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(1) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 雑感 何ができるのだろうと思って正月 を迎えた。 翻って演劇は・・・。 音楽って凄いな。いいな。 そう歌には力があるんだ。音楽に は力があるんだ。 長野県高校演劇連盟理事長 瀬田 晃(望月高校) 昨 年 の 東 日 本 大 震 災 を 受 け て、 ミュージシャンの多くは、歌えなく なったと言った。 そ し て、「 私 た ち は 歌 で 元 気 づ け る。」 と 再 び ス テ ー ジ へ 登 っ て い っ た。被災地で歌っていた。多くの支 援ライブが行われた。 れを支える部員・同好会員・顧問・ 家族の存在を大変喜んで下さってい た。 演劇ってすぐ終わらないから、飽 きちゃうんだよね。 面白くない長いんだもの。 ・・・・ 話が分かんない。 歌や、コントや漫才やダンス等は できませんよね。 辛くても明日は来るんです。楽し くなくても人生は続くのです。仕事 はしなくてはいけませんし、勉強も しなきゃいけないのです。 社 会 の 中 で は 多 く の 人 と 関 わ り、 話 し、 説 得 し、 譲 る と こ ろ は 譲 り、 主張するところは主張して、折り合 いをつけながら結果を出してゆきま すよね。ゲームみたいにダメならリ 任された責任を背負いながら、自 分ができる最大努力で、支えて、支 セットもできませんよね。 ませんよね。 はありませんか。大人は大人の。子 数分から5分ですよね。でも一つ の意味ある芝居は、最低でも 分く 分のために、何日も、稽古して、 音と合わせて、照明を考えて、衣装 供は子供の。社長は社長の。社員は らいは見続けてもらわないと分かり や小道具大道具を作ったり、探して 社員の。親は親の。政治家は・・・ (うーん一番果たしてないかも) えられて生きてゆく。それが社会で 一つの舞台を創り上げますよね。(長 い芝居なら稽古も膨大) 演劇は、人間活動・社会活動その ものに最も近い創作活動・芸術なの 回長野県高校演劇合同発 この息の長さ、やり続けるという のが演劇のいいところであり、芝居 ではないでしょうか。そこに関わる んびりではなく時には社会を射貫く れた、第 表会の舞台では、やはり震災を想起 を創る、芝居に関わる意味があるの 行ったときに、たまたま映った長渕 剛の歌に釘付けになった。数分間テ ではないかと思うのです。 ではなく、 長い時間を掛けて、 変わっ 人生って、3分じゃ終わりません よね。 て行く人と社会を支えましょう。の 審査員でもあった大沢先生は被災 地へ出向き、被災された方々と、何 聞かない。なんてできませんよね。 テーマを俊敏に捕まえながら。でも、 もないところでの演劇活動を(表現 らっしゃるという。 リピートしてサビの部分だけもう 一回なんて言うのも、仕事の中では、 こんな感想を後で聞いた。 演出。 しっかりと時間を掛けて。 キラキラのステージより遙かに素 敵で涙が出そうだった。 その経験を通して、長野県高校生 の芝居をご覧になって、多様性とそ 活動といった方が適切か)支えてい 社会の中で、おいしい処だけ聞い て、飽きたからもういいです。もう 28 シンプルなのにこんな演出が有る ん だ。 ラ イ ト の 演 出 に、 感 動 し た。 私たちは、めげず腐らず、短距離走 させる作りや原子力への警鐘、世の 時 間 を 逆 転 さ せ ま す。 月 日 大 晦 日 の 紅 白 歌 合 戦。 普 段 私 は、 ・ 日(日)に東御市で開催さ 観ないのだが、用事があって居間に (土) 30 中への提起に繋がる表現がなされて 30 レビ画面から目が離せなかった。 26 いた。 11 歌の中身(歌詞)と被災地の小学 校校庭でのスポットライトを使った 27 「音楽っていいな。 」 題字 城倉 龍雲 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (2) 第 『話半分』 茅野高等学校 回長野県高校演劇合同発表会 文責 長野県高校演劇連盟理事長 瀬田晃(望月高校) 劇という表現によるメッセージ性の強さ」等の観点から諏訪二葉の優秀関東推薦が決まった。 面白い」との意見が挙がった。茅野と諏訪二葉については優劣つけがたいところであったが、「一人の迫力」 や 「演 諏訪二葉については「一人芝居のよさ。東北弁をうまく使っていた。三人でよく頑張っていた。舞台装置も インパクトあり、プロジェクターの使い方もよかった。一人でやり切った集中力すばらしい。台本よりも数段 感じることができた。震災の風景と重なり、戦争色よりも今につながる話」等の意見が挙がった。 茅野について「すれ違いが面白い。価値観が変わっていくこわさを感じた。転換がよい。台本の中の設定が 面白い(耳の設定)。押しつけがなくてよい。合理性だけでなく自分の判断で生きていくというメッセ―ジを 決まった。 ている自分に突き刺さってくる。林太郎と陛下の演じ分けがよい」等の多くの評価する意見が挙がり最優秀に 丸子修学館については「下地であるチャップリンの独裁者をよく研究している。狭い装置の中で多様性を見 せてくれる。照明が素晴らしい。ラストの裏切られ感、広島をもってきたことがよかった。パロディーで笑っ その後名前が多く挙がっている丸子修学館・茅野・諏訪二葉の三校の中での選考に入った。 松本蟻ヶ崎については「日本人の持っている独特の感性を感じる」という意見があった。また長野清泉は「中 性化されているよい演目。全世界に伝わるメッセージがある」等の意見が挙がった。 青木先生 1丸子修学館 2諏訪二葉 3長野清泉 原田先生 1丸子修学館 2茅野 3諏訪二葉 大沢先生 1茅野 2諏訪二葉 3丸子修学館 4松本蟻ヶ崎 各々の三番校まで 挙 げ て く だ さ い と お 願 い し た 。 【選考過程】 《最優秀賞》 より 』 丸子修学館高等学校『 DOKUSAISHA -Charles Chaplin "The Great Dictator" 《優秀賞》 『売り言葉』 諏訪二葉高等学校 【選考結果】 28 ○ シマをやらせていただいた小林 で、よかったです。(小林大治) 精一杯楽しんで最高の劇ができたの 県 大 会 出 場 各 校 評 部員の感想 と講師講 上田東高校 『月ぬ美しや 十日三日』 朱里です。県大会という大きな舞台 たちにとっては最後の公式の大会で ○ 今 回 の 県 大 会 を 振 り 返 っ て、 僕 す。 (岩井咲紀) よりよいものを作っていきたいで 今回学んだことを活かし、これから 学 ん だ こ と が た く さ ん あ り ま し た。 をみて感じたこと。2日間を通して て知ったこと。他の高校さんの発表 ど、新しいことに挑戦してみて初め してきました。SSを取り入れるな として班員達と協力しながら練習を ○ 今 回 は キ ャ ス ト で は な く、 照 明 り遂げたいです。(西沢元春) た。これからも一生懸命頑張ってや できたこともあったかなと思いまし が、後から見直してみるとまだまだ の最高の演技ができたと思いました の劇に取り組んで発表の時に今の私 がよかったと思いました。全力でこ ことはあまり意識しないでできたの になってしまうのですが、私はその ○ 今回の県大会で私は最後の大会 これらの反省をいかして、完成度の くなってしまい残念でした。今後は、 て音を出してしまったり、ミスが多 が小さくなってしまったり、間違え やタイミングを心がけましたが、音 頂きました。各シーンに適した音量 頂いて、たくさんのことを学ばせて ○ 今 回、 県 大 会 で 音 響 を や ら せ て をさらに深めたいです。(丸山恵佑) 経験を生かして照明に関しての知識 年は自分も先輩になるので、今回の しとてもよい経験になりました。来 はとても扱いづらかったです。しか で、県大会のデジタル式の照明機具 はアナログ式の照明機具だったの とで緊張の連続でした。東信大会で ○ 今回は初めての県大会というこ がとうございました。 (小林朱里) 家族や顧問の百瀬先生、本当にあり かったと思います。支えて下さった 声は会場内に響いたと思うのでよ し う わ ず っ て し ま っ た と こ ろ で す。 は動きが全然なかったこと、声が少 たが楽しかったです。大きな反省点 で劇をやることができ、緊張しまし 上を目指すよりも精一杯頑張ること 高い劇になるように、努力していき 作 比嘉 篠古紋 を目標に頑張りました。 結果として、 【生徒感想】 上 位 の 大 会 に は 進 め な か っ た け ど、 (3) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 ユキコになり ずに楽しんで 思議と緊張せ が、 本 番 は 不 ていたのです ビクビクし うことで少し 斜めに振るだけで、空間が動き出す いている。舞台のセットをちょっと 空間の作りが平面的。空間が落ち着 木先生) も 様 々 に 変 化 す る と 思 い ま す。 (青 ことをこれから考えていくと、台詞 根差した 自 ( 然の中にある人間 ス ) トーリー。演技を立体的に構築する ヒューマンなテーマがよい。風土に 劇部の生徒たちに心から「ありがと 会に連れてきてくれた松川高校演 でも、頼りない顧問にたくさんの こ と を 教 え て く れ、 さ ら に は 県 大 す。 がもっと不安であったことと思いま てみたら、私よりも生徒たちのほう ところ、不安だらけでした。今考え いします」と言われたときは正直な た。 と い う わ け で、 「演劇部をお願 の体育会の運動部に所属していまし た。私は中学から大学までばりばり を経験したことがありませんでし 任するまで、演劇はおろか、文化部 いって欲しいです。 思います。ぜひそれを次の力にして 学んだり感じたりしたことがあると 今回の結果に繋がっていると思いま り合いもありましたが、それもまた には、嫌になったり、意見のぶつか たが自分で考え話し合いました。時 す。今までは作ってもらっていまし 達なりの舞台作りができたと思いま でした。とても不安でしたが、自分 自分たちで作らなければいけません さった小川先生が転任され、一から 回 ま で、 多 く の こ と を 支 え て く だ ていきたいです。 (宮澤瑠璃) きることがで と思います。装置と衣装の色がマッ ○ 今 回、 県 き ま し た。 上 チしていてとてもよい。 (大沢先生) ◆ 玉置 葵( 三年) ……今 回最後ま 果は少し自慢 た が、 こ の 結 多々ありまし まだな所も り で す。 ま だ までいくのにそれまでの芝居をどう な が ら「 な ん て、 い い 話 な ん だ。 」 と思いました。高嶺の、大声で泣き に何を伝えたいのかを考えるといい シマのトートーメーの長台詞は、誰 た。SSで、 相手役の影が気になる。 見やすかった。会話が自然でよかっ 大会出場で中心になった3年生、2 ろですが、誌面の都合上、今回の県 ば生徒全員の感想を掲載したいとこ 後の文章には生徒たちの感想を掲 載させていただきました。本来なら てお礼を申しあげます。 誠にありがとうございました。改め を何度も練習に足を運んでいただき 問である小川先生にも、お忙しい中 目の県大会。何度舞台に立っても慣 ◆ 吉田 遥( 三年) ……今 回で二度 じていきたいと思っています。 を生かし役者として舞台に立ち、演 体の把握や部員達への指示も不十分 輩としての行動が今一つで、劇の全 さを共にして舞台に立ちました。先 で自分は部員達と緊張や不安、楽し きな舞台とい してもいいの するか。オバァはシマをどこで許し 【講師講評】 田東演劇班の う 」と言いたいです。また、前顧 大会という大 集 大 成、 お 見 セットがよいと思います。全体的に か な と。 皆 様 たのかがもっと分かるといいなと思 す。この大会を終えて、人それぞれ せできたつも に精一杯の感 な点もありましたが、これらの経験 謝 と 控 え め な ど や 顔 を …。( 小 林 萌 れない緊張の中精一杯演じることが 祈ります。 で楽しみながら演じてくれることを たいです。(若林梨沙) 年生の5名の感想を載せました。 ◆ 原 咲 季( 三 年 ) …… 今 回、 二 回 ◆ 木村 里佳子(二 年)……心強い 夏) 目 の 出 場 と な っ た 県 大 会 で し た が、 三年生と新たに力溢れる一年生に支 ○ こ の 大 会、 僕 は と て も 不 安 で し 前回の反省を生かし挑戦することが えられ、突っ走ってしまう私の性格 できました。これから先も皆が舞台 できました。ですが、やはり他校は に振り回されながら励まし、叱って ○ 東 信 大 会 の 講 評 後、 自 分 の 中 の ラクターを曲げないことを決めまし どんどんと力を付けていて、斬新で た。何故なら僕は東信 大 会 で 噛 ん で た。その信念の元、この台本を演じ 作 乳井 有史 とても面白いと感じました。 私達は、 松川高校 手で普段から足を引っ 張 っ て い る の てきました。私にとっては2回目の くれたメンバーと敬愛なる恩師方の オバァ像が揺らぐことがありまし に、本番でも足を引っ 張 っ て し ま っ 県大会でしたが、このメンバーで出 この大会に向けて自分たちなりに努 力をお借りし今回も県大会に出場出 た。悩んだ結果、私の貫いてきたキャ たらどうしようかと不 安 で 仕 方 あ り 顧問 新海隆博 今年度、初任者として松川高校の 演劇部を任せていただいておりま 力することが出来たと思います。前 しまい部のみんなの足 を 引 っ 張 っ た ませんでした。ですが 本 番 は 緊 張 で 場できるのは最後です。この経験を す。しかし、私自身、松川高校に赴 からです。ただでさえ 僕 は 演 技 が 下 震えながらもミスなく で き て よ か っ 生かし、引退する文化祭まで精進し 『リヨンの子どもたちへ』 たです。(斉藤大智) いました。 (原田先生) !! 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (4) 来ませんでし めることが出 手く部員を纏 ・礼拝堂のパネルの切れ目を登場、 しに、高台をつくれなかったか。 主義に見えてしまった。白い壁越 ・子どもたちの元気さにも救われ も時代の緊張感を表していた。 が表現していたし、行政官の緊張 ● 青木先生 た。 退場口にしたのは、舞台に立体感 が出ていてよかった。 た。 今 回 の 劇 『リヨンの子ど 現してもいいかもしれない。 伊那西高校 念願の県大会出場が決まったとき 作 伊那西高校演劇クラブ ◯ マ ス タ ー の ピ エ ロ: 小 平 綾 香 … 『ピエロコタン』 たが、木のいすをベンチとしてで は、本当に嬉しかったです。応援し ・演技的に空間をうまく使ってい な く、 「木のいす」として自由に ・十字架を浮かせて設置している 使ってみたらどうか。そうすると もたちへ』はユ ションがあって、壁の質感がでて ・白壁も白一色ではなく、グラデー てくださった方々に感謝の思いで になっていま 先生のシーンで、スポットが十字 ・照明に関して、院長先生とマリー たので、もう少し明るくしてもよ ・照明で顔が見えないときがあっ 私たちはその思いを胸に、練習を 重ねました。場面転換とラストを中 子を巡る物語 す。 ユ ダ ヤ 人 架に当たっていたのが、シルエッ のもよかった。 別が描かれ、一 舞台に高低差が出てくる。高低差 いっぱいでした。 ダヤ人への差 人のユダヤの いてよかった。 をつけるとよい。 や、彼を庇う人 客の皆様を退屈させない、想像力を 心に大きく手直しをし、最後まで観 かき立てる舞台に仕上げたいと思い かった。 り効果的でない。もう少し光量ほ ・小道具のランプが暗いのであま ト的でよかった。 をサポートする意味ではよかった ・ 音 響 で の 足 音 の 効 果 で、 シ ー ン は誰もが命懸 けになって生 ました。疲れがたまって集中力が切 きています。彼 しい。 れてしまったり、制限時間内に収め が、近くに迫るときは音量を大き ることができずに危機感を覚えたり らの覚悟を演 わり目を、子どもたちのブラウス くすると言った効果を取り入れる ・ 衣 裳 は 工 夫 し て い て、 季 節 の 変 ともっとよくなる。 することもありました。ですが、私 じ る に あ た り、 を着ることで変化したりと、細か たちはとにかく 「よい舞台にしたい」 役作りをより ● 原田先生 い配慮をしてあって非常によかっ リアルに作り ・ ナ チ ス の 台 頭 や、 ユ ダ ヤ 人 の 迫 込まなければ ・ ク ロ ー ド は 権 力 の 象 徴 で あ る。 という強い思いを持ち続けました。 害が刻々と伝わってくる。極限に た。 陥ったとき人間はどうするべきな 共に時間を費やしてきた仲間と素晴 ならず大変苦 らしい舞台を創り上げたことは、私 労しました。 ・ 高 台 の 下 が、 地 下 室 だ っ た が、 にとってかけがえのない宝物です。 結果は優良賞でしたが、満足のい く舞台となりましたので、後悔はあ 【講師講評】 ていく時代に、人間はどう立ち向 地下室のドアをつくってもよかっ 権力が一人だと寂しいので、子ど ● 大沢先生 かっていくのかという場面に、サ た。 ク ( ラブ長 ) ◯ マ ス タ ー: 野 崎 芹 香 … た く さ ん のか、もしくは、何もできないの 山ありますが、一つ言えるのは、やっ ・紗幕越しに舞台装置が透けて見 ン・ テ グ ジ ュ ペ リ が 登 場 し た り、 ・ 個 人 的 な 演 出 の 希 望 だ が、 最 後 の人が自分たちを支えていてくれる 来ました。劇を終えて 思 う こ と は 沢 ぱ り 演 劇 っ て 楽 し い で す ね! 練 習 えてしまっていた。下手にサン・ バラの花や星の王子様といったも はサン・テグジュペリが登場して、 ことを知り、そのお陰で大会に出ら り ま せ ん。 地 区 大 会 後 の 短 期 間 で、 していくうちに役柄が 少 し ず つ 自 分 テグジュペリが乗る高台があるの のが、状況が悪化していくシーン バラの花びらを撒き、照明を赤く 私たちは大きく成長できたと思いま の中に入り込んでくる 高 揚 感 は 他 で は効果的だが、高台が残ったまま に お い て、 「非常に救われる」要 して、花びらが舞い散る様子を表 もの数を減らしてもいいから、ク は味わえません。これ か ら 先 も 壁 に である。暗幕で隠してあるが、黒 因として舞台を表現していた。 ロードについてくる部下をつけて ぶつかりながら自分な り の 楽 し さ を だから見えないというわけではな ・ 「時代の緊張感」を院長や副院長 かということが伝わってきた。 見出せたらと思います 。 く、礼拝堂は白、サン・テグジュ ・人間の尊厳の問題と尊厳を奪っ ◆ 平 島 摩 奈 美( 二 年 ) … … 今 回 初 ペリの下手が黒というのはご都合 す。 こ の 台 本 と 半 年 以 上 向 き 合 い、 めて演出をさせて頂き ま し た 。 今 ま もよかった。 でそんなことをした経 験 も な く 、 上 (5) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 じても私が私であるこ と に 変 わ り は ◯ マ マ: 松 村 志 歩 … ど ん な 役 を 演 いきたいと思った。 だと思えた。自分の役 を 大 切 に し て だ、もっと頑張らない と い け な い ん 技を観て、自分はまだ 全 然 駄 目 な ん ◯ お ば さ ん: 山 本 彩 香 … 他 校 の 演 りきれたのでよかった 。 