。 いや、もちろん冗談だけどね。そんな面倒なことしてる暇はない よ。 まあ実験的に建てたものでもある。 耐久度を試す意味でも、遊び道具にするのはいいかも︱︱︱、 あ、子供ラウネが足を滑らせた。 436 悲鳴を上げて落ちてくる。 大怪我をするところだけど、ちょうどボクがいてよかったね。 毛玉体を落下地点に置く。 ふかふかの黒毛と、弾力のある体で受け止める。 ぼふっ、と。 体重の軽い子供とはいえ、けっこうな高さから落ちてきた。 以前のボクなら、下手をしたら潰されていたかも知れない。 でも今は、﹃下位物理無効﹄を発動させておいたからね。 怪我もないし、痛くもない。 このスキル、耐性みたいに自動発動かと思ったら違った。 どちらかと言えば魔眼に似てるね。 意識しないと発動できないし、少しだけど魔力を消費する。 慣れてくれば、常時発動も可能だとは思うけどね。 ともかくも、子供を地面へと降ろす。 迂闊なことをしないよう叱ろうと思ったけど、その前に影が差し た。 また別の子供が落ちてきた。 というか、ボクへ向けて飛び降りてきた。 受け止めて、降ろす。 また別の子供が飛び降りてくる。 受け止めて、降ろす。 また別の︱︱︱って、遊んでる暇はないんだよ! カッ、と目を見開いて子供ラウネたちを﹃威圧﹄する。 言葉は通じなくても、ボクの怒りは伝わったらしい。 子供ラウネたちは揃って泣き出しそうな顔になる。 うん。反省したのならよし。 437 危ない遊びは控えなさい。 近くにいた母ラウネも慌てた様子で駆け寄ってきたので、後は任 せておこう。 ボクにはまだ作業が残ってるからね。 今度は湖畔側に見張り塔を建てる。 一度やったことの繰り返しになるので、幾分か時間を短縮できた。 完成する頃になると、また子供が集まってきていた。 まあ遊びたいなら好きにするといいよ。 今度は余裕があったから、ついでに滑り台も設置したからね。 いざって時に急いで降りるのにも役立つだろうし。 それよりも、ボクは塔に登って辺りを見渡す。 少し湿気を含んだ風も心地良いね。 夕陽を反射して、湖面がキラキラと輝いている。 悠壮で、幻想的な光景だ。心が躍る。 こういう風景を見られるのは、異世界に来てよかったと思う部分 だ。 だけど︱︱︱ふと、気づいた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感制御﹄スキルが上昇しま した︾ 湖の向こう岸に、なにやら動く影がある。 さすがに距離があるので、細かいことは見て取れない。 だけど、人影が動いているみたいで︱︱︱、 これは放置できないね。 ちょっと怖いけど、偵察に行ってみようか。 438 439 13 スニーキング毛玉、再び 夜中、普段ならボクも寝てる時間だ。 もうすっかり屋敷で寝泊りするのに慣れちゃったね。 もっとも、未だに内装は整っていないんだけど。 簡単な部屋の区分けをしただけだ。 家具だって置いてない。 あ、でも布団は作ったよ。 アルラウネから貰った布を縫って、ボクの黒毛を積めて。 自分の毛っていうのが気分的に微妙だけど、寝心地は悪くない。 そのうちに怪鳥でも狩りまくって、羽毛布団にしたいと思ってる。 そんな夜の事情はともかく、だ。 屋敷の周囲も、すっかり静まり返っていた。 アルラウネたちも夜は寝るからね。 というか、陽の光が届いていないと大人しくなる。 そこらへんは植物っぽいね。 夜襲とか受けたら大変なことになりそうだ。 でもまあ、だからこそボクも安心して眠れる。 念の為、夜の屋敷には闇結界を張って守っているけどね。 拠点の周りに異変が無いのを確認してから、ボクは上空へと舞い 上がった。 そのまま湖の対岸を目指す。 夜の闇に紛れた黒毛玉だからね。そうそう発見はされないはず。 二つの月が輝いてるけど、完全に暗闇を消すほどじゃないからね。 440 ただし、相手が人間だとしたら油断はできない。 魔獣でも、種類によっては魔力や生命力を感知してくる。 人間なら、それ以上に知恵を働かせてくるはずだ。 だからボクは慎重に近づく。 途中で森に降りて、木々の影に隠れながら。 魔力もなるべく体内で圧縮して、反応を小さくするようにして。 どれだけ効果があるのかは不明だけどね。 警戒し過ぎて無駄ってこともないでしょ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃隠密﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃無音﹄スキルが上昇しました︾ ひとまず問題なく、陣地に近づくことができた。 うん。陣地だね。 簡素ながら木柵が張り巡らされてる。 矢倉みたいのも建てられてるね。 その内側には天幕が幾つも張られていて、まだ灯りが漏れている 所もあった。 明らかに人間が集まってるねえ。 数は分からないけど、少なくとも数十名以上? 桁はもっと増えるかも。 陣地の規模からすると、亀オークの群れ以上かも知れない。 天幕からは笑い声も漏れてきてる。 あ、見張りの兵士っぽい人もいるね。 槍を持って立ってるのが二人、同じ型の鎧も着てる。 冒険者というよりも、やっぱり何処かの国の兵士って雰囲気だ。 欠伸をして、なにやら話してるけどね。 441 油断してるねえ。 魔眼を撃ち込めば、あっさり倒せそうな気がする。 だけどいまは戦闘をしたいワケじゃない。 あくまで偵察が目的だ。控えておこう。 そもそも敵対するとは限らないし。 それにしても、人間の兵士か。 銀子が向かった街から出撃してきたのかな? 街と湖の位置関係からすれば、納得できなくもない。 魔獣を狩るための前線基地にするには、悪くない場所だ。 ただ、少しだけ違和感がある。 街があったのは、湖の北側だ。 前線基地を作るなら、そちら側に作るはず。 ボクが拠点を作ったのは湖の西側、やや南寄り。 つまり、この対岸にある陣地は、湖の東側に作られている。 これから東側に向かうっていうなら納得できる配置だけどね。 でも北側か、あるいは南側に作った方が便利に思える。 あ、そういえば東側にも街があるかも知れないんだった。 人攫いどもはそっちへ向かおうとしてたからね。 となると、ここの兵士は東側の街から来たのかな? ん∼⋮⋮情報不足だね。もうちょっと調べたい。 なにより重要なのは、彼らの目的なんだけど︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ もう少し陣地に近づこうかな、と移動した時だ。 442 微かに攻撃的な魔力の流れを感じた。 そこ に、ボクの毛先が触れた瞬間だ。 でも遅かった。 眩いほどの白い光が空中で弾けて、雷撃にも似た衝撃が襲ってき た。 あだだだだっ!? なにこれ、痛い、というか痺れる!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃光耐性﹄スキルが上昇しまし た︾ 謎の衝撃に弾かれて、ボクは草むらに転がる。 どうやら結界みたいなものが張られていたらしい。 明滅する光に照らされて、半透明の壁が確認できた。 直後に、陣地の方から声が上がる。 間違いなく気づかれたね。 撤退、と思っても体が動かない。 ボクが触れた結界は、どうやら﹃懲罰﹄属性の自動攻撃機能付き だったらしい。 一番苦手な攻撃だよ! カルマがぶっちぎりでマイナスだからね! しかも体だけでなく、魔力の流れも痺れたみたいに上手く制御で きない。 おかげで﹃空中機動﹄も使えないね。 それだけ強力な攻撃だったのか、 それともボクのカルマが低すぎるのが悪いのか、 443 どっちにしてもピンチだ。 早く立て直さないと︱︱︱と思っている内に、少し楽になってき た。 そういえばボクが自分で試した﹃懲罰﹄も、効果時間は短かった ね。 よし。復活。 まだちょっと痺れが残ってるけど、飛べるくらいには回復した。 早々に退散させてもらおう。 あ、でも何か近づいてくる。 速い。人間とは思えない速度だ。しかも複数? 暗闇の奥に、その姿が確認できた。 四つ足で走る獣だ。犬か狼みたいだね。 こんな時に魔獣の襲撃? いや、人間に操られてるって考えた方が妥当だね。 使い魔とか、召喚獣とか、もしくは飼い慣らしたとか、そんなと ころかな。 何にしても、ここは撤退させてもらうよ。 やっぱり人間は油断ならないからね。 ボクはすぐさま上空へと舞い上がる。 単純な速度なら犬の方が上かも知れないけど、空までは追ってこ れまい。 とか思った途端に、木を駆け上って迫ってきた。 数匹の犬が、空中のボクへ向けて殺到する。 ちょっと驚かされはした。 でも、以前に会った冒険者ほどの迫力はない。 444 落ち着いて迎撃できる。 爆裂針を飛ばすと、空中に飛び出した犬には避けようがなかった。 あっさりと撃ち落とされて悲鳴を上げる。 その間に、ボクはさらに上空へと撤退。 跳び上がってくる程度なら届かない距離へ移動する。 だけどこっちの射程距離は長いからね。 一方的にやらせてもらうよ。 ﹃雷撃の魔眼﹄、発動。 夜の森に、何本もの雷撃を降り散らしていく。 ついでに﹃衝破﹄と﹃凍結﹄も数発つけておく。 犬の群れは散らばってたけど、きっちり殲滅させてもらった。 しつこく追って来られたりすると困るからね。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV1からL V2になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃雷撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃空中機動﹄スキルが上昇しま した︾ 最後に、広範囲に﹃闇裂の魔眼﹄をバラ撒いておく。 煙幕代わりだね。 魔力を惜しむ必要はない。 魔眼種に進化して、随分と消費魔力が少なくて済むようにもなっ たからね。 たぶんあの犬の群れは、斥候とか先遣部隊みたいな役割だったは 445 ず。 本隊である人間が押し寄せてくる前に帰らせてもらうよ。 偵察は失敗とも言えるけど、それでもひとつだけ成果はあった。 人間怖い。 近づいただけで殺しに来るとか、なにあの危険な生物。 特に﹃懲罰﹄、アレの対策ができない内は戦いたくないよ。 446 13 スニーキング毛玉、再び︵後書き︶ 今夜はここまで。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:2 名前:κτμ 戦闘力:7510 社会生活力:−3150 カルマ:−6580 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃悪食﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐 性﹄ 447 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃悪逆﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄ カスタマイズポイント:320 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 448 14 城壁とバナナと??? おはようございます。 人間に近づくことも許されず、犬に追われて、泣く泣く逃げ帰っ た魔眼です。 己の無力さ、貧弱さを再認識させられました。 悔しくて、布団を被ってゴロゴロ転がっておりました。 泣いたっていいじゃない。毛玉だもの。 うん。正直ね、けっこう強くなったんじゃないかなーと思ってた んだよ。 だって称号で﹃熟練戦士﹄とか持ってるし。 そこからさらに戦闘力は上がったし。 反則技に近いとはいえ、巨大魚竜にも勝てたし。 おまけに、﹃魔眼覇王﹄なんて才能も貰えた。 強力な魔眼が幾つも揃ってきた。 さらには、ちょっと睨んだだけでアルラウネたちが従ってくれて る。 調子に乗っちゃってたね。 人間は怖い。 以前にも、冒険者パーティに追い詰められたことがあったし。 昨日のは不幸な事故だったかも知れないけど、ボクが助かったの は幸運でもある。 もしも﹃懲罰﹄攻撃を喰らった時に、目の前に兵士の一人でもい たら? 一瞬で殺されてた可能性だってあるよ。 449 この森での生活にも慣れて、余裕が出て、気が緩んでいたね。 もっと引き締めていこう。 見敵必殺な心構えで。 先に殺しちゃえば怖くないからね。 まずは、向こう岸にいる人間たちへの対策を進めていくよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃睡眠耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃建築﹄スキルが上昇しました︾ 一晩掛けて、城壁を建てていった。 高さはまだ五メートルくらい。森の木々に隠れる程度にした。 長さは五百メートルほどもある。 陽射しは幾分か隠れるけど、土地が広いのでアルラウネたちが気 に掛けるほどじゃない。 我ながら、一晩でよく作ったと思うよ。 でも湖方面のしか完成してないから、あんまり役には立たないん だよね。 アルラウネたちを驚かせるくらいの効果しかなかった。 望めるなら、﹃懲罰﹄への耐性上げを優先したかったんだけどね。 だけど自分をぺしぺし叩いても、﹃極道﹄スキルはなかなか上が らない。 ポイントも使おうと試してはみた。 ︽スキル﹃極道﹄は強化不可能です。条件を満たしていません︾ ︽スキル﹃懲罰﹄は﹃天罰﹄への強化が可能です︾ ︽カスタマイズポイントが足りません︾ 450 こんなメッセージが返ってきた。 ﹃懲罰﹄を強化してから、自分で叩いて耐性上げてもいいかな、 と考えたんだけどね。 でもポイントが足りない。 これもきっと、カルマの低さが影響してるんだろうね。 悪人側が罰を与えるとか言うのも不自然だからねえ。 結果、怖いスキルの名前を知っただけで終わった。 なんだろうね、﹃天罰﹄って。 どんなスキルか知らないけど、ボクなんか一撃掠っただけで砕け 散りそうだ。 悶え苦しんで転がる毛玉の姿が見えるようだよ。 それもこれもカルマの低さが悪い。 このシステムはほんとに謎だ。 いったいボクがどんな悪いことしたって言うんだか。 はぁ。ともあれ、落ち込んでても仕方ない。 いまは戦える態勢を整えるのが先決だよ。 ちょっと疲れもしたので休憩。 城壁の上にゴロンと転がる。 例の母子ラウネが朝食を持ってきてくれたし、いただくとしよう。 今日は葡萄とバナナだ。 え? バナナ? また育てるのが難しそうな果物だね。 いつのまにか増やしていたらしい。 基本的に食事不要なアルラウネだけど、甘味を楽しみはする。 だからこういった果物も、日毎に種類を増やしてる。 451 うん。葡萄は瑞々しくて美味しいね。 バナナもしっかりと甘味が詰まってる。 さすがに地球のバナナには敵わないけど、懐かしい感じがするよ。 幼ラウネも美味しそうに頬張ってる。 あ、バナナと言えば、ミルクも欲しくなるね。 一緒に食べるともっと美味しくなるし。 バナナミルクの味を、幼ラウネにも教えてあげたい。 何処かに乳牛とか転がってないかな。 暴れ牛なら森の奥に行けば見つかりそうだけど。 望めるなら、この拠点で飼いたいところだね。 もちろん大人しい牛を。アルラウネ任せで。 巨大イモムシを飼えるくらいだから、牛だって大丈夫じゃないか な。 まあ牛の方は見つかったら、だけど。 ますます、この拠点を強化する理由ができちゃったよ。 魔獣にも人間にも荒らされたくない。 幸い、昨日の偵察の限りでは、人間の陣地は簡素なものだった。 すぐに討伐隊が大挙して押し寄せてくる、って雰囲気じゃなかっ たね。 何日か余裕はあると思う。 そもそも、こっちに来るかどうかも分からないし。 油断せず、しっかりと警戒の目を向けておけば︱︱︱、 と、城壁の上から対岸を窺ってみた。 そこで妙なものが見えた。 妙なものというか、大きな影の集まりだ。 なんとなく、何処かで見た覚えもある。 452 距離があるから分かり難いけど︱︱︱あれ、巨人じゃない? しかも一体や二体じゃない。 数十体の巨人集団が、人間の陣地へ向かってるみたいだ。 もしかして戦うつもり? これは見過ごせない。 バナナ持って偵察に行ってみよう。 充分に距離を取りつつ、上空から様子を窺う。 陣地内にいるのは、やっぱり兵士っぽい人間ばかりだね。 揃いの装備をした人間が一千人近くいる。 それと、冒険者風の人間が百名くらい。 ただし冒険者の方は、足早に陣地の外へと逃げ出していった。 あんな化け物どもと戦えるかー、って感じで。 まあ気持ちは分かるね。 陣地へ向かってくるのは、単眼巨人数十体。 身長十メートル越えの巨体が、ずらりと並んでる。 それだけでも脅威だけど、さらに厄介そうなオプションが付いて るよ。 後方にいる一際大きな巨人の肩に、一体の魔獣?が乗ってる。 いや、肩に乗ってるというか、首に巻きついてる? 下半身は蛇で、上半身は人型の、半裸の女性。 そう、ラミアだ。 美人さんで、スタイルも抜群だね。揺れてる。 453 ﹃鑑定知識﹄によると、ラミュールとかラミリアとかいうらしい。 もうラミアでいいよね。 ちなみに、そのラミアの胸元は半分くらい鱗で隠されてる。 下着みたいに。着脱可能なのかは不明。 尋ねてみたいところだけど、そんな余裕はないよ。 見つからないようにバナナを齧ってるだけで精一杯だ。 あ、﹃鑑定﹄と言えば、スキルが上がったおかげか少し変化が出 てきた。 どうやら相手の戦闘力が、大雑把だけど分かるみたいだ。 ﹃鑑定知識﹄の方に、それっぽい記載が出るようになった。 数字だけならだいたい読める。 銀子に算数を教えた時に、この世界の数字にも触れてたからね。 それによると、陣地にいる兵士たちは戦闘力数百くらいの人が大 半だね。 一千を越えてる人もちらほらいるけど。 声を張り上げてる隊長っぽい人は二千以上だ。 正直、意外だね。もっと高いかと思ってたのに。 前に会った冒険者とか、確実に三千は越えてたはずだし。 実はあの四人組、凄腕だった? ともあれ、そんな兵士たちに対して、巨人たちの戦闘力は高い。 どの巨人も二千を越えてる。 ボスっぽい一番大きいのは四千以上だよ。 数は少ないけど、巨人たちが圧勝するんじゃない? 冒険者たちはさっさと逃げてるし。 木の柵なんてまったく役に立ちそうにないし。 454 とか考えてる内に、巨人の一体が陣地へ突撃した。 でも、いきなり弾かれた。 ボクも喰らった懲罰結界だね。 そこに触れた途端に、巨人が雄叫びを上げて仰け反る。 そのまま仰向けになって派手に倒れた。 兵士たちが歓声を上げる。 だけど喜んでるばかりじゃなくて、揃って弓矢も撃ち放った。 倒れた巨人に矢の雨が降り注ぐ。 後ろに控えた巨人の群れにも矢は届いた。 さらには魔術師部隊もいて、光弾や雷撃が一斉に放たれた。 けっこう効いてるみたいだ。 ほとんどの矢は硬い皮膚に弾かれてるけど、中には忌々しそうに 声を上げる巨人もいる。 さすがに訓練された兵士、ってところかな。 集団行動にも慣れてる。 でも魔獣との戦いには不慣れなんじゃないかな? だって巨人にはアレがあるからね。 ほら、倒れた巨人が光りだした。 全身から真っ赤な光を溢れさせて、大気を震えさせるほどの雄叫 びを上げて立ち上がる。 バーサーク状態だ。 その雄叫びだけで、陣地を囲っていた木柵が吹き飛んだ。 さらに、赤く輝く巨人が太い腕を振るう。 殴りつけられた地面が、噴水みたいに弾け飛んだ。 兵士たちも、まとめて木ノ葉みたいに吹き飛ばされていく。 ああ。これはもう勝負あったね。 455 456 15 死滅の魔眼 弾ける。吹き飛ぶ。砕け散る。 地面が。兵士が。人の命が。 バーサーク 狂戦士化した巨人の戦闘力は圧倒的だった。 もう戦いにすらなっていない。 一方的な虐殺だ。 陣地は跡形もなく破壊されたし、兵士たちの統率は失われている。 懲罰結界も消え失せてる。 きっと結界を張ってた人か装置が潰されたんだろうね。 指揮官っぽい人もいつの間にか消えていた。 吹き飛ばされたのか、逃げたのか、どっちにしても立て直しは無 理でしょ。 最初に逃げた冒険者が正解だったね。 まだそう遠くには行っていないので様子は窺える。 戦闘が始まってしばらくは、距離を置いて立ち止まっていた。 たぶん、状況次第では援軍として戻るつもりだったんだろうね。 だけど巨人の狂戦士化が始まると、ほどなくして完全に逃げ出し た。 無理もないね。 見た感じ、狂戦士化した巨人は、巨大魚竜と同じくらいの強さだ。 水流ブレスと、殴りつけと、先に当たった方が勝ちみたいな。 まともな人間なら戦おうとも思わないでしょ。 巨人一体なら、暴れさせた後に攻撃すれば仕留められたかも知れ 457 ない。 以前に、ボクもそうした。 きっと魔獣に詳しい冒険者には、対処法として知られてるんだろ うね。 だけど今回の巨人は一体だけじゃなくて、群れで行動してる。 力尽きた後も、仲間が守る形を取ってる。 兵士を追撃してる巨人も何体かいるね。 こうなるともう手出しするのは自殺行為だ。 狂戦士化が第二段、第三段と続くことになるからね。 なにこの無敵戦法。 実は巨人たちって最強種族じゃないの? よく人類が全滅されずに済んでたね。 でも、もしかしたら普段は群れで行動してないのかも。 ボクが最初に見た時は一体のみだったし。 ラミアの知恵なのかもね。 協力関係なのか、操ってるのかは知らないけど。 ほら、ラミアって魅了攻撃とか使いそうだから。 巨人の肩に乗ってるラミアも魅力抜群って感じだし。 美人さんでスタイルもいい。長い黒髪も綺麗な艶を放ってるね。 まあボクの毛並みも、ふわふわ感じゃ負けてないけど。 そのラミアなんだけど、ボス巨人の肩にいる一体のみじゃなかっ た。 安全な後方、森の中に数十体が控えてたよ。 戦いが終わってから、ぞろぞろと出てきたけどね。 さて、ボクはどうしようかな。 ひとまず人間の陣地が消えてくれたのは喜べる。 458 でも、巨人が引っ越してくるのはどうだろう? 言うなれば、ヤクザの事務所が隣にできるのを受け入れられるか どうか。 いくら姐さんが美人だからって怖いものは怖い。 魔獣同士、仲良くする? 無理でしょ。 あんなゴツイお隣さんはいらないよ。 話が通じればいいんだけど、前に会った時もいきなり暴れ出した んだよね。 見た目は怖いけど実は優しい、なんてのは期待できそうもない。 今もほら、こっちを睨んで⋮⋮? え? ちょっと待って。気づかれたよ。 巨人が手近にあった木を掴んで、投げた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ あぶなっ! 充分に距離を取っておいて助かったよ。 上空にいるっていうのは、それだけで有利だね。 だけどやっぱり巨人は危険だ。 あんなのがご近所さんになるのは遠慮したい。 是非、お引取り願おう。 ってことで反撃開始。 巨人はまた岩とか木とか投げてくるけど、回避しながら直上へ移 動。 一体へ向けて、﹃万魔撃﹄を叩き落す。 しっかりと溜めての一撃必殺だ。 459 頑丈な巨人も、頭を焼き消されたらさすがに終わりだ。 首無しの凄惨な死体になって倒れ伏す。 唖然として立ち尽くす巨人たちへ向けて、さらに雷撃&凍結の魔 眼を発動。 ついでに、食べ終えたバナナの皮も落としてあげよう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍結の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 痛々しい雄叫びが上がる。 ラミアも慌てふためいて悲鳴を上げた。 でもさすがに、雷撃とかだと一撃必殺とはいかないね。 巨人はタフだ。 中には倒れて動かなくなったのもいるけど、無事な方が多い。 ほとんどがボクの攻撃に注意を引かれて、こちらを見上げた。 ボス巨人も。 ここまでは計画通り。 大きな単眼がボクを睨んで、殺意を向けてきた。 その眼を狙い撃つ。 ﹃死滅の魔眼﹄、全力発動! 直後、ボス巨人は断末摩の悲鳴を上げた。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV2からL V3になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死滅の魔眼﹄スキルが上昇し 460 ました︾ 巨人の中でも一際大きな体が、瞬く間に黒く染まっていく。 死 だ。 、 滅びない から性質が悪い。 ﹃死滅の魔眼﹄の効果は、もはや毒と言える範囲じゃない。 文字通りに、 即死効果。 死んで うん。えげつない。酷い。 さらに加えて、 真っ黒に染まったボス巨人の肩から、ラミアが慌てて逃げ出す。 地面に降りたところで血を吐いた。 仲間のラミアに抱えられて下がっていくけど、かなりの重傷だろ うね。 だって死毒を受けたはずだから。 そう、﹃死滅の魔眼﹄は対象を死毒の塊にする。 しかも、そのまま滅ぼさない。 言うなれば動く死体。屍体。ゾンビにする。 魔法効果なので時間制限はあるみたいだけど︱︱︱。 ゾンビ化したボス巨人は、近くにいた別の巨人に襲い掛かった。 死滅 効果が感染する。 掴み掛かって齧りつく。 そこからまた 食いつかれた巨人は暴れるけど、ボス巨人の方が強い。 ゾンビ化すると単純な腕力は上がるのかも知れない。 おまけに全身から死毒を撒き散らしてる状態だからね。 ほんと、えげつないねえ。 混乱する巨人たちへ向けて、ボクはもう二発ほど﹃死滅の魔眼﹄ を撃ち込む。 461 猛々しい悲鳴が上がって、また黒く染まった巨人ゾンビが出来上 がった。 その巨人ゾンビも、すぐに元仲間へと襲い掛かる。 あ、今度は巨人も対抗しようとバーサークした。 こうなるともう収集がつかない。 大乱戦になる。 赤と黒の壮絶な殺し合いだ。 そんな様子を、ボクは高みの見物させてもらう。 ふはははは。殺し合えーって感じで。 いやまあ、そんなに楽しい気分でもないけどね。 こっちにも、いつ攻撃が来るか警戒しないといけないし。 だけど巨人たちは、目の前の脅威に立ち向かうだけで精一杯みた いだ。 ボクに構ってる余裕はない。 ここらへんの短慮っぷりは、やっぱり魔獣だ。 相手が人間だったら違っただろうね。 冷静な指揮官がいれば、ゾンビ化した仲間は見捨てて、ボクだけ に攻撃を集中させてきたはずだ。 敵を生み出してるのはボクだからね。 でも巨人たちは、そこまで考えが及ばない。 おまけに狂戦士化して暴力を振るうだけの獣となってる。 これは、決まったかな。 単純な戦闘力なら、狂戦士化した巨人の方が上だ。 ゾンビ化した巨人も力負けして叩き潰される。 だけどゾンビ巨人はしつこい。 正しく動く死体だからね。 462 頭が吹き飛んでも動いて、近くにいる相手に襲い掛かる。 狂戦士化が解けると、次はその巨人が死体の仲間入りだ。 さらに加えて、ボクがまた上空から﹃死滅の魔眼﹄を振り撒いて いく。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV3からL V4になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔導﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ ︽特定行動により、称号﹃極悪﹄を獲得しました︾ ︽﹃悪逆﹄は﹃極悪﹄へと書き換えられます︾ ︽称号﹃極悪﹄により、﹃獄門﹄スキルが覚醒しました︾ げっ。 思わず、そんな声が漏れちゃったよ。 ﹃悪逆﹄を越えて﹃極悪﹄って⋮⋮。 うん。まあ、ゾンビを量産したからね。 地獄絵図を作り出したし。 そこだけ見ると、確かに極悪って言われるのも納得できる。 だけどボクは最適な攻撃手段を選んだだけだよ。 巨人って、下手に追い詰めると暴れて危ないからね。 即死させるのが一番。 だからこれは必要な処置だったんだよ。 必要最低限度の武力行使ってやつだね。 だからこの称号には、断固として抗議させてもらうよ。 463 あ、でも貰えたスキルはこのままで。 なんだか強力そうだし。 あとでウサギでも見つけて試してみよう。 いや、その前に試し撃ちできる相手がいるかもね。 巨人の方はあらかた片付いてきた。 真っ赤な光を放ちながら暴れてる巨人がまだ数体いるけど、どれ も黒い塊に襲われて絡みつかれてる。 亡者に群がられるバーサーカーの絵図だね。 うん。やっぱり酷い。 子供には見せちゃいけない光景だ。 この場に幼ラウネとかがいなくてよかったよ。 死滅 の毒は勝手に消えるからね。 あとは放っておいても片付くでしょ。 十分も経てば、 対岸の拠点まで汚染が広がる心配もない。 だから、残ったラミアたちの対処に向かおう。 巨人の肩に乗ってたラミアクイーン?は、仲間に連れられて後退 したはず。 数十体のラミアがいたのも確認してある。 で、そのラミアの群れも捉えてるよ。 森の奥へいそいそと撤退しようとしてる。 残念だけど逃がすワケにはいかないね。 また新たな手下を連れて襲撃に来られても困るし。 追撃戦といこう。 464 15 死滅の魔眼︵後書き︶ 今夜はここまで。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:4 名前:κτμ 戦闘力:7720 社会生活力:−3150 カルマ:−7040 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃悪食﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐 465 性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄ カスタマイズポイント:340 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 466 16 ラミアクイーン︵前書き︶ 前回の分を、少し加筆&修正しました。 467 16 ラミアクイーン 空を飛べるって、本当に便利だね。 上空から標的を探せるし、追いつくのも簡単。 一方的に攻撃もできる。 巨人の群れに対する攻撃も、﹃空中機動﹄があったから踏み切っ たんだよね。 いざとなったら逃げられると思ったし。 投石とかはちょっと怖かったけど、避けられる自信もあった。 対空攻撃って、口で言うほど簡単じゃないでしょ。 真っ直ぐ攻撃できる魔眼みたいなものがあれば別だけど。 ともあれ、巨人どもを片付けた後、ラミアたちに追いつくのも簡 単だった。 木々の合間を進むラミアへ向けて、念の為に﹃鑑定﹄を飛ばす。 すぐに逃げ出したことからして、戦闘力は高くないと思えた。 移動速度もそんなに速くなかったからね。 ﹃鑑定知識﹄によると、ほとんど数百の個体ばかりだ。 ラミアクイーン?で一千ちょいだね。 そのクイーンにしても、死毒が抜け切っていないのかふらふらし てる。 仲間に肩を貸してもらってる状態だね。 生きているだけでも凄いと思うけど。 やっぱり蛇だから生命力が高いのかな? でも、トドメを刺すのは簡単そうだ。 468 まだ魔力には余裕があるし、上空から魔眼の雨を降らせてやれば いい。 魔獣は消毒だーって感じで。 あ、いや、それだとボクが悪役っぽいね。 違うよ。ボクは悪い毛玉じゃないよ。 攻撃されたから身を守っただけ。 それでも今回、ボクはまったくの無傷なんだよね。 珍しいくらいの完勝。 巨人のバーサークモードが悪い方向に働いた結果だけど︱︱︱。 ああいう危ない魔獣は殲滅しちゃっていいと思う。 自然愛護とか語る余裕はないよ。 だって巨人とか、近くにいるだけで脅威だもん。 腕の一振りで、ボクなんか蜜柑みたいに潰されるよ。 なにより突発的に暴れ出しそうなのが怖い。 それでも今回は、怪我すら負わずに済んだ。 よく考えたら、ラミアだけなら脅威にはならないかな? ラミアの方もすぐに逃げて、反撃してくる様子すらなかったし。 だったら、無理に戦わなくても構わない気持ちになってくる。 凄惨な場面も見飽きたし。 あれ? むしろ、ラミアには感謝してもいいんじゃない? 危ない人間を片付けてくれたんだから。 ボクだったら、﹃懲罰﹄の関係で上手く撃退できたか分からない し。 相性の問題だね。 だからって、巨人が近くに住むのも嫌なんだけど。 積極的に襲いたかった訳じゃない。 469 理屈が通じる相手なら、平穏な関係が築ければ充分だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ ん∼⋮⋮あれこれ考えても仕方ないか。面倒にもなってきた。 女の人?を痛めつける趣味もない。 ってことで、﹃衝破の魔眼﹄発動。 吹き飛ばす。 ラミアたちの前方、森の一角の進路を塞ぐ形で。 木々が砕けて倒れたところで、ボクはゆっくりと降りる。 慎重に。いつでも反撃できるようにね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃威圧﹄スキルが上昇しました︾ お? このスキルが上がるのは始めてかな? ﹃威圧﹄するように意識してたのが良かったみたいだ。 実際、ラミアたちは悲鳴を上げて怯えた顔をしてる。 ひとまずは、作戦通りかな。 名付けて、作戦名LOⅡ。 ラミアを、脅して、二度と手出ししてこないようにしちゃおう作 戦。 あ、ラミアってRから始まるんだっけ? どっちでもいいか。 ともかくも威圧効果は充分みたいだ。 もうラミアからは戦意は窺え、ない? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魅了耐性﹄スキルが大幅に上 昇しました︾ 470 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神無効﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃支配無効﹄スキルが上昇しま した︾ クイーンがボクを見つめてきた。 いや、睨んできた。おまけに眼が光ってる。 もしかして、魔眼? システムメッセージからすると、魅了の魔眼でも使ったのかな。 へえ。魔眼って、ああいう風に見えるんだ。 まあボクには何の影響も無いけどね。 でも攻撃されちゃった。 反撃するしかないね。 ﹃八万針﹄発射。 選んだのは、相手に苦痛を与える﹃苦悶針﹄だ。 軽く数本を打ち込んだだけなのに、クイーンは派手な悲鳴を上げ た。 悶絶して、全身をくねらせて、地面にのたうつ。 うわぁ。想像以上に効いてる。 そういえば死毒でも苦しめられたばかりだっけ。 このまま死なれても後味が悪いね。 ﹃大治の魔眼﹄で回復させておこう、と︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ラミアの一体が魔法の矢を撃ってきた。 続けて、他のラミアたちも我に返ったように攻撃してくる。 全員が魔術を扱えるみたいだね。 471 光や炎、氷や雷の矢もある。多才だ。 だけど威力が低いものばかりだ。そこらへんは﹃魔力感知﹄で察 せられる。 まとめて受けても、いまのボクの﹃加護﹄を貫けはしない。 元々、ボク自身の魔法抵抗力も高いみたいだし。 落ち着いて反撃できるね。 適当に毛針を撒き散らそうと思ったけど、そこに割って入る声が あった。 ﹁︱︱︱ΚΔγы、Υουει!﹂ クイーンだ。 口から血を吐きながらも、大声を上げてラミアたちに何やら命令 する。 攻撃をやめろ、ってところかな。 すぐにラミアたちが大人しくなった。 よかった。やっぱり理屈が通じそうな相手だ。 巨人よりもよっぽど安心できる。 これならもう立ち去っても大丈夫じゃないかな。 充分に脅かしたし、もう湖には近づいてこないでしょ。 とか考えてたら︱︱︱クイーンが静かに前に出て、いきなり土下 座した。 またか! っていうか、やっぱり土下座って知れ渡ってるんだね。 違う種類の魔獣なのに、どうやって伝わったんだろ。 それにしても、アルラウネの時も思ったけど、土下座っていうか 土下寝だね。 下半身が植物とか蛇だから、なかなかシュールな光景になってる。 力尽きて倒れた、って言われても信じられそうだ。 472 で、そうやって頭を下げたまま、クイーンは何やら言葉を連ねた。 必死な様子は伝わってくる。 だって血を吐いてるし。 配下のラミアが治療術を掛け始めたけど、それも制止して押し返 した。 そうしてまた頭を下げて語り始める。 懸命に。やっぱり血を吐きながら。 うん。何言ってるか分からない。 それよりも死ぬ前に回復した方がいいでしょ。 ﹃大治の魔眼﹄、発動。 驚いた顔をするクイーンへ治療を続けながら、ボクは空中に魔力 を浮かべた。 魔術式を組むみたいに。 それで絵を描いて説明する。湖には近づかないように、と。 正しく伝わったかどうかは分からない。 だけど、たっぷり脅したし。 クイーンはまだ血を吐いてるし。 なんだろう、この人?、必死すぎる。 吐血キャラって実際に会うと、どう対処していいのか分からなく なるね。 よし。バナナをあげよう。 黒毛の間に隠し持ってきたんだよね。 お見舞いと言ったら果物が定番でしょ。 クイーンはぽかんとしてたけど、お見舞い完了ってことでいいよ ね。 それじゃあ、さっさと帰らせてもらうよ。 473 ボクは適当に説明を切り上げて、空へと舞い上がった。 念の為に周囲を確認してから拠点へと戻る。 人間たちの陣地は壊滅。 巨人の群れも全滅。 ラミアももう来ないだろうし、これでまた湖畔が平和になった。 結果として万々歳だね。 明日からは落ち着いて過ごせそうだ。 474 17 モンスター娘のいる魔境 人間と巨人、そしてラミアとの争乱があって三日が過ぎた。 平穏な日々が訪れたはずだった。 なのに、どうしてこうなった? ボクの目の前では、百名以上のラミアが頭を垂れている。 クイーンを先頭にして、一族揃って忠誠を誓います、みたいな雰 囲気だ。 その頭を下げている相手は、ふわふわ浮いてる黒毛玉なんですが。 いいの? ラミアってなんだかプライド高そうなんだけど? まあ、痛い目に遭わせた自覚はあるけどね。 だけどそこは、怯えて近づかなくなる展開じゃないの? ほんと、どうしてこうなったかなあ? もしかしたら魔獣の習性とか掟とかあるのかね。 敗北したら土下座しなきゃいけない、とか。 毛玉を見たら一族全員で挨拶しなきゃいけない、とか。 そこはもう良しとしよう。 だけど、差し出してきたコレは何? 白くて楕円形をしてる。ボクより少し大きいくらい。 どう見ても卵です。 これを、どうせいと? おまけに、その差し出された台座には、幼女ラミアまで三名ほど 乗せられてるんですが。 えっと、たぶん献上品ってやつだよね。 卵と幼女を好きにして構わない、と。 475 うん。要らないね。 っていうか、渡されても困るよ。 幼ラミアは怯えた顔してるし。目に涙まで浮かべてるし。 いいから母親の所に戻りなさい。 怒らないから。ほら、早く。 卵の方も返すよ。 どうせこれ食用じゃないでしょ。 ラミアが生まれてくるから、それを自由にしていいって意図だよ ね。 だから困るって。 人間の赤ん坊でも手に余るのに、ラミアの育て方なんて知らない よ。 まあ差し出された物を突き返すのは、礼儀として問題あるのかも 知れない。 クイーンが愕然としてる。 元から白い顔だけど、さらに蒼白になってる。 死毒からは回復したみたいだけど、また血を吐いて倒れそうな顔 色だね。 はあ。気に病まれても困る。 とりあえず、こっちに敵意はないってことだけど伝えておこう。 例によって身振り毛振り&絵を描いて。 今回は、丁寧にね。 どうも意思疎通が上手くいってないみたいだし。 あと重要なのは、今後のことだ。 一度あることは二度あるって言うし。 まさかとは思うけど。 もしかして、ここにラミアたちも居着くとかなったら問題だ。 476 スペース的な余裕はあるけどね。 湖畔はかなり広いし、城壁内も手付かずの場所が多い。 そもそも城壁自体が完成してないからね。 ただ、アルラウネがどう思うのか? とりあえず近くにいる母子ラウネの様子を見てみる。 母ラウネは何故だか嬉しそうだ。柔らかな笑顔をボクに向けてく る。 幼ラウネも目を輝かせてるね。これはもしや、尊敬の眼差し? あれ? いいの? けっこう大変な事態だと思ったのに、すんなり受け入れられてる? 他のアルラウネたちは⋮⋮ああ、いつも通りだ。 ぼんやりしてる。 クイーンアルラウネまで花畑の真ん中で居眠りしてるし。 そういえば今日は陽射しも温かくて、お昼寝日和だったね。 まあ、喧嘩しなければいいか。 その点だけ、また絵に描いて伝えておこう。 ◇ ◇ ◇ 城壁の上をラミアが二人一組で巡回している。 簡素な作りの黒槍を持って。まるで兵士みたいに。 ラミアたちが引っ越してきてから数日、もう見慣れた風景になっ ていた。 アルラウネとラミアは、衝突もなく隣り合って暮らしている。 477 基本的に、栽培が得意なアルラウネは内政系だ。 対してラミアは、戦闘系の役割をこなしている。 ラミアの方は性格も幾分か攻撃的みたいだけど、それ以上にアル ラウネの性格が大らかなので上手く噛み合っているみたいだ。 クイーン同士もなにやら話し合って、最後には握手を交わしてい た。 生態としての住み分けも上手くできてるっぽい。 どうやらラミアは、地下や洞窟に住む種族らしいよ。 拠点内に地下洞窟の入り口を作って、そこを掘り進めて住居にし てる。 昼間は外に出てくるけどね。 例の卵も、洞窟の一番奥に置かれた。 卵からは予想通りにラミアの子供が生まれて、つい昨日、クイー ンが嬉しそうに抱えて見せにきた。 はいはいよかったねー、と雰囲気で伝えておいたよ。 一応祝福っぽく﹃大治の魔眼﹄も使っておいたから分かってくれ たと思う。 クイーンラミアは幸せそうに目を細めて、涙まで滲ませていた。 まるで存亡の危機に瀕した種族が救われたみたいに。 もしかしたら、実際にそうなのかも知れないね。 しばらく一緒に暮らしてみて分かったけど、アルラウネもラミア も、特性として持つ魅了攻撃は強力だ。 だけど、持続力に欠ける。 処理 しないと反撃を喰らう イモムシやグドラマゴラは、魅了を切っ掛けに飼い慣らしただけ。 魅了した相手は、基本的に手早く みたいだ。 つまり、普段なら、強い魔獣を操って戦力にするなんて行為はし 478 ない。 魅了効果が切れて、自分たちが攻撃される危険性が高いから。 ラミアクイーンの魔眼は幾分か強力みたいだけど、それでも博打 性があるのは同じだ。 なのにラミアたちは、巨人を操って人間の陣地を襲った。 そうしなきゃいけないほど追い詰められていたんじゃないかな? 何を相手に追い詰められたのかは知らないけど。 あるいは、人間が相手だったのかもね。 人間は魔獣を狩る。 この世界の常識なんて知らないけど、それが当然なんでしょ。 とりわけラミアなんて、変態趣味の人間に好まれそうだ。 美人さんだしねえ。 あと、蛇は長寿の元とか、そういう信仰もありそうだし。 言葉が通じないから、まったく見当違いな推測の可能性もあるけ どね。 ともあれ、いまはアルラウネもラミアも平穏に暮らしてる。 拠点も徐々に騒がしくなってきたね。 そして、形も整ってきた。 四方を囲む城壁が完成したよ。 一辺は五百メートルほど。高さは十メートルまで積み上げた。 これで巨人にも対抗できるね。 デザイン的には本当に簡素な壁で、階段を幾つか付いてるくらい だ。 見張り塔は別に設置してある。 城門はアーチ型の大きなものと、普段から使える小さなものを設 置。 479 最初は冗談半分で始めたんだけどねえ。 実際に作り始めると、あれこれと手を加えたくなっちゃう。 意外と、ボクって職人気質だったのかもね。 ちなみに、ラミアが持ってる揃いの黒槍もボクの手作りだ。 いや毛作り? 魔法作り? まあなんでもいいや。 壁作りをしている内に、硬い物の製作は慣れてきたからね。 ちょうど兵士たちが残していった武器や鎧があって、材料には事 欠かない。 けっこう良い武器が出来たと胸を張れるよ。 何処が胸だか分からないけど。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃錬金術﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃無属性魔術﹄スキルが上昇し ました︾ いまも武器は色々と試作してる。 イメージとしては、やっぱりカーボンナノチューブ構造。 ダイヤモンドとかも綺麗な構造してるけど、紐状の方がボクには 馴染みがある。 まあ好みの問題だね。 ともかくも軽くて頑丈なのを目指してみた。 武器として有用なのか不明だし、実際にそんな構造になってるか も分からないけどね。 ただ、偶に面白いスキルが上がってる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃法則改変﹄スキルが上昇しま した︾ 480 いったいボクは何をやってるんだろうね? ちょっと土を固めたり、鉄を変形させたりしてるだけのつもりな のに。 もしかしたら、魔法効果で凄いことが起こっているのかも。 だけどまあ、それで身を守れるなら構わないでしょ。 いまのところ作った武具で使えるのは、槍や盾、部分甲冑くらい だね。 簡単な造りの物ばかりだ。 ただし、剣は難しい。 どうにも刃部分が脆くなっちゃう。 斬れ味が悪くなるんだよね。 だけど槍は、刺突専用と考えれば良い出来かな。 鉄の鎧も貫ける。 アルラウネもラミアも意外と腕力はあるから、幾分か重めに、鈍 器としても使えるようにしておいた。 投擲用の短槍も百本単位で作ってある。 短槍の材料は全部が土で。量産の練習だね。 こういう試行錯誤も楽しい。 もういっそ、森の武具職人になっちゃおうかな。 古城に住む伝説の技を受け継いだ職人、みたいな設定で。 まあ城は新築だし、そもそもボクは毛玉なんだけど。 でも人間と接触するアイデアも浮かんだよ。 まだ実行は難しいし、今よりもボクが成長すると、さらに難しく なるけど。 いつか披露する機会があるかも知れない。 そのためにも、もっと職人としての腕を磨かないといけないね。 よし。新作完成。 481 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃建築﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃細工﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。称号﹃職人見習い﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃職人見習い﹄により、関連スキルが解放されました︾ 作ったのは、ブランコだ。 子供が増えてきたからね。遊具にも挑戦してみようかな、と。 思い切って、五連ブランコを作ってみたよ。 安全性? そんなの知らないし。 多少の怪我くらい、アルラウネやラミアなら大丈夫でしょ。 とりあえず近くにいた幼ラウネへ手招き、いや毛招きする。 乗せる。揺らしてやる。 最初は首を捻っていた幼ラウネだけど、すぐに漕ぎ方を覚えた。 植物の足を器用に動かす。 楽しそうに笑顔を輝かせる。 すぐに他の子供たちも集まってきて、順番待ちの行列ができた。 っていうか、子供だけじゃなく大人も並んでるんですが。 クイーンさん、なに年甲斐もなくはしゃいじゃってるの? あ、跳んだ。空中で回転と捻りまで加えて着地する。 子供たちが手を叩いて歓声を上げた。 なんか違う遊び方が流行りそうだけど、楽しんでくれたなら良い か。 さて、それじゃあボクはまた別の作業に取り掛かろう。 次は城壁に取り付ける武器でも作ろうかな。 バリスタは難しいかも。 投石器とか? 482 だったら実験的にシーソーを作ってもいいかもね。 また子供たちが喜んでくれるかも、なんて︱︱︱。 この時のボクはすっかり忘れていた。 巨人と戦った際に、ひとつの脅威を見逃していたことを。 483 17 モンスター娘のいる魔境︵後書き︶ 今夜はここまで。 484 18 夜襲 夜、ボクは闇と風の二重結界を張って眠りにつく。 近づく者がいれば察知できる結界だ。 城壁の外まで範囲を伸ばしたいけど、まだそこまでは届かない。 なので、ボクの屋敷の周囲だけ。 ちなみに屋敷の内装は、まだまだ人に見せられるものじゃない。 簡単に廊下と部屋を分けただけだからね。 装飾品のひとつもない。 入ってすぐに屋敷っぽくホールを作ってみたけど、絨毯くらい敷 かないと雰囲気がよろしくないね。 シャンデリアとかも用意したい。 だけどガラスの作り方なんて知らないからねえ。 あ、でもお風呂はしっかりと作ったよ。 水を出すのも沸かすのも、魔法頼みだけどね。 炎熱系魔術が得意なラミアがいたんで、術式を参考にさせてもら った。 ﹃万能魔導﹄になって、ボクも炎熱系の魔術がそこそこ使えるよ うになったからね。 お風呂を沸かすくらいなら問題ない。 温かな湯船に浸かって、一日の疲れを落とす。 柔らかな布団に転がって、睡魔に引かれるまま目を閉じる。 安心して眠れるって幸せだよね。 この日も、そんな平穏な夜だったのに︱︱︱。 485 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自動感知﹄スキルが上昇しま した︾ 荒々しい気配を察知して、ボクは目を覚ました。 すぐに大きな音も響いてくる。 屋敷の玄関が乱暴に開け放たれたみたいだった。 そして怒鳴るような声も聞こえた。 アルラウネやラミアの声じゃないのはすぐに分かった。 だって、男の声だったから。 それも複数だ。屋敷の奥へ向かってくる足音も続く。 乱入者? 賊? これはつまり、城壁を越えてきた? カチャカチャと、剣や鎧が擦れるような音もする。 声からしても、相手は人間みたいで︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ ボクが最初に考えたのは、地下の脱出路へ飛び込むことだ。 すでに完成している。 床板に上手く隠す形になっているので、まず見つからない。 ボクだけなら安全に脱出できる。 だけど、ここはボクのお城だ。 相手は招かれざる客︱︱︱なら、逃げるのは向こうじゃあないか な? 扉の向こうにある気配を探る。 二人か三人? なんとなくだけど、さほど脅威には感じない。 486 よし。扉を開ける。 毛玉、出撃。 ちょうど廊下の角を曲がってきた三人と目が合った。 二人は革鎧を着て、剣を握っている。もう一人はローブ姿で杖持 ちだ。 冒険者風だね。 戦士が二人と、魔術師ってところだ。 ボクの姿を見て、三人は揃って慌てた声を上げる。 闇結界の中なのに見えてるのは、空中に光が浮かんでいるおかげ かな。 松明の灯りくらいなら闇結界は打ち消すから、魔法の明かりなん だろうね。 ともあれ、その三人はこっちに向かってきた。 はっきりと殺意を放ちながら。 戦士二人が剣を振り上げる。 でも遅い。 以前にボクの眼を潰してくれた戦士にくらべれば、赤ん坊の歩み 程度だ。 正当防衛だと判断してから、余裕を持って反撃できた。 ﹃八万針﹄発射。 徹甲針と死毒針、ついでに爆裂針もまとめてばら撒く。 狭い廊下とか関係なく、三人は回避する動作も見せないまま毛針 に貫かれた。 死体になって転がる。 ︽特定行動により、称号﹃人殺し﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃人殺し﹄により、各種能力値ボーナスを得ました︾ 487 あっさりだったね。 そういえば直接に人を殺したのは初めて⋮⋮じゃない、か。 前回の人攫いも、一応は人間だったね。忘れかけてたよ。 まあ、別にどうでもいいか。 罪を犯したワケでもないし。 それよりも、これで終わりじゃないのは分かってる。 屋敷の外からも不穏な音が流れてきてるよ。 剣や槍を打ち鳴らす音。それに怒号や、悲鳴。 戦いの気配だ。 ボクはすぐさま屋敷の外へ飛び出す。 毛針を撃ち放ちつつ、上空へと浮かび上がる。 冒険者数名の断末摩の叫びを聞きながら、周囲を見渡した。 屋敷の前には、アルラウネとラミアの死体があった。 三名分。 一名は背中から斬られて、残りの二名は炎で全身を焼かれていた。 犯人が誰かなんて考えるまでもない。 周囲で暴れている冒険者どもだ。 皆殺しにしよう。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃威圧﹄スキルが上昇しました︾ 拠点内部には、すでに数十名の冒険者が入り込んで暴れていた。 城門が開け放たれてる。 夜闇に紛れて城壁を乗り越えて、内側から開けたのかな。 壁は高くても、見張りの人数は少なかったからね。仕方ないか。 次からは何か対策を考えよう。 488 いまは暴れてる冒険者を片付けるのが先だ。 アルラウネやラミアも応戦してる。 だけど魅了対策をしてるのか、冒険者の方が優勢だね。 とりわけアルラウネは夜に弱いみたいだし、まともに戦えていな い。 ラミアは頑張って槍を振るったりしてるけど、冒険者の方が戦い 慣れてる感じだ。 上空から見て、大まかな状況は把握できた。 ボクはひとつ息を吐く。 そして、次々と魔眼を撃ち放った。 拠点内部なので﹃死滅﹄や﹃災禍﹄の魔眼は使えない。 アルラウネやラミアを傷つけるつもりはないからね。 だけど充分だよ。 ﹃凍結の魔眼﹄で、次々と冒険者どもを凍らせていく。 複眼も使って全方位にばら撒くので、幾分か威力は落ちる。 それでも元の威力が強いからね。 ﹃魔眼覇王﹄になって、底上げされたみたいだ。 全身を凍りつかせるのは無理でも、足下を凍らせるとかでも事足 りる。 動きが止まった冒険者には、ラミアたちがトドメを刺してくれる からね。 装備に関しては、ボクたちの方が上質だ。 特製の鎖帷子や盾は、下手な剣撃なら弾き返せる。 槍の方も、金属甲冑くらいなら貫けるからね。 それでも冒険者の方が戦闘技能で上回ってるみたいで、アルラウ ネもラミアも身を守るので精一杯みたいだ。 なるべく早く片付けたい。 489 中には、ボクの魔眼を完全に防ぐ相手もいた。 だけどほんの数人だ。 そういう奴には、﹃衝破の魔眼﹄を叩き込む。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV4からL V5になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝破の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ 単純な衝撃じゃない。 推測になるけど、視点の先に超振動を発生させる魔眼だ。 魔術効果に抵抗できなければ、文字通りに分解されて弾け散る。 たとえ人間の体でも関係なく。 我ながら、恐ろしい魔眼を手に入れてしまったものだね。 ほとんど地面と同化した冒険者の死体を見下ろして、次の敵を探 す。 同時に﹃大治の魔眼﹄を発動させて、アルラウネやラミアたちの 治療も行っていく。 なにやら声を上げて、ボクに語り掛けてくるラミアがいた。 言葉は分からない。でも拠点の奥を指差していた。 そちらへ目を向けた直後、悲鳴が聞こえてきた。 ラミアたちが住居にしてる洞窟のある辺りだ。 ボクはそちらへと飛ぶ。 490 何が起こっているのかは、すぐに分かった。 十数名の冒険者が、洞窟から出てくるところだった。 その手にはラミアの卵を抱えている。 幼いアルラウネを縛って抱えた奴もいた。 連れ去るつもりだ。 やらせない︱︱︱そう思って、攻撃しようとした、けれど、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ 一人の冒険者と目が合った。 全身の毛が自然と逆立つ。 強い︱︱︱相手も同じことを思ったみたいで、纏う気配が変わっ た。 まだ若い男の冒険者だね。二十歳にも届いてないように見える。 黒髪で、顔立ちは少し鋭い感じだ。 片刃の剣を二本、其々の手に構えている。二刀流だ。 そいつは他の冒険者へ向けて、なにやら大声で告げた。 先に行け、とかそんな感じだね。 ボクは逃げようとする連中へ毛針を飛ばす。 だけど二刀剣士が割って入った。 毛針は斬り落とされ、あるいは障壁で防がれる。 やっぱり手強い相手だ。 残念だけど、他の連中に構ってる余裕はなさそうだね。 厳しい戦いになりそうだったし、それに︱︱︱、 ﹁Σξッ、πmκバックベア○ドο゛φτÅ⋮⋮﹂ 491 その呟きは聞き逃せなかった。 492 18 夜襲︵後書き︶ 今夜はここまで。 493 19 転生者 ラミアの卵を抱えた冒険者たちが、城門の方へと走っていく。 溜めて いく。 それを確認しながらも、ボクは動けなかった。 空中に浮かんだまま、じんわりと 地上にいる二刀剣士も、僅かに腰を落として飛び掛かる瞬間を窺 っていた。 だけど戦う必要はない。 作戦名F−ZEROが成功すればね。 ボクは素早く魔力を動かして、空中に文字を描き出した。 ﹃転生者?﹄ もちろん、相手から読めるようにね。 二刀剣士は目を見開く。 そう なのか?﹂ 明らかに文字を読めて、その問い掛けの意味も理解した表情だっ た。 ﹁まさか⋮⋮おまえも、 久しぶりに日本語を聞いた。 懐かしさを覚えたけど、ボクはまだ油断しない。 ﹃八ガ浜中学。知ってる?﹄ ﹁やっぱり! おまえも三年二組だったのか? あのタンクローリ ーが突っ込んできて、それで転生したんだろ?﹂ 494 どうやらクラスメイトだったらしい。 そうなると、他にも転生してきた人がいるのかもね。 まあ、いまは考えてる余裕はないか。 ﹁でもまさか、魔獣に転生してる奴がいるなんてな。笑える。あ、 俺の元の名前は田中原宗司な。そっちは?﹂ ふぅん。田中原くんか。 あんまり覚えてないね。何かの運動部だった気はするけど。 ともかくも先に教えてくれたのは助かった。これで間違えずに済 む。 ボクも名乗っておこう。 ﹃目黒文人﹄ 嘘だけどね。 クラス委員の目黒くんは、誰とでも仲が良かった。 だから今だけ名前を使わせてもらうよ。 ﹁うわ、文人くんかよ。全然面影ないじゃん﹂ 効果はあったみたいだ。 二刀剣士は笑いながら腕を下ろす。 肩の力も抜いて、戦いの構えを解いた。 ﹁だけど、こんなところで何してたんだ? 城壁とか凄かったけど ︱︱︱﹂ ﹃万魔撃﹄、発動! 油断した二刀剣士へ向けて、目からビームを撃ち下ろした。 495 これぞ、フレンドリーに戦意ゼロと見せ掛けて一撃必殺を狙っち ゃおう作戦。 成功すれば、戦うまでもなく決着がついた。 でも残念ながら、二刀剣士の反応はボクの予想を上回った。 咄嗟に空中へ跳んだ二刀剣士は、そのままボクへ迫ろうとする。 以前にも見た多段ジャンプだ。 この世界の戦士には基本技なのかね。厄介だよ。 ﹁テメエ、何しやがる!?﹂ それはこっちの台詞だよ。 なに? 他人の家を襲って、仲良くできるとでも思ってたの? 幼女拉致までやらかしてるのに。 おめでたい思考だね。 だけどすぐに戦いへ切り替えてくるのはさすがかな。 空中を、まるで地面の上と変わらないみたいに二刀剣士は駆ける。 ﹃八万針﹄で迎撃。 避けられる。斬り落とされる。防がれる。 さらに反撃もしてきた。 剣を振るいながら、複雑な魔術式を組み上げようとする。 魔力の流れからして強力そうな術式だ。 でも遅い。 ﹃雷撃の魔眼﹄を放つ。 これには驚いてくれたみたいだ。 術式を諦めて、多重障壁で雷撃を防いでみせた。 ボクも驚きだよ。 タイミングとしては、確実に魔眼の一撃が入ると思ったのに。 496 やっぱり手強い。 以前に戦った、四人組の冒険者より実力はずっと上みたいだ。 伊達に転生者じゃないってことか。 きっと子供の頃から鍛えてたんだろうね。 ﹁ったく⋮⋮昔みたいに仲良くしてもよかったのによぉ﹂ 一旦地上に戻ると、二刀剣士は忌々しげに舌打ちした。 片方の剣を鞘に収めて、腰のポーチへ手を伸ばす。 ﹁目黒くんさぁ、本気で俺と戦うつもり? 今は魔獣みたいだけど、 俺と一緒に来れば街でも暮らせるぜ?﹂ 構わずに毛針乱射。 相手の逃げ道を塞ぐように、﹃徹甲針﹄を面にばら撒く。 動きが止まったところで、﹃死滅の魔眼﹄を叩き込んでやるつも りだった。 いまは死毒の被害を考えてる場合じゃない。 倒した後で﹃万魔撃﹄で消毒すれば最低限の被害で済むはず。 そう考えた。 でも、一瞬遅かった。 二刀剣士は毛針を防ぎながら、ポーチから取り出した何かを投げ た。 宝石みたいなそれは空中で輝いて︱︱︱、 直後、ボクの全身に激痛が走った。 マズイ。これは、意識まで消されそうになる。 体の内側から光に焼かれるみたいな痛みだ。 痺れも混じる。魔力も掻き乱される。 497 堪えきれず、ボクは地面に落下した。 乾いた音に鈍痛が続いて、毛玉らしくゴロリと転がってしまう。 ﹁ははっ、やっぱ効果抜群だな。どうよ? ランク5の﹃懲罰﹄石 だぜ。教会にクソ高い金取られるけど、ほとんどの魔獣はこれで一 撃だ﹂ 動けないボクへ、二刀剣士が余裕たっぷりといった感じで歩み寄 ってくる。 そうして蹴りつけた。 サッカーボールみたいにボクの体は跳ねて、また草むらに転がさ れる。 ぐぅ。本気でピンチだ。正しく絶体絶命の危機。 毛の一本も動かせない。 睨んでやったところで魔眼も発動しない。 いまも蹴りじゃなくて、剣を振り下ろされたら終わりだった。 ﹃懲罰﹄で封殺される危険性は分かってたのに。 だけど対策を打つ時間が足りなかった。 ﹁これで分かっただろ、目黒くん? 魔獣じゃ人間には勝てねえよ﹂ 二刀剣士は、再びボクへ歩み寄ってきた。 余裕たっぷりに頬を吊り上げて、剣を突きつけてくる。 ﹁ラミアとか守ってるつもりだったの? 無理だって。この世界じ ゃ人権とか、動物愛護とか、そんな考えは無いんだぜ。それよりも 俺と︱︱︱﹂ 498 言葉は、投げつけられた小石で遮られた。 小石はあっさりと避けられたけど、二刀剣士は面倒くさそうに首 を回す。 その先では、幼ラウネが涙を流しながら石を掴んでいた。 ﹁Λπeτnκ、Ζ〟οεσ!﹂ また石を投げる。やっぱり当たりもしない。 だけど隣にいた母ラウネが魔術を放った。 二刀剣士の足下に大きな穴が開いて、体勢を崩す。 ﹁うぜえんだよ!﹂ 空中を蹴った二刀剣士は、すぐさま魔術で反撃する。 光の矢が数本、母子ラウネに突き刺さった。 悲痛な声を上げて、二名は互いを守るようにしながら倒れる。 ﹁はっ、安心しろよ。なるべく殺さないでいてやるから。ラミアも アルラウネも高値で売れるからな。俺もまだ楽しんでない⋮⋮ッ!﹂ いやらしい笑みが歪んで、体ごと吹っ飛ぶ。 ﹃衝破の魔眼﹄を叩き込んでやった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自動回復﹄スキルが上昇しま した︾ 母子ラウネのおかげだ。 ほんの少しだけど時間を稼いでくれたから、﹃懲罰﹄から回復で きた。 499 二刀剣士にとっては意外だったみたいだけどね。 ﹁な、なんでこんなに早く⋮⋮!?﹂ 充分長かったよ。 本当はもっと効果時間は長かったのかも知れないけど、耐性スキ ルが働いてくれたんだろうね。 ともあれボクは再び浮かび上がって、毛針を撃ちまくる。 ﹃衝破の魔眼﹄も少しは効いたみたいだ。 二刀剣士の鎧にヒビが入ってる。 鎧から、小さな宝石みたいのも割れて零れ落ちた。 どうやら自分自身の能力だけでなく、鎧にも障壁を発生させる魔 術装置が備えられているみたいだ。 これまでの戦闘でも、鎧から魔術式が浮かび上がっていた。 その装置が壊れた? つまりはチャンス? いや、まだ一部が壊れただけか。 ﹁くそっ、コイツも高かったのに! もう容赦しねえぞ!﹂ 全身に淡い光を纏って、二刀剣士が地面を蹴った。 さっきよりも一段と速度を増して、空中のボクへと迫ってくる。 魔術? 戦士系の技? それともアイテム効果? まあなんだっていいや。 容赦しないのはこっちも同じだ。むしろ、最初からしてないし。 ﹃八万針﹄をばら撒く。﹃破戒撃﹄や﹃強力撃﹄も乗せていく。 同時に、眼に魔力を流す。 もう手段も選ばないって決めたんだ。 500 消毒覚悟で封印解除。 ﹃死滅の魔眼﹄、発動! ﹁な、ッ⋮⋮おおぉああああぁぁぁっ!!﹂ 黒と青の魔力光が空中で激突する。 死 を叩きつけた。 ボクの方は単眼も複眼も総動員で、魔力も惜しみなく注ぐ。 一点に向けて 効果なら必殺だけど、残念ながら届いたのは 死毒 効 対する二刀剣士も、これまで以上に何重にも障壁を発生させた。 鎧に仕込まれた宝石も一際強い光を放つ。 ほぼ互角︱︱︱でも、僅かにボクが打ち勝った。 魔眼覇王は伊達じゃない! 死滅 二刀剣士の頭部に黒靄が絡みつく。 果までだ。 それでも二刀剣士は血を吐いて地面に落ちた。 ダメージは大きいはず。 追撃、と思ったところでボクは気づく。 二刀剣士が血走った目を横へ向けた。 その視線の先には、倒れた母子ラウネがいる。 人質ならぬ魔獣質に取る気だ。 マズイ、とボクは毛針を撃ちながら斜めに降下する。 だけど相手の方が近い。 何本かの毛針が刺さっても、二刀剣士は構わずに直進して︱︱︱、 ﹁ガッ、ぁァ︱︱︱!!?﹂ いきなり膝を折って転がった。 501 え? あれ? 予想以上に毛針が効いてる? 死毒の苦しみ方とも少し違うみたいだ。 ビクビクと全身を痙攣させてる。まるで麻痺してるみたいに。 これって⋮⋮まるで、﹃懲罰﹄を受けたボクみたいじゃない? 502 19 転生者︵後書き︶ 今夜はここまで。 503 20 獲物を前に舌なめずりは 毛針を一本立てます。飛ばします。 この際、攻撃に﹃獄門﹄の乗せるのがポイントです。 相手に刺さります。 ﹁んほおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!?﹂ 聞いてるこっちが恥ずかしくなるような喘ぎ声を上げて、元田中 原くんが全身を仰け反らせる。 地面の上でビクンビクンする様子は、まるで陸に打ち上げられた 魚だ。 口から泡を吹いてる。視線も定まらない。 ﹃苦悶針﹄も使ったから効果覿面だね。 やっぱりこの﹃獄門﹄、﹃懲罰﹄と対になるスキルらしい。 カルマがプラスの相手に効果があるのかな? そういえば称号﹃極悪﹄と一緒に手に入れたんだっけ。 またシステムからの評価が下がりそうだ。 でも使う。 この様子からすると、人間相手だと効果的みたいだし。 木や土壁相手に試した時は、効果すらよく分からなかったんだけ どね。 もっと早くに試しておくべきだったよ。 ともあれ、元田中原くんはもう戦えそうにない。 剣を握る力も残ってないみたいだし、痙攣するばかりだ。 ってことで、額に﹃徹甲針﹄を突き刺してトドメ。 504 十本くらい刺しておこう。 色々と聞き出したいこともあったけど、そんな余裕もないからね。 いまは情報よりも、早急な安全確保を優先するよ。 まだ事態は片付いてないし。 獲物を前に舌なめずりは三流のすること、だよね。 念の為に死体も﹃吸収﹄して、完全なる安心としておこう。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV5からL V6になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃獄門﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃完全吸収﹄スキルが上昇しま した︾ ん? ああ、﹃完全吸収﹄の利点も分かった。 吸った相手から、魔力とかも補給できるみたいだ。 蹴られた時に負った打撲傷も少しだけど回復してくれる。 ちょうど消耗してたところだから嬉しいね。 もうちょっと戦いは続きそうだし。 とりあえず、母子ラウネに﹃大治の魔眼﹄を掛けつつ周囲を窺う。 戦いの音はもう聞こえない。 どうやら冒険者たちは去ったみたいだね。卵や子供たちを奪って。 傷ついたアウラウネやラミアは多い。 仲間から治療を受けていたり、項垂れて涙を流していたりする。 それと⋮⋮殺されたのは、十数名くらいかな。 冒険者と相打ちになった形で倒れているラミアもいた。 きっと懸命に戦ったんだろうね。 505 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ よし。ボクの魔力もだいたい回復した。 治療が必要そうな子もいないね。 アルラウネは治療系魔術は得意だから、任せても大丈夫でしょ。 もう一度辺りを確認してから、ボクは上空へと舞い上がる。 追撃の時間だ。 夜の森で逃げる人間を追う。 相手がレンジャーとか忍者だったら難しかっただろうね。 だけど今回は痕跡が残っていたから簡単だ。 城門前の森から、轍がはっきりと刻まれてる。 馬車みたいだね。 きっと卵とか幼女とか、奪ったものを乗せていく予定だったんだ ろう。 魔獣には跡を追う知恵なんて無いと考えたのかな? 甘いよ。 ここには魔眼もいるからね。 おまけに中身は人間だし。 どうやら冒険者たちは、湖を北周りに東方面へ向かってるみたい 506 だった。 陣地を作ってた連中の残党ってことか。 そういえば兵士は巨人にやられたけど、冒険者だけは先に逃げ出 してたっけ。 あの時に、まとめて片付けておけばよかったね。 だけど今回は逃がさないよ。 しばらく森の中を進んでから、ボクは上空へと舞い上がる。 月明りが綺麗だね。 だけど黒毛玉であるボクは見つかり難いはずだ。 速度を優先して進む︱︱︱と、森の中を進む一団を見つけた。 さして大きくない馬車が二台。 どうにか森の中を進めるんじゃないか、というサイズだね。 だけど荷台には、しっかりとした造りの檻が備えられている。 その檻の中に発見。 アルラウネやラミア、大人も数名いるけど子供が多い。 幾つか卵も載せられている。 卵の方は、ラミアたちが守るように抱えてるね。 抱えさせられている、と言った方が正しいんだろうけど。 あの様子なら、多少は揺らしても割れずに済みそうだ。 まあ、大丈夫でしょ。 森の中だけあって、あまり馬車の速度は出てないし。 冒険者たちが併走できるくらいだ。 ってことで、襲撃開始。 進路の先に﹃衝破の魔眼﹄を撃ち込む。 馬が激しく嘶いて棹立ちになる。 その馬には睡眠針を発射、大人しくしててもらおう。 507 御者席に座ってた冒険者には徹甲針を。こっちは死んでよし。 襲撃の第一段階としては満点の出来だね。 すぐさま、次の行動に移る。 魔術を発動して、馬車を囲う形で土壁を作り上げる。 城壁建築で慣れたからね。 頑丈さを求めない、簡素な土壁くらいなら一瞬で作れる。 壁の内側にも、何人かの冒険者は残った。 でも手練れはいない。 凍結&雷撃の魔眼で仕留める。 ボクが馬車の上に降りると、アルラウネやラミアが嬉しそうに声 を上げた。 あれ? 檻の中にラミアクイーンがいる。 捕まってたんだ。 っていうか、また青白い顔をして血を吐いてるんですが。 大きな怪我はないみたいだけど、毒にでもやられたのかな? まあしぶといから大丈夫でしょ。 一応、﹃大治の魔眼﹄を掛けておこう。 それじゃあ、もうちょっと待っててね。 残りを片付けたら、すぐに帰れるから。 幼女たちの声援を受けながら、﹃万魔撃﹄で土壁を貫く。 土壁の向こうにいる冒険者をまとめて焼き尽くす。 崩れた土壁も、すぐさま修復する。 これぞ一方的に殲滅しちゃおう作戦。 壁を挟んでも気配くらいは探れるからね。 おまけに、慌てた冒険者は声を荒げて、自分から居場所を教えて くれる。 だいたいの位置さえ掴めれば、極太ビームに巻き込めるよ。 508 もう手練れの冒険者は残っていないはず。 それでも﹃懲罰﹄は怖いからね。 慎重に、確実に仕留めるよ。 と、壁を乗り越えようとする冒険者がいる。 ﹃雷撃の魔眼﹄を撃ち込む。 溜め を作って、﹃万魔撃﹄を叩き込む。 あっさりと撃退。焼け焦げた死体が壁の向こうへ落ちていった。 そうしてまた 冒険者たちの叫びが夜の森に響き渡った。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV6からL V7になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃土木系魔術﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ さて、こんなところかな。 一方的に攻撃できるとはいえ、﹃万魔撃﹄は魔力消費も大きい。 連発は無理なんだよね。 だけど脅しとしての効果は圧倒的だ。 なにせビームだからね。 薙ぎ払えーって感じの。 怒りに我を忘れた群れか、よっぽど実力に自信がない限りは逃げ るでしょ。 狙い通りに、壁の向こうで冒険者たちの気配が遠ざかっていく。 509 慌てふためいた声も森の奥へ消えていった。 うん。逃げるといいよ。 皆殺しにする予定は変わらないから。 ここに降りてくる時に、何人かの顔は覚えた。 ﹃万魔撃﹄でも、そいつらはなるべく巻き込まないようにしてお いた。 襲撃犯どもの拠点、何処かにあるはずの街まで案内してもらおう。 だけどいまは、彼女たちを無事に帰す方が優先だね。 ラミアクイーンがまた血を吐いてるし。 ん? ボクに向けて何か言ってる。頭を下げて、お礼かな? そんなのいいから養生しなさい。 このクイーン、本当に大丈夫なのかなあ。 510 20 獲物を前に舌なめずりは︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:7 名前:κτμ 戦闘力:7920 社会生活力:−3250 カルマ:−7480 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集中﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃沈思速考﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 511 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃人 殺し﹄ カスタマイズポイント:370 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 512 21 怒りが治まらない 城門を通って馬車ごと拠点へと入る。 もう朝陽が昇ってるけど、どうにか無事に帰って来られたね。 支配 して走らせただけ。 ちなみに、馬車の扱いには﹃支配﹄スキルを使った。 馬を直接に そうして帰ってきたボクたちを、アルラウネやラミアが笑顔で迎 えてくれた。 檻に入れられていた子供たちもすぐに解放される。 親子で抱き合って、無事を喜んでるよ。 ︽特定行動により、称号﹃魔獣の友﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃魔獣の友﹄により、﹃状態異常大耐性﹄スキルが覚醒しま した︾ なんか今更な称号だね。 後回しで。スキルの検証とかできる状況でもないし。 親子の再会を横目に、ボクはあらためて拠点内を見回す。 花畑が踏み荒らされてる。 果樹園の一部は焼け落ちてる。 ボクが作った弓や槍がいくつか落ちていて、地面には染みが広が っていた。 遺体はもう片付けられてるね。 あとで葬儀とかも行うのかも知れないけど、彼女たちに任せよう。 城門を閉めて、ボクは屋敷に戻る。 そういえば冒険者の死体を放置したままだった。 513 吸収する気にもなれないね。 窓から投げ捨てる。 お風呂に入って、布団に包まって目を閉じた。 どうにも気が昂ぶってるね。 ボクらしくもない。 そう︱︱︱ボクは、怒ってるんだ。 人を殺してもまったく心が痛まないくらいに。 本当なら、人間と争うのは避けたかったはずなのにね。 ﹃懲罰﹄が危険なのも分かってたはずだ。 実際、一歩間違えたら殺されてるところだった。 だけどそんなことも気にならないくらい、激情に突き動かされた。 逃げようなんて考えは、途中から消え去ってた。 はあ。どうしてだろうね。 こんな気分は初めてだよ。 べつに、アルラウネやラミアを守ってるつもりなんてなかった。 そんな傲慢な気持ちは抱いてないよ。 ボクは、自分さえ無事ならそれでいいんだから。 安全な拠点を作ろうとしたら、そこに押し掛けてきたから放置し てるだけ。 周囲を守ってくれるなら、ボクも楽できるかなー、なんて考えて た。 だけど、いつの間にか気に入ってたのかな。 平穏で、少し騒がしくて、心が休まるこの場所が。 ほんと、ボクらしくもない。 独りの方が気楽でいいのに。 少し休んで冷静にならないといけないでしょ。 連中の街に反撃を喰らわせるのは変わらないけどね。 514 だけど、無茶はしない方向で。 手強い冒険者とかいたら、今度はちゃんと逃げるようにしよう。 そういえば、元クラスメイトとも会ったんだったね。 田中原くんだっけ? あの鎧と剣は良い物だったから、後で色々と使わせてもらおう。 それと、今更だけどひとつ気になった。 田中原くん、明らかにボクより年上だったよね。 この世界では、って意味で。 少なくとも青年って言えるくらいの年齢だった。 ボクなんかまだ一歳にもなってないのにね。 転生時期がズレてるって考えると納得できる。 不思議、と思うのは今更かな。 時間のズレと言えば、あのタンクローリーも︱︱︱。 いや、思い出すのはよそう。嫌な気分になるからね。 いつかまた見に行くかも知れないけど、半年か一年か、時間を置 いてからの方が落ち着けるよ。 これまでも忘れるようにしてたし。 何にしても、いまは関係ない。 それよりも一休みしたらまた出撃だ。 逃がした冒険者たちを追跡して、街へ襲撃を掛ける。 状況次第だけど、﹃万魔撃﹄の2∼3発は撃ち込んでおきたいね。 しばらくはこの辺りに近づいてこれないように。 515 陽射しに目を細めながら上空を進む。 少し急がないといけない。 ちょっと休むつもりが、昼過ぎまで寝ちゃったからね。 冒険者たちも、それなりの距離を進んでるはずだ。 だけど進む方向は分かってるからね。 昨日、奪い返した馬車は湖から北東方向へ向かってた。 つまりは、そっちへ向かえば追いつけるはず。 とはいえ、広い森だから簡単とは言えないけどね。 馬車みたいに目立つ物でもないし。 あ、散り散りになって逃げてたら困るね。 皆殺しにするつもりだったのに。 強盗殺害の共犯だし、報いはきっちり受けて欲しい。 ん∼⋮⋮だけど何人か残した方が、今後のためにはいいのかな? あそこに手出しするとヤバイ、みたいな話を流してくれるかも知 れないし。 どうしよう? どちらにしても追跡は成功させないと︱︱︱とか考えてたら、発 見した。 冒険者たちじゃない。 怪鳥だ。例の、極彩色の。戦闘中? 森に向かって矢弾みたいに羽根を撃ち込んでる。 そして、戦ってる相手の方が冒険者たちみたいだ。 声が聞こえてくる。姿も確認、間違いないね。 怪鳥さん、グッジョブ! ﹃大治の魔眼﹄を掛けて援護してあげよう。 冒険者は十数人いて、怪鳥相手に善戦してるようだった。 見た所、倒れてる人間はいない。 516 ん? 弓を構えてた一人が、悲鳴じみた大声を上げた。 ボクの方を指差してる。 見つかっちゃったみたいだね。 でもいきなり悲鳴を上げるなんて失礼な。 ﹃雷撃の魔眼﹄を撃ち込んであげよう。 焼死体がひとつ完成。 途端に、他の冒険者は逃げ出していく。散り散りになって。 仲間意識は薄いのかな。 行動が遅れた戦士風の一人が、怪鳥の鉤爪に引き裂かれた。 もう一人、魔術師風の冒険者を仕留めると、怪鳥はその死体を掴 んで飛び去っていった。 悠然と去っていく怪鳥さんの後姿は、なかなかにカッコイイ。 助けてもらったし、心の中で感謝しておこう。 鳥と言えば、シルバーにも助けてもらった。 ボクとの相性がいいのかな? そういえば怪鳥も、ボクを襲ってくることはなかったね。 まあこんな毛玉を食べても、お腹は膨れないだろうし。 さて、それよりも冒険者だ。 散会して逃げられちゃったから、追跡がまた難しくなったね。 だけど、だいたい逃げる方向は同じだ。数人の集団もある。 その集団を中心に追っていくことにしようか。 余裕があれば、他の冒険者も仕留める方針で。 街に着くまでは頑張ってもらおう。 517 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃隠密﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃無音﹄スキルが上昇しました︾ 森の中をこっそりと進む。枝葉の隙間から、冒険者の姿を確認し ながら。 時折、冒険者たちは背後や頭上を気に掛けてる。 やっぱりボクの追跡を警戒してるね。 だけどこっちに気づく様子はない。 銀子を預けた四人組ほどの実力者じゃないみたいだね。 疲れてるのも影響してるはず。 追跡を始めて、もう二日が過ぎた。 で、ひとつ文句を言いたい。 冒険者たち、進むの遅すぎだよ。 いやまあ、ボクが飛べるからそう思うのは分かってる。 だけど、さっさと街に戻って欲しい。 そうじゃないと襲撃できないし。 早く帰って屋敷でのんびりと過ごしたいよ。 そもそも街がある前提で行動してたけど、確定情報じゃないんだ よね。 兵士や冒険者が来たんだから、集落的な何かはあると思うけど。 だんだん焦れてきた。 オヤツに持ってきたバナナも失くなったし。 拠点に残してきたアルラウネやラミアたちのことも気になるよ。 どうしよう? もう残った冒険者だけ片付けて帰っちゃおうかな。 518 考えてみれば、かなりの数の兵士が巨人にやられたんだよね。 あるもの が見えた。 放っておいても、しばらくは湖の辺りに近寄ってこないかも︱︱ ︱。 なんて迷っていると、森の先に 石壁だ。 もちろん、ボクが作った城壁じゃないよ。 高さは五メートルくらいで、横に長く続いている。 上空へと浮かんで確認する。 うん。街だ。ようやく到着したね。 森の一部を切り拓いて、海に面する形で造られてる。 以前に銀子を送っていった時に見た街と、規模としては同じくら いかな。 少なくとも数千人は住んでいそうだ。 建物も何十と建てられてる。 壁の近くには見張り塔も建てられていて、兵士の姿もあるね。 湖の陣地にいた兵士たちと同じような装備だ。 と、冒険者たちが駆け出した。 帰ってこれたー、と喜んでるみたいに声も上げる。 喜ぶ? 強盗殺害犯のくせに? はぁ。また感情的になりそうだよ。 この毛玉体になって、少し血の気が多くなったのかな。 殺伐とした場面が見たいワケでもないのに。 でも、あいつらは許せないから︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ ボクは咄嗟に高度を下げる。森の影へと紛れ込む。 519 唐突に、上空から影が差した。 見上げた先にいたのは鳥だ。 何度か見た怪鳥よりも一回り以上も大きい。まるで飛行船みたい な鳥。 青白い全身に、白く輝く斑模様が混じっている。 尻尾みたいに長く伸びた尾羽からも、キラキラとした粒子を散ら していた。 いや、全身に光を纏ってるんだね。 光の正体は雷で︱︱︱、 そのサンダーバードから、雷撃の雨が降り注いだ。 520 22 毛玉vs雷鳥① 降り注いだ雷撃は、一撃で街の外壁を破壊した。 そこへ向かっていた冒険者たちも、見張りの兵士も光に呑み込ま れた。 後には残骸が散らばるのみだ。 それは、ボクがやる予定だったんだけどね。 どういうつもりだろ? 上空へ目を向けると、サンダーバードは悠然と飛んでいる。 鷹みたいに精悍な顔立ちをしてるね。 あ、目が合った。 だけど興味すら抱かなかったみたいで、サンダーバードは街へ視 線を戻した。 まるっきり無視されたね。 侮辱? 屈辱? いや、そんなもの感じるはずないって。 だって相手はサンダーバードだよ。 雷鳥って書くと可愛くも思えるけど、不死鳥と同格って書くと凄 く強そう。 不死鳥なんているかどうかも知らないけどね。 でもまあ、そんな煽り文句が似合うくらいに風格がある。 戦闘力は確実に一万以上。 巨大魚竜よりも間違いなくランクは上だと思う。 そんなサンダーバードが小さな街に降り立ったらどうなるか? 521 大騒ぎどころじゃないね。 なんていうか、怪獣災害? 大勢の悲鳴が、離れてるボクの方まで届いてきてる。 その悲鳴を、閃光と轟音が打ち消していく。 勝ち誇るみたいに、サンダーバードがよく響く声で一鳴きした。 少し上空へ昇って様子を確認してみる。 まだ街の中には、兵士や冒険者の姿がちらほらと見えた。 サンダーバードに立ち向かおうって気配じゃない。 武器を放り出してまで逃げる兵士もいた。 だけど何処に逃げるつもりだろ? 海に面した街だから船はあるけど︱︱︱あ、雷撃が直撃して燃え 上がった。 サンダーバードさん、容赦無いね。 どうやらこの街に住む人間を全滅させるつもりらしい。 思わぬところで、ボクの労力が省けたね。 これでまた湖が安全になる、とは思うんだけど⋮⋮。 ちょっと、やりすぎじゃない? 明らかに戦えなさそうな人とか、子供とかもいるし。 え? 子供? 街と言っても、前線基地みたいな場所なのに? だけど見た目は間違いなく子供で、姉妹っぽいね。 二人とも質素な白いローブを羽織ってる。 手を繋いで、必死な様子で街路を駆けていく。 あ、兵士に突き飛ばされた。 その兵士は走っていった先で雷撃に巻き込まれたけど、姉妹も無 事じゃない。 姉の方が妹を庇って、壁に頭をぶつけていた。 522 意識を失って倒れてる。 妹の方が懸命に呼び掛けてるけど、起きる気配はない。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮はあ。 どうしてこう、ボクって幼女に縁があるんだろう。 気づかなければよかったのに。 気づいちゃった以上は、放置すると後味も悪くなるんだよ。 仕方ないね。 急いで上空へと移動。 サンダーバードの頭上を取る。向こうはこっちを気にも留めてな い。 全力で、﹃万魔撃﹄を撃ち下ろす。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集中﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃魔力集束﹄スキルが解放されます︾ サンダーバードが甲高い鳴き声を上げる。 頭頂部の蒼い羽毛が、一部だけ黒く焦げた。 うん。それだけ。 ほとんど効いてないね。 不意を突いたはずなのに、直前で雷撃が障壁みたいに集まりもし たからね。 やっぱり、とんでもない怪物だよ。 ボクは少し高度を下げて、さっきの姉妹に﹃大治の魔眼﹄を掛け 523 る。 ついでに、他にも目についた怪我人を治療する。 もちろん戦えそうにない人たちを選んでね。 兵士や冒険者? 戦うのが役目でしょ。どうなろうと知らないよ。 それにどうせ、治癒を掛けられるのは短い時間だった。 すぐにサンダーバードがこちらを睨んで、飛び上がってくる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ うん。言われなくても分かる。 この事態はマズイ。 サンダーバードの敵意とともに、ひしひしと危険な感じが伝わっ てくる。 さっきは戦闘力一万以上だと思ったけど、それは傍目から見た場 合だ。 実際に向き合うと、その倍くらいの威圧感がある。 怖い。 なので、逃げる。 ﹃空中機動﹄を全力稼動させて、一目散に。 しかし回り込まれてしまった。 うわぁい。 サンダーバードが巻き起こす風圧だけで、毛玉体が大きく揺れた よ。 街からちょっと距離を取れただけだ。 これ以上は逃げられそうにない。 大きく翼を広げたサンダーバードは、バチバチと雷を散らして︱ 524 ︱︱、 ﹁ΤτκΘι、ыξ、ΩΠρχνs〟?σ﹂ なんか喋った! 喋ったよね!? しかも渋い声だ。歴戦の猛将とかが似合いそうな。 さっきまでの鳴き声は可愛い感じだったのに。 いやでも、顔付きはカッコイイんだよね。 精悍な鷹みたいだし。 渋くて男らしい声なのも納得できなくもない。 でも頭頂部は﹃万魔撃﹄で焦げてる。 ハゲたみたいに見えるね。なんか絵面的に残念だ。 ﹁Λμχγ!﹂ って、頭髪の心配してあげてる場合じゃなかった。 お怒りみたいだよ。 言葉が通じるなら、なんとか穏便に済ませてもらうしかないね。 まったく勝てる気がしないし。 ボクは身振り毛振りで、戦うつもりがないのをアピールする。 喋れないけど、空中に魔力で絵も描いて。ダメ元で日本語も付け 加えた。 サンダーバードは滞空したまま、小さく首を捻った。 不思議そうにボクを見つめる。 伝わってない? いや、それでも考えてくれてるだけ和解の可能性はありそうだ。 ﹁Kыπγ、Θ¨жρχιψΕЮοη⋮⋮﹂ 525 サンダーバードが重々しく頷く。 動作がいちいちカッコイイ。素敵だ。ハゲてるのに。 ﹁Ω∈、ΔΣυΡδηρκνr! ΖλΨÅηοξυγ!﹂ いきなり大声を上げた。 え? ハゲとか思ったのがマズかった? サンダーバードは翼も大きく広げて、鋭い眼差しを向けてくる。 なんだか知らないけど戦うつもりになってるよ。 ああ、これはアレだ。 脳筋ってやつだね。そんな雰囲気が伝わってくる。 言葉の方も、貴様の力を示せー、とかそんなこと言ってるんじゃ ないかな? 嫌だよ。 そっちの勝ちでいいから逃がしてくれないかな? ダメかな? ダメだよね? うん、ダメみたいだ。 サンダーバードが威圧的な鳴き声を上げる。 眩いほどの閃光が迸り、一際強烈な雷撃が打ち放たれた。 526 23 毛玉vs雷鳥② 雷撃が大気を焼き焦がす。 鼻につく匂いが漂う。オゾン臭って言うのかな? 何にしても気に留めてる余裕はないね。 最初の一撃は辛うじて、逸らして、防いだ。 サンダーバードは僅かに目を見開いたけど、すぐに愉しげに口元 を緩めた。 鳥なのに笑えるんだね。 なんてボクが感心してる間にも、次の雷撃が放たれる。 今度は三本、ボクの逃げ道を防ぐように。 だけどその雷撃も逸れる。 直前にボクが放っておいた﹃避雷針﹄に向かって。 そう、﹃八万針﹄の中には、こんな変り種の針もあった。 空中にばら撒いておくと、完全ではないけど雷撃を散らしてくれ る。 ボクの方にも少しは流れてくるけど、﹃加護﹄で防げる程度だ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃風雷耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ 一旦、サンダーバードの攻撃が止んだ。 その隙を狙って、今度はボクの方から反撃する。 ﹃死滅の魔眼﹄、全力発動! 527 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死滅の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ サンダーバードの眼前で、青白い光が瞬いた。 雷撃で作られた障壁みたいだ。 予想はしてたけど、魔眼が完全に防がれてる。 ボスに即死は通用しない? というか、単純に実力の差だろうね。 速度も、攻撃力も、防御力が相手の方が上回ってる。 こんな化け物相手にどうすればいいんだろ。 魔眼は通用しない。 毛針も撃ちこんでみたいけど、あっさり障壁で弾かれて、焼き散 らされた。 ﹃懲罰﹄や﹃獄門﹄も乗せてみたけど、相手に当たらないんじゃ 意味がない。 巨大魚竜を倒したみたいに﹃吸収﹄を狙う? 無理でしょ。取り付いた瞬間に黒焦げにされるよ。 なら、﹃万魔撃﹄を何度も撃ち込めば? 百発くらい叩き込めば何とかなるかもね。その前に消し炭にされ そうだけど。 あの巨大な翼で軽く叩かれただけで潰されそうだ。 うん。地面に叩き潰されて、ぷちっと。 バスケットボールくらいには頑丈になったボクだけど、サンダー バードからすれば紙風船みたいなものでしょ。 逃げようとしても回り込まれる。 528 打つ手がない? でも、諦めたらそこで毛玉終了だし︱︱︱。 とにかく距離を取るように飛びながら、時間を稼いで考えを巡ら せる。 サンダーバードも追ってくる。 今度は上空に回ると、大きく口を開いた。勢いよく息を吸い込む。 まさか、ブレス? だけど雷撃って感じじゃない。 何だか分からないけど強烈な攻撃が来る。 全身の毛が逆立つのを覚えて、ボクは溜めておいた﹃万魔撃﹄を 放った。 開かれていたサンダーバードの口を狙って。 直後、サンダーバードのブレスも放たれる。 雷撃じゃない、竜巻みたいな風と衝撃波のブレスだ。 魔力ビームと衝撃波がぶつかり合う。 空中の激突で︱︱︱押し負けたのは、﹃万魔撃﹄の方だった。 暴風がボクを襲う。 だけど威力は随分と落ちて、﹃加護﹄でさらに抑えられた。 それでも強烈な風は、刃みたいにボクの体を傷つけていった。 毛が数十本まとめて千切れ飛ぶ。 複眼も二つほど潰された。 森に叩き落されそうにもなったけど、辛うじて堪えて風の暴力か ら逃れる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃大耐性﹄スキルが上昇し ました︾ 529 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃全属性耐性﹄スキルが上昇し ました︾ どうにか体勢を立て直して、サンダーバードを見上げる。 そこには、幾つもの煌々と輝く球体が浮かんでいた。 もうやだぁ! おうちかえる! って、幼児退行してる場合じゃない! だけどこの状況、ほんとに泣いて逃げ出したいよ! サンダーバードを取り巻くみたいに浮かぶ球体、それはプラズマ だ。 たぶんね。ボクの半端なSF知識による推測だけど。 雷を操ってプラズマを発生させてるとか、そんな理屈でしょ。 細かいことは魔法だからってことで。 何にしても、アレは当たったらマズそうだ。 ともかく距離を取ろうとするボクに対して、サンダーバードは口 元を吊り上げる。 貴様にこれが防げるか?、みたいな感じで。 きっと自信のある必殺技なんだろうね。 だけど敵が大技を出す時こそチャンスじゃない? それを破って一発逆転してこそ主人公だ。 うん。無理だね。 だってほら、ボクって毛玉だし。 カルママイナスで、むしろ悪役だし。 これはもう覚悟を決めて、せめて格好良く散った方がいいんじゃ ない? なんて考えも浮かんでくるけど︱︱︱。 530 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃空中機動﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃雷撃の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ プラズマ火球が放たれると同時に、ボクも雷撃をばら撒く。 同じ電気に関係するものなら、少しでも影響して、軌道を逸らす くらいはできないかと考えた。 さらに﹃衝破の魔眼﹄も散らす。 プラズマは気体のはずだ。 下手な石壁くらい砕き散らす﹃衝破の魔眼﹄なら、プラズマだっ て吹き飛ばせるはず。 そう期待したんだけど、ファンタジーは甘くないらしい。 魔法効果に守られたプラズマは、ほとんど真っ直ぐに向かってく る。 衝撃でも僅かに勢いが落ちるくらいだ。 うひゃぁ。死ぬ。死んじゃうよ。 あんなの直撃したら消し炭も残らない。 なんとか飛び回って回避するけど︱︱︱うわ、近づいただけで毛 が燃えてる。 でもいまは構ってる暇もない。 五発、六発と避け続けて、なんとか攻撃が止まった。 すぐに﹃水冷系魔術﹄の術式を組んで、水をかぶる。 あぶなぁー⋮⋮。 けっこう広範囲で燃えた。 火傷のおかげで、﹃自己再生﹄でもすぐには毛が生えてこない。 もうサンダーバードをハゲとか笑えないよ。 531 炎でまた複眼も二つほど潰されたし、どんどん追い込まれてる。 対して、サンダーバードは余裕綽々といった様子だ。 また悠然と翼を広げて滑空しながら、新たなプラズマ火球を生み 出す。 だけど、ボクだっていつまでも無策のままじゃない。 逃げ回りながらも、サンダーバードの頭上を取った。 どうやらサンダーバードは、プラズマを生み出す時には動きが鈍 るみたいだ。 おかげで、良い位置取りができたよ。 そして、この瞬間しかない。 反撃開始だ。 直上から、サンダーバードへ突撃する。 同時に、素早く魔術式を組んだ。単純な術式だ。 でも魔力は大量に注ぐ。目一杯に。 そして発動。 大量の水が、サンダーバードの頭上から降り注ぐ。 お風呂の水張りにも使ってる術式だ。毎日の作業で慣れてる。 だから瞬時に発動できたし、おまけに大量の魔力を注いで、滝み たいな量の水を叩き落した。 これにはさすがのサンダーバードも面食らったみたいだ。 ぎょっと目を見開く。 逃れようとしたけど、大量の水による面攻撃だ。 動きを止めていたこともあって避けられない。 サンダーバードは滝みたいな水流に飲み込まれた。 ボクの方は、空中で弧を描いて反転する。 直後、大爆発が起こった。 水蒸気爆発だ。 532 某ロボアニメを参考にさせてもらった作戦だよ。 大量の水がプラズマで一気に熱せられて、爆発を起こした。 少しは効果があったみたいだ。 白煙の中から、サンダーバードの悲鳴じみた声が漏れてきた。 だけど本当の狙いは攻撃じゃない。 水蒸気で目眩ましができればいいと考えたんだからね。 すぐさま、ボクは﹃闇裂の魔眼﹄を放つ。 なるべく広範囲に。 二重の目眩ましをしてから、大急ぎで眼下の森へと降りた。 このまま逃亡させてもらうよ。 地面に降りると同時に術式を発動。ドン、と大穴を掘る。 そこへ飛び込む。 森に隠れて逃げても、雷撃の雨を降らされたら無事じゃ済まない。 だけど地中に潜れば、地面が雷撃を防いでくれる。 もちろん、それなりの深さは必要なん、だけど⋮⋮? え? なにこれ? 穴が掘れてない。 というか、途中で止まってる。 穴の底に当たる部分が、綺麗な石壁になってた。 もう一度、術式を発動。 やっぱり掘れない。魔術は発動してるのに、石壁に弾かれたみた いだ。 ど、どういうこと? なにこれ? 早く逃げないといけないのに! ﹃衝破の魔眼﹄、発動! ﹃徹甲針﹄も撃ちつける。 533 だけど石壁は少し傷ついただけだ。到底、崩れる様子はない。 いったい何で出来てるのか︱︱︱。 いや、考えるのは後でいい。 というか、こんな石壁は無視しちゃっていいんだよ。 横穴を掘って、そこからまた地下へ向かえば︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ ゾワリ、と全身の毛が逆立つ。 頭上から、威圧するようなサンダーバードの鳴き声が聞こえた。 ボクは咄嗟にそちらへ意識を向けて︱︱︱、 直後、視界が真っ白に染まった。 雷撃だ。そう理解した時にはもう遅かった。 全身が激痛に貫かれる。 一瞬にして焼き焦がされる。 まともな抵抗もできずに、ボクの生命活動は停止した。 534 23 毛玉vs雷鳥②︵後書き︶ 勝った!︵サンダーバードが!︶ 第二章、完! 次回より第三章、至高の雷鳥編?を開始します。 その前に、数日∼一週間ほどお休みさせてもらう予定ですが。 続きはしばらくお待ち下さい。 535 幕間 とあるギルド受付嬢の冒険︵前書き︶ ちょっぴり増量です。 536 幕間 とあるギルド受付嬢の冒険 ﹁リステラ、いい話があるんだ﹂ 背後から掛けられた陽気な声に、拳を握り込む。 現役時代なら、即座に振り返って殴りつけていただろう。 反応が鈍ったのか、判断力がついたのか。 どちらにしてもあまり喜べたものじゃない。 やっぱり私は、魔獣どもと殴り合ってる方が性に合ってるね。 ギルドの受付嬢なんてガラじゃない。 ﹁いい話? 今度はどんなクソ話に引っ掛かったんだい?﹂ 溜め息を堪えながら振り返る。 そこには、悩みなんてひとつも無さそうな中年男、ドノバンの笑 顔があった。 小太りで愛嬌があるとも言える。 商人だったら客受けはいいだろうさ。 でもこれで冒険者ギルドの支部長だって言うんだから、うんざり を通り越して呆れちまうよ。 ﹁この前は幸運を呼ぶ人形だったか? で、その前はカルマが上が る御守りだっけ? テメエはどんだけ騙されりゃ気が済むんだよ﹂ ﹁いやいや、どれも騙される一歩手前で済んだだろう?﹂ ドノバンは悪びれもせずに笑う。 まったく懲りていないようだが、確かにコイツは、いつも深刻な 537 事態に追い込まれる一歩手前で踏み留まってやがる。 運に恵まれてるんだろうな。 怪しい話を持ってきては、周囲から止められるのを繰り返してる。 そのくせ、本当に美味い話にはすぐに飛びつく。 そんな運の良さもあって、支部長なんて地位にも就けたんだから な。 ﹁今度は騙される余地なんて無いんだ。なにせ、首都のギルド本部 が持ってきた話だからね﹂ ﹁あん? それって要は命令ってことだろ?﹂ ﹁ま、まあ、そうとも言うんだけど⋮⋮﹂ ドノバンが言い淀む。 どうやらコイツも、本部の命令が厄介事ばかりなのは理解してい るらしい。 だが、いい話でもある? どういうことだ? ﹁ムスペルンド島へ、冒険者をまとめて送り込む計画があるんだ。 最後の魔境 か?﹂ それで、新しく建てるギルド支部の職員を何名か出さなきゃいけな い﹂ ﹁⋮⋮ムスペルンドって、あの ﹁ああ。危険な場所だ。だから俺も悩んでるんだけど⋮⋮﹂ ドノバンは笑ったまま表情を曇らせるっていう器用な真似をする。 初めて見る表情、ってワケでもないね。 冒険 の危険性を理解してるってことか。 たしか、問題のある冒険者を除名した時も、こんな顔をしてたっ け。 コイツなりに、 538 ﹁断れなかったのかい? あそこはまだ探索すら進んじゃいないん だよ﹂ ﹁そうなんだけど⋮⋮最近、帝国が前線となる街造りに成功したら しいんだ﹂ ﹁王国としても遅れは取りたくない、と?﹂ ﹁聖教国が随分と乗り気らしいんだ。だから、東方同盟でそれなり の兵を出すみたいだよ。冒険者ギルドだけ何もしないって訳にもい かないんだ﹂ けっ、と吐き捨てる。 お国様の事情なんざ知ったことじゃないさ。 あたしは冒険者なんだから⋮⋮と、今は引退した身か。 だけどまあ、冒険者だったとしても国からの命令となれば、完全 に無視はできないからねえ。 ドノバンみたいな気弱な支部長が断れるはずもないか。 ﹁仕方ないね⋮⋮何人出せって言われてるんだい?﹂ ﹁最低でも、冒険者を合わせて三十人は⋮⋮﹂ ﹁十人に負けてもらいな。元金クラス冒険者が指導に当たるって言 ってね﹂ ﹁じ、十人かい? それはさすがに⋮⋮﹂ ﹁そのくらいの気迫で交渉しろって言ってんだよ。大人数になれば、 あたしだって面倒見るのは大変なんだからね﹂ あたしだけなら断ることも出来た。 だけど、あたしは根っからの冒険者なんだろうね。 最後の魔境︱︱︱なんとも、胸が躍る言葉じゃないか。 引退した身だが、体も装備も手入れは怠っていない。 休日には、近場で魔獣狩りをするのがあたしの趣味だ。 539 それでも手応えのある戦いはご無沙汰だったからね。 久しぶりに暴れるのを楽しんだって、責められはしないだろう? ムスペルンド島へ渡ってからの生活は、なかなかに刺激的だった。 昼も夜も関係なく魔獣が現れる。 兵士も冒険者、教会の神父や商人まで迎撃に大忙しだ。 まともな建物すら出来てない状態だったからね。 仮設のギルド支部が建てられた日には、絶滅したとされるオーグ ァルブの群れが襲ってきた。 亀みたいな甲羅を持つ豚どもは、魔獣にしては知恵が回る。 加えて、女の敵だ。 オスしかいない種族なので、多種族の女を攫って卵を産ませる。 一人に何十個、何百個と。 そうして爆発的に数を増やすから、殲滅するのも難しい。 だが一匹でも取り逃がす訳にもいかない。 あたしもギルドの受付嬢として拳を振るったさ。 オーグァルブどもの息は臭いが、甲羅をブチ割ってやるのは心地 良い。 やっぱり実戦ってのは楽しいね。 生きてるって実感するよ。 怪我で引退したとはいえ、短時間の戦闘なら現役にだって引けは 取らない。 良い職場を紹介してくれたものだと、ドノバンに少しだけ感謝し 540 た。 あん? 戦うのは受付嬢の仕事じゃないって? 馬鹿言うんじゃないよ。 冒険者には荒くれ者が多いんだ。 そんな連中を大人しくさせるには、拳を振るうのが一番手っ取り 早い。 優秀な受付嬢であるあたしが言うんだから間違いないね。 ﹁いえ、やっぱり姐さんは受付嬢の枠から飛び出してますって﹂ ﹁あぁん? 細かいこと言ってんじゃないよ﹂ この島に来る冒険者は、皆それなりに経験を積んだ者ばかりだ。 荒くれ者でも、冒険者としての道理を弁えてる奴らがほとんどだ った。 だけどまあ、中には言うことを聞かない問題児もいる。 そいつは、大陸からの三度目の船でやって来た。 ﹁リステラさん、一晩付き合わない?﹂ ﹁テメエが竜ランクになったら考えてやるよ﹂ 仮にも金クラス冒険者だってのに、女に目が無い奴だった。 そういう奴はとりあえず殴って、しつこいようなら急所を潰して やるのがあたしの流儀だ。 だが忌々しいことに、そいつの実力は本物だった。 本気じゃなかったとはいえ、あたしの拳を涼しい顔で受け止めや がった。 ﹁俺だったら、竜の上だって目指せると思うぜ?﹂ ﹁はっ、油断してると野垂れ死ぬよ﹂ 541 むしろ、そうなってしまえと思うほどに下衆な野郎だった。 ソージという名前も気に喰わない。 自分でそう名乗り始めたらしいが、極東風の名前だ。 極東の男は武人気質で、あたしの好みだってのに、コイツは真逆 をいってる。 なにより気に喰わないのは、女型の魔獣の捕獲に熱を入れてると ころだ。 まあ男の欲望は分かってるつもりだがな。 それでも女としては辟易する。 しかも星神教会まで捕獲に熱を入れてるから始末が悪い。 神の教えに従って贖罪させねばならないとか、御大層な理由をつ や 草花 が人気だとか、 の具合が最高だとか、 蛇 けてやがるが、要するに変態趣味の男に高く売れるってことだ。 鳥 とりわけ お楽しみ にかまけられるほど、島の探索は いっそ魔獣に味方したくなるような話まで聞こえてきやがる。 ともあれ、そんな 進んでいた。 魔獣が多いとはいえ、対処できないほど強力なものはいない。 そもそも大陸では、人類が魔獣を圧倒しているのだから︱︱︱、 それが油断だったのかもな。 前進拠点を築きに行った部隊が、ボロボロになって帰ってきた。 狂乱巨人にやられたそうだ。 あの魔獣は下手に追い詰めると、狂ったように暴れ出す。 あたしだって一対一じゃ遣り合いたくない強さだ。 だが、暴れさせた後ならば倒すのは難しくない。 542 兵士はともかく、冒険者にはそれを知ってる連中が多かったはず だ。 だけど巨人どもは群れで襲ってきたという。 すぐには信じられない話だった。 普通なら単独で動く巨人を、ラミアが操っていたらしい。 厄介な事態だ。 だが、それだけラミアも追い詰められていたんだろうね。 あたしが知る限りでも、もう五つの彼女たちの集落が潰されてた。 種族として絶滅の危機にあってもおかしくない。 ラミアは言葉を解するほどに知恵も回るからね。生き残るために、 手段を選んでいられなくなったんだろうさ。 魔獣に神がいるかどうかは知らないが、悪魔に縋ってもおかしく ない。 あたしはギルドの連中に、最大限の警戒を促した。 だが、あの下衆野郎は大喜びしていやがった。 ﹁モンスターハーレムも夢じゃねえ。分け前が欲しい奴はついてこ いよ﹂ そんな風に言って、大勢の冒険者を扇動した。 一応、あたしだって止めたさ。 馬鹿な男どもへの気遣いというより、ラミアへの同情が勝ったけ どね。 だがソージの実力は知れ渡っていた。 何日か念入りに準備をして、欲望に駆られた男どもは街を出て行 った。 地獄を見るとも知らずに。 543 その日は、朝から驚きの連続だった。 目が回るような一日ってのは、こういうのを言うんだろうね。 まず最初に、一人の冒険者が帰ってきた。 疲れ果てた様子でギルドの扉をくぐった男は、ソージの死を告げ た。 見たこともない黒い毛玉の化け物に殺されたという。 下衆な男だったが、ソージは金クラス冒険者だ。 戦闘力だけなら、一万の軍勢をも上回る。 だというのに、殺された? たった一体の魔獣に? この時、あたしが覚えたのは、不謹慎にも武者震いだった。 その化け物を見てみたい、戦ってみたい︱︱︱、 あたしの願いはすぐに叶った。 ただし、まったく望まない形で。 唐突に始まった。それは蹂躙だった。 冒険者も兵士も、男も女も区別なく殺されていく。 天から降る雷の雨によって。 全身に雷を纏った鳥型の魔獣は、あたしも見たことのない化け物 だった。 544 戦ってみたいとは思った。 武者震いも覚えた。 だけど、絶対に敵わないと一目で分かっちまった。 まったく冗談じゃない。 最後の魔境とはよく言ったものだ。 こんな化け物は竜クラス、それこそ勇者でもなけりゃ太刀打ちで きないさ。 生憎、あたしは受付嬢だからね。 受付嬢らしく、生き延びるのを最優先にさせてもらう。 ギルドの建物は、大雷鳥が巻き起こす突風であっさりと吹き飛ば された。 次は雷が降ってくる。 そう直感したあたしは、半ば死を覚悟しながらも障壁を張ろうと した。 だが、その必要はなかった。 大雷鳥の頭に、光の柱が落とされたんだ。 何が起こったのか︱︱︱上空へ目を向けて、一瞬、呆けちまった。 黒い毛玉が浮かんでいた。 そうとしか表情のしようがない。 人間の胴回りほどもある毛玉は、中心に大きな眼がついていた。 見る者によっては不気味な魔獣なのかも知れない。 だが、そこはかとなく可愛らしさも漂わせている。 なんというか、こう、抱き締めて寝たら気持ち良さそうな︱︱︱、 と、そんなことはどうでもいいんだ。 ともかくも、その毛玉は鳥野郎の気を引いてくれた。 おまけに、周囲に治療魔術も飛ばしてくれたらしい。 545 建物が吹き飛ばされた時に、後輩のギルド職員も怪我を負ってい たんだが、柔らかな光に包まれて回復していった。 ﹁まさか、助けてくれるつもりなのか⋮⋮?﹂ 疑問の答えは得られず、毛玉はまた上空へと飛び立った。 大雷鳥も後を追う。 理屈はよく分からないが、どうやら化け物同士で戦ってくれるみ たいだ。 だが、次にいつまた襲撃があるか分からない。 残っていた冒険者やギルド職員に、あたしは大声で告げた。 ﹁ボサッとすんな! この街はもうダメだ、逃げるぞ!﹂ ﹁で、でも、リステラさん、逃げるって何処に?﹂ ﹁船も壊されちまった。次の便が来るのは、早くても十日後ですぜ ?﹂ ﹁はっ、あたしだって知らねえよ﹂ なにせ、ここは魔境だ。 未知の冒険が溢れている土地だ。 そこに正解なんざありゃしない。だが、退屈も消してくれる。 ﹁いや、まずは楽しむってのは正解かもな﹂ 自然と笑みが零れてくる。 とはいえ、笑ってばかりもいられない。どうするか? 最低限、食料は確保しておくべきだな。 ギルドの倉庫は丸ごと吹き飛ばされちまったが、兵舎の方に行け ば少しは残っているか? 港の倉庫も漁ってみる価値はありそうだ。 546 あとは、ギルドの後輩の面倒くらいは見てやってもいいか。 ドノバンの奴にも頼まれたことだし︱︱︱。 ﹁︱︱︱冒険者の方はいらっしゃいますか!?﹂ 手早く考えをまとめようとしていた時に、その声は投げられた。 振り向くと、まだ幼い姉妹がいた。 幾度か見掛けた顔だ。 確か、教会で聖女扱いされてる姉妹だな。 強力な神聖魔術を使えるとかで、冒険者や兵士も大勢が助けられ てた。 実際は、その技能のおかげで、教会に首輪を嵌められてるってと ころだろう。 以前に見掛けた時も、とりわけ姉の方は暗い顔をしてたからな。 えっと、誰かが酒場で名前を言ってたような⋮⋮。 ﹁姉の方は、ルエールだったか? それで妹は⋮⋮﹂ ﹁パステル! 黒い神しゃまが助けてくれたの!﹂ ﹁は? 黒い神さま⋮⋮?﹂ パステルと名乗った幼女は、むふぅ、と鼻息を荒くして胸を張る。 どうやら、あの黒い毛玉を神だと思っているらしい。 なかなかに面白い子じゃないか。 星神教の神父なんかに預けておくのは勿体無いね。 それに、姉の方も随分としっかり者のようだ。 妹の頭を撫でて黙らせると、重そうな革袋を掲げてみせた。 ﹁お金ならあります。これで、私達を帝国の街まで送ってください﹂ 547 ﹁へえ。そうきたか﹂ このドサクサに紛れて教会から逃げ出したい。そういうことだろ う。 島の西側まで行けば、帝国の街がある。 帝国に入ってしまえば、星神教会もおいそれとは手出しできない。 おまけに、この姉妹の神聖魔術はとてつもなく強力だ。 なにせ、街ひとつをまとめて治療できるほどなのだから。 その技能があれば、きっと帝国でも歓迎される。 ﹁話は分かった。こんな時だからね、金の出所も聞かないよ﹂ 僅かに肩を揺らした姉の腰には、大振りの剣を差されていた。 この街の兵士に支給される剣だ。 きっと倒れた兵士から拝借してきた物だろう。 革袋に詰まっている金も、死者には無用の物を集めてきたんだろ うね。 まあ、あたしが責める道理もない。 ﹁冒険者を斡旋するのはギルドの仕事だが⋮⋮しかし、運が無いね。 見ての通り、もうギルドもまともに機能してないんだ﹂ ﹁それは⋮⋮その、誰かいないんですか? 私とパステルも、治療 系統の魔術は扱えますから⋮⋮﹂ ﹁ああいや、話は最後まで聞きなよ﹂ こんな状況で、まともに雇える冒険者なんていない。 誰だって、自分が生き残るのを優先する。 素人を護衛しながら魔境を横断しようなんて︱︱︱、 そんな無理難題は、よっぽどの物好きじゃなけりゃ請けはしない よ。 548 ﹁紹介できるのは、一人くらいだね。だが腕前は悪くない。現役復 帰したばかりの金クラス冒険者さ﹂ 差し出された革袋を受け取り、拳を握り込む。 こうして、あたしたちの冒険は始まった。 549 幕間 とある魔族令嬢の惨劇 魔族。 その括りはとても曖昧。 この世界のステータス上では﹃人類種﹄と示される。 だけど角が生えていたり、青い肌だったりもする。 魔獣のように特殊能力を持っている人もいるし、ほとんど龍みた いな体を持つ人もいる。 デタラメすぎる。 魔術が得意だとか、腕力が強いだとか、全体としては特定の傾向 もない。 要するに、一般的な人類種と見た目で区別しているだけ。 分かり難い。 魔王によって創り出されたとか、実は古代人の血族だとか、そう いうファンタジー的な設定があってもよさそうなのに。 なんて文句を言っても、中二的な妄想にしか聞こえないかな。 いまの私も魔族だし。 角が生えていて、白い髪で、肌も病的なくらいに白い。 前世とは少し印象が違う体だけど、そう悪いものではなさそうだ った。 この数ヶ月の間で、だいたいの事情は掴めてきた。 幸運なことに、私が生まれた家は裕福だった。 魔族の中でもとりわけ力の強い貴族で、大きな屋敷の中には書庫 もあった。 赤ん坊の気まぐれのフリをして本を手にするのは難しくなかった。 550 異世界転生の定番というやつだ。 もちろん文字は読めない。最初は言葉だって分からなかったんだ から。 でも、学ぶことは簡単だった。 ﹁アデーレ様は、本当に書物がお好きですね﹂ メイド そんな風に微笑みながら見守ってくれる侍女もいた。 まじまじと本を読む零才児。 明らかに文字を目で追ってる。 不思議と思われたかも知れない。だけど、どうでもよかった。 そんな些末事に余計な時間を取られたくなかった。 おかげで、﹃共通言語﹄や﹃常識﹄、﹃魔術知識﹄の閲覧許可も 取得できた。 この閲覧許可はポイント以外でも取れるそうだ。 例えば﹃魔術知識﹄を持っている人から、その本を読ませてもら ったり。 書き写した本に目を通したり。 ある程度の理解を進めると、システムが許可を認めてくれる。 コイツはもう読んじゃってるし認めてもいいだろ、って理屈じゃ ないかな。 ともかくも、そうして私は言葉を覚えた。 生後半年もすると、問題なく喋れるようになってくる。 だから告白した。 ﹁お母さん、私はあなたの子供ではありません。端的に言うなら、 転生者です。 転生前の名前は大貫藍と言います﹂ 551 母親は発狂した。 悪魔が憑いている。 母親を狂わせた私には、そんな評価が下された。 魔族の神官やら学者やらが呼び集められて、煩わされる破目にな った。 だから、父親と交渉することにした。 ﹁私は﹃魔導の才・弐﹄を持っています﹂ ぎょっ、と父親は目を見開いた。 私はまだ、この世界の常識には詳しくなかった。 壱 でも天才、 弐 なら国家が涎を垂らして欲しがるほどだ。 だけど﹃魔導の才﹄が貴重なものだというのは知っていた。 や となれば、英雄や勇者でもなかなか持っていない。 参 極 その餌を、父親は無視できなかった。 ﹁まだこの年齢で、です。ここからさらに伸びる可能性は高い。そ んな私を、このアングラード家を繁栄させるための駒として使って いただいて構いません﹂ 父親は温厚そうな魔族だった。 領地も安定しているみたいで、メイドからの評判も上々だった。 552 きっと領主としても優秀だったのだろう。 だから父親としてではなく、貴族として私の言葉を無視できなか った。 ﹁私には、他の世界で生きてきた知識もあります。この世界よりも 特定の分野では発展していました。その技術もいくつかは提供でき ます﹂ ノーフォーク農法とか、鉄砲の造り方とか。 何処まで通用する知識か分からない。 だけど、有用であることを示して、急いで力をつけたかった。 私の願いは何なのか?、と父親も訊ねてきた。 ﹁ひとつだけです。それは︱︱︱﹂ 簡単なことだ。 父親は怪訝な顔をしながらも頷いてくれた。 魔王にも話を通して、協力を取り付けてくれた。 でも十年経っても成果は上がらなかった。 だから、父親を殺した。 私の足下では、父親だったものが赤い染みになっている。 ﹃重圧の魔眼﹄で、頭から潰れて肉塊になった。 無能だったから。 邪魔ばかりするから。 553 ﹁これで晴れて、アデーレ様が当主となりますな。おめでとうござ います﹂ 元父親の書斎には、数名の魔族が控えていた。 全員、私の部下だ。 他の領地の貴族もいれば、平民出身の者もいる。 悪魔や龍みたいな見た目の者もいれば、普通の人間みたいな者も いる。 様々な特徴があって魔族はデタラメだと思っていたけど、ひとつ だけ共通する傾向もあった。 それは、好戦的な者が多いこと。 いまの魔族は人間と和解して、同盟関係にある。 現在の魔王が穏健派で、国をまとめている貴族も、魔王に賛同す る者が多かったからだ。 別段、それ自体には私も不満はない。 だけど人間を憎んで、戦いを望んでいる魔族も多かった。 だから利用させてもらうことにした。 私の願いを叶えるためには、世界すべてを従える必要もありそう だったから。 ﹁まだ正式な当主じゃないわ。王都にも報告しないといけない﹂ さま よ。今はまだ、ね﹂ ﹁アデーレ様のご意向ならば、魔王も無視はできぬでしょう﹂ ﹁魔王 素直に認めてくれるならば魔王でいてくれて構わない。 当主の交代と、世界との戦争を。 だけど邪魔をするなら、まとめて潰す。 554 ﹁今は 外来襲撃 に備えなさい。それを片付けてから、動く﹂ 恭しく頭を垂れる部下達を一瞥してから、私は窓の外へ目を向け た。 魔族領とはいえ、人が住む場所だ。 屋敷の外には穏やかな田園風景が広がっている。 邪魔ばかりする父親だったけど、無能と評価するのは少しだけ酷 か。 少なくとも、領地を繁栄させるのには役立ってくれた。 これからの戦いに利用させてもらおう。 彼 もきっと何処かで見ているのだろう。 この世界も、自然が豊かなところは嫌いじゃない。 穏やかな風景を、 だから、絶対に探し出してみせる。 まだ小さな手を強く握りながら、私は自分の部屋へと戻った。 ふう、と一息を吐く。 父親の断末摩の叫びが思い出されたけど、すぐに消えた。 彼 を会わせ そんなことには構わずに、ひとつの術式を空中に描き出す。 この術式を作り出すのには半年も掛かった。 だけど苦労した分の成果はあった。 記憶を映像として形にする術式は、いつでも私と てくれる。 授業中に窓の外を眺める彼、 廊下で一人佇む彼、 騒がしいクラスメイトへ虫を見るような眼差しを送る彼、 こっそり覗いている私に気づきもせず、自分の部屋で黙々と編み 物をする彼、 555 そして初めて出逢った時の、私に優しく微笑んでくれた彼︱︱︱。 いすず いくつもの姿が空中に浮かぶ。 ああ。五十鈴くん︱︱︱、 五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴く 556 ん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん五十鈴くん︱︱︱。 大好き。 愛しているわ。 女の子みたいに可愛い顔も。 抱き締めたら折れてしまいそうな華奢な体も。 全部全部、大好きだった。 潰されて、壊れてしまっても構わない。 きっと彼も転生して、変わらずにいてくれるはずだから。 人間でも魔族でもエルフでも獣人でも、あるいは魔獣になってい たって見つけてみせる。 そして、もう一度、私を見て欲しい。 あの冷酷で優しい瞳で。 私を、私だけを見つめて欲しい。 そのためなら何だってする。 たとえ世界すべてを手に入れてでも、絶対に再会を果たしてみせ るわ。 557 幕間 とある魔族令嬢の惨劇︵後書き︶ 本編再開は明日からです。 558 01 不屈の毛玉 ボクは暗闇の中にいた。 何をしてたのか、何処にいたのか、よく思い出せない。 ただ、眠かった。 自分が終わっていくのが感じられた。 まるで自分自身が砂粒になって散らばっていくみたいな感覚だっ た。 死ぬ。 それだけは、はっきりと理解できた。 だから想った。 死にたくない。もっと生きていたい。 この世界は楽しいから、もっと、もっと︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃不屈﹄スキルが上昇しました︾ ドクン、と全身が脈打った。 同時にボクは目を覚ます。 即座に状況を確かめようとしたけど、それどころじゃなかった。 激痛が襲ってきた。 いだだだだだだっ!? なにこれ? ああ、そうか、特大の雷撃を喰らったんだ。 地中に潜ろうとしてたから幾分か散らされたはずなのに、それで も消し炭になるんじゃないかっていうくらいの威力だった。 実際、自慢のふわふわ黒毛が焼け焦げて周囲に散らばってる。 普段は全方位の視界も、欠けてる部分が多いね。 559 サブカメラをやられただけだ、なんて強がれる状況じゃない。 メインカメラ 単眼が無事だったのは奇跡だね。 全身に火傷を負わされて、所々に裂傷もあるみたいだ。 内部までダメージがきてるんだろうね。 浮かぶのも、ちょっと無理? 魔力回路まで傷ついてるのかな? よく分からないけど、とにかく深刻な重傷みたいだ。 まともに動けないなんて、白毛玉だった時以来だね。 魔力も尽きかけてる。 とりあえず﹃自己再生﹄を試してみたけど、数秒が限界だ。 なんとか命は繋いだけど、しばらくは魔力の回復を待たないとい けない。 でも、妙だね。 サンダーバードの雷撃に撃たれた時には、まだ魔力に余裕があっ たはずだ。 全身ボロボロなのは納得できるんだけど⋮⋮、 ああ、そういえば﹃不屈﹄スキルが上昇したってメッセージがあ ったね。 生き残れた、そのおかげ? 瀕死でも生き残れたけど、代わりに魔力が使われたのかな。 まあ経緯はともかく、自身の状態は分かった。 問題は、周りの状況がいまひとつ掴めないことだね。 暗闇なのは問題じゃない。 ボクは夜目が利くし、いざとなれば魔力光で照らせる。 とりあえず脅威になりそうなものは見当たらない。 気掛かりなのは、ボクがいる場所だ。 560 どうやら石造りの通路に転がってるみたいだ。 まるでダンジョンみたいに、数人は並んで通れそうな幅広の通路 が伸びてる。 たしかボクは、地下へ潜って逃げようとした。 でもそこで石壁に邪魔されて、雷撃を喰らったはずだ。 正直、死んだと思った。 奇跡的に重傷で済んだみたいだけど、それでも地中に生き埋めに されてないとおかしい。 少なくとも、こんな地下通路みたいな場所にはいなかったはず。 誰かに運ばれた? でもボク以外の気配はない。 魔術で転移でもした? そんな現象が起こるのも不思議だ。 んん∼⋮⋮もしかして、雷撃でさらに地下へ落とされたのかな? ボクの逃亡を防いだ石壁が、この地下通路の天井だとすれば理屈 は通る。 雷撃で天井が崩されて、ボク自身はこの通路まで落下した、と。 そうなると、天井は崩れてることになる。 だけどこの通路は傷もなくて⋮⋮あ、床には石の破片が転がって る。 破片というか、瓦礫だね。 天井は綺麗なものだけど、綺麗すぎるとも言える。 壁や床もそうだね。埃は積もってるのに、まるで新築物件みたい だ。 つまりは、一回天井が崩れたけど、修復された。 561 そう考えると辻褄が合う。 いや、強引な推理な気もするけどね。 こういう発想が出てくる時点で、ボクもこの世界に染まってきて るよね。 魔法なんてものがあるんだし。 まで掛けてたから 雷撃を降らしてプラズマボール撃ちまくる鳥がいるんだし。 永続化 自動修復される壁や天井くらいあるでしょ。 ボクが作った土壁も、強化した上に ね。 って、大気中の魔力を利用してる形なんだよね。 さすがに自動修復機能はなかったけど、試したらいけるかな? 永続化 だから、大量の魔力が必要になると難しい。 自動で大気中の魔力を集めても、修復には時間が掛かりそうだ。 あ、でも何処かに貯蓄とかしておけば︱︱︱。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃沈思速考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃恒心﹄及び﹃多重思考﹄スキルが解放 されます︾ と、新スキルか。 ﹃多重思考﹄の方は、読んで字の如しって考えてよさそうだね。 複数の物事を考えられる? あんまり実感はないけど、右手と左手で別々のことを出来たりす るのかも。 まあ、手なんて無いんだけど。 ﹃恒心﹄は⋮⋮﹃瞑想﹄の上位版かな? 562 いまのボクは魔力回復を図ってるんだけど、また少し回復速度が 上がった気がする。 そろそろ﹃大治の魔眼﹄を使っておこう。 飛べるくらいには回復しないと、何か起こった時に困る。 魔力の巡りが少し悪いけど、しっかり意識すれば抑え込めるくら いだね。 さて、治療をしながら、あらためて周囲を窺う。 うん。ダンジョンっぽい。以上。 なんでこんな場所があるのか、ボク以外に生き物がいるのかどう か、疑問は尽きないけどね。 答えは出そうにないし、いまは在りのままを受け入れるしかない ね。 まずは回復。 その後で、探索してみれば分かることも出てくるはず。 ひとまずはサンダーバードから逃げられたと喜んでおこう。 回復を図ること数時間︱︱︱、 まだ完調とは言えないけど、問題なく動けるようにはなった。 全身に魔力が巡る。 ﹃空中機動﹄も自然に扱えるね。 複数ある眼も﹃自己再生﹄で治せたし、全方位の視界も良好だ。 ただ、体力だけはどうしようもない。 563 少しふらつく。 いや、浮かんでいるのに妙な表現だけどね。 お腹が空いてるのも原因かな。 バナナはもう無いし。 森とは違って樹液を啜るのも無理だ。 地上に出られれば、食料を手に入れるのは難しくない。 このダンジョンのことも気になるけど、探索は後回しで構わない からね。 急いで拠点に帰ってもいい。 サンダーバードも、もう何処かに行ってるでしょ。 そう考えて、まずは脱出を試みもしたんだよ。 壁さえ崩せれば、地上まで掘り進められるからね。 だけどこの壁、とんでもなく頑丈だった。 が ﹃万魔撃﹄と﹃衝破の魔眼﹄を撃ち込んでみたけど、少ししか崩 れない。 溜め ﹃徹甲針﹄も刺さりはするけど、自動修復で押し返される。 連続での﹃万魔撃﹄ならいけそうだけど、残念ながら 必要だ。 単純な硬さじゃなくて、魔術的な防護もされてるみたいだよ。 ボクが通れるほどの穴を空けるのは、いまは無理っぽい。 逆に言えば、サンダーバードの雷撃がそれ以上に強烈だったって こと。 ほんと、よく生きてたものだよ。 いや、仮死状態みたいなものだったから生きてなかったのかな? まあ細かいことはいいか。 それよりも、なんとか脱出路を探さないといけない。 564 もしくは食べ物を入手するか。 ダンジョンと言えば、魔獣とかも徘徊してそうだけど︱︱︱。 と、そこで小さな音が響いてきた。 カチャカチャと。細かな音が通路の奥から近づいてくる。 ボクは身構える。 隠れられそうな場所もない。 なんだろう? 魔獣? 人間? あるいは他の何か? どっちにしても接触は避けられそうにない。 戦いになる可能性もあるね。 それは歓迎できないけど、上手くすれば食べ物が手に入るかも。 警戒と同時に、淡い期待も浮かぶ。 でも、ボクの前に現れたのは骨だった。 人型の動く骨。スケルトンってやつだね。 それが数体。武器を持って、あまり友好的ではない様子。 身振り毛振りでコミュニケーションを取ろうとしても、構わずに 剣を振り上げて向かってくる。 どうしよう? いや、この状況じゃ戦うしかないんだけどね。 それはいい。弱そうだし。きっと倒せる。 だけど、ねえ? 果たして骨はお腹の足しになるのか、それが問題だ。 565 01 不屈の毛玉︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:7 名前:κτμ 戦闘力:7920 社会生活力:−3250 カルマ:−7480 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃高速魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃猛毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄﹃多重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 566 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍結の魔眼﹄﹃雷撃の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄ カスタマイズポイント:370 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 567 02 はじめてのダンジョン探索 ﹃破砕針﹄を飛ばす。 それだけでスケルトンは砕けて、動かなくなる。 だけど放っておくと砕けた骨が寄り集まって、また襲ってくる。 どうやら体の中心にある黒い球体を潰さないとダメみたいだね。 そう分かった後は簡単だった。 毛針で体ごと砕いた後に、動きの止まった弱点を潰せばいい。 二度手間を掛けなくても、衝破や雷撃の魔眼なら数体まとめて倒 せる。 苦戦することもなかった。 数分後、ボクの足下には大量の白骨が転がっていた。 途中から数えるのも嫌になったけど、合計で数十体は襲ってきた ね。 最初は数体だと思ったのに、通路の奥からゾロゾロと押し寄せて きた。 結局は全部倒したけどね。 ただ、人間の骨っぽいのは少なかったね。 人型ではあるけど、妙に横幅が広かったり、甲羅を背負ってるの もいた。 以前に会った亀オークのスケルトンみたいだったね。 他にも、人型だけど顔の形は狼やワニっぽいのもいた。 完全に犬や狼なスケルトンもいたね。 元が人間だったものの方が少ないみたいだ。 地上には魔獣が多かったし、その死体の成れの果てなんだと思う。 568 まあ、細かい理屈はいいや。 問題なのは、このスケルトンが御飯にはならないってこと。 戦闘はけっこう余裕があったんで、﹃完全吸収﹄も試してみた。 まだ動いてるスケルトンに対して、ね。 だけど、あんまり吸収できた感じがしない。 なんていうか、普通の獲物が栄養たっぷりのジュースだとしたら、 スケルトンはスカスカのスポンジみたいだった。 生命力がないから、って解釈でいいと思う。 動かなくなった骨も吸収してみたけど、同じような感覚だね。 一体で葉っぱ一枚分も空腹を満たせない。 そのまま骨を齧ろうにも、アンデッドの骨だしねえ。 毒とか呪いとか、そういう体に悪いものを抱えていそうだよ。 だけどまあ、餓死してこいつらの仲間入りはしたくない。 狼っぽいスケルトンの骨をいくつか持っていこう。 齧りながら探索だね。 食料か脱出路、どちらかを見つけに行くとしよう。 灰暗い通路をふらふらと進む。 お腹の痛みを堪えながら。 うん。お腹が何処かよく分からないけどね。 とにかく痛い。ちょっと気分も悪くなってきた。 569 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃猛毒耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽条件が満たされました。﹃死毒耐性﹄スキルが解放されます︾ 耐性強化だー、ってあんまり喜べないね。 ﹃大治の魔眼﹄を発動しながら、毒が抜けるのを待ってる。 でも探索も進めないといけないのが辛いところだ。 原因は、骨です。 齧らなきゃよかった。 ちょっとした毒くらいなら耐えられるって思ったのが甘かったね。 アンデッドの骨に詰まってた毒は、想像以上に強力だった。 でも﹃吸収﹄した時は大丈夫だったんだけどねえ。 やっぱり直接口に入れると違うのか、蓄積した結果なのか。 どっちにしても油断だったね。 だけどまあ、死毒だったら以前にも耐えた経験があるし。 当時よりはボクも格段に強くなってるから、このまま切り抜けら れると思う。 ﹃大治の魔眼﹄は、少しだけど状態異常も回復してくれるからね。 それよりも空腹の方が問題だ。 地下ダンジョンの探索を始めてから、体感でもう数時間は過ぎて る。 枝分かれした通路とか、行き止まりにある広間くらいしか見つか ってない。 あとは、正体の分からない魔獣っぽいものの死体が転がっていた り。 スケルトンがちょこちょこと襲ってきたりする。 570 ほら、いまもまたカチャカチャとした足音が近づいてきた。 毒で弱ってる状態だけど、スケルトンくらいなら問題ないよ。 ﹃雷撃の魔眼﹄、発動。 数体をまとめて倒して、戦闘終了。 あっさりだね。 怪鳥とか魚竜みたいな大物が出て来ないのは助かってる。 こういう密閉空間だと、ボクの戦い方も少し工夫が必要だからね。 まず﹃災禍﹄や﹃死滅の魔眼﹄を使うのは危ない。 ボクが巻き込まれる恐れがあるからね。 とりわけ﹃災禍﹄の病魔効果は、耐性も持ってないので要注意だ。 混乱や麻痺効果だけ使えればいいんだけどね。 残念ながら、まだ研究中。いずれにしても広い場所に出てからだ ね。 というか、早く広い場所に出たい。 地上が恋しい。 べつにボクはアウトドア派じゃないんだけどね。 むしろ、部屋に篭もってちまちまとした趣味に耽ってる方が好み だけど。 だけど自分の部屋とダンジョンじゃ大違いでしょ。 部屋から出ないのと出れないのじゃ、まったく異なるんだよね。 しかし、本当に脱出路が見つかるかどうか不安になってきた。 無理してでも壁をブチ破る努力をした方が早いんじゃ︱︱︱、 なんて思ってた時に、見つけたよ。 脱出路を。 ただし、この階層からの。 さらに地下へと向かう脱出路を。 571 なにやら大仰な両開きの扉があったんで、警戒しながらも入って みた。 そこ自体は何もない広間だったけど、さらに奥の通路を進むと階 段があった。 うん。下へ向かう階段がね。 求めてたのはコレじゃないよ。 どうして上に繋がってないかなあ。 はあ。文句を言っても仕方ないのは分かってるんだけどね。 逆方向に進めば地上への道に繋がるかも、とは思う。 だけどその保障もない。 出口まで何日も掛かる可能性もあるし、そもそも存在しない恐れ だって捨て切れない。 それに、この階段も目の前にあると気になるんだよ。 毒も抜けてきたし、空腹は問題だけど丸一日くらいなら堪えられ そうだ。 だから、とりあえず地下へ進んでみることにした。 もしかしたら壁が脆くなってブチ破れるかも知れない。 そんな自分でも納得できない期待を抱いて進む。 階段の途中で、雰囲気が変わったのが分かった。 通路の造りなんかの風景は変わりない。 でも空気が少し暖かくなった? それは錯覚じゃない。だけど、むしろ警戒心は増してくる。 恐怖というほどじゃないけど、背筋が冷たくなる感覚があった。 慎重に進む。 しばらくして、ヒタヒタと近づいてくる音があった。 572 スケルトンとは明らかに違う。 もっと鈍い、肉感のある足音みたいだ。 まるで濡れた足で歩いてくるような︱︱︱その正体は、すぐに分 かった。 通路の奥から、そいつらはゆっくりと現れた。 犬だ。かなり大型の。 四つ足状態でも、頭の高さが人間の胸まで届くくらいの。 それくらいなら、もっと大型の魔獣を見慣れたボクは驚かない。 むしろ喜ぶべきだよね。 肉付きの犬だし。 やっと御飯にありつける、と。 ただし、その肉は腐ってるワケだけど。 そう、ゾンビ犬だね。 またアンデッドだよ! しかも異臭を放つ体液を飛ばしながら向かってくる。 この時点でもう食欲激減だ。 そりゃあ世の中には臭くても美味しいものもあるらしいけど。 少なくともボクの好みじゃない。 ﹃吸収﹄する気にもなれないね。 さっさと片付けて︱︱︱と思った瞬間、ゾンビ犬の背中が割れた。 これにはさすがに驚かされた。 何事!?、と目を見開いて固まってしまう。 その隙を突くみたいに、ゾンビ犬の割れた背中から触手が伸びて きた。 灰色とピンク色が混じり合った、気持ち悪い触手だ。 573 ボクは咄嗟に毛針を飛ばしつつ後退する。 不意は打たれたけど、相手の動きはさほど速くない。 掠りそうになっても、﹃加護﹄で充分に防げる程度だった。 怖くはない。気持ち悪くて、驚かされただけ。 ﹃雷撃の魔眼﹄、発動。 青白い光に貫かれたゾンビ犬は、そのまま動かなくなる。 念入りに毛針を突き刺して、トドメを確認する。 大丈夫そうだ。 あとは、このゾンビ肉を食べられるかどうか、試してみる? さすがに躊躇われるね。 焦げるほどに焼けば食べられなくもなさそうだけど、最後の手段 かな。 地下で炎を使うのも慎重に考えないといけないし。 ほら、二酸化炭素とかの問題もあるから。 それに︱︱︱、 ボクはゾンビ犬が出てきた通路の奥へと目を向ける。 少し進むと、その異常な光景が確認できた。 これまでの石壁に囲まれただけの、単調な様子とはまるで違って いる。 壁も床も天井も、そこかしこから異臭を放っている。 脈打っている。 まるで、曝け出された臓物みたいに。 もしかしたらボクは、いつの間にか巨大生物に呑み込まれていた のかも知れない。 そんな錯覚すら起こしそうな、おぞましい通路が続いていた。 574 03 グロ中尉① 壁や床が脈打ってる。 明らかにこれ、生命的なものだよねえ。 でもゾンビ犬が襲ってきたことから察するに、アンデッド的なも のなのかな? どっちにしても、あんまり詳しく観察したいものじゃないね。 ﹃鑑定﹄もしてみたけど、よく分からないし。 ともかくも精神的によくなさそうだ。 近づくだけでも、健康的にもよろしくなさそうだし。 汚染とかあるんじゃない? 病原菌とか撒き散らしてたら困るなあ。 ってことで、とりあえず消毒してみよう。 これまでの石壁と違って、壊せるかもって期待もあるし。 ﹃万魔撃﹄、発動! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ 文字通りの肉壁が、魔力ビームで焼き払われる。 やった! これなら簡単に消し飛ばせる! と、喜んだのは一瞬だった。 肉壁の下には、硬い石壁があった。 そう、二重になっていただけ。 石壁の方にも傷はつくけど、そっちはすぐに修復されてしまう。 575 どうあってもボクを脱出させたくないらしい。 いや、ダンジョンに意志があるとも思えないけどね。 ないよね? ダンジョンマスターがいるとか。 じわじわとボクを追い詰めようとしてるとか。 もしもそうなら、﹃死滅の魔眼﹄を叩き込んでやるのも躊躇わな いんだけど。 ともあれ、壁の破壊は無理だと分かった。 こうなると進むか退くか決めないといけない。 まあ、進むしかないかな。 このダンジョンは普通じゃない。 いや、そもそも普通のダンジョンなんて知らないけどね。 なんにしても不気味だ。 こんなのが地下にあるんじゃ落ち着けないよ。 ゾンビ犬の大量発生とか起こったら困るからね。 ほら、いまも肉壁のところから出てくるし。 毛針で迎撃。 ﹃徹甲針﹄に﹃破砕針﹄、おまけで﹃焼夷針﹄も撃ち込む。 というより、 生み出される かな? とか ︽行為経験値が一定に達しました。