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マレーシアにおける大学の社会貢献

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マレーシアにおける大学の社会貢献
和光大学教育GP国際シンポジウム:環境教育と市民教育の新たな地平
マレーシアにおける大学の社会貢献
グレース・パン・イン
通訳=加藤
巌
マレーシア国立サバ大学専任講師
所員/経済経営学部教授
── マレーシア・サバ州における社会的課題
本日は、マレーシアの国立大学がどのような地域貢
献をしているのかをお話しさせていただきます。主と
して、私が所属している、マレーシア国立サバ大学で
の取り組みをご紹介します。
報告の中身は大きく三つに分けます。まず、マレー
シアそのものについて簡単にご紹介し、つぎに、マレ
ーシア国立サバ大学についてと、大学を管轄する(マレーシア)高等教育省につ
いても少しお話しします。最後に、学生が行っている地域貢献活動についてお話
しします。
最初にマレーシアの概略です。マレーシアは日本に比べると「小さな国」とい
えるかも知れません。
「小さな国」というのは、人口規模が小さいという意味で
す。マレーシアの国土面積はほぼ日本と同じですが、人口は日本の約 5 分の 1 に
あたる、2800万人ぐらいです。そして、ご存知のようにマレーシアは赤道近くに
位置し、熱帯地方に属しています。もし、皆さんがマレーシアにいらっしゃれば、
真冬の今の時期でも夏を楽しむことができます。
マレーシアは多民族国家、多文化主義の国です。基本的に三大民族が共存して
います。マレー系の住民が過半数を占め、それに続いて中華系、インド系の住民
が暮らしています。
いま、マレーシアの三大民族と申しましたけれども、過半を占めるマレー系は
」=
もともとマレーシアに住んでいた人々ということで、
「ブミプトラ
(bumiputera)
マレー語で「土地の子ども」とも呼ばれています。このブミプトラには数多くの
土着の民族も含まれます。古くからボルネオ島に住んでいた民族では、首狩り族
として勇名を馳せたイバン族や、サバ州の山間地域に住むカダザン・ドゥスン族、
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海の上で今も暮らしているバジャウ族などがいます。
私自身は中華系マレーシア人です。私の先祖は中国からやってまいりました。
もちろんインド系マレーシア人の祖先は、インドからやってきた人たちです。小
さな民族グループになりますが、もう一つユーラシアンと呼ばれるポルトガル人
との混血の人たちもいます。
マレーシアは13州に分かれています。ただし、大きく分けると半島側(西マレ
ーシア)とボルネオ島側(東マレーシア)の二つに区分できます。首都はクアラル
ンプールで半島側にあります。一方、ボルネオ島には二つの州、サバ州とサラワ
ク州があります。私の大学があるのはサバ州の北の方、コタ・キナバルという町
です。私自身は(サバ州の)南隣のサラワク州クチンという町から赴任して来ま
した。
ボルネオ島の北部を占めるサバ州は、犬の頭のような形をしています。このサ
バ州は「心地よい風が吹く土地」とも呼ばれています。長くサバ州で暮らしたイ
ギリス人の女性作家アグネス・キースが Land Below the Wind 1)という本を書いて
有名になりました。キナバル山という、東南アジアで一番高い山がサバ州にあり
ます。富士山より1000m以上高い山で、この山から吹き降ろす心地よい風が吹く
土地と呼ばれているわけです。
サバ州は、マレーシアの他の州と同じように、多くの民族が仲良く暮らしてい
る場所です。この州には約290万人が住んでいます。つまり、全人口の10パーセ
ント程度がこの州に住んでいることになります。サバ州だけで30以上の異なった
民族が暮らしていて、彼らはそれぞれの言語をしゃべります。サバ州には70もの
言語があるといわれています。
また、サバ州の東海岸は海がきれいなところです。とくに、センポルナという
町は世界的にも有名で、ダイビングをする人たちにとっては憧れの場所です。世
