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スーパーステンレス鋼の開発経緯とその特性および適用
腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 スーパーステンレス鋼の開発経緯とその特性および適用事例 日本冶金工業㈱ 技術研究部 元日本冶金工業㈱ 腐食防食専門士 JFE エンジニアリング㈱ 総合研究所 元 JFE エンジニアリング㈱ 腐食防食専門士 矢部 根本 北川 玉田 室恒 力男 尚男 明宏 1. はじめに 1-1 開発の背景 100 年前に発明されたさびないステンレス鋼は台所から宇宙産業まであらゆる分野で使用され,社会 生活にとって不可欠の材料になっているが,100%リサイクル可能な極めて有用な鋼である.ステンレ ス鋼のアキレス腱と言われている最大の欠点はハロゲン化物イオン,特に塩化物イオンを含む環境中に おいて腐食が発生しやすいことである.ステンレス鋼の耐食性は無色透明な薄膜状の水和オキシ水酸化 クロムからなる不動態皮膜で維持されており,この不動態皮膜が局部的に破壊されると孔食,すきま腐 食,粒界腐食や応力腐食割れ等の局部腐食を起こす.局部腐食が促進される環境は,海水をはじめとし て無数存在する.ステンレス鋼が発明されて以来長い間,ステンレス鋼と言えば SUS304 と言われるほ ど汎用ステンレス鋼として使用され,さらに耐食性が要求される化学プラント材には Mo 含有鋼の SUS316 が使用されてきた.また,SUS316 の改良鋼として SUS317 とその類似鋼種が開発され,その 後,高強度と高耐食性を有する二相ステンレス鋼も開発された. 腐食性がさらに厳しい環境には,Ni 基合金アロイ 625 やアロイ C276 が推奨されてきたが,近代化 学工業の発展に伴い,種々の化学プラント用ステンレス鋼,Ni 基合金が開発された.暫くの間,SUS317 系で耐食性が不十分な環境においては,一気に高価な Ni 基合金アロイ 625 やアロイ C276 を選択せざ るを得なかったが,画期的なステンレス鋼精錬法である VOD や AOD が開発された 1968 年を境に, ステンレス鋼の世界が一変した.多量のスクラップや安価な原料が使用可能になり,精錬時間も短縮さ れたため,ステンレス鋼が多量生産されるようになり,ステンレス鋼の生産原価が著しく低減された. さらに,VOD では極低 C および極低 N が,AOD では極低 C および極低 S 精錬が容易になり,高純度 ステンレス鋼の生産が可能になった.この期を境に,世界中でフェライト系,オーステナイト系を問わ ず新鋼種の開発が極めて活発に推進されるようになり,環境によっては耐食性は Ni 基合金と同等で, 価格はそれより安価なステンレス鋼が開発され,特に以下の分野への適用が顕著に進んだ. ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 化学・食品プラント:パルプ・製紙工業,PC など高機能プラスチック製造プラントなど 海水利用プラント:製塩工業,海水淡水化装置,海水熱交換器など 公害防止装置:火力発電所の排煙脱硫装置など 海岸地域建屋:屋根材など 海洋鋼構造物:鋼管杭被覆材,ジャケットなど 船舶:砕氷船 VOD や AOD が導入され高純度フェライトステンレス鋼の開発が積極的に進められ,汎用フェライト ステンレス鋼 SUS444 等の大量生産が可能になったが,高 Cr の SUS447J1 などのスーパーフェライト ステンレス鋼は製造性をはじめ成形加工や溶接性の問題が多く,ごく限られた分野でのみ適用されるに 留まった 1).一方,極低 S 精錬や N 添加精錬法が容易なことから,高耐食性オーステナイト系ステンレ 1 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 ス鋼,いわゆるスーパーオーステナイトステンレス鋼の開発が活発に行われるようになった. 市場に初めて登場したスーパーオーステナイトステンレス鋼は 1978 年欧州 Avesta 社が開発した 254SMO○R (UNS No.S31254)である.その後,高 N 含有スーパー二相ステンレス鋼が開発され,化学プ ラントなどに使用されるようになったが,加工性などから用途が限られている 1).ここではスーパーオ ーステナイトステンレス鋼に限って述べる. 1-2 ステンレス鋼の耐食性に及ぼす元素の影響 SUS304 の耐孔食性に及ぼす S,Mn,Mo,N の影響を追及した結果,S を 10ppm 以下,Mn を 0.2% 以下に制御すると,Mo と N の添加による耐孔食性向上効果が著しく発揮されることが判明し,SUS316 と同等の耐孔食性を有する Mo 節約型耐孔食性ステンレス鋼が得られた 2).この理論を展開して Cr 増 加の効果,Mo と N の複合添加効果および Cu の添加効果等を追及した.さらに,金属組織(相安定性) に及ぼす Cr,Mo,N の含有量のバランスを追求した. 1-3 国内におけるスーパーオーステナイトステンレス鋼の誕生 上述の通り S を 10ppm 以下に制御し,Mn 含有量を低減して Cr,Mo,N の添加効果を追及した結 果,3 元素の増加と共に耐孔食性や耐すきま腐食性が著しく向上することが分かった.これらの耐食性 は孔食指数(PRE)により整理できる 3,4)(図 2 参照)5).反面 Cr と Mo 含有量が高過ぎると,金属組織が不 安定になり σ 相が析出し易くなるので添加量に限界がある.また,N 含有量が高過ぎると,硬化し,降 伏強度の上昇や成形加工性や溶接性が損なわれるので添加量が制限される.種々の研究の結果,σ 相の 析出を抑制し,Ni 基合金アロイ C276 に近い耐食性を有し,且つ成形加工性にも優れる新鋼種の成分は Ni は 25%,Cr は 23%,Mo は 5.5%,および N は 0.20%が最適であることを突き止めた.ここに SUS836L(UNS No.S32053,NAS254N 相当材)が誕生した.さらに,用途に応じて種々の特性を有す るスーパーステンレス鋼が開発された(表 1,2 参照) 1,5). 石炭炊きボイラーや重油炊きボイラーの排煙脱硫装置材に SUS836L(UNS No.S32053,NAS254N 相当品)の適用試験を行っている段階で,80~100℃で 5 万 ppm の塩化物イオンが含まれる環境では耐 孔食性も耐応力腐食割れ性も維持していた.しかし,10 万 ppm の塩化物イオンが含まれる環境では, 応力腐食割れが発生する可能性があったが,アロイ C276 は応力腐食割れの発生がないことが判明した. このような環境でも応力腐食割れが発生しないスーパーステンレス鋼の研究により開発されたのが UNS No.N08354(NAS354N 相当品)6)である.耐孔食性と耐応力腐食割れ性は 23%Cr,7.5%Mo,0.20%N の化学組成で得られたが,σ 相析出阻止を狙った金属組織のバランスから 35%の Ni を必要とした.ス ーパーステンレス鋼の中において最も優れた耐食性を有する鋼種の一つである.表 1 に市販されている 代表的なスーパーステンレス鋼の化学成分を示す. 表 1 市販スーパーオーステナイトステンレス鋼の化学成分一覧(mass%)1) 2 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 2. スーパーステンレス鋼の種類と耐食性の位置付け 図 1 に各腐食形態に対する代表的なステンレス鋼の位置付けの系統図を示す.本系統図では下に位置 するほど,耐食性に優れることを意味する. 図1 鋼種系統図 5) 塩化物環境中でのステンレス鋼の孔食,すきま腐食に対する耐食性は Cr,Mo,N の含有量から算出 する“孔食指数”(Pitting Resistance Equivalent:PRE=%Cr+3.3×(%Mo)+16×(%N))で整理することが できる.この数値が高いほど孔食,すきま腐食に対する感受性は低下し,Cr,Mo,N 含有量の高いス ーパーステンレス鋼の PRE は 40 以上を有し良好な耐食性を示す.表 2 に代表的な鋼種成分一覧表を示 す. 表 2 鋼種成分一覧表 5) 3 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 3. 耐食性データ 後述 4 章でスーパーステンレス鋼の具体的な適用事例を示すが,その根拠となる耐食性データを詳細 に示す.何れの環境においても少なからず塩化物イオンが含まれているので耐孔食性,耐すきま腐食性, 耐応力腐食割れ性が要求される.これらの耐食性データを総合して使用環境に合致した適材が選定され る. 3-1 耐孔食性 (1) ASTM G48 Method A による孔食試験 ASTM G48 Method A は 22℃及び 50℃の 6%FeCl3 水溶液中で 72 時間浸漬を行う孔食試験である. 表 3 に試験結果を示す.SUS304 や SUS316L は 22℃でも孔食が発生するが,二相ステンレス鋼の SUS329J3L は 22℃で孔食は発生しない(但し 50℃では孔食発生).また SUS329J4L 以上のステンレス 鋼では 50℃でも孔食は発生しない. (2) ASTM G48 Method C による臨界孔食発生温度 ASTM G48 Method C は 6%FeCl3+1%HCl 水溶液中で 72 時間浸漬を行い,深さ 25μm 以上の孔食 が発生する最も低い温度「臨界孔食発生温度」(Critical Pitting corrosion Temperature:CPT)を求め る孔食試験である.表 3 及び図 2 に各種ステンレス鋼の臨界孔食発生温度 CPT と孔食指数 PRE の関係 を示す.PRE の増加に伴い CPT は上昇し,SUS304 の 10℃,SUS316L の 15℃に対し,スーパーステ ンレス鋼の SUS312L は 70℃,SUS836L は 80℃,UNS No.N08354 では 103℃と高く,優れた耐孔食 性を有している. 表 3 ASTM G48 Method A,C による各種ステンレス鋼の孔食試験結果 5) 4 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 2 各種ステンレス鋼の臨界孔食発生温度 CPT と孔食指数 PRE の関係 5) (3) 孔食電位 孔食電位測定は,試験片に電圧を掛けて強制的に酸化性(腐食性)の環境にして孔食が発生する電位(孔 食電位)を測定するものである.