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フロンティア・オブ・エデン

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フロンティア・オブ・エデン
フロンティア・オブ・エデン
御神楽圭
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
フロンティア・オブ・エデン
︻Nコード︼
N3292BE
︻作者名︼
御神楽圭
︻あらすじ︼
気が付けばゲームと酷似した異世界にいた岡本貴明。ゲームのス
テータスやアイテムもそのままだったため生きていく上では問題な
かったが、その世界は大陸全土が戦争に突入しそうなほど情勢が悪
化していた。その中で貴明は現実世界の知識や経験をもとに仲間を
集い、国家などにも関わりながら世界の流れに身をゆだねていく。
1
処女作です。異世界トリップ、主人公最強、弱ハーレムになるかも
?ですが、ありきたりなハーレムチートにはならないように頑張り
ます!感想やご指摘は随時受付中!基本返答しますが、活動報告に
書く場合もあります。
まだまだ未熟な作品です。特に序盤はひどいことになってますが、
じき訂正するので少々お待ちください。
当座の目標は最低週一更新かなぁ。
2
プロローグ1︵前書き︶
初投稿ですがよろしくお願いします!誤字脱字、感想等ありました
らお願いします。
まずは説明回です。
3
プロローグ1
深い森の中に俺はいた。まわりを見渡しても人っ子一人いない。代
わりと言ってはなんだが、時折遠くのほうから獣のものらしき低い
うなり声や遠吠えが聞こえる。
﹁なんだってんだこりゃ⋮﹂
呆然としながらも、俺は状況を確認すべく先ほどまでの自らの行動
を振り返る。
確かに俺はさっきまでゲームをやっていた。日本が世界に誇る大手
ゲームメイカー、ワールド・セントラル・クリエイティブ︵通称W
CC︶社が2035年に発売した世界初のVRMMORPG、フロ
ンティア・オブ・エデン︵FOE︶。サービスが開始されてから3
年たち、国内だけで約150万人のプレイヤーがおり、常時20万
人がプレイしている。少子高齢化対策が進み、人口が1億6000
万を数える今の日本で、およそ100人に一人が参加している計算
となる。このFOEで、上位プレイヤーと呼ばれるのは約9000
人しかいないとされるレベル200オーバーのプレイヤーだ。その
中でカンストであるレベル255に達しているのはわずか数百人し
かおらず、そのうちの一人であるこの俺、つい最近19歳になった
大学生である岡本貴明は、いつものごとく大学の講義が終わると同
時に一人暮らしのアパートに戻り、既にダイブしているであろう自
らのギルドメンバーと合流すべく、自らのアバターである﹁クロー
4
ド・ランベルク﹂となって、ギルドホームがある﹁カナンの街﹂に
ダイブするのであった。
このFOEの世界観は、おおざっぱにいえば中世の地球に近い文明
レベルのとある惑星となっている。コンセプトは剣と魔法であるた
め当然魔法が存在し、簡単なライト︵周りを明るく照らす︶などの
魔法は基本的に誰でも使える。このタイトルの特徴は、俗にいう剣
士、魔法使いなどといういわゆるジョブが存在しないことだ。プレ
イヤーはレベルが上がるたびに手に入るスキルポイントを使って武
器術、体術、魔術、調教術のどれかにポイントを振り、自分好みの
キャラクターを作っていく。武器術は剣や槍、刀や双剣や弓、ハン
マーといった武器の扱いに関係し、これを上げた場合各武器の扱い
が上昇する。体術は素手での戦闘で無類の力を発揮するほか、スタ
ミナの上昇、基礎身体能力の強化、体力の自然回復力の増加、調教
術で仲間にした魔獣に騎乗するときにボーナスが付くといった特典
がある。魔術は各種魔法スキルの扱える魔法の威力や範囲に影響し、
MPの自然回復力が増加する。調教術は対魔獣戦においてスキルレ
ベルに応じてダメージボーナスが付くほか、自分のレベルと調教術
のスキルレベルを足して2で割ったレベルの魔獣までなら、単独で
戦い敵のHPをぎりぎりまで削れば一定確率でその魔獣をテイムす
ることができ、戦闘に仲間として参加させることができるうえ、何
度もたたかわせればテイムモンスターのレベルが上昇しさらに強く
することができる。
スキルポイントはレベルが1上昇するごとに1獲得する。スキルの
上昇限度は100であるため、レベル250のプレイヤーの場合、
武器術100、体術50、魔術50、調教術50、といった振り方
になる。そうして基本スキルを上げたあと重要になってくるのが熟
5
練度だ。各武器や火、水、風、土の四元魔法には熟練度がスキル同
様100まで存在し、一つを使い続ければそれが特化されていく。
たとえば武器術を上げれば武器全般の扱いがうまくなるが、その中
でも剣を使い続ければ剣の扱いがさらに上昇する、という具合だ。
魔術に関しては、火魔法の熟練度を上げた場合炎魔法と光魔法、水
魔法の場合氷魔法と治癒魔法、風魔法の場合雷魔法と嵐魔法、土魔
法の場合地魔法と錬金魔法へと派生する。派生条件は魔術スキルが
50以上であり、各四元魔法の熟練度が60以上であること。ちな
みにHP︵体力︶やMP︵精神力︶、AGI︵敏捷︶、STR︵力︶
の伸び方が変化する。
などの各種ステータスはレベル上昇とともに一定値上昇し、その後
魔術に振るかそれ以外に振るかでHPやMP
またこのFOE、固有技という概念が存在しない。正確に言えば、
すべての技や魔法がプレイヤーのオリジナルなのだ。自らのスキル
や熟練度数値から換算し、発動が可能とシステム的に認められた技
や魔法は、プレイヤーがその技を正確にイメージできたなら実際に
再現することができる。発動した技は自らが名づけた名前でシステ
ムに登録し、今後の戦闘などでは技の正確なイメージを持ちつつ名
前を上げればシステム的に効果を持った技が発動する。当然似通っ
た効果を持つ、中には完璧に同じ技がかなり生み出されることにな
ったが、実際の戦闘でこれらが発動する機会はそんなに多かったわ
けではない。考えれば当然のことだが、目の前に本当に生きて自ら
考えて動いているがごとき魔獣の群れがいるとき、全力で戦いなが
ら技を正確にイメージするのは並大抵のことではない。よって実戦
で使われる技や魔法は、プレイヤーたちが苦心して考え出した俺必
殺技ではなく、汎用性が高く容易にイメージできる簡単なものが主
流となり、裏を返せば高度な技を使えるプレイヤーは総じて高レベ
ルプレイヤーとなった。
次にステージだが、この世界には4つの大陸があり、そのうちの1
6
つであるリベラ大陸が、プレイヤーが活動するエリアだ。ほかの大
陸にも文明が存在するらしいのだが、いまだにリベラ大陸すら探索
が完了していない現状では、アップデートは当分先になるのではな
いか、と言われている。ちなみにリベラ大陸の大きさは北アメリカ
大陸とほぼ同じ、ほかの大陸はユーラシア大陸サイズが2つ、オー
ストラリア大陸サイズが1つとなっている。
このリベラ大陸には大小15の国、および自治領が存在し、各国が
覇権を握ろうと争いあったり、戦争の災禍から身を守ろうと小国同
士で同盟を結び大国の脅威から逃れようとしている。プレイヤーは
自分の好きな国からゲームを開始することができ、まずは冒険者と
して世界に降り立つ。その後は完全に自由であり、そのまま世界を
放浪しながらダンジョンや未開の地を探検する冒険者であるのもよ
し。傭兵として各地の戦場で暴れるもよし。開始国に仕官し、他国
を侵略するもよし。犯罪者となり各国の騎士団やプレイヤーに追わ
れながらもPKや盗賊行為をするもよしとなっている。
仕官した場合、レベル150で騎士団長、魔術隊長となり、レベル
200で将軍、魔術団長、レベル250で大将軍、宮廷魔術団長と
いう役職に就くことができる。ちなみに軍の最高位である元帥はN
PCしかなれない︵しかしNPC最強の元帥のレベルは150とい
う何とも奇妙なことになっている︶。
騎士団長位以上になった場合や傭兵団長となった場合、その部下は
プレイヤーでもNPCでも自由となっている。NPCでも部下であ
れば鍛えてレベルを上げることもできるが、やはりプレイヤーに比
べると臨機応変な対応をとることができず、捨石的な扱いを受ける
場合が多い。それでもNPCが新たに生成されるまでは一定の期間
が必要であるため、戦争で大敗してしまった場合戦力が一時的に低
下してしまい、その隙に他国の侵略を受けることになるため、過度
7
の捨て駒扱いは暗黙の了解でタブーとされている。また将軍位以上
になると国から領地を与えられ、うまく内政をして発展させるとN
PC領民が増加し収入増加や兵員補充が容易となる。内政は自分で
行ってもよいが、とあるプレイヤー魔術団長が自力で開拓しようと
した結果、領地が経営破綻してしまい一時的に国に没収されるとい
うことがあったため、今ではNPCの代官を雇い任せるのが主流だ
︵ちなみにその魔術団長は借金のかたに自身の装備の一部を支払う
ことになり、泣く泣くレア装備を手放すこととなった︶。
以上のことだけ見ると、冒険でレベルを上げたあと国に仕官したほ
うがいいように思えるが、WCCはそういうプレイヤーを嘲笑うが
如き制約を課してきた。まず騎士団長位になるには、最低でも10
0の戦場に参加し、そのうち40回は勝利しなければならない。さ
らに参加するだけではなく、すべての戦闘で20人は撃破する必要
がある。一般的な規模の国家間の小競り合いが双方3000から5
000人であり、双方ともに百人単位でプレイヤーが混ざっている
のを考えると意外とシビアな条件なのである。また、国に仕える役
職であるため、定期的に発生する戦闘時にダイブしている場合強制
的に戦場へ連れて行かれる。リアルが忙しいからとあまりにも長期
間参加せずにいると、国から除隊命令が下ったり功績がリセットさ
れたりするため、なかなか将軍位まで昇進できないのだ。よって将
軍位になれるのはごく一部の廃人プレイヤーのみ、というのがもっ
ぱらの評判である。よって、多くのプレイヤーは身軽な冒険者や傭
兵、犯罪者となって、数人でギルドを作ったり傭兵団を組織して、
戦争や行商まがいのことを行うのである。
モンスター
そんな世界での貴明の身分は、傭兵団兼犯罪者ギルドや野生の魔獣
から街を守る自警団の団長である。知り合いのプレイヤーが将軍職
に就いているため、その領地の中の一等地にギルドホームを格安で
購入させてもらう代償として、領内の治安維持に協力したりどうし
8
ても勝ち目のない戦争で援軍として参加している。団員はプレイヤ
ー50名、NPC200名の計250名と、傭兵団の中では大勢力
に分類される規模だ。
﹁あ、団長おつかれさまです!﹂
かげつき
カナンの街にダイブした俺を待っていたのは副団長の影月だった。
傭兵団設立初期からの仲間であり、頼もしき相棒の一人である。
﹁おう、やっぱり先に来てたか。待たせてごめんな﹂
﹁いえいえ、今日は無理言って僕に付き合ってもらうんですから気
にしないでください!それよりすみません、わざわざダイスケさん
との会合をキャンセルさせてしまって﹂
ダイスケとは俺の親友でありカナンの街の領主でもある、ヴェルデ
ィア王国軍将軍を務める男だ。ギルドホーム購入時にはいろいろと
便宜を図ってもらった。
﹁気にするなって。元からそんな大した事案はなかったし、お前が
レベル250の壁を突破するほうがよっぽど大事だよ。﹂
そう、影月は今日FOE最大の難関といわれるレベル250越えに
挑戦するのだ。俺はその挑戦を見届けるため、ダイスケに断りを入
れて影月についていくことにしたのである。
よくわからないであろうから説明するが、このFOE、レベルを
上げるのが従来のMMORPGに比べて相当困難なのである。必要
9
経験値もさることながら、実際の戦闘がなかなかにシビアなのであ
る。スキル上昇で基礎はシステムがアシストしてくれるのだが、い
ざ戦うのは自分自身であるため、コツをつかむのには相当な訓練と
本人のセンスが必要だ。それに加えレベルが上がっても、無双はで
きても無敵とはならないのだ。このゲーム、レベルが10違うだけ
でも1対1の勝負でははっきりとした差が生まれるのだが、システ
ム上ダメージ0が存在しない。つまり数で囲んでしまえば最悪レベ
ル50のプレイヤーでもレベル255の俺を倒すことすら可能なの
だ。実際数値が違うだけで相手にまったくダメージが通らないのは
さすがに面白くないため、この設定そのものに対しての不満はプレ
イヤー側からは出ていない。しかしここで問題なのが、レベルを上
げるために戦う魔獣が、大抵群れで行動しているかパーティで挑ん
でも歯が立たないほど強いかのどちらかなのである。
つまり安全マージンを取っていても油断すれば死ぬことはあるし、
そもそも安全を取っていてはいつまでもレベルは上がらない。かと
いって自分と同じレベルの魔獣を相手にした場合、単体でも苦戦す
る相手が群れているのである。しかもAIがかなり優秀なため、パ
ーティを組んでも向こうの連携についていけず為す術もなく負ける
ことが多いのだ。リアル志向のプレイヤーには好評なのだが、この
システムのためにいまだにレベルが100に満たないプレイヤーも
多い。
そんな中、われらが副団長こと影月はレベル250の大台に達し
たわけだが、ここでレベル上げ最大の壁に突き当たる。レベル25
0からレベル251∼255へ至るためにはいくつかの条件をクリ
アしなければならないのだが、そのすべてが破格の難易度なのだ。
まず第一に、武器術と魔術、体術と調教術などの、複数のスキルを
合わせた複合技を自分より高レベルの相手に対して使い単独で勝利
すること。第二に、聖域と呼ばれるエリアに入り邪神級ユニークモ
10
ンスターを単独で討伐。最後に聖域にランダムで配置されている聖
杯を見つけ、聖域最奥部にある祠に持っていくことだ。とはいえレ
ベル250以上の魔獣など聖域にしかいないのだから、これらの条
件はすべて聖域で達成が可能だ。しかしやらなければならないこと
がひどすぎる。ただでさえ戦闘時の発動が困難なオリジナルスキル
を自分より強い相手に使うのですら厳しいのに、それを複数のスキ
ルで構成しなければならないのだ。つまり目の前の敵と戦いながら、
武器の動きを頭で浮かべながらそれに伴うように魔法をイメージし、
実際に高速で動いている魔獣に命中させる。どれだけ大変なことで
あるかがわかるだろう。しかし最低でもこれができなければ、本来
数十人のパーティで挑むべき邪神相手にはダメージを効率よく稼げ
ず、レベル200オーバーの魔獣が蔓延る聖域で彷徨いながら聖杯
を探すことなど不可能だ。しかもこれを5回も繰り返さなければな
らないとレベル255まで上がらないというのだから、サービス開
始から3年たちながらいまだにレベル255に到達できたプレイヤ
ーがごく一握りなのもうなずける。
しかしこの壁を突破した時の特典はすさまじい。レベル250ま
で到達した後はレベルが上昇してもスキルポイントが1上昇する、
ということがない代わりに、以下のボーナスをレベルアップ時に一
つ取得できるのだ。
1.武器術、体術、魔術、調教術のうち一つを100まで上昇させ
る︵何度でも選択可︶
2.各術の攻撃力や調教成功率などの効果1.5倍
3.対魔獣戦闘において先制してアクティブな攻撃をしない限り完
全隠密
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4.HP、MP等各種ステータスの総量1.5倍
5.対魔獣や対人戦闘における勝利時の敵ドロップアイテム率10倍
6.ユニークモンスターの調教可能
7.自領の税収2倍
8.対魔獣戦闘において敵にダメージを与える度与えたダメージ量
の5%分HP回復
9.戦闘時死亡した場合10%の確率で総HPの1%で復活
10.世界が輝いた!︵HP、MPの自然回復速度5倍︶
ちなみに俺が取得したボーナスは﹁1﹂を2回、﹁2﹂、﹁4﹂、
﹁6﹂だから全術のスキルレベルが100に達しているうえAGI
やHPといった各種ステーテスも上昇しており、下手な一個軍団す
ら圧倒しかねないアバターとなってしまった。しかも狂ったかのよ
うに熟練度も上げまくったため、もとは日本刀か双剣を使った剣士
だったはずなのにほかの武器や魔法もあらかたマスターしてしまっ
た。領主をやっているダイスケは、﹁自領の税収2倍﹂のほかに﹁
世界が輝いた!﹂を取得したらしい︵実際取得時に世界がものすご
く神々しく輝いて見えたとか︶。
﹁ところで影月はもしレベル251に上がったら何のボーナス取る
12
んだ?﹂
今俺たちは聖域にいちばん近い街であるヴェルディア王国最南端の
都市ユースガルドへとステーション︵各街に設置してある都市間を
つなぐワープゲートがある施設︶からジャンプしたところだ。ここ
から街道に沿って南下していけば聖域にたどり着くことができる。
﹁そうですねぇ。まだ考えてないんですけど、とりあえず今後もレ
ベル上げすることを考えたらやっぱり戦闘系ですかね﹂
﹁やっぱそうなるよなぁ。でもとにかく選び直しはきかないから後
悔しないようにな。俺みたいに⋮﹂
﹁ははは、団長はせっかくユニークモンスターをテイムしようとし
たのにいまだに成功しませんもんね﹂
そんなことを話しながら街道を歩いているうちに、目的地である聖
域が見えてきた。ここから先は単独行動となるのでこいつとはお別
れだ。
﹁んじゃ、俺はここまでだな。屋敷で成功報告まってるぞ!﹂
﹁あんまりプレッシャーかけないで下さいよ。とにかく全力はつく
します。せっかく見送りまでしてもらいましたからね!﹂
と、表面上は落ち着いて見える影月だが遠ざかってゆく奴の全身が
ぶるぶる震えているのは俺の気のせいだろうか。そうか気のせいか。
13
﹁さて、俺もそろそろ移動するかな⋮﹂
完全に影月の姿が見えなくなった後、俺は今後の予定を思い出した。
現在わが傭兵団﹁黒金の翼竜団﹂は以前参加した他国との大規模戦
闘でNPC団員を十数名失っており、今現在戦力補強の真っ最中な
のだ。それに伴い新規のプレイヤー団員やNPC団員を募集したの
だが、思いのほか入団希望のプレイヤーが多かったため選抜をする
こととなったのだ。
しかし今日の入団希望者との面談までもう少し時間がある。どうや
って時間をつぶすかについて真剣に悩みだした俺の視界にそれが入
ったのはその時である。
﹁あれ?あんなところに道なんてあったか?﹂
それは小さなけもの道であった。どうやら聖域の森に続いているよ
うだが、いままでレべリングや素材集め、資金調達でなんども聖域
に来ている俺が見たこともない道がこんな入り口近くにあるとはに
わかには信じがたい。
﹁運営のアップデート?いや、それなら連絡がアップされてるはず
だよな⋮﹂
格好の暇つぶし︵?︶を見つけた、見つけてしまった俺は、その道
の先を見るために森へと入っていった。その時の判断を下した俺を、
ついぞ殴る機会が訪れなかったのがわが人生最大の無念である。
14
﹁さてさて、そろそろ何か見えてくるかな?﹂
けもの道を進むこと15分。街道はとうの昔に見えなくなり、生い
茂る木々によって日の光を見ることすらかなわない。
﹁しかし妙だな。いつもならとっくの昔に敵とエンカウントしてる
はずなんだが⋮﹂
いま俺がいるこの森が聖域であるならば、本来ならすでに1回か2
回は魔獣と遭遇しているはずなのだが、魔獣はおろかノンアクティ
ブの野生動物すら見当たらない。この後の予定までまだ時間的に余
裕はあるが、そろそろ何か出てきてくれないと俺の精神状態が暇過
ぎて何かしらのエラーを起こしてしまいそうだ。
﹁おっ、ようやくか。あれは⋮祠?﹂
ついにけもの道が途絶え小さな空き地に出た。その奥に小さな祠が
見えるのだが何か様子がおかしい。こんな森の中にひっそりとたた
ずんでいるのにもかかわらず、その祠に寂れた雰囲気が全くないの
だ。ゲームなのだから経年劣化がないのは当たり前なのだが、演出
になみなみならぬこだわりを持つWCCの開発スタッフたちが、こ
んな場所にわざわざ設置するオブジェクトに真新しい見た目のもの
を配置するだろうか?
﹁試験的に作ったエリアを間違えてアップロードしてしまったとか
?それならありえなくはないかな?﹂
となるとうかつに近づかないほうがいいかもしれない。不確かなデ
ータに干渉すると下手したらキャラクターデータがバグってしまう
15
可能性もあるのだ。俺の作った﹁クロード・ランベルク﹂は並大抵
の時間では到底至らないほどの労力と時間を費やして完成させたア
バターだ。こんなことで損失してしまうのはあまりにも惜しすぎる。
﹁ま、後でGMに報告でもしておきますかね﹂
そう思いながら踵を返し、森から出ようとしていた俺の耳に何やら
妙な声が聞こえてきた。
それは神秘的であり、おごそかであり、そして圧倒的な何かを聞く
ものに印象付ける声であった。
ゲート
﹃対象者確認。座標固定完了。異界の扉開きます﹄
何を言っているのかは全く分からなかった。しかしその声を聞き終
わった直後、俺の体を浮遊感が包み込み吸い込まれるかのように祠
の中へと引き込まれていった。
その直後、現実世界から貴明の姿は完全に消えていた。
16
プロローグ1︵後書き︶
一話書き上げるのがこんなに大変だとは⋮
17
プロローグ2︵前書き︶
この回まで説明回です。なかなか人が出てこない⋮。
18
プロローグ2
﹁えーっと。つまり俺はあの祠の中に吸い込まれて、気が付いたら
この森の中にいたと﹂
今のところわかるのはこれくらいか。正直こんな状況になっている
のだからもう少し慌ててもよさそうなものだが、あまりにも自分の
理解できる範疇を超える事態に陥るとかえって冷静になるというの
はどうやら本当らしい。
﹁とりあえず俺はFOEをしていたわけだから考えられるのはシス
テム的なバグによって未公開エリアに飛ばされたってところか。大
穴で完全に地球とは違う異世界って可能性もあるか?﹂
確か祠にのまれる直前に異界がどうのと言ってたし。
﹁んじゃま、とりあえずいろいろ試してみるかな﹂
それから30分後、森の中で男が一人頭を抱えて蹲っていた。その
男の周囲は荒れていた。木々はなぎ倒されており、巨大な肉食獣の
ような生物の死体もちらほらうかがえる。もちろんこの所業を行っ
たのは貴明である。
﹁まさか大穴が正解だったとはなぁ。これだけ状況証拠があればさ
すがにゲームってことはない⋮か﹂
19
大まかなところは確かにゲームと酷似していた。まず試してみたの
はステータスウィンドウの展開。さらにはキャラクターステータス
から装備品、はては所持アイテムや所持金に至るまでクロード・ラ
ンベルクと完全に一致していた。オリジナルスキルも問題なく発動
でき、試しに各種剣技や魔法、複合スキルで周辺の木々を薙ぎ払っ
てみたが、いともたやすく巨木を切り倒すあたりあの化け物じみた
クロードそのものだろう。その音を聞きつけて襲いかかってきた魔
獣も難なくなぎ倒し、その皮や肉、爪や牙といったドロップアイテ
ムもアイテム欄に追加された。
だがこの一連の出来事が、ここがゲームの世界ではなく異世界であ
ると貴明に確信させた。まず仮にここがゲームだった場合、木のよ
うなオブジェクトを破壊したならば、根本だけが残り伐られたほう
はポリゴンをまき散らしながら消えてしまう。しかしここではその
まま消えることなく倒れており、試しに体術系統のスキルで木を殴
り倒してみたが、ものの見事にへし折れた。FOEならば絶対にこ
のような倒れ方はしない。
次に魔獣のほうだが、そこに現れたのは貴明にとってもなじみ深い
﹁キングライガー﹂だった。キングライガーとは通称獅子王とも呼
ばれており、獣系統魔獣の中では最高クラスの強さを誇っている。
FOEに存在した冒険者ギルドでは、冒険者のランクはSS∼Fま
でランク分けされているのだが、キングライガー討伐依頼の難易度
はAクラス以上、一流冒険者でなければならず、レベル200前後
の時に大分世話になった︵痛い目見せられた︶記憶がある。
そのキングライガーを見たとき、威圧感が完全にゲームとはかけ離
れていた。確かにFOEのグラフィックは優秀で、魔獣も本当に生
きているかのようであったが、それはあくまで﹁ゲームにしては﹂
20
というレベルであった。しかしこいつは完全に別物であり、涎を垂
らしながらこちらを睨めつける形相など本物の﹁生﹂を感じさせた。
おかげでやつの初撃に反応できず、二の腕に爪による攻撃を受けて
しまった。その時に受けた傷は、クロードの馬鹿げたステータスと
最高クラスの防具によってほぼ無傷に近かったが、それでもゲーム
ならば絶対に感じるはずのない痛みを覚え、これが傷を負い続けれ
ば死に至る﹁現実﹂であると本能が激しく訴えてきた。そもそもこ
のゲームは出血表現など皆無であるはずなのに敵も自分もしっかり
出血し、死んだ魔獣がいつまでも消えずにその場に残りその匂いに
つられてさらに魔獣がやってくるという段階で貴明はここがFOE
の中ではなく異世界という現実だと確信した。
そしてとどめと言わんばかりに突き付けられたのが自分の姿である。
FOEではプライバシー保護の関係上オリジナルの姿を自作してプ
レイするため、本来の姿で参加することは不可能でせいぜい似せら
れる程度である。貴明は180㎝の身長に部活で鍛えた体をしてい
るが、わざわざゲームで似せてまで再現するほど執着があるわけで
は当然ないので、実際の体とはかけ離れた西洋人風のアバターで登
録していた。しかし今の自分は、180㎝の身長、ある程度筋肉の
付いた体、少し寝癖のように跳ねている黒髪で精悍な顔つきをして
おり、どう見ても本来の貴明本人である。これらのことから、貴明
はここが異世界であると認めざるを得なかったのである。
﹁とにかくこのままここにいても仕方ないな。また魔獣に襲われて
も面倒だし﹂
人よりも数倍大きい生き物を殺した直後にしては比較的落ち着いて
いる貴明だが、これはかつて貴明が中学生だったころ目の前で悲惨
な交通事故があり、そのとき以来人の死体や大量の血に耐性がつい
てしまったためである︵事故当初はしばらく肉や赤い飲み物といっ
21
た飲食物はまったく体が受け付けなかった︶。
﹁もしここがFOEと同じ世界であるなら、当然これからもこんな
事態になるよな。いや、盗賊や犯罪者ギルドもあるような世界だ。
最悪人を殺す覚悟も必要になってくるか⋮﹂
貴明個人の考えとしては、日本のように治安が大変良い国ならとも
かく、自らの命が常に危険であるような状況下で人殺しを忌避する
つもりはまったくない。確かに抵抗はあるが、なぜ自分の命を他人
に狙われておきながらその狙ってくる相手の命を気遣わなければな
らないのか。自分の身を危険に晒してまで盗賊や犯罪者の命を奪う
のをためらうほど自分はお人よしでもないし、そもそもそんな余裕
は今の状況下ではまったくない。
﹁とりあえずは現在地の確認だな。とにかくこの森を出ないことに
は話しにならんし。まぁキングライガーがいる時点で大体のめどは
ついてるんだが﹂
そう言いながらマップを展開してみると、思っていた通り大陸中央
部の覇者神聖ガルーダ帝国と大陸最大の領土を誇るラービア連邦の
国境に位置するグスタフ大森林であった。グスタフ大森林は豊富な
資源と肥沃な大地によって大変魅力的な土地であり、かつてはラー
ビアが領土獲得のため2個師団を派遣したこともあったが、あまり
にも生息している魔獣が強すぎたため断念、現在に至るまでどの国
家も所有権を主張していない。
ここで貴明は少し迷う。今貴明がいるのはグスタフ大森林の中心部
なのだが、ここからどこへ向かうべきだろうか。
22
選択肢は三つ。一つはここから北、または東に進みラービア連邦へ
と向かうルート。二つ目は西へと進み、ラービア連邦同様大陸北部
に位置する大陸最大の人口、国力を有する大国、ダイオン帝国へと
向かうルート。そして最後に南下して神聖ガルーダ帝国へと向かう
ルートだ。
だが仮にこの世界がFOEの世界情勢などと完全に等しい場合、ラ
ービア連邦やダイオン帝国へと向かうのは危険すぎる。
ラービア連邦は人間種、獣人種などの多種族によって構成される連
邦国家であり、各種族が自分たちの住まう地域を治めつつ共存しあ
うことを目的として誕生した国家だ。国家として対外的に行動する
場合は、各種族代表が集まる首都ライトベルグの中央議会の議決に
よって方針が決定される。
しかしこのラービア連邦、FOEでは20年前から内戦状態に陥っ
ているのだ。原因は連邦内での主権争いという至って普通の理由で
ある。現在は人間種、エルフ種、獣人種の三勢力に分かれて争って
おり、対外的にはいまだ単一国家として認識されているが実質古代
中国の三国時代の様相を見せているため、いまだ現状把握もできて
いなければ態勢すら整っていない貴明が向かうのはあまりにも無謀
だ。下手をすれば人間種以外の勢力に襲われかねない。
同じ理由でダイオン帝国も除外だ。そもそも今いるグスタフ大森林
は東西に長く伸びていて、現在地から西へ向かえば森を突っ切らな
ければならない。そして肝心のダイオン帝国だが、ラービア同様絶
賛内戦中だったりする。
リベラ大陸の二大国家がそろって内戦中のため、大陸中央部、南部
23
の国々は今が好機とばかりに領土的野心を見せ始め、どこを見回し
ても戦争の火種が転がっており国家間の小競り合いが絶えない、と
いうのが貴明の知るこの世界の情勢だ。
ゆえに貴明がとる道は南。神聖ガルーダ帝国だ。北をグスタフ大森
林とエル山脈、南をウォーランド連山に囲まれた土地柄、南北で国
境を接する国よりも東西で接する国のほうが交流の機会が多い。
かつては十数の都市国家がひしめいているなかの一国家にすぎなか
ったガルーダ王国だが、先代のビスマルク4世が瞬く間に他の国家
を制圧、国号を神聖ガルーダ帝国とした。現在の皇帝はその息子、
カール・ガルーダ・ビスマルク5世で、父譲りの政治手腕と軍事的
才覚で国を率いる名君と名高い男だったはずだ。近年隣国のバニス
公国をはじめとする近隣諸国の共同体、ランバール公国連合との間
で、貿易摩擦により緊張が高まっている。
FOEの常識がどれほど当てはまるかわからない状態で判断を下す
のは心もとないが、ほかに判断基準がないため仕方ないだろう。そ
う腹をくくって貴明は南へと向かうのだった。
24
プロローグ2︵後書き︶
何とかまだちゃんと更新していけそうです。次の回から会話、台詞
が増えてくるかと⋮。
誤字脱字、感想等お願いします。
25
遭遇︵前書き︶
ようやくこの世界の住人と出会います。まぁヒロインはもうしばら
く出てきませんが︵笑︶ちゃんと登場するのでもう少しお待ちくだ
さい。
26
遭遇
﹁んで、いきなりこんな状況かよ⋮。いや確かに俺も不注意だった
んだが﹂
体術スキルの高さと風魔法の加護を受けてかなりの速さで森を抜け
た貴明だが、いきなり
問題が発生した。グスタフ大森林はその魔獣の強さにより国家の力
が及びにくいのだが、それはつまり盗賊のようなアウトローたちの
拠点になりやすいともいえるのだ。つまり何が言いたいかというと
⋮。
﹁なにぶつぶつ言ってんだてめぇ!﹂
﹁俺たちの縄張りにひとりで来るとか馬鹿じゃねぇのか?﹂
﹁見たところ騎士団の連中じゃねえな。となると俺たちに懸賞金を
かけた冒険者ギルドの回し者かテメェ﹂
といった具合である。貴明とて確かにこういう事態も想定してある
程度の覚悟もしていたが、まさかこの世界に来て1時間、森を抜け
て5分でエンカウントするとは思っていなかった。
貴明は敵を確認するが、ざっと30人はいる。先ほど数名が増援を
27
呼びに行ったため︵30対1なのに!︶この数はさらに増えるだろ
う。
﹁いや、いきなりお前たちの縄張りに侵入してすまない。確かに俺
は冒険者だが、俺は依頼でグスタフ大森林での素材集めをしていた
だけだからお前たちには関与していない。ここは見逃してくれない
か?﹂
これは貴明があらかじめ考えておいた口上である。今の貴明の格好
は、FOE時代の最強装備ではなく︵おそらくだがそんなものを身
に着けていたらいらない面倒に巻き込まれるため︶、せいぜいレベ
ル100前後の冒険者が無理をすれば買えるだろう、と思われる防
具と長剣を装備していた。
それでも元のステータスのせいでだいたいの敵にはまず負けないし、
わざわざ自分の力を誇示するほど子供でもない。貴明はそう考えて
いたため、ここは穏便に済ませようと考えていたのだが、事態は貴
明が想定していない方向へと進んでいく。
﹁お前たちなにやってんだ!俺らが狙うのは平民から搾取する悪徳
貴族やその関連商人たちであって無関係の冒険者なんかじゃないだ
ろう!もうじき団長も来るんだからおとなしくしていろ!﹂
﹁あぁ!?みみっちいこといってんじゃねぇよ!こちとらこんな辺
鄙な場所でろくに楽しみもなくお前らに協力してやってんだから、
多少の小銭稼ぎくらい見逃せや﹂
﹁馬鹿を言うな!俺たちはもとはといえば冒険者だぞ!貴族にはめ
られてこんな身になっちまったがそこまで落ちぶれちゃいねぇ。そ
れに協力だと?お前ら元近衛騎士のくせに役人の不正に関与したせ
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いでガルーダ皇家から除名されたくせに何言ってやがる!﹂
どうやら貴明の聞くところ、この盗賊団には二つの派閥があるよう
だ。一つは元冒険者で、貴族のせいで身分をはく奪された連中。も
う一つが元近衛騎士だったが犯罪に手を染めその地位を失い、元冒
険者たちの組織に身を寄せている連中だ。今ここにいる数は前者が
11人、後者が21人だったが、どうやら今呼ばれている団長とや
らが近衛騎士よりも高レベルであるため何とか押さえつけていたら
しい。
﹁はっ、ガリウスの奴がいなくちゃ何もできねぇてめぇらが何言っ
てやがる。そもそも元近衛小隊長だった俺にでかい口きいてんじゃ
ねぇよ!﹂
﹁なんだと貴様!落ちぶれたくせに偉そうに言いやがって!﹂
終いには貴明を無視して仲間割れを始めてしまった。貴明としては
戦いたくないから一向に構わないが、さすがに絡まれておきながら
無視されるこの状況には少し寂しさを感じる。
︵しかしあいつ近衛隊の小隊長だったのか︶
その男は見た目20歳後半から30歳に見えるが、その年齢にして
はなかなかの出世である。貴明はためしに無属性スキルの﹃サーチ﹄
︵無属性スキルはオリジナルではなく運営側が用意していた︶を使
いこの場の人間のレベルを確認してみた。この手の他人に干渉する
スキルはこちらのレベルが高いほど効果が上がり、相手に阻害され
にくくなる。
︵ええと、あの小隊長殿のレベルが120か。ほかの元騎士は10
29
0前後。大体はみんな武器術に振ってるな。さすがに熟練度は見れ
ないけど連中の装備からするとほぼ全員長剣使いだろうな。冒険者
側の口論している奴はレベル102、他は90前後と。レベル10
2のほうはパッと見俺と同い年か少し下くらいなのになかなか高レ
ベルじゃないか。だが確かにこのレベル差だと近衛騎士側が増長す
るのも仕方がないか。よほど団長とやらが強くないとこいつらがお
となしくしている理由がない︶
こっそり貴明がそんなことを考えていると、30がらみのおっさん
が小声で話しかけてきた。
﹁よぉあんた、巻き込んじまってすまねぇな。ユリウスの奴が連中
の気を引いてるうちに逃げてくれ﹂
どうやら元冒険者側の人間らしい。貴明が確認したところレベルは
96、この場にいる元冒険者側の中では2番目に高いレベルだ。
︵あの男、たしかユリウスって言ってたか?注意を引くためにわざ
と怒鳴ってたのか︶
少し感心しつつも今はそれどころではないことに気づき、貴明は離
脱を選択する。
﹁すまん、お言葉に甘えさせてもらう。この借りはいずれ!﹂
そう言ってこの場を少し離れたところで、元近衛騎士側の男がその
場を離れつつある貴明に気付いた。
﹁おいてめぇ、何逃げようとしてやがる!てかお前、人様の獲物逃
がそうとしてんじゃねぇよ!﹂
30
その声に反応して、ユリウスと怒鳴りあっていた元小隊長の男がそ
ちらに振り向く。
﹁おいおいおい、なめたマネしてくれてんじゃねぇか!見たところ
レベル100くらいはありそうだがただで済むと思うなよ!テメェ
らやっちまえ!﹂
﹁あっ、こら!やめないかお前ら!﹂
号令とともに元近衛騎士の連中が一斉に剣を構え貴明の方へと襲い
掛かってくる。ユリウスたちが止めようとするが、邪魔をされて近
づけないでいた。
︵ちっ、この場で下手に反撃をすれば最悪殺し合いになるな。そう
したらこいつらはともかく冒険者側にも被害が出ることになる。別
にそこまで気にする必要はないかもしれないが、あいつらは近衛の
連中みたいに性根が捻じ曲がってないみたいだし、何とかこの場は
穏便に切り抜けたい︶
そう考えた貴明は、襲い掛かってくる連中を受け流しながら戦意が
ないことを主張する。
﹁待ってくれ!金が要るなら払えるだけ払う!とにかく俺は戦う気
はないから落ち着いてくれ!﹂
しかしこの行動がいけなかった。どうやら相手に戦意がないことで
気が大きくなったのと、元近衛騎士たちを軽く受け流しつつ一向に
戦う気を見せない貴明にいらだった敵のリーダーが、先ほど逃げる
よう話しかけてきた男に斬りかかったのだ。
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﹁そもそもグレン、お前があのガキを逃がそうとしやがったからこ
んなことになったんだよな。テメェみたいなやつはいても邪魔だ。
ガキもろともくたばっちまえ!﹂
グレンと呼ばれた男は何とか応戦しようとするが、ざっと30はレ
ベルが上の相手に襲われてしまえば一対一ではどうしようもない。
なすすべもなく袈裟切りにされてしまう。
﹁グレン、おいしっかりしろ!﹂
﹁お前らよくもグレンを!﹂
﹁はっ、あんな雑魚いたところで足手まといだからいい機会じゃね
ぇか。それともお前らもあいつの後を追ってみるか!?﹂
連中がそんなことを言いながら騒ぎ、武器を構えるものの、貴明は
全く聞いていなかった。切り伏せられ血を流すグレンを見下ろすと、
その場にしゃがみ込んでグレンの手をとる。
﹁俺のせいか⋮?俺が⋮俺が奴らとことを構える覚悟をしなかった
から、あんたは斬られてしまったのか⋮!?﹂
どうやらまだ意識があったのか、俺の声が聞こえたらしいグレンが
声を返してきた。
﹁⋮ばかっ、言ってんじゃ、ねぇ⋮よ。これは⋮俺たちがっ、巻き
込んじまった⋮ことだ。っ、お前が気に病むことなんざ⋮ねぇよ﹂
そう言って力なく笑うグレン。30近くレベルが高い相手に正面か
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ら斬られてのだ。おそらくHPもほとんど残ってないだろう。しか
も大量の血を流しているためだんだん顔色が青白くなっていく。お
そらくだが一定量以上の血を流してしまうと継続してダメージを負
いHPが減っていくのだろう。
﹁畜生!この傷じゃあ俺のスキルじゃ治しきれない⋮。傷が深すぎ
る上に流血がとまらねぇ!﹂
どうやら冒険者側に魔術使い、しかも水属性の派生魔法である治癒
魔術の使い手がいたようだ。グレンに近づき回復を行う。だがおそ
らくまだ覚えたてなのだろう。これほどの大怪我には対応できない
ようだ。
そもそも平均レベルが90前後の冒険者たちだ。この魔術師もスキ
ルポイントを魔術に全振りしていたわけではないのだろう︵そもそ
もそんなことをしたら、あまりにも体捌きや移動速度が遅すぎてま
ともに戦えなくなってしまう︶。何とか派生魔法を覚えられるよう
になって治癒魔術を覚えたのであろうが、基礎となる魔術のスキル
ポイントも治癒魔術の熟練度も足りないのではこの怪我を治せない
のもしょうがないといえる。
しかし貴明にそんなことを考えている余裕などなかった。覚悟を決
めるといいながら敵と戦うことに臆して、グレンが斬られるときに
動けなかった先ほどの自分のふがいなさ。大怪我をしても俺を責め
ることなく笑って見せたグレンへの申し訳なさ。そして気まぐれと
もいえるほどどうでもいい理由でグレンを斬ったあの元近衛隊長の
男への激しい怒り。さらにはそれでもなお戦いに積極的に関与する
ことを拒む今の自分の無様さ。それらに支配されて貴明は動くこと
ができずにいた。
33
しかし、次に聞こえてきた言葉が、そんな貴明を突き動かす。
﹁ごちゃごちゃうるせぇんだよテメェら!どうせ大した価値もねぇ
安っぽい命の一つや二つでガタガタ騒いでんじゃねぇ!﹂
元隊長のそんなセリフが耳に入った瞬間
﹁ふざけてんじゃねぇぞてめぇらぁぁああぁ!!!﹂
理性を覆い尽くしてなお余りある衝動が貴明を突き動かした。
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遭遇︵後書き︶
ようやく現れた現地人はかわいい女の子!ではなく男だらけの盗賊
たちでした︵笑︶次回は戦闘回となります。しかしキャラクターが
うまく動いてくれない⋮。
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。
35
戦闘、そして⋮︵前書き︶
ついに貴明がこの世界の人間と戦います。貴明の力量はいかに!?
