...

エネルギー政策における「参入」過程の構造

by user

on
Category: Documents
4

views

Report

Comments

Transcript

エネルギー政策における「参入」過程の構造
エネルギー政策における「参入」過程の構造
尾 形 清 一
はじめに
2.市場支配力と「競争インフラのコスト」問題
Ⅰ.電力産業における制度改革
3.市場支配力と「参入拒絶」問題
1.電力産業の現状
Ⅲ.技術選択と「参入」過程の構造
2.オープンネットワーク政策
1.技術選択と技術システムの制度形成
3.ネットワーク網と「不可欠施設」論
2.技術標準と「技術の政治」
Ⅱ.電力市場における市場支配力
おわりに
1.「電力自由化」論の検討
はじめに
に私営、公営、公私混合経営のような事業形態をとる国
もあるなど、「競争政策」の状況は様々である。
1970 年後半から、世界的にいわゆる規制改革が実施
ここでは、まず電力産業における「競争政策」の特徴
されている。この意図は市場への参入規制や価格規制を
を簡単に概括する。まず電気事業の基本的機能から説明
緩和し、新規企業の「参入」による既存企業との競争秩
すると、①発電(generation)②送電(transmission)
序によって、多様なサービスの提供・料金水準の低下・
③システムコントロール(system control)−給電指令、
料金体系の多様化・技術革新を促進することに向けられ
需給バランス、プール機能④配電(distribution)⑤供
ている。このような政策潮流は、総じて「競争政策」と
給(supply)と整理することができる2)。これまで電気
呼称されるが、本稿の対象とするエネルギー産業及び電
事業はこの電力供給に関わるほぼ全ての機能が電力会社
力産業の分野においても、「電力自由化」に向けた規制
や国有事業者の組織内に「垂直統合」され管理されてい
1)
改革として「競争政策」が展開されている 。本稿は、
る。加えて、これら「垂直統合」により管理されていた
特に電力産業に焦点を当てるが、電力産業における「競
機能すべてについて「規模の経済性」があり「自然独占」
争政策」に関わる制度的特徴を示し、制度改革の実態に
性が存在すると考えられてきたといえる。しかし、これ
ついて議論することを課題とする。その際、特に新規の
ら各機能の経済的・技術的特徴やそれらの相互関係につ
「参入」の問題に焦点をあて、問題の所在を確認する。
いての解明が進んだ結果「自然独占」は、送電・システ
ムコントロール・配電の「ネットワーク網」(以降、
Ⅰ.電力産業における制度改革
送・配電線及びシステムコントロールを一括してネット
ワーク網とする)に関わる部分のみに存在するという解
1.電力産業の現状
釈が有力となり、発電などについては競争が導入できる
本節では、電力産業における制度改革と現状について
ということが各国の電気事業改革で示された。このよう
みていく。表1を見ると、1990 年のイギリスにおける
な「自然独占」性の新たな見解に対応するべく電気事業
完全自由化を皮切りに、1992 年にアメリカ、1996 年に
における「垂直統合」の見直しが行われ、電気事業体の
スウェーデン、1998 年にはドイツが発電部門における
内部にあった「発・送・配電」を分割するという電気事
完全自由化を実施している。また、事業形態についても、
業改革が各国で見られている 3)。例えば、「発・送・配
2002 年現在で、アメリカのように私営、地方公営、連
電」が組織関係上において完全に分離される場合や、同
邦営、協同組合営など複数事業形態のある国もあれば、
一組織内において会計上分離を意味する「アンバンドリ
フランスのような電力公社が主体の国や、ドイツのよう
ング」をとるなど、形態は様々だが発垂直統合から「ネ
−91−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
ットワーク分離」という方向に移行する国が多いことを
立させるという想定は現実的ではない。(ただし「ネッ
示しており、それに合わせて電気事業の形態も多様化し
トワーク網」の敷設費用低い場合、つまり、A と B が近
つつある。
接地域にある場合はその可能性も考えられるが)おそら
そもそも、「ネットワーク網」の運営は「競争政策」
く発電事業に「新規参入」を考える A は、B との「電力
という政策潮流以前から、「送・配電網の独占」という
売買契約」を成立させようとすれば、既存の「ネットワ
4)
形で問題が指摘されており 、「競争政策」下では「自
ーク網」を利用することが現実的な選択肢として考える
然独占性の所在」という形で問題が再浮上したといえる。
のが通常の理解であろう。
近年では表1(「送電網の所有者と運用者」・「配電網
このように発電事業を自由化し「新規参入」を募った
の所有者と運用者」)が示すように、各国で「ネットワ
としても、既存の「ネットワーク網」が利用できなけれ
ーク網」の管理は様々である。例えば、ドイツの配電部
ば、「新規参入」する発電事業者はその事業を運営する
門のように大手電力グループの配電部門と地域エネルギ
ことが極めて困難になる。このように、ある産業や事業
ー供給会社、自治体営電力会社による所有・運用5)、ス
において、その施設の存在がなければ、その産業や事業
ウェーデンでは国営電力庁の解体後、電力取引に対して
を営むことが困難になるような施設について、経済法・
(中立性)を掲げるスウェーデン系統運用局(Svenska
特 に 独 占 禁 止 法 の 研 究 分 野 で は 、「 不 可 欠 施 設 」
6)
Kraftnät: Swedish National Grid)の設立 など行われて
(essential facility)と呼ばれている。つまり、電力産業
いる。
では、「ネットワーク網」がこの「不可欠施設」にあた
ることになる。この「不可欠施設」に関する議論は後述
2.オープンネットワーク政策
することにする。
このように電力産業の改革では、
「古典的な自然独占」
そして、第2点目は、「競争政策上の公正さ」が達成
の根拠が崩れ、「発・送・配電の分離」が実施されつつ
される形で、「不可欠施設」が利用できなければ「新規
あり、自然独占は「ネットワーク網」に限定され、その
参入」が困難な事態を生み出す可能性についてである。
所有形態や運営方法に焦点が移り始めている。それに合
ここでまた、先ほど見た「A と B の電力取引モデル」で
わせて、「競争政策」には発電事業には市場原理の導入
考えると、A は上述したように B との「電力売買取引」
が可能であり、発電事業に「新規参入」を促進すること
を既存の「ネットワーク網」を利用して運営したいと考
で、完全競争による料金の低価格化や新技術の導入など
えた。しかし、既存の「ネットワーク網」を所有する発
の市場成果を期待されているといえる。
電事業者 C(以降、C)は、「競争政策」施行以前から発
ここでは「競争政策」の実施の鍵をにぎる発電事業へ
電事業を運営しており、C の経営戦略上「A と B の取引」
の「新規参入」について、その「新規参入」が困難にな
は C に不都合になると考えた。そこで C は(「ベルトラ
る一般的な可能性について考える。第 1 点目は、「ネッ
ン価格競争」ないしは「略奪的価格設定」という戦略を
トワーク網」との関連である。「新規参入」を望む発電
C が取らなければ)「A と B の取引」を妨害するために A
事業者 A(以降、A)が存在したとして、A は自らが所
の「ネットワーク網」利用を拒絶する戦略をとることで
有する発電設備を稼動し発生する「電力」を需要家 B
容易に A の「新規参入」を妨害する可能性を持ちえるの
(以降、B)に売るというプロセスによって電気事業を
である。
成立させることになる。
この事態は、「競争政策」を展開する上で好ましくな
ここで重要な点は、A が電気事業を成立させるために
いと判断され、そのため、既存の「ネットワーク網」を
は自らの発電設備と B の設備を結ぶ「ネットワーク網
「新規参入者」に開放し、その利用が不当に拒絶される
(A − B)」の建設が必要不可欠になってくることである。
ことがないように制度的に保障する必要があり、そして
そして、A と B の間にこの「ネットワーク網(A − B)」
「ネットワーク網」を第3者に制度的に開放することを
の建設が可能であれば(無論、A の収益性が克服された
「オープンアクセス」7)と呼んでいる8)。
例えば、アメリカでは、連邦エネルギー規制委員会
として)A は問題なく電気事業を営むことができるだろ
う。しかし現実的に「新規参入」する A が、「ネットワ
