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アジアの国際シンジケート・ローン市場

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アジアの国際シンジケート・ローン市場
アジアの国際シンジケート・ローン市場
ミクロ・データによるシンジケート構造の分析
山口昌樹
はじめに
「国際シ・ローン市場」
)を分析対象とし、
本研究は、国際シンジケート・ローン市場(以下、
資金供給者である銀行の市場行動を分析することを通じて、アジアにおける国際金融の市
場構造を明らかにする。ミクロ・データを用いて市場構造を解明するという試みはアジア
の国際金融市場分析ではこれまで行われてこなかった。本研究は以下のような問題意識に
立脚している。
アジアを対象とした国際金融研究といえば、通貨危機を教訓として、アジア債券市場、
アジア共通通貨といったアジア金融市場の統合に向けた提案が目立つ。ただし、こうした
研究はあくまで提案やシミュレーションであって、国際金融市場の現状分析を背景にした
研究とは言い難い。これまでアジアの国際金融市場についてはマクロ・データに依拠した
分析がほとんどであった。通貨危機分析でも数多くの研究が国際収支表の資金の流れを追
いかけるだけで、資金供給者がどのような行動をとっていたのかという基本的な質問すら
積み残されている。
アジア域内の金融リンケージに迫った研究はたしかに存在する。河合編(1996)は、金
融リンケージの深化について数量的に検証しており、銀行の相互進出状況、貯蓄 - 投資の
相関、金利への域内諸国からの影響、株価の連動性といった手法を用いて分析している。
de Brouwer(1999)もまた計量的手法を用いて検証しており、金利平価条件の成立や金利の
相関によって現状分析を行っている。
しかし、これらの研究が提出した実証結果は金融リンケージの深化を明らかにする直接
的証拠というよりは、状況証拠を提示したものであり、域内金融仲介の構造は明らかにで
きていない。アジアにおける国際金融システムを展望するには市場構造の実態把握は不可
欠な基礎研究であり、これが本分析のモチベーションである。
本稿では産業組織論の枠組みから分析を進める。つまり、国際シ・ローン市場の市場構
造を、供給者である銀行の市場行動を分析することで明らかにする。産業組織論で市場行
動といえば、価格決定や投資決定といったものが想起されるが、ここではシンジケート規
模(参加行数)の決定という意思決定を分析対象とする。金融理論では金融活動に影響を
与える決定的に重要な要因は情報の非対称性である。シ・ローンに関する実証研究でも借
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アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
り手企業に関する情報が供給者の意思決定にとって重要な要因であることが報告されてい
る。本稿でも「情報の経済学」の視点から銀行の市場行動に影響を与える要因を検証する。
また、市場構造は産業組織論では市場の集中度を計測する指標を用いて、市場の競争度
を分析することが多い。しかし、本稿では邦銀を含むアジア系銀行と欧米系銀行との競合
関係を分析対象とし、競争度とは異なる視点から市場構造を明らかにしていく。
これ以降の構成は次の通りである。Ⅰではアジアにおける国際シ・ローン市場の概要と
先行研究を紹介する。実証分析の回帰モデルと使用したデータについてはⅡでとりあげ
る。Ⅲでは推定結果とその解釈を論じる。Ⅳでアジア系銀行と欧米系銀行との違いを分析
する。むすびでは本研究で得られた知見をまとめ、将来の課題を述べる。
Ⅰ シ・ローン市場の概要
1. 対外資金調達における位置付け
近年、アジアにおける対外資金調達は大きく増加している(表 1)。こうした増加はアジ
アに限らずラ米、中東欧、中東といった新興市場国全体で確認できる。この背景には 1990
年代後半から頻発した通貨危機が終息したことで新興市場国向けの信用市場も落ち着きを
取り戻したこと、さらに BRICs に象徴されるように新興市場国の高い成長性に注目が集
まっていることがある。
通貨危機以後、対外的な資金調達手段としては債券が注目されてきた。一方で銀行によ
る国際的な資金仲介は問題視されていた。これは危機以前に観察された大規模かつ短期の
資本流入を担っていたのが銀行信用であったことに起因する。さらにこの資本流入が企業
や銀行のバランスシートに調達と運用との間で期間と通貨のダブル・ミスマッチを惹起し
たことが、通貨危機から金融危機、そして経済危機を招いたのだった。
資金調達構造の脆弱性に対する反省から、自国通貨建て、かつ長期の調達を可能とする
ような債券発行が求められている。この方向性を後押しすべくアジア債券市場イニシアチ
ブのような地域的な政策協力が進められている。政策協力は多様な通貨・期間の債券をで
きる限り大量に発行し、市場に厚みを持たせるとともに、保証や格付機関等の環境整備を
表 1 アジア地域の対外調達構造
(単位:百万米ドル /%)
債券
株式
ローン
2000
2001
2002
2003
2004
2005
24,501.1
28.2
32,567.7
37.5
29,812.0
34.3
35,869.2
53.2
9,591.5
14.2
22,022.7
32.6
22,532.7
33.5
12,411.4
18.5
32,257.3
48
35,778.8
40.7
24,679.6
28.1
27,509.9
31.3
52,121.3
42.1
35,286.6
28.5
36,311.3
29.3
53,566.1
35.6
57,940.2
38.5
38,881.6
25.9
(注)
ローンはシンジケート・ローンを表す。下段の数字は比率を示す。
(出所)
IMF, Global Financial Stability Report, April 2006.