⋮戦闘って難しいんですね。この回は一人称視点で行ってみます。
違和感が強い場合三人称にします。
36
戦闘、そして⋮
怒りに支配されると目の前が真っ赤になる、という話をどこかで聞
いたことがあるが、どうやらそれは本当だったらしい。怒りのあま
りかえって冷静になるということも。
今の俺は落ち着いていた。落ち着いて元近衛騎士の連中を殺すこと
を考えている。
﹁はは、いきなり大声出してどうしたってんだ!怖くて頭がおかし
くなったぐぎゃぁあ!?﹂
目の前で呑気におしゃべりしている阿呆を片付ける。どうやら一撃
で絶命してしまったらしい。150以上レベルに差があればしょう
がない結果ではあるが。
︵グレンのおっさんはそんな情けない悲鳴は上げなかったけどな︶
そんなことを考えつつ二人、三人と元近衛騎士達を始末していく。
そんな俺の様子を見て、ユリウスはいったん態勢を立て直し状況を
把握するため仲間とともにグレンの周囲に集まってきた。
﹁あいつはいったい何者だユリウス!近衛騎士相手に圧倒するなん
て、S−ランク冒険者でもないと不可能だぞ!?﹂
﹁俺だってわからないよそんなの!とにかく今は彼が奴らの相手を
37
してくれているんだから、こっちは何としてでもグレンの傷を治す
ぞ!﹂
﹁だが俺たちの治癒魔術じゃどうにもならねぇぞ!せめて団長くら
い高レベルで治癒専門の術者じゃねぇと手が出せねえ!せめて団長
が持ってる秘薬でもありゃあ何とかなるかもしれないのに⋮!﹂
暴走状態となった貴明によって元近衛騎士たちが数を減らす中、一
向に有効な対策を打てずにいるユリウスたち。状況は予断を許さず、
しかし打開策が見いだせず場が混沌とし始めた彼らだが、
﹁遅れてすまない皆、状況を教えてくれ﹂
﹁団長!﹂
﹁ガリウスさん!﹂
件の団長、ガリウスの登場である程度の落ち着きを取り戻す。ユリ
ウスは元近衛の連中が貴明を逃がそうとしたグレンを攻撃したため、
貴明が近衛派に戦闘を仕掛けた経緯を手早く説明する。その間にも
ガリウスはMP強化薬を治癒術者に渡してグレンの治療にあたらせ
た。MP強化薬はごく短い間だがMPの消費なしで通常の二倍の効
力の術を使えるようになる薬だ。
﹁呼びに来たやつから聞いていた内容から怪我人が出るんじゃない
かと思って秘薬の類を持ってきたが、どうやらかなりまずい状況の
ようだな﹂
ガリウスは倒れ伏すグレンのそばに近づき腰のポーチから掌に収ま
るほどの大きさの瓶を取り出すと、中の液体をグレンの傷口に振り
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かけた。治癒術者の魔法と相まってグレンの傷はふさがり始め、顔
色もだんだん良くなりだす。
﹁さて、こっちのほうは何とかなったが⋮。あちらさんはどうした
もんかな﹂
その視線の先では、貴明が最後の一人である元小隊長と対峙してい
た。
﹁なんだってんだ。いったい、こいつはどういうことなんだ⋮!﹂
その男は目の前の光景を理解することができなかった。かつては異
例の速さでレベル100を突破し、栄えある近衛騎士団に抜擢され
たのが21歳の時。そのあと25歳で小隊長に昇進した時は本当に
喜んだものだ。
しかしそのあとは宮廷内の派閥争いに巻き込まれていき、気が行け
ば役人どもと手を組み不正に経費を横領することに腐心する自分が
いた。そして半年前に神聖ガルーダ帝国で起きた綱紀粛正の折、今
までの所業が白日の下にさらされた者たちはみな等しく皇家から追
放を言い渡されることとなり、自分も今までの部下ともども国から
追い出されることとなった。
それからしばらくの放浪を経て、かつて貴族の悪行を目撃してしま
い国から犯罪者として指定され、冒険者ギルドから除名されてしま
ったという集団に合流。彼らの悪徳貴族だけを狙う、という行いに
は全く感銘を覚えなかったが、ガルーダの連中に復讐できるならと
協力を申し出た。
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しかしこの冒険者崩れのやつらときたら、ほんとに不正にかかわっ
ている貴族や商人以外は襲おうとしない。何度も簡単に狙えそうな
連中が縄張りに入っても、全く動こうとしないのだ。しかし副団長
のユリウスやほかのやつらはともかく、リーダーのガリウスだけは
自分でも手を出すのをためらうほどの強さで元はAランク冒険者だ
ったらしい。そのため表だって反発するわけにもいかず、日に日に
鬱憤はたまっていった。
そんなときである。俺たちの縄張りに一人の冒険者が入ってきた。
パッと見20歳前後と思わしきその男は装備を見た感じ高くてもレ
ベルは100から110ぐらいだろうと思われた。幸い今はガリウ
スのやつは近くにおらず、その前にことを済ませてしまえば問題は
ないと考えた。確かにガリウスは俺たちより強いが、ほかの連中は
平均してレベル90前後であり、数もこちらが多いうえにこちらは
近衛時代から連携も取れている。ガリウスとてすでにことが終わっ
ていれば、仲間内からも犠牲を出してまでこちらと対立するとは考
えにくい。
そう考えていたのに、どこで何を間違えてしまったのか。俺たちの
邪魔をしたグレンを斬ったのは確かに想定外だったが、それでもこ
の男からしたら無関係の相手。それどころか自分を襲った盗賊たち
の仲間である。
それなのにどうだ。今目の前では自分の元部下たちが次々と斬り倒
されていく。全員がレベル100ほどであり、冒険者としてはCク
ラス、ベテランといわれる者たちであったのにもかかわらず、全員
なすすべもなく一撃で倒されてゆく。なぜだ、おかしい、ありえな
い。俺はレベル120で元近衛小隊長だったんだ。部下も精鋭と言
われた猛者たちだ。そんな俺たちが負けるわけがない。しかもたっ
40
た一人の、少し強そうなだけの若造に。
そんな益体もないことを考えていると、ついに自分以外の最後の一
人を斬り殺した男が目の前に立った。その顔はただただ無表情で、
戦闘を始める前に叫んだ時の激情の色はまるでなかった。それが妙
に腹立たしい。まるで俺たちを殺すことなど片手間であるといわれ
ている気がしたのだ。それを自覚した途端、気が付けばそいつに斬
りかかりながら怒鳴りつけていた。
﹁てめぇふざけんじゃねぇぞクソがぁ!俺たちは近衛騎士なんだ!
おお、俺は隊長だったんだぞ!!怖がれよ!ビビれよ!なんで一人
であいつら全滅させてんだよ。近衛だぞ!?そんな簡単に倒せたら
意味ねぇじゃねぇか!﹂
最後の一人である元隊長がそんなことを叫びながら斬りかかってき
た。いったい何を言っているんだか。近衛だの隊長だの全く関係な
い、強いから俺が勝つ、弱いからお前らが負ける。ただそれだけの
ことがなぜこいつには理解できないのか。
﹁馬鹿か貴様。ただ貴様らが弱いだけだろう。だが最後の台詞だけ
は同感だ。こんなに弱いんじゃ近衛の意味は全くないな。どういう
経緯でクビになったかは知らんし興味もないが、まあ当然といえる
だろうな﹂
やつの剣を受けつつそう言い放つ。正直こいつの事情などどうでも
いい。ただこいつらを殺す、その一点に集中する。
﹁こっ、殺す!絶対にぶち殺してやガッ!!﹂
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みなまで言わせず胴を薙ぐ。いつもは日本刀でやる動きだが、長剣
でも全く問題ない。
﹁な、なんで。なんで、勝てねぇんだよ⋮﹂
﹁知るか。お前が弱いからだろう﹂
そう言い放ち、俺はその男の首を刎ねた。
戦いを始めてからどれだけの時間が経過したのか。ある程度いつも
の調子を取り戻しつつ周りを見渡すと、十数人の男たちが皆こちら
を見ていた。どうやら冒険者だった者たちのようだ。俺が戦闘を開
始してからは退避していたらしい。
そんなことを考えていると、地面に倒れているグレンに気付いた。
見たところ傷はふさがっているらしい。最悪俺が治そうと思ってい
たが、今思うと元近衛隊と戦う前に治療すべきだったと今更ながら
気付く。
自分の迂闊さに気づき、やっぱ俺もかなり動揺してたんだなぁ、な
どと考えていると、20歳半ばほどのガタイのいい男が話しかけて
きた。
﹁どうやら落ち着いたようだな。俺の名はガリウス。この集団の一
応まとめ役をしている。今回は俺の身内が大変な迷惑をかけてしま
って本当に申し訳ない。俺の監督不行き届きだ﹂
そう言いながら頭を下げてきた。
42
﹁いや、気にしないでくれ。俺も完全に冷静さを欠いていた。正直
悪いことをしたとは思ってないが、少なくとも俺には殺さずに制圧
することだってできたはずなんだ﹂
﹁あいつらを殺してしまったことを後悔しているのか?俺が言うの
もなんだが、あいつらは本当にろくでなしだった。一応戦力にはな
りそうだったから行動を共にしていたが、正直こちらの方こそ後悔
していたところだ﹂
あいつらの始末をさせてしまって申し訳ない、そう言いながらガリ
ウスは苦い顔で首を振った。
﹁いや、殺したことそのものは後悔していない。だが、俺は人を殺
す覚悟をしていたはずなのに、いざ殺した時の俺は冷静ではなかっ
た。どんな奴が相手でも人の命を奪うのは自分自身の意思で。そう
決めていたはずなのに、感情に任せて多くの命を奪ってしまった﹂
それが悔しく、不甲斐ない。そんな俺の気持ちを察したのだろう、
ガリウスが気遣うように話しかけてきた。
﹁どうやら君は人を殺すのは初めてだったようだな。俺たちもみん
な同じ経験をしてきた。むしろ初めての割には君は落ち着いている
方さ。君ほどの覚悟があって人を殺める奴はあまりいないだろう﹂
ところで、とガリウス。
﹁見たところ君は冒険者のようだがやたらと強いな。正直俺は貴族
に嵌められこのような身になる前は、この辺りではそこそこ名の売
れた冒険者だったんだがな。君には全くかなう気がしない。そんな
43
やつ今まで聞いたことないが、ここらに来たのは最近なのか?﹂
﹁ああ、俺はリベラ大陸の東にある大陸から来たんだ。なぜこの森
にいたのかは聞かないでもらえると助かる。実はこの大陸ではまだ
冒険者登録してないうえに、こちらの通貨と向こうの通貨が同じか
もわからない。この大陸の国家についての知識はあるが、実際の情
勢とどれだけ合致しているかもわからないんだ﹂
事実FOEの世界とこの世界の通貨が同じなのか、レートは等しい
のか、そのあたりが全く分からないのだ。俺がそういうと、ガリウ
スは軽く目を見開いたがすぐに元に戻り、
﹁何か訳ありのようだな。だが冒険者は基本的に他人の事情には首
を突っ込まないのがマナーだからな。詮索はしないさ。どうだ?こ
うして関わったのも何かの縁だし、俺らのアジトまで来て状況把握
といかないか?こちらとしても面倒をかけた侘びと仲間のために戦
ってくれた礼がしたいからな﹂
と言ってくれた。
こちらとしても断る道理はない。お言葉に甘える旨を伝え、一行と
ともに彼らのアジトへと向かった。
44
戦闘、そして⋮︵後書き︶
貴明の戦いっぷりはいかがでしたでしょうか。今後も改良を加えな
がら少しでも戦闘描写がうまくなるようにしますので稚拙な部分は
ご容赦ください︵汗︶やっぱり違和感がありますかね、三人称で統
一するかなぁ。
誤字脱字、感想等ありましたらよろしくお願いします。
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自己紹介︵前書き︶
今回は短めです。
46
自己紹介
元近衛騎士達と戦った場所から歩いて20分、森に少し入ったとこ
ろにある洞窟に彼らのアジトはあった。中は木材などで補強、修繕
されており、風通しも良くなかなか快適な場所であった。ユリウス
曰く、彼らがこの辺りで活動を始めてから2か月ほどらしいが、そ
れ以前からすでにこのような作りとなっていたらしく、彼らはたま
ったほこりなどを掃除しただけとのこと。どうやら以前この辺りを
拠点としていた盗賊団が騎士団に討伐されるなどしていなくなり、
空き家となっていたようだ。
貴明たちはとりあえず食堂のようなところへ入り、お互いの自己紹
介を済ませた。ちなみに怪我をしたグレンは秘薬と治癒術師のおか
げで完全に回復し、今は自室で休んでいる。治癒術師の男も精神力
︵MP︶を大きく消耗したため疲労が大きく休んでいるためこの場
にはいない。
﹁さあ、遠慮せずに楽にしてくれ。どうせ俺たちだってここは借り
てるだけだからな。さて、見たところ怪我の類はなさそうだが先ほ
どの戦闘の後だ、疲れもあるだろう。ユリウス、食糧庫から何か食
べ物と飲み物を持ってきてくれ﹂
﹁わかりました団長。貴明さんも楽にして待っていてくださいね﹂
そう言ってユリウスは部屋を出て奥へと向かっていった。そこでふ
と思ったことをガリウスに聞いてみる。
﹁食糧の類はアイテム欄じゃなくて食糧庫に保存しているんだな?
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アイテム欄なら食糧も腐らないからそちらに入れていると思ったん
だけど﹂
﹁ああ、冒険者ならそうだな。現に俺たちも数日分の食糧はアイテ
ム欄に入れてるよ。でも俺たちはこの辺りから動かないし、アイテ
ム欄の容量だって無限じゃないからな。それに腹が減ったとこに食
い物がほしくても、誰かのアイテム欄にあったら自由に食べること
ができないから、基本的に城や俺らみたいな集団の場合は食糧庫に
保存するんだ。﹂
﹁それに生ものは腐る前にみんな食べてしまうし、他は保存食だか
らすぐ腐る心配はないですからね﹂
男ばかりだと消費するペースが早いんです、と戻ってきたユリウス
が笑いながら付け加える。
なるほど、と思いながら貴明は少し考える。
︵ストレージに限界がある?FOEではそんなのなかったはずだよ
なぁ。この世界で確認した時もちゃんと俺が持ってたものは全部あ
ったし。もしこれがこの世界では特異なことならあまりばらさない
方がいいか︶
そんなことを考えていると、ユリウスやほかの元冒険者たちが料理
を運んできて席に着いた。
﹁さ、とりあえず俺たちと貴明の出会いを祝して乾杯といこうか。
貴明、今ここにいないグレンとタラスを抜かせば、ここにいる12
名が俺の仲間たちだ﹂
48
﹁俺は岡本貴明、岡本が姓で貴明が名前だ。歳は19。あんまりこ
の大陸の常識の類には明るくないけどよろしく頼むよ﹂
そうして改めてみんなに挨拶をし、食事に入る。テーブルに載って
いるのは、大森林で狩ったであろう魔獣の肉と自家菜園していると
いう野菜のサラダ、そして林檎やブドウに似た果物や木の実だ。
それらを食べながら、お互いのレベルや情報を交換し合った。本来
ゲームであれば他人のステータスを聞くのはマナー違反だが、この
世界では自分のステータス画面を見せてレベルや身分︵冒険者や騎
士、神官など︶を見せるのは自分の身を証明するのによく用いられ
るため抵抗はないらしい︵さすがにパラメータの振り分けや装備、
取得したスキルなどは見せないようだが︶。
﹁改めて俺はガリウス、年齢は24、レベルは138だ。数か月前
まではAランクの冒険者だったが、とある貴族が出した護送依頼を
引き受けたとき、自分たちが運んでいるのがラービア連邦のエルフ
や獣人の子供たちであることがわかってな。どうやら連邦にいる奴
隷商と結託してあちらの子供たちをこっちで売りさばいていたらし
い。﹂
﹁僕はユリウス、歳は18、レベルは102です。元Cランク冒険
者でこの集団の副リーダーのような役をやってます。ここにいるメ
ンバーは全員その依頼に参加した冒険者なんですけど、その依頼を
出した貴族に僕らが秘密を知ってしまったことがばれてしまいまし
て。僕らを始末しようと自前の私兵軍を派遣したんですけど撃退し
てしまったんですよ。それで今度は僕らを、私兵を襲った犯罪者に
仕立てあげてしまいまして﹂
﹁基本的に冒険者ギルドはどの国家や権力からも独立しているんだ
49
がな。さすがに国に犯罪者と認定されたものをギルドに置いておく
わけにもいかないからな。ガルーダのギルド長は最後まで頑張って
くれたんだが、迷惑もかけるのも忍びない。しょうがないからこう
して盗賊まがいのことをしてあの貴族の輸送ルートをつぶしている
んだ﹂
﹁なるほど、そういうわけだったんだな。道理で盗賊の割にすごく
話が分かるし礼儀正しいわけだ。っていうかユリウス、お前連中と
言い争ってた時と口調とか一人称違わないか?﹂
気になったので聞いてみる。するとユリウスは苦笑いしながら答え
た。
﹁ああ、本当はこっちが素なんですよ。でも荒っぽいことするとき
に﹃僕﹄だとなめられますからね。意図的に荒っぽい口調にしてる
んです。でもそれを言い出したら貴明さんだってあの場での雰囲気
と変わってますよね。何となく口調もフランクになってますし﹂
﹁俺もこっちが素なんだよな。あのときは初対面だったし、何より
もみんな盗賊だと思ってたからね。戦いや真面目な時は基本あっち
の雰囲気だけど、それ以外は気を抜かないと肩こるんだよ﹂
そうして雑談をする貴明たちだが、話が先ほどの戦闘の件になると
ガリウスとユリウスが
﹁そういえば貴明のレベルは聞いてなかったな。あの戦いぶりは正
直S−クラスどころかSクラスものだったぞ﹂
﹁あ、それ僕も気になります。団長より強い冒険者なんてこのあた
りじゃあんまりいないのに、いったいどれだけレベルが高いんです
50
?﹂
と聞いてきた。
正直に話していいものか貴明は迷った。いくら人当たりが良いとは
いえ、ガリウス達とはつい先ほど知り合ったばかりだ。貴明のよう
に図抜けたレベルの持ち主を前にして、貴明を利用しようと考える
ものは当然現れるだろう。ガリウス達がそう考えないという保障は
全くない。
しかし、と貴明は思う。今話した印象では、ガリウス達にそのよう
なことを考える者特有の後ろ暗い雰囲気が感じられない。曲がりな
りにも大きなコミュニティをまとめていた貴明は、人を見る目にそ
れなりの自信を持っている。
そもそも貴明のレベルが255であることは紛れもない事実であり、
今後隠し続けられる保障もない。そのような状態で他人に利用され
るのを恐れ、偽りのレベルを伝え相手が信用できるかを判断してい
くのはあまりにも現実的ではない。何の地位もコネクションもない
今の貴明にとって、この世界で仲間を作ることはすべてに勝る最優
先事項なのだ。
︵それに︶
貴明は内心薄く笑う。この世界において貴明のレベルはおそらく規
格外。仮に自らの力が他の勢力などに利用され不利な状況下に追い
込まれたとしても、全ての障害を強行突破すればよい。それすら不
可能な状況に追い込まれるようなら、どのみちこの世界で生き抜く
ことなど不可能だろう。
51
貴明はそう考え、偽りなく自らのレベルを告げた。
﹁確かにまだいってなかったな。俺のレベルは255だ。強制はし
ないけど、あんまり言いふらさないでくれると助かるよ﹂
貴明がそう告げると、
﹁⋮はっ?﹂
﹁⋮え?﹂
﹁なっ⋮﹂
﹁ぶっ!?﹂
﹁うぉおお!?きたねぇ!?﹂
みんな固まるか吹き出すかのどちらかになってしまった。
︵ああ、やっぱり異常なレベルだったんだなぁ︶
などと考えつつ、貴明はその様子を眺めながら少し冷めたお茶を飲
み、この後に待ち受けるであろう質問の嵐をどうやって切り抜ける
かを検討し始めた。
52
自己紹介︵後書き︶
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、FOEでの冒険者
のランク分けとこの世界での分け方は若干違います。次回はそのあ
たりの解説になるかと。
誤字脱字、感想等ありましたらよろしくお願いします。
53
説明、そして誓い︵前書き︶
いろいろ試行錯誤しましたが一応完成したので投稿します。ちなみ
にこの話から三人称で統一して書いていこうと思います。何かご指
摘がありましたらばしばしお願いします!
54
説明、そして誓い
﹁さて、みんなある程度落ち着いたようだし、そろそろ質問しても
いいか?﹂
一時はかなり混沌としていた食堂がガリウスの問いかけによって若
干の静寂を取り戻す。ガリウスは少し戸惑いつつも落ち着いた雰囲
気を出しているが、他はユリウスを含め皆興奮と困惑が入り乱れて
おり、まともに発言できる状態ではない。いや、この場合ガリウス
のほうが落ち着きすぎと言えるだろう。
﹁いくつか聞きたいことはあるが、何よりもこれだけは確認してお
きたい。今お前は自分のレベルを250ではなく255といったな
?俺たちの常識ではレベルは250までなんだが、お前だけが特別
なのか、それとも俺たちには伝わっていない何か特定の方法でしか
251以上には上がらないのかを教えてくれ﹂
︵ほう!︶
ガリウスの質問を聞き、貴明は内心かなり驚いた。先ほど貴明は自
分のレベルを自己申告したときステータスウィンドウは提示しなか
った。しかしそれにもかかわらず、ガリウスは真偽の確認や今まで
どこでどんなことをしてきたのかではなく、自分たちにもその手段
があるのかどうかを聞いてきた。これは裏を返せば、ガリウス本人
がレベル255に到達するつもりがあることを示している。
﹁それに答えるには少々俺自身も情報が足りなくてな。悪いがこっ
ちが先に質問してもいいかい?﹂
55
﹁あぁ、そうだったな。すまない、貴明がこの大陸の事情に疎いと
いうのをすっかり忘れていた﹂
そういってガリウスは貴明の質問に答えた。それによりわかったの
は、この世界がFOEにほぼ完全に一致していることだった。大陸
に存在している国家の数とその国力、および世界情勢。時代背景や
国家の統治者の名前や家系。この世界にある大陸の数。この大陸の
通貨であるフォルのレート。それらが完全にFOEと一致した。ち
なみにこの世界の貨幣は小銅貨一枚が1フォル。銅貨一枚が10フ
ォル。小銀貨一枚が100フォル。銀貨一枚が1000フォル。小
金貨一枚が1万フォル。金貨一枚が100万フォル。小白金貨一枚
が1億フォル。白金貨一枚が100億フォルである。1フォルは日
本円の1円とほぼ同等の価値だ。
相違点もあった。アイテムのストレージはFOEと違い数に制限が
あり、レベルとともに持ち運べる数が増えるようだ。また、冒険者
のクラスランクはFOEでは1∼60レベルがFランク、∼90レ
ベルがEランク、∼120レベルがDランク、∼150レベルがC
ランク、∼180レベルがBランク、∼210レベルがAランク、
∼240レベルがSランク、それ以上がSSランクと分けられてい
た。それに対してこちらの世界では、冒険者登録できるのはレベル
30からであり、最初がFランク、そこから20レベルずつE、D、
C、B、A、S−、S、S+、SS−、SS、SS+と分けられる
ようである。よってレベル138のガリウスはAランク、レベル1
02のユリウスはCランク相当の冒険者となる、とのこと。
つまり貴明はSS+に分類されるらしいのだが、かつてそのランク
に到達したものは1500年以上昔にリベラ大陸を統一したことが
あるアヴァロン帝国という国家の初代皇帝のみであり、それでもレ
56
ベル250だったらしい。近年で高レベルだったのはダイオン帝国
初代皇帝のレベル215くらいであり、当代の冒険者で最強といわ
れるものですらレベル197。いかに貴明のレベルが規格外かがわ
かる。
﹁なるほどな、だいたい聞きたいことは分かった。それで最初の質
問の答えだけど、おそらく条件を満たせばだれでも255までレベ
ルは上がる⋮と思う。正直他の例がないから俺と同じやり方かどう
かがわからないから、レベル250まで到達したら伝授するよ﹂
﹁無茶いわないでくれ、レベル250なんてこの1000年出てな
いんだぞ﹂
そういってガリウスは苦笑する。それでもその眼には闘志がみなぎ
っており、決して諦めているわけではないことを物語っている。
そのような問答をしていると、ようやく他のメンバーも正気を取り
戻したのか会話に加わりだした。
﹁いやぁ、規格外のレベルだろうとは思ってましたけど、完全に別
次元の世界ですね﹂
﹁でもレベル255ってことは少なくとも2系統の術はマスターで
きる計算だよな!レベル上昇のステータス補正もあるだろうし、あ
の近衛崩れどもも歯が立たないわけだ﹂
﹁しかしSS+相当の冒険者に出会うことになるとはな。いや、ま
だ登録はしてないし、必ずしもレベルが高けりゃイコールランクも
高い、てわけじゃないんだが、それでもすげぇな﹂
57
各々が思い思いの感想を口にしていると、ガリウスとユリウスが何
か期待しているような、そして不甲斐なさそうな顔で頼み込んでき
た。
﹁なあ、貴明の力を見込んで頼みたいんだが、ガルーダ貴族の奴隷
密売の証明に協力してくれないか?﹂
﹁正直なところ、今の僕らの活動では限界があるんです。ここで何
とかしないと、やつをどうにかする前にこっちに討伐隊が向けられ
てしまう﹂
二人にそう言われながら頭を下げられ、貴明がどうするかを少し思
案していると、食堂の入り口にグレンの姿があることに気が付いた。
まだグレンは完全に体力が戻ってないのか、壁に寄りかかるように
立っていたが、それでもその目には強い意志を宿していた。
﹁話は聞かせてもらいました。俺からも頼んます。俺たちに力をか
してしてくだせぇ。今でも思い出すんだ。あの依頼を受けた時、馬
車に積まれた檻の中から助けを求める子供たちの姿を。あのときは
結局助けてやることができなかったが、あんたがいればあのクソ貴
族の尻尾もつかめる。もし明確な証拠が手に入れば、冒険者ギルド
経由で皇帝のもとに知らせることだってできるはずだ!﹂
その叫びには強い後悔と自責の念が込められていたが、貴明は即答
することを控えた。
﹁確かに、俺が加われば戦闘に関しては力になれるとは思う。だが
その問題は俺が加わっただけでどうにかなるのか?俺だってさっき
聞いた事情から力になりたいと思ってはいたから引き受けるのはや
ぶさかじゃないが、何か明確な戦略を聞かせてくれないと安請負は
58
できないぞ?﹂
貴明がそう問うと、ユリウスが説明してくれた。
﹁それなら大丈夫です。調べた結果によると、あの貴族はラービア
連邦で奴隷を仕入れるとき、自らの手のものを証明する手段として、
皇帝陛下から下賜された紋章入りの指輪を提示しています。奴隷の
運搬時には必ず馬車にそれが積まれていますし、やつの屋敷には売
買時の契約書や証明書が必ず保管されています。それらを押収でき
ればやつらの犯罪を立証できるでしょう﹂
﹁しかし馬車にも屋敷にも、かなりの数の私兵どもがついているん
だ。俺たちの件があって以来、やつは護衛に冒険者を使わなくなっ
た。私兵どもは平均でレベル80くらいらしい。国軍の一般的な兵
士のレベルは70前後で、90を超えたあたりから精鋭と呼ばれる
ことを考えたらそれなりに強い部類に入るだろう。俺たちのほうが
私兵どもよりもレベルは高いから一対一でやられることはないが、
さすがに10倍以上の敵となると分が悪いんだ。だが貴明ほど図抜
けた戦力がいれば必ずやつらの守りを突破できる﹂
﹁それに件の貴族は、例の綱紀粛正時に現皇帝ビスマルク5世の手
をすり抜けているから、皇帝は何とかやつの尻尾を掴みたがってる。
先代同様誠実で実直な男だからな、ビスマルク5世は。俺たちが多
少派手にやらかしても見逃してくれる可能性が高い﹂
ユリウスの言葉を継ぎ、ガリウスとグレンが説明してくれた。
﹁そこまで条件がそろってるのならためらう理由はないな。わかっ
た、協力させてもらおう!﹂
59
貴明はそう言い切り、ガリウス達と協力して奴隷売買の件に終止符
を打つことを誓い合う。実行は三日後、深夜にこの付近を通る奴隷
を乗せた馬車を強襲し奴隷を救出しつつ指輪を強奪。貴族が逃亡を
図る前に屋敷を襲い身柄および関係書類、まだ売買されていない奴
隷の身柄を確保、保護する。
それらのことを決めた後貴明たちは軽い宴を催し、ことが終われば
ガリウス達は冒険者に戻ること、貴明はこちらで冒険者登録するこ
となどを話しながら、その日を越していった。
そしてこの出会いが、この頼みを聞いたことが、貴明の運命を大き
く揺るがすこととなり、彼らやこれから出会う仲間たちと長く付き
合うこととなるのだが、今の貴明達にはそんなことは想像もつかな
かった。
60
説明、そして誓い︵後書き︶
4連休中はまた投稿することができませんが、今日明日でできるだ
けストックを作り予約投稿できればなぁ、と考えてます。
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。
61
作戦決行 馬車襲撃戦 決行直前︵前書き︶
ついに強襲作戦決行となります。作戦立案は貴明だったりします。
62
作戦決行 馬車襲撃戦 決行直前
ガリウス達と出会ってから三日後の深夜、グスタフ大森林の中を走
る狭い馬車道を見下ろせる高さの小さな崖の上に貴明はいた。
﹁全員位置についたな。貴明、お前のほうも問題ないか?必要だっ
たらお前の分の馬だって用意できるんだから遠慮は要らないぞ。幸
い近衛どもがいなくなったおかげで一人当たりの物資は潤沢になっ
たからな﹂
そう言ってガリウスはニヤリと笑った。今までまじめで落ち着きの
ある面ばかり見てきたので、そのような顔もすることに貴明は軽く
親近感を覚えた。どうも貴明は何か企みごとをするときに悪そうな
笑みを浮かべることがあったらしく、FOE時代に俺の右腕のよう
な存在だった影月からも﹁クロードさんまた悪い顔してますよ﹂と
苦笑いされながら注意を受けたことがたびたびあるのだ。
﹁ああ、俺は以前説明したとおり体術スキルが最大だからな。下手
な馬に乗るよりも早く移動できるし、スタミナだって一日中走り続
けられる位はあるから問題ない。それよりもそっちこそいいのか?
全体の指揮を俺に預けるなんて。レベルが高ければ指揮もうまい、
なんてことはないんだから、俺に遠慮する必要はないんだぞ?それ
に今までリーダーだったお前を差し置いて指揮なんか執ったら、ほ
かのメンバーとの間に軋轢を生むんじゃないか?﹂
﹁それなら心配ない、みんな納得済みさ。この前の宴会のときに、
63
お前が以前傭兵団の団長を務めていたといっていたからな。みんな
レベル255の男が指揮を執る戦いに興味津々なんだ。それに俺だ
って冒険者時代は一人で行動していたから、集団戦闘の指揮を執っ
たのだって例の依頼を受けたときを含めて数回だけだぞ﹂
何ならこの件にかたがついたらお前を団長にして傭兵団でも作って
みるか?とガリウスが提案してきたので、考えておく、とだけ返し
ておく。
あと30分もすれば目標の馬車が姿を現すだろう。そう思い貴明は
自分の周りにいるガリウスやグレンを含む7名の仲間を集め、最後
の確認をする。
﹁さて、それじゃ最後に作戦の確認をしよう。今回この作戦に参加
するのは俺とガリウス以下15名の冒険者、計16名だ。襲撃目標
はラービア連邦から奴隷を乗せて戻ってくるガルーダ貴族の馬車だ。
今までみんなが行ってきた偵察活動の結果から推測すると、馬車は
3台、護衛は50人前後で、そのうちおよそ20人は騎兵で間違い
ないな?﹂
貴明がそう聞くと傍らにいるグレンが首肯した。
﹁ええ、さすがに大人数で森を移動すると騎士団にばれやすからね。
かといって冒険者を雇えない以上それなりの人数をつけないとグス
タフの森では危険すぎる。だから基本的に50人くらいの人数にな
るわけですな﹂
﹁逆にそのくらいの人数だからこそ今まで俺たちも輸送の妨害がで
きていたんだ。やつの屋敷には500人以上の私兵団が常駐してい
るから、その半分でも回されたら手が出せなかった﹂
64
ガリウスが補足する。確かにいくら彼らのほうが私兵団よりもレベ
ルが高いとはいえ、それだけ人数に差があればその数に飲み込まれ
ておしまいだろう。
貴明だって仮に国軍500人くらいならば、装備しだいでは殲滅す
る自信がある。盾や防具で防いだ攻撃まではダメージにならないか
らだ。高ランクの武具で身を固めれば、それらが健在なうちは他者
を無双することができる。平均レベルが70そこそこの国軍など貴
明から見たらその程度のものなのである。
しかしこれが5000人、1万人となればさすがに死を免れない。
如何に武具で身を固めても、攻撃を受け続ければそれらは損耗する。
そしてその隙間から生身の体に攻撃を受けたなら、どれだけステー
タスが高くてもダメージが入るのである。ダメージ0が存在しない
以上それは必然なのだ。
仮に回復魔法や回復薬でHPを回復しても、相手が膨大であるなら
ばジリ貧でしかない。アイテム欄から新しい防具を取り出そうにも、
大量の敵に押しつぶされその操作そのものをさせてもらえないのだ。
高レベルの人間は限りなく強くなるが、決して無敵になることはな
い。それがFOE,そしてこの世界の常識である。
﹁よし、それじゃあ予定通りでいいな。まずはグレン率いる5名の
部隊とともに俺が馬車に奇襲を仕掛ける。このときメンバーは全員
徒歩だ。馬は近くに隠しておく。そしてこの攻撃時に俺がほどほど
に大暴れするつもりだ﹂
﹁ほどほどに大暴れ⋮ね。お前のほどほどがどのくらいの規模なの
65
か正直気になるが﹂
ガリウスが苦笑する。
﹁ほどほどはほどほどさ。さて、その第一次攻撃で敵の歩兵は全員
こちらにひきつけるつもりだ。残りの騎兵とともに馬車は先へと逃
げるだろう﹂
貴明は手元にある地図︵ユリウス謹製︶に当てた指を動かす。
﹁そして1000メートル先のこの地点、ユリウスたちが隠れてい
る小高い丘のあたりまで敵が来たら第二次攻撃を仕掛ける。ガリウ
スはこの後あっちに合流するから、逆落としのタイミングはガリウ
スに任せるよ﹂
このあたりには今現在ユリウス以下9名の部隊が騎乗して潜伏して
いる。これにガリウスが加わり、騎兵10名で敵に攻勢をかける。
﹁可能ならこの段階で敵を殲滅し馬車を押さえたいところだけど⋮
難しいんだよな?﹂
俺はガリウスに確認する。するとガリウスは難しい顔でうなずいた。
﹁ああ、俺たちが何度か襲撃をかけたら、連中も輸送時に精鋭をつ
けるようになったんだ。おそらく貴族直属の護衛部隊の連中だろう
が、やつら﹃サーチ﹄で確認したらみんなレベル90くらいだった
んだ。中でも指揮をとっていたのがレベル125でな。国軍の者を
金で抜き取ったんだろう。とにかくその精鋭が騎兵の半数を占めて
いるはずだ﹂
66
﹁となるとやはり、やつらは通常の騎兵でこちらを足止めしつつ残
りの精兵で馬車を護衛しつつ離脱を図るだろうな﹂
貴明がうなずきながらそういうと、グレンがなんとも微妙な顔で貴
明に質問してきた。
﹁しっかし、本当に大丈夫なんですかい?即効で敵歩兵を蹴散らし
た後、その足で走って敵馬車を補足して精鋭部隊を撃破するなんて﹂
﹁ああ、もちろんだ。グレン隊は隠した馬に乗ってガリウス隊に合
流、足止めを破った後にこちらに合流してくれ﹂
そう、貴明の作戦はいたって簡単。敵の足止め要員を力ずくで突破
し、ダッシュで追いついて馬車を押さえるというとてもスマートな
ものだ。マッチョとも言う。
﹁まあ、いまさら言っても仕方ないだろう。それにグレンだって貴
明と模擬戦してみたんだろう?だったら問題ないと思わないか?﹂
ガリウスがからかうようにグレンに問うと
﹁いや、まあ。そりゃそうなんですけどね。てかあれを模擬戦と言
っていいものかどうか⋮。正直おりゃあ同じ人間を相手にしている
気がしませんでしたよ﹂
と、また微妙な顔で貴明を見ながらのたまった。見るとガリウス以
外のその場にいる全員が同じ顔で貴明を見ている。
例の宴会をした翌日、貴明は彼ら冒険者たちと模擬戦を行った。き
っかけはユリウスが﹁貴明さんの力を見てみたいです﹂お願いした
67
ために、貴明がそれを呑んで軽く打ち合ってみたのだが、それを見
ていたほかのメンバー︵ガリウス含む︶全員が俺も混ぜろ、と要求。
一人ずつはめんどくさいのでむしろ好都合と、貴明はそれを承諾し
た。結果は今の彼らの顔を見て判断してほしい。
︵まったく失礼な︶
貴明はそう思いつつも作戦決行時間が近づきつつあることを考え号
令を出す。
﹁さあ、そろそろ目標が見えてくるころだからガリウスも配置につ
いてくれ。何か計画に支障をきたす事態が発生したらさっき渡した
念話石で連絡する﹂
﹁ああ、わかった。こっちはよろしく頼む﹂
そう言ってガリウスは騎乗しユリウス達に合流しに行った。
ちなみに先ほど出た念話石だが、これは貴明のオリジナル魔法だ︵
とはいえ元はFOEで一般的に普及していたものなのだが︶。基本
は電話のようなもので、通信したい相手を思い浮かべながら石にM
Pを通すと、相手の念話石が震える。それに相手がMPを通すと通
信ができるのだ。
これは基本的に風属性魔法なのだが、その辺の石があればレベル5
0の魔術師くらいのMP総量分消費することで作ることができる。
しかし現実世界の電話を知っていないと概念がわからないらしく、
今のところ貴明にしか作れていない。
最初この世界で念話石があるか聞いてみたら存在せず、基本的に遠
68
距離の連絡は早馬か狼煙、もしくはグリフォンや飛竜などを調教し
て騎獣として活用し、それで手紙を配達するのが当たり前だという。
ゆえに最初に念話石を見せたときには大変驚かれた。
ちなみにこの念話石、使い方しだいでは片方をどこかに置いて、も
う片方にMPを流し込みながら置いている石そのものに意識を向け
ると、その石の周囲が見渡せるので索敵やのぞき見に使えるのだが、
今のところその使い方を彼らに教える気は貴明にはない。
そんなこんなで時間をつぶしていると、仲間の一人が目標の馬車を
発見した。ここから距離は200メートル。徒歩にあわせているの
で移動は早くない。
﹁これなら問題ないな。グレン、ガリウスに目標確認の通信を入れ
ろ。総員戦闘態勢に入れ。敵性勢力が目の前を少し通り過ぎたあた
りで死角から奇襲を仕掛ける。基本的に俺が派手に立ち回るが、お
前たちも遠慮せず存分に暴れてやれ!﹂
﹃おう!!﹄
敵との距離は150メートルほど。開戦のときは刻一刻と近づいて
いった。
69
作戦決行 馬車襲撃戦 決行直前︵後書き︶
正直もう少しまともに作戦を組み立てるつもりだったんですが、自
分にそんな腕がないのと貴明いたら強行突破でいいんじゃね?てこ
とで大変わかりやすい作戦となりました︵笑︶
誤字脱字、感想等ありましたらお願いします。
70
作戦決行 馬車襲撃戦 その1︵前書き︶
ついに序盤最初の山場開始です。それではどうぞお楽しみください
!