界有数のマリーンレジャーの場所でありながら、エコツーリズム(環境に配慮し
たツーリズム)を実践している場所としても名前を知られています。
ただし、観光業という大きな柱があるにもかかわらず、現在のところサバ州の
経済状況は芳しくありません。マレーシアの全国平均と比べると、その差は歴然
としています。例えば、サバ州の経済成長率は1981∼1990年が5.1%、1991∼
1995年が6.2%でした。この間、全国平均の経済成長率は 8 %でしたから、サバ
州はマレーシア国内では経済成長が遅い地域ということができます。
さらに残念ながら、その経済状況は安定していません。というのは、第一次産
業に偏った産業構造だからです。経済の低成長に伴って失業率も高止まりしてい
ます。サバ州は、全国レベルで見て失業率が高いという問題をいまだに抱えてい
て、2000年の失業率は6.3%に達しました。2010年の失業率は5.1%ですから、若
──────────────────
。
1)邦訳本は、アグネス・キース著、野原達夫訳『ボルネオ──風下の国』三省堂、1940年(絶版)
228 ──和光大学総合文化研究所年報『東西南北』2011
干改善の兆しが見えてきてはい
キナバル山
るのですが。
失業率の問題で、私たちが一
コタ・キナバル
番気にかけていることは、若い
マレーシア国立サバ大学
人たちの失業率が高いというこ
とです。この若年層の失業率が
クアラルンプール
★
高いということからも、その州
▲
サバ州
サラワク州
にある大学の果たすべき役割は
大きいのです。
現在(2006年∼2010年にかけて
、第 9 次国家
ということですが)
経済戦略と呼ばれる大規模プロジェクトが実施されています。5000億円という多
額の資金が、サバ州の経済状況の改善のために投入されようとしています。中央
政府からの多額の支援によって、とくに農業分野や観光分野の発展をはかろうと
しています。最近のボルネオ島の農業分野では、皆さんもご存知かもしれません
が、パームヤシ(油ヤシ)の栽培が非常に進んでいます。今や、農地というと、
ほとんどがこのパームヤシといってもいい状況になっています。今年(2010年)
の最初の 4 ヶ月間だけでパームオイル産業が生み出した販売額というのは、日本
円換算で1300億円ぐらいです。地元の経済にとって非常に大きな役割を果たして
いるといえます。もし、このパームオイル産業を伸ばしていき、輸出に頼ってい
くとなると、もっと土地をパームオイル栽培のために使っていかなければなりま
せん。しかし、有限の土地をパームオイル栽培だけに集中的に使っていくことは、
環境に負荷をかけるということにもなります。これからは経済と環境のバランス
を保つことがとても重要になってくると思います。
現在のサバ州では、そのパームオイル産業というのが一番大きな産業といえる
かもしれません。2 番目が建設業で、3 番目が観光業ということです。
観光業に関して触れておくと、2010年には最初の 8 ヶ月間だけで、世界中から
150万人ほどの観光客がサバ州に来てくださっています。豊かな自然に恵まれた
サバ州は、こと、観光業に関しては大きな可能性を秘めています。環境保護とい
った観点からしても、先ほどのパームオイル産業よりも、観光業のほうが大きな
可能性を秘めているのではないかと考えています。
──マレーシア国立サバ大学の教育
続けて、私が今所属しているマレーシア国立サバ大学についてご紹介します。
マレーシア国立サバ大学は1994年にできた、比較的まだ若い大学です。全国で 9
番目にできた国立大学です。いま、この大学はメインキャンパスだけで990エー
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── 229
カーという、巨大なキャンパスを持つ総合大学に育っています。
現在、マレーシア全体では20の国立大学があります。それらの大学を管轄して
いるマレーシアの高等教育省という役所についても少しお話しをさせていただき
ます。実はつい先頃まで、マレーシアでは高等教育を充実させるための全国規模
の取り組みが行われていました。その取り組みには 7 つのゴールがありました。
高等教育の充実に関してあげられた 7 つの目標の中でも、とくに 2 番目と 6 番