れるのだと思った。何 と か 本 番 を や 理解を要求される、大人の台本でし ◯ 客: 青 木 南 奈 … こ の 台 本 は 深 い もあったと思います。 るなどもっと自分たちでできたこと が出てきたり、それをみんなで考え り方も導入して、みんなから疑問点 ◯ パ ソ コ ン 娘: 柳 澤 友 希 … 他 の や かったです。 のを出し切ることができたのでよ つことができました。積み重ねたも での練習に耐え、意見の違いを乗り ◯ 舞 台 監 督: 有 賀 真 美 … 県 大 会 ま だと実感した。 これがみんなで作り上げることなん どう思う?」 と聞いているのを見て、 でいたとき、他のキャストが「これ ◯ 女 性: 倉 田 玲 那 … 役 作 り で 悩 ん す。 演技も求められた点が難しかったで た。観客の皆様に分かっていただく 束縛から解き放たれた世界がピエ ロの世界だと思う。現実にはいろん ☆青木先生 ことがすごく私のほうに届いた。 そこから逃げはできないんだという 身 で 捨 て 去 っ た も の か も し れ な い。 出したくないものであったり自分自 なのか。忘れたものというのは思い 忘れてきたものがキーワードだと 感じた。それは記憶なのか、思い出 性を兼ね備えたメンバーたちであっ な、まあ、そんなかけがえのない個 感動を抑えきれなかったというよう そ の 姿 に、 そ れ を 見 守 っ た 者 一 同、 のように足を引きずってゴールした も完走を果たした時、 『走れメロス』 の強歩大会で、全校で最下位ながら 越 え て、 本 番 で は 自 分 いという欲望があって、いつもそれ な抑圧があって、それを解き放ちた 地に定めた社会科教室に集まってい 「ま さて、そんなメンバーたちが、 ず手始めに何をしようか」と、本拠 た。 という巨体を持つ珍獣で、彼が学校 な か っ た の だ と 思 う。 私 の 中 で は 、 役作りへのステップアップ たちの演劇ができたと 先生はこんなことを言うのだった。 だったのだと感じてい る 。 うのがとてもよく分かった。装置が 「 実 は、 前 の 演 劇 部 の 先 生 か ら、 託されていたものがありまして」 た時、そこに不意に図書館司書の先 演技とマッチングしていて、照明も 生が現れたのだった。そして司書の しい。 原色がうまく効いていて、音楽もピ が葛藤している。そのわかりにくく え る よ う に し ま し た。 全 員 菜…レベルの高い衣装 ◯ 照 明・ 衣 装: 浅 野 晴 エ ロ の 世 界 を う ま く 象 徴 し て い て、 て混乱した人間の内面の複雑性とい の思いがこもった作品を一 を数多く作ったので大 よく統一された芝居だった。 思 う。 こ の 経 験 が 新 た 緒に作り上げることができ 変 で し た。 一 着 を 完 成 な一歩につながってほ て、充実した時間でし た 。 させたときの達成感は 毎日の通し稽古を新鮮に考 ◯ おばさんのピエロ: 前 澤 大 き く、 役 者 の 皆 さ ん ◯ 犬:平林桃子…本番 前 は 温 … 本 番 で は、 緊 張 で 手 足 を渡してくれ、と」 再開するようなことがあれば、これ 「 昔、 部 員 が ゼ ロ に な っ て し ま っ た時、もしもいつか演劇部の活動が と、司書の先生は控えめな姿で一 つの鍵を差し出した。 が 震 え て し ま い ま し た。 自 茅野高校 に着てもらえて光栄で ◯ ママのピエロ:北原 あ か 音響をやるのが楽し た り 合 っ て い た の で、 曲が劇の世界観にぴっ 春のことであった。 入会員が加入したのは、二〇一〇年 長らく活動を休止していた「茅野 高校演劇同好会」に、久方ぶりの新 が現れるのをずっと待っていた部屋 割り当てられた部室の鍵だったので 存在していた時、その「演劇部」に この学校に「演劇部」というものが 『話半分』 り…本番では息の合った演 か っ た で す。 本 番 は 緊 が あ ろ う と は。 部 室 棟 に は 確 か に、 した。 ◯ 音 響: 高 坂 夕 貴 … 選 分が納得のいくまで役作り を し、 役 に 深 く 入 り こ む こ 技 が で き、 と て も 楽 し か っ そこに集まったのは、実におかし く も 珍 妙 な メ ン バ ー た ち で あ っ た。 古びた看板のかかった「演劇部」の とがこれからの課題で す 。 たです。県大会に出場でき、 張しましたが練習の成 詳しく語るのはよしておこう。色々 キーホルダーも何もついていな い、裸の鍵だった。それは、かつて 改めて先生、先輩、友だち、 果を出すことができま と問題がある。だが敢えて少し触れ 作 郷原玲 家族の大切さが身にしみま した。 【講師講評】 る者は片足で立つことすらできない るならば例えばつまり、その中のあ ずの扉を開けた。 部室があった。私たちは、その開か ある。まさか幾年もの年月、私たち した。 りのたくさんの人たちに支 ☆原田先生 ◯ 犬のピエロ:林怜奈 … 周 え ら れ、 県 大 会 の 舞 台 に 立 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (6) どで出演者の一人が、 画 し た 時、 稽 古 一 カ 月 ほ スマス公演なるものを計 「それではそろそろ初舞 台 を 」 と、 初 め て の ク リ だが苦難の道はまだま だ続く。 る。 ど経ったときのことであ た の は、 そ れ か ら 半 年 ほ 部」に昇格をしてもらっ う た め に 無 理 矢 理「 演 劇 と に な っ た。 予 算 を も ら だがその歩みを始めるこ それから我らが演劇同 好 会 の 活 動 は、 少 し ず つ であった。 ウ の 部 室 と、 そ の 鍵 だ け ま だ 何 も 始 っ て い な い。 た だ あ る の は、 カ ラ ン ド し、部活としてはまだまだまだショ 生 を 二 名 迎 え る こ と に な る。 し か 乗れたとか、 逆上がりができたとか、 思っている。小さな子供が自転車に 活動をしていかなければならないと れからはいま少し、身の丈にあった し 背 伸 び を し 過 ぎ た。 こ な ど と、 我 々 と し て は 少 そ ん な わ け だ か ら、 そ も そ も、 県 大 会 へ の 出 場 いる。 への勲章なのだと思って そんな彼らの小さな成長 た。 県 大 会 へ の 出 場 は、 ほんの小さな成長であっ けれども、小さな小さな、 ベルが低すぎる話なのだ 葉に出すのはあまりにレ 小 さ な も の で、 そ れ は 言 て い た と か、 ま あ そ ん な ことができるようになっ いつの間にか片足で立つ の で き な か っ た 珍 獣 が、 つ ま り、 片 足 で 立 つ こ と の で あ る。 そ れ は 例 え ば る 変 化 が、 流 れ る 季 節 の 置 い て お く と し て も、 あ こ と は、 関 係 が な い の で それが双子だったなんて みても面白いと思う。 てるから、かえってリアルにやって 将軍と奥さんとのすれ違いのとこ ろなんかは、台本として面白くなっ りしたほうがよい。 ちが見てほっとするところもあった り押しちゃうと面白くなくて、僕た 力いっぱいで面白かったが、あんま BGMが効いてくると思う。 演技も、 やってもらいたい。そのほうが逆に いく爆発音は、太鼓とか、生の音で いところで言えば、手榴弾で死んで 太鼓が入ったりしてよかった。細か すごくよかったし楽しい。効果音も 全体的に思いつきがよい。小道具 の丸イスを色々に見せてくれるのが な幕開きで面白かった。 だというのが、一発で胸にくるよう が死んでいくのが、それが戦争なん ていく戦場シーンは、民間の人たち イメージに見えて、みんなが突撃し それが戦場の焼けたテントのダブル い。 装置も幕開きで洗濯物に見えて、 青木先生……とてもストーリが面白 さいませませ。では。 (顧問:郷原玲) こんな戯言も、話半分に聞いてくだ い。 ご め ん な さ い。 ど う か ど う か、 言など、誰も聞きたくないに違いな もの、言葉にならない思いがとても とか、言葉に出来ない思いみたいな 見えない相手とのつながりたい衝動 何が切なかったというと、やっぱ り震災後の被災地の風景にとても重 か、ものすごい広がりを感じた。 なんだけど、そこに時間とか場所と る感じを受けた。顔の見えない対話 客席に対する対話にまで広がってく 顔の見えない相手との対話のシー ンが、 この二人の対話にとどまらず、 突き刺さる作品だった。 大沢先生……とてもせつなさが胸に と僕は感じた。 が 衰 え ち ゃ っ て る。 そ の 危 険 性 を、 ずなのに今、人間はだんだんとそれ を感じる能力とか、きっとあったは れていくところもある。人間が危険 携帯電話は便利になりすぎちゃっ て、それによって人間の機能が失わ てる人間にズバッと来る。 死んだ人たちの声って言うのは、見 ミドリさんの右の耳が、死んだ人 たちのメッセージが聞こえるって言 よくなるかなと思った。 て、細かい面をちょっと整理したら んとやっているだけのところがあっ その後、その代役を 顧 問 が や っ た なんて恥ずかしくてと て も 言 え る も た。 中で確かに起こっていた 「 今、 気 づ い た ん だ け ど ――、 本 番 の 日 は、 ア ニ ボい。スタッフは、吹奏楽部と軽音 そんな小さな成長を見守っていかな の で は な い。 し か も そ れ が 女 役 で 、 かった。そして震災があった。それ えて私は思ったのであった。顧問と いくと思う。今、とっちらかってい ると言うか、やりたいものをぼんぼ 舞台上に組まれているセットも被 災地でみた光景と重なっていた。 切なく胸に突き刺さった作品だっ なっていた。そばにいない相手とか 僕たちに警鐘として鳴らしてくれる うのがすごく面白いし、無言電話が メのイベントがあるから 楽部とアップルランドのレジから借 ければならないなと、東御市の夕闇 網タイツを履いたなん て と て も じ ゃ から少しずつ、芝居の稽古をするよ して。 【講師講評】 私、出れないわ」 り て き た。 あ ま り に シ ョ ボ い の で、 た。 ないけど言えない。奥 さ ん に も 隠 し うになった。 ああ、しかし、こんな顧問の独り とノタマッタのは、 そ の 苦 難 の 道 のほんの一つの道程に過ぎなかっ ジャージを作った。これはカッコよ の 中、 「演劇部の一番長い日」を終 もう少し整理してシンプルに作っ ていくと、もっとよい出来になって ていた。 その間、顧問に子どもが生まれて、 … Um さ て、 二 〇 一 一 年 を 迎 え 、 新 入 (7) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 原田先生……オープニ ン グ が と て も に感じた作品だった。 した今っていうのに、 と て も リ ア ル ど、やっぱり今、この 、 震 災 を 体 験 戦争をベースに書かれた作品だけ になったときに、それが逆転してい 国のために死ぬ」ということが平和 えさせられる舞台になった。また 「お ところが、見ている我々にとって考 どう生きていくか責められるという の で し た。 僕 は ま だ 一 年 生 な の で、 の価値観を変えるには充分過ぎるも 会の他校のレベルの高さは、僕自身 ◆ カ ム パ ネ ル ラ 役 久 保 田 湧 … 正 直に言って、圧倒されました。県大 です。 いう貴重な体験ができて、よかった きたと思っています。県大会出場と りにステージに立って精一杯演技で ですが、そんなダメな私でも、私な な ん て 全 然 ダ メ だ な と 思 い ま し た。 あった。そのホリの色と対比で衣装 か っ た、 特 に 幕 開 け な ど は 綺 麗 で トの使い方がとてもビビットで面白 やってもよかったと思う。ホリゾン 円 形 に パ ン チ を 切 っ て、 朗 読 的 に ように感じられた。例えば、舞台に 生) を 考 え ら れ た ら よ か っ た。 (大沢先 もう一度挑戦するチャンスがありま す。部単位でもっと演劇の質を高め ていきたいです。 かった。 感 じ て、 見 て る ほ う も 気 持 ち が よ 男の子が一人で何役 も 演 じ て い た が、やってる本人が楽 し ん で る な と らせたのだろうと思っ た 。 ころでイスというのが 、 世 界 を 広 が り、機関銃になったり 、 い ろ ん な と 回の大会で得たものを、次の大会に 達の力の程度を思い知りました。今 照明なども非常に勉強になり、自分 る こ と が 出 来 ま し た。 他 校 の 演 出、 そして、本番では今まで以上に演じ 考え練習し、この大会に挑みました。 ンジをするためにも、今まで以上に きませんでした。しかし、そのリベ 自分の持っている力を存分に発揮で ~県大会を終えて~ ◆ 老 婆 役 相 澤 真 以( 部 長 ) … 私 はあがり症がひどく、地区大会では す。 で す が、 そ の 中 で 自 分 初めての経験で辛かったで い て の リ ハ ー サ ル。 ど れ も ス タ ッ フ 作 業 や、 会 場 へ 赴 道具や小道具の準備などの 習 は も ち ろ ん、 音 響 に、 大 酷 な も の で し た。 日 々 の 練 ◆ 小林教授役 中村仁紀… 演劇は思っていた以上に過 たです。 ことができて本当によかっ 舞 台 に 全 員 で 立 て、 演 ず る か し、 県 大 会 と い う 大 き な 調 子 が 出 ま せ ん で し た。 し な っ て し ま い、 し ば ら く 皆 の最初の方はテスト休みに 書かれていない部分を埋 階 段 上 に 作 る と か、 本 に ト を、 縦 型 に 作 る と か、 作 り が 必 要。 電 車 の セ ッ 背景に宇宙というもの が あ る か ら、 立 形 的 作 品 たらよかった。 (原田先生) えるかという工夫があっ ものをどうお客さんに伝 で 考 え た 方 が よ い。 台 本 見えない場合もあったの い、 役 者 さ ん の 顔 が よ く け な い。 台 詞 が 聞 こ え な 助けるものでなくてはい 役者さんの動きや台詞を わ っ た。 効 果 音 や 照 明 は 自分自身も含めて傷つけなくては いけない少年の残酷さ、少年が乗り 非常にスピード感の あ る 舞 台 だ っ たし、転換も非常にスムーズだった。 生かしたいと思います。 を高めていけてよい経験に とても詩的で、言葉に広がりのあ る美しい作品でした。しかし、舞台 どうして、おじいちゃ ん と 話 せ る ん ◆ ジョバンニ役 上原怜奈…県大 会に行けたのは驚きでした。そのせ めていく創造空間を作れ ◆ 車掌役 真関光希…中信地区の 結果を聞いた直後は、喜びよりも驚 だ ろ う と い う こ と が、「 話 半 分 」 と いかあまり実感も湧かず迎えてし な り ま し た。 演 劇 に 携 っ て ていけば内容がもっと浮 越えなくてはいけないものがよく伝 いう意味として、右耳 が 死 者 と 話 せ まった大会でした。たくさんの県レ よかったです。 選 出 も、 も っ と 幻 想 的 な が平面的で作品とマッチしていない るというのが段々わか っ て き て 、 謎 ベルの公演を観て、これが演劇なん ◆ 水野助手役 市川理紗… 私は今回の県大会に出場し きが勝っていました。県大会の練習 【講師講評】 く時代価値観が見事にでていた。 松本美須々ヶ丘高校 印象的だった。始まっ て す ぐ 、 話 が ずれてるよねって感じ る 。 話 の す れ 違 い で、 そ の 後 に、「 あ。 そ う い う こ と か 」 と な る。「 何 だ ろ う。 何 だ ろう」って思って後に な っ て 「 そ う いうことか」って分か る 楽 し み が あ 『 祭 り よ、 今 宵 だ け は 哀 し げに 銀 - 河鉄道と夜 』- 解きみたいな面白さが あ る 。 だと圧倒されました。照明や舞台美 る。台本上の設定が面 白 い 。 パロディに中に怖いところがあ り、時代のなかの狂気 が そ う さ せ て 術 の 持 つ 可 能 性 も 知 ら さ れ ま し た。 音 を 作 っ て い く、 選 び だ 作 加藤純・清水洋史 しまう、その怖さがあ る 。 笑 っ て い て、 そ の レ ベ ル の 高 さ に と い し て い く と よ い。 照 明 道具でいうと、イス を 見 事 に 使 っ ていたのが感心した。 太 鼓 に な っ た るうちにその怖さがや っ て く る と い 次があるなら今度は美須々が圧倒し て も 衝 撃 を 受 け ま し た。 私 死者の声が聞こえる か ら 、 自 分 は き 立 っ て い く。 効 果 音 の の 中 の「 環 状 線 」 と い う う感じがした。 たいと思いました。 生えているなど変化の あ る 立 体 的 な をデフォルメして、ミ シ ェ ル に 翼 が てほしいから、それぞ れ の 登 場 人 物 物もそれぞれの世界観 を 背 負 っ て 来 ワッと変わっていくと よ い 。 登 場 人 変 化 が 少 し 遅 め に 感 じ、 す ぐ に フ と次に活かせるように頑 た! こ の こ と が、 ち ゃ ん を過ごすことができまし ご く 充 実 し、 楽 し い 時 間 る こ と が 出 来 ま し た! す てまた違う自分を発見す 知事 …)…「神々の国の首 都」の知事、フサと出会っ ■山田遥 フ ( サ・ 島 根 県 い。 で も、 わ か ら な い か リ ザ ベ ス …)…「 本 番 は、 何が起こるかわからな ■中原三桜里 ト ( ミ・ エ いです。 自分の力を高めていきた 更 に 上 に 進 め る よ う に、 に 立 て る よ う に、 そ し て 今回感じたことを生か し て、 来 年 ま た あ の 舞 台 た。 んで出来てよかったです。 台でやれるのは、最初で最後。楽し ■増田萌乃 西 ( 田 …)… 今 年 度 の 県 大会は昨年度に増してレベルが高 す。 も見られて、勉強になったと思いま す。自分達とは全く雰囲気の違う劇 ど、仲間に教えてもらったり周りを は不安なのか、練習不 足 な の か わ か かった。なぜなれなか っ た か 、 そ れ でもあの時の私は小泉八雲ではな 覚 え て い な い ほ ど、 緊 張 し て い た 。 ン …)… 劇 中 は、 い つ も ど お り、 い つもどおりと、心に念 じ た こ と 以 外 自分の目指したいものが と 痛 感 さ せ ら れ、 同 時 に 部 で も、 こ ん な に 違 う か 同じ長野県の高校の演劇 強く思いました。 話せるようになりたいと まで届くような通る声で し た。 自 分 も 客 席 の 後 ろ す。 チャンスなのだと思いま 会うことの出来る最高の しかし本番とはある意 味 で は、 未 知 の も の と 出 確かです。 時、 と て も 危 険 な こ と は 特別な状態を引き起こす 特 別 な 環 境、 緊 迫 感 が、 今回の大会で学んだこ と の、 1 つ は こ れ で す。 はどうであれ、自分たちの演劇も他 思いのほうが大きかったです。結果 はあったものの、やりきったという えていました。ですが、少しの悔い ■赤羽玲南 音 ( 響 …)… 大 会 中、 自 分でも驚くほどに緊張して全身が震 て本当によかったと思います。 力して一つの舞台を創ることができ くできるか不安もありましたが、協 くことの楽しさを感じました。