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地域づくりにおける集落営農の位置付け
連載/農業環境の変化とJAの経営② 研究ノート 地域づくりにおける集落営農の位置付け (社)J C 総研 基礎研究部 主任研究員 小林 元 (こばやし はじめ) 1.今日の集落営農の位置付けと2つの課題 本論に入る前に、前回の論稿を簡単に振り返ってみよう。全国的に広がる集落営農 は、地域によって多様化している。その上で、統計に表れた「集落営農先進地域」での 作業受委託段階から利用権設定段階への移行を踏まえ、今日の集落営農の1つの特徴を 利用権設定段階と位置付けた。また、利用権設定段階の集落営農について、集落型農業 生産法人(以下、集落法人)の後継者問題と、組合員の後継者問題という2つの課題を 提示した。そして、この2つの課題を集落法人に見る土地持ち非農家化問題として整理 した。言い換えれば、利用権設定段階の集落営農は、農民層分解の培養器(インキュ ベーター)としての機能を持つといえる。 しかし、農村地域における土地持ち非農家化の実態は、地域と農業から切り離される 農村地域の住民の姿であり、農村地域における「農民」のヘテロ化と農村地域の縮小過 程を顕著に表している。すなわち産業政策( 「担い手政策」 )としての集落営農路線のみ では、農村地域を維持することが難しいといった今日的課題が顕在化しているのであ る。そして、地域に視点を向けるとこうした課題への対応が進みつつある。 集落法人の後継者問題への対応では、新たな広域の組織化、踏み込むと2階建ての集 注1)1階部 分が農地 利 用調整機能などを持つ組 織で、2階部分が担い手 やオ ペ レーターなどが中 心となった農 業 生産の実 働組織からなる集落営農 落営農注1)の上に広域の機械共同利用組織としての3階部分を加えた取り組みが進んで いる。また、組合員の後継者問題への対応では、地域自治組織・小さな自治を1階部分 に、集落営農を2階部分に位置付けた新たな2階建て組織化が見られる。そこで、本稿 では、集落営農の再編段階に入った「課題対応の先進地域」としての中国中山間地域の 取り組みの実践を見ていこう。 2.集落営農の広域組織化戦略 集落営農の広域組織化は、その地域の実態に合わせて多様な事例が現れつつある。中 国中山間地域を例に見ると、第1に大規模農家を中心とする集落営農群による新たな広 域法人の組織化、第2に集落法人間の機械共同利用の組織化、第3にJAを中心とした 機械共同利用の組織化の3つの事例が見られる。 3つの類型に共通する点は機械共同利用である。農業機械を集落営農単位で保有する のではなく、より広域の地域で共同所有、共同利用することでコストの削減に努める取り 注2)楠本雅弘『進化す る集落営農』農山漁村文 化協会、2010年、215ペー ジ 組みである。集落営農を支援する広域組織をつくる取り組みであり、楠本雅弘氏の唱え る2階建て集落営農のさらに上の部分を用意する3階建て組織注2)といえる。そこで本節 では集落営農の広域組織化の事例について、簡単に紹介しよう。 30 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 (1)大規模農家を中心とした広域組織化 大規模農家を中心とした広域組織化の事例としては、広島県北広島町の株式会社大朝 農産(以下、大朝農産)の取り組みが注目される。大朝農産が位置する北広島町大朝地 区は、水田経営規模 20ha以上の大規模農家を中心とした集落法人の育成( 「担い手連携 注3)旧大朝町(現北広 島町大朝地区)の取り組 みについては、田代洋一 「集落営農と個別経営の連 携型法人化」 、田代洋一 編『日本農業の主体形成』 筑 波 書 房、2004年、298 ~313ページを参照された い。なお、田代氏は、 「集 落・担い手連携型」とし て位置付けている )が進められた地域である。 型注3)」 大朝農産の設立について見ていこう。大朝地区では、2001年に大規模農家と集落法人 が連携して、転作対応を目的とした大朝町飼料イネ生産組合、大朝町大豆生産組合が設 立された。