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1 「客にダンスをさせる営業に関する風営法の規制の見直しに当たって

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1 「客にダンスをさせる営業に関する風営法の規制の見直しに当たって
「客にダンスをさせる営業に関する風営法の規制の見直しに当たって考えられる論点」に
対する意見
平成 26 年 8 月 7 日
<氏名>
高山
佳奈子
<連絡先>
606-8501 京都市左京区吉田本町
京都大学大学院法学研究科
<電子メール>
[email protected]
<現職>
京都大学大学院法学研究科教授
国際刑法学会本部事務総長補佐
比較法国際アカデミー会員
日本刑法学会理事
日独法学会理事
日本フンボルト協会理事
日本学術会議連携会員
経済産業省産業構造審議会臨時委員
文部科学省科学技術・学術審議会臨時委員
京都府青少年健全育成審議会委員
上記<現職>、および、平成 24 年度文部科学省委託事業「ドーピングに対する法的制裁
制度に関する調査研究」
(日本スポーツ仲裁機構)ワーキンググループリーダーとしての経
験に基づき、
「客にダンスをさせる営業に関する風営法の規制の見直しに当たって考えられ
る論点」(以下、「考えられる論点」とします)について、次の意見を提出します。
(1)3 号営業
ア
風俗営業からの除外
○
風俗営業からの除外の必要性
ダンスは法的に規制すべき危険性を含まない活動であるため、ダンスをさせる営業を風
俗営業から除外することが適当である。以下がその理由である。
(i) ダンスの社会的危険性の不存在
「考えられる論点 1(3)」に列挙されている諸問題はいずれも、ダンスが原因となって発生
しているものではない。また、統計的にも、ダンスをさせる営業が行われている場所と、
満員電車や路上などの他の場所とを比較して、前者のほうがこれらの問題の発生率が高い
ことを示す事実は存在しない。これは、「考えられる論点 1(3)」で「4 号営業については、
問題となるような事案はほとんど発生していない」とされることと平仄が合う。3 号と 4 号
との相違は「飲食」のみである。つまり、問題のほとんどは過度の飲酒から生じているこ
1
とが論理的に導かれる。
風営法違反被告事件である NOON 事件第一審無罪判決(大阪地判平成 26 年 4 月 25 日・
平成 24 年(わ)1923 号)は、NOON 店内で客によって行われていた活動が危険性を欠くも
のであることを理由とした。これに対し検察側が控訴中であるが、その控訴趣意書におい
ても、「ダンス」を伴う営業が伴わない営業よりも危険であることの論証が全く試みられて
いない。とりわけ、過度の飲酒の場合と比較した場合の「ダンス」の危険性への言及は皆
無である。
(ii) 実質的危険性を欠く行為の処罰の違憲性
風俗営業は許可なく行うと無許可営業罪で処罰されるが、最高裁判所の判例によれば、
危険性のない行為を処罰の対象とすることは許されない。すなわち、最高裁は、国家公務
員の政治的行為の処罰に関し、「『政治的行為』とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性
を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に
認められるもの」のみを指すとした上で、被告人の政党機関誌配付行為は「公務員の職務
の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえ」ず「本件罰則
規定の構成要件に該当しない」として無罪の結論を採用している(最判平成 24 年 12 月 7
日刑集 66 巻 12 号 1722 頁、堀越事件)
。憲法 31 条の要請である実体的デュープロセスから
は、実質的に危険性の認められる行為だけが刑罰法規の対象たりうるのであり、ダンスを
させる営業の危険性が合理的に説明できない以上、これを犯罪とすることは憲法上許され