この孔食電位が高いほど耐孔食性が良好であることを意味している.図 3 に各種ステンレス鋼の 20mass%NaCl 水溶液中における孔食電位の温度依存性を示す.SUS316L で は孔食電位が低く,環境の電位が高くなった場合は 30℃でも耐食性を維持することはできない.スーパ ーステンレス鋼 SUS836L, UNS No.N08354 は 90℃でも高い孔食電位を有し,耐孔食性に優れている. 図 3 各種ステンレス鋼の 20mass%NaCl 水溶液中における孔食電位測定結果 5) 5 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 3-2 耐すきま腐食性 ASTM G48 Method D は,マルチクレビスですきまを形成した試験片を 6%FeCl3+1%HCl 水溶液中で 72 時間浸漬を行い,深さ 25μm 以上のすきま腐食が発生する最も低い温度「臨界すきま腐食発生温度」 (Critical Crevice corrosion Temperature:CCT)を求めるすきま腐食試験である.図 4 にすきま腐食試 験片及びすきま腐食形成治具の外観を,表 4 及び図 5 に各種ステンレス鋼の臨界すきま腐食発生温度 CCT と孔食指数 PRE の関係を示す.PRE の増加に伴い CCT は上昇し,SUS316L の-10℃に対し,ス ーパーステンレス鋼の SUS312L は 40℃,SUS836L は 45℃,UNS No.N08354 は 60℃と高く,ステ ンレス鋼の中では最も優れた耐すきま腐食性を有している. 図 4 ASTM G48 Method D すきま腐食試験の試験片,すきま腐食形成治具及び すきま腐食が発生した試験片 5) 表 4 ASTM G48 Method D による各種ステンレス鋼のすきま腐食試験結果 5) 6 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 5 各種ステンレス鋼の臨界すきま腐食発生温度 CCT と孔食指数 PRE の関係 5) 3-3 耐応力腐食割れ性 表 5 に各種ステンレス鋼の沸騰 MgCl2 水溶液中での応力腐食割れ試験結果を示す.ステンレス鋼の耐 応力腐食割れ性は Ni 含有量が影響する.また,孔食やすきま腐食を起点として応力腐食割れに至るケ ースが多く,耐孔食性や耐すきま腐食性に有効な Cr, Mo, N の添加も有効となる.UNS No.N08354 は Ni 含有量が 35%と高く,耐孔食性や耐すきま腐食性にも優れるため,一般ステンレス鋼に比較して優 れた耐応力腐食割れ性を有している. 表 5 各種ステンレス鋼の沸騰 MgCl2 水溶液での応力腐食割れ試験結果 5) 7 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 3-4 耐候性(耐大気腐食) ステンレス鋼は,屋内での使用においては錆びることは殆どないが,屋外,特に海岸付近で塩分が飛 来する場所においては錆びやすくなる.各種ステンレス鋼の工業地帯海岸付近における屋外大気暴露試 験結果を図 6 に示す.SUS430 や SUS304 は海からの飛来塩分粒子が表面に付着することで赤錆びが発 生するが,PRE の高いステンレス鋼ほど錆びにくくなり,特にスーパーステンレス鋼は長期間に渡って 錆びの発生は認められず,良好な耐候性を有している. 図 6 工業地帯海岸付近での屋外大気暴露試験結果 5) ・試験片表面:240 番湿式研磨仕上げ ・錆の発生程度をレイティングナンバー(RN)で評価 (RN10:さび発生なし,RN0:全面さび発生) 3-5 耐海水腐食性 海洋環境は耐海水腐食性を有する PRE が 40 以上のスーパーステンレス鋼の適用が進みつつある分野 である.耐海水腐食性は,長期間の海水シャワー試験や実海水での長期暴露試験により評価している. 図 7 に海水シャワー試験を実施した試験片の表面状況,図 8 に試験期間 2 年経過後の各試験片の孔食 深さと孔食指数 PRE の関係を示す.この結果から,PRE が 38 の二相ステンレス鋼 SUS329J4L では 平均深さ 10μm の孔食発生が認められる.一方,PRE が 40 以上の鋼種については何れも腐食は認め られず,良好な耐食性を示している. 図 9 に SUS316L, SUS836L 及び SUS312L で被覆した鋼管杭の実海水を用いた長期暴露試験状況の 一例を示し,図 10 に試験開始期間 1 年経過後の被覆材の表面状況を示す.被覆材の表面には海生生物 が付着しており,SUS316L では海生生物付着下ですきま腐食の発生が認められたが,スーパーステン レス鋼 SUS836L 及び SUS312L にはすきま腐食の発生は認められていない. 図 11 に東京湾における船舶用プラットホームの鋼管杭保護用ライニング材の暴露試験結果を示す. SUS316L には著しい腐食が発生し,剥離が生じている.一方,SUS836L は 1990 年頃から段階的に設 置を開始し,今日に至るまで腐食の発生は一切認められていない.以上の結果より,海洋環境では PRE が 40 以上のスーパーステンレス鋼の適用が有効である. 8 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 7 海水シャワー試験を実施した試験片の表面状況(1 年経過後)5) 孔食深さ(μm) 50 シャワー試験 (港湾研久里浜) 40 SUS316L SUS445J2 30 SUS329J4L 20 SUS312L SUS836L 10 N08354 0 0 10 20 30 40 孔食指数 PRE=%Cr+3.3×(%Mo)+16×(%N) 50 図 8 海水シャワー試験の試験片に発生した孔食深さと孔食指数の関係(2 年経過後)5) 実海水を運河から汲み上げ,鋼管杭 に被覆したステンレス鋼の耐海水腐食 性を評価している.海水のプールにお いては,実環境では常に海水に浸漬し ている海中部を模擬し,また,水位を コントロールすることで干満帯も同時 に模擬している.鋼管杭上方からは海 水シャワーを噴霧し,海塩粒子の飛来 (飛沫帯)を模擬している. 更に本試験場では被覆材表面の温 度,海水塩分濃度,水温,日射量など の気象データを採取・記録し,腐食と の関係を調査している. 図 9 長期暴露試験の一例 5) 9 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 10 鋼管杭被覆材の表面状況 (暴露試験開始から 1 年経過後,溶接部付近を観察)5) 図 11 鋼管杭保護用ライニング材の暴露試験結果(設置開始より 10 年後の外観写真)5) 右図においては SUS836L をライニング材へ使用した.しかし,アングル部には SUS316 を使用 したため,表面に錆び汁が付着している.SUS836L が腐食しているわけではない. 4. スーパーステンレス鋼の適用事例 各分野における適用事例を以下に示す.尚、何れの場合も溶接棒・溶接ワイヤーとしてアロイ C276 またはアロイ 625 を使用している. 4-1 化学・食品プラント SUS836L(UNS No.S32053,NAS254N 相当品)がアロイ C276 が使用されていた塩化メチルを原料 とする PC(ポリカーボネート)の反応塔に使用されたのが化学プラントへの適用事例の最初であった.次 いで,塩素ガスや次亜塩素酸を用いるパルプ・製紙プラントでの漂白装置(パルプ洗浄機や洗浄機内ドラ ム等)にアロイ C276 に替わって適用され好成績が得られた.その後は,高濃度の塩化物イオンを含有す る各種の化学プラントに使用されるようになった.パルプ洗浄機とドラム外観を図 12 に示す.使用環 境は次亜塩素酸ナトリウム環境であり,有効塩素濃度は最大 12%,pH は最大 12 である. 10 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 12 パルプ洗浄機外観(左)及び洗浄機内ドラム外観(右)5) また,食品製造プラントにおいては,従来はライニング鉄や FRP 等が使用されていたが,17%の食 塩を含有する醤油諸味タンク(max.40℃)へ適用され大きな実績となった.その後は,塩みりん,マヨネ ーズ,ポン酢等各種の食品製造装置に使用されるようになった.ステンレス製のタンクは洗浄性,強度, 耐震性,有効設置面積の観点から全てにおいて非常に優れた特性を有する.図 13 に醤油諸味タンクの 適用例を示し,図 14 には塩みりんタンクの適用例を示す. 図 13 醤油諸味タンク外観 5) 図 14 塩みりんタンク外観 5) 4-2 海水利用プラント 製塩プラント(濃縮食塩貯蔵タンクや蒸発缶),海水淡水化装置(逆浸透膜法),海水熱交換器(復水器)へ の適用があげられる.従来,製塩プラントの蒸発釜には SUS316L ライニング鋼が使用されていたが, メンテナンスフリーの観点からスーパーステンレス鋼のライニング鋼または無垢材が使用されるよう になった.図 15 に製塩プラントの蒸発缶と貯蔵タンクの外観を示す.火力発電及び原子力発電プラン トでは復水器に Ti 製パイプが使用されてきたが,一部の国においてはスーパーステンレス鋼が使用さ れ成功を収めている. 図 15 製塩プラントの蒸発缶(左)及び貯蔵タンク(右) 5) 11 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 4-3 公害防止機器 各種のスーパーオーステナイトステンレス鋼が石炭・重油焚き火力発電プラントの排煙脱硫装置の吸 収塔タンクや撹拌機にアロイ C276 の代替材として使用されている.図 16 に排煙脱硫装置外観と図 17 に排煙脱硫環境における各種材料の耐食性を示す.重油焚きの場合は SUS836L(UNS No.S32053, NAS254N 相当品)が耐えるが,石炭焚きの場合は UNS No.N08354(NAS354N 相当材)の耐食性が必要 となる. 図 16 排煙脱硫装置外観 5) 図 17 排煙脱硫装置内における各種材料の耐食性 5) 4-4 海岸地域屋根 海岸地域では海より絶えず海塩粒子が飛来し,周辺構造物の表面に付着し濃縮を繰り返すため,孔食 やすきま腐食の発生が懸念される.