アジアの国際シンジケート・ローン市場
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行うことで、債券発行企業・投資家双方にとって使いやすい、流動性の高い債券市場の育
成を目指している。
こうした債券への注目の一方で、アジアの対外資金調達においてシ・ローンは重要な位
置を依然として占めている。最近では債券や株式よりもシェアは低いが、それでも対外調
達の 4 分の 1 はシ・ローンによるものである。
表 1 では資金調達源としてシ・ローンの重要性が低下しているように見える。この低下
は中国における株式調達が大幅に増加したことを反映している。例えば、2005 年において
中国の株式調達額は前年比 11,500 百万ドル増の 26,024 百万ドルで、アジア全体の 45% 弱
を占める。最近の中国の調達を勘案すると、シ・ローンの重要性は数字に表れているより
も高いと考えていいかもしれない。
また、いくら債券のメリットが大きいとはいえ、銀行による国際金融仲介の意義がなく
なるわけではない。情報開示を好まない企業への信用供与では情報問題の軽減のためには
銀行の情報生産機能がやはり有効である。また、契約の不完備性への対処は債券では困難
であり、その点では融資という契約形態が優位にある。
さらに、通貨危機時に問題になったのが銀行による国際金融仲介であったにも拘わら
ず、銀行行動がどのようなものであるのか、未だに明白にはなっていない。アジアの国際
金融システムの将来像を展望するには、システムの一部であるシ・ローン市場の実態把握
が欠かせない。
対外調達に占める位置、国際金融仲介の意義、アジアの国際金融システムの展望という
3 点から国際シ・ローン市場の供給構造を分析する意義は高いと言える。なお、分析方法
としては海外資金への需要に注目する企業金融からのアプローチも考えることはできる。
しかし、データ収集自体が困難であり、また、融資の取引条件を勘案したデータを取得す
るのは不可能である。そうした制約を考慮して、本研究ではシ・ローンの供給構造を解明
するという産業組織論的なアプローチを採用する。
シ・ローンでの供給構造を分析する上で重要な役割を果たしているのが、アレンジャーで
ある。アレンジャーは貸出案件を創出し、融資引受のためのシンジケートを組成する。参加
行の招聘ばかりではなく、アレンジャーは融資条件を詰めるため借入人と参加行との橋渡し
をし、交渉を契約書に正確に反映させるという任を負っている。また、シンジケートが競合
するようなケースでは、競争力のあるシンジケート戦略を打ち出すことも求められる。
アジア市場では欧米系銀行ばかりでなくアジア系銀行もアレンジャーとしての存在感は
大きい。表 2 は 2005 年と 2001 年とにおける件数から見たアレンジャーのリーグ・テーブ
ルである。アレンジャーの上位 20 行中、ほぼ半数はアジアの金融機関が占めている。邦
銀ばかりでなく、中国、韓国、シンガポールの銀行もアレンジャーとして市場に登場して
いる。
域内の銀行がアレンジャーとして活躍しているという市場構造はアジア市場の特徴であ
る。Gadanecz(2004)によれば、借入企業と同一国籍の銀行がアレンジャーとなった比率
58
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
表 2 リーグ・テーブル(アレンジャー)
2005
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
Standard Chartered Bank
Development Bank of Singapore Ltd
Calyon Corporate & Investment Bank
HSBC Banking Group
Sumitomo Mitsui Banking Corp
Mizuho Financial Group
BNP Paribas SA
Mitsubishi UFJ Financial Group Inc
Citigroup
ABN AMRO Bank NV
ING Group
Oversea-Chinese Banking Corp Ltd
Bank of China
Korea Development Bank
Kookmin Bank
Industrial & Commercial Bank of China
Bank of America
United Overseas Bank Ltd
BayernLB
Natexis Banques Populaires
件数
107
106
101
91
89
82
79
63
61
52
48
46
42
38
36
30
26
25
24
24
2001
件数
Standard Chartered Bank
Citigroup
HSBC Banking Group
Sumitomo Mitsui Banking Corp
Mitsubishi UFJ Financial Group Inc
Bank of America
ABN AMRO Bank NV
Development Bank of Singapore Ltd
Bank of China
BNP Paribas SA
Mizuho Financial Group
Korea Development Bank
Industrial & Commercial Bank of China
WestLB AG
Hang Seng Bank Ltd
Societe Generale
Oversea-Chinese Banking Corp Ltd
Calyon Corporate & Investment Bank
United Overseas Bank Ltd
ING Group
65
65
61
48
43
40
37
36
33
32
27
26
25
24
21
21
21
20
19
16
(注)
網掛けはアジア系銀行を示す。
(出所)
Loan Pricing Corporation, DealScan.
がアジア地域では他の新興市場国マーケットに比べて高い。1999 年から 2004 年第 1 四半
期のデータでは、その比率はアジアの 37% に対し、東欧が 12%、ラ米は 7% であった。ア
ジア以外の地域では域外銀行の存在がシ・ローン市場で決定的に重要となっている。
また、資金供給の面でもアジア市場は他の市場とは異なっている。この点は借入人と同
一国籍の銀行によって貸出が実施されている割合から分かる。アジアでの比率が 51% と半