ない。
なお、上述の NOON 事件第一審判決が述べるとおり、風営法の規定は、事業者や客の表
現の自由に対する制約になりうる。たとえば、社交ダンスには「床」と「音楽」が不可欠
であり、映像芸術表現には通常スクリーンの設置を要する。したがって、「営業」の規制が
「表現」の規制にもなる場合には、仮に経済的自由の規制根拠となる危険性があったとし
ても、それだけでは不十分であり、いっそう高められた危険がない限り規制は憲法違反と
なる。
(iii) 規制による通報阻害がもたらす逆効果
「考えられる論点 1(3)」に掲げられている問題のうち、「薬物売買・使用」については、
「容疑」としか書かれておらず、「薬物売買・使用事案」となっていない。これは、実際に
3 号営業が行われている場所での摘発がないためであろう。検挙「事案」がないのに「容疑」
があることの 2 つの背景として、(a)別の場所で検挙された者が「知らない人からクラブで
薬物を入手した」と(虚偽の)供述をする例があること、また、(b)現実に薬物取引があっ
ても、店が無許可営業であるために、警察への通報が回避されることがある。
上記 NOON 事件の第一審公判でも指摘されたことであるが、薬物事犯に限らず、各種犯
罪が発生した場合に、(b)の理由で通報が行われなくなるおそれがある。つまり、規制の存
在によって、かえって犯罪対策が阻害されることになる。この点は、「規制改革実施計画」
が、「優良企業が新規参入を見合わせるなど、健全なダンス文化やダンス関連産業の発展の
2
支障になっている」と指摘する問題にも連なる。
(iv) 風営法の目的外適用の違法性
さらに、「考えられる論点 1(3)」で列挙されている問題はすべて、すでに他の条文ないし
法律での対処が予定されている行為である。この点も上記 NOON 事件第一審判決が指摘す
るとおりである。
すなわち第 1 に、「騒音」は、騒音規制法(昭和 43 年法律第 98 号)、都道府県の拡声機
暴騒音規制条例などで規制されているほか、とりわけ、風営法自体が直接的に「深夜飲食
店営業」について振動と共に規制している(15 条、32 条 1 項 1 号・同 2 項)。深夜以外の
騒音についても、ダンス営業規制が捕捉するものではない。なぜなら、身体運動自体から
音がほとんど出ない以上、踊ることによる騒音の発生はありえないからである。騒音は「ダ
ンス」ではなく「音楽」の問題である。したがって、深夜以外の騒音については、街頭演
説やライブ演奏、カラオケバーなどと同じく、
「音声」や「音楽」を用いた表現・営業活動
全般に対する規制の問題として扱う必要がある。だが、騒音規制全般を風営法で扱うこと
は適切でない。
第 2 に、「い集」については、音楽、映像、ダンスや飲食を一緒に楽しむために店に客が
集まっている状態は通常これに含まれないと解され(最判平成 19 年 9 月 18 日刑集 61 巻 6
号 601 頁参照、広島市暴走族追放条例事件)、憲法 21 条 1 項の保障する集会の自由および
表現の自由との関係で、法的規制が許されるのは、高度の社会的危険性を有する行為に限
られると解される。それらは、組織犯罪処罰法、暴力行為等処罰法、暴力団員による不当
な行為の防止等に関する法律、地方自治体の条例などによりすでに規制されている。
第 3 に、「年少者の立入り」については、年少者が中に入ること自体の何が問題であるの
かが書かれていないが、中学校の体育でダンスが必修化されていることから、「ダンス」で
はなく「飲食」が問題とされているものと解される。すなわち、立入りそのものではなく
酒類の提供が問題であり、これは未成年者飲酒禁止法で規制されている。親子連れでレス
トランに立ち入る場合と同じである。
第 4 に、「店内外における傷害事案」は、刑法で処罰されている。
第 5 に、「もめごと等」については、意味が不明であるが、法的規制の対象たりうる行為
と理解するならば、強要罪、脅迫罪、侮辱罪等として処罰されうるほか、民法上の不法行
