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150KB - JICA
中東欧・旧ソ連諸国の金融改革とEBRD
国際金融第2部長
西村 潔
要 旨
欧州復興開発銀行(EBRD)は、中東欧・旧ソ連諸国の市場経済への移行支援を活動目的としてい
る。市場メカニズムに基づいた効率的な資源配分を実現する健全な金融セクターの構築の体制移行に
おける重要性を反映して、金融セクター向け活動はEBRDの支援活動の重要な柱となっている。中東
欧・旧ソ連諸国の金融セクター改革の進捗度合いは、国ごとに大きく異なり、特にノンバンク金融部
門は、銀行部門に比べて相対的に発展が遅れているが、EBRDは、幅広い金融ツールを活用して民間
金融部門の多面的な金融仲介機能の育成に努めている。民間経済主体のニーズにダイレクトに応える
支援を実施する観点から、EBRDは、政策・制度面での枠組み作りに対する支援よりも、個別の民間
金融機関に対する支援を重視しているが、金融セクター全体に対する支援効果を確保するために、幅
広い金融機関に対して支援を実施するとともに、支援効果の持続性を重視した活動を行っている。
EBRDは、政府系金融機関向け支援には消極的であり、民間金融による「市場の失敗」に対しては、
民間金融機関の能力向上と適正なインセンティブの供与により対応している。
第1章
の移行支援において重要な役割を果たしている。
はじめに
EBRDの活動は、その活動目的に沿い、民間プ
欧州復興開発銀行(EBRD)は、中東欧・旧ソ
ロジェクト向けが中心であり*2、また、実際の投
連諸国の開放的な市場経済への移行を支援し、民
融資活動では、
(イ)Transition Impact(市場経
間部門と企業家の自発的活動を促進することを活
済への移行促進に効果があること)
、
(ロ)Addi-
*1
動目的とする国際金融機関(IFIs)である 。1991
tionality(他の資金ソースでは代替できない支援
年に設立されて以来、EBRDの中東欧・旧ソ連諸
を実施すること)
、
(ハ)Sound Banking Princi-
国に対する投融資額の累計は20
0
3年末までに227
ples(健全な金融判断に基づいて支援を実施する
億ユーロに達しており、これら諸国の市場経済へ
こと)
の3原則を満たすことが要求されている*3。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
Abstract
The operational mission of the European Bank for Reconstruction and Development(EBRD)is to aid the transition of central
and eastern Europe and former Soviet Union countries to market economies. Given the importance of establishing a sound financial sector with the ability to allocate resources on the basis of market principles, financial sector operations constitute a main pillar of EBRD assistance to these countries. Progress in financial sector reform differs substantially depending on the country and
the development of the non―banking sector generally lags behind that of the banking sector. Thus, EBRD strives to foster a multi
―facet financial intermediary functions of private financial institutions through the utilization of EBRD’
s diversified financial tools.
With the aim of meeting directly the need of private sector participants in the economy, EBRD focuses on providing assistance to
each individual financial institution rather than working on the establishment of adequate policy and regulatory frameworks.
EBRD also places an importance in expanding coverage of private financial institutions to be assisted by EBRD and also in the
sustainability of the impact of its assistance to these institutions.
*1 EBRDの設立協定では、市場経済への移行支援に加えて、中東欧・旧ソ連諸国における複数政党制に基づく民主化の促進も、
その活動目的とされているが、他方、他のIFIsとは異なり、経済発展や貧困削減などが明示的な活動目的とはなっていない点
が特徴となっている。
*2 EBRD設立協定上、政府部門向けは、投融資活動の4割以内であることが求められているが、2
00
3年末のEBRDのポートフォ
リオ(投融資残高プラスコミット済み未実行額)を見ると、政府部門向けは28%に留まっている。
*3 個別の投融資プロジェクトは、プロジェクト承認の段階で、プロジェクトがもたらすと期待されるTransition Impactに関し
て6段階の判定(Excellent、Good、Satisfactory、Marginal、Unsatisfactory、Negative)がなされるが、プロジェクトの実
施には、最低限Satisfactoryの判定が必要である。
2005年3月
第23号
75
図表1 EBRDの累積投融資額および件数
(件数)
1,100
(10億ユーロ)
25
1,000
20
900
15
800
10
700
5
0
投融資額
投融資件数
600
1999
2000
2001
2002
2003
500
出所)EBRD
このため、EBRDは、民間経済主体のニーズにダ
イレクトに応える形での支援の実施を重視してお
図表2 2003年のEBRD新規投融資コミット額
のセクター構成
り、持続的な経済発展の実現には、ダイナミック
その他
18%
な民間部門の育成が重要であることが広く認識さ
金融
33%
れるようになった現在、その活動は、開発支援に
携わる他の機関にとっても示唆を与える点が多
い。
EBRDは、市場経済への移行を支援するに当た
り、市場メカニズムに基づいた効率的な資源配分
製造業
14%
総額 37.2億ユーロ
を行う健全な金融セクターの構築を最優先課題の
一つとしており、金融セクター向け投融資活動
は、EBRDの活動全体の約3割と最大のシェアー
を占め、他のセクター向けを大きく引き離してい
る*4。また、EBRDの金融セクター向け活動は、
エネルギー
16%
市場経済のもとで金融セクターが果たしている幅
広い機能を反映して、単に銀行部門に限らず、ノ
インフラ
19%
出所)EBRD
ンバンク金融サービスを提供している多様な金融
機関の育成も視野にいれた幅広いものとなってい
Institutions Business Group)
に在籍し、 ロシア、
る。さらに、金融セクター向け活動は、市場経済
ウズベキスタン、マケドニア、アルバニア、グル
への移行支援における中心的な役割に加え、地場
ジア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボなどで
の銀行向け出資の売却益を中心に、EBRDにとり
銀行、保険会社、リース会社などに対する出資、
重要な収益源ともなっており、最近のその好調な
融資、保証、技術支援に幅広く取り組むことが出
*5
業績を支えている 。
来た。この経験を通じ、市場経済への移行プロセ
筆 者 は、2
00
1年2月 か ら2
0
04年6月 ま で、
スにおいて、健全で効率的な金融セクターを構築
EBRDにおいて金融セクター向け投融資を担当し
する過程の難しさ、そのために必要とされる課題
ている金融機関ビジネス・グループ(Financial
の多さを、身をもって体験することが出来た。本
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4 2
0
03年末のEBRDのポートフォリオのうち3
0.
5%は金融セクター向けであり、また、2
0
03年の新規コミット額でも、金融セク
ター向けは3
3%を占め、第2位のインフラセクター(同1
9%)を大きく引き離している。
*5 EBRDの2
0
0
3年の貸倒引当前の営業利益は3
9
9.
2百万ユーロであり、過去最高の好決算を記録したが、この内、約4割に当た
る155.
9百万ユーロは、出資案件からの売却益(Capital gains)であった。売却益の中心は、中欧での銀行民営化の過程で
EBRDが取得した旧国営銀行の株式の売却によりもたらされたものである。因みにEBRDの2
0
0
3年の貸倒引当後の純利益は
378.
2百万ユーロであり、資本純利益率(Return on Equity)は6%であった。
76
開発金融研究所報
稿で、これまでわが国ではあまり知られていない
定されていたことから、殆どの国では、政府計画
EBRDの金融セクター向け活動を紹介することに
の円滑な遂行を図るために、中央銀行が商業銀行
より、体制移行国を含む開発途上国の開発支援に
の機能も兼ねる「単一銀行制度(mono banking
携わる方々の参考となれば幸いである。
system)
」が採用され、工業、農業、外国貿易、
住宅などの各分野に特化した国営の専門銀行が設
第2章
中東欧・旧ソ連諸国におけ
る金融セクター改革の現状
立されていた。借手であった国営企業に対して、
国営銀行は、破産やその他の法的措置で返済を強
制する権利を持たず、結果として、これら銀行の
資産の多くは不良債権化し、銀行のスタッフも、
(1)金融セクター改革の必要性
市場経済において必要とされる金融知識を持ち合
わせていなかった。
計画経済から市場経済への移行に当たっては、
このような初期条件にあった中東欧・旧ソ連諸
市場原理に基づく資源配分を可能とする金融セク
国の金融セクター、特に銀行部門を、市場経済の
ターの構築が必要となる。すなわち、市場経済に
もとで機能し得るものへと転換させるための改革
おいて金融セクターは、望ましい安全性とリター
は、細部については各国において違いがあるもの
ンの観点から余剰資金の運用先を求めている貯蓄
の、基本的には、IMFや世銀が提唱した同一の
者と、投資などに必要な資金を求めている企業な
処方箋のもとで行われた。銀行部門改革に関する
どの他の経済主体との間を仲介する重要な機能を
「ワシントン・コンセンサス」とも言える、その
担っている。金融セクターは、その過程で、貯蓄
処方箋は、基本的には以下の構成要素から成って
者に代わりプロジェクトのリスクとリターンを評
いた*6。
価し、提供した資金の使途をモニターし、その回
(イ)中央銀行からの商業銀行機能の分離(二
収に努める役割を果たしており、これにより、資
層銀行制度(two―tier banking system)
金を利用する企業などには厳格な予算制約(Hard
の導入)
Budget Constraints)が課せられ、提供された資
(ロ)国内における貨幣の交換可能制約の撤廃
金の効率的な活用が実現することになる。また、
(ハ)金利の自由化
銀行などの金融機関は、効率的な決済機能を提供
(ニ)国営専門銀行の商業銀行への転換と民営
することにより、市場経済における経済取引コス
トの削減にも貢献している。
これに対して、中東欧・旧ソ連諸国が採用して
いたソ連型の計画経済にお い て は、金 融 セ ク
化
(ホ)新規銀行設立・参入の奨励
(ヘ)国際基準*7に沿った銀行の監督・規制制
度の整備
ター、特に銀行部門は、政府の作成した計画の執
行機関にすぎず、政府の計画に基づいて各産業分
(2)銀行部門改革の現状
野や国営企業に資金を配分する機能しか担ってい
なかった。このために計画経済下の銀行は、自己
EBRDでは、中東欧・旧ソ連各国の銀行部門改
のリスク判断に基づいた金融仲介の機能・能力を
革の進捗度合いを4段階の指標で評価している
持っておらず、また、企業・個人が銀行に保有し
が*8、最新の評価によれば*9、市場経済への全般
た預金の使用には厳しい制限が課せられ、金利も
的な移行状況を反映して各国の進捗度合いには依
規制されていたため、銀行の信用創造機能に対す
然として大幅な差がある。市場経済への移行が既
る政府の監督・規制制度も必要とされていなかっ
にかなり進展しており、2004年5月には念願の
た。このように、銀行の機能が受動的なものに限
EUへの正式加盟を実現した中欧・バルト諸国の
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*6 例えば、Calvo and Frenkel(1
9
9
1)
、Caprio and Levine(19
9
4)
、Fisher and Gelb(1
9
9
1)
。
*7 基本的に、バーゼル銀行監督委員会の勧告する銀行監督のモデルや銀行の監督・規制に関するEU指令に基づく監督・規制制
度が導入された。
2005年3月
第23号
77
図表3 中東欧・旧ソ連諸国の金融セクター改革の現状
銀 行 数
(うち外銀)
国営銀行の
シェアー(%)
不 良 債 権/
総 融 資
(%)
(注1)
対民間融資/ 金融セクター改革の進捗度合い
GDP (%)
銀
行
ノンバンク
クロアチア
4
1
(1
9)
3.
4
9.
4
4
8.
5
3.
7
2.
7
チェコ
3
5
(2
6)
3.
0
5.
0
17.
9
3.
7
3.
0
エストニア
7
( 4 )
0.
0
0.
5
33.
7
3.
7
3.
3
ハンガリー
38
(2
9)
7.
4
3.
8
42.
3
4.
0
3.
7
ラトビア
23
(1
0)
4.
1
1.
5
38.
8
3.
7
3.
0
リトアニア
13
( 7 )
0.
0
2.
6
1
9.
9
3.
0
3.
0
ポーランド
5
8
(4
6)
25.
7
25.
1
17.
8
3.
3
3.
7
スロバキア
2
1
(1
6)
1.
5
9.
1
25.
0
3.
3
3.
7
2
9.
5
(1
9.
6)
5.
6
7.
1
30.
5
3.
6
3.
3
アルバニア
1
5
( 13 )
51.
9
4.
6
5.
1
2.
3
1.
7
ボスニア・ヘルツェゴビナ
3
7
(1
9)
5.
2
8.
3
14.
6
2.
3
1.
7
ブルガリア
35
(2
5)
0.
4
4.
4
25.
8
3.
3
2.
3
マケドニア
21
( 8 )
1.
8
3
4.
9
14.
9
2.
7
1.
7
ルーマニア
30
(2
1)
4
0.
6
1.
6
9.
5
2.
7
2.
0
中欧・バルト
(平均)
セルビア・モンテネグロ
4
7
(1
6)
3
4.
1
2
3.
8
n.a
2.
3
2.
0
3
0.
8
(1
7)
2
2.
3
1
2.
9
14.
0
2.
6
1.
9
アルメニア
19
( 8 )
0.
0
4.
9
5.
8
2.
3
2.
0
アゼルバイジャン
4
6
( 4 )
55.
3
14.
6
n.a
2.
3
1.
7
ベラルーシ
3
0
( 17 )
6
3.
7
3.
7
1
2.
0
1.
7
2.
0
グルジア
2
4
( 6 )
0.
0
7.
5
8.
6
2.
3
1.
7
モルドバ
1
6
( 9 )
15.
5
6.
4
22.
4
2.
3
2.
0
15
8
(1
9)
9.
8
3
2.
7
24.
6
2.
3
2.
0
4
8.
8
(1
0.
5)
24.
1
11.
6
1
4.
7
2.
2
1.
9
1,
3
2
9
(4
1)
n.a.
10.
4
20.
9
2.
0
2.
7
カザフスタン
3
6
(1
6)
5.
1
2.
1
22.
8
3.
0
2.
3
キルギス
21
( 7 )
7.
2
1
1.
2
n.a.
2.
3
2.
0
1
1
( 1 )
6.
1
7
3.
6
10.
5
1.
7
1.
0
トルクメニスタン
1
3
( 9 )
95.
9
0.
3
2.
2
1.
0
1.
0
ウズベキスタン
28
( 5 )
91.
0
1.
0
26.
0
1.
7
2.
0
2
3
9.
7
(1
3.
2)
41.
1
1
6.
4
16.
5
2.
0
1.
8
8
2.
8
(1
5.
4)
2
1.
1
1
1.
7
2
0.
4
2.
7
2.
