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営業譲渡に関する一考察: 債権者保護を中心として
Kobe University Repository : Kernel Title 営業譲渡に関する一考察 : 債権者保護を中心として(A Study on the Transfer of Business) Author(s) 近藤, 光男 Citation 神戸法学年報 / Kobe annals of law and politics,3:65-88 Issue date 1987 Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 Resource Version publisher DOI URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81005106 Create Date: 2017-03-29 営業譲渡に関する一考察 一一一債権者保護を中心として一一一 近藤光男 1 序 2 営業譲渡の利用形態 3 営業譲渡の意義 4 営業譲受人の責任 5 債権者保護の適用範囲 1 序 会社が営業の一部門を種々の理由から他の会社に譲渡したり、あるいは子会 社等に委ねたりすることは、近年よく見られるところである。この場合法律的 には、通常営業譲渡という形で行われる O 商法においては、このような営業譲 渡についていくつかの規定を設けている O それらは、次の三つの関係から規定 したものである。第一は、営業譲渡人と営業譲受人との関係において規定する ものである ( 2 4条 、 2 5条)。第二はそのような営業譲渡当事者と営業譲渡人の 債権者または債務者との関係において規定したものである ( 2 6条 、 2 7条 、 2 8条 、 2 9条)0 第三に、営業譲渡当事者が会社である場合、そこでの内部手続につい て定めるものである ( 1 2 7条 、 2 4 5条 、 2 4 5条ノ 2)0 しかし、これらの規定の下 で、営業譲渡をめぐって生ずる法的問題は、十分に解決されてきたのであろう か。とりわけ、包括承継である合併とは異なる営業譲渡にあっては、債権者の 地位は不安定であると考えられるが、彼らには従来保護に欠けていたところが 6 6 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) なかったのであろうか。 営業譲渡については、従来から多数の詳細な研究が発表されているところで ある O 本稿では、これらの研究のすべてを論じ、営業譲渡におけるあらゆる論 点を検討する余裕はなく、また筆者の能力の及ばないところである O そこで本 稿は、営業譲渡をめぐる論点のうち、営業譲渡当事者と債権者との関係を中心 に検討し、これに必要な範囲で、その他の法律関係をめぐる問題についても論 じるものである O 営業譲渡に関する一考察 6 7 2 営業譲渡の利用形態 営業譲渡は、実際にはいついかなる形で行われてきているのであろうか。そ の利用形態および利用の目的には様々なものが見られている。しかし、これは 大きく分けて以下の二つに分類することが可能であると思われる O 第一の形態は、企業の再編成を狙ったもので、合併と同様に企業の形態を変 更する手段として営業譲渡を利用するものである。すなわち、現在のように経 済環境の変動が激しい時代にあって、企業は、複雑化した社会へ適応、する最適 な企業形態にしておくために、常に変更を行っていく必要性に迫られている O そのような企業形態の変更の一手段が営業譲渡なのである O たとえば、従来き わめて多種の営業を行い、多角的な経営を行っていた企業が、経営の減量化を 図る必要性に迫られたり、または、独立して専業化した方がより効率的である といった考えの下に、あらたに設立した子会社に営業の一部を委ねたり、他の 会社の同一部門とともに合併事業を設立することがよく行われるのであり、こ の場合に、子会社や合併事業に営業譲渡が行われるわけである O このような 企業分割は、特に数年前栄んに行われた。その理由は、資本・貿易の自由化の 進展に伴って、わが国の企業の国際的競争力を強めるために、企業の不要部門 の分離、特定部門の専業化、不採算部門を独立させて企業努力を促進すること などにあった。高度に発達した株式会社の存在を前提にして起こってきた企業 再編成の必要から生じた現象であると言われている O このような形で利用さ れる営業譲渡は、その性質は極めて合併に類似している D しかしながら、営業 譲渡は、合併のような包括承継ではないことから、営業用財産のほとんどが譲 ( 1 ) 鈴木竹雄=竹内昭夫・会社法(新版) ( 昭6 2 ) 502-503頁。このような形での営業 譲渡について、その契約書事例を示してその実態を明らかにしたものとして、会社の 営業譲渡・譲受の実務(別冊商事法務4 3 号)( 昭5 4 )1 3 1頁以下参照。 ( 2 ) 河本一郎・現代会社法(新訂第三版)( 昭6 1 ) 507-508 頁 。 6 8 神 戸 法 学 年 報 第 3号(1987 ) 渡されながら、債務その他の不良資産が譲渡の対象から除外されることも少な くないのである D この場合、営業譲渡人の債権者は営業譲渡人の従来の営業活 動を重視しながら貸付を行ったという場合が少なくないことから、この債権者 を何らかの形で保護する必要があるのではないかという疑問が生じる D しか し、独占禁止法では、営業譲渡と合併とには多くの類似点があることから、 1 6 条 1項 1号において、合併と営業譲渡とで同じ規制をしているのに対して、商 法においては、債権者保護の手続については、営業譲渡に関して何ら規定が設 けられておらず、きわめて不十分であると言わざるを得ない。無尽業法および、 相互銀行法などでは、営業譲渡の決議があったときから 2週間内に、決議の要 旨およぴ債権者で営業譲渡に異議のあるものは一定の期間内に異議を述べるべ きことを公告または催告することを要求しており、債権者が異議を述べたとき は、弁済、担保の提供、財産の信託を要求している D これは、合併の場合(商 法 100条)と同一の債権者保護規定である。