また,夏場においては太陽光による温度の上昇により屋根材の表面 温度は 40℃を越え,使用環境を著しく過酷なものにしている.図 18 に東京湾地域において海岸より 10m の位置に建設された施設の屋根に SUS836L が適用された事例を示す. 図 18 海岸地域の建屋屋根 5) 12 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 4-5 海洋鋼構造物 ジャケットやプラットホームなどの海洋鋼構造物は,多くが工場施工で製作され高い品質を持ち,現 地施工期間が短いなど他の材料による構造物と比較して多くの利点がある反面,鋼材の腐食対策が必要 となる.海洋環境における腐食形態は部位ごとにそれぞれ異なり,例えば,海上大気部から海底土中部 まで連続した無防食鋼管杭の腐食量は模式的に図 19 のようになることが知られている.このうち,干 満帯より 1 m 下から飛沫帯にかけて非常に厳しい腐食環境である.また,干満帯は電気防食の効果が十 分に得られず,カキやフジツボなどの海生生物が付着し,SUS304 や SUS316 などの汎用ステンレス鋼 はすきま腐食が発生しやすい環境である.さらに,干満帯は流木等の浮遊物との接触があるため,防食 工法は環境から遮断する被覆工法が適用されている. 図 19 鋼矢板の腐食速度と金属被覆の適用範囲 海洋環境で防食性能に優れた塗装として海洋厚膜エポキシ塗料系被覆や海洋エポキシガラスフレー ク塗装系被覆,超厚膜形エポキシ樹脂系被覆,超厚膜形ポリウレタン樹脂系被覆などがある.これら塗装 は比較的安価であり,被覆対象物の形状に依存せず用いることができる.この他,鋼管杭の防食材料と して,厚膜のポリエチレンやポリウレタンエラストマーが用いられている 7,8).しかし,これら有機系 材料は,浮遊物との接触により損傷する場合があり,メンテナンスに多大なコストを要することがあっ た.超長期の耐用年数を要求される東京湾横断道路橋脚には薄板チタンクラッド鋼を用いた金属被覆工 法が適用された 9).この工法はメンテナンスコストが大幅に低減できるが,材料費と施工費が高価であ るため適用が限られていた. スーパーステンレス鋼は PRE=%Cr+3.3×(%Mo)+16×(%N)が 40 以上あるので海水中でも優れた耐 食性を持つ.また,スーパーステンレス鋼の被覆は,薄板チタンクラッド鋼被覆よりも安価であるとい う特徴がある.そのため,大井埠頭コンテナバースや博多港コンテナバースなどのジャケット構造物へ のスーパーステンレス鋼の適用事例が増えている.スーパーステンレス鋼を用いた被覆は,腐食の厳し い干満帯を中心に適用され,海中部や海底土中部は炭素鋼のままで電気防食法により防食する.従って, スーパーステンレス鋼を被覆した干満帯にも電流が流入する.スーパーステンレス鋼を部分的に被覆し た場合,ステンレス鋼と炭素鋼との異種金属接触腐食を防止する必要がある.この異種金属接触腐食の 防止にも電気防食法は有効である 10).図 20 にジャケット構造物へのスーパーステンレス鋼被覆の適用 例を示す. 13 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 スーパーステンレス鋼の被覆を適用した最も大規模な例として,羽田空港再拡張建設が挙げられる. この羽田空港再拡張建設には,海上空港での建設実績が多い埋立工法を基本として,多摩川河口域内に 建設される部分について船舶の航行安全とともに,河川流の通水性を確保するように,桟橋工法を用い る埋立/桟橋ハイブリッド方式が採用された.桟橋方式は地盤に深く打込まれた杭を鋼製のジャケット により固定するので埋立工法と異なり地盤沈下がなく,地震等に強い構造である.また,海洋に大型の 浮体を浮かべたメガフロート方式と異なり潮汐や風,波による動揺がない.さらに川の流れを妨げず, 水面を閉塞しないため酸素が海中に溶け込み易く,海生生物への影響も小さいと言われている 11).桟橋 方式で重要となるのは,杭(レグ)の防食である.この問題に対して最も腐食が厳しい干満帯にスーパー ステンレス鋼である SUS312L の被覆が適用されている.SUS312L の被覆は,新たに建設された D 滑 走路ジャケットのレグトップ部から A.P.-1.5m の範囲に適用されている.桟橋部レグの本数は 1201 本 であり,被覆総面積は 69,000 m 2,ステンレス鋼の使用量は約 250 トンである.厚さ 0.4mm の SUS312L が 抵 抗 溶 接 と プ ラ ズ マ ア ー ク 溶 接 を 用 い て 被 覆 さ れ て い る . ま た , レ グ ト ッ プ 部 分 に UNS No.N08354(NAS354N 相当品)が使用されている.この様子を図 21~23 に示す. 図 20 海洋鋼構造物へのスーパーステンレス鋼被覆適用例 図 21 羽田空港 D 滑走路 桟橋部 12) 14 腐食センターニュース No. 059 図 22 羽田空港 D 滑走路 連絡誘導路用ジャケット 13) 2012 年 2 月 図 23 製作途中のレグトップ部分 13) 4-6 船舶 水面の氷を割りながら進む砕氷船である新南極観測船「しらせ」にもスーパーステンレス鋼が使用さ れている 14).砕氷船が氷海で砕氷航行している時には,海氷の摩擦に起因する抵抗は全抵抗の 1/3 程度 にも達する.砕氷船の船首や喫水付近には数 MPa に及ぶ高い氷圧力が作用し,通常の船舶塗装では容 易に塗膜が剥離して腐食が進行し,表面粗度が増大する.氷や雪による摩擦が大きくなると航行性能を 悪化させることになる.そこで砕氷船には,耐摩耗性や強度に優れた二液形エポキシ樹脂塗料等の耐氷 塗料が使われてきたが,この塗料をもってしても長期的には部分的な剥離が起こり(図 24),補修を行っ ても表面粗度は次第に大きくなる傾向にあった. 図 24 氷海航行後の耐氷塗装の部分剥離 14) 図 25 耐氷海塗料とステンレスクラッド鋼 14) ステンレスクラッド鋼(図 25)は母材としての鋼板と合わせ材としてのステンレス鋼を接合した複合 鋼板であり,1970 年代から,ロシアやフィンランドでステンレスクラッド鋼を砕氷船のアイスベルト(船 首や喫水付近の氷海と接触し易い領域)に使用する検討が進められ,その製造技術も進歩してきた.1980 年代後半にフィンランドの砕氷船に本格的に採用され,適用箇所では基本的に塗装を必要とせず,今日 に至る 20 年以上の間,平滑な表面を維持している. 新「しらせ」のアイスベルトには,新たに開発されたスーパーステンレス鋼の合わせ材と低温靭性 に優れた低温用高張力鋼の母材を組合わせたクラッド鋼が採用された.ステンレスクラッド鋼は初期コ ストが嵩むが,耐氷塗装が定期的な補修を必要とすることを考えると,ライフサイクルコストは割安に なることが期待できる. ステンレスクラッド鋼の合わせ材の厚さは,通常全体の 1/10 以下である.基本的には,合わせ材が強 度を受け持ち,合わせ材が防食を受け持つ.クラッド鋼の製造方法には数々あるが,とりわけ圧延クラ ッド鋼は母材と合わせ材を密着させて圧延し,優れた接合特性を有する. 15 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 ステンレスクラッド鋼は通常鋼板に比べて高価であり,その効果を無駄なく発揮するために,適切な 場所に適切な材質のクラッド鋼を配置する必要がある.砕氷船の船首や喫水付近の領域は海水による氷 荷重が最も強く作用し,アイスベルトとして特に強固に作られている.ステンレスクラッド鋼を適用す る場合も,浸水域全体ではなくアイスベルトが対象となる.特にアイスベルトの前半部に適用されるこ とが多い.クラッド鋼以外の鋼板を防食するために電気防食が併用され,常時浸水している部分のステ ンレスクラッド鋼も防食している.しかしながら,喫水付近は海水と大気の双方に曝され,電気防食も 十分に効かず,最も厳しい腐食環境にある.特に氷海域と高温海域の双方を航行する砕氷船では発錆し やすい.この部分には,スーパーステンレス鋼を合わせ材としたクラッド鋼を用いることが望ましい(図 26). 図 26 ステンレスクラッド鋼の効果的な適用範囲 14) わが国の南極観測船の第一の任務は物質輸送であり,航海期間も長いため,喫水の変化は 2 m に及ぶ. 前述のように,喫水付近は一航海の間に極めて厳しい腐食環境にある.そこで図 27 に示すように,喫 水付近にはスーパーステンレス鋼である 25Cr-22Ni-4.5Mo-0.2N オーステナイトステンレス鋼 (商品 名 JSL310Mo)15)を合わせ材としている. 室温では粘り強い材料が氷点下の低温になると急激に脆くなる現象を低温脆性といい,寒冷地で使用 する材料はこの低温脆性が起こりにくい材料が必要になる.そこで,ステンレスクラッド鋼は,優れた 耐食性を持つ合わせ材と低温脆性が起こりにくく強度の高い EH36 級の低温用高張力鋼の母材を組み 合わせている. 船首部の常時没水部には,合わせ材を SUS317L としたステンレスクラッド鋼が使用されている. 喫水下のその他の部分には,従来の耐氷塗料が塗装されている.また,氷片との干渉を考慮した特殊な 電極を配置する外部電源方式の電気防食システムを採用している.電気防食用の電極は高い氷圧力を受 ける船首部分を避けて設置されているが,ステンレスクラッド鋼と塗装した炭素鋼の異種金属から成る 船体全体が電気防食できるように電極配置が設計されている. 図 27 新「しらせ」のステンレスクラッド鋼の適用範囲 14) 16 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 引用文献 1) 根本力男:ステンレス鋼の基礎と上手な使い方,日本工業出版社,p.14,40(平成 21 年). 2) 遅沢浩一郎,根本力男,藤原最仁:鉄と鋼,68(1982),S607. 3) 遅沢浩一郎:日本冶金工業㈱技報,4(1995),p.53. 4) K.Lorenz&G.Medawar:Thyssen.Forschung,1(1969),p.97. 5) 日本冶金工業㈱技術資料. 6) 小林裕:日本材料学会腐食防食部門委員会,第 228 回例会資料,p.24-31(2002). 7) 湾鋼構造物 防食・補修マニュアル(2009 年版):(財)沿岸技術研究センター. 