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家族の感情の表現性が中学生の過剰適応傾向に与える影響 Influence

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家族の感情の表現性が中学生の過剰適応傾向に与える影響 Influence
家族の感情の表現性が中学生の過剰適応傾向に与える影響
Influence of family emotional expressiveness on the tendency toward over-adaptation
of junior high school students
臨床心理学研究科 臨床心理学専攻 1000-080725 村居由貴
【問題】
問題】
思春期に様々な心の問題を呈する子どもたちには,幼い頃からいわゆる「よい子」であ
った子どもが多く(河合, 1996)
,過剰適応的と考えられている(桑山, 2003)
。過剰適応
とは,社会的・文化的適応とされる外的適応が過剰なために,心理的適応とされる内的適
応が困難になってバランスが崩れている状態であると考えられるため,
「大人や重要な他者
が期待する適応(外的適応)に応えるために,内的欲求や感情を抑制する傾向」と定義す
ることができる(石津・安保・大野, 2007)
。これまでに,臨床場面での主観的なイメージ
から,過剰適応の特徴として几帳面,模範的,真面目,自己抑制的,自己犠牲的,頑張り
屋といったパーソナリティ特徴(三輪・上里・村上・桂・堀江, 2001)や自分の意志や感
情を抑制したり,人の評価を気にして相手の期待に応えようとしたりする対人場面での傾
向が挙げられており(吉川・斉藤・衛藤, 2002)
,過剰適応が摂食障害や不登校,強迫性障
害といったさまざまな心理的不適応と関連することが報告されている(宗澤, 2008)
。この
ような過剰適応の特徴や精神医学・心身医学上の問題との関連は実証的に研究されつつあ
るが,過剰適応の規定要因に関する研究は十分とはいいがたい。とりわけ,過剰適応は思
春期に至ったときに問題が表面化するパターンが目立つと指摘されているにもかかわらず
(佐々木, 2000)
,中学生を対象とした規定要因の実証的な研究は見当たらない。
これまでに,過剰適応の規定要因に関する主観的な記述として日本の社会・文化的特徴
や親の過干渉,過剰期待,無関心などが挙げられている。そして,大河原(2004, 2006)
は臨床実践の中から,家族の中でネガティブな感情が否定されてきたことによって子ども
が過剰適応になるという試論を導き出し,援助にあたっては親が子どものネガティブな感
情を承認し,子どもが自らの感情に気づき向き合っていけるよう支えることが重要である
と提起している。
したがって,
家族の感情の表現性が過剰適応に関連することが予測され,
この大河原(2004, 2006)の試論も実証的に検証することが重要であると考えられた。し
かしながら,家族の表現性を測定する尺度は日本においてまだ開発されておらず,家族の
表現性に関する研究もほとんど見当たらないのが現状である。
【目的】
目的】
家族の感情の表現性と過剰適応傾向との関連を検討することを目的とする。とくに,大
河原(2004, 2006)の試論を実証的に検証するために,
「家族においてネガティブな感情
の表現の頻度が低いほど,中学生の過剰適応傾向は高まるだろう」という仮説を立てる。
仮説検証のために,第1研究で家族の表現性尺度の日本語版(FEQ 日本語版)を作成し,
第2研究で日本における家族の感情の表現性について実態を整理した後,過剰適応との関
連を検討する。
【第一研究】
第一研究】
調査1
調査1・方法
家族の表現性尺度 FEQ(Family Expressiveness Questionnaire)の原著者である
Halbelstadt に FEQ 日本語版作成の許可を得て,質問項目を邦訳し FEQ 日本語版を作成
した。その後,因子的妥当性と信頼性を確認するために,邦訳した全 40 項目から成る質
問紙を用いて中学生を対象に調査を行なった。
調査2
調査2・方法
FEQ 日本語版の妥当性の確認のために,FEQ 日本語版と KiSS-18(菊池,1988)
,
「学校
生活スキル尺度」
(飯田・石隈, 2002)の下位尺度である「同輩とのコミュニケーションス
キル」尺度から成る質問紙を用いて,中学生を対象に質問紙調査を行なった。
結果・
結果・考察
因子分析の結果,FEQ 日本語版が“ポジティブ感情”9項目,
“嫌悪・怒り”7項目,
“悲しみ”3項目の全 19 項目から構成される3因子構造であることが確認された。また,
内的整合性から信頼性が,KiSS-18 と同輩とのコミュニケーションスキルとの弁別的妥当
性から妥当性が確認された。さらに,FEQ は個人の社会的スキルとは区別される概念であ
るが,こういった個人のスキルに影響を与えうる概念であることが示唆された。
【第2研究】
研究】
方法
中学生を対象に,FEQ 日本語版と青年期前期用過剰適応尺度(石津, 2006)から成る質
問紙を用いて調査を行なった。
【結果・
結果・考察】
考察】
家族の表現性に関して,日本では現在の家族の居住形態が表現性の頻度とほとんど関連
しないことが明らかになった。
家族の感情の表現性と過剰適応との関連に関して,ネガティブな感情が過剰適応傾向に
負の影響を与えることは認められず,
仮説の検証までには至らなかった。
この理由として,
過剰適応傾向の有無に関わらず,日本の全体的傾向として家族場面においてネガティブな
感情の表現の頻度が低いことや,FEQ 日本語版が“ネガティブな感情表出を否定する”と
いうことを包括的に測定できなかったこと,過剰適応像が多様であり,それぞれに異なる
心理的プロセスが働いていることが考えられる。一方で,男子では「ポジティブ感情」が,
女子では「悲しみ」の感情が,家族で多く表現されていると過剰適応の他者志向的な外的
側面が高まる可能性が示唆された。この結果は,過剰適応の関連要因を含めた研究が必要
とされている中で(石津・安保, 2008)
,意義ある視点を提供したといえよう。
【全体的考察】
全体的考察】
本研究において FEQ 日本語版が作成されたことにより,日本の家族コミュニケーショ
ンの研究領域に対して感情の交流という要素を加えて当領域の発展に貢献できることや,
家族の表現性と臨床上の諸問題との関連を明らかにすることによって,家族や個人の心理
的健康の向上や臨床的問題の予防に寄与することが期待される。
今後の課題として,FEQ 日本語版をより有用な尺度とすることが挙げられる。そのため
にも,日米の感情の表現に関する文化差を考慮すること,大学生対象に FEQ 日本語版の
調査を実施すること,回答者が家族全般の表現性を答えるということをより容易に理解で
きるよう教示文を工夫すること,そして再検査信頼性を確認することが必要であると考え
られる。また,過剰適応の要因研究に関して,過剰適応にどのようなタイプがあるのかを
実証的に明らかにした上で,家族での感情の表現に対する養育者の反応も含めて包括的に
研究することが,今後の重要な課題として挙げられる。
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