為として損害賠償・差止請求の対象となり、正当防衛によって排除することもできる。
第 6 に、
「薬物売買・使用容疑」については、(iii)で述べたとおり、事実的基礎のない「容
疑」である場合も考えられるが、薬物売買・使用「事案」であれば、薬物事犯として各種
法令で処罰されている。
第 7 に、「女性に対する性的事案」は、刑法、軽犯罪法、ストーカー行為規制法、地方自
治体における迷惑行為防止条例等で処罰対象となっている。
第 8 に、「考えられる論点 1(3)」では言及されていないが、ごみ投棄は、廃棄物の処理及
び清掃に関する法律、興行場法、各地の廃棄物処理条例、軽犯罪法などにより規制されて
3
おり、暴行・器物損壊はそれぞれ刑法で犯罪として処罰されている。
さらに、上記第 4、5、7、8 は、過度の飲酒が原因となって生じる可能性が考えられると
ころ、酒類の提供は、未成年者飲酒禁止法以外にも、食品衛生法、酒税法等で規制され、
飲酒による害は、道路交通法や「酒に酔つて公衆に迷惑をかける行為の防止等に関する法
律」等により処罰の対象とされている。また、風営法自体が深夜酒類提供飲食店営業につ
いて届出制を定めている(33 条)
。なお、「ダンス」と酒類の弊害との間には相互促進関係
が存在せず、むしろ逆に、酒を飲み過ぎると踊れなくなるという抑制的関係が認められよ
う。
結論として、これらの問題は、「ダンスをさせる営業」の規制目的ではない。従来、上記
の問題が生じた場所で営業を行った者を「ダンスをさせる営業」の罪で摘発したことは、
一種の別件捜査であり、問題が大きい。これらは本来、上記各犯罪の共犯としての要件を
満たさない限り、処罰しえないものである。また、大部分の犯罪については未遂や予備が
処罰されていないことにも注意を要する。「ダンスをさせる営業」に代わる新たな規制を創
設しようとすることは、これまで違法に行われてきた取締りの権限を今後も維持しようと
する試みにほかならず、憲法 31 条が求める実体的デュープロセスに反する措置である。
(v) 風営法の目的
(iv)で述べた諸問題への対処はダンス営業規制の目的ではない。1948 年の立法事実から明
らかなとおり、ダンス営業規制の目的は売春の防止である。しかし、1956 年に売春防止法
が制定され、売春周旋等罪(6 条)などによって売春の危険のある行為が包括的に処罰対象
になったことから、ダンス営業規制はその役割を終えたと考えられる。実質的に効力を失
った法律が削除されずに残存することはしばしばあるが(たとえば尊属殺人罪は 1995 年、
優生保護法は 1996 年、北海道旧土人保護法は 1997 年まで存続)、規定の有効性は憲法に照
らして判断されることになる。条文が存在しさえすればその適用が許される、ということ
にならないのは、ナチスの法律を想起すれば一般市民にも理解されよう。
なお、風営法 1 条は「少年の健全な育成に障害を及ぼす行為の防止」を目的として規定
しているが、これが「あらゆる危険からの少年の保護」を意味するものではないことは明
らかである。もし少年の全般的保護を目的とするものであるならば、風営法ではなく「少
年保護法」となっているはずである。したがって、少年を「何」から保護するかが問題で
あり、それは、風営法の目的規定にいう「善良の風俗と清浄な風俗環境」を害する行為に
ほかならない。このことも、上記 NOON 事件第一審判決が述べるとおりである。
青少年保護を目的とする刑罰法規としては、刑法の法定強姦・強制わいせつ罪処罰規定
以外にも、児童福祉法、いわゆる児童買春・児童ポルノ処罰法、いわゆる出会い系サイト
規制法、未成年者飲酒禁止法、未成年者喫煙禁止法、各都道府県の青少年保護条例などの
特別刑法が多数存在している。風営法が少年保護の一般規定だということはありえない。
○
別途の法的規制の必要性の不存在
4
上記(i)のとおり、ダンスはそもそも法的に規制すべき危険性を含まない活動であるため、
ダンスをさせる営業に別途の法的規制を設ける必要はない。
また、上記(iv)のとおり、
「考えられる論点 1(3)」で挙げられる諸問題にはすべて現行の他
