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九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
日本語・琉球語アクセント研究のための調査票「日琉語類別語彙」の仕様と利用法:
琉球語研究者に「日琉語類別語彙」を使っていただくために
五十嵐陽介(一橋大学)
1. はじめに
1.1 「日琉語類別語彙」

筆者が提唱し、現在構築中のアクセント調査票(五十嵐 2016; Igarashi 2016a, b)
。

五十嵐陽介の Researchmap(下記 URL)からダウンロード可能。
http://researchmap.jp/mu6jgh90m-1856949/#_1856949 (最新:第 4 版)

主として通時的研究(特に日琉祖語の再建と系統樹構築)を目的とした調査表。

共時的なアクセント体系の記述にも有効。

総語数 1571 語、日琉同源語 1277 語。

従来の調査票の問題を解消した調査票。
1.2 理想的なアクセント調査票

日本語・琉球語の双方に同源語が見つかる語(日琉同源語)が多数記載されている。


日本語の中央方言に在証されるか否かにかかわらず、語が選ばれている。


借用の可能性が排除できれば1、日琉同源語は日琉祖語に遡る。
中央方言における有無は、当該の語が日琉祖語に遡るか否かには無関係。
アクセントの対応の規則性とは無関係に語が選択されている。

アクセントの対応の規則性は、データが蓄積されたのちに提案される理論に
よって定義されるべきものである。

(既存の理論に基づいて)対応が規則的である語のみを選択して、祖語を再建
することは循環論にほかならない。
1.3 現在広く用いられているアクセント調査票

金田一春彦氏の提案する「類別語彙」
(金田一 1976)と松森晶子氏の提案する「系
列別語彙」
(松森 2012)がある。

「類別語彙」


日本語諸方言のアクセント調査を目的とした語彙表。総名詞数 764 語
「系列別語彙」

琉球語諸方言のアクセント調査を目的とした語彙表。総名詞数 253 語
1
加えて並行変化の可能性も排除しなければならないが、同一の語が異なる方言で並行的
に発生する可能性は、言語記号の恣意性から、(音韻や文法と比較して)はるかに低い。
1
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
2. 従来の調査票
2.1 金田一春彦氏の「類別語彙」の問題点