分を超えている一方で、東欧では 13%、ラ米では 8% と大きな差がある。通貨危機研究で
アジアはドルとの金融的なリンケージが強いことが指摘されてきたが、資金供給を担うプ
レイヤーとしてアジアの金融機関が従来の認識以上に大きな存在であることが分かる。
このようにアジア系、欧米系銀行が入り混じってシンジケートを組成している市場にお
いて、どのような競合関係が形成されているのか。市場行動を分析することによって市場
構造を浮かび上がらせていく。
2. 先行研究
アジアにおける国際シ・ローンの市場構造に関する先行研究は少ない。McCauley et
al.(2002)は国際債券と国際シ・ローンとについて、債務発行者と購入者の国別シェアと
いう視点から市場構造を分析し、東アジアの国際金融は従来からの認識以上に統合が進ん
でいると主張した。
Gadanecz(2004)は世界のシ・ローン市場の供給構造を分析する中で、アジア市場にも
言及している。アジア市場で域内銀行はアレンジャーとしてより参加行として活動してお
アジアの国際シンジケート・ローン市場
59
り、著名な国際銀行がシンジケートを組成し域内銀行に販売する構造を見出している。こ
の構造の背景には域外銀行が参加行にとっての保証効果を持ち、それゆえ、域内銀行がア
レンジャーとして審査や監視に携わるよりも参加行として資金供給することを促すと説明
している。ただし、リーグ・テーブルに示されているようにアジア系銀行のアレンジャー
としての地位は欧米系銀行に遜色ないものであり、Gadanecz(2004)のような市場構造の
捉え方は単純すぎる。以上の研究ではミクロ・データを使用しているものの、市場行動に
は着目していない。
アジアの国際シ・ローンでの市場行動に関する先行研究は見つけることができなかっ
た。しかし、国内シ・ローンについては豊富な先行研究の蓄積がある。米国におけるシ・
ローン研究としてはまず Dennis and Mullineaux(2000) がある。この研究は 1987 年から
1995 年の間に締結された 3410 のローン案件について、シンジケートを組成するか否か、
どれだけの比率のローンを販売するかという意思決定に影響を与える要因を情報の非対称
性から説明を試みた。彼らは債務者情報の透明性が高く、アレンジャーの評判が高く、融
資期間が長いほどシ・ローンを組成するという結果を得ている。また、情報問題が大きい
ほどアレンジャーが保有するローンの割合は高くなることも報告されている。
同じく米国についての研究には Lee and Mullineaux(2001)がある。この研究では 1987 年
から 1995 年までの 1491 件を対象にして、シンジケートの参加行数や集中度といったシン
ジケート構造の決定要因を分析した。実証結果は借手企業の情報、借手企業の信用リスク、
アレンジャーの評判、ローンの期間が有意な要因であることを明らかにしており、アレン
ジャーはシンジケート規模を抑えて集中度を高くすることで監視するインセンティブを強
め、逆選択問題に対処していると彼らは結論付けている。日本についても同様の分析が渡
邊(2005)によってなされており、米国の研究と同様の結果が確認されている。
先行研究はいずれも情報問題がシンジケート構造に影響を与えていることを報告してい
る。本研究では以上のような先行研究に倣い、シンジケート構造の決定という市場行動を
実証分析の対象とする。
Ⅱ シンジケート構造を決める要因
1. 回帰モデル
本研究で用いた推計式は次のような一般形で示される。
参加行数= f(情報変数、融資条件、アジア・ダミー、時間ダミー)
被説明変数である参加行数はシンジケートに参加した金融機関の数を表す。1 つ目の説
明変数群である情報変数は借入企業に関する情報問題を捉える代理変数である。貸し手は
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アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
借り手ほどにはその支払い能力や支払い努力、ひいては債務の返済可能性についての情報
を保有していないというのが一般的である。こうした情報の非対称性が深刻な状況では問
題解決のための情報費用は高くなり、金融取引は円滑には進まない。
金融研究では企業の資金調達が情報の非対称の程度によって異なってくることを多くの
研究が指摘してきた。Diamond(1991)は債務者が順調な債務返済のトラック・レコード
を蓄積し、信用情報の質を高めていけば、企業の調達手段は銀行借入から債券のような資
本市場へ移っていくことを理論的に示唆した。
また、Carey et al.(1993)は資金調達のライフサイクル・モデルと言えるより拡張された
見方を提示した。企業の成長、情報の蓄積、評判の確立によって調達手段は内部金融、ベ
ンチャー・キャピタル、銀行借入、私募債といったプライベートな性質の強いものから公
開市場へと移っていく。つまり、情報の非対称性が軽減するにつれて相対型取引から市場
型取引へ負債構成の比重が変わっていく。
シ・ローンは相対型取引と市場型取引の両方の要素を持っている。Boot and Thakor
(2000)の言葉を借りれば、relationship loans と transaction loans の混合型がシ・ローンであ
る。具体的には、借入企業の融資審査と債権管理を担う商業銀行業務と、ローンの引受・
販売を担う投資銀行業務を組み合わせたのがシ・ローンである。推計式で被説明変数とな
るのは参加行数であり、シ・ローンの中の市場型取引に関係している。それゆえ、情報問
題の程度が大きくなれば参加行数に負の効果を持つと予想される。
情報問題を捉える代理変数として推計式では取引実績、格付、上場の 3 つの変数を用い
た。取引実績は同一借入人が 1990 年代以降に国際シ・ローンを組成した回数である。こ
れは借入企業のシ・ローン市場での知名度を表す。シ・ローン市場に繰り返し登場するこ
とは債務返済を順調にこなしてきた証であり、そうしたトラック・レコードの蓄積は情報
ギャップを縮小させる。それゆえ回帰係数の符号はプラスと予想される。
残りの 2 つはダミー変数であり、債券格付の有無と上場会社か否かを表す。格付取得、
株式公開のいずれの場合も銀行の情報生産を補完するような追加的な情報生産が銀行以外
の経済主体によって行われる。上場企業となれば情報開示義務が課され、情報公開を企業
自らが行わなくてはならない。また、債券発行に際しての格付取得によって、格付会社は
