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不動産の取得/売却業務関連の 内部管理態勢

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不動産の取得/売却業務関連の 内部管理態勢
Law,Accounting & Tax
不動産関連金融商品取引業者における
不動産の取得/売却業務関連の
内部管理態勢について < 前編 >
井上 一孝
有限責任監査法人トーマツ
不動産鑑定士
(ARES マスター M1003766)
野本 和宏
有限責任監査法人トーマツ
では、内部管理態勢整備を効率的に行うために
1.はじめに
何が必要であろうか?
前回は、これまでの証券取引等監視委員会
(以下、
マークといった類の情報であろう。
それはやはり他社プラクティスや業界のベンチ
「SESC」 という。) 検 査を振り返りつ つ、 主に
実態として、ARES 主催のコンプライアンス研修
J-REIT 資産運用会社及び投資法人に対する検査
や J-REIT フェア等のイベントを通じて、各会社間
における指摘事項の概要と現在の内部管理態勢整
のネットワークは形成されつつあるようである。そ
備状況について取り上げ、今後の私募ファンド運用
のような意味では、他社プラクティスを知り得る機
会社への検査可能性について触れた。
会は一応は存在するが、それは属人的なレベルを
再言になるが、不動産関連金融商品取引業者に
超えるものではないし、何よりもJ-REIT や私募ファ
おける内部管理態勢整備の上での大切なことは、
ンドを問わず、不動産関連金融商品取引業者の内
自らが日々行っている業務に関する深い理解と洞
部管理態勢整備状況を横断的かつ網羅的に把握
察を持ち、各種業務に内在するリスクを十分に理
することは、筆者らのようなアドバイザー的な立場
解した上で、リスク管理と業務効率という時として
にある者でないと実質的に不可能ではないかと考
相反する統制をバランス感を持って構築していくこ
えられる。
とである。このバランス感を欠いたまま外部成長の
みに目を向けていたのでは、金融商品取引法(以下、
「金商法」という。
)で求められる善管注意義務及
そこで、今回からは不動産関連金融商品取引業
者における業務別の内部管理態勢整備状況を俯瞰
び忠実義務を果たせなくなる虞があるし、一方で、
していくこととしたい。なお、筆者らの私見ではあ
検査対応という観点のみに過度にとらわれていた
るが、現状の内部管理態勢整備状況は、積極的
のでは非効率な組織になりかねない。
に取り組んでいる会社と後手に回っている会社とで
大差がついているとの認識を持っている。
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AM 会社の内部管理態勢整備状況、今後の態勢
2.今回のテーマ
整備上のポイント等を取り上げる。そのうえで、次
回、今回紹介する内部管理態勢の中でも特に各社
シリーズ 2 回目となる今回からは、不動産関連
の取り扱いが異なっており、かつ、物件取得・売
金融商品取引業者における内部管理態勢を 取
却業務の根幹とも言える「投資採算価値の分析」
得・売却/運用/コンプライアンス/リスク管理・
及び「取得・売却決定に至る意思決定プロセス」
危機管理/内部監査の観点から分類し、これまで
にスポットを当てて考察することとしたい。
の検査指摘事例とその背後にある論点を念頭に起
きつつ、内部管理態勢整備を進めるうえでの実務
上の留意点を具体的な事例を挙げながら紹介・解
3.