琉球語に同源語の見つからない語が相当数(約 2 割)ある(表 1)
。


日琉同源語は約 8 割。
日琉同源語の多数が記載されていない。

現代の日本語(共通語)で広く用いられない語が除外。

日本語の中央方言には在証されないが、その他の方言に在証される語が除外
(表 2)
。

金田一春彦氏の理論の予測に反するアクセントの対応を見せる語が除外(表
3)
。
表 1: 「類別語彙」の語で琉球語に同源語の見つからないもの(抜粋)
.このような語は 1)日
本語で新たに生じた語であるか、2)日琉祖語に遡るが、琉球祖語で消失した語のいずれかで
ある。いずれの場合でも、日琉祖語の再建における有用性は比較的低い。
1 拍名詞
蚊(カ)
、香(カ)/鵜(ウ)/尾(オ)
、砥(ト)
、箕(ミ)
、餌(エ)など
2 拍名詞
壁(カベ)、雉(キジ)、駒(コマ)、芝(シバ)、蓼(タデ)、友(トモ)、蓮(ハ
ス)
、菱(ヒシ)
、紐(ヒモ)
、鰭(ヒレ)/鯵(アジ)、栗毬(イガ)
、妻(ツマ)、
姫(ヒメ)
、文(フミ)/明日(アス)
、家(イエ)
、髪(カミ)、栗(クリ)
、苔(コ
ケ)
、鮨(スシ)/後(ノチ)
、室(ムロ)、鰐(ワニ)、尼(アマ)
、杵(キネ)、
今朝(ケサ)
、父(チチ)
、杖(ツエ)
、鍔(ツバ)/鮎(アユ)、井戸(イド)
、鮭
(サケ)
、鱧(ハモ)など
3 拍名詞
葵(アオイ)
、巌(イワオ)
、鰯(イワシ)、嗽(ウガイ)、唖(オウシ)、己(オノ
レ)
、篝(カガリ)
、霞(カスミ)、桂(カツラ)
、骸(カバネ)
、仔牛(コウシ)
、
子供(コドモ)、小鳥(コトリ)、小山(コヤマ)、盛り(サカリ)、悟り(サトリ)、
鱸(スズキ)
、粽(チマキ)
、机(ツクエ)、常盤(トキワ)、幟(ノボリ)、蓮(ハ
チス)
、埴輪(ハニワ)
、庇(ヒサシ)
、棺(ヒツギ)、帝(ミカド)
、汀(ミギワ)、
操(ミサオ)
、霙(ミゾレ)
、息子(ムスコ)
、鏃(ヤジリ)
、奴(ヤッコ)
、寡婦(ヤ
モメ)
、渡り(ワタリ)/毛抜き(ケヌキ)
、東(ヒガシ)、娘(ムスメ)/鼬(イ
タチ)
、祈り(イノリ)
、恐れ(オソレ)
、棲処(スミカ)、類(タグイ)
、谷間(タ
ニマ)
、剣(ツルギ)、峠(トウゲ)
、俘(トリコ)
、渚(ナギサ)
、歎き(ナゲキ)、
鯰(ナマズ)
、林(ハヤシ)/朝日(アサヒ)
、主(アルジ)
、神楽(カグラ)、鰈
(カレイ)
、山葵(ワサビ)/菖蒲(アヤメ)
、蛙(カエル)
、芒(ススキ)
、雀(ス
ズメ)
、李(スモモ)
、背中(セナカ)
、燕(ツバメ)
、雲雀(ヒバリ)
、蓬(ヨモギ)
/苺(イチゴ)など
2
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
表 4: 日本語中央方言には在証されないが、日本語と琉球語とに同源語の見つかる語
(抜粋)。
「類別語彙」には記載されていない。
琉球祖語
諸方言における意味
踵(アド)
*ado
踵
洞(ガマ)
*gama
洞穴
茸(ナバ)
*naba
茸。垢。汚れ。
穴(アボ)
*abo
穴。断崖。
确(ソネ)
*sone
峰。暗礁。海中の魚の取れる瀬。
*ija
胞衣
海鼠(シキリ)
*sikiri
海鼠
田蝸(タミナ)
*ta-mina
田螺
*tikura
鯔の稚魚
*pabero (?)
蝶々。蛾。
胞衣(イヤ)
鯔(チクラ)
蝶々(ハベロ)
表 3: 上代語(奈良時代の日本語中央方言)と琉球語の双方に同源語が見つかるにも関わら
ず「類別語彙」から除外されている語(抜粋).除外された理由は、これらの語の日本語諸
方言におけるアクセントの対応が、金田一氏の枠組みでは、不規則であることにあると思わ
れる。実際に、日本語諸方言におけるこれらの語の対応は(既存の枠組みに基づく限り)不
規則である。しかしながら、日本語・琉球語の双方に在証される事実と、奈良時代の古文献
に在証される事実は、これらの語が日琉祖語に遡ることを強く示唆する。
上代語形
琉球祖語
諸方言における意味
氏(ウジ)
udi
*uzi (?)
氏
渦(ウズ)
udu
*uzu (?)
渦
徒歩(カチ)
kati
*kati
徒歩
葛(クズ)
kuzu
*kuzu
葛。葛粉。澱粉。
獅子(シシ)
sisi
*sisi (?)
獣。獅子。
煤(スス)
susu
*susu
煤煙
灘(ナダ)
nada
*nada
灘
貫き(ヌキ)
nuki1
*nuki
貫き。緯糸。
矛(ホコ)
poko2
*poko
矛。屋根を葺くための棒。
鞭(ムチ)
muti
*buti
鞭
3
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
2.2 松森晶子氏の「系列別語彙」の問題点