8) 阿部正美:港湾鋼構造物の防食技術の変遷,材料と環境,Vol.60,pp.3-8(2011). 9) 田所裕,本間宏二, 長谷泰治:チタンクラッド鋼による海洋構造物の防食技術,表面技術,Vol. 43,No.10, pp.901-906 (1992). 10)北川尚男, 轟原誠, 玉田明宏, 若菜弘之, 朝倉祝治,耐海水性ステンレス鋼を用いた海洋鋼構造物に 流入するカソード電流と犠牲陽極の重量減少量の推定:材料, Vol.59,No.2,pp.137-142 (2010). 11)石田雅己,佐藤弘隆,関口太郎,野口孝俊,鈴木紀慶:羽田空港再拡張事業―D 滑走路桟橋部の ジャケット式鋼構造物の防食―,防錆管理,Vol.51,No.11,pp.551-557(2007). 12) 羽田再拡張 D 滑走路建設工事共同企業体資料. 13) JFE エンジニアリング㈱資料. 14) 山内豊:ユニバーサル造船テクニカルレビューNo.4(2009 年 8 月). 15) 宇城工:材料と環境, Vol.41,No.5,pp.329-340 (1992). 第 9 回「腐食防食セミナー」公開相談会 Q&A のご案内 主催:(社) 腐食防食協会 関西支部 共催:(社) 腐食防食協会 腐食センター 下記の日程で 第 9 回「腐食防食セミナー」公開相談会 Q&A を開催いたします。 多数のご参加をお待ちしております。 開 催 日:平成 24 年 3 月 14 日(水)13:00~17:00 会 場:三井化学㈱大阪工場 研修センター3階マルチホール 〒592-8501 大阪府高石市高砂 1-6 電話:072-268-3502(代表) FAX 072-268-0004(代表) 【交通アクセス】:http://jp.mitsuichem.com/corporate/map/map_osaka.htm 南海本線「羽衣駅」、阪和線「鳳駅」または羽衣線「東羽衣駅」からタクシー約 15 分 三井化学㈱正門向かって右手横、本事務所前で下車 定 員:100 名(資料等の用意のため定員になりしだい締め切り) 参 加 費:資料代として 2,000 円/人(当日、徴収いたします) 締 切 日:平成 24 年 2 月 29 日 申 込 先:大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 腐食防食協会関西支部 事務局宛(土谷博昭) 〒565-0871 吹田市山田丘 2-1 電話:06-6879-7470 FAX:06-6879-7471 ※腐食センターHP(http://www.corrosion-center.jp/)に詳細・参加申込書を 掲示しております。ご確認ください。 17 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 オーステナイト系ステンレス鋼の加工による変質 高谷泰之、戸越健一郎、遅沢浩一郎 SUS304 鋼製パイプ(直径:Φ8mm、t:0.5)をΦ200mm 程度のリング形状に加工した部品におい て、屋外に設置した後、半年程度で赤さびが発生した。従来から SUS304 鋼は多く使用しており、半年 という短い期間での赤さび発生はなかった.さびの発生原因として半径 100mm の曲げなどの加工によ る影響があると考えられる。そのメカニズムおよび対策方法(材質・処理など)について解説する。 1. さび発生部品の外観 ステンレス鋼の赤さびが発生し、外観では変色したよう に見られた。その変色した部材の分析を行った。赤さびが 発生した部材の外観を図 1 に示す。また、部材表面の拡大 写真を(b)に示す。部品の全表面はまばらに腐食し、さび が付着していることが見られた。 なお、本部材の化学組成は JIS-SUS304 鋼相当品であ った。 2. 腐食表面の観察 2.1 表面付着物 EDS 分析 表面に付着している堆積物またはさびを採取し、粉末 状試料でエネルギー分散型 X 線マイクロアナライザ (EDS)分析を行った。その結果を図 2 に示す。EDS 図 形には Fe、Cr の部材構成成分の他に Al、Si、S、Cl、K、 Ca などの大気中の埃成分が検出された。 2.2 腐食表面の観察 部品を洗浄せずに、表面の走査型電子顕微鏡(SEM) 図 1 変色した SUS304 鋼製パイプ 観察と付着物の EDS 分析を行った。そのうち特徴的な部 材表面の SEM 像を図 3 に示す。 図 3(a)では表面に盛り上がった付着物が見られ、(b)では孔食が見られた。盛り上がりと孔内の付着物 をそれぞれ分析した。その結果、どちらにも粉末状試料で分析した結果(2.1)と同じ元素が検出された。 なかでも検出元素では S 成分が多いことが特徴的であった。 また、試料表面には、曲げ加工時に生じたと思われる多数の加工きずが見られた。 図 2 付着物の EDS 分析 18 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 図 3(a) 変色 SUS304 鋼の SEM 像と EDS 分析 図 3(b) 変色 SUS304 鋼の SEM 像と EDS 分析 図 4 変色 SUS304 鋼の洗浄後の SEM 像 19 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 2.3 洗浄後の腐食表面の観察 さびおよび表面の堆積物を化学洗浄し、試料表面の腐食状況を SEM 観察した。それらの結果を図 4 に示す。試料表面にはいたるところに写真では白く見える溶解跡((a)と(c))が見られた。その一部 を拡大すると、浅い食孔(b)と虫がはったように浅い溝状の溶解跡(d)が観察された。これらの観察 から、ステンレス鋼の腐食は表面層付近において比較的浅く生じていることを示している。 2.4 試料断面の金属組織 さびの有無による試料表面を選定し、その断面の金属組織を観察した。金属組織の現出はシュウ酸電 解エッチングにより行った。それらの断面での金属組織を図 5 に示す。さびが発生していなかった箇所 の断面(a)は最表面層までオーステナイト組織が見られた。一方、さびが発生していた箇所(b)の断 面では、内部がオーステナイト組織であるのは図 5(a)と同じであるが、表層の約 20μm ほどでは黒く呈 色した。この表面層の黒色部(加工により生じたマルテンサイト組織)が耐食性の低下(さびの発生)を もたらしたと推定された。 図 5 試料表面付近の金属組織観察 (a) 表面が腐食していない断面、(b) 表面が腐食している断面 3. 類似した腐食損傷事例 研磨加工後の発生した同様な腐食損傷事 例を図 6 に示す。SUS304 鋼パイプを溶接し、 その後溶接焼けなどを除去するために電動 グラインダで研磨した。そのまま大気中で放 置していると、グラインダかけした箇所のみ に赤さびが発生した。 4. 耐食性劣化の原因(解説) 表面に赤さびが発生した事例には環境条 図 6 グラインダ研磨した SUS304 鋼表面に発生したさび 件の影響が大きいと考えられる。しかし、使 用していた部材が従来品と同じ環境条件と 仮定すると、加工の影響も疑う必要がある。その場合の原因としては、 ① 曲げ加工に鉄製の治具を使用して、鉄が表面付着していた。 ② 加工誘起変態によりマルテンサイト相が生成した。 ③ 加工後表面を研磨した。 などが考えられる。 20 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 それらの対策として、①の場合は加工後の洗浄を十分に行う、②の場合は変態しにくい高 Ni の組成 の鋼種を選定するか(図 7 1)、式(1))、加工時に品物を暖める、③の場合は研磨後不動態化処理を行う (図 8 2))。 Md30(℃)=551-462(C+N)-9.2Si-8.1Mn-13.7Cr -29(Ni+Cu)-18.5Mo-68Nb-1.42(ν-8.0) (1) ただし、Md30:0.3 の引張り真ひずみを与えた時、50%のマルテンサイト変態を生じる温度 ν:結晶粒度番号 元素記号はその元素の mass% 10 1.2 9 304(9.9%Ni) SUS316 30%硝酸 1 8 304(8.4%Ni) 7 10%硝酸 0.8 SUS304 6 5 4 30%硝酸 湿式研摩 305(11.5%Ni) 3 0.4 2 10 20 30 40 50 60 70 伸線加工率(%) 80 乾式研摩 0.2 316 1 10%硝酸 硝・フッ酸 0.6 硝・フッ酸 湿式研摩 乾式研磨 90 0 -0.1 図 7 磁性に及ぼす伸線加工の影響 1) 0 0.1 0.2 0.3 皮膜当たりのCr量(任意単位) 0.4 図 8 皮膜あたりのクロム量と孔食電位の関係 2) 5. あとがき オーステナイト系ステンレス鋼で加工誘起変態によりマルテンサイト相に変化することは、X 線回折 法により確認できるが、試料が小さくかつ湾曲などしていると分析が困難な場合がある。こんな時 2.4 項のように断面金属組織の観察によって確認できることを紹介した。 参考文献 1) ステンレス鋼便覧,第 3 版,ステンレス協会,p.115 (1995). 2) 柴田俊夫,竹山太郎,志谷建才:第 19 回腐食防食シンポジウム資料,p.23 (1978). 第 8 回腐食防食セミナー公開相談会 in 神戸(2011.2.18) 21 腐食センターニュース No. 059 2011 年 2 月 アルミニウムの腐食のおはなし その 5 古河スカイ㈱ 兒島洋一 1. はじめに おはなし その 41)で促進腐食試験(腐食試験)に触れ,少なからぬ反響を賜った。腐食試験について, 論文などには取り上げられる機会が少ないながら,業界各位の関心の高いことが窺えた。腐食試験規格 に は , 日 本 工 業 規 格 ( Japanese Industrial Standards : JIS ), 国 際 標 準 化 機 構 ( International Organization for Standardization:ISO),米国材料試験協会(American Society for Testing and Materials:ASTM)などの規格団体およびその他の学協会によるもの,さらに各製品の製造・使用会 社による独自規格がある。試験目的・対象に応じて,浸漬試験,交互浸漬試験,連続噴霧試験,サイク ル試験などの実施方式,試験液組成,温湿度条件などはさまざまである。