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テロリズムに狙われる日本 - 東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
テロリズムに狙われる日本 東京海上リスクコンサルティング(株) リスクコンサルティング室 主任研究員 茂木 寿 E-mail: [email protected] ―日本をターゲットとしたテロ事件の今後−(第1部) 目次 はじめに Ⅰ.1990年代におけるテロリズムの変貌 1. 近年の国際テロ動向 2. 近年におけるテロ事件の特徴 3. 国際社会の環境の変化 4. 近年におけるテロ組織の変貌 5. 今後のテロ組織の活動 (第2部に続く) 1 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 はじめに 1980年代後半の冷戦の終結により、1990年代に「平和な時代」を期待する風潮が多く見られた。 しかしながら、実際には1990年代は、民族、地域紛争が世界規模で頻発する時代であったと言える。 また、冷戦終結により、減少するものと考えられていた「テロリズム」(Terrorism:以下「テロ」)も 極端な減少が見られない状況であり、規模、被害においては逆に巨大化する傾向にある。 「テロリズム」の定義(テロの定義については TRC-Eye Vol.3「近年の国際テロ動向」参照)は様々で あるが、一般的には「個人または非合法組織が政治的又は社会的目的のために行われる非合法な活動の 総称」であると言える。日本政府・企業・邦人もこれまで数多くのテロ事件に遭遇し、大きな被害を受 けている。【図表1】は、1990年以降で、実行犯が政治的、社会的目的で日本政府・企業・邦人を 標的に起こした事件及びテロ組織が何らかの理由で日本を標的に起こした事件をまとめたものである。 (一般犯罪組織による営利目的での恐喝、誘拐及び無差別テロの場合を除いている) 【図表1】(1990年以降の日本政府・企業・邦人を標的としたテロ事件) 発生年月日 テロの種類 発生国 概要 1990/5/29 誘拐 フィリピン 民間援助団体の現地派遣員が、フィリピンにある研修センターから誘 拐され、8月2日に無事解放。 1990/9/23 爆弾テロ フィリピン 9月23日午後3時頃、マニラ首都圏にある日系ホテルの9階客室で 強力な爆弾が爆発、中庭のプールにいた日本人客4人を含む8人がガ ラスなどの破片で軽傷。 1990/9 爆弾テロ フィリピン マニラ首都圏にある日本企業の工場でフェンスにダイナマイトが設置 され、午後3時頃警備員が発見、警察によって処理。 1991/1 爆弾テロ トルコ 1月にトルコにおいて日本航空の現地事務所が爆破される事件が発 生。 1991/3/17 誘拐 パキスタン 3月17日、パキスタンのシンド州で川下り中の日本人大学生3人が 誘拐され、3月22日1名、4月30日に残り2名無事解放。 1991/7/12 殺害・暗殺 ペルー 7月12日、ペルーのリマ北北西約80㎞にある日本の援助で設立さ れた野菜生産技術センターを武装したグループが襲撃し、政府援助団 体派遣の専門家3人を殺害。 1991/8/27 誘拐 コロンビア 8月27日、重電関連企業社員2名が、コロンビアのアンティオキア 県にある発電所の宿舎から武装グループに誘拐され、12月16日無 事解放。 1992/1/31 誘拐 コロンビア 1月31日、コロンビア籍の電気工事会社の日本人社長が、コロンビ アのプゥトマヨ県モコア市において武装グループに誘拐され、2月2 2日無事解放。 1992/3 脅迫 フィリピン 3月30日までに、フィリピン・マニラ首都圏所在の商社に対し、NPA (新人民軍)名で脅迫状が接到。4月5日までに、日本人社員・家族 全員がフィリピン国外に避難。 1996/12/17 占拠 ペルー リマの日本大使公邸で開かれていたレセプションを武装ゲリラが襲 撃。招待客の政府高官、各国大使、日本企業幹部等を人質に立て籠も った。97年4月22日、ペルー特殊部隊が突入し、解決。 1998/9/22 誘拐 コロンビア 9月22日、首都ボゴダ南西のパスカにおいて、邦人1名が誘拐され、 99年2月25日無事解放。 2 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 1999/8/23 誘拐 キルギス 8月23日、中央アジアのキルギスタンで日本人鉱山技師4人を含む 7人がタジキスタンから侵入したイスラム武装組織に誘拐され、10 月25日、無事解放。 