﹃八万針﹄スキルが上昇しまし た︾ 現れる 解放される とかいった方が正しいみたいだ。 どうもゾンビ犬は 作られる もしくは、 肉壁の一部が裂けて、ぐちゃっと出てくる。 敵に対する防衛機能みたいなものかな。 人間で言うなら白血球だっけ? 576 って、それだとボクが悪性のウイルスみたいだね。 イメージがよろしくない。 まあカルマはマイナスぶっち切りだけど、けっして悪じゃないよ。 ゾンビ犬なんて生み出してる方が悪じゃない? 生命への冒涜だし。 うん。﹃死滅の魔眼﹄のことは置いておこう。 あれはゾンビじゃないし。 死毒の塊にするだけだし。 それにほら、時間が経てば勝手にいなくなるからね。 環境に優しい兵器ってことで。 よし。ボクは悪くない。 ってことで、この悪い肉壁を排除していこう。 ﹃焼夷針﹄を撃ったのは、それも狙ってのことだからね。 ダンジョン内で火は使いたくなかったけど、これが一番効率が良 さそうだし。 もちろん酸欠で倒れるつもりはないよ。 魔術で風を起こして、煙なんかは通路の奥へ流れていくようにす る。 炎を広げていく効果もある。 何処まで空気が続くか、不安は残るけどね。 でもかなり広いダンジョンなのは、これまでの探索で明らかだ。 しばらくは肉壁を焼き払いながら進んでも大丈夫なはず。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃風雷系魔術﹄スキルが上昇し 577 ました︾ 風の魔術を維持しながら通路の奥を目指す。 何体かゾンビ犬も生み出されるけど、ほとんどはボクに近寄って もこれない。 炎に巻かれて倒れていく。 残りも、﹃破砕針﹄で排除していく。 それでも慎重に進んで、焼け落ちた肉壁の破片に目を向けた。 毛針で突つく。 念入りに観察してみる。 ちょっと怖いけど、ゆっくりと﹃吸収﹄を発動。 ん⋮⋮? おお、悪くない味だね。 柔らかな肉みたいな感覚が伝わってくる。 まあ実際に肉なんだけど、﹃吸収﹄で味わってるにしては珍しい 感覚だ。 それに、壁の方はどうやらアンデッドじゃないみたいだね。 スケルトンの時に味わったスカスカの感じがしない。 生命力が詰まってるみたいだ。 毒とかの危険なものも混じってないっぽい? じっくり焼いたのが良かったのかな。 ともかくも、これなら食料として申し分なさそうだ。 こうなると通路全体がお肉ってことだよね。 一面のステーキ。 お菓子のダンジョンならぬ、お肉のダンジョン。 食いしん坊が大挙して押し寄せて来そうだ。 見た目的に臓物だから、食欲をそそるかどうかは知らないけど。 578 ボクはそんなに食事に拘るタイプじゃないんだよね。 甘い物は好きだけど。 それでも飢えるのは勘弁して欲しいし、その問題が解決したのは 嬉しいね。 ただ、やっぱり直接に食べないと空腹感は満たされない。 ﹃吸収﹄するのとは違って、それはまた別の勇気が必要になるよ。 でも、食べておこうか。 ゾンビ犬くらいは脅威じゃないけど、何が起こるか分からないか らね。 可能な限り、万全な状態は整えておこう。 ってことで、久しぶりのお肉に齧りつく。 ん⋮⋮やっぱり毒とかは無さそうだね。 むしろ美味しい。 ちょっと脂身が多いけど、程好く口の中でとろけていくね。 前世でも食べたことがないくらい上質のお肉かも。 ゾンビを生むのに。 なんだろう、このアンバランスさは。 至高のゲテモノ料理だね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃悪食﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ って、妙なスキルが上がってる? んん? だけどやっぱり体に異変は無いよ。 ちょっと舌がピリッとするくらい。 スパイスが利いてるのかな∼って程度だし、問題はまったく無い。 それに﹃極道﹄って、﹃懲罰﹄系への耐性スキルだったはずだよ 579 ね。 ボクの弱点だし、そんな攻撃が混じってるなら気づくはず。 あ、でも、もしかして⋮⋮、 ﹃懲罰﹄じゃなくて、﹃獄門﹄系の影響を受けてる? カルマに応じた攻撃って考えると、この二つは同じ枠組みなんだ よね。 で、それに対するのが﹃極道﹄、﹃我道﹄系の耐性スキル、と。 なるほど。この予測が正しいなら納得できるね。 肉壁は、カルマがプラスの相手には毒になる。 だけどボクはマイナスに吹っ切れてるから美味しく食べられる、 と。 よかった。 これまでの行為は無駄じゃなかったよ。 そうじゃなかったら空腹で倒れてたかも知れないし。 やっぱり日頃の行いって大切だよね。 580 04 グロ中尉② お肉のダンジョンを進む。 焼いて、食べて、たまに触手を生やした化け物を蹴散らしながら。 肉壁から現れるのはゾンビ犬だけじゃなくなってきた。 グロテスクなのは相変わらずだけどね。 四角い箱みたいな臓物に詰め込まれた触手とか。 人の形を取ったナニカから生えまくってる触手とか。 触手の塊とか。 うん。どんだけ触手が好きなんだ、って話だよね。 結局は燃え易い敵ばかりで、片付けるのは簡単だったけど。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV7からL V8になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃鑑定﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔導﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽条件が満たされました。﹃連続魔﹄スキルが解放されます︾ 単調だけど、戦闘は続いてる。 おかげで経験値は稼げてるみたいだね。 新しいスキルの﹃連続魔﹄は、魔術の発動が速くなるっぽい。 581 いまのボクは風を起こす魔術しか組んでないけど、術式の構築作 業に慣れてきたってことかな。 別々の術式を連続して扱うのも、機会があったら練習しておきた いね。 多数の敵を相手取る時には助かりそうなスキルだし。 絶賛、多対一の戦闘を継続中だし。 たまに途切れるけど、肉壁に近づくとやっぱり襲われる。 継続というか、断続的な戦闘だね。 だけど、ずっと肉壁と戦い続けてるとも言えるかな。 焼き払いながら進んでるんだけど、二層に入ってから肉壁は途切 れてない。 この階層全体を覆ってるのかも知れないね。 それと、不思議なことが起こってる。 体感で一時間以上は進んでるのに、ボクは迷ってない。 迷う余地がないんだよね。 二層目もかなり広くて、枝分かれしてる道もあったのに。 一本道にダンジョンが変化していった。 最初に三叉路を見つけた時だ。 肉壁を焼き払いながら、ボクはどの道に進もうか迷っていた。 だけど天井から石壁が降りてきた。 石壁 だっていうこと。 通路を塞いで、選択肢をひとつに絞ってくれたんだね。 まるで、ボクを誘導してるみたいに。 ここで気になるのは、通路を塞いだのが 肉壁じゃない。 まあ肉壁だった場合は、焼いて片付けられたんだけど。 つまりは、ボクの道を効果的に塞ぐだけの知能が働いている。 582 しかもその知能は、ダンジョンを操っている。 ダンジョンマスター存在説が急に現実味を帯びてきたよ。 そうなると、このまま進むのは危険だと思えた。 だって知能のある相手の庭に飛び込んだようなものだからね。 頑丈な石壁を操れる。 それだけでも充分に脅威だよ。 もしも壁で四方を囲まれたら、そのままボクは潰されるかも知れ ない。 あっさりと詰みだ。 そう考えて、即座に引き返そうとした。 全速力で逃げればなんとかなるかも︱︱︱なんて、甘かったね。 通ってきた道が、石壁で塞がれてた。 どうあってもボクを奥へ進ませたいらしい。 すっかり罠に嵌まっちゃったみたいだね。 お肉で釣られちゃったワケだ。 いやまあ、このグロテスクな肉壁が食料になるとは、相手も考え てなかっただろうけど。 あ、でも味覚や美的感覚が根本的に狂った相手なら有り得るのか な。 血塗れの光景にうっとりするような相手とか? 嫌だなあ。 出会ったら、即座に﹃万魔撃﹄を叩き込もう。 だけど出会わないのが一番なんだよね。 こうなると、本格的に石壁の破壊を試みるべき。 ﹃万魔撃﹄の威力向上を図ろうか。 583 それとも、有用そうな魔術の開発でも挑戦してみる? とりあえず食べ物はあるし、襲ってくる敵に注意すれば、研究す る時間も取れると思う。 破壊する魔術じゃなくて、搦め手に頼るのもいいかもね。 頑丈な石壁で一番厄介なのは、自動修復機能があることだ。 それさえ防げば、﹃万魔撃﹄を何発か撃ち込めば壊せる。 自動修復も魔術的なものだから、邪魔するのは可能なんじゃない かな? 例えば、魔力の流れを塞き止めるとか、乱してやるとか。 魔力に対するなら、﹃破魔﹄系の攻撃が使えれば︱︱︱。 そんなことを考えながら、通路を進んでいた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ 攻撃が来る方向は前方。そう決まってたのが良かったね。 咄嗟に避けて、毛針で迎撃、﹃加護﹄でも防いだ。 襲ってきたのは数本の触手だ。 ただし、これまでのよりも格段に長い。 先端には、鋭い棘が何本も生えてる。 その触手は、前方を扉みたいに塞ぐ肉壁から生えていた。 これまでも通路は肉壁に覆われてたけど、行く手を塞ぐ形のは初 めてだね。 肉壁全体が威圧するみたいに蠢く。 どうやら、これ以上はボクを進ませたくないらしい。 ん? んん? おかしくない? 誘導して、ボクをここまで進ませてきたのに。 584 石壁は進ませたいのに、肉壁は進ませたくない? どういうことだろ? 気になるけど、考えるのは後にしよう。 触手の攻撃はけっこう鋭い。 距離を取る。と、肉壁が何か飛ばしてきた。 弾丸みたいなそれを、毛針で迎撃、また﹃加護﹄で防ぐ。 床に落ちたのを見てみると、人の指くらいの尖った骨だった。 刺さったら痛そうだね。 おまけに、骨の内部からは異臭を放つ液体が漏れてる。 毒付きの骨弾ってところかな。 喰らいたくないね。 毛針を飛ばしつつ、﹃雷撃の魔眼﹄も散らしていく。 同時に肉壁を焼きながら後退する。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃強力撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ある程度の距離を取ると攻撃が治まった。射程距離から外れたら しい。 でも、こっちはまだ射程距離内だ。 ﹃万魔撃﹄、発動。 通路を埋め尽くすように、極太の魔力ビームが貫いていく。 肉壁が抵抗するみたいに蠢いた。 でも、それだけだ。 立ち塞がっていた肉壁が、塵になって消えていく。 585 後には、開かれた石造りの扉が残った。 の方は、ボクを奥へ招いてるんだね。 の方が邪魔しようとしてる、と。 石 え? 扉? しかも開きっぱなしの? 肉 ああ、やっぱり それを 邪魔したい理由もなんとなく分かった。 扉の奥に、これまでと少し変わった景色があったから。 大きな広間のはずなのに、やけに狭く見える。 原因は、中央に大きな肉があるから。 肉というより、臓物だね。 グロい。気持ち悪い。あんまり観察もしたくない。 ここまでの肉壁でもSAN値を削られそうだったけど、また一際 グロいよ。 ﹃ピーーーー﹄で﹃Pi−−−−﹄で﹃ズキューーーン﹄な感じ だね。 未成年に見せていいものじゃない。 そういえば、ボクって前世を合わせても未成年だったね。 毛玉年齢だと、まだ一才にもなってない。 どうでもいいか。相手は倫理なんて知ったことじゃなさそうだし。 ともかくも、そんな臓物?、心臓っぽいね。 それが広間の中央で脈打ってる。 たぶん、肉壁の大事なものなんだろうね。 だから守って、ボクを進ませないようにした。 逆に、石壁はこれを排除したかった? あるいは、ボクの力を試してる? 遊んでるつもり? どっちにしても、ボクがやることは変わらないね。 586 気持ち悪いし。 綺麗さっぱり消毒させてもらおう。 587 05 グロ中尉③ 晒け出されてる心臓を叩き潰すなんて簡単。 そう考えていた時期が、ボクにもありました。 だってほら、謂わば動かない弱点だし。 ちょっと毛針で突けば、風船みたいに破裂しそうなイメージがあ ったんだよ。 うん。甘かったね。 だけどまさか、肉が城砦化するなんて思いもしなかったよ。 ボクだって油断してた訳じゃない。 まず最初に、充分な距離を取ってから﹃万魔撃﹄を叩き込んだ。 でも防がれた。 床や壁を覆っていた肉が蠢いて、変形して、壁を作って。 壁というか、ブロックミート? 硬さじゃなくて、厚さで防ぐような肉の塊だった。 ﹃万魔撃﹄もけっこう頑張ってくれたんだけど、肉壁の半分くら いしか削れなかった。 そんな肉壁が次々と作られていって、心臓部を囲った。 城壁みたいに。 だけどボクにはまだ余裕があった。 いくら城壁を積み重ねても、それも無限のはずはないからね。 五∼六発も﹃万魔撃﹄を叩き込めば決着がつきそうだった。 でも、お城にあるのは壁だけじゃないんだよね。 588 城を守る兵士もいる。 そいつらは、天井からボタボタと落下してきた。 なんていうか、とってもグロ注意な兵隊だったよ。 背中にザクロを貼りつけたムカデみたいな。 そんな連中が、何十何百と天井の肉から落ちてくる。 この時点もう、怖気を覚えたね。 うぞぞぞぞぞ、って。 ザクロムカデが赤黒い波になって向かってくるんだもん。 もちろん迎撃はした。 近づかれるだけでも気持ち悪いからね。 衝破や雷撃、凍結、攻撃系の魔眼をフル稼働で。 だけどザクロムカデは、仲間の死体を押し退け、踏みつけて向か ってくる。 しかもその背中のザクロが割れて、溶解液を飛ばしてきた。 一発一発は、﹃加護﹄で充分に防げるくらいの威力だ。 だけどザクロムカデは数で攻めてくる。 もしもボク自身に群がられたら堪ったものじゃない。 この時点で戦略的撤退を決定。 毛針や魔眼を散らしながら、背後へ向かって全力で飛んだ。 幸い、ザクロムカデの足はさほど速くなかった。 距離を取ったところで、﹃凍結の魔眼﹄を使って通路を氷で埋め 尽くす。 時間稼ぎだね。 ちょっと作戦を立て直したい。 ザクロムカデは氷の壁を壊そうと群がってくるけど、土壁を作っ た時の要領で強化してある。 分厚く作ってもあるから、十分や二十分は耐えられるはず。 589 で、いまは一息ついて作戦を練り直してるワケだけど︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恒心﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精神無効﹄スキルが上昇しま した︾ やっぱり精神衛生上よろしくないよねえ。 氷壁を挟んだ向こうでは、ザクロムカデの群れが諦めずに蠢いて るし。 倒す以外に、逃げ道も無いワケだし。 でもひとまずは休憩する余裕が持てた。 魔力も少しだけど回復できてる。 ﹃万魔撃﹄を何発か撃つ余裕はあるね。 あとは、力押しでもなんとか倒しきれると思う。 いまも敵の数は減ってるし。 撤退はしたけど、ボクは恐怖で錯乱してた訳じゃない。 反撃の策も打っておいた。 可能な限りの﹃焼夷針﹄をバラ撒いておいたんだよ。 ボクが休んでる間にも、炎は広がっていた。 もう面積だけなら、ザクロムカデの群れを上回ってる。 肉壁にも火を消し止める能力が無くて助かったよ。 さて、敵軍の数は減って追い詰められてる。 反撃をしてトドメといこう。 薄くなってきた氷壁へ向けて、﹃衝破の魔眼﹄を撃ち込む。 氷が砕けて、数え切れないほどのザクロムカデもまとめて吹き飛 んだ。 そこへ﹃万魔撃﹄も叩きつける。 590 魔力ビームが通路を埋め尽くして、薙ぎ払った。 心臓がある大広間までの道が、一気に拓ける。 それでもまだ肉壁軍は侮れなかった。 心臓は文字通りの分厚い壁で守られてる。 さらに、ザクロムカデもまだ後から沸いてくる。 ボクが大広間に近づくと、一段と太い触手も襲ってきた。 先端に無数の棘がついた触手だ。 太い分だけ破壊力もある。 まともに殴られたらダメージは大きそうだね。 そんな触手が何本も、通路を塞ぐように伸びてくる。 だけど、こっちも見てるだけじゃないよ。 ﹃破砕針﹄や﹃爆裂針﹄を飛ばしまくる。 ﹃雷撃の魔眼﹄で動きを止めて、﹃衝破の魔眼﹄で砕き散らす。 ザクロムカデも近づかせない。 そうして時間を稼いで、また﹃万魔撃﹄で心臓を狙う。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃八万針﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破戒撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ 三発目の﹃万魔撃﹄で、ついに心臓に届いた。 大きく脈打っていた部分が弾けて、赤黒い液体が大量に飛び散る。 異臭が広間全体に漂った。 風を操って異臭を吸わないようにしつつ、少しだけ後退する。 591 だけど攻撃の手は緩めない。 相手もまだ最後の足掻きをするみたいだからね。 周囲の肉壁が、一際激しく脈打ちはじめた。 また触手が増えて襲ってくる。 というか、滅茶苦茶に暴れて、そこかしこを殴りつけてる。 を作る。 狙いは出鱈目だけど、巻き込まれるのも馬鹿馬鹿しいね。 溜め さっさと大人しくなってもらおう。 毛針と魔眼を散らしながら、 赤黒く蠢く肉壁の模様が、一瞬、恨めしそうにこちらを睨んでい るように見えた。 まあ錯覚だね。 だけどこの肉壁も、懸命に身を守ろうとしてたのかも知れない。 グロい生物を次々と出してきたのも、他に手段がなかったから。 根本的に、自分ではどうしようもない部分で、おぞましい生物だ ったのかも。 そう考えると、少し︱︱︱、 いや、かなり迷惑なヤツだね。 もう二度とボクの前には現れないで欲しい。 ってことで、﹃万魔撃﹄発動。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV8からL V9になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃雷撃の魔眼﹄スキルが上昇し 592 ました︾ ︽条件が満たされました。﹃轟雷の魔眼﹄スキルが解放されます︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍結の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃凍晶の魔眼﹄スキルが解放されます︾ 中心部から焼き尽くされた心臓は、また異臭を撒き散らしながら 崩れ落ちた。 周囲の肉壁も、蠢いていたのが徐々に鈍くなる。 ほどなくして、完全に動きを止めた。 ザクロムカデは残ったけど、そっちも一匹残らず駆除しておく。 繁殖なんてされたら困るからね。 こんなの、絶滅推奨種でしょ。 念入りに燃やして、匂いはダンジョンの奥へ送り込んで、と。 広間には、石壁と、僅かに焼け焦げた肉だけが残った。 ふう。掃除完了だね。 さよならグロ中尉。 さて、戦闘も終わったし、一休みしたいところ。 でもさすがに、この広間で休むのは気分的に歓迎できないね。 とりあえず焼け残ったお肉は、広間の隅に積み上げておこう。 あとで食べに来るかも知れないからね。 何枚か切り身にして、黒毛の間にも隠し持っておく。 休める場所を探すためにも、もう少しだけ進んでみよう。 広間の奥には、一層と同じような通路が続いていた。 少しだけ肉壁も残っていたけど、それもほどなくして途切れる。 そうして通路を進んで︱︱︱、 593 やがて、一枚の扉に行き当たった。 また両開きの、頑丈そうな造りの扉だ。 そして扉の脇には、光を放つ機械じみた装置が置かれていた。 594 05 グロ中尉③︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:9 名前:κτμ 戦闘力:8280 社会生活力:−3350 カルマ:−7450 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃連続魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃記憶﹄﹃演算﹄﹃罠師﹄﹃多重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 595 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄ カスタマイズポイント:390 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 596 06 毛玉のリドル 大きな扉に近づくと、脇に備えられた装置が反応した。 空中に四角い画面が現れる。 投影型のモニターみたいなやつだね。 さらに、なにやら文字列も表示された。 うん。読めない。 だけど全部が全部、という訳じゃなかった。 数字が並んでる部分だけは解読できる。 銀子が居た時に、この世界の数字だけは覚えておいたからね。 やっぱり勉強って大切だよ。 演算記号も分かる。 どうやら表示されてるのは四桁の足し算で、その答えを打ち込む のを求められてるみたいだ。 装置の方もボタンが並んでるんだけど、そこには数字が刻まれて いる。 つまり︱︱︱、 ﹃4570 + 6885 = ﹄、って問い掛けだね。 このくらいなら暗算でも答えられるね。 11355、と。 打ち込む。 毛を立てて、ポチポチと。 たぶん、これで扉は開くはず。 597 しかし迷宮のリドルってやつにしても簡単すぎるね。 この世界では難易度高いのかな? 銀子でも答えられそうなんだけど。 それとも、知能がある者だけを通そうとしてるとか? たしかに偶然で開くことはなさそうだけど⋮⋮ん? ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮開かないね。 それに、浮かんでる画面が赤く染まってる。 危険は感じないけど⋮⋮ん? んん? あ! えっと、この数字を足して、答えを打ち込めってことだったね。 まずは試してみよう。 何回でも挑戦できるのかも知れないけど、一回でクリアしたいね。 間違えるはずもないけど、慎重に。 11455、と。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃演算﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃高速演算﹄スキルが解放されます︾ そういえば、﹃演算﹄とか﹃記憶﹄のスキル上げはサボッてたね。 銀子がいた時は、地道に頭を使ってたんだけど。 最近はお城造りに夢中だったからねえ。 そのお城の方は大丈夫なのかな? また襲われてる可能性は低いと思うけど、どうなってるのか気に なるよ。 あんまり説明もしないで出てきちゃったからね。 一応、書き置きはしたんだけど。 598 探さないでください、って。 アルラウネたちに読めるはずもないし。 だけどまあ、気に留めてても仕方ないか。 そんなことよりも扉が開くよ。 今度は答えを間違えなかったから︱︱︱いや、一回も間違えてな いし。 こんな簡単な問題、間違えるはずないじゃん? ともかくも画面が消えて、両開きの扉が自動で離れていった。 閉じ込められていた空気が一気に流れる。 目を細めながら先を窺うと、また広い空間があった。 石壁で覆われているのはこれまでと同じだ。 でも、何処となく雰囲気が違う。 何処が、と問われたら答え難いんだけど。 部屋自体は、少し綺麗な感じがするのかな。 ただ、ひとつだけ、はっきりと違うものがあった。 人がいた。 女の人だ。 なんだか見覚えのある、動き易そうな服装をしてる。 というか︱︱︱メイドさん? ﹁Υυτρ。ΣЮοωιmμ﹂ メイドさんは、ゆったりとした動作で頭を下げた。 頭の後ろで結ばれた長い黒髪が艶やかに揺れる。 お辞儀、なんだろうね。 この世界の礼儀なんて知らないけど、挨拶だと受け取ってよさそ 599 うだ。 ボクも毛玉体を傾けて、頭を下げるようにする。 それにしても、どうしてこんな場所にメイドさんが? 色々と訊ねたいところだけど︱︱︱。 ﹁Ππ、ΦσΩκξ¨iλλπΔ。﹂ やっぱり言葉が理解できない。 この世界の共通言語らしい、っていうのは分かるんだけどね。 それに、メイドさんは歩き出してしまった。 静かに振り向いて、ボクに背中を向けて、まるで奥へ案内するみ たいに。 とりあえず、付いていけばいいのかな? 敵意は感じない。 危険も、いまのところは無さそうだね。 広間から続く通路を進みながら、メイドさんを観察する。 背後から。まじまじと。 んん∼⋮⋮このメイド服、丁寧な縫製がされてるね。 糸のほつれなんて、一箇所も無いみたいだ。 フリルも華美じゃない程度で、上品な可愛らしさがある。 スカート丈も長い、ゴシックタイプのメイド服だね。 襟首もしっかりと隠されて、細長いリボンが揺れてるのもポイン ト高い。 もちろん、頭部のホワイトブリムも完璧だ。 うん。製作者の拘りが感じられるね。 それにしても、ここまで地球のメイド服と似てる物があるなんて ⋮⋮。 もしかして、転生者が関わってるのかな? 600 有り得るね。 この前会った⋮⋮えっと、なんとか君も、ボクより年上だった。 ずっと前に転生してるって可能性もあるってことだ。 そんな転生者が、このダンジョンに関わっているとしたら? 相手の目的は分からないけど、敵対するのは危険だと思う。 ボクよりもずっと時間を掛けて、力を付けてるはずだからね。 あ、でも相手の目的はともかく、転生者かどうかは確かめる手段 があるよ。 早速、試してみよう。 黒毛の先を球状にして、それでメイドさんの肩を叩く。 ぽんぽん、と。 メイドさんは足を止めて振り返った。 ﹁Ψ¨ι、ΝκνζsλΔ&﹂ やっぱり言葉は分からない。 だけど、触れても怒らないってことは、敵意が無いのは確実みた いだね。 まあ怒らないどころか、表情を小揺るぎもさせてないんだけど。 クールビューティだね。 こんな人に家事を任せられたら、ぐうたら生活も楽しそうだ。 と、感心ばかりもしていられない。 ボクは空中に魔力文字を描いて訊ねてみる。 ﹃転生者、関係してる?﹄ メイドさんの視線が動く。 はっきりと文字を目で追ってるのが分かった。 だけど、読めてはいないようだった。 601 ﹁Μφy、ΣΒκΞισ¨ψsk&﹂ ﹃言葉、分からないよ?﹄ 空中に浮かんだ文字を挟んで、ボクとメイドさんは見つめ合う。 闇色の目は神秘的で綺麗だね。 だけど冷たい。 メイドさんの目からは、まったく感情の色が窺えなかった。 ﹁ΩΑ、Юлёδκsmθ⋮⋮ΣΔwζι﹂ 向き合ったまま、メイドさんは静かに目蓋を伏せた。 ボクは首を傾げる。 と、メイドさんの正面に青白い光が浮かんだ。 魔術式と似た、でも少し違うような複雑な模様だ。 ボクは警戒しつつ距離を取る。 だけど危険な魔術なんかじゃなかった。 光が弾けると、効果はすぐに発揮された。 ﹃︱︱︱これで、言葉が通じますでしょうか?﹄ 頭の中に、涼やかな声が響いてくる。 こうしてボクは初めて、この世界の人と理解できる形で言葉を交 わした。 まあ、正確に言えば︱︱︱彼女は人じゃなかったんだけどね。 602 07 地下迷宮を抜けると、そこはメイド喫茶じゃなかった 思念通話というものらしい。 魔術に似ているけど、彼女たちが持つ独自の技術だそうだ。 その思念通話を頼って、メイドさんと意思疎通を図る。 ﹃では、お毛玉様はこの世界の共通言語を解せず、数字のみを把握 している、と認識してよろしいですね?﹄ 頷く。 どうやらボクが装置付きの扉を開けられたことで、言葉が通じる ものと誤解されてしまったらしい。 まあ数字だけ覚えてるってのも特殊な事態だからね。 仕方ないでしょ。 お毛玉様 っていうのは、彼女が勝手に呼び出した。 ﹃しかし先程から、お毛玉様は空中に文字を書いておられると見受 けられます﹄ ちなみに、 なんだか微妙な呼び方だよね。 少々、こそばゆい。お手玉みたいで違和感もあるし。 だけど敬意は払ってくれてるみたいだから受け入れておこう。 名前を答えられなかったボクにも原因はあるからね。 ﹃我々にとっては未知の文字です。もしや、異世界の言語でしょう か?﹄ 603 頷く。 やっぱり身振り毛振りで答えるしかない。 そう。この思念通話は一方通行なんだよね。 使用者が語り掛けることしか出来ない。 それに、たまに雑音も入る。 ﹃精神無効﹄を意識すると遮断もできるから、その影響だと思う。 だけどまあ、完全に言葉が通じないよりはずっとマシだね。 時間を掛ければ、ボクも覚えられる技能かも知れないし。 話が一段落したら頼んでみよう。 ﹃なるほど⋮⋮お毛玉様の事情も訊ねたいところですが、まずは、 我々のことを話してもよろしいでしょうか?﹄ うんうん。むしろ、こっちから訊ねたかったくらいだよ。 このダンジョンはどうなってるのか? メイドさんは何者なのか? ボクに接触してきた経緯や目的は何なのか? 疑問は山ほどある。 ボクは話に意識を傾けつつ、静かに歩くメイドさんの後に従った。 最初に出迎えてもらった場所から、また石壁に囲まれた通路が続 いていた。 メイドさんの規則的な靴音ばかりが響く。 もう魔獣はいないみたいだね。 だけど何度か扉をくぐると、また下層への階段があった。 そこを降りて、同じような通路を進んでいく。 ﹃まず、わたくしは﹃奉仕人形﹄と定義されております。この地下 施設を造られた方々に仕える、人型の道具であるとお考えください﹄ 604 ああ。もしかしたら、とは思ってたんだよね。 見た目は丸っきり人間だ。 美人さんで、肌も瑞々しい。 でも彼女からはほとんど生命力を感じない。 魔力も、これまで会った魔獣や人間とは異なる感じがする。 ボクもそうだけど、魔力って、体という器に注がれた水みたいな ものだ。 自身の中心から湧いて、全身に満ちようとする。 だけどこのメイドさんの場合、魔力は服みたいに感じられる。 中心部にある魔力そのものは弱くて、それを覆い隠してるような。 ん∼⋮⋮疑問はあるけど、まずは話を聞いてからだね。 ﹃その奉仕人形である我々の主人は、異世界より、この世界へ渡っ て来られました﹄ む。むむ? なかなかに衝撃の発言じゃない? 渡ってきた ってことは、ボクみたいな転生とは違うっ つまりは、ここは異世界人が作った施設ってこと? それに ぽいね。 その主人って何者なんだろ? 一人で来たのかな? それとも大勢いる? 話を聞くたびに疑問が増えてる気がする。 ﹃およそ43320日前のことです。この世界では120年となり ます﹄ ちらり、とメイドさんがボクを振り返る。 これは、あれかな? 605 ボクの計算力を試してる? も 、間違っていないはず。 この程度の割り算くらいなら⋮⋮え∼と、1年は361日? うん。今度 魔力文字を描いて示してみる。 もちろん、この世界の数字でね。 ﹃はい。ご理解いただけているようで、安心致しました﹄ よかった。小学生程度の計算力は示せたよ。 これでさっきの失敗は完全に失くなったはず。 嫌な歴史は消し去るもの。 って、問題はそこじゃないね。 百二十年前に何があったのか、そこらへんを詳しく聞きたい。 ﹃外来襲撃、と呼ばれているものを、ご存知でしょうか?﹄ 足を止めて、メイドさんが見つめてくる。 んん? 名前は聞いたことあるね。 以前に、システムメッセージで残り何日とか告げられた。 だけど、それが意味するところは知らない。 伝えるのが難しいね。 とりあえず頷きつつも、横にも首を振っておこう。 ﹃詳細まではご存知ない、と推測。説明させていただきます。です が、確証のない情報も含まれていることをご理解ください﹄ うんうん。このメイドさんは優秀だね。 奉仕人形って言ったけど、ボクも欲しくなるよ。 彼女みたいな人が味方になってくれれば、余所との接触も楽にな りそうだし。 606 ﹃この世界には、管理者たる神が存在しません。それ故に、他の世 界に対しては、ほぼ無防備です。不定期ですが、異世界からの干渉、 あるいは侵略と言ってよい事態に見舞われています﹄ うわぁー⋮⋮。 これってなかなかに重い話じゃないの? 何度も侵略されるのが確定してる世界って⋮⋮。 異世界の相手ってことは、どんなのが来るか分からないんだよね。 文明レベルが圧倒的に上の軍隊が攻めてくるかも知れない。 宇宙戦艦がわらわらと押し寄せてきたり。 あるいは、エイリアン的な対処に困る生物に襲われたり。 いつ滅んでもおかしくないんじゃない? あ、だけど、少なくとも百二十年以上は無事で済んでるのか。 中世レベルの文明だと思ってたけど、この世界って意外と強い? 魔法とかスキルがあるから、それなりに抵抗できるのかもね。 あとは勇者とかいたりして。 まさか、とは思うけど、可能性はあるよね。 ﹃ご主人様方も、その外来襲撃の際に、この世界に来られたそうで す﹄ と、メイドさんが振り向いて歩き始めた。 ボクも後を追う。いまは話を聞き逃すワケにはいかない。 だけど外来襲撃で来たなら、侵略者側ってことだよね。 イメージはよろしくないなあ。 ﹃元の世界の神から告げられたそうです。新天地を与える。そこに 住む人々から魂を狩り、力として吸収すれば、世界はもっと豊かに 607 なる。相手は我々と似通った魔法文明を持っているが、その進歩は 遅れている。戦いになれば、圧倒して、容易く蹂躙することも可能 である、と﹄ だけど負けた。 だからこうして地下に逃れて潜んでいた。 そう解釈していいのかな? ﹃ご主人様方は騙されたのです。神の戯れのために﹄ ボクは飛ぶ速度を上げて、前を行くメイドさんの表情を窺った。 まったく乱れていない。 最初に会った時と同じように、冷ややかな美人さんのままだ。 そして、やっぱり淡々と話を続ける。 ﹃ご主人様方の魔法技術は、確かに優れていました。ですが、その 原動力となる魔力を、自ら生み出す力が欠けていたのです。元の世 界では、大気中に魔力が満ちていたために問題とはなりませんでし た。この世界でも、最初の頃、神の加護が及ぶ領域内では圧倒的な 戦果を上げていました﹄ つまりは、自陣内では強かったってことかな。 最初に陣地を整えて、そこで戦っている内は優勢だった。 だけど、本格的に侵略を始めると問題が露呈した。 魔力を生み出せない。 つまりは弾薬とか燃料が足りない軍隊みたいなものだね。 例えば地球の軍隊でも、そんな状況になったら︱︱︱、 敗北決定だろうねえ。 608 ﹃敗北したご主人様方は、元の世界にも戻れず、この地へと逃れま した。追撃の目に掛からぬように、地下へと潜んだのです﹄ なるほど。そうなると個人で作ったダンジョンじゃない訳だ。 凄い魔術師が一人で作った、っていうより安心だね。 自分で魔力を生み出せないとしても、この世界でも、大気中には 僅かな魔力は漂ってる。 それを利用して、少しずつ隠れ家を広げていったのかな。 優れた魔法技術を持っていたなら、ここの石壁の頑丈さも納得で きる。 自己修復機能も、周囲の魔力を利用する形みたいだったからね。 あ、でも肉壁の方はどうなんだろ? あっちの方は、どうにも気色が違ってた。 ﹃そしてご主人様方は⋮⋮はい? 何でしょうか?﹄ メイドさんの肩を叩いて、ちょっと待ってもらう。 黒毛の間に隠し持ってた肉を取り出した。 それを掲げながら、首を傾げてみせる。 ﹃⋮⋮あの心臓のようなものは、非常に稀な魔獣のようです。最初 は小さなものでしたが、徐々に大きくなり、この施設を自分の巣と していました。施設の維持には一定量の魔力が必要なため、完全に 外部との接触は断てなかったのです﹄ やっぱり他人や魔獣が溢れさせる魔力が頼りだったワケだ。 ボクはまだ見つけてないけど、地上と繋がる出口もあるんだろう ね。 そこから魔獣が入り込んで、住み着いた、と。 609 ﹃侵入者を防いでもくれましたが、肥大化が進み、対処に困ってい たのも事実です。駆除してくださったことには、感謝を申し上げま す﹄ メイドさんが深々と頭を下げる。 いえいえそれほどでも、って言いたくなるけど、ボクは忘れてな いよ。 石壁で通路を封鎖して誘導してたよね? ボクを利用して戦わせたってことでしょ? 無事だったからいいけど、けっこうSAN値が削られたんだよ? ﹃また、謝罪もさせていただきます。お毛玉様との接触を望んだと はいえ、危険もある場所へと誘導致しました。ご寛恕賜りたく存じ ます﹄ むう。こうも低姿勢に出られると怒り難いね。 だけどまあ、あんまり怒ってもいない。 こうして色々と情報も入手できたし。 空腹も満たせたし。 そういえば、奉仕人形って食事は取るのかな? 聞いてみよう。 焦んがり肉を齧りつつ、別の切り身を差し出してみる。 ﹃⋮⋮もしや、これをわたくしに食べろ、と?﹄ あ、メイドさんの視線が揺らいだ。 ほんのちょっぴりだけど、表情にも引き攣ったような気配がある。 お肉は苦手なのかな? 美味しいのに。 610 ﹃いえ、お毛玉様がそれをお望みでしたら、謹んで務めさせていた だく所存ではありますが﹄ あれ? もしかして引かれた? そういえば、このお肉って﹃悪食﹄とか鍛えられるんだっけ。 おまけに、元はあのグロい肉壁だしねえ。 ﹃率直に申し上げまして、拷問です﹄ うん。無理を言っちゃったみたいだ。 とりあえず、お肉は引っ込めよう。メイドさんを苛める趣味はな いからね。 611 08 メイドさんに誘われて 三層に降りても、基本風景は石造りのダンジョンのままだった。 ただ、小部屋が多いみたいだね。 本来は隠れ家だって話だから、個人用の部屋なのかな? そう思って、ちょっと覗いてみた。 でも何もなかった。扉の先には、四畳半くらいのスペースがある だけ。 ﹃ここは元々、ご主人様方の個室でした﹄ ああ。やっぱりそうなんだ。 勝手に覗いちゃったけど、怒られたりはしないんだね。 ﹃現在では使用する方はおられず、八十年ほど放置されています﹄ ふぅん。その割には綺麗だね。 メイドさんが掃除してるのかな。 全部を掃除するとなると、けっこう大変そうだ。 そういえば、メイドさんって一人だけなのか⋮⋮ん? 振り向く。 と、こちらへ手を伸ばそうとしてるメイドさんと目が合った。 華奢な白い手が空中で止まる。 ﹃⋮⋮ご覧の通り、この地下施設には不要な物は置いていません。 物資を得るのも難しく、可能な限り、再利用しております﹄ 612 うん。まあそうだろうね。 だけどそれが、ボクに手を伸ばすことと、どう繋がるの? っていうか、どうして頭を撫でてくるんでしょう? ﹃娯楽もございません。上質な毛並みの感触を知ることも不可能で した﹄ 無表情のまま、メイドさんは柔らかく手を揺らす。 人形とは言っても完全な無感情でもないのかな? それとも、純粋な知的興味からの行動なのか? どっちにしても、まあ、毛並みを誉められるのはボクも悪い気分 じゃない。 もふもふで、艶もある。 そこらの野生動物には負けないよ。 だけどメイドさん?、いつまで撫でてるつもりですか? ﹃⋮⋮よろしければ、わたくしが抱えてお連れいたしましょうか?﹄ 疑問形だったけど、答えを待ってくれなかった。 メイドさんは、ボクを胸に抱える。 遠慮なく撫でてくる。今度は頬擦りまで加わった。 敵意は無いんだろうけど︱︱︱、 さすがにまだ、完全に警戒は解けないね。 柔らかな胸の感触から抜け出して、ボクは空中に浮かぶ。 目線で通路の先を示した。 話だって、まだ途中だったし。 613 ﹃失礼致しました。では、こちらへ﹄ メイドさんは一礼すると、また規則的な靴音を響かせた。 やっぱり無表情は崩れない。 だけど、ほんのちょっぴりだけ残念そう? 気の所為かな。 人形なら、感情なんて持たない方が都合がいいんだろうし。 三層の奥には、また下層へ向かう階段があった。 ただし、幾つもの隠し扉や、厳重に閉じられた扉の奥に。 隠れ家なんだから当然かもね。 いっそ完全に通路を閉じていたっておかしくない。 ゲームのダンジョンとは違うんだから。 メイドさんの案内がなかったら、ボクも最深部には辿り着けなか ったと思う。 そう、どうやら第四層が最深部らしい。 メイドさんが説明してくれた。 ﹃こちらで、ご主人様がお待ちになっておられます﹄ 他の階層に比べて、四層目は狭かったね。 ほとんど一本道の通路の先には、人が一人通れるくらいの扉があ った。 もうダンジョンっぽくないね。 614 ここだけ切り取って、中世に建てられた住宅の一角、って言われ ても信じられそう。 ただし、扉は横にスライドする。 魔法技術も馬鹿にできないね。 ボクの屋敷にも、こういう技術が欲しいかも。 交渉次第かな。 向こうも、ボクに頼みたいことがあるみたいだし。 ﹃お茶も出せませんが、御容赦くださいませ﹄ 扉を抜けると、そこは研究室だった。 ファンタジー世界には不似合いだけど、ぱっと見の印象は正しく それだね。 ただし、床にコードやらチューブやらは伸びてない。 代わりに魔法陣みたいな模様が描かれてる。 一番目を引くのは、部屋の左右にある大型のガラス管だ。 人が入れそうなほどに大きな。 アニメやゲームだと、よく実験体とかが入ってるやつだね。 そして実験体は暴走するまでがお約束。 だけど、彼女たちは暴走しそうにないね。 ガラス管の中には、女の人が浮かんでる。 溶液の中で。眠ってるみたいに目を閉じて。 おまけに全裸で。 たぶん、奉仕人形ってやつでしょ。 顔や体格はそれぞれに違うけど、メイドさんと雰囲気が似てる。 まあ、まじまじと観察するのも失礼かな。 複眼でこっそり見ておくだけにしよう。 それに、ひとまず彼女たちは関係ないみたいだからね。 615 メイドさんに案内されたのは、部屋の一番奥だ。 何十人か寝そべれそうな、大きな台座が設置されてる。 複雑な魔法陣が描かれてるね。 台座全体に大きな魔法陣があって、その上に小さな陣が重なって る形だ。 小さな方は十数個ある。 その小魔法陣にはひとつずつ、青白く光る球体が浮かんでいた。 ﹃デ・グラーフ様、お客様をお連れ致しました﹄ メイドさんが、光る球体へ頭を下げる。 デ・グラーフってのは名前だよね? 珍しい響きだけど、異世界だと普通なのかな? なんて考えてると、球体が蠢いた。 膨れ上がって人の形を取る。 まるで幽霊みたいだ。長い髭を生やした、お爺さんだね。 ﹁ΘκξaΨ、λδr﹂ 幽霊は枯れ木みたいな手を上げて、メイドさんになにやら告げる。 また一礼したメイドさんは静かに下がった。 そうして幽霊は、ボクの方へと向き直る。 ﹃異界の客人よ、よくぞ来てくださった﹄ まあ半分強制みたいなものだったけどね。 気にしないでいいよ、とボクは丸めた毛先を振っておく。 って、普通に応対しちゃったけど、この人も思念通話ってのを使 えるんだね。 616 メイドさんのご主人様らしいし、当然なのかな。 だけどこっちの言葉は通じない、と。 よし。状況は把握。 ﹃儂はデ・グラーフ。すでに大方の事情は聞き及んでおろう。神に 騙され、異界に屍を晒す、哀れな敗残者じゃ﹄ 幽霊が物憂げに目を細める。 だけど、屍を晒す、って言った? もう死んでるってこと? 見た目から幽霊って呼んでみたけど、実際にそうなのかな? ﹃この場にある他の球体も、儂の仲間、その魂のみを残しておる。 魔術の奇跡に頼ろうとも、肉体まで完全に保つのは不可能であると 判断した﹄ そういえば、この世界に来たのは百二十年前だって言ってたっけ。 そりゃあ寿命も尽きるよね。 でも体の方も、冷凍保存とかすればなんとかなりそうだけど。 まあ、このお爺さんたちには無理だったってことかな。 魔力の問題とか、色々あったみたいだし。 ﹃いまの儂らでは、この場に留まり続けることしか出来ぬ。しかし 諦めた訳ではない。屈辱に塗れ、苦難を堪えたのは、異界で果てる ためではないのだ﹄ ん∼⋮⋮なんだか熱く語り始めちゃったね。 お爺ちゃんの昔語りに付き合ってもいいけど、本題に進んで欲し いな。 そもそも、この人たちって元は侵略者なんでしょ? 617 騙した神も悪いとは思うけど。 でも、欲望に目が眩んだ方も悪いと思うんだよね。 まあ百二十年も前のことだし。 ボクが直接被害を受けたことでもないから、どうでもいいんだけ どね。 ﹃儂らは故郷へと帰りたい。そのために、地下へと潜り、このよう な身になっても生き長らえてきた。不可能ではないのじゃ。異界渡 航の術式も、研究は進んでおる。時間は掛かるが⋮⋮潤沢な魔力さ えあれば、必ずや成功させてみせる﹄ 幽霊がボクを見つめる。 なるほど。なんとなく流れが読めてきたよ。 彼らは、魔法技術では優れている。 だけど自分たちでは、ほとんど魔力を生み出せない。 つまり、魔力を供給できる協力者が必要なんだね。 そこに話が通じそうなボクが現れた、と。 ﹃聞けば、其方も異界の者というではないか。元の世界へ戻る術式、 興味はないか? 協力してくれるならば、儂らの持つ技術をすべて 開示しよう。他にも報酬は可能な限り用意させてもらう﹄ 元の世界かあ。 あんまり考えてなかったけど、行ったり来たり可能なら便利だよ ね。 たまには美味しい物も食べたいし。 柔らかなベッドも恋しくなる。 毛玉のままだと現代社会に馴染むのは難しそうだけど、なんなら 618 珍獣として生きていってもいい。 動物園はちょっと勘弁かな。 でも何処かの駅長になるくらいなら我慢できそうだ。 毛玉駅長。悪くないんじゃない? あ、でも報酬っていうなら、もうひとつ欲しいね。 ﹃ん⋮⋮? 言葉が通じぬというのは、やはり不便だな。奉仕人形 がどうした? ふむ? もしや、あの人形が欲しいのか?﹄ うんうん。一人いれば随分と役に立ってくれそうだし。 それと、あのメイド服の作り方も教えて欲しいね。 糸も布も上質の物みたいだったし。 この世界だと、ちょっと手に入りそうもないよ。 ﹃ふむ⋮⋮この施設の維持には必要なのだが、代わりが作れぬ物で もない。其方が供給してくれた魔力で、まずは一体を作り、それを 譲るとしよう﹄ よし。契約成立だね。 魔力さえあれば創れるのかな? そこらへんの話も詳しく聞きたいね。 やっぱりこれは、ボクも思念通話を覚えるべきでしょ。 ﹃では早速、魔力供給を頼んでよいかのう?﹄ 幽霊の手が、部屋の脇を指し示す。 そこにはひとつの魔法陣があった。 ﹃あの中央に立って⋮⋮いや、其方の場合は浮かんだままか。とも 619 かくも魔力を注いでくれればよい﹄ 言われるままに、ボクはふよふよと魔法陣の中央へ向かう。 人が立っても両手を伸ばせるくらいに広い魔法陣だね。 複雑な術式は、何を意味してるのかさっぱり分からない。 だけどまあ、ここから魔力を送り込むって理解しておけばいいで しょ。 ここまで歩いてきたり、話したりしてる間に、魔力は回復してる。 それじゃあ始めようか。 床に着くくらいまで下がって、魔力を送り込む。 途端に、魔法陣が輝き出した。 ﹃万魔撃﹄一発分くらいの魔力を注いだところで︱︱︱、 全身の毛が逆立つ。 この感覚は﹃危機感知﹄だ。 でも気づいた時には遅かった。 ﹃ふむ。成功じゃな﹄ 魔法陣の周囲に、半透明の壁が現れる。 隙間無く、ボクを囲む。 ﹃安心せい。約束は守る。ただし、死ぬまで魔力を供給して貰うが のう﹄ 幽霊がニヤリと笑う。 ボクは、閉じ込められた。 620 09 ハニートラップを踏み抜こう はぁ∼⋮⋮へこむ。 そっかぁ。騙されるって、こんな気持ちになるんだ。 ちょっぴり新鮮だね。 胸が弾む。 自然と口元が吊り上がってくる。 どうやって、あの幽霊を成仏させてやろう? その瞬間を想像するだけでも楽しくなるよ。 だけど、まずはこの状況から脱出しないといけないか。 ﹃逃れようなどと、無駄な考えはやめた方がよいぞ﹄ 幽霊がほくそ笑む。 そういえば、幽霊なのに普通に声も出せるんだね。 笑い声は漏れてるよ。 メイドさんとも話してたっけ。 どうでもいいか。 どうせ、すぐに何も喋れなくしてやるつもりだし。 ﹃おまえの戦闘能力は、すでに把握しておる。あの魔力砲撃が最大 の攻撃手段なのであろう? その障壁は、充分に耐えられる設定に しておいた﹄ 肉壁との戦いを分析した、ってところかな。 隠れ家なんだから、カメラみたいな物もあったんだろうね。 621 もしくは、千里眼みたいな魔法とか。 ともかくも、ボクの手の内はあらかた知られてるってことか。 でも甘いよ。 攻撃手段が豊富なのがボクの強味だ。 例えば﹃八万針﹄は、把握しきれないほどの種類がある。 それに、この魔法陣や障壁自体を﹃支配﹄、﹃吸収﹄することだ って︱︱︱!? ﹃そうそう。障壁には、触れない方がよいぞ﹄ ボクが毛針で触れた途端、障壁から白い光が放たれた。 閉じ込められた状態だから避けられもしない。 光が、雷撃みたいにボクの全身を貫く。 痺れるような痛みが襲ってきた。 魔力も乱されて、ボクは床に転がってしまう。 ﹃この世界で﹃懲罰﹄と呼ばれている術式じゃ。おまえのような魔 獣には効果的なのだろう?﹄ また幽霊が笑う。 自分の計画がピッタリとはまって、随分とご機嫌みたいだね。 だけど、そんな計画を崩すのは、もっと楽しそうだ。 ボクは回復を待つ。 障壁に触れられないのは分かった。 閉じ込められた状態だから、なるべく一撃で決着をつけたい。 そうなると、アレしかないかな。 ﹃八万針﹄には、幽霊に効きそうなのもある。 622 でも少し決定力が足りないね。 ﹃万魔撃﹄を防げるっていうのは、ハッタリじゃないと思う。 そうなると、選べる攻撃手段は限られてくる。 での攻撃なら、頼れる技があるよ。 の攻撃になる。 点 線 確かに、﹃万魔撃﹄はボクが持つ最大威力の技だ。 ただし、それは もうひとつ︱︱︱ 密閉空間では危険だから封印しておいた。 だからまだ知られていない。 あとは、幽霊に効くかどうかは賭けだけど︱︱︱。 ﹃ん? もう回復したのか? まあいい。さっさと続きを⋮⋮ッ! ?﹄ 幽霊を睨む。 殺意を込めて。一瞬で殺せるように。 いや、邪魔をする、なにもかもを殺せるように。 そして︱︱︱﹃死滅の魔眼﹄、発動! 広間に閃光が満ちる。 ボクを捕らえているものと、幽霊の手前と、二重の障壁が光を放 った。 魔眼に反応して防ごうとしたんだろうね。 だけど、言わせてもらおう。 魔眼覇王は伊達じゃない! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃支配無効﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ 623 即死 効果をもたらした。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死滅の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 続け様に光が瞬く。 直後に、その光ごと黒に染まる。 殺意を込めた魔眼効果は、障壁にまで ﹃な、ッぁ、ガ︱︱︱!?﹄ 幽霊が叫ぶ。 断末摩の叫びだ。 とっくに死んでるはずなのに断末摩っていうのも変だけどね。 成仏の叫び? いや、その表情は成仏なんていう穏やかなものじ ゃないね。 した障壁が、 死毒 の塊に成り果てる。 ボクを呪うみたいに、憎々しげに歪んでいた。 まあ、なんでもいいや。 死滅 それよりボクもピンチだよ。 さすがにゾンビ化して襲ってはこないけどね。 ボクを囲ってた障壁が、死毒になって降り掛かってくる形だ。 即座に風の魔術を発動。毒を散らす。 同時に﹃加護﹄も張って、高く浮かび上がる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃連続魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔導﹄スキルが上昇しま した︾ 息を止めて、天井近くまで逃れる。 624 どうにか脱出成功した。 だけど、まだ終わりじゃない。 幽霊の生き残りがいるからね。 これもまた変な表現だけど︱︱︱﹃死滅の魔眼﹄、連続発動! 魔法陣の中に浮かんでる光球、魂に対して次々と魔眼を撃ち込む。 ﹃退霊針﹄も同時に。 これまで浮かんでるだけだった光球だったけど、さすがに異常事 態を察したんだろうね。 幾つか、人の姿を取り始めるのもあった。 何か叫んでたけど無視だ。 どんどん成仏させていく。 溜め もできた。 話し合いを拒絶したのはそっちだし、容赦する理由も無い。 そうしている間に 何をするか分からない連中だから、徹底的に破壊するよ。 大きな魔法陣へ向けて、﹃万魔撃﹄を叩きつける。 台座ごと砕け散る。 魔法陣が割れて、そこにあった光球も消えていった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恒心﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃状態異常大耐性﹄スキルが上 昇しました︾ ふうぅ⋮⋮随分と派手に暴れちゃったね。 ボクにしては無茶をしたと思う。 死毒も完全には防げなかった。 でも倒れ込むほどじゃない。まだ充分に戦えるよ。 幽霊どもは全部片付けたはずだ。 あと、残ってるのは︱︱︱、 625 ﹃︱︱︱お待ちを。わたくしどもに戦う意思はありません﹄ メイドさんがいた。 一人で障壁を張って、ガラス管の列を守るように立ってる。 死毒が広範囲に散らばってるからね。 メイドさんは無事みたいだけど、ガラス管の一部には表面が溶け てるのもあった。 物質に対しては効果の薄い毒のはずだけど、無防備な人形だと危 険かな。 ボクだって眠ってる人形を痛めつける趣味はない。 メイドさんを睨んだまま、風を操って死毒を払っていく。 もちろん警戒は解かないよ。 ﹃主人は消滅しました。今のわたくしどもの目的は、新たなご主人 様を得ることです﹄ その言葉が本当なら、幽霊は完全に消え去ったってことだろうね。 機械みたいな人形が嘘を言うとは思えない。 でも、また命令されているのかも知れない。 ボクを罠へと誘導するつもりかも知れない。 危険があるなら、排除した方が︱︱︱。 そう思って、ボクは魔眼を発動させようとした。 だけど直前で踏み止まる。 メイド服の胸元が開かれた。そこにボクの目は引きつけられる。 いやらしい意味で、じゃないよ。 メイドさんの胸の中央には、赤く輝く小さな石が埋め込まれてい た。 626 ﹃よろしければ、注いでくださいませんか?﹄ なにを?、って、たぶん魔力だろうね。 胸に埋め込まれた赤い石。 それが奉仕人形の核だって解釈してよさそうだ。 そこに魔力を注げば、新しいご主人様として登録される? なんとなく分かる、けど︱︱︱。 ああ、そうか。 この状況だと、ボクにとっても選択肢はなさそうだね。 627 10 ご主人様になろう メイドさんの胸元へ、そっと毛先を伸ばす。 柔らかな肌と、そこにある小さな突起に触れた。 微かな吐息がメイドさんの口から漏れた。 無表情のままのメイドさんだけど、吐息には熱が混じっていた。 突起部分を押してみる。 また吐息が熱くなったみたいだった。 ﹃そのまま、お願い致します﹄ メイドさんが求めてくる言葉に従って、ボクは注いでいく。 頬に紅い光が差す。 胸元にある赤い石から光が溢れて、メイドさんの顔も照らしてい た。 ﹃登録が完了しました。お毛玉様を、新たなご主人様として奉仕さ せていただきます﹄ メイドさんが一歩下がって、ボクへ向けて頭を下げる。 そう、ボクはメイドさんと戦うのを止めた。 それが一番安全な選択肢だったからね。 だって、ここはまだ地下ダンジョンの中だし。 出口だって見つけてないし。 下手をしたら、このまま生き埋めにされるからね。 けっこうな時間が経ってるし、いい加減、地上に出たい。 628 そのためには、このメイドさんに協力してもらうのが一番早いで しょ。 だけどまあ、やっぱり信用できるかどうか、っていう問題がある よね。 ﹃たくさん注いでくださってので、戦闘も可能です。この世界の戦 闘力で表しますと、およそ5000が限界でしょうか。その他、家 事や魔術研究の手伝いなどの技能を備えております。どうぞ、御命 令を﹄﹄ ああ、うん。注いだっていうのは魔力の話ね。 それはともかく、戦闘力5000か。 予想以上に強いね。 これはますます隙を見せられない。 だから、最初の命令で確かめさせてもらおう。 信用できるかどうか。 正しく命令を伝えるのも苦労しそうだけどね。 石棺が砕け散る。 中に収められていた、白骨化した遺体ごと。 それをやったのはメイドさんだ。 粉々になった骨と石の破片を、部屋の隅へと箒で片付けていく。 研究室の奥には霊廟があった。 あの幽霊たちの、元の肉体が安置されてたよ。 629 亡霊になってまで元の世界に帰りたがってたから、肉体の方も残 してあるんじゃないか?、って思ったんだよね。 正解だった。 だから、メイドさんの忠誠心を試すのに有効活用させてもらった。 元主人の遺体を、無表情のまま処分していく。 ここまでしてもらったら、信用してもいいんじゃないかな。 ﹃ご主人様、片付けが終わりました﹄ うん。ご苦労様。 それじゃぁ、次はどうしようか? 脱出して拠点へ戻る︱︱︱その前に、メイドさんを増やしておく のもいいね。 研究室には眠ったままの奉仕人形が、十体くらいいたし。 全員、もらっておこう。 部屋に戻りつつ、それを身振り毛振りで説明する。 メイドさんに協力して貰わないと、起こし方も分からないからね。 ﹃彼女たちを起動するのですか? はい、可能です。むしろ感謝致 します。主人を持たない奉仕人形は、遠からず自壊してしまいます から﹄ メイドさんは一礼して作業に向かう。 その表情も仕草も、相変わらずの淡々としたものだね。 でも心なしか嬉しそう︱︱︱って思うのは、楽観的にすぎるかな。 だけど悪い関係じゃないと思うんだよね。 奉仕人形は、活動するのに主人と魔力が必要。 ボクは、そのどっちも保障できる。 630 魔力不足で困ってる幽霊に仕えてるより、よっぽどマシなんじゃ ないかな。 まあ、人形だから不満なんて抱かないんだろうけど。 何にしても、良い拾い物だよね。 有能で、反乱の心配もなく、どんな命令にでも従ってくれる人形。 使う側からしたら夢みたいな存在だ。 おまけに、もしかしたら量産だって可能になる。 大切にしよう。 ︽特定行動により、称号﹃御主人様﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃御主人様﹄により、﹃威圧﹄スキルが上昇しました︾ 十三人の奉仕人形が並ぶ。 全員、ボクを主人として登録済みだ。 そして揃ってメイド服を着ている。 どうしてメイド服なんだとか、ちゃんと人数分の服があったんだ とか、そもそも女性型ばかりなのはどうしてなのかとか、色々とツ ッコミ処はある。 ともあれ、壮観だね。 メイド喫茶だって開けそうだ。 いや、ボクにそんな趣味はないけどね。 だけど問題もある。 631 ボクに従ってくれるのはいいけど、それだけしっかりと命令を伝 えないといけない。 身振り毛振りだと、やっぱり限界があるよ。 相手からの言葉は伝わるから、誤解は減らせる。 それでも改善策が必要だね。 思念通話の修得は優先事項にしておこう。 あと、其々を区別するのに名前も無いと不便だ。 適当な名前を付けても認めてくれそうだけど、そもそも伝える手 段がない。 ボクはまともな声が出せないからね。 意図じゃなく、単語を伝えるって難易度が高いんだよ。 なので、応急処置として︱︱︱。 ﹃では、わたくしが一号ということでよろしいですね? 順に、二 号から十三号となります。ご主人様、あらためて従属を誓わせてい ただきます﹄ そういうことになった。 ちなみに、最初に出会ったメイドさんが一号。 この一号さんから八号さんまでは、見た目はやや年上だね。 二十歳くらいに見える。淑女型だね。 スタイルも、年齢相応って感じで、大きくて揺れてる。 一名ほど例外さんもいるけど。 九号から十二号さんは、少女型ってところかな。 十三号だけが幼女型になってる。 其々に顔は違うし、体型も微妙に異なるけど、揃ってクールビュ ーティだね。 無表情は崩れない。 632 それでも、身体能力や特技なんかも違ってるみたいだ。 そこらへんも覚えておいた方がよさそうだね。 さて、ひとまず状況は落ち着いたかな。 ダンジョンは制覇した。 メイドさんが増えた。 次はやっぱり、地上への脱出だね。 ﹃はい。この施設を⋮⋮保全する、ということでしょうか? 了承 しました。 深層の隔壁を閉鎖、待機状態へと移行させます。我々は、ご主人様 に同行してもよろしいのでしょうか? はい。護衛も務めさせて⋮ ⋮不要、ですか? 自分の身を守るのを優先、でしょうか? 理解 致しました﹄ 一号さんを介して、他のメイド人形にも指示を伝える。 そうしてボクたちは部屋を出た。 壁に隠されていた通路を、一号さんに案内されて進む。 エレベーターみたいなものもあった。 十三人+一毛玉も乗ると、ぎゅうぎゅうだね。 危うく潰されるかと思った。 頭上に浮かんでればよかった、と気づいたのは上昇が終わってか らだ。 だけどまあ、これでメイド人形が敵意を持ってないのは確信でき たよ。 ボクをタコ殴りにして潰すには絶好の機会だった。 なのに、撫でられただけだから。 633 一号さんの胸に抱えられたまま、また石壁に囲まれた通路を進む。 今度はそう長い通路じゃなかった。 空気が変わったのが分かった。 ほどなくして、光が差し込んでくる。 こうしてボクは、久しぶりに地上へと戻ってきた。 634 10 ご主人様になろう︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:9 名前:κτμ 戦闘力:8360 社会生活力:−3240 カルマ:−7650 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃連続魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多重思 考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃強力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 635 ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・壱:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃御主人様﹄ カスタマイズポイント:390 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 636 11 ただいまの後は ﹁5Γζ、υυΩ¨δηΞ´κ?﹂ ﹁Λπσsχ。ЮιΘmκnεεΓyi¨ζs﹂ ﹁ΩΟnδπ乙﹂ ﹁Ьχ、ΟΛdsξ﹂ メイド人形たちが、なにやら言い合ってる。 表情や口調からは読み取り難いけど、喧嘩してる様子でもないの かな。 まあ、放っておいていいでしょ。 騒々しいワケでもなし、誰にも迷惑は掛からない。 そもそも空の上では他に人もいないからね。 そう、ボクたちはいま森の上を飛行してる。 メイド人形たちも、魔術での飛行が可能だったので助かった。 なるべく急いで帰りたかったからね。 ボクが飛ぶ速度と比べても遜色ない。 むしろ、毛玉であるボクよりも体型は飛ぶのに適してるんじゃな いかな。 この体でも回転しながら飛ぶと、もっと速度は出そうだけどね。 実は一回、試したことがある。 すぐに気持ち悪くなって止めたけど。 いっそ﹃変身﹄を応用して、翼だけでも生やした方がいいかもね。 毛玉ウィングとか。 毛玉飛行形態とか。 637 毛玉ロケット︱︱︱って、これは爆発四散しそうだから無しで。 ともあれ、だ。 こうしてバカなこと考えてられるのも、メイド人形が飛べたおか げだね。 ボクが抱えられたままでも問題はない。 いまは四号さんに⋮⋮ああ、五号さんに渡された。 柔らかな手で撫でられて、胸元に抱えられる。 うん。やっぱりこのメイド服の生地は上質だね。 アルラウネが織った絹にも並ぶかも。 あ、でも五号さんのクッションは控えめだ。 そこはどうでもいいんだけど︱︱︱。 ﹃ご主人様。湖が見えてきました﹄ 一号さんが指差した先に、キラキラと輝く湖面が見える。 ちょっぴり懐かしい光景だ。 ダンジョンから脱出した場所は、湖から南東に位置していた。 もちろんボクが地理を把握していた訳じゃない。 ただ、身振り毛振りでも、湖に向かいたいのは伝えられた。 あとは一号さんに先導してもらえばよかった。 ﹃七号より︱︱︱城郭のようなものを発見しました﹄ ﹃三号より︱︱︱先行偵察を行いましょうか?、と提案します﹄ ﹃九号より︱︱︱甘い果実の香りを感知。採取の許可を願います﹄ と、大事なことに気づいた。 五号さんの腕から抜け出して、ボクは空中で静止する。 メイド人形たちも止まる。 拠点に戻る前に、アルラウネやラミアたちのことを伝えておかな 638 いと。 下手をしたら、また一悶着起きかねないからね。 だけど、どうやって伝えよう? 身振り毛振りと、絵で説明するのは限界があるんだよね。 これからも起こる問題だねえ。 んん∼⋮⋮簡単な合図だけでも決めておこうか。 とりあえず、一旦地上に降りる。 まずは地面に絵を描いて、あの拠点がボクのものだって分かって もらおう。 ﹃これは⋮⋮壁? いえ、あの城郭ですか? そこに、ご主人様が 旗を立てる? 制圧なさるおつもり⋮⋮違うのですね。では、すで に制圧なさっている?﹄ よし。第一段階クリア。 微妙に違うけど、まあ問題にはならないでしょ。 次は、アルラウネとラミアが暮らしてるって説明だね。 ﹃花を持った女性ですか? では、我々にキメラのような複合生物 になれと⋮⋮それも違うのですね。もしや、アルラウネですか? なるほど。では、こちらはラミアですか。それを⋮⋮あの拠点に入 れる? 捕まえてこいと仰せですか?﹄ 第二段階から、なかなか難しい。 言葉の偉大さを痛感させられるね。 だけどアルラウネとラミアの存在は伝わった。 あとは、いまの状況さえ分かってもらえばいい。 639 ﹃殲滅でもない? では、すでにあの拠点にいるのですか? なる ほど。理解しました。すでに、ご主人様に従っているのですね﹄ 正確には、勝手に住み着いてるだけなんだけどね。 まあ喧嘩しなければいいんだし、この認識でも構わないでしょ。 ボクが言葉なり、思念通話なり覚えてから訂正すればいいし。 あとは、魔力文字で示せる簡単な合図を決めておく。 前進、待機、後退、と。 非常時には、攻撃、防御、撤退として使うようにしよう。 ひとまずは、こんなところかな。 問題があれば、また後で話せばいいよね。 ってことで、あらためて出発。 ボクが飛び立ち、メイド人形たちも後に続く。 湖の南側から、西にある拠点へと向かう。 もうすぐに到着できる距離だね。 久しぶりの我が家だ。 胸に安堵が浮かぶ︱︱︱なんて暇もなく、ボクは目を見開いた。 城壁上で、ラミアたちが槍を振るい、魔術を放っている。 アルラウネも弓矢を放って、大きな石を投げ落としてる。 戦闘の真っ最中だった。 合図を決めておいてよかったよ。 640 メイド人形たちに待機を命じて、ボクは全速力で拠点の上へと飛 ぶ。 まずは状況確認。 被害は、それほど酷くないのかな。 城壁は何処も破られてない。 内部に敵が入り込んだ様子もなし。 ただ、ボクの屋敷近くにぐったりしてるラミアたちが運ばれてき てるね。 二十名くらいが簡易の治療所みたいな場所に寝かされてる。 アルラウネたちが治療術を掛けて回ってる。 ボクは高度を下げて、﹃大治の魔眼﹄を発動。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃大治の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 光が降り注ぐ。 と、すぐにアルラウネたちが気づいて、こちらを見上げた。 ﹁Οξσ! Σn、μχρκεψωk¨λγ!﹂ ああ。ちょっと安心。 どうやら忘れられてるとか、石を投げられるとか、そんな事態に はならずに済んだみたいだ。 ロクに話もせずに飛び出しちゃったからね。 だけど皆は笑顔で迎えてくれる。 この状況なら大丈夫そうだ。 メイド人形たちにも毛招きする。 ﹃彼女たちの治療に当たればよろしいのですね?﹄ 641 うん。こういう緊急事態だと伝わり易いね。 選択肢は限られてくるから。 メイド人形たちは、すぐに行動に移る。 アルラウネやラミアは驚いていたけど、すぐに味方だと受け入れ てくれた。 ボクと違って言葉が通じるからね。 任せて大丈夫でしょ。 それじゃあ、ボクは迎撃に向かおう。 ﹃御武運を﹄ 一号さんから短い言葉を受けて、ボクは西側城壁へ向かう。 湖側じゃなくて、その反対側だね。 敵はそっちから押し寄せてきてる。 城門の無い方から攻めてきてるのは、あんまり知恵が回らないか らかな? そう思えるような見た目だ。 だって、キノコだから。 ただし、太い手足が生えてる。大きさは人間より一回りほど上だ ね。 いかにもモンスターって感じがする。 もしくは、C級ホラー映画に出てきそうな見た目をしてるよ。 そういえばマタンゴって特撮映画があったっけ? かなり古い映画で、キノコ怪人みたいのが︱︱︱、 なんて、どうでもいいこと考えてる余裕はなさそうだ。 筋肉が膨れ上がってるようなキノコだけど、一体ずつなら脅威に 642 は感じない。 だけど数が多い。 ゾロゾロいる。 少なくとも数百体が、城壁へと押し迫ってきていた。 643 12 キノコ狩りの毛玉 ホラーだ。 グロ中尉が成仏しきれずに戻ってきた。 正直に言うと、けっこう簡単に片付けられるかな∼ってボクも考 えてた。 だってキノコだし。 縦に裂けばあっさり倒せそうだし。 もしくは、﹃焼夷針﹄とかで焼き尽くしてもよさそうだった。 バター醤油が欲しくなるかな∼、なんて倒した後のことまで考え てたよ。 だけどこのキノコ、ただのキノコじゃなかった。 いやまあ、手足の生えたキノコなんだから普通じゃないのは当然 なんだけど。 ともかくも、簡単には死んでくれない。 しぶとい。 この一言に尽きるね。 最初に﹃衝破の魔眼﹄や﹃破砕針﹄を撃ち込んでみた。 あっさり砕けて、縦に割れた。 なんだ弱いじゃん、とか思った時だ。 半分に避けたキノコが蠢いて起き上がろうとした。 もう半分になった体の所まで這い寄って、くっついて復活したん だよ。 ちょっぴり細くなったみたいだけどね。 だけど戦意は衰えない様子で、また城壁へ向かってくる。 644 ならば、と﹃焼夷針﹄を撃ち込んだ。 ﹃八万針﹄の中では微妙に魔力消費が大きいけど、魔眼よりは連 発できる。 大軍相手には、とても有効に働いてくれるのが﹃焼夷針﹄だ。 期待通りに、キノコはまとめて炎に包まれた。 何体かは完全に倒せた。 黒焦げだね。 だけど途中から、炎を消し止めて起き上がるキノコが出てきた。 どうやら全身に妙な粘液を纏って、それで炎を防いだらしい。 他のキノコも粘液を出すようになって、炎がほとんど効かなくな った。 おまけに、キノコが出すのは粘液だけじゃない。 傘の部分から、胞子も散らしてくる。 これが地味に厄介だね。 状態異常効果のある胞子で、風に乗って城壁の上まで届いてくる。 毒や麻痺、混乱や石化効果まで含んでる。 同じ植物系だからか、アルラウネにはほぼ効いてない。 ラミアもそこそこ状態異常には強い。 だけど毒や石化を受けて、戦えなくなる子が次第に増えてきてる。 そうしてこっちの守り手を減らしながら、キノコは城壁を昇って くる。 手を掛ける場所もないはずなのに。 城壁に、べったりと張り付きながら。 また粘液を使ってるみたいだね。 ぬちゃぬちゃと音を立てながら、垂直の壁を這い上がってくる。 意外と多才だよ。キノコのくせに。 645 そんな状況で、敵も多くて、かなり押されてるみたいだった。 ただ、こっちにも良い材料はある。 ラミアクイーンが獅子奮迅の活躍を見せていた。 何度も血を吐いてるイメージしかなかったんだけどね。 でも実際、戦闘力はラミアの中だと一番高かった。 おまけに、以前と少し変化してる? 黒髪と白い肌なのは変わらない。 だけどその髪も肌も、ちょっと見ない間に艶を増したように見え る。 っていうか、明らかに戦闘力が増してるね。 槍でキノコを刺して、軽々と城壁の外へ放り出す。 あ、爪も伸びた。 一瞬で、キノコが五枚に裂かれる。 爪はまた元に戻って、ラミアクイーンは妖艶な笑みを浮かべた。 やっぱり以前とイメージが違ってるね。 もしかして進化でもしたのかな? そういえば、治療の指揮に当たってるクイーンアルラウネも少し 変化してた。 以前より、豪華な花が咲いてた気がする。 冒険者との一戦を乗り越えたのがよかったのかな? それとも、ボクがいない間に修行でもした? 後で聞いてみよう。 ともあれ、味方戦力としては頼もしいね。 もうしばらくは持ち堪えられそうだ。 だけど長期戦になったら、しぶといキノコの方が有利になりそう 646 でもある。 ボクも全力でいこう。 折角帰ってきた家なのに、キノコの苗床なんかにされたくないよ。 ﹃万魔撃﹄で薙ぎ払う。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV9からL V10になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ さすがに﹃万魔撃﹄は効果覿面だね。 縦に割れたキノコは、そのまま光に呑まれて塵になっていく。 一撃で、確実に百体以上は倒せたはず。 さらに、敵陣奥にいるキノコへ向けて﹃死滅の魔眼﹄も放つ。 瞬く間に数体のキノコが即死して、黒々とした死毒の塊になった。 そのキノコが仲間に襲い掛かる。 死毒の塊を増やしていく。 植物には毒の効果が薄いかと思ったけど、やっぱり死毒は信頼度 高いね。 これで城壁に辿り着く前に、そこそこの数は減らしてくれるはず だ。 さて、倒し切れるかな? ﹃万魔撃﹄を連発してもいいけど、敵の数が多い。 647 魔力不足になるような賭けには出たくないね。 ﹃ご主人様、提案があります﹄ ん? 一号さん? いつの間にか、西側城壁の上まで来てる。 ラミアから受け取った槍で、キノコを斬り裂いてるね。 横に。 力任せに。 あの槍って斬れ味はいまひとつだったはずだけど、関係ないみた いだ。 ﹃治療には、ひとまず手が足りています。わたくしと四号までで、 攻勢に出るのがよろしいかと﹄ そういえば、メイド人形たちの戦闘力も高かったね。 自己申告だったけど、全員三千を越えてた。 ボクが魔力を奮発しちゃったからねえ。 よし。いい機会だし、活躍してもらおう。 合図を出す。 一号から四号まで、攻撃&防御で。 ﹃敵の殲滅を狙いつつ、無理はしない、という解釈でよろしいでし ょうか?﹄ うん。その方向で。 一号さんは、ボクの考えを大分理解してくれるようになってきた ね。 まだそんな長い付き合いでもないのに。 それだけ高性能ってことかな。 648 まあいいや。いまは頼れるメイドさんってことで喜んでおこう。 ﹃では、出撃致します﹄ ﹃二号より︱︱︱同じく﹄ ﹃三号より︱︱︱以下同文です﹄ ﹃四号より︱︱︱一匹たりとも逃がさないことを目標とします﹄ ﹃九号より︱︱︱調味料の確保を進言します﹄ なんか変なのが混じった。 うん。キノコを食べたいのは分かる。 だけどよく考えたら、明らかに毒キノコだよね。 人形だから大丈夫なのかな? でも生体部品とかにはダメージありそうだし、食中毒なんかで倒 れられるのも馬鹿馬鹿しい。 ってことで、九号さんには待機の合図を送っておく。 そうしている間にも、メイド人形たちは城壁を飛び越えていった。 やる気たっぷりだね。 まずは一号さんが、複雑な魔術式を空中に描く。 発動したのは、風の術式だ。 暴風が巻き起こる。 同時に、空気が刃になって次々とキノコたちを切り裂いていく。 だけどそのくらいじゃキノコは復活する︱︱︱、 と思った時、二号さんが別の術式で追撃を掛けた。 辺り一面に炎が吹き荒れる。 だけど炎はキノコ粘液で︱︱︱あれ? 防がれてない? そっか、切断面を焼いたのか。 それなら粘液で守られてないね。 649 分割されたキノコ自体は、まだ生きてる。 地面に倒れながらも蠢いてる。 だけど焼かれたおかげで、元の体とくっついて再生は出来ないみ たいだね。 放っておけば死ぬかな? しばらく生きてたとしても、まともに動けないから脅威にはなら ないね。 メイド人形の第一次攻撃は成功だ。 続いて、三号さんと四号さんが地上へ降りて切り込む。 それぞれが両手に剣と槍を持ってる。 無双乱舞って感じで、バッタバッタとキノコを薙ぎ倒していく。 斬り裂かれた瞬間、キノコが燃える。 剣や槍自体に魔術が掛かってるね。 これもまた切断面を焼かれるから再生が利かない。 どんどんキノコの数が減ってる。 イケそうだ。 ボクももっと攻勢に出ようかね。 メイド人形とは別方向の敵を担当しよう。 食べられないキノコに用は無いし。 さっさと消え去ってもらうよ。 650 13 お風呂でサービスシーンがあるとは限らない 散々に蹴散らされて、数を減らされて、ようやくキノコたちも敗 北を悟ったらしい。 辛うじて残っていた百体ほどが背を向けて逃げていく。 キノコだから、どっちが背中なのか分かり難いけどね。 ともかくも撤退していくよ。 うんうん。森へおかえり︱︱︱なんて言うとでも思ったか! 一匹たりとも逃がさないよ。 こういうホラー系のは、逃がすと増えて再襲撃とかしてくるから ね。 二作目三作目が作られないように、きっちり仕留めておこう。 一号さんから四号さん、やっておしまいなさい。 とか言う前に、もう追撃掛けてるね。 そういえば四号さんは殲滅宣言してたっけ。 ﹃魔力感知﹄で、メイド人形の魔力残量もだいたいは把握できる。 消耗はしてるけど、任せて大丈夫そうだね。 ボクの方は﹃焼夷針﹄をばら撒いておこう。 まだ倒れて蠢いてるキノコは残ってるからね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃強力撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽条件が満たされました。﹃剛力撃﹄スキルが解放されます︾ 651 ほんと、しぶとい。 毛針が足りなくなるくらいだよ。 すぐに﹃自己再生﹄で生えてくるからいいけどね。 念入りに焼いて、飛び散った胞子とかの片付けにも数日は必要か な。 そこらへんも後で考えよう。 さて、そろそろ帰ろうか。 いきなり物騒な事態になっちゃったけど、久しぶりの我が家だ。 お風呂に入りたい。 甘い物も食べたい。 それで、ぐっすりと眠らせてもらおう。 ぷかぷかと。お風呂に浮かぶ。 ふわふわと揺れている湯気を眺める。 ほっこりと体中が温まってくる。 あぁ∼⋮⋮、 これぞ極楽ってやつだね。変な声が出ちゃうよ。 一週間ぶりくらいだっけ? 冒険者の追撃に三日くらいで、迷宮探索を合わせても、もう少し 短いかな。 だけど感覚としては、本当に久しぶりだね。 お風呂って、こんなに贅沢なものだったんだ。 652 ﹃ご主人様、お湯加減は如何でしょう?﹄ 最高。グッド。文句なし。 濡れた毛先で花丸を描いちゃおう。 って、見えないか。 一号さんは脱衣所にいるからね。 ちなみに木の引き戸で仕切ってある。 古い日本家屋みたいな雰囲気が、ちょっとだけ醸し出されてるよ。 お風呂場自体は石造りなんだけど、木造にするのもいいかもね。 余裕があったら挑戦してみようかな。 と、今は考えなくていいか。 のんびりしよう。 戦いの連続だったからねえ。 一時くらいは休まないと、心も体も保たないよ。 ﹃失礼いたします﹄ んん? 一号さんがそっと戸を開けた。 覗き!?、と人間だった頃なら焦るところだよね。 だけどいまのボクは毛玉だし。 普段から全裸だし。 あ、でもなんかちょっと恥ずかしいね。 お風呂場だからかな。 ﹃よろしければ、お背中をお流し⋮⋮いえ、毛繕い?、全身の洗浄 でしょうか? それをお手伝いさせていただきますが?﹄ 653 一応、この体も背中はあるんだよ? 背中というか、後頭部? ともかくも、そういった背後はある。 だけど洗うって言っても、石鹸もシャンプーもないからねえ。 ﹃自己再生﹄でも汚れは落ちちゃうし。 あ、でもアルラウネやラミアはどうしてるんだろ? いつも髪とかツヤツヤでふわふわだね。 何かの洗料とか使ってるのかな? それも機会があったら調べてみよう。 清潔さは保てても、シャンプーで洗うとか、爽快感が違ってくる からね。 で、メイドさんのお風呂サービス? そっちは却下で。 後退&待機のサインを送る。 一号さんは静かに頭を下げて出て行ってくれた。 まあ、男の子なら憧れるシチュエーションかも知れないね。 だけどボクは、お風呂は一人で入りたい派だから。 銭湯とか温泉って、ちょっと苦手なんだよね。 周りからジロジロ見られたこともあったし。 いまは、ゆっくりとお湯を満喫したい。 湯船に浮かんで、たまに回転して、泳いで。 このお風呂、人間だった時の感覚で作ったから、けっこう広いん だよね。 よかったら、後でメイド人形たちにも入ってもらおう。 さすがに全員一度には入れないけどね。 交代で、適当になんとかしてくれるでしょ。 654 さて、そろそろ上がって︱︱︱。 ﹃では、ご主人様。こちらへどうぞ﹄ 一号さんの膝に乗って、体を拭いてもらう。 もう一人、十三号もいて、魔術で温風を吹きつけてくれる。 お風呂上がりのペットみたいな気分だね。 だけどこれは悪くない。 柔らかい指で全身を撫で回されて、マッサージを受けてる気分だ。 あ、そこそこ。 もうちょっと強くてもいいかも。 あぁ∼∼⋮⋮また変な声が漏れそう。 目蓋も重くなってきた。 すこし、眠ってもいいかな。 もう危ないこともないでしょ。 何かあっても、メイド人形やアルラウネたちがいる。 すぐに起こしてくれるはず。 ちょっと行儀が悪いけど、このまま膝枕で休ませてもらおう。 翌朝︱︱︱じゃなくて、翌々朝だった。 時計もカレンダーもないけど、一号さんが教えてくれたよ。 起きた途端にね。 膝枕で寝ちゃったボクを寝室まで運んで、そのままずっと付き添 ってくれてたらしい。 655 どうやらボクは、自覚してた以上に疲れてたみたいだ。 あのダンジョンでは、ロクに休めなかったからね。 ﹃わたくしどもは、数百時間は連続稼動が可能ですので﹄ ほんと、良い拾い物だったよ。 彼女たちを創ってくれただけでも、あの幽霊には感謝したい。 消滅させちゃったけどね。 さて、起きたらお腹が空いた。 だけどもう心配は要らない。 メイド人形が、しっかりと朝食も用意してくれてた。 果物を中心に、野菜を使ったサラダもある。 またアルラウネが頑張ってくれたのかな。 あとで、お礼を言っておこう。 でも気になるのは、サラダにキノコが混じってることだね。 これ、大丈夫なの? 毒とか入ってないよね? 食堂に揃っていたメイド人形たちを見ると、なにやら九号さんが 頷いていた。 ぐっと拳も握ってみせる。 無表情のはずなのに、心なしか得意気な顔に見えるね。 だけど何を言いたいのか分からないよ。 まあ、キノコは、食べてみたら普通に美味しかった。 やっぱりバター醤油が欲しくなる。 もしくは和風ドレッシングとか。 食事メニューの充実も、今後の課題だね。 656 メイド人形も食事は摂るみたいだし、改善案にも期待しよう。 そうして食事を済ませたボクは屋敷を出た。 久しぶりの拠点だ。 見回りもしたい。 アルラウネやラミアにも、帰ってきてから満足に挨拶もしてなか ったし。 でも、なんか想像外の事態になってた。 屋敷を出た途端に、大きな声が上がった。 すぐにアルラウネやラミアたちが揃って駆けつけてくる。 何事? えっと、悪い雰囲気じゃないのは分かるんだけど。 一号さん、通訳をお願い。 ﹃皆様が、ご主人様の帰還を喜ばれておられます﹄ ああ、そういうことか。 冒険者たちの襲撃は、かなりの危機だったからね。 一応、ボクが助けた形になってたし。 喜ばれるのも無理はないか。 とりあえず、歓声に応えておこう。 毛先を丸めて振ってみる。 さらに喧しくなった。 クイーンが揃って出てきて、恭しく頭を下げてくるし。 幼ラウネも出てきた。 なにこれ? 花輪? くれるの? まあ、とりあえず頭にでも乗せておこうか。 ︽特定行動により、称号﹃君主﹄を獲得しました︾ 657 ︽﹃御主人様﹄は﹃君主﹄へと書き換えられます︾ ︽称号効果により、﹃覇者の才・壱﹄が﹃覇者の才・弐﹄へと強化 されました︾ また歓声が大きくなる。 はあ。ボクはべつに王様になりたい訳じゃないのに。 騒々しいのは苦手だし。 一人で行動してる方が性に合ってるし。 だけど、まあ︱︱︱、 こういう雰囲気も悪くはないのかなあ。 658 13 お風呂でサービスシーンがあるとは限らない︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:10 名前:κτμ 戦闘力:8480 社会生活力:−3020 カルマ:−7480 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃連続魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多重思 考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 659 ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄ カスタマイズポイント:400 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 660 14 修行パートは地味だけど好きな人も多い 拠点に帰還してから数日、ボクはのんびりと過ごしている。 やることは山積みだけどね。 この世界は危険だらけだし、どれだけ備えをしても過剰ってこと はないはず。 生き延びるために。 思念通話 の修得だ。 のんびりと過ごしながらも、怠けてはいないよ。 まずボクが手を掛けたのは お手本を見せてくれる一号さんがいる。 技能だっていう話だったけど、魔術にも似たものだ。 複雑な術式みたいだけど、ボクなら扱えるはず︱︱︱なんて考え は甘かった。 ﹃わたくしが修得している思念通話は、奉仕人形用に改良されたも のです。半ば無機物である奉仕人形と、生命体であるご主人様では、 思念の伝わり方も違っているようです。そのために上手く働かない のでは?﹄ 見様見真似で術式自体は成功したみたいなんだけどね。 何故か、相手に雑音を伝える効果しか出なかった。 実験台になってくれたメイド人形やラミアクイーンによると、﹁ 針金を頭の中に突っ込まれて掻き鳴らされてる﹂ような雑音が響く らしい。 まあ、これはこれで成功なんじゃない? 661 音波兵器とか、思念攻撃ってことで。 ボクの思念が異常ってことじゃないからね。 断じて違う、はず。 原因は術式にあるんだから、いつか改良して使えるものにしたい ね。 ちなみに、幽霊も思念通話を使ってたけど、微妙に違う術式だっ たそうだ。 そっちの術式が分かればよかったんだけど︱︱︱。 ﹃地下施設の資料は、ほとんどが記録用の霊魂に保存されていまし た。それらもまとめて、ご主人様が滅ぼしてしまいましたので残っ ておりません﹄ あの光る球体は、幽霊だけじゃなかったらしい。 先に言ってくれればよかったのに。 まさか魂みたいなのが記録媒体とか、想像もできないよ。 惜しいことしたね。 だけど、意思疎通そのものに関しては目途がついた。 一号さんは思念通話だけじゃなく、共通言語も使えるんだからね。 ボクにも言葉を教えてもらえばいい。 わざわざ習わなくても、何ヶ月か経てば自然と覚えられるとは思 うけどね。 アルラウネやラミアは普通に会話してるし。 そんな目論見もあって、一緒に暮らしてたんだから。 だけど早目に覚えられるに越したことはない。 ってことで、毎日少し時間を取って授業を受けることにした。 ただし、教師役にはクイーンアルラウネも加わった。 662 何故か? メイド人形は、﹃共通言語﹄の閲覧許可を持っていなかったから。 物扱い だからでしょう﹄ ﹃閲覧許可だけでなく、わたくしどもにはステータス自体が存在し ておりません。恐らく、 そんな訳で、クイーンラウネには教科書を見せてくれる役になっ てもらった。 しかしこのクイーンラウネ、ちょっと見ない間にまた大人っぽく なったね。 身体から生える花は綺麗になってるし、蔦なんかも逞しくなって る。 とても机を寄せる同級生って感じじゃない。 やっぱり教師役だね。 いや、モンスター娘って時点で教師役はどうなの?、とも思うけ ど。 授業中は、一号さんとクイーンラウネに両脇を挟まれる形になる。 時々、膝に乗せられたり、撫でられたりもする。 うん。やっぱり教師や同級生って感じじゃない。 なんだろう? イメクラ? いや、そんな場所に行った経験なんて無いけどね。 もちろん、しっかりと勉強はしてるよ。 人間だった頃だって、授業は真面目に受けるタイプだった。 ちなみに、﹃共通言語﹄の閲覧許可なら他にも持ってる子は多か った。 ラミアクイーンとかも立候補してくれたね。 だけど内政問題ってことでクイーンラウネを選ばせてもらった。 663 社会生活力 がマイナスに振り切れてるのは気になるけど、そ ともかくも勉強態勢は整ったね。 の内に言葉の問題は解消されると思う。 同時に、拠点の強化も進めていきたい。 前回みたいな冒険者の襲撃程度じゃビクともしないくらいに。 望めるなら、サンダーバードも追い返せるようになりたいね。 まあ、あの理不尽怪獣みたいな鳥に対処するのは難しいのは分か ってるよ。 っていうか、二度も会いたくない。 存在そのものがおかしいでしょ。 仮にも鳥なのに喋るとか、プラズマを操るとか。 神が創り出した毛玉抹殺兵器とか言われても信じちゃうよ。 だけどまあ、目標は高い方がいいし。 サンダーバードでなくとも、人外のボクには敵が多いからね。 外来襲撃とやらも気になる。 三十日置きくらいに、アナウンスもあるんだよね。 いまは残り二百五十日くらいかな。 異世界からの侵略。 侵略とは限らないけど、大抵は攻めてくるそうだ。 メイド人形から聞いた話で、それなりに信憑性はある。 どんな相手かは予測不能だけど、メイド人形の大軍が攻めてくる ような事態も有り得るんだよね。 ただ、ここに来る可能性は低そうだし、怯えてても仕方ない。 ひとまずは城壁の強化から手をつけることにした。 幸い、メイド人形たちは色々と技術を持ってるみたいだからね。 ダンジョンの管理も出来るくらいだし。 664 それを頼らせてもらう。 一号から八号までで城郭の強化と建築。 九号と十号で、アルラウネやラミアたちが使う装備品の製作。 十一号と十二号は、ボクやメイド人形が住む屋敷の増改築。 十三号には、その他の雑用や生活用品の充実を担当してもらうこ とにした。 ボクの担当? もちろん、魔力タンクで。 べつにサボる訳じゃないし。 その方が効率が上なだけだし。 実際、メイド人形が扱う魔術は、ボクよりも消費効率が良いらし い。 少ない魔力でダンジョンを維持していたんだから、当然と言えば 当然だね。 集団で術式を組んで、一気に大きな壁を組むような真似も可能だ った。 普通に生活するだけなら、外部からの供給も不要だそうだ。 メイド人形でも少しは自分で魔力が生み出せるから。 だけど、お城の建築や強化となると話が違う。 どれだけ魔力があっても足りない。 城壁の強化や建築だけでもそうだし。 ついでに、備え付けの大型武器なんかも試作してるからね。 以前に偶然できた、吹っ飛ぶ土壁も参考にして。 バリスタとか投石器とか、魔術に頼って作ろうとすると、やっぱ り消耗が大きくなる。 665 こうなるともう、供給能力に優れたボクは回復に努めた方がいい。 合理的にね。 けっしてサボりたい訳じゃないよ。 とはいえ、ボクも自身の能力強化もしておきたい。 ﹃魔術知識﹄も、一号さんがいれば読み進められるし。 魔眼の改良もしたい。 あとは、単純に肉体的な鍛錬もしておくべきだよね。 毛玉がどうやって鍛えるんだっていう疑問はある。 だけどボクの体も、徐々にではあるけど頑丈になってるよ。 下手なボールよりは耐久力もあるはず。 転がったり跳ねたりで、飛ばなくても動けるくらいにはなってき たし。 だから幼ラウネと追いかけっこもできる。 なかなかに良い勝負だったよ。 ﹁Κσε∼、Γκπωζ∼!﹂ まあ、捕まっちゃった訳だけど。 他の子供もいて、多勢に無勢だったから仕方ないね。 けっして子供に負けたんじゃない。 人数に負けたんだ。 だから君たち、そろそろ撫でくり回すのをやめなさい。 ええい、脱出! そしてダッシュ! まだ走り込みの途中だからね。 走り込みっていうか、跳ね込み? ともかくも城壁内を一周するだけでも、けっこうな距離がある。 子供たちに構ってる余裕はない。 666 だっていうのに、なんでまた追いかけてくるかねえ。 毛玉ローリングなら一気に距離を取れるけど、あれをやると目が 回るし。 何かにぶつからないと止まれないし。 まあ﹃空中機動﹄を使えば、子供たちなんて簡単に振り切れるん だけどね。 それじゃあ身体は鍛えられないから。 おまけに、なんだか負けた気もする。 ﹃ご主人様、お楽しみのところを失礼します﹄ いや、楽しんでないよ。 厳しい特訓中だよ。 で、あらたまって何だろう? ﹃本館および、別館の建築が完了いたしました。よろしければ一度、 検分をお願いします﹄ おお、早かったね。すぐに見に行こう。 右に跳ねると見せ掛けて、左へと急激に方向転換。 速度を上げて、子供たちを置き去りにする。 よし。今回はついてこれる子供もいない。 このまま勝ち逃げさせてもらおう。 667 15 サバンナー! 拠点の中央に立つのが、ボクが住む本邸宅になる。 メイド人形も出入りするけど、寝泊りするのは基本的にボクだけ だ。 一人でいられる場所も大切にしたい。 だからといって、メイド人形に野宿を命じるほど非道じゃないよ。 これまでも手狭ながら部屋を使ってもらっていた。 だけど今度からは、別館に住んでもらうことになる。 渡り廊下で繋がってる形だね。 ﹃ご覧の通り、建物としては完成いたしました。ですが、家財道具 などは最低限のものしか揃っておりません。生活するだけならば問 題ありませんが、見た目を取り繕うならば、いま少し時間が必要か と﹄ 一号さんが言うように、簡素な感じは拭いきれない。 折角の屋敷なんだから、絨毯を敷き詰めたりしたいんだよね。 ベッドとか椅子とかもまだ足りてないし。 もしも他人を招くような場合には困るでしょ。 冒険者から襲撃されて、ボクは考えたんだよね。 今後、ああいった事態は避けたい。 なら、どう対処するか? 襲われても蹴散らせる戦力を整えるのは当然として、それ以前に、 襲われないようにもしたいんだよね。 668 要は、魔獣が住んでるって思われるからいけないんだよ。 相手が人間なら、人間を襲うのは躊躇するはず。 だから、ここには人間が住んでると思わせればいい。 そのために急いで作ってもらった物もある。 ﹃こちらの出来は如何でしょう?﹄ 七号さんと八号さんが、大きな布の両端を持って広げてみせる。 それは旗だ。 黒地に、大きな白円を描いたシンプルなデザインになってる。 ちなみに黒地なのは、ボクの毛を作って織った旗だから。 他に良い材料もなかったんだよ。 芋虫産のシルクだと、いまひとつ重厚感が出ないし。 綿花っぽいのも見つけたけど、まだ栽培中だし。 その点、ボクの毛は長さも質も調整可能だからね。 羊毛が手に入ればよかったんだけど、生憎、羊も牛もまだ見つか ってない。 乳製品も遠い。 そういった物を手に入れるためにも、この旗は役立ってくれるは ず。 城壁に立てておけば、人間が住んでるって思ってくれるでしょ。 魔獣が旗なんて立てるはずもないし。 おまけに、メイドさんもいるからね。 北に街があるのは分かってるから、こっちの態勢が整ったら様子 見に行くのも考えてる。 メイド人形を派遣してもいいだろうね。 669 ﹃では、こちらの旗は北側城壁に掲げておきます﹄ ボクが頷くと、七号さんと八号さんが恭しく旗を持って出て行く。 これで拠点の安全度も増すはず。 もしかしたら、友好的に接触してくる人間もいるかもね。 その時は、どうしよう? ボクが直接に会う手段もなくはないけど。 一号さんに主人代理ってことで交渉を任せようかな。 だけどメイドだと軽く見られる? 着飾ってもらって、女主人とか妻とかの役にした方がいいのかな。 そういえば、この世界の人間社会がどうなってるのか、ほとんど 知らないね。 一号さんの知識も、古いものが多い。 情報収集の必要もあるか。 まだまだ落ち着ける日は遠いかなあ。 旗を立ててから数日後︱︱︱、 昼過ぎから、ボクはメイド人形数体を連れて拠点を出た。 向かうのは南、もう一度地下施設へ行って、使えそうな道具や資 料があれば持ち出すつもりだ。 最初の脱出の時にも、手荷物程度の物は持ってきた。 今度は本格的な引っ越し、ってところかな。 670 ただ、持ち出せない備え付けの装置みたいな物もあるらしい。 だから、いずれは拠点と地下通路で結ぼうかな、とも考えてる。 いざという時の脱出路や、第二拠点にもなるし。 いまはそこまでの余裕は無いんだけど。 ﹃では、わたくしと五号から八号までで運搬を行います。十号を側 に付けておきますので、何かあればお報せください﹄ 森の中にある大岩を目印に、少し離れた場所に地下への入り口は ある。 普段は、完全に地面と一体化してるね。 見ただけじゃ絶対に分からないはず。 その入り口から降りて行くメイド人形を見送ってから、ボクは空 へ浮かび上がった。 ついでに、ちょっと探索もしていく予定だ。 十号さんを従えて南へ向かう。 少し進むと森が途切れて、広々とした草原が広がってる。 サバンナ、というよりは緑が瑞々しいかな。 上空からだと、長い川が流れてるのも目に入る。 遠くには大きな山も見えるね。 それと︱︱︱動物がいる! 魔獣 とは分類されてない。 シカやシマウマ、それにキツネ? あとライオンっぽいのもいる ね。 ﹃鑑定知識﹄で見ても 普通の動物を見るのも久しぶりだ。 ウサギでさえ凶悪な魔獣だったからねえ。 シルバー以来? 671 あとは、川で魚を獲ったくらいか。 そういえば遠くに鳥の影も見える。 ん? 鳥? ちょっと形が違うような⋮⋮? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃五感制御﹄スキルが上昇しま した︾ 尖った翼が生えてて、尾も長い。 鳥じゃなくて、飛竜っぽい。 中華風じゃなくて、西洋風の竜だね。 ﹃鑑定知識﹄だと、戦闘力は三千から五千程度ってなってる。 1メイドさんくらいか。 油断はできないけど、襲われても撃退できそうだね。 高度を下げて、地上から慎重に近づいてみることにする。 でもそんなボクたちが目についたのか、ライオンが襲ってきた。 十号さんのパンチ。 ライオンが吹っ飛ぶ。 メイドさん強い。 ﹃十号より︱︱︱トドメを刺されますか?﹄ いや、逃げていくし、放っておいていいんじゃない? 食べても美味しくなさそうだし。 動物は好きだしね。 犬も猫も。あと鳥も。ただし、サンダーバードは除く。 あとは邪魔も入らず、ボクたちは飛竜に近づいていった。 あんまり追う必要もなかった。 672 少し飛んだ後に、飛竜が戦闘に入ったからね。 というか、途中から飛竜よりも、そっちの存在の方が気になって た。 巨大なホワイトタイガー。 明らかに普通の動物じゃない。 だってトラックくらいの大きさがあるし。 黙れ小僧!、とか言いそう。 そんなホワイトタイガーに、飛竜は口から炎弾を吐いて襲い掛か った。 何発もの炎弾が直撃する。 だけどホワイトタイガーは少し焦げただけ。 全身に冷気を纏って身を守ってる。 氷結系の魔獣みたいだね。 サバンナにいるのは、ちょっと属性違うんじゃない?、って言い たくなる。 だけど強いのは間違いない。 ホワイトタイガーが大きな咆哮を上げた。 それはそのまま真っ白なブレスになる。 飛竜も炎を吐いて対抗したけど、押し負けて、翼を凍らされた。 体勢を崩した飛竜が落下する。 こうなるともう勝敗は揺るがないね。 ホワイトタイガーの爪が飛竜を切り裂いて、トドメになった。 勝利の咆哮が、サバンナに響き渡る。 もしかしたら、あのホワイトタイガーはここのヌシ的存在なのか もね。 そう思わせるくらいの風格がある。 673 っていうか、あんなのが何体もいたら困るよ。 ﹃十号より︱︱︱あの白い生物は危険だと判断します。如何いたし ましょう?﹄ ああ、うん。やっぱり脅威を感じるよね。 同感だ。離れた方が︱︱︱、 と思った時に、ホワイトタイガーの背後から現れる影があった。 複数の小さな影。ひとつの中くらいの影。 子供の虎と、母親? もしかしたら父親かも知れないけど、ともかくも家族みたいだ。 可愛い。もふもふしてる。 ホワイトタイガーの子供たちらしいね。 これは、ますます離れた方がいいでしょ。 子供がいる野生動物は凶暴性が増すって聞くし。 魔獣もきっと同じだよね。 静かに距離を取る。 だけど、少し近づき過ぎたみたいだ。 ホワイトタイガーが顔をこちらへ向けた。 ボクを見据える。ゆっくりと歩み寄ってくる。 いや、まだ慌てる距離じゃない。 こっちは飛べるんだし、全速力を出せば振り切れるはず。 なにより、ボクは美味しそうには見えないはずだし。 だからちょっと試してみよう。 苦労して覚えた新技能を。 ﹃十号より︱︱︱ご主人様?﹄ 674 十号さんを後退させつつ、ボクは毛先に魔力の光を灯す。 通じるかどうかは分からない。 でも、サンダーバードがそうだった。 こういう強い魔獣は、知性を備えてる可能性が高そうだ。 だから︱︱︱、 ﹃コンニチハ﹄ 空中に魔力文字を描いて、コミュニケーションを図ってみる。 苦労して、挨拶くらいはできるようになったからね。 どうかな? 通用するかな? 敵意がないのを分かってくれればいいんだけど︱︱︱。 どうでしょう、ホワイトタイガーさん? 675 16 出発地点から遠くに行くほど敵が強くなるのは何故だろう ? ホワイトタイガーが足を止めて、僅かに目を見開く。 その反応で言葉が通じるのは分かった。 ﹁⋮⋮ΛδЮι、Νσφω¨εuυ?﹂ 白い息を吐きながら、呻るみたいに言葉を投げてくる。 やっぱり喋れるんだね。 ボクは十号さんに目を向けた。通訳をお願い、と。 ﹃十号より︱︱︱あの白いのは、ご主人様の目的を知りたいようで す﹄ 白いのって⋮⋮十号さん、意外と口が悪い? まあいいや。 それよりも、ボクの目的か。 今回は探索だね。 もちろん、ホワイトタイガーと敵対するつもりはないよ。 ただ、いい獲物がいれば狩るつもりだけど。 そこらへんのことを穏便に伝えてもらう。 ボクの方は身振り毛振りになるから、ちょっと不安だけどね。 ちゃんと伝わるかな? 警戒しつつ、十号さんとホワイトタイガーの遣り取りを見守る。 ﹃十号より︱︱︱要約致しますと、ご主人様の威光に屈服するよう 676 です﹄ え? 屈服? なんだかよく分からないけど、上手く交渉が進んだってこと? あ、ホワイトタイガーが身を翻した。 最後にボクを一瞥して、家族の方へ戻っていく。 屈服というか、勝手にしろ、って感じなんだけど? ﹃加えて、ここより南東方向には飛竜の巣があるという情報を入手 しました﹄ ほほう。飛竜の巣か。 あんまり近寄りたい場所でもないね。 それよりもサバンナで牛とか探したい。 拠点も充実してきたから、牧畜とかにも手を出したいんだよね。 南東方面は、地形を把握する程度にしておこう。 深入りしなければ大丈夫でしょ。 問い:大丈夫だよね? 答え:それはフラグです。 これが世界の真実らしい。 サバンナの上空を飛んでただけなのに、いきなり飛竜が襲ってき 677 た。 ﹃コンニチハ﹄攻撃も通用しなかったよ。 まあ、言葉が通じる魔獣の方が少ないんだろうけど。 ともかくも戦うしかない。 飛竜が吐き出す炎弾を避けつつ、ボクと十号さんは空中で左右に 広がった。 十号さんには後退の合図を出す。 ちょっと手強そうだから、身を守るのに専念してもらおう。 こんな遭遇戦で、貴重なメイドさんを失いたくないし。 ﹃徹甲針﹄を飛ばして、飛竜の注意を引き付ける。 十号さんを狙おうとしてた飛竜が首を回した。 咆哮を上げて、ボクの方へ向かってくる。 けっこう小回りが利くね。 おまけに素早い。 たぶん最高速度は、毛玉体のボクよりも上だと思う。 だけど、魔眼を一発撃ち込むくらいの余裕はあるよ。 ﹃災禍の魔眼﹄、発動! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔導﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃災禍の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 途端に、飛竜の動きが鈍る。 というか、硬直して慣性で空中を流れるだけになる。 でも苦しんでる様子でもない。 どうやら成功したみたいだ。 678 強力になったのはいいけど、病魔効果なんかも加わって、﹃災禍 の魔眼﹄は使い難くなってた。 そんな欠点を補いたかったんだよね。 麻痺とか混乱とか、個別の効果が発揮できればいい。 そのために、これまでも少し練習はしてた。 魔眼は、体内に刻まれた回路に魔力を流すことで発動する。 その回路全部を使わず、必要な部分だけに魔力を巡らせるような 感じだね。 効果を搾るから、僅かだけど消耗も少なくて済む。 エコだ。 環境に優しい魔眼だね。 ちょっと違う気もするけど、まあいいや。 ともあれ今回使ったのは麻痺効果のみ。 それだけでも充分だった。 動けなくなった飛竜は、掠れた悲鳴を上げながら地面に落ちる。 そこに﹃徹甲針﹄の雨を降らせて追撃。 鱗が硬くて刺さり難いけど、全弾命中となればダメージは大きい。 ﹃轟雷の魔眼﹄を撃ち込んでトドメを刺す。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃轟雷の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 以前の、﹃雷撃の魔眼﹄と比べて、単純に威力が増してるね。 さすがにまだサンダーバードには敵わないけど。 それでも飛竜は仕留められた。 ﹃十号より︱︱︱竜の素材は幅広い用途があります。持ち帰られる のがよろしいかと﹄ 679 ボクに続いて、十号さんも地上に降りてくる。 そうだね。持って帰ろう。 例えば鱗だけでも、鎧を作るとか出来そうだ。 運ぶのは大変そうだけど、持てるかな? ﹃十号より︱︱︱お任せください﹄ 静かに頷いた十号さんは、魔力で紐のようなものを浮かべた。 飛竜の死体を縛って持ち上げる。 どうやら一人でも運べそうだ。 だけど単純な腕力じゃないよね。 メイド人形の腕は、華奢って言えるくらいに細いし。 何かの魔術を使ったのは分かった。 もしかして、重力制御とかしてる? 帰ったら聞いてみよう。 共通言語以外にも、メイド人形から教われることは多そうだね。 さて荷物も増えたし、今日の探索はここまでかな。 ちょっと気になってる所もあったんだけどね。 ホワイトタイガーが教えてくれた南東方向なんだけど、サバンナ とは少し風景が変わってきてる。 一目で分かるくらい、砂漠だ。 飛竜の巣があるような地形とは思えないんだよね。 いや、もっと遠くにいけば違うのかも知れないけど。 あるいは、砂漠好きな飛竜っていう可能性もあるんだけど。 何にしても、かなり広々とした砂漠が続いてる。 不毛の土地、って感じで歓迎したくないけど︱︱︱⋮⋮ん? 680 なんか違和感がある? ぼんやりと、砂が続いてる風景を眺めてたんだけど⋮⋮なんだろ? あれ? もしかして? さっきまでとサボテンの位置が違ってる? ひとつだけじゃなくて、あちこちに生えてるサボテンが根元から 移動してる? というか、近づいて来てるような? いや︱︱︱違う、サボテンだけじゃない。 砂漠が盛り上がって押し寄せてきてる。 津波みたいに。 砂津波? そんな現象ってあるの? 驚いてる場合じゃないね。 上空へ退避。メイドさんにも後退の合図を送る。 それと同時に、砂漠の盛り上がる速度が増した。 まるでビルみたいに砂が舞い上がる。 そして大量の砂の下から、事態の原因が姿を現した。 細長い、その形には見覚えがある。 だけど大きさがまるで違う。 丸く割れた口に無数の牙を生やした、ミミズ︱︱︱サンドワーム だ。 大きな口が息を吸っただけで、周囲の空気が激しく揺らぐ。 甲高い、威圧するような鳴き声が響き渡った。 681 17 毛玉vsサンドワーム 大きな鳴き声を響かせたサンドワームが、ゆっくりと首をもたげ た。 だけどその口は、ボクたちとは別方向を向く。 地面へ向けて齧りついた。 特大のショベルカーみたいに土をさらっていく。 水でも飲むみたいに長い全身が蠢いた。 実際、食事なんだろうね。 土を食べてる。 ん? サンドワームなのに? 砂漠にいる他の生き物を食べるんじゃないのか︱︱︱、 とか観察していると、サンドワームがピタリと動きを止めた。 直後、口から大量の砂を吐き出す。 まるでブレスを吐いたみたいに、辺り一面に砂が撒き散らかされ た。 ﹃十号より︱︱︱推測ですが、あの生物が砂漠化の原因のようです ね﹄ ああ、なるほど。 土を食べて、養分だけ吸って、砂にして吐き出してるのか。 妙な地形だと思ったけど、魔獣の影響で変わってきてる? 温暖化とか、曖昧な原因じゃないのは喜ぶべきかな。 だけど厄介でもあるね。 682 サンドワームがいる限り、砂漠が広がっていくってことでしょ。 これは見過ごせない。 進行速度がどれくらいにしても、いずれボクの拠点まで迫ってく るはず。 それに、このサバンナが食い荒らされるのも困るよ。 羊とか牛とかいるかも知れないし。 ボクのご飯のためにも、砂漠化は食い止めたい。 ってことで、サンドワームにはこの世からご退場願おう。 幸い、動きは鈍いみたいだしね。 戦い方を考えれば安全に狩れるでしょ。 まずは十号さんに退避の合図を送る。 飛竜の死体も運んでもらわないといけないからね。 ﹃十号より︱︱︱承服いたしました。どうか、ご無理はなさいませ んように﹄ 空中で一礼して、十号さんが去っていく。 それを確認してから、ボクもサンドワームから距離を取った。 数百メートルほど。それでも魔眼なら充分に届く。 相手はまだ土を食べてるね。 こっちを警戒してる素振りもない。 だけど砂の中に隠れられても困るし、早々に決着をつけよう。 円形に開かれた口を睨んで︱︱︱﹃死滅の魔眼﹄、発動! 途端に、サンドワームは身をくねらせた。 悶えるような鳴き声も上がる。 効けば即死の魔眼だ。 でも、耐えられた? 683 魔法効果は徹ったように感じたんだけど、ともかく、まだ生きて るね。 死毒に耐えた巨人と似てるかな。 生命力で強引に捻じ伏せたような? でも幾分かダメージはあったみたいだね。 死滅 を撃ち込む。 大口から吐き出された砂に、黒や緑の体液が混じった。 続けて、もう一発 サンドワームが悶える。 だけど直後に、その巨体を囲むように魔力の光が瞬いた。 なにか、マズイ? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力感知﹄スキルが上昇しま した︾ サンドワームの周囲にあった砂が渦を巻く。 まるで竜巻が起こったみたいに、砂の壁が巨体を覆い隠した。 でも隠れたり逃げたりするつもりはないらしい。 砂が鞭みたいな形になって襲ってくる。 うわ、この距離で届くのか。 だけど離れてる分、鞭の一本くらいなら余裕で避け︱︱︱一本じ ゃない!? 何本もの砂の鞭が襲ってくる。 さらには、槍にもなって飛んでくる。 そういえばミミズも石礫を飛ばしてきたっけ。 こうなると脅威だ。 事前に距離を取っていたから、その気になればすぐに逃げられる はず。 だけどまだ、その時じゃないね。 684 多少の抵抗は想定の内だよ。 ﹃衝破の魔眼﹄を散らす。 避けながら、当たりそうなものは砕いていく。 砂で作られてるから強度はそれほどでもないみたいだね。 でも地面を削るくらいの威力はある。 直撃したら、ボクには大ダメージだよ。 防戦だけじゃ追い込まれる。 応戦する。﹃轟雷の魔眼﹄撃ち込む。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃連続魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃轟雷の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 空中を一直線に貫いた雷撃が、サンドワームの皮膚を焼く。 うん。焼いただけだ。 焦げ痕からしても大した傷じゃない。 竜巻みたいな砂の壁に守られてるおかげで、雷撃が散らされた。 おまけに、魔術障壁みたいなものが輝くのも見えた。 そういえばミミズも魔術への抵抗力は高かったね。 アレが進化して、サンドワームになったのかな? 長所はしっかり残してるって訳だ。 だとしたら厄介だけど︱︱︱。 まずは、その砂の壁から抑えようか。 ﹃凍晶の魔眼﹄、発動! 巨体の根元を狙う。 砂地ごと凍らせてあげよう。 685 可能ならサンドワームごと凍りつかせたいけど、それは障壁で防 がれる。 だけど地面は凍った。 砂が飛ぶのを抑えられるはずだし、サンドワームも動き難くなる はず。 なんて、甘かった。 サンドワームが身をくねらせて氷結した地面を割る。 舞い上がる砂に、氷も混じった。 土と氷が合わさってパワーアップ! ダメじゃん! また砂の鞭が振り回される。 氷礫も混じって避け難くなっちゃったよ。 ﹃爆裂針﹄と﹃衝破の魔眼﹄を散らして、こっちも弾幕を張る。 この距離だと、毛針はサンドワーム本体までは届かない。 防御に使うしかないね。 攻撃は、第二の作戦でなんとかしよう。 砂の鞭を回避しながら地面に降り︱︱︱られない! 横薙ぎにブッ叩かれた。 サッカーのシュートみたいに吹っ飛ばされる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃打撃大耐性﹄スキルが上昇し ました︾ ぐぅ。やっぱり強烈だね。 ﹃下位物理無効﹄があっても防ぎきれなかったよ。 686 おまけに砂がヤスリみたいになって、皮膚ごと削られた。 だけど致命傷じゃない。 地面に叩きつけられる前に、﹃空中機動﹄で衝撃をやわらげる。 そのまま空中に戻らずに、そのまま地面を転がった。 毛玉ローリングだ。 狙いは、外に漏れる魔力をカットすること。 ほら、ミミズって魔力や音への感知能力に優れてたから。 代わりに、視力は退化してるみたいだった。 その特徴はサンドワームにも受け継がれてるはず。 音も、この砂嵐の中なら紛れてくれる。 ﹃空中機動﹄とは違って、毛玉ローリングなら魔力を放たない。 これでサンドワームは、ボクの姿を見失う。 なんて期待をしたのに、また砂の鞭が襲ってきた。 うへぇっ!? 毛玉ジャンプで回避! 狙いが荒くて助かった。 だけど、確実にボクの位置を掴んでる? あ、首もこっちを向いた。間違いなさそうだね。 見えてる、とは思えない。 音でバレた? この砂嵐の中で? もしかして、地面からの震動とか︱︱︱って考えるのは後回しだ。 また鞭と土礫が飛んでくる。 ﹃空中機動﹄を使って回避。 溜め の間は魔眼が使えないんだよね。 ﹃爆裂針﹄で弾幕も張って、どうにか追撃を躱す。 だから時間を稼ぎたかったんだけど︱︱︱どうにか間に合ったよ。 687 ﹃万魔撃﹄、発動! 魔力ビームが砂の壁も突き破る。 障壁で僅かに抵抗されたけど、それでも威力は充分だ。 サンドワームの太い体を、半分近くも削り取った。 虫が喚くみたいな悲鳴が上がる。 巨体がのたうつ。地震でも起こったみたいに辺りが激しく揺れた。 トドメを刺すチャンスだね。 傷口を狙って、﹃轟雷の魔眼﹄を叩き込む。 一発、二発と続け様に。 さすがにもう障壁で防ぐ余裕もない。 四発目で、サンドワームの全身が伸びて痙攣した。 そのまま大きな音を立てて倒れる。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV10から LV11になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ ふうぅ。けっこう強敵だったね。 結局、﹃万魔撃﹄でゴリ押しする形になっちゃったよ。 もうちょっとスマートに勝ちたかったんだけどね。 強烈なシュートで、危うくゴールネットを揺らしそうにもなった し。 ﹃自己再生﹄で手早く回復しておこう。 さて、ともかくも勝った。 688 あとは、この、でろんとした死体をどうしよう? ﹃吸収﹄して片付けてもいいけど、さすがに大きすぎる気がする。 食べるだけっていうのも勿体無いかな。 素材とか使えるかも知れない。 とりあえずメイドさんを呼んで、運べるか検討してみよう。 689 17 毛玉vsサンドワーム︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:11 名前:κτμ 戦闘力:8620 社会生活力:−2980 カルマ:−7350 特性: 魔獣種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃土木系魔術﹄﹃闇術﹄﹃連続魔﹄﹃魔術開発﹄ ﹃精密魔導﹄ ﹃全属性耐性﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・壱:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多重思 考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ 690 ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄ カスタマイズポイント:410 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 691 18 もう全部メイドさんに任せていいんじゃないかな? サンドワームの巨体を、メイド人形が数人掛かりで空輸する。 やっぱりメイド人形たちは魔術での重力操作ができるみたいだっ た。 それでも簡単な作業ではないけどね。 なにせ直径数メートルの胴体だから。 長さは、地上に出てた分だけでも十メートルを越えてた。 地下に隠れてた部分を合わせると三倍以上になる。 大縄跳びの世界記録に挑戦できるね。 跳び損ねた人から潰されていく。 命懸けだ。 と、くだらないこと考えてる場合じゃないね。 とりあえず、飛竜と合わせて拠点に運ぶことにした。 だけど、どう扱おう? そもそも何に使えるか分からない。 一番簡単なのは食べることだね。 アルラウネもラミアも、けっこう何でも食べるからね。 毒さえなければ、だけど。 安全な食料かどうかは、ちょっと面倒だけど調べられもする。 適当な動物を捕獲してきて、アルラウネやラミアの魅了で、実験 に付き合ってもらえばいいんだからね。 要は、モルモット役がいればいい。 医学の発展に犠牲が付きもの作戦だね。 692 ほら、食も医学の内だって言うし。 そんな面倒なことをしなくても、大丈夫そうではあるんだけどね。 ミミズもサンドワームも、毒を使うような攻撃はしてこなかった。 むしろミミズなんて、﹃吸収﹄しても美味しいくらいだった。 まあ、メイド人形任せでいいかなあ。 ﹃ご主人様、よろしければ氷室を作っては如何でしょう?﹄ ヒムロ? えっと、たしか地下に氷なんかを溜めておくやつだっけ? 昔の大型冷蔵庫だね。 うん。いいんじゃないかな。 余裕が無くって考えつかなかったけど、これからは食料の保存も 必要だね。 獲物だって、いつ狩れなくなるか分からないし。 任せちゃって大丈夫かな? 穴掘りは得意だから、ボクが作るべき? ﹃では、現在の城壁の外側に、地下貯蔵庫を設置するべきと考えま す。並行して、拠点の拡張計画も進めていくのがよろしいかと﹄ ん? 拡張計画? そんなの聞いてないんだけど、話が大きくなってない? だけど確かに、いまの拠点内に作ると邪魔になることもあるかな。 ラミアの洞窟や、アルラウネの畑もあるし。 サンドワームの死体も、ひとまずは城壁の外に置いたし。 あ、見張りのラミアが驚いた顔をしてる。 後でお裾分けくらい持っていこうか。 693 アルラウネも、畑の肥料に使ってもらえるかな。 ﹃こちらが、我々で立案した建築計画となります﹄ 一号さんが、空中に複雑な文字列を浮かべる。 文字列というか、設計図だね。 しかも三次元的に描かれてるものもある。 えっと、中央にはやたら豪華なお城が建てられてるんですが。 しかも、湖に沿う形で、かなり広い城下町も造られてる。 城壁が三重になって、今のとは比べ物にならないくらい長大にな ってるね。 お城とか、街の主要道路には細かな数値も付けられてる。 ﹃このような街作りを目指しております。およそ、十年後を目途に﹄ 遠大ですね、一号さん。 その計画立案能力には脱帽です。 あと、絵心?、もしくは設計能力?、ともかくこのイメージも精 密で凄いよ。 だけど張り切り過ぎてるというか、うぅ∼ん⋮⋮、 まあ、いいか。 やっちゃおう。面白そうだし。 十年後を目標っていうなら、余裕のある計画だろうからね。 ボクはボクで、しばらく好き勝手するつもりだし。 突撃サインを出す。 一号さんは恭しく頭を下げた。 心なしか嬉しそうに見えたのは、やっぱり気の所為かな? 694 ﹃では、まずはあの長くて太いのから片付けましょう﹄ 無表情のまま、一号さんはサンドワームの死体を見下ろす。 指示が送られて、他のメイド人形もテキパキと働く。 ちょっと時間の掛かる作業になりそうだけど、問題はなさそうだ。 ボクは一旦屋敷へ戻ろう。 あ、子供たちが草むらで寝転んでる。 夕方だけど、まだ暖かい季節だからね。 お昼寝するには良い時間か。 ボクもちょっと混ぜてもらおうかな。 拠点のある湖周辺は平穏が続いている。 人間の姿も、前回の襲撃から見掛けていない。 色々な魔獣は出てくるけど、ラミアやアルラウネでも対処できる くらいだ。 メイド人形のおかげで武装も充実してきたからね。 狩りに出たラミアが怪我をして帰ってくることはあっても、深刻 な事件は起こっていなかった。 うん。平和だ。 目の前のこれだって、大した事件じゃない。 ﹃ご主人様は、自重という言葉をご存知ですか?﹄ 695 一号さんからじっとりと見つめられて、ボクは目を逸らす。 眼下には、新たなサンドワームの死体が転がっている。 最初のを仕留めてから、これで六体目だ。 だってほら、この魔獣って砂漠化の原因だし。 可能なら絶滅させた方がいいはずだし。 一体目の時は苦戦したけど、楽に狩れる方法も見つけたからね。 ちょっと知恵を絞れば簡単だった。 サンドワームは挑発に弱い。 魔術で攻撃したりすると、その反応をすぐに追い掛ける。 だから囮役がいれば、安全に攻撃できるんだよね。 その囮役をメイド人形に頼んだ。 もちろん安全は考慮したよ。 砂の鞭や土礫を防ぐだけなら、二人もいれば充分だった。 だから三人掛かりで、確実にサンドワームの注意を引いてもらっ た。 そして、ボクが充分に溜めた﹃万魔撃﹄を撃ち込む。 これで大ダメージを与えられる。 あとは傷口に集中攻撃で、あっさりと仕留められた。 中には、﹃万魔撃﹄で真っ二つになるサンドワームもいたよ。 それでも生きてたけど。 どうやら雷撃とかで、内部を破壊する方が有効らしい。 それが分かってからは、もっと簡単に狩れるようになった。 おかげで、レベルも二つ上がったし。 問題ないんじゃないかなあ? 696 ﹃すでに二体のサンドワームが置き場所がなく、氷漬けで放置され ております。このままでは、他の作業にも支障が出るかと﹄ ですよねー。 うん。さすがにもう狩って来るのは自重しよう。 飛竜も何体か狩ってるし、食材の確保は充分すぎるよね。 ただ、経験値を稼ぐ相手としても上質なんだよね。 いまのボクじゃ、まだサンダーバードには勝てないと思う。 なるべく力を付けておきたい。 まあ、ゲーム感覚で経験値ばかり稼ぐのも良くないかもね。 しばらくは拠点内での鍛錬に励んでもいいかな。 メイド人形から魔術も習いたいし。 重力制御とか、防護障壁とか、多才な技を持ってるし︱︱︱。 ﹃ご主人様、緊急の報告があります﹄ 一号さんからの思念通話に、微かな緊張が混じったみたいだった。 緊急って、何があったのかな? お肉の処理よりも大切なこと? ﹃拠点北側の警戒に当たっていた八号が、数名の人間を発見しまし た﹄ 人間? まさか、冒険者? あるいは、もっと別の可能性もあるけど︱︱︱。 いずれにしても、決断しなきゃいけない時期ってことか。 こんな拠点を作って、ずっと隠れていられるはずもないもんね。 前回は襲撃を受けた訳だし、敵対する可能性が高いかな。 697 でも、友好的な関係も築けるかも知れない。 相手の出方次第だね。 どうなるにせよ、まずは様子を見に行こうか。 698 19 魔眼と言えば 木陰からこっそりと覗く。 武装した、百名近くの人間がいる。 うわぁー⋮⋮よし、見なかったことにしよう。 ﹃ご主人様、しっかりと現実を見やがってください﹄ あ、はい。 現実逃避はダメですか。そうですよね。 っていうか一号さん、なんでボクの考えが分かったんです? ﹃ロクでもないことを考えている時は、ご主人様の毛並みが乱れま すので﹄ むう。そんな癖があったのか。 メイド人形の観察眼恐るべし。 今度からはバレないようにしよう。 わざと毛並みを逆立てるとかして。 いやまあ、根本的にロクでもないことを考えなければいいんだけ ど。 ん? そうなると、別に気をつけなくてもいいかな。 いつもボクは真面目なことしか考えてないし。 今の事態だって、ちゃんと以前から想定済みだからね。 ﹃それで、如何いたしましょう? どうやらもう拠点は発見されて 699 いるようですが﹄ 一号さんの問いに、﹃P−1﹄と空中に描いて答える。 プラン一号だね。 相手との接触はメイド人形に任せる。 ボクは後方で様子を窺う。 大まかに言うと、そんな作戦だ。 最終目的は、人間と友好的な関係を築くこと。 いやまあ、積極的に仲良くなる必要もないんだろうだけど。 だからってこっちから喧嘩を売りに行くスタイルもどうかと思う。 ﹃では、わたくしがメイド長として接触いたします﹄ 木枝の上から、一号さんが跳んだ。 派手な音を立てながら地面に降りる。 わざとだ。相手側の注意を引きつけられるように。 その間に、ボクは後方へ下がらせてもらう。 もちろん、争う状況になったらすぐに出て行くよ。 不意打ちで﹃万魔撃﹄でも叩き込もう。 何事も起こらない方が、こっちとしては嬉しいんだけどね。 近づいてくる集団は、よく鍛えられた兵士だった。 全員、揃いの鎧を着てる。 陣形も組んでる。 700 兵士で間違いないでしょ。 一号さんが草むらを揺らす音を立てただけで、隊長らしき人が声 を上げた。 全員が緊張した顔付きになって、森の奥へ注意を向ける。 油断が無いね。 いかにもプロって感じだ。 音がした方向だけでなく、背後に気を配る兵士もいる。 以前に襲ってきた冒険者の方が、個人の戦闘力は高いみたいだっ た。 でも集団としてなら、こっちの兵士たちの方が上だね。 実際にボクが戦ったら、負けはないにしても、ある程度の苦戦は するかも。 話が通じる相手だといいんだけど、どうだろ? ﹃︱︱︱警戒は不要です﹄ 思念通話で、一号さんがリアルタイム翻訳をしてくれる。 ボクは安全な距離まで下がったからね。 強化された感覚でも、さすがに話し声は拾い難い。 どうせまだ言葉は分からないし。 ﹃女⋮⋮? 何者だ?﹄ ﹃メイドです。そちらこそ何者でしょう? 他人に名を尋ねる時は、 まず自分が名乗るのが礼儀かと認識しておりますが﹄ ﹃⋮⋮全員、警戒は解くな。この女、只者じゃない﹄ 最後のは、隊長っぽい人が小声で言った。 一号さんにはしっかり聞かれてるけどね。 701 あの隊長さん、年齢は二十代前半くらい? 大振りの両手剣を構えてる。武人、って気迫を漂わせてるね。 真面目そうだけど、とりあえず話は通じそうな人だ。 いきなり女の人に切り掛かるようには見えない。 周りの兵士たちも大人しくしてる。 それどころか、一号さんの顔をまじまじと見て頬を赤らめてる兵 士もいるね。 仕方ないかな。 ボクから見ても、一号さんは美人だからね。 ちなみに、メイド人形は全員が﹃鑑定﹄を誤魔化せる。 誤魔化すっていうか、防ぐだけなんだけどね。 そういう術式を事前に掛けてある。 逆に怪しまれるかも知れないけど、最初に人間だと思ってくれれ ば充分でしょ。 もちろん、ボクも教えてもらった。 いまなら﹃威圧﹄とか切っておけば、普通に人間の前に出られる かも。 無害な毛玉アピールが通じるかも知れない。 いや、さすがにいまはそんな危険は冒さないけどね。 しかしほんと、メイド人形は器用だよね。 リアルタイム通訳だって難しいことのはずなのに、涼しい顔をし てる。 少なくとも、思考能力は完全に人間を越えてるんじゃないかな? だけど、数が少ないっていう弱点もある。 なにもかも任せるワケにはいかないね。 702 アルラウネは栽培が得意で、色んな食料を安定して譲ってくれる し。 ラミアも数が増えて、戦力として頼れるようになってきたね。積 極的に外に出るから、偶に大きな発見を持ち帰ってくれる。 で、メイド人形はまとめ役、と。 勢いで作った拠点だけど、良い形になってきたね。 十年後の湖畔城塞都市計画も夢じゃないかも。 とはいえ、まだ街にすらなってないんだけど︱︱︱。 ﹃私はルイトボルト。ゼルバルド帝国に所属する騎士だ。現在は、 この島の前進探索任務に就いている﹄ ﹃騎士様でしたか。認識いたしました。先程も申し上げた通り、わ たくしはメイドです。皆様が発見なされた、あちらの城にて、侍女 長を務めております﹄ ん∼⋮⋮メイドと侍女の違いって何だろう? 仕事内容とかは、そんなに変わらない気がする。 単なる言葉の違いかな。 メイド と メイドさん も違うとか。 マニアな人なんかは区別してそうだけど。 戦闘メイドなんて職業もあるみたいだし。 もう本来の意味なんか、どうでもよくなるくらいに魔改造されて るね。 なんて、関係ない考えをしてる内にも話は進んでる。 ボクは遠目に見てるだけだから楽なものだ。 ﹃あの城はなんなのだ? 偵察から、ラミアが見張りについている と聞いた。しかし旗が立ち、君のようなメイドもいる。人間が住ん 703 でいるのか?﹄ ﹃肯定と、訂正をいたします。人間 も 住んでいるのです﹄ 実際は、人間なんて一人も住んでないけどね。 ボクなんてステータス上は魔眼だし。 でも心は人間だって言い張れるよ。 だから嘘じゃないし。 騙そうともしてないし。 ただちょっと勘違いしてくれるといいなぁ、って思ってるだけ。 ﹃彼女たちは、ご主人様より庇護を授かり、この地で平穏に暮らし ております。そちらが争いを望まぬ限り、彼女たちも、わたくしど もも友好的な対応をお約束させていただきます﹄ 一号さんが語った方針に間違いはない。 身振り気振りでよく伝わってくれたと、我ながら感心する。 だけど︱︱︱。 そういえば、アルラウネやラミアたちの意見は直接に聞いてなか ったね。 人間から酷い目に遭わされた子もいるんじゃないかな? ラミアなんかは、あからさまに敵対してた。 いきなり拠点の中に入れるつもりはないけど、反発しないかな? メイド人形が上手く説得してくれてる? まあ、ボクがちゃんと言葉を使えるようになったら確かめればい いか。 ﹃つまり⋮⋮君や、その主人は、魔獣とともに暮らしていると?﹄ ﹃そう解釈していただいて構いません﹄ 704 ﹃⋮⋮有り得るのか? いまの話では、魔獣が、その、隷属してい るというよりは、望んで留まっているようだが?﹄ ﹃逆にお尋ねします。安全な場所で暮らしたいと考えるのは当然で は?﹄ さて、ひとまずこっちの事情は伝わったみたいだ。 信じてもらえるかな? 魔獣を従える者など穢らわしい!、とか言う人なら話は簡単だよ ね。 一人残らず消せば、もうしばらくは安全でしょ。 そんな物騒な事態にならないのが一番だけど、どうだろ? ﹃⋮⋮君らの主人と話はできるか?﹄ ﹃誰かが訪ねてこられた際には、お招きするよう仰せつかっており ます。代表者のみで、武器も預からせていただきますが﹄ ﹃当然の対処だな﹄ 隊長さんが、構えていた武器を下ろす。 だけどまだ警戒は残してるみたいだ。 それも当然の対処だね。 一号さんが振り向いて歩き出すと、兵士たちは隊列を組んだまま 従った。 ﹃ゼルバルド帝国と仰られましたが、北にある街から来られたと解 釈してよろしいですか?﹄ ﹃ああ。君たちは⋮⋮その、何者なんだ? 東方同盟の者とも違う ようだが?﹄ ﹃東方同盟というものは存じません。ですが、何故そう思われたの です?﹄ ﹃東の連中は、徹底して魔獣の排除を唱えている。それに、城壁に 705 掲げられている旗も違ったからな﹄ ﹃なるほど。理解いたしました﹄ この前、襲ってきた冒険者のいた街が東方同盟側ってことだね。 で、隊長さんたちは帝国側、と。 よし。ボクも理解できた。 ﹃ちなみに、あの旗に描かれているのは︱︱︱﹄ あ、言っちゃうのかな? 自分で考えたとはいえ、ちょっと恥ずかしいんだけど。 だって、ほら、中二っぽい名前だから。 ﹃偉大なる、バロール家の紋章です﹄ うわぁ。 偉大なる とか言っちゃってるかな。 心なしか、メイドさんがドヤ顔してるように見える。 なんで 枕が欲しい。 頭から被って、足をバタバタさせたい。 うん。分かってる。ボクには手も足もないよね。 ええい。いいや、もう開き直ろう。 どうせボクは魔眼だし。 魔眼と言えば、その名前しか思いつかなかったんだから。 706 20 妹ができました 交渉戦術その1。 まず、自分たちの力を大きく見せよう。 しっかりとした行儀作法でも、さり気なく語る知識でも、なんで もいい。 相手から侮られないことは大切だ。 威圧だけで要求を呑ませる、なんて交渉もあるからね。 もちろん、単純な武力を見せつけるのもアリでしょ。 幸い、その材料は有り余ってる。 ﹃これは⋮⋮!?﹄ 城壁の前で、隊長さんが震えた声を漏らす。 明らかに驚いてるね。 そりゃあまあ、サンドワームの巨体を見れば当然でしょ。 しかも二体。 氷漬けにしてあるやつだ。 ﹃ご主人様が狩られたものです。解体作業の途中ですので、お目汚 しになりますが、どうかご容赦ください﹄ ﹃⋮⋮これほどの魔獣を、その、バロール殿が仕留めたと?﹄ ﹃はい。ご主人様が御一人で﹄ 隊長さんと、その後に続いてる兵士たちもざわついてる。 やっぱりサンドワーム級の魔獣は、強力な部類に入るんだね。 ﹃鑑定﹄で見たところ、兵士の戦闘力は平均して五百くらいだ。 707 隊長さんはもっと強いけど、サンドワームには及ばない。 そうなると、この狩りの戦果は充分な威圧になるよね。 ﹃先程、皆様は探索任務に就いておられると仰っておられましたが﹄ 相手が怯んだところで、交渉戦術その2だ。 有益な材料を仄めかしてみせる。 一方だけでなく、お互いに利益になるなら、心情的にも気持ちよ く交渉が進められるからね。 ﹃この湖より南側に、ご主人様も探索の手を伸ばされております。 しかし他方面の情報には疎いのです。よろしければ、情報交換など 如何でしょう?﹄ ﹃おお、それは願ってもない。近辺の魔獣情報など、是非にも欲し いところだ﹄ ﹃では、こちらも地図を用意いたします。まずは屋敷へどうぞ﹄ 隊長さんと、お供の二名のみを城内へ通す。 相手の警戒も少しは解けたかな。 サンドワームの死体を見せたのは、威圧以外の効果もあったみた いだし。 危険な魔獣は倒す人間、と示せたはず。 さて、それじゃあボクも城壁の下に降りよう。 まだ姿を見せる訳にはいかない。 だけど良い隠密手段を見つけたよ。 手頃な木箱があったから、それを被っていけばいい。 某潜入工作員も推奨のダンボール、その代わりだ。 ﹃ここは⋮⋮本当に、ラミアやアルラウネが暮らしているのだな﹄ 708 隊長さんは城内の様子を見て、まじまじと目を見張っていた。 お供の兵士なんかは、鼻の下を伸ばしてるのもいる。 お花畑で居眠りしてるアルラウネなんかもいるからねえ。 しかも半裸だったりするし。 ここらへんは準備不足だったけど、却って良かったのかもね。 一応、見張り役のラミアは警戒してる様子だ。 でも襲い掛かったりはしない。 他のメイド人形が、上手く話を通してくれたみたいだね。 ﹃多少、魅了効果のある花粉などが漂っておりますが、悪意はあり ません。彼女たちの生態として自然に出てしまうものですので、ど うかご容赦を﹄ ﹃うむ。この程度で惑わされるようでは、帝国騎士は務まらん。む しろ⋮⋮﹄ 隊長さんが、背後の兵士二人を振り返って睨みつけた。 一人はすぐに気づいて背筋を伸ばす。 でも、もう一人はだらしない顔をしてアルラウネに見惚れたまま だ。 あ、軽く小突かれた。 ﹃こちらこそ、恥ずかしいところを見せてしまい申し訳ない﹄ ﹃いえ。ご理解のある御方だと、感服しております﹄ ﹃この様子を見せられてはな⋮⋮魔獣とはいえ、ここは彼女たちに とって、本当に穏やかに過ごせる場所なのだろう。子供たちの笑顔 が、その証拠だ﹄ アルラウネやラミアの子供たちは、一緒になって遊んでいる。 709 今日もブランコやシーソーは大人気だ。 はしゃぐ子供たちを見て、隊長さんが優しげに目を細めた。 うん。紳士さんだね。 というか、まだ若いから爽やかお兄さんってところか。 この分なら、後の交渉も上手くいきそうだ。 子供好きに悪い人間はいない!、なんて断言するつもりはないけ ど︱︱︱、 ん? なんか隊長さんがこっちを見てる? でもボクは木箱に隠れて⋮⋮あれ? 視界が明るくなった? おまけに上方向へとスライドする。 開けた全方位の視界では、子供たちが集まってボクを抱きかかえ ていた。 ああ。そうだよね。 子供って好奇心の塊だし。 怪しげな木箱があったら中身が気になるよね。 でもこれはボクの失策じゃない。 ダンボールが偉大すぎただけ。 木箱でも代わりが務まるかと思ったんだけど、ダンボールには及 ばなかった。 ﹃⋮⋮あの毛玉は、いったい?﹄ ﹃⋮⋮⋮⋮ご心配なく。害はありません﹄ さすが一号さん。 こんな不測の事態でも、完璧な無表情だ。 ボクに向けられた視線が冷たかった気もするけど。 勘違いだと思いたい。 710 隊長さんたちが屋敷に入ったのを確認して、ボクも裏手から屋敷 に入る。 今度はバレないように覗くつもりだ。 ん? 主人として交渉の場に出ないのかって? 無理だよ。 まだ言葉も扱えないし、他の準備も整ってない。 それに、コミュ能力に自信がある方じゃないからね。 とは言ったけど、主 頭の中で交渉戦術を立てても、実行できるかどうかは別だし。 だから、メイド人形たちに任せる。 そっちの準備は整ってるからね。 ﹃はじめまして。帝国の騎士様︱︱︱﹄ 招くように仰せつかってる 応接室で出迎えるのはボクじゃない。 一号さんは、 人がいるとは言ってないからね。 不意打ちになるけど、それなりの代理人なら納得してくれるでし ょ。 ﹃わたくしは、シェリー・バロール。探索に出たお兄様の代理とし て、この地のすべてを任されております﹄ 隊長さんは面食らってる。 711 交渉戦術その3、相手を油断させる、も成功かな? きっと屈強な戦士か、熟達の魔術師が出てくるのを想像してたは ず。 だけど相対したのは幼女だ。 十三号に、貴族のお嬢様っぽく着飾ってもらった。 見た目だけじゃなく、挨拶の仕草なんかも見事にお嬢様っぽい。 ちょっと舌足らずな喋り方ではあるけど、年相応に見える部分も 良い方向に働くんじゃないかな? 子供が精一杯に頑張ってる、みたいな感じで。 メイド人形だから無表情ではあるんだけどね。 違和感はあるかも知れないけど、その点も子供だからってことで 強引に押し通させてもらおう。 ちなみに、設定を妹にするか、娘にするか、小一時間ほど迷った。 結局、子持ちにはなりたくないって理由で妹にしたんだけどね。 いや、べつに妹が欲しいってワケじゃないよ。 妹趣味とか持ってないからね。 ﹃ここまでの道中、大変でしたでしょう? 精一杯の歓迎と、安全 を約束いたします。