うま のメンバーで、この作品で、この舞 く、私は正直焦りました。でも、こ 見たりして仕事をできてよかったで 作品作りが大切だろう。(青木先生) 張ります! ら、おもしろい。 」 松本蟻ヶ崎高校 ■中野将綺 為 ( 二 …)… 今 回の県大会は、自分にとっ ■三原梓 照 ( 明 …)… 県 大 会 を 通 し て演劇のおもしろさや劇を創ってい らない。私の姿は中途 半 端 だ っ た と 見つかったように思いま す。今年はどの高校も 今 風 で 見 て い ■手塚菜月 柏 ( 木 …)… ま ず 環 境 整 備をしてくださった方 々 に 感 謝 し ま す。 であり、自分を見つめ な お す こ と で 劇は、私にとって、大 切 な 自 己 表 現 んばりたいです。 研いて、絶対上にいけるように、が 今年も昨年以上に技術面・演技面を ルが高くて、とても楽しかったです。 も演技面でも技術面でもかなりレベ たのですが、長野県の県大会はどれ ■宮澤愛香 カ ( ネ …)… 私 は一年生で、大会をはじめて経験し 方など、新しい発見が沢山ありまし りました。演技のテンポや場の使い ■丸山恵利奈 ア ( キ ラ …)… 県 大 会 での発表を見て、演劇の視野が広が 思います。 の舞台に立てて本当によかった、と このメンバーで、役者として県大会 て し ま っ た と こ ろ も あ り ま し た が、 たくさんありました。当日は失敗し し、他校の発表も勉強になることが 分からないことがたくさんあったけ ■原杏弥音 誠 ( 二 …)… 大 会 で 演 技 するのは今年初めてで、舞台上では たりすることを意識しました。 たり、言葉を明瞭にお客さんに伝え 怒るのではなく、悲しさを大事にし すことの多い役でした。ただ激しく す。今年もらった役は感情を表に出 ティ・乞食女 …)…今年の県大会は、 悔いのない演技が出来たと思いま 原田先生/始まりが印象的。転換が 【講師講評】 にいてよかったと思います。 あったからです。私はそんなクラブ うにないことをやろうとする意志が ■仁科楓 横 ( 木 …)… 人 数 が 足 り な い中でこの劇をやれたのは、出来そ て学ぶことの多い大会で 思う。 した。 て魅せられる舞台でし た 。 年 々 ど こ ■藏當華 よ ( し 子・ 藤 崎 …)… 県 大 会は、一言で言うとすごく楽しかっ の学校の演劇も、私にとって最初で の高校もよくなってい て 、 楽 し い 舞 たです。自分たちの発表も楽しめた し く 思 い ま す。「 他 人 」 に な れ る 演 台でした。長野の高校 演 劇 が さ ら に なりました。 最後のこの大会はとてもよい刺激に 向上してほしいと思い ま す 。 ■斧南実 金 ( 十 郎・ マ ■古田明日香 小 ( 泉 セ ツ …)… 三 年 間舞台に立てたことを 、 と て も う れ 作 坂手洋二 ■仙波菜野子 ラ ( フ カ デ ィ オ・ ハ ー 『神々の国の首都 』 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (8) し舞台に上がれば私の 世 界 。 緊 張 ? さい」とつぶやいてみ ま し た 。 し か でわちゃわちゃやって い て ご め ん な で「こんなしょうゆ顔 の 高 木 が 一 人 だって」と聞こえてき て … 。 心 の 中 他地区演劇部からは「 一 人 芝 居 な ん か ら!」 と 親 指 を 立 て て 見 送 ら れ 、 地区の他校演劇部には 「 期 待 し て る 長野県大会に出場は 初 め て 、 私 は ものすごく緊張してい ま し た 。 諏 訪 出演…高木里桜 大沢先生/転換がやや 早 す ぎ た 。 置がとてもよかった。 らかでよかった。着物 の 着 付 け 、 装 青木先生/台詞のやり 取 り な ど が 滑 ないほうがいい。 く分かった。台詞まで 様 式 的 に な ら あったが英語でも何を 言 い た い か よ ス ム ー ズ だ っ た。 英 語 の シ ー ン も 感やら、もっとできたんじゃないか う間に本番は終わってしまい、達成 るタイミング重視の仕事。あっとい ニック。そんな状況の中でやってく の 間。 自 分 の 仕 事 が 近 づ く 度 に パ のかな、なんて思っていたのもつか 本番前に散々緊張したせいか本番 中はあまり緊張せず、わりと冷静な まいと、いざ本番。 てきた演劇部の皆に迷惑だけはかけ しかし、私なんかよりずっと頑張っ る 圧 倒 感 が 県 大 会 に は あ り ま し た。 な私がちゃんとできるのかと思わせ 他校の演劇を見るのも初めて。そん リ ハ ー サ ル を 経 験 す る の も 初 め て。 た 県 大 会。 舞 台 を 見 る の も 初 め て。 き…なんやかんやでむかえてしまっ 部活に驚きながら、頑張る日々が続 で、専門用語が飛び交ったりもする の知識がほとんどない私だったの のことでした。演劇や舞台に関して になったのは、県大会の約二週間前 まれ、ちゃんと部活に参加するよう 地区大会の存在さえ知らなかった 私がいきなり演劇部のお手伝いを頼 舞台 装置…佐柄里緒菜 おもしろい! そうやって作ってき た 舞 台 は、 結 果 的 に ま メだった。 ちの誰一人欠けてもダ 作 り 上 げ る に は、 私 た て い た と 思 う。 舞 台 を み具合は全員で把握し を し て い た た め か、 進 同 じ 空 間 で 練 習・ 作 業 こ と は バ ラ バ ラ だ が、 り の こ と を し た。 や る れぞれ自分のできる限 の 確 認 を す る な ど、 そ え、 舞 台 装 置 の 仕 込 み 台をどう照らすのか考 き、 音 の 編 集 を し、 舞 をよりよいものへと磨 練習の時から大道具作り以外は皆 ば ら ば ら の 作 業。 演 技 完成しなかったと思う。 一人一人が自ら動かなければ、到底 めての劇作りは、最初から最後まで 今回は一人芝居という初めての経 験だった。先輩方が引退した後の初 照明…森千嘉子 ことができたのでよかったです。 と思うし、なにより私自身が楽しむ たが、全部含めていい体験になった の学校の前後が見られないのが残念 を見ることもいい刺激になり、自分 じにマッチできたと思う。他校の劇 者と音響、照明、舞台装置がいい感 ハーサルを頑張ったかいもあり、役 ま っ た と こ ろ も あ っ た。 本 番 は リ なかったので、少しごたごたしてし く、舞台上で指示を出せる人間がい お世話になった。照明の仕込みが多 この大会では、長野舞台さんに大変 とうございました。 えて下さった長野舞台の キューの数が多い舞台を支 にもかかわらず、やたらと 達、そして部員が少ないの 援してくれた先生や友人 実行委員会の皆様、また応 てくださった先輩方、現地 ここまで私達がこれたの は、引退してからも手伝っ 分に驚きです。 かで楽しいと思っていた自 より、緊張しながらもどこ じゃないかと思います。何 を創りだすことが出来たん に「売り言葉」という空間 県大会という大きな舞台 か な い と こ ろ も 多 々 あ り ま し た が、 た音は数知れず。本番では納得のい 今回ほど音編集に関して音響泣か せな作品は初めてでした。手を入れ 音響…坂本桃代 張っていきたい。 新しいものを作っていけるように頑 この大会で得たものは大きく、そ れ を 次 に つ な げ ら れ る よ う、 ま た、 だった。 幸せな2日間を過ごす こ と が で き ま の舞台も、どこも見ご た え が あ っ て 出来ればもっとやりた か っ た 。 他 校 終 わ り で し た。 あ あ、 楽 し か っ た 。 に嬉しくなって、気が つ い た ら も う た。大変なこともたくさんありまし 手伝いができてよかったと思いまし ていうのと、そんなすごい演劇部の 関東大会出場ということを知った 時、単純に二葉の演劇部すごい!っ りました。 て 臨 む こ と が で き た。 まで、いい緊張感をもっ 打ち合わせから閉会式 な っ た。 リ ハ ー サ ル の ていただけることに た上の大会に出場させ た。一人でいろんな役をや 姿がとても鮮烈に響いてき きて死んでいった智恵子の 青木先生……狂気の中で生 【講師講評】 作 野田秀樹 脚色・諏訪二 葉 高 校 演 劇 部 諏訪二葉高校 いやいや緊張なんかし て い た ら も っ ななんていう思いが頭の中を駆け巡 し た。 う ー ん、 長 野 県 の 演 劇 っ て 、 方々のおかげです。ありが 舞台を楽しまないなん て 損 だ ! と 妙 た い な い! こ ん な 温 か い 、 素 敵 な 『売り言葉』 (9) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (10) んの少しの無言の間が 絶 妙 だ っ た 。 私たち市立長野演劇部は、今年初 めて県大会の舞台を経験することが 作 市立長野高校演劇部 ます。このメンバーで舞台を とすごく青春していたと思い 日が必死でした。でも今思う 日もありました。とにかく毎 わったあとも公園で練習した す。 学 校 で の 練 習 時 間 が 終 た。最初のほうのダンスの ンの4人の表情がよかっ されていた。またそのシー と空間の違いがうまく演出 いるということから、時間 き、太市たちは横を向いて ンで高校生4人は正面を向 る一人芝居の面白さを と て も 楽 し ん 智恵子と女中のリズム を 、 特 に 初 め できました。憧れだった県大会出場 作れてとても幸せでした。あ 市立長野高校 を意識して、もう少し 変 え て い っ た が決まり喜んだ半面、戸惑いも多く 後ろを回ったほうがよいと てしまうので大変だろうが 『あの星で待ってて』 方がよい。演じわける 時 に 前 後 の 空 ありました。3年生は受験との両立 合いで喧嘩した日もありました。私 大沢先生/今の等身大の君た 【講師講評】 でいて、役と役に入り 込 む と き の ほ 間を使うと、もっと立 体 的 に こ の 話 たちにとって県大会という舞台はす 半径五センチ、同心円 の 話 が 個 人 的 ざ・き・よ・へ・い」は可愛かった。 テニスのやりとりなど。また「み・や・ いあった。「犬が!」、らいてうとの 原田先生……面白いと こ ろ が い っ ぱ 繋がるイメージも出来 る の で は 。 ルエットの使い方で智 恵 子 の 狂 気 に 作品に合った空間だっ た 。 障 子 の シ た着物の色もよく、ビ ジ ュ ア ル 的 に グレイッシュな背景 を 前 に 立 っ て いる、モダンでちょっ と 時 代 が か っ うとしているのが伝わ っ て き た 。 して自分の言葉として 客 席 に 届 け よ く、そこに書かれてい る も の を 咀 嚼 脚本の言葉に飲み込まれることな と浮き彫りになってい た 。 力 が あ る うな気がします。もともと短期集中 なの気持ちがひとつになっていたよ ろ う! 舞 台 を 楽 し も う!」 と み ん それでも本番が近付くにつれ「頑張 に 集 中 で き な い 日 々 が 続 き ま し た。 雰囲気が悪くなって思うように練習 ら練習中もイライラして部活全体の になりました。そのプレッシャーか うプレッシャーに押しつぶされそう る舞台を作らなければいけないとい かったと思います。地区大会を超え が、 実 際 は つ ら い こ と の ほ う が 多 劇部〟をモットーにやってきました を重ねました。私たちは〝楽しい演 んなで意見を出し合い、何度も改正 つくることができました。台本もみ よりクオリティーの高い舞台装置を 力をいれました。今年は例年よりも 人という大人数で今回は大道具にも とても丁寧に作りこんであった。草 方を研究してみてほしい。セットは て見えると思う。照明を使った見せ すればもっとシーンごとがまとまっ 大きく使っていたが、もう少し工夫 うな見せ方があったと思う。空間を ン〟としてひとまとまりに見えるよ ンでもいえる、 同じ 〝暗転幕前のシー まった。同じことが暗転幕前のシー ことによってブツ切りに見えてし う一つのシーンが暗転を使うという 方 法 も あ っ た と 思 う。 〝過去〟とい サスをつかってやるというやり方の 転をはさんで行われていたが いるなかで2つのシーンが暗 ンだが、紗奥が明るくなって 最初の太市とお姉さんのシー をよく作りこんでいた。 まず、 シーンを展開させたりセット の空間を劇場の幕を使って ちを感じる時間でした。舞台 の関係が見えてくるというのはよく 置や位置関係によって登場人物同士 平面的だと感じた。しかし、立ち位 思う。大沢先生と同じように演技が 話のキャッチボールができていたと 原田先生/等身大の演技だった。会 ていたと思う。 を斜めに使えば舞台が立体的になっ 芝居も平面的になっていた。パネル 面的に設置されていたので全体的に るのも効果的だったが、パネルが平 仕上がりだった。中割幕を閉めてい きく見せていた。小屋のパネルよい ると空間の切り方が変わって面白く も前に太市たち、後ろに高校生にす が過去にタイムスリップしたシーン 間ができあがるのではないか。4人 の字型〟に設置するとかなり狭い空 が大きすぎると感じた。 パネルを 〝く ることができたと思う。それと小屋 ことができたら舞台を立体的に見せ ほうの階段を使って舞台を飛び出す う。ダンスも幕前ではなく、客席の 次元を演出することができたと思 花道のほうに消えていくことで違う 最後の成仏するシーンでも、太市が 転 を 使 わ ず に い け た の で は な い か。 て、別の空間を作ったら暗 紗幕を使わずに花道を使っ 青木先生/最初のシーンを 漫」はもっと強く! 念。最後のほうの勉の「浪 者が1人2役だったのは残 と思うが劇中劇のときの役 思った。人数の関係もある ると戻ってきたように感じ けて、また上手から登場す 最後に障子に映るス ラ イ ド が 、 狂 気の智恵子の心を象徴 し た よ い 効 果 べてが〝はじめて〟であり、毎日が シーンが下手から上手には が出来てくるんじゃな い か 。 りがとうございました。 を与えたと思う。 にとても好きだった。 型な私たちなので一度スイッチが 演出されていたと思う。過去のシー に悩み、部員同士の意見のぶつかり 大沢先生……一人の女 の 、 日 々 の 葛 挑戦の連続だったのです。今年は 十七歳の子が裸で彼のモデルを や っ て い る と き、 女 の 嫉 妬 が ぐ のシーンではシンプルだが空間を大 (部長 菱谷夢乃) 藤とか弱さみたいなも の が く っ き り わぁーっと見えてくる と よ い 。 入ったあとの集中力はすごかったで 29 になると思う。 気をつけると、とても 力 の あ る 作 品 ストーリーが流れてし ま う 。 そ こ に ない。それを大切にし な い と 、 た だ 感を込めてやらないと 個 性 が 出 て こ 念。セリフを強く言っ て 、 重 さ と 実 のセリフがつぶれてし ま っ た の は 残 てしまう。太市と会っ た 直 後 の 徐 霊 みやすいがセリフが流 れ や す く な っ ればよかった。等身大 の 演 技 は 馴 染 なが違う空間にいるこ と を 演 出 で き るシーンはサスを当て て 太 市 と み ん なると思う。それから 最 後 の 成 仏 す は出来ませんでした。常に挑戦の連 す。 し か し、「 演 劇 」 に 慣 れ る こ と り成長できていたらいいと思いま 県大会ということで、その分去年よ ◆ マ イ ン ド … 山 﨑 絢 恵: 二 年 目 の 為せば成ります。 なことはない。ストレンジみたいに、 間達に風切り羽を託しました。無理 はこの劇を最後に一方的に部活の仲 たことを誇りに思います。そして私 のです。今、私はストレンジを演じ の台詞の量に怖気づいていただけな レンジでした。結局私はストレンジ 一番イメージが沸いてきたのもスト 動 き が 勉 強 に な り ま し た。 人の劇ではないからこその した。 〝走る〟のではなく、 〝飛ぶ〟 。 演じるということに大変さがありま た。まず、 〝人〟ではなく、 〝鳥〟を ドという劇をやらせていただきまし ◆ コ ポ ス … 高 山 千 絵: 今 回、 バ ー たいです。 わってくださった全ての方に感謝し 成長させてくれました。この劇に関 沢山悩み考えたことで、私を大きく る 上 で 難 し い こ と が あ り ま し た が、 びました。ハミングという役を演じ 私はこの劇を通して多くのことを学 活動しています。今回は内容の濃い さる人に伝えるという目標をもって 私は自分の役の気持ちを、観てくだ ◆ 子 供 一( 小 学 生 ) … 高 橋 侑 希: られるよう、日々頑張りたいです。 れた沢山の思いを観ている人に伝え した。これからも作品の中に込めら に広くしなくてはならないと思いま で、私自身の演技の幅もこれから更 て気づくことができました。その中 会で、演劇の可能性の大きさに改め ◆ フ ァ ル コ … 山 浦 弥 子: 今 回 の 大 めからではなく県大会から 私は一度部活を引退し、初 ◆ 大 工( コ ポ ス 父 ) … 柳 澤 実 里: れず、感情表現に取り組みたいです。 む舞台においても、今回の経験を忘 出来ませんでした。これから取り組 努力しましたが、感情表現が上手く 人々の故郷への思いを表現しようと に し た も の で す。 故 郷 か ら 離 れ た の台本は昨年の東日本大震災を題材 ◆ 子 供 二( 小 学 生 ) … 中 澤 瞳 : こ わっているとよいです。 いただいた方々に沢山の思いが伝 作品でとても難しかったです。観て 寧:無理なことはない。為せば成る。 ◆ ス ト レ ン ジ・ マ イ ン ド … 丸 山 琴 す。 い出を作ることが出来 て よ か っ た で の大会だったけれど、 い ろ い ろ な 思 て分かる大会でした。 高 校 生 活 最 後 めてだったので舞監の 大 変 さ が 改 め 舞台監督として大会に 臨 ん だ の は 初 むことができてよかっ た で す 。 ま た 難しかったけれど、工 夫 し て 取 り 組 人になってからの変化 を つ け る の が ウリカという役は、子 ど も 時 代 と 大 ◆ ダウリカ…中牧綾美(部長):ダ も嬉しく思いました。 のびと舞台に立つことが出来てとて 合いの楽しみを改めて味わい、のび 習に励みました。今回の劇では掛け じて頂ければと、部員一同精一杯練 でもささやかな光のようなものを感 の劇を観てくださった方々が、少し 美:故郷への想いをテーマにしたこ ◆ ピ ジ ョ ン 村 長・ 子 供 四 … 加 藤 成 本当にありがとうございました。 す。 支 え て く れ た 先 生 や 部 活 の 皆、 らの人生で大きな糧になると思いま み苦しみ笑い楽しんだ経験はこれか 高校生という限られた期間の中で悩 離 れ な け れ ば な り ま せ ん。 し か し、 とうとう受験生。演劇ともしばらく くもあり辛くもありました。来年は か」に挑む日々は忙しくもあり楽し 続であり、慣れる暇なく新しい「何 に感謝しています。 う役をもらえたことに本当 に悩みましたがロビンとい や っ て み て、 い ろ ん な こ と と が で き ま し た。 こ の 役 を 要素を考えて役をつくるこ う心や淡い恋心など多くの り で し た。 で す が 生 徒 を 思 いて最初は戸惑うことばか めての舞台にロビン役を頂 ◆ ロ ビ ン … 岩 崎 史 子: 初 ちに感謝したいです。 幸 せ で す。 先 生 方、 仲 間 た 劇 を や ら せ て い た だ い て、 い 台 本 だ と 思 い ま す。 