法令ないし他条項による対処が予定されており、ダンス営業規制による対応は違法である
と考えられる。さらに、それらの問題への対処は、(iii)で述べたとおり、ダンス営業規制の
存在によってかえって阻害されている疑いが裁判上も指摘されている。
「規制改革実施計画」は騒音対策を提言しているが、これは「音」を使った表現・営業
活動全般にかかわるものであり、風営法による対応は不適切である。騒音対策は、本来的
には各地域における自主的な話し合いによって講じられるべきであり、それが不十分であ
る場合には、各地方自治体の条例によって対応するのが望ましいと考えられる。文化・産
業の特性や、学校・医療施設などの所在は、地域によって千差万別だからである。現在す
でに、東京・大阪・福岡などで、店舗と地域住民との間の自主的な協力が開始されており、
こうした取り組みの効果を失わせない政策が必要である。
○
客に遊興をさせる営業の見直しの不要性
(vi) 閣議決定に反する提言を行う権限の欠如
「遊興をさせる営業」の拡大解釈による規制強化は、「規制改革実施計画」が見直しの必
要性を指摘した 3 点の事項の中に含まれていない。したがって、本論点が挙げられている
のは不当である。規制改革会議は規制緩和による文化・産業の発展を提言しているのであ
り、規制強化による警察の権限保持を提言するものではない。
(vii) 日本の現行法制における「遊興」の意義
「考えられる論点 3(1)ア【参考】※2」の、
「客にダンスをさせることも遊興に当たる」と
いう説明は誤りである。
第 1 に、このことは風営法の規定形式から明らかである。風営法制定当時の「風俗営業」
は、「待合、料理店、カフエーその他客席での客の接待をして客に遊興又は飲食をさせる営
業」、
「キャバレー、ダンスホールその他設備を設けて客にダンスをさせる営業」、
「玉突場、
まあじやん屋その他設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技をさせる営業」の 3
種類であった。その後、
「客にダンスをさせる営業」の実態が多様化したため、営業形態に
応じて「キャバレー等」
、
「ナイトクラブ等」、
「ダンスホール等」が区別されたとされる(蔭
山信『注解風営法 I』108 頁、115 頁)。つまり、当初は「ダンス」が売春の危険を孕むと考
えられたために、(a)「客席」で「接待」および「遊興又は飲食」をさせる営業と並んで、(b)
「設備」を設けて「ダンスをさせる営業」が規定された。(a)(b)が異なる類型として想定さ
れてきたことは明らかである。(a)の類型の典型例は現行の 2 条 1 項 2 号と同じく、「待合、
料理店、カフエー」であって、ダンスのための設備を予定したものではない。これは現行
の 2 号でも同様であり、
「遊興又は飲食」が行われる設備と、「ダンス」のための設備とは
異なるものが想定されている。2 号に「前号に該当する営業を除く。」と注記があるのは、1
5
号と重なり合う部分が存在しうることを示すものである。重なり合いは存在するが、一方
が他方を完全に包含するのではない関係にあることが前提である。もし、「ダンスをさせる
こと」がそもそも全面的に「遊興」にあたるのであれば、1 号と 2 号との関係は全く説明で
きない。ここでは、1 号・3 号・4 号が分かれてきた際のような営業形態による説明も成り
立たない。
第 2 に、「ダンス」と「遊興」が別物として観念されてきたことは、歴史的経緯からも明
らかである。日本法における「遊興」は、もともと、旧「遊興飲食税」の対象として規定
された概念であり、その内容は「芸者等の花代」である。たとえば、総務省が公表してい
る「平成 25 年度 地方税に関する参考計数資料」
(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_
zeisei/czaisei/czaisei_seido/ichiran06_h25.html)の「17 地方税の税率等の推移」の 33 頁目「7.
