...

「足」と「手」の慣用句の比較

by user

on
Category: Documents
24

views

Report

Comments

Transcript

「足」と「手」の慣用句の比較
目次
序論
1
1.形態的な比較
1
2.意味的な比較
4
3.意味の比較
9
4.形態が同じ「足・手」の慣用句の比較
4
結論
13
まとめ
14
「足」と「手」の慣用句の比較
序論
日本語の慣用句は比較的、意味を連想しやすい「体」の部分を使ったものが多い。
その中に「足」を使った慣用句と「手」を使った慣用句が少なくない。体の部分を
使った慣用句にはそれぞれ特色があると言われる。
しかし、「足」の慣用句と「手」の慣用句の中には「足を抜く」と「手を切る」
など、意味が似ている言葉がある。また「足を抜く」と「手を抜く」などの形態が
同じ言葉もある。「足」の慣用句と「手」の慣用句はどんな特色があるのだろうか。
両者の間に関連があるか。また、それぞれのグループは形態と意味の間にどのよう
な関連があるのだろうか。
本稿では「足」と「手」の慣用句というのは「足跡」「足並み」「手元」などの
表現を含まずに、「足・手+助詞」の形を取る表現だけに着目する。そして、
「足」と「手」の慣用句の比較を更に深めることによる両者の特徴、関連、相違点
を考察する。
以下では、先ず、言葉の形から検討して分析する。次に、一つずつの言葉の意味
を検討して分類の結果をまとめておき、形態と意味の関連を考察して述べる。そし
て、両者の意味の範囲を分類して比較する。最後に形態が同じ「足」と「手」の慣
用句の比較をしたいと思う。
1.形態的な比較
「足」の慣用句
形で分析すると、5つの大きなグループに分けられる。
1)足+が+形容詞
2)足+が+自動詞
3)足+に+動詞
4)足+を+他動詞
5)足+助詞+名詞+助詞+動詞
1)足+が+形容詞
このグループに当てはまる言葉は2つしか見当たらなかった。
足が重い
足が早い
足が悪い
2)足+が+自動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
足がある
足が上がる
足が付く
足が出る
足が遠のく
足が詰まる
足がすくむ
3)足+に+動詞
このグループに当てはまる言葉は1つしか見当たらなかった。
足に任せる
1
足が向く
4)足+を+他動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
足を洗う
足を入れる
足を奪われる
足を食われる
足を掬う
足を
出す
足を使う
足を付ける
足を突っ込む
足を取られる
足を抜く
足を延ばす
足を運ぶ
足を引っ張る
足を踏み入れる
足を向けて寝ら
れない
足を休める
5)足+助詞+名詞+助詞+動詞
このグループに当てはまる言葉は4つしか見当たらなかった。
足が地に着く
足が地に着かない
足が棒になる
足を棒にする
足の踏み場もない
「手」の慣用句
形で分析すると、7つの大きなグループに分けられる。
1)手+が+形容詞
2)手+が+自動詞
3)手+に+動詞
4)手+も+動詞
5)手+を+他動詞
6)手+助詞+名詞+助詞+動詞
7)その他
1)手+が+形容詞
このグループに当てはまる言葉は3つしか見当たらなかった。
手が早い
手が長い
手が悪い
2)手+が+自動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
手が要る
手が上がる
手が空く
手がある
手が掛かる
手が利く
手が切れる
手が込む
手が付く
手が付かない
手が付けられない
手が出る
手が出ない
手が出せない
手が届く
手がない
手が入る
手が離せない
手が離れる
手が塞がる
手が回る
手が回らない
手
が見える
手が焼ける
3)手+に+動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
手に余る
手に合わない
手に入れる
手に負えない
手に落ちる
手
に掛ける
手にする
手に立つ
手に付かない
手に取るよう
手に成
る
手に乗る
手に入る
手に渡る
4)手+も+動詞
このグループに当てはまる言葉は1つしか見当たらなかった。
手も無く
2