71
作戦決行 馬車襲撃戦 その1
馬車とその護衛部隊の配置は前方に騎兵20騎︵うち精鋭と思しき
部隊が半数︶、その後方、隊列の中列に馬車が3台あり、その両脇
を5名ずつ歩兵が固め、最後尾に歩兵20名が歩いていた。彼らは
徒歩のスピードに合わせてはいるがそれなりに早足で、一刻も早く
この森を抜けようとしているようにも見える。ここ最近盗賊じみた
者たちに襲撃を繰り返されているからあながちそうなのかもしれな
い。
︵とはいえ、奴らは小勢。我々が今の体制で守っている限り何ら問
題はあるまい︶
この馬車の護衛隊長、ジャック・トルーマンは内心そうつぶやいた。
ジャックは神聖ガルーダ帝国軍第3師団所属の100人隊長を務め
ていたが、上官である第3師団長が所属する派閥の有力者であると
ある貴族に引き抜かれ、私兵軍中隊長に任じられた。今までの給料
の倍の報酬を提示されれば迷う道理はなかった。
もともとジャックは軍部の名門、トルーマン家では浮いた存在であ
り、一族では珍しく精鋭ぞろいの騎士団ではなく国軍のほうに仕官
した。30歳半ばになる今も貴族にしては珍しく結婚しておらず、
実家も兄がすでに継いでいたため特に何も問題なく転属することと
なった。そもそもトルーマン家は派閥に属することを嫌う性質であ
ったため、国軍に入ったジャックは半ば実家とは縁を切っていたの
だ。
そして新しい職場で目にしたのは、貴族やそのお抱え商人たちによ
72
る奴隷の売買である。内戦中であることに付け入り、年端もいかな
い子供たちをラービア連邦から連れ去りガルーダで売り払っていた
のだ。
最初は驚いたものの他国の子供などにさしたる興味もなく、給料の
良い仕事をわざわざ手放す気もなかったジャックは、奴隷を運ぶ商
隊の護衛隊長として日々を過ごしていた。
﹁あと5時間もすれば森を抜けられるだろう。各員、疲れもあるだ
ろうが警戒を怠るな。この辺りは最近頻繁に野盗が現れるからな﹂
そう言って部下たちの気を引き締める。最近は小規模になってはい
るが、それでも襲撃そのものはなくなってはいないため、万が一に
も馬車が奪われないようにしなければならない。
しかも今回運んでいるのは奴隷となる子供だけではなく、今自分が
通過しているグスタフ大森林で偶然手に入れた﹁お宝﹂もあるのだ。
この﹁お宝﹂はうまく扱えば相当な金になるだろうと、ともに行動
している商人と相談し馬車に乗せたのだが、早く森を抜け本国に帰
還しなければこちらの身が危なくなる諸刃の剣なのだ。この商隊の
中で一番焦っているのは実はジャック本人なのである。
︵とにかく今はこの森を無事に抜けることだけを考えよう。なに、
最悪の場合は歩兵を囮にしてでも馬車と指輪だけを守り抜けばそれ
でいい︶
部下を捨て石にするようなことを考えつつ馬を進めていると、自分
たちの後ろ、少し高いだけの段差のような崖の上からふと何か物音
がした。それは本当に小さな音で、現にジャックの両隣にいる部下
たちは気づいた様子もない。
73
妙に気になったが変に気にするのもおかしく思い、ジャックが自分
の気のせいだと決めつけ前を向いたその時
﹁かかれぇえぇぇ!!﹂
﹃うおおおおおぉ!!!﹄
数人の武装した集団が、雄叫びをあげ崖からとびかかってきた。
﹁よし、ガリウスの報告通りこの中で最もレベルが高いのは馬に乗
っているあの男だな。できればあの男を狙いたいが少しここからだ
と位置が悪い。予定通りに仕掛けよう﹂
﹁了解しやした。お前らもわかってんな?﹂
﹃はい!﹄
敵を目視した後、﹃サーチ﹄で敵のレベルを確認する。しかしそこ
で貴明は少し気になるものを発見する。
︵うん?馬車に乗ってるのは子供たちや商人だけじゃないのか?あ
の形は⋮犬、いや狼か。なぜそんなものを積んでるんだ?︶
高レベルのものが﹃サーチ﹄を使うと、薄い壁などを透視して敵を
索敵することができる。それを応用し、馬車の内部の人数を確認し
ていたのだがその中に狼が一匹混じっていたのである。
74
﹁聞いてくれみんな。今馬車を確認したら子供や商人だけでなく狼
のような動物がいた。まだ子供のようだし弱っている様子だからお
そらく連中の売り物なんだろう。発見しても襲わないようにガリウ
スにも伝えてくれ﹂
貴明はグレン隊のメンバーにそう伝え、あとは敵が目標地点を通り
過ぎるのを待つ。そしてついに敵が目の前に差し掛かった。気の早
いものが飛び出そうとするのを手で押さえ、襲撃のタイミングを計
る。
︵あと5歩。3、2、1!︶
﹁かかれぇえぇぇ!!﹂
﹃うおおおおおぉ!!!﹄
喊声をあげ、貴明達は敵へと襲い掛かった。
﹁敵襲、敵襲!﹂
﹁ぎゃあぁ!腕が、俺の腕がぁ!﹂
﹁くそ!野郎やりやがったな!﹂
ジャックが後方を確認できる位置に踊り出ると、そこはすでに阿鼻
叫喚の渦に飲み込まれていた。何人かはすでにこと切れており、少
なくない人数が戦闘不能となるほどの深手を負っていた。
75
部下の中には治癒魔術が使える部下も何人かいたが、この状況下で
は正確にけが人の位置を把握し施術するのは難しいだろう。ほかの
魔術師も味方を巻き込んでしまうために迂闊に攻撃魔法が使えない
でいる。
﹁うろたえるな!敵はあくまで小勢だ、包んで討ち取れ!﹂
ジャックは何とか秩序を取り戻そうとする。その声に反応して、4
名の部下が敵の先頭で暴れまわっている青年を囲い込み、一斉に槍
を突き出す。しかし、
﹁邪魔だ、どけぇ!!﹂
鋭い掛け声とともに一閃。その男の持つ長剣が煌めき、槍や防具ご
と部下が切り伏せられる。
︵馬鹿な、4人同時にだと!?︶
その光景を見たジャックは、このままでは危険と判断、騎兵と馬車
を促し戦線を離脱することを決める。
﹁我々は本国に急行する。お前たちは適当に敵をひきつけよ。ある
程度時を稼いだのちばらばらに逃げるのだ﹂
そう言い放ち、20騎の騎兵と3台の馬車はこの場から急いで退避
した。
︵今のところ予定通りだな︶
76
貴明は11人目の敵を薙ぎ払い、あたりを見渡す。敵騎兵は今しが
た離脱しここには歩兵しかいない。グレン隊の面々はみな奮戦して
おり、援護が必要なものは見当たらない。これは貴明がかなりの速
度で敵を切り倒したことで敵の数が減ったことと、残った敵の半数
近くが貴明を警戒し取り囲んでいるからである。それにより、グレ
ン隊の面々は1対1の構図に持ち込めているのである。
﹁いいか、奴を討ち取ったものには金貨5枚を約束する!何があろ
うとも奴だけは討ち取れ!こいつさえいなければ残りは雑魚どもだ
!﹂
それなりにきれいな格好をした男が怒鳴っている。おそらく歩兵隊
の隊長なのだろう。その声に応じて、一人の男が貴明に斬りかかっ
てきた。
﹁っしゃあ!あんな奴俺が仕留めてやる!﹃ヴァーティカルスラッ
シュ﹄!!﹂
︵おっと、スキルか!︶
敵兵のスキルを躱し、その隙を狙って敵を叩き斬る。以前ガリウス
達と情報交換した時に聞いたのだが、この世界にもスキルはちゃん
とあるらしい。FOEと同じくオリジナルのものを自ら作れるとの
ことだ。しかし各々が自由にスキルの名前を決めるのもややこしい
ため、基本的に国ごとに似た系統の剣技や魔法は統一され、それが
広く流布されているらしい。
それらのスキルは長年の研究により、最も効率よくスキルを繰り出
せるように調節されているため、MP消費も効果もバランスが良く
77
発動しやすい。よってオリジナルスキルを使うのは一部のコアな冒
険者のみであるとのことだ。
だがこのスキル、冒険者達はともかく国軍や騎士団の者が戦場で使
う機会はほとんどない。なぜなら派手すぎる技は戦列を乱しやすく、
統制がとれないためだ。ゆえに魔術師以外で戦場においてスキルを
使うのは、一騎打ちのような個人戦の時だけらしい。
そもそも戦場で戦う相手は同じ人間がほとんどである。よほどレベ
ルに差がない限り、わざわざスキルを使う必要がないのだ。これが
魔獣のような相手になると、より効率よくダメージを与えるために
スキルが重宝されるのだが、魔獣など大量発生でもしない限り全軍
で動くことなどなく、小規模の部隊で行動するために問題なくスキ
ルを使えるとのこと。
︵実際FOEでもよほど強い魔獣が相手でない限りスキルなんて使
ってなかったからなぁ。そもそも俺日本刀と双剣以外でスキルの登
録してなかったし︶
ゆえにこの世界でも、強力な魔獣討伐時や一騎打ち以外で魔術スキ
ル、魔法以外のスキルを見るのは本当にまれだという。先ほどの兵
士がスキルを使ったのはあくまで1対1だったからだろう。よって
貴明も大規模の軍勢に囲まれた時や魔獣討伐以外では複合スキルの
ような大技は出さないようにしよう、と密かに決めていた。そもそ
もメイン装備であった日本刀などを持ち出す事態にならない限り元
から使う必要がないのだが。
戦闘中にもかかわらずそんなことを考えながら周囲の状況を確認す
る。
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今現在残っている敵の戦力は14名。うち8名が貴明を囲んでいる。
この数なら問題ないと判断した貴明は、先行した騎兵隊に追いつく
ために彼らをさっさと一掃することにする。
﹁どうしたお前たち!金貨がほしくはないのか!!奴を倒せばお前
たちの将来は安泰なんっ!?﹂
﹁やかましい。人に命令する暇があるなら自分でかかってこい!﹂
先ほどからしゃべってばかりの隊長を話の途中で切り伏せ、ほかの
敵兵も殺しにかかる。事前に決めていたことだが、この件に自分た
ちが関与していたことがばれて困るのは貴族たちだけではないのだ。
よって、一切の目撃者を出すわけにはいかず、敵兵士は皆殺しにす
ることで話はまとまっていた。
結果から言うと、戦闘が始まってからわずか5分で敵歩兵隊の殲滅
は完了した。
﹁よし、第一段階はクリアしたな。全員怪我はないか?﹂
﹁何人かかすり傷を負いましたがその程度です。戦闘に問題はあり
ませんぜ﹂
﹁敵兵全員の死亡を確認しました。数もそろってますから逃亡した
者もいないようです﹂
貴明が仲間たちに確認すると、グレン隊の面々が口々に答えた。
79
﹁よし、それではこのまま第二段階へと移行する。俺は道から少し
離れたところを走って敵部隊を追い越し待ち伏せする。お前たちは
馬に乗ってガリウス隊の援護に回れ﹂
﹁了解しやした。こっちはお任せくだせぇ﹂
﹁貴明さんお気をつけて!﹂
﹁無茶しないで下さいよ!﹂
先ほどの貴明の暴れっぷりを見ていたグレン隊のメンバーは貴明を
止めようとはしなかったが、それでも単騎で先行する貴明を気遣う。
それを笑って首肯した後、貴明は気合を入れるようにこぶしを掌に
打ち込み駆け出す。
﹁さあ、それじゃあ仕上げと行きますかね!﹂
少し時をさかのぼる。
﹁どうやら交戦を開始したようだな﹂
﹁貴明さんやグレン達は大丈夫でしょうか﹂
ガリウスがつぶやくと、ユリウスが心配そうな顔で道の先を見る。
ここから1キロメートルほど北に上ったあたりで彼らは交戦してい
る。かすかに聞こえる怒声がそれを証明していた。いくら貴明がい
るとはいえ、たったの6人で50人の部隊を襲うというのはさすが
に厳しいのではないか。みんなそう考えているのだろう、ガリウス
80
以外みな浮かない顔をしている。
﹁なに、あいつらなら問題ないさ。見てみろ、どうやら作戦は順調
のようだぞ﹂
しかしガリウスは軽く笑いながら視線の先を指さす。そこには騎兵
とともに全力で走る3台の馬車の姿があった。
﹁なっ、まさかもう離脱を選択したんですか!?まだ襲撃が始まっ
て5分と経ってませんよ!?﹂
ユリウスが愕然と呻く。いくらなんでも早すぎるのではないか!?
﹁どうやらよほどあいつらの圧力が強かったんだろうな。馬車を守
りながらの戦闘は不可能と判断したらしい。さて、俺たちも攻撃準
備だ。この分だとグレン達はすぐやってきそうだからな。手柄を奪
われる前にけりをつけるぞ!﹂
﹃了解!!﹄
敵集団が近づいてくる。こちらの突撃目標は敵騎兵集団のどてっ腹
だ。騎兵は横からの突撃には対応することが難しい。
﹁全員騎乗したな?行くぞ、突撃!!﹂
﹃突撃!!!﹄
作戦の第二段階が始まった。
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作戦決行 馬車襲撃戦 その1︵後書き︶
作戦その1、いかがだったでしょうか。今回説明しているように、
よほどの事態にならない限り、今後武器や体術系統のスキルが出る
ことはありません。期待してた人ごめんなさい︵汗︶
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
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作戦決行 馬車襲撃戦 その2︵前書き︶
やったー!ついにヒロイン候補第1陣が登場しますよ!今まで男ど
もばかりで申し訳ありません︵笑︶それではどうぞ∼。
83
作戦決行 馬車襲撃戦 その2
︵おのれ、いったいなぜあの野盗どもにあそこまで強い男がついた
のだ⋮!?︶
ジャックは歯噛みしながら馬を走らせた。歩兵と分離したため移
動速度は上昇し、うまくいけばあと2時間ほどで森を抜けることが
できそうだ。そのあと街道に出さえすれば奴らも襲ってはこれまい、
そうジャックが考えてたその瞬間、
﹁行くぞ、突撃!!﹂
﹃突撃!!!﹄
という掛け声とともに、自分たちの騎馬隊の真横から同じく騎馬
隊による突撃を受けた。敵の数はおそらく10騎ほど。その騎馬隊
の突撃を受け、こちらの騎兵5人、そして直属の精鋭が1人脱落し
てしまった。
﹁おのれぇ、ここにも兵を伏せていたか!﹂
ジャックは即座に計算する。このまま戦ってもおそらく勝つこと
はできるだろう。こちらはまだ数で勝り、精鋭も引き連れている。
この野盗の頭目はおそらく自分より高レベルであろうが、この人数
差ならば討ち取れる。
しかしここで手間取っていては、先ほどの集団が追い付いてくる
かもしれない。おそらく、いや確実に、先ほどの青年は歩兵隊のみ
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で倒せる相手ではなかった。それを考慮したら、今最善なのはとに
かくこの森を抜け、国境警備隊の部隊が駐屯している区画まで逃げ
切ることだ。
それらのことを一瞬でまとめ上げると、ジャックは通常の騎兵と精
鋭5名、計10名と馬車2台をその場に残し、自分を含めた騎兵4
騎と馬車1台でその場を離れた。この際欲はかいていられない。商
人とラービア連邦で集めた奴隷の中で特に高く売れそうな子供3人、
そして森で見つけた﹁お宝﹂を乗せた馬車のみを引き連れ離脱する。
残りの奴隷をその場に残せば、野盗どもはもしかしたらそちらに食
いつき追跡を断念するかもしれない。そんな希望を抱き、ジャック
は貴族の手の者である証として与えられた指輪を懐に感じつつ、急
いで逃げるのであった。
﹁団長どうします!?連中馬車を捨てて逃げていきますよ!?﹂
﹁どうやら頭が回るやつらしい。この馬車は囮にして本命の馬車だ
けでも持ち帰ることにしたんだろう!だがこの中にも子供たちが乗
っているのなら無視はできん!﹂
﹁それじゃあ予定通りでいいんですね!?﹂
﹁ああ、俺たちはここの敵を殲滅した後子供たちを保護、半分は追
跡で半分は護衛だ。グレン達と合流したら追跡に加わるように伝え
ろ!﹂
﹁いや、その必要はねえですぜ!今聞きやした﹂
85
ガリウスとユリウスが戦いながら状況を分析し、今後の動きを確認
しているとグレン隊のメンバーが合流してきた。
﹁グレン!もう追いついたのか!?﹂
﹁ええ、貴明の旦那がもうちぎっちゃ投げちぎっちゃ投げの活躍で
連中をあっという間にのしちまいましたから。おそらくもう敵の本
命に喰らいついてると思いますぜ﹂
﹁うわぁ、ホントですか⋮﹂
グレンの話を聞き、若干ユリウスが引く。強いとは思っていたが、
ここまで来ると自分と比較するのが馬鹿らしくなってくる。
︵1歳しか違わないはずなのになぁ︶
ユリウスが一人で落ち込んでいる中、グレン隊の参戦により形成は
一気にガリウス側に傾き、敵を殲滅することに成功する。
﹁敵の全滅を確認。先ほど離脱した者達以外逃げたものもありませ
ん﹂
﹁よし、馬車の子供たちを救出、保護したのち、我々も追撃に移る
ぞ!﹂
ユリウスの報告を聞き、ガリウスが号令を出す。馬車にいたのは2
台合わせて11人の子供たちで、うち6名が男の子、5名が女の子
だった。またエルフが男の子1名、女の子2名。猫獣人種の女の子
が1名いて、残りは人種という構成だ。みな10歳から15歳くら
いで見目麗しく、高値で売れることは疑いようがない。
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﹁よし、ユリウスは10人連れて馬車を護衛、アジトまで連れて行
け。風呂に入れて飯を食わせてやるんだ。残りは俺と来い。貴明の
応援に行く﹂
﹃了解!﹄
︵あとは貴明のほうか。ま、あいつならうまくやってるだろう︶
仲間に指示を出しつつ、ガリウスは残る馬車のほうに意識を向ける。
﹁くそ、くそっ!いったいなんだというのだ!50人の一個小隊が
たったの4人になるなど⋮!!﹂
ジャックは己の不幸を呪うかのように吐き捨てつつ、それでも馬に
鞭を入れ続けた。
︵だがまだだ!この馬車と契約書、そしてこの指輪さえあればまだ
どうにでもなる!︶
先ほど囮として残した馬車2台の奴隷達など、この馬車の中身に比
べたら何の価値もないのだ。とにかく証拠を残しさえしなければ宮
廷にばれる心配もなく、商人がいればまた買いあさることができ、
今いる奴隷さえ売ってしまえば巨万の富が手に入るのだ。今回は運
悪く敵に不覚を取ったが、あの青年もさすがにもう引き離しただろ
う。そう考えれば心に余裕が出てくる。
そう思い前を向いて馬を走らせるジャックの目に1人の男の姿が飛
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び込んでくる。
﹁よう、遅かったな!待ちくたびれたぞ﹂
︵馬鹿な!!︶
それは紛れもなく、最初に商隊を襲撃した野盗の中にいたあの青年
だった。
︵思いのほか敵の数が少ないな。みんなが頑張ってくれたのか︶
敵の数は騎兵が4騎、そして馬車が1台だ。おそらく残りの馬車は
囮にしたのだろうと貴明は考える。そしてそれはつまり、この馬車
だけは何としても確保しなければならない重要なものだということ
だ。
﹁さて、隊長さん。ずいぶん慌てているようだがどこに行くんだい
?確かガルーダでは奴隷売買は禁止だと思っていたが。これは関与
した者をビスマルク5世に報告しなければならないかな?﹂
とりあえず敵の隊長に話しかけて反応を見てみる。すると全員面白
いくらいに過剰に反応した。
﹁き、貴様!野盗ではなく皇帝の犬だったか!若造の分際でなめよ
ってからに。生きて返すわけにはいかん、ここで死ね!!﹂
貴明の発言で深読みしてしまった敵の兵士全員が、一斉に突撃をか
けてきた。馬というのは実際に見ると意外と大きく、しかもこの騎
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兵が乗っているのは軍馬だ。その迫力はすさまじいものがある。が、
キングライガーとの戦闘をこなした貴明は何とか怯みそうになる心
を押さえつけ、宙に飛び上がると敵とすれ違いざまに全員の首を一
太刀で斬り飛ばす。
首を亡くした騎兵たちはそのまま馬からずり落ち、乗り手がいなく
なった馬たちは所在な下げにその場に立ち止まる。兵士がみなやら
れたことに恐れをなした商人が悲鳴を上げて逃げようとするが、貴
明はそれを手刀で気絶させ、アイテム欄から取り出した荒縄で縛り
上げる。
そして隊長の懐から指輪を、商人のカバンから契約書を見つけ出し
アイテム欄に放り込むと、残された馬車へと近づき中の子供たちを
解放する。
﹁さあ、みんな出ておいで。君たちを売り払おうとした怖い人たち
はみんないなくなったよ﹂
﹁⋮本当ですか?私たち、本当に助かったんですか?﹂
貴明が馬車の幌を上げ、中を覗き込みながらそう声をかけると、
そこには3人の女の子が乗っていた。一人は先ほど貴明の呼びかけ
に答えた15歳ほどの人種の女の子。そしてその子の陰に隠れるよ
うに、10歳を超えたばかりと思しきダークエルフ種とキツネ耳の
獣人種の少女がいた。それを見た貴明は、その子たちを安心させる
ように笑いながら、
﹁おう、俺達が助けに来たんだ!だからもう大丈夫だよ﹂
そう語りかけた。
89
時は少しさかのぼる。
﹁かかれぇえぇぇ!!﹂
﹃うおおおおおぉ!!!﹄
それは突然聞こえてきた。みな家族と引き離され、もしくは家族
に売られて、無理やり馬車に乗せられ故郷を連れ出された私たちの
耳に、男性の喊声が響き渡った。そのあとに続く剣戟の音。命が潰
える断末魔の叫びを聞きながら私は、
︵ああ、盗賊にでも襲われてるのかな︶
とぼんやり考えた。どのみち盗賊だろうが自分たちを運んでいる
者たちであろうが、おそらくやることは同じだろう。ほかの人間に
奴隷として売り払うか、己の欲望を満たすために自分たちに襲い掛
かるか。それならばわざわざ気にする必要もないと、それきり外の
不快な音を聞かないようにした。
私と同じ馬車に乗せられたダークエルフと狐獣人の子たちが、外
の物音に怯えるように抱きついてきた。私はその子たちを抱きしめ
ると、一刻も早くこの騒動が終わることを祈った。
それからどれだけ経ったのだろう。長い時間だった気もするし、
たったの数分だった気もする。気が付いたら馬車が止まっており、
何やらこの奴隷商隊の隊長と思われる人の声と、若い男性の声が聞
こえてきた。
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﹁さて、隊長さん。ずいぶん慌てているようだがどこに行くんだい
?確かガルーダでは奴隷売買は禁止だと思っていたが。これは関与
した者をビスマルク5世に報告しなければならないかな?﹂
その人の声はひどく落ち着いていた。なのに私にはその声がとて
も怒っているように聞こえた。いったい何に怒っているんだろう、
私はその人の姿も見ていないのにその人のことが気にかかった。同
じことを考えていたのだろうか、ほかの二人も顔を上げて外の様子
を気にし始める。
﹁き、貴様!野盗ではなく皇帝の犬だったか!若造の分際でなめよ
ってからに。生きて返すわけにはいかん、ここで死ね!!﹂
隊長の声が聞こえた。あの男はこの商隊の中でも断トツでレベル
が高く、そしてその周囲にはまだ仲間がいるらしい。集団で突撃す
る音が聞こえる。それに対して先ほどの男性はどうやら一人のよう
だ。私はその人が殺される音を聞きたくなくて、思わず耳をふさい
だ。
しかしどうも様子がおかしい。馬車の御手席に座っていた商人が
情けない悲鳴を上げて飛び出し、そしてその声が唐突にやんだ。
いったい何が起きたのだろう。だんだん不安になってきた私だが、
不意に馬車の幌がめくられ一人の若い男性が顔をのぞかせる。その
人は体のところどころに血が付着していた。おそらく返り血だろう。
でもその姿を見てもなぜか恐ろしくなかった。
﹁さあ、みんな出ておいで。君たちを売り払おうとした怖い人たち
はみんないなくなったよ﹂
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その人はそう語りかけてきた。ほかの二人は私にしがみついてい
たが、それは恐怖というよりも驚きのためだろう。
﹁⋮本当ですか?私たち、本当に助かったんですか?﹂
私は展開についていけず、思わず聞き返してしまった。そしたら
彼は優しく笑いながら、
﹁おう、俺達が助けに来たんだ!だからもう大丈夫だよ﹂
と答えてくれた。その笑顔はとても優しそうで、それでいて少し
悲しそうだった。
92
作戦決行 馬車襲撃戦 その2︵後書き︶
ヒロインはいかがでしたでしょうか。まだ名前は出てきませんでし
たが次回に出すつもりです。
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
93
作戦決行 馬車襲撃戦 その3︵前書き︶
この話で一応馬車襲撃戦は終了です。
94
作戦決行 馬車襲撃戦 その3
﹁それじゃあみんなは、ラービア連邦の貴族だったんだね?﹂
貴明は馬車の中にいた3人の少女に確認する。みな等しく美少女だ
ったが、その身にまとうぼろぼろの服と汚れきった体がその美しさ
を曇らせていた。
﹁はい。私たちの実家は各種族が再び手を取り合いラービア連邦に
平穏を取り戻そうと活動してきました。しかしその動きが過激派に
伝わってしまい家が襲撃を受けてしまって⋮。ほかの家族は殺され、
私たちは奴隷としてガルーダのもとに向かっている最中でした﹂
ある程度の事情を聴いてみたが、やはりラービアの人間だったらし
い。しかも貴明が思っているよりもよほど深い問題を抱えていた。
︵どこの世界でもこの手の過激派はいるもんなんだな。20年も内
戦していれば多くの血が流れただろうし、これで終わらせるべきだ
という人もいれば、絶対に許せない人もいて当然か︶
この手の問題はかなり根深い事情があるため、一般論などで迂闊に
どちらが悪い、とは言えないのである。
︵でもだからと言ってこの子たちみたいな子が生み出され続けるの
は何とかしないとだめだろ⋮︶
そこまで考えてから、自分たちがいまだ自己紹介をしていないこと
に唐突に気付いた貴明は、
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﹁言うのが遅くなってしまったけど、一応自己紹介しておこうか。
俺は岡本貴明。19歳の⋮冒険者未満⋮かな?﹂
自分で言っていかに今の己の身分があやふやかに気付く貴明である。
﹁あ、そういえばそうでした!私はサーシャと申します。つい先月
14歳になりました。家が断絶したため名乗る姓はありませんが⋮。
ところで⋮冒険者、未満ですか?﹂
サーシャが不思議そうな顔で貴明のほうを見てくる。貴明が見たと
ころ身長は150㎝ほど。腰まで届く長い髪で色は薄い緑。肌は色
白で目が灰色だ。髪を除けばロシア人のような見た目だろうか。1
4歳の割には体のラインがはっきりしており、少し突き出した胸と
引き締まった腰が見る者を魅了する。しかし投げかけられた疑問に
答えられず軽くテンパっている貴明にその姿を堪能する余裕はない。
﹁⋮私はイリス⋮です。12歳です⋮﹂
﹁わ、私はナユタと申します。同じく12歳です﹂
貴明がサーシャの問いかけに窮し冷や汗をだらだら流していると、
狐獣人のイリスとダークエルフのナユタが名前を告げてきたため、
貴明はこれ幸いとそちらに逃げることにした。
﹁ああ、よろしく。もうじき俺の仲間たちが、ほかの馬車に乗せら
れていた子供たちを連れてくるだろうから、そっちと合流したらこ
の森を出よう。この件の首謀者の貴族を捕らえて皇帝の前に引き立
てれば、もう君たちに手を出すものもいなくなるだろう。それまで
もう少し我慢しててくれ﹂
96
改めて貴明は三人を見る。イリスは見たところあまり快活な性格で
はないようで、こちらをちらちら見ながら押し黙っている。身長は
140㎝ほどで、汚れてはいるが肩まで伸びるきれいな金髪にキツ
ネ耳、碧眼、そしてお尻からはふさふさのしっぽがゆらゆらと揺れ
ていた。体は年相応にほっそりとしていて、成人女性のような起伏
は見られない。
ナユタは何となく理知的な雰囲気を出しているが、やはり年相応な
幼さを残している。身長はイリスより少し低め、135㎝ほどだろ
う。短めの銀髪に黒い瞳、ダークエルフ特有の黒い肌と尖った耳を
しており、成長したらメガネが似合いそうだなぁ、などと貴明は思
った。しかし特別注視したわけではないのだが、どうやらナユタの
ほうがイリスよりも発育がいいようだ。彼女たちが着せられている
薄いぼろ服の下から軽く押し上げる胸が貴明にそう思わせる。
サーシャは優しいお姉さんといった様子でそんな2人の面倒を看な
がら貴明に対応する。
その様子を何となく微笑ましく思いながら、﹁ところで﹂と貴明。
﹁少し気になることがあるんだけど、この馬車に狼の子供か何か乗
ってないかい?外から﹃サーチ﹄したときにそれらしい影が見えた
んだけど﹂
貴明が問うと、サーシャとイリスが答えてくれた。
﹁あ、はい。ラービア連邦を出るときはいなかったんですが、森に
入って3日目の昼ごろに兵隊さんが捕まえてきたんです。なんでも
調教術師に渡して人間に従順になるようしつければ、莫大なお金が
97
手に入るとかなんとか﹂
﹁⋮でも兵隊の中にいた調教術師は、なんか普通の魔獣と違うから
無理かも、って言ってた。⋮今は馬車の中の檻に入れられてる﹂
その答えを聞き、貴明は今の自分たちがどれだけ危険な状況下にあ
るかに気づき愕然とする。
︵グスタフ大森林で見つけた狼系魔獣だと?しかも普通の魔獣とは
違うってことは、おそらくユニークモンスターだな。そんなのこの
森ではあれしかいないじゃねぇか!︶
この状況はまずいと、貴明は急いで馬車の中を捜索する。するとイ
リスのいう通り、奥のほうに頑丈な檻に入れられた狼の子供がいた。
子供とはいえ中型犬ほどの大きさはあり、その毛並みは滑らかな銀
色をしていた。
シルバーウルフ
﹁くそ、やっぱり銀狼か!ということは今頃親が血眼で探している
はず!﹂
貴明は檻ごと持って馬車から出る。おそらく中の狼と合わせて40
0㎏はありそうだったが、全術スキルポイント最大値かつ、カンス
トしたレベルの圧倒的なステータスの前では全く問題ない。その貴
明の姿を見たサーシャたちは目を丸くしていたが。
﹁みんな俺の話をよく聞いてくれ。この狼はユニークモンスターだ
から、普通の調教術師じゃ絶対に調教できない強力な個体だ。しか
も同族意識が強いから今頃この子供の親が必死になって森中を探し
ている。しかも3日前ならそろそろ俺たちを補足している頃だろう。
このままだと子供をさらったのは俺たちだと認識されてしまう﹂
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貴明は檻のカギを長剣で壊してシルバーウルフの子供を外に出し、
回復魔法をかけた後アイテム欄から﹁グレートボア﹂の干し肉を出
して与える。グレートボアはシルバーウルフの大好物であるため、
これを与えておくとシルバーウルフの警戒心が多少下がるのだ︵あ
くまでFOEの設定では、だが︶。
貴明がそれらの作業をしつつ状況を説明すると、少女3人は顔を真
っ青にして貴明にしがみついてくる。
﹁ユ、ユニークモンスターって、シルバーウルフだったんですかこ
の狼!?しかもその成体が探してるって、襲われたらひとたまりも
ないですよ!﹂
﹁おお、ナユタよく知ってたなぁ!えらいえらい﹂
﹁た、貴明さん!そんな場合じゃないですよ!﹂
どうやらナユタはシルバーウルフの知識は持っていたらしい。あく
までイメージでしかないが、エルフやダークエルフというのは知識
を重んじる傾向にあるのではないだろうか。そう考えながら貴明が
ナユタの頭を撫でていると、イリスはうらやましそうな目でナユタ
を見やり、サーシャは貴明の体を揺さぶって話を戻そうとする。あ
まり力がないのかほとんど揺れていなかったが。
一瞬ほのぼのしてしまったが、サーシャの言う通り今はそれどころ
ではない。正直シルバーウルフ程度なら貴明は問題なく倒せるのだ
が、この場には戦うすべを持たない子供たちと、ともに戦うことを
誓った仲間たちがいる。さすがに彼らにシルバーウルフの相手をし
ろというのは無理があるだろう。先ほどの彼女たちの反応を見る限
99
り、この世界におけるユニークモンスターの存在はそれほどまでに
大変な脅威として認識されているのだ。
改めて気を引き締める貴明たちのところに、ガリウス以下5名の仲
間達がやってきた。
﹁やはりもう片付いていたか。子供達はユリウスに任せてアジトへ
連れて行った。念話石で森を抜けたといっていたから心配はないだ
ろう。⋮その狼はどうした?まさかシルバーウルフか?﹂
ガリウスは事情を説明した後、貴明の正面にお座りしている狼に気
づいた。さすがに元冒険者︵じきに﹁元﹂はとれるが︶だけあって
シルバーウルフを知っていたらしい。ほかの仲間たちもシルバーウ
ルフと聞いて驚愕している。
貴明は現在の状況を説明しつつ、サーシャ達にガリウスらのことを
紹介した。ガリウス達が自分達のような奴隷となる子供達を助ける
ために活動していたことを聞き、彼女達は皆彼らにお礼を告げる。
ガリウス達はそれに答えつつも、あまりの状況の悪さに顔を顰める。
﹁あいつら相当面倒なことをしてくれたな。どうする貴明。このま
まこの子供を残して俺達は森を出るのか、親に引き渡すまで面倒を
見るのか。このくらいの子供だと、ほかの魔獣に襲われかねないぞ﹂
この森は普通の魔獣でもかなり強いからな、とガリウスはいう。事
実、このグスタフ大森林は南にある聖域、東にあるガリア砂漠に次
いで魔獣のレベルが高く、Aランク冒険者が大規模パーティを組ま
ないと探索するのが難しい場所なのだ。この森に関してはある程度
馬車や人が行きかうルートがいくつかあり、それから逸れさえしな
ければ魔獣に襲われる心配はない。しかしユニークモンスターとは
100
いえその子供を無防備に放置すればその限りではないだろう。
﹁このまま護衛しておこう。放置するのも危険だし、ある程度事情
を説明しないとシルバーウルフがここを通る人間を襲いだすかもし
れない。それに、もうお見えになられたみたいだぞ﹂
貴明がそう言い指差すと、その方向から体高3メートル、体長は5
メートル以上ありそうな巨大な銀狼が姿を現した。
﹃我が名はオーウェンという。一つ聞こう。我が息子を連れだした
のはお前たちか?﹄
成体のシルバーウルフは念話でそう聞いてきた。FOEではユニー
クモンスターや強力な魔獣が500年以上の年月を生きると、念話
により会話ができる、という設定があった。おそらくこの世界でも
そうなのだろう。ちなみにユニークモンスターは話せない段階でも
人の言葉を理解できるため、地域によっては神聖な賢獣として崇め
ている人々もいるという。
貴明はそのことを知っていたから驚きも少なかったが、それ以外の
ものからしたらたまったものではない。今まで人語を解する魔獣な
ど見たことも聞いたこともないため、ガリウスすら例外なく口をあ
んぐりとあけて固まってしまった。
こうなることは分かっていたのだろう。1人だけ落ち着いている貴
明を興味深げに見やる。
﹃お前はあまり驚いていないようだな。我らが月日を重ねた結果、
101
人語を解するようになることを知っていたのか?それにお前からは
尋常ではないほどの力を感じるな。おそらくレベルも100や20
0ではきかないのだろう?お主、名を何という﹄
シルバーウルフ、オーウェンから直接質問をされたため無視するわ
けにもいかず、貴明は無難に答えることにした。
﹁岡本貴明と申します。貴明が名、岡本が姓です。確かに俺はあな
た方が念話を使われることを知っていました。レベルに関してもお
っしゃる通りです。少々事情がありまして。そして最初の問いの答
えですが、お子さんを連れ出したのは我々ではなく、そこで死んで
いる者たちです﹂
そう言って奴隷商隊の死体を示し、事の次第を説明する。するとオ
ーウェンはため息をつきながら首を振る。
﹃犯人を見つけ出したら食い殺そうと思っていたのだが先を越され
てしまったな。まあ良い、よく我が息子を助けてくれた。この子は
ほかの兄弟より遅く生まれたため、まだひとりで生きていくことが
難しいのだ。あまり目を離さないようにはしていたのだがな、この
子ときたらすぐにどこかへ行ってしまうのだ﹄
オーウェンがそういい、ジロリと子供をにらみつけると、子供のシ
ルバーウルフが居心地悪そうに貴明の後ろに隠れる。それを見たオ
ーウェンは何かに気づいたような顔をして、貴明だけに聞こえるよ
うに念話を飛ばしてきた。
﹃お主から妙な気配がすると思ったが、聖域に舞い降りる神々の気
配だったか。道理で妙に我が子に懐かれていると思った。お主、聖
域の邪神を打ち滅ぼし、神々の恩恵を受けた者だな?おそらくその
102
恩恵の中に、我ら太古の血族、お前たちの言うユニークモンスター
を従える能力があるのだろう﹄
オーウェンに自分の秘密を看破された貴明は驚いたように、
﹁よく御存じですね!その通りです。とはいえ、いまだ一度たりと
も仲間にできたことはありませんが﹂
と白状する。するとオーウェンがうんうん頷きながら説明した。
﹃おそらくその者達は我同様長く生きた者だったのだろう。お主の
力は確かに神々に届くほどで我らよりも強力だが、長い時を生きた
者はそれだけ己に強い意志を持っている。如何に強大な相手だろう
と屈服はよしとしないだろうな﹄
そこまで言い切ったところで、だが、と繋ぐ。
﹃幼い頃より友誼を結んだ者なら話は別だ。確固たる信頼で結ばれ
た者に対しては、我らは永遠の友情を誓う。そしてお主は我が子を
助け、そして我から逃げずに正面から真摯に事情を説明してくれた﹄
オーウェンは貴明の後ろで怒られるのをビクビクして待つ子供に対
し、毅然とした、それでいて優しい顔で語りかけた。
﹃我が子よ。今回お前はこの者に助けられた。その恩は返さなけれ
ばならない。この者が真にお前を必要としたとき、銀狼の力を必要
としたときにすぐさま駆けつけられるよう、この者と主従の契りを
せよ﹄
それを聞いた子狼は、貴明に向かって頭を下げる。貴明としても、
103
シルバーウルフと友誼を結ぶのは初めてだったのでこれを承諾。名
前をイルと名付け、調教術により主従の契約を行う。
﹃これにより、お主に何か困難があれば我が子に伝わるだろう。そ
の時までこの森で立派になるよう我が躾けておくから安心してくれ﹄
そう言ってオーウェンはイルを伴い森へと消えていった。姿が見え
なくなる直前、2匹の狼の遠吠えが森中に響き渡った。
﹁あーすまん貴明、結局どういう結果になったのか教えてもらって
いいか?﹂
狼達を見送り、ようやく一息つけると振り返った貴明を待っていた
のは、事態についていけず置いてけぼりを食らったガリウス達への
説明だった。
104
作戦決行 馬車襲撃戦 その3︵後書き︶
ヒロインたちの名前が出てきました!皆さんはどの子がお好みでし
ょうか?僕はもちろんオーウェいえ何でもありません。
たぶんあと一人ヒロインが出たらしばらくは増えないと思います。
まあ先の話ですから分かりませんが︵笑︶
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
105
一時休憩︵前書き︶
日間ランキング5位に入っていて気絶しそうになりました。まだ皆
さんにいろいろ問題点を挙げてもらいながら訂正している段階なの
で、あまりのPVの伸びる速さに正直焦り気味です。未熟な作品を
読ませてしまい申し訳ありません︵汗︶さらなる向上を目指します
ので皆様今後ともよろしくお願いします!
106
一時休憩
﹁⋮と、いうわけだったんだよ。説明下手でスマン﹂
﹁いや、こっちこそ悪いな。長々説明させてしまって﹂
﹁でも⋮、なんというか相変わらず規格外ですよね貴明さんは。ユ
ニークモンスターのシルバーウルフと契約した人なんて今まで聞い
たことないですよ﹂
サーシャ達3人を連れてアジトに戻り、子供たちの世話をして全員
寝付かせた後、貴明は仲間たちに事情を説明した。今の時刻は午前
3時。さすがに子供達は疲れ切っており、何人かは︵ナユタなど︶
一緒に聞きたがったが結局眠ってしまった。
﹁まあとにかく、一応作戦の第一段階は無事終了したわけだ。この
後は予定通りに動いていいんですかい?﹂
グレンが貴明に確認する。今回の作戦は、まず森を抜ける馬車を強
襲し子供達及び証拠物品、奴隷商人を確保する第一段階と、貴族の
屋敷を襲い関係書類の確保、及び関係者の捕縛を狙う第二段階の二
段構えで構成されている。第一段階で目立った負傷者も無く、子供
や契約書、指輪に商人を無事に確保できたため、総員で貴族の屋敷
を襲撃することが可能だった。
﹁そうだな。予定通り今晩はこのまま休み、夜明けとともに子供た
ちを起こそう。その後皆を連れて帝都ノールを目指し、帝都にいる
ガリウス達の協力者に一旦身柄を預ける。その夜に帝都近郊にある
107
屋敷を強襲するぞ。馬車の到着予定は明日の正午だと商人は言って
いたから、不審に思われずに襲撃するチャンスは今日の夜しかない。
商人は一緒に運んで拘束しておいてもらおう﹂
今現在奴隷商人はアジトの奥に拘束した状態で、シルバーウルフの
イルが入っていた檻の中に放り込まれている。奴隷の販売経路を聞
きだし、ほかに関与したものを教えることを条件に殺さず司法当局
に引き渡すことを約束したためだ。それでも奴隷売買は神聖ガルー
ダ帝国では重罪。おそらくかなり重い罰が与えられるものと思われ
る。
鍵は壊してしまったため、貴明は土魔法の派生魔法、錬金魔法で檻
を改造し、材質を鉄製から地球の特殊合金製に変えた上で、ふたの
部分を溶接してしまった。よって商人は貴明に出してもらわない限
り、永遠に狭い檻から出られなくなってしまった。
この光景を見た仲間たちは、錬金までいとも簡単に使える貴明に驚
き半分、あきれる半分だった。本来なら派生魔法を使えるだけでも
魔術師としては優秀と判断されるのに、そのときに行った錬金はか
なりの高スキルレベルと熟練度がなければ到底不可能なほど鮮やか
なものだったのである。そのくせ先ほどの戦闘では長剣一本で敵を
なぎ払う戦いぶりを見せており、いかに貴明のスペックが異常であ
るかを皆思い知らされた。
﹁了解した。協力者の冒険者ギルドマスターには事前に伝書鳩で話
をつけているからいつでも動けるぞ。幸い今日の夜は嵐になりそう
だからな。屋敷で戦闘が起きても帝都守備隊が聞きつけてくるのは
遅れるはずだ。屋敷に忍び込む際もばれにくいだろう﹂
﹁問題は貴族の私兵団500人ですけど、正直貴明さんがいれば大
108
丈夫そうですね。敵に気づかれないように屋敷に侵入し、歩哨など
は血を出さないように始末または拘束。その後制服を奪って敵に紛
れながら書類を捜す班と、貴族や奴隷の身柄を押さえる班に分かれ
て行動。貴明さんはその間に敵主力を無力化して回る。これでいい
んですよね?﹂
貴明の決定にガリウスが了解の旨を伝え、ユリウスは作戦の最終確
認をする。本来は襲撃した馬車の護衛達の持ち物に屋敷内での制服
があることを期待していたのだが、どうやら全員アイテム欄には入
れていなかったらしい。人が死んだ場合、その人物がアイテム欄に
入れていた物や金銭の類は全て死体の周りに飛び出る。それらを確
認したところ、誰一人それらしいものは持っていなかったのだ。
それに対し貴明は頷き、仲間達全員を見渡す。
﹁ああ、それでいい。この件が成功した後、俺がガルーダ帝国主城
のガーランド城へと潜入し、ビスマルク5世に証拠と貴族を引き渡
す。ガリウスはギルドマスターに俺が忍び込んで内密に会いに行く
ことだけ皇帝に伝えるよう頼んでくれ。決して警備を緩めることの
無いようにな﹂
今回貴明達が相手にする貴族はとある大派閥の有力者であるため、
正規の手順では皇帝の下に連絡が行く前にもみ消されてしまう恐れ
がある。よって、ガリウスと個人的に繋がりのあるギルドマスター
に協力を依頼し、ギルドマスターの伝で直接皇帝に事の顛末を伝え
ることにしたのだ。
それらのことを確認し終え、今できることが全て無くなったところ
で貴明は休憩を宣言する。
109
﹁よし!それじゃあ今はこれくらいにしてみんな休もう。まだ2月
だから夜明けは遅いが、それでもあと4時間ほどで日が昇る。それ
までゆっくり休んで英気を養おう。まだ寒いから風邪を引かないよ
うにな﹂
FOEでもそうだったのだが、この世界は地球と同じく1年が36
5日で1月から12月まである。リベラ大陸を含め2つの大陸が北
半球にあり、1つが南半球。残りの1つが赤道をまたいで南北に伸
びている。
皆が解散するのを見送った後、肉体的にはほとんど疲労は無いが精
神的に疲れた貴明は、寒い通路を通り自室としてあてがわれた部屋
へと1人向かうのだった。
﹁あれ、おはようサーシャ、ナユタ。まだ暗いのに早起きだね。誰
かほかに起きてるかな?﹂
﹁あ、おはようございます貴明さん!ガリウスさんはもう起きてら
っしゃいますよ﹂
﹁おはようございます。やっぱり昨日の今日ですから緊張で目が覚
めてしまったみたいです﹂
貴明が目を覚まし食堂へ入ると、そこにはすでに2人の少女が座っ
ていた。ウィンドウ画面を展開し時刻を確認してみるとまだ7時前。
この時期ガルーダのある大陸中央部は8時あたりにならないと日が
昇らない。場所によって当然差はあるが。
110
﹁お、貴明も起きたか。今この子達にお茶を入れたところなんだが
お前も飲むか?みんなが起きだすまでもう少し時間がかかるから、
まだ飯を出すわけにはいかないが﹂
待ってる間に冷めてしまう、とお茶を飲みながらガリウスが言う。
﹁おはようガリウス。俺ももらうよ。でもガリウスが一番だったか、
てっきり一番乗りはユリウスだと思ってたけど﹂
﹁一番は僕でしたよ。さっきまで外に出て、魔獣除けの結界が機能
してるか確認していたんです﹂
貴明が挨拶がてら自分の予想を言うと後ろからユリウスの訂正が入
った。昨晩はみな疲れていたため歩哨は立たず、貴明が張った結界
のみでアジトを守っていたのである。しかし貴明の張る結界は最大
熟練度の光魔法で形成されているため、それこそシルバーウルフの
オーウェンのような固体でなければ近づくことすらできない。
﹁おはようございます貴明さん。結界のおかげでゆっくり眠ること
ができました。さっき確認しましたがすごいですね。全然効力が減
ってませんでしたよ﹂
ユリウスはガリウスに礼を言いながらお茶を受け取り、貴明に報告
してくる。
﹁おはようユリウス。役に立ったならよかったよ。ところで今日の
朝飯は何だ?﹂
基本的にこの集団の食事はガリウスとユリウスが担当している。ほ
かのメンバーに任せると、魔獣の肉を豪快に焼いて塩を振っただけ
111
のものしか出ないため、自ら買って出たらしい。5人で朝ごはんの
話で盛り上がっていると次第に人が起きだしてきたため、皆で朝食
をとる。まだ起きていない子もいたが、食堂の面積の都合上先に食
べることにしたのだ。
その後残りの子供達も朝食を食べ終えたところで、貴明は今後のこ
とについて説明をした。子供達は皆ラービア連邦に帰る場所は無い
ため承諾し、可能なら自分達を助けてくれた貴明達とともに冒険者
になりたいとサーシャやイリス、ナユタを中心に強く希望してきた。
それにはまだ今後どうなるかわからないと即答は控え、ことに決着
がついてから改めて考えるということでひとまず落ち着いた。
そして午前9時、一向は帝都ノールを目指し移動する。全員馬車や
馬に騎乗しているため移動速度は速く、当初の奴隷商人達の計画よ
り大幅に早い午後6時にノールに到着することができた。
112
一時休憩︵後書き︶
というわけで次回から帝都ノールへと舞台が移ります。とはいえま
だ都市の描写などはないと思いますが。
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
113
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 作戦会議︵前書き︶
投稿時間が少し遅くなりました。難産でしたが投稿します。それで
はどうぞ!