債務発行企業についての信用情報を生産する。こうして生産された情報は誰にでもアクセ
ス可能であるため、情報の非対称性が緩和される。予想される係数の符号はプラスである。
2 つ目の説明変数群である融資条件は融資期間、融資額、担保、融資枠の 4 つの変数を
含んでいる。融資期間は期間(月単位)の自然対数値を使用する。融資期間がシンジケー
ト規模に与える影響は正、負どちらとも予想できない。融資期間を短期にして借り換えさ
せるようにするなら、監視機会が増えることになる。監視機会の増加が情報問題を軽減す
るため、この経路からは期間が長くなるほどシンジケートを組成しにくいことになる。一
方、監視費用が過剰になることを回避するため融資期間の長期化を選好するというチャン
ネルも考えられる。この場合は融資期間の回帰係数がプラスになると予想される。
アジアの国際シンジケート・ローン市場
61
さらに融資期間の考察には信用リスクの観点も必要になる。Flannery(1986)はリスクの
高い企業ほどより長期の債務を発行すると主張している。ただし、実証研究では長期債務
の方がスプレッドが小さいとする研究とそれと反対の主張をする研究が混在している。長
期債務の方が信用リスクが小さいなら、シンジケートの組成は容易になり、シンジケート
規模は拡大する。他方、長期債務の方が信用リスクが高いなら、アレンジャーは規模を抑
えたシンジケートを組成する。いずれのチャンネルにしても融資期間の符号は事前に予想
することは難しい。
融資額は単位を米ドルに揃えて比較可能にしている。融資規模が大きくなるほどシンジ
ケート規模は大きくなると考えられるため、融資額の符号はプラスと予想できる。シ・
ローンへの取り組み動機としては、同一債務者へのエクスポージャーがポートフォリオの
中で過大となる集中リスクを回避することがある。また、創出した案件を販売して手数料
を獲得すれば、BIS 規制によってリスク・アセットの使用に制約を受ける状況では、自己
資本比率や資本収益率といった経営指標の改善につながることも取り組み動機の 1 つであ
る。
担保は融資取引に担保または保証が差し入れられているのかを示すダミー変数である。
担保については事前に符号を予測するのは難しい。Berger and Udell(1990)は有担保貸出
は無担保貸出よりも債務不履行のリスクが高いという証拠を提出している。業績低迷等で
信用リスクの高い貸出について銀行は担保を徴求する。この場合、債務者の監視を効率的
にできるようアレンジャーはシンジケート規模を抑える。また、融資契約の再交渉が容易
にできるという視点からもシンジケートの集中度を高める。係数の符号はマイナスと予想
される。
一方で、債務者が信用度の高さを示すシグナルとして担保を提供するという見方もあ
る。担保価値についての情報生産は資産価格評価であり、債務者の信用リスクに関する情
報生産より費用は少なくすむ。債権が担保価値でカバーされているような場合は債務者の
モニタリングがあまり必要とされないため、シンジケートは組成しやすい。この場合、係
数の符号がプラスと予想される。
3 つ目の説明変数群はアジア・ダミーであり、アジア通貨ダミーとアジア・アレン
ジャーダミーを含む。アジア通貨ダミーは債務発行通貨が円を含むアジア諸国通貨である
か否かを示す。通貨危機研究では米ドルによる国際金融仲介が問題視され、アジア諸国通
貨建ての債務発行を推進しようとする取り組みが学界や通貨当局で盛り上がっている。ア
ジア通貨でのシ・ローン組成がシンジケート規模に与える影響を明らかにすることで、こ
うした取り組みの有効性を検証することにつながる。
アジア・アレンジャーダミーは、アジア域内の銀行がアレンジャーとなった案件か否か
を表す。国際シ・ローンの市場構造を究明するに際しては、供給者の市場行動の違いは重
要な点である。アジア域内銀行は債務発行企業のリスクについて域外銀行よりも精通して
いると考えられるため、情報ギャップの程度も異なってくると予想できる。こうした格差
62
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
が市場行動の違いとして現れるのを捕捉するのがアジア・アレンジャーダミーである。
推計式には時間ダミーも含めた。データの対象期間が複数年にわたっているため、マク
ロ的な経済環境の変化がシンジケート構造に与える影響を時間ダミーでコントロールし
た。推計にはポワソン回帰を採用した。これは非説明変数である参加行数が非負の整数だ
からである。
2. データ
今回の研究で使用したデータは Loan Pricing Corporation が提供する商用データベース
DealScan から取得した。DealScan は世界最大級のローン専門データベースであり、記者と
アナリストが収集したアジア、北米、南米、欧州の 15 万 5 千件以上のデータから構築さ
れている。データは個別シ・ローンの情報を含んでおり、本研究に必要なミクロ・データ
が利用可能である。なお、Dennis and Mullineaux(2000)や Lee and Mullineaux(2001)といっ
た先行研究のほかにも多くの研究がこのデータベースを利用している。
実証分析の対象期間は 2001 年から 2006 年第 1 四半期までの 5 年 3 ヶ月である。この間
に締結された国際シ・ローンのデータを使用した。なお、ここで国際シ・ローンとは借入
企業と国籍が異なる金融機関が少なくとも 1 つは参加している貸出のことである。これは
BIS が用いている国際シ・ローンの定義である。
対象国は中国、香港、シンガポール、韓国、フィリピン、マレーシア、タイ、インドネ
シア、インドの 9 カ国である。標本の中には一部のデータが欠損しているものがあり、最
終的に標本数は 2822 案件となった。
標本の記述統計量を示したのが表 3 である。上場企業向けのシ・ローンの割合は 31.7%
表 3 記述統計量
a. 連続変数
平均
参加行数
取引実績(回)
融資期間(月)
融資額(百万ドル)
メジアン
7.49
3.9
57.3
164.55
四分位範囲
6
2
48
74.39
8
3
24
117.52
(単位:件)
b. ダミー変数
格付
上場
融資枠
担保
アジア通貨
アジア
アレンジャー
該当する
574
(20.3%)
896
(31.7%)
372
(13.1%)
593
(21.0%)
1191
(42.2%)
1051
(36.4%)
該当せず
2248
(79.7%)
1926
(68.3%)
2450
(86.9%)
2229
(79.0%)
1631
(57.8%)