特別地方消費税(料理飲食等消費税、遊興飲食税を含む。
)」(http://www.soumu.go.jp/main_
sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/pdf/ichiran06_h25/ichiran06_h25_17.pdf)にそのように記
載されている。
第 3 に、このことは現行の他法令における「遊興」の意義からも明らかである。現行法
上、「遊興」が実質的意味をもって規定されているのは、更生保護法 51 条における「特別
遵守事項」に関してのみである。同条の内容は次のとおりである。
1 項「保護観察対象者は、一般遵守事項のほか、遵守すべき特別の事項(以下「特別遵守
事項」という。)が定められたときは、これを遵守しなければならない。」
2 項「特別遵守事項は、次条の定めるところにより、これに違反した場合に第 72 条第 1
項、刑法第 26 条の 2 及び第 29 条第 1 項並びに少年法第 26 条の 4 第 1 項に規定する処分が
されることがあることを踏まえ、次に掲げる事項について、保護観察対象者の改善更生の
ために特に必要と認められる範囲内において、具体的に定めるものとする。
1号
犯罪性のある者との交際、いかがわしい場所への出入り、遊興による浪費、過度の
飲酒その他の犯罪又は非行に結び付くおそれのある特定の行動をしてはならないこと
<以下略>」
つまり、「遊興」は、「浪費」のおそれのある産業の利用であることになる。ダンスは浪
費に結び付く活動ではなく、「遊興」に包含されないことがわかる。
「考えられる論点 3(1)
第 4 に、このことは日本国憲法の解釈からも導かれる。もし仮に、
ア【参考】※2」が述べるように、「営業者側の積極的な行為によって客に遊び興じさせる
こと」を広く含むと解するなら、表現の自由や営業の自由のみならず、憲法の規定する「幸
福追求権」(13 条)、「健康で文化的な」最低限の生活を送る権利(25 条 1 項)、および、子
どもを始めとする国民が「教育を受ける権利」
(26 条 1 項)の重要部分を正面から否認する
ことになってしまう。そのような解釈はありえない。「遊び興じさせること」を原則禁止と
するならば、ダーツ、手品、ハロウィン仮装パーティ、子ども向け遊具の提供など、飲食
店で広く行われている「遊び」にとどまらず、祭りなどの日本の伝統文化・芸能の価値を
も否定することとなりかねない。
6
したがって、現行法上の「遊興」は、「芸者等の花代」またはそれに類する、浪費のおそ
れのあるサービスの利用のみを意味すると解される。このような限定解釈は憲法上の要請
である。
(viii) 規制強化への疑問
(vi)で指摘したとおり、そもそも「遊興」概念による規制強化の検討は、閣議決定である
「規制改革実施計画」に反する。このような論点の立て方は、警察が、ダンスをさせる営
業に対する規制権限を失うため、これに代わる新たな規制権限を設けたいと考えているよ
うにしか理解されない。現在、ダンスを原因とする犯罪が 1 件も報道されないのに対して、
警察官の不祥事は毎週のようにニュースになっている。また、日本の治安状況は改善して
おり、刑法犯の認知件数は平成 14 年の 3,693,928 件に対して平成 24 年には 2,015,347 件に
減少した。特に少年犯罪については、少子化の影響を除いて少年人口 10 万人あたりの一般
刑法犯の発生率で見ると、平成 15 年の 1265.4 件に対して平成 24 年には 666.5 件と激減し
ている。このような中、警察が、社会にとって危険でない、本来取り締まられるべきでな
い活動を摘発し、権限維持に固執しているかのような印象を社会に与えれば、警察に対す
る社会の信頼は大きく損なわれかねない。社会に対し実質的な危険をもたらす行為こそが
規制されるべきであり、そうでなければ、たとえば、危険ドラッグの実質的な危険性につ
いての啓発活動も説得力を失うであろう。少年保護の観点では、厚生労働省が、児童虐待
相談対応件数が平成 24 年度に 66,701 件に達し、平成 11 年度の約 5.7 倍にまで増加したと発
表したことが注目される。関係省庁の協力によって児童の保護を強化することが、喫緊の
課題になっているといえる。世界一安全な国の 1 つである日本の治安維持には、警察に対
する社会の信頼が不可欠である。これをいっそう高めるためには、真に必要とされる犯罪
対策の推進こそが望まれる。
また、国際的な産業競争力・文化発信力の推進という面でも、ダンスを含む営業の規制
は深刻な懸念を生じさせる。外国からの観光客や、研究者・留学生の招致を進めてグロー
