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教科書における語り分析の研究 A Study of Narrative Analysis in the

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教科書における語り分析の研究 A Study of Narrative Analysis in the
教職キャリアセンター紀要 vol. 1 pp.59 ~ 65,March,2016
教科書における語り分析の研究 ― フランス中学校国語教科書を対象として ―
丹藤 博文
国語教育講座
A Study of Narrative Analysis in the Textbook
— In the Case of French Language Education Textbooks
of Junior High School —
Hirofumi TANDOH
Department of Japanese Education, Aichi University of Education, Kariya 448-8542, Japan
要 約
平成 24(2012)年度版文部科学省検定済中学校国語教科書に「語り(語り手)」を問う学習課題が出さ
れ、「コラム」として解説文が掲載された。読みにおける語りが義務教育の教科書においても本格的に取
り上げられたのである。しかし、教育現場では生徒のみならず教師にとっても、
「作者」との区別が判然
とせず、語りを読むことの意味に自覚的ではなく、授業に取り入れられてはいないのが実情である。そこ
で、物語論(narratologie)をベースとした物語分析・語り分析を積極的に取り入れているフランスの中学
校(コレージュ)のフランス語教科書を対象に、物語分析や語りの何をどこまで扱っているのかを明らか
にし、学校教育において語りがどのように指導されているかの研究をした。そして、フランス教科書にお
ける語り分析をふまえたうえで、日本の中学校における段階的・系統的な語り分析の指導について提案し
た。
Keywords:語り・物語論・フランス・中学校教科書
発信者・表現者の意図なり欲望なり戦略なりが潜んで
1 問題の所在
おり、なんらかの行為を遂行しようとする力が働いて
平成 24 年度版中学校国語教科書に「語り(語り手)」
いるはずである。言説の表面にとどまることなく、潜
を問う学習課題が登場し、コラムとして説明された。
在的な行為性を可視化するためには、言説やテクスト
読みにおける語りが義務教育においても本格的に取り
をメタ化することが不可欠であろう。そのメタレベル
上げられたわけである。平成27年度版見本本において
を問題とするには、語りの機能と行為性に目を向ける
も、その傾向はいっそう強まっていると言ってよい。
ことが有効なものとなる。
しかし、教科書によって、その取り上げ方に温度差が
「語り」論あるいは物語論は、1960 年代フランスの構
あり、また中学校の国語教員にとっても
「語り」はけっ
造主義の進展とともに本格的に研究され、クロード・
して自明なことではない。
「作者」
との差異に自覚的で
レヴィ=ストロース、クロード・ブレモン、A・J・グ
はなく、なぜ読みにおいて「語り」を問題化するのか
レマス、ロラン・バルト、ジェラール・ジュネットな
判然としないというのが実際のところである。
ど世界的にも評価される研究成果を出し、ツベタン・
高度情報化社会・メディア時代と言われる今日、言
トドロフにより「物語論」(narratologie)と命名された。
語化・物語化された世界に生きるわれわれにとって、
物語論は世界的に活況を呈した分野であるが、フラン
言説を批評的に見ていく力をつけるには、語りは掛け
ス系の物語論はソシュール言語学をベースとしている
値なしに重要なものとなる。なぜなら、あらゆる言説・
点に特徴がある。そして、構造主義の嫡子とされる物
メディアは物語化され、物語とは誰かがある視点から
語論は、今日、文学研究のみならず、哲学・歴史学・
語ったものだからである。そこには、言うまでもなく、
臨床心理学・社会学・教育学等々さまざまな領域に取
― 59 ―
丹藤 博文
り上げられている。しかしながら、それぞれの領域に
なる点と言ってよいだろう。しかし、高等学校修了時
おいては、物語や「語り」についての見方には差異が
全国一斉にバカロレア(大学入学資格試験)が実施さ
見られるのである。つまり、
「語り」とは何かというこ
れることから、教科書編集者も学校の教師も、これを
と自体、けっして自明なことではない。ここで詳らか
意識し対応しなければならない。2015 年 6 月に実施さ
にしている余裕はないが、文学理論においてさえ、
「語
れた問題の一部をあげる(1)。
り」論はけっして一様ではない。文学テクストの教材
文系 テーマ 1「あらゆる生物を尊重することは倫理
研究においても、語りをどうとらえるかによって、読
的な義務であるか?」
みは異なってくる。
「語り」
とは何かは今後も研究され
