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王華「中国における管理会計の実務」

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王華「中国における管理会計の実務」
産業経済研究所紀要 第17号 2007年3月
翻 訳
王華「中国における管理会計の実務」
Translation:
Practices of Management Accounting in China by Wang Hua
訳者
translated by
竹
森
一
正
Kazumasa TAKEMORI
当翻訳の意義と経緯
この翻訳は,2004 年6月 14 日,筆者が開催委員長を担当して中部大学を開催校と
して行われた日本管理会計学会 2004 年度第1回関西・中部部会において曁南大学(中
国広州市)副学長会計学院校長・王華教授が特別講演を行った際の原稿に基づく。
当日は,特別講演は中国語で行われ,林慶雲教授(名古屋外国語大学)が通訳した。
開催委員会に送られたのは,中国語と英語の原稿であった。内容は経済開放政策の進
展における中国企業の現状と行われている管理会計実務についての実態であった。一
般に中国の管理会計は情報不足であり,中国における管理会計研究のトップクラスの
教授から直接に話を聞けたことは非常に有意義であった。
以下は,英語原稿を主たる素材とし,中国語原稿を参照しつつ翻訳したものである。
(文中のアンダーラインは,英語原稿におけるイタリック体表示の部分である。○囲み
の注は原文表記のとおりであり,
( )囲みの注は筆者の訳注である。
)
はじめに
管理会計実務①は,苦難の中にある中国経済発展の1側面を表している。管理会計
は,企業の内部管理と統合されている。中華人民共和国の成立以来,中国における管
理会計実務は,企業の設立と同様に経済制度の改革に密接に関連している。中国の経
済制度改革を総合的に理解することがなければ,中国における管理会計の発展の経験
を掌握することは不可能である。中国経済改革という背景の下で,このテーマによっ
て中国における管理会計実務を総括することができ,かつ 1949 年以来の中国経済の諸
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側面を明らかにすることができる。
Ⅰ 中国経済制度改革の基礎的側面
─管理会計実務の変化に関するマクロ的背景─
中国経済制度改革は,国営企業②の特定の制度変更の結果であった。中国経済制度
改革を総合的に理解するには,国営企業がいかにして生じたかについての背景を論理
的に知る必要がある。
1.国営企業発生の論理的背景
中国において国営企業が発生したのは決して偶然のことではない。中華人民共和国
が建国した後の数年間,中国政府は多くの発展途上型経済およびアンバランスな経済
構造に直面した。経済構造が逆行しそうになることを早急に改善し,工業化レベルを
増大させようとする方法,特に産業構造における重工業の比率を増大させることは,
党の第一義的任務となった。その結果,政府は,重工業を優先的に発展させることを
中国の経済発展の戦略とした。しかしながら,重工業の発展には高度に集約された資
本投資を必要とした。健全な経済基盤および十分な資本を欠いた場合,市場の資源配
分機能に依存するだけとなり,重工業への投資は絶対にできない。戦略を実施するた
めに,政府は,社会資源配分を指向するばかりでなく生産と営業のプロセスから生じ
る利益も管理せねばならない。従って,製品および生産要素に関する委任を修正する
マクロ政策,資源配分計画およびオートノミーがないミクロの営業メカニズムに関す
る高度の集権的な制度等の経済政策が継続して実行された。一言で言えば,企業は,
どのような意思決定力も持っていない。国営企業は,特にこのような環境の下で生じ
た。
国営と言われてはいるが,政府が企業の経営管理に直接に参加することは不可能で
ある。経営管理1)は,政府に替わる管理者に委託されている。企業実体を守るために,
政府と企業所有者は,生産,供給,人的資源,財政資本および物質資源に関する意思
決定権限を持つすべての管理者を排除した。このようにして,限られた社会資源は社
会経済の発展に投資することができた。明らかに,このような特別の政府統治構造は
