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第4章 IR導入による社会的影響とその対策
第4章 IR導入による社会的影響とその対策 (1)社会的影響に対する検討の必要性 先に述べてきたように、カジノを含むIRの導入には、カジノの集客力・収益力を活用した観光振 興、地域振興、地域財政への寄与等の効果が期待される反面、周辺治安の悪化やギャンブル依 存症の拡大等の社会的な影響が懸念されている。 カジノが合法化されている諸外国では、このような社会的影響に対する研究や対応策の検討が 進められ、社会的に受け入れ可能な水準までリスクが軽減されている。我が国でも導入に際しては、 諸外国の事例を参照に十分な対策を講ずることが導入の前提とされている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●カジノ・エンターテイメントを、適切に管理することにより健全、安心、安全な成人の娯楽の場 を提供する IRの一部を構成するカジノ・エンターテインメント施設は、現行の刑法では禁止されている賭博 行為を提供する施設となるが、適切な規制と監視の仕組みを制度として設け、その施行を厳格に 管理することにより、健全、安心、安全な成人の遊興とすることができることが先進国の事例では 立証されている。健全、安心、安全なエンターテイメントとしてのカジノを提供できる制度的な枠組 みを設け、そのもたらすデメリットを管理しつつ、最大限のメリットを国や地方自治体、地域社会が 享受できることを立法の目的とする。 ●国民の懸念を払拭し、国民の理解と支持を得られる制度構築を図る 実施法の策定に際しては、賭博行為が社会にもたらしうる危害やリスク等を徹底的に排除する 考えや、危害を最小化する、あるいはたとえ危害が生じてもその影響をできる限り縮小化する 様々な考えや手法を採用することを前提とする。特に、不正や組織悪等を完璧に排除すること、 地域環境の健全化や公共秩序の安全を維持すること、青尐年への否定的な影響を断ち切るこ と、賭博依存症患者等に対する積極的な対応措置を講ずることを前提とする。 以下では、カジノ導入に係る社会的な影響(リスク要因)を「カジノ内部の問題」「カジノ外部の問 題」「人の心の問題」の3つの視点で分類し、各項目の具体的なリスク要因を整理すると共に、諸外 国における実際の対応策、他に想定される対応策及びIR導入にあたって必要と考えられる事項に ついて検討する。 65 表 1 社会的影響(リスク要因)の分類と主な対応策 分類 カジノ内部の問題 リスク要因 主な対応策 反社会的勢力の運営への関与・ 厳格な参入規制(ライセンス制度、株 顧客としての入場1 式保有・譲渡規制等)、法律上の欠 格者としての定義と排除 マネー・ローンダリングの温床 FATF 勧告及び関連国内法に基づく 本人確認・取引時確認と疑わしい取 引の届出規制 カジノ外部の問題 イカサマ、横領等不正 内部統制 MICS による規制 周辺治安の悪化 都道府県警察との連携 生活圏からの隔離 人の心の問題 ギャンブル依存症の拡大 啓発活動、入場規制、治療サービス 青尐年育成面での悪影響 入場規制(本人確認) (2)カジノ内部の問題 カジノ内部(運営上)の問題として想定されるリスク要因としては、反社会的勢力がカジノ運営に 関与するリスク、マネー・ローンダリングの温床となるリスク、イカサマ・横領等の不正が行われるリス クが考えられる。 ①反社会的勢力の運営への関与・入場規制 カジノ運営に関与する事業者は、ゲーミングを法制化し業として行うことの公益性を担保するた め、高度の清廉潔白性が求められる。また、カジノの健全な運営を確保し、社会からの信頼を得る ためには、国内外の犯罪組織や暴力団等の反社会的勢力のカジノへの関与を排除することが必 要となる。さらに、健全、安心、安全な成人の娯楽の場を提供するという趣旨に鑑み、暴排条例を 踏まえて、カジノへの入場・利用を禁止することも必要である。そもそも反社会的勢力がカジノに関 与する動機として、次のことが考えられる。 ●運営への関与 - 蓄財してきた違法収益を正当なカジノ投資資金として洗浄する - 当該違法収益を元手に正当なカジノ収益を獲得する - カジノ運営の機会を悪用し、違法賭博、高利貸し、麻薬取引、恐喝等の不法行為を働く ●カジノの利用 - カジノ利用を通じて蓄財してきた違法収益を洗浄する - イカサマ、恐喝を行う、カジノ利用顧客に資金洗浄を持ち掛け、違法な手数料を獲得する等 カジノを悪用する 1 「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」(平成 23 年 4 月 1 日施行、通称暴排条例)において公の施設から の暴力団活動の排除、事業者が暴力団を利用する行為や利益供与の禁止等が定められている。 66 1) 諸外国の対策事例 そこでカジノ導入先進国では、これらの懸念に対応するため、カジノ運営に対して厳格なライセ ンス制度を導入している。さらに、ライセンスの交付・更新時にカジノ運営者として相応しくない勢力 がカジノ運営に関与していないことを調査することにより、運営への関与を防止する等の対策がとら れている。各国の規制の概要は以表のとおりである。 表2 反社会的勢力の関与を防止するための主な規制 規制種類 ライセンス制度 規制の事例 ・カジノ施設の規模や運営形態に応じたライセンス制度を創設し、ライセ ンスの交付・更新時に申請者の背景調査を行う。(米国ネバダ州、以下 ネバダ州) ・開発事業者が投資を半分程度実施した段階でライセンスを申請し、開 発事業者の評判、誠実性、財務健全性、カジノ管理法に規定する様々 な要素を考慮してライセンスの交付を行う。(シンガポール) ・概ね過去 10 年、場合によってはそれ以上にわたる行動並びに財政状 況等の調査。また、申請者は調査にかかる費用を一部負担する。(米国 ニュージャージー州、以下ニュージャージー州) ・個人の場合は、身元証明書類、財務履歴、職歴、犯罪歴等、法人の場 合は、組織構成、株主構成、財務履歴等の情報を提出させる。(オースト ラリアクイーンズランド州、以下クイーンズランド州) 株式保有譲渡規制 ・主要株主は 20%以上所有すること、それ以外の株主は 20%以上保有 してはならないこと、5%以上保有する場合は規制当局の承認を要す る。議決権の共同行使の制限。(シンガポール) ・非上場株・オプションの売買には規制当局の承認が必要とされ、上場 株の場合でも、規制当局が株主として不適格と判断し、取得を無効とす る場合がある。