3
南東欧(平均)
ウクライナ
東欧・コーカサス
(平均)
ロシア
タジキスタン
(注2)
ロシア・中央アジア(平均)
総
平
均
注1)EBRD作成による進捗度合の指標。1が改革が最も遅れている状況、4は先進市場経済並みに改革が進んでいる状況を示す。
注2)2
0
0
2年末現在。それ以外の国は2
0
0
3年末現在。
出所)EBRD
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*8 指標の各段階が示す、改革の進捗状況は以下の通り。
指標1:中央銀行からの商業銀行機能の分離のみが実施され改革が最も遅れている状態
指標2:国内通貨の交換可能性が実現し、金利設定と信用配分に関する自由化がある程度進展している状態
指標3:
(破綻処理を含む)銀行の監督・規制制度が概ね整備され、中銀からの譲許的リファイナンス制度の廃止により厳格
な予算制約のもとでの銀行経営が必要とされる状態
指標4:先進市場経済で要求される制度・規則がほぼ実現している状態
*9 EBRD(2
0
0
4b)
78
開発金融研究所報
指標は、平均で、先進市場経済国とほぼ同じ3.
5
展の原動力となるべき中小企業向け融資に関して
であるのに対し、移行が一般に遅れ気味な旧ソ連
銀行部門が依然として消極的であることなどの問
諸国の指標は平均で1.
8であった。ただし、例外
題点が挙げられている。
もあり、例えば、既にEU加盟を果たしたリトア
また、20
04年にEUに新 規 加 盟 を 果 た し た 中
ニア(3.
0)よりも、まだ加盟を果たしていない
欧・バルト諸国と従来からのEU15カ国の銀行部
ブルガリア(3.
3)の方が、銀行部門の改革は進
(イ)
門の発展度合いの差を比較した研究*11でも、
展していると評価されており、また、旧ソ連諸国
GDPに対する貯蓄の割合では、ほとんど差がな
でも、既に市場経済がかなり定着しているかに見
いにも関わらず、民間部門の銀行預金のGDPに
えるロシア(2.
0)の方が、ウクライナ、モルド
対する比率を比較すると東欧・バルト諸国はEU
バ、グルジア、アルメニア(全て2.
3)よりも銀
15カ 国 よ り も 著 し く 低 く(2002年 で45%対
行改革では遅れていると評価されている。
129%)
、貯蓄形成における銀行部門の役割は限
このような各国の進捗度合いの差に加えて、
定的であること、
(ロ)民間部門向け国内信用の
EBRDにとり重要な問題は、市場経済への移行を
GDP比で見た金融仲介の水準についても、依然
目指す中東欧・旧ソ連諸国では、金融セクターに
として著しい差があること(同32%対103%)
、
関する規制・制度面での改革が、それなりに進展
(ハ)長期融資の割合は限定的で短期融資が中心
してきたにもかかわらず、依然として銀行部門の
であること(5年超の融資が全体の融資に占める
金融仲介機能が全体として弱体であり、今後の持
割合は2%対36%)などが指摘されている。こ
続的経済成長の足枷となることが懸念されている
のように、銀行部門の改革が先進市場経済国並み
ことである。金融仲介機能の尺度として中東欧・
に進んだかに見える中欧・バルト諸国でも、依然
旧ソ連諸国の銀行部門の国内信用とGDPの比率
として、銀行に対する信用の向上、金融商品の多
を、これらの諸国と経済の発展段階が同水準の他
様化、新しい顧客セグメントの開拓、リスクテー
*1
0
の途上国と比較した研究 によれば、移行開始
ク能力の強化、長期資金調達能力の強化などが課
後3年目の1
99
4年と8年目の1
9
99年のデータで
題として残されていることが指摘されている。ま
比較して見ると、どちらも中東欧・旧ソ連諸国の
た、その背景として、弱小銀行の淘汰が進んでい
国内信用の比率の方が他の途上国よりも低く、ま
ないなど、銀行部門の統合が不完全で、効率的で
たその格差が、上記の5年間に逆に拡大してお
競争力のある銀行が十分には育っていないことも
り、経済発展に伴う金融深化は、その他の途上国
指摘されている。
に比べて市場経済移行国では、相対的に遅れ気味
であることが明らかにされている。
このように、銀行部門を中心とする中東欧・旧
ソ連諸国の金融セクターの改革は、一定の進展が
また、民間部門向け銀行信用のGDP比に注目
見られるものの、依然として多くの課題が残され
した場合には、中東欧・旧ソ連諸国は、他の途上
ており、市場経済への移行支援における金融セク
国よりも、その比率が低いだけでなく、他の途上
ター改革向け活動の重要性は衰えていない。
国では1
9
9
4年から1
99
9年にかけて同比率の上昇
が見られるのに対して、逆に、中東欧・旧ソ連諸
国では、一部の国を除いて、その比率が減少して
いることも指摘されている。その理由として、中
東欧・旧ソ連諸国では、
(イ)依然として国営銀
行の果たしている役割が大きいこと、
(ロ)銀行
の参入・退出に関する規制が未整備で銀行部門に
おける競争が制約されていること、
(ハ)経済発
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
0 Fries and Taci(2
0
0
2)
*11 Mantler(2
0
0
4)
2005年3月
第23号
79
図表4 EBRDの金融セクター向けポートフォリオの構成の推移
(百万ユーロ)
5,000
4,500
4,000
マイクロ・
ファイナンス
ノンバンク
金融機関
エクイティー・
ファンド
銀行融資
銀行出資
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
0
1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003
出所)EBRD
第3章
EBRDの金融セクター向け
活動
いた支援を行っている点が、EBRDの金融セク
ター向け活動の大きな特徴となっている。
より具体的には、EBRDの金融セクター向け投
融資活動は、
(イ)銀行向け出資、
(ロ)銀行向け
(1)基本戦略と枠組み
融資・保証、(ハ)
マイクロ・ファイナンス、
(ニ)
ノンバンク金融機関向け出資・融資、
(ホ)エク
EBRDの金融セクター向け活動は、健全な金融
イティー・ファンド向け出資の5分野から構成さ
原則(Sound Banking Principles)と企業統治
れている。2003年末のEBRDの金融セクター向け
(Corporate Governance)のもとで、高い効率
ポートフォリオ(投融資残高プラスコミット済み
性を持って運営され、企業や家計などの経済の活
未実行額)の内訳を見ると、銀行向け融資・保証
動主体に高水準の金融サービスを提供することが
が41%の18.
6億ユーロを占め第1位であり、エ
可能な金融セクターを中東欧・旧ソ連諸国におい
クイティー・ファンド向け出資が8.
9億ユーロ
て育成することを目標としている。この観点か
(20%)
、銀行向け出資が8.
7億ユーロ(19%)
ら、EBRDは、次の具体的な課題に取り組んでい
で続いている。ただし、2000年末には4%しか
る。
なかったノンバンク金融機関向け投融資のポート
(イ)金融機関の安定性・効率性の向上
フォリオが、2003年末には全体の13%を占める
(ロ)金融機関間の公正な競争の促進
6.
0億ユーロへと急激に増加しており、今後も、
(ハ)金融機関、金融商品、金融サービスの多
この傾向が続くものと予想されている。
様化
(ニ)政府系金融機関の商業化、リストラおよ
び民営化
(ホ)中小・零細企業向けを中心とした民間部
門向け金融仲介の拡大
(ニ)金融機関における企業統治の向上
80
国別の内訳を見ると、EBRDから投融資を受け
ることができる支援対象国(EBRD Countries of
Operations)27カ国*12全てにおいて、金融セク
ター向けプロジェクトが実施されており、特に民
間プロジェクトの実施が難しい中央アジアやコー
カサス地域の体制移行が比較的遅れている国で
上記の課題に取り組むにあたり、法律・規則・
は、金融セクター向けプロジェクトが、これらの
監督制度の整備や改善などの金融セクターの基礎
国でEBRDが実施する民間プロジェクトの大宗を
的な土台作りは、世界銀行、IMFなどの他の援
占めている。地域別の分布を見ると、中欧・バル
助機関に任せ、自らは個別の金融機関に対する投
ト諸国向けが18.
4億ユーロ(41%)で最大であ
融資活動と、それに付随する技術支援に重点を置
り、ロシア・中央アジア諸国向けが11.
4億ユー
開発金融研究所報
図表5 金融セクター向けポートフォリオの国・グループ別構成
銀行出資
ロシア
リージョナル
ポーランド
ルーマニア
クロアチア
チェコ
カザフスタン
スロバキア
ウクライナ
ハンガリー
スロベニア
ブルガリア
ウズベキスタン
ボスニア・ヘルツェゴビナ
エストニア
ラトビア
セルビア・モンテネグロ
リトアニア
グルジア
マケドニア
ベラルーシ
モルドバ
アゼルバイジャン
アルバニア
キルギス
トルクメニスタン
アルメニア
タジキスタン
銀行融資
エクイティー
フ ァ ン ド
ノンバンク
金融機関
(百万ユーロ)
マ イ ク ロ・
ポートフォリオ
ファイナンス
4
6
31
1
2
01
75
1
05
7
3
7
0
6
5
1
3
4
1
1
4
1
5
7
3
5
1
1
9
1
4
2
2
6
4
3
8
5
2
1
0
0
6
0
6
1
9
3
3
1
5
3
0
1
0
7
5
20
0
19
5
17
3
47
12
5
40
16
2
90
52
37
8
7
4
8
4
3
3
0
2
5
1
4
2
3
6
2
9
1
6
1
4
0
6
7
4
2
4
52
84
14
5
26
14
26
13
18
4
4
0
5
2
0
1
13
0
2
0
0
0
2
0
0
0
0
46
1
79
29
7
66
8
69
0
51
7
2
2
2
0
3
2
4
0
14
0
0
0
0
0
5
0
0
0
0
0
0
11
0
0
9
9
0
1
0
0
0
6
7
4
0
0
1
8
0
8
7
0
2
5
1
2
0
0
0
5
7
2
5
2
8
3
8
3
2
9
9
2
9
6
2
8
0
2
5
4
1
9
9
1
8
1
1
2
6
1
0
7
1
0
2
5
9
5
7
5
5
5
1
4
1
3
6
3
3
3
1
2
1
2
0
1
3
1
1
7
5
2
8
7
0
1,
85
9
88
6
6
07
2
83
4,
5
0
5
出所)EBRD
ロ(2
5%)、南東欧諸国向けが9.
5億ユーロ(21%)
国を、市場経済への体制移行の進捗度合いに基づ
で、これに続いている。個別の国では、ロシア向
いて、
(1)初期・中期移行国17カ国と(2)先
けが7.
4億ユーロ(1
6%)で最大であり、ポーラ
進移行国9カ国に分類しているが*13、2003年末
ンド向けが5.
3億ユーロ(12%)
、ルーマニア向
の金融セクター向けポートフォリオの内訳を見る
けが3.
8億ユーロ(9%)で続いている。
と、先進移行国向けが41%、初期・中期移行国
なお、EBRDでは、ロシア以外の支援対象国26
向けが30%、ロシア向けが16%、複数地域向け
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
2 EBRD設立時には、中東欧諸国のみがEBRDの投融資の対象国であったが、その後、旧ソ連邦や旧ユーゴスラビアの崩壊によ
り生まれた国も支援対象となり、現在では、以下の2
7カ国が支援対象国となっている。
中欧およびバルト諸国:クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア
南東欧諸国:アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、マケドニア、ルーマニア、セルビア・モンテネグロ
東欧およびコーカサス諸国:アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、グルジア、モルドバ、ウクライナ
ロシアおよび中央アジア諸国:ロシア、カザフスタン、キリギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン
なお、2
0
0
4年のEBRD総会で、モンゴルを2
8番目の支援対象国とすることが決定され、現在、出資国による批准手続き中で
ある。
*13 初期・中期移行国:アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、マ
ケドニア、グルジア、カザフスタン、キルギス、モルドバ、ルーマニア、セルビア・モンテネグロ、タジキスタン、トルクメ
ニスタン、ウクライナ、ウズベキスタン
先進移行国:クロアチア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア、スロベニア
2005年3月
第23号
81
が1
3%であり、市場経済の移行が進んでいる国
(ロ)銀行部門の統合支援による競争促進:弱
だけではなく、移行が比較的遅れている国の金融
小銀行の淘汰が遅れ、競争が制限されて
セクター向けの投融資にも、同様に力を入れてい
いる国において、統合の核となり得る優
ることが分かる。また、投融資の内容を見ると、
良な現地銀行に対して他行との合併に必
初期・中期移行国向けでは、現地銀行向け出資、
要とされるシード・マネーなどを提供し、
中小企業支援クレジット・ライン、貿易金融ファ
統合を促進する。
シリティーなどの、EBRDの標準的な金融セク
(ハ)現地銀行の基盤整備と能力向上:出資先
ター向け支援プログラムが中心であるのに対し
銀行の取締役会への積極的な関与や技術
て、先進移行国では、モーゲージ・ファイナン
支援プログラムの供与などを通じ、健全
ス、消費者金融、リース、証券化などの、より多
な金融原則 (Sound Banking Principles)
様化された金融商品を提供しており、また、銀行
の適用、企業統治(Corporate Govern-
以外のノンバンク金融機関向け支援も大きなシェ
ance)および透明性の向上、最新の金融
アーを占めるなど、支援対象国の体制移行や金融
技術・ノウハウの移転、十分な環境配慮
セクターの発展度合いの違いに応じた支援を行っ
の実施などを実現し、出資先銀行の基盤
ていることが分かる。
整備・能力向上に貢献する。
次に、金融セクターの各分野に対するEBRDの
(ニ)外資参入の促進:外銀の参入は、銀行部
投融資活動の具体的な内容につき、より詳しく見
門への新規資本供給の役割に加え、最新
ることとしたい。
の金融技術・ノウハウの移転、効率性の
向上などにより、銀行部門の競争促進と
(2)銀行向け出資
財務安定性の向上などの効果がある*15。
この観点から、中東欧・旧ソ連諸国の金
現地銀行に対する出資は、EBRDの金融セク
融市場への進出を検討している西側の戦
ター向け活動の基軸を成すもので、2
0
0
3年末ま
略的投資家に対して、EBRDが出資先銀
でに、EBRDは、トルクメニスタンとタジキスタ
行の株式の一部を保有することにより、
ンを除く全ての支援対象国2
5カ国の現地銀行85行
投資プロジェクトにおけるポリティカ
*1
4
ル・リスクの軽減に貢献する。また、先
を実施している。その国別分布を見ると、チェコ
進的な株主、経営者を有するものの、戦
(1
5
7百万ユーロ)
、ルーマニア
(1
34百万ユーロ)
、
略的投資家が見つかっていない現地銀行
スロバキア(1
19百万ユーロ)
、スロベニア(64百
を特定し、EBRD出資を通じて、その能
万ユーロ)
、ポーランド(65百万ユーロ)の順で
力の向上と基盤整備を支援することによ
あった。初期には、バルト3国の銀行向け出資も
り、投資先としての魅力を高める。
行われたが、既に、その多くは売却済みである。
(ホ)銀行部門の資本強化:中東欧・旧ソ連諸
EBRDによる現地銀行への出資は、主に、次の
国では、一般に銀行部門の資本不足が金
に対して1
1
9件、総額1,
33
9百万ユーロの出資
