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397KB - 京都精華大学
― 52 ― 情報リテラシー教育における e ラーニング化とパブリック・クラウドの利用―その組織的運営と授業評価について
情報リテラシー教育における e ラーニング化と
パブリック・クラウドの利用
――その組織的運営と授業評価について――
小 松 泰 信
KOMATSU Yasunobu
1. はじめに
Google に代表される情報検索の世界から、Facebook に代表されるソーシャル・ネットワー
クの台頭は、アラブ諸国で連鎖的に起こった社会体制の変化に ICT 技術が今までにも増して
影響を与える新たな時代になったことを印象づけた。数十年間にわたって変わることのなかっ
た支配体制が、オルタナティブメディアとしてのネット世論によって、一瞬の内に転覆可能で
あるということを証明したかに見える。他方で、国内に目を転じると東日本大震災によって起
こった、地震・津波・原発事故という一連のプロセスにおいても ICT 技術が重要な役割を演
じると共に、危機的状況下での情報発信のあり方が問われてきた。情報をいかに受け止め活用
するかを問う、情報リテラシー教育の重要性が今日ほど問われる局面は嘗てないだろう。本稿
では、全学必修の初年次導入科目である「デジタルネットワーク基礎」に e ラーニング手法を
用いながら、今日求められる情報リテラシー科目群の中に位置づけた。その中で情報共有を前
提としたパブリック・クラウド(Google Apps)上での演習を取り入れその評価を試みる。
2. 情報リテラシー科目の現状
2-1 情報リテラシー科目の内容
我が国の大学において開講されている情報リテラシー科目の多くがコンピュータリテラシー
をその内容としている。大学で必要とされる「学内 LAN を利用するために必要な操作方法や
ルール」に加えて学内のシステムやアプリケーションの利用法を中心にしたものが多い(文部
科学省 , 2011, p.17)
。そこには、高校における必修科目「情報」が平成 18 年に発覚した「履修
漏れ」にみられるように「入試に出ない」他の幾つかの背景(澤田 ,2008,pp.5-8)から当初提供
するであろうと期待されたコンピュータスキルを , 高校生が必ずしも均質なものとして獲得し
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きれていないという背景がある。さらにコンテンツに踏み込んだ内容として、データ分析やプ
レゼンテーション等を関連して組み込むものが見られるが、あくまでコンピュータリテラシー
のデータ処理に派生した内容になっている。今日求められるより高次の情報から、知識への構
造的理解や批判的読解に基づく評価、さらには情報表現までを扱う内容は、選択科目としては
散見できるものの、全学生が受講する必修科目として開講されるものは希である。
学術文献などの高次の知識情報を扱う機関として大学図書館を挙げることができる。今日
Web 情報の飛躍的増大の中で、学術情報においても書物の果たす役割は相対的に低下したと
見られることが多くなった。また全国の大学図書館の入館者数の推移および貸出冊数(日図
協 ,2003-2011)をみてもその役割は、横ばいから減少しつつあるかに見える。
しかし一方で、現代のネット情報に支配的役割を果たす Google が世界の主要な図書館と提
携して Google Book をサービスに組み入れていることも忘れることはできない。Google Book
Library Project では、提携図書館の蔵書を網羅的にスキャンしてデジタル化を行っている。
Web 情報と同じように文献情報も Google 検索の対象となりつつある。このように図書館情報
の価値は、電子書籍の台頭によって従来の Web 上のデジタルコンテンツとシームレスになる
ことでむしろ高まると考えられる。
2-2 情報リテラシー科目に求められるもの
したがって、大学における情報リテラシー教育の内容は、コンピュータリテラシーに片寄っ
た操作教育的内容から、高次の知識情報の批判的読解や評価に至るコンテンツベースの内容に
シフトすることが求められる。そのためには、情報内容を吟味しながら他者とのコミュニケー
ションを通じての共同作業に精通することや、図書館等の知識情報の扱い方を今日的な手法で
再定義することが必要と考えられる。
3. 大阪女学院大学における情報リテラシー科目群
3-1 情報リテラシー科目群の概要
本稿のフィールドとなる大阪女学院の規模につて触れておく。中学・高校・短期大学・大学
を併設するが、大学は、2011 年度現在、1 学年 150 名定員である。大阪女学院大学における情