これらの生産組合は、参加する大規模農家と集落法人の転作における機械共 同利用を行う組織であった。その後、2004 年には構成員の転作に係る経理の一本化を図 り、生産組合が資材購入から販売まで一貫して行った。他方で、2003 年には地区内の集 落法人の連携組織である大朝町集落法人ネットワーク(以 下ネットワーク)が組織化された。ネットワークは、上記 の生産組合の受託作業の集約や調整を行い、大規模農家 や集落法人に作業委託を行う調整組織であった。さらには 米袋の共通化によるブランド化などを図る取り組みなど、 販売面での連携も見られた(図1) 。 以上の取り組みに包括的に取り組むべく、2007 年に設 【図1】大朝農産概念図 (株)大朝農産 集落法人 大規模農家 集落法人 大規模農家 (ミニ農協化型) 立された組織が大朝農産である。すなわち、大朝農産は飼料イネ生産組合、大豆生産組 注4)大朝農産の取り組 みは既 報が多い。なかで 合、ネットワークを一本化した組織である。事業内容は、大豆の一貫作業、飼料イネ も直近の事 例紹介として (WCS)の収穫作業、ヘリコプター防除、米の委託販売である。また、資材の一括購 は、福田竜一「集落営農 入、地域全体での新規作目の導入なども行う。転作の機械共同利用から展開した大朝農 法人が担う地域農業の変 革」 『農林金融』2011年2 産は、地域の土地利用型農業に関する事業を伴う広域組織化であり、さらに営農指導、 月号、農林中金総合研究 購買、販売の機能まで有するミニ農協としての内実を伴っている注4)。こうした集落法人 所、33~51ページを参 照 されたい 注5)地域農業システム の概 念については、田代 洋一『混迷する農政 協 同する地域』筑波書房、 2009年、167~222ページ が最も整 理されている。 田代 氏の論 稿でも取り上 げられているが、JAが 積 極的に関わった事 例と しては、JA上伊那の取 り組みが歴 史 的にも注目 される。なお、JA上 伊 那管内の地域農業システ ムについては、山崎 亮一 「長野県宮田村における農 地規模別農家構成の変化 と集団耕作組合」 、星勉編 『柔らかいコモンズによる 持続型社会の構築』農林 統計協会、2011年、81~ 87ページなどに詳しい の育成、広域組織化が、行政を主導とした土地利用型の地域農業システムとして形成さ れた点に注目したい注5)。 (2)集落法人間連携による広域組織化 集落法人間連携の事例としては、第1に広島県下で進められた地域単位での連絡協議 会の組織化、第2に直近の動向としてファームサポート東広島に注目したい。 げいほく み よし 第1の地域単位での連絡協議会の組織化は、広島県内を東広島支部、芸北支部、三次 び さん 支部、庄原支部、福山支部、尾三支部の6支部に分類し、各支部に連絡協議会を設置し た。それぞれの連絡協議会の設立の目的は、集落法人の設立支援、法人間連携、経営高 度化に係る研修開催などである。特に2000 年代の広島県農政の積極的な集落法人育成 は、この連絡協議会を核とした集落法人の設立支援のもとで急激に拡大した。もちろん 法人間連携や経営高度化に向けた取り組みなども注目されるが、おおむね集落法人の設 立期におけるエンジン役としての機能を果たしたソフトの支援機能の性格が強いといえる であろう。 以上の連絡協議会の取り組みが母体となって、いよいよ具体的な法人間連携の取り組 みが 2009 年に始まる。これが第2に注目するファームサポート東広島(以下、ファーム JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け 31 サポート)である。 ファームサポートは、東広島市内の5法人が参加する任意組織で、法人間の機械共同 利用を目的とする組織である。そもそも、広島県農政は集落法人の育成当初から、まず 集落単位で集落法人を設立し、そして農地をひとまとまりに団地化することで次世代の担 い手を育成しようとする構造政策を描いてい た。そして、個々の集落法人を育成するだ 【図2】ファームサポート東広島概念図 ファームサポート東広島 けではなく、将来的には集落法人間の機械 共同利用の連携などを企図していた。