(FERC)が 1996 年に送電線開放を命じた「オーダー 888」
ーク網」を自ら新設してまで B と「電力売買契約」を成
や、送電線の公平な利用を目的とした地域的な送電組織
−92−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
表1 電力供給体制の比較
アメリカ
フランス
ドイツ
伝統的電気事業者としての私 国有(フランス電力公社)が 私営、公私混合営、公営
営、地方公営、連邦営、協同 主体。
組合営が主体。
その他、公営(非国有配電事
事業形態 その他、卸電力市場で電力を 業者等)や私営事業者(スニ
売買するパワーマーケター、 ット社等)が存在
電気事業者以外の発電事業者
(QF、IPP 等)
カナダ
州営(発送配電一貫気事業者)
が主体。その他、私営、方自
治体営電気事業者、産業自家
発、IPP 等
総発電
設備
8 億 1,160 万 kW(2000 年末) 1 億 1,600 万 kW(2001 年末) 1 億 1,418 万 kW(2000 年末) 1 億 1,130 万 kW(2000 年未)
火力 74 %、原子力 12 %、水力 火力 24 %、原子力 54 %、水力 火力 69 %、原子力 20 %、水力 火力 28 %、原子力 10 %、水力
他 14 %
22 %
他 11 %
他 62 %
自由化
1992 年に発電部門・全面自由 2000 年に許可制のもとで自由 1998 年に発電部門・全面自由 州単位で決定、2002 年現在、6
化
化(一部競争入札制を採用) 化
州で卸電力市場を自由化
自由化の
根拠法
卸は 1992 年のエネルギー政策 電力公共サービスの現代化及 1998 年エネルギー法
法(EPAct)小売は州の電気 び発展に関する法律(2000 年
事業再編法
電力自由化法)
アルバータ州: 1995 年電気事
業法及び 1998 年改正電気事業
法。オンタリオ州: 1998 年エ
ネルギー競争法
連邦:連邦エネルギー規制委 経済・財政・産業省(MINEFI) 連邦経済労働省、州経済省連 各州の公益事業規制員会。電
員会(FERC)、原子力規制委 エネルギー規制委員会(CRE) 邦カルテル庁、州カルテル規 力輸出及び原子力発電につい
制局
ては国家エネルギー委員会
規制機関 員会(NRC)、証券取引委員会
(SEC)
(NEB)
州:各州公益事業委員会
送電線の
所有者と
運用形態
地域によって異なる
・電気事業者が所有、運用
・電気事業者が所有、ISO が運
用
・送電会社が所有、運用
EDF 送電事業部(RTE)が所 4 大手電力グループの送電会
有・運用し、非差別的に開放。 社が所有・運用
系統電圧毎に設定される一律
料金制度(郵便切手方式)を
採用
配電線の
所有者と
運用形態
既存の電気事業者が所有・運
用。送電レベルのようなオー
プンアクセスレベルの段階に
はないが、小売を自由化した
州では小売供給事業者の託送
を実施
所 有 は 地 方 自 治 体 、 運 営 は 4大手電力グループの配電部 配 電 事 業 者 が 所 有 ・ 運 用 し 、
EDF 及び非国有配電事業者。 門、地域エネルギー供給会社、 配電線使用料を利用者から徴
系統電圧毎に設定される一律 自治体営電力会社が所有・運 収
料金制度(郵便切手方式)を 用
採用し、非差別的に開放
イタリア
事業形態
総発電
設備
自由化
自由化の
根拠法
配電線の
所有者と
運用形態
スペイン
持株会社 ENEL(政府 67.58 % 私営。原子力発電設備の一部
出資)が中心的事業者。ENEL (GCR)は BNFL(国有)が所
の発・送・配電・販売部門は 有
別会社化。
その他、エジソン等の民間会社、
配電中心の公営電気事業者
7,550 万 kW(2000 年末)
火力 72 %、水力 28 %
スウェーデン
私 営 。 5 大 企 業 グ ル ー プ が 、 国有、公営、私営が混在。全
総発電量の 98 %を占める。送 国の発電量の 50 %をバッテン
電部門以外は、グループ傘下 ファル社(国有)が発電
の企業が統合的に運営
7,253 万 kW(2000 年末)
5,590 万 kW(2000 年末)
3,172 万 kWh(2001 年)
火力 73 %、原子力 25 %、水力 火力 50 %、原子力 14 %、水力 火力 18 %、原子力 30 %、水力
6%
36 %
他 52 %
1999 年に発電部門・全面自由 1990 年に発電部門・全面自由 1998 年に発電部門・全面自由 1996 年に発電部門・全面自由
化
化
化
化
1999 年 3 月 16 日付政令第 79 号 1989 年電気法
2000 年公益事業法
1997 年 11 月「新電気事業法」 電気法(1998 年 1 月 1 日施行)
制定
電力ガス規制機関
貿易産業省(DTI)、ガス電力 国家エネルギー委員会
市場委員会(GEMA)及び
GEMA の執行機関であるガス
電力市場局(OFGEM)
・所有/運用分離(ISO 方式)
・設備は ENEL や発電事業者
が従来通り所有・管理。運用
は国が所有する全国送電系統
運用会社(GRTN)が担当
E & W 地 域 で は 送 電 設 備 は 送 電 会 社 R E E が 4 0 0 k V の 系統運用者 Svenska Kraftn 閣
NGC 社が所有。運用はシステ 95 %、220kV 以下の 35 %を所 (国有)が所有・運用し、非差
ムオペレーター(2003 年現在、 有・運用。5 大企業グループ 別的に開放。使用料は利用者
NGC 社システムオペレーショ が 220kV 以下の 65 %を所有・ の接続地点ごとに設定される
ン部門)。使用料は、接続に伴 運用
ポイント料金制を採用
う系統増強コストを反映し、
ゾーン毎に設定
規制機関
送電線の
所有者と
運用形態
イギリス
アルバータ州:法律に基づき
パワープールを設置。
オンタリオ州:独立電力市場
運用機関が運営する卸電力市
場
一般需要家向けの小売とは遺 E & W 地域では 12 の配電会社 5 大企業グループの配電子会
伝は運用上も経理上も未分離。 が所有・運用。使用料は当該 社が所有。小売と配電は法的
た だ し 、 E U の 決 定 に 従 い 、 域内において一律
には分離
2007 年からは小売と配電を法
的に分離
エネルギー庁
約 200 社の配電事業者が所
有・運用し、非差別的に開放。
使用料は原則的にポイント料
金制
出所)海外電力調査会編『海外諸国の電気事業』(社)海外電力調査会発行、2003 年、882-885 頁を筆者が一部修正
−93−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
(RTO)の設立を促した「オーダー 2000」を 1999 年に施
競争制限禁止法を通して「不可欠施設の法理」に関する
行している。また、2002 年には、「オープンアクセス送
分析を行っている。田中によれば、そもそもアメリカの
電サービスを通じた不当な差別の矯正と標準市場設計」
法理であった「不可欠施設の法理」がドイツ競争制限禁
が発表され、その規則案の内容には「独立送電事業者の
止法に導入されたのは、EU 競争法との調整を目的とし
9)
てであり、第六次改正によってドイツ競争制限禁止法に、
ガバナンス」という項目も盛り込まれた 。
第四号「不可欠な施設の利用拒絶」を定めるに至ったと
このように、電力産業における「競争政策」の主要な
している。内容を確認すると、以下のようである。
施策は、「新規参入者」が「ネットワーク網」である
「不可欠施設」を競争政策上、公正に利用できるよう
「オープンアクセス」をいかに制度的に保障するような
「他の事業者には、法律上又は事実上の理由から共同の利用
「オープンネットワーク政策」を確保できるかというこ
なしに、取引段階の前後の市場で、市場支配的事業者の競争
とに向けられている 10)。
者として活動することが不可能な場合に、他の事業者に相当
の対価と代えて固有のネットワーク又は他のインフラストラ
3.ネットワーク網と「不可欠施設」論
クチャーの利用を認めることを拒絶するとき。但し、市場支
前項では、電力産業における「競争政策」の主要な特
配的事業者が、共同の利用が経常条件上又はその他の理由か
徴が「(ネットワーク網)=(不可欠施設)
」への「オー
ら不可能であること又は期待され得ないことを立証するとき
プンアクセス」を保障するオープン・ネットワーク政策
は、この限りではない」14)
であるということを確認し、加えて「不可欠施設」の所
有形態や運営によっては、「新規参入」が阻害される可