総語数が少ない(253 語)2。

系列別語彙が琉球語諸方言のアクセント体系の把握に多大な貢献をしてきた。

研究成果が蓄積されてきた現在はその規模を拡大すべき段階にある。

日本語に在証されない同源語が約 15%に上る(表 4)
。琉球祖語だけでなく日
琉祖語の再建を目指すのであれば、日琉同源語を増やす必要がある。

「系列別語彙」
(松森 2012)は北琉球の諸方言(赤連、知名、金武)に基づい
て作成されているために、南琉球に在証されない語が一定数ある(表 5)
。そ
の一部は琉球祖語に遡らない可能性がある。北琉球、南琉球双方に在証される
同源語を増やす必要がある。
表 4: 「系列別語彙」記載の語で、日本語諸方言に在証されない語(抜粋).
(表記は IPA で
の簡略音声表記に改めた。
)これらの語は日琉祖語に遡らない可能性が高い。琉球祖語の再
建には有用であるが、日琉祖語の再建における有用性は日琉同源語と比較して低い。
琉球祖語
意味
喜界島赤連
沖永良部島知名
沖縄本島金武
*gamako
腰周り
gamaku
*gi-pa (?)
簪
giifaa
*gosani (?)
杖
gusani
guɕani
gusanu
*ijako
櫂
joo
jookuu
jeekuu
*karazu (?)
髪
harazji
karadʑu
*nebu
柄杓
nɨbu
nibu
niibu
*niibiki (?)
結婚
niibiki
*saba
草履
saba
saba
*sanagi
褌
sanagi
sanadʑi
*teda
太陽
tida
tida
tiida
*teru
籠
tiru
tiru
tiiru
*udo (?)
布団
udu
*uwa
豚
ʔwaa
ʔwaa
waa
*wekega (?)
男
jiŋga
jiŋgaa
ikigaa
gamaku
gamaku
dʑiiha
niibitɕii
saba
uudu
表 5: 「系列別語彙」記載の語で、日本語諸方言に在証されず、かつ琉球語では北琉球にの
松森(2012)では「舌」の項目に、赤連 suba と知名 ɕaa が記載されているが恐らくこれ
らは同源語ではない。対応する琉球祖語形は、前者は*suba「唇 > 舌」であり、後者は
*sita「舌」であろう。したがって別々の項目を立てなければならない。また、「みかん」の
項目として、知名 kurubu/kuribu、金武 kiribu とは別に、赤連 kurifaa が立てられているが、
これらは同源語と見てよいだろう。琉球祖語形は*kunibu「蜜柑」が立てられる可能性があ
る。ただし三方言との音対応は規則的ではない。特に赤連の語形は音対応が不規則であ
る。不規則な音変化を伴う語形の改新や接尾辞の付加などを想定する必要がある。
2
4
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
み在証される語.
(表記は IPA での簡略音声表記に改めた。
)これらの語は北琉球(奄美語、
沖縄語のいずれかあるいは双方)に固有の語(すなわち北琉球での改新形)である可能性が
あり、したがって、琉球祖語に遡らない可能性がある3。
意味
喜界島赤連
沖永良部島知名
沖縄本島金武
とんぼ
eedaa
eeda
蝉
asasaa
aasa
杵
adumu
adʑimu
adʑumu/adʑomu
iɕubi
itɕobi
苺
鋤
judari
着物
jiidee
kibara
ɕuuki
御馳走
ɕuuki
南瓜
sumbu
3. 「日琉語類別語彙」の仕様
3.1 第 4 版の概要


総語数:1571 語

日琉同源語:1277 語

日本語固有語:144 語

琉球語固有語:150 語
通常の辞書のように「意味」に基づく語のリストではなく、同源性に基づく
語のリスト。


例えば、一部の方言で「頭」を意味する以下の語は別々の項目となる。

頭(カシラ)
: 琉球祖語形
*kasira

頭(アタマ)
: 琉球祖語形
*atama

頷(カバチ)
: 琉球祖語形
*kabati

頭(コウベ)
: 琉球祖語形
*kaube

髪(カラズ)
: 琉球祖語形
*karazu (?)

頭(ツムリ)
: 琉球祖語形
*tuburi/tuburu
諸方言における対応の比較に基づいて再建される、日本祖語、琉球祖語にお
けるアクセント類の情報を記載。

最新版(第 4 版:2016 年 8 月 22 日)では、琉球列島に広く分布しているか
否か、アクセント型の対応が規則的か否か、通時的研究において重要か否か
に関する情報も記載。
3
ケナン・セリック氏に宮古語方言に ntubɨ「苺」があるという。音対応の面で議論の余地
があるが、iɕubi(知名)
、itɕobi(金武)と同源かもしれない。
5
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
3.2 構造

