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平成28年10月27日(木)

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平成28年10月27日(木)
平成28年10月27日(木)
平成28年度 第1回インドワークショップ議事要旨
於
財務省
第1会議室(西456)
財務総合政策研究所国際交流課
※議事録本文中の脚注は、講師の了承のもと、事務局(財務総合政策研究所 国際交流課)
が補足的に追加したものです
(1)発表:公益財団法人
国際金融情報センター
幸田
円
【インドにおける景気動向】
P.4
インドにおける昨年の経済成長率は 7.6%であったことより、世界中より注目と期待が
集 ま っ て い る 。 確 か に 経 済 は 拡 大 し て い る が 、 課 題 も あ る 。 ま ず 固 定 資 本 形 成 は 、 16年
に入ってから2四半期連続でマイナス成長である。民間投資の回復にはまだまだ時間を要
す る と い う の が 一 致 し た 意 見 で あ る 。 次 に 、 消 費 に つ い て も 2012年 以 降 は 4%~ 7%に 低
下している。また、純輸出についても、輸入が低迷した2013年 ~ 2014年 を除いてはマイ
ナスで寄与している。一方で、これら需要の背後にある産業動向に関して、製造業におけ
る資本財生産において特に大きなマイナスが見られる。
同国における2016年度第1四半期 の GDP 成長率は、前年同期比7.1%と発表されている。
日本などの先進国に比べれば非常に高い数字であるが、インドにおいて労働市場へ新規に
労働市場へ参入する若年層に十分な雇用を提供するには最低 8%超が必要と言われており、
十分な数字とは言えないのが実状である。これら課題に対しては、①投資の回復、②消費
の底上げ、③製造業の競争力強化の3点がキーである。
【モディノミクス】
P.6
モ デ ィ ノ ミ ク ス と い う 造 語 の 定 義 は な い が 、 も と も と は 2014年 の 選 挙 運 動 中 の ス ロ ー
ガンであった「開発、成長、雇用」の3点を実現するための経済政策であり、また前政権
下のもとで悩まされたインフレと汚職、経済低成長に対するアンチテーゼであると言える。
つまり、モディノミクスはインフラ整備に重点を置いた開発政策であり、特に国道網や港
湾の開発・整備、高速鉄道網の建設、デリー・ムンバイ産業回廊計画などの迅速化である。
また、製造業の強化を通した雇用創出を目指した「Make in India」キャンペーンがそれと
並行して積極的に行われている。
【Make In India】
- 1 -
P.7
「Make in India」とは、GDP における製造業比を現在の15%から25%へ引き上げよう
というキャンペーンである。最終的には輸出増を目指すが、目下の急務は製造業分野にお
ける雇用創出と輸入削減を目指している。具体的には、まず中国などより輸入している製
品の製造をインド国内での生産に切り替える様に、誘致ならびに対内直接投資の規制緩和
を進めている。一方で、インドでの製造には生産コストが中国やタイなどに比べ高いくた
め、政府は、輸入製品に対する増税政策も行っている。例えば、スマートフォンの輸入電
子 製品 に対し て国 内生産 品に 比べて 約 15% 高く する 増税政 策を 2015年 度の 予算で 打ち 出
している。一方、中国のスマートフォン市場は既に飽和状態であることより、中国の生産
者がインドへどんどんと生産拠点を移転しており、それに伴って工場建設も進んでいる。
P.8
「Make in India」の2点目として、国防や鉄道事業といった分野において国内生産を外
資企業に義務づけており、いるこれは日本にも様々な影響を与えている。まず国防につい
て は 、 2014年 1月 に 新 明 和 工 業 (株 )が イ ン ド に 対 し て 水 陸 両 用 の 救 難 飛 行 艇 (US2)15機 を
販売することで大筋合意したと大きく報道されましたが、その後最終合意には至っていな
い。その理由は、インド側主張が完成機2機を輸入し、残りは技術移転を受けてインドで
の組み立てへと切り替わったためである。これにより同社との交渉が難航しており、現在
そのまま棚上げになっている。
鉄道については、日本の円借款案件として推進しているデリー・ムンバイ貨物専用鉄道が
あるが、最初の鉄道施設の部分は全て入札が終了した、現在粛々と推進中である。一方、
その第2段階として鉄道車両に関する入札が行われたが、結局再入札となったている。こ
れには200車両に対する入札が行われたが、その後受注業者とインド側との間で現地生産
の要求についての折り合いがつかなかったためである。
最後に、(昨年12月の報道のとおり)日本の新幹線がインドで採用されることが決定した。
しかしながら、本件に関する覚書には「車両設備および機材の製造を含むシステムの
Make in India の段階的な推進」という条項が含まれている。即ち、インド国内で工場を
- 2 -
建設し、組み立てて欲しいという要求である。新幹線に関しては、まだこれはアーメダバ
ード⇔デリー間の1区間しか決まっていないません。もしこれがインド全土に敷かれるも
のであれば、それなりの規模の経済も成立するが、1区間だけで新幹線車両の現地生産化
というのは明らかなコスト超過を招く。これはタイド案件であるため、日本企業が主体と
なって進めるものである。したがって、円借款金額も膨れる可能性も高く、今後も注視が
必要である。
P.9
次に税制改革については、財サービス税である GST(Goods and Services Tax )導入の
ための憲法改正法が漸く国会を通過した 。これにより、連邦税と州税からなる全11項目
からなる諸間接税がを一本化される。
本法案の通過に時間を要した主な背景として、各州の税収が減ってしまうのではないかと
いう懸念があったことがあげられる。現行では、生産者が生産する州にて課税されてきた
が、本件導入により消費者の最終消費地点での課税へと変更される。その結果、製造業の
強い州は税収減となり、一方で消費者が多い州は税収増になると試算されていたため、製
造業の強い州が筆頭となり反対してきた。しかしながら、歳入が減ってしまった州に対し
ては、連邦政府が5年間全額補塡するという対応を示したことで合意に至った。今現在は
税 率 を 決 め る 段 階 に あ り 、 各 州 の 財 務 大 臣 と 連 邦 政 府 と の 間 で 折 衝 が 続 い て い る 。 GST
導 入 後 に 税 収 入 が 減 少 し な い ボ ー ダ ー ラ イ ン と し て 、 標 準 税 率 18% と い う 数 字 が た た き
台となっている。その他4段階の軽減税率や食品への非課税が議論されている。なお、イ
ン ド 政 府 は、 GST を 2017年 4月 よ り の 導 入 を目 指 し て いる が 、 情 報シ ス テ ム など の イ ン
フ ラ整 備への 時間 も勘案 する と、早 くて も来年 2017年 10月 ぐら いにな るの ではと 言わ れ
ている。また、GST 導入により初めて国内市場が1つのコモンマーケットになるという
観点より、① GDP1.5%から 2%の押し上げ効果、②税制の一本化(簡素化)に伴うビジネス
コストの低下、③州間商取引の活発化/流動化が期待されている。
【金融政策】
- 3 -
P.11
今年 9月にインド準備銀行 (以下 ‘RBI’)の総裁にパテル副総裁が昇格した。ケニア出身の
印 僑三 世であ り、 職歴は 、 IMF を 経 て、 20代後 半以 降より イン ドにて 生活 してお り、 財
務省の顧問やリライアンスなどの民間企業での経験もある。多岐にわたる分野での経験を
有しておられる方であり、2013年から副総裁に就任していた。
人事についての最終的な判断はモディ首相が行ったと言われているが、理由としては3
つある。まず、優秀なエコノミストとしての経歴である。今回はラジャン元総裁の突然の
退任で市場に不安が走ったことより、今回は Creditability の高いエコノミストに限定して
人選がなされた。次に、控えめな性格であることと、3つ目としては BJP 政権との間で良
好な関係構築がある人物であるというものである。
P.12
この控えめな性格が重視された理由については、ラジャン前総裁が退任しされた背景
に起因するところが大きいと考えられる。ラジャン前総裁の名前はかなり売れていたこと