(ネバダ州) マネジメント・従業 ・経営者及び従業員だけでなく、委託業者も含めカジノ内で働く者は全 員・機器取扱業者 て Special Employee としてライセンスの取得が義務付けられ、背面調査 のライセンス を受ける。(シンガポール) ・ゲーミング機器の製造業者、サプライヤー、機器のテスト業者等につい ては規制当局からライセンスの交付を受けなければならない。(シンガポ ール、ネバダ州) 契約の管理 ・Controlled Contract という概念を導入し、カジノ運営に関連する特定累 計の契約行為は規制当局の事前承認が要求され、不適切な委託契約 は監視対象となる。(シンガポール) ・従業員、代理人、後見人、債権者等でカジノの運営に重要な影響を及 67 規制種類 規制の事例 ぼし得るパワーを持つ人物との契約はライセンス規制の対象となる。(ネ バダ州) 入場規制 ・カジノ入場に際して写真つきの身分証明証(ID 管理)の提示が必要。 (韓国・シンガポール) ・カジノ管理局が指定する人物(犯罪歴者等)に対する入場規制を実施。 (シンガポール) ・警備員、顔認証を含む監視システムによる監視。(ネバダ州/ニュ―ジャ ージー州) 2) 我が国における取組 反社会的勢力排除に向けた我が国における取組としては、自治体における暴力団排除条例制 定の動きや金融庁による規制が行われている。 金融庁による規制2 北海道暴力団の排除の推進に関する条例 目的(第 1 条) ・暴力団排除条項の導入の徹底 この条例は、北海道における暴力団の排除に ・反社データベースの充実・強化 関し、基本理念を定め、及び道、道民、事業者等 ・提携ローンにおける入口段階の反社チェッ の責務を明らかにするとともに、道及び事業者が ク強化 講ずべき措置、暴力団事務所に関する措置その ・反社との関係遮断に係る内部管理体制の 他必要な事項を定めることにより、暴力団員によ 徹底 る不当な行為の防止等に関する法律(平成 3 年 ・反社との取引の解消の推進 法律第 77 号。以下「法」という。)等の法令と相ま ・預金取扱金融機関による、特定回収困難 って暴力団の排除を推進し、もって道民の安全 債権の買取制度の活用促進 で平穏な生活の確保、社会経済活動の健全な発 ・信販会社・保険会社等による、サービサー 展及び青尐年の健全な育成に寄与することを目 としての RCC の活用 的とする。 我が国のIRでも、上記のような状況を踏まえた対策を講じることが検討されている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●カジノを施行する民間事業者は免許を取得しなければならない 地方公共団体より選定された民間事業者が、特定複合観光施設にてカジノの施行を要望する 場合には、国際基準と同等の所定の書式、手続に基づき、別途、国の規制機関となるカジノ管理 委員会に申請し、免許を取得しなければならない。カジノ管理委員会は、民間事業者による費用 2 反社会的勢力との関係遮断に向けた取組の推進について 金融庁 平成 25 年 12 月 68 負担に基づき、背面調査、審査を実施し、当該民間事業者の適格性を検証の上、免許を与える か、この申請を拒否できる。 同様に、当該民間主体の 5%以上の有効議決権を保持する主要株主、経営者、主要管理職及 び、直接的・間接的にゲームの運営に関与する職員は、すべからくこれら業に従事するに際し、 国際基準と同等の所定の書式、手続に基づき、カジノ管理委員会に申請し、その背面調査・審 査を受け、免許を取得しなければならない。 ●免許の前提として、欠格要件と適格要件を定義する カジノの施行を担う民間事業者に関しては、不適切な者を排除するために欠格要件を定義す るが、同時に法遵守の組織内体制や、高い社会的責任、高潔な倫理観、社会的信用度、財政的 資力や資金調達力、運営・経営能力、経験等の適格要件が国の機関となるカジノ管理委員会に より定められ、これを満たすことが免許付与の前提となる。 ●民間事業者に付与された免許は違法行為等の場合には取り消す カジノ管理委員会は、法が定める一定の事象が生じた場合、催告をもって施行者に対し、その 是正、修復を求めたり、適切な履行を求めたりすることができるとともに、施行者に対する免許を 一時的に停止したり、取り消すことができる。 カジノ管理委員会により、施行者の免許が取り消され、地方公共団体と当該施行者との協定が 解除される場合には、地方公共団体は、カジノ管理委員会の許可を得て、施行者の資産を第三 者に承継させることを前提に、新たな施行者を選定する手順を踏むことができる。 ●施行に使用する関連機械、システム、器具等の製造事業者、施行に係るサービス提供事業 者等も免許の対象とする 施行に使用される関連機械、システム、器具等を製造し、販売する事業者、施行に関するサー ビス提供事業者は、当該企業及び関連する役職員は、企業及び個人いずれもが、カジノ管理委 員会が定める国際基準と同様の書式、手順に基づき、別途カジノ管理員会に申請し、その審査 を経て、免許を取得しなければ、当該業務に従事することはできないことを基本とする。 ●施行に使用する機械、システム、器具等は全て認証の対象とする カジノ管理委員会は、カジノ施設内でゲームに用いられる機械、器具、用具、システム等の形 式、技術標準、技術上の規格等を規則として定めるものとし、施行者はカジノ管理委員会が定め る技術標準、技術上の規格に準拠し、同委員会が認証する以外の機械、器具、用具、システム 等を用いてはならないことを基本とする。 ●暴力団組織の介入や犯罪の温床になること等を断固、排除する カジノ施行に係る参入要件と行為規則を厳格に規制し、関与する個人・法人の清廉潔癖性と 69 遵法制を厳格に要求することにより、暴力団組織等による介入を完璧に排除することができる。ま た、施行に係る規則等も厳格にその履行と遵守・監視を担保する仕組みを構築すれば、カジノが 犯罪の温床になるということはあり得ない。 また、カジノ管理委員会との連携により、入場者全員の本人確認を義務付けることにより、暴力 団組織等に関係する者の入場を完全に排除するものとする。 反社会的勢力排除の観点からは、業としての参入を阻止すること及び顧客として反社会的勢力 が関与することを防ぐという二つの側面からの対策が必要となると考えられる。この点、先に挙げた 暴力団排除条例の考え方は基本的には所謂反社勢力を顧客として扱わず、付き合わない、民 vs 民ベースで自己防衛しようという考えに立つものと考えられるが、当該取組に加えて、IR運営に関 しては当該勢力を法により明確な欠格者として定義し、運営への関与や施設への入場に際しては 断固たる法的措置をとるような制度設計が必要となる。また、当該規制が実効性あるものとして機能 するためには、顔認証を含む入場者の監視システムによるチェック、反社データベースとの連携等 の技術的課題、個人情報保護法との関係の整理等も課題になるものと考えられる。 ②マネー・ローンダリングの温床となるリスク 1) 想定されるリスクと基本的な対応策 マ ネ ー ・ ロ ー ン ダ リ ン グ ( Money Laundering: 資金洗浄)とは、一般に 犯罪による収益の出所や帰属を隠そう とする行為をいう。このような行為を放 置すると、犯罪による収益が、将来の 犯罪活動や犯罪組織の維持・強化に 使用され、組織的な犯罪及びテロリズ ムを助長するとともに、これを用いた事 業活動への干渉が健全な経済活動に 重大な悪影響を与えることから、国民 生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与するため、マネー・ローンダ リングの防止が重要である3。 カジノはビジネスに内在する脆弱性(高額・高速の資金交換、匿名性の高い顧客対応等)のた めに、金融機関、不動産、宝飾品販売、美術品取引と並び、マネー・ローンダリングに利用されや すい業種として知られている。カジノを利用したマネー・ローンダリングの手口としては、違法に獲 得した資金をカジノのチップに交換して何回かゲームに参加した後、残りのチップを現金化するよ 3 犯罪収益移転防止に関する年次報告書[平成 26 年] 警察庁 犯罪収益移転防止対策室 より 70 うな単純な方法から、クレジットカードで宝飾品や高級時計等換金率の高い商品を購入し、質入れ により獲得した資金をカジノのチップに換金して、取引を複雑化する方法の他、カジノと共謀し意 図的に勝ち/負けを操作し持ち込んだ現金を洗浄する方法や、ジャンケット等のエージェントの信 用供与を利用して、不当に資金を持ち出す等の方法が考えられる。 ●ジャンケット4とは? ジャンケットとは、ハイ・ローラーと呼ばれる高額支出顧客(VIP プレイヤー)をカジノに呼び込 み、顧客の旅行サービスのアレンジを行うことで、その対価としてカジノから顧客の賭け金総額や 顧客の負け金総額の一定率をコミッションとして受領するサービス業である。米国では、カジノ事 業者のエージェント(代理人)として顧客誘致のためのマーケティングツールとして利用されてきた が、マカオでは歴史的な経緯から、ジャンケット(マカオでは、VIP ルーム・コントラクター/ゲーミン グ・プロモーターと呼ばれる)は VIP ルームの運営を通じてカジノ運営のリスクと収益をカジノ運営 者と分担するという役割を担い発展してきた。これは、中国では中国本土から海外に持ち出し可 能な現金に制限があり、また、従来カジノ・ハウスは顧客への与信供与が認められていないため、 ジャンケットがカジノチップという形で VIP 客に与信を付与し、後日、中国本土で与信を回収する というグレーな金銭貸付行為を行う必要があり商慣行として発展してきた側面がある。 現在はジャンケットの担い手並びにそのブローカーに対するライセンス制度が導入されており、 VIP ルーム・コントラクターの中には、香港市場で上場するほどの規模を有し、自らサテライト・カジ ノと称する施設を運営しているケースも見られるが、これは実質的にカジノ運営の下請け、サブ・ コンセッションである。このように、マカオにおけるジャンケット制度は、米国とはかなり異なる形で 発展してきたが、近年大手ジャンケット業者の失踪5や一部の業者は犯罪組織との繋がりが報道さ れる等、制度の曖昧さや不透明性が懸念されている。 この点、FATF6は、カジノは以下のような疑似金融行為を営んでいるため、金融機関と類似的な 包括的な体制を整えるべきと勧告しており、2003 年から FATF の規制対象になり、各国では FATF の勧告に準拠した規制・制度が導入されている。 FATF が疑似金融事業とみなしているカジノにおける取引 ・チップと現金の交換という一種の金融取引 ・小切手、外国為替の現金化等の金銭交換、外国為替交換・送金取引 4 5 6 IR*ゲーミング学会 – IR*ゲーミングコラム No.269 マカオ@ジャンケット等より THE WALL STREET JOURNAL マカオ揺るがすジャンケット業者の失踪(2014/5/2) http://jp.wsj.com/articles/SB10001424052702303493804579536941596403238 FATF(Financial Action Task Force: マネー・ローンダリングに関する金融活動作業部会) 薬物犯罪に関するマ ネー・ローンダリング対策における国際協力強化の為に先進主要国を中心として 1989 年 7 月のアスシュ・サミット で設立された政府間会合で、2001 年の米国同時多発テロ事件発生以降は、テロ資金供与に関する国際的な対 策と協力の推進にも指導的な役割を果たしている。2016 年 3 月現在、G7 を含む 35 の国・地域、2 つの国際機関 が参加している。 71 ・預り金、与信供与等の信用取引 諸外国では、過去の不正事例等を踏まえつつ、マネー・ローンダリングに対して以下のような対 策を講じている。 2) 米国 ネバダ州における対応策 ラスベガスを有する米国ネバダ州は段階的な規制強化を経て組織悪の排除に成功し、現在、カ ジノ規制の世界的規範となっている。ネバダ州におけるカジノ規制機構の特徴として、監督と執行 の二重構造であること、州警察、民間との連携による行政機関の合理化が挙げられる。ネバダ・ゲ ーミング規制法(1959 年)と企業ゲーミング管理法(1967 年)を根拠法とし、監督機関にネバダ州ゲ ーミング委員会、執行機関としてネバダ州ゲーミング管理局が置かれている。監督機関ではカジノ 関連ライセンス交付・剥奪、規制に関する監督を行っている。執行機関では、カジノに関する日常 的な調査・執行を担うとともに、ネバダ州警察、民間の施設警備・監視部隊の支援・協力を行って いる。 ■カジノ規制機構の特徴と概要 特徴 ・監督と執行の二重構造 ・州警察、民間との連携による行政機関の合理化 規 法規制 制 機 ・企業ゲーミング管理法(1967 年) 監督機関 構 の ・ネバダ・ゲーミング規制法(1959 年) <ネバダ州ゲーミング委員会> カジノ関連ライセンス交付・剥奪・規制に関する監督を行う 執行機関 <ネバダ州ゲーミング管理局> 概 ・カジノに関する日常的な調査・執行を担う 要 ・ネバダ州警察、民間の私設警備・監視部隊の支援・協力 ■問題点と対策 問題点 1931 年のカジノ合法化から 1960 年代ごろまでマフィア等の組織悪 が関与していた 特徴的な対策 ・ライセンス制の導入とライセンス取得の際の徹底調査 ・規制6A「ゲーミングに関する現金取引規制」の運用 (現在は銀行機密法(連邦法)に引き継がれ、発展的解消) 対策の効果 段階的な規制強化を経て組織悪の排除に成功 現在、カジノ規制の世界的規範となっている ネバダ州が現在のカジノ規制の世界的規範とされる地位を築いているのは、ライセンス制の導 入とライセンス取得の際の徹底調査を行い、規制6A「ゲーミングに関する現金取引規制」(現在は 72 銀行機密法(連邦法)に引き継がれ、発展的に解消)の運用を開始したことにより、マフィア等の組 織悪の排除に徐々に成功した点が挙げられる。