その 取り組みが具体化した事例の1つがファーム 法人 法人 サポートである(図2) 。 法人 法人 法人 (共同利用組織化型) これまで、 実 態としては集 落 法 人の設 立、育成が先行し、集落法人間の機械共同利用などの取り組みは今後の展望であった。 しかし、前回見たように集落法人の後継者問題が待ったなしの状態となり、切迫した具 体的課題に対応するべく、ファームサポートの設立、すなわち具体的な事業を伴う法人 注6)ファームサポートの設 立の直接の要因は、1989年 に設立した集落法人のオペ レーターが、急きょ作 業に 参 加できなくなったことで ある。以前から、基幹的労 働 力の継 承に危 惧を抱い ていた組合長は仕組みづく りを模索していたが、結果 として法人間連 携が促 進 するきっかけとなった 注7)ファームサポート東 広 島の取り組みの紹 介と しては、田代洋一「東広 間連携に進んだと見るべきであろう注6)。ファームサポートは、参加する5法人の機械を 借り上げた上で機械作業を一括で行う仕組みである。2010 年度で田植え作業 93ha、秋 作業53haが行われた注7)。今後は、機械作業はファームサポートで一貫して行い、中間管 理作業を各集落法人が行うといった仕組みで集落法人間連携を進め、その結果、集落法 人の機械所有のコストを下げるとともに、 「地域農業のオペレーター」を安定的に確保す ることが企図されている。 (3)JAを中心とした広域組織化 JAを中心とした広域組織化の事例としては、JA三次の事例が著名である。JA三次 管内では、1980 年代から機械共同利用、転作共同作業を目的とする営農集団組合の設立 島 市の集 落 営 農 法 人 連 が進められた。しかし、任意組織である営農集団組合は農地の利用権設定ができない。 合」 『文化連情報 』2011 また、任意組織であるため内部留保ができずに、機械の更新ができない事例が多かっ 年2月号、日本文化厚生 農業協同組合連合会、21 た。その後 2001年以降の広島県農政の強力な集落法人化推進の流れのなかで、集落法 ~22ページに詳しい 人の設立に向けた話し合いが集落単位で活発となる。 JA三次は、2004 年3月に営農支援課を設立し、集落法人の設立支援を強力に推進し た。支援策は、①JAが「出資比率の3分の1以下で500 万円を上限」に集落法人に出 資、②設立後の法人に大型営農ローン、肥料・農薬の大口値引き、カントリーエレベー ター利用料金の軽減といった経営支援、③集落法人が生産する米は全量買い取りでJA が直接販売、といった積極的な取り組みを行っている。 JAを中心とした広域組織化としては、2006 年に「法人大豆ネットワーク(以下、大 豆ネットワーク) 」を設立した。大豆ネット ワークは、主に大豆を中心とした転作対応を JA管内の集落法人の連携によって共同化 【図3】法人大豆ネットワーク概念図 法人 法人 法人 法人 法人 し省力化およびブランド化を目指した。2009 年には、JA管内の20 法人が参加して大豆 【JA】法人大豆ネットワーク 用農業機械の利用組織を立ち上げ、大型マ (JA支援ネットワーク型) 32 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 ニュアスプレッダー2台を購入した。今後は、オペレーターを含めた機械共同利用の取り 注8)JA三次の集落法 人への支 援の取り組み (図3) 。 組みを広げることを目的としている注8) は、稲垣伸司「 『集落農場 型農業生産法人』とJA の連携」 『JA総研レポー 3.広域組織化戦略の形成要因と展開方向 ト 』2009年 冬、vol.12、 21~24ページなどに詳し い(JC総研のWebサイ ト〈http://www.jc-soken.or.jp〉で全文公開) (1)広域組織化戦略の形成要因 ここまで、集落営農の広域組織化の実態について中国中山間地域の事例を紹介した。 これらの取り組みに共通する特徴は、機械の共同利用にある。ここで、以上の広域組織 化の形成要因について検討してみよう。 