は事実であるが、政策面でも①ルピー通貨の安定化、②物価上昇率の低下、③銀行の不良
債権問題への取り組みなどの様々な功績をも残したされている。
この9月に任期3年満了と同時に退任をご自身で発表しされた。本来であれば2-3年延長す
るのが通例であることを考慮すると、非常に短い任期であった。その理由として、政策的
な理由も一因で時的にはあるが、それよりもラジャン前総裁の金融政策をはみ出した発言
に対する反発がマスコミや与党周辺にかなり根強くあり、その結果自ら身を引かざるを得
なくなったと言われている。つまり、「RBI にロックスターは不要」ということが言える。
ラジャン前総裁は、インド生まれながらもアメリカ育ちということもあり言動が派手であ
り、そのためか少し目立ち過ぎた感が否めない。以上より、少し控えめな性格とされるパ
テル氏が総裁に選ばれたと考えられる。なお、パテル総裁はグジャラート出身で、グジャ
ラート語を話す。モディ首相と年初に昨年面接したときに気に入られ非常に意気投合した
と漏れ聞いている。
- 4 -
P.13
RBI では、昨年2月に財務省と合意文書を交わし、柔軟なインフレターゲット制を導入
することとなった。その後 RBI 法が改正され、今年8月に正式発効された。この改正に伴
って金融政策委員会が設立され、これまでは総裁が金融政策を単独で決めていたが、イン
フ レターゲッ トを合議制 へと移行し た。なお、 具体的なイ ンフレター ゲットは4%±2%で
ある 。
また、同国における金融政策の目的(Primary Objective)には、価格の安定の維持および
複雑性を増している経済への対応でありに加え、経済成長をも対象としている点 に特徴
がある。一般的なインフレ抑制ターゲットと経済成長推進の目標は総じては相反するもの
であるため、±2%の変動幅をもたせている。
P.14
この10月4日にパテル新総裁およびまた合議制のもとで初めての金融政策のレビューが
行われ、政策金利が25bps 引き下げられて6.25%となった。4月以来となる利下げが行わ
れたわけであるが、ブルームバーグ社が事前に実施したエコノミストへのアンケート調査
では、過半数は据え置きを予想していた。これは、この時点では8月時点での CPI しか発
表されておらず 、その先のことを考えれば利下げは難しいという見方が強かったためで
ある。しかしながら、パテル総裁が利下げをしたことからより、同氏がハト派(=政府の言
いなり )であるとメ ディアでは 話題となっ た。利下げ に関して開 催された会見において、
中銀同氏は「実質金利の適切な水準はが1.5%~2%と過去には一般的に言われてきたが、
世界的なトレンドを勘案すれば低下傾向にある」と発言している。これは、現在の先進国
における CPI は0%~0.5%である現状を考慮すると、実質金利の水準も下げるべきという
ものである。
第2点目として、ラジャン元総裁は18年3月迄に CPI 上昇率を4%とする目標を立ててい
たが、同じく記者会見の内容を確認すると、パテル氏はの想定するターゲットは
4%±2%(=2%~ 6%)と認識しされており、方針変更がなされていることが伺われると思わ
れる。また、パテル総裁が指摘しているが、RBI 法には4%にプラス2%が許容範囲と記載
- 5 -
がある。以上より、今現段階では恐らく無理に 4%を目指すことはしないことせず、 こ の
た め 逆 に 1~ 2回 の 更 な る 利 下 げ の 可 能 性 は あ り 得 る と 市 場 関 係 者 の 間 で は 見 る 向 き が 大
勢となりつつある。
【銀行部門】
P.15
イ ン ドの 不良 債 権問 題は 2004年 から の 10年 間に お いて 、企 業 が積 極的 に 金融 機関 よ り
借り入れを行い、主にインフラや鉄鋼といった重工業向けに積極投資を推進した。その結
果、銀行の貸し出しがその10年間で GDP 比28%から51%以上に増加した。しかしながら、
これは発展途上国としてもは低いレベルである。(右下のグラフ「銀行の対民間貸出 GDP
比」参照)中国が現在160%に近づこうとしている。また中低所得国の平均でさえ80%であ
るが、インドはそれよりもインドは大幅に下回っている。これより、まずインドの銀行シ
ステムはまだまだ未発達であるといえる。過剰債務となった主な要因については、
GDP10% の 経 済 成 長 率 を 前 提 と し て た 企 画 し た 投 資 プ ロ ジ ェ ク ト 向 け に 借 り 入 れ を 増 加
させたが、思うような成長とならず事業利益に対する利払い負担が増加し、その結果とし
て 採 算 割 れ を 招 い て い る こ と が あ げ ら れ る 。 ( 右 上 の グ ラ フ 「 実 質 GDP 成 長 率 」 参
照)2000年半ば~2010年迄は、8%~10%の GDP 成長を記録していたが、その後は5~6%
に低下している。
P.16
インドにおいて不良債権問題というと、一般的な不良債権に貸出条件緩和債権を加え
た総称を指す。貸出条件緩和債権とは、リーマンショック後に導入されたスキームのもと
でリスケジューリングされした債権が大部分を占めるを指す。日本における中小企業円滑
化法に相当するスキームものといえるが、インドでは(中小企業ではなく)大企業や、が抱
えるインフラプロジェクトの救済を目的に主に利用されている。そして、インドはこの後
者(貸出条件緩和債権)が多いということが特徴である。
そして、インドはこの後者(貸出条件緩和債権)が多いという特徴がある。次にインドにお
- 6 -
ける全銀行の総資産に占める国営銀行の割合は7割であることと、不良債権の9割がその
国営銀行が保有しているという特徴がある。したがって、リーマンショック後の景気鈍化
に 加 え 、 2012年 以 後 の 成 長 率 低 下 に 伴 い 、 投 資 プ ロ ジ ェ ク ト が 立 ち 行 か な く な っ た こ と
を受け、貸出条件緩和債権が国営銀行を中心に急増したといえる。
(グ ラ フ 参 照 )今 年 3月 の デ ー タ を 見 る と 、 「 不 良 債 権 比 率 7.6% ・ 貸 出 条 件 緩 和 債 権 比 率
3.9%」となっており、過去と比較して両者のバランスが逆転していることが分かる。
P.17
こ の 逆転 現象 の 背景 は、 銀 行の バラ ン スシ ート の 改善 を目 的 とし て、 2015年 12月 に 当
時のラジャン総裁が不良債権の仕分けと損失処理を2017年3月迄に完了させる方針を打ち
出したことに起因する。貸出条件緩和債権の増加は景気減速を要因とした投資プロジェク
トの停止が主な理由であるため、景気回復後のプロジェクト再開が期待されていた。しか
しながら、一向に景気及び投資回復の目途が立たないため、企業と銀行のバランスシート
の改善が投資回復には必要ということになり、仕分け断行となった。現在、6月時点で問
題不良債権残高は1,400億ドル、GDP 比で6.8%となっている。全てが回収不可能である
とは言えないまでも、確実に不良債権として仕分けされているのが GDP 比4.6%(≒1,000
億ドル)相当である。これは GDP 比で見ればさほど大きくない点、また他国に何かが波及
す る よ う な所 謂 ’不 測 の リ ス ク (コ ン テ ィ ン ジェ ン ト ・ リス ク )’が 発生 す る 可 能性 も 小 さ い
点より、この状況に対して楽観的に捉えているエコノミストもいる。しかしながら、今後
も仕分けを厳格に進める過程で不良債権が増加する可能性もあるため、今後も注視が必要
である。
P.19
不良債権処理を進めると同時に、自己資本比率をバーゼルⅢ(BIS 第3次規制 )にも適用
させる必要がある。例えば、ティア1(普通株等)資本保全バッファー比率 を2019年3月末
迄 に 2.5%積 み 増 し し なけ れ ば な らな い 。 こ の場 合 、 国 営銀 行 が 国 営で あ り 続 ける た め に
は、国が増資する必要があり、非常に大きな課題であるといえる。
- 7 -
P.20
政 府 は 、 昨 年 7月 に 金 融 機 関 の 資 本 増 強 を 目 的 に GDP 比 0.55% に 相 当 す る 100億 ド ル
(≒7,000億ルピー)を注入すると発表した。その一方で、政府は残りの不足分(1.1兆ルピー
≒ 170億 ド ル )は 市 場 よ り 調 達 す る よ う 銀 行 側 へ 指 示 を 出 し て い る が 、 不 良 債 権 処 理 が 中
途半端な現在の状況での調達は困難であると言わざるを得ない。事実、格付機関も銀行の