全員を城壁内までお通しできないのは残念です が﹄ ﹃あ、ああ。丁寧な御挨拶、痛み入ります﹄ 隊長さんも深々と頭を下げる。 でもやっぱり動揺してるね。 それに、視線がちらちらと十三号の右眼に注がれてる。 ﹃この眼帯が気になりますか?﹄ 712 ﹃あ、いえ、これは失礼をした。このような土地です。怪我をされ るのも仕方のないことかと﹄ ﹃いいえ。怪我ではありません﹄ まあ、交渉戦術その1のおまけみたいなものだね。 ボクの設定は、色々と曰く付きにした方が後で利用できるかと思 って。 けっして中二病が発症したんじゃないよ。 違うったら違う。 ﹃我がバロール家の者は、代々、魔眼を持って生まれます﹄ ﹃魔眼⋮⋮! なるほど、それを抑えるためでしたか﹄ ﹃はい。表で氷漬けになっている魔獣は、ご覧になられたましたか ? あれは、お兄様の魔眼によるものです﹄ 真実を混ぜるのが、嘘を吐くコツなんだってね。 これで隊長さんは信じてくれるかな? ﹃強力な魔眼を持つ分、利用されたり、恐れられたりもします。そ うした事情もあって、このような辺境で暮らしているのです﹄ ﹃それはまた⋮⋮お察し致します﹄ うわぁ、信じちゃうんだ。 けっこう勢いで作った設定だったのに。 この分なら、他の話も通用しようだ。 当主の妻が不治の病に掛かってるとか。 それを治療するために、この島にいる不死鳥を探しに来たとか︱ ︱︱。 色々あるんだけど、さすがにまだ披露する雰囲気でもないかな。 713 ﹃もっとも、不埒な輩を恐れて逃げたのではありません。いざ戦い となれば、お兄様は誰にも負けませんから。もちろん、わたくしも﹄ 無表情のまま、十三号が眼帯をそっと撫でる。 隊長さんがピクリと肩を揺らした。 えっと、ここまで脅す予定はなかったと思うんだけど? 何処かでシナリオの行き違いがあった? だけどまあ、軽く見られるよりはいいのかな? ﹃それよりも、情報交換といきましょうか。外の話には、わたくし も興味がありますから﹄ 威圧して、圧倒的な優位に立ったところで本題を切り出す。 どうしよう。 幼女が優秀すぎる。 もうボクが出る幕は完全になくなっっちゃったよ。 714 21 第一回人間対策会議 城壁の外から笑い声が響いてくる。 提供したサンドワームステーキは、兵士たちには概ね好評みたい だ。 豪勢かどうかはともかく、量だけはたっぷりある夕食を楽しんで くれている。 ボクも食べてみたけど、あのお肉は美味しいからね。 脂が乗ってて、柔らかくて、ほんのりと甘味もある。 この場だと、調味料不足なのが難点かな。 でも、胡椒みたいな物は栽培してる。 以前に、探索に出たラミアが見つけてくれた。 ﹃生命干渉﹄での品種改良をして、アルラウネの謎栽培技術で増 やしてる。 そのうち、余所に売るほど収獲できるかもね。 兵士たちへ食事を振る舞ったのは、後の商売も考えてのこと。 人間の街がどれだけ栄えてるのかは知らない。 でも、ここよりは物があると思う。 やっぱり自給自足は限界があるだろうから、取引に頼る準備もし ておかないといけないでしょ。 今回は、その宣伝みたいなものだ。 ただ、そうなるとまた新しい問題も出てきそうだけど︱︱︱。 ﹃三号より︱︱︱お肉が足りません。追加支援を要請します﹄ ﹃六号より︱︱︱私の胸に触れてこようとする兵士がおりました。 715 腕を圧し折ったことを報告します﹄ ﹃七号より︱︱︱口説かれました。よって、舌を焼いておきました﹄ ﹃四号より︱︱︱下品な冗談を垂れ流す兵士がおります。粉砕許可 を﹄ うん。四号さんはちょっと自重しようか。 他のは、治療できる範囲ならいいんじゃない? 隊長さんに怒られてる兵士もいるし。 メイド人形に給仕役をさせたのは、サービス過剰だったかな。 材料を渡して、調理法を教えるだけで良かったかも。 それでも喜んでもらえたはず。 兵士たちも野営には慣れてるみたいだけど、質素な保存食が続い てるって話だったからね。 交渉も上手くいった。 この島に関する情報も、あれこれと聞き出せたよ。 島の北にある大陸の情報も色々と。 あんまり常識的すぎる情報を聞き出すと怪しまれるから、大雑把 なものになったけど、充分に大きな収獲と言える。 隊長さんは、明日には街に戻るそうだ。 その街の総督とやらに報告して、今後の方針を決めるらしい。 ただ、個人的には友好関係を築くのに努力すると約束してくれた。 どうなるかね? 帝国軍の総督さんとやらが、話の通じる人だといいんだけど。 上手くすれば、この拠点にも人が集まることになる。 冒険者や商人だって来るはずだ。 島の探索を目的としてる帝国にしても、前進拠点が得られるんだ 716 から悪い話ではないと思うんだよね。 でも下手をしたら、﹁攻め滅ぼして拠点を奪え﹂なんて事態にな るかも知れない。 いずれにしても、結果待ちだね。 とはいえ、ただ待ってるつもりもないんだけど。 ﹃ご主人様、五号と十号の出発準備が整いました﹄ よし。夜の闇に紛れて出撃させちゃおう。 べつに何かを襲う訳じゃないよ。 北の街へ潜入して、調査を行ってもらおうっていうだけ。 これから取引とかしようにも、物の価格とか、まったく知らない 状態だと困るからね。 他にも、手に入れたい情報は山ほどある。 可能なら、魔獣素材を幾らか売ってきてもらう予定だ。 ボク自身も、いつか街を訪ねてみたい。 その時は潜入なんて言わず、堂々と見て回りたいね。 翌朝、街へ戻る兵士たちを見送ってから、ボクは屋敷の書斎へ足 を運んだ。 足なんて無いけど、それはまあ置いといて。 屋敷の家具も、次第に充実してきてる。 まだ装飾品は少ないけど、机や椅子は揃ってきたね。 717 メイド人形が中心になって作業を進めてるけど、アルラウネも布 製品を作るのは得意だ。 絨毯はまだだけど、服とかテーブルクロスとかは数が増えてきて る。 書斎にも大きな机が置かれて、それっぽい雰囲気が漂ってるよ。 本棚は空っぽだけど、いまは目を瞑っておこう。 あとは、ソファも作りたいね。 誰かを呼んでも、質素な椅子しかないのは雰囲気がよろしくない。 いやまあ、この状況はもっと別の問題な気もするけど。 ﹃では、会議を始めてよろしいでしょうか?﹄ 頷くボクは、大きな机の上に浮かんでいる。 司会進行役の一号さんは立ったまま。 アルラウネとラミアの両クイーンが、椅子に腰を下ろしている。 ちょっと座り難そうだね。 うん。なんだろ、この混沌とした風景は。 魔眼と人形と魔獣が揃って会議をしてる。 シュールだ。 傍目から見たら、百鬼夜行でも始まりそうだよね。 ﹃すでにご存知の通り、我々は人間と接触しました。これに関しま して︱︱︱﹄ 議題は、これからの具体策だね。 人間との接触をどこまで受け入れられるか。 やっぱりラミアは警戒が強いみたいだった。 アルラウネは大らかな性格だから、警戒しながらも成り行き任せ 718 って感じだ。 メイド人形は、自分たちの意見を持たない。 まあ結局、ボクが好き勝手にしていいんだろうね。 当面は、城壁を挟んでの交流になると思う。 さらに外側にも第二城壁を造る予定だから、そっちに人間が受け 入れる形だ。 だけど優先順位としては、ボクが安心できる生活が第一だね。 つまりは、魔獣側に傾くと思う。 魔獣なんか排除してやるーって人間が出てきたら、即座に魔眼を 撃ち込もう。 そういう荒事の準備も必要かな。 拠点の主は人間ってことになってるから、しばらくは大丈夫だと 思うけどね。 ま、適当でいいでしょ。 面倒になったら逃げられるし。 地下通路の建設も、しっかりと進めてるからね。 そんな感じで、みんなも納得してくれたみたいだった。 ﹃では、本日の最重要議題に移ります﹄ ん? 最重要? バロール家 という設定を作りました。 人間との接触よりも大事な議題ってあったっけ? 聞いてないんだけど? ﹃この地の統治者として、 人間に対する偽装ですが、それ故に万全を期すべきと判断します。 ご主人様が表に出る際の準備も進めておりますが⋮⋮﹄ 719 心なしか、一号さんの眼差しが鋭くなった気がした。 あれ? 両クイーンの雰囲気も変わってる? 妻 の役を誰が務めるのか決まっておりません﹄ 真剣な表情で、お互いに牽制してるような? ﹃ご主人様の、 ﹁Λδ! Σχ、ωnστν!﹂ ﹁Ωει、ωnδ¨ζνυsγΘρξ!﹂ クイーン両名が揃って声を上げる。 ああ、これは言葉が通じなくても分かる。 自分がやりたい、って言ってるんだね。 気持ちは分からなくもない。 十三号に、妹っていう大事な役を任せちゃったからね。 そうでなくとも、最近はメイド人形に頼る部分が多い。 以前から拠点にいるアルラウネやラミアからしてみたら、自分た ちも役に立っておきたいんじゃない? そんなの気にしなくていいのにねえ。 ﹃ご主人様、ひとつ意見を申し上げてもよろしいでしょうか?﹄ ん? 一号さんから? 珍しいね。いいよー、聞かせてもらおう。 ﹃わたくしは、すでにメイド長として知られておりますが⋮⋮メイ ドが妻になるというのも、設定としてはアリだと判断致します﹄ あ、はい。 一号さんも、意外と目立ちたがり? 720 まあ感情は無いって話だから、合理的な判断なんだろうけど。 それよりも︱︱︱、 ﹁Ωυ! ωΘλ、δχmτκνs¨οζ!﹂ ﹁Юл¨、ΓκυΦΠγμ!﹂ 通訳してくれないと、クイーンたちが何言ってるのか分からない よ。 えっと、ボクを撫でてる場合なのかな? ﹃率直に申し上げまして︱︱︱彼女たちを妻とするのは、人間との 関係上、問題が生じるかと。ですので、わたくしを選ばれるのが最 善だと判断いたします﹄ って、完全に通訳を放棄してるね。 クイーンが揃って一号さんを睨んでくる。 剣呑だねえ。 ん∼⋮⋮まあ、放置で。面倒だし。 ボクはちょっと出掛けてくるから、好きなだけ議論してもらおう。 721 22 我こそはバロール家当主 机に向かって本を読む。 クイーンラウネの膝に抱えられて、一号さんによる通訳を聞きな がら。 ちょっとした争いはあったものの、拠点内は平穏そのものだ。 アルラウネにラミア、メイド人形たちも仲良く過ごしてる。 の問題も解決したからね。 時折、牽制し合うような視線も交わしているけど。 第一夫人役 仲は良い、はず。 例の こうして﹃共通言語﹄の勉強も出来てる。 ︽条件が満たされました。﹃共通言語﹄の閲覧許可を取得しました︾ お? おお! ついに出たよ、閲覧許可が! まだ簡単な言葉しか理解できないけど、第一段階はクリアだね。 他人の教科書でも、読み進めていけば閲覧許可が貰えるのは知っ てた。 アルラウネやラミアが教えてくれたからね。 疑ってた訳じゃないけど、これで証明されたし、一安心だね。 早速、自分の教科書を出して開いてみる。 アルラウネが手を叩いて喜んでくれた。 一号さんもボクの頭を撫でて、誉めてくれてるみたいだ。 なんだか子供に戻ったみたいで、こそばゆい。 まあ、今くらいはいいか。 722 これでボクが表に出る日も近づいてきたね。 人間との接触があっても、すぐに生活に変化がある訳じゃない。 ここを訪れた兵士たちにしても、街へ帰り着くのはまだ数日先に なるはず。 なんやかんやで、本格的な接触はもっと日数が掛かると思う。 だから、その間に準備を進めておける。 狩りには出難くなったけど、拠点内でもやることは山ほどあるか らね。 ボクの場合は、主に自分の強化になる。 通訳のおかげで、﹃魔術知識﹄も読み進められるようになったの は大きいね。 魔術の勉強が格段に捗るようになったよ。 ﹃上級土木系魔術﹄や﹃障壁魔術﹄、 ﹃闇術﹄の上位に当たる﹃深闇術﹄なんてスキルも解放された。 面白そうなのは、﹃重力魔術﹄スキルの解放だね。 まだ物の重さを感じ取るくらいしか出来ない。 だけど使い慣れれば、かなり強力な武器にもなる予感がする。 以前、土壁を吹っ飛ばしちゃったのも重力魔術に分類されるっぽ いし。 新しい魔眼にも応用できそうだよ。 レジスト ちなみに、メイドさんの重さを量ろうとしたら抵抗された。 マナー違反らしい。 命令すれば教えてくれるだろうけど、そこまでするほどでもない よね。 魔術といえば、﹃空間魔術﹄も覚えたいところ。 723 こっちは少し苦戦してる。 まあさすがに数日練習しただけで覚えられたら、この世界は魔術 師だらけになってるはずだし。 ﹃万能魔導﹄を持っていても、それなりの努力は必要ってことだ ね。 あとは、ポイントの使い処にも迷ってる。 壱 から 弐 へ上げておいた。 そこそこ溜まってきたし、強化してもいい頃合いだ。 とりあえず、﹃活命の才﹄を 生命力系の才能は大切でしょ。 最近は平穏だけど、この世界が危険なのは忘れちゃいけない。 生き延びるための努力は欠かさずに、だね。 で、残りのポイントは230。 多くも少なくもない微妙な数字だね。 だった。 ﹃万魔撃﹄か﹃死滅の魔眼﹄を強化しておこうかとも思った。 条件を満たしていません 必殺技は大切だからね。 だけど残念ながら、 どんな条件なのかは不明。 まあ今でも頼れるスキルだし、不満を言うほどでもないかな。 他にも鍛えておきたい技もあるし︱︱︱。 そうして自己鍛錬や試行錯誤を繰り返す内に、十日ほどが過ぎた。 街に潜入したメイド人形も帰ってきて︱︱︱、 ほどなくして、数名の冒険者が拠点を訪れた。 724 まだまだボクの出番じゃない。 姿を見せない謎の主人でも許されるはず。 計画を立てた時点では、そう考えていた。 だけど世の中はそう甘くないらしい。 ﹃こっちも子供の使いじゃないんでね。バロール様とやらが帰って くるまで待たせてもらうよ﹄ 訪ねてきたのは、帝国冒険者ギルドからの使者だ。 帝国に属してはいるものの、あくまで冒険者ギルドによる独自の 接触だ。 リーダーを務めているのは二十代くらいの女性で、リステラと名 乗った。 軽装で、細身で、ぱっと見は金クラスなんていう凄腕冒険者には 見えない。 だけど手甲や足甲は、複雑な魔術処理もされた上質な装備みたい だった。 格闘家ってやつだね。 ちょっと油断できないかも。 一号さんの見立てでは、メイド人形が数人掛かりで抑えられるか どうか、くらいの戦闘力は持ってるみたいだった。 警戒しながらも、十三号との会談の場を作ったんだけどね。 納得してくれなかった。 ﹃わたくしが代理では不満でしょうか?﹄ ﹃いやいや、お嬢様に文句を付けるつもりはないさ。だけどこれも 依頼なんだ。英雄クラスかも知れないバロール様を、直接に見て来 いって言われてる﹄ 725 とりあえず城壁の外に出てもらった。 だけど本当に居座るつもりらしい。 さすがに何十日も放置しておけば帰るだろうけど、そこまで居留 守を続けると不自然になる。 どうしたものかね? いっそ、全員が魔獣に喰われたってことにしても︱︱︱、 そうするのもまた面倒になるか。 ここも危険だと認識されて、人間との取引が停滞するのも避けた い。 街にメイド人形を潜入させて、こっそり物を仕入れたりは出来る。 だけど、それだと限界があるからね。 例えばサンドワームを丸ごと売りつけるような、大きな取引は不 可能だ。 それに、潜入報告で分かったこともある。 北の街でも牛や羊は飼われていなかった。 まだまだ危険な土地だから、家畜を飼育する余裕はないそうだ。 小規模な養鶏が限界らしい。 卵だけでも手に入れたかったけど、軍に独占されていた。 こうなったらラミアの卵で料理を︱︱︱なんて、そこまでボクは 食欲に忠実じゃないよ。 やっぱり取引を広げていくしかないね。 人間の街が大きくなれば、それだけ手に入る物も増える。 大陸には牛や羊もいるって話だったからね。 そうなると、冒険者ギルドとの繋がりも馬鹿には出来ないかもね。 726 挨拶くらいはしておいてもいいでしょ。 ってことで、準備してもらおう。 ﹃では、探索から戻ってきたところで彼女たちに会う、という筋書 きでよろしいでしょうか?﹄ うん。それでいこう。 早速動くよ。 一旦、地下通路から外に出る。装備も一緒に。 そう、ボク専用の装備だ。 黒塗りの全身甲冑。 兜まで完全に頭を覆う形で、外からは顔も見えない。 マントもセットだけど、背部の視界も確保できるようにそこだけ 透かしも入れてある。 こういう時のために、﹃錬金術﹄やメイド人形の技術で作ってお いた。 ボク自身は胸の部分に収まって、全身を魔力糸で操る。 甲冑自体に術式が組み込んであって、鉄の塊なのに驚くほど軽い。 一番の問題は、自然な動作をすることだった。 人間みたいに振る舞おうとしても、傍目からだと、ぎこちなく見 えたりもするんだよね。 空洞部分に粘土を詰めたり、特訓したりして、なんとか緩やかな 動作くらいは出来るようになった。 戦闘みたいな激しい動きはまだ無理だ。 でも今回は大丈夫でしょ。 いける、はず。 727 ﹃冒険者たちは、野営の準備に入りました。いまならば長話をした いとも思わないはずです﹄ ほら、一号さんも保証してくれてる。 それじゃあ、行ってみようか。 長槍を片手に、マントを翻す。 堂々とした仕草を心掛けつつ、森の中から飛び立つ。 すぐに城門と、その前で野営の準備をしている冒険者たちが見え てきた。 向こうもボクに気づいたみたいだ。 だけど最初にボクと接触するのは一号さんだ。 城壁から空中を飛んできて、一言二言交わすフリをする。 そうして大方の事情を把握した様子で、ボクは地上に降りた。 ﹃アンタが、バロール様かい?﹄ 待ち構えていたリステラさんが近づいてきた。 しかしこの人、経費削減のために解雇されそうな名前だね。 美人さんだけど、目つきが鋭い。 動作のひとつひとつも鋭利な感じがする。 と、あんまり観察ばかりしてても仕方ないか。 ﹃そうだ。メイドから話は聞いた。冒険者ギルドの使者だそうだな ?﹄ リステラさんが眉を揺らす。 ボクは喋らず、空中に文字を描いて返したからね。 まともな声は出せないから、これは仕方ない。 一号さんがフォローしてくれるし。 728 ﹃ご主人様は、少々事情があって声を失っておられます。ご理解を﹄ ﹃ああ⋮⋮そいつは難儀だね。でも言葉が通じるなら問題ないさ。 ついでに言えば、強い奴ってのはそれだけで尊敬に値する﹄ ﹃そうか﹄ リステラさんは、じっとりと値踏みするような視線を向けてくる。 でもボクは短い返答しかできない。 まだ用意された定型分を使うのが、ボクの言語能力だと精一杯だ からね。 無愛想キャラってことで押し通すよ。 ﹃冒険者用の建物を作りたいという話だったな?﹄ ﹃ああ。最低でも、宿をひとつ。この辺りに土地を貸してもらいた いのさ﹄ 、対価も要求しない﹄ ﹃好きにするといい。可能な限りは安全を図るようにしてやる。 当面は 所謂、ショバ代ってのを要求してもいいと思うんだけどね。 真っ当な言葉にするなら税金? ここらの開発をしたのはボクだし、それくらいの権利はあるでし ょ。 だけどいまは人を集め易い環境作りが大切だから。 優遇措置ってやつだね。 ﹃バアル・バロールの名に於いて約束しよう。子細はシェリーに任 せる﹄ 格好つけた台詞っぽいけど、声が出せないからいまひとつ締まら ない。 729 代わりに、マントをたなびかせておく。 そうしてボクは城門へ向かう。 問題なく立ち去れると思った。 だけど︱︱︱背後で、リステラさんが拳を握り込んだ。 殴り掛かってくる。 え、ちょっ、どういうつもり!? いま殴られたら頭部が弾け跳んじゃう︱︱︱って、考えてる場合 じゃない。 ﹃衝破の魔眼﹄、発動! 複眼で、咄嗟に発動させたものだから、威力は高くない。 それでも足止めくらいの効果はあった。 というか、リステラさんが咄嗟に飛び退いたね。 魔眼効果が発揮される直前に。 空気だけが弾け飛んで、リステラさんは少し離れた場所で足を止 めた。 ボクもゆっくりと振り向いて対峙する。 ﹃威圧﹄を放って、長槍を握り込んだ。 でも、戦いにはならずに済みそうだった。 ﹃どういったおつもりでしょう?﹄ 一号さんが、盾になる形でボクの前に立つ。 リステラさんはまだ警戒した表情をしながらも、軽く手を振って みせた。 ﹃いや、すまない。英雄クラスの力を見てみたくなってな。あたし の悪い癖ってやつさ。大目に見てくれないか?﹄ 730 ﹃随分と無礼な癖ですね⋮⋮それで、ご感想は?﹄ ﹃本気での戦いになったら、すぐさま命乞いさせてもらうよ﹄ どうやら威圧効果はあったみたいだ。 ボクは一号さんの肩を叩いて、宥める仕草をする。 そうして、あらためて城門へ向かった。 ちょっとしたトラブルはあったけど上手くいった。 あとは、ボクが姿を見せなくても大丈夫︱︱︱そう安堵した瞬間 だった。 ﹃ご主人様、周辺警戒に当たっていた四号より、緊急の報告です﹄ え? 緊急? いったい何事? なんだかとっても嫌な予感がするんですが? ﹃南方より、巨大な火の鳥が接近中です﹄ はあぁ!? なにそれ!? サンダーバードの親戚!? 今度はファイヤーバード!? もう焦んがり焼かれる未来しか想像できないんですが! 731 22 我こそはバロール家当主︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:13 名前:κτμ 戦闘力:9150 社会生活力:−2920 カルマ:−7250 特性: 魔眼種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃障壁魔術﹄﹃深闇術﹄﹃連 続魔﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 732 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃高速撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄ カスタマイズポイント:230 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 733 23 毛玉vs炎鳥 鎧の中で深呼吸をする。 落ち着こう。落ち着く。うん、ボクは落ち着いてる。 まだ、火の鳥が近づいてきてるって情報だけだ。 例のサンダーバードと関係してるかどうかも分からない。 それどころか、巨大っていうだけで弱い魔獣かも知れない。 ﹃追加報告、推定戦闘力は一万以上です﹄ うへぇぁっ!? ちっとも弱くないじゃん! 上限を 見誤ることが多い。 しかもこのメイドさんスカウターって、あんまり正確じゃないん だよね。 独自の魔術らしいんだけど、 ボクに対して使っても、五千以上としか図れなかった。 つまりは、まあ、とんでもなく怖い敵である可能性が高い。 よし。逃げよう。 メイドさんに、全員へ退避を指示するよう伝える。 緊急用の脱出路を使ってね。 一応、冒険者にも伝えておいた。 さすがに緊急脱出路は使わせてあげられない。 代わりに魔術を発動させて、十人くらいなら入れる穴を掘ってお く。 ﹃逃げるなり、その穴へ隠れるなり、お好きに判断なさってくださ 734 い﹄ さすがに冒険者たちの行動は早かった。 巨大な魔獣が迫っていると聞かされると、すぐさま荷物をまとめ 始めた。 ボクものんびりとしてられない。 一号さんだけを連れて、上空へと飛び立つ。 南から迫ってくる火の鳥は、すぐに見つけられた。 遠目でも巨大さが窺える。 嫌な予感が当たった。 やっぱり、サンダーバードと同格くらいの鳥だ。 とっても大きい。威圧感も充分だね。 戦ったら、まず勝ち目はない。 だけど幸いというか、ファイヤーバードはボクたちの拠点を目指 してる訳じゃなさそうだった。 少し進路がズレてる。 湖の中心あたりを目指してるのかな? ボクと一号さんも移動して、その正面で待ち構える形を取る。 完全に戦闘を覚悟するなら、魔眼を撃ち込むのに最適な距離だね。 でも、まずは相手を知りたい。 一号さんに思念通話を繋げてもらう。 ﹃はじめまして、火の鳥様﹄ ボクへの通訳も並行してやってもらう。 難しい作業かと思ったけど、一号さんの無表情は変わらない。 735 しっかりと言葉が届いたらしく、ファイヤーバードが飛行速度を 緩めた。 近くで見ても火の鳥だ。 黄金色の全身に、黒いラインが混じってる。 羽根の隙間から炎が吹き出してるみたいに見えるね。 精悍な鷹みたいな顔つきで、それに似合った野太い声を返してき た。 共通言語だっていうのは、ボクにも聞き取れた。 ﹃拙僧に何用か、小さき者よ﹄ え、なに? まさかの修行僧キャラ? いや、修行してるのかどうかは知らないけど。 通訳をちょっと疑ってしまうくらいには意外だった。 ﹃わたくしは、この辺りに住居を持つ者です。よろしければ、来訪 の目的を教えていただきたく存じます﹄ ﹃ふん⋮⋮見た所、其方らは人間ではないな?﹄ ファイヤーバードは滑空しながら、じろりとこちらを観察する。 ボクは甲冑姿だけど、人間じゃないってバレたらしい。 野生の勘ってやつかな? あるいは、他の感覚? どっちにしろ、隠しておく理由もなさそうだね。 胸部分だけをカシャンと開いて、本体を覗かせてみる。 ﹃っ、面妖な⋮⋮﹄ あ、ちょっと目を見開いた。 736 驚かせられるなら、隠しておいた方がよかったかもね。 ﹃ともあれ、人間でないならば関係は無い。拙僧はこれより、人間 の街を焼きに行くところだ﹄ ﹃人間の街を⋮⋮何故でしょう?﹄ ﹃拙僧の島で、目障りである。多少の行動はこれまで目を瞑ってき た。しかし最近の人間どもの行動は目に余る。眷属の一部が捕らえ られたという話もあった。加えて、拙僧の住居に近づきつつある人 間もいるようだ﹄ むう。眷属って、もしかしてハーピーでもいたのかな? ラミアが捕らえられそうになったし、そういうこともあるかもね。 何にしても、仲間が捕まったら怒るのも当然でしょ。 もしかして、以前のサンダーバードはそれで街を襲ってきたのか な? ファイヤーバードも、事情を話すというよりは、怒りを吐き出し てる感じだ。 だけどボクとは無関係なのは良い材料︱︱︱。 ﹃近くに巣を持つ飛竜も、すでに何体か狩られた。このまま拙僧の 住居に近づいてくるのは見過ごせぬ﹄ あ、それたぶん人間の仕業じゃない。 犯人はボクです。 巣に近づいたつもりはないけど、砂漠で飛竜を何体か狩りました。 でも、なんていうか、うん、秘密で。 バレなきゃ犯罪じゃないとも言うし。 737 ﹃なるほど。事情は理解いたしましたが⋮⋮﹄ 一号さんが、ちらりとボクを振り返った。 眼差しがちょっと冷たさを増してる気がする。 えっと、非難じゃないよね? どう対処するべきか?、といったところかな? まあいずれにしても、急いで方針を決めなきゃいけないのは確か だ。 人間の街って、まず間違いなく北にある帝国の街のことでしょ。 ボクとしても迷う。 人間の街が消え去ったとしても、元の生活に戻るだけ。 取引で手に入る物がなくなるのは残念だけど、ファイヤーバード と戦う危険に比べれば小さなものだ。 こっちに被害が及ばないなら、すぐに回れ右して帰りたい。 でもねえ、だけど、もしかしたらなんだけど︱︱︱、 あの街には、銀子がいるかも知れないんだよね。 銀子を拾ったのはボクだし。 冒険者に預けたのも、ボクがそれしか選べなかったから。 最低限、命を守る義務はあるでしょ。 それに、やっぱり食卓を充実させたいんだよね。 メイド人形が作ってくれる食事に不満はないけど、乳製品や調味 料が手に入れば、もっと美味しい物も増えるはず。 だから、一号さんに身振り手振りで伝える。 なるべくなら止めたい。 上手く伝わるかな? ﹃⋮⋮その毛玉は何をやっているのだ?﹄ 738 ﹃ご主人様は、言葉を扱うのが少々苦手なのです。申し訳ございま せんが、しばしお待ちを﹄ ﹃ふん。長くは待たぬぞ﹄ むう。偉そうな物言いするくせに、意外と心が狭い? 焦らせないで欲しい。もうちょっとゆっくりしていこうよ。 と、文句言ってる場合じゃないね。 この交渉は大事だ。失敗できない。 だから一号さん、上手く言いくるめちゃってください。 ﹃街を、守る⋮⋮可能ならば、ですか? そして、あの火の鳥には ⋮⋮消す?、ではなく、それは置いておいて、もっと緩やかに、ど ろどろ⋮⋮? 敵対する可能性もありますが、本当にそう告げてよ ろしいのですね?﹄ うん。なんとか伝わったみたいだ。 あとは一号さんの話術に期待しよう。 敵対する可能性って言っても、こうして対峙した時点で危ないん だし。 でもアルラウネやラミアとも、なんだかんだで仲良くなってる一 号さんだ。 きっと良い方向にまとめてくれるでしょ。 ﹃見逃してもらう、ということは望めませんか?﹄ ﹃⋮⋮貴様らが、人間が滅ぼされることを嫌うと言うのか?﹄ ﹃肯定します。わたくしどもは、人間の街と取引を始めようとして いますので。それを無為とされるのは損失です﹄ ﹃人間と取引だと? 馬鹿な⋮⋮﹄ ファイヤーバードが目を見開く。 739 驚いたってことは、隙を見せたってことだ。 一号さん、畳み込むチャンスだよ。 ﹃事実です。ですので︱︱︱﹄ またちらりと、一号さんがこちらを窺う。 ん? チャンスだよ。攻め込もう。 頷いて、突撃サインを出す。 一号さんも頷いて、口を開いた。 ﹃邪魔をされるならば、叩き潰させていただきます﹄ え、ちょっ!? ボクも目を見開いちゃったよ! 一号さん、なに言っちゃってるの!? もしかして指示が上手く伝わってなかった!? ﹃じわじわと、緩やかに、嬲り殺しです。まずは、その目障りな嘴 から潰しましょうか。二度と話など出来ないように。それが嫌なら ば、さっさと尻尾を巻いて逃げることをお勧めします﹄ ファイヤーバードが野太い声を上げる。 全身に纏っていた炎が勢いよく噴き上がる。 うわぁ。怒ってるのは明らかだ。 ﹃⋮⋮申し訳ありません、ご主人様。どうやら交渉は失敗のようで す﹄ うん、そうだね。それも見れば分かるよ。 でもいまは、あれこれ考えてる場合じゃない。 一号さんには撤退命令を出す。 740 溜め は作っておいたからね。 同時に、ボクはまた甲冑の胸部分を開いた。 カシャン、と。 もしもに備えて、 こうなったら、やるしかない。 迫ってくる炎の塊へ向けて、﹃万魔撃﹄を叩きつけた。 741 24 毛玉vs炎鳥② ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ かなり頼ってるスキルだから、このメッセージも何度も聞かされ たね。 鍛えられてるのは間違いない。 でも、効かない。 魔力ビームを正面から受けても、ファイヤーバードは構わずに突 撃してきた。 ﹃ご主人様︱︱︱﹄ ボクも一号さんも、空中を駆けて回避には成功していた。 体勢を整えつつ、﹃凍晶の魔眼﹄を撃ち込む。 大気が一瞬凍りつくけど、すぐに溶けて水蒸気になるだけだ。 でも注意を引ければそれでいい。 まだ一号さんは空中に留まっていた。 繰り返して、撤退の合図を送る。 無表情で、冷ややかな眼差しはいつもと変わらないはずなのに、 ほんの少しの躊躇が混じって見えた。 もしかしたら、交渉失敗の責任を感じていたのかも知れない。 だけど一号さんが悪いんじゃない。 確認を怠ったボクの失敗だ。 伝達が難しいのは承知していたはずなのに焦っちゃったからね。 742 そもそも、人形を責めるなんて不条理でしょ。 命令に従ってくれただけなのに。 だから、この怒りっぽい鳥の相手はボクがする。 だいたい、先に攻撃してきたのは向こうだからね。 ちょっとメイドさんが罵っただけで、怒りすぎでしょ。 一部の業界ではご褒美だっていうのに。 プライドが高いんだろうけど、こういう相手とは遅かれ早かれ衝 突になったんじゃないかな。 却って良かったのかもね。 とはいえ、命の危険を冒すのはやっぱり勘弁して欲しい。 ここはひとまず逃げる。 注意は引けたから、まずは拠点から距離を取るよ。 湖の南側へ向けて回り込む進路を取る。 ファイヤーバードは追って︱︱︱あれ? 追ってこない? でも戦う気を失くしたんじゃない。 大きく息を吸い込んでる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃危機感知﹄スキルが上昇しま した︾ 背後へ向けて、﹃闇裂の魔眼﹄を発動。 煙幕代わりに闇を広げて、ボク自身は大きく軌道を変える。 直後、野太い熱線が駆け抜けていった。 とんでもない熱量が伝わってきて、一拍の後、激しく大気が揺れ た。 熱線は遥か遠くに着弾して、大爆発を起こしていた。 キノコ雲が見える。 743 うへぇ。なんてデタラメなブレスだ。 って、掠りもしてないのに、マントが燃えてる。パージ! 甲冑も熱を帯びてるけど、こっちはまだ脱がない方がいいね。 ﹃凍晶の魔眼﹄を最低限度の出力で発動させて、冷やしておこう。 まだ短い攻防でしかないけど、ファイヤーバードの戦闘力、その 傾向はなんとなく掴めてきたよ。 まず、速度はサンダーバードほどじゃない。 以前は簡単に追いつかれて、逃げるなんて無理だったからね。 だけどその分、攻撃力は上みたいだ。 攻撃 で打ち消してみせた。 最初の﹃万魔撃﹄も防御されたんじゃないね。 突撃で纏った炎による いまの大爆発ブレスも、近くに着弾してたらボクは終わってたね。 サンダーバードも一撃必殺ではあった。 でもファイヤーバードは、広範囲の一撃必殺技を持ってる。 あれ? これって詰んでない? たとえ地中に潜っても、大地ごと焼却される気がするんですが? ああもう、とにかく距離を取るしかないね。 こっちにだって作戦が無い訳じゃないんだ。 幸い、ボクが飛ぶ速度は上がってる。 ほとんど偶然だけど、甲冑を着てると飛び易いのは分かってた。 空気抵抗とかの関係だろうね。 ファイヤーバードもまた追ってくるけど、なんとか距離を詰めら れないくらいの速度は出せる。 あとは、ブレス対策に高度を上げるようにする。 さっきの一撃は、地上に着弾しての大爆発だったからね。 744 空中炸裂弾みたいなものが出てこなければ︱︱︱とぉっ!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃空中機動﹄スキルが上昇しま した︾ 羽根みたいな小さな炎弾が飛んできた。 それも数え切れないほど。 回避しきれない。 ﹃衝破の魔眼﹄で防いでも、弾幕が厚くて何発か抜けてくる。 あつっ! いたっ!? 鎧が削れる。燃える。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍晶の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 鎧を凍らせて耐えるけど、このままじゃ逃げ切れないね。 もうちょっと距離を稼ぎたかったけど仕方ない。 ひとまず拠点からは離れられたから、派手な戦いをしても問題は ない。 炎弾を回避しながら術式を組む。 思い切り上昇してから発動。 サンダーバードにも一矢報いた、大量の水を浴びせる術式だ。 滝みたいな水流を、ファイヤーバードの頭へ叩きつける。 プラズマと違って水蒸気爆発は起きない。 温度自体は幾分か低いんだろうね。 それでも大量の蒸気が上がって、目眩ましにはなった。 745 方向転換しつつ、ボクは距離を取る。 ほんの数秒、ファイヤーバードはボクの姿を見失った。 でもやっぱり空中で黒甲冑は目立つね。 水蒸気の中から飛び出してきたファイヤーバードも、すぐに方向 転換する。 また無数の炎弾を飛ばしてくる。 距離は開いて回避しやすくなったけど、数の圧力を防ぎきれない。 鎧が削られる。 速度も落ちて、飛行自体が不安定になってきた。 そこで、ファイヤーバードが大きく息を吸い込んだ。 大爆裂ブレスだ。 マズイ、と思った瞬間には熱線が放たれていた。 飛行が不安定になっていたので回避しきれない。 甲冑ごと熱線に飲み込まれる。 氷を纏っていても、まったく関係なく溶かされる。 直後に大爆発も起こって︱︱︱、 轟音と、凄まじい熱が辺り一面に広がった。 ファイヤーバードは満足げに嘴の端を吊り上げる。 白煙が立ち昇る中を悠然と滑空していった。 爆裂ブレスは確実に命中した。 甲冑ごと溶けて、もう跡形も残っていない。 確実に獲物を仕留めた。 ファイヤーバードは勝ち鬨を上げるみたいに鳴き声を上げた。 そうして全身に纏っていた炎を鎮める。 よし。この瞬間を待ってた。 746 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃隠密﹄スキルが上昇しました︾ ﹃死滅の魔眼﹄、全力発動! レジスト 頭に向けて叩き込む。 さすがに抵抗されたけど、頭部全体を死毒の霧が覆った。 悲痛な鳴き声が上がる。 だけど、まだまだ。 ﹃徹甲針﹄、そして﹃凍晶の魔眼﹄をまとめて叩き込む。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃懲罰﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃破戒撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃高速撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽条件が満たされました。﹃疾風撃﹄スキルが解放されます︾ 気が緩んだ瞬間に全力での攻撃だ。 おまけに、氷結系の攻撃は苦手としてるはず。 さらに﹃徹甲針﹄には、魔獣全般に効果のある﹃懲罰﹄も乗せた からね。 防御貫通の﹃破戒撃﹄も働いてくれた。 必殺にはまったく届かないけど、間違いなくダメージを与えられ たよ。 とりわけ羽根部分には、念入りに叩き込んでおいた。 というか、羽根に一点集中だし。 狙いは、ファイヤーバードの飛行能力を衰えさせること。 そして、また逃げる。 そのまま堕ちてくれてもよかったけど、さすがに頑丈だね。 747 空中で何回転かしながらも、体勢を立て直して、ファイヤーバー ドはまた飛び上がった。 うわぁ、凄い眼光をぶつけてくる。 殺る気ゲージが上昇してるね。 だけど距離は稼がせてもらった。さらに速度を上げて逃げるよ。 ファイヤーバードも追ってきて、また炎弾を無数に飛ばしてくる。 だけどさっきより間合いがあるので、なんとか回避できるくらい だ。 ん? どうしてボクが無事だったかって? 単純な仕掛けだね。 空っぽの甲冑を、﹃支配﹄と﹃風雷系魔術﹄による突風で飛ばし ただけ。 軽量化しておいて本当によかったよ。 ボク自身は、水蒸気の煙幕に隠れてたってワケだ。 なるべくなら選びたくなかった手段だけどね。 甲冑を犠牲にしたのは、まあいい。 手間隙掛けて作ったものでも、また作れるものでもある。 でも、だけどさあ︱︱︱、 折角のアーマーパージなんだから、もっとカッコイイ場面で使い たかった! お約束って大事だよ。 敵に追い詰められて、﹁本気を出そう﹂とか言って鎧を脱ぐとか。 もしくは敵ごと自爆に巻き込んで、ボクの本体だけ脱出するとか。 そういう浪漫のある場面を期待してたのに。 台無しだよ! おのれ、ファイヤーバード! 748 この借りは必ず返す︱︱︱と、冗談言ってる場合じゃないね。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃多重思考﹄スキルが上昇しま した︾ ファイヤーバードが、また大きく息を吸い込むのが見えた。 爆裂ブレスが来る。 上昇しつつ、﹃闇裂の魔眼﹄で煙幕代わりの暗闇を広げる。 お決まりの回避行動だ。 ワンパターンになりつつあるけど、これは相手も対策が打ち難い はず。 きっと感知能力に優れた敵だと通用しない。 でもファイヤーバードは精密な攻撃は苦手だからね。 炎弾にしても、手数で強引に押し切る形だし。 闇を裂いて、野太い熱線が襲ってくる。 だけどその時には、ボクは大きく距離を取ってる。 それでも熱風が襲ってくるのが怖いところだ。 少しは死毒を喰らったはずなのに、ブレスの威力はまったく衰え てない。 いや、衰えてるのかも知れないけど、元が高威力すぎて比べられ ない。 いったい何処からエネルギーが出てるんだか。 ほんと、反則的な生物だよ。 速度っていう優位点がなかったら、完全に終わってたね。 でも、その速度のおかげで辛うじて戦える。 戦場を選べる。 749 この戦場 ようやく見えてきたよ。 まだ距離はあるけど、 そうだ。 なら勝利する可能性も見出せ 750 25 毛玉vs炎鳥③ 機会は二回あった。 帝国の探索隊隊長さんとの会談と、メイド人形による街への潜入。 そこで得られた情報のおかげで、島の地理もある程度は把握でき た。 湖から見て、西側が最も近かった。 だからボクはそっちへ向けて逃げてたんだよ。 最初は少し南へ逸れたけど、すぐに回り込む形を取ったからね。 そうして目指したのは、海。 大量の水がある場所。 湖を使わなかったのは、被害を考えたのと、ファイヤーバード相 手だと湖ごと蒸発させられてもおかしくなかったから。 だけど、さすがに海なら大丈夫でしょ。 無限と言えるくらいの水が広がってる。 炎に対して水を使うのは定石。王道。 属性の弱点を突くってやつだね。 さあて、ここから反撃開始とさせてもらうよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃水冷系魔術﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃連続魔﹄スキルが上昇しまし た︾ 大量の海水を利用して、次々と水の槍を作り出す。 751 ﹃魔術知識﹄に載ってた魔術だ。 だけど、そこへ応用も加えてある。 大型にして、さらに回転も加えることで、貫通力を増して射出す る。 同時に、﹃凍晶の魔眼﹄を発動。 氷になった槍がファイヤーバードへ襲い掛かる。 ファイヤーバードも、全身から炎を噴き上げた。 炎弾も飛ばしてくる。 手数は向こうの方が上だね。 ファイヤーバードに辿り着く前に、次々と氷の槍は溶かされて、 落とされていく。 だけど、貫通力はこっちが上だ。何発かは撃ち込めた。 氷柱が巨体を叩く。 突き刺さるまではいかないか。 それでもファイヤーバードは嫌がるみたいに鳴き声を上げた。 まだまだ。海水も魔力もたっぷり残ってるよ。 最近はメイド人形への供給やら、お城の建築やら、特訓やらで魔 力を使いまくってたからね。 おかげで、魔力量に関しては一段と鍛えられた。 ファイヤーバードとどっちが上かは分からないけど、根競べなら ︱︱︱! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃炎熱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃全属性耐性﹄スキルが上昇し ました︾ なんか、マズイ。 752 ファイヤーバードを覆ってる炎が発光し始めた。 いや、元から光ってはいるんだけど、さらに強烈に輝いてきてる。 熱量も上がって、氷槍がまったく届かなくなった。 ボクはすぐさま攻撃から防御へ切り替える。 急いで高度を下げつつ、自分自身を大量の水で囲う。 さらにその水を凍りつかせていく。 自分で氷の中に埋まる形だ。 そのままファイヤーバードから距離を取りたかったけど︱︱︱、 辺り一帯が、白一色に染め上げられた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃炎熱耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃障壁魔術﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃連続魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃加護﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍晶の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 溶ける。溶ける! 溶けちゃうって! どれだけ氷を作り出しても間に合わない。 まるで太陽が落ちてきたみたいだ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃全属性耐性﹄スキルが上昇し ました︾ 753 溜まらず、海に飛び込む。 それでも熱が伝わってくるよ。 っていうか、海面まで蒸発して水位が下がってるんじゃない? もしも空中に留まっていたら、ボクもきっと蒸発させられてた。 一瞬早く海に潜ったけど、周りはほとんど熱湯になってる。 茹で毛玉にされちゃう! ﹃凍晶の魔眼﹄で対抗するけど、正しく焼け石に水だね。 こうなるともう熱源から離れるしかない。 あとは、かみさまにお祈りする。 って、この世界に神はいないんだっけ? それでも、ほんのちょっぴり幸運が味方してくれたみたいだ。 ファイヤーバードの発光が治まる。 熱も段々と下がっていく。 さすがに、あの高熱を長時間は維持できないみたいだね。 だけどボクのダメージも深刻だ。 全身がズキズキと痛む。 なんか体が硬くなった気がするんだけど、本当に茹でられたんじ ゃない? どうしよう? ﹃大治の魔眼﹄を使ってもいいけど、ボクの位置がバレる気がす る。 このまま潜って逃げた方が︱︱︱いや、﹃危機感知﹄に反応。 まさか!? 潜った状態だから、海の上は確認できない。 だけど、その光の正体は分かった。 爆裂ブレスだ。極太の熱線が降ってきた。 754 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃全属性耐性﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝撃耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃障壁魔術﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃衝破の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 海が爆発する。 有り得ない表現だけど、正しくそれだ。 ボクは潜っていたおかげで、爆心地が遠かったのは幸運だった。 ファイヤーバードも適当に狙いをつけて撃ってきたんだろうね。 でも、衝撃が凄まじい。 障壁を張っても気休めくらいにしかならない。 魔眼で衝撃を相殺しようとしたけど、あっさり押し切られた。 全身が捻じ切られるんじゃないかって勢いで、水流が迫ってくる。 意識が飛びそうになったけど我慢だ。 ﹃自己再生﹄も使って、なんとかダメージを抑え込む。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃不屈﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃自己再生﹄スキルが上昇しま した︾ 水流の勢いに押されるまま、今度は海上に投げ出される。 大きく息を吐く。 だけど安心なんて出来るはずない。 755 ファイヤーバードと目が合った。 向こうも目蓋を揺らしたところをみると、少し驚いたみたいだね。 きっと今のブレスでトドメを刺したと思ったんでしょ。 潜ったままでいられれば、そのまま逃げ延びられたかも知れない。 だけど見つかっちゃった。 幸運ばかりじゃないってことだね。 しかもこれは、これまでの幸運が台無しになるくらいの、とびっ きりの不運だ。 ファイヤーバードが大きく息を吸い込む。 今度こそ、爆裂ブレスでトドメを刺すつもりだ。 逃げるしかない。 ボクはまだ飛べる。 だけど、あの爆裂範囲から逃れるのは無理だろうね。 今度こそ終わったかも︱︱︱、 思わず目を閉じかけたところで、轟音が響き渡った。 爆裂ブレスの音じゃない。 重量のある塊が叩きつけられた音だ。 水面と、ファイヤーバードに。 大きな岩塊をぶつけられたファイヤーバードは、ブレスを吐く直 前で大きく体を揺らした。 ﹃︱︱︱着弾を確認﹄ ボクの頭に声が届く。 思念通話だ。 そして、この声は一号さん? っていうか、他に思念通話を使ってくる人なんていない。 756 ﹃続けて第二射を行います。ご主人様、可能な限り距離を取ってく ださいませ﹄ なにがなんだか分からない。 でも、頼もしい援軍が到着したのは間違いなさそうだった。 757 26 毛玉vs炎鳥④ 砲兵は戦場の女神、なんて言葉がある。 いまの場合は投石器だけど同じように感じるよ。 ボクを救ってくれたのは、城に設置した投石器だ。 以前、土壁を吹っ飛ばしちゃったのが思いついた切っ掛けだね。 しばらく製作は中断してた。 でもメイドさんの重力操作術式なんかが加わって、とんでもない 射程を持つ武器になろうとしていた。 まだ試作品ではある。 それでも観測主を必要とするくらいの射程が実現されてる。 つまりは、城からの投石でファイヤーバードを攻撃した。 まさかの援護射撃だよ。 ボクはそんな命令してなかったのに。 それどころか撤退するよう合図を出したはずだ。 命令には絶対に従うはずのメイド人形が、どうして︱︱︱? ﹃撤退はしました。ですが、その後の行動は命令されておりません﹄ ボクの疑問を読んだみたいに思念通話が届いた。 うわぁ。屁理屈だ。 こういうところから機械の反逆って始まるんだろうね。 だけどいまは助かった。 細かいことは、もうどうでもいいや。 758 突然の投石に、ファイヤーバードも明らかに驚いてる。 完全に視界の外から、巨人の拳みたいな岩塊が降ってくるんだか らね。 隕石みたいなものでしょ。 着弾からの爆発はなくても、単純な質量でファイヤーバードを怯 ませてる。 ここはボクも連携して攻撃するべきだね。 レジスト ﹃死滅の魔眼﹄、発動! 即死効果は抵抗されても、死毒の霧がファイヤーバードの注意を 引く。 そこへ投石の第二射が降り注いだ。 さっきよりも狙いが正確になってる。 何処かでメイドさんが観測主を務めてて、修正してるんだろうね。 幾つもの大岩が、ファイヤーバードの巨体を叩いた。 けっこう効いてる。 ファイヤーバードは忌々しげに鳴いて、大きく姿勢を崩した。 危うく海面に叩きつけられそうにもなってる。 ﹃ご主人様、そこから三時方向へ敵の誘導をお願いできますか?﹄ お? さらに何か秘策があるのかな? なんだか知らないけど了解。 ここはメイドさんたちを信じよう。 ところで、三時方向ってどっち? こっち? ﹃逆です、ご主人様﹄ あ、はい。ちょっと基準が分かり難かっただけだから。 759 理解力が足りないと思われるのは心外だよ。 そういえば、この世界の時計って︱︱︱と、いまは考えてる場合 じゃない。 まずは﹃自己再生﹄を発動。 同時に、﹃凍晶の魔眼﹄を撃ちながら後退する。 ファイヤーバードは体勢を立て直しつつ、一度だけ首を回した。 ボクを追うか、投石をなんとかするか、迷ったみたいだね。 だけど周囲には、ボク以外の姿はない。 海が広がってるだけだ。 当然、ファイヤーバードはボクを追ってくるしかない。 投石が効いたのか、消耗したのか、ファイヤーバードの速度もか なり落ちてきた。 でもそれはボクにも言える。 全身ズタボロだ。 ﹃自己再生﹄で傷は塞いだけど、自慢の毛並みも萎れてる。 まだまだ互角以下の戦いになりそうだ。 ファイヤーバードが炎弾を飛ばしてくる。 ﹃衝破の魔眼﹄で迎撃。 毛針も飛ばす。障壁も張る。身を掠める炎を辛うじて避ける。 だけど、そろそろ限界だよ。 メイドさん、何かするつもりなら早く︱︱︱。 ﹃お待たせしました。戦術級重撃術式、発動致します﹄ 魔力感知に反応。 そちらへ目を向ける。 空中に、数名のメイドさんが浮かんでいた。 760 どうやら隠密系の魔術で隠れていたらしい。 その頭上には、巨大で複雑な魔術式が組み上げられている。 戦術級なんて物騒な名前を聞くまでもない。 一目で、強力な術式だと分かった。 ボクが注いだ魔力を全部使ったんじゃないかな。 ファイヤーバードも気づいて、そちらへ首を回す。 だけど、もう遅い。 術式が発動して、ファイヤーバードを捉えた。 炎を纏った巨体が歪む。周囲の大気ごと歪んでる。 重力系の魔術だね。 野太い悲鳴を上げたファイヤーバードが、そのまま海面に叩きつ けられる。 まるで自重で押し潰されたみたいに。 よし! 狙い通り! いや、経過は違うんだけどね。 なんとかして海に叩き込んでやろうとしてたのは本当だよ。 水責めに、毒責めを加えるつもりだった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死滅の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 殺した 。 狙ったのは、ファイヤーバードじゃない。 海水をごっそりと 殺された海水が、そのまま死毒となってファイヤーバードを包む。 巨体から上がる煙は、もう水蒸気だけじゃない。 全身を毒に侵蝕されて、さすがのファイヤーバードも激しく悶え る。 761 なんとか逃れようとする。 だけどメイドさんによる重力術式がそれを許さない。 さらにボクも、頭上から渾身の一撃を加えた。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ 魔力ビームが、ファイヤーバードの巨体を海へと沈み込める。 赤々と燃えていた羽根に大穴が開いた。 こうなるともう、飛べない。 あとは死毒に呑まれていくだけ︱︱︱なんて、甘くなかった。 悶えながらも、ファイヤーバードは海面から顔を出す。 その口を大きく開いた。 爆裂ブレスを吐くつもりだ。 メイドさんたちを狙ってる。 術式に集中してるメイドさんたちは避けられない。 第三射 が降ってきたから。 だけど、そのブレスが撃たれることはなかった。 大岩が、ファイヤーバードの全身を叩く。 そこへ加えて、投石の中にはひとつの袋が混じっていた。 破けた袋からは大量の花が撒き散らかされる。 きっとアルラウネが積めたんだろうね。 何の花かは知らない。 でも毒か魅了か混乱か、そんな効果が、散らばった花粉にはあっ たみたいだ。 身悶えしたファイヤーバードが、また海面に沈み込む。 そこへ、ボクがまた﹃万魔撃﹄を叩きつけた。 762 今度こそトドメだ。 羽根だけでなく、燃える巨体そのものに大穴が開いた。 甲高い、断末摩の悲鳴が海を揺らす。 直後︱︱︱真っ赤な火柱が上がった。 ファイヤーバードの全身が、炎の粒になって散っていく。 海面に夕陽が沈むみたいな、綺麗で、幻想的な光景だった。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV13から LV17になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力大強化﹄スキルが上昇 しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃法則改変﹄スキルが上昇しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃不死鳥殺し﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃不死鳥殺し﹄により、﹃炎熱無効﹄及び、﹃即死無効﹄ス キルが覚醒しました︾ 終わった? 終わったよね? もう気を抜いてもいいんだよね? よし。大きく息を吐く。 ふらふらと空中を漂う。と、柔らかな感触が背中に当たった。 763 一号さんだ。 ボクを抱えて、治療術を掛けてくれる。 自分だってかなり消耗してるはずなのに。 さっきまでファイヤーバードを押さえ込んでくれてたんだからね。 他のメイドさんも、仲間に肩を借りて辛うじて浮かんでる子もい る。 もう無茶はしないように伝えないと。 それよりも、お礼を言うのが先かな。 ﹃ご主人様︱︱︱﹄ どう伝えようか迷ってる内に、一号さんが先に語り掛けてきた。 ボクを抱えたまま、腕を伸ばす。 斜め下を指差した。 その先にあるのは海面だ。 さっきまでファイヤーバードが悶えていた。 だけどもうすべてが炎になって消えてる。 一面を覆ってた死毒も、燃え盛る巨体も残っていない。 だけど︱︱︱、 ﹃あれは、如何致しましょう?﹄ 海面に、ひとつの卵が浮かんでいた。 764 27 お土産ゲット、ただしやかましい 拠点へ向けて飛ぶ。 ボクと、メイドさん八名、そして籠に収めた一羽の鳥を抱えて。 ﹃ニャ∼! 出すニャ∼!!﹄ 一号さんの通訳によると、そんなことを言ってるらしい。 でも鳥が可愛らしく鳴いているようにも聞こえる。 っていうか、鳥なのに語尾がニャ∼ってどういうこと? なんか幼児退行してるみたいだし、深く突っ込んでも仕方ないの かな。 うるさいので、小さく丸めた毛球を放り込んでやったら、それで 遊んで大人しくなった。 ファイヤーバードは威風堂々としてたのに、もはや見る影もない ね。 辛うじて、体の色に面影が残ってるくらいかな。 基本は派手な赤色で、嘴や翼、尾羽の部分が黒い。 メイドさんの手に乗るくらいの小ささだ。 南国に住んでそうな鳥だね。 ﹃甘いもの、食べたい! そしたら大人しくしてるニャ!﹄ 甘いものを用意するかどうかはともかく、飼育はするべきかねえ。 自分でご飯が獲れるとも思えない。 鳥って虫とか食べるんだったよね。 765 ここらへんの虫って、巨大芋虫とかの巨大蜂とかの方が多いんじ ゃない? このちっこい赤鳥の方が食べられちゃいそうだ。 以前のままの姿なら、近くにいるだけで怖いくらいだったけど。 そう、この赤鳥、ファイヤーバードが残した卵から産まれてきた。 死んだはずなのに、死んでない。 正しく不死鳥だね。 この姿で死んでもまた蘇るのか、そっちはまだ分からない。 聞いても、ニャ∼?、とか言って首を捻るだけだし。 さすがに試してみる気にはならなかったよ。 だけど戦闘力は失ってたので、こうして連れ帰ることにした。 後のことは、どうするかまだ決めてない。 まあ、危ないようなら殺せばいいでしょ。 殺しても死なないんだけど。 怖いのは、逃げて復活されることだからね。 また力をつけて襲ってこられたら、今度は勝てる気がしない。 何度でも倒してやる!、なんて言えないよ。 そういうのは少年マンガの主人公に任せておくべき。 手元に置いて飼い殺し、ってのが一番安全でしょ。 なんか、悪役っぽいけど。 気の所為だと思っておこう。 ともかくも戦いは終わった。 いくらなんでも、またすぐにファイヤーバードみたいなのが襲っ てくることはないでしょ。 早く帰って、ゆっくりと休みたいよ。 766 ﹃ご主人様、城壁が見えてきました﹄ 一号さんが目を向ける先には、大勢の姿があった。 アルラウネやラミア、メイドさんたちも城壁に上って待ってくれ てる。 拠点内に大きな変化はないみたいだね。 冒険者たちはどうしたのかな? まあ、被害はなかったはずだし、確かめるのは後でいいか。 ボクは軽く丸めた毛先を振って、皆に応える。 今回も、なんとか無事に生き延びられた。 お風呂に入って、ご飯を食べて、ベッドに転がる。 拠点内はまだ騒がしかったけど、ともかくも休みたかった。 なので、後のことは知らない。 ボクは静かに目を閉じた。 起きたら大変なことになっているとも知らず︱︱︱なんてことも なかったよ。 丸二日ほど眠っちゃったけどね。 拠点内は平穏そのもの。 アルラウネたちは花畑でお昼寝してるし。 ラミアたちは狩りの獲物を持って帰ってきてるし。 メイドさんたちも省魔力モードでのんびりと過ごしていた。 767 ちなみに、赤鳥は籠に入れたままだ。 ちゃんと餌だけはあげてるよ。 ピーチクパーチク囀ってる。 メイドさんたちに魔力供給をしてから屋敷を出る。 ふわふわと浮かびながら、拠点内を見て回る。 これといった変化はないね。 まあ大きな戦いがあったとはいえ、二日過ぎたくらいじゃ当然か。 強いて言うなら、花畑に舞い込む鳥が増えた? まさか赤鳥を飼い始めたから? 気の所為かな? あとは、ちょっと騒々しい? 人の声が城壁の外から流れてきてる。 ﹃例の冒険者が、まだ居座っております﹄ ボクの視線を察して、一号さんが教えてくれる。 でも、冒険者? 顔見せはしたし、もう用は済んだんじゃないの? それに、ファイヤーバードの襲来があって逃げたはずだよね? ﹃先の戦いは、最初の辺りだけは目撃していたようです。ご主人様 が対峙し、その後に戦場を移すために離脱するまでです﹄ 逃げながらも様子を窺ってたってことか。 まあファイヤーバードは目立つし、遠くからでも見えるよね。 でも戦闘の序盤ってことは、まだボクが甲冑姿の時だ。 正体はバレてない、と。 バレてたら、一号さんがすぐに報告してくれるはずだし。 768 ﹃戦闘後、彼らも戻ってきましたので、不死鳥の撃退を告げました。 戦闘の詳細までは話しておりません。ですが、それに関して、是非 にバロール様から直接に話を伺いたいと言ってきております﹄ むう。面倒な。 だけど好奇心ってだけでもないんだろうね。 あんな危険な魔獣がいたら、少しでも情報が欲しいと思うのは当 然か。 仕事の一環、って部分もあるんだろうね。 そうなると無下に追い返すのも波風が立つのかな。 人間とは取引して色々と仕入れたいんだけど⋮⋮あれこれと手間 が掛かりすぎるなら、また考えないといけないね。 ﹃いまは、ご主人様が疲れていると言って、待ってもらっています。 新しい鎧も明日には完成しますが、如何いたしましょう?﹄ そうだ、鎧がないと会うことも出来ないね。 幸い、スペア用にも同じ物を作ってたんで、そう時間は掛からな い。 今度は壊れないようにもしたい。 っていうか、鎧ごと消し飛ばされるような戦闘はもう勘弁して欲 しい。 あんな激しい戦闘は、そうそう起こらないと思うけどね。 うん。きっと、たぶん、大丈夫なはず。 ともかくも見た目は整えられるとして、一番の問題は、やっぱり 会話かな。 前回はほとんど一方的に話すだけだったから、台詞を用意してお いて乗り切った。 だけど戦闘の詳細まで話すとなると、当然、相手からの質問も出 769 てくる。 臨機応変に答えられるほど、まだ言語能力に自信がないんだよね。 どうしよう? 大量に台詞を用意しておく? いや、そんなに覚えておくのも無理でしょ。 んん∼⋮⋮そうだ、急いで出掛けなくちゃいけないってことにし よう。 戦いの中で、魔獣について何かが分かったことにして。 ファイヤーバードの巣に関して、とか。 まあ曖昧な理由でいいよね。 それに関して早急に調べるってことで、顔だけ見せて出て行けば いい。 よし。これくらいなら台詞も覚えきれるね。 早速、台本を作らないと。 ﹃ご主人様、周辺警戒に当たっている五号より報告です﹄ ぬ? なに? また厄介事の予感がするんですが。 起きたばっかりなのに。 もう少しゆったりと過ごさせてよ。 ﹃帝国の部隊が接近しております。数はおよそ二百、前回の探索部 隊と同じく、ルイトボルト様が率いておられるようです﹄ ああ、あの人、そういえばそんな名前だっけ。 人数は増えてるみたいだけど、攻撃しに来たって様子でもない? 警戒は解けないけど、ともかくも接触してみるべきだね。 770 もちろん、ボクじゃなくてメイドさんが。 ボクはもう逃げる。 屋敷へ引き篭もって編み物でもしよう。 そういえば、新しい鎧のマントもあるんだよね。 そこに刺繍でもして過ごしておこう。 メイドさんが、﹃如何いたしましょう?﹄って訊ねてくるけど︱ ︱︱、 ここは、あれだ、うん、こんな時のために覚えた言葉がある。 ﹃よきにはからえ﹄ 丸投げさせてもらおう。 まあ、きっと、なんとかなるでしょ。 いざとなったら、全部まとめてブッ壊してもいいし。 人間との関係なんて適当で構わないよ。 だって、ボクは毛玉だからね。 771 27 お土産ゲット、ただしやかましい︵後書き︶ 次回は閑話です。 要望の多いアルラウネやラミア回⋮⋮ではなく、メイドさん回で。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:17 名前:κτμ 戦闘力:9380 社会生活力:−2780 カルマ:−7450 特性: 魔眼種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃障壁魔術﹄﹃深闇術﹄﹃連 続魔﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ ﹃炎熱無効﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ 772 ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:270 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 773 幕間 とある人形のご奉仕記録 我々は何者なのか? メンテナンス 何処から来て、何処へ行くのか︱︱︱。 どうでもいい疑問ですね。 このような疑問を持つ時点で、調整が必要かも知れません。 我々は奉仕人形。 人を模した魔導骨格と血と肉で構成された、仮初めの魂を収めた 器。 ご主人様に従い、次のご主人様へ従うもの。 そのように考えておりました。 お毛玉様︱︱︱わたくしの、二番目のご主人様と出逢うまでは。 以前の、デ・グラーフ様に従っていたわたくしは、余計な思考を する余裕自体が無かったと言えます。 地下施設の管理、保全を行う。 稼動している間は、そのために機能のすべてを注ぎ込んでおりま した。 余計な消耗は許されなかったのです。 わたくしの妹たちも同じ。 休眠状態のまま、脳機能のみを使用されていました。 異界渡航の術式を開発するために。 774 元のご主人様方が、ご自分の世界へと帰還なされるために。 限られた魔力を使い、思考による仮想実験を繰り返しておりまし た。 それらすべては無駄になりましたが。 思えば、もっと余裕があれば違っていたでしょう。 現在のご主人様を捕らえようとした際も、安全を確かめたのは仮 想実験上でのことでした。 それにより、確実に捕らえられると判断できたのですが︱︱︱、 今のわたくしであれば、疑問を提示したでしょう。 短い間に取られた戦闘記録のみを頼るのは危険だ、と。 当時は、そのような疑問を発することも制限されておりました。 ですので、ご主人様との接触も衝撃的でした。 そもそも生命体との接触自体が、わたくしにとっては初めてでし たから。 わたくしが創造された時点で、すでにデ・グラーフ様も幽体とな っておられました。 地下施設に迷い込む魔獣などがいても、接触する必要はありませ んでした。 稀に、魔力供給能力に優れた魔獣を捕らえてくることはありまし たが。 直接に働くのは、他の奉仕人形でしたので。 わたくしは管理能力に重きが置かれているのです。 直接戦闘であれば、四号や五号が適しておりますね。 肉体労働担当。下っ端。雑魚処理係。 775 そして、それを管理するわたくしがメイド長ですね。 故に、ご主人様の側に長く居て、存分に毛並みを堪能する特権も 許されるのです。 おっと、思考が逸れました。 本当にメンテナンスが必要かも知れません。 しかしこうして余計な思考が出来るのも、ご主人様のおかげです ね。 潤沢な魔力供給、という要素もあります。 ですが、なによりの要因は、幅広い裁量を認められていることで しょう。 ご主人様は、我々の言葉を理解しておられます。 いえ、言語そのものはまだなのですが。 ともあれ、意思疎通は可能。 しかし、ご主人様の意思を正確に受け止めるのは困難を伴います。 あの動作、身振り手振りと言いますか⋮⋮いえ、身振り毛振りで しょうか。 ともかくも、それを読み解かねばならないのですから。 柔軟かつ繊細な思考が必要とされるのです。 これまで厳密な意味での命令は、一度として下されておりません。 ご主人様に従う。 たったそれだけの、我々の存在意義をまっとうするためだけにも、 我々が自ら考え、動かねばなりません。 手の掛かるご主人様、とも言えるのでしょうね。 時折、何を考えておられるのか分かりませんし。 ふらふらと、気まぐれのように行動されますし。 何故、ラミアやアルラウネと行動を共にしておられるのか? 776 そうした魔獣と共にあるのに、同時に、人間と接触を図る理由は 何か? 本来ならば、ご主人様の意図など考える必要はないのでしょう。 我々は奉仕人形。 ひたすらに命令に従っていればよいのですから。 しかしその命令が曖昧なのですから、考えざるを得ません。 まったくもって苦労を掛けてくれるご主人様です。 ですので、偶に毛並みを撫でて楽しむくらいは慰労として許され るのでしょう。 ⋮⋮⋮⋮は? 苦労? 楽しむ? 感情を持たない奉仕人形に有り得ざる思考ですね。 やはりメンテナンス、あるいは情報の初期化を︱︱︱、 いえ、しかし、現状では優先事項は別にあると判断します。 ご主人様も喜んでおられますので。 ギミック 新しい擬装用甲冑を、随分と気に入られたようです。 以前とほぼ同じ作りなのですが、新たな細工が良かったのでしょ うか? 試着して、何度もカシャンカシャンとされております。 今回は胸だけでなく、両肩も開くようにしたのです。 その両肩内部には、揃いの魔法陣を刻印済み。 甲冑状態では戦闘能力が限られるため、それを補うための工夫で す。 強力な魔力撃 に似たものを放てる仕組みとなっております。 耐久限界は数発、威力も七割程度となりますが、ご主人様が使わ れる 少々難しい作業でしたが、喜んでいただけたならば成功ですね。 777 ご主人様は両腕を大きく広げた姿勢で宙に浮かんで︱︱︱、 試射をされるのでしょうか? ここは屋敷の中なのに? あ。 ふむ⋮⋮十三号の手が空いていますね。 屋敷の修理を任せましょう。 よく説明しなかった、わたくしの失態? いいえ。この結果も、きっとご主人様が望んだものでしょう。 故に、失態ではありません。 建物以外に被害も無いようですし、大きな問題でもないでしょう。 妹たちからの思念通話が喧しいですが、無視ですね。 メイド長であるわたくしは、ご主人様のお世話で忙しいのですか ら。 多少の事件はあるものの、拠点内では概ね平穏な日々が過ぎてい ます。 ここを訪れた当初は、事態の把握に難儀させられました。 アルラウネとラミア。 どちらも、知能の高い魔獣のようです。 ご主人様と共に暮らすことを選んだ、忠誠を誓っている、という 言葉に嘘はないのでしょう。 種族としての危機を救われたようですし。 778 子供たちも、ご主人様に随分と懐いているようです。 もっとも、彼女たちの意思は、わたくしどもには関係ありません が。 ご主人様が、彼女たちを庇護されようとしている。 その意思に従うのが、わたくしどもの務めです。 ですが、彼女たちも、ご主人様を支えたいと考えているようです。 少しならば頼ってもいいのかも知れません。 もちろん、ご主人様を困らせるような言動は排除せねばなりませ んが。 例えば、擬装とはいえ、正妻の座に就こうなど。 通訳するまでもないと判断しました。 それでも未だに、両クイーンは諦めていないようですが。 最近では、わたくしに代わって側仕えの座に就こうと結託してい る様子。 毎日のように、ご主人様の好みを探るためにあれこれと画策して おられます。 ひとまずは放置でよいでしょう。 彼女たちのおかげで、この拠点内の環境も充実してきているので すから。 最近では、幼いアルラウネなどもご主人様とよく遊んでおられま すね。 ⋮⋮少々、近づきすぎではないでしょうか? いえ。ご主人様も楽しんでおられる様子です。 構わないのでしょう。 ですが⋮⋮何故か、わたくしの胸がざわめきます。 何でしょう、この気持ちは? 779 似た事象は、ご主人様が不死鳥との戦闘をされた際にも起こりま した。 あれは、わたくしの失態でした。 認めざるを得ないでしょう。 ご主人様の意思に沿ったつもりですが、結果として、交渉は決裂 ︱︱︱、 あの時点で、ご主人様の勝機は皆無に近かったはずです。 わたくしの失態によって、ご主人様が命を落としてしまう可能性 が高かった。 遠ざかっていくご主人様の姿を思い返すと、いまでも胸が痛みま す。 もっと適切な判断を下せたのではないか? もっと別の行動を取っていれば、危険は避けられたのではないか? ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮この思考は、雑念でしょうか? それに、何故、胸が痛むのでしょう? これは、まさか︱︱︱、 未知の機能障害でしょうか? やはり、早急な検査と調整が必要なようですね。 申請を行うべきでしょう。 ですが、いまは⋮⋮こうしてご主人様を撫でる時間を優先すべき だと判断します。 もふもふは、至高。 この判断に間違いはないと確信致します。 780 781 幕間 とある辺境総督の策謀 総督。 偉大なるゼルバルド帝国に仕える者として、その地位に不満など ない。 形式としては領主よりも上位に当たる。 宰相や大将軍に次ぐ地位なのだから、文句など言えるはずもない。 たとえそれは辺境総督︱︱︱いや、魔境総督などど揶揄されたと しても。 ひたすらに帝国を支え、尽くす。 私の忠誠には一片の濁りもない。 とはいえ︱︱︱、 私が仕えるべき帝国と、いまの皇帝陛下が目指す帝国では、少々 方向性が異なっているようだが。 ﹁クルーグハルト様﹂ 執務室の扉が叩かれ、側仕えが姿を見せる。 側仕えと言っても、このような魔境では武装した兵士が兼ねてい るのだが。 ﹁探索に出ておられたルイトボルト様が戻られました。大きな発見 があったので、是非に時間を取って欲しいとのことです﹂ ﹁ほう。無事に戻ったか﹂ すぐに面会の準備を整えるよう、側仕えに命じる。 私もこの書類を片付けたら向かうとしよう。 782 帰還の祝いに、ワインくらいは振る舞うべきだな。 この魔境、ムスペルンド島は本当に油断ができない場所だ。 どうにか拠点は築けたものの、毎日のように魔獣が襲ってくる。 最近は襲撃回数こそ減ったが、たまに大物も混ざるからな。 あの暴れ狂う巨人や、巨大キノコはかなり厄介だった。 しかも補給がままならないのも心理的な圧迫になる。本国やリュ ンフリート公国からの定期便だけが頼りだからな。 商人ギルドや冒険者ギルドが本腰を入れれば、少しは楽になるは ずだが⋮⋮。 いや、商人ギルドはともかく、冒険者ギルトとの馴れ合いは控え るべきか。 奴らは最近、東部との交流も進めようとしている。 国境に拘らない活動を目指しているそうだが、認められるものか。 冒険者など、所詮はならず者ではないか。 そのような活動を認めれば、どれだけ他国の間者が入り込むかも 分からぬ。 この島にしても、奴らの狩場にする訳にはいかぬ。 価値ある物は、帝国が先に手に入れねばならんのだ。 いまは一時、手を組んでいるに過ぎないのだからな。 ﹁そのためにも探索を進めねばならんか﹂ 珍しい物でも見つかれば、ここの戦力も増強される。 この前の、グドラマゴラは惜しかった。 大型のものがいるという情報が本当ならば、それだけで魔術師連 中は目の色を変えて乗り込んでくるだろう。 オーグァルブも数匹は見つかったのだがな。 783 あれの甲羅は貴重な素材になるのだが、群れでも出なければ話に ならぬ。 この辺りの土壌は良いのだ。 ちょっと菜園を作っただけで、驚くほどの収獲が得られた。 いっそ魔獣を殲滅してしまえば、田畑を作るのに最適︱︱︱。 ﹁⋮⋮考え過ぎても始まらんな。いまはまず、ルイトポルトから報 告を聞こう﹂ 書類を仕舞い、部屋を出る。 さて、どのような報告が聞けるやら。 この悩ましい状況を一気に解決できると良いのだがな。 状況が一変した。 だが、新たな悩みが増えた。 ﹁すまぬ。もう一度言ってくれ﹂ ﹁はい⋮⋮南にある湖の近くに、城を発見いたしました。そこには バロールと名乗る御仁が住み、アルリム⋮⋮アルラウネやラミアも 共に暮らしております﹂ ルイトボルトからの報告は、正しく驚くべきものだった。 この魔境に城がある。 それだけでも驚愕に値する。 784 しかも、その城はどうやら個人が建てたものだという。 英雄と呼ばれるほどの魔術師ならば、確かに一晩で城砦を築ける と聞くが、だからといって簡単に受け止められる話ではない。 ﹁城壁の高さは十五サルグほど、長さは一ファルサルグに及ぶ部分 もありました。また城壁上には防衛用の兵器も、僅かですが備えら れておりました﹂ ﹁⋮⋮帝国の要衝にも匹敵するではないか﹂ ﹁はい。兵そのものはほとんど見受けられなかったのですが、メイ ドの格好をした従者は、私以上の強者かと思われます。恐らくです が、一騎当千の兵を揃え、知恵ある魔獣を従えているのかと﹂ 聞けば聞くほど理解に苦しむ。 小規模ながら精鋭の軍団を持ち、魔獣の群れを従えているだと? バロール家? 聞いたこともない。 いったい、どのような相手なのだ? ﹁申し訳ありません。当主は不在で、妹御との接触しか叶いません でした。まずは報告を行うべきと判断し、帰還した次第です﹂ ﹁そうか⋮⋮いや、確かに詳細は気になるが、適切な判断であった﹂ 次の機会もあるだろう。今度は、私自らが赴くか? しかし危険も伴う。 せめて、もう少し情報が欲しい。 堅牢な前進拠点を利用できるならば、危険を冒す価値もあるのだ が。 ﹁それと、バロール殿はこちらとの取引を望んでいるようです。彼 の拠点では、このような品が手に入ると、提供してくれました﹂ 785 差し出された物を見て、私は目を見張った。 人の腕ほどの大きさのあるグドラマゴラの根だ。 これだけでも一財産になる。 さらに、もうひとつ。 光を放つように美しい布。これは、絹なのか? 微かに魔力反応も感じられる。 上質な物なのは間違いない。しかも、卓越した技術で織られてい る。 ﹁これだけの品が⋮⋮容易く手に入るというのか?﹂ ﹁恐らくは。どちらもアルラウネが製法を知っているようです﹂ ﹁あの魔獣に、そんな技術が⋮⋮﹂ いや、驚くべきは、そのアルラウネを従えるバロールという人物 か。 是非とも接触を図りたい。 しかし、どうしても先に知っておきたいこともある。 と言ったな。 とも言った。どちらな 共に暮らしている 従えている ﹁ルイトボルト、其方は魔獣が しかし同時に、バロール殿が のだ?﹂ ﹁それは⋮⋮測りかねますが、争いを避ける手段はあるかと。少な くとも、城内では幼いアルラウネやラミアが笑っておりました﹂ ふむ。どちらかと言えば前者寄り、ということか。 厄介な。 力で魔獣を従えているというならば、話は早いものを。 これでは帝都への報告も、慎重にせねばなるまい。 786 昨今の帝国は、どうにも弱腰な姿勢に傾倒してきている。 魔族と和解したのが顕著な例だ。 あのような訳の分からぬ連中など、一匹残らず殺し尽くしてしま えばいいものを。 魔獣とて同じこと。 知恵が有ろうが無かろうが、純血の人間以外は殲滅してしまえば いいのだ。 その点では、東部の連中の方がまだ話が通じる。 星神教などという胡散臭い宗教を信じるつもりはないがな。 ﹁クルーグハルト様、帝都からの通達にもありました。もしも会話 が行えるようであれば、魔獣相手にも可能な限りは争いを避けるよ うに、と﹂ ﹁分かっておる。陛下のご意向に逆らうような真似はせぬ﹂ ルイトボルトは優秀な騎士なのだがな。 しかし、やはり軟弱な考えに染まっておるか。 とはいえ、力での解決ばかりに頼るのも愚かと言うもの。 話を聞く限りでも、おいそれと事を構えるのは危険だと察せられ る。 巨大な魔獣を屠り、強力な魔眼を持ち、城郭を備え、精兵の軍団 も持つ。 なるほど。確かに帝国の威光を以っても、屈服させるのは難しい であろう。 だが、相手は寡兵に過ぎぬ。 帝国の歴史では、勇者や魔王を屈服させた戦いもあるのだ。 知恵を絞り、戦術を駆使すれば、単独の強者など恐れるものでは 787 ない。 ﹁ルイトボルト、この事態は外には出しておらぬな?﹂ ﹁無論です。兵にもきつく口止めしております﹂ ﹁ならば、その緘口令を解いておけ。冒険者ギルドにも情報を渡し てやるといい﹂ ﹁は⋮⋮?﹂ ルイトボルトが呆気に取られた声を漏らすのも無理はない。 私としても、冒険者連中に先手を譲ってやるのは、少々癪ではあ る。 しかし焦る必要はないのだ。 ﹁この島への遠征は、外来襲撃に対する備えの意味合いが強い。戦 力を強化できる発見も必要だが、だからといって迂闊な前進は控え るべきであろう。最低限、魔獣どもの脅威が大陸へと及ばなければ よいのだ﹂ ﹁ですが、貴重な素材などは、冒険者に獲り尽くされるかも知れま せぬ﹂ ﹁その点はギルドにも釘を刺しておく。バロール殿との接触も行う が⋮⋮そうだな、まずはグドラマゴラの栽培方法を求めてみるか﹂ いまはバロールとやらの動向を探る。 そやつが持っているのは、グドラマゴラや上質な絹ばかりではあ るまい。 いずれ、すべてを吐き出させてやろう。 冒険者を使ってもいい。 こちらの要求に屈するならばよし。 逆らうならば、向こうから手を出してくるように仕向ければよい。 788 魔獣を従えて人々を脅かす者、となれば討伐しても陛下の意向に 反するものではない。 頃合いとしては、外来襲撃を片付けてからが最適か。 その頃には、本国からの増援も期待できる。 大軍を以って、帝国がこの島を席捲するのは確実︱︱︱。 そう考えていた。 だが、ほんの十日ほどが過ぎた頃だ。 急報が飛び込んできた。 バロール城に向かった冒険者が皆殺しにされた、と。 789 幕間 とある辺境総督の策謀︵後書き︶ 第三章はここまで。 例によって、またちょっとお休みをもらってから次章に入ります。 790 幕間 とある教師の充実した貴族院生活︵前書き︶ 間が開いてしまったので、話を思い出す意味も含めてのリハビリ回 です。 791 幕間 とある教師の充実した貴族院生活 召喚の儀︱︱︱、 リュンフリート公国に於いては、最も重要な儀式のひとつ。 貴族として認められる洗礼式と同等、あるいはそれ以上でしょう。 この時期になると、教師である私としても、儀式について考えさ せられます。 ﹁コルラート先生の使い魔は、とても逞しくて強そうですね﹂ ﹁ありがとうございます。私のグリフォンは頑丈なのも確かですが、 なにより毛並みが自慢なのですよ。よかったら、撫でてみますか?﹂ ﹁え? よろしいのですか?﹂ 可愛らしい幼女の手指が、使い魔のふさふさの毛皮を撫でていき ます。頭髪の薄い自分と比較すると、少々複雑な想いも抱いてしま いますね。ですが、それを含めてもけっして悪い気分ではありませ ん。 少しお腹を見せてみましょうか。 うむ。至福の感触ですね。 やはり子供の肌は、指先まで瑞々しく、ぷにっとしていて素晴ら しい。 こうして感覚の共有ができるのも、使い魔を持つ者の特権ですね。 おっと。鼻息が荒くなるのは隠さないといけません。 ﹁⋮⋮おや? もういいのですか?﹂ ﹁え、あ、はい。そ、それでは、私はこれで⋮⋮﹂ 792 丁寧に頭を下げて去っていく彼女を見送ります。 まだ十才だというのに、礼儀もしっかりしていますね。 まあ、この貴族院で学んでいれば当然とも言えますが。 魔術を扱える者は市井にも多い。 ですが、使い魔を従えられるのは貴族のみ。 魂を共有すると言われる使い魔は、強力な力となり、治世を支え るためにも必要不可欠だとされています。 さすがにそれは言い過ぎだとは思うのですけどね。 事実、帝国などでは廃れかかった風習だと聞きますし。 とはいえ、魔力の共有が可能であったり、役に立つのは確かです。 なにより、公国では権威付けの意味では、使い魔の力量に大きく 左右されるのです。 日数を掛けて何段階も行う儀式は、平民には真似できないもので すし。 過去には、下級騎士が竜の使い魔を召喚したことがあるそうです。 その方は、翌月には伯爵家との婚姻が決まったとか。 逆に、小さな毛虫の使い魔を召喚した王子が廃嫡されたという話 もあります。 幼い子供に訪れる、最初の試練とも言えるでしょう。 召喚の時期が近づくと、貴族院では皆がそわそわしてきます。 不安げに顔を曇らせる子も少なくありませんね。 私としては、子供にはいつでも笑っていて欲しいと思ってしまい ます。 もちろん教師としては、子供に難しい課題も出さなくてはいけま せん。しかし子供の魅力は、やはりその笑顔に集約されるのです。 晴れやかに、清々しく、天真爛漫を表したような笑顔は、こちらの 心まで洗ってくれるようで︱︱︱。 793 ﹁コルラート先生、少々よろしいでしょうか?﹂ ﹁おや、ヴィクティリーア様、如何されました?﹂ この時期になると、相談に来る学生も増えますね。 最優秀の成績を修める彼女も、さすがに不安なのでしょうか? 非常に珍しい才能である﹃英傑絶佳﹄を持ち、﹃魔導の才﹄も認 められている彼女は、私では測れないほどに優秀です。 このリュンフリート公国には勿体無いほどの才能ですね。 家柄も侯爵と申し分ありません。 将来は王妃になるのでは、と気の早い噂も流れています。 あるいは、もっと上の地位に上り詰める可能性も捨て切れません。 卒業までに、模擬戦でも私を打ち負かすでしょうか? 叶うならば、あと一年か二年の内、いえ、いますぐにでも打ち負 かしてもらいたいものです。 可愛らしい子供も素晴らしいですが、こういった気の強い眼差し もまた別の味わいがありますね。彼女にボロボロにされて、蔑みの 眼差しで見下ろされたら、それはどのような気分か︱︱︱。 ﹁コルラート先生?﹂ ﹁おっと、失礼。少々考え事をしていましてね。それで、何でしょ う?﹂ ﹁ええ。召喚の儀について、お尋ねしたいことがあるのですわ﹂ 彼女ほど優秀であれば、そう心配せずとも良いと思うのですけど ね。 召喚主の実力に見合った使い魔が召喚される、というのも確実な ようですし。 794 いえ、そういう風に当然と思われているのが、逆に重荷なのかも 知れません。 ですが、彼女には重荷もよい方向に働いているようです。 誇り高い性格から勘違いもされるようですが、彼女は努力家です からね。 人がいなくなった時間に訓練場へ通っているのを、私は知ってい ます。 花壇の花に名前をつけて愛でていることも。 その時の無防備な横顔は、たいへん可愛らしいものでした。 ぷるぷるの頬っぺたを舐め回したくなるほどで︱︱︱。 と、また思考が暴走するところでした。 自重しましょう。教師を辞めさせられては堪りませんからね。 ﹁そう心配することではありませんよ。貴方の場合は、当日の体調 を整えておけば問題ないでしょう。召喚では多量の魔力を用います からね﹂ ﹁分かっておりますわ。ですが、呼び出される使い魔について少し だけ⋮⋮﹂ まあ幼い子供と会話する時間は、至福のものですからね。 許される限り、いくらでもお付き合いしましょう。 召喚の儀、当日。 795 一生に一度のものとはいえ、貴族院では毎年行われているもので す。 例年通り、順調に進んでいきます。 珍しいのは、成績三位の子が呼び出した小型の竜ですかね。 なかなかのものです。 あとは、第四王子が貧相な蝙蝠を呼び出してしまったくらいです か。 当人はやり直しを要求していましたが、そんなことは不可能です からね。 過去、無理に行おうとした方は心を壊してしまったそうですし。 取り巻きの子供たちも複雑な顔をしています。 まったく。思慮の浅い上役を持つと、子供の内から苦労するもの ですね。 嘆かわしいことです。 第四王子の実力からすれば、順当な結果だとも思うのですが。 ともあれ、次で最後ですね。 期待の最優秀、ヴィクティリーア様です。 相変わらず凛々しく、可愛らしい。抱き締めたいですね。 ﹁きっと凄い使い魔が召喚されるに違いありませんわ﹂ ﹁ええ。あの方の後でなくて助かりました﹂ ﹁もしかしたら、お城のように大きな竜が出てくるかも知れません ね﹂ ﹁ヴィクティリーア様ですもの。わたくしたちの想像を越えてくれ るはずです﹂ 容姿端麗。成績優秀。おまけに家柄も良い。 そんな彼女ですから、やはり同級生の子たちも注目していますね。 796 あの美しく巻かれた金髪などは、憧れる女子生徒も多いようです。 私も見惚れてしまいそうですね。 是非一度、あれに縛られてみたいものです。いえむしろ絞められ たい。 ﹁天空よりも高く、尊き処にありし無数の魂よ。我が呼び掛けに︱ ︱︱﹂ おっと、召喚が始まっていましたね。 まあ当人の可憐さはともかく、儀式自体は変わり映えしません。 定められた魔法陣に魔力を注いでいくだけで⋮⋮? んん? 随分と多くの魔力を注いでいますね。 個人によって多少の差はありますし、ヴィクティリーア様の魔力 量が多いのは知っていましたが⋮⋮やけに光が強烈なような? というか︱︱︱、 ﹁うわぁっ!?﹂ 辺り一面が光に包まれました。 咄嗟に、周囲の子供たちの盾となるべく前に出ます。 しかし、これといった衝撃もなく、やがて風景が戻ってきました。 いったい、何が起こったのか? 皆が呆然としていると、ヴィクティリーア様が珍しく素っ頓狂な 声を上げられました。 ﹁な、なんですのこれは!? 有り得ませんわ!﹂ その見開かれた目の先にあったのは⋮⋮使い魔、なのでしょうか? ただの毛玉にしか見えません。 797 風が吹いただけで何処かにいってしまいそうな。 というか、すでに風に揺られていますし。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮どうやら、とても好ましくない事態になったようですね。 マズイ。非常にマズイ事態ですね。 授業の合間にも、噂話が聞こえてきます。 ﹁まさか、使い魔を呼んだその日に失くしてしまうなんて⋮⋮﹂ ﹁それどころか、正式な契約もしていないのでしょう?﹂ ﹁さすがにヴィクティリーア様も危ういのではありませんの?﹂ ﹁あまり不確かなことは言うものではありませんわ。ですが、大変 な事態であるのは間違いないですわね⋮⋮﹂ 同級生ばかりでなく、貴族院全体に噂が広まっています。 無理もありませんね。 召喚の当日に使い魔が行方不明など、私の教師生活でも初めてで す。 貴族院の歴史でも初めての珍事かも知れません。 いえ、本人にとっては失態でしょうか。 見るからに貧弱そうな毛玉というのもよくなかったですね。 あれで良い印象を持つ人はいないでしょう。 幸い、進化すれば強力な魔獣となるのが分かったのですが︱︱︱。 798 ﹁まだ貴族院に残っていたとはな。てっきり廃嫡されたと思ったぞ﹂ ん⋮⋮? この声は、第四王子ですね。 廊下の真ん中で、なにやら偉そうに踏ん反り返っています。 あの方は、また大勢の前で問題を起こすつもりでしょうか。 ﹁あのようなみすぼらしい使い魔を呼んだのだ。廃嫡されても恥は 消えぬほどであろう。それとも、廃嫡も知らぬ愚か者なのか?﹂ 廃嫡廃嫡と、しつこいですね。 ああ、もしや難しい言葉を知ったばかりで使いたいのでしょうか? あの王子なら有り得ますね。 まったく。本当に悪い意味での子供なのですから。 しかし仮にも王族ですから、迂闊に叱りつける訳にもいきません。 あの毛玉を風の魔術で飛ばしてしまったことも、私は彼が犯人だ と確信していますが、証拠はありませんからね。 もっと大勢が気づいていれば、糾弾も叶ったのでしょうが⋮⋮。 ﹁トールビョラン様は、なにやら勘違いをなさっているようですわ ね﹂ 対峙しているのは、やはりヴィクティリーア様ですか。 相変わらず、凛々しくて可憐な方ですね。大変な事態の当事者だ というのに、まったく気に留めた様子もありません。 いえ、握った拳は震えているようです。 小さな拳ですね。殴られたい。 ﹁わたくしには、何ら恥じ入るところはありませんわ。使い魔が生 きていることも、魔術刻印が教えてくれますもの﹂ 799 ﹁なんだと? あんな毛玉を呼んだこと自体が恥だと⋮⋮﹂ ﹁あの毛玉は魔眼を使います﹂ ピシャリ、と第四王子の言葉を遮りました。 幼い声なのに迫力がありますね。さすがは侯爵令嬢、といったと ころでしょうか。私も罵っていただきたい。 ﹁一見すると魔獣にも見えませんが、進化し、強力なものになるの は分かったのです。これはコルラート先生が調べて、証言してくだ さったことですわ﹂ そう。それを材料に、ひとまず彼女の処分を保留にしてもらいま した。 彼女の実家や、国としても、あれほどの才能は惜しいですからね。 なにより私は、幼女が不憫な目に遭うのを見たくありません。 ﹁この場に使い魔がいないのも、成長を待っているだけです。必ず や立派な姿になって帰ってきてくれると、わたくしは信じておりま すもの﹂ さすがにこれは強引な言い訳ですがね。 あのような毛玉が放り出されて生きていけるなど、私でも信じら れません。 ヴィクティリーア様の細い肩も震えています。 ああ。虚勢を張っている姿も可憐で可愛らしい。もしも侯爵家か ら追い出されるような事態になったら、私が養子に迎えてもいいか も知れませんね。 十二才までは立派に育てる自信があります。 頑張れば、十五才までいけるでしょうか? 800 ﹁妙な言い掛かりをつけるよりも、少しでもご自分を鍛えたら如何 ですか? せめて、そこらにいる貧相な蝙蝠よりも頼りにされる程 度には﹂ ﹁貴様! 王族を愚弄するか!﹂ ﹁愚弄と聞こえたのなら、それは御自分が劣っていると自覚なされ てる証拠ですわ﹂ 一礼して、ヴィクティリーア様は去っていきます。 トールビョラン様はぐぬぬ顔をするばかりで、何も言い返せませ ん。 いやまったく、見事なものですね。 弁の立つところも、子供とは思えないほどに優秀です。それと可 愛らしい。 ですが、王族の権威は馬鹿にできません。 これからヴィクティリーア様は孤立していくのではないでしょう か。 使い魔を失い、友人を失い、信じられるものもひとつとして失く なり︱︱︱、 そうして挫けてしまう子供は見たくありませんね。 彼女にはまだまだ成長してもらいたい。 まだ模擬戦でボロ雑巾のようにされるという望みも果たしていま せんし。 あの小さな足で踏みつけて、罵っていただけたら最高です。 そのためなら、王族だろうがなんだろうが敵に回す覚悟もありま すよ。 私は、教師なのですから。 801 可憐で可愛らしい子供の味方をするのは当然でしょう。 802 01 毛玉の優雅な魔境生活 瞳に映す。眼に収める。 カシャン、カシャン、カシャン、と。 一枚ずつ。一瞬ごとに。 まるで写真でも撮るみたいに、ボクが視るすべてを記憶していく。 あるいは、記録しているのかも知れない。 そいつは、ずっと密かに蠢き続けていた。ボクの内に現れた時か ら。 一度だって解放はしていない。 嫌な予感、背筋が冷たくなるような禍々しさまで覚えたから。 その選択は間違っていなかったはずだ。 だけど、眼を閉じたまま生きていくのは無理だった。 そもそも、気づいたのだって、つい最近になってからだ。 例えるなら、体内に潜む寄生虫やウィルス︱︱︱、 異常が起こらなければ、その存在を感じることさえない。 だから、まあ︱︱︱放っておくしかない。 無害だ。当面。いまのところは。 そいつに、頼らなければいいのだから。 は、ボクの意志で選べるのだから。 へ向かおうとしていても︱︱︱。 いつか 破滅 たとえコツコツと積み重ねて、なにもかもを巻き込んで、 その 803 ◇ ◇ ◇ ひゃっほーい! 思わず小躍りしたくなる。 実際、甲冑の中で小躍りして、ちょっぴり妙な動きを見せちゃっ たよ。おかげで﹁呪いの鎧が勝手に暴れて﹂っていう余計な中二病 的設定がまた増えた。 だけどまあ、毛玉だってバレるよりはいいよね。 帝国騎士の人たちも納得してくれたみたいだし。 哀れみ混じりの眼差しもあった気がするけど、忘れることにしよ う。 ルイトボルトさんだっけ? あの人は、いいひとだ。 ニワトリを譲ってくれたし。 これからの取引やら、あれやらこれやらの打ち合わせをしたんだ けど、その際に、お土産を渡してくれた。 正式名称はドムドムン鳥とかいうらしい。 ジェットストリームアタックとかは使わない。 渡してくれたのは二羽だけ。大人しくて、見た目は完全にニワト リだ。 雄と雌の区別はない。ツガイがいなくても、勝手に増えるそうだ。 804 普通の白いタマゴは毎日のように産んでくれる。そっちは食用に なる。 一ヶ月に一個か二個、黄色のタマゴを産んで、そっちからは雛が 生まれる。 便利だね。 正しく、人間に飼われるために生まれてきたような鳥だ。 でも冷静に考えると、この繁殖力は怖いかも。 単体生殖ってそれだけでホラーでしょ。 まあ、増えすぎないように気を配っておけば大丈夫かな。 他にも小麦粉やら蜂蜜やら、貴重な食材を持ってきてくれた。 いや、小麦粉はあんまり貴重でもないか。 だけど苗とか種とか、そういった物品はさすがに持ち込まれてい ないらしい。 栽培までしてる余裕はないってことだね。 ボクの方の拠点だと、最近は野菜も採れるんだけどねえ。 アルラウネが頑張ってくれてるおかげで、食生活の改善は進んで る。 そこにタマゴも加わった。 残念ながら牛乳とかは手に入らなかったけど、ここまで食材が揃 ったんだから挑戦しない訳にはいかない。 お菓子作りだ。 タマゴと小麦粉を混ぜて、少々の蜂蜜で味付けして、しっかりと 掻き回す。 あとは薄く広げて焼くだけ。 果物でジャムも作れるから、それを包んで出来上がり。 生クリームがないのが残念だけど、とりあえずの形にはなってる。 805 ﹃これが、クレープというものですか?﹄ いいえ。実はもっさりした卵焼きです。 うん。やっぱり牛乳やバターが無いのがマズかった。 乳製品の偉大さを思い知らされたよ。 おまけに、小麦粉が所々でダマになってる。元から粉の質がよく なかったのも原因だね。 あと、なにより足りないのは砂糖だ。 大陸では作られてるって話だから、その内に手に入れたいね。 だけどまあ、タマゴとジャムの組み合わせは悪くない。 食感はいまひとつだけど、一応はお菓子になってるよ。 アルラウネやラミアの子供たちには、そこそこ好評だったし。 次はクッキーにでも挑戦しようかな。 オーブンもちょっと手間を掛ければ作れるでしょ。 パサパサのクッキーになっても、子供なら喜んでくれるんじゃな い? むしろ、あんまり贅沢を覚えさせるのもよくないかも。 甘やかすのは禁止で。 って、なんで子供の教育方針まで考えてるんだろ。 どうでもいいよね。お菓子は大切だけど。 ともかくも、しばらくはのんびり過ごしたい。 人間との取引も順調に滑り出したし。 少し面倒事も増えたけど、平穏って言えるくらいだし。 魔境とか呼ばれてる島でも、やっぱり生活の潤いって大切だよね。 806 ファイヤーバードとの戦いは一大イベントだったけど、その後、 ボクの拠点に大きな変化は起こっていない。 籠の中で赤鳥がピーチクパーチクうるさいくらいだね。 餌をやるとひとまず大人しくなる。 たまに散歩もさせてる。 散歩というか、空中遊泳? 人間の感覚だと逃がしちゃうのが怖いけど、ボクやメイドさんた ちだって飛べるから問題なし。 アルラウネやラミアも通常運転。 人間と喧嘩したって話も聞かないね。 そう、人間だ。 いよいよ本格的に人間との交流が始まろうとしてる。 まだ大きな変化とは言えないけど、若干、拠点内でも困惑した空 気が流れてる。 ボクはあんまり気にならないんだけどね。 魔獣でも人間でも、誠実な取引ができるなら大歓迎だし。 ボクが魔獣だってバレなければ、上手く付き合っていけるはず。 きっと。たぶん。希望は捨てない。 べつに仲良くしたいワケじゃないんだけどね。 むしろ放っておいて欲しいくらいだし。 独りの部屋でゴロゴロしてるのとか大好きだし。 807 暇潰し用の本でもあれば、もっと良かったんだけどね。残念なが ら、そういう娯楽用品は街の方でも貴重らしい。 でも、この世界の事情とかも少しずつ掴めてきてる。 このムスペルンド島はずっと人の手が入っていなかった。北には 大陸があって、大雑把に言ってしまえば東西の国家連合同士で啀み 合っている。 ボクたちと交流があるのは西側だね。 西側の大国、ゼルバルド帝国。大陸の半分近くを占めてる。 もうひとつ、西側南端のリュンフリート公国も、この魔境の探索 に協力してる。 公国の方は比較的小さな国で、ほとんど兵力を出す余裕はないそ うだ。だけど海に面しているから、物資の輸送では重要な役目を負 ってる。 まだ確定情報じゃないけど、どうもこのリュンフリート公国が、 ボクが使い魔として呼び出された場所みたいだ。 候補 から抜け出すのは抵抗あるけどね。 機会があれば、戻ってみるのもいいかも。 使い魔 だって使い魔って、下手したら使い潰されそうなイメージあるか らねえ。 簡単に考えるなら、ペットか奴隷? 一部の業界の方なら喜びそうだけど、ボクにはそんな趣味はない し。 ただ、相手次第では協力くらいならしてもいいかなあ、とは思う。 衣食住と、おやつと、お昼寝できる生活が保障されるなら。 そりゃぁいざとなれば、雑草から﹃吸収﹄してれば生きるのに支 障はないんだけど、やっぱり一度贅沢の味を覚えちゃうと、ねえ? 時折、無性にジュースとかお菓子とかラーメンとか食べたくなる 808 んだよね。 まあ使い魔云々は後回しだね。 それよりもいまは、この魔境での、人間との取引だ。 面倒な部分もあるけど、得られるものも大きい。 他人任せで色々な物品をゲット。これが理想だね。 ボクが出て行くのは最初の挨拶くらいでよさそうだし。 細かい部分はメイドさんに任せて大丈夫そうだし。 冒険者ギルドとの遣り取りも、ほとんど丸投げしちゃったからね。 いまは城壁上から、建築途中のギルド支部とやらを眺めてる。 帝国軍の一団はいくつか話をしただけで帰っていった。 どうやら冒険者ギルドとやらは、同じ帝国に属していながらも、 けっこう独立色の強い組織らしい。 まあ、冒険者には荒くれ者が多いみたいだし、さもありなん。 土木作業をやりながら、うおー、とか、ぶおー、とか汗臭い男た ちが暑苦しい声を上げてる。 ﹃外部見張り塔の設置が完了しました。冒険者が常駐できると同時 に、強力な魔獣が接近した場合、自動で信号を発する仕組みになっ ております﹄ 折角、人が増えることになったので、周辺警戒の手伝いをしても らうことにした。 こっちには、地下ダンジョンを管理してたメイドさんがいるから ね。 そこに少しだけ冒険者たちの手を貸してもらう。 まずはメイドさんに頼んで、監視用の魔法装置みたいな物を作っ てもらった。 809 見張り塔に設置して、冒険者にちょこっと魔力供給をしてもらえ ば、自動で周囲に警戒網を張ってくれる仕組みだ。 もちろん、細かな仕組みは冒険者側には秘密だけどね。 取引はしたいけど、やっぱり人間相手には警戒が必要でしょ。 こっちの手の内はなるべく晒さない方向で。 だけどまあ、ちょっと楽しみでもあるんだよね。 ﹃支部代表の方が、また面会を求めておられます。如何いたしまし ょう?﹄ 直接に会うにしても、ボクは甲冑に隠れていられる。 なんていうか、背徳的なドキドキがある。 仮面舞踏会的な? ペルソナ的な? コスプレ、はちょっと違う かな。 普通の人付き合いは得意じゃないんだけどねえ。 飽きるまでは、真面目な紳士バロールさんを演じてみるつもり。 黒甲冑に身を包んで拠点を出る。 湖のある東側が正門で、そこから少し離れた場所が、ギルド支部 の建設予定地になってる。 森を拓いて整地するのだけ、こっちでも手伝った。 メイドさんの重力魔術で、ちょちょいっと。 それでも周囲の木々は残ってるので、建物が完成すると、森の中 810 に建てられた一軒家みたいな感じになるのかな? いや、一軒じゃないけどね。 ギルド支部と、宿屋を並べて造ってる。 けっこう大きな建物になるっぽいけど、それでも作業は順調みた いだ。 ﹁これはこれはバロール様、わざわざお越しいただき、ありがとう ございます﹂ 監督役としてやってきたギルド職員さんは、やたらと腰が低い。 背は高いけど細身で、目も細い。いつも愛想笑いを浮かべてる。 ただの事務員だそうで、荒くれ者をまとめるのには不向きにも見 える。 前に来た代表者のリステラさんは、腕っぷしでまとめ上げてるよ うな人だったからねえ。 ちなみに、そのリステラさんは大陸の方に戻ったそうだ。 数日前に船が来て、昨日あたりに出航だったらしい。 なにか美味しい物資が届いていないか、確かめたいところ。 ﹁おかげさまで、建設は順調ですよ﹂ まあ、腕っぷしはともかく、この細目職員さんはなかなかに有能 らしい。 ここへ訪れた当日に、ビッシリと書き込まれた行程表を提出して くれた。 こっちが見張り塔を建てたり、整地を手伝ったりした直後に、行 程に手直しを加えて、いまは幾分か早目に作業を進めてる。 作業に従事してる冒険者は二十名くらい。 811 筋骨隆々の男たち、リーダーっぽいスキンヘッドの男、身軽そう な細身の男、給仕役の女性ギルド職員︱︱︱、 それぞれに土木作業や周辺の警戒、休憩など、きっしり仕事を回 している。 ﹃問題が無いならば、それでいい﹄ 例によって、ボクは魔力文字を描いて伝える。 まだ後ろでメイドさんに控えて貰ってるけど、少しの会話なら出 来るようになってきた。 ﹃こちらで出来るのは魔獣の対処程度だが、構わないな?﹄ ﹁ええ、もちろんです。安全が保障されているだけで、とても助か ります﹂ 細目職員さんは、人の良さそうな笑みを浮かべながら何度も頷く。 でもねえ、油断できないんだよね。 実はこの人たちが来てから、夜中に城壁の外をうろつく人影が確 認されてる。 手出しはしてきてないから放置してるけど。 ﹃何かあれば、相談に来るといい。私は多忙だが、妹が屋敷にいる からな﹄ 偉そうなことを言って立ち去る。 実際に頼られても困ることが多いんだろうけどね。 ボクに出来ることと言えば、毛針を飛ばしたり、魔眼を撃ったり、 魔力ビームで薙ぎ払ったりするくらいだし。 暴力的だよねえ。 こういう魔境で生き延びるには役立つんだけど⋮⋮。 812 そういえば、人間社会的にはボクの地位ってどうなるんだろ? 少なくとも、この拠点を建てた土地に関しては権利を主張しても いいと思う。 拓いた土地は当人のもの、みたいな法律がありそうだ。 財産はすべて国家に属す、なんて言われたら違うんだろうけどね。 そういう国とは縁切りするのを即断させてもらおう。 でも土地を持ってるからって偉いとは限らないんだよね。 細目職員には様付けで呼ばれてたけど、さすがに貴族って訳でも ないし。 そもそも戸籍とか、身分証明みたいなものは持ってないからね。 何処の国にも属さない辺境領主? 豪族? そんなあたりかな? 偉そうな肩書きは、在ると便利なのかな? まあ、人間と付き合っていけばハッキリするでしょ。 なるべく良い地位を確立しておきたいね。 そうすれば、部屋でゴロゴロする時間もたっぷり取れそうだし。 いまはちょっと忙しくなってきたけど、良い方向に転がってると 思う。 冒険者ギルドは、けっこう大きな組織みたいだし、そこと仲良く しておくのは悪いことじゃないでしょ。 持ちつ持たれつ。 でも寄り掛からないくらいの距離感が大切なんじゃないかな。 そういうのは苦手でもあるんだけどね。 それでもいまは、もう少し自分を鍛える時間が欲しい︱︱︱。 なんて、考えてた。 813 なのに、その日の夜、向こうから動いてきた。 ﹃ご主人様。城壁を越えて忍び込もうとした冒険者を一名、捕らえ ました﹄ ああもう。 なにか企むにしても、もっと慎重に動こうよ。 こっちはのんびりしたかったのに! 814 02 バロール流交渉術 床には、縛り上げられた女性冒険者が転がっている。 猿轡を嵌められ、魔力も吸い取られた状態にされている。捕らえ た際に行った身体検査では、奥歯に仕込まれた毒も見つかっていた。 城壁を越えて忍び込もうとしたそうだ。 ボクは甲冑を着込んで、用意された椅子の上で踏ん反り返りなが ら、その人を見下ろしている。 ﹃敢えて作っておいた見張りの隙に引っ掛かってくれました﹄ 数日前から、城壁の外をうろちょろしてたのもこの人らしい。 見事に罠に掛かってくれた、という訳だ。でも︱︱︱、 ﹃冒険者?﹄ この侵入者さん、見覚えがある。 冒険者のために食事の支度などをしてた女給仕さんだ。 いまの服装も、そこらの酒場の店員みたいにしか見えない。 ﹃冒険者ギルドの関係者ですので、そう呼称しました。ですが、隠 密や諜報活動に従事する者、と言った方が正解でしょうか﹄ ん∼⋮⋮? 元冒険者で、ギルド所属の諜報員とか? もしくは、そういった仕事が専門でギルドに雇われた? ともかくも、只の給仕さんじゃないのは確かだ。 815 こっちを睨んでくる目も鋭い。 ﹁くっ、殺せ!﹂とか言いそうだ。 いや、それだと女騎士だからちょっと違うかな。 ﹃彼女が持ち込んだ武器は個人戦用の物ばかりで、後続の部隊など も確認されておりません。あくまでこの拠点の調査目的だったよう ですが⋮⋮如何いたしましょう?﹄ ボクたちを害するつもりはなかったってことかな? でも、諜報活動も敵対行為のひとつではあるよね。 あるいは暗殺者だったって可能性もあるのかな。 んん∼⋮⋮いまひとつ判断がつきかねる。 どうする?、って聞かれてもねえ。 殺しちゃうのが一番簡単なんだろうね。 ﹃吸収﹄を使えば跡形も残さず、完全に消せる。 きっと後腐れも無いだろうね。 だけど折角だし、色々と情報を聞きだした方がいいのかな。 ﹃尋問できる?﹄ ﹃可能ですが、口は堅いと思われます﹄ 確かに。スパイとか忍者とか、簡単には口を割りそうにない。 だからといって拷問とかも、あんまり見たいものじゃないね。 そんなことしてる暇があるなら、美味しい料理の研究でもしたい。 簡単に話を聞きだす方法があれば⋮⋮ああ、あるんじゃない? ﹃なら、ラミアクイーンに。魅了で﹄ ボクの﹃災禍の魔眼﹄でも、魅了効果は発揮できる。 816 でも意識せずに使うと、混乱とか病魔効果まで一緒になっちゃう んだよね。 最近は使い分けも上手くなってきたつもりだけど、失敗するのも 怖い。 下手したらパンデミックだからね。 その点、ラミアなら魅了専門だ。 とりわけクイーンはいつの間にか進化してたし、魅了能力も上が ってる。 諜報員だから、その手の対策はしてそうだけど、試してみてもい いでしょ。 ﹃承知致しました。確かに、彼女ならば適任ですね﹄ 夜中の呼び出しで、ちょっと申し訳ないとも思ったんだけどね。 でもラミアクイーンはすぐに来てくれた。 何故か、枕を持って。 興奮したみたいに鼻息を荒くして。 事情を聞いたラミアクイーンは、がっくりと項垂れてた。 拘束された女密偵さんを脇に抱えて、建設中のギルド支部へ向か う。 背後にはメイドさんも従ってくれてる。 絵面的には、悪い騎士が村娘を攫っていくみたいに見えるかも。 実際は村娘役の方が悪いんだけどね。 817 いまもこっちを睨み上げてきてるし。 この密偵さん、昨夜はラミアクイーンに﹃魅了﹄されて、へろへ ろになってたんだけどね。 良い子は見ちゃいけません、的な感じになって色々と喋ってくれ た。 それでも事情を知らない相手からすれば、不審に思われる絵面だ ね。 ボクたちが近づくと、冒険者たちも揃って驚いた顔をした。 半分ほど完成したギルド支部に集まって、冒険者たちがテーブル を囲んでいた。 ちょうど朝食時だったんだけど、スープを吹き出してる人もいた。 細目職員は顔色を蒼ざめさせた。 やっぱり黒幕はこの人みたいだね。 まあ、密偵さんが喋ってくれたから分かってはいたんだけど。 ﹁ば、バロール様、これはいったい、どういうことですか?﹂ どうやら知らぬ存ぜぬで恍けるつもりらしい。 密偵さんが口を割るとは思ってないのかね。 ﹃彼女はすべて話してくれました﹄ ボクが目配せすると、一号さんが前に出る。 くれた一号さんだ こういう交渉事は、やっぱりちゃんと声に出して言った方がいい からね。 やらかして 冒険者たちに聞かせる意味もある。 ファイヤーバードとの交渉では 818 けど、今回は大丈夫なはず。 ちゃんと事前に打ち合わせもしてきたからね。 ﹃貴方の指示で、当方の屋敷へ忍び込もうとした、と﹄ 一号さんの言葉に合わせて、密偵さんを放り投げる。 床に転がった密偵さんは苦しそうな呻き声を上げた。 主謀者は細目職員。これは間違いない。 どうやらボクの情報を集めて、帝国総督との繋がりを太くしたか ったらしい。 ギルドとしての行動ではなく、本人の暴走、といったところかな。 女密偵さんは不法侵入しただけ、とも言えるんだけどね。 そう考えると、ボクの方が少しやり過ぎな気もする。 でもしっかり釘を刺しておかないと、同じようなことを企まれる と面倒だ。 なので、まずは少し強い態度で当たる。 その上で、今度から気をつければいいよー、っていう寛大な態度 を見せる。 相手の反省を促しつつ、こちらへの感謝を誘う寸法だ。 名付けて、雨降って地固まる作戦。 うん。完璧だね。 そういう訳で、一号さん、穏便にやっておしまいなさい。 ﹃本来ならば、敵対行為と看做すところです。ですが、そちらが不 手際を認め、二度と繰り返さないと誓うのでしたら︱︱︱﹄ ﹁テメエ、ふざけんなよ!﹂ 819 一号さんの声を遮ったのは、さっきまで呆然としてた冒険者だ。 テーブルに拳を叩きつけて、怒鳴りつけてくる。 ﹁ソフィアちゃんに何しやがった!?﹂ ﹁そうだ! 俺たちのソフィアちゃんを泣かすなんざ許せねえ!﹂ ﹁貴族だろうが何だろうが、黙ってる俺たちじゃねえぞ!﹂ え? あれ? なにこの展開? ソフィアちゃんって、転がってる女密偵さんのことだよね? ああ。でもそうか。 何も知らない冒険者たちにとっては、ギルド付きの給仕なんだ。 ﹁ソフィアちゃんはなあ⋮⋮病気の家族を養うために、わざわざこ んな危ない仕事をしてるんだぞ﹂ ﹁なのに、俺たちにはいつも元気な笑顔を見せてくれて⋮⋮﹂ ﹁それを手篭めにしようなんざ、人のすることじゃねえ!﹂ ﹁そうだ! テメエには人の心ってものが無いのか!?﹂ いや、そんなこと言われても困る。 心はともかく、ボクって魔獣で魔眼だからね。 それに病気の家族とか、あからさまに嘘っぽい。昨夜の尋問でも、 天涯孤独とか言ってた気がする。どうでもいい情報だから忘れたけ ど。 ともあれ、どうしよう? もしかして、作戦失敗? ここからなんとか軌道修正できないか な? ﹃⋮⋮ご主人様、まとめて片付けますか?﹄ 820 どうするか、じゃなくて、片付けますか、と聞いてくるのが一号 さんだ。 やっぱり、そこはかとなくアグレッシブだよね。 四号さんなんかだと、もう手が出てるかも。 冒険者は十数名。手強い相手がいないのは確認できてる。 だからこそ、こっちは穏便に済ますつもりだったんだよね。 釘を刺せれば充分だったんだけど︱︱︱なんて考えが甘かったの かも知れない。 冒険者たちへ注意を向けた所為で、細目職員から目を逸らしてし まった。 ﹁ッ⋮⋮!?﹂ 視界の端で、細目職員が小さな石を放り投げるのが見えた。 以前にも見た覚えがある。 なんで? どうして、そんな物を使ってくる? ボクの弱点を知ってるはずもないのに? それは独特の刻印がある、﹃懲罰﹄効果を込めた魔石だ。 そう理解すると同時に、辺りに光が降り注いだ。 ボクの全身に痛みが走る。痺れも。 魔力も掻き乱されて、浮かんでいることもできなくなる。 甲冑を操ってる魔力糸も切れて︱︱︱ガシャン、と。 派手な音を立てて、ボクは床に突っ伏した。 821 03 ガシャーン! ガシャーン! 重々しい衝撃とともに、金属甲冑が倒れ込む。 傍目には、まるで糸が切れた人形みたいに見えただろう。 というか、実際に魔力糸は切れちゃったんだよね。 その衝撃で甲冑はバラバラになって中から毛玉が︱︱︱なんてこ とはない。 そこらへんはすでに対策済みなのですよ。 内部で留め金を掛けて、ちょっとやそっとじゃ外れない構造にな ってる。 それでも、この状況は大変によろしくない。 ﹁ふ⋮⋮ははっ、まさかと思ったが本当に効くとはな。魔獣を従え るような奴は罪も深いということか!﹂ 細目職員が勝ち誇ったみたいに笑い声を上げる。 失敬だなあ。 そりゃあカルマはマイナスぶっちぎりだけど、ボクは犯罪者とは 違う。 システム的に妙な方向へ突き進んでるだけで、罪深いって意味じ ゃないはず。 でもまあ、﹃懲罰﹄が弱点っていうのは間違ってないんだよね。 ﹃極道﹄とかでも抵抗しきれないくらいに効果覿面だし。 しばらく動けそうにない。 おまけに、甲冑を着た状態で倒れ込んじゃったのもマズイ。 822 各パーツは外れてはいないんだけど⋮⋮捻じ曲がっちゃってる。 関節部が、有り得ない方向に。 肘とか膝とか、人間だったら確実に折れてるよね、ってくらいに 変な角度がついちゃってるよ。 細目職員は慌ててるからか、ボクの異常さに気づいてない。 でも冒険者の中には怪訝な顔をしてる人もいる。 これは、うん、一気に危機的状況に追い込まれちゃったね。 ただ、いますぐ命の危機ってワケじゃないんだけど。 ﹁お、おい、おまえたち、今の内にコイツを縛り上げて︱︱︱﹂ その声を遮ったのは一号さんだ。 細目職員との間合いを一瞬で詰めて、メイドパンチからの足払い。 床に倒れた相手を、そのまま魔術の縄で拘束した。 メイドさんズはカルマどころか、ステータスも無いみたいだから ね。 必然、﹃懲罰﹄も効かない。 万が一の護衛役として連れてきてよかったよ。 この場の冒険者くらいなら、一号さん一人でも制圧できそうだし。 それに、ボクもすぐに動けるようになった。さすがに﹃懲罰﹄に も慣れてきたってことだね。 ﹁な、なんだよ、コイツは⋮⋮﹂ 冒険者の誰かが怯えたような声を漏らした。 普通に立ち上がったつもりだったんだけどね。 関節部が変な方向に曲がってたから、奇妙に見えたのかも知れな 823 い。 ギギ、とか金属が擦れる音も聞こえちゃったし。 はぁ。仕方ないね。 ここまで怪しまれちゃったんじゃ仕方ない。 なるべく穏便にして、良い関係にしておきたかったのに。 ボクが積極的に人付き合いをしようなんて間違ってたのかも。 でも、努力はしたんだ。 苦手なことを頑張ったんだから、誉められてもいいくらいじゃな い? ラノベ主人公だったら、﹁よく頑張ったね﹂って頭を撫でてくれ るはず。 って、それだとボクがヒロイン側になっちゃうけどね。 と、余計なこと考えてる場合じゃないか。 のんびりして逃がすワケにはいかない。 そう。一人も逃がせない。 ﹃ご主人様?﹄ カシャン、と肩部装甲を開く。 折角だから、﹃万魔撃・模式﹄の試し撃ちに付き合ってもらおう。 口封じ完了。 824 これでボクが魔獣だって知ってる人間はいなくなった。 一安心、とはいかないのがもどかしいところだね。 むしろ、ここからの方が面倒くさいかも。 帝国とか冒険者ギルドとか、あれこれと文句言ってくるだろうし。 どう説明したものやら。 それに、ある意味では初めての人殺し体験とも言える。 これまでも、人攫いとか魔獣攫いとか、大勢をブチ殺してきた。 だけど今回は少しだけ意味合いが違う。 そう、口封じだ。 細目職員や密偵さんはともかく、他の冒険者は巻き込まれただけ。 何の非も無かったと言える。 だから、ボクもあまり気分はよろしくない。 今更って気もするんだけどね。善人ぶるつもりもないし。 街との取引とかがあって、社会性を思い出したのかも。 精神衛生のためにも言い訳が必要だね。 人殺しの言い訳なんて、見苦しいことこの上ないんだけど︱︱︱、 だけどまあ、ここは魔境だし。安全が保障された現代社会じゃな いし。 生き残るためには許される手段でしょ。 アレだ、緊急避難ってやつだよ。 ボクの正体がバレると、人間から敵視されて命の危険もある。 だから口封じするしかなかった。 嫌だったんだけどねー。自分の命が懸かってたんだから仕方ない ねー。 うん。正当化完了。 825 まあ、やっちゃったことをあれこれ考えても無駄だよね。 ﹃今後の人間への対応は、如何いたしましょう?﹄ そう、大切なのはそこだね。 建設中だったギルド支部は、人も物も綺麗さっぱり焼却しちゃっ た。 だけど、北にある街には説明の使者くらいは送った方がいいかも 知れない。 そんな訳で、屋敷に戻って作戦会議中。 部屋のソファでゴロゴロしながら、一号さんと話し合ってるだけ なんだけど。 ﹃全滅の、報告だけしよう。向こうが悪い。ボクが殺した。詳細は 伏せる。聞かれても答えない。無視。そんな感じで﹄ ﹃承知致しました。ですが、そうなると敵対する可能性が高いと思 われます﹄ ﹃向かうのは、メイドさん三名で、大丈夫?﹄ 最近はボクもかなり言葉を覚えてきた。 身振り毛振りより随分とマシになったね。 まだ少し拙い言葉遣いになるけど、意思疎通が楽になったのは嬉 しい。 ﹃街の戦力も大方は把握できております。三名であれば、争いとな っても脱出は確実に可能でしょう﹄ 使者と言っても、今回は、殺しちゃったよ報告になるからね。 大人数に剣を向けられるかも知れない。 826 でも大丈夫そうなので、突撃サインを出しておく。 任せて、結果待ちだね。 その間に、ボクはボクで出来ることを片付けておこう。 備え有れば憂い無しって諺もあるからね。 ﹃戦争の準備ですか?﹄ ﹃違う。防衛の準備。とりあえず、この拠点を守る。その強化﹄ どうもメイドさん翻訳は、一段過激になる傾向にあるね。 結果的には正解になるかも知れないけど、まだ人間と積極的に争 う段階じゃない。 あくまで目的は防衛。 のんびり過ごせる生活を守るのが大事。 そのために拠点防衛力の強化を進めていこうと思う。 これまでも武装の強化や魔術研究なんかは進めてきたけど、それ をより進める感じかね。 まずは早期警戒のための見張り塔の設置。 ギルド支部を建てるために作ったやつを、拠点を囲う形でも置い ていこう。 侵入者を自動で発見してくれる魔法装置は便利だし。 魔力供給は、警備役のラミアにやってもらえばいい。 周辺の巡回はこれまでも行ってたから、その際に見張り塔も回っ てもらえば、労力はさして変わらないからね。 望めるなら、また外部に頑丈な城壁を築いて二重の防御にしたい。 でもさすがに、そこまでの余裕は無いね。大工事になっちゃう。 いっそ、この島から完全に人間を追い出せば楽になるのかな。 だけど、そこまでするのは非道な気がする。 827 ﹃人間と、本格的に戦って、勝てると思う?﹄ ﹃⋮⋮不明です。敵戦力の情報が不足しております﹄ まあ、そうなるよね。 ボク自身、けっこうな戦闘力を得た自覚はある。 弱点になる﹃懲罰﹄対策も徐々に進めてる。 だけどこの世界のことは、まだ狭い範囲しか知らないからねえ。 あんまり調子に乗ると、手痛いしっぺ返しを喰らいかねない。 ﹁人間と戦うのかニャ? なら、あたしがまとめて燃やしてやるニ ャ!﹂ 元ファイヤーバードが籠の中でなにか言ってる。 以前の姿で言ってくれたら、どうぞどうぞってお願いしたくもな ったかも。 でもいまは小さな赤鳥なので、まったく頼りになりそうもない。 ﹁雷鳥のヤツも呼ぶといいニャ。アイツ、あたしよりずっと過激だ からニャぁ﹂ そういえば、サンダーバードも怖いんだよね。 いつひょっこり会うか分からない。 その時のためにも、やっぱりボク自身をもっと鍛えておきたい。 片付けておきたい魔獣もいるし、ちょうどいいかもね。 いまは遠くまで探索に行くのは得策じゃないけど、手近なら構わ ないでしょ。 ﹃明日、時間あるかな﹄ 828 メイドさんも誘っておこう。 お弁当とか、他にもあれこれと用意してもらえるだろうし。 いや、お弁当は現地調達でいいか。 ﹃湖まで、ピクニックに行かない?﹄ もちろん遊びに行くんじゃないよ。 だけどまあ、ちょっとだけ気分転換。 たまには焼き魚とか食べてもいいと思うんだ。 829 03 ガシャーン! ガシャーン!︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:17 名前:κτμ 戦闘力:9480 社会生活力:−2780 カルマ:−7860 特性: 魔眼種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃障壁魔術﹄﹃深闇術﹄﹃連 続魔﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ ﹃炎熱無効﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 830 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:270 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 831 04 おさかなさんを保護しよう 隣、というほど近くはない。 人間の足だと歩いて五分くらいは掛かる距離だね。 ボクの城と湖はそれくらい離れてる。 まあ、飛んでいけばすぐの距離で、城壁上からは綺麗な湖面が見 渡せる。 ちょっと距離を置いたのには、もちろん理由があった。 魚竜だ。 湖のヌシだった巨大魚竜は倒したけど、それでも魚竜の群れはま だ残ってる。 その魚竜は、手強い相手を避けるくらいの知能はある。 でも﹃威圧﹄とかを切ったボクが湖の上を飛んでると、いきなり 襲ってくることもある。 いまなら魔眼ひとつで退治できるんだけどね。 だけどラミアやアルラウネは、襲われるとけっこう危ない。 魚竜は集団で獲物に襲い掛かる習性もあるみたいだからね。 あんまり好ましいお隣さんとは言えない。 むしろ、邪魔なんだよね。 成長されて巨大魚竜になられると、さらに困った事態になるだろ うし。 人間との争いの可能性もあるいま、危険な芽はなるべく摘んでお きたい。 ﹃湖の掃除、という訳ですね﹄ 832 一号さんと、数名のメイドさんを連れて湖までやってきた。 今回は人の目もないので毛玉スタイル。 甲冑も悪くはないけど、ふよふよ浮かんでる方が解放感があって いいね。 事情を聞いたラミアクイーンも、数名で隊を作って一緒にきてる。 実戦訓練がしたいらしい。 お城の警備隊として鍛えておきたいってところかな。 少し危ないかも知れないけど、頑張りたいなら止めるのも良くな いでしょ。 ﹃生態系が乱れたりはしないのでしょうか?﹄ ﹃大丈夫じゃない?﹄ ﹃⋮⋮そうですね。魔獣以外の生物も生息しているようですし。恐 らくは﹄ さすがにメイドさんは物知りで、細かいところにも気が利くね。 生態系への気配りとか、すっかり頭から抜け落ちてた。 そもそもの環境からして混沌としてる気もするけどね。 多少乱れたところで、今更でしょ。 ってことで、絶滅させる勢いで狩っていこう。 ただ、問題もある。 その狩りの手法をどうするか? ﹃魔術によって、水中呼吸などの補佐は行えます。ですが、行動は 制限されると判断します﹄ 一号さんが言う通りだね。 水中戦闘は、なるべくなら避けたい。 833 そうなると、魚竜を誘い出すしかないんだけど︱︱︱って、ラミ ア部隊が飛び込んでいったんですが!? 槍を手にしたラミアクイーンを先頭に、次々と湖へ潜っていく。 え? 大丈夫なの? 下半身は蛇だし、なんとなく水中でも戦えそうなイメージはある けど。 どうしよう? ここはボクも続くべき? だけどラミア部隊が独自で狩れるなら、ボクは別行動した方がい いかな? なんて考えながら、しばらく様子を見守る。 さほど待たされることもなくて、大きな水飛沫が上がった。 獲ったどー!、って感じでラミアクイーンが姿を現す。 槍の先には、串刺しにされた魚竜が掲げられてた。 わぉ。意外とパワフルだ。 だけどラミアクイーンって、実はけっこう強いんだよね。 なにせ魅了の魔眼持ちだし。 それが効く相手なら、完封できるんじゃない? 魅了した相手に、部隊で一斉攻撃。これで魚竜は問題なく狩れる ってワケだ。 けっこう怖い初見殺しだね。 そのラミアクイーンだけど、仕留めた魚竜を岸まで運んできた。 なにやらこちらをチラチラと窺ってる。 ﹃誉めて差し上げるのがよろしいかと﹄ 一号さんが念話でこっそり教えてくれた。なるほど。 834 ﹃素晴らしい。これからも頼りにしている﹄ 文字を書いて、ちょっと偉そうに伝えてみる。 ラミアたちは嬉しそうな顔をすると、また湖へ潜っていった。 むう。あんな曖昧な言葉で、随分と喜んでくれるものだね。 これは、あれかな? ボクにも君主らしい風格が出てきたとか? 毛の色艶とかも、少し荘厳な感じになってたりして? ﹃ご主人様、我々は如何いたしましょう?﹄ メイドさんが尋ねてくる。ボクの頭を撫でながら。 うん。やっぱりこの毛玉体じゃ風格なんて無縁だよね。 まあいいや。向き不向きはあって当然。 威厳よりも、親しまれる君主を目指そう。 ってことで、メイドさんと一緒に狩りに向かうよ。 まずは空から釣り出そうか。あんまり引っ掛かってこないような ら、直接潜るのも検討しよう。 水面から魚竜が顔を出す。 全部で三匹。事前に打ち合わせでもしてたみたいに、一斉に口を 開いた。 835 空中にいるボクへ向けて、水流ブレスを吐いてくる。 回避も可能だけどね。 少しだけ自身の位置をずらしつつ、同時に魔術も発動。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃空中機動﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃障壁魔術﹄スキルが上昇しま した︾ 素早く展開した障壁が、水流ブレスを防いでくれる。 ふふん。ボクだってお城でだらだら過ごしてただけじゃないから ね。 巨大魚竜相手ならともかく、一段威力が落ちるブレス程度なら怖 くない。 欠点だった防御力の無さも、少しは改善されてきたってことだね。 そして、攻撃力には磨きが掛かってる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍晶の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 周囲の水ごと、魚竜を凍りつかせる。 一匹は逃がしたけど、﹃爆裂針﹄が命中して悲鳴を上げさせた。 トドメに、メイドさんたちが魔術で光の槍を撃ち込む。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV17から LV18になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃精密魔導﹄スキルが上昇しま した︾ 836 あっさりと魚竜たちは全滅。 もうちょっと苦労するかとも思ったんだけどね。 これで合計、二十匹ほど狩れた。 ラミア部隊も十匹ほど仕留めたから、けっこうな戦果だと思う。 むしろ釣果? そういえば、食べられるのかな? 巨大魚竜は﹃吸収﹄で仕留めたけど、あの時は味わう余裕なんて なかったんだよね。 でも毒は持ってないみたいだし、焼き魚にもできる? あ、でも淡水魚って泥臭いのかな? 大きいから、カマボコとかにした方がいい? そこらへんは後で検討だね。数はあるから、色々と試せるでしょ。 そろそろお昼だし、休憩がてら調理してみよう。 ﹃残りは地下貯蔵庫へ運んでおきますか?﹄ うん。お願い。 いまは一匹あれば、この人数で食べても充分だからね。 ボクが頷くと、一号さんが他のメイドへ指示を出す。 だけど、その動きがふと止まった。 遠くを見るみたいに視線を動かす。ああ、この仕草はアレだね。 ﹃なにか、緊急連絡?﹄ ﹃はい。見張り塔の設置を行っていた七号と八号からです。西南方 向から、魔獣の一団が迫っているそうです﹄ むう。また厄介事の予感。 837 魔獣集団っていうと、前に襲ってきたキノコ軍団が思い出される ね。 あれはなかなかにキモくて厄介だった。 でも脅威ってほどじゃないよね。 多少の敵じゃ、ボクのお城は攻め落とせないよ。 で、今回の相手はどれほどかな? ﹃数は五十ほど⋮⋮いえ、小型の反応がさらに二十ほどあるようで す。下半身は海生生物に似た複数の触手を持ち、上半身は人型⋮⋮﹄ ちらり、と一号さんがボクを窺う。 なんだろ? なにか言い難そうな気配? ﹃全員、女性型だそうです。恐らくは意思疎通が可能でしょう﹄ 何故か、一号さんの眼差しにじっとりとしたものが混ざってる気 がする。 まあ、それはいいや。 それよりも迫ってきてる魔獣集団の方が重要だ。 女性型で、下半身に触手? 海生生物ってことはタコみたいな? それって︱︱︱、 ﹃スキュラ?﹄ ﹃この世界では、スキュリムと呼ばれる種族のようです﹄ うん。スキュラでいいね。 様子を見つつ、可能なら接触してみようか。 838 05 スキュラをすきゅう︵前書き︶ 感想欄を見て、100話達成だと気づきました。 応援ありがとうございます。 これからも、よろしくお願いします。 839 05 スキュラをすきゅう スキュラ集団発見の報告で、ひとつ気になる点があった。 小型の反応が二十ほどあるということ。 もしや、と思った。 だって、これまでの経験からすると、ねえ? スキュラ幼女がいるんじゃないかなぁ、って思えちゃうんだよね。 銀子や幼ラウネとの出会いもあったし。 ラミアには卵まで差し出されたし。 そもそも、この世界に来て初めて会ったのも幼女だった。 もうこれは、そういう縁があるものだって諦めていいのかも知れ ない。 だから今回も、新たな幼女との出会いがある︱︱︱、 そんな予想は、半分正解で半分ハズレだった。 ﹃小型の反応の半分は、狼型の魔獣だと判明しました﹄ 狼? そういえばスキュラって、下半身に犬が生えてるみたいな 話もあったっけ。 それが犬じゃなくて、狼になってる? しかも生えてるんじゃなくて、別の魔獣になって一緒に行動して る? いや、スキュラが従えてるって感じなのかな? 840 ﹃どうやら狼型の方は、斥候を務めているようです。こちらの存在 に気づかれました。申し訳ございません﹄ ﹃構わない。けど、気づいて、その後の様子は? 向かってくる?﹄ ﹃いえ。逆に離れていくようです﹄ なるほど。ひとまずは敵対的じゃないってことだね。 話が通じる可能性が高まった。 味方に引き込めるなら、その斥候能力は頼りになるかも。 何が目的なのか、何処から移動してきたのか、訊ねたいことも色 々ある。 ﹃それと、幼いスキュラも十名ほど混じっているようです。保護さ れますか?﹄ ﹃うん。穏便に⋮⋮﹄ とりあえずは様子見だね。 だけど一号さん、なんで幼スキュラがいるって分かった直後に、 ボクが保護するかどうか聞いてきますかね? しかも、それが当り前みたいに。 そりゃあ子供を酷い目に遭わせる趣味はないよ? お城でも、子供たちと遊んでやってるよ? でもべつに、ロリコンって訳じゃない。 むしろ、そういう業の深い人たちを糾弾する側だよ? ﹃ご主人様の趣味を理解し、その意図を汲み取るのも奉仕人形の務 めです﹄ 理解してないし。 むしろ、勘違いしてるし。 841 こういう時に即座のツッコミが入れられないだけでも、やっぱり 喋れないのは不便だね。 ﹃ともかく、いまは、その魔獣集団の監視を﹄ そこまで文字で書いたところで、背後で大きな水飛沫が上がった。 ラミア部隊だ。 そういえば、まだ狩りを続けてたね。 でもなんか様子がおかしい? また一匹、魚竜を仕留めたみたいだけど、その死体を放って岸に 上がってくる。 随分と慌ててるけど︱︱︱、 湖の真ん中あたりから、一際大きな水柱が上がった。 もしや巨大魚竜!?、とボクも身構える。 いや、毛玉体だから身構えるもなにもないんだけど、心情的に。 ともかくも警戒心を揺り起こす。 だけど予想は外れた。巨大魚竜じゃなかった。 現れたのは魚竜の群れだ。 数十体が一斉に空高くへと舞い上がる。 でも狙いは、ボクでもラミアたちでもなくて、湖の岸も越えてそ の先へ向かっていく。 城の方へ向かってる? いや、少しズレてるかな? ﹃彼女たちに追われて逃げ出した、といったところでしょうか。こ ちらへ突撃する形での撤退は、少々不自然ですが﹄ 一号さんの言った通り、魚竜たちは慌ててるみたいだね。 842 逃げ出したっていうのは間違いじゃないと思う。 前方への撤退なのは、考え無しなのか、それともシマーヅさん的 な精神でも持ち合わせてたのかな? どっちにしても、ボクたちにとっては好都合だ。 当初の目的は、湖の安全確保だからね。 ﹃あの魔獣がいなくなるのは、我々にとって良いことなのでしょう が⋮⋮﹄ 一号さんも事態を冷静に観察してた。 無表情のまま、少しだけ声に懸念の色を乗せる。 ﹃逃げていく方向からすると、スキュラ集団と遭遇する可能性があ ります﹄ おおう。間が良いのか悪いのか。 魚と蛸の喧嘩が始まっちゃうのかな? イメージからすると、蛸の方が捕食する側の気もするけど、魔獣 には常識なんて通用しない。 どうなるか分からないね。 ここはひとつ、様子見に出向いた方がよさそうだ。 それにしても、この島は魔獣の移動が多いね。 アルラウネやラミアも、落ち着ける場所を探してた。 843 思えば、最初に会った巨人も、そういった探索の途中だったのか も知れない。 それだけ激しい弱肉強食環境にあるってことなのかな。 だけどそうなると、ますますスキュラの行動が謎だ。 魚竜たちが逃げ出したのは分かる。 追い払おうとしたのは、他でもないボク自身だからね。 でもスキュラって、海辺で暮らすものじゃないのかな? 下半身は蛸、というか海生生物っていう話だし。 現れた方角も西側だし、海のあるところからやって来たのは間違 いなさそう。 だとすると、何かしらの理由で生活圏を追われたとしても、海沿 いに移動すると思うんだよね。 あ、海と言えば︱︱︱、 この前、ファイヤーバードと派手な戦いを繰り広げちゃったんだ よね。 もしかして、その影響もあったり? なにかこう、バタフライエフェクト的に、生態系が乱れたとか? ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮うん。ボクは悪くない。 たとえそうだったとしても、暴れたのはほとんどファイヤーバー ドだし。 ボクはささやかな抵抗をして、運良く勝てただけだからね。 毒を流したのだって、ほんのちょっぴりだし。 魔法的な毒だから、時間で消えたはずだし。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃多重思考﹄スキルが上昇しま 844 した︾ まあ、あれこれ考えてても仕方ないよね。 杞憂で終わる可能性だって高い。 スキュラ集団の事情も、直接に聞いてみればいいんだし。 ﹃どうやら、好ましい状況になっているようです﹄ 湖から飛んできたボクたちの下では、魚竜とスキュラの戦闘が始 まってる。 経緯はともあれ、見事に鉢合わせしちゃったみたいだね。 形勢は、やや魚竜が有利かな。 数はスキュラの方が若干多いけど、魚竜の方が個体では強い。 鱗に覆われた体はそこそこ硬いし、水流ブレスも樹木を薙ぎ倒す くらいの威力はある。 スキュラ側は打撃力不足みたいだ。 黒毛の狼が噛みついたり、スキュラが触手から小さな針を出して 叩いたりしているけど、魚竜に大きなダメージを与えるには至って いない。 それに、数の多さを活かしきれてないね。 あんまり集団戦をする種族でもないのかな。 おまけに、幼いスキュラもちらほらと見掛けられる。 そんな幼スキュラを守りながらの戦いだから、不利にもなる。 でもスキュラと意思疎通が可能なのはハッキリしたね。 戦いの最中にも、其々に言葉を交わしたり、クイーンっぽいスキ ュラが指示を出したりしてる。 845 魔術を使って応戦するスキュラもいるけど、やっぱり不利な状況 は覆せそうもない。 ちなみに、クイーンっぽいスキュラは銀色の触手をしてる。 他のスキュラは赤くて、やっぱり蛸っぽいね。うねうねしてる。 ﹃ご主人様が援軍として現れれば、彼女たちに恩を売れるでしょう﹄ 一号さんが黒い。 無表情だけど、暗黒微笑が似合いそうな台詞だ。 まあ確かに、このまま観戦してるのもよろしくない。 そろそろ助けに入ろう。もちろん、スキュラの方を。 べつに、幼スキュラがいるからって理由じゃないよ。 元々、魚竜は狩り尽くすつもりだったし。 スキュラから情報も得たいし。黒狼はカッコ可愛いし。 もふもふ仲間として助太刀しよう。 ﹃我々は、負傷者の手当てを行います﹄ うん。ボクはやっぱり攻撃役だよね。 まずは、﹃威圧﹄をオン。 途端に戦闘が止まって、魚竜もスキュラもこちらを見上げる。 唖然としてるその頭上から、﹃万魔撃﹄を叩き込んだ。 846 06 新たな仲間を得て次のステージへ コンガリとした匂いが漂ってくる。 だけどまだ、ご飯の時間には早い。 眼下には、魚竜がおよそ三十体。 これまで簡単に狩ってた相手だけど、さすがに数が揃うと油断で きないね。 四方八方から水流ブレスが襲ってくる。 仲間を置いて逃げ出そうとするヤツもいる。 しかしボクは全方位視界持ち。 乱戦になれば、むしろこっちに有利だ。 逃げようと飛び立った魚竜を、﹃轟雷の魔眼﹄で撃ち落とす。 その間にも、﹃爆裂針﹄や﹃氷結針﹄で敵の数を減らしていく。 メイドさんたちも、怪我をしたスキュラを庇いながら戦ってくれ てる。 おかげで、こっちが味方だっていうのも伝わったらしい。 