2001/2/22 誘拐 コロンビア 2月22日、ボゴダで自動車部品メーカーの現地法人副社長が武装グ ループに誘拐され、左翼ゲリラから身代金を要求される。(6月末現在 未解決) 2001/2/22 襲撃 フィリピン 2月22日、ODAによる道路建設事業を行っている建設会社の日本 人駐在社員らが乗った車が銃撃される事件が発生。NPA(新人民軍) が犯行声明を発表。 (出典:日本外務省領事移住部邦人特別対策室「海外における誘拐対策Q&A」 「海外における脅迫事件対策Q&A」等より作成) 1970年代においては、日本を標的としたテロ事件のほとんどが日本赤軍によるものであり、間接的 には日本政府を対象とするものであった。しかしながら、1980年代後半から、テロ組織による日本 企業を対象としたテロ事件が増加する傾向にある。これは、日本企業の海外進出の拡大と海外における プレゼンスの向上と無関係ではないと言える。 このレポートは、ここ数年の日本政府・企業・邦人を対象としたテロ事件の背景を考察し、今後ますま す日本を対象としたテロ事件が増加する可能性が高いことを示す目的で作成したものである。 第1部(本稿)では、1990年代におけるテロリズムがどのように変貌して来ているかについて述べ たものである。その概要は、近年における国際テロ動向、国際社会の環境の変化とテロ事件の特徴・変 遷及び近年におけるテロ組織の特徴等である。ここでは、主に国際社会の環境の変化により、テロ事件、 テロ組織がどのように変化して来ているかを検証したいと考えている。 第2部では、日本を標的としたテロに対するこれまでの日本政府・企業の対応、日本政府のテロ対策の 方針等を検証することにより、今後日本に対するテロ事件の発生の可能性について検証している。また、 テロ事件発生が懸念される国・地域、テロ組織をある程度特定し、今後日本政府・日本企業のテロ対策 が不可欠であることを結論付けている。なお、巻末には、その対策として日本企業が取るべき方策の概 要を述べているので参考にして頂ければ幸甚である。 最後に、TRC-Eye Vol.3「近年の国際テロ動向」において、1999年におけるテロ動向等についてま とめているので、そちらも参考にして頂きたい。 注:文中に記載されているテロ組織については、【図表5】にまとめてあるので参考にして頂きたい。 その他のテロ組織、テロリストについては、TRC-Eye Vol.3「近年の国際テロ動向」にも記載して あるので、こちらも参考にして頂きたい。 3 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 Ⅰ.1990年代におけるテロリズムの変貌 1. 近年の国際テロ動向 ① 国際テロ発生件数 米国国務省が2001年4月に発表した”Patterns of Global Terrorism 2000” に よると、2000年に全世界で発生したテロ事件は、423件で前年の392件 と比べ約7.9%増加している。【図表2】は、1971年以降のテロ発生件数を 示したグラフであるが、このグラフから分かるとおり、テロ発生件数は1987 年の666件をピークにその後減少傾向を示している。特に、1996∼98年 は、1971年以降で最低水準にあったが、その後増加傾向に転じ、2000年 においては、ここ数年(1996年以降)で最高の発生件数を記録した。 【図表2】 国際テロ発生件数推移 423 2000 392 1999 274 1998 304 1997 296 1996 440 1995 322 1994 431 1993 363 1992 565 1991 437 1990 375 1989 605 1988 666 1987 612 1986 635 1985 565 1984 498 1983 1982 487 1981 489 499 1980 434 1979 530 1978 419 1977 456 1976 345 1975 416 1974 321 1973 529 1972 238 1971 0 100 200 300 400 500 600 700 (出典:”Patterns of Global Terrorism 2000”, U.S. Department of States) ② 地域別動向 【図表3】は、1991年以降の地域別テロ発生件数の推移である。