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イノベーションを 生み出す営業力

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イノベーションを 生み出す営業力
新「イノベーション考」
イノベーションを
生み出す営業力
アクセンチュア マネジャー
マネジャー
も り た
てっぺい
た け い
●
森田 哲平
竹井 理文
否めない。
1.はじめに
世 の 中 で CRM(Customer Relationship
Management)という言葉が顧客接点活動の
キーワードとなって久しい。すべての顧客に
一様な営業活動を実施するのではなく,各顧
客の真のニーズを個別に見極め,中長期的な
アプローチで関係を強化することによって,
顧客からの収益最大化を図るといったコンセ
プトが CRM である。筆者が他業界での経験
をもとに化学業界をみると,この一般的な考
え方もまだまだ浸透していないと感じられ
る。これまで化学企業は旧来からの顧客との
長い取引関係をベースとして活動を行ってき
ていたため,人間対人間による阿吽の呼吸に
よる営業活動でも十分対応できたという面も
2007・1 月号
その一方で近年の業界構造の変化は大き
い。電子情報材料に代表される最終消費市場
のトレンドの早さやその多様化により,化学
企業に求められるスピードも従来と比較にな
らないほど速くなってきている。また,多く
の市場において飽和状態が進み,「つくれば
売れ,そして儲かる」といったビジネスはほ
とんどなくなり,競合他社と差別化しなけれ
ば十分な利益があがらなくなっている。
このような環境下,より付加価値高い,差
別化された製品を創造するためには,川下市
場の動きをとらえ,いかにその動きを的確
に製品開発に生かすか,といったケイパビリ
ティを強化する必要がある。そのためにも企
業の最前線である営業の重要性が今後ます
ます高まってくると考えられる。本稿では,
2006 年 10 月号でアクセンチュアが述べた
1
「化学企業の成長モデルとコア・ケイパビリ
ティ」の中でも営業力に焦点を当てて,化学
産業からの視点だけではなく,今後さらに重
要性が増してくるハイテクおよび自動車業界
など川下の視点から,その強化の方向性を論
とは大きな命題である。また,これからの製
品開発は化学企業による独自の研究により生
み出すといった従来型だけでなく,顧客との
双方向かつ高頻度なやりとりのなかで製品を
創造していくといった形の製品開発が進んで
いく(とくに動きの速い電子情報材料のよう
な市場においては単独でよい素材を模索する
といったやり方ではその動きについていけな
い)。そういった意味でも営業を顧客に向け
じていきたい。
2.化学企業における課題
た活動をさせることが重要であるが,残念な
現在,多くの企業における営業は「守り」
の活動が多く,激化する川下市場に追随し,
イノベーションを創造するのに十分な時間
を費やせていない。多くの営業力が予算策
定,需給調整業務などに忙殺され,十分な顧
客接点活動に時間が使えていない企業は少
なくない。ある企業では内向きの活動が多
く,16%程度しか顧客に対する活動に使え
ていなかった(第 1 図)。従来は一度製品が
採用されれば,その商品を安定供給すること
により,十分な収益を得ることができた。し
かしながら,業界の潮流が速くなるなかで,
それに加え,顧客のニーズを先回りし,矢継
ぎ早に提案をしていくことも必要となってい
る。そのためにもいかに内向きの活動をなく
し,顧客との接する時間を増やすかというこ
がら,不十分な場合が多い。実際,当社の顧
客である自動車やハイテク・家電企業は化学
「化
企業の提案の少なさに不満を感じており,
学企業はまったく顔が見えない」とさえ言う
企業もあった。
もう 1 つの課題は,「任せる」営業スタイ
ルが定着していることである。従来は比較的
汎用的な素材を効率的に供給するという必要
性があったため,全方位的かつ他段階なチャ
ネルである商社を活用するということが効率
性の面からも意味を持っていたが,前述した
双方向で製品を創造していくといったプロセ
スにおいては,最も重要な顧客接点活動を他
社に委託することにより,非効率を生んでい
る(ただし,後述するが,顧客の重要性に応
