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山本達也「ソーシャルメディアと『アラブの春』 『動員革命』と『透明性革命』」

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山本達也「ソーシャルメディアと『アラブの春』 『動員革命』と『透明性革命』」
S p e c i a l
F e a t u r e
特集◎それでも民主主義
山本達也
1975 年生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メデ
メディア)。シリア国立アレッポ大学学術交流日
論、公共政策論、情報社会論など。博士(政策・
本センター主幹・客員研究員、国際協力機構準客
『アラブ諸国
員研究員などを経て現職。著書に、
の情報統制─ インターネット ・ コントロールの
を受けてきた。なぜかこの地域には、
﹁民主化の波﹂が押
化することに成功した。こうした新しいタイプのデモの
ャルメディアを利用したデモ隊の動員という試みを具現
ソーシャルメディアに端を発したデモ隊は、政府側の
し寄せてこなかったのである。ここ数年の研究動向を見
諸国の権威主義体制はこれほど強固なのか﹂というもの
功するのかどうか、二〇一一年一月二五日を迎えるまで
半信半疑であったという。しかし、そうした心配をよそ
に、ふたを開けてみればカイロ中心部にある﹁タハリー
ル広場﹂には、数千人の人びとがどこからともなく集結
とデモ隊との数週間に及ぶ攻防の末、ベン・アリー︵ Zine
るを得なくなり、これまで盤石な体制だと思われていた
することになった。
Hosni
は、二〇〇八年にもフェイスブックを利用した反政府デ
任を表明するにいたった。三〇年にわたってエジプトを
最終的に二〇一一年二月一一日にはムバラク大統領は辞
一 連 の 政 治 変 動 は、
﹁ ア ラブ の 春 ﹂と も 呼 ばれ てい る。
モが発生していたが、その時は政府側に押さえ込まれ、
ネット上での活動は再びその勢いを取り戻した。チュニ
長 く 厳 し い﹁ 冬 ﹂
︵ 頑 強 な 権 威 主 義 体 制 の 時 代 ︶を 経 て、
支配してきたムバラク政権もチュニジア同様に崩壊に追
ジアでできるのであれば、
エジプトでもできるはずだと、
やっとアラブの地にも﹁春﹂︵自由な民主主義体制の時代︶
ネット上の反体制運動自体が勢いを失いかけていた。と
若者たちは熱い想いに駆られ、エジプトにおける﹁警官
しかしながら、チュニジアやエジプトは、本当に今、
イ ン タ ー ネ ッ ト 上 で の﹁ 活 動 家 ﹂た ち は、 果 た し て サ
なのか。
﹁アラブの春﹂を経験した国々の市民は、果たし
義体制﹂と言うものの、一体、それはどんな﹁民主主義﹂
﹁春﹂を迎えていると言えるのだろうか。一言で﹁民主主
イバースペースにおけるこの種の呼びかけにどの程度の
てどのような政治体制を作り上げようとしているのだろ
る。
う呼びかけが、インターネットを通して行われたのであ
が訪れたという意味であろう。
い込まれたのである。
︶政 権 を 支 持 す る デ モ 隊 と の 衝 突 な ど を 経 て、
Mubarak
その後、デモの勢いは一気に強まり、ムバラク︵
政治学』
(慶應義塾大学出版会)
など。
の日﹂
︵一月二五日︶にあわせて反政府デモを行おうとい
ころが、
チュニジアでの革命成功は彼らを大いに刺激し、
この動きは隣国のエジプトにも波及した。エジプトで
ゆる﹁ジャスミン革命﹂である。
ベン・アリー政権はあっけなく崩壊してしまった。いわ
︶大統領はサウジアラビアに亡命せざ
El Abidine Ben Ali
予想を超える規模にまで発展することになった。政府側
動員は、チュニジアで二〇一〇年末に発生した。
︶や ツ イ ッ タ ー︵ Twitter
︶に 代 表 さ れ る ソ ー シ
︵ Facebook
較 的 高 学 歴 の 若 者 層 で あ る。 彼 ら は、 フ ェ イ ス ブ ッ ク
変化は突然訪れた。中心的な役割を果たしたのは、比
であった。
(名古屋商科大学コミュニケーション学部准教授)
ソーシャルメディアと
アラブの春
「動 員 革 命」と「透 明 性 革 命」
ソーシャルメディアが関わった政治変動
ィア研究科後期博士課程修了。専攻は、国際関係
て も、 盛 ん に 論 じ ら れ て き た テ ー マ は、
﹁ な ぜ、 ア ラ ブ
長い間、アラブ諸国は、民主化の除外地域という扱い
Tatsuya Yamamoto