田中によれば、これは市場支配的事業者に課せられる
能性があることを確認した。
「協力義務」(Kooperationspflicht)と呼ばれるものをさ
ここでは、この「不可欠施設」について「不可欠施設
しており、この「協力義務」をめぐっては、さらに以下
の法理」との関係で論点を整理したいと思う。「不可欠
のような議論が起こることになったという。
施設の法理」は、アメリカ反トラスト法上に位置づけら
れている。その読み方、解釈の仕方については、依田
「ドイツ競争制限禁止法にとって、この『不可欠施設の法理』
(2001)では「(1)複製不可能な EF(EF =不可欠施設)
導入は、市場支配的事業者あるいは市場で有力な事業者に課
の所有者は、第三者とそれを共用する義務があり、(2)
せられる『協力義務』を考察する契機となった…中略…市場
その共同使用を拒絶してはならず、
(3)もし拒絶すれば
支配的事業者であっても、競争上有利な立場を利用する権利
独占行為(シャーマン法2条違反)になるというもので
があることを認め、一般的な形での『協力義務』を認めるに
ある」 11)という説明をする。また川濱(2000)では、
は至らなかったのである。
「この法理が適用されるためには、①独占者がエッセン
このように同裁判所は、一般的な形での『協力義務』を市
シャル・ファシリティを支配していること、②競争者が
場支配的事業者あるいは市場で有力な事業者に認めなかった
実際的もしくは合理的にエッセンシャル・ファシリティ
のであるが、それは同時に、場合によってはこの『協力義務』
を重ねて作りだすことができないこと、③競争者にファ
を肯定することもあるとの判断を示したわけである。残念な
シリティの利用が拒絶されていること、④ファシリティ
がら同裁判所は『包括的な利益衡量』と述べるのみで、その
を利用させることが実現可能であること。ここで、示さ
境界線については何も言及していない。実は、この点が第六
れるファシリティと呼んでいるのは有形の『施設』では
次改正においても問題となり得るところである。つまり、何
なく、問題となっている市場での競争に不可欠な投入要
が『不可欠な』施設とみられるのか、そしてまた、その施設
素という程度である」
12)
と説明をする。
の利用拒絶が『不当』とされるのはいかなる条件のもとにお
「不可欠施設の法理」に関する議論は、
「知的所有権」
いてであるかが明確にされていないのである」15)
の問題などでも議論されており極めて繊細な問題をはら
んでいるといえるが、本稿では市場支配力との関係で論
この議論において重要な点は、何が「不可欠な」施設
13)
じた田中(1999)の論考に注目して論点を確認したい 。
かという問題以上に、「不可欠施設」の管理・運営にあ
田中は「市場支配力の濫用と規制」に関して、ドイツ
たって市場支配的事業者の「協力義務」が論点となりえ
−94−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
るという点にあるという点を強調しておきたい。何が
経験しているという点である。アメリカでは、1992 年に
「不可欠な」施設かという点については、上述したよう
電力市場の全面自由化を実施しており(州ごとに実施状
に電力産業では「ネットワーク網」であり、加えて「エ
況は違うが、半数の州で自由化を実施している)、1997
ッセンシャル・ファシリティ理論は、それが妥当とする
年を境に急激に事業者比率が低下していることがわか
ことが比較的明瞭な領域(規制産業の境界領域や自然独
る。この事業者比率の低下は、連邦公益事業規制政策法
16)
占が残る部門)が存在することは確かだといえる」 と
(PURPA: Public Utilities Regulatory Policies ACT)に基
いう見解が一般的であるといえるだろう。この「不可欠
づく、コージェネレーション・小規模発電などを含む独
施設」の「協力義務」論については、再度、
[Ⅲ.2]の
立系発電事業者(IPP)などの含む非電気事業者(NUG)
技術標準と「技術の政治」で議論する。
の増加に関連しており、2000 年に発電設備の 25.1 %に
達している 17)。この増加した非電気事業者の発電設備の
Ⅱ.電力市場における市場支配力
内訳(表2)を見ると、電気事業者の発電設備の構成に
比べ、非電気事業者の発電構成は「風力・太陽」などの
1.「電力自由化」論の検討
小規模発電が相対的に多いことが特徴的である。また、
ここまで電力産業における「競争政策」の制度改革の
この事業者比率の低下と関連して、アメリカでは 1990
特徴を、「オープンネットワーク政策」として理解し、
年代後半から後述する市場支配力の問題が指摘されるよ
それに関連して「不可欠施設」に関する問題を概観した。
うになっていることも特徴といえよう 18)。
本項では、「オープンネットワーク政策」の実際につい
他の国を見ると、スペインでは 1994 年に電力再編成
て市場支配力との関連で検討するが、まず、90 年代に
法の施行以後、1999 年の全面自由化を経て事業者比率
「電力自由化」を実施した主要な国の電力産業の状態に
が 10 %程度減少し、その関連で自家発電が[1992 年:
ついて見ることにする。
1350,000kW]から[2000 年: 8232,000kW]へと増加傾
向にある 19)。
図1は、電力自由化を実施した主要国における電気事
業の事業者比率の推移を示したものである。この事業者
しかしながら、アメリカと同時期の 1990 年に完全自
比率はその国の総発電設備に占める電気事業者設備と自
由化を実施したイギリスでは 2.4 %程度の変化しかな
家発電設備(アメリカでは非電気事業者(NUG)であ
く、スウェーデン・ドイツ・フランスにおいても±5%
る。)の比率を表したものであり、仮に 90 %ならば電気
以上の事業者比率の変化は見られていない。特殊な例と
事業者が総発電設備の 90 %を有していることになる。
して、イタリアでは 1998 年に事業比率が急増している。
この図1で特に注目したいのは、アメリカではこの
これは、イタリアの自由化を規定した政令によりイタリ
10 年間で 20 %程度の事業者比率の低下(アメリカでは
アの旧電力公社(ENEL)の発電と電力輸入を 50 %以下
1990 年∼ 2000 年の間、総発電設備は増加している)を
に抑える施策が展開されたことに関連している 20)。この
事
業
者
比
率
︵
%
︶
100
97.5
95
92.5
90
87.5
85
82.5
80
77.5
75
72.5
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000
America
France
Germarny
Canada
Italy
England
Spain
Sweden
図1 事業者比率の推移
出所)海外電力調査会編『海外電気事業統計』(社)海外電力調査会発行、2002 より作成
−95−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
表2 アメリカの電気事業者(上)・非電気事業者(下)の発電設備
水力
汽力
原子力
内燃力
風力
太陽
その他
合計
1995
91,114
541,634
107,896
9,885
8
4
…
750,541
1996
90,952
546,625
108,976
9,916
8
4
…
756.481
1997
92,495
549,745
107,632
9,984
14
5
…
759.875
1998
91,156
527,689
104,757
5,158
16
6
…
728,781
1999
89,800
480,436
102,291
5,235
44
5
…
677,811
汽力
原子力
内燃力
水力
風力
太陽
その他
合計
1995
3,399
53,890
…
…
1,723
354
10,888
70,254
1996
3,419
58,552
…
…
1,670
354
9,188
73,183
1997
3,776
56,049
…
…
1,607
354
12,235
74,021
1998
4,136
78,425
…
…
1,689
385
13,450
98,085
1999
5,996
145,679
1,542
…
2,222
382
11,536
167,357
出所)海外電力調査会『海外電気事業統計』(社)海外電力調査会発行、2002 から作成 単位: 1000kW
事業者比率のみで電力自由化・「競争政策」については
資の巨大さが実質的な参入障壁になっている。3.