一般的な取得業務フロー
AM 会社における資産取得業務フローは概ね表
説する。
テーマ別の第 1 回目となる今回は取得・売却業
1の手順になるものと考えられる。
務を取り上げる。当該業務は投資運用業務の華と
以下、取得業務の各プロセスについて、現在の
もいえ、内容も多岐にわたることから、本稿では
内部管理態勢整備状況と今後の態勢整備上のポイ
広く横断的に取得・売却業務に係る典型論点と各
ントを述べる。
表1 AM 会社における資産取得業務フロー
No
1
2
3
4
5
項目
業務の概略
主な内部管理態勢整備のポイント注 1
物件情報入手
売主、仲介業者等から物件情報 ・物件情報管理リストの運用状況
を入手、
管理リストに登録する。 ・入手情報(法人関係情報を含む)の管理
・利害関係者取引に該当する場合のプロセス
一次検討
詳細検討 or 見送りの一次判断
詳細資料入手
守秘義務契約を締結
(又はCA 注 2 ・CA 及び入手資料の管理状況
を差し入れ)し、詳細資料を入手 ・売主及び仲介業者の属性調査
・個人情報管理台帳管理
する。
二次検討
詳細資料に基づく投資採算性の ・作業手順・検討項目の適切性
検討
・検討記録の証跡化
取得方針決定
社内承認後、
LOI 注 3 を発出する。 ・社内意思決定プロセス
・投資方針及び投資基準への準拠性確認
・検討記録の証跡化
デュー・デリジェンス DD レポートを発注・取得する。 ・DD 業者選定プロセス
・DD スコープ
(以下、「DD」と略す。)
6
・DD レポート検収態勢
実施
・独自実施 DD 業務の範囲、方法
7
8
9
10
売主等との交渉・ドキュ
メンテーション
DD 実施結果に基づき、売主等 ・交渉記録等の作成
と交渉を行い、合意内容を売買 ・契約書等のリーガルチェック
契約書等に反映する。
取得決議
最終的な売買条件を審議・決議 ・会議体での投資採算性検証方法
・取得決定に至る意思決定プロセス
(コンプライアンス部門の適切な関与)
契約、決済・引渡し
契約締結の後、決済・引渡し
引継ぎ
ポストクロージング(以下、ポ ・引継ぎの実施方法
スクロという。
)事項等を運用 ・ポスクロ事項等の進捗管理
担当者に引き継ぐ
・フォワード・コミットメント案件管理
・本人確認の実施、取引記録の作成
・原本資料の管理
82
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(1)情報入手
(3)詳細資料入手・管理
入手した物件情報を管理表や社内データベース
ここでのポイントは CA 及び入手資料の管理状況
に登録する。各社、管理表等を活用して入手した
である。CA 雛型を準備し、CA 管理リストを作成・
情報を記録、件数等の把握を行っているが、入力
運用している会社が大半であるが、CA 管理リスト
注4
。また、入手資料
記載項目にはバラつきが見られ、有効期限管理ま
について、特に紙媒体によるものの取り扱いが定
で行っているところは少ない。しかしながら、CA
められていないために、情報入手者の机の中で埋
は情報提供者に対して義務を負うものであるから、
もれているケースが見られる。この段階ではまだ個
自主点検等の機会をとらえて有効期限を迎えた CA
人情報や法人関係情報等に該当する重要な情報は
及び入手資料の洗い出しを実施し、CA で規定され
乏しいと考えられるが、放置したままでは、自ら定
た方法に従って廃棄を行うといった措置が望まし
めた文書管理規程等と業務実態とに齟齬が生ずる
い。また、詳細資料の中には個人情報が含まれて
ことになりかねない。
いることも多いため、管理台帳への登録等、その
項目にはバラつきが見られる
取り扱いに留意する必要がある。なお、守秘義務
(2)一次検討
投資方針に合致しない物件を除き、各社、簡易
なバリュエーション作業を実施する等して、詳細検
契約締結に先立ち、
売主及び仲介業者の反社チェッ
クを実施するとしているケースが多いが、反社チェッ
注5
ク実施方法は会社によって異なっている 。
討に進むか否かの検討を行っている。検討見送り
とした物件については、その理由を上記管理表に
(4)二次(詳細)検討
記載しておくことが検討記録の証跡化及び恣意性
いわゆるバリュエーションや投資採算分析と言わ