適当にダメージを与えれば、後はスキュラがトドメを刺してくれ る。 一度、突撃した魚竜に喰い付かれそうになった時はヒヤリとした。 だけど﹃障壁魔術﹄と﹃加護﹄で、二重防御を張ってるからね。 ピンチってほどの事態は起こらなかった。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV18から 847 LV19になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃轟雷の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃八万針﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃鑑定﹄スキルが上昇しました︾ 頭に響くアナウンスを聞きながら、あらためてスキュラたちを観 察する。 空中から見つめると、怯えた顔をされた。 むう。 無害な毛玉としては、そんな顔をされるとちょっと傷つく。 っと、そういえば﹃威圧﹄がオンのままだったね。 オフにして、﹃大治の魔眼﹄も発動させよう。 怪我をしたスキュラを治療してあげると、ようやく安心してくれ たみたいだ。 メイドさんも重ねて説明してくれてる。 今回の交渉は任せて大丈夫かな。 企んだ訳じゃないけど、いいタイミングでの遭遇になったし。 味方に引き込めるなら、それもまたいいタイミングだって言える ね。 人間との関係が不穏になってきて、拠点の戦力を強化したかった。 おまけに、湖方面の安全を図ってたところだからね。 スキュラって、見た目からしても水辺に住む魔獣でしょ。 848 湖の守りを固めてくれるなら有り難い。 ついでに、黒狼も斥候役になってくれそう。もふもふでもある。 ﹃ご主人様、彼女たちの代表が話をしたいそうです﹄ おっと、上手く話が進みそうだね。 まだまだ拙いけど、ボクの言語能力が試される時⋮⋮、 って、スキュラさんたちが揃って土下座してるんですが? 触手まで地面にぺったりと伏せてる。 なにこれ? もう話をするまでもなく決着がついてない? それに、やっぱり土下座文化って広く知られてるんだね。 ここはひとつ、お決まりの台詞を。 ﹃面をあげよ﹄ 文字で書いても見えないので、メイドさんに伝えてもらう。 ちょっと締まらないね。 だけどまあ、意思疎通は上手くいきそうだ。 スキュラから得た情報は、だいたい予想してた通りだった。 元の住んでた場所を追われたそうだ。 現れたのは、強力な水竜と、その配下の群れ。 小型の竜も含めて百体近く。 スキュラの群れも数百名はいたそうだけど、対抗できるものじゃ 849 ない。 百体の竜とか、ボクだって相手したくないし。 飛竜とは戦ったことあるけど、数体相手までなら安全に狩れるく らいだね。 十体以上だと厳しいかも。 全力稼動のメイドさんズがいても、百体の竜相手だと負けちゃい そうだ。 話を聞くと、一段強いのがボスになってるみたいだし。 だけどまあ、その水竜たちが脅威になることはなさそう。 スキュラたちの元住居は、ボクの城から西南方向。 海までは、そこそこの距離がある。 ファイヤーバードから逃げる時も、辿り着く前に焼かれるんじゃ ないかとヒヤヒヤものだった。 よほどの事情が無い限り、水竜がやって来ることもないはず。 住み分けが出来るってことだね。 スキュラたちも、逃げ出した後は追われなかったみたいだし。 海沿いに逃げるのは水竜がいたから無理だったらしい。 それで海に流れ込む川を伝って、この辺りまでやってきた、と。 ちなみに、一旦サバンナ方面に出て、がっくりさせられたそうだ。 あっちは砂漠もあるし、魔獣も厄介なのが出るからねえ。 その点、ここら辺りはずっと安全でしょ。 問題は、彼女たちが住居にできる場所があるかどうか︱︱︱。 ﹃結論から申し上げますと、湖で暮らしていけるようです﹄ ひとまず、ボクは城に戻ってきた。 850 スキュラたちの前では偉そうにしてたけど、さすがに魔力の消耗 もあったし。 魚竜も数が揃うと、そこそこ怖いからね。 で、いまは屋敷の部屋でゴロゴロしてる。 アルラウネが作ってくれたクッションが、ふかふかで居心地がい い。 そのうちにソファも作りたいね。 スプリングとかの加工も、メイドさんの技術なら可能だとは思う。 でもいまは、あんまり贅沢に掛けてる余裕も無い。 鍛冶なんかを任せられる職人集団が欲しいね。 スキュラがそういう技術を持ってれば嬉しかったんだけど、残念 ながらそこまで都合良くはいかなかった。 ﹃スキュラの生態は、少々特殊なようです。食事としては魚や水草 を好みますが、触手での﹃吸収﹄によって、草木があれば事足りる そうです﹄ ほうほう。あの触手には、そんな機能もあったんだ。 そういえば吸盤があったし、そこから針も生やしてたね。 毒とかの状態異常も持ってたりする? だとすると、黒狼と一緒だと実はけっこう強いのかも。 ﹃狼も、同じ食事を?﹄ ﹃いえ、基本的には肉食だそうです。魚は食べますが、森での狩り も行うと言っていました﹄ ふむふむ。全体としては両生類っぽい? 生物学とか、あんまり詳しくないけどね。 851 ともかくも湖に住んでも問題なさそうだね。お肉なら提供しても いいし。 いやほんと、サンドワーム肉が山ほど余ってるからね。 美味しいんだけど、処分にも困ってたから、むしろ食べて欲しい。 黒狼とも仲良くしたいし。 シベリアンハスキーみたいで可愛いんだよね。もふもふ。 ﹃その狼ですが、成体であるスキュラから生まれ、また狼が幼体の スキュラを生むそうです。幼子を育てるのも、基本的には狼の役目 のようですね﹄ え。ちょっと待って。 なんだか、ややこしいことを言われた気がする。 スキュラが狼を産んで、狼がスキュラを産むってこと? 随分とミステリアスな生態に思えるんですが。 まあ、魔獣だからアリなのかな? 深く考えず、そのまま受け入れた方がいいか。 ﹃珍しい、けど、問題はないよね?﹄ ﹃はい。彼女たちに湖の管理を任せるのは、良い案かと判断します。 周辺の哨戒には、狼も役立ってくれるでしょう﹄ ﹃この城との、いざという時の連絡は?﹄ ﹃見張り塔を建て、緊急連絡用の魔術装置も渡せば充分かと﹄ うん。こっちの苦労はほとんど無いね。 スキュラに管理してもらえば、美味しい魚とかも獲れるようにな りそう。 任せちゃって大丈夫でしょ。 852 ﹃では、スキュラたちへの対処はそのように﹄ ﹃うむ。よきにはからえ﹄ 新たな住民を迎える。決定を下して、細かい処理は部下に任せる。 段々と君主らしくなってきたね。 面倒な仕事は避けたいけど、これくらいなら楽しめる。 あとは、アルラウネやラミアとの対面もしておいた方がいいのか な。 一緒に暮らすっていうには少し離れてるから、問題はなさそうだ けど。 まあ、些細なことだよね。 いま一番の問題は、やっぱり人間との関係だ。 ギルド全滅の件で、相手がどう動いてくるか︱︱︱、 出方を待ちつつ、しっかりと体勢を整えないといけない。 スキュラと遭遇した翌日、ボクはまた城の外へ向かった。 湖まで様子を見に行く、っていう訳じゃない。 そっちはしばらくメイドさん任せで。 もしも何かマズイことでも起きたら、スキュラたちを追い出すの も仕方ないとは思うけど、順調に事が進むのを期待しつつ放置。 ボクはボクで、やるべきことがあるからね。 前回の魚竜狩りで、けっこうな経験値も稼げた。 853 現在、LV19。 たぶん、LV20で進化できると思う。 そのために狩りに行ってもいい。 戦闘をして、獲物を狩るのが進化への近道なのは分かってる。 でも、他にも経験値を得る手段はある。 自己鍛錬でも、実戦ほどじゃなくてもレベルアップは望めるみた いだ。 内政担当のアルラウネが、それを証明してくれてるからね。 実際、クイーンラウネは地味に進化してる。 体に咲く花とかが豪華になってるし、それに伴って、栽培技術と かも上がってきてる。 食卓を彩る野菜や果物も増えてるし。 最近は、香辛料っぽいナニカの栽培にも成功した。踊るけどね。 黒い粒を生やした植物が、華麗なステップを見せてくれたよ。 ともあれ、自己鍛錬だ。 あんまり拠点から離れたくない時期でもあるし、丁度いいと思う。 そんな訳で、城の近くにある広場までやってきた。 あれこれと試したいこともある。 新しく覚えた魔術を練習したり、さらに便利な魔術を開発したり。 ﹃万能魔導﹄に関連したスキルも、ボクの生命線のひとつだから ね。 それらを中心に鍛えていく。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃深闇術﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃重力魔術﹄スキルが上昇しま 854 した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃連続魔﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔術開発﹄スキルが上昇しま した︾ それと、防御関連も忘れちゃいけない。 メイドさんにも協力してもらって、各種耐性も鍛え︱︱︱ぶえっ !? 棍棒のフルスイングを喰らった。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃下位物理無効﹄スキルが上昇 しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃炎熱無効﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃障壁魔術﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃極道﹄スキルが上昇しました︾ 好みとしては、﹃裁縫﹄やら﹃細工﹄も鍛えたいんだけどね。 そっちはもうちょっと余裕がある時に。 他にも基本的な体力訓練とかも行いつつ︱︱︱、 黒狼と遊んだり。幼スキュラに怯えられたり。 これまでも最初の内は、幼女に怖がられたりしてたからね。 別段、心が傷ついたりはしてないよ。 お菓子を持っていったのだって、ただの気まぐれだし。 ともあれ、スキュラたちとも仲良くやっていけそう。 触手と黒毛で握手ができるくらいにはなった。 855 あとやっぱり、魔眼の鍛錬も忘れちゃいけない。 新規の魔眼のアイデアも、いくつかあったんだよね。 ︽条件が満たされました。﹃重圧の魔眼﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃静止の魔眼﹄スキルが覚醒しました︾ ふっふっふ。 我ながら恐ろしい魔眼を手に入れてしまった。 まだ実際に役立つかは微妙な威力だけど、今後の成長が楽しみな 魔眼だね。 さすがに一朝一夕で修得、とはいかなかったけど。 街へ向かったメイドさんたちが帰ってきて、それからまた十日以 上が過ぎた。 そして、少し焦れたところで、期待してた声が頭に響いてきた。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、ジ・ワンがLV19から LV20になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽条件が満たされたため、魔眼、ジ・ワンは進化可能です︾ ︽進化承認後、新たな固体を設定します︾ 856 06 新たな仲間を得て次のステージへ︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 ジ・ワン LV:20 名前:κτμ 戦闘力:9980 社会生活力:−2630 カルマ:−8120 特性: 魔眼種 :﹃八万針﹄﹃完全吸収﹄﹃変身﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄﹃破魔耐性﹄ ﹃懲罰﹄ ﹃万魔撃﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄﹃錬金術﹄﹃ 生命干渉﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃障壁魔術﹄﹃深闇術﹄﹃連 続魔﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ ﹃炎熱無効﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃下位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 857 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則改変﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇王 :﹃大治の魔眼﹄﹃死滅の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を積み重ねる者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練 戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:300 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 858 07 ただの魔眼では収まりません 進化可能になった。 だからすぐに進化するよー、っていうのは危険もある。 その最中は、完全に意識を失っちゃうからね。 今更、拠点の魔獣やメイドさんたちに襲われる心配はしてない。 気掛かりなのは、北で街を作ってる人間が動いてくることだね。 いや、気掛かりだった、って言うべきか。 しばらくは動かないと思う。 ﹃街の兵士や冒険者に目立った動きはありません﹄ 事実の一部 だけを告げて、メイドさんたちは早々に 冒険者ギルドの全滅を伝えて、十日以上が経った。 一方的に 立ち去った形だ。 ほとんど喧嘩を売ってるようなもの。 細目職員の企みは、ギルド側も把握してなかったみたいだし。 向こうからすれば、信じて送り出した仲間を、訳も分からず一方 的に殺されたと受け止められるよね。 例えば、ボクがメイドさんたちを街へ派遣したとする。 数日後、全滅の報告が届いた。 しかも、そっちが悪い、としか説明がない。 うん。これはもう全面戦争になってもおかしくない。 それくらい危ない選択だって、ボクも覚悟してたんだけどね。 859 でも思いのほか、相手の反応は静かなものだ。 街にいる密偵メイドさんによれば、ギルドも帝国軍も、当初は混 乱してた。 だけどいまは、街の防衛を固めてるだけ。 周辺の魔獣に警戒してる、普段の態勢と変わらず、ってことだね。 だけど、こっちに話し合いの使者とかは送ってこない。 それが答えなのかも知れないね。 もうオマエラとは縁切り、断行だ、それでもどうしてもって謝る なら今の内なら話を聞いてやってもいいぞ、ってところかな? まあ、ボクがそのつもりなんだけど。 人間との取引はおいしい部分も多い。魅力的だ。 だけど危険を目の前の置いておくのは避けたい。 結局、冷戦状態だね。 ともかくも、そういった状況から考えて、しばらく人間側からの 侵攻は起こらないと考えられる。 そもそも、湖までの探索だって苦労してるような戦力らしいから。 仕掛けてくるとすれば、もう少し後だろうね。 大陸の方に連絡が行って、援軍が現れでもしたら、また情勢は変 わる。 でも援軍がすぐに来られるのなら、もっと島の探索も進んでるは ず。 つまりは、ボクにはまだ時間的猶予がある、と。 うん。推測できるのは、こんなところだね。 メイドさんやクイーンズにも相談したから、まず間違っていない はず。 860 先日のギルドとの一件では、ボクも反省したよ。 密偵さん一人を悪役にして事は治まると思ってた。 でも、相手側の視点も考えなきゃいけなかったんだよね。 それで、なにもかもが計画通りに進むはずもないけれど︱︱︱、 今回の、進化に関しては、躊躇してる時じゃない。 これまでの感覚からすると、意識を失うのは一日か二日の間にな ると思う。 長くても数日でしょ。 それくらいなら、城のみんなに任せておけば、きっと安全でいら れる。 何が起こっても、まず間違いなく対処できる。 あ、でも、いきなりサンダーバードとか襲ってきたらどうしよう? まさか、またメイドさんが挑発したりしないよね? 急に不安になってきた。 いや、大丈夫。あの時はボクの指示がマズかったのもあるし。 こうして考えてばかりでも仕方ない。 ってことで、部屋に篭もるよ。 ﹃誰も近づけなければよろしいのですね?﹄ ﹃そう。ボクから出てくる。それまで、進入禁止﹄ ﹃承知致しました。他の者にも、そのように伝えます﹄ 一号さんと、念の為にアルラウネとラミアのクイーンズにも伝え ておく。 そうしてボクは部屋の扉を閉じた。 ベッドに転がる。ひとつ、息を吐く。 861 さて、進化を始めるんだけど、その前に準備もある。 ポイントも使っちゃうべきでしょ。 方針としては、やっぱり才能を伸ばしたい。 最初の候補に挙がったのは﹃魔眼覇王﹄と﹃万能魔導﹄だけど、 いま以上の進化は難しいみたいだった。 アナウンスによると、ポイントじゃなくて条件不足らしい。 他にもあれこれと検討してみて、結果、﹃魔眼種﹄にポイントを 注ぎ込むことにした。 これ、才能というより種族適性って言った方が正しいと思うんだ けどね。 それを強化できるのは少し疑問と不安もある。 でも、やっちゃった。 残っていた300ポイントを注いで、﹃上位魔眼種﹄に。 ステータス上の表記で変わったのはそれだけ。 他のスキルに、これといった変化はない。 いや、ひとつあるね。 戦闘力が上がってる。一万の大台を越える手前で止まってたのに ⋮⋮、 10050、10200、10500⋮⋮、 馬鹿な、まだ上がっているだと⋮⋮! 驚いたけど、これは喜ぶべきだよね。 なんとなく身体の奥から力が溢れてくる感じがする。 魔力もそうだし、生命力的なものが沸き上がってくるような。 うん。良い選択だったんじゃないかな。 862 戦闘力は、12500で止まった。 まだまだ初期のベジ○タにも敵わないけど、けっこう凄いんじゃ ない? この勢いのまま、一気に進化もしちゃおう。 沸き上がる力をパワーに変えて!、って感じで。 それじゃあ目を閉じるよ。 システムさん、存分に強力な進化をしちゃってください。 ︽申請を受諾。進化を開始します︾ メッセージとともに、意識が暗闇へと引き込まれていく。 でも同時に、沸き上がってくる力は感じ続けていた。 ふつふつと。 何処までも昇り詰めていくような感覚もあった。 ︽魔眼、バアル・ゼムへの進化が完了しました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽進化により、﹃八万針﹄が﹃神魔針﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃支配﹄が﹃支配・絶﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃完全吸収﹄が﹃絶対吸収﹄へと強化されました︾ ︽進化により、﹃下位物理無効﹄が﹃上位物理無効﹄へと強化され ました︾ ︽進化により、﹃変身﹄が﹃変異﹄へと強化されました︾ 863 ︽進化により、﹃時空干渉﹄スキルが覚醒しました︾ ︽進化により、﹃波動﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃上位魔眼種﹄が﹃魔眼皇種﹄へと強化 されます︾ ︽条件が満たされました。﹃魔眼覇王﹄は﹃魔眼覇皇﹄へと強化さ れます︾ ︽特殊条件が満たされました。﹃死獄の魔眼﹄スキルが解放されま す︾ ︽条件が満たされました。称号﹃悪業を極めし者﹄を獲得しました︾ ︽﹃悪業を積み重ねる者﹄は﹃悪業を極めし者﹄へと書き換えられ ます︾ ︽称号﹃悪業を極めし者﹄により、﹃法則無視﹄スキルが覚醒しま した︾ 目を覚ます。随分と深い眠りについていた気がする。 だけど眠気なんて吹き飛んだ。 物騒極まりないアナウンスが連続で頭に響いてきたし。 それに、一目でハッキリと分かる進化もあった。 いや、ボク自身は相変わらずの黒毛玉で、変化してないとも言え るんだけど。 なんていうか⋮⋮うん、酷い。 これはまったくの予想外だ。 変化はしてないのに、原形を留めてない。 864 ともかくも落ち着こう。 落ち着いて、深呼吸。すーはーすーはー。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮よし。 まずは、ステータスを見て、ひとつずつ確認を︱︱︱、 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:1 名前:κτμ 戦闘力:58800 社会生活力:−4420 カルマ:−12850 865 ふおぁっ!? なんじゃこりゃあぁっ!? 866 07 ただの魔眼では収まりません︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:1 名前:κτμ 戦闘力:58800 社会生活力:−4420 カルマ:−12850 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 867 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃大治の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:10 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 868 08 バアル検証 前編 最初に﹃死毒の魔眼﹄を獲得した時にも驚いた。 戦闘力50あたりだったのに、一気に500を越えてきたからね。 でも今回は、正しく桁が違う。 倍率で言えば五倍だけど、数値で言えば四万以上も上昇してる。 戦闘力58800。 某特戦隊に入れそうだ。 その代償なのか分からないけど、社会生活力やカルマは、これま で以上にマイナス方面へ突き抜けた。 なんだろうね、称号﹃悪業を極めし者﹄って。 そんなの極めた覚えはこれっぽっちも無いのに。 まあ、カルマとかはいいや。 未だにこの数値は謎な部分も多いからね。 戦闘力の高さも、ひとまず置いておく。 あれこれと凶悪そうなスキルも獲得したけど、それをこの場で検 証するのは怖いからね。 下手したら、拠点のみんなが全滅しそうだし。 それよりも真っ先に目についたこと。 一言でいうと、毛玉が増えた。 うん。訳が分からないよね。 ボクもかなり混乱してる。 869 ボク自身はこれまで通り、バスケットボール大の黒毛玉だ。 だけど、そのボクの周りに、掌に乗りそうなくらいの毛玉が浮い てる。 黒い。ふわふわで、ふさふさだ。 目玉もついてる。 ボク自身をそのまま小さくしたような姿だね。 それが、六体。 え∼と⋮⋮ファン○ルみたいな? 感覚と、その視覚もボク自身と繋がってるね。 試しに触ってみる。もふもふ二倍の感触が味わえる。 いやむしろ六倍? 七倍? むう。嬉しいような、困るような? 何処まで飛ばせるのか、六体以上増やせるのか、この小毛玉が潰 されたりしたらどうなるのか、そこらへんは要検証だね。 ただ、ひとつ予感がある。 本能みたいなものかな。 ボクの全方位視界は、丸い体のあちこちに複数の眼があるおかげ で︱︱︱、 ちょっと試してみよう。 その複眼のひとつに意識を傾けてみる。 む。ぐぅぅ。痛い。 いだだだだだだだだだだっ!!? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃変異﹄スキルが上昇しました︾ ふうぅ。裂けるかと思った。 そうか、﹃変身﹄スキルが進化したおかげでもあるのか。 870 小毛玉の扱いがなんとなく分かってきた。 そして、七つに増えたよ。 ボク自身の複眼を中心に、一部を切り離す感じだね。 昆虫みたいな目立たない複眼だったものが、単眼へと変化もする。 だからといって、ボク自身の量が減ることもない。ちゃんと補充 されてる。 体力的にはけっこうキツイから、緊急で増やすとかは難しそう。 いまは実験だし、もうちょっと増やしてみよう。 自分を切り離すワケだから、物凄く痛いんだけど、そこは我慢で。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃多重思考﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃激痛耐性﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恒心﹄スキルが上昇しました︾ いだいいだいいぁだだだだだ︱︱︱︱︱︱!! ぐうぅ。泣ける。涙が止まらない。 麻酔無しで肉を切り取ってるようなものだよね。 でも小毛玉は十体まで増やせた。 これ以上は、ちょっと感覚が追いつきそうにない。 練習すれば増やせそうだけど、いまも操作がおぼつかなくなって きてる。 普段は六体でちょうどいいのかな。 という訳で、増やした分を戻すのにも挑戦。 うん。やっぱり痛い。激痛。 ぐえーーー、とか叫んじゃいそう。 871 必要だったとはいえ、この検証だけですっごく疲れた。 あとは、この小毛玉がどれだけ使えるか気になるところ。 とりわけ重要なのは、魔眼の発動が可能なのかどうか。 外に出て試してみるべきだね。 さすがに部屋の中でぶっ放すほど、ボクも考えなしじゃないよ。 それじゃあ、ひとまず出ようか。 みんなにも無事の報告をしなきゃいけないし。 ふわり、と。 小毛玉とともにベッドから浮かび上がる。 しっかりと閉じられたままだった扉を開ける。 部屋の外には、一号さんが直立したまま待ってくれていた。 ﹃おはようございます。ご主人、様⋮⋮?﹄ ボクを見て、首を傾げる。 非常に珍しい、一号さんの困惑顔だ。 いや、表情はまったく変化無しなんだけど、なんとなく戸惑って る感じが伝わってくる。 ﹃増殖なさったのですか? それとも、御子息を⋮⋮﹄ ﹃違う﹄ これ、ちゃんと説明できるかな。 言語能力は進化してないから、不安になってきたよ。 872 十日ほど、ボクは意識を失っていたらしい。 その間にも拠点内の平穏は保たれていた。 でもアルラウネやラミアたちは心配してくれてたみたいだ。 目が覚めたのは朝早くだったのに、屋敷まで駆けつけてくれた。 とりあえず無事な姿を見せると、少々驚かれはしたけれど、みん な安心してくれた。 花束やら、作物やら、狩りの獲物やらを持ってきてくれたのはい い。 でも、幼ラウネや幼ラミアはちょっと問題だ。 小毛玉を捕まえようとするんじゃありません。 それ、ボクもまだ性能を把握できてないからね。 何が起こるか分からないんだから。 適当に挨拶をして、子供たちとも遊んでやってから屋敷に戻った。 朝食を取りつつ、メイドさんから簡単な報告を受ける。 ちなみに、焼き立てふわふわのパンが用意されていた。 小麦粉は手に入れてたからね。 天然酵母も、ボクが曖昧な知識を伝えたら、メイドさんが用意し てくれた。 果物はリンゴもどきがあったし、メイドさんの知識にも、似たよ うなものはあったそうだ。 燻製肉とタマゴを贅沢に使ったベーコンエッグ、それとサラダ。 美味しくいただきます。 ﹃まず、北の街に関する報告です。五日前までは大きな動きがない 873 のは確認しております。それ以降も、遠目での監視となりますが、 異常はありません﹄ ん? 五日前まではって⋮⋮ ああ、メイドさんの魔力切れか。 ボクが補給できなかったからね。 隠密調査でも魔術に頼ることはあるし、仕方ないよね。 むしろ、よく調べてくれたと誉めるべきでしょ。 あとで魔力供給もたっぷりしておこう。 進化して、魔力もどんどん溢れてきてる感じなんだよね。 ﹃予定では、数日後には大陸からの船が到着するはずです﹄ ﹃物資を、運んでくる?﹄ ﹃はい。おおよそ月に一度は補給があると、街の者が話しておりま した﹄ ふむふむ。動きがあるとしたら、それに合わせてかな? むしろ、こっちから行動してもいいかも。 到着した船を襲って奪い取る︱︱︱って、それじゃ海賊みたいだ ね。 暴君になるつもりはない。 悪業を極めても、悪行に手を染めるつもりはないよ。 でも、いつかは船も欲しいね。 余裕ができたら大陸にも行ってみたい。 向こうから襲ってきてくれたら、逆侵攻する理由にもなるのに。 いまなら、そこらの人間の軍隊にも負ける気がしない。 なにせ戦闘力50000越えだし。 874 もうサンダーバードだって、あっさり蹴散らせるんじゃない? あ、だけど、過信は禁物かな。 まだ実際に力を試してはいないからね。 ステータス表記だけで、なにかしらのバグって可能性もひょっと したらあるかも知れないし。 ﹃ご主人様、今後の予定をお聞きしてもよろしいでしょうか?﹄ ﹃訓練。いや、実験? 自分自身の﹄ そう。まずは確かめよう。 新しい自分の可能性を︱︱︱って、ちょっと格好良く言いすぎか な。 こうして人は黒歴史を積み上げていく、と。 まあ、人じゃないんだけど。 875 08 バアル検証 前編︵後書き︶ 半端な長さになっちゃったので、後編も今夜の内に公開します。 876 09 バアル検証 後編 独りで拠点の外までやってきた。 周囲は森。以前にも訓練をした、ちょっとした広場になってる。 一号さんは同行したがったけど、巻き込んじゃう恐れもあるから ね。 まずは着地。 ﹃空中機動﹄も切って、純粋な身体能力から試してみる。 ボールが跳ねるようにして移動。 そして手近な木に突撃。 ズガンッ!、と派手な音が響く。 わぁお。 毛玉っていうか、毛弾丸みたいになった。 太い樹木が真ん中からブチ折れたよ。 なにこの凶悪な毛玉。 我ながら恐ろしい。 次、小毛玉を操って、今度は空中から木に突撃。 わぁお。やっぱり弾丸だ。 まだ樹木が折れた。 なにこの凶悪な小毛玉。 自然破壊はよろしくないので、久しぶりに﹃土木系魔術﹄で治し ておく。 しかし、凄いね。 877 まだほんの小手調べなのに、戦闘力50000オーバーの恐ろし さが垣間見れたよ。 ﹃上位物理無効﹄のおかげで、突撃したのに身体の痛みもない。 しかも、そのスキル効果は小毛玉にも及んでるみたいだ。 もしかして、この小毛玉、本体であるボクと同等の能力が発揮で きる? 試しに毛針を飛ばしてみる。 さすがに小毛玉の方は、サイズの分だけ針も短いね。 だけど威力は同じくらい? 樹木相手だと、いまひとつ分からないね。 だって﹃爆裂針﹄を飛ばしてみたけど、あっさり吹き飛ばしちゃ うし。 推測だけど、爆発の見た目からして、八割くらいの威力かな? でも、その八割が六体いるワケですよ。 つまりは、単純計算で480%増しの戦闘力。 しかも、小毛玉はさらに増やせるときてる。 そりゃあステータスの数値も桁外れに上がるはずだよ。 ちなみに毛針も、﹃八万針﹄から﹃神魔針﹄へと進化した。 今度は数じゃないんだね。 相変わらず種類の多い針を選べるけど、その名前がちょっと変わ ってる。 ﹃爆裂針・魔﹄とか。﹃徹甲針・神﹄とか。 同じ種類の針が、さらに神魔二種類ずつ増えてるね。 なんだろう、﹃塩味針・魔﹄って? 神魔の違いもいまひとつ分からないね。 見た目だけは、それぞれに白と黒の光を放ってる。 878 属性みたいなもの? 悪いヤツには、﹃神﹄の方が効果あるとか? むう。あまりやりたくないけど⋮⋮、 小毛玉を、﹃麻痺針﹄の神魔それぞれで突ついてみる。 おおぅ。ボク自身には麻痺効果は及ばないけど、痺れる感触は伝 わってきた。 どうやらボクには、﹃神﹄の方が効果あるらしい。 解せぬ。抗議したい。 ともあれ、総合的に見ると、﹃神魔針﹄は毛針の正統進化って感 じだね。 全体的に威力も上がってる。 あらゆる場面で使える武器として頼れるんじゃないかな? ここでひとつ気になったことがある。 小毛玉の感覚だ。 毛針で突いた時に、痛みも伝わってきた。 視覚や触覚が共有できるのはいい。むしろ便利だ。 だけど痛覚までとなると、いざって時に悶絶させられちゃうかも。 それは困る。 ってことで、なんとか痛覚遮断とか出来ないものか? そもそも、この小毛玉を操ってる仕組みも本能任せなんだよね。 ﹃支配﹄みたいに、魔力糸を伸ばしてるのとも違うような︱︱︱、 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃支配・絶﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃時空干渉﹄スキルが上昇しま した︾ 879 ん? んん? このアナウンスは、そういうこと? 小毛玉を操るのには、この二つのスキルが関わっていると? ぬう。いまひとつ分からない。 もっと操作に慣れてきたら判明するかな。 後回しリストに追加しておこう。 気にはなるけど、いまはもっと優先したいこともある。 王 から 皇 になったけど、それはまあ、いまは放置で。 特性の﹃魔眼覇皇﹄。 それよりも、追加された﹃波動﹄が気になる。 魔眼の項目に連なってるんだよね。 ﹃∼∼の魔眼﹄っていうスキルじゃないのに。 スキルの使い方は、なんとなく分かる。 魔眼が眼の内側に魔術式が刻まれてるみたいに、新しくボク自身 の内側に刻まれた式があるみたいだからね。 意識を傾けると感じられる。 そこに、魔力を流してみればいい。 何が起こるか分からないので、まずは周囲の安全確認。 お城からの距離、よし。 誰もいない空中への移動、よし。 何もない遠くの空を見つめるのも、よし。 では、﹃波動﹄オン。 ⋮⋮⋮⋮。 お? おお。なんか光ってる。 880 ボクを中心に、辺り一帯に柔らかな光が⋮⋮ってこれ治癒効果? いや、﹃大治の魔眼﹄効果だね。 どうやら魔眼効果を、自分を中心にして周囲に及ぼせるみたいだ。 眼の内にある術式と繋がってるのも感じられる。 すでに持ってる魔眼の術式を利用してるってことだね。 デフォルトで﹃大治の魔眼﹄が選択されていた、と。 危なかった。 正しく危機一髪だった。 もしも﹃死獄の魔眼﹄がデフォルト設定だったら、大変な惨状が 広がってたかも知れない。 怖いけど、これも試さないとダメだろうねえ。 でもまずは、﹃凍晶の魔眼﹄から。 名付けるなら、﹃凍晶の波動﹄ってところかな。 天空の剣がなくても使える。 ともかくも、オン。 途端に、周囲に白い風景が広がっていく。 辺り一帯が凍りついていくね。 しかも範囲はけっこう広い。半径五十メートルくらいか。 魔力を注げば⋮⋮うん、どんどん広がっていく。 しかもこれ、魔眼よりも魔力消費が少ないね。 五十メートルくらいなら、常時発動だって出来るくらいだ。 恐ろしい技を手に入れてしまったかも知れない。 いいのかね、こんな凶悪な毛玉を野放しにしちゃって。 暴れたら、都市のひとつくらい壊滅させちゃいそうなんですが。 いや、やらないけどね。 881 それに、過信もよくない。 これまで見た人間相手なら、いまのボクだと小毛玉だけでも圧勝 できそうだ。 だけど、もっととんでもなく強い相手がいる可能性もある。 それこそ勇者とか。 あるいは、魔王とかね。 退治される側になるのは避けたい。返り討ちにしたい。 なので、油断なく、慎重にいこう。 まだ進化した部分の検証も残ってるからね。 小毛玉は、何処まで遠隔操作できるのか? ﹃魔眼﹄や﹃波動﹄も使えるのか? なにより、﹃死獄の魔眼﹄はどんな効果なのか︱︱︱。 ひとつずつ、しっかりと確かめていこう。 試すだけでも怖い部分はあるけどねえ。 とりあえず︱︱︱この凍りついた森を、どうにかしないと。 お城からも見える位置だし。 メイドさんに怒られるのは嫌だからね。 882 10 小毛玉と、モンスター娘と 屋敷へと帰還。 ﹃ご主人様の訓練場所も、早急に検討するべきでしょう﹄ 早速、メイドさんに怒られた。 捕まって撫でくり回されてる。 やっぱり森をボロボロにしちゃったのはマズかったみたい。 ﹃土木魔術で、再生する。可能な限り、早目に﹄ ﹃そうしていただけると助かります。城壁上で見張っていた方々も、 驚いておられましたから﹄ 石壁作りとかは得意なんだけどね。 まだ栽培の促進とかは、あんまり慣れてない。 魔力を注ぐだけで成長してくれるのは楽なんだけど、植物によっ ては微妙な加減が必要だからねえ。 そこらへんはアルラウネが上手いんだよね。 今度、みっちり教えてもらおう。 ﹃それと、相談がある﹄ 一号さんの胸元から脱出して、椅子へ降りる。 部屋には、他に十三号もいた。 今日はドレスでなくメイド服で、眼帯も外してる。 バロール妹の演技をする時じゃないからね。 883 屋敷の内装を整える作業をしてたけど、ちょうど一段落したみた いだ。 ついでに、話を聞いてもらおう。 ﹃メイドさんを、増やせない?﹄ ﹃新たな奉仕人形を作る、ということでしょうか?﹄ ﹃そう。可能なら、偵察任務で、長く活動できる型を。ボクの魔力 量が、随分と上がったから。ひとまずは二∼三名で﹄ メイドさんズは頼りになるけど、その持久力の無さは弱点だよね。 いまはまだ大きな問題になってない。 だけどボクから離れられないっていうのは、これからもっと不便 が出てくると思う。 補給の問題って、戦争でも大切だって聞くからね。 糧食がなくなって飢える軍隊とか、ファンタジーだと定番だし。 きまって敗北する側。 そっちには回りたくない。 食事を制する者は世界を征す、とかそんな言葉もあったようなな かったような。 ﹃ボクの、余った魔力を、長い間保存する。可能なら、拠点みんな の分も。そういう仕組み、魔法装置を作りたい﹄ ﹃それは⋮⋮大掛かりな物となります。研究も必要です﹄ ﹃うん。だから、将来。長い目で見て﹄ 進化して、かなり魔力量も増えたからね。 なにせ小毛玉六体と合わせて、﹃万魔撃﹄七発同時発射とかやっ ても、そんなに消耗しなかった。 ガトリングガンみたいに魔力ビームの連発もできそう。 884 我ながら恐ろしい。 この毛玉は、いったい何処に向かっているのやら。 ともかくも、この有り余る魔力を有効活用したい。 いつかこの拠点がもっと大きくなって、大勢が住むようになれば、 ボク以外からも魔力を集めてもいいだろうし。 敷地内で魔力を使う場合は、一定量を税金みたいに吸収するとか? そんな仕組みが作れたら、とっても楽になるんじゃない? ﹃⋮⋮ありがたく存じます﹄ いきなり一号さんが深々と頭を下げた。 一拍置いて、十三号も同じように礼をする。 え? なに? なんか変なこと言っちゃった? ﹃我々、奉仕人形は道具であり、感情を持ちません。在り続けても、 滅びても、人間のように喜びも悲しみも覚えません。ですが⋮⋮感 謝したいのです﹄ ん∼⋮⋮? まあ、よく分からないけど、いいか。 椅子の上に転がったまま、頷くみたいに目を伏せておく。 感謝されて困るものでもないからね。 偉そうな態度を取っておけば、適当に流してくれるでしょ。 ﹃では、その魔法装置の研究も含めて、早急に作業を進めます﹄ ﹃うん。お願い﹄ 一号さんと十三号は、また一礼して部屋を出ていこうとする。 でも、ちょっと待った。 885 その前に︱︱︱、 ﹃⋮⋮なにか、ございましたか?﹄ 二人揃って、無表情で恍けようとする。でもダメです。見逃しま せん。 ポケットに入れた小毛玉を返しなさい。 っていうか、どうして持っていこうとしてるかなあ。 お城の北側に出て、魔術を発動。 有り余る魔力を活かして、次々と組み上げていく。 ズゴーン!、ガシャーン!、ドゴーン!、と。 何をって? もちろん、新たな城壁を建築していくのですよ。 いまあるお城を守る、第二城壁ってことだね。 しばらくは必要無いだろうし、機能もしないと思う。 形は整えられるとしても、けっこうな規模になるから、そこに配 置できるだけの戦力も無いからね。 防衛隊のラミアも、いまの周辺警備で手一杯だし。 だけどまあ、威圧の意味もある。 立派な城壁を造っておけば、おいそれと攻めてくる相手もいなく なるでしょ。 886 それに、けっこう楽しい。 壁って言っても、あれこれと工夫も考えられるからね。 階段や通路の設置をどうするか? どうすれば、ここを守る部隊が動き易くなるか? 防衛用兵器を配置したり、意地の悪い罠を仕掛けたり︱︱︱。 目指せ難攻不落!、って感じで。 実際に使われる場面になったら、それはまた大変なんだろうけど ね。 小毛玉もいるから、効率は三倍になってる。 七倍じゃないよ。 いま手元にいるのは二体だけで、他は拠点のあちこちを見回って る。 まず一体目は、アルラウネの観察。 っていうか、クイーンと一緒に日向ぼっこをしてる。 幼ラウネも揃って、草むらでぽかぽかと。 さっきまで芋虫や歩く根っ子の相手もしてたんだけどね。 アルラウネは気まぐれだから。 でも、うたた寝してても働いてるとも言えるのが不思議なところ。 みんながゴロゴロしてる間に、周りの植物がにょきにょき育って る。 寝る子は育つ? そんなはずもないんだけど、アルラウネの特殊能力みたいなもの だね。 そうして育った草花からは、蜜や油が採れる。 豊かな食生活のためにも、アルラウネのお昼寝は欠かせないって ことだ。 887 で、二体目。ラミアたちに同行。 クイーンを中心に、ラミアたちは幾つかの部隊を作ってる。 拠点の防衛隊だね。 それぞれに武器も持って、部隊ごとに訓練も行ってる。 真面目だね。 血気盛んって言うよりは、なにかを怖がってるみたいにも見える。 たぶん、ラミアが一番危険な目に遭ってきたからじゃないかな。 いざっていう時にも抗えるように、懸命に力を求めてるような。 そんな鬼気迫る様子も窺える。 まあ、その分だけ防衛隊としては頼りになるよね。 いまはちょうど、イノシシの魔獣を見つけて仕留めたところ。 さすがにもう、ここらをうろついてる魔獣は怖くないね。 部隊のみんなで喜び合って、イノシシを抱えて拠点へ帰る。 少々血生臭いけど、充実した日々を送ってるみたいだ。 ただ、ひとつ気になる部分もある。 さっきから、やたらクイーンが妙なポーズを取ってる。 胸元を強調するみたいに腕を組んだり。 細い腰を見せつけるみたいにくねらせたり。 むにゅん、キュ、もにゅ、って感じだ。 空気を桃色に染めそうな気配が溢れてる。 青少年の教育には大変よろしくないような⋮⋮、 まあ、放っておいてもいいか。 別のラミア部隊の様子も見ておこう。 それと、スキュラの方にも小毛玉は向かわせてある。 まだ知り合って日が浅いから、彼女たちの生活はよく分かってな 888 い。 ひとまずは落ち着いてるのかな? 湖の岸辺では、黒狼と幼スキュラたちが追いかけっこをしてる。 うん。微笑ましいね。 子供と動物って、見てるだけで心が和むよ。 と、油断してたら幼スキュラに捕まった。 小毛玉の欠点があるとしたら、全方位視界じゃないことだね。 だから、背後からこっそり近づかれると気づけない。 小毛玉を捕まえた幼スキュラは、両手で抱えたままじっと見つめ てくる。 こてりと首を傾げて⋮⋮わぁっ!? いきなり齧りつこうとしてきた。 慌てて逃げたよ。 そういえば子供って、こういう突飛も無い行動に出るよね。 あ、黒狼が駆け寄ってきた。 齧りつきっ子に向けて、なにやら諭すみたいに吠える。 言葉が通じてる? 幼スキュラの方も、反省するみたいに頭を下 げた。 むむう。やっぱり謎だ。 これはしばらく観察しないといけないね。 で、残り一体の小毛玉は、メイドさんのところにいる。 正確には、一号さんの頭上に乗っかってる。 毛針を刺したりとかせずに、ただ乗ってるだけ。 なのに、落ちない。 それだけ一号さんの所作が慎ましやかってことだね。 ほとんど動いてないとも言える。 889 基本的に、他のメイドさんズに指示を出すのが一号さんの役目だ から。 だけど決まった時間になると、屋敷から出て各所の見回りにも向 かう。 メイドさんたちだけじゃなく、アルラウネやラミアの所にも。 時折、頭の上に視線を注がれたりしながら。 一巡りしたけど、これといった事件は無いね。 拠点内は平穏そのもの。 たまに、建物やら武器やらを作ってる派手な音が響いてくるくら い。 ん? なんだろ? メイドさんが歩みを止めた。 ﹃ご主人様、少々よろしいでしょうか?﹄ 小毛玉を介して、念話が送られてくる。 こっちも小毛玉で文字を描いて応じる。 ﹃なにかな?﹄ ﹃街からの報告です。新たな事実が判明しました﹄ ほほう。潜入メイドさんがなにか掴んだのかな? そろそろ、お昼御飯の時間でもある。 食事をしながら、話を聞かせてもらうとしよう。 890 11 会議、二回目 新しい報告があった。 人間との関係が、なかなかに深刻なものになってきてる。 脅威、というほどでもないんだけど。 そこで、ふと思いついた。 会議をしよう。 以前にも、メイドさんとクイーンたちを集めて行った。 部族長会議? ん∼⋮⋮分かり易いけど、もうちょっと格好良い名前が欲しい。 クイーンズ会議? いや、それだとボクが含まれないことになっちゃう。 毛玉会議? 自己主張が激しすぎるね。何の会議だかも分からないし。 まあ、名前なんかで悩んでても仕方ない。 ともかくもメンバーを集めてもらった。 今回はスキュラも加わって、クイーンが三名。 あと、赤鳥も参加したいってうるさいから、籠に入れたまま連れ てきた。 みんなには無視していいって言ってあるけどね。 そこにメイド一号さんが加わって、例によって司会をしてもらう。 ﹃では、第二回、バロール家筆頭会議を始めます﹄ 名前が勝手に決まってる!? 891 って、一号さんが決めたの? いつの間に? いやまあ、名前なんてどうでもいいとは思ったけど⋮⋮。 だけどバロール家って、それ人間相手に用意した偽名なんですが? しかも、元の由来も考えると、けっこう恥ずかしい名前だよ。 いいのかな? いっそ、このまま正式なものとして名乗っちゃう? 一体感が生まれていいのかも知れないけど︱︱︱。 ﹃ご主人様、どうかされましたか?﹄ ﹃なんでもない。続けて﹄ 思わず椅子の上で跳ねちゃったけど、平静を装う。 ここは家長として、どっしりと構えておくべきだよね。 そう、ボクは君主だ。魔眼覇皇だ。 種族も魔眼皇種になった。 どんな種族やねん!、って思わないでもなかったけど。 皇 が付いてもおかしくないよね。 まあ、あれだよ、ペンギンだって皇帝になれるくらいだし。 魔眼に ﹃︱︱︱以上が、先日まで人間との接触によって起こった出来事と なります﹄ ボクが考え事をしてる間に、一号さんが説明をしてくれてた。 情報の共有は大切だからね。 とりわけスキュラは、これまでの事情をまったく知らなかった訳 だし。 ﹃そして先日、新たな情報を入手しました。大陸からの航路が、海 892 の魔獣によって封鎖され、補給が途絶えたそうです﹄ まだ確定情報じゃない。 実際に、その航路の様子を確かめたりはしてないからね。 だけどそれなりの地位にいる騎士が話しているのを、潜入したメ イドさんが聞いてきた。 かなり信頼できる情報ってことだ。 北の街への補給は、二本のルートを設定していたらしい。 ゼルバルド帝国の港町と、リュンフリート公国首都にある港。 この二ヶ所から、それぞれ補給船が往復していた。 念入りな態勢だって言えるね。 だけど、その両方とも魔獣に襲われた。 幾度も船は行き来していて、航路の安全は実証されていたのに。 突然、魔獣が現れるようになったって話だ。 二∼三隻で補給船団を組んでたそうだけど、一隻は魔獣に沈めら れて、残りもボロボロになって帰還したらしい。 水竜だとか、大型の蛸だとか、魔獣の正体に関する情報は不確か だった。 ともかくも、これから先、街の人たちが困った事態に陥る可能性 は高い。 補給が途絶える。 つまりは、ご飯が届かなくなるってことだからね。 それにしても物騒な話だ。 突然、魔獣に襲われるとか、やっぱり大陸でもよくある話なのか な? スキュラも水竜に追われたって話だったけど、まさか、今回の話 893 もボクが暴れた影響なんてことは︱︱︱ないと思いたい。 偶然でしょ、偶然。 地理的には随分と離れてるし。 魔獣が気まぐれに移動することだってあるし。 なんでもかんでも自分が関係してると思うのは、自意識過剰だよ ね。 それに、少なくともボクが望んだ結果じゃないよ。 追い詰められた人間がどう動くか、予測も難しいからね。 ﹃先にもお話した通り、我々と人間の関係は険悪と言えます。です ので、食料不足に陥った彼らが、こちらへ侵攻してくる可能性は捨 てきれません﹄ うん。ボクが懸念してるのもそこだ。 食い物寄こせー!、って攻めてくることだね。 その時はガトリング﹃万魔撃﹄をお見舞いしてあげるつもりだけ ど。 ﹃そういった事態を避けるために、こちらから先に攻め込むのを︱ ︱︱﹄ ﹃ちょっと待ったぁ!﹄ 椅子から跳び上がって、皆に見えるようにデカデカと文字を描く。 一号さんが首を傾げてこちらを見つめてくる。 無表情だけど、やっぱり思考は過激だよね。 ﹃なにか問題がございましたか?﹄ ﹃ある! なんで、いきなり、戦争仕掛ける流れになってる!?﹄ ﹃選択肢のひとつとして提示させていただきましたが、それが最適 894 であるとも判断いたしました。対象の戦力は、これまでの調査です でに判明しています。順当に戦えば、我々が敗北する可能性は極め て低いかと﹄ そりゃあまあ、ボクだって敗北するつもりはない。 先に仕掛けた方がリスクも少ないだろうね。 下手に待ちを選んで、予想外の策を打たれたら苦戦するかも知れ ない。 人間の怖さは、その知恵だろうから。 あれ? そうすると、一号さんの過激な提案も正しいって言える? いやいや、根本的な部分でズレてるんだ。 そもそも争わないで済む可能性だってあるんだから。 ﹃無論、ご主人様に戦っていただくのが前提となりますが﹄ ﹃それは構わない。けど、もっと穏当な案で﹄ ﹃穏当と仰られますと⋮⋮威圧し、降伏を迫るといったところでし ょうか? 確かにそちらの方が、接収できる物資は増えると予測さ れます﹄ それもいいかなあ、と思っちゃう。 ボクも随分と毒されてきてるね。 だけどこの魔境だと、弱肉強食が基本だし、メイドさんくらい強 気でいってもいいのかもね。 ちなみに、他の面々の意見は︱︱︱、 アルラウネとラミアは、襲われたら戦う派。 スキュラは他の意見に従う派だった。 たぶん、スキュラはまだ新参者ってことで遠慮もあるんだろうね。 895 とどのつまり、アレかな。 またボクが意見を押し通しちゃってもいいのかな? ﹃人間との取引は、得るものが、大きい。なるべく、成功させたい﹄ 大切なのは、根本の方針を定めておくこと。 ボクの意志を固める。しっかりと伝える。 そうすれば、みんなも後に従ってくれる。 ﹃でも、邪魔になるなら排除する﹄ 最初はただ、隣で暮らしてても構わないくらいの気持ちだった。 最低限の警戒は、アルラウネやラミアに対してもなかなか解けな かった。 だけどもう、一緒にいるのが当り前みたいになってる。 家族、っていうのは少し違うけど︱︱︱。 ﹃このお城の安全は、絶対。それを人間にも知らしめる﹄ ここは居心地がいい。 ボクのお城だ。 だから、その範囲を、もう少し広げてもいいのかもね。 バロール家筆頭会議から数日。 ボクは久しぶりに黒甲冑に身を包んだ。 896 怒らせると怖い紳士、バロールさんが城から出立する。 念の為に、メイドさん一号∼三号を従えて。 向かうのは北、人間の街だ。 そこにいる帝国総督さんとやらに話をするために。 話、って言えるんだろうね。 たとえ喧嘩を売るような内容だったとしても。 897 12 OHANASIをしよう 空中から、街門の正面に降り立つ。 よく訓練された兵士なのか、ボクが近づいた時点でこちらに気づ いていた。 だけどさすがに動揺は隠せていない。 ﹁な、何者だ!?﹂ 数名の兵士が武器を構えて、黒鎧を睨んでくる。 まずは軽く﹃威圧﹄をオン。 それだけで膝を震えさせる兵士もいた。 よし。バッチリ効いてる。 最初の一歩は計画通りだね。 あとは簡単な説明をして、総督の屋敷まで押し通る、予定だった けど︱︱︱、 あれ? なんか、バタバタと兵士が倒れていくんですが。 白目を剥いてる。 失禁してる人もいる。 ﹃っ、ご主人様⋮⋮申し訳、ありませんが⋮⋮威圧を抑えていただ けますか?﹄ ふあっ!? 背後のメイドさんズまで苦しそうにしてる。 そうか、進化で﹃威圧﹄効果も桁違いに上がってるんだね。 オフ! オフー! まさか、こんなに効くとは思ってなかった。 898 ﹃威圧﹄の効果も調節できるように練習しないといけないね。 ともかくも、メイドさんたちは無事。だけど少しふらついてる。 兵士たちは倒れて意識を失ってる。 その中心に立つのは、禍々しい黒甲冑。 どう見ても悪役です。本当にありがとうございました。 って、ボケてる場合じゃないね。 まだ取り返しはつくはず。手当てを︱︱︱、 ﹁な、何事だ! これは︱︱︱!?﹂ ボクが動くよりも早く、また別の兵士集団が駆けつけてきた。 あからさまな警戒の目を向けてくる。 むう。どうしよう? 話し合いが目的だったのに、その席へ着くだけでも難しそうだ。 黒甲冑が兵士を虐殺︱︱︱なんて事態は辛うじて回避された。 駆けつけてきた兵士の中に、ルイトボルトさんがいたおかげだ。 彼は話が通じる帝国騎士だからね。 威圧したら気絶されちゃったー、って事情を話したら、引き攣っ た顔をしながらも街へ入れてくれた。 数名の兵士に先導されながら街路を進む。 遠目にしか見たことがなかったけど、中に入るとけっこう広く感 899 じるね。 けっして都市とは言えないけど、村落よりも一段上ってところか な。 だけど街というよりは基地だね。 建物は、大勢が寝泊りする兵舎がいくつも並んで建てられてる。 一軒家なんてほとんど見掛けられない。 冒険者もいるって話だったけど、ギルドの建物も、道すがらには 確認できなかった。 真っ直ぐに街の中心へ向かって、大きな屋敷の前へと到着する。 ふむ。ボクの屋敷より大きい。 だけど壁とかは、ボクが作った方が頑丈そうで立派だね。 門に彫刻なんかが施されてる分、こっちのが細かいところに手が 込んでるみたいだ。 ﹁総督へ話を通してきます。申し訳ありませんが、少々お待ちを﹂ ボクは黙ったまま頷く。 後にはボクとメイドさんズ、それと数名の兵士が残った。 兵士たちは、まだ警戒の目を向けてきてる。 そんなに気を張らなくても、ボクに暴れるつもりはないんだけど ね。 だけどまあ、フレンドリーに接するっていうのも無理か。 この黒甲冑もあからさまに禍々しいし。 そもそも、ボクは軽やかな会話とか苦手だし。 ﹃ご主人様、やはり突然の訪問は無礼と取られたようです。総督は 声を荒立てていますね﹄ 900 メイドさんがこっそりと念話で伝えてくれる。 すでに街へ潜入してたメイドさんは、この総督府の中まで探って くれていた。 ﹃ルイトボルト氏が宥めてくれています。やはり穏当に交渉を進め るならば、彼に代表を務めていただくのが良策かと推察します﹄ ボクはちらりと振り返って、頷くだけしておく。 あとは黙って待つ。 腕を組んで。仁王立ちで。 蒼ざめた顔をした兵士たちに見つめられながら。 ﹃威圧﹄の調整を試しておこうかなあ、と思い始めたところで、 ルイトボルトさんが戻ってきた。 屋敷の内装はなかなかに綺麗だった。 部屋には絨毯が敷かれて、調度品も揃ってる。 辺境にあっても、さすがは大国の貴族ってところかな。 ﹁おぬしがバロール殿か。冒険者ギルドには、随分と過激な挨拶を したと聞いている﹂ 応接室でボクが向き合ったのは、帝国総督クルーグハルトさん。 長いね。総督さん、でいいか。 なかなかに渋い顔をした中年のおじさんだ。 901 過激って言ったけど、この人の方がずっと過激だと思う。 魔獣皆殺し思考だって、潜入メイドさんの調査で判明してるから ね。 その考えを改めてくれたなら、仲良くできたかも知れないのに。 危険な人だ。油断ならない。 でも考えが合わないからって、すぐに暴力に訴えるのは短絡的だ よね。 予定通り、事前の練習通りに、台詞を描かせてもらう。 ﹃当方も、そちらのことは存じている。補給が途絶えて難儀してい るそうだな﹄ ﹁なっ⋮⋮!﹂ 総督さんが目を見開く。 ふふん。こちらの密偵は優秀なのだよ。 驚かせたところで、一気に脚本を進めさせてもらうよ。 暗記するのも大変だったんだから、無駄にはしたくないし。 ﹃飢えるのは辛いだろう。こちらで手を差し伸べてもいい。助け合 いの精神は大切だからな。幸い、こちらは食料に恵まれている﹄ ﹁⋮⋮高潔な心構えだな。だが、心配には及ばぬ。航路に現れた魔 獣も、近い内に討伐されるはずだ﹂ ﹃そういった事情も承知している﹄ 帝国軍は強いらしいからね。 大陸の半分近くの領土を占めてるっていう話だし。 リュンフリート公国の方は困ってるだけらしいけど、帝国はすぐ に軍の準備をして、海の魔獣退治に乗り出してる。 902 魔境に残された仲間を助けるために奮戦、海の魔獣を討ち払って、 時間は掛かっても物資を届けてくれる︱︱︱。 そう信じてるみたいだ。 目の前の総督さんもそうだし、外の兵士たちも、まだ物資が残さ れてるので追い詰められてはいない。 ﹃だが、私には関係ない﹄ もう決めちゃったからね。 帝国にも宣言して、認めてもらうとしよう。 ﹃私は、この島全土を手中に収めると決めた﹄ ﹁っ⋮⋮それは、どういう意味だ? 宣戦布告とも受け取れるぞ?﹂ ﹃この島は、知恵を持つ魔獣の領土とし、人間とは緩やかな交流を 行っていく。いまはまだ隣り合う時ではない。故に、出て行っても らおう﹄ 人間との戦争がしたい訳じゃないよ。 むしろ取引は積極的に行いたい。 だけど互いに警戒しなきゃいけない状態だし。 領土が接してるだけでも気を緩められないし。 なので、海を挟んでの交易くらいが丁度いい。 そういう結論に達した。 ﹃心配せずとも、安全は保障しよう。こちらで船を作り、大陸まで 届けてやる。この街にいる全員をな。無論、武装解除はしてもらう が﹄ ﹁︱︱︱ふざけるな!﹂ 903 テーブルを叩いて、総督さんは勢いよく立ち上がる。 ﹁そんなものを認められるか! 貴様は、我らに魔獣に屈服しろと ⋮⋮っ!﹂ ボクの姿が消えた。 相手には、そう見えただろうね。 隣にいたルイトボルトさんも、なにをされたか分かっていない。 唖然とする二人の背後に、ボクは音も無く立っていた。 そして、軽く肩を叩いてやる。 ﹁っ!? い、いつの間に!?﹂ ﹃抵抗するだけ無駄だ。私がその気になれば、この街すべてを焼き 尽くすことも簡単なのだぞ?﹄ ついでに、軽く﹃威圧﹄をオンにする。 メイドさんが苦しまない程度に調整して。 それでも騎士二人は言葉を失って、一歩後ずさる。 ﹃十日待つ。賢明な選択を期待する﹄ 威圧を切って、ボクは部屋を出て行く。 あんまり長居すると、まだ言葉が拙いのがバレちゃうからね。 でも、こっちの主張は伝えた。 あとは遅くとも十日後には決着がつく。 なるべく穏便に済ませたいんだけど、どうなるかな? 総督さんの悔しそうな顔からすると、期待はしない方がいいのか 904 もね。 905 13 援軍 降伏勧告っぽい交渉から、五日が過ぎた。 また情勢が変わった。 予想の範囲内とも言えるんだけど、これはちょっと驚きでもある ね。 来ちゃいましたよ。 海を渡って、帝国軍の援軍が。 どうやら海の魔獣とやらを倒して、そのまま船団を進ませてきた らしい。 大きな軍艦が八隻。 それに乗ってた兵士たちは一万近く。 水軍なので軽装の兵士が多いけど、魔術師を集めた部隊もある。 よく知らないけど、大砲の代わりに魔術で攻撃したりするのかな? 船から降りる様子だけでも、よく統率されてるのが分かる。 一人一人はともかく、集団としては強そう。 しかも船に繋ぐ形で、大型の竜の死体を三つも持ってきた。 細長い、水竜だね。 サンドワームほど大きくはないけど、船くらいは叩き潰せそう。 ボクは街から離れた上空で観察をしてる。 メイドさんの魔術で姿を隠してるんだけど︱︱︱、 うん。正直、帝国軍を見直した。 大陸随一の戦力って、看板倒れじゃないね。 906 魔獣が絶滅寸前まで追い込まれるのも当然なのかも。 なんとなくだけど、あの水竜、戦闘力五千は越えてる気がする。 それを、大した損害もなく倒しきったみたいだ。 しかも、海っていう魔獣側に有利な戦場で。 人類を無礼るなぁっ!、とか言われても納得しちゃいそう。 ﹃あの援軍は、帝国の地方領主が派遣したもののようです﹄ ボクの隣に浮かんだ一号さんが報告してくれる。 潜入メイドさんは一旦引き上げさせるべきだね。 あれだけ戦力が増えると、もしも見つかった時に危険な事態にな るかも。 情報は欲しいけど、ここは安全第一で。 ﹃航路の安全を図るよりも、この島の探索を進めるのが主目的のよ うです。どうやら、以前に贈った品が随分と魅力的だったようで﹄ ﹃以前の、品?﹄ ﹃はい。グドラマゴラの根や、魔獣の糸で織った布などですね﹄ そういえば見本品みたいな形で少し贈ったんだっけ。 そこに、価値が見出された。 で、張り切って援軍を送ってきた、と。 ボクの責任じゃん! だけどその援軍領主さんも、頑張る方向性を間違ってるよ。 兵士よりも、美味しいものとか送ってきてくれれば、こっちだっ て張り切って取引するのに。 ﹃敵戦力は測り切れない部分もあります。如何致しましょう?﹄ 907 当初は二千から三千くらいを想定してたからね。 そこに百名くらいの冒険者が加わる程度。 でも、一気に数倍まで増えた。 まともに戦うなら、こちらも態勢を見直すところだけど︱︱︱、 ﹃問題ない。敵になるなら、殲滅﹄ 生憎、まともじゃない戦い方をする予定だからね。 むしろ船を運んできてくれたのは好都合だ。 お帰りいただくついでに、何隻が貰っちゃおう。 ﹃それと、クイーンの方々から、参戦したいとの意見が上がってい ます﹄ ﹃? 戦いたい? どういうこと?﹄ ﹃ご主人様のみを矢面に立たせるのは心苦しい、ということです。 わたくしどもとしましても、可能であるならば、戦場でも役立ちた いと判断します﹄ ん∼⋮⋮そういうのは要らないなあ。 いま拠点から出せる戦力って、精々百名くらいでしょ。 人間側は一万を越えるみたいだし、数で対抗してもどうにもなら ない。 焼け石に水だよね。 それよりも、万が一に備えて拠点を守っててくれた方がいいよ。 元々、ボクは集団行動とか苦手だし。 戦場での部隊指揮なんて知らないし。 学校での集団下校とかも、意味が分からず一人で帰っちゃってた からね。 あとで怒られたっけ。 908 ﹃無用。ボクだけで戦う﹄ ﹃⋮⋮ではせめて、わたくしどもだけでも後方に控えさせてくださ いませ﹄ それくらいならいいかな。 ﹃威圧﹄と﹃波動﹄が届かない範囲にいてくれれば、こっちも遠 慮なく全力が出せる。 ﹃懲罰﹄で動けなくなったりしたら、回収してもらうつもりだけ ど︱︱︱、 たぶん、大丈夫。 久しぶりに﹃一騎当千﹄も活躍してくれるんじゃないかな。 さて、さらに五日が過ぎた。 どうやら帝国軍は出て行ってくれないらしい。 島の主として追い出すしかない!、とは残念ながらいかないんだ よね。 だってほら、この土地はオレの物って、一方的な宣言でしかない からね。 そんなのを本気で実行するほど、ボクは外道じゃないよ。 向こうだって、それなりに苦労して街を築いたワケだし。 もうちょっと正当な理由が欲しい。 ボクの精神衛生のためにも。今後のためにも。 909 で、その理由だけど、向こうから作ってくれるみたいだ。 街の門から大勢の兵士が出て整列してる。 その陣頭に立ってるのは、十日前に会った帝国総督さん。 隣には援軍でやってきた騎士もいる。 えっと、調査によると、バルタザールさんとかいったっけ? 日に焼けた、若い騎士だ。 港町を持つ領主に仕える、将来有望な若手騎士らしい。 この島から貿易を始めるとなると、その領地が関わってくるはず。 だとすると、なるべく無傷で帰してあげた方がいいとは思う。 まあ、相手の態度次第だよね。 ﹁これより我らは、南へと進軍する!﹂ 一万の軍勢を鼓舞するように、総督さんが声を張り上げる。 出陣前の演説ってやつだね。 よし。これで攻撃されるのは決定みたいだ。 追い出す大義名分ゲットだね。 ﹁敵は、魔獣を従え、帝国の権威を侵そうとする愚劣な男だ! 魔 眼を持ち、強力な魔術も操るそうだが、恐れることはない。敵の数 は百にも満たず、なによりも我らは帝国軍である! 敗北はない!﹂ 兵士たちも歓声で応える。かなり盛り上がってるね。 それにしても、愚劣とか、酷い言われようだ。 そりゃあ挑発した自覚はあるけど、そこまで嫌わなくてもいいの に。 これは追い返した後も、貿易開始までは一苦労しそうだね。 まあ、安全確保が優先だから構わないんだけど。 910 ﹃そろそろ、行ってくる﹄ 背後に控えていたメイドさんたちへ振り返る。 姿を隠す魔術も解いてもらった。 ﹃もしもの時は、みんなで逃げて﹄ ﹃そのようなことはないと信じております。ですが、ご武運をお祈 り致します﹄ ﹃うん。パインサラダでも作って、待ってて﹄ 小首を傾げるメイドさんに手を振って、黒甲冑が飛び立つ。 向かう先には帝国軍一万。 その正面に、百メートルほどの距離を置いて降り立った。 当然、気づかれる。 ﹁き、貴様は⋮⋮バロール!﹂ ﹃約束の十日が過ぎた。だが、出て行くつもりはないようだな﹄ 総督さんの顔には、驚きと怯えも混じってた。 さっきまで威勢がいいこと言ってたのに。 ともあれ、ここは脚本通りに続けさせてもらうよ。 ﹃ここより先は、我が領土となる。他者が拓いた領土を暴力で奪い 取るのが、帝国の流儀なのか?﹄ ﹁だ、黙れ! 先に剣を向けてきたのは貴様ではないか!﹂ ﹃私は争いは好まぬ。だが、侵略者に対して容赦するほど優しくも ない﹄ 手にした大剣を地面に立てて、真っ直ぐに背筋を伸ばす。 911 って言っても、鎧の中は毛玉なんだけどね。 相手からは、それなりに威圧感があるように見えるはず。 さらに空中へ大きく文字を描く。 敵全軍から見えるように。 ﹃我が魔眼は、万の軍勢も焼き尽くす。臆さぬならば掛かって来い﹄ いきなり現れた黒甲冑に、帝国軍も動揺してた。 だけど、そう長い時間じゃない。 総督さんも後退しつつ、大声で指示を出す。 ﹁進軍する手間が省けたというものだ。弓箭兵、撃て! 射殺して やれ!﹂ 一旦指示が出ると、兵士たちの行動は素早い。 動揺もすぐに治まった。 前衛の兵士は盾を構えて、後方の兵士は弓を構え、放つ。 無数の矢がボクに向かってきて︱︱︱、 そうして、戦端が開かれた。 912 14 毛玉vs帝国軍 まるで雨みたいに矢が迫ってくる。 ボクを狙うだけじゃなく、その周囲の逃げ道まで塞ぐように。 正直、ちょっと怖いね。 戦国時代劇とかで見たことのある光景だけど、実物はやっぱり迫 力が違う。 数の暴力でもあるから、魔獣に襲われるのとも別の威圧感がある ね。 事前にあれこれと訓練しておいてよかったよ。 そうでなかったら、竦んで動けなかったかも。 魔術を込めた矢もあるみたいで、この甲冑くらいは貫通しそうだ。 でも、届かせない。 全部吹き飛ばさせてもらおう。 迫ってくる矢は、空中で弾き飛ばされる。 同時に、激しい土煙も上がって、ボクの周囲へ輪を描く形で広が った。 ﹁い、いったい何事だ!?﹂ 答えは、﹃衝破の波動﹄。 ボクの周囲にあるものは全部弾くし、脆ければ粉々になる。 もしも人混みで発動させたら、肉骨粉製造機になれるね。 いや、そんなのになりたくないけど。 913 ﹁くっ⋮⋮やはり簡単には討ち取れぬか。だが⋮⋮﹂ おっと、余計なこと考えてる場合じゃないね。 土煙も晴れてきたし。 それに、敵陣奥に大きな魔力を感じられる。 一人じゃないね。 集団で、なにか派手な魔術でも放つつもりかな? ﹁手加減するな! 大軍に当たるつもりで、全力で撃ち放て!﹂ それじゃあ、こっちも本気でいこうかね。 ﹃衝破の波動﹄の範囲を広げて、軍勢をまとめて吹き飛ばしても いい。 だけど今回は、圧倒して勝ちたい。 こんなヤツがいる島に居られるか!、って逃げ出してくれるくら いの圧勝。 ついでに、その圧勝の噂を大陸にまで広げて、別の敵が寄ってこ ないようにもしたい。 贅沢すぎるかな? まあ、今更迷っても仕方ない。 作戦通りに片付けよう。 そろそろ大規模な魔術も放たれるみたいだし、見せ場としては丁 度いい。 一旦、﹃衝破の波動﹄を切る。 そして﹃静止の波動﹄を全力展開。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃静止の魔眼﹄スキルが上昇し 914 ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃波動﹄スキルが上昇しました︾ 瞬間、音が止まった。 もちろん音だけじゃない。 ボクへ向けて放たれた巨大な炎弾も、雷撃も、無数の光の矢も、 一万を越える兵士たちもすべてが静止した。 ﹃波動﹄と組み合わせて使った﹃静止の魔眼﹄。 これの効果は、時間停止だ。 実際に時間が止まってるかどうかは不確かだけど、ともかくも止 まる。 範囲内で動くものは皆無になる。 その外側から、ボクが好き勝手にできるって寸法だ。 反則的な力だと思う。 だけどその分、魔力消費も大きい。 しかも静止してる時間が長くなるほどに、加速度的に消費が増え る。 おまけに、一万の軍勢に合わせて﹃波動﹄の範囲を広げたから、 あまり長くは止めていられないね。 それでも十秒くらいなら余裕だ。 十秒あれば、人一人の首を狩るのも簡単。 降り注ぐ魔術が停止した中を、ボクは真っ直ぐに突き進む。 狙うのは、帝国総督クルーグハルトさん。 なにやら指示を出そうとしてたのか、大口を開けたまま止まって いた。 その首を、大剣で切り落とす。 915 血が噴き上がったけど、それも空中ですぐに停止した。 ボクは首を手に掴むと、空高くへと舞い上がって︱︱︱、 言わせてもらおう。 心の中でだけど、カッコイイ台詞を。 そして時は動き出す、と。 ﹁え⋮⋮そ、総督!?﹂ ﹁なんだ!? ど、どういうことだ? いったい何が起こった?﹂ ﹁敵は!? あの男は仕留めたのか!?﹂ ﹁それよりも総督だ! お、おい⋮⋮この死体は、本当にクルーグ ハルト様なのか!?﹂ ボクの眼下では、大混乱が起こってる。 そりゃそうでしょう。いきなり総大将の首がなくなったんだから ね。 ついでに、もう一撃放っておこう。 両肩の装甲を開く。 カシャン、と。 そうして軍勢の正面に、﹃万魔撃・模式﹄を叩き込んだ。 あくまで威圧だ。 直撃はさせずに、地面を抉り取っただけ。 それでも派手な魔力ビームは、前線にいた兵士たちに悲鳴を上げ させた。 ﹃見ろ、貴様らの将は討たれた!﹄ 上空から、首を掲げて見せつける。 916 生首と大剣を持って、マントをたなびかせる禍々しい黒甲冑。 一歩間違えれば完全に悪役だね。 ﹃敗北を認め、この地より去れ! いまならば追撃はしない﹄ 大きく空中に描かれた文字は、兵士全員から見えるはずだ。 識字率もけっこう高いはずだし。 なにせ﹃共通言語﹄スキルとか存在するんだから、きっと読める でしょ。 実際、反応は劇的だった。 負けたのか? こんなにあっさりと? 俺たちはどうすれば? そんな声が、あちこちから漏れ聞こえてくる。 だけど、まだ決着とはいかなかった。 ﹁狼狽えるな! 指揮は、私が受け継ぐ!﹂ 大声を上げたのは、褐色肌をした騎士だ。 援軍を率いてきた人だね。 むう。混乱してた軍勢が、落ち着きを取り戻していく。 あの人、子犬を撫でてるのが似合いそうな優しげな顔をしてるの に、迫力ある態度も取れるんだね。 伊達に一万の軍勢を任されてない、ってことか。 ﹁防御陣形だ! 細かいことは考えるな、まずは態勢を整え︱︱︱﹂ 残念だけど、態勢を立て直しての反撃なんてさせないよ。 まずは﹃衝破の波動﹄を最小限の威力で発動。 917 逆に、﹃威圧﹄を最大限に効かせる。 そうして地上に降りたボクは、軍勢の正面から歩いていく。 ﹁ひっ、ぁ、ああぁぁ⋮⋮﹂ ﹁うわ、あ⋮⋮!﹂ ﹁ば、ばばばばばばば、ばけ、も、の︱︱︱﹂ バタバタと兵士たちが倒れていく。 中には﹃威圧﹄に耐える人もいたけど、膝を震えさせた状態だと、 最小限の衝撃でも吹き飛ばされる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃威圧﹄スキルが上昇しました︾ それこそ海を割るみたいにして、ボクは軍勢の真ん中を進んでい った。 命こそ奪っていないはずだけど大惨事だ。 泡を吹きながら、失禁しながら、兵士たちが次々と弾き飛ばされ ていく。 戦場って汚い。 匂いとかも吹き飛ばしてるから幾らかマシだけど、あんまり体験 したいものでもないね。 そうしてボクは、褐色騎士の目の前まで辿り着いた。 辛うじて威圧と衝撃に耐えてる相手と、ゆっくりと距離を詰めて いく。 ﹁くっ、っ⋮⋮なん、なんだ⋮⋮貴様は⋮⋮!?﹂ 918 ﹃バロールだ﹄ 短く応えて、大剣を横薙ぎに振るう。 褐色騎士も剣を構えて受けようとしたけれど、構わずに振りぬい た。 大剣の腹で、褐色騎士の頭をしたたかに叩く。 ﹃威圧﹄で竦みきっていた身体は、それだけで地面に転がった。 ﹃敗北を認め、国へ帰れ。ここは私の島だ﹄ ﹁わ、私は騎士だ! 命ある限り、敗北を認める訳にはいかぬ!﹂ ﹃ここにいる全員を殺すか? 私は、どちらでも構わぬぞ?﹄ これでダメなら、本当に皆殺しだね。 台詞のストックも無いし。 アーマーパージからのガトリング﹃万魔撃﹄を披露させてもらお う。 ﹃死獄の魔眼﹄でもいいかな? まともな試し撃ちもまだだったから、丁度いいかもね。 さあ、どうする褐色騎士さん? 十数えるくらいまでに決めてもらおうか。 ひとーつ、ふたーつ、みーっつ⋮⋮、 ﹁⋮⋮分かった。降伏する﹂ あれ? 認めちゃうの? 試し撃ちもいいかなぁって思い始めたところだったのに。 まあいいか。ほぼ当初の予定通りだし。 犠牲は少ない方が、今後のためにもなるからね。 919 ﹁だが、約束して欲しい。兵士たちの命は取らないと﹂ ﹃殺しは、趣味ではない。妙な行動はするな﹄ ちょっとバロールさん口調が乱れたけど、大丈夫だよね? 褐色騎士は項垂れて武器を置いた。 周りの兵士たちも、もう戦意を失くしてる。 よし。決着。 初めての戦争。一万対一で圧倒。 しかも、ほぼ無血での完全勝利だ。 これはちょっと調子に乗ってもいいんじゃないかなあ? 920 15 戦後処理と、思わぬ提案 ふあっはっはっはっはー! 我こそはバロール。ムスペルンド島の支配者である。 負けた奴は、さっさと出て行くがよい︱︱︱。 なんて、無慈悲なことは言わない。 まあ追い出すのは確定だけど、大軍だし、準備もあるみたいだか らね。 持ち帰れる物は、そのまま持っていっても構わない。 あ、でも鳥だけは置いていってもらおう。 ドムドムン鳥だね。 これでいっぱい卵が増えるよ。やったね! それと何かに使えるかも知れないから、金貨も千枚ほど貰ってお いた。 貴族にとっては大した額じゃないらしい。 ついでに、剣やら槍やら鎧やらの武装も数百名分くらい。 鉄鋼類はまだ自力じゃ採れないし、あれこれと利用させてもらう 予定だ。 いやー、向こうから仕掛けてきた戦争だしねー。 これくらいは賠償金としてもらっても悪くはないよねー。 むしろ良心的? けっして挑発しての追剥ぎの類じゃないよ? 代わりにグドラマゴラの根を何本か渡したら、褐色騎士さんは喜 921 んでくれた。 あと、一番の収獲。 なんと小麦の種がありました。 島の制圧が進めば使えるかもと、帝国の援軍が持ってきてくれて た。 実に用意がいい。 その心意気は、ボクが引き継がせてもらおう。 しっかり育てて、美味しいパンやお菓子にしていただくよ。 もっとも、育てるのは主にアルラウネの仕事なんだけどね。 ニワトリと小麦。 これが手に入っただけでも、戦った甲斐があったってものだよ。 いやまあ、一万の軍勢を相手にしては少ない報酬かも知れないけ ど。 物の価値は状況で変わるからね。 この島では貴重品。そういうことで納得しよう。 ともかくも、事態は問題なく片付きそうだ。 準備と言っても、翌朝には出航するって言ってくれたし。 褐色騎士さんは軟禁させてもらうけど、部下が逆らうような様子 もない。 決死で取り返しでも企まれたら、今度こそ血祭りを開催しなきゃ いけないところだった。 ルイトボルトさんも、残った兵士たちをまとめてくれてる。 密偵さんによると、あの人、最後まで戦うのに反対してたんだよ ね。 最初に会った時もすんなりと話がついたし、温厚でいいひとだ。 ニワトリもくれたし。 是非、大陸まで無事に帰ってほしい。 922 あとは、明日の朝に見送るくらいなんだけど︱︱︱。 ﹃食事?﹄ ﹃はい。十三号からの提案です。ご主人様が穏当な結果を望まれる のでしたら、今後のためにも、帝国の代表者と知己を深めた方がよ いのではないか、と﹄ むう。会食ってやつか。 大人のお付き合いだね。 戦いは終わったんだから、一緒に食事をして、笑顔で分かれる。 表面上だけでも仲良くする。 理屈は分かるよ。 だけどボクは、そういうお付き合いって苦手なんだよねえ。 いまだに言葉だって、バロールさんの場合は用意しておかないと マズイし。 ﹃一号さんの、意見は?﹄ ﹃そうですね⋮⋮すでに充分な恩情は与えています。これ以上、ご 主人様が手を煩わす必要はないかと判断します﹄ 一号さんは、けっこう過激派だからねえ。 生かして帰すだけでも充分、ってところかな。 ボクもまあ、あんまり先々のことまで考えても仕方ないとも思う。 面倒くさいっていうのが一番の理由だけど︱︱︱、 ああ、そうだ。 言いだしっぺに任せればいいんじゃない? 923 ってことで、十三号を呼びつけた。 ドレスを着て、眼帯を装着した、シェリー・バロールの姿で。 ボクは細かな話し合いは苦手だけど、彼女なら大丈夫でしょ。 念の為に、ポケットに小毛玉をひとつ忍び込ませる。 ﹃十三号だけですか?﹄ ﹃? 一号さんも、持っておきたい?﹄ ﹃念の為に、警戒をしておくべきかと判断します﹄ 仕方ないので、一号さんにも渡しておく。 あれ? ポケットに仕舞わず頭に乗せるの? まあいいか。 ボクも、その方が様子を窺い易いし。 場所は総督府である屋敷。 ここに住んでた総督の首はボクが刎ねちゃったから、占拠させて もらった。 今夜はボクたちもここに泊まる予定で、褐色騎士も別室に閉じ込 めてある。 敵の真っ只中に居座るのはどうか、とも思ったけどね。 だけど見張りの意味もあるし、一晩くらいなら大丈夫でしょ。 不眠不休可能なメイドさんもいるから、警備も万全。 ってことで、豪勢な夕食も作ってもらう。 ふっくらパンとか、 924 アルラウネ製の野菜をたっぷり使ったコンソメスープとか、 香辛料を効かせたミミズ肉のステーキとか。 魔境料理が、人間側にどれだけの評価を得られるのかも気になる ね。 ミミズ肉は以前も好評だったけど、他はどうだろう? 別室から観察させてもらうよ。 食事の準備をして、褐色騎士を食堂へ呼び出す。 ついでに、ルイトボルトさんにも来てもらった。 さすがに二人とも強張った顔をしてる。 小毛玉から﹃威圧﹄でも飛ばそうかと思ってたけど、必要ないね。 とりわけ褐色騎士なんて、十三号が挨拶してもぼうっとしてるし。 ﹁⋮⋮ひとつ、どうしてもお訪ねしたい﹂ む? 褐色騎士が表情を引き締めた。 この期に及んで何かするとは思えないけど、警戒はしておこう。 いつでも小毛玉はポケットから飛び出せるよ。 突撃だけで、人体なんて貫通するぞー! ﹁シェリー殿は、将来を誓い合った方がおられるのでしょうか?﹂ ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮は? ちょっと、この人、いきなり何を言い出すの? 意味が分からない。 十三号も無表情のまま困惑してるみたいだ。 ﹁それは、婚約者といった意味ですか?﹂ ﹁はい。不躾だとは存じますが、命に賭けても尋ねておきたいので 925 す﹂ ﹁⋮⋮おりません。わたくしは、まだ幼いですから﹂ 途端に、褐色騎士が晴れやかな笑顔を浮かべる。 すっごく嬉しそう。 つい数時間前に戦争で敗れたことなんて忘れていそうだ。 っていうか、この人ってもしかして︱︱︱。 ﹁では、私がバロール殿を兄とお呼びしても︱︱︱﹂ ﹃静止の魔眼﹄、発動。 二人の騎士を停止させる。 ふうぅ。危ない。 じゃないけどね。 焼き尽くしてやろうかとも思っちゃったよ。﹁このロリコンども ども め!﹂って。 いや、 悪いのは一人。この褐色騎士だ。 ウチの十三号に手を出そうなんて許しません。 ﹃ご主人様、如何されるのですか?﹄ むぅ。そうだね。 咄嗟に停止させちゃったけど、どうしよう? まさかロリコンだからって肉骨粉にする訳にもいかないし。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恒心﹄スキルが上昇しました︾ って、妙なところでスキルが上がった。 それだけボクも動揺してたってことかな? 926 ロリコン、恐るべし。 ともかくも、あれだ、対処は物理的には穏便な方向でいこう。 ﹃心を、砕く、その方向で。しつこいなら、利用、もしくは無視﹄ ﹃承知致しました。平手打ち程度なら構わないでしょうか?﹄ ああ、うん。それくらいならいいんじゃない? こういう手合いの対処は、ボクもよく分からない。 いざとなったら、今度こそ﹃万魔撃﹄で焼き尽くそう。 それじゃ、ポケットに戻るよ。 ﹃静止の魔眼﹄、解除。 ﹁︱︱︱よろしいでしょうか?﹂ ﹁お断りします。絶対に、断固として、有り得ません﹂ ﹁っ、即答とは⋮⋮!﹂ がっくりと、褐色騎士が項垂れる。 だけどすぐに拳を握った。顔を上げて、食い下がる。 ﹁確かに私では、シェリー殿を守るに力不足でしょう。だが、諦め はいたしませぬ。いつか必ずや認めていただけるように、努力を⋮ ⋮﹂ うわぁ、暑苦しい。面倒くさい。 顔立ちは優しそうな普通の人なのに、どうしてこうなった? これはもう、メイドさんたちに任せちゃおう。 ボクは潜んだまま静観させてもらうよ。 927 翌朝、帝国軍の船は約束通りに出航した。 褐色騎士は最後まで十三号に言い寄ろうとしてたけど、ボクが蹴 り飛ばしてやった。 ロリコンは絶滅していいと思う。 でも収獲はあった。 褐色騎士やルイトボルトさんからの話で、大陸の情報も増えたよ。 外来襲撃 に備えた不安の芽の排除。 帝国の当初の目的は、魔境と呼ばれるこの島の安定。 だけどいまは、もうひとつ目的が増えたそうだ。 グドラマゴラの根。 その栽培方法も含めた入手。 どうやら大陸では相当に貴重な品で、安定して手に入るならば、 危険を冒す価値もあったらしい。 外来襲撃 の際には、是非とも大量に欲しい物だそうだ。 有用な魔力回復薬の材料になるから、戦力の上昇にも繋がる。 輸出品として考えておいてもいいかもね。 保存や加工方法の研究もするべきかな。 アルラウネに頼んで栽培数を増やして、専属のメイドさんも付け ておこう。 回復薬なら、いざって時はボクも使うだろうし。 褐色騎士も、十三号のために取引を成功させようと奮闘してくれ るんじゃないかな? まあ、あんまり会いたい相手でもないけどね。 928 連絡手段 なところ。 も残してくれたけど、それも喜んでいいのやら微妙 ともあれ︱︱︱、 これで、島から人間はいなくなった。 目に見える脅威はなくなったと言える。 だけど、ここからが始まりだね。 まだ島の全土を探索しきってもいない。 手強い魔獣がいるかも知れない。 少なくとも、一体は倒さなきゃいけない相手がいるよね。 名実ともに島の主になるためには、もうしばらく油断はできそう もない。 だけどまあ、そんなに心配はしてないよ。 ﹃ご主人様、これから如何いたしますか?﹄ 問われて、ボクは振り返る。 もう黒甲冑は脱いで、もふもふの毛玉スタイルだ。 ふわふわと浮かんでる。 一号さんに目配せして、空高くへと舞い上がった。 緑が多い。広々とした島の風景が眺められる。 海風が、潮の香りも運んでくる。 この島を制覇して、いずれは大陸へ︱︱︱、 面白いことになりそうだ。 929 15 戦後処理と、思わぬ提案︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:1 名前:κτμ 戦闘力:59200 社会生活力:−4460 カルマ:−13250 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性耐性﹄﹃重力 魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不屈﹄﹃精神無効﹄﹃恒心﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃頑健﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 930 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃回避﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃大治の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:10 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 931 16 修行パート 自慢の黒毛がボロボロになるほど焼かれている。 もう目蓋を開けているのも辛い。 自身の内で、生命が消えるのをハッキリと感じ取れた。 それでも、歯を喰いしばって起き上がる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃不屈﹄スキルが上昇しました︾ 辛うじて、塵ほどの生命力を残して、懸命の抵抗をする。 けれど容赦無く降り注ぐ。 ﹃万魔撃﹄が。 魔力の暴威を受けて、黒い塊は欠片も残さず消滅した。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力大強化﹄スキルが上昇し ました︾ ふむぅん。段々と慣れてきたね。 小毛玉同士の実戦訓練はなかなかに良い具合だ。 最初の内は、ダイレクトに痛みが伝わってきて大変だった。 だけど段々と痛覚だけ遮断できるようになってきてる。 ﹃激痛耐性﹄も上がってるよ。 小毛玉がやられるたびに新しいのを出す必要があるから、それも また辛い。 932 だけどギリギリまで自分を追い詰める特訓もできる。 そしてその特訓成果も、ボク自身にフィードバックされる。 ﹃不屈﹄やら、﹃懲罰﹄に対する﹃極道﹄やらも鍛えられるのは 有り難い。 生命力関連も鍛えられる。 もっともっとタフな毛玉になるよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃頑健﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃不壊﹄スキルが解放されます︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃大治の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃再生の魔眼﹄スキルが解放されます︾ 人間を追い出してから数日︱︱︱、 余裕のある時間を持てたボクは、こうしてずっと特訓をしてる。 次の戦争のため、次の次の戦争のため、って訳でもないんだけど。 この島を制圧する。 そう決めちゃったからねえ。 のんびりと過ごすためにも、もうちょっと奮闘する必要がある。 脅威は早い内に取り除いておきたいし。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃回避﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃超速﹄スキルが解放されます︾ 死ぬほどの特訓と言っても、自分自身と戦ってるばかりだから、 さすがにレベルアップは遅い。 数日掛けてレベル2になったくらいだね。 だけど、レベルアップよりも、自分の能力を使いこなした方が強 くなれそう。 933 バアル・ゼム。 この身体の潜在能力は、まだまだ測り知れない。 なんだって出来る気がする。 あんまり傲慢になるのは、ボクの好みじゃないんだけどね。 力をつけておくのは悪いことじゃないでしょ。 何故か、カルマはぐんぐん下がってるけどね。 うん。もう諦めたよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃恒心﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃明鏡止水﹄スキルが解放されます︾ お? なにやらカッコイイ名前のスキルが出た。 たしかこれ、前段階では﹃瞑想﹄とか﹃沈思速考﹄とかだったよ ね。 心が穏やかになるスキルの上位版? よく分からないけど、奥義っぽい名前だね。 ふむぅん⋮⋮。 平常心を心掛けつつ、また小毛玉同士の戦闘を再開。 まずは互いに毛針を飛ばして牽制︱︱︱、 あれ? なんか変だね? 毛針の威力が弱い。 いや、威力というか、速度がやけに落ちて⋮⋮ああ、違うね。 ゆっくりに見えてる。 あれ? これって凄いスキルじゃない? 意識を集中させると、ほとんどスローモーションみたいに見える。 934 ふはははー、そんな毛針なんぞ当たるものか! そっちの毛針こそ、蠅が止まるぜ! 小毛玉同士が、毛針の弾幕を縫うように素早く回避していく。 ﹃超速﹄で空中での速度も上がってるから、さらに動きが洗練さ れてる。 毛針だけじゃない。 集中してれば魔力の流れも感じ取れるから、術式発動の直前に対 処できる。 なにこの恐ろしい小毛玉。 さっきから、どっちの攻撃も当たらないんですが。 こうなったら仕方ない。 二対一とか、三対一で戦わせよう。 攻撃、防御、連携、窮地への対応など、色んな能力が鍛えられる ね。 さすがに、小毛玉ごとに完全な意識の切り分けは無理だけどね。 結局、イメージトレーニングの枠を出ないのかも知れない。 だけどまあ、良い結果は出てきてるよ。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃全属性耐性﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃全属性大耐性﹄スキルが解放されます︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃不屈﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃不死﹄スキルが解放されます︾ ︽外来襲撃まで残りおよそ180日です。万全の備えをしてくださ い︾ なにやら聞き逃せないアナウンスが頭に響いた。 935 外来襲撃 とやらまで、残り約半年か。 何か起こるのかな? 小さな島に閉じこもってるつもりのボクには、あんまり関係なさ そう。 でも世界的には大事件になるのかもね。 それで、えっと、﹃不死﹄ってなにかな? 死なないの? まさか、ねえ? いくらなんでも、そんな非常識は有り得ないでしょ? あ、だけど不死鳥とかいる世界なんだよね。 アレの不死身っぷりは、スキル頼みというより、種族の能力みた いな気もするけど⋮⋮どうなんだろ? ﹃不屈﹄だって、運が良ければ食いしばり効果が発揮されるくら いだった。 その際に魔力がごっそり減ったりして、疲労も大きい。 サンダーバード戦の時に、一回助けられたね。 でも、あんまりアテになる能力とは言えなかった。 ﹃不死﹄は、たぶん、確実に生き残れる程度の効果じゃない? もちろん消耗と疲労は有りで。 殺しても死なないけど、殺し尽くしても死なない訳じゃない、み たいな。 だけど保険にはなりそうだね。 そろそろ日も暮れるし、丁度いい頃合いかも。 ってことで、小毛玉Zよ、最後に実験台になってもらおう。 多くの同胞の死が無駄ではなかったと証明するのだ。 936 さて、特訓を終えて屋敷に戻った。 メイドさんが用意してくれた食事を取りながら、赤鳥を呼び出す。 食事時に話したい相手でもないんだけどね。 相変わらず、やかましいし。 でも、前々から尋ねておきたいことがあったんだよね。 ﹁質問って何ニャ? 答えてやってもいいけど、その代わりに待遇 の改善を要求するニャ。具体的には、こんな籠じゃなくて、屋敷の 一室と、あと美味しい食事と、自由時間の長さをもっと⋮⋮﹂ ﹁ご主人様、食事に焼き鳥を追加いたしましょうか?﹂ ﹁ニャっ!? やめるニャ! あたしは死ななくても、あたしが死 ぬニャ!﹂ そういえば、この不死鳥も死ぬらしいね。 聞いた話だと、人格が消えるらしい。 記憶は、知識として残されるんだとか。 ボクの﹃不死﹄に関しても、そういうペナルティがあるのかも知 れない。 やっぱり、あくまで保険として考えた方がいいね。 もちろん最初から死ぬつもりなんて無いんだけど。 ﹃それよりも、雷鳥のこと、聞きたい﹄ ﹁危ない奴だニャ﹂ 937 赤鳥は即答。 うん。それは知ってる。 それと、生まれ変わる前のキミも、相当に危ない奴だったからね。 人のことは言えないよ。鳥だけど。 ﹃戦って、従えたいと、思ってる﹄ 赤鳥が口を開いたまま固まる。 鳥でも唖然とした顔って出来るんだね。 まあ、ボクだって無茶なこと言ってる自覚はある。 サンダーバードには一回負けてるし。 いまだって、まともに戦ったらどうなるか分からないし。 でも、放ってもおけない。 また暴れられる前に、古い王様には退陣してもらうよ。 938 16 修行パート︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:2 名前:κτμ 戦闘力:63200 社会生活力:−4440 カルマ:−13350 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 939 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:20 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 940 17 毛玉vsサンダーバード リベンジ この島は、地球で言うオーストラリアに似てる。 どうやって調べたのかは知らないけど、帝国軍が持ってた地図を 見るとそんな形をしていた。 もちろん、似てるのは外枠の形だけ。 内側の様子や、島全体の大きさもまるで異なってる。 中央やや西北寄りに、大きな湖がある。 その西側に、ボクはお城を立てた。現在も敷地を拡大中。 島の南側は、東西で二つの勢力圏に分けられるそうだ。 西側はファイヤーバード。 東側はサンダーバード。 其々が最も強い魔獣として君臨していた。 ﹁あたしは王様だったのニャ。偉いのニャ。もっと敬うニャ!﹂ ﹃はいはい。偉い偉い﹄ ﹁おざなりすぎるニャ!﹂ 赤鳥に先導させて、ボクと一号さん、あとメイドさん四名が空を 進んでいる。 目指すは、島の南東。 サンダーバードが根城にしているという密林地帯。 しかしこの島、地理的環境も混沌としてるね。 西には砂漠があったのに、今度は密林で、じめじめした湿地が続 いてる。 941 しかも平坦な地形じゃなくて、高い山脈もあって入り組んでる。 ﹁あたしが住んでた火山は、もっと爽やかで立派なのニャ﹂ ﹃変なところで、張り合わなくていい﹄ そういえば火山の方は、手前までしか行ったことなかったね。 今度、余裕ができたら見にいってみようか。 そんなことを考えながら、山脈の上空を進む。 途中、蛇に羽根を生やしたような魔獣が数体で襲ってきた。 けっこう大きい。飛竜クラスの敵だね。 だけどいまのボクの敵じゃない。 ﹃静止の魔眼﹄から﹃神魔針﹄のコンボで撃沈。 きっと何が起こったかも分からなかったはず。 ﹁ご主人、あたしと戦った時より、恐ろしいくらいに強くなったニ ャぁ﹂ ふふん。その点に関しては否定しないよ。 念には念を入れて準備してきたけど、サンダーバードにも圧勝す るつもりだ。 上手くすれば、﹃威圧﹄だけで決着がつくんじゃない? いまはメイドさんたちもいるから、﹃威圧﹄は切ってる。 赤鳥なんか、泡吹いて気絶しちゃうからね。 だから魔獣が襲ってきたりもするんだけど︱︱︱、 ﹁見えてきたニャ﹂ 鬱蒼と茂った森の中に、大きな沼地があった。 942 そこの岸辺に、いた。 全身が青白く、輝くほどの羽毛に包まれた、サンダーバード。 さすがに大きい。 顔立ちは精悍で、眼光も鋭い。 見た目の威圧感は、毛玉のボクよりずっと上だね。 雷を纏ってなくても、只者じゃない風格が漂ってくる。 向こうも、こっちに気づいたみたいだ。 ボクの姿をまじまじと見つめて、驚いたみたいに目蓋を揺らした。 そういえば、以前のボクは雷撃で沈められたんだったね。 何故生きている?、とか思ってるのかな。 いきなり再戦を始めようとされても困る。 こっちから先に告げよう。 ﹃話をしたい﹄ 空中に大きく文字を描く。 読めるかな? 以前、喋ってはいたけど文字が通じるかは分から ない。 でも余計な心配だったみたいだ。 ﹁話だと? 以前はいきなり攻撃してきて、随分と身勝手なものだ な﹂ ﹃それは、悪いと思ってる。ごめんなさい﹄ 不機嫌そうに喋りながら、サンダーバードは羽根を広げた。 空中へと飛び上がってくる。 ボクは警戒しつつ、メイドさんたちに下がるよう指示を出す。 943 ﹁まあよい。我は強者には寛大だ﹂ ぎろり、とサンダーバードが視線を動かした。 その先には、メイドさんに抱えられて後退した赤鳥がいる。 ﹁奴を打ち倒し、従えたか。そして次は我も従えようと言うのだな ?﹂ あんな姿になっても、ファイヤーバードだって分かるんだ。 ちょっと感心。 それに、話が早いのも助かる。 ﹃だいたい合ってる。でも、少し違う﹄ ﹁違うだと? 我との再戦を望むのではないのか?﹂ サンダーバードの全身から、チリチリと雷が放たれる。 うわぁ。本当に喧嘩っ早いなあ。 そりゃあこっちだって戦いになるのも仕方ないと、覚悟はできて る。 だけど、そうならない可能性もある。 ﹃ボクは、この島の主になる。だから、従ってほしい﹄ ﹁⋮⋮ほう。小さき身で、面白いことを言う﹂ サンダーバードが嘴の端を吊り上げる。 もう鳥が笑うくらいじゃ驚かないよ。 それに、次の台詞もなんとなく予想できる。 ﹁だが、我は誰にも屈するつもりはない! どうしても従えたくば 944 ︱︱︱﹂ 戦って勝て、とか言うんでしょ? ﹃威圧﹄をオン。 最大出力で、サンダーバードの言葉を止めた。 ﹁ぐっ⋮⋮貴様、それほどの力を何処で⋮⋮﹂ さすがに﹃威圧﹄だけじゃ決着はつかないか。 少し羽ばたきが乱れただけだ。 ﹁だが、面白い! 我が全力を以って返り討ちに︱︱︱﹂ 小毛玉フル稼働。 ﹃静止の魔眼﹄、発動! 六体の小毛玉が、一斉に魔眼を発動させる。 途端に、サンダーバードはピタリと止まった。 翼から放たれようとした雷撃も、空中で留まったままになる。 いや、僅かに動こうとしてるね。 コマ送りみたいな微かな動きだけど抵抗してる。 たぶん何が起こったのかも理解できてるんじゃないかな? 溜め た﹃万魔撃﹄を放つ。 だけど、対処する暇なんて与えないよ。 素早く背後に回って、目一杯に 945 魔力ビームも、魔眼の効果範囲に入った途端に静止する。 直後に、無数の﹃徹甲針・神﹄も放つ。 溜め た﹃万魔撃﹄を追加で一撃。 全身穴だらけにする勢いで。 さらに、また この間、十秒ほど。 さすがに停めていられるのは限界だね。 けど、充分でしょ。 お決まりの台詞を心の中で呟く。 そして時は動き出す、と。 ﹁ガッ、アアアアアアァァァァァァ︱︱︱︱︱︱!?﹂ サンダーバードの両翼を、太い魔力ビームが貫いた。 以前は﹃万魔撃﹄でも、少し焼くだけの威力しか出せなかった。 でも今回は、正しく桁違いの威力だ。 さらに無数の毛針も突き刺さる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃静止の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ 大きく動きを乱したサンダーバードへ、追撃。 ﹃重圧の魔眼﹄、発動! 溜める 。 今度はボク本体が、魔眼でサンダーバードを地面へと叩き落とす。 その間に、小毛玉たちが 地面に落ちた鳥の巨体に、﹃万魔撃﹄の雨を降り注がせる。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃重圧の魔眼﹄スキルが上昇し 946 ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃万魔撃﹄スキルが上昇しまし た︾ ボクが考えたサンダーバード対策。 それは、何もさせないこと。 だって機動力があって、雷撃とプラズマまで放ってくるとか、凶 悪にもほどがあるってものだよ。 受けに回ったら痛いじゃ済まない。 元々、ボクの能力も攻撃的なものが多かったからね。 だから、このまま完封させてもらう。 そして︱︱︱、 どうやら、その作戦は上手くいったみたいだ。 沼地に落ちたサンダーバードから、もうもうと白煙が上がる。 魔力ビームが辺りを焼いただけじゃない。 痛々しい雄叫びも聞こえなくなった。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV2か らLV4になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃支配・絶﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃空中機動﹄スキルが上昇しま した︾ ほどなくして、煙が晴れる。 947 後には、青白く輝く卵が残されていた。 948 17 毛玉vsサンダーバード リベンジ︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:4 名前:κτμ 戦闘力:64300 社会生活力:−4440 カルマ:−13180 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃鑑定﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 949 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄ カスタマイズポイント:40 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 950 18 祝勝会へ 青鳥を収めた籠を持って、屋敷へと帰る。 不満げな顔を青鳥はしてたけど、まだ油断はできないからね。 でも、この実験が成功すれば、籠から出るくらいは自由にしても らっていい。 嬉しい情報を教えてくれたし。 部屋に戻ったボクは、桶に氷水を用意した。 ﹃凍晶の魔眼﹄まで使った、キンキンに冷えた水だ。 ﹃飛び込め﹄ ﹁い、嫌ニャ! そんな命令には断固抗議⋮⋮ニャァァァァーーー ー!﹂ 部屋の隅で縮こまってた赤鳥が、氷水に勢いよく飛び込んだ。 悲痛な声が響く。 懸命に羽ばたいて、飛び出してきた。 ふむん。どうやら情報は本当みたいだね。 ﹁どうだ、これで信じたか? 自分を殺した相手に、私たち不死鳥 種は絶対服従となる。これはどうあっても抗えぬのだ﹂ 可愛らしい声で、青鳥は偉そうに説明してくれた。 まさか、そんな設定があったとはね。 赤鳥は隠してたってワケだ。 その罰と、検証を兼ねて、氷水に飛び込んでもらった。 951 ﹁寒そうですね。焼きますか?﹂ ﹁そこは温めるって言うところニャ!﹂ さすがに可哀相なので、タオルくらいは貸してあげよう。 今後は、拠点の貴重な戦力になるかも知れないし。 いままでは飼い殺しにしてたけど、絶対服従っていうなら話は別 だ。 積極的に育てていくのもヤブサカじゃない。 ﹁いまでこそ、このように弱々しい姿だが、時が経てば私も力を取 り戻す。その時には、今度こそ貴様を倒してみせよう。時を操ると は驚いたが、それだけで私を封じられると思ったら大間違⋮⋮﹂ ﹃ボクへの攻撃は、禁止で。命令﹄ ﹁なっ⋮⋮! 貴様! そこは主人の度量を見せて、いつでも掛か ってこい!、と言うべきところだろう!﹂ なんでこの鳥は、こんなに戦闘大好きなんだろ。 負けたっていうのに、ちっとも堪えた様子もない。 念入りに命令で縛っておいた方がよさそうだね。 ともあれ、サンダーバードを倒した。 これでもう、脅威となる魔獣はいないはずだ。 少なくとも、この島では。 まだ探索は続けるつもりだけど、ひとまずは落ち着いて拠点の強 化に取り組んでいける。 ﹃ご主人様、おめでとうございます﹄ ボクの安堵が伝わったのかね。 952 一号さんが、お茶と果物を運んできてくれた。 いつもの無表情だけど、心なしか喜んでくれてる気もする。 ﹃よろしければ、祝勝会など催しては如何でしょう? 他の方々も、 ご主人様に感謝を述べたいと申しておりました﹄ 祝勝会か。悪くないかも。 だけど感謝って大袈裟じゃない? ボクが戦ったのは、自分が落ち着いていたいからだし。 ﹃先の人間との争いでは、ご主人様のみを戦わせてしまったと、嘆 いている者も多いそうです。自分たちがどれほど感謝しているか伝 えたいと、各クイーンから声が上がっております﹄ ふむぅん。よく分からないや。 まあ、べつに困ることでもないし、好きにしていいんじゃない? 新しいことをすれば、また何か発見があるかも知れないし。 ボクは勝手に過ごさせてもらうだけだし。 ﹃よきにはからえ﹄ さて、急に気が抜けちゃったね。 第二城壁の建築は残ってるけど、小毛玉に任せてもいい。 ボク自身は、久しぶりに編み物でもしようかな。 953 サンダーバードとの決戦から数日︱︱︱、 ボクはのんびりと過ごしていた。時間が有り余るくらいに。 なので、編み物をしつつ、片手間に作ってみた。 将棋セット。 木材はそこらに幾らでもあったからね。 加工も、大雑把なものは魔術で簡単にできた。 細かい部分は、手作業ならぬ毛作業も加えたけど、ともかくも完 成。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃細工﹄スキルが上昇しました︾ こういう地味な作業が、やっぱりボクは好きみたいだ。 なにも考えずに、ちまちま繰り返すのが。 逆に、将棋そのものはどうでもいいのかな。 ひたすら頭を使うし。作業感が無い。 一旦考え始めると、他のことも気になってくるんだよねえ。 だから正直、あんまり強くないと思う。 で、いま、黒い毛玉と青い鳥が将棋盤を挟むっていう、シュール な光景が展開されていて︱︱︱。 ﹁ぬうぅ⋮⋮ならば、こっちに逃げれば⋮⋮﹂ ﹃それだと、桂馬で取られる。詰み﹄ ﹁にゃははは。デカイ口叩いてたのに、雷鳥も大したことないニャ﹂ ﹁き、貴様こそ、あっという間に負けたではないか!﹂ 強くないボクだけど、さすがにルールも知らなかった鳥には負け ないよ。 でも困った。 954 これだと練習にならない。 少しは鍛えてからじゃないと、メイドさんあたりに挑むのは怖い んだよね。 なんとなく、すっごく強い気がする。 もしも十三号とかに負けたら、主君としての面目が立たないよ。 ﹃ご主人様、よろしいでしょうか?﹄ ドアがノックされて、一号さんから念話が届く。 軽く空中に魔力を流して、OKの合図を送る。 魔力を感知できない相手だと通じないけど、メイドさんたちなら 問題ない。 声が出せないから、こういう部分でも不便はあったんだよね。 でも最近では慣れたものだ。 部屋に入ってきた一号さんは、一礼して用件を伝えてくる。 ﹃今夜となりますが、祝勝会の準備が整いました。外での食事会と なりますので、お越し願えますか﹄ もうそんな時間か。 言われてみれば、ちょうどお腹も空いてきたね。 今日の祝勝会に向けて、各種族があれこれと準備をしてたのは知 ってる。 食事や飲み物の用意はもちろん、ボクに贈り物をくれるらしい。 こっそりと小毛玉で覗いておいた。 アルラウネは定番の糸や布、それと新しい果物とかだね。 幼ラウネは幼ラミアと一緒に、飾り細工も作ってた。 955 しかし、この毛玉体に髪飾りとか似合うのかね? まあ折角作ってくれたんだし、素直にもらっておくつもり。 贈り物にケチをつけるほど野暮じゃないよ。 社会生活力はマイナスでも、それくらいの常識は弁えてる。 ただ、ラミアクイーンだけは止めておいた。 だってあのクイーン、自分を飾りつけて贈り物にしようとしてる んだもの。 何処のクレオパトラだってツッコミたくなったよ。 さすがに、大勢の前で突き返すのは可哀相だからね。 っていうか、全員にドン引きされるでしょ。 がっくりしてたけど、結局、みんなで歌と踊りを披露してくれる ことになった。 無難な選択だね。 練習風景はなるべく見ないようにしておいたから、本番で楽しま せてもらう。 あとスキュラも、けっこう頑張ってくれてる。 魚や動物の骨を集めて、溶かして、あれこれと加工もしてた。 途中までしか見てないけど、どうやらボクの像を作ってくれるら しい。 実物大サイズになりそうだったよ。 ひとまず喜んで受け取るつもりだけど、何処に置くか、それが問 題だね。 玄関に飾るのもアレだし。 自分の部屋でも落ち着けないと思う。 宝物庫とか用意するべきなのかな? ともかくも、祝勝会は盛大なものになりそう。 ボクも将棋盤の前から浮かび上がって、部屋の外へと向かう。 956 でも、そこでふと気がついた。 一号さんの視線が、空中を探るみたいに泳いだ。 ﹃どうかした?﹄ 他のメイドさんから念話が届いた時の仕草だ。 だけど一号さんは、少し躊躇うみたいに答える。 ﹃いえ⋮⋮少々、無粋な連絡が届いたようです﹄ 無表情だけど、迷ってる。 なんだろう? 無粋? ああ、祝勝会の前に聞かせるような連絡じゃないってことかな? ﹃問題ない。聞かせて﹄ ﹃はい。人間の街から接収した魔導通信装置に、緊急の連絡が入り ました。帝国軍に対する連絡ですが、相手はこちらの事情を知らな いようです﹄ んん? ややこしいね。 通信装置のことは覚えてる。 魔力で動く、電話みたいなやつだね。 例の褐色騎士が、連絡手段として置いていった。 電話機自体は、ボクたちが預かってる。 だけどその電話機の番号は、まだ帝国軍の物だった時のまま。 そこに、帝国軍に用がある相手からの連絡が届いた、と。 しかも緊急か。 ﹃リュンフリート公国からの、救援要請です﹄ 957 平穏は長続きしない。 そんな悲観的な言葉が、ボクの頭を掠めていった。 958 19 祝勝会の後で どうしてこうなった? 毛玉に生まれ変わってから、これまで散々に不思議な体験をした。 だけど、今回はぶっちぎりで不可解だ。 記憶が曖昧なのはいい。 たぶん祝勝会で調子に乗ったのがいけなかった。 帝国軍が置いていった物の中にあったお酒。 加えて、アルラウネとメイドさんが試しにと作ってくれていた果 実酒。 それを飲んだのが原因だろうね。 ﹃状態異常大耐性﹄があったので、最初は純粋にお酒の味を楽し めた。 だけどこの耐性、意識的にオフにもできる。 やっちゃったんだよねえ。 だってほら、ボクって未成年のまま死んだし。 酔っ払うってどんなものなのか、一回くらい味わってみたかった。 で、泥酔して記憶が吹っ飛んだ。 そこまではいい。 ボクらしくない醜態だけど、筋道は推測できる。 さほど不思議じゃない。 だけど︱︱︱、 ﹃おはようございます、ご主人様﹄ 959 涼やかに朝の挨拶をしてくれる一号さんは、息が届くほどに近い。 具体的に言うと、添い寝してる。 しかも半裸で。下着姿だ。 おまけに、一号さんだけじゃない。 ベッドの上には、アルラウネやラミアの両クイーンもいる。 彼女たちに挟まれるように、幼ラウネや幼ラミアもいる。 十三号も一緒に、半裸で抱き合ってる。 ついでに、端の方には黒狼もいた。 そしてボクが中央にいて、小毛玉もそこかしこに転がってる。 カオスだ。 混沌がベッド上を支配してる。 これは、アレだ。 深く考えちゃいけないタイプの事態だね。 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを、とかって言葉もあった。 混沌を置き去りにして、爽やかな目覚めを迎えよう。 幸い、起きてるのは一号さんと十三号だけだ。素早く服装を整え てる。 ボクもこっそりとベッドから浮き上がる。 小毛玉も回収しておこう。 ﹃おはよう﹄ ﹃すぐに食事になさいますか? お風呂もご用意できますが﹄ よし。一号さんは普段通りだ。 このまま何気ない素振りで日常に戻っていこう。 960 ﹃お風呂で﹄ ﹃承知いたしました。ところで、彼女たちは⋮⋮﹄ ﹃放置で﹄ 一言だけ置いて、さっさと部屋を出て行く。 いやぁ、世の中には不思議なこともあるものだね。 お風呂を浴びてさっぱりしてる間に、他の面々も起きてきた。 折角なので、揃って朝食を囲むことにする。 ﹁ご主人、夕べはお楽しみだったのニャ﹂ ﹁お、お楽しみだなどと、貴様、破廉恥だぞ! だいたい、私とい うものがありながら⋮⋮﹂ 赤鳥と青鳥がピーチク囀ってたけど無視した。 それよりも食事だ。 屋敷の食堂は、かなり広い作りになってる。 なんとなく勢いでそうしちゃったんだよね。 普段は、席に座るのはボク一人なのに。 どちらかと言えば、食事は静かに食べたい派だ。 だけどまあ、偶には騒がしいのも良いのかもね。 広いテーブルも大勢に囲まれて、珍しく役に立ってる。 それに、話をするのにもいい機会かな。 961 ﹃昨日の、緊急連絡。詳しく聞かせて﹄ 一号さんを呼んで、文字を描く。 もう一晩経ったから緊急とは言えないけど、重要な連絡なのは確 かだ。 ﹃皆様にもお聞かせする、ということでしょうか?﹄ ﹃うん。だいたい、方針は決めてる。でも、意見も聞きたい﹄ ﹃承知いたしました。では︱︱︱﹄ リュンフリート公国からの救援要請。 帝国軍に宛てたものだけど、見張りのメイドさんがそのまま応じ て、情報を聞き出してくれた。 どうやら海の魔獣によって、公国が襲われているらしい。 航路を塞がれただけじゃなく、港まで襲撃されたってことだね。 しかもそこは公国の首都だ。 いまはなんとか持ち堪えているそうだが、王族の脱出を考えるほ どの大惨事になってるみたいだった。 だから、魔境に派遣されてるような帝国軍の一部隊にも救援を求 めた、と。 かなり追い詰められてるのは確実だろうね。 ﹃︱︱︱以上となります。皆様のご意見をお聞かせください﹄ メイドさんが一礼して、テーブルを囲んだ皆を促す。 だけど、積極的な発言はない。 アルラウネとラミアの両クイーンは、眉根を寄せながら首を傾げ てる。 962 スキュラクイーンはいないけど、代わりに大きな黒狼が席につい ていた。 その黒狼も、静かに尻尾を揺らしてるだけ。もふもふ。 ﹃ご主人様、わたくしも意見を述べても構いませんか?﹄ ﹃いいよー﹄ ﹃率直に申し上げまして、無視するのが最良だと判断いたします﹄ 両クイーンも同意見なのか、小さく頷いた。 黒狼は、ワフ!、と小さく吠える。よく分からない。 まあ、そうなるよね。 わざわざ海を渡って人間の国を助けに行く、なんて理由はない。 ボクだって真っ先に抱いた感想は、﹁あ、そう﹂だ。 義理? 人情? 毛玉になにを求めるっていうのかな? こっちは島のことで手一杯でもあるし。 しばらくは安心して暮らせそうだけど、まだ第二城壁の建築とか、 やりたいことも残ってる。 近くに、大きな脅威はない。 だけど魔獣があちこちにいる状況は変わってないんだからね。 もしも助けに行けば、リュンフリート公国とやらに恩を売れると は思う。 それでも、何が得られるかも不明な状況だ。 海の魔獣とやらに関しても、どれだけの強さなのかも詳しくは分 からない。 やっぱり無視が一番利口だよねえ。 でも︱︱︱、 963 ﹃ボクは、まず、様子を見にいく﹄ 人間を助けたい訳じゃない。 でも、放っておけない理由もある。 リュンフリート公国とやらは、たぶん、ボクが最初に召喚された 場所だ。 召喚主である金髪縦ロール幼女もいるはず。 べつに、幼女を助けに行くのが理由じゃないよ? いや、そうとも言えるんだけど、厳密には違う。 ボクの特性にある﹃英傑絶佳・従﹄。 これってたぶん、縦ロール幼女のおかげで持ってる特性なんだよ ね。 そこに連なるのは﹃成長加速﹄だけ。 だけどこのスキルのおかげで、随分と助けられたと思う。 いまは﹃魂源の才﹄に連なる﹃成長大加速﹄もあるけど、もしも 失くなったら、これから力を付けるのに苦労が増えそうだ。 結論。幼女がいなくなると困る。 なにやら誤解を生みそうな言葉になったけど、間違ってはいない はず。 それに、あの子は、ボクを助けようと手を伸ばしてもくれたから ね。 届かなかったけど、忘れてはいないよ。 ともあれ、だ。 ﹃十日くらい、留守にする﹄ 964 それくらいでイケると思うんだよね。 海を渡る。公国を襲ってる魔獣を倒す。幼女の無事を確認。 そして帰ってくる、と。 うん。完璧な計画だ。 いや、穴だらけで、行き当たりバッタリなのは自覚してるけどね。 だけどまあ、たぶん⋮⋮、 なんとかなるんじゃないかなあ? ボクの決定に、反対の声は上がらなかった。 敢えて言うなら、黒狼が少し吠えてたくらいだ。 小毛玉でぽんぽんと撫でてやったら尻尾を振ってた。問題ないと 思う。 ラミアクイーンくらいは止めると思ってたんだけどねえ。 まあ、戦闘力の差を考えて逆らえないってところかな。 いつでも暴君になれそう。 いや、なりたいとは思わないけどね。 ともかくも、行動は決まった。なので準備に取り掛かる。 今回はバロールさんスタイルで行くつもり。 人間との接触もあるかも知れないからね。 あと、海を飛んで行くにしても、それなりの物資は必要だ。 念入りに準備したいとも思うけど、状況からして急ぎたくもある。 明日には出発するつもり。 965 ﹃食事は、十日分、持てるかな? あと、海の上で、寝ることも考 えて⋮⋮﹄ 黒甲冑の具合を確かめながら、一号さんに指示を出していく。 一号さんが静かに手伝ってくれてた。 だけど、ふと口を開く。 ﹃今回の遠征に関しまして、こちらでの対応計画を作成いたしまし た﹄ ん? 遠征? そう言っちゃっても構わないのか。 魔獣を征伐する、ってことになるのかな? 遠出はするけど、観光って訳でもないからね。 ﹃まず、戦闘に長けた順から六体の奉仕人形を、最大まで魔力を蓄 えた状態で待機させます。拠点に危急の事態が訪れた時にのみ稼動 させる予定です。残りは、二体が通常稼動、四体が消耗を最低限に 抑えるよう務めます。そして一体のみ、わたくしが、ご主人様に同 行するべきと判断いたしました﹄ ふむん。まあ、悪くないんじゃない? 拠点の拡張とかは止まっちゃうけど、安全確保が最優先でしょ。 メイドさんズの戦闘力があれば、いざって時も、ボクが戻るくら いまでは持ち堪えられるはず。 ﹃アルラウネ、ラミア、スキュラの各クイーンとも話し合い、早急 に態勢を整える予定です。ですので、一切の御懸念は不要です﹄ 城壁もあるし、最悪、地下の脱出路も用意してある。 966 この拠点の守りは万全だって、胸を張って言えるくらいだ。 それにしても、だ。 ﹃随分と、張り切ってる?﹄ ﹃⋮⋮皆、少しでもご主人様の助力になりたいと考えております﹄ ⋮⋮⋮⋮ふぅん。 まあ、どうでもいいか。 ボクも好き勝手やらせてもらってるし。 このお城は、居心地がいい。 だから帰ってこれるよう守ってくれるのは、嬉しい、かな。 ﹃ところで﹄ さっきの計画だけど、ひとつ疑問があった。 留守を任せるなら、という前提だけど。 ﹃一号さんが残らなくて、大丈夫? 指揮官型、だよね?﹄ ﹃それは⋮⋮﹄ ﹃わたしが同行するのが最善。そう判断します﹄ 念話でも、舌足らずな口調になるんだね。 幼い声でも同時に告げながら、出てきたのは十三号。 メイド服じゃなくて、豪奢な、シェリー・バロールスタイルにな ってる。 ﹃わたしは万能型。人間との接触にも慣れている。そう主張します﹄ 十三号は、スカートの裾を軽く摘んで一礼する。 967 ん∼⋮⋮べつに、人間と積極的に関わるつもりはないんだけどね。 もしかしたら、役立つ場面はあるかな。 ﹃一号さんは、どう思う?﹄ ﹃⋮⋮十三号の意見も間違っておりません﹄ 無表情のまま、一号さんは軽く目蓋を伏せる。 ちょっぴり悔しそうにも見えた。 968 20 再び、海を渡って 最初に海を渡った時は、鳥の背に乗って数日掛かった。 そういえば、シルバーは元気にしてるのかな? ちょっと気になる。 だけど確かめようもないし、知ったところでどうするって話でも ないね。 で、いまはその空を自力で飛んでる。 黒甲冑姿で。 斜め後ろには、十三号もしっかりついてきてる。 けっこうな速度が出てるのに、大したものだね。 しかも十三号はドレスの上にローブっていう、動き難そうな格好 だ。 大きな荷物も背負ってる。 ついでに、肩には小毛玉もひとつ乗ってる。 荷物はボクが持った方が効率的かとも思ったんだけどねえ。 でも、メイドとしての矜持が許さないらしい。 強くお願いされたので、任せることにした。 そんな状態なのに、十三号の飛行はまったく乱れない。 無表情で、ややジト目で、真っ直ぐに進行方向を見つめてる。 時折、魔術で進路の確認もしてくれる。 ﹃ご主人様、やや東へズレている。進路の修正をすべき。そう申し 上げます﹄ ﹃分かった﹄ 969 短く文字を描いて、進路を修正。 今更だけど、メイドさんたちは本当に高性能だね。 飛行能力に関しても、重力魔術の応用で、ボクとは手法が違うみ たいだ。 遠征の準備も、メイドさん頼みの部分が大きかった。 ボクだけじゃ保存食の準備も難しかったし。 組み立て式のボートっていうのも凄い。 魔術で木材を組みなおす物で、これを展開すれば海上での休憩も 取れる。 まあボートっていうか、大型のイカダだけどね。 それでも風を防ぐ衝立も付いてて、天幕を張れば雨も凌げる。 重い甲冑で乗っても、そこそこに安定した足場になる。 腰を落ち着けての食事も可能。 急いで作ったとは思えない出来栄えだ。 ﹃どうぞ﹄ 昼過ぎに、一旦休憩。 十三号が食事とお茶の用意をしてくれた。 まだ一日目だから、お弁当がある。 ツナっぽい何か、トマトっぽい何か、ベーコンっぽい何か、そん なのを組み合わせて作ったサンドイッチだ。 こうして一息つくと、遠出してるって実感が沸いてくるね。 やっぱ帰ろうかな、なんてことも頭に浮かんじゃう。 部屋でだらだら過ごしたくなる。 やかましい鳥コンビは、いまごろ将棋の練習でもしてるのかね。 970 そういえば、ボクって元々は大陸で召喚されたんだよね。 だからいまも、帰るって言っても間違いじゃないのか。 今更、使い魔に収まるつもりもないけどねえ。 とりあえず縦ロール幼女の無事が確保できればいいや。 まだ生きてはいる、はず。 称号の﹃使い魔候補﹄も消えてないから、たぶん。 ﹃今後の予定を確認したい。そう提案します﹄ お茶を啜りながら、十三号が念話を送ってきた。 ちなみに、食事をするために、ボクは黒甲冑の胸部分だけを開い てる。 鎮座する黒甲冑と、その内部から姿を見せている毛玉。 対峙するのは、幼女令嬢。でも実態はメイドさん。 しかも大海原に浮かぶイカダの上だ。 傍目には、摩訶不思議な情景だよね。 ﹃これまでの速度ならば、休息を挟んでも明日の内には到着できる。 帝国軍から得た地図が正しければ。そう推測します﹄ ﹃大陸に到着して、すぐに、公国が見つかる?﹄ ﹃その点は不明。けれど大きな街であれば発見は容易。そう判断し ます﹄ 地図はある。一応は、海図も。 だけど旅なんて初めてだから、正確な道筋を辿れるかも不確かだ ね。 まずは大陸に着ければよしとするべきか。 あとは、適当に探せば見つかるんじゃないかな? それなりに大きな国の首都みたいだし、いざとなれば人を捕まえ 971 て聞き出せばいい。 ﹃ともかくも、進む。でも休憩は、しっかりと。それでいい?﹄ ﹃はい。順調に進軍中。そう判断します﹄ 進軍って⋮⋮いや、間違ってないのかな? ボクだけで軍隊を退けた実績はあるワケだし。 そんな物騒な行動をしてるつもりはないんだけどねえ。 夜まで飛行して、一晩をイカダの上で過ごした。 波に揺られながら寝るのは久しぶりだったけど、そこそこ落ち着 けたね。 寒さも、以前に苦労したほどじゃない。 衝立もあったし、用意してもらったマントもあった。 進化を繰り返して、ボク自身も逞しくなってる。 そうして朝早く、十三号に魔力供給をしてから出発。 まだ日が昇って間もない時間だったけど、大陸が見えてきた。 朝陽に照らされて輝く大きな陸地。 ちょっぴり胸が熱くなる。 これで一安心。でも、残念ながら街らしきものは見当たらない。 ﹃進路のズレが、想像以上?﹄ ﹃はい。わたしの力不足。申し訳ない。そう謝罪します﹄ ﹃謝る必要は、ない﹄ 972 手短な遣り取りをしつつ、空から陸地を観察。 内陸に向かって進むと、ほどなくして街道みたいなものも発見で きた。 たぶん、道に沿って進めば街に着くよね。 そうすれば情報収集もできる。 そう喜んだところで、十三号がまた別の発見もしてくれた。 ﹃ご主人様、あちらを﹄ 街道の脇、森の影に隠れるような形で、人間の集団があった。 大きな馬車もある。いくつか天幕も張られてる。 野営してる、って感じだね。 旅人、とは違う? 武装してる人もいる。何人かが立って周囲を警戒してるね。 ん∼⋮⋮偉い人と、それを護衛する集団ってところかな? 見張りは揃いの甲冑も着てるし、もしかしたら公国の関係者かも。 ﹃接触、してみる﹄ ﹃お待ちを。ならば、わたしが前に立つのが良策。そう判断します﹄ 言われてみれば、そうかな? 未だにボクの言語能力はたどたどしいからね。 ここは十三号に頼ろう。 それでも、釘を刺しておくのは忘れちゃいけない。 ﹃暴力は、避ける。その方向で﹄ ただし﹃威圧﹄はする。最低限まで絞るけどね。 973 ボクたちが集団の前に降り立つと、それだけで兵士たちがざわつ いた。 まあ空から黒甲冑と幼女が降ってきたんだからね。 驚き戸惑うのは分かる。 ﹁な、なんだ!? 何者だ!?﹂ ﹁あ、怪しい奴め! それ以上、ち、近づくな!﹂ いきなり見張りの兵士が剣を抜く。 むう。こっちは暴力を避けるつもりだったのに、ちょっと血の気 が多くない? ﹃威圧﹄が効きすぎたかな? 少しは脅した方が話が早いかと思ったんだけど、マズかった? ﹁お待ちを。当方に争う意志はありません﹂ 十三号が前に出て一礼する。 兵士たちの気配が緩んだ。 貴族みたいな衣装なのに、大荷物を背負ってるから、見た目はち ょっと不思議な幼女になっちゃってるんだよね。 それでも禍々しい黒甲冑よりは安心されるでしょ。 あ、でも鼻の下を伸ばした人もいる。そっちは要注意だ。 いつでも小毛玉を出撃させられるように待機させておこう。 ﹁わたくしはシェリー・バロール。ここにいる兄とともに、リュン フリート公国首都を目指しております﹂ ﹁首都へ⋮⋮? い、いまから向かおうと言うのか?﹂ ﹁はい。よろしければ、道を教えていただけますか?﹂ 974 兵士たちは顔を向け合って、なにやら小声で話し始める。 なんだろ? 道くらい、すぐに教えてくれてもいいんじゃない? 知らないってこともなさそうだけど? ﹁お嬢さん、悪いことは言わん。いま首都へ行くのは⋮⋮﹂ ﹁何だ!? おまえたち、いったい何を騒いでる!?﹂ 兵士の言葉が遮られた。 投げられたのは子供の声だ。 自然、ボクの視線もそちらへと向けられる。 ﹁まさか魔獣が出たのか!? ならば、ボサッとするな! さっさ と片付けてこい! 私になにかあったらどうするつもり︱︱︱﹂ 天幕の中から出てきた男の子が、ぎゃあぎゃあと喚きたてる。 うるさい。 でも、それだけじゃない。 その顔に、ボクは見覚えがあった。 悪戯っ子だ。悪ガキだ。 まだちっぽけな白毛玉だったボクを、吹き飛ばしてくれた奴だ。 まさか、こんなところで再会するなんて︱︱︱。 どうしてくれようか? 975 21 始まりの場所へ 静けさが佇んでいた朝の森に、子供の声が響く。 陽気な声じゃない。 喧しくて、正直言って不快だ。 ﹁さっさと魔獣を倒しに行け! 満足に眠ることもできぬではない か!﹂ ﹁ですから、魔獣など出ておらぬのです。殿下も落ち着かれますよ う⋮⋮﹂ ﹁このような場所で落ち着けるものか! 私は王族なのだぞ! だ いたい、其方らが頼りにならぬから、このような目に遭うのだ!﹂ 溜め息を吐きたい気分だ。 でも、おかげでなんとなく事情は飲み込めた。 悪ガキは偉い身分にある。王族だって本人も言ってる。 きっと、国が危ないから逃げてきたんでしょ。 ただ、他に偉そうな人間が見当たらないのは気になる。 この自称王子を逃がすためだけの集団なのかな? 他の王族は、まだ国に残ってる? それとも、別々で逃げたとか? 細かな事情は分からないけど⋮⋮まあ、詮索する必要もないか。 ボクが知りたいのは首都の場所だ。 たぶん、この人達が通ってきた馬車の跡とかを辿れば着けるはず。 念の為に聞き込みもしておこう。 976 ぎゃあぎゃあ喚いてる自称王子に歩み寄る。 咄嗟に兵士が立ちはだかる動きも見せたけど、一瞬だけ﹃静止の 魔眼﹄を発動。 剣に手を掛けた兵士の横をすり抜ける。 そして、自称王子の頭を掴んで持ち上げた。 ﹁な、なにをする、貴様! 私を誰だと︱︱︱﹂ ﹃うるさい﹄ 一言だけ告げて無視する。 これだけ典型的な悪ガキだと、もう怒りを通り越して呆れちゃう んだよね。 以前に吹き飛ばされたのも、どうでもよくなってきた。 うん。復讐はなにも生まない。 仕返しくらいはするつもりだけどねえ。 ﹃質問に、答えろ﹄ 掴んだ王子を掲げて、兵士たちへ見せつける。 人質の命が惜しかったら言うことを聞け、のポーズだ。 兵士たちは困惑してたけど、こっちの意図は伝わったみたいだね。 ﹃リュンフリート公国、その首都、方向はどちらだ?﹄ ﹁⋮⋮あ、あっちの、東の方向だ! そんなことを聞いてどうする つもりだ?﹂ ﹃質問するのは、こちらだ﹄ さすがに王子が人質ってのは効果あるね。 977 手早くて助かる。 他の質問にも、兵士たちはだいたい素直に答えてくれた。 一般知識に近い質問ばかりだし、嘘を言ってる心配も要らないで しょ。 ただ、他の王族がどうしてるかは、答えを濁されたけど︱︱︱。 大方の事情は掴めた。 ﹃もう、用は無い﹄ カシャン、と両肩の装甲を開く。 兵士たちは目を見張ったけど、構わずに﹃万魔撃・模式﹄を撃ち 放った。 黒色の魔力ビームは、兵士たちの横を抜けて、背後の森を貫く。 そこには、一頭の大きな熊型魔獣がいた。 人の気配を感じて寄ってきたみたいだね。 魔力ビームに貫かれた魔獣は、胴体が消え失せて、頭だけが転が った。 ﹁ひっ、ぁ、わぁ⋮⋮﹂ 失禁した王子を、兵士たちへ向けて放り投げる。 ボクは十三号に目配せすると、空へと浮かび上がった。 眼下では大騒ぎになってるけど、無視。 あ、だけど一言だけ置いておこう。 ﹃首都の、魔獣は、私が片付けてやる﹄ あんまり手強いようなら逃げるつもりだけどね。 978 まあ、言うだけならタダだし。 ともかくも行くべき方向は分かった。 さっさと向かって、縦ロール幼女だけでも助けるとしよう。 ⋮⋮⋮⋮。 いや、幼女救援はあくまで手段で、目的じゃなかったね。 街道に沿って東へと進む。 昼前には、大きな港町が遠くに見えてきた。 見覚えがある。 ちょっとだけ感慨も覚える。 最初にこの世界へやってきて、上空から眺めた街の風景だ。 だけど今回のボクは、もう風に流されるままじゃない。 自由に何処へだって行ける。 それに街の方も、随分と異常な状況になっていた。 まず、怪獣がいる。 そう思えるくらいの巨大魔獣がいて、街が酷い有り様になってる。 城に頭が届くほど大型の亀が、港に居座っていた。 何隻もの船が潰れて、その亀の下敷きになってる。 周囲には大量の血が流れた跡もあった。 少し離れた場所には、兵士たちの死体も数え切れないくらい転が ってる。 979 おまけに、亀は大型のものだけじゃない。 小型の亀が、街のそこかしこで住民を襲ってる。 いや、襲ってるっていうよりは、居着いてるのかな。 街全体が、亀の巣みたいになってる。 小型って言っても、小さな一軒家くらいの大きさの亀だからね。 そんな亀が数ヶ所で集団を作っていて、街に繋がる道も封鎖され てる。 で、逃げられなくなった人間を食料にしてるみたいだ。 なにこの地獄絵図。 道端にへたり込んで、虚ろな目で空を見上げてる人がいる。 もうなにもかも終わりだー、って叫んでる人もいる。 辛うじて、中央のお城だけは無事なのかな? 城壁はボロボロで、見張りの兵士も呆然と立ってるだけ。 それでも生き残った大勢が集まっていて、なにやら話し合ってる。 ﹃ご主人様は、人間に味方する? そう確認します﹄ うん。爬虫類好きでもないし。 あれ? 亀って爬虫類だっけ? トカゲっぽいからそうだよね? まあ、細かいことはいいや。 他人の領土を暴力で踏み躙ったんだ。 亀の方も、暴力で追い払われたって文句は言えないでしょ。 問題は、大型がどれだけ強いのか? ︽行為経験値が一定に達しました。﹃鑑定﹄スキルが上昇しました︾ ︽条件が満たされました。﹃解析﹄スキルが解放されます︾ 980 お? 鑑定さんが進化? これは検証したいところ⋮⋮だけど、さすがに後回しだね。 とりあえず、大型亀もなんとか対処できると思う。 だいたいの戦闘力は、不死鳥クラスに及ばないくらい? でも防御力なら上かも? どっちにしても、動きは鈍そうだし、危なくなったら逃げればい いでしょ。 それに、ちょっと緊急事態みたいだ。 小型亀が数匹、中央のお城に迫ってる。 対する人間は、兵士たちが迎撃に向かわ⋮⋮ない? お城の門から出てきたのは、十数名の住民。武装もしていない。 見たところ、お年寄りばかりだね。 初老や中年の人も混じってるけど、平均年齢はかなり上に見える。 とてもこれから戦うっていう様子じゃない。 もしかして、自分から餌になろうとしてる? 亀たちを満足させて、少しでも時間を稼ごうっていうつもり? うわぁ。どんだけ追い詰められてるんだろ。 お年寄り集団が出て行く背後では、泣き叫んで止めようとしてる 子供もいる。 その子供を抱きかかえてる母親も、やっぱり辛そうにしてる。 そんな様子に背を向けて、悟りきった顔で魔獣に向かっていく老 人たち。 若い者こそが生き残るべきじゃ。 未来を託したぞ、そんな声が聞こえてきそう。 981 凄惨な人間ドラマだ。 こういう、お涙ちょうだいの話って好きじゃないんだよね。 なので、ぶち壊させてもらおう。 小毛玉をふたつ、黒甲冑から出撃させる。 亀集団の頭上を取って︱︱︱、 ﹃万魔撃﹄、発動! 982 22 毛玉甲冑vs巨大亀 家ほどの大きさのある亀が数匹。 その頭上から、太い魔力ビームを撃ち下ろす。 亀たちが気づいた様子はなかった。 けれど本能的に危機を察したのか、甲羅の上に半透明の障壁が張 られた。 やっぱり防御能力には優れてるのかね? まあ、﹃万魔撃﹄の前にはまったくの無力だったんだけど。 障壁をあっさりと撃ち抜いて、魔力ビームが亀に大穴を空ける。 焼き貫かれた亀は、内部から爆発するみたいに爆裂四散した。 よし。大陸の魔獣にも通用するね。 近くにいたお年寄り集団が驚いてるけど、放置で。 お城の方も騒がしいけど後回しでいいよね。 そうだ。十三号に説明とかしてもらっておけばいいか。 合図を送って、お城の方を指差す。 十三号は一礼して、そちらへ向かった。 近くに誰かいると、ボクの場合は戦い難いからね。 さて、まだお城に迫る亀も残ってる。 様子見も兼ねて、﹃轟雷の魔眼﹄発動︱︱︱、 ﹁気をつけろ! そいつに魔術は︱︱︱﹂ あ、なんかマズイ。 983 お城から叫び声が聞こえたけど、ちょっと遅かった。 魔眼から放たれた雷撃が、亀の張った障壁に当たる。 直後、反射された。 ﹃明鏡止水﹄や﹃超速﹄がなかったら反応もできなかったね。 咄嗟にこっちも障壁を張って防ぐ。 防ぎきれず、小毛玉がちょっと焼かれた。 いやほんと危なかった。 全力で撃ってたら、小毛玉が潰されてたかも。 なにこの亀? 自動で魔術反射とか付いてるの? だけど﹃万魔撃﹄が徹ったってことは、一定以上の威力だったと 通用する? それとも魔術の種類によるのかな? どっちにしても、ボクとの相性はよろしくない。 下手に魔眼は使わない方がよさそうだね。 もしも﹃死獄の魔眼﹄とか反射されたら、シャレにならない。 とはいえ、アレは最初から使うつもりはなかったから構わないん だけど。 派手になりすぎるんだよねえ。 ともかくも、最初に大型を攻撃しないでよかったよ。 小型亀はまだ残ってるし、実験台になってもらおう。 傷を負った小毛玉は、﹃自己再生﹄で回復。 そうしている内に、亀たちの注意はこっちに向けられてた。 首をもたげて、大きく口を開く。 む? ブレスかな? そんな予想通り、亀が吐いてきたのは水流ブレスだ。 984 なかなかに鋭い。 でも同じような攻撃は、魚竜との戦いで経験してる。 問題なく避けられるね。 同時に魔術で水の弾丸も撃ってくるけど、そっちも回避可能。障 壁でも防げるので、不意でも打たれない限りは脅威じゃない。 相手の攻撃力は大したことなさそうだね。 反撃に移ろう。 小毛玉ふたつで、﹃徹甲針﹄や﹃爆裂針﹄を中心に攻撃。 毛針のシャワーだ。 甲羅は硬いけど、﹃徹甲針﹄なら充分に貫ける。 亀の悲鳴を聞きながら、ボク自身も地上へ降りる。 小毛玉ばかり目立つのも、後で説明する時に困るかも知れないか らね。 今回は、黒甲冑もまともに戦うよ。 持ってきたのは槍。 斬るのも可能な、ハルバードだね。 亀との距離を詰めて、そのハルバードを力任せに振り回す。 毛玉スタイルだと、武器なんて使う必要もなかった。 だけどこの武器はメイドさん謹製、斬れ味も耐久性も抜群だ。 亀の頭を真っ二つに両断する。 また別の亀を甲羅ごと斬り裂いて、一撃でトドメを刺す。 あっという間に、城門前の亀集団は片付いた。 背後から、どよめきの声が上がる。 十三号も説明してくれてるはずだけど、大勢に囲まれて面倒くさ い事態になってるみたいだ。 とりあえず、一言だけ告げておこう。 985 ﹃城の守りは、任せる。シェリー﹄ ﹃任される。どうぞ、ご存分に。そう申し上げます﹄ 十三号が背負った大荷物の中には、剣も何本か入ってる。 小毛玉もひとつ置いておけば、まず心配は要らないでしょ。 ってことで、他の亀も倒していこう。 まだ街の各所に、数匹ずつで固まってる小型亀がいる。 その集団が、全部で十個くらいだね。 合計で小型亀は五十匹くらいか。 ちょっと面倒だけど、そのくらいの数なら魔眼に頼らなくても倒 せる。 一旦、上空に飛んで敵の配置を把握。 城の近くにも数匹いるね。 そちらへ向かうと、今度は相手もすぐに反応した。 だけどボクも準備は整ってるよ。 両肩の装甲を開いて、﹃万魔撃・模式﹄を撃ち込む。 さっきと同じだ。亀の周囲に半透明の障壁が張られる。 だけど魔力ビームは障壁を貫いて、肉片を飛び散らせた。 やっぱり、﹃万魔撃﹄なら通じるみたいだね。 他の魔眼はどうだろ? 試しに﹃重圧の魔眼﹄を発動︱︱︱あ、マズイ。反射された。 小毛玉が落下しかけたけど、すぐに復帰する。出力は絞っておい たからね。 しかし本当に魔眼は、というか魔術は反射されるみたいだ。 986 まあいい。だったら当初の予定通り、物理的に攻めるだけ。 小毛玉からの毛針で牽制しつつ、ボクが飛び込む。 そして、斬る。 細かいことを考える必要もないね。 ボクの黒甲冑を操る技術も上がってる。武器も上質な物だ。 単純に、圧倒できるだけの戦闘力がある。 次々と小型亀の集団を潰していく。 みっつ、よっつ、と。 五つ目の集団へ向かおうとしたところで、城の方で動きがあるの が見えた。 同時に、十三号からの念話も届く。 ﹃ご主人様。兵士の一部が出撃を画策。反撃の機会と捉えた模様。 そう状況報告します﹄ 十三号と、あとなんかハゲ頭の魔術師が声を上げて制止しようと してる。 ん? あのハゲ魔術師さん、見覚えがあるような? ここに知り合いなんているはずないけど⋮⋮ともあれ、妙な状況 だね。 ボクが見てる間にも、兵士の一団は制止を振り切って出撃した。 勇ましい声を上げながら、街路を突き進んでいく。 