しかし、これらは、このような特 別法をもっ会社に限られており、この種の会社を別とすれば、営業譲渡によっ て債権者は不利な立場に立たされることは明らかである O そこで、立法論とし ては、このような持別法をもたない会社全般についても、合併と同様の債権者 保護手続を設けるべきであるということになろう。しかし、現行法の下でも ある程度債権者を保護することは不可能ではない。それは、 26条 1項によって 営業譲受人に対して債権者がその弁済を求めるという方法である O 第二の形態は、金業倒産に際して行われる営業譲渡である D この場合には、 前の場合に比べて債権者保護の必要性は一層大きく、現在商法 26条 1項に関す ( 3 ) 大塚龍児「営業譲渡と取引の安全」金融・商事判例 5 6 5 号(昭 5 4 )5 9頁以下参照。 ( 4 ) 無尽業法2 1条ノ 4、相互銀行法 1 6条 。 ( 5 ) 債権者の異議申述権を定め、さらに、企業分割前の会社が負担していた債務は、分 割後の存続会社が連帯して責に任ずることを原則として、各債務者と別段の定めをす ることを妨げないとするという立法案が出されている。竹内昭夫=松下満雄「企業の 合併と分割」現代企業法講座 3 ( 昭6 0 )4 4 3頁、鈴木=竹内・前掲( 1 ) 5 0 4頁 。 営業譲渡に関する一考察 6 9 る裁判例の圧倒的多数のものは、この種の事案である O この形態は、多額の債 務を抱えた企業(とりわけ小規模企業)が、もっぱら債権者の執行を免れるた めに新会社を設立し、その新会社は商号、営業目的、人的構成等を同じくし、 営業用財産のうち積極財産をそのまま譲受け、一方消極財産は新会社に引きつ がせないとするものである D このような場合、従来の経営主体と新会社はほ とんどかわらず、同一の営業が新会社によって維持されているにもかかわらず、 旧金業の債権者は、旧企業の倒産によって債権回収をはかれないことになるの である O もちろん、このような場合に、債権者は、詐害行為取消権や法人格否 認の法理を使って救済を求めることは不可能ではない。しかし、いずれの方法 も現実には容易なものとは言えないのである o このため、多くの事案において、 債権者は 2 6条 1項にもとづく救済を求めている O これに対して裁判所は、営業 譲受人の責任を広く認め債権者に有利な判決を下してきている D このことは、 この種の事案において、裁判所が債権者を救済する必要性が否定し難いことを 認識しているからにほかならないと言えよう。 ( 6 ) 江頭憲治郎・判批法協 9 0巻 1 2 号1 0 1頁(昭 4 8 )。 ( 7 ) 浜田道代・判批判例評論2 0 7号(昭 5 1 )3 0頁は、第二会社への営業譲渡を詐害行為 として取り消した事例は、それほど多くないのではないかとする。 7 0 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) 3 営業譲渡の意義 商法には、既に述べたように主として三種類の営業譲渡に関する規定が置か れている O しかし、そもそも営業譲渡とは何かという定義規定は設けられてい ない。このため、従来から営業譲渡をめぐって学説が対立していた。 昭和 40年の最高裁大法廷判決では、 245条 1項 1号によって特別決議を必要 とする営業譲渡を、 24条以下の商法総則における営業譲渡と同一意義であると した上で、「一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財 産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部または重要な 一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的 活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限 度に応じ法律上当然に同法 25条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものを いう」としている D しかし、この判決には反対意見も付されており、周知のよ うに、学説ではこの判決に批判的な立場をとるものが数多く見られているので ある O その中で有力な学説は、右の判決に二つの点から批判を加えている O そ の第一は、 245条における営業譲渡を総則における営業譲渡と同一に解する必 要はないとするものである o 24条以下と異なり、 245条では株主保護が目的で あるから、いかなる場合に株主総会の特別決議を要求すべきかは、株主保譲に ついての立法的政策判断によって決まるとしている O そして、第二に、右のこ とから、 245条 1項の立法趣旨は、営業の譲渡によって会社がその営業を継続 することができなくなるか、または少なくともその営業の規模を大幅に縮小せ ざるをえなくなって、会社の運命に重大な影響を及ぼすことにあり、判旨の あげる営業活動を承継するという要件は、本来必ずしも必要でないし、譲渡会 ( 8 ) 最判昭和 4 0年 9月2 2日民集 1 9巻 6号 1 6 0 0頁 。 ( 9 ) 鈴木竹雄「株式会社法と取引の安全」商法研究 n( 昭4 6 )5 3頁。 営業譲渡に関する一考察 7 1 社の株主保護の見地からは合理的根拠のない要件である。また、競業避止義務 は、特約で排除しうるし、これを負う場合だけが営業譲渡になると考えるのも 4 5条における「営業」とは、客観的にみて組織的・ 妥当ではない O そして、 2 機能的な一体としての会社財産と考えれば足りるとしている D 私は、基本的にはこの見解を支持すべきものであると考える O しかし、この 見解は、総則の営業譲渡の定義については、最高裁の立場を否定していないよ うに考えられるが、総則における営業譲渡の意義についての判旨の立場は検討 する必要はないのであろうか。最高裁は、総則における営業譲渡の定義として 営業活動の承継を要件としてあげているが、そもそも営業活動の承継とは何を 意味するのであろうか。この点が必ずしも明らかでないのではなかろうか。 営業譲渡をめぐって商法上問題となる紛争としては、次の三つが考えられる D 第一に、営業譲渡の当事者が会社である場合、その会社の内部手続が十分にと られていないために、当該営業譲渡契約の効力が争われるもの D 第二に、営業 譲渡当事者聞において、営業譲渡契約から生じる権利、義務をめぐって生じる 紛争。