の排除という観点からは望ましいが、漏れなく対
れる業務であるが、実施方法や社内合意形成プロ
応できている会社は少ない。投資方針への準拠性
セス等の細部については、各社でその取り扱いが
チェックに際しては、チェックリストを活用して確認
異なっている。関係部署を交えて物件取得検討会
結果の証跡化に努めている会社もあれば、取得決
議注 6 を実施している会社もあれば、担当者と投資
議の段階で実施する
(取得できることがほぼ確実と
部門責任者で完結する会社もある。また、査定ツー
なる段階まで実施しない)としている会社もある。
ルは、各社で独自作成したエクセルファイルを利用
しているケースが多いが、専用の投資分析ソフトを
注1
内部管理態勢整備の方向性については、証券取引等監視委員会 WEB サイト内 「金融商品取引業者等の検査について」 の 「金融商品取引業者等
検査マニュアル」 http://www.fsa.go.jp/sesc/kensa/manual/kinyusyouhin.pdf を参照されたい。
注2
CA(Confidential Agreement の略):「守秘義務誓約書」、「守秘義務確認書」 等、各社で様々な名称で用いられているが、本稿では守秘義務を遵守
することを誓約する旨を表明する書面全般を指すものとする。
注3
LOI(Letter of Intent の略):「購入検討申込書」、「買受書」 等、各社で様々な名称で用いられているが、本稿では、物件取得に関心がある旨を表
明する書面全般を指すものとする。
注4
①情報入手日と②物件概要程度しか記録していない会社もあれば、③当社査定価格や④検討見送りとした理由、等まで記載している会社もある。
物件情報の取得元とともに、法人関係情報や利害関係者取引に該当するか否かも管理台帳に記載しておくべきと考える。
注5
特定のキーワードを利用した新聞記事検索のみ行うケースや、調査会社から信用調査レポートを取得するケース等が見られる。また、相手方が
法人の場合、代表者に加えて取締役までも対象としているケースもある。
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活用しているケースも見られる。物件取得検討会議
① DD 業者選定プロセス
は、DD の進捗及び売主との交渉状況によって複
DD 業者選定基準を整備・運用している会社が
数回開催されるケースも考えられ、そこでの決定事
多く、通常、ER 作成会社や鑑定会社については
項については証跡化しておくことが望ましい。投資
複数の業務委託先がベンダーリストに登録されてい
採算性の分析、評価、取得方針決定に至るまでの
るが、これら複数業者の中からどのような経緯・
プロセスとあわせて取得業務の根幹をなす部分で
理由で業者選定を行なっているかまで詳細に稟議
もあるので、次回、内部管理態勢整備上のポイン
書等に記載しているケースは少ない。既存業務委
トについて具体例を挙げて紹介することとしたい。
託先からの選定理由についても、DD 業者選定に
当たっての恣意性排除観点から証跡化しておく必
(5)取得方針決定・LOI 発出
前記物件取得検討会議の結果を回覧して稟議に
よる社長決裁とするケース、会議体決議事項とし
要がある。
②スコープ
運用ガイドライン等で DD 実施範囲(調査項目)
ているケース等、各社によって対応は異なるが、
定めているケースが多いが、物件特性に応じて追
利害関係者等取引に該当する場合はコンプライア
注7
加調査項目の有無等を確認する必要がある 。
ンス委員会を開催する等、より慎重な意思決定手
③レポートの検収態勢
続きを規定している点は各社ほぼ共通している。
提出資料の適切性の確認に留まらず、レポート
各社とも LOI の雛型を有しており、雛型からの修
の内容についてもチェックシート等を用いて検証し
正が必要な場合にはコンプライアンス部門と協議す
ている会社が多く、レポート受領に際しての DD
る等して対応している。
業者との応答記録は QAシートを保管しているケー
スが一般的である。
(6)デュー・デリジェンス(DD)実施
④ AM 会社として独自に行う DD 業務
LOI 提出後、売主より売渡承諾書を受領する段