この表から 分かるとおり、近年増加傾向にあるのがアフリカ、アジア、中南米地域である。 また、中長期的に見た場合には、東欧・旧ソ連地域が増加傾向にある。下記は近 年においてテロ事件が増加傾向にある3つの地域の2000年におけるテロ動向 と今後の予測である。 (A) アフリカ地域 アフリカ地域でのテロ発生件数は、1995年以降一貫して増加傾向を示し ている。アフリカ地域でのテロは、内戦、内乱に伴い、反政府側が政治的、 社会的、経済的目的を達成する手段としてテロを行う形態が中心である。特 4 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 に、アンゴラ、シエラレオネの内戦に伴い、同国内でテロが頻発しているが、 その周辺国(ギニア、ナミビア等)においてもその影響により、テロが多発 している。これらの内戦、内乱の抜本的な解決には長い時間を要するため、 今後もテロ発生件数は、増加傾向を示すものと考えられる。なお、アフリカ 地域では、アル・カイーダ(Al-Qa’ida)、ヒズボラ等のテロ組織が活発な活 動を行っており、その点からも大規模なテロ事件が発生する可能性を否定出 来ない。 (B) アジア地域 アジア地域では、ビルマの反体制派によるタイ国内の病院占拠事件、インド ネシアのジャカルタにおける爆弾テロ、東チモールにおける国連職員、住民 に対するテロ事件等が発生している。また、これまで比較的少なかった反体 制派による小規模なテロ事件がカンボジア、ラオス、ベトナム等でも発生し ており、今後大幅に減少する環境ではない。アジア地域で特筆されるのは、 フィリピンにおけるテロ組織による活動の活発化である。例えば、アブ・サ ヤフ・グループ(ASG)による仏国、独国を含む21人の外国人旅行者の誘 拐事件、モロ民族解放戦線(MNLF)による政府機関に対する数回にわたる テロ事件、新人民軍(NPA)やアレックス・ボンカヤオ旅団(ABB)によ る外国の民間企業等に対する度重なるテロ事件が頻発しており、今後この増 加傾向は更に拍車がかかる懸念がある。 (C) 南アメリカ地域 南アメリカ地域におけるテロ発生件数は、2000年に飛躍的に増加してい るが、このほとんどはコロンビア国内でのテロ事件である。コロンビアにお いては、2大テロ組織(コロンビア革命武装軍(FARC)、コロンビア国民 解放軍(ELN))と政府間で和平交渉が進められているが、大きな進展が見 られないという現状がある。コロンビアで発生しているテロ事件の大部分が 米国独立系石油会社オクシデンタル石油(Occidental Petroleum)が所有管 理しているカノリモン・パイプライン(Cano Limon Pipeline)に対する ELN のテロ攻撃(152件:過去最高)である。また、コロンビアにおいては FARC が誘拐を含めた多くのテロ事件を起こしており、コロンビア全体でテ ロ事件が減少する傾向は全く見られない。また、この他エクアドル、アルゼ ンチン、ブラジル、パラグアイ等において、局地的にテロ組織が活発な活動 を行っており、南アメリカ地域全体ではテロ事件が増加傾向にあるのは間違 いない状況である。 一方、減少傾向にあるのが中東地域と欧州地域である。欧州地域は、冷戦時代に おいて、中南米地域と共にテロの頻発地域であったが、1990年代中盤より大 幅な減少傾向にある。これは、1990年代中盤、欧州地域におけるアイルラン ド共和国軍(IRA)と英国政府、バスク祖国と自由(ETA)とスペイン政府による 停戦合意・和平交渉、中東地域における中東和平交渉が、ある程度、テロ抑止効 果を持っていたことを示している。しかしながら、これら停戦合意、和平交渉は 現在大きな進展が見られない状況であり、今後テロが頻発する可能性が大きい。 5 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 【図表3】(1991年以降の地域別テロ発生件数) アフリカ アジア 東欧 旧ソ連 中南米 中東 北米 欧州 合計 1991 3 48 6 229 78 2 199 565 1992 10 13 3 143 79 2 113 363 1993 6 37 5 97 100 1 185 431 1994 25 24 11 58 116 0 88 322 1995 10 16 5 92 45 0 272 440 1996 11 11 24 84 45 0 121 296 1997 11 21 42 128 37 13 52 304 1998 21 49 14 111 31 0 48 274 1999 52 72 35 121 25 2 85 392 2000 55 98 31 193 16 0 30 423 (出典:”Patterns of Global Terrorism 1995”, ”Patterns of Global Terrorism 2000”, U.S. Department of States より作成) 2. 