...

2008 年ベトナム・日本合同評価チーム 現地調査:2008 年 11 月

by user

on
Category: Documents
16

views

Report

Comments

Transcript

2008 年ベトナム・日本合同評価チーム 現地調査:2008 年 11 月
Official
Use Only
ベトナム社会主義共和国
南部沿岸無線整備事業
評価者:2008 年ベトナム・日本合同評価チーム 1
現地調査:2008 年 11 月
1.
事業の概要
事業地域の位置図
ホーチミン市沿岸無線局
1.1 背景
3,200 km の海岸線を有するベトナムでは、国内運輸・国際貿易において海運が果
たす役割は大きく、また海運の安全性および効率性の確保は重要な課題である。
ベトナムにおいて海上船舶救難用通信の役割を担う沿岸無線施設は、1950~60 年
代の中国・ロシア製のもので老朽化が著しかった。また同国も加盟する国際海事
機関(IMO:International Maritime Organization) 2では 1988 年改正の SOLAS 条約
(Safety of Life at Sea:海上における人命の安全のための国際条約)に基づき、加
盟国に対し 1999 年 2 月までに、GMDSS(Global Maritime Distress and Safety System:
海上における遭難および安全に関する世界的な制度)3の導入を義務づけていたが、
同国は GMDSS 対応の設備を有しておらず、SOLAS 条約の遵守および SAR 条約
(Search and Rescue:海上における捜索および救助に関する国際条約)の規定履行
にあたり対応が不十分であった。
1.2
目的
1
2008 年ベトナム・日本合同評価チームでは対象事業別に 3 つの作業部会を設け、各部会が担当事
業の評価を行った。本事業の評価を担当した沿岸通信部会のメンバーは、Mr. Pham Minh Tuan、Ms.
Ha Thu Huyen、Ms. Hoang Thu Ha、Mr. Nguyen Tien Hoang(VISHIPEL)、Ms. Nguyen Thanh Hang、
Mr. Nguyen Ngoc Hai(運輸省)、Mr. Do Xuan Hai(計画投資省)、Ms. Nguyen Thu Huong (交通開発
戦略研究所)、Mr. Mai The Cuong(現地コンサルタント)、宮崎慶司(日本人外部評価者)である。
2
国際連合の専門機関の一つで、168 の加盟国のほか、3 地域が準加盟している。各国政府、海運業
間の協力を促進し、海上の安全の向上と船舶による海洋汚染の防止を図っている。ベトナムは 1984
年に加盟した。
3
1992 年 2 月に導入された新しい遭難・安全通信システム。衛星通信技術、デジタル通信技術を利
用することにより、いかなる海域で船舶が遭難しても陸上捜索救助機関や付近を航行する船舶に対
して遭難、緊急、安全通信を行ない、迅速かつ確実に救助要請を行なうことが可能となった。同シ
ステムでは自動受信方式を採用することにより、遭難、緊急、安全通信以外の海上安全情報(航行
警報、気象警報等)についても確実な入手が可能である。
1
本事業は、ベトナム南部における沿岸無線通信局において、海上における遭難およ
び安全に関する世界的な制度(GMDSS、1976 年 SOLAS 条約の 1988 年改正による
規定)を整備することにより、国内外の航路を航行する船舶の安全の確保および海
難事故への迅速な対応を図り、もって海運・漁業の振興に寄与することを目的とし
た。
事後評価に適用したロジカル・フレームワーク
上位目標
海運・漁業の振興
事業目的
1. 国内外の航路における船舶の安全の確保
2. ベトナム南部における海難事故への迅速な対応
成果
1.
2.
3.
4.
5.
アウトプット
1. 沿岸無線通信機器の設置
2. コンサルティングサービス
インプット
総費用:22 億 8,500 万円
(円借款:18 億 6,600 万円、ベトナム政府:4 億 1,900 万円)
国際条約への対応
通信エリアの拡大
通信量の増加
海難事故の推移
無線局のオペレーター、エンジニア、マネージャーの能力向上
1.3 借入人/実施機関
借入人:ベトナム社会主義共和国政府
実施機関:ベトナム海運総局(VietNam National Maritime Bureau: VINAMARINE)
運輸省(Ministry of Transport: MOT)
1.4
借款契約概要
承諾額/実行額
18 億 6,600 万円/14 億 9,000 万円
交換公文締結/
借款契約調印
2000 年 3 月
2000 年 3 月
借款契約条件
金利 1.8%
返済 30 年(うち据置 10 年)
一般アンタイド
貸付完了
2.
2007 年 1 月 26 日
本体契約
三井物産(日本)
コンサルティングサービス
KDDI エンジニアリング・アンド・コンサルティング(日本)
事業化調査(フィージビリティ・スタディ)
1995 年
ベトナム政府 VINAMARINE による
評価結果(レーティング:A)
2.1 妥当性(レーティング:a)
本事業の実施は審査時および事後評価時ともに、開発政策、開発ニーズならびに
国際条約と十分に合致しており、事業実施の妥当性は高い。
2.1.1 ベトナムの開発政策・施策および国際条約との整合性
海運部門を含む運輸部門の整備は、事業審査時および事後評価時においてベトナ
2
ムの社会経済開発計画の優先課題の一つであった。
事業審査時、ベトナムは国際海事機関(IMO)の加盟国として 1988 年 SOLAS 条
約 4に基づき、1999 年 2 月までに GMDSS を導入する必要があった。また IMO は
ベトナムに対し、SAR 条約 5の要求事項を満たすために救難能力の向上を勧告して
いた。つまり、GMDSS の導入はベトナムにとって国際的な責務となっていた。現
在においてもベトナムは SOLAS 条約の調印国として、GMDSS6の運用を含む同条
約の規定を実施する責任を負っている。
2.1.2 ニーズとの整合性
審査時および事後評価時において、海上輸送需要の増加および海運の安全確保と
いう観点から、ベトナムの沿岸通信システムを近代化する必要性が高いと見られ
ていた。
南北に伸びる 3,200km の海岸線を有するベトナムでは、国内運輸・国際貿易にお
ける海運の果たす役割は大きいことから、安全で効果的な海上交通・通信にとっ
て、沿岸通信システム 7は重要な通信インフラであった。
事業審査時におけるベトナムの沿岸通信システムは、1950 年代から 1960 年代に製
造されモールス信号(モールス符号)や中波(MF)無線電話などを利用したもの
で、施設の老朽化が著しかった。そのため、旧来の沿岸通信システムを近代化し、
国際的な海上安全基準に沿った海運の安全性の確保を図る必要があった。
事後評価時のベトナムにおいては、近年の経済発展に伴う海上輸送量の拡大によ
り、海上の安全確保における沿岸通信システムの役割は、その重要性を増してい
る。たとえば、港湾貨物取扱量は 2003 年の 1 億 1,400 万トンから 2007 年の 1 億