ような目的のもとで実施されている。
融仲介機能拡大の制約要因となっている
(イ)国営銀行の民営化支援:国営銀行の円滑
ところ、普通株に加えて、優先株、転換
な民営化を実現するため必要とされるリ
債、劣後融資などのフレキシブルなツー
ストラの実施を株主として支援・監督す
ルを活用して資本増強に貢献する。
ると共に、EBRD自身が出資者となるこ
現地銀行への具体的な出資形態としては、普通
とにより、他の民間投資家のリスクを軽
株式、優先株式、株式に転換可能なシニアまたは
減する呼び水的役割を果たす。
劣後融資などの幅広い形態がとられているが、
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
4 出資先銀行の主要株主などとの間で、一定の出資期間後に、EBRD出資額の特定価格での買い戻しを定めたPortage Equityを
含む。
*15 中欧諸国の銀行部門に対する外資参入の効果については、Méro
´
´and Valentinyi(2
0
0
3)参照。
82
開発金融研究所報
EBRD自身が出資先銀行の経営権を握ることは想
*1
6
の戦略的投資家への売却が成功するよう、
定されておらず、出資比率は5―3
5%程度 に
IFC、BCR経 営 陣、ル ー マ ニ ア 民 営 化 庁
限定されている。また、現地銀行向け出資に当っ
(APPS)とも協力して、BCRのビジネス戦
て は、通 常、
(イ)4―8年 以 内 に 出 資 の 売 却
略の見直し、リスク・コントロール体制の強
*1
7
(ロ)適切
(Exit)が可能と予想されること 、
*1
8
化、企業統治の改善、顧客サービスの改善、
(ハ)出資先の
なリターンが見込まれること 、
金融商品の多様化などからなる包括的な経営
通常の経営には関与しないものの取締役会への
改善策を作成して、その実施を支援してい
EBRD代表の参加により基本的な経営方針などの
る。
決定への参画が可能なこと、
(ニ)適切な業務戦
略、経営・融資方針の改善などの具体的なプログ
ラムの実施、適正な財務基準の維持などに出資先
新規民間銀行の育成の例:ボスニア・ヘル
銀行が合意していることなどが条件となる。
ツェゴビナ・Market Banka
Market Bankaは内戦によりサラエボの街
国営銀行民営化支援の実例:ルーマニア・
が包囲されていた1992年に地元企業家によ
Banca Comerciala Romana
り新設された民間商業銀行である。設立当初
EBRDは、19
9
0年 代 に チ ェ コ、ハ ン ガ
は、食料輸入ファイナンス、海外送金などの
リー、ポーランド、エストニアなどの中欧・
限定的な業務のみを行っていたが、内戦の終
バルト諸国で実施された銀行民営化に積極的
結による経済復興を背景に、優秀な若手経営
に参加し、その民営化を支援したが、これら
陣のもとで順調に業容を拡大していった。
の先進移行国での銀行民営化がほぼ一巡した
Market Bankaの 将 来 性 を 高 く 評 価 し た
*1
9
現在 、出資による国営銀行の民営化支援
EBRDは、1997年に、同行にとり初めての外
は、初期・中期移行国に中心が移ってきてい
国株主として約30%の株式を取得し、さら
る。ルーマニア最大の商業銀行であるBanca
には中小企業支援クレジット・ラインや技術
Comerciala Romana(BCR)
の民営化支援が、
支援を供与して同行の発展を後押ししてき
最 近 の 代 表 例 で あ る。BCRの 民 営 化 は、
た。EBRDの支援のもとでMarket Bankaは
ルーマニアの経済発展とEU加盟プロセスに
発展を続け、2000年には、東欧・旧ソ連な
おいて重要な鍵を握っており、同国政府は、
どで積極的な事業展開を進めているオースト
2
0
02年に外資への売却を試みたが、市場環
リアのRaiffeisen Zentral Banking Group
境が整わず失敗に終わった。このため、政府
(RZB Group)が同行を傘下に収め、Raif-
はBCRを3段階で民営化することに決め、
feisen
Bank
Bosnia
and
Herzegovina
その第1段階として、まず200
3年に国際機
(RBBH)と改称した。EBRDは、自ら の 出
関 で あ るEBRD、IFCに25%ず つ を 各222百
資持分を、RZB Groupに売却し、高水準の
万ユーロで売却し、次に従業員組合に対して
売却益を得たが、その間に、RBBHは、ボス
8%を売却して、政府は少数株主となり、
ニア・ヘルツェゴビナ最大の商業銀行に成長
最終的には、2
00
6年末までにBCRを戦略的
し、中小企業を初めとする同国の民間企業へ
投資家に売却することを決定した。EBRD
の資金供給において重要な役割を果たしてい
は、BCRの主要株主として、有利な条件で
る。EBRDは、2003年にボスニア・ヘルツェ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*1
6 財務諸表上への関連会社記載の問題を避けるために、通常は20%未満の出資に限定されている。
*1
7 戦略的投資家として西側の金融機関などが株主となっている現地銀行の出資に当たっては、将来のEBRD所有株式の売却に関
して、これらの戦略的投資家との間で予めPut Optionを締結することが通常である。
*18 最低限要求されるリターンにつき明示的な基準は無いが、通常、最低でも1
2%以上のリターンが予想されていることが多い。
*1
9 ハンガリーの国民貯蓄銀行(OTP)やポーランドのPKO BPのように、今後民営化が予定されている国営銀行も一部には残っ
ている。
2005年3月
第23号
83
ゴビナ向けとしては初めてシンジケート・
対するアクセスの拡大を図ることにある。この観
ローンを同行向けにアレンジするなど、引き
点から、これら企業に長期の設備・運転資金を供
続き、その発展を支援している。
給することを目的としたクレジット・ラインの現
地銀行向け供与や、原材料・中間財などの輸入資
金や輸出のための生産資金の確保を目的とした現
資本強化支援のための劣後融資の例:セルビ
地銀行による貿易金融面での支援などを実施して
ア・モンテネグロ・Société Générale Yu-
いる。また最近では、これまで金融に対するアク
goslav Bank
セスが限定的であった経済の他の分野において
急速に成長する中東欧・旧ソ連諸国の民間
も、現地銀行の融資活動を活性化するための活動
銀行にとり、BIS規制などで要求される資本
に力を入れており、具体的には、農業金融、住宅
比率の維持に必要な資本を、増大する資産規
金融、消費者金融などの分野での支援の重要性が
模に応じてどのように調達していくかが、重
高まっている。EBRDは、現地銀行のこのように
要な課題となっている。既存株主の希薄化を
幅広い分野でのニーズに対して様々な融資・保証
防ぎつつ資本の増強を図る目的で、先進国の
ファシリティーにより金融面での支援を行うと同
銀行と同様に、劣後融資の取入れを検討して
時に、多くの場合、新分野における現地銀行の審
いる銀行も多いが、中東欧・旧ソ連諸国で
査・融資実施能力を向上させるための技術支援も
は、資本市場が発達しておらず、劣後融資の
組み合わせて供与している。また、出資の場合と
出し手となり得る機関投資家も存在しないた
同様、EBRDからの融資受け入れに際しては、適
め、一般に市場からの劣後融資の調達は困難
正な財務基準の維持に加えて、適切な業務戦略、
である。このためEBRDは、これら諸国の現
経営・融資方針の改善、審査体制の向上などに関
地銀行向けに積極的に劣後融資を行うことに
する具体的なプログラムの実施を、借入銀行に求
よ り、そ の 資 本 の 増 強 を 支 援 し て い る。
めるケースが多い。
EBRDの現地銀行向け劣後融資は、カント
EBRDは、支援対象の27カ国全てにおいて現地
リー・シーリングの制約から、中東欧・旧ソ
銀行向けに融資・保証ファシリティーを供与して
連諸国の現法子会社からの増資要請に応じら
おり、その規模は、2003年末までに合計295件、
れない西側金融機関にとり重要な資金ソース
総額32.
7億ユーロに達している。また、これま
となっている。最近では仏Societe General
でにEBRDの融資・保証ファシリティーの供与を
のセルビア・モンテネグロ現法であるSocié
受けた現地銀行の数も約150行に達している。
té Générale Yugosalv Bank、ポーランドの
2003年末現在の現地銀行向け融資ポートフォリ
中堅銀行であるBank Inicjatyw Spoleczno―
オ(1,
859百万ユーロ)の国別分布を見ると、大
Ekonomicznych(BISE )、 独 Norddeutsche
きい順から、ロシア(311百万ユーロ)
、ポーラン
Landesbankの リ ト ア ニ ア 現 法 で あ る
ド(200百万ユーロ)
、ルーマニア(195百万ユー
NORD/LB Lietuva向けなどの劣後融資の例
ロ)
、クロアチア(173百万ユーロ)
、ウクライナ
がある。
(162百万ユーロ)
、カザフスタン(125百万ユー
ロ)であった。
EBRDの銀行向け融資業務の中心を構成してい
(3)銀行向け融資・保証
るのが、中小企業に対する中長期の設備・運転資
金の供与を目的とした中小企業支援クレジット・
84
銀行向けの融資・保証は、EBRDの金融セク
ライン(SME Credit Lines)である*20。クレジッ
ター向け投融資活動において最大のシェアーを占
ト・ラインの供与先は、原則として民間の商業銀
める重要な支援分野である、その中心的な目的
行であり、政府系の開発銀行に供与した例は殆ど
は、民間部門の育成、企業間の競争促進、雇用創
ない。民間銀行の発達が遅れているウズベキスタ
出の観点から、民間企業、特に中小企業の金融に
ンや、大手の民間銀行の地方支店網が不十分で、
開発金融研究所報
地方の中小企業向け融資のためには、幅広い支店
銀行向けに、同国向けとしては初めてのシンジ
網を持つ政府系の貯蓄銀行(Sberbank)の関与
ケート・ローンとなったA/Bローンの組成に成
が必要とされるロシアなどで、政府系銀行を借入
功している。また、A/Bローンとは別に、民間
窓口としているケースもあるが、何れも例外的な
投資家の中東欧・旧ソ連諸国向け投資の促進と、
ケースである。また、体制移行がまだ初期の段階
EBRD自身の資金調達の一環として、現地銀行向
にあり、信用力のある民間銀行が存在しない国で
けの既往融資ポートフォリオの民間投資家への売
は、民間銀行向けクレジット・ラインであって
却 に も 取 り 組 ん で い る。例 え ば、後 述 のEU/
も、政府保証を徴求したり、中銀 経 由 のApex
EBRD SME Finance Facilityのもとでバルト諸
Lendingとしたケースもあるが、一般に、このよ
国の現地銀行に供与されたクレジット・ラインの
うなスキームの場合には、融資先の選定に政府の
約半分は、その後、民間の投資家に売却されてい
介入を招いたり、現地の民間銀行の当事者意識が
る。
希薄となり、転貸先のプロジェクトが不良債権化
する例があることから、最近では、民間銀行の審
中小企業支援クレジット・ラインの実例:
査能力などを十分に審査の上、政府保証に依拠す
EU/EBRD SME Finance Facility
ることなく、民間銀行の信用力に基づいてクレ
ジット・ラインを供与することが多い。
EBRDが実施している中小企業支援クレ
ジット・ラインで最も大規模なものは、EU
また、EBRDは、自己資金による融資活動以外
加盟候補国の中小企業育成 を 目 的 と し て
にも、中東欧・旧ソ連諸国への民間資金の還流促
1999年4月 にEUと 共 同 で 設 立 し たEU/
進にも熱心に取り組んでいる。この分野で重要な
EBRD SME Finance Facilityである。対象
役割を果たしているのが、A/Bローン・ストラ
国は、2004年5月にEU加盟を果たしたポー
クチャーによる民間銀行との協調融資である。同
ランド、ハンガリー、チェコ、スロベニア、
ストラクチャーでは、EBRDが、Aローン・ポー
エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバ
ションを自己資金により融資し、残りのBロー
キアの8ケ国に200
7年までに加盟が予定さ
ン・ポーションは民間銀行によるシンジケート団
れているルーマニア、ブルガリアの2カ国を
が組成されるが、EBRDが、融資契約上の貸し手
加えた合計10カ国である。EU諸国に比べて
(Lender of Record)となることにより、Bロー
金融セクターが未発達なこれらの国では、金
ンに参加している民間銀行もEBRDの国際金融機
融への限定的なアクセスが、中小企業の発展
*2
1
関としてのPreferred Creditor Status を享受す
とそれによる雇用創造のボトルネックとなっ
ることなり、ポリティカル・リスクの軽減を図る
ていることから、中小企業向け金融の拡大を
ことができる。EBRDは、資本市場が未発達なた
図るために設立されたものであり、金融機関
め国内での中長期資金の調達が困難であり、かつ
経由の融資ファシリティー(クレジット・ラ
国際金融市場に独自にはアクセスできないような
イン)とエクイティー・ファンド経由の出資
国において、地場の民間銀行の海外の民間資金へ
ファシリティーから構成されている。
のアクセスを可能とするためのA/Bローンの組
EU/EBRD SME Finance Facilityは、設立
成に特に力を入れている。 例えば、200
3年には、
当初、総枠150百万ユーロでスタートしたが、
これまで国際金融市場へのアクセスがなかったベ
その後、規模が何回か拡大され、現地銀行経
ラルーシおよびボスニア・ヘルツェゴビナの現地
由の融資だけではなく、地場リース会社経由
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
0 EBRDは、体制移行の支援効果が高いなどの特別な理由が無い限り、EBRDからの直接のファイナンス額が5百万ユーロ以下
の小規模プロジェクトは、原則として取り上げないという方針を持っており、ファイナンス期待額が小さい中小企業向け支援
は、主として現地銀行経由のクレジット・ラインにより実施されている。
*2
1 EBRD設立協定第2
1条により、EBRD加盟国は、EBRD向け債務支払いに関して、外為規制の対象としないことに同意してい
る。実際に、1
9
9
8年のロシア危機で、ロシア政府が民間対外債務のモラトリアムを発動した際にも、EBRDのPreferred
Creditor Statusは尊重され、Bローンも含め、全てのEBRD向け債務の支払いはモラトリアムの対象とはならなかった。
2005年3月
第23号
85
のリースも対象に加えられることとなり、現
また現地銀行が現地企業に輸出前貸金融など
在の総枠は70
0百万ユーロまで拡大している。
の貿易関連融資を行うための外貨を融資して
中小企業という新しいマーケット・セグメン
いる。トリプルA格付を持つEBRDの裏保証
トに、地場の金融機関の目を向かせるため
により、海外の銀行は、リスクの観点から
に、本ファシリティーのもとでは、中小企業
は、通常であれば受入れが困難な現地銀行の
向け融資の審査・実施能力の向上のための技
発行した貿易信用状などの確認(Confirm)・
術支援が供与されるだけではなく、EUから
引受(Acceptance)が可能となり、中東欧・
のグラント資金を活用して、参加した現地銀
旧ソ連諸国の貿易取引の円滑化が図られる効
行に対して、これら銀行に対して実績(金
果がある。TFPは、これらの国が行う幅広
額・質)に応じたパフォーマンス・フィーが
い分野の財・サービスの輸出・輸入を対象と
支払われることとなっており、中小企業向け
しているが、中東欧・旧ソ連諸国とそれ以外
融資の増加に対し直接的なインセンティブが