テーマ 2「人は自らの過去の所産なのか?」
続けなければならない。
テーマ 3「以下のトクヴィル『アメリカのデモ
如上のごとき状況をふまえつつも、中学校教科書に
語りが取り上げられた以上、中学校段階で扱う
「語り」
クラシー』の抜粋を説明せよ」
理系 テーマ 1「どんな芸術作品も何らかの意味を持
の範囲を明確にしたうえで、その有効性に目を向ける
つのか?」
ことが必要になってくる。世界的に進展した物語論や
テーマ 2「政治は真実の要求を免れ得るか?」
語り論の何をどこまで取り上げるのかを具体化しなけ
テーマ 3「以下のキケロ『予言について』の抜
ればならない。作者ではない語り手がいることを理解
粋を説明せよ。」
するだけでも、中学生にはけっして容易なことではな
このような試験問題に対応するためには、教科書を
いのである。学習内容を明確にし、系統的・段階的に
丁寧に扱うだけでは太刀打ちできないだろう。そもそ
指導する必要がある。
もフランスにおいては、教科書はあくまで補助手段で
あり、生徒同士が調べたり議論し合ったりすることが
多いようだ。2015 年 2 月東京にあるフランス人学校の
2 研究の目的と方法
コレージュとリセ(高等学校)のフランス語の授業を視
これまで、物語とは何かについてまとめ(丹藤博文
察した時には、コレージュのクラスでは文法を教えて
2015a)
、語りを取り入れた読みについて教科書教材を
いたが、プリントを用意し教科書は使用していなかっ
もとに検討し(丹藤 2015b)
、語りをもとにした指導
た。リセでは生徒たち自身が、イヨネスコ、サミュエ
過程についての試案を提出した(丹藤 2015c)
。
ル・ベケットらの「不条理劇」について調べ、パワー
ここでは、中学生に語りを教えるにはどうしたらい
ポイントで発表し意見を交流していた。
いのか。何をどこまで教えるのか。そのことを明確に
授業の補助手段という性格は、教科書それ自体のあ
するために、物語の構造分析の先進国であるフランス
りようにも反映している。A4 版サイズほどの大きさ
の教科書を研究対象とする。具体的には
「コレージュ」
でふんだんにカラー刷りが用いられ、絵や写真が満載
(中学校)段階のフランス語(国語)の教科書を対象と
である。国語といえども、美術・映画・演劇など他の
して、物語や語り分析にかかわる箇所を抽出し、どの
芸術ジャンルも扱われる。ホメーロス『オデッセイア』
ように扱われているか傾向と実態を明らかにしたい。
からはじまり、トマス・モア『ユートピア』、ラ・フォ
得られた結果を批判的に考察することで、日本での教
ンテーヌの『寓話』といった古典はもちろん、ゾラ、
材分析のための語りの活用や語り分析のための学習過
スタンダール、フローベール、ユーゴーといった近代
程なり学習課題なりを構築するための指針を得ること
の著名な作家たちは言うにおよばず、カミュなど現代
を目的とする。
作家に至るまで、パッチワークのように抜粋されてい
そこで、本論を次のように進める。
る。文化的・芸術的なテクストは言うまでもなく、広
3 フランス学校教育の実態と国語教科書
告や新聞などあらゆるジャンルの言説・テクストが、
4 フランス語教科書における語りの扱い
断片的にではあるが広範囲に掲載されている。古典か
5 結果と考察
ら現代、哲学から広告まで、広く文化全体をカバーし
ようとしていると言っていいだろう。
バカロレア「文系 テーマ 2 人は自らの過去の所
3 フランス学校教育の実態と国語教科書
産なのか?」という問いに「正解」があるとは考えに
フランスの教科書における語り分析の傾向を明らか
くい。論理的に思考するプロセス自体が重視されるの
にする前に、フランスにおける教科書の扱われ方など
だろう。「文系 テーマ 3 以下のトクヴィル『アメリ
について一瞥しておきたい。フランスでは、1995 年日
カのデモクラシー』の抜粋を説明せよ」という問題に
本の学習指導要領に相当するプログラムが交付された
答えるためには、
『アメリカのデモクラシー』を読むな
が、法的な拘束力はない。検定制度はなく、基本的に
り知っておくなりした方がいいだろうし、少なくとも
自由に教科書が作られる。またどの教科書を使用する
誰かの思想について思考すること自体に慣れ親しんで
かも教員の選択に任せられている点は日本と著しく異
おかねばならない。また、
「どんな芸術作品も何らか
― 60 ―
教科書における語り分析の研究
の意味を持つのか?」に対応するためには、芸術作品
として取り上げている(5 学年にはない)
。6 学年のも
に広く触れておくことが望まれる。つまり、幅広い教
のを見てみよう。まず「観察する(j’observe)」として、
養と深い考察が求められているのである。日本の国語
ジャン=ノエル・ブラン「途方に暮れる猫」(2001)の
との関わりで言うと、詩や演劇が重視されている点も
小説の一部が掲載され、次の問いが出されている。
特筆に値しよう。概して、フランスでは文学教育が重
1.この抜粋が収載されている小説の作者は誰で
視されていることは一目瞭然であるが、日本と異なり
すか?