第三に、営業譲渡当事者と譲渡人の債権者または債務者との聞に生じる 紛争。とりわけ、譲渡人の債権者が、営業譲受人に対して債権の弁済を求める ものである O 営業譲渡の意義を考えるにあたっては、これらの紛争が適正に解 決しうることになるかどうかという観点から検討する必要が存するのである D (削竹内昭夫・判例商法 1( 昭5 1 )1 6 0頁、河本一郎「営業譲渡・譲受をめぐる法律問題」 3号(昭 5 4 )1 3頁、服部栄三・商法総則(昭 5 8 )4 1 5頁。これに対して、 別冊商事法務4 最高裁の多数意見を支持する立場からは、この義務は、特約によって排除されないと ( 昭5 8 ) 74頁 。 される。上柳克郎「営業譲渡」会社法演習 ( l l ) 竹内昭夫「重要財産の譲渡と特別決議」会社判例百選(第四版) ( 昭5 8 )6 1頁、大 隅健一郎=今井宏・会社法論中 1 ( 昭5 8 )8 8頁 。 最高裁の立場に対して、営業的活動の承継を営業者地位の引継ぎを意味するのであ れば不適当である。法律的には譲受人の営業者地位は自己の営業活動の開始により当 然に取得されるものであって、営業の譲渡において必要なことは、営業財産の移転に より譲受人がその営業活動においてこれを利用しうる地位に置かれることであるとの 8 )6 6頁 。 批判がある。福井守・営業財産の法的研究(昭 4 n ω 7 2 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) ここでは、企業が重要な営業用財産を処分する形態として、以下の四つのタ イプに分けて、それぞれにつき検討していきたい。 ( 1 ) 単なる営業用の重要な財産だけを譲渡する場合。営業財産の買替えなど がその典型的な場合である D たとえそれが重要で価値の高い財産であっても、 これを営業譲渡と解することはできないで、あろう O なぜならば、譲渡の対象と しての営業の本質は、一定の営業目的により一体として組織化された有機的財 産たることに存し、その組織的機能的な価値をはかるところに営業を一体とし て譲渡の対象として取扱う意味があり、単なる営業用財産ではこれが否定され るからである O 会社がこのような営業用財産を譲渡する場合には、原則とし てポイントは適正な対価を確保することにあり、 2 4 5条による株主総会の特別 決議をもって株主の利益を保護しなければならない問題ではなく、代表取締役 等の業務執行の一貫として、彼らの独断専行を防ぐ意味から、また取引の重要 2 6 0条 2項 1号)。 性から、これを取締役会の決定の下に置くべき問題である ( ( 2 ) 単なる営業用財産の譲渡ではなく、一定の営業目的のために組織化され 有機的一体として機能する財産を譲渡する場合。そのような財産を譲渡する場 合には、会社が従来の営業活動を継続することができなくなるか、または少な くともその営業の規模を大幅に縮小せざるを得なくなる D このためその会社の 株主がその譲渡から蒙る不利益は小さくない。したがって、このような譲渡の すべてにつき 2 4 5条による総会決議を要求すべきことになる D しかし、このよう な立場に対しては、先の最高裁判決の立場を支持する見解からは、以下のよう な反論がなされている O 第一に、法律関係の明確化と取引の安全の要請は株主 保護の要請に優先すべきである O 右のような立場に立っときには、有機的一体 かどうかの判断が容易でないため、株主総会の決議の要求される場合とそうで ( l 3 ) 大隅健一郎・商法総則(新版) ( 昭5 3 )3 0 4頁。また、営業を有機的一体性のある組 織的財産と解する方が通常の用法に近く、より適当であるとされる。落合誠一・注釈 会社法( 5 )( 昭6 1 )2 6 8頁。 営業譲渡に関する一考察 7 3 ない場合とを区別できないことから、法律関係が不明確となる。そこで、むし ろ営業活動の承継や競業避止義務の負担を要件としていた方が、営業譲渡にあ たるかどうかの判断が容易となり、法律関係が明確になる O 第二に、営業活 動の承継がないのに財産が組織性を保ったまま譲渡されることなどありえない のではないか。たしかに有機的一体性のある組織的財産の譲渡と言っても、 その意味するところは必ずしも明らかではなく、個々具体的なケースにおいて、 営業譲渡にあたるのか単なる営業用財産の譲渡にすぎないのか判断が困難な場 合も多いと考えられる D このため、 2 4 5条の決議のない営業譲渡を無効にする ときには、取引の安全を害することが問題となる O しかし、右の第一点につい ては、営業譲渡は、それを構成する各個の財産物件価値の総和より高い組織体 としての価値を有する譲渡であり、営業上の秘訣、得意先関係などの事実関 係(のれん)の移転の有無が重要な判断基準となるのである D また取引安全 の保護を確保することは、実質的に営業譲渡にあたることが譲受人にわかるの でなければ、 2 4 5条を適用すべきでないと考えるか。営業財産の当該譲渡は営 業譲渡ではないと主張する者は、自らがその旨の立証責任を負うとすること によって可能となる O このような営業財産を譲受ければ、譲受人はこれを利用することによって、 譲渡人が従来行っていたのと同じような営業を行うことが可能となる。しかし、 例外的な場合かもしれないが、譲受人は、この譲受けた営業財産を使って、譲 同 上 柳 、 前 掲( 1 0 ) 2 4 6頁 。 ( 1 5 ) 渋谷達紀「企業の移転と担保イヒ」現代企業法講座(1) ( 昭5 9 )2 2 3頁 。 同 大 隅 = 今 井 ・ 前 掲 (11)89頁 。 (同鴻常夫・商法総則(補正第三版) ( 昭6 2 )1 2 7頁、服部・前掲( 1 0 ) 3 9 6 3 9 7頁、河本前 1 0 ) 10 -12頁 。 掲( 同 鈴 木 ・ 前 掲( 9 ) 5 4頁 。 19 ( ) 服部・前掲( 1 0 ) 4 0 5頁。あるいは、立法論としては、このような不明確な基準によっ て総会の決議事項を決めることは適当ではなく、もっと明確な具体的な基準を定める べきであるとも考えられる。大隅=今井・前掲 (11)89頁 。 