この銀行機密法では、反社・組織悪が“利用者”と して介入する余地を排除することによりマネー・ローンダリング対策を行っており、例えば 3,000 ドル 以上の一定の現金取引が生じた場合、個人情報の記録と当局への報告を行う必要がある。さらに、 5,000 ドル以上の取引のうち、疑わしい取引に関しては金融犯罪取締ネットワークに疑わしい取 引として報告しなければならない。 3) シンガポールにおける対応策 シンガポールにおけるカジノ規制機構の特徴として、権限の分掌が明確であり、既存の警察組 織を活用しているため、スリムな行政・機関構造であることが挙げられる。カジノ管理法(2006 年)を 主な規制法としており、監督機関として内務大臣直下のカジノ規制機構、執行機関としてシンガポ ール警察内部組織のカジノ調査部が置かれている。 シンガポールでは、IMA7規制(ジャンケット規制)を行い公認 IMA のみ活動を許可するものとし、 また、税率を低く設定することで、カジノオペレーターのサービス向上や顧客へのインセンティブの 付与につなげ、ジャンケットに過度に依存しないマーケティングを成功させたといわれている。 なお、シンガポールでは IMA に対してカジノオペレーターと同等のライセンス制度を導入してお り、シンガポール内の 2 つのカジノのうちリゾート・ワールド・セントーサ(RWS)が IMA を利用してい る。 ■カジノ規制機構の特徴と概要 特徴 ・スリムな行政・機関構造 ・権限の分掌が明確 ・既存の警察組織の活用 規 法規制 ・カジノ管理法(2006 年) 制 ・カジノ諸規則(マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策) 機 (2015) 構 監督機関 <カジノ規制機構(内務大臣直下)> の カジノ関連ライセンスに関する調査・交付・剥奪、及びカジノ関連 概 規制の制定を狙う 要 執行機関 <カジノ調査部(シンガポール警察内部組織> カジノオペレーター、プレイヤー等関係者の日常的な調査・監 視・違法行為の摘発を行う 7 IMA: International Market Agent、いわゆるジャンケットを指す。 73 ■問題点と対策 問題点 未公認ジャンケットの存在 特徴的な対策 ・IME 規制(ジャンケット規制) →リゾート・ワールド・セントーサに限り、IMA の活動を許可 →2014 年 8 月現在、公認 IMA は 3 社のみ ・入場時の身元確認 ・低税率 →カジノオペレーターのサービス向上 →顧客へのインセンティブ付与 対策の効果 ジャンケットに(過度に)依存しないマーケティング手法が奏功 4) マカオにおける対応策 マカオにおけるカジノ規制機構の特徴として、権限を一極集中させているという点が挙げられる が、組織構成・規模は不透明であり、公安当局との関係性が曖昧である。マネー・ローンダリン グ防止に関する法律等(2006 年)を規制法としており、監督/執行機関として金融情報辦公室と マカオ特別行政区政府博彩観察協調局が置かれている。 マカオのカジノに関しては問題点も多く指摘されている。下請けジャンケットが許容され、非公認 のジャンケットが横行しており、中国の高級官僚による資金の海外流出、北朝鮮の麻薬・兵器売買 マネーの資金洗浄等に使われているといわれている。また、ローンキャッシングによる現金流出が ぎ ん れん 問題とされている。これは、中国本土からの来場者がカジノ内のショップでクレジットカード(銀聯カ ード)を使用し、その場で返品する、あるいは換金性の高い宝飾品や高級時計を購入し質屋で換 金する等の方法により一定の手数料が差し引かれ現金獲得の手段に使われているといわれており、 2013 年には推計約 6,600 億円の現金流出があったといわれている。こうした事態に対して、2006 ぎ ん れん 年より FATF に準拠した規制を行うとともに、カジノ店舗内での銀聯カードの利用を制限するという 措置8がとられている。 ■カジノ規制機構の特徴と概要 特徴 ・権限の一極集中、ただし組織構成・規模は不透明 ・公安当局との関係性が曖昧 8 規 法規制 ・マネーロンダリング防止に関する法律(2006) 制 監督/ <金融情報辦公室> 機 執行機関 疑わしい取引等の届出の受理、分析を行い、捜査機関等に情 構 報を提供する。 の <マカオ特別行政区政府博彩観察協調局> Bloomberg News マカオ、カジノでの銀聯利用を規制 - 資金移動の抜け穴をふさぐ(2014/6/10) http://www.bloomberg.co.jp/news/123-N6XQMK6K50Y301.html 等より 74 概 カジノ事業者の活動についての許認可、法令・契約遵守の監 要 視及びモニタリングを行い、違反行為の調査や行政罰の賦課 を行う。 ■問題点と対策 問題点 ・下請けジャンケットの許容 →非公認ジャンケットの横行 →中国の高級官僚、北朝鮮の麻薬・兵器売買マネーの洗浄 ・ローンキャッシングによる現金流出 →中国本土からの来場者がカジノ内のショップでクレジットカード (銀聯カード)使用 →その場で返品 →一定の手数料が差し引かれ、現金獲得 特徴的な対策 ・2006 年より FATF に準拠 →2006 年「マネー・ローンダリング防止に関する法律」等を制定 ・銀聯カードの使用禁止措置 5) まとめ 以上の 3 地域はいずれも、FATF に準拠した規制・制度の枠組みを構築しているが、マネー・ロ ーンダリング対策としての効果は各様である。このことから、国際規範が示されているとはいえ、カ ジノの健全性を保つには厳格な制度設計が不可欠である。ネバダ州やシンガポールで実施されて いる規制はマネー・ローンダリング対策として効果を上げていることから、IR導入にあたり参考にす べき点が多いと考えられる。 なお、我が国でもIR導入に際して下記のように FATF 勧告に準じた対応が検討されている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●マネー・ローンダリング(資金洗浄)を防止する カジノ施設は諸外国では国際機関である FATF(金融行動タスクフォース)勧告に基づき、疑似 金融機関と位置付けられており、一定金額以上の掛金行動をする個人の本人確認、疑わしい行 為等の規制当局に対する報告義務等、マネー・ローンダリング防止する枠組みが法定されてい る。