5)手+を+他動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
手を上げる
手を合わす
手を合わせる
手を入れる
手を打つ
手を
返す
手を掛ける
手を貸す
手を借りる
手を切る
手を食う
手
を砕く
手を下す
手を組む
手を加える
手を拱く
手を差し伸べる
手を下げる
手を締める
手を擦る
手を染める
手を出す
手を使う
手を突く
手を尽くす
手を付ける
手を取る
手を握る
手を抜く
手を濡らさず
手を延ばす
手を離れる
手を払う
手を引く
手を広
げる
手を迷わす
手を回す
手を結ぶ
手を焼く
手を緩める
手
を汚す
手を休める
手を煩わす
6)手+助詞+名詞+助詞+動詞
このグループに当てはまる言葉は下記の通りである。
手が後ろに回る
手も足もない
手も力もない
取る
手に汗を握る
手に手を
7)その他
このグループに当てはまる言葉は1つしか見当たらなかった。
手が空けば口が開く
「足」と「手」の慣用句の形態的な分析の全体像を理解できるように図1にまと
めておく。
「足」・「手」の慣用句
形容詞慣用句
動詞慣用句
その他
足・手+が+形容詞
2文節の構成
足・手+が+動詞
3文節の構成
その他
足・手+助詞+名詞+助詞+動詞
足・手+に+動詞
足・手+を+動詞
足・手+も+動詞
図1:「足」と「手」の慣用句の形態的な分析
「足」と「手」の慣用句を形態的に分析すると、先ず大きく「形容詞慣用句」、
「動詞慣用句」、「その他」の3つのグループに分けられる。「形容詞慣用句」は
「足・手+が+形容詞」の形を取る慣用句だ。「動詞慣用句」は更に2文節の構成
の慣用句と3文節の構成の慣用句とその他のグループに分けられる。2文節の構成
3
の慣用句は「足・手+が+動詞」、「足・手+に+動詞」、「足・手+を+動詞」、
「足・手+も+動詞」の4つのグループに分けられる。3文節の構成のグループと
いうのは「足・手+助詞+名詞+助詞+動詞」の形を取る慣用句だ。「その他」の
グループは上述以外の形を取る慣用句である。
50
足・手+が+形容詞
45
40
35
足・手+が+動詞
足・手+に+動詞
30
25
足・手+を+動詞
20
足・手+も+動詞
15
10
足・手+助詞+名詞+助詞+動詞
5
その他
0
「足」の慣用句
「手」の慣用句
図2:「足」・「手」の慣用句の形態的な分析結果
図2のように「足」の慣用句と「手」の慣用句はどちらも「足・手+を+動詞」
の形を取る動詞慣用句が最も多い。次いで数が多いのは「足・手+が+動詞」の形
を取るグループである。
2.意味的な比較
「足」の慣用句
1)
状態を表すもの
このグループは主体の状態に着目する。更に内部の状態と外部の状態の2つに分
けられる。
1.1)
内部の状態
このグループは気持ちや感情などの内面のことを表す言葉である。更に対象がな
いものと対象があるものに分けられる。対象というのは本稿では目的、目的地、目
標物、発着地などの動詞の動作を受けるものである。これらの対象は「が」、
「を」、「に」、「から」、などの助詞で示されるものがよく見られる。例えば、
「あの男は気が多過ぎて、何をやっても足が地に着かない。」
「私が今日あるのは早川さんのおかげなのだから、あの人に足を向けて寝られな
い。」
以上の例文を見ると、「足が地に着かない」は形から「地」という対象が見られ
るだろう。また「足を向けて寝られない」と聞くと、誰に足を向けて寝られないか、
対象を示さないと、この文章は完全ではなくなってしまう。
これに対して、対象がない例を挙げる。
「生魚は足が早いから気を付けなさい。」
「見舞いに行かなければならないと思うのだが、癌で助からないことが分かって
いるので、足が重くなる。」
「生魚は足が早い」と「足が重くなる」という表現は対象がなくても、意味が完
全である。
4
™ 対象がないもの
このグループに当てはまる言葉は1つしか見当たらなかった。
足が重い
™ 対象があるもの
このグループに当てはまる言葉は3つしか見当たらなかった。
足が地に着く
足が地に着かない
足を向けて寝られない
1.2)外部の状態
このグループは状況、態度、外見から見える性格などの外側のことを表す言葉で