114
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 作戦会議
某日午後1時、帝都内のとある屋敷にて。
﹁商隊は今どのあたりだろうか?﹂
1人の男が自室の窓から外を眺めつつ、傍らにいる執事に声をかけ
る。
﹁そうですな。予定通りならばすでにグスタフ大森林を抜けている
でしょうから、おそらく帝都まであと1日の距離までは来ているで
しょう﹂
壮年の執事は主である男に頭を下げながら答える。それを受けて貴
族であるその男は口元に薄い笑みを浮かべた。
ギュイーズ公爵。それがこの男の名前だった。神聖ガルーダ帝国内
における派閥、﹁貴族派﹂に所属する有力者であり、領地に戻れば
1万の軍を動員できる力を持ち、帝都内にあるこの屋敷にも常備私
設軍500名が常に駐屯することを許可されている大貴族だ。
﹁くく、今回の商品はかなりの上物だと連絡があったからな。早い
ところこの目で拝みたいものだ。お前もそう思うだろう?﹂
ギュイーズ公はそう言い視線を室内へと向ける。
﹃⋮⋮⋮﹄
115
その先には鎖につながれた奴隷の少女がいた。きれいな身なりをし
ているが、体のあちこちにある青あざが今までどのような扱いを受
けてきたかを物語っている。
その少女はギュイーズを睨みつけていた。もとはすぐに売り払われ
るはずだった平民奴隷なのだが、あまりの美しさに売り払うのが惜
しくなりギュイーズが手元においていたのだ。しかしいくら躾けて
も一向に従順にはならず、一度は無理やり処女を奪おうとしたがそ
の時思い切り噛みつかれてしまった。
かといって鎖や猿轡で拘束した奴隷を犯すというのも趣味に反する
し、初物が何よりも好きという性癖であったため通常の性奴隷調教
師︵調教術師ではない︶に任せることもできず、ギュイーズは手元
において1月経つ今となってもいまだ手を出せずにいた。
﹁ふん、そう睨んでいられるのも今のうちだ。こちらがいつまでも
やさしくしていると思うなよ。今夜貴様は調教術師によって洗脳さ
せるのだからな!﹂
ギュイーズはニヤリといやらしい笑みを満面に浮かべ、手に持って
いたワインを飲む。
本来調教術というのは野生の魔獣や、馬や牛といった人の役に立つ
動物に対して使われるのだが、調教術のスキルレベルが70を超え
た調教術師は奴隷身分の者に対して調教することが可能なのだ。そ
れはやろうと思えば術を掛けられた者の人格を根本から崩し、所有
者に都合のいいように変換することまでできる。さすがにそのレベ
ルになると調教術のレベル、熟練度ともに最大でないと不可能だが、
それでもおとなしく、従順にさせることは大変容易なのだ。
116
ではなぜ今までギュイーズがそれを行わなかったかというと、術を
かけると体の一部に隷属の契約を結んだことを示す紋章が浮かび上
がってしまうためだ。奴隷の体にこれがあると、その所有者は﹁奴
隷ひとり躾けられない小物﹂として周りから馬鹿にされてしまうの
である。
今まではこの少女をほかの貴族に自慢しようと自粛していたが、こ
の際自慢はあきらめ徹底的に屈服させることをこの男は選んだ。
しかしそれを聞いてもその少女は表情を崩さず、気丈にギュイーズ
を睨み続けた。
﹁しかしリーナス。本当に馬車の護衛は50人もいったのか?ただ
でさえ今は兵が必要なのだ。貴重な私兵を1兵たりとも損なうこと
は許されんのだぞ。やはり危険でも冒険者どもを使ったほうがいい
のではないか?どうせばれても以前のようにごまかせるだろう﹂
部屋を出たギュイーズは背後にいる執事に話しかける。リーナスと
呼ばれた執事は相応に年を取っていたが、それでも服の上からでも
わかる引き締まった体は彼が相当な実力者であることを物語ってい
た。事実リーナスはかつて騎士団長を務めていた男であり、レベル
も143である。高齢のため引退した後、かねてより懇意にしてい
たギュイーズ公のもとで護衛兼執事として働いているのである。
﹁問題はございません。むしろこれ以上冒険者を使うのは危険すぎ
ます。皇帝の傍に送り込んだ間諜の報告では、ビスマルク5世とギ
ルドマスターの間にごく個人的な繋がりがあるのは間違いございま
せん。そうなればどのようなものを護衛として送り込まれるか分か
117
ったものではありません﹂
リーナスはそういってギュイーズをなだめるが、それでも心配らし
く食い下がる。
比較的
でしか
﹁そうは言うがな。グスタフ大森林の魔獣どもに襲われでもしてみ
ろ。いくら馬車道は比較的安全とはいえあくまで
ないのだぞ?私の直属も付けたとはいえあの森の魔獣は強い。高ラ
ンクの冒険者パーティにでも頼まねば撃退は不可能だ!﹂
ギュイーズはヒステリックに叫ぶ。しかしそれでもリーナスは動じ
ずに返す。
﹁大丈夫ですよ旦那様。今の構成なら魔獣相手におくれを取ること
はありません。それよりも今は雇った傭兵どものほうを注意すべき
かと﹂
そういわれギュイーズは薄く額に浮かんだ汗をぬぐいながら頷く。
﹁う、うむ。確かにそうだな。やつらとわし等の繋がりは残してお
らぬだろうな?﹂
﹁もちろんです。あと500人も集めれば十分でしょう。皇宮の連
中の驚く姿を見るのももうすぐですよ﹂
そういってリーナスは冷酷な笑みを浮かべる。ギュイーズも同じ笑
みを浮かべ、
﹁そうだな。皇帝のその姿を見ることができなさそうなのが心残り
だが、いまさら四の五の言ってられん。ことが成れば我々の栄華は
118
約束されたも同然なのだ!﹂
と叫ぶ。彼らの計画は着々と進んでいた。
﹁おお、よく来たなガリ坊。待っておったぞ﹂
﹁⋮ギルドマスター。俺がAランク冒険者になった時からずっと言
っているが﹁坊﹂はやめてくれ。あなたに子供のころから世話にな
っていたのは確かだが、俺だってもういい大人なんだぞ?﹂
﹁なーに言っとるんだ若造が。たかがAランクで偉そうなこと言う
でないわ。お前さんなんぞワシから見たらいつまでたってもガリ坊
で十分じゃ!﹂
帝都ノールに着いてから1時間後の午後7時。街は火の魔法が込め
られた魔法石によって明るく照らされ、住民たちは家に帰り家族と
ともに夕飯を食べる時間だが、降りしきる雨でそういった生活の音
は耳に届かない。そんな中貴明達はガリウス先導のもと、冒険者ギ
ルド神聖ガルーダ帝国本部ノール会館の長を勤めるギルドマスター、
ヨハン・ベルナルドの屋敷へとたどり着いた。
そこで待っていたのは伝書鳩により事前に連絡を受けていたヨハン
の手厚い歓迎であった。貴明が聞いたところによると、ガリウスは
とある事情で子供のころからヨハンの屋敷で孫同然のように育てら
れたらしい。
御年82歳のヨハンだが、かつてはSランク冒険者でありレベルは
172。当然ガリウスに戦闘の訓練を行ったのも彼であり、ガリウ
119
スは全く頭が上がらないとのこと。
しばらくヨハンにおとなしくいじられていたガリウスだが、仲間に
その様子を見られる羞恥に耐え切れずついに爆発する。
﹁ええいこのくそじじい!いつまでも子ども扱いするな!アンタの
元から独り立ちするときに約束しただろうが!!﹂
日頃の落ち着いた雰囲気は完全になりを潜め、ガリウスががなり立
てる。そのあまりのギャップに貴明を含む全員が硬直する中、
﹁がははは!ようやくいつもの調子に戻りよったわい。外でどのよ
うに振る舞おうがお主の勝手じゃが、家にいるときくらい気を張る
のはやめぃ﹂
ヨハンは大笑いしながらガリウスの頭をガシガシ撫でる。ガリウス
はおとなしくそれを受け入れながら﹁気を張ってるわけじゃないん
だが⋮﹂とぼやいてた。
ガリウスで遊ぶのをようやくやめたヨハンに連れられ、一行は屋敷
の大食堂へと入る。この時すでに子供たちは屋敷のメイドによって
着替えさせられ、奴隷商人は地下の拘置所へと投げ込まれている。
﹁さて、まずは挨拶といこうかの。お主ら冒険者組は知っておろう
が、ワシは冒険者ギルドガルーダ地区総括ギルドマスター、ヨハン・
ベルナルドじゃ。お主らの事情はわかっとるから気軽にして良いぞ
い﹂
120
その後は夕食となり、日頃は食べられない豪華な料理にみんな笑顔
になりながら舌鼓を打つ。そんな中貴明は、ガリウス、ユリウス、
グレン、ヨハンと今夜の計画について話し合っていた。
﹁それでは作戦の要はお前さんというわけか。しかしわしが生きて
いる間にレベル255のものに会うことになるとはのぅ。長生きは
するもんじゃ﹂
﹁ちょっと待てじじい!あんたもしかしてレベル255が存在する
こと知ってたのか!?﹂
ヨハンが貴明を見ながらしみじみとつぶやくとガリウスが焦ったよ
うに質問する。もはやこの家ではヨハンに対し遠慮することをやめ
たようだ。
﹁もちろんじゃとも。わしだけでなくすべての冒険者ギルドマスタ
ーはしっとるぞい。なんせ冒険者ギルドの創設者がレベル255だ
到達者
が現れたら全力で支援することを至上の役割と
ったのだからのう。代々冒険者ギルドのギルドマスターとなるもの
は、その
している。ゆえに貴明、お前さんがレベルを隠して登録したいのな
ら協力するぞい﹂
極秘事項だがのぅ、とヨハンは付け足す。それも当然だろう。もし
レベル255の冒険者が現れたら、国家やいろんな組織が欲しがる
に決まっている。それを隠す規則が存在するなど、権力者が知れば
圧力をかけるに決まっている。
﹁今は無理だが、登録が終わったらすべての冒険者ギルドマスター
に面会できる紹介状を書いて渡そう。何かあれば頼るといい。じゃ
が気をつけよ。すべてのものが聖人君子というわけではないからの。
121
中にはお前さんの情報を国家に売り渡すものがおらんとも限らん﹂
﹁大丈夫ですよヨハンさん。なんだかんだで身元の怪しい僕らを信
用してくれた人ですよ。自分で言うのもなんですが、人を見る目は
あると思います﹂
ヨハンの発言にユリウスがそう返すと、ヨハンは苦い顔でかぶりを
振った。
﹁その判断が間違っていたとは言わんが早計なのも確かじゃ。まあ
聞いたところの事情では冷静な判断ができないのもわかるが、お主
はまだ若い。己の判断を過信することのないようにの﹂
そこまで話したところで、グレンが今夜の計画についてに話を戻し
た。
﹁それじゃ最後の確認でさぁ。おい!お前らも話聞いとけ!あ、い
や。キミタチは気にせず食べてな﹂
グレンの大声に驚いてそちらを向く子供たち。何人かは涙目である。
それに焦ってグレンがぎこちなくフォローを入れる中、貴明が作戦
の決定事項を説明する。
﹁いいかみんな!俺たちは今夜0時、嵐に紛れてギュイーズ公爵の
屋敷に潜入する。潜入経路はヨハンさんの部下が調べてくれている
から問題ない﹂
メイドたちが大きな屋敷の見取り図を持ってきてくれたため、壁に
122
それを広げてもらい説明する。
﹁館は正門、裏門ともに厳重な警備を敷いているが、どうやらこの
一角の警備が甘いようだ。よってここから侵入し、俺が地魔法の重
力操作でみんなを屋上まで上げる。その前に俺が見張りの有無を確
認するが、もし見張りがいれば速やかに殲滅、絶対に物音を立てさ
せるな﹂
貴明は館の5階部分を指でさす。
﹁館は5階建だ。この屋敷の明かりはすべて火の魔法石で照らされ
ているが、屋敷の魔法石すべてに魔力を供給している装置が最上階
のここ、屋上から屋敷に入る階段のすぐそばにある。俺たちはこれ
を破壊し、暗闇に紛れて目標を確保、および奪取する﹂
﹁制服を奪って変装するんじゃなかったんですか?﹂
仲間の1人が質問をする。
﹁最初はその予定だったが、どうやらやつら全員の顔と名前を憶え
ているらしい。変装は不可能だ。よって作戦は、俺とユリウス他3
人でこの部屋、ギュイーズ公爵の自室に侵入し、公爵を確保。奴隷
となった者たちの居場所と関係書類のありかをしゃべらせる﹂
そして5階と4階をつなぐ階段を指さし、
﹁残りはこの階段で敵の増援を待ち受ける。この階の階段は1つし
かないから問題はないと思う。おそらく防衛上の理由だろうな。だ
がもしかしたら秘密の抜け道のようなものがあるかも知れないから
常に警戒を怠るな﹂
123
と続ける。
﹁公爵が自室にいなかった場合も想定されるが、事前に貴明がサー
チで敵の配置を確認するからそれをもとに探すしかないな。そうで
ないことを祈ろう﹂
貴明が口を閉じるとガリウスが引き継ぐ。
﹁脱出時も同じルートを使うが、この際敵を5階に引き付けるため
に派手に暴れておく必要がある。撤収時はじじいが用意した馬車を
使いここへ戻る。追手が来たら面倒だから、敵の厩舎は魔法で破壊
してから逃げよう﹂
そこでいったん言葉を切り、貴明に視線を送る。それに貴明は頷い
て続きを話す。
﹁公爵は気絶させてからここへ連れ込み拘束しておこう。その間に
俺は皇宮に乗り込み皇帝にじかに証拠を渡す。正式に捕縛令が出た
ら警邏の連中に引き取ってもらおう。ことが明らかになったらみん
な冒険者に復帰することができる﹂
貴明が彼らを見回すと全員力のこもった凛々しい顔つきで見返して
きた。子供たちも、ことの趨勢が気になり固唾を飲んで見守ってい
る。
士気は問題ないと判断し、貴明は全員に出撃準備を命じる。ここを
出るのは1時間後の午後11時。片道に1時間かかるためその時間
となった。
124
各々が装備を確認しに食堂から出る前に、ヨハンがみんなを呼び止
め気になることを伝えてきた。
﹁今まで公爵の資金の流れを追ってきたが、どうも奴隷売買の利益
を公費や私物に使った形跡がないのじゃ。皇帝ににらまれておきな
がら危険を冒して奴隷の売買をしているのにこれは妙だのう。何か
しらワシ等が知らん何かに使っているのやもしれん。ついでにその
あたりも探っておいてくれぬか?﹂
貴明は少し考えたのち、
﹁計画に支障が出ない範囲で探ってみます。最悪捕まえた公爵から
聞けばいいですからね﹂
と答えた。
それきり会話は途絶え、貴明は緊張しつつ出撃の時を待った。
125
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 作戦会議︵後書き︶
いかがでしたでしょうか。次回は屋敷に突撃します。どうぞお楽し
みに!
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
質問等は活動報告のほうにしていただけたら返答できますのでそち
らもどうぞ!
126
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 直前︵前書き︶
お待たせしました!何とか週一更新は守れた︵汗︶お気づきかと思
いますが、タイトルが前回と一緒で前回のが変更しました。紛らわ
しくてすみません。
馬車襲撃3を改稿してヒロインの容姿を加えました。なぜ今まで忘
れてたし。
それではどうぞ!
127
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 直前
某日午後10時、ギュイーズ公爵邸。
﹁ひどく降るな。どうだ、調教術師は来れそうか?﹂
昼間同様窓の外を眺めながら、ギュイーズは傍らのリーナスに本日
5度目の確認をする。昼過ぎから降り出した雨は激しさを増し、今
となってはさながら滝と形容できるほどとなっている。その雨のせ
いで、本来ならすでに到着しているはずの調教術師がいまだ姿を現
さないのだ。
それに対しリーナスは首を横に振り、同じく5度目の返事をする。
﹁いいえ旦那様。まだ到着しておりません。彼のものは近隣の街か
らこちらに馬車でやってくるといっておりましたから、この嵐につ
かまり身動きが取れずにいる恐れがあります。今夜中に到着するこ
とはないかと﹂
一言たりとも変わらぬ返答に苛立たしげに舌打ちし、ギュイーズは
今夜調教する予定だった少女を閉じ込めている隣の部屋を憎々しげ
に見つめる。
﹁まあ良い。どのみち結果は変わらんのだ。それはそうと、この雨
では商隊の到着も遅れるのではないか?﹂
﹁おそらくは問題ないかと。護衛隊のトルーマンに何があろうと遅
れることの無いよう伝えてあります。奴も積み荷の重要性は理解し
128
ているでしょうから、予定通りに戻るでしょう﹂
その答えにギュイーズは満足そうにうなずく。が、少々首周りのぜ
い肉が付きすぎているため、はた目にはうなずいているようには見
えない。
﹁うむ、それならばよい。もし高値で売れそうならダンザ伯爵に連
絡を入れろ。彼は以前から新たな性奴隷を欲していたからな﹂
﹁御意にございます﹂
ギュイーズに向かって頭を下げるリーナス。それを見届けた後、調
教に充てるはずの時間が空いたため何をするか考えつつ、ギュイー
ズは奴隷を閉じ込めている部屋へ視線を送る。彼女が調教によって
どのように変化するかを思いにやにやと顔を緩ませた後、不意に外
から響いてきた雷の音によって視線を窓の外へ移し本日6度目の質
問をリーナスへと投げかけた。
ヨハンの自宅で作戦会議を終え出陣に備えて皆が準備をしている中、
貴明はサーシャに呼び出され個室の中で対面していた。
呼び出したサーシャはとても緊張した表情で貴明を見つめていたが
なかなか踏ん切りがつかないようで、一向にしゃべりだそうとしな
い。貴明もその様子から無理に促すことをせず、おとなしく話して
くるのを待つ。
そのまま5分ほど時間が過ぎたが、ようやく決心がついたようで顔
をこわばらせつつ手に持っていた何かを貴明へと突き出した。
129
﹁あ、あの!貴明さんにこれを持って行って欲しいんです!﹂
それは小さなエメラルドの宝石だった。派手な装飾はされていない
が、それがかえって落ち着いた雰囲気を出しており作り手のセンス
の良さを物語っている。サーシャが身に着けたら髪の色と相まって
とてもよく似合いそうだった。
﹁これはどうしたの?確か持ち物は全部奴隷商たちに奪われたって
言ってたけど﹂
﹁これはわたしの家に代々受け継がれてきたお守りです。風の魔法
が込められていて、矢や簡単な魔法攻撃は防いでくれるんだそうで
す﹂
わたしの母の受け売りですが、とはにかみながらサーシャは言う。
﹁屋敷が襲われたとき、母がこれをわたしにくれました。あなたを
必ず守ってくれる、だから決してあきらめてはならないと。そのあ
とすぐに捕まってしまったためこのお守りのこともあきらめていた
んですが、なぜかこのお守りだけは彼らの﹃神眼﹄に見つからなか
ったんです﹂
この世界では、相手が持ち物を身に着けていなくてもアイテム欄に
収納している可能性がある。もし武器を隠している可能性があれば、
うかつに謁見をすることすらできない。
それを確かめるため、国家や特定組織に限らず一般市民に至るまで
普及している持ち物検査用のマジックアイテムが﹃神眼﹄ある。現
実世界でいうところのタブレット端末に聴診器がついたようなもの
130
で、相手の同意なしで使うのはマナー違反だが相手が所有している
ものをすべてリスト表示することができる優れものだ。
FOEでもこの道具は存在し、ボス戦で手に入れたドロップアイテ
ムを秘匿しているものがいないかどうかを確かめるのによく使われ
た。使用法も相手に聴診器を押し付けるだけでよいので、プレイヤ
ーは軽くお医者さんごっこをやっている気分になる。通称﹃のぞき
穴﹄ともいう。
﹁わたしの持ち物は衣服から逃亡用の金銭、非常食に至るまですべ
て奪われましたが、これだけは無事だったんです。きっと今回の作
戦でも貴明さんを守ってくれるでしょう。どうかこれを持って行っ
てください!そして﹂
そこでいったん言葉を切り、涙にぬれた瞳で貴明を見つめ静かに告
げる。
﹁生きて帰ってきてください。貴明さんだけじゃない。ガリウスさ
んも、ユリウスさんも、ほかのみなさんも全員、生きて帰ってきて
ください﹂
サーシャは今回の作戦内容を聞いているため理解している。たった
10数人で500人近くの兵士が守る屋敷を奇襲するということを。
そしてそれがいかに危険であるかを。
本来なら止めたい。しかしやらねば今回の件に片が付かず、さらに
多くの奴隷が生み出されてしまうことも理解している。かといって
サーシャが一緒についていくことなどできない。ただの足手まとい
になるだけだ。
131
ゆえにサーシャは貴明に願う。この一件に決着をつけることを。ほ
かに奴隷がいれば助け出してくれることを。無事に生きて帰ること
を。
それらのことを察した貴明はサーシャの目をしっかりと見つめ、し
かとうなずく。
﹁ああ、任せておけ。みんな無事に連れ帰ってくるし、奴らの証拠
も残らず持ち帰ってきてやる。俺に至っては無傷で帰ってきてやる
からな!﹂
なんたってレベル255の冒険者だぞ、と軽くおちゃらけて返す。
貴明がサーシャを気遣いあえてお気楽な返事をしたことをちゃんと
察したサーシャは、たまった涙をぬぐい笑顔で答える。
﹁未満ですけどね!﹂
それはそうと、と貴明が切り出す。
﹁サーシャのそのお守り、もしかしたら継承アイテムじゃないのか
?﹂
﹁﹃継承アイテム﹄?﹂
サーシャが首をかしげながら聞き返す。
﹃継承アイテム﹄とはその名の通り、代々受け継がれたものや強力
132
な敵を倒したことによって倒した本人にのみ与えられたアイテムの
総称である。
﹁ああ、さっきサーシャはそのお守りを代々伝わるものだといった
よな。その手のものは、持ち主が許可しない限り決して相手に見つ
からないし、だれにも使うことができないんだ﹂
﹁そんなものがあるんですか。貴明さん本当に物知りなんですね!﹂
キラキラした笑顔で見つめられてしまう。
﹁いや、あくまでもしかしたらの話だって。とにかくありがたくお
借りするよ。死んでも壊さないから安心しろ!﹂
﹁もう!死んでまで守ったって本末転倒じゃないですか!﹂
その後2人を見つけたイリスとナユタも加わり、出発の時間までの
時間を2人で何をしていたのか、というナユタとイリスの猛攻をし
のぎつつ過ごしていった。
﹁貴明、準備はいいか?﹂
﹁ああ、いつでも行ける。ほかのメンバーは?﹂
﹁ユリウスの奴がギルドマスターに捕まってますぜ。なんでも役に
立つアイテムやらなんやらを持って行けって言われて一緒に保管庫
に行ってやす﹂
133
貴明が正面玄関のホールに到着するとあらかたのメンバーがそろっ
ていた。ちなみに先ほどの会話は上からガリウス、貴明、グレンで
ある。
﹁おぅ、みな待たせたのう。こやつにいろいろ持たせたから使うと
いい。説明は馬車で聞くんじゃな﹂
﹁遅れてすみません。ギルドマスターから役に立ちそうなものをい
ろいろいただきましたよ!﹂
少し遅れてヨハンとユリウスがその場にやってくる。ユリウスの手
には人数分のポーチがあり、すでに中身が入っているのであろう、
全体的に少し膨らんでいるのがわかる。
﹁それじゃあそろそろ出発しよう。馬車である程度の距離まで近づ
いた後徒歩で移動、作戦終了後は予定の場所に行くからそこで待機
していてくれ﹂
ガリウスが今回の移動を任された御者たちに出発を伝える。彼らは
首肯すると馬車を玄関まで運びに行った。
馬車が来るまでホールで待っていると子供たちが連れ立ってやって
きた。サーシャやイリス、ナユタもいる。その中の一人、自己紹介
をしたときアッシュと名乗った人種の少年が一歩前に出て貴明たち
へと頭を下げる。
﹁どうか無事に帰ってきてください。ギュイーズ公爵の罪を立証す
ることも大事ですが、何よりもみなさんに死んでほしくありません。
134
お願いします、どうか御無事で﹂
それに合わせて子供たちが頭を下げる。皆自分たちを助けてくれた
貴明たちを慕っており、自分たちも行きたい!と言い出す子もいた
が当然連れて行けるはずもなく。
子供受けが良いユリウスの説得により一応はあきらめてくれたがそ
れでも悔しさを覚えているのだろう、何人かが唇をかみしめている
のが貴明たちから見えた。
﹁おう、任せとけ!おれたちゃCランク冒険者だ、あんな兵隊ども
には負けねぇさ!﹂
﹁安心して待ってな!あんな奴ら俺一人でも十分なくらいさ!﹂
﹁おいみんな、クランツの奴が全員相手にしてくれるってよ!﹂
﹁クランツおめぇ吹きやがったな!よぅしみんな敵はクランツに丸
投げだ!﹂
﹁ちょぉ!?まてまてお前らまちやがれまってくださいごめんなさ
い!﹂
みなが思い思いに子供たちを元気づける。彼らのやり取りを見てよ
うやく顔をあげ笑顔を見せる子供たち。その様子を見ながらヨハン
が爆笑し、貴明とガリウスがヨハンを見ながら苦笑する。
その後馬車が到着し、一行はギュイーズ公爵邸を目指した。
135
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 直前︵後書き︶
結局公爵邸につかなかった!もう少し進行を早くしないと︵汗︶⋮
⋮が!リアルの行事が立て込んでまして執筆に今までほど時間をと
ることができません!コメントの返事も最悪まとめて活動報告で、
ということになるかもです。論文なんて大っきらいだー!
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
136
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 ︵前書き︶
何回かに分けようかとも思いましたが一気にすすめました。感想の
返事は来週にさせていただきますのでお待ちください。
それではどうぞ!
137
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 ﹁常駐の見張りはなし。巡回中の兵が1名接近中だ﹂
﹁屋上の見張りは全部で5名。ほかの4人から見えにくいところに
いるやつがいるな。そこから屋上に上がろう﹂
激しい雨が降る中、ギュイーズ公爵邸を囲む外壁の一角に貴明た
ちの姿はあった。しかし彼らの体は漆黒の闇に包まれており、はた
から見る限りそこに人がいることなど全く分からない。
彼らは今、作戦開始の前に敵の配置を確認していた。貴明が侵入
地点周辺の警備状況を確認しつつ、ガリウスが暗視ゴーグルのよう
なマジックアイテムを頭に装着し屋上の様子を確認する。
貴明ならばサーチを使えば暗闇でもある程度敵の配置はわかるの
だが、それでも広大な敷地すべてをカバーすることはできない。ま
たレベルが200にも満たないガリウスたちでは目視しなければサ
ーチは機能しないため、そもそもそのような使い方は不可能。よっ
て基本的にこの世界で暗闇の中索敵する場合はこのようなマジック
アイテムを使うのである。
﹁全員準備は整ったか?﹃黒装の指輪﹄が正常に機能してるか互い
に確認しろ﹂
﹁ガリウス班準備完了だ﹂
﹁ユリウス班も問題ありません。いつでも行けます﹂
138
﹁よし、それじゃあ時間だ。各員、順次進入開始!﹂
彼らは現在ヨハンより借り受けた中位隠密系魔具、﹃黒装の指輪﹄
というマジックアイテムによって光の反射を最大限抑えることで暗
闇に紛れていた。先ほどのゴーグルも借り物の1つだ。指輪の効果
を確認した後、貴明の号令で潜入部隊は次々と外壁を乗り越え敷地
内へと侵入した。
﹁⋮⋮巡回が西側から接近中だ。今のうちに乗り込むぞ﹂
あらかじめ念話石を敷地内に投げ込んで警邏の位置を把握できる
ようにしておいた貴明たちは、巡回の隙をついて広い庭を突っ切り
屋敷のそばへと移動する。
﹁屋上の敵はこの真上に1人、屋敷内へ続く階段付近に2人、その
ほか少し離れた2地点に1人ずついる。俺がまず真上の見張りを片
付けた後みんなを引き上げるから、その後速やかに制圧しろ﹂
貴明がほかのメンバーに指示を出しながら重力操作の地魔法を発
動する。はじかれたように貴明は宙に舞いあがり、静かに屋上へと
着地した。この地点の見張りはあまりの風雨の激しさに雨具のフー
ドを深くかぶり、貴明とは反対側を見ているためまだ気づいていな
い。
静かに見張りに近づく貴明。雨の音で足音は完全に掻き消えてい
るため見張りは全く気付くことができず、速やかに気絶させられて
しまう。
気絶した見張りを拘束した後、貴明はほかのメンバーを引き上げ
139
る。彼らは速やかに残りの見張りを無力化すると、雨具代わりの外
套をアイテム欄に押し込み屋敷内へと侵入する。
屋敷の中は魔法石が一定の間隔で配置されておりヨハンの家同様
明るく照らされていた。
﹁敵警備兵が1人魔力供給室の前にいる。あと角を曲がった先の公
爵私室前に2人、そのとなりの部屋の前に1人だ。私室の中に2人、
太ったのと痩せたのがいる。痩せてるやつはレベル143か、とい
うことはこいつがリーナスか?﹂
﹁ああ、間違いないだろう。元神聖ガルーダ帝国帝都守備軍所属第
3騎士団長リーナス・クライセフ。あの男は執事と護衛を兼ねてる
から屋敷内でもほとんど離れないといっていたからもう片方はギュ
イーズだろうな。ほかにこの階に誰かいるか?﹂
﹁私室の隣室に1人いるな。レベル7だから兵士ではなさそうだ。
公爵の身内か否かはわからないが警備兵がいるってことは重要人物
とみていいだろう。ほかには見当たらないが、下の階にはかなりの
人数がいるみたいだ。時間をかけずにさっさと済ませよう﹂
﹁同感だ。予定通り魔力供給装置を破壊した後貴明とユリウス班で
ギュイーズを拘束、証拠と奴隷を確保。俺の班は階段で敵を足止め
だ﹂
中を索敵しつつガリウスに確認する。そちらも貴明と同意見のよ
うなので早速行動に移る。ステータスにものを言わせて急速に接近
してきた貴明に警備兵は対応できず撃沈、手から滑り落ちかけた鉄
杖が床に落ちるのを追いついたユリウスが受け止め、速やかに室内
へと押し込む。
140
﹁貴明さん、ここまで静かに倒せるなら明かりを消して敵をひきつ
けずに終わらせたほうがよくありませんか?﹂
一連の手並みを見た仲間の1人が問うが貴明は首を横に振る。
﹁いや、今はうまくいったが次も成功するとは限らない。臨機応変
に対応するのも確かに大事だがここは予定通りにいこう。グレン、
やってくれ﹂ ﹁よっしゃ、任せてくだせぇ。みんな﹃夜鷹の瞳﹄をつけろ、暗く
なるぞ﹂
グレンに言われ全員頭に先ほどガリウスが使っていたゴーグルを
装着する。貴明も顔を隠す意味も込めて装着した。
﹁みんな準備はいいな。いくぜ!﹂
グレンが小さく気合を入れ、手にしたバトルアックスで装置を破
壊する。
その瞬間、屋敷の光がすべて消えた。
﹁む?なんだ、供給装置が魔力切れでも起こしたか?﹂
﹁かもしれません。だれか見に行かせましょう﹂
不意に暗闇に包まれた部屋で公爵と執事の主従は状況の確認をす
141
る。リーナスは部屋の前の兵に様子を見に行くよう指示し、室内に
据え付けられた非常用のランプに火をともす。その後部屋に据え付
けられたベルを鳴らし、階下の護衛隊に上がってくるよう指示を出
す。
﹁どうしたリーナス、兵など呼びつけるなど。何か気になることで
もあったか?﹂
その様子を見たギュイーズの問いに、眉間にしわを寄せてリーナス
が答える。
﹁いえ、特別何かあったわけではありませんが何か嫌な予感がしま
して。旦那様も念のため武装をしておいてください﹂
自らも帯剣しつつ進言する。見た目は太った中年でしかないギュ
イーズだが、これでもレベルは101である。この世界では兵を率
いるものは相応の力を誇示する必要があるため、王侯貴族は全体的
にレベルが高いのだ。
ギュイーズもその例に漏れないのだが、はっきり言って実戦経験
はほとんどない。というのも面倒事は部下に投げ出す者が多いのが
貴族で、配下の兵に瀕死になるまで魔獣を攻撃させた後、止めだけ
を刺してレベルを上げるものがほとんどなのだ。
中には自力で高みに上る者もいたがギュイーズはその中に含まれ
ず楽してレベルを上げたため、ただ普通の兵よりステータスが高い
素人に毛が生えた程度の力量しかなく、リーナスが帯剣を促したの
もあくまで保険でしかない。
﹁うむ、まあ用心に越したことはないな。一応隣の部屋にも増援を
142
回せ﹂
﹁御意にございます。しかし供給室に向かわせた者はまだですかな
?少々遅いですな﹂
先ほど見に行かせた兵が気になりリーナスが外の兵に確認しよう
とドアノブに手をかけたところで、戦士としての感覚が激しく危険
を訴える。その直感に逆らわずリーナスが飛びずさると、その直後
に分厚いドアを突き破り1本の長剣が飛び出してきた。
﹁アルファ隊、階段を封鎖しろ!ベータ隊は私に続け!﹂
様子を見に来た敵兵と見張り2名を倒し、ギュイーズがいると思
われる部屋に突撃しながら貴明は事前に決めたコードで仲間に指示
を出す。ついでに念のために一人称も変えてみている。
本来ならもっと静かにやる予定だったのだが、いきなり階下から
50名ほどの敵兵が現れたため仕方なく応戦を決断した。ユリウス
班は貴明と別れ隣室へと突入する。
﹁アルファ隊了解!アルファ4、バリケードを作れ!﹂
﹁了解!﹃アースウォール﹄!﹂
階段に陣取ったガリウス班の魔術師が縦2メートル横1メートル
の石壁を数枚作り出す。その陰に隠れながらガリウスたちは剣を突
出し、魔法で攻撃し、踊り場の手すりから手ごろな家具などを投げ
落とす。
143
たいまつ
暗闇の中での戦闘で敵は思うように戦えない。持ってきた松明や
ランプは魔術の風や水で消されたり、攻撃によってとり落とし屋敷
に燃え移りそうになりあわててもみ消す。
数に任せて押し上ろうとすれば、ガリウスたちが身を隠す石壁が
階段を滑り落ちてきて兵士を押しつぶす。屋敷内での魔術戦闘は想
定していなかったため第1陣の彼らの中に魔術師はおらず反撃もで
きない。階下の兵たちも異変には気付いていたが暗闇のせいで自分
たちの隊長を発見できずろくな行動もできないままうろたえている
声が聞こえてくる。
屋外の見張りも屋敷内の異変には気付いていたが屋敷内からもた
らされる情報が錯そうしているため有効な対応をすることができず、
せいぜい門周辺の警備を強化することしかできずにいた。
﹁これならしばらく持ちそうだな。あとはあちら次第か﹂
正面の敵に対処しつつガリウスは意識を貴明たちのほうへと向け
た。
﹁な!なんだ貴様ら!わしの屋敷で何をしておる!?﹂
﹁旦那様、いったんお下がりください!﹃ストライクニードル﹄!﹂
貴明が室内へと入り込むといきなり魔法で迎撃された。これに対
し剣で薙ぎ払おうとした貴明だが、その前に貴明の体を風の渦が包
み込み土の槍をすべてそらす。何事かと貴明は驚くが、よく見ると
144
サーシャから借りたマジックアイテムがほんのりと光っているのに
気が付く。
︵さっそく助けられたか。ありがとう、サーシャ︶
心の中で礼を言いリーナスへと切りかかる貴明。それに対しリー
ナスは得意の土魔法で先制してにもかかわらず謎の風で軌道をずら
されたことに驚愕している。それでも今までの経験で身についた動
きで貴明を迎え撃つが、そのあまりの剣戟の重さにたったの1合で
剣を取り落してしまう。
﹁!?馬鹿な!﹂
﹁おいリーナス、いったい何をしておる!早く剣を拾いそいつを倒
さんか!﹂
わたくし
﹁旦那様お逃げください!こやつ、私のサーチでもレベルがわかり
ませぬ。おそらくはSクラス相当かと!﹂
剣を取り落すリーナスにどなりつけるギュイーズだが、Sクラス
相当という言葉に一気に顔色が悪くなる。急いで壁際においてある
本棚へと駆け寄り、その裏にある緊急脱出用の抜け道へと逃げ込も
うとする。
ギュイーズが本棚を押すのを見た貴明はそれを阻止すべく近寄ろ
うとするが、リーナスがそれを許さない。いかにレベルに差があろ
うと実戦経験豊富な元騎士団長である。的確な動きで貴明の進路を
妨害する。
しかしそれでもレベル255である貴明を止めることはできなか
145
った。リーナスはギュイーズに与えられた高位魔剣や身体強化の魔
具を装備していたが、その彼が放った渾身の一撃をいともたやすく
さばききりカウンターの胴薙ぎを入れる。
最初は生け捕りも考えた貴明だが、いざ対峙した時にこの男は捕
えても何も話さないだろうと直感した。事実それは当たっており、
瀕死の重傷を負ったリーナスは懐から炎の魔法石を取出し、貴明ご
と巻き込んで自爆した。
間一髪反応できた貴明はリーナスの周りに水を含んだ竜巻を形成、
炎が外に漏れるのを防ぎ鎮火するが、中心にいたリーナスはすでに
高温の炎に包まれ焼死していた。
それをしり目に貴明はギュイーズを追う。幸いほとんど逃げる暇
もなかったギュイーズはあえなく貴明に拘束されリーナスの死体の
横へと転がされる。
リーナスの焼死体を見て顔を真っ青にするギュイーズに貴明が奴
隷売買に関する書類の在り処や屋敷内の奴隷の有無に関して詰問す
るが、ことが露呈したら身の破滅であることを自覚している彼は断
固として口を割らない。
﹁貴様!わしにこんなことをしてタダで済むと思うのか!?今なら
見逃してやるからさっさと解放せんか!﹂
自らの状況がわかっていないギュイーズの発言にあきれつつ、貴
明は無表情に彼の指を1本切り落とす。大声でわめき散らすギュイ
ーズに冷たく言い放つ。
﹁貴様をどうするか決めるのは我々だ。お前は黙って質問に答えろ。
146
お前が答えるまで剣を体に突き立てては回復させ、四肢がなくなろ
うと何度でも切り刻んでやるぞ﹂
あまりの激痛とそのセリフにギュイーズの公爵としての意地はた
やすく崩れ去り、股間を濡らしながら質問に答える。何本かまた指
を切り落とし公爵が嘘をついていないか確認していると、ユリウス
班が1人の少女を連れてやってきた。その手には手錠がかけられて
いる。
﹁ブラボーリーダー、隣室でとらわれていた少女を確保しました。
奴隷として囚われていたようですが念のため拘束してあります。そ
れから別の部屋に金庫がありました。書類はこの中かと思われます﹂
ギュイーズの惨状を見ても顔色一つ変えずユリウスが報告する。
その様子を見てなんだかんだで場馴れしてるんだなぁ、などと感想
を抱いた貴明だったが気を取り直す。
﹁了解ベータ1。公爵に確認を取った結果対象は彼女1人のようだ。
証拠もその金庫の中にあるらしい。念のため拠点にたどり着くまで
彼女は拘束しておけ。これが金庫のカギだ、中身を確認し間違いな
ければすべて持ち出せ。その後アルファ隊とともにこの場を離脱す
る!﹂
﹁了解です!﹂
ギュイーズの懐から取り出した金製のカギをユリウスへと手渡し、
貴明はギュイーズを気絶させた後魔術防止の刻印付き手錠をかけて
耳栓と目隠し、猿轡を施し麻袋を被せる。公爵の運搬をユリウス班
の一人に任せると、貴明はガリウス班が陣取る階段へと向かう。
147
﹁アルファ1、作戦は成功だ。速やかにこの場を離脱する﹂
﹁了解だブラボーリーダー!それじゃあ仕上げを頼む!﹂
何とか敵の攻勢を凌いだガリウスたち。たびたび窓から侵入した
者もいたようだが、すべて警戒に当たっていた遊撃のユリウス班に
片づけられたようだ。
﹁任せろ!﹃氷陣・散華﹄!﹂
ガリウスの言葉に応じ貴明は階段にひしめく敵兵に魔法を放つ。
FOE時代に作った貴明のオリジナル魔法であるためこの世界の魔
法とだいぶ名前が変わっているが、その効果は文句なしの威力を持
っていた。
氷系魔法﹃氷陣・散華﹄。効果範囲は使い手のMP消費量で変わ
るが、対象の足元50センチメートルを完全に凍らせ身動きを封じ、
さらに氷の表面に鋭い氷の槍を大量に生やす。少しでも身動きすれ
ば先端が体に突き刺さり血が花のように散ることから貴明はこの名
をつけた。
﹁これでしばらく時間を稼げる。離脱するぞ!﹂
効果を見届けた貴明はガリウス班を引き連れその場を後にした。
﹁ストライクリーダー、書類はすべて押収しました。確かに奴隷売
買の契約書です。敵が来る前に早く離脱しましょう。さすがにそろ
そろ帝都守備隊が気付くころです﹂
148
屋上に貴明たちが上るとすでにユリウスたちが待機していた。ギュ
イーズは麻袋の中、少女も騒ぐことなく貴明たちを待っていた。し
かしみな顔を隠し正体も明かさない貴明たちに警戒のまなざしを向
けている。
﹁さすがに警備兵が庭中に散らばっているな。仕方ない、最短ルー
トで敷地内を突破する。外壁を飛び越えたら目標地点まで突っ走る
ぞ。っと、そのまえに。﹃炎弾・爆﹄!﹂
逃走ルートとは真逆の地点に炎魔法を放つ。着弾した途端大きな音
をたて爆発し、その音につられて敵兵がそちらへ急行する。
﹁これでかなり敵は減ったな。厩舎もここから離れてるし破壊しに
行くのも手間だ。さっさとずらかろう﹂
﹁⋮⋮今の音で間違いなく帝都守備隊が気付いただろうしな。そう
したほうがよさそうだ﹂
妙なところでやることが過激というか大雑把な貴明にガリウスがあ
きれつつ答える。
その後、潜入部隊は屋敷から無事離脱に成功、帝都守備隊に気を
付けつつ闇の中へと姿を消した。
149
150
ギュイーズ公爵邸襲撃作戦 ︵後書き︶
どうもワードで作った文をコピーした時に段落が勝手に無効になっ
てたみたいです。今回は一応チェックしたので大丈夫だと思います。
⋮なんか違和感あるなぁ。
誤字脱字、矛盾点、感想等ありましたらお願いします。
151
騒々しいひそかな謁見︵前書き︶
ぐあああぁ!週一更新できなかったぁ!