こ の 強い想いが伝わる素晴らし りたい〟 。そんな主人公の うになりたい〟 、 〝故郷へ帰 台 本 で し た が、 〝飛べるよ 私にとっては難しく感じた るかどうか心配でした。で まって、本番しっかり出来 サルではとても焦ってし もやっていたのに、リハー わらず、機械の操作も何回 地区大会の時とほとんど変 音響をやりました。音源は ◆ 音 響 … 田 中 歩 季: 私 は です。 劇が最後にできてよかった た。清泉の演劇部らしい演 分達なりに表現できまし 分たちが解釈した演技を自 舞台にのせるにあたり、自 した。また、作品の意図を ことを大きく心掛けてきま ンスを崩さないようにする が短い分、芝居全体のバラ た。他の役者より練習時間 この作品に関わってきまし 長野清泉女学院高校 台本を読んだ時一番な り た く な い 役 ◆ ハ ミ ン グ・ バ ー ド … 峰 村 栄 美: 作 クリア ウ ォ ー タ ー ・ 山﨑絢恵 がストレンジでした。 し か し 何 故 か 『故郷への帰還』 (11) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 らは芝居に関して書こうと思いま がままばかりですいま せ ん 。 こ こ か らどんなに嬉しいこと か 。 こ ん な わ しでも笑ったり、泣い て い た だ け た しいです。自分たちの 芝 居 を 見 て 少 様が楽しいならたぶん 自 分 た ち も 楽 なぁと思っています。 そ し て 、 お 客 ちだけはお客様に楽しんでほしい ですが、気持ちだけは 、 本 当 に 気 持 か も 微 妙 な の で( お 恥 ず か し い )。 お客様にしっかり声が 聞 こ え て る の かりません。私達は発 声 が 弱 い の で に楽しんでいただけて い る の か は わ なことをいってますが 本 当 に お 客 様 い、日々活動していま す 。 ま あ こ ん ちろん自分たちも楽しみたいと思 とです。お客様を楽し ま せ る の は も 私たちが芝居をする 上 で 一 番 に 大 事にしていることは楽 し む と い う こ かったです。 さや楽しさを知ることが出来てよ 全員で一つの作品を作 り 上 げ る 大 変 てよかったです。この 作 品 を 通 し て も緊張しながらも特に 失 敗 な く 出 来 と、私は自信を持って答えられませ 本当に分かっているのか?」という ます。では、私に「人の命の重さが われた何十万もの人の命が眠ってい とです。この『 DOKUSAISHA 』とい う芝居の背景には、戦争によって失 一番大きなことは、人の命というこ が私に考えさせてくれたことの中で たってのことを書きます。この芝居 さて、ここからは今回の大会でや らせていただいた芝居をやるに当 て演劇をやっています。 言えませんが私はこんなことを思っ い、それだけです。こんなことしか 様と一緒に笑ったりできるのが嬉し ん。ただ、やっていて楽しい、お客 演劇に関して私は全然深みにいっ てないしなぜやるのかもわかりませ と私は思います(たぶん)。 をすることを生きることではないか そこを全部含めて舞台に立って演技 い た る ま で の 人 生 が あ る は ず で す。 言ってはけてしまう脇役でもそこに す が る 人 に も、 セ リ フ を ち ょ っ と があります。セリフのないただ通り 人それぞれその人の人生というもの も 今 は な ん だ か わ か る 気 が し ま す。 ときはよくわかりませんでした。で た。すっごい矛盾?で最初に聞いた 芝居をやるにあたって私はある人 から舞台で[生きろ]と言われまし 目にみてやってください。 が個人的に思っていることなので大 日本の劣勢にも関わらず戦 権を持っていた天皇陛下? ろ う? 神 と 崇 め ら れ 統 帥 ける日本の独裁者とは誰だ す。じゃあ、この芝居にお 裁者とはヒトラーのことで チャップリン映画での独 て な ん だ ろ う? も ち ろ ん、 な っ て い ま す。 独 裁 者 っ 今回の芝居は、最初に書 いた通り、戦争がテーマと す。 は誰にだってわかるはずで わかりませんが人の悲しみ げてきました。命の重さは んが悲しい気持ちがこみ上 した。なぜかはわかりませ いのに私は泣いてしまいま ちが亡くなったわけじゃな でした。自分の大切な人た 亡くした方々の号泣する姿 目にしたのは、大切な人を 両校にエールを送りました。そこで 合をしたのです。 私は応援団として、 県の原町高校野球部を招き、練習試 が、被災し練習もままならない福島 する機会がありました。本校野球部 十一日の大震災に被災した方々と接 ま す。 私 は、 六 月 の 中 旬 に、 三 月 の悲しみ]はなんだかわかる気がし てもよくわかりません。ですが[人 る、そんな私に[人の命]と言われ して私もそれが当たり前と思ってい が当たり前のようにいてくれて、そ うことです。 の人が悲しみ、怒り、絶望したとい て関係のない人達の命が失われ多く 部の独裁者と呼ばれる人たちによっ いった定義の話ではありません。一 たかったことは独裁者=悪であると い。いずれにしてもこの芝居で言い メディアや一部の国民かもしれな いしれ更なる戦闘を煽った当時の 軍? も し か し た ら 日 本 の 勝 利 に 酔 戦争へのきっかけを作った日本帝国 闘 を 続 け さ せ た 大 臣 た ち? 強 引 に た。 ストがうまくマッチしてい た/スタッフワークとキャ いの中にシリアスさを感じ シーンが印象的だった/笑 が心地よかった/風船の かった/ネタのテンポや間 から最後までの構成がうま た。 舞台があるのが効果的だっ に使っていた/舞台の中に していた/不織布を効果的 大沢先生…役者が生き生き 裏切ってくれた。 だった/いい意味で期待を コミカルに描いていて簡潔 のキレがよかった/戦争を もしろかった/役者の演技 青木先生…一言で言うとお ありがとうございます。 (青柳匠・斎藤勇人) せんが) に今一度感謝をしたいです。 ち(あげればきりがないのであげま んな馬鹿野郎共を支えてくれる人た ことがどんなに尊いことか。日々こ る、当たり前のように芝居ができる し た。 当 た り 前 の よ う に 生 き ら れ この芝居を通して、私たちは当た り前のありがたみをわからせられま 作 郷原玲 脚色 丸子修学館高校演劇部 より 』"The Great Dictator" 丸子修学館高校 す。 ん。いつも私の周りには家族や友人 原田先生…バカバカしい所 【講師講評】 知識も勇気もないの で 大 し た こ と は言えませんが、私(書いてる本人) 『 DOKUSAISHA -Charles Chaplin 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (12) こんなにすごいところ で で き る の か 真っ黒な舞台、迫り来るような客席。 か っ こ い い …… と 思 っ て い ま し た 。 ことは少なからず達成できたのでは お客さんに楽しんでいただくという たのです。私たちが目標としてきた を自分なりに受け止めることができ ケートを目にしたとき、今回の公演 と思っていました 今 ( でもちょっぴ り 思 っ て い ま す が 。) で す が、 新 潟 から帰りのバスの中で読んだアン りです。できればもう一度やりたい 不満はないか、後悔はないかと聞 かれれば、もちろん悔やむことばか のとなってしまいました。 自分たちにとって納得のいかないも 薦されるべき高校が辞退し、某校と これは、昨年度の県大会で、本来推 テ ィ バ ル に む け て 構 成 を 開 始 し た。 東京の関東高校演劇サマーフェス が終わって息をつかず、8月初旬・ が、ひとまずは7月初旬の文化祭 の『赤鬼』にむけて稽古をし、それ り、これにも部員はいたく喜んだ。 なかにずいぶんと下品な箇所があ し た。 部 員 は 読 み、 い た く 喜 ん だ。 く、面白い舞台になる台本だと予感 できないが、それだけが理由ではな 当職員)は台本を書くということが た。これはいい、と思った。私(担 転 勤 し て 間 も な い 4 月 の 頭 に、 前々年度までの顧問より台本が届い んで太平洋戦争略史をお聞きした。 員で校長室にお邪魔し、3時間に及 かけて下さった。一度などは部員全 は、幾度となく演劇部のことを気に もと熱心な演劇顧問で、日本近代 史がご専門の本校の大日方悦夫校長 うと、 部員の手があまりに遅いので、 員に被服を教えてくれた(正確に言 ており多忙の極みにありながら、部 Sを送った。専門学校の先生になっ で今度は、前年度までの顧問にSO 分以上、揃うあてはなかった。そこ 子は屋内で衣装を集めていたが、半 り回し、装置ができつつあった。女 7月。男子は炎天下、左手にポカ リ、右手でラチェットやナグリを振 ◯ わの空で幕が上がり、幕が降りてし だいたが、部長の書いたように、う サマフェス、地区、県を経て、ク リスマスの関東大会。優秀賞をいた が 載 ら な く て も 同 じ チ ー ム で あ る。 く れ る 方 は、 パ ン フ レ ッ ト に 名 前 抱えられない部分を実際に助けて を 遣 う 必 要 は な い。 だ が、 我 々 で ブ カ ツ は 現 役 生 の も の だ。 無 責 任にああだこうだという連中に気 とうな)。 ◯ よく本番を観に来てくれた。ありが う(あと、岡谷南の部員や卒業生も 奴。なんか、ただ、いた奴。いずれ となった私は、そのクジ引きのとき と感動したことを覚え て い ま す 。 な い か と。 そ し て そ れ が 私 た ち に なことを教えてくれたこの台本と協 私たちが芝居をする と き 必 ず 思 っ ていることは、お客さ ん に 楽 し ん で とっては一番うれしいことです。そ 丸子修学館でクジを引きあった結 空 回 り し た の か、 本 番 直 前 の ミ ー もらい、自分たちも楽 し む 、 と い う れに関東大会では、様々なジャンル 果、いただいた推薦である。 卒業生も、本番や普段の稽古によ く来てくれた。私が言いたいことを ことです。これは、私 が 一 年 生 の 頃 の芝居、演出方法など、どこの高校 言 っ て く れ た 奴。 思 い を 熱 く 語 る から芝居をやる上での こ の 部 の 目 標 さんも勉強になるものばかりでし 私は昨年度、事務局長という立場 上、このクジ引きに立ち会った。某 の 空 気 を 何 度 と な く 部 員 に 話 し た。 でした。はじめはよく わ か っ て い な 校 の 先 生 は、 「どんなクジを引いて 感じてほしかった。 かったと思いますが、 だ ん だ ん と 公 た。新潟で過ごした4日間は、自分 も、 それが正解さ」 と部員諸君に言っ 力や応援をしてくださったすべての 演をしていくうちにそ れ が ど れ だ け たちにとってとてもよい経験にな 学館の推薦が決まった。そのあとそ 人たちに感謝します。ありがうごさ 大事なことか、またど れ だ け 大 変 な り、充実したものでした。 の 先 生 は や は り、 「これを正解にし ティングでちょっとした事件がお こ と か が わ か っ て き た と 思 い ま す。 」に私たちは この「 DOKUSAISHA 約8ヶ月間向き合ってきました。そ よう」と言った。そのときの某校部 き、顧問にこっぴどく怒られる始末 ですから、私たち三年 に と っ て 最 後 の中で、この芝居を通じ戦争、人の 員諸君の顔を私は忘れないだろう。 ……。なんとかこの悪い雰囲気を立 の芝居を必ずいいもの に 、 お 客 さ ん 命、または今の自分たち、たくさん 県大会が終わって5 日 後 、 関 東 大 会の打ち合わせで初め て り ゅ ー と ぴ あ の 劇 場 を み た と き 私 は た だ た だ、 た が 結 局 う ま く い き ま せ ん で し た。 』 は、 丸 子 修 学 館 演 作ってもらっちゃったものもある) 。 『 DOKUSAISHA 劇部5年間の総力戦だった。 も現役生に思いは伝わっているだろ も自分たちも最高だっ た と 思 え る 芝 のことを考えてきました。そして今 いました。 (部長 奥堀麻由) 居にと意気込んでいま し た 。 の自分たちはたくさんの人たちに支 昨 年 度 ク ジ 引 き の 場 に 居 合 わ せ、 今年度その推薦校に転勤して当事者 て直そうとみんなで必死になりまし ですが本番、トップ バ ッ タ ー で あ るということの緊張、 最 後 の 舞 台 で えられてることを知りました。そん た。彼女らは空クジを引き、丸子修 あるという意気込みが 私 た ち の 中 で 関東大会 (新潟会場) レポート 丸子修学館高校 (13) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 値がある。だから、全 国 大 会 に 推 薦 解してくれたならば、 そ の ほ う が 価 一 方 で、「 ダ メ な こ と は ダ メ な の だ」ということを、部 員 が 本 当 に 理 思っています。 ◯ ことは、担当教員とし て 申 し 訳 な く で、全国への壁を越え ら れ な か っ た 県内各校への仁義。い ろ い ろ な 意 味 念だ」と思ったのも初 め て だ っ た 。 ないことが発表された 。 結 果 に 「 残 ひとつき経って、全国 推 薦 に 該 当 し 底思ったのは初めてだ っ た 。 そ の 後 国大会でもう一度チャ ン ス を 」 と 心 ま っ た。 引 率 し て い て「( 春 の ) 全 と、個人的には思っております。 せることが出来ていれば万々歳だ 多 く の 学 校 に、「 犬 が!」 を 流 行 ら 台 で あ っ た な ら ば … い や、 新 潟 に、 言うならば、多くの人の心に残る舞 感謝と喜びでいっぱいです。強いて 結果は正直あまり気にしていませ ん。大勢の人に見てもらえただけで ます。 出来ない経験をさせて頂いたと思い て私達は部活充ですもの! …本当 に充実した三日間でした。なかなか 思っていませんでしたよ全く。だっ でる中。リア充爆破しろ!などとは 潟。世間がクリスマスとやらで騒い う 精 神 で、 行 っ て ま い り ま し た 新 るなら行けるところまで行ってみよ どありましたが、行かせていただけ 私達なんかが、という思いが八割ほ や る!」 と か る ー く 言 わ れ た り言葉』だったら稽古つけて か っ た ら こ れ や り な よ!『 売 た。 最 初 は「 も し 誰 も 入 ら な さ れ た の が『 売 り 言 葉 』 だ っ く引退し、置き土産としてほいと渡 先輩方は文化祭公演を最後に容赦な 四月、諏訪二葉高校演劇部は一年 生 が 入 ら な い と い う 危 機 に 陥 っ た。 だ。 存外、プレッシャーに弱かったよう がちょろっと出てきたのみだ。私は と思ったには思ったが、顔からは涙 も 言 え な か っ た。 心 の 中 で「 え っ」 の関東大会推薦が決まった。私は何 たときに、スパーンと諏訪二葉高校 てできるものか、と。そこまで考え 胆した表情を見せるなど恥ずかしく か。鬼気迫った顔で結果を待ち、落 あの、長野県代表って響きかっこい 東大会だなんて、正直ビビっていた。 なんてとんでもなかった。まさか関 た。というか、少なくとも私は笑う 先生含め部員たちの表情は硬かっ 大会への推薦が決まっても、顧問の への切符を手に入れた。しかし関東 的なお芝居だった」と評され、関東 そして迎えた、部員全員が初出場 の県大会。審査員の先生には「挑戦 んまりなかった。余裕もなかった。 もらった。わが演劇部に優しさはあ 実質舞台裏の主のような仕事をして やすることもなく、舞台補助という 思 い 返 す と、 こ ん な に 長 く一つのお芝居と向き合っ ど収穫は非常に多かった。 盗んできた技術や考え方な 果 と し て は 優 良 賞 だ っ た が、 だったので、ダメージも受けた。結 け た。 諏 訪 二 葉 の 上 演 が オ ー ラ ス とある種のカルチャーショックを受 いうこと。 「こんなのアリなんだ!」 まとっている空気の色が全く違うと たのは、演出の方向、各校の全体が 本的な技術は言うまでもない。驚い これまた初めての関東大会は刺激 が強かった。強すぎるくらいだ。基 みだ的なもので。関東大会はすぐに 見える世界も違うものだ。おもにな ていたのがいざ現実になってくると いですよね、とか冗談交じりに言っ し く は、「 こ れ が 正 解 」 に な る よ う ながらも、これが正解 と し よ う 。 も 関東優秀賞、全国推 薦 な し 。 県 代 表としてすみませんと の 思 い は あ り けなくても心穏やかでいられるか だって、そうした方が関東大会に行 を 空 っ ぽ に す る こ と に 必 死 だ っ た。 部長の顔も見ることなく、俯いて心 る茅野高校の部員さんも、横にいた 発表している先生も前列に座ってい まるまでの短い間、私は審査結果を ちらが関東大会に推薦されるかが決 県大会で全ての上演が終わり、優 秀賞の諏訪二葉高校と茅野高校のど (音響・部長 坂本桃代) た。 県 大 会 直 前 に、 一 人 部 員 の乱闘のような挑戦が始まっ な ん と い う か、 取 っ 組 み 合 い 顧問の先生で『売り言葉』への、 そ う し て 夏 の 中 頃、 大 し て 目新しくもない三人の部員と、 よ! と 言 葉 を 残 し て い く。 ま じ か 妙 な 顔 つ き で「 … が ん ば れ 」 方も廊下ですれ違うたびに微 生 は 来 な い。 笑 顔 だ っ た 先 輩 を 帯 び、 待 て ど 暮 ら せ ど 一 年 言 葉 が、 時 間 と と も に 現 実 味 です。 てくれることを祈るばかり あとは、 「関東大会出場校」 につられて新入部員が入っ た。 当にありがとうございまし さ っ た す べ て の 方 々 に は、 れ た、 私 た ち を 支 え て く だ 嬉 し い。 こ こ ま で や っ て こ 演劇部が成長できたことが 自分を含めて諏訪二葉高校 今、 関 東 大 会 ま で を 通 し て た こ と は な か っ た。 そ し て やってきて、私たちは新潟へ。 されないで、それで、 い や 、 そ れ が にしてゆこう、これか ら 。 ら。「どちらにするか非常に迷った」 が 増 え た。 二 年 生 の。 新 入 部 総力戦だったこと、 本 番 が 万 全 で なかったこと、推薦を 頂 い た 上 で の よかったはずだ。 だ っ た だ ろ う か? 私 ) 達 は、 先 輩 と いう立場になることも な く 、 県 大 会 などと期待させておいて、行かれな 員 に は、 最 初 だ か ら と ち や ほ (顧 問 輪 湖 洋 輔 ) を経て、いつの間にか 関 東 大 会 と い かったらショックがでかいじゃない 四月に入ってきた一年生の新入 部員に三日で逃げられた 理 ( 由は何 (演出・出演 高木里桜) 感 謝 し て も し 切 れ な い。 本 う す っ げ ー で か い 舞 台 に い ま し た。 諏訪二葉高校 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (14) 《最優秀賞》クリアウォーター・山﨑絢恵・作 ● 先ごろの大震災をモチーフにし てあるんでしょうか? 題材はかな り重いものだと思いますが、それを 定 が と て も 可 愛 く、 面 白 い 割 に は、 意 外 と 普 通 の 会 話 に な っ て い ま す。 