ある。内部の状態を表すグループと同様に対象がないものと対象があるものの2つ
に分けられる。
™ 対象がないもの
このグループに当てはまる言葉は4つしか見当たらなかった。
足がある
足が早い
足が悪い
足の踏み場もない
™ 対象があるもの
このグループに当てはまる言葉は見当たらなかった。
2)
変化を表すもの
このグループは更に対象がないものと対象があるものの2つに分けられる。対象
の定義は1.1)の通りである。例えば、
「一度やくざの世界に足を入れると、容易には抜けられなくなるそうだ。」
「東京に行ったついでに、神戸まで足を延ばした。」
「何度も足を運んで、やっと面会が許された。」
取り上げた例文を検討してみると、「足を入れる」「足を延ばした」と聞くと、
何に足を入れるか、どこまで足を延ばしたか、疑問に思ってしまう。動詞の動作を
受ける対象を示さないと、意味が曖昧になったり不完全になったりしてしまう。一
方「何度も足を運んで」の場合は対象があるが、動詞の対象より動作に着目するの
で、対象を示さなくても、意味が完全である。
2.1)対象がない変化
外の対象に着目せずに、何らかの変化を表す言葉である。内部だけの変化も外部
の変化又は外に向く変化もこのグループに入る。更に自発的な意味を持つものと意
図的な意味を持つものの2つに分けられる。自発的な意味というのは話し手が自分
の意志で何らかの状態や状況を変えようとするわけではなく、自ら又は外の要素で
変わるということだ。一方、意図的な意味というのは話し手が自分の意志で状態を
変える又は動作をしようとするということだ。
™ 対象がない変化:自発的な意味
このグループに入る言葉は「足+が+自動詞」の形を取るのが当然だが、「足+
を+他動詞」の形を取る言葉もある。他動詞の表現は当然意志を表すが、受身形に
用いられると、意志がなくなる。例えば、「足を食われる」「足を取られる」など
である。
「ぬかるみに足を取られて転んでしまった。」
「若い頃は足に任せて、あちこち気ままな旅行をしたものだった。」
5
それに、以上の例文を見ると、「しまう」と「気まま」などの言葉と一緒に使っ
たら、意志がないことを表す。このグループに当てはまる言葉は下記の通りだ。
足が上がる
足がすくむ
足が出る
足が付く
足が詰まる
足が棒に
なる
足を棒にする
足を食われる
足を出す
足を取られる
足に任
せる
™ 対象がない変化:意図的な意味
このグループに当てはまる言葉は1つしか見当たらなかった。
足を休める
2.2)対象がある変化
このグループは何らかの変化だけではなく、その変化が対象に対するかにも着目
する。このグループは対象がない変化のグループと同様に自発的な意味を持つもの
と意図的な意味を持つものの2つに分けられる。
™ 対象がある変化:自発的な意味
このグループに当てはまる言葉は3つしか見当たらなかった。
足が遠のく
足が向く
足を奪われる
™ 対象がある:意図的な意味
このグループに入る言葉は「足+を+他動詞」の形を取るものしか見られない。
下記の通りである。
足を洗う
足を入れる
足を掬う
足を使う
足を付ける
足を突っ込
む
足を抜く
足を延ばす
足を運ぶ
足を引っ張る
足を踏み入れる
「手」の慣用句
1)
状態を表すもの
このグループは何らかの状態に着目した言葉である。更に内部の状態を表す言葉
と外部の状態を表す言葉の2つに分けられる。
1.1)
内部の状態
このグループは内側の状態に着目し、性格や能力を表す言葉である。「手+が+
形容詞」の形をしたものがほとんどである。更に対象がないグループと対象がある
グループの2つに分けられる。対象というものは「足」の慣用句の1.1)の意味
の通りだ。
™ 対象がないもの
このグループに当てはまる言葉は2つしか見当たらなかった。
手が長い
手が利く
™ 対象があるもの
このグループに当てはまる言葉は2つしか見当たらなかった。
手が早い
手が悪い
1.2)外部の状態
このグループは外側で見える物事の状態や状況を表す言葉である。更に対象がな
いものと対象があるものの2つに分けられる。
6
™ 対象がないもの
このグループに当てはまる言葉は大体「手+が+自動詞」の形を取る慣用句だ。
手がある
手が要る
手が込む
手がない
手が離せない