1831
(63.6%)
標本数
2282
(100%)
2282
(100%)
2282
(100%)
2282
(100%)
2282
(100%)
2282
(100%)
(出所)
筆者作成。
アジアの国際シンジケート・ローン市場
63
であり、国内において評判を確立した企業がシ・ローン市場に参加していることがうかが
える。標本のうち格付を取得している企業の割合は 20% とかなり少ない。Dennis and
Mullineaux(2000)が調査した米国内のシ・ローン案件では格付取得の比率が 33% であっ
たことを勘案すると、国際案件が国内案件より高い情報の透明性が求められるはずである
にも拘わらず、アジアの国際シ・ローン案件は格付取得率が低い。
また、アジア諸国通貨で調達する案件の割合は 42% と予想以上に高い。通貨危機以前に
おいてアジアの国際金融活動には米ドルとの強いリンケージが観察されていたが、分析対
象期間については米ドルに依存しない調達もかなりの割合にのぼることをデータが示して
いる。この事実はアジアにおける金融統合が進展していることの証左なのかもしれない。
さらにアジア系銀行がアレンジャーとなった案件は全体の 36% を占めており、欧米系銀
行と肩を並べてアジア系銀行が活動していることが分かる。東欧やラ米のように域外の金
融機関がアレンジャーを占めてしまうようなシ・ローン市場とはアジア市場は供給構造が
異なっている。
Ⅲ 推定結果
1. 情報変数
ベンチマークとなるのが表 4 の推計 1 である。推計 1 では過去におけるシ・ローン市場
での組成実績が参加行数に有意な影響を与えるという結果は得られなかった。先行研究で
は参加行数と組成実績との間に線形関係を想定していた。しかし、このような線形関係を
想定することは現場のローン・オフィサーの感覚からは乖離している。取引実績の蓄積は
シ・ローン市場における債務発行者の評判を高め、アレンジャー、あるいは参加行におけ
る情報生産を補完する。ただし、取引実績の増大にしたがって融資審査を助長する効果が
大きくなるとは考えられない。取引実績が情報生産を補完するものの、ある程度の回数を
超えれば、その効果は逓減すると想定するのが自然である。つまり、参加行数と取引実績
とには非線形関係を見出せる可能性がある。
そこで推計 2 では取引実績の非線形性の効果を検証するために、取引実績の二乗項を説
明変数に加えた。取引実績がある程度の回数を超えると効果が逓減するという想定から、
取引実績の回帰係数がプラス、二乗項の回帰係数はマイナスになると予想される。推計結
果はこの予想に合致したものであった。取引実績の蓄積はある程度の回数まではシ・ロー
ン市場での借入人の評判を高め、情報問題を軽減すると解釈できる。それゆえ、ローンの
プレースメントを容易にし、シンジケート規模は拡大するという関係が読み取れる。
ここで注意したいのは、この取引実績という説明変数はシ・ローン市場での登場回数で
あるが、リレーションシップ取引の文脈で見られるような長期的融資関係を排除してはい
ない点である。前田(2006)によれば、シ・ローンは従来のリレーションシップ取引を補
64
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
表 4 推計結果
取引実績
推計 1
推計 2
推計 3
推計 4
推計 5
0.0016
(0.001)
0.0247*
(0.003)
0.0266*
(0.003)
0.024*
(0.003)
0.025*
(0.003)
–0.0008*
(0.0001)
–0.0007*
(0.0001)
–0.0007*
(0.0001)
–0.0007*
(0.0001)
2
(取引実績)
格付
0.2001*
(0.018)
0.1400*
(0.019)
0.1396*
(0.019)
0.1306*
(0.019)
0.1305*
(0.019)
上場
0.1488*
(0.014)
0.1321*
(0.014)
0.1161*
(0.014)
0.1082*
(0.014)
0.1176*
(0.014)
融資期間
–0.0818*
(0.009)
–0.0790*
(0.009)
1.2817*
(0.073)
1.3447*
(0.074)
1.3072*
(0.073)
–0.1896*
(0.010)
–0.1972*
(0.010)
–0.1922*
(0.010)
2
(融資期間)
融資額
0.2382*
(0.006)
0.2342*
(0.006)
0.2515*
(0.006)
0.2538*
(0.006)
0.2536*
(0.006)
融資枠
0.2381*
(0.018)
0.2826*
(0.018)
0.2356*
(0.018)
0.2724*
(0.019)
0.2536*
(0.018)
担保
0.0353
(0.018)
–0.1318*
(0.014)
アジア通貨
–0.1218*
(0.014)
アジア・アレン
ジャー
定数項
標本数
Pseudo R2
–2.1606*
(0.119)
–2.1261*
(0.119)
–4.788*
(0.185)
–4.9081*
(0.187)
–4.8376*
(0.185)
2802
0.111
2802
0.114
2802
0.132
2802
0.136
2802
0.136
(注)
カッコ内の数字は標準誤差、* は 1% 水準で有意であることを示す。
全ての推計式は年次ダミーを含む。
(出所)
筆者作成。
完する市場型間接金融に位置づけられる。シ・ローンではシンジケートに借入企業と過去
に関係を持たない銀行がスポット的に入ることで、リレーションシップ取引の社会的費用
である「ソフトな予算制約」を軽減できると考えられている。しかし、似通ったシンジケー
ト団の組成が繰り返し再現されるようであれば、問題は依然として解消されない。
今回取り上げた変数はシ・ローン市場での評判を捕捉しようとするものであり、長期的
融資関係によって金融機関に蓄積される債務発行企業の信用情報量の代理変数ではない。
しかし、シンジケートの構成が過去と似通ったものであったか、あるいは、アレンジャー
が同一債務者と過去に繰り返し取引をしていたのか、という点を考慮していない。そのた
め、意図せずして取引実績が長期的融資関係を捕捉している可能性もある。
この問題は別の視点から考えると、シ・ローンにおけるリレーションシップ取引の要素
を検証することにつながる。アレンジャーとの取引回数、シンジケート構造の中身を考慮
した別の研究戦略の下での分析が必要であろう。