みなさん大変お待たせしました。少々遅くなりましたが投稿です。
152
騒々しいひそかな謁見
ギュイーズ公爵邸に賊が侵入したとの報告を受けた神聖ガルーダ
帝国主城、ガーランド城の一角にて。
﹁いたか!?﹂
﹁いや、こっちにはいない!﹂
﹁隊長、3班が東第2区画にて怪しい人影を目撃とのことです!﹂
﹁よし、2班と6班は私とともにこい。いいか、何が何でも見つけ
出すぞ!このままではわれら親衛隊の面子は丸つぶれだ!﹂
﹃おう!﹄
ところ変わってガーランド城最上階皇帝私室。30がらみの大男
と50過ぎの白髪の老騎士が対面していた。
﹁申し訳ありません陛下。依然近衛隊と連携しつつ捜索を続けてお
りますが未だ発見できておりませぬ。やはり陛下のお側に護衛を残
さなければ﹂
﹁かまわんさマードック。おれの警備はいつも通り衛兵に任せてお
けばよい、お前は親衛隊総長として一刻も早く賊を捕縛せよ。この
ままでは皇族近衛隊と皇帝直属親衛隊の名折れだぞ﹂
153
﹁⋮⋮かしこまりました。何かあればすぐに駆けつけますゆえご安
心を﹂
﹁ああ、期待しているぞ総長殿﹂
マードックと呼ばれた親衛隊総長は一礼すると皇帝の私室から出
ていく。それを見届けた後、陛下と呼ばれたその男は城の最上階で
ある自室の窓を見やる。
﹁ここまで侵入できたのは見事だったが詰めが甘いな、城中大騒ぎ
だぞ。マードックにすら気配を気づかせなかったのは見事というほ
かないが﹂
﹁あんたが城の警備をがっちがちにかためてなきゃ見つからずにす
んだんだよ!ヨハンの爺さんにいつも通りの警備にしておけって言
われなかったのか?﹂
マードックがいなくなったのを確認してから窓を乗り越え部屋へ
と入る貴明。予想外の警備の厚さに思わず文句がこぼれる。侵入時
は覆面をかぶり魔術や体術、マジックアイテムにものを言わせて全
力で侵入したにも関わらず、それでも発見されたことに内心ショッ
クを受けている。
﹁あえて緩くするな、とは言われたな。そもそも我が家に侵入者が
来るとわかっているなら戸締りをするのは当然だろう?この身が皇
帝ならばなおさらだ﹂
﹁普通の皇帝は自室に侵入者がいるのに親衛隊を部屋から追い出し
たりしないだろ⋮⋮﹂
154
貴明が疲れた様子で話す相手こそ、神聖ガルーダ帝国皇帝カール・
ガルーダ・ビスマルク5世その人である。ビスマルク家の特徴であ
る赤い髪を短く切りそろえ、その体は長身の貴明よりもさらに高く
がっしりしている。
﹁なに、これでも若いころはヨハン殿の指導を受けた身だ。レベル
はもちろん腕にも覚えがあるぞ?﹂
そういえば小さかったガリウスと模擬戦したこともあったな、と
カールは笑いながら自らの過去を語る。先代皇帝のビスマルク4世
が在位中カールはヨハンのもとで指導を受け冒険者として活躍して
いた。即位した今も指揮官として戦場に出ることもあるため、今で
はレベル151、双剣を使わせたらガルーダ随一とも言われている。
﹁⋮⋮無駄話をしていたらさっきの親衛隊が戻ってくるな、要件を
済ませよう。帝国議会常任議員にして貴族派の重鎮、ギュイーズ公
爵の私邸から見つかったものだ。あんたも探してたんじゃないのか
?﹂
﹁ラービア連邦人違法奴隷の売買に公金の横領、司法関係者に対す
る賄賂まであるのか。おれががさ入れしたときは全く証拠がなかっ
たのにどうやって見つけたんだ?﹂
﹁聞いたら素直に教えてくれたぞ?自分の両手両足がミンチになる
様子を見せたら聞いてないことまで話してくれた﹂
﹁その発想はなかったな、今度から参考にするとしよう。⋮⋮うむ、
どれも証拠として問題なく使えるな。この件の報酬はヨハン殿の言
っていた通り⋮﹂
155
﹁ああ、ガリウスたちの身の潔白の保障やこの件に関するすべての
アフターケアを頼む。それからこれは公爵の口頭説明だけで物的証
拠はないんだが⋮﹂
貴明はギュイーズから聞き出した貴族派の計画について説明する。
それは奴隷売買やその他裏ルートで集めた資金で軍備を整え、帝都
内で一斉に蜂起するというものだった。
﹁聞いたところによると高等法院次長に財務卿、バルカン方面軍第
5連隊長、帝都守備軍所属第3、第17騎士団長も関与しているら
しい。証拠となる連判状は財務卿が持ってるそうだ﹂
﹁⋮⋮思いの外大物が釣れたようだな。しかし物証がそれだけでは
少し弱い⋮。ギュイーズ公爵は今どんな状況だ?﹂
﹁ヨハンの家で拘束している。刻んだ体は治癒魔法で回復させたか
ら傷跡ひとつ残ってないよ。やつを使うのか?﹂
﹁ほかの連中を捕縛するのに協力することを条件に恩赦を出す。さ
すがに家の取り潰しは避けられんが身分はく奪の上で国外追放とい
うことにしておこう。⋮⋮表向きにはな﹂
もちろんそれですむはずはない。彼らが計画していたことは国家
反逆罪なのだ。ギュイーズは追放されることなく秘密裏に処分され
るだろう。
﹁わかった、3日以内に公爵と話をつけてくれ。ギュイーズ邸襲撃
の知らせを受けて先走るやつがいないとも限らない。帝都ではいろ
いろやりたいことがあるから内乱はごめんだぞ﹂
156
﹁わかってるさ、ここから先はおれの専門分野だ。今週中にけりを
つけよう。お前はその間に冒険者登録やら用事を済ませるといい﹂
﹁了解した。今話さなければならないことはこれくらいかな。ああ
それと、最初にあったとき頼まれたことだけど丁重にお断りさせて
もらうよ。そういうのは面倒だ﹂
﹁なんだつまらん。別に配下に加われと言ってるわけではないんだ、
それくらい融通を利かせろ﹂
﹁ほほう、陛下はそこの御仁にどのような頼みごとをされたのです
かな?﹂
﹁いやなに。おれと一度全力で戦うことを求めただけだ。彼のレベ
ルを見て冒険者としての血が久しぶりに騒いでな。お前とて強者と
の戦いは楽しいものだろうマードック。⋮⋮いつからそこにいたの
だ、マードック?﹂
いつの間にか部屋の中の人数が増えていることに気が付いたカー
ル。そちらを振り返ることはしないが彼が放つ凄まじい怒気には気
づいているのだろう、しきりに汗をかいている。ちなみに貴明はマ
ードックの入室に気づいてはいたが、己に敵意が向けられていない
ことを感じると気にすることなく会話を続けていた。
﹁﹃なに、これでも若いころはヨハン殿の指導を受けた身だ﹄から
でございます陛下。いくらなんでも陛下の護衛をつけないわけにも
いきますまい。それに今日に限って警備を特1級警戒態勢にしろ、
などといきなり言われては何かあると思いまして。⋮⋮案の定でご
ざいましたな、何か言い訳はおありですかな?﹂
157
﹁待てマードック、わが騎士よ。彼は余の協力者であって怪しいも
のでなく警備も必要ないと思ったまで、いやそもそも余は貴様に侵
入者を見つけ出すよう命じたはずだ己が使命を全うしろ親衛隊総長
!﹂
わたし
﹁これは異なこと、その侵入者は陛下の目の前におられるではない
ですか。私は与えられた命令を遂行したまでです。⋮⋮申し遅れた
客人よ、私は皇帝陛下直属親衛隊統括総長を務めるマードックとい
う。名を聞いてもよいか?﹂
﹁ギルドマスターのヨハン殿の紹介でこの場に参りました貴明と申
します。このたびの主城に侵入するという暴挙、まことに申し訳あ
りません﹂
﹁なんの、あの警備を潜り抜けた猛者だ。それにヨハン殿の推薦と
陛下が許可しているのなら問題はあるまい。一応ヨハン殿から内密
に使者が来るという話は陛下からうかがっていたしな﹂
﹁⋮⋮なぜおれに使わぬ敬語をマードックに使うのだ?﹂
釈然としないカールが1人つぶやいた。
﹁なるほど、事情は理解しました。ヨハン殿の屋敷には私の部下を
向かわせましょう。陛下は⋮﹂
﹁おれは貴族派の連中をけん制しておくさ﹂
158
﹁かしこまりました﹂
マードックとカールが今後の予定を立てる。今後は貴明にできるこ
とはないのでこの場を去ることにした。
﹁それじゃ俺は帰るよ。あとは頼んだ﹂
﹁おう、今回は助かった。ヨハン殿にもよろしく伝えてくれ﹂
﹁それでは私も部下に指示を出しに行きましょう。警備体制の見直
しもせねばなりませんし。貴明殿はともに来るといい、ヨハン殿の
屋敷まで馬車で送ろう﹂
﹁⋮⋮なんかいろいろとすみません﹂
厳戒態勢下で侵入を許すというのはさすがに看過できないのだろ
う。結局馬車につくまで貴明はマードックに今回の侵入経路や警備
の穴についていろいろ質問攻めにされた。
﹁貴明さんお帰りなさい!御無事で何よりです!﹂
﹁⋮⋮出迎えてくれるのはサーシャたちだと思ってたんだがなユリ
ウス君﹂
﹁さすがに夜も遅いですからね。メイドさんたちが寝かせたようで
すよ﹂
﹁子供たちも今日は馬車での移動で疲れているからな。それに貴明
159
はまだマシだ、俺たちはじじいに出迎えられたんだぞ﹂
ヨハンの自宅に戻った貴明を出迎えたのはユリウスと少し疲れた
様子のガリウスだった。ガーランド城ではいろいろと精神的に疲労
したため、子供たちの出迎えで癒されようと密かに考えてた貴明の
願いはここに潰えたのであった。
﹁アホなこといっとらんでさっさとギュイーズを引き渡さんかい馬
鹿どもが﹂
そんな貴明たちのやり取りを見ていたヨハンが呆れながら姿を現
す。その背後には貴明とともにここへ来た親衛隊の面々が続いてい
る。
﹁今回はお世話になりましたヨハンさん。公爵は何かしゃべりまし
たか?﹂
﹁いや、お前さんたちが聞き出した以上のことは何もなかったぞい。
今後どうするか、陛下は何か言っておったか?﹂
﹁その件は後程説明します。とりあえずこの件に関して俺たちにこ
れ以上できることはなさそうですね。あとはビスマルク5世からの
報告待ちとなりそうです。それはそうと例の女の子のことですが⋮﹂
貴明は公爵邸にいた少女のことを聞く。可能性は低かったが公爵
の仲間である恐れもあったため、ここへ運ぶ時も拘束したままだっ
たのだ。
﹁公爵邸にいたというあの娘じゃな。今は個室で休ませておるよ。
どうやら本当に奴らにとらわれた奴隷で間違いなさそうじゃ﹂
160
﹁すでに拘束を解いてこちらの正体、目的も伝えてある。お前にも
お礼が言いたいそうだから明日⋮、いや今日か。とにかく朝になっ
たら挨拶に行くといい﹂
ヨハンとガリウスが貴明の問いに答えていると、ヨハンの執事と親
衛隊員がギュイーズを連れてきた。相変わらず完全に拘束され、尋
問が終わるとまた気絶させられた公爵を親衛隊員が護送馬車に乗せ
る。
﹁それでは公爵はこちらで引き受けます。ヨハン殿並びに皆様には
このたびは大変お手数をおかけしました。あとのことはお任せくだ
さい﹂
部隊を連れてきた親衛隊隊長が敬礼する。
﹁うむ、陛下やマードック殿にもよろしくのう﹂
彼らを見送ると、ようやくみんな肩の荷が下りたといわんばかり
にみなため息をつく。
﹁おぬしたちも今日はご苦労だったの。ゆっくり休むがよい﹂
ヨハンの言葉に貴明たちはうなずく。こうして彼らの長い夜は終
わりを迎えた。
161
騒々しいひそかな謁見︵後書き︶
あと2、3話で公爵編も終わりです。やっと冒険者編が始められる
!
162
事件のその後︵前書き︶
今回はいつもと少し毛色が違います。⋮違うかな?若干短めですが
お楽しみください!
163
事件のその後
ギュイーズ公爵邸が襲撃を受けたことは瞬く間に帝都中に広まっ
た。貴族とはピンきりで、平民にやさしい貴族もいれば搾取の対象
としか見ていない者もいるため平民の貴族に対する印象は様々だが、
ギュイーズの評判は最悪の部類だった。
そんなギュイーズ公爵の私邸に襲撃があったと知ると帝都は大い
に盛り上がった。いったい何者による行いなのか。何が目的なのか。
帝都の民は知り合いを見つけると思い思いに自らの推理を披露し、
それをたまたま聞いた別の者がそれに反論する。帝都ではこのよう
な光景があちこちで見られるようになった。
公爵邸襲撃事件から2日後の深夜、とある高級宿の一室にて。
﹁此度は災難でしたな、ギュイーズ公﹂
﹁何の、大したことはありませんよ。私財の大半は領地にあります
し、奪われたものはごくわずかな宝石の類のみ。見られては困るも
のは気付かれすらしませんでしたからな﹂
﹁おお、それはよかった!例の件に関しては物証はありませんが、
それでもあなたの屋敷には﹃あの﹄商売に関する書類がありますか
らな。あれが官吏どもの目に触れれば面倒なことになる﹂
﹁左様、今はわれらの悲願を達成するための大事な時期。このよう
164
なことですべてを台無しにするわけにはいきませぬからな﹂
その部屋には10数名の男たちがいた。彼らはほぼすべて貴族派
と呼ばれる派閥に属する者たちであり、その中でも帝都での一斉蜂
起を画策している面々である。
彼らは今回、ギュイーズ公爵邸の襲撃を受けて急遽会合の場を設
けた。仮に彼らの計画がこの事件で明るみになったのであれば早急
に動く必要があるためだ。しかし同胞の半分は今現在帝都におらず
果たして動いていいものか迷っていたところ、ギュイーズによりこ
うして招集がかけられ、事実確認が行われたのである。
﹁それではクロムウェル卿、高等法院への根回しは任せましたぞ﹂
﹁うむ、高等法院長は儂が押さえておくから安心されよ。ギュイー
ズ公も傭兵の件、お願いいたしますぞ﹂
﹁エペルノン伯からの支援もあり着実に兵力は整いつつある。ロン
グヴィル卿とルアン卿のほうはどうなってる?﹂
ギュイーズが二人の大男のほうへ視線を向ける。この部屋にいる
者たちの大半は大きく腹が前へとつき出したるんだ体をしているの
に対し、その二人の体は大いに鍛えられていた。
ギュイーズたちは金や権力を駆使し、皇帝とつながりが強い騎士
派の中で不満を持っていた彼ら二人を抱き込み兵力の増強を図った
のである。
﹁わが第3騎士団はすでに準備は整っております。前団長のリーナ
ス殿が計画に賛同していることから全員参加を決めております﹂
165
﹁第17騎士団はもう少し時間が必要ですな。副団長をはじめ数名
の幹部がいまだ皇帝に忠誠を誓っているため工作に時間がかかって
おります。近いうちに処分しますので少々お待ちください﹂
﹁うむ、よろしく頼みますぞご両人。国軍派のブルッセン連隊長も
準備完了を伝えてきておる。われらの悲願達成の日も近い﹂
彼らの返事にうなずくクロムウェル。ほかの者たちもみな満足げ
な顔で笑いあったり、ワインを飲んだりしている。
彼らがその場に突入したのはその瞬間であった。
﹁全員動くな!国家反逆罪の現行犯で逮捕する!﹂
﹁な!親衛隊だと!?﹂
﹁そんなばかな!警備の者はどうした!それに何かあれば宿の支配
人が連絡を入れるはずではっ!?﹂
突如室内に突入してきた親衛隊たちにより瞬く間に包囲された彼
らは口々に叫び声を上げる。そんな彼らの前に悠然と姿を現すもの
がいた。
﹁警備の者は一足先に帰宅したよ。あとお前たちに抱き込まれ賄賂
をもらっていた支配人、いや﹃元﹄支配人はすでに捕えてある。さ
て、何か言うことはあるか?﹂
166
﹁な、陛下!?﹂
﹁なぜこのようなところへ!?﹂
慌てふためく貴族たちに満足したのだろう。笑みを浮かべながら
カールは答えた。
﹁いや何。わが友人から今日この部屋で何やら面白いものが見れる
と聞いてな。マードックとともにきてみたんだ。そうだな?ギュイ
ーズ公爵﹂
﹁その通りでございます陛下。お楽しみいただけたでしょうか﹂
皇帝の問いに手もみをしながら答えるギュイーズ。それを見た貴族
派の面々は次々に罵声を浴びせる。
﹁き、貴様!われらを売ったのか!?﹂
﹁馬鹿な!貴様もただでは済まんのだぞ!?﹂
﹁ち、違うのです陛下!これはギュイーズめの策略!われらは無実
です!﹂
﹁高等法院に連絡を!何もこの場で逮捕せずとも高等法院で真偽を
明らかにしましょうぞ!﹂
そんな彼らの主張を笑いながら聞いていたカールは、最後の発言を
したクロムウェルへと視線を向ける。
﹁つまりお前は高等法院でなら無実を証明できると?高等法院次長
167
殿﹂
﹁もちろんですとも!われらは司法をつかさどるもの。決して不正
などなく、公正に物事を裁きます。もしこの場に高等法院長がいれ
ば同じことを申すでしょう!﹂
﹁だ、そうだが。どうなんだ?エムリよ﹂
﹁フム、わしが聞いたところこやつらが反逆を計画していたのは間
違いないですな。わざわざ高等法院にかける必要もありますまい﹂
クロムウェルの必死の主張はその場に現れたエムリ高等法院長の言
葉によって打ち消される。カールは念入りに各方面と連絡を取り合
い、絶対にこの場を押さえ逃がさないと覚悟を決めてきた。もはや
彼らに逃げ場はないのである。
﹁貴様らの計画はおしまいだ。余並びにガルーダに対する反逆、決
して許しはしない。相応の覚悟を決めておくことだ。そうそう、エ
ペルノン財務卿にロングヴィル、ルアン両騎士団長、貴様らは公費
横領やその他もろもろの罪が追加されているからな。まず家は取り
潰しだと思っておけ。﹂
厳しい顔でそう言い捨てるカール。連れて行け、とマードックが指
示をだし、その場の全員が拘束され連れ出される。そしてギュイー
ズも例外ではなかった。
﹁な、何をするお前たち!わしは陛下との取引で此度の罪は無効と
なったのだぞ。わしまで拘束してどうする!陛下、陛下からもご説
明を!﹂
168
しかしギュイーズの頼みをカールは鼻で笑い飛ばす。
﹁はて、マードック。余は何かこの者と取引をしたのだったかな?﹂
﹁いえ、陛下はこやつとは何も話しておられませんでした﹂
﹁うむ、そうだろう。余も覚えがない。エムリよ、おぬしはどうだ﹂
﹁陛下のように清廉潔白な方がこのような下郎と取引などするはず
ありますまい。ただのたわごとでしょうな﹂
﹁なっ!?ビスマルク貴様!裏切るつもりか!?お、おのれぇぇぇ
!﹂
﹁いい加減貴様の声も聞き飽きたな。連れて行け﹂
両脇を親衛隊に押さえられながらギュイーズが連れ出される。それ
をカールたちは見送り、
﹁何とか未然に防ぐことができたか。よくやってくれたなみんな﹂
﹁陛下こそ、此度はお疲れ様でした﹂
と、互いの労をねぎらいあった。
時を同じくして第3、17騎士団兵舎に近衛隊が突入。一時は全員
拘束されたが第17騎士団に関しては団長以外関与が認められず翌
日には解放され、第3騎士団は解体が決定。団員たちは鉱山労働に
169
就くことが決まった。
バルカン王国との国境付近に駐留しているバルカン方面軍第5連隊
指揮官、ブルッセン伯爵も憲兵隊の手により拘束され帝都へ移送。
その後ギュイーズらとともに正式に処刑が決定され、帝都の中央広
場にて刑が執行された。
これにより、貴族派の計画は完全に潰えたのである。
170
事件のその後︵後書き︶
貴明が出なかったのは初めてかもしれない⋮⋮。
171
ギルド会館にて︵前書き︶
ようやく冒険者登録にこぎつけました!これまで長かった⋮!もう
少ししたら第1章が終了し新章に突入します。
週一更新がほんとに厳しくなってきた⋮!
172
ギルド会館にて
貴族派の重鎮たちが処刑されてから3日後の朝。
貴明はガリウスやサーシャたちと連れ立って冒険者ギルド会館へ
と向かっていた。目的は貴明の冒険者登録、およびガリウスたちの
冒険者復帰である。子供たちは全員レベルが30未満であり、冒険
者登録の条件を満たしていないため今回は見学がメインである。
なぜ3日後であったかというと、財務卿や高等法院次長といった
行政部や騎士団長・連隊長といった軍部の高官たちが一斉に粛清さ
れたために少なくない混乱が起こったためだ。
以前ビスマルク5世が行った綱紀粛正時は皇帝側の面々が綿密な
計画を立てて行ったためさほど混乱は起きなかったが、今回の件は
皇宮側からしたら青天の霹靂であり対応が間に合わなかったのであ
る。
そのため帝都の公的機関は一時的に機能を停止し、国家機関とも
一定の相互関係にある冒険者ギルドも新規登録ができなくなってい
た。ヨハンもこの3日間は忙しく働いており、ようやく混乱が落ち
着いたためこうして出向くことになったのである。
﹁そういや俺、まだギルド会館見たことないな﹂
貴明が唐突につぶやく。その声が聞こえる位置にいたガリウスと
173
グレンは顔を見合わせると、ああ、と納得した顔で返事を返す。
﹁そういえば帝都についてから爺さんの屋敷に直行したんだったな﹂
﹁やっこさんの屋敷を襲撃した後は子供たちの訓練で街を離れてや
したからね﹂
そこまで言ったところで彼らの話し声が聞こえたのだろう、ナユ
タとイリスが会話に入ってくる。
﹁そういえば兄さんは結局のところ、どのランクで登録するんです
か?ヨハンさんと話していたときに実名や本当のレベルは申告しな
い、みたいなことを言ってましたけど﹂
﹁⋮⋮お兄ちゃん、ウソのお名前使うの?﹂
最近この2人は貴明のことを兄さん、お兄ちゃんと呼ぶようにな
った。理由は﹁なんとなくお兄ちゃんっぽいから﹂だそうである。
貴明がそちらを見るとどうやらほかの子供たちも気になるのか、
みんな興味深げな顔で貴明のほうを見ていた。
﹁そうだなぁ、とりあえずランクはBかな。いきなりAやSクラス
で登録したら妙な噂が立ちかねないからね。名前は﹃クロード・ラ
ンベルク﹄で登録するよ。あとイリス、別にウソの名前じゃないぞ。
もう1つの本名だ﹂
イリスの言葉に苦笑しつつ貴明は答える。事実、本来このキャラ
クターステータスの持ち主はFOEのアバター、﹃クロード・ラン
ベルク﹄のものであるため、ある意味こちらも本当の名前といえる
174
のである。
以前登録についてヨハンと相談した際、貴明は偽名で登録するこ
とを希望した。貴明のレベルは255、いかに隠そうとしてもいず
れその力は周囲に知られてしまう恐れがある。貴明は名声がほしい
わけではないので、仮に名が広まるならば﹃岡本貴明﹄ではなく﹃
クロード・ランベルク﹄のほうがいいと判断したのだ。
﹁わたしとしてはいまだに信じられないんですけどね。貴明さん⋮
クロードさんですか?⋮わかりづらいから貴明さんでいいですよね。
とにかく貴明さんが冒険者じゃないなんて﹂
その声の主である少女、フィーネが貴明を見ながら首をかしげる。
ギュイーズ公爵邸にて捕らわれていた少女はフィーネと名乗った。
年齢は18歳、160㎝程の身長と薄い水色の長い髪と目を持つそ
の少女は、平民でありながらその容姿ゆえにギュイーズの手元に残
され愛玩奴隷として調教される寸前だったらしい。
事実、その容姿は﹁女神の生まれ変わりじゃ!﹂とヨハンが騒ぎ
出しメイドたちに殴られるほどに見事なもので、アッシュをはじめ
とする少年たちはみな彼女に話しかけられただけで赤面をしていた
ものだ。
ヨハンによるとサーシャの髪や瞳はガルーダの南東に位置するヴ
ェルディア王国の平民層にたまに見られるものらしい。つまりフィ
ーネはヴェルディア人の血を引いていることになるのだが、フィー
ネ曰くヴェルディアで嫌な出来事があり家族で親戚がいるラービア
175
連邦へ移住することになったらしい。
内戦中のラービアといえども移住先は主戦場から遠く、平和な生
活を送っていたらしいのだが突如そこへ奴隷商たちが現れ連れ去ら
れてしまったらしい。その時に家族や親せきは皆殺しにあってしま
ったとのことだ。
最初はギルド関連の施設に預けようかとヨハンがフィーネに伝え
たのだが、彼女は貴明たちとともに冒険者として生計を立てたいと
主張したため、一時的に貴明預かりにして子供たちとともに訓練を
施すことにしたのである。
貴明が数日前のやり取りを思い出していると、フィーネと同じ感
想を抱いていた子供たちが口々に同意する。
フィーネや子供たちの追及をかわしながら一向が帝都のメインス
トリートを進んで行くと、正面に2本の剣が交差し、その後ろに盾
が描かれている看板を掲げた大きな建物が見えてきた。
﹁みんな見えてきたぞ。あれが冒険者ギルド神聖ガルーダ帝国本部
ノール会館だ﹂
先頭を歩いていたガリウスが後続に声をかけながら会館を指さす。
ユリウスたちは久しぶりに正面から堂々とギルドに入れるとあって
感慨深げだ。
﹁貴明さんの話はヨハンさんから職員の方に通っているはずなので
スムーズに済むはずです。貴明さんには規則などについて、以前僕
176
らからざっと説明しましたけど、詳しいことは受付で聞いてくださ
い﹂
正直細部まで覚えてないんです、と照れ笑いしながらユリウスが
言う。
﹁そのほうがよさそうだな。⋮⋮よし、それじゃ行きますか!﹂
改めて気合を入れなおし、一行は会館内へと入っていった。
ギルド会館は1階から3階までが吹き抜けとなっているつくりの
8階建ての建物だった。早朝であるためあまり込み合ってはいない
が、それでも少なくない冒険者が1階のホールに集っていた。
彼らは15名近い子供が入ってきたことに驚きつつも、その集団
にガリウスたちの姿を見ると笑顔で声をかけてきた。不当な言いが
かりでガリウスらが冒険者の地位をはく奪されたことはすでに知ら
れており、無事に復職できたことを祝ってくれている。
グレンなどが後程祝宴を上げる約束をしてこの場はいったん彼ら
と別れ、一行を先導するガリウスが1階ホールの奥にあるカウンタ
ーへと歩み寄る。
﹁おはようイリナ。ギルドマスターから話は聞いてるかい?﹂
﹁おはようございますガリウスさん。皆様、冒険者への復帰心から
お待ちしておりましたよ。ギルドマスターからお話を伺っておりま
す。皆様の復帰の手続き、およびクロード・ランベルク様の冒険者
177
登録ですね﹂
ガリウスがカウンターに座っていた20代くらいの受付嬢とあい
さつをかわす。
﹁あなたが貴明様ですね。今回登録のお手伝いをギルドマスターか
ら言いつかっておりますイリナ・ベルナルドと申します。ガリウス
さんたちは2階の受付でギルドカード更新手続きを行ってください。
貴明様は私とこちらへ﹂
そういってイリナは席を立ち貴明を先導するが、一瞬ガリウスと
視線を交えたことに貴明は気づく。
﹁イリナさんはヨハンさんのお孫さんで、ガリウスさんの婚約者な
んです﹂
と、そのやり取りを見ていたユリウスがそっと教えてくれた。
フィーネと子供たちをギルドの職員に預けた後ガリウスらと別れ
た貴明は、イリナの先導のもと8階にあるギルドマスターの執務室、
つまりヨハンの部屋へとやってきた。
﹁ギルドマスター、ランベルク様をお連れしました﹂
﹁うむ、入りたまえ﹂
失礼します、とイリナがドアを開ける。
178
中は執務室と応接間が一緒になったようなつくりの広い部屋で、
書類に目を通しているヨハンが1人デスクに向かっていた。
﹁おお、よう来たな貴明。こやつはワシの孫のイリナじゃ。イリナ
にはおおよその事情を話しておるからここの会館を利用するときに
何か困ったことがあればこの子に頼るとよいぞ﹂
﹁改めまして、貴明様。ヨハンの孫で冒険者ギルドノール会館専属
冒険者のイリナです。このたびはガリウスさんたちの汚名返上にご
協力いただき誠にありがとうございます!﹂
自分の婚約者が犯罪者扱いされるのはつらかったのだろう、目に
薄く涙を浮かべながら頭を下げるイリナ。
﹁ワシももう少し力になれればよかったんじゃがのう。イリナやガ
リウスたちにはつらい思いをさせたもんじゃ﹂
孫の頭をなでながらぼやくヨハン。ガリウスたちの前ではそんな
様子は見せなかったが、やはり責任は感じていたのだろう。
﹁話が脱線してしまったの。貴明よ、今回お前には2つのギルドカ
ードを作ってもらう。岡本貴明としてのものとクロード・ランベル
クとしてのものじゃ﹂
これもあらかじめ決めていたことだ。いくら目立ちたくないとい
っても、貴明が冒険者登録するのはこの世界での身分を明確にする
ためだ。仮に岡本貴明の名前が世に広まってしまった場合の保険、
もしくはどうしても己の力を最大限に発揮しなければならない時の
身代わりとしてクロードの名前で登録する。
179
﹁それでは貴明様。こちらの書類にお名前、出身地、レベルをお書
きください。貴明様のものとクロード様のものをお願いします。出
身地は必ずしも書く必要はありませんが、名前とレベルは必ずお書
きください﹂
イリナによって応接用のソファーに座った貴明の前に2枚の書類
が差し出される。貴明は出身地は空白、レベルは貴明としてのほう
は140、クロードとしてのほうは255と記入した。
﹁それではこちらの水晶に掌を押し当ててください。この魔具で本
人の名前とレベルが一致しているかの確認と、年齢や各スキルレベ
ル、熟練度の確認を行います﹂
言われたとおりに手を乗せる。すると水晶が光だし、様々な文字
が表面に浮かびだしたと思うと、唐突にその文字や光が消えた。
﹁⋮⋮はい、﹃クロード・ランベルク﹄様としてのカードは完成し
ました。こちらです﹂
イリナがそう言って1枚の金属製のプレートを差し出す。手のひら
サイズのそれは銀色に輝いており、表面には冒険者ギルドのマーク
である、会館の看板に書かれていたあの剣と盾の紋章が描かれてい
た。
﹁そのカードは本人が提示したいと思った時に本人が望んだ情報が
浮かび上がってきます。本人でなければ情報を提示できないため本
人確認の方法として用いられます。ギルドに対し何かしら不利益を
与える行いをした場合、カードが黒く変色しますのでお気を付けく
ださい﹂
180
﹁何かしらの事情でやむを得ず、という場合はどうすればよいです
か?﹂
少し気になり質問する。
﹁その場合はギルドへその時の状況の説明を行ってください。仮に
情状酌量の余地あり、と判断された場合は罰金などで許されること
があります。それ以外でカードを元に戻すには、ギルドが提示する
懲罰用の高難易度クエストを行ってもらいます﹂
かなり大変ですので気を付けてくださいね、と笑顔でウィンクさ
れてしまった。
﹁あと仮に紛失された場合、どのような理由があれ再発行に小金貨
10枚、10万フォルがかかるのでご注意ください。今回のガリウ
スたちの場合は紛失ではなく再登録ですので罰金はかかっておりま
せん﹂
そこまで説明すると、イリナはもう1枚のカードを取り出した。
﹁こちらは﹃岡本貴明﹄様としてのカードですが、少々手を加えて
情報の書き換えを行います。本来は規則違反ですが、ギルドマスタ
ーの許可がある場合特例として行われております。クロード様とし
て依頼をうける際にはこちらをご提示ください。貴明様のほうは明
日完成しますのでまた後日お越しください﹂
カードの説明は以上で終わったため、貴明とイリナはカウンター
へと戻ることとなった。そこでギルドの規則や以来の受け方といっ
た説明を行う。
181
ヨハンに礼を言い、貴明はイリナとともに部屋を後にした。
182
ギルド会館にて︵後書き︶
現段階でいろいろ﹁⋮ん?﹂と思われる個所がちらほらあるかと思
いますが次の回で補足があるので少々お待ちを。
貴明とクロードのギルドカードの設定を変更しました。
183
冒険者として︵前書き︶
これにて第1章は終了です。
冒険者ギルドの説明は今後加筆があるかもしれません。
前回∼今回にかけて、貴明とクロードのギルドカードの設定を変更
しました。ご了承ください。
184
冒険者として
執務室を出た貴明とイリナは、再び1階のカウンターへと戻って
きた。向かい合って席に座ると、イリナはテーブルの下から1冊の
分厚い冊子を取り出し貴明に向かって広げる。
﹁それでは貴明様に当ギルド、および冒険者についての説明をさせ
ていただきます。まずはランクについてですね、こちらをご覧くだ
さい﹂
イリナが冊子の一部を指し示す。
﹁すでにガリウスさんたちから説明を受けておられるようですから
簡潔に済ませますが、ランクはF∼SS+までの12段階で区別さ
れます。S、SSランクはそれぞれ3つに分かれていますがめった
に現れないため、総じてSクラス、SSクラスと呼ばれます。貴明
様はレベル140ですので本来Aランクに区分されますが、今回が
初めてのご登録となりますので1つ下のBランクとなっております﹂
のっと
これは貴明の希望とギルドとしての規則に則った判断である。冒
険者とは何もレベルが高ければ、戦闘に長けていればいいというも
のではない。冒険者の依頼は輸送護衛や魔法薬の素材調達、身辺警
護や都市内での生活における手伝いまで幅広く存在する。レベルが
高くとも経験不足の者に任せるには危険な依頼も少なくない。
よって冒険者ギルドは、登録時から高レベルであったとしてもギ
ルドの判断でランクを1つから2つ下げ、経験を積ませることを規
則に入れているのである。
185
﹁次に依頼の受け方についてですが、会館の正面玄関から入ってホ
ールの右側、あちらの掲示板に主な依頼は掲示されています﹂
イリナは貴明の後ろ、正面玄関から見て1階ホールの右側に大量
に設置してある掲示板群を指さす。
﹁依頼は討伐や護衛といった内容ごとに分けられており、その中で
さらにランクごとに区別されております。冒険者はEからCランク
が最も人数が多いため、依頼の数もそのあたりが多数を占めていま
す。BランクやAランク向けの依頼もありますが、レベル100を
超える冒険者は希少ですのであまりはけ方はよくありません﹂
イリナがページをめくる。
﹁Bランク以上の主な依頼はこちらですね。グレートボアやアサル
トバイパーの討伐、夜月草の採集、南のウォーランド連山を突っ切
りエルナード王国へ向かう緊急輸送などです。依頼は自身のランク
の1つ上までは受けられ、自身のランクより下であれば制限はあり
ません。しかし故意に低ランクの依頼ばかり受け、適正ランクの依
頼を受けなかった場合ギルドからの強制依頼を受けていただきます﹂
ようは楽ばかりしてサボるなということか、と貴明は理解した。
﹁ごく稀にSクラス以上の依頼が発生しますが、レベル150超え
の冒険者などめったにいないためパーティを組む場合がございます。
S−ランクの依頼ならAランク冒険者10名、といった感じですね。
ちなみにノールを拠点にしている冒険者でS−ランクは7人、Sラ
ンクは3人となっておりますね。それ以上のランクの方は現在わが
国にはおりません﹂
186
ノールは大国神聖ガルーダ帝国の首都であり人口も多い。そのノ
ールですらS+以上の冒険者がいないことを考えれば、いかにS、
SSクラス冒険者が希少であるかがうかがえる。
そもそも1国の大将軍や親衛隊総長 ︵マードックがこれにあた
る︶、宮廷魔術師団長の平均レベルがレベル160代、つまりS−
ランク相当なのだから、S+ランク以上の者がごろごろいるほうが
おかしい。
﹁依頼を受ける際は2階の依頼受注カウンターで受注される依頼の
登録番号をおっしゃってください。番号は掲示板の依頼書に書かれ
ています。文字の読み書きができない方は代読、代筆のバイトをし
ているものが近くに待機しているのでそちらに申し付けください。
ただしこちらは有料となっております﹂
この世界の言葉や文字は日本語なので貴明がそのバイトとやらに
頼ることはなさそうだ。
﹁依頼達成時はホールの左側、依頼達成カウンターへお越しくださ
い。依頼の品や依頼達成の証明書を提示していただくとその場で報
酬が支払われます。昼から夕方にかけて込み合いますのでご注意く
ださい﹂
その時間帯は引き上げてきたほかの冒険者で込み合うようだ。イ
リナにうなずきつつ、可能な限りその時間は避けようと貴明は決め
る。
﹁次に大規模魔獣や魔獣の群れといった国家規模の対応が求められ
る事態が発生した場合の対応ですが、冒険者は自身が滞在している
187
国家でそのような事態に陥った場合、国軍や騎士団などに協力して
ともに対応する義務が発生します﹂
これは冒険者の持つ特権に由来する。冒険者は都市へ入場する際
支払わなければならない税金が、通常銀貨5枚かかるところを1枚
に軽減されている。これは依頼により都市や国家の行き来が激しい
冒険者の活動を援助するために各国が共同で定めた規則だ。
ほかにも滞在先の町で冒険者のギルドカードを提示すれば、ギル
ドと提携している宿屋や武具店、魔法材店などでの割引といった恩
恵が受けられる。その対価として冒険者は魔獣の大規模襲撃といっ
た事態には強制的に対処に当たらなくてはならない。
﹁最後に国家間の戦争についてですが、冒険者ギルドは完全に国家
から独立した組織であるため基本的にギルドとして特定の国に干渉
することはありません。仮にどこかの国家に傭兵や義勇兵として参
加したい場合は、傭兵ギルドにて登録する必要があります﹂
﹁冒険者でも傭兵登録はできるんですか?﹂
貴明は首を傾げる。
﹁可能ですよ。功績次第では教官として国軍や騎士団に迎えられる
こともあります。現在のガルーダ帝国軍大将軍などは20年前まで
S−ランク冒険者でしたが、傭兵としてバルカン王国との領土紛争
で目覚ましい功績をあげられたために国軍へと迎えられていますね﹂
どうやらどこの国も優秀な人材の確保には余念がないようだ。
﹁基本的な説明は以上ですね。当ギルドに加盟したのちは、会館内
188
の各施設を格安で利用できますのでそちらもご利用ください。何か
ご質問はありますか?﹂
少し考えてみたが思い浮かばない。何かわからないことがあった
ときにまた聞きに来ることにした。
﹁それでは説明を終わらせていただきます。貴明様のカードは明日
の正午には完成しますので、その時にまたお越しください﹂
﹁わかりました、ではまた明日来ますね。ガリウスや子供たちはど
こにいるかわかりますか?﹂
﹁あの人たちでしたらおそらく3階のギルド食堂にいると思います
よ。階段を上ってすぐ目の前にあります﹂
イリナに礼を言い席を立つ。無事登録を終えられたため、貴明は
とりあえず合流することにした。
ガリウスらの姿はすぐに見つかった。というかかなり目立ってい
た。貴明が食堂へ顔を出すと、中央のスペースに30人近い集団が
陣取ってメニューを見ていた。ガリウスたちは貴族との一件で有名
だし、子供たちはエルフや獣人である子がいることに加え奴隷とし
て高値がつくほどの容姿であるため、周囲の視線の集まり方が半端
ではない。
貴明がそちらに近づくと、すでに何を注文するか決めていたのか、
視線をメニューから外していたサーシャが貴明に気付いた。
189
﹁あ!貴明さんこっちです!今からみんなで少し早いですけどお昼
ご飯を食べることにしたんですよ。もう登録は終わったんですか?﹂
サーシャが素早く自分の横の椅子を引き貴明に勧める。貴明の接
近に気付かず出遅れてしまったイリスとナユタは悔しそうにサーシ
ャを見つめ、その様子を見ていたユリウスやフィーネはくすくす笑
っていた。
﹁ありがとうサーシャ。登録は一応終わったよ、あとは明日貴明と
してのギルドカードを受け取れば終了だ。そしたら少しずつ依頼を
こなしながら、またみんなの訓練をしよう﹂
貴明もサーシャたちの水面下での争いに気付き微笑ましく思いな
がら、椅子を引いてくれたサーシャに礼を言い席に着く。
﹁こっちも無事復帰手続きが完了した。ようやく活動を再開できる
よ﹂
ガリウスが嬉しそうに報告してくる。Aランク冒険者として復帰
できるということもあるだろうが、やはり婚約者と堂々と会えるこ
とが喜ばしいのだろう。
とりあえず全員が注文をおえ、料理が届くのを待つ。その間に貴
明たちは今後の予定について話し合った。
﹁とりあえずここでの用事は終わったから、この後は武具店や道具
屋に行ってみんなの装備を整える、ってことでいいんだよな?﹂
﹁ええ、いい加減俺たちの常備品も少なくなってきやしたし、子供
たちの装備も揃えてやらなきゃいけやせんからねぇ﹂
190
貴明の言葉にグレンが返す。
処刑が行われてから今日までの3日間、貴明たちはフィーネやア
ッシュらに戦闘の基礎を教えていた。その際、どのようにして彼ら
を育成していくかで少々意見が分かれた。
貴明とガリウスが主張したのは、ギュイーズのようにほかの者が
ぎりぎりまで魔獣の体力を削った後にとどめを刺す、というやり方
でレベルを30まで上げた後、実際に単独で魔獣と戦わせ実力をつ
けさせる、という方法だ。
これはひとまずレベル30まで上げ、冒険者登録をさせてから依
頼をこなしつつ実戦経験を積ませるという貴明の考えと、冒険者登
録を行うものはほぼすべての者がこのやり方でレベルを30まで上
げている、というガリウスの持つ冒険者の常識から出た案だ。
しかしヨハンがこれに反対。このやり方では通常の半分の経験値
しか得られないというのと、他人の力に頼りレベルを上げた者は自
力で鍛えた者よりも熟練度値の上昇速度が遅くなり上限そのものも
低くなる、というデメリットが存在するため、というのが理由だっ
た。
そもそもこの世界での熟練度というものはスキルレベル以上に重