国内事情による。その時々の時代状況に従うために,国営企業は,企業の特徴をまっ
たく持たなかった。しかし,市場の欠陥の復旧という歴史的任務を負う超経済性質を
持つ組織体2)であった。
国営企業別の組織設定が実施されたのは,資金が不十分な状態の中で中国政府が初
期に行った重工業を優先的に発展させる戦略政策の結果3)である。このような条件の
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下で,国営企業の中で採用された統一的資金回収および分配のための高度の計画管理
システムは論理的であった。統一的に資金を回収することおよび分配することのみが
限られた資源を中国経済の発展と中国の工業システムの構築に集中することができる。
必然的に,国営企業が反市場性向のある市場欠陥を修正するために立ち上げられた4)。
中国政府は,現在,社会主義市場経済制度の確立に向けて働いている。反市場的特徴
は,市場経済の需要と対立する。
2.中国経済制度の改革プロセス
伝統的な国営企業に由来する経済制度のために,偏った産業構造,乏しい競争と動
機メカニズムおよび資源配分における非効率がもたらされた。実際に,政府は,1960
年代初期にこれらの問題に気付いており,問題解決のため改革を目指していた。しか
しながら,1978 年以前の中国経済改革は伝統的経済制度に十分に関与していなかった。
1978 年 12 月に北京で開催された第 11 回中国共産党中央委員会3中総会5)は,3段階
に分割できる中国経済改革の前触れとなった。1970 年末から 1984 年 10 月までの第1
段階は,ミクロ営業のメカニズム,権力の分権化,国営企業への利益に関する改革で
あった。活力の欠如は,最も顕著な伝統的国営企業の欠点である。管理者は,営業に
ついて熱心さがない。改革は,経済のインセンティブのメカニズムを築き上げ,管理
者の仕事への熱心さを育成することによってミクロの営業のメカニズムと生産効率を
改善することを目的として,権力と利益の分権化を中心とした。1984 年 10 月から
1991 年末までの第2段階の中心点は,資源配分制度の改革であり,これから市場シス
テムの実施が強調された。1984 年 10 月の第 11 回中央委員会の3中総会において承認
した『経済メカニズムに関する改革についての中国共産党中央委員会決定』によれば,
改革は,国営企業の活力を増大することであり,価値の法則に従った計画システムの
意識的採用,社会主義消費経済の発展および市場システムの構築が強調された。企業
の活力を増すために,政府は資源配分への改革を深め,材料,外国為替,財政を含む
各種の分野で本質的な進展を行った。そして,営業メカニズムを移転する核の周囲に
は,契約責任システム6)が全国的に国営企業の中で広く取り入れられた。1992 年から
今日までの期間である第3段階の中心点は,社会主義市場経済改革の目的を定義し,
営業メカニズムを移転し,ミクロの社会主義市場経済を構築しつつある。R 小平は,
1992 年の春,華南地方を視察し,計画指向か市場指向かの論争のイデオロギー的限界
を打破するためのガイドラインとして考えられることになる重要な演説を行った。
1992 年 10 月には,第 14 回中国共産党全国代表大会7)において社会主義市場経済体制
の目標が提案され,市場条件を改善すること,企業経営システムに転換する事,企業
を市場指向の資源配分システムとすることを要求した。1993 年 11 月に,
『社会主義市
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場経済制度の確立上の若干数の問題に関する中国共産党中央委員会決定』が第 14 回
中国共産党中央委員会第3次全体会8)を通過した。この決定では,明快な所有権,明
瞭な権利義務,国家管理と経営の分離,管理科学といった特質を持つ現代の企業の社
会主義市場経済のミクロの基礎およびそれと同時に国営企業の改革目標モデルを提案
した9)。結論として,中国における国営・国営企業の改革は,所有権および市場指向
を追及したことである。
Ⅱ 中国における管理会計の実務
中国経済改革に準拠して,改革および開放政策は,中国における管理会計実務の一
里塚である。改革を実行する前は,中国人民は,計画経済の中での必要な管理会計実
務の模索を意図していた。その後,企業に大きな変化があり,継続的に経済的責任体