我が国も FATF 勧告に基づく制度が存在し、カジノ施設をこの中に追加することにより、先進 諸外国と同等の規制によりマネー・ローンダリングを防止することとする。 75 ③ゲーミングに関連するイカサマ、横領等不正の問題 1) 想定されるリスクと基本的な対応方針 カジノでは日々大量の現金及び換金可能なチッ プが取り扱われるため、カジノ利用者のみならず、 カジノ施設の従業員にとっても目の前の現金等を 不正に取得する誘因がある。また、カジノ利用者は、 カジノディーラーと共謀する等不正にチップ(現金) を増やしたいという誘因が働くため、カジノ施設で取 り扱われる現金等は盗難・横領に対する潜在的なリ スクがあると懸念される。 また、カジノでの現金の動きは大量かつ反復継 続的であり、個別に追跡することは困難であるため、 カジノ売上高(GGR: Gross Gaming Revenue, カジノ 利 用 者 が チ ッ プ に 交 換 し た 掛 金 総 額 (Table Drop/Slot Handle)のうち、払戻し金額(Payouts)を控 除した金額でカジノの取り分である)は日々の現金残 高の差額で計算せざるを得ないというカジノ特有の問 題がある。このような状況のもとで、GGR を正しく計算し、従業員による横領や、利用者の不正行為 等が行われていない事を把握するためには、内部統制の整備・運用が不可欠である。 ここで内部統制とは「業務の有効性と効率性、財務報告の信頼性、関連法規の順守といった目 的の達成に関して、合理的な保証を提供することを意図した、事業体の取締役会、経営者及びそ の他の構成員によって遂行されるプロセス 9」のことをいい、例えばカジノ施設内で現金、チップ等 を移動する際には監督者の承認を得てから行い、8 時間毎に現金、チップ等の集計、記帳、残高 確認を 2 人1組で行うといった具体的なルールを定め、オペレーションが所定のルールに沿って行 われていることを監督者が確認する、という仕組みが業務に係る統制の例として挙げられる。 カジノのように反復継続かつ大量の取引が行われるような場合、経営者1人が業務の有効性等 をチェックすることはできないため、適切な内部統制を整備・運用することにより業務の有効性を確 保すると共に、GGR 計算の正確性・妥当性を担保するためには、公認会計士等独立の第三者によ る監査を受ける必要があると考えられる。 また、カジノにおける刑法上の犯罪を抑止する観点及びイカサマ等カジノに対する社会からの信 頼を損なう行為を抑止するという観点から、カジノに関して厳格な規制を敷くとともにカジノ場内に おける監視・モニタリング体制の整備も求められる。 9 米国トレッドウェイ委員会組織委員会(The Committee of Sponsoring Organizations of the Treadway Commission, COSO)による「内部統制の統合的枠組み」(1992)より 76 2) MICS 規制の導入事例の検討 カジノ(ゲーミング)に対するイカサマ・横領等不正への対応として、各国では MICS(Minimum Internal Control Standard,最低限構築すべき内部統制手続、ミックス)と呼ばれる規制が規制当局 により定められており、定期的に監査担当 部局により遵守状況のモニタリングが行わ れると共に、事業者の規模が一定以上にな ると、公認会計士等の有資格者による外部 監査を定期的に受けることが義務付けられ ている。 カジノオペレーターが策定した内部統制 が MICS に準拠して整備・運用されていな い場合には是正勧告がなされ、それでも対 応しない場合には制裁対象となる可能性が ある。カードゲームやスロット等、個別ゲーミングの定義やルールは法令で規定されており、払戻割 合を設定している場合(ネバダ州/シンガポール)もある。 ゲーミング機器の認証に関しても、規制当局の要求する仕様に沿った認証を受けることが義務 付けられている。ネバダ州を例にとると、その中身は上図のように全 11 セクション、1,000 項目以上 にわたる詳細な統制活動の基準が要求されており、個別ゲーミングの1つであるカードゲームや重 要なインフラである IT についても以下のように、詳細な手順が規定されている。 3) まとめ これまで検討してきたように我が国にIR(カジノ)が導入された際には、米国ネバダ州の事例のよ うに、事業者が遵守すべき MICS を明確に定め、ゲーミングに関する規制、監視・モニタリング、財 務報告手続の3つの観点から規制を構築する必要があると考えられる。 77 78 (3)カジノ外部の問題 ①想定されるリスク - 周辺治安の悪化 IR(カジノ)導入に伴い施設周辺の治安が悪化することが懸念されるが、以下のように諸外国の 事例をみると状況は様々であり、IR導入が直ちに周辺治安の悪化をもたらしているとはいえないの が実態である。 ・1996 年に米国連邦政府により組織された「アメリカゲーミング影響評価委員会(NGISC)」が実施 した調査では、「カジノと犯罪増加を結びつける証拠はない」との報告がなされている10。 ・シンガポールではIR導入後に犯罪率はむしろ低下した一方(図 1 参照)、韓国の江原ランドカジ ノでは、カジノ導入後に市街地に質屋が乱立、内国人の依存症問題等、導入による負の影響が 顕在化する等、対照的な事例が観察されている。 図 1 シンガポールの過去 10 年間の犯罪認知件数及び犯罪発生率の推移11 ②想定される対応策 大きな観光集客力を持つIRの設置は、流入人口の増加により犯罪発生率を引き上げる可能性 を有する12。観光地は、時として、多くは集客が原因で様々経済的・社会的リスクを負っていること が多いといえる13。 したがって、カジノ導入が周辺地域の治安を悪化させるという懸念は、ギャンブ ル=社会的害悪=犯罪発生の助長という先入観で語られている可能性がある14。 10 11 12 13 14 ゲーミング(カジノ)調査研究会(2008)「ゲーミング(カジノ)に関する調査研究報告書」p.18 外務省海外安全ホームページ 在留法人向け安全の手引 在シンガポール日本国大使館 北海道庁(2012)「カジノを含む統合型観光リゾート(IR)による経済・社会影響調査―調査報告書―【概要版】」 p.6 乾弘幸(2004)「ラスベガス・リゾートの集客戦略とビジネス・システム」『商経論叢』(第 45 巻第 1 号)p.63-84 九州 産業大学 大和総研(2014)「統合型リゾート(IR)構想と検討課題(2)」p.5 79 また、IR施設の設置場所として郊外のリゾート地等、生活圏から隔離された地域に設置する場 合には、都市部等の生活圏内に設置する場合に比して周辺治安の悪化の懸念は和らぐことが想 定されるため、IR施設の候補地の決定に際して考慮する必要がある。 