現地調査実施記録を残していないケースが見ら
階で DD を開始するケースが多い。AM 会社にお
れる。AM 会社として、周辺環境、敷地及び建物
いて一般的に取得している DD レポートとしては、
をどのような観点で調査・確認したかは、忠実義務
不動産鑑定評価書(以下、鑑定評価書)、エンジ
及び善管注意義務の観点からも証跡化しておくべき
ニアリング・レポート(以下、ER)、等が挙げられ
と考える。また、最近ではレジデンス物件における
るが、法務デューデリジェンス・レポート(以下、
事業所税の申告漏れ(運用開始後に追徴課税され
法務 DD レポート)
、マーケットレポート、構造計
るケース)が見られる。事業所税は、①申告税で
算書の第三者レビュー報告書等の取得については
ある、②免税点がある等、分かりにくいが、例えば、
各社で異なる扱いがなされている。
売主における申告状況の実態を確認する等して対
DD 実施フェーズにおけるポイントは以下の 4 点
に集約される。
応したい。また、専有面積チェックの結果、図面と
契約面積との差異が大きなテナントが見つかる場合
注6
「ロールアップミーティング」、「インベストメントミーティング」等、その名称は様々であるが、本稿では物件取得方針を社内関係者で議論す
る場を指すものと定義し、「物件取得検討会議」 と表記する。取得部門のみならず運用部門や財務部門担当者も出席して、バリュエーション内
容の確認や資金調達の見通し等にかかる確認及び情報共有を行うのが一般的かと思われる。
注7
例えば、先の東北地方太平洋沖地震及び地震に伴う液状化現象の発生を契機として、今後は物件及びライフライン停止によるテナント企業の事
業継続性への影響を把握するために、液状化リスクの判定レポートを取得するケースも増えていく可能性がある。
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があるが、この場合には、
(取得までに)覚書を交わ
多く内容の正確性に疑義が残るケース等が散見さ
しておくといった措置が紛争防止の観点から望まし
れている。議論の過程は要点のみでも証跡化して
い。ポスクロ事項とするか売買実行条件とするかを
おく必要がある。なお、取得決議の会議体では、
含め、
AM 会社として方針を決定する必要がある。
投資採算性やポートフォリオへの組み入れ意義等
が、不動産鑑定評価額との関係や投資方針との整
(7)売主等との交渉、ドキュメンテーション
DD 実施結果に基づき売主等
注8
と交渉を行い、
合性等の観点から審議される。論点の多い項目で
あり、詳細は次回に取り上げることとしたい。
合意した内容を契約書に盛り込む。類似案件に係
るものを下書きとして、適宜リーガルチェックを受け
(9)契約、決済・引渡し
ながら進めている。このフェーズにおいて、これま
契約締結から相当期間経過後に決済・引渡しを
での売主との交渉記録を作成しておくことが望まし
行う(いわゆるフォワード・コミットメントに該当する)
い。一般に、DD 実施と並行して売主との価格・
場合は、その間の価格変動リスクについて適切な
引渡し条件交渉が行われるが、売主が利害関係者
モニタリングを行う必要がある。
「リスク管理規程」
に該当するか否かを問わず、AM 会社としての説明
等に基づき 3 ヶ月に一度、不動産鑑定評価書を取
責任を果たすために、少なくとも売買金額、容認
得のうえ会議体に報告するといった対応が見られ
事項、特記事項等の決定経緯は、業務(折衝)記
る一方、鑑定評価額の下落が違約金額を超える水
注9
録を作成しておくべきである 。業務記録の作成
準に達するまで特段の検討を行っていなかったケー
実態としては、利害関係者取引に該当する時にしか
スが見られる。また、
「犯罪による収益の移転防止
作成していないケースや担当者が備忘録として自発
に関する法律」第 4 条において、特定事業者(金
的に作成していたに過ぎないケース等が見られる。
融商品取引業者、宅地建物取引業者等)は、顧
客又はこれに準ずる者として政令で定める者(以下
(8)取得決議
投資委員会や取締役会等、最終意思決定の場と
「顧客等」という。)との間で特定の取引を行う場
合には、顧客等の本人確認を行わなければならな