じた商社と自社営業の役割・機能分担も別途
検討が必要)。さらに踏み込むと化
学企業が情報を共有すべき顧客は 1
次顧客(例えば,パーツメーカー)
ではなく,その先の顧客(自動車メー
第1図 ある企業における営業の活動工数
(%)
100
移動・
待機
訪問
(16%)
攻め の
活動
訪問準備
50
クレーム対応
0
2
デリ
デリバリー
バリー
対応
対応
社内会議・
社内会議・
資料作成
資料作成
その他
守り の
活動
カーなど)であることを考えると商
社では対応できない。なぜなら,商
社は実際の顧客(売り先)でない企
業に対して,売り上げと直結しない
活動まで手が回らない。あるハイテ
ク企業のマネジメントから「ハイテ
ク製品の差別化要素は素材である部
分が大きくなっており,そのために
も化学企業とコラボレーションをし
化学経済
<特集>新「イノベーション考」
たいが,現状では間に商社が入っていて,難
しい。どのようなスキームが考えられるだろ
うか」といった問い合わせが当社にも入って
いる。
3.目指すべき営業モデル
市場の流れに適切に対応し,最終消費者の
注状況などを明確にとらえ,新プラントの立
ち上げなどの生産対応に加え,次期開発プロ
ジェクトに対する製品力強化にも取り組んで
いる。
その結果,ボーイングからもパートナー
と見なされ,最近ではその関係が広告などの
メディアでも知られることとなっている。
前稿でも述べたが,インサイダーとなるた
「パートナーを見極め(セグメンテー
めには,
ション)」「その関係をデザインし(アカウ
ントプランニング)」「機動的なリソース配置
需要にあった製品を顧客とともにつくり上げ
ていく。これが今後の化学企業に求められ (チームセリング)」を徹底することが必要と
ているケイパビリティである。「守り」「任せ
なる。本稿ではこれら 3 つの取り組みに対
る」といった従来型の営業スタイルから脱却
して,より深く述べていきたい。
し,顧客のパートナーとしてそのマーケティ
3 - 1 セグメンテーション ング・開発・製造プロセスに参画し,ビジネ
(パートナーの見極め)
スの立ち上がり時期から顧客を囲い込む。い
市場の多様化に加え,営業体制の縮小など
わゆる インサイダー化 である。多くの業
の結果,営業部門が深夜までの残業をしてい
界でインサイダーとなった企業が顧客の状況
るという場合も少なくない。そのようなな
を的確にとらえ,矢継ぎ早な提案を通して,
競合の入り込む余地をなくすといった例には
か,1 つの顧客にもっときめ細かく,より深
枚挙にいとまがない。化学企業では複合材事
い関係を構築するためには,その対象の見極
業における東レとボーイングの関係はインサ
めが必要不可欠になってくる。つまり薄く広
イダー化の典型的なモデルであると考える。 くといった営業から取捨選択された顧客に対
東レはボーイングの中長期的な製品開発や受
して,手厚い活動への転換を図る必要がある。
選択と集中という言葉はどの企業でも唱えら
れているが,実際の状況をみると十分に徹底
第2図 ある企業における技術サポート部隊の
されている企業は少ない。ある企業において
資源配分
は技術サポート部隊の,約 7%程度の時間し
拡販/
拡販/
開拓
維持活動
維持活動 開拓
(7%)
(12%)
(7%)
(12%)
重要顧客 維持活動
それ以外 重要顧客
維持活動
それ以外
(4社:
40%)
社:40%)
の顧客 (4
(33%)
(33%)
の顧客
(3 社:60%)
(3社: 60%)
拡販/開拓
拡販/開拓
(48%)
(48%)
2007・1 月号
か重要顧客に対する新規提案に時間を割いて
いなかった(第 2 図)。
また重要顧客を見極める力の重要性も以前
にまして高まってきている。動きの速いハイ
テク・家電業界では業界内の勢力図が絶え
ず移り変わっており,いかに勝ち馬を見極め
るかがビジネスの成功の必須条件となってい
る。従来はほとんどの国内家電企業がテレビ
から白物家電まですべてをラインナップに持
ち,十分な採算があがっていなくても事業は
継続されていた。しかしながら,近年は不採
3
算な事業は完全撤退する場合も多く,パート
ナーの見極めを間違えると川下企業と共倒れ
といったケースも少なくない。極論すると,
勝ち馬 1 社にリソースを集中することで化
学企業としても勝ち組に入ることができると