手が塞がる
手が回らない
手に汗を握る
手に立つ
手を濡らさず
™ 対象があるもの
このグループの言葉は何らかの外の対象に向く状況を表すものだ。「手+が・に
+動詞」の形を取るものが多い。また、否定形で用いられるものが多い。
手が出ない
手が出せない
手が付かない
手が付けられない
手が焼け
る
手に合わない
手に余る
手に負えない
手に付かない
手に取る
よう
手も無く
手も足も出ない
手も力もない
手を拱く
2)変化を表すもの
このグループは更に対象がないものと対象があるものの2つに分けられる。対象
の定義は「足」の慣用句の1.1)の通りである。例えば、
「子供に手が掛かって、暇がない。」
「この文章は先生の手が入っている。」
取り上げた例文を見る、対象は「子供」と「この文章」だ。対象を指示しないと、
意味が不明になるだろう。
2.1)対象がない変化
このグループは外の対象に着目せずに、何らかの変化を表す言葉である。外見で
見られる変化も見られない変化もこのグループに入る。更に自発的な意味を持つも
のと意図的な意味を持つものの2つに分けられる。自発的な意味と意図的な意味と
いうのは「足」の慣用句の2.1)の通りである。
™ 対象がない変化:自発的な意味
このグループに当てはまる言葉は下記の通りだ。
手が上がる
手が空く
手が空けば口が開く 手が後ろに回る
手が見える
手に乗る
手を食う
手を払う
手を迷わす
手を煩わす
™ 対象がない変化:意図的な意味
このグループに入る言葉は「手+を+他動詞」の形をしたものしか見られない。
手に手を取る
手を返す
手を砕く
手を締める
手をつなぐ 手を握る
手を組む
手を休める
2.2)対象がある変化
このグループは何らかの変化だけではなく、変化や動作を受ける対象にも着目す
る。このグループは対象がない変化のグループと同じに自発的な意味を持つものと
意図的な意味を持つものの2つに分けられる。
™ 対象がある変化:自発的な意味
このグループに当てはまる言葉は下記の通りだ。
手が掛かる
手に掛ける
手が切れる
手が付く
手が出る
手が届く
手が入る
手が離れる
手を離れる
手が回る
手に落ちる
手に渡る
手を焼く
7
™ 対象がある変化:意図的な意味
このグループは「手+を+他動詞」の形を取る言葉が多い。
手に入れる
手に掛ける
手にする
手を上げる
手を入れる
手を合
わす
手を合わせる
手を打つ
手を掛ける
手を貸す
手を借りる
手を切る
手を下す
手を加える
手を差し伸べる
手を下げる
手を
擦る
手を染める
手を出す
手を使う
手を尽くす
手を付ける
手を取る
手を抜く
手を延ばす
手を回す
手を結ぶ
手を引く
手を広げる
手を緩める
手を汚す
形から一つずつの言葉の意味を検討すると、次のことが分かった。先ずは「足・
手+が+形容詞」のグループは全て状態を表す言葉である。次は「足・手+が+自
動詞」の形を取るものは全部自発的な意味を表現するものだ。また、「足・手+を
+他動詞」のグループは当然意図的な意味を持つものが多いけれども、自発的な意
味を持つものもある。自発的な意味というのは話し手がそうしたいからするわけで
はなく、その物事の状態が自ら又はコントロールできずに起こるということである。
具体例を見ると、「足が出る」「足が棒になる」「手が空く」などの「足・手+が
+自動詞」の形を取る表現は形から自発的な意味を表すことが分かるはずだ。一方
「足・手+を他動詞」のグループは当然意図的な意味を表すが、「足を奪われる」
「足を取られる」の受身形を取る表現は何か外の要素にされるという意味で、意志
でするわけではないので、明らかに自発的な表現である。また、「足を出す」「足
を棒にする」「手を焼く」などはほぼ使われていない。意味から検討すると、自分
の意志で自分のことを困らせる人はほぼいないだろう。最後に「足」・「手」の慣
用句は否定形が全部状態を表すということが分かった。例えば、「足が地に着かな
い」、「足を向けて寝られない」、「手が回らない」、「手が付けられない」など
である。
「足・手」の慣用句の意味的な分類の全体像を理解できるように図3にまとめて
おく。
「足・手」の慣用句
変化を表すもの
状態を表すもの
内部の状態
外部の状態
対象がない変化