なる会議体は AM 会社によって異なり、投資委員
いこととされている。当該法律の趣旨等を鑑みて、
会やコンプライアンス委員会に外部委員を招聘して
契約締結時等に顧客等の本人確認を行っている
いるケースやそうでないケース等バラつきが見られ
ケースが多い。
る。会議体議事録は、業務記録とともに取得に至
るまでの意思決定プロセスを事後的に説明し得る
(10)引継ぎ・ポスクロ対応
貴重な手段となるものであるため、会議体の名称
クロージングまでの業務は、スケジュール表やク
如何にかかわらず、その作成には慎重を期すべき
ロージングチェックリスト等を活用し、関係者間で
であるが、①議題と結論のみの記載に留まってお
情報共有しながら進めているケースが一般的であ
り、会議において実質的な審議がなされたことを
るが、クロージング後業務に関しては一様ではな
事後的に説明できない、②議事録自体に誤植等が
い。例えば、①運用担当者への引継ぎが属人的に
注8
売主との交渉に前後して、信託銀行や PM 会社、ML 会社の選定も行う必要があることから売主等と表記した。
注9
業務記録の作成が内部管理との関係でも重要であることについては、「金融商品取引業者等検査マニュアル」Ⅱ- 2 - 3 業務編・第二種金融商
品取引業者 3.内部管理(4)③「内部管理担当者は、取引内容等に係る日々の検証に際し、特に規定外の取り扱いが行われた取引等に関し、
その理由や経緯、処理方法等について十分な調査・検証を行い、正確な記録を残しているか」等を参照されたい。
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行われており、上席者によるポスクロ事項等の進
捗モニタリングが行われていないケース、②引継ぎ
が不十分で、本来実施すべきクロージング後業務
4.
一般的な売却業務フロー
AM 会社における資産売却業務フローは概ね表
を失念したケース等が見られる。このような事態を
2の手順になるものと考えられる注 10 。
避けるため、引継ぎに当たっては定型の引継書を
用いるとともに、ポスクロ事項がある場合には、進
捗状況のモニタリング態勢を構築すべきである。
(1)売却物件の選定
引継ぎが曖昧になされると、例えば、取得の前提
売却の目的及び市況動向を十分に勘案して行う
となったバリュエーションとは大きく異なる予算が
必要がある。着眼点としては、規模、立地、築年数、
作成され、取得時の収益見通しと実際の運用とに
稼働率や賃料の下落リスク、減損リスク等様々な
最初から齟齬が生じる等のリスクがある。クロージ
ファクターがあり、また、財務戦略から売却を行う
ングまでにクロージング後業務のチェックリストを
場合にはローン期限やリリースプライスも重要な
作成しておき、当該チェックリストに基づきポスクロ
ファクターとなると考えられる。いずれにせよ、ど
事項等の進捗管理を行うことが望ましい。
のような観点から物件を選定したのかが分かるよ
表2 AM 会社における資産売却業務フロー
No
1
2
3
項目
主な内部管理態勢整備のポイント
売却物件選定
投資クライテリアへの合致状況 ・検討記録の証跡化
等を確認し、戦略的見地から売 ・運用部門との情報共有
却候補物件を抽出する。
売却計画立案
売却時期、目標価格、引渡条件 ・検討記録の証跡化
等の基本方針を売却計画として ・運用部門との情報共有
・資産運用計画への反映
設定する。
仲介業者選定、売却資
料開示
仲介業者を選定し、必要な関連 ・選定経緯及び選定理由の証跡化
資料を開示する。
・開示資料管理
売却活動開始
仲介業者による買主探索開始、 ・情報開示先の把握・管理
または AM 会社自ら買主候補 ・仲介業者からの売却活動報告
・追加開示資料管理
に案件を持ち込む。
・個人情報管理台帳管理
4
5
内容
LOI 受 領・ 売 渡 承 諾 書 買主より LOI を受領、内容確認 ・買主の属性、資金調達力チェック
発出
のうえ、優先交渉権を付与する。 ・利害関係人取引の確認
6
買主との交渉・ドキュ
メンテーション
買主と交渉を行い、
合意内容
(価 ・交渉記録等の作成
格、引渡条件等)を売買契約書 ・契約書等のリーガルチェック
等に反映する。
7
売却決議
最終的な売却条件を審議・決議 ・売却条件の妥当性検証方法