上述の高い関心の背景にある, これら腐食試験の意義・必要性については本稿での繰り返しを避けるとして,連続噴霧試験およびサイ クル試験における腐食環境条件について考察することで,おはなしその 5 を続けさせていただく。 2. 促進腐食試験環境 水溶液を相対湿度(relative humidity:RH)および温度が一定の雰囲気に保持すると,平衡濃度に 達するまで水(H2O)の吸収もしくは蒸発が起こる 2)。この平衡濃度とは保持した RH 雰囲気と水溶液 との H2O の活量が等しい濃度である。押川ら 3)は この平衡濃度を熱力学的データを用いて計算した。 塩化ナトリウム(NaCl)および塩化マグネシウム (MgCl2)に関する RH と塩化物イオン(Cl-)濃 度との平衡関係 3),さらにこれらに倣って計算した 塩化アルミニウム(AlCl3)に関する同関係を図 1 に示す。平衡 Cl-濃度のこれら塩間の差は大きくな いが,海塩に含まれる MgCl2 やアルミニウム(Al) 合金の食孔内に濃縮する AlCl3 は溶解度が大きく, NaCl よりも低 RH まで乾燥しないことが分かる。 ただし AlCl3 水溶液に関する高濃度域の熱力学的 データが見当たらず,低濃度域のそれら 4),5)の外 挿値を用いたため,RH90%以下では破線で示した。 実際に MgCl2 および AlCl3 水和物の粉末を RH35% に保持したところ,MgCl2 は潮解しても AlCl3 は潮 解せず,40%で AlCl3 も潮解した。AlCl3 の平衡関 係は図中の破線よりも MgCl2 に近いことになる。 実験によって求めた NaCl 水溶液に関する RH と NaCl 濃度との 50℃における平衡関係 6)を,図 1 に示した計算による 25℃における同関係 3)とともに図 2 に示す。これら関係の温度依存性は大きくな く,このことは海塩においても確認されている 2)。図 1 および図 2 に示した関係から,材料表面に塩が 付着したとき,その付着塩量と各 RH 雰囲気下で塩が吸水してできる水膜の厚さとの関係も計算できる。 NaCl に関する同計算結果を図 3 に示す。図中の赤丸については後述する。 22 腐食センターニュース No. 059 2011 年 2 月 JIS H 8502 に規格化されている腐食試験を表 1 に示す。表 1 中 C) 1)の「中性塩水噴霧サイクル試験 方法」では, 【噴霧】35℃・5%NaCl 水溶液噴霧・2h→【乾燥】60℃・RH20~30%暴露・4h→【湿潤】 50℃・RH95%以上 暴露・2h,を繰り返す。この 保持条件の温度および RH に関するものを図 4(a)および(b)にそれぞれ示す。このときの試片 付着液の Cl-濃度および水膜厚さを図 1~図 3 に 示した平衡関係を用いて求め,図 4(c)および(d) にそれぞれ示す。ただしここでは,保持条件移行 時はすみやかに平衡に達する,平衡関係の温度依 存性は無視できる,および噴霧中の水膜厚さの定 常値は 100μm7) (100g/m2)とした。5%NaCl 噴霧液 100 g/m2 は,NaCl 付着量 5g/m2 に相 当する。図 3 中の赤丸はこの NaCl 付着量に対す る各 RH における水膜厚さを示し,図 4(d)にはこ れらの値を用いた。この試験における試片表面の 付着液の状態などは次のとおりである。 【噴霧】5%NaCl 噴霧液が付着し,水膜は 100μ m の定常値となる。→【乾燥】NaCl 溶液が濃縮 し,RH76%以下で NaCl 結晶が析出して乾燥す る。→【湿潤】RH76%以上で NaCl が吸水し,RH ,水膜厚さ 57μm と 上昇とともに NaCl 濃度が低下し,RH95%で平衡濃度 8.8%(1.64mol/kg-H2O) なる。 1%Mn,1%Mn-1%Cu または 1%Mn-2%Zn を添加した各 Al 合金に関する孔食電位(EPIT)の NaCl 濃度依存性を図 5 に示す。Cu または Zn の添加は,EPIT をそれぞれ貴化または卑化させる。自動車熱 交換器などで多用される犠牲防食では,このような合金間の EPIT の差を利用する 8)。すなわち,被防食 合金の表面または近傍に EPIT のより卑な犠牲合金を配することで,被防食合金における孔食の発生・成 長を抑制する。図 4(c)の Cl-濃度変化に対応したこれら合金の EPIT 変化を図 4(e)に示す。各合金とも 噴霧中が最も貴で,乾燥直前の飽和溶液では 100mV 程度卑化し,湿潤では噴霧より 30mV 程度卑な値 23 腐食センターニュース No. 059 2011 年 2 月 となる。サイクルを通して合金間の序列は入れ替わら ず,差の変化も大きくない。ただし,孔食の発生・成 長には,表面の付着塩分布の不均一 9),10),孔食の成 長による腐食生成物の堆積および表面形状変化も影 響を与えるが,ここでは考慮されていない。余談にな るが,試験後の試片が RH40%以上の大気中に保持さ れた場合,試片表面が完全に乾燥していても,食孔内 では濃縮した AlCl3 により高 Cl-濃度溶液環境が維持 され(図 1,図 4(c)),自己触媒的 11)に孔食が成長し うることになる。実際に,表面に乾燥した塩の付着し た試験後試片の食孔を光学顕微鏡で観察したところ, 食孔底部がゴソゴソと動き続けていたというお話 12) を伺った。水素(H2)ガスの発生である。 3. 水膜下腐食 腐食速度の水膜厚さ依存性の Tomashov モデル 13)を図 6(a)に示す。腐食速度は乾燥状態から水膜厚 さとともに増加して 1μm で極大値をとったのち,酸素(O2)の水膜を拡散しての供給が律速となって減 少に転じ,1mm 以上で浸漬状態に相当した一定値となるものである。鉄(Fe)または炭素鋼,および Al 合金の腐食速度の各種実測値を水膜厚さ依存性としてまとめて整理したものを,溶存 O2 還元の限界電 流密度の同依存性とともに図 6(b)に示す。静止溶液の拡散層厚さが 500μm であることから,水膜厚 さ 500μm 以上については浸漬状態の各値を示した。図 6(a)と図 6(b)との横軸スケールを合わせたた め,図 6(a)の横軸は原図 13)と多少異なっている。 24 腐食センターニュース No. 059 2011 年 2 月 14) 溶存 O2 拡散限界電流密度は,フィックの第一法則に基づいた計算値 を示した。このときの拡散層 厚さは,水膜厚さ 500μm 以上については 500μm,これより薄い場合は水膜厚さとした。このため, 500μm 以下では水膜厚さの逆数に比例して電流密度が増大している。水膜厚さの薄い領域について, Nishikata ら 15)は律速段階が水膜中拡散から気相/水膜界面での O2 の溶解にかわり,溶液の塩濃度に 応じた 1mA/cm2 前後の一定値になると報告している。 炭素鋼の海水中定常腐食速度は 1mm/y 程度 16)で,溶存 O2 拡散限界電流密度に相当することはよ く知られている。ISO 9227「塩水噴霧試験」17)では,中性塩水噴霧試験に関して,試験機の腐食性の 確認・調整用に鋼板腐食照合試験片が定められ,その腐食速度が 70±20g/m2/48h と規程されている。 これを水膜厚さ 100μm7)に対してプロットした。この腐食速度は国際ラウンドロビンテストに基づい て決定された実験値 18)であるが,図中の溶存 O2 の 100μm 水膜中拡散限界電流密度に相当している。 炭素鋼が溶存 O2 還元のカソード律速のもと均一腐食することを反映しており,1~2mL/h/80cm2 と 規定されている塩水噴霧量をさらに増加することは腐食の加速に繋がらないという事実とも整合する。 篠原ら 19),20)の測定した炭素鋼あるいは QCM に蒸着した Fe の腐食速度は水膜厚さ 56μm で極大値と なっている。Nishikata ら 15),山本ら 21)および Nagano ら 22)の各測定でも極大値の得られる水膜厚さ は 10~100μm であり,Tomashov モデルの 1μm よりかなり厚い。 1100 に関する各地での天然海水中浸漬試験結果 23)~26)に基づいて,Al 合金に関する浸漬状態の腐食 速度を~10g/m2/y として示した。また,塩水噴霧試験およびサイクル試験の腐食速度 27)を 2 章で述 べた水膜厚さ 57~100μm に対してプロットした。大城戸ら 28)は QCM に蒸着した Al について,初期 の腐食速度と水膜厚さとの関係を調べた。これらを繋げ,図 6 中の他のデータと合わせて概観すると, Al に関する腐食試験の環境条件が見えてくる。海水中浸漬状態および腐食試験ではいずれもカソード律 速で孔食が進行したと考えられるが,鉄鋼材料と異なり,腐食速度は溶存 O2 還元の限界電流密度に及 ぶことがない。中性環境の Al 合金表面ではカソード反応が不活発なことによる。表 1 中 b) 3)の「キャ ス試験方法」では,試験液に銅イオン(Cu2+)を添加することで Al 合金表面に金属銅(Cu)を置換析出さ せる。こうした析出 Cu が溶存 O2 の還元律速を緩和して腐食を促進できるのは,上述のような腐食速 度と限界電流密度との大小関係があるからである。この b) 3) および b) 2)「酢酸酸性塩水噴霧試験方 法」では,試験液に酸化剤となる水素イオン(H+)の供給種として酢酸(CH3COOH)を添加することでも カソード反応を活発にして腐食を促進していることは既報 14),29),30)で述べた。 25 腐食センターニュース No. 059 2011 年 2 月 4. おわりに 連続噴霧試験,サイクル試験などにおける腐食環境条件は,水膜下腐食という点で大気腐食に類似す る。大気腐食も浸漬腐食と同じ電気化学反応であり,金属のイオン化であるアノード反応と,溶存 O2 あるいは H+の還元を主とするカソード反応とを内容とする。自然大気雰囲気に置かれた金属は,表面 の電解質の状態,組成,量などが気象条件の影響を受ける。こうした変動の大きい電解質環境下で進行 する大気腐食現象は浸漬腐食に比べ複雑になる。一方腐食試験では,試験条件が厳密に規格化されてお り,試験機内の人工的に制御された環境で実施される。このため,再現性に優れるのみならず,表面に 形成される電解質の物理化学的定量化および現象の電気化学的取り扱いが比較的容易となる。本稿が Al 合金に関する腐食試験の環境条件のご理解のお役に立つことを願いつつ,本年も大方のご批判を切に 請う次第である。 参考文献 1) 兒島洋一:Furukawa-Sky Review, 4(2009),47. 