参考まで、我が国のIR導入に際して下記のような対応が検討されている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●地域風俗環境悪化、公序良俗の乱れを防止する カジノにてゲームが行われる区域は、厳格な管理規制区域となり、この区域におけるあらゆる 行為は規制と監視の対象となる。IRは高規格の施設群となり、カジノはその一部を構成する遊興 施設となるため、カジノの存在自体が、地域風俗環境の悪化をもたらしたり、公序良俗の乱れをも たらしたりするということは、想定しにくい。施設内外は、当然のことながら、監視、警備の対象とな り、都道府県警察との連携、協力により、施設内外の地域の環境悪化を防止し、秩序を維持する ことが全ての基本となる。 以上のようなことから、IR=カジノとみるのではなく、IRとしてのコンセプトを磨き上げ、健全なエ ンターテインメント施設として発展させるとともに、警察とIR事業者の警備部門との連携による治安 対策を講じていくことが必要と考えられる。 (4)人の心の問題 IR導入に関連して懸念される人の心の問題として、①ギャンブル依存症が拡大する懸念、②青 尐年の育成面での悪影響、の2点が考えられる。 ①ギャンブル依存症の拡大の懸念 1) 想定されるリスク IR(カジノ)導入に伴い、国民がギャンブルに接する機会が増加することは否定できないため、そ の意味でギャンブル依存症患者の拡大がリスクとして懸念されているところである。この点に関して は、国民のギャンブルへのアクセスに規制・制限を設けずに放置をした場合当該リスクが増大する ことは疑いのない点であるが、各国での国民の賭博行為に対する意識、賭博行為の歴史、文化的 背景により事情は様々であるなか、先進国ではエンターテインメントないしは観光産業としての魅 力を維持しつつも、社会的悪影響を抑制するための対応策の必要性が共有されているものといえ る。韓国で内国人が利用できる唯一のカジノである江原ランドカジノにおいて、これらの懸念が顕 在化している事例が報道されていることは、このバランスが制度により適切に調整されてこなかった ことも一因と考えらえる。 80 2) IR先進国におけるギャンブル依存症対策 IR(カジノ)導入先進国における依存症に対する施策を整理すると下表のとおりである。ギャンブ ル依存症対策については、先進諸国の事例を検討した上でギャンブル依存症対策に成功してい るといわれているシンガポールの事例を中心に検討する。 表 3 主な依存症対策一覧 分類 第一段階 (周知徹底・教育) 対応施策 ・啓発活動(リスクの周知徹底、未成年者教育プログラム) ・カジノ従業員の職員教育プログラム(問題者を早期発見し、顧客の自制 を促し、退去勧告等ができるような現場従業員の定期的研修) ・広告規制(自国内でのカジノに関する広告の禁止) 第二段階 (防止・抑止) ・入場者の ID 提示義務付け ・自国民に対する入場料金の徴収 ・ヘルプデスク、無料カウンセリングの提供 ・NPO/自助組織への支援 ・自己排除・家族排除プログラム ・規制当局による顧客排除命令 ・賭金行動規制: - 物理的アクセスの制限(訪問日数制限、開場時間の制限等物理的に アクセスを制限する。施設数、機械・テーブル設置数等供給自体を 制限する等の考え) - 環境規制(一般顧客に対する貸金の規制、ATM 設置規制、施設内 外での質店・キャッシング設備の設置規制) - 賭金行動規制(賭金上限規制、損失上限規制等顧客の行動にキャッ プをはめる。) 第三段階 (救済・治療) ・専門医療機関による治療プログラムの提供 ・カウンセラー、医師等の支援・育成 a. 第一段階(周知徹底・教育) 対策の第一段階としては、遊興行為として健全な賭博行為を行う顧客層に対して依存症に関す る事実を広く認識させるための啓発活動が行われる。例えばシンガポールでは問題ギャンブル国 家評議会(National Council on Problem Gambling(NCPG))により若者や学校等の地域プラットフォ 81 ームを対象とするアウトリーチ戦略15と、マスメディアを使用して依存症のリスクを訴えるキャンペー ン活動を柱とする啓発活動が行われており、青尐年に対する予防教育にも取り組んでいる16。また、 依存症リスクが高いとされるカジノ従業員に対する教育プログラムや、ギャンブルに過度に熱中し ている顧客を特定し、自制を促す等の措置を講ずるための教育等が行われている例も見られる。さ らに国によってはカジノ事業者等がカジノに関する広告に規制と設けているケースもある。例えば、 シンガポールではカジノ規制機構(Casino Regulatory Authority)の事前承認を得ることにより、観 光客向けの場合等に限りカジノに関する広告活動を行うことが認められている。 b. 第二段階(防止・抑止) 次の段階である第 2 段階では、依存症へと移行することが懸念される顧客層を対象とする防止・ 抑止策が講じられる。例えばシンガポールでは、カジノ入場者に対する写真つきの身分証明書 (ID)の提示を義務付けると共に、自国民に対する入場抑止策として入場料を徴収するという施策が 講じられている。 また、依存症の兆候を示す顧客に対しては、自己申告又は家族からの申告によりカジノへの入 場を制限(回数の制限や入場行為の禁止)するいわゆる排除プログラムの導入17や、自己破産者、 公営住宅の家賃6ヵ月以上滞納者、生活保護受給者及び、その他規制当局が指定する人物がカ ジノ施設へ入場することを禁止する顧客排除命令等の対応が行われている。これらの入場制限・ 入場禁止措置は、カジノの入場に際して身分証明書(ID)による本人確認が義務付けられているこ とにより、実効性ある遂行が可能となっている。 更に、顧客の賭金行動に対する規制として、カジノ施設内における ATM(現金自動預け払い機) の設置の禁止や、カジノ施設が一般顧客に対して与信を与える行為の禁止、過度の消費を抑制 するために賭け金に上限を設定等の施策が講じられていることもある。なお、これらの賭金行動規 制は依存症の抑制力はあるものの、エンターテインメントとしての需要そのものを大きく抑止する可 能性もあるため、その適否、採用のレベルについては様々な議論がなされている。 c. 第三段階(救済・治療) 最後に、第三段階として、深刻なギャンブル依存症の症状がみられるカジノ利用者に対しては、 専門的・医学的治療を提供する救済・治療施策が講じられる。