ID


拍


金田一春彦氏の「類別語彙」におけるアクセント類
日琉類別語彙の類


拍数
金田一の類


通し番号。すべての版を通じて、同一の同源語には同一の ID が付与。
「日琉語類別語彙」におけるアクセント類
同源語ラベル

それぞれの同源語に与えられた名前。

異なる同源語に同じラベルが与えられることはない。

同源語の大雑把な意味を漢字仮名表記したものと、同源語のだいたいの
音形を片仮名表記したものからなる。


意味

同源語のおおよその意味を記述。

意味に方言差がある語には、いくつかの主要な意味が与えられる。
琉球祖語

琉球祖語に再建される形(を試みに提示したもの)
。

琉球語諸方言の調査を行うフィールドワーカーに有用な情報。

ただし筆者(五十嵐)はこのような再建形を記載することによって、琉
球祖語における祖形に関していかなる主張をも行うものではない。

系列


松森(2012)提唱の「系列別語彙」の系列(琉球祖語における類)。
分類番号

①ある語が琉球列島に広く分布しているか、②アクセント型の対応が規
則的か、③アクセントの通時的研究に重要かに基づいた分類。

1:琉球列島に広範に分布することが確認できている語で、かつア
クセント型の対応が極めて規則的なもの。

2:琉球列島に広範に分布することが確認できている語で、かつア
クセント型の対応がかなり規則的なもの。

3:琉球列島に広範に分布する語で、かつアクセント型の対応に一
定の不規則性が認められるもの。

4:アクセントの通時的研究において重要な役割を演ずる可能性の
ある語で 1~3 に分類されないもの。これらの語は現時点で琉球列
島全域で使用されることが確認できていない。
6
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
表 6: 日琉語類別語彙の構造(抜粋)
.
金田一
ID
日琉語類別
同源語ラベル
拍
琉球
系
分類
祖語
列
番号
意味
の類
語彙の類
1
2
1
1A
灰汁(アク)
灰汁(アク)
。灰(ハイ)。
*aku
2
2
1
1X
飴(アメ)
飴(アメ)。
*ame
243
2
4
4B
角(カド)
角(カド)
*kado
284
2
4
4C
中(ナカ)
中(ナカ)
*naka
2
A
3
1
C
1
3.3 使用法

アクセント体系が不明な方言の記述を行う(共時的研究)研究者は、分類番
号 1 および 2 の語から調査するのが良い。

これらの語は琉球列島に広範に分布することが確認されており、かつア
クセント型の対応が規則的な語である。

分類番号 1 の語は 330 語、分類番号 2 の語は 85 語(合計 415 語)
。

「系列別語彙」
(松森 2012)の総語数は 253 語であり、筆者の調査に基
づくと、そのうち 223 語が琉球全土に確実に分布する語である。

したがって「日琉語類別語彙」の分類番号 1~2 の語は、質・量の面で
「系列別語彙」を上回る。
(※ただし、4.4 節に述べる理由などから、B
類の 3 拍名詞の数が松森(2012)より少ないという問題がある4。
)

琉球祖語におけるアクセント類を確定する研究(通時的研究)を行う研究者
は、分類番号 3 の語を調査するのがよい。

これらの語は琉球列島に広範に分布することが確認されているが、かつ
アクセント型の対応に一定の不規則性が認められる語である。

分類番号 3 の語数は 365 語。分類番号 1~3 の語の総計は 777 語。

そのうち 51 語は「系列別語彙」の語彙と重なる。つまり系列別語彙の
51 語は琉球祖語における類が未確定であると判断される。

日琉祖語のアクセントの通時的研究にさらなる貢献をしたい研究者は、分類
番号 1~3 に加えて、分類番号 4 の語を調査することを勧める。

これらの語は第 4 節に述べる理由からアクセントの通時研究に重要と判
断された語で、かつ分類番号 1~3 に含まれない語である。

分類番号 4 の語数は 167 語。分類番号 1~4 の語の総計は 944 語。
3 拍名詞に B 類か C 類か未確定の語が多いことに起因する。現状の「日琉語類別語彙」
では類の未確定の語はすべて X 類となっており、どの類とどの類との間で判断を保留して
いるのかが明示されていない。今後は、
「日琉語類別語彙」に X 類(B~C)
、X 類(A~B)
のように、類の候補をも記載すべきだろう。この改定はすぐにでもできる。
4
7
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
4. 琉球語諸方言アクセントの通時研究における諸問題
4.1 6 つの主要な問題

アクセントの通時研究における問題は数多くあるが、私見によれば、以下の 6
つの問題が重要である。

2 拍 4 類・5 類問題

3 拍 4 類問題

動詞派生 3 拍名詞問題

3 拍 6 類 7 類問題

D 類問題
4.2 「2 拍 4 類・5 類問題」

類別語彙の 2 拍 4 類・5 類の約半数は、琉球祖語の B 類に、残りの半数は C 類
に対応する(服部 1979; 松森 1998)
。

したがって日琉祖語の 2 拍名詞に 4B 類、4C 類、5B 類、5C 類が再建される。

一方で、琉球祖語の B 類と C 類の区別は、琉球祖語に遡らず、琉球語におけ
る後世の改新であるとする見解は根強い(金田一 1960; de Boer 2010)。