人びとが賛同し、実際にリアルな現実世界でのデモが成
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特 集 ◎それでも民 主 主 義
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
053
1
うか。
本稿では、こうした疑問に対して、今回の政治変動で
クローズアップされることになった﹁ソーシャルメディ
ア﹂を軸に考えていきたい。インターネットの政治的影
言すればソーシャルメディア時代の民主化運動とはどの
ようなものであったのかという確認からはじめよう。
エジプトにおける政治変動とソーシャルメディアとの
「革命2・0」としての民主化
義 に 関 す る 研 究 と い う 視 点 か ら 考 え た 場 合、
﹁ソーシャ
関わりについて、注目すべき一冊の本がある。米国グー
響に関する研究、インターネットと民主化および民主主
ルメディア時代﹂に突入した現在、事態は一気に新しい
グル社の幹部ゴネイム︵
︶である。
命2・0﹄
︵ Revolution 2.0
︶による回顧録、﹃革
Wael Ghonim
ステージに進みつつあるという認識があるためである。
後発民主化国であっても、
先進民主主義国であっても、
ソーシャルメディアは、民主主義というシステムに対し
ャルメディアの政治的影響力を無視することは難しい。
枚の写真がきっかけであった。写真には、あごが砕け、
〇一〇年六月八日にフェイスブックを通して目にした一
した政治活動に本格的に関与するようになったのは、二
ゴネイムがエジプトにおけるソーシャルメディアを通
て、根本的な疑問を投げかけ、多くの難題を突きつける
前歯がなくなり、顔の変形した青年の痛ましい死体が写
これからの民主主義の姿を考えるにあたっては、ソーシ
と同時に、民主主義のさらなる発展のための可能性も指
っていた。写真の主は、二日前、アレクサンドリアで警
いう名の当時二八歳だった青年であった。
︶と
官 二 人 に 撲 殺 さ れ た ハ レ ド・ サ イ ー ド︵ Khaled Said
し示している。
以下、本稿では、ソーシャルメディア時代の民主化お
よび民主主義について、代表的事例であるエジプトを中
写真を通してエジプトの置かれている不公正な状況を
再認識し、怒りに震え、何らかの行動を起こさなくては
心に、必要に応じて先進民主主義国の動向にも触れなが
ら論じていく。まずは、エジプトにおける政治変動に、
ならないと感じたゴネイムは、フェイスブック上に﹁ぼ
のめり込んでいくゴネイムの姿が描き出されている。
として、複数の役割を演じわけながら渾身の力で運動に
要求をテレビメディアに出演することで伝える
﹁広告塔﹂
ソーシャルメディアがいかに深く関与していたのか、換
く ら は み ん な ハ レ ド・ サ イ ー ド だ ﹂
︵ We are all Khaled
︶というページを開設した。このページの名前には、
Said
本のタイトルが示すように、ゴネイムは一連の政治変
﹁ ハ レ ド・ サ イ ー ド は 私 と 何 ら か わ ら な い 一 人 の 青 年 で
あ り、
︵今のエジプトでは︶彼に起こったことは、いつで
動 を こ れ ま で の い か な る﹁ 革 命 ﹂と も 異 な る と い う 意 味
2・ 0 と は、
﹁ ヒ ー ロ ー が お ら ず、 す べ て の 人 が ヒ ー ロ
も自分の身にも起こり得るのだ﹂という意味が込められ
このページは、エジプトの政治や社会の状況に憤る多
ーであり、みんなが少しずつ貢献しながら、最終的に世
で、
﹁革命2・0﹂であったと評している。彼のいう革命
くの若者たちの共感を呼び、初日だけで三万六〇〇〇人
界最大の百科事典を作り上げてしまうというウィキペデ
ている。
が参加し、その数は数日のうちに一〇万人を超えるよう
︶の よ う な も の ﹂で あ り、 ソ ー シ ャ ル メ
ィ ア︵ Wikipedia
ディアの活用によって特徴付けられるデジタル時代の革
になった。その後、このサイトは、エジプトにおけるフ
ェイスブックを通した動員の元祖とも言える﹁四月六日
確なリーダーや中心が存在しない中で運動の組織化を実
命だという意味である。確かに、今回の革命劇には、明
プとも連携しながら、バーチャル世界にとどまっていた
現したという特徴がある。
︶な ど 他 の グ ル ー
青年運動﹂
︵ April 6th Youth Movement
体制に対する異議申し立ての動きを、リアルの世界に転