7 4 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) 渡人の従来の営業と同種の営業を行わないこともあり得る O 換言すれば、譲受 人の方では、これを「営業」のつもりで譲受けたのではなく、単なる営業用財 産の集合を譲受けたと考えている場合もあり得るのである O この場合には、営 業譲渡当事者間の紛争や営業譲渡当事者と譲渡人の債権者または債務者との聞 の紛争については、営業譲渡に関する商法の規定を適用し解決をはかることは 妥当な結論をもたらすものとは考えられない。すなわち、譲渡人の営業と譲受 人の営業とが異なる場合には、のれん得意先関係の価値を保全する必要はなく、 譲渡人が従来と同一の営業を譲渡後も行ったとしても、通常譲受人に不利益は なく、法が2 5条のように原則的に競業避止義務を定めておく必要はないであろ うO したがって、譲渡人が従来と同一の営業を行っている可能性があり、この 場合には譲受人が譲渡人からその商号を譲受け、その商号を使用するときには 取引界には混乱をもたらす。この意味から、このような財産の譲渡を営業の譲 渡であるとして、 2 4条を適用して商号の譲渡を認めることは正しくない。また、 営業財産に担保権を設定している場合や、詐害行為取消権を行使する場合は 別として、商号続用の有無にかかわらず営業譲渡人の債権者が譲受人に責任を 追及することを認める必要性もなければ、これを肯定すべき根拠も見当らない と考える D なぜならば、譲渡人の営業と譲受人の営業とが異なる場合には、債 権者にとって譲受人が債務者となることを期待することもないし、また、譲受 人は営業財産を担保的価値を有する営業として譲受けたわけで、はなく、彼を債 務者として扱う理由が存しないからである O ( 3 ) 価値ある事実関係(のれん)を含んだ有機的一体性ある財産の譲渡があ り、しかも譲受人はこれを利用して、従来譲渡人が行っていたのと同種の営業 凶 日本の現行法制下では、営業的組織の意味での営業は、一個の権利の目的とされて いないから、一般的には営業の上の一個の質権または抵当権を設定することは認めら れない。したがって、営業を担保化する場合にも、各個の営業財産の上に質権または 抵当権を設定するのが建前となる。鴻・前掲( 1 7 ) 1 4 1頁。 営業譲渡に関する一考察 7 5 を行う場合。この場合には、このような譲渡による不利益から株主を保護する 必要性は、 ( 2 )の場合に劣らないことから、当然 2 4 5条にもとづく総会決議を要 求すべきこととなる O しかし、 ( 2 )の場合と異なり、譲渡が行われるにあたって、 営業の譲受人が有機的一体性ある財産を使って、従来営業譲渡人が行っていた のと同種の営業を行うことが意図されている O このため譲渡人が従来の営業活 動を行うときには、営業譲渡の経済的価値を大きく損ね、その意味を失わしめ ることになる O したがって商法が2 5条によってこれを原則的に禁止する必要性 が生じるのである O また、このように譲渡人が従来の営業を引継いで営業をし ないのであるから、譲渡人が譲受人に商号を譲渡することは、これを認めても、 取引界、第三者への信頼を害することがないのみならず、譲渡人としては、経 済的価値のある商号を譲渡することによってその価値を回収することを認める 必要がある O そこで、ここでの営業財産の譲渡は、 24条の営業譲渡に該当する と考えられる O 次に、営業譲渡当事者と譲渡人の債権者または債務者との間の 紛争の解決が問題となる O 本来、営業譲受人は、譲渡人の営業上の債務につい て債務引受をしていなければ弁済責任を負わないはずである O しかし、経済的 価値ある事実関係を含めて、債務者がその営業を譲渡した場合、債権者は債権 の回収に不安を抱くことになる D なぜならば、営業上の債務は、特定の営業主 の債務であるよりも、むしろ営業そのものの債務と見られるのが普通であり、 営業上の債権者は、法律上はともかく実質上は機能的財産としての営業自体の 価値と企業の収益力を引当てにして債権を取得するのが普通であるからであ る。しかし、個々の営業用財産に担保権が設定されている場合は別として、 譲受人の立場からすれば、単に価値ある事実関係を含んだ有機的一体性ある財 産を譲受け、譲渡人が従来行っていたのと同種の営業活動を行うだけで、譲渡 人の債権者に対して責任を負わなければならないとするのは不当であろう O た 制) 今井宏「営業譲受人の責任」大阪府大経済研究 1 8 号(昭 3 6 ) 57-58頁 。 7 6 神 戸 法 学 年 報 第 3号(19 8 7 ) だし、譲渡人と譲受人とが特別な関係にあるとき、すなわち詐害行為となると きや法人格否認が認められるときには、譲渡人の債権者に対する譲受人の責任 も生じうる O そのような場合を別とすれば、本来譲受人は、譲渡人の債権者に 対して直接責任を負うことはないはずである。しかし、商法は、営業の譲受人 が譲渡人の商号を続用する場合 ( 2 6条 l項)および営業上の債務を引受ける旨 2 8条)に、譲受人も譲渡人の債権者への弁済責 の広告を譲受人がなしたとき ( 任を負う旨を定めている O 既に述べたように、単に「営業」を譲受け、営業譲 受人が譲渡人と同種の営業を行うときに、債務引受をしていない譲受人に常に 債権者への弁済責任を認めることは不当である O しかし、それにプラスして、 商号の続用といった譲受人の責任を肯定すべきなんらかの事情があるときに は、次に述べるように、責任を認めることは、営業譲渡における債権者保護か ら肯定することができる O ( 4 ) 価値ある事実関係(のれん)を含んだ有機的一体性ある財産の譲渡があ 3 )と同様であるが、譲渡人の営業活動と譲受人の営業活動が商号 る点において ( を含めて名実ともにほぼ完全に同一で、ある場合。