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EUの新しい成長戦略と イノベーション政策

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EUの新しい成長戦略と イノベーション政策
政策動向
EUの新しい成長戦略と
イノベーション政策
EUは、2011年から2020年の10年間を対象とする新しい成長戦略「欧州2020」
を昨年 6 月に策定した。そのなかで特に重要視されているのがイノベーションの役
割だ。イノベーションは、EU が目指す「知的な成長」を実現できるかどうかの鍵を握
るほか、気候変動や水・資源問題といったグローバルな社会的課題を克服する唯一の
手段と考えられている。
解決する唯一の有効手段はイノベーションである
欧州2020が目指す三つの経済成長
と記されている。ところが、EU が作成するイノベー
ションの総合パフォーマンス指標をみると、EUは米
2000 年以降、10 年間にわたる長期の成長戦略とし
て「リスボン戦略」を推進してきた欧州連合(EU)は、
国や日本に比べて劣るうえに、中国など新興国から
も激しい追い上げを受けている(図表1)。
その後を継ぐ「欧州2020」を2010年6月に欧州理事会
こうした危機感に基づいて策定された EU の具体
で採択した。欧州2020では、金融・経済危機からの一
的なイノベーション政策が、2010年10月に公表され
刻も早い立ち直りを最優先課題としながらも、長期
た「イノベーション・ユニオン」である。国や地方自治
的に EU が目指す三つの経済成長を実現するために
体、企業、研究者等によるイノベーティブな取り組み
重点的に取り組むべき政策課題が示されている。
が結合(ユニオン)した経済社会を構築し、世界のイ
目指すべき成長の第一は、知識や情報を基盤とし
た「知的な(smart)成長」である。そして、重要政策課
ノベーションをEUが先導するとの強い思いが、この
ネーミングには込められている。
題として、イノベーション、教育、電子情報社会化が
挙げられている。第二は、資源効率が高く環境にやさ
しい「持続可能な(sustainable)成長」で、気候変動・エ
ネルギー問題と競争力強化(産業政策)が関連する課
題となっている。第三が、経済・社会・地域の結束を
もたらす雇用水準の高い「包括的な(inclusive)成長」
で、具体的な政策課題は雇用・技能と貧困削減であ
●図表1 EUと他国のイノベーション・パフォーマンスの比較
(EUに比べて優れる)
60
46 49
40
40
32
20
る。
EUの水準
0
イノベーション推進の先導役を目指すEU
合計して七つある政策課題のなかで、特に重要性
が強調されているのがイノベーション(技術、業務プ
▲20
▲40
2006年
2010年
▲60
▲61
ロセス、サービスなどの革新的な変革)だ。欧州2020
の関連文書では、イノベーションこそが欧州の競争
力強化や雇用創出の鍵を握り、また気候変動や水・食
料・資源の確保といったグローバルな社会的課題を
10
▲80
米国
(EUに比べて劣る)
日本
▲55
中国
(資料)欧州委員会
「Innovation Priorities for Europe」
(2011)
業等に対する資金供給の拡大、規制の改革、特許取得
イノベーション・ユニオンで期待される
多大な経済効果
コストの引き下げなどが図られる(同⑤、⑦)。具体的
な改革として、今年3月にはEU共通特許の導入が決
まった。EU 域内の企業は今後、欧州特許庁のみに特
イノベーション・ユニオンには数多くの政策項目
許を申請すれば、ほぼEU全域で自動的に効力を発揮
が盛り込まれているが、注目すべき点は以下の三つ
する特許権を得られるので、大幅な特許費用の節約
に集約されよう(図表2)。
につながると期待されている。
第一に、民間投資をいかに促進するかに力点が置
イノベーション・ユニオンでは、これらの諸政策に
かれている(図表 2 の⑤)。EU の研究開発投資額の
加え、2020 年度までに政府・民間を合わせた研究開
GDP比は2%弱と米国(2.6%)や日本(3.4%)を大き
発投資額をGDP比3%に引き上げるという数値目標
く下回る。なかでも企業の競争力に直結する民間投
が設定されている。この目標が達成されれば、2025
資の少なさが問題視されている。そこでイノベー
年までに370万人の雇用創出、8,000億ユーロのGDP
ション・ユニオンでは、民間の研究開発投資に関する
増加という経済効果が見込まれている。
税制優遇や資金調達手段の拡充、公的部門の調達を
革新的な商品やサービスに戦略的に配分することな
どが提案されている。
わが国もオープンイノベーションの
一層の推進を
第二に、外部の技術力やアイデアも積極的に活用
して協調的に研究開発を進める「オープンイノベー
EUが新しい成長戦略「欧州2020」に基づいて包括
ション」を促す仕掛けが目立つ(同②、③、④、⑩)。例
的・戦略的なイノベーション政策を打ち出すなか、わ
えば、国境を越えた研究者の移動を自由にして、欧州
が国に目を転じると、奇しくも EU と同じように、イ
全域にわたる単一の研究開発領域を創設する「欧州
ノベーション政策を見直し、再構築する局面にある。
研究エリア」構想を 2014 年までに実現させる目標が
昨年 6 月に民主党政権がとりまとめた新成長戦略を
打ち出されている。
受けて、今後5年間の科学技術・イノベーション政策
第三に、革新的なアイデアを商品化に結びつける
までの間に存在する障壁を取り除くために、中小企
の骨格を定める「第 4 期科学技術基本計画」の原案が
12月に公表されている。
この計画案の中身をみても、EU との類似点は多
く、例えば、産学官の共同研究に対する支援や、食料・
●図表2 イノベーション・ユニオンの重点項目
内 容
①
厳しい財政状況下における、教育、研究開発、イノベーション、情報通
信技術への投資の継続
水資源問題等を克服するための研究開発をアジア諸
国と連携して行う「東アジア・サイエンス&イノベー
ション・エリア」の実現など、オープンイノベーショ
② 研究イノベーションシステムの連携の促進
ンの推進を強く意識した内容となっている。ただ、同
③ 教育システムの現代化(世界水準の大学の輩出、技術水準の向上)
計画案はあくまでも科学技術・イノベーション政策
EU 域内での研究者やイノベーターによる共同研究の促進(欧州研究
④
エリア(European Research Area : ERA)の今後4年間での実現)
の基本的な指針や方向性を示すものにとどまる。ア
研究開発支援プログラムの改善(利用条件の簡素化、民間投資の誘発
効果の強化、成長性の高い中小企業の育成等)
ジアを中心に広く世界の研究者や企業等を巻き込ん
⑤
⑥ 科学的知見のビジネスへの活用
⑦
「アイデアの商品化」を阻害する要因の除去(知的財産権コストの削
減、規制見直し等)
だ研究開発を推進し、その成果をイノベーションの
実現に活かしていくために、わが国でも今後、より具
体的なイノベーション政策の策定が急がれる。
社会的課題を解決するための欧州イノベーション・パートナーシッ
⑧
プの実施(高齢化分野から開始)
⑨ 公的部門におけるイノベーションの促進
みずほ総合研究所 政策調査部
⑩ 国際パートナーとの同等条件での連携の促進
上席主任研究員 野田彰彦
(資料)
欧州委員会
「Europe 2020 Flagship Initiative : Innovation Union」
(2010)
[email protected]
(注)本稿の詳しい内容については、上村未緒「EUの新しいイノベーション政策∼『イノベーション・ユニオン』に含まれるわが国への示唆∼」
(みずほ政策インサ
イト(2011年2月4日)
)をご参照いただきたい。
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