第1に取り上げた「 (1)大規模農家を中心とした広域組織化」の事例は、転作の機械 共同利用を出発点としている。大規模農家を中心に、地域の集落法人が連携して転作の 機械共同利用を進める背景には、大型機械の共同での導入、共同での運用による作業と 経営の合理化が挙げられる。この点は、 「 (3)JAを中心とした広域組織化」の事例にも 共通する。 (1)と(3)の事例の違いは、その推進主体にある。 (1)の事例では、行政が支援す ることで、地域の大規模農家と集落法人が連携して組織化が進んだ。 (3)の事例では、 JAが主導することで組織化が進んでいる。より踏み込むと、集落法人などのいわゆる 「担い手経営体」単体での取り組みではなく、行政やJAが主導・支援することで広域組 織化が進められている点に注目すべきであろう。単に「担い手経営体」を育成するので はなく、こうした広域組織化を含めた地域農業全体の構造を踏まえた戦略、すなわち地 域農業システムの構築が求められているといえるだろう。 次に「 (2)集落法人間連携による広域組織化」の事例を見ていこう。この事例は、集 落法人自体が主体となって、広域組織化が進んだ点に注目できる。ただし、こうした取り 組みが進められた背景には、地域で最も早く設立した集落法人の「後継者問題」があ る。前回の論稿で見たように、設立以来 20 年を経過した集落法人では「経営者」と「オ ペレーター」の後継者が不足している。こうした集落法人単体で完結することができなく なった作業の広域組織化の取り組みであり、切迫した具体的課題への主体的な危機対応 の性格が強い。ただし、こうした危機的な対応が広域組織化に結び付いた形成要因に は、すでに見たとおり地域単位の連絡協議会があった点に特徴がある。 以上を整理すると集落営農の広域組織化戦略の形成は、集落営農単体の設立、育成の みではなく、地域農業システムの構築を前提にしているといえる。先行する課題発現地 域でのこうした広域組織化の流れを踏まえて、地域農業システムの構築とその上での集 落営農の設立、育成という総合的な位置付けが必要であろう。 (2)広域組織化戦略の展開方向 次に事例に見る集落営農の広域組織化の実態から、今日の広域組織化の展開方向につ いて整理してみよう。各事例の取り組みから、集落営農の広域組織化の展開方向は、① 転作における機械の共同利用もしくは、②転作に限らない機械の共同利用から始まって いることが分かる。その上で、大朝農産の事例とJA三次の事例は、③資材の共同購 JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け 33 【図4】集落営農の広域組織化の展開方向 ① ② ③ ④ 転作機械共同利用 機械共同利用 資材共同購入 共同販売 (ミニ農協化の方向) 入、④共同販売まで進んでいる。こうした展開方向を模式図として整理したものが、図4 である。 機械の共同利用は、農業機械の稼働状況を踏まえて、より合理的に共同で機械利用を 行うことで生産コストを低減させ、かつ機械所有のコストを低減させることで経営を改善 するという取り組みである。また、機械共同利用を行う上では生産する品目を統一する、 作業時期を協議の上で決定するなど、栽培協定が必要となる。そして、栽培協定を結ん だ上での機械共同利用は、肥料・農薬などの資材の共通化と共同購入につながり、一括 大量仕入れによるコスト低減効果も期待される。そして、その先に共通の生産履歴を持 つブランド化、すなわち共同販売に進むことは当然の帰結であろう。こうした展開方向 は、大朝農産の事例に見るように、実態として「担い手」生産者組合としての生産から 販売までの機能を持つミニ農協化といえるであろう。他方で、JA三次の事例に見たよう に、JAが集落営農を支援することで十分に発揮できる機能でもあり、必ずしも広域組織 化による経営の一体化のみが展開方向とはいえない。こうした意味において、図4の模 式図は一律的な「発展」方向ではなく、あくまで「展開」の可能性を示す方向である。 それぞれの地域の実情に合わせて、また、地域の主体が自ら選択し発展していく(ボト ムアップ型の)展開方向を模索することが必要であり、上からの鋳型にはめるような政 策、戦略は慎むべきであろう。 