この場合には、外見的には営 業の譲渡がなされたというよりも、営業主の交替があったと表現した方がピッ タリあてはまる場合である D しかし、法律上は、このような営業譲渡も営業主 の地位が譲渡されたと解するのは適当ではなく、客観的意義の営業が譲渡され たものと解することになる O この場合には、会社内部手続、譲渡当事者間の関 係については、ほぼ( 3 )と同じ考えがあてはまると考えるべきであろう O しかし、 営業譲渡人の債権者保護については、 ( 3 )の場合よりも、その必要性は大きいと 考えるべきである D なぜならば、営業上の債権者にとっては、既に述べたよう に営業主にではなく営業そのものに貸付けているという意識が少なくなく、営 業の価値とそこからの収益からの弁済を期待していながら、営業の譲渡により、 債権回収の途を断たれることは不当ではないかと考えられるからである O とり わけ営業譲渡人が第二会社であって、旧経営主体とほとんど変わらない営業が 営業譲渡に関する一考察 7 7 行われている場合には、その「営業J から債権の回収ができなくなるのは妥当 な結果であるか疑問に思われる D また、譲受人としては、譲渡人から商号を含 めて「営業J のすべてを譲受け、従来からの営業上の価値をほとんどすべて活 用している以上、彼は原則として債務引受けをしなければならないとすること は、あながち不当なことではないと思われるのである D 以上のように考えれば、商法 2 4 5条の意味での営業譲渡とは、単なる営業用 財産の譲渡ではなく、 ( 2 ) すなわち有機的一体性ある財産を譲渡する場合を意味 すると解すれば十分である O しかし、 2 4条以下の総則における営業譲渡とは ( 3 ) または ( 4 )の営業譲渡である必要がある D したがって、右の ( 2 )の要件に加えて、 譲受人がその営業財産を利用して、従来譲渡人が行っていたのと同種の営業活 動を行うことが必要である D 7 8 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) 4 営業譲受人の責任 営業譲渡が行われた場合において、債権者を保護する手段となりうるのは、 6条 1項である o すなわち同項は、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用す 商法2 る場合には、譲渡人の営業上生じた債務については、譲受人も弁済責任を負う 旨を定めている D 同条の立法趣旨については、周知のように学説上の対立があ るD 従来からの通説によれば、譲受人が譲渡人の商号を続用している場合には、 営業上の債権者は、営業主の交替があったことを知らないか、知っていたとき でも、譲受人による債務の引受があったと考えるのも無理ではないから、その ような債権者の信頼を保護するため、営業上の債権者が営業譲受人に対して弁 済を請求することができることにしたものである O 裁判例も多くはこの立場 に立っている O これに対して以下のような批判がなされている。第一に、通 説は本条を外観保護の規定と解し、債権者が営業主の交替を知り得ない場合の 信頼を保護するとしているが、営業主の交替を知らない以上依然として譲渡人 が債務者であればよいし、譲受人が自己の債務者であるという信頼については、 営業主の交替を知り得ないのに譲受人を自己の債務者と信じるわけはなく、む しろ債権者は商号を通じて営業の同一性を信頼しているだけであり、これは権 利外観の信頼とは言えない O この場合、債権者は交替のない外観を信じて何 らかの法律行為を行ったわけではなく、せいぜい交替がないと信じ取立に不安 を感じないまま譲受人に請求したことが考えられるだけである O 取立に不安を 凶 田中耕太郎・商法総則概論(昭 1 3 )3 4 3ー 3 4 4頁。鴻・前掲同 1 3 5頁、渋谷・前掲同 231-232頁。これに対して、大隅・前掲(川3 1 8頁は、通説の立場に立ちつつ後に述べ る担保説と同様、営業上の債務については営業財産がその担保となっている点にも立 法理由を求めるべきであるとする。 制水戸地判昭和 5 4年 1月1 6日判時 9 3 0号9 6頁、東京地判昭和 5 4年 7月1 9日下民集 3 0巻 5-8号3 5 3頁等。 凶小橋一郎「商号を続用する営業譲受人の責任 J (上柳克郎先生還暦記念・商事法の 解釈と展望) ( 昭5 9 )1 6頁 。 営業譲渡に関する一考察 7 9 感じないで放置した債権者を保護する必要性は疑問である O あやまって、譲 受人に請求した者は、改めて譲渡人に請求しなおせばよい。債権者は譲渡人と 契約したのであり、営業譲渡があっても譲渡人は債務者であり続ける以上、な ぜ譲受人に連帯責任を負わせることが外観保護になるのか疑問が生じる O 第 二に、債権者が営業譲渡の事実を知っている場合にも、債務引受がなされたも のと信頼するという考え方については、商号の続用から債務引受の外観は生じ ないのではなかろうかという批判が生じる D さらに、通説では営業譲渡に債 務の承継を原則として認めずに譲受人の履行引受と構成しながら、他法2 6条 1 項では債務引受があったことを信頼すると述べることは、理論上、一貫しない と批判される O 第三に、 2 6条 1項を外観責任としながら、同項はなぜ第三者 の善意を要件としていないかとの批判がなされている O しかし、もしも悪意 者を保護しないことになれば、倒産に際して営業譲渡がなされる場合には、債 権者は、債務を免れるために営業譲渡を行っていることを知っており、また譲 受人に債務引受の意思がないことを知っている場合が多いことから、このよ うな債権者を保護しないでよいかが問題になる。やはり、 2 6条 1項は外観信頼 保護から説明することは適当ではないであろう O さらに、同項によって右のよ うな外観の信頼保護をはかると言っても、それは十分なものではない。なぜな らば、同項によって保護を受けるためには、当然のことながら、そこに営業譲 渡(あるいは事実上の営業譲渡)が存することが前提となっており、営業譲渡 の実体がないのにたとえ商号が譲渡され、そのために営業主の誤認が生じたと 同服部・前掲(叫4 1 8 頁 。 同 浜 田 ・ 前 掲( 7 ) 3 0頁 。 同 小 橋 ・ 前 掲 凶1 6頁 。 闘志村治美・現物出資の研究(昭 5 0 )2 4 1頁 。 倒 小 橋 ・ 前 掲 例1 6頁 。 同 浜 田 ・ 前 掲( 7 ) 3 0 3 1頁 。 8 0 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) しても、それは保護されない O そのような事態は、 24条によって防げるとも 思えるが、たとえば債務者たる営業主が営業を廃止した上で、商号および一部 の営業用財産だけを他に譲渡した場合には、債権者は営業主を誤認し、このた め債権保全をとらなかったという場合が生じうるが、債権者は商号譲受人に対 して請求することはできない。