1
報リテラシー科目は、主に初年次科目の必修科目として開講されている 。以下の3つの特徴
的な必修科目が、相互に連携して情報リテラシー科目群を形作っている。加えて、すべての科
目は、いずれも学習管理システム (Learning Management System 以下 LMS とする ) 上で運用
されている。
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「情報の理解と活用」
大学で学習する上で必要となる基本的リサーチテクニックを身につけ、卒論までを視野に入
れた学術情報発信の技法や生活で必要となる情報検索手段の基礎を身につけ、生涯に渡る自立
的学習の基礎を築く。具体的内容は、PC 演習室での情報検索や blog 等での情報発信も含めた
演習と図書館での演習を通じて、小論文 1 編を仕上げる PBL である。
「デジタルネットワーク基礎」
大学において必要とされる、ICT 技術の基礎的なスキルとネットワーク資源の利用技術を身
につける。グローバル環境での情報発信に必要なスキルの習得に加えて、使う上で必要となる
情報セキュリティの基礎を学ぶ。PC 演習室で演習が中心だが、パブリック・クラウドを使っ
た演習を実施している。
「自己形成スキル」
「自己」というものを多面から考え、自らの個性や欲求を明確に意識化することにより、主
体性をもって学び、行動する姿勢を身につける。主に「自己理解・自己省察」に視点をあてて、
読解力を養いながら、キャリア教育のとば口になる「自己分析力」につなぐ。具体的内容は、
2
図書館の場を利用しながら読書力を身につけ自己表現力を養う 。
3-2 各科目の役割
「情報の理解と活用」は、高次の知識情報を扱う図書館情報を背景にした科目である。日本
図書館協会の「図書館利用教育ガイドライン:大学図書館版」
(日図協 ,1998)によれば、その
目標とするところを5つに分けている。領域1:印象づけ 領域2:サービス案内 領域3:
情報探索法指導 領域4:情報整理法指導 領域5:情報表現法指導の 5 段階である。この表
現は、図書館が実施する利用教育に対応したものであるが、情報リテラシー教育に即し学習目
標を設定すると、1.図書館情報の性質を把握する 2.図書館サービスを理解する 3.情
報検索を通じて情報源とその評価ができるようになる 4.情報の組織化を通じて情報の活用
ができるようになる 5.情報発信を通じて情報を倫理的・自律的な配慮を踏まえた成熟した
市民社会を形成しうる、と言い換えることができると考える。
本科目での目標は、学術情報表現である論文の書き方を 5 の情報表現のひとつして目標とし
ながら 3 ∼ 5 の高次領域の理解を求めるものとなっている。
他方で、情報環境及び初等中等教育の変化によって、文章を読み解く力の減退が大学初年次
教育で課題となった。図書館における読書に注目しキャリア教育を結合したのが「自己形成ス
キル」である。キャリア教育において自己分析をする上での「安定した人格形成に必要な自己
理解・自己省察をねらいとした『自己形成教育』
」と前述 5 領域の内の 1 − 2 に相当する図書
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館内での演習による「資料探索の技術を主とする『図書館活用教育』
」さらに図書館資料の読
みに注目した「文章読解・表現力の向上をめざした『リテラシー教育』
」を 3 つの柱(手嶋ほ
か ,2009,p.121)にした導入科目となっている。さらに ICT 技術に重点をおいた「デジタルネッ
トワーク基礎」である。この科目については5章で詳説していきたい。これら科目群によって
情報の技術的基礎から学術情報の取り扱い方までを 1 年次に集中して学習するのが情報リテラ
シー科目群である。
3-3 LMS による科目間連携
以上の情報リテラシー科目群は、すべて LMS 上で展開されている。LMS は 2011 年度現在
moodle v.1.9.2 である。学習管理システムである LMS は、学習に必要な資源をネットワーク上
で利用可能にする。前述 3 科目で利用したおもな機能は、教材の配信、情報共有のためのフォー
ラム、小テスト、課題提出ボックス、ePortfolio、Personal Learning Plan 他である。こうした
機能と共に重要なのは、各受講者の学習成果を蓄積し可視化することができることである。こ
のことは、科目担当の 1 講師だけに各受講者の学習の進捗を委ねず、図書館員や ICT 技術支
援者を含めた様々な学習支援者がそれを共有するティームティーチングが可能になった。さら
に、各科目を形成するコースを有機的に連携させることで、複数の科目による科目間連携も可