対象がある変化
対象がない状態
対象がない状態
自発的な変化
自発的な変化
対象がある状態
対象がある状態
意図的な変化
意図的な変化
図3:「足」と「手」の慣用句の意味的な分類
8
分類の結果では「足」の慣用句と「手」の慣用句はどちらも変化を表すものが比
較的多い。「足」の慣用句は変化を表すものが26つに対して、状態を表すものが
8つである。「手」の慣用句は変化を表すものが62つに対して、状態を表すもの
が28つである。「手」の慣用句の中には「対象があるもの」(60)そして「意
図的な意味を持つもの」(31)が比較的多い。つまり、「何か対象に対して、意
図的な変化を表すもの」が多い。一方、「足」の慣用句では「対象があるもの」も
「対象がないもの」そして「意図的な持つもの」も「自発的な持つもの」もある。
対象がない変化は自発的な意味を持つ物が多いのに対して、対象がある変化は意図
的な意味を持つ物が多い。つまり、「何か対象に対して意図的な変化を表すもの」
と「外の対象に着目せずに、自発的な変化を表すもの」が多い。分類の結果から分
かった「足」・「手」の慣用句の特徴は以下のような表の通りである。
•
•
•
•
「足」慣用句
変化を表すものが多い
「対象があるものと」と「対象が
ないもの」
「意図的な意味」と「自発的な意
味」
「対象がない自発的な変化」と
「対象がある意図的な変化」が多
い
•
•
「手」慣用句
変化を表すものが多い
対象があるものが多い
•
意図的な意味が多い
•
対象がある意図的な変化が多い
表1:「足」と「手」の慣用句の特徴
以上のことから、次のことが考えられるだろう。「足」と「手」はどちらもよく
動作する器官で、変化しやすいので、変化を表すものが比較的多い。「手」の動作
は大体コントロールできて、管理しやすい。一方、「足」の動作は管理しやすくて
も、時々自制できずに、「踏む」「転ぶ」「滑る」などの予想外なことが起こる。
また、「手」の動作は何か目的のために動くことが多いのに対して、「足」の動作
は目的や目的地がなければ、意志がないことが多い。だから、「手」の動作は対象
がある意図的な変化が多いのに対して、「足」の動作は対象がない自発的な変化が
少なくない。
3.意味の比較
それぞれの「足」・「手」の慣用句の意味を検討すると、下記の通りに様々のグ
ループに分けられる。
1)状態を表す
¾ 気持ち:心の感じること
¾ 態度・状況:何か物事に対しての態度や外側のこと
¾ 性格:人の意志の働きに表れる傾向
2)状態の変化を表す
¾ 余裕:仕事などの忙しさと暇のこと
¾ 明らか:物事がはっきりと分かること、明らかになること
¾ 所有:自分のものにすること、他人のものになること
9
3)広く、体を用いて様々の動作・作用をすることを表す
¾ 手数・世話:何かすることに対しての面倒なこと
¾ 自らの実行:自分から積極的に行ったり、始めたりすること
¾ 手段・人手・力:何かすることに対しての方法、人手、力・能力
¾ 困る:不便になることや苦しむこと
¾ 関係:人や物事と関わりを持つ・断つこと
¾ 協力:同じ目的のために、他と力を合わせること
¾ 邪魔:他人の成功を邪魔したり、失敗させたりすること
¾ 歩行:あちこちを歩いたり、行ったりすること
4)その他
このグループは上述以外の意味を取るものである。
意味
気持ち
態度・状況
性格
余裕
明らか
所有
「足」の慣用句
足が重い 足が地に着かない 足が地
に着く 足を向けて寝られない
足が早い 足がすくむ 足が詰まる
足が棒になる 足を棒にする 足の踏
み場もない 足を踏み入れる
足がある
―
足が付く
―
手数・世話
自らの実行
手段・人手・
力
困る
関係
協力
―
足を使う
―
足が悪い 足が上がる 足が出る 足
を奪われる 足を食われる 足を出す
足を洗う 足を入れる 足を付ける
足を突っ込む 足を抜く
―
10
「手」の慣用句
―
手が付かない 手に付かない 手に汗
を握る 手を拱く 手を濡らさず 手
が空けば口が開く
手が長い 手が早い 手が悪い
手が空く 手が離せない 手が塞がる
手が回らない
手が見える 手に取るよう
手に入る 手に入れる 手に落ちる
手にする 手に渡る
手が掛かる 手が込む 手が届く 手