4.地域づくりとしての集落営農 (1)地域農業維持から地域維持へ ここまで集落営農の広域組織化戦略について事例を取り上げた上で、その形成要因と して地域農業システムの構築の必要性(その上での集落営農の設立、育成) 、その展開 方向として機械共同利用からの栽培協定、さらには資材共同購入、共同販売の可能性を 整理した。 しかし、こうした集落営農の広域組織化は課題を内在している。集落営農の広域組織 化は、あくまで経営体としての作業と経営の合理化であり、先に整理した「集落法人の 後継者問題」への対応策としては有効である。田代洋一氏は「連合体がオペ作業、集落 注9) 田 代 洋 一 前 掲 書 (注7) 、22ページ 営農が管理作業という、より広域的な分業再編」と整理する注9)が、他方で「組合員の 後継者問題」については、より課題が拡大するのではないだろうか。端的に整理すれば オペ作業が「連合体」に集約され、ますます集落営農の組合員である地域住民が生産か ら切り離されるという問題である。さらに経営の一体化が進むときには、本格的に「担い 手」と「出し手」の分化、すなわち土地持ち非農家化が進むことが予測される。 ところで、集落営農を位置付ける上で欠かせない視点は、その設立過程にあると考え 34 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 られる。例えば、JA三次管内の集落法人の代表者は「集落営農は『むら』に小さな寺 注10)田代洋一『この国 のかたちと農 業 』筑 波 書 房、2007年、137ページ。 この言葉は、筆者も実際に 聞いているが、 その含 意 は、単なる担い手 組 織 化 ではなく、地域を守るため の仕組みとしての位置付け にある 注11)地域ビジョンづくり のなかで集落営農が位置 付けられる事 例について は、拙稿「集落型農業生 産法人の組織的性格と課 題」 『日本の農業──あす への歩み──240』農政調 査 委 員会、2007年、を参 照されたい 注12)集落営農を地域政 策、社 会政 策のなかで位 置付ける点は、地域づくり 論にとどまらない。例えば 「 経 営 体 」と集 落の関 係 「課題対応の先進地域」としての中 を建てるようなもんだ」注10)と語る。その背景には、 国中山間地域に代表される農村地域社会の縮小傾向がある。すなわち集落営農は、単な る「担い手経営体」づくりではなく、地域農業の維持による地域の維持が目的とされて いるのである。そして、こうした地域維持組織としての性格が顕著に表れる点が、集落 営農の設立過程にある。 中国中山間地域を中心に集落営農の設立過程を見ると、そのほとんどすべての事例 で、その設立時に地域住民が集まって地域資源の見直しを図り、将来の地域のビジョン を形成する過程で集落営農を位置付けている注11)。今日の集落営農は、一方で政策による 誘導、すなわち2000 年代の集落営農は「政策対応型」として位置付けることができる。 他方で、集落営農は地域を維持する取り組みのなかで、そして地域の将来ビジョンのな かで位置付けられるといった特徴を見逃すことはできない。こうした意味において、集落 営農は単なる産業政策としての「担い手」づくりではなく、地域政策、社会政策としても 位置付ける必要がある注12)。 (2)地域維持から地域づくりへ 地域維持を目的とした集落営農の設立過程、さらにはその後の発展過程に着目する上 で欠かせない事例が広島県東広島市小田地区の取り組みである。既報が多いので詳細は は、その地域資源管理に 先行研究をご参考いただきたいが注13)、その要点は、集落営農が地域自治組織のなかに おいて重要であり、経営体 位置付けられている点にある。小田地区の集落営農である農事組合法人ファーム・おだ のみの議 論は机 上の空 論 である。直近の研究成果と は、行政の広域合併に伴う小学校の廃校を契機とした地域づくりのなかで位置付けられ しては、大 仲克 俊「地域 ているのである。そして地域づくりは、地域自治組織である「共和の郷おだ」を中心に多 農業資源管理における大 規模農業経営体と集落組 様な地域住民の参加によって進められている。 