要なファクターだ。スキルレベルはレベルアップ時に獲得するポイ
ントを振れば誰しも上げることが可能だが、熟練度というのは本人
191
の才能がもろに影響する。
たとえばレベル、スキルレベルともに同じ数値の長剣使いが、同
じだけ戦闘経験を積んだとしても熟練度の上がり方までもが等しく
なるわけではない。そもそも常人ではいくら1つの武器や魔術を鍛
えようと努力しても、熟練度はせいぜい40から50まで上がれば
よいほうなのだ。
ゆえにこの世界でいうところの天才とは、常人より熟練度の上昇
速度、限界値が高い者のことを指す。熟練度が5も違えば、レベル
が多少上の相手でも倒せてしまうことすらあるのだ。
そしてヨハンが主張するようにこの世界ではなぜか、楽をして経
験値を稼ぎレベルを上げた者は各熟練度の上昇が鈍るという現象が
起こる。一説にはこの世界に人や亜人、魔獣を生み出した神々が楽
して力を得ようとする者を戒めている、という意見もあるという。
その説を裏付ける理由として、戦闘時にまったく攻撃を与えないサ
ポート役の術者でも戦闘に貢献していれば、ラストアタックを決め
たとき経験値獲得量に変化がない、というデータがあるらしい。
以上の理由に加え特に急いで力をつける必要もないことから、子
供たちの育成計画は地道に基礎体力をつけさせ、弱い敵を倒しなが
ら少しずつレベルを上げさせる、という方向でまとまった。
その後貴明たちは帝都周辺の平原へと出向き、冒険者登録が可能
となる日までサーシャたちにジャイアントラットやスモールボアと
いった低レベルの魔獣を狩らせて戦闘のコツをつかませつつ、時に
は回復や助太刀といったサポートを入れながら彼らのレべリングを
192
行った。
その甲斐あって、今では全員レベル20を超え、アッシュやフィ
ーネ、イリスなどはあと一歩で30に手が届くところまで成長した
のである。レベル30までは意外と簡単に上がるが、元がレベル5
∼15だったことを考えれば3日でここまで成長するというのは素
晴らしい快挙である。
そこで貴明らはそのご褒美として、彼らが冒険者登録を行った後
のことを考え専用の武具をプレゼントすることにした。今まではギ
ルドが所有していた安物の武具を使っていたのだが、これを機に彼
らの体に合ったものをそろえることにしたのである。
その後彼らの前に並べられた料理を食べながら、貴明たち冒険者
組は今後受けようと考えている依頼のことを、サーシャたち訓練生
組はどのような武器を買ってもらうかを話しつつその時を過ごすの
であった。
同時刻、ノールから遠く離れたとある国のとある城にて。
﹁なぜです母上!なぜあの方の協力要請を断ったのですか!?﹂
1人の女性が母親に詰め寄る。
193
﹁落ち着きなさい。あなたも王族ならば、それ相応の振る舞いを心
掛けなければなりません﹂
そこは女王の私室、プライベート空間であった。その場には護衛
もおつきの侍女もおらず、王族である者しかいない。人目がないこ
とを理由に激する娘の行いをたしなめつつ、母親は己の下した判断
の理由を説明する。
﹁確かにかの国とは友好的な関係を結んでいますが、いくらなんで
も今回の件は常軌を逸しています。大体今現在ガルーダはビスマル
ク陛下の元穏やかな統治がなされ民も平和を享受しています。それ
をなぜ、まったく関係のない我が国の兵を危険にさらしてまで乱さ
なければならないのです?﹂
彼女たちの国に友好国の王太子からもたらされた協力要請。それ
はとある計画を利用し神聖ガルーダ帝国に対し侵略戦争を仕掛ける
というものだった。
﹁確かに今のガルーダは平穏でしょう。しかしもしガルーダが我が
国に牙を剥いたらどうするのですか!?かの大国はこんな小国いと
も簡単に併合するでしょう。ガルーダが国内に火種を抱え、ランバ
ール公国連合との間に問題を抱えている今しか好機はないのです!﹂
要請に乗り気ではない女王に、それでも彼女は言い募る。国を率
いる王族として、また国を愛する者として、今回の打診は彼女の国
を救う起死回生の一手に思えた。
現在大陸各地でさまざまな火種がくすぶり2大強国のラービアと
ダイオンが内戦中の今、いつ戦争が始まるのかわからないのだ。市
194
井の民は平穏な生活を送っているため大陸を覆うその空気に気づい
てはいないが、鼻の利く商人などはすでに感づき始めている。
いずれ来る戦禍に備え少しでも憂いを断とうと行動してきた彼女
は、今回の協力要請は待ちに待ったチャンスなのである。
﹁落ち着きなさいと言ったでしょう。そもそもこの件、かの王太子
はおそらく国王の許可を得ておりません。出なければこのような突
拍子のない話、かの国王が許すわけがありません。とにかくこの件
はもう終わりです、あなたも下がりなさい﹂
話を打ち切り娘に退出を促す母親。それに従いつつも、その女性
はまだあきらめた気配を見せてはいなかった。
﹁あなたはいつもそうだ。あの娘の時だって⋮﹂
出ていく直前彼女がつぶやいた言葉は母親の耳には届かなかった。
貴明たちを、神聖ガルーダ帝国を包み込むかのように、不穏な空
気がリベラ大陸に満ちていった。
195
冒険者として︵後書き︶
貴明は鈍感の子ではありませんでした。
196
閑話 彼らの日常1︵前書き︶
今回は閑話です。
197
閑話 彼らの日常1
アッシュside
アッシュは悩んでいた。
︵うーん、やっぱり長剣かな。⋮いやでもあの刀もよさそうだし。
そういえば確か貴明さんは本来一番得意なのは刀と双剣だって言っ
てたような⋮。だとしたらボクもそれに⋮。いや、でもそれだと自
分に合うものをといった貴明さんの指示に逆らうことになるし⋮︶
彼がいるのは帝都のメインストリートに面する冒険者ギルド系列
の武具店だ。いま彼は自分と同様ギュイーズの魔手から助け出され
た仲間たちとともに、自分専用の武具を選んでいる真っ最中である。
﹁軍資金は潤沢だから遠慮せずに、とにかく自分に一番あったもの
を選ぶこと﹂
これは貴明の言である。当初貴明たちに遠慮し、質ではなく値段
で装備を選ぼうとしていた子供たちを見た貴明は、とにかく金のこ
とは考えずに体に合うものを探すよう命じた。
しかしいくらギルド系列であるため比較的安価で武具の販売をし
ているこの店の商品でも、もともと内戦のため貧しい生活をラービ
ア連邦で過ごしてきた平民のアッシュたちにとって武器や防具はあ
まりにも高価なものであった。
198
﹁ねぇねぇ。この剣とこっちのレイピア、どっちがいいと思う?﹂
﹁あなたの体つきならレイピアのほうがいいと思うわよ﹂
﹁お!これすげぇ手になじむ!⋮⋮金貨2枚⋮だと﹂
アッシュの周りでも子供たちがそれぞれ思い思いに武器を手に取
っていた。しかしやはりその値段にみなためらい気味である。
﹁ねえイリスさん。あなた本当にそんな大剣を使うんですか?すご
く重そうですけど﹂
﹁⋮⋮だいじょうぶ﹂
﹁あはは、イリスちゃん力持ちだもんねぇ﹂
アッシュの近くではサーシャ、イリス、ナユタの3人組が和気藹
々と武器を選んでいたが、彼自身はなかなか決めきれずにいた。
﹁どうしたアッシュ、まだ武器を選んでないのか?﹂
﹁ガリウスさん⋮﹂
その様子を見ていたガリウスがアッシュへと声をかける。15歳
にして170㎝の体を持つアッシュよりもさらに20㎝は背が高い
ガリウスは、アッシュのうすい金髪をくしゃくしゃと撫でまわしな
がら視線をアッシュに合わせ目を見ながら言った。
﹁お前の考えを当ててやろうか。自分に合った武器を使ったほうが
199
いいのはわかるが貴明と同じ武器を使って戦いたい、ってところだ
ろう?﹂
﹁⋮⋮その通りです。ボクには長剣が一番いいのはわかるんですが、
やっぱり刀も使ってみたくて。それにいくら遠慮しなくていいとい
われても値段が高いからためらってしまいます﹂
その答えを聞くとガリウスはやはりな、といった具合に頭をかく。
﹁何度も言ったが値段に関しては気にするな。おれも貴明もほかの
みんなも、お前らが思っている以上に金ならある。貴明なんて下手
したらガルーダの国家予算並みだぞ﹂
さすがに言いすぎか、と笑うガリウス。実際のところ貴明は貴重
品などをすべて売り払ってしまえばそれこそ天文学的な数字の財産
を保有しており、ガルーダの国家予算どころの話ではなかったりす
る。
﹁武具というのは自分の命を預ける命綱のようなものだ。高くて当
然だろう。しかし武具は消耗品だ、これからも頻繁に買い替えるこ
ともあるだろう。お前たちは成長期だから余計にな。今からそんな
遠慮してたら冒険者なんかできないぞ﹂
その言葉を聞いてもアッシュは決めきれなかった。アッシュは訓
練の時貴明が手本として見せた魔獣との戦いで、そのあまりにも鮮
やかな手並みに強い憧憬の念を抱いたのである。
﹁これからお前がどういう冒険者になるのか、それは誰にもわから
ない。名を馳せるかもしれないし、あまり功績を残さないかもしれ
ない。しかし大事なのは、誇れることを行ったかどうかだとおれは
200
考えている。今回の武器選びだって、人に対して自信を持って﹃お
れの選択は間違ってなかった!﹄といえるものを選ぶべきじゃない
か?﹂
おれに言えることはこんなところだ、といいガリウスは去って行
った。その背中を見送ると、アッシュは一度深呼吸をし再び武器が
陳列されているほうを見る。
その目にはもう迷いはなかった。
ナユタside
ナユタは今、この場にいることを激しく後悔していた。
﹁⋮⋮ナユタ、はやくやろ?﹂
﹁いやですよ!勝てるはずないじゃないですか!?﹂
ナユタがいるのは武具店の敷地内にある簡易修練場である。己の
武器を選んだナユタは、同じくすでに選んでいたイリスと連れ立っ
て使い勝手を確かめるためにこの場へ来た。
しかしそれがいけなかった。2人が店主に許可を取り修練場へ向
201
かうのを見ていたユリウスが、せっかくだから模擬戦をやってみた
らどうかと提案したのである。
しかしこの提案はナユタからしたらたまったものではない。ダー
クエルフのナユタは基本的に火属性魔法の使い手でメイン武器も杖
である。戦闘も魔法が中心であり近接戦は得意ではなかった。
それに対しイリスはというと、その手に握られているのは先ほど
店内で見つけた長さ1.5mはありそうな巨剣。完全にイリス自身
の身長より大きい。それを軽々と振り回し、ナユタが構えるのを待
っている。
イリスは獣人種の中でも筋力と敏捷性に優れた狐獣人であり、さ
らには訓練によって得たスキルポイントをすべて武器術に振ってい
る。その力量はフィーネ、アッシュに次ぎ第3位であり今のナユタ
では到底太刀打ちできる相手ではない。
焦ったナユタは買ってもいない売り物で模擬戦はできないとイリ
スを説得しようとしたが、その時にはすでに店主が同じ規格の訓練
用模擬剣を用意しており断念。イリスの慈悲にすがろうとしたが、
貴明にいいところを見せたいイリスはやる気満々でありすでに準備
完了。
ナユタはなす術もなく追い詰められ、今に至るのであった。
︵なんでこんなことになっちゃったのかしら、わたしはただ練習が
したかっただけなのに!あ、でも負けて落ち込んだわたしを兄さん
が慰めてくれたりして。それで今日はそのまま2人で帝都散策に出
202
かけたり!︶
落ち込んでいたかと思ったら何やらいやんいやんと盛り上がるナ
ユタ。その様子を見たイリスが怪訝な顔をする。
﹁2人とも頑張って!勝ったほうはご褒美として﹃貴明さんに何で
も1ついうことを聞いてもらう権﹄が与えられますよ!﹂
﹃!?﹄
若干現実逃避を始めたナユタと、今か今かと開始の時を待つイリ
スの耳にフィーネの声が届く。すでに修練場には貴明、フィーネを
はじめユリウスやグレン、そのほか現役冒険者組が観戦の態勢に入
っており開始の時を待っていたのだが、フィーネが貴明の了承なし
にいきなり商品︵?︶を提示した。
いきなりのことに驚いた貴明はいたずらっぽく笑い貴明にウィン
クするフィーネに抗議しようとするが、その発言で目の色を変えた
ナユタとさらにやる気を出したイリスがこちらを見ていることに気
づく。
すでに撤回不可能であることを理解した貴明はため息をつきなが
ら2人にうなずく。その様子を見たサーシャが拗ねたような目で貴
明を見つめ、グレンが慰めるように貴明とサーシャの肩をたたいた。
仁義なき戦いが今始まろうとしていた。
203
フィーネside
︵ふふ、作戦成功♪︶
イリスとナユタを見守りつつ横目で貴明を観察しながらフィーネ
は内心微笑む。
フィーネは今の自分がものすごく充実しているのを自覚していた。
少なくともヴェルディア王国にいた時はこんなに楽しい生活を送っ
たことはなかった。ギュイーズの手先に捕まってからは言うまでも
ない。
貴明たちに助け出されてから数日しか経っていないが、フィーネ
は今までの人生の中で今が一番楽しいと胸を張って言える。ヴェル
ディアでもラービアでも、フィーネは碌に笑ったことがないのだ。
しかし今は違った。自分より1歳しか違わないのに想像を絶する
レベルを誇りみんなを引っ張る貴明。落ち着いた雰囲気と経験に裏
打ちされた自信でみんなをまとめるガリウス。同い年でフィーネを
見るたび顔を赤らめるユリウス。ほかにも豪快な性格ながら気配り
ができるグレンやほかの冒険者たち、弟や妹の様に可愛くフィーネ
によく懐く子供たち。彼らに囲まれた今の生活でフィーネは笑顔を
絶やさない日はなかった。
ついに始まったナユタとイリスの模擬戦を観戦しながら再び貴明
に視線を送る。貴明は試合の様子を穏やかな顔で見守りつつ、何か
204
あればすぐに行動できるよう注意を払っていた。よく見ればユリウ
スやグレンなども同様に彼女たちが怪我をしないか注意深く見守っ
ている。
その様子を見たフィーネは、常に自分たちのことを気にかけてく
れている彼らに改めて感謝しつつ、改めて貴明のことを思い浮かべ
る。
フィーネにとって貴明という人間の位置づけはいまだあやふやな
ものだった。自分をつらい境遇から助け出してくれた人たちの一員。
さほど歳が変わらないにもかかわらず歴史にも登場しないほどの高
レベルを誇り、それなのについ先ほど冒険者になったばかりの異色
な存在。
聞いたところによるとこのリベラ大陸とは違う大陸からやってき
たらしいが、詳しい話はほかのだれも全く知らないらしい。
そういうこともありフィーネは当初貴明に対して警戒していたの
だが、いざ一緒に行動してみると不思議と貴明に対する不信は感じ
なくなった。貴明ほどの高レベルな者を前にすると緊張を強いられ
そうなものなのだが、逆に安心感を覚えたのである。
さらにフィーネが貴明を観察すると、普段は歳の近いユリウスと
談笑することの多い貴明の表情に、時折寂しさが浮かぶことに気付
いた。それは貴明が日本のことを思い浮かべているときなのだが、
事情を知らぬフィーネはなぜ貴明がそのような顔をするのかわから
なかった。
205
それ以来フィーネはサーシャたちと一緒に訓練をしつつ、それと
なく貴明に話しかけるように心がけた。妹分のサーシャやイリスた
ちが貴明に好意を抱いているのはバレバレだったため、彼女たちを
貴明にけしかけながら交流を深めていったのである。
︵でもわたしも気を付けないと、サーシャちゃんたちと彼を奪い合
うことになっちゃうかな?︶
フィーネの視点から見ても貴明はなかなかいい男だ。今のところ
そのつもりはないが、もし今後貴明にほれ込んだ場合、妹分たちと
熾烈な奪い合いが発生するかもしれない。
﹁ウフフ、それはそれでいいかもしれませんね﹂
﹁何か言ったか?﹂
フィーネの呟きが聞こえた貴明が反応する。
何でもありませんよ、とだけ返し、フィーネはイリスとナユタの
試合に今度こそ集中した。
彼女たちの戦いはまだまだ続きそうだった。
206
閑話 彼らの日常1︵後書き︶
まだフィーネフラグはたってません。
207
強制依頼︵前書き︶
前回の投稿からだいぶあいてしまいました︵汗︶今後も学期末試験
やバイトなどで時間が取れない日が続きますが頑張って更新します
!
208
強制依頼
リベラ大陸歴1539年6月。神聖ガルーダ帝国西部、ランバー
ル公国連合との国境付近に位置するグラン・ベル要塞にて。
﹁ユリウス、C−3ブロックにファイアウルフの群れだ!何人か連
れて向かえ!﹂
﹁わかりました!タラス、ガストン、アレンは俺についてこい!﹂
﹁貴明殿、南門、西門付近に接近していた魔獣は殲滅完了した。北
門に増援を送れるぞ﹂
﹁了解しました。ではコーウェン隊長は西門の第6歩兵中隊を配下
の部隊に編入し北門へ向かってください!南門の守備隊はそのまま
動かさず防衛陣地の再構築を。俺は第2、第4遊撃隊を連れて東門
付近の敵を殲滅した後向かいます!﹂
﹁承知した。早く来ないと獲物が残ってないかもしれないぞ!﹂
コーウェンは貴明にそういうと配下の帝都守備隊第3分隊を連れ
て魔獣の攻勢が激しい北門へと向かっていった。
︵こっちも大分片付いてきたかな。アルザスからの援軍もそろそろ
到着する頃か︶
209
﹁貴明殿!アルザス領主マンドラン卿率いる援軍、ただいま東門に
到着いたしました!﹂
貴明がグラン・ベル周辺の戦況を思い浮かべていると、東門の守
備にあたる第3歩兵中隊の隊章を付けた伝令兵が貴明に駆け寄って
きた。
﹁わかった、アリシア様は何か言っておられたか?﹂
わたくし
﹁はっ、﹃私の部隊が魔獣を誘導しますのでそれに合わせて動きな
さい﹄とのことです!﹂
伝令兵にうなずくと、貴明は臨時で指揮をしている遊撃隊へと指
示を出す。
﹁我々はこれより東門前に群がる魔獣の殲滅に向かう!アルザスか
ら来た援軍と挟撃し速やかに殲滅、その後一刻も早く北門の救援に
向かうぞ!﹂
﹃おう!!﹄
またが
一斉に動き出す遊撃隊。騎兵でのみ構成された遊撃隊の先頭を駆
けながら、貴明は自らが跨る軍馬ほどの大きさの銀狼に声をかける。
﹁行こうかロド、さっさと片付けよう。﹂
︵承知!︶
貴明の呼びかけに応じ、一層速度を上げる銀狼。それに続く遊撃
隊の面々。
210
その視線の先には無数の魔獣と戦う友軍の姿があった。
時は1月ほどさかのぼる。
貴明が冒険者登録をしてから3か月の時が過ぎた。その間、貴明
たちは子供たちに訓練を施しつつも勤勉に依頼をこなし、ユリウス
やグレンのほか数名はBランクへと昇格を果たす。
貴明も堅実に依頼をこなしてゆき、着実にギルドからの信頼を築
き上げていった。サーシャたちも無事冒険者登録を果たし、現在は
Eランクをめざし各々依頼を受けつつ貴明たちの訓練をこなしてい
た。
そんな貴明たちに突然ヨハンからの呼び出しがかかった。呼び出
されたのは貴明以下Bランクに昇格した面々8人である。
当初Bランクに昇格したことに対し何かしら褒賞でもあるのかと
も思われたが、特にそういった様子もなくヨハンの執務室に通され
た貴明たち。この段階で貴明たちは面倒事の空気を感じ始めたが逃
げるわけにもいかず、ヨハンが要件を切り出すのを待つのであった。
﹁強制依頼、ですか?﹂
211
貴明は冒険者ギルドノール会館のギルド長執務室に呼び出されて
いた。その横にはユリウス以下数名の仲間たちもいる。みな貴明同
様怪訝な顔をしていた。
﹁うむ、お主たちに頼みたい依頼があっての。ビスマルク陛下直々
のご指名じゃ﹂
貴明たちの正面に座ったヨハンがそう告げる。その言葉を聞き貴
明は顔をしかめた。
﹁強制依頼は何かしら問題がある冒険者のみに適用されると聞いて
いましたが。それに依頼主が皇帝というのはどういうことですか?
冒険者ギルドは国家から独立した組織だったのでは?﹂
ヨハンに疑問を投げかける貴明。冒険者となってまだ3か月、ラ
ンクはともかく実績はまだまだ少ない貴明に皇帝自ら依頼をするな
ど普通は考えられない。
不信感をあらわにする貴明たちの反応が予想通りだったのか、ヨ
ハンも難しい顔で答えた。
﹁お主らが疑問に思うのももっともじゃ。帝国皇帝としてギルドに
協力を求めることはできんから、形としては冒険者の身分で依頼を
出しておられる。ま、よくある規則の抜け道というやつじゃ﹂
軽くため息をついた後、ヨハンは依頼内容、およびその背景の説
明を始めた。
表向きの依頼内容は神聖ガルーダ帝国西部、アルザス地方に領地
212
をもつマンドラン辺境伯領にて北のエル山脈から下ってきたと思し
き強力な魔獣が確認されたため、Bランク以上の冒険者数名のパー
ティを派遣し現地の辺境伯軍、および帝都守備隊派遣分隊と協力し
つつ討伐することという内容であり、ガルーダ皇宮が正式に依頼し
た至って普通の内容であった。
しかしその裏ではランバール公国連合に亡命した、現在ガルーダ
領となっている旧都市国家王家の残党が連合と結託して何かしらの
軍事行動を起こす可能性が確認されたため、国境付近へ赴き現地で
情報を収集せよ、というものだった。
﹁本来なら皇家直属の諜報機関が動くのじゃが、実はほかにも火種
があるようでの。今は動かせる人員がいないそうなのじゃ。しかし
冒険者を内密で使うのはランバール側も予想しておるからな、今の
皇帝とつながりがあるガリウスは他国が警戒しておって動かせんの
じゃ﹂
よってヨハンから信頼されており、必要以上の力量を持つ貴明た
ちに声がかかったようだ。
﹁今回お主らが受ける強制依頼は、﹃表向きの依頼をたまたま引き
受けた風を装い国境のグラン・ベル要塞へ赴き、同行する帝国軍ら
とともに周辺の調査を行う﹄というものになるの。成功報酬は1人
金貨10枚出そうじゃ、大変じゃが頑張ってくれ﹂
﹁なかなかの報酬ですが⋮。あんのヤロウ、いきなり便利使いして
くるか。なめやがって﹂
貴明の脳裏にニヤついたカールの顔が浮かんだ。さらにその後ろ
に申し訳なさそうに頭を下げるマードックもいる。
213
︵⋮⋮なんだろう、すごく容易に想像できる︶
同じことを考えたのか、ヨハンも気の毒そうな顔で貴明たちを見
ていた。
﹁まあおそらく国軍同士の戦闘に参加せよ、と言われることはない
じゃろうからそこまで気張ることもなかろう。ユリウスたちもBラ
ンク昇格後初の任務じゃ、落ち着いていつも通りに頑張ってくれ﹂
貴明の皇帝に対する発言に驚いていたユリウスたちであったが、
ヨハンの呼びかけで我に戻る。
﹁わかりました。それで依頼の期間はどれくらいになるのですか?﹂
﹁まだ不明じゃが大体移動込みで1月から2月かの。食事や物資は
同行する守備隊が供給してくれるそうじゃから、そのあたりは心配
いらんじゃろう。調査報告は帝都守備隊のコーウェン隊長にしてく
れ、だそうじゃ﹂
出発は3日後の早朝、帝国軍とともにまずはアルザス地方に入り
マンドラン辺境伯と協議したのち、現地軍と合同で領内やエル山脈
周辺を探索。その動きに紛れつつ貴明たちはグラン・ベル要塞を拠
点として情報収集にあたる。以上のことがすでに決定されているら
しく、貴明はもはや断るのは不可能であることを悟った。
おそらくカールは貴明が依頼を断ったからといってギルドに圧力
をかけるようなことはしないだろうが、貴明がどういう状況だと断
りづらいかなどを的確に見抜き先手を打つあたり、やはり1国を率
いる政治家なのだと貴明は実感した。
214
﹁貸し1つ、と伝えてください。ついでに報酬は1人金貨15枚だ、
とも。それで手を打ちましょう﹂
みんなもそれでいいか?と聞くとみな満面の笑みでうなずいてい
る。異論はなさそうだ。
その様子を呆れながら見つつ、ヨハンがうなずいた。
﹁⋮⋮まぁ先方も嫌とは言わんじゃろ。気を付けるんじゃぞ﹂
215
強制依頼︵後書き︶
久しぶりなのに短くてごめんなさい︵汗︶
216
事実確認︵前書き︶
久々すぎる投稿、みなさんお待たせしてすみません!いろいろあり
ましたが無事単位もすべて取得できました。パソコンも再び利用で
きる環境になりましたので、今後も更新を途切れさせないように頑
張ります!
217
事実確認
﹁と、いうわけで2か月ほど遠出することになりました﹂
﹁⋮⋮どうして敬語なんですか兄さん?﹂
ギルドを後にした貴明一行は昼食をとりにいったん宿へと戻って
きていた。貴明たちの帰りを待っていたガリウスらと合流し、その
まま宿の食堂へと移動、ギルドで行われた会話の内容を説明してい
た。
とはいえ今回の依頼は1国家からの機密任務である。ヨハンから
もガリウス以外には伝えぬよう指示が出ているため、フィーネたち
へと伝えた内容は﹃ガルーダ西方アルザスのマンドラン辺境伯領に
て確認された魔獣の群れの、国軍・アルザス軍と共同での討伐任務﹄
となり、公国連合の動きや情報収集に関しては伏せることとなった。
﹁帝都守備隊っていえば国軍のエリート、国家防衛の要じゃないで
すか!そんな人たちの作戦に呼ばれるなんて皆さんすごいです!﹂
アッシュがそういうとほかの子供たちもうんうんとうなずく。帝
都に住まう人々にとって帝都守備隊は近衛騎士団や親衛隊に匹敵す
る精鋭集団であり、敵国に攻め込まれた時の最後の砦と位置付けら
れている。彼らのような部隊が行う任務に応援として呼ばれること
は、冒険者や傭兵の中では一種の名誉とされているのだ。
﹁でも少し変じゃないかしら?エル山脈といえば確かに強力な魔獣
が多数生息しているから、軍が応援に行くのもわかります。でもこ
218
ういった場合って、ふつうは騎士団が動くものだと思うのだけど﹂
﹁わたしもそう思います。それに今回派遣される帝都守備隊の規模
は500人、1個大隊相当です。これだけの規模の応援が出るのに、
冒険者ギルドへの人員派遣要請がたったの8人だけっていうのは⋮。
何かおかしくないですか?﹂
フィーネとサーシャが疑問を投げかけた。ガルーダが保有する常
備国軍 ︵騎士団や近衛、親衛隊、宮廷魔術師隊は除く︶はおよそ
16万人。これは近隣国家と比較すればかなりの規模であるのだが、
そのうち件の帝都守備隊は5千人、この世界の軍では1個師団にあ
たる。
その中から1個大隊を派遣し、現地の辺境伯軍との合同作戦に冒
険者を同行させるにしても、たったの8人だけ、というのは確かに
違和感を感じる。
﹁その辺に関しては詳しく聞いてないけど、どうやら俺たちに求め
られてるのは単純な戦闘能力じゃなくて冒険者としての知識や技能
らしい。つまりはオブザーバーとしての助っ人かな﹂
﹁⋮⋮おぶざーばーってなに?﹂
貴明の答えにイリスは首をかしげる。ほかにもわかってなさそう
な子が何人かいたため、ユリウスが﹁意見参考人って意味だよ﹂と
付け加えた。
﹁要は魔獣の討伐そのものは軍が行うが、魔獣に関する知識を現役
の高ランク冒険者から聞きつつ捜索や戦闘にあたろう、ということ
だろう。領内に入った魔獣の捜索をある程度分散して行うのだとし
219
たら8人という人数にも納得できる﹂
今まで黙っていたガリウスがそうまとめた。ガリウスも今回の依
頼の裏にある狙いに関してはある程度知っているのだが、自らが直
接かかわるわけではないのであまり口を挟まない。
﹁騎士団と違って国軍は対人戦闘がメインで、魔獣との戦いは都市
の近辺にいる奴としか経験がないからね。今回の討伐対象はエル山
脈から下ってきた魔獣みたいだから俺たち冒険者にお鉢が回ったん
だろう。騎士団だって別に対魔獣戦が専門、ってわけじゃないしね﹂
と、ユリウスがいったん話をまとめた後、﹁ところで﹂と切り出
す。
﹁今回僕たちが向かうことになるアルザス地方、御領主はマンドラ
ン辺境伯だけど、いったいどういう人なんだろうね?僕も帝都を拠
点に動いてるからある程度貴族の話は耳に入ってくるのに、マンド
ラン卿の情報は全く聞いたことがないよ﹂
そういいながらガリウスへと視線を送る。この世界へきて間もな
い貴明がユリウスより貴族について詳しいはずもなく、グレンやサ
ーシャをはじめとした他のものもユリウスほど情報に明るくない。
となると必然的に質問の対象はガリウスとなる。
﹁あくまでギルドマスターからの又聞きの情報だが、数年前にマン
ドラン辺境伯は家督を娘へと継承したらしい。あの領地は連合と国
境を接し、エル山脈からも強力な魔獣が現れるせいで代々私設軍が
強いことで有名なんだが、ブラックオーガが領内に現れた時重傷を
負ってしまったゆえの継承だそうだ。継承の儀を皇宮で執り行う時
に一度ノールへ来た以来、一度も領地から出たことはないんだそう
220
だ﹂
﹁ブラックオーガといえばレベル150の大物だな。普通なら皇帝
親衛隊が出動してもおかしくない敵だ。それを辺境伯軍だけで討伐
したのか?﹂
ブラックオーガと聞き貴明は内心驚く。貴明からすれば容易に倒
せる敵ではあるが、この世界の人々からすれば十分脅威といえる難
敵だ。
﹁ああ。帝都ノールからアルザスは距離がありすぎる。早馬が届い
てから急いで応援に向かったがその時には多くの犠牲を出しながら
も討伐に成功していたらしい。俺たち冒険者も緊急動員がかけられ
たんだが、俺はその時依頼でヴェルディアへと向かっていて参加で
きなかったんだ﹂
﹁あぁ、そういえばそんなこともありやしたな。おれは当時レベル
が低すぎたため召集対象に入ってませんでしたが﹂
グレンが思い出すように相づちをうつ。
﹁それだけ戦闘が多い領地なら財政は大変なんじゃないか?魔獣の
襲撃を考えると作物は大規模に生産できないし放牧も難しい。それ
に軍の増強や城壁等の修繕だってあるだろう。何かしら有力な産業
でもあるのか?﹂
気になった点を質問する。
﹁いや、目立った収入源はない領地だったはずだ。せいぜいが高レ
ベル魔獣の素材くらいか。というかそれくらいしかないな。鉱物資
221
源や岩塩はなし、海に面していないから海産物もなしだ。隣接して
いるのが緊張状態のランバールだから交易もそこまで活発だという
話は聞かないな﹂
やっぱり財政難なのか?と貴明が考えたところで、﹁そういえば
⋮⋮﹂とグレン。
﹁アルザスの財政に関してですが、財政難を訴えたマンドラン辺境
伯に対して皇宮が一定の援助を決定した、みたいな話がありやせん
でしたかね?﹂
グレンの問いにガリウスは渋い顔で答える。
﹁一応ありはしたんだがな。例の一件のあと、現皇帝陛下はアルザ
ス近郊の皇帝直轄地に緊急事態の際、即応できる精鋭部隊を配置す
ることを決定したんだ。しかし派遣された国軍が例のギュイーズの
企みに加担していた第3騎士団とつながりがあった連中だったため、
つい最近までまったく機能してなかったらしい。しかもそこの連中
が皇宮からの支援金を横領していたためほとんどマンドラン辺境伯
の手にはわたってなかったようだ。今回の帝都守備隊の派遣は、お
膝元の部隊を動かすことで辺境伯に皇宮が本気であることを示す意
味もあるんじゃないか?﹂
結局この件の話はここで終わり、貴明たちはそれぞれ依頼を受け
︵アイテム欄にだいたい必要なものは
たり遠征の準備をしたりといったん解散となった。
特に準備するものがない
入っているため︶貴明は、しばらく面倒を見れなくなる子供たちの
222
訓練につきあいながらも、先ほどのガリウスの話を思い返していた。
︵ヨハンさんは今回の件、ランバール公国連合のことにしか触れて
なかったけど、案外他にも目的がありそうだな。それこそ、俺たち
への密命を隠れ蓑にした他の目的が。ヨハンさんが隠す理由もない
し、となると黙っているのは皇帝のほうか︶
ナユタが訓練場所の森で発見したダイアウルフに攻撃を仕掛ける
のを見ながら、貴明は皇帝ビスマルクの思惑を考えていた。
その日の深夜。
﹁と、いうわけで質問に来ました﹂
﹁衛兵は何をやっていた!﹂
貴明は皇帝の私室でカールと面会していた。アポイントなしで。
﹁いや、前回は城の中を通ってきたけど今回は面倒だから外壁をよ
じ登ってきた。駄目だったか?﹂
﹁だ、きさっ!⋮⋮、⋮⋮⋮⋮。もうよい。で、何が聞きたいと?﹂
叫びたいのをこらえ、短時間で立て直したのはさすが一国の主と
いえる。貴明にソファーを勧め、自らもワインを片手に話を聞く体
223
勢に入る。
﹁今回あんたが俺たちに依頼した内容についてだよ。あんたの依頼
はあくまで旧都市国家残党および連合の動向を内密に調べる、とだ
けあった。だがあんたの狙いは本当にそうなのか?﹂
﹁なんだ、そのようなことか。あくまでお前たちに依頼したいこと
はそれだけだ、他意はないし、仮にあったとしてもそれは依頼主で
ある余の都合だ。お前たちは与えられた依頼をこなしこちらから報
酬を得る。それに納得した上での報酬の引き上げなのだろう?﹂
貴明が依頼報酬を引き上げたことの報告は届いていたのか、ビス
マルクは苦笑いをしながらそう告げる。
﹁確かにこれが通常の依頼であれば、依頼主の内情にこちらが首を
突っ込むのは筋違いだ。だが今回の件はそうじゃないだろう﹂
俺を
指名した。しかも
はぐらかそうとするビスマルクを貴明は追撃する。
﹁あんたは名指しで俺たちを、正確には
皇帝自らの強制依頼だ。その上依頼の目的地は帝都ですらあまり情
報が出回ってない辺境伯領、しかも先の内部蜂起の件に全く無関係
ではない者たちがしばらくのさばっていた地ときている。キナ臭す
ぎるんだよ、この一件。あんたの思惑で政治や国家間の闘争に巻き
込まれそうな、利用されそうな気がしてならない﹂
一気に言い切る貴明。しかし皇帝の表情に変化はない。
﹁なるほど、ある程度情報は入手したか。ヨハンか、⋮⋮ガリウス
あたりから聞いたか?まあとにかくお前の問いに答えてやろう。﹃
224
気にしすぎ﹄だ。確かにこちらの与えた情報に不足があったのは認
めるが、お前の思っているほど我が帝国は揺らいではおらん。つい
最近お前たちのおかげで不穏分子の排除もできたしな﹂
そう笑って答えるビスマルクを、再度貴明は問い詰める。
﹁はたして本当にそうか?この依頼をギルドマスターから伝えられ
たときに彼はこう言っていたぞ?﹃本来なら皇家直属の諜報機関が
動くが、他にも火種がありそちらまで手が回せない﹄と。仮にもガ
ルーダのような大国の諜報部が手一杯になる状況ってなんだ?しか
も緊迫している隣国の状況確認すら冒険者に依頼しなければならな
いだと?﹂
いったん息をつき、ビスマルクの目を見据える。表面上は変わら
ないが見返すその顔に先ほどまでの楽しげな様子はない。
﹁ありえないんだよ、そんな状況。あるとしたら﹃複数の国と同時
に戦争している﹄ときくらいじゃないか?﹂
その言葉の直後、初めてビスマルクの表情が崩れた。
﹁⋮⋮当たらずとも遠からず、というところだ。さすが、というべ
きかな?﹂
どこか疲れた顔で話す皇帝に貴明は顔をこわばらせる。
﹁まさか本当に戦争中なのか?軍に動員令が出た、なんて話は聞い
てないぞ﹂
﹁別に宣戦布告をされてからが戦争というわけではない、というこ
225
とさ。今我が帝国はランバール4公国のほかに旧都市国家残党、さ
らに東のバルカン王国やヴェルディア王国、クロス騎士団領まで手
を組み我が国を狙っている状況だ。だが﹂
そこでビスマルクはワインを一口飲む。
﹁このような状況さして珍しくもない。こうしてお前に話すことが
できるくらいには目端の利く商人などは気づいている。しかし問題
なのは彼奴らがここにきて一気に活動を活発化させていることなの
だ。さながら本格的に戦闘を開始しかねないほどにはな。ゆえに現
在我が国の諜報部は主に東方面に力を入れている。しかも今回お前
たちに依頼した魔獣の討伐、この件も全くの無関係ではない﹂
﹁どういうことだ?アルザスでは珍しくないと聞いているからてっ
きりただの口実だと思っていたんだが﹂
﹁ああそうだ。魔獣が山を下ってくることはさして珍しいことでは
ない。だが近年、その下ってくる魔獣が変化してきたのだ。貴明よ、
なぜ魔獣は山を下ると思う?﹂
貴明に質問する。
﹁考えられるのは同族同士の縄張り争いに負けた、人里のほうが食
料がとりやすい、他に強い個体が山脈に住み着き逃げてきた、⋮⋮
か?﹂
﹁おおむね正解だ。どうやらエル山脈に強力な種族、もしくは個体
が住み着いたらしい。その結果、今までは確認されていなかったブ
ラックオーガやクリムゾンベアー、キングタイタンまでもが山を下
りつつある。どれもSクラス相当の魔獣だ﹂
226
﹁確かに厄介だが、それがこの件とどう繋がる?﹂
ビスマルクはもう一度ワインを飲むと、静かに答えた。
﹁⋮⋮その個体、もしくは種族だが、連合かバルカンか、どちらか
が意図的にはなった可能性が高いのだ。しかもある程度操作までし
ている節がある。今回お前には、依頼に乗じてエル山脈に侵入、そ
の個体の確認もしくは撃破をしてもらうつもりだったのだよ﹂
﹁なるほどな。Sクラス魔獣すら追い出すと来たら、おそらくはS
Sクラスの可能性が高い。ガルーダの精鋭を集結させてもなお被害
がでかくなる敵だ。ゆえに俺にぶつけさせて秘密裏に処理、敵国に
は強い戦士がガルーダにいると思わせることでけん制にもなると。
単純に討伐依頼を出して俺に処理をさせなかったのは俺の存在を他
国から隠したかったからか?﹂
﹁そんなところだな。いくら国軍に入る気はないとはいえ、優秀な
冒険者はいてくれるだけで価値がある。可能なら囲い込みくらいは
するさ﹂
そういうビスマルクの顔は国を思う為政者の顔だった。
﹁⋮⋮わかった。いろいろ言いたいことはあるが今回はおとなしく
依頼に従おう。少なくともお前の判断が国家元首として間違ってい
るとは思わないしな。ただし、今後この手の依頼を出すときはやや
こしいことはしないで普通に出せ!いちいち物事の裏を読むのは面
倒なんだよ﹂
実際、そのためのクロード・ランベルクなのだ。
227
﹁何を言っている。冒険者たるもの、依頼の裏を読むことは常に必
要だぞ。それを怠ったがために陰謀に巻き込まれ死んでいったもの
を冒険者時代に何度も見ている。先輩としての忠告だ﹂
﹁なるほど、じゃあこっちも先輩の顔を立てて辺境伯のことは聞か
ないでおいてやるよ﹂
貴明がそう切り返すとビスマルクはぎょっとした顔になる。
﹁⋮⋮何の話、⋮⋮いや、隠しても仕方ないな。やはりお前もそう
思うか?﹂
﹁十分あり得る、と思っている。そっちの調査はコーウェン隊長と
やらに任せるつもりか?﹂
﹁それしかあるまい。さすがに2度も我が国の問題でお前の手を煩
わせるわけにもいかぬし、何よりこのようなことを第3者に頼むな
ど我が国の恥だ﹂
ビスマルクが深いため息をつく。国家元首としては比較的若い3
0代の彼の眉間には深いしわが刻まれていた。
﹁それについて1つ提案があるんだが。ここはあえて俺に任せてみ
ないか?あんたにとっても俺にとっても悪いようにはしないぞ?﹂
﹁俺にとっても、というところがお前の思惑をはっきりと物語って
いるな。件の魔獣討伐の報酬のつもりか?﹂
探るような目を貴明へと向ける。
228
﹁あんたにとっても悪い取引じゃないはずだ。本来だったらSSク
ラスの魔獣討伐なんて小白金貨10枚でもおかしくないんだぞ。し
かもうまくいけば今あんたが1番欲しがっている情報まで手に入る
んだ。どうだ、乗ってみないか?﹂
ニヤリ、と笑う貴明を見て、ビスマルクもようやく笑顔を見せた。
﹁⋮⋮よかろう、この際お前に任せるのも悪くない。10億フォル
もの大金を失うのも惜しいしな。だが!交渉の経過報告は正確にコ
ーウェンへと行うのだぞ。加えて今回の一件で見聞きした我が国の
内情に関するすべての口外を禁ずる。わかっているな?﹂
﹁了解だ。さすがにガルーダ1国を敵に回すのは骨が折れる。おと
なしく従おう﹂
﹁⋮⋮お前にとってガルーダは骨が折れる程度なのか?﹂
再びため息をつくビスマルクであった。
﹁さて、それじゃそろそろお暇しよう。夜分に悪かったな﹂
﹁今後は城壁にも警備を集中させなくてはならんな。しかしあれだ
け話していたのに誰も気づかぬとは、衛兵は本当に何をやっておる
のだ?﹂
話し合いが終わり、貴明が退出しようとするとビスマルクが愚痴
をこぼす。警備の甘さを嘆いているようだ。
229
﹁あ、それはしょうがないよ。俺が防音魔法をかけておいたから﹂
﹁⋮⋮この区画では余の許可したものしか魔法が使えぬよう城に魔
術刻印がなされていたはずだが?﹂
以前貴明が侵入したとき、あまりにもあっさり侵入されたため警
備担当のものが付け加えた防犯機能の一つだ。
﹁ああすまん。変な干渉があると思ったらそれが原因だったのか。
力づくで力場を破ったから多分刻印も壊れてると思うぞ﹂
﹁⋮⋮後で修復、強化するよう伝えておこう﹂
頭痛がする、という顔のビスマルクを見ながら﹁そのほうがいい
な﹂、と笑って彼の肩をたたく貴明。
2度目の真夜中の会合はこうして終了した。
230
事実確認︵後書き︶
サブタイ考えるの意外と難しいですついつい適当になっちゃいます
しょうがないんです!