8,100 万トンへと 1.6 倍に増加、出入港船舶数は 2003 年の 7 万 1,933 隻から 2007
年の 8 万 8,619 隻と 1.2 倍に増えている 8。
4
SOLAS 条約は商船の安全を保護する最も重要な条約である。同条約は、英国客船タイタニック号
の沈没を受けて 1914 年に可決されて以来、1929 年、1948 年、1960 年、1974 年に大幅な改正が行な
われてきた。国際無線通信規則の 1987 年改正に基づいた 1988 年の改正においては、モールス信号
(モールス符号)に代わり海上における遭難および安全に関する世界的な制度(GMDSS)の導入が
決定され、1992 年 2 月 1 日に施行された。
5
SAR 条約は、海難事故における人命救助について、その事故の発生場所にかかわらず、SAR 機関
が調整にあたるとともに、必要に応じて近隣の SAR 機関間の協力も受けて実施するため、国際的な
SAR 計画を策定することを目的に 1979 年に制定された。IMO 加盟国は、SAR 区域の設定、施設の
確保、共通手続きの設定、訓練・連絡を目的とした訪問を含む SAR 協定を近隣諸国と締結すること
が推奨される。事業審査時、ベトナム政府は SAR 条約には調印していなかったが、IMO はベトナ
ムに対し、同条約の規定を遵守することを勧告した。ベトナムは 2007 年 4 月に SAR 条約に正式加
盟し、現在に至っている。
6
ベトナム政府は今後以下の措置を取り、1997 年改正 SOLAS 条約を遵守するため、沿岸通信シス
テムを改善することにしている。具体的には、①船舶自動識別装置(AIS)陸上局への投資・設置、
②船舶長距離識別追跡システム(LRIT)を構成するアプリケーション事業者、通信事業者、LRIT
データセンターの投資・設置、③(首相決定第 137 号に基づく)海上の機船を対象にした災害警報
に資するためのベトナム沿岸通信システムの近代化等を実施する。
7
沿岸通信システムの主な役割は、①海上における遭難、安全および救助に関する活動、②気象予
報・海上安全情報の発信、③海運・漁業の支援を目的とした船舶間および船陸間の通常通信の実施
である。
8
VINAMARINE 管理下のベトナムの主要港湾 23 港から収集したデータ(漁港を除く)。
3
本事業は、ダナン以北のベトナム北部における沿岸通信整備を目的とした円借款
事業「沿岸無線整備事業(1996~2001)」のフェーズ II である。当初は、ベトナム
南部の沿岸通信整備については英国政府の支援により実施する計画であったが、
後に円借款対象事業となった。本事業の完成により「北部」および「南部」の沿
岸無線整備事業が完成したこととなり、国際基準を満たした GMDSS がベトナム
全土において整備されることとなった。
図1
海上における遭難および安全に関する世界的な制度(GMDSS)の概念図
インマルサット衛星
コスパス・サーサット衛星
海難救助調整
センター
海難救助調整
センター
EPIRB
データ
ネットワーク
地球局
遭難信号
地上受信局
SART
公衆交換
データ網
テレックス
ネットワーク
国内・国際
ネットワーク
国内・国際
ネットワーク
海難事故捜索
活動
沿岸無線局
注 1):EPIRB:非常用位置指示無線標識
注 2):SART:レーダートランスポンダー(GMDSS 救命設備の一種)
4
沿岸無線局
2.2 効率性(レーティング:b)
本事業はアウトプットについてはほ
ぼ計画通りであり、事業費も計画を
下回ったものの、事業期間が計画を
62%上回ったため、効率性について
の評価は中程度と判断される。
図2
事業対象地
2.2.1 アウトプット
当初計画のアウトプットは、1 級局 1
局、2 級局 2 局、3 級局 3 局、4 級局
12 局およびハイフォンの地上受信局
(LUT)/業務管理センター(MCC)
における海上無線通信機器の設置を
含め、計画どおり完成した(ただし 4
級局における 2 局の設置場所変更を
除く)。しかし、コンサルティングサ
ービスの投入量は計画の 39.5M/M に
対して実績は 41M/M であり、1.5M/M
上回った。
実施期間中、SOLAS 条約の 1974 年改
正の規定を遵守するため、事業範囲を
拡 大して船 舶自 動 識 別 装置(AIS) 9 を
調達することが事業管理ユニット
(PMU-GMDSS 10 )により提案された。同
時に AIS の導入に備えた研修も、JICA
の技術協力を得て実施された。この提案は JICA(当時は JBIC)の同意を得て事業範囲に
含めることとなったが、入札が不調に終わったため、結局、AIS の実際の調達までには至
らなかった 11。この AIS 調達手続き準備に関してコンサルタントの追加業務が生じたた
め、コンサルティング・サービス投入量は、実績が計画を 1.5M/M 上回ることにな
った。
また、事業費の余剰金を利用して、避雷器、電磁妨害機器、航路作図装置等を追加
的に事業施設に設置し、機器システムの能力・効果・安全の向上を図った 12。沿岸
無線局(CRS)の職員を対象にした研修についても、事業実施段階においてコンサ
9
船舶の船名、船種、識別信号、位置、針路、速力、航行状態、安全情報等の船舶運航等に係る情
報を超短波帯(VHF)の無線電波により、船舶相互間および船舶陸上施設間等で自動的に送受信し、
当該情報を共有するシステム。AIS は、SOLAS 条約において規定されている全ての旅客船、300Gt
以上の国際航海に従事する船舶および国際航海に従事しない 500Gt 以上の貨物船への搭載が義務付
けられている。
10
VINAMARINE が所管する GMDSS の事業管理ユニットは、ベトナム北部および南部の沿岸無線
整備事業の実施を担当した。
11
入札要件を満たす入札者がなく、再入札は借款契約期間の満了日である 2007 年 1 月 26 日までに
実施することができなかった。
12
沿岸無線整備事業(1996~2001 年にベトナム北部で実施)により設置された沿岸無線は、その
多くが運用開始後に落雷の被害に見舞われた。この経験に基づき、避雷針、電磁妨害機器の設置が
事業範囲に加えられた。
5
ルタントおよびコントラクターが実施した(表 1)。
表 1 事業アウトプットの計画と実績の比較
計画
1 局(ホーチミン)
計画どおり
1) 1 級局(NAVTEX13、
MF、HF、VHF)
2) 2級 局 ( MF、 HF、 2局( ブ ン タ ウ 、ニ ャ チ ャ
VHF)
ン)
3) 3級 局 ( MF、 HF、 3局( キ エ ン ザ ン 、カ ン ト
VHF)
ー、クイニョン)
4) 4級 局 ( 無 人 局 )
12局 ( バ ク リ ュ ウ 、 カ ム
( VHF)
ラン、コンダオ、ズンク
アット、ハティエン、リ
ーソン、ナムカン、ファ
ンティエット、フークオ
ック、フークイ、クアン
ガイ、トチュー)
5) LUT 14/ MCC 15
ハイフォン
6) 追 加 の 機 器
実績
計画どおり
計画どおり
12局
フークイはファンランに変更
 クアンガイはフーイエンに変
更