ーディネーター﹂として、また﹁革命﹂の最中一一日間に
った様々な活動の
﹁仕掛け人﹂として、紛糾する議論の﹁コ
こ の 他﹃ 革 命 2・ 0﹄に は、 ソ ー シ ャ ル メ デ ィ ア を 使
境 遇 に 思 い を 馳 せ﹁ 連 帯 ﹂し、
﹁ 同 期 化 ﹂し て 立 ち 上 が っ
れない人々も同じエジプト人なのだ﹂という形で他者の
がったのではなく、むしろ﹁食べられる人々﹂が﹁食べら
べられない人々﹂が﹁窮鼠猫を噛む﹂という図式で立ち上
革命2・0のもう一つの特徴は、社会の底辺にいる﹁食
わたって秘密警察に拘束され解放された後に出演したテ
たという性格が認められる点にある。
化させる方策を模索していった。
レビ番組をきっかけに一躍有名になった後、若者たちの
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特 集 ◎それでも民 主 主 義
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
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であろう。こうした人々を立ち上がらせた背景にあった
というキーワードと共にあえて立ち上がったという事実
に 高 い に も か か わ ら ず、 わ れ わ れ エ ジ プ ト 人 の﹁ 尊 厳 ﹂
監禁・拷問されるというデメリットを被る可能性が非常
く、場合によっては自分自身が命を落とすか、逮捕され
形で立ち上がることの合理的なメリットはほとんどな
に醸成させつつ周到に準備を続けていたという点を過小
あり、ソーシャルメディアを介して怒りのマグマを着実
長年にわたる地ならし、試みと失敗の歴史があったので
動員への大きなきっかけとなったものの、その背後には、
のものではないということである。チュニジアの政変は
偶然大きくなり、たまたま成功してしまったという種類
に刺激を受け、突発的・衝動的に湧き起こったうねりが
ジプトでの政治変動は、隣国チュニジアでの﹁革命成功﹂
のが、フェイスブックなどのソーシャルメディアの存在
評価すべきではない。
興 味 深 い の は、
﹁食べられる人々﹂にとってこのような
であった。
トレーションを溜めている人々は他にもいるのだ﹂、
﹁同
キ ー︵
と進んでいったケースとも捉えられる。ただし、シャー
エジプトの事例は一見すると、新しい情報通信技術
︵I
じ夢を共有している人々がいるのだ﹂、
﹁多くの人が自由
やそこで使われるソーシャルメディアといった﹁ツール﹂
ゴネイムが言うように、ソーシャルメディアは、エジ
を気にかけているのだ﹂ということを気づかせた。こう
そのものが自動的に政治変動を引き起こすわけではない
CT︶の発展が政治変動を引き起こし、民主化の移行へ
したソーシャルメディアを介した﹁心理的な連帯﹂と﹁想
という点には十分留意しておく必要がある。その上で、
プトの人々に﹁我々は一人ではないのだ﹂、
﹁同じフラス
いの同期化﹂が、これまでのエジプト社会で人々を行動
﹁ ツ ー ル ﹂が 一 定 の 条 件 を 踏 ま え て 用 い ら れ た と き に 発
︶も 指 摘 す る よ う に、 イ ン タ ー ネ ッ ト
Clay Shirky
に転化させることなく思いとどまらせて いた﹁恐怖の心
揮 す る パ ワ ー、
﹁ツール﹂が存在することによって起き始
めている地殻変動やうねりのパワーの動向にきちんと注
︶を乗り越え さ せ
理的な壁﹂
︵ psychological barrier of fear
たという。
意を払っておかなければならない。
動様式は、ムバラク大統領を辞任に追い込んだ後も引き
異議申し立てをするという行動様式を習得した。この行
なく、
﹁恐怖の心理的な壁﹂を乗り越えてリアルな世界で
エジプトの人びとは、不満を内に溜めておくだけでは
﹃革命2・0﹄を読むことで改めて確認されるのは、エ
動員革命と代議制民主主義の揺らぎ
エジプトにおいて既存の権威主義体制を倒すための
はじめ多くの資料からうかがい知ることができる。問題
ャルメディアが活用されていたことは、
﹃革命2・0﹄を
街頭でのデモを行うという行動が恒常化するようになっ
でと同様にソーシャルメディアを駆使して動員を行い、
暫定政府が打ち出す方針に不満を見いだすと、これま
続き踏襲されることになった。
は、その後で構築される民主主義体制とはどのような特
てしまったのである。暫定政府側も、若者層の世論に対
︵ 民 主 主 義 体 制 へ の 移 行 の た め の ︶ツ ー ル と し て ソ ー シ