この意味で債権者の信頼は制約されている O も ちろん、法は営業譲渡があったことを前提にして、債務者の誤認を救済したと 解すればよいことではある O しかし、そうなれば、むしろ 2 6条 1項の重点は商 号が続用されていることではなく、営業が譲渡されていることにあるというこ とになる D たとえば通説は、営業譲渡を知らなかったために債権保全の措置を とらなかった債権者を保護するのが2 6条 1項であるとしているが、このことは、 営業が債権者にとって担保となっていることが前提になってはじめて妥当する のではなかろうか。そっ考えれば、外観保護といつことがあったとしても、そ れは従であり、営業が担保的価値を有するということが主ではなかろうか。 通説に対して、近時有力に説かれている立場は、 2 6条 1項の趣旨は、営業上 の債務は企業財産が担保となっていると認められるので、債務の引受をしない 旨を積極的に表示しない限り(新商号を使用することは、債務引受の意思をも 制)福岡高判昭和 3 3年 3月1 9日高民集 1 1巻 2号 1 5 1頁、東京高判昭和 4 5年 3月 4日判タ 252号 272頁参照。なお、東京地判昭和 5 5年 4月 1 4日判タ 9 7 7 号1 0 7頁では、主要な物的 設備の譲渡がほとんどなく、営業上の事実関係の一部(印刷委託先)が譲渡されてお らず、商号と商標(新聞の題字)、製作発送スタッフ、販読ルート、購読者層、取引 広告代理底を含めて一体として譲渡された事案おいて、譲渡人の債権者を 2 6条 1項に よって保護している。このケースは、商号および商標についての信頼保護から、営業 譲渡の実態のない事案についても債権者を 2 6条 1項を使って保護したと解する余地が ある。しかし、判旨に述べられているように、新聞事業の特殊性から、たとえ物的設 備の譲渡がほとんどないにもかかわらず、営業譲渡がなされたと解してよい事例で あった。 営業譲渡に関する一考察 8 1 たないことを示す)、譲受人が併存的債務引受をしたものとみなして、企業財 産の現在の所有者である譲受人にも責任を負わしめたとする O しかし、この 立場をとる場合には、なぜ企業財産が担保となっているが故に譲受人が併存的 債務引受をしたものとされるのか、企業財産が担保となっているという点を 強調すれば、商号の続用の有無は問題とはならないのではないかといった批 判が生じる O このような批判から、次のような見解が展開されている O 営業が譲渡され、 その譲渡契約において債務の帰属につき何らの特約がなされなかった場合に は、原則として譲渡人と譲受人とは、債権者に対して不真正連帯債務の関係に 立ち、重畳的債務引受が成立すると推定するが、譲渡当事者間の特約により債 務の移転がなされなかった場合、 2 6条は商号続用により対外的に企業の同一性 が完全に維持されていることを積極的に表示したものと認められるため、企業 を根本において債務者を決すべく、本来の債務者である譲渡人とともに譲受人 にも重畳的債務引受をしたのと同一の効果を定めているとされる D しかし、 この見解に対しても、営業譲受人の債務引受があることが原則であると解して よいのか、とりわけー支店の譲渡のように営業の一部譲渡でかつ商号の続用の ない場合にも、譲受人の債務引受があることが原則であるのかという批判がな されている D やはり、 2 6条以下の規定は、当事者間で債務移転の合意をして 同 商号を続用する営業譲受人の意思は、通常は譲渡人の債務をも承継するところにあ り、商号を続用しないで新商号をもって営業を譲受ける譲受人の通常の意思は、債務 を原則として承継せず別個にあらたな営業をなすところにあるとされる。山下真弘「営 業譲渡の債権者に対する効果」島大法学 2 7 号(昭 5 3 )7 0頁。しかし、このように譲受 人の意思から 2 6条 l項を解釈する場合には、債権者保護に欠けることにならないかと いう疑問が生じる。 同 服 部 ・ 前 掲 側4 1 8頁 。 ( 3 4 ) 小橋・前掲凶1 6-17頁 。 岡 山 下 ・ 前 掲 倒6 8頁 。 倒 志 村 ・ 前 掲 凶2 4 2頁 。 岡 江 頭 ・ 前 掲( 6) 10 0頁 。 8 2 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) いない限り、譲受人は、譲渡人の営業上の債務について当然には責任を負わな いことを原則とすると解する方が自然であろう O 次に、営業上の債務は企業財産を担保としているという営業上の一体性を重 視すべきであるとの考えの下に、営業を譲り受ける以上、少なくとも債権者に 対する関係において債務引受をなすべきであるという規範をうちたてるべきで あるという見解がある O そして、この見解では、営業譲渡は単なる営業財産の 譲渡と区別されなければならず、のれんの譲渡を伴わなければならなく、のれ んを譲渡するためには、実際上商号を続用するか、得意先に挨拶状を出すしか なければならないとして、そのようなことのない営業譲渡は、営業財産の譲渡 に近い実態のものでしかないとされている O さらに、また別の見解では、商 6条 1項の責任を次のように理解する O 商号は営業主の名称であるが、その 法2 営業に密着しており、営業譲受人が譲渡人の商号を続用する場合には、譲受人 は対外的には譲渡人の営業活動に参加するものとして取扱われる。そして 82条 と同様、譲渡人の営業活動に参加した譲受人は、参加以前に生じていた営業上 の債務についても責任を負うとしている D しかし、この見解については、合 名会社に関する 82条という異質の法律関係に関する規定をここにもち出すこと について疑問が生じる O 以上のような通説に反対する見解は、通説が営業上の債務は法律上あくまで も譲渡人の債務であるというところから出発しているのに対して、営業上の債 務は、経済的、実質的にみれば、むしろ営業そのものの債務であるということ を基礎に置いているように思われる。 6条 1項は、外観信頼保護にもとづくのではなく、営業上の債務は企 私は、 2 業財産が担保となっていると認められることから、債権者を保護するために商 同 今 井 ・ 前 掲ω58 頁参照。 倒 浜 田 ・ 前 掲( 7 ) 3 1頁 。 同 小 橋 ・ 前 掲 凶1 7頁 。 営業譲渡に関する一考察 8 3 号を続用する営業譲受人に債務引受けを義務づけたと考えたい。