補足ですがこのリベラ大陸における軍の編成は
分隊15人
小隊50人
中隊150人
大隊500人
連隊1500人
旅団3000人
師団5000人
軍団10000人
となっております。現実の軍の編成とは異なってます。
231
いざ出陣︵前書き︶
長くなりそうだったから分けることにしました。ていうかまとめて
書いてたら一週間じゃ投稿できなさそうだったから⋮⋮。筆がもう
少し早ければなあ。
232
いざ出陣
深夜の会合から3日後の早朝。貴明たちが出発する時が来た。
集合場所である帝都西門から街道沿いに少し歩いたところにある
軍の集結地点に貴明たちが向かうと、そこにはすでに今回貴明たち
と任務を共にする帝都守備隊派遣分隊であるコーウェン大隊の姿が
あった。
﹁さすがに精鋭だな。雰囲気が普通の軍とは一味違うぜ﹂
﹁ああ、戦闘要員だけじゃなく輜重隊まで顔つきが違う。これが国
軍最精鋭の帝都守備隊か⋮⋮﹂
貴明やユリウスとともに今回の任務に携わるほかの6名も、普段
ではなかなか見られない彼らの勇姿を見て感嘆の声を漏らす。
そうこうするうちに大隊のもとにたどり着いた一行は、ひとまず
代表の貴明が挨拶をすることにした。
﹁失礼!今回貴軍とともに魔獣討伐の任に当たる冒険者8名、全員
到着した!指揮官殿にご挨拶したいのだがよいだろうか?﹂
全員に聞こえるように声を張り上げる貴明に対し、一人の武人が
歩み出てきた。
﹁よく参られた。小官はこのたび諸君とともにアルザス地方へと赴
く帝都守備隊第3大隊長のアルバート・コーウェン大佐である。コ
233
ーウェンと呼んでくれ。そなたが代表のタカアキ・オカモト殿だろ
うか?﹂
コーウェンはそう言って貴明に握手を求める。見た目は貴明より
も若干低く、頭も白髪がかなり目立つが全身からにじみ出るオーラ
と貴明の手を握り締める力強さが、彼が非凡な武人であることを知
らしめている。
﹁私が岡本貴明です。貴明と呼んでください。ご一緒できて光栄で
す、コーウェン隊長﹂
﹁よろしく頼む、貴明殿。此度の依頼に関してだが、皇帝陛下から
いくつか伝言を賜っている。出発前に伝えておこう﹂
そういうとコーウェンは背後の部下からいくつかの書類を受け取
り、貴明たちへと向き直る。
﹁今回わが軍とともに行動するBランク冒険者である貴殿らには、
今作戦下においてのみ中尉、代表の貴明殿に関しては中佐の権限を
与えるものとする。これは貴殿らがわが軍とともに魔獣の討伐に当
たる際の発言力を与えるための処置であり、貴明殿に関しては定例
軍議に参加してもらうための資格を与えるものである。なお、貴殿
らには相談役としての役割を果たしてもらう予定のため、現段階で
は部隊行動の決定権は与えられないものとする。また貴明殿あてに
陛下から書状をお預かりしている。これを﹂
コーウェンから書状を受け取って読んでみると、貴明のレベルを
コーウェン隊長以下数名の幹部に伝えてあること、会合の際に話し
たことをコーウェンに伝えてあるので、サポートは彼が行うこと、
マンドラン辺境伯との交渉は貴明、コーウェン両名で相談し対応す
234
ること、仮に緊急事態が発生し必要があると貴明、コーウェン両名
が判断した場合は、派遣部隊、および国境警備隊などの現地軍の指
揮権を貴明に預ける旨が記されていた。
﹁皇帝陛下からの書状、確かに賜りました。謹んで拝命させていた
だきます﹂
﹁うむ。これから長い付き合いになる、よろしく頼みますぞ﹂
貴明とコーウェンは再び堅い握手をした。
﹁では移動を開始しよう。貴明殿たちは指定された馬車に乗っても
らう。現地ではそれぞれ小隊単位で動いてもらう予定だ。ともに動
く予定の部隊幹部がすでに乗っているから、それぞれ今のうちに自
己紹介や意見交換を済ませ円滑な行動がとれるようにしておいてく
れ。今日の予定ではトパスの町の郊外で野営するが、そのときまで
に現地での行動計画の説明を受けてほしい。貴明殿には毎晩のミー
ティングに参加してもらう予定だからそのつもりで頼む﹂
︵軍用大型、天蓋付き6人乗り、思いのほか広い︶に乗り込
コーウェンの指示に従い馬車へと移動する。自分に割り振られた
馬車
んだ貴明を出迎えたのは、いずれも高レベルと思しき男女4名の士
官だった。
﹁お待ちしておりました中佐殿!ご一緒できて光栄であります!﹂
いきなり元気のいい声をかけられる。発言したのは4人の中でも
っとも高齢で40歳後半と思われる男性。ほかに貴明と同じ位の世
235
代の男性仕官2人と20歳半ばほどの女性仕官1人が同乗していた。
﹁はじめましてみなさん。特任中佐の貴明と申します。みなさんが
現地で私とともに動く部隊の方々ですね?しばらくの間よろしくお
願いします。皆さんのお名前を伺っても?﹂
﹁失礼しました。小官は中佐殿と作戦行動を共にする小隊の隊長を
務めますアレクシス・ガリソン少佐であります。後ろに控えるのは
副隊長のカーラ、そして分隊長のフランツとクーガーです﹂
﹁はじめまして中佐殿、カーラ大尉であります。小官が中佐殿の副
官として作戦行動中、およびそれ以外のサポートを任されておりま
すので、御用の際は何なりとお申し付けください﹂
赤みがかった金髪を肩口で切りそろえた快活そうな印象のカーラ
はそういって貴明にウィンクをする。
﹁小官はフランツ少尉であります!レベルは112、ガリソン小隊
の分隊長で小隊のナンバー3であります。戦闘の際はぜひとも小官
の働きにご期待ください!﹂
ざれごと
﹁中佐殿、小官はクーガー少尉であります。フランツの戯言は聞き
流してください、こやつは何かにつけて寝言をほざくのです。ガリ
ソン小隊のナンバー3はレベル113のこのわたし、クーガーであ
ることをお忘れなく﹂
カーラの後に競うように自己紹介をするフランツとクーガー。フ
ランツの方が若干背が高く筋肉が程よくついているのに対し、クー
ガーは眼鏡をかけており背も170cm程度、見るからに肉弾戦に
はむいてません、というような風貌である。
236
﹁ああ!?てめぇ何が戯言だこらぁ!たった1レベルオレよか上な
だけの癖に調子に乗ってんじゃねぇぞ!?﹂
﹁はっ、その1レベルが明確に俺との差をあらわしてると言うのが
わからないのか?だから貴様は駄目なのだ﹂
﹁てめえ表出ろやぁ!﹂
﹁やめんか馬鹿共が!﹂
突如貴明の目の前で殴りあいを始めそうなフランツとクーガーの
脳天にガリソンの拳骨が直撃する。馬車の外では﹁あぁ、またガリ
ソン小隊か﹂といった生暖かい目や、﹁ああ!またうちの分隊長が
制裁を!?﹂といった目が兵士たちから向けられていた。
﹁ぐお、ぐぁぁ!たいちょー、手加減してくださいよ⋮⋮﹂
﹁ぐっ、な、なぜ俺もなのですか⋮⋮!?﹂
頭を抱えながら抗議する2人。しかしガリソンはそれを歯牙にも
かけず貴明に謝罪する。
﹁部下が大変失礼いたしました、こいつらは同期で何かと張り合う
のです。ですが2人とも力量は確かなのでご安心を。フランツは優
れた魔術師ですし、クーガーは一流のランサーです﹂
﹁え、フランツさんが魔術師でクーガーさんが戦士職なんですか!
?てっきり逆かと思ってました﹂
237
2人の体格を改めて観察する。どこからどう見てもフランツが脳
筋、クーガーが頭脳派といった風貌だ。
みな
﹁ええ、初めて会うものは皆そう思うのです。わが小隊最大の謎で
すな。あと中佐殿、こやつらにさん付けは不要であります﹂
貴明の示した反応に慣れているのか、ガリソンがため息をつきな
がら説明した。
﹁失礼します!コーウェン大隊長より出発命令が下されました。第
1中隊より順次進発しますので準備をお願いします!﹂
その後カーラも混ざり作戦行動の大まかな予定や小隊の雰囲気、
各々の得意な武器や魔法の話をしていると、本隊から伝令兵が出発
を伝えに来た。
﹁伝令ご苦労。貴明中佐、これより我々は隊を率いるため外に出ま
すがカーラをここに残します。何か御用の際は彼女に申し付けくだ
さい﹂
伝令を受けてガリソンとフランツ、クーガーが馬車を降りる。広
い馬車のなかに妙齢の女性と2人きり、というシチュエーションは
どうにも気まずくユリウスかグレンがいる馬車に遊びに行こうかと
考えた貴明だったが、ここでわがままを言うことにためらいを持つ
あたり貴明も日本人である。
﹁了解しました。カーラ大尉、退屈でしょうがしばらくお相手願い
ますね﹂
238
﹁あら、男女が個室に2人きりという状況下で退屈させるほど小官
は無粋ではないですよ?﹂
貴明の言葉にいたずらっぽく笑いながら答えるカーラ。それを聞
いたフランツが﹁あんた既婚者でしょうに⋮⋮﹂とぼやくと、ガリ
ソンも﹁そのセリフは旦那に言ってやれ﹂とあきれ顔で去って行っ
た。
コーウェン大隊は帝都出発後、特に障害や異常に見舞われること
なく順調に行軍を続け、日が落ちる前には予定通りトパス郊外の野
営地に到着することができた。
その間貴明はというと、カーラが軍に入ってからの話や貴明の冒
険者生活の話、そのほかカーラの旦那さんとのなれ初めというのろ
︵15、6歳ほどの少年士
け話を聞かされたりと、思いのほかにぎやかな時間を過ごした。昼
食時にユリウスとユリウス付きの武官
官︶と合流し、午後は同じ馬車に乗りまた雑談、という行軍にして
は少々ゆるく感じるほど和やかな時間であった。
しかしそこは軍隊。大隊の周辺には常に斥侯がはなたれ、定期的
に﹃サーチ﹄や﹃ディテクション﹄といった魔法も使いながらの行
軍である。﹃ディテクション﹄は﹃サーチ﹄のように詳細に相手の
情報を得られない反面、広範囲にわたり生体反応のような目標を発
見できる探知専用の魔術だが、MP消費が激しいため、あくまで軍
239
隊のような大規模集団で使うのが基本の上級魔術だ。
貴明もただのんびりと馬車で雑談していたわけではなくそれとな
く周囲に怪しい気配がないか警戒していたし、カーラもにこやかに
︵?︶によって問題なく目的地に到着
話しながら馬車の周囲から聞こえる音などには注意を払っていた。
そうした努力の積み重ね
した一行だったが、トパスの野営地についたときに問題が発生した。
﹁ジャイアントラットの死骸だと?﹂
﹁はい、それもものすごい数です。おそらくは200はあるかと。
ジャイアントラット以外にも、ヤングコボルトの群れやダイアウル
フの死骸まであります。調べたところ刀傷のようなものはなく、巨
大な爪で引き裂かれたものや強い力で押しつぶされたものが大半で
した。あとわずかですが、魔術による攻撃で死んだと思われる魔獣
も何体か。現在第2偵察班に調査を引き継いでおりますがいかがい
たしますか?﹂
各部隊が野営準備に取り掛かる中、コーウェンに呼ばれ部隊長ク
ラスのミーティングに参加することになっていた貴明はガリソンと
ともにコーウェンと合流していたのだが、周囲の偵察に出ていた偵
察班から異常の知らせがあったのだ。
概要は、野営地からほど近い場所にある森の中におびただしい数
の魔獣の死骸が転がっていた、というものだった。斥侯が報告した
魔獣はどれもレベル15から45、冒険者なら最低のFランク冒険
者が肩慣らしに倒す敵であり、一般的な兵士でも問題なく倒せる弱
240
敵だ。
だが問題は、町からさほど離れてない森でそれほど多くの魔獣が
発見され、しかも皆殺しにあっているということ。さらに刀傷では
ないということから町の狩人や警備隊、冒険者の仕業である可能性
も低くなった。
報告を聞いたコーウェンは、数瞬で考えをまとめ指示を出す。
﹁森に派遣する斥侯を倍にしろ。小さな異常も残らず発見し報告す
るのだ。大隊は野営準備をしつつも警戒態勢をとれ。魔獣がいきな
り襲撃してくる恐れがある、即応できるよう注意しろ。トパスの町
にも状況を報告、町の門を閉じ警戒するよう呼びかけろ。各部隊長
はこれより緊急会議を行う。申し訳ないが貴明殿以外の冒険者にも
参加してもらうから彼らも呼ぶよう伝えてくれ﹂
﹁は!森の斥侯を倍に。各隊は警戒を厳にしつつ、即応体制をとり
ながら野営準備を。トパスの町にも警戒を呼びかけ、部隊長会議に
はすべての冒険者に参加要請。行ってまいります!﹂
内容を復唱し伝令が去っていく。コーウェンはそれを見届けると、
今度は貴明へと視線を移す。
﹁貴明殿、今の状況をどう思われる﹂
﹁俺は⋮⋮、失礼。私はこの付近に依頼できたことはありませんが、
トパス周辺に弱いとはいえ数百の魔獣を駆逐する、というような魔
獣がいたという話は聞いたことがありません。少なくとも昨日まで
の段階ではノールの冒険者ギルドには伝わってませんでした。しか
し気になるのは魔術による攻撃の形跡がある、という点ですね。も
241
し仮に魔獣が使ったのだとしたら、必然的にBランク以上というこ
とになる﹂
人やエルフなどが好んで使う魔術だが、これは必ずしも魔獣が使
えないわけではない。もとは動物などが突然変異で進化したといわ
れている魔獣だが、高レベルの魔獣であればあるほど魔術を使った
攻撃が可能になる。その魔術が使える、使えないの境目になるのが
レベル110から120。つまりBランク魔獣ということだ。
﹁やはりそうか。となると兵士だけでは負傷する危険性が高いな。
必ず小隊規模、最悪でも分隊単位で当たるよう徹底させよう。それ
と貴明殿﹂
﹁なんです?﹂
﹁貴殿は冒険者だ。別に正規の軍人ではないのだからそこまで口調
に気を付ける必要はないぞ。特に今のような非常時にはな﹂
そう言って貴明の肩をたたき、指揮所となる大型テントの中へと
入るコーウェン。
﹁⋮⋮お気遣いありがとうございます﹂
そこはかとなくこそばゆい気持ちになった貴明と、一部始終を見
ており背伸びをする息子を見るような眼をしているガリソンが後に
続いた。
242
いざ出陣︵後書き︶
そろそろ人物名や国家の設定集を投稿しようかと思う今日この頃。
243
トパス近郊遭遇戦 状況確認︵前書き︶
今回は短いです。荒いです。ごめんなさいです
244
トパス近郊遭遇戦 状況確認
貴明がテントに入り待つこと数分。すべての隊長格、および冒険
者がコーウェンの指揮テントに集結した。伝令からすでに事態は伝
えられているのか、皆深刻そうな顔色をしている。
全員が集まったことを確認すると、コーウェンは立ち上がり会議
を開始した。
﹁皆ご苦労、冒険者諸君も急に呼び出して申し訳ない。これより定
例報告会を中止し、対魔獣の緊急会議を執り行う。各員すでに伝令
から伝えられていると思うが、今一度状況を確認しよう。副指令﹂
﹁はっ﹂
副指令と呼ばれた男がテントの奥、面々から見た正面に立ち、偵
察隊からあげられた情報を伝える。
﹁現在我々が野営しているこのトパス軍営地、その西に広がる森の
入り口付近で、ジャイアントラット、ヤングコボルト、ダイアウル
フなど低級魔獣の死骸が大量に発見された。調べた結果、死因は傷
あとなどから大型魔獣に襲われたものと推測される。また、近辺に
風属性魔術を使った痕跡があることから当魔獣は魔術が使えるBラ
ンク以上であると考えられる。大型魔獣の数、並びになぜ大量の魔
獣が森の入り口に集まっていたかは現在調査中であり、今現在は第
2、第3偵察隊が周囲の警戒に当たっている。以上だ﹂
副指令が自分の席に戻ると、コーウェンが貴明たち冒険者組へと
245
視線を向ける。
﹁と、いう状況だ。冒険者諸君に問うが、この近辺に生息する魔獣
の中に該当する存在は何がある?﹂
﹁申し訳ありませんが、僕たちが把握している中であてはまる魔獣
はこの周辺には存在しません。そもそも魔術が使える大型魔獣なん
て、このガルーダでは北のグスタフ大森林とエル山脈、南のウォー
ランド連山にしか生息していないはずです。トパスの位置を考えて
も、そのいずれかから誰にも気づかれずにやってきたとは考えづら
いかと﹂
﹁ついでに言やぁ、風属性魔術を使う大型魔獣なんてガルーダ周辺
にはいませんぜ。おれらが知っているのだと、せいぜい大陸当方の
紅玉海に生息するシーサーペント・アーサーかダイオン帝国内にい
るワイバーン、エルナード王国南方のウィンドドラゴン。あとはガ
リア砂漠のサンドバードあたりが有名かと﹂
ユリウスとグレンが質問に答える。風属性の魔獣は基本的に鳥型、
小動物型の魔獣が多く、大型となるとグレンがあげたような有名ど
ころしかいない。
﹁風魔法が使える魔獣使い︵ビーストテイマー︶の仕業、という可
能性は?﹂
部隊長の1人が質問するが、ユリウスがそれを否定する。
﹁その可能性はありません。ご存じとは思いますが、魔獣は危険な
存在であるため軍属以外のすべての魔獣使いは冒険者ギルドへの加
盟が義務付けられています。しかし現在このリベラ大陸に存在する
246
民間の魔獣使いはたったの8人。そのすべてがガルーダ国外で活動
中です。全員魔術が使える、もしくは使えるようになったという話
は聞きませんし、仮に未登録の魔獣使いがいてもすぐに噂は広まり
ます﹂
﹁ちなみに風魔術が使える別個体が一緒に行動している、というの
ユニークモンスター
も考えにくいっすねぇ。魔獣ってのはよほど強力な、それこそ高レ
ベル特殊魔獣などが率いない限り別種族で行動するこたぁねぇんで
す。もしそんなやつがいたなら、そもそもジャイアントラットたち
だって群れに加わってるでしょうな﹂
どれだけ考えても正体がわからない。せいぜい可能性としてはワ
イバーンやウィンドドラゴンが住処を変えてガルーダまで来た、と
いうことがあり得るが、それもどこか違和感がある。
誰も具体的な答えを出せず黙り込んでいる中、今まで言葉を発し
ていなかった貴明が手を挙げた。
﹁あくまで可能性の話ですが、1つだけ該当するものがあります。
﹃キメラ﹄です﹂
皆が驚愕した面持ちで貴明の顔を見る。
﹁﹃キメラ﹄だと!?馬鹿な、そのようなものもはやこの大陸には
存在しないぞ﹂
﹁左様。千年以上前に、そのあまりの強さと製造したものにすら制
御できぬ凶暴さゆえに製造が禁止され、今では研究すらも行っては
ならぬと各国の間で取り決めがなされておる。そもそも今となって
は完全にその製法は失われているのだぞ?﹂
247
軍の参謀たちが口をそろえて貴明の考えを否定する。さすがのユ
リウスたちも驚きを隠せないのか呆然としているが、それも当然の
反応だった。
このリベラ大陸ではその昔、国家間の戦争に自分たちの都合の良
いように改造した魔獣﹃キメラ﹄を投入した時期があった。しかし、
ただでさえ強力かつ凶暴な魔獣に別の魔獣を秘術によって結合した
結果、より凶悪でより手の付けられない魔獣が多数生まれる事態が
発生。最終的に各国は戦争どころではなく、自らが生み出したキメ
ラの掃討に尽力する羽目になり、結果その影響でいくつもの国が国
力を低下させ他国による侵略を招くことになった。
そのことから当時存在した各国の王たちは、この先大陸にどのよ
うな国家が生まれようとも決してキメラの製造だけは行ってはなら
ぬという、大陸で唯一の共通法ともいえる取り決めを行った。その
取り決めは今でも有効であり、今となっては製法は完全に歴史の闇
に消えたといわれている。
今では大陸に存在するキメラはすべて駆逐されたといわれており、
地域によっては聖域に住まう神々によって聖域に隔離、保護された、
という伝承が残っているくらいだ。
貴明もキメラはFOEでしか見たことはなく、どれも聖域にしか
生息していなかったことと、キメラの設定で先ほどの大陸の歴史を
知っていたため、当初この世界にキメラは存在しないと考えていた。
しかし現状貴明が知る魔獣の中で条件に当てはまるものといえば、
グレンが列挙したものを除けばキメラをはじめとする聖域の魔獣し
か存在しないのだ。だが常識的にありえないということは貴明も理
248
解していたため、自らの意見に固執しなかった。
結局どれだけ話しても目星がつけられそうにないため、コーウェ
ンは行動に移すことを宣言する。
﹁魔獣の正体は掴めんままだが、このまま放置するわけにもいかん。
藪をつついた結果蛇どころかドラゴンが出てくる可能性も否定はで
きんが、正体不明の魔獣が町の近辺にいるとなるとトパスの住人に
も影響が出る。冒険者付きの小隊は森林探索用装備を身に着け出撃
体制に入れ。これより15分後に森の入り口に集合だ。アルザスで
の活動の予行演習と心得よ。ほかの隊は応援要請があった時に備え
中隊規模で出撃に備える。わかったな?﹂
﹃了解!!﹄
すべての参謀、部隊長が起立して敬礼する。貴明たちもそれに倣
い、各々が配属された小隊指揮官とともに部隊のもとへと向かった。
﹁貴明殿、少し良いか?﹂
ガリソンとともに戻る途中、貴明はコーウェンに呼び止められた。
ガリソンは先に小隊と合流する旨を貴明に伝えると、コーウェンに
敬礼し去って行った。
﹁忙しいときにすまぬ。先ほどの貴明殿の意見が気になってな。な
ぜキメラの可能性をあの場で指摘した?﹂
確かに大型魔獣で風魔術が使える、という条件だけで考えればキ
249
メラも当てはまる。しかしこれは、例えば日本の都市部に近い山の
中に大きな動物がいるという場合に、恐竜の恐れがあるというよう
なものだ。それがわかっていながらなぜ貴明があの場でキメラを話
題に出したのか、そこがコーウェンの気になる点だった。
﹁いえ、大した理由があったわけではないのですがね。先日皇帝陛
下と会談した際、陛下が仰られた内容に﹃とある国が魔獣を操作し
ている節がある﹄というものがあったんです。それでふと、もしか
したらと思って言っただけだったのですが。あの場でいうべきでは
ありませんでしたね﹂
貴明は少し恥ずかしそうに答えた。貴明自身、可能性としてはほ
ぼあり得ないと考えていたためだ。
しかしコーウェンは貴明の答えを聞いても笑うことなく、むしろ
深刻そうに顔をしかめた。
﹁いや、むしろ小官もその話を陛下から伺った際同じことを考えた
のだ。もしかしたら連合なりバルカンなり、古のキメラ製造技法を
発掘、研究したのではないかとな﹂
﹁コーウェン隊長もですか!?﹂
これには貴明が驚いた。はっきり言って自分でも荒唐無稽な話だ
と思っていたことを、国軍のエリート部隊の隊長も考えるなど思い
もしなかった。
﹁あり得ぬ、とは思っていたがな。しかし﹃Sクラスを退ける魔獣﹄
、そして﹃それを操る存在﹄となると、真っ先に伝承に残っている
キメラの存在が頭をよぎってな。しかし少なくとも今ここにいる魔
250
獣はキメラではないと思うぞ。ただの直感だがな。ただ﹂
といったん言葉をきり、﹁いろんな意味で面倒な﹃何か﹄がある
気はする﹂と、そういってコーウェンは去って行った。
貴明も小隊と合流すべく移動を再開しつつも、先ほどのコーウェ
ンの言葉がどうにも気になっていた。
251
トパス近郊遭遇戦 状況確認︵後書き︶
話の進行が亀のように遅い⋮⋮。少々予定を変更していろいろ省き
ながらサクサク行くべきか。少なくとも1話の長さはもう少し長く
したいなぁ。
252
企て 1︵前書き︶
1週間更新が開いてしまいました。ちょいと医者から﹁目の使い過
ぎだからケータイ、パソコンの使用を減らしな!﹂と言われたので
なかなか執筆の時間が取れず⋮⋮。みなさん目はお大事に!
253
企て 1
コーウェン率いるガルーダ帝国軍が森林探索を開始する半日前の
こと。
トパス近郊の森の奥、およそ人が立ち入ることのないような場所
に一軒の小屋が建っていた。中の広さはせいぜい10畳あるかない
か、といった程度の大きさの小屋で、その周囲には複数の武装した
者たち。そして一立方メートルサイズの檻が二つ置いてある。中の
様子は全く見えないが、中からは時折獣と思しき生き物の鳴き声が
聞こえてくる。
小屋の中には人影はなく、代わりに地下へと続く階段が設置して
あった。その階段を下りた先にある、大きめの部屋にその者達はい
た。
服装はバラバラ。科学者のような白衣を着た者や、どこかの国の
軍服と思われる服を着た者、冒険者のような簡素なレザーアーマー
を着た者といった具合だ。全員同じ形をした奇妙な仮面で顔を覆い
隠している、という一点のみがこの集団の共通点である。
彼らは一つのテーブルにつき、今回の自らの成果を互いに称えあ
っていた。
﹁どうやらわれらの実験は成功だったようだな﹂
254
﹁まこと、喜ばしい限りですな。これで我らの功績は証明され、悲
願は達成される﹂
﹁みな気が早いことだな。これはまだ計画の第一歩、通過点に過ぎ
ぬというのに﹂
﹁そう言うな。これほどの偉業、大陸の歴史を見ても我らが初めて
なのは疑いようもないのだから﹂
彼らは自らが生み出した﹃研究成果﹄の実証結果にいたく満足し、
小屋の内部は興奮に満ちていた。しかし一方で、場の騒ぎを冷やか
な目で見据える者が一人。
﹁皆さん、喜ばしいのはわかりますが、まずは状況の確認を済ませ、
今後の予定を決めることが先ではありませんか?﹂
その言葉を発したものは明らかに他の者たちとは雰囲気が違った。
服の上からでもわかる鍛えられた体、仮面から除く冷徹な瞳。そし
て他者を圧倒する強烈な風格をその者は持っていた。
すると先ほどまで熱狂の渦にのまれていた者たちは冷水を浴びせ
られたかのように静かになった。まるでその者は決して怒らせては
ならない、と言わんばかりに。
﹁こ、これは失礼しました。確かに今我らが為すべきは、結果に喜
ぶことではありませんでしたな。申し訳ありませぬ、﹃青侯爵﹄殿﹂
白衣を着た男が代表して謝罪する。青侯爵と呼ばれた男は、声の
印象からおそらく20代と思われるのに対し、残りの者たちは頭髪
や皮膚のしわなどから明らかに高齢、老人といっても差し支えない
255
見た目をしている。しかしこの場における立場は年齢とは無縁のよ
うだ。
﹁かまいませんよ。それでは報告を始めましょうか。みなさんお願
いいたします﹂
﹁は、では我々から始めさせていただきますかな﹂
青侯爵の言葉を受け、2名の男が立ち上がる。
﹁今回、我ら連合が極秘に研究、開発した﹃被験体185﹄ですが、
当初の目標項目すべてを達成しました。もともと魔獣ですらない動
物に特殊な加工を施した魔石を移植し、魔術の使用を可能にするこ
とに成功。また、平常時は魔石の活動を抑えることで魔獣と判断さ
れぬようにし、都市間の行き来にも支障がないことが確認されてお
ります。現段階では風属性魔石のみですが、今後は他の属性の移植
を行う予定です﹂
﹁また魔石の魔力供給に関してですが、一定の魔力を持つ人間や魔
獣を殺すことによってその魔力を吸収、再充填することに成功して
います。一度魔石に属性が刻みこまれていますので、どのようなも
のを殺しても充填される際に魔石と同じ属性に変換されることも確
認しました。なお、体内にある魔石をこちらが操作しているため、
本能的に移植された対象はこちらの指示には忠実に従います。従わ
ない場合は、こちらの命令ひとつで体内の魔石の全魔力を開放し、
強制的に死亡させるという安全装置も取り付けました﹂
そう言って男二人は席に着く。それに合わせ今度は別の男たちが
報告を始めた。
256
﹁次に﹃正統派﹄の報告ですが、こちらも実験に成功しました。人
間、魔獣を問わず、投与した対象の身体能力、魔術的能力を数倍か
ら十数倍に引き上げる強化薬です。副作用としましては、投与され
た対象は理性の大半を失い、本能に従順になること。現段階では症
状を打ち消す薬の開発が完了していないため、死ぬまでその状態が
続くことが挙げられます。しかし理性は激しく減退しますが知能は
上昇する傾向が見受けられました﹂
﹁魔獣に投与した結果、実験に使ったすべての魔獣の体格が数倍に
肥大し、骨格も強化されていることが確認されました。また生命活
動を停止すると、通常のサイズに戻ることも確認しています。人間
に使った場合ですと、男性は体の一部が異常発達する傾向にあるの
に対し、女性に使った場合は見た目の変化はない代わりに男性以上
に本能に従順になる傾向があることがわかりました。死んだ場合投
与前と同じ姿に戻る点は魔獣と共通です﹂
﹁制御に関してですが、雛鳥が最初に見たものを親だと認識する刷
り込みを利用し、投与後最初に目にした生物の命令を聞くよう改良
を重ねた結果、ほぼ確実に命令を聞くようになりました。問題点と
して、本能に忠実な分自らを打倒した対象を主として認め、そちら
の命令に従うようになるという事例が数件確認されましたが、投与
対象を強力な個体に絞ってしまえば生け捕りは不可能ですので問題
はありません﹂
二つの報告を聞いた青侯爵は、満足そうにうなずくと自らの報告
を始める。
﹁双方ともに完璧な仕事ぶりですね。最後に私の報告ですが、数百
年前に滅んだゼフィロア王国の遺跡から発掘した、﹃キメラ計画﹄
を基にした実験体の製造に成功しました﹂
257
﹃おおっ!﹄
その場にいた者すべてが歓声を上げる。
﹁やはり歴史にあるように、別個体の魔獣同士を合成することは困
難を極めました。ですので方向性を変え、﹃結合﹄ではなく﹃吸収﹄
を追求してみたのです﹂
﹁吸収⋮⋮ですかな?﹂
白衣の男が疑問の声を上げる。
﹁つまりはこういうことです。無理やり二つの生き物を合わせるの
ではなく、一方の魔獣にもう一方の魔獣を喰わせることで、その能
力を受け継がせる。これにより、元の見た目形はさほど変わらずと
もその身体能力や魔力は敵を喰えば喰うほどより強力になり、魔術
の継投もより多彩なものになりました。我々はこれを﹃ネオ・キメ
ラ﹄と呼んでいます。なお制御については、連合から提供された技
術を使い心臓のすぐ近くに雷属性の魔石を移植し、命令に従わない
場合は強烈な電撃を浴びせるなどして徹底的に調教してあります。
安全対策についても連合と同様です﹂
﹁素晴らしい!﹂
貴族風の服を着た男が歓声を上げる。それに続いて他の者たちも
次々に青侯爵を褒め称える。
﹁まさか儂が生きているうちにキメラの完成形を目にする日がこよ
うとは⋮⋮!﹂
258
﹁奇跡、まさに奇跡だ!﹂
﹁青侯爵、貴国はやはり違いますな!さすがはかの﹃賢王子﹄がお
わすお国だ﹂
数々の賞賛を笑顔で受け止めていた青侯爵だが、最後の言葉を聞
きその笑みは冷笑へと変わる。
︵愚か者どもめ。何がさすがは賢王子、だ。貴様ら風情にあのお方
の素晴らしさなど理解できようはずもないだろう︶
彼らに対する侮蔑を内心に押しとどめ、青侯爵は次の段階へと進
むことを決めた。
﹁皆さんありがとうございます。次に今後の計画についてですが、
その前に皆さんに確認しておきたいことが。我々は各々の国にそれ
ぞれ拠点を作り密かに研究を重ねてきたわけですが、その内容が漏
ろうえい
れた、という可能性はありませんか?ことがことです、もしもこの
情報が漏洩していた場合、我らは破滅です。間違いなく機密は守ら
れていますか?﹂
確かめるようにそれぞれの目を見る。
﹁ご心配なく。こちらは研究結果どころか人一人研究施設から出て
はおりません。情報の交換や施設の警備は一人残らず青侯爵、あな
たの部下が担当しておりましたので、裏切りの可能性もありますま
い﹂
﹁こちらも同じですよ。間違いなく機密は守られております﹂
259
その答えを聞き、青侯爵は内心悪魔のように嗤った。
﹁そうですか、それは結構です。ところで皆さん、先ほど森の入り
口付近で﹃実証実験﹄を行っておりましたが、首尾はいかがでした
か?先ほどの報告で聞くのを忘れておりました﹂
﹁おお、そうでしたな。いや、素晴らしいの一言です!我らが開発
した強化薬を一匹のダイアウルフに投与し、﹃可能な限り多くの生
き物を殺せ﹄と命じたのですが、そいつときたら群れのダイアウル
フをけしかけて森に住む魔獣を町の近くまで追い立て始めたのです。
町の近くなら人間がいるかもしれない、と考えたのかもしれません
な﹂
﹁大量のジャイアントラットを集めることによって、それを餌とす
るヤングコボルトの群れもおびき寄せると、投薬対象は他のダイア
ウルフもろとも虐殺を始めました。薬により体高が3メートルほど
に肥大化しておりましたので一方的な殺戮でしたな﹂
﹁狩り尽くした後は、騒ぎにするわけにも参りませんので被験体1
85を使って処分しました。実戦訓練も兼ねたのですが、あそこま
で強力になったダイアウルフをものともせずに短時間で処分できま
した。おそらくですが、強化されたダイアウルフはBランク、被験
体185はAランク相当ではないかと思います。なお死んだ投薬対
象は元の状態に戻ったため、もし町の住人が発見しても何が起きた
かなどわからないでしょう﹂
彼らは興奮気味に検証結果を説明した。自らの研究結果が期待通
り、いや期待以上の結果を出したのだから当然といえる。
260
﹁なるほど、確かに素晴らしいですね。これならば今後の計画も滞
りなく進められそうです﹂
﹁おお、では!?﹂
﹁ええ。情報が正しければ、今日の夕方にはアルザス地方へ向かう
帝都守備隊の派遣分隊がトパスの野営地に到着するはずです。とな
ると森の入り口にある大量の魔獣の死体に気が付き、森の探索を行
うはず。そこに私たちの﹃成果﹄をお見せして差し上げましょう﹂
青侯爵がそう告げるとその場にいた誰もが暗い笑みを浮かべた。
彼らはみな神聖ガルーダ帝国に恨みがあるか、帝国の存在が邪魔な
者ばかり。国軍の最精鋭に痛撃を与えるのが自分たちであるという
ことが嬉しくてたまらないのだ。
﹁それではみなさんには宴が始まる前に、我が国の成果をご覧いた
だきましょう。正統派の皆さんが作られた強化薬を投与してしまえ
ば、檻から出しても問題ありませんし﹂
そう言って青侯爵は仮面の男たちを連れて階段を上った。自らの
仮面の下で今度こそ悪魔のような笑みを浮かべて。
青侯爵は一行とともに外に出ると、近辺の警護をしている部下た
ちに指示してネオ・キメラを閉じ込める檻を一部開放させた。
﹁投薬は私が行うとして、どのように投与すればよいのでしょうか
?﹂
261
青侯爵が正統派の人間に質問すると、小さいクロスボウを手渡し
てきた。矢の先端には金属製の鏃がついているが、よく見ると先端
に小さな穴が開いてある。
﹁魔獣の中には皮膚が頑丈なタイプが多いですのでこちらを使いま
す。対象にあたると、鏃の中にある薬の入ったカプセルが割れ、体
内に注入される仕組みとなっております﹂
﹁なるほど、よくできていますね。ストックは今ここにはどれほど
?﹂
﹁今から使う分も合わせて2本です。外さないよう願いますよ?﹂
正統派の男が茶化すのに対し笑って答えると、青侯爵はネオ・キ
メラにクロスボウを向ける。
今回連れてこられたものは、ガルーダの国境を越えることや移動
を考えてさほど大きくない中級魔獣、ランドリザードを基にしたキ
メラであった。見た目はトカゲというよりずんぐりしたワニのよう
であり、水辺ではなく森林に生息。体高は50センチメートル位で
体長は1メートル。皮膚は頑丈で迷彩柄、四足歩行で速度は速いが
体力がないというCランク魔獣である。
青侯爵はランドリザードに矢を放った。するとその体はみるみる
大型になり、一分後には体高は2メートルほど、体長は5メートル
近くまで巨大化した。
ネオ・キメラは矢を放った青侯爵を見ると前足を折り頭を下げる。
服従の証だ。
262
﹁どうやら成功したようですね。このランドリザードですが、今ま
で100を超える魔獣、人間を喰らうことによってAランク相当の
強さを持っていましたが、はてさて。今はどれほどの力を誇るのや
ら。皆さんも気になりませんかな?﹂
青侯爵は男たちへと振り返る。彼らは巨大化したランドリザード
に圧倒されつつも、肯定の意を示した。
そこで青侯爵は被験体185との模擬戦闘を提案。戦闘といって
も被験体185の風魔術をランドリザードに放ち、どれほど体が頑
丈になったかを確かめるものだと説明し連合の許可を得た。
その結果、強化ダイアウルフを瞬殺した風魔法はかろうじてラン
ドリザードの皮膚に切れ目をつけただけで肉には到達せず、むしろ
ランドリザードの戦意を燃やさせるだけであった。
﹁いやいや、このネオ・キメラはとんでもない個体となりましたな
!まさか被験体185の攻撃を直撃させても怪我ひとつ負わぬとは
!﹂
﹁さすがは青侯爵が陣頭指揮を執っただけのことはありますな!賢
王子もお喜びでしょう﹂
男たちの賞賛を浴びた青侯爵は彼らに向かって深く一礼すると、
仮面を外しさわやかな笑顔で宣言した。
﹁このたびの成果、決して我が国だけでは成し遂げることはできな
かったでしょう。今ここにいるあなた方、そして故国で尽力した方
々の力添えの結果がこの成果です。わが主に代わりましてお礼を申
し上げます﹂
263
そこで言葉を切り、短く言い放った。
﹁ネオ・キメラよ。飯だ、喰らえ﹂
次の瞬間、巨大な陸蜥蜴は被験体185に喰らい付き、仮面の男
たちをその鋭い爪で八つ裂きにした。
﹁よろしかったのですか?このような奴らでもお抱えの研究者は優
秀ですし、仮にも我が君の賛同者ですが⋮⋮﹂
数秒で終わった惨劇を目にしても顔色一つ変えなかった警護班の
リーダーが青侯爵に質問する。
﹁かまわんさ。奴らの研究データさえ手に入れば問題ない。こちら
にはさらに優秀なメンバーが数多くいるのだ。それにこれほどの﹃
力﹄、奴らごときに持たせるなど危なっかしくて我慢ならん。本国
に伝令を出せ、研究施設を壊滅し、データをひとつ残らず回収せよ、
とな﹂
264
﹁かしこまりました﹂
遠ざかる部下の背をぼんやりと見ながら青侯爵と呼ばれる男はつ
ぶやく。
﹁ランバール公国連合も、都市国家の残党どもも、神聖ガルーダ帝
国も、ほかのすべての国々も、みな等しく我が君の前に跪くのだ⋮
⋮!﹂
265
企て 1︵後書き︶
被験体の番号に意味などないのだよ。
貴明たちが接触する前に魔獣の正体がばれちゃったわけですが、そ
こはお心の広い皆様のこと。笑って許してくれますよね!