能になった。
例えば、
「デジタルネットワーク基礎」第 4 週で、
Weblog エントリーの方法を習得するが、
「情
報の理解と活用」の第4週では、最終提出物にあたる小論文の、仮アウトラインを作り、
「デ
ジタルネットワーク基礎」で習得した blog エントリーを応用して、第5週で仮アウトライン
の blog 登録を行う。このことで各学生が今どのようなテーマに取り組んでいるかを共有し協
調的学習環境を作りながら、次の RSS 検索実習につなげていく。また、
「情報の理解と活用」
では第 2 ∼3週に図書館でのレファレンスブックを利用した調査演習を行うが、それを受けて
「自己形成スキル」では第 4 週からどの分野の本が物理的にどこに位置するかを図書館の書架
を実際に歩いて体験する。このプロセスは、さながら複数の科目がひとつの総合科目に融合し
たような学習過程を、履修者の中で成立させる。
以上の学習成果は、逐次 LMS 上の学習成果として蓄積されていくために、各受講者が、個々
の課題に対する成果に止まらず、全体としてどのような学習成果を得ているかを鳥瞰すること
が可能である。
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4. システム構成
4-1 ローカルシステムの統合
本稿の学習環境である e ラーニングとパブリック・クラウド(Google Apps)利用環境につ
いて概観しておく。大阪女学院のローカルシステムの一部として LMS である moodle は構成
されている。LMS 以外にも大学構成員が利用するローカルシステムが多数存在する。システ
ムの利用には認証が必要になっているが、それぞれの認証をひとつの Campus ID で行うため
に、LDAP による認証の統合を行っている。さらにそれぞれのシステムへのログインを一度の
認証で済ませるために SSO(Single Sign On) を実施している。SSO を実現するためにシステム
として MyWill と呼ばれるキャンパスポータルが構築されている。大学構成員は、すべての情
報資源にアクセスするためにこのキャンパスポータルを利用することになる。
4-2 統合認証とパブリック・クラウドの連携
2010 年度までキャンパスポータルで統合認証を行ってきた代表的なシステムには、ローカ
ルシステムとしてのメール、LMS、Web 等のコンテンツ管理システム、Weblog、図書館シス
テム、ネットワークストレージ、出席管理等があった。2010 年度には、このうちのメールシ
ステムをローカルシステムの Active Mail からクラウド上の Google Mail へ移行を行った。認
証は Google Mail と連携可能な LDAP 連携によるものである。これによって教育機関向けの
Google Apps Educational Edition が提供する様々な Apps をあわせて利用できる環境が実現す
る。
4-3 Google Apps の利用
大学ドメインに統合された Google Apps を使うためには、一般ユーザとは別に管理ユーザ
が提供される。管理ユーザには管理用ボードが提供されユーザ登録やグループ分けが一括で管
理できる。また管理するドメインの構成員にどの Apps を提供するかを選択することができる。
この機能によって大学構成員の各グループにどのようなクラウドサービスを提供するかを選択
する。提供されるサービスは、クラウドを利用したコミュニケーション機能を強化するもので、
構成員間の情報の共有による共同作業が可能になる。2011 年現在で同大学ドメインに共通で
提供している主なサービスは、メール、カレンダー、ドキュメント、サイト、Video 等であっ
たが、それ以外にも Google book 他のサービスも提供可能である。
この Google Apps を利用する意義は、大学でもとめられる学生相互の学習コミュニティの
形成にコミュニケーション機能を活用できる点が挙げられる。従来のワープロやスプレレット
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シートの作成も、クラウド上で共有したファイルで行うことによって他の学習者を意識した多
様な共同作業の可能性を示唆することができる。
5. ICT 技術の基礎を学ぶ「デジタルネットワーク基礎」
5-1 科目のねらい
この科目のねらいは、
「新入生全員が、大学における学習の前提となる IT 基礎的利用技術
を習得すると共に社会で必要とされる最低限のネットワーク利用技術と情報倫理・情報セキュ
リティを演習形式で学習する」
(小松 ,2005,pp66-67)ことにある。大学での全ての科目の前提