自己資本比率積み上げは難しいと見ており、銀行は貸し渋りによって自己資本の低下を回
避すると推測している。その結果、貸出残高の伸びが低迷あるいはマイナスで推移するこ
とで、経済成長の足かせになることが懸念されている。
P.21
パテル総裁は10月4日の記者会見の場で、「不良債権問題には、断固ながらも現実的に
取り組む(Firmness, but with Pragmatism)」と発言しており、この’Firm and Pragmatic’と
いう言葉が今や市場では流行語になりつつある。したがって、ラジャン元総裁時よりも現
実的なアプローチに変更される可能性があるとの見方がある。例えば、公的資金で以って
債権回収機構を設立するような案についてラジャン元総裁は否定的であったが、パテル総
裁のもとで方針変更となる可能性もあろう。は、その可能性について否定はせず寧ろ積極
的であると見受けられる。
P.23
最後に、今後のインド経済の見通しについてであるが、まず今まで投資の回復を待っ
たがその兆候が見えないことより、代わって消費の拡大への期待が高まっているというの
が今年の流れであるといえる。その消費については、過去2年間の干ばつから比べると今
夏の降雨量は十分なものであり、農村部における所得向上および消費には期待ができる。
また、公務員給与が5年間遡及的に引き上げられるため、都市部においても消費拡大が見
込まれている。
その他先行きの圧倒的なプラス要因として、GST 導入による企業マインドおよびビジネ
- 8 -
ス 環 境 の 改 善 が あ る 。 一 方 で 、 原 油 価 格 の 動 向 は 今 後 注 視 が 必 要 で あ る 。 2014年 以 降 の
価格下落はインド経済によって大きなプラス要因であり、インフレが低下ならびに財政赤
字の縮小に寄与した。原油価格が一転上昇に転じれば、経済成長へのマイナス要因となり
得る。
(講演以上)
(2)質疑応答
【質問】
インドにおけるサービス業界、特に IT サービスは盤石かどうか。何か懸念点はないか。
【回答】
2000年代半ばまでのインドの経済の拡大を担ってきたのがサービス産業・IT 分野であ
ったが、最近は専ら頭打ち、成長がとまっている状況にあると思われる。理由の1つに、
クライア ント側の問 題がある。 例えばイン フォシス社 のクライア ントは欧米 (主に米国・
英国)の銀行セクター向けが大半と言われており、同セクターの不振によるインド IT 業界
へのに直接的影響が非常に大きいという状況がある。次に人件費であるが、非常に高騰し
たとはよく言われている。また、為替に関してもルピーの切り下げの噂がまことしやかに
流れる程ており、通貨の競争力の観点でも厳しい状況である。その結果、フィリピンその
他諸国の方がより割安感があることため、IT のアウトソーシングやバックオフィスの仕
事が流出しているという話もあり、決して楽観できない状況である。
【質問】
国有銀行保有の不良債権の中で、インフラ分野のものはどれぐらいあるのか。特に道
路のプロジェクトなどでは、政府が中小の業者も含めて強引に PPP 型を推進したことに
より、構造的にかなり問題化しているのではないかという懸念があるがどうか。
【回答】
このインドの不良債権問題は、まさに PPP 型乱発が大きな要因の1つと思われる。 こ
れに対する改革として、現在は様々な新しいスキームを取り入れようという動き・提言が
- 9 -
なされている。例えば道路事業においては、今までは請け負ったデベロッパーがまず土地
取得許可を取得し建設を行っている。事業費は利用者に通行料を請求することで回収を行
う が 、 回 収 期 間 は 30年 な ど の 長 期 間 を 前 提 と し て い る た め 、 デ ベ ロ ッ パ ー の 債 務 が 膨 張
している。また、電力事業の場合、高騰した燃料価格は事業者リスクとされるため、売電
価格に乗せることができないという縛りがあった。燃料価格は昨今漸く下がったが、
2011年 ~ 2012年 の 時 期は スト ップし た事 業が相 次い だ。以 上よ り、現 在は 官民間 でリス
クシェアを行えるハイブリッド型のスキーム作りへの取り組みが活発化してきているが、
まだこれという解決策は出ていない状況である。
【質問】
都市部における消費は、5~10年前と比べると非常に活発になっているが、一方で踊り
場にいる印象も受けている。都市部以外のエリアも含めて構造的に足を引っ張るような環
境などがあるか。
【回答】
確かに都市部における消費は高いレベルにあるが、その一方で、全人口の6割近くはい
ま だ に農 村部 に 住ん でお り 、ま た4割 は 1.5ド ル /日 と いう生 活 費で 暮ら し てい ると い う 状
況がある。
2000年 代 半 ば の 消 費 ブ ー ム 時 に は 、 コ モ デ ィ テ ィ 価 格 が 非 常 に 上 昇 し た こ と よ り 農 村
部が潤ったことが一因であった。政府よりの財政支出も一因となりさることながら、農村
部の所得自体が増加したことで消費が拡大し、経済が非常に潤ったという経緯がある。そ
の時分に農村部で売れたものとして、まずバイクがある。都市部では四輪の自動車が主流
であるが、農村部では道路が舗装されておらずバイクが人気である。もう1つはシャンプ
ー。特に、ホテルなどで配られる1回切りの使い捨てサシェットがを日銭で買われている。
したがって、大きな消費の二極化があるといえる。
【質問】
銀行セクターが抱える不良債権の仕分けが進んでいるが、現状の対応が本当に十分な
- 10 -
ものかどうか。
【回答】
今年5月に現地にてインタビュー調査を行ったが、誰もが不良債権処理の山は越えたと
回 答 し て い た 。 事 実 、 ラ ジ ャ ン 元 総 裁 が 不 良 債 権 処 理 指 示 を 出 し た 際 (2015年 12月 )に 、
経営状況の悪い企業の株価は5割下落したが、今年5月の時点では7割~8割戻り、この9月
に出された1Q の決算発表では、下落前の数字に戻っている。以上より、市場は基本的に
楽観視しているといえる。
しかしな がら、その 一方で、様 々な調査機 関のレポー ト(と りわけ外資系のインベストメ
ントバン ク系 )によると、楽観 視はできな いという見 方が根強い 。特に、財閥系企業が抱
える債務問題は、その深刻さが懸念されている。例えば、インド国内の格付機関からは
BB や AAA マイナスと評価されている企業であっても、外資系格付機関よりは BB マイナ
スなど、かなりの差があるのが現状である。
【質問】
銀行セクター改革に関して、ラジャン元総裁は新規参入を相当積極的に進めていたが、
現状および今後の見立ては。
【回答】
ラジャン元総裁は、就任期間中に確かに新規参入を積極的に推進していたが、実際に
許認可が下りたのはマイクロファイナンスとインフラ投資に特化したところだけであり、
所謂既存の銀行サービスは既に十分に足りているというのが当時のメッセージであった。
したがって、競争激化を目的としてやみくもに新規参入を促すとは考えにくい。
【質問】
今年度予算において国有銀行の不良債権に対する注入額は予算の中で決まっているも
のの、明らかに必要注入額よりも小さいと思われるがどうか。
【回答】
確かに足りないと言われており、ちまたで言われている案としては、RBI もこれに対す
- 11 -
る施策を検討している。1つには RBI の保有する準備金を取り崩し、政府に上納すると
いうものである。なお、これについてラジャン元総裁は否定的であった。もう1つは、政
府が特別国債を発行し、新規株を銀行が発行する。そして、それを政府が取得するにあた
りキャッシュで政府が支払うのではなくて、政府が特別国債を銀行に対して発行するし国
債を銀行にあげるとことで、手形を振り出すことで先払いという形で株式を引き受けると
いうものである案が検討されている。
【質問】
インフレターゲットが4%±2%というのは RBI 法に記載があると理解しているが、これ
は政府が決めて準備銀行が実行するという流れであるのか。
【回答】
4%というレンジは、RBI 法に順守したものではなく、Primary Objective と呼ばれる政
府通達の一種である。これは、RBI が政府との間で議論して決めるという形となっている。
なお、インフレターゲットは5年毎に設定し直している。
【質問】
ASEAN から見たインドという視点に立つと、例えばタイにおける自動車産業はインド
製品の価格競争力に恐れを抱いている。またその一方で、フィリピンでは例のコールセン
ターなどのアウトソーシングビジネスがインドから移転してきていることで潤っているな