計画どおり
避 雷 器 ( 15台 )
電 磁 妨 害 ( EMI) 機 器 ( 2台 )
 航 路 作 図 装 置 ( 3台 )
 オ ペ レ ー タ ー ( 43名 )
 技 術 者 ( 46名 )
 マ ネ ー ジ ャ ー ( 30名 )
合計:41M/M

-

7) 沿 岸 無 線 局 職 員 に
対する研修
目標設定なし
8) コンサルティングサ
ービス
合計:39.5M/M
注:LUT(地上受信局)、MCC(業務管理センター)、NAVTEX(航行警報テレックス)、MF(中波)、
HF(短波)、VHF(超短波)
2.2.2 事業期間
事業実施期間は 2000 年 3 月から 2003 年 3 月までの 37 ヵ月(3 年 1 ヵ月)を計画してい
た。当初計画のアウトプットの完成に要した実際の事業期間は 2000 年 3 月から 2005 年 8
月までの 66 ヵ月(5 年 6 ヵ月)であり、これは計画比 178%に相当するものであった。これ
に追加的な AIS の調達 16に要した期間を含めると、実際の事業期間は 2000 年 3 月から
2006 年 12 月までの 81 ヵ月(6 年 9 ヵ月)となり計画比で 219%となった(表 2)。
事業遅延の要因としては、①沿岸無線局の設置場所が広範囲に分散しているなど
13
NAVTEX(航行警報テレックス)とは、中波を利用して緊急海上安全情報や航行・気象に関する
警報・予報を船舶に伝える国際的な文字放送サービスで、放送は船舶側の NAVTEX 受信機により自
動受信されプリントアウトされる。
14
地上受信局(LUT)とは、国際的なコスパス・サーサット衛星捜索救助システムの一部をなす衛
星データ処理センターで、遭難無線発信機からの遭難信号をコスパス・サーサット衛星経由で受信
する。遭難無線発信機(緊急信号発信装置)とは、遭難した船舶、航空機、人の探知・位置確認に
役立つ追跡発信機である。LUT が受信した遭難警報信号は業務管理センター(MCC)に送られる。
15
業務管理センター(MCC)とは、遭難無線発信機からの遭難警報信号を受信・配信する拠点であ
る。MCC の機能は、①LUT および他の MCC からのデータの収集・保存・整理、②コスパス・サー
サット・システム内における国際および国内のデータ交換、③関連の救難調整本部(RCC)または
捜索救難連絡点(SPOC)に向けた警報・位置確認データの配信である。
16
AIS の調達にかかった実際の期間は 2004 年 12 月から 2006 年 12 月の 25 ヵ月である。
6
当事業特有の事情により、用地の選定調査や入札書類の作成に時間を要したこと、
②技術設計の承認に時間を要したこと、③入札書類および評価結果の承認に時間
を要したこと、④4 級局の 2 局の設置場所の変更による遅れ、⑤AIS 機器の調達に
伴う期間延長、などが挙げられる。
表 2 事業期間の計画と実績の比較
実績
<当初事業範囲の事業期間>
2000年 3月 ~ 2005年 8月
* 5年 6ヵ 月 ( = 178% )
注:借 款 契 約 調 印 時 か ら
<追加的なAIS調達を含めた事業期間>
事業完了証明書の発行
2000年3月~2006年12月
までの期間。
* 6 年 9 ヵ月(=219%)
計画
2000年 1月 ~ 2003年 3月
* 3年 1ヵ 月
2.2.3 事業費
計画事業費の 22 億 8,500 万円に対して実際の事業費は 17 億 2,800 万円で、計画比
で 75.5%となった(表 3)。その主な要因としては、競争入札による事業費削減効
果が挙げられる。前述のとおり、AIS 機器は事業費の余剰金で調達することにな
っていたが、結局実現しなかった。
1. 機器の設置
2. 沿岸無線局の建設
(土地取得を含む)
3. 予備費
4. コンサルティン
グサービス
5.税金
合計
地上受信局(LUT)
ハイフォン
表 3 事業費の計画と実績の比較
計画(百万円)
うち
外貨
内貨
合計
外貨
円借款
1,579
0
1,579
1,579 1,303.6
0
363
363
0
0
実績(百万円)
内貨
83.1
238.1
うち
円借款
1,386.7 1,386.7
238.1
0
合計
158
123
36
6
194
129
158
129
0
98.3
0
5.0
0
103.3
0
103.3
0
1,860
20
425
20
2,285
0
1,866
0
1,401.9
0
326.2
0
1,728.1
0
1,490
業務管理センター(MCC)
ハイフォン
7
受信局
ホーチミン市
2.3 有効性(レーティング:a)
本事業の実施により概ね計画通りの効果発現が見られ、有効性は高い。
2.3.1 国際条約への対応
本事業のアウトプットとして、①ベト
ナム南部における GMDSS 用無線局の
設置、②地上受信局(LUT)および業
務管理センター(MCC)の設置、を達
成したことにより、ベトナムは SOLAS
条約の規定および SAR 条約の規則を遵
守することが可能となった。また、
(北
部)沿岸無線整備事業(フェーズ I)の
アウトプットとしては、③ベトナム北
部における GMDSS 用無線局の設置、
④衛星通信施設の設置、があった。
図3
北部および南部の沿岸無線整備
2.3.2 通信エリアの拡大
ベトナム北部を対象にしたフェーズ I
に加えて本事業が完成したことにより、
A117、A2 18、A319の全海域において無線
通信および衛星通信が利用できるよう
になった。事業完成後、本事業施設の
運用を担当するベトナム船舶通信公社
(VISHIPEL)では、外洋(ほぼすべて
の海域)の大型船舶ならびに近海(気
象条件により沿岸から 100 ㎞から 200
㎞程度)の小型船舶(漁船)と通信が
可能となった。
2.3.4 通信量の増加
注:ベトナム北部(フエ以北)の沿岸無線局11局、
(1) 沿岸無線局経由の通信回数
ハイフォンのインマルサット衛星地球局、ハノ
イの情報監理センターは沿岸無線整備事業
事業完成後、ベトナム沿岸無線通信シ
(1996年~2001年)により整備された。
ステムを利用した通信回数は年々増加
している。VISHIPEL が提供する航行警
報、捜索救難情報、気象予報、天気予報等の情報の量は 2003 年から 2007 年の間
でほぼ倍増した(表 4)。
17
A1 海域とは、デジタル選択呼出し(Ch.70/156.525 Mc.)の警報を継続して利用が可能な 1 局以
上の VHF 沿岸無線局の無線電話の通信圏内の区域である。通常は海岸局から 20~30 海里(37~
56km)までの範囲となる。
18
A2 海域とは、デジタル選択呼出し(2187.5 kHz)の警報を継続して利用が可能な 1 局以上の MF