となる導入科目という性質から、1 年次の必修科目であり他科目に先立ってオリエンテーショ
ン期間に第 1 週が始まる。7 週で構成されており全学生が施設席数の関係から、2 つのグルー
プに分かれて前期で修了することになっている。
学習内容は 2011 年度の時点で次のとおりである。
表 1: デジタルネットワーク基礎スケジュール
1週 オリエンテーション・コンピュータ操作基礎:コンピュータ基本操作法
2週 ネットワーク基礎:LMS/Portal システム基礎説明
3週 ネットワーク基礎:Mail 利用法 情報倫理・情報セキュリティ (Google Apps 概要 )
4週 ネットワーク応用:Weblog 情報発信 (Google Talk ビデオチャット )
5週 アプリケーション MS-Word 基礎・(Google Apps プロジェクト演習 1)
6週 アプリケーション MS-Excel 基礎・(Google Apps プロジェクト演習 2)
7週 修了テスト:知識試験、実技試験
※( )部分は 2011 年度に実施した Google Apps のクラウド実習
授業形態は、PC ルームでの集合授業と LMS を利用した非同期学習により構成されており、
プロジェクトはフォーラム等のコミュニケーション機能他をつかって授業時間外に進められ
る。必要となる教材も LMS 上に常時アクセスできるように用意されているため、授業を離れ
ても課題を進めることができる。
5-2 e ラーニングを背景にした運営体制について
本稿で述べる e ラーニングとは、遠隔地の学習者にネットを通じて学習教材を提供し支援を
おこなう遠隔教育をさすものでも、学習者が自学自習的に電子教材を活用できる環境のみを提
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供するものでもない。大学等の集合授業にネットからのデジタル学習支援を組み合わせ提供す
3
るもの を指している。教育改善を目指して大学等での授業の e ラーニング化を目指す場合に、
ICT リテラシーの高い担当講師の個人技で自らの授業内容で e ラーニング化をおこなう場合
と、全学必修科目のような多人数の講師が同時展開で共通した教育内容と均質な学習成果が期
待される場合では運営体制が本質的に異なる。以下に情報リテラシー科目の e ラーニング技術
を背景とした運営体制について述べる。
2011 年度に情報リテラシー科目群を何らかの形で担当した講師は 5 名である。加えて授業
アシスタントとして学生サポーターが加わる。サポーターは、2 回生以上の学生の中から志願
者を募り一定の養成課程を修了した者が担当する。その任務は、集合授業内で講師の指示が十
分に学生に伝わったかを確認し、遅れている受講者を支えていくことにある。サポートは授業
時間内のみにとどまらない。LMS 上のコミュニケーションフォーラム等を通じて、授業時間
外も受講者に働きかけ教室外学習の実質化を行うことも求められている。
必修科目の学習内容は共通であり、LMS 上に事前に教材が配置されている。講師には、各
コマごとの詳細な学習項目が一種のティーチングマニュアルとして事前に渡されていて、講師
によって学習成果がばらつく事を抑止している。さらに LMS 上の学習進捗情報は、一定の支
援メンバーの間で共有する。
4
授業に直接的に関わらないところで、LMS 上の教材の整備や履修者の管理 さらにシステ
ム支援を ICT 部門が担当する。さらに図書館を利用する科目では、図書館司書も LMS 上の当
該科目の内容を閲覧可能になっており学習の進捗状況が共有されている。
図1:履修者を支える学習進捗情報の共有(小松 ,2007,p.191)
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また後述するようにこの授業外メンバーの一部も含めた授業に関する運営会議を毎週開催し
ている。LMS 上には、全学生の学習の進捗状況が一望できる環境が整っている。加えて後述
するようにリアルタイム授業評価によって教育成果の可視化が成立している。このことによっ
て、授業評価アンケートは、次年度に向けた年次データとしての性質を脱却し、週次データと
して取得されている。会議では、このような諸データを分析しながら授業の方向を決定してい
く。その意味するところは、各週の学習成果と授業評価を重ね合わせながら、授業評価を授業
終了後の年次報告としてではなく授業進行中に学習内容を形成的に変更するためのデータとし
て活用することを LMS が可能にしている。 5-3 2011 年度学習内容の変更
情報リテラシー科目群の中での役割は、ICT 技術の基礎を習得するのがこの科目の目的であ