ど、様々な影響が見られる。インドから見た場合、ASEAN はどのように映るのか。
【回答】
インド製の自動車の品質が高いとは到底言えない。例えば、過去に某大手日本の自動
車メーカーが、真剣にインド進出を検討し、インド向け自動車設計を1から行った。同社
の現地工場を案内頂く機会に恵まれ訪問した際、現場の方より「インド市場が求めている
品質はかなり落ちる」という話があった。したがって、ASEAN へ輸出されているインド
製自動車はそのレベルのものだと思われる。ただし、タイの国内市場にてある程度ニーズ
がある可能性はある。なお、インドからの輸出車が最も売れているのは、アフリカ・中東
- 12 -
エリアである。
【質問】
イ ン ド の 民 間 企 業 は 2000年 代 後 半 に 海 外 よ り 大 幅 な 借 り 入 れ を 増 や し た 。 外 国 資 本 の
流入が、投資ブームと不動産バブルを引き起こしたと言われている。特に、不動産バブル
に よ り 、 デ リ ー や そ の 他 大 都 市 近 郊 の 不 動 産 の 価 格 は 大 幅 下 落 し て い る 。 つ ま り 、 PPP
問題以外にも、不動産バブルに絡む不良債権問題が今後懸念されると思うがどうか。
【回答】
ま ず 2000年 代 半 ば に 入 っ て き た お 金 は 、 デ ッ ト と い う よ り も プ ラ イ ベ ー ト ・ エ ク イ テ
ィという意味合いのものが主流だと理解している。次に、インドでは銀行による不動産投
資への貸し出しは厳しく規制されている。監督当局である RBI が厳しく管理しているた
め、インドの銀行は不動産関連融資では大きな課題はないと思われる。
【質問】
輸 入 電 子 部品 へ の 増 税(7ペ ー ジ )に つ い て 、 これ は 関 税 率を 引 き 上 げる と い う こと か 、
あるいは、国内での増税を指すのか。
【回答】
国内税である。国内製品に関しては、何らかのタックスクレジットが使える。関税で
はなく、国内製品にだけリベートがもらえる制度である。
【意見】
問題になりそうな政策のような気がするが、了解した。
(3)発表:中央大学法学部兼任講師
三輪
博樹
P.2
構成としては「インドの政治体制の特徴」、「インドの政党政治」、「現在の政治情勢
と今後の見通し」、「モディ政権の政策」の4つである。
- 13 -
P.3
インドの政治体制は共和制であり、大統領が国家元首を務める。そして、執政府は議院
内閣制によって運営されており、首相を中心とする内閣が実際の政治を行っている。大統
領が国家元首で、実際の政治権力は首相が握っているという、共和制のもとで議院内閣制
が行われている場合に見られる政治体制である。
P.4
連邦議会は二院制で、上院と下院の2つに分かれている。上院は州及び連邦直轄領の代
表の集まりという位置づけで、これに対して下院は国民の代表の集まりという位置づけで
ある。
ヒンディー語では上院を Rajya Sabha、下院を Lok Sabha と呼び、Rajya は州という
意味である。Lok は英語で people、日本語では人民という意味である。上院は各州の代
表者の集まり、下院は国民から直接選挙で選ばれる国民の代表者の集まりということであ
り、アメリカの連邦制と同じである。
P.5
イ ン ド で は 連 邦 制 が 採 用 さ れ て お り 、 中 央 政 府 と と も に 29の 州 と 7 つ の 連 邦 直 轄 領 が
存在する。2014年までは 28州であったが、2014年にアーンドラ・プラデーシュ州から 北
西部地域が分割され、新州テランガーナ州が誕生した。また、中央政府は国防、外交、通
信等を所管し、州政府は法と秩序(警察)、公衆衛生(保健)等を所管している。
P.6
連邦制の特徴としては、基本的には州と中央ではともに議院内閣制が行われている。中
央では連邦議会から首相を中心とする内閣が選出されて政治を行う。州でも州議会が同じ
く国民の直接選挙によって選ばれ、州議会の多数派が州内閣を組織する。
州内閣のトップを英語では Chief Minister と言い、これをどう訳すかは、以前から研究
者の間でいろいろな見解があったが、今のところは州首相と訳すのが最も適切であろうと
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いうのがおおよその見解となっている。かつては首席大臣といった訳し方も見られたが、
今は州首相と訳すことが多い。
また、連邦における大統領に相当する存在として州知事が任命されており、これは英語
では Governor と言う。この訳し方も研究者の間でいろいろな見解の相違があったが、今
は州知事と訳すことが多い。
州議会に関しては一院制であったり二院制であったりというバリエーションがある。人
口の多い州では二院制がとられている場合もあるが、ほとんどの州では一院制となってい
る。
インドの連邦制の最も重要な特徴として、州に比べて中央、連邦の権限が非常に強いと
いうことがある。連邦制に関する比較研究は比較政治学という分野ではよく行われるが、
例えばカナダ、アメリカ等の連邦制の国とインドを比較した場合、インドはそのような
国々と比べても中央の権限が非常に強い国であることが指摘されている。
P.7
中央の権限が強い理由として、主に3つの理由が挙げられる。
1つ目としては、そもそも憲法に規定されている州政府の管轄事項が少なく、また、憲
法に規定のない事項に関しては連邦政府の管轄になるという規定になっている。
2つ目は後で述べる※。(※中央政府による政治介入)
3つ目は州政府の財源が乏しいことである。州政府の財源は連邦政府から回ってくる金
に依存せざるを得ない面が強く、それは補助金ということになる。補助金という形で連邦
政府から回ってくる金にかなり州政府の財源が依存しているという側面がある。従って州
政府は、開発政策がうまく進んでいないなどといった批判を受けた時は、中央から金が回
ってこないからだという方便で切り抜けることも多い。
2つ目の理由に戻って、中央政府が意図的に州政府に介入するということが可能で、そ
の方法として、大統領直轄統治というものが多用されてきたという経緯がある。
州知事は州議会を解散したり州内閣を解任したりする権限を持っているが、解散や解任
の手続きは大統領の指示に基づいて行われる。手順としては、例えば州知事が、州議会選
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挙が行われた後に多数派を占める政党が存在せず、いつまで経っても安定した州内閣がで
きない、或いはあまりにも治安状況が悪化してしまって、現在の政権では治安の維持を図
ることができない等の報告を大統領に上げ、それに基づいて大統領は州知事に対して、解
散、解任の指示を行う。その上で、州知事を通して大統領が直接この州を統治するという
手続きをとる。ただし、議院内閣制の国であるので、大統領はあくまで連邦内閣の助言に
基づいて行動しなくてはならない。
連邦内閣が大統領に対して、この州内閣を解任するようにという助言を行うので、連邦
内閣の気に入らない州が存在すれば、大統領と州知事のラインを使って州内閣を解任する
ことが憲法の規定上可能なのである。また、州知事は大統領によって任命され、大統領が
州知事に誰を任命するかということも連邦内閣の助言に基づいて決定されるので、基本的
に、州知事には連邦内閣の意向に沿った人物が選ばれるということになる。
従って、何らかの理由で、例えば政権交代等が起こって、ある州で連邦内閣と対立する
ような政党が政権を握ってしまった場合には、このような憲法上の手続きを悪用すること
によって連邦内閣は意図的に州政治に介入することが可能で、気に入らない州内閣を潰す
と い う こ とが 容 易 に でき る 。 こ れは 特 に 70年 代 か ら 80年 代 に か け て非 常 に 多 用さ れ 、 大
きな問題となり、インドの連邦制が中央集権的だと言われる一つの理由となった。
P.8
しかし、そのような中央集権的な傾向は現在では若干変化してきており、それには主に
4つ の 理 由 が 考 え ら れ る 。 1つ 目 は 、 経 済 の 自 由 化 に よ っ て 州 政 府 の 経 営 手 腕 が 重 要 に な
ったことである。
2つ目は、地方自治制度の改革が行われて州政府の役割が重要になったことである。
3つ目は、最高裁の判決によって大統領直轄統治の濫用が抑制されたことである。
4つ目は、地域政党が増加し、地域政党の発言力が大きくなったことである。