目のものが重要だと思います。2 番目というのは、学習の水準そのものを上げて
いくということです。6 番目は、生涯学習の機会を市民に与えるということです。
マレーシア国立サバ大学にも、マレー語なのですけれども、
「ユニバーシティ
ラキア」という、大学が自ら掲げた目的(存在理由)というものがあります。そ
れは「人々のための大学、人々による大学」ということで、大学というものを地
域住民に近づけていく、大学教育というものを地域住民のために解放していくと
いうことであります。
この目的を達成するために、いくつかの教育センターを大学の中に設置してい
ます。一つは UMS Centre For External Education と呼ばれる組織で、社会人向け教
育を担当している教育センターです。2 番目は、Centre for Rural Education and
Development という名称です。サバ州というのは州都とそれ以外の地域の間で大
きな格差があるのですが、地方に住んでいる人たちの教育をするための教育セン
ターです。この 2 番目のセンターは、大学教員を海沿いの村や山の中にある村な
どにも派遣して授業を行っています。大学で行うような教育も実施しますし、そ
の行った先の村の実情にあわせた教育も行っています。あとは、自然災害を防ぐ
といったことに関して、市民教育を実施する教育センターもつくりました。また、
多くの民族が住んでいますので、民族学を市民のために開放するといった教育セ
ンターもつくっています。
── マレーシア国立サバ大学の地域貢献教育
2002年にも新しい教育センターをつくりました。このセンターの名前は UMS
Co-curriculum and Student Development といいます。このセンターでは、授業の一
環として学生に地域貢献の機会を与え、その活動から学生たちが学ぶことを目指
しています。同時に、地域に住んでいる人々のために教員自身が出前授業に出て
いくことなども担っています。
今年、2010年だけでも学生たちは数多くの場所を訪れて、様々な地域貢献活動
を行っています。いくつかご紹介します。例えば、ボルネオ島の最北端にルング
ス・ビレッジと呼ばれる、非常に貧しい地域があります。その地域でサバ大学の
学生たちが地域貢献活動をしています。
実は、道路事情が悪く、サバ州に住んでいる人々でもルングス・ビレッジに行
230 ──和光大学総合文化研究所年報『東西南北』2011
くのはなかなか大変です。その地区に住んでいる住民は、高等教育を受けた経験
はもちろんありません。残念なことに、そこに住んでいる村人たちは、環境保護
という観念もあまりないのです。そこで、サバ大学の学生たちが地域に出掛けて
行って、村の人たちと協働して村の環境を改善する、たとえば居住地域の清掃活
動に従事するといった活動を行うのです。
こういった貧しい地域での環境保護活動というのは、学生たちには非常に良い
勉強の機会になります。特に、ボルネオ島に二つしかない国立大学の一つである
サバ大学には、いろいろな地域から様々なバックグラウンドを持った学生たちが
やって来ますので、貧しい地域で環境保全の活動を村の人たちと一緒にやること
は、自らの出身地域のことを振り返って考える、非常に良い機会になっているよ
うです。
大学構内で教育をするということももちろん大事なのですが、経済的に貧しい
村落に出掛けて行って地域貢献活動をし、地域住民と交流することから学ぶのは
重要な意味を持つのではないでしょうか。例えば、村落での活動中、学生たちは
昼の間、村の人たちと村の環境改善活動をします。夜になると、ルングス族の人
たちの伝統的な踊りを見せてもらいます。一方で、様々な地域からやってきたい
ろいろな民族のサバ大学の学生たちも、自分たちの民族の踊りや歌をルングス族
の人たちに見せるといった、文化交流の機会もつくっています。学生たちにとっ
ては社会の多様性を知る経験ともなります。
また、植林活動なども積極的に行っています。皆さんもご覧になるとびっくり
なさると思いますが、サバ州に飛行機が近づいていって、飛行場付近から地上を
見ると、地平線の先までずっとパームヤシしか見えないのです。いかに多くの木