るが、情報環境の変化は著しく PC 環境に対応するだけでは不十分で、いつでも、どこでも、
誰でもネットに接続していることを前提としたユビキタス環境も考慮に入れた技術習得が求め
られる。またソーシャル・ネットワークに代表されるような誰もがネット上に情報発信をおこ
ない、諸個人が発信する情報をいかに扱うるかも重要な学習要素となると考えられる。それら
を学ぶ上で重要な要素のひとつは、クラウド環境の理解であろう。PC・タブレット端末・スマー
トフォン等のマルチキャリア環境で同じデータを共有しうるのに加えて、他者と共同でデータ
を扱う環境が容易に体験できるからである。このような観点から、次章では、2011 年度に実
施したプロジェクト学習に基づくクラウド演習について述べていきたい。
6. クラウド演習の実際
6-1 プロジェクト学習の目的
2011 年度のクラウド演習は、集合授業での各週の学習課題を受講者相互で共有し共同で解
決するものとして主に授業外のプロジェクト学習として位置づけた。そのねらいは、個々の受
講者の機器操作スキル習得に陥りがちな学習目標を、他者と協調しながらお互いの学習成果を
相互に評価し合い進めることにシフトさせることにある。受講者は、その過程において共同制
作者である他者を意識しながら自分の役割を達成することが求められる。
6-2 プロジェクト学習の過程
第 2 週において、Gmail の受信・作成・送信等の基本的操作を概観するが、この際キャンパ
スポータルから Gmail に SSO で入った段階でクラウド演習のために必要な、
カレンダー・ドキュ
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メントなどのメニューが概観できる。受講者は、プロジェクト学習を遂行するために数名づつ
グループに分かれて最終週までにグループ学習を行う。合わせて moodle 内にコミュニケーショ
ンフォーラムを設置し授業時間外グループ内の非同期学習を促す。
第 3 週では、クラウド上のカレンダーで設定と共有をおこないグループ内でのスケジュール
管理ができることを示す。この段階でプロジェクト学習課題の全体像を以下の様に示す。共同
で昼食会を企画することがその課題である。
〈課題:目標を示す〉
Google カレンダーで各グループの人全員にランチのお誘いの予定を作成し、ゲストとし
て追加することで招待(共有)してください。入力例(予定:ランチのお誘い、日時:6
月上旬の各自都合のよい日時、場所:梅田、難波、京都など、説明:ランチの内容を入力・
中華、イタリアン、和食、ケーキバイキングなど)
他のメンバーから招待された予定を次回までに確認しておいてください。
※期限:次回授業開始まで
次回の授業内で、それぞれの予定を元にグループの予定としてみんなで調整してもらいま
す。
ここでは、最初に課題の目標・到達点を示しそれに対してクラウドサービスが共同制作と情
報共有に有効な手段であることをプロジェクトの進行過程で気づかせることを意図している。
第 4 週では、
Web 上の情報発信のために Weblog を学習する。ここで従来からテキストコミュ
ニケーションを基調にした適切な情報の扱い方を学習する。他方クラウドを利用した演習では、
各端末に Web カメラを装備し、Gmail に付帯したビデオチャット機能を活用したビデオコミュ
ニケーションを体験する。プロジェクト学習では以下のようにグループ内のコミュニケーショ
ンを求めながら、企画案に盛りこむべき要素(日時、場所、食事のジャンル)を示しプロジェ
クトの進捗を促す。
〈課題:連絡調整と企画に盛りこむべき要素〉
コミュニケーションフォーラム:グループリーダーは「ランチのお誘い」企画をまとめる
ため、あらたなトピックを発信し、メンバーは返信し、意見交換を進めてください。
テーマは「ランチのお誘いの計画」
グループで日時、場所、食事のジャンルなどをディスカッションし、リーダーは第 5 週ま
でにコミュニケーションフォーラム上でまとめてください。
第 5 週に入って、Google ドキュメントを示す。これは従来の Word・Excel・PowerPoint に
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代表される様な Office アプリケーションを端末のソフトウェアではなくクラウド上のサービス
として利用するものである。受講者はブラウザ上で全てのドキュメントの制作が可能になる。
集合授業では、留学等で大学の情報環境を離れた際も上記アプリケーションを必要とする場合
は、クラウド上でその制作が可能である等の具体的利用シーンを説明してクラウドの効用を理
解してもらう。しかし最も理解してもらいたいことは、クラウド上で作成した各ファイルは、