制が改善されて,西側の先進的管理会計理論および方法が中国に導入された 10)。
1.計画経済制度下での国営企業に適用された管理会計実務
「管理会計 11)」の用語が 1970 年代 12)に中国に導入されるまで,中国企業は管理会計
分野の実務経験が不足していた。中華人民共和国建国の初期の環境が特別であったた
め,当時の管理会計実務は,原価管理の鍵であった 13)。
原価は,経営効率の総合的反映と考えられている。低いコストは,より少ない材料
消費でより多くの製品・サービスを提供することと効率的な資源の利用を意味する。
低いコストは,効率を意味する。国営企業制度の下では,原価を最小にして,資源利
用の効率を増大するために,政府は,少ない資源を国家経済の発展に投資できるよう
に原価管理を重視する 14)。原価管理の核である内部責任会計システムの特徴は,政府
が公表する種々の原価管理規則により示されている。このように原価管理 15)は,常に,
中国会計制度③の重要な要素である。
中国会計制度の発展の過程において進度のムラがあったが,原価管理は,常に注目
されていた。文化大革命のころ,政治は,すべての上に考えられ,原価管理規則は,
企業において効率的に導入されていなかった。しかしながら,経済発展が重視される
につれ国営企業の特別な制度のために,原価管理の重要性が再び注目された。原価管
理はミクロの経営管理の重要な要素の一つではあるが,政府は責任を負って統一原価
管理規則を設定した。計画経済制度の下では,あたかも国は巨大企業であり,国営企
業はその管理対象の付随物であるか,巨大企業・国の生産部門である 16)。これら生産
部門の仕事は,政府によって策定された統合的生産計画を完成させることである。管
理会計の観点からは,国営企業は正にコストセンターであり,せいぜいみせかけのプ
ロフィットセンターであった。原価は,効率性の指標である。原価計画とその構成要素
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は,政府による国営企業の業績評価尺度の主要なものの一つである。特に資源が不足
している時,政府は,生産を増大し,厳しい経済を運営し,効率的で効果的に社会主
義を建設するための活動を奨励した。原価計画を完成させることは,より重要となっ
た。そして,当時の管理者の能力評価を行うための唯一の分野でもあった。
加えて,政府は,すべての製品に価格を設定した。企業の原価に基づいて,価格は
次のように設定された。
製品価格=製品原価 ×(1+ 原価利益率)
この実務は,企業における原価管理システムの構築に関して十分に注目を引くもの
であり,原価管理システムに従った原価項目および原価額を決定した。一方,原価の
管理に失敗すると価格の管理の失敗となる 17)。
1984 年から現在に至る期間が中国経済改革の第2段階である。政府は,市場システ
ムの構築に注意を払い始めた。原価管理システムは,企業の市場と適合する必要があ
った。しかし,なぜ,1984 年に『国営企業における原価管理規則』を,および 1986 年
に『国営企業のための原価計算尺度』を発表したのだろうか 18)。答は,政府が,この
時期に全国的に人気があった利益分配のための納税代替および契約責任の第1段階お
よび第2段階にある,利益留保および利益のための契約を追求するという事実にあっ
た。これらはすべて,政府が企業における原価管理を規制するために必要であった。
したがって,上述の二つの規則は,政府が企業および税制の改革の必要性を満たすた
めに確立した原価管理システムと考えられる。
計画経済制度の下では,国営企業は政府が設定した計画に基づいて商品でなく製品
を生産する自主裁量権のない政府の付属物である。製品は,統一化された方法で政府
によって購入され販売される。国営企業にとって市場問題はまったくない。事実とし
て,企業は市場問題を考慮する必要がない。経営効率の指標として,原価は自然に重
要とみなされている。国営企業の特定の歴史的条件および制度の条件が関連する限り,
その期間の管理会計実務の特徴は次のとおりであった。
(1) 班組予算 19)
中国東北部のあるメーカーは,1951 年の第2四半期以来,現場原価予算管理
(workshop costing)20)を実施していた。原価管理を現場に行おうとすることは,原