まあ、敵の数を減らしてくれるならいいけど⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮うわ、弱い。 手近な亀に突っ掛かっていったけど、ほとんど相手にもされてな 987 いよ。 さすがに敵の特性は理解してるらしく、魔術での攻撃は控えてる。 だけど剣や槍で突き掛かっても、満足な傷さえ負わせられない。 甲羅どころか、肉の部分でも剣を弾かれてる。 小型亀って言っても、家くらいの大きさがあるからねえ。 普通の人間からすれば、そりゃあ化け物でしょ。 しかし仮にも国を守る兵士なんだから、戦闘訓練とかしてるんだ よね? なのに、無謀な突撃を繰り返すだけ? なに考えてるんだろ。 あ、また一人、亀に喰われた。 はあ、仕方ない。見捨てるのも後味悪いからね。 兵士を潰した亀に、上空から毛針を叩き込む。 ボク自身も急降下。ハルバードを突き入れて、そのまま掻っ捌く。 残りの亀も片付ける。 兵士たちが歓声を上げた。 え? なにこの人たち? たったいま、自分たちは蹴散らされてたよね? なのに、どうして勝ち誇ってるの? しかもまだ負傷した兵士も何人か倒れてる。 仕方ないので、小毛玉で﹃再生の魔眼﹄を発動。 治療してあげつつ、隊長らしき男に歩み寄って告げる。 ﹃邪魔。下がれ﹄ ﹁なっ!? なんだと、貴様! いまこそ我らの力を見せようと⋮ ⋮﹂ 988 なんだろう。本当に謎だ。 この状況で怒り出すってどういうこと? ボクが間違ってるのかな? もういいや。面倒くさい。﹃威圧﹄をオン。 途端に兵士たちがバタバタと倒れていく。 死ぬよりはマシでしょ。あ、でも隊長だけはガタガタ震えながら 耐えてるね。 んん∼⋮⋮とりあえず、腹パンで。 と、やりすぎた? 派手に吹っ飛んだよ。 生きてる? 倒れたままだけど、指先だけちょっと動いてるね。 よし。このまま放っておこう。 それよりも次の敵を︱︱︱、 ﹃ご主人様、巨大魔獣が活動開始。念の為に警戒が必要。そう進言 します﹄ と、空に浮かんだところで、十三号からの忠告が届く。 港の方へ目を向けると、確かに巨大亀が動き始めていた。 というか、もう攻撃態勢に入ってる。 大きく口を開いていて︱︱︱、 まるで巨木でも投げつけられたみたいに、野太い水流が眼前へと 迫ってきた。 989 23 戦い終わって 巨大亀の戦闘力は、不死鳥には及ばないくらい。 ボクはそう見積もった。 だけど、ちょっぴり上方修正するべきかも。 ファイヤーバードやサンダーバードが戦えば、たぶん圧勝する。 巨大亀は手も足も出ないで倒されるはず。 だけどそれは、単純にスピードが違いすぎるから。 防御力に関しては、巨大亀の方が上回ってる。 そして、攻撃力は互角︱︱︱。 ボクに迫ってきた太い水流ブレスは、かなりの威力だった。 小毛玉の﹃静止の魔眼﹄を打ち破るくらいに。 静止が効いたのは、ほんの一秒足らず。 回避するには充分な時間だったけど、ヒヤリとさせられた。 やるじゃない。巨大亀、グブラブル・グァルヴォン︱︱︱ん? なんで巨大亀の名前が分かったんだろ? あ、もしかして﹃解析﹄の効果かな? 自然と頭に名前が浮かんできたんだけど、いまは構ってる場合じ ゃないか。 ともかくも、この巨大亀、油断ならない相手だ。 だけど怖くはないね。 動きは鈍いから、いつでも逃げられるっていう余裕がある。 妙な進化でもされたら厄介だし、この機会に確実に仕留めるとし 990 よう。 まずは死角になりそうな背後を取る︱︱︱と、そうはさせてくれ ない? 巨大亀の甲羅、その外周はギザギザに尖ってる。 無数の棘がついてるみたいになってるんだけど、それが撃ち出さ れた。 弾丸みたいな速度で、ボクに迫ってくる。 しかもその棘、甲羅から伸びた触手で操られてる。 触手の先端に棘がついてる、って言った方が正解かな。 完全にボクを敵だと認識してるね。 数十本の触手が連携して、空にいるボクを叩き潰そうとしてくる。 巨木で作った鞭を振り回されてるみたいだ。 その風圧だけでも、弱っちい毛玉なら吹き飛ばされそう。 死角はなし、ってことか。 でも甘い。このくらいの攻撃なら、ボクの速度なら余裕を持って 避けられる。 一気に触手の群れを抜いて、巨大亀の真上を取る。 そして、肩部装甲を解放。 ﹃万魔撃・模式﹄、発射。 両肩から放たれた魔力ビームは、巨大亀が張った障壁を貫いた。 やっぱり﹃万魔撃﹄の特性なら、亀の障壁は破れるみたいだ。 だけど、その防御力自体は貫けなかった。 分厚い甲羅をちょこっと焼いただけ。 むう。ちょこざいな。 だったら他の攻撃で︱︱︱と、また触手が襲ってくる。 991 回避しつつ、ハルバードで反撃。 ガツン、と。 弾かれた。なにこの触手、すっごく硬い。 小型亀の肉は簡単に斬り裂けたのに、こっちは別格みたいだ。 刃こぼれもしてる。 メイドさんも自信作って言ってたのに、この亀の表皮はそれ以上 ってことか。 素材として、少し持って帰りたい。 倒す理由が増えた。でも、この硬さをどうしたものか? 試しに魔眼を放つ。触手へ向けて。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃凍晶の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ 威力を抑えた魔眼だけど、反射されなかった。 僅かな氷が、触手に纏わりつく。 お? イケる? 本体以外は反射防御が付いてないのかな? なら、躊躇することはないね。 小毛玉から、次々と﹃凍晶の魔眼﹄を発動させる。 触手を凍りつかせていく。 巨大亀も攻撃に気づいて身じろぎする。 ボクの方へ首を向けて水流ブレスを放ってくる。でも、遅い。 回避して、その頃にはもうほとんどの触手が凍りついていた。 やっぱり防御だけじゃダメだよね。 攻撃こそ最大の防御。 いや、ボクが攻撃に偏ってるから言う訳じゃないんだけどね? 992 ともかくも、これでこっちの態勢は整った。 を作る時間も取れた。 周囲に人がいないのは確認できてる。お城からも、角度的に見え 溜め ない。 だから、胸部装甲を開いて、ボクの本体を覗かせる。 小毛玉も集めて、幾つもの眼で巨大亀を睨む。 そして、最大威力の﹃万魔撃﹄を叩き込んだ。 分厚い亀の甲羅が溶ける。 少しの抵抗を見せたけど、魔力ビームは巨大亀の内部まで届いた。 巨体の中心部を焼き砕く。 城壁も一呑みできそうな口から、けたたましい悲鳴が響き渡った。 でも、まだトドメじゃない。 ﹃万魔撃﹄は効いたみたいだけど、桁外れの巨体に対しては、細 い槍で刺した程度のダメージだ。 いや、内部を焼いて炸裂するから、銃弾くらいの威力はある? どっちにしても、一撃じゃ致命傷まで届かなかった。 巨大亀が緑色の血を吐きながらも蠢く。 そこへ、もう一発﹃万魔撃﹄を叩き込む。 また亀は苦しそうに身悶えするけど︱︱︱マズイね、再生してる。 防御力だけじゃなく、生命力も優れてるみたいだ。 ボクの魔力とどっちが上か、根競べをするのは厳しいかな。 負ける気はしないけど、それよりもっといい手がある。 凍りついた触手を何本か叩き斬りながら、巨大亀の背中へ突撃す る。 そのまま取り付いて、ボク自身から毛針を伸ばした。 993 甲羅があったら無理だったろうけど、傷口ができたいまなら可能 だ。 ﹃絶対吸収﹄、発動。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃絶対吸収﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃生命力大強化﹄スキルが上昇 しました︾ これまでの﹃吸収﹄だと、生きてる相手には幾分か抵抗された。 それでも効果的な技だったけど、ボクが取り付かないといけない から、手強い相手には使い難かったんだよね。 だけどこの﹃絶対吸収﹄は違う。 接近技なのは同じだけど、吸収力が段違いだ。 掃除機の比較CMで見せられるくらいに段違いの吸引力。 生きてる相手だって、瞬く間に吸い尽くせる。 地味だけど恐ろしい技だよ。 たぶん、並の人間相手なら一秒足らずで決着がつく。 掴まえたら終わり、って考えると、ねえ? そんな相手、ボクだったら絶対に近づきたくないね。 吸収する側で本当によかった。 生命力や魔力、それに、もっと根源的な何かも一気に吸い上げて ︱︱︱。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV4か らLV5になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ 994 ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃時空干渉﹄スキルが上昇しま した︾ ほんの十秒足らずで、巨大亀は吸い尽くされた。 真っ白な灰になって散っていく。 断末摩の悲鳴を上げる暇もなく、完全に消滅した。 素材としては、ちょっと勿体無かったかもね。 だけど﹃万魔撃﹄で散った甲羅の破片もあるし、触手も斬り落と した分は残ってる。あとで回収しておこう。 ともかくも、ボスは片付いた。 今回は妙なタマゴも残ってない。 あとは、小型亀が十数匹か。さっさと蹴散らすとしよう。 ︽特定行動により、称号﹃英雄﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃英雄﹄により、﹃魅惑﹄が覚醒。﹃英雄の才﹄が承認され ました︾ 街を襲っていた魔獣を退治して一件落着。 めでたしめでたし。 そうして綺麗に片付けばいいのに、残念ながら人間ってのは面倒 くさい。 995 ボクは何者なのか? 何処から来て、何が目的なのか? 自分たちは本当にもう安全なのか? 知らんがな。 いや、ボク自身のことはともかく、街の安全とか聞かれても困る よ。 とりあえず、魔獣は全部片付けた。 街のことは、自分たちで勝手にどうにかして欲しい。 元々、ボクの目的はそっちじゃないからね。 助けたんだから最後まで責任を取れ? そんなこと言う人がいたら、海に投げ捨てるね。 幸い、住民たちは遠巻きにボクの様子を窺ってるだけだったけど。 住民っていうか、もう避難民か。 話し掛けてきたのは、その避難民たちの代表らしき人だ。 ハゲてる。服装からして、そこそこの地位にある魔術師っぽい。 中年のおじさんだ。 ﹁まずは、お礼を言うべきでしょうね。助けていただき、深く感謝 致します﹂ やや頼りなさげだけど、落ち着いた物腰の人だった。 あんまりボク自身の話はしたくないけど、この人に聞いた方が早 そうだ。 ボクの目的は、まず縦ロール幼女の捜索だからね。 街中を探してもいいけど、貴族っぽかったから、有名人かも知れ ない。 996 聞き込みをしてもいいでしょ。 ﹁ところで、お聞きしたいのですが⋮⋮そちらはベアルーダ種なの では?﹂ ボクが話を持ち掛けようとしたところで、ハゲおじさんが小毛玉 を指差した。 む? ベアルーダ種? 確かに、以前のボクはそんな種族名だったけど︱︱︱。 ﹁実は、私の教え子が、その魔獣と少々縁がありまして⋮⋮﹂ そうしてボクは知らされる。 縦ロール幼女が、もうこの国にはいないこと。 そして、人質となっていることを。 997 23 戦い終わって︵後書き︶ まだこの章は続きます。が、次回更新まで少しだけ休憩させてくだ さい。 再開は年末か、年始か、前回ほどはお待たせしない⋮⋮予定です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:5 名前:κτμ 戦闘力:65800 社会生活力:−4160 カルマ:−12520 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・壱:﹃魅惑﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 998 不動の心 :﹃極道﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄ 999 カスタマイズポイント:50 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1000 幕間 とある教師が黒甲冑と出会った日︵前書き︶ リハビリ回。 もう一話を挟んで、続編を開始します。 1001 幕間 とある教師が黒甲冑と出会った日 この世に奇跡はひとつしか存在しない。 そう考えていました。昨日までは。 ひとつめの奇跡は、もちろん幼い少女の存在です。 世界の何処にでも溢れていて、それでいてひとつひとつが掛け替 えのないもの。 正しく、奇跡と呼ぶのに相応しい。 元気に走り回る幼女、物憂げに遠くを見つめる幼女、 うたた寝をする幼女、無防備な幼女、睨んでくれる幼女︱︱︱、 語り尽くせないほどですね。 そんな幼女たちも傷つけた、あの亀に似た魔獣を、私はけっして 許さないと誓いました。 なんとしても討伐せねば。 この街にいる幼女だけでも守らねばと、そう思って残っていたの です。 もちろん自分の無力さは理解しています。 なにせ、あの亀の魔獣には、ほとんどの魔術が通用しなかったの ですから。 唯一通用するのは、万能属性を持った魔術のみ。 私も使えなくはないですが、万能属性の術式は消耗が激しい。 三発も撃てば魔力が枯渇します。 精々、傷を与えて、そこを剣士に狙ってもらうのが限界でした。 1002 まったくもって厄介な魔獣です。魔術師の天敵と言ってもいい。 清廉潔白を説く聖職者よりも厄介ですね。 無垢なのは幼女だけで充分だというのに、連中は綺麗事ばかり言 いますから。 と、話が逸れましたね。 ともかくも、そんな魔獣が突然に海から現れたのです。 公国首都はたちまち大混乱に陥りました。 無論、国軍も討伐に乗り出しましたが、呆気なく敗退。 なにせ公国軍は、魔術師部隊の戦力に頼りがちでしたからね。 ただでさえ巨体で手強い魔獣に対して、相性も最悪。 そうでなくとも、他国に比べて弱兵ではないかと思えます。 恥ずかしながら、我が公国は蝙蝠国家などと呼ばれていますから ね。 鳥に対しては鳥の仲間だと言い、牙持つ獣に対しても牙を持つ仲 間だと言い、どちらにも良い顔をする蝙蝠。 それと同じように帝国の庇護を受けつつ、東側の国々にも頭を下 げて、どうにか国を保っています。 昔はそうではなかったようですが。 現在では王族も貴族も、国民に対してばかり威張り散らしていま すからね。 それでいて、実力の無い者ばかりが要職に就く。 そんな軍では、勝ち目など無かったのです。 私も半ば諦めていました。 それでも残ったのは、いざとなれば逃げられる算段があったから。 幸い、私の使い魔であるグリフォンは空を飛べますから。 幼女の何名かを連れて逃げるつもりでした。 1003 本当にもう最後だと思ったら、そうするつもりでした、が︱︱︱、 ふたつめの奇跡が助けに来てくれたのです。 それは、恐ろしく禍々しいほどの姿をした奇跡でした。 万能属性の、とてつもなく強力な魔術を放つ。 しかも何発も。おまけに甲冑に魔術具として仕込んでいる。 並の兵士では傷すら付けられない魔獣を、あっさりと両断する。 城よりも巨大な魔獣すら、容易く仕留めてみせる。 自分の正気を疑ってしまうほどの光景でした。 しかし現実だと信じたい。 何故なら、その奇跡のおかげで私たちは助かったのですから。 そして、なにより、可憐な幼女と出会えたのですから。 完璧な無表情。 乱れひとつない服装。 冷たいほどに凛とした佇まい。 それでいて忠実なメイドの如く兄に尽くそうとする幼女。実に素 晴らしい。 眼帯は少々異質ですが、怪我を負ってはいないようですし、装飾 品として見れば可愛らしくもあります。 バロールと名乗った彼の力は、正直、恐ろしい。 ですが、幼女を大切にする方に悪い人間はいませんからね。 この出会いには感謝するべきでしょう。 1004 街はほぼ壊滅状態。城も内部までボロボロ。 とても客人をもてなせる状態ではありません。 貴族の常識からすれば、とても恥ずかしくてお見せできない状態 です。 ましてや相手は、国の危機を救ってくれた英雄。 本来ならば、国賓として大歓迎するべきところでしょう。 しかし虚勢を張っても仕方ありません。 無礼を詫びつつ、どうにか形を保っていた応接室へバロール殿を 招きました。 ﹃城だというのに、随分と寂しげだな﹄ ﹁ええ、まあ⋮⋮そこらへんの事情もお話しますよ﹂ バロール殿が喋れないというのは驚きました。 そして魔力で素早く文字を描いてみせることにも。 悠然と椅子に腰掛けたまま輝く文字を綴ってみせる。実に卓越し た技術です。 海の魔獣を屠った際にも凄まじい魔術を使っていましたし、魔術 談議をすれば非常に有益な話を聞けるでしょう。 いったい彼は何者なのか? とても気になるところです。 ですが、詮索は避けておきましょう。 いまはこちらの事情を語るのが先ですね。 込み入った事情を抱えていますから。国家の恥となる部分もあり ますが、今更取り繕う場合でもありません。 今度という今度は、私も愛想が尽きました。 1005 なにせ、王が民を見捨てて逃げ出したのですから。 王や貴族は国民を守るために存在する。民は忠誠を尽くす。 それが最低限の約束事であるはずなのに。 私に置き換えれば、幼女を見捨てて逃げ出した、といったところ ですか。 そんな私には何の価値も無い。クズだと言えるでしょう。 まあ、クズで無能な王にも建て前はあったみたいですがね。 隣国に助けを求めに行く、と言っていました。 魔獣は人類共通の敵。故に、非常時には国家の枠組みを越えて事 に当たる。 それは正論で、各国家間で協力するための条約も存在します。お かげで外来襲撃の際などは一応の共闘ができています。 ですが、今回は期待できません。 完全に王族が逃げるための言い訳です。 それと、帝国から離反して東側につくためでしょう。 第四王子だけを帝国へと脱出させたのは、まだ従っていると見せ かけるため。哀れな王子は援軍を求める使者を任されたと喜んでい ましたが。 実際は帝国への恭順を示すだけの生贄。時間稼ぎの道具。 そうして時間を稼いだ後に、東側の軍勢を引き連れて戻ってくる という計画のようです。国民を救うためというのが大義名分ですが、 実際には、帝国へ攻め込むための橋頭堡とするために。 戦争を起こせば、また民が困窮するというのに。 しかも、狙うのは外来襲撃が過ぎてからでしょうね。 それまでの間、この地は魔獣の脅威に晒されたまま。 1006 正しく、この世の地獄になっていたでしょう。 バロール殿が来てくれなければ。 ﹃何故、私にそんな話をした?﹄ 一通りの話をしたところで、バロール殿が疑問を投げてきました。 当然ですね。国家の醜聞かつ機密を、仮にもその国の貴族が漏ら したのですから。ですが、私にとってはもう大したことではありま せん。 ﹁秘密を守るほどの忠誠心も残っていないということですよ。それ よりは、貴方には正確に状況を伝えて、誠実に話をしたい﹂ ﹃国を救えと言われても、困るぞ?﹄ ﹁いえいえ。もう充分に救っていただきました﹂ ただひとつ、確かめておきたいことがあるのです。 あくまで個人的なことですが。 ﹁貴方が連れている毛玉のような魔獣についてお訊ねしたいのです。 私の教え子と、少々縁のある魔獣にも似ているので⋮⋮﹂ どうやら使い魔ではないようですが、どうやって従えているのか? そこの辺りも知りたかったのですが︱︱︱、 ﹁我がバロール家の秘術です﹂ ふむ。秘術では仕方ありませんね。 シェリー殿が可愛らしい声で答えてくれただけでも満足です。 シェリー しかしバロール殿は、時折、会話を妹殿に任せる癖があるようで 1007 すね。やはり喋れないというのは不便なのでしょうか? 自在に魔 あの使い魔 へと繋がる手掛かり。 力を操っているようですが︱︱︱と、思考が逸れましたね。私の悪 い癖です。 ともかくも、知りたいのは 同種の魔獣を従えている彼なら、何かしらの助言でも貰えるかと 思ったのですが、安直すぎましたかね? ﹃その彼女、ヴィクティリーア、令嬢は、いま何処に?﹄ ﹁⋮⋮無事ではあると思うのですが⋮⋮﹂ この公国では、使い魔は貴族の証も同様。 それを召喚直後に行方不明としてしまった彼女を、私は庇いきれ ませんでした。 ﹁家の命令で、帝国へと赴いています。表向きの理由は留学ですが、 実質的には人質ですね。公国は帝国への恭順を示し、彼女の生家で ある侯爵家は公国への忠義を示す、そのための人身御供とされたの です﹂ もはや彼女は、この公国での地位を得ることはないでしょう。 貴族の不名誉は、いつまでも付いて回りますからね。 帝国で実力を示せば、あるいは道を拓けるかも知れませんが︱︱ ︱。 そういった事情をすべて聞いた後、バロール殿は椅子を軋ませな がら腕組みをしました。言葉は発せず、兜の奥にある表情も窺えま せんが、どうやら真剣に思案している様子です。 幼女の不遇は見過ごせない、とでも考えてくれているのでしょう か? 1008 やはり彼は信頼できる紳士のようですね。 ﹃連絡は、可能か?﹄ ﹁彼女とですか? 少々時間は掛かりますが、手紙は届けられます﹂ ﹃なら、伝言を。その使い魔とは、時が来れば再会できる、と﹄ どういう意味でしょう? バロール殿は、やはりあの毛玉の魔獣について何か知っている? もっと詳しく話を︱︱︱、 と思ったところで、なにやら大きな足音が近づいてきました。 この騒々しさは、あの騎士団長ですか。 ﹁︱︱︱あの無礼者はここかぁっ!?﹂ やかましいですね。 貴方は無能者でしょう、とはさすがに言えませんか。 荒々しくドアを開けて入ってきたのは、なんとかという騎士団長 です。 ええ。名前は忘れました。 悪い人間ではないのですが、迷惑な方です。 先程の戦いでも勝手に兵士たちをまとめて出撃した挙句、余計な 犠牲を出してくれやがりました。 ﹁やはりここにいたか、黒甲冑! 相変わらずの禍々しい姿⋮⋮む ? コルラート殿も一緒とは、いったい何をしておる!?﹂ 唾を飛ばさないでください。 幼女のものなら唾でも体液でも大歓迎ですが、中年男のそれは汚 1009 らしいだけです。 ﹁今後のことを話し合っていただけですよ﹂ ﹁ぬ? 今後だと⋮⋮そうだ! 某も今後のことを尋ねたかったの だ!﹂ 無礼にもバロール殿を指差す騎士団長。 はあ。本当に悪い人間ではないんですがね。 一応は、民を守ろうと頑張ってもくれましたし。 ただ、欲望に素直というか、出世に目が眩みまくっているという か⋮⋮。 ﹁貴様、いつまで居座るつもりだ!?﹂ バロール殿は腕を組んで黙しておられます。 突然の言い掛かりにも近い声に対しても、平然とした様子。さす がです。 ﹁言っておくが、貴様のような素性も知れぬ者が王との謁見など叶 わぬぞ! ましてや、此度の勝利はすべて自分の手柄などと、大それた報告な ど許されぬ! 正しい報告は、この某が責任を持って行ってやろう !﹂ 自分の手柄を山ほど脚色して報告するのでしょうね。 まったく。なにが正しい報告なのやら。 バロール殿も呆れきったようで項垂れて⋮⋮一瞬、糸が切れた人 形のようになりましたね。まあ、それくらい呆れ果てたのでしょう。 ﹃明日には帰る﹄ 1010 ﹁な、なに? 本当か!?﹂ 騎士団長、せめて嬉しそうな顔を隠したらどうでしょう。 バロール殿もやれやれと頭を振っておられるではないですか。 ﹃ただし、欲しい物がある﹄ ﹁む⋮⋮何だ? 恩賞か? 貴様、やはり王に余計なことを言おう と⋮⋮﹂ ﹃山羊や牛、家畜を譲ってほしい。可能なら、他にも栽培可能な食 料を﹄ ﹁⋮⋮は? 牛だと? そんなものでいいのか?﹂ ﹃村を拓いている。少々、理由があってな﹄ ふむ。意外な提案ですね。 ですが恩人の頼みです。可能な限りは応えたい。 騎士団長も乗り気のようですし。 ﹁そうかそうか。家畜で満足か。うむ、実に殊勝なことだ。よかろ う。某が用意してやろう。コルラート殿、それくらいの余裕はある な?﹂ ﹁ええ。近隣との連絡も取れるでしょうし、食料配布も足りるでし ょう。山羊も牛も、街を探せば何頭かは見つかるかと﹂ ﹁では、決まりだな。はっはっは、黒甲冑殿は実に気前の良い御仁 だ﹂ とりあえず、ここは話をまとめるのが最優先ですね。 邪魔な騎士団長に出て行ってもらってから、あらためてバロール 殿と話をするとしましょう。 可能なら、幼い妹殿とも親密にお話をしたいところです。 1011 む、その妹殿が、騎士団長へ冷ややかな眼差しを送っておられま すね。 ほとんど表情は変わりませんが、私には分かります。 あれは蔑みの眼差しです。 実によい。叶うなら、私にも向けてもらいたい︱︱︱、 ﹁⋮⋮なにか?﹂ ﹁いえ。世の不条理に嘆きを覚えただけです﹂ 英雄に満足なもてなしを行えないこと。 私に、幼女からのご褒美が与えられないこと。 まったくもって、この世界は不条理に溢れています。 1012 幕間 とある帝国騎士のささやかな願い 帝都中央に聳え立つ巨城。 ここのバルコニーからの眺めは実に勇壮だ。 眼下には綺麗に整備された貴族街があって、ひとつひとつの建物 も豪華。庭の草木の一本まで丁寧に手入れがされている。街路を巡 回している騎士団も、一糸乱れぬ隊列を見せている。 平民が住む城下町も、豊かに賑わっている。大陸中から商人や旅 人、冒険者も訪れて、騒がしくも平穏な暮らしを満喫している。 分厚い城壁で視界が遮られるのは、少々残念ではあるか。 けれど誇らしくもある。 この偉大なる帝国の騎士として、僅かとはいえ力を尽くせるのだ から。 たとえ、敗戦したばかりの騎士だとしても。 ﹁貴殿のおかげで私の首も繋がりそうだ。礼を言う、ルイトボルト 殿﹂ ﹁いえ。バルタザール殿が的確な判断をしたおかげです﹂ 遠征軍の敗退。そして魔境からの完全撤退。 明らかに勝ち目はなく、無為な犠牲を減らすためとはいえ、勝手 な判断をしたのも事実。 将を務めていたクルーグハルト様は、すでにこの世にいない。 しかし仮にも副将を任された自分や、援軍を率いていたバルタザ ール殿も責任を問われるのは当然だった。 1013 ﹁私はただ状況に流されただけだ。言うなれば、バロール殿に命を 救われたようなものだろう﹂ ﹁⋮⋮島から持ち帰った品々は、どれも有用な物でしたからな﹂ 魔力回復薬に使える稀少なグドラマゴラの根。 上質な絹さえも霞んで見える美麗な織物。 他にも、魔境から持ち帰った物品はどれも価値があった。 そして、バロールという常識外れの戦力を持つ男の情報︱︱︱。 イインチョウ 殿も、彼には興味を示していた これらの功績によって、敗戦の責は辛うじて免れた。 ﹁噂の勇者殿や、 な﹂ ﹁しかし俄かには信じられませんな。転生者など⋮⋮﹂ それは数年前から出てきた言葉だ。 異世界で育った前世の記憶を持ち、そのおかげか類稀な才能を有 する︱︱、 そんな者たちが存在するなど、常識的には受け入れられなかった。 しかしどうも真実であるらしい。 魔族の有力者の一人は、その転生者で、尋常でない力を持つ。ま だ十才なのに貴族家の当主となったことも、転生者という話に信憑 性を与えている。 帝国は、魔族と同盟を結びはした。 しかし敵対関係だった時間の方が長く、そこから齎された情報を 鵜呑みにはできない。 だが、この世界の希望である勇者殿も転生者だと認めた。 さらには他にも数名、そうであるらしい者たちが見つかっている。 1014 ﹁しかしバロール殿の素性も、随分と不確かな部分が多い。転生者 として幼い頃から力を付け、己の力のみを頼って生きてきた⋮⋮そ ういう推測も捨てきれませぬ﹂ ﹁素性が知れぬか⋮⋮だがそれは、私にとってはむしろ好都合だな﹂ ﹁⋮⋮? と、仰られますと?﹂ ﹁シェリー殿を迎えるのに、身分の壁が無いということではないか。 後は私自身が手柄を立て、場を整えればよい!﹂ バルタザール殿は拳を握り、褐色の顔に爽やかな笑みを浮かべる。 なんとも前向きな意見だ。 自分としては、いまの地位を守るだけでも精一杯だと思うのだが。 ﹁という訳で、戦友であるルイトボルト殿に頼みがある﹂ ﹁はあ。あらたまって、何でしょう?﹂ 何気ない動作で、バルタザール殿はバルコニーの端へ身を寄せる。 そうして声を潜めた。 ﹁魔境との交易。その役目は貴殿に任されるはずだ﹂ ﹁自分が? 失態を犯したばかりですぞ?﹂ ﹁しかし他に適任者もおるまい。少なくとも意見は言える立場にな るであろう﹂ 有り得ぬ、とは言い切れないか。 そうなるとバルタザール殿も任命される可能性はあるが、彼の身 は帝国中央の所属ではない。皇帝陛下から命じられれば否やとは言 えないが、それでも領主を通しての話となる。 ﹁私は今後も魔境に関わっていきたい。そのために口添えをしても らえぬか?﹂ 1015 ﹁⋮⋮そうですな⋮⋮﹂ 考えてはみたものの、断る理由はない。 むしろ歓迎したい申し出だ。 事情を知り、バロール殿との面識もあるのだから、バルタザール 殿は適任だと言える。 ﹁心に留めておきましょう。ですが、まだ仮定の話ですぞ?﹂ ﹁なに、そうなるに決まっている。私の勘は当たるのだ﹂ ならば何故、先の戦いではその勘は働かなかったのか? そう問い掛けたくもなったが、さすがに口を噤んだ。 魔境の品々は確かに魅力的だ。 しかし外来襲撃も控えている。 新しく交易を始めるにしても、きっとまだ先のことだろう。それ までは自分も帝都で閑職に就けられるはず︱︱︱。 バルタザール殿には悪いが、魔境と関わるような危険はもう勘弁 してほしい。 あの島は、正しく混沌の坩堝だ。 悪く言いたくはないが、バロール殿もまったくもって得体が知れ ぬ。 もしも暗闇であの黒甲冑と出会ったら、私は悲鳴を上げて逃げ出 すだろう。 やはり私は、この帝都で過ごしていたい。 どうか安穏とした日々を送れるように祈っておくとしよう。 1016 もう魔境とは関わりたくない。 なるべくなら忘れてしまいたい。 ささやかな願いは、残念ながら叶いそうになかった。 どうやら帝都の貴族たちは、新しい話に飢えていたらしい。様々 な品が集まる帝都でも、魔境の話は珍しいということか。 尾ひれのついた噂話が、嫌でも耳に入ってきた。 ﹁魔境騎士、ですか。あまり嬉しくない二つ名ですな﹂ ﹁え、そうなのですか? 申し訳ありません。とても勇猛な名だと 思ったものですから﹂ ﹁いえ。謝られることではありませんよ﹂ 正面に座った少女が丁寧に頭を下げる。 まだ十才ほどだというのに、その所作は堂に入ったものだ。 噂では、彼女は﹃魔導の才﹄にも目覚めていると聞く。毎日のよ うに図書館に通い、騎士団や魔術師部隊の訓練にも参加を申し出て いるそうだ。これほど将来有望そうな少女を人質に出すとは、公国 はいったい何を考えているのやら。 表向きの理由は留学。 ならばいっそ、帝国で抱き込んだ方がいいのでは? そんな話もちらほらと聞こえてくる。 ﹁それでヴィクティリーア様、自分に訊ねたい話というのは?﹂ ﹁はい。とある魔獣に関してです﹂ 1017 ヴィクティリーア様が目配せをすると、側仕えが数枚の紙束を差 し出す。 そこには奇妙な魔獣が描かれていた。 黒い毛玉で、虫のように細い足が幾本も生えている。 特徴的なのは中心部にある目玉だろう。 ﹁ベアルーダ種⋮⋮?﹂ ﹁はい。全身は黒で、白いものはパサルリア種と呼ばれるそうです。 魔術に長けて、魔眼まで使うらしいですが⋮⋮見覚えはございませ んか?﹂ ﹁ふむ。このような魔獣は、あの島でも⋮⋮いや⋮⋮!﹂ 描かれた魔獣の絵と、魔境での記憶が繋がる。 少々、異なる部分はある。 しかし似ている部分の方が多い。 木箱の中からひょっこりと出てきた毛玉だ。幼いアルラウネやラ ミアに囲まれていた。 ﹁そうか、アレは足が生えていなかった。しかし他の部分はそっく りだ﹂ ﹁見覚えがあるのですね?﹂ ﹁え、ええ。自分が見たのは二種類ですね﹂ 人の胴体ほどの大きな黒毛玉と、拳ほどの小さな黒毛玉。 前者は子供たちに囲まれて、後者は侍女に抱えられていた。 自分もちょっと撫でたい衝動に駆られたのを覚えている。 ﹁子供と、遊んでいたのですか? そして侍女にも従っていたと?﹂ ﹁ちらりと見ただけで、どういったものなのかは分かりません。あ 1018 の島の主であるバロール殿は、他にも多くの魔獣を従えていました。 恐らくは、その内の一種類なのではないかと﹂ ﹁そうですか⋮⋮ですが、足が無いとは⋮⋮進化したのでしょうか ?﹂ ﹁さて、そこまでは自分にも⋮⋮﹂ 今更遅いが、もっと情報に貪欲になるべきだったか。 珍しい魔獣の情報というだけでも、何かしらの役に立つ場合もあ る。 それに、目の前の少女の様子は随分と真剣だ。 大人として、帝国騎士として、助力をしてあげたくもなる。 ﹁いまは他に情報もありませぬ。しかし、何か分かった時にはお伝 えしましょう﹂ ﹁はい。とてもありがたく存じます。この魔獣を、わたくしはなん としても探し出さねばならないのです﹂ どんな事情を抱えているのか? 訊ねようかとも思ったが、やめておいた。 幼い少女が真剣に助力を求めている。それだけでも応えるには十 分な理由だろう。 ﹁いずれ、わたくしも魔境へ赴く時が来るかも知れません。そのた めにも、もっと力を付けなければなりませんね﹂ ﹁⋮⋮魔境へ? そこまでの重要事なのですか?﹂ ﹁わたくしも、以前はくだらない見栄の問題だと考えていたのです が⋮⋮﹂ ヴィクティリーア様は柔らかく目を細める。 憂い混じりの表情は、幼い少女には相応しくないほど艶めかしか 1019 った。 ﹁ですが、魂を喚んだ責任があるのです。置き捨てるなどできませ ん﹂ 意味が分からない。 けれどその真摯な想いは伝わってきた。 本当に、公国からの人質という立場なのが惜しい。 ﹁自分には大したことは出来ませぬ。ですが、可能な範囲で調べて みるとしましょう。その魔獣に関する情報でよろしいのですね?﹂ ﹁はい。ご助力、重ねて感謝いたします﹂ もしもまたバロール殿と会うことがあったら尋ねてみよう。 そう考えていた。 けれど、自分も彼女も、運には恵まれていないらしい。 公国が帝国から離反︱︱︱、 その凶報が届いたのは、ほんの数日後のことだった。 1020 01 大陸からの帰還︵前書き︶ お待たせしました。本編再開です。 1021 01 大陸からの帰還 懐かしの我が家が見えてくる。 それほど長い時間を過ごした訳じゃない。 だけど、やっぱり安心する。 なにより大地に足を着けるのがいい。いつでも飛べるとはいえ、 海の上で過ごすのは落ち着かなかったから。 今回の大陸遠征は、充分な成果があった。 まず、金髪縦ロール幼女の情報。 人質という言葉は物騒だけど、そう心配は要らないみたいだ。 他国に赴くと言っても、安全は保障される。 たとえ公国が帝国を裏切っても、いきなり殺される事態にはなら ない。 ハゲ頭の先生が教えてくれた。 貴族としての立場は、かなりマズイ状況みたいだけどね。 それでもまあ、命が無事なら心配は要らないでしょ。 なんとなく、あの幼女なら乗り切れる気がする。 金髪縦ロールだし。高笑いしながら苦難を追い払いそう。 少しは気になるけど、ボクが帝国まで向かう訳にもいかないから ね。 亀型魔獣に荒らされまくった街のことにしてもそうだ。 今後が大変そうだけど、ボクが関わるようなことじゃない。 そもそも今回は、行って帰ってくるだけのつもりだったし。 拠点を長く空ける訳にもいかないし。 1022 それに、保護した生命もある。 お土産とも言うね。 牛や山羊、豚。それぞれ四頭ずつを持ち帰った。 ふふ。これが今回一番の成果だね。 ちゃんと雄雌を分けてもらってきたので繁殖も可能。 お肉だけじゃなくて、乳製品も期待できる。 さすがに海を渡って持ち帰るのは苦労したけど。 主に、十三号が。 重力魔術を使ってまとめて運んだけど、なかなかシュールな光景 になってた。 牛や山羊に囲まれて飛ぶ幼女だ。 しかも巨大亀の素材や、他にも農作物も幾つか抱えている。 一歩間違えたら幼女虐待。 疲労を覚えない人形だからこそ可能だった作業だ。 でもおかげで無事に帰ってこられたし、何日か休んでもらっても いいかも知れない。 ﹃お帰りなさいませ、ご主人様﹄ ﹃ただいま﹄ メイドさんや各クイーンズをはじめ、大勢が出迎えてくれた。 牛や山羊を下ろすと、子供たちが興味深そうに目を輝かせる。 うん。食べないように言っておかないといけない。 涎を垂らしてる子もいるからね。 ﹃なにか、異常は?﹄ ﹃ございません。皆、平穏に過ごしておりました﹄ 1023 まあ、そうだよね。 異常が起こったら、十三号を介して伝えられてたはずだから。 むしろボクの方から色々と話すべきなんだろうけど︱︱︱。 ﹃詳細、報告は、十三号が﹄ 面倒な部分は任せよう。 ボクはお土産の中から、革袋をひとつ取り出す。 誰もいなくなった貴族屋敷を覗いて、こっそり小毛玉に回収させ た物だ。 中には飴玉がいっぱい詰まってる。 子供たちに配ってやる。 ﹃お菓子だ。噛まないで、舐める﹄ 最初に十三号にひとつ摘んで渡す。 よく働いてくれたから、お手本を兼ねたご褒美だね。 次に目についた幼ラウネに渡すと、幼ラウネは口に入れて、すぐ に嬉しそうな声を上げた。 途端に、他の子供たちも手を上げて駆け寄ってくる。 んん? なんか、出張帰りのお父さんになった気分だ。 ひとつひとつ渡すのもめんどい。 って、いつの間にか行列が出来上がってる。 子供だけじゃなくて、出迎えてくれたみんなが並んでるんですが? 大人や黒狼、赤鳥と青鳥もしっかり列に入ってる。 なんでイベントみたいになってるのさ。 なにこれ? 握手でもするべきなの? 1024 ボクが飴玉を渡すと、恭しく受け取って頭を下げる子までいるし。 まあいいや。幸い、飴玉は山ほどある。 飽きるまでは付き合うとしよう。 屋敷に戻って黒甲冑を脱ぐ。 片付けや手入れなんかもメイドさんがしてくれる。 ふう。この気楽さも安心できるね。 甲冑に入ってても苦しくはないけど、ちょっとだけ窮屈ではある。 やっぱり毛玉スタイルの方が解放感があっていい。 体を伸ばす、っていうのも変な表現かな。 ちょっと癖のついた全身の毛を伸ばして、椅子の上に転がる。 用意されてた果実水を飲んで、ほっと一息。 ﹃やはり肩部魔法陣の破損が見受けられます。改善を検討致します﹄ ﹃数回しか、使ってないけど?﹄ ﹃元より完成とは言い難い装置です。ですが、鎧自体の機能は問題 ありません﹄ まあ、元々は人間のフリをするための鎧だ。 戦闘能力はおまけみたいなもの。 暴走して爆発とかしなければ構わないでしょ。 他の装備の開発とかも、細かい部分は丸投げさせてもらおう。 1025 ﹃それよりも、お疲れでしょうか? 湯浴みの支度なども整えてお ります﹄ 言われてみれば、お風呂にも入りたかったんだよね。 向こうの街だと、そんな余裕はなかったし。 もちろん海を渡ってる時も無理だった。 折角だし、綺麗にして、一眠りさせてもらおう。 ﹃よろしければ、浴室での御奉仕もさせていただきます﹄ ﹃それは、要らない﹄ 全部任せて、洗濯物の気分を味わうのも楽なんだろうけどね。 そこまで怠惰になるつもりもないよ。 でもたしか、前にも同じようなことを言われて断ったはず。 また言い出すってことは、そんなに疲れてるように見えたのかな? 旅なんて、以前のサバイバル生活に比べれば楽なものなのに。 拠点での暮らしで気が抜けてたのかも知れない。 悪いことじゃないとは思う。 むしろ文化的で最低限度の人間らしい生活に慣れてきたと喜ぶべ き? 人間じゃなくて、毛玉だけどねえ。 そんなことを考えながら、ボクはお風呂に向かう。 服を脱ぐ︱︱︱必要もなくて、軽くお湯を浴びて、湯船に突撃。 ああ。程好く熱い湯加減が心地良い。 やっぱり我が家は落ち着く。 この場所は、本当に大事にしていかないといけないね。 1026 ボク自身が強くなってきた自覚はある。 よっぽどの事態でも起こらない限りは、力技で解決できるはず。 それでも油断はできない。 ボクには、三つの目的がある。 一つ目は、生きること。これは大前提。 望めるなら、だらだらと楽しく生きたいね。死ぬのは一回で十分 だ。 二つ目は、この世界に来た原因を探ること。 どうでもいい気もするんだけど。 それでも異世界で生まれ変わるのも、前世での死に方にしても、 あまりにも不自然だった。 興味がある。それと、警戒もしたい。 不自然ってことは、誰かが意図したものかも知れない。 だから、警戒。 そして三つ目は︱︱︱。 なんてことを考えながら、ぷかぷかと湯船を漂う。 五つの小毛玉も一緒に。 ん? 五つ? 基本は六つのはずだけど⋮⋮ああ、十三号に預け たままだ。 意識を向けると、すぐにその小毛玉と繋がる。 なにやら温かい感触に包まれていた。 って、これ⋮⋮蒸したタオル? 丁寧に体を拭かれて、毛繕いまでされてる。 むう。小毛玉のくせに、本体よりも厚遇されるとは生意気な。 1027 いやまあ、そっちもボク自身なんだけどね。 あ、一号さんも手を出そうとして、十三号に止められてる。 隙をついて手を伸ばそうとする一号さんと、その手を叩き落す十 三号。 両者とも無言。眼差しも冷ややか。 だけど手の動きは素早くて、真剣な雰囲気が漂ってる。 静かだけど苛烈な戦いが繰り広げられてる。 なんだろ、これ? 仲裁した方がいいの? まあ構わなくてもいいか。 外来襲撃 。 それ に関しても話を聞けた。 ボクにはまだ考えなくちゃいけないこともあるから。 当面の問題は、 人間の街へ行ったおかげで、 予想はしてたけど、大きな騒動になるのは確実らしい。 その時まで、残り半年を切ってる。 備えておくべきことは山ほどありそうだ。 拠点の強化や、物資の貯蔵、この島の安定化に、ボク自身の鍛錬 ︱︱︱。 たぶん、忙しくなる。 だから今くらいは、のんびりと休ませてもらおう。 1028 01 大陸からの帰還︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:5 名前:κτμ 戦闘力:67800 社会生活力:−4160 カルマ:−12520 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力大強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃魔術開発﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・壱:﹃魅惑﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃激痛耐性﹄﹃死毒耐性﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇 大耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 1029 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・壱:﹃隠密﹄﹃無音﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重圧の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄ カスタマイズポイント:50 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1030 02 カウントダウン:120日 ︽外来襲撃まで残りおよそ120日です。万全の備えをしてくださ い︾ 島への帰還から数日︱︱︱。 外来襲撃に備えて、ボクは戦力強化に努めることにした。 まずは拠点の防衛を第一に考える。 遠出したおかげで、我が家の大切さがよく分かった。 やっぱりボクは、インドアでゴロゴロしてるのが好みみたいだ。 毛玉だし。よく転がるし。 まあそれは冗談にしても、落ち着ける場所って大事でしょ。 なので、今日も一生懸命働いてる。 主にメイドさんたちが。 拠点を守る新しい壁を築いたり。元からあった城壁を強化したり。 監視塔をいくつも建てて、侵入者を感知できる魔法装置も設置し ていった。 まあ、平常運転と言っていい。 相変わらず、謎技術であれこれと役立ってくれてる。 他の拠点メンバーの生活も順調だ。 内政担当のアルラウネは、今日もぼんやりしている。 大陸からも適当に植物や食材を持ち帰ってきたので、その栽培も 任せてある。 1031 花壇や畑もどんどん広がって、もう食料に困ることはなさそうだ。 ただ、少し気になるのは、最近は数が増えてきたこと。 いつの間にか大きくなってる子供が増えてきたね。 だけど、その成長具合は個体によってバラバラだ。 どうやらアルラウネは、きっちり何年で大人に、というのがない らしい。 桃栗三年柿八年とか言うから、アルラウネの中でも違いがあるの かも。 最初に会った幼ラウネは、背丈とかもまったく変わってない。 少なくとも見た目は子供のまま。 ﹃大人になるのは、いつ?﹄ ボクが訊ねると、幼ラウネはぼんやりと首を傾げた。 右に左に首を傾げてから、両手を開いてみせる。 うん? 十日? 十ヶ月? それとも十年? よく分からないね。まあ、いいや。 ラミアたちは拠点の警備巡回と、魔獣狩りを担当。 メイドさんたちから装備も揃えてもらって、訓練も繰り返してい る。 単純な近接戦闘能力なら、ラミアクイーンはかなりのものじゃな いかな。 やけに動きが鋭くなってるし。 肌や鱗の色艶なんかも増してる気がする。 魅了の魔眼もあるから、そこらの魔獣だと相手にならなそう。 そのラミアたちの子供も増えてる。 1032 いまはまだ拠点に余裕があるけど、そのうち拡張も考えないとい けないかも。 まあ、防衛戦力が充実するのはいいことだ。 防衛と言えば、スキュラたちもその役目の一部を担ってくれてる。 ただし、湖方面の専門。 前に棲んでた魚竜は駆除したので、他の魔獣が現れないように監 視するのが主な役目になっている。 あとは、定期的に魚や貝を持ってきてくれる。 それと、もふもふ。 スキュラから生まれる黒狼の数が増えてきた。 周囲の偵察と、子供たちの面倒を見るのに役立ってくれている。 こうして整理すると、拠点の状況も充実してきたね。 メイドさん部隊を中心に、内務と、陸上水上戦力も揃ってきてる。 空戦も、一応はメイドさんたちと赤青鳥が対応できる。 赤青鳥の方は、まだちっこいままで復活待ちだけど。 空の散歩に行ったり、ボクの部屋で騒いだりしている。 そういえば、鳥仲間とか配下とかいなかったのかな? メジャーなところだと、ハーピーとかいそうなんだけど、どうな んだろ? 今度、聞いてみよう。 ん? ボクは何してるかって? もちろん、サボってる訳じゃない。 メイドさんたちに魔力供給をして、各所に小毛玉を送って、 あとはベッドに転がっての読書だ。 大陸のお土産として持ってきた。 1033 お城の図書館とか、貴族の家から、十三号に頼んでこっそりと。 向こうの知識なんかも仕入れたかったからね。 全二十巻ほどの分厚い騎士物語とかもあったので、いまはそれを 読んでる。 いまは盗賊の首領が正体を表して、豚の魔獣になったところ。 オークのロードとかキングみたいな? そういうことってあるのかね? まあ、物語の中のことだから、本気で受け止めるものじゃないと は思う。 だけど﹃変異﹄スキルなんてある世界だから、起こり得るのかも。 ﹁ご主人様、どうかなさいましたか?﹂ 部屋の隅で控えている一号さんが訊ねてきた。 いつの間にか、ページをめくる手が止まっていたらしい。 そう。いまのボクには手がある。 ﹁ううん。ちょっと考え事﹂ 流暢に喋れる。使い慣れた口も咽喉もあるから。 ﹃変異﹄を使って、人間の姿になってみた。 華奢で、小柄で、肌の色も薄くて、まるで女の子みたいと言われ たこともある、記憶にあるボクのまま。 今回は小毛玉で、その姿をしっかりと確認できる。 姿を変える時には、相変わらず正気を失いそうなくらいの激痛が あった。 体の形が変わるんだから、これは避けられないのかも。 前回と違うのは、全裸じゃないこと。 1034 全身の毛が服になるようイメージしてみた。 着慣れた制服のズボンとワイシャツを形作るのは、そんなに難し くなかった。 体の方も問題なく動かせる。 でも、そろそろ限界かな? じっとしてるだけでも、どんどん魔力が減っていくのが分かる。 これまでで、だいたい三十分くらいかな。 激しく動いたら、きっと十分も姿を留めておけない。 ﹁そろそろ戻るね﹂ 全身が光に包まれる。 また痛みはあるけど、耐える。 ほどなくして、ボクは毛玉に戻ってベッドに転がった。 最近は、この﹃変異﹄を積極的に使ってる。 べつに痛みを味わいたい訳じゃないよ。 魔力を消費して、鍛えるのに都合がいいから。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力超強化﹄スキルが上昇し ました︾ おかげで、元の﹃魔力大強化﹄スキルもランクアップした。 やっぱり大量に魔力を消費すると、ボクの魔力量も増えるみたい だ。 筋トレと同じようなもの。 ﹃万魔撃﹄とかでも消費はできるんだけど、破壊を振り撒くのも、 ねえ? 1035 それに、いつか完全に人間の姿に戻れるのも期待してる。 毛玉でいるのに慣れてきても、まだ元の姿への愛着も残ってるか ら。 ﹁ご主人様、ひとつ質問をよろしいでしょうか?﹂ ん? なんだろ? いいよー、と転がりながら意思表示してみる。 ﹁変身技能でしょうか? それを、小毛玉で使ったらどうなるので しょう?﹂ ⋮⋮⋮⋮。 おお! それは考えたこともなかった! 変身系スキルはボク本体しか使えない、って無意識に思い込んで たよ。 小毛玉の質量的に無理なんじゃないか、とも思える。 だけど、ボク本体にしても人体よりは小さめだからね。 もしも可能なら面白そうだ。 よし。魔力が回復したら、早速試してみよう。 上手くすれば、新しい技も︱︱︱。 ﹁ご主人様、緊急の報告です﹂ 一号さんの声で、ボクの思考は遮られた。 で、緊急ってどういうこと? ﹁人型の魔獣が、空からこちらへ接近しているようです。数は八体﹂ ﹃魔獣? 人型で、空を飛んでる?﹄ 1036 ﹁追加報告。ハルピュリアと呼称される種族です﹂ もしかして、ハーピー? 何にしても、この拠点に迫ってきてるなら油断はしない方がいい かな。 空から接近って言われると、ファイヤーバードを思い出す。 あの時は大変だった。 あれほどの脅威になるとは思えないけど、念の為、ボクも様子を 見に行った方がいいかもね。 で、ボクが出撃した訳だけど︱︱︱。 目の前では、ハーピーたちが土下座してる。ガタガタ震えながら。 うん。﹃威圧﹄で一発だった。 1037 03 カウントダウン:90日︵前書き︶ ブクマ1万件を突破しました。 皆様の応援にたいへん感謝しております! 1038 03 カウントダウン:90日 ︽外来襲撃まで残りおよそ90日です。万全の備えをしてください︾ 拠点の上空を、赤い翼を広げた大きな鳥が飛んでいる。 鷹を二回りは大きくしたような鳥。 以前のファイヤーバード姿とは比べるべくもないけど、随分と成 長した。 三日ほど前には炎を吐けるようになって、﹁にゃっはー!﹂と喜 んでた。 そして直後、一号さんに捕まって水桶に沈められてた。 室内で炎なんて吐くから。仕方ないね。 バカな部分は成長しても治らないらしい。 だけどまあ、赤鳥が力を取り戻してきてるのは確かだ。 ﹁くっ⋮⋮私もすぐに復活してみせるぞ!﹂ 倒された時期の差か、青鳥はまだオウムくらいの大きさしかない。 悔しそうに喚いてる。 拳でも握ってれば格好がつくんだろうけど、小さな鳥の姿じゃ負 け惜しみにしか聞こえない。 おまけに、いまはボクの頭の上で丸くなってるからね。 威厳もなにもあったものじゃない。 なのに、ハーピーたちからは敬意の眼差しが注がれてる。 1039 先日、この拠点に訪れたハーピーたちは、元はサンダーバードに 従っていた。 従者というか、巣の近くで暮らしていたらしい。 鳥仲間で、守られてたってところかな。 元々、サンダーバードは何日か出掛けるくらいは珍しくなかった そうだ。 だけど突然に姿が消えて、随分と経って、さすがにハーピーたち も不安になった。そして捜索を始めて、この拠点にもやって来た、 と。 まさか毛玉に負けて飼われてるなんて、想像もしてなかったみた いだけどね。 でも、ハーピーの忠誠は変わらないらしい。 ﹁いまは雌伏の時。だが、貴様らの忠義が無駄ではなかったと必ず や証明してみせよう!﹂ 数名分の拍手と、感嘆の声が上がる。 青鳥を乗せたボクの回りには、ハーピーたちが集まっていた。 ﹁この小癪な毛玉も、次の機会には打ち倒し、雪辱を果たしてくれ る!﹂ 途端に、ハーピーたちの拍手が止んだ。 笑顔も引き攣ったまま固まってる。 そりゃまあ、倒す宣言をした相手が目の前にいるんだから、蒼い 顔にもなるでしょ。 ハーピーたちも、ボクの戦闘力の高さは承知してる。 1040 ﹃威圧﹄を受けただけじゃなくて、メイドさんからなにやら映像 を見せられていた。 どうやらボクの姿を撮った映像集があるらしい。 その時のハーピーたちは、最初に息を呑んで、蒼ざめた顔をして、 やがてガタガタと震えて気を失うのも何名かいて、最後はほっこり としていた。 いったいどんな映像だったのやら。 気になったけど、メイドさんが誤魔化したいみたいなんで聞かな かった。 表向きは、新人教育用の資料だそうだ。 新人というか、新魔獣? ともかくも、まあそんな感じでハーピーが配下に加わった。 ハーピーと言っても、鳥成分は若干控えめだ。 翼は背中から生えてて、下半身は鳥型。人間と同じように腕も生 えてる。あとは髪にも羽毛が混じってる。 モンスター娘道に詳しい人からすると、邪道なのかも知れない。 ちなみに、何故か女性型しかいない。 そして、胸を隠してる羽毛は生えてるのか、服みたいなものなの かは謎。 ラミアの鱗と同じだね。 まあ、あんまり深いことは考えないようにしてる。 仲間が増えた、ってだけでいいんじゃない? まだ仲間と言うか、取引相手って程度だけどね。 ﹁ご主人様、こちらが引き渡す物資になります。ご確認をお願いし ます﹂ 1041 メイドさんたちが運んできたのは、余りまくってたサンドワーム 肉をはじめ、食料を主とした物資。 ハーピーたちとの物々交換を行っている。 代わりに、ハーピーが住む湿原地帯からも色々と持ってきてもら ってる。 魔獣素材とか、そこでしか採れない果実とか。 羽毛の束もあったけど、出所は聞かなかった。 アウラウネやラミアたちと違って、ハーピーは引っ越して来てい ない。 元々、定住を好む種族でもないらしい。 渡り鳥的な気質があるというか。 木々が生えてる場所なら、何処でも休めるというか。 遊牧民みたいな生活をしているみたいだ。 さすがにこの魔境だと、何処でも、って訳にはいかないそうだけ ど。 ともかくも、空を飛べる彼女たちは、活動範囲が広い。 ボクが知らない魔境の地理とかも教えてくれた。 今後も、ボクたちの目が届かない範囲を見回ってくれるそうだ。 それと︱︱︱。 ﹁協力していただいた試験の結果も出ました。やはり彼女たちも、 魔術への適性が高いようです﹂ 最近になって分かったことだ。 どうやらこの拠点に住む魔獣っ娘たちは、全体的に魔術が得意ら しい。 1042 ハーピーたちも同じく。 これまでは花粉とか魅了の魔眼とか、そういう特殊能力に頼って たから、他の技能を鍛えることに目が向かなかったんだろうね。 切っ掛けは、一人の幼ラミアだった。 ボクやメイドさんが魔術で飛んでるのを見て、真似したいと言い 出した。 もちろん、魔術で飛ぶのはそう簡単じゃない。 ボクだって、ほとんど魔眼としての本能で飛んでるようなものだ し。 だけどその幼ラミアは、二週間ほどで術式を自分のものにしてみ せた。 で、他の子も真似し始めて︱︱︱。 ﹁仕事の合間を使って、授業時間を作りたいと計画しております。 皆、乗り気になっておりますので、これまでの活動に支障は出ない と判断しました﹂ ﹃分かった。任せる。期待してる、って伝えて﹄ 文字で伝えつつ、ボクは頷く。 偉そうな言葉かな、とも思う。 だけどボクはもうここの主だって宣言しちゃったからね。 少しはそれっぽく振る舞ってもいいんじゃないかな。 期待してるのも本心だ。 ここの戦力が充実すれば、その分だけボクはのんびりできるから。 ﹁それと、もうひとつ御報告です。例の物の試作品が出来上がりま した﹂ 1043 ん? 例の物⋮⋮? そういう台詞ってよく漫画とかではよくあるけど、分かり難いよ ね。 えっと、思いつくのは⋮⋮。 ﹃ああ、アレ?﹄ ﹁はい。ご覧になりますか?﹂ 頷いて、メイドさんの後に続いて屋敷へと戻る。 と、頭に青鳥が乗ったままだった。 ﹁おい待て。私はまだこやつらと話が⋮⋮﹂ また青鳥が喚き出しそうだったので、ちょこっと毛を立てる。 ﹁あたっ!? き、貴様、ふざけた真似を、や、やめろぉぉっ!﹂ 本気では刺してないよ。ちくちくしただけ。 すぐに逃げ出すと思ったのに、何故か離れようとしない。 仕方ないので、体ごと軽く跳ねて、ハーピーたちの方へと放り投 げる。 ﹁お、覚えてろぉー⋮⋮﹂ 情けない声を出した青鳥だけど、しっかりキャッチされてた。 まったく。なんだってボクに乗りたがるのやら。 そんなにこの毛玉体は居心地がいいのかなあ。 1044 遠隔偵察用の、長期活動可能な奉仕人形。 そんなものが欲しい。 いつだったか、言った気がする。 ﹁最大の課題は、やはり稼働時間に関するものでした﹂ 以前には会議でも使われた部屋で、一号さんが説明を始めた。 他には、手が空いてたのか十三号もいる。 一号さんの手元には、魔術で作った映像が浮かんでる。 映像と言うか、複雑な図解やら文字やらがビッシリと。 ﹁我々、奉仕人形の複雑な思考行動は、擬似魂魄の制御によって成 り立っております。この恩恵は大きいのですが、それ故に魔力消費 の抑制も難しく︱︱︱﹂ ふむ。なるほど。 さっぱり分からん。 いや、嘘だけどね。お約束っていうやつだよ。 本当は、それなりに理解できる。 一号さんの説明は分かり易いし、魔術に関してはボクも学んでる から。 さすがに細かい術式の仕組みとかになると怪しいけど。 スマホは使いこなせるけど、プログラミングは無理、みたいな。 ともかくも、メイドさんたちは単独行動が難しい。 1045 偵察型を作るのも容易ではない、と。 ﹁そこで試作したのが、こちらです﹂ 一号さんが掌を広げる。 が乗せられていた。 その上には、薄茶色の毛で覆われた、フェルト人形みたいな れ えっと⋮⋮。 ﹃小毛玉?﹄ ﹁はい。ご主人様の分体がヒントとなりました﹂ 小毛玉は、ボク本体と魔力を共有している。 そ 当り前のように魔眼の連発とかで使ってたけど、考えてみれば奇 妙だ。 小毛玉自体は、さほど多くの魔力を持っていない。 だけどいざ使用するとなれば、その魔力はボク本体から送られる。 いったい、どういった経路で送られているのか? ﹁分体の操作などは、糸のように魔力経路を繋いで行われているよ うです。その経路を使って魔力も供給されていると推測しましたが、 違いました。大量の魔力が使用される際にも、その流れは確認でき ておりません﹂ ﹃大魔力が流れれば、感知できる?﹄ ﹁はい。ですが、分体が大きな魔力を扱っているのは間違いありま せん﹂ 1046 小毛玉に魔力そのものは流れていない。 でも、一時的に大きな魔力を使っているのは確実。 矛盾してるね。 小毛玉が勝手に魔力を生み出してる、って訳でもないし。 ﹁どうやら魔力自体は、空間を跳躍して転送されているようです﹂ ああ。なるほど。 例えるなら、普段は糸電話で子供に指示を出してる。 ご飯なんかの必要物資は、その場に転移させて送ってる、と。 しかし魔力だけを転移させるって、難しいことじゃないの? まったく意識してなかったけど、普段からそんなことしてたのか。 まあ、ボクは毛玉で魔眼だからねえ。 存在そのものが謎だし。 不思議生物としての特殊技能、ってことで納得しておこう。 ﹁空間転移自体がすでに高度な魔術ですが⋮⋮しかし、それで魔力 を送るというのは、ある意味では合理的です。転移による魔力消費 はありますが、空間に経路を使って送る場合も、その際の無駄な漏 出は起こるものですから﹂ ん∼⋮⋮まだ話にはついていける。 でも、なんだかややこしくなってきたね。 そろそろ結論を聞こう。 ﹃試作品は、その茶毛玉?﹄ ﹁⋮⋮はい。まずは映像と音声のみを得る、偵察機能に特化してみ ました。理論上では、大陸での偵察も行えて量産も可能です﹂ 1047 さらりと述べた一号さん。 表情はまったく崩れないけど、なんとなく説明し足りない雰囲気 を醸し出している。 でもポケットに手を伸ばすと、十個ほどの茶毛玉を取り出した。 ふよふよと浮かぶ茶毛玉。 それぞれが捉えた映像も、空間に映し出される。 ﹁原材料は魔鋼化させた鉄と羊毛、少々の稀少土類です。とりわけ 羊毛の質と着色には拘りまして︱︱︱﹂ うん。結論は、やっぱりアレだ。 メイドさんって凄い。 1048 04 カウントダウン:60日 ︽外来襲撃まで残りおよそ60日です。万全の備えをしてください︾ 製品開発って、普通は大型の物から始まって、小型化していくも のだよね。 でも一号さんが見せてくれた茶毛玉は、最初から手乗りサイズだ った。 そこらへん、どうなんだろう? 尋ねてみると、一号さんは平然として答えてくれた。 ﹁大型の物では、偵察の際に目立ってしまいますので﹂ あ、はい。尤もですね。 きっとそういった問題をクリアしての試作品だったのだろう。 そんな遣り取りの後、茶毛玉を空へと放った。 十個の茶毛玉が、別々の方向へと飛んで行った。 あくまで試作品で、偵察用の魔法装置なので、飛行能力は限定さ れてる。 航続距離は長くても速度は出せない。 海を渡って大陸まで辿り着くのに、およそ十日も掛かった。 ボクが飛んだ時には三日と掛からなかったので、単純に考えると 三分の一。 茶毛玉には休憩時間が無いのも考えると、もっと遅いことになる。 その点は、今後の改良に期待しよう。 1049 だけどこの茶毛玉、現時点でもかなりの高性能だ。 ﹃音を集める機能も、ある?﹄ ﹁はい。天候などにも左右されますが、空から街の声を探れる程度 には調整してあります﹂ 映像と音の送信は、念話と魔導通信機を参考にしたそうだ。 ほとんどノイズもなくて、綺麗な映像が確認できる。 消費する魔力も、転送によって補充できるので長期稼動が可能。 ﹁送られた映像などを記録する装置も開発中です﹂ いまはまだ、リアルタイムでしか見られない。 それでも十分だ。 ﹃大成功だと思う。改良にも、期待してる﹄ ﹁ありがたく存じます。今後の課題としましては、さらなる小型化 と、隠密性の向上でしょう。現状では魔力反応で察知される可能性 も高いのです。より偵察に適したものするべきかと判断します﹂ 頷きながら、ボクは空中に浮かんでいる映像を眺める。 海を渡って大陸を目指した茶毛玉は六個。 魔境の各所に散らばったのが四個。 合計で七個の映像が浮かんでいる。 数が合わないって? それは、海を渡る途中で撃墜された茶毛玉が三つあったから。 どうやら鳥とか、飛行する魔獣にやられたらしい。 今更だけど、ボクは鳥と縁があるね。 敵になったり味方になったり、関係は様々だけど。 1050 幸い、今回はファイヤーバードみたいな大型で危険な魔獣は確認 されなかった。 あんなのは、そうそういないと思う。 本当に。フラグとか要らないから。 ともあれ、一部の事故を除いて、茶毛玉は順調に働いてくれてい る。 ひとつの映像に、ボクは注意を向けた。 ﹃この街は、随分と大きいね﹄ ﹁恐らくはゼルバルド帝国の首都かと思われます。大陸の西側半分 ほどを領有する大国ですので、首都の賑わいもそれなりのものかと﹂ 以前に見た、リュンフリート公国の首都の五倍くらいはありそう だ。 城壁だけでも、高さも厚さも倍以上はある。中央に聳え立つお城 も立派だ。 街にも人が溢れているし︱︱︱。 ﹃ここなら多くの情報が集まりそ︱︱︱﹄ う? いきなり映像が真っ白になって、直後には消え去った。 ﹁⋮⋮申し訳ございません。どうやら撃墜されたようです﹂ ﹃誰かに、発見された?﹄ ﹁そうだと推察されます。直前の白い光は、魔術攻撃のようでした﹂ むう。残念。 1051 大国の首都だけあって、警備も厳しいってことかな? ちょうど高度を下げてたところだから、近づきすぎたのもマズか ったのかも。 ﹃さっき言ってたみたいに、隠密性が大切だね﹂ ﹁はい。痛感致しました。幸い、わたくしどもには敗残者で逃亡者 であった際の技術があります。改良は難しくないかと﹂ そういえばメイドさんたちって、元は地下で潜んでたんだっけ。 すっかり忘れてた。 まあ、改良が失敗しても構わない。 帝国の首都じゃなくても、他の適当な街を偵察してもいいだろう し。 なにせ茶毛玉は量産できるから。 ﹁第二陣の映像も、ご覧になられますか?﹂ ﹃うん。お願い﹄ ボクが頷くと、途端に三十ほどの映像が浮かび上がる。 そう。すでに茶毛玉の偵察部隊は、第五陣まで出発準備が整って いた。 総数は、およそ二百。 数ヶ月は稼動可能なだけの魔力も、専用の装置に貯蓄済み。 これだけあれば、拠点に居ながらにして大陸の情報も仕入れられ るはず。 ほんと、メイドさんが味方でよかった。 それに茶毛玉だけじゃないからね。 あんまり頼りにはならないけど、情報の仕入れ先はもうひとつあ 1052 る。 あった 拠点の北には街がある。 いや、正確に言うなら だね。 そこにいた人間は追い出されたから。 うん。他ならぬ、ボクが追い出したんだ。 街と言っても、兵士ばかりの砦みたいなもの。 あまり大規模なものじゃなかった。 千人以上の兵士が寝泊りできる宿舎は残ってるけど、全体として は閑散としている。 だけどそこの港はまだ使える。 そして、帝国からの大型船がやって来た。 ﹃お久しぶりです、シェリー殿﹄ 帝国騎士のルイトボルトさんも、使者の一人になっていた。 案内役を務めている。相変わらず、中間管理職的な立場らしい。 新しい使節団代表とかいう騎士もいる。中年の、温和そうな男の 人だ。名前と顔は、メイドさんに覚えておいてもらおう。 あとは、船員と兵士が百名ほど。 こちらの代表は十三号。もちろん、シェリー・バロールとして出 迎える。 1053 で、ボクはその様子を、茶毛玉を通して覗いている。 部屋でゴロゴロしながら。 うん。面倒なので十三号に丸投げした。 礼儀としては、ボクが黒甲冑で出迎えた方がいいんだろうね。 だけどまあ、大した問題にはならないはず。 事前に、魔導通信で取引の内容も決めてある。 今回行うのは、簡単な物々交換だ。 こちらから出すのは、グドラマゴラの根やサンドワームの干し肉。 魔境産の果実や織物などもある。 まあ、帝国が一番欲しいのはグドラマゴラの根であるらしい。 木箱五つ分ほど用意したけど、これを材料に魔力回復薬を作ると、 に備えて是非、と言われた。 何百倍もの量になる。 外来襲撃 逆に、帝国側から譲ってもらうのは、食料になるものを中心とし た種子類。 育てて増やすつもりだ。 あとは、お金も少しだけ。 単純な商売としての取引だと、こちらが完全に損をする形になっ てる。 大陸への偵察で、物価とかもある程度は把握できたからね。 それくらいは分かるよ。 だけどボクは商人じゃないし、お金を集めて喜ぶ趣味もない。 食べて、退屈を潰せるくらいのものがあれば充分だ。 だから、この取引の目的は二つ。 ひとつは、外来襲撃への備え。 1054 外の世界からやってくるらしい侵略者を、帝国には頑張って撃退 して欲しい。 どんな相手が来るか分からないし。 ボクが矢面に立つよりはきっと楽だろうし。 良く言えば、背中を支えるってことだね。 戦争では補給が何より大切だって聞くし、向こうも喜んでくれる はず。 まあ実際には、戦いが起こるかどうかも不確かなんだけどね。 ふたつめの理由は、余計な争いを避けるため。 この島でのんびりと暮らせれば、ボクはいまのところ満足できる。 安定して利益が得られる、と思えば帝国だってわざわざ攻め入っ て来ない。 合理的に考えれば、っていう条件は付くけどね。 帝国には、この島の主がボクだって認めてもらいたい。 そうなれば、無粋な連中が来た時に撃退する大義名分もできる。 そのための大盤振る舞いだ。 と言っても、余ってる物資を譲ったようなものなんだよね。 アルラウネに任せておけば、植物は驚くくらいの早さで育てられ る。 サンドワームの肉だって、まだ食べきれないくらいに残ってる。 今更ながら、ボクのところの生産効率はおかしいと思うよ。 もっと人数が増えて、本気で食料生産に力を入れたら、大陸の経 済を引っ掻き回せるかも知れない。 いや、やらないけどね。 物価の下落とか、理屈は分かっても細かい計算とかしたくない。 1055 だから大盤振る舞いは今回だけ。 次の取引からは、適性価格で行うとも告げてある。 そういった方向で、帝国代表さんとの話し合いも順調に進んでい った。 シェリー ちなみに、十三号に一目惚れした褐色騎士も乗船していた。荷運 び役として。 十三号を見るなり駆けつけてきたけど、 ﹃おお、シェリー殿、相変わらず可憐であらせられる。いえ、さら に美しくなられた。このバルタザール、再会の時を一日万夜の想い で待っておりましたぞ﹄ ﹃わたくしは貴方のことなど、今日まで忘れておりました﹄ バッサリと切り捨てられた。 ご愁傷様。 それでもまだ言い寄ろうとしてたけど、他の騎士に捕まって引き 摺られていった。 うん。構う必要はないね。 いまは代表同士の話し合いに目を向けよう。 ﹃実に良い取引ができました。我々としましては、今後とも同じよ うに取引を行いたいですな﹄ ﹃いえ。大きな戦いへの備えなど、必要無い方がよろしいでしょう﹄ 代表騎士さんと十三号が握手を交わす。 互いに用意した品を確認して、ひとまず取引を終わったところだ。 いまは応接室に移って談笑してる。 こうして見ると、十三号はしっかりと貴族令嬢しちゃってるね。 1056 ﹃兄も、この島の安定を望んでおります。敬意を持って接してくだ さる方には、こちらも敬意を持って接すると言っておりましたから﹄ ﹃左様ですか⋮⋮私個人としましても、無為な争いは避けたいとこ ろです。しかし帝国には、どうにも面子に拘る者もおりますので、 なかなか⋮⋮﹄ 婉曲な言い回しも自然に出てくるものだね。 分かり難いけど、要約すると、アレだ。 前回ボクに負けたから、面子が邪魔して領有は認められないよ、 ってこと? だけど前向きには動いてくれるのかな? ﹃ひとまずは、こっちの狙い通りかな?﹄ ﹁はい。積極的に事を構えるつもりは無いようです。しかし警戒は すべきかと﹂ 一号さんも、ボクの横に控えたまま映像を見つめていた。 どうやら同じ解釈みたいだ。 それはいいけど、どうしてここでボクを撫でるかな。 まるで問題に正解した子供を誉めるみたいに。 むう。ボクはそんなに出来の悪い子のつもりはないんだけどね。 ただ、怠けたいだけ。 あ、一号さんの眼差しがちょっぴり生温くなった気がする。 ﹃ところで⋮⋮やはりバロール殿には面会できませぬか? 少々お 尋ねしたかったのですが⋮⋮﹄ ん? なんだろ? 1057 話を切り出してきたのはルイトボルトさんだ。 これまで補佐役に徹してきたのに。 ちょっと気になる。 ってことで、十三号に指示を出す。一号さんを介して。 ﹃何でしょう? わたくしで答えられることかも知れません﹄ ﹃この島の魔獣に関してなのですが⋮⋮﹄ そういえば、こんな感じのテレビ番組があったね。 悪戯とかを仕掛けて、カメラ越しに指示を出すようなのが。 べつにボクは悪巧みをしてる訳じゃないけど、なんだかドキドキ する。 ﹃ベアルーダ種というのを、ご存知でしょうか?﹄ ドキリ、と胸が高鳴った。 いや、この毛玉体に胸があるのかどうかはともかくも。 ここでその名前が出てくる? なんで? 彼女 は帝国に居るんだって思い出せたよ。 もしかしてボクの正体に気づいて︱︱︱。 いや、違うか。 言われてみれば、 逆にこっちから尋ねておこう。 ﹃その件は、もしや公国の御令嬢と関係しているのでしょうか?﹄ ﹃っ、な、何故、それを!?﹄ ああ。やっぱり。 彼女はボクを探している。 1058 その話が、ルイトボルトさんにも伝わった。 どういう経緯かは分からないけど、この島にいるかも知れないっ て当たりをつけたのかな? んん∼⋮⋮どうしよう? ボクの正体を教えるつもりはないけど、彼女の状況は気になる。 冷遇はされていないはず、とは聞いたけど、実際はどうなんだろ? ﹃ヴィクティリーア様とは、少々縁がありましたの。よろしければ、 彼女の状況など聞かせていただけますか?﹄ ﹃それは⋮⋮﹄ ルイトボルトさんは言葉を詰まらせる。困ったような顔をした。 国の内情を話すのはマズイ、ってところかな? それとも、もっとよくない状況になってる? だけどボクの﹃使い魔候補﹄は、まだ消えていない。 ってことは、彼女も無事なんだろう。 だったら︱︱︱。 ﹃彼女に危害が及べば、けっして許さない﹄ ﹃っ⋮⋮!﹄ シェリーが穏やかな雰囲気を一変させて、鋭く告げた。 代表騎士さんが、ビクリと肩を揺らす。 ちょっと剣呑な空気になっちゃったけど、これくらいは言ってお いていいでしょ。 ﹃幼い子供を害する国など滅んで当然。兄なら、そう仰るはずです﹄ 1059 え? あれ? そこまで言えとは指示してないんだけど? まあ、いいか。 代表騎士さんが眉間に皺を寄せまくってるけど、きっと大丈夫で しょ。 ﹃ははっ、帝国が滅ぶなど笑えない冗談ですな。その時は、この魔 境も焼き尽くされているでしょう﹄ ﹃そちらは冗談がお上手ですね。兄がいる限りは、たとえ天変地異 を起ころうとも、この島は何者にも屈しません﹄ ギスギスしてる。 あ、ルイトボルトさんが胃の辺りを押さえてるよ。 あの人は本当に苦労性だね。 だけど、うん、あとは十三号に任せよう。 穏便に。平和的に。 とやらの存在も気になるし、喧嘩なんてしたくないよ。 基本の指示は守ってくれるはず。 勇者 1060 05 カウントダウン:30⋮⋮ん? 帝国との取引は、ひとまず穏便に終わった。 去っていく船を映像越しに見送って、数日︱︱︱。 ボクは空から大海原を見渡している。 いつもゴロゴロしてたり、魔力電池になってるだけじゃない。 気が向けば、鍛錬だってする。 いくつか、新しいスキルを開拓したりもしている。 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃重圧の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽条件が満たされました。﹃重壊の魔眼﹄スキルが解放されます︾ そんな訳で、新しい魔眼も手に入れました。 怖いです。 狭い場所で使っちゃいけないスキル、第何弾か、もう分かりませ ん。 ﹁人類への宣戦布告は何時に致しましょう?﹂ ﹃しないよ! なんで決定事項みたいに言っちゃってるの!?﹄ 今日は一号さんじゃなくて、四号さんが側仕えをしてくれてる。 表情は他の子と同じく平然としたまま。 短めの黒髪と、腐った豚の死体を見下ろしているような眼差しが チャーム?ポイント。 いつでも言動がサツバツとしてる子だ。 1061 そんな子と並んで空に浮かんで、眺める海には大穴が空いてる。 大型船が十隻は沈みそうな黒々とした穴だ。 滝みたいに水が流れ落ちていってる。底は見えない。 晴れ渡った青空の下なのに、その穴の周囲だけ暗闇が停滞してい る。 ﹃重壊の魔眼﹄の使った結果、こうなった。 だけ って言えるほど優しい威力じゃなかったかな。 以前だと、重力を強化するだけの魔眼だったんだよね。 いや、 そこそこ魔力を込めただけでも、人間なんて圧殺できる威力だっ た。 それでも、あくまで重力は下に向かうまま。頑丈な相手に対して は地面に押しつける程度。 動きを鈍らせるくらいにしか使えなかった。 だけど﹃重壊の魔眼﹄は違う。 睨んだ場所に、凄まじい重力の塊を生み出せる。 簡単に言うと、ブラックホール生成? しかも少し時間が経つと、大爆発も起こす極悪仕様だ。 重力崩壊ってやつかな? たしか天文学的な専門用語だと意味合いが違ってきたはずだけど、 詳しくは知らない。 ともあれ、その魔眼を使った結果が、この海の大穴だ。 ﹁未だに周囲の重力場に乱れを確認できます。長期の損害を与える のにも適しているものと判断します﹂ ﹃後片付けも大変、と﹄ 1062 戦略級魔眼だ。取り扱い超注意だ。 とりあえず、島にいる時は使わないようにしよう。 だけどまったく使わないでいるのも、逆に危ないんだよね。 いざっていう時に発動できないのも困る。 最大威力で何処までの破壊になるのか︱︱︱っていうのは怖いか ら後回し。 むしろ最小威力で連発できた方がよさそうだ。 設置型のブラックホール爆弾。 空中に無数に設置、って感じで。 それに、破壊以外の使い道も見つけたい。 核爆弾だって発電技術に応用できるんだから。 ブラックホール爆弾に他の用途が見つからないはずがない。 うん。この理屈はおかしい。 ﹃よし。みんなに考えてもらおう﹄ ﹁⋮⋮? 何をでしょう?﹂ ﹃この新しい魔眼の、平和的な使い道を﹄ ところで、今更だけど、最近のボクはかなり流暢に言葉を扱える ようになってきた。 肉体的な問題で、相変わらず声は出せない。 ﹃変異﹄を使えば別だけど、それだと魔力消費が激しい。 だから文字を描いているのも変わらないまま。 でも、大陸から戻ってきた辺りから、皆には普通に喋ってもらっ てる。 メイドさんとも念話を使わずに意思疎通が出来るようになった。 1063 確実に、ボクの言語能力は向上してきている。 その点は疑いようがない。 なのに、どうしてだろう? ﹁平和的に、人類を絶滅へと追いやりましょう﹂ まったく言葉が通じていない気がする。 うん。待って。落ち着こう。 ある程度は、こっちの意志は伝わってる。 問題があるのは、過激な意見が出る部分だけだ。 ﹁子供だけは残すべきでしょうか。教育を徹底し、ご主人様への服 従を絶対とさせれば︱︱︱﹂ ﹃却下。論外。計画もしないように﹄ 厳しい言葉で否定する。 ちょっとだけ首を傾げた四号さんは、不思議に思ってるみたいだ った。 やっぱり冗談では言ってないよねえ。 もしかしたら、これって意外と深刻な問題なのかも。 以前の、ファイヤーバードとの交渉での擦れ違いなんかも、こう いった部分が原因かも知れない。 ﹃平和って言葉の意味、分かってる?﹄ ﹁敵や脅威の存在しない状況を示すものだと、そう理解しておりま す﹂ ﹃だったら、その敵や脅威が、仲良くしようって言ってきたらどう する?﹄ ﹁排除を最優先とします。敵に対し、話し合いでの解決など有り得 1064 ません﹂ 四号さんは大真面目に答える。 他にも幾つか質問すると、やっぱり物騒な答えが返ってきた。 なるほど。これが文化の違いってやつだね。 言葉は同じでも、微妙に意味が食い違っていたみたいだ。 屍の上に築くのも平和。 虐殺をしてる最中でも、一方的で、反撃の恐れが皆無なら平和な んだ。 そして平和が崩れないよう、油断なく敵は殲滅すべし、と。 って、どんだけ殺伐としてるの!? そりゃあ積極的平和主義とかあるけど、もう積極どころじゃない よ。 超攻撃的? 恐怖政治的? もしくは魔王的? 敵がいなくなっても、即座に内部から新たな敵が現れそうだ。 ﹃一度、意識の刷り合わせをする必要があるかも﹄ ﹁ご主人様の意志に沿うのが、我々、奉仕人形の務めです。間違っ ている点などあれば、どうぞお叱りくださいませ﹂ 空中に浮かんだまま、四号さんは恭しく頭を下げる。 ううん。べつに、ボクは怒ってはいない。 お叱り にも別の意味が込められてる気がする。 むしろ面白い発見があって嬉しいくらいだよ。 それに、この ボクの意識で言えば、粛清とか、首を物理的に斬っちゃうとか。 異文化交流って難しいね。 それだけボクがぼんやりしてたのかも。 1065 周りを見てなかったってことかなあ。 ﹃明日にでも、みんなを集めて話し合う。予定を入れておいて﹄ まあ、気づいてよかったとも言える。 明日と言えば、外来襲撃まで残り三十日になるはずだ。 これが三日前とかじゃなくて良かったよ。 大きな事件になるのは間違いないみたいだし。 いざっていう時に擦れ違いが起こるのは大変︱︱︱。 ︽間も無く、外来襲撃が発生します︾ え? あれ? 何故か、とんでもないアナウンスが頭に響いてきたような? 外来襲撃が発生? 間も無く? なんで? まだ三十日以上は先のはずじゃ? あ。もしかしてこれも文化の違い? ここは電車が五分遅れるのも許されない世界じゃなくて、 一ヶ月くらいの誤差は当然とか、そういう︱︱︱。 ︽詳細な情報は判明し次第、順次、広域通知によって行います。皆 様の奮闘及び、生存を期待します︾ 頭に直接入ってくる声を聞きながら、ボクは空を見上げた。 さっきまで青々と晴れ渡っていた。 なのに、いまは光が淀んで灰色に染まっている。 雲ひとつ無いのに。 どうやらもう、暴力的にでも平和をもぎ取りに行くしかないらし 1066 い。 1067 05 カウントダウン:30⋮⋮ん?︵後書き︶ こっそりステータス更新。 読み飛ばしても問題ないです。間違い探しとかが好きな方は、どう ぞ。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:5 名前:κτμ 戦闘力:72600 社会生活力:−3860 カルマ:−14240 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力超強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃創造魔導﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・壱:﹃魅惑﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃極道﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ 1068 ﹃痛覚制御﹄﹃毒無効﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇大 耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・弐:﹃隠密﹄﹃無音﹄﹃暗殺﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重壊の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄ カスタマイズポイント:50 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1069 06 外来襲撃 灰色に染まった空を飛んで、ボクと四号さんは拠点を目指した。 なるべく急いで。 まん丸の毛玉体が楕円になるくらいに。 どうして急に外来襲撃が早まったのか? 気にならない訳じゃない。 だけどいまは考え込んでる場合じゃないからね。 もしかしてボクが生み出したブラックホールが影響︱︱︱なんて ことはない、はず。 きっと。たぶん。他に何かしらの理由があるはずだ。 ボクは悪くない。 口笛でも吹いてれば、誰にも責められないでしょ。 だいたい襲撃アナウンスにしても、いつも﹁およそ﹂って付いて たし。 そもそも正確なものだったとも限らないし。 いまは事態への対応が最優先だよ。 どうやら空の色が変わっても、直接に何かが起こる訳ではないら しい。 念話で届いた一号さんの分析によると一時的なもの。 世界間の扉が開いた影響、ということだ。 空が落ちてきて押し潰される、なんてこともない。 ただ、拠点へ戻る間にも不穏なアナウンスは続いた。 1070 ︽異界からの扉が、中央大陸西方に出現しました︾ ︽詳細な位置は、映像で確認してください︾ ︽現在、流入した魂の総数はおよそ四万。ただしこの数は、総戦力 と必ずも一致しません︾ ︽未確定情報ですが、戦闘力五万を越える個体を捕捉しました︾ ︽現状を、世界存続の危機と認定︾ ︽緊急守護システム、﹃世界守之剣﹄及び﹃世界守之鎧﹄を解放し ます︾ システムさんが本気出してる。 不穏だけど頼もしい。 しかしなんだろう、﹃世界守之剣﹄って? イメージとしては、天を突くような大剣かな。 一振りするだけで軍勢を丸ごと両断できちゃうような。 もしかしたら、そんな攻撃が放たれてるのかも知れない。 想像は色々できる。 でもやっぱり情報が足りない。 ここは落ち着いて、まずは現状の把握に努めるべきだ。 ﹁おかえりなさいませ、ご主人様﹂ 拠点に着くと、いつものように一号さんが出迎えてくれた。 さすがに冷静だね。 何を考えてるか分からないくらいだけど、おかげでこっちも慌て なくて済む。 同時に、完全にいつも通りって状態でないのも分かる。 1071 屋敷の前には、各クイーンが揃っていた。其々に緊張した面持ち をしている。 他の住民たちも仕事の手を止めている。予め決めてあった通りに、 各々の持ち場へ集まっていた。 子供たちも、親に従って大人しくしてる。 いまを地震が起きた状況とするなら、よく避難訓練をした人たち みたいだ。 さすがに軍隊までとはいかないけど冷静に行動できてる。 天の声 は、わたくしどもも聞かせていただい ﹃事態は、何処まで把握できてる?﹄ ﹁皆様の頭に届く ております。現状では、その情報の真偽を確かめている段階です﹂ 茶毛玉 で ああ。そういえば、メイドさんたちにはアナウンスは聞こえない のか。 でも誰かに代弁して貰えば問題ない、と。 ﹁少なくとも、この島への脅威は迫っておりません。 も警戒しております﹂ 一号さんが淡々と報告してくれる。 ひとまず量産型茶毛玉での警戒網は、問題なく稼動してるらしい。 なら、いまはやっぱり情報を待っていた方がよさそうだ。 ﹃みんなは待機で。警戒を続けて﹄ ﹁会議の準備もしております。クイーンの方々はこちらへ﹂ ボクとクイーンたちが屋敷へと入る。 そこで、またひとつのアナウンスが届いた。 1072 ︽間も無く、第一次﹃星降らし﹄による攻撃を行います︾ これは、つまり⋮⋮襲来直後の敵への全力攻撃? システムさん、容赦無しだ。 テレビ中継で花火大会を見た覚えがある。 正直、退屈だった。 三十分も経たずに見飽きた。 だけどいつだったか、実際に花火大会の場に居合わせた時は違っ た。 空いっぱいに描かれる炎の絵に、音も含めた迫力に、ボクは見惚 れていた。 感動した。 あれはきっと、そういう感情だったんだろうね。 でもその後も、テレビ中継の花火大会はつまらないままだった。 自分の目で見て、現場の空気を肌で味わうのは、まるで違う。 つまりは、だ。 どれだけ迫力ある映像だって、落ち着いて見ていられる。 たとえ、異世界からの侵略者の軍勢でも。 それが、とんでもなく強そうでも。 うん。ガタガタ震える醜態は晒さないで済みそうだ。 1073 全身の毛が逆立ってるみたいだけど、気の所為ってことで。 ﹁⋮⋮人型のものも混じっていますが、どうやら全軍が、こちらの 世界で言う竜種の特性を持っているようですね。精強さも窺えます﹂ 会議室に集まったボクたちの前には、大型の画面が浮かんでいる。 みんなで映画を見てるような形だ。 でも実態は、もっと深刻なもの。 空中の画面には、広々とした草原が映し出された。 そこに、異界からやってきたっていう軍勢が陣を構えてる。 四つ足で、地面に大きな足跡を刻んでいるのもいる。 翼を広げた集団が、空を埋め尽くすように悠然と舞っている。 一体一体が、所謂、西洋ファンタジー系のドラゴンだ。 そんなのが数え切れないほどに集結している。 彼らの背後には、大きな門も聳え立っていた。 天を突くほどの巨大な門で、両開きの扉が開き、そこからいまも また新たな竜が飛び出してきている。 ﹃人類、終わったかな?﹄ ﹁まだ推測しかできませんが⋮⋮その可能性も、充分に有り得るか と﹂ ざっと見ただけでも、竜の数は一万を越えている。 数頭ごとに、その竜の背に乗っている人間に似た影もあった。 ただし、翼や角が生えている。竜人ってところかな。 小型の竜でも、人間の兵士なら千人単位で蹴散らせそうだ。 そこに竜人の知能も加われば、策に頼って倒すのも難しくなる。 1074 いやまあ、竜人の頭がいいとは限らないけど、動きを見てるだけ でも知性はありそうだよ。 地上の竜は、掛け声に合わせて陣形を組んでるし。 空の竜も、隊列を組んで綺麗に舞っている。 総勢で、竜が三万に、竜人が一万ってところかな。 まだ扉から出てくるのもいるから、もっと増えそうだ。 そんな様子を見て、メイドさんたちも心なしが神妙な面持ちにな ってる。 クイーンラウネも震えてる。ボクを膝に乗せて撫でてたのに、い つの間にか、その手が止まってた。 ラミアやスキュラも顔色を蒼ざめさせてる。 小毛玉をそっと頬に当ててみても気づかないくらいだ。 普段は喧しい赤鳥青鳥まで黙り込んでいた。 あ、黒狼だけは嬉しそうに尻尾を振ってる。 干し肉齧ってるし。マイペースだ。 だけどまあ、いまから緊張してても仕方ないでしょ。 幸い、竜の軍勢が現れたのは大陸だ。 この島が戦いに巻き込まれるとしても、まだ時間の余裕はある。 星降らし って、何だか分かる?﹄ それに、システムさんも頑張ってくれるみたいだ。 ﹃ ﹁外来襲撃に対する、空からの攻撃だと聞き及んでおります。その 一撃だけで敗退した軍勢もあったと︱︱︱﹂ 一号さんの声が遮られた。 一際大きな竜の咆哮が響き渡ったから。 1075 その咆哮を上げた竜もやっぱり大きくて、他の竜と比べて三倍以 上の巨体だ。 全身が黒い鱗で覆われていて頑丈そう。 いかにもボス、って風格も漂ってる。 只の竜って呼ぶのも勿体無いくらいだ。 とりあえず、邪龍って呼ぼうか。 黒いからね。黒い奴は、大抵が邪悪だって決まってる。 ⋮⋮⋮⋮ただし、もふもふな場合は除く。 ともかくも、そのボス邪龍が空を見上げた。他の竜は静まり返っ てる。 その視線を追って、映像も切り替わる。 空の一部が赤々と焼けていた。 夕陽じゃない。攻撃的な赤色が見る間に広がってくる。 やっぱり、と思った。 それは﹃星降らし﹄だ。メテオだ。スウォームだ。 ボス竜の巨体よりも大きな隕石が降ってくる。 システムさん、本当に殺る気満々だね。 これは期待できる。 いくら竜の軍勢だって、あの巨大隕石を喰らったら一溜まりも︱ ︱︱。 なんて思った途端、また竜の咆哮。 思わず、ボクの毛玉体も縮み上がってしまう。 別の画面で捉え続けている邪龍が、咽喉の奥から白い光を溢れさ せていた。 白光が輝きを増して、そして、一気に吐き出される。 1076 白い光線と巨大隕石が、空高くで激突した。 うわぁ、と。 会議室に驚嘆の声が漏れた。 ボクも息を呑んで光が散る映像を見つめていた。 上空での激突は短い時間で︱︱︱、 打ち勝ったのは、ボス竜のブレスだった。 隕石は粉々に砕けて、燃え上がりながら飛散する。 その破片だって、人間なら近くに落ちただけで大怪我をしたはず だ。 だけど竜たちにはまったく被害を及ぼさない。 すべての竜を囲む形で、淡く光る障壁が張られていた。 うわぁー⋮⋮。 見るからに屈強かつ頑丈そうな肉体。 とんでもない威力のブレス。 おまけに知性もあって、魔術による障壁なんかも操る。 これ、人類に勝ち目があるのかなあ? ︽外来種の内、推定戦闘力十二万を越える個体を観測しました︾ よし。逃げよう。 1077 07 非常時にこそ平常心で 邪龍が来たら逃げる。 ボクはこの方針を決めた。そして、誰にも伝えなかった。 だってほら、仮にも島のボスを名乗っちゃったし。 一応は城持ちの皇帝種だし。 そんなボクが戦う前から逃げる気満々だなんて、士気にも影響す る。 なので、拠点のみんなには、警戒しつつ普段の生活を続けるよう に伝えた。 竜軍勢の様子は、茶毛玉でしっかり監視しておく。 だけどまあ、海を渡った先の話だからね。 上手くすれば、ボクたちには関わりなく終わる可能性だってある。 緊張し続ける生活なんて嫌だ。 だから、みんなにはボクのまったり生活を支えてもらおう。 いざとなったら戦うのがボクの役目だ。 そして、本当に危ない時は真っ先に逃げる、と。 客観的に見たらダメな王様? 違うよ。王様は生き残るのも役目だよ。 命懸けで戦うのは、騎士とか武士とかに任せよう。 ってことで、毛玉であるボクは、今日もベッドの上で転がってる。 一号さんからの報告を聞きながら。 1078 ﹁島南部の偵察は、一通り完了しました。やはり竜種の姿は消えて います。ハーピーからも同様の報告が上がっています﹂ ﹃大陸での合流は?﹄ ﹁追跡していますが、数日後になるかと推測されます﹂ 竜軍勢の出現から一日が過ぎて、この島にも変化が起こった。 以前から住んでいた竜たちが、北へと移動を始めたことだ。 南東の砂漠奥には飛竜が群れを作っていた。 南西の湿地帯にも、蛇に翼を生やしたような竜っぽい魔獣がいた。 そんな集団が、揃って海を渡って大陸を目指している。 どうやら竜軍勢と合流するのが目的らしい。 ボクの拠点からは離れた場所を飛んでいったので、ひとまず見過 ごすことにした。 いまは竜軍勢に目を付けられたくない。 もしかしたら、竜同士で敵対している可能性もあるけど︱︱︱。 ﹁やはり両竜種は、起源を同じくする可能性が高いようです。生体 情報からも繋がりが確認されましたので、過去の外来襲撃での生き 残りなのでしょう﹂ 生体情報。DNA鑑定みたいなものだ。 メイドさんがやってくれることなので、もう驚かない。 島の竜は以前にも倒したので、その死体から情報を入手できた。 異世界からやってきた竜の方は、茶毛玉が落ちた鱗なんかを入手。 さすがに茶毛玉だけだと、その場で鑑定なんて出来ない。 高性能茶毛玉 を潜伏させてある。 だけど、いざっていう時の備えが役に立った。 大陸には、幾つか 1079 普通の茶毛玉に比べると、二回りくらい大きい。ソフトボールサ イズだ。 だけど竜からしてみれば豆粒みたいなもの。 こっそりと近づいて、上手く偵察を行ってくれた。 この高性能茶毛玉は、実はもうひとつの任務のために作ったもの だ。 そちらの結果は、もう少ししたら分かる。 それにしても、竜が、外来起源種か︱︱︱。 ﹃立場としては、メイドさんたちと同じだね﹄ ﹁否定しきれません⋮⋮ですが、我々はこちらの世界で生み出され たものです。それに、生命を持つ彼らとは違います﹂ まあ、奉仕人形だからねえ。 元の世界とか言われても、人間みたいな感傷は沸かない、と。 だけど竜たちは合流するとして、その後はどうするんだろ? 軍勢の一員として戦うのか。 それとも元の世界に帰るのか。 どっちにしても、ボクへの被害が及ばないようにして欲しい。 ﹁彼らの意図を探るため、現在、その通信手段を探っております﹂ ﹃通信? 島の竜に、その手段で呼び掛けたってこと?﹄ 本能とか、自分たちで気づいたとかじゃないのかな。 竜だけに伝わる通信手段。 もしもそれが存在するなら、盗聴みたいな真似もできる? ﹁彼らの行動は知性的すぎます。一体や二体ならば本能という可能 1080 性もありますが、ほぼすべての竜が大陸を目指しています。不自然 な魔力の流れも感知できましたので、数日もあれば解析できるでし ょう﹂ メイドさんたちと出会えたのが、ボクにとっては一番の幸運だっ たかも。 そう思えるくらい頼りになる。 これで魔力供給の問題がなかったら、とっくにこの世界を征服し てただろうね。 そのうち、地球並の技術も再現できそうだ。 このベッドのクッションだって、改良されて随分と快適になって る。 毛玉体もよく弾む。 ﹁⋮⋮ご主人様?﹂ おっと。考え事してる間に跳ねまくってた。 主君としての威厳も大切にしないといけない。非常時だからね。 緩んでいた表情を引き締めなおす。 丸くてふわふわの全身だけど、心持ち、キリッと。 ﹃茶毛玉はいくら使ってもいい。偵察と、警戒を厳重に。この拠点 の安全は、なんとしても守れるようにして﹄ ﹁はい。全力を尽くさせていただきます﹂ 一号さんが恭しく頭を下げる。 さて。それじゃあボクも、偶には真面目に働こうかな。 1081 屋敷を出て、拠点の各所を見て回っていく。 普段は小毛玉が巡回してるけど、今日はボク自身が足を運ぶ。 っと、毛玉だから足はないんだった。 ともかくも、非常時だからね。 皆には普段通りに過ごすよう言ってあるけど、不安を覚えてる子 もいる。 だから主であるボクが姿を見せて、その不安を取り除こうってい う企みだ。 でも、むしろこれって逆効果なんじゃない? あんまりボクから積極的に関わろうとはしてなかったから、普段 とは違うことを意識させちゃうような? だけどまあ、ひとまずは平穏に過ごせてるみたいだ。 作物に囲まれているアルラウネは、ぼんやりと昼寝をしてる。 ラミアは大きなワニみたいな魔物を狩って帰ってきた。 いつの間にか、ボクの後ろを子供たちがついてきてるし。 幼ラウネと幼ラミアが、揃って飛び乗ってきた。 蔦と蛇の尾に巻きつかれたまま、城壁を出て湖へ向かう。 水辺で遊ぶ子供たちを横目に、スキュラたちとも雑談を交わして いく。 黒狼が、子供たちに尻尾を掴まれて泣きついてきた。 もふもふ仲間のよしみで助けてあげよう。 そういえば︱︱︱、 1082 こうして大勢と積極的に話すのって、 死んだ時 以来だ。 ふと思いついて、クラスの皆に声を掛けたんだっけ。 まさか、こんな毛玉になるなんて思いもしなかった。 でも、そう考えると、ちょっと不吉? いやいや、有り得ないよね。 話し掛けたら死ぬって、どれだけ酷いフラグ設定なのか︱︱︱と? ﹃︱︱︱ご主人様、緊急の報告です﹄ 一号さんから念話が届く。 同時に、ボクも感じ取っていた。 湖の方向へ目を向ける。 水面ではなくて、その斜め下の方から気配が近づいてくる。 ﹃大型魔獣の反応を捉えました。恐らくは、地下を住処とする種族 です﹄ 直後、派手な水飛沫が上がった。 たぶん、湖底を突き破って出てきたんだろう。 姿を現したのは、城壁ほどの背丈がある四つ足の魔獣。 全身が岩を貼りつけたみたいに角ばってる。それでいて動き自体 は滑らかだ。 トカゲにも似た頭部には、槍みたいな突起が付いてる。 地竜ってやつなのかな? 竜の軍勢に呼ばれて、北に向かおうとしてた? 地下を進んでたけど、湖に出て姿を現したってところかな? ﹃皆は退避を、いや︱︱︱﹄ 1083 そこまでする必要もないか。 地竜はこちらへ目を向けると口を開いた。 咆哮を上げようしたのか、それともブレスを吐こうとしたのか。 でも、それで終わりだった。 ﹃静止の魔眼﹄、発動! ピタリ、と地竜が動きを止める。 あとは﹃徹甲針﹄を撃ち込むだけでトドメになった。 第一声がそのまま断末摩の叫びになった地竜は、湖に沈んでいっ た。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV5か らLV6になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃神魔針﹄スキルが上昇しまし た︾ さよなら、出オチ竜。 君の体はあとで回収して、色々な素材にするよ。メイドさんが。 いまは竜と関わりたくなかったんだけどねえ。 まあ仕方ないか。襲われちゃったんだし。 それよりも、ボクにしがみついた幼ラウネたちが怯えてる。 いつの間にか幼スキュラも混じってる。 毛先を丸めて、ぽんぽんと撫でてあげよう。 って、齧りつくんじゃありません。 涙と鼻水もやめなさい。 1084 はあ。まったく。 子供の相手をする方が、竜と戦うよりずっと疲れそうだ。 1085 08 偵察! 邪龍軍団! 夕方を過ぎる頃に、各クイーンが屋敷へと集まる。 普段とは違う行動だ。 外来襲撃が終わるまでは、連絡を密にして情報の共有を図ること にした。 だけどなにも緊迫した顔を突き合わせる必要はない。 黒狼なんて、嬉しそうに尻尾を振ってるし。 オヤツちょうだい!、とつぶらな瞳で訴えてくる。 しかしこの黒狼、さり気なくクイーンズに混ざってくるね。 アルラウネとラミアは各クイーンの代表一名のみなんだけど。 黒狼も合わせると、スキュラは代表二名になっちゃう。 不公平かな?、とも思う。 でもまあ構わないよね。特別ペット枠ってことで。 黒狼とひとしきりじゃれ合ってから、揃って食堂へ向かう。 皆で夕食を取りながら会議をする予定だ。 先に赤鳥と青鳥が待っていて、ピーチクパーチク喧しかったので 黙らせる。 大きなテーブルに食事が並べられて、ボクが上座に座った。 というか、椅子に乗るだけ。毛玉だからね。 ともかくも他の皆もテーブルを囲むと、すぐに食事が運ばれてき た。 最近は大陸からあれこれと仕入れたこともあって、随分と食事も 1086 豪華になった。 野菜が充実してきたので、コンソメスープが作れるようになった。 メインとなる肉料理にしても、香辛料が増えたし、ただ焼くだけ じゃなくてハンバークにしたり野菜に巻いたり、餃子っぽいのもメ ニューに加わった。 パンも美味しくなったし、アルラウネのおかげで米も収獲できた。 豊富な食材と、様々な料理手法。 それらを尽くしたコースメニューも味わえる。 前菜のサラダが運ばれてくると、黒狼が残念そうに項垂れて、ア ルラウネが嬉しそうな顔をする。 いや、黒狼には別メニューを用意してあるからね。 それより、アルラウネが野菜サラダに喜ぶっていいのかな? 共食い⋮⋮とは違うってこと? まあ喜んでくれてるならいいか。 それに、いまはもっと大切なこともあるし。 ﹁お食事中に申し訳ございませんが、皆様、こちらをご覧ください﹂ 前菜が並べ終わると、一号さんが一礼して中央に画面を浮かべた。 皆が見える位置に、夕陽に染まった草原が映し出される。そこに は万を越える竜の軍勢も陣地を構えていた。 ﹁現在の、邪龍軍の様子となります﹂ 邪 呼びはどうかとも思ったけど、どうせ侵略者だし構 ちなみに、邪龍軍って名前はボクの思い付きをそのまま使ってる。 勝手に わないでしょ。 1087 よしんば侵略者じゃないにしても、勝手に異世界に来た相手だし。 不法侵入者? そんな法があるかどうかはともかくも。 食事をしながら会議をする。 言い出したのはボクだ。 大事な会議かも知れないけど、気分はテレビを見ながら食事をす るようなもの。 一家団欒の一時だね。 あ、このトマト美味しい。 ﹁いまはまだ目立った行動はしておりません。ですが、昨日の内に、 百体ほどの小隊が二十、各方面へと飛び立っております﹂ ﹃小隊で、偵察をしてる?﹄ ﹁はい。より攻撃的な、威力偵察かと。それを追跡した映像も記録 してあります﹂ 映像が切り替わる。 今度は昼間だと分かる明るい場面で、一号さんが言った通りに録 画映像だ。 そう。いまの茶毛玉には映像の記録機能も備わっている。 正確には、送られてきた映像を別の装置で記録する仕組みだ。 ともかくも、そのおかげで重要な場面だけ切り取って見られるよ うにもなった。 編集:メイドさん、とかスタッフロールも付けられるかも知れな い。 で、肝心なのは映像の中身だ。 え∼と⋮⋮なんて言うか、酷い。エグい。グロい。 大変不適切な場面ばかりなんですが? 1088 ﹁偵察竜部隊は、どうやら目についた生物をすべて襲っているよう です﹂ ただの動物や魔獣、人間、種族に関わらず襲われている。 いや、殺されてる。 一方的に。凄惨に。 巨大な爪で次々と引き裂かれていく羊の群れ。 隅々まで丸ごと炎に包まれた村。 そこに住む人々も、悲鳴を上げる暇もないほど呆気なく焼き尽く される。 容赦無く、空から炎を吹きつけられて。 あるいは、踏み潰されて。 竜の手に掴まれて、頭から齧られた人間もいた。 そんな中には、赤ん坊や子供もいた。 ﹁このように、彼らは非常に暴力的かつ危険な軍勢です。知性はあ るようですが、話し合いの余地は無い、敵と判断するべきでしょう﹂ ﹃うん。間違いなく敵だ﹄ 一号さんが淡々と述べる。ボクも平然と返した。 だけど胸の内は、少し、ざわざわしていた。 良心溢れる人間だったら、きっと怒り狂ってただろうね。 それくらい残虐で悲劇的な映像ばかりだった。 無修正ではけっして電波に乗せちゃいけないのは確実だ。 アルラウネたちも珍しく険しい顔をしてた。 人間と敵対した経験はあっても、やっぱり気持ちのいいものじゃ 1089 なかったらしい。 とりわけ子供たちが殺される場面では眉根を寄せていた。 それでもまあ、食事の手は少し止まったくらいだ。 いまもハンバーグを口へ運んでいる。 添えてあるポテトも美味しい。 表面はサックリ。中身はほくほくだ。 ﹃人間の兵士だと、まるで相手になってなかったね﹄ 味わいながら、空中に魔力文字を描く。 映像のひとつで、村にいた十名くらいの兵士が竜に立ち向かって いた。 たぶん、帝国兵だね。 だけど竜には傷も付けられずに、あっさりと皆殺しにされていた。 ﹁竜も竜人も、高い戦闘能力を持っています。まだ推測になります が、弱い固体でも、人間の熟練者で互角かどうか、といったところ でしょう﹂ ﹃万全のメイドさんでも、一人で二体が限界かな?﹄ ﹁⋮⋮はい。恐らくは、その程度でしょう﹂ 皆が揃って息を呑む。 さっきの凄惨な映像を見た時よりも深刻な顔になってた。 メイドさんの強さは、各クイーン以上だ。 一人で二体も相手にできる、じゃない。 一人で二体しか、と受け止められる。 おまけに相手は万を越す軍勢なのだから、総戦力は考えたくもな い。 1090 さすがの黒狼も沈んだ雰囲気を察したみたいだ。 きゅぅん、と鳴いてこっちへ寄ってくる。 よしよし。撫でてあげよう。 あ、途端に尻尾を振り出した。もしかして撫でて欲しかっただけ? それを睨んで、ラミアクイーンがナプキンを噛み締めてる。いや 噛み千切った。 ﹁幸い、敵はまだ海を渡ってくる気配がありません。まずは人間側 の対処を観察し、その上でこちらの策を検討すべきでしょう﹂ ﹃そうだね。こっちから仕掛けるにしても、やっぱり情報が足りて ない﹄ 外来襲撃 とは何なのか、未だによく分かっていない。 とりあえず、ラミアクイーンと黒狼は放っておいて、と。 そもそも 何故、世界を渡ってまで敵が襲ってくるのか? そんな根本的な疑問も答えが無いままだ。 茶毛玉が集めた情報によれば、一般的には、こちらの世界を征服 するためだと言われている。 あるいは、物資や金目の物を奪うためだとか。 人間を奴隷にするために集めているとか。 殺した魂を外の世界の神に奉げるため、といった噂もあった。 共通しているのは、やって来るのは間違いなく敵、ってところか な。 あとは傍迷惑っていうのも同じか。 何が目的なのか、訊ねてみたい気持ちもあったんだよね。 1091 でも、いまはもうどうでもいいや。 あんな映像を見ちゃった後だと、ねえ? ﹃もしも海を渡ってくる気配があったら、すぐに知らせて﹄ 竜の百体程度なら、先制攻撃で潰せるはず。 魔眼の射程もかなり延びてるからね。 とりわけ﹃重壊の魔眼﹄は、広範囲に影響が及ぶからか長射程だ。 あとは、あんまり使いたくないけど﹃死獄の魔眼﹄もある。 ﹃予定通り、島の北側、海岸沿いに防衛線を敷こう。可能な限り、 海の上で戦う﹄ ﹁承知致しました。それでは、大型の兵装などもそちらへ運んでお きますか?﹂ ﹃うん。お願い﹄ そういえば、城に備えた投石器も改良が進んでいた。 茶毛玉の観測と合わせれば、かなりの遠距離まで攻撃できる。 この拠点は、正しく最後の砦。 北の港が前線基地、ってところだね。 しかし本格的に戦争準備っぽくなってきた。 あんまり血生臭いことは好きじゃないんだけどなあ。 ホントだよ? これまでの戦いだって、必要最低限のものだったし? 人間を追い出したのだって、最後は平和的に話し合いで解決した よ? ﹁まだ未確定ですが、敵の補給線はさほど強固ではないと推測され 1092 ます。であれば、時間はこちらの味方となるでしょう。大陸の人間 を扇動し、効率的な盾とする策なども検討したいと考えております。 例えば魅了の花を使い︱︱︱﹂ 部下が容赦無いのは、けっしてボクの責任じゃない。 ちゃんと止めるし。 だいたい、人間の盾とか時間稼ぎにもならないでしょ。 国のお偉いさんとか操れれば別だろうけど、さすがに難しそうだ。 それに、放っておいても大陸の人達は戦ってくれるはず。 しばらくは高見の見物。 でも、あんまり長く待つつもりもない。 邪龍軍団には、なるべく早く全滅してもらおう。 ああいう連中がいると、ご飯が美味しくなくなるから。 1093 09 空飛ぶ勇者 昼食を食べて、ボクはのんびりと花畑に転がっていた。 今日は朝早くから働いた。 ボクにしては珍しいことだ。 投石器とかの大型武器を、北の街まで運ぶ手伝いをしてた。 メイドさんたちでも可能だけど、最近はボクも重力魔術の扱いに 慣れてきたから。 手数は多い方がいい。 その分、他の準備にも回せる。 やっぱりメイドさんたちは、数が少ないのが弱点になる。 外部からの魔力供給が必要。 その問題を解決できれば、もっと数が増やせるのに。 なにか良い方法はないものか︱︱︱、 そんなことを考えていると、側に控えていた十三号が声を掛けて きた。 ﹁ご主人様、一号からの報告がきた。そうお伝えします﹂ ﹃なに? 邪龍軍団に動きがあった?﹄ ﹁いいえ。動いたのは帝国。直接に映像を見た方がいい。そう進言 します﹂ ふむん。そっちか。 異界からの扉が開いてまだ二日、国の軍が動くにしては早い方だ ね。 1094 細かい報告は屋敷で聞こう。 ちょうど一休みできたところだし。 ボクと一緒に転がってた子供たちも、すやすやとお昼寝してる。 クイーンラウネに後は任せた。 ﹁ご主人様、お呼び立てしてしまい申し訳ございません﹂ ﹃構わないよ。それより、報告を﹄ 屋敷へ戻ると、いつものように一号さんが待っていた。 一礼して静かに伝えてくれる。 ﹁十三号にも伝えた通り、帝国に動きがありました。しかし軍では なく︱︱︱﹂ それは少々意外だった。 謂わば最終兵器なんだから、てっきり切り札として温存されると 思ってたのに。 ﹁勇者が、僅かな人数で戦いに向かうようです﹂ 勇者vs邪龍軍団。 昼過ぎのB級映画にしては面白そうだ。 大陸の目立った街には、茶毛玉を潜ませてある。 1095 数体から十数体ほど。 人々の会話を聞いたり、重要な施設を覗いたりして、情報を集め てくれている。 ちなみに、茶毛玉と言ったけど、最近は緑とか灰色とかも加わっ た。 迷彩色ってやつだね。 もしかしたら、メイドさんの趣味も入ってるかも知れないけど。 ともかくも、おかげで大陸の情報をかなり入手できた。 その中で気になった単語があった。 勇者と、そして転生者。 まだ未確定だけど、ボクの元クラスメイトである可能性は高い。 以前にも一人いた。 この拠点を襲ってきた冒険者は、前世での知り合いのなんとか君 だった。 名前、メモしておけばよかったね。 まあ今更、どうでもいい情報か。 重要なのは、ボクと同じ時に死んだ人間が転生していること。 そして、この世界では転生なんてものは一般的ではないらしい。 少なくとも街では、﹁俺の友達が転生者だぜ﹂とかいう話は聞か れなかった。 閲覧許可の﹃常識﹄があれば、そこらへんの情報も得られたかも 知れない。 でも未だに取れないんだよね、﹃常識﹄。 拠点の誰も持っていない。 一番常識的そうなメイドさんも、そういったスキルには関われな 1096 い。 まあ、いいよね。非常時だし。 常識知らずじゃなく、常識に縛られないってことで。 ともかくも、いまは勇者と転生者だ。 これまで分かっていたのは、まず強いこと。 あとは両者が行動を共にしていること。 だから、勘も含まれるけど、勇者も転生者じゃないかなぁ、と思 う。 警戒は必要だ。 勇者と言えば、魔獣をバッタバッタと薙ぎ倒しそうなイメージだ し。 いつかこの島にも乗り込んでくるかも知れないし。 もしも本当に転生者だったら、前世の記憶と今世の才能を活かし て、とんでもなく力を貯えている可能性が高い。 その勇者が、帝国にいるってことまで分かっていた。 だけど普段は城の奥にいるみたいで、さすがに情報を得るのは難 しかった。 姿を確認できただけでも嬉しいことなんだけど︱︱︱。 ﹃なに、あれ?﹄ ﹁⋮⋮飛行するための魔術道具のようです。操縦者の術式にも頼っ ているようですが、かなりの速度が出ており、標準型の偵察玉では 追跡も不可能です﹂ 部屋の中央には、例によって大きな画面が浮かんでいる。 その映像では、四人の男女が空を進んでいた。奇妙な物に乗って。 1097 飛行機、というかスペースシャトルっぽい。 数十年前の遊園地にありそうな、子供の遊具みたいな雰囲気を漂 わせている。 ただし、随分とデコボコしてる。 鉄の板を強引に組み合わせたような感じだ。 座席は二列で、前後に二人ずつ、四人が乗れるようになってる。 ﹃この映像、しっかり残しておいて﹄ ﹁はい。勇者を捉えた貴重な映像ですから﹂ ﹃それもあるけど、恥ずかしがると思う﹄ ﹁⋮⋮恥、なのですか?﹂ 地球での記憶があるなら、って話になるけど。 精神的にはもう大人のはずなのに、あんなのに乗るのは恥ずかし いでしょ。 まあ、話のネタくらいにはなる。 いざっていう時の弱味にさせてもらおう。 ただ、肉体的には子供が混じってるのは気になる。 ﹃四人いるけど、どれが勇者?﹄ ﹁左前列にいる、目付きの鋭い少年がそのようです。他の者からは ルイード、あるいは﹃さがらっく﹄と呼ばれておりました﹂ ⋮⋮相良くん、か。 さすがに最後に話した相手だから覚えてるよ。 クラスで顔と名前が一致するのは、あと一人くらいかな。 見たところ、まだ中学校に入れるかどうかも怪しいような男の子 だ。 1098 でも随分と落ち着いた雰囲気を纏ってる。 空を飛んでるのに。変な機体に乗ってるのに。 平凡な子供じゃないのは明らかだ。 なにより、誰にでも喧嘩を売りそうな眼光は、相良くんと共通し ている。 ﹁右前列の青年はザイラス。卓越した魔術師だそうです。あの飛行 装置も、彼が開発したもののようです﹂ 相良くんの隣に座ってる男だね。 手には長い杖を持っていて、ローブを羽織って、いかにも魔術師 って格好だ。 いまもその杖の先から魔力光を放っている。 飛行術式は大陸だとほとんど会得できる人間もいないそうだし、 凄腕の魔術師っていうのは嘘じゃないね。 たぶん、転生者なんだろう。 残りの人達もそうなんだろうね。 ﹁後列の二名は、ラファエド、マリナと其々に呼ばれていました。 ラファエドは騎士で、マリナは大地母神を信奉する神官だそうです﹂ ラファエドは騎士というか、重戦士って言われた方がしっくりく るね。 大柄な体格で、銀色の甲冑で身を包んでいる。 兜も被ってるけど顔は見えてるので、中身が魔獣ってことはなさ そうだ。 神官、マリナさんの方は、白い法衣を着た美人さんだね。 ただ顔色はよろしくない。 1099 じっと目を瞑って、手を合わせて、ぶつぶつと呟いてる。 もしかして、空を飛ぶのを怖がってる? ﹁彼ら四名が向かっているのは西方、邪龍軍団が現れた方角です。 恐らくは偵察を兼ねた迎撃に向かうのでしょう﹂ ﹃昨日までに襲われてたのは、帝国の街だっけ?﹄ ﹁はい。そもそも異界門の出現地点が帝国領内ですから。そのさら に北西は魔族領となりますが⋮⋮﹂ 言葉を止めて、一号さんは新しい画面を開いた。 映し出されたのは竜の死体だ。 何十匹もの竜が、潰されたり、斬られたり、折られたりしていた。 ﹁魔族領に入った邪龍側の偵察部隊は三つ。その内の一つが、この ように壊滅しております。残りの二つは、今日の内に大きな街へ辿 り着くようです﹂ 一部隊、百体近くの竜が狩られたってことか。 しかも映っている死体は竜のものばかり。 一方的で圧倒的な戦いだったのかな? ﹃その戦いの様子は、撮れてないの?﹄ ﹁申し訳ございません。偵察部隊の追跡は行っていたのですが、最 初に、不意打ちの形で攻撃を受け、茶毛玉も共に破壊されました。 何かしらの広範囲魔術かと推測されます﹂ むう。残念。 でも戦場カメラ毛玉だと、そういった事故に巻き込まれるのも仕 方ないか。 1100 しかしほんと、酷い有り様だね。 竜って言えば、強者の代名詞みたいなものなのに⋮⋮。 地面まで割れちゃって、凄い力で押し潰されたような死体が多い。 ﹃重圧の魔眼﹄みたいな、重力系の攻撃かな? ﹁魔族は個体数こそ少なくとも、戦闘に長けた者が多いようです。 いかに竜とはいえ、弱い部類であれば容易く屠られるのでしょう﹂ ﹃うん⋮⋮余裕があったら、魔族についても調べておいて﹄ ﹁承知致しました。恐らくは今日の内にも、別の地点ですが、また 竜との戦いが行われると予測されます﹂ そうなれば観察もできる、か。 しかし竜といい、魔族といい、この魔境は平穏になっても不安材 料が多いね。 それに、まずは勇者だ。 これまでは真っ直ぐに空を飛んでるだけだったけど、どうやら一 悶着起こるらしい。 ﹃あの飛行機って、戦闘能力はあるのかな?﹄ ﹁不明です。しかしすぐに判明するかと﹂ 勇者一行が向かう先、空に浮かぶ暗雲みたいに、百体ほどの竜が 迫ってきていた。 1101 10 勇者vs竜軍団 午後のロードショー。勇者vs竜軍団。 帝国の危機に際し、少年勇者は剣を取る。 竜に襲われる民衆を救うべく、仲間とともに空を駆けた。 しかし目的地へと着く前に、邪悪な竜軍団の牙が迫る︱︱︱。 そんなナレーションが頭の中に響いた。 もちろん、渋い男性声で。 まだ竜との距離はあるけど、勇者一行は焦ってる様子だ。 どうやら不意の遭遇みたいだね。 ﹃まさか、こんな帝都近くまで迫ってるとは⋮⋮﹄ 忌々しげに呟いたのは、飛行機を操っている魔術師ザイラス。 風に紛れて聞き取り難い声だけど、捉えられるだけでも茶毛玉は 優秀だ。 ﹃どうすんだ? このまま戦うのか?﹄ ﹃いきなりの空中戦は分が悪いよ。ひとまず着地させて⋮⋮﹄ ﹃母なる大地神よ我らを守り給え母なる大地神よ我らを守り給え守 り給え守り給え﹄ 魔術師と騎士の二人は落ち着いている。 逆に、神官の女の子はかなりテンパってるね。 目を瞑って、ガタガタ震えてる。 竜が来る前から祈り続けてるから、やっぱり空を飛ぶのが苦手ら 1102 しい。 ﹃俺が片付ける﹄ それまで黙っていた少年勇者が、ぶっきらぼうに告げて立ち上が った。 すぐさま飛び降りる。 ﹃なっ⋮⋮相良くん!﹄ ﹃ったく、仕方ねえ、ひとまずコイツを降ろせ。もう任せるしかね えだろ﹄ ﹃人が空を飛ぶなんて間違ってるだから私は飛んでないここは地面 の上ここは地面の上ここは地面の上ここは地面の上⋮⋮﹄ 不恰好な飛行機は、竜の群れから逸れる方向で速度を落としてい った。 一方で、相良くんの方は加速していた。 空中を一直線に飛んで、竜の群れに向かう。 およそ百体の竜に対して少年一人。 普通なら竜の食事シーンが流れて終わるところだけど、違った。 相良くんが腰から剣を抜く。軽く一振り。 たったそれだけで、竜軍団の三割が両断された。 まだ剣が届く距離じゃなかった。弓矢や魔術だって難しい距離だ。 だけどまるで空間が裂けたみたいに、太い竜の胴体が綺麗に中身 を晒していた。 竜が怯えたみたいな鳴き声を上げる。 何体か怯まずに突撃したり、炎を吐いたりもした。 それもまったく意に介さずに、相良くんは次々と竜を斬り落とし 1103 ていく。 ﹁⋮⋮圧倒的ですね﹂ ﹃うん。伊達に勇者じゃないね﹄ 一方的で爽快な戦闘シーンを眺めながら、ボクは焼きトウモロコ シを齧る。 醤油の辛味とほのかな甘味が絡み合う。美味しい。 映画と言えばポップコーンだけど、残念ながらそっちは失敗した。 ただの焦げたトウモロコシにしかならなかった。 あれって特定の種類じゃなきゃダメだって思い出したよ。 爆裂種だっけ? いまはアルラウネに頼んで品種改良中。 やたら粒の大きいのや、花が綺麗なトウモロコシとかも出来てる。 邪龍軍団がいなくなったら、大陸に輸出しても面白いかも。 それにしても、あの勇者、サガラくんは︱︱︱。 ﹃たぶん、戦闘力五万を越えてるね﹄ 映像だけでも、なんとなく察せられる。 ﹃鑑定﹄から進化した﹃解析﹄スキルのおかげか、情報判断に関 しては的確にできるようになったと思う。 星神 か ただしこのスキル、本領を発揮するのは戦闘の時なんだけどね。 ﹃明鏡止水﹄と合わせると、かなり頼りになる。 ﹁勇者とは、この世界を守る最強の存在とのことです。 1104 ら特別な力を与えられているとも聞きます﹂ ﹃おまけに転生者となれば、強いのは当然だね﹄ ﹁⋮⋮ご主人様は、転生という話を信じておられるのですか?﹂ 一号さんの無表情に、ほんの少しだけ戸惑いが混じる。 そういえば、ボクが転生者だって話はしてなかったっけ。 曖昧に仄めかすくらいはしたとも思うんだけど。 いい機会だから話しておこうか。 ちょうど、戦いも終わったみたいだし。 もちろん勇者の勝利で。 百体もいた竜は、一体残らず斬り殺されていた。 竜の偵察部隊を全滅させた後、勇者一行はまた飛び立った。 ひとまずは近くの街を目指すみたいだ。 あちこちの街を経由して、偵察竜部隊を倒していく予定らしい。 神官の女の子は歩いて行こうって喚いてたけど、サガラくんに腹 パンされて大人しくなった。 さすが勇者。世界平和のためなら容赦ない。 いやまあ、サガラくんの態度からすると、ただ説得するのが面倒 だったみたいだ。 なんとしても人々を助けたい、っていう綺麗な勇者じゃない。 その点は、ひとまず安心できる部分だ。 1105 ﹃問答無用で敵対、ってことは避けられるかな﹄ ﹁はい。勇者個人は、さほど好戦的ではないようです。魔獣だから という理由のみで剣を向ける性格でもないでしょう﹂ 飛んでいる勇者一行の映像を、ひとまず閉じてもらう。 また何か事件が起こったら見せてもらおう。 食べ終わったトウモロコシの芯を、﹃吸収﹄で片付ける。 ゴミが出ないから、メイドさんも楽でしょ。 まあ残ったとしても、畑の肥料にするとか、使い道はあるらしい けど。 委員長 って呼ばれてたね﹄ ﹁むしろ、勇者の配下が危険かと推察します﹂ ﹃あの魔術師、 ん∼⋮⋮委員長。クラスのまとめ役。 たぶん、目黒くんだね。 曖昧な記憶だけど、なんとなく思い出せる。 はっきりとした顔立ちなんかは覚えてないけど、眼鏡を掛けてて、 いつも真面目なことばかり言ってた。 でもけっこう人当たりは好かったはず。 サガラくんや重騎士くんとも仲良さげに話してた。 ただ、竜の死体を見て低い声で呟いていた。 異世界から来る存在なんて許しちゃいけない、と。 ﹃自分も転生者で、異世界から来た存在だって分かってるのかな?﹄ ﹁彼の心情は測りかねます。ですが、特異な能力を持つのは間違い ありません﹂ 1106 飛べるだけの魔術師、なんてこともないはずだ。 まだ戦ってる場面は見てないけど、他の二人も含めて、そこらの 竜ならまとめて倒せるくらいの力を持ってると思う。 他にも転生者はいるのか? いったいどれだけの戦力になるのか? クラスメイトだからって気になる訳じゃないけど、無関心でいる のは危険そうだ。 ボクは魔獣で魔眼だからね。 人間相手だと、根本的に相容れない。 この島でも、つい最近まで魔獣は人間に狩られる立場だった。 ﹃これまで通り、大陸の動きには目を配っておいて。あの四人には 特に﹄ ﹁承知致しました。可能な限り、迅速に情報を集めます﹂ それと、もうひとつ。 ボクは少し考えてから、また魔力文字を浮かべる。 ﹃本格的な戦争が始まったら、ボクも大陸に行くかも知れない﹄ ﹁それは⋮⋮ご主人様も、参戦なさるおつもりですか?﹂ ﹃危ないことはしない。狙うのは、最高の共倒れだから﹄ 邪龍軍団と勇者は、きっと壮絶に潰し合う。 もしかしたら、一方が圧倒してあっさりと勝利するかも知れない。 だけど、隙くらいは出来るはず。 その時を狙って、最高の不意打ちを叩き込ませてもらおう。 1107 邪龍の戦闘力は十二万以上。 勇者だって侮れないくらいには強いはず。 でもボクだって、勝算が無い博打なんてしない。 ふっふっふ。なんでこう、悪巧みってドキドキするんだろう。 いや、これはけっして悪じゃない。 生きるための真っ当な努力だ。 ﹁⋮⋮ご主人様、悪いことを企んでおられますね?﹂ え? いきなり一号さんに否定された。悪じゃないよー。 っていうか、なんで分かったの? ﹁企みを巡らせておられるご主人様は、毛の艶がよくなりますから﹂ 冷ややかに述べながら、一号さんはボクを抱える。 胸元に寄せて、そっと撫でながらブラッシングを始めた。 ﹁ですが、本当に無茶は控えてくださいませ。ご主人様に平穏無事 な日々を過ごしていただくことが、我々の幸せなのですから﹂ 一号さんが静かに椅子へ腰を下ろす。 ボクは抱えられたまま、その言葉をぼんやりと受け止めていた。 1108 11 勇者パーティと、動き始める帝国軍 邪龍軍団が現れてから十日。 未だ、邪龍たちも人類も大きな動きは見せていない。 百体の竜で編成された偵察部隊は、大陸各地に飛んで、街や村を 襲っている。 でも次第に防衛や撃退がされるようになってきた。 どうやら人間の戦士や魔術師でも、熟練者というか、一流に近い 実力を持っていれば、竜の一体くらいは抑えられるらしい。 軍隊で言うなら、百人や千人をまとめる隊長格の人だ。 けれどもちろん、そんな熟練者の数は少ない。 対して竜は群れで襲ってくるので、単純に考えれば人間は一方的 に殺される。 そこで活きてくるのが集団戦術だ。 百名単位の重装歩兵が、頑丈な魔力障壁を張って足止めを行った り。 魔術師が集まって強力な術を放ったり。 攻城兵器みたいな大型の武器を持ち出したり。 各地の防衛部隊は奮戦して、どうにか竜たちを撃退していた。 そして、勇者一行も活躍してる。 地上戦になると、お供の三名も高い戦闘力を発揮してみせた。 オトモその1、魔術師ザイラスの場合。 竜が豆粒くらいにしか見えない遠距離から、攻撃魔術で十数体を 1109 撃墜。 さらに近づいてくるまで連続で、合計数十体を撃墜。 どうやら風雷系魔術が得意らしい。 だけど攻撃術以外にも、注意すべきは情報収拾能力だ。 それも魔術のはずだけど、ずっと遠くの竜部隊の位置を把握して る。 勇者一行の進路を指示してるのも彼だった。 近づき過ぎた茶毛玉が撃たれたりもしたし、何か仕掛ける時は要 注意だ。 オトモその2、重騎士ラルグの場合。 ちなみにフルネームはラファエド・ラルグスト。伯爵だ。 まだ二十二才なのに、もう家を継いでいて、子供もいるとか。 そんな家庭事情はともあれ、戦士としての戦いぶりも立派なもの だ。 なんというか、落ち着いている。 竜を前にしてもまったく怯まず、大剣の重い一撃で確実に仕留め ていく。 装備する盾も剣も身の丈ほどに大きくて、正しく重騎士。 空は飛べないけど、地上に迫ってきた竜を十体以上は叩き斬って みせた。 オトモその3、神官マリナの場合。 飛行機とか、高い所が苦手。 勇者一行の紅一点だけど、ヒロインかどうかは知らない。 ただしゲロインの才能あり。 馬に乗っただけで、派手に撒き散らしていた。 1110 でも地に足を着けていると、清楚然としてる。ニコニコ顔で誤魔 化すのが得意。 戦闘だと、主に防御系の魔術を使っていた。 魔術というか、神聖術って呼ばれてるものだ。 祈るだけで、竜の攻撃も跳ね返す障壁を張る。 城壁みたいな巨大な障壁も張って、街を守ってもみせた。 治療術も得意で、竜にやられて大怪我した兵士たちも大勢救って いた。 ﹃もう五百匹近くを、サガラくんたちだけで倒したことになるよね ?﹄ ﹁はい。遭遇した竜の部隊は五つ、ほぼ全滅させております﹂ ちなみにサガラって名前は、彼が自分でもそう名乗ってる。 こちらの世界での名前は別にあるはずだけど、どうやら気に入ら ないらしい。 ﹁魔族領に向かった三隊も壊滅。大陸南方や、東側の国々でもいく つか撃退しております。帰還する竜部隊は半数といったところでし ょう﹂ 一号さんが報告する間も、各クイーンは真剣な顔をしていた。 真剣に、黙々と、時折蕩けるような表情をしてオヤツを口へ運ん でいる。 今日のオヤツはチーズケーキだ。 試作品だけど、かなり美味しくできた。 もちろん作ったのはメイドさん。ボクは曖昧な指示をしただけ。 最近は夕方になると、大陸情勢について学ぶのが日課になってる。 1111 はじめはボクとメイドさんだけだった。 でも一回、ボクにしがみついて離れない幼ラウネを、仕方なく連 れてきた。 子供を家に連れ込んだんじゃないよ。 勝手についてきちゃっただけ。 だから犯罪じゃない。 いやまあ、今更この世界で、犯罪云々なんて語るだけ無意味なん だけどね。 ともかくも、それが切っ掛けで妙な噂が広まった。 夕方頃にボクの屋敷へ行くとお菓子がもらえる、と。 オヤツって習慣もなかったから、子供の興味を引いたらしい。 前にあげた飴玉が好評だったのも影響したんだろうね。 おかげで、大勢の子供が屋敷に押し掛けそうになった。 さすがに親に止められてたけどね。 お菓子くらい配ってあげたいけど、残念ながら、まだそんなに数 は用意できない。 大陸から仕入れた材料も使うから、量産には届いてないんだよね。 なので、この時間は大事な会議をしてるってことで納得させるこ とにした。 実際、大陸情勢からは目が離せない。 各クイーンとも連絡は取り合っておきたい。 そんな訳で、オヤツ会議が行われるようになった。 ﹁やはり乳製品の量産は、すぐには難しいようです。山羊も牛も乳 の出は良いのですが、まだ頭数が少ないですから﹂ ﹃でも卵は安定して取れるようになったよね?﹄ 1112 ﹁はい。ドムドムン鳥の数は順調に増えております﹂ たかがオヤツと馬鹿にしちゃいけない。 贅沢品が増えるのは、それだけ拠点の生活水準が上がってるって ことだ。 いまは血生臭い話を無視できないけど、心のゆとりは大切にした い。 けっしてサボる時間を増やしたい言い訳じゃないよ。 ﹃ところで、帝国軍の出撃は決まったんだよね?﹄ ﹁はい。遅くとも、数日中には帝都から進軍するものと予測されま す﹂ たとえ新しいお菓子を作っている間でも、メイドさんには情報が 流れてくる。 その予測は信頼度が高い。 そして、予測通り︱︱︱、 翌日には、帝国軍五万が邪龍討伐のために出陣した。 五万人の軍勢。 数を言われても実感はないけど、たぶん大軍勢なんだろう。 某同人誌即売会は、一日で十数万の人間が押し寄せるっていうけ ど比べちゃいけない。 ただ、よく訓練された兵が多いって点は共通してるかも。 一般の人はあまり参加しないイベントだと思う。悪く言うつもり 1113 はないけど。 それはともかく︱︱︱、 帝国軍が全力を出せば、五十万から百万の軍も編成できるそうだ。 後先考えずに徴兵しまくれば、という条件なら。 戦力を 減らしたという意味ではなくて。 だけど今回は兵の数を絞った。 けっして 訓練された兵の中でも、とりわけ実力のある者ばかりに限った編 成になっていた。 少数精鋭、と言うには五万は多いだろう。 けれど竜と戦える技量と気概を持った者を選別した結果だ。 雑兵がいくらいても邪魔になるだけ、と判断された。 ﹃一人で竜一体と戦えるのかな?﹄ ﹁そこまでの戦力ではないかと。ですが、数名の隊でも一体は抑え られると計算しているようです。魔術師部隊や大型兵器は、もっと 多くの竜も仕留められるでしょう﹂ 朝食を口へ運びながら、ボクは解説を聞く。 今朝はサラダとコーンスープ、それと焼き立てのパンだ。 まだ温かいパンは、もっちりとして美味しい。 ﹃さすがは帝国軍、伊達に大陸一の強国じゃない、ってところかな﹄ ﹁しかし竜は個体として桁違いに強力なものもいるようです。それ らに対抗できるのは、勇者をはじめ、一部の者のみでしょう。幾分 か、帝国軍が不利かと﹂ ﹃だとしたら、やっぱり邪龍軍団を叩いた方がいいね﹄ 1114 いよいよ本格的な戦いが始まる。 その結果は気掛かりだけど、いまの状況も見過ごせない。 利用できるチャンスだ。 ﹃精鋭が出て行ったなら、お城の中とかも覗けるかな?﹄ ﹁機会はあるかと。隙を窺ってみます﹂ 懸命に戦おうとする人達の隙を突いて忍び込む。 そう言うと、本当に悪役みたいだ。 まあ今更気にしても仕方ないか。 ﹁それと、ご主人様が大陸に向かわれる際の準備も進めてあります。 いつでも出立できますが、今回はわたくしが同行する予定です﹂ ﹃ここを離れて大丈夫?﹄ ﹁はい。二号や三号でも、代わりは務まります。使い潰してくださ いませ﹂ いや、酷使するつもりはないよ。 頼りにはさせてもらうけどね。 ともかくも、あとは両軍が激突する頃合いを見計らって大陸へ向 かう︱︱︱。 そう計画していた。 だけど何事も、思い通りに進むとは限らない。 数日後、海を越えて竜の部隊が近づいてくるとの報告が入った。 1115 12 小手調べの迎撃戦 夕陽が差す海を眺める。 その先から、百体の竜が近づいてきているはずだ。 でも、まだ影すら見えない。 空を飛べる竜とはいえ、海を渡るには時間が掛かる。 生き物なので休息も必要だ。 鳥みたいに、海に浮かんで翼を休めながら進んでくる。 ﹁明日の昼前には、敵部隊は到着すると予測されます﹂ 拠点北の港町、もとい前線基地に、ボクはやって来ていた。 もちろん竜を迎え撃つためだ。 この辺りに上陸するとは限らないけど、その前に海上で叩き落す つもりでいる。 様子見? 捕らえてからの情報収集? そんなのは今回は無視する。 偵察竜部隊には竜人もいるので、上手くすれば尋問だってできる だろう。 だけどそもそも言葉が通じない。 茶毛玉のおかげで、竜人が互いに喋ってる場面も捉えられてる。 どうやら念話みたいなもので、言語の違いを克服する方法もあり そうだ。 でも、だからこそ、ボクたちの情報が漏れるのを避けたい。 1116 この島から去った竜たちの一件からして、どうやら竜同士は離れ ていても意思疎通ができるっぽい。 たとえ捕まえても、それで助けを呼ばれでもしたら困る。 なので、見敵必殺でいく。 ﹁今夜は屋敷でお休みになられても、余裕を持って迎撃可能な距離 ですが?﹂ ﹃なんだか落ち着かないから。もしもの時に、少しでも早く動ける 場所にいたい﹄ 基本的に、ボクは心配性だからね。 非常時なのに普段通り、っていう方が不安になる。 それに、久しぶりの本格戦闘だ。 緊張感はあった方がいい。 まあ、そんなに深刻になる事態でもなさそうだけどね。 ボス邪龍とか、竜の全軍が押し寄せてくるっていうならともかく、 百体くらいなら圧倒できる自信がある。 所詮は偵察部隊、って余裕綽々で構えてた方がいいかも知れない。 ﹃迎撃訓練にもなるし。みんなにも、そのつもりで動いてもらって﹄ ﹁承知致しました。油断せぬよう伝えておきます﹂ 一号さんが恭しく頭を下げる。 思い掛けない襲撃だったけど、拠点のみんなのために利用させて もらおう。 普段からの訓練が大事だからね。 地震や火事に対するのも、竜に対するのも。 1117 夜討ち朝駆け。 迎撃訓練のつもりだけど、なにも馬鹿正直に待ち構える必要はな い。 相手の位置、しかも休息してる場所が分かっているんだから、こ っそりと襲撃すればいい。 まだ暗い海の上で、竜たちがまとまって眠っている。 その様子を、茶毛玉が中継映像として送ってきてくれる。 ﹃暗殺﹄スキルなんてものを手に入れたボクだけど、ここまで状 況が整ってると、もはや頼るまでもないね。 竜部隊から遥かに離れた場所で、ボクは上空から連中を見つめて いた。 まだ爪先ほどの大きさにしか見えない。 でも﹃五感制御﹄で視覚を強化できるし、魔術で操った水粒を並 べて、望遠鏡みたいな物も作れる。 相手が間違いなく眠っているのを確認できた。 もうじき夜が明ける時間だけど、その前に片をつける予定だ。 ﹁ご主人様、こちらの準備は万端です。ご指示をお願いします﹂ 一号さんも、ボクの斜め後ろに浮かんでいる。 竜部隊の数はおよそ百。竜人も数名混じっている。 それと、青白くて細長い身体をした竜も数体がいた。 1118 海竜ってやつかな。 大陸で暴れてる映像はなかったけど、もしかして海路の案内役? やっぱり全世界規模で竜が集まってるのかね? まあいずれにしても、バラ肉になってもらう予定に変わりはない。 ﹃それじゃあ始めよう。攻撃開始!﹄ 描く文字にも気迫を込める。 同時に、キシャア!、と威嚇するみたいに全身の毛を逆立ててみ た。 実際には、ボクの声は吐息にしかならないんだけどね。 すると、背後から一号さんに撫でられた。 なんだか子供を宥めるみたいに。 むう。頼りなく見えたのかな? 慣れないことはするものじゃないね。 そんな遣り取りをしてる間にも、ボクの指示は伝わっている。 遠く、港の前線基地にいる部隊に。 メイドさんを指揮役にして、ラミア部隊が中心。 爆撃 だ。 アルラウネとスキュラも手伝いのために少数が派遣されている。 彼女たちが行うのは、投石器による いや、正確には、投石器に似た魔法装置だね。 山ひとつを越すほどの飛距離を誇る投石器なんて、只の技術じゃ 有り得ない。 メイドさんによる、文字通りの魔改造の産物だ。 すでに投擲弾は設置されている。 ラミア部隊が、数名で装置の魔法陣へ魔力を注ぎ込んでいく。 1119 最近はラミアたちも魔術を学んでいるから、用意された魔法陣を 扱うくらいは簡単だ。 そして、タイミングを合わせて撃ち放つ。 しっかりと訓練された動作を、ボクは離れた海上で映像越しに眺 めていた。 ﹁着弾まで⋮⋮10、9、8⋮⋮﹂ カウントダウンって独特の緊張感があるなあ。 心臓がドキドキする。 でも未だに、この毛玉体の心臓が何処にあるのか謎だ。 とか考えていると、凄まじい衝撃音が上がって、そこに竜の悲鳴 も続いた。 落下してきたのは、魔術加工された石塊だ。 しかも雨霰のように。 単純に重くて硬いだけじゃなく、中には鉄も混ぜて尖らせた物も ある。 石の鈍器と鉄の槍が無数に降り注ぐ。 眠っていたところに。不意打ちで。ほとんど前触れもなく。 こんなのやられたら、ボクだって泣く自信があるよ。 おまけに一撃で終わらない。 放たれた投擲攻撃は、僅かな時間を置いて、第二撃、第三撃と続 く。 そして第四撃目は、魅了を中心とした状態異常花粉の詰め合わせ だ。 竜の群れは毒に苦しみ、石化に慌てて、さらには仲間に襲われて 大混乱に陥る。 1120 我ながら、非道い作戦を考えたものだねえ。 ﹁ご主人様、トドメをどうぞ﹂ そうだね。毛玉の情けだ。 なるべく苦しまないように終わらせてあげよう。 まだまだ遠くにいる竜の群れを睨んで︱︱︱﹃重壊の魔眼﹄、発 動! 発動した魔眼の先、空中に、小さな黒い玉が現れる。 指先ほどの玉だ。 当然、混乱している竜たちは気づかない。 だけどそれは瞬く間に大きくなっていく。 そして、気づいた時にはもう遅い。 黒い重力の塊に、竜の巨体が引き上げられ、呑み込まれていく。 押し潰され、圧縮されながら。 頑丈な鱗に覆われていても関係ない。断末摩の悲鳴もまとめて吸 い込まれる。 数十体の竜が人間の頭くらいの空間に圧縮されて︱︱︱、 凄まじい爆発が起こった。 大気がビリビリと震動する。それは遠く離れた海岸まで伝わって いった。 空の雲は避けて、海原には深い穴が開く。 うわぁ。 なんていうか、すごい。 注ぐ魔力はほどほどに控えたのに、予想以上の破壊力だ。 殲滅力なら﹃万魔撃﹄以上じゃないかな。 1121 この様子を映像で見てる皆も、愕然として固まってる。 あ、両手を合わせて祈ってるような子もいるね。 怖がらなくても、島までは影響は及ばない、はず。 それに、どうやら敵は綺麗に片付いたみたいだし。 ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV6か らLV9になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃重壊の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃時空干渉﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃竜の殲滅者﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃竜の殲滅者﹄により、﹃逆鱗﹄スキルが覚醒しました︾ ︽条件が満たされました。﹃英雄の才・弐﹄が承認されます︾ また一気にアナウンスが流れた。 ﹃逆鱗﹄とか、経験値の特別加算とか、気になる部分もある。 あの竜たちは、経験値的に美味しいってこと? ボーナスタイム? だとすると、勇者にばかり倒されるのもよろしくない︱︱︱。 1122 と、いまは残敵の確認が先だね。 ﹁敵反応、完全に消滅しております。殲滅完了です﹂ ﹃そっか。よかった。みんなにもお疲れ様って伝えて﹄ 一号さんが浮かべてくれる映像で、港基地の様子も確認する。 まだ呆然としてる子もいるけど、歓声が上がっている。 投石器の周りで、ラミアやアルラウネたちが手を叩きあって喜ん でる。 うん。いい訓練になったみたいだ。 