もっとこの世界観を面白く見せるた ● 未曾有の災害、故郷を失う、新 しい場所での軋轢、差別などの状況 『バード ―故郷への帰還―』 無理がなく、すっきり読めました。 なぁと思いました。言葉の選び方も の一つ一つも、よく考えられている 程度になってしまうのですが、台詞 に生きていく、書いてしまえばこの それぞれが進む道を決め、希望を胸 友情も、そして愛情も深まり、兄弟 面白い設定にできないものでしょう 他 に も 例 え ば、 鳥 た ち の 学 校 と か、 作 品 に な る の で は な い で し ょ う か。 ば、ただの童話でない、深みのある 生かした表現をもっと増やしていけ 言葉遊びというか、設定や世界観を す。 こ う い っ た ウ ィ ッ ト と い う か、 きますが、なかなか楽しいセリフで ます」なんてセリフ。終盤でも出て その点で楽しいのは、大工の「い つもの通りハト胸が引き締まってい か。 ● サオリの成長が清々しい姿で描 かれている。 バジルを登場させずに、 よいと思いました。 の会話から人物が十分に想像できて 本人が出てこなくても関係する人々 がやや気になりました。バジルさん 話の中に不自然な説明が多いところ 原作の小説を基にしているため、会 描 か れ た 作 品 だ と 思 い ま す。 た だ、 望を持っていく様子が静かに丁寧に 絵に掛けていた情熱を取り戻し、希 熱を失った老人が絵を通じて互いの ● 画家になる希望を叶えるためイ タリアに留学したが思うようにいか 『路地裏のバジル』 小林 唯・作 下で懸命に生き、自分自身の弱さと ● 童話のような世界観が素敵な作 品です。鳥たちの動きや、ラストへ か。 「鳥たちの学校がこんなだった 他の登場人物によって描き出す手法 め に は、 楽 し い 言 葉 の や り と り が 戦い希望に向かうというさまざまな 向けての盛り上がりは、実際の舞台 ら愉快だ!」 みたいな発想があると、 は効果的だった。残念なのはクレア 感じさせない爽やかさが残りまし の バ ジ ル 』『 鳥 た ち の 祭 り 』 を、 全 立場の登場人物を、鳥の視点で描き、 でどうやって表現されるのか、脚本 序盤はもっともっとひきつけられる あってもよいのではないでしょう 員でさらに深めて討議 す る と い う 形 羽ばたくこと=強く生きること絶望 を読んだだけでは十分に読み取れま と思います。 た。初めはなかなかなじめない兄弟 をとった。 に負けないことを力強く訴えかける せんが、期待感が持てます。演出の 以上 このうち、4人すべ て の 選 考 委 員 からの推薦があった『 バ ー ド ‐ 故 郷 作品だと思います。登場人物も個性 見 せ ど こ ろ で す ね。 舞 台 全 体 を つ 各委員が事前に持ち 寄 っ た 選 評 を もとに、各委員が授賞候補作をあげ、 複数の委員からの推薦 が あ っ た も の 『バード‐故郷への帰還‐』『路地裏 ない女性と、妻を亡くして絵への情 への帰還‐』は最優秀 か 優 秀 か と の 的で、ストレンジマインドの心の成 ジが故郷に向かって舞い上がってゆ やかに描き出されていた。ストレン に、鳥たちが成長してゆく姿があざ ● 東 日 本 大 震 災 と 原 発 被 害 を モ チーフとして想像上の世界を背景 い意味で、起承転結がはっきりして クライマックスへの盛り上がり。い ら、人物を描き、ファルコの死から 全体のドラマとしてはよく構成さ れていると思います。物語の導入か らいたいところです。 かって、ダイナミックに表現しても があれば、芝居自体はぐっと深みの がはっと息を飲むような何か仕掛け いテーマを扱っているだけに、観客 表現ができないものでしょうか。重 ますが、これももっと、工夫された ま た、 「 大 災 害 」 や「 毒 霧 」 が 何 かを暗示させる通奏低音になってい より鮮明になったのではないだろう である。そうすればバジルの輪郭も ことでドラマはもっと深まったはず であり、ローザとサオリが邂逅する リとローザを結びつける唯一の存在 だ。物語の流れから、クレアはサオ が次第に新しい土地の人 鳥 (? た ) ちと交流を深め、 兄弟の絆が深まり、 議論には時間をかけた が 、 最 優 秀 賞 長が感動的でした。 議論され、どちらも優 良 賞 と い う 結 『鳥たちの祭り』(応募順)について く姿は感動的だ。欲を言うなら、弟 を物語の中で生かしきれていない点 論で全会一致した。 のハミングの気持ちをもっと深めて つづいて、これもほ ぼ 全 員 の 委 員 から推薦のあった『路地裏のバジル』 【選評】 れる。 か。ストーリーがよいだけに惜しま ていくストレンジマインドのラスト あるものになりますし、故郷に帰っ すくなっています。 ● 代も半ばを過ぎて涙腺が緩み がちなのだが、最後の手紙の文面を いるので、物語に入り込んでいきや ている以上、弱者ゆえにとどまらざ も、重い意味を持つようになると思 るを得ないハミングの煩悶を表現す います。 るべきだ。そうすることで、ストレ 二工夫が必要かなと思います。 ただ、脚本として読み応えがある よ う に す る た め に は、 も う 一 工 夫、 欲しかった。帰巣本能が前提となっ 赤羽徳久(臼田) 丸山雄一 ( 松 本 第 一 ) 郷原玲(茅野) ンジの飛翔はより一層深い感動につ 例えば、鳥たちの会話ですが、設 いたものとしては、完成度が高いと ながったことだろう。 でも、これらは、演出次第で解決 される問題なのかもしれません。 選考委員:山田純子 ( 中 野 西 ) クリアウォーター・山﨑絢恵・作 となった。 『バード ―故郷への帰還―』 《優良賞》小林 唯・作『路地裏のバジル』 《優良賞》木村 哲・作『鳥たちの祭り』 2011 年度 創作脚本賞 選考結果 【選考過程】 (15) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 読んで不覚にも泣いた。高校生が書 30 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (16) ル 」 な ん て い う 名 前 の お じ い さ ん。 油 」「 デ ニ ッ シ ュ」「 白 パ ン 」「 バ ジ す。「スケルツォ美術館」「テレピン ● イタリアの空気感というか、匂 い の 感 じ ら れ る 作 品 で、 好 印 象 で 読んでもらいたいと思 う 。 子どもたちに、生きる ヒ ン ト と し て 現すればよいか。 そ こ で、 男 子 部 員 の い な い 部 で、 バジルさんとの会話をどうやって表 もっと味わい深くなるはずです。 が見えてくれば、この物語はもっと ……なんて、いろいろと表現でき そうです。このバジルさんとの会話 ③バジルさんの失望の場面。 もそのような意味なのかと思いなが れる。登場人物が鳥の名前であるの 切なのだということを気づかせてく たこの公園は、今も人々にとって大 りが、やはり昔から人々が集ってい まな登場人物の物語と、鳥のさえず ている寂れた公園に立ち寄るさまざ 発想が面白い。開発計画が予定され ● 鳥たちが死者の魂解き放つため に力づける「鳥たちの祭り」という をいかに見せるかには、工夫が必要 物語は展開しませんし、やはりここ た。でも、そういった場面がないと のは非常に難しいなあと感じまし ありますが、こういった場面を描く このお芝居は、人と人とが(初め て)出会う、という場面がたくさん 所があります。 が不足しているのでは、と思える個 います。そう考えると、やや、描写 つけられるかが、重要になるかと思 さて、こういったお芝居は、登場 人物の会話、人間関係にいかに引き が持てます。 示するだけにとどめるあたり、好感 れど、それを押しつけず、情景を提 立ちも納得できる設定だと思いまし 高校生らしく、また舜の抱える生い である舜と郁の愛莉に対する思いが 寧に描かれていると思います。友人 に孤独な自分を解していく過程が丁 もう一人の自分との対話の中で徐々 ● 母と喧嘩したまま事故で亡くし てしまった愛莉が、 友人との関係と、 ん。 尤も、上記のことは演出によって 既に解決されているかもしれませ す。 ういったところをもっと見たいで 間は充分にあると思いますから、そ ②バジルさんが心を開いていく様 単語から風景が広がっ て 、 香 り ま で ひとつのアイデアをあげてみまし た。 ら面白く読みました。 だと思います。例えば、沖野と鷺沼 た。後半に出てくる美月も何か背景 思う。夢と現実の狭間 で 悩 み 苦 し む 伝わってくるような気 が し ま す 。 た ● 鳥たちの集まる公園を背景に超 自 然 的 な ド ラ マ に 向 か う 期 待 感 と、 が最初に出会うシーンがあります と、女性の鷺沼が、こんなに簡単に いでしょうか。明らかに怪しい沖野 た。 よさがよく表れた作品だと感じまし があるような含みもあり、高校生の 子。 ぶん原作の力なんでし ょ う 。 たとえば、このバジルさんとの会 話は、サオリの一人芝居風の舞台に 現実の非常な一面が登場人物の会話 が、この出会いは、やや不自然でな 高校生を何人も見てい る が 、 そ ん な ただ、原作を脚本に す る 上 で 、 少 し足りなかった部分( 或 い は 、 原 作 してはどうでしょうか。 と行動によって描かれる前半から中 まう。できうるならば、後半に向け 打ち解けるのでしょうか。沖野と鷺 木村 哲・作 『鳥たちの祭り』 の魅力を褪化させてしまった部分) イーゼルを置いて、その前に見え ないバジルさんがいるということで 盤の展開には思わず引きこまれてし て沖野と飛島の物語は極力控え、自 沼との間には、この瞬間緊張感が生 井出 勝大・作 』 『 Another Future があるような気がしま す 。 演技を進めていく。 まず一つは、バジル さ ん を 登 場 さ せなかったこと。無論 、 各 演 劇 部 で 然が人間を凌駕する心を揺り動かす 事情があるのはよく分 か り ま す 。 男 サオリ あの、このデニッシュ、よ か っ た ら ど う ぞ、 …… え? …… 展開が欲しかった。テーマ性のある 子部員がいないのは切 実 で す し 、 た い?」……はあ、 「消しゴムにならないからいらな とえいたとしても老人 役 が で き る か は難しい問題です。 まれるはずなのですが、そこが描か ● 会 話 に テ ン ポ が あ っ て 面 白 い。 愛莉の気持ちも多面的に描かれてお 演劇がすべてではないが、前半から しかし、やはりこの作品の魅力は、 バジルさんの人間味、 そ し て 、 そ の ただ、愛莉の置かれた状況は女子 高校生にとってはあまりにも過酷で り、よく伝わってくる。話の方向が さ に も 関 わ る も の だ と 思 わ れ ま す。 ある。直面する現実は、閉じこもっ が 演 劇 の 魅 力 と す れ ば、 悪 く な い。 子を見せたら、劇はとっても面白く 徐々に距離が縮まっていっていく様 こ う い っ た も の を し っ か り と 描 き、 本を書き出したらもっと説得力のあ れる。状況設定をよく考えてから脚 安に満ちていることが容易に予想さ て内省する余裕もないほど煩雑で不 うか。だから、ただ、 独 白 や 、 ク レ 話を舞台で表現してい れ ば 、 個人的には「闘う」という言葉を選 なると思います。物語の性質上、時 行き詰まりそうになったところで登 知らない人間としゃべるときの距 れていません。 ● 引き込まれるように最後まで読 ん だ。 「祭り」とはいったい何が目 離 感、 警 戒 感、 話 の 弾 ま な い 感 じ、 引っぱってきたテーマが後半でぶれ な ん て い う 風 に 進 め て い っ た ら、 どうでしょう。 的なのか、いくらでも解釈の仕方が たと感じざるを得ない展開は残念。 いずれにしても、1時間を素敵な 時間にするための脚本としては、や あるように思われるが、その自由度 人間味に触れ合った主 人 公 サ オ リ の や書き込みが足りません。でも、空 貴重な体験にあるので は な い で し ょ アとの会話だけで、そ の バ ジ ル さ ん 気感はなかなか好きです。 場する美月も効果的である。 との会話を表現してし ま っ た の は 残 こ れ は、 不 自 然 に な っ て し ま う、 と い う だ け に 留 ま ら ず、 劇 の 面 白 念です。たぶん、バジ ル さ ん と の 会 ① バ ジ ル さ ん と の 初 め て の 出 会 い。 ぶのは好きではない。 テーマが確かにあるのだろうけ 微妙な距離感。バジ ル さ ん の 気 難 ● しさとか。 (17) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 るすばらしい脚本にな っ た だ ろ う 。 ● 訳せば「別の未来」ですが、こ のタイトルにした意図 が 汲 み 取 れ ま せんでした。何に対し て の 別 の 未 来 なります。 るのでは? それを場面にしていく と、もっともっと内容に深い作品に つめる憲一の暗さと、 目の当たりにして自分の生き方を見 感じられました。また、妻の犠牲を が希望の象徴としてけなげに美しく れるように向日葵と山本の妻の言動 が、作品全体のアクセントになって また、ところどころに織り交ぜら れている原発に対するアイロニー らいたいなあと思いました。 か。 ( 「高校の廊下」という場面が何 ることができたのではないでしょう たのかな、と思います。設定を少し ていったら、もっとも っ と よ い 作 品 母さん」の問題に、真っ向から向かっ その勇敢さは評価できます。この「お は、 冒 頭 か さて、 Another future ら、「お母さん」を問題にしています。 問題なのかもしれませ ん 。 ひょっとしたら、これ は 大 き す ぎ る と は、 不 思 議 と 敬 遠 さ れ る の で す 。 父さんや、お母さんを 問 題 に す る こ いと言います。高校生 に と っ て 、 お ● 高校演劇の創作脚本には、不思 議と「両親」が登場す る 脚 本 が 少 な な終わり方をしてしま う の も 残 念 。 物語は続くのかと思う と こ ろ で 唐 突 でした。本来ならばも う 少 し 先 ま で というセリフには、愛莉がこれから 少し気持ちに整理がつくまではね」 か と っ て も よ く 分 か り ま す。「 も う この辺りの心のバランスは、なんだ 完 全 に 癒 え て は な い の で し ょ う ね。 受け入れたけれども、まだ悲しみは けれども、最後のシーンはなかな か情感があります。愛莉は、友達を もった作品になるはずです。 す れ ば、 も っ と も っ と 気 持 ち の こ への思いを想像してください。そう と深いはず。もっともっとお母さん ん。お母さんへの思いは、もっともっ 生になるまで育ててくれたお母さ それだけじゃないのでは? ずっと ご飯を作ってくれたお母さん、高校 ていうけれど、お母さんへの思いは つけたままお母さんが亡くなったっ されない被災地の現状などの描写も 描かれていた。きれいごとでは済ま ● 震災を題材に、ある家族、それ を取り巻く人々の様子が生き生きと げたことに敬意を表します。 テーマを正面から向き合って書き上 ゆく事実関係も含めて、一番難しい なによりも、いまだに日々変わって とはいえ、会話は軽快でセンスの 感じられる点が随所にある。そして 詞が増えてくるのも苦しい。 しまう。後半に行くに従って説明台 の展開に対する緊張感を弛緩させて 対比は、和解から始まる展開では先 あった。憲一の諦念と葵の行動力の ● 後半で語られる葵と憲一の葛藤 はやはり最初に表現されるべきで い気持ちにさせられました。 ぱり放射能に苦しむ福島の暗さに重 年後もやっ いうこと(これはどうしようもない を高校生が演じなければならないと きません。まずもって、老練な大人 ただ、実際に舞台でどのように立 体化されるのかは、いまいち想像で す。 むだけで映像が浮かび上がってきま 画のワンシーンのようで、脚本を読 の憲一のシーンなどは、なんだか映 の種を撒くシーンや、ラストシーン 突き刺さるシーンになると思いま ですね。そうすれば、それだけ胸に 荒立てないで、淡々とやって欲しい は、こういったアイロニーを、声を 徒の台詞。舞台で立体化するときに ないか」というドキリとする男子生 う 放 送。 「原発そのものが冗談じゃ から屋内に入ってくださいなんてい セルを飲んでいる。雨が降ってきた います。野菜が食べられなくてカプ 会話を繰り返し過ぎているような印 ながらもあまり変化せず同じような 識たちからのさまざまな問いに答え えるのが難しかったです。4つの意 らかになっていくのかと読み進めて せん。4つの意識との会話の中で明 ● 少年悠哉がなぜ大きな重圧の中 で生きているのかが、よく分かりま いもいっそう深くなるのでは。 して欲しかった。そのほうが、味わ ばこの劇は、山本家の中だけで完結 設 定 に は、 制 約 が あ っ た ほ う が、 劇は面白くなると思います。できれ る) 。 すれば、山本家の中だけで可能であ 度か出てくるが、設定を上手に変更 いじれば、山本家の中だけの劇にす そ れ か ら、 お 母 さ ん へ の 思 い も もっともっと想像してください。傷 になります。 どうしていくんだろう、という想像 あり、今回の震災を改めて考える機 象を持ちました。これは一晩の不思 なのか、私の中では解 決 で き ま せ ん お母さんがいないっていうこと は、 ど ん な こ と な ん で し ょ う ? もっともっと想像して く だ さ い 。 愛 が掻きたてられます。 ことですが、高校演劇の創作脚本賞 行きましたが、悠哉の人物像を捕ら 議な体験という設定でしたが、目覚 少し描かれていればよいのではない めた後の新しい一歩というのがもう かと思いました。 す。また、誰もいない教室で向日葵 莉は、「独り」っていうけれど、「独 会となった。ストーリーに強弱があ 赤羽 由貴子・作 『夏宵の宴』 り」ってどういうことなんでしょう。 まりなかったような気がしたのは私 いるわけだからそんなにインパクト 舞台の場合、屋内のセットをきっち ち の 会 話 で 見 せ た い と こ ろ で す が、 すべきだった。説明台詞が多くなっ のある出来事はないのが当然なの それにしては場面転換が多すぎま てしまったのは、登場人物の台詞を ● 登場人物の思考、行動等、もっ と煮詰めてから脚本として書きおろ きことなのだから。 す。もう少し、 場面を整理できなかっ りと建てて、そこに出入りする人た ● 味わい深い作品です。憲一、葵 は、ベテランの俳優さんに演じても か。震災がインパクトの強すぎるで だけだろうか。ただ、日常を描いて また、もっともっと作品を書いて みてください。 どんなときに「独り」 っ て 感 じ る ん だろう。というか、愛莉は、どうやっ ● 大震災後の放射能汚染に苦しむ 人々の悲しみや怒り、絶望が描かれ 結崎 八郎・作 『向日葵』 なので) 。 ま た、 セ ッ ト も 見 え て き ま せ ん。 こういった会話を中心に聞かせたい て今、生きているんだ ろ う 。 ひ ょ っ としたら、親戚に引き 取 ら れ て い る とか。もしそうだとし た ら 、 親 戚 が お母さんの味と違って、悲しいとか。 れば描かれるほど、その中に対比さ ご飯を出してくれるけ れ ど 、 そ れ が きっと悲しいポイント が い っ ぱ い あ 10 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (18) 多々あります。