沿岸無線の無線電話の通信圏内の区域である(A1 海域を除く)。計画立案においては沿岸から 100
海里(190 km)以内の A1 指定海域を除く範囲とされるが、実際は沿岸から約 400 海里(740 km)
の範囲まで通信が可能である。
19
A3 海域とは、警報を継続して利用が可能なインマルサット静止衛星の通信圏内の区域である(A1
海域および A2 海域を除く)。北緯 76 度から南緯 76 度までの A1、A2 指定海域を除く範囲である。
8
情報の種類
航行警報
捜索救難情報
気象予報*
天気予報**
表 4 VISHIPEL が提供する情報の件数
2003 年
2004 年
2005 年
13,361
14,524
11,831
6,577
8,961
11,147
5,889
6,316
7,457
2006 年
11,518
5,562
6,078
8,439
2007 年
25,723
10,682
5,295
10,386
出典:VISHIPEL
注:* 気象予報とは、サイクロン、台風、暴風、熱帯低気圧等に関する情報・警報のことを指す。
** 天気予報とは、毎日の海洋天気予報のこと。
表 4 は VISHIPEL が利用者に提供した情報のみを示しているが、沿岸無線局経由の
通信件数は増加している。本事業完成後、GMDSS や衛星通信などの高度な沿岸通
信システムが利用できるようになったことから、ベトナムでは無線通信機器・設備
を装備した船舶が増加した。例えば、ベトナム国内の登録船舶 20(主に商船)は着
実に増加している(2006 年の 1,107 隻から 2007 年には 1,271 隻に増加)。この 1,271
隻のうち、466 隻(2007 年における登録船舶の 37%)は GMDSS 機器を装備している。ま
た、船舶(漁船を含む)に装備している VISHIPEL に登録済みの通信機器の総数も 2007
年においては無線機器が 1,320 台、インマルサット機器が 1,598 台となっている。沿岸無
線通信サービスの利用者が増加するにつれ、沿岸無線局を経由した通信の量および頻
度の両方が増大していることがわかる。
海運事業者を対象に実施した受益者調査によれば、事業者の多くは通信量の増加
に関して次のような事業効果の発現を実感している。①船と陸(海運業者、家族
等)との間の通信ならびに船舶間の通信が、通信範囲、情報の質の面で向上した、
②毎日最新の天気予報が得られるようになった、③気象情報をはじめとする様々
な情報が入手しやすくなり、その情報の信頼度も高い。また、ニャチャンとファ
ンティエットの漁民を対象にしたフォーカス・グループ・ディスカッションでは、
本事業によって家族、他の船舶および陸との間の通信の利便性と頻度が向上した
ことが事業後の変化として挙げられた。一方、漁船の操業がピークを迎える午前
中の時間帯には、日常的に通信の中断 21や送信の質の低下 22 が生じていると認識す
る漁民が多いことも判明した。この現象は、漁民が多く住む南部沿岸域において
顕著であり、沿岸無線局の設備能力向上を求める声が漁民から挙がっていた。
(2) 沿岸無線局により支援を受けた海事施設と船員の数
2007 年 に ハ イ フ ォ ン の コ ス パ ス ・ サ ー サ ッ ト の 地 上 受 信 局 / 業 務 管 理 セ ン タ ー
(LUT/MCC)の本格的な運用が開始されて以来、沿岸無線通信システムにより支援を受
けた海事施設の数は劇的に増加した。その数は 2006 年の 362 から 2007 年の 3,454 と
10 倍以上の伸びを見せている(図 4)。沿岸無線通信システムにより支援を受けた船員の
20
登録漁船の数を除く。農業農村開発省(MARD)の推計によれば、ベトナムの漁船総数は 10 万
隻を超えているが、正確な情報が不足しているため、実際の数字は不明である。
21
ファンティエットの沿岸無線局(4 級局)は通常通信用 1 チャンネルのみを有し、通信能力に限
界があること、漁船は費用を抑えるために最寄りの無線局に連絡を取ろうとする傾向(通信設備能
力が高い 2 級局、3 級局より、最寄の 4 級局にアクセスする傾向)が強いことなどがその主な理由。
22
MF/HF/VHF 電波の質は、気象条件、地形、電力施設等からの妨害を受けやすく、そのことが通
信の質の低下を招く大きな要因となっている。また、漁船に搭載された通信機器の能力に限界がる
ことも要因として考えられる。
9
数も図 5 が示すように、2004 年から 2007 年の間で増加している。
ベトナム国家捜索救助委員会(VINASARCOM)によれば、捜索救助活動の回数は 171
回(2003 年)、150 回(2004 年)、298 回(2005 年)、271 回(2006 年)、197 回(2007
年)と推移している 23。
図 4 沿岸無線により支援を受けた船員数
の推移(2004 年~2007 年)
図 5 沿岸無線により支援を受けた海事施設の
推移(2003 年~2007 年)
4000
4000
1200
3500
3000
1000
Cargo Fishing
貨物
船
漁船
Vessels
Vessels
3500
その他
Others
3000
2500
2500
800
合計
Total
600
400
200
0
2004
ベトナム人船
員
Vietnamese
2005
Seamen
2006
2007
外国
人 船員 Seamen
Foreign
2003
合計
Total
2004
2005
2006
2007
出典:VISHIPEL
出典:VISHIPEL
注:「支援」の内容は、緊急および救助のための指示、
注:
悪天候時の避難経路の案内、医療上の指示を含
1) 「その他」とは、タグボート、石油掘
む。
削、客船等を含む。
2) 「支援」の内容は、緊急および救助の
ための指示、悪天候時の避難経路の案
内、医療上の指示等を含む。
3) 2007 年の「その他」の数は、次の 2.3.4
で説明する項目に同じ。
2.3.4 海難事故の推移 24
VISHIPEL が記録する海難事故数は増加した。その要因としては、①GMDSS の導
入によってベトナム沿岸通信システムが近代化されて以来、以前に比べてあらゆる
通信モードや周波数による警報を受信することが可能となったこと、②近年のベト
ナムにおける海運・漁業産業の発展と量的な拡大がみられること、などが考えられ
る。海事関連機関によれば、海難事故の大半は漁船関連である(表 5)。
「その他の事故」の件数については、2007 年とそれ以前との間で顕著な違いが見
られ、2006 年の 164 件から 2007 年の 3,205 件へと 5 倍以上に増加している。
「その
他の事故」とは、事故原因の特定が難しいものを指す。VISHIPEL によれば、2007