この様子なら、島の防衛力をもっと上げていけそうだ。 ひとまずの安全も確保されたし。 竜軍団にも対抗できるのが証明されたし。 この勢いのまま、ボクは大陸に乗り込むとしよう。 ⋮⋮もちろん、こっそりと。 ゲリラ戦に持ち込むのも面白いかも知れないね。 1123 幕間 邪龍軍団の異界事情︵前書き︶ 諸事情で更新できませんでした。 再開します。 1124 幕間 邪龍軍団の異界事情 やたらと長い鬣を持った四足の獣に齧りつく。 少々硬いが、味は悪くない。骨の歯応えも小気味良い。 我らの世界にも、かつてはこのような獣がいたのだろうか︱︱︱。 そんなことを考えながら、青々と晴れ渡った空を見上げる。 この空にしても、我らの世界とはまるで違っている。 美しく、見ているだけで胸に爽やかな気持ちが溢れてくる。 空の支配者であることこそ龍種の誇りだと、父や長老たちもよく 口にしていた。 いまならば、その気持ちも分かる。 このように美しい空ならば、翼を広げるだけで誇らしい気持ちに なるものだ。 ﹃随分と、この世界に慣れてきたようじゃな、フォルニス﹄ 頭へと響いてきた声に振り返る。 少し離れた場所から、黒々とした巨大な影がこちらを見つめてい た。 ﹃父上⋮⋮確かに我は、この戦いに反対していました。しかし今更、 不満を漏らせる状況ではないとも承知しております﹄ ﹃分かっておる。むしろ楽しんでいるのではないか、と言うておる のじゃ﹄ 1125 低く咽喉の鳴らして、口角を緩める。 機嫌よさげな笑顔だが、他族の者が見れば震え上がりそうな威圧 も放っている。 聖龍ベルドラース︱︱︱、 我らの世界では、この偉大なる名を知らぬ者はいない。 絶対たる龍神様に選ばれた御子であり、最も強き龍でもある。 ﹃楽しむなどと、そのような不謹慎なことは⋮⋮﹄ ﹃胸躍るのは悪いことではない。このように美しき世界の姿こそ、 儂らが目指すべきものであるからのう。いや、取り戻す、と言った 方が適切か﹄ ﹃⋮⋮本当に、叶うのでしょうか?﹄ ﹃無論だ。容易ではなかろうが、龍神様が辿り着けぬ道をお示しに なるはずがない﹄ 宥めるように言われて、我は頭を垂れる。 言葉では迷いを吹っ切ったと言いながらも、どうやらまだ我の内 には躊躇いが留まっているらしい。 あるいは、それは父も同じかも知れないが。 我らの世界は、いまや滅びようとしている。 他ならぬ、我ら龍種の存在によって。 多種族と比べて、我らはあまりにも強大すぎた。 戦えば敵はおらず、長い寿命もあり、世界すべてを支配するほど に栄華を極めた。 しかし、その強大さが仇となった。 世界全体として、生命の数が減りすぎてしまったのだ。 我らの腹が満たせなくなった、という単純な問題ではない。 生命が減れば、魂の数も減る。 1126 世界を支えられる魂の力が枯渇してしまった、と龍神様は御告げ になられた。 同時に、二つの道が示された。 一つ目は、龍種同士で喰らい合う道。 我ら龍種は、龍神様の下、ひとつにまとまっていた。 御子である父、ベルドラースを総主として、大きな争いは起こっ ていなかった。 しかし幾つかの部族には分かれているので、啀み合う者たちはい た。 もしも牙を剥いての戦いとなれば、我らの数は瞬く間に減ってい っただろう。 そうして仲間を喰らい、他の小さき者どもが育つのを待つ。 迂遠ではあるが、世界を救い、種としての我らが生き残る可能性 はあった。 しかし問題もあった。 魂が満ちるより先に、世界の方が崩壊する可能性もあったのだ。 なにより、同胞を喰らってまで生き延びたいと思う者は少なかっ た。 そこで示されたのが、二つ目の道だ。 即ち、異世界への侵攻。 異界の生物を狩り、その魂を龍神様へと奉納するのだ。 そうして龍神様を介して、魂の力を使って世界に安定を齎しても らう。 多少の意見の対立はあったが、いずれにせよ、戦う以外の選択肢 はなかった。 1127 龍神様の話によれば、遥か太古にも、我らの祖先は同じような選 択をしたという。 その時の結果は聞かせてもらえなかったが︱︱︱。 ﹃しかし皮肉なものじゃな﹄ ふと目を細めながら、父は遠方を見つめた。 この世界では陽が昇る方角だ。 そちらの方角に小さき者どもが多く住んでいると、先遣部隊の報 告にあった。 ﹃強さ故に滅びへと向かう我らが、いまも更なる強さを求めておる﹄ ﹃⋮⋮まさか、父上に抗える者などおりますまい﹄ ﹃しかし多くの同胞が討たれたのは事実じゃ。命懸けの報告であれ ば、信じぬ訳にはいかぬ﹄ まったく異なる世界で戦いを挑むのだから、苦戦や、敗戦までも 考慮していた。 我らのように強大な種族がいるやもしれぬ。 それくらいの想像はできた。 だがまさか、いきなり星が降ってくるとは肝を冷やされた。 しかもあれは何かしらの魔術的攻撃であるらしい。 さすがに初日以来、あの攻撃は行われていないが、またいつ星が 降ってくるかと警戒せずにはいられない。 それに、翼すら持たぬ小さき者どもが我らの敵となるなど思いも しなかった。 ﹃ヒトと言ったか。あれに似た種族は、儂が若い頃には多かった。 1128 いまも辺境では、少数が生き残っておったはずじゃ﹄ ﹃数が多く、知恵は働く種族のようですな﹄ ﹃暴れるだけの獣であれば、もっと気楽に狩れたのじゃがな﹄ 異世界の生命を狩るのに忌避感を覚える︱︱︱、 以前であれば、我らの誰もが覚えなかった感情かも知れない。 しかし生命を狩り過ぎたがために、危機に陥ったのだ。 その危機の重大さは骨身に染みている。 だからいまは、少々の罪悪感を覚えないでもない。 こちらの世界にとって、我らの危機など、本来はまったく無関係 なものなのだ。 ﹃戦いが早々に終われば、それだけ救われる者も多いでしょう。こ の世界の者とて、絶滅させられるよりは喜ぶかと﹄ ﹃⋮⋮そうじゃな。それもまた慈悲と言えるか﹄ 他部族の中には、異世界の生命すべてを殺し尽くそうと訴える者 たちもいる。 魂を奪えば奪うほど自分たちは豊かになれるのだ、と。 まだ我らが勝利した訳でもないのに。 なんと脳天気な、と嘲笑ってやりたいくらいだ。 ﹃あまり戦いが長引けば、連中がこちらへ乗り込んでくることも⋮ ⋮ん?﹄ 言葉を切って、首を回す。 数名の同胞たちがこちらへと空を駆けてきていた。 近くの哨戒にむかっていた者たちだ。 その内の一名、大きく翼を広げた者の背に、小さな影も乗ってい 1129 た。 ﹃お父様、お爺様、いま帰ったぞ!﹄ 元気一杯の声を送ってきたのは、我が娘、リュミリスだ。 本来ならば、元の世界で大人しくしていて欲しかった。 まだ肌も鱗に覆われておらず、翼も生えたばかりの幼体なのだ。 二足で歩く体は小さく、戦場に出すにはあまりにも儚げに見える。 しかし生来の気性の荒さと、龍御子の血筋ゆえの才能が仇となっ た。 小さく細い腕で、下位の竜程度ならば簡単に叩きのめしてみせる のだ。 さすがは我が娘、と誇らしく思う。 異界への侵攻が決定するまでは、毎日のように誉めていた。 可憐な笑顔は世界一の宝だ。 いや、異世界でもこれほどの至宝は手に入らぬと断言できる。 だから、危険な戦いに来るなどと言い出して欲しくはなかった。 ﹃今日は、小さき者どもの集落を見つけた。森の中で、緑色の連中 が集まっていたのだ。隠れられたが、我の一吠えで慌てて出てきた ぞ﹄ ほらこいつらだ、とリュミリスは視線で示す。 リュミリスが乗っている竜が、その手に一匹の獲物を掴んでいた。 緑色の肌は血塗れだが、まだ辛うじて息がある。 ゴブー、ホブー、と奇怪な声を漏らしていた。 ﹃こんな連中でも、魂を持っているんだろ? お爺様の前で、龍神 様に魂を奉げてやろうと思ったんだ!﹄ 1130 リュミリスが合図を送る。 すぐに竜は手を握り締めて、緑色の小さき者を潰した。 真っ赤な血飛沫に混じって、薄青色の光が漏れる。 虫のような光の玉だ。それは魂と呼ばれるもの。 我と父上以外には見えないが、いずれリュミリスも見えるように なるだろう。 ﹃どうだ? 我も龍神様の役に立っただろう?﹄ ﹃それはそうだが⋮⋮しかしリュミリス、おぬしはもう少し慎みと いうものを⋮⋮﹄ はしゃぎ過ぎて言葉遣いが乱れている。 誉める前に、少し注意しておくべきだろう。 父親として威厳のある姿も見せておくべき。甘やかすばかりでは いけない。 そう考えたのだ、が、 ﹃うむうむ。リュミリスは偉いのう。儂に似て、実に利発ないい子 じゃ﹄ ﹃なっ⋮⋮!?﹄ 先を越された。 ちょっと待て父上。リュミリスの笑顔は我のもの︱︱︱。 ﹃すぐにもっと強くもなるじゃろう。どうじゃ、褒美に儂の背に乗 ってみるか?﹄ ﹃やったぁ! お爺様、大好き!﹄ ﹃そうかそうか。儂もリュミリスが大好きじゃぞ﹄ 1131 首筋に抱きつかれて、父上は嬉しそうに表情を緩める。 しかしその目は、ちらり、とこちらを見た。 儂の勝ちじゃ、とその瞳は語っていた。 おのれ、ジジイ! ﹃⋮⋮リュミリスよ、父上は忙しい。それよりも我の背に乗らぬか ?﹄ ﹃やだっ! お爺様の方が、大きくて逞しいもん!﹄ ﹃うむ。まだまだフォルニスには負けんのう﹄ 勝ち誇った笑みを浮かべて、父上は青い空へと飛び立っていく。 その背に乗ったリュミリスも嬉しそうな声を上げていた。 残された我は︱︱︱、 広々とした草原を見つめ、拳を握り、誓った。 この戦で、我こそが最も多くの魂を刈り取ってくれよう。 そしてリュミリスの笑顔を独占するのだ! 1132 13 再び、大陸へ 緩やかに籠が揺られている。 その籠を手に、背中には大きな荷物を背負って、メイドさんが街 路を歩いていく。 いまボクたちがいるのは、帝国領南方にある小さな街だ。 小さいとは言っても、数千名くらいの住民はいるだろう。 そこそこに賑やかで、綺麗なメイドさんの姿に目を引かれる男た ちも多い。 いやらしく声を掛けてくる男もいた。 手を伸ばそうとしたところで、街路の壁と仲良くなっていた。 殴り飛ばされて。 命があっただけ幸運だったと思う。 幸運と言えば、この街全体がそうだね。 竜の偵察部隊から狙われていなかった。 近くには襲われた村もあったけど、たまたま見過ごされたらしい。 だけど警戒はしているみたいで、街の門を守る兵士も緊張感を纏 っていた。 まあ緊張していても、メイドさんの幻惑術を見破れるものじゃな い。 おかげで、ボクもすんなり街に忍び込めた。 というか、運び込まれた? いまのボクは、一号さんが手にした籠の中に収まっている。 覗きこまれても、野菜が詰まってるようにしか見えない。 1133 奥まで調べられたら幻惑術の出番、という訳だ。 視界は小毛玉が確保してくれている。 一号さんの髪飾りとして引っ付いてるからね。 まさか魔眼が装飾品になっているなんて、誰も想像すらしないで しょ。 ﹁ご主人様、食料品の調達は完了致しました﹂ 周囲に人通りがなくなったのを確認して、一号さんが小声で告げ る。 ボクも他の人からは見えないように文字で返す。 ﹃了解。あとは予定通りに﹄ ﹁はい。様子を窺いつつ、宿屋へと向かいます﹂ べつに、ボクたちが直接に街の様子を探る必要はない。 情報入手だったら茶毛玉で充分だ。 いまのところ、街の人に尋ねたい事柄だって無いし。 ただちょっと普通の街を見て回ってもいいかなあ、と。 考えてみれば、この世界に来てから、まともに人間の住む場所を 訪れていない。 魔境にあったのは、街というよりも前線基地だったし。 以前の公国は、魔獣の巣になってたし。 そりゃまあ、ボクは毛玉だから、呑気に観光なんて出来ない。 元々、そんなに興味を引かれることでもないよ。 だから、ただのついで。 人と触れ合うのが恋しいとか、いつか思うのかなあ。 1134 ﹁⋮⋮? 私の顔に、何かございますか?﹂ ﹃ううん。なんでもない﹄ 少なくとも、メイドさんたちがいる間は寂しさとは無縁でいられ そうだ。 そんなことを考えながら、ボクは宿屋へと揺られていった。 宿の一室に入って、ボクは籠から一号さんの膝へと移る。 椅子に腰掛けた一号さんを、さらに椅子にする形だ。 ベッドもあるけど粗末なものだからね。 変な染みがあるし、匂うし、虫までいるみたいだ。 一号さんの膝の方が、ずっと居心地がいい。 ボク自身の汚れだったら、﹃自己再生﹄で強引に落とせるんだけ どね。 虫を消毒しようにも、魔眼なんて使ったら人間だって毒殺しちゃ うし。 魔術だって派手なものしかないし。 いやまあ、細かい魔術制御だってできるんだけど、部屋の掃除に 全力を出すのも、なんか間違っている気がする。 ともかくも柔らかな感触に落ち着いたところで、ボクは今後につ いて考える。 1135 ﹃変わったことは起こってない?﹄ ﹁はい。竜の軍勢も帝国軍も、東西へと進軍している最中です。ぶ つかり合うまで、少なくとも十日は掛かるでしょう﹂ ボクを撫でながら、一号さんは映像を浮かべた。 遠く離れて進軍中の、二つの軍勢の姿が映し出された。 帝国軍は徒歩の兵士が多いし、糧食や大型兵器も運んでいる。 邪龍軍団を討つべく真っ直ぐ西へ向かってるけど、あまり速度は 出ていない。 勇者一行も帝国軍の到着を待って合流するつもりらしい。 だけどひとまず偵察竜部隊との戦闘も落ち着いて、いまは街で暇 を持て余している。 対する邪龍軍団は、主力の動きが遅かった。 偵察部隊が帰ってくるのを待っていたのも理由のひとつだ。 だけど進軍が遅れた一番の理由は、﹃第二次星降らし﹄だ。 偵察竜たちが帰ってきて、二日ほどを置いて、竜たちは全軍で出 陣しようとした。 その直後に﹃星降らし﹄が行われた。 しかも狙われたのは邪龍軍団そのものでなく、異界との門だった。 幸い、とボクが言うのは変だね。 星降らしはまた邪龍によって迎撃されて、ほとんど被害を出さな かった。 だけど異界門を攻撃されるのは、邪龍軍団にとって脅威なんだろ う。 すぐに進軍を止めて引き返した。 1136 それから三日ほど、ボス邪龍を中心に話し合いをしてるみたいだ った。 そうして結局、邪龍軍団は二つに分けられた。 星降らし 異界門のある場所には、邪龍の次に大きな黒龍が残ることになっ た。 邪龍も全身真っ黒だから、なんだか親子っぽいね。 いや、実際にどんな関係なのかは知らないけど。 あとは三千ほどの竜も、黒龍に従って残ってる。 邪龍ほどじゃなくても黒龍もかなり強そうだ。きっと を迎撃できる自信があるんだろう。 背後を守らせて、邪龍軍団三万五千はあらためて進軍を開始した。 いまも東へ空と陸から向かっている。 翼を持たない地竜みたいなのもいるから、そっちに速度を合わせ ながらだ。 それでも人間の軍勢よりは格段に速い。 そして、迫力は桁違いだ。 ﹃このまま突撃するだけで、人間の軍なんて蹴散らせるんじゃない ?﹄ ﹁はい。正面から激突すれば、結果は明らかです﹂ だけど帝国軍には、何かの策があるみたいだ。 勇者だっている。 その勇者サガラくんにしても、無謀な戦いに挑むとは思えない。 両軍の勝負がどうなるのか? 待ち の姿勢だけど︱︱︱。 それ次第で、ボクが乱入するタイミングも変わってくる。 しばらくは 1137 ﹃あの子、またいるね﹄ 邪龍側の映像に、ボクは気になるものを見つけた。 幼女だ。外見年齢、十才くらい。 黒髪紅眼の竜人だね。ただ、背中の翼がなければ人間と間違えそ うだ。 もちろん幼女だからって、ボクが目を留める理由にはならない。 ホントだよ。ロリコンじゃないよ。 だけどまあ、やたらと幼女に縁があるのは否定できないところ。 それにしても、今回の幼女は只者じゃない。 だって邪龍の頭に乗ってるし。 それどころか、随分と好き勝手に振る舞ってるし。 ぺしぺしと邪龍の頭を叩いたり、腰に手を当てて高笑いしたりし てる。 子供っぽい暴れっぷり、と言っちゃえばそれまでなんだけど。 ともかくも怖いもの知らずだ。 ﹃もしかして、あの子が本当のボス、なんてことはないよね?﹄ ﹁⋮⋮可能性は低いかと推測します。あの軍団は、戦闘力の高さに よって序列が決定しております。そして竜人は、どうやら竜の特徴 が表面化しているほど、その戦闘力は高い傾向にあるようです﹂ ほほう。そんな傾向があったのか。 言われてみれば、竜人も見た目の細部が違ってるところがあるね。 全身が鱗で覆われていたり、顔まで竜に近いのもいる。 逆に、竜幼女みたいに、人間と差異が少ないのもいる。 1138 しかし思い付きで言ったのに、こんな真剣な分析が返ってくるな んて。 一号さん、さすがです。 ﹁まだ観測例が少ないので、確実とは申せません。ですが、いずれ にしても、近日中には彼らの戦力も明確になると判断します﹂ ﹃帝国軍、勝てるかな?﹄ ﹁足止め程度は期待できます。それ以上は、勇者次第かと﹂ 辛辣な評価を述べながら、一号さんを毛繕いをしてくれる。 べつに、ボクの毛並みは乱れてないと思うんだけどね。 まあ悪い気分じゃないし、任せよう。 少し緊張して疲れたのもある。一眠りしておこうか。 1139 14 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉① 午後のロードショー、邪龍軍団シリーズ。 本日はいよいよクライマックスを放送! 竜と鉄のファンタジー。人の叡智は邪龍に打ち勝てるのか!? ﹃︱︱︱なんてテロップを入れたら盛り上がりそう﹄ ﹁映像を栄えさせる技術でしょうか。検証してみます﹂ 一号さんが大真面目に答える。 さすがに緊張してる、って訳でもなさそうだ。いつもと同じく冷 然としている。 ボクたちはいま森の中にいた。 少し拓けた場所で、木洩れ日が差していて、芝生に転がってくつ ろげる。 だけど周囲は木々で囲まれているので、身を隠すにはいい場所だ。 野生動物や魔獣の気配もない。 のんびりと、戦争の様子も眺められる。 これから大勢の人が死ぬ状況なのに、のんびりっていうのも非道 いけどね。 もしもここが豪華な装飾に包まれた部屋で、ワイングラスなんか を片手にしてたら完全に悪役だ。膝に乗せた猫を撫でたりしてね。 もっとも、いまのボクは撫でられる側だ。 一号さんはいくつもの映像を制御しながら、ボクの毛並みを整え 1140 てくれている。 あれ? だけどこの構図だと、一号さんが︱︱︱。 ﹁どうかなさいましたか?﹂ ﹃黒幕?﹄ ﹁⋮⋮申し訳ございません。仰られた意味を図りかねます﹂ ああ、うん。そうだよね。 くだらないこと考えてる場合じゃない。 もうじき世界の命運を賭けた決戦が始まる。 ﹁間も無く、戦端が開かれるかと﹂ 映像の向こうで、大軍同士が睨み合っていた。 広々とした草原に、邪龍軍団三万五千と帝国軍五万が布陣してい る。 両者は充分に距離を置いて対峙した。 しばらく静かな時間が流れてたんだけど︱︱︱。 ﹃少し意外だね。いきなり竜の群れが突撃するかとも思ったのに﹄ ﹁彼らも知恵はあるようですから。幾許かの仲間が討たれたことで、 警戒しているのかも知れません﹂ ﹃そうなると、ますます帝国軍が不利かな?﹄ ﹁作戦次第であると推測します﹂ ボクたちが戦況予測をしていると、戦場に動きがあった。 竜の群れの中から、一際大きな真っ黒の龍が歩み出る。 ボス邪龍だ。帝国軍を睨みつけると、空へ向けて大きな咆哮を上 げた。 1141 草原全体を揺らす雄叫びに、それまで静かに構えていた帝国軍が ざわついた。 小さく悲鳴を上げる兵士もいる。 だけど、怯えているだけにしては妙な感じだ。 ﹃なんだか、やけに慌ててる?﹄ ﹁はい⋮⋮帝国兵士たちの声から察するに、どうやら邪龍が何かし らの語り掛けを行ったようです。わたくしどもが使う念話のような ものと推測します﹂ ほうほう。言われてみれば、兵士たちはそんなことを呟いてる。 念話も使うとは、邪龍って意外と芸達者だね。 単純な破壊力だけじゃない、と。 ﹃茶毛玉でも、念話の傍受はできない?﹄ ﹁はい。申し訳ございません。今後の改良課題とします﹂ ﹃いや、後回しでいいよ。そんな機能があっても、役立つ機会は少 ないでしょ﹄ それよりもいまは、帝国軍の反応が気になる。 察するに、いまのは戦いの前の名乗り口上みたいなものだったん じゃない? やあやあ我こそは、みたいな? ボクだったら相手が喋ってる間に攻撃するけどね。 合体中の隙とか、絶対に狙う。 むしろ最近じゃ、狙う方がお約束になってきてるよね。 と、話が逸れた。 帝国軍の方も、なにやら言い返すみたいだ。 1142 豪華な甲冑を着た騎士が、軍の正面に馬を進める。 太い槍を掲げると、よく響く声を上げた。 ﹃異界からの竜、いや、非道なる侵略者どもよ! 降伏しろなどと、 傲慢にも程がある! 貴様らは我らの強さを知らぬ! 愚かさを悔 いる前に、さっさと尻尾を巻いて逃げ帰るがいい!﹄ 騎士に続いて、兵士たちも揃って声を上げる。 どうやら邪龍は降伏勧告をしたらしいね。 無駄な抵抗はせず死を受け入れろー、とか? 対する帝国軍は、戦う気満々だ。 あちこちの映像を見ても、怯えてるような兵士はほとんど見掛け られない。 士気が高いって、こういうのを言うんだろうね。 精鋭ばかりを集めた軍だって聞いてたけど、どうやら本当みたい だ。 でも、相手のことを知らないのはお互い様だった。 ﹃っ⋮⋮こちらの言葉は通じぬだと!?﹄ やっぱり邪龍が使う念話も一方通行なんだ。 ボクとメイドさんが初めて会った時もそうだった。 前に出た騎士は困惑顔をしてる。 相手に分からないのに大声で語り掛けるって、傍から見たら滑稽 だからねえ。 ﹃ええい、元より語る言葉など不要! 傲慢なる侵略者どもに鉄槌 を下すことに変わりはない! 征くぞ! 帝国軍の強さと勇敢さを 1143 見せつけてやれ!﹄ 強引にまとめると、帝国騎士は本陣へと戻っていった。 そうして両軍はまた睨み合う。 だけど今度は、すぐに動きがあった。 邪龍が吠える。配下の竜たちが一斉に前進を始めた。 地上から空から、分厚い波が帝国軍へと押し寄せる。 うわぁ。竜津波だ。 映像でも、その迫力は充分すぎるほど伝わってくる。 もしもボクがあそこに居ても、真っ先に逃げ出すかも知れない。 ﹃今更だけど、普通の竜一体でも、人間にとっては化け物なんだよ ね?﹄ ﹁はい。凡庸な兵士では、腕の一振りで殺されるでしょう﹂ そんな竜が、万単位で襲ってくる。 控えめに見たって大災害だ。天変地異だ。 まともにぶつかる つもりなんてな まともにぶつかったら、人間なんて呑み込まれるしかない。 だけど帝国軍は、始めから かった。 ﹃大した威圧感だ⋮⋮しかし竜どもよ、先にこの場に布陣したのは 我々だぞ﹄ 帝国軍の指揮官が、にやりと笑って合図を送る。 陣の後方、百名ほどの集団が光に包まれた。 魔力の光は、その集団の足下から放たれている。大型の魔法陣が 置かれていた。 1144 ﹃すでにこの草原、すべてが我らの罠と化しているのだ。力に溺れ る竜では警戒すらしなかったであろうがな﹄ 帝国軍は、事前に草原のあちこちに魔法装置を埋め込んでいた。 さらに大人数で魔力を注ぎ、装置を起動させる。 草原を囲むように数ヶ所から光が上がって、その光は空にまで届 いた。 すぐに変化は起こる。 空が暗く染まって、雲が浮かび、途端に辺り一帯が冷え込んでく る。 雪が降り出した。激しい風も吹き荒れる。 一歩先さえ見えないような猛吹雪だ。 視界を奪うだけでなく、槍みたいに尖った氷柱が降り注いだ。 相手が大災害なら、こっちも大災害をぶつける。 そんな攻撃だ。 氷柱の嵐くらいだと、竜の硬い鱗はなかなか貫けない。 だけど混乱は起こった。 空でも陸でも、進路を見失ったおかげで狼狽える竜は少なくなか った。 人間を喰らおうと全力で突撃していた竜が、仲間に激突する。 何体かの竜が空から堕ちて、それがまた混乱を誘った。 ﹃今だ! 第二陣、攻撃を開始せよ!﹄ さらに自然災害じみた攻撃は続く。 今度は雷撃だ。 1145 どうやら氷柱よりも強烈みたいで、落雷の轟音に続いて、竜の悲 鳴が響き渡った。 数十体の竜がまとめて堕ちる。 地上で雷撃に貫かれた竜も合わせると、被害はもっと多いはずだ。 それに、魔術ばかりでもなかった。 帝国軍陣地から、何百本もの鉄槍が飛ぶ。大型の兵器から放たれ たものだ。 弩弓から放たれる矢や、投石器の攻撃も続いた。 ﹃なかなか、凄い作戦じゃない?﹄ 正直、ボクは感心した。映像にも見入っていたくらいだ。 やるじゃない、帝国軍。 冷ややかな顔を崩さない一号さんも、その点は同意してくれる。 ﹁はい。とりわけ空への攻撃を重点的に考えていたようですね。空 では方向を見失いやすいですし、事実、飛行型の竜部隊は完全に足 止めされています﹂ ﹃でも地上の竜は、少し違うみたいだね?﹄ ﹁地竜は頑強さに秀でておりますから。闇雲にでも突撃すれば︱︱ ︱﹂ 一号さんの解説通り、吹雪を突破する地竜がいた。 数十体の地竜が、猛然と土煙を上げて帝国軍へと迫る。 でも消えた。 忽然と。地面の下へと。 ﹃落とし穴って、古典的だけどすごく効果的な罠だよね﹄ 1146 ﹁仰る通りかと。そして、ここまでは完全に帝国軍の作戦通りでし ょう﹂ 単純に人力で掘っただけの落とし穴じゃない。 大規模な魔術で、地割れまで起こして作った対竜用の落とし穴だ。 製作には、勇者パーティの魔術師も協力してた。 ﹃頑丈な地竜でも、あの高さだと無事じゃいられないか﹄ 次々と地竜が落下して、痛々しい咆哮を上げる。 咄嗟に止まろうとしたのもいたけど、後続に押されてやっぱり落 下していく。 その間にも、大規模魔術や兵器での攻撃は続いている。 まだ序盤だけど、勢いは完全に帝国軍だ。 竜の被害は、四桁じゃ収まらないかも。 だけど︱︱︱。 ﹃ここからが本番かな?﹄ ﹁あれを数や策で押さえ込むのは難しいでしょう。なにもかもを、 単純な力で覆せる存在です﹂ これまでとは比較にならないくらい威圧的な咆哮が響き渡った。 直後、吹雪が消し飛ばされる。 雪よりも白い、煌々とした輝きが辺り一面を照らし出した。 その輝きの中心に立つのは、黒々とした、その場のなによりも巨 大な姿。 邪龍が、いよいよ戦いに加わろうとしていた。 1147 1148 15 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉② 吹雪を一瞬で消し飛ばし、無数の竜を従え、人間の軍勢を慄かせ る。 眩いほどの白光に包まれた姿は神々しい。 だけど漆黒の全身は、禍々しい威圧感を放っていて、やはり邪龍 と呼ぶのが相応しい。 邪龍は体を起こすと、二本の脚で大地を重々しく踏み締めた。 そうしてゆっくりと歩み出す。 他の竜たちは頭を垂れながら道を開けた。 帝国軍は動かない。いや、動けない。 どれだけ抵抗をしても目の前の邪龍には傷ひとつ付けられないと、 誰もが本能的に理解していた。 そのまま邪龍は、あっさりと帝国軍を壊滅できただろう。 息を吐くだけ。腕を一振りするだけ。 それだけで、万を越す命を容易く刈り取れたはずだ。 でも、ただ一人だけ、その前に立ちはだかる者がいた。 ﹃ったく、デケエ顔しやがって﹄ ガラの悪い小悪党みたいな台詞を吐いて、勇者は歩み出た。 手にした長剣を揺らしながら邪龍へと向かう。 ﹃あん? 俺は強くなんかねえよ。ただ妙な役割を与えられて⋮⋮ 1149 って、言葉は通じねえんだったな﹄ どうやら邪龍が何かを語り掛けたみたいだった。 けれど勇者は首を振って話を打ち切る。 もう言葉を交わしたところで、何かが変わる段階は過ぎている。 だから両者は真っ直ぐに向き合って︱︱︱、 先に動いたのは邪龍だ。大きく息を吸い込む。 邪龍の口内奥に光が宿って、強烈なブレスを吐く準備に入ったの は明らかだった。 勇者なら、その隙を突いて一撃を加えることもできただろう。 けれど、そうはしなかった。 瞬時に上空へと飛び立つと、勇者は一気に飛行速度を上げた。 狙いは、自分を囮として帝国軍を守ること。 ブレスの巻き添えを出すのを嫌ったのだろう。 けれど同時に、邪龍の攻撃を避ける自信も、その動きから窺える。 いや、違う? ﹃来いよ、トカゲ! 正面から受け止めてやる!﹄ 上空で動きを止めた勇者の前に、半透明の盾が何枚も現れる。 その言葉通り、真っ向から勝負するつもりらしい。 邪龍も挑発に乗る気だ。口の端を吊り上げて笑ったみたいだった。 一瞬の間を置いて、その口から破壊の光が吐き出される。 まるで何十本もの丸太を束ねたような、極太の白いブレスだ。 1150 それを受ける勇者も、正面に浮かべた盾に力を注いだ。 反射 を完全無視かよ︱︱︱!?﹄ けれど、三枚までは呆気無く消滅する。 ﹃っ⋮⋮ 勇者の声も、その姿も、白光に飲み込まれた。 帝国軍の兵士たちが、泣き出しそうなほどに顔を歪める。 逆に、竜たちは歓声みたいな雄叫びを上げた。 けれどまだ戦いは始まったばかりだった。 白光が消えると、そこには勇者の姿があった。 額から僅かに血を流している。 だけど空中に浮かんだ姿勢からは、まだまだ力が溢れていた。 邪龍も悠然と立ったまま咽喉を鳴らした。 大きな牙の生えた口の端から、一筋の赤い血が零れている。 ブレスが放たれると同時に、勇者が何かしらの攻撃を放っていた。 懲罰 系も効かねえみたいだし⋮⋮ほん 鋭い槍を投げつけたような攻撃は、邪龍の咽喉奥を傷つけ、ブレ スの勢いも削いでいた。 ﹃掠り傷って感じだな。 と、どんだけ化け物なんだよ﹄ 勇者が忌々しげに呟く。 邪龍も、お互い様だ、とでも言うように呻り声を漏らした。 バサリ、と黒々とした翼が広げられる。 空高く舞い上がった邪龍と、剣を構え直した勇者と、両名はまた 睨み合った。 ﹃テメエも色々と事情を抱えてるみてえだな。けど構ってはやれね 1151 えぞ。そんな義理も、余裕だってねえんだ﹄ 眼差しで意志を交わすと、両者は速度を上げた。 勇者は剣を、邪龍は爪と牙を振るい、再び激突した。 それはもう他者には手出し不可能な戦いだった。 誰もが息を呑む。緊張感を強いられ続ける。 傍から見ているだけでも命懸けだ。 勇者が剣を振っただけで空が裂けた。 邪龍の爪も同じく、空間を割り、大地に消えない痕を刻んだ。 誰かが神の名前を叫んだ。 けれどそれも破壊音に掻き消された。 陽の高い内から始まった戦いは、いつまでも続くかと思われた。 勇者も邪龍も、絶大な攻撃力を誇っている。 万の命を奪うような一撃を、次々と、惜しげもなく繰り出してい く。 けれどそれを避け、防ぎ、相手へと弾き返しもする。 多少の傷を負っても、一呼吸の後には回復している。 まるで神話に出てきそうな戦いだ。 両者の力は拮抗しているように見えた。 けれど同じはずがない。 人間と、龍と、決定的な差異がある。 1152 そもそも人間は、龍と比べればとても貧弱な生き物だ。 桁違いの能力で誤魔化しても、拮抗した戦いでは地力の差が出て くる。 その差によって生まれた隙を、邪龍は見逃さなかった。 大空に無数の魔術が飛び交っていた時だ。 邪龍の爪が、勇者の胸を深く抉った。 致命傷じゃない。だけど苦悶の声を上げて、勇者は体勢を崩した。 直後に、片腕が食い千切られる。 それでも勇者は傷を塞ぎ、なんとかして反撃に移ろうとする。 けれど容赦無く、邪龍のブレスが放たれた。 一撃目は、辛うじて障壁で防ぐことができた。 そこへ二撃目も連続して撃ち込まれて︱︱︱、 勇者は血塗れになり、片腕を失ったまま、ついに大地へ叩きつけ られた。 ﹃っ⋮⋮くっそ⋮⋮これだから、勇者なんてやりたくねえんだ、け どな⋮⋮!﹄ まだ戦えると、勇者は強がって笑ってみせる。 だけど傷は深く、力も衰えてきているのは明らかだった。 立ち上がるのもままならない勇者の前に、邪龍が悠然と降り立つ。 両者は睨み合った。 これまでの戦いに比べれば、ほんの短い時間だ。 そしてやはり邪龍は油断なく、トドメの一撃を振り下ろそうとし た。 1153 その瞬間、邪龍が大きく目を見開いた。 動きを止め、息を呑み、虚空へと視線を移す。 何が起こったのか︱︱︱、 ともあれ、それは大きな隙になった。 満身創痍だった勇者だが、その瞬間を見逃さず、全力で剣を振り 払った。 剣撃が、空間を裂く。 激しい血飛沫が散って、邪龍の翼が根元から斬り落とされた。 さらに追撃が、硬い鱗に覆われていた腹部も深く裂く。 ﹃はっ⋮⋮俺だって、こんな世界で死にたくねえんだよ!﹄ 勇者が続け様に剣を振るい、呻く邪龍を追い込んでいく。 まだトドメには至らない。 けれど形勢が逆転したのは間違いなかった。 ⋮⋮⋮⋮。 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮。 何故、邪龍が急に意識を逸らしたのか? 致命的な隙を作ったの か? うん。知ってる。 だってそれは、ボクが仕掛けたことだからね。 1154 15 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉②︵後書き︶ 明日明後日の更新はお休みです。 1155 16 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉③ 邪龍と勇者が本格的に戦いを始めた頃、ボクはこっそりと移動を 始めた。 森を抜けて、小高い丘の上へと転がる。 念の為に飛行もしない。一号さんにも近くの森で待機してもらっ た。 見晴らしの良い場所だけど、ボクなら草むらに隠れられるからね。 ﹃隠密﹄や﹃暗殺﹄スキルが役立つ時だ。 竜が真上を飛んでも見つからない自信があるよ。 逆に、竜軍団の陣地は丸見えだ。 巨大な異界門も隠しようがない。 門の前には、副ボス黒龍が座り込んでいるのも確認できる。 そう。ボクの狙いは、異界門と黒龍だ。 邪龍? あんな化け物は勇者サガラくんに任せるよ。 もしも戻ってくるようだったら、すぐさま逃げる。 そのためにメイドさんに監視してもらってる。 予定外の事態が起これば、すぐに知らせてくれる手筈だ。 ボクがいる丘の上と黒龍陣地は、充分に離れている。 魔術だってまず届かない。 黒龍のブレスを向けられたら、安全とは自信を持っては言えない けど。 まあ見つかっても、撤退する余裕くらいはあるはず。 1156 ただ気になるのは、黒龍の配下にも数千体の竜がいることだ。 あの竜軍団、意外にも強烈な集団攻撃技を持ってる。 集団戦術じゃなくて、集団攻撃。 があっ は防げないはず、 星降らし 星降らし 邪龍が出陣した後、またシステムさんによる た。 異界門を狙ったものだ。 黒龍も高い戦闘力を持っているけど とシステムさんは考えたんだろう。 その判断は妥当だった、とボクも思う。 だけど黒龍は数千の竜軍団と素早く陣形を整えて、一斉にブレス を吐いた。 そして見事に巨大隕石を撃墜してみせた。 単純にブレスを束ねたというより、魔術的に力を集束したみたい だった。 ﹃万魔撃﹄も、小毛玉と合わせて威力を高められる。 竜たちは魔法陣も浮かべてたし、似たようなものかな。 ともかくも、その集団ブレスは脅威になりそうだった。 だから、狙うのは一撃虐殺。 油断している竜軍団を、不意打ち一発で壊滅へと追い込む。 今更だけど、悪どい戦い方だなあ。 竜軍団にちょっぴり同情するよ。 だけどあんな連中がいたら迷惑だからね。先に攻めてきたのは向 こうだし。 よし。同情終わり。 ってことで、そろそろ仕掛けようか。 1157 草むらを静かに掻き分けて、竜軍団の全容を視界に収める。 黒龍の姿も確認できた。 異界門も合わせて、黒龍も竜軍団もすべてをまとめて狙う。 視線の先は、奴等の中心部、その頭上だ。 それじゃあ︱︱︱﹃重壊の魔眼﹄、全力発動! ︽行為経験値が一定に達しました。﹃暗殺﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃魔力集束﹄スキルが上昇しま した︾ 黒龍軍団の上空に、小さな黒い球体が現れる。 それはまだ効果を発揮しない。奇妙な影でしかない。 けれど、どんどん膨れ上がっていく。 何体かの竜が気づいて首を傾げた。 黒龍も顔を上げると、一拍の間を置いて目を見開いた。 だけどもう遅い。 直後、天地が逆転する。 黒球が重力の中心となって、周囲のなにもかもを呑み込んでいく。 竜たちは混乱して雄叫びも上げたが、その声まで歪み、消えてい く。 一瞬にして数百体、あるいは千体以上の竜が、黒球に吸い込まれ て潰された。 咄嗟に抵抗するものもいた。 空へと飛び立とうとするもの、地面に爪を立てて踏み止まろうと するもの︱︱︱、 黒龍も四ツ足で地面を掴んで留まっていた。 1158 だけど﹃重壊の魔眼﹄は、ここから本領を発揮する。 周囲のすべてを呑み込み、溜め込まれた重力が、一気に解放され た。 正しく天地崩壊だ。 真っ黒な破壊が吹き荒れる。 天を割った黒い柱は何処まで伸びたのか、その先は見て取れない。 大地も割れて、無数の亀裂が走った。 遠く離れていたボクの場所まで、ビリビリと震動が伝わってくる。 ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV9か らLV18になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃重壊の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃一騎当千﹄スキルが上昇しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃大量殺戮者﹄を獲得しました︾ ︽称号﹃大量殺戮者﹄により、﹃唯我独尊﹄スキルが覚醒しました︾ ボーナスタイムの効果もあって経験値大幅ゲット。 そしてまた物騒な称号をいただいた。 システムさんには色々と言いたいことが溜まってる。 だけどいまは、目の前の状況を確認するのが先だ。 やがて崩壊が収まると、そこには元の形を留めているものはひと 1159 ふたつ だけ残ってる。 つとして残っていなかった。 いや、 まずは異界門。 何ヶ所か罅割れて、傾いてはいるけれど、抉れた大地の上で聳え 立っている。 とんでもなく頑丈な造りらしい。 それと、黒龍もまだ生きていた。すごい。 どうやら咄嗟に魔術障壁を張って身を守ったみたいだ。 輝く障壁がいまも明滅している。 だけど全身血塗れ。大きな翼もボロボロ。 後ろ足の一本は奇妙な捩れ方をして、もはや動くのも辛そうだ。 まあ当然だよね。 ﹃重壊の魔眼﹄は、ボクが持つ攻撃手段の中でもトップクラスの 凶悪さだ。 対する黒龍の戦闘力は、推定で五万から六万。 不意打ちで喰らって生きているだけでも大したもの。 あ、しかもまだ余力もあるみたいだ。 黒龍の全身から魔力光が放たれる。 流れ出ていた血が止まって、ゆっくりとだけど傷を塞いでいく。 回復するつもりらしい。 そうはさせない。草むらから飛び出す。 ボクと、そして先行させておいた小毛玉が。 小毛玉なら、もしも発見されて潰されても代えが利く。 なので、ギリギリまで近づけさせておいた。 1160 六体の小毛玉は黒龍を囲む形で接近する。すでに していた。 そして放つのは﹃万魔撃﹄だ。 野太い光の筋が六本、黒龍へ襲い掛かる。 溜め も完了 強い魔力の気配を察して、咄嗟に黒龍も反応した。身構えて障壁 を張る。 だけどそこは信頼と実績の﹃万魔撃﹄だ。 慌てて張られた障壁なんて突き破る。 巨体の黒龍にとっては、野太い閃光も爪楊枝みたいなもの。 だけど突き刺さった光は、体の内部まで破壊するように爆裂を起 こす。 痛々しい雄叫びを上げて、黒龍は激しく仰け反った。 ﹃ッ︱︱︱何者だ、貴様らは!?﹄ む? 念話? 黒龍が小毛玉に向けたものか。 でも今更、話す必要なんてない。 こっちが何者かなんて知らせないし、命乞いだって聞かない。 だけどちょっとしぶといみたいだし、念の為にプランGを発動さ せよう。 空中を駆けながら、﹃爆裂針﹄を飛ばして合図を送る。 森の中に隠れている一号さんに向けたものだ。 ﹃死に行くトカゲに、ひとつ忠告をして差し上げましょう﹄ 合図を受けた一号さんが黒龍に語り掛ける。 黒龍が慌てた様子で首を回した。何処から念話が送られたか探っ 1161 てるようだ。 だけどもちろん、一号さんは完璧に隠れている。 ﹃無駄な抵抗は止めて、命を差し出すべきです。それが貴方と、い まも貴方の世界にいる者たちのためになります﹄ ﹃我らの世界、だと⋮⋮まさか!?﹄ ﹃異界への扉が開いているのです。逆侵攻がないと、どうして言い 切れるのです?﹄ 本当は、異世界へ赴くつもりなんて一切無いけどね。 何が起こるか分からないし。面倒でもあるし。 でも脅しとしては効果的だ。 ﹃いえ、正確に言えば、すでに侵攻は始まっております﹄ ﹃戯言を! 有り得ぬ! 我らはずっと扉を守っていたのだぞ!﹄ ﹃貴方がたは体が大き過ぎるのです。故に、小さなわたくしたちの 接近も察知できなかった。本当に、何も見落としがないと言い切れ ますか?﹄ 黒龍の顔が蒼ざめたみたいだった。 その隙に、また小毛玉が﹃万魔撃﹄を叩き込む。 怨嗟みたいな咆哮が上がって、黒龍の翼が根元から千切れ飛んだ。 むう。トドメになるかと思ったんだけど。 本当にしぶといね。 でも、もう一発くらいで終わるかな? ﹃すでに小型の魔法装置を、あちらの世界へ送り込んでおります。 小型とはいえ破壊を行うのに特化したもの。世界そのものにも打撃 を与えます﹄ 1162 実はこの話、半分は本当だったりする。 高性能茶毛玉がこっそりと異界門をくぐってるんだよね。 ﹃ご主人様の平穏を乱した罪は、死ですら贖えぬほど重いのです。 故郷である世界を救いたくば、己の罪を悔い、無様に地べたへ頭を 垂れ、泣きながら死になさい﹄ ﹃ぐっ⋮⋮バカ、な⋮⋮我らは世界を守るために︱︱︱﹄ 黒龍の返答を待つ義理はない。 ボクはトドメを撃ち込もうとした。 だけどそこで、大きな魔力の動く気配がした。 異界門からだ。 開け放たれた扉の奥から、眩い光が溢れてくる。 なんだか嫌な予感がした。 撤退するべきか︱︱︱、 そう身構えた瞬間、無数の影が飛び出してきた。 考えてみれば、おかしなことじゃない。 元より異界から現れたのは、邪龍や黒龍だけでなく、竜の軍団だ った。 軍なのだから、援軍だって有り得る。 ボクの浅はかさを指摘するみたいに、竜の援軍が姿を現した。 1163 17 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉④ 異界門から新たに現れたのは数千体の竜だった。 勢いよく飛び出し、上空に広がる。 荒々しく自己主張するように咆哮を響かせた。 ﹃あれは⋮⋮ミグマースの一族か! 何故、こちらへやって来る! ?﹄ 黒龍の念話が聞こえた。 どうやら混乱していて、周囲に声を撒き散らしているのも気づか ないみたいだ。 ﹃ミグマース、どういうつもりだ!?﹄ 黒龍が睨む先には、銀色に輝く巨大な龍がいた。 大きさだけなら黒龍の方が上でも、銀龍には四枚の翼があって、 鋭い迫力がある。 見たところ、戦闘力はだいたい同じくらいかな。 厄介だね。撤退する? いや、ここは出鼻を挫くチャンスだと思おう。 どうやら完全に黒龍の仲間って感じじゃないけど、ボクにとって 敵なのは同じだ。 まとめて片付けさせてもらうよ。 銀龍は黒龍を見下ろしながら、口の端を吊り上げた。 1164 念話は聞こえないけど、なにやら得意気な様子だ。 ﹃見張りを⋮⋮同胞に牙を剥いたというのか! この慮外者が! 余計な混乱を招いている場合では⋮⋮っ、まさか、こいつらが門を 襲ったのに乗じて!?﹄ あ、なんか勘違いしてるっぽい。 遣り取りの様子から察するに、銀龍は強引に異界門を抜けてきた らしい。 向こう側 の異界門でも混乱はあったんだろ 邪龍軍団が置いてあった見張りを無視して。あるいは、叩き潰し て? どっちにしても、 うね。 その際に、ボクたちが魔法装置を送り込んだ︱︱︱そう勘違いし たみたいだ。 実際は向こうの事情なんて知らなかったけど、 ﹃ええ。おかげで、実に簡単に入り込むことが出来ました﹄ 一号さん、ナイス。 黒龍はもう疑う心の余裕もないらしく、愕然として目を見開いた。 まあ、あんまり騙す意味もなかったけどね。 もう充分に準備の時間は取れた。 援軍ごと殲滅する、そのための準備時間だ。 この魔眼は、少し特別な効果が入ったおかげか、即座には発動で きない。 即死効果だけなら瞬時に発揮できるんだけどね。 1165 いやまあ、 てる。 だけ って言うほど優しい効果じゃないのは理解し だけど即死以上に極悪な効果だから、この魔眼は。 それじゃあ、銀龍と黒龍が言い争っている内に︱︱︱、 ﹃ぐっ⋮⋮まだだ! まだ、我は、諦める訳にはいかぬ⋮⋮!﹄ ︱︱︱﹃死獄の魔眼﹄、発動! ボクが魔眼を解き放つのと、黒龍が懸命に大地を蹴るのは、ほぼ 同時だった。 溜め込んでおいた魔力が一気に流れ出す。 異界門の正面、魔眼が睨んだ先へと。 そして、大地に真っ赤な紋様が浮かび上がった。 まるで瞳を象ったような、だけど細かな式が入り組んだ複雑な魔 法陣だ。 それは、死を刻み込むもの。 現実世界に地獄を創り出すもの。 巨大な魔法陣は、その外円上に黒い半透明の幕を張った。 異界門も、銀龍や配下の竜たちも、すべてが包み込まれる。 あとはもう、何者も抗えない。 死が訪れる。 魔法陣から照らし出される赤黒い光に触れただけで、無数の竜が 堕ちた。 銀龍は苦しげに咆哮を上げたけれど、その声も死んで消えた。 次の瞬間には、銀龍の瞳からも光が失せ、死に染まっていた。 1166 そして生命の無い異界門までも、さらさらと細かな粒子になって 消えていく。 なにもかもが死んで終わる。 生き物としての形はなにも残らない。 だけど地獄は、その場に留まり続ける。 ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV18 からLV32になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死獄の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃法則無視﹄スキルが上昇しま した︾ ︽特定行動により、称号﹃扉の破壊者﹄を獲得しました︾ 静かになった。風に揺れる草の擦れ合う音が聞こえる。 ひとまず戦いは終わった、と考えていいんだろう。 システムさんも、それを認めてくれた。 ︽異界からの扉が破壊されました︾ ︽外来襲撃に対する警戒を、一段階引き下げます︾ ︽世界の危機は継続中と判断。緊急守護システムの稼動は現状を維 持︾ ︽引き続き、皆様の生存に期待します︾ 1167 とりあえず、これでもう竜軍団が増えることはない。 ボクが見つめる先には、﹃死獄の魔眼﹄が創り出した赤黒い空間 がある。 草原なのに、そこだけまるで異界だ。 地面の魔法陣は禍々しく脈打っている。 細かな理屈は分からない。だけどどうやら、その魔法陣は長く残 るらしい。 そこに入っただけで死を齎す極悪な魔法陣だ。 赤黒い空間の中から、無数の魂が苦しみ続ける声が漏れてきてい る気もする。 ボクだって触れたら危ない。 だから、ちょっと勿体無かったかなぁ、とも思う。 もしも異界門だけ残しておけば、全自動竜殺装置が出来上がって いた。 異界からやって来た竜が即座に殺される。 ボクには経験値がいっぱい。 そんな可能性もあったんだよねえ。 だけどまあ、いまは外来襲撃を抑えられただけで良しとしよう。 黒龍は逃がしちゃったけど。 魔眼が発動する直前で、異界門へ飛び込んでいったんだよね。 瀕死の重傷だったはずだけど、元の世界で復活できるのかな? ﹁ご主人様、周辺にも敵がいないことを確認致しました﹂ 1168 ﹃ん。お疲れ様﹄ 補佐役をしてくれた一号さんが飛行しながら近寄ってくる。 安全宣言がされたことで、ボクもほっと息を吐く。 ﹁これが、例の魔眼による効果ですか。凄まじいですね﹂ ﹃危ないから、近づいちゃダメだよ﹄ ﹁はい。重々承知しております﹂ 軽い遣り取りをしてから、ボクは地上に降りた。 死獄結界の近く、目立つ場所に土を固めた高い壁を作る。 一号さんは首を傾げていたけれど、ボクは構わずに作業を続けた。 ここはもう危険な場所だからね。 見たら誰も近づこうとはしないだろうけど、念の為に注意を促し ておこう。 そのために、立入禁止の旨を書いた看板を立てておく。 なるべく派手な物にして、真っ先に目に触れるように。 竜軍団はともかく、無関係な人まで死んじゃったら嬉しくないか らね。 これでよし、と。 ﹃ところで、邪龍と勇者はどうなったの?﹄ ﹁勇者が勝利しました。辛うじて、ですが。残った竜たちは散り散 りに敗走しております﹂ そっか、とボクは頷く。 あとで録画映像を見せてもらおう。 大きな戦いが終わった、って実感が沸くかも知れない。 1169 ﹃少し、大陸観光でもしながら帰ろうか﹄ ﹁ご主人様の仰せのままに﹂ 頭を下げた一号さんに頷いて、ボクはまた空へと舞い上がる。 しばらく飛んで、ちらりと振り返った。 禍々しく赤黒い空間を眺める。 同時に、戦闘の後に確認したステータスをもう一度見つめた。 気になったのはカルマの値だ。 これ とはねえ。 ﹃死獄の魔眼﹄を放った直後に、ごっそりと変化したのが分かっ た。 まさか、一発で 全力で撃ったのがマズかったのかな。 この数値からすると、ボクが把握している以上に危険な魔眼なの かも知れない。 1170 17 邪龍軍団vs帝国軍vs毛玉④︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:32 名前:κτμ 戦闘力:87800 社会生活力:−9840 カルマ:−27490 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力超強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃創造魔導﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・弐:﹃魅惑﹄﹃逆鱗﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃唯我独尊﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃痛覚制御﹄﹃毒無効﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇大 耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 1171 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・弐:﹃隠密﹄﹃無音﹄﹃暗殺﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重壊の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄﹃竜の殲滅者﹄﹃大量 殺戮者﹄ ﹃扉の破壊者﹄ カスタマイズポイント:320 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1172 18 残敵掃討⋮⋮? ぐるんぐるんと小毛玉が回る。 派手に旋回して、その勢いのまま空飛ぶ竜の体を貫いた。 まるで竜巻みたいな高速回転で、六体の小毛玉が次々と獲物を仕 留めていく。 ちょっと前に手に入れたスキル、﹃逆鱗﹄の効果もある。 発動させると全身が強靭になるみたいだ。 以前から生木くらいは砕けた小毛玉だけど、いまは竜の体も豆腐 みたいに貫ける。 あと、ちょっぴりテンションが上がる。暴力的な気分になるっぽ い。 高揚する、って言えば悪いものじゃないのかな。 狂戦士化みたいに正気を失う弊害はないと思う。 異界門を壊して帰る旅の途中、竜の群れに出くわした。 たぶん敗走した竜軍団の一部だね。 数十体で、近くの村を襲おうとしてた。 べつに人間の村を助ける義理はないけど、竜たちを見逃す理由も ない。 経験値とかお肉とか、美味しくいただこう。 ﹁ご主人様、あの辺鄙な村も殲滅いたしますか?﹂ ﹃いや、しないよ。なんでそんな攻撃的な選択肢が出てくるの?﹄ ﹁目撃者がいれば、思わぬ不利益を被る可能性があるかと﹂ 1173 まあ確かに、地上に見える村では大騒ぎになってる。 竜の群れが現れただけでも非常事態だろうし。 その竜を毛玉が殲滅したとか、もう訳が分からないだろうし。 だからってボクに不利益があるものでもない。 妙な毛玉がいるとか、たとえ噂になっても構わないよ。 どうせここは大陸だ。 ボクが住む島との接点も限られてる。 バロールさんの正体を見られた訳でもないし、放っておいていい でしょ。 ともかくも一号さんを制止して、ボクは南へと進路を取る。 のんびりと大陸観光しながら帰るつもりだった。 もっとも大陸全体を見ると、のんびりとは程遠い状況みたいだけ ど。 ﹃統率が失くなって、むしろ被害が拡大してるね﹄ ﹁帝国軍の主力以外では、竜に対抗できる戦力は少ないですから。 このまま竜たちが野放図に暴れ続ければ、人類の何割かは削られる でしょう﹂ ﹃勇者とか、大きな戦力が上手く動けば防げるかな?﹄ ﹁はい。弱い人々も、次第に効率的な対処法を見つけるかと﹂ いまの竜軍団は、個々が強力な火器を持ったゲリラみたいなもの だ。 むしろテロリスト? 誰彼構わず襲ってるみたいだからねえ。 どっちにしても、一般人には迷惑極まりない。 1174 そういう意味では、帝国軍の敗北なのかも知れないね。 たぶん、勇者の力を頼って、竜軍団を全滅に近い状態まで追い込 みたかったはず。 だけど邪龍を倒すだけで勇者も精一杯で、追撃までは叶わなかっ た。 そうしていま、帝国領どころか、大陸全体に被害が広がっている。 でも竜軍団にも勝利は無い。 異界門が壊された以上、補給も逃げ場もなくなった。 世界すべてが敵で、勇者に出会えばまとめて殲滅される。 延々と鬼ごっこを続けて、いつかは力尽きるしかない。 ﹃勝者は無し、か。正しく戦いは何も生まないね﹄ ﹁ご主人様が唯一の勝利者であられるかと﹂ むう。そう言われると、なんだか黒幕っぽい。 あながち間違ってもいないから反論もできない。 ほどほどに人類勢力が衰えてくれると、ボクの島は手出しされな いで済む。 バラバラになった竜軍団も、もう怖くない。 実に都合よく事が運んでくれた。 勇者サガラくんには感謝しないといけないね。 もしも敵に回られたら面倒だけど、邪龍との戦いで重傷みたいだ し︱︱︱。 ﹁ご主人様、あちらをご覧ください﹂ 1175 ん? なにか発見した? 一号さんが指差した方向へ目を向ける。 空を飛ぶボクたちの先にあるのは、高い樹木が生い茂っている森 林だ。 だけどその一部が炎に包まれて、多くの木々が倒れている。 森林火災? いや、なにかが暴れた跡かな? ﹁生体反応が四つ。その内のひとつは竜人のものです﹂ 竜人、と聞いてボクは飛行速度を落とした。 少し慎重になって考えてみる。 話ができないかな、と。 本来なら、竜軍団との戦いの前にするべきだった。 捕まえてからの尋問とか。 だけど竜たちは、離れていても独自の通話手段があるみたいだっ たから。 情報収集よりも、こちらの秘密保持を優先した結果だ。 とはいえ、大きな戦いが終わった以上、もう情報を得ても意味は ないとも思える。 ﹃無視しちゃってもよさそうだね﹄ 一号さんを従えて、黒煙の上がっている森の上空を通過する。 そこで、四つの人影が見えた。 三つは剣や鎧を装備した男たちで、もうひとつ、翼を生やした小 柄な影が倒れている。その傍らには、力尽きた竜の死体もあった。 それと、他にも数名、丸焦げになった人間の死体も転がっていた。 1176 男たちの装備からすると、兵士というよりは冒険者に見える。 竜一体と竜人一名、それとの戦いになって、犠牲を出しながらも 勝利した、といったところかな。 そういう事情なら、尚更、ボクが手出しする場面じゃない。 他人の戦いに割って入る趣味もない。 ただ、倒れて組み伏せられている竜人には見覚えがあった。 小柄な体格をしている。 もしも只の人間だったら、親に保護されているような年齢だろう。 あちこちが血に濡れているけれど、長い黒髪は艶やかだ。 そう。女性型の、幼い竜人。 邪龍の頭に乗って偉そうにしていた、竜人幼女だ。 いまは頭を掴まれて、悔しそうに歯噛みしている。 ﹁クソガキが! 散々に暴れてくれやがって!﹂ 竜人幼女を組み伏せている男が、忌々しげに罵声を吐いた。 握った剣を、幼女の首筋に当てている。 他の二名も顔を歪めながら、幼女を見下ろしていた。 戦いで仲間を殺されもしたのだろう。復讐したいと思うのも当然 だ。 でも、一名は別の意味で顔を歪めてるみたいだった。 ﹁な、なあ、殺す前に、俺がヤッちまってもいいか? いいよな? こういう小さい子を、一度思い切り甚振ってやりたかったんだよ﹂ よし。有罪決定。 1177 このロリコンどもめ! ﹃静止の魔眼﹄を発動して、続けて毛針も撃ち込む。 静止空間の中で、ピタリと毛針が止まる。 もちろん竜人幼女は狙いから外してある。 そして時は動き出す、と。 阿鼻叫喚なんて起こらない。悲鳴すら上げずに、冒険者たちは倒 れ伏した。 さすがに命までは奪ってないよ。 ボクだって、それくらいの自制はする。 使ったのは﹃爆睡針﹄だ。生き物には初めて使ったから、もしも 爆発したら謝ろうとは思っていたけどね。 ともかくも事態は解決。 残った竜人幼女は、ぽかんとしたまま地面に手をついていた。 ﹁ご主人様が自ら手を下されるのですか?﹂ ﹃違うよ! そんなことのために乱入したんじゃないよ!﹄ 本当、メイドさんの倫理観は、一度きっちり修正する必要があり そうだ。 命を奪うのはよくないことだよ。 それなりの理由が無い以上は。 ﹃とりあえず、彼女は殺さずに確保する﹄ 一号さんなら、表情ひとつ変えずに幼女もくびり殺しそうだ。 なので釘を刺しておく。 ボクが高度を下げて近づくと、幼女もこちらに気づいて顔を上げ 1178 た。 ﹃な、なんなのだ、お前たちは!?﹄ 竜人幼女から念話が飛んでくる。 どうやら話はできるみたいだ。こっちも一号さんの念話で通訳し てもらおう。 ﹃敵じゃないよー﹄ 味方とも限らないけど、ひとまず﹃再生の魔眼﹄を発動。 急に光ったボクの目を見て、竜人幼女がビクリと肩を縮めた。 だけど光は傷を癒していく。 折れていた翼も、しっかりと回復していった。 ﹃これは⋮⋮わ、我に施しをしたというのか!? どういうつもり だ!﹄ ﹃なんとなく? あと、色々と話を聞きたいから﹄ ﹃話すことなどない! 我らは、この世界の敵なのだ!﹄ 竜人幼女は威嚇するみたいに呻ると、回復したばかりの翼を広げ た。 そうして飛び立とうとする。 ﹃い、いまは見逃してやる! だけどこの屈辱は必ずや晴らして︱ ︱︱﹄ ぶべっ!、と悲鳴を上げて、竜人幼女は顔から地面に落ちた。 小毛玉が足に取り付いて引っ張ったからね。 1179 逃がさないよ。 一号さんにも手伝ってもらって、魔力の縄で拘束する。 ﹁捕縛するのでしたら、隷属術式を掛けてはどうでしょう?﹂ ﹃そんな便利なもの、あるの?﹄ ﹁ご主人様と、赤青鳥の関係を解析し、開発しました。絶対服従と はいきませんが、こちらへ危害を加えられないようにするのは可能 かと﹂ ﹃試作段階の術式ってこと? そういう危ないのは︱︱︱﹄ 子供に施すのはどうなんだろう、と思った時だ。 ぐきゅるぅ、と大きな音が鳴った。 音がした方向へ目を向ける。 縛られている竜人幼女は俯いて、耳まで真っ赤にしていた。 ﹃お腹、空いてる?﹄ ﹁う⋮⋮﹂ こちらを睨み返しながら、竜人幼女は小さく声を漏らした。 念話じゃなくて、耳で捉えられる声だ。 だけど意味のある言葉じゃなくて、 ﹁う⋮⋮うぅ⋮⋮うわああああぁぁぁぁぁぁぁ∼∼∼∼∼∼∼∼ん !﹂ ガチ泣きだった。 涙も鼻水も垂れ流して。喧しいほどの声を森に響かせる。 うわぁ。本当に子供だ。 どうしよう、これ? 1180 お腹空いてるみたいだし、なにかあげたら泣き止む? そういえば、ボクの毛の中にオヤツがあったような⋮⋮、 バナナしか残ってないけど、食べるかな? 1181 19 拾いました 幼女を拾った。 けっして犯罪じゃないと主張したい。 放り捨てる選択肢もあったんだけど、そうしなかった理由もある。 この竜人幼女、どうやら邪龍軍団の中でも重要な存在らしい。 ﹃我はリュミリス! 偉大なる龍神より選ばれし御子の血を継ぐ者 だ! 偉いのだ! そして強いのだ! 貴様のような毛玉に屈する ものか!﹄ 一号さんに用意してもらった食事を片付けた後、そう宣言して噛 み付いてきた。 ちなみに竜人は雑食らしい。 お肉が好きだって言ってたけど、なんでも美味しそうに食べてた。 ﹃ぐっ⋮⋮わ、我の爪も牙も効かぬだと!?﹄ まあボクには﹃上位物理無効﹄があるからねえ。 適当にあしらってから、ちょっぴり本気で﹃威圧﹄してみた。 また泣かれた。 漏らしたのは、見なかったことにしてあげよう。 ﹁ご主人様、やはり彼女は隷属させた方がよろしいかと。私どもで は取り押さえるのに苦労しますし、仲間を呼ばれる恐れもあります﹂ ﹃そういえば、竜って離れてても念話ができるんだっけ﹄ ﹁逃亡を防ぐためにも、対策は必要かと判断します﹂ 1182 ひとまず安全策を取っておいた方が利口だ。 ってことで、泣き疲れて寝ている間に隷属術式を掛けておいた。 ボクや拠点の皆には暴力を振るえないように。 逆らったら死ぬ、なんて危険な術式ではないらしい。 呪い的な痛みが走るそうだけど、それくらいなら許容範囲内かな。 児童虐待? そんなのは竜がいない世界のルールだよ。 この世界には、喰うか喰われるかの魔境だって存在する。 むしろ子供だからって見逃される場面の方が少ない。 おまけに、この竜人幼女はまた別の世界のルールで生きているみ たいだ。 ﹃おまえ、毛玉なのに素晴らしく強いのだな! 見直したぞ!﹄ 目を覚ました竜人幼女は、嬉しそうに声を上げて抱きついてきた。 てっきり怯えられると思ってたのに。 ﹃あはははは。思いきり抱きついてもビクともしないぞ! すごい すごい。お爺様やお父様みたいだ!﹄ この竜人幼女、しっかり教育しないと危険だ。 太い生木を圧し折るくらいの力があるし。 小毛玉も握り潰そうとしてくるし。 パワー系幼女だね。 始めにビシッと言い聞かせておかないと、大問題を起こしそうだ。 ﹁貴方はまず、ご主人様への敬意を覚えるべきです﹂ 1183 ﹃敬意だと? 我が敬うのは、偉大なる龍神のみだ!﹄ ﹁敗軍の、しかも捕虜になった者が偉そうな態度を取るものではあ りません﹂ ﹃ふ、ふん! 我らは負けておらぬ! そこの毛玉も、貴様も、い つか我らに屈して泣いて許しを請う︱︱︱いたたたたっ、や、やめ ろぉぉぉ⋮⋮﹄ 一号さんが無表情のまま、竜人幼女のほっぺたを摘み上げる。 暴れられても離さない。 眼差しが冷ややかさを増していく。 そのうちに、根負けした竜人幼女は泣いてごめんなさいをした。 ﹃うぅ∼、毛玉ぁ⋮⋮あのメイドが怖いのだぁ⋮⋮﹄ 情けない声を上げながらボクに泣きついてくる竜人幼女。 その背中に刺さる一号さんの眼差しは、とっても冷たい。 この様子なら島に帰るまでに調教、もとい教育は完了しそうだ。 幼女一名を増やして、島へと戻る旅は続く。 幸い、もう竜と遭遇することはなかった。 折角だから経験値稼ぎに狩ってもいいんだけど、わざわざ探すつ もりもない。 焦って力を付けたい状況でもないからね。 幸いと言えば、思いのほか、勇者の傷が深いらしい。 1184 邪龍に腕一本を千切られていたし、普通なら死んでいたっておか しくない。 だけどそこは世界を救う勇者様だ。 腕を失っても戦い続けていたし、自分で治療術も使っていた。 いまは帝都に戻って、高位の神官による集中治療を受けているら しい。 それでもまだ動けないのは、邪龍を誉めておくべきかな。 ﹃邪龍とか言うな! お爺様は、龍神様に認められた御子なのだぞ ! むしろ神聖で偉大なる龍なのだ!﹄ ﹃そう言われても。黒くて、見るからに禍々しかったし﹄ ﹃おまえだって黒いじゃないか! この毛玉め!﹄ 竜人幼女はボクに噛み付いて、毛も毟り取ろうとしてくる。 そして一号さんに捕まった。 コメカミをぐりぐりやられて涙目になる。 ﹁ご主人様への敬意を忘れてはならないと、何度言えば分かるので す?﹂ ﹃いだだだだっ、わ、分かった! 分かったから、やめろぉぉぉ∼ ∼∼∼!﹄ 順調に教育は進んでる。 とりあえず爪を立てなくなっただけでも進歩かな。 ﹃と、とにかくだ! あのサガラとか名乗った男は、いま弱ってい るのだな?﹄ ﹃まあ、そうみたいだよ﹄ ﹃うぅ⋮⋮やはり仇を討つ好機ではないか。せめて父が残っていれ 1185 ば、軍勢をまとめなおすことだって出来たものを⋮⋮﹄ その父である黒龍を追い帰したのは、他ならぬボクなんだけどね。 間接的には、邪龍の仇とも言えるかも知れない。 もちろん、そんな事実は告げていない。 だって話したら面倒な事態になりそうだから。 異界に戻ったらしい、ということだけは教えておいた。 ついでに、異界門が消え去ったことも。 それだけでも竜人幼女にとっては衝撃の事実だったようだ。 しばらくは愕然として、立ち上がることも出来ないでいた。 いまはこうして、一応は元気に振る舞っている。 だけど空元気ってやつなんだろうね。 竜人の心なんて分からないけど、幼い子供が親から離れるのはや っぱり辛いはずだ。 だからといって同情するのも違う気がする。 ボクに出来るのは、ご飯とオヤツをあげることくらいだね。 それと気になるのは、この後、竜人幼女自身がどうするつもりな のか? ﹃自分で、軍団をまとめなおそうとは思わないの?﹄ ﹃ふ、ふん! 我は確かに偉大で強大だが、未熟でもある。己を過 信するような愚か者ではないのだ!﹄ どうやら、それなりの力が無いと竜たちの統率は難しいらしい。 いまの竜人幼女だと、十体くらいの竜を従えるので精一杯だそう だ。 1186 ﹃あと千年もすれば、我もお爺様のように強くなる! その時こそ、 あの男を泣かして、討ち果たしてやるのだ!﹄ ﹃千年もあれば、人間は寿命が尽きてると思うけど?﹄ ﹃なっ、なんだとぉ!?﹄ 驚いた顔をしてから、竜人幼女はがっくりと項垂れる。 まあ色々と常識無視なこの世界、寿命を延ばす方法だってあるか も知れない。 そう教えて、励ましてあげるべきか? ボクが迷っている間に、竜人幼女の思考が漏れてきた。 ﹃うぅ⋮⋮こうなったら異界門を開き直すしかないのか⋮⋮﹄ その言葉は聞き逃せなかった。 ﹃異界門を、また開けられるの?﹄ ﹃ん? えっと⋮⋮分からん!﹄ 腰に手を当てて偉そうな態度を取りながら、竜人幼女は微妙な返 答をする。 ﹃儀式の手順と、その時に必要な唄は覚えているぞ。あとは龍神様 への祈りと、多くの竜力があれば開けるはずだ!﹄ どうにも曖昧な情報だ。 儀式とか唄とか、なんというか、胡散臭い。 でも異世界への扉が開けるというのは気になる。 そういうのは神とかシステムさんの領分かと思っていたんだけど、 1187 暇が出来たら、調べてみてもいいのかも知れない。 1188 20 帰還と、新たな情報 土くれで作った円盤を飛ばす。 ボクの世界だとフリスビーと呼ばれるものだ。 そのままだと重いので、重力魔術で軽くしてある手の込んだ玩具 だ。 追い掛けるのは黒狼と、竜人幼女。 他の子供、幼ラウネや幼ラミアたちも周りで遊んでいる。 ﹃難しいかとも思ったけど、すっかり馴染んでるね﹄ ﹁ご主人様の威光によるものかと判断します﹂ ボクはただ彼女を拾っただけ。 ちょっぴり泣かせはしたけど、ほとんど躾なんかはしていない。 この拠点に戻ってくるまで、一号さんに散々叱られたのが効いた みたいだ。 根は素直なんだろうね。 外で魔獣を見つけると、すぐに齧りつくような狂暴さも持ってる けど。 ともかくも、もう放っておいても大丈夫そうだ。 ﹃大陸はまだ混乱してる?﹄ ﹁はい。各地で竜による被害が拡大しております。ですが魔族領で は、また別の状況も出てきているようです﹂ ﹃別の状況って?﹄ 1189 ﹁竜の排除は、ほぼ完全に成功しております。しかし魔族領の中央 では被害も出ており、その混乱に乗じて⋮⋮﹂ なにやら深刻な話のようだった。 だけどその深刻さも一切無視して、元気一杯の声が割って入って きた。 ﹃毛玉ぁ、もう一度投げろ! 竜が狼に負けるなど認められんのだ !﹄ 竜人幼女が唇を尖らせて駆け寄ってくる。 フリスビーを咥えた黒狼も一緒だ。 ﹃空飛べば勝てるんだから、ムキにならなくてもいいのに﹄ ﹃我は竜だぞ! 地上だろうと空だろうと、すべて制覇せねばなら んのだ!﹄ 勝手な理屈を述べながら、竜人幼女は黒狼を撫でる。 抱きついて、頬擦りして、存分にモフっている。 黒狼は迷惑そうに目を細めていたけど、為すがままになっていた。 騒々しい子供だけど、喧嘩するよりはいいか。 もう一度フリスビーを投げてやってから、ボクは屋敷へ戻ること にする。 ﹃大陸が落ち着くまでは、やっぱり時間が掛かりそう?﹄ ﹁推測ですが、少なくとも半年は、各国が竜の対処に追われるかと﹂ あるいは、異界門が残っていたら状況は違ったかも。 残った竜の群れも、元の世界に逃げ帰れたんだから。 1190 星降らし とかで門を壊そうとしてたし。 だけど援軍が来るかも知れなかったし。 システムさんだって いまの状況は、ボクとしては望ましい。 でも大陸の人達にはちょっぴり同情する。 外来襲撃が完全に終息するのは、もう少し先になりそうだ。 大陸での竜騒動とは裏腹に、この島は平穏が保たれている。 魔境とか呼ばれてるのに。皮肉なものだ。 ちょこちょこと拠点に寄ってくる魔獣はいるけど、ラミアたちを はじめ、迎撃部隊が活躍してあっさり仕留めてくれる。 おかげでボクは、ごろごろする生活に戻れた。 いや、以前よりも充実した怠惰生活だね。 何もせずにベッドで転がってるだけじゃない。 転がりながら、電子書籍みたいなもの、に目を通していく。 メイドさんたちが作ってくれた魔法道具だ。 枕サイズの鉄板に、複雑な魔術式が組み込まれて、様々な映像を 呼び出せる。 大型のスマホ、と言うほど高機能じゃない。 茶毛玉を通した映像や、幾つかの記録しか見られない。 だけど暇潰しには充分だ。 1191 大陸の各地に潜入した茶毛玉のおかげで、色々な本の写しなんか も読める。 どうやって本の写しなんか取ったのか? それはまあ、各地にある図書館とかに高性能茶毛玉が忍び込んで。 夜中とか、人がいない時間帯にちょこちょこっと。 とある図書館では、夜中にうろつく毛玉が噂になっているとか。 多少の情報漏洩は仕方ない。 これまでも見つかって撃ち落とされた茶毛玉はいたからねえ。 それ以上の収獲があったんだから良しとする。 いまボクが目を通しているのは、過去の外来襲撃に関する史料だ。 本当ならもっと前に読みたかったんだけど、予定よりも襲撃が早 かったのが悪い。 だけど史料からすると、外来襲撃の予定がズレるのは珍しくない らしい。 だいたい十日前後はズレてる。 それでも三十日以上も早かったのは記録にない。 何百年も前に起こったのもあるから、何処まで正確かは分からな いけど。 それよりも、過去の敵や、こちらの世界の戦いぶりが気になって いた。 システムさんや勇者頼りな部分はあるけど、人類も奮戦していて ︱︱︱。 ﹁ご主人様、お時間をいただけますか?﹂ 1192 声を掛けてきたのは一号さんだ。 ボクは画面に向けていた視線を上げて、話を聞く姿勢を取る。 ﹁先日、リュミリスより聴取した異界門に関する話です。彼女が知 っていた儀式や唄、そこには魔術式にも似た効果が隠されていると 判明致しました﹂ ﹃つまり、異界門が開けるってこと?﹄ ﹁いえ。残念ながら、そこまでは至っておりません﹂ んん? どういうこと? なんだか複雑な話になりそうかな? ﹁推測ですが、儀式や唄だけでは部品が足りない形になるようです。 龍神とやらがそれを埋めるのか、他に要素があるのか、不明な部分 が多々あります﹂ ん∼⋮⋮例えるなら、扉を開く鍵のパーツが少し手に入った、っ てこと? 小さな一歩ってところかな。 そういえば、メイドさんたちは元々、故郷である異世界へ帰るた めの研究にも使われていたんだっけ。 その研究からの積み重ねもあって、今回の結果が得られたってこ とか。 でも、まだまだ異界門を操るのは難しそうだ。 あんまり期待はしてなかったから、進展があっただけでも喜ぶべ きかな。 ﹃竜力ってのは、何か分かった?﹄ 1193 ﹁恐らくは魔力に似たものかと。代用は可能だと推測します﹂ あくまで推測か。 分からないことだらけでも、それも仕方ないね。 そもそも自分で異界との扉を開くなんて、これまでは考えもしな かった。 ﹁いま以上の情報を得るためには、やはり開いている異界門の調査 が必要かと﹂ ﹃それは、完全に消滅させちゃったからねえ﹄ 破片くらいは残ってるかも知れないけど、死獄結界の中だ。 あそこに踏み込んで調べられるものじゃない。 消し去る前に茶毛玉で潜入はしていたけど、詳しい調査は無理だ った。 メイドさんが直接に近づければ違っただろう。 だけど現状では、次の外来襲撃を待つしかない。 けど、 解放はされていない 。 何十年か、あるいは百年以上も先になるかも知れないけど︱︱︱。 そこまで考えて、ふと思い出した。 ﹃ひとつ残ってるんだっけ? 開いたままの異界門が﹄ ﹁はい。二百年以上も前のものですが﹂ 年代はあまり関係ないんじゃないかな。 開いてはいる 同じ技術が使われているかも分からないし。 それに、いまも 氷漬けにされているはず。 1194 ﹁よろしければ、調査の検討をお願い致します﹂ 一号さんは調べたいみたいだけど、どうしようかな。 それがある場所も問題だ。 史料によると、エルフ領にあるんだよねえ。 近づくだけでも、ボクなんかは真っ先に攻撃されそうだ。 ﹃考えておく。でもあんまり気乗りしない﹄ ﹁承知致しました﹂ 食い下がるでもなく、一号さんは静かに一礼する。 折角の提案だけど、機会はずっと先だろうね。 興味が無い訳じゃない。 エルフと獣人が同居してる島って話だし、見てみたいとも思う。 だけど偵察だけなら茶毛玉でもできる。 だからしばらくは、ボクが直接に訪れる事態はないはず︱︱︱。 そう思っていたんだけどね。 三日後、新たな情報が入った。 エルフ領に、敗走した竜軍団の一部が向かっている、と。 1195 21 助ける義理はないけれど エルフと獣人族が住む島。 魔境からは西北の位置。海を挟んでいるけれど、大陸ほどは離れ ていない。 少々の無理をすれば、小舟でも渡れるくらいの距離だ。 上空から見ると楕円形の島だと分かる。 外周のほとんどが切り立った崖に覆われていて、東側に小さな港 がある。 内側は鬱蒼とした森だ。空からだと人の姿を探すのも難しい。 高性能茶毛玉を潜入させようとしても、すぐに見つかって撃ち落 とされる。 海と崖に守られているだけじゃない。 どうやら魔術による監視網もあるらしい。 面積としては小国程度でしかない孤島だ。 だけど天然の城砦と呼ぶのに相応しく、魔族や帝国による侵攻を 追い返したこともあるそうだ。 それでも以前、ここから攫われたエルフっ子もいる。 銀子だ。 ボクと出会って、冒険者に拾われて、いまは故郷に帰ってるはず だけど︱︱︱。 それを確認したい気持ちはあった。 とはいえ、気軽に訪れられる場所でもない。 1196 メイドさんを派遣すれば接触くらいは出来たかも知れないけど、 そこまでするほどのことでもない。 ともかくも、ボクはそのエルフ島に向かっていた。 竜軍団の一部が向かっていると聞いたから。 その数は、およそ数千。 獣人とエルフの戦力は詳しく知らないけど、少なくとも苦戦はす ると思う。 空飛ぶ竜相手だと、地形の有利もほとんど意味がないから。 だからボクが助ける!、なんて理由じゃないよ。 そういう正義の味方っぽいのは、勇者にでも任せておけばいい。 もっともサガラくんも嫌がりそうだけどね。 だけど面倒くさがりながらも、なんだかんだで助けに向かいそう。 そこはボクと違う点だ。 ボクはただ、竜軍団を片付けておきたいだけ。 経験値としても美味しいし。 あんなのが近くに住み着くのは気分が良くないし。 大陸でもまだ暴れている竜の数は多いから、少し数を減らしても 問題ない。 そのついでに銀子の様子を見てもいいかなあ、と。 そんなことを考えながら海を渡ってきた。 もしも竜の群れが撃退されるなら、ボクは手出しせずに帰るつも りだった。 遠くからエルフや獣人たちを応援して。 余計な戦いに関わらずにいられるなら、ボクだってその方がいい。 だけど、そうもいかないみたいだ。 1197 島の北側、森の広い範囲が炎に包まれている。 空には千を越える竜が舞って、我が物顔で咆哮を轟かせている。 その中心には、輝くように赤い大型の竜が悠然と浮かんでいた。 許可無く島へ近づく者に対して、エルフたちは苛烈な攻撃を浴び せる。 まずは海上にいる相手に、遠距離から魔術攻撃を降らせる。 それを越えてくる者は少ない。 船を着けられるのは島の東側の一部だけなので、迎撃設備も整え られている。 もしも上陸してくる者がいても、その時は深い森が侵攻を阻む。 身体能力に優れた獣人種が、エルフからの魔術援護も受けながら 攻撃する。 森の影を利用して、罠を仕掛けて、容赦無く敵を撹乱して殲滅す る。 そういった戦術で、エルフと獣人は自分達の領土を守ってきた。 人間に対してはとても有効な戦術だった。 だけど竜に対しては違う。 あっという間に島の中心部まで攻め込まれてしまった。 人が乗る船だったなら、多くても数十隻が押し寄せてくるくらい だ。 魔術を得意とするエルフなら、余裕を持って数を減らしていける。 1198 けれど今回の敵は数千。 軍船よりも頑丈な巨体が、空を駆けて押し寄せてくる。 これに対抗するのは容易じゃない。 もちろんエルフや獣人たちも迎え撃とうとした。 帝国軍がやったように、空を覆うほどの大魔術をぶつけもした。 けれど竜も油断無く学んだらしい。 始めに突撃してきたのは、数百体の群れだ。 空を覆った黒雲から雷撃の雨を浴びせられて、数十体の竜が落ち た。 被害は、たったそれだけ。 事前に何重もの障壁を張り、元より頑丈な体もあって、多くの竜 が耐えてみせた。 さらに後続の本隊も隠れていた。 察知されない遥か上空から、一気に地上へと降下、千を越える竜 が一斉にブレスを放った。 島の地形が変わるほどの攻撃だ。 迎撃に当たったエルフと獣人部隊は壊滅的な被害を受けた。 そこからはもう一方的だった。 元々、竜は自分より小さな獲物を狩ることにも慣れている。 森に降りた竜たちは、潜んで反撃しようとしていた獣人部隊も、 次々と発見して殲滅していった。 対抗できるのは、高い戦闘力を持った一部の者だけだ。 エルフたちも、万を越す人数を揃えていた。 けれど最初の接触で半数以上が燃やされて、潰されて、狩られて 1199 いった。 残った者の中で、まともに竜と戦えるのは数百名といったところ だ。 この時点で、戦力差は十対一以上になっていた。 ﹁くっ⋮⋮守りに回った結果がこれか⋮⋮﹂ 長い白髭を掻き毟るようにしながら、エルフの長老が悔しげに呟 いた。 細身だけど長身で、しっかりと背筋を伸ばしている男だ。顔には 深い皺が見て取れるけれど、握った杖からは魔力が滲み出ている。 その気になれば、まだ熟達の魔術師として戦場にも立てるだろう。 いまは島の中心にある居住区で、戦いの行方を見守っていた。 苦戦、というほぼ確実な敗戦の様子は、すでに伝わってきている。 もう一人、エルフ長老の横にいる老婆も、この島の終わりを悟っ ていた。 ﹁今更言っても仕方ないが、あたしらで異界門を攻めるべきだった ねえ﹂ 太い尻尾と、頭の上に生えた耳は、長い黄金色の毛に覆われてい る。 狐の色が強く混じった獣人種だ。 こちらは背筋を丸めているが、森を焼く炎を見つめる眼差しは鋭 かった。 ﹁せめて門を封印に留めておけば、竜どもの足を止められただろう に﹂ 1200 ﹁ふん。外へ出るのを嫌った儂らの責だと言うのか?﹂ ﹁それこそ今更だね。そんなアンタたちと、ずっと一緒に暮らして きたんだ。帝国と上手く共闘できなかったのは、あたしらの責でも あるさね﹂ ともあれ、と老婆は話を打ち切る。 ﹁こうなっては逃げるしかないさね。せめて子供たちだけでも⋮⋮﹂ ﹁そうじゃな。急がせるとしよう﹂ 森に囲まれた里には、子供をはじめ、戦えない者たちが残ってい た。 さほど数は多くない。 けれど僅かでも生き残れば、エルフにも獣人にも希望は繋がる。 里の近くには、海岸まで繋がる洞窟が用意してあった。 避難する者はすでに集まっている。エルフと獣人と合わせて数百 名ほどだ。 長老が手早く事情を説明すると、混乱もなく、揃って避難を始め た。 ほどなくして、里の外れにある、草木に隠された洞窟の入り口へ と到着した。 そうして子供たちから順々に洞窟へ入っていく。 誰も彼も表情を曇らせている。 まだ幼い子供でさえ、沈んだ空気を察して押し黙っていた。 ﹁⋮⋮長老、やはり私も残ります﹂ 一人のエルフ少女が、決意とともに口を開いた。 1201 けれどすぐに長老は首を振る。 ﹁ならん。だいたい、其方が残ったところで何ができる?﹂ ﹁時間稼ぎくらいはできます! 私だって︱︱︱﹂ エルフ少女の言葉を、激しく響いてきた咆哮が打ち消した。 幾名かの子供が悲鳴を上げる。 長老が顔を上げると、その視線の先には一体の竜がいた。 竜の鋭い眼光は、明らかに地上の無力な獲物たちを捉えていた。 赤々とした炎が竜の咽喉奥に宿る。 ﹁やらせないさね!﹂ 狐老婆が地を蹴った。空中でも跳躍して、一気に竜の眼前へと迫 る。 気炎を吐いた老婆は、驚愕する竜の鼻先に拳を叩き込んだ。 竜の悲鳴が響き渡る。 ﹁さっさと行きな! あいつらは一匹じゃないんだよ!﹂ ﹁心配は無用じゃよ。儂らも、後で必ず追いつく﹂ 長老は言いながら、握った杖の先から雷撃を放った。 上空に新たに現れた竜を、青白い光が貫く。 ﹁くっ⋮⋮﹂ エルフ少女は悔しげに唇を噛みながら、子供たちの誘導へと向か った。 洞窟の入り口は狭く、一度入ってしまえば竜にも追われないだろ 1202 う。 けれどその分、避難には時間が掛かっていた。 まだ大勢の子供たちが残っている。 そして、襲ってくる竜は数を増やしていく。 長老と狐老婆も奮戦するが、数体を相手取るだけで精一杯だった。 吐き出された火炎に障壁を揺らされて、長老が冷や汗を流す。 竜の牙が迫り、それを受け止めた老婆が歯噛みする。 ﹁おじいちゃん、おばあちゃん︱︱︱!﹂ 洞窟前にいる子供の誰かが声を上げた。 まだ幼い女の子の声だ。 顔をくしゃくしゃに歪めて、目にいっぱいの涙を溜めている。 けれどそんな声も押し潰すように、竜は暴力的な雄叫びを上げて ︱︱︱、 次の瞬間、体を貫かれ、倒れ伏したのは竜の方だった。 ﹁え⋮⋮?﹂ 唖然とした声は、誰が漏らしたものなのかは分からない。 けれどその場の全員が、信じ難い光景を目撃した。 空を覆っていた竜が次々と落ちる。 地上にいた竜も同じく。 体の中心部を貫かれて。あるいは、首や翼などを刎ね飛ばされて。 小さな影がいくつか舞っていて、あっという間に十数体の竜を屠 1203 っていった。 その丸い小さな影は何なのか︱︱︱、 誰かが、正解を呟いた。 ﹁⋮⋮毛玉?﹂ はい。毛玉です。 聞き覚えのある、幼い子供の、銀子の声も上がった。 ﹁けーちゃん!﹂ はい。けーちゃんです。 κτμです。 その名前は、なるべく忘れていたかったんだけどねえ。 1204 22 けーちゃん、暴れる 避難しようとしていた銀子をはじめとしたエルフたち。 そこへ竜の猛攻が迫る。 けれど颯爽と現れた毛玉が危機を救う︱︱︱。 絶妙なタイミングだったけど、べつに出待ちをしてた訳じゃない。 ボクが拠点を出た時には、もう竜の群れは海を渡ろうとしていた。 けっこう急ぎはしたけどね。 残念ながら、エルフや獣人たちには多くの被害が出てしまった。 でもそのおかげで、混乱に乗じたボクが島の中央まで乗り込めた。 戦いの様子も、先行していた茶毛玉を介して把握できた。 怪我の功名? 不幸中の幸い? ともかくも、ここからはボクのターンだ。 ﹁けーちゃん、また守ってくれるの?﹂ っと、地上から銀子が問いを投げてくる。 なんだか調子が狂うなあ。 他の避難民は唖然としてボクを見上げているだけなのに。 むしろ警戒している様子だ。 だけど銀子は満面の笑みを浮かべている。 突然に現れた毛玉であるボクを、疑いもしていない。 別れた時とは、ちょっぴりだけど姿も変わっているはずなのに。 しっかりとボクだって分かってる。 1205 まあ、ついでだ。 このまま見捨てるなんて気分が良くない。 ﹃竜の群れは、すぐに片付ける﹄ 文字を描いて返すと、銀子は少しだけ驚いたように目を見張った。 でもまた屈託なく笑って、﹁ありがとう!﹂と手を振る。 ボクも頷きを返すと、近くにいた一号さんへ指示を出した。 ﹃彼女たちを守っておいて。あと適当に、敵じゃないって説明を﹄ ﹁承知致しました。敵は多数ですので、念の為、お気をつけくださ い﹂ 一号さんが地上へ向かうのを見送って、ボクは高度を上げる。 後ろから、長老の呟きが聞こえた。 ﹁そういえば、シルヴィは毛玉の魔獣に救われたと聞いたが⋮⋮﹂ どうやら話は良い流れに進みそうだ。 一号さんもいるし、たぶん、任せて大丈夫でしょ。 ボクの方は、さっさと竜どもを片付けるとしよう。 島の北側からまとまって攻めてきた竜軍団だけど、いまは広範囲 に散っている。 生き残ったエルフや獣人が、まだ森に隠れながら戦っているから だ。 でも竜軍団の勢いは衰えない。 掃討戦に移ってるね。 1206 このままだと余計な被害が増えそうだし、まずは注意を集めよう か。 的は空にいくらでもいる。 ﹃万魔撃﹄、発動! 青白い閃光が空を貫いていく。合計で七本。 小毛玉も一斉に放った魔力ビームが、竜軍団を薙ぎ払った。 どさどさと、肉片となった竜が落ちていった。 それまで喧騒に包まれていた森が、一瞬、しんと静まり返る。 地上で暴れていた竜たちは、訳が分からないといった様子で空を 見上げた。 やや離れた位置で空を舞っていた竜たちも同じく。 木々に隠れて戦っていたエルフや獣人たちも、呆然としていた。 だけどその視線の先にあるのは毛玉だ。 ますます訳が分からないだろう。 だからといって、ボクがその困惑に付き合ってあげる義理はない。 小毛玉を飛ばして、残った竜を倒していく。 突撃するだけの簡単なお仕事だ。 普段はふわふわの小毛玉だけど、本気を出せば竜の硬い体だって 貫ける。 大威力の魔眼を使えば、一気に殲滅も可能だろう。 だけどそれをやると森ごと失くなっちゃう。 死の大地になっちゃったりもするからね。 エルフや獣人も巻き込んじゃうから、地道に片付けていく方がい い。 1207 竜軍団は、まだ数千体も残っている。 空を覆い尽くすほどだ。 だけど一体ごとなら、小毛玉の突撃一発、あるいは毛針の数本で 仕留められる。 余裕のある戦いだね。 これなら黒甲冑のバロールさんで来てもよかったかも。 あの格好だと行動が制限されるから、念の為に毛玉スタイルで来 たんだけど、心配するまでもなかった。 さっきまで我が物顔で暴れまわっていた竜が、いまは狩られる側 だ。 慌てて逃げ出すのもいる。 もちろん逃がさない。 ボスっぽい大型の竜も、さっき﹃万魔撃﹄の雨に巻き込んで潰し ておいた。 あとはもう作業だ。 がっつりと経験値を稼がせてもらおう。 竜の群れが東の空へと逃げ去っていくのを見送る。 ほんの十数体ほどしか残っていない。 追撃して仕留めることも出来たけど、敢えて見逃すことにした。 絶滅させたいと思うほど竜を憎んでもいない。 1208 経験値も充分に稼げた。 何処か静かな場所で、慎ましく暮らしていけばいいんじゃないか な? 竜たちの幸せを祈っておこう。 さて、エルフ島のあちこちには竜の死体が転がっている。 もしも竜人幼女を連れてきたら、泣きじゃくりそうな光景だ。 説得させて竜を配下に、なんて考えも頭を掠めたけどね。 簡単に説得できるとも限らないし、後で反乱でも起こされたら面 倒だ。 置いてきて正解だった。 今頃は、アルラウネに本でも読んでもらって寝てるはずだ。 それよりも、こっちの片付けの方がいまは問題だね。 そこかしこに死体が転がった惨状は、ボクにはあんまり関係ない。 どうせ、この島には立ち寄っただけだからね。 だけど︱︱︱。 ﹁ご主人様、お疲れ様でした﹂ 島の中央に戻ると、一号さんが出迎えてくれた。 問題は、一号さんの後ろにいるエルフや獣人たちだ。 約一名を除いて、怯えと警戒の眼差しを向けてきている。 ん? よく見ると、約一名だけでもないかな? 銀子を中心に、興味の目を向けてくる子供がちらほらといる。 周囲の大人に押さえられているので近寄ってはこないけど。 純粋な子供には、ボクが悪い毛玉じゃないって分かるのかねえ。 まあ、カルマは真っ黒なんだけどね。 1209 毛先を丸めて振ってみる。 銀子と、幾名かの子供も手を振り返してくれた。 こういう対応をしてもらえると、助けに来てよかったと思える。 ﹁まずは、礼を言うべきなのじゃろうな﹂ ボクがぼんやりしていると、避難民の間から長老エルフが進み出 てきた。 ゆっくりと頭を下げる。 丁寧な仕草だけど、やっぱり警戒の眼差しはそのままだ。 こっちは敵対するつもりは無いんだけどねえ。 ﹁それで⋮⋮失礼かも知れぬが聞きたい。何故、儂らを助けたのじ ゃ?﹂ いきなり本題だね。 でも、切り出してくれて助かったよ。 うっかり忘れるところだった。 この島に来たのは、竜討伐以外にも目的があったんだよね。 ﹃封印された異界門、それを見たい﹄ 長老の前に魔力文字を突き出す。 途端に、皺だらけだった顔が不愉快そうに歪められた。 1210 幕間 とある新魔王の暴走︵前書き︶ お久しぶりです。例によってリハビリ回です。 1211 幕間 とある新魔王の暴走 豪奢な椅子に腰を降ろす。 頬杖をついて、広々とした空間を眺める。 艶のある石畳の上に、そのまま寝床にできそうな上質の絨毯が敷 かれている。太い柱には精緻な彫刻が施されて、壁や天井の隅々ま で綺麗に磨き抜かれていた。 荘厳とした雰囲気に包まれた空間だった。 でもいまは酷い有り様だ。 石畳は穴だらけ。絨毯もボロボロ。天井も所々が崩れている。 血生臭いオブジェも増えた。 まあ、すべて私がやったんだけど。 ﹁アデーレ様、新魔王襲名、まことにおめでとうございます﹂ 武闘派の魔族が十名ほど、玉座の前に整列して跪いている。 代表して祝いの言葉を述べたのは、マルバスとか言ったかな。羊 みたいな巻き角が頭の両脇から生えている細身の男だ。 魔術に詳しいのと、他の魔族をまとめる手腕で役に立ってくれて いる。 宰相ポジションかな。 ただ、本人は私への敬意でなく、利用してやるっていう意識で動 いているみたい。 どうでもいいけどね。 私と五十鈴くんの邪魔はしないみたいだから、生かしておいてあ 1212 げている。 ﹁なんてことないわ。予定通り⋮⋮ほとんど、だけどね﹂ 玉座の横へと手を伸ばす。 風を操って、転がっている生首を手元へと引き寄せた。 その首は、ついさっきまで魔王を名乗って玉座にいた女のものだ。 魔王を殺した者は新たな魔王となる。 それは大昔に作られた法だけど、一応はまだ効力を持っていた。 ﹁ほとんど、とは? 和平派の者どももすぐに従うと思われますが ⋮⋮﹂ マルバスが的外れなことを言う。 やっぱり気づいてなかったみたい。こいつ、戦闘能力は期待でき ないわね。 他の連中は⋮⋮ああ、半分以上が気づいてるみたいね。 小馬鹿にするみたいな笑いをマルバスに向けてる奴もいるわ。 ﹁こいつ、影武者よ﹂ ﹁なっ⋮⋮!?﹂ ﹁本物だったらもう少しは手応えがあったわ。事前に察知したか、 偶然か、それは分からないけどね。探し出しなさい。情報収集は貴 方の得意分野でしょう?﹂ 今回は偽情報だったけど、と付け加えておく。 1213 マルバスは頭を垂れて顔を隠した。でも歯噛みしてるのは伝わっ てくる。 悔しいなら、次はちゃんとした情報を持ってきて欲しいわね。 魔王を逃がしてしまったのは、ほんのちょっぴりだけど面倒な事 態なんだから。 私が魔王を襲名しても、その正当性に文句をつける輩が出てくる。 もっとも、相手が逃げ出したのは事実。 そんな気弱な魔王に従いたい、なんてのは少数派でしょうね。 呪い を仕掛けられた。だから、計画に大きな支 ﹁まあ、貴方のおかげで助かってるのは事実よ。実にいいタイミン グで、勇者にも 障は無いでしょう?﹂ ﹁⋮⋮はい。十日もあれば、帝国へと攻め込めます﹂ ﹁なら、そのまま進めなさい。世界すべてを掌握するまで、休むこ とは許さないわ﹂ 外来襲撃 のおかげで、帝国は大きな損害を出した。 そう、すべては順調に進んでいる。 帝国だけじゃない。どの国も竜の軍勢からの襲撃を受けて、各地 で被害を出してる。 ボスである巨大黒龍は倒されたけど、統率を失った竜たちは、む しろより厄介な魔獣となっている。各国の軍勢は、しばらくはその 対応に追われるはず。 魔族領でも多少の混乱は起こった。 でも事前の偵察部隊を徹底的に叩いたからか、ほとんど竜はやっ て来ていない。 1214 トカゲどもも、恐れるくらいの知性はあるみたいね。 それとも、私と五十鈴くんの再会を邪魔したくないのかな。 そんな謙虚な考えでいるなら、絶滅はさせないであげてもいいか もね。 竜軍団は、勇者を追い込むのにも役立ってくれた。 あいつらが弱らせてくれたおかげで、練り上げた呪術も成功した。 もう勇者は指一本すら満足に動かせない状態だ。脅威じゃない。 封印すれば、次の勇者も生まれないはず。 五十鈴くんを探すのに役立つなら使ってあげてもいいけど⋮⋮う ん、次に会った時に決めよう。 ﹁ところで、アデーレ様⋮⋮﹂ ﹁なに? 休むのは許さないって言ったはずよ。さっさと働きなさ い﹂ ﹁も、勿論です。しかしひとつ気掛かりなことが。竜どもの一部が、 エルフ領へ向かったのが確認されています。数千にも及ぶ大軍なの で、放置はマズイかと﹂ ﹁ふぅん⋮⋮敗残兵がまとめて逃げ場を探してる、ってところかし ら﹂ 数千の竜か。私でもちょっと苦労しそうな戦力ね。 エルフ領っていうと、獣人も一緒に住んでる孤島だっけ。 帝国も追い払える戦力があるって話だったけど、空飛ぶ竜が相手 だと分が悪そう。 1215 共倒れになってくれると嬉しいけど、そう都合良くもいかないか。 ﹁偵察を出しておきなさい。脅威になるようなら、私が排除するわ﹂ ﹁は⋮⋮アデーレ様が出陣なさるのですか?﹂ ﹁文句あるの?﹂ ﹁⋮⋮いえ。承知いたしました。詳細が判明し次第、報告します﹂ 私は手を振って、話を打ち切る。 まだ魔王就任の儀式とか、細かい話はあるけど、そんなのは後回 しでいいわ。 今日は随分と働いたもの。 そろそろ五十鈴くん成分を補給しないと。 ちょっと前までは映像でしか会えなかったけど、いい絵師を見つ けたのよね。 あの抱き枕も上手く出来たわ。 そうだ、この謁見の間の柱に五十鈴くんの彫刻をしてもらおう。 どんなポーズがいいかな。 憂いの表情も素敵だし、笑顔だって大歓迎。 想像するだけで胸がときめく。 でも彫刻って言えば⋮⋮半裸? 全裸? それはやりすぎかな? ﹁アデーレ様、その⋮⋮﹂ ﹁あん?﹂ 1216 またマルバスか。なによこいつ? 私と五十鈴くんが抱き合うのを邪魔してくれちゃって。 そんな権利があるとでも思ってるの? 殺すわよ? ﹁異界門の調査に向かった者が戻って参りました。例の異常な結界 についても映像に収めてきております。ご覧くださいませ﹂ ﹁⋮⋮いいわ、見せなさい﹂ 他の世界と繋がる異界門。 外来襲撃の際に開かれるそれが、何者かによって破壊された。 しかも徹底的に、異常な力で。 後には、そこに踏み込む者すべてを即死させる禍々しい結界が残 されていた。 偵察によって判明した事実だけでも、見過ごせないのが分かる。 それだけ異常な力を持った何者かがいるということ。 もしかしたら、私と五十鈴くんの仲を妨げる脅威になるかも知れ ない。 杞憂かも知れないけど、なんだか妙な予感も覚えていた。 マルバスが魔術装置を操作する。 手のひらに乗るくらいのそれは、私が作ったものだ。 記憶を映像化させる術式を改良して、ビデオカメラみたいにした もの。 ﹁話には聞いてたけど⋮⋮おぞましいわね。赤と黒の空間⋮⋮この 映像だけでも死の気配が漂ってくるわ﹂ 1217 ﹁偵察した者も、見ただけで寿命が縮まる思いだったと言っており ます﹂ ﹁魔術的に解析するのも難しそうね。どうなってるのか⋮⋮ん?﹂ 何枚かの映像の中で、ふと目に留まるものがあった。 それは、赤黒い結界の前に立っていた。 土を固めて作った高い壁だ。いや、壁というよりは看板なんでし ょうね。 その看板には単純な言葉が記されている。 立入禁止、と。 この世界の言葉と、日本語で。 ﹁転生者⋮⋮!﹂ 思わず呟いてしまった。 この看板を書いた者は、そして恐らく異界門を破壊した者も、私 と同じ転生者だ。 そうでなければ、日本語を書けるはずがない。 でも、問題はそこじゃない。 私を驚かせたのは、僅か四つの文字そのものだ。 ﹁この字⋮⋮五十鈴くんの字に似てる。でも、何処か違う? うう ん、五十鈴くんの字なら、私が見分けられないはずないもの⋮⋮﹂ 五十鈴くんの字なら、穴が開くほど見つめていた。 ノートに頬擦りした感触だって覚えている。 忘れるはずない。見間違えだってするものか。 1218 でも違っている気がするのは、転生したから? 身体が違うから文字の癖も変わってる? もしかしたら、竜との戦いで怪我でもしたのかも。 だとしたら、あいつらは絶滅させなきゃいけない。 私の五十鈴くんを傷つけるなんて、たとえ神だって許せないもの。 待ってて。いま、助けに行くから! ﹁出掛けるわ﹂ ﹁は⋮⋮? 出掛けるとは、まさか異界門の跡地へ? お待ちを、 あそこはまだ帝国の軍勢が監視を︱︱︱ぶぇっ!?﹂ 振り向いて、魔眼を発動。 マルバスが潰れた。 手足が折れたみたいな音が聞こえたけど、たぶん生きてるでしょ。 それよりも早く行かないと。 ようやく、ようやく手掛かりを見つけたんだから。 分かってる。 私だけに伝わるように、こうして手掛かりを残してくれたんだよ ね。 すぐに会いにいくわ。 だって、私たちの愛は誰にも邪魔なんてできないんだから。 1219 幕間 とある新魔王の暴走︵後書き︶ ひとまず連載再開。 明日からは夕方に更新する予定です。 1220 01 エルフの里の黒毛玉 魔眼を発動。柔らかな光が森へ広がっていく。 まだ森のあちこちでは炎が上がり、倒れた木々の下敷きになって いる者もいた。 竜の軍勢に傷つけられ、生死の境をさまよっているエルフや獣人 が倒れている。 そんな人々を魔眼の光が癒していく。 ﹃再生の魔眼﹄を﹃波動﹄と組み合わせて、広範囲に効果を行き 渡らせた。 ﹁火が、消えていく? 傷も⋮⋮?﹂ ﹁っ⋮⋮俺は、生き残ったのか⋮⋮? 腹に穴が空いてたはずなの に⋮⋮﹂ ﹁この光は魔術か? しかし、これほど広範囲に⋮⋮?﹂ ﹁おお⋮⋮神の奇跡か⋮⋮﹂ 傷の癒えた人たちが、光に引かれて上空へと目を向ける。 自然に視線が集まる。その先にいるのはボクだ。 まあ、注目されるのは分かっていたけど︱︱︱、 ﹁⋮⋮毛玉、だと?﹂ 1221 ﹁なっ、なんだ、あの禍々しい毛玉は!? 異界からの魔獣か!?﹂ ﹁そうか! さては生き返らせた上で、俺たちを支配するつもりか !﹂ ﹁くっ⋮⋮殺せ﹂ えぇー⋮⋮なんだか酷くない? こんなにふさふさで、もふもふの毛玉なのに。 毛並みにはちょっと自信もあったんだけどなあ。 そりゃあ確かに種族としては魔眼だけど。 禍々しくて凶悪なスキルばっかり覚えてるけど。 カルマはぶっちぎりでマイナスで⋮⋮うん、まあ仕方ないのかな? そういば、まともに人間の前で姿を晒したのって初めてだっけ。 戦いの中でちょこっと見せたことがあるくらいか。 ほとんど敵対したり、怯えられたりしてばかりだったね。 でも今回は敵対するつもりはないよ。 ﹃威圧﹄だって、ちゃんとオフにしてあるし。 一応、竜軍団から助けた形だし。 こんなこともあろうかと、勘違いを解いてくれる秘密兵器も用意 してある。 ﹁違うよ! けーちゃんは、私たちを守ってくれたの! 友達だも ん!﹂ 銀子が叫ぶ。ボクの頭上から。 一緒にいたいと言い張ったので、無害アピールのためにも連れて 1222 きた。 いまのボクはバスケットボールくらいの大きさだ。 出会った時より重さも増してるので、銀子が抱えるのは厳しい。 なので、ボクの上にしがみつく形になっている。 もちろん毛を伸ばして、落ちないように絡めておいた。 空高くに浮かんだら怖がるかとも思ったけど、銀子はむしろ喜ん でる。 そういえば魔境の森でも、木登りとかしたことがあったね。 あの時も平然としてたっけ。 ともあれ、こうして同じ里に住む子供が叫んでいるんだ。 エルフや獣人からの誤解はすぐに解けるはず。 ﹁そんな⋮⋮子供を人質にしているだと!?﹂ ﹁まさか洗脳しているのか? くそっ、これでは手が出せん!﹂ ﹁くっ⋮⋮私たちも洗脳して、あんなことやこんなことをさせるつ もりか!﹂ えぇー⋮⋮やっぱり酷くない? もっとこう、見た目じゃなくて中身を見ようよ。 いまだって小毛玉があちこちに飛んで、治療して回ってるのに。 あ、でもボクのカルマを感じ取ってるから、こんな反応なのかな? そんなに悪いことしたつもりはないんだけどねえ。 ちょっと環境破壊したり、地獄みたいな場所を作り出したりした だけで⋮⋮。 1223 まあ、良い子には見せちゃいけない光景ばかりだけど。 ﹁もう! なんで分かってくれないの!?﹂ ボクの上で、銀子が頬を膨らませる。 わしゃわしゃと八つ当たり気味に黒毛を撫でる。 怒るのはいいけど、あんまり暴れないようにね。落ちたら大変だ し。 ﹁そうだ! けーちゃん、あれは? 人間の姿になるやつ!﹂ ああ、﹃変異﹄スキルね。 銀子と別れた時は数十秒しか変身できなかったけど、いまなら数 時間はいける。 でも、あんまりやりたくないかな。 ﹃あれは疲れる。あと、痛いから﹄ ﹁そうなの? それじゃあ仕方ないね﹂ 残念そうな銀子だけど、ひとまず納得してくれたみたいだ。 疲れて痛いのとは別に、あの姿になりたくない理由もあるんだよ ね。 もしかしたら、この場にも元のボクを知ってる人がいるかも知れ ない。 つまりは、同じクラスだった人間が。 転生者だって知られたら、どうなるのかまだ分からないからね。 なるべく伏せておいた方がいい気がする。 1224 ﹃誤解は、後で解こう。長老さんたちに話してもらえば大丈夫だろ うし﹄ ﹁ん∼⋮⋮けーちゃんが、そう言うなら﹂ その場から離れて、長老や一号さんを待たせてる居住区へと向か う。 もうこの島から去ってもいいんだけどね。 ひとまず銀子の無事は確認できたし。 異界門 の調査も出来たらいいな そもそも、本来の目的は竜軍団の討伐だ。 ついでに封印されてるはずの あ、なんて考えていた。 島の外れにあるのは分かってるから、あとは勝手に調べてもいい。 ﹁あ、けーちゃん! あそこ!﹂ 銀子が指差した先へ目を向ける。 そこには、見覚えのある四人組がいた。 この島だと珍しい人種だろう。エルフでも獣人でもない。 以前にボクを瀕死にまで追いつめた、四人組の冒険者だ。 懐かしい、と言っていいのかな。 本気で死ぬかと思ったのは、この四人組と出会った時が初めてだ った。 1225 まともに攻撃が通じず、眼を潰されて、動けなくもされた。 銀子がいなかったら、確実に殺されていた。 その四人の冒険者が、いまボクの目の前にいる。 ボロボロの姿で。 竜と戦ってやられたんだろう。 レンジャーは両脚を失ったまま、仰向けに倒れている。 戦士は盾を構える方の腕がない。 魔術師も片目が潰れていて、女神官も白い法衣が真っ赤に染まっ ている。 ﹁っ、コイツは⋮⋮!﹂ 最初にボクを見たのは戦士だ。 蒼い顔をしたまま身構えようとして、盾がないのに気づく。 そこで毛針発射。 全員、気が抜けていたところで避ける余裕はなかった。 バタバタと倒れる。 うん。﹃麻痺針﹄は効果覿面だね。問答無用で制圧完了。 続いて、﹃再生の魔眼﹄を発動。 広範囲への発動だと、部位欠損までは治せなかった。 だから一点集中で、失われた脚や腕、その他の部分も再生してい く。 四人とも、呆気に取られた顔をしていた。 ﹁俺の足が⋮⋮ははっ、どういうことだよ? 復活してやがる﹂ 1226 ﹁助けてくれたのか⋮⋮? な、なんで?﹂ ﹁おかしいデス! こいつ、すっごく邪悪な気配デスよ?﹂ ﹁待ってください。以前のアレは足が生えていたはず。まさか新種 ⋮⋮?﹂ ずいぶんと混乱してるね。 だけど説明してると長くなりそうだから、後回しにしよう。 ﹃ありがとう。銀子を無事に送り届けてくれて﹄ 魔力文字でそう伝えて、頭を下げるように毛玉体を傾ける。 驚きっぱなしの四人へ背を向けて、ボクはまた上空へと舞い上が った。 わしゃわしゃと、銀子がまた撫でてくる。 無邪気に笑って、なんだかとっても嬉しそうだった。 1227 02 一夜が明けて 妙な温かさと息苦しさで目を覚ます。 視界に入ってきたのは、見慣れない風景だ。いつもの寝室とは違 う。 そういえばエルフ領に来たんだっけ、と思い出す。 そこで謎が解けた。 息苦しさの正体は銀子だ。力いっぱい抱きついてきてる。 ボクから離れようとしなくて、昨日は一緒のベッドで寝たんだっ た。 野外生活をしていた頃も似たようなことがあったね。 あの時は抱き潰されるかとも思ったけど、いまはなんてことない。 ボクも随分と頑丈になったものだ。 ﹁おはようございます、ご主人様﹂ 部屋の端に控えていた一号さんと挨拶を交わす。 その手の上では小毛玉が撫でられているけど気にしない。 それ以外はいつもの完璧メイドさんだし、問題ないでしょ。 竜軍団を片付けて、傷ついた人々を治療した後、ボクはそのまま 休むことにした。 急いで海を渡って、竜軍団と戦って、さすがに疲れたからね。 まだ何が起こるか分からないので、余裕を持っておいた方がいい。 長老が住む屋敷には客間もあったので、そこを使わせてもらった。 1228 獣人製だっていうベッドは、御座を低く吊るしたような形だ。 広くて弛みの少ないハンモックみたいなものだね。 新鮮で、悪くない寝心地だった。 まあ毛玉であるボクは、何処でだって眠れるんだけど。 そっと銀子を押し離して、ベッドから浮かび上がる。 んぅぅ、と銀子が眉を揺らしたので、小毛玉をひとつ残しておく。 銀子はまた静かな寝息を立てはじめた。 ﹁⋮⋮ご主人様は、随分とその子を気に掛けておられるのですね﹂ ﹃そんなことないよ﹄ まあ無事に再会できたのは良かったと思うけどね。 特別に嬉しいとか、そういうのはない。 銀子にしたって同じようなものでしょ。 ﹃それより、今日は異界門まで案内してもらえるんだよね?﹄ ﹁はい。エルフ族と獣人族の長老御二人が、同行してくださるそう です﹂ それと、と一号さんが追加する。 ﹁ご主人様がお休みの間に、例のアナウンスがあったようです﹂ ﹃例の?﹄ 魔力文字で問い返してから、ああ、と思い至る。 システムメッセージか。 1229 メイドさんには聞こえないはずだけど、他の大勢には届いたから 分かったらしい。 ﹃外来襲撃に関するメッセージかな?﹄ ﹁肯定です。外来襲撃の終息と、緊急守護システムの停止が宣言さ れたそうです﹂ そっかあ。聞き逃したのは勿体無い気もするね。 そう何度も起こる出来事じゃないはずだし。 ⋮⋮⋮⋮起こらないよね? いや、ほんとに。フラグとかじゃなくて。 ともかく、終息宣言は喜んでいいと思う。 それに信じてもよさそうだね。けっこうな数の竜が倒されたはず だから。 もう世界の危機は去った、と。 ﹃この島の人たちは、とりわけ喜んでいそうだね﹄ ﹁昨夜は、大声で騒ぐ者などもおりました﹂ 戦いの後だったし、テンション上がってそうだ。 でもその騒ぎで起きないボクって、どうなんだろ? 自分の拠点じゃないんだし、危機感が足りなかったかも。 ﹁ご心配には及びません。ご主人様の安眠を妨害する者は、黙らせ ておきました﹂ 1230 なにやってるの!? え? 黙らせたって、一生じゃないよね? 一号さんの無表情からすると、有り得そうなんですが。 ﹁黙らせた方々から献上品もいただいております。今朝は、それら の品々で朝食をご用意いたしました﹂ よし。気にしないでおこう。 きっとなにかすごく平和的なことが起こったに違いない。 山の幸やら海の幸やらが食卓には並んでいた。 調理も、ボクが寝ている間に済ませてくれたらしい。 桃っぽい果実とか、山菜のサラダとか。 白味魚を揚げてパンに挟んだものだとか。 初めて味わう調味料や、野菜をたっぷり煮込んだソースなんかも あった。 朝から贅沢だ。 たいへん美味しくいただきました。 ただそれでも、ちょっぴり気になりもする。 ﹃この島、大変な時じゃないの? 復興とか﹄ 竜軍団は退治したけど、かなりの被害は出たはずだ。 治療が間に合わない人どころか、死体すら見つからない人だって 1231 いた。 なのに、こんな贅沢してていいんだろうか? ﹁恩人殿に礼を尽くせんほどは追い込まれておらん。気になさるな﹂ ﹁まあ恩人と言うよりは恩毛玉だがのう。どちらにせよ、おぬしは 祀られてくれていればいいさね﹂ 同席した長老二人はそう言って笑っていた。 なんだか困ったような苦笑だったけど、その意味はすぐに知れた。 屋敷の外に出ると、小さな祠が作られていた。 急いで建てたらしい木造の祠で、内側の台座には黒い毛がもさっ と置かれている。 ボクの毛だ。 どうやら、毛針として使ったのを拾って集めたみたいだ。 その妙な祠の前には、まだ朝も早いのにエルフや獣人たちが何人 も集まっていた。 ﹁おお、お毛玉様じゃ﹂ ﹁本当に禍々しい⋮⋮どうか我らを祟ってくださいませぬよう﹂ ﹁何卒、お静かに過ごしてくださいませ⋮⋮﹂ 祀られるって、こういうことか! いつの間にか祟り神にされてるよ。 そういえば、エルフたちは自然を信仰しているとか聞いたような 気がする。 1232 精霊とやらと交信も出来るんだっけ? シャーマニズム? とにかく、こういう信仰形態にも馴染みがあるみたいだ。 それにしても、禍々しいとか祟るとか⋮⋮、 侮辱されている訳じゃないから怒る訳にもいかない。複雑な気分 だ。 とりあえず、祠には小毛玉をひとつ置いておく。 皆が一斉に頭を下げて祈りはじめた。 うん。放っておこう。 ﹃帰る時には、偵察用毛玉を置いておいて。黒く塗ったやつで﹄ ﹁承知いたしました。色艶のよいものを用意いたします﹂ 冷ややかに答える一号さんだけど、心なしか誇らしげだ。 祟り神とか、意味分かってるのかなあ。 あんまり喜べることでもないと思うんだけど。 ﹁さて、儂らとしてはこのまま祠に住んでもらってもよいのじゃが﹂ ﹁そろそろ異界門まで案内するさね﹂ 長老二人に促されて、ボクと一号さんは後に続く。 向かうのは島の北側だ。 外周にあたる深い森を抜けるので、少々の時間が掛かる。 だけど案内役の二人は老人とは思えないくらいに健脚で、ボクと 一号さんは空から行くのでまったく問題にならない。 それと、妙な光が長老たちの周りを舞っていた。 魔力に似た色の輝きだ。 1233 だけど、もっと淡い? 時折明滅していて幻みたいにも思える。 雪が光ってるみたいな? ん∼⋮⋮? 魔力による身体強化も使ってるみたいだけど、また 別の力っぽい? もしかして精霊魔法ってやつかな? たしか、ほとんどの人間には精霊は見えないとか、何かの本で読 んだ。 でもエルフや獣人にはハッキリと見えて、その力を借りる魔術が 得意だとか。 ﹁おぬし、もしや見えておるのか?﹂ なんか中二っぽい台詞をエルフ長老が投げてきた。 でもまあ、冗談じゃないみたいだ。 ﹃ぼんやりと。これが、精霊?﹄ ﹁うむ⋮⋮精霊たちも、おぬしに感謝しておる。怯えてもおるがの う﹂ また怖がられてるのか。なにか手出しした訳でもないのに。 でもスキルに﹃精霊の加護﹄とかあったような。 ちょうどいいし、色々と聞いておこう。 ﹃精霊のこととか、教えてもらえる?﹄ ﹁ふむ⋮⋮まあよかろう。ただ走っているのも退屈じゃからのう﹂ 少し考えてから、エルフ長老が語り出す。 1234 基本的な精霊に関する知識とか。その力を借りる手法とか。 悪戯好きの精霊もいるから気をつけた方がいいとか。 なんかイメージとしては、妖精の方が近いのかな? でも見え難いって部分は幽霊っぽい? そんな話をしている内に、やがて森を抜けた。 視界が明るくなって、大きな岩の連なる海岸が目の前に広がる。 一見すると、海流が激しいくらいで珍しい風景ではないけれど︱ ︱︱、 ﹃辺り一帯に、魔力が流れてる? 大掛かりな魔術?﹄ ﹁ほう、すぐに見抜くか。さすがじゃのう﹂ 岩場のひとつへとエルフ長老が跳んで、足下に手をついた。 キツネ長老もまた別の岩に向かって、手をついてそこへ魔力を流 す。 二つの魔法陣が浮かび上がると、そこから白い靄が溢れ出した。 ﹁幻術で隠していたという訳ですか﹂ 一号さんが呟く間に、辺り一帯は白く覆われていた。 霧に覆われたような光景だけど、それもやがて晴れていく。 薄っすらと霧が残っているのは、そもそも冷えきった場所だから だろう。 ﹁あたしらの父祖が命懸けで戦い、封印したのさね。少しは敬意を 払っておくれよ﹂ 1235 現れたのは、氷山のようなもの。 絶え間なく押し寄せる波も、そこに近づくと凍りつかされている。 なにもかもを凍えさせる封印の中、巨大な異界門が聳え立ってい た。 ん∼⋮⋮とりあえず、一撃を叩き込んでみる? 1236 03 外来襲撃未遂 ﹃万魔撃﹄を発動。 極太の魔力ビームが氷山の表面を焼く。 だけど、それだけだ。 僅かに氷を削っただけで、魔力ビームそのものが凍りついた。 青白い粒子になって散っていく。 削れた氷もすぐに元通りになって、異界門には傷ひとつ付いてい ない。 むぅ。もうちょっと割れるくらいはすると思ったんだけど。 全力じゃなかったとはいえ、想像以上に強固な封印みたいだ。 ﹁な、な、なぁ⋮⋮﹂ ボクの背後で、エルフ長老が口をぱくぱくさせていた。 何かを言いたいみたいだけど言葉になっていない。 その代弁をするみたいに、キツネ長老が大声を上げた。 ﹁いきなり何をする! まさかおぬし、封印を破るつもりかい!?﹂ え? そんなつもりはないけど? だけどこの氷は邪魔なんだよね。 ﹃目的は、異界門の調査だから。氷をどけたりできない?﹄ 1237 ﹁出来んわい! 決まっておるだろうが! よいか、この封印は我 らの一族が総力を結集し、何十人もの犠牲の上で⋮⋮﹂ キツネ長老が長々と説明をしてくれる。 エルフが持つ魔術技能の粋を集めたとか。 封印を絶対のものとするために、数十名の獣人が生贄となったと か。 つまりは、凄いものらしい。 ﹁だいたい、封印を解けばまた異界からの侵攻が始まるのだぞ。そ うなったら調査どころじゃないさね﹂ ﹃ぱっと調査して、異界門を壊せばいいんじゃない?﹄ ﹁おぬしは何も分かっておらんのう!﹂ 異界門の調査がそんな簡単に済むはずがないとか。 そもそも封印を解くのも難しいとか。 封印が解ければ、それは正しく世界の危機だとか。 キツネ長老がつらつらとお説教を並べる。 ようやく我に返ったエルフ長老も、うんうんと相槌を打っていた。 ﹁なにより、異界門を壊すだと? そんなこと出来るはずがないさ ね。あれは勇者の剣か、﹃星降らし﹄でないと破壊できぬもの。だ からこそ犠牲を払って⋮⋮﹂ ﹃そんなことないよ。現に、ボクが壊したし﹄ は?、とキツネ長老が固まる。 1238 その反応を見て、ボクも気づいた。 秘密にしておくべきだったかな、と。 ﹃やっぱりいまのナシで﹄ ﹁見過ごせんわい! 異界門を壊しただと!? まさか今回の外来 襲撃で⋮⋮﹂ ﹃だから、秘密で。そうしてくれないと祟ります﹄ 祟る って言葉が効いたみたいだ。 うぐっ、と長老二人が揃って口をつぐむ。 どうやら 二人の顔色が蒼褪める。いや、本気で脅すつもりはなかったんだ けどね。 べつに秘密じゃなくなっても、どうなるか分からないくらいのこ とだし。 それよりも、いまは調査をどうするかだ。 ﹃どうしよう?﹄ 一号さんに訊ねてみる。 そもそも調査を提案してきたのは一号さんだ。 調査方法についても、何かしらの考えがあるんじゃないかと期待 する。 ﹁只今思案中です。少々お待ちください﹂ あれ? なんかダメっぽい? 冷ややかな態度はいつもどおりだけど、幾分か困っているような? 1239 だけどまあ、それも仕方ないか。 異世界と繋がる扉なんて、普通に考えたらとんでもない話だし。 どんな技術が使われているとか、ボクなんかじゃ想像もつかない し。 この氷結の封印にしても同じようなものだ。 でも一号さんだって、けっして普通とは言えない。 異世界の魔法技術で創られた奉仕人形、なんて立派な肩書きを持 ってるし。 彼女の元の主人たちは、元の世界へ帰るための研究を百年以上も 続けてきた。 その蓄積もある。いまも新しい情報を得ている。 じっと氷山を見つめる瞳も、精密機械のように何かを深く観察し ているようだ。 ﹁⋮⋮現状では、放置が最善かと推察します﹂ むぅ。珍しく消極的だ。 一号さんのことだから、もっと過激な意見も出るかと構えてたの に。 実際、この封印を破るのも可能だと思うんだよね。 ﹃死獄の魔眼﹄を使えばいい。 もちろん全力じゃなくて、封印結界だけを殺す感じで。 加減は難しいけど可能なはず。たぶん。 いまでも即死効果だけの発動とかは出来るし。 自信が無いのは、試した回数が少ないから。 だって下手に練習も出来ないし。失敗したら酷いことになるし。 1240 そこらへんは一号さんも承知している。 ﹁この封印は、あらゆる事象を吸収し、凍結の力へと変換している ようです。封印内にある核の数は十二、それらすべてを同時に破壊 すれば解除可能でしょう﹂ 淡々と一号さんが述べる。 あっさりと仕掛けを看破されて、長老二人は愕然としていた。 ﹁ですが容易ではありません。封印を解いた後の危険性も考慮すれ ば、現状のままで調査可能な手段を探すべきかと﹂ ﹃まあ、焦って調べる必要もないからね﹄ ﹁はい。ご主人様の望まれるままに﹂ いまのところ、積極的に異界の扉を開くつもりはない。 必要になったら、その時にあらためて調べに来ればいい。 幸い、と言っていいかはともあれ、ボクは祀られてるみたいだし。 ひょっこり遊びに来たって構わないでしょ。 ﹃ひとまず帰ろう。また考えてから﹄ と、妙な気配。大きな魔力反応だ。 何処からって? もちろん、封印されているはずの異界門から。 だけどその門自体は開かれっぱなしで︱︱︱、 ﹁な、なんじゃ!?﹂ 1241 エルフ長老の慌てた声を打ち消して、重々しい轟音が響く。 分厚い氷を割る音ってこんなのなんだ。 ちょっと驚きすぎて妙な部分で感心。 うん。巨大な門を覆ってる氷がね、割られたの、内側から。 影みたいに黒々とした腕が突き出ていた。 まるで巨人みたいに大きな、それでいて薄っぺらくも見える腕だ。 さらに異界門から身体も現れる。 上半身だけ強引に押し入ってきたような形で、高層ビルよりも巨 大な人影だ。 首のない人型をしていて、目の部分だけ赤い光がふたつ輝いてい る。 って、のんびり観察している場合じゃないね。 これはもしかして、外来襲撃が再開しちゃったってこと? だとしたら、もう調査とか言ってる場合じゃない。 門を破壊しちゃった方が︱︱︱、 とか考えている間に、巨大人影の動きが止まる。 瞳みたいな赤い光がボクの方を向いたまま、もう凍りついていた。 一呼吸する間に、完全に白く染まっていく。 そうして砕け散った。その破片も落下する間に塵となって消えて いく。 後には、また静寂だけが残された。 ﹁⋮⋮⋮⋮ど、どうさね? 我らの封印は凄いであろう?﹂ キツネ長老が自慢げに言う。だけどその笑顔は引きつっている。 1242 まあ、凄いのは確かなんだろうね。 外来襲撃の再開を未然に防いだみたいだし。 だけど疑問もある。 長老たちの驚いた様子からすると、いまのは珍しい現象みたいだ。 これまでは、この門から現れるモノはいなかった。 なのに︱︱︱、 ﹃どうして急に現れたんだろ?﹄ ﹁⋮⋮ご主人様が魔力撃で刺激したからでは?﹂ え? そうなの? ボクの責任? 言われてみれば、背後の長老二人もなんだか悲壮な決意を固めた ような顔で頷き合っている。 いざとなったら命を捨ててでもコイツを止める、みたいな。 んん∼⋮⋮ちょっとノックしたようなものだと思うんだけど。 それで出てくるなんて、相手の反応が良すぎるんじゃない? だけどまあ、誤解はといておいた方がいいか。 ﹃大丈夫。もう何もしないから﹄ そう魔力文字で告げて、異界門から離れる。 次に来る時は、もっと念入りに準備をした方がよさそうだ。 ⋮⋮って、もう何かすること考えてるし。 ダメだね。自分の言葉くらいには責任を持たないと。 なので、こっそりと﹁いまのところは﹂と付け加えておこう。 1243 1244 04 またしばしの別れ エルフと獣人たちが忙しなく働いている。 竜軍団の脅威は去ったけど、被害の爪跡はあちこちに残っていた。 森の焼け跡は酷いし、家だって数えるのが嫌になるくらい壊され いる。 手足を失うような大怪我をした人も多かった。 これから大変なんだろうけど、是非頑張ってもらいたい。 一応、知り合った仲だし、ボクだって気に掛けるくらいはするよ。 なので、いまも怪我人の治療に当たっている。 昨日も﹃再生の魔眼﹄を広範囲に使ったけど、それだと欠損とか は治せなかった。 そういった人たちを中心に治していってる。 エルフの魔術でも治せるらしいけど、高度な魔術で、使える人も 限られるそうだ。 そんな訳で︱︱︱、 ﹁次の方、どうぞ﹂ 祠の前にちょっとした行列が出来上がっていた。 目や耳、腕や足を失っていたり、酷い火傷痕が出来てしまった人 たちだ。 祠に鎮座したまま、ボクは作業的に魔眼による治療を行っていく。 一号さんも機械的に列を整理している。 1245 ﹁感謝いたします、お毛玉様﹂ ﹁どうか我らに怒りを向けないでくださいませ、祟り毛玉様﹂ ﹁すごいニャ! わっちの尻尾も元通りだニャ! さすが邪毛玉様 ニャ!﹂ 散々な呼ばれ方なのはともかくも。 一応、感謝はされているみたいだ。 べつに祟るだとか邪悪だとか言われても、ボクは気にしてない。 でもまあ、それが原因で銀子に変な目を向けられても楽しくない。 その銀子も、巫女だとか選ばれし者だとか言われてるし。 一歩間違えたら生贄扱い? 仲間意識は強いみたいだし、あんまり酷い話にはならないとは思 う。 本人も巫女衣装を着せられて喜んでる。 ﹁けーちゃん、似合う?﹂ ﹃うん。似合ってる。それっぽい杖とか持ってもいいかも﹄ なんていうか、アイヌとかそっち系の民族衣装っぽい。 布の多い服をひらひらと舞わせながら、銀子はくるりと回ってみ せた。 長老たちや、他のエルフや獣人にも幾名か、儀式用っぽい衣装を 着た人がいる。 どうやら鎮魂の儀式とか、それっぽいことを行うらしい。 1246 大勢死んだみたいだし、当然か。 ボクがもうちょっと早く駆けつけられていれば違ったんだけど。 そうすれば、そんな面倒くさそうなのに付き合わずに済んだのに。 ん? べつに付き合う必要はないのか。 ちょうど治療の手伝いも、さっきの喧しいネコ娘で終わったし。 ﹃帰るよー﹄ 祠から出て、そう魔力文字で告げる。 一号さんと、あとは銀子にも。 ﹁え⋮⋮けーちゃん、帰るって何処に?﹂ ﹃島に﹄ まあ、ここも島だけど。もちろんボクの拠点って意味でね。 簡素な返答が伝わり難かったのか、銀子がぱちくりと瞬きを繰り 返す。 ぼんやりと首を傾げる銀子。 そして、いきなり大声を上げた。 ﹁やぁだぁーーーーーーーーーーーー!!﹂ 銀子タックル。 いい頭突きが眼球に入りました。 うん。ちょっと油断してた。 今更だけど、ボクのこの大きな目玉って分かり易い弱点だね。 涙目になりながら銀子を見つめ返す。 1247 銀子も、涙目になっていた。顔もくしゃくしゃに歪めている。 え? なに? 泣いてる? これって、もしかして⋮⋮。 ﹁やだやだやだやだやだぁ! ずっと一緒にいるの!﹂ うわぁ。マジ泣きだ。 アレだ、子供の帰りたくないモードってやつだ。 いや、帰るのはボクの方なんだけど。 どっちにしても、こうなると言い聞かせるのは難しそう。 こういう時は保護者に任せるのが一番かな。 助けを求めようと周りを見てみる。まず、一号さんが目に留まっ た。 うん。彼女はダメだ。 いつもは頼りになるけど、いまは頼っちゃいけない。 首筋にチョップとかして大人しくさせそうだし。 やっぱり両親に連れて行ってもらうべきでしょ。 あれ? そういえば、銀子の親ってまだ会ってないね。 ﹁やれやれ、本当に懐いておるのじゃのう﹂ ボクが戸惑っていると、エルフ長老が歩み出てきた。 ぽんぽんと銀子の背中を撫でて、優しくなだめる。 ﹁すまんのう。シルヴィは一年ほど前に親を亡くしておってな。甘 えられる相手が嬉しかったのじゃろう﹂ 1248 ﹃長老が、親代わり?﹄ ﹁まあ、そんなようなものじゃ。部族の子供は、皆の子供じゃよ﹂ むぅ。面倒くさい事情がありそうだね。 でもだからって、ボクがずっと留まる訳にもいかない。 銀子は物分りのいい子だし。 いまはぐすぐすと泣いているけど、落ち着いてから話せば納得し てくれるでしょ。 ﹁⋮⋮もう、離ればなれはイヤなのぅ⋮⋮﹂ けっこう長く掛かりそう? 少なくとも、ボクの毛並みは涙と鼻水まみれになりそうだ。 ﹁ご主人様、よろしければ⋮⋮﹂ ﹃暴力はダメ﹄ ﹁⋮⋮承知いたしました﹂ 一号さん、手刀を振り上げようとしてました。 この人はホントに容赦無しだ。 さて、そろそろ泣きじゃくるのも一段落したかな? 小毛玉で、銀子の頭を撫でてやる。 ﹁けぇちゃんぅ⋮⋮もう、会えないの?﹂ 1249 ﹃そんなことないよ。偶には、来ると思う﹄ ﹁ほんと? また来てくれる? 明日? 明後日?﹂ ﹃半年後くらい?﹄ ﹁やぁーーーーー!!﹂ また頭突き。今度は眼球直撃は避けた。 でも涙と鼻水はどうしようもなくて、またしばらく泣き止むのを 待つ。 ﹁もっと遊びに来て!﹂ 泣く子には勝てない。 とりあえず一ヵ月後にはまた来ると約束して、納得してもらえた。 長老や、他のエルフや獣人も苦笑いしている。 ﹁巫女殿は泣き虫じゃのう﹂ ﹁ほれ、涙を拭くさね。毛玉殿が戻ってくるまで、あたしらが親代 わりだよ﹂ いや、あんたらの子供だからね? ちゃんと責任を持ってほしい。 ともあれ、無事に出立できそうだ。 この後も復興やらなんやらで忙しそうだし、部外者はとっとと去 るよ。 ﹃それじゃ、また﹄ 1250 毛先を丸めて振って、空へと舞い上がる。 一号さんも続く。 大勢のエルフや獣人、銀子も、手を振って見送ってくれた。 そういえば、以前は色々と不安な別れだったね。 だけど今度は違う。 またいつでも会えるし。すっきりとした気分だ。 空を進むと、眼下にあった里はあっという間に小さくなっていく。 あとは海を進んで、屋敷へ帰るだけ︱︱︱、 でもほんのちょっぴり、別れが惜しい気持ちもあった。 1251 04 またしばしの別れ︵後書き︶ 次回から本拠へ戻って、あらためて話が動きます。 更新は週明けから。 平日のみの更新になる予定です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:34 名前:κτμ 戦闘力:88500 社会生活力:−9840 カルマ:−27220 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力超強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃創造魔導﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・弐:﹃魅惑﹄﹃逆鱗﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃唯我独尊﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 1252 復﹄﹃悪食﹄ ﹃痛覚制御﹄﹃毒無効﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇大 耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・弐:﹃隠密﹄﹃無音﹄﹃暗殺﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重壊の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄﹃竜の殲滅者﹄﹃大量 殺戮者﹄ ﹃扉の破壊者﹄ 1253 カスタマイズポイント:340 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1254 05 平穏は続かない 晴れ渡った空が広がっている。 遥か高くに浮かぶ雲は白く、緩やかに流れている。 陽射しも柔らかくて、芝生に寝転ぶとそれだけで心地良く眠れそ うだ。 やっぱり穏やかな時間は素敵だ。 こうしたまま丸一日だって過ごしていける。 でも、この贅沢が分からない連中もいる。 赤と青の光、それと小さな人影が上空を舞っていた。 ﹁ニャッはーーーー! やっぱりあたしが一番早いニャ!﹂ ﹁くっ⋮⋮以前の体ならば、速度は私が上だったはずなのに﹂ ﹁おまえらおかしいぞ! どうして竜である我より、鳥の方が速い のだ!?﹂ 鳥二匹と、竜人幼女が戯れてる。 遊ぶのはいいけど、もうちょっと静かに出来ないのかね。 幼ラウネや幼ラミアがお昼寝してるのに。 黒狼も、ボクの枕代わりになって大人しくしている。 さっきスキュラたちもちらっと訪ねてきていた。 エルフ領から戻ってきて、もう三日︱︱︱。 1255 この拠点内や近くの森で、ボクはのんびりと過ごしている。 魔境とか言われている島なのに平穏そのものだ。 たまに現れる魔獣も、メイドさんやラミアたちを中心にして排除 されてる。 ボクが出くわした時も、﹃威圧﹄すれば簡単に逃げ出す。 まあ、逃がさずに仕留めているけどね。 脅威ではないけど、未だに新種の魔獣に出会うことがある。 そういう部分は、さすがに魔境ってところかな。 新種といえば、エルフ領から色々と植物の種とかも貰ってきた。 例の祠にお供え物として置かれていたから。 桃っぽいのとか。マンゴーっぽいのとか。 適当に美味しいのを選んで、アルラウネに栽培を頼んである。 まだ三日だから小さな芽が出てるくらいだけど、成長は期待して る。 っていうか、三日で芽が出るのも異常なのかな? 栽培方法とかまったく知らずに種だけ持ってきたのに、なんとか なっちゃうのも普通じゃないんだろうね。 また﹃常識﹄から遠ざかった気がする。 常識と言えば、大陸の様子も茶毛玉で窺っているんだけど︱︱︱。 ﹁ご主人様、少々よろしいでしょうか?﹂ 一号さんの声? でも、随分と遠い気がする。 ああ、屋敷にいる小毛玉を介して送られてきたのか。 いまは一号さんに預けて、頭の上に乗ったままだった。 1256 とりあえず、話の続きを促しておく。 ﹁大陸方面、島の北側から接近する者がおります。数は三名。恐ら くは魔族です﹂ ほう。魔族とな? また初遭遇の種族だね。だけど知識としては仕入れてあるよ。 大陸の西北部を領土としていて、長年に渡って人類種と敵対して いた。 角や翼、尻尾が生えていたり、青や黒の肌をしていたりと、外見 的特長は様々。 総じて戦闘力が高い、と。 そういえば外来襲撃の時も、偵察の竜軍団を完璧に撃退していた んだっけ。 でも本格的な参戦はしていない。 帝国と和平を結んだとかいう話もあったけど、共闘はしなかった のか︱︱︱、 と、そっちはいまは関係ないか。 問題は、どうしてこの島へ近づいてきたのか? 魔族領とは、かなり距離が離れているはずだ。 ほとんど大陸ひとつ分は離れている。 だから、偶然ってことはないはず。 単純に考えれば偵察? 帝国との取引を聞いて様子を窺いに来た? 外来襲撃が終わったばかりだけど、だからこそ混乱している隙を 狙ったとか? 1257 まあ、考えていても答えは出ないか。 それに、三名ってはっきり言ったのが気になる。 ﹃接近って、空を飛んできたの?﹄ ﹁はい。船舶ではなく、各々の魔術で飛行しております。三名とも 戦闘能力は未知数ですが、速度を見る限りでは脅威ではありません﹂ 小毛玉越しに、映像が送られてくる。 海上を飛んでる魔族を、さらに上空から捉えたものだ。 全員、蝙蝠みたいな翼を生やしている。でもそれ以外は人間と変 わらない。 自力で空を飛べるってことは、それなりに魔術を得意としている 証拠だ。 だけど、それだけかな。 映像だけだから推測になるけど、たぶんメイドさんでも余裕で制 圧できる。 ﹃捕まえよう﹄ 魔族の情報とか、聞き出したいところだし。 まあ、ただの通りすがりってこともないでしょ。 友好的な相手なら、お土産でも持たせて帰ってもらえばいいんじ ゃないかな。 1258 魔族捕獲作戦開始。 まず、相手が海の上で休むのを待ちます。 その後、襲撃します。以上。 竜軍団もそうだったけど、この島への侵入って簡単じゃないんだ よね。 いくら空を飛べても、大陸から一気に海を越せる距離じゃない。 途中で必ず休憩を取らなきゃいけない。 だから水際での侵入阻止を受け易い。 ボクにとっては防衛がしやすいってことだ。 魔族たちは、海面の一部を凍らせて、その上にマントを敷いて休 みはじめた。 海上は見晴らしがよくて、あまり不意打ちには向かない。 だけどそれ以上に、相手が油断しやすい。 広い海の上でいきなり襲われるなんて、ボクだってなかなか想像 できないから。 まあ、気づかれるとしてもやることは変わらなかった。 油断しきっている魔族へ急接近。 ﹃静止の魔眼﹄発動。続けて﹃麻痺針﹄を発射。 はい、作戦完了です。 ﹃縛り上げて、港に運んで。話はそっちで聞こう﹄ ﹁承知いたしました。尋問など、お任せいただければ一通りの情報 は聞き出してみせますが?﹂ 1259 ﹃じゃあ、お願い﹄ 呆気無かった。 氷の上で、魔族三名とも唖然として身動きも取れずにいる。 麻痺が効いて、しばらくは喋ることも出来ない。 わざわざ出向いてきたんだから、もうちょっと歯応えがあっても よかったのに。 だけどまあ、治安維持ってこういうものなんだろうね。 事が起こる前に済ませるのが一番。 ﹁くっ⋮⋮我らにこのような真似をして、只で済むと思っているの か!?﹂ ﹁奇妙な魔獣を従えているようだが、いい気になっていられるのも 今の内だ﹂ 連行途中で、魔族たちが騒ぎ出した。 だからといって何か出来るとも思えないけどね。 手足には、メイドさん謹製の枷が嵌められている。 魔力の流れを乱して、相手を無力化する優れ物だ。 ちなみにボクも小毛玉を使って、その効果を試してみた。 結果は、ボクの勝利。でもかなり苦労した。 ﹃万魔撃﹄を暴走させるつもりで発動させて、えらいことになっ たからね。 たぶん、竜だって捕縛できるんじゃない? 全盛期のファイヤーバード級になると無理っぽい。 まあつまりは、この魔族たちじゃ騒ぐくらいしか出来ないってこ 1260 とだ。 でも喧しいし、また﹃麻痺針﹄で黙らせておくのも︱︱︱、 ﹁新魔王様にかかれば、貴様らなど一睨みで︱︱︱﹂ ん? 新魔王? ちょっと聞き捨てならない単語が出てきたような? そういえば覗き見した歴史書にも書いてあった。 外来襲撃後は、各国間、あるいは内部での争いが激化しやすい傾 向にある、と。 こっちにまで飛び火しないのを願いたいんだけど。 念の為、もうしばらくは大陸に目を向けておいた方がいいみたい だ。 1261 06 自爆と思春期な毛玉 ︽行為経験値が一定に達しました。﹃唯我独尊﹄スキルが上昇しま した︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃獄門﹄スキルが上昇しました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃死獄の魔眼﹄スキルが上昇し ました︾ ︽行為経験値が一定に達しました。﹃暗殺﹄スキルが上昇しました︾ 獄とか殺とか、物騒な文言ばかりが並んでいる。 死獄 は発生していない。 海に出たついでに、ちょっと特訓をしただけなのにねえ。 ちなみに、 威力を抑えたから、ちょびっと海水が死滅しただけ。 今回の課題は、強力な技を求めていた訳じゃないからね。 魔族の尋問結果はまだ聞いていない。 捕らえた連中は先に港町へ送って、ボクは一号さんと海上に残っ ていた。 あっさり事態が片付いたから、身体を動かしたくなったっていう のもある。 身体っていうか、魔力なんだけどね。有り余ってるし。 尋問がどうなるかは、まあ数日以内には結果が出るんじゃないか な。 早ければ、数時間以内? メイドさんたちは基本的に容赦無しだから、もっと早いかもね。 1262 ともあれ、なにやら大陸がキナ臭いのは前々から分かっていた事 実だ。 いつ争いに巻き込まれるか分からない。 力を付けてきたつもりだけど、油断はしちゃいけないと思う。 それに、やっぱりボクは魔獣だからね。 人間に刃を向けられた際の対策は、いくつも用意しておくべきだ。 エルフや獣人みたいに受け入れてくれるとは限らない。 仲良くなっても、やっぱり種族の違いはある。 まあ、あんまりネガティブな考えもどうかとは思うんだけど。 望めるなら、毎日をだらだらと過ごしたいよ。 ほんと、どうしてこの世界って殺伐とした出来事だらけなんだろ。 ﹃港の屋敷に帰る﹄ ﹁承知いたしました。食事と入浴の支度をさせておきます﹂ 一号さんを連れて港街へと戻る。 街って言っても形だけで、ほとんど誰も住んでいないけど。 スキュラが増えてきたら海側の警備とかも任せたい。 とはいえ、いまでも防衛網の信頼性は高い。 茶毛玉で侵入者を早期発見、魔導式投石器で超遠距離から殲滅。 単純だけど凶悪な戦い方ができる。 とりあえずの不満はないけど、今後の課題はあるのかな。 ボクたちの拠点は、慢性的に人手不足だ。 そう、人手不足。やっぱりそれがネックになる。 1263 人じゃなくて魔獣だろ、っていうツッコミは置いておくとして。 それにしても、どうしてボクはこんな面倒事を抱えているのか︱ ︱︱っと? ﹃何事?﹄ 港街の屋敷上空に着いたところで、振り返る。 重々しい大きな音が聞こえた。爆発音みたいな。 そして視線の先では、海沿いの建物から火の手が上がっている。 たしか帝国軍の兵舎として使われていた建物だ。 いまは無人だったはずだけど⋮⋮。 ﹁ただいま確認しております。少々お待ちを⋮⋮﹂ 一号さんが空中へ視線を固定する。他のメイドさんズと交信中ら しい。 その間にも、火の手の上がった建物から一人のメイドさんが飛び 出してきた。 魔術を発動させ、海水を操って消火作業を始める。 海が近くてよかった、と喜んでいていいのかな? ﹁どうやら、捕らえた魔族が自爆を行ったようです。申し訳ござい ません﹂ ﹃自爆? 三人とも?﹄ ﹁はい。詳細はあらためて調査を行いますが、死亡は確認されまし た﹂ 1264 むう。これは、あれかな。 死して屍拾う者なし。トカゲの尻尾切り的な。 相手の目的は分からないけど、そんなに覚悟があるようには見え なかった。 むしろ何も知らない鉄砲玉って言われた方が納得できる。 失敗したら自動で命を断つ、そんな自爆術式でも仕組まれていた? でも枷を嵌めて、魔術なんかは封じていたはず。 魔力を暴走させるだけだったとか? ん∼⋮⋮どっちにしても、いまボクに出来ることはないか。 ﹃任せて、大丈夫?﹄ ﹁はい、お任せください。失態の埋め合わせくらいはさせていただ きます﹂ ﹃そんなに気負わなくていいよー﹄ ちょっと火事が起こったけど、それだけ。 情報元がいなくなったけど、それだって降って湧いてきたものだ。 失くしたからって、メイドさんを責めるようなことじゃない。 ﹃それよりも、ご飯をよろしく﹄ 丁寧に頭を下げた一号さんを連れて、屋敷へと降りる。 港街へ来たんだし、海の幸を味わっていこうかね。 1265 海鮮パスタを食べながら、一号さんからの報告を聞く。 させられた っていうのが正しい表現だ。 自爆した魔族三名は、やっぱり魔力を暴走させたらしい。 ﹁彼らの持ち物はすべて取り上げたのですが、その中に術式を組み 込んだ指輪がありました。一定期間ごとに信号を発し続けるだけの 術式です﹂ テーブルの上に、三つの指輪が置かれる。 爆発には巻き込まれなかったので綺麗なままだ。 ﹁ここからは推測になりますが、その信号は、装着者に施された別 の術式と連動していたのではないかと。信号が途切れることで、別 の術式が発動し、彼らの魔力を暴走させて自爆に至った可能性が高 いと思われます﹂ ﹃本人たちは知らなかったのかな?﹄ ﹁恐らくはそうかと。承知していれば、指輪を取り上げた際にもっ と慌てたはずです﹂ 推測部分は多いけど、一応の筋は通っている。 あの三人が死を恐れていなかった、なんて可能性は低そうだ。 捕まって喚いてた言葉は、いかにも小物っぽかったし。 