次に、格付を取得していること、上場企業であることが参加行数にプラスに影響するこ
アジアの国際シンジケート・ローン市場
65
とがすべての推計式において統計的に確認できる。債務者企業に関して利用できる情報が
増えれば、シンジケートへの参加行が拡大するという結果が得られた。
シ・ローンにおける情報生産ではアレンジャーが決定的に重要な役割を果たす。シンジ
ケートにおいて借入企業から情報提供を受けられるのはアレンジャーであり、アレン
ジャーが収集した情報をインフォメーション・メモランダムにまとめる。参加行の審査は
このインフォメーション・メモランダムに大きく依存せざるを得ない。
一方、株式公開や債券発行に際しては企業自らが融資審査のシグナルとなるような財務
情報等の企業情報を公開しなくてはならない。さらに債券発行に際しては格付会社による
信用情報の生産が追加されるケースが多い。こうした情報は公開され、リレーションシッ
プ取引のように特定の銀行に債務者情報が独占されるということはない。この開示情報は
他の投資家と同様に参加行もアクセス可能である。それゆえ公開情報の生産を迫る債券発
行や株式公開はインフォメーション・メモランダム以外の追加的信用情報を補足する有力
なチャンネルに位置づけられる。
格付会社による情報生産と銀行による情報生産との関係については少し整理が必要だろ
う。 格 付 が 銀 行 に よ る 情 報 生 産 を 補 完 す る と い う 単 純 な 関 係 が あ る わ け で は な い。
Diamond(1991)が示すように企業の資金調達にはライフ・サイクル的な発展が想定しう
る。企業がまずアクセスできる外部金融手段は銀行借入である。銀行の貸出審査により企
業の質に関するトラックレコードが蓄積され、評判が確立されれば、市場性資金にアクセ
スするようになる。つまり、銀行による信用情報の蓄積がなければ、資本市場の情報集約
機能にまで到達できない。こうした関係を資本市場へのアクセスに際して銀行が認証機能
を果たしていると James(1987)は捉えている。銀行による情報生産の積み重ねがあって、
格付による追加的な信用情報が情報問題の軽減に有効に機能していると考えられる。
今回の推計では格付の有無、上場・非上場を二値変数で捉えた。実際には格付会社に
よって生産する情報の質に差異があったり、証券取引所によって情報の開示基準に差異が
あるかもしれない。アジア系格付会社の格付行動については永野(2005、第 5 章)による先
行研究がある。米系格付会社とアジア系格付会社では発行体の評価に有意な差異があり、
また、アジア系格付会社の間でも評価基準の差異があることが報告されている。二値変数
では捕捉できないこうした差異を勘案するのは興味深い論点である。
2. 融資条件
融資期間の回帰係数について事前の予想ではプラス、マイナスいずれの可能性も考えら
れた。得られた推計結果(推計 1、推計 2)は有意なマイナスの係数を示している。一方で
日本や米国を対象とした先行研究はプラスの結果を報告している。プラスの結果について
Lee and Mullineaux(2001)は、融資期間が長くなるにつれ、信用リスクが低下することに
説明を求めている。長期信用を獲得できるということは低い信用リスクのシグナルとな
り、それゆえ参加行数が増える。
66
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
先行研究と逆の結果は債務者企業の質から説明できる。アジア市場においては信用リス
クと融資期間は反比例していない。データを融資期間 3 年超と 3 年未満に二分し、情報
ギャップの指標である格付取得と上場企業の比率を比較した。3 年未満の融資では借入企
業が上場企業である比率は 35% であるのに対し、3 年超の融資では 28% と統計的に有意な
比率の差が確認できた。格付取得の比率は 3 年未満の取引で 27%、3 年超の取引で 14% で
あった。
3 年という区切りが恣意的なものであるため、区切りを 5 年にした場合の比率の差も確
認した。上場企業の比率は 5 年未満の取引で 34%、5 年超の取引で 28% であった。格付取
得の比率が 5 年未満の取引で 25%、5 年超の取引で 14% であった。いずれのケースでも融
資期間が長い取引の方が比率は低い結果となった。日本や米国での想定はアジアの国際シ・
ローン市場では当てはまらず、むしろ、長期の融資契約を締結している企業の方が情報
ギャップは大きい。こうした間接効果が融資期間の係数がマイナスとなった理由であろう。
なお、長期融資の融資額が相対的に小さいために参加行数が少なくなるというチャンネ
ルも考えられる。このため 3 年区分、5 年区分ともに融資額を比較した。平均値、メディ
アンともにどちらの区分でもより長期の融資の方が融資額が大きいという結果が出てお
り、間接効果は確認できない。
融資期間については、その線形性の想定も検証しておきたい。現場の感覚からすれば非
線形関係を想定するのが自然である。融資期間が短期の場合はシンジケート組成の費用を
十分に回収できそうにない。さらに短期での借り換えによって監視機会が増えることでア
レンジャーと参加行とのエージェンシー問題が軽減されるというメリットはあまり大きな
ものではない。そのため、ある程度までは融資期間の伸びは参加行を引き付けると考えら
れる。しかし、その後は期間が長くなるほど信用リスクの増大のためにシンジケートは組
成しにくくなる。
この想定の検証のために、推計式に融資期間の二乗項を入れて推計した。推計 3 が示す
ように融資期間の回帰係数はプラス、融資期間の二乗項はマイナスとなった。モデルの当
てはまりも向上しており、非線形関係が確認できる。
いずれの推計にしても融資期間の長期化は参加行数にマイナスの影響を与えている。情
報ギャップが大きい借入企業に対して相対的に長期の融資を実行している実態が明らかと
なった。通常の想定と異なるこうした事態はシ・ローン市場において長期の融資関係に基
づく信用情報の蓄積といったリレーションシップ取引の要素が強い取引階層が存在するこ
とを示唆している。
次に融資額は全ての推計において有意なプラスの係数を示した。融資額が増えれば、シ
ンジケートへのより多くの参加が必要になるためである。シ・ローンの取引動機の 1 つと
して同一債務者へのエクスポージャーが大きくなり、リスク分散が不十分になる状況を回
避することがあげられる。融資額が大きくなってもリスク分散によって集中リスクを軽減
するには多くの参加行を募る必要がある。こうしたアレンジャーの行動が推計によって確