しかし基本は知って おくべきでしょう。 る会話を切り取る」場面から成り は、一挙にしぼんでしまうのだ。 立っています。ここで必ずジレンマ 青年団主宰で劇作家・演出家の平田 で は ダ メ な の だ っ た。 そ れ で も、 劇作家としては、ここが美術館であ が 生 じ ま す。 そ れ は、 「観客に状況 オリザさんの言葉を紹介します。平 ることを、早い段階で観客に知らせ を説明しないとものがたりが進行し ら吐き出された「言葉」でしかなく、 なければならない。それも舞台美術 ない、だが、説明する台詞を入れる そ れ が、「 セ リ フ 」 に ま で 昇 華 し て す。 場 面 を も っ と 頭 の 中 に 描 い て、 リアルな台詞とは何か? などの力を借りずに、台詞だけで話 次の登場人物が説明し て 補 わ な い と それを「ト書き」にしっかりと書い 相当に難しい問いかけだ。 これは、 だが確かに、リアルでない台詞、説 を進めなければならないとしたら 感情や思考を確定でき な い と い う 悪 するのではなく、感じ て も ら う に は 明的な台詞、もっと簡単に言ってし 田さんはこう書いています。 ど う す れ ば い い の か 考 え て 欲 し い。 ていきましょう。 まえば「ダメな台詞」というものが と『 台 詞 が 説 明 的 』 だ と 言 わ れ る 」 いないという印象を受けてしまいま けれど、一所懸命書い て い る 姿 は 痛 また、「脚本」は「詩」ではないので、 「物語」というものが要求されます。 ……。 循環に陥ってしまった か ら だ 。 説 明 いほど伝わってくる。 欠 点 を 補 っ て 「物語」とは、すごく簡単に言えば、 ある。 よほど特殊な台本を除き、ふつう 台本の大部分は「ある場所で進行す あまりある筆力を感じ た 。 「 起 承 転 結 」、 も っ と 言 う と、「 何 が (中略) 「あぁ、美術館はいいなぁ」 ● 多くの若者が大なり小なり抱く 悩み、また悩みの過程 が 主 人 公 と 4 どうして、どうなって、そこからど 知っている人は知っているでしょ うが、平田オリザさんの戯曲は、 「も の正直な感想として、高校演劇の台 く務めている方です。その平田さん しかし平田さんは全国大会をはじ め、高校演劇の講師・審査員を数多 か? 取り寄せてみてはいかがでしょう かと思います。ご興味を持った方は すべての人に参考になるのではない (中略) あるいは、女の子が一人、舞台袖 から走ってきて、サスに入ってこう 詞に大いなる違和感があるというの 叫ぶ。 処してゆきましょう? というジレンマです。これにどう対 人の言葉のやり取りで語られてい 私が開講している戯曲の講座で は、このことを、例えば次のような アルな台詞を書くにはどうしたらよ 例を挙げて説明している。 い か、 「説明的」にならないで状況 うなって、そしてこうなった」なん ダラダラ続く芝居を書く人」とも見 を 説 明 す る た め の 手 法 と は な に か、 ていうものです。この作品では、精 く。 語」がないがしろになってしまって えるかもしれません。たいへん現代 どういった場面を設定すれば台本を (講 紹介した引用は、『演劇入門』 談社現代新書、一九九八)の冒頭か い ま す。 た だ、「 場 面 」 だ け が 提 示 「あぁ、美術館はいいなぁ」 的な劇作家ですから(さらに、とも 最後まで書くことができるのか…… のがたりの解体」をします。つまり 言葉の選択に無理は な か っ た だ ろ うか。高校生の主人公 が 日 常 的 に 使 さ れ て い て、「 物 語 」 と し て 連 続 性 と独りごとを言う。これがいちば んダメな台詞の例である。 すれば) 、 起 承 転 結 構 造 を 持 つ「 も その他その他。この本の、特に前半 神世界を描いたという結果、この 「物 う言葉としては、若干 現 実 離 れ し て のあるものにはなっていません。(連 あまりに極端な例だと思われるか も し れ な い が、 実 は そ う で も な い。 のがたり」 を描きたいみなさんには、 部分は、台本を書いてみようとする らです。この続きに、平田さんはひ いる感があったように 思 わ れ る 。 続性のあるのは、最初の場面だけで 高校演劇の、生徒が創った作品など 思われるかもしれません。 「参考になんねーんじゃねえか」と とつの解決策を提示しています。リ ● 生徒の創作にして は 、 語 彙 力 が 豊 富 で、 詩 的 な 表 現 に 満 ち て お り 、 す。家族・友人から逃げて、精神世 を見ると、この手の説明的な台詞の 戯曲はものがたりを持たず、ともす 感心させられます。作者の感性には、 界に入った、の部分だけ) オンパレードである。 れ ば、 「何の変哲もない日常会話が 将来性を感じます。 というわけで、詩的な表現として は、豊かなものを感じるので、その 舞台設定を美術館としよう。主人 公が入ってきて、いきなり、 す。 劇や、物語というものについてたく しかし、まだ、劇と い う も の の 形 にまで磨き上げられて い な い よ う で ま ず、「 セ リ フ 」 は「 詩 」 で は な いので、それが舞台の 上 で ど の よ う さん考えてみるとよいと思います。 感受性と表現力を生かすために、演 に表現されるのか、ま で 想 定 し て 脚 本を書く必要がありま す 。 装 置 が ど のような装置で、明り が ど の く ら い です。 ……というあたりで、今年度の創 作脚本についておしまいにしたいと 「 私 は、 ◯ ◯ 君 の こ と が 好 き な の に、どうして、彼は私の気持ちが分 かってくれないんだろう。◯◯君の 稿を、そして新たな書き手の投稿を 投稿ありがとうございました(そ して選考委員の先生方、お疲れ様で で、それは静かな場面 な の か 、 音 楽 違和感のない「リアルな台詞」と は何か? そして、 「リアルな台詞」 を書くにはどうすればいいか。もち お待ちしています! がある場面なのか、役 者 は ど の よ う ろん、リアルな台詞を、あえて排し 思います。来年も、みなさんの再投 ちが、◯◯君に伝わるのかなぁ」 たところに面白さが成立する場面は バカ。あぁ、どうすれば、私の気持 こうして、これからどんな物語が 始まるのだろうかという私の期待 した。ありがとうございました) 。 欄が余ってしまったので、創作脚 本 に つ い て ヒ ン ト に な れ ば と 思 い、 に立ち、どう見えるの か 、 も ち ろ ん 全てではなくても、あ る 程 度 、 脚 本 家の頭の中に描かれて い な く て は な りません。まだ「セリ フ 」 が 作 者 か な ってくれれば幸いです。 と。目に見 思い出すこ とは死者を すね。祭り と重なりま 語った仕事 モノに弾き が見えない の関で蝉丸 ません。 (でも、シェークスピアに、 ささか気持ちの悪い舞台かも知れ と思って劇を見る習慣の方には、い はしません。だから、 「わかりたい」 やメッセージを声高に訴えること 解」がないかも知れません。テーマ して、たしかに私たちの劇には「正 した。妄想という言葉の当否は別と とカーテンコールで演出が言いま 「この劇のわからないところは見 た方の妄想でおぎなってください」 むかし逢坂 えないもの チ ェ ー ホ フ に、 「ゴドーを待ちなが 「 だ れ も が 絵 を 理 解 し た が る。 な ぜ彼らは小鳥の歌を理解しようと ら 」 に、 「正解」があるのでしょう しないのか」とピカソが言ったと と交流しよ やなあ」(一 「 今 の 時 代 に マ ッ チ し た 内 容 で、 れてしまっ 一 人 一 人 が 役 柄 に な り き っ て い て、 ている感覚 か。そんな「小鳥の歌」のような舞 うとするこ 舞台にくぎづけになってしまいまし 般) ちで創り出したい。見はてぬ夢と知 - た」(保護者) という思 いで見てい りながら、そんなことを私は妄想し か・・・) る 何 か が あ る。 素 晴 ら し い で す!」 ただいた方 「 見 て い る 人 の 心 に、 あ る と き は ふわっと、あるときはさくっとふれ もいたこと 今 年 は 1 年 生 が 十 数 人( 出 入 り があるので正確な人数は常に不明) と。最近忘 今 年 の 作 品「 鳥 た ち の 祭 り 」 は 、 地区大会の後、地元紙 に 「 自 然 と 向 (高校生) た。嬉しいことです。もちろん、 感謝すべきかと思いますが、これは 入 っ て き た。 2 年 生 も 併 せ て 総 勢 飯田より き合う人間の在り方が 多 面 的 に 描 か といった感想に、班員一同ひとま ず胸をなでおろしつつ、 「話の終わり方がよくわかりませ んでした」 (中学生) 脚本、演技、演出の未熟さにとどま 二十数名。2年前、4人の3年生が 飯田高校演劇班 れ、野鳥を通して自然 の 大 き な 力 を 「 不 審 者、 不 気 味 な 因 縁 の あ る 土 地、無関係なはずなのに共通項のあ らず、この方が演劇に求めているも 信州日報)と紹介 さ れ ま し た 。 ていただいてもいい小 さ な 公 園 を め ぐる雑多な人々の物語 。 そ れ ゆ え 月に伊那谷文化芸術祭 で 再 演 し た と きの感想も様々でした 。 という辛口の批評も。こんなに本 音を言っていただいたことにはまず 顧問 赤羽 徳久 二〇一一年度を振り返って 臼田より ています。 台を見たい、願わくばそれを自分た 感じさせる舞台に仕上がった。」(9 る人物たち、突然いなくなった幼馴 「 ス ト ー リ ー 的 に、 こ の 後 を 考 え させられる展開で、続編も見たいと のとこの作品との間にずれがあった 卒業して0名になったことを思い 顧問 木村哲 今年度は3・ を背 景 に し て 多 く の舞台が作られたと思 い ま す が 、 こ 染との再会、騒ぐ鳥・・・途中まで 思った」 (保護者) の で し ょ う。 「ガチガチにしめる演 出 す。 「どうしてこんなに増えたの ガチにしめてったほうがよかったよ の作品にも、自然と人 間 そ れ ぞ れ の ホラーだと思ってました」(一般) という声もあり、それもまたもっ ともなことです。さらには、 出」は私たちの劇作りからいちばん 25 を知りまし 営みの、一筋縄ではい か な い 関 係 性 という感想にはへえっと思い、さ らには 「 ち ょ っ と 全 体 的 に マ ズ い で す。 話とか感情とかが動かない。突発的 か?」理由を聞くと幸運が逃げてし 11 / を描きたいという思いがありまし 「 あ る 境 界 の せ め ぎ あ い の 話。 鳥 たち=見えないもの=死者たち、と 遠いものだからです。 11 うに思います」 (一般) た。とはいえ、中身は い か よ う に 見 ふれること(ふれようとすること) 。 に置かれるだけ。演出はもっとガチ 各 - 地の演劇部からのレポ ート の報告が、ほかの地区の合同発表会や自主公演に足を 運ぶき っかけに か の演劇部・班・ク ラブ に近況報告を し ていた だ いていま す。これら 表 会 はこん な 演 目 が あ る」 、 そん な 思 いを も っても らお う と、 いく つ 「県内6地区の演劇部ではこんな ことを し ている」 「普 昨年号か ら、 段は遠くてな かな か見に行けな いが、ほかの地区の自主公演や合同発 毎号、記事にな るのが県大会出場校のみというのも味気な い……。 長野県のあちこちから (19) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (20) か? どうせ演じるなら君たちのや りたいものをやろうよ と 提 案 。 2 年 できない。さて、今年 は 何 を や ろ う まいそうで、恐ろしく て 聞 く こ と が 無理だろ」というアイデア等々。 き る か な と い う ア イ デ ア、「 そ り ゃ う。秀逸なアイデア、がんばればで 出た。まずはアイデアを出してもら は全員が一つになって舞台に臨んで 日、とてもうれしかったこと。それ て直すための一週間だった。本番当 文化祭が終わって萎えきった心を立 が 終 わ り、 次 週 が 東 信 合 同 発 表 会。 くくなる程度)まで一時間は なこのホールがあたたまる(ぬ て も、 冷 え 切 っ た 氷 室 の よ う … が、 暖 房 を つ け て い た だ い 大変ありがたいホールである。 生 の あ る 女 子 か ら「『 不 思 議 の 国 の ら、 「次は任せた♪」と言われ かかる…。 るがまま、明科高校・豊科高校・ いたことだ。そして、私達の舞台に フもそんな気持ちが伝わってきて泣 南安曇農業高校の皆さんの強 台本を書き上げるまでの顧問の苦 し い 期 間 は 割 愛 し て、 と も か く 練 アリス』をやりたい」 と い う 希 望 が きそうになったと言っていた。苦し 力 な ご 協 力 の も と、 な ん と か 応えてくれている観客のみなさんの 活動に来てく い 時 期 が 長 か っ た か ら そ の 気 持 ち、 ここまでやってこられました。 習が始まった。 れてありがと よくわかる。後で見返すと、反省点 もちろん豊科公民館さんのあ 今年で2回目となる安曇野 市 高 校 演 劇 合 同 発 表 会。 一 代 う」という気 が 多 々 残 る 舞 台 で あ っ た。 け れ ど、 たたかい全面的なサポートが 目事務局長の篠田毅博先生か 持ちで臨むこ この日、この瞬間を経験できた班員 気持ちが舞台袖まで伝わってきたこ と に し た。 こ 達は幸せだ。でき得るならば次の舞 とだ。音響照明ブースにいたスタッ う書くと、清々 あ っ て の こ と。 本 当 に 感 謝 で な、 今 日 も 班 しくて格好い 台も、そしてその次も同じ感覚を味 「班員のみん い が、 紆 余 曲 す。 た だ、 頼 り な い の は 二 代 員にも同じ気 に し た い。 班 んで大きな力 る(字のふるえをお見せできないの ている私は寒さで手がかじかんでい ず練習している。客席でこれを書い 寒い。とてつもなく寒い。ステー ジの上では生徒が寒さをものともせ 道 具 は 大 嫌 い。 し た が っ て、 C が 大 の 苦 手、 機 械 音 痴、 大 目 事 務 局 長 の 私。 と に か く P わえるともっと幸せ……。 二代目はトンチンカン 持ちになるこ が残念です) 。ここは安曇野市豊科 事務局長 鈴木 綾 (穂高商業高校顧問) ~第2回安曇野市高校演劇合同発表会~ 安曇野より 折あってやっ とこのような 心境になった。 応援してくれ る 人、 見 て く れる人がいる からこその演 劇。 た く さ ん とをたびたび 公民館ホール。空いている時はいく の人を取り込 訴えた。 ど し 使 わ せ て く だ さ る、 懐 の 広 い、 らでも無料で音響・照明を含めどし 9月第1週 に文化祭公演 (21) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 昨年同様成功を目指し て が ん ば っ て だ?)、顧問はそれを見守りながら、 を 第 一 目 標 に( 演 劇 は ど う し た ん 生 徒 ど う し は「 仲 よ く な り た い ! 」 盛 り 上 が り の う ち に 終 了 し ま し た。 徒のための交流会~がなかなかの そして今日、1月 日 は 記 念 す べ き第2回生徒委員会~ 生 徒 に よ る 生 てやっております。 げし…。あらゆる人の 力 を お 借 り し 会はしっかり者のうち の 部 長 に 丸 投 稿作成は元夫に泣きつ き 、 生 徒 交 流 トは南農さんに依頼、 写 真 入 り の 原 公民館さんにお願いし 、 パ ン フ レ ッ 商業科の先生に、印刷 は す べ て 豊 科 ポスター原稿のCD焼 付 け は 校 内 の 後気を付けます。 し・・・。本当にごめんなさい。以 え ば、 八 つ 当 た り も し て し ま っ た なったり、職務放棄したり、そうい とかならなかったり、突然不機嫌に なるよ」で全部片付けてあとでなん いました。行き詰まると「なんとか 私が部長になって半年、部員のみ んなにはいろいろ迷惑をかけてしま ています。 を目標に新入生歓迎会の準備を進め 現 在 は「 来 年 は 新 入 部 員 三 人 以 上 」 はり裏目にでてしまい悔しかった。 問題で諦めるしかなかった部分がや しかったけれど、人数と活動時間の 県大会にはいけなかった。それも悔 ま で や り 通 す こ と は で き た け れ ど、 の」だと信じていました。ところが 生徒も顧問も、長らく「そういうも 裏 か ら 手 製 の ホ リ 幕 を 下 げ る も の。 ジに自前の5mの柱を増設し、天井 文化祭といえば、第2体育館でや るもの。夜通し作業して仮設ステー 顧問 小林弘己 した。 た皆様、本当にありがとうございま の先生はもちろん、支えてくださっ 最後に、引退したのにも関わらず 手伝いにきてくださった先輩や顧問 公演場所は社会科教室になりまし た。照明はLEDライトを使うこと け、柱に別れを告げました。 本当に大変だった思う 。 当 日 、 先 輩 響をやることになった 一 年 生 二 人 は 忙しだった。特に照明 の プ ラ ン 、 音 合同発表会では、人 数 的 に は 厳 し かったが三人劇に決定 し 、 準 備 は 大 活動がはじまった。寂 し い ・ ・ ・ 。 生二人、合計四人とい う 少 人 数 で の 六月に文化祭が終わ り 、 た っ た 一 人の先輩が引退。一年 生 二 人 、 二 年 ストームの芯となって天寿を全う で建ててきた『柱』は、ファイヤー も の は 全 て 後 夜 祭 へ。 毎 年 命 懸 け 生 徒 の 手 で 釘 を 抜 き、 焼 却 で き る ギ ャ ラ リ ー で 道 具 類 を 解 体 し ま す。 技師さんからチェーンソーをお 借 り し て、 汗 だ く の ジ ェ イ ソ ン に。 ません。 スも演劇の公演をする場所もあり した。新しい体育館には物置スペー 行 し て、 大 変 な 宿 題 が 舞 い 込 み ま 化 祭 の 公 演 場 所! 文 化 祭 準 備 と 並 ら も 使 う 部 材 の 置 き 場、 何 よ り 文 い て い た 大 道 具 類 の 処 分、 こ れ か 壊されることに。…ギャラリーに置 …耐震強度の不足から、2体が取り 対して弱気になっていたのは顧問の た。何のことはありません。変化に 合同のクリスマス公演に挑戦しまし て、今度は音楽室を借りて合唱部と 満員御礼。生徒たちは早速欲を出し 居が見られると好評です。2回とも んの反応も上々で、すぐ目の前で芝 いざやってみると、教室って実は 手ごろで素敵な場所でした。お客さ 要もなくなりました。 です。天井裏に上って命を懸ける必 てアドバイスも頂戴しました。感謝 す。松文のスタッフの方に来て頂い 小さな教室公演にはもってこいで と ブ レ ー カ ー が 落 ち る 心 配 は な く、 に。光は若干弱くても、何個使おう 県大会にもここ8年御無沙汰の弱 小集団ではありますが、大きな節目 踏み出す力を持っておりました。 方で、生徒たちはずっと柔軟に次に 体育館解体 松本県ヶ丘より いきます。2月の第2日曜日はぜひ、 に照明を、顧問の先生 に イ ン カ ム と し ま し た。 当 日 は 卒 業 生 も 駆 け つ 二年 本井綾華 少人数 伊那弥生ヶ丘より 裏方を手伝ってもらい ど う に か 最 後 安曇野市へお越しくだ さ い ! 