の地域、特に欧米諸国との間の交易だけでな
与えられている。
く、中東欧・旧ソ連諸国間の交易、例えばロ
EU/EBRD SME Finance Facilityでの参加
シアからカザフスタンへの農業機器の輸出、
銀行当たりのクレジット・ラインの金額は、
ロシアからグルジアへの電力の輸出、ブルガ
通常5百万ユーロから15百万ユーロで、各行
リアからマケドニアへの医療機器の輸出など
は、供与された資金を(イ)従業員1
0
0名未
にも利用されている。
満の中小企業向け融資(ローン金額は3
0,
000
TFPのもとで、EBRDは、信用状を発行す
ユーロから1
0
0,
00
0ユーロまで)と(ロ)従
る数多くの現地銀行のリスクを保証している
業員1
0名以下の零細企業向け融資(ローン金
が、これは、EBRDが、出資・融資業務を通
額は3
0,
0
00ユーロまで)に活用している。
じて、これらの現地銀行と密接な関係を築い
2
0
0
3年末現在で、地場銀行2
6行とリース会
ており、常時その信用力の判断を行うことが
社1
8社向けに合計6
45百万ユーロのクレジッ
可能な体制が確立していることによって可能
ト・ラインが設定されおり、EUからは114百
となったものである。ポーランドやハンガ
万ユーロのグラント資金が提供されている。
リーのように、EUへの正式加盟を果たした
これらの地場の金融機関から中小企業向けに
中欧諸国などでは、TFPを通じたEBRDによ
は、件数では2
5,
00
0件、金額では合計590百
る貿易金融面での支援は必要なくなってきて
万ユーロの融資・リースが供与されている
いるが、2003年末現在で、EBRDの支援対象
が、そ の 平 均 サ イ ズ は1件 当 た り2
5,
500
である中東欧・旧ソ連諸国27ケ国のうち21カ
ユーロであり、これまで金融機関へのアクセ
国の79行の地場銀行が、信用状などの発行銀
スがなかった中小企業に対して、新たな資金
行として本 プ ロ グ ラ ム に 参 加 し て い る。
調達の途を開くと共に、地場の金融機関によ
TFPの利用も、年々増加しており、2003年
る中小企業向け融資の拡大に貢献している。
には件数では939件、金額では467百万ユー
ロの利用を記録している。1999年のプログ
ラム設立から2003年までの利用累計を見る
貿易金融の実例:貿易振興プログラム
EBRDの銀行向け融資・保証活動のもう一
つの大きな柱が、現地銀行が行っている貿易
TFPによりサポートされた貿易取引の半分
金融に対する貿易振興プログラム(Trade
以上が、100,
000ユーロ以下の小額の取引で
Facilitation Programme)
による支援である。
あり、特に中東・旧ソ連諸国における中小企
通常、TFPと呼ばれるこのプログラムのも
業の貿易促進に対して、本プログラムが大き
とでは、EBRDは、現地銀行が発行した貿易
な効果を発揮していることがわかる。
信用状、保証状などに裏保証を発給したり、
86
と、2,
231件あり、1,
667百万ユーロの貿易
が、 TFPによりサポートされている。 また、
開発金融研究所報
と引き換えに倉庫証券を受け取り、穀物を公
農 業 金 融 の 実 例:Warehouse Receipt
認サイロから引き出すことが可能となる。
Programme
WRPが導入される前は、農業生産者は、最
市場経済への移行を目指す中東欧・旧ソ連
も穀物価格が低い収穫期に集荷・加工業者に
諸国の多くは、その過程で、農業部門の生産
穀物を売却 し な け れ ば な ら な か っ た が、
減少に直面してきた。生産低下は、国営農場
WRPの導入により、生産者は翌年の種付資
の民営化、土地所有制度の改革、価格自由化
金の調達の必要性などに応じて機動的に資金
などからなる農業部門での改革の遅れや地方
を借り入れる一方、最も有利な価格で穀物を
インフラの整備の遅れなどを要因としていた
売却することが可能となった。また、銀行に
が、同時に農業金融の不足も重要な障害と
とっても、容易に現金化が可能な担保の存在
なってきた。事業規模の小ささを要因とする
により、農業生産者向け融資のリスクが軽減
農業生産者向け融資の取引コストの高さ、信
され、より低利での融資の実施が可能となっ
頼の出来る情報の欠如、土地所有制度の不備
ている。さらに、WRPのもとで、政府がサ
や未発達な農地転売市場などによる担保不在
イロへの免許制度を導入し定期検査を実施す
が農業生産者に対する銀行の融資を困難とし
ることにより、穀物保管の質が向上し、保管
てきた。このため、農業生産者は、通常、作
中の穀物損失の減少がもたらされている。
付資金を、集荷・加工業者からの高利融資に
EBRDは、WRPの実施に必要となる法制
依存せざるを得ない状態にあった。このよう
度整備のための技術支援を相手国政府に供与
な状況を改善し、銀行部門の農業向け融資を
するとともに、現地銀行向けにWRP用のク
拡大するため、EBRDが1
9
98年より中東欧・
レジット・ラインを供与したり、転貸先のリ
旧ソ連諸国で展開しているのがWarehouse
スク引き受けに応じたりしている。1998年
Receipt Programme (WRP)である。WRP
より、これまでにブルガリア、カザフスタ
とは、サイロに保管された穀物に対して発行
ン、スロバキア、ロシア、ウクライナ、リト
された倉庫証券(Warehouse Receipt)を担
アニア、モルドバなど向けに、2003年末ま
保として銀行が農業生産者に融資を行うもの
でに総額140百万ユーロのクレジット・ライ
で、これにより銀行は、非常にシンプルな仕
ンを供与している*23。
組みのもとで、リスクを軽減しつつ低コスト
の資金を農業生産者に提供することが可能と
(4)マイクロ・ファイナンス
なる。
WRPの仕組みは以下の通りである。 先ず、
農業生産者は収穫した穀物を公認サイロに保
*2
2
市場経済への移行過程において、中小企業と同
管し、引き換えに倉庫証券を受け取る 。
様に、主導的な役割を果たしているのが、中小企
公認サイロは、倉庫証券の所有者に対しての
業よりもさらに規模が小さい零細企業や自営業者
み穀物を引き渡す義務を負い、政府は公認サ
である。これらの所謂マイクロ・ビジネスは、体
イロによる保管義務違反を補償するための補
制移行国に市場経済を定着させ、雇用創出、経済
償基金を設立する共に、サイロ業者の監督を
成長、貧困脱却を実現する上で重要な役割を演じ
行う。銀行は倉庫証券を担保として生産者に
ているが、これらのマイクロ・ビジネスにとり、
融資を行うが、銀行への返済は、生産者から
銀行などの正式な金融セクターへのアクセスが困
穀物を購入する集荷・加工業者が行い、それ
難であることが、その成長の重大な障害となって
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
2 倉庫証券は実際には、Certificate of Title(CT)とCertificate of Pledge(CP)の2種類に分かれる。加工業者は、生産者か
らまずCTを購入して穀物の購入権を獲得し、実際に穀物が必要になった際に、銀行から返済と引き換えにCPを取得する。
*23 上記供与額は、金融セクター向けプロジェクトとして計上されているWRPのみを含み、EBRD支援対象国からの穀物などを
原材料として購入する欧米の食品会社などと協力して実施されているWRPなどは除外された金額である。
2005年3月
第23号
87
いる。このため、EBRDは、金融セクター向け活
EBRDは、現在、アルバニア、ボスニア・ヘル
動の主要な柱の一つとして、零細企業および自営
ツェゴビナ、ブルガリア、グルジア、ルーマニ
業者向けマイクロ・ファイナンスの拡大にも力を
ア、モルドバ、セルビア・モンテネグロ、ウクラ
入れており、Group for Small Businessという専
イナ、コソボおよびロシアの10ケ国・地域でマイ
担チームのもとで、経験・ノウハウの蓄積を図っ
クロ・ファイナンス・バンクに出資し、必要に応
ている。
じてクレジット・ラインや技術支援を供与してい
EBRDは、マイクロ・ビジネスの金融へのアク
る。ここで特筆すべき点は、ロシアを除く他の9
セスを改善するために、2つのアプローチを同時
カ国のマイクロ・ファイナンス・バンクは、全て
平行的に進めている。一つのアプローチは、マイ
マイクロ・ファイナンスの分野では国際的なコン
クロ・ファイナンスに特化したマイクロ・ファイ
サ ル タ ン ト 会 社 で あ るInternationale Projekt
ナンス・バンクを設立するアプローチである(こ
Consult GmbH(IPC)が主導するProCredit Bank
れは、Greenfield Approachと呼ばれる)
。もう一
Network傘下のマイクロ・ファイナンス・バン
つのアプローチは、これまでマイクロ・ビジネス
クである点で、マイクロ・ファイナンスの分野に
向け融資に関心を示してこなかった既存の商業銀
おけるEBRDとIPCの緊密な関係を示している。
行に対して、この新しいマーケット・セグメント
への進出を促すことである(これはDownscaling
Greenfield Approachの実例:ProCredit
Approachと呼ばれる)
。EBRDは、支援対象国の
Bank
金融セクターの現状に応じて、この二つアプロー
IPCは1981年にマイクロ・ファイナンス専
チを使い分けているが、両アプローチのもとでの
門のコンサルタント会社として発足したが、
活動内容は以下の通りである。
1998年には、コンサルタント業務に留まら
Greenfield Approach
ず、国際金融公社(IFC)、独、蘭、ベルギー
Greenfield Approachのもとで、EBRDに期待
の開発金融機関(DEG、KfW、FMO、BIO)
されている主な役割は、マイクロ・ファイナン
などとマイクロ・ファイナンス・バンク向け
ス・バンクへの出資金の拠出、融資活動の原資と
投資会社であるInternational Micro Investi-
なるクレジット・ラインの供与、設立当初に運営
tionen (IMI)を設立し、世界各地でマイク
を担当する外部コンサルタントの費用の技術支援
ロ・ファイナンス・バンクを新規に設立した
グラントによる負担である。マイクロ・ビジネス
り、NGO組織をマイクロ・ファイナンス・
に特化したマイクロ・ファイナンス・バンクで
バンクに転換したりしてきた。IMIが出資す
あっても商業的に成功し得ることは、これまでの
るマイクロ・ファイナンス・バンクでは、経
多くの事例が示しているが、特にその設立初期に
営サービス契約によりIPCに経営が委託され
は、依然として民間の出資を募ったり、商業借入
て お り、こ れ に よ り、IPCは、現 在、中 東
を行うことは一般に困難であり、また既存の商業
欧・旧ソ連、南米、アフリカで、合計18行の
銀行のような幅広い預金のベースを持っていない
マイクロ・ファイナンス・バンクからなる
という問題がある。また、マイクロ・ファイナン
ProCredit Bank Networkを運営している。
ス実施のノウハウ取得のため、コストの高い外部
EBRDは、投融資先の地域的な制約からIMI
コンサルタントによる技術支援が必要となるケー
自身には出資していないが、上記9カ国の中
スも多い。このため、マイクロ・ファンナンス・
東欧・旧ソ連諸国*24でIMIが出資しIPCが運
バンクは、EBRDなどの国際機関やドナーに、設
営するProCredit Bank Network傘下のマイ
立当初の資金と費用負担を依存せざるを得ないの
クロ・ファイナンス・バンクにパートナーと
が実情である。
して出資すると共に*25、クレジット・ライ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
4 モルドバのMicro Enterprise Credit(MEC)は、銀行法で要求される最低資本金の水準が高いことを理由に、銀行法に基づ
く銀行ではなく、会社法に基づくJoint Stock Companyとして設立されている。
88
開発金融研究所報
ンや技術支援グラントの供与を行っている。
IPCは、マイクロ・ファイナンス・バンク
は、ロシアで初めて全国展開に成功している。
Downscaling Approach
の運営に当たり、低所得層をターゲットとし
通常の地場の商業銀行によるマイクロ・ファイ
つつも、金融事業としての長期的な持続性
ナンスの実施を拡大するDownscaling Approach
(Sustainability)を確保するために、商業
の分野では、EBRDは、アルメニア、ベラルー
性・効率性の重視、フル・バンキング・サー
シ、カザフスタン、グルジア、ロシア、ウクライ
ビスの提供、ITシステム整備などを基本方
ナ、ウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタ
針としており、マイクロ・ファイナンスにお
ンの5カ国で、マイクロ・ファイナンスのための
ける豊富な経験に基づいて、担保ではなく借
クレジット・ラインを商業銀行に供与すると共
入希望者の実際のキャッシュ・フローやビジ
に、技術支援プログラムも実施している。このよ
ネス環境に基づいた融資判断、モニタリング
うなDownscaling Approachで問題となるのは、
の重視、ローン・オフィサーのトレーニン
プログラムの持続的なインパクトという観点から
グ、インセンティブ・スキームなどからなる
は、単に商業銀行に対し資金を供与したり、マイ
独自の融資・運営手法を確立している。この
クロ・ファイナンスのための融資テクニックを伝
ため、既存のNGO組織をマイクロ・ファイ
授しただけでは、その成功が必ずしも保障されな
ナンス・バンクに転換するよりは、Green-
いことである。すなわち、EBRDのプログラムが
field Projectとして新たにマイクロ・ファイ
終了したと同時に商業銀行は、マイクロ・ファイ
ナンス・バンクを設立することを好む傾向が
ナンスへの関心を失ってしまう恐れがある。
ある。このため、上記の9カ国のマイクロ・
このため、マイクロ・ファイナンスの実施に当
ファイナンス・バンクでも、既存のNGO組
たっては、その特殊性に鑑み、銀行内部に専担の
織からの転換であるアルバニア以外は、全て
チームを組織し、他部門とは異なる融資マニュア
新規にIPCが設立している。
ル、融資申込みから1―2日での迅速な与信判断
を可能とする独自の融資決定の仕組み、行内の他
EBRDがIPC以外と組んでマイクロ・ファイナ
部門とは異なるスタッフの採用基準、パフォーマ
ンス・バンクを行っている唯一の例外は、ロシア
ンス・ベースの給与体系などを導入する必要があ
のKTM Bank(KMB)である。KMBは、EBRD
る。このため、銀行全体のビジネス戦略との整合
が中心となり19
92年にプロジェクト・ファイナ
性を保ち、他部門とのシナジーも確保しながら、
ンスを実施するためのRussia Project Finance
どのように、マイクロ・ファイナンス部門の独立
Bankとして設立されたが、19
9
8年のロシア危機
性を保ちつつ効率的に業務を進めていくかが問題
後に、EBRDがロシアで実施しているマイクロ・
となり、多くの場合には、銀行内部、特に経営陣
ファイナンスのプログラムであるRussian Small
のカルチャーやビジネス戦略の変更が必要とな
Business Fundの中心的な実施機関となるべくマ
る。技術支援プログラムでファイナンスされた外
イクロ・ファイナンス・バンクに改組され、現在
部コンサルタントが去った後も、銀行が独自にマ
では、EBRD以外に、米Soros Economic Devel-
イクロ・ファイナンスを進めていくことを確保す
opment Fund、独DEG、蘭Stichting Triodos―
るためには、マイクロ・ファイナンスへの株主・
Doenが株主となっている。20
0
3年末の融資残高
経営陣の強いコミットと、マイクロ・ファイナン
は5
7億ルーブル(1.