詩教育は文学教育の中心であり、演劇はコミュニケー
2.誰が語り手(物語を語っている人)ですか?
ションの模範となっている。
3.語り手は、同時に小説の登場人物の一人です
バカロレアの出題方式が論述である以上、生徒たち
は書くことに習熟していなければならない。中学校国
か?
4.この語り手の選択によって、どのような効果が
語教科書に共通しているのは、客観的に分析し、それ
をふまえて書くことである。日本では
「聞くこと」「話
すこと」
「書くこと」
「読むこと」に分かれるが、フラ
ンスでは最終段階において「書くこと」が求められる。
「フランスの教科書は出版社・編者を問わず、いずれも
が「書く」作業を重視するが、収録作品についても、
もたらされていますか?(3)
そして、
「作者(L’auteur)
」
「語り手(Le narrateur)」
「登場人物(Le personnage)
」について説明がなされた
後に、
「練習しよう(Je m’exerce)
」として、以下の問
題が出される。
1.誰が語り手ですか?どの人物が言説を先導し
生徒の理解を問う一連の問題を課した後、作品をもと
ていますか?二つの代名詞を抜き出しなさい。
にした作文作業を求めるのが、国語教科書の一貫した
―ホメーロス『オデッセイア』抜粋文―
パターンにさえなっている」
(2)
とされる所以である。
2.次のテクストを読んで、設問に答えなさい。
しかも、これも日本と著しく異なる点であるが、日本
―シャルル・ペロー『巻き毛のリケ』抜粋文―
のように「見たままを書け」とか「自分の言葉で書け」
①テクストの作者は誰ですか?言説を導く語り手
ということでなく、むしろ、主観を避け、客観的に分
は誰ですか?
析することに価値が置かれている。それも、後述する
②登場人物は何人ですか?彼等は誰ですか?
ように、
「人称を変えて書き換えよ」といった、かなり
③語り手が一人称でコメントを出している二つの
高度なレベルが要求されている。そのうえで、論理的
文章を抜き出しなさい。どの代名詞の役割によっ
に組み立て、自己の意見を確立し表現することに重点
て、語り手は読者を物語に結びつけていますか?
が置かれているのである。
3.テクストを読んで、設問に答えなさい。―ジャ
ン=ノエル・ブラン「途方に暮れる猫」抜粋文―
①物語を導く語り手は誰ですか?