価管理における進歩の優れた指標であった。この実務は,広範な財務スタッフの注
目を引き,かれらスタッフの大多数が会計および管理に参加し,人民に快く受け入れ
られた。労働競争と班組予算を結び付けることは,生産増大と実務経済を普及させ
るための重要な尺度であった。生産増大と実務経済の傾向は,急速に人気となった。
班組予算は,人民の熱狂を引き起こし,労働競争を励ました。この実務は,全国に
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広がり,1950 年代の管理会計実務の活き活きとした特徴となった。班組予算は,企
業の最末端の現場単位における生産活動を記録,測定,統制,分析,評価するため
の会計システムである。これは,経済責任制度を広げるための最も健全な基礎と考
えられた。原価は,班組予算を通じて極小化され,効率性は増大される。班組予算
は,中国的特徴を持った責任会計制度として,西側の責任会計が直面している困難
な問題を解決した 21)。
(2)経済活動分析
経済活動分析は,1953 年以来中国において行われた。この分析は,組織的に数値
と指標を比較し,分析し,指標間での相互関係を発見する企業活動に関する評価で
ある。この方法によりわれわれは,生産増大に伴い,企業活動の効率性を確かめる
ために欠点を認識し,対立点を明らかにし,方向性を決定し,効率的指標を示し,
潜在性を引き出す。経済活動分析によって問題の原因発見ができるようになり,班
組予算は問題を明らかにした。二つを結びつけることによってのみ,問題を発見し
解決することができる。これら二つの実務は,その当時,中国管理会計実務の二つ
の切り札と考えられる。国際的にはアメリカ会計学のトップである Robert S.
Kaplan は,1990 年代にバランストスコアカード 22)の理論を確立し,西側諸国に多く
の影響を与えた。バランストスコアカードシステムは,財務,顧客,社内プロセスお
よび学習と成長の展望から企業の業績を評価した。実際に,1950 年代に実施された
経済活動分析は,既に財務尺度の限界を打破し,財務・非財務,貨幣・非貨幣を含
む多元的尺度に基づいた企業業績を評価した。この分析は,バランストスコアカード
に非常に似ている。ただし,時間と環境の限界によって,バランストスコアカードの
ように万能ではないが,多元的尺度による業績評価を試みる唯一つの方法である。
いずれにしても,われわれは,カプラン以前に経済活動分析はバランストスコアカー
ドの真髄を示していたと結論付けることができる。
(3)群騒路線 23)
管理会計は,企業の内部システムである。一方,原価情報は企業秘密を含んでい
る。しかし,群騒路線に従うことは,計画経済制度の下での国営企業における管理
会計実務の主要な特徴なのである。群騒路線を実施することにより原価削減の方法
を発見するための多くの知識を蓄積することができる。群騒路線は,班組予算およ
び経済活動分析に重要な役割を演じており。管理会計実務は,総合的システム工学
のプロジェクトである。管理会計実務は,企業の末端の現場で導入されるべきもの
であり,生産,技術および経営管理の分野を網羅しているので生産技術と密接に結
びつき群騒路線を行っている。今日,西側諸国の企業は,人的管理に大きな重点を
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おいており,中国における群騒路線プロジェクトに非常によく似た従業員参加およ
び分権的管理を採用している。しかしながら,西側諸国におけるこの管理システム
の実行は,各企業内に限られている。群騒路線に従うことは,中国における国営企
業の制度下でのみ実行可能である。西側諸国においては,企業が独立したエンティ
ティとして群騒路線に従うことは不可能であり,管理実務の効果は一企業に限られ
ている。中国における群騒路線の実務は,比較,学習,反省,相互援助,追越を強
調した。そしてまた,その基本的思想である産業の高度レベルとの比較は,近年の
アメリカで人気がある指標制度と同様である 24)。
(4)生産技術財務計画
計画経済制度の下では,原価指標は効率性を反映するものとして大きな重要性を
おかれているが,原価計画および原価管理を無視することはできない。生産技術財
務計画 25)と称される計画は,すべての企業活動を対象として作成される。この実務