徴を有しているのかという点であり、そこではソーシャ
こうした若者たちの行動様式は、正統な政治的制度の
しては敏感に対処しており、彼らの主張を受け入れるこ
ソーシャルメディアが引き起こした革命的な変化とし
外 側 か ら あ る 種 の﹁ 拒 否 権 ﹂を 発 動 し て い る よ う な も の
ルメディアがどのような影響を与えているのかという点
てまず指摘できるのは、特定の組織に頼ることなく、リ
である。ソーシャルメディアで動員された若者たちは、
とがあった。
ア ル な 世 界 で 大 量 の 人 び と を﹁ 動 員 ﹂す る こ と が 可 能 に
制度の中に組み込まれた政治的アクターにはなり得ず、
である。
なったという点であろう。
﹁動員﹂に関する常識が変わっ
したがって政治的責任も伴わないまま、気まぐれに現れ
これは後発民主化国であるエジプトだからこその﹁未
たという点で、これを﹁動員革命﹂と呼ぶことにしよう。
ており、既存のどんな組織も真似できないような熱意を
成熟さ﹂がもたらしている事象かといえば、そうでもな
たり消えたりしている。
帯びることがある。
﹁タハリール広場﹂に集まったのは、
い。 同 様 の 傾 向 は、 政 治 的 に 十 分 に﹁ 成 熟 ﹂し た は ず の
こうして動員された集団は、予測不可能性に満ちあふれ
この種の人びとであった。
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Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
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による民主主義、とりわけ代議制民主主義への挑戦状と
うよりは、ソーシャルメディアのもたらした﹁動員革命﹂
の 種 の 現 象 は、 政 治 的 な﹁ 成 熟 度 ﹂が 関 与 し て い る と い
先進民主主義国においても現れ始めている。つまり、こ
官邸周辺で抗議行動を行っているが、この政治的運動も
金曜日に万単位の人びとが原発再稼働反対を訴えて首相
りが表面化した結果だというのである。日本でも、毎週
そのものがうまく働いていないことに対する人びとの怒
問われているのは、現代の民主主義がたどり着いた代
同じ系譜に位置付けることができるだろう。
︶と ネ グ リ︵ Antonio
Michael Hardt
して捉えた方がより現実に即しているのである。
こ の 点、 ハ ー ト︵
主主義では、選挙を通じて国民の代表を選出する。選出
議制民主主義というシステムそのものである。代議制民
ドの中央広場でのデモ、アテネのシンタグマ広場でのデ
された代表は、国民の意思が反映された結果であり、民
︶は、カイロのタハリール広場でのデモ、マドリー
Negri
モ、イスラエルでのテントを設営しての抗議行動、そし
意が集約されていると﹁みなされて﹂いる。この
﹁みなし﹂
参 加 す る 人 び と は、
﹁われわれの目の前にある民主主義
ハートとネグリによれば、これらのデモや抗議行動に
満は少なからず存在した。誰もが、現行の代議制民主主
思を受けて行動していないのではないかという疑問や不
これまでも、自分たちの代表が必ずしも自分たちの意
統性が付与されるのである。
が暗黙の了解としてあるからこそ、代表による決定に正
て ウ ォ ー ル 街 で の 抗 議 行 動 な ど は、
﹁本当の民主主義﹂
︶を求める動きとして同根の部分がある
︵ real democracy
と指摘している。
は大多数の人びとの考えと利益を代弁する力を失ってい
義を﹁完璧﹂な制度だと思っているわけではない。
むしろ、
しかしながら、そのことが明示される機会はそう多く
るのではないか﹂
、
﹁代議制民主主義という形態をとって
い か ﹂と い う 不 満 が 行 動 の 原 動 力 に な っ て い る と い う。
はなかった。各種世論調査において、代表による決定と
どんな有権者も、何らかのフラストレーションを感じて
こうしたデモや抗議行動は、政治制度における代議機能
もっとも、
﹁民意の不一致﹂は、必ずしも問題にはなら
いるにもかかわらず、自分たちの民意を十分にくみ取る
世論とのギャップが浮き彫りになることはあっても、そ
ないという考え方もある。エリート民主主義的な観点に
いたことであろう。
のギャップに不満を持つ一人一人の国民の姿がリアリテ
立 て ば、
﹁政治家は有権者の民意から離れても代表とし
制度が欠落していたり、うまく機能していないのではな