4 フランス語教科書における語りの扱い
②ロドリゴを語り手にして、テクストを書き直し
2014 年現在フランスの国語教科書は、Belin(ブラ
なさい。いかなる代名詞によって、代名詞「彼等
ン)社、Bordas(ボルダス)社、Hachette(アシェット)
(1 から 5 行目)」、
「彼(8 行目)」、固有名詞「ロドリ
社、Hatier(アティエ)社、Magnard(マニャール)社、
Nathan(ナタン)社の 6 社である。6 年生用から 3 年生
ゴ」は置き換えられなければなりませんか?(4)
用まで(フランスのコレージュは 4 年制であり、6 年生
4 学年になると、
「作者」「語り手」「登場人物」に加
えて、
「視点(Le point de vue)」「語りの叙法(Le mode
は日本の小学校 6 年生にあたり、5・4・3 年生とすす
de narration)」が取り上げられ、練習問題が付されてい
む)すべて入手できたのは、ブラン、アシェット、ア
る。3 学年も 4 学年と例文は異なるものの、ほぼ同様に
ティエ、マニャールの 4 社である。教師用指導書につ
解説と練習問題を見ることができる。また、アティエ
社には、もう一種類『Français — Escapades』があるが、
いては、アティエとブランの 2 社のみである。ブラン
社、アシェット社、アティエ社、マニャール社につい
は教科書の本文ではなく、いわば付録的な扱いで「語
これも巻末にて取り上げている。
マ ニ ャ ー ル 社『Français — manuel unique』(20092013)は、
「言葉の庭(Jardin des lettres)」として一括し
彙」「文法」などとともに解説し練習させるものであ
て扱う点は同様であるが、
「視点」となっている。
「基本
り、アティエ社とマニャール社が該当する。いま一つ
的な意味において、視点とは、ある人がある風景(景
は教科書本文として取り上げるものであり、ブラン社
色)を見るために身を置いている場所を意味する。語
とアシェット社がそれにあたる。前者から見ることに
りや描写のテクストにおいて採用されている視点を特
しよう。
定すること。それは、誰が場面(シーン)を見ている
アティエ社『Français — Rives bleus』
(2013)は、6・
のかという質問に答えることである」と視点の定義が
4・3 学年の付録的な扱いとして、
「文法」
「語彙」など
vocaburaire
de
la narration)
とともに「物語の語彙(Le
」
あり、
「全知視点」「内的視点」「外的視点」の説明がな
て見ると、二つの系列に分けられる。すなわち、一つ
されたうえで、
「練習」問題が付されている。フラン
― 61 ―
丹藤 博文
スの学校教育においては、構造主義やナラトロジーの
成果が取り入れられていることは言うまでもないが、
「視点」についてはジェラール・ジュネットの批判する
4 学年でも同様に「新学年のアトリエ」があり、は
じめに「テクストを読む(lire un texte)」として、「語
ところであり、今日文学研究においては、あまり取り
り(La narration)
」
「描写(La description)
」
「対話(La
dialoge)
description
et le
」
「言説の中の描写と対話(La
上げられるものではない。
dialogue dans le récit)
」
練習問題と例文が示されている。
次に本文において本格的に取り上げている教科書を
「語り」については、「確認」として以下の要点が挙げ
検討する。
られる。
アシェット社『Les couleurs du Français』
(2012)は、
3 学年において、第 1 章「現代小説(Nouvelles contem-
▶ 語り手は物語を一人称、ないしは三人称を用い
て語る。語り手は言説内部に介入したり、言説の
poraines)
」の中に、
「読書のすすめ(PROPOSITIONS DE
LECTURE)― 方法(méthode)
」として、
「語りの順番
▶ 時系列的な結びつきが、言説を構成する。
(時の
内部にとどまっていたりすることができる。
(L’ordre de la narration)
」
「物語の構成(Les composantes
du récit)」をあげている。
「語りの順番」を出すのは、
―言説の流れを構成する出来事は、単純過去、な
副詞、名詞群、時の従属節)
大過去・半過去など時制にこだわりの強いフランス語
の特徴に由来するばかりではない。
「語りの順序を変
いしは複合過去によって表現される。
▶ ある種の出来事については沈黙される。(《何日
えて書く」という問題に見られるように、書くこと・
かしたのち、彼等は出会った》)
表現することがここでも最終的な目標とされているか
―要約される場合もある。(《彼女の家で午後を過
らであろう。次の「物語の構成」においても、
「語り手
ごしたのち、彼女は立ち去ることに決めた》)
の視点を特定」したうえで、
「視点を変えて書く」「イ
▶ しばしば場面(シーン)の形式(様相)が何ペー
メージ(絵)をもとにして書く」ことが求められてい
ジにもわたって説明(展開/拡張)されることが
る。
「作者」や「語り手」の説明・解説ももちろんあ
ある。
るが、それらはあくまで書くための「方法」にすぎな
⇒次のテクストの中から、言説を構成する時間に
いといった位置づけである。次ページ「書く(écrire)
」
においても、「描写を書く(écrire une description)」ば
⇒物語を展開する(進める)行動を表現する動詞
ついての目印をあげなさい。
かりでなく、「語りを書く(écrire une narration)
」とさ
れ、次のような課題が出されている。
をあげなさい。
⇒どのような出来事が要約されていますか?何が
幸福な人間
詳しく語られていますか?