競争創
論じられないが、これまで見たように、アメリカにおい
出・自由化にあたっての制度設計が新規参入者に不利な
て、事業者構造に大きな変化が現れているのは確かであ
ものである」21)ことをあげている。
る。しかし、アメリカの総発電設備が事業者比率で変化
これまで見てきたように、電力産業における「競争政
の少なかったイギリス、フランス、ドイツなどと比べて
策」の特徴は、「ネットワーク網」へのオープンアクセ
も6倍∼ 10 倍(1990 年度)も発電設備規模が大きく、
スを保障する「オープンネットワーク政策」という形態
このことが少なからず、他国との事業構造変化の差にな
をとっている。しかし、「オープンネットワーク政策」
って現れている可能性は十分ある。加えて、事業構造変
が機能するならば「新規参入者」が増加し、各国とも事
化と伴に、大規模停電の問題や後述する市場支配力が問
業構造に変化があって然るべきはずである。しかしなが
題化している。しかし、本稿の理論的関心からは、むし
ら、事業比率から見てもすべての国で事業構造に大きな
ろ事業構造がなぜ変化しないのかに注目したい。取り上
変化した証拠はない。そこで、この「オープンネットワ
げた国のうち、アメリカ・スペイン・イタリア以外の国
ーク政策」が十分機能していないという仮説が成立する
でも 1990 年代に「競争政策」という政策潮流によって
ならば、「オープンネットワーク政策」の機能不全要因
電気事業の制度改革が実施されたにもかかわらず、その
は何かという問題になる。無論、各国で「オープンネッ
制度的変化とは裏腹に事業者構造に大きく変化が起きて
トワーク政策」の展開の仕方や「産業政策の影響力」な
いない。これのことについて以降、論じることにする。
ど社会制度に様々な差があり、各国で個別的要因がある
このことに関して、「電力自由化」の有効性について
だろう。しかし、電力供給において[発電]−[ネット
批判的に論じた西村(2000)の議論によれば、「発・
ワークシステム]−[需要家]という技術システムの関
送・配電」の分離による競争促進という事業改革が行わ
係は、各国で様々な形態をとりながらも不変の特性が存
れた国で、既存の電力会社のプレゼンスが依然として強
在し、「問題の構造」にも共通項を抽出することができ
く、「新規参入者」や外国系の実力プレーヤーなどのイ
るであろう。そこで、以降では、「オープンネットワー
ノベーションやアイデアがうまく生かされていないと指
ク政策」の機能不全要因として特に市場支配力の問題を
摘する。また電力ビジネスにおける「新規参入者」は、
議論しながら検討する。
「1.電力ビジネスの期待収益性、市場の成長性が小さく、
参入の魅力に乏しいビジネスだと潜在的判断している。
2.市場支配力と「競争インフラのコスト」問題
市場支配力とは、現在では「市場支配的事業者による
2.電力ビジネスに参入するために必要な技術力や初期投
−96−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
意図的な価格操作」というニュアンスで用いられること
の稼動を停止させることなどにより電力出力を下げ(供
22)
が多い 。より具体的には、競争市場で決定される価格
給抑制)することで、市場価格を吊り上げたことが原因
レベル以上にその価格を吊り上げ、このような行為を形
であるという見方である。このような「市場価格に関わ
成・維持・強化できる力を市場に対して有していること
る市場支配力」の対策としては、発電市場における新規
だと言える。
参入者に十分対応できるように「ネットワーク網(送電
経済学などとの関連で市場支配力を議論すれば、その
網)の増強」や需要家の価格反応度を高めるための実時
企業の市場占有率(HHI 指数など)が大きいほど市場支
間料金制(リアルタイムプライシング)を導入し「需要
配力は大きく、同様に供給や需要において価格弾力性が
家が実時間メーターを取り付ける」などの「競争的電力
小さいほど市場支配力は大きくなる。電力産業では、市
市場を支えるインフラストラクチャー」をあげている 27)。
場占有率は各国とも高い傾向を示しており 22)、その意味
また、同様に野村(2002)は、リアルタイム市場にお
では市場支配力が発揮されやすい市場構造といえる。ま
いては従来の市場支配力イメージとは異なり小規模事業
た、価格弾力性に関しても「電力」という財は代替性が
者であっても、市場支配力を行使する可能性があり、こ
極めて小さいことからも価格弾力性は一般的に小さいと
のような市場支配力の予防として、「発送配電」の実施
いえ、これも市場支配力を行使しやすい要因となるとい
と「独立系統運用者」や「新規制機関」28)の設置が重要
える。
であるとする 29)。このように、「市場価格に関わる問題」
また、独占禁止法上において「市場支配」は「競争の
に関する市場支配力を見てくると、「競走政策」により
実質的制限」概念との関連で議論され、「私的独占」、
「電力市場を設計」するためには、
「競争のためのインフ
「不当な取引制限」、「事業者団体の行為」、「企業結合」
ラ」・「独立系統運用者の監視」が重要だということが
といった事業者の「反競争的効果要件」を規制する際の
わかる。しかしながら容易に推測できるように「競争イ
23)
重要な概念となっている 。ある意味では、すでに電力
ンフラのコスト」の(増加)・「監視のコスト」の(増
産業は「オープンネットワーク政策」などで、「反競争
加)が「競争政策」の目的とパラドジカルな問題関係に
的効果要件」に考慮した制度改革を実施しつつある。し
あるような感が否めない。このような「競争政策」自体
かし、これまで規制産業であった電力産業の慣行的制度
の是非はともかくとしても、市場支配的企業の不正行為
が「競争政策」による「競争的ルール」をどの程度受容
などを含めた不正な反競争的行為には、今後、独占禁止
するかは、「競争的ルール」を支える法体系の「独占禁
法の厳格な執行や「新規制機関」などによる「監視」が
止法」に拠るところであるといえる。
強化される可能性があると考える。
このように経済学・独占禁止法の両面から市場支配力
このように、「オープンネットワーク政策」・「競争
を概括すると、市場支配力に関する議論は「市場価格に
政策」を機能不全にする問題点としては、「市場の監視
関わる市場支配力」と「事業者行為に関わる市場支配力」
システムのコスト」を含めた「競争のためのインフラ」
24)
に整理することができると筆者は考える 。そのうえで、
投資の遅れを指摘することが可能である。
まず、先ほど述べたアメリカにおける市場支配力の顕在
3.市場支配力と「参入拒絶」問題
化は、「市場価格に関わる市場支配力」領域で発生して
いる。特に、1998 年 6 月のアメリカ・オハイオ州で卸電
次に「事業者行為に関わる市場支配力」の問題に移る。
力価格の高騰した事例は、通常の 100 倍∼ 200 倍の価格
ある意味では、市場支配力における「市場価格に関わる
が形成され、市場メカニズムに基づく電力取引システム
市場支配力」は、競争市場に移行するための「コスト」
制度に疑問を呈したと言われている。このような市場価
が社会的に受容されれば、「市場制度」内部の極めてテ
格高騰の事例は、その他にもカリフォルニア州、ニュー
クニカルな問題として解決できる可能性を持っている。
25)
ヨーク、ニューイングランドなどでも顕在化している 。
しかしながら、「事業者行為に関わる市場支配力」は、
このような卸電力価格の高騰の原因としては、特にカ
独占禁止法に関連する領域を含め、おそらく「市場制度」
リフォルニア州の事例では発電会社の意図的な「供給抑
の内部にとどまらない性質を持っていると位置づけるこ
26)
制行動」が指摘されている 。これは電力消費が最も拡
とができる。
「事業者行為の市場支配力」は、
[Ⅰ.