ィを持って浮かび上がることはなかった。
ことに成功した。ソーシャルメディアは、エジプトでの
人 一 人 の 主 権 者 の 姿 を リ ア ル な 世 界 で﹁ 可 視 化 ﹂さ せ る
突 如 と し て 代 議 制 民 主 主 義 の﹁ み な し ﹂に 不 満 を 持 つ 一
掲げて当選した代表の代表としての働きぶりは、次の選
ければ次の選挙で落選するということになろう。公約を
策決定を行うことを求められており、付託に応えられな
有権者の意思を付託された代表は、その付託に値する政
て正しい判断をするべき﹂となる。とはいえ、原則的には、
動員のメカニズムと同じ要領で、不満を持つ一人一人に
挙で問われるというのが民主主義の定める制度的な手続
ところが、ソーシャルメディアによる﹁動員革命﹂は、
﹁心理的な連帯﹂
を与え、﹁想いの同期化﹂を図ることで﹁怒
思が反映されていないと感じる多くの人びとが、デモの
統性は存在しない。他方、政府の決定には自分たちの意
け入れるという政治的決定のプロセスには、制度的な正
行ったように、デモに直面した政府がデモ隊の要求を受
解決することは難しい。エジプトの暫定政府がしばしば
﹁ 民 意 の 不 一 致 ﹂が 生 じ た 場 合、 こ の 問 題 を 制 度 の 中 で
集団となってデモを行う人びとの民意との乖離という、
代 表 に 集 約 さ れ て い る と﹁ み な さ れ ﹂て い る 民 意 と、
あ る 意 味﹁ 正 し い ﹂
。 ソ ー シ ャ ル メ デ ィ ア は、 代 議 制 民
いう感覚は、計量的分析でも裏付けられるものであり、
制民主主義はきちんと機能していないのではないか﹂と
﹁ 動 員 革 命 ﹂に よ っ て 集 う 民 衆 た ち の 抱 え る﹁ 今 の 代 議
ないことが明らかになったというのである。
見られず、一致がないことが次の選挙に影響を与えてい
ところ、当選時の選挙公約と当選後の国会活動に一致は
たサイクルは機能していないという。計量的に分析した
ところが、最近の研究によると、日本においてこうし
きである。
形で可視化されるという状況は、代議制民主主義の﹁み
主 主 義 の 揺 ら ぎ を﹁ 可 視 化 ﹂さ せ る ツ ー ル と し て の 側 面
れる主権者﹂たちを可視化したのである。
なし﹂が何らかの問題を抱えていることを示している。
6
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特 集 ◎それでも民 主 主 義
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
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こ れ ま で﹁ 存 在 す る ﹂と 聞 い て は い た も の の、 実 際 に 目
にすることのなかった政権側の不公正を白日の下にさら
し、情報統制という﹁壁﹂
で守られていた秘密を﹁透明化﹂
、
的変化は﹁透明性革命﹂とでも呼べるようなものである。
われる革命﹂といった側面を有した﹁透明性革命﹂として
﹁ 政 治 に お け る 透 明 性、 社 会 に お け る 透 明 性 を 求 め て 行
︶の 創 始 者 で あ る ア サ ン ジ
ィ キ リ ー ク ス︵ WikiLeaks
る 人 々 に 共 通 す る、
﹁情報はより自由でオープンである
︶の 言 葉 を 借 り れ ば、 ベ ン サ ム
キ ム︵ Jung-Hoon Kim
︶が構想した﹁パノプティコン﹂
︵全展望
︵ Jeremy Bentham
ティコン社会﹂が到来しているということになる。ソー
までも政府が主体的に行動することによって担保された
しかしながら、この場合の透明性や情報公開は、あく
一度インターネット上に流れ出した情報は、簡単に取
こうした状況は、非民主主義国家の基盤を浸食するこ
ものである。ところが、ソーシャルメディアの発達によ
をも巻き込む形で、
全世界的な潮流になりはじめている。
とになると同時に、民主主義国の政府にとっても厄介な
り消せないのと同様に、
一度確立した政府と民衆との﹁逆
たとえば、原発事故後の日本においても、政府の発表
存 在 と な る。 こ の 時 注 目 さ れ る の が、
﹁情報のコントロ
っ て も た ら さ れ て い る﹁ 透 明 化 ﹂は、 必 ず し も 当 該 政 府
する放射線量の数値とは別に、一般市民やフリーのジャ
ール﹂というテーマである。しかしながら、インターネ