アジアの国際シンジケート・ローン市場
67
認できた。
融資枠の回帰係数は全ての推計で有意にプラスとなった。ただ、先行研究で融資枠を推
計式に説明変数として入れているものは少ない。その中の 1 つが渡邊(2005)であり、そ
の推計においてもプラスの結果が報告されているものの、参加行数にプラスの効果を与え
る理由は説明されていない。
融資契約の形態によって融資期間が異なってくることが理由の 1 つかもしれない。融資
枠契約では融資期間の平均が 4 年であるのに対し、タームローン型の契約では 5 年である。
融資期間の違いが参加行の融資への取り組みやすさに影響している可能性がある。もう一
つ理由として考えられるのは、融資枠型契約をする企業の方が情報ギャップが小さい場合
である。しかし、2 つの融資契約の間で上場企業の比率に差はなく、格付取得の比率はむ
しろ融資枠契約の方が低かったため、この説明は当てはまらない。
最後に担保についてはプラスの符号が推定されたが、有意な結果ではなかった。有担保
取引では債権が担保価値により保全され、しかも、担保価値の査定は企業の信用情報の生
産よりも容易である。このため情報生産費用が低減しシンジケートへの参加を促す。こう
した関係を裏付ける有意なプラスの結果を先行研究の多くが報告している。今回の推計で
想定された結果は出なかったが、どのようなケースで担保の効果が有意となるのか検討す
べきである。その際にはデータをサブ・サンプルに分けて検証することが有効であろう。
3. アジア・ダミー
推計 4 によればアジア通貨によるシ・ローンの組成はシンジケート規模に有意にマイナ
スの効果を与えている。これは欧米系銀行がアジア通貨のファンディングをあまり好まな
いためかもしれない。McCauley et al.(2002)は香港ドル、台湾ドル、韓国ウォンといった
アジア諸国通貨建てのシ・ローンではアジア系銀行の参加比率が高いことを報告してい
る。逆に言えば、欧米系銀行の参加比率は低く、ファンディングが影響していることの傍
証となる。
もう一つの説明として考えられるのは、アジア諸国通貨で調達する企業は情報ギャップ
が大きいという可能性である。アジア通貨建てと米ドル建てでデータを区分し、上場企業
の比率と格付取得の比率を比べてみると、米ドル建て取引の方が有意に高い比率を示し
た。上場企業の比率については、米ドル建て案件が 52% に対し、アジア通貨建て案件は
37% であった。また、格付取得の比率は米ドル建て案件が 32% に対し、アジア通貨建て
案件は 17% であった。情報問題が大きいために欧米系銀行がシンジケートに参加しにく
く、アジア系銀行がまとまってシ・ローンを組成していることが予想される。
次にアジア系銀行がアレンジャーの役割を担うことが参加行数にマイナスの影響を与え
るという結果が出た。この結果はアジア系銀行が欧米系銀行とは異なる市場行動をとって
いることを示唆する。アジアの国際シ・ローン市場における競合関係を明らかにするに当
たって、このことは重要な論点であるため、節を改めて考察する。
68
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
Ⅳ 競合関係の考察
アジア系銀行がアレンジャーとなる案件ではシンジケート規模が小さくなる。こうした
関係はどのような要因から説明できるか記述統計から確認する。データをアジア系銀行の
アレンジャー案件と欧米系銀行のアレンジャー案件に分割し、連続変数に有意な差異が確
認できるのか平均の差の t 検定とノンパラメトリック法のウィルコクスンの順位和検定で
検証した。表 5.a が結果を示している。
まず、結果は欧米系案件の方がアジア系案件に比べシンジケート規模が大きいことが示
している。t 検定では 1% 水準、順位和検定では 5% 水準でその差は有意なものであった。
こうした結果は表 4 の重回帰モデルによる分析結果と合致している。
次に融資額についてはアジア系案系と欧米系案件との間に統計的に有意な差が確認でき
なかった。両方の検定ともに帰無仮説を棄却できていない。アジア系案件は欧米系案件と
同様の融資規模にあることが確認できる。融資規模が欧米系案件に比較して小さければ、
参加行数が少なくなるという説明は一般的な想定に合致している。ところが、現実にはア
ジア系案件の方が融資規模は小さいという事実は確認できなかった。通常の想定には当て
表 5 競合関係の検証
a. 連続変数の比較
参加行数
融資額
融資期間
欧米系平均
標本数
7.84
18.05
3.77
1770
1769
1757
アジア系平均
標本数
t値
Wilcoxon p-value
1051
1051
1047
4.17*
0.93
3.41*
0.043
0.431
0.001
6.93
18.01
3.86
(注)
* は 1% 水準(両側)で有意であることを示す。融資額と融資期間は自然対数値。
b. 上場企業の比率
欧米系
アジア系
合計
非上場
上場
合計
1200
725
570
326
1770
1051
1925
896
2821
χ 検定:χ 値(Yates の補正)= 0.375 漸近有意確率(両側)= 0.541
2
2
c. 格付取得の比率
欧米系
アジア系
合計
格付なし
格付あり
合計
1331
916
439
135
1770
1051
2247
574
2821
χ 検定:χ 値(Yates の補正)= 57.439 漸近有意確率(両側)= 0
(出所)
筆者作成。
2
2
アジアの国際シンジケート・ローン市場
69
はまらない市場行動が見出されたことになる。
次に融資期間については差が確認できた。アジア系案件の方が欧米系案件に比して融資
期間が長いことが表から分かる。この結果は両方の検定で有意な差異であることが示され
ている。なお、水準値をメジアンで比較したところ、アジア系案件の融資期間は 60 ヶ月、
欧米系案件は 45 ヶ月であった。先行研究では、融資期間は、長期貸出の信用の質の高さ
を表すと考えられたが、アジアのケースでは逆であった。信用の質、あるいは情報ギャッ
プの違いがシンジケート規模に影響しているのかもしれない。
そこで情報問題の大きさを上場企業の比率と格付取得の比率を用いて比べてみた。上場
企業の比率については、アジア系案件と欧米系案件で有意な差は確認できなかった。表 5.b
は 2 グループの間で比率に統計的に有意な差がなかったことを χ 検定を用いて示してい
2
る。アジア系案件、欧米系案件とも上場企業の比率はほぼ同じであり、上場を果たして評