2 拍 4 類・5 類をめぐるこれまでの議論は高々50 語に基づいて行われてきた
(服部 1979; de Boer 2010)
。

筆者の調査によると、約 160 語が 2 拍 4 類・5 類に属する可能性がある。

「日琉語類別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
4.3 「3 拍 4 類問題」

類別語彙の 3 拍 4 類の約半数は、琉球祖語の B 類に、残りの半数は C 類に対
応するという(松森 2000)
(表 7)。

日琉祖語の 3 拍名詞に 4B 類、4C 類が再建されるという。

この説は琉球語のアクセント研究者の間で通説になりつつあるが、これまで
の議論は、
「類別語彙」3 拍 4 類名詞(全 69 語)のうち、高々12 語程度に基づ
いている。

筆者の調査によると「類別語彙」3 拍 4 類に含まれる日琉同源語は 55 語にお
よぶ。従来の研究は明らかに不十分である。

4.4 節に述べる動詞派生名詞を除いて対応を検討すると、3 拍 4 類の大部分は
B 類に対応することが分かる(表 8)
。C 類に対応するものは比較的少数であ
り、例外(例えば借用の結果)とみなすことも可能と思われる。

さらに、筆者の調査によると、100 語以上が 3 拍 4 類に属する可能性がある。
「日琉語類別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
8
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
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表 7: 松森(2012)に基づく 3 拍 4 類の 1 対 2 の対応.
類
B類
所属語彙
明日(アシタ)
、鏡(カガミ)
、俵(タワラ)、鋏(ハサミ)
、潮(ウシオ)
暦(コヨミ)
C類
昨日(キノウ)
、白髪(シラガ)
、袋(フクロ)
、蓆(ムシロ)
、扇(オオギ)
刀(カタナ)
表 8: 「日琉語類別語彙」に基づく 3 拍 4 類の 1 対多の対応.動詞派生名詞に下線。C 類に
属する語数は B 類に属する語と比較して少ない。
「団扇」、
「言葉」などは借用の可能性が高
い(それぞれ*augi「扇」
、*mono-ii「言葉」が普通)
。
「白髪」
「昨日」などは日本語諸方言で
も対応が不規則であり、そもそも 3 拍 4 類に分類すべき語かどうか疑問が残る。B/C 類(B
類か C 類かのいずれか)に圧倒的に動詞派生名詞である。X 類(類不明)には借用語と思わ
れる語が多数ある。
「頭」
「男」は借用語であろう(それぞれ*tuburi「頭」、*weke-「男」が琉
球祖語に遡る語であろう)
。
「宝」も借用語であろうか(*kogane「宝」が琉球祖語に遡る語
か)
。A 類に属する 3 語も借用語か。特に「襖」「鼓」は文化借用の可能性がある。
類
所属語彙
A類
襖(フスマ)、鼓(ツヅミ)
、族(ヤカラ)
B類
明日(アシタ)、表(オモテ)
、鏡(カガミ)、鉋(カンナ)
、俵(タワラ)、仏(ホ
トケ)
、五日(イツカ)、潮(ウシオ)
、頭(カシラ)
、暦(コヨミ)
、七日(ナノ
カ)
、縫い目(ヌイメ)、厩(ウマヤ)
、袂(タモト)
、鶉(ウズラ)
、暇(イトマ)
C類
団扇(ウチワ)
、蓆(ムシロ)
、扇(オオギ)、刀(カタナ)
、言葉(コトバ)
、白
髪(シラガ)、昨日(キノウ)
B/C 類
痛み(イタミ)
、境(サカイ)
、軍(イクサ)、恨み(ウラミ)
、定め(サダメ)
例(タメシ)、勤め(ツトメ)
、硯(スズリ)、余り(アマリ)
、袷(アワセ)
、匂
い(ニオイ)、鋏(ハサミ)
、光(ヒカリ)
、思い(オモイ)
、住居(スマイ)
、助
け(タスケ)、頼み(タノミ)
、包み(ツツミ)
、流れ(ナガレ)
、願い(ネガイ)、
響き(ヒビキ)
、別れ(ワカレ)
X 類=
項(ウナジ)
、頭(アタマ)、男(オトコ)
、袴(ハカマ)
、袋(フクロ)
、敵(カ
類不明 タキ)
、宝(タカラ)
9
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
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4.4 「動詞派生 3 拍名詞問題」