バル化を図っているときに、中学校の体育で必修化されている活動を行わせる営業を禁止
し、その趣旨や範囲が理解困難であるということになれば、国際社会からの非難を浴びる
ことは必至である。経産省などが中小企業や地方の商業活動の保護育成に取り組み、国家
全体として規制緩和による地域経済の振興を図っているのに、ダンスを含む営業に対する
規制により(a)若者が集まらない町になってしまうことや、(b)労働時間帯の多様化によって
夜にしか余暇を楽しめなくなっている人を差別することに対しては、地域の商店街などか
らも批判が出ている。また、オリンピックを迎える東京を始めとして、繁華街においては、
地域経済の活性化を超えて、文化・産業の国際競争力の強化も目指されている。国際的な
文化発信の町として外国人来訪者を集める六本木には、年間数十万人の来場者のいるクラ
ブもあり、そこでは、質の高いサービスを安全に提供することで、ますます町の魅力を国
際的に高める努力が払われている。世界水準のサービスを目指す店では、セキュリティチ
ェックや年齢確認も厳密に行われ、地域住民との協力により経済の活性化を図っている。
7
イ
営業時間規制の緩和の必要性
○
午前 1 時以降の営業の必要性
「規制改革実施計画」に決定されたとおり、深夜営業の禁止は解除される必要がある。
規制の実質的根拠が存在しないにもかかわらず、例外なく全面禁止としてきた従来の規制
は、営業の自由を過度に制約するものであって違憲であると考えられる。
現代の日本社会は、夕方に終業となる者ばかりではない。深夜にしかスポーツのできな
い者はそのために必要な活動を保障される(最判平成 21 年 3 月 26 日 63 巻 3 号 265 頁参照、
防犯用品の装備)。たとえば、夜半過ぎまで勤務の終わらない者が、心身の健康のために短
時間サルサを踊ってから帰宅しようと考えても、現状では許可を取得して営業する場所が
ないといった問題がある。
カラオケや居酒屋は 1 時以降にも営業が可能であるのに、それよりも健康で文化的な活
動を多く含みうるダンスのための場所が全く提供できないことは、規制の根拠の点でも手
段の点でも、比例原則および平等原則に反する。
○
深夜営業に必要な規制
上記(iv)で挙げた現行の規制が必要であることが考えられる。これ以外に新たな規制を設
ける余地は論理的に考えられない。(i)で述べたとおり、ダンスはそもそも法的に規制すべき
危険性を含まない活動であり、ダンスをさせる営業の時間を拡大しても社会的危険は増大
しないからである。
○
繁華街における環境浄化対策
「考えられる論点 3(1)イ」が「繁華街の在り方を変えることにもつながる」とすることの
意味が不明である。ダンスをさせる営業が行われると、なぜ、どのように繁華街のあり方
が変わるのかが示されていないためである。変化として考えられるのは、ダンス人口が増
えて人々の健康が増進し、経済が活性化することなどの、良い影響である。
ダンス自体が危険を惹起しないことは、(i)で述べたとおりであり、他の問題への対策は他
の条項・法令によって予定されるものであることは、(iv)で述べたとおりである。
特に、望ましい環境浄化対策は、地域の自主的な取り組みによるべきであり、現在すで
に各地でその試みが開始され、効果を上げていることを再度強調したい。
ウ
他の風俗営業の規制のあり方
(vi)で述べたのと同じく、「他の風俗営業の規制」の強化は、「規制改革実施計画」が見直
しの必要性を指摘した 3 点の事項の中に含まれていない。したがって、本論点が挙げられ
ているのも不当である。それだけでなく、「他の風俗営業」は 3 号営業に含まれないのであ
るから、本項目の中にこの論点が書かれていることは論理的にも誤っている。このような
8
論点の立て方は、(viii)で述べたとおり、規制改革会議の提言に反して、規制強化による警
察の権限保持を図ろうとするものであるとしか理解しえない。
(2)4 号営業
ア
規制の対象からの除外
(ix) 経済的損失の可能性
4 号営業を風営法の規制の対象から除外することにより生じうる問題は、現在存在する規
制によって経済的利益を得ている者(資格を得てダンスを教授する者や行政書士)に経済
的損失が出ることである。これについては 3 点を指摘したい。
第 1 に、
「考えられる論点 1(2)【参考】」の「既に多くのダンススクール営業は風俗営業の
対象外」という説明は事実に反する。日本で教授されている圧倒的多数のダンスにおいて
は、教授のための指定団体が存在しない。ことに、中学校の体育で必修化された 3 類型の
ダンス、すなわち、(a)創作ダンス、(b)フォークダンス、(c)現代的なリズムのダンス(ヒッ
プホップ等)については、1 つも存在しない。これらのダンスの大部分の教授については、