共有されリアルタイムに更新可能であることである。
共同制作過程において、メール等で共同制作物を投げ合って版を重ねる手法は、従来からネッ
ト利用者には馴染みのある手法であるが、クラウド上に共有したファイルがリアルタイムで変
更されていく体験は、これとは本質的に異なる過程であり、受講者には新鮮な体験である。こ
のことは、共同で作業を進めるために場所を共有しなくてもいいことを示している。また逆に
場を共有しない共同作業における相互の協調のためのなにが必要かを理解することが求められ
る。プロジェクト学習では、以下のように役割分担と調査を求める。
〈課題:役割分担と調査〉
今週のリーダーは次のテーマ(下記より1項目)で、ディスカッションを進めてください。
タイトル:
「ランチの企画に対する編集分担」について、リーダーを中心に役割を決めて
ください。各自、決まった部分の記事のアウトラインをインターネットで調べたりして準
備していきましょう。
第 6 週に入って、ここまでの成果を Google Apps 上のカレンダーおよびドキュメントを駆
使してまとめて情報共有をおこなう。企画案内をドキュメント上に作成し第 4 週に示唆した
「ラ
ンチのお誘い」に盛りこむべき要素のそれぞれを分担してリアルタイムで文章を共同制作する。
一方でカレンダー上で調整した実施日時には、スケジュールを作成しメンバーで共有する。完
成した文章「ランチのお誘い」は、その添付資料としてカレンダーに貼り付けメンバーに案内
を配信し、この全プロセスの相互評価をディスカッションしこのプロジェクト学習は終了する。
終了時のこの共同プロジェクトの評価を相互に促進できるように以下のようにフォーラム投稿
を指示する。
〈課題:プロジェクトの相互評価〉
今週のリーダーは次のテーマで、ディスカッションを進めてください。
タイトル:
『デジタルネットワーク基礎で取り組んだ一連のグループディスカッションや
GoogleApps を利用した共同編集などに対する感想』をみんなで討議してください。
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7. 授業評価への取組
この講座は、LMS である moodle 上で実施されているために全履修者の各週テストのスコア、
課題の提出状況及びその成績等が把握できる。これによって授業の進捗状況を可視化し客観的
にとらえることが可能になっている。この章では、リアルタイム授業評価への取組について述
5
べていきたい 。
7-1 本プロジェクト学習の評価
まず、今回実施したプロジェクト学習の評価については、前章の 6 週で述べた通り、受講者
がプロジェクト終了時に所感をコミュニケーションフォーラムに投稿し共有する形で、このプ
ロジェクト全体に関する評価を行った。だだし企画プロジェクトの最終成果物は、感想を投稿
する段階でまだ完成していない。
本講座の受講資格者は、大学・短期大学合わせて 239 名である。コミュニケーションフォー
ラムへの投稿は 225 件であった。
投稿内容は、概ね肯定的内容の評価が 7 割を超えていた。しかし肯定的評価の内 6 割を超え
るものが「難しい部分もあったが、
みんなで話し合ったり情報を共有することができた」や「大
変だったけど、こんなに便利で役にたつ機能がある」など、学習過程での困難を指摘しながら
肯定するコメントであった。これは、2010 年度の学習項目にプロジェクト学習を付加したた
めに従来より学習項目が肥大化したことなどが原因として考えられる。
肯定的評価の内、
「楽しい・面白い」とコメントしたものが 82 件あった。楽しかった理由と
して「みんなで協力したりしてすごく楽しかった」等の共同作業の向こうにいるメンバーとの
関わりをあげるものが多かった。中には共同編集の過程で「グチャグチャになったけどそれす
らも楽しかった」いうように共同作業でのトラブルすら楽しいとする指摘もあった。またクラ
ウドの機能に注目し「便利である」ことに言及したコメントが 41 件あった。また「情報共有」
や「交換」に役立つことを指摘したコメントがそれぞれ 17 件と 12 件あった。
他方で否定的評価も寄せられている。その内最も多かったのは「難しい」ことに言及したも
ので「パソコンを使うことが本当に苦手なので難しい」など前に述べた「困難を指摘しながら
も肯定するコメント」でなかったものである。これらの受講者には、2011 年度付加したクラ
ウドによるプロジェクト学習が重荷になっていたことが考えられる。高校時代に取りこぼして
きた前提学習にあたる ICT 技術の操作的教育が、大学の導入教育で必要な受講者がいること
を示唆しているケースが多かった。またリアルタイムコミュニケーションについて「みんなが