は,中国において数年間実施されており,理論的には,西側諸国における総合予算
システムとほぼ同じである。しかしながら,実際の扱いについてはいくつかの違い
がある。中国においては,国営企業は,管理上は政府に付属しており,統合計画は,
政府によって作成されており,各企業に降ろされ,目標を実行するように決定され
る。企業の総合計画は,目標に基づいて設定される。この計画作成上の主な点は,
生産スケジュールであり,他の計画と調整されるようである。西側諸国においては,
総合予算は,売上高基準の生産決定等の原則に基づいて作成され,生産予算は,売
上高予算に準拠して作成され,売上高予算は,関連尺度をトレードオフするための
センターとして作成され,市場需要の調査と予測に基づく。総合予算も,キャッ
シュ・フローや財務条件に関する企業活動から期待される影響を強調している。こ
れらの差異は,経済環境の差異から生じている。中国においては,市場調査および
予測は,政府の統合販売高と売上高に替わられていた。事実,市場需要の問題は解
決され,政府は企業の市場調査および予測の作業を完成させた。生産技術財務計画
は,国営企業の中国管理会計実務の重要な特徴である。
(5)対外提供原価報告書 26)
中国においては,計画経済制度の下で管理会計は統一会計制度 27)の中に含まれて
いた。そこでは原価報告書の作成が求められた。国営企業によって外部利用者に提
供された会計報告書には原価報告書が含まれていた。この実務は,計画経済制度に
おける中国管理会計実務の一貫した特徴と考えられている。その当時は,原価報告
書は,主として上級組織によって使用されていた。すべての企業が国に所属し,国
全体が一つの会計エンティティと考えられていたために,企業間は兄弟のような関
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係であった。原価情報の秘密を守る必要はなく,企業秘密はまったくなかった。原
価情報は,政府が国営企業の原価管理を評価する場合にのみ用いられた。基本的に,
管理会計実務は,国家のマクロ経済管理のために使われていた。国営企業によって
供給される原価報告書には,
「全製品製造原価報告書」
,
「主要製品単位原価報告書」
,
「製造現場間接費および管理費表」等が含まれていた 28)。原価削減率および原価削減
額は,国営企業の評価尺度として義務化された。製造原価報告書 29)は,計画経済制
度の下では持分を発揮していた。中国では,原価項目へのみ関心が集中される西側
諸国におけるのとはまったく異なった状況である。製造原価報告書は,年次,四半
期次,月次等の定められた期間ごとの費用を明らかにしていた。企業にとっては,
この報告書は,製造原価計画の実施を評価し,費用項目ごとのバランスを分析し,
また同時に当座の資金基準を検証するための重要な基礎としても用いられた。政府
プロジェクトおよび統計部門にとっては,原価報告書は,国家の正味生産額および
国民所得を計算するために用いることができた。事実として,製造原価報告書は,
国のマクロ管理の必要性を主として満たすために作成されていた。付加価値の観点
からは,中国の製造原価報告書は,1970 年代の先進国における付加価値計算書と共
通の特徴を持っていた。二つの種類の計算書についての基本的思想は,一貫してお
り,両者ともに(W=C+V+M)という製品の価値構造に近かった。製造原価報
告書は,工業の正味生産額および国民所得を決定できる基礎となる生産プロセスに
おけるC+Vを明らかにした。一方,付加価値計算書は,生産過程におけるV+M
を明らかにしている。二つの種類の報告書は,異なった理論に基づいて作成されて
いる。
要約すれば,中国の国営企業における管理会計実務は,計画経済環境および国営
企業の特別の制度のために上にのべたような特徴を持っている。今日,われわれは,
その当時まったく必要でなかったせいもあるが,市場指向性が不足している。しか
し,内部管理に関しては,中国国営企業は,中国人民に誇りを持たせたある実務を
創りあげ発展させている。その実務のいくつかは,1980 年代に西側諸国で実行され
ていた。市場問題が解決した後,過去の実務の結果である会計実務はいまも動いて
いる。中国の管理会計実務はいまだに価値あるものであり,要としての位置を保ち
多くの人々から利用されている 30)。
2.市場経済の下で現代企業に適用される管理会計実務