9億米ドル)であり、既にロ
スが高い収益性を持つ業務であることを強く認識
シア最大のマイクロ・ファイナンス実施機関に成
させるだけの成果を上げておくことが重要であ
長している。また、ロシア全国に7支店と14事務
る。
所の支店網を築いており、全額外資の銀行として
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
5 マイクロ・ファインナンス・バンクの出資者構成は、各行により異なるが、IMI、EBRD以外に、IMIの出資者でもあるIFC、
FMO、KFW、DEGなどが、独のコメルツバンクなどと共に出資しているケースが多い。
2005年3月
第23号
89
EBRDプロジェクトの事後評価を行うプロジェ
Downscaling Approachの 実 例:Rus-
クト評価局(Project Evaluation Department)
sian Small Business Fund
が2003年7月にRSBFの評価レポートを発表して
EBRDによるDownscaling Approachの最
いるが*26、同レポートは、ロシア危機にもかか
も代表的な例で、かつ規模も大きいのは、先
わらず、RSBFがローン件数、金額共に大幅な伸
述のロシアのRussia Small Business Fund
びを記録することに成功していること(199
8年
(RSBF)である。RSBFは、EBRDがG7、ス
と2002年に供与された年間のローンの件数、金
イス、EUと1
9
94年より実施している総枠480
額を比較すると各々5倍、3.
4倍を記録している)
百万ドルのリボルビング方式のプログラムで
とローンのクオリティーの高さを評価している。
あ り、EBRDが30
0百 万 ド ル を、G7、ス イ
このため、プログラムの重要な目的であるOut-
ス、EUが180百 万 ド ル を 拠 出 し て い る。
reachに関しては、十分な成果を上げており、満
RSBFには、現在、上記のKMBを含めロシ
足の行く体制移行の支援効果があったものと評価
アの商業銀行8行が参加しているが、全国に
している。その一方で、参加商業銀行が2010年
幅広い支店網を持つロシア最大の銀行である
のプログラム終了後も果たしてマイクロ・ファイ
貯蓄銀行(Sberbank)や極東地域を含む地
ナンスを継続するのかという持続性(Sustainabil-
方の有力銀行を参加行とすることにより、全
ity)については、現段階では、時期尚早として
国規模でマイクロ・ファイナンスを実施して
判断を避けており、プログラムがコンサルタント
いる。
主導で行われており、必ずしも参加銀行にマイク
現行のプログラムは、従業員2
0名までの企
ロ・ファイナンスが制度化(Institutionalise)さ
業を対象に2
0,
0
00米ドルまでのローンを融
れていないこと、また、マイクロ・ファイナンス
資するMicro credit componentと従業員100
の利益性に関するコスト分析が十分でないこと、
名までの生産・サービス部門の企業を対象に
(EBRDからの借入だけでなく)参加銀行の自己
1
5
5,
0
0米ドルまでのローンを供与するSmall
資金によるマイクロ・ファイナンスの不足などを
loan componentに分かれており、ローンの
問題点として指摘している。
最長期間は36ケ月である。1
9
9
4年から2003
プロジェクト評価局のRSBFに関する評価は、
年末までに、RSBFのもとで、合計16
8,
000
Downscaling Approachによるマイクロ・ファイ
件、総額で約1
5億ユーロ相当のローンが実施
ナンス・プログラムが直面する一般的な問題点を
さ れ、こ の う ち2
0
03年 末 の 残 高 は、約
指摘しているとも言える。しかしながら、一方で
4
0,
0
0
0件、合 計1
82百 万 ユ ー ロ 相 当 で あ っ
は、英国開発省(DFID)やConsultative Group
た。ロ ー ン の 平 均 金 額 は、Micro credit
to Assist the Poor(CGAP)のElizabeth Little-
componentで2,
4
00ユーロ、Small loan com-
fieldの最近のペーパー*27に見られるように、マイ
00
0ユーロであり、RSBFには、
ponentで21,
クロ・ファイナンス専門機関(MFI)だけでは、
これまでフォーマルな金融セクターからの借
限られた範囲の低所得層のみしか金融サービスを
入が困難であった、このような小規模の借入
享受できず、商業銀行などのフォーマルな金融セ
需要に全国的な規模で対応し、大きな成功を
クターによる低所得層への金融サービスの提供を
収めていることに加え、ルーブル危機を始め
拡大することが、経済発展や貧困削減には、より
とするロシアのマクロ経済状況の混乱に直面
重要との認 識 が 広 が り 始 め つ つ あ る。ま た、
し た に も か か わ ら ず、延 滞 率 は 恒 常 的 に
MFIによるマイクロ・ファイナンスに対しては、
3%を下回ってきた。
援助資金への依存体質から、将来の発展性、事業
の持続性に疑問も呈示されている*28。EBRDがサ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
6 EBRD(2
0
0
3)
*2
7 DFID(2
0
0
4)
、Littlefield and Rosenberg(2
0
0
4)
*28 例えばOxford Analytica(2
0
0
3)
90
開発金融研究所報
ポートしているIPCのモデルは、MFIを商業ベー
比べてもかなり遅れていることが分かる*30。た
スによるフル・バンクとして運営することにより
だし、市場経済への移行が進み、所得水準の向上
事業のSustainabilityを確保しようとするもので
も見られ、銀行部門も一定の発展を達成した中
あり、実際に、アルバニアやグルジアでは、傘下
欧・バルト諸国では、銀行部門に続いてノンバン
のマイクロ・ファイナンス・バンクは大手商業銀
ク金融部門の発展が既に始まっており、ノンバン
*2
9
行の一角を占めるまでに成長してきている 。
ク金融部門の改革の進捗度も既に3.
5となってい
しかしながら、この結果、他の商業銀行と同様の
る。EBRDのノンバンク金融機関向けの投融資活
監督基準の適用、従来のような低所得者層への
動の最近の急激な増加は、主に、これら中欧・バ
ターゲット絞込みからの乖離、また国際機関やド
ルト諸国におけるノンバンク金融サービスへの需
ナーからのクレジット・ラインや技術支援グラン
要の急速な伸びを反映したものである。
トを享受していることによる他の商業銀行との競
EBRDの2003年末のノンバンク金融部門向け
争面での公正性の確保(Level Playing Field)の
ポートフォリオは、中欧・バルト諸国を中心に、
面での批判などの新たな問題も生じている。この
既に15カ国の55件のプロジェクト向けの607百万
た め、EBRDと し て は、引 き 続 き、Greenfield
ユーロに達しており、金融部門向けポートフォリ
ApproachとDownscaling Approachの 両 ア プ
オの13%を占めるまでに成長している。その内
ローチによるマイクロ・ファンナンス支援を続け
訳 は、リ ー ス 部 門 が43%、保 険 部 門 が28%、
ていくものと思われる。
モーゲージ・ファイナンス部門が12%であり、
特にリースと保険の割合が大きい。
(5)ノンバンク金融セクター向け活動
また、最近では、中欧・バルト諸国だけではな
く、移行段階がまだ比較的遅れているアルバニ
先にも述べた通り、保険、年金基金、アセッ
ア、アゼルバイジャン、アルメニア、カザフスタ
ト・マネジメント、リース、消費者金融、モー
ン、ウズベキスタンなどでもノンバンク金融部門
ゲージ・ファイナンス・カンパニーなどのノンバ
のプロジェクトが見られるようになってきてい
ンク金融機関向けの投融資活動は、EBRDの金融
る、西側の金融機関の戦略的投資家としての関与
セクター向け業務の中でも、最近、特に高い伸び
が望めないこれらの国では、現地資本のみをパー
を示している。
トナーするプロジェクトが実施されており、制度
中東欧・旧ソ連諸国のノンバンク金融部門は、
的枠組み作り、技術移転、デモンストレーション
銀行部門と比較しても発展が遅れており、中東
効果の面で、EBRD支援の重要性がより高まって
欧・旧ソ連諸国が市場経済への移行を開始した際
いる。
には、政府独占による一部の義務的な保険制度を
ノンバンク金融部門の各セグメントにおける
除いて、ノンバンク金融サービスは事実上存在し
EBRDの活動を見ると、以下の通りである。
なかった。国民にとりアクセス可能なノンバンク
保険
金融商品も種類が限られ、異なった種類の金融機
保険は、企業・家計が引き受けたリスクの金融
関間の競争も無く、金融を通じた貯蓄の蓄積と金
的な移転を可能とすることにより、経済の安定・
融仲介を限られたものとしてきた。
効率化の面で重要な役割を果たしている。しかし
EBRDは、ノンバンク金融部門の改革の進捗度
ながら、計画経済のもとでは、保険制度は、一般
合いについても、銀行部門と同様に、4段階の指
に、国家独占体により運営された限定された種類
標で評価しているが、最新の指標によれば中東
の強制保険が中心であり、リスク実態から乖離し
欧・旧ソ連の27カ国のノンバンク金融部門の改革
た保険料率の適用、低水準のサービス、保険金支
の進捗度の平均は2.
0であり、銀行部門の2.
7に
払いの不確実性から、一般に保険は税金の一種と
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*2
9 コソボのProCedit Bank Kosovoは、コソボ紛争によりコソボが国連管理下に入った際、コソボ唯一の銀行として設立された
経緯から、現在でも、コソボの銀行部門の約6割を占める、コソボで最大の銀行である。
*30 EBRD(2
0
0
4b)
2005年3月
第23号
91
見做されていた。また、生命保険については、国
諸国への進出を手助けすると共に、地場の資産運
家が国民の社会福祉義務を負うと認識されていた
用会社への資本参加により、国際的な基準に沿っ
ことから、特に需要も無く、発達が非常に遅れて
たベスト・プラクティスの普及に努めると共に、
いた。
対象国政府との定期的な政策対話を通じ、これら
このため、市場経済への移行を目指す中東欧・
の国における年金制度や資本市場の枠組みの改善
旧ソ連諸国は、銀行部門と同様、保険制度も基礎
を提言している。さらに、年金基金の長期的な持
から再構築する必要に迫られ、
(イ)国営保険会
続性を確保するために、小規模な年金基金の統合
社の民営化、
(ロ)民間の保険会社参入の奨励、
の促進を支援しており、チェコ最大の民間年金基
(ハ)保険に関するEU指令を基本にした保険の規
金として2
5%のシェアーを有するCredit Suisse
制・監督に関する制度的な枠組みの整備が進めら
Life & Pensions Penzijni Fondが19
95年に設立さ
れてきた。中でも、EUへの加盟を果たした中
れた直後には、その株主となり、その後も、同基
欧・バルト諸国では、西側の保険会社の進出が活
金が他の基金を統合して発展することを追加出資
発であり、資本の増加とノウハウの移転は、保険
により支援している。EBRDは、2
003年末時点
商品・サービスの急速な拡大と質の向上をもたら
で、7カ国の年金基金運用会社およびアセット・
し、年金制度改革のもとでの確定積立制度の導入
マネジメント会社8社に出資しており、ポート
は、生命保険ビジネスの拡大を促す非常に強いイ
フォリオは6
5百万ユーロに達している。
ンセンティブを与えている。
リース
このような背景のもとで、EBRDは、中東欧の
92
リースは、銀行融資に代わる資産ベースでの新
保険市場への進出を積極的に図っているUNIQA、
たなファイナンス手法を提供することにより、既
Winterthur(Credit Suisse Group)などの欧州
に先進国の金融市場では、設備投資に対する確立
系保険会社と、複数の共同事業実施のためのフ
された資金調達手段となっている。特に中小企業
レームワーク・アグリーメントを締結しており、
にとっては、加速度償却などの税制面での優遇、
現地法人への共同出資により、その進出を支援し
担保要件の緩和、定額の支払スケジュールなど、
ている。また、西側の保険会社の進出がまだ進ん
リースの方が、通常の銀行借入よりも、企業の
でいない旧ソ連諸国を中心とする地域でも、アル
ニーズに合った資金調達を実現できる可能性があ
バニアの国営保険会社(INSIG)の例に見られる
る。
ように、国営保険会社に対する先行出資による民
しかしながら、リース・ビジネスの円滑な発展
営化支援や、ロシアのRenaissance Life Insur-
には、税制を含む広範囲での法的枠組みの整備が
anceやカザフスタンのKazkommerts Policyのよ
必要であり、中東欧・旧ソ連諸国でのリース・ビ
うに、国際的スタンダードに基づいた保険ビジネ
ジネスの発展は、銀行融資と比較してもさらに大
スの構築を目指す地場保険会社への支援を通じ、
幅に遅れている。中欧・バルト諸国では、ここ数
これらの国における保険部門の発展に貢献してい
年間に急速なリース・ビジネスの発展が見られる
る。こ の 結 果、2
0
03年 末 の 保 険 部 門 の ポ ー ト
が、依然として参加プレーヤーの数は限定的であ
フォリオの残高は1
70百万ユーロに達し、前年末
り、その資本規模も小さく、資金調達能力は限ら
との比較で倍増近い伸びを記録している。
れている。このため、中東欧・旧ソ連諸国で活動
年金基金およびアセット・マネジメント
するリース会社の殆どは、限定的な製品を扱う専
中東欧・旧ソ連諸国では、確定積立方式の導入
門リース会社か、外資系銀行を中心とする銀行の
を柱とする年金改革が進んでいるが、既に改革が
リース子会社であり、欧米に見られるような本格
初期に導入された国においては、既に相当規模の
的な総合リース会社の発展は、まだ見られない。
年金資金の蓄積が見られ、信頼性の高い基金運用
このような環境のもと、EBRDは中東欧・旧ソ
制度の整備やアセット・マネジメント・ビジネス
連諸国のリース会社に対する主要な資金の提供者
の確立が急務となっている。このためEBRDは、
となっている。特に、EU/EBRD SME Finance
国際的な資産運用会社の、主として中欧・バルト
Facilityのもとで、銀行向けに加えてリース会社
開発金融研究所報
向けのクレジット・ラインも開始されたことか
り長期借入に対する抵抗感が無くなり、数年前よ
ら、過去3年間に、EBRDのリース会社向け活動
り、住宅用および商業用モーゲージ・ファイナン
は大きな伸びを見せた。この結果、2
00
3年末の
スに対する需要が急速な伸びを示すようになって
リース業界向けポートフォリオは、前年より倍増
いる。当初は、外貨建てモーゲージ・ファイナン
し、2
5
9百万ユーロに達しており、ノンバンク金
スが中心であったが、金利の低下と通貨の安定に
融セクター向けでは最大の部門となっている。
より、最近では現地通貨建てモーゲージ・ファイ
ポートフォリオには、オーストリアのBank Aus-
ナンスも急激な増加を見せている。既に、中欧・
triaやRZB、仏のSociété Généraleのように、西
バルト諸国などの先進移行国では、モーゲージ法
側大手金融機関の中東欧諸国・ロシアでのリース
も整備され、モーゲージ債の発行やモーゲージ債
子会社向けの融資から、ロシア、ウズベキスタ
権の証券化が試みられるようになってきている。