同じ時間にパソコンを開いてるわけではない」ことを指摘するコメントもあった。これはメー
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ル等の非同期通信の運用に慣れている受講者に対して、十分に活用法を伝えきれなかったケー
スと考えられる。また、プロジェクト学習を実施した各グループ内の相互作用も所感にバイア
スとして作用し、グループによって否定的評価が集まる結果となった。
ここまで、プロジェクト学習に関するネット上のコメント内容に対する定性的評価の試みに
ついて述べてきた。次節では、授業のフィードバックとして毎週実施する定量的なリアルタイ
ム授業評価の運用について述べていきたい。
7-2 大学における授業評価アンケートの現状
各大学で実施されている授業評価は、授業終了時に近接したところで実施され、集計後その
評価結果を活かした授業改善は、結果的に次期に委ねられるケースが少なくない。この評価手
法は、大学全体として実施されている制度として機能しているケースが多いが、結果的に授業
評価をおこなった受講者本人にとってはいわば「手遅れの評価」であると見ることもできる。
これに対して LMS 上では、学習理解度を把握するための評価が行われている。これには、携
帯やクリッカー等の機器をクライアントにして、各学習内容の理解度をリアルタイムで集計し
受講者に示すものである。この結果を踏まえて授業の軌道修正が可動的に実施できれば、その
評価を提供した受講者に還元できる授業改善手法と言える。
大阪女学院でも大学で開講される授業全体に対して、共通項目で評価を行う授業評価アン
ケートが、前期終了時と後期終了時に実施されてきた。これに対して、LMS 上で実施される
情報関連授業では、この標準評価項目に加えて、各科目の授業内容に対応した授業評価を実施
してきた。この結果はリアルタイムで集計されるために、LMS 上の学習成果と比較しながら
教育改善に役立てられてきた。
7-3 リアルタイム授業評価について
本科目では、こうした学期ごとの授業評価に加えて、各週ごとの学習理解度をその場で問う
アンケートを実施している。1 年次必修科目であるという点から、この理解度アンケートは、
全学生に毎週実施されるものとなっている。学習理解度の測定は、各週ごとの学習項目のポイ
ントを 5 ∼ 7 項目に絞って、
「∼について理解できたか?」を Yes No で答える形式である。
ここで段階的評価尺度を用いない理由は、履修者本人の主観のなかで鮮明な2分法を用いるこ
とで No と答えた履修者には、理解度にかかわらず何らかの働きかけを行うためである。
以下に、プロジェクト学習終了週である第6週のリアルタイム評価項目を一例として示す。
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表 2: 第6週リアルタイム授業評価アンケート
1.今週の授業の感想、気づいた事を入力してください。 記述回答
2.ページ設定ができるようになりましたか? *Yes/No
3.インデントの違いが理解できましたか? *Yes/No
4.書式の設定ができるようになりましたか? *Yes/No
5.APA スタイルについて理解できましたか? *Yes/No
6.Word のファイルを Google ドキュメント上で共有することができましたか? *Yes/No
7.Google ドキュメント上での共同編集が理解できましたか? *Yes/No
8.担当講師の進め方・説明は適切でしたか? *Yes/No
※ APA とは米国心理学会 (American Psychological Association) の略称であり APA スタイルは、社
会科学分野での論文記述に関する標準書式である。大阪女学院は卒論まですべてこの書式を採用
している。 図 2: 第6週リアルタイム授業評価アンケート結果表示(1 クラス分)
ここでの回答で No とした履修者に対しては、講師及び授業サポーターから働きかけが行わ
れる。履修者個々人にフィードバックが実施することを目的としているためアンケートは
CampusID にひもづけられた、いわば記名アンケートである。全クラスでその週に回収された
全学生のデータは、集約されてその週の終わりに、授業担当講師に加えて学習支援者および本
講座のコーディネーターが集まる運営会議で討議され翌週の授業方向が決定される。この授業
運営会議で参照するのは、上記学習理解度のリアルタイムアンケートに加えて、各週に実施さ
れた小テストの結果や提出課題の成果等である。授業内リアルタイムアンケートが履修者の主
観を問うのに対して、テストや課題の学習成果はいわば客観的結果と見ることができる。会議