ここで重要であるのは、憲法上の規定であるとか、憲法上の構造は何も変化していない
ということである。憲法上の変化がない中で、経済の自由化、周辺の制度改革、最高裁の
判決、政党政治の枠組み等によって事実上脱集権化が進んだということに過ぎず、非常に
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危ういという見方もある。制度的に保障された脱集権化ではなく、憲法上は中央集権的な
構造を残したままで、政治的、経済的な要因で脱集権化の傾向が進んでいるということで
ある。事実上中央集権的な傾向は弱まっているが、それが制度的な保障を得たものではな
いというのがインドにおける大きな特徴である。
P.9
政党政治について、主要政党は「インド人民党」と「インド国民会議派」の2つである。
イ ン ド 人 民 党 が 現 在 の 与 党 で 、 2014年 の 選 挙 で イ ン ド 国 民 会 議 派 か ら 政 権 を 奪 取 し た 。
インド国民会議派の主張は政教分離主義(Secularism)で、これは、異なった宗教が平和
的に共存できる社会を目指すということである。インド人民党の主張はヒンドゥー・ナシ
ョナリズムと言い、これは、インドはヒンドゥー教徒が多数を占める国であるので、ヒン
ドゥー教に基づいて国づくりをし、国の強化を図るべきだというものである。
そういったインド人民党の主張に対して、インド国民会議派をはじめとする政教分離
を 主 張 す るグ ル ー プ は、 宗 派 主 義( Communalism) で あ る と 批 判を す る 。 とこ ろ が 、 イ
ンド人民党はそれを受けて立ち、インドはヒンドゥー教徒が多数を占める国であるのに、
異なった宗教が平和的に共存できる社会を目指すということこそが偽りであって、宗教の
割合に応じたそれなりの扱いをするというということが本当の政教分離であると主張する。
インド国民会議派が主張する政教分離主義は、実は偽りの政教分離主義であるというのが
インド人民党の主張である。
P.10
インド人民党とインド国民会議派の2大政党以外については、インド人民党と同じよう
にヒンドゥー・ナショナリズムを主張している政党や、インド国民会議派と同じように政
教分離主義を主張している政党があり、その主張の度合いにはかなり濃淡がある。ただし、
どちらかと言えば地域主義のイデオロギーの方が強い。インド人民党ともインド国民会議
派とも組める政党もあったり、インド国民会議派としか組まないという政党、インド人民
党としか組まないという政党もある。
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インド人民党とインド国民会議派という主要2大政党の考え方の対立は、経済政策や外
交政策などとは別の次元で、インドの国家建設の根幹に関わる部分での対立であるため、
国政の場において互いに歩み寄るということはほぼ不可能である。
P.11
イ ン ド の 政 党 政 治 に つ い て は 、 当 初 は イ ン ド 国 民 会 議 派 が 非 常 に 強 か っ た 。 独 立 後 20
年ほどはインド国民会議派が圧倒的な力を持っていたが、同党の勢力はその後徐々に弱く
な り 、 そ の 一 方 で 、 イ ン ド 人 民 党 が 80年 代 の 後 半 か ら 大 き く 勢 力 を 伸 ば し て き た 。 他 方 、
同じく80年代後半からは地域政党の数が増加し、その結果多党化が進んできた。
現在のインドにおいては、インド国民会議派とインド人民党が主要2大政党であるが、
それ以外にも小さな政党が多数存在する。そのような政党は、イデオロギー的には、イン
ド国民会議派とのみ組める政党もあれば、インド国民会議派とインド人民党どちらとも組
める政党もあるなどさまざまである。そのような政党を連立パートナーとすることによっ
て、インド国民会議派とインド人民党はそれぞれ連立政権を形成する。そして、これら2
大政党を中心とした2つの政党グループが対立するというのが、特に90年代以降のインド
において見られる政党政治である。
P.12
2014年 の 最 新 の 選 挙 結 果 を 見 て み る と 、 イ ン ド 人 民 党 が 圧 倒 的 な 勝 利 を お さ め て 、 イ
ンド国民会議派から政権を奪還したというものであった。
P.13
2014年の政権交代から任期のちょうど半分(2年半)が経過し、現在のモディ政権に対
す る 国 民 の 支 持 は 悪 く な い と い う の が 現 状 で あ る 。 こ の グ ラ フ は 、 一 番 左 の 数 字 が 2014
年の実際の選挙結果における各陣営の議席数を表している。薄い水色の線がインド人民党
の議席数、濃い青色がインド人民党に協力政党を加えた政党連合全体の議席数。オレンジ
色の線がインド国民会議派の議席数、赤色の線がインド国民会議派に協力政党を加えた議
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席数である。
次の5つの数字は、それぞれ世論調査が行われた時期を表している。世論調査の結果に
基づき、それぞれの時点で実際に選挙が行われたとしたら、各陣営がどれぐらいの議席を
とることができるかを予測したものである。選挙が終わってから次に調査が行われたのが
2014年 8月 で 、 政 権 樹 立 か ら 100日 が 経 過 し た 段 階 で あ る 。 選 挙 後 の 最 初 の 100日 間 は ハ
ネムーンの時期とインドではよく言われており、政権に対する批判的な言動というのはあ
まり見られないのが通常である。
実際その通りで、2014年8月の調査ではインド人民党政権に対する支持も上がっている。
ところが、それ以降少しずつ支持が下がってきている。経済改革や汚職対策等がうまく進
ん で お ら ず 、 そ の 結 果 徐 々 に 支 持 を 落 と し て き た と い う の が 2016年 前 半 ま で の 状 況 で あ
った。
ただし、一番右の最新の世論調査の結果を見ると、若干数字が上向いており、今のとこ
ろ悪くない水準にはある。しかし、最近の支持が上向いているのは、世論調査を行った調
査機関の分析によれば、モディ政権に対する良い評価によるものというよりは、野党のイ
ンド国民会議派が有力な政策的オルタナティブを出すことができない、或いはモディ首相
に代わるような強力なリーダーシップをとれる人材が出てこないといった理由によるもの
である。野党に対する失望という感覚が、相対的にモディ政権に対する支持の上昇となっ
て表れたものと分析されている。
P.14
モディ首相自身に対する支持も、政権に対する支持と同じような動きをしている。選挙
直後は非常に高い水準であったが、その後モディ首相への支持は若干低迷した。その一方
で、インド国民会議派のラフル・ガンディー副総裁への支持は少しずつ上がっていたが、
最近、またモディ首相への支持が盛り返すとともに、ラフル・ガンディーに対する支持が
下がっている。
前述の通り、モディ首相に代わる有力なリーダーシップを野党側が提示することができ
ていないために、結果的に政権に対する支持の上昇という形になって表れたのではないか
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と考えられる。従って、モディ政権の残りの任期は2年半残っているが、政権が潰れてし
まう可能性は低く、5年の任期を全うする可能性は極めて高い。
P.15
連邦議会では、上院と下院でねじれ状態が生じている。下院ではインド人民党が単独で
過 半 数 を 占 め て お り 、 ま た 、 シ ヴ ・ セ ー ナ ー と い う 18議 席 を 有 す る 政 党 や 、 テ ル グ ・ デ
ー サ ム 党 と い う 16議 席 を 有 す る 政 党 は イ ン ド 人 民 党 と 協 力 関 係 に あ り 、 政 党 連 合 全 体 で
も過半数を占めている。
一方、上院では、インド人民党は過半数割れの状態が続いており、なかなか過半数を確
保することができない。ただし、有力な政党のうち、ジャナタ・ダル統一派、草の根会議
派、全印アンナ・ドラヴィダ進歩連盟といった政党は過去にインド人民党と協力した経験
があるので、完全にインド人民党と敵対しているというわけではない。従って、このよう
な政党の協力を得ることができれば、政策によっては法案を可決することは可能かもしれ
ないが、モディ首相の政策的な自由度ということになるとうまくいっていないのが現状で
ある。
このような状況が生じてしまう理由としては、選挙日程も関係している。インドは独立