いうことである。
一方,ほとんどの化学企業においては,顧
客を何かしらの軸(そのほとんどが既存顧
客別の売り上げ・収益をベースとした A ∼
C の 3 段階評価程度)でセグメンテーション
し,優先順位をつけたつきあい方を志向して
いる。実際に当社が営業改革を支援させてい
「セグメンテーショ
ただいた各企業において,
ン」
自体を行っていないところはまれである。
では,結果として十分に重要顧客に時間を割
けていなかった,パートナーの見極めを間違
えて共倒れてしまったなど不幸の原因はどこ
にあったのだろうか。問題は,やっているか
否かではなく,そのやり方にある。
当社では顧客を見極める際にまず,収益性
(売り上げポテンシャル×収益率)と重要性
(業界内の位置づけ)で分類する。収益性に
ついては,とくに「ポテンシャル」まで踏み
込んだ議論をすることが重要である。既存の
売り上げ高や収益率のみでなく,顧客の成長
性(顧客と一緒に伸びていくなど)やその先
のマーケットそのものの成長性があるかどう
か,といった視点で深い議論をしなければな
らない。
重要性は,とくにビジネスの立ち上がり時
期こそ考えることが必要となる。立ち上がり
時期においては収益性に差がみられない場
合が多く,業界内での影響力やその企業との
パートナリングによって得られるノウハウな
どの大きさといった重要性の軸で見極める必
要がある。また,その対象としては直接顧客
部品メーカー)だけでなく,最終メー
(例えば,
カー(家電や自動車メーカー)の視点から考
える必要がある。近年ますます最終メーカー
4
の川上に対する影響力は強まっており,そこ
への浸透なくして,化学企業の安定的な地位
の確立はなしえない。
3 - 2 アカウントプランニング (関係のデザイン)
顧客との関係は一朝一夕に構築できないこ
とは,今後も同様である。顧客の中長期的な
取り組みを把握し,タイムリーに適切なアプ
ローチを行うことが継続的な関係構築には必
要不可欠である。また,インサイダーとなる
ためには,顧客の調達部門のみならず,開発
部門や製造部門,時には最終消費者との接点
である営業・マーケティング部門に至るまで,
多くの部門との接点強化が必要となる。しか
しながら,現在の限定的な顧客接点を一足飛
びに拡大することは不可能である。そのため
にも自社の立ち位置をもとに顧客の事情を踏
まえて,中長期的な視点で「どのような順番
で」「どの部門にアプローチし,」「その結果,
何を達成していくのか」といった顧客攻略の
シナリオを立案することが望まれる。
当社でもこれまで多くの企業でアカウント
プラン(個別顧客攻略戦略)の立案を手伝っ
てきたが,その基本となる情報量が圧倒的に
不足しており,プランを策定するにも “ 手
が動かない ” というケースが非常に多い。
これまでの商社任せの営業や一方的な商品提
案など,実は顧客のことをまったく知らない
ということに気づかされるのである。顧客に
出入りしている競合はどこか? そのシェア
は? 価格は? といった競合の情報から,
顧客の中長期的な戦略や各部門におけるキー
パーソンの情報といった顧客情報,さらには
顧客の顧客(いわゆる先顧客)の構成はといっ
た比較的取得しやすい情報なしに攻略戦略を
策定することは困難であるし,顧客各部門や
先顧客のニーズや現状の取り組みといったあ
る程度の関係を構築することで得られる情報
化学経済
<特集>新「イノベーション考」
がないと攻略戦略に魂がこもらない。まずは
情報を徹底的に収集し,顧客について顧客よ
を下支えする素材の開発への参画も重要であ
る。とくに素材の進化がハイテク・家電業界
りも詳しくなることが求められる。
多くの企業でも顧客別予算は立てられてい
る。しかし,その予算は過去の実績をもとに
昨対 5%アップといった,荒っぽい方法でつ
の発展を左右しているといっても過言ではな
い現在,その開発段階に素材メーカーが参画
し,開発のイニシアチブをとるといった先手
くられてはいないだろうか。数字だけでの目
標設定によって,しばしば安易な売り上げに
逃げていることはないだろうか。各業界で勝
先手の活動が将来の安定的な成長を担保する
と考えられる。
繰り返しになるが,いくつかの異なるサイ
クルで動いている顧客に対する計画が単年度
ち馬が限られていくなかで,それ以外の顧客
の数値目標のみでは十分でないことは自明