2]で
大する時間帯(電力取引が最大になる時間帯)に発電所
議論した市場支配的事業の「略奪的価格設定」や「不可
−97−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
欠施設の利用拒絶」などの形態をとっている 30)。本稿で
とって正統性を有しており合理的である。このような技
は、特に、技術的特性と関連した事例として「分散型発
術システムの「システム維持」の「正統性」化を合理的
電」に対する「新規参入妨害」に絞って検討しながら、
に行う意思決定は、ある意味で「技術的合理性」を貫徹
論点を確認することにする。
させた企業の意思決定の現れと言える。その意味では、
「分散型発電」とは再生可能エネルギー電源やコージ
この市場支配力はテクノクラシー問題と直結する問題領
ェネレーションが一般的に分散型発電とみなされてお
域であるといえよう。
り、今後は住宅用小型電源などの占める割合の増加も指
だが、この「技術標準」問題は「経済的合理性」が徹
31)
摘されている 。「分散型発電」普及に関する議論は、
底化されることで解決する可能性を秘めている。つまり、
「分散型発電」のメリット・デメリットよりも、現状で
「分散型発電」が普及することで「ネットワーク網」の
は「分散型発電」が「ネットワーク網」にアクセスする
「技術標準」が確立し問題が克服されてしまう可能性が
こと自体が問題となっている 32)。そこで「分散型発電」
あるが、一方でこの「標準化の過程」で「技術標準」を
が「ネットワーク網」へのアクセスを拒否される事例を
めぐる「技術の政治」が生まれる可能性もあることに筆
見ることにする。この問題の主要な論点は、「ネットワ
者は注意を促したい。無論、「技術標準」が完全に確立
ーク網」の安定運用に関わる技術的問題との関連である。
した段階では、上記のような「互換性の不具合」による
電力供給形態が垂直統合されている場合、つまり、
「アクセス拒絶」の問題が顕在化する局面は少なくなる
「発・送・配電」が一貫して電力会社に管理されている
(だが、それでも「ネットワーク網」の混雑化などを理
状態では、電力会社は電力需要の変動(電圧変動・周波
由に「システム維持」を正統化する要件は残るが)。本
数変動)に合わせて発電所の運転を調整し、電力システ
稿で、電力産業の現状と照らし合わせても、問題とする
ム全体をコントロールする。これにより「ネットワーク
段階は「技術標準」が未確立な段階に焦点を当てること
網」の安定運用を実施することで停電等の事故が発生し
が妥当であると考える。それゆえ、このような段階の
ないように電力システム全体を管理する。しかし、「ネ
「技術の政治」ないしは「技術的合理性」の問題を中心
ットワーク網」を開放し、複数の分散型発電所が「ネッ
にして、新規事業者の「参入」過程における排除構造を
トワーク網」にアクセスすると、このような統一的な電
テクノクラシー論との関係で次章、議論する。
力システムのコントロールが困難になる。これは、「分
Ⅲ.技術選択と「参入」過程の構造
散型発電」から発生する「電圧・周波数」が既存の「ネ
ットワーク網」との互換性・技術的適合性がうまくいか
ず発生する問題である 33)。この問題との関係で「オープ
1.技術選択と技術システムの制度形成
ンネットワーク政策」の機能不全要因を説明するとする
これまで見てきたように「オープンネットワーク政策」
ならば、新規参入者と既存事業者の間の互換性・技術的
の機能不全要因は、「市場価格に関わる市場支配力」と
適合性に乖離があれば、「ネットワーク網」を開放した
の関連で、
(市場監視のコストを含め)
「競争インフラの
としても、
「新規参入」は必然的に無理である。つまり、
コスト」の問題が解消されるならば解決される糸口を見
「オープンネットワーク政策」の機能不全要因として
出すことができそうである。他方、「事業者行為に関わ
34)
「技術標準」の問題があるといえる 。
る市場支配力」では、上述したようにネットワーク互換
このような「ネットワーク網」へのアクセス拒否は、
性(技術標準)の問題(特に「分散型発電」のネットワ
「不可欠施設」論で想定した状況と異なることがわかる。
ークアクセス拒否の問題)を背景にした市場支配力を論
つまり、通常、独占禁止法などで想定されている「不可
じたのだが、この論証過程において、企業(公益事業者
欠施設」への「新規参入」拒否の論理は、市場支配的事
に限定される可能性は高い)の意思決定は「経済的合理
業者の反競争的効果を狙った戦略的行為(Ⅰ.2で見た
的動機」というよりは、「システム維持」を動機とした
「A ・ B ・ C」の電力取引モデル)を想定している。しか
「技術的合理的な意思決定」を行う傾向を確認すること
しながら、仮に市場支配的事業者が「ネットワーク網」
ができた。
を所有・運用していたとして、この「分散型発電」にお
ここでは、このような意思決定を論証するために「テ
ける「ネットワーク網」へのアクセス拒否は電力会社に
クノクラシーモデル」について分析を進める。まず、
−98−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
「テクノクラシー」の問題に入る前に、
「テクノクラシー
は、ある意味当たり前のことであるが)、このアプロー
型意思決定」が定立する「技術システム」について議論
チが「選択されなかった技術」(「技術 B」や「技術 C」)
する必要がある。ここでは最近注目されている「技術−
に対して一定の射程を持っていることである。つまり、
社会」に関する議論を中心にしながら議論を進める。
「石炭→石油→原子力」という発電技術の選択パターン
第1に、現在の「技術システム」の歴史的形成がどの
の中に選択されなかった(「技術 B」や「技術 C」)の可
ように形成されたのかという問題を扱う議論として、W.
能性を示唆している。例えば、上記の発電技術の進展パ
バイカー(1997)の「テクノロジーの社会的構成
ターンの中で、地域的には「小水力」発電が利用されて
(Social Constructon of Technology)(略称: SCOT)」ア
いたりしたが、全国大での「電力供給増大」という社会
35)
プローチである 。第2に、産業レベルの技術進歩や技
的要請の中ではこのような技術は選択されなかった(地
術革新などのパターン説明する議論としてG.ドーシ
域的な「メリット」はあるにもかかわらず)
。
(1982)の「技術パラダイム」論(Technological
次にドーシの「技術パラダイム」論である。ドーシの
Paradigms)がある 36)。
理論は、産業構造と技術変化についてパラダイム論を援
まず、バイカーの議論から見ることにする。バイカー
用しながら議論し「ネオシュンペータリアン」(Neo-
が主張する SCOT アプローチの枠組みを端的に言うと、
Schumpaeterian)とも呼称される 37)。ドーシの議論を要
これまでの技術(史)の発展は線形的な発展をとるとい
約するならば、産業の技術的発展や技術変化には、技術
う暗黙裡の想定が存在していた。しかし、SCOT アプロ
開発のための一定の知的枠組みである「技術パラダイム」
ーチは「社会集団」の価値観、規範、政治的要因などの
が存在し、それ以降、この産業における技術変化の傾向
関係が人工物である「技術の進展」に影響を与えるとい
は、この「技術パラダイム」に規定された技術的軌道
う主張を展開した。つまり、SCOT アプローチにおいて
(Technological trajectories)に沿って技術変化が行われ
るというものである。
「技術の進展」プロセスは「社会集団」などが介在した
選択的過程だとする。これまでは、ある「技術 A」の発
このドーシ・モデルは情報産業の技術変化のパターン
展のパターン[技術 A 1→技術 A 2→技術 A 3]が必然
などの分析に援用されているが、本稿では「技術パラダ
的であるかのように示されてきたが、「技術 A1」が存在
イム→技術的軌道→技術変化」というドーシの図式を補
していた時期には、「技術 A」とは異なる「技術 B」も
助線にしながら、「技術パラダイム」が産業構造や技術
「技術 C」も存在していた可能性が十分あるという主張
変化を抑圧する可能性を「技術パラダイム」を使って指
摘する。この議論は次節で行う。
である。しかし、「技術 A」が社会的に許容され普及し
ここではさらに、
[Ⅱ.