直後の段階では連邦下院選挙と州議会選挙が同じ日程で行われていたが、それから徐々に、
州議会が任期途中で解散されるといったことによって州議会選挙の日程がずれていき、最
近では、州議会選挙と連邦下院選挙の日程は必ずしも一致していない。
そして、上院議員は州の代表であり、各州の州下院議員によって選出されるので、州
議会で多数を確保していなければ、上院でも多数を確保することはできない。従ってイン
ド 人 民 党 は 、 2014年 に 政 権 を 奪 取 し て 以 降 、 各 州 の 州 議 会 選 挙 で 勝 利 を お さ め る こ と に
よって、上院での議席を増やしていかなければならない。しかし、上院の任期は6年で、
2年 ご と に 改 選 さ れ て い く の で 、 お そ ら く 最 大 で 6年 経 た な い と 、 こ の ね じ れ 状 態 は 解 決
しないと思われる。
P.16
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実際にインド人民党が、各州の州議会選挙でどれぐらい勝ってきているのかということ
を示したものがこの図である。図の左側は、2014年 の選挙が行われる前、 2013年 11月 の
時点でどういった州政権になっていたかを示したものである。赤色がインド国民会議派の
政権、青色がインド人民党の政権である。この時点では、インド国民会議派は比較的多く
の州で政権を維持していたことがわかる。
しかし、図の右側、今年の6月時点になると青色で示された州が増えてきており、これ
は、インド人民党が勢力を拡大していることを示す。しかし、上院で過半数が確保できる
時期については、現在の任期中に上院で過半数を確保するのは難しいと思われる。
P.17
今 後 行 わ れ る 州 議 会 選 挙 に つ い て 示 し た の が こ の 図 で あ る 。 2019年 前 半 に は 次 の 連 邦
下院選挙がある。それまでに州議会選挙が行われる州の中でも、特に重要な、州議会の議
席 が 100議 席 ぐ ら い ある よ う な 大き な 州 だ けを 見 て み ると 、 こ れ らの 6つ の 州 が 挙 げ ら れ
る。 2017年に州議会選挙が行われるのは、この地図で青色の下線を引いた州で、 2018年
に州議会選挙が行われるのが緑色の下線を引いた州である。
前ページの地図と照らし合わせて見ると、2017年 と 2018年 に州議会選挙が行われる州
のうち、西部ラージャスターン州、西部グジャラート州、中央部マディヤ・プラデーシュ
州は現在インド人民党が州政権を維持している州で、州議会でもおおよそ過半数の議席を
占めているので、これ以上の議席の上積みは難しい。議席を維持することはできても議席
を大幅に増やすことは難しいので、これら3つの州の選挙結果がインド人民党の上院での
議席増加に貢献する可能性はほぼゼロである。
パンジャーブ州は、インド人民党が連立政権を構成している水色で示されている州であ
るが、この州ではインド人民党はそれほど強くなく、シーク教徒の間に支持基盤を持って
いる地域政党が非常に強いので、ここでインド人民党が議席を伸ばすことができる可能性
は非常に低い。
従って、今後インド人民党が上院で勢力を伸ばすためには、北部のウッタル・プラデー
シュ州と南部のカルナータカ州が重要である。これらはどちらもインド人民党が政権を有
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していない州であるので、これら2州で政権を獲得できるほどの勢力拡大に成功すること
ができれば、モディ政権の現在の任期が終わるくらいのタイミングで、上院で過半数を確
保できる状態になるだろうと思われる。
上 院 の 議 席 数 を 見 て み る と 、 ウ ッ タ ル ・ プ ラ デ ー シ ュ 州 か ら 輩 出 さ れ る 議 席 数 は 31で
ある。現在、このウッタル・プラデーシュ州からインド人民党は3議席しか輩出できてい
ない。インド人民党は現在31議席中3議席しか有していないので、このウッタル・プラデ
ーシュの州議会選挙で大勝ちすることができれば、上院でのねじれ状態の解消にかなり貢
献する。
そ し て 、 2014年 の 連 邦 下 院 選 挙 で は 、 こ の ウ ッ タ ル ・ プ ラ デ ー シ ュ 州 で イ ン ド 人 民 党
は 勢 力 拡 大 に 成 功 し て お り 、 そ の た め 、 2017年 の 州 議 会 選 挙 で も 勝 つ こ と が で き る の で
はないかという期待が高まっている。しかし最近の世論調査では、インド人民党が勝利を
おさめるのは難しいのではないかという結果も出ている。
も う 一 つ の カ ル ナ ー タ カ 州 で は 、 イ ン ド 人 民 党 は 3分 の 1程 度 の 議 席 を 有 し て お り 、 現
在、ここから輩出される上院の議席数12のうち4議席をインド人民党が占めている。従っ
て、州議会選挙で過半数をとれるぐらいの勝利をおさめることができれば、ここからさら
に上院議員を輩出することができる。インド人民党は、ウッタル・プラデーシュ州とカル
ナータカ州という2つの州の州議会選挙で勝利をおさめることができれば、2020年、2021
年というタイミングで上院での勢力拡大に成功するのではないかと思われる。
モディ政権は、現在の任期中はねじれ状態で我慢せざるを得ないが、2019年5月の次期
連邦下院選挙で勝利をおさめ、その後上院で過半数を確保するタイミングで、ようやくね
じれ状態の解消が期待できる。そうなれば、モディ政権は政策上の自由度を得ることがで
き、かなり自由に政策決定を行うことができるようになるのかというと、たとえねじれ状
態が解消されたとしても、自由に政策決定を行うのは現実的には非常に難しいと言わざる
を得ない。
P.18
前述のとおり、インド国民会議派とインド人民党は、ヒンドゥー・ナショナリズムや政
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教分離主義といった国家建設の根幹的な部分では対立しているが、その一方で、例えば外
交政策、治安対策、経済政策、金融政策等に関しては、インド国民会議派とインド人民党
との間に政策的なスタンスの違いはほとんど見られない。
GST 法案に関しても、元々インド国民会議派が作った法案であり、インド人民党はそ
れを引き継いだという形になっている。また物価対策、雇用創出、インフラ整備、農村政
策、汚職対策といった主要な政策についても、2つの政党の主張内容にほとんど違いはな
い。これらの政策についてどちらの政党がよりうまく進めることができるのかという部分
での対立を、議会で延々と繰り広げているというのが実際のところである。
P.19
インド国民会議派などの野党としても、全ての政策に反対しているわけではなく、有権
者に向けてメンツが保てればいいわけである。与党の好き勝手にさせてはいないというメ
ンツを保つことができる状況さえあれば、インド国民会議派もモディ政権の政策に対して
賛成に回る可能性は高いということである。
その例の1つが GST 法案である。あれだけ揉めていた GST 法案が最終的に今年の8月
に可決された理由については、野党であるインド国民会議派からの幾つかの要求に対する
対応があった。それらの要求を受け入れるような形で、連邦内閣が法案の修正を行ったこ
とが、可決の大きな理由として指摘される。インド国民会議派の基本的なスタンスは、
GST によって国民の税負担が重くならないようにしなくてはいけないということであり、
インド国民にとって不利にならないよう、野党として要求しているのだと国民に知らしめ
ないといけないわけである。
GST 法案については、製造業の比率が高い州では税収減になってしまうので、税収減
を補うためにそういった州においては税率を1%上げるという案が当初の法案にあっ た 。
しかしそれは納税者にとっては不利になるので、インド国民会議派はそれを受け入れるこ
とはできなかった。また、連邦政府が恣意的に税率を上げるというようなことが生じると、
それも納税者にとっては不利なことになるので、そのようなことができないよう税率を憲
法の中に明記すべきだとインド国民会議派は要求した。これに対しては与党も、それでは
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税率を上げるたびに憲法を改正するのかと反論し、両者譲ることはなかった。結果として、
製造業の割合が高い州において税率を1%上げることは撤回する代わりに、5年間にわたっ