年の LUT/MCC 局の正式開局後、VISHIPEL はコスパス・サーサット・システムか
23
VINASARCOM の統計によれば、ベトナム海域で救助された人数は、951 人(2003 年)、1,211 人
(2004 年)、1,937 人(2005 年)、1,920 人(2006 年)、2,449 人(2007 年)となっている。
24
海難事故数にはついては、VISHIPEL と VINASARCOM の間で違いが見られる。VINASARCOM
によれば、ベトナムの海難事故件数は 715 件(2003 年)、602 件(2004 年)、752 件(2005 年)、1,150
件(2006 年)、1,139 件(2007 年)となっている。本報告書では VISHIPEL のデータを使用した。
10
ら周波数 121.5 MHz、243 MHz、406 MHz の遭難警報を受信可能となったが、121.5
MHz、243 MHz による警報の大半が発信元を確認できていないことが事故件数急
増の理由として考えられるという。その未確認遭難警報の大半は EPIRB(非常用
位置指示無線標識装置) 25から誤って送られたものとみられる。
表 5 VISHIPEL が記録する海難事故件数(2001 年~2007 年)
事故の種類
2001 年
2005 年
2006 年
16
56
50
1. 航行不能、漂流
5
17
15
2. 浮遊
0
0
3. 転覆の危険がある船体の傾き
14
14
13
4. 浸水
0
2
0
5. 火災・爆発
2
4
4
6. 座礁
0
0
0
7. 船体放棄・遺棄
5
4
16
8. 海中転落
6
4
0
9. 海賊行為、武装略奪行為
0
9
11
10. 遭難
0
11
4
11. 衝突
0
45
46
12. 誤報*
48
166
159
小計
5
22
164
13.その他の事故**
53
188
323
合計
2007 年
70
13
3
18
3
3
2
15
1
19
15
50
212
3,205
3,417
出典:VISHIPEL
注:* 「誤報」とは、VISHIPEL と当該船舶が直接連絡を取ることにより誤報と確認できたもの。
** 「その他の事故」とは、表中の「事故の種類」1~12 に該当しない事故のこと。
ただし、ベトナムでは大 半 の漁 船 をはじめとして多 くの中 小 船 舶 は経 済 的 な理 由 から
26
GMDSS 機器を装備していないため、衛星通信システムを利用した遭難信号を発信す
ることができない。従って、実際に発生した海難事故の件数は、表 5 の公式記録にある件
数を上回っていると推定される。
2.3.5 沿岸無線局のオペレーター、エンジニア、技術者、マネージャーの能力向上
前述の「表 1:事業アウトプットの計画と実績の比較」が示すとおり、本事業により導
入 さ れ た 新 し い 技 術 の 定 着 な ら び に 能 力 向 上 を 図 る た め 、 合 計 で 119 名 の
VISHIPEL 職員がベトナム国内外でコンサルタントおよびコントラクターによる
研修を受けた(詳細を表 6 に示す)。この他にも VISHIPEL を対象にした研修および
再研修を実施し、システムの安定確保を図っている。VISHIPEL によれば、このような
研修活動の成果として、沿岸無線局のオペレーター、エンジニア、技術者、マネ
ージャーの能力は著しく向上したとの評価であった。
25
EPIRB(非常用位置指示無線標識装置)とは、コスパス・サーサット衛星捜索救助システムを介
する追跡伝達装置のインターフェースであり、遭難した船舶、飛行機、人などの探知や位置確認に
寄与する。しかし、遭難警報の大半は EPIRB からの誤発信によるとの報告がある。
26
ベトナムの漁民の大半は貧しく、高価な GMDSS 機器を購入することが困難である。この問題は
ベトナムに限ってことではなく、世界的な共通の課題である。これについて、ベトナムの漁業を所
管する農業農村開発省(MARD)は、単側波帯(SSB)通信機器 6 万台を漁民に無償提供するプロ
ジェクトを外国ドナーとともに実施している。ただし、SSB 機器の通信能力は限られている。
11
表 6 本事業による能力向上活動のアウトプット
研修内容
研修対象者
海外研修
LUT/MCC/GMDSS
オペレーター
2名
LUT/MCC/MF/HF/VHF 無線
技術者
5名
機器・電力系統
LUT/MCC/GMDSS/多重無線
マネージャー
1名
リンクのサブシステム
合計
8名
ベトナム国内研修
41 名
41 名
29 名
111 名
出典:VISHIPEL
2.3.6 受益者の満足度
漁民と海運事業者を対象にした
満足度調査によれば、回答者の
71%(41 名)が「非常に満足」、
27%(16 名)が「ある程度満足」
と回答している。漁民の満足度
は非常に高く、89%の漁民が「非
常に満足」と回答している。全
体的には、漁民と海運事業者の
98%が沿岸無線局のサービスの
改善に満足しており、本事業は
受益者のニーズに応えているこ
とがうかがえる(図 6)。
図6
受益者の満足度
回答数(N=58)
非常に満足
71%
ある程度満足
28%
あまり満足せず
全く満足せず
2%
0%
分からない 0%
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
注:回答者 58 名のうち、37 名が漁民、21 名は海運事
業者のマネージャー、通信士等。
2.4 インパクト
2.4.1 捜索救助活動の改善
関係当局による海難事故捜索救助(SAR)活動には一定の改善が見られた。捜索
救助活動に直接関与する関係当局 27を対象にしたインタビュー調査によれば、イン
タビューを実施した関係者の大半は、本事業はベトナムにおける捜索救助活動の
強 化 に 対 し て 良 い 影 響 を 与 え た と 認 識 し て い る 。 GMDSS シ ス テ ム 導 入 後 、
VISHIPEL を経由した遭難警報の受信と事故船舶の位置確認が以前より容易かつ
迅速にできるようになった。ただし、現行のベトナムにおける捜索救助活動の実
施体制を考慮すると、捜索救助活動の改善には沿岸通信能力以外の要因も重要で
ある。
一般的にベトナムの捜索救助活動は次の手順で行なわれる。①VISHIPEL は船舶か
ら遭難警報や緊急通報を(沿岸無線局経由で)受信すると、当該船舶の位置を確
認するとともに、必要な情報をベトナム海難救助調整センター(VMRCC)とベト
ナム国家捜索救助委員会(VINASARCOM)に送信する。また、VISHIPEL は当該
船舶に対して指令・指示を行なう。②VMRCC は遭難ポイントに救助船を派遣する