3]で問題となった「技術標準」
た背景には、その時期・期間の社会集団が持っている価
値観や政治的要請と適合的だった「技術 A」が選択され、
の形成を SCOT アプローチと「技術パラダイム」を使い
ながら、技術変化の過程を見ることにする。上記の
「技術 B」や「技術 C」が選択の外に置かれていたとい
SCOT アプローチによれば、ある「技術 A」の「技術選
うことになる。
択」は、ある時期の社会集団の規範や政治的要因で決定
この SCOT の枠組みを利用して「電力技術」・エネル
ギー政策について考えてみると、現在、エネルギー政策
される。そして、選択された(普及した)「技術 A」は、
において主に選択されている発電技術は「火力・水力・
社会的要請に応じて、さらなる技術改良が行われる。お
原子力」である。このエネルギー政策における発電技術
そらく、この期間の技術開発や技術変化はドーシ・モデ
の発展プロセスは、水力を除けば「石炭→石油→原子力」
ルが適合的であろう。つまり、この期間には「技術 A」
という発展パターンであった。原子力=「技術 A」とい
を開発・改良するための知的枠組み「技術パラダイム A」
う「技術選択」の過程は、エネルギー政策上、全国的な
によって、技術開発や技術変化を可能にする。そして、
電力需要を補おうという観点から発電所建設することを
その「技術パラダイム A」の枠内で、「アイデア A」が
目指した旧通産省の官僚などの「社会集団」の決定力に
生産され技術改良を進めるという構図になる。この技術
よる選択となる。本稿において SCOT アプローチに注目
改良により、「技術 A」は社会的要請を充足し、「社会的
する点は、「技術選択」がどのように決定されたかでは
に受容」されるのである。
しかしながら、この「技術 A」も時間が経過すること
なく(「技術選択」に「社会集団」が影響するというの
−99−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
によって社会的要請が薄くなる。すると、「技術 A2」が
また、これが[Ⅰ.3]で議論した「不可欠施設」を
「社会集団」の要請に応じて、次の「技術選択」の候補
構成する場合、「互換戦略を制限」することができるの
として登場するのであるが、「技術 A」の普及が大きい
だろうかという問題がある。この場合の「不可欠施設」
場合には「技術 A2」への移行はすぐには起こらない。
所有者の「協力義務」とはどの程度の範囲(知的所有権
つまり、歴史的制度論における「経路依存性」や「制度
にも及ぶ可能性もあるが)になるのかはここでは特定で
の慣性」や「制度の粘着性」といような性質の現象を経
きない。しかしながら、「競争政策」を展開する上で、
験することになる(タイプライター QWERTY の例えが
「技術標準」は不可避であり、この「技術標準」に伴う
よく引用されるように)。これが SCOT や技術パラダイ
新規参入者と既存事業者の「技術の政治」を調停できな
ム論の含意する技術選択と技術システムの制度形成のパ
ければ、
「競争政策」を機能させることが難しいだろう。
ターンだといえる。
[Ⅰ.2]で示したアメリカの「独立送電事業者のガバナ
ンス」とはある意味では、「ネットワーク網」の利用と
2.技術標準と「技術の政治」
「技術標準」をめぐる利害調整の場として機能する可能
さらに、SCOT アプローチと技術パラダイムの枠組み
性があり、このような市場支配的事業者と新規参入者の
を使いながら、本稿で問題として焦点をあてた「分散型
間に働く「権力関係」を調停する場として捉えることが
発電」における「ネットワーク網」へのアクセス拒否の
できるかもしれない。
問題を考えてみよう。この問題は、「技術標準」と「技
次に、「技術 A」の「技術標準 A」がより補強され権
術の互換性」に関する問題であった、つまり既存の「技
力性を帯びる可能性として、「技術 A」が「社会的に受
術 A」と新規の「技術 B」との間の互換性上に問題があ
容」されるという問題を考える。「技術 A」が「社会的
り、「技術 B」の新規参入が拒絶されるということであ
に受容」される第1段階は、言うまでもなく「経済シス
る。既存の「技術 A」は、ある(早い)時期の「技術選
テム」における要請を充足することである。つまり、こ
択」によって、「社会的に受容」され技術改良を進め普
の段階では、「技術 A」は消費・生産の両部門において
及していく、その過程で「技術 A」は「技術標準 A」を
の必要条件として、その役割の重要性を増していき、
形成し、この「技術標準 A」が“デファクトスタンダー
「技術 A」は普及して「産業」として成立する。次に
ド”になったとする。すると、当然、「新規参入」する
「技術 A」の「必要性」の度合が高まると、その度合い
「技術 B」も、すでに普及している「技術標準 A」を射
に応じて強制力を有する制度体としての「国家」が「技
程にいれながら、「技術パラダイム B」の中で「技術 B」
術 A」に対して介入を開始する。無論、本稿が対象とす
の技術改良を進めていくだろう。
る「電力」は「必要性」の度合いが最も高い技術の1つ
しかし、「技術 B」が「技術 A」と互換性を持ちえる
であるから、国家の介入が強いといえる 39)。このような
可能性は、このデファクトスタンダード化された「技術
状態で「技術 A」は、「国家との接触」をより強固なも
標準 A」に「互換戦略の余地」があるか否かによる。
のにするだろう。仮に「技術 A」に対して所有権を有す
「互換戦略」とは、
「当該製品や当該製品とシステムを構
る事業者 A が産業政策の影響力が強い国家で事業を行っ
成する補完製品間などと接続可能な製品を供給する戦
ていれば、政府からの様々な「経済的規制」
(「フォーマ
略」のことで、
「互換戦略の余地」は、
「互換性を確保す
ル・インフォーマルな行政指導」を含め「ネットワーク
るための規格・仕様を定める技術情報への知的財産権の
国家論モデル」が想定するような規制ネットワークの影
38)
仮に
響下に入る)を受けている。例えば「退出規制」や「価
「技術 A」がこの「互換戦略」を制限していた場合、「技
格規制」に加えて、「供給義務」を果たすというような
術 B」は、「技術 A」から互換性改良を行うための情報
「公益事業者」としての社会的使命を背負いながら事業
存否と保護の範囲・程度に決定的に依存する」
等などの協力を受ける可能性が小さくなる。これにより、
を行うことになる。
「技術 B」は「技術 A」との互換性を確立することが困
このようなことが(公益)事業者 A の「システム維持」
難になる。ここに筆者は「標準化」をめぐる一種の権力
という「技術的合理的な意思決定」の論理をいっそう強
性と「技術の政治」が存在する可能性を指摘しておきた
化させる。それに伴い、「技術標準 A」は、「システム維
い。
持」する上での高い基準となり、その基準を満たすこと
−100−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
ができない「技術 B」を有する新規事業者は排除される。
度形成がいかにおこなわれるかを議論した。そして、
しかし、仮に「技術 B」が「技術 A」に比べ、さほど劣
「技術標準」をめぐる「技術の政治」の可能性をしてきた。
しかしながら、本稿の検討では、以下のような論点が
位な技術基準ではなくとも、事業者 A は、「システム維
持」の論理で「技術 B」を過剰に排除する可能性もある。
残された。「技術標準」をめぐる「技術の政治」の可能
まとめると、「技術 A」が「社会的に受容」されると
性を示したが、このような標準化の基にした「技術の政
は、①経済システムにおける消費・生産の両部門におけ
治」とはどのような政策領域で発生するのかを、何より
る必要条件になること、②産業政策などを通して「国家
も「テクノクラシー」との関係でその相違を確認すべき
との接触」が強固になることを意味している。この段階
であったが、本稿では立ちいれなかった。また、電力産
で「技術 A」は技術システムとして社会制度の重要な一