中国は 1978 年以来改革と対外的開放を行ってきた。20 年以上にわたる計画経済か
ら市場経済への変化の時期に,企業は,利益留保の改革,利益または損失の契約,契
約責任システム,企業の株式会社への転換,現代企業の実験を経験した。改革の思想
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は,権力の分権化と利益を中心として発展してきた。この特質は,権力を効率に変換
することである。改革によって,企業は伝統的制度で禁止されていた生産性を自由に
し,そのための活動を実行した。改革は,いくつかの成果を得た。また,政府は,あ
る程度まで市場機能を開拓するにつれ,市場メカニズムが作動を開始した。市場の変
化および厳しさに適応する国営企業が現れた。これら企業は,自分たちの目を市場お
よび企業内部に向け,経営管理の効率性を備えた。各種経済の責任制度が実施され,
改善され,普及した。内部会計システムは,中国企業会計の特徴である責任会計シス
テムであり,経済責任制度でもあった。1980 年代の末に,企業内銀行システムとして
の責任会計制度は,多くの企業において普及し,完全な形での経済責任制度となって
いた。当時,中国においては責任会計の急速な発展があった。
しかしながら,中国経済改革に合わせて,1990 年代以前は,管理会計実務は企業の
内部管理に特別の重点をおいており,市場指向の特徴はなかった。前述のように,国
営企業の製品は,統合的な方法で購入され販売された。したがって,市場問題は関係
なかった。事実,巨大な一企業であった政府は,企業に関する問題を投げかけた。
1992 年 10 月,第 14 回中国共産党第 14 回全国代表大会では,社会主義市場経済制度の
確立に関する目的を定め,市場条件の改善,営業メカニズムの移転,社会主義市場経
済の企業レベルでの基礎固め,企業を市場指向の資源配分エンティティとする等の詳
細が提案された。それ以来,中国企業は,市場に入り,自分自身での問題解決に取組
むようになった。管理会計実務は 1990 年代に大発展を迎え,現代企業および市場の進
展過程を経て,所有権および市場メカニズムの改革の必要性を満たした。1993 年7月
1日,会計制度に関する改革により管理費用,財務費用,販売費,営業費を期間原価
とした。そして外部の情報利用者に提供していた原価報告書を廃止し,内部利用者の
ための原価報告書に改められた。管理会計実務は企業活動の社内向け部門となり,現
代の企業および市場における主要な特徴となった。いくつかの実務経験は,中国管理
会計の出発点と考えられた。武漢製鉄所における実際原価計算,邯鄲製鉄所における
原価企画統制,模擬市場予算,否決原価予算はその例である。邯鄲製鉄所において行
われた実務は,アメリカおよび日本において普及している原価企画と同じである。
管理会計実務と同様に西側管理会計理論の導入,消化,吸収は,基本的に完成して
いる。市場経済の確立のように,理論と実務は,日常の企業活動において用いられて
いる。上述した有名な邯鄲製鉄所のような実務に加えて,原価態様分析,変動予算管
理,CVP分析,意思決定のための適合原価,キャッシュ・フローおよび資本予算意
思決定,予算管理,マネジメント・コントロール,活動基準管理,経済的付加価値分
析のようなその他の基本的な理論および実務がある。バランストスコアカードは程度
こそ異なれ,中国企業において利用されている。
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Ⅲ 要約的結論
一般に,管理会計の用語は 1970 年代末まで中国に導入されなかったと信じられてい
る。しかしながら,中国における管理会計の原則を使用する管理会計実務は,1950 年
代から 1960 年代に多く用いられた。その期間において,企業は多くの独創的な社内経
験を得た。一方,1970 年代に導入された理論および実務は,経済環境に適応しないと
の理由で効率的に利用されてこなかった。1990 年代から,企業は管理会計の理論と実
務を用いるようになり,特別の条件および環境に適応させて,かなりの成果を得た。
しかし,この期間の実務の特徴は,政府による参照用であった。実務は,1950 年代に
比較していくつかの国内的特徴を有していた。有名な邯鄲経験は国内のものである。