契約、決済・引渡
契約締結後、決済・引渡しを行う。 ・ディスポジションフィーの請求
・原本資料の管理
引渡後業務
クロージング後業務への対応
ポスクロ事項の進捗管理
8
9
・引渡後業務の実施態勢
注 10
本稿では、出口戦略やポートフォリオの品質強化のために、AM 会社が能動的に売却を行うケースを想定しているが、リーマンショック後の金
融市場混乱時には、リファイナンス不調に伴いレンダー主導で半強制的(受動的)な売却を強いられたケースが多かった。この場合には、No1
と No2 のプロセスがなくなるものと思われる。一方でレンダーへの売却活動報告等の対応が必要になると考えられる。
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う検討過程を証跡化しておく必要があるが、①詳
ている会社が多いが、厳密には仲介業務はこの段
細検討を行っているにもかかわらず、会議体資料
階から始まっていることを踏まえ、不要な係争の回
に検討資料が添付されていない、②検討ファイル
避という観点から契約締結の時期についてはより
が担当者の PC 内に保存されたまま放置されてい
慎重に検討する必要がある
た、といったケースが見られる。その一方、毎期、
発生しやすい局面につき、仲介業者の選定理由や
運用物件についてコア物件とその他物件との選別
業務記録の証跡化は極めて重要である。
注 11
。利害関係取引が
作業を行い、その他物件について期中の想定売却
価格を算出し、対象物件の売却がポートフォリオ
(4)売却活動開始
に与える影響をシミュレーションしている会社もあ
売却活動開始後、セラーズエージェントから先の
る。売却制約条件が存する場合もあるため、売却
買主(検討者)や買主側仲介業者からも CA を取
物件の選定は運用部門とも情報共有を行い進める
るかどうかは各社で扱いが異なる。事務効率の観
必要がある。
点からはセラーズエージェント一任とする方法も考
えられるが、この場合でも、売り物件情報の散逸
(2)売却計画立案
売却物件の選定後、売却計画(目標売却価格、
とレピュテーションリスクが残ることを念頭に置い
た業務を行う必要がある。具体的には、少なくと
最低売却価格、需要者の属性、仲介業者、売却
もセラーズエージェントからの資料開示先、開示に
方式、売却時期等)の立案を行う。目標売却価
際して行っている反社チェック体制等は AM 会社と
格は、必ずしも物件毎に精査のうえ設定するとは
して書面等で把握しておく必要があり、また、必
限らない。「諸経費・利益込みで簿価の 110% 」 と
要に応じてサンプリングチェックも行うとモニタリン
いった設定を行うケースもあるし、アスキングプラ
グの実効性が高まると思われる。なお、物件売却
イスを開示せずに LOI を集めるという売却方法で
活動状況は投資委員会等への報告事項としている
あれば、そもそも目標売却価格を設定しないとい
会社が多く、その資料作成及び仲介業者のモニタ
う考え方もあり得る。また、瑕疵担保責任回避の
リングという意味もこめて、仲介業者から定期的に
ため、まずは売却の相手方を宅建業者や金商業者
活動報告書を受領しているケースもある。
等のいわゆるプロに限定した計画を立案するケース
も多い。いずれにせよ、立案された売却計画に係
る各項目について、その理由及び検討証跡を残す
ことが重要である。
(5)LOI 受領・売渡承諾書発出
各社とも買主の反社チェックと決済の確実性に留
意している。また、複数の LOI を集めた場合は、
価格のみならず引渡条件をも勘案のうえ、第二順
(3)仲介業者選定・売却資料開示
セラーズエージェントとなる仲介業者を選定した
位の優先交渉権者まで選定・通知している会社も
ある。取得時と比べれば論点は少ない。
ら、資料開示に先立ち守秘義務契約を締結する。
資料開示に当たっては、いつどの資料を提供した
かがわかるように記録を残す必要がある。なお、
媒介契約締結は物件売買契約時に同時に行うとし
(6)買主との交渉・ドキュメンテーション
基本的な留意点は物件取得時に同じであるが、
業務記録の作成、特に仲介業務記録の作成に留
注 11