この分なら、魔族の方でも大きな問題とは受け取らないかな。 まあ向こうが騒いでも、勝手に侵入してきた相手が悪いんだし。 1266 今回の件は、これで終わりにしよう。 ﹃それより、本拠の方はどう? いつも通り?﹄ ﹁はい。とりたてて問題は起こっておりません。リュミリスが騒い だとの報告があったのみです﹂ ﹃そういえば、遊ぶ約束してた。お菓子でもあげて誤魔化しておい て﹄ 承知いたしました、と一号さんが静かに述べる。 そうして報告を聞き終えて、ボクは食事に戻った。 ん∼⋮⋮海の幸は美味しいけど、パスタ自体の食感に難ありかな。 ちょっとパサパサしてる。熟成とかが足りないのかも。 いや、よく知らないけどね。 まあ充分に食べられるし、贅沢な悩みだ。 草を齧ってた頃に比べたら雲泥の差。あの頃は本当にサバイバル だったよ。 まあ、そんなに昔の話でもないか。 昔って言えば、地球の方はどうなってるんだろう。 教室にタンクローリーが突っ込んでくるなんて大事件だし、ボク の名前も報道されてたりするのかね。 今となっては確かめようもない⋮⋮ない、のかな? ﹁お口に合いませんか?﹂ ﹃そんなことないよー﹄ 1267 いつの間にか、食事の手が止まっていた。 手なんて無いけど。食事の毛っていうのもなんかイヤだし。 ともあれ、いまは海の幸を楽しもう。 ﹃最近平和だけど、あれこれと考えることが多いなあって思って﹄ ﹁⋮⋮四号から、大陸制圧計画が提案されました﹂ ふぁっ!? いきなり、なに? いま、なんでもない会話をしてたところだよね? それがどうして、大陸制圧とか物騒な話が出てくるの? ﹁ご主人様が退屈しておられるご様子なので、派手に暴れれば気が 晴れるのでは、とのことです﹂ ﹃却下で。災厄を撒き散らすつもりはないから﹄ そうでなくとも、大陸はしばらく混乱していそうだ。 まだ竜軍団の残党が暴れてるみたいだからね。 竜一匹でも小さな街を壊滅させるくらいの力はあるし、大変だと 思う。 だけど退屈っていうのは、あながち間違ってもいないかな。 のんびり過ごすのは好きだけど、そればかりだとやっぱり飽きる。 最近、編み物もしてなかったっけ。 茶毛玉であちこちを覗き見も出来るけど、さほど面白くもない。 いまは拠点を守るっていう目的があるけど︱︱︱、 ﹃まあ、焦っても仕方ないか﹄ 1268 ﹁肯定します。現状では、力を蓄えるのが最善と判断いたします﹂ 外来襲撃が終わって、気が緩んでいる部分もあるのかな。 だけど貴重な時間かもね。 今の内に、色々と考えておくべきなのかも。 魔獣として、あるいは人間として、これからどう生きていくのか ︱︱︱、 元の世界なら、進路相談できる先生もいたんだろうけど。 さて、どうしたものか。 1269 07 もやもやの毛玉 外来襲撃が終息して、一ヶ月が過ぎた。 竜軍団が最後の悪足掻きをしてから、同じだけの時間が過ぎたと いうこと。 いまボクは、エルフ領を訪れている。 遊びに来たようなもの。 銀子に一ヶ月くらいしたら来るって言っちゃったから、その約束 を守ってのこと。 小毛玉でも置いていければいいんだけど、そうもいかない。 さすがに距離が離れすぎると、意識が繋がらなくなっちゃうから ね。 ぬいぐるみ代わりの茶毛玉で我慢してもらうしかない。 長老たちにも挨拶をして、いまは里の外れにある広場でゴロゴロ している。 竜軍団に踏み荒らされたエルフ領も、幾分か活気が出てきていた。 破壊された家屋の撤去は済んでいる。 新しい家や港の設備も、ほとんどが完成間近だ。 エルフや獣人たちは忙しなく働いているけれど︱︱︱、 ﹁けーちゃん、見て!﹂ 銀子の仕事は、ボクのお相手らしい。 なんか巫女ってのに選ばれたそうだからね。 1270 まあ、子供らしく遊んでればいいんじゃないかな。 いまも無邪気な笑顔を浮かべて、両腕を左右に広げてみせる。 その銀子の周囲には、いくつかの光粒が舞っていた。 けーやく してくれたの。もうちょっとで飛べ そして風も舞って、ふわりと銀子の体が浮かび上がる。 ﹁風の精霊さんが るよ﹂ ﹃うん、凄い。頑張った?﹄ ﹁そうだよ。けーちゃんに、いつでも会えるように﹂ どうやら自力で海を越えられるよう、特訓していたらしい。 事案 じゃ済 あの魔境は、気軽に遊びに来るような場所じゃないと思うけど。 公民館とか託児所じゃないんだから。 魔獣に襲われる可能性だって高いし、下手したら まない。 さすがに長老たちも止めるでしょ。 ﹁お爺ちゃんたちもね、応援してくれてるの﹂ えー⋮⋮。保護者なのに、そんなのでいいの? だけど、ふらふらと低空を舞う銀子は、本当に嬉しそうだ。 瞳は真剣で、やる気に溢れているのが分かる。 そっか。これは止められないね。 子供が目標を見つけたなら、保護者としては応援したくなる。 精霊魔法とやらの上達にも繋がってるみたいだし。 1271 でも、目標か。 いまのボクには、そういったものが無いから︱︱︱。 ﹁わぷっ!?﹂ 小さな悲鳴を上げて、銀子が芝生に落ちた。 咄嗟に風でクッションを作ったみたいで、大きな怪我はない。 おでこが赤くなっているくらいだ。 念の為、﹃再生の魔眼﹄で治療をしておく。 ﹁ちょっと失敗しちゃった。ありがと、けーちゃん﹂ にへら、と銀子が微笑む。 頬っぺたについた土汚れを軽く払うと、また練習を始めた。 今度は地面に激突しないよう、ボクも見守ってあげることにする。 ﹁⋮⋮毛玉殿、少々よろしいか?﹂ 声を掛けてきたのはエルフ長老だ。 顔は皺だらけなのに、相変わらず背筋は伸びている。元気そうな お爺さんだ。 ﹃なにかな?﹄ ﹁うむ⋮⋮例の異界門のことでのう﹂ エルフ長老は、ちらりと銀子の方を窺った。 聞かせてよいものかどうか迷ったらしい。 でも、さほど深刻な話題でもないのだろう。長老はすぐに言葉を 繋げた。 1272 ﹁我らと帝国が同盟関係にあるのは知っておるか?﹂ ﹃簡単になら。同盟というか、不可侵条約?﹄ ﹁まあ、そんなようなものじゃ。その条約の中で、異界門に何かし らの変事が起こった際には、すぐに帝国へも知らせるという項目が ある。まあ、ついこの前まで、忘れ掛けておったものだがのう﹂ そう告げると、エルフ長老は苦笑を零した。 巨大人影が出てきた異界門だけど、それ以来、変化は起こってい ないそうだ。 監視は続けているけど平穏そのもの。 ただ、約束は約束なので帝国に報告を届けたいという。 ﹁そこで問題となるのが、毛玉殿のことじゃ。ありのままを帝国に 告げてよいものか、尋ねておいた方がよいと思ってのう﹂ ﹃べつに隠すことでもないと思うけど﹄ と、そこでふと思いとどまった。 ボクの存在は、帝国にはまだ詳しく知られていない。 姿は見られているけれど、ちょっと珍しい魔獣として認識されて いる程度だ。 知恵のある魔獣で、エルフや獣人とも関わっていると知られたら ︱︱︱、 どうなるかな? ちょっと予測できないけど、面倒事が増えそうだ。 エルフたちとは、なし崩し的に穏便な関係を築けた。 1273 だけど他の人類種とはどうなるか分からない。 念の為、黒甲冑さんを活用しておこうか。 ﹃バロールさんの仕業ってことで﹄ ﹁は? どういうことじゃ? バロールとは、いったい⋮⋮?﹂ んん∼⋮⋮最初から説明しないと伝わらないか。 面倒だけど、言葉の勉強だと思って諦めよう。 ついでに、ボクの今後についても相談できるかも知れないし。 エルフや獣人は、自分たちの島を守ること以外は関心がないみた いだからね。 秘密を守ってくれる相談相手としては悪くない。 黒甲冑を持ってくれば話は早かったね。 あ、でも見せるだけなら方法はある。 すぐ近くに控えていた一号さんへ目を向けた。 ﹃映像、出せるかな? ボクがバロールさんでいる時のやつ﹄ ﹁承知いたしました。リュンフリート公国へ攻め入った際のものが よろしいかと﹂ ﹁なっ⋮⋮おぬし、まさか公国へ攻め込んだのか!?﹂ ﹃違うから。救援に向かっただけ﹄ 訂正しつつ、黒甲冑の映像を出してもらう。 外から見ると、ただの全身甲冑を着た人間だ。 だけど、ボクが甲冑を着込む場面も、しっかりと映像に収められ 1274 ていた。 ⋮⋮説明が省けて助かる。 でもこれ、見方によっては着替えを録画されてたようなものだよ ね。 まあ、ボクは毛玉だし。いつだって全裸みたいなものだけど。 それでもなんとなく気分的にモヤモヤする。 ﹁けーちゃん、カッコイイ!﹂ 一緒に映像を眺めていた銀子が、純粋な感想を述べてくれた。 まあ誉められて悪い気はしない。 甲冑はデザインから整備までメイドさん任せだけど、ボクもそれ なりに気に入っている。 と、いまは関係ない話か。 バロールさんについて説明しておかないと。 ﹁⋮⋮なるほど、人間のフリをして帝国と交渉をした訳か。悪くな い手じゃな。なかなかに非常識でもあるが⋮⋮﹂ エルフ長老は、頑固そうなお爺さんなのに意外と話が早い。 銀子も、隣で腕組みをして、うんうんと頷いていた。 きっとよく分かっていないね。 ともあれ、事情は理解してもらえたみたいだ。 後は、細かい部分を擦り合わせていけばいい。 ﹁ご主人様、その帝国に関してですが⋮⋮﹂ 1275 話が一段落したところで、一号さんが控えめに述べた。 言葉を切ったのは、長老たちがいるのに話していいかどうか迷っ たからだ。 構わないから、とボクは先を促す。 ﹁はい。先程、魔導通信で連絡が入りました。ご主人様との会談を 望んでおります﹂ ﹃またルイトボルトさん? 取引はしてもいいけど﹄ ﹁交易も行いたいようですが、それとは別の用件もあるようで︱︱ ︱﹂ 報告を聞いて、ボクは眉根を寄せる。 いや、眉が何処にあるのか知らないけど、なんとなく気分的に。 問題は、訪れてくる人物だ。 交易団の一員として、その名が告げられたそうだ。 バロールさんに会いたいというだけなら、受け入れてもいいんだ けど︱︱︱、 ﹃勇者パーティのメンバーが、どうして?﹄ 一号さんに尋ねても答えは出ない。 どうしよう? 断る? 無視する? でも、勇者本人が来ちゃったら困るんだけど。 凶悪な魔獣として退治とか⋮⋮されないよね? 1276 08 いくつもの再会 事前の報せから二週間後︱︱︱、 帝国からの船が、港街に到着しようとしていた。 大陸北部にある帝都から人を出したにしては、かなり早い到着し た方だろう。 乗船している勇者パーティの二人は、以前に使ったスペースシャ トルっぽい飛行機を使って高速で移動してきていた。 その様子も偵察用茶毛玉で捉えてある。 間も無く到着する船にしても、風を操作して速度を上げている。 委員長、目黒くんによる魔術だ。 いまはザイラスって名乗っている。ともかくも要注意人物なのは 間違いない。 異世界の存在なんて許しちゃいけない、みたいな考えも持ってる みたいだし。 戦闘力にしても、なかなか侮れない感じだ。 もう一人は女神官。マリナさんっていうらしい。 高所恐怖症で、ついでに船にも弱い。 船に乗ってる最中も、港に着いてからも、げろげろ吐いてる。 まあ船酔いって、かなり辛いらしいからね。見なかったことにし てあげよう。 あとのメンバーは、中間管理騎士のルイトボルトさん。 それと、褐色騎士のバルタザールさん。ここらへんがメインだ。 1277 他に目立つのは︱︱︱よし、後回しにしよう。 気になるのは、この時期に帝国が接触してきたこと。 いまが大変な状況なのは、大陸を偵察して知っている。 竜軍団の残党処理だけじゃない。 周辺各国が、揃って帝国への宣戦布告をした。 元々、広大な領土を持つ帝国には敵が多かった。とりわけ大陸東 側にある聖教国とは、エルフや獣人、さらには魔獣への扱いに関し ても意見がぶつかり合っている。 つまりはまあ、外来襲撃のゴタゴタに乗じて領土を奪ってやろう と。 そう考える国が多かった訳だ。 帝国も予想はしていたけれど、だからといって完璧な対処ができ るとは限らない。 多方面から攻められては、強兵を誇る帝国でも厳しい戦いとなる。 とりわけ、魔族の動向に苦労させられているらしい。 新魔王の即位と、一方的な宣戦布告、さらには国境砦への強襲︱ ︱︱、 すでに帝国はふたつの砦を落とされているとか。 他人事じゃなくなる可能性があるし、ボクも興味がある。 だから、なるべく詳しく聞き出してもらうつもりだ。 うん。ボクが聞き出すんじゃない。 シェリー・バロールこと十三号が、まずは交渉役を務める。 ボクは隠れて、映像越しに様子を見守る役だ。 ﹁おお、シェリー殿、相変わらずお美しい。貴方の笑顔を得るため ならば︱︱︱﹂ 1278 バルタザールさんも変わってないね。 十三号がちょっと微笑むだけで、知ってることはなんでも話して くれそうだ。 だけどまあ、いまは放置で。 喋り続ける褐色騎士を制止して、ルイトボルトさんと挨拶を交わ す。 そうして、勇者パーティの二人も紹介された。 ﹁はじめまして、ザイラス・ユリムラルドです。宮廷魔術師の一人 として帝国に仕えています﹂ ﹁私はマリナ・エトワンド。大地母神の神官とし、て、おぅぇぇぇ ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮船旅でお疲れでしょう。まずは屋敷まで御案内いたします﹂ 一瞬だけ、十三号の表情が歪んだ。 船酔い神官さんも、やっぱり侮れないね。 帝国側との会談は、まず和やかに進んだ。 世間話から始まって、外来襲撃のこととか、船旅のこととか。 当たり障りのない話題で場を温めていく。 1279 取引に関しても小規模なもので、ほとんど問題なくまとまってい く。 あまり大きな取引をする余裕がない、っていう状況でもあるんだ ろうね。 ただ、戦力になるものは欲しいみたいだ。 港に設置してある魔導投石器の話には、ザイラスくんも食いつい てきた。 ﹁観測手が必要なほど遠くまで届くとなると、単純な力だけでは無 理ですよね。もしかして重力系の魔術も使っているんですか? あ れは自分も研究しているんですが、なかなかに扱いが難しくて⋮⋮﹂ ﹁ちょっと委員長、目の色変わり過ぎだよ﹂ ﹁え? ああ、すいません。自分は魔術研究のことになると熱が入 ってしまい⋮⋮﹂ ﹁構いません。見学の許可が出るかどうか、兄に尋ねてみます﹂ ん∼⋮⋮あの長距離投撃は、この島防衛の要なんだよね。 見せるだけならともかく、簡単に技術情報は渡せない。 何かしらの見返りがもらえるなら別だけど。 技術交換とかも考えるべきかなあ。 今回の会談、かなり行き当たりバッタリな部分がある。 相手の目的がいまひとつ読めないから。 事前に言ってくれればよかったんだけど、直接に話したいという ばかりだった。 それだけ重要なことだっていうのは推測できる。 1280 なので、こちらも慎重に様子を窺う方針を取った。 勝利条件としては、この島でのんびりと暮らしていけること、か な? ﹁ところで、このお菓子もとっても美味しいですね﹂ マリナさんが話題を移した。 乗り物酔いしてないと、とても上品な貴族令嬢に見える。 メイドさん特製のお菓子も好評だ。 一応、作り方を教えたのはボクだけど、かなり曖昧なものだった。 それを美味しくしてくれたのはメイドさんの腕前によるもの。 とりわけ女子二人には喜ばれている。 ﹁ええ。このアオモリタルトは、兄も好物なのです﹂ ﹁アオモリ⋮⋮?﹂ あ。 マズい。やっちゃった。 これは十三号が悪いんじゃなくて、ボクの失敗だ。 勇者パーティの二人組が顔を見合わせる。そうして頷き合った。 ﹁あの⋮⋮唐突ですが、シェリー様は転生者というのをご存知です か?﹂ ﹁⋮⋮貴方がたがそうだと、聞き及んでおります﹂ 向こうが転生者の話を振ってくるのは、ボクだって予想していた。 何のつもりでここまで来たのかは分からないけど。 1281 ボクも転生者ではないのか?、そう疑われていてもおかしくはな い。 目をつけられるだけの行動をしてきた自覚はある。 でも、認めるかどうかはまだ決めていない。 とりあえずここは、十三号の誤魔化しスキルに期待しよう。 ﹁その転生者という話は、本当なのですか? 俄かには信じられな いのですが﹂ ﹁まあ、証明できるものではありませんが⋮⋮﹂ ﹁同じ転生者を探しているんです。それで、バロールさんがそうな んじゃないかって思ってます﹂ マリナさんが切り込んでくる。 神官だから防御タイプかと思ったけど、こういう部分は積極的だ。 ﹁さっきアオモリって言いましたよね。それ、私たちが元いた世界 の地名なんです﹂ ﹁なるほど。この世界の人間では知るはずがないと?﹂ ﹁そうです。だからバロールさんは、きっと⋮⋮﹂ ﹁浅慮ですね﹂ 十三号が冷ややかに切り返す。 見た目は幼女タイプだけど、その眼光の冷たさは奉仕人形の中で もトップクラスだ。 1282 ﹁兄とわたくしは、様々な地を旅してきました。アオモリという果 実も、旅の途中で名前を聞いたものです。たしか最初は露店で売っ ていた物ですから、誰が名付けたのかはまったくの不明ですね﹂ ﹁え⋮⋮でも、この島で育ててるんじゃ⋮⋮?﹂ ﹁ですから、以前に聞いたアオモリと同じような果実だったので、 そう呼んでいるだけです。兄が転生者という証拠にはなりません﹂ 強引だけど、一応の筋は通っている。 少なくとも、マリナさんとザイラスくんを黙らせることには成功 した。 いっそ全部を打ち明けてもいい気もする。 だけど相手が何を考えているか分からないから、念の為に。 判断を下すのは、この後でもいいはず。 どうせ、直接に会うんだから。 ﹁あの⋮⋮﹂ それまで静かに座っていた女の子が、控えめに口を開いた。 ﹁バロール様との面会は、叶うのですよね?﹂ ﹁はい。ここより南にある本拠の屋敷で、お待ちになっております﹂ ほっと安堵の息を吐いたのは、まだ幼い少女だ。 大人びた顔立ちをしているけれど、表情の端々に子供っぽさが滲 んでいる。 1283 それでも所作のひとつひとつから育ちの良さが窺える。 ただ、なにより目を引かれるのは、豪華な縦ロールの髪型だ。 ﹁ヴィクティリーア様は、探しものがあってこの島を訪れたと聞き ましたが?﹂ ﹁はい、わたくしの使い魔を⋮⋮とある魔獣を探しておりますの﹂ どういった経緯があったのかは知らない。 だけどそこにいるのは間違いなく、ボクを召喚した金髪幼女だっ た。 1284 09 金髪縦ロールはくじけない 港街からボクのいる本拠までは、一本道で繋がっている。 ボクだけならいつでも空を飛べるから、道なんて必要なかった。 だけどいつか使うかも知れないし、ちょうどいい機会なので整備 しておいた。 その道を馬車が進んでくる。帝国からの使節団だ。 ﹁シェリー殿と同じ馬車に乗れるだけで、私の心は喜びに打ち震え ⋮⋮﹂ ﹁そういえば、本拠の方へお招きしたのはルイトボルトさんだけで したわね﹂ ﹁え、ええ⋮⋮あの時に同行した者たちは、いまは帝都におります し﹂ さらりと褐色騎士さんは無視されている。ルイトボルトさんから 哀れみの眼差しが注がれた。 しかしこの人、まったく諦める気配がない。 兄として、どう対処しよう? 妹が欲しかったら俺を倒してみろ!、とか言うべきなのかな。 他への対処を考えるのに手一杯で、彼のことは頭から抜け落ちて たよ。 まあ、なるようになるか。 1285 勇者組二人は、別の馬車に乗っている。 未だにこの二人の目的は見えない。 ボクが転生者かどうか確かめるなら、他の人に頼んでもいいよう に思える。 身内だけにしたら重要な秘密でも漏らさないかと思ったけど、当 たり障りのない会話しかしていなかった。 あとは縦ロール幼女か。 ルイトボルトさんが臨時の保護者なので、十三号の馬車に同乗し ている。 だけどあまり話に入ってくる様子もなくて、しきりに外を窺って いた。 ﹁森ばかりでしょう? 何か気になるものでもございましたか?﹂ ﹁あ、いえ⋮⋮魔境と聞いていたもので、失礼ですが、もっと魔獣 が多いのかと﹂ ﹁この辺りは兄が目を光らせておりますから安全です。ですが、他 の地域は皆様が想像されるような状態で、正しく魔境と言っても過 言ではありません﹂ だから迂闊に出歩くな、と十三号が釘を刺す。 脅す必要はないと思うけど、下手な行動をされて騒ぎになっても 困るし。 ﹁ベアルーダ種と言いましたか。確かに珍しい魔獣ではあるようで すが、この魔境で探すのは困難でしょう﹂ ﹁ですが、バロール様の城で見たと、ルイトボルト様が⋮⋮﹂ 1286 十三号は黙って首を振る。 そうそう。返答に困った時は曖昧に誤魔化す作戦でいこう。 上手く勘違いしてくれる時もあるし。 ﹁シェリー様のお気遣いはありがたく存じます。ですが、わたくし は命を賭してでもあの子を探し出さねばならないのです﹂ ﹁何故、そこまでなさるのですか?﹂ 十三号の問いに、今度は縦ロール幼女の方が微笑で答えをはぐら かす。 むぅ。やっぱりこの子、随分と大人びている。 命を賭してとか、そこらの子供が口にする言葉じゃないしねえ。 そう言った時の目も、完全に本気のそれだったし。 ほんと、どうしよう。 今更使い魔になるつもりはないけど、下手な誤魔化しをするのも 楽しくなさそうだ。 屋敷のエントランスホールで使節団を出迎える。 帝国貴族の作法も急いで勉強したので、それなりに形にはなって いたはずだ。 まあ、相変わらず言葉は魔力文字で伝えるしかないけど。 1287 ﹃帝国からのお客人を歓迎する。私がこの島の主、バロールだ﹄ その魔力文字や、黒甲冑姿の所為でもないだろう。 勇者組の二人が、ボクを見て明らかに顔色を変えていた。 警戒を深めたような表情だ。 良い印象、って風ではなかった。 もしかしたら、ボクの戦闘力やカルマを感じ取ったのかも知れな い。 神官とかになると、そういうのに敏感な可能性はあるのかな。 そこらへんの知識も仕入れておけばよかった。 だけど一番はっきりと表情を変えたのは、縦ロール幼女だった。 ﹃どうかしたか?﹄ ﹁⋮⋮貴方は⋮⋮あ、いえ⋮⋮﹂ 瞬きを繰り返して、随分と戸惑っている。 その理由は、なんとなく察せられた。 ﹁バロール様、是非とも二人きりで話し合いたいことがあります﹂ ﹃分かった。大まかな事情はシェリーから聞いている﹄ ルイトボルトさんたちが目を見張っている。 子供との話を優先するなんて、ちょっと有り得ないことなんだろ うね。 でも構わない。 こっちを先に決着させた方が、後の事柄もすんなりと片付きそう 1288 だし。 ボクがこの世界に来た時からの因縁でもある。 そろそろ真剣に向き合ってみよう。 応接室で、ロル子と向き合う。 うん。いつまでも金髪縦ロール幼女って呼ぶのも面倒なので略し てみた。 酷い呼び名だとか、本名どこいったとか、そういうツッコミは受 け付けない。 まあ、さすがに本人に伝えるつもりはない。 頭の中で呼ぶだけなら構わないでしょ。 ﹃話というのは、使い魔についてか?﹄ ソファに腰掛けて、いきなり本題に入る。 ロル子の方も、すぐに話を切り出したい様子だった。 ﹁はい⋮⋮少々、突拍子もないことを申し上げますが⋮⋮﹂ ﹃俺から、使い魔の気配を感じるか?﹄ ﹁っ⋮⋮!﹂ 息を呑んだ表情は、肯定したのと同じだ。 1289 やっぱり﹃使い魔候補﹄っていうだけあって、繋がりがあるみた いだね。 ロル子がこの島に着いてから、魔力の糸みたいなものをボクも感 じていた。 ﹁やはり、そうなのですか? バロール様は、実は魔獣で、いまは 人の姿になっている⋮⋮? いえ、その甲冑は姿を隠すもので、魔 獣のまま⋮⋮?﹂ ﹃落ち着いて考えてみろ。そんなことが有り得ると思うのか?﹄ ﹁わたくしも非常識な考えだとは思いますわ。ですが、魔術刻印の 反応が⋮⋮﹂ ﹃魔術的なものだ。誤魔化しようはある﹄ ボクが当然のように告げると、ロル子ははっと目を見開く。 よし。思いつきだったけど通用した。 魔獣が器用に言葉を操るっていうよりも、こっちの方が受け入れ 易いでしょ。 ってことで、しばらくはこの方向で押し通してみよう。 ﹃しかし安心して構わない。その使い魔は、こちらの庇護下にある﹄ ﹁では、やはりこの島に⋮⋮会わせていただくことは叶うのでしょ うか?﹂ ﹃会って、どうするつもりだ?﹄ 強引に、正式な使い魔とするつもりでは︱︱︱、 1290 その点を、ボクは最も危惧している。 主人と使い魔がどういった関係になるのか、詳しくは知らない。 もしかしたらだけど、絶対服従なんてことになったら困る。 まあ、ロル子なら酷い扱いはしてこないだろう。 そうなった場合にも抜け出せる自信はある。 むしろ、ロル子の方が頭を抱えるんじゃないかな? だってほら、ボクって色々とやらかしちゃってるし。 帝国軍を蹴散らしたり、公国の王子を泣かせたり、死獄結界を張 ったり︱︱︱、 どれも真っ当な事情があってのことだけどね。 それでも子供が抱え込むには難しい問題もあるんじゃないかなあ、 と。 だけど、どうやらボクの杞憂だったみたいだ。 ﹁どうするかは、あの子次第ですわ﹂ 透きとおった声で、ロル子はきっぱりと宣言した。 話をしている内に戸惑いも過ぎたらしい。 ボクを見つめる瞳には、大人びた鋭い輝きが戻っていた。 ﹁わたくしを主人と認めてくれれば嬉しいですけど、それもあの子 の意思次第です。行方不明にしてしまうような、情けない主人です から⋮⋮﹂ それに、とロル子は目を細める。 くるくると指先で髪を弄るのは、気分が沈んだ時の癖らしい。 微笑んではいたけれど、どことなく儚げな表情だった。 1291 ﹁魔獣についても知識不足でしたわ。この城砦には、人の街のよう に魔獣が暮らしていて⋮⋮あの子にとっても安全な場所なのでしょ う。驚いたのは確かですけれど、保護していただいたバロール様に は、心から感謝しております﹂ 綺麗な髪を揺らして、静かに頭を下げる。 ボクが想像していたよりも、ずっと真剣に心配してくれていたと 伝わってきた。 ⋮⋮こういうの、苦手なんだけどなあ。 ﹁これでわたくしも、心置きなく戦場へ向かえますわ﹂ 今度はボクが驚かされる番だった。 戦場って、どういうこと? 儚い微笑どころか、悲壮感たっぷりの表情に見えてきたんですが? ﹃戦場、とは?﹄ ﹁帝国の状況はご存知でしょう? 各国が次々と領土を奪おうとし て⋮⋮その中にはわたくしの祖国である、リュンフリート公国もあ るのです﹂ だから公国のために戦う、って感じじゃないね。 むしろ逆か。いまは帝国に居るワケだし。 ﹁これまで公国は、帝国から様々な恩恵を受けて参りました。その 恩を忘れ、相手が弱ったからと剣を向けるなど許されません。不義 は正さねばならないのです﹂ 1292 ﹃だからといって、戦場に立つ必要はないのでは?﹄ ﹁いいえ、貴族とは先頭に立って剣を振るう者です。わたくしには、 その誇りがあるのですわ﹂ ⋮⋮なんか、本当に凄いね。 子供なのに覚悟している。その意志が凄い。 どれだけ不利な戦場に立たされても、彼女なら一歩も退かないと 思える。 ﹁ですので、あらためてお願い致しします。あの子に会わせてくだ さいませ。これから共に歩むにせよ、別れるにせよ、直接に意思を 確かめたいのです。それが、ひとつの魂を召喚した者として最低限 の務めですから﹂ ああもう。まったく。本当に真っ直ぐな子だ。 良い家に生まれたんだから、もっといい加減な生き方だって出来 るはずなのに。 ボクのことだって忘れてくれても良かったんだよ。 召喚されたのだって、なんとも思っていないんだし。 だけど、まあ︱︱︱こういうのも嫌いじゃない。 ﹃分かった。会うよ﹄ 魔力文字で告げて︱︱︱パカリ、と。 黒甲冑を開くと、ボクはその姿を晒した。 ﹁は⋮⋮?﹂ 1293 ああ。やっぱり驚いてる。 ﹃ひさしぶり﹄ 毛先を丸めて振ってみる。愛想よく、気さくな感じで。 ロル子はぱくぱくと口を上下させて、面白い顔を見せてくれた。 1294 10 作戦名:行き当たりばったり ええと、これは、その、いったい、毛玉が、黒甲冑から︱︱︱、 ﹁訳が分かりませんわ!﹂ はっ? いけませんわ。 声を荒げるなど、淑女として慎むべき行為です。 まずは落ち着きましょう。深呼吸ですわ。 ひとつ、ふたつと⋮⋮あ、黒甲冑がメイドの方々によって運ばれ ていきますわね。 ということは、やはり中の人はいなかった、と。 代わりに毛玉が、わたくしが召喚した使い魔候補の魔獣が入って いた、と。 なるほど。理解いたしましたわ。 納得とは別ですけれど。 ﹁ふぅ⋮⋮失礼いたしましたわ﹂ ﹃構わないよー﹄ ⋮⋮随分と口調が変わりましたわね。 いえ、文字なのですけれど。黒甲冑の時は威厳のある態度を取っ ていましたのに。 こちらの方が素ということですわね。 1295 ええ。理解はできますわ。 やはり納得とは別なのですけれど! ﹁ともかくも、ええと⋮⋮説明はしてくださるのですよね?﹂ ﹃うん。長くなるけど。まずは質問とかある?﹄ ﹁質問ですか。そうですわね⋮⋮﹂ むしろ、有りすぎて困りますわね。 落ち着いたつもりですが、まだ混乱しているようです。 ここは冷静に。まずはひとつ、根本的な質問をするべきですわね。 だとするのでしたら、尋ねるべきは⋮⋮。 ﹁⋮⋮撫でても構いませんの?﹂ って、わたくしは何を言っておりますの!? そうではないでしょう! いくらなんでも混乱し過ぎですわ。 ﹃いいよー﹄ って、毛玉さん!? いえ、バロール様でしょうか? 貴方もなんですんなりと認めておりますの!? ですが、まあ、魅力的な毛並みなのは間違いありませんわね。 ふさふさで、ふわふわですし、少しくらいなら⋮⋮。 ああ。やはり上質ですわね。 こうして撫でていると、少しずつ落ち着いてくる気がいたします わ。 1296 ﹃それじゃあ、手短に話そうか﹄ ﹁え? あ、はい。お願いいたしますわ﹂ もふもふが離れてしまいました。少々、残念ですわね。 いえ、いまは話の方が大切でしたわ。 わたくしの召喚によって、彼に何が起こったのか。 それをしっかりと受け止める責任があるのですから。 ◇ ◇ ◇ ﹁二人とも、ひさしぶり﹂ 軽く手を上げて挨拶をする。日本語で。 ザイラスくんもマリナさんも、揃って目を丸くして固まった。 広い客間が静寂に包まれる。 あれ? 普通に喋れてるよね? あまり人間の姿を取ることはないボクだけど、それなりに練習だ ってした。 鏡で確認だってしてきた。 それに、後ろからついてきたロル子もこの姿の方がいいと言って くれた。 1297 ﹁片桐くん、なのか⋮⋮?﹂ うん。そう呼ばれるのも久しぶりだね。 っていうか、ほとんどのクラスメイトからは名前も呼ばれたこと なかったけど。 だけどさすがは元委員長だけあって、ザイラスくんは覚えていて くれた。 ボクが頷きを返すと、ややあってマリナさんも我に返った。 ﹁えっと⋮⋮久しぶり? うん、覚えてるわよ。でも元の姿のまま って⋮⋮私は水川真理亞、昔とは随分と変わってるでしょ?﹂ 早口にマリナさんが自己紹介をしてくれる。 そっか。水川さんか。覚えていない。 そんな名前の人もいたかなあ、という程度だ。 でもまあ、いまは問題ないはず。 むしろ問題は、同席している帝国騎士の方かな。 ルイトボルトさんやバルタザールさんが話についてこれていない。 ﹁バロールです﹂ ﹁は⋮⋮あ、これは失礼をした。しかしあの甲冑は呪いで脱げなか ったのでは? それに甲冑と比べて、その、随分と小柄であられる ような⋮⋮﹂ ﹁色々と事情があるので﹂ 1298 いちいち説明するのは面倒だ。 ロル子には一通りのことを話したから、そっちから聞いて欲しい。 もっとも、ロル子から話すのは真実ばかりじゃないけど。 あれこれと打ち合わせをしたからね。 ともかくも、それをどう受け止めるかは任せるよ。 ボクが毛玉であることはロル子以外にはまだ秘密。 だけど、それ以外の事情は伝わるはずだ。 ﹁とりあえず、お茶でも飲んで落ち着こう﹂ 自分の席に着いて、メイドさんがお茶を注いでくれるのを待つ。 ボクも混乱こそしていないけど、けっこう緊張はしてるんだよね。 毛玉姿の時とは心持ちが違う。 人間として人間と接するのは、やっぱりちょっと苦手だ。 ﹁それで⋮⋮まずは、ヴィクティリーア様との会談がどうであった のか、お尋ねしてよろしいか?﹂ ﹁はい。結論から申し上げますと、わたくしの使い魔は見つかりま した。バロール様が保護してくださっていたのです﹂ ロル子は両手を開いてみせる。 そこには、一体の小毛玉が乗っていた。 ﹁とても立派に成長していて、そちらは引き続き、バロール様に預 かっていただくことになりました。産んだ子供を、わたくしの使い 魔として譲ってくださったのです﹂ 嘘を吐かせるのは気持ちいいものじゃないけど、ロル子も納得し 1299 ている。 結局、ボクは 使い魔候補 のままだ。 ロル子にはひとまず、小毛玉を預けておくことにした。 あまり遠くまでは同行できないけど、この島にいるのなら問題な い。 別れる際には、偵察用茶毛玉の黒バージョンを渡す予定だ。 ﹁この子が使い魔⋮⋮? ねえ、ちょっと触ってもいい?﹂ ﹁ええ、どうぞ。とってもふわふわなのですよ﹂ とりあえず、マリナさんはもふもふで誤魔化せたみたいだ。 どういった経緯で保護したのかとか、子供を使い魔にできるのか とか、細かい部分を突っ込まれたら困る。 まあ、適当な話をして誤魔化すつもりではあるけど。 ﹁あ∼⋮⋮うん、使い魔についてはいいや。彼女についてはルイト ボルトさんから聞いただけだし⋮⋮﹂ ザイラスくんが頭を掻きながら、斜め向かいの席へ目線を送る。 ルイトボルトさんがやや戸惑いながらも頷いた。 ﹁ってことで、今度はこっちの話に移りたいんだけど、いいかな? ついで なんだろうね。 話というより、確認したい事柄がいくつもあるんだけど⋮⋮﹂ 帝国にとって、ロル子の問題はあくまで わざわざ勇者パーティを派遣した理由は別にある。 ザイラスくんが真剣な顔をすると、室内の空気も張り詰めたよう だった。 1300 ボクも黙って聞く姿勢を取る。 ﹁それで、まず最初の確認なんだけど⋮⋮﹂ さり気なく、ザイラスくんの口調が同級生に対するものに変わっ ている。 彼にとっては二十年くらいは経っているはずなのに、まだ元の世 界の意識が強いみたいだね。 まあ、気にするところでもないか。 ボクもその方が話しやすくはあるけど︱︱︱、 ﹁本当に片桐くんかな? っていうか、転生前の姿なのはどういう こと?﹂ あ、そこから突っ込んでくるのね。 流れで誤魔化せるかとも思ったのに、そう甘くもないらしい。 ひとつずつ説明していく必要がありそうだ。 ボクが毛玉であるのは、まだ明かすつもりはない。 魔獣が人間の姿を取っているよりも、 人間が魔獣を従えている、とした方が受け入れてもらえると思っ たから。 転生前の姿であるのは、魔術のおかげということにした。 1301 その他諸々、これまでの経緯を作り話も混ぜて説明して︱︱︱、 ﹁︱︱︱ということで、納得していただきます﹂ 一通りの話を終えた十三号は、冷ややかに一同を見渡した。 反論は無い。というか、十三号が視線で封じている。 だけどまあ、それなりの理解は得られたはず。 やっぱりボクが語るよりも、任せて正解だった。 ﹁えっと⋮⋮あ、うん、納得したよ。片桐くんだっていう確認も取 れたし﹂ そう頷くザイラスくんの表情は引きつっていた。 それでも、ある程度の納得をしてくれたのは嘘じゃないだろう。 転生者かどうかなんて、明確な証拠は出せない。 だからクラスメイトしか知らない事柄を、いくつか確認し合った。 担任教師の名前を忘れてたのには、少々疑いを持たれたけど。 だけど顔の特徴とか、だいたいの年齢くらいは覚えていたよ。そ れで疑念も解けたみたいだし、問題ないでしょ。 ﹁でもここで片桐くんと会えるなんてね。嬉しい誤算ってやつかし ら?﹂ ﹁そうだね。転生者の可能性は高いと思っていたけど⋮⋮これで一 気に問題が解決しそうだ﹂ んん? なんか勇者組二人だけで納得してる? 問題ってなんだろ? 1302 そういえばまだ、この島に来た理由を聞いていなかった。 ボクが転生者かどうか確かめるためには、適した人選だとは思う。 だけど二人とも重要な戦力で、帝国の現状からすれば留守にはし たくないはず。 本当の目的は何なのか︱︱︱。 ﹁実を言うと、ここで戦いになるかも知れなかったんだ。帝国の敵 になるのなら殺せって、そういう連中が多くてね﹂ ﹁っ、ザイラス殿!﹂ ﹁大丈夫ですよ、ルイトボルトさん。ここは下手に隠し事をするべ きじゃない﹂ どうやら帝国は、かなり疑心暗鬼に陥っているらしい。 周辺各国から攻められて、また敵が増えるんじゃないかと警戒を 深めている。 ﹁皇帝陛下はけっこう話の分かる人なんだけど、頭の硬い貴族連中 も多くてね。帝国に従う者以外は力で屈服させるべきだって、そう いう声も多い﹂ 辟易とした様子で、ザイラスくんは語る。 帝国の内部でも揉め事があるって話みたいだ。 ボクは関わりたくないなあ。 ﹁そこらへんの事情も、片桐くんには全部伝わってるんじゃないか な? たまに見た毛玉型の偵察魔導具、あれって君の仕業だろ?﹂ ああ。いくつか撃ち落とされてたね。 1303 おかげで高性能茶毛玉の開発にも繋がったんだけど。 あれってザイラスくんの仕業でもあったのか。 ﹁でも、新魔王の情報までは掴んでいない?﹂ ﹁⋮⋮帝国に宣戦布告したのは知ってる﹂ ﹁新魔王も転生者なんだよ。大貫藍さん、覚えてるよね?﹂ えー⋮⋮ちょっと待って。 思い出せない、なんてことはない。 むしろ逆だ。彼女のことだけはハッキリと覚えている。 家の押入れに忍び込んでいたり。 眠っているといつの間にか枕元に立っていたり。 ベッドシーツや服が新品と入れ替わってたこともあったっけ。 忘れろっていう方が無理な相談だ。 その大貫さんが新魔王。なんだかとっても厄介事の匂いがする。 ﹁以前に、一回だけ会ったんだ。その時に言われたよ。どんな手を 使っても五十鈴くんを探し出す、邪魔するなら殺す、って﹂ あー、うん。言いそうだね。 彼女は、五十鈴くんに付き纏うのに執念を燃やしていたから。 大変だなあ、五十鈴くんは。 ﹁帝国との戦争も、彼女が主導してる。たった一人を探すために世 界征服までするつもりだよ﹂ 1304 ﹁⋮⋮ふぅん。そうなんだ﹂ ﹁そうなんだ、って⋮⋮﹂ ザイラスくんとマリナさんが、揃って眉根を寄せる。 言いたいことは分かる。 だけどこっちの身にもなって欲しい。 ﹁なんで他人事みたいに言うのかな。狙われてるのは、君だよ?﹂ はい、そうですね。 確かにボクの名前は片桐五十鈴だった。 今更、他人のフリなんて出来ないよねえ。 1305 11 深夜の同窓会 夜︱︱︱、 帝国使節団との会談は、一旦休憩を入れさせてもらった。 なんかもう色々と衝撃的すぎて。 勇者であるサガラくんのこととかも聞きたかったけど、全部後回 しだ。 ﹁ご主人様、お茶を入れ直しましょうか?﹂ ﹃⋮⋮ううん、そのままでいい﹄ 一号さんの気遣いを断って、冷めた紅茶を啜る。 すっかり香りは逃げちゃってるけど、たまにはこういう味も悪く ない。 静かな部屋を眺めながら、ぼんやりと時間を過ごす。 頭を働かせる気分になれない。 これだけ鬱々としたのって、随分と久しぶりだ。 なんだかんだで生き残るのに必死だったから︱︱︱、 ﹁失礼します。ザイラス様とマリナ様が、ご主人様への面会を求め ております。如何いたしましょう?﹂ 部屋に入ってきたのは七号さんだ。 面会ねえ。こんな夜に、同窓会でも開こうっていうのかな。 1306 まあ、断ることでもないか。 ﹃変異﹄を発動、人間の姿になって二人を迎え入れる。 ﹁邪魔するよ、と。この部屋も豪華だなあ﹂ ﹁うんうん。帝国貴族のお屋敷みたい﹂ 二人とも、ほんのりと顔が紅潮してる。 そういえば夕食の時にお酒を出したんだっけ。 ボクは一口しか飲んでないけど、けっこう好評だった。 アルラウネとメイドさんで作った果実酒らしいけど、どんな物か 詳しくは知らないんだよね。 ﹁二人とも、貴族じゃないの?﹂ ﹁そうだけど、実家は下級騎士だったから。いまも贅沢はしてない よ﹂ ﹁私も。教会の孤児院育ちにゃの﹂ にゃの? 二人が席に着くと、帝国貴族への愚痴がつらつらと並べられた。 堅苦しい礼儀作法を覚えるのが大変だとか。 なんでもかんでも剣で解決しようとする脳筋貴族ばかりだとか。 暑苦しいとか。息が臭いとか。 いい男がいないとか。 主に、マリナさんが、途切れることなく文句を並べ立てる。 なんていうか、ダメダメだ。 1307 黙っていたら神秘的な雰囲気を纏っているのに、いまは残念な酔 っ払いにしか見えない。 ﹁飲み過ぎじゃない?﹂ ﹁にゃによぅ。こんにゃ美味ひいおしゃけが悪いのよぅ。おツマミ も、チーズなんて贅沢品⋮⋮しゃいこー!﹂ バタリと倒れた。そのままソファの上で寝息を立て始める。 この人、なにしに来たんだろう? ザイラスくんも困惑顔で苦笑を零していた。 ﹁悪いね。普段はもうちょっと落ち着いてるんだけど⋮⋮クラスメ イトと会えたのがよっぽど嬉しかったみたいで﹂ ﹁そんなに親しくもなかったけど﹂ ﹁それでも彼女には意味があるんだよ。あの日、突然の爆発で、殺 されて⋮⋮転生してからも不安だらけだった。いまだって吹っ切れ た訳じゃない﹂ 分かるだろ?、とザイラスくんが憂い混じりの笑みを浮かべる。 まあ大事件だったのは確かだ。 教室にタンクローリーとか、よっぽど不幸じゃないと遭遇しない と思う。 ﹁みんなで揃って卒業式がしたいって言ってたよ。もう叶わないっ て、彼女にも分かってはいるんだろうけどね﹂ ボクは曖昧に頷いておく。 1308 冷めた紅茶を飲み干して、メイドさんにおかわりを注いでもらっ た。 ﹁片桐くんは、元の世界に戻りたいって思わない?﹂ ﹁⋮⋮まあ、戻れるなら。便利だし﹂ 会話の流れで、あまり考えもせずに答える。 だけど答えてから気づいた。 こっちを窺うザイラスくんの眼差しが、思いのほか真剣なものだ った。 ﹁なに?﹂ ﹁⋮⋮意外だったから。片桐くんは、この世界を楽しんでるタイプ かと思った﹂ ん∼⋮⋮まあ、そういう部分もあるね。 っていうか、世界がどうあれ楽しみを見つけるって普通じゃない? ﹁そういうイメージじゃなかったのも確かなんだけどね。だけどこ の屋敷を見ると、メイドさんが大勢いるし、魔獣も女の子ばかりだ し⋮⋮ここの子供たちって、片桐くんが父親だったり⋮⋮﹂ ﹁それはない﹂ 即答。真顔で否定しておく。 まだまだ子持ちになるつもりはないよ。 だけど、そういう風な勘違いをされるとは思ってもみなかった。 1309 ここはしっかりと誤解だと言っておいた方がいい。 ﹁アルラウネやラミアは、成り行きから共同生活が始まったんだよ。 絶滅危機でもあったし﹂ ﹁あー⋮⋮大陸だと酷い扱いを受けてるみたいだね。珍しい種族だ から﹂ ﹁メイドさんは拾い物で﹂ ﹁え? 拾ったって、どういうこと?﹂ ﹁スキュラは、お隣さんみたいなもの﹂ ﹁⋮⋮ご近所付き合いは大切だね﹂ これだけ言っておけば大丈夫かな。 ザイラスくんは思慮深い性格みたいだし、分かってくれるでしょ。 魔獣にだって相手を選ぶ権利はあるからね。 妙な偏見の目は、早めに修正しておくべきだ。 ﹁えっと、それはともかく⋮⋮もしも元の世界に帰る手段が見つか ったら、片桐くんも協力してくれるかな?﹂ ﹁ん。状況次第で﹂ ﹁うん、それで構わない。いまは問題が山積みで、手掛かりを探す 余裕もないから⋮⋮﹂ 1310 ザイラスくんはほっと息を吐く。 安堵した表情は緩んでいるけど、完全に気が晴れたって感じじゃ ないね。 色々と抱え込んでいるみたいだ。 元委員長だし、苦労性なのかなあ。 ﹁それと⋮⋮聞いてもいいかな、大貫さんとのこと﹂ ﹁⋮⋮ああ、うん﹂ やっぱりその話題は避けられないよね。 だけどまあ、帝国騎士たちがいる場よりは話しやすいか。 こうして夜中に訪れてきたのは、ザイラスくんなりの気遣いなの かな。 ﹁大貫さんと付き合ってた、ってことでもないんだよね?﹂ ﹁ただのクラスメイト﹂ ﹁そうか。マリナもそんな関係じゃないだろうって言ってたけど⋮ ⋮でも大貫さんは本気だったよ。なんて言うか、狂気的に見えるほ どで⋮⋮﹂ むぅ。狂気って、酷い言い方だなあ。 だけど魔王になっちゃうくらいだし、あながち間違ってはいない のかな。 真っ直ぐすぎる性格なだけ、とは言い難いか。 ﹁転生前は、よく家に来たよ。こっそり。覗きにも来てた﹂ 1311 ﹁⋮⋮それって、ストーカーってこと?﹂ ﹁さあ? 趣味なんじゃない?﹂ ぱちくりと、ザイラスくんが瞬きを繰り返す。 んん? そんなに変なこと言ったかな? だって行動はストーカーっぽいけど、好きだとか言われたワケで もないし。 だいたい、大貫さんともほとんど話した覚えはない。 恋愛感情を抱かれるとは思えないんだよね。 読むのに三日くらい掛かりそうな手紙を受け取ったこともある。 だけどラブレターとかじゃなかった、はず。 ボクのことを誉めてくれてはいたけど、恋愛的な言葉はなかった と思うし。 ﹁えっと⋮⋮理由はともかく、大貫さんがとても執着しているのは 間違いないよ。ここに片桐くんが居るって聞けば、すぐにでも飛ん で来るくらいに﹂ ﹁うん。辛かっただろうね﹂ ﹁え⋮⋮?﹂ ﹁大貫さんがいまいくつかは知らない。でもずっと、ボクを探して たんでしょ?﹂ 何年か、何十年か、探し続けていたってことだ。 その情熱には感心する。 1312 結果が出なかったのは、仕方なかったとはいえ、悲しくも思える。 ﹁もっと早くに会えてたらよかったのに﹂ ﹁それって⋮⋮つまり、会うのに抵抗はないのかな? 魔王でスト ーカーだよ?﹂ ﹁言葉は通じるんだよね?﹂ ﹁そうだけど⋮⋮﹂ なら、問題はない。 いきなり襲ってくるような魔獣だったら、隠れるのも検討したけ どね。 この島だと、そんな出会いばかりだったし。 帝国としても、ボクと魔王の出会いで、事態の好転を期待してい るはず。 そこらへんの事情はどうでもいいんだけど︱︱︱、 ﹁でも、すぐには会えない﹂ 念の為、ザイラスくんには話しておこう。 ﹁先に、ロル子の問題⋮⋮リュンフリート公国に攻め入るから﹂ ﹁は⋮⋮?﹂ やっぱり驚かれるか。 だけどこれはもう決定事項だし、納得してもらうしかないね。 1313 1314 12 公国制圧① 現在の大陸状勢は、一言で表すなら 東西対立 だ。 大陸西側を統べる帝国に対して、東側の諸国連合が攻め入ってい る。 北西部には魔族領もあるけど、そっちはひとまず置いておく。 ボクが目を向けるのは大陸南方。 帝都からは最も離れて国境を接している、リュンフリート公国。 ロル子こと、ヴィクティリーアの祖国だ。 以前に、巨大亀魔獣の討伐にも向かった。 その時にも思ったけど、どうにも困った国みたいだ。 主に、王族が悪い。それに従う主流派貴族も含めて。 ずっと帝国によって守られてきたのに、裏切って東側につく準備 をしていた。 事実上の属国ではなく、独立の道を望んでいたらしい。 それ自体は、国として正道なのかも知れない。 だけど民衆をあっさり切り捨てているのは、誉められたものじゃ ない。 魔獣に襲われて危機にあった際に、王族や貴族たちは揃って逃げ 出している。 さらには、帝国への恭順を装うために公爵令嬢であるロル子を差 し出しもした。 マイナス加点ばっかりだ。 だけどまあ、そこらへんの細かい部分はどうでもいい。 1315 独立を目指すとか、裏切りとか、戦争とか、この世界だと一概に 悪いとは言えないものだから。 ボクにとって大切なのは、ロル子の安全だ。 帝国預かりの身であるロル子が、自分の祖国と戦おうとしている。 人質として処断されないためには、他に選択肢は無いから。 そんな状況を放っておくのは楽しくない。 子供から決死の覚悟を見せられたら、ボクだって情に流されるよ。 一度くらい、使い魔候補らしく主人を助けたっていいでしょ。 まあつまりは、だ。 ロル子の敵は、ボクの敵。そういうことでいいんじゃないかな? ﹁見えて参りましたわ。あの旗、公国軍のもので間違いありません﹂ 空高くに浮かんで、ロル子は眼下にある城砦を指差した。 帝国軍の城砦だ。 国境を守るそこに、リュンフリート公国軍が攻め入っている。 すでに公国軍は城砦を包囲して、遠距離魔法による攻撃を始めて いた。 その戦場の様子をボクたちは眺め下ろす。 飛行術式を、ロル子は三日でマスターした。 一号さんによる厳しい特訓の成果でもあるけど、本人の努力の賜 だ。 元々、魔法の才能に恵まれていたというのもある。 この成果には、ザイラスくんも驚いていた。 まだ長距離の飛行はできないけど、その時はボクが抱えていけば いい。 1316 実際、海を渡るのはそうしてきた。 黒甲冑を纏ったボクと、ロル子、ついでにお供の一号さん。 この三名で、公国を叩き潰す予定だ。 とはいえ、兵士を皆殺し、なんて真似はしない。 ロル子からも、なるべく犠牲を少なくしたいって言われているし。 ﹁では、まずは帝国軍と合流をいたしましょう。あの城砦にいるモ ブルング卿とは、面識がありますから⋮⋮﹂ ﹃挨拶は、後でいいでしょ﹄ ﹁え⋮⋮?﹂ 島を出る前に、ロル子のために戦装束を用意した。 魔術師用のローブと軽甲冑。メイドさんに作ってもらったものだ。 金髪縦ロールにも合わせて、なかなか派手なデザインになってい る。 だけどそれは万が一に備えただけで、戦わせるつもりはない。 目立ってくれるだけでも充分だし。 だいたい、子供が戦うっていうのが面白くないから。 本来ならボクもまだ子供って言われる年齢だし、尚更にそう思う。 だから、一人で片付ける。 ﹃とりあえず、公国軍の頭を潰す﹄ 黒甲冑の手には、すでにハルバードが握られている。 今回の戦いは、なるべく派手に、かつ人間らしく見せるのが課題 だ。 1317 帝国の援軍として振る舞うからね。 ﹃一号さんは、彼女を守っておいて﹄ ﹁承知いたしました。ご存分にストレス発散をなさってください﹂ ﹃いや、暴れるのが目的じゃないから﹄ 本当だよ?、とロル子にも視線で訴えておく。 そうしている間にも、一号さんはロル子を抱えていた。 所謂、お姫様抱っこだ。 ロル子は困惑しているけど、守る体勢としてはバッチリだね。 ともかくも任せて大丈夫そうだ。 ﹃それじゃあ、行ってくるから。合図をしたら降りてきて﹄ ﹁え? あの、まだお話が⋮⋮﹂ 戸惑っているロル子に軽く手を振って、ボクは戦場の上空へと一 気に飛ぶ。 ゆっくりと高度を下げていくと、さすがに相手も気づいた。 帝国軍と公国軍、両方から指差される。 ﹁なんだ、あの黒甲冑は! 何者だ!?﹂ ﹁まさか噂の、帝国の勇者か!?﹂ ﹁公国軍の隠し玉かも知れん。魔法攻撃に注意しろ!﹂ 色々な声が飛び交っている。まあ、だいたい予想通りだ。 1318 城砦を囲む公国軍からは、いくつもの大きな炎弾が城砦へ放たれ たりしている。 総勢二万といったところかな。魔術師部隊が多い。 対する帝国軍の人数は、その半分以下といったところ。 じっくりと城砦に篭もって守る構えだ。 城壁に魔法陣が仕組まれていたり、それで障壁が張られたりして いる。 戦いは続いているけど、睨み合いにも近い状態だった。 どちらかと言えば、公国軍が攻めあぐねている感じかな。 停滞した戦場だったから、乱入者が現れてもさほど混乱は大きく ない。 だけど、それじゃあ困るんだよね。 一気に混乱して、瓦解してもらうよ。 黒甲冑の両肩部を開く。そこにある魔法陣を起動。 ﹃万魔撃・模式﹄、発射。 魔力ビームが、公国軍の本陣を貫いた。 派手な爆発が起こる。本陣が派手に燃え上がる。 人間には直撃させていないけど、それでも数十人が吹き飛んだ。 ひとまずこれで、ボクがどっちの敵かは分かったはず。 あとは突撃して、首を刈る。 ﹁な、なんだコイツは!? 禍々しい奴め!﹂ ﹁とにかく本陣を守れ! これ以上、近づかせるな!﹂ 1319 ﹁燃えているぞ! 殿下をお救いしろ!﹂ うん。殿下ね。その情報は事前の調査で仕入れてある。 公国軍を率いているのは第一王子だって。 顔も覚えているから、その首を︱︱︱、 ﹁で、殿下ぁっ!?﹂ ﹁治療術師、早くしろ! このままでは︱︱︱﹂ ん? なんか慌ただしいね。 吹き飛んだ本陣のさらに奥に、兵士たちが集まっていく。 小毛玉から﹃麻痺針﹄を乱射。 兵士の列を蹴散らして、騒々しい方向へと進む。 そうして発見。第一王子だ。たぶん。 やたらと豪華なマントと煌びやかな鎧は、偵察で見たものと同じ。 ただし、随分と顔色が悪くなっている。 地面に転がって、首も変な方向に曲がってるし。ピクピクしてる。 どうやら、最初に撃ち込んだ﹃万魔撃﹄の衝撃で吹っ飛ばされた らしい。 軽い宣戦布告のつもりだったけど、思いがけず効果的な一撃にな ってた。 ﹁殿下! 殿下! お気を確かに!﹂ ﹁動かすな! ええい、さっさと治療を始め、ぶッ!?﹂ また﹃麻痺針﹄を乱射。 1320 護衛の騎士やら治療術師やらも退けて、ハルバードを振り下ろす。 首、もらいました。 転がった首を拾い上げつつ、一号さんへ合図を送る。 すぐにロル子と一緒に地上へ降りてきた。 そちらへ魔法や矢を放ったりする兵士もいたけれど、小毛玉で撃 退していく。 一号さんも障壁を張っているので、まったく問題にならない。 ロル子は唖然として瞬きを繰り返していた。 ボクが手にしている生首を見て、顔色を蒼褪めさせる。 まあ、子供には刺激的すぎる光景だよね。 だけどロル子なら、あれだけの覚悟を見せてくれたし、大丈夫だ と思う。 実際、すぐに表情を引き締めた。 一号さんから一言二言を耳打ちされて、静かに頷く。 そうしてボクたちは、公国軍の目を集めるように低空へ浮かぶ。 ロル子が、透きとおった声を響かせた。 ﹁︱︱︱て、敵将、討ち取りましたわ!!﹂ 総大将が首だけになって、軍勢は大混乱に陥る。 それでも抵抗しようっていう人もいたけど、小毛玉を飛ばして黙 らせていく。 あとはもう、作業のようなものだ。 こうして公国軍は、あっさりと瓦解した。 1321 13 公国制圧② ﹃衝破の魔眼﹄発動。 城の一角が派手に吹き飛ぶ。 国境の公国軍を壊滅させた後、ボクたちはそのまま公都へと向か った。 帝国軍とも会談したり、あれやこれやと後処理も行ったけど、ま あ大したことじゃない。 それよりも、さっさと戦争を終わらせる方が大切だ。 ってことで、また首狩りです。 王様の首寄こせー!、って勢いで首都のお城を襲撃します。 ﹃それじゃ、突入﹄ ﹁うぅ⋮⋮これもまた、貴方を召喚した者としての責務ですわね。 いいですわ。元より戦場に出ると、わたくしも覚悟を決めておりま したもの﹂ 一号さんに抱えられて、ロル子はぶつぶつと呟いていた。 心なしか顔色も悪い。金髪縦ロールもいつもより元気がないよう に見える。 魔境からずっと飛んできて、ちょっと無理のある強行軍だったか な。 だけどもうすぐ終わる。 国を取り戻せば、安心して休めもするでしょ。 1322 以前、巨大亀に襲われた街は、それなりに復興している様子だっ た。 とりあえず瓦礫の片付けは終わって、建物の修繕は進んでいるみ たいだ。 だけど、建物だけとも言える。 城下町に見える人影は、女性や老人、あるいは子供ばかりだ。 誰も彼も項垂れている。血色が悪いのも一目で分かる。 港町なのに、漁に出ている船もほとんどいない。 戦争のために取り上げられたものが多すぎるんだろう。 たとえ帝国を追い払ったとしても、その後は国として成り立つか どうかも怪しい。 結局、東側諸国の支配下に組み込まれることになったはずだ。 下手なプライドに拘って、大勢を苦しめただけ。 素人のボクでも分かるのに、どうしてこんな選択をしたんだか。 まあ、どうでもいいか。 それよりも︱︱︱。 ﹁お久しぶりですわ、陛下﹂ ボクたちが突入したのは、城の中央奥にある一室だ。 そこで会議が行われているのは、茶毛玉で偵察して把握していた。 割れた天井から降り立って、ロル子が礼儀正しく挨拶をする。 黒甲冑のボクと一号さんは、その背後に立って事態を見守る形だ。 ﹁な、何者だ!?﹂ 1323 ﹁王の御前であると知っての狼藉か!﹂ 部屋には天井の瓦礫が散乱して、中央にあった机が潰されている。 下手したら何人か潰れていたかも。 それでも構わなかったかなあ、とも思うけど。 ここからはロル子の判断に任せる予定だ。 部屋の一番奥には、身なりのいい中年の男が立っている。 やや太り気味だけど、背は高くて全身の筋肉もついている。顔立 ちもそこそこ威厳がある。王様って言われれば納得できなくもない。 国王オスヴァルトス。 正確には、もっと長ったらしい名前らしい。国王じゃなく公王な のかな? どっちにしても、今回の戦争を起こした元凶の一人だ。 ﹁⋮⋮ヴィクティリーア、か?﹂ オスヴァルトスが震える声で問い掛ける。 対してロル子は、目礼して一歩進み出た。落ち着いた仕草だ。 むしろ周囲の貴族たちの方が、ヴィクティリーアと聞いて慌てて いた。 半身欠け がどうしてこの場にいる!?﹂ ﹁なんと⋮⋮帝国に人質として送ったあの娘か!?﹂ ﹁ ﹁まさか、もう帝国軍が迫ってきているのか⋮⋮?﹂ 1324 半身 というのは、使い魔のことらしい。 公国の貴族は、使い魔を自分の半身と言うほど大事にする。 この場にいる者たちも、それぞれの使い魔をいまも連れていた。 部屋の端に犬や猫や、蝙蝠や蛇などが控えていた。 まあ大事にすると言っても、古くさい習慣によるもので、使い魔 の格によって見栄を張る意味が大きいらしい。 召喚した責任を感じて魔境まで訪れたロル子とは、随分と意識が 違う。 ﹁どうやら敗報は、すでに届いているようですわね﹂ 貴族たちを見回しながら、ロル子は悠然とした笑みを浮かべる。 こういうところは、本当に子供っぽくないね。 もちろん、誉め言葉として。 ﹁それにしても人質とは⋮⋮わたくしは留学のつもりでしたのよ?﹂ ロル子が皮肉げに言い返す。 建て前としては、確かに留学ということになっていた。 うっかり口を滑らせた貴族は、息を呑んで唇を引き結ぶ。 うん。そのままずっと黙っていればいいと思う。 ﹁まあ、どちらでも構いませんわ。わたくしが公国の貴族であるの は変わらぬ事実ですもの。ですから、いまも公国のために働く責務 がありますの﹂ ﹁⋮⋮公国のために? 何をするために帰ってきたというのだ?﹂ 問い返したのはオスヴァルトスだ。 1325 その額には冷や汗が滲んでいる。もう答えを分かっているのかも 知れない。 ﹁陛下に、降伏を勧めに参りました﹂ 冷然と、ロル子は告げた。真っ直ぐにオスヴァルトスを見据える。 背丈は黒甲冑の胸にも届かないのに、とても堂々としている。 オスヴァルトスの方が気圧されたみたいに身を引いた。 周囲も押し黙ったけれど、ややあって一人の貴族が声を上げた。 ﹁こ、降伏などありえん!﹂ 声色だけで冷静でないのが分かる。 だけど、それに乗っかる連中は多かった。 ﹁そうだ! たかが一度、失敗しただけではないか!﹂ ﹁帝国とて被害は受けたはずだ!﹂ ﹁我らはまだ戦える! 兵を集めなおせば︱︱︱﹂ 次々と声が上がる。どれもこれも感情的なものばかりだ。 それらを、ロル子は冷ややかに切り捨てた。 ﹁馬鹿馬鹿しい﹂ 自身の金髪をさらりと指先で払うと、周囲へ鋭い眼差しを巡らせ た。 1326 ﹁愚かすぎて聞くに堪えませんわ。まだ戦える? でしたら、いま すぐ御自分で戦場へ向かえばよろしいのです。兵を集めなおす? 何処に兵が残っていると仰いますの? 城下に目を向ければ、誰も 彼もが疲弊しきっているのがすぐに分かりますわ﹂ 子供の言葉に、大人の貴族たちがぐうの音も出ない。 全員、頭ではもう勝ち目がないのは分かっているんだろう。 だけど降伏したところで、彼らは命の保障すらない。 感情としても帝国憎しで、どうにもならないところまで追い込ま れている。 だから、暴挙にも出ちゃうよね。 ﹁だ、黙れ! 子供になにが分かる!﹂ 一人の貴族が動いた。 手を振って、その指先に魔力の輝きを灯す。 その時点で、ボクが対処すれば毛針の百本くらいは撃ち込めた。 だけど手出しはしない。 半身欠け が偉そうに語るな! こうなったら貴様を人質に︱ 今回は最低限の護衛のみに留めると、ロル子と約束していた。 ﹁ ︱︱﹂ 蛇型の使い魔が、ロル子に襲い掛かる。 なかなかに素早い。寝惚けたアルラウネくらいだったら掴まえら れそうだ。 だけどその牙は、ロル子の障壁に弾かれた。 1327 ﹁先程から、半身半身と喧しいですわね﹂ 障壁を張ると同時に、ロル子は別の術式も組んでいる。 細い指先から雷撃が放たれて、蛇型使い魔の主を貫いた。 ﹁わたくしに言わせれば、使い魔に頼ってようやく一人前の方が恥 ずかしいことですわ。それこそ一人立ちできない子供ということで すもの﹂ 雷撃に貫かれた貴族は、そのまま倒れて全身を痙攣させる。 放っておいたら死にそうだ。 だけど周りの貴族たちは、呆気に取られて助けようともしない。 ロル子も、もうそちらを気に留めていなかった。 ﹁大人だと言うなら、実力を示したら如何ですの? まとめてお相 手いたしますわ﹂ 挑発というより、宣戦布告だ。 外来襲撃 で弱っているはずだった。 貴族連中からすれば訳の分からない状況だろう。 彼らの頭の中では、帝国は だから今回の戦争は、確実に勝てると思えていた。 けれど蓋を開けてみれば、あっさりと敗退。軍は壊滅。立てなお す余裕もない。 焦ったところに、王城への乱入者だ。 その乱入者は、人質として切り捨てたはずの自国貴族ときている。 状況を把握するだけでも精一杯なんだろうね。 だから、目の前の単純な事実に意識が向く。 子供から馬鹿にされた、という事実に。 1328 ﹁ふ、ふざけるな! 子供になにが出来るというのだ!﹂ ﹁帝国の後ろ盾があるからと偉そうに!﹂ ﹁もう我慢ならん! 魔術師としての格の違いを思い知らせて︱︱ ︱﹂ 一人の貴族が怒りを爆発させると、次々と他の者も続いた。 光弾や炎弾、氷の槍、風の刃なんかがまとめてロル子に襲い掛か る。 多少は魔術師として才能があっても、子供なんてひとたまりもな い。 そんな集中攻撃だ。 でも、ロル子は涼しい顔をしていた。 ﹁単純な術式ばかり。芸がありませんわね﹂ 対魔法障壁が、すべての攻撃を受け止めていた。 伊達に﹃英傑絶佳﹄の才能を持っていない。 しかもロル子は、帝国に送られてからも腐らずに研鑽を続けてい たそうだ。 さらに、特製の戦装束にはいくつも魔石が仕込んである。 その魔石を介して、ボクが溜め込んだ魔力を存分に使えるように もなっていた。 もちろん、大人の熟練魔術師に劣る部分もあるだろう。 だけど攻撃が来ると分かっていて、防御に専念すれば、身を守る のは簡単だった。 1329 ﹁わたくしは帝国で、騎士の方々からも戦い方を学びましたわ﹂ 障壁を維持しながら、ロル子は杖を構えた。 軽くて硬いだけの、ただの木の杖だ。 貴族連中の攻撃が途切れると、ロル子は勢いよく床を蹴った。 一気に相手の懐へ飛び込む。 まとめて撃ち込まれた魔法が、ちょうど目眩ましになったという のもあった。 なにより、魔術師同士での接近戦を、相手はまったく考えていな かった。 ロル子は大きく杖を振り下ろして、まず一人目の頭をカチ割る。 続いて、二人、三人と。瞬く間に戦闘不能にしていく。 そこからはもう一方的だった。 障壁を張って身を守ろうとする貴族もいたけれど、あっさりと打 ち砕かれる。 咄嗟に杖を掴み止めようとした相手は、その腕と顎を粉砕された。 ロル子が振るう杖の先には、抗魔術式が一点集中で発動されてい た。 まさに魔術師殺しと言えるような戦い方だ。 公国貴族は魔術に傾倒しすぎていて、剣を扱える者は少ない。 この場でも、ロル子に対抗できる者はいなかった。 そうしてほとんどの者が、頭を割られ、悶絶し、倒れ伏して︱︱ ︱、 ﹁ま、待て、ヴィクティリーアよ! 話し合おうではないか﹂ 1330 残ったのは、国王オスヴァルトスのみとなった。 ﹁話し合う? それは、帝国への降伏を認めると受け取ってよろし いですわね?﹂ ﹁う、うむ、そうだな。そう受け取られても仕方ないと思うが⋮⋮﹂ オスヴァルトスはじりじりと後ずさりする。 ちらり、とボクと一号さんの方も窺った。 そして、オスヴァルトスの足下で一匹の使い魔が動いた。 大きなトカゲに蝙蝠みたいな羽根の生えた魔獣だ。 ﹁儂はまだ死ぬわけにはいかぬ。だから⋮⋮喰らうがよい!﹂ トカゲ魔獣の眼が光る。魔眼だ。 赤黒く禍々しい光が、部屋全体を包み込むように広がった。 ﹁くははははっ、油断したな! この﹃石化の魔眼﹄を喰らっては 一溜まりも⋮⋮﹂ まあ単純に耐えることも出来ただろうけどね。 でも石化の発動直前に、こっちの﹃静止の魔眼﹄を使わせてもら った。 ボクたち以外の時間を止めて、位置を入れ替えた。 つまり︱︱︱、 ﹁⋮⋮哀れですわね﹂ ﹁なっ⋮⋮何故、無事でいられる!? それに、儂の使い魔が目の 1331 前に⋮⋮っ!﹂ オスヴァルトスが蒼褪めた顔をする。 手足の端、体のあちこちが石化していた。 自分の使い魔の魔眼だからって、その効果はもう打ち消せない。 ボクの魔眼もそうだった。 ﹃死毒の魔眼﹄とか、取り扱い超注意だったからよく覚えてる。 全身が石化するほどじゃないけど、オスヴァルトスはもう満足に 動けない。 治療術は有効だろうけど、そんな暇は与えないよ。 ﹁助かりましたわ。わたくし一人では危ないところでした﹂ ﹃構わない。一応、使い魔候補だし。それよりも、この人たちはど うする?﹄ ﹁そうですわね⋮⋮やはり、帝国へ引き渡しますわ﹂ 杖の先をオスヴァルトスへ向ける。 軽く肩をすくめたロル子は、その額をそっと突いた。 オスヴァルトスは小さな悲鳴を上げて倒れ込む。 石化した腕の一本が割れたけれど、命には別状なさそうだった。 ﹁この方が、仮にも王だったと思うと悲しくなりますわね﹂ ひとつ溜め息を吐くと、ロル子は背筋を伸ばして室内を見渡す。 もう逆らおうとする者は一人もいなかった。 1332 14 公国制圧③ 王様をブチのめした。だから明日から自分が王様だ︱︱︱、 なんて、そんな理屈が通じるはずもない。 普通なら、残った貴族からの反抗を受けて処断される。 だけど公国の戦力は、ほとんどが帝国への侵攻に向けられていた。 その戦力は壊滅して、敗残兵となってまだ帰国の途中。 残っていたのは文官や、戦場に出ずに済む高い地位にあった者ば かりだ。 あるいは、王から疎まれていたり、無視されていたり。 王が討たれても、むしろ嬉々としてロル子を歓迎する者が多かっ た。 ﹁此度の偉業、公国はおろか、大陸の歴史でも類を見ないものかと。 真の英傑であられるヴィクティリーア陛下にお仕えできること、こ の上ない光栄であります﹂ ﹁わたくしは王位に就いてはいないのですけれど⋮⋮﹂ ﹁おお、これは失礼を。つい自分の希望が口に出てしまいました。 これも溢れる忠義故のこと、なにとぞお許しくださいませ﹂ 歯の浮くような台詞を並べ立てて、跪いた騎士がさらに深く頭を 下げる。 真っ先に味方宣言をしに来たのは、ボクも以前に会った騎士団長 1333 だ。 亀魔獣騒動の時に、手柄に拘ってた人だね。 今回も王都に残されていて、城の警備責任者になっていた。 騎士団長から警備隊長になったってこと? つまりは降格? まあ、そこらへんの細かい事情は知らない。 何にしても長いものに巻かれる性格なのは間違いなさそうだ。 ある意味では、とても信用できる。 新しい王に取り入って良い地位を得たい、って目論見が丸分かり だ。 ロル子も、そこらへんはすぐに見抜いたらしい。 そっと溜め息を吐いたのを隠して、騎士団長に笑みを向ける。 ﹁協力は嬉しく存じます。まずは城内や街の混乱を治めねばならな いのですけれど、頼りにしてよろしいかしら?﹂ ﹁はっ、無論です。許可さえいただければ騎士団をまとめ、対処に あたりまする﹂ ﹁では、お願いいたしますわ。グローナズドヴィンケル卿には、こ の国の重鎮として働いていただきたいと思っておりましたの﹂ 騎士団長は嬉しそうに再び頭を下げる。 それにしても、グローナズドヴィンケルって⋮⋮、 この人、そんな長ったらしい名前だったんだ。逆に覚えやすいか も。 一応は以前も兵士をまとめていたし、治安維持くらいには役立っ てくれそうだ。 1334 ただ、ちらちらと黒甲冑姿のボクを睨んでくるのが気になる。 ﹁ところでヴィクティリーア様⋮⋮そちらのバロール殿は、何故こ こにいるのか、尋ねてもよろしいでしょうか?﹂ 手柄を取られるのを気にしているのかな? 以前も、そんな感じで絡んできたし。でも余計な心配だよ。 ﹁バロール様には、わたくしの護衛をお願いしております。彼の実 力は、卿も目撃しておられるでしょう? いまはなにかと不穏な時 ⋮⋮もっとも、長居していただくつもりはございません。この国の ことは、この国の者で行うべきですから﹂ ﹁それを聞いて安心いたしました。では某は、己の務めを果たしま す﹂ 騎士団長は一礼して去っていく。その顔には晴れやかな笑みが浮 かんでいた。 ほんと、分かり易い人だ。 しばらくは信用できるだろうけど、頼りにするのは危ないと思う。 ロル子もまた苦労しそうだ。 ﹁バロール様﹂ ん? なんだろ? ロル子に呼ばれて、黒甲冑の首をそちらへ向ける。 ﹁軽視するような発言をしてしまい、申し訳ございません。彼には ああ言っておいた方がよいと思ったものですから⋮⋮﹂ 1335 ﹃気にしてないよー﹄ 軽く手を振って宥めておく。 実際、まったく問題ない。状況が落ち着いたら去るのも事実だし。 この公国が平和になってくれれば、魔境にいても安心できる。 魔境から最も近い港町でもあるから。 そのためもあって、ロル子に味方したんだし。 ﹃帝国軍が来るまでには、混乱もおさまるかな?﹄ ﹁なんとか鎮めてみせますわ。これ以上の争いは、誰も幸せになり ませんもの﹂ 小さな拳を握って、ロル子は力強く決意を述べる。 豪華な金髪縦ロールも一層輝いているみたいだ。 だけど、とも思う。 国の命運とか、そんな重い物を子供が背負わなくてもいいのに。 だからといってボクが肩代わりできる訳でもないんだけど。 誰か、支えてくれるような人はいないものかな。 帝国軍が到着するまで、あとおよそ十日ほど。 その間に公都を治めておくのが、ボクたちの役割だ。 そこからの政治的なあれやこれやは、帝国と話し合って決めるこ 1336 とになる。 逆らう者が出るたびに制圧!、って事態も覚悟していた。 だけどそうはならなくて、ロル子は一安心している。 コルラート先生が頑張ってくれたらしい。 ﹁これで街の代表者も、ほとんどが協力を約束してくれましたわね。 さすがはコルラート先生ですわ﹂ ﹁いえいえ。御二方の活躍があってこそです﹂ 城の執務室で、ボクたちは一時の休憩を取っていた。 ソファに腰掛けて、コルラート先生を歓迎する。 この人とも、以前の亀騒動で会って、少しだけ話をした。 物腰が柔らかくて、話しやすい人だったのを覚えている。あの時 も街の人をまとめてリーダー役になっていたっけ。 今回の戦争では、魔術師部隊の一員として従軍を命じられていた らしい。 でも無視して、自分の研究室に篭もっていた。 王命に逆らったのだから、縛り首になっていてもおかしくなかっ たはずだ。 だけどどうやったのか、上手く誤魔化していたそうだ。 ﹁バロール殿の活躍は、住民の多くが目撃しております。ヴィクテ ィリーア様に関しましても、横暴な王を討ってくれたと、とても大 勢の者が喜んでおりました﹂ ﹁わたくしは大したことはしておりませんわ﹂ 1337 ﹃こちらも同じだ。あまり誉められても困る﹄ ﹁御二人とも謙遜がお好きなようで。しかしもっと胸を張って、私 など顎で使ってくださっても構わないのですよ﹂ なんていうか、貴族の妙なプライドとは無縁の人だね。 ロル子の先生でもあるみたいだし、今後も頼りになってくれそう だ。 ﹁それに、私も少しは役に立っておきませんと。バロール殿ばかり に苦労を掛けては、シェリー殿に怒られてしまいます﹂ ﹃妹にも伝えておこう。コルラート殿にまた世話になったと﹄ ﹁それこそ世話というほど大したものではありません。ですが、シ ェリー殿とまたお会いできるのなら︱︱︱﹂ 不意に、コルラート先生が眉根を寄せた。 その気配をボクも感じ取る。背後に控えていた一号さんも静かに 体勢を変えた。 部屋の入り口へ目を向ける。 やや間を置いて、ドアが乱暴に開け放たれた。 ﹁見つけたぞ、逆賊ども!﹂ 入ってきたのは、十名ほどの男達だ。 剣を構えた男が数名と、白い法衣を着た男が三名ほど。 逆賊とか言ってるけど、そっちは不法侵入者だよね? 1338 ﹁黒甲冑、貴様が神敵なのは分かっている! 大人しく裁きを受け ろ!﹂ 後方にいる法衣の男たちが、懐から小さな石を取り出す。 白く輝く石だ。魔力の気配もある。 それが、ボクたちへ向かって投げられて︱︱︱、 ﹁ご主人様?﹂ ﹃いいよ。ここは専守防衛で、ボクが片付ける﹄ 迎撃しようとした一号さんを止めて、短い遣り取りをする。 その直後、投げられた石が弾ける。 広がったのは真っ白な光。 ﹃懲罰﹄の輝きが、室内を覆い尽くした。 1339 15 公国制圧④ ステータス表記にある﹃カルマ﹄︱︱︱。 これに関しては、ずっと謎のままだった。 なんとなく、悪いことをしたらマイナスになるんじゃないかな、 という程度だ。 その推測にしても矛盾がある。 だって、ボクは何も悪いことはしていない。 なのに、マイナス方向にブッチ切りで突き抜けている。 これはおかしい。 うん。反論は認める。 ともかくも、そのカルマの謎が最近になって少し解けてきた。 エルフの里の人々、ザイラスくんやマリナさん、色々な人と接し たおかげだ。 あれこれと話すついでに、カルマについても教えてもらった。 悪いことをしたらマイナス修正される。 これはまず間違いないそうだ。 だから犯罪者対策なんかにも、﹃懲罰﹄系スキルは重宝される。 兵士の出世条件は﹃懲罰﹄を使えること、なんて話もあった。 逆に、善行を積むとカルマはプラスへ向かう。 人間なら っていう部分が問題だった。 それと、ただ生きているだけでも普通の人間ならカルマはプラス になる。 だけどこの 1340 人類種以外、つまりは魔獣やそれに類する生き物︱︱︱、 それらの種族は、生きているだけでカルマはマイナスへ向かう。 また成長すればするほど、そのマイナスは積み重なっていく。 当然、ボクも人類種以外に含まれる訳だ。 だから﹃懲罰﹄系スキルに弱い︱︱︱というのは、過去の話。 ﹁な、何故だ!? どうして邪悪な貴様が、この﹃聖結界﹄の中で 動ける!?﹂ 襲撃者が黒甲冑を睨む。 でも構わずに、掴んだ首を捻り上げていく。 ﹁バカな⋮⋮罪人ならば悶絶死するほどの﹃懲罰結界﹄だぞ!﹂ ﹁こんな禍々しい奴が平然としていられるはずが⋮⋮っ!?﹂ 驚く顔を確かめてから、残った襲撃者を片付けていく。 殴ったり、蹴ったり、小毛玉から﹃麻痺針﹄を飛ばしたりと。 簡単なお仕事だった。 ﹁いやはや、さすがですね﹂ ﹁助かりましたわ。バロール様、ありがとう存じます﹂ ﹃この程度、俺がいなくても問題なかったはず﹄ たぶん、ロル子一人でも片付けられた。 そもそも部屋に乱入される前の段階でも倒せたんだよね。 1341 周囲は小毛玉で警戒しているから、廊下から来る連中も丸見えだ った。 撃退が遅れたのは、正当防衛の形を取った方がいいかなあ、と思 ったから。 それと、﹃懲罰﹄に耐えられるっていうのも示したかった。 どうもボクは、黒甲冑姿でも周囲の人間に怖がられるみたいなん だよね。 禍々しいとか、邪悪だとか、そんな印象を与えるらしい。 これもカルママイナスの影響だ。 犯罪者なんかも、そういった気配に敏感な人間には察知されるそ うだ。 ボク一人なら、べつにどう思われても問題ない。 だけどいまは、ロル子の護衛についている。 周囲への印象も気にした方がいいのかなあ、と思ったり思わなか ったり。 ﹃懲罰﹄に耐えてみせれば、一応は善人だっていう証明になる。 実際は﹃唯我独尊﹄スキルの恩恵だけど。 これから人間と関わる機会が多くなりそうだし、試したかったっ ていうのもある。 対抗スキルって言っても、絶対とは限らないからね。 カルマのマイナスっぷりが酷いと、それだけ﹃懲罰﹄の影響も大 きい。 実際、いまも少し痺れてたから。 今回は大丈夫だったけど、やっぱり﹃懲罰﹄系に対する時は油断 できない。 1342 我ながら、慎重すぎるかなあ、とも思う。 こういう考え方はたぶん、アレだね。 サガラくんが呪いを受けて倒れたって聞いたから。 邪龍との戦いで弱っていたところを、遠隔地からの呪術でやられ たらしい。 そんな話を聞いちゃうと、どれだけ戦闘力が高くても油断できな くなる。 今回は、確実に安全って言える状況でもあったからね。 ﹃懲罰﹄なんて効かない一号さんもいたし。 だから襲撃者たちには、実験台になってもらった。 ﹃あとは尋問だけど、どうしよう?﹄ 倒れた襲撃者たちは、一号さんが魔法の縄で縛り上げた。 いつもならメイドさんズに尋問を頼むところだ。 でもいまは一号さんしかいない。 ﹁後は、わたくしどもに任せてくださいませ。この国の問題ですも の﹂ ロル子が兵士を呼んで、襲撃者たちは引き摺られていく。 まあ細かい調査とかは任せていいか。 裏で誰かが糸を引いているとか、新事実が分かったら聞かせても らおう。 兵士たちが部屋を出て行くのを見送って、ボクたちは席に戻る。 一号さんも部屋の端へ戻って、申し訳無さそうに一礼した。 無言だけど気にしているらしい。 1343 自分たちで尋問できなかったことを。 ﹃気にしないでいいよー﹄ 一号さんだけに見えるよう、魔力文字で宥めておく。 でもコルラート先生は気づいて首を傾げた。 ﹁どうかなさいましたか?﹂ ﹃いや、こちらの話だ。人手不足だと思ってな﹄ ﹁⋮⋮なるほど。バロール殿はあの島に屋敷を構えているのでした な。すぐに人を呼ぶという訳にもいきませんな﹂ しかしこの先生もロル子も、あらためて考えると凄いね。 襲われた直後だっていうのに平然としている。 それとも、お貴族様って命を狙われるのが当り前なのかな? だとしたら、人間の世界もけっこう殺伐としているってことか。 魔境と変わらない? いや、さすがにそこまではないか。 ﹃転移魔法でもあればいいのだが﹄ ﹁それは多くの魔術師にとっても夢ですな。私も若い頃は研究して おりました﹂ ﹁コルラート先生がそんな研究を?﹂ ﹁ええ。当時は随分と熱を入れておりました。まあ、もっと情熱を 注げるものに出会って、結局は諦めたのですが⋮⋮﹂ 1344 そんな話をしながらお茶を啜る。 敗戦した国の首都だっていうのを忘れるくらいに、平穏な空気が 流れていた。 城での襲撃を退けてからは、まず平穏と言っていい日々が続いた。 夜中に一号さんが暗殺者を撃退したり。 ロル子に求婚してきた貴族がいたり。 街に近づいてくる竜が三匹くらいいたけど、大した問題にはなら なかった。 求婚してきた貴族は滅んだし、竜もまとめて素材になった。 バロールさんの一睨みで解決でした。 そうして十日が過ぎて、帝国軍が到着する。 侵攻部隊というよりは占領部隊だ。 公都の扉は大きく開かれて、戦いは起こらず、帝国軍を迎え入れ た。 ﹁いやはや、本当に一人で一国を陥としちゃうとは。ビックリだよ﹂ ﹁片桐くん、実はサガラくん並の戦闘力?﹂ ﹃ここではバロールさん﹄ 1345 ﹁おっと、そうだったね。バロール様、お疲れ様であります!﹂ マリナさんが大袈裟に敬礼する。 ザイラスくんも同じように敬礼して苦笑していた。 そんな二人だけど、勇者の仲間として、帝国内ではかなりの発言 力を持っている。 今回の件についても、上手く話をつけてくれたみたいだ。 二人がいなかったら、また余計な戦いも起こっていたかも知れな い。 あとは、ロル子やコルラート先生が交渉するだけだ。 降伏条件とか、今後の公国の在り方とか、細かい話になる。 まあ、ボクは関わらずにお任せだね。 一応は護衛として同席するけど︱︱︱、 ただ、ひとつ気になることもある。 帝国軍と一緒に来たのは、ザイラスくんたちだけじゃない。 以前に会った、公国の第四王子も連れて来られていた。 1346 16 公国制圧⑤ 部屋の中央に長い机が置かれている。 応接室というよりは、ボクのイメージだと会議室だね。 そこで帝国軍と公国の代表が向き合って座った。 公国側は、ロル子とコルラート先生を中心に、あとは数名の文官。 ボクと一号さんは護衛役として、部屋の端で事態を見守る。 帝国側は騎士が数名。代表の人は、モブルング卿って呼ばれてい た。 前の戦いでちらりと会った、ロル子と知り合いだっていう人だ。 ザイラスくんとマリナさんも同席している。 先王が それと公国の第四王子も、小さな別席が用意されてそこに座らさ れた。 ﹁まずは今回の戦いに関して、お詫びを申し上げます。 不誠実にも貴国へ攻め入ろうとしたこと、わたくしどもも遺憾に思 っておりますわ﹂ ロル子が切り出した謝罪の言葉に、帝国側はやや虚を突かれた表 情をしていた。 だけど同時に安堵も漏れる。 今回の戦争は、公国側が全面降伏した形だ。 それでも解決へ導いた立役者であるロル子も、また公国側に立っ ている。 1347 帝国側は、謂わば 勝たせてもらった だけだ。 だから交渉でも公国側が強気に出る余地があるのでは︱︱︱、 そんな危惧もあったのだろう。 ﹁御言葉、確かに承った。不幸な争いが早期に終わったこと、我々 も嬉しく思っておりまする﹂ 帝国側が表情を緩めて挨拶を返す。 そうして交渉が始まった。 領土の線引きやら賠償金やら、話し合う事柄は山ほどある。 下手をすれば公国そのものが消えてしまうのでは、とロル子は心 配していた。 でも帝国としても、そこまで公国を追いつめるつもりはなかった。 いまの公国に余裕がないのは分かりきっている。 それに帝国も、他国との戦いを続けているから早く戦線を縮小し たい。 大筋では、両者の思惑は一致していた。 和平条件で歩み寄れる部分も大きくなる。 ﹁では、戦費補填の支払いは十年後から始めるということで⋮⋮﹂ ﹁新たな城砦の建築も了承いたしますわ。ただ、この街での駐屯地 の方は場所の問題が⋮⋮いえ、受け入れ自体はむしろ歓迎したいの です﹂ ﹁城下外でも構いませぬ。こちらとしても民に恨まれるのは避けた いところですな﹂ 1348 まずは互いを探り合いながら、簡単な部分から取り決めを交わし ていく。 その間、ボクはぼんやりと突っ立っている。 正確には、黒甲冑の中で浮かんでいるけれど。 ともかくも暇だ。やることがない。 こういう国の一大事を、ロル子みたいな子供に任せるっていうの もどうかと思う。 だけどボクが口出ししても、場を混乱させるだけなのは分かりき っている。 まあ、顔は見えないんだから多少はだらけても︱︱︱む? ﹁私たちなんかは暇だよねえ﹂ 小毛玉のひとつがマリナさんに捕まった。 というか、手招きされたからこっそり近づいたんだけど、向こう も退屈していたらしい。 周囲の目を避けつつ、密かに雑談を交わす。 ﹃この世界の神官って、政治とかにも関わっていそうだけど?﹄ ﹁ああ、そういう人たちもいるねえ。生臭坊主ってやつ?﹂ ﹃坊主じゃないけどね﹄ ﹁ハゲたおっさんも多いよー。あと、エロ坊主。子を成すのは大地 母神への信仰ー、とか言ってたり。潰してやったけどねー﹂ ﹃けっこう過激派?﹄ 1349 ﹁ふつーふつー。神官も命懸けだから﹂ くすくすと、マリナさんは笑う。 そうやって時間を潰している内に、交渉は重要な部分へ移ってい た。 ﹁ところで⋮⋮ヴィクティリーア様は、公王の位に就かれるおつも りですかな?﹂ 本当なら、真っ先に確かめなきゃいけない部分だろう。 だけど重要なだけに問い掛け難い話でもある。 いまの状勢だと、ロル子が王様になっても文句を言える人は少な い。 先王の暴挙を止めたっていう大きな功績がある。 は欲しい でも帝国としては、少々歓迎できない事態でもあるのかな。 なにしろロル子は有能すぎる。 保険 従属国の王としては、少しくらい無能な方がいい。 帝国寄りの立場を明言しているけど、それでも ところだ。 王位に就くのなら、帝国貴族の誰かと婚姻を︱︱︱、 そんな話も出た。 ﹁わたくしに王位は重いと考えております。公国を支え、帝国との 架け橋となりたい。この立場は変わりませんわ。ですが、まだまだ 力不足な子供であることも弁えております。婚姻となると、決断を するにも時間が掛かります。いっそのこと、しばらくの間は玉座が 空位でも構わないとも考えておりますわ﹂ 1350 王様なんていなくても、なんとかなりそうではあるんだよね。 いまだって、ロル子が中心になって公国は動いているし。 だけど帝国もここは譲れないところだ。 傀儡王を置こうと、次々と提案をしてくる。 ﹁トールビョラン殿に王位を任せるというのは如何でしょう?﹂ んん? トールビョラン? 誰だっけ? ああ、第四王子だ。 ボクが泣かせて、お漏らしさせた我が侭っ子だね。 様 呼びなのに、第四王子が 殿 ってところにも軽 いまは部屋の隅にある席で大人しくしている。 ロル子は 視を感じるね。 ﹁それは⋮⋮﹂ ﹁そしてヴィクティリーア様には、是非とも帝国で留学の続きをな さっていただきたい。我が国で爵位を授かれるよう、某からも陛下 へ進言いたします﹂ これはアレかな? ヘッドハンティング? だけど公国の力を削ろう、っていう意図とは違う気がする。 モブルングさんの表情を見ると、好意からロル子を迎えたいみた いだ。 これにはロル子も戸惑っている。 ﹁私も頼みがある﹂ 唐突に口を開いたのは第四王子だ。 皆、そちらへ注目する。ほとんど存在を忘れ掛けていた。 1351 近くにいた側近の騎士が慌てて止めようとする。 きっと発言すら許されないような立場だったんだろうね。 だけど第四王子は周りを無視して立ち上がると、ボクの方を睨ん だ。 ﹁無礼は承知の上だ。しかし我慢できぬ。そこのバロール殿に、是 非、私と立ち会ってもらいたい!﹂ えー⋮⋮これって、どういう状況? 相手の意図が読めないんだけど。 ボクって立ってるだけでよかったはずだよね? あ、ロル子も困惑している。 帝国側の面々も慌ててばかりだ。 ﹁一太刀勝負で構わん。貴様に敗北してから、私は稽古に励んでき たのだ。あの時の屈辱を晴らさん限り、一歩も進めんのだ!﹂ とか吠えられても、ねえ? 相手はロル子と同い年くらいの子供だし、対処に困るよ。 なんか周りの大人たちも、ボクにどうにかしろって視線を向けて くるし。 ここは帝国の失態として、上手く利用して交渉を進めるべきじゃ ない? あ、公国の王子でもあるんだっけ。 もう面倒くさいなあ。 ﹃剣を﹄ 1352 部屋の隅にいた護衛騎士に伝えて、剣を貸してもらう。 ボクが手招きすると、第四王子は緊張した面持ちで頷いた。 互いに剣を持って向き合う。 さすがにこの段階になると、周りから制止する声も上がった。 ﹃余興だ。構わん﹄ ボクは一応、剣を構えて立つ。 ほとんど無防備に見えるだろうね。だって剣の扱いなんて知らな い素人だし。 対して第四王子は、それなりに様になっている構えだった。 真剣な顔をして、自分を落ち着けるように静かな呼吸を繰り返す。 でも、膝は小刻みに震えていた。 ﹁い、行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!﹂ 剣が振り下ろされる。 それをボクは弾いて、王子の腕を掴んだ。 掴んだ腕を捻り上げると、そのまま兜を近づける。 ちなみに兜の中には小毛玉がひとつ。 僅かに空いた兜の隙間から、光る眼光が睨みつける。 ﹁ひっ⋮⋮!﹂ 王子は小さく悲鳴を上げる。 でも今回はお漏らしをしなかったし、剣もまだ握ったままだった。 ﹁わ、私の負けだ⋮⋮敗北を、認める⋮⋮﹂ 1353 解放すると、王子はへなへなと尻餅をつく。 慌てて側近たちが駆け寄った。 王子は蒼褪めた顔をしていて、しばらくは立てそうもない。 だけど︱︱︱、 ﹁ははっ⋮⋮やった、やったぞ! 奴に立ち向かうことが出来た!﹂ 満足げに笑みを浮かべて、弾んだ声を上げていた。 1354 17 ロル子との別れ⋮⋮? 公国の王位には、第四王子が就くことが決まった。 あんな子供で大丈夫なのかな?、と思わなくもない。 だけど関係者で話し合っての結果だし、ボクは口出しする立場で もなかった。 ロル子も納得していた。 だから、いいんじゃないかなあ、と。 そのロル子は、帝国へと赴いて留学の続きをする。 公国での爵位を持ったまま、いずれは客将になるのを期待されて いた。 ﹁悪く言えば、また人質の立場ですわね。けれど良く言えば、帝国 で身を立てる機会を得られたのですわ。この国のために働くことは、 何処にいても出来ますもの﹂ ﹃たくましいね﹄ 本当に感心する。ロル子の心意気は、大人だって顔負けだと思う。 国ひとつを変えちゃったし。 間違いなく、歴史に名を残したと言える。 ボクも手伝いはしたけど、そうでなくとも結果は変わらなかった んじゃないかな。 ﹁ともかくも、これで一段落ですわ﹂ 1355 ﹃うん。あとは偉い人に任せればいいよ﹄ いまボクたちは、お城にある私室でのんびりとした時間を味わっ ていた。 時間は昼過ぎ。午後の優雅な一時、ってところだ。 毛玉姿でソファに転がっている。 行儀が悪いと言う人も、ボクの姿に驚く人もいない。 一号さんも控えているので、誰かが来たらすぐに知らせてくれる。 ロル子も対面のソファに腰掛けていた。 ﹁あの⋮⋮よろしければ、こちらへ来ませんか?﹂ 隣の席を、ロル子が目線で示す。 んん? 構わないけど、なんだろ? 秘密の話でもあるのかな? とりあえず席を移動。 ソファは広いし、ロル子も小柄なのでゆったりとできる。 で、なにか話でもあるんじゃないの? ロル子を見るけど、手を組んでもじもじとしているだけだ。 ﹁えっと⋮⋮その、撫でても構いませんの?﹂ ﹃いいよー﹄ そんなことで躊躇ってたのか。気にしなくていいのに。 だけどまあ確かに、相手が人間だったら﹁撫でていい?﹂って聞 くのはハードル高いかもね。場合によっては失礼か。 1356 ボクだって意識は人間のつもりだけど、この毛玉体にも随分と馴 染んできた。 大雑把になっている部分はあるのかも。 べつに幼女に撫でられて喜んでるワケじゃない。うん、ホントに。 小さくて温かい手の感触は悪くないけどね。 ﹁⋮⋮もうじき、お別れなのですね﹂ ロル子がぽつりと言う。 まあ、そうだね。この国での騒動にも一応の決着がついた。 もう居続ける理由もない。 帝国軍も、ある程度の部隊を置いて撤退する。 ロル子も一緒に帝都まで向かう予定だ。 その時点で、お別れだね。しんみりとした気分になるのも分かる。 だけど、あんまり深刻になる必要もないんじゃないかな。 ﹃また、いつでも会えるよ﹄ 何処かで聞いたような台詞を返す。 でも実際、そうだから。 ロル子には、偽使い魔として高性能茶毛玉を持っていかせるつも り。 茶毛玉って言っても黒く塗るんだけどね。ややこしい。 ﹁わたくしは、貴方を見つけて保護することをずっと考えておりま した﹂ ﹃うん? それはもう解決したよね?﹄ 1357 ﹁⋮⋮ですが貴方には、わたくしの保護など必要なかったのです。 むしろわたくしの方が庇護され、助けられて⋮⋮この恩をどうやっ て返せばよいのか分かりませんの﹂ むぅん。やっぱりロル子は真面目だね。 恩とか、そんな風に考えなくてもいいのに。 でもそういうロル子だから、ボクも味方する気になった。 このまま素直に成長して欲しいね。 って、ボクが偉そうに言うのもおかしいんだろうけど。 ﹁貴方は⋮⋮バロール様は、これから何を望まれるのでしょう?﹂ ﹃そうだねえ⋮⋮﹄ とりあえず、公国と帝国が安定してくれるのは望ましい。 大陸での争いが、魔境まで飛び火するのは避けたかった。 だけど、望みって言われると違う気もする。 ああ。前にもこんな風に悩んだっけ。 これからボクは、どうしたいのか? まだ答えが出ていないんだ よね。 あ、そうだ。 ﹃一緒に考えてくれない?﹄ ﹁え⋮⋮? それは、これからのことを、という意味でしょうか?﹂ ﹃島でのんびり過ごせればいいとは思ってる。だけど、ただ時間を 1358 潰すのも違う気がする﹄ 子供に相談するのも、どうかとは思う。 だけど意外とすんなりと言葉が出てきた。 ロル子はしばらく目をぱちくりとさせて、こちらを見つめていた。 ﹁あの、もしかして⋮⋮今回の戦いを手伝ってくださったのも、そ れだけの理由なのですか? のんびりと過ごすというだけで⋮⋮?﹂ ﹃そうだけど? あとの理由って言えば、なんとなくかな﹄ ﹁なんとなくって⋮⋮あ、いえ、ですがあの島の安全を考えておら れるのでしたら、他にも手はあったのでは? 例えば中立でも、バ ロール様ほどの力があれば、帝国でも東方連合とでも交渉は上手く 進められたはずですわ﹂ ロル子からの問い掛けに、ボクはそっと目を逸らす。 うん。そこまで深く考えてなかった。 所謂、戦略的思考っていうやつ? そんなものをボクに求めない でほしい。 少しは先を考えたりもするけど、国家を支える軍師とかじゃない んだから。 基本は行き当たりばったりだよ。 自分で言ってて認めたくなくなってくるけど。 ﹁⋮⋮わたくしには、バロール様の望みは分かりませんけれど﹂ 小さな手が、繰り返し黒い毛並みを撫でる。 そうしながら、ロル子は優しげに微笑んでいた。 1359 いつもの緊張した、大人びた表情とは違う。子供っぽさが滲んで いる。 ﹁心のままに為されればよろしいのですわ。もしも助力が必要にな りましたら、わたくしも微力ながらお手伝いさせていただきます﹂ ﹃恩とか、本当に考えなくていいからね?﹄ ﹁ふふっ、その言葉だけありがたく受け取らせてもらいますわ﹂ 結局、ボクが自分で決めるしかないってことだね。 だけどこうして話すのは悪い気分じゃない。 あんまり深刻に悩んでたワケでもないけど、心が軽くなった気が する。 ﹃まあ、いつか助けてもらうってことで﹄ ﹁はい。けっして約束は違えませんわ﹂ 軽く受け流してくれてよかったのに。 ほんと、どこまでも真面目なんだから。 でもやっぱり、そこがロル子のいいところなんだろうね。 そうしてボクたちはソファに身を預けたまま、ゆったりとした時 間を過ごす。 一号さんがお茶を入れ直してくれたり、お菓子を持ってきてくれ たり。 ロル子が毛繕いをしてくれたり。 だらけきっている気もする。でもまあ、偶にはこういう時間も悪 1360 くない。 いつの間にか、部屋には夕陽が差し込んできていた。 ソファで眠ってしまったらしい。 ロル子も、ボクを枕にして静かな寝息を立てていた。 無防備だけど、涎を垂らしていないあたりは育ちの良さを窺わせ るね。 ともかくも、そっとしておきたいところだけど︱︱︱、 ﹁ご主人様、よろしいでしょうか?﹂ 一号さんが問い掛けてくる。 ボクが目を覚ましたのは、ロル子が重かったからじゃなくて、一 号さんに揺り起こされたからだ。 ﹃ん、なに?﹄ ﹁警戒用の茶毛玉が、人影を捉えました﹂ この公国周辺には、かなりの広範囲に警戒網を敷いてある。 そこに怪しい人影が引っ掛かったってことかな? でもわざわざ眠っているボクを起こすなんて、一号さんにしては 珍しい。 ﹃人影って、どんな?﹄ ﹁こちらへ向けて、高速で飛行中。恐らくは魔族です﹂ 映像を浮かべながら、一号さんは続ける。 ﹁そして帝国からの情報を信じるならば、これは例の、新しい魔王 1361 かと﹂ ⋮⋮は? え、ちょっと待って。 なんで魔王がここに? どういうこと? えっと⋮⋮ともかくも、のんびりしていられる状況じゃなさそう だ。 1362 18 魔王襲来① 急いで黒甲冑を着込む。 ロル子には、小毛玉をひとつ預けて待機していてもらう。 そうしてボクは一号さんを連れて、ザイラスくんの所へ向かった。 帝国軍の会議中だったけど構っていられない。 見張りの兵士を押し退けて、会議室に踏み入る。 扉を開けるなり、席に座っていた帝国騎士の面々が立ち上がって 剣を抜いた。 わぁお。すごく訓練されてる。 だけどここは争っている場面じゃない。 ﹁待て! 片桐⋮⋮いや、バロール殿、説明を﹂ ﹃魔族が迫っている。数は一名、例の新魔王の可能性がある﹄ ざわり、と室内に動揺が広がる。 真偽は不明だとしても、魔王って言葉は警戒を促すのに充分だっ たらしい。 ボクは一号さんに手招きして、偵察映像を映してもらう。 高性能茶毛玉は、捉えた相手の抱える魔力や、ある程度の戦闘力 は判断できる。 そこに映った女魔族は、長く綺麗な銀髪で、肌は病的なほどに白 かった。 1363 小さく曲がった角も生えている。 きっとボクでも一度会ったら忘れないくらいに特徴的だ。 でもそれは魔王かどうかは、ちょっと判断できない。 だけどザイラスくんは、一度会っていると以前に語っていた。 ﹁⋮⋮間違いない、彼女だ。魔王アデーレ⋮⋮!﹂ どうしてここに、とザイラスくんが呟く。 その点はボクも疑問だった。 帝国と公国の争いに介入するため、というのも考え難い。 魔族領からは離れているし、帝国を追い詰めるためだとしても介 入する利点は少ない。 軍も連れず、一人で出てくるっていうのも非常識︱︱︱、 いやまあ、ボクも人のことは言えないから、その点は置いておく として。 彼女は、ボクを探し出すのに執念を燃やしていた。 だとしたら、ここに来た狙いも同じ? だけどボクの情報は、まだ帝国でも極一部にしか知られていない はず。 ザイラスくんの驚いた反応からすると、予定外だったのは間違い なさそうだ。 ﹁考えられるのは⋮⋮何処からか、情報が漏れたとしか⋮⋮﹂ まあ、そういうことかな。 推測は色々とできるけど、原因究明も後回しにするしかなさそう だ。 1364 ﹃大貫さんで、間違いないんだよね?﹄ こっそりと、小さな文字で尋ねる。 事態もややこしくなって、バロールさんの威厳を保つのも難しく なってきたかな。 やっぱり毛玉でもいいからのんびり過ごしたい。 と、また思考が逸れた。 ﹁ともかくも自分とマリナさんが出るよ。話くらいは聞いてくれる はずだ。それでも止まらなかった時は、頼みたいんだけど⋮⋮﹂ ﹃分かった。プランBで﹄ 以前に話し合いをして、いくつか作戦は考えてあった。 本来なら、大貫さんを誘い出すところから始める予定だったけど、 こうなったら流れに任せるしかない。 相手の出方次第だけど、戦いも有り得るだろうね。 上空で、新魔王こと大貫さんが止まる。 その視線の先では、ザイラスくんが空中で静止している。 公国首都から少し離れた森林地帯で、ボクたちは大貫さんを待ち 構えていた。 1365 マリナさんも一緒に来たんだけど、彼女は自力だと空を飛べない。 だからいまは、すぐ下の森で様子を窺っている。 隠れている、って言った方が的確だ。ボクと一緒に。 事前に、マリナさんが隠蔽の魔術を施してくれた。 まずは話し合いをして、大貫さんの目的を知っておきたい。 帝国と魔族はいま敵対している。 だから、魔王が単身で現れたとなれば討ち取りたいところだろう。 ザイラスくんもマリナさんも一応は帝国所属なので、いざとなれ ば戦う覚悟はできているそうだ。 だけどまだ、それは避けられる余地がある。 戦うにしても、場所と状況は選びたい。 そんな考えを基本に、今回の作戦は立てられた。 ﹃マリナさんは、後方にいてもよかったのに﹄ ﹁ううん。私も戦えるよ。これでも防御や治療系はかなりの腕前な んだから﹂ ﹃酔い止めの魔法とかないの?﹄ ﹁こ、今回はそんな話じゃないでしょ! 船にも乗ってないし、お 酒だって飲んでないんだから! それよりも、ほらあっち!﹂ マリナさんが頭上を示す。 木陰の隙間から、上空にいる二人が近づいているのが見て取れた。 ﹁久しぶりだね、アデーレさん。いまは魔王様って呼んだ方が⋮⋮﹂ 1366 ﹁五十鈴くんは何処?﹂ ﹁待ってくれ。まずは話を﹂ ﹁さっさと答えなさい! ここにいるのは分かってるのよ!﹂ 全身から魔力を溢れさせて、大貫さんは吠える。 その周囲に、氷で作られた無数の槍が浮かんだ。 ああ。これはもう話し合いとかの段階じゃない。 いきなり攻撃してこなかっただけでも、自重したって言えるくら いだ。 攻撃態勢には入ってるんだけどね。 やっぱりここは、プランBしかなさそうだ。 ﹁わ、分かったよ。片桐くんなら、すぐそこにいるから⋮⋮﹂ ザイラスくんは距離を取りつつ、手にした杖をブンブンと振る。 片桐五十鈴 の姿を取る。 合図を送られるまでもなく、ボクは﹃変異﹄を発動させた。 その姿を、横にいるマリナさんにも確認してもらってから、森の 上へと向かった。 ボクが浮かび上がると、すぐに鋭い眼差しが注がれる。 ﹁ぁ、っ⋮⋮!﹂ 大貫さんが悲鳴にも似た小さな声を上げた。 鮮血みたいに赤々とした瞳が、こちらをまじまじと見つめてくる。 1367 ああ。間違いなく大貫さんだ。 もちろん色は違っているけど、その眼には見覚えがある。 ﹁五十鈴くん⋮⋮?﹂ ﹁うん。ひさしぶり﹂ ボクは軽く手を振って近づいていく。 なるべく穏便に。まずは話し合いから入るのが、作戦の基本方針 だ。 大貫さんはその場から動かない。息の呑んで、ボクを見つめ続け る。 だけど、急にその顔を俯かせた。 ﹁⋮⋮っ、ぁう⋮⋮﹂ んん? 小声でよく聞き取れなかった。 えっと、なんだろう? 妙に剣呑な気配を感じるんだけど︱︱︱。 ﹁違う! 違う違う違う違う違う違う! 誰だ、おまえはぁっ! 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ!? 五十鈴くんの真似をして! そん なもので私を騙せると、欺けるとでも思ったの!? ふざけるな! その姿を穢すなぁっ!!﹂ いきなり吠えた。 目を血走らせた大貫さんは、荒々しく腕を振るう。 魔力が迸り、浮かんでいた氷槍が撃ち出された。 標的は、睨みつけられたボクだ。 1368 なんで?、とか思っている暇もない。﹃衝破の魔眼﹄を発動。 向かってくる氷槍をまとめて砕き散らす。 だけど人間形態だったこともあって、魔眼の威力がやや落ちてい た。 さらに氷槍は、砕けてもこちらへと飛んでくる。 無数の氷を避けようと、ボクは飛び退いた。 ﹁逃ぃがぁぁぁすぅかぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!﹂ 怨念じみた声とともに、大貫さんが突撃してくる。 凄まじい速度で。音速を超えてるんじゃないかっていうくらいの 勢いだ。 自分で放った氷槍の群れを蹴散らすくらいだ。 そして、勢いを落とさずにボクへと掴み掛かる。 鬼みたいな形相。なにこれ怖い。 って、怯んでいる場合じゃないよ。 ﹃静止の魔眼﹄はつど︱︱︱ぐえ。首が圧し折られた。 ﹁よくもよくもよくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉ!! その姿 はぁっ、私だけの五十鈴くんなのにぃぃぃぃぃいぃぃぃ!!﹂ ボクの首を圧し折っても、大貫さんは止まらない。 一気に地上へと落下。ボクを地面へと叩きつける。 大岩が降ってきたんじゃないかっていう衝撃が走って、広範囲に 地面が抉れた。 さらに追撃は止まらない。 1369 半分くらい地面に埋まったボクを睨んだまま、真っ赤な瞳が煌々 と光を放った。 複雑な魔力の光だ。 その光が何なのか、ボクはよく知っている。 魔眼︱︱︱そう理解した直後、ボクの体はぐちゃぐちゃに押し潰 された。 1370 19 魔王襲来② 空に浮かんだまま、大貫さんは自分の頭に爪を立てる。 ぐしゃぐしゃと、綺麗な銀髪を掻き乱す。 抉れた地面と、その場に広がった鮮血を歯軋りしながら見つめて いた。 そこにはもう人型の欠片もない。 すべて大貫さんの魔眼が潰してしまったから。 ﹁ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!﹂ 絶叫。その顔は憤怒に歪んでいる。 そして、くるりと振り向いた。 血走った目が見据えるのは、距離を置いて空中にいたザイラスく んだ。 ﹁よくも、よくもよくもぉぉぉ! 私に五十鈴くんを潰させたわね ぇっ!! いくら偽者だからってぇぇぇぇ! 許されると思うなぁ ぁぁぁぁぁああああーーー!! 再び、魔眼を発動。 ﹃重圧の魔眼﹄だ。重力崩壊を起こすほどではなくても、かなり の殺傷力がある。 しかも随分と使い慣れているのか、一点集中された破壊力は凄ま じい。 そもそも魔眼の効果は、他の魔術と比べて抗い難くて︱︱︱、 1371 けれど、ザイラスくんは事前に備えをしていた。 大貫さんが魔眼使いだと、情報も掴んでいる。 魔眼に捉えられる直前で、ザイラスくんはひとつの術式を発動さ せた。 単純な術式。だからこそ発動は早い。 辺り一帯に、黒煙が張られる。 魔眼には強力なものが多く、慣れれば瞬時に効果を得られる。 だけど弱点だってある。 そのひとつが、視線の通らない場所には効果を発揮できないこと だ。 だから、ザイラスくんは自分の姿を隠した。 大貫さんの魔眼は、黒煙の一部を歪めただけに留まる。 ﹁っ!? 隠れてんじゃないわよぉぉぉぉぉっ!!﹂ また吠えた大貫さんは、腕を一振り。同時に魔術も使っている。 衝撃波が放たれ、風の刃が舞って、黒煙を散らしていく。 ザイラスくんも身を隠しながら、雷撃の術式で迎え撃っていた。 けれどそれも散らされる。 伊達に魔王を名乗っていない。その戦闘力は侮れない。 このままだとザイラスくんが不利︱︱︱って、のんびり分析して いる場合でもなさそうだ。 うん。ボクは無事です。 ぐちゃぐちゃに潰されたのは、ボクの一部だけ。 つまりは小毛玉を﹃変異﹄させていた。 1372 プランBは、分身作戦ってことだね。 潰されて痛かったのは確かだけど、後に引きずるほどのダメージ じゃない。 ちなみに、小毛玉の﹃変異﹄する瞬間は、ザイラスくんたちには 見せていない。 分身を作る魔術っていうことで押し通した。 予定では、その分身で安心させて、そのまま話を進めるつもりだ った。 だけど、あっさりと看破された。 まさか、としか言いようがない。あるいは見事と誉めるべき? 本物のボクを知っていれば、魔力反応なんかで多少の違和感は覚 えられる。 だけど外見は、本物とまったく変わらなかったはずだ。 なのに大貫さんは一目で偽者だと見破った。 理屈は分からないけど、凄いとしか言いようがない。 あれ? でもこれって、もしかして⋮⋮? ボク本体が出て行っても、偽者扱いされちゃうんじゃ? いまは毛玉形態で黒甲冑に収まってるけど、﹃変異﹄したらまた 怒りを買っちゃう気がする。 どうしよう? って、悩んでいる暇もないね。 ザイラスくんは黒煙を張りつつ、辛うじて魔法戦で持ち堪えてい る。 だけど接近戦に持ち込まれたら、一瞬で殺されかねない。 小毛玉とはいえ、けっこう頑丈なはずなのに首を圧し折られたか 1373 らね。 素手でも、接近戦でも、大貫さんは強い。 それに立ち向かうのかぁ⋮⋮とりあえず動けなくするつもりだけ ど、ハードル高くない? いっそ﹃死獄の魔眼﹄で一網打尽にした方が︱︱︱。 ﹁ね、ねえ、片桐くん? そろそろ援護しないと⋮⋮﹂ あ、はい。そうですね。 マリナさんにも言われたし、覚悟を決めるとしよう。 二人には、帝国でロル子がお世話になっていた。これからもそう だろう。 見捨てるのは、さすがに楽しくない。 ってことで、黒甲冑浮上。 ﹁っ︱︱︱新手!? どっちにしろ敵ね!﹂ 大貫さんはすぐに気づいて振り返る。 だけど不意打ちには充分だ。距離はあるけど、魔眼の射程には入 っている。 まずは、﹃静止の魔眼﹄発動。 相手の時間だけを止め︱︱︱られない!? 魔眼の撃ち損ない、なんてこともない。 だけど大貫さんの周囲に、透明な壁が何枚も浮かび上がった。 魔術的な障壁だ。予め、術式が起動してあったみたいだ。 感じられる魔力量からして、相当に強力な防御術式なのが分かる。 しかもボクの﹃障壁﹄スキルみたいに単純な技じゃない。 1374 時間停止対策とでも言うような、複雑な術式なのも見て取れた。 そういえば、ボクが戦った相手でここまで複雑な技能を使ったの は初めてだ。 魔獣とか竜とか、力押しで来る相手ばかりだったから。 人間とも初対戦って訳じゃない。 でも複雑な技術を絡めた戦い方というのは、ボクの知らない分野 だ。 しかも相手は、魔王なんていう豪華な肩書きまで持っている。 これは思った以上に真剣な戦いになるかも。 捕まえる、っていう選択肢を捨てるべきかも知れない。 ともかくも、いまの段階だと﹃静止の魔眼﹄は通用しそうにない。 だけど、完全に無駄っていう訳でもなかった。 ﹁魔眼⋮⋮それも、時間系!? ナメるんじゃないわよ!﹂ 吠えながらも、大貫さんは顔を歪める。 防御に意識を向けさせて、動きを止めることには成功した。 短い時間だけど、小毛玉を展開させるには充分。 そう、ボクの武器はなにも魔眼ばかりじゃない。 囲んで毛針を撃ち込む。﹃徹甲針﹄と﹃抗魔針﹄、その他諸々だ。 四方八方から迫る毛針に、大貫さんも危機感を覚えたみたいだっ た。 忌々しげに舌打ちをする。障壁を維持しながら、空中を高速で駆 ける。 魔術で光弾をいくつも放ちながら、毛針を迎撃していく。 1375 何本かは、その細い身体に刺さった。 けれど威力が削がれたものが多い。決定打には程遠い。 大貫さんが包囲を抜ける︱︱︱その直前に、ボクは甲冑の両肩部 を開いた。 カシャリ、と小気味よい音が響く。 ﹃万魔撃・模式﹄、発動。 避けられるタイミングじゃない。障壁だって貫けるはず。 ある程度のダメージを与えてから拘束する︱︱︱それが、ボクの 狙いだった。 でもやっぱり甘かったみたいだ。 大貫さんの赤々とした瞳が狂暴な光を放つ。 ボクが放った魔力ビームが、ぐにゃりと捻じ曲げられた。 ﹃重圧の魔眼﹄で、空間自体が歪められた。 その効果は、魔術や、魔力そのものにも及ぶ。だから受け流され る。 驚いている暇はない。ボクはまた小毛玉で追撃を掛けようとした。 だけど同時に、大貫さんも動いている。 というか、増えた。え? うわ、分身か。一瞬、何が起こったか分からなかったよ。 ボクの小毛玉分身とは違って、魔術で幻影を作っただけみたいだ。 つまりは実体が無い。 しっかりと観察して、魔力や生命反応を探れば見分けはつく。 それにボクの知覚は、﹃明鏡止水﹄のおかげでかなり加速してい る。 1376 たとえ銃弾だって見て避けられるくらいだ。 ちょっと驚かされたはした。でも、それだけだ。 すぐに本体の位置を︱︱︱って、背後!? 振り向く。黒甲冑の手でハルバードを振るう。 でも残念ながら、ボクのこの戦士風の姿は見掛け倒しだ。 力任せに武器は振るえるけど、技なんてまったく覚えていない。 そして大貫さんは、もう手の届く距離にいた。 ﹁私と、五十鈴くんのぉぉぉぉぉ、邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁ! !﹂ ハルバードが空を切って、大貫さんの叫びが響いた。 拳が叩き込まれる。 メキャリ、と嫌な音を立てて黒甲冑がひしゃげた。 まるでボクの弱点を見抜いているんじゃないか、って思うほどだ。 大貫さんの拳は、黒甲冑の胸部にめり込んでいた。 ボクは咄嗟に目蓋を閉じる。一瞬でも遅れたら、目を潰されてい た。 伝わってきた衝撃に、意識が飛びそうになる。 体の方は実際に、黒甲冑と一緒に殴り飛ばされていた。 そして弾ける。 鎧の各部位が、魔力による制御を僅かな時間だけど失ってしまっ たから。 ﹁え⋮⋮?﹂ 1377 唖然とした声は、大貫さんと、少し離れたところにいるザイラス くんのも混じっていた。 鎧が弾けて、バラバラになった。それはつまり︱︱︱、 中身である、ボクの毛玉体が曝け出された。 1378 19 魔王襲来②︵後書き︶ 明日明後日も更新します。 1379 20 魔王襲来③ 黒甲冑を殴ったら、黒い毛玉が飛び出してきた。 客観的に見ると不思議すぎる光景だと、ボク自身ですら思う。 その事態を正面から目撃した大貫さんは、呆然として空中で動き を止めている。 ザイラスくんやマリナさんも、状況を飲み込めていない。 白熱した戦場だったのに、一瞬で静寂に包まれた。 でも反撃の好機だ。 むしろ、ここからがボクの本領発揮とも言える。 黒甲冑姿に慣れてきたとはいっても、行動が制限されてたのも間 違いない。 視界は狭まるし、本体からの毛針も飛ばせない。 謂わば、小毛玉頼りの戦いしか出来なかった。 だけど、ここからは全力が出せる。 正体がバレたとか、そこらへんの問題は後で考えよう。 大貫さんも隙だらけだし、今なら︱︱︱、 ﹁⋮⋮五十鈴くん?﹂ え? あ、はい。片桐五十鈴ですが? って、あれ? なんだか大貫さんの気配が変わってる? こっちを凝視はしているけど、さっきみたいに殺気のこもった眼 差しじゃない。 1380 空中で、呆然と立ち尽くしている。 その顔は徐々に赤くなってくる。両手を頬に当てて、口元も緩ん でいた。 戦おうっていう気迫も、あっという間にしぼんでいく。 ﹁あ、あの、私、そのぅ⋮⋮ごめんなさいぃぃっ!!﹂ 姿勢を正して頭を下げる。 すぐに身を翻すと、同時に閃光を放った。目眩ましだ。 とはいえ、さほど強烈な光じゃない。 咄嗟に反応できたので、視界を塞がれもしなかった。 だから飛び去っていく大貫さんの後姿も丸見えだった。 いや、飛び去るというか、正確には森の影に逃げ込んでいったん だけど。 ⋮⋮どうしよう? 状況が理解できない。 とりあえず辺り一帯の森ごと焼き尽くして攻撃するべき? だけど戦いを続ける雰囲気でもないような? ﹁片桐くん⋮⋮なのか?﹂ 警戒の混じった声を投げてきたのは、ザイラスくんだ。 いくらか距離を保ったまま、瞬きを繰り返している。目眩ましに やられたらしい。 ﹃そうだよー﹄ 丸めた毛先を振って、無害っぷりをアピールしておく。 1381 ボクの予定では、まだこの姿を見せるつもりはなかった。 話を聞いてもらえる余地はあると思うけど、やっぱり正体が魔獣 となると、敵対する可能性は跳ね上がりそうだから。 ﹃色々と事情説明は、後回しで﹄ ﹁⋮⋮ああ、そうだな。まずはアデーレさんの方が問題か﹂ そう。どうして急に逃げ出したのか、さっぱり分からない。 ついさっきまで殺気を溢れさせてたのに。 ボクの正体には気づいたみたいだったけど⋮⋮あれ? それもお かしくない? 大貫さんは、この毛玉姿を見て、ボクが誰なのか判別したことに なる。 分身は偽者だって言ってたのに。 もしかして、本体じゃなかったから? 本体の方に対しては、一目で正体を見抜いてみせた? うん。有り得ないね。 どんな凄腕毛玉鑑定士なんだ、っていう話だし。 謎は残ってるけど、まあ、とりあえず︱︱︱、 ﹃いまなら、話ができそう?﹄ ﹁⋮⋮そうだね。まだあそこに居るみたいだから﹂ ザイラスくんが、眼下の森をちらりと窺う。 そこから大きな魔力反応が感じ取れる。よく観察すると、木陰か らこちらを覗いている大貫さんの姿も見て取れた。 1382 ﹁悪いけど、片桐くんにお願いしていいかな?﹂ ﹃ボクが? 逃げられたばかりだよ?﹄ ﹁でも他の人だと、きっと話にもならないと思う﹂ むぅ。そうかな? そうかも。 いっそ、このまま放置でも︱︱︱っていう訳にもいかないか。 森の中、ぽつんと浮かぶ一体の毛玉。なにをするでもなく佇んで いる。 傍目には、そんな風に見えるだろう。 だけど少し離れた木陰から、女の子の声が流れてくる。 さらさらと風に揺れる綺麗な銀髪も、その声の出所から覗けてい た。 ﹁あの⋮⋮それでね、帝国のネズミから⋮⋮魔術で作り出した、使 い魔みたいなものなんだけど⋮⋮そのネズミが聞いてたの。五十鈴 くんが見つかったって⋮⋮﹂ 太い樹木に身を隠しながら、大貫さんがちらちらと顔を窺わせて いる。 というか、こっちを覗き見してる。 1383 ああ、なんかこの感覚も懐かしい。随分と昔の気もするけど。 こっちを見つめてはいても、近づいて来ようとはしないんだよね。 ﹃帝国の情報も筒抜けってこと?﹄ ﹁う、うん⋮⋮だけど帝国なんて、どうでもいいの。えっと⋮⋮五 十鈴くんを探すためにね、すっごく頑張ったんだよ﹂ 魔力文字で問えば、くねくねと身悶えしながらも答えてくれる。 重要な秘密じゃないのかっていうことまで、あっさりと。 とりあえず、ここに来た経緯はなんとなく分かった。 ついでに色々と聞き出しておこう。 ﹃いま魔族って、帝国と戦争してるよね?﹄ ﹁うん⋮⋮だって、五十鈴くんを隠してると思ったから⋮⋮﹂ ﹃放っといていいの?﹄ ﹁あ、そうだね⋮⋮魔王やめるって、あいつらにも報せておくね﹂ え? ちょっと待って。 なんでいきなり、そんな話になってるの? ﹃ちょっと待った﹄ 大貫さんは、懐から小型の魔法装置を取り出していた。 たぶん、通信するための物だろう。 1384 でもいきなり魔王やめるとか言うより、他にやってもらいたいこ とがある。 ザイラスくんたちから頼まれていたことだ。 ﹃戦争、止められない?﹄ ﹁え? えっと⋮⋮五十鈴くんは、止めたいの?﹂ ﹃その方が、色々と都合がいい﹄ ﹁じゃあ、止めるね。そうしたら⋮⋮あの、誉めてくれる?﹂ んん? 誉める? それもまた意味が分からないね。 そもそも戦争始めたのは大貫さんだって聞いたし、元に戻すだけ なんだけど⋮⋮。 まあ、難しいことは放っておいていいか。 ﹃えらい。すごい。さすが大貫さん﹄ ﹁ぅ⋮⋮うん、ありがとう。それじゃあ、あいつらに連絡するから ⋮⋮﹂ 大貫さんが、あらためて魔導具を動かそうとする。 その時、がさりと物音がした。 そちらへ振り返ると、ザイラスくんが控えめに手を振っていた。 その顔には警戒心が露わになっている。近づいていいのかどうか、 迷っている様子だ。 ﹁そろそろ、いいかな? 自分もアデーレさんと話をしたい、ん︱ ︱︱!?﹂ 1385 ずんっ!、と重々しい音が響いた。 地面が窪む。ザイラスくんが濁った声を上げて膝をつく。 同時に、何枚かの魔法障壁が発動したのが見えた。 だけど攻撃を防ぎきれなかったみたいだ。 凄まじい重力がザイラスくんを捉えて、押し潰そうとする。 なんとか耐えてはいたけど、動けなくなったところへ、大貫さん が飛び込んだ。 そして、勢いよく蹴りつける。 ﹁私と五十鈴くんの邪魔してんじゃないわよ! 殺すわよ!?﹂ ﹁ちょっ、待っ、やめ︱︱︱﹂ 転がったザイラスくんを踏みつける。 二度、三度と。ありありと殺意が込められている。 有言実行だね。って、感心している場合でもないか。 とりあえず、止めよう。 こんな調子での話し合いって、かなり難易度高そうだ。 1386 21 動乱の終結へ向けて 陽射しがぽかぽかとして気持ち良い。 魔境なんて呼ばれている島だけど、住んでいるボクにとっては実 に快適だ。 島自体が南に位置しているおかげか、いつだって気候は温暖。 いやまあ、南が温かいっていうのは地球の常識だけど。 南に行き過ぎるとまた寒くなったりもするとかなんとか、細かい ことは知らない。 ともかくも、この島の居心地は良い。 アルラウネのおかげで、ふかふかの芝生も確保できている。 ラミアやスキュラが拠点周辺を巡回してくれているので、魔獣も 襲ってこない。 最近は、竜人幼女も見回りに参加するようになった。 相変わらず我が侭だけど、戦力としてはなかなか役に立ってくれ ている。 芝生でお昼寝なんてしていても安全だ。 そうしてのんびりと一時を過ごすのが、ほとんど日課になってい る。 大陸では、殺伐とした出来事ばかりだった。 その反動もあってか、ゆったりと過ごせる時間がありがたく感じ られる。 ただ、ひとつだけ以前と変わったことがある。 不満っていうほどじゃない。 1387 でも少しだけ気掛かりだ。 目を覚ますと、ふっと風が吹いたように空気が揺れた。 ボクから離れた場所には、メイドさんが一人控えている。 それと、幼ラウネや幼ラミアも、まとまってお昼寝をしている。 これまでは、ボクに抱きついて寝ている子もいた。 涎でベトベトにされたり。いきなり泣き出して起こされたり。 そういうトラブルがなくなったのは、まあ喜んでもいいのかな。 だけど問題は、その原因だ。 ボクが眠っていた場所の横に、誰かがいた痕跡がある。 芝生は押されてへこんでいるし、微かに残り香も漂っている。 うん。誰だか分かりきっているんだよね。 いまもこっちを覗き見している。 困った顔をするアルラウネの背中に隠れるようにして。 誰かって? 答えは分かりきっている。大貫さんだ。 眠っていると密着してくるのに、いまは目を合わせようともしな い。 もじもじと身悶えしている。 ﹁ご主人様、よろしければどうぞ﹂ ボクが起きたのを確認して、メイドさんが果実水を持ってきてく れる。 ガラスのコップに、竹製のストロー付き。 そこはかとなく高級感を演出している。 ちなみにこのコップは、公国からお土産として貰ったものだ。 1388 王族とか貴族とか、偉い人がいっぱい居なくなったから、そのお 屋敷の贅沢品とかも余っていた。 国自体が大変な状況だから、そういった品も集めて有効活用する らしい。 ボクにも報償として色々と提示されたけど、ほとんど断ってきた。 絵画とか壺とか、大陸の土地とか貰っても仕方ないし。 お金もまあ、貯金ってことで公国に預けておいた。 実用性のありそうな物だけを、ちょこっと持ち帰ってきただけ。 ﹃オレンジかと思ったら、マンゴージュース?﹄ ﹁新作だそうです﹂ ちゅぅぅ、とストローを吸う。 うん。濃厚な味わい。よく冷えていて、これもまた贅沢品だね。 ただ、メイドさんが手にしている果物は虹色に輝いているんです が? それが、この黄色いマンゴーっぽいジュースになる、と。 こういう謎植物が育つところは、さすがは魔境の面目躍如ってと ころかな。 ﹃大貫さんも、飲む?﹄ ﹁ぁ⋮⋮うん、ありがとう⋮⋮﹂ 一定の距離を保ったまま、話を向けると応えてはくれる。 大貫さんをこの拠点に招くかどうかは、ボクも迷うところだった。 1389 出会っちゃった以上は、付き纏ってくるのは予想できた。 そうなると、招くも招かないもない。 たとえ断っても、彼女なら勝手に入ってくるのは確実。 だったらもう、物陰が好きなお客さんとして受け入れちゃおう、 と結論に達した。 招かないとすると、それこそ命を奪うくらいしか手段がなさそう だし。 その手段もなくはないけど、あんまり気が進まない。 どうやらボクは、大貫さんのことが嫌いじゃないみたいだ。 世界征服まで覚悟して、ボクを探そうとしていた。 理解できない感情だけど、目的に向かう執念は凄まじいと思う。 たとえ他の目的でも、同じだけの情熱を見せられたら応援したか も知れない。 それに、ちょっと行動が奇妙なだけで、大貫さんは基本的に無害 だ。 ザイラスくんやマリナさんは、警戒してたけどね。 ヤンデレは怖い、とか言ってた。 だけどいまのところ、危険な行動は見当たらない。 精々、他のみんなを睨んで怖がらせるくらい? ボクが眠っていると近づいてきて、隣のスペースを占領するらし い。 暴力沙汰になるようなら、こっちも処置を考えるけどね。 幸いと言っていいのか、それ以外の接触はほとんどない。 ここに招く前に、誰も傷つけないように言い聞かせてあるから。 しっかりと約束を守ってくれている。 1390 ﹁ご主人様、一号より報告です。帝国と魔族との戦いに動きがあっ たそうです﹂ ﹃分かった。屋敷へ戻るよ﹄ この魔境は平穏が保たれている。 だけど大陸での戦乱は、もうしばらく続きそうだ。 そもそも戦争ってものは、簡単に終われるはずがない。 ボクが公国を黙らせたのだって、帝国軍っていう後ろの支えがあ ってこそ。 単身だと行動は早いけど、国みたいな集団に抗うのは難しい。 四六時中、何処に居ても命を狙われるようになったら、ボクだっ て無事でいられる自信はないよ。 公国との争いだって、最終的には帝国軍っていう集団に後始末を 頼んだ。 集団が動くには時間が掛かる。 つまりはまあ、戦争っていうのは簡単なものじゃない。 だから関わりたくない。楽しくもないことに頭を使いたくないよ。 でも無視しておく訳にもいかないんだよねえ。 帝国に行ったロル子の安全にも関わる。 もう後方に居られるはずだけど、帝国が窮地に陥ったら戦う必要 も出てくる。 それに結局のところ、大陸情勢はこの魔境にも影響してくる。 戦争だけじゃなく、各国の情勢も気に掛けておいた方がいい。 難しい話も避けられない︱︱︱と、思っていた。 1391 ﹁端的に申し上げまして、帝国軍の大勝利かと予測されます﹂ 一号さんが簡単にまとめてくれた。 居間の中央に大きな映像が浮かんでいて、城砦が燃え上がってい る。 攻められているのは、魔族側の城砦だ。 ほんの少し前まで、帝国軍は追いつめられていた。 魔族をはじめ、多くの国から攻め込まれて。 だけどその状勢はもう変わってきている。 公国が落ちて、魔族もすでに国として分裂を始めている。 武断派の魔族をまとめていた大貫さんが、その魔王としての務め を放棄したから。 内乱 を鎮めている形だ。 いまの魔族は、旧魔王が勢力を盛り返してきている。 帝国との同盟を組みなおして、自国の ﹃要するに、帝国包囲網の二つが破れたってことだね﹄ ﹁はい。残るは東側の諸国連合ですが、地力が違います。一突きさ れれば、我先にと逃げ出す国も出てくるでしょう﹂ 戦場の様子を映しながら、一号さんが淡々と解説をしてくれる。 大陸での戦乱は、まだ少し続きそうだ。 でも今後の流れはだいたい予測できる、ってところかな。 ﹃やっぱり大貫さんが抜けた影響が大きいね﹄ ソファに転がったまま、ちらりと天井を窺う。 1392 その天井の裏には、じっと息を潜める大貫さんがいる。 隠れていてもバレバレだ。でも本人は、面と向かうのでなければ 構わないらしい。 よく分からない心情だけど、放っておくのが一番だ。 ﹁例の、勇者への呪いが解ければ、さらに情勢は確実なものになる かと﹂ 勇者の復活、か。 それはまた見過ごせない事柄だね。 弱っていた勇者サガラくんへ呪いを掛けたのは、他ならぬ大貫さ んだ。 その呪術の詳細も、ボクがちょっと訊ねたら教えてくれた。 核となる魔法装置が、魔族領のとある城に隠されているそうだ。 つまり、その城を押さえて、装置を破壊すれば呪いは解ける。 帝国や人類にとっては、喜ぶべき事柄なんだろうね。 だけどボクや魔獣にとっては、どうなんだろう? ひとまず、敵認定されることはないと思う。 帝国や、ザイラスくんたちとも友好的な関係が築けている。 勇者っていう枠じゃなく、サガラくん相手なら話だって通じるは ずだ。 それでも、いくつか不安材料はあるんだよね。 魔王である大貫さんや、なにより、ボク自身が魔獣の類であるこ と︱︱︱。 やっぱり警戒は必要かな。 念の為に、身を守るための備えはしておこう。 1393 ただの毛玉になって転がされるのは嫌だからね。 大陸が混乱しているいま、ボクにとっては好き勝手に振る舞うチ ャンスだ。 どうにかして、もう一段階の進化を目指してみようかな。 1394 21 動乱の終結へ向けて︵後書き︶ 一区切り、と言うのも微妙なところですが、次回更新はまたしばら く先になります。 もうちょっと書けると思ってたんですけど、あれこれと予定が狂い まして。 また書き溜めをしてから放出するつもりです。 よろしければ、気長にお待ちください。 1395 幕間 勇者の帰還︵前書き︶ おひさしぶりです。 待っていてくださった読者の方々には、お礼を。 まずは前回までのおさらいも兼ねて、いつものように幕間です。 1396 幕間 勇者の帰還 頭が痛い。ガンガンする。ぼんやりとして考えがまとまらない。 思考に靄がかかっている、ってやつだな。 あんまり頭の良くない俺だけど、それくらいの言い回しは知って る。 べつに勉強だって嫌いじゃなかったからな。 それ ってのは皮肉な 学校だってそれなりに楽しんで⋮⋮ああ、思い出してきた。 もう十年以上も前なのに、思い出すのが もんだな。 まあ、あんな壮絶な死に方をしたんだから無理もないのか。 教室にタンクローリーが突っ込んでくるなんて、なかなか味わえ ない体験だ。 それからの新しい人生も壮絶だった。 いきなり両親を殺されたし。クソ豚みたいな野郎にケツ穴狙われ たし。 血生臭い記憶ばっかりだ。 剣や魔法が飛び交って。手足が吹っ飛んだり。丸焦げにされかけ たり。 勇者なんてロクなもんじゃない。 そりゃあ戦闘力は高い。俺だって無双状態で調子に乗ったことは ある。 だけどなんだよ、﹃外来襲撃﹄って。 1397 異世界からまったく未知の連中が攻めてくるとか、明らかに反則 だろ。 これまでよくこの世界が無事だったと思う。 それだけ﹃勇者﹄ってシステムが役立ってもいたんだろうな。 外来襲撃が始まると同時に、俺の戦闘力もとんでもなく跳ね上が った。 ﹃世界守之剣﹄と﹃世界守之鎧﹄。それが発動したってアナウン スもあったな。 単純に戦闘力だけ見れば三倍、総合的にはそれ以上だった気がす る。 疲れもまったく感じなくなったからな。 それがなかったら、あの真っ黒い巨大龍には勝てなかっただろう。 我ながら、よくもあんな化け物じみた戦いをできたと思う。 聞いた話だと、あの巨大龍は隕石をブレスで撃ち落としたらしか った。 そんなブレスを、俺は剣で両断した。 思い出しても有り得ねえ。今更ながら、手が震えてくる。 おまけに、紙一重の勝利だった。 あの時、龍が隙を見せなければ︱︱︱ともかくも勝ったのは間違 いない。 その後に治療を受けたのも覚えてる。 だけど、そこまでだな。ずっと眠ってたのか? 力が落ちてる感じがするから、﹃外来襲撃﹄は終わったみたいだ が︱︱︱。 1398 ﹁⋮⋮俺は、どれだけ眠ってた?﹂ 豪華なベッドから身を起こして、薄暗い部屋を見回す。 部屋には面倒を見てくれていたらしい侍女が数名。それと、見知 った顔が三つ。 まず苦笑しながら答えたのは委員長、ザイラス。 ﹁まずは、おはようじゃないか? 外来襲撃が片付いて何ヶ月も経 ってるよ﹂ 余裕ぶった態度は相変わらずだ。でもしっかりと疑問も解消して くれる。 何ヶ月も経ってるってのは驚きだが、とりあえず心配は必要なさ そうだな。 ﹁もっと驚け、って言いたいところだな。こっちは大変だったんだ ぜ﹂ ﹁そうだよ! 魔族は攻めてくるし、東も全部敵になっちゃうし、 おまけに魔境で⋮⋮ふふん、凄いことがあったんだよ? 聞きたい ? 聞きたいよね?﹂ 俵山、もといラファエドも落ち着いてる。すっかり騎士らしくな ったな。 マリナはウゼえ。ってか、酒臭えな。飲んでるのか。 一応は聖職者なのに昼間っから⋮⋮じゃなくて、夜なのか。部屋 には薄明かりがついてるし、窓に目を向けると暗闇だ。 ﹁ほらぁ、聞かせてくださいって言いなよぉ。すっごく喜ぶ話なん だからぁ﹂ 1399 ﹁テメエからは聞かねえ。委員長、説明してくれ﹂ 絡んでくるマリナを押し退ける。 こいつ、ホントに酒癖悪いな。これで聖女とか呼ばれてるんだか ら、やっぱり世の中ってのは理不尽だ。派手に吐いてた姿を信者に も見せてやりたくなる。 だけどまあ、治療術の腕は確かなんだよな。 ぶった切られた腕とかも治してくれたし⋮⋮なのに、何ヶ月も寝 てた? 俺自身も回復力には自信があったんだけどな。それもまた何かの 事情があるのか。 ﹁何処から話すかな⋮⋮とりあえず、呪いに掛かってた自覚はある かい?﹂ ﹁呪い? それで目が覚めなかったってのか?﹂ ﹁ああ。だけどもう解決した。呪いは解けて、術を施した本人も改 心⋮⋮って言っていいのかはともかく、無害になってる﹂ 委員長は苦笑しながら話し始める。 外来襲撃がおおかた片付いて、直後に魔族が宣戦布告してきたの は、まあ予測できたことだ。帝国も警戒はしていた。 だが、俺が呪術で昏倒したままになるってのは完全に予想外だっ た。 魔族は好戦的な奴が多いって話もあったからな。 そういう搦め手には警戒が薄くなっても仕方ないんだろう。 1400 おまけに、何百人も生贄にするような大掛かりな術式だったらし い。 それだけ念入りに呪われた、って考えると気持ち悪いな。 ﹁宣戦布告は、新魔王になった大貫さんがしてきた。呪いの主謀者 も彼女だ﹂ ﹁⋮⋮やっぱ本気だったんだな。たった一人を探すために、世界征 服にまで乗り出すってのはとんでもねえな﹂ 大貫藍。いまはアデーレだったか。 一度だけ会ったが、あの狂気じみた目には怖気を覚えた。 いや、狂気そのものだったのか。 たとえ世界を敵にしてでも前世からの想い人を探し出す、なんて 言うとロマンティックにも聞こえるんだが、そんな甘いものじゃな かった。 身を以って味わわされたって訳だ。甘いのは俺の方だった。 会った時に斬り捨てておけば、こいつらに余計な苦労もさせなか ったのに。 ﹁ともあれ、帝国は東西から攻められて危ないところだった。詳し い戦いについては、ラファエドの方から聞いてくれ﹂ ﹁話し出すとキリがねえぞ。何処の戦場もメチャクチャ大変だった からな﹂ 西からは魔族。東からは教会勢力を中心とした国家連合。 大陸のほとんどを敵に回した状況となれば、強兵を誇る帝国でも 苦しい。 1401 しかも最大戦力の勇者様は眠ってた、って正に滅亡一直線だな。 肝心な時に俺はなにやってんだか。 この国にはそれなりに恩があるってのに。情けねえ。 マリナが酔っ払いになってるのも、そういうストレスがあったか らだろう。 ﹁⋮⋮こうして落ち着いてるところを見ると、形勢は変わったんだ よな?﹂ ﹁そうよ∼、公国が堕ちて形勢逆転∼。すごい援軍が現れたの∼。 んっふっふ、一人で国を落とせちゃう援軍だよ。毛玉で、黒甲冑で、 カッコ可愛いの∼﹂ この酔っ払いをなんとかしろ。 ってか、毛玉ってなんだよ? 援軍の黒甲冑? やっぱ転生者か? 公国って言うと、ヴィクティリーア嬢ちゃん絡みなのか? あの金髪縦ロールは、色んな意味で凄かったからな。 ﹁魔境の話は覚えてるかな? バロールって人を転生者じゃないか って疑ったことがあっただろ?﹂ ﹁ああ。遠いからって後回しになってたな。当たりだったのか?﹂ ﹁大当たりだったよ。かなり特殊なケースだったけど﹂ マリナを押さえながら、委員長がまた話を続ける。 片桐五十鈴 が見つかって、 そこからは驚かされてばかりだった。 探していた 1402 多くの魔獣を従える魔境の主を名乗っていて、 あっという間に公国軍を蹴散らし、そのまま公国を制圧して、 おまけに正体は魔獣だった? 毛玉で使い魔候補? しかも魔王を一目で篭絡した? ﹁⋮⋮⋮⋮訳が分かんねえ﹂ ﹁まあね。自分も随分と混乱させられたよ﹂ 魔法があって、竜が大群で押し寄せてくる世界だ。並大抵のこと じゃ驚かないと思っていた。だけどまだまだ、俺の認識は甘かった らしい。 まあ細かい状況はどうあれ、悪くないってのは委員長の顔から窺 える。 ﹁それで⋮⋮星神教の奴らはどうしてる?﹂ ﹁慌ててるんじゃない? シュリオン聖教国はまだ健在だけどね﹂ ほっと安堵する。無事なら、それでいい。 そうでないと、この手で叩き潰してやることが出来なくなるから。 帝国に協力すると決めた時も、それだけは条件として譲らなかっ た。 聖教国は潰す。この俺の手で、直接に。 両親を殺された恨み、なんてのは拘るほどのものじゃない。 でも報いは受けさせなきゃいけねえ。 何も知らない人間を利用して、道具のように扱って、下卑た笑い を浮かべる︱︱、 ああいう連中は、許しちゃいけねえんだ。 1403 ﹁とりあえず体の調子を確かめたい。ラファエド、付き合ってくれ﹂ ﹁おいおい、いきなりかよ。いま夜中なんだぜ?﹂ ﹁そうよぉ∼、サガラくんは熱血すぎぃ。ずっと眠ってたんだから、 まずは祝勝会でしょ? あ、祝賀会? どっちでもいいかぁ、お腹 空いてない? お酒はいっぱいあるし、オツマミもあるよ。ほら、 片桐くんところのクッキーだよ∼﹂ ﹁なんでツマミにクッキー⋮⋮まあ、言われてみれば腹も減ってる な﹂ 酒臭い顔を押し返しながら、ともかくもベッドから立ち上がる。 身体を伸ばしたり、捻ったりしてみるが、どうにも鈍ってやがる みたいだ。 やっぱ先に食事か? ずっと眠ってたなら風呂の方が︱︱︱、 なんて思ってた時だ。まったく予想もしていなかった声が頭に響 いた。 ︽異界門の封印が破られました。外来襲撃が再開されます︾ ⋮⋮⋮⋮ちょっと待て。 システムの声だよな? ってことは、間違いなく事実なんだが︱ ︱︱。 1404 いったい、何が起こってやがる!? 1405 幕間 勇者の帰還︵後書き︶ 犯人は毛玉だろうって? 決めつけはいけませんよー︵棒 ところで、今回の更新は20回ほどを予定しております。 完結まで連日更新です。 1406 01 暗躍の毛玉 島から海を渡って西方、獣人とエルフたちの領域を再び訪れた。 目的は、近い内に目覚めるはずの勇者対策。 つまりは、ちょっと鍛えておきたい。システム的に言うと経験値 が欲しい。 ﹃っていうことで、異界門をください﹄ ﹁おぬしは何を言っておるのじゃ!?﹂ ですよねー。 キツネ長老の尻尾が、ぼふぼふと床を叩く。苛立たしげだ。 ﹃ダメ元で言ってみただけ﹄ 族長が暮らす屋敷の客間で、ボクはごろごろしていた。 隣では、銀子もボクを撫でながらごろごろしている。 一応、巫女っぽい服装に着替えているので、仕事中と言えなくも ない。 実際は、子供が遊んでるだけなんだけど。 このエルフ&獣人島だと、ボクはかなり友好的に接してもらえる。 専属巫女さんをつけてもらえるくらいに。 忌み神っぽい扱いだけど、とりあえず安心して過ごせる場所だ。 だからまあ、わざわざ無茶して敵対するような状況にはなりたく 1407 ない。 異界門を開くのが危険ってのは、ボクだって理解できるからね。 鍛えたいからって、簡単には手を出せることじゃない。 大勢の命を預かる族長なら、当然の判断でしょ。 ﹁けーちゃん、もっと強くなりたいの?﹂ 銀子が抱きつきながら訊ねてくる。 最近は、乗るようにして全身で抱きつくのが好みらしい。 なんだっけ、バランスボール? あんな感じになってる。 ﹃怖い人が来るかも知れないから﹄ 勇者怖い。魔獣の敵。 ボクは魔眼だし、話せば分かってもらえる可能性は高そうだけど ね。 ﹁ん∼⋮⋮怖い人は嫌だよね。そうだ。私も一緒に強くなる!﹂ ﹃そっか。無理しない程度にね﹄ 小毛玉で頭を撫でてやると、銀子は嬉しそうにはにかむ。 わしゃわしゃと撫で返してくるのはいいんだけど、たまに甘噛み もしてくるから子供は油断できない。 ﹁ふむ。鍛錬をしたいというのは分かったさね。ところで⋮⋮﹂ キツネ長老が視線を部屋の隅へ向けた。 そこには押入れがある。そしてちょっと開いた戸の隙間から、情 1408 熱的な眼差しが注がれ続けている。 放置されてたけど、やっぱりキツネ長老は気になって仕方ないら しい。 ﹁なんなのじゃ、アレは?﹂ ﹃トモダチ﹄ ﹁あのような友がおるか! 明らかに不審者ではないか!﹂ キツネ長老が怒鳴るのも分からないでもない。 元魔王こと大貫さんは、かなり特殊な趣味をしてるからね。肌も 病的に白いし、眼光も鋭いから、けっこう勘違いされやすい。 でも基本的には無害だよ。たぶん。 ここの人達に対しても傷つけないように注意しておいたから、暴 れはしないはず。 子供の教育上よろしくなさそうなのはともかくも。 部屋の端には、一号さんも静かに佇んでいる。こっちは教育によ さそうだ。 いつものように完璧なクールメイドだし。 見習えば、何処に出しても恥ずかしくない淑女に育つはず。 ﹃本当に気にしないでいいよ。ボクがずっと側にいるつもりだし﹄ ガタリ、と押入れから音がした。 一拍の間を置いて、なにやら荒い息も漏れてくる。 どうしたんだろ? 興奮させるような発言じゃなかったよね? 1409 ﹁⋮⋮愛情の形は様々ということか。あたしの世界もまだまだ狭か ったみたいさね﹂ ﹃そんな大仰なものじゃないと思うけど﹄ ﹁変わったおねえちゃんだね。でも、けーちゃんの友達なら、きっ といい人だよ﹂ 銀子の方は、無防備すぎる気もする。 だけどまあ、ここで暮らしている間は大丈夫かな。孤島だし。都 会に行って騙される、なんて事態は起きそうもない。 ﹁ともあれ、話を戻すさね。鍛錬をしたいという話だったのう﹂ ﹃大陸って、魔獣は少ないんでしょ?﹄ 魔境 ほど手強い魔獣はおらぬはずさね﹂ ﹁辺境に行けば、まだそれなりに残っておるとは聞くのう。しかし、 おぬしが住んでおる やっぱり、そうなるよね。 大陸の偵察は茶毛玉で続けてるけど、手強そうな魔獣は見掛けな い。 冒険者ってのも、辺境で細々と活動しているくらいだ。 むしろ普通の野生動物が多く繁殖しているみたいだった。 ﹁しかし力を求めるならば、なにも命懸けの戦いをする必要もある まい。地道な鍛錬も大切さね﹂ ﹁私もね、ちゃんと精霊魔法の練習してるよ!﹂ 1410 ﹃そうかぁ。偉いね﹄ 撫でてあげよう。子供は誉めて育てるのが良いってどこかで聞い た。 まあ確かに、地道に鍛えるっていう選択肢もある。 スキルなんかは使っている内に強化されていくし、それで戦闘力 が上がったりもする。レベルの方も自力で上げられるって、ザイラ スくんやロル子から聞いた。 だけど効率を求めるなら違う。 生きている相手を倒した方が、経験値をごっそり貰える。 外来襲撃のボーナスはなくなったけど、その点は変わっていない。 ﹁⋮⋮急ぐというのは、何か危惧することでもあるのさね?﹂ ﹃それなりに。ボクって一応は魔獣だし﹄ ﹁備えたいということか。万が一の際には味方になりたいが⋮⋮あ たしらでは力不足さね﹂ キツネ尻尾が不満そうに揺れる。 ボクのことなんだから、気にしなくてもいいのに。 確かに一度は助けた形になったけど、ボクが勝手にやったことだ し。 