に対して作った売り上げというのが,企業の
将来に対して,どの程度の意味を持つかとい
うことを考えるべきである。売り上げの質を
考慮せずに,目標が達成されたらそれでよし
という考え方は,現在の競争環境の中では危
険な考え方である。そういった意味でもアカ
ウントプランには定性的な目標(マイルス
トーン)も織り込むべきである。情報がない
から戦略が立てられないのではなく,戦略を
立てるために必要な情報をいつまでにどのよ
うな方法で獲得するかを明示することが中長
期的な顧客攻略には重要であると考える。
川下企業はある一定のサイクルで回ってい
る。例えば,自動車メーカーは 10 年先を見
すえ,商品開発を実施している。また,短期
的なモデルチェンジは 3 年(近年はより短
縮化される傾向があるが)で実施されている。
当然,部品メーカーもそのサイクルで活動を
実施している。とくに素材メーカーが意識す
べきはモデルチェンジではなく,10 年サイ
クルの根本的な開発にいかに付加価値をつけ
られるかである。10 年後の勝負はまさに今
始まっている。短期のビジネスにあまりにも
である。中長期的な視点からの顧客へのアプ
ローチのデザインが真の意味での関係構築を
可能にし,顧客からの信頼を勝ち取ることが
できるのである。
さらに,アカウントプランでは現在保有し
ている顧客との関係をてこに,企業対企業の
関係の構築を描くことも重要な要素である。
近年,業界(顧客)別組織を立ち上げている
化学企業も増えてきているが,まだまだ個別
事業のイニシアチブが強く,十分な連携がで
きていない企業が多いのではないだろうか。
化学企業が直接対応している中間メーカーの
ほとんどは専業メーカー(例えば,自動車パー
ツメーカーをみると,サスペンション専業や
キャブレター専業など)であることが多く,
1 パーツメーカーを通して,自動車メーカー
にアプローチしてもその存在感は限定的に
なってしまうが,化学企業全体として自動車
メーカーに対峙すると十分な存在感になって
集中するがあまり,本当の勝負に乗り遅れて
はいないだろうか。
一方でハイテク・家電向け事業は短期と中
期の 2 つのサイクルがともに重要になって
域への突破口にするのは有効な戦略である。
また,個別事業最適の悪弊として,真の意
くる。半年後のモデルチェンジの素材として
採用されることに加え,3 年後の新しい技術
2007・1 月号
くる。それに加え,近年の自動車のハイテク
化や環境に対する配慮といった点から考えて
も,化学企業は無視できない存在になってき
ている。ある製品の強みを生かして新しい領
味での顧客への付加価値提供ができていない
場合もある。例えば,すでにある程度のボ
リュームを販売している製品が将来的に社内
のそのほかの技術により高度の代替が可能な
5
場合でも,各事業の収益を確保するために適
切な提案をしきれていない場合はないだろう
か。そういった考えから競合の代替提案に対
し,二の足を踏むことで川下メーカーからの
信頼を失うこともあるのではないか。
いずれにしても,顧客のインサイダーとな
るために,中長期的かつ企業対企業による最
適な提案活動を続けることが必要である。
3 - 3 チームセリング (機動的なリソース配置)
多様化する顧客のニーズをタイムリーにと
らえ,的確に対応するためにはそれに応じた
メンバーの配置にも注意すべきである。と
くに顧客や先顧客の様々な部門に足しげく通
質の高い情報を逃さず収集する営業部隊,
い,
その中から得られるビジネスの種に対し,技
術的な見地から的確な対応を支援する技術サ
ポート部隊,そして中期的な開発を顧客とと
もに継続的に行う研究開発部隊の 3 つのチー
ムが有機的に連携し合い,顧客に対する最大
の価値を生むことで顧客との関係もさらに深
まる。
メンバーの配置のバランスは素材や顧客製
品のステージによって大きく異なる。顧客と
のある一定の関係ができるまで,例えばア
カウントプランにおける立ち上がり期につい
ては営業部隊の重要性が高くなる。まずは顧
客の内情を熟知するためには顧客との密なコ
ミュニケーションが欠かせない。近年,電子
メールなどの通信インフラが発達してきたこ
ともあり,顧客訪問の重要性が希薄化して
いるのではないだろうか。フェース・ツー・
フェースで会話をすることによって得られる
情報のほうが密度が濃いうえ,顧客の漠然と