ン、カザフスタンなどの旧ソ連諸国での現地資本
EBRDは、その支援に当たっては、モーゲージ
主導のリース会社に対する出融資も含まれてい
債や証券化により、将来的には、モーゲージ・
る。また、EBRDは、資金支援を行うリース会社
ファイナンスで必要とされる長期資金の調達が円
に対して、そのリース技術向上のため、中小企業
滑に行われるように、モーゲージ商品や契約書の
向けリースのためのクレジット・スコアリング手
標準化に努めるほか、モーゲージ債などの引受も
法、リスク管理、マーケティングなどに関する技
行っている。この観点から、20
03年には、モー
術支援を供与しているほか、ウズベキスタンなど
ゲージ債権の証券化が将来円滑に進むよう、モー
のリース法制の整備が遅れている国に対しては、
ゲージ・ファイナンス関連契約書類の標準化の
法整備のための技術支援も行っている。
ベ ー ス と な るMortgage Minimum Standard
さらに、ロシアのように、銀行部門の発展の遅
Manualを国際的なベスト・プラクティスに基づ
れによるファイナンス面の制約が企業の設備投資
き作成し、その利用を奨励している。ここ数年間
の足枷となっている国においては、設備資金調達
に、モーゲージ・ファイナンス向けのポートフォ
方法としてのリースの活用を奨励する目的で、設
リオは、ほぼゼロから71百万ユーロに増加し、対
備・機械のリース方式による販売に関心を持って
象国も中欧・バルト諸国だけではなく、カザフス
いる西側の機器サプライヤーとの協力によるベン
タン、ロシア、ブルガリア、ルーマニアに広がっ
*3
1
ダー・リース・スキームも実施している 。具
ている。
体的な例としては、ロシアにおいて米国キャタピ
消費者金融
ラーや住友商事のリース子会社と協力して実施し
消費者金融も、所得水準の増加、銀行部門の発
ているキャタピラーやコマツの建設機械のリース
展、借入に対する国民の抵抗感の薄れなどを背景
などがある。
に、中東欧・旧ソ連諸国で、最近になり急速に発
モーゲージ・ファイナンス
展してきた金融分野である*32。消費者金融も、
モーゲージ・ファイナンスも、中東欧・旧ソ連
モーゲージ・ファイナンスと同様に、商業銀行と
諸国で、最近、急激に成長している金融分野であ
消費者金融専門会社により、平行的に実施されて
り、EBRDは商業銀行向けにモーゲージ・ファイ
いるが、これらの地域では、取引慣行や法制度の
ナンスのためのクレジット・ラインを供与すると
面で、消費者保護がまだ十分とは言えず、また
共に、融資および出資により、モーゲージ専門の
フォーマルな金融セクターによる取組みも限定的
金融機関の育成にも努めている。体制移行当初
で、消費者にとっての選択肢は非常に限られるの
は、高金利と住宅私有制度の未整備により、これ
が実情である。EBRDは、消費者にとり、信頼の
らの国におけるモーゲージ・ファイナンスへの関
おける貸し手からのファイナンスの選択肢が広が
心は低かったが、経済の安定化と貯蓄の増加によ
るよう、厳しく供与先を選別して消費者金融向け
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
1 ベンダー・リース・スキームの実績は、対象となる設備・機械の産業セクター向けの投融資活動として計上されることから、
金融セクター向けのポートフォリオには含まれていない。
*3
2 Oxford Analytica(2
0
0
4)
2005年3月
第23号
93
のクレジット・ラインを供与している。また、消
(ロ)適切なストラクチャーとインセンティ
費者金融における国際的なベスト・プラクティス
ブ・スキームを持ち、優秀なファンド・
を広める観点から、消費者保護制度が不十分な国
マネージャーにより運営されたファンド
においては、借入人に対する融資条件の明確な開
への支援を通じ、中東欧・旧ソ連諸国向
示、クーリング・オフ、回収手法などについて、
け投資が魅力的なリターンをもたらすこ
国際的なスタンダードに基づいて実施することを
とを機関投資家などの民間投資家に対し
クレジット・ライン供与先に求めている。これま
証明する。
での実績では、仏のCredit Agricoleのポーラン
(ハ)EBRDが出資参加したファンドおよびそ
ドの消費者金融子会社向けクレジット・ラインや
の投資先に、
健全な企業統治、
少数株主保
ロシアで最初に設立された消費者金融専門銀行
護、環境基準などを義務付け、高いスタ
(Russian Standard Bank)向けのクレジット・
ンダードの企業を対象とすることによる
ラインなどがあり、消費者金融向けの2003年末
他企業へのデモンストレーション効果を
のポートフォリオは3
4百万ユーロであった。
通じ、中東欧・旧ソ連諸国に透明性のあ
るエクティー・カルチャーを根付かせ、
(6)エクイティー・ファンド
同地域で持続性のあるプライベート・エ
クイティー・ビジネスの発展を実現する。
中東欧・旧ソ連諸国では、一般に、株式市場の
(ニ)ファンドのもとで育成した企業の株式公
役割は、民営化などで発行された株式の流通市場
開(IPO)を図ることにより現地株式市
としての機能が中心であり、企業の新規資本の調
場の活性化を図る。
達の場としての機能は限定的である。このため、
EBRDのプロジェクト評価局(Project Evalu-
増資を必要とする多くの企業にとり、自己資金か
ation Department)*33が2002年10月に作成したエ
外国の戦略的投資家への売却かの選択しか無く、
クイティー・ファンド活動に関する評価レポート
資本調達面での制約が、民間企業、特に中堅・中
によれば、その時点で、EBRDは55社のファン
小企業の発展の大きな制約要因となっている。か
ド・マネージャーに運営された67のプライベー
かる制約を解消するため、ベンチャー・ファンド
ト・エクイティーファンド*34に15億ユーロ*35に
やバイ・アウト・ファンドなどからのプライベー
上る投資をコミットしていた。これらのファンド
ト・エクイティーに対する期待は大きく、国際機
は合計で52億ユーロの投資資金を運用しており、
関や西側の援助機関も、プライベート・エクイ
合計で639件、金額で24億ドルの投資をコミット
ティー・ファンドの活動支援に力を入れており、
済みで、実際に22億ドルを投資実行済みであっ
特にEBRDは、中東欧・旧ソ連諸国向けに組成さ
た。また、174件の投資先プロジェクトから資金
れたエクイティー・ファンドへの積極的な参加を
を回収(Exit)しており、回収額は合計で10.
5億
通 じ、同 地 域 に 対 す る プ ラ イ ベ ー ト・エ ク イ
ドルであった。 ファンドからの投資の約50%は、
ティーの最大の提供者となっている。
サービス・商業部門向け投資であり、残りは、エ
EBRDのエクイティー・ファンド向け投資活動
の目的は以下の通りである。
ネルギー、製造業部門などが中心であった*36。
EBRDが投資したファンドの性格を見ると、投
(イ)ファンドという投資Vehicleを効果的に活
資額の約半分の751百万ユーロは、既存企業のバ
用することにより、EBRD自身が直接投
イアウトや事業拡張資金を投資対象としたバイア
資するよりも効率的に多数の民間企業、
ウト・ファンド(Buy―out Fund)向けであり、
特に中小企業に対して、不足するリス
これらのファンドからは、体制移行が比較的進ん
ク・キャピタルを提供する。
だ国の中堅企業を中心に、1件当たり平均して6
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
3 EBRD(2
0
0
2)
*3
4 初期には、上場企業向けの投資も対象とするHybrid Fundへの投資も行われた。
*35 EBRDの投資額1
5億ユーロのうち、実行済み額は7.
9億ユーロであった。
94
開発金融研究所報
図表6 EBRDのエクイティー・ファンド向け投資活動
種
類
件
数
(2
0
02年3月末現在)
EBRDコミットメント
ファンドの
平 均 サ イ ズ コミット額合計 ファンド平均
(百万ユーロ)(百万ユーロ) 出資比率
(%)
IRR(%)
ネ ッ ト
グ ロ ス
ベンチャー・ファンド
2
5
37
2
35
29
−1
0
−5
ドナー支援ファンド
1
6
1
36
5
2
2
92
−1
−5
バイアウト・ファンド
2
6
37
75
1
24
1
1
1
3
合 計 ・ 平 均
6
7
75
1,
5
0
8
3
0
―
0
出所)EBRD
百万ユーロの投資が行われていた。また、投資額
条件とされた。RVFの実績は、地域により
の3
3%にあたる522百万ユーロは、より体制移行
差があり、全体的には期待通りの成果を上げ
が遅れた国において、中小企業の育成を目的とし
たとは言えない面もあるが、幾つかのRVF
て設立されたドナー支援ファンド(Donor Sup-
は好調であり、現在、これらのRVFを核と
ported Fund)向けであり、残りの1
7%に当たる
した再編が進められており、EBRDのみでな
1
3
1百万ユーロは、スタートアップ企業などのよ
く民間資金も導入も図られるなど、ロシアで
り小規模な企業に出資するベンチャー・ファンド
のプライベート・エクイティー・ビジネスの
*3
7
(Venture Capital Fund)向けであった 。
定着に重要な役割を果たしている。
また1990年代の半ばには、中東欧、バル
ド ナ ー 支 援 フ ァ ン ド の 実 例:Regional
ト諸国などでドナー諸国の拠出でPost Priva-
Venture
tisation Funds (PPF)も設立された。これ
FundsとPost
Privatisation
Funds
らのケースでは、EBRDが各ファンドの30百
EBRDが、エクイティー・ファンド向け投
万ユーロの資本金の95%を拠出し、ファン
資活動を始めた初期には、民間投資家の募集
ド・マネージャーもマネジメント・フィーの
が困難であったために、EBRD以外には民間
一定割合をファンドに拠出することが求めら
投資家ではなくドナー諸国からの拠出金によ
れた。また、リスクと取引コストの軽減のた
りファンドを組成するドナー支援ファンドが
めに、ファンドの運営資金は、ドナー諸国か
中心であった。代表的な例は、G7諸国とロ
らのグラント資金で賄われた。PPFの場合に
シアがEBRDと共に、ロシアの各地域の民間
も、ファンドにより、実績にばらつきがある
企業育成のために199
4―9
6年に設立した11
が、幾つかのケースでは、民間投資家も参加
のRegional Venture Funds(RVF)である。
した第2世代のファンドの設立に成功してお
RVFは、EBRDが各ファンドに3
0百万ドル
り、さらにPPFの成果を、中小企業支援に生
拠出し、ドナー政府が、ファンドの運営費を
かすために、PPFのファンド・マネージャー
賄うために20百万ドルのグラント資金を拠出
に よ る 中 小 企 業 フ ァ ン ド が、前 述 のEU/
するとのスキームが基本で、運営を任された
EBRD SME Finance Frameworkの枠組み
ファンド・マネージャーは、ファンドと共に
のもとで作られた例もある。
1
0%の共同投資を投資先企業に行うことが
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
6 金融セクター向けとして計上されているEBRDの2
0
03年末のエクティー・ファンド向けのポートフォリオは、88
6百万ユーロ
であったが、その対象国別内訳は、複数の国を対象とする地域ファンドが4
52百万ユーロ(5
1%)
、ロシア向けが2
01百万ユー
ロ(23%)
、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーの中欧4カ国向けが合計で15
4百万ユーロ(1
7%)であった。地
域向けファンドも、中欧・バルト地域向けが中心であり、エクイティー・ファンドの対象は同地域とロシアに事実上集中して
おり、バルカン、コーカサス、中央アジア地域を対象としたファンドは限定的なものに留まっていた。
*3
7 件数別の内訳を見ると、バイアウト・ファンドが26件(39%)
、ドナー支援ファンドが16件(24%)
、ベンチャー・ファンド
が25件(3
7%)であった。
2005年3月
第23号
95
中欧諸国・ロシアなどに対する民間のプライ
る目的で、出資資金ではなくメザニン資金の供給
ベート・エクイティー活動が活発になるに応じ、
を目的としたメザニン・ファンドにも出資してい
最近のEBRDのエクイティー・ファンド向け投資
る。
の主流は、ドナー支援ファンドではなく、実績の
あるファンド・マネージャーのもとで機関投資家
(7)技術支援(Technical Cooperation)
からのリスク・マネーを、これらの比較的体制移
行の進んでいる国のバイアウト資金や事業拡張資
EBRDは、IMF、世界銀行、アジア開発銀行な
金に投資することを目的とした比較的大型の民間
どの他の国際機関とは異なり、政策・制度の創
主導ファンドに移ってきている。
設・改善などのマクロ的な枠組み作りの観点から
これまでのエクイティー・ファンドの投資実績
の技術支援には、あまり関与しておらず、具体的
を見ると、プロジェクト評価局の評価レポートに
なEBRDの投融資プロジェクトの実施に直結する
もある通り、1件当たりの投資規模が大きいバイ
技術支援を重視している。技術支援の原資は、
アウト・ファンドの場合には、当初の期待通り
EBRDが管理する技術支援基金にドナー政府・機
に、ネットベースで15%のリターンを実現して
関が預託したグラント資金である。金融部門につ
いる例がある一方、ドナー支援ファンドやベン
いては、既に見たEU/EBRD SME Finance Fa-
チャー・ファンドでは、全体として負のリターン
cilityのように、EBRDの投融資の受入先である
に終わっており、これがEBRDの最近の投資傾向
金融機関などに対して、審査能力の向上、企業統
の背景にあるものと思われる。ドナー支援ファン
治の改善、 スタッフの訓練、 ITシステムの向上、
ドの場合には、もともと投資リスクが高い環境の
マイクロ・ファイナンス、モーゲージ・ファイナ
もとで設立されたものであることが要因となって
ンス、リースのノウハウ提供などの投融資プロ
いるが、ベンチャー・ファンドについても、回収
ジェクトに直結した技術支援を供与して、受入機
(Exit)
の機会がより限られていることに加えて、
関の能力向上(Capacity building)を図っている。
一件当たりの投資額が小さく、スケール・メリッ
ただし、保険、年金、リースなどのノンバンク金
トが無く、ファンドの運営コストが高くついてし
融の分野では、銀行部門に比べて法律・規則・監
まうことも 要 因 と 指 摘 さ れ て い る。た だ し、
督などの枠組み作りが遅れており、他の国際機
EBRDのエクティー・ファンド活動全体では、ド
関、援助機関などによる支援も限られていること
ナー支援ファンドやベンチャー・ファンドのマイ
から、具体的な投融資プロジェクトを将来実施す
ナスをバイアウト・ファンドのプラスでカバーす
るための環境作りを図るために、受入国政府など
ることにより、トータルでプラスのリターンを達
に対して枠組み作りのための技術支援を供与して
成しており、グロス・ベースでは2
0
02年末時点
いる例もある。
では8%程度のリターンを確保したと推定され
*3
8
ている 。
1994年から2003年までに実施された金融セク
ター向け技術支援プログラムの総額は361百万
また、最近の傾向としては、投資対象セクター
ユーロであり、主要な部分は、先述のEU/EBRD
を特定しない汎用型ファンド以外にも、中欧やロ