とともに、他の機関と共同で救助活動を実施する。③VINASARCOM は、国防省、
農業農村開発省(MARD)、省政府、海事局等と連携を図るとともに、捜索救助活
27
インタビューを実施した機関・組織は、VINAMARINE、VISHIPEL、ベトナム海難救助調整セン
ター(VMRCC)、ベトナム国家捜索救助委員会(VINASARCOM)、ハイフォン海事局、ニャチャン
海事局、ホーチミン市海事局、農業農村開発省(MARD)、カンホア省人民委員会、 ビントゥアン 省
人民委員会である。
12
動を支援する。
一方で、関係者からはいくつかの課題・問題点が指摘されている。具体的には、
( ア)
漁船の通信能力不足(必要な通信設備を装備していない漁船が多い)、(イ)船舶
の種類の違いを超えた通信プロトコルの統一が困難なこと、(ウ)VMRCC の救助
設備、人材の能力の限界、
(エ)既存の捜索救難システムの調整能力の限界、など
である。ベトナムの捜索救難活動については、引き続きその実施体制強化が必要
な点は、インタビューを行なった海運事業者でも共通の認識であった。
上記(ア)と(イ)はベトナムだけでなく、米国や日本などの先進国にとっても
非常に難しい課題である。他方、組織・制度的能力に関係する(ウ)と(エ)に
関しては、GMDSS を最大限に活用するためにも、さらなる強化が求められる。
インタビューを行なった関係者は、VMRCC の予算不足が有能な救助隊員の不足や
救助船、救助ヘリコプター等の救助設備機器の不足につながっている、と指摘し
ている。また、現行の捜索救難調整システムは、調整手続きが複雑なことに加え、
捜索救難関連省庁間の調整を行なうための具体的な実施規則・運用指針が整備さ
れていないため、同調整システムは有効かつ効率的に機能していないとのことで
あった。
捜索救難に関するベトナムの組織・制度的能力不足などの課題については、JICA
(当時は JBIC)が 2004 年、「捜索救難活動を通じた海上保安に関する組織改善に
関する調査(戦略的組織改革モデル委託調査)」を実施し、その提言に基づいて
VINAMARINE が捜索救難に関する組織・制度的能力の強化をめざす行動計画を策
定した。しかし、予算不足のため、この行動計画の実施は現在でも遅れている。
ニャチャン沿岸無線局
(2 級局)
ファンラン沿岸無線局
(4 級局)
ファンティエット沿岸無線局
(4 級局)
2.4.2 海運・漁業の振興
本事業はベトナムの海運・漁業の振興に寄与した。港湾における旅客数、貨物取
扱量、出入港船舶数ともに拡大している。たとえば、2003 年から 2007 年までに旅
客数は 2.6 倍、貨物量は 1.6 倍、船舶数は 1.2 倍に増加した(表 7)。増加の主な要
因としては、ここ 10 年間にベトナムが経済成長を果たしたことや、ハイフォン港、
カイラン港、ダナン港、サイゴン港をはじめとする主要港湾の積極的な開発など
が挙げられる。また、沿岸通信システムの近代化がベトナムの海運部門の投資・
開発の環境整備に一定の貢献をしたということができる。
13
表7
ベトナムの港湾における旅客数、貨物取扱量、出入港船舶数
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
132,241
120,343
132,377
233,416
349,997
旅客数(人)
114,198
127,699
139,161
154,498
181,117
貨物量(千トン)
71,933
74,527
56,893
61,291
88,619
出入港船舶数(隻)
出典:VINAMARINE
注:旅客数、貨物量、船舶数のデータは、VINAMARINE の主管の下、ベトナムの主要商港 23 港から収
集したものである。漁港は除外している。
このことは、受益者および関係者を対象にしたインタビュー調査でも裏付けられ
ている。この調査では、①本事業により国内外からの投資にとって良好な環境が
整備され、また海運事業の有効活用にもつながった、②漁船も今までよりも遠方
に出て操業できるなり、市場や有望な漁場に関する情報が入手しやすくなった、
③沿岸無線通信能力が向上し、船舶・漁船の安全保安状況が改善したことは、海
運・漁業の発展に寄与した、などの感想や意見が抽出された。本事業は、事業や
産業としての漁業の振興に対して一定の貢献をしていると思われる。
さらに、沿岸通信システムの整備は、船と陸(家族や事業所等)の通信が向上し
安心感が高まったという意味で、船上の漁民や船員にも心理的・精神的に良い影
響を与えている。
14
囲みコラム 1:
受益者調査の概要
データ収集の一環として、沿岸無線の利用者を対象に受益者調査を実施した。具体的に
は、漁民については フォーカスグループ・ディスカッション、海運事業者には半構造
的インタビュー調査(SSI)を実施した。
1. ニャチャンおよびファンティエットの漁民とのフォーカス・グループ・ディスカッ
ションの結果
1) 実施した時期と場所
 2008 年 11 月 9 日、カインホア省ニャチャン市 Xuong Huan コミューン
 2008 年 11 月 12 日、ファンティエット省 Phu Hai コミューン
2) 参加者
 ニャチャン市 Xuong Huan コミューン:21 名(男 19 名、女 2 名)
 ファンティエット省 Phu Hai コミューン:16 名(男 16 名)
 合計 37 名(男 35 名、女 2 名)
3) 設問「本事業によってあなたの生活はどう変わったか」についてのディスカッション
コメント右の数字は参加者による投票数(それぞれの参加者には 3 票を与え、特に
重要と思う「変化」に投票してもらった)。
特に重要と思われる「変化」の上位 6 項目
(n=37)
1
2
ファンティ
エット
ニャチャン
午前中を中心としたピーク時に通信が遮断されたり、
送受信の質が低下する。
家族、他の漁船、陸との通信の利便性や頻度が向上
した。
合計
12
18
30
8
14
22
3
最新の気象情報が入手しやすくなった。
19
3
22
4
漁民の安全が向上した。
12
8
20
5
非常信号が直ちに送信できるようになった。
10
0
10
6
市場や他の船舶の情報が入手しやすくなったため、
魚類の直接販売がしやすくなった。
0
2
2
ニャチャンにおける
フォーカス・グループ
ファンティエットにおける
フォーカス・グループ
2. 海運事業者との半構造的インタビュー調査(SSI)
1) 実施した時期と場所
 2008 年 9 月 25 日~11 月 14 日
 ハノイ、ハイフォン、ニャチャン、ホーチミン市
2) 面接対象者
 15 社から合計 21 名(マネージャー、通信士等)
3) 主な結果
15
ファンティエットの漁船