転現象﹂は、今後の趨勢としてどの政府も打ち消すこと
ーナリストが自前の放射線測定装置を使って結果をソー
ット・コントロール政策を積極的に展開している中国の
の意図とは関係のないところで進められることになる。
シャルメディア上で公表するという動きがあった。中に
ような国においても、ソーシャルメディアの発達以降は、
は難しくなるであろう。これは、アラブ諸国や非民主主
は、測定装置の針が振り切れている画像などもアップさ
決定的な解決策を見つけ出せず対応に苦慮しているよう
﹁意図せざる﹂情報公開であり、透明化なのである。
れ、政府の発表に対する不信感へとつながることもあっ
に見える。民主主義国においても、ひとたび政府に対す
る不信感が根付いてしまうとその払拭は難しく、将来的
た。
こ の 種 の﹁ 透 明 性 革 命 ﹂は、 果 た し て 民 主 主 義 と い う
には民主主義的な制度そのものへの不信感にもつながり
はっきりしているのは、もう元へは戻れないというこ
システムに対してどのような影響を与えることになるの
上にとってプラスに作用すると考えられている。透明性
とである。完璧なコントロールも不可能ならば、一度定
かねない。
が高く、積極的な情報公開が行われている国は、より成
着したソーシャルメディアを人びとの手から取りあげ消
であろうか。一般的に、情報公開は、民主主義の質の向
熟した、より良い民主主義国家であると解釈される。
060
特 集 ◎それでも民 主 主 義
も持ち合わせているのである。
透明性革命は民主主義の質を高めるのか?
﹁可視化﹂する方向に作用するのである。
﹁ 透 明 性 革 命 ﹂は、 政 府 に よ る 情 報 の 流 れ の コ ン ト ロ ー
の性質も併せ持っている。背景として、フェイスブック
土屋が言うように、アラブ諸国での一連の政治変動は
ルを難しくすることで政府と民衆との力関係に影響を及
︶やウ
の創始者であるザッカーバーグ︵ Mark Zuckerberg
ソーシャルメディアが引き起こした、もう一つの革命
ぼすのみならず、
より明確な形で政府側と民衆側との﹁逆
転現象﹂を引き起こすことになる。
視される側﹂であった。そして、情報統制下にあるアラ
べきだ﹂という執念とも言えるような思想のもとで、一
︶
、ウィキリークスに賛同し内部告発す
︵ Julian Assange
ブ諸国のような国において政府に都合のよい形で情報が
連のサービスが提供されているという指摘は興味深い。
これまで﹁監視する側﹂は常に政府であり、民衆は﹁監
されるのはもちろんのこと、先進民主主義国におい
隠
ても政府の公開する情報の内容、時期、方法については、
細やかな配慮が施されている。
瞬間を捉えた携帯電話の動画や、政府内で不正を働いて
シャルメディアの普及と利用によって、政府が民衆を監
︶と は 逆 の 状 況 と し て﹁ 逆 パ ノ プ
panopticon
いたことを示す文書の画像がフェイスブックやツイッタ
視するのではなく、民衆が政府を監視するような逆転現
監視施設
ーに瞬時に投稿されてしまう。ソーシャルメディアは、
ところが、最近では、警官が汚職や暴行を働いている
8
義国に限った現象ではなく、日本を含む先進民主主義国
象が起き始めているという指摘である。
9
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
061
7
滅させることもできない。ソーシャルメディアの劇的な
主主義の質を向上させる可能性も併せ持っている。
能不全にしてしまう可能性もあるが、場合によっては民
状態に耐えられない政府は、短期的にも中・長期的にも
試していくことの方が求められるだろう。民主主義の質
の状況を民主主義の質の向上につなげる具体的な方策を
そうだとすれば、
﹁透明性革命﹂に抗うのではなく、こ
る。ソーシャルメディアの普及は、民主主義的な制度が
した構図は、民主主義国の政府にもあてはまることにな
っけなく崩壊する可能性があるということである。近似
﹁ 閾 値 ﹂を 超 え る と、 盤 石 だ と 思 わ れ て い た 政 権 で も あ
て 立 ち 上 が っ た﹁ 若 者 層 ﹂の 希 望 は、 失 望 へ と 変 わ る こ
れないという現実に直面したならば、大きな期待を抱い
生させたにもかかわらず、生活状況も雇用環境も改善さ
を追放し、より民主的な手続きによって新しい政府を誕
って、ただちに状況が好転するとは考えにくい。トップ
ことを示している。年率二%という数字は、この傾向が
2は、現在でも年率約二%の割合で人口が増加している