原価企画の歴史は,外国では数十年に及んでいる。先進国では市場指向経済の長い歴
史に相応している。
同時に,中国が改革開放政策の実施以来,管理会計の普及と教育に大きな注意を払
っていたという事実を無視すべきではない。管理会計は大学での中心的コースの一つ
である。大学は,先進国から管理会計理論を導入し,吸収し,コメントを求めるため
の多大な努力を払ってきた。一度,外国の大学から新しい視点を得ることができれば,
それは時間をかけず全中国に広まるであろう。重要な管理会計コースの教科書は,中
国独自の本も翻訳書も,またモノグラフも出版されている。これらすべての活動によ
り中国における管理会計理論および実務の利用のための確固たる基礎の確立に役立っ
た。
当然ながら,われわれは,財務会計とは異なり,管理会計には法的強制がないとい
う特徴を知らねばならない。管理会計の利用と利用に関連する程度は,企業の社内的
意図に左右される。伝統的計画経済の下での,管理会計実務の特徴の一つは,外部政
策によって促進されることである。しかし,市場経済の下では,競争による外部圧力
が企業のための内部圧力に変化して,管理会計を効率的に使用し,発展させるための
源泉となる。経済制度が変化する時代には,企業の内部には十分な誘因がない。した
がって,企業における管理会計に効率性が求められても,それが十分でない場合は,
管理会計実務が中国において普及しない主要な原因となる。管理会計の利用のための
誘因のメカニズムを設定することが対策となる。
結論として,中国企業には管理会計を実行する大きな可能性がある。中国企業は,
特定の管理業務に関して管理会計実務の方法を探るべきであり,それを創造的方法で
運用すべきである。
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注
①
外国においてよく用いられている原価計算(Cost Accounting)
,管理会計(Management
Accounting - Managerial Accounting)および原 価 ・ 管 理 会 計 (Cost and Management
Accounting)の用語には重大な差がないことから,当論文における管理会計の意味は原価・
管理会計と同義である。
②
国営企業の用語は,『社会主義市場経済制度に関する若干の問題についての中国共産党中
央委員会決定』が 1993 年 11 月 16 日の中央委員会3中総会を通過した後,国有企業に変更さ
れた。当論文において,両語は異なった歴史期間を基礎とする別の用語として使用されてい
る。
③
計画経済の期間においては,中国会計制度は総合的概念であった。原価管理は,1949 年以
来統一会計制度の中に含まれている。歴史的に,この実務は,中国的特徴を有するものと考
えられる。国営企業における原価管理は,原価管理システムの実務である。したがって,原
価管理システムおよび原価管理実務は,当論文において同義である。
訳注
1) 英文では stewardship〈経営権〉であるが,原文では「経営管理」とされており,原文を尊
重した。
2) 英文では over economic organization〈超経済組織体〉であるが,原文では「
“超経済性質”
的組織」とされており,原文を尊重した。
3) 英文では prior development of heavy industry strategy〈優先的重工業発展戦略〉であるが,
原文では,
「推行重工業優先発展戦略形成的」
(英文イタ体を示す引用符なし)とされており,
原文を尊重した。
4) 英 文 で は Essentially, state-run enterprises emerged to remedy the market defects,
which possessed a feature of anti-market〈必然的に,国営企業は反市場的特徴をもつ市場
の欠陥を修正するために立ち上げられた。
〉であるが,原文では「国営企業本質上是“反市
場”的」とされており,原文を尊重した。
5) 英文では the 3rd plenary session of the 11th Central Committee of the Communist Party
of China〈第 11 回中国共産党第3回主要議事〉であるが,『人民画報』翻訳(http://www.