近年におけるテロ事件の特徴 近年におけるテロ事件の特徴としては、その目的、対象の変化と人的被害の拡大が挙 げられる。下記はその概要である。 ① テロの目的の変化 1970年∼80年代におけるテロ活動は、明確な政治的目的を有している場合 が多く見られた。そのため、一般大衆の反感を買うようなテロ活動を躊躇し、人 的被害を最小限に抑えることを活動方針にしているテロ組織が多くあった。 (例:IRA)しかしながら、近年においては一般大衆も標的にした無差別テロが顕 在化している。【図表4】は、1990年以降に一般市民を巻き込んだ無差別テロ のうち、特に被害の大きいテロ事件の一覧である。 【図表4】(1992年以降の大規模無差別テロ一覧) 発生年月日 テロ事件名 被害 1992年∼ 武装イスラム・グループ(GIA)等によ るアルジェリア国内、フランス等におけ る一連の無差別テロ 死傷者:約10万人(1992年∼外 国人、一般市民を含む) 1993年2月 米国・ニューヨーク世界貿易センタービ ル爆破事件 死者:6人 負傷者:邦人を含む1,000人以上 1995年3月 東京地下鉄サリン事件 死者:12人 負傷者:5,500人 1995年4月 米国・オクラホマ連邦ビル爆破事件 死者:168人 負傷者:約500人 1997年11月 エジプト・ルクソール外国人観光客殺害 事件 死者:60人以上 負傷者:24人 1998年8月 在ケニヤ・タンザニア米国大使館同時爆 破事件 死者:301人 負傷者:5,952人 1999年9月 ロシア・モスクワ・アパート爆破事件 死者:200人以上 負傷者:約200人 (出典:”Patterns of Global Terrorism 1995”, ”Patterns of Global Terrorism 2000”, U.S. Department of States 等より作成) 6 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 上記テロ事件の特徴は、全てが宗教的目的を持ったテロ組織により実行されてい るという点である。この点は、後述するが1990年代以降のテロ動向を見る上 で極めて重要である。 ② テロの対象の変化 1970年∼80年代においては、テロの対象が施設や航空機等であったものが、 近年においては人的被害を目的としたテロ事件が主要となってきている。例えば、 ①で提示した例の他、1996年6月のサウジアラビア・アルコバール爆破事件 (死者19人、負傷者300人以上)等は、明らかに施設の破壊を目的としたも のではなく、その中にいる人の生命を奪うことを目的としたものであった。その ため、近年におけるテロ事件の被害は、人的被害を中心に、被害が巨大化する傾 向にあると言える。 3. 国際社会の環境の変化 1980年代後半の急激な国際社会の環境変化は、その後の国際政治における価値観 の多様化をもたらしている。テロも近年(特に1990年以降)、その活動に大きな 変化が見られるようになったが、この変化の背景としては、国際社会の環境変化が最 大の要因であると言える。下記は、近年の国際社会の環境変化に伴うテロ事件の発生 形態の変化をまとめたものである。 ① 冷戦の終結による民族問題の高揚 冷戦時代には、イディオロギーにより民族問題、宗教問題が抑制されていたが、 冷戦終結により、民族意識、宗教意識が高揚し、各民族が独立や大幅な自治権の 獲得を目指す傾向が顕著となって来ている。当然ながら、民族・宗教問題は冷戦 時代においてもパレスチナ問題等に見られるとおり、国際問題化されていたが、 冷戦終結後は、その傾向が顕著である。例えば、旧ソ連の崩壊により、連邦を形 成していた各共和国が独立したが、多くの共和国において被支配民族による独立 運動、政権獲得運動が展開されている。顕著な例としては、ロシア共和国内にお けるチェチェン共和国独立問題と中央アジア(ウズベク、タジク、キルギス等) における民族問題が挙げられる。