重要事項説明等を売買契約締結前に行う必要から、最近では売買契約締結に先立って媒介業者から媒介契約締結を要請されるケースが増えてい
るようである。但し、この場合でも媒介報酬の支払い義務はクロージング実行により発生することを明記している。
87
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意する必要がある。利害関係者に仲介業務を依頼
(9)クロージング後業務
する場合には、その理由について高い説明性が求
敷金残高管理表の修正漏れ、付帯契約の名義変
められること、そもそも仲介手数料は、依頼内容
更漏れ、自社データベースからの登録削除漏れ等
や難易度、成果に応じて決定のうえ支払われるべ
が見られる。また、文書管理の観点からは、例え
きものと考えるならば、仲介業務記録は仲介手数
ば外部倉庫に保管している過去の PM レポートや
料決定に係る重要な根拠資料にもなるものである。
退去済テナント契約関連書類の廃棄漏れ等がよく
特に売却仲介の場合には、仲介業者に入札支援
見られる事例である。これらのクロージング後業務
業務を依頼したり、買主への買い上がり交渉を依
は、対応部門が複数部署に跨ることも多いため、
頼したりすることも多いと考えられることから尚更
定型のチェックリスト等を用いて組織的に対応し、
である。
対応完了後は当該チェックリストをクロージングバイ
ンダーに綴って保管する等の措置が望ましい。
(7)売却決議
売却価格の妥当性検証方法としては、①不動産
鑑定評価書を取得する、②社内バリュエーション
を実施する、③複数の LOI を集めてマーケットプ
5.最後に
今回は取得・売却業務に係るフローを取り上げ、
ライスを確認する等、各社で異なる対応が取られて
AM 会社の内部管理態勢整備状況を紹介しつつ
おり、検証方法に応じて会議体での審議内容や審
業務を俯瞰的に眺めることに終始した。紹介した
議方法は異なる。取得決議と同様、詳細は次回に
事例は主に J-REIT 資産運用会社に係るものであ
取上げることとしたい。
るが、同じ J-REIT 資産運用会社であっても、例
えば、物件取得時における投資採算性の検証方法
(8)契約、決済・引渡し
基本的な留意点は物件取得時に同じであるが、
等その扱いが異なる項目が多いことがお分かりい
ただけたと思う。
AM 会社が受領するディスポジションフィーについ
次回は、今回取り上げた業務フローの中でも特に
ては、① AM 契約で売却益が発生した場合のみ
各社での取り扱いが異なり、かつ、物件取得・売
受領するとしている、②売却損が発生したが AM
却業務の根幹とも言える「投資採算価値の分析及び
契約に基づき受領した、③売却損が発生したので、
取得・売却決定に至る意思決定プロセス」にスポッ
損失補てんに該当しないことを確認のうえ辞退し
トを当てて考察することとしたい。各社の業務フロー
た、等のケースが見られる。基本的には AM 契約
やリスク管理手法のあり方等によって、特に留意す
の枠組みの中で決定されるべき内容であり、どれ
べきリスクの所在や内部管理態勢整備の方向性が
が正解ということはないと考えられるが、売却損の
異なるということを具体的に解説する予定である。
発生状況下で報酬を受領する場合には、その額及
び妥当性について投資家保護の観点から慎重に審
※本記事における見解は、筆者らの私見であり、
議する必要がある。
筆者らが属する組織の見解ではないことをお断りし
ます。
いのうえ かずたか
のもと かずひろ
一般財団法人 日本不動産研究所、J-REIT 資産運用会社での経験を
活かして、J-REIT、不動産ファンド運用会社等のコンプライアンス、
リスク管理、内部監査態勢についてのコンサルティング業務を実施
している。
総合証券会社での業務の経験を活かして、現在は主として、J-REIT、
不動産ファンド運用会社等のコンプライアンス、リスク管理、内部
監査態勢についてのコンサルティング業務を実施している。
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ARES53.indb 88
11.12.5 5:28:20 PM
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