rmhb. com.cn/chpic/htdocs/rmhb/japan/200211/1-1.htm, downloaded at 3:25, 10/31/2006)
を尊重した。
6) この部分の英文では contracted responsibility systems であり,原文では「在全国范圏内的
国営企業中普遍広承包制」である。他の部分も英文と原文とに違いがある。
7) この部分の英文では the 14th Plenum of the Communist Party of China であり,原文では
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竹 森 一 正
「中国共産党第 14 回全国代表大会」である。
8) この部分の英文では the 3rd Plenary Session of the 14th Central Committee であり,原文で
は「中国共産党第十四回届中央委員会第三次全体会」である。
9) この部分の英文では According to the Decision, modern enterprise institution became the
micro-foundation of Socialist Market Economy and the reform objective model of the
state-owned enterprises, possessing the features of (以下略)であり,原文では「“所有
権明快,権限明確,政治企分離,管理科学”的現代企業制度成為建設社会主義市場経済的
微視基礎,同時,也是国有企業改革的目標模式。である。
10)「要するに」以下の部分は,英文にはあったので翻訳したが,原文にはない。
11) 英文で頭大文字の表記であったので「 」付きとした。原文では特別の表記はしていない。
12) 英文ではthe end of 1970s であったが,原文は「至 20 世紀 70 年代末」である。
13) この部分の英文では Because of the particular environment in the early days of the establishment, of PRC, management accounting practice in that period surrounded the key of
cost management で原文では「基干中国建国初期的特殊環境,当時的管理会計実践基本囲
周成本管理而展開」である。
14) この部分の英文では Low cost level means to provide more product or services by consuming fewer materials or labor resources and make efficient employment of resources であ
るが,原文では「在国営企業制度安心排下,為了保証稀欠資源用干発展国民経済,国家自然
重視成本管理,以期最大限度地降低成本,稀欠資源的使用効率。
」である。
15) この部分の英文では cost control であるが,原文では「成本管理」であるので原文表記を尊
重した。
16) この部分の英文では Under the planned-economy system, the country is like a huge-sized
enterprise, while state-run enterprises are administrative attachments, or workshops of
this huge-sized enterprise.であるが,原文では「達是因為在計画経済体制下,国家是一尺
生産車間而己巳。国家企業的生産計画計画由国家統一確定下達,企業的任務就是完成国家
舌達的生産計画。
」である。
17) この部分の英文では Otherwise, loss control on cost will result in loss of control in prices.
であるが,原文では「否則,企業成本失控,将導致産品価格失控。
」である。
18) こ の 部 分 の 英 文 で は But why did the government issue Rules of Cost Management in
State-Run Enterprises and Cost Accounting Measures for State-Run Industrial
Enterprises in 1986 respectively? であるが,原文では「然而,為什公国家環会在 1984 年和
1986 年分別頒布《国営企業成本管理条例》和《国営工業企業成本予算為法》d ?」である。
19) この英語は shift-group accounting である。原文では「班組予算」である。
20) こ の 英 語 は Some industrial enterprise in Northeast China began to implement workshop costing である。原文では「中国東北地区一些工業企業,1951 年下半年開始推行了車間
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王華「中国における管理会計の実務」
成本予算」である。
21) こ の 英 語 は As a responsibility accounting system with Chinese-style characteristics,
shift-group accounting solved the hard problems faced by the western responsibility accounting.である。原文では「班組予算作為有中国特色的責任会計解決了西方責任会計難以
解決的問題。
」である。
22) 原文では「
“平衡計分札”
(The Balanced Scorecard)
」である
23) この英語はMass Line である。原文では「群騒路線」である。
24) この英語は, its fundamental thought is as same as the benchmarking popular in America
in recent years. である。 原文では「其基本思想就是近年来美国全流行的“指標制度”
(Benchmarking)
。
」である。
25) この英語は, Production Technique Financial Plan である。
26) Provision of Cost Statements「対外提供成本報表」
27) unified accounting system「統一会計制度」
28) こ の 英 語 は Statement of Production Cost for All Products, Statement of Unit Cost of
Major products, Statement of Production Expense, List of Workshop Overhead and
Administrative Expenses である。原文では「包括全部商品産品成本報表,主要商品産品単
位成本表,生造費用報告書,年間経費及企業管理費明細表等」である。
29) statements of production expenses「生産費用表」
30) こ の 英 語 は The Chinese management accounting is still valuable and deserves a summary and enhancement である。原文では「中国国営企業管理会計実践経験即使在今天也
依然風采依旧,値得総結開 f 揚光大」である。
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