が回る 手が焼ける 手も無く
手
を掛ける 手を抜く 手を離れる
手を煩わす
手が付く 手に掛ける 手を下す 手
を染める 手を汚す
手が要る 手がある 手が出せない
手が出ない 手がない 手が利く 手
が入る 手が付けられない 手に余る
手に負えない 手も足も出ない 手も
力もない 手を打つ 手を貸す 手を
借りる 手を砕く 手を差し伸べる
手を締める 手を尽くす 手を使う
手を回す 手を緩める
手に乗る 手を食う 手を迷わす 手
を焼く 手が後ろに回る
手が切れる 手が離れる 手を切る
手を出す 手を付ける 手を引く 手
を広げる 手を延ばす
手を組む 手を握る 手を結ぶ 手に
手を取る
邪魔
歩行
作成・補う
その他
足を掬う 足を引っ張る
足が向く 足が遠のく 足に任せる
足を取られる 足を延ばす 足を運ぶ
足を休める
―
―
―
―
手になる 手を入れる 手を加える
手が上がる 手が出る 手に合わない
手に立つ 手を上げる 手を合わす
手を合わせる 手を返す 手を下げる
手を擦る 手を突く 手を取る
手
を払う 手を休める
分類の全体像を理解できるように次の図にまとめておく。
「足」の慣用句
気持ち
邪魔
歩行
性格
態度・状況
明らか
自らの実行
困る
関係
余裕
所有
「手」の慣用句
手数・世話
手段・人手・力
協力
作成・補う
表2:「足」と「手」の意味の範囲の分類
以上のことから「足」と「手」の意味の範囲は重なっている部分もあり、重なっ
ていない部分もある。「足」・「手」の慣用句の重なっている部分は「性格」「態
度・状況」「明らか」「自らの実行」「困る」「関係」に関する意味がある。重な
っていない部分は「足」の慣用句は「気持ち」「邪魔」「歩行」に関する意味があ
るのに対して、「手」の慣用句は「余裕」「所有」「手数・世話」「手段・人手・
力」「協力」「作成・補う」に関する意味がある。両者の重なっていない部分をみ
ると、「足」の慣用句は訪問を含む歩行、気持ちについての意味が比較的多い。一
方、「手」の慣用句は「余裕」「手数・世話」「手段・人手・力」「協力」「作
成・補う」の範囲が含まれて、何らかの物事、特に仕事に関する意味が多い。これ
は「足」は当然移動に用いられている器官であるだろう。また、時々足の状態から
内面の気持ちが分かる。例えば、「足が地に着かない」は心が慌てて、落ち着かな
いから、足元が不安定になり、足の裏が地にしっかり踏んでいないような状態にな
る。一方、「手」は物事の処理によく用いられているため、仕事・仕事のやり方を
表す表現が多いと考えられる。重なっていない「手」の慣用句の部分は一つずつの
意味を見ると、意味の同じ言葉が入っているグループは「余裕」「所有」「手段・
人手・力」のグループだ。例えば、「手が離せない、手が回らない、手が塞がる」、
11
「手に入る、手に入れる、手にする」「手が出ない、手が付けられない、手に余る、
手に負えない、手も足も出ない、手も力もない」などである。両者の重なっている
部分の一つずつの意味を検討すると、「関係」のグループ以外にそれぞれの言葉の
意味が少し違うということが分かった。例えば、「足が出る」「足を奪われる」
「手を焼く」はどちらも困ることを表すが、困る内容や原因は違う。「足が出る」
は赤字になり、金銭に困るという意味だが、「足を奪われる」はストや事故で交通
機関が利用できなくて、困るという意味だ。これに対して、「手を焼く」はどうし
たらいいか分からなく、処置に困ることを表す。「関係」に関するグループは意味
を検討すると、「人や物事と関係を結ぶ・持つ」と「人や物事と関係を断つ・なく
す」の2つのグループに分けられる。「関係を結ぶ・持つ」のグループに入る言葉
は「足を入れる、足を付ける、足を突っ込む、手を出す、手を付ける」である。
「関係を断つ・なくす」のグループは「足を洗う、足を抜く、手が切れる、手を切
る、手が離れる、手を引く、手を広げる、手を延ばす」という言葉がある。これは
関係を持つ・断つことに対して、「足」も「手」も一緒に用いられるものだと考え
られる。例えば、「息子には暴力団から足を洗ってほしい。」と「息子には暴力団
と手を切ってほしい。」などである。
4.形態が同じ「足・手」の慣用句の比較