2) 武藤 泉,杉本克久:材料と環境, 47 (1998),519. 3) 押川 渡,篠原 正,元田慎一 : 材料と環境, 52 (2003),293. 4) 電気化学会編 : 電気化学便覧第 5 版,丸善,(2000),99. 5) 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Alexander : Materials Performance, 7(1976),16. 27) 軽金属学会技術部会腐食防食分科会:軽金属学会第 82 回春期大会講演概要,(1992),251. 28) 大城戸忍,石川雄一:材料と環境,47(1998),476. 29) 兒島洋一,大谷良行:軽金属学会第 111 回秋期大会講演概要,(2006),279. 30) 兒島洋一,大谷良行:第 53 回材料と環境討論会講演集,(2006),375. 本稿は Furukawa-Sky Review No. 6 (2010) に掲載したもので、古河スカイ㈱の承諾のもとここに転載した。 26 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 原子力発電所「高経年化対策強化基盤整備事業」へのセンターの取り組み概要 (SCCJ プロジェクト - その1) 腐食センター 服部成雄 1.はじめに 昨年、2011 年 3 月 11 日の東日本大震災に起因する原子力発電所の事故により、我が国 の原子力行政、エネルギー政策は未だ模索状態にあるが、何らかの変化がもたらされるこ とは確かであろう。従って本報告での調査はこの大事故以前に実施されたもので、その位 置づけや用途に不明なところがある。しかし、これまで国内外で蓄積された原子力発電プ ラントの運転経験、構造材料の学術的研究の成果は、現在運転停止中の多くのプラントが 再稼動する場合に備え、あるいは原子力以外のプラントの保全への参考としても価値を失 うことはないと考えられる。本稿はこのような立場で、調査の成果を概説するものである。 国内の原子力発電所は運転開始から 40 年前後となるものが増加する時期に至っており、 今後いかに運転期間を安全に延長して行けるかが、重要な課題となってきた。そこで、原 子力安全・保安院は「高経年化対策強化基盤整備事業」を立ち上げ、高経年化に伴う問題 点と対応を多角的に検討し、整備することとなった。この事業は全国の原子力関連研究機 関を地域ごとのクラスターに分けて実施・展開されている。その内、茨城クラスターのメ ンバーである日本原子力研究開発機構(JAEA)が分担している「応力腐食割れ(SCC)評 価手法の高度化に関する調査研究」の一環として、 「SCC 評価手法の現状と課題に関する整 理」の一部を当センターが請け負い、 「SCCJ」と呼称して平成 19~22 年の 4 年間実施した。 本報告では、その経緯及び主要な成果について、本稿以降の連載として紹介する。 センターのプロジェクト・チームは運営委員会の辻川副委員長をリーダーとし、吉井、根本、 工藤、服部の各運営委員で構成して実施した。なお、委託元である JAEA 側とも連携を密 にして実施した。調査結果の詳細は近々、JAEA より“JAEA- Review 2012-007「軽水炉 の応力腐食割れ(SCC)事象とその評価手法-炉内構造物・配管の高経年化事象予測に向けた SCC 評価手法 技術資料集」”として公表刊行される予定なので、ここではあくまでも、そ の内容の概略紹介にとどめ、引用もとは全て上記 Review 報告書とする。 2.取り組み方針 一言で「原子力発電所での SCC」と言っても、その全貌を把握するには体系的に分類・ 整理する必要がある。そこで調査対象とする原子炉タイプを、日本での実用軽水炉である 沸騰水型炉(BWR:Boiling water reactor)と加圧水型炉(PWR:Pressurized water reactor)、 に限定した。Fig.1-1 及び Fig.1-2 は、それぞれ BWR 及び PWR の主要なシステムを示す。 BWR は原子炉炉心部で冷却水を加熱し、直接高温高圧の水蒸気を発生させて、タービン発 27 No. 059 9 腐食センタ ターニュース ス 2 2012 年 2 月 を原子炉で高 高温高圧水と とし、蒸気発 発生器 電機に供給する。これに対して PWR は冷却水を での熱交換によって蒸気 G:Steam generator) g 気を発生させ せて、タービ ビン発電機に に供給 (SG する。 。またこれらの内でも、 、調査対象系 系統・機器は は安全上重要 要な、放射能 能を含む冷却 却水に 接する一次系主要 要機器とした た。 Fig. 1-1 BWR の主要 要系統構成 Fig. 1-2 PWR の主要系統 統 に実機の SC CC 発生部位 位や、研究で でのラボ試験条 条件における る、材料、水 水質環境、力 力学要 さらに 因や試 試験・評価技 技術が多岐に にわたる。そ そこで材料面 面での調査対 対象を、圧力 力バウンダリ リーや 炉心支 支持構造物に に使われ、基 基本的に SCC ポテンシャルがあると と考えられる るオーステナ ナイト 系ステ テンレス鋼とニッケル基 基合金それぞ ぞれの母材と と溶接金属と とした。環境 境要因は、隙 隙間や 放射線 線の影響も考 考慮し、Tab ble 1-1 に示す各炉型での の標準的な水 水質条件なら らびに、種々 々に開 発・適 適用されてい いる改良水質 質条件も含め めて検討した た。BWR 、PWR のいず ずれでも一次 次系冷 却水は は基本的に高 高純度水であ あるが、PW WR では水の放 放射線分解(ラディオリ リシス)によ よる酸 素生成 成抑制のため めに水素が、また核反応 応を制御するホウ酸とそれ れによる pH H の低下を弱 弱アル 28 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 カリ側で調整するために水酸化リチウムがそれぞれ微量添加されている。また力学要因と しては、内圧・自重等による静的応力、運転サイクル等に伴う繰り返し負荷、溶接残留応 力、加工残留応力、切り欠き・き裂先端での応力集中・応力拡大係数(K 値)などに着目 することとした。 Table 1-1 BWR と PWR の一般的な水質条件 実機冷却水* •高純度水: 288℃、~8MPa •pH: 5.6 - 8.6(at 25℃) •DO: 200ppb [HWC では数十 ppb 以下] •DH: 20ppb [HWC では約 50ppb] •導電率: ≤ 0.1μS/cm BWR 一次 • ≤ 340℃、~17MPa •pH: 4.2 - 10.5(at 25℃) B(50 - 1100ppm)、Li(0.2 - 2.2ppm) [連動的に濃度制御] •DO: ≤ 5ppb •DH: 2 - 3ppm •導電率: 1 - 40μS/cm (at 25℃) 二次 •低 DO 還元水質 (AVT 水質: NH4OH, N2H4 処理) • ≤ 290℃、~7.5MPa •pH: 8.8 - 9.3(at 25℃) •DO: ≤ 5ppb •導電率: 2 -6μS/cm PWR * DO:溶存酸素(Dissolved oxygen) DH:溶存水素(Dissolved hydrogen) 調査の進め方として、検討資料は次に示すが、まず SCC 対策に腐心している電力会社の 取り組みの現状や課題を聴取することから始めた。BWR、PWR を保有する電力会社いく つかを訪問し、各社でこれまで経験した SCC 事例や海外情報を参考とした予防保全の考え 方などについて説明を受け、また今後の研究開発に関する要望事項も聴取した。 調査に用いた文献、資料は次のとおりである。 初年度は期半ばからの着手という時間的制約もあり、電力会社からの提供資料、及び「材 料と環境」講演予稿集から、主として SCC 発生・進展評価技術に関連するものを選んで用 いた。 第二年度からは、 ・ 1983~2009 年の軽水炉材料環境劣化国際シンポジウム論文集(Proceedings of the International Symposium on Environmental Degradation of Materials in Nuclear Power Systems – Water Reactor) ・ フランスで開催の通称「Fontevraud 国際会議」 :PWR 材料シンポジウム(Contribution of Materials Investigation to the Resolution of Problems Encountered in Pressurized Water Reactor [後に改称]) 29 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 ・ Corrosion NACE 講演概要集 のそれぞれから、調査対象事項に関連する文献を合計で約 500 件選んで検討した。これら 以外でも、必要に応じて国内外学協会誌やインターネット等での公開資料を調査に加えた。 3.調査検討事項 (1) (2) (3) (4) (5) SCC 発生・進展評価技術 実機 SCC 事例 SCC 発生・進展要因とメカニズム 研究室データ・知見と実機事象との相関性 調査結果の総合評価と今後の課題 本稿では(1)及び(2)の要点について、SCCJ メンバーからのコメントも得て以下に 述べる。次回以降は、根本、工藤、吉井の各委員に執筆への分担・協力をお願いすること とする。なお、JAEA への最終報告書では、初学者へのガイドとして、辻川副委員長執筆 の SCC の基礎的解説を含めたが、ここでは割愛して別途、センター・ニュース記事の案と して検討していただきたい。 4.調査結果の要点 (1)SCC 発生・進展評価技術 SCC 発生評価法としては、Table 1-2 に例を示すように定荷重型、定ひずみ型、低ひず み速度型などがあり、いずれも負荷条件、環境条件によって加速評価することが多い。 定ひずみ型、低ひずみ速度型が材料間の SCC 感受性の相対的な比較評価に適しているの に対して、定荷重型は材料比較とともに、SCC の負荷応力依存性や環境水質の影響など を破断時間という寿命値で評価することができる。