増加している。人口増加の傾向は現在も続いており、図
人だった人口が、二〇一〇年には八〇〇〇万人弱にまで
あげられる。エジプトでは、一九五〇年代に二〇〇〇万
背景には、次頁の図2が示すような形での人口増加が
今回の政治変動の背景の一つとして、しばしば食料価
かわらず、増え続ける若年層に対していかに雇用を創出
になる問題は、現状でもすでに高い失業率であるにもか
062
特 集 ◎それでも民 主 主 義
進歩は、情報の流れへの対応をまるで川下りをするカヤ
れができることは、進行方向を決めるというよりも、進
大きなストレスにさらされることになるだろう。チュニ
い ず れ に せ よ、
﹁ 透 明 化 ﹂お よ び﹁ 逆 パ ノ プ テ ィ コ ン ﹂
む方向に直立姿勢を保っておくのがせいぜいという状況
ジアやエジプトからの教訓は、ひとたびこうした事態が
ックを操るようなものにしてしまったのであり、われわ
にある 。
の 向 上 に つ い て は、 し ば し ば﹁ ガ バ ナ ン ス ﹂と い う 概 念
作 動 す る﹁ 場 ﹂を 新 た な も の へ と 変 え は じ め て い る の で
エジプトの民主化が抱えるさらなる困難性
ある。
が取りあげられる。ガバナンスには、決定に参加するア
クターの多様性という特徴と共に、アクター間の水平的
関 係 性 と い う 特 徴 も あ る。 想 定 さ れ る の は、
﹁ハイアラ
ーキ ー﹂より も﹁ アナーキ ー﹂な状況に近い性格 で あ り、
﹁動員革命﹂にしても、
﹁透明性革命﹂にしても、エジプ
トが今後歩むことになる民主化プロセスに少なからぬ影
響を与えることになるだろう。これだけでも、次の政権
にとっては十分過ぎるほど厄介な課題だと言えるが、エ
対外援助の世界で言及されるグッドガバナンス︵ good
あるように、透明性はガバナンスの向上に寄与すると考
ジプトの民主化プロセスにはさらに構造的な問題も立ち
基本的な食料価格を低く抑えるという政策をとってい
次頁の図1は、エジプトにおける原油生産量・国内消
はだかる。
の前にある不正義・不公正の原因を、長期にわたって国
費量・輸出入量を表したグラフである。このグラフが示
た。しかしながら、この政策は限界を迎えつつある。
を支配してきたトップの存在に求めていた。トップが変
しているように、エジプトでは二〇一〇年の手前あたり
から国内での原油消費量と原油の生産量がほぼ同じ水準
にまで達しており、輸出に回すことのできる原油がほと
とになるだろう。この失望が、新しく樹立された制度や
今後も続くことになれば、約三五年後には現在の倍の人
んどなくなってしまった。
政府に対する不信へとつながり、彼らの支持を失うよう
口にまでふくれあがることを意味している。
格の高騰が指摘される。この点、エジプトでは、国内で
し、さらに貧困層が安い食料にアクセスできる環境をど
したがって、中・長期的にエジプト政府が抱えること
産出される原油の輸出による収益を補助金として支出し
大いに揺らぐことになる。
な事態が生じれば、安定的な民主化プロセスそのものも
えるならば、たとえ強権的なトップが交代したからとい
しかしながら、エジプトの抱える社会・経済構造を考
るはずだと期待をしたのである。
わることで、自らを取り巻く不正義や不公正が改善され
﹁アラブの春﹂に身を投じた人々は、現状への不満と目
え ら れ て い る。
﹁透明性革命﹂は、民主主義をますます機
︶概 念 の キ ー ワ ー ド が、 透 明 性 と 説 明 責 任 で
governance
点も多い。
ソーシャルメディア後の社会が有している特徴との共通
11
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
063
10
0.0
純輸入量
-0.5
-1.0
して、エジプトの事例が示す課題は、単にエジプト固有
らす革命的変化から無縁でいることは難しいだろう。そ
ような政治を行うにしても、ソーシャルメディアがもた
い ず れ に せ よ、
﹁アラブの春﹂後のエジプトが今後どの
性もある。
ける効果は未知数である。むしろ、マイナスに働く可能
が、これから新たな体制を作り上げていくという点にお
ことに関しては大きな力を発揮し、その効果を証明した
ソーシャルメディアは、少なくとも既存の体制を壊す
にあたって、深刻な阻害要因となり得る。
担うことになる。これは今後の民主化プロセスを考える
な﹂政府は、こうした構造的な問題を抱えながら政権を
る。これからエジプトで樹立されることになる﹁民主的
しかしながら、現実には、図1が示すような状況があ