判をある程度まで確立した企業がシ・ローン市場にアクセスしていることが分かる。
格付取得については両グループで統計的に有意な比率の差が確認できた(表 5.c)。欧米
系案件では取得率が 25% であったのに対し、アジア系案件では 13% であった。開示情報
によって情報問題を軽減して資金を調達する企業の割合がアジア系案件では格段に低いと
いう結果が出た。
要約すると、アジア系案件では情報ギャップの大きい債務者企業に対して、相対的に長
期かつ欧米系案件と同様の規模の融資を少ない参加行数のシンジケートが供与していた。
一方で欧米系案件は情報問題が小さい企業向けであるため多くの参加行を引き付けていた
と言える。
それでは、アジア系案件で一般的な想定とは異なり、情報問題が大きい企業に相対的に
小さなシンジケートで融資が可能となるのはなぜだろうか。アジア系アレンジャーは欧米
系アレンジャーがアクセスできないような情報生産の手段を持っており、情報問題の解決
で優位な立場にあると考えられる。
そうした情報生産の手段としては国内融資での長期的な融資関係や包括的な取引関係が
あげられる。アジア系アレンジャーであれば借入企業と国際シ・ローンだけではなく、国
内の融資取引を重ねてきたと考えられる。スポット的と捉えられるシ・ローン組成以前に
長期にわたる国内融資取引の実績があれば、アレンジャーには企業の信用情報が蓄積され
ていることになる。この場合、シ・ローン組成に際しての情報生産にかかる限界費用は低
く抑えることができる。
また、融資取引以外に銀行が決済や為替取引といったサービスを企業に提供しているの
であれば、企業情報の追加的な取得機会を利用できる。融資以外にも手数料収入等の収益
機会があるのであれば、融資単体ではなく包括的な銀行取引の一環として融資審査が行わ
れるであろう。こうしたリレーションシップ取引の要素によりアジア系案件は情報問題に
対処していると推測される。
アジア系銀行と欧米系銀行との市場行動の違いは別の言い方をすると、アジア系銀行は
70
アジア研究 Vol. 53, No. 4, October 2007
同じシ・ローンでも relationship lending を、欧米系は transaction lending を志向していると
言える。欧米系銀行は開示情報が利用しやすい、つまりローンが販売しやすい借り手を取
り上げる。アジア系銀行は情報ギャップが大きい借り手に長期かつ包括的な取引関係で対
応するという具合である。
こうした市場行動の違いはポートフォリオ管理の違いから説明できそうである。アジア
のシ・ローン市場についての現地調査報告である国際金融情報センター(2006)はポート
フォリオ管理について欧米系銀行と邦銀との違いを以下のように指摘している。欧米系銀
行はポートフォリオ管理統括部門の権限が強く、リスク - リターンの度合いから弾力的に
ローン売却を行うため、シ・ローンを満期まで持ち切る前提で運営している例はない。一
方、邦銀では relationship banking の伝統が強いため、リレーションシップ・マネージャー
中心にポートフォリオ管理がなされる。こうしたポートフォリオ管理の違いは市場行動の
差異に符合している。
さらにアジア系案件と欧米系案系との違いからアジアの国際シ・ローン市場の構造が垣
間見える。地域金融においては、地方銀行の貸出企業より信用の質が劣る企業に対して第
2 地銀や協同金融機関が信用を供与するという階層構造がある。同じように、アジアの国
際シ・ローン市場にはアジア系案件と欧米系案件との間で棲み分けのような階層構造が存
在する可能性がある。具体的には、情報ギャップが大きく欧米系銀行が取り上げられない
借入人の案件をアジア系銀行がカバーするといったような構造である。こうした階層構造
ゆえにアジア系銀行がシ・ローン市場で欧米系銀行に比肩しうる地位を確保できているの
かもしれない。
む す び
本研究の課題は、ミクロ・データを用いて国際シ・ローン市場での市場行動を検証する
ことを通じて、市場構造を明らかにするというものであった。従来、アジアにおける国際
金融活動の分析はマクロ経済変数や国際収支といった集計量を用いていたため、金融市場
の構造に光を当てることはできなかった。また、貸出市場の供給構造については銀行経営
の効率性を確率フロンティア関数やデータ包絡線分析で検証した研究はあったものの、分
析対象はあくまでも国内金融に限られていた。そうした研究潮流を踏まえると、本分析は
国際金融研究に幾ばくかの新たな貢献ができたと評価できよう。
今回の分析で得られた知見を 3 点にまとめる。まず、アジア市場はラ米市場や東欧市場
とは供給構造が異なっている。シ・ローンを組成するアレンジャー機能や参加行としての
資金供給機能の両面においてアジア域内銀行の活動は域外銀行に比肩しうるものであっ
た。リーグ・テーブルにおけるプレゼンスの大きさやアジア系銀行が手がけるアレン
ジャー案件の比率の高さが確認できた。
アジアの国際シンジケート・ローン市場
71
次に実証分析では先行研究と同様の結果が出た点もあったが、融資期間については反対
の結果となった。先行研究では融資期間の長さと信用リスクの低さが関連付けられていた
が、アジア市場ではむしろ逆の関係が見出された。融資期間が長くなるほど、格付取得企
業や上場企業の比率が低くなり、情報ギャップは拡大していた。このことはリレーション
シップ取引の要素が強い取引階層の存在を示唆している。
最後に、アジア系銀行のシ・ローン組成活動が欧米系銀行と異なることが確認できた。
アジア系銀行のアレンジ案件では情報ギャップの大きい債務者に規模を抑えて欧米系案件
と同規模の金額を貸し出している。こうした市場行動の違いから欧米系銀行とアジア系銀
行との棲み分け的な競合関係の存在が示唆された。
本研究で見出されたアジア域内銀行と欧米系銀行との棲み分け構造についてはまだ仮説
の域を出ておらず、実証分析を積み上げて論証していく必要がある。研究戦略としては信
用リスクの価格付け行動や流通市場での貸出債権の売却・購入といった市場行動について
の分析が考えられる。あるいはアジア地域における金融機関のビジネス展開という具体的
な事例研究からのアプローチも仮説の論拠となるかもしれない。いずれにしても仮説の論
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(やまぐち・まさき 山形大学 E-mail: [email protected])
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