ではこの両方を参照することで各学習成果をより立体的に捉えることができる。授業評価は教
育改善に繋がっていなくては意味を失う。そのために一般的な手法として学生から寄せられた
コメントに対して講師がフィードバックする等々の仕掛けが用意される場合が多い。この授業
では授業評価データ処理を即時的におこない、そのデータを、講師・学生サポーター・授業支
京都精華大学紀要 第四十一号
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援スタッフ・授業コーディネーター間で共有するティームティーチングが行われ最も効果的な
アプローチが検討される。
8. おわりに
子どもの頃から情報機器を所与のものとして慣れ親しんできたデジタルネイティブと呼ばれ
る世代が大学に入学してくるようになった。大学での情報リテラシー教育は、操作的教育から
コンテンツにシフトすることが求められている。ネット上の情報発信が社会を動かしうるだけ
の力に成長した今、氾濫する情報の中で如何に情報を読み解き活用できるかを問うリテラシー
がより求められるからである。それを失えばネットをいつも気にしてアクセスするものの、そ
こでの情報の流れに身を任せる「孤独な群衆」を再び生むことになるだろう。本稿では、クラ
ウドを利用した共同作業を取り入れ、他者との情報共有と協調関係の習得にプロジェクト学習
の形式で取り組んだ試みと評価について述べてきた。
情報教育や語学教育のスキル的側面に関しては、数値測定に馴染みが深い。このような領域
については、共通必修科目を全て LMS 上で運営しテスト等の評価システムを使うことによっ
て全学的評価システムが構築できる。さらにリアルタイム評価を実施することによって当該年
度内のダイナミックな教育改善につなげることができる。そこに必要なものは、e ラーニング
技法によってえられる膨大な履修者の学習情報を即時的に分析し教育改善のための働きかけに
つなげていくフィードバックシステムである。そのために必要なものは、担当講師に授業運営
を丸投げしその個人技の範囲で授業改善を期待するのではなく、授業に関わる様々な支援者を
含めたティームティーチングの体制と学習情報の共有である。それは、集合授業に e ラーニン
グファクタを加えることによってえられる効用である。
他方で、今後情報リテラシー教育に求められる、より高次な知識情報構造の理解やその評価
およびグローバルな情報共有・情報発信時の様々な課題には、従来の定量的測定がなじみにく
い領域がある。本稿のクラウド演習の中での試みのように、相互評価や定性的分析も必要とさ
れるのではないかと考える。
引用文献
小松泰信 .(2006). 情報導入科目における LMS の適用と運営 . 大阪女学院大学紀要 (2), 63-74,
小松泰信 .(2007.12). 情報リテラシー科目の e ラーニング化に伴う学習支援体制 現代の図書館 45(4), 190197,
文部科学省 . (2011). 平成 22 年度学術情報基盤実態調査結果報告
― 66 ― 情報リテラシー教育における e ラーニング化とパブリック・クラウドの利用―その組織的運営と授業評価について
日本図書館協会図書館調査事業委員会編 . (2002-2011). 日本の図書館 統計と名簿 .
日本図書館協会利用教育委員会編 . (1998). 図書館利用教育ガイドライン _ 大学図書館版.
澤田大祐 .(2008.1). 高等学校における情報科の現状と課題 . 調査と情報 . (604), 1-10
手嶋英貴ほか (2009) 大学一年生を対象とする学習スキル教育とキャリア教育の融合:大阪女学院大学
「自己形成スキル」の試みから . 大阪女学院大学紀要 (5), 119-144,
注
1 「情報の理解と活用」が文献調査手法であるのに対して、関連科目として、2 年次以降に「社会調
査法」
「統計分析」等が繋がっていく。また「デジタルネットワーク基礎」が基礎的 ICT 技術の
習得を目的としているのに対して、選択科目で「デジタルネットワーク応用」が開講され、映像
技法を基調にしたメディアリテラシー習得を目標としている。
2 当科目は 2012 年度より選択科目となる。
3 ブレンディドラーニング(Blended Learning)
4 各クラスの履修者は、教務システム上の履修データから一括更新される。
5 LMS 上で実施するアンケート調査等については、コース開始時に当該コースで実施する全ての調
査について、教育の改善とそれを目的とする研究分析に利用することがある旨の許諾を取って実
施している。
6 The Lonely Crowd’ (Riesman,D, 1950).
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