した考えをディスカッションすることによっ
て形づくっていくことが大きな付加価値を
生むことが多い。よくいわれることではある
が,文書化できる時点でその考えはすでにま
6
とまっており,それに対応するだけでは付加
価値はかなり限定される。実際,多くの顧客
メーカーから「近年,メールでのやりとりが
多くなり,膝を突き合わせてものごとに取り
組むことが少なくなった。昔のものづくりの
やり方のほうがいいことも多いのだが」とい
う意見も聞かれる(当然ながら,御用聞きの
みの高頻度の訪問は逆効果ではあるが)イノ
ベーションを生むためには, 泥臭い 営業
の重要性を認識する必要がある。
顧客との密なコミュニケーションから得ら
れたビジネスの種が見いだせた段階で,技術
サポート部隊がプロジェクト的に参画すべき
である。技術サポートは技術力は当然のこと
ながら,その機動性が近年の化学企業の競争
力の源泉の 1 つであり,いかに顧客のニー
ズに対し,早期の対応ができるかが重要であ
る。そういう意味でも,技術サポート部隊を
ある企業に張り付けるのではなく,メンバー
のスキルやアベイラビリティーを一元的に管
理したうえでプールしておき,営業が発掘し
てくる種の重要性に応じて,アサインすると
いった形が望ましい。さらに,ある程度安定
期に入った製品からは徐々に外していくこと
も重要である。企業によっては安定期に入っ
た製品にも立ち上げ期と同様に技術サポート
部隊をおいておくことによって,収益が十分
に得られていないケースもある(顧客からも
重要視されていない)。
真のインサイダーとなり,顧客との協同に
よる開発といった段階になってからは,研究
開発部隊の重要性が増してくる。顧客の開発
センターにまで入り込み,開発の立ち上げか
ら参画し,顧客製品の付加価値をともに高め
ていく。前回の出稿で述べた協調型で製品を
立ち上げていく, パートナリング・イノベー
ター型 がこの形であり,市場のニーズの多
様化と変化の高速化に対応するための 1 つ
のあるべきモデルである。
化学経済
<特集>新「イノベーション考」
このように市場サイクルや顧客との関係ス
テージに応じて,適切にチームを変化させて
いく臨機応変さがイノベーションを生む顧客
接点活動には重要である。これに加えて,俗
にいう 3 層営業(経営トップ,ミドル,現
場担当)も企業対企業での顧客攻略には必須
である。しかしながら,多くの企業において
みられるのはトップダウンの 3 層営業であ
る。これからの営業活動とは顧客を熟知した
担当営業がその情報をもとに顧客攻略のシナ
リオを描き,そのシナリオに必要なリソース
(技術者や上役)を配置(配役)し,活動を
決める(演じさせる)といった映画監督のよ
うなスキルが求められる。
4.営業変革のシナリオ
イノベーションを生む営業力を保持するこ
とは短期的には達成できない。体質改善と同
じっくり腰を据えて取り組むべき,
じように,
活動である。当社は多くの企業において営業
力強化のお手伝いを行ってきたが,本章では
簡単にその流れをご紹介したい。
業務整理
多くの営業部隊が 攻め の活動に力を注
いできていないことについてはすでに述べ
た。需給調整や内部用資料の作成,さらには
多くの社内会議など,社内での仕事が多すぎ
る。まずは営業が顧客向きの仕事ができるよ
うな,資料・会議の整理や需給調整機能の強
化といった一見営業力強化に関係ないように
みえる業務の整理がポイントであるととも
に,予算策定,受注,実績管理業務などオペ
レーショナル業務については現在,諸化学企
業で導入されている基幹システムで十分可能
な範囲であるため,それを可能な限り有効活
用し,自動化・省力化につなげ,業務効率化
を図るべきである。
2007・1 月号
顧客情報整理
顧客の情報を棚卸しする。顧客との関係か
ら獲得できた情報に加え,ホームページや雑
誌などの情報も取りまとめる。この際に注意
すべきは,既存の顧客だけでなく,潜在顧客
の情報も把握すること。また,企業としての
動きを把握するためにも,自分たちの事業領
域の情報にとどまらず,まずは自部門・他グ
ループ情報,最終的には全社情報を把握し,
どのような情報を取得するべきか,営業個々
に徹底して社内ルール化すべきである。その
取得情報を機軸にデータベース化すること
で,“ いつでも,誰にでもスピーディーに ”
共有・可視化できるようにすべきである。実