このような考 えをとる場合には、何故譲受人の商号の続用が必要となるのか、このような要 件は不要ではないかという疑問が生じうる D この点において、先に言及した見 解によれば、商号の続用の有無は、営業譲渡と単なる営業財産の譲渡とを区別 して、商号の続用のない後者については、債務引受を強制しないとしたと解し ている O しかし、商法 2 8条では商号の続用のない場合にも、これを一応営業 譲渡と認めながら、債務引受の広告をしない限り、譲受人の弁済責任を負わな い旨が定められている D したがって、右の見解は 2 8条と矛盾することにならな いかが問題になる。あるいは、この見解は、総則の営業譲渡を営業用財産の譲 渡に近いものを含めて定義するのであろうか疑問に思われる O 商号が続用される場合に限り、譲受人に弁済責任が課せられることは、外観 信頼保護から説明することが適当でないことは既に述べた通りである。それで は何故商号続用の場合に限って債権者を保護すればよいのであろうか。先に述 べたように、企業が営業用財産を処分する形態として四つのタイプがあったが、 ( 3 )のタイプすなわち譲受人が有機的一体性ある財産を譲受け、譲渡人と同種の 営業を行っているだけでは、譲受人に責任を負わせるのは酷である O たしかに、 担保とされてきた「営業」の大部分を利用して営業を行っているわけではある が、すべてを利用しているわけではなく、この段階では譲渡人の営業と譲受人 の営業とでは異なる面も多く存在し、譲渡人の従来の営業を譲受人が交替して 行っているとは言えないからである O また、譲渡人の営業上の債権者としても、 譲受人のところにある営業が自己の債権の担保であると期待することは、譲渡 人の営業と譲受人の営業の差異から考えられない。これに対して、 ( 4 )のタイプ では、譲受人は譲渡人と名実ともに同一の営業を行っており、同一の営業活動 が行われていながら、自己の担保としての営業が存在しないとされることは、 加) 浜田・前掲(7)3 1頁参照。 8 4 神 戸 法 学 年 報 第 3号 ( 1 9 8 7 ) 大きな不満を抱くことになろう O とりわけ営業譲受人が第二会社として旧経営 主体とほとんどかわらない場合には、債権者を保護する必要性は否定し難い。 一方で、 ( 4 )のタイプで営業譲渡を受けた者には、債務引受を強制することにな るが、このような経済的価値のあるのれんや営業用財産を商号を含めて譲受け た者は、従来の営業譲渡人の営業のすべてを譲受けたわけであり、その営業上 の債務について責任を負わせることは、必ずしも不当ではない。しかも譲受人 には、 2 6条 2項によってこのような責任から免れるための困難でない方法を用 意しているのである。このように債権者を保護して営業譲受人の責任を認める 必要があるのは、 ( 3 )ではなく ( 4 )のタイプの営業譲渡である O そこで商法は、商 号続用という要件の下に、営業譲受人の責任を定めたと解する O しかし、 ( 3 )の 中でも ( 4 )の近くに位置する営業譲渡も考えられる O すなわち、 ( 3 )の中でも商号 の続用はないが企業の同一性が維持されている場合である O この場合には、た とえ商号の続用がなくても営業譲受人の弁済責任を肯定すべき場合が存するの ではなかろうか。この点については次に検討する O なお、商号の続用がないと きでも、譲受人が債務引受を広告すれば、債権者に対して責任を負うことにな る ( 2 8条)が、これは、広告による債務引受の意志表示への信頼の問題であっ て、このような広告がある場合には、商号の続用のない営業譲渡が( 4 )に類似す ることを意味するものではない O 同 この意味から、 2 8条における債務引受の広告を広くとらえて、単に事業の譲受ある いは業務の承継という表現が使用されていれば、債務の引受の趣旨が含まれていると 解するのは正当でないと考える。客観的に見て債務引受の趣旨が示されていることを 0月 7日民集 8巻 1 0 号1 7 9 5頁が「今般 要求すべきである。したがって、最判昭和2 9年 1 弊社は 6月 1日を期し……地方鉄道軌道詑に沿線パス事業を A会社より譲受け、 B会 社として新発足することになりました」との新聞広告を右事業に伴う営業上の債務を も引受ける趣旨を包含すると解しているのは、行きすぎであろう。大隅・前掲(13) 3 2 1頁 、 鴻・前掲(同1 3 6頁参照。 営業譲渡に関する一考察 8 5 5 債権者保護の適用範囲 右に述べてきた 26条 1項の立法趣旨をめぐる学説の対立は、具体的な問題の 解決にあたっていかなる異なった結果をもたらすのであろうか。 第一に、 26条 1項によって保護を受けるためには、債権者は善意でなければ ならないであろうか。裁判例では、個々の具体的な知不知を問わないものとす るものと、 26条 1項は営業譲渡の事実および営業譲受人による債務の引受け がなされていない事実を知っている営業譲渡人の債権者については、適用がな いとするものに分かれている D 学説では、 26条 1項を外観法理にもとづかせ る立場からは、債務が営業譲受人に移転していないことを知っている悪意の債 権者には保護を与えないことになる O しかも、同条 2項の解釈上、時機に遅れ た通知により悪意となった者に対しては、営業譲受人は免責を主張しえないの であるから、それと同時期に通知以外の事実により悪意となった者に対しても、 免責を主張することができないと解するのでなければ、アンバランスというこ とになる。 26条 1項に債権者の商号への信頼という面があるにしても、同項 は文言上このような要件を置いていないにもかかわらず、悪意の債権者の保護 を一切否定してよいか疑問である O 特に企業の倒産に際して行われる営業譲渡 の場合には、保護される債権者が極めて限られてしまうことになると考えられ る。この点で、同項を営業の担保的価値から説明する立場では、債権者の善意・ 附 東 京 地 判 昭 和5 4 年 7月 1 9日下民集 3 0 巻 5-8号 3 5 3頁。 倒 東 京 地 判 昭 和4 9年 1 2月 9日判時 7 7 8 号9 6頁(これは、 2 6条 2項の類推適用であると 5年 4月 1 4日判時 9 7 7号 1 0 7頁。これらの判決では、この場合の する)、東京地判昭和 5 悪意は、営業の譲渡があったときから登記または通知をしたならば免責を得たであろ う時点までに生じた場合に限るとする。 