過 去時制を用いて。20 行程度で、産まれた時か
―ダニエル・ペナック『ガービン銃の妖精』(2000)
ら《幸福な人間》とあだ名された人間の物語を創
作しなさい。省略を用いて彼の20歳から物語をは
抜粋文―(6)
じめ、死に至るまでの言説を記しなさい。過去へ
ブラン社には、もう一種類『À suivre..., Français, Livre
unique』があり、こちらは第 1 章から本格的に語りを取
の回帰を使って、幼年期や思春期を語りなさい。
り上げている。5 学年用(2013)では、「第 1 章 物語
彼の人生における幸福を述べる時は、
《何と幸運
と対話 青春についての物語」とあり、次の学習が課
な!》という表現を用いて、文章(テクスト)を強
題とされている。
調しなさい。文章の終わりには、人生の転落(失
1 語り手の性質の違いを区別する
敗)を用意して、
《何と不幸な!》という一文で締
2 語り手の能力を明らかにする
めくくりなさい(5)
。
3 語るための見方を選択する
読むためというより書くために語りの方法を習得す
4 対話による物語を始めましょう
るという傾向は、3 学年においても同様であり、この
5 対話による登場人物の提示
教科書の特徴となっている。
ブラン社『L’œil et la plume, Français』
(2009~2012)
6 対話によって筋を進める
は、5 学年の最初に「新学年のアトリエ」として入門的
「1 語り手の性質の違いを区別する」とは、いった
なコーナーが設けられている。そして、次の 3 つの柱
いどのような学習活動をするのか。ジャン・ジュベー
が立てられている。
「言説についての読み方」
「イメー
ル『ノアの子供たち』(1987)、ベルトラン・ソレ『山
ジ(絵画)についての読み方」
「物語テクストの書き
賊についての物語』(1988)の抜粋文が掲載されて、次
方」である。なかでも、
「1」として最初に配置される
のが「物語を読む(Lire un récit)
」であり、
「誰が語り
のような「課題」が出されている。
手か?」
「時を表すものは何ですか?」
「言説はどのよ
物語
うに構成されていますか?」という 3 点の要点が示さ
1 それぞれのテクストをワンセンテンスでまと
7 映画のチラシを比較する(7)
理解する
れ、練習用の例文が出されている。
めなさい。
― 62 ―
教科書における語り分析の研究
2 誰がそれぞれの抜粋文の作者ですか?
が、孤児たちの冒険が本物であるかのようにするため
3 人称代名詞について確認しながら、それぞれ
に、
[語り手が]何も考えていないようなふりをしてい
のテクストの語り手が、物語登場人物の一人なの
る文章を[26~46 ページの中から]三つ抜き出しなさ
か、物語の外部に存在する者なのか確認しなさ
い」とある。この課題に応えるためには、テクストそ
い。
のものを深く読み込んでいるものでなければならない
だろう。語りという方法は、読むための手段のように
登場人物についての印象
とらえがちだが、この教科書では語りという方法を習
1 最初のテクストにおいて、視覚についての知
得するために読むのである。むしろ方法の習得が前景
覚動詞と聴覚的感覚を言い表した表現を見つけ出
化されているのは注目に値する。
しなさい。
2 特に機械について記している表現をあげなが
ら、シモンが徐々に、それがヘリコプターである
ことを認識していくことを示しなさい。
5 結果と考察
フランス中学校の国語教科書において、語りや物語
分析に焦点化して見てきた。以下、結果について私見
語り手の役割
を述べたうえで、日本の中学生に何をどこまで教える
6 二番目のテクストにおいて、語り手がジルの
のか、語り分析を国語の授業にどう取り入れていくべ
思考と感情について認識しているところを示しな
きかについて提案したい。
さい。
第一、思考のための分析
7 どの文章に、語り手は歴史的内容、時代状況を
記していますか?