を切り倒してパームヤシのプランテーションにしているのかということがよくわ
かります。そこで、熱帯雨林の喪失を危惧して、大学が率先して学生と一緒に植
林活動をやっているのです。先ほども申し上げましたが、パームオイルというの
はサバ州にとって非常に貴重な外貨獲得のための産業なので、とても大事にしな
ければいけないのですけれども、環境を痛めつけているということでは、大きな
問題になっています。
さらに、小学校や中学校を訪れて、学生が主体となって子ども向けの教育活動
を行うということも実施しております。日本人の皆さんには想像しにくいかもし
れませんが、サバ州の田舎に行って、小学校や中学校で話をする時に感じるのは、
子どもたちは、教育、特に高等教育が大事であるという意識が低いということな
のです。そこで、大学生が村の小学校や中学校へ出掛けて行って子どもたちと一
緒に過ごしながら、
「勉強すれば、もしかしたら人生でもっと別の選択肢が選べ
るかもしれない」
「人生を切り替えていけるかも知れない」ということを直接訴
えかけることが大切なのです。このように、村の小学校、中学校で大学生が話を
して、その刺激を受けた、小中学生が高校や大学に進学して高等教育を受ければ、
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── 231
より良い就職の機会をつかむことができます。長期的に見れば、こうしたことが
サバ州の若者の失業率を引き下げていくのではないかと考えています。
ここでも、小学校や中学校を訪れた際には、サバ大学にいるいろいろな民族の
学生がそれぞれの民族の伝統的な踊りなどを見せたりしています。田舎にサバ大
学の学生たちが出向いた際には、その地域の小学校や中学校の生徒はもちろんの
こと、そこに住む住民の方々にも授業に参加してもらいます。大学生が小学校や
中学校で授業するというのは、その学校の生徒だけではなくて、その地域の大人
にとってもよい勉強の機会になっているといえるのです。
前述のとおり、大学が大学の先生や外部の専門家を地方に派遣して、その地方
で必要とされる知識についての公開授業を無料でするということもあります。例
えば、新しく会社を起こす起業家教育の授業や、環境教育の授業を実施していま
す。大学が外部の専門家を派遣すると同時に、その地域に住む専門家を呼んで、
一緒に授業を担当してもらうといった活動もしています。
異文化交流という側面では、マレーシア国立サバ大学は世界中の複数の大学と
学術交流協定を結んでおります。実は、和光大学とも学術交流協定を結んでいま
す。和光大学の学生の皆さんはすでに過去 7 年の間に 6 回、マレーシア国立サバ
大学を訪れています。地域コミュニティのための活動や貧しい子どもたちの保護
活動などにも、和光大生はサバ大学の学生たちと一緒に従事するということを行
っています。日本人の学生がサバ州にやってきて、サバ大学の学生たちとともに
地域貢献活動をやってくれているわけです。
早稲田大学に平山郁夫さんの名前のついた平山郁夫ボランティアセンターとい
うところがございますが、来年2011年には、そのセンターとも学術交流協定を結
んで、サバ州で日本人の学生、マレーシア人の学生がともに地域貢献型の授業が
できるようにしていきたいと思っています。
地域貢献型の活動をするといった場合には、長期的な視点に立つことが大事だ
と思います。長期的な視点に立った地域貢献の活動では、大学が大きな役割を果
たせるのではないでしょうか。大学が地域、学生、それから地方政府、中央政府
を結ぶコネクターの役割を果たせるのではないでしょうか。そうしたいくつかの
ステークホルダーを結びつける役割を大学が担えるのではないでしょうか。
今後、日本や欧米の学生がもっとサバ州に来て、地域貢献型の授業をマレーシ
アの学生と一緒にすることができるようになれば、双方にとっていい勉強になっ
ていくと信じています。
本日はご静聴いただき、誠にありがとうございました。
[Grace PHANG ING]
232 ──和光大学総合文化研究所年報『東西南北』2011
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