獣人って義理堅いって話もあったっけ。 そういえば封じた異界門を見守っているのも、ずっと昔に帝国と 約束を交わしたからだとか。 1411 ﹁稽古の相手にもなりそうもないからのう。そちらの彼女の方が適 任さね﹂ キツネ長老がまた押入れへ目を向ける。 って、なに? ガゴン!、って派手な音がしたけど? 押入れの中で暴れて、頭でもぶつけた? ﹁か、彼女だなんて⋮⋮ふふ、うふふ⋮⋮﹂ 変な声が聞こえた。でもなんだか嬉しそうだ。 怪我をした訳でもなさそうだし、放っておこう。 その日は、エルフ領に泊まることにした。 銀子がまた別れたくないって泣き出しそうだったし。 それに、アリバイ作りの意味もある。 一緒に寝ていた銀子をベッドに残して、ボクはこっそりと部屋を 出た。 ﹃そっちの様子はどうかな?﹄ ﹃順調です。間も無く魔法陣の起動を行います﹄ 暗がりに茶毛玉が潜んでいる。 メイドさん特製の、偵察も連絡もできる高性能タイプだ。 通信先にいるのもメイドさんズ。 とある作戦を、密かに実行してもらっている。 1412 ﹃安全第一で。失敗しても構わないから﹄ ﹃承知致しました。隠蔽も万全を図ります﹄ こういう悪巧みって、あんまり好きじゃないんだけどね。 だけど安全には気を配ってるし、エルフや獣人には危害は及ばな いはず。 万が一の時には逃げてもらう準備もしてある。 通信を終えて、ボクは寝室に戻る。 大貫さんの気配もついてきているけど気にしない。 そうして翌朝︱︱︱、 ﹁い、異界門が移動しておるじゃと!?﹂ 集落全体が騒然となった。 慌てるエルフや獣人たちを、ボクはパンを齧りながら眺める。 へえー。異界門が海を移動かー。 封印の氷ごと、船みたいにー? すごいねー。 いったい、何処の誰がそんなこと企んだんだろー。 1413 02 毛玉vs異界門① 異界門を開いて経験値稼ぎをする。 一歩間違えれば世界の危機で、安全の保障なんて何処にもない。 我ながら、けっこう無茶な行動だとは思う。 でも大丈夫だとも思うんだよね。 異界門そのものは、﹃死獄の魔眼﹄で破壊できるのが分かってい る。 まず危なくなったら、それで封鎖すればいい。 さらに予想外の事態が起きても、最終兵器である﹃勇者﹄も健在 だ。 もうじき呪いも解けるって話だった。 そのためにボクが力を付ける必要が出てきたんだから、複雑な感 じもするけど。 歴代の勇者でも、外来襲撃にはかなり対抗できていた。 それと比べても、サガラくんは格別に戦闘力が高いんじゃないか と思う。 転生して記憶があるっていうのは、大きなアドバンテージだから。 そんな勇者が控えているんだから、けっこう無茶してもいいじゃ ないかなあ、と。 もちろん可能な限りの安全確保はするけどね。 異界門を丸ごと移動させてるのも、安全対策の一環だし。 1414 ﹃この速度なら、丸一日もあれば充分かな?﹄ ﹁はい。ご主人様の屋敷は元より、エルフ領にもすぐには危険は及 ばないと推測できます。周辺海域の流れも穏やかです﹂ 一号さんの解説を聞きながら、ボクたちは海の上を飛行している。 異界門が移動を始めたと知って、エルフや獣人たちは大騒ぎして いた。 そこで空を飛べるボクが様子を見に行く、となった訳だ。 長老二人はちょっと訝しげな目をしてたけどね。 だけど異界門が動き始めた時間には、ボクはベッドで眠っていた。 証拠は無い。実行犯のメイドさんたちも念入りに隠密行動をして いたし、疑っても確証は得られないはず。 あとはしっかり異界門の始末をすれば円満解決、になると思う。 まあ自分勝手なのは承知している。 危険な異界門が消えて良かった、と素直に喜ぶ人達ばかりじゃな い。 エルフや獣人の中には、ずっと封印を見張っていたのを誇りにし ている部分もあるんじゃないかな。 真実を知ったら、銀子だって怒る気がする。 起こす 外来襲撃を片付けてから 美味しいものでもあげれば許してくれそうだけど。 どうするにしても、これから だ。 ﹃大貫さんも、本当に避難しなくてよかったの?﹄ ﹁う、うん⋮⋮心配してくれて、ありがとう﹂ 1415 恥ずかしそうに身を捩って、大貫さんは一号さんの背後に隠れる。 空中を飛んでるのに隠れるんだから、徹底してるね。 でも、心配か。どうなんだろ。 なんとなく出た言葉だったけど、相手は元魔王なんだから、むし ろ戦力に数えた方がよかったのかな。 まあ、いいか。いざって時は頼らせてもらうってことで。 それよりも、ずっと異界門を追っていくのも疲れそうだ。 空を飛ぶボクたちの眼下で、異界門は氷漬けのまま海を進んでい る。 巨大な門を封印している氷ごと、魔法で移動させている形だ。流 氷みたいなもので、速度は帆船を上回るくらいは出ている。 封印の魔法も活きたまま、下手に近づけばボクだって凍りつく。 だけどその点も計画通り。移動魔法の範囲は、封印よりも広めに 取ってある。 ﹃ずっと見張ってる必要もなさそうだね﹄ ﹁少し降りて休憩なさいますか?﹂ 一号さんの気遣いに頷いて、場所の用意をしてもらう。 海の上だけど、魔法で海水を凍らせれば足場になる。あとはその 上に休憩所を作ればいい。 とはいえ、用意できたのは木製のスノコと簡素な天幕。 即席だから贅沢は言わない。氷と海風の冷たさを防いでくれるの で充分だ。 まあボクは毛玉だから寒さには強いんだけどね。 1416 そういえば夏毛とか冬毛とか生え変わったりするのかな。どうで もいいか。 ﹁お茶の用意を致します。少々お待ちください﹂ ﹃うん。温かいのをお願い﹄ 大貫さんも誘って、ほっと一息つく。 これからの予定を話したり、ごろごろしたりと、しばらくは異界 門の移動を待つ。 偶に海の魔物が襲ってきたりもした。 大きなタコとか、サメとか、竜っぽいのとか。 でも大貫さんが﹁邪魔すんじゃないわよ!﹂の一睨みで撃退して くれる。 平穏な旅路だった。 丸一日以上を掛けて、海の上を移動。 やがて小さな島が見えてきた。ちょっと飛べば一周できるくらい 小さな無人島だ。 というか、ほとんど砂浜? 木も生えていないので、生き物がいないのは一目で分かる。 貝くらいは隠れてるかも知れないけど、ともかく目立ったものは 見当たらない。 そこに異界門を上陸させる。 1417 氷が溶けたら海に沈みました、なんてなったら困るから。 そのままでも海の上に浮かびそうな気がするけど。 だってこの門、ただ立ってるだけなのに倒れる気配もない。謂わ ば、基礎工事をしていないビルみたいなもの。 なんかこう、魔法的な力が働いてるんじゃないかな? そういった細かい部分も調べたいところだけど、たぶん余裕は無 いだろうね。 封印を解いた途端、向こう側からの侵攻が始まる。 繋がってる先がどんな異世界か知らないけど、対応が早いのは確 かみたいだ。 以前も、ちょっと刺激しただけで妙な巨人が現れた。 何かをする前に凍りついたから、相手の目的も力も不明ではある。 それでもかなり好戦的なのは予想できた。 ずっと昔になるけど、この世界を侵略しようとしたのは間違いな いみたいだ。 狩り だ。 いまは事情が変わっている可能性はあるけど、油断は出来ない。 どっちにしろ、ボクの目的は 異界門を開いて、やって来る相手を狩り尽くす。 今更、この予定を変えるつもりはない。よし。 ﹃それじゃ、準備はいいかな?﹄ ﹁はい。全員、退避を完了致しました。緊急時の対処もお任せくだ さい﹂ 一号さんと、その背中に隠れている大貫さんだけが残った。 1418 もしもの時は、みんなで揃って逃げる予定。 そしてさらに万が一の時は、ボクを抱えて逃げてもらう予定だ。 それと、大貫さんには封印の破壊を担当してもらう。 封印の核は十二。それが異界門を囲う形で、氷の中を緩やかに移 動している。 いっぺんに破壊すればいいんだけど、口で言うほど簡単な作業じ ゃない。 でもそこは元魔王だ。 全人類の敵とまで言われた力は伊達じゃない。 ﹁そ、それじゃあ、始めるね。五十鈴くん、ちゃんと見ててね?﹂ ﹃うん。見てるよー﹄ もじもじと身悶えしている姿は、威厳の欠片もないけど。 ともあれ、ボクたちは上空から異界門を見下ろす。 大貫さんが前に出て、じっと目を凝らした。 まずは十二の核の位置を把握する。常に魔力を発しているけれど、 それを隠す術式も組み込まれているらしく、普通は核の存在を見つ けることさえ難しい。 だけど完全に隠しきれるものじゃないし︱︱︱、 ﹁ん⋮⋮五十鈴くんのために、潰れろぉっ!﹂ 大貫さんが﹃重圧の魔眼﹄を発動。 空間が歪み、轟音とともに、広範囲で氷が砕ける。 同時に、魔力の塊が押し潰され、やがて散らばるのが感じ取れた。 1419 霧みたいに拡散する氷に混じって、魔力の光も爆発的に広がる。 キィン、と澄んだ音も聞こえた。 封印が破壊された。感覚でそう理解できた。 氷の破片が散らばる中で、異界門にも動きがあった。 開かれた扉の奥で、空間が蠢いているのが分かる。 ﹃ありがとう。後は任せて﹄ ﹁う、うん。役に立てたよね? 誉めてくれる?﹂ もちろん、と頷いている間にも、また事態は変化していた。 扉の奥から低い音が響いてくる。 前回は、まず黒い巨人みたいなのが現れたけど、今回は違うらし い。 低い音は羽虫が飛ぶようなそれ。 やがて耳障りなほど大きくなって︱︱︱大量の蜂の群れが飛び出 してきた。 1420 02 毛玉vs異界門①︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:35 名前:κτμ 戦闘力:89600 社会生活力:−9860 カルマ:−27820 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力超強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃創造魔導﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・弐:﹃魅惑﹄﹃逆鱗﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃唯我独尊﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃痛覚制御﹄﹃毒無効﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇大 耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 1421 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・弐:﹃隠密﹄﹃無音﹄﹃暗殺﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重壊の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄﹃竜の殲滅者﹄﹃大量 殺戮者﹄ ﹃扉の破壊者﹄ カスタマイズポイント:350 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1422 03 毛玉vs異界門② ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV37 からLV38になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ システムメッセージが断続的に流れてくる。 お茶を飲んで、おやつを食べてる間に、またレベルが上がった。 異界門から現れた奇妙な敵は、次々と消滅していく。 ﹃死獄の魔眼﹄で作った結界のおかげだ。 門を抜けた直後に結界内に入るよう設置したから、ほとんど自動 経験値獲得マシーンになってる。 最初は蜂みたいなのが数体。たぶん偵察のつもりだったんだろう。 あっさり消滅したので、正体はよく分からなかった。 次に現れたのは百体以上の、これまた蜂。 第一波と同じように全滅したけど、少しだけ観察ができた。 どうやら生命体じゃないらしい。 結界に捕らえられて塵になっていく間に、機械的な部品が見て取 れた。 機械文明の世界からの侵略、と考えられる。 もしかしたら前回の巨人も、生体機械とか内部に鉄の骨格がある とか、そういったものだったのかも知れない。 1423 こちらの世界よりも歴史は長いんじゃないかな、とも推測できる。 それにしては侵攻の仕方が単純すぎる気もするけど︱︱︱。 だって、第三波は蜂がさらに追加されただけだったし。 数はたぶん、五百匹くらい? 全部まとめて﹃死獄﹄結界が消滅させてくれた。 さすがに蜂だと無意味だと学習したのか、次はまた違うのが現れ た。 人間くらいの大きさの、四つ足ロボットだ。 それが十体ほど。異界門から出たところで停止した。 門と結界の間は、ほんの一歩分くらいだけど隙間がある。 だから四つ足ロボは、すぐには破壊されなかった。 偵察用だとしたら、その目的は果たしたんだろうね。直後に消し 飛んだけど。 門の脇に小毛玉を待機させておいたんで、討ち漏らしはしない。 ﹃衝破の魔眼﹄で跡形も無く分解、吹っ飛ばしておいた。 そうしていまは、大きな戦車みたいなのが突撃してきた。 ﹃頑丈なのなら突破できる、とか考えたのかな?﹄ ﹁恐らくはそうでしょう。今回も生体反応は皆無でした。自立型の 兵器、あるいは道具であると判断します﹂ 無人兵器での偵察、って考えると妥当な作戦なのかな。 ボクの知ってる戦車を四台くらい合わせたような大きな機械だっ たけど。 1424 それを使い捨てにできる相手。 油断してると、手痛いしっぺ返しを喰らいそうだ。 ちなみに、第二波の時に、外来襲撃が再開っていうアナウンスが あった。 世界中に警告が届いたはずだ。 星降らし が襲ってくることも考えられた。 ボクがやってることが露見する可能性もある。 それと、前みたいに システムさんが本気になるとけっこう怖い。 この世界を守るためには、かなり過激な行動も躊躇わない。 毛玉の一体や二体巻き込んだとしても、異界門の破壊を優先する はずだ。 逃げる はそんなに恐れなくてもいいと思う。 が含まれているのが多い気がする。 でもその時には事前アナウンスがあるはずだし、逃げる時間くら いはある。 ⋮⋮なんか、作戦に 星降らし まあいいか。命は大事。 ともあれ、 あんまり連発できる技でもないみたいだし、いまは敵の侵入も防 いでいる。 システムさんが状況を見てくれてるなら、大技は控えてくれると 期待できる。 経験値ホイホイ結界が活きている限りは、そう深刻な事態にはな らないはず。 機械だって殺せる結界。 言葉的に矛盾してる気もするけど、便利だからよし。 1425 ﹃次は、どんなのが出てくるかな?﹄ ﹁敵は多少ながら知恵があり、膨大な資源を持つと推察します。そ の前提に立てば、次はより頑強ななにかを送り込んでくるでしょう﹂ ﹁わ、私はそろそろ様子見に入ると思うな。自信はないけど⋮⋮﹂ 一号さんと大貫さんが、其々に意見を述べる。 結果は、どちらも正解だった。 キャタピラ 次に現れたのは、履帯付きの小さな偵察機、らしき物。 数は十二体で、半分は異界門を出た直後に停止した。 残りは﹃死獄﹄結界の中へと直進する。 すぐに崩壊して消滅したけど、前に現れた四つ足ロボよりは耐え ていた。 少しの時間差だけど、何かしらの情報を得る余裕はあったのかも 知れない。 思い出したのは、宇宙探索機の話。 遠くの小惑星まで探索へ行って帰還。最後には大気圏に突入して 燃え尽きた。 その燃え尽きる最中に、写真を撮って送信したっていう話だ。 少し欠けた地球の映像を、ボクも見た覚えがあった。 そんな風に、破壊されるのを前提で情報を得ようとした可能性は 高い。 そして残った偵察機は、仲間の破壊を見届けると引き返そうとし た。 でもそうはさせない。﹃衝破﹄と﹃轟雷﹄の魔眼で全滅させる。 1426 やっぱり機械製品らしく、雷撃には弱いみたいだ。 仲間に庇われる形で﹃衝破﹄に耐えたのもいたけど、﹃轟雷﹄の 一撃で動きを止めた。 しっかりとトドメを刺して粉々にしておく。 ﹃戦力の逐次投入は愚策って聞くけど、どうなんだろ﹄ ﹁この程度は戦力として捉えていないのではないでしょうか?﹂ ﹁やっぱり、偵察って感じだよね⋮⋮五十鈴くん、疲れてない?﹂ 細かな戦いは小毛玉に任せて、戦力的には余裕がある。 でも精神的な疲れは別だ。 異界門からの侵攻は断続的で、封印を解いてからもうじき二時間 くらいになる。 もっとこう、ドバーっと来るのを一気にやっつけようと思ってた のに、予想とは違う展開だ。 前回の竜軍団とは違って、知性を感じさせる。 こちらももう少し頭を捻る必要があるのかも知れない。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV39 からLV40になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ 1427 ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ ミサイルが飛んできた。 比喩とかじゃなくて、そのまんまの意味で。 こう、大陸間弾道的なデッカイやつが。 思わず、ファッ!?、とか変な声が出そうになったよ。 一号さんは表情を変えなかったけど、その背後で大貫さんは目を 見張っていた。 結界に入ったら消滅するのは、相手も理解したはずだ。 それを今度は、速度で突破しようとしたらしい。 。 だけどそのミサイルも、結界に入った途端に砂のように崩れて 死んだ 爆発もしない。合計六発が経験値に変わった。 ﹁もしかして⋮⋮あの、もしかしてなんだけど、地球と繋がってた り、するかな?﹂ ﹃どうだろ? 可能性は低いと思うけど﹄ 大貫さんが言いたいことも分かる。 科学文明となれば、ボクたちがいた世界とその点は同じだ。 帰れる ってことはないと思う﹄ でも明らかに技術としては進歩しているから︱︱︱。 ﹃少なくとも、 ﹁あ⋮⋮そう、だよね。時代が違うみたいだもんね⋮⋮﹂ 1428 そんなことを話しながら、ボクたちは休憩を取る。 一旦敵が現れた後は、しばらく間が空くのがこれまでで分かって きた。 対策会議とかしてるのかも。 だからこっちも作戦の見直しとかする時間を作る。おやつを食べ ながら。 長丁場になるのも想定して、それなりの食材は持ち込んであった。 揚げパン美味しい。 粒々の砂糖と、カリッと焼けたパンの食感が贅沢だ。 甘味と紅茶の組み合わせは、こっちの世界だと庶民には縁遠いん だよね。 クッキーとかも食べたくなる。 ﹁ね、ねえ、五十鈴くんは⋮⋮料理のできる女の子とか、好き?﹂ ﹃どうだろう? 美味しいものは好きだけど﹄ ﹁そうなんだ⋮⋮今度、私も料理してみていいかな?﹂ ﹃屋敷の厨房なら、好きに使っていいよ。あ、でも管理はメイドさ ん任せだから﹄ 呑気な会話をする時間もあった。 仮にも戦場だっていうのに、どうにも緊張感が沸いてこない。 天敵 とも言える兵器が現れた。 しばらく異界門も静かで︱︱︱もしかして諦めたかな?、なんて 思い始めた頃だ。 この世界にとって、 1429 1430 04 毛玉vs異界門③ 異界門から新たに現れたのは、空中に浮かぶ球体だった。 全身が銀色の鋼板で覆われている。前後左右に、カメラみたいな レンズが備えられていた。 一目で機械だと分かる。 メカ毛玉? いや、毛は生えていないけどね。 ボクを機械にして色を変えたらこうなるんじゃないか、ってデザ インだ。 それが五体。異界門を出た直後に停止した。 死獄結界に入らないなら、小毛玉が襲う。 ﹃衝破﹄と﹃轟雷﹄の魔眼を発動。 これまでの偵察機や頑強な戦車っぽい機械は、それで簡単に破壊 できた。 雷光と、激しい土煙が舞って︱︱︱、 視界が開けた後、球体メカは平然としてそこに浮かんでいた。 いや、平然ではないかな。 二体ほど小さく火花を吹いている。いくらか損傷はあったみたい だ。 だけどまだ動ける程度のダメージでしかない。 ﹁防がれた⋮⋮? ううん、散らされたみたい﹂ 1431 大貫さんが驚きながらも静かに分析する。 そうしている間に、メカ毛玉は死獄結界の中へ進んでいた。 これまでの例からすると、すぐに壊れて、砂のように崩れるはず だ。 でもメカ毛玉は耐えてみせる。 結界の中心まで進んだところで、ダメージを負っていた二体が崩 れた。 けれどまだ三体残っている。 なにもかも殺す結界の中でそれだけ耐えられるのは異常だ。 その理由は、大貫さんが言った通りらしい。 ﹃魔力そのものが効かない? 散らされてる?﹄ ﹁そのようです。完全とはいかないようですが、極めて強力な抗魔 装甲を持っていると判断できます﹂ 一号さんも頷く。態度には表さないけど、いくらか驚いているみ たいだ。 実際、ボクもあんまり冷静じゃいられない。 魔力そのものを無効化する。そんな相手は初めてだ。 以前に、硬くてデカイ亀はいた。物理も魔法もほとんど効かない 魔獣だった。 殺される 。 だけど﹃万魔撃﹄は有効だったし、今回の球体メカとは質が違う。 その﹃万魔撃﹄にしても、死獄結界に入ったら つまり結界に入った時点で、球体メカにはこちらから手出しがで きない。 1432 しかも︱︱︱。 ﹃まさか、結界を破ろうとしてる?﹄ 球体メカの表面が、なにやらチリチリと輝いている。 電子的な光だ。その輝きに合わせて、僅かに死獄結界が薄らいで いく。 赤黒く禍々しかった色に、少しずつ白が混じっていくようで︱︱ ︱、 あ、壊れた。球体メカの方が。 凄まじいほどの魔力抵抗を持っていても、死獄結界はそれを上回 った。 僅かに薄れていた結界の色も、元の禍々しさを取り戻す。 とりあえずは現状維持。迎撃態勢は健在のまま。 でも、あんまり芳しくない状況だ。 ﹃このままだと、次か、その次くらいで結界が壊されるかな?﹄ ﹁断言はできません。ですが、その可能性は高いかと﹂ ﹁ま、魔力を使う技が効かないのは、よくないよね。私たち、魔法 の方が得意だし⋮⋮えへへ、私も五十鈴くんも同じだね﹂ 妙な部分で、大貫さんは喜んでる。けっこう非常事態なんだけど なあ。 だけどまあ、焦る必要はないか。 確かに、物理攻撃だけで、あの機械軍団を蹴散らすのが難しい。 1433 もしも結界が壊されれば、敵はどんどん増えてくるだろう。 毛針とか体当たりとか、そればかりだとボクたちの方が俄然不利 だ。 だいたい、機械を相手に肉体だけで戦うっていうのが尋常じゃな い。 いやまあ、毛玉とか魔王とか、そういう存在がそもそも尋常とは 言えないけど。 だけど単純な物理技にばかり頼る必要もない。 たぶん、通用する。だから︱︱︱。 ﹃よし。撤退﹄ は?、と 絶対に感情を表さない一号さんまでが、唖然として言葉を失った。 異界門から距離を取る。 戦略的撤退 というやつだ。 新たな敵が出てくるまでは間があるので、撤退は簡単だった。 とはいえ、あくまで まだ戦いは続ける。 ちょっぴり作戦を繰り上げるだけ。 ﹃しばらくは様子見だね﹄ 異界門を置いた小島から、望遠鏡でも見えないくらい遠くまでボ クたちは退いた。 1434 海上の一部を凍らせた休憩所も、同じく移動させてある。 周囲には一号さんと大貫さんで、魔術による隠蔽を施してもらっ た。 これで相手からは発見されない。 こちらは高性能茶毛玉を飛ばして、密かに相手を監視できる。 ボクたちの前には、異界門を捉えた映像が浮かんでいた。 ﹃予想だと、さっきの球体メカが数を増やして来るかな?﹄ ﹁えっと、大型が出てくるのもあると思う﹂ ﹁ご主人様、お食事の用意が整いました。まずは温かい飲み物をど うぞ﹂ 安心して食事をいただく。 簡素なベッドも用意してあって、ゴロゴロする余裕もある。 ついでに、毛繕いもしてもらった。 珍しく働き続けて毛並みも乱れていたけど、ふさふさになった。 そうしてボクたちが休んでいると、やがてまた異界門に動きがあ った。 予想が当たって、球体メカが二十体ほどに増えて侵攻してくる。 今度は一体も止まらず、真っ直ぐに結界へ入ってきた。 死獄結界vs球体メカ軍団、第二幕だ。 心情としては結界くんを応援したい。自分で作ったものだし。 だけど、ボクの応援はあまり意味のないものだった。 赤黒い結界空間は、そこそこ長い時間頑張ってた。 1435 球体メカも十数体は潰して、跡形も無く消滅させた。 それでもまた異界門から増援が来る。合計で五十体は超えた。 どんどん結界の色は薄れてきて、白に染まって︱︱︱、 ﹁あ、破れる⋮⋮!﹂ 大貫さんが呟くと同時に、映像の中で大きな変化が起きていた。 パリン、と小気味よい音が響いた。 光粒が広範囲に散らばって、禍々しい色が完全に消え去る。 なにもかもを死滅させる結界が、ついに破られた。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV40 からLV41になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ 最後に数体を道連れにしたけど、これで自動経験値獲得トラップ は失くなった。 ちょっと残念。 まあ、その気になればまた結界を張れるんだけどね。 だけど﹃死獄の魔眼﹄の全力発動は、けっこう魔力消費が激しい。 連発はできない。どうせイタチごっこになるだろうからやめてお く。 そんな訳で、異界からの侵略軍が乗り込んでくる土台はできた。 いや、土台を作る準備が整った? ﹃あの黒い巨人、土木作業用だったんだ﹄ 1436 首の無い巨大な人型。のっぺりとしている。 死獄結界が消えると、黒巨人が何体も現れた。 他にも、資材やら工作機械らしきものが続々と。 太い柱が自分だけで空中に浮かんで、長く伸びて海底まで突き刺 さる。 その上に、また飛んできた板が何枚も組み合わされて地面になる。 異界門がある小島が、あっという間に拡張されていった。 基地造りだ。侵略軍なのに慎重だね。 でも考えてみれば当然か。侵略っていう単語から、ヒャッハーで 粗暴なイメージが沸くけど、相手は異世界まで来るような技術を持 ってるんだし。 それなりに知性的な行動を取るのも当り前だ。 まずは拠点を整えるっていうのは、戦略としても正しい。 それと、技術力もやっぱり凄い。 ボクが仮眠を取ってる間に、小島は人工島となって、そして立派 な基地に造り替えられていた。 大きな柱や鋼板が、次々と異界門を通って運ばれてきている。 基礎ができると、土砂も運ばれてくる。 その土砂を黒巨人が広げたり、整地したり、細かな作業を進めて いく。 同時並行して、周囲の偵察も行ってるみたいだ。 最初に現れた蜂の群れがまた出てきた。百体以上があちこちへ飛 んで行く。 世界中に散らばるのだとしたら、見過ごすのはよくない気もした。 1437 でもいまは隠れているのを優先。 一応、小毛玉を動かして何匹か捕獲してみた。 機械相手でも﹃麻痺針﹄の効果があったのはちょっと驚き。 ともかくも捕まえたので、メイドさんたちに頼んで解析してもら う。 ﹁絶対とは申し上げられませんが、危険は無いと判断致します。確 認されたのは偵察機能のみで、ご主人様が危惧された薬物なども備 わっておりません﹂ そう、ボクが懸念したのは化学兵器。 毒とかウィルスとか、そういうのを散布されたら困るなあ、と。 でもひとまずは安心できそうだ。 偵察されるだけなら問題はない。作戦は順調だ。 順調に、敵は軍勢を整えつつある。 異界門を囲う形で、すでに高く分厚い壁が出来上がっていた。 そして広場には、何百という兵器群が集まっている。 戦車っぽいものや、ミサイル砲台っぽいもの、球体メカや六角形 メカ︱︱︱。 人型ロボは、土木用の黒巨人だけみたいだ。 ガン○ムはいない。まあビーム砲とか出てきても怖いけどね。 いまのところ、どうにもならないってほどの脅威は見当たらない。 そうして丸一日以上を掛けて、敵の軍勢も整ってきた。 数だけでも、一千台を軽く超えた。 基地も頑強そうなものになって、警戒機みたいに球体メカが上空 を漂っている。 1438 辺り一帯の魔力そのものが消失していると、高性能茶毛玉の偵察 で分かった。 見事な要塞だ。 内部では機械の軍勢がいて、刻一刻と戦力を増している。 それを︱︱︱まとめて消し飛ばした。 1439 05 毛玉vs異界門④ ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV41 からLV47になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ ごっそり経験値が貰えた。我ながら、酷い。 目の前には、まだ黒く歪んだ空間が広がっている。 ﹃重壊の魔眼﹄による、重力崩壊の余波だ。しばらくは治まりそ うにない。 敵基地には、魔力を無効化する力場みたいなものが張られていた。 だけどそれは限定された空間だ。 少し離れた、例えば遥か上空だと普通に魔力は使えた。 だから基地の直上を狙って、﹃重壊の魔眼﹄を全力で発動させた。 巻き起こる重力崩壊。 瞬間的な破壊力なら、ボクが持つ魔眼の中でも一番だろう。 そして周囲に及ぼす影響も凄まじい。 辺り一帯の何もかもを黒い一点に吸い込み、吐き出す。 そこからの衝撃波は、もう魔力とか関係ない。単純な暴力だ。 衝撃だけでなく、空間そのものを破壊しているようなもの。 だから魔力を無効化されても通用した。 1440 完璧な不意打ち。 下手に大掛かりな科学兵器と違って、こっちはすぐに使える個人 戦力だ。 事前に察知される可能性は低い。 その利点を活かした一撃で、基地を跡形も無く吹き飛ばした。 人工島も崩壊している。 いくつか頑丈な兵器の中には、まだ動けそうなのもあった。 でも海に放り出された上に、ボクは追撃もかける。 もう一発、﹃重壊の魔眼﹄を発動。 異界門も巻き込むけど関係ない。むしろ好都合だ。 最初の一撃で、異界門にもヒビが入っていた。 そろそろ終わらせた方が安全でもある。 短い間に対策を打ってくる相手だから、甘く見ない方がいい。 ってことで、確実なトドメとさせてもらうよ。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV47 からLV49になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽外来種の討伐により、経験値に特別加算があります︾ 重力を溜め込んだ黒い球体が、小島のあった場所で爆発した。 二発目の、容赦無い破壊衝撃。 辛うじて動いていた機械兵器たちも、残さずバラバラになる。 1441 さすがに異界門は重力の波にもしばらく抗っていた。 だけど歪み、あちこちが割れて、やがて根元から崩れ落ちる。 よく考えたら、この衝撃って向こう側の世界にも届いているのか も知れない。 けっこう大惨事になってるかもね。 まあ、そこらへんはボクが知るところじゃないし、もう知る術も ない。 ︽異界からの扉が破壊されました︾ ︽外来襲撃の終息を確認。お疲れさまでした︾ やけにあっさりとしたシステムさんの声が、完全破壊を保証して くれた。 世界的に見れば大事件。 というか、そこかしこで混乱が起こってると思う。 外来襲撃の再開っていうだけでも前代未聞のはず。 そこから、二日間ほどで事態は終息した。 なんだったんだ?、と大勢の人が首を捻りまくっていそうだ。 当事者であるボクにしても、なかなか困惑させられる事態だった。 望んだ計画の通りではあったんだけどね。 かなりの経験値を稼がせてもらった。だけど兵器を倒しての経験 値、っていうのは不思議な感じもする。 なんとなくだけど、生き物を倒してその力を奪うようなイメージ があったから。 機械相手だと、なんか違う。 1442 例えば、強力な機械を作ったとする。命令で無抵抗にしておいて 倒す。 それでも経験値はもらえるのか?、なんて疑問も沸いてきた。 まあ、どうでもいいか。 もしかしたら、機械みたいな生物だったのかも知れないし。 メイドさんたちだって、生物みたいな人形だ。 そういえば、倒したら経験値もらえるのかな⋮⋮? ﹁如何なさいました?﹂ ﹃なんでもない。それより、帰ろう﹄ いくらボクでも、メイドさんたちを実験台にするほど非情じゃな い。 そんなことする必要も無いし。 次の進化っていう目的も果たせそうな予感がする。 帰りがてら、海を巡って適当な魔獣でも狩っていこう。 そこそこ強そうなのが徘徊してたりするし。 ︽総合経験値が一定に達しました。魔眼、バアル・ゼムがLV49 からLV50になりました︾ ︽各種能力値ボーナスを取得しました︾ ︽カスタマイズポイントを取得しました︾ ︽条件が満たされたため、魔眼、バアル・ゼムは進化可能です︾ ぐっと拳を握る。毛玉だから心の中で。 海産物のおかげで、無事に目的を達せられそうだ。 1443 さて。異界門は消えて、ボクは次の進化を行えそうだ。 その前に、あちこちへ一言くらい入れた方が良い気もしないでも ない。 進化のことではなく、異界門に関しての話を。 とりわけエルフ&獣人領の人達には、知らせてあげた方がいいだ ろう。 でも怒られそうだし。 色々と面倒な事態になりそうだし。だから︱︱︱。 ﹃適当に、喧嘩にならないように伝えておいてくれる?﹄ ﹁承知致しました﹂ メイドさんに伝令を頼むことにした。これで解決。 あとはボクの屋敷へ戻って、進化を行うだけ。 ﹁でも進化って⋮⋮五十鈴くん、姿が変わるの?﹂ ﹃どうだろ。これまでは基本的に毛玉だったし、大きくは変わらな いと思う﹄ ﹁も、元の姿になったりするかな? あ、もちろん、いまの姿でも 構わないの。私はその⋮⋮五十鈴くんの、眼差しが、えっと、素敵 だと思うから⋮⋮﹂ 1444 ﹃人型は難易度高そう。目がなくなる、なんてことはないんじゃな い?﹄ 珍しく大貫さんの口数が多い。 どうやらボクの進化に興味があるらしい。 でもどんな姿になるのかなんて、予測できないからねえ。 だからまあ、考えても仕方ない。 戦闘力のアップは期待するけど。 ﹃数日掛かるかも知れないけど、大丈夫だよね?﹄ ﹁お任せくださいませ。屋敷の警備は万全にいたします﹂ ﹁わ、私も頑張るよ。えへへ、ずっと見張っててもいいよね?﹂ 大貫さんが見張るのは、外敵とかじゃなくて、ボクのことなんだ ろうね。 まあ、安全が確保されるなら構わない。 でも断言はしないでおく。 そんな話をしながら、ボクたちは屋敷へと帰還した。 アルラウネやラミア、スキュラや黒犬、それと煩い赤鳥や青鳥も 迎えてくれる。 もうすっかりモンスター村だ。 一番人間っぽいメイドさんズは人形で、大貫さんは魔王。 あらためて考えると、奇妙な場所だね。 でも落ち着く。ほっと一息。 1445 みんなへの挨拶もそこそこに、屋敷へと入る。 まずは、お風呂。潮風でけっこうベタついてる。 温かいお湯に浸かって、メイドさんに手入れをしてもらって、自 慢のふさふさ毛並みを取り戻す。 次に食事。メニューはビーフシチューっぽいものと、焼き立ての パン。 それと新鮮野菜のサラダ。チーズ和え。 海上では手の込んだ物が食べられなかった。その分だけ美味しく 感じる。 屋敷に残っていたメイドさんが、じっくりコトコト煮込んでくれ ていたそうだ。 お腹がいっぱいになったところで、自室へと向かう。 今後のことを、もう一回メイドさんズにお願いしておいた。 大貫さんが屋根裏からついてきたけど気にしない。 部屋の鍵を掛けて︱︱︱さて進化、とはいかない。 とりあえずベッドに転がって目を瞑る。 寝たフリだ。いくらか時間が過ぎて、大貫さんが静かに天井裏か ら降りてきた。 なにやら鼻息を荒くして寄り添ってくる。 目も血走っていて、明らかに興奮している様子だけど、害意はな いみたいだ。 ボクの黒い毛並みを撫でたり、頬擦りしたり、舐めたりする。 たぶんこれ、いつもやってるんだろうなあ⋮⋮。 まあいいや。敵意がないのは明らかだ。 そこそこ信用はしてたけど、念の為に確かめておきたかった。 1446 でもこれで安心して進化できる。 その意志 を、ボクはシステムさんへ告げる。 一度、ステータスを確認。余っていたボーナスポイントを割り振 る。 そして、 ︽魔眼、バアル・ゼムは進化可能です︾ ︽進化承認後、新たな固体を設定します︾ 聞き慣れた声を受け止めながら、ボクはゆっくりと意識を閉じた。 1447 05 毛玉vs異界門④︵後書き︶ −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼 バアル・ゼム LV:50 名前:κτμ 戦闘力:98800 社会生活力:−9120 カルマ:−38870 特性: 魔眼皇種 :﹃神魔針﹄﹃絶対吸収﹄﹃変異﹄﹃空中機動﹄ 万能魔導 :﹃支配・絶﹄﹃懲罰﹄﹃魔力超強化﹄﹃魔力集束﹄ ﹃万魔撃﹄﹃破魔耐性﹄﹃加護﹄﹃無属性魔術﹄ ﹃錬金術﹄ ﹃上級土木系魔術﹄﹃生命干渉﹄﹃障壁魔術﹄﹃ 深闇術﹄ ﹃創造魔導﹄﹃精密魔導﹄﹃全属性大耐性﹄﹃重 力魔術﹄ ﹃連続魔﹄﹃炎熱無効﹄﹃時空干渉﹄ 英傑絶佳・従:﹃成長加速﹄ 英雄の才・弐:﹃魅惑﹄﹃逆鱗﹄ 手芸の才・極:﹃精巧﹄﹃栽培﹄﹃裁縫﹄﹃細工﹄﹃建築﹄ 不動の心 :﹃唯我独尊﹄﹃不死﹄﹃精神無効﹄﹃明鏡止水﹄ 活命の才・弐:﹃生命力大強化﹄﹃不壊﹄﹃自己再生﹄﹃自動回 復﹄﹃悪食﹄ ﹃痛覚制御﹄﹃毒無効﹄﹃上位物理無効﹄﹃闇大 耐性﹄ ﹃立体機動﹄﹃打撃大耐性﹄﹃衝撃大耐性﹄ 1448 知謀の才・弐:﹃解析﹄﹃精密記憶﹄﹃高速演算﹄﹃罠師﹄﹃多 重思考﹄ 闘争の才・弐:﹃破戒撃﹄﹃超速﹄﹃剛力撃﹄﹃疾風撃﹄﹃天撃﹄ ﹃獄門﹄ 魂源の才 :﹃成長大加速﹄﹃支配無効﹄﹃状態異常大耐性﹄ 共感の才・壱:﹃精霊感知﹄﹃五感制御﹄﹃精霊の加護﹄﹃自動 感知﹄ 覇者の才・弐:﹃一騎当千﹄﹃威圧﹄﹃不変﹄﹃法則無視﹄﹃即 死無効﹄ 隠者の才・弐:﹃隠密﹄﹃無音﹄﹃暗殺﹄ 魔眼覇皇 :﹃再生の魔眼﹄﹃死獄の魔眼﹄﹃災禍の魔眼﹄﹃ 衝破の魔眼﹄ ﹃闇裂の魔眼﹄﹃凍晶の魔眼﹄﹃轟雷の魔眼﹄﹃ 重壊の魔眼﹄ ﹃静止の魔眼﹄﹃破滅の魔眼﹄﹃波動﹄ 閲覧許可 :﹃魔術知識﹄﹃鑑定知識﹄﹃共通言語﹄ 称号: ﹃使い魔候補﹄﹃仲間殺し﹄﹃極悪﹄﹃魔獣の殲滅者﹄﹃蛮勇﹄﹃ 罪人殺し﹄ ﹃悪業を極めし者﹄﹃根源種﹄﹃善意﹄﹃エルフの友﹄﹃熟練戦士﹄ ﹃エルフの恩人﹄﹃魔術開拓者﹄﹃植物の友﹄﹃職人見習い﹄﹃魔 獣の友﹄ ﹃人殺し﹄﹃君主﹄﹃不死鳥殺し﹄﹃英雄﹄﹃竜の殲滅者﹄﹃大量 殺戮者﹄ ﹃扉の破壊者﹄ カスタマイズポイント:0 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1449 06 新たな力? ︽進化が完了しまし︱︱︱gぅいおrhxomp;:laるgふぃ s︾ パチリと意識が覚醒する。 一瞬、電流が走ったような感覚が襲ってきた。 痛みはない。不快感も。スッキリとした目覚めだ。 だけど真っ暗だ。視界は暗闇に覆われている。 いや、暗闇というか、黒い? ⋮⋮ああ、分かった。もさもさ&ふかふかのコレは、アレだ。 ボクの毛がとんでもなく伸びてるだけだ。 部屋を埋めるほどに黒毛が伸びまくってる。 黒毛の全体にまで感覚が届いてるから、そう理解できた。 それだけ長いこと眠っていた、って訳でもないみたいだ。 原因はたぶん、溢れる魔力。黒毛の一本一本まで魔力が満ちてい る。 だから感覚も行き届いてる。 うん、なんとなく状況は理解できた。 とりあえず大きな心配は要らないらしい。 部屋の隅で黒毛に埋まっている大貫さんも、幸せそうに涎を垂ら してるし。 1450 外の様子も窺える。 幼ラウネたちの遊んでいる声や、赤鳥や青鳥のどうでもいい言い 争いも聞こえた。 どうやら随分と、感覚が鋭くなっているみたいだ。 ボク本体の方は︱︱︱、 外見に大きな変化は無いのかな? 以前と同じく、バスケットボールサイズの毛玉だ。 小毛玉も数体、部屋を埋める黒毛の中にいるのが分かる。 とりあえず、この部屋から出るとしよう。 長すぎる毛は、適当に揃えるように切り落とす。 毛針を発射する応用で簡単だった。いまのボクは、自身を完璧に コントロールできる。なんとなく、そんな感じがする。 余計な毛を落として、部屋の扉を開ける。 もさっ、と黒い塊が溢れ出た。 奇妙な光景のはずなのに、そこで待ち構えていた一号さんは平然 としている。 相変わらず、静かな態度のまま一礼してくれた。 ﹁おはようございます、ご主人様﹂ ﹃うん。おはよう﹄ ボクの声が出ないのも変わらず。でも魔力文字が使えるから問題 はない。 ﹁え? 五十鈴くん、起きたの?﹂ 1451 部屋の中から、大貫さんが驚いたような声を上げた。 もさもさと、まだ室内に詰まっている毛が蠢く。 大貫さんが出てこようとして、上手く動けないでいるらしい。 そちらは放っておいてよさそうだけど︱︱︱。 ﹁ご主人様、白くなられましたね﹂ え? 白く? ボクは内心で首を傾げる。見た目は黒い毛玉のはずだ。 でも一号さんには白く見えている? ﹃黒じゃなくて、白?﹄ ﹁はい⋮⋮いいえ。どちらにも見えるようです。光彩が移り変わる、 というのも少々異なりますが、白と黒の両方の色を纏っておられま す﹂ 冷ややかな眼差しに、微かな困惑が混じっていた。 どうやら奇妙な現象が起こっているらしい。 それを確認するためにも、ボクはあらためて自身を見つめる。 そして、ステータスを呼び出す。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 魔眼??ネ?甲?? バル・バロール LV:??? 名前:κ τμ 戦闘力:222800+αΣ8E 社会生活力:−3 1452 カルマ:−l; ptdfcgvkb??? 特性: Θぐp;眼??? −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− バグっていた。 ⋮⋮どうしよう、これ? 考えても分からない。なので、放置。 ステータスのことはひとまず頭から離して、ボクは席に着いた。 いまは食事だ。お腹が空いていた。 ﹁ご主人様は十日も眠っておられました﹂ ﹁あのね、最初は何も起こらなかったんだよ。でも三日目くらいか ら、一気に毛が伸び始めて⋮⋮﹂ 一号さんと大貫さんが、眠っている間のことを話してくれる。 まとめると、大きな事件は起こっていない。 偶に魔獣がやってくるくらいで、この拠点は平穏だったそうだ。 胃に優しいシチューを味わいながら、十日分の報告を聞く。 まあ相変わらず、何処に胃があるか分からない身体で︱︱︱。 ふと思いついた。﹃変異﹄を発動。 1453 ﹁ぁ⋮⋮五十鈴くん!﹂ ソファの裏から、嬉しそうな声が上がった。 毛玉でもボクだと見抜いた大貫さんだけど、元の姿の方が好みみ たいだ。 いまも部屋に大量の写真を張ってるのも知ってる。 ボクは気にしないけど、メイドさんたちが困ってた。掃除がしに くいって。 一枚でも位置が変わってたりすると、凄く怒るから︱︱︱ってい まは関係ないか。 ﹁うん⋮⋮魔力が増えたおかげかな。こっちの姿でいても消費は感 じない﹂ ﹁だ、だったら、ずっと人間の姿でいられるの?﹂ ﹁無理ではないけど、寝る時とかは毛玉の方が楽そうだよ﹂ ソファに座り直しながら、食べかけだったパンを手に取る。 毛玉体にも慣れたけど、やっぱり手があると便利だ。 味覚はあんまり変わらない。 でもゲテモノ食べる時は毛玉の方がいいかな。心情的に。 いや、そもそもゲテモノを食べなければいいんだけど。 もう生活も安定してきたし、そんな状況に追い込まれないことを 祈ろう。 この世界に神様がいるのかどうか知らないけど。 システムさんは祈っても一切構ってくれなさそうだ。 1454 ﹁気になるのは、システムさんのバグか⋮⋮﹂ ﹁え? バグって?﹂ 思わず呟いていた。大貫さんが不思議そうに問い掛けてくる。 ﹁ステータス画面が変なのになってる。文字化けってやつだね﹂ ﹁そうなの⋮⋮? こっちは普段通りだよ?﹂ ﹁ボクだけってことか。実害が無ければいいんだけど﹂ どっちにしても、後で確かめてみるつもりだ。 進化して、ボクの力がどうなったのか。 とりあえずいま分かっているのは、弱体化はしていないこと。 魔力量は増えているし、小毛玉も扱い易くなっている気がする。 小さな毛玉が空中を舞う動きは、以前よりも鋭い。 見た目は、心なしか大きくなったくらい? あとは、ボク自身の見た目だ。黒なのか白なのか。 大貫さんには黒くてふさふさの毛玉に見えている。 でもメイドさんたちには、黒にも白にも見えるらしい。 どちらでもある、ってことなのかな。 一番重要なのは、主力武器である﹃魔眼﹄がどうなってるかだけ ど︱︱︱。 少なくとも、この場で発動させるのはやめておこう。 色々と巻き込んじゃうと危険だから。 1455 魔眼もまた強力になっているのも、なんとなく予感できる。 軽く目蓋を伏せるだけでも、瞳の奥で渦巻く魔力を感じ取れた。 を含 勇者が苦戦した邪龍軍団とも、いまなら正面から戦える気がする。 まあ、過信は禁物だけど。 ﹁委員長⋮⋮ザイラスくんあたりから、何か連絡はない?﹂ 勇者 ﹁現状ではこれといって⋮⋮いえ、少々お待ちください﹂ 軽く一礼してから、一号さんは目を伏せる。 どうやら他のメイドさんから念話が入ったらしい。 ややあって、一号さんはまたこちらへ目を向けた。 ﹁失礼致しました。そのザイラス様からご連絡です。 めて、会談の場を持ちたいそうです﹂ なんとも絶妙なタイミングだ。 勇者が出てくるってことは、それだけ帝国の方が落ち着いてきた 証拠だろう。 こちらはまあ、用は無いけど興味ならある。 ﹁この島に来るなら歓迎する。そう伝えて﹂ こっちから出向くよりは時間を稼げるはず。 念には念を入れて、勇者様を迎える準備を整えておこう。 1456 07 勇者歓迎と、とある魔獣 ムスペルンド島の西部、大きな湖がある。 そのさらに西の畔に、ボクは本拠を置いている。 屋敷があって、それなりに広い土地を壁で囲っている。 規模だけなら、村というよりは小さな街。主な住民はアルラウネ とラミア。 湖の側ではスキュラも集落を作っていて、お隣さんと言うよりも 親しい関係だ。 時折、ハーピーも訪れる。 喧しい赤鳥と偉そうな青鳥を慕っていて、島のあちこちの様子を 伝えてくれる。 ﹁平和だなあ﹂ 人間の姿を取ったまま、ボクは拠点内を見て回っていた。 なんとなく。暇潰しに。 明日には勇者一行が来る予定だけど、もう準備は済ませてある。 だから、のんびりと過ごせる。 幼ラウネや幼ラミアたちが集まってくるので、飽きるまで遊びに 付き合う。 竜人幼女も混じってきた。相変わらず騒がしいけど、最近はみん なとも打ち解けている。 近くでは一号さんが静かに佇んでいる。 1457 ちょっと離れた木陰では、大貫さんがじっと見つめてきていた。 時折、大貫さんに渡してある小毛玉がぎゅっと握り締められたり する。 押し潰されそうなくらいに。 荒い息遣いも聞こえてくるけど、気にしないでおく。 ﹁最近はまた新しい子も増えてきた?﹂ ﹁はい。アルラウネやラミアは、大多数はとても成長が早いですか ら﹂ 最初に会った幼ラウネは、ほとんど背丈も伸びていないように見 える。 でも周りの仲間には成長した子も増えてきた。 不思議種族なのは今に始まったことじゃないし、まあ喜んでいい んだろう。 成長と言えば、もっと気になるのもいる。 ﹁あの二羽は、元に戻るまでどれくらい掛かるかな﹂ 赤鳥と青鳥のことだ。 元は戦闘力も高い大型鳥だったので、力を取り戻せば拠点を守る 戦力として期待できる。倒したボクには逆らえないらしいので、安 全性も高い。 ﹁これまでの成長具合から推察しますと、最低でも一千日以上は掛 かるかと﹂ 三年くらいか。長いな。 まあ、がっかりする程でもない。 1458 ﹁長い目で見るしかないか﹂ ﹁はい⋮⋮ご主人様、そろそろよろしいでしょうか?﹂ 一号さんに促されて、ボクは頷いた。 勇者を出迎える準備は整っている。 でも念の為に、早目に港町まで行って待機しておく予定だった。 大型船が停まって、数十名の帝国兵や船員が降りてくる。 その様子を、ボクは腕組みをして偉そうに見守っていた。 今回も黒甲冑姿だ。中味は毛玉。 すでに帝国上層部には、ボクの正体は知られている。 だけど一応、人間のフリをしておく方が都合が良い。 帝国からすると、ボクは友好的な地方豪族みたいな扱いになって いる。 それが人間じゃないってなれば、色々と問題も出てくるそうだ。 ちょっと面倒ではあるけど、大した問題じゃない。 この黒甲冑姿も気に入っているし。 そんなことを考えている内に、船から見知った顔が降りてきた。 先頭にザイラスくん、次にマリナさん、そして映像でしか見たこ とのなかったサガラくん。勇者御一行だ。 1459 ﹁片桐くん、久しぶり﹂ ザイラスくんが、人当たりの良い笑顔を浮かべて手を振ってくる。 こちらも挨拶をして、サガラくんへ目を向けた。 ﹃久しぶり﹄ ﹁ああ⋮⋮その甲冑の中味は、本当にアレなのか?﹂ 愛想が無いのは、転生しても変わらないらしい。 サガラくんは訝しげな眼差しを向けてくる。 なので、甲冑の胸部分だけをパカリと開いてみせた。 毛玉と目が合う。サガラくんの仏頂面が、一瞬だけヒクリと揺れ た。 ﹁⋮⋮なんか、すげえな﹂ ﹃勇者ほどじゃないと思う﹄ ﹁望んでなった訳じゃ⋮⋮いや、それはそっちも同じか﹂ ボクは頷き返して、甲冑を閉じた。 毛玉になったのもそうだけど、そもそも異世界に来たのが望んだ ことじゃない。 散々、サバイバル生活をさせられた。 何度も死にそうな目に遭った。 元の世界が最高だったとは言わないけど、少なくとも平穏ではあ った。 1460 だから委員長の話にも興味が沸いた。 元の世界に戻る。そのために、これから動き出すらしい。 外来襲撃や、その後の各国との戦争も一段落して、良い頃合いだ という話だ。 ﹁元魔王が、どうにか魔族たちをまとめてくれたからね。他の国と も、ひとまず帝国に有利な方向で片付けられそうだ。大貫さんにつ いては、正直に言うと討伐対象になってるんだけど⋮⋮﹂ 港からの移動中に、ザイラスくんが大陸情勢を語ってくれた。 ちらちらと背後の物陰へ目線を向けている。 どうやら離れて様子を窺っている大貫さんにも気づいているみた いだ。 ﹁自分たちとしては、余計な危険を冒したくないんだ。もう危険は 無いみたいだし、もしも戦うことになったら、サガラくんがいても 命懸けになるだろうからね﹂ ﹃大人しくしてるように、頼んである﹄ ﹁うん、期待してる。彼女を制御できるのは、片桐くんだけだから﹂ ザイラスくんは乾いた笑みを浮かべる。 以前に、殴られたり踏みつけられたりしてたし、それを思い出し たのかも。 ﹁ところで⋮⋮片桐くんは、知らないかな?﹂ 話を区切って、ザイラスくんが訊ねてくる。 何を、と問い返そうとしたところで、割り込むみたいに言葉を告 1461 げられた。 ﹁外来襲撃の再開﹂ ﹃あったね。すぐに終わったけど、何だったんだろ?﹄ すっとぼけておく。 ザイラスくんが何かを掴んでいたとは思えない。 でも封印された異界門のことは知っていたとしてもおかしくない。 ボクが関わった可能性を思いついたのかも知れない。 だけど確信はなくて、カマを掛けてみたってところかな? 本気の疑惑だったら、もっと上手く話を持ち出したはずだ。 ﹁やっぱり手掛かりは無しか。こっちも、まったく事情が掴めなく て困ってたんだ﹂ 平然と述べるザイラスくん。 だけど誤魔化しているようにも見えるのは、ボクが後ろめたいこ とを隠しているからかな。 ﹁まあ、今回の話には関係ないよ﹂ 話を打ち切って、港町の道を進む。 本題は屋敷についてから、といったところだろう。 1462 勇者一行との対談は、港町にある屋敷の応接室で行われた。 さすがに立ち話って訳にはいかない。 ﹃変異﹄を発動させると、ボクも人の姿になってソファへ腰を落 ち着けた。 ﹁変身まで出来るのかよ⋮⋮なんか、なんでもアリだな﹂ ﹁そうでもないよ。これ、けっこう疲れるんだ﹂ 軽く驚かれながら、メイドさんが用意してくれたお茶のカップに 口をつける。 毛玉だと出来ない優雅な仕草を気取ってみる。 一緒に出されたクッキーも味わいつつ、まずは雑談に興じる。 ﹁私も初めて見た時は驚いたよ。でも、もふもふっていいよね﹂ ﹁犬や猫じゃねえんだぞ。それに、黒毛玉って聞いてたけど白じゃ ねえか﹂ ﹁白⋮⋮? 自分には黒に見えてたけど?﹂ ボクのことに関しては軽く流しておく。 また進化したとか言ったら、説明も面倒になりそうだ。 それに、転生した人間ばかりだから、話のネタには困らない。 委員長やマリナさんの話は以前にも聞いていたけど、サガラくん のは初耳だ。 けっこう波乱万丈な人生を送っていた。 1463 幼い頃に両親を殺されて、同性に犯されそうになるなんて、なか なか経験できることじゃない。したいとも思わないけど。 ﹁聖職者って、堕落するものなのかな。マリナさんも言ってたね﹂ ﹁立派な人もいるけどね。でも、そういう人は偉くなれないから﹂ ﹁どっちにしても、聖教国は潰すけどな﹂ どうやらこの後、サガラくんは聖教国に乗り込む予定らしい。 他の二人も止める素振りはない。 まあボクとしても、理不尽な宗教団体なんて潰れてくれた方が嬉 しい。 虐待されている人型魔獣もいるって話だから、助けに行くのも悪 くないかな。 ﹁でも探索も忘れないでくれよ。聖教国の抱えている情報も手に入 れたい﹂ ﹁分かってる。だけど本当にいるのか? ﹃循環点﹄の魔獣なんて﹂ ﹁まだ可能性だけど、労力を掛ける価値はあるよ﹂ なんだか聞き慣れない単語が出てきた。 ﹃循環点﹄ってなんだろ? ボクが首を傾げると、ザイラスくんが用意していたみたいに話を 切り出した。 1464 ﹁元の世界に帰る、これが大きな目的だっていうのは話したよね? そのための手段に必要になりそうなのが、﹃循環点﹄となってい る魔獣だ。詳しくは後で説明するけど⋮⋮﹂ ザイラスくんの声が真剣味を増す。 探るような眼差しをして、問い掛けてきた。 ﹁この島にはいないかな? 強力な魔獣で⋮⋮大きな鳥型だと思う んだけど?﹂ うわぁ。すごく心当たりがある。 でも、素直に答えていいんだろうか。 詳しく話を聞いてからの方がよさそうだね。 1465 08 循環点の獣 ﹃循環点﹄の魔獣︱︱︱。 ザイラスくんがそう呼んでいるだけで、正式な名前ではないそう だ。 この世界の大地深くには、魔力が川のように巡っている。 人の目には触れないが、そこには死した魂も流れ込んで、一点へ 辿り着く。 終着点は、恐らくはシステムさん。 魂は魔力へ返還され、魔力はまた魂に力を与えて、循環を繰り返 す。 その循環の基点になる魔獣が存在する、とザイラスくんは語った。 ﹁そんなの、どうやって知ったの?﹂ ﹁帝国には古い書物が保管されている。その中には、システムから 与えられた﹃閲覧許可﹄によって得た、稀少な知識もあった。スキ ルの﹃常識﹄や﹃魔獣知識﹄⋮⋮それらを読み進めると、世界の成 り立ちにまで迫れる﹂ 言われてみれば、そんなスキルもあったね。 語り口からすると、信憑性は高い話みたいだ。 ﹁それで肝心の﹃循環点﹄の魔獣だけど⋮⋮要するに、システムか ら大量の魔力が降りてくる存在みたいなんだ。上手くすればその力 を利用できるし、システムへ働き掛けることも出来ると考えてる﹂ 1466 ﹁話半分に聞いといた方がいいぞ。そんな魔獣がいたら、もっと暴 れてるはずだ﹂ ﹁温厚な魔獣かも知れないだろ﹂ ﹁だとしても、人間に目をつけられるのは間違いねえだろ?﹂ サガラくんの指摘も一理ある。 大陸だと、人間が魔獣を狩り尽くす勢いだって聞いた。 鳥類保護を訴えるつもりはないけど、あの二羽が研究材料とかに されるのは気持ちよくない。 ﹁もしも見つけたら、ザイラスくんはどうするつもり?﹂ ﹁可能なら、協力を頼みたいな。四体いるって話だから、一体くら いは話が通じるのがいてもおかしくないだろ?﹂ ﹁そもそも一体もいない、って可能性も高いがな﹂ サガラくんが茶々を入れると、委員長は眉根を寄せる。 その反応からしても、自分の仮説に自信を持っているみたいだ。 でも話を聞くと、その循環点の魔獣って、世界の四方にいるらし い。 そうなると、この島に二体も集まってるのは理屈に合わない。 あ、でも雷鳥の方は、昔からハーピーとかを守ってたって話だっ た。 炎鳥の方は、元居た場所から引っ越してきたとか? 1467 あまり深く考えて行動するタイプじゃなかったし、有り得るかも。 まあ、推測どころか憶測に過ぎないけど。 詳しくは、後で確かめればいい。 あの二羽がそんな偉そうな存在かどうかも、まだ分かっていない のだから。 っていうことで、ザイラスくんに話を振ってみる。 ﹁それっぽい鳥の魔獣なら、心当たりがあるよ﹂ ﹁へえ、さすがは魔境の主。どこに居るとか分かるかな?﹂ ﹁っていうか、倒した。不死鳥だった﹂ ﹁⋮⋮は? 不死鳥?﹂ ﹁卵になったんだよ。で、またすぐに生まれた﹂ ﹁ちょ、ちょっと待ってくれ。いま理解するから⋮⋮﹂ ﹁いまはボクに従ってて、赤と青の二体がいる﹂ ﹁どういうことだい!?﹂ ザイラスくんが慌てた声を上げる。 マリナさんやサガラくんも、目を丸くしていた。 まあさすがに、ボクも混乱を煽ったのは自覚している。 でも毛玉が生きていける世界だし、そんなに驚かなくてもいいと も思う。 1468 不死鳥の一体や二体いても、そう不思議でもないんじゃない? 例えば、ペットを飼っていたとする。犬でも猫でも鳥でもいい。 同級生から話を持ち掛けられる。 研究のために貸してくれ、と。 解剖なんてしないから、と。 それはもう当然のように断る。解剖とか言葉が出た時点でアウト だ。 だけどまあ、ザイラスくんは只の同級生じゃない。 頭の良い同級生だ。 ボクにとっても何かしらの利益があるかも知れない。なので、 ﹁見るだけなら﹂ そういう条件で、赤鳥と青鳥を籠に入れて連れてきた。 ﹁酷いニャ! あたしらを売ったニャ!﹂ ﹁貴様、それでも我らの主か!?﹂ ピーチクパーチクうるさい。いいじゃん、見るだけなら減らない し。 どうせ放っておいても、子供と遊ぶくらいしか役に立たないし。 1469 ﹁不死鳥かどうかは分からないけど⋮⋮でも確かに、見たこともな い鳥だな。炎と雷を操るっていうのも文献と一致するし、あとは魔 力の流れを探って⋮⋮﹂ ザイラスくんは興味深げに目を光らせている。 ひとまず手を出すつもりはない様子だ。 でも念の為に、小毛玉を監視に置いておく。 新たに進化してから、随分と小毛玉の射程が延びていた。 この島と大陸を隔てても大丈夫なくらいに。 詳しくは、これからさらに確かめる予定だ。 ﹁んじゃ、俺は聖教国へ向かうぜ﹂ 調査を進めている内に、サガラくんは自分の目的を果たすつもり らしい。 ついでに、他の﹃循環点﹄の魔獣を探す。 シュリオン聖教国は大陸の東側にあって、僅かながら未開領域も あるそうだ。 文献によれば、大陸の東端と北端にも、大きな鳥型魔獣がいる。 ﹁一応、魔王への睨みも利かせたからな。帝国への義理も果たした ぜ﹂ ﹁ここに来たのって、そういう意味もあったんだ﹂ ﹁ああ、黙ってて悪かったな。勇者って面倒くせえんだ﹂ サガラくんが渋い顔をする。 だけど口に出したってことは、魔王である大貫さんと敵対するつ 1470 もりはないのだろう。いまのところは、と条件はつくとしても。 ﹁ボクは気にしてないよ。たぶん、大貫さんも﹂ 言いながら、部屋の窓へ目を向ける。 ちらりと覗く影が見えた。話している間も、ずっと視線は感じて いた。 ここ、二階なんだけどね。 まあ今更驚くことでもない。 ﹁⋮⋮アイツ、この前まで世界征服目指してたんだよな?﹂ ﹁ま、まあ、いいんじゃない? 今度のはいくらか平和的だし?﹂ ボク以外は驚いているけど、気にしないでおく。 ﹁それよりも、大陸へ行くなら良いものがあるよ﹂ つい最近になって完成したものだ。 是非、勇者一行に人柱⋮⋮もとい試してもらいたいと企んでいた。 以前に公国を訪ねた際に、ヴィクティリーア嬢ことロル子の先生 に会った。 色々と話をしたけど、その中に転移魔法の研究に関するものもあ った。 失敗した研究だと言っていたので、使えれば便利だなあ、と思っ た程度だった。 でも資料を見せてもらい、それをメイドさんたちに託した。 1471 元々、メイドさんたちは魔導技術に秀でている。 淡い期待だったけど、そう時間を掛けずに試作品を作ってくれた。 つまりは、転移装置。 それはすでに試作品を通り越して、実用段階に入っていた。 ﹁こっちで座標を入力すれば、受け側に設置してなくても飛べる。 大陸までも一瞬で行き来できるよ﹂ ざっと説明をする。 と、また三人が揃って目を見開いた。 ﹁⋮⋮詳しく教えてくれ﹂ 一番食いついてきたのは、やっぱり委員長だった。 ﹁ああでも、こっちの不死鳥も気になるんだよな。どっちから先に ⋮⋮くそっ、計画の練り直しじゃないか!﹂ まあ転移装置が革新的な技術であるのは否定しない。 興味を持つのも当然だろう。 ただし、まだ人間での実験はしていないんだけどね。 1472 09 聖教国制圧 事情を語らず人体実験。そんな悪辣なことはしない。 ちゃんと納得してもらえるように話すよ。 転移が成功した後で。 そういう訳で、サガラくんたち三人を転移装置まで案内した。 ﹁おー⋮⋮なんか、只の魔法陣だな﹂ ﹁まあ、べつに派手に飾り立てる理由はないから﹂ ﹁二人とも、何言ってるんだ!? この基盤になってる石の組成だ って普通じゃない。内部にこれだけ緻密な魔導回路を⋮⋮どうやっ て作ったんだ? 後から術式を組み込むのも難しいはずだ。まさか、 3Dプリンタみたいに⋮⋮﹂ ﹁あらら、自分の世界に入っちゃってるわよ。どうするのこれ?﹂ 魔術師なザイラスくんだけど、きっと性格的には研究者の方が合 っている。 そのうち、メイドさんを解剖させてくれとか言い出しかねない。 断るけどね。機密保持は大切。 ともあれ、転移装置を起動する。 まずはサガラくんを聖教国まで送り出すつもりだ。 人体実験も兼ねて︱︱︱と言っても、そう危険はないと思う。 1473 すでに 物体 での転移には成功していた。 適当な物や、高性能茶毛玉を近くに転移させて、異常がないのを 確認している。 次に、生体での実験もひとまずは成功している。 魔獣を捕まえてきたり、ボクの小毛玉を使ったりして、そちらも 問題はなかった。 あとは、人間だけ。 その記念すべき一人目の勇者を、サガラくんにお願いした。 そして問題なく成功した。 ﹁いや、最初に言えよ! 何か起こったらどうすんだよ!?﹂ ﹁その時は、誤魔化そうかと﹂ ﹁ああ、分かった。勇者らしく魔獣を滅ぼせって言いてえんだな?﹂ 珍しく焦った様子だったサガラくんが凄んでくる。 ボクは目を逸らす。 でも周囲に浮かぶ小毛玉は臨戦態勢にしておく。 ﹁ふ、二人とも落ち着い⋮⋮うぉぇっぷ⋮⋮﹂ 隣で、マリナさんが吐いた。転移酔いってやつだ。 そんなに酷い感じはしなかったんだけど。 一瞬の浮遊感はあったけど、気づいた時にはもう大陸の土を踏ん でいた。 いや、ボクは毛玉状態なので踏んでないか。 1474 ともかくも、大陸にやってきた。 委員長は港町で留守番で、サガラくんとマリナさんが一緒。 そして大貫さんはすでに物陰に隠れている。 帰りの転移装置を用意するために、一号さんとともにメイドさん が数名待機。 辺りは草原で、近くには森もある。 ﹁ここってもう、聖教国なんだよね?﹂ ﹁はい。森に沿って進めば、すぐに首都が見えてまいります﹂ 何処にでも転移できるって、やっぱり反則っぽい技だ。 だけど諸刃の剣でもある。 簡単には撤退できないのだから、慎重に行動した方がいいのだろ う。 まあ、いきなり首都に殴りこもうっていう時点で、すでに慎重も なにもあったものじゃないんだけど。 ﹁⋮⋮見覚えがあるな﹂ あれこれと考えていたボクの横で、サガラくんも辺りを見回して いた。 幼い頃に攫われて、逃げ出してきたって聞いた。 だけど故郷には違いない。 懐かしい想いに耽っていたり︱︱︱なんてことはなさそうだ。 ﹁長かったぜ。これでようやく、存分に暴れて⋮⋮スッキリできそ うだ﹂ 勇者が、獰猛に笑っていた。 1475 シュリオン聖教国。 帝国とともに大陸を東西に二分する、強大な勢力だ。 国土面積はさほどではないが、信仰と権威という武器は侮れない。 事実、周辺国家を束ねる盟主となって、帝国を脅かした。 そして大勢の信者がいるということは、人材の豊富さにも繋がる。 多くの中から、磨き抜かれた戦士が現れるのだ。 首都の中央にある神殿は、そういった屈強な騎士団によって守ら れている。 だから狼藉を働こうなど愚かでしかない。 と、言われていたけれど︱︱︱。 ﹁ば、バカな! 聖堂騎士団が全滅だと⋮⋮!﹂ 白くて金ぴかな法衣を着た一団が後ずさる。 あっという間に、ボクたちは神殿の最奥まで到達していた。 うん。こうなる気はしていた。 勇者、魔王、女神官、毛玉のパーティ。メイド付き。 なんか色々とおかしい。でも戦力としては、この世界でも最高峰 だ。 神殿を守る兵士たちの隊列は、勇者の剣の一振りで薙ぎ倒された。 1476 通路の奥で待ち構えていた強そうな騎士も、勇者の拳で頭を潰さ れた。 広間に集まった精鋭部隊も、全員が勇者に斬り伏せられた。 ボクの出番なんてなかった。 手出しするなって言われてたし。 なんとなく流れで見学に来ただけだから、別にそれは構わない。 戦いは任せて、小毛玉を飛ばして神殿内を探っていく。 古そうな資料をいくつか確保したり。 悪人顔の神官が逃げ出そうとしていたところに魔眼を撃ち込んだ り。 こそこそと裏で活躍させてもらった。 べつに逃げる相手をすべて襲った訳じゃない。 進化の影響か、目が良くなったのか、カルマの低い相手は見分け られる。 温度探知の映像みたいに、黒々と淀んで見えたりするのだ。 もっとも、カルマが低いからって悪人とは限らない。 ボクみたいな例もある。 いまはもう、バグっていて数字は見えないけど。 それでも目安にはなるので、明らかに黒い人間は始末させてもら おう。 ボクの立場からすると、むしろ善人の方が敵になるかも知れない。 どちらが正解なのか、もう深く考えないことにする。 この神殿、やけに黒い人間が多い。 聖職者の総本山のはずなのに、どうなってるのやら。 1477 ﹁ん? なに?﹂ 同じ神官職ということで、なんとなしにマリナさんへ目線が向い ていた。 白い。どうやらカルマはプラス方向みたいだ。 そのマリナさんは首を傾げてから、ああ、と呑気そうに手を叩く。 ﹁前にも言ったでしょ? 聖職者なんて上の方は腹黒ばかりだって﹂ ﹃だけど、あっさりすぎない?﹄ ﹁聖堂騎士には、真面目に鍛えてる人も多いんだけどね。でも上が アレだから、気に入られないと潰されちゃったりで⋮⋮っていうか、 サガラくんが規格外すぎるのよ﹂ 剣を振るだけで衝撃波が放たれる。 人間はまとめて数十人が吹っ飛んで、頑丈な壁や柱も紙細工みた いに壊される。 こんなのが乗り込んできたら、何処の城でも陥落すると思う。 でもほとんど殺してないのは⋮⋮あ、いま倒れた騎士が頭を踏み 潰された。 ﹁この国は信仰を失くした! 神の怒りによって滅びる! 俺が、 勇者である俺が、その怒りの体現者だ! 真の信仰持つ者あらば、 いますぐに立ち去れ!﹂ 大仰な言い回しで、サガラくんが叫ぶ。 勇者は神によって選ばれる者、とされている。 だから神の意思を代行し、堕落した国を滅ぼすという大義名分も 1478 成り立つ。 サガラくんなりに考えてきた筋書きなのだろう。 全力で勇者の力を振るえば、一国を丸ごと焦土にも変えられる。 だけどそこの住人すべてを恨んではいないから、混乱は最小限に 抑えたい。 そんな思惑から、上層部だけを潰そうとしている。 ﹃恨みって言ってた割には、理性的?﹄ ﹁サガラくん、意外と理屈っぽい性格してるからね。帝国にもしっ かり義理立てしてたし⋮⋮本心では、決着をつけたいだけなんじゃ ないかな?﹂ マリナさんとそう囁き合っている内に、神殿の一番奥まで辿り着 く。 扉を開けると、そこは礼拝堂に似た空間だった。 広間の奥には神像が並んでいて、だけど他には何も無く、がらん としている。 ただし神像の前には、一際豪奢な法衣を着た神官たちと騎士が揃 っていた。 待ち構えていた様子だ。最終決戦、といったところだろう。 ﹁狂った勇者が⋮⋮何故、神の威光に逆らおうとする!?﹂ ﹁うるせえ。死ね﹂ 聞く耳持たずと、サガラくんが踏み込もうとする。 その途端、足下から青白い光が沸き上がった。 1479 一瞬、サガラくんの動きが止まる。 どうやら待ち構えていただけでなく、罠まで張っていたらしい。 ﹁くははははっ、愚か者め! 貴様のような化け物に対し、何の策 も講じていないと思ったか? ﹃懲罰﹄と﹃獄門﹄によるこの複合 結界があればぁ︱︱︱!?﹂ 馬鹿みたいに笑っていた神官が吹っ飛んだ。 守りの騎士ごと、サガラくんに殴り飛ばされて。 結界も、輝いていた床ごと一瞬で破壊されていた。 まあ当然だよね。相手が罠を張るくらい、サガラくんだって予測 してる。 ﹁生憎だったな。大抵の結界は、殴れば壊れるんだよ﹂ 予測と対策と言うよりは、力押しだったけど。 いずれにしても、ボクの出番はなかった。 1480 10 循環点の不死鳥 聖教国への侵攻は終わった。 後始末も色々と大変そうだった。国内では虐げられている魔物っ 子とかもいるみたいなので、そちらの救助もメイドさんたちにお願 いしておく。 可能な限りは、人助けもしていいだろう。 細かいことはサガラくんとマリナさんに任せて、ボクは一足先に 島へ戻った。 ﹃循環点﹄の魔獣も探すけど、直接に出向く必要はない。 偵察用茶毛玉はすでに量産できているので、何処かにいる魔獣一 体だって見つけられる。 そんなのが、本当にいればの話だけど。 ﹃三体目まで見つかったってことは、あながち間違ってないのかも﹄ 自室のソファに転がりながら、ぼんやりと思考を巡らせる。 ボクの目の前では、ひとつの氷像がテーブルに置かれていた。 鳥型の氷像︱︱︱というより、白銀色の鳥が氷漬けにされている。 ﹃けっこう手強かったんじゃない?﹄ ﹁う、うん。街が丸ごと凍らせられたりして⋮⋮潰すのも、大変だ ったよ﹂ 大貫さんはソファの裏に隠れたまま、頭の先をちょこっと覗かせ 1481 た。 氷像は、その大貫さんが持っていた物だ。 正確には、自宅の奥で眠っていた。 元はもっと大型で、氷を操る凶悪な魔獣だったそうだ。 先代魔王と友好関係にあって、なにやら契約を結んでいた。魔王 が一部地域の魔獣を保護する代わりに、そのアイスバードが力を貸 すといった契約だ。 そして大貫さんが先代魔王を討とうとした後、アイスバードは襲 ってきた。 だけど結末は返り討ち。 小型の鳥になって、そのまま氷漬けの封印を施されたという訳だ。 ﹁えっと、話さなくてごめんね。そんな重要な魔獣だとは思わなく て⋮⋮﹂ ﹃気にしてないよ。ボクも、赤鳥と青鳥を放置してたし﹄ ﹁そ、そう? えへへ、やっぱり五十鈴くんは優しいね﹂ 大貫さんは顔を手で覆って、くねくねと身悶えしている。 よく分からない反応だ。でも楽しそうだから放っておこう。 ﹃これ、どうしようか?﹄ ﹁好きになさってよろしいかと。たとえ暴れたとしても、無力化は 容易かと推察します﹂ ボクは少し考えてから、一号さんの助言に従うことにした。 まだサガラくんにもザイラスくんにも、この銀鳥については話し 1482 ていない。 情報を明かすかどうか、それを決めるためにも、直接対話してみ るのは悪くないだろう。 ﹃大貫さん、封印を解いてくれる?﹄ ﹁う、うん、分かった。任せて﹂ 炎で焙ろうかとも思ったけど、封印した当人に頼んだ方が確実だ。 ふと思ったけど、ボクの魔眼は炎系って無いんだよね。 衝撃、闇、氷、雷、治癒、災禍、重力、静止、死、破滅︱︱︱。 色々揃っているけど、万能とは言えない。 っていうか、破壊力に偏りすぎている気がする。 もうちょっとこう、融通が利くというか、普段使いに便利な魔眼 も欲しい。 例えば⋮⋮お菓子が出てくる魔眼とか? ﹁お茶と、なにか摘まめる物をご用意致しましょうか?﹂ あ、はい。お願いします。 一号さんに考えを読まれた? 表情に出てたかな? 毛玉なのに? まあ、メイドさんが優秀なのは良いことだ。 ﹁えっと、解けたよ。邪魔だったら、またすぐに氷漬けにするね﹂ ﹃ありがとう。助かる﹄ ちょっと考え事をしている内に、銀鳥が目覚めていた。 1483 氷が溶けたばかりなので、全身ずぶ濡れだ。 メイドさんに目配せして、タオルで拭いてもらう。 銀鳥は大人しくしていた。だけど、きょろきょろと首を回して辺 りを窺っている。 なんだか普通の鳥っぽい仕草だ。 だけどボクの後ろ、頭だけ見せている大貫さんの方へ目を向ける と、大きく目を剥いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 鳥の表情はよく分からない。だけどなんとなく知性は滲み出てい る。 赤鳥や青鳥と違って無口。 でもたぶん、話は通じる相手なのだろう。 少なくとも、自分を倒した相手のことは覚えている様子だ。 巨大鳥だった頃の記憶は、何処まで詳しく残っているか不明だけ ど︱︱︱。 ﹃こんにちは﹄ 銀鳥が、ビクリと震えた。 驚いたみたいだ。文字を操る毛玉を前にしたら、まあ当然の反応 か。 これでまず話が通じるのは確定。 さて、面白い情報を得られるのを期待しよう。 1484 テーブルの上で、三羽の鳥が向き合っている。 赤青銀と、どれも派手な色合いだ。 大きさは赤鳥が一番かな。最近は青鳥も少し成長してきている。 封印されていたからか、銀鳥はまだ小さめだ。 ﹁こうして三羽も集まるのは、いつ以来かにゃ?﹂ ﹁さてな。少なくとも百年以上であろう﹂ ﹁⋮⋮百四十五年前﹂ 銀鳥は控えめだけど、しっかり者らしい。 記憶も、三百年くらい前までのは頭に残っているそうだ。 鶏が三歩で忘れるのに比べたら、かなり凄いんじゃないかな。 ﹁まあ、集まったからどうだという話ではあるが﹂ ﹁青っちは冷めてるにゃ。折角だから騒ぐにゃ。あたしらが集まれ ば⋮⋮なんとなく凄い気がするにゃぁ?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ この三羽が、ただの魔獣じゃないのは確実だろう。 だけどこの世界の歴史は、少なくとも千年以上続いている。 各国の歴史書にもそう記されている。 そして彼女たちはいつから存在しているのか、そちらは不明だ。 1485 遠すぎる記憶なので、銀鳥も覚えていなかった。 ただ、もう一羽いることだけは判明した。 ﹁あいつもいれば、全員が揃うにゃ?﹂ ﹁そうだな⋮⋮堅物であったゆえ、己の領域からは動かぬであろう が﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 鳥の同窓会を眺めながら、ボクはクッキーを齧る。 メイドさんが淹れてくれたお茶も、相変わらず美味しい。 シンプルだけど甘めのクッキーには、ストレートの紅茶がよく合 う。 カップを口へ運ぶ毛玉。 自分の姿を小毛玉を介して見てみると、なかなかにシュールだ。 まあ、それはともあれ。 ﹃結局、分からないことだらけだ﹄ ﹁ですが、彼女たちに利用価値があるのは間違いないようです。あ るいは、この世界の根幹に繋がるかも知れません﹂ 大袈裟な台詞、とも言い切れないか。 それがどんな意味を持つのか、どう扱えるのか、さっぱり分から ないけど。 ﹁そうだにゃ! あたしらは凄いのにゃ!﹂ 1486 ﹁うむ。もっと敬ってもよいのだぞ?﹂ ﹁⋮⋮毛玉﹂ 赤鳥と青鳥が、ボクの上に乗って囀る。 銀鳥も探るように嘴で突ついてきた。 うん。やかましい。毛先で突き返して、床へ放り捨てる。 また騒ぎ出したけど無視しておこう。 ﹃残る一体も見つかるかな?﹄ ﹁大陸の東方を中心に、引き続き捜索を行ってみます﹂ 今度はたぶん、ロックバードか。 もしも見つけたら、ボクが出向いて仕留めるべき? だけどサガラくんにも一体くらい任せた方が、釣り合いが取れる 気もする。 1487 11 揃い始めるピース 最新の進化で一番嬉しかったのは、気軽に人間形態になれること。 まるっきり体の形が変わるので、まだ痛みは走る。 だけどもう無視できるくらいだ。 毛玉形態よりも、人間形態の方が食事を楽しめる。 ラーメンとか、毛玉だと食べ難いんだよね。 じっくり時間を掛けて作られた豚骨スープは美味しい。メイドさ んに感謝だ。 勇者御一行にも満足してもらえている。 ﹁すごいね。こってりとして、後を引くのに、いくらでも食べられ そうで⋮⋮﹂ ﹁細かいことはいいわよ。とにかく美味しくて⋮⋮あれ? どうし て涙が?﹂ ﹁泣くなよ⋮⋮まあ、なんつうか、懐かしい味だよな﹂ 三人とも夢中でラーメンを啜っている。 どうやらメイドさんの料理は、おふくろの味っぽい何からしい。 ボクも軽く感謝を伝えておく。 ﹁恐縮です﹂ 1488 淡々と答えたメイドさんだけど、心なしか誇らしげにも見える。 そうして一礼した後、メイドさんはカーテンの裏にラーメンを運 んでいった。 大貫さんも、濃厚スープの誘惑には勝てなかったらしい。 ほふぅ、と嬉しそうな吐息が漏れていた。 ﹁材料は帝国でも揃えられるんだろうが⋮⋮あっちの料理は、大味 なんだよな﹂ ﹁そんなに不味いって話も聞かないけど?﹂ ﹁不味くはねえし、まあ慣れもあるな。食えりゃいいって思ってた から﹂ ﹁ボクの方も、余裕が出てきたのは最近だよ﹂ 聖教国を攻め落としたサガラくんとマリナさんも、一旦戻ってき ていた。 目ぼしい生臭聖職者は片付けたので、満足したらしい。 まだまだ混乱は残ってるそうだけど、ボクが関わることでもない。 それよりも、豚骨スープを味わう方が大切だ。 一緒に煮込んだ野菜も、爽やかな甘味があって絶品に仕上がって いる。 さすがはアルラウネ産、活きの良さが違う。 ﹁はぁ⋮⋮なんか、一気にエネルギー補給できた気がするよ﹂ スープを飲み干して、ザイラスくんがほっと息を吐いた。 ずっと研究漬けだった顔には、さっきまで疲労が滲んでいた。だ 1489 けどいまは艶が戻ってきている。 なにか進展はあったのか? そう訊ねる前に、ひとつ確かめておきたかった。 ﹁みんなは、元の世界に帰るのが目的なんだよね?﹂ ﹃循環点の魔獣﹄を調べるのは、世界のシステムに迫るため。 そしてシステムを介して、世界を渡るための手段を得ようとして いる。 そう問い掛けたボクに、三人は揃って頷いた。 ﹁ラファエドは⋮⋮ああ、片桐は会ったことなかったな。俺たちの 仲間なんだが、結婚して、こっちに残るって言ってる。他にも何人 か同じクラスだった奴にも会ったが⋮⋮俺たちは、少数派だろうな﹂ 食事の手を一旦止めて、サガラくんは神妙に述べる。 ちなみに三杯目だ。 隣のザイラスくんが顔を歪めて、気を紛らわすみたいに話に乗っ てきた。 ﹁自分は、叶うならあの事故自体を無かったことにしたいね﹂ ﹁過去に戻ってやり直し、みたいな? そんなのって出来るの?﹂ マリナさんはグラスを片手に首を傾げる。 いつの間にか、果実酒が注がれていた。 ﹁異世界があって、魔獣に転生だってしてるんだ。可能性は捨て切 れないよ﹂ 1490 ﹁夢は大きく、ってことね。でもそうなると、いまの私達ってどう なるんだろ?﹂ ﹁さてね⋮⋮そもそも、アレが自然な事故っていうのが考え難くな いかな?﹂ 教室にタンクローリーが突撃。そして大量爆死。 忘れ掛けていたけど、いまでも不自然さは感じられる。 でも、だからどうだって言うんだろ? ﹁まだ推測だけど⋮⋮この世界のシステムが引き起こしたと、自分 は睨んでいる﹂ あ、これ聞いたら引き返せない類の話だ。 だけど⋮⋮知らないところで暗躍されるよりは、マシだったのか な。 サガラくんも真面目な表情になったけど、驚いた様子はない。 きっと前から聞かされていたのだろう。 ﹁それって⋮⋮この世界のシステムが、私達の仇ってことよね?﹂ マリナさんが問い返す。 手には果実酒があるけど、声色には真剣味が込められていた。 ザイラスくんは静かに頷くと、言葉を続ける。 ﹁この世界には外来襲撃がある。異世界から攻められてるって構図 だけど、見方を変えると、逆だとも思えるんだ﹂ ﹁逆⋮⋮? こっちが攻めてるって言うの?﹂ 1491 ﹁相手を誘って、命を喰ってやがるんだ。むしろ攻められるまま放 置してるって方が不自然だろ?﹂ 正直、その発想はなかった。 納得できなくもないけど、すんなりと正解だとも思えない。 たしかメイドさんたちの話だと、この世界には神がいなくて無防 備になっている。 だから他の世界から狙われる、ってことだった。 その話を前提とするなら、システムさんには異界からの干渉に対 抗する力はない。 当然、他の世界にも干渉できない。 そうなると、ボクたちの転生にも無関係ってことになる。 だけど実際は、力が無いとは言い切れないのか? 命を喰らうっていうのは、なんとなく分かる。 竜人幼女の話だと、生命や魂の力は、世界を支えるのに必要なも のらしい。 それの奪い合いが、外来襲撃によって起こる。 攻めるよりも守って狩る方が効率的︱︱︱理屈としては、合って いる予感がする。 ﹁それを確かめるためにも、システムと接触したいんだ﹂ ﹁もしも推測通りなら⋮⋮まあ、その時になって決めるか﹂ 言葉を濁したサガラくんだけど、瞳には戦意が溢れていた。 まず間違いなく、やる気だ。 1492 どうやってシステムに対抗するのか、なんて聞かない方がいいん だろう。 警戒されたくない。目をつけられるのも危険。 だからいまの話も、かなり危ないもののはずだ。 ﹁そこらへんは、どうでもいいかな﹂ なので、ボクは無関心をアピールしておく。 システムさんと敵対するのは避けたい。勇者とは違うから。 いくら憎むべき相手だって、無謀に戦いを挑むつもりはないよ。 ﹁まずは、元の世界に戻れるかどうかが先じゃない?﹂ とりあえず話を逸らしておく。 正直、そっちの話についても深い興味を抱いてはいないけれど。 簡単に帰れるなら帰ってもいいかな、という程度だ。 この島での暮らしにも慣れてきたし。 文明の利器がない点も、メイドさんたちが解決してくれそうだし。 ⋮⋮あれ? 元の世界に帰る意味って無いんじゃないかな? ﹁⋮⋮そうだったね。色々あって、焦りすぎたのかも知れない﹂ ボクが思案を巡らせている間に、ザイラスくんも話を移していた。 ﹁こんな世界だから、異界渡航の研究をする人もいたみたいなんだ。 いくつか古い手記も残っていた。そのための魔法を開発しようとし たり、異界門を調べようとしたり⋮⋮﹂ 1493 とりあえず、ボクは話に耳を傾ける。 それにしても、危ないことをする人もいるものだ。 魔法の開発は分かるけど、異界門を調べようとするなんて。 それってつまり、敵陣のど真ん中に乗り込むも同然だ。 よっぽどの考え無しじゃないと実行なんてしない。 うん。ボクの場合はほら、ちゃんと勝算があったから例外ってこ とで。 ﹁手掛かりになりそうな研究記録はあったよ。だけど決定的な材料 が欠けていた﹂ ﹁材料って言うと?﹂ ﹁目印とでも言えば分かり易いかな。たとえ門を開いても、何処に 繋がるか分からない。明かりもない場所で、宙に浮かぶ玉ひとつを 掴むようなものさ﹂ 手を振りながら、軽い調子でザイラスくんは語った。 でもどことなく挑発的だ。 その態度で気づいたのか、あ!、とマリナさんが声を上げる。 ﹁もしかして⋮⋮いまは、その目印がある? 目印っていうか、繋 がり?﹂ ﹁鋭いね。そう、自分自身が異世界との繋がりを持っている。体は 違っても、魂にはまだ元の世界の記憶が残っている。それを辿れる 可能性は高いと思う﹂ ここらへんは、魔法的な技術の話になるのかな。 1494 ボクにはよく分からない。 魔眼を使うのも、ほとんど感覚でやってるから応用は苦手だ。 だけど繋がりって言うなら、メイドさんや竜人幼女も、元の世界 に戻れる可能性がある? 手法さえ確立できれば、自由に渡航できるのかな? ﹁本当は、元の世界の物品でもあれば安全なんだけど⋮⋮そこまで は望めないから﹂ ん? いま、聞き逃せない台詞があったような。 元の世界の物品︱︱︱。 ﹁ちょっと待って﹂ 手を上げて、話に割り込む。 秘密にしようかとも迷ったけど、打ち明けておいた方がよさそう だ。 ﹁ずっと前に見つけた。タンクローリーを﹂ 三人が揃って目を見開く。 どうやら、あの場所へ案内することになりそうだ。 1495 12 最後の決断は 深い穴の奥底に、銀色の大きな鉄板が見えた。 タンクローリー。それと、いくつかの人骨。 ボロボロではあるけれど、見覚えのある制服も残っている。 ﹁本当に、あの時の⋮⋮﹂ マリナさんが声を震えさせる。 サガラくんやザイラスくんも、身震いするほどに驚いていた。 ﹁骨の数からすると、十人分くらいか? 完全に燃え尽きてるのも あるから⋮⋮いやそれよりも、どちらで死んだのかが問題なのか? もしも爆発直前に転移してたのだとしたら⋮⋮﹂ ぶつぶつと呟いて、ザイラスくんが思考に耽る。 そんな様子を横目に、ボクはメイドさんに指示を出した。 まずはタンクローリーを持ち上げて、適当な広場に置いてもらう。 もちろんかなりの大荷物だけど、メイドさんたちは重力系の魔法 が得意なので簡単な作業だ。 その下から出てきた人骨に、ボクたちはあらためて手を合わせた。 今回は毛玉じゃなく、人間形態で来ている。なのでちゃんと手も あった。 ﹁さすがにボロボロね。十年以上は経ってるみたいよ﹂ 1496 ﹁もっとじゃねえか? 誰の骨かは判別も⋮⋮うおっ!?﹂ サガラくんが人骨に手を伸ばそうとしたところで、物陰から大貫 さんが飛び出してきた。 っていうか、飛び蹴りだ。 思わぬ不意打ちだったけど、サガラくんは咄嗟に腕を上げて受け 止める。 ﹁おい、いきなり何しやがる!?﹂ ﹁五十鈴くんは私のものよ! 勝手に触ってんじゃないわ!﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮はぁ?﹂ 呆気に取られるサガラくんを無視して、大貫さんはひとつの頭骨 を拾い上げた。 そうして身を翻すと、また物陰に隠れる。 ﹁ふふ⋮⋮この頬と額のライン、やっぱり五十鈴くんだ。骨になっ ても素敵⋮⋮でも泥がついてるから、後で一緒にお風呂に⋮⋮や、 やだ! やっぱりそれはまだ早いかな。まずは添い寝から⋮⋮﹂ なんか妙な呟きが聞こえた。 まあ大貫さんの趣味が普通じゃないのは、いまに始まったことじ ゃない。 実害は無さそうだから放っておこう。 ﹁⋮⋮片桐も、苦労してんだな﹂ 1497 ﹁ん? まあ、こんな島だからね。色々あるよ﹂ ﹁島とかって問題じゃねえような⋮⋮いや、俺が言うことでもねえ か﹂ 自分の死体を見るのは、正直なところ気分が悪い。 この場所も忘れたかったくらいだ。 だけど何かの役に立つなら、わざわざ隠す必要性も感じない。 ただ、どう役に立つのかも未知数といったところかな。 ﹁しかしこうなると、ますますシステムが怪しくなってきやがった な﹂ ﹁あの爆発事故も、システムが仕組んだってこと?﹂ ﹁結果として、って感じじゃねえか? 何かしらの干渉をしようと して、その影響で俺たちは巻き添えに⋮⋮なんにしても推測になっ ちまうか﹂ 手を振って、サガラくんは話を打ち切った。 ﹁こういう小難しい話は、委員長任せだ。頭が痛くなりやがる﹂ ﹁そうだね。ボクも苦手だ﹂ 頷きつつ、控えているメイドさんへ目線を送る。 静かに頷き返してくれた。 苦手ではあるけど、知識や情報の大切さは分かっているつもりだ。 ボクの方でも、何かしら使い道はないか検討してみよう。 1498 正確には、メイドさんに頼むんだけど。 しばらくは、緩やかな日々が続いた。 大陸ではまだ戦争の後処理やらなにやら、ゴタゴタしているらし い。 魔境と呼ばれているこの島の方が平和っていうのは、なんだか皮 肉にも感じる。 勇者一行は、港町で過ごしている。 研究に耽るザイラスくんを中心に、サガラくんもマリナさんも協 力している。 ボクの方も、一定の距離を置きながら推移を見守っていた。 完全に警戒を解くことは、まだ出来ない。 結局のところ、ボクが毛玉っていうのが問題だ。 そこらの魔獣と同じで、それを害したところで責める人間はいな い。 ロル子あたりは怒ってくれそうだけど、大した抑止力にはならな いと思える。 自分の身は自分で守る必要がある。 そこから脱却できない限りは、絶対の安心とはならない。 だから、なるべく本拠には近づけないようにもしているワケだけ ど︱︱︱。 1499 とはいえ、さほど深刻に捉えてもいない。 適度な緊張感と言える程度だ。そうでないなら、とっくに島から 追い出している。 ﹁だからぁ、二人ろも真面目しゅぎるっていうのにょよぉ﹂ 夜、飲んだくれたマリナさんが部屋にやってきた。 この人は警戒心を失くしすぎだと思う。 ﹃飲みすぎじゃない?﹄ ﹁いいのよぉ。らってぇ、美味しかったんらもん﹂ 定番の台詞を投げてみたけど、予想通りに効果はなかった。 やっぱり酔っ払いに理屈は通用しない。 抱きついてきたので、クッションで迎撃しておく。 ﹁それにねぇ、委員長も久しぶりにぃ、飲んでたのぉ。だから嬉し くってぇ﹂ ﹃ザイラスくんも? 最近、ずっと部屋に篭もってたよね?﹄ ﹁そうなのよぅ。でも息抜きも大切だってぇ、やっと分かってくれ たみたいでぇ﹂ にゅふふふ、とマリナさんはだらしなく笑う。 久しぶりに構ってもらえたのも嬉しかったのかも知れない。 いまはまた、サガラくんが大陸へ足を運んでいる。 聖教国にあった古い記録から、大きな鳥型魔獣の手掛かりが見つ 1500 かったからだ。 恐らくは、ロックバード。最後の﹃循環点﹄。 大陸東方にある山脈を住み処にしているらしい。 こちらでも茶毛玉を飛ばして捜索しているけど、接触はサガラく んに任せた。 どんな対処をするかは、その接触次第だろう。 ﹃マリナさんは、帝国に戻ったりしなくていいの?﹄ ﹁なによぅ。そんなに追い返したいの?﹂ ﹃そういう意味じゃないよ。神官として、仕事とかあるんじゃ?﹄ ﹁片桐くんはいいわよねぇ。大貫さんとラブラブでぇ。どうせ二人 っきりでイチャイチャしてたいんでしょう?﹂ ダメだ。酔っ払いだ。話にならない。 あ、なんか天井裏が騒がしい。魔王が身悶えしてるみたいだ。 ﹁私だってぇ、その気になれば男の一人や二人、簡単に捕まえられ るのよぉ。これでも一応、勇者様を支える聖女ってことになってる しぃ﹂ ﹃そう。大人気だね﹄ ﹁でもさぁ、やっぱりぃ、あいつらも放っておけないじゃない?﹂ クッションを抱き締めながら、マリナさんは溜め息を落とす。 お酒臭い。ちょっと離れているのに匂ってくる。 1501 もう夜も更けてきたし、麻酔針でも打ち込んでおこうかな。 ﹁あの二人はさぁ、真面目すぎるって言うか⋮⋮元の世界に拘りす ぎてるんだよね﹂ そっと小毛玉を忍び寄らせようとしたところで、マリナさんが呟 いた。 いつになく神妙な声だった。 愚痴を吐いて、いくらか酔いも冷めたのかも知れない。 ﹁私なんかは、こっちの世界で生きていくのも、まあ悪くないかな って思える。色々と不便はあるけど、慣れたし⋮⋮片桐くんもそん な感じでしょ?﹂ ﹃だいたい、そんなところ﹄ 適当に同意しておく。 だけど、あながち間違ってもいない。 もしも帰れるとしても、この島を放置するのはどうかとも思う。 まだまだ先の問題のつもりだったけど、意外と決断する時は早く なるのかも。 理想としては、簡単に行き来できるのがいい。 異界門を見てると、それも不可能じゃない気もするんだけど︱︱ ︱。 ﹁⋮⋮私も、考えすぎなのかなあ﹂ ぼんやりと遠くを見る眼差しをしてから、マリナさんはぽてんと ソファに横たわった。 1502 そっと手を伸ばしてくる。 わしゃわしゃと、ボクの白だか黒だか分からない毛並みを撫でた。 ﹁んふふぅ、片桐くんの毛触りってやっぱり気持ちい︱︱︱ぃぶへ っ!?﹂ 突然の落下。ソファが潰れた。 床板も割れて、マリナさんごと派手に沈み込んだ。 どうやら天井裏から魔眼が放たれたらしい。 なんか凄い音もしたけど⋮⋮うん、生きてる。気絶してるだけだ。 ﹃任せていいかな?﹄ ﹁はい。治療をした後、寝室へお運びしておきます﹂ 控えていた一号さんに片付けを任せて、ボクも寝室へ向かった。 毛玉がふよふよと、夜の廊下を進む。 天井裏の気配がついてくるのはいつものこと。 そこで、なんとなく訊ねてみた。 ﹃大貫さんは、元の世界に帰りたいと思う?﹄ ﹁ううん。あ、でも五十鈴くんが帰るなら、一緒に行くよ﹂ まったく迷いがない。予想できた答えだった。 大貫さんのこういう決断力の高さは、ちょっぴり尊敬できる。 だからといって真似はできるものでもない。 1503 ボクはたぶん、その時になってから決断するんだろうなあ。 1504 13 四羽目 大陸へ行っていたサガラくんが戻ってきた。 黄色い鳥を連れて。 肩に乗るくらいの大きさで、縞模様が岩を想わせる。 ﹁我は、岩故に多くを語らぬ⋮⋮食事は乾物を主体に頼むでござる﹂ 顔立ちは厳しいのに、なんか残念な性格をしていた。 むしろ、逆にロック? そんな黄鳥は、サガラくんに倒されたそうだ。 大型だった時は、正しく岩山のようでなかなかの強敵だったらし い。 それなりに話も出来たけれど、勇者だと聞くと襲い掛かってきた。 そうサガラくんは聞かせてくれた。 とりあえず四羽が揃ったので、他の鳥とも会わせてみた。 ﹁我らは、千年以上も生きていたという話でござるな?﹂ ﹁うむ。やはり我らは偉大な存在だったのだ。もっと敬われるべき だ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮覚えてない﹂ ﹁どうでもいいにゃ。どうせみんな負けちゃったのにゃ﹂ 1505 騒がしさが増した。 それだけで、他には何も起こりそうもない。 いやまあ不死鳥が四羽もいるのだから、それはそれで珍しい事態 とも言える。 だけど有り難味はまったくない。 喧しい鳥たちを眺めながら、サガラくんは頬をヒクつかせて呟く。 ﹁あと三匹見つけたら、何か起こらねえかな?﹂ ﹃全部で七体? なんで?﹄ ﹁アレだよ、七つ集めるとどんな願いも叶うっていう⋮⋮﹂ ﹃神竜っぽいのは、サガラくんが倒してたよね?﹄ 軽い冗談のつもりだった。 だけどサガラくんは渋い顔をする。誤魔化すみたいに溜め息も零 した。 ﹁好きで戦ったワケじゃねえよ﹂ その声は苦々しげだった。 思い返したくもない、とでも言うみたいに。 映像で見た限りでは、戦っている時は楽しげでもあったのに。 だけど内心は違ったようだ。 血を流すのが好きな人間なんていない、ってことかな。 こんな世界だから仕方ないとも思うけど︱︱︱。 1506 マリナさんが言っていたのは、こういう部分も含めてなのかも知 れない。 元の平和な世界の考えから、サガラくんは抜け出せていないのだ ろう。 まあその点は、ボクだって大差ない気もする。 平和主義者だし。良識的な毛玉だし。 ﹃ところでこれ、元の世界へ近づく材料くらいにはなるのかな?﹄ 騒がしい鳥たちを横目に、話題を移す。 サガラくんは腕組みをして首を傾げた。 ﹁分からねえ。だが⋮⋮コイツを倒した時に、なんか変な感じがし たぜ?﹂ ﹃変な感じ?﹄ ﹁ああ、なんかこう⋮⋮前に呪いを受けた時と似てたな。体の中に なにかが入ってくる感覚だ。今度のは妙なことは起こらなかったが ⋮⋮﹂ そう言って、サガラくんは部屋の窓へ目を向けた。 銀髪の影が見え隠れしている。 そういえば、サガラくんに呪いを掛けたのって大貫さんだったっ け。 正確には、部下にやらせたって話だったけど︱︱︱。 ﹃恨んでる?﹄ 1507 ﹁こうして生きてるし、実感としては寝てただけだからな。恨みは ねえんだよ。でも落とし前はつけさせてえと思ってたんだが⋮⋮ど うすっかなぁ﹂ 落とし前 をつけさせていた。 許せない相手には、どれだけ時間が経っても報いを受けさせる。 サガラくんはそういう性格だ。 聖教国に対しても、きっちりと だからボクも警戒を解けないのかも知れない。 落とし前って言えば︱︱︱、 竜人幼女をサガラくんに会わせたら、どんな反応をするんだろう? 顔は知っているはずだ。肉親の仇なのは間違いない。 襲い掛かる可能性は高そうだから、避けておいた方が無難かな。 ﹁っていうか、殺し殺されは珍しくもねえからな。この世界で、勇 者なんてやってると特にそうだ﹂ ﹃ちなみに、大貫さんを襲うと、ボクも迎撃に出てくるかも﹄ ﹁かも、か。それでも怖えな﹂ 不敵な笑みを浮かべたサガラくんだけど、手を振って話を打ち切 った。 獰猛な気配もすぐに消える。 やっぱりサガラくんは油断できない。 だけど、こうやって話をするのは、なんていうか⋮⋮いつになく 楽しかった。 1508 四羽の鳥が揃ってからも、数日は何事もなく過ぎていった。 その間、ボクはちょっとした調査を行っていた。 サガラくんの台詞から思いついたことだ。 体の中になにかが入ってくるような感覚︱︱︱。 ファイヤーバードを倒した時は、ギリギリの戦いだったからよく 覚えていない。 サンダーバード戦は余裕があったけど、二羽目では違うとも考え られる。 そもそもボクが鈍い可能性もある。 サガラくんの気のせいかも知れない。 結論は出ない。だから、単なる思いつきだ。 不死鳥だけでなく、それを倒したボクとセットで調べたら何か分 かるのでは、と。 ﹁微弱な魔力のラインを発見致しました﹂ 困った時のメイドさん。 ボクと鳥たちをセットで調べてもらった。 その結果を、一号さんは淡々と報告してくれる。 ﹁大気の魔力に隠れているため、発見は困難でした。申し訳ござい ません﹂ 1509 ﹃謝ることじゃないよ。実害は? それと、詳細も﹄ ﹁現状では、とりたてて害は無いと推察できます。むしろ益がある かと。簡潔に申しますと、ご主人様へ魔力を供給するためのライン のようです﹂ ﹃赤鳥や青鳥から、ボクへ?﹄ はい、と一号さんが頷く。 その言葉を疑うつもりはない。メイドさんたちへの信頼度は高い。 だけど、いくらボクでも、外部から魔力を送られたら気づく。 いまだって自身の内を巡っている魔力を感じられる。 ﹁いまも微弱な魔力が送られているはずです。まだ未確定ですが、 が起こった時に、大量の魔力が使えるようになるっ 何かしらの条件が満たされた際に、﹃循環点﹄が役目を果たすと推 何かしら 測できます﹂ ﹃ てこと?﹄ ﹁はい。条件というよりは、こちらから働きかけられる合言葉のよ うなものかも知れません﹂ ザイラスくんが言っていた。 世界を巡るほどの膨大な魔力。それを支える﹃循環点﹄の魔獣。 眉唾物だと思っていたけど、あながち間違ってはいなかったとい うことだ。 だけどいまの赤鳥たちからは、そんな力はまったく感じない。 1510 ちっこいし。喧しいだけだし。 まだ疑問は残るかな。 ﹁あの鳥たちは、ただの中継点として、転移のような手法で魔力を 送っている可能性もあります。明確な断言はできません。引き続き 調査を行います﹂ ﹃うん。お願い﹄ そう答えるしかなかった。 曖昧なまま、話を打ち切る。 なんだか世界のシステムに近づいた気はするけれど、それで何が 変わるでもない。 使い道も、いまのところは思いつかないな。 っていうか、魔力に困っている状況でもないし。 他の誰か︱︱︱例えば委員長あたりなら、上手く利用するんだろ うか? そんな疑問は、思いの外に早く解消される。 ﹁例のタンクローリー、また見せてもらってもいいかな?﹂ やけに爽やかな笑顔で頼まれた。 さして考えもせずに、ボクは了承を伝えていた。 1511 14 決裂① 錆びたタンクローリーが青白い光に包まれる。 くすんだ銀色の塊を、球状に並んだ複雑な文字列が包んでいた。 この世界の文字とも、魔法で使われる独特の文字とも違う。 だけど一つ一つの文字に意味があるようだ。 そう感じ取れるのは、﹃解析﹄スキルのおかげだろうか。 いまはステータス表記が乱れて見えないけど、ボクの内にあるス キルはしっかりと効果を発揮しているようだ。 物の記憶 と言えるものを浮き立たせて ﹁まずは、この車体に込められた情報を読み取る﹂ 表面からは見えない、 読み取る。 そうザイラスくんは説明してくれた。 ﹁﹃鑑定﹄スキルの上位に﹃解析﹄ってのがあるんだ。それを応用 して、基礎的な魔法とも組み合わせると、こういった真似もできる﹂ ザイラスくんは根っからの研究者だ。 この世界のスキルやら魔法やら、それらを突きつめて応用する技 能に長じている。 知識は広く、得意な分野では深く。 そういった技能の組み合わせで力を発揮するタイプだ。 対して、ボクは一点集中だね。攻撃力全振りみたいな。 1512 一応、防御技能もあるけど、先に撃つとか迎撃するとかいったタ イプになる。 勇者であるサガラくんは万能タイプかな。 万能で、高い戦闘能力があるから、どんな場面でも活躍できる。 大貫さんはよく分からない。 前に一戦交えたけど、本当に、何をしてくるか分からない予感が あった。 ﹁それで、その﹃解析﹄で何が分かるんだよ?﹂ サガラくんが足下を見つめながら訊ねる。 タンクローリーを収めた倉庫、その床で、大きな円形の魔法陣が 輝いていた。 ﹃解析﹄を行うために、ザイラスくんが数日掛かりで刻んだもの だ。 ﹁元の世界へ帰るための情報だよ。まずは慎重に調べてから⋮⋮二 人とも、魔法陣に入ってくれるかい?﹂ なにげない口調で促される。 ボクは空中に浮かんだままで、小毛玉を進ませようかとも思った けどやめておく。 隣にいたサガラくんは、さらりと一歩を踏み出した。 ﹁おぉ⋮⋮っと、なんだこれ?﹂ ﹁情報を読み取るだけだから害はないよ﹂ 1513 サガラくんの周囲に、複雑な文字列が浮かぶ。 言葉通りに情報を読み取れるようにしているのだろう。 それを確認して、ボクは魔法陣から距離を取った。 ザイラスくんが視線を送ってくるけど気づかないフリをしておく。 情報セキュリティは大事。 メイドさんと会った時に、迂闊に踏み込んで捕まったりもしたし。 ﹁⋮⋮まあ、一人分でも充分みたいだ﹂ 低く呟いて、ザイラスくんは浮かんだ文字列を見つめた。 眉根を寄せて難しい顔をする。胸に抱えていた紙束に、なにやら 書き込んでいく。 そんな作業を、ボクはぼんやりと眺めていた。 島の夜は静かだ。 港町の屋敷にいると、波音が心地良く眠りへと誘ってくれる。 ただ、イビキなんかも響いてしまう。 酔っ払ったマリナさんは眠っていても騒がしい。 またザイラスくんに付き合って飲んでいた。 ボクも誘われたけど、果実水で誤魔化しておいた。 眠れないほどの騒音じゃないけど、もうちょっと屋敷の壁を厚く してもよかったかなあと思ってしまう。 1514 寝室に入ったボクは、なんとなしに窓から星を眺めた。 月明かりに照らされる毛玉。 この世界の、いつでも中天から動かない月は神秘的な明かりを齎 してくれる。 ベッドの下に大貫さんが潜んでいるけど気にしない。 一人の時間を静かに味わっていた。 毛玉だって、物憂げに佇むくらいはする。 この島での生活とか、勇者一行のこととか、これからどうなるの かとか︱︱︱。 とりとめもなく考えていた時だ。 不意に、光が差した。 空一面を埋め尽くす、複雑な文字列の連なり。 それは巨大な魔法陣だ。 驚かされはしたけど、呆然としているボクじゃない。 咄嗟に動けないようでは、この魔境じゃ生き残れはしなかった。 窓を明けて、まずは小毛玉を飛ばす。 空の魔法陣へ向けて﹃衝破の魔眼﹄を発動。 大気ごと、魔法陣もまとめて吹き飛ばそうとした。 魔法陣にどんな効果があるか知らない。 だけど魔力ごと吹き飛ばせば発動しないはず。 衝撃波が空の一部を掻き乱した。 魔法陣も崩れて、明滅する。だけどまたすぐに復活した。 そうなることくらいは予測の内だ。 続けて、﹃重壊の魔眼﹄を発動。 1515 一帯に、歪んだ空間を留め置こうとして︱︱︱弾かれた。 魔法陣を守る形で、広範囲の障壁が現れていた。 全力じゃなかったとはいえ、ボクの魔眼を防ぐほどに頑強な障壁 だ。 ﹁︱︱︱ご主人様、よろしいでしょうか?﹂ ドアがノックされて、一号さんが入ってくる。 静かな所作だけど普段より素早い。もう異常は察知していたよう だ。 ﹃何が起こってるか、分かる?﹄ ﹁上空の魔法陣は、ザイラス様によるものです。彼はいま、港の倉 庫前にいます﹂ 港の倉庫。タンクローリーを置いてある場所か。 何かを企んでいるのは確実だけど︱︱︱。 ﹁魔法陣の効果などは、現在のところ不明です﹂ ﹃こっちに話してないってことは、あんまり良い効果じゃなさそう﹄ とりあえず、ザイラスくんを止めよう。 そう結論して、ボクは窓から飛び出す。 ﹃サガラくんには知らせておいて。マリナさんは、寝かせたままで いい﹄ 1516 ﹁承知致しました。他の者を向かわせます﹂ 夜空に飛び出したボクに、一号さんが続く。 メイドとして当然の行動なのだろう。 だけど、ふとした予感に駆られて、ボクは告げた。 ﹃戦いになると、危ないと思う﹄ ﹁同行致します﹂ ﹁えへへ、心配してくれるんだ。でも大丈夫だよ﹂ 一号さんの背中に隠れながら、大貫さんが嬉しそうな顔をしてい た。 そっちには言ってないんだけどな。 まあ、わざわざ訂正することでもない。 それに港の倉庫までは、ボクたちの速度ならあっという間に着く。 倉庫の近く、地上にも、大きく輝く魔法陣が見えた。 光の中心にいるザイラスくんの姿を確認しつつ、小毛玉を四体動 かす。 ﹃万魔撃﹄を放つべく溜めに入った。 空と地上の魔法陣に対して、ともかくも一撃を叩き込むつもりだ った。 異常事態に対して、ボクなりに素早く対処したつもりだ。だけど ︱︱︱。 ﹁遅いよ﹂ 1517 遠目ながら、そうザイラスくんが呟いたのを捉えられた。 口元が吊りあがっている。勝ち誇った笑みだ。 直後、真っ白い光の柱が沸き上がった。 ザイラスくんを包み込んで、太い光が天まで貫いていく。 驚かされながらも、ボクは﹃万魔撃﹄を放つ。 上空の魔法陣は貫いたけど効果はなかった。 どうやらすでに、魔法陣は発動して霧散するところだったらしい。 ザイラスくんへも向けたけれど、そちらは光の柱に散らされた。 凄まじい魔力の流れが、﹃万魔撃﹄までも歪めて飲み込んでいた。 いったい、何が起こっているのか? 背後に浮かんでいる一号さんへ視線を送ってみる。 ﹁状況は不明です。大量の魔力が集まっている、としか申し上げら れません﹂ とりあえず、放っておいても良いことにはならなそうだ。 被害が残るけど、﹃死獄の魔眼﹄でなにもかもを消し飛ばそうか ︱︱︱。 そう決断しかけたところで、太い声が投げられた。 ﹁何が起こってやがる!?﹂ サガラくんだ。こちらへ向けて夜空を飛んでくる。 焦った様子だけど、ボクはそれを見て安心した。 二人が結託して事を起こしたのではないと︱︱︱って!? ﹁っ︱︱︱なにすんのよ!?﹂ 1518 銀閃が瞬き、空間が爆ぜた。 大貫さんが舌打ち混じりに後退する。黒いドレスが僅かに裂けて いた。 襲い掛かってきたのはサガラくんだ。 ﹁はっ、伊達に魔王じゃねえな。やっぱ不意打ちでも簡単には︱︱ ︱!﹂ 横合いから﹃衝破﹄と﹃轟雷﹄の魔眼を発動。 状況が分からない。 でもひとまず、ボクも参戦する。 サガラくんの追撃は止めたけど、魔眼の効果は剣で斬り伏せられ た。 勇者のスキル﹃絶剣﹄︱︱︱。 あらゆるものを、たとえ形が無くとも切断できるという。 魔眼効果まで切断されたのだから、それは嘘ではないらしい。 だからといって、攻撃がすべて無効化されるワケでもない。 続け様に、ボクは小毛玉から毛針を放つ。 魔眼と毛針の同時波状攻撃。 爆発や雷撃も混じって、サガラくんを後退させる。 何発か、命中はした。だけど致命傷には遠い。 肩の肉が爆ぜた程度は、勇者にとっては掠り傷みたいなもの。瞬 く間に回復していく。 ﹃どういうつもり?﹄ 1519 一応は問い掛けつつ、ボクたちは空中で睨み合う。 大貫さんも体勢を立て直して、戦う構えを見せていた。 勇者と魔王と、そして毛玉と︱︱︱。 友達の真似事なんて、最初から無理があったのかも知れない。 1520 15 決裂② 夜闇を背景に、野太い光の柱が湧き上がっている。 それを守る位置で、サガラくんは剣を構えた。 ﹁まあ待てよ。本気でやり合うつもりはねえんだ﹂ 空中で睨み合ったまま、サガラくんは軽く手を振った。 今更なにを、と問答無用で攻めかかる選択肢もある。 だけど勇者の戦闘力は侮れない。 いまなら勝てる自信はあるけど、その剣で真っ二つにされないと は限らない。 サガラくんも冷や汗を浮かべているところを見ると、同じような 心境なのだろう。 ﹃だったら、どうして攻撃を?﹄ ﹁時間稼ぎだ。委員長の邪魔をさせたくねえ﹂ 互いに緊張感を保っている。 相手の狙いが時間稼ぎなら、いますぐ攻撃を︱︱︱、 そんな考えも頭を掠めた。 ﹁おまえたち、こっちの世界に居続けても構わないって思ってるだ ろ?﹂ 1521 ﹃だとしたら? べつに、門を開くくらいは止めないよ﹄ ﹁そうじゃねえ。前に少し話しただろ? もしも、あの教室での爆 発事件がなくて、俺たちが普通に生きていたらって話だ﹂ 過去を変える。 サガラくんが言っているのは、その可能性だ。 有り得ないと笑い飛ばせはしない。 異世界や魔法なんてものが存在するのだから、過去の改変だって 不可能ではないのかも知れない。 が作られて、ボクたちは変わらずにいられるのか? でも、もしも過去が改変されたら、現在のボクたちはどうなるん だろう。 別の現在 それとも、消えてしまうのか? ﹁結果は分かんねえ﹂ ボクの疑問に答えるみたいに、サガラくんは低い声で告げた。 ﹁だけどな、俺たちは殺されたんだ。この世界のシステムが犯人か どうかは知らねえ。それでも何かしらの悪意が関わったのは間違い ねえ。だったら、そんなのは許しちゃいけねえだろ﹂ だから改変してやる。いや、修正してやる。 そう述べて、サガラくんは断固とした眼差しを見せた。 ﹁騙まし討ちしたのは悪いと思ってるぜ。でもまあ、そっちも呪い で俺を縛っただろ? お返しってことで許せよ﹂ 1522 ﹁あぁん? 気安く話しかけてんじゃないわよ!﹂ 大貫さんは怖い顔をして言い返す。 細かい理屈なんて、どうでもいいらしい。張り上げた声から殺意 が溢れている。 騙まし討ちを許すかどうかはともあれ、概ね、大貫さんに同意か な。 いまの自分が消えるのは歓迎できない。 結局、サガラくんが言った通りだ。 邪魔させてもらおうと、ボクは戦いへ意識を傾けた。 ﹁やっぱり止まらねえか⋮⋮って、なに!?﹂ ボクの戦意に、サガラくんは素早く反応した。 同時に、こっそりと飛ばしていた小毛玉にも気づく。 いまのボクが一度に扱える小毛玉は、最大二十体。 普段は十体までしか使っていない。それをサガラくんたちにも見 せていた。 夜闇に紛れさせれば、勇者でも大きな動きをするまでは察知でき ない。 小毛玉二体を、光の柱へ接近させていた。 気づかれた直後、﹃万魔撃﹄を放つ。狙いは柱の中心部だ。 ﹃死獄の魔眼﹄はもっと溜め時間が必要だから、この状況だと使 えない。 だから﹃万魔撃﹄。この状況だと、最大威力の攻撃だった。 さっきは防がれたけど、今度は二連撃。込める魔力も増している。 1523 二本のビームが、光の柱を貫いた。 ﹁委員長︱︱︱ッ!?﹂ サガラくんが焦った声を上げる。 だけどボクの方も、嫌な予感を覚えていた。 ﹃万魔撃﹄を放った後の、衝撃や熱が返ってこない。 つまりは手応えがおかしい。 咄嗟に、小毛玉を退避させる。 直後、撃ち返された。﹃万魔撃﹄とまったく同じような魔力ビー ムだ。 まるで反射されたみたいだった。 小毛玉は回避に移っていたので焦げただけ。 でも嫌な予感は大きくなる。 光の柱は収束して、そこにひとつの人影が現れていた。 ザイラスくんだ。魔術師らしく長い杖を握って、黒いローブをは ためかせている。 見慣れた姿だけど、なんだかいつもと違う。 ﹁⋮⋮﹃万魔撃﹄って言うのか﹂ 呟いたザイラスくんは、冷ややかに小毛玉を見上げた。 ﹁面白いね。滅茶苦茶に魔力を混ぜ合わせてるのに、万能属性がつ いてるなんて﹂ その技は見切った、とか言い出しそうな雰囲気がある。 1524 実際、﹃万魔撃﹄は弾き返された。 おまけに全身から溢れさせている魔力量が尋常じゃない。 ﹁⋮⋮おい委員長、どうなったんだよ?﹂ 港の倉庫前で、ボクたちは対峙する。 サガラくんも怪訝そうに眉根を寄せていた。 どうやらいまの事態は、サガラくんも聞かされていなかったらし い。 ﹁システムにアクセスして情報を引き出すだけ。そう言ってたよな ?﹂ ﹁ああ。いまから教えてあげるよ﹂ 全身に青白い光を纏ったまま、ザイラスくんは口元を吊り上げる。 その笑顔にもやっぱり違和感があった。 まるで悪巧みが成功したみたいな、嫌な笑い方だ。 ﹁まずは四羽の不死鳥。あれはシステムへのアクセス権、パスワー ドを持っているようなものだ。倒すことで、それを得られもする。 長く生き過ぎた所為で、彼女たちは忘れていたみたいだけどね﹂ サガラくんのパスワードを読み取ったってことか。 それで、システムにアクセスした? だけど情報を得ただけという感じでもない。 ﹁本来の不死鳥は、人間の勢力を一定以下に抑える役目を担ってい た。魔獣と人間が争い、そしていずれ人間が勝利する。そこまでシ ステムは予測してた。だけど完全な決着は望んでいなかった。﹃外 1525 来襲撃﹄にも耐えられるよう、人間を鍛え続ける必要があったのさ﹂ 大陸では、魔獣が絶滅の危機にまで追い込まれている。 本来なら、そうなる前に不死鳥が介入していた。 大型時の戦闘力なら、人間なんてそれこそ国家単位で滅ぼせそう だ。 だけど抑止力としては、いくらか力不足にも思える。 人間には勇者がいるんだから︱︱︱いや、違うのか? 不死鳥たちは忘れていた。 自分たちが、システムにアクセスできることを。 ﹃元々の不死鳥は、もっと強かった?﹄ ﹁鋭いね。そう、彼女たちはシステムから助力を得られるはずだっ た。それこそ勇者に匹敵するくらいの力を﹂ まさか、と悪寒を覚える。 それ 以上も有り得る? 不死鳥が得るはずの力を、ザイラスくんが手に入れた? あるいは、 ﹁ああ、いまからシステムにアクセスしようと思っても無駄だよ。 すでに片桐くんや大貫さんのアクセス権は使えない。こっちで書き 換えたから﹂ マズイ。マズイ。マズイ。 この状況は危険だ。 ボクの毛並みも逆立ってきて、危機的状況だと告げている。 もしかしたら、なにもかも手遅れな可能性もある。 1526 ﹁意味が分かんねえぞ。それより、過去を修正する算段はついたの かよ!?﹂ サガラくんが声を荒げる。 それもまあ、重要なのかも知れない。 相手の目的が穏当なものなら、まだ歩み寄れる余地はあるだろう。 ような力を持った相手は、大抵の場合、ろ だけど、儚い希望なんじゃないかな? なんでも叶えられる くでもない目的を持つと決まっている。 ﹁そうだったね。サガラくんには、そう言って協力してもらったん だった﹂ ﹁⋮⋮おい、まさか嘘だったとは言わねえよな?﹂ 威圧混じりの問い掛けに、ザイラスくんは軽薄な笑みで答える。 ﹁言わないよ。ただし︱︱︱﹂ 言葉尻に、甲高い音が重なった。 剣戟の音。サガラくんが斬り掛かった。 だけどその剣は、ザイラスくんに届く遥か手前で弾かれた。 ザイラスくんは軽く杖を揺らしただけなのに、空間が剣を防いで いた。 問題は、その刃には﹃絶剣﹄の輝きが宿っていたこと。 絶対に防がれないはずの剣が、簡単に防がれていた。 けれど当然のように、ザイラスくんは笑いながら言葉を繋げる。 1527 ﹁ただし︱︱︱その前に、この世界を滅ぼしてからだ﹂ 大地が割れ、海が裂けた。 1528 16 決戦① 空中に浮かぶ毛玉には地震なんて怖くない。 そう思っていた時期があったようななかったような︱︱︱。 ﹁はははははっ、本当に星が割れそうだ。この世界のシステムは大 したものだよ﹂ ザイラスくんの哄笑が響く。 割れた地面の破片が天へと突き上がり、海は渦巻いているのに。 随分と楽しそうだ。 力に酔っている、って表現が適切だろう。 土礫や水流、さらには空間の裂け目まで飛び交って、こっちは大 変な状況だ。 空中を飛び回って、どうにか危険を避ける。 罵声のひとつも投げてやりたいけど、毛玉なので文字しか出せな い。 こういう時は本当に不便だ。 だけどもう、言葉の遣り取りをしている場合でもない。 ここからは命の遣り取りだ。 ﹁テメエ! 正気かぁっ!?﹂ サガラくんが空中を駆け、剣を振り下ろす。 全力で殺しにかかっていた。 1529 さすがにこの状況で、手加減はしないようだ。 でもザイラスくんは一歩も動かず、障壁が﹃絶剣﹄を受け止めて いた。 ﹁大人しくしてなよ。サガラくんだって、こんな世界のシステムな んて許せないって言ってただろ?﹂ ﹁システムだけだ! この世界すべてを滅ぼすなんざ、許されやし ねえ!﹂ ﹁許されるさ。この世界の人間は、多くの世界の魂を巻き込み、そ うして生き永らえてきた。何も知らなかったとしても、それだけで 罪だ﹂ 二人が言い合う間に、ボクも攻撃を始めていた。 ともかくもザイラスくんを止める。 そうでないと、本当にこの世界が滅ぼされる。 きっといまのザイラスくんは、システムを乗っ取ってるのだろう。 だから世界中を循環しているという力を自由に使える。 それ以上の、個人では出来ないような真似も、命令ひとつで実行 可能だ。 瞬時に世界が消え去らないのは、ただ処理に時間が掛かっている だけ。 その時間も、さほど長くはないはずだ。 殺して止まるかどうかは分からないけど、他に方法もない。 無数の毛針を撃ち込みながら、魔眼も放つ。 お馴染みの﹃衝破﹄から﹃轟雷﹄と﹃重壊﹄︱︱︱。 1530 やはりどれも障壁に阻まれる。 夜闇に、無駄に華が咲くばかりだ。 厄介なのは、最大威力の攻撃をブチ込めないこと。 ついさっき﹃万魔撃﹄も反射された。 迂闊に最大威力を放って倍返し、なんて事態は勘弁してもらいた い。 ボクが攻撃を始めると同時に、大貫さんも魔王としての力を解き 放った。 魔眼によって、重力の塊がザイラスくんを押し潰そうとする。 闇を固めたような無数の槍を放って、ローブに包まれた体を貫こ うとする。 肉迫するサガラくんにもお構いなしだ。 ﹁おいテメエ、俺ごと殺す気か!?﹂ ﹁うっさい! さっさとそいつを刻みなさい! 殺すわよ!?﹂ ﹁んなことは言われるまでも︱︱︱﹂ ﹁五十鈴くんを傷つけようとした! 許せないわ!﹂ 二人は啀み合いながらも、ザイラスくんへ攻撃を集中させる。 だけど一切通用していない。 ﹁無駄な努力って、見ていても不快だね。そろそろやめてくれない かな?﹂ 空中に浮かんだザイラスくんは、球状の障壁に包まれている。 1531 どういう理屈なのか、傷ひとつ付かない障壁だ。 そこに込められた魔力量は、﹃万魔撃﹄の数十発分以上はありそ うだった。 ﹃なにか、対策はないかな?﹄ ﹁申し訳ございません。解析は進めておりますが⋮⋮﹂ ボクの側では一号さんも控えていた。 いつもはけっして崩れない表情をしているのに、僅かに眉根が歪 んでいる。 困った時のメイドさん頼み。 だけど今回は、一筋縄ではいかないようだ。 ﹁安心しなよ。ここで死んでも、どうせ過去に戻るだけだ﹂ ザイラスくんが杖を振った。 その軌道に沿う形で、いくつかの光弾が浮かぶ。 今度は何をするつもりか︱︱︱なんて、考えてる余裕はない。 そこに込められた魔力量だけでも凶悪だ。回避へ移る。 サガラくんや大貫さんも、すぐさま身を守ろうとした。 光弾が放たれ、輝く杭のような形を取って迫る。 はじめは充分に避けられる速度に見えた。だけど急加速。軌道も 変わった。 自動追尾、なんて生易しいものじゃない。 絶対に避けられない。そう運命で定まっているような威圧感があ った。 1532 ﹁止められ、ねえ⋮⋮がぁっ!?﹂ 勇者の﹃絶剣﹄さえ弾いて、白杭はその先端をめり込ませた。 サガラくんが濁った悲鳴を上げる。 白杭がその腹を貫いていた。 ほぼ同時に、大貫さんも鮮血を撒き散らしていた。 二人とも地上へ落下していく。 勇者や魔王の回復力なら、大した怪我じゃないと思いたい。 だけど、回復を妨げる何かしらの効果があるのかも知れない。 いずれにしても、ここで戦力が落ちるのも痛い。 助けたいところだ。でも、こっちにも余裕はない。 小毛玉がふたつ、白杭に潰された。 ボク本体にも白杭は迫る。毛針で軌道を逸らしても、また向かっ てくる。 ﹁⋮⋮へえ?﹂ ザイラスくんが感心したような声を漏らした。 何本もの白杭が、ボクに命中する直前で止まっていた。 ﹃静止の魔眼﹄だ。なるべくなら見せたくなかった。 これまでザイラスくんは、一度見た能力に対してはすぐに対応し ている。 恐らくは、システムを利用して有効なスキルを選んでいる。 だけど仕方なかった。穴だらけにされるよりはマシだ。 停止した白杭へ、毛針と魔眼を連続して叩き込む。 1533 集中攻撃で、どうにか砕き散らした。 それでも、ほっと息をつく暇もない。 ﹁限定的とはいえ、時間を止められるのか。使ってみたくなる︱︱ ︱﹂ またなにか言っているけど無視だ。 ﹃煙幕針﹄を発射。空中で針が炸裂して、白い煙幕が広がる。 ザイラスくんを包むように白い幕で覆った。そしてボクは素早く 移動する。 とりあえず攻撃を防ぐ。 けれどあまり良い手段とは言えない。あくまで一時凌ぎだ。 はっきり言って、ザイラスくんを甘く見ていた。 何か企みそうな性格なのは理解していたけど、対処できると考え ていた。 以前、大貫さんにあっさりと叩き伏せられていたこともある。 だから、どうにでもなると侮っていた。 でもいまのザイラスくんはまるで違う。 システムを乗っ取った。その力は、かつてないほどに脅威だ。 なんとかして止めたい。策を捻り出したい。 だけどじっくりと思案を巡らせる時間もない。 こうなると、﹃死獄の魔眼﹄に頼るべき? 跳ね返される恐れはあるけど、どうせ追いつめられるのだから︱ ︱︱。 そんな躊躇いを覚えたのは失敗だった。 1534 辺り一帯が揺れた。暴風が吹き荒れる。 一瞬にして、煙幕が掻き消された。 ﹁︱︱︱見つけた﹂ ザイラスくんと目が合う。 マズイ。迎撃、魔眼、間に合わな︱︱︱。 悪寒を感じると同時に、周囲の景色が歪んだ。 いや、やけに緩やかに見えた。時間が停滞しているのだと悟る。 ボクは全力で抵抗する。全身から魔力を溢れさせる。 スキル﹃時空干渉﹄や﹃法則無視﹄も意識して、ともかく脱出に 専念。 一瞬の後、硝子が割れるような音が響いた。 時間の流れが戻る。 動きが鈍っていたのは、ほんの一秒か二秒程度だ。 それでも、戦いの中では致命的な停滞だ。 ザイラスくんの口元が吊り上がっていた。 ボクの目の前には、凶悪に輝く白杭が迫っていて︱︱︱。 ﹁︱︱︱ご主人様!﹂ 庇われなければ、確実に貫かれていただろう。 目玉の中心部を。きっと致命傷だった。 だけど無事を喜べない。 ボクだってそこまで薄情じゃない。 白杭が、一号さんの胸を貫いていた。 1535 1536 17 決戦② 胸と腹に一本ずつ。そして細い手でも、一本を掴み取っていた。 その白杭が爆ぜる。 片腕だけとなった上半身が、夜闇に力なく浮かんだ。 ﹁⋮⋮ごしゅ、じ⋮⋮、システム、を⋮⋮﹂ 残った腕を空へ向けながら、一号さんは落下していく。 死んではいない。どうせ命のない人形だ。 ﹃再生の魔眼﹄を使ったところで効果も意味もない。 一時的に機能停止しただけで、データのバックアップさえあれば 復活できるはず。 だけど︱︱︱許せないと、そう心が震えた。 そりゃあボクだって、これまで何度も殺し合いをしてきた。 奪った命は数え切れない。 弱肉強食がこの世界のルールだ。それは理解している。 だけどそれでも、ボクの場合は生き残るためだった。 不必要に、気に喰わないとか、弄ぶとか、そんな理由で命を奪っ た覚えはない。 ザイラスくんは違う。 この世界に罪があるから滅ぼすとか言っていた。そんなのは独善 だ。 いや、もうそんな理屈なんてどうだっていい。 1537 このままだと、誰も彼も一号さんみたいに殺される。 アルラウネやラミアたち、拠点のみんなも世界崩壊の巻き添えに される。 銀子やロル子だって、何も知らないまま消し去られる。 サガラくんだって。まだ歩み寄れる余地はあったのに。 大貫さんは困った部分もあるけど、大切な、心を許せる友達だ。 ああ、そうか。 ボクは失いたくないんだ。 思いのほか、いまの世界を気に入っていたらしい。 それこそ命懸けになってもいいくらいに。 だったらコイツは︱︱︱ザイラスは、敵だ。絶対に仕留める。 ﹁ッ⋮⋮⋮⋮!﹂ ﹁ん? そんなに怒らないで欲しいな。これは必要なことなんだ﹂ 毛玉状態だと、まともな言葉は出せない。 でも歯軋りして睨むだけでも、言いたいことは伝わったはずだ。 ﹁まだ戦うつもり? それより、最期の一時をどう過ごすか考えた 方が⋮⋮﹂ 轟音が、勝ち誇った声を遮った。 岩の柱が激しく隆起してきて、空からは大量の水が降ってくる。 いよいよ世界崩壊が近づいてきたようだ。 でも関係ない。その前に、目の前の敵を殺して止める。 まずは毛針を発射。 1538 閃光と煙幕で、ボクの姿を隠す。同時に距離を取りつつ上昇。 ﹁またこれかい? 色んな技を持ってるみたいだけど、さすがにネ タ切れかな?﹂ 余裕綽々といった声が流れてくるけど無視。 すぐに煙幕は晴らされたけど構わない。 ﹁む⋮⋮?﹂ 煙幕に重ねて、﹃闇裂の魔眼﹄で一帯を暗闇で包み込んだ。 さらにその周囲へ﹃凍晶の魔眼﹄を発動。巨大な氷で覆い尽くす。 真っ黒い氷の檻だ。 もで ザイラスの障壁ごと囲んで、ちょっと驚かすくらいは出来る。 氷の檻を眼下に、ボクは上昇していく。 すぐに檻は破壊された。広範囲に爆発が広がっていく。 だけどこっちに被害はない。 四方に散らした小毛玉も、爆発の範囲外にいた。 爆発の奥に、不機嫌そうな顔が見えた。 驚かせるのは成功。ほんの一瞬だけど足止めもできた。 溜め そして発動させる︱︱︱﹃死獄の魔眼﹄、包囲六連撃。 小毛玉を、ザイラスを囲む位置へ配置してあった。 氷の檻と爆発の間に、ギリギリだけど発動に必要な きた。 さあ、生きるか死ぬか。賭けをしよう。 六体の小毛玉が、一斉に魔眼を放つ。 1539 まるで地獄の門を開いたような、禍々しい気配が膨れ上がった。 広がるのは赤黒い魔法陣。 それが六枚。ザイラスを囲む形で、四方と上下から展開される。 ﹁これ、は⋮⋮異界門を破壊したのはやっぱり︱︱︱!﹂ 余裕たっぷりだった顔色も変わる。 死獄結界に合わせて、赤黒く照らされる。 これまで無敵を誇っていた障壁も、侵食されるみたいに歪みはじ めた。 ﹁なっ⋮⋮絶対障壁だぞ! これが破られるなんて有り得ない!﹂ 慌てた声も漏れる。 だけどさすがにザイラスも対処が早い。 障壁を補強するように魔力が注がれる。内側から新たな障壁も重 ねられる。 さらにまた別の魔法術式も描き出そうとしていた。 このまま力押しは難しそうだ。 でもこっちだって、まだ追撃を残している。 六体の小毛玉とは別に、ボクはまた魔眼の発動準備に入っていた。 狙いは、死獄結界の内部。ザイラスの目の前。 ﹃重壊の魔眼﹄、全力発動︱︱︱。 ぎゅぽん、と。 辺り一帯の崩壊とは場違いな、少々間の抜けた音が聞こえた。 同時に、黒く小さな点が現れている。 赤黒い結界のちょうど真ん中で、漆黒の点はハッキリと自己主張 1540 をしていた。 ﹁ぁ、ッ︱︱︱!?﹂ 出現した途端、黒点はなにもかもを吸い込んでいく。 謂わば、極小のブラックホールだ。 驚愕に染まった声がまともに響くのも許さない。 次 で達成すれば ザイラスを守る障壁も、さっきより歪みが増した。 完全な破壊までは至らなかったけど、それは いい。 黒点が膨れ上がる。そして︱︱︱炸裂する、重力崩壊。 どれだけの破壊力なのか、ボクにだって計り知れない。 少なくとも、死獄結界が罅割れるほどだ。 密閉空間で爆発が起これば、その威力が倍増するのは想像しやす い。 今回は単純な爆発じゃないけど、似たような効果はあったはずだ。 障壁が割れて無防備になれば、死獄結界の中でザイラスは生き残 れない。 これで決着になる。 ボクが出せる、ほぼ全力を叩き込んだ。 決着にならなきゃおかしい︱︱︱。 祈るような気分で、禍々しい死獄結界を見つめる。 内部は真っ黒。まだ重力崩壊が続いている。 膨大な魔力が渦巻いているおかげで判別もし難いけど⋮⋮消えた? 1541 ザイラスの魔力が消えたのは、確かに感じられる。 つまりは、仕留めた。間違いなさそうだ。 まだ油断はしない。 だけど地上へ落ちたサガラくんや大貫さんにも目を向ける。 二人はなんとか生きているみたいだ。 回復には時間が掛かりそうだけど、協力して崩壊を止めないと︱ ︱︱。 そう思った。 直後、背後に凄まじい魔力の気配を感じた。 振り向く。黒い杖が突き出された。 ﹁本当に驚いたよ。咄嗟に転移したから、満足に座標指定もできな かった﹂ 歪んだ笑みを浮かべながら、ザイラスは腕に力を込めた。 その杖は、ボクの目玉を貫いていた。 ﹁魔王や勇者よりずっと脅威だった。でも片桐くんの敗因は、情報 を出しすぎたことだね。転移魔法、ありがたく利用させてもらった よ﹂ 杖の先端が爆ぜる。 すでに貫かれていた毛玉は、内部から四散した。 ﹁か、片桐︱︱︱﹂ ﹁テメエェェぇぇあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー !!﹂ 1542 絶叫したのは大貫さんだ。 その形相はかつてないほどに怖い。 勝ち誇っていたザイラスでさえ、ちょっぴり引くほどだった。 思わぬ援護だ。注意を誘ってくれるのは都合がいい。 その間に、ボク本体は最後の一撃を準備できる。 ﹁っ⋮⋮なんだ、この反応⋮⋮!?﹂ ザイラスが視線を上に向ける。 遥か上空に、一体の毛玉がいるのが見えたはずだ。 そう。四散したのはボク本体じゃない。 ﹃変異﹄で大きさを変えておいた小毛玉だ。 死獄結界からの重力崩壊で、ザイラスを倒せるのが理想だった。 でも確実じゃない。だから保険をかけておいた。 大きささえ揃えれば、ボク本体と小毛玉はまず見分けがつかない。 大貫さんでもなければ、まず不可能だ。 ちなみに大貫さんは激怒したのは、小毛玉でも潰されたのが許せ なかったんだと思う。 ともかくも、ここまでも一応は計算通りだ。 そして今度こそ本当に最後の一手。 狙うべき箇所は、一号さんが教えてくれた。 完全に機能停止する直前に、念話とともに指差して。 ﹁まさか︱︱︱システム本体を狙うつもりか!?﹂ 正解。その通りだ。 1543 乗っ取られたシステムは、ザイラスと繋がっている。 繋がっているから、それを辿って根本の位置も特定できた。 本当、メイドさんたちは頼りになる。 無事に事が終わったら、ちゃんと感謝を伝えよう。 ただ問題があるとすれば、そのシステムのある場所だった。 いまもこの世界を見下ろしている、とても遠い場所︱︱︱それは 月にある。 破壊しようと思ったって、まず届くものじゃない。 毛針は当然、﹃万魔撃﹄や他の魔眼だって完全に射程距離外だ。 だけど見える。視線は通る。 その条件さえ合えば、この魔眼は通用するはず。 これまで一回も、まともに使ったことはないから不確かだけど。 破滅の魔眼︱︱︱。 これが自分のものになった時から、嫌な予感がしていた。 だから使わなかった。 どうしてそんな予感を、ボクが信じられたのか? 未知の魔眼を試さずにいられたのか? それは、最初から魔眼が起動していたから。 ボクが見ているものを、魔眼もずっと同じように捉えていた。 の力へと変えるた する魔眼だ。 破滅 眼にした光景を、記憶を、生活のすべてを。 そしてなにより、カルマを。 破滅 いつか本当の意味で魔眼を放つ時に、 めに。 これはそういった、自分自身も 1544 破滅 に引きずり込める。 記憶を、生命を、カルマを、存在そのものを代償に、望んだ破滅 を齎す︱︱︱。 だから距離なんて関係ない。 代償さえ差し出せば、なんであろうと ﹁︱︱︱︱︱︱!!﹂ ザイラスがまたなんか喚いていた。 でもサガラくんと大貫さんに襲い掛かられて、ボクには手出しで きない。 それを確認する余裕もあって︱︱︱、 ボクは内心で笑いながら、﹃破滅の魔眼﹄を放った。 瞬間、白に染まる。 月だけじゃない。夜空一面、辺り一帯すべてが真っ白な光に覆わ れた。 衝撃も襲ってくる。 大気すべて、なにもかもが震えるような衝撃。 そりゃあ月ひとつを壊せば、引力のバランスやらなにやら大変な ことになる。 この大地がどういう形で支えられてるのか詳しくは知らないけど、 とんでもない被害が出るのは予想できた。 だけど他に方法もなかった。 システムの細かい場所は分からないから、月ごと狙うしかなかっ た。 どうせ何もしなければ世界ごと崩壊させられる。 だったら何かした後で、どうにか上手く、奇跡的に丸く治まるの 1545 を期待した方がいい。 それに︱︱︱。 ﹁アアアアアアアアアアアアァァァぁぁぁぁぁーーーーーー!!?﹂ ザイラスに無様な悲鳴を上げさせてやった。 頭を掻き毟っている。血も吐いていた。 繋がっていたシステムが破壊されて、なにかしらの反動が伝わっ てきたのだろう。 さっきまでの威圧感もなくなった。 とりあえず、毛針発射。 ﹁あ⋮⋮﹂ あっさりと命中。ザイラスの全身に穴が空く。 うん。これなら簡単にやれる。 ボクが消えるまでの短い間でも、充分に仕留められる。 眼下にいるザイラスを睨み、突撃する。 ぱくぱくと、ザイラスは口を動かしていた。 だけどそんなのは無視だ。 精々、毛玉を怒らせたことを後悔すればいい。 ﹃万魔撃﹄を放ち、﹃魔眼﹄も追加する。 頭を吹き飛ばし、全身を跡形もなく砕く。 真っ白に染まっている空間に、ザイラスだったものが散らばって いった。 それを確認してボクは目を閉じる。 1546 微かな浮遊感を味わいながら︱︱︱ぷつりと、意識が途絶えた。 1547 エピローグ ぼんやりとして視界が揺らいでいる。 まるで夢を見ているみたいだ。 眠っていた? そうなると、ここは屋敷の寝室かな? だけどいつものベッドとは感触が違うような︱︱︱。 ﹃お待ちください。まだ詳細は︱︱︱﹄ ん? これは一号さんの声だ。 そちらへ目を向ける。 屋敷の居間で、メイドさん数名と大貫さんが向き合っていた。 メイドさんに掴み掛かりそうな勢いで、大貫さんが凄む。 ﹃さっさと教えなさい! 殺すわよ!?﹄ ﹃無論、お教えします。ですが微かな反応を捉えただけでして、い ま調査を⋮⋮﹄ 大貫さんは、前触れもなく暴れ出すことがある。 でもメイドさんたちは対処に慣れているので、まず心配はいらな い。 部屋の隅にはサガラくんもいた。 困った顔をして立っているけど、いざとなったら止めてくれるだ ろう。 1548 そんな様子を、ボクは上から眺めている。 なんだか妙な構図だ。 ﹃焦るなよ。アイツが生きてるって分かっただけでも充分じゃねえ か﹄ ﹃あぁん? 五十鈴くんが生きてるなんて当然でしょ?﹄ ﹃そう思ってるなら落ち着けよ。彼女たちに怒ったって仕方ねえっ て︱︱︱﹄ ﹃ゴチャゴチャうっさいのよ!﹄ あ。サガラくんが潰された。 大貫さんの魔眼のキレは相変わらずだ。むしろ威力を増している ような? サガラくんも潰されはしたけど、咄嗟に身を守っていた。怪我も 負っていない。 じゃれ合ったようなものだ。 いっぺん刃を交えた二人だけど、穏当な関係に戻れたようだ。 まあ、勇者と魔王だし。 啀み合いはあっても、さほど心配する必要はない。 いつものこと、とマリナさんも思っているんじゃないかな。 同じ部屋でソファに腰掛けたまま、悠然とお茶のカップを傾けて いる。 ﹃平和よねえ﹄ 1549 呑気なもの。テーブルには、お茶に混ぜたのかお酒の瓶も並べら れている。 だけど、少しは思うところもあるようだ。 ﹃⋮⋮ザイラスくんも、こういうのを大切に感じてくれればよかっ たのに﹄ その点には、少しだけ同意できるかな。 でも今更言っても仕方ないことだ。 それよりも、拠点のみんなはどうなのだろう? 世界が崩壊直前まで陥ったのだから、あちこちに被害が及んでい るのでは? そう内心で首を捻ると、今度は上空からの光景が見えた。 見慣れた拠点の姿が映る。 屋敷が中心にあって、四方を高い壁に囲まれている。 壁や屋根に修繕の跡があるのは、崩壊の余波によるものだろう。 メイドさんが直してくれたんだと思う。 だけど、混乱している様子は見られない。 アルラウネは日向ぼっこや花の手入れをしている。 ラミアたちは森に出て、見回りや狩りに精を出している。 湖の形は少し変わったみたいだけど、スキュラや黒狼たちも元気 だ。 竜人幼女も、他の子供たちや四羽の小鳥と一緒になって遊んでい る。 あちこちから笑い声も聞こえた。 崩壊の中心だったこの島でも、大きな被害は出ていないようだ。 1550 だったら、大陸の方でも︱︱︱。 そう思ったところで、また視界が切り替わった。 また室内、いくつもの映像が空中に浮かんでいる。 メイドさんたちがよく出入りしている情報収集室だ。 各地から、茶毛玉を介して様々な情報が送られてくる。 それこそ部屋中にびっしりと、数百の映像が浮かんでいたほどだ。 崩壊の影響で茶毛玉の数が減ったのか、いまは画面の数も少ない。 どうやら大陸まで、崩壊の余波は及んでいたようだ。 何処の街かは分からないけど、崩れた家屋が並んでいる。 炊き出しに大勢の人が並んでいる場所もあった。 それでも大きな都などは比較的落ち着いていて︱︱︱、 その中に、銀子やロル子の姿も見て取れた。 銀色の髪を揺らしながら、ちょこちょこと厨房の中を走っている。 どうやら食事の支度を手伝っているらしい。 獣人やエルフたちの集落は、まず無事と言える状況のようだ。 ロル子の方は、多くの怪我人が集まる場所にいた。 魔術の腕を振るい、治療の手助けをしている。 その力強い瞳からは、相変わらずに自信と決意、そして誇り高さ が窺えた。 まだまだ幼い二人だけど、心配なんてまったく要らなかった。 逞しく生きている。 きっとこれからも、何があっても大丈夫だろう。 ﹁はぁ⋮⋮﹂ 1551 毛玉なのに、まるで人間みたいな声が漏れた。 落とした息が、偶然にそんな形を取っただけだ。 だけど安堵したのは間違いない。思った以上に、ボクは彼女たち のことを気に掛けていたようだ。 ロル子の召喚が切っ掛けでこの世界に来て、銀子に助けられて︱ ︱︱、 本当に、たくさんの出来事があった。 やけに懐かしく感じられる。自然と、目蓋を伏せていた。 またひとつ息を吐いて、力を抜く。 うん。分かっていた。 これからボクは消える。﹃破滅の魔眼﹄を使った代償だ。 いまの状態は、残留思念のようなもの。 だけどまあ、精一杯に生きた結果だ。 とりあえず世界崩壊は避けられたみたいだし、みんなの無事も確 認できた。 短い毛玉生だったけど、思い残すことはない。 笑って消えていこう。 なんて︱︱︱諦めるのは、やっぱりボクらしくないかなぁ。 1552 さらさらと風が流れる。 漂ってくるのは、爽やかな緑の香りだ。素直に心地良いと言える。 まあもっとも、この毛玉体が何処で香りを感じているのかは謎な のだけど。 いまボクは森の中にいた。 森。鬱蒼とした森。そうとしか言いようがない。 木洩れ日が差し込んでくるので、森林浴によさそうな森、と言っ てもいいのかも。 ともかくも緑に囲まれている。 そして、それしか情報がない。 さて、この状況で、いったい自分は何処にいるのか? そんな疑問の答えは、到底得られそうになかった。 だけどまあ、じっとしていてもどうにもならないのは確かだ。 助けが来るかどうかも、さっぱり分からない。 だったら、自分から動けばいい。 幸い、この毛玉体は自由に動ける。空だって飛べる。 黒なのか白なのかよく分からないけど、もふもふの毛並み。 自分で感触を味わえないのが残念なくらいだ。 でも少なくとも、寒さに震えることはないだろう。 長旅になっても安心かな。 身ひとつなので、懸念材料には事欠かないけれど。 あれこれと考えるのは後回しだ。 そろそろ行くとしよう。 どうせ予想外の出来事だらけで、大変な目に遭うに決まっている。 1553 それもきっと笑って話せる。 また面白い出逢いが待っているだろうから︱︱︱。 ......﹃毛玉転生 現代終末編﹄ へ続く? 1554 エピローグ︵後書き︶ これにて、ひとまず完結です。 あとがきも色々と書きたいですが、そちらは活動コメントにて。 これまで読んでくださった方、応援してくださった方、本当にあり がとうございました。 次回作も軽いノリのものを考えております。そちらも読んでもらえ ると嬉しいです。 毛玉とは、完全に別作品ですが。 それでは、また。 1555 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n2515cv/ 毛玉転生 ∼ユニークモンスターには敵ばかり∼ Re boot 2017年2月7日21時49分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 1556