海運事業者は例外なく、自社の船舶に GMDSS 機器を装備。
ベトナム海域で遭難を経験した海運事業者はなし。
認識された主な事業効果は、①船舶間および船陸間の通信の速度、質、頻度、
利用しやすさの改善、②通信エリアの拡大、③衛星電話、ファックス、E メー
ル等、通信手段の多様化、④情報の信頼度の向上、⑤気象情報を含めた情報の
多様化、などである。
一方 VISHIPEL に対しては、①沿岸無線システムの更新・強化の継続、②利用
料の引き下げ、③天気や危険区域に関する情報の拡充、④ベトナムにおける捜
索救難能力の強化、などの提案がなされた。
ニャチャンの海運事業者
ホーチミン市の海運事業者
ホーチミン市のタグボート
事業者
2.4.3 自然環境への影響
当事業は沿岸通信局の整備と設備機器の設置が中心であることや、情報提供と船
陸間通信という業務の特性から、環境へ影響を及ぼす特段の問題はないと思われ
る。
2.4.4 社会環境への影響
実際に取得した用地面積は当初計画の 8 万 1,450 m2 に対して 8 万 7,833 m2 となり、
25 世帯の移転を伴った。総取得面積が増加した主な理由は、ニャチャン、カムラ
ン、ナムカン、ファンティエット、ファンラン、フーイエンの各局における取得
面積が増えたためである。VISHIPEL によれば、補償および用地取得については、
各省人民委員会の決定および国の一般規則に従って実施しており、特段の問題は
生じなかったとのことである。
2.5 持続性(レーティング:a)
本事業は実施機関および運営・維持管理機関の能力および維持管理体制ともに問
題なく、高い持続性が見込まれる。
2.5.1 実施機関および維持管理機関
2.5.1.1 運営・維持管理の体制
維持管理機関の組織体制について、特段の問題は見られない。29 ヵ所の沿岸無線
局、ハイフォン・インマルサット地球局、ハイフォン・コスパス・サーサット地
上受信局/業務管理センター(LUT/MCC)、ハノイの情報監理センターを含む沿
岸無線システムの維持管理は、ベトナム海運総局(VINAMARINE)と運輸省(MOT)
が主管する国営企業ベトナム船舶通信公社(VISHIPEL)が担当している。VISHIPEL
の組織図は図 7 のとおりである。
16
図7
VISHIPEL の組織図
運輸省(MOT)
ベトナム海運総局(VINAMARINE)
ベトナム船舶通信公社(VISHIPEL)
理事長
副理事長
企画経済部
技術投資部
人事部
顧客サービスセンター
テレコムセンター
法務渉外部
運用部
ホーチミン市支社
IT 部
沿岸無線局
経理部
技術投資部が沿岸無線通信システムの技術業務全般と維持管理業務の管理・支援
を全面的に担当する一方、運用部は沿岸通信システムの運用業務全般について、
職員の教育訓練を含めて全面的に担当する。各沿岸無線局はハイフォン本部にあ
るこれらの部署の指示・監督の下、現場での機器設備の維持管理を担当する。基
本的に、沿岸無線局は 1 日 3~4 交代制で 24 時間稼働である。各沿岸無線局の維
持管理担当職員数は表 8 に示すとおりである。
表8
等級
1級
2級
3級
4級
各沿岸無線局(CRS)の運営・維持管理担当職員数
管理職(局長、マネージ
本事業対象の沿岸無線局
オペレーター
技術者
ャー、グループ長)
ホーチミン
26 名
31 名
20 名
ブンタウ
19 名
27 名
17 名
ニャチャン
19 名
29 名
17 名
キエンザン、カントー、クイ
8名
3名
6名
ニョン
バクリュウ、カムラン、コン
ダオ、ズンクアット、ハティ
エン、ナムカン、ファンティ
5名
2名
2名
エット、フークオック、ファ
ンラン、フーイエン、トチュ、
リーソン
17
2.5.1.2 運営・維持管理における技術
VISHIPEL の維持管理能力について、特段の問題は見られない。本事業のフェーズ
I である「沿岸無線整備事業(1996 年~2001 年)」において GMDSS を導入して以
来、VISHIPEL は新しいシステムの運営・維持管理に対応するため、通信分野に専
門性をもつ職員を新たに採用する一方、増員と再教育訓練を実施してきた。各職
員はその職務規程や職責に応じた研修を受けることが課されており、その研修コ
ースとしては、①新入職員を対象とした、労働安全規定に関する研修、②新入職
員を対象とした、GMDSS の一般無線通信士資格研修、③新入職員を対象とした沿
岸無線通信システムの運用・設置・維持管理・修理に関する研修、④沿岸無線局
のマネージャー、グループ長等を対象にした上級研修、などがある。
「2.3.5 沿岸
無線局のオペレーター、エンジニア、技術者、マネージャーの能力向上」では、
本事業においてコンサルタントやコントラクターによる研修を実施したことを説
明したが、VISHIPEL ではこの研修以外にも GMDSS 関連の研修コースを実施して
いる。2008 年 11 月までにこの研修を受けた職員は 364 名に上る(表 9)。
表9
2008 年 11 月までに VISHIPEL の研修受けた職員の数
研修を受けた職員数
研修内容
研修対象者
(人)
LUT/MCC/GMDSS
148
オペレーター
120
LUT/MCC/MF/HF/VHF 無線機器・電力系統 技術者
96
LUT/MCC/GMDSS/多重無線リンクのサブ
マネージャー
システム
上記以外にも、JICA は 2000 年 9 月から 2003 年 8 月までの期間、VINAMARINE
に専門家(1 名)を派遣し、沿岸無線局の運営・維持管理の技術協力を行なった。
この JICA 専門家は沿岸無線局職員 28の実地訓練(OJT)を通じた技術移転の他、
沿岸無線局用の GMDSS の運営・維持管理マニュアルの作成、GMDSS に対応した
通信システムの構築や捜索救難システムの策定のための専門的な助言活動を行な
った。この JICA による技術協力は、GMDSS の運営・維持管理に関する VISHIPEL
の能力向上に貢献した。
このように、本事業フェーズ I の 2001 年完成後のベトナム北部における GMDSS
の運用経験、ならびに本事業のコンサルタント、メーカー、JICA 専門家による各
種研修を通じ、VISHIPEL は GMDSS に関する知識・経験を蓄積してきており、現
在までのところ、GMDSS は安定的に運用・維持管理がなされている。
2.5.1.3 運営・維持管理における財務
本事業施設の運営・維持管理予算については、ベトナム政府より十分な提供を受
けている。一般的に、VISHIPEL の業務は、捜索救難のための公的通信サービスや
気象情報の提供などの非営利業務と、船舶や企業向けの電話、ファックス、E メ
ール等のサービスや海上通信機器の販売などの営利業務の二つに分けられる。沿
岸無線局は公益事業体としての役割を果たすことから、沿岸無線の運営・維持管
理予算は毎年ベトナム政府が負担している。例えば、運営・維持管理の年間予算
として 2006 年に 519 億 8,600 万ドン、2007 年には 385 億 9,700 万ドンが VISHIPEL
28
ベトナム北部の沿岸無線局 12 局の職員 168 名が OJT に参加した。
18
に配分されている。VISHIPEL によれば、政府からの年間予算ですべての運営・維
持管理業務の実施が可能とのことである。
2.5.2 運営・維持管理状況
事業設備は良好な状態に維持管理されている。VISHIPEL は表 10 に示すとおり、
維持管理のマニュアルや指針にしたがって日常および定期の維持管理を実施して
いる。
a)
b)
c)
d)
表 10 VISHIPEL による日常および定期の維持管理
維持管理の種類
主な内容
 掃除用具を用いた機器の表面の清掃・乾燥
週1回
 コンピューターシステムのウイルススキャン
 パラメーターの点検を行なう自己診断プログラムの実施
月1回
 機器の冷却装置の点検・保守
3 ヵ月または 6 ヵ月に 1 回  内部の回路基盤、コネクター、接触器、スイッチ類の清
掃乾燥
 チェックポイントにおける機器の信号レベルの点検・調
整
 不良電子部品の点検・交換
 潤滑剤、塗料、清掃用具を用いたアンテナ、塔、接地装
年1回
置の保守
3. 結論と教訓・提言
3.1 結論
上述のような調査結果から、本事業の評価は非常に高いといえる。
3.2 教訓
(1) 案件形成段階