下の表は形態が同じ「足・手」の慣用句の意味を表すものである。
足が早い
手が早い
対象がない外部の状態:食べ物が腐りやすい。商品の売り行きがいい。
対象がある内部の状態:すぐ女性と関係を持つ様子。すぐ暴力を振るう。
×
足が悪い
手が悪い
対象がない外部の状態:歩行の方法が不便。
対象がある内部の状態:やり方が良くない。たちの悪いことをする。
×
足がある
手がある
対象がない外部の状態:歩くのが早い。
対象がない外部の状態:手段・方法がある。人手がある。働き手がある。
○
足が上がる
手が上がる
対象がない自発的な変化:頼る所がなくなる。職を失う。
対象がない自発的な変化:技量が上達する。上手になる。
○
足が付く
手が付く
対象がない自発的な変化:逃亡者の足どりが分かる。
対象がある自発的な変化:仕事が始まる。
×
足が出る
手が出る
対象がない自発的な変化:出費が予算を超過する。赤字になる。
対象がある自発的な変化:相手に殴り掛かる。つい盗む。
×
足を入れる
手を入れる
足を使う
手を使う
対象がある意図的な変化:ある所に出入りしたり、ある会社と関わりを持つよ
うになったりする。
対象がある意図的な変化:出来上がっているものに修正などを加える。
対象がある意図的な変化:自分で直接に行う。目的を果たす。
対象がある意図的な変化:手段・方法を行う。
足を付ける
手を付ける
対象がある意図的な変化:関係を付ける。
対象がある意図的な変化:目下の女性と関係を結ぶ。着手する。
12
○
○
○
足を出す
手を出す
足を抜く
手を抜く
対象がない自発的な変化:赤字になる。
対象がある意図的な変化:手を出して暴力を振るう。女性と関係を付ける。人
や物事に自分から積極的に関わりを持つ。
対象がある意図的な変化:ある集団・事柄との関係を断つ。仲間から外れる。
対象がある意図的な変化:手数を省く。仕事に丁寧にやらずにいい加減にや
る。
×
○
足を延ばす
手を延ばす
対象がある意図的な変化:ある地点から更に遠くまで行く。
対象がある意図的な変化:取引先や仕事を広げる。新しい場に進出して行く。
○
足を休める
手を休める
対象がない意図的な変化:歩み止めて休息する。
対象がない意図的な変化:仕事を止めて、一休みする。
○
形態が同じ「足・手」の慣用句は「足・手+が+形容詞」「足・手+が+自動
詞」「足・手+を+他動詞」の様々の形を取るものがある。形態的に見ると、
「足・手+を+他動詞」の形を取るものが多い。
意味的に検討すると同じ事柄を表すものも違う事柄を表すものもある。例として,
「足が上がる・手が上がる」、「足を抜く・手を抜く」は同じ事柄を表すものであ
る。「足が上がる・手が上がる」はどちらも対象がない自発的な変化のグループに
あって,「足を抜く・手を抜く」は同様にどちらも対象がある意図的な変かを表す。
これに対して,「足が出る・手が出る」の場合は違う。「足が出る」は対象がない
自発的な変化を表すのに対して、「手が出る」は対象がある自発的な変化を表す。
更に、一つずつの組の意味を見ると、大体意味が違うが,意味が似ている表現もあ
る。それは「足を付ける・手を付ける」と「足を休める・手を休める」と「足を延
ばす・手を延ばす」の3つしか見当たらなかった。
要するに、形態が同じ「足・手」の慣用句は意味的に同じ事柄を表すものもあり、
違う事柄を表すものもあるが、それぞれの組の意味を検討すると、ほぼ意味が違う
ということが明らかになった。これは形態が全く同じ「足・手」の慣用句の中に意
味の関連があまりないと考えられるのではないだろうか。
結論
以上のように、「足」と「手」の慣用句を形態的に分類すると、全体で「足・手
+が+形容詞」「足・手+が+動詞」「足・手+に+動詞」「足・手+を+動詞」
「足・手+も+動詞」「足・手+助詞+名詞+助詞+動詞」「その他」の7つのグ
ループに分けられる。どちらも「足・手+を+動詞」の形を取るものが最も多い。
意味的に先ず「状態を表すもの」と「変化を表すもの」の2つに大きく分けられる。
そして、対象があるかどうかと自発的な意味を持つか、意図的な意味を持つかとい
うことで分類した。対象というのは目的地、目標物など動詞の動作を受けるものだ。
対象があるグループは対象がないと、文章の意味が不明になったり不完全になった