フランスの教科書では、子供の素朴な感想や印象が
問われることはない。あったとしても、それは目的で
8 語り手が状況についてのより多くのヴィジョ
はない。客観的で合理的に分析することが第一義的に
ンを持っているのは、このテクストのうちのどの
重要なのである。それは、根拠をもとに自立的に思考
部分ですか?(8)
することが求められているからだと考えられる。その
続いて、
「書く」として「一人称を用いて、最初のテ
ためには、書くことが必須とされる。物語の方法の習
クストの続きを 10 行程度で語りなさい」とある。5 学
得は、物語の創作によって検証されなければならない
年とは、日本の中学一年生にあたる。中学一年生に上
のである。
記 1~7 の課題は高度であり、現在の状況では困難であ
第二、方法論の前景化
ろう。そのような高度かつ困難な課題は何のために出
フランスの文学教材が作品主義ではなく、断片的な
されるのか。それは、次の「復習」に見ることができ
テクストの抜粋に終始するのは、作品そのものを読み
る。
味わうというより、作品の方法を明らかにするためで
・小説において、小説が登場人物の一人によって
あるだろう。方法の習得が中心的な課題なのである。
語られる:それは一人称の物語であることを意味
中西一弘(2012)の言葉を借りれば「〈学び方〉を学
する。読者は、語り手を兼ねる登場人物の見るも
ぶ」という方法論が中心となり、方法としてテクスト
の、聴くもの、理解するもの、感じるものを通し
のメタレベルを問題とすることは、自立的な思考や表
て、物語の筋を理解する。
現をする人間を育てようという目的意識に貫かれてい
・語り手は、物語の外側にいることもできる:語
ると言っていいだろう。
り手は三人称の物語を操る。語り手は、読者に、
第三、言語と文化的テクスト
登場人物の思考や感情を明らかにし、しばしば状
フランスの教科書が、文学のみならず絵画・映画・
況について登場人物より多くのことを知っている
演劇・広告・新聞といったあらゆる文化的テクストを
ことができる(9)
。
掲載し、ブラン社のように学年の冒頭、まず語り分析
つまり、テクストにおける語り手の役割を意識化さ
の方法を教えようとするのは、あらゆるメディア・言
せ語りの機能を明らかにすることを企図しているので
説・テクストは、誰かがある視点から語ったものであ
ある。それは、
「作者」と「語り手」の区別、登場人物
るという前提に依拠しているととらえて差し支えない
の内側から語るのか外側から語るのかにとどまるもの
だろう。テクストの構造が最も複雑な様相を呈するの
ではない。
「2 語り手の能力を明らかにする」では、
は、文学的なテクストであるが、他のテクストを読む
「語り手の存在」として「3 あなたの考えでは、語り
うえでも、語りは必須なのである。
手は読者の落胆を狙っていますか、それとも読者の好
物語分析、語り分析の範囲で言えば、以上の点がフ
奇心を刺激することを狙っていますか?」とあり、語
ランス中学校国語教科書の特色としてあげられる。テ
りの効果や戦略についての考えを求めている。さら
クストの方法を客観的に分析するばかりでなく、それ
に、
「語り手の力」中の「4 [二番目の抜粋分]語り手
を自らの表現に生かす。そのことで自立した思考を目
― 63 ―
丹藤 博文
指すことは、印象主義・生活主義・写実主義が根強い
[応用レベル]は、読みにおいて語りの効果や語り手の
日本とは異なるが、それだからこそ参考になる部分も
意図を可視化することで読みを深めようとするもので
ある。しかし、だからといつて全面的に支持している
ある。日本でも、「批評」や「批判」といったことが、
わけではなく、いくつかの疑問もある。文化的・教育
取り沙汰されるが、そのためには[応用レベル]をど
的な考え方の違いに由来するもので一概には言えない
の程度授業で具体化できるかが検討されなければなら
が、例えば、日本の作品主義とは異なり読む対象が断
片的であること。また、形式と内容の双方を扱おうと
ない。
[発展レベル]
する日本とは違い形式面に偏っている点にも問題はあ
これまで述べてきたように、フランスの物語分析・
る。
語り分析は、言説やテクストの方略を可視化するとい
次に、学習内容の範囲と段階性・系統性について考
うメタレベルを問題としつつも、それは生徒が文章を
察したい。
書けるために行うものである。絵や写真を見て、文章
[基礎レベル]
(物語)を創作するというのも、「視点」や「描写」を
フランスの教科書 4 社のうち、付録・資料編として
用いて実際に取り組ませるのも、方法的・自覚的に書
一括して扱う仕方と本文として本格的に扱う実態を検
くためのものである。物語の方法に学び、物語を創作
討してきた。前者について言えば、日本の中学校国語
するとなると、すぐに「作家を育てる気か」と批判さ
教科書においても、
「付録」
「資料」として、漢字・文
れそうだが、方法の習得は実際に書いてみることで自
法・レポートや手紙の書き方等をまとめて掲載してお