なお、これらの救済・治療施策を講 ずるための医療機関等の施設運営、カウンセラーや医師の支援・育成にカジノ事業者からの納付 金収入等が充てられている。 上記施策の効果もあり、シンガポールではIR導入後にむしろ依存症発症率が縮減されていること が発表されている。 15 16 17 福祉等の分野における地域社会への奉仕活動、公共機関の現場出張サービス等の行動を指す。 NCPG Annual Report 2013/2014 シンガポールでは入場禁止登録者は約 28 万人(2015 年 12 月末)である。出典は NCPG HP より。 82 表 4 IR導入前後のギャンブル依存率の推移18 分類 2008 2011 2014 1.2% 1.4% 0.2% (0.7%~1.5%) (1.0%~1.7%) (0.03%~0.4%) 1.7% 1.2% 0.5% (1.1%~2.2%) (0.9%~1.6%) (0.3%~0.8%) 2.9% 2.6% 0.7% (2.1%~3.5%) (2.0%~3.1%) (0.4%~1.0%) 54% 47% 44% 想定される病的賭博疾病者 (Probable Pathological Gambling) 問題があると想定される賭博行為者 (Probable Problem Gambling) 過去 12 ヶ月の総計 (Total – last 12montshs) 1 年の間に宝くじ、競馬等も含め 1 回でも賭博 をした国民の率 ※ 括弧内は信頼水準 95%の信頼区間を示す。また、IRの導入は 2010 年である。 3) 我が国におけるギャンブル依存症対策 これまで、IR先進国におけるギャンブル依存症対策を検討してきたが、我が国でも公営競馬、 競輪、競艇、宝くじ、スポーツくじや法的には賭博としては取り扱われていないパチンコ等も含めて、 既に多くのギャンブルが合法的に存在している。これら既存のギャンブルにおける依存症対策の 現状は下記のとおりである。なお、カジノ合法化以前から競馬や宝くじ等の賭博行為が存在してお り、必ずしも我が国の状況と完全に並列で論じることは出来ないものの、参考情報としてシンガポ ールにおけるカジノ2軒における規制を併記している。 表 5 我が国のギャンブル依存症対策の状況 参考 パチンコ・パチスロ 公営ギャンブル 約 12,300 軒/約 458 万台19 98 場 2 軒/約 4,700 台20 (成人人口千人あたり約 43.6 台) (平成 24 年、37 都道府県) (成人人口千人あたり約 1.6 台) 入場規制 18 歳未満入場禁止 無 21 歳未満入場禁止 (未成年) (ID 確認無し) (ID 確認無し、投票券は (ID による入場制限) 軒数・台数 (シンガポール・カジノ) 20 歳以上のみ購入可能) 入場規制 無 無 有り 無 尐額21 自国民に対する課金 (排除プログラム) 入場料 18 NCPG(シンガポール問題ギャンブル国家評議会) 「Report of survey on participation in gambling activities among singapore residents, 2014」 (2015/2/5)、同 2011 より 19 一般社団法人 日本遊戯関連事業協会ホームページ(平成 23 年度)より 20 第3章(3)①カジノ施設の検討より 83 参考 パチンコ・パチスロ 公営ギャンブル 無 無 有り その他 ・業界団体による認定 NPO 法 無 NCPG による対策 (自主規制含む) 人の活動支援 広告宣伝規制 (シンガポール・カジノ) (国家予算による対応) ・依存症啓発ステッカー作成 ・チラシによる啓発活動 上記のように、カジノ先進国の依存症対策と比較すると、民間のゲーミング施設では未成年者に 対する入場規制や、民間事業者の自主規制による啓発活動が行われている以外は、自己排除プ ログラム等のギャンブル依存者の入場規制や広告宣伝規制等は存在せず、更に公営ギャンブル に関しては入場規制や依存症対策に関する規制は存在していないことが分かる。 また、我が国のギャンブル依存症の有病率として、男性で 9.6%、女性で 1.6%であるという調査 結果22が取り上げられることが多いが、この数字は、アルコール依存症の実態調査の付随的項目と して、SOGS と呼ばれるスクリーニング用の質問項目を用いたアンケート調査により推計されており、 医師の診断を経たものではないためギャンブル依存症の有症率としては信憑性に欠けるという意 見や、我が国における精神疾患の有病率が諸外国とさほど変わらないことから、ギャンブル依存症 だけが突出して高いとは考え難く、諸外国と同水準と考えられるとする意見もある23。しかしながら、 現状我が国で存在しているパチンコ・パチスロも含めたギャンブルないしはギャンブル類似的な行 為に接する機会と依存症対策の水準を考えた場合、諸外国よりも依存症率が高くなることも一概に 否定できないと考えられる。 カジノ施設に限定すると、先に検討したように入場時の写真付き身分証明証による本人確認や、 排除プログラム等により依存症対策に対して一定の効果が見込まれるが、我が国では既に多くの 公営ギャンブルやパチンコ、パチスロ等のギャンブル類似行為が非常に多くの施設で提供され、 かつ、ギャンブル依存症に対する包括的な対策はとられていない状況にあることから、カジノを含 むIRの導入を契機として、ギャンブル依存症対策に対する包括的な対策が検討されるものと考え られる。 また、我が国のIR導入に際して下記のような対応が検討されている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●カジノ施設への日本人の入場については、一定の条件・規制を設けることとする IRの目的が国内外の観光客を集客する国際競争力の高い観光地の形成、地域経済の活性 21 22 23 船橋競馬場 100 円等。入場料不要の施設もある。 石井裕正 他(2009)「我が国に国における飲酒の実態並びに飲酒に関連する生活習慣病、公衆衛生上の 諸問題とその対策に関する総合的研究」 岩波明(2014)『第 4 回「ギャンブル依存症の問題をどう考えるか」』「日経ビジネスオンライン」 84 化にあることから、カジノ施設が社会に及ぼす社会的問題を最小限に抑制する対策を講ずること を前提に、カジノ施設への日本人の入場については、一定の条件・規制(入場料、排除プログラ ム、成人等)を設けることについて検討する。 ●賭博依存症患者の増大を防止し、その対策のための機関を創設する 我が国では、既存の公営賭博等や遊戯にも既に同じ社会事象が存在することが知られてお り、これらをも含む形での国としての対応を早急に措置することが必要である。