同 渋 谷 ・ 前 掲( 1 5 ) 2 3 2頁。もっとも、 2 6条 1項を外観法理に基礎を置くとしながらも、 6条 2項の登記または通知が用意されている以上、営業譲渡 この責任を免れるために 2 の事実と債務引受のない事実につき悪意の債権者には適用がないと解すべきでないと 3 ) 6 2頁。 いう立場もある。大塚・前掲( 8 6 神 戸 法 学 年 報 第 3号(19 8 7 ) 悪意を問題としないことになる D 私も営業譲渡の事実または債務引受のなされ ていないことを知っている債権者であっても、保護する必要はあり、債権者の 善意という要件は余計なものであると考える O 個々具体的な債権者の悪意を問 題とするべきではなく、商号の続用のある営業譲渡という要件の下に債権者を 保護すべきであろう O 第二に、商号の続用があるというためには、厳格に同一の商号が用いられた 場合に限られるのか、または類似の商号であってもよいのかという問題がある。 通説の外観信頼説に立てば、この点は、債権者の誤認が生じる場合でなけれ ばならないために、「商号の続用あり」とされる場合がおのずから制約される ことになろう O ただし、この立場に立つ見解でも、債権者の誤認を二つに分け、 営業主の同一性に関する誤認を救済するという面では、商号は債権者にとって まぎらわしいほど近似していることが必要であり、債務引受等に関する誤認を 救済するという面では、まぎらわしいほどに近似した商号である必要はなく、 債務の引受があったと誤認させる商号であれば足りるという立場もある O 裁 判例は、一般に拡大解釈の方向に進んでいると言ってよい。すなわち、一方で は、単に類似の商号を使用するに過ぎない場合を含まないとするものもある が、自然人の称号に「株式会社」を附加して商号とした場合、会社の種別が 変わった場合に商号の続用を肯定する判決がある D のみならず、商号続用の 同渋谷達紀・判批ジュリスト 7 9 6号(昭 5 8 ) 107-108頁 。 制 大 阪 地 判 昭 和4 3年 8月 3日判タ 2 2 6号 1 8 1頁 ( rいせ屋家具マート」と「有限会社四 日市いせ屋家具」との聞に商号の続用を否定) 同 東 京 地 判 昭 和3 4年 8月 5日下民集 1 0巻 8号 1 6 3 4頁 ( r名和洋品庖」と「株式会社名 5年 6月 3 0日判時 6 1 0 号8 3頁 ( r大 和洋品店」との聞に商号続用を肯定)、東京地判昭和 4 阪屋」と「株式会社大阪屋」との聞に商号続用を肯定)。 6年 3月 5日判タ 2 6 5号 2 5 6頁 ( r三洋タクシー合資会社」と「三洋タ 同 大 阪 地 判 昭 和4 クシー株式会社」との聞に商号続用を肯定)、東京地判昭和 4 7年 8月 3 0日判時6 9 3 号5 3 頁 ( r 鹿島運輸合資会社」と「鹿島運輸株式会社」との間に商号続用を肯定)、水戸地 4年 1月1 6日判時 9 3 0 号9 6頁 ( r有限会社笠間電化センター」と「株式会社笠間 判昭和 5 電化センター」との聞に商号続用を肯定)。 営業譲渡に関する一考察 8 7 有無は、主に商号の字句から判断するとしながらも、譲渡人と譲受人との営業 主体の人的構成上の関連性、営業目的、得意先に対する通知、その引継の有無、 営業譲渡の動機等の諸般の状況をも酪酌してよいとする判決もあるのである O これは、「商号の続用」への債権者の信頼保護という面を離れて、およそ新旧 企業の同一性への信頼が商号ではなく、判決が掲げるその他の事情に基づき惹 6条 1項を適用するという方向にある O そもそもこのような 起される限り、 2 解釈をとることは、 2 6条 1項を商号にもとづく信頼保護だけから説明すること が無理であることを示すことにならないであろうか。 私は、全くの同ーの商号ではないが、類似の商号であれば、その他当該営業 譲渡の状況から、商号の続用を肯定してよいという立場に賛成したい。まず、 たとえば合名会社と附加された商号から株式会社と附加された商号へと、営業 譲渡ののち変更されたとしても、商号の続用を認めてよいことは、このような 変更が商法上の制約(17 条 、 1 8条、有限会社法 3条)から生じうる結果である 以上当然であると考えられる O さらに、営業譲渡の前後で企業の同一性が維持 されていると、商号以外の種々の事情から認められるときには、類似の商号に すぎないものであっても、これを続用された商号と解すべきである O すなわち、 譲受前の営業と譲受後の営業とを比較してみて、人的構成、営業目的、営業用 書類、用紙、看板、営業譲渡の動機等から考えて、営業譲渡の前後で営業の同 同 東 京 地 判 昭 和4 2年 7月 1 2日下民集 1 8巻 7-8号 8 1 4頁、判旨は、 2 6条の趣旨は、従 前の営業上の債権者の外観に対する信頼を保護するにあるとして、このことは、譲受 人による債務の引受があったものと考えるのは無理からぬとする事情がある場合に債 権者を保護するものであるから、このような事情を勘案することはなんら差支えない として、「第一化成株式会社」と「第一化成工業株式会社」との聞に商号の続用を肯 定した。また、札幌地判昭和 4 5年 1 2月2 5日判時 6 3 1号 9 2頁では、譲受人が譲渡人の使 用していたのと同一建物を使用し、譲渡後三ヶ月余も譲渡人の商号を表示した看板、 納品書、受領書用紙などをそのまま使用していたもので、「マルショウ食品興業株式 会社」と「マルト食品興業株式会社」との聞に商号の続用を肯定した。 6) 10 1頁 。 制 江 頭 ・ 前 掲( 8 8 神 戸 法 学 年 報 第 3号(19 8 7 ) 一性が維持されていると考えられる場合には、商号の続用という要件が緩和さ れて、同一性または類似性の要件をある程度ゆるめてもよいのではないかと考 えるのである O このような解釈は、企業倒産に際して第二会社が設立される 場合の債権者を保護するために妥当かっ必要なものであると考えられる O この ように商号の続用を広く解釈することによって譲受人の受ける不利益は、同条 2項によって避けることが可能である O 倒 反対に、既に述べたように、商号を譲渡して同ーのものが使用されていても、そこ に営業譲渡がなければ、譲受人に 2 6条 1項の責任は生じない。