て税収減に対する補助を出すという形で落ち着いた。
納税者にとって不利にならないようにというスタンスから攻めてきているインド国民会
議派のメンツが立つ形で法案の修正を行うことができたために、GST 法案の成立にこぎ
着けることができた。このように、政策の内容によっては、インド国民会議派もそれに対
して賛成に回る可能性は十分にあり得るのである。
P.20
外交政策や安全保障政策に関しては、就任当初からモディ政権に対する評価は比較的高
い。そもそも外交や安全保障に関しては、政党間の政策にあまり違いが見られないため、
対立が生じにくいという面がある。
今年の9月18日にインドの陸軍基地が襲撃を受けるという事件があった。その襲撃を行
ったのはパキスタン側から来ているテロリストだったということになり、9月29日には、
インド軍がパキスタン側に攻撃、Surgical Strike を行うという事態になった。これは我が
国のマスメディアでも大きく報じられ、衝撃的な事件であったが、この攻撃についてイン
ド国内では高く評価されている。もちろん中には反対の姿勢を示した者もいたが、与野党
からの評価は高かった。デリーの州首相は就任以来モディ首相とは敵対的で、事あるごと
にモディ首相を非難していたが、そのような政治家ですら、この攻撃についてはモディ首
相を讃えていた。
従って、モディ政権の政策に関して、特に外交面でさまざまな前進が見られる理由とし
ては、そもそも政策に対する反対が見られないということが挙げられる。我が国において
は、例えば安全保障関連法案など、非常に大きな政策上の対立が生じる場合があるが、イ
ンドではそういった政策については対立が生じにくいので、モディ政権も比較的自由に政
策を行うことができるのではないかと思われる。
P.21
- 24 -
その一方で、政策に関して2つの問題がモディ政権にとっての足かせになると考えられ
る。1つ目は、農村政策や貧困層向けの政策に配慮しなければならないということである。
2つ目は、各州の政治動向にも配慮しなければならないということである。農民や貧困層
に対して配慮が欠けると選挙で負けてしまうというのは、これまで何度も見られてきた。
インド人民党の前政権は98年から 2004年まで続き、当初の下馬評では、 2004年の選 挙
でもインド人民党は政権を維持できる可能性が高いと見られていたが、この選挙で予想外
の敗北を喫した。その理由に関連して、当時のインド人民党が主張していた、輝けるイン
ド、インディア・シャイニングというスローガンがあった。このスローガンにおぼれて、
農 村 政 策 を 軽 視 し た 結 果 、 農 民 票 の か な り の 部 分 を 失 っ て し ま い 、 そ の 結 果 2004年 の 選
挙で敗北を喫したということが指摘されている。
従って、今後上院と下院のねじれ状態が解消されて、上下両院でインド人民党とモディ
政権が過半数を占める状態になったとしても、特に農村政策や貧困層向けの政策に関して
は相当制約が生じざるを得ない。
P.22
現在のインドでは、GDP に占める農業の割合はそれほど高くはないが、農業に従事し
ている人口は非常に多いので、農村政策は重要である
P.23
GST 法案とともに懸案となってきた土地収用法の改正案については、モディ政権の現
在の任期中に成立させることはほぼ不可能であると言わざるを得ない。農民の土地を収用
しやすくするというのが土地収用法の改正案であるため、農民からの反発を招きやすい。
更 に 、 2017年 以 降 州 議 会 選 挙 が 行 わ れ る パ ン ジ ャ ー ブ 州 と ウ ッ タ ル ・ プ ラ デ ー シ ュ 州 で
は農業人口が非常に多いので、そこでの選挙で敗北を喫するリスクを考えると、現在の任
期中に土地収用法の改正案を成立させることは不可能である。
また、国有企業の民営化、規制緩和、構造改革等の、労働者や中小企業の経営者などに
とって不利になるような政策も、慎重に行わざるを得ない。土地収用法の改正案を通せる
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タイミングは、インド人民党が次の連邦下院選挙で大勝し、ハネムーンと言われる最初の
100日間、州議会選挙が行われるまでの間であろう。この期間中に通してしまわない限り、
次の任期でも5年間、土地収用法の改正案を通せない状況が続く可能性が高い。
P.24
インド国民会議派は弱体化しているものの、そこはモディ政権を攻めるための決め手に
なるので、土地収用法の改正に関して会議派が妥協する可能性はほぼゼロである。これで
妥協すれば、農民に対して不利な政策を支持したのかということになり、国民向けにメン
ツが立たないからである。
またインド国民会議派は、中小企業や労働者にとって不利になるような規制緩和策に対
しても反対する可能性が非常に高い。与党が上院や下院で圧倒的な過半数を維持していた
としても、これらの問題は非常に大きなリスクとなり得る。与党は5年後の連邦下院選挙
だけではなく、毎年行われる州議会選挙にも勝ち続ける必要があるので、このような政策
を進めることは難しいのである。
P.25
各州の政治動向への配慮に関しては、州議会選挙が毎年行われるために、それぞれの州
の動向或いはそれぞれの州の地域政党の意向に配慮していかなければならない。
P.26(割愛)
P.27
投資をする側にとっての問題として、国家プロジェクトのようなものは別として、例え
ば経済特区の建設やインフラ整備のプロジェクト等、州政府の主導で行われている政策に
ついては、州で政権交代が起こると、それまで前の政権のもとで進められていたプロジェ
クトが中止になるといったことが高い確率で起こり得る。
例 え ば 、 ウ ッ タ ル ・ プ ラ デ ー シ ュ 州 で は 2007年 以 降 、 病 院 の 建 設 が 進 め ら れ 、 イ ン ド
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で も 有 数 の 近 代 的 、 先 進 的 な 病 院 を 作 る 計 画 で あ っ た よ う だ が 、 こ れ が 2012年 の 州 議 会
選挙で与党が敗北を喫し、ライバル政党が政権を樹立したことで頓挫してしまった。病院
を作るという当初の計画が医療大学を作る計画に変更となり、現在、学生の募集などは始
まったものの、まだ建物はできていない状態である。このように、例えば州での政治対立
が激しくなったり、或いは州で政権交代が起こったりといった事態が生じた結果、連邦政
府の意向とは関係なく、州レベルでのプロジェクトの頓挫や計画変更が発生しうる。それ
はモディ政権の意向とは全く関係ないところで起こるので、インドとの経済関係の中では、
そのようなリスクの方が現実的には大きいのではないかと思われる。
(講演以上)
(4)質疑応答
【質問】
インド人民党の支持基盤がどういうグループであるのか、それがどのように変化して
いるのかということを教えてほしい。特に最近ヒンドゥー至上主義を支持するような態度
を政府がとっていると思われるが、ムスリムの支持や上位カーストの支持等に変化はある
か。
【回答】
インド人民党がヒンドゥー・ナショナリズムを主張していることから推測されるよう
に、基本的にインド人民党の支持層はヒンドゥー教徒の上位カーストである。ヒンドゥー
教徒の上位カーストはヒンドゥー教の価値観を重要視しているため、そのような層を専ら
支持基盤としている。その一方で、例えばキリスト教徒やイスラム教徒等、ヒンドゥー教
徒以外からの支持は極めて少ない。
なお、インドでは必ずしも社会集団が地理的に均等に分布しているというわけではなく、
例えば、ヒンドゥー教徒の上位カーストがそれほど多くなく、下位のカーストや旧不可触
民が多いという地域もある。そのような地域では、インド人民党が旧不可触民の候補者や
低カーストの候補者を立てるということもあるが、インド人民党の全体的な支持基盤はヒ
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ンドゥー教徒の上位カーストである。そしてそのような層は、社会階層的にも上位の階層
であることが多く、企業の経営者や国家公務員などである。要するに、基本的にはヒンド
ゥー教徒の上位カースト、かつ富裕層がインド人民党の支持基盤である。
この支持基盤にほとんど変化はないと見られている。また、インド人民党が連邦政権を
樹立したことによって、特にインド人民党が州政権を握っている州では、ヒンドゥー至上
主義的な傾向が強まっている。そのような州でヒンドゥー至上主義的な傾向を支持してい