制度として賭博行 為を認めている以上、一定の社会的セフティーネットを構築することが当然である。このため、公 営賭博分野を含めた調査の実施と実態の把握、依存症問題対応のための国の機関を創設し、 中長期的な対応策や短期的対処プログラムの策定、調査研究の奨励、治療やカウンセリング体 制具備のための支援を行うこととし、その財源にはカジノからの納付金収入の一部をあてるものと する。 また、先進諸外国で制度化されている賭博依存症の症状にある顧客本人ないしはその家族の 要請に基づき、当該顧客をカジノに立ち入らせることを禁止する予防措置(自己排除プログラム ならびに家族強制排除プログラム)については、導入を積極的に検討するものとする。 上記のIR実施法案の基本的な考え方にも記載されているが、IRの主な目的は国内外の観光客 を集客する国際競争力の高い観光地の形成や地域経済の活性化にあることから、近隣住民がギ ャンブル依存症となることを防止するため、国や北海道によって近隣住民のカジノ施設への入場の 制限を設けることも考えられる。また、同様に、海外では従業員のギャンブル依存症が問題となるこ とが多いため、ギャンブル依存症となることを防止する目的で、カジノの従業員に対しても業務外で のカジノ施設への入場の制限を設けることも考えられる。 ②青少年教育に対するリスク 1) 想定されるリスク IR(カジノ)導入に伴い、成長期、思春期の青尐年の身近にカジノが存在することにより、青尐年 の人格形成に影響が及ぶリスクが懸念される。 2) 諸外国の対策事例 カジノの導入に国民の理解を得るためには、青尐年対策は重大な検討事項であると考えられる が、IR先進国では、入場規制や広告規制、教育課程における対策が行われている。例えばシンガ ポールでは、カジノ入場に際して年齢制限を課し、全ての入場客に対して写真付身分証明書の提 示による本人確認を行っている。米国ネバダ州及びニュージャージー州では、未成年者の制限区 域(ゲーミングエリア)への立入り、ゲーミング行為は禁止されており、身分証明書の確認は必須とさ 85 れていないものの、警備員がゲーミングエリアを巡回し、疑わしい人物には身分証明書の提示を求 めるという対応がとられている。尚、未成年者が制限区域に入ったことが露見した場合には、当該 民間事業者は厳罰の対象となる。 また、米国では、業界団体の自主規制により青尐年に特に影響の大きいスポーツ選手、歌手等 を広告媒体に使用することを禁止しており、米国マサチューセッツ州では、確率・統計に関する 創造的活動24という無料の 12 セッションの教育プログラムを開発し、青少年のギャンブル の仕組みへの理解の向上を図る取組が行われている。 表6 諸外国の青少年教育への対策事例 対策 入場規制 具体例 ・年齢制限があり、入場に際し、全ての入場客の身分証明書を確認する(シンガポ ール、主要欧米諸国) ・制限区域には未成年者立入禁止、ゲーミング行為も当然禁止。身分証明書のチ ェックまでは行わないが、警備員がゲーミングエリアを巡回し、疑わしい人には身 分証明書の提示を求める(ネバダ州/ニュージャージー州) 広告規制 ・国内での広告規制(シンガポール) ・業界団体自主規制により、青尐年に特に影響の大きいスポーツ選手、歌手等を 広告媒体に使用することを禁止している(米国) 教育 創造性やゲーム等を通じて数学の概念を強化することと、統計学及び確率論 等の知識を増強し、学校及び授業後の活動の連携強化及び家族の結束を高め ることを通じて、保守的思考を高め 10 代のギャンブル問題のリスク要因を 削減できるようにしている(米国マサチューセッツ州) 24 Creative Activities for Probability and Statistics 86 3) 我が国における検討状況 現時点では法案未成立の状況ではあるが、IR実施法案の基本的な考え方では以下のような対 策が検討されている。 IR実施法案の基本的な考え方より抜粋 ●青少年への悪影響を防止する カジノとは成人が自己責任の下で為す遊興でもあり、制限区域に顧客が入場する際、施行者 に対し、入場者全員の本人確認を義務付けることにより、青尐年による入場を完全に排除するも のとする。 4) まとめ ギャンブル依存症、青尐年教育に対するリスクに対して、物理的なアクセス制限を行うという点で は、いずれの国・地域の規制でも共通している。前節での検討のとおり、我が国の既存のギャンブ ルに比して厳格な規制であり、高い抑止効果が期待される。また、広告規制や教育面での取組に ついては、国として規制が行われなかったとしても、市又は道レベルで対応が可能であるため、釧 路市でIRを導入した場合に参考になると考えられる。 ③責任ある賭博施行(Responsible Gambling) これまで検討してきた、ギャンブル依存症対策や青尐年教育への対応に際して、「責任ある賭博 施行(Responsible Gambling)」という概念が、様々な主体により主張されている。これは、ギャンブ ルを提供することに関連した様々な主体が、ギャンブルがもたらす否定的な影響から顧客を保護し、 公正かつ健全なゲームを提供するために、最も高い倫理基準を保持するというもので、カジノ事業 者がカジノ産業を健全に発展させるための CSR(Corporate Social Responsibility)の一環として発 展してきた経緯があり、現在は国の立法政策を支える概念としても採用されている。 現在では、一般的な規範としてほぼ共通化されており、大手カジノ事業者の多くは概ね下記分 野に跨る包括的な行動規範を定め、ホームページ等で公開している25。 ・(賭博依存症患者等)社会的弱者の保護 ・未成年者による賭博行為の防止・抑止 ・不正や犯罪行為の防止・抑止 ・個人情報の保護 ・顧客に対し、公正なゲームの提供 ・倫理的かつ責任あるマーケティングの実践 ・顧客が満足する安全、健全な運営環境の実現 25 IR*ゲーミング学会,IR*ゲーミングコラム No.48, 124,等より 87 ホームページにおける公表例 ・マリーナ・ベイ・サンズ http://jp.marinabaysands.com/company-information/responsible-gambling.html ・リゾート・ワールド・セントーサ http://www.rwsentosa.com/language/en-US/Homepage/Casino/ResponsibleGambling 釧路市におけるIRの導入に際しても、Responsible Gambling の概念に基づくカジノ運営が行わ れるように、必要な施策等について検討が必要である。 88