動詞のいわゆる連用形の形をとる 3 拍名詞(「動詞派生名詞」)の圧倒的多数
は、二つのアクセント類のいずれかに属する。

3 拍 1 類:終り(オワリ)
、畳(タタミ)、踊り(オドリ)
、望み(ノゾミ)

3 拍 4 類:恨み(ウラミ)
、定め(サダメ)
、余り(アマリ)、鋏(ハサミ)

このうち 3 拍 1 類に属する動詞派生名詞は、A 類に規則的に対応する。

一方、五十嵐(査読中)によると、3 拍 4 類に属する動詞派生名詞は、B 類に
対応するか C 類に対応するか不明である。また、北琉球では B 類相当であり、
南琉球では C 類相当である可能性があるという(表 8)
。

筆者の調査によると、約 51 語が 3 拍 4 類相当でありかつ動詞派生名詞である
可能性がある。

「日琉語類別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
4.5 「3 拍 5 類問題」

類別語彙の 3 拍 5 類の約半数は、琉球祖語の B 類に、残りの半数は C 類に対
応するという(松森 2000)(表 9)
。

日琉祖語の 3 拍名詞に 5B 類、5C 類が再建されるという。

この説は琉球語のアクセント研究者の間で通説になりつつあるが、これまで
の議論は、
「類別語彙」3 拍 4 類名詞(全 30 語)のうち、高々9 語程度に基づ
いている。

筆者の調査によると「類別語彙」3 拍 5 類に含まれる日琉同源語は 25 語にお
よぶ。従来の研究は明らかに不十分である。

「日琉語類別語彙」でも 3 拍 5 類における 1 対 2 の対応は確認できるが、C 類
に属する語が B 類に属する語の倍以上となり、C 類への偏りが認められる(表
10)
。

そもそも 3 拍 5 類は日本語諸方言においても対応が不規則であり、日本語諸
方言を含めてさらなる調査が必要である。

筆者の調査によると、65 語が 3 拍 5 類に属する可能性があるので、
「日琉語類
別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
表 9: 松森(2012)に基づく 3 拍 5 類の 1 対 2 の対応.半数が B 類に残りの半数が C 類に対
応する。
類
所属語彙
B類
油(アブラ)、命(イノチ)
、涙(ナミダ)
、枕(マクラ)
、五つ(イツツ)
C類
柱(ハシラ)、箒(ホウキ)
、親子(オヤコ)、情け(ナサケ)
10
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
表 10: 「日琉語類別語彙」に基づく 3 拍 5 類の 1 対多の対応.C 類に属する語は B 類に属
する語の 2 倍に達する。A 類に属する 2 語を持つ琉球語方言の数は極めて少なく、借用の可
能性が疑われる。
類
所属語彙
A類
紅葉(モミジ)
、柘榴(ザクロ)
B類
油(アブラ)、命(イノチ)
、涙(ナミダ)
、枕(マクラ)
、胡瓜(キュウリ)
C類
火箸(ヒバシ)
、単衣(ヒトエ)
、眼(マナコ)
、瓦(カワラ)
、襷(タスキ)
、柱
(ハシラ)
、箒(ホウキ)
、親子(オヤコ)、情け(ナサケ)
、茄子(ナスビ)
X 類=
哀れ(アワレ)
、五つ(イツツ)
、従兄弟(イトコ)
、心(ココロ)
、鰒(アワビ)
、
類不明 簾(スダレ)、錦(ニシキ)
4.6 「3 拍 6 類・7 類」問題

類別語彙の 3 拍 6 類・7 類は、琉球祖語の C 類に一様に対応するという(松森
2000)
。

しかしながらこれまでの議論は、
「類別語彙」3 拍 6 類名詞(全 27 語)、3 拍 7
類名詞(全 18 語)のうち、8 語(3 拍 6 類の 4 語と 3 拍 6 類の 4 語)に基づい
ている。

筆者の調査によると「類別語彙」3 拍 6 類・7 類に含まれる日琉同源語は 35 語
におよぶ。従来の研究は明らかに不十分である。

そもそも 3 拍 6 類・7 類は日本語諸方言において対応が不規則であり、日本語
諸方言を含めてさらなる調査が必要である。

筆者の調査によると、40 語が 3 拍 5 類に属する可能性があるので、
「日琉語類
別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
4.7 「D 類」問題