業における問題は基本的な論点を提示できたと考えてい
部を構成することになる。これにより、
[Ⅲ.1]で指摘
るが、エネルギー政策における「新規参入」過程につい
した「選択されなかった技術」・「排除された技術」の
て具体的検討が未整理なまま議論が進められている。今
可能性は拡大し、特定(「技術 A」)の「技術選択」のパ
後の課題としては焦点を当てた「分散型発電」の「参入
ターンが強化される。同時に「技術標準 A」のデファク
過程」の実際の分析をし「新規参入拒否」の構造を明ら
ト化はよりいっそう強められる。そして「技術標準 A」
かにする必要があるだろう。
のデファクト強化は、経済的権力というよりは「技術的
合理性」に基づく意志決定を背景にしながら、新規参入
注
者「技術 B」に発揮される。
1)ここでは、1970 年代後半以降、電気事業などで実施されて
きた、規制緩和や民営化などに代表とされる政策的傾向を本
おわりに
稿では「競争政策」と呼ぶことにする。電力産業の規制政策
全般に関しては Gilbert, Richard J., and Kahn, Edwar P., eds.,
本稿では、電力産業における「競争政策」の特徴を検
International Comparisons of Electricity Regulation,
討し、それが「オープンネットワーク政策」という傾向
を示していることを指摘した。加えて、電力自由化論を
Cambridge University Press, 1996
2)矢島正之『電力改革─規制緩和の理論・実態・政策』東洋
経済新報社、1998 などを参照している。電力供給は、
[発電]
含め「オープンネットワーク政策」の実質的機能を事業
→[送電]→[配電]→[供給(需要)]、そしてこの流れを
者比率などから検討した結果、その有効性に一定の問題
調整・管理する[給電指令システム]という基本供給モデル
構造がありその要因には「電力市場における市場支配力」
の問題があるとした。この市場支配力の検討については、
で考えることができる。
3)矢島正之編『世界の電力ビッグバン』東洋経済新報社、
1.「市場価格における市場支配力」と2.
「事業者行為
1999、植草益編『講座・公的規制と産業③ 電力』NTT 出版、
に関わる市場支配力」があり、前者では「市場監視コス
1994 など
ト」を含む「競争インフラのコスト」が解消されること
4)上田健作「1920 年代アメリカにおける電力独占の確立と送
発電技術の発展─電力産業の経済的位置と性格」財政学研究
で、一定の解決がなされる糸口を示した。加えて、後者
の「事業者行為に関わる市場支配力」問題では、「参入
第 13 号、1988 年
5)ドイツ電力産業と自治体の関係に関する分析は、小坂直人
拒絶」問題を中心にしながら検討した。ここでは、市場
「ドイツ電力産業と公私混合企業─ RWE とドルトムント市の
支配的事業者は、「経済的戦略」からではなく、技術シ
対立を中心に─」公益事業研究 44 巻3号、1993、小坂直人
ステムの「システム維持」を動機として「新規参入者」
「「電気革命」とドイツ電力産業の形成過程」北海学園大学経
済論集第 37 巻第1号、1989 などに詳しい。
を拒絶する可能性を示し、それは技術的合理性が貫徹し
た意思決定であり「テクノクラシー」と関連する問題構
6)Svenska Kraftnät The Swedish Electricity and Role of
Svenska Kraftät を参照、http://www.svk.se よりダウンロー
造があると考えた。続く章では、この検討を十分掘り下
げる必要があると判断し、テクノクラシーが成立する技
ド可能(2003 年9月 25 日現在)
7)「オープンアクセス」以外にも、「系統アクセス」・「系統
術システムの条件を探るため、最近注目され始めている
連係」などという呼び方もある。
「テクノロジーの社会的構成アプローチ」や「技術パラ
8)オープンアクセスについては堀雅道『現代欧州の交通政策
ダイム論」に依拠しながら技術選択と技術システムの制
と鉄道改革』税務経理協会、2000、109 − 162 頁を参考にし
−101−
政策科学 11 −2,Jan. 2004
ている。堀は EU 交通政策と鉄道改革の研究を出発点として、
案−市場支配力の抑制策と長期供給力確保の制度を提案」海
自然独占性を有する公益事業改革の特徴を「上下分離・オー
外電力 44(11)、2002、井上寛「市場支配力問題と発電設備
プンアクセス」という形で整理し「上下分離」という概念を
競争制度(米国)─テキサス州の電力会社が競売を実施」海
公益事業改革一般に拡張して「自然独占型の公益事業におい
外電力 43(10)、2001、永沢昌「カリフォルニア州卸電力市
て当該事業者が最終財・サービスの生産に必要不可欠な施設
場における市場支配力について(米国)」海外電力 42(12)、
(essential facility)
、すなわち生産基礎施設(infrastructure)を
2000、小林直子「1998 年電気事業修正法施行後のアルバータ
所有あるいは占有する経済主体と、その施設を利用して最終
州電力市場の構造─小売市場全面自由化と市場支配力の抑
財・サービスの生産を行う経済主体とに分離された動態によ
制」海外電力 42(10)、2000、小林直子「オリンタリオ発電
って生産活動が行われることをいう。」としている。この上
会社の市場支配力緩和手法(カナダ)−競争導入後 10 年間
下分離の意味するところは、「不可欠施設」からの事業主体
で州内発電設備所有率を 35 %以下に」海外電力 42(6)、
を分離した状態で事業が運営される形態を示している。特に
2000、鈴木治彦「卸電力市場における市場支配力と需要の弾
公益事業全般では、ネットワーク網を有する大型固定施設、
力性(米英)─何故卸電力価格は高騰するのか」海外電力 42
伝送路(情報通信)、送・配電線(電力)、鉄道線路(輸送)、
(9)、2000、栞原良直「電力競争市場における市場支配力
ガス導・配管(ガス)これらの事業が上下分離を実施してい
(米国)─真の競争市場へ行こうするために」海外電力 41(9)、
る。そして、このような、「不可欠施設」(ネットワーク網)
を第3者に対して制度的に開放することを「オープンアクセ
1999
19)海外電力調査会『海外電気事業統計』(社)海外電力調査
ス」と呼んでいる。
会発行、2002、226 頁、A.総発電設備・「自家発電」の項目
9)飯沼芳樹「米 FERC の標準市場設計規則案(SMDNOPR)
(Ⅰ)改革の必要性と新たな送電線利用システムの提案」海
参照
20)海外電力調査会『海外電気事業統計』(社)海外電力調査
外電力 44(11)、2002
会発行、2002、195 頁、イタリア編・電気事業の概要を参照
1 0 )「 オ ー プ ン ネ ッ ト ワ ー ク 政 策 」 に つ い て は 、 野 村 宗 訓
(1998)「公益事業改革の日英比較─競争導入プロセスを中心
として─」『レヴァイアサン』24、木鐸社、1999、p117 にお
21)西村陽『電力改革の構図と戦略』電力新報社、2000、72 頁
22)前掲書、注3)、矢島(1999)、24 頁
23)田中裕明「市場支配力をめぐる議論について─競争の実質
いて「全事業者が独立的ネットワークに同一条件でアクセス
的制限についての検討」一橋論叢 125(1)、2001 を参照
する「開放」と既存事業者がネットワーク維持に支出する固
24)電力市場における市場支配力を問題にする場合、「水平的
定費用の負担を軽減する「解放」を同時に実現する「オープ
市場支配力」「垂直的市場支配力」とに分け、前者を高い市
ンネットワーク政策」が規制改革手法として重視されている
場占有率を有する企業による市場価格の吊り上げ行為」、後
としている」としている。加えて、野村は「規制と競争のバ
者は「ネットワーク網を有する企業が自社の発電設備を優先
ランスを図るという点で、新しい規制機関が事業別に設置さ
れることが望ましい方向である」としている。