際,われわれの顧客である化学メーカーでは,
数人規模の営業チームでさえ,取得している
情報に個々人に乖離があるとともに,営業担
当者が取得した情報の共有・可視化は皆無で
あった。取得した情報は可視化し,利用でき
るようになって初めて企業営業力強化として
意味を成すものである。
顧客セグメンテーション∼アカウント プランニング
前述したが,顧客を重要性と収益性で分類
し,顧客の優先順位を決め,それに応じた思
いきったリソースの傾斜配置を実施する。そ
して,中長期的かつ企業対企業視点での個別
攻略戦略(第 1 表)を策定する。優先順位
の高いもししくは将来ポテンシャルの高い顧
客セグメントについては徹底的に自社経営資
源(人・モノ・カネ)を投入すべきである。
一方,優先順位の低い顧客については,それ
こそ多くの化学メーカーが長年つきあいのあ
る商社を有効活用(例えばサード・パーティ・
セールス:化学メーカーの営業機能そのもの
を商社に完全に丸投げしてしまうこと)し,
自社経営資源を一切投入しないことでコスト
削減につながるとともに,優先順位の高いセ
グメントへの資源配分の源泉にもなる。
7
3 つの管理
アカウントプランに応じた活動を実施する
にあたり,3 つの管理,すなわち 行動管理
“ 熟度管理 ”“ 予算管理 ” の仕組みの組
み込みが望ましい。
“ 行動管理 ” とは営業部隊の時間の使い
方の適正化を意図している。客先に十分な時
間を費やせているか,訪問している顧客はセ
グメンテーションに合っているかといった視
点から営業の活動を評価する。
“ 熟度管理 ” とは案件ごとの状況を把握
し,状況に応じた施策は講じられているか,
適正なスキルを配置しているか,案件は停滞
していないかといった営業活動のフォローを
実施することである。
そして “ 予算管理 ” は熟度管理と連動し
て,当年・当月にどのくらいのビジネスが成
り立つのかということを前広にとらえ,適切
な策を講じるために用いる。
すべて管理という言葉を使っているが,結
果を評価するだけでなく,ビジネスの経過で
状況を把握し,適正な方向に修正するために
用いることが重要であると考える。
また,上記 3 つの管理をスピーディーに
推進,さらには組織内に浸透させていくため
には,現状の基幹システム(とくに実績管理
面)と連携・整合性を取った,営業活動計画・
結果支援ツールなどの IT 基盤の整備は不可
欠な存在であると考える。
必要体制の構築
顧客から真に営業力が求められている川下
製品であるほど,製品・事業の売り上げ規模
が小さく,事業管理上,かけられる営業の絶
対人数が少ないことが多い(売り上げ規模が
100 億円に満たない製品で,数十人の営業
スタッフを抱えることは困難)。改革を骨抜
きにせず,
しっかりと実行していくうえでは,
ある程度の上位組織(例えば事業部レベルな
第1表 個別攻略戦略の基本的
フォーマット(例)
基本情報
顧客情報(企業概要,企業戦略,ニーズ)
競合動向(競合の存在,シェア,提示価格,
人間関係)
自社戦略(基本戦略,売り上げ・シェア目標)
顧客関係(取引経緯,人間関係,他事業部との
関係)
活動テーマ(販売テーマ以外も含む)
テーマ概要(目的,顧客攻略への意味合い)
必要なアクション(活動内容,必要リソース,
懸念事項)
攻略スケジュール
テーマ別優先順位(重要性,テーマ間の連関)
スケジュール(細分化されたタスクの期限,
完了要件)
ビジネスケース
財務目標値(3年程度,BS・P / L・キャッシュ
フロー)
コンティンジェンシープラン
サポートする人員体制を構築することが求め
られる。
5.最後に
本稿ではイノベーションを生む営業力につ
いて述べてきたが,まったく新しいことに取
り組むというよりも近年の事業構造の変化に
対応するために,再度ビジネスの原点に返っ
て,顧客や先顧客と協力することを通して,
より付加価値の高いものを生んでいくといっ
た営業スタイルの転換であると考える。一見,
世界を席巻していると思われているハイテク
や自動車などの日本企業も素材産業の技術力
が前提となっている。
さらなる業界の発展において川上から川下
までの合従連衡が重要であり,本稿が素材産
業発信でこのトレンドの牽引をしていただく
一助になれば,幸いである。
ど)で企画業務のみならず,実営業活動まで
8
化学経済
Fly UP