ただし、PWR の SG 伝熱管のような 薄肉チューブ材では定荷重型試験片の作製が困難なため、定ひずみ型である Reversed U-bend(逆 U 字曲げ)試験が寿命評価にも用いられている。 SCC 進展速度評価法としては、Table 1-2 および Fig. 1-3 に示すような手法があり、き 裂進展にともなって応力拡大係数 K 値が増大するもの、減小するもの、き裂深さによら ず一定のものなど、種々なタイプの試験法がある。その中でもコンパクト・テンション (CT)試験は比較的簡便なことから最も広く用いられている。しかし、素材形状によっ て試験片サイズが多様(1/2CT、1/4CT、ラウンド CT など)であり、試験条件やき裂深 さのモニター/測定法が標準化されておらず、現在、本協会の原子力小委員会でその標 準化、JIS 化の検討が進められている。さらに、CT 試験は通常 K 値増大型であり、必ず しも実機での SCC 挙動を適正に反映していないことが多い。例えば、実機での SCC 進 展の応力要因は溶接残留応力など定ひずみ状態であることが多く、こういう場合は K 値 一定または減小型と考えられる。従って、CT 試験によって過酷側のデータを得て進展評 価線図を作成するのも安全側評価手法の一つといえるが、 実際的な実機評価においては K 値一定や減小型の試験データと併せて評価することが重要である。こういった評価手法 の組み合わせの中で、材料や水質の改良効果を把握し、維持規格などに反映させていく 30 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 ことが望まれる。なお、実機の SCC は多くの試験で扱われている貫通き裂でなく、通常 は表面き裂として発生・進展するので、重要なデータに対しては Fig. 1-3(e)の Lee James 式の試験で検証することも重要と考えられる。 Table1-2 分類 定荷重試験 定変位試験 低ひずみ速度 試験 SCC の発生、進展評価試験方法 試験手法 特徴 単軸定荷重引張り試験 Uベンド・ダブルUベンド・ 逆 U ベンド試験 隙間付き定ひずみ曲げ (CBB)試験 3 点/4 点曲げ試験、C-リン グ試験 Slow strain rate test(SSRT) 試験 コンパクト・テンション (CT)試験 サブサイズド CT 試験 ラウンド CT 試験 ウェッジ・オープニング・ ロード (WOL)試験 破壊力学的試 験 ダブル・カンチレバー・ビ ーム (DCB)試験 K 値一定型 Contoured DCB (CDCB)試験 リー・ジェイムス式試験 センター・クラック引張り (CCT)試験 実パイプ試験 実機模擬試験 モック・アップ試験 31 本来 SCC 発生挙動評価用として実施 されているが、試験後のき裂深さを試 験時間で除した値で、進展速度の簡易 比較をしている場合がある。 CT 試験は実機での SCC との機構的な 同一性に疑問があるが、最も広く用い られている SCC 進展評価法である。 照射材を扱う場合など試験条件の制 限からサブサイズや円盤状の小型試 験片を用いることもある。負荷方法に よって K 値の変化モードを変えること ができる。 基本は CT に類似するが、外部負荷で はなく、試験片開口部を楔やボルトで 広げることで一定変位を付与するの で簡便である。通常き裂進展とともに K 値は低下していく。 WOL に類似するが、荷重点とき裂部 の距離を長くとることで、き裂進展に よる K 値の低下を軽減している。 試験片形状を特殊なものとすること により、き裂進展による K 値の低下を DCB 試験より更に小さくしている。 他の破壊力学的試験がいずれも貫通 き裂を扱っているのに対して、ウェブ 部からの予き裂を試験対象部まで進 展させた後、ウェブを除去することで 表面き裂の進展挙動を評価する。この 点で、実構造物での SCC に近いき裂 の観測ができるという側面がある。 板状試験片のゲージ部中央に軸に直 行する疲労予き裂を設け、そこからの SCC 発生・進展を測定する。最も簡便 な破壊力学的試験と言える。 実機使用と同種の短尺パイプを溶接 で多数繋ぎ合わせたスプール内に炉 水模擬の高温水を流し、軸方向引張り 荷重を付与して SCC を発生・進展さ せる。試験期間中に、電位差計法や UT 等での SCC 挙動の測定が可能。 上記と同様な考え方で、対象機器、部 位の実寸または縮小モック・アップ試 験体を製作し、炉水模擬環境での SCC 挙動をモニター・測定する。 腐食センタ ターニュース ス No. 059 9 2 2012 年 2 月 ボルト穴 (a)) CT 試験(形 形状、寸法多様 様) (b)) WOL 試験 験(ボルト方式 式) (d d) DCB 試験 験 (c) DCCB 試験 W Web (e-1) Lee James 式試験 Fig. 1--3 (e e-2) ウェブか から予き裂導入後ウェブを を除去 各種き裂 裂進展試験で での試験片形 形状 32 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 (2)実機 SCC 事例 本稿以降の連載では多種の材料を扱うので、ここで Table1-3 にそれらの規格組成を まとめて示しておく。 Table 1-3 (a) 国内の軽水炉で用いられているステンレス鋼及びニッケル基合金 ステンレス鋼 規格(mass%) C Si Mn SUS304 ≤0.08 ≤1.0 SUS304L ≤0.03 SUS316 SUS316L P S Ni Cr Mo Fe ≤2.0 ≤0.045 ≤0.030 8.0-10.5 18.0-20.0 - bal. ≤1.0 ≤2.0 ≤0.045 ≤0.030 9.0-13.0 18.0-20.0 - bal. ≤0.08 ≤1.0 ≤2.0 ≤0.045 ≤0.030 10.0-14.0 16.0-18.0 2.0-3.0 bal. ≤0.03 ≤1.0 ≤2.0 ≤0.045 ≤0.030 12.0-15.0 16.0-18.0 2.0-3.0 bal. SUS316(NG) ≤0.020 ≤1.0 ≤2.0 ≤0.040 ≤0.030 10.0-14.0 16.0-18.0 2.0-3.0 bal. Others N≤0.12 C+N ≤0.13 (NG): Nuclear Grade (工事認可上は「SUS316」と表記) (b) ニッケル基合金 規格 (mass%) Alloy 600 (NCF600) Alloy 600M(1) (A社仕様) Alloy 600M(2) (B社仕様) Alloy 182 DNiCrFe-3 ENiCr-3 Alloy 82 DNiCrFe-3 ERNiCr-3 Alloy 690 (NCF690) Alloy 152 (ENiCrFe-7) Alloy 52 ERNiCrFe-7 Ni Cr Fe Ti - - Si Mn P S ≤0.15 ≤0.50 ≤1.00 ≤0.03 ≤0.015 bal. 14.0-17.0 6.0-10.0 ≤0.50 ≤0.15 ≤0.50 ≤1.00 ≤0.03 ≤0.015 bal. 14.0-17.0 6.0-10.0 ≤0.50 2.0-3.0 ≤0.50 ≤0.15 ≤0.50 ≤1.00 ≤0.03 ≤0.015 bal. 14.0-17.0 6.0-10.0 ≤0.50 1.0-2.0 ≤0.15 ≤0.10 ≤1.00 5.0-9.5 ≤0.03 ≤0.015 bal. 13.0-17.0 ≤10.0 ≤0.50 1.0-2.5 ≤0.10 ≤0.50 2.5-3.5 ≤0.03 ≤0.015 bal. 18.0-22.0 ≤0.50 2.0-3.0 ≤0.75 ≤0.05 ≤0.50 ≤1.00 ≤0.03 ≤0.015 bal. 27.0-31.0 7.0-11.0 ≤0.50 ≤0.05 ≤0.75 ≤5.0 ≤0.03 ≤0.015 bal. 28.0-31.5 7.0-12.0 ≤0.50 1.0-2.5 - ≤0.04 ≤0.50 ≤1.0 ≤0.02 ≤0.015 bal. 28.0-31.5 7.0-11.0 ≤0.30 - ≤3.0 Cu Nb (+Ta) C - ≤0.1 Others N-bar* ≥ 12 - - Al+Ti ≤1.5 * N-bar: 安定化パラメータ≡ 0.13{2・mass%Nb+mass%Ti)/mass%C } Alloy 600M (1)/600M (2): BWR で Alloy 600 の改良材として使用。共金溶接材料としては Alloy 82/182 それぞれに Nb を添加/増加した改良材が材料メーカで開発されており、銘柄指定で使用 33 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 BWR Fig. 1-4 は BWR 一次系の構造物、配管で経験された主要な SCC 事例とその発生箇 所を示す。1970 年代半ばから 304 ステンレス鋼などでの、いわゆる粒界 Cr 欠乏によ る鋭敏化型粒界 SCC(IGSCC)が再循環系配管や炉内構造物の溶接熱影響部(HAZ)に 多発した。これに対しては材質面(主として鋭敏化抑制のための低 C 化)や引張り残 留応力の改善(管内面水冷溶接 [HSW:Heat sink welding]、高周波加熱応力改善 [IHSI:Induction heating stress improvement] など)、さらには炉水への水素添加で 腐食電位(ECP)を下げる水素注入運転(HWC:Hydrogen water chemistry)など が開発・適用されて一定の改善効果が得られた。 しかし 1980 年代以降、IGSCC は 600 合金製の、シュラウドヘッドボルト、アクセ スマンホールカバー、各種ノズルの異材溶接部の 182 系溶接金属などの構造物に波及 した。当初は隙間条件と高導電率の重畳を要因とする見方もあったが、これらの条件 下にないシュラウドサポートや炉底部の CRD(制御棒駆動:Control rod drive)貫通部 スタブにまで拡大し、BWR 炉水条件では 600 合金、182 系合金が IGSCC 感受性を 有することは否めない事実となった。 さらに 1990 年前後からは、 「耐 SCC 性ステンレス鋼」と位置づけられていた原子力 仕様の低 C ステンレス鋼においても、鋭敏化型 IGSCC のように貫通リークに至っては いないものの、SCC の発生・進展が確認され、そのメカニズム解明と対策技術の確立 が必要となった。 