ダンスの性質上、資格付与を想定することが困難である。そこでは、職業選択の自由にお
いて、適用除外となっているダンスの場合と比較して不合理な差別が生じている。
第 2 に、したがって、本規制は憲法上本来あるべきでない規制であり、そこから発生す
る利権も本来認められるべきでない利権である。
第 3 に、しかし、法改正によって生活の基盤が危うくなるなどの事情がある場合につい
ては、経過措置として、補助金の給付等の対応を考えるべきである。
(x) 規制がもたらす懸念
(viii)では規制によって及ぼされる文化・産業への悪影響を指摘したが、4 号営業の規制に
ついてはこれと同じ問題があるほか、外交関係への悪影響も懸念される。
本年新たに、アルゼンチンタンゴの団体が、4 号の適用除外の資格を得た。これは、アル
ゼンチンと日本とを逆に置き換えて見れば、「日本舞踊を教授する者を養成する団体を、ア
ルゼンチン警察(国家公安委員会)が指定している」のと同じである。アルゼンチンタン
ゴ関係者は、このような現状が望ましいものと考えているわけではなく、取締りを避ける
ためにやむなく指定団体を組織したのである。
ダンスを教授する活動のために来日する外国人は、ビザを取得する必要がある。だが、
たとえば、アルゼンチンからアルゼンチンタンゴ教師を招へいして講習会を開催しようと
する場合に、日本の国家公安委員会が指定する団体によって認められた資格を持たなけれ
ば、その活動は無資格の職業活動であることになる。ブラジルからサンバ教師を招へいし
てサンバ講習会を開催する場合には、団体がないので、およそ日本で資格を取得する余地
がない。この問題について、各種ダンスの発祥国であってダンスが文化・産業の両面で重
要な位置を占めるラテン諸国を始めとする各国の公館や、外務省との協議が十分にできて
いることはうかがわれない。さらに、ダンスが必修化された学校教育および東京オリンピ
9
ックを担当する文部科学省、ダンスの健康増進効果による高齢者等の医療費抑制に利害関
係を有する厚生労働省、国際的な産業競争力の向上を目指す立場にある経済産業省などの
他の関係機関との協議は十分になされているのか。これが示されなければ、規制について
の国民の信頼を得ることはできない。
イ
問題のある営業が出現した場合の措置
(viii)で指摘したのと同じく、論点の立て方が閣議決定の方針に反するものであって疑念
を生じさせる。それを度外視しても次のような疑問がある。
第 1 に、「仮に」は無根拠であり、現実的な危険性が全く指摘されていない。実質的危険
がなければ規制が許されないことは、上記最判平成 24 年 12 月 7 日刑集 66 巻 12 号 1722 頁
の判示するとおりである。
第 2 に、「いかがわしい出会い系ダンスホール等の営業」が具体的にどのような営業形態
を想定しているのかが不明である。例示すらないため、これについて一般市民から適切な
意見徴収を行うことは不可能である。
第 3 に、これを「風営法の目的に反する営業」と理解したとしても、売春防止法で対応
できるので問題ない。逆に言えば、
「売春防止法の適用対象とならないが風営法の目的に反
するために法的規制を要する営業」の具体的形態が想定できない。規制目的を、上記 NOON
事件第一審判決のように「性風俗秩序の乱れにつながるおそれのある」行為の防止として
売春の防止より広く理解したとしても、公然わいせつ罪(刑法 174 条)およびその共犯や
軽犯罪法違反の罪(1 条 20 号、露出行為)が加わる程度であると考えられる。新たな規制
を設ける余地はない。
第 4 に、いずれの問題もダンスとの関連性を欠いており、4 号営業の自由化の文脈で論ず
べき問題ではない。
(3)1 号営業および 2 号営業
両者が分けて規定されている経緯は、(vii)で述べたとおり、当初はダンスの有無によって
条文が書き分けられていたところ、
「客にダンスをさせる営業」の実態が多様化したために、
「接待」を含む「キャバレー等」が分離されたというものである。法制定当時の書き分け
は、ダンスが売春の危険を含むと考えられたことによる。(i)で述べたとおり、現在はそのよ
うな事実が存在しなくなっている。ダンス自体に危険性がない以上、
「ダンス」の有無によ
る区別には実益がない。
「接待」の有無を基準とし、1 号営業と 2 号営業とを統合すること
が合理的である。これにより、たとえば、キャバレーであるかどうかが微妙な営業に 1 号
と 2 号とのいずれを適用すべきかなどといった無用の問題が解消され、実務上のメリット
がある。
以上
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