SME Finance FacilityやロシアのRegional Ven-
シアなどで好調な不動産投資に的を絞った不動産
ture Fundsなどにより占められている。しかし
ファンドや、この地域のニーズを踏まえたエネル
ながら、ドナー側の予算制約もあり、最近では、
ギー効率化事業ファンドなどの特定のセクターを
このような大型の技術支援プログラムの実施は困
対象とするファンドも多く見られるようになって
難となってきており、2003年の新規の金融セク
きている。また、新しい形でのファイナンス形態
ター向けの技術支援プログラムのコミット額は、
の導入を促進し、この地域の資本市場の育成を図
15百万ユーロに過ぎなかった*39。EBRDでは、後
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
8 ファンドの運営費などを勘案したネットベースのリターンは1%程度に留まった。ただし、8%のグロスのリターンには、
まだ投資の初期段階にあるファンドの評価も含まれており、投資先プロジェクトの価値は、投資初期よりもExitの時期が近づ
くにつれ上昇することから、最終的には当初期待されたレベルのリターンを達成できることが期待されている。
96
開発金融研究所報
述の通り、今後は体制移行が遅れているコーカサ
(FIDP)が中心であった。ロシアの大手民間銀
スや中央アジア向けの活動を強化する方針を持っ
行の殆どは、金融・産業グループが、グループ傘
ており、金融セクター向け技術支援プログラムに
下の企業の資金管理・供給の目的で設立した所謂
ついても、これらの国向けの比重が高まってくる
ポケットバンクであるが、FIDPは、国際的なバ
ものと思われる。
ンキング・スタンダードの遵守により、より幅広
い顧客・預金ベースを持った真の銀行に脱皮する
第4章
ロシアにおける銀行部門改
革とEBRD
次に特定国の金融セクターにおけるEBRDの活
動の例として、ロシアの銀行部門改革とEBRDの
ことをコミットしたロシアの民間銀行に対して、
出融資や技術支援を行い、その転換を支援するこ
とを目的としていた。ルーブル危機の発生まで
に、民間銀行12行がFIDPのもとで、EBRDから
の出融資を受けていた。
活動につき触れてみたい。ロシアは、EBRDにと
1998年8月のルーブルの切り下げと政府国内
り最大の支援対象国であり、EBRD全体の1991―
債のデフォルト、それに続く民間対外債務のモラ
2
0
0
3年の投融資実績の22%はロシア向けであり、
トリアム宣言は、ロシアの銀行に対する内外の信
金 融 セ ク タ ー 向 け 活 動 に 限 っ て も、2
003年 末
頼を失墜させ、債券投資や為替の損失に加え、海
ポートフォリオの17%を占め、他国を大きく引
外金融機関からの融資停止は、海外からの資金取
き離して第1位の座にある。
入れを活発に行っていた多くの大手銀行を破綻さ
1
9
9
8年のロシアのルーブル危機は、ロシアの
せた。この中には、EBRDからの出融資を受けて
銀行部門に深刻な打撃を与え、EBRDから投融資
いたTokobank、Inkombank、SBS Agrobank、
を受けていた複数の銀行が破綻し、EBRDのロシ
Avtobankなどが含まれていた。この結果、19
98
アの銀行部門向け投融資活動も大きな打撃を受け
年の決算では、EBRDは多額の貸倒引当金の積立
た。危機後のロシア経済は、油価の好転などによ
てと赤字決算を余儀なくされ、準備金がマイナス
り予想を上回る急速な回復を見せ、銀行部門も落
となる事態に陥った*40。このためEBRDも、当面
ち着きを取り戻したが、銀行部門の構造改革は依
は、問題債権の回収に専念せざるを得ず、それ以
然として不十分であり、ロシア経済の今後の持続
外の活動も、比較的、危機の影響が少なかった
的な発展にとり不安材料の一つとなっている。本
Russian Small Business Fundの建て直し、KMB
章では、EBRDのロシアの銀行部門における活動
Bankのマイクロ・ファイナンス専門銀行への転
を概観し、銀行部門の構造改革にEBRDがどのよ
換、Regional Venture Fundによる民営化された
うに取り組もうとしているのかを見ることとす
中堅企業への支援などに限定された。
る。
(1)ルーブル危機の影響
(2)ルーブル危機後の銀行部門改革の進
展
1
9
9
8年8月のルーブル危機以前のEBRDのロシ
ロシア政府は、EBRDの協力も得て、ルーブル
アの金融セクター向け活動は、既に触れたRus-
危機により、その脆弱性が顕在化した銀行部門の
sian Small Business FundおよびRegional Ven-
改革に取り組むこととなったが、その改革努力
ture Fund Programmeのもとでの中小・零細企
は、マクロ経済の安定化が進展した2000年以降
業支援を除けば、世界銀行と共同で実施していた
に特に加速化した。銀行部門改革の最大の成果
Financial Institutions Development Project
は、 2
003年12月に成立した預金保険法である*41。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*3
9 200
3年の金融部門向け投融資プロジェクトの新規コミットメント額1,
2
3
9百万ユーロとの比較では、その1.
2%に過ぎない。
*40 赤字決算は1
9
9
8年のみに留まり、1
9
9
9年以降は黒字決算を続けており、取り崩した準備金も回復し、債権回収の成功などに
より貸倒引当金も大幅に減少している。
*41 保険の対象は、個人預金に限られ、金額も1
0万ルーブル(約3,
4
0
0米ドル)が上限とされている。
2005年3月
第23号
97
図表7 ロシア銀行部門の推移
総資産
資本
個人預金
企業預金
対銀行負債
対外負債
対中銀負債
個人融資
企業融資
対金融機関資産
対政府資産
対外資産
(1
0億米ドル)
19
9
7
1
99
8
19
9
9
20
0
0
20
0
1
20
0
2
20
0
3
1
28.
9
1
8.
8
2
8.
6
n.a.
1
7.
8
1
8.
0
2.
6
n.a.
n.a.
n.a.
3
2.
7
1
2.
5
5
0.
7
3.
7
9.
7
13.
6
9.
5
1
0.
7
3.
9
1.
0
16.
6
4.
9
1
2.
8
1
1.
2
5
8.
8
6.
2
1
1.
0
1
7.
3
6.
4
1
5.
7
n.a.
1.
0
1
7.
7
6.
4
2
1.
2
1
4.
2
8
3.
9
1
0.
1
1
5.
8
2
5.
6
6.
3
1
0.
1
7.
4
1.
6
2
8.
5
7.
2
1
8.
9
1
7.
7
1
04.
8
1
5.
0
2
2.
4
2
9.
9
6.
7
9.
5
n.a.
3.
1
4
0.
8
6.
5
1
6.
2
3
8.
6
1
30.
4
1
8.
3
3
2.
4
3
4.
3
9.
9
1
2.
9
7.
1
4.
5
5
2.
0
9.
2
2
1.
9
1
9.
1
1
88.
3
2
7.
4
5
0.
1
4
6.
6
―
2
2.
9
6.
8
1
0.
0
7
7.
7
―
2
5.
0
2
0.
4
出所)ロシア中銀
預金保険法は、銀行部門に対する国民の信頼を高
破産手続きの合理化、債権者の法的権利の強化、
め所謂「タンス預金」のフォーマルな銀行部門へ
金融インフラの整備などの目標が掲げられてい
*4
2
の還流を促進する と共に、預金が政府保証に
る。
より保護されている政府系銀行*43と民間銀行と
好調なロシア経済と銀行部門改革の進展を背景
の競争上の公平性を確保することを目的としてい
に、危機により大きな打撃を受けたロシアの銀行
る。銀行が預金保険に参加するためには、ロシア
部門も順調な回復を見せている。銀行部門の総資
中央銀行(CBR)による資格審査をパスする必
産 は、1998年 末 の507億 ド ル か ら2003年 末 の
要があり、現在、CBRが審査を行っているが、
1,
883億ドルと、危機前の水準を大きく上回る規
その過程で預金保険に参加できない弱小銀行の統
模まで拡大し、特に企業向け融資残高は、199
8
合・淘汰が進むことが期待されている。
年末の16
6億ドルから200
3年末の777億ドルへと
銀行部門改革において同様に重要な動きは、銀
5倍近い伸びを見せた。また、個人向け銀行取引
行監督制度の強化である。CBRは、20
0
2年より
も急速に拡大しており、個人預金は1998年末の
20
0
4年にかけて、 銀行監督制度・規則を一新し、
97億ドルから2003年末には501億ドルへと、これ
銀行検査の形式検査から実質検査への転換を図る
も5倍の伸びを見せ、また危機以前には殆ど存在
*4
4
と共に、銀行の資本金規則 、財務基準、報告
しなかった消費者金融などの急激な増加を反映し
義務などを一段と強化した。さらに、情報公開に
て、個人向け融資残高も199
8年末の10億ドルか
関する規則も強化され、2
0
04年第3四半期より
ら2003年末には100億ドルへと10倍の伸びを示し
全ての銀行は、国際会計基準(IFRS)に基づい
た。EBRDも、経済と銀行部門の安定化を受け、
た財務諸表の作成が義務付けられ、20
0
6年1月
外資系JV銀行であるInternational Moscow Bank
からは、銀行監督はIFRSに基づいて実施される
(IMB)向け出融資を皮切りに、2000年から銀行
こととなっており、財務情報の透明性が格段と向
部門向け投融資活動を本格的に再開している。
上する予定である。
ロシア政府は2
00
4年7月には、銀行部門の長
(3)ロシアの銀行部門の課題
期的発展のための基本戦略を発表したが、銀行部
門の整理・統合の促進、銀行監督の一層の強化、
しかしながら、ルーブル危機から5年以上経っ
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
2 ロシアの銀行部門に対する家計部門の預金総額は4
8
0億ドル相当であるのに対し、タンス預金の規模は、40
0∼8
0
0億ドルと推
定されている。例えばTompson(2
0
0
4)
。
*43 貯蓄銀行(Sberbank)を除く政府銀行に対する明示的な政府保証は20
0
3年末に廃止された。Sberbankの預金は20
0
7年1月ま
で政府保証の対象となるが、2
0
0
4年1
0月以降に開設された預金に対する保証は1
0万ルーブルに限定されている。
*44 例えば、最低資本金は2
00
5年1月より5百万ユーロに引き上げられ、既往の銀行は2
0
10年までに、この基準を達成すること
が義務付けられている。
98
開発金融研究所報
た現在でも、ロシアの銀行部門の脆弱な構造は依
その圧倒的な資金力を背景に融資業務な
然として続いており、20
0
4年5―6月には、マ
どにも積極的に進出している。政府系の
ネーロンダリング の 疑 い か ら 中 小 銀 行 のSod-
銀行は、預金保護の問題以外に、政府か
biznesbankのライセンスをCBRが取り消したこ
らの各種サポート、銀行監督上の特別待
とから、同行と資本関係にあっ た 中 堅 銀 行 の
遇などにより、民間銀行に対し競争上有
Guta―Bankが取り付け騒ぎにより経営が立ち行か
利な立場にあり、民間銀行発展の制約要
なくなり、政府系の外国貿易銀行
(Vneshtorgbank)
因となっている。また、上記の外国貿易
により救済買収され、さらには動揺が大手銀行に
銀行によるGuta―Bankの買収に見られる
まで広がるとの事態が発生し、銀行部門に対する
ように、金融部門に対する政府の政策的
国民の信頼の低さと、ロシアの銀行部門の脆弱性
な介入のツールともなっている。
が、再度、浮き彫りにされた。
ロシアの銀行部門が依然として抱える構造問題
とは以下の問題である。
(ハ)限定的な競争と中央・地方の格差:民間
の大手銀行は、依然とした金融・産業グ
ループに強く結びついており、預金・貸
(イ)統合・整理の遅れ:ロシアでは、銀行設
付の両面で関連会社取引が中心であり、
立規制が緩かったこともあり、税務対策
モスクワを中心とした限られた支店網し
やマネーロンダリングなどのために、数
か持っていない。徐々に非関連会社との
多くの銀行が設立されたが、財務基盤の
取引を増加させる動きは見られるものの、
脆弱なこれらの弱小銀行の整理は殆ど進
依然としてグループを超えた大手民間銀
展しておらず、ロシアでは依然として
行間の競争は限定的であり、特に地方で
1,
3
0
0行以上の銀行が営業しており、こ
の活動には消極的である。ロシアの銀行
の内、新しい 最 低 資 本 金 で あ る5百 万
部門に対する外国資本の関心は高まって
ユーロ以上の銀行は約350行のみと言われ
きているものの、外銀は銀行部門資産の
*4
5
ている 。このような弱小銀行の 存 在
1
0%未満を占める存在に過ぎず、その活
と、圧倒的なその数の多さは、銀行部門
動もモスクワのみに集中している。モス
に対する国民の不信を継続させ、銀行部
クワ以外での地域では、数多くの地方銀
門における競争を制限し、CBRによる効
行があるが、その殆どが弱小銀行で、モ
果的な銀行監督の実施を困難にしている。
スクワと比べても政府系銀行の支配的な
(ロ)政府系銀行の独占的な地位:ルーブル危
プレゼンスがさらに強く、地方における
機での大手の民間銀行の破綻の経験を主
金融サービスの普及を限定的なものとし
因とする国民の民間銀行に対する根強い
ている。
不信感は、銀行部門における政府系銀行
(ニ)限定的な金融仲介機能:銀行部門での限
の支配的存在の解消を困難にしている。
られた競争は、ロシアにおける効果的な
連邦・地方政府が所有する政府系銀行23
銀行経由の金融仲介の発達を阻害してお
行 は、2
00
3年 初 め に は、個 人 預 金 の
り、最近の銀行融資の急速な伸びにもか
7
2%、銀行部門の資本、資産、企業向け
かわらず、2003年末 の 企 業 向 け 融 資 の
融資の、各3
4%、3
8%、および3
9%を占
GDPに対する割合は17%に過ぎず、既に
め て い た と 言 わ れ る。特 に 貯 蓄 銀 行
30%台に達している中欧諸国に比べても
(Sberbank)は、政府による預金への保
かなり低い水準に留まっている。また、
証と他行に無い全国的な支店網により、
ロシアでは、民法上、銀行は定期性預金
個人預金で6
5%以上のシェアーを持ち、
であっても、預金者からの要求があれば
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
5 ロシアの銀行の2
0
0
3年末の平均資産規模は、4
2億ルーブル(約1
4
0百万米ドル)に過ぎないが、大手銀行の規模も国際的に見
れば決して大きくはなく、最大の貯蓄銀行(Sberbank)も資本規模では、世界では15
5位に過ぎず、最大の民間銀行であるメ
ジプロム銀行(Mezhprombank)も6
2
5位に過ぎない。
2005年3月
第23号
99
何時でも引き出しに応じなければならな
行についても積極的な支援を行っている。
い義務を負っており、銀行にとり長期安
(ハ)大手民間銀行の構造改革支援:特定の金
定資金とはなりえないとの問題がある。
融・産業グループとの結び付きの強い大
このため1年超の長期融資は全体の融資
手民間銀行については、業務内容の多様
の3割弱に過ぎず、長期資金の供給によ
化、透明性と企業統治の向上、株主構成
る仲介機能において銀行部門が果たして
の変更などを通じ、グループから独立し
いる役割は限定的である*46。
た通常の銀行への転換を強くコミットし
ている銀行については、その転換を支援
(4)EBRDの銀行部門向け戦略
している。