600 合金等のニッケル基合金については、基本的な材質要因は初期のステンレス鋼と ほぼ同様な粒界 Cr 欠乏による鋭敏化であること、母材 HAZ だけでなく 182 合金系の 溶接金属は、より高い SCC 発生感受性と凝固柱状晶界面での高い進展速度を示すこと などが明らかにされた。 低 C ステンレス鋼での SCC 発生・進展メカニズムは現在でも十分解明されたとは言 えないが、少なくとも材料の最終表面仕上げや、製作途中で導入される冷間加工と残 留応力が主要因であることは確認されている。なお、この非鋭敏化型 IGSCC の進展は 主応力方向に支配され、き裂が耐 SCC 性の高い溶接金属部(フェライト相の量や分散 状態に依存)に達すると、明確な進展速度の低下や滞留を示すことが、貫通・リーク に至らないことの一因と考えられている。 これら SCC への対策として、ニッケル基合金では C を Cr 炭化物となる以前に十分 安定化させるために Nb の添加・増加が図られ、ステンレス鋼では表面仕上げ加工や冷 間加工の管理による組織及び残留応力面での改善が行われている。両合金系で、特に 炉内構造物等ではピーニング(ウォータージェット、レーザ、ショット)による表面 引張り応力の圧縮化が、SCC 発生緩和の対症療法的な対策として国内で適用されてお り、海外でも採用が検討されつつある。一方、水質面では、水素注入量を高めた HWC や、Pt、Rh など貴金属の触媒作用で HWC の ECP 低下効果を飛躍的に高める貴金属 34 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 注入(NMCA:Noble metal chemical addition)運転が実用化されている。さらには TiO2 の光触媒作用(チェレンコフ光等)に着目した、TiO2 コーティングも有力な SCC 低減手法の一つとして注目されている。 Fig. 1-4 BWR において SCC が確認された主要機器、部位 PWR Fig. 1-5 は PWR 一次系の機器、構造物で経験された主要な SCC 事例とその発生箇 所を示す。BWR が配管の鋭敏化型 IGSCC に悩まされていたとほぼ同時期に、PWR ではニッケル基合金製の蒸気発生器(SG)伝熱管の、主として二次側(外面)からの 多様な腐食損傷が深刻な問題となっていた。これは 600 系あるいは 800 系合金製伝熱 管に対して、二次系水質改善が欧米各国でそれぞれに進められていたという背景もあ り、粒界アタック(IGA)、粒界腐食(IGC)、IGSCC、デンティング(炭素鋼製管支 持板の支持穴部での腐食生成物の膨張で、管が締め付けられて変形する事象)、ウェス テージ(管板や管支持板の伝熱隙間部での腐食性イオン種、不純物の局部濃縮で生ず る腐食減肉)などであった。最終的には二次系水質を全揮発性化学処理 [アンモニア、 35 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 ヒドラジン等による脱酸素と pH 調整:AVT(All volatile treatment)]処理がこれら 損傷の多くに対する有効な対策として広く採用された。管と管板の拡管取り付け部で は、隙間条件と残留応力分布の改善を狙って、拡管の方法、範囲、強さなどの調整も 種々検討されたが、あまり決定的な対策とはならなかったようである。材質面では、 受け入れまま材 MA600(MA: Mill annealed 600)合金から、特殊熱処理材(TT: Thermally treated:粒界に Cr 炭化物を分散析出)TT600 合金、さらには高 Cr の 690 合金への材質変更も一部のプラントで適用された。 以上が PWR の初期での主要な SCC 問題であったが、十分な水素が添加されている ために SCC 発生はないと思われていた一次系水質環境においても、1980 年代から SG 伝熱管内面を始めとして、いくつかの機器、構造物のニッケル基合金や一部のオース テナイト系ステンレス鋼で SCC(PWSCC::Primary water SCC)が報告されるよう になってきた。SG 伝熱管では前述のデンティングや拡管で塑性変形した管内面に PWSCC が生じ、SG や原子炉容器(RV)の出入り口管台(容器と配管を繋ぐノズル 部で、異材溶接にニッケル基合金溶接材料を用いることが多い。)、RV 上蓋の制御棒 駆動機構(CRDM:Control rod drive mechanism)貫通部、炉底部の計装ノズル取り 付け部などでは、182 系合金溶接金属から発生した PWSCC が 600 合金母材にまで進 展した事例が国内外で報告されている。ステンレス鋼では、温度の高い加圧器ヒータ 部品や SG 入り口管台セーフエンド(管台溶接部の配管側短管)で PWSCC と見られ る割れが発見されるに至っている。 SG については、先の二次側腐食損傷に加えての PWSCC により施栓率が高くなって 熱交換機能が限界に近づいたことで、あるいは予防保全策として全取替えが多くのプ ラントで実施された。RV では上蓋の CRDM 貫通部での PWSCC によるリークが多発 し、目視点検の困難さもあって RV 材(低合金鋼)がリーク水中のホウ酸によって著し く腐食してしまった例もあって、国内外のプラントで上蓋の取替えが広く実施された。 また、国内では予防保全として RV の全取替えを採用したプラントもある。 これらの機器取替えや割れ部の削除/肉盛補修に際しては、600 合金や 182 系合へ の代替として、耐 SCC 性の高い 690 合金やその共金溶接材料(152 系や 52 系)を採 用していることが多い。また多くの国内プラントでは BWR の場合と同様に、溶接部の 表面残留応力改善にピーニング(ウォータージェット、レーザ)を施工することでマ ージンを高めている。 PWSCC の発生・進展メカニズムは未だ解明の途上にあるが、モックアップも含む ラボ試験の結果などを基に上記のような材質や応力面の改善策が適用されている。な お、SG伝熱管に関して述べた TT600 合金は MA600 合金より耐 SCC 性が改善されて いるが、容器の管台など溶接施工を伴う部位では TT 処理の効果がなくなり、182 系溶 接金属から発生した SCC の進展を食い止めることはできない。 一方、一次系水質についても PWSCC 緩和の検討が種々なされているが、後報で詳 36 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 述するとおり環境側因子の影響は、燃料の健全性や作業者の被曝管理にも絡んで複雑 なため、現状では決め手となる条件は確立されていない。水素添加量、B/Li 比、pH、 Zn 注入などが PWSCC に影響すると考えられているが、適正値について十分な見解の 一致に至っていない。温度が高いほど SCC が生じやすいことはほぼ明らかにされてい るが、運転温度を変えることは困難で、結局のところ SCC 発生のポテンシャル部位を 摘出する判断に活かされているに過ぎない。 ステンレス鋼の PWSCC は、加圧器のヒータ部品や SG 出口管台セーフエンドに散 見されているが、現状では冷間加工や強表面仕上げ加工を受けた高温の部位に限られ ており、これがニッケル基合金でのようなコモン・モ-ド損傷と捉えるべきかどうか も含めた詳細な検討が進められている。 Fig. 1-5 PWR において SCC が確認された主要機器、部位 37 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 (3)まとめ 調査全体のまとめは本連載の最後に示すが、ここでは上記(1)、(2)の範囲でラボ での SCC 発生・進展評価と実機での SCC 挙動との相関について簡単にまとめておく。 BWR のステンレス鋼及びニッケル基合金、PWR のニッケル基合金について、ラボの 加速試験で SCC 感受性を示したものは実機でも割れが確認され、材料の種類や処理条件 による感受性の序列もほぼ良い相関を示すと言える。き裂進展についても、材料や環境 条件の比較評価には、ラボ試験での結果が実機での優劣に対応しており、定性的な相関 性はあると考えられる。但し、き裂進展速度の予測という点では、現在広く用いられて いるCT試験は、基本的にき裂深さとともにK値が増大するタイプのもので、実機での SCC 挙動に対応しない場合が多いと考えられる。従って実機の構造健全性評価に用いる SCC 進展線図においては、実構造物での作用応力の分布やき裂進展に伴う K 値の変化傾 向、また環境緩和技術の適用効果なども定量的に反映し、安全側かつ合理的なものであ ることが求められる。なお、PWR のステンレス鋼については、ラボでの再現性も含めて 主な影響因子を明らかにしていく必要がある。 38 腐食センターニュース No. 059 2012 年 2 月 腐食センターニュース No.059 目 次 ( 2 0 12年 2月 ) 発行者:(社)腐食防食協会 腐食センター スーパーステンレス鋼の開発経緯とその特性 および適用事例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 〒113-0033 東京都文京区本郷2-13-10 湯淺ビル5階 Tel:03-3815-1302,Fax:03-3815-1303 第 9 回「腐食防食セミナー」公開相談会 Q&A のご案内・・ 17 オーステナイト系ステンレス鋼の加工による変質・・・・・ 18 アルミニウムの腐食のおはなし その 5・・・・・・・・・・・・・・・ 22 原子力発電所「高経年化対策強化基盤整備事業」への センターの取り組み概要 (SCCJ プロジェクト-その1)・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 E-mail : [email protected] URL : http://www.corrosion-center.jp/ 「腐食センターニュース」の 創刊号以来の バ ッ ク ナ ン バ ー は 腐食センターの 上記ホームページで閲覧できます 本センターニュースに掲載されている記事は、 著者の意見を表すものであり、必ずしも腐食セ ンター及び腐食防食協会の意見を表すものとは 限らない。 ここに掲載された文章および図表の無断使用,転載を禁じます.©腐食防食協会