13 になった年のこと、ど こ か に 残 し た く紹介させていただき ま し た 。 今 後 とも県陵演劇部をよろ し く お 願 い い たします。 須坂東高校演劇部 紹介 顧問 金井賢一 部 に 再 昇 格 を 果 た し て 一 年 余 り。 部 活 ら し く な っ て き ま し た。 4 月、 長野舞台のスタッフさんに聞く 様にお話をお聞きしたいと思い、昨 瀬 昨年の山崎社長に続き、今年は 現場でお世話になっている若手の皆 輪 あのー、「藤澤さんは怖そう」っ て評判がありますけど……。 (笑) 藤 そう、その時代です。 瀬 松本は演劇祭がすごい時代があ りましたね。 クラブで演劇やってました。 瀬 中学校でやってても高校でやら ないっていうこと、多いんですよね。 もういいやって思っちゃうのかな。 安 高校のほうが全然自由度高いの に。もったいない! 木 私は裏方のほうが向いてるって 思 っ て。 セ リ フ 覚 え 悪 い ん で す よ。 (笑)でも舞台会社に問い合わせて も「女性は採らない」ってところも あって。先生にも「そんな業界やめ 藤 えっ れでご紹介記事になるね。 (笑) 瀬 そ ん な み な さ ん に、 我 々 は サ ポートをしていただいていると。こ て、で今の私です。 ろ」 とさんざん反対されて、押し切っ を作れるのか、現場からの視点でお 相 そういえば僕の道具箱に書いて ある俳句、あれ、藤澤が書いてるん こんなに優しいのに 願いします。 です。(編注・句は記事の終わりに掲載し に 転 勤 に な っ た と き に、 当 時 の 松 藤 僕 も 舞 台 は ま っ た く。 バ レ ー ボ ー ル や っ て ま し た。 仕 事 で 松 本 た。 生の時は軽音でギター弾いてまし 相 僕は音楽寄りでした。やっぱり 仕事を始めてからです、芝居は。学 見始めたのは。 山 私 は ひ た す ら 剣 道 で し た か ら。 この仕事についてからです、芝居を なったのはいつからなんですか? 瀬 本題に入る前に、まずはみなさ んの経歴から。芝居に関わるように 長野舞台の皆さんって……? 後、どうすれば我々はよりよい舞台 年のうちから予約をしてました。今 田理事長+安樂事務局長、記録・輪湖編集員) 。 長年、高校演劇がお世話になっている、株式会社長野舞台。昨年の 号で は山崎社長さんにお話を伺いました。今回は、直接お世話になっている藤澤 さん、相澤さん、木崎さん、山本さんにお話をお聞きしました (聞き手・瀬 17 瀬・安 ええっ! 安 相澤さん、装置の作り方でアド バイスをください。 装置を、リハを、学びあう てあります) 相 不気味がられてると思うんです け ど( 笑 )、 あ れ 僕 じ ゃ な い で す、 藤澤です。 りやってくる学校があるのがいいで 相 関東大会を見ると、たとえばケ コミや、平台の上の塗装までしっか 藤 緊張した雰囲気を和らげて楽し んでほしいなって、張り出したんで すね。 くて、それ 状況が面白 木 あ と、 祖 母 が 古 典 舞 踊 の 名 取 だったり。だからずっと身近でした 安 おお! 相 講習会があって、みんなが知っ なんだあの先生だったんだ」って。 生 が 異 動 し た だ け だ っ た り。「 あ、 木 関東大会でも、新しい学校が出 てきたと思ったら、単純に顧問の先 ね。 ウハウによるところが大きいです 相 学校ごとまちまちですけど、学 校の、もっというと顧問の先生のノ 安 なるほど。 すよ。ふざけてるわけではない。(笑) 瀬 では今日は「藤澤さんは実は怖 くない」というところをしっかりお 伝えしましょう。 (笑) 安 最後に、木崎さんは? が始まりで ね、舞台は。あと、中学校で週1の 木 私はクラシックバレエを3歳か らやっていて。 す。 本の演劇の !? 二 本 立 て で 新 入 生 歓 迎 公 演 を 行 い、 教室公演でしたが新入 生 が た く さ ん 見に来てくれました。 そ し て 7 名 の 新入部員を迎え 名の 大 所 帯 と な り ました。 ます。 目指して厳冬の中を熱 く 活 動 し て い やです。大人数が一つ の 劇 の 完 成 を 銀河鉄道の夜』の準備 で て ん や わ ん 主 公 演 と し て 行 う 北 村 想 の『 想 稿・ をさせてもらいました 。 そ し て 今 自 秋以降は昨年から始 め た 地 元 の 福 祉施設で『ちりとてち ん 』 な ど 公 演 では課題は残りました が … 。 経験しました。劇の完 成 度 と い う 点 ルなどもなく、初めて 大 道 具 作 り を 約束で。部の財産とも 言 う べ き パ ネ は一方が裏方に回り助 け 合 う と い う つの劇を作り始めまし た 。 公 演 時 に のチームに分け、ほぼ 同 時 並 行 で 二 この大所帯をいかす た め 、 文 化 祭 と北信地区大会の公演 を め ざ す 二 つ 17 !? 須坂東より 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (22) みなさんの活動の様子を、インターネットに載せてみませ んか? 「長野県 高校演劇」で検索してもらうとトップで ヒットします。地区大会と県大会の情報だけでなく、各校 の自主公演、文化祭公演、他校との合同公演などについて 情報をゴリゴリ寄せてください! 送り先もサイトに書い てありますからね! さあ今すぐ検索! (23) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 そのノウハウを吐き出 し て も ら っ て 持 っ て る 顧 問 に 集 ま っ て も ら っ て、 輪 いえ、やったんです。固定化は 怖 い で す か ら。 そ れ で ノ ウ ハ ウ を 相 そういう講習会ってないんです か? 輪 そ れ は 昨 年、 山 崎 社 長 も お っ しゃってました。 とにかくパソコンを使うなら、バッ プ ラ ー を 使 う 学 校 も あ り ま す け ど。 からの送り出しが増えました。サン やりやすいですね。あと、パソコン 山 そうですね。効果音も入手しや すいし、レンタルやダウンロードも 瀬 音 響 の 世 界 は 変 わ り ま し た よ ね。 学校で試せる音響 瀬 たしかに。 る学校も多いですよ。あと関東で印 山 ええ。でも関東大会を見ている と、普段使い慣れた機材を持ってく 安 本番でちょっと機材が変わるだ けですものね。 ことができますから。 るから、とにかく試して試してって で練習でき 山 そ れ に 音響は学校 輪 な る ほ ど。 使い方をするんだ」って。まあ、そ 藤 たくさん舞台を見ること。それ し か な い と 思 い ま す。「 あ、 こ ん な いですか? 会館以外で効果的な腕の上げ方はな 瀬 そこをどうしたらいいのかとい うのが、 どの学校も悩んでいまして、 いけないのは大変でしょうね。 藤 照明は、学校の体育館ではでき ない。会館で実際にやってみないと 照明の難しさ て勉強すると。そうすれば「藤澤さ 瀬 じゃあ講習会かな? がっつり と藤澤さんに講師をやっていただい り方ができるならやってみたい。 に作って……なんて、そういう関わ ね。何日かかけて関わっていっしょ ど、 バ ッ ク ア ッ プ を 持 っ て き て な 瀬 今年のダンスの県大会で東信の 演劇部は照明を頼まれたんですけ しいです。 瀬 前橋南でした。 でしたっけ? ラストにセミの鳴き 声がリバーブするの。 象的なのはこだわりですね。前橋南 瀬 いや、わかります。 たいないんですけど。(笑) ういう目で芝居を見るってのももっ がわかる。 んって実は怖くないんだ」ってこと 藤 大きいホールである必要はない です、 小さい小屋でもなんでもいい、 たくさん見ることでしょうね。 瀬 照明について、お二方からそれ ぞれもう一言。 藤 だから、もともと優しい。 一同 (爆笑) 藤 大会という場でしか生徒さんと 接 し て な い か ら、 や っ ぱ り そ こ は るわけじゃないですから……。 プランを作ってる段階から関わって 限 り、 こ ち ら か ら は 言 え ま せ ん ね。 明らかにおかしいということでない 共有しようと。 クアップはちゃんととっておいてほ ていればいいなと思い ま す 。 相 いいじゃないですか。 いと逆に、結果として 、 ノ ウ ハ ウ の い学校があって大変な目に遭いまし 輪 でも、講習会に来てくれるのは 結局、もともとある程 度 ノ ウ ハ ウ を あるなしがいっそう顕 著 に な っ て し 持ってる熱心な先生が ほ と ん ど 。 狙 まったんです。 山 その場でリバーブかけたんです けど、指さばきが見事! こだわっ た。バックアップ、大切ですよね。 出し方もきっかけも音量も、入り方 山 音響は、普段の稽古でいっぱい 試してください。 音ひとつにしても、 す。あと、暗い時間は多くないほう 木 と に か く「 見 え る 」 こ と で す。 やってることが見えないと困りま けてほしいですか? 時に、わからなくなったら色を塗っ を作ってみるとか私は打ち合わせの ジカメとか。その色を脇において色 で 空の色、このファミレスの室内 の色……日頃の生活で、自然の色や 木 色をつくるんでも、普段の生活 のお話を伺って、ぜんぶパソコンで にしたってカットなのかフェードな がいいですね。 てるなあって。 完結してしまうやり方に疑問を持た のか、フェードにしてもその上げ方 かもしれません。 相 あらら。でも、他校がやってる リハーサルとか、建て 込 み の 準 備 と か、見学できるんですよね? そう い う の を も っ と や っ て ほ し い で す。 なくてはと思ってまして。 も、すべてにおいて可能性は無限に 瀬 完全暗転よりもブルー転とか。 木 ブリッジとしての音楽とか。見 ていて「あれ?」と思うことがあっ 瀬 では藤澤さん。 瀬 木崎さんは、明かりをつくると きに、どのあたりにいちばん気をつ いい大道具、いい建て 込 み 、 い い 舞 山 アナログの感性を忘れてはいけ ないです。一方で、デジタルにはよ あります。いろんな人に意見を聞い ても、 それはその学校のプランだし、 藤 当たりの大きさは、実は役者が 決めるんです。当てに入って、自分 と変わって たら、もっ す。アナログの感性を持ちつつ、デ さんが自分で作れるという状況で では、全体的なアドバイスを。 台監督の指示……そう い っ た も の を さもあります。生徒さんが自分で作 て、そしてベストのイメージを学校 好みの問題 が眩しいと感じなかったら入ってな くるんじゃ ジタルの便利さをうまく使うといい 共有できる、自由に裏 を 見 る こ と が れ ま す か ら。 た ま に、「 え、 こ れ み かもしれな ないでしょ 瀬 できる場なんです、リハーサルって。 んなが編集したの 」って思うこと で作ってきてください。いっぱい試 いし。あま いんです。キューを出すのも、本当 輪 うちもパソコンで編集、音出し してるんですけど、昨年、山崎社長 瀬 当該校に言ってお け ば 、 リ ハ は 客席で見られることに な っ て ま す 。 もありますから。デジタルで音響へ す! りにも暗す は役者なんです。役者の呼吸が「俺 ですよね。 ち合わせは少しでもスムーズになる てこいと言ってました。それで、打 意識して、紙に塗ってみるとか、デ 相 いや、もっと舞台に入り込んで 見学していいよってと こ ろ ま で 許 し の敷居は確実に下がりました。生徒 藤 学校でできるってのはいいよな あ! ぎ る と か、 うか。 !? 安 まあ、文化祭でしょうか。日程 が横並びになったりすることが多く か? しょに楽しくって場はあるんです 聞くことって大切ですよね。 山 いろんな人に関わって、いろん なものを見て、いろんな人の評価を のをいただきました。 て。そのときはほかに代えがたいも こはがんばろうよ!っていう。 なってきましたけど。 藤 芝居に関わるときに、俺はあん ま り 難 し く 考 え て な い ん で す よ ね。 の明かりをつけろ!」 っ て 言 っ て る 瀬 地区の合同発表会は、東信・諏 訪・安曇野であります。 んだろうって思います、調光室にい はずなんです。照明担 当 も 、 そ の 呼 安 なかでも諏訪はひとつの舞台を つくるから、つながりは強くなりま てガチガチに緊張しているのを見た 藤 プランによるんです。吊りこみ が多くてもやりやすい学校もある に進む学校の特徴はありますか? 瀬 確かに。この話、もう少しお聞 きしましょう。シュートがスムーズ し、少なくても時間がかかる場合も すよね? 山 そう、お手伝いでもいいんです よ。毎日稽古に来てくれれば! 吸を感じてほしい。 一同 おお! かっこいい! 藤 (ガッツポーズ) ある。 輪 でも大変なんですよ、合同練習 で生徒連れてくのは。 持 っ て こ な い 学 校 も あ る。 照 明 に トと当たり図を持って き て 舞 台 図 を 合わせをするのに、た だ キ ュ ー シ ー いってことがあります 。 照 明 の 打 ち 照明は音響のことを全 然 わ か っ て な 藤 いろんな部署がひとつになって ひ と つ の 舞 台 を つ く る べ き な の に、 め始めたり。(笑) ないといけない。 す。打ち合わせも、先生抜きででき す。でもね、それじゃいけないんで がよくわかっていない場合もありま 木 照明は顧問の先生がしっかり理 解していても、それゆえに生徒さん 雑でもスムーズです。 すぐに決定できる学校は、要求が複 と「 あ、 こ れ は 遅 い 」 っ て。( 笑 ) う?」って聞いて「う〜ん」と唸る 安 やっぱり意識が大会だけになっ た り す る と、 「地区の高校演劇=県 です、もともと。飲み会も多いし。 争意識が薄くて連帯感が強かったん 事務局のおかげで、悪い意味での競 河西先生(現・伊那北)など代々の 海大三) 、駒瀬先生(現・箕輪進修) 、 輪 諏訪は雰囲気的にも、中山さん ( 現・ 上 田 染 谷 丘 ) や 佐 藤 先 生( 東 東信・中信では現実的には難しい。 瀬 諏訪という狭い地区のなかで やってても大変だってことは、 北信・ うこうって山本と。まあそれはプロ どうこうってケンカしたり、音がど の見てないところで相澤とタッパが じゃないかなって。 楽しむためには、 藤 大会という緊張感もあるんだろ うけど、演劇ってもっと楽しむもん るんじゃないでしょうか。 きっとそれって、客席にも伝わって の あ る 学 校 と な い 学 校 が あ り ま す。 木 袖にいる役者さんの近くにいて 見ていると、幕が降りて終わった感 藤 あ、俺のせいか 瀬 いえいえ。 (笑) 瀬 藤澤さんが怖いんでは?(笑) りすると。 楽しんでほしいんですよね。どうな 瀬 やりやすい学校の条件は? とって、装置の配置と い う の は 決 定 大会への競争」みたいな弊害が生ま 藤 と に か く 意 志 が は っ き り し て い る 学 校 で す。「 こ ん な 大 き さ で ど 的に重要なんです。み ん な が ひ と つ れることがあって。 瀬 え! そ ん な こ と あ る ん で す か! になっていない。 いろんな人から吸収して楽しむ として、もっといいものをって当た 安 そういうときは「これはよくな いな」って、大会以外に目を向けさ 重ねてゆくけれど、高校演劇をして なくて、ずっとこの先も。 越えて、楽しんでほしい。 今だけじゃ もちろんケンカします、時には。人 せたりします。 いる生徒さんはいつも り前なんですけど。で、それを乗り 藤 たとえば? 安 何年か前、ケアハウスで公演さ せていただいたんですけど、おばあ 歳だから。 木 私はいつもみなさんから新しい 刺激を受けてますよ。私たちは年を ちゃんが泣いて観てくださったりし ああ〜。 一同 藤 (苦笑) 山 私は剣道でしたから練習試合で あちこちに行って、自然に横のつな 安 うちは、音響を専属でやりたい という部員がいるので と て も 助 か っ てます。 劇はどうなんでしょう? 藤 そうそう。大会以外で、上位大 会云々なしに、生徒さん同士がいっ がりができたりするんですけど、演 藤 まあ、必ずしもそ う い う 学 校 ば かりじゃないですよね 。 照 明 さ ん や 音響さんがお手伝いと か 、 仕 方 な い 事情を抱えてる学校も あ る 。 で も そ !? 17 瀬 どうぞ。 山 私から聞いちゃいますけどいい ですか? 置してないとか。それ で そ の 場 で 揉 もりでも、道具ではそ の つ も り で 配 相 各部署で話が噛み合っている学 校は早いです。照明は ホ リ を 使 う つ 安 打ち合わせがスムーズな学校は ありますか? スムーズなチームの条件 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (24) 瀬 年の差は毎年開いてく。(笑) 木 みなさん、ちょっと遠い学校も あるかもしれないけど、長野舞台に 相談しに来てくださいね。 安 藤澤さんも優しいし。 藤 そのとおり。(笑) みなさん、お忙しい中ありがと うございました! これからも よろしくお願いします! (安樂事務局長) このナグリ 俺の想いを 君に打つ 浸る青春 悔いは無 一寸の ずれも許さぬ この場ミリ 演劇に わが演劇連盟の草創期を語る(第7回) 寄稿 長野県高校演劇連盟 参与 山本 秀行 歴 史 と な っ た 日 々 生活の大事な三本柱としてクラブ活 なるような指導はしなかった。高校 た活動のせいだからだろう。 浮かぶ。これも「演劇」という生き 生徒の文を読み顧問の文章を読む と、一つ一つ、具体的な場面が頭に 「バード ―故郷への帰還―」(長野 清泉女学院高校)でした。講師の先 ~ ノ 井・ 松 代 高 校 )、 「 Angel tear 人形の見る夢」(長野日本大学高校)、 語っている。私たち顧問は、プロに 動を位置づけ、彼らの高校生活を充 があった。しかもその中に男子がい 本番直前の舞台稽古をしていた学校 集のあちこちに僕の名前を散見す からは離れて行くのだが、この記録 へと進む。だから、僕は北信の組織 北信高演連が出来て七年目、全県 の組織が出来、やがて高文連の結成 日、 日に東御市文化会館サ 成長し今日に至る。実 質 三 十 六 年 間 そ れ が 十 七、八 校 の 合 同 発 表 会 へ と 一九七六年八月二十九日、須坂東 高 の 木 造 の 講 堂 で 三 校 が 発 表 し た。 初の記録集の誕生であ る 。 感……。 よって作り上げられるのだという実 さ、……作品は関係する一人一人に 上演することの厳しさと本当の面白 世界を見せてくれた。芝居を作って ら山本先生のことを知りました。春 「講演に来校された山岸堅磐先生か 例 え ば、 現 在 北 信 地 区 で 校 長 に なっている、 女の先生が書いている。 る記録集だと、感謝している。 れる発表会となりました。 れました。発表校は 埴文化会館(あんずホール)で行わ 本年度の北信地区高校演劇合同発 表会は、8月5日・6日に千曲市更 い て、 生 活 を し て き た と 思 い ま す。 た。日本人の誰もが悲しみを心に抱 を中心に大きな地震が起こりまし せてくれたと思っている」と書いて させたり、北信の事務局長を務めた 修学旅行を題材とした創作劇を上演 その頃蓼科高校にいた美人先生 が、結婚して北信に入り、広島への 隣 り 」( 文 化 学 園 長 野 高 校 )、 「あの ト ワ ー ク 」( 中 野 西 高 校 ) 、「 人 間 の ギの星を」(須坂東高校) 、「マイ・ネッ 各校の舞台は、発表順に「家庭教 師」 (屋代高校) 、 「星生む空にウサ 後の評価は気になるものですが、自 たのではないかなと思います。