的に利用するような行為」である。
25)卸電力高騰に関する事例の紹介は、鈴木治彦「卸電力市場
11)依田高典『ネットワーク・エコノミクス』日本評論社、
における市場支配力と需要の弾力性(米英)─何故卸電力価
2001、53 頁、依田は、ボトルネック独占の基本的論点として
不可欠施設の法理を簡明に説明している。
格は高騰するのか」海外電力 42(9)、2000
26)服部徹「米国電力市場における発電会社の市場支配力─カ
12)川濱昇「技術標準と独占禁止法」法学論叢 146 巻(3・4)
リフォルニアの事例を中心に」公益事業研究第 54 巻第3号、
号、2000、137 頁
2002
13)田中裕明「市場支配力の濫用と規制」『日本経済法学会年
報』20、有斐閣、1999、176-186 頁
27)前掲書、51-52 頁
28)野村の新規制機関の設置に関する議論は、前掲書、注 10)
、
14)前掲書、田中(1999)、178 頁
野村(1998)118-119 頁
15)前掲書、183 頁
29)野村宗訓「電力市場における市場支配力─競争調整による
16)川濱昇「技術革新と独占禁止法」『日本経済法学会年報』
解決の可能性」『日本経済法学会年報』23、有斐閣、2002、
20、有斐閣、1999、66 頁
115-116 頁
17)海外電力調査会『海外電気事業統計』(社)海外電力調査
30)例えば、電力会社による新規参入妨害の事例は、土佐和生
会発行、2002、米国編・電気事業の概要を参照
「規制改革と競争秩序─電力会社による新規参入妨害事例」
18)電力市場における市場支配力について指摘した分析は、以
『法学セミナー』585、日本評論社、2003、26-29 頁に詳しい
下の議論である。
が、参考のために3つの事例を紹介する。
Joskow, Paul, L., Transmission rights and market power
[事例1]公正取引委員会は、平成 14 年3月 26 日付けで
electric power networks, The RAND Journal of Economics.
「九州電力株式会社による独占禁止法違反被疑事処理につい
31 2000, pp450-487 高橋直子「米 FERC の標準市場設計規則
て」という件名で以下の文章をホームページ上に PDF ファ
−102−
エネルギー政策における「参入」過程の構造(尾形)
イルにて公表した。内容は、「九州電力株式会社が特定規模
31)浅野弘昭「分散型電源接続促進策の検討状況(英国)配電
(以下「新規参入者」という。)である A 社の電力小売事業へ
線使用・接続料金の構造等が論点に」海外電力 44(8)
、2002
の常時バックアップによる参入を妨害している疑いで審査を
行ってきたが、独占禁止法上の問題は認められなかった、こ
を参照
32)西村陽「分散型発電イノベーションは外部不経済を産むか
とから本件審査を打ち切ることとした。」
─ネットワークへのインパクト検証─」公益事業研究第 53
[事例2]公正取引委員会は、平成 13 年 11 月 16 日付けで
巻第1号、2001
「中部電力株式会社による独占禁止法違反被疑事件の処理及
33)このような新規参入による「ネットワーク網」不安定化を
び「電力の部分供給等に係る独占禁止法上の考え方」の公表
解消するために「競争政策」の展開過程でスウェーデンのよ
について」という件名で以下の文章をホームページ上に PDF
うに電力システムを全国大で管理する「スウェーデン系統運
ファイルによって公表した。内容は、「公正取引委員会は、
用局」を新設する国もある。
中部電力株式会社(以下「中部電力」という。)が特定規模
34)「技術標準」に関する議論としては、前掲書、注 12)川濱
電気事業者(以下「新規参入者」という。)である A 者の電
(2000)を参照している。また橋本毅彦『〈標準〉の哲学』講
力小売専業への部分供給による参入を妨害している疑いで審
査を行ってきたが、独占禁止法上の問題は認められなかった
談社、2002 などの議論もある。
35)SCOT や技術システムと社会制度に関する議論は Bijker,
ことから、本件審査を打ち切ることとした。」
Hughes and Pinch eds, The Social Construction of
[事例1]、[事例2]とも公正取引委員会ホームページ
Technological Systems, 1982, The MITpress
また、バイカ
http://www.jftc.go.jp を参照、(2003 年9月 25 日確認)
ーが SCOT アプローチを展開した文献としては、Bijker Of
[事例3]この分散型発電に類似の事例として、「電力会社
Bicycles, Bakelites, and Bulbs The MITpress,1997 がある。
が再生可能エネルギー発電所からの買取枠を制限したりする
36)Dosi, G. “Technological Paradigms and Technological
行為」が確認されている。これは見方によれば、「新規参入
Trajectories” Research Policy, vol.11, 1982
妨害」ではないが、この問題を「経済的規制改革」の中にど
37)Belt, Henk. and Rip, Arie., “The Nelson-Winter-Dosi Model
のように位置づけるかは意外と難しい。仮に自由な経済取引
and Sythetic Dye Chemistry” Bijker, Hughes and Pinch eds,
を「競争政策」が含意するのであれば、これまでフランチャ
The Social Construction of Thechnological Systems,
イズが与えられてきた電力会社が再生可能エネルギー発電所
1982,The MITpress
から余剰電力を買い取るか否かは自由である。しかし、規制
38)互換戦略に関する叙述は、前掲書、注 12)、川濱(2002)、
産業に対して「経済的規制」緩和されたとしても「社会的規
131-135 頁を参照している。川濱は、「互換戦略の余地」が大
制」が保持されるべきというのは、一般的に許容されるだろ
きい場合は、「ネットワーク効果」を競争制限的に利用され
う。そこで、先に見た「不可欠施設の法理」論における論点
る危険性は乏しいが、「互換戦略」が制限されている環境下
として「協力義務」に触れたが、そこでの論理は「不可欠施
で、なおかつ「ネットワーク効果」がある市場では、伝統的
設」なしに事業が運営できない、それゆえ「不可欠施設」の
に独占禁止法が問題としてきた排除的慣行が効果的に利用さ
所有者は、「協力義務」があるという論理であった。だが、
れ、「略奪的価格設定」、「抱き合わせ」、「排他条件付き取引」
「不可欠施設の法理」論の議論骨格を拡大するならば、通常
などが顕在化する危険があるとする。例えば、しばしば問題
の法理は経済的規制との関連した経済的「協力義務」を意味
となるように、事実上の標準となったコンピューター OS の
している。しかしながら、電力産業は、「社会的規制」領域
「ネットワーク効果」が拡大し、OS の知的財産権を有する業
とも関わっているとすれば、社会的「協力義務」が「競争政
者は、アプリケーションの開発競争に大きな影響力を有する
策」の中で承認されるかということが今後の課題ともいえる。
可能性がある、としている。
再生可能エネルギーの普及に関しては、先に見たアメリカに
39)補足的に述べれば、「競争政策」は「国家の介入」を小さ
おける連邦公益事業規制政策法のように再生可能エネルギー
くする。つまり、公私領域の再編成を通して「公」を相対的
を用いる認定施設から余剰電力を購入することを義務づけた
に縮小する政策であるが、電力産業においては「不可欠施設」
買取義務が重要である。表3のような非電気事業者における
管理などで「新規制機関」が設立されれば、「公」の「介入
発電構成を示したといえる。
の質」が高まる可能性もある。
−103−
Fly UP