奄美語(奄美大島、喜界島、沖永良部島などの諸方言)の先行研究によると、
3 拍名詞に第 4 のアクセント型が観察されることがあるという
(e.g. 上野 2000)
。

この事実から、琉球祖語に第 4 のアクセント類、すなわち D 類の存在が示唆
されるという。

しかしながら、諸方言間の対応に規則性を認めがたく、祖語にさかのぼる特徴
か否かは不明である。

私見によれば、第 4 のアクセント型は、音韻的に条件づけられた分裂の結果生
じたものである可能性が高いが、そう断じることもできない。

筆者の調査によると、約 30 語がいわゆる D 類の候補となる(表 11)。
「日琉語
類別語彙」を用いてより大規模な調査を行う必要がある。
11
九州大学・一橋大学合同合宿/(琉球)諸語記述研究会 発表原稿
(2016 年 9 月 24 日:於九州大学)
表 11:奄美語諸方言で第 4 の型(いわゆる D 類)が現れる可能性のある語.
*musiro「蓆」
、*augi「扇」
、*pukoro (?)「袋」
、*kinou「昨日」
、*makura「枕」
、*paira/parja
(?)「柱」
、*pauki「箒」
、*nedemi (?)「鼠」
、*ketune「狐」、*pidari「左」、*kuzira「鯨」、*kaigo
「蚕」
、*kusori「薬」
、*patake「畑」
、*tarai「盥」、*kazura「蔓」、*komori「池」、*ojubi (?)
「指」
、*kuwa-ge「桑の木」
、*jomono「鼠」、*kunibu (?)「蜜柑」、*taNgo「担い桶」、*isato
「蟷螂」
、*auda「モッコ」
、*peguro/peguri/peNgo (?)「竈の煤」
、*si-bari「尿」
、*kazami/kazjamo
(?)「蚊」
、*judari (?)「鍬」
、*sii-ke「椎の木」、*matu-ge「松の木」、*tamono「薪」
引用文献
五十嵐陽介(2016)
「アクセント型の対応に基づいて日琉祖語を再建するための語彙リスト
「日琉語類別語彙」」
『日本語学会 2016 年度春季大会予稿集』
五十嵐陽介(査読中)
「名詞の意味が関わるアクセントの合流:南琉球宮古語池間方言の事
例」
『音声研究』
上野善道(2000)
「奄美方言アクセントの諸相」『音声研究』4(1), 42-54.
金田一春彦(1960)
「アクセントから見た琉球語諸方言の系統」
『東京外国語大学論集』7, 5980.
金田一春彦(1976)
『国語アクセントの史的研究 : 原理と方法』塙書房.服部四郎(1979)
「日本祖語について 21-22」
『言語』8:11, 97-107; 8:12, 504-516.
ペラール・トマ(2013)「日本列島の言語の多様性―琉球諸語を中心に―」田窪行則(編)
『琉
球列島の言語と文化―その記録と継承―』くろしお出版,pp. 81–92.
松森晶子(1998)
「琉球アクセントの歴史的形成過程―類別語彙 2 拍語の特異な合流の仕方
を手がかりに―」
『言語研究』114, 85-114.
松森晶子(2000)
「琉球の多型アクセント体系についての一考察―琉球祖語における類別語
彙 3 拍語の合流の仕方―」
『国語学』51(1), 93-108.
松森晶子 (2012)「琉球語調査用『系列別語彙』の素案」
『音声研究』16(1): 30–40.
de Boer, Elisabeth (2010) The Historical Development of Japanese Tone: From Proto-Japanese to the Modern
Dialects. The Introduction and Adaptation of the Middle Chinese Tones in Japan. Wiesbaden:
Harrassowitz Verlag.
Igarashi, Yosuke (2016a) A unified list of cognate words in Japanese and Ryukyuan for the purpose of
historical comparative linguistics. Japanese and Korean accent: Diachrony, reconstruction, and typology".
Tokyo: ILCAA, Tokyo University of Foreign Studies (3 July 2016).
Igarashi, Yosuke (2016b) An urgent task for research on the tone systems of Japanese and Ryukyuan: What
should fieldworkers do in the next decade? Phonology Forum 2016. Kanazawa: Kanazawa University
Satellite Plaza (24 August 2016).
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