発表 てを演劇に注ぎ込んだ発表会になっ 同発表会は、今、自分にできるすべ わってきました。今回の北信地区合 にできる、普通に生活ができる、そ 私自身、当たり前のことが当たり前 いる。 りしたのだ。今年七十五歳になった 星で待ってて」 (市立長野高校) 、「浅 この本の中に、連盟 加 盟 高 の 卒 業 生八名が、文章を寄せ て い る 。 彼 ら こ れ は、 長 野 県 教 育 の 特 徴 を 物 うのも意味がある。 に活動を続けられたのだ。 Night Dream 真夏の夜の夢」(長 野西高校) 、 「 路 地 裏 の バ ジ ル 」( 篠 いかなと思いました。生徒一人ひと の よ う な こ と に 感 謝 し、 演 劇 に 携 思えば、北信地区は、県大会を開 き、関東や全国への道筋をつけた母 僕から見れば、まるで子供のように 現在、顧問である方 々 、 い ま 指 導 している生徒たちが、 将 来 こ ん な 事 を語るのだ。 後の人生に役立つ多くのことを学ば は、現在四十代、中には五十代に入っ 体だったのだ。 生徒の回想記が良い た人もいる。その一つ 一 つ が 、 味 が そしてこの卒業生八名中、演劇の プロになっているのは一人だけとい 校で、活気溢 休み、 生徒と勤福の発表会を見学し、 11 あって面白い。 10 年離れた先生たちだ。それが 「演劇」 賀 家 家 族 会 議 結 構 佳 境 de 協議中」 分の中でやりきったという充実感 が、 演 じ き っ た 時 に 感 じ ら れ れ ば、 という共通基盤があったから、とも ( 長 野 東 高 校 ) 、 「 A Midsummer そのことこそが「金賞」なのではな まとめられている。 ひたすら感動しました。……」 昨年の3月 日に東日本大震災が 起こり、また長野県においても栄村 堂々と演じ切りました。 劇 合 同 発 表 会 で、 北 信 代 表 と し て ンテラスホールで行われた長野県演 月 金賞受賞校の2校には長野清泉女 学 院 高 校 と 市 立 長 野 高 校 が 選 ば れ、 る2日間となりました。 アドバイスをいただき、大変実りあ 校演劇 劇作研究会 同人)の3名 の先生方にお願いし、的確な講評と 化 会 館 職 員 ) 、 小 川 幸 司 先 生( 高 優) 、 指 原 和 子 先 生( 長 野 県 松 本 文 生には、白木匡子先生(青年劇場俳 実させるため、日々指導してきた結 高 演 連 の 理 事 長、 小 松 美 保 子 さ ん 、 る。 そ れ を 横 目 で 見 て、「 あ あ、 う る。光栄なことと思う。そして、な 作劇を書いている最中なのである。 そして実は、今も目の前にいる文 化学園高校のクラブ生徒のため、創 果だと思う。 屋代高校の松林徹先生 、 そ れ に 長 野 ちにも男子がいたらなあ」とうらや まるで僕の歴史だ 東高の清水信一先生の 三 名 が 中 心 と ましくて仕方なかったという。 例えば、昭和六十年代のこと、長 野 勤 労 者 福 祉 セ ン タ ー の 駐 車 場 で、 なった、労作である。 思う。見方を変えれば、僕自身の長 んと長いこと関わって来たことかと い教員生活を歴史として見せてくれ 実は二十年目を迎える時、記録集 をまとめ始めたのだが 、 編 集 担 当 の 長野県から初めて関東研究大会へ 参 加 し た、 篠 ノ 井 高 校 の 卒 業 生 は、 27 あのころは、必死で分からなかっ たけれど、この体験は私たちにその だより の記録が、要領よく、 し か も 正 確 に 先生宅が火事に遭い、 資 料 を 失 っ て 26 30 頓挫したのだった。それから十数年、 「 県 大 会、 関 東 大 会 は 私 達 に 新 し い 地区 連盟 北信地区 11 本 年 九 月、 北 信 高 校 演 劇 連 盟 が 『 年 の あ ゆ み 』 を 発 刊 し た。 元 県 (25) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 野舞台、更埴文化会館 の 皆 様 に も お 最後に、地区大会で は 多 く の 先 生 方にお世話になりまし た 。 ま た 、 長 した。 りの精一杯が舞台にあ っ た と 感 じ ま えた学校も多く(加盟校の半数が2 した。しかし一方では、部員数が増 ら減ってしまうということとなりま り、県大会への推薦校数が残念なが 校の参加とな おりました東信ですが、今年度は部 きました。年々参加校が増えてきて 『春季交流会』を予定していま 代田町の「エコールみよた あ つ も り ホ ー ル 」 を 会 場 と し て、 また、来る3月 ございました。 ました。輪湖先生、ありがとう 年度も是非」といった要望も出 校 か ら も 好 評 の 意 見 が 出、 「来 の参考に出来た」など、どの学 を 依 頼 し て い る 講 師 か ら も、 中 信 く れ る こ と も あ る の か、 毎 年 審 査 で あ る。 会 場 が 生 徒 を 成 長 さ せ て る の は、 本 当 に 貴 重 で 有 難 い こ と の 下、 高 校 演 劇 を や ら せ て も ら え という嬉しいお言葉を頂いている。 し か し、 昨 年 度 よ り 解 決 す べ き 大 本年度は、県大会が 東 御 市 文 化 会 館「サンテラスホール 」 で 開 催 さ れ ております。 ご協力や助言を頂き運 営 さ せ て 頂 い 信地区各校を始め、様 々 な 方 面 よ り 今年度、初めて地区 事 務 局 を 担 当 させて頂きました。不 慣 れ な 中 、 東 学 校 も、 出 て き て い ま す。 来 年 度 等、講師・観客共に、非常に好評な えようと、仕上がりを含め創意工夫 に呼応するかの様に、この2校を越 と言った声も出てきています。それ 生方からも、そろそろ他校にも・・・ の独占状態について、各校顧問の先 となりました。ここ数年に渡る2校 県フェスの代表校に関しては、今 年度も丸子修学館高校と上田東高校 会にすることが出来たと思います。 今現在、各校とも練習に励んで 実 し た 楽 し い 交 流 会 を 目 指 し、 なることは必至ですが、より充 られ、めまぐるしく大変な日と 分・日程などは、ぎゅっと詰め 全上演を1日で行う為、時間配 す。今年度は ことを考えたものとなっていま 演者・観客共に、より楽しめる ころもあり、毎年、演目・内容は、 『交流』をメインとしていると す。地区大会と比べ、こちらは 照 明 を 具 体 化 し て い た。 そ の 後、 伝え、アドバイスをもらいながら、 事前の打ち合わせ会で芸術館側に り図プラン(時にはイメージ)を、 各校は自分達で自由に考えた当た 色などは特に制限を付けずにいた。 年 々、 複 雑 化 し て い く 傾 向 に あ っ 各 校 の 演 出 プ ラ ン( 特 に 照 明 ) は 「この素晴らしい会場をできるだ け活かしたい」という想いからか、 きな問題が出てきていた。 ました。現地実行委員 と し て 、 各 校 は、もしかすると・・・そんな期待 おります。 員数などの関係で 世話になりました。厚 く 御 礼 申 し 上 桁 )、 地 区 全 体 と し て は、 演 劇 人 口 全体のレベルは年々向上している げます。今後とも、ご 協 力 の ほ ど を が増え、非常に活発な交流を兼ねた 部員には、県大会の熱 気 に よ い 刺 激 をさせてくれる地区大会でもありま 日には、御 よろしくお願いいたし ま す 。 受けると共に、大会運 営 と い う 経 験 した。 (文化学園長野高校 和田豊) を通し、地区内でのよ い 交 流 の 一 端 最 後 に、 各 校 顧 問 の 先 生 方、 部員の皆さん、様々な活動を支 かりを組み立ててくれていたので 労力と時間をかけて地区大会の明 芸 術 館 ス タ ッ フ の 皆 さ ん が、 各 校 の 要 望 を 最 大 限 尊 重 し て、 大 変 な えていただき、本当にありがと ある。 には一昨年・昨年に引 き 続 き 、 上 田 文化会館で開催いたし ま し た 。 講 師 たに始めた試みで、昨年度、非常に 行いました。これは、昨年度より新 て」という内容で『演劇講習会』を る。県下屈指のこの芸術施設で、 区大会を開催させてもらってい 中信地区ではここ6年間、ま つもと市民芸術館主ホールで地 中信地区 そ こ で 今 年 度 は、 使 え る 照 明 の 台 数、 位 置、 色 な ど を あ ら か じ め が生まれることになった。 ていくのは物理的に無理な状況」 が 年 々 複 雑 化 す る 中、 当 然 の 帰 結 私達高校側が芸術館側に依存し す ぎ て き た の だ ろ う。 照 明 プ ラ ン 演劇塾の岩下郁子先生 、 劇 団 う り ん 好評であったことから、今年度も引 熟練スタッフの皆さんのご指導 と し て「 各 校 の 要 望 を す べ て 叶 え この西尾栄儀先生、そ し て 、 今 年 度 き 続 き 開 催 し た も の で す。「 た め に (岩村田高校 村松史子) うございました。 た。これまでは照明の台数や位置、 それは照明についてである。 となりました。また、 東 信 の 先 生 方 て、今年度より丸子修学館高校の顧 校の参加となり、 を始め、各地区の先生 方 に は 、 運 営 厚く御礼申し上げます 。 10 なった」「分かりやすかった」「今後 11 新たに飯田高校の小川 幸 司 先 生 を お 10 迎えし、大変丁寧に講 評 ・ 選 考 を 頂 問になられました輪湖洋輔先生に講 師 を お 願 い し、「 リ ハ ー サ ル に つ い の 面 で、 大 変 お 世 話 に な り ま し た 。 さて、地区大会以外の取り組みと しては、7月 日に上田文化会館に 18 12 さて、東信地区では 地 区 大 会 を 9 月 ・ 日の2日間に わ た り 上 田 市 29 東信地区 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (26) ベースに舞台を組み立 て る と い う 方 決 め る こ と に し た。 各 校 は そ れ を ます。そのため、小さなミ 顧問と生徒だけで行ってい 「 あ ぁ、 安 曇 野 お も し の」が発行される頃は、 日 、) 伊 那 西 高 校 を 会 5月 日 ( 場に、恒例により第1回委員会・総 タートを切りました。 ログラミングしないで そ の 場 で フ ェ ングして行っていた照 明 操 作 を 、 プ にこれまでは全て事前 に プ ロ グ ラ ミ ンの組み立て方を学ん で み た 。 さ ら きながら、明かりの効 果 や 照 明 プ ラ で、その照明を実際に 見 せ て い た だ 式を試してみた。6月 の 春 季 講 習 会 学校でありました(これは いうアクシデントが複数の 量が本番中に出てしまうと で調整したレベルと違う音 うまく出せず、リハーサル 年は、リハーサル時に音が がら大会を運営します。今 スは各校でカバーし合いな 事務局も二年目とな り、「 二 人 目 の 子 育 て とと思います。 地区で独占しているこ 度最後の話題をこの2 長野県高校演劇界今年 いや、諏訪でしょ」と、 ろ か っ た な ~」「 い や どの発表があり、楽しいひとときを て準備練習してきた寸劇やゲームな き交流会」が行われ、各校が前もっ こ の 日 の メ イ ン(?) 「お茶菓子付 会 が 開 催 さ れ ま し た。 総 会 の 後 は、 フの皆さんからも評価 し て 頂 い た 。 挙げられた。講師、芸 術 館 の ス タ ッ 技確認ができた高校も あ っ た こ と が ハの時間をすべて本番 さ な が ら の 演 たプログラミングしな い こ と で 、 リ プランが作りやすくな っ た こ と 、 ま 当たり所が決められて い る た め 照 明 その理由として、あら か じ め 照 明 の こうして迎えた今年度の地区大 会。各校の感想は概ね好評であった。 やることも試してみた 。 大切さを感じました。 報を地区で共有することの とや、そのために必要な情 タルで作り上げるというこ すが、改めて、お芝居をトー でき具合に目が行きがちで 普段、舞台上でのお芝居の に出されました。私たちは べき点や新たな提案が活発 ら、来年度に向けて改善す 代表生徒や顧問の先生方か の生徒委員会では、各校の 響のことも含めて、大会後 比 較 的 無 事 の 範 囲 内 )。 音 劇 部 が な く な っ て も、 おりますが、たとえ演 在、存続が危ぶまれて 訪二葉高校演劇部は現 世話になりました。諏 非常に多くの方々にお りませんでした。また、 ま、たいへん申し訳あ 迷惑をおかけした皆さ し た。 い ろ い ろ と ご せんが、ここまで来ま いので本当はわかりま 子育てはしたことがな はラク」という気分で、 どの音域まで聞こえるかなどクイズ 員たちは、どこから音が出ているか、 果の講義が行われました。連盟の部 後は、舞台課清水さんにより音響効 践力を培うことができました。その ができ、今後の舞台作りに生きる実 セット、音響仕込み等体験すること ト、幕の吊り込み、大道具小道具の を食った話」の舞台を、台組のセッ 団「南信協同」平成 年度公演「人 導の下、長野県伊那文化会館附属劇 した。同会館舞台課スタッフのご指 劇舞台技術セミナー」が開催されま ( に ) は、長野県伊那 8月 日 金 文化会館を会場に、平成 年度「演 諏訪地区 さて今年も、執筆現在、冬季合同 公演の稽古の真最中です。タイトル に、 寒い中元気に活動中。本当は 「夏 葉から立候補した演出3名を中心 に何か恩返しができればと思ってお 諏訪地区や長野県の高校演劇のため ( に ) は、長野県伊那 9月 日 日 文化会館大ホールを会場に、第 回 受講していました。 も取り入れた楽しい講義を興味深く 意味です)し、岡谷南高校演劇部が こいいタイトルになる予定でした 浅沼志穂) (諏訪二葉高校 ります。ありがとうございました。 が、みんなで反省しま し た の で 、 こ 上伊那地区高等学校演劇合同発表会 が行われました。講師に、演出家飯 友人たちとの温かな交流を描いた生 島岱先生と、東京演劇集団「風」代 上伊那地区 表女優の辻由美子先生をお迎えしま 日が 昨年度に引き続き、 上伊那地区は、 加盟校6校(辰野・上伊那農業・伊 し た。 伊 那 北 高 校 は、 美 空 と そ ら、 が、ふつうの、わかりやすく親しみ 本番で、今年も安曇野地区の合同公 那北・伊那弥生ヶ丘・赤穂・伊那西)、 10 深い名前になりました。2月 茅 野 市 民 館 マ ル チ ホ ー ル を 舞 台 に、 演と日程が重なってしまったことが 51 名 で、 開催となりました。諏訪地区大会は、 ひと味違ったお芝居に作り上げる予 作った「夏の夜の夢」を、今度は諏 リハーサル前の照明の 仕 込 み か ら 当 部員 名、顧問 名という体制でス 残念ですが、きっと「高校演劇なが 訪地区8校の演劇部員総勢 32 定です。岡谷南・諏訪清陵・諏訪二 こ に は 書 き ま せ ん )。 今 年 は 茅 野 高 25 日の幕間の舞台転換ま で 、 ほ ぼ 全 て 校と諏訪実業高校を迎 え 、 2 日 間 の □□だった~」とか、哲学的でかっ の夜の夢 ~それは次々と○○する 23 は「冬だけど! 夏の夜の夢」。シェ 23 イクスピアを換骨奪胎(これはいい (松本美須々ヶ丘高 校 宮 下 達 郎 ) 改良を重ねながら、 来 年 度 も こ の スタイルを維持する予 定 で あ る 。 過ごしました。 ダーを上げ下げする完 全 手 動 操 作 で 29 12 9月に地区大会を無 事 に 終 え ま し た(本当はすこし事が 有 っ た の で す (27) 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 45 12 くしい」を上演しまし た 。 辰 野 高 校 徒創作による「そらは き ょ う も う つ 9月 日には第 回飯伊地区高校 演劇発表会を飯田市鼎文化センター が一体となった講習となりました。 とができ、とても感謝 し て い ま す 。 り、お陰で発表会を円 滑 に 進 め る こ 員の皆さんも運営に携 わ っ て く だ さ 上演しました。赤穂高 校 の 先 生 や 部 マにした創作劇「ピエ ロ コ タ ン 」 を 性、居場所にこだわる 気 持 ち を テ ー ました。伊那西高校は 、 人 間 の 多 面 できあがるのかと観客 の 興 味 を ひ き わる人によってこんな に も 違 う 劇 が が、演出や演技等が全 く 異 な り 、 携 作品に共通する世界観 は あ り ま し た 上演することになりま し た 。 二 つ の 異なるものの同じ作家 楽 静 の 台 本 を 「 Last Encore 」と伊那弥生ヶ丘高 校「フェイクワールド 」 は 、 演 目 は 下伊那農業高校が上演をおこないま また、今年度は地区事務局に地域 の公民館から「高校生の元気な演劇 した。 高校の作品が代表校として選ばれま 各校とも演劇に対する情熱あふれ る発表でしたが、昨年度に続き松川 ヨンの子どもたちへ」(乳井有史) 。 走列車」(萩野淑貴)・松川高校「リ (赤羽由貴子)・下伊那農業高校「暴 上理歩)・飯田女子高校「夏宵の宴」 飯 田 高 校「 鳥 た ち の 祭 り 」( 木 村 哲) ・飯田風越高校「灰色の静寂」 (井 者名は次の通りです(発表順)。 で行いました。参加校・作品名・作 を 見 せ て ほ し い 」 と の 要 望 が あ り、 今年度は、箕輪進修 高 校 演 劇 同 好 会が立ち上がり、合同発表会の見学、 した。 とを願ってやみません。 事務局 長野清泉女学院高等学校内 事務局長 安樂 怜 〒 380-0801 長野市箱清水 1-9-19 (飯田女子高校 三澤晴彦) 長野県高等学校演劇連盟 実現するのを期待しています。 (伊那西高校 春日厚子) 発行・編集 下伊那地区 今年度は生徒数 名 で ス タ ー ト し ました。 ただきました。学校間の垣根を越え、 し、発声法や演出法な ど を ご 教 授 い 文化会館の指原和子先生をお招き 8月1日には上郷公民館で技術講 習会を実施しました。 講 師 に 県 松 本 53 ともに演劇を愛する仲 間 と し て 全 員 高校演劇ながの 第 18 号 来年度は、7校による 合 同 発 表 会 が 演劇演技セミナーへの 参 加 等 地 区 の 61 活 動 に も 加 わ っ て く だ さ い ま し た。 23 地域との交流を通して、演劇文化 がよりいっそうの発展をしていくこ 高 校 演 劇 な が の 第 18 号 2012 年 2 月 20 日 発 行 (28) 2012 年度の予定 8 月 10 日(金)~ 12 日(日) 第 58 回全国高等学校演劇大会 (富山市・富山県民会館) 11 月 3 日(土)~ 4 日(日) 第 29 回長野県高校演劇合同発表会 (松本市・長野県松本文化会館 大ホール) 1 月 26 日(土)~ 27 日(日) 第 48 回関東高校演劇研究大会(北関東) (群馬県桐生市・桐生市市民文化会館 シルクホール) 1 月 12 日(土)~ 13 日(日) 第 48 回関東高校演劇研究大会 ( 南関東) (神奈川県横浜市・神奈川県立青少年センター) 3 月 22 日(金)~ 24 日(日) 第 7 回春季全国高等学校演劇研究大会 (福島県いわき市・芸術文化交流館)