るのが、インド人民党の支持基盤である上位カーストである可能性は高い。ヒンドゥー教
徒が約8割を占めているというインドの状況を鑑みると、そこを確保すれば、ある程度の
勢力を維持することができる。
それに加えて、特定の地域でのみ支持を有する旧不可触民の指導者、低カーストの指導
者、或いは何らかの理由でインド人民党に加わっているイスラム教徒の指導者などによっ
て、地域限定でインド人民党が支持を確保できるところがあれば、それらを合わせて下院
のおおよそ過半数が確保できる状況となる。
また、インド人民党の支持基盤を地域的に見た場合、ヒンドゥー教徒が集中している北
部に同党への支持も集中している。北部は人口が非常に多いので、ヒンドゥー至上主義を
強めることによって、ヒンドゥー教徒の上位カーストの支持を固め、北部の人口の多い州
で一定の支持を確保するだけでも、議会の過半数の確保には十分である。従って、インド
人民党の戦略について明言はできないが、現在のスタンスとしては、四方八方に手を伸ば
すのではなく、堅い支持基盤を確保し続けるという戦略であると考えられる。
【質問】
インドの中央政府は、財政規律の問題で法律を立案、施行しているので、財政赤字を
減らしていかないといけない。その一方で、州政府で赤字が出た場合、中央政府はどこま
で補塡するのかという問題が出てくるかと思われる。仮に州政府がばらまき政治をし、赤
字を出し、中央政府が赤字を補塡する場合、中央政府の財政規律というのは非常に危うく
なる。その場合に、例えば現インド人民党政権が州政府と対立してもそれを貫く可能性が
あるのかどうか。
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【回答】
赤字を減らす等、経済政策の部分では私は明るくないので何とも言いがたいが、中央
政府が州政府と対立してでも、中央政府からの補塡を減らすことができるかということに
なると、インド人民党が州政権を握っている州であれば可能ではないかと思う。例えば中
央政府からの公的な補助金ではなくても、裏ルートのような、政党の中央執行部から政党
の州支部へという金の流れを使えば可能かもしれない。インド人民党以外の政党が政権を
握っている州においては、州政府と対立してでも赤字補塡をなくすために補助金を減らす
ということは、非常に難しいのではないかと思われる。
【質問】
総人口の中でバラモンは 3%程度しかいないと思われるが、上位のヒンドゥー教徒のみ
を押さえたとしても、2014年の選挙のような大勝は難しいことが想像される。
2014年 の 選 挙 時 に 浮 動 票 が た く さ ん 流 れ た と い う こ と を 聞 く が 、 今 後 の 選 挙 に お い て
は、インド人民党のパフォーマンスによっては、他に流れる可能性があるか。
もう一つ質問として、インド人民党は基本的にはビジネスセクターを支持する政権と
言われている。一方、農民や労働者に配慮する必要があるので、そのようなビジネスセク
ターにとってふさわしい政策が難しいという話があったかと思う。その点について、例え
ば表面的には法律を変えていないが、抜け道という形でビジネスセクター寄りの政策をし
ていくのか、それさえもできないのか。
【回答】
まず、インド人民党の今後の見通しについてであるが、インド人民党の政党としての
スタンスは、ビジネス重視、上位カースト重視、ヒンドゥー至上主義、ヒンドゥー・ナシ
ョナリズムである。親団体が民族奉仕団というヒンドゥー至上主義の文化団体であり、そ
の親団体の影響を強く受けている。前回の選挙では、モディノミクスで、モディ政権が経
済を立て直してくれるという期待感によってインド人民党は勝つことができたが、勝った
後は、親団体や周辺のヒンドゥー至上主義団体の活動により、例えば牛を殺すことを禁止
するといったことを法律に盛り込むというような、ヒンドゥー至上主義的な流れに向かっ
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ている。
このような中で、モディ首相が当初期待されたような政策実績、特に経済的な部分での
政 策 実 績 を 上 げ る こ と が で き な け れ ば 、 次 の 選 挙 で は 票 を 減 ら し て し ま う と い う 、 2004
年の選挙の時に生じたようなことが起こる可能性はあるのではないかと思う。
世論調査の結果によれば、モディ首相の政策に対して失望していても、野党に対する評
判が良くないので、モディ政権の支持率が高そうに見えるというのが現状である。インド
の世論調査の大きな特徴として、「モディ政権を支持しているか」という日本で行われる
ような直接的な聞き方をすることは少なく、「今選挙が行われたらどこに投票するのか」
という聞き方の調査を行うので、実際の政策に対する満足度や政策に対する支持の度合い
が分かりづらいという面がある。従って、実はモディ首相の特に経済政策に対して有権者
はかなり強く幻滅していて、世論調査には表れていない失望感があるのではないかという
予測も立てられる。そうした中で、ヒンドゥー至上主義が強くなれば、インド人民党に対
す る 中 心 的 な 支 持 は 残 っ て も 、 2014年 の 選 挙 時 に モ デ ィ 首 相 に 期 待 し た 層 が 離 れ て し ま
うのではないかとも想像される。それをインド国民会議派が拾うことができれば、次の選
挙でインド国民会議派による政権交代の可能性もあるが、受け皿になるべきインド国民会
議派が頼りないのが現状である。従って、日本で見られるような、無党派層が増える、或
いは投票率が下がる等といった結果になるかもしれない。
ヒンドゥー至上主義を支持している中心的な支持者だけが残って、前回モディ首相を支
持した層が消えてしまう可能性というのは十分にあり得ると思う。そして、それが次回の
選挙結果に大きな影響を及ぼすということもあり得る。また、インド人民党は第一党の座
は確保できたものの、過半数割れになってしまうという結果もあり得る。
もう1つの質問に対しては、現実的には法律を作る、作らないの問題ではない。当然、
法律を作る以外の方法、抜け道を使って実際の構造改革を進めるということはあり、実際、
土地収用法の改正が実現できなかった時には、大統領令によって何とかそれを実行してき
たということがあった。しかし、それも選挙直前になると解除せざるを得なかった。この
ことからも分かるように、法律を作る、作らないの問題ではなく、選挙という制約や野党
側からの攻勢によって、実際にそのような政策を行うこと自体が非常に困難になるのでは
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ないかと思う。
選挙という制約や野党側からの攻勢という点を考慮すると、いかなる方法をとったとし
ても、農民や貧困層にとって不利になるような政策を進めるのは非常に難しいと言わざる
を得ない。
【質問】
銀行セクター改革のように国有企業の改革ということになると、ゼネストが行われたり
等、特に外資の新規参入は難しいと聞く。外資参入について、実態は実はそこまで進んで
いないという認識でよいか。
【回答】
かけ声は多いが、それが実際に運用できているかということになると、それほどうま
くいっていないのではないかと思われる。かけ声は勇ましいが、実際うまくいっているの
かというと疑問符をつけざるを得ない。
私がインド人によく言うのは、インド人はタスクフォースが大好きだけれども、タスク
フォースをやるだけだということである。頻繁に会議を開き、タスクフォースと称するも
のをやり、レセプションでは良い具合の雰囲気が醸し出されるが、それが実際の政策に反
映されているかというと、現実はどうか。長期的な目で見れば実現されていくかもしれな
いが、日本人が期待するほどのスピードで進んでいくかというと、どうだろうか。
例えばデリーのインフラ開発で言えば、私がインドに専門調査員という形で住んでいた
15年 程 前 、 当 時 の 州 首 相 の 話 に よ れ ば 、 数 年 の う ち に 市 内 各 所 に フ ラ イ オ ー バ ー が で き 、
デリー・メトロがあっという間に通るというような雰囲気であった。しかし、実際はまだ
デリー・メトロを造っている最中である。モディ政権の政策のスタンスにぶれが生じるこ
とはないと思うが、農民や野党をなだめているうちに時間が過ぎていき、期待するほどの
スピードにはならないというのが現実ではないかと思う。
(以上)
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