りしまうのに対して、対象がないグループは対象がなくても、意味が完全である。
「自発的」というのは話し手が自分の意志でしようとするわけではなく、自ら起こ
るということである。一方、「意図的」というのは話し手が自分の意志で動作をし
ようとするということだ。分類の結果から、どちらも変化を表すものが比較的多い。
これは「足」と「手」はどちらもよく動作する器官で、変化しやすいためだと考え
られる。それに、次のような両者の特徴が分かった。「手」の慣用句は「何か対象
13
に対して、意図的な変化を表すもの」が多い。一方「足」の慣用句は「何か対象に
対して、意図的な変化を表すもの」と「外の対象に着目せずに、自発的な変化を表
すもの」が多い。これは「手」の動作は大体コントロールできて、管理しやすいこ
とに対して、「足」の動作は時々自制できずに、「転ぶ」「滑る」など予想外に動
くということが考えられる。また、形態と意味の間に次のような関連が分かった。
先ずは「足・手+が+形容詞」のグループは全て状態を表す言葉だ。次は「足・手
+が+自動詞」のグループは全部自発的な意味を表すものだ。「足・手+を+他動
詞」のグループは意図的な意味を表すものが当然だが、自発的な意味を表すものも
ある。例えば、「足を奪われる」「足を取られる」「足が棒にする」「手を焼く」
などである。「足を奪われる」と「足を取られる」は受身形で自分の意志でするわ
けではないという自発的な意味が明らかになった。「足を棒にする」と「手を焼
く」の場合はほとんど使われていない。意味から検討すると、自分の意志で自分の
ことを困らせる人はほとんどいないだろう。それに、「足が地に着かない」「手が
付けられない」などの否定形は全て状態を表すということが分かった。「足」と
「手」の意味の範囲を分類した結果から、重なっている部分もあり、重なっていな
い部分もある。両者の重なっていない部分から考えてみると、「足」の慣用句は訪
問を含む歩行、気持ちについての意味が比較的多い。一方、「手」の慣用句は「余
裕」「手数・世話」「手段・人手・力」「協力」「作成・補う」の範囲を含んで、
何らかの物事、特に仕事に関する意味が多い。「足」は当然移動に用いる器官のた
めである。また、時々足の状態から内面の気持ちが分かることができる。一方、
「手」は物事の処理によく用いられているため、仕事・仕事のやり方を表す表現が
多いと考えられる。最後に、形態が同じ「足・手」の慣用句の比較の結果では意味
的に同じ事柄を表すものもあり、違う事柄を表すものもあるが、それぞれの組の意
味がほとんど違うということが明らかになった。これは形態が全く同じ「足・手」
の慣用句の中には意味の関連があまりないと考えられるのではないだろうか。
まとめ
本稿では「足」と「手」の慣用句の形態と意味を分析した。その結果、両者の特
徴は同じ所も違う所もあることが分かった。「足」と「手」はどちらもよく動作す
る器官なので、変化を表すものが多いが、意味の範囲の分類の結果から、「足」の
慣用句は大体足を使う移動のことや足の状態から分かる気持ちを表すのに対して、
「手」の慣用句は大体手を使う仕事や物事の処理について表すことが明らかになっ
た。また、形態が全く同じ「足・手」の慣用句では意味の関連があまりないという
ことが分かった。これらのことから、「足」と「手」の慣用句は形態的な関連と意
味的な関連があることが明らかになった。
本稿では「足」と「手」の慣用句といっても、ただ「足・手」だけで、「足跡」
「足並み」「手元」などの「足・手」の複合語についての慣用句は扱うことができ
なかった。また、両者の意味の範囲について考察できなかった言葉も少なくない。
今後は「足」も「手」も含まれる表現、そして、「足・手」の複合語の慣用句を分
析して考察したいと思う。
14
参考文献
井上宗雄監修(1992)『例解慣用句辞典』創拓社
奥山益郎(1994)『日本語の言い回し慣用表現辞典』東京堂
倉持保男・阪田雪子編(1991)『三省堂実用7;慣用句の辞典』
三省堂
白石大ニ(1977)『国語慣用句大辞典』東京堂
新村出編(1998)『広辞苑』岩波書店
宮地裕編(1982)『慣用句の意味と用法』明治書院
15
Fly UP