覚化されることは言うまでもない。
り、それと同様の発想と見てよいだろう。ということ
以上のことから、今後、教材にもとづいて検討する
は、フランスにおいて、語りは漢字や文法と同様必須
とともに、指導方法についても具体化していきたい。
の習得すべき学習内容と見なされているということで
ある。日本では、小説の後に学習課題として出された
り「コラム」として解説されているが、語りは小説の
読みの技法としてばかりでなく、他のテクスト・言説
にも汎用できるものであり、なおかつ表現にとっても
欠かせない事項として位置づけられているということ
【注】
(1)2015 年のバカロレア試験については、以下のウェブページ
による。
「SOCIETAS」
(http://societas.blog.jp/1031212143 2016 年 2 月
5 日閲覧)
である。そこで、6 学年で扱われる基礎的な習得事項
(2)飯田伸二「教科書の詩学―フランスのコレージュにおける
としてあげられているのは、アティエ社の教科書に見
国語教育の現状―」『Stella』No. 27.九州大学フランス語フ
られるように、
「作者」と「語り手」と「登場人物」を
識別できるようにすること、
「一人称」と「三人称」あ
るいは「外的視点」と「内的視点」の区別と、その効
果についての違いを把握することである。ブラン社の
ように、第一章に語りの分析方法を出し、以後の学習
の前提としているものもある。少なくとも、このレベ
ルまでは、日本の中学校段階の学習内容とすることが
ランス文学研究会 2008 年 p. 104.
(3)Rives Bleues Français 6e, Hatier, 2014, p. 340.
(4)Ibid., p. 341.
(5)Le couleurs du Frqnçais 3e, Hachette, 2012, p. 34.
(6)L’œil et la plume, Français 4e, Belin, 2011, p. 16.
(7)A suivre..., Français 5e, Belin, 2013, p. 12.
(8)
Ibid., p. 16.
(9)Ibid., p. 16.
できるのではないか。
[応用レベル]
ブラン社のように、6 学年段階で、語りの効果を意識
化させるといったレベルまで、踏み込んでいる教科書
【文献】
平成 18 年度文部科学省調査研究委嘱「教科書改善のための調査
研究」諸外国の教科書に関する調査研究委員編(2007)『フ
もあり参考となる。例えば、
「描写」や「叙法」につい
ての説明と課題が出てくる。
「描写」
もナラトロジーか
らすれば、すでに古い概念となっているが、要するに
語りに対して語られる対象を問題とし、
〈語り-語ら
れる〉という関係性においてテクストを把握させよう
とするものと考えられる。
「叙法」
は、語り方そのもの
を問題とするものであるが、これは物語の時間をとら
えさせようとするものでもある。ストーリーとプロッ
トの違い、
「要約」したり「省略」したりする語り方を
可視化するものであり、語り手がどの程度物語内容に
介入しようとしているのか、あるいは介入していない
のかといったことを問題にしようとするものである。
ランスの教科書制度』
伊藤洋編著(2001)『国語の教科書を考える フランス・ドイ
ツ・日本』学文社
丹藤博文(2015a)「物語・小説」「物語の構造」『国語科重要用
語事典』明治図書
丹藤博文(2015b)「〈語り〉が拓く読みの地平」『月刊国語教育
研究』No. 514 日本国語教育学会
丹藤博文(2015c)
「教室で読むための語り分析」
『国語国文学報』
第 73 集 愛知教育大学国語国文学研究室
中西一弘(1973)「フランスの文学教育」『国語科教育』No. 20
中西一弘(2006)
「フランスの言語技術教科書の特徴と内容」
『言
語技術教育』No. 15 明治図書
中西一弘(2012)「〈学び方を学ぶ〉に特化したフランス語(国
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教科書における語り分析の研究
語)教科書―1980 年代以降の新編集による高校(リセー)用
教科書の具体例 1 つ―」大阪国語教育研究会『中西一弘先生
傘寿記念論集』
【付記 1】フランス教科書の翻訳にあたっては、杉淵洋一氏(愛
知淑徳大学)の協力を得た。感謝申し上げる。
【付記 2】本研究は、科学研究費助成事業(基盤研究 C 課題番
号 70523380「国語科の授業における〈語り〉分析の有効性
に関する実証的研究」の助成を受けている。
【付記3】本論は、全国大学国語教育学会第129回西東京大会(2015
年 10 月 24 日、創価大学)における自由研究発表にもとづい
ている。
(2015 年 12 月 1 日受理)
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