266
トパス近郊遭遇戦 対面︵前書き︶
第1話以来の長さかも。
267
トパス近郊遭遇戦 対面
﹁こいつぁひでぇ⋮⋮﹂
部隊編成を終え、森林を探索する全小隊は件の現場を確認しに来
たのだが、その場の光景を見たグレンが小さく呻いた。周りを見る
と、一般兵のみならず分隊長クラスの指揮官の中にも顔をしかめ目
を背けている者がいる。
すでに偵察班の者から現場の報告を受けているとはいえやはり生
の情報が欲しい、ということで捜索隊全員で確認に来たのだが、確
かにこの場の惨状は凄惨の一言に尽きた。
視界に入る範囲全域に転がる魔獣の死骸。大半はジャイアントラ
ットだが、中にはヤングコボルトやダイアウルフのそれも目に入る。
情報にあった通りだ。
﹁呻いてばかりもいられんな。とにかく探索を始めよう。各隊は既
定のルート通りに探索を行い、何か発見した場合は合図を送れ。中
佐殿、そろそろ出発しましょう﹂
ガリソンがほかの小隊長に指示をだし、貴明に出発を促す。しか
し貴明ら冒険者組は難しい顔をして周囲の観察を続けておりなかな
か動きだそうとしない。
﹁貴明さん、これは⋮⋮﹂
﹁やっぱりユリウスも気になるか﹂
268
﹁ええ、あまりにも不自然です。ガストンとジョウがハンター経験
者でしたから、あいつらなら何かわかるかも⋮⋮﹂
その様子を見たガリソンは、何か不審な点があるのかと出発を取
りやめ貴明に説明を求めた。
﹁どうしました、何か気になる点がありましたか?﹂
﹁ええ。この現場に残ってる攻撃の跡や足跡、それに死骸を確認し
たんですが、どうも様子がおかしいんです﹂
貴明たちはここに到着してからまず最初に、この惨状を引き起こ
ハンター
したと思われる大型魔獣の足跡を探した。貴明とともに今回の依頼
に参加した仲間の中に狩人の経験者がいたため、彼らがいればその
足跡を追って容易に追跡ができるほか、足跡の種類で相手の種族が
おおよそ予想できるからだ。
死骸の体に刻み込まれた傷跡から、対象はかなりの巨体で鋭い爪、
そして牙をもつことは推測できた。また多くの足跡の中に一種類だ
け大きなものが確認されたため、おそらくはこの足跡の主こそこの
状況を作り出したものだろう、と貴明たちは予測を立てた。
しかしいくら調べても、大型魔獣がこの場を離れた跡を確認でき
なかったのだ。それこそこの場から地に足をつけずに立ち去ったと
でも言わんばかりに。これがここに来た時の足跡もなければ飛行型
魔獣の線もあったのだが、あいにくそちらはすでに発見済みである。
﹁なるほど。つまり仮にこの場を去ったのだとしたらあるべき足跡
がなく、仮にこの場で死んだのだとしたらあるべき巨大な死骸がな
269
い、ということですな﹂
仮にこの現場を調べたのがガルーダ軍の中でも魔獣関連の仕事が
多い部隊の者であれば、貴明たちが指摘したことにも自発的に気づ
いたことだろう。しかし今回は対人戦闘が主任務で魔獣捜索の分野
に疎い帝都守備隊だったため、指摘されるまでそのことに気が付く
ことができなかったのだ。実はそちらの面の強化訓練も今回の任務
は兼ねられていたりする。
﹁貴明さん、ユリウス。調べてみたけどやっぱり去る時の足跡が見
つからない。それとこっちのほうはかなり重要なんだが、この巨大
な足跡の主、ダイアウルフとみてほぼ間違いないぞ﹂
﹁ダイアウルフだと!?﹂
現場を調べ終わったジョウの言葉を聞いたガリソンが驚愕する。
ほかの小隊長に至っては口を大きく開けて硬直していた。貴明たち
はおそらくそうじゃないか、と予想していたためそこまで衝撃はな
かったが、だからと言ってすんなりと信じられるものでもなかった。
﹁だけどダイアウルフにしてはいくらなんでも大きすぎる。ほかの
獣型魔獣の可能性はないのか?﹂
ユリウスの問いに対してジョウは首を横に振る。代わりにジョウ
の横に来たガストンが答えた。
﹁調べた限りだとその可能性はないな。このサイズとなると、獣系
だとキングライガーやサーベルタイガー、シルバーウルフなどが挙
げられるが、どれも足の形、爪の長さや数が一致しない。それにこ
れは魔獣に限った話じゃないが、歩き方というのは種族によってさ
270
まざまな癖があるんだ。足跡や周りの状況を調べるとそれがわかる
んだが、ダイアウルフのそれと全く同じ癖をしている。ここまで来
るとダイアウルフの突然変異種でも現れたんじゃないか、って思う
ぞ﹂
﹁気になるのはほかにもある。周囲の倒された木々の様子からこの
場で風系統の魔術が使われたのはほぼ間違いないんだが、風魔術で
死んだと思われる死骸が一つしか見つからなかった﹂
﹁一つ?報告では少数ながら複数体だと聞いていましたが?﹂
当初の報告と異なる発言に近くにいたカーラが質問する。
﹁まず間違いないと思いますよ。確かに魔術の攻撃を受けた死骸な
らいくつかありましたが、ほとんど急所から外れてます。これは完
全に憶測なんすけど、その一体を攻撃する余波に巻き込まれた、っ
てとこだと思います﹂
﹁ちなみにその一体の種族は?﹂
﹁ダイアウルフです﹂
その場にいる者すべてが押し黙る中、ジョウとガストンの声だけ
がその場に響いた。
あまりにも状況が不透明過ぎるため、一度本隊のコーウェンに現
在わかっていることを伝令に報告させに行き、貴明たちは改めて探
索の方針を考えることにした。伝令が返ってくるまで各小隊の兵士
271
たちは分隊規模で周辺の警戒、護衛を行い、各隊の隊長、副隊長、
冒険者は状況の整理、ということになった。
﹁さて。我々が手に入れた情報は増えたが、状況はより複雑化した。
新たに分かった情報も踏まえ、どのように探索を進めるべきか方針
を固めよう﹂
探索を行う小隊の現場指揮官を任されているガリソンが切り出し
た。とはいえその質問は、対魔獣戦闘や森林探索が専門ではない同
僚たちよりもおもに貴明たちに対して向けられた。
﹁本隊からの指示が来るまでははっきりしたことは決められません
が、可能なら分散行動は控えたほうがよいかもしれません。先ほど
ジョウたちが出した報告の内容からして、とてもではありませんが
今回の件が自然発生した事態とは思えません。おそらく第三者の関
与があると思われます。もし我々と敵対する者の意思によって今回
の件が引き起こされたのだとしたら、最悪の場合こちらは各個撃破
されてしまう恐れがあります﹂
﹁俺も貴明の旦那に賛成でさ。20年以上冒険者として生きてきや
したが、こんなこと一度たりとも起こったこたぁねぇんです。それ
が俺らの進軍中に俺らの進軍経路でたまたま起きた、なんて考える
のはさすがに無理がありすぎる。どこの誰かはしらねぇが、こっち
に対して何か思うところのあるやつが絡んでる、と思って動いたほ
うが賢明でしょうな﹂
貴明とグレンがそれぞれ意見を述べると、隊長の一人が発言を求
めた。
﹁私は当初の予定通りで問題ないと思う。我らに害なす存在の可能
272
性は私とて感じているが、こちらが守勢に入ると尻尾を見せない恐
れがある。ここはあえて分散して動き、どこか一つの隊に敵が食ら
いついた後、再集合してこれを捕縛、もしくは殲滅したほうがよく
はないだろうか﹂
﹁待ってください。すでに第三者の存在が確実という前提で話が動
いていますが、あくまでその可能性がある、という段階です。いき
なり決めつけては視野を狭める恐れがあるのでは?﹂
﹁しかし状況が不自然にすぎるのもまた確かだろう。我々の主目的
はあくまでアルザスでの任務だ。ここで無用な被害を出すべきでは
ないぞ﹂
﹁いや、だからこそここで時間をかけるべきではないだろう。まだ
正確な情報はほとんどないのだ。ここで必要以上に安全策をとって
時間を浪費するのはよくないぞ﹂
貴明とグレンの発言を皮切りに次々と意見が出されるが、どれも
情報が不十分なためガリソンも決定を下せずにいる。しかしそこに
本隊へ送った伝令が帰ってきたのだが、その返答が﹁現場の判断に
任せる﹂であったため、いよいよどう動くか決めねばならなくなっ
た。
﹁よし、いろいろ意見が出たがそろそろ動かねばなるまい。当初我
らは各小隊ごと8つに分かれて行動する予定であったが、今より1
部隊につき2個小隊の4部隊で探索を始める。理由は森林地帯では
あまり大人数で動いても連携が取りづらいため、ある程度分散しな
いと索敵の効率が悪いためだ。何かしら発見した場合の対処は当初
と同様でいく。何か質問はあるか?なければ出発だ﹂
273
ガリソンの指示を受けて各隊の隊長が部隊の再編を行う。貴明が
いるガリソン小隊はグレンの隊と合同で動くこととなった。隊長同
士で出発前に軽く打ち合わせを行うということで、目下暇になった
貴明のもとにグレンがやってくる。
﹁どうにも嫌な予感が拭いきれませんなぁ。何事もなく終わりゃい
いんですが﹂
﹁まったくだ。だけどこんなところで時間を潰すわけにもいかない
しな。さっさと終わらせるためにも気合入れていくぞ﹂
﹁了解でさ!﹂
﹁とは言ったものの、そう簡単には見つからないか⋮⋮﹂
探索を初めて早一時間。野営地に大隊が到着したのが昼の2時過
ぎで、実際に探索を始めたのがおおよそ3時半といったところであ
る。今は6月の頭、もはや冬は終わり日の出ている時間はそれなり
に長くなったのだが、それでも森の中は日が当たらず薄暗い。あと
1時間もすれば明かりなしで歩き回るのは難しくなるだろう。
︵愚痴?︶が聞こえたカーラが、何か発見したのか
﹁中佐殿、何か気になることでも?﹂
貴明の呟き
と貴明へと問いかける。
274
﹁いえ、ただの独り言です。しかし急がなければそろそろ探索が難
しくなりますね﹂
うっそう
空を仰ぎ見ながら答える貴明。その視線の先には、鬱蒼というほ
どではないにしろ光を遮るには十分な枝葉が生い茂っていた。
﹁確かにそうですね。ここにウォーランドの山岳連隊や4軍がいれ
ばまだ状況は違ったのかもしれませんが⋮⋮﹂
カーラが挙げた部隊は、帝国南部のウォーランド連山を管轄区と
する山岳、森林戦を専門とするウォーランド方面軍山岳連隊と、帝
都の真上に広がるグスタフ大森林からノール以南の国土防衛を任務
とするガルーダ帝国軍第4軍団のことである。共に平野での対人会
戦ではなく、森林もしくは山岳地帯での対魔獣戦闘が得意な部隊と
して軍部では有名な部隊である。
﹁そりゃ無理っすよ副長。4軍はグスタフから南下してくる魔獣の
群れから帝都を守る盾ですし、ウォーランドの奴らだとアルザスで
の任務に対応できねぇっすもん﹂
﹁それに今回の任務は皇帝陛下直々に我ら帝都守備隊へと下された
任務です。ただでさえ我々の師団長はほかの高級将校と距離を置い
ているんですから、そう簡単に頼むこともできないでしょう﹂
周囲に気を配りながらも貴明とカーラの話を聞いていたフランツ
とクーガーが会話に参加してくる。当然彼らと同様に聞いていたガ
リソンは、クーガーの言葉に若干の苦みを含ませながら口をはさん
だ。
275
﹁別にバークレイ大将軍閣下は面子のために他の部隊への要請を行
わなかったわけではない。先頃発覚した上級官僚、上級将校たちの
反逆未遂に伴い行われた粛清の余波で、各部隊の再編が滞っており
増援を回す余裕がないために閣下がご自重なさっただけだ。上層部
が一枚岩でないかのような発言は控えよ﹂
﹁っ!失礼しました!﹂
クーガーが己の失言を悟り慌てる。確かに一時的に軍属となって
いるとはいえ、もとは外部の人間である貴明へと話していいような
話題でもない。
﹁ははー!怒られてやがんのこいつ!﹂
﹁お前も無意味に煽るな!﹂
ゴヅッ!
﹁ごふっ!?た、たいちょー、今頭からめちゃくちゃ嫌な音がした
んすけど⋮⋮﹂
﹁自業自得だ﹂
﹁あたまへこんでない?﹂とカーラのもとへ行ったフランツの頭を、
カーラが苦笑しながら撫でるのを見ながら、先ほどのクーガーの言
葉に若干の興味を持った貴明は聞いてよいものかと若干気にしなが
らもガリソンに質問した。
﹁話を蒸し返すようで恐縮なのですが、バークレイ大将軍とは?帝
都守備隊の総司令官殿ですか?通常師団クラスの部隊司令官は上将
276
軍が着任するものだと聞いているのですが﹂
帝都守備隊は500人編成の大隊が10個部隊、計5000人で
構成される師団規模の部隊だ。通常、大隊なら大佐、連隊なら準将
軍、旅団なら将軍、師団なら上将軍、軍団なら大将軍といったよう
に指揮官が割り当てられるのだが、なぜ大将軍でありながら一つ規
模の小さい部隊の司令官に就いているのか少し気になった貴明であ
る。
﹁確かに普通はそうですな。ですが我ら帝都守備隊は国軍の中でも
最精鋭に分類され、他の部隊とは指揮系統も異なる少々特殊な部隊
なのです。ですので規模は師団ですが扱いは軍団相当となっており、
師団長も大将軍であられるバークレイ閣下が着任なさっておられま
す﹂
﹁でもそのせいでほかの部隊との連携が取りづらいとか、あの部隊
はよその隊を見下してるーとか、陰でいろいろ言われてんすよねー﹂
﹁また沈みたいのか?﹂
復活したフランツがまた余計なことを言ったため、青筋を浮かべ
たガリソンが再びこぶしを握り締める。しかしそれを振り下ろす直
前に、小隊の索敵班が発動させていたディテクションに不審な魔獣
が引っ掛かったとの報告があった。
﹁個体数は一つのみです。種族は不明ですが反応から見て大型であ
ることは間違いありません。距離800、こちらの魔術に反応した
模様で現在こちらに向かっております!﹂
﹁ご苦労。総員停止!第一偵察班は魔獣に接近し詳細を調べよ。た
277
だし可能な限り交戦は避けろ。残りの者はここで接敵に備える。こ
の魔獣が我々の探していたものかはわからんが、とにかく不意打ち
を受けぬよう警戒せよ!﹂
くだん
﹁伝令兵!この魔獣が件のそれと同一であった場合に備え、本隊と
各小隊への合図の準備をしておけ!﹂
ガリソンとグレンのほうの小隊長であるラルフ少佐の指示が飛ぶ。
それに素早く反応し防御陣形を取る味方の中、貴明とグレンはガリ
ソンに呼ばれ彼のもとへと向かった。
﹁お二人には偵察班に同行して魔獣の詳細を調べていただきたい。
あなた方がいれば余計な問題を起こす危険性が減るでしょうから﹂
﹁承知しました。ついてゆくのは俺たち二人だけですか?﹂
﹁いえ、それぞれ専属の副官と所属小隊から護衛を2名ずつ連れて
行ってもらいます。人選は副官にでも決めさせてください﹂
﹁わかりました。急ごうグレン!﹂
﹁へい!﹂
カーラに頼んで適当な者を護衛として選んでもらい、グレンの一
行とともに第一偵察班に合流する。班は5名で構成されており、班
長に話を聞いたところ魔獣との距離は750メートル、接近しては
来ているもののそこまで移動速度は速くないとのことだった。
﹁いきなり正面から対面するのは避けたい。いったん魔獣の進路上
から外れて側面からアプローチをかけましょう﹂
278
班長の言葉に従い魔獣が通過すると思われるルートの側面に移動
する。小隊から約500メートルの地点で待ち受けることにした。
斥候任務を主としている班のため、冒険者の貴明らと変わらぬほ
どに隠密行動は得意らしく、見事に茂みに紛れて息を殺し対象が来
るのを待った。
﹁⋮⋮そろそろ来るな。サーチとスキャンの用意だ﹂
﹃⋮⋮了解﹄
班長が指示を出す。﹃スキャン﹄とは無属性スキルの中で﹃サー
チ﹄や﹃ディテクション﹄と同じく探知型に分類されるスキルだが、
サーチに比べより対魔獣に特化したスキルだ。相手の種族名や主な
攻撃手段、使える魔術属性がわかる優れものだが、熟練度が上がれ
ばある程度物を透視して対象の存在や情報を得られるサーチと違い、
直接黙視しなければ効力がないという欠点がある。加えてサーチの
熟練度をかなり上げなくては習得できない上級スキルのため、覚え
ている者はあまり多くない。
すでに足音がはっきり聞こえるほどに件の魔獣は接近してきてい
る。その巨体を無理やり進めているためか、しきりに木々と体が擦
れあうような音も聞こえてきた。おそらくもう50メートルも離れ
ていないだろう。
暗いためまだその姿を見ることはできないが、すでに十分サーチ
が効力を発揮する距離である。貴明とグレンもサーチを発動させよ
うとした、その瞬間。
279
﹃グラァァァァァ!﹄
﹁っ!?伏せろ!﹂
雄叫びが轟き、貴明が叫んだ瞬間、第一偵察班が潜んでいた周辺
に強烈な衝撃波が襲い掛かった。
﹁何事か!﹂
﹁わかりませんが、偵察班が向かった方向から魔獣のものと思われ
る叫び声がした瞬間、爆発らしき現象が起こったものと思われます
!索敵班の行為ではありません!﹂
﹁距離はここから500前後と思われます!全員で中佐たちの援護
に向かいますか?﹂
後方で待機していたガリソンらの元にもその衝撃は届いていた。
魔獣との接敵に備え防御陣形をとっていたのが幸いし負傷者は一人
もいなかったが、この地点ですら体が倒れそうになるような衝撃が
起こったのだ。より近くにいる貴明たちがどうなったのか、最悪の
可能性を考慮する必要もある。
﹁いや、今全員で向かうのは危険だ。第二偵察班を向かわせろ、た
280
だし魔獣の確認ではなく、先行部隊の生存確認を優先しろ。それか
ら本隊及び残りの探索隊に合図、そして伝令を送れ。我々の想定以
上の事態が起きた、十分警戒するよう伝えよ!﹂
﹁我々はどうする?﹂
もう一つの小隊を率いるラルフ少佐が聞いた。階級は同じだが現
在2個小隊の指揮権を持っているのはガリソンだからだ。
﹁我がガリソン小隊は第二偵察班の後方につき現場に向かう。ラル
フ小隊はこの場に陣を敷き、後続の部隊が集合するのをサポートし
てくれ﹂
﹁心得た﹂
短く答え部下に指示を出しに向かうラルフから視線を剥がし、ガ
リソンは爆発が起きたと思われる方向をにらみつける。
﹁我が隊の者がそう簡単に斃れるとは思えんが⋮⋮﹂
それでも先ほどの衝撃は尋常ではなかった。万が一の可能性もあ
る。
﹁中佐殿、もしご無事なら彼らのことを頼みます⋮⋮!﹂
281
﹁ごほっ、ごほっ!くそっ、みんな無事か!?﹂
﹁痛っ!⋮⋮ええ、こちらは無事です!﹂
﹁おれのほうも何とかみんな無事でさ!﹂
爆発の衝撃により土煙が立ち込める中、貴明の声に反応し次々に
無事を知らせる声が返ってくる。多少の負傷者は出たようだが、何
とか全員無事だったようだ。
﹁しっかし、今のはいったいなんだってンだ!?貴明の旦那が反応
してなかったら全員今頃死んでたぞ!﹂
グレンが頭を押さえながら叫んだ。爆発の衝撃で頭を揺さぶられ
たようだ。
﹁いや、そうでもないさ。もしこいつがなかったらほんとに今頃死
人が出てたよ﹂
貴明はグレンの言葉を否定し、首にかけていたネックレスを服の
上から握りしめた。それはかつてサーシャから渡された、彼女の家
に伝わるお守りの宝石であった。
先ほどの爆発の際、貴明はほかの者よりも早く異常に気づき、偵
察班の前に躍り出て彼ら全員を覆う障壁を発動させようとしたが、
衝撃波のほうが一瞬早く貴明に襲い掛かった。しかしサーシャがく
れたお守りが発動したため、何とかキャンセルされず発動すること
ができたのである。
かつてギュイーズ邸を襲撃する際に渡された後、いったん彼女に
282
返されたそのエメラルドのお守りは、ノールの職人の手によりネッ
クレスへと姿を変え再び貴明を守ったのである。
﹁お嬢にも帰ったら礼を言わんとならねぇな。それで旦那、これか
らどうしやす?やっこさんが来たみたいですぜ﹂
グレンのセリフに全員の視線が衝撃波が来たほうへと向けられる。
土煙も収まりつつあり、魔獣の姿もだんだんはっきり見えるように
なってきた。
﹁カーラ大尉、この場の指揮は俺がとっても?﹂
﹁かまいません。どうぞご存分に﹂
ちらりと後ろを振り向きカーラに確認を取る。本来指揮権を与え
られていない貴明だが、この場を乗り切るには彼に任せるのが一番
いいとカーラは考え、この場を貴明に委ねることにした。
その返事を聞き今度こそしっかりと魔獣を見据える貴明。すでに
かいり
サーチとスキャンの併用でその正体をつかんでいたが、あまりにも
貴明の知るものとは乖離したその姿をにらみつける。
﹁ばかな。こいつは⋮⋮﹂
グレンについてきた副官が呻く。その言葉を引き継いだカーラが、
魔獣の巨体を見つめ驚嘆の声を上げた。
﹁まさか、ランドリザードなの!?﹂
283
トパス近郊遭遇戦 対面︵後書き︶
登場人物の名前ですが、すでに使ったことのある名前を忘れてまた
使う、というミスを何度か書いてる最中にやらかしてたりします。
見切り発車で書き始めるからこうなるのさ!
⋮⋮設定集今作ってる最中なんで、並行して整理せねば。
284
トパス近郊遭遇戦 開戦︵前書き︶
またひと月くらい間が空いちゃいました︵汗︶いかん、いかんぞこ
れは!これから就活でさらに忙しくなるというのに!
ちなみに今回更新が遅れた理由につきましては活動報告の方をご覧
ください。目指せボストン!
285
トパス近郊遭遇戦 開戦
﹁大隊長、森の上空に信号弾を確認しました!ガリソン小隊の緊急
信号です!﹂
﹁ご苦労。全員聞いたな!応援部隊は進発準備を急げ。残ったもの
はこの場に防衛陣地を構築せよ。最悪魔獣をここまで引っ張ってく
る可能性があるからな、大型魔獣との戦闘を想定し、攻城兵器の用
意もしておけ﹂
﹃了解いたしました!﹄
探索隊の帰還を待つコーウェン本隊は、森の中から打ち上げられ
た緊急を示す合図に俄かに騒然となった。しかもガリソン小隊とい
えば貴明が所属している部隊である。その部隊から緊急信号が出さ
れたということは、よほどの事態に陥ったということに他ならない。
﹁おそらくガリソン小隊は伝令をこちらに出しているはずだが、そ
の到着を待ってから出発してはおそらく間に合わん。合図があった
地点に向け直進しつつ、途中で伝令を回収するぞ!﹂
すでに準備がほぼ整っていたことと、みなが事態の深刻性を理解
していたこともあり、コーウェン率いる応援の1個中隊は合図を確
認してから5分とかからず出発した。
その合図はほかの探索隊の目と耳にも届いていた。
286
﹁っ!あれはガリソン小隊か?﹂
﹁そのようですね。目標の発見や撃破ではありません、緊急信号で
す﹂
﹁ということは先ほどの爆発音の発信源もあちらだな。よし、我々
も救援に向かうぞ!﹂
上空に打ち上げられた魔法信号弾の発する光と音を確認した各探
索隊は、一斉にそちらに進路を変更した。
﹁ラルフ少佐、合図と伝令、ともに出し終わりました!﹂
﹁よし。全員聞け!われらの役目はこの場に防衛陣地を構築し、後
退してきたガリソン隊の回収やほかの部隊の集結をサポートするこ
とだ。仮に集結前に我々まで敗れた場合、後から来た部隊も被害を
受けることになる。心してかかれ!﹂
﹃はっ!﹄
指示を受けたラルフ小隊は魔術やスキルを使い一斉に周囲の木々
を切り出し、大人数が集まれる広い空間を確保し、バリケードを築
き始めた。木を利用したバリケードのほかにも魔術によって作り出
した土壁や石壁、さらに円形に作っている防衛陣地の外縁に沿って
空堀まで作っていく。たったの30人で行われているとは考えられ
ないほどの速度で作業が進んでいるが、軍において拠点の構築は戦
闘と同等に重要な任務だ。魔術を組み合わせることで、平地であっ
287
ても短時間で簡易陣地を築けるよう訓練を受けているだけあり、そ
の作業は速やかに行われた。
﹁隊長、先ほどから戦闘音が聞こえています。急がなければ!﹂
副隊長が焦ったように進言する。
﹁慌てるな。確かに聞こえるが急速にこちらに向かってきているわ
けではなさそうだし、悲鳴の類も聞こえん。つまり先行部隊は善戦
しているというわけだ。我らは我らの仕事を堅実にこなすことだけ
を考えろ﹂
それに、とラルフは続ける。
﹁あのガリソンが向かったのだ。仮にSクラスの魔獣が相手だった
としても手も足も出ずに敗れることなどありえんよ﹂
その魔獣は比較的メジャーな部類であった。
ランドリザード。
おもに森に生息するこの魔獣は、魔術は使えないが森の景色に溶
け込む迷彩柄の皮膚と、強靭な顎が特徴のCランク魔獣である。群
れを作ることはなく単独で行動し、奇襲を受ければ痛い目に合うが、
それさえなければ案外あっさり倒せる上にその皮膚は良質な皮鎧の
288
材料として重宝されるため、それなりに高額で取引される。冒険者
にとっては美味しい魔獣といえるだろう。
それが、一般的に認知されているランドリザードの特徴だった。
しかし。
﹁こいつはさすがに見たことはないなぁ。誰か知ってるやついるか
?﹂
貴明は目の前に現れたその巨体を見上げてつぶやいた。
﹁俺は知らねぇですな﹂
﹁私も初めて見ました⋮⋮﹂
グレンやカーラも呆然とした表情で見上げている。ほかの者たち
もどうやらまだ衝撃から立ち直れていないようだ。
純粋な大きさだけでも通常の3倍から5倍ほど。しかもその巨躯
の周囲にはかすかに風がまとわりつくように流れている。風魔術を
使う魔獣の特徴と同じだ。
﹁さっきの衝撃も魔術か何かか?とにかく普通のランドリザードと
同じように考えてたら痛い目見そうだ⋮⋮な!﹂
言い終わると同時に駆け出し、巨体へと切りかかる。驚異的なス
テータスにものを言わせた加速力。常人どころか一般的な冒険者や
289
兵士であっても視認が困難なほどの速度で貴明はランドリザードへ
と接近した。ランドリザードはいまだ攻撃態勢を取っていない。先
手必勝だ。
しかし。
﹁ガァァァ!﹂
﹁なに!?﹂
ランドリザードはその速度に反応した。それだけではなく、貴明
めがけて前足で土をけりかけ牽制をすると、尾を鞭のようにしなら
せ反撃までしてのけた。
回避は間に合わない。そう判断した貴明は長剣を立て衝撃に備え
・・・・・・・
る。下位の龍種に匹敵する貴明の筋力であれば確かに耐えられただ
・・・
ろうし、貴明はその衝撃に耐えきる自信もあった。武器が持った場
合なら。
ぴしっ、キィン!
︵っ!?嘘だろ!?︶
ランドリザードの尾と貴明の長剣がぶつかった瞬間、衝撃に耐え
きれなかった長剣が根元付近から見事にへし折れた。そして勢いを
殺すことなく、貴明の体に強力な一撃が吸い込まれていくかと思わ
れたその瞬間。貴明の胴に縄のようなものが巻きつくと同時に、そ
の体が後方へと引っ張られた。
﹁いまだ!一斉射、放て!﹂
290
﹃アース・バレット!﹄
カーラの合図の元、第一偵察班が一斉に魔術を放つ。目標はラン
ドリザードの下腹部。尾を使った攻撃のため貴明たちに背を向ける
形となったランドリザードの、おそらくもっとも外殻が薄いと思わ
れる部分に、一斉に鋭利な石の弾丸が襲い掛かった。
いしつぶて
ランドリザードの死角から放たれたこぶし大の石礫は見事に全弾
命中した。尾による攻撃が空振りに終わりなおかつ唐突に下腹部に
攻撃を受けたランドリザードは、いったん体制を整えるためか貴明
たちから距離をとる。
﹁簡単にやられるとは思っちゃいやせんでしたが、アース・バレッ
トを腹に食らって無傷たぁ面倒ですな。旦那も無事ですかい?﹂
貴明の体に巻きつけた鞭を回収しながらグレンが聞く。彼が貴明
を引っ張り戻したようだ。
グレンが鞭の扱いにも長けていることに若干驚きながらも礼を言
いつつ、貴明は状況の把握に努める。
︵普通のランドリザードならさっきのアース・バレットで片付いて
いた。いや、そもそもこのの剣が折られることだってなかったはず
だ︶
手中の折れた剣を見る。本来の主力装備だとあまりにも高価すぎ
て他人の目を引きすぎるため、普段から多少グレードダウンした、
しかも得意な日本刀や双剣ではなく長剣を装備していた貴明ではあ
るが、あの剣とてただの安物ではなかった。むしろ冒険者ランクが
291
Bに上がった時、長剣も悪くないと思い始めた貴明が真剣にランク
と予算を考慮した結果選び抜いた一品だった。
Bランク冒険者が持つには少々不釣り合いと思えるような代物だ
が、ノールにあるギルド系列の数ある武具店の中から見出した貴明
のお気に入りであり、本来ならCランク相当のランドリザードに一
撃で壊されるなどまず考えられないものだったが、ここまで見事に
へし折れていては修復は不可能だろう。
手元に残った柄を残念そうに一瞥し、一つため息をこぼす。
﹁このまま戦うのは危険だ。いったん小隊に合流して態勢を整えな
いと。いくらなんでも情報が少なすぎるし、もともと俺たちは偵察
部隊であって攻撃部隊じゃない﹂
アイテム欄から予備の長剣を引っ張りだし方針を決める。
﹁確かにそうですが、すんなり見逃してくれそうにないですぜ?﹂
グレンの言うとおり、ランドリザードはすでに戦闘態勢に入って
いる。貴明たちが背中を見せた途端、最初の爆発のような攻撃が飛
んでくるだろう。
︵そういえばなんであの攻撃は最初の一回以外使わないんだ?発動
条件があるのか、それともチャージが必要なのか⋮⋮︶
なんにしてもやはり情報が少ない。
﹁カーラ大尉、小隊の現在地はわかりますか?﹂
292
﹁ええ。先ほど50メートルほど手前に第二偵察班を見つけました。
おそらくその近くにガリソン小隊かラルフ小隊、あるいは両隊がい
るかと思われます﹂
頭の中でこのあたりの地形やランドリザードの移動速度、小隊の
予想位置を思い浮かべる。
﹁よし、今よりこの場から撤退し、第二偵察班と合流します。みん
なは一度、あいつに対して遠距離攻撃を仕掛けてください。その隙
にあいつの足を止めますので、そのあと全速力で後退します。直接
攻撃は今のままでは危険ですし、何より俺の術に巻き込まれるので
禁止します。何か質問は?﹂
﹁あ、あの。こんな規格外の魔獣、どうやって足止めするんですか
?﹂
﹁中佐ができるといっておられるのです、信じなさい。中佐、いつ
でも﹂
グレンの護衛としてついてきた若い兵士が不安そうに聞いてくる
が、カーラがそれを抑え行動を促す。グレンは日ごろから貴明と行
動を共にしており、そのレベルも承知しているため特に異論はなさ
そうだ。
それに頷いて答えつつ、懐から魔力上昇補正付きの指輪を取出し
装着する。
﹁俺が奴の気を引きます。その瞬間に一斉にかましてください。⋮
⋮シッ!﹂
293
手に持っていた折れた長剣の柄をランドリザードの頭上へと放り
投げる。野生の本能から貴明を最大の脅威と認識しその一挙一動に
注目していたランドリザードは、思わずといった感じでそれを視線
で追いかけた。
﹁いまだ!﹂
﹃アイス・ニードル!﹄
﹃アースランス!﹄
﹃ツイントリガー!﹄
﹃バニシングトマホーク!﹄
貴明が叫ぶと同時に、一斉に魔術や弓、投げ斧のスキルが放たれ
る。
一瞬の隙を突かれた形になったランドリザードだが、前方に半透
・・・・・
明のシールドのようなものを作り出し、事前に防御態勢をとること
に成功する。グレンたちが放った攻撃は魔術は吸い込まれ、矢や投
げ斧は弾かれ本体に届くものは一つとしてなかった。
︵かかった!︶
・・・
しかし貴明はそれでかまわなかった。先ほどの攻撃はあくまで牽
制。そしてランドリザードは攻撃に耐えるためにその場に踏みとど
まってしまった。
﹁全員奴から離れろ!﹃土陣・砂枷弐式、鬼地獄﹄!﹂
294
その瞬間、ランドリザードの足元に一瞬魔法陣が光ったかと思う
と、唐突に巨大な蟻地獄が出現した。
﹃土陣・砂枷弐式、鬼地獄﹄。FOE時代に友人のダイスケが開
発したこの魔術は、対象の足元を砂場に変え、そこから抜けようと
しても砂が意志を持つかのように、足に枷のようにまとわりつくと
いう捕縛用の土系統魔術だった。
貴明は﹃土陣・砂枷﹄と名付けられたその術を開発者本人の了承
を得て改造、対象の足場を砂地にするだけではなく蟻地獄状にした
うえで、本来の特性である﹃足に絡みつく﹄という要素に加え、﹃
這い上がろうとすればするほど中央に引きずり込まれる﹄という悪
趣味極まりない術にしてしまった。
この術は当時FOEで上級プレイヤーをもことごとく屠っていた、
ダイオン帝国領のとあるダンジョンのボスであるオーガ系魔獣にも
有効に作用したため、ダイスケによって﹃砂枷弐式﹄の名が与えら
れた。﹃鬼地獄﹄の由来は説明するまでもないだろう。
ともあれ、貴明の狙い通りにはまってくれた。この術は起動から
発動までにワンテンポ時間がかかるうえに対象の足元に魔法陣が出
現するため、それなりにレベルが高い相手にはうまく使わないとな
かなか通用しないものなのだ。
﹁成功のようですね﹂
﹁ええ。これでしばらくは時間が稼げるはずです。早く撤退しまし
295
ょう﹂
﹁中佐、ご無事で何よりです!﹂
ランドリザードが身動きできないのを確認し後退した貴明たちは、
後続の第二偵察班を拾った後ガリソン小隊と合流した。最初の爆発
は小隊の元にも届いており、ガリソンは最悪の結果も想定していた
が、多少の手傷を負いながらも全員無事な様子を確認すると珍しく
作戦行動中にもかかわらず破顔した。
﹁ご心配お掛けしました!ラルフ小隊は?﹂
﹁先ほどの待機地点に陣を構築中です。緊急の信号弾を上げました
ので、もうじき応援も到着するかと。敵の正体はつかめましたか?﹂
﹁それについては道すがらお話しします。今は少しでもこの場から
離れましょう﹂
今は動きはないが、﹃鬼地獄﹄の効果時間はそう長くない。じき
にランドリザードはこちらに向かってくるだろう。無駄にできる時
間はなかった。
だが現実はそう甘くはなかった。ランドリザードを残してきた方
角から、明らかに木々を押しのけて、あるいは切り倒してこちらに
近づいてくる足音が聞こえてくる。
﹁旦那、残念ですがそいつは無理です。追いつかれやしたぜ﹂
296
グレンの視線の先には先ほど相手にしていたランドリザードの姿
が。その巨体の周囲には風の刃が多数旋回している。これで木々を
切り倒して道を切り開いたのだろう。
﹁これが件の魔獣ですな。しかしこれは⋮⋮﹂
初見のガリソンたちはその威容に驚きながらも戦闘態勢をとる。
・・
﹁ただのランドリザードではありません。少なくとも見ての通り風
魔術は使えるようです。こちらが放った魔術に関しても吸収してい
る節もありました﹂
カーラがガリソンに忠告する。確かに先ほど足止めのために一斉
攻撃をかけた際、ランドリザードに飛来した魔術は確かに吸い込ま
アンチマジックシールド
れているように見えた。そしてその際に現れた半透明のシールド、
あれは対魔術耐性持ちの魔獣が使う対魔盾でまず間違いない。当然、
本来ならランドリザードという種族が持っている能力ではない。
﹁俺が足止めに使った術に関しても、本来ならもっと効力時間はあ
りました。おそらく陣の魔力を吸収することで持続時間を短縮した
んでしょう﹂
そして何よりもこの対魔盾の面倒なところは、放たれた魔術の性
質、威力を問わずどのようなものであっても完璧に防ぎ切り、なお
かつその術に使われた魔力を吸収し、自らの攻撃に転用できる点だ。
貴明が先ほど足止めに成功した際魔術による追撃を行わなかった
のは、抗魔盾との相性があまりにも悪すぎたためだ。かといって遠
距離で有効打を与えられる攻撃手段も持ち合わせてなかったため、
あの場は撤退することにしたのだ。
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﹁グゥゥ⋮⋮。ガアァァァ!﹂
﹁っ!散開!﹂
貴明たちに動く気配を感じなかったのか、ランドリザードが先制
攻撃を仕掛ける。ガリソン小隊は散らばることで大量に飛翔してく
る風刃をかわすが、手数があまりにも多く負傷者が続出する。
﹁中佐!こいつが相手ではラルフ小隊が構築中の防衛陣地はかえっ
て邪魔になります!この場で討伐しましょう!﹂
風の刃や時折それに織り交ぜるように飛んでくる四肢や尾、顎を
使った攻撃を、時には長剣で、時には盾でいなしながらガリソンが
進言する。
﹁わかりました!負傷者や一般兵は後方へ下げましょう!森の中で
は少数精鋭のほうが戦いやすい。ラルフ隊や到着してい部隊の分隊
長以上のもので討伐に当たります!﹂
﹁承知!みな聞こえたな!無事な者は負傷者を担ぎラルフ隊と合流
せよ!今の段階でわかっている敵の特徴を伝え、分隊長クラス以上
のものに対大型魔獣装備で応援に来るよう伝えろ!カーラ、フラン
ツ、クーガー、我々はこの場でこいつのお相手だ。応援が来る前に
片を付け、コーウェン大隊最強の部隊は我がガリソン小隊だという
ことを証明するぞ!﹂
﹃はっ!﹄
本来ならとうに食事の準備を終え、野営地で温かい食事にありつ
298
いていただろう貴明たち。当初のアルザス作戦計画とは無関係な事
件に巻き込まれた者と、その原因である者の本格的な戦いが始まっ
た。
﹁⋮⋮以上がガリソン少佐、および貴明中佐からの報告です!﹂
﹁そうか、ご苦労だった。下がってくれ。衛生班のところで治療を
受けるといい﹂
﹁はっ!失礼いたします!﹂
ガリソン隊の伝令を見送った後、ラルフはその場にいる隊長各へ
と向き直った。
﹁状況は聞いての通りだ。コーウェン隊長がおられない今、我々だ
けでどうするか決めねばならん。お歴々の考えを聞かせてほしい﹂
今この場にいるのは陣地の責任者であるラルフとその副隊長、そ
のほかに救援に駆け付けたアルベール小隊とボドワン小隊の隊長、
副隊長。そしてアルベール・ボドワン両隊に配属された冒険者のユ
リウスとベアードだ。
﹁どうするもこうするもないだろう!早く救援に行かねばガリソン
たちの命が危ない、我々だけでもまずは向かうべきだ!﹂
299
発言をしたのはラザール・アルベール少佐。ユリウスの所属部隊
の隊長だ。
﹁落ち着けアルベール殿。ラルフ隊はこの場の指揮があるから動け
ん、我ら両隊は正面戦専門のガリソン小隊と違い偵察・奇襲戦専門
で大型魔獣との戦いには不向きとなると、まともに戦えそうなのは
我が隊のベアード殿とそちらのユリウス殿だけだ。足手まといにな
るとは思わんが、戦力の逐次投入は下策だぞ﹂
アルベールに反論したのはラウル・ボドワン少佐。アルベール小
隊とともに行動しており、この場の隊長の中では最年長者だ。
﹁確かにそうだが、いかに防衛戦闘の名手であるガリソンでも報告
にあった通りの魔獣が相手ではあまりにも危険すぎる!それに現地
には例の貴明中佐もおられるのだろう?我らが敵を引き付けつつ、
中佐を中心として攻撃すれば十分対処は可能なはずだ!﹂
﹁僕も同意見です。魔術が聞かないのは厄介ですが、抗魔盾持ちの
魔獣なんてさほど珍しい部類じゃありません。それに貴明さんの突
破力なら十分討伐はできます﹂
﹁おれも賛成です。むしろ早くいかないと戦いが終わってそうっす
ね﹂
ユリウスとベアードがアルベールに賛同する。各副隊長たちも特
に異論はなさそうだ。
﹁よし。それではアルベール・ボドワン両小隊の分隊長以上はこれ
より対大型魔獣装備に切り替えガリソン隊の応援に向かってもらう。
ユリウス殿とベアード殿も同様だ。ラルフ小隊は戦闘地点を中心に
300
半径100メートルの外縁を班単位で巡回、ほかの小隊や魔獣が現
場に近づかないように警戒しろ。以上だ、解散!﹂
ランス
ラルフの掛け声とともに一斉に動き出す。軍属の面々はアイテム
欄から重厚な大剣や突撃槍、大弓などを取出し、ユリウスたちは改
めて己の武装や回復ポーションの状態を確認する。
﹁ユリウス、お前は例のランドリザード、どうやって攻める?﹂
﹁まだ実物を見てないから何とも言えないさ。ベアードは?﹂
グレート・ウォーハンマー
ユリウスは話しかけてきたベアードに視線を向ける。すると大柄
なベアードはニヤリと笑うと、自慢の大戦槌を掲げる。
﹁もちろんこいつでやっこさんをひき肉かつ粉々にしてやんの、さ
⋮⋮。⋮⋮お?何の音だ?﹂
話してる途中から聞こえてきた風切り音に首をかしげる。その瞬
間。
ごいぃぃん!
﹁ぬはぁぁ!?なんじゃこれ!?﹂
ベアードの持つ鉄製の戦槌に何かがぶち当たる。手のしびれをこ
らえつつユリウスとともに飛来物を覗き込むと、それは巨大な牙だ
った。根元の断面はきれいな平面。明らかに何者かによって斬られ
たものだ。
﹁⋮⋮。﹂
301
﹁⋮⋮。﹂
﹁⋮⋮確か現場ってここから500メートルくらい離れてたよな?﹂
﹁⋮⋮単純な飛距離もそうだけど、よく途中で木にぶつからなかっ
たよな﹂
衝撃のあまりどうでもいいことに驚くベアード。確かに気になる
といえば気になるが。
﹁⋮⋮早くいかないとほんとに終わっちゃいそうだな﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
302
トパス近郊遭遇戦 開戦︵後書き︶
本音を言えばもう少し先まで書きたかったんですが、さすがに今日
更新できないといつまでもずるずる行きそうだったんで今回はここ
までです。
うぅ、全部スパルタンが悪いんや!
申し訳ありませんが感想は明日か明後日に返信いたします。もうし
ばらくお待ちください。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n3292be/
フロンティア・オブ・エデン
2016年9月7日08時24分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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