てきた。
バラク政権下では、原油の輸出収入が重要な役割を担っ
うやって維持し続けるかということになる。崩壊したム
純輸出量
の問題にとどまらず、ソーシャルメディア時代に突入し
人口︵万人︶
+6%
+2%
-2%
0
注:2000 年以降の人口成長率は 21%
への筆者のインタビューによる︵二〇一一年三月︶。
︶の活動家
April 6th Youth Movement
4000
︶
﹁四月六日青年運動﹂
︵
6000
︵
日
改めて問われる民
ム﹄二〇一一年八月号、二〇一一年、三四頁。
︶土 屋 大 洋﹁﹃ 透 明 性 革 命 ﹄と ネ ッ ト ワ ー ク ﹂
﹃治安フォーラ
討﹄ミネルヴァ書房、二〇一二年、ⅶ頁。
主主義の﹃質﹄﹂日本比較政治学会編﹃現代民主主義の再検
︶同論文。および、大西裕﹁はじめに
│
検討﹄ミネルヴァ書房、二〇一二年、一三九 一- 六八頁。
本を事例として﹂日本比較政治学会編﹃現代民主主義の再
︵
︶小林良彰﹁代議制民主主義の機能に関する計量分析
︵
│
︵ ︶ Wael Ghonim, Revolution 2.0, London: Fourth Estate, 2012.
以下、ゴネイムについての記述は、本書および TED
にお
ける彼のスピーチを参照。 Wael Ghonim, Inside the Egyptian
Revolution. Accessed on August 5 , 2012 . Available from
http://www.ted.com/talks/wael_ghonim_inside_the_
egyptian_revolution.html
︵ ︶ Clay Shirky, The Political Power of Social Media: Technology,
the Public Sphere, and Political Change, Foreign Affairs,
Vol.90, No.1, 2011, PP.28-41.
︵ ︶ Michael Hardt and Antonio Negri, The Fight for Real
Democracy at the Heart of Occupy Wall Street, Foreign
Affairs, October 11 , 2011 . Accessed on August 6 , 2012 .
Av a i l a b l e f r o m h t t p : / / w w w. f o r e i g n a f f a i r s .c o m /
articles/136399/michael-hardt-and-antonio-negri/the-fightfor-real-democracy-at-the-heart-of-occupy-wall-street
[注]
︵
注:YoY Change は、年率での成長を表す。
「US Census Bureau IDB」より作成
2010
2000
1990
1980
1970
1960
年 1950
YOY Change
2000
064
特 集 ◎それでも民 主 主 義
100万バレル/日
0.5
消費量
たすべての国が次の時代の民主主義を構想する上で極め
5
生産量
て大きな示唆を含んでいると考えられるのである。
2
3
4
6
Special Feature
ソーシャルメディアと 「アラブ の 春 」
065
8000
1
図 2:エジプトにおける人口増加の推移
7
注:2009 年の輸出量は 26%減
「BP Statistical Review 2010」より作成
2010
2000
1990
1980
1970
1960
年
1.0
図 1:エジプトにおける原油生産量・国内消費量・輸出入量
︵
︵
︶同論文、三五 三- 八頁。
で
│
│
︶秋山和宏・岩崎正洋編﹃国家をめぐるガバナンス論の現在﹄
八 三- 〇九頁。
世界を動かす﹄岩下慶一訳、筑摩書房、二〇一〇年、三〇
ネットワークが
逆パノプティコン社会の到来﹄ディスカヴァー・ト
︶ジョン・キム﹃ウィキリークスからフェイスブック革命ま
ゥエンティワン、二〇一一年。
︵ ︶クレイ・シャーキー﹃みんな集まれ!
︵
勁草書房、二〇一二年、七頁。
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特 集 ◎それでも民 主 主 義
Special Feature
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