「共和の郷おだ」は、まさに「むら役場」 織の機能分担」 『 「日本型 としての機能を内在しており、集落営農、農産物直売施設、加工販売活動、福祉活動、 農場制農業」への構想と 展望に関する研究会 ―中 間 報 告 ―』 (JC総 研レ ポート特 別号 ) 、2011年、 健康促進など多様な暮らしの仕組みを有する。 ここで地域づくりを、 「地域社会発展community developmentであり、地域の手持ち 61~75ページ の資源をベースとした(自然関係) 、地域の豊かな社会的関係(豊かな他者関係) 」注14) 注13)小田地区の事例の として捉えると、集落営農の設立過程は地域資源の見直しの過程であり、地域住民の主 整 理、 位 置 付けとして 体的な参加による豊かな他者関係づくりの再出発点になっていると整理できるのではない は、楠本前掲書(注2) 194~207ページ、拙稿前 掲 書( 注11)57~70ペー ジを参照されたい 注14)田中秀樹・鵜殿崇 徳「地域づくりの新展開と だろうか。 そして、集落営農は地域づくりの多様な仕組み=地域自治組織などのなかで位置付け られている点に着目したい。そこでは、多様な主体の参加、すなわち女性や高齢者が有 する暮らしの多彩な技術が、地域資源に働き掛けられている。従来の集落機能や集落営 新たな協同の形成」 、三国 農の組織(営農集団組合など)が家父長集団、長男集団であったことに対して、今日の 英実編『地域づくりと農協 地域づくりの取り組み、そして地域自治組織の特徴の1つは多様な主体の参加(革新性) 改革』農山漁村文化協会、 2000年、164ページ があることである。 先に集落営農を地域政策、社会政策として位置付ける必要性を主張したが、やはり主 体的な地域づくりのなかでの位置付けが先にくるべきであり、その上での政策対象として の位置付けが必要であろう。特にこの点は注意が必要である。1980 年代以降の新自由主 義的政策は、2000 年代に顕著であったように、 「小さな政府」論のもとでの地域行政のア JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け 35 ウトソーシング化を進めた。こうしたアウトソーシング化は、いわゆる「新たな公」など の議論の一面に見られるが、地域自治組織の議論もアウトソーシング化のなかで一律的 注15)拙稿「地域づくり 組織の協同組織的性格に 関する考察」 『協同組合経 営研究誌にじ』2009春号 No.625、協同組合経営研 究所、55~71ページ に進められている点に注意を払う必要がある注15)。地域づくりは、地域住民の主体的な取 り組みであり、草の根的なボトムアップの運動である。政策的枠組みのなかに押し込める のではなく、多様な取り組みに対する支援をいかになすべきか、この点にこそ地域政策、 社会政策としての具体的方策が問われるであろう。 5. 「3階建て組織」からの展開方向 (1)今日の集落営農の展開方向 以上、 「課題対応の先進地域」である中国地方の中山間地域の事例から、集落営農の 広域組織化戦略と地域自治組織、地域づくりのなかでの集落営農の位置付けという2つ の動向を見てきた。ここで、簡単に整理してみよう。 まず集落営農の広域組織化戦略の形成要因は、合理的な作業体系の再編成であり、か つ集落営農の後継者問題という具体的課題への対応が整理された。その上で、集落営農 の組織化は、それ単体でのみ議論すべきではなく、地域農業システムの構築のもとでの 総合性が必要とされると結論付けた。 また地域自治組織、地域づくりのなかでの集落営農の位置付けについては、集落営農 わ い しょう を単なる産業政策、構造政策としての「担い手」育成に矮 小 化するのではなく、地域住 民の主体的な暮らしのなかでの取り組み、すなわち地域づくりのなかでの位置付けが重 要であると結論付けた。その上で、ボトムアップ型の取り組みを支援するといった形での 地域政策、社会政策の必要性を説いた。