実施段階で施設の場所が変更になった。実施段階でプロジェクト設計の変更を
避けるため、案件形成段階における関連機関の連携を強化する必要がある。

プロジェクトの効果発現と持続性を促進するには、インフラ整備と新しい技
術・システムの研修を組み合わせることが極めて重要となる。これは他のイン
フラ整備事業(特に新しい技術やシステムを事業に導入する場合)にも適切な
アプローチである。
(2) 実施段階

関連機関が JBIC/JICA やベトナム政府の行政手続きについて不慣れであり、関
連機関間の連携が弱かったことが、実施が遅れた要因である。関連実働機関は
JBIC/JICA やベトナム政府が求める行政手続きを理解する必要があり、また、
計画どおりに事業を実施するためには関連の機関・組織間の緊密な連携が求め
られる。

JICA 専門家が支援した管理規則や維持管理マニュアルの整備は、沿岸無線通
信システムの機能性・安定性を維持する上で重要な役割を果たした。このアプ
19
ローチは、円借款や技術協力など、日本の ODA スキームを効果的に組み合わ
せて成功を収めた好例であり、他のインフラ整備事業にも適用が可能である。
(3) その他

VISHIPEL が通信分野に専門性を持つ職員を採用したことは、研修コースの実
施や事業終了後の事業設備の運営での成功に寄与した。新しい事業やシステム
を導入したり、事業範囲の拡大につながるようなプロジェクトの場合、実施機
関は適切な人事政策を実施して事業設備の適切な運営を図る必要がある。
3.3 提言
(運輸省および VINAMARINE に対して)

既存の無線局について、帯域幅の拡大を含む能力の拡充により沿岸無線
通信システムの能力を強化することにより、ピーク時における通常通信
の混雑を解消して漁船の便宜を図ることが必要である。これは、漁船数
の多い省・地域の午前中において特に必要となる。

ベトナムが加盟する国際条約の規定(改正含む)を遵守するため、沿岸
無 線 通 信 シ ス テ ム に 依 拠 し た 他 の 海 上 保 安 シ ス テ ム 、た と え ば 、AIS( 船
舶 自 動 識 別 装 置 )、船 舶 長 距 離 識 別 追 跡 シ ス テ ム( LRIT)な ど も 整 備 す る
必 要 が あ る 。 こ れ ら の 措 置 は 、 GMDSS事 業 の 効 果 発 現 に も 寄 与 す る こ と
となる。
(ベトナム政府に対して)

捜索救難調整に関する詳細で実用的な実施規則・運用指針を策定するこ
とにより、関連機関間の捜索救難調整能力の改善を図ることが必要であ
る。
(農業農村開発および省人民委員会に対して)

漁船の海上の安全性を高めるため、漁民に対する海上保安教育を推進す
るとともに、漁船の沿岸無線通信機器・システムの改善を図ることが必
要である。
20
事業範囲の計画と実績の比較
項目
1. ア ウ ト プ ッ ト
1) 沿 岸 無 線 通 信 機 器
の設置
a. 1級 局 ( NAVTEX、
MF、 HF、 VHF)
b. 2級 局 ( MF、 HF、
VHF
c. 3級 局 ( MF、 HF、
VHF)
d. 4級 局 ( VHF)
計画
実績
1局 ( ホ ー チ ミ ン 市 )
計画どおり
2局 ( ブ ン タ ウ 、 ニ ャ チ ャ ン )
計画どおり
3局( キ エ ン ザ ン 、カ ン ト ー 、ク
イニョン)
12局 ( バ ク リ ュ ウ 、 カ ム ラ ン 、
コンダオ、ズンクアット、ハテ
ィエン、リーソン、ナムカン、
ファンティエット、フークオッ
ク、フークイ、クアンガイ、ト
チュ
e. 地 上 受 信 局( LUT) ハ イ フ ォ ン
と業務管理センタ
ー ( MCC)
f. 追 加 の 機 器
不明
2) 沿 岸 無 線 局 職 員 に
対する研修
不明
3) コ ン サ ル テ ィ ン グ
サービス
合 計 : 39.5 M/M
2. 事 業 期 間
2000年 3月 ~ 2003年 3月
( 3年 1ヵ 月 )
計画どおり
12局
・フークイはファンランに変更
・クアンガイはフーイエンに変
更
計画どおり
・ 避 雷 器 : ホ ー チ ミ ン 市 CRS( 1
台 )、 ブ ン タ ウ CRS( 1台 )、 ニ
ャ チ ャ ン( 1台 )、3級 CRS( 3台 )、
4級 CRS( 8台 )、 LUT/MCC( 1
台)
・ 電 磁 妨 害 ( EMI) 機 器 : ホ ー チ
ミ ン 市 CRS( 1台 )、 LUT/MCC
( 1台 )
・ 航 路 作 図 装 置:LUT/MCC( 3台 )
・ オ ペ レ ー タ ー ( 43名 )
・ 技 術 者 ( 46名 )
・ マ ネ ー ジ ャ ー ( 30名 )
合 計 : 41 M/M(当初の事業範囲に
39.5 M/M、AIS機 器 の 入 札 支 援 に
1.5 M/M)
<当初の事業範囲>
2000年 3月 ~ 2005年 8月
( 5年 6ヵ 月 )
<追加的なAIS調達を含む>
2000年3月~2006年12月
(6年9ヵ月)
3. 事 業 費
外貨
内貨
合計
円借款部分
為替レート
18億 6,000万 円
4億 2,500万 円
(425億 ド ン )
22億 8,500万 円
18億 6,600万 円
1ド ン = 0.01円
( 1999年 10月 現 在 )
21
14億 200万 円
3億 2,600万 円
( 326億 ド ン )
17億 2,800万 ド ン
14億 9,000万 円
1ド ン = 0.01円
22
Fly UP