(ニ)外銀参入の促進:銀行部門における競争
上記の課題に取り組むために、EBRDは、ロシ
の強化を促進するために、外銀の地方へ
アの銀行部門に対し以下の戦略で取り組んでい
の展開や新商品の導入を支援すると共に、
る。
新たな外銀の現法、合弁、地場銀行との
(イ)政府系銀行の民営化促進:政府系銀行を
通じた政府による銀行部門への介入のリ
協調などの様々な形態でのロシア市場へ
の進出を奨励している。
スクを軽減し、政府系銀行の効率性を改
(ホ)中 小 企 業 金 融 の 拡 充:Russian Small
善すると共に、政府系銀行と民間銀行間
Business Fund Programmeのもとで、引
での公正な競争を確保するため、政府系
き続き、マイクロ・ファイナンスの拡充
銀行の民営化を連邦・地方政府に働きか
のための支援に力を入れており、特に、
けている。先ずその第一歩として、予定
地方への同プログラムの拡大と、EBRD
されている外国貿易銀行
(Vneshtorgbank)
の支援終了後も参加行自身によるマイク
の民営化を成功させるために、EBRDに
ロ・ファイナンス継続を確保するための
よる同行への資本参加を含む民営化準備
技術支援の供与に重点を置いている。
作業への参画を検討中である。また、地
方政府が所有する地方銀行の民営化にも
協力している。
第5章
最近の動き
(ロ)地方銀行の育成:ロシアの地方における
金融仲介の強化を図るために、ロシアの
各地域で高い将来性を有し、改革意欲の
(1)地方自治体レベルでのインフラ案件
への対応―Municipal Finance
強い地方銀行を選んで、技術支援に加え
て資本参 加、中 小・零 細 企 業 支 援 ク レ
次に、EBRDの金融セクター向け活動における
ジット・ライン、貿易金融などの幅広い
最近の動きを見てみたい。最初は、銀行部門によ
支援メニューによりその育成に努めてお
る地方自治体向け融資(Municipal Finance)拡
り、既にロシアの7つの連邦管区全てに
大のための支援である。2004年5月にEUへ正式
おいて合計で1
0行以上の地方銀行への支
加盟を果たした中欧・バルト諸国、および20
07
援を進めている。また、全国的な支店網
年にEUへの加盟が実現する見通しとなったブル
の展開を図るなど、大手銀行の競合者と
ガリア、ルーマニアは、EBRDのこれまでの投融
なり得る可能性を持つモスクワの中堅銀
資活動の半分以上を占めてきたが、EU加盟実現
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
*4
6 ロシアでは銀行以外の資本市場を通じた金融仲介も限定的である。ロシア取引システム(RTS)を中心とする株式市場は、
最近の好調な株価を反映して株式時価総額では2,
0
0
0億米ドルと、GDPの5
0%近い水準に達しているが、実際の取引は1
0社程
度の銘柄に集中しており、株式公開(IPO)による新規資金調達の場としては機能していない。社債市場も、2
00
3年には規模
が倍増するなど、急速な拡大を見せているが、それでも規模は4
8億米ドルとGDPの1%に過ぎない。また、それ以外には、
約束手形(vekselya)を通じた資金調達も活発に行われており、市場規模も1
0
0億ドルに達しているが、監督・規制制度は整
備されていない不透明な市場となっている。
100
開発金融研究所報
に見られるように、市場経済への移行が進展する
able Energy Credit Line Frameworkである。こ
中、これらの国に対する今後のEBRDの支援は、
れはブルガリアでのエネルギー効率化プロジェク
量よりも質を重視すべきとの要請が強まってい
トや再生エネルギープロジェクトを対象とした総
る。特に具体的な支援分野として期待されている
額50百万ユーロの現地銀行向けクレジット・ライ
のが、中小企業および金融部門の育成に加えて、
ンである。このクレジット・ラインは、同国の
地方自治体の公共サービスの質の向上のための上
Kozloduy原子力発電所の廃止に伴う影響緩和の
下水道、地域暖房、都市交通、ごみ処理などの地
ために各国からの資金援助により設立された
方インフラ案件の促進である。
Kuzloduy International Decommissioning and
長期資金調達面での制約が、これらの地方イン
Support Fundからの10百万ユーロの技術支援グ
フラ案件を実現する際の障害となっていることか
ラント資金により補完されており、プロジェクト
ら、これを軽減するために、EBRDはEUと協力
の案件形成・準備・実施のためのコンサルタント
して、2
0
0
3年4月よりEU/EBRD Municipal Fi-
費用、例えば、効率的エネルギー利用計画の作
nance Facilityを設立している。本Facilityは、
成、金融機関への借入申請、プロジェクト審査、
EU/EBRD SME Finance Facilityと同様に、EU
完工証明などのための費用や、プロジェクト実施
新規加盟国・加盟候補国を対象に、地場の銀行
主体へのインセンティブや現地銀行のプロジェク
が、中小規模の地方自治体および関連企業向けに
ト管理費用のための財源としてグラント資金が活
長期資金を融資するための資金をクレジット・ラ
用されている。
インにより供与し、同時に、EBRDが、現地銀行
また、EBRDは、世界銀行のThe Global Envi-
からの融資にリスク・シェアーを行うものであ
ronmental Facility (GEF)と共同でのクレジッ
る。EBRDからの現地銀行向けクレジット・ライ
ト・ラインも実施している。その一例が、スロベ
ンは、期間1
0―15年、総額7
5百万ユーロであり、
ニアの現地銀行向けに供与している総額45百万
リスク・シェアーは現地銀行か ら の ロ ー ン の
ユーロのGEF Environmental Credit Facilityで
3
5%まで可能とされている。
ある。本ファシリティーは、スロベニア国内のド
また、本ファシリティーでは、現地銀行の地方
ナウ河流域の河川汚染改善プロジェクト実施のた
自治体向け融資におけるリスク分析能力などの向
め の ク レ ジ ッ ト・ラ イ ン で あ り、本 フ ァ シ リ
上や、中小地方自治体のプロジェクト実施能力の
ティーの実施を支援するために、GEFは、約1
0
向上のため、総額1
5百万ユーロの技術支援グラン
百万ユーロのグラント資金を拠出しており、やは
トもEUから供与されており、その一部は、現地
りプロジェクト実施主体に対するインセンティブ
銀行の中小地方自治体向けの融資を奨励するため
や現地銀行の管理費用のための財源としてグラン
のパフォーマンス・フィーとしても利用可能であ
ト費用は使われるほか、対象となる企業や地方政
り、地方インフラ案件向けファイナンス拡大の触
府に対する技術支援や訓練の費用としても使われ
媒効果を高めている。
ている。
上記の2つのファシリティーは、何れも、高い
(2)環境問題 へ の 対 応−Energy Efficiency and Renewable Energy
Facility
取引コストやリスクのために、マーケットだけで
は実施が困難な環境プロジェクトに対して、技術
支援グラントによる補助金(Subsidy)を活用し
て取引コストやリスクの軽減を図り、モデルケー
同様にEBRDが取り組みを重視している分野と
スの実施を進め、そのデモンストレーション効果
して環境プロジェクトがあり、EBRDの金融セク
とノウハウ・経験の蓄積を通じて、将来的には補
ター向け活動においても、環境問題への取り組み
助金を必要としない、より持続的な金融仲介モデ
に貢献するための新規ファシリティーがいくつか
ルを構築していこうとするものである。他方、特
導入されている。その一例が2
0
0
4年1月に理事
定の現地銀行だけでなく、多くの現地銀行に幅広
会で承認されたEnergy Efficiency and Renew-
く上記ファシリティーを提供し、銀行間で競争さ
2005年3月
第23号
101
せることにより、補助金による市場の歪み(Mar-
待されており、従来型の支援に加えて、新たな支
ket Distortion)を排除するための注意も図られ
援ファシリティーの活用が図られている。
ている。
その一つは、地場の銀行との協調により地場の
優良企業を支援する新規ファシリティーである。
(3)市場経済への移行が遅れている国へ
の対応―ETCイニシアチブ
市場経済への移行が遅れるこれらの国において
も、いくつかの有力な優良企業が育ちつつあり、
今後の民間部門の発展の原動力となることが期待
これまでEBRDの主な支援対象であった中欧・
されているが、既に成長を遂げたこれらの企業
バルト諸国のEU加盟が実現し、またロシア経済
は、従来からの中小・零細企業支援クレジット・
が劇的な回復を見せる中、EBRDの支援対象国の
ラインの対象外であり、しかも資本面での制約か
中で、最も所得水準が低く、また市場経済への移
ら、地場の銀行は、これらの優良企業向けの与信
行も遅れているコーカサスおよび中央アジアの旧
をさらに増やすことが困難で、また対外借入への
ソ連7ケ国(アルメニア、アゼルバイジャン、グ
アクセスも無いことから、これらの企業は事業拡
ルジア、キルギス、モルドバ、タジキスタン、ウ
張の資金調達が困難という問題に直面してきた。
ズベキスタン)に対する活動をEBRDはもっと強
このため、ETCイニシアチブのもとでは、これ
化すべきとの要請がある。
らの優良企業向けの現地銀行からの融資にEBRD
このような要請に応えて、2
0
0
4年のEBRD総会
がリスクをシェアーすることにより、現地銀行の
で 実 施 が 承 認 さ れ た の が、Early Transition
資本制約を回避しつつ、そのノウハウも活用して
Countries Initiatives(ETCイニシアチブ)であ
地場の優良企業向け資金供給を拡大するリスク・
る。これまでのEBRDのこれら7カ国に対する投
シェアリング・ファシリティー(Risk Sharing
融資活動の規模は、資源関連プロジェクトを除け
Facility)が採用されている。
ば年間9
0百万ユ ー ロ 程 度 に 留 ま っ て い た が、
また、これらの国の多くが一次産品輸出国であ
ETCイニシアチブは、中小企業支援やインフラ
ることから、貿易振興プログラムの発展形とし
整備を中心に、これを15
0百万ユーロに増加させ
て、将来の輸出代金を担保に輸出産品の生産に必
ようというもので、本イニシアチブのもとでは、
要な資金を現地銀行との協力のもとで輸出企業に
市場規模も小さく、民間部門の発達が遅れてお
供与するStructured Pre―Export Financing Fa-
り、西側からの投資も非常に限定的という、これ
cilityの実施も検討されている。これもリスク・
らの国の市場環境に対応したフレキシブルな対応
シェアリング・ファシリティーと同様に、既に現
が図られることとなった。また、これら7カ国に
地の銀行部門の与信能力が資本上の制約などで限
おけるプロジェクトの実施を促進するために、プ
界に達しているところ、EBRDが、そのリスクを
ロジェクトの準備・実施に必要な技術支援を行う
直接的にシェアーすることにより、経済成長のエ
ための技術支援ファンドもドナー政府の拠出によ
ンジンと成り得る産業部門に資金を供給していこ
り設立されることとなっている。
うとするものであり、ETCイニシアチブの下で
これらの国においても、他の体制移行国と同
実施されるこれらの新規ファシリティーにより、
様、金融セクターの基盤整備が他の産業セクター
体制移行が遅れているこれらの国に対するEBRD
に比べると比較的進んでいることもあり、EBRD
の支援が拡大することが期待されている。
の投融資活動も金融セクター向けが中心である。
すでにこれら7カ国の38行の地場銀行向けに、資
本参加、中小・零細企業支援クレジット・ライ
終わりに
ン、貿易金融などの支援を行っており、2003年
最後に、EBRDの金融セクター向けの活動の特
末のコミットメント残高は1
9
7百万ユーロに達し
徴を、今後の開発支援の参考とする観点から再度
ている。ETCイニシアチブでは、金融セクター
整理してみることとしたい。
向けの投融資活動が継続して中心となることが期
102
第6章
開発金融研究所報
(イ)EBRDは、民間部門の育成と自発的な活
動の促進という、活動目的に沿い、民間
の強化による金融深化(Financial deepen-
の経済主体のニーズに沿った支援を重視
ing)を目指しているが、この観点から、
しており、金融セクター向けの活動にお
金融機関相互の競争上の公平性(Level
いても、政策・制度面での枠組み作りよ
playing field)の確保による競争の促進
りも、個別の金融機関に対するダイレク
と、健 全 な 金 融 原 則(Sound Banking
トな支援の実施に重点を置いている。個
Principles)と企業統治(Corporate Gov-
別機関向け支援を重視しながらも、金融
ernance)の徹底による民間金融機関に
セクター全体の改革に貢献するため、出
対する信頼の構築が重要と認識している。
資、融資、保証、プライベート・エクイ
EBRDは、政府系金融機関を通じた支援
ティー、リース、貿易金融などの幅広い
には一般的に消極的であるが、政治的な
支援ツールにより金融セクターの果たす
介入のリスクに加えて、政府系金融機関
多面的な仲介機能にフレキシブルに対応
向け支援は、これらの観点から、民間金
すると共に、なるべく多数の金融機関を
融機関の発展には逆に障害となるリスク
幅広く支援することにより、支援効果の
を孕んでいる点を懸念しているためであ
広がり(Outreach)を確保している。例
る。
えば、EBRDからの支援を受けている銀
(ニ)他方、
「市場の失敗」
、すなわち、通常は
行の銀行部門全体におけるシェアーを見
民間金融機関からの資金供給が十分でな
るとチェコで4
2%、スロバキアで45%、
い分野、例えば、中小・零細企業、農業
ハンガリーで3
8%、ポーランドで31%に
部門、環境案件、地方インフラなどに対
達しており、エストニアでは実に97%に
してどのように対応するのかという問題
達している。多数の金融機関を幅広く支
がある。EBRDは、これらの分野には、
援することは、金融機関間の競争上の公
グラント資金を活用して、民間金融機
正さを確保し、EBRDの支援による市場
関・プロジェクト実施主体の実施能力向
の歪み(Distortion)を回避する観点か
上のための技術支援や、パフォーマン
らも重要と認識されている。
ス・フィーによるインセンティブの提供
(ロ)個別機関に対する支援の実施に当たって
などを通じて、リスクや取引コストの軽
は、EBRDからの直接的な支援が終了し
減を図ることにより、これらの分野へ民
た後も、支援が目的とした効果が持続的
間資金を誘導し、持続可能なビジネス・
に発揮されることを確保することが重視
モデルの構築と実績の積み重ねに応じて、
されている。マイクロ・ファイナンスを
補助金を序々に削減する戦略をとってい
巡るGreenfield ApproachとDownscaling
る。また、EBRDは、このような技術支
Approachの議論も、支援効果の持続性
援とインセンティブを幅広い金融機関に
がポイントの一つとなっている。持続性
提供することにより、競争上の公平性を
の確保のため、個別の金融機関に対して
確保する点にも十分配慮している。
支援を実施するに当たっては、資金の提
(以上)
供に加えて、受け入れ機関に対して、適
切な業務戦略の策定や経営・融資方針の
[参考文献]
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