言い換えれば、前回の論稿で析出した「組合員 の後継者問題」への対応であり、地域農業・地域資源の維持が定住条件の確保により、 農村地域社会の縮小を阻止しようとする主体的な対応として、集落営農を積極的に位置 付けようとするものである。そして、その先には地域社会発展としての地域づくりがあ る。余談ではあるが、こうした地域づくりの視点に立つ上では、もちろん単に農村地域社 会のみの課題と位置付けるのではなく、国土の均衡的な発展、そして農業の多面的機能 まで含めた国民的議論が必要である。また、課題発現地域から拡大する問題は「買い物 難民」など一般化しつつ「里下り」している。 「対岸の火事」として遠く眺めるのではな く、 「課題対応の先進地域」の主体的かつ多様な取り組みに学ぶ視座が必要であろう。 さて、以上の取り組みを総合的に整理した議論が楠本雅弘氏の「2階建て方式」を出 発点とする新たな「3階建て方式」 (広域組織化)と「新2階建て方式」 (地域自治組織) である。簡単に模式化すると図5のとおりである。そして、その社会的位置付けを「社 会的協同経営体」として(A)地域環境の維持・保全、 (B)生産活動、 (C)暮らしの 注16)三位一体の協同活 動としての位置付けについ ては、楠本前掲書(注2) 49~52ページを参照 協同、に整理し、三位一体の協同活動と整理している注16)。 (2)集落営農に求められる展開方向 すでに挙げたように2000 年代の集落営農の今日的性格は「政策対応型」であり、かつ 利用権設定段階にあると整理できる。そして品目横断的経営安定対策、その後の水田・ 36 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 【図5】集落営農の3階建て組織化 広域の機械共同利用組織など 農産物直売 集落営農 農産物加工 集落営農 集落営農 3階部分 2階部分 農用地改善団体など 1階部分 小さな自治・地域自治組織 畑作経営所得安定対策を通じて、いわば集落営農ブームが訪れたわけだが、その第2段 階が政策的に迫りつつある。食と農林漁業の再生実現会議は「競争力・体質強化」の 「戦略」として、 「平地で20 ~ 30ha、中山間地域で10 ~ 20haの規模の経営体が大宗を 注17) 「我が国の食と農林 漁 業の再 生のための中間 提言」食と農林漁業の再 生 実 現 会 議、2011年、3 ~4ページ 注18)日本経済新聞2011 年10月19日付 記 事「 農 地 集約へ売却奨励金」 占める構造を目指す」とし、集落営農の推進を掲げる注17)。また、本稿執筆段階(2011 年10月)の報道によると、政府は農地の出し手に対する「農地集積協力金」を創設する ことを検討しているという注18)。 こうした迫りくる第2次集落営農ブームの議論は、大規模な「担い手」経営体の育成 に向けた単純な産業政策である。しかし、すでに見たように「課題対応の先進地域」の 事例からは、集落営農を単なる「担い手」経営体として捉えるのではなく、第1に地域 農業システムの構築と、そのもとでの集落営農の設立、育成の必要性、第2に産業政策 としてのみではなく、地域政策、社会政策として地域づくりを支援する方策のなかでの位 置付けが重要であるといえる。そして、集落営農の広域組織化と地域づくりのなかでの 位置付けという2つの展開方向は、主体的な地域住民の参加のもとで「地域を守る」と いう守りの仕組みを面的に構築するといった総合性が必要であろう(図6) 。さらに、そ の先の発展方向には「攻め」の取り組みがあるのと同時に、JAの組織・事業・経営に 係る課題対応の戦略的位置付けが模索できる。次号では、集落営農の発展方向とJAの 組織・事業・経営に係る課題対応について検討した上で、新たな集落営農ビジョンづく りへの道筋について考えてみよう。 【図6】今日の集落営農の展開方向(守りの仕組み) 地域の多様な担い手(女性・ 集落営農 高齢者・後継者)の参加 担い手・経営者の育成 現在の集落営農の動向 小さな自治 地域農業の中心的な 地域維持 広域化 ネットワーク化 居住条件の確保 地域資源管理 「地域を守る」=守りの仕組み JC 総研レポート/ 2011 /冬/第 20 号 《研究ノート》地域づくりにおける集落営農の位置付け 37