また、旧ユーゴスラビア連邦における各共和国 の独立と民族問題も冷戦時代の終結に伴うものであると言える。 ② 宗教問題の高揚 1990年以降、宗教運動、特にイスラム原理主義運動が国際政治に大きな影響 を与えて来ている。イスラム原理主義運動の活発化には数々の要因があるが、そ の最も大きな要因はイスラム教徒の爆発的な人口増加であると言える。イスラム 教では避妊は禁止されており、出生率が極めて高いため、人口増加に伴う失業率 の増大が1990年代を通じ、イスラム圏で深刻化している。 それまで湾岸産油国等においては、外国人労働者に労働力を依存する経済体制で あったため、多くの非産油国のイスラム教徒が湾岸産油国の労働力として産油国 の経済を支えていた。しかしながら、高い出生率に伴い、1990年代は湾岸産 油国でも自国民の失業者が発生するようになり、現在では湾岸産油国の失業率は 10%を越えているのが一般的であると言われている。そのため、湾岸産油国の 労働需要が急激に減少しており、非産油国のイスラム教国の失業率はその数倍に 達する状況となっている。また、この失業率の増大に伴い貧富の差(個人ベース の貧富の差や国・地域による貧富の差)が拡大して来ており、貧困層を中心とし て原理主義運動が拡大する素地が醸成されている。 7 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 ③ アフガニスタン内戦と湾岸戦争 1980年代後半から90年代初頭にかけて、近年の国際政治環境の変化におい て象徴的な出来事が2つあった。アフガニスタン内戦での実質的なソ連の敗北と 湾岸戦争である。アフガニスタン内戦の特徴は、多くのイスラム教徒(ムスリム) が世界各地から義勇軍としてゲリラ側に加わったことである。内戦はソ連の撤退 により終結し、これらムスリム義勇軍は大きな自信を得ることが出来た。その後、 多くのムスリム義勇軍がボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、チェチェン紛争に参加 している。また、アフガニスタン内戦はイスラム原理主義組織のネットワーク化 を促進したことも特徴であったと言える。一方、湾岸戦争では欧米の圧倒的な軍 事力を見せつけられることとなり、正規戦では全く太刀打ちできないことを湾岸 諸国に見せつける結果となった。そのため、欧米に対抗するためにはテロ活動以 外にはないとの確信を反米勢力に確信させた点で特筆される。また、米国はこの 圧倒的な勝利により湾岸諸国に駐兵することとなり、このことが多くのテロを誘 発することとなった。 このように、アフガニスタン内戦と湾岸戦争は、反米派のイスラム勢力がテロ活 動を活発化する契機となったという点で、その後の国際政治に与えた影響は大き い。 ④ 高度情報化、通信手段の多様化 近年、特にここ数年の通信技術の発達と通信手段の多様化は目覚ましい。特に、 携帯電話、インターネット、e-mail の普及は全世界的規模で爆発的に進展して来 ている。そのため、情報が瞬時に行き来する時代となって来ており、極めて便利 な時代となって来ている。しかしながら、この高度情報化社会においては、その 恩恵をテロ組織、犯罪組織等も受けているのも事実である。更に、この高度情報 化社会では、通信インフラが高度に発達、複雑化しており、その脆弱性も高まっ て来ている。そのため、サイバーテロ等、テロ組織の活動・対象範囲も拡がる傾 向にある。 ⑤ 物理的な移動・資金移動の自由 冷戦の終結に伴い、世界的に「人・物・金」の流動性が高まっている。特に欧州 においては、旧東欧諸国から西欧への移動がほぼ完全に自由な状況となって来て いる。また、それに伴い資金移動等の制約も少なくなり、2002年からは EU 通貨統合により、更に流動性が高まると考えられる。特に、テロ組織にとって「人・ 物・金」の流動性が高まることは、テロ組織の活動、武器・人員等の調達範囲・ 規模が拡大することを意味する。 ⑥ 多様な資金調達環境(革命税、麻薬、密輸、売春、事業等) 市場経済の進展により、テロ組織も事業活動等により資金調達が容易な環境とな っている。また、旧ソ連中央アジア諸国、コロンビア、フィリピン南部等では、 実際多くのテロ組織が広い領土を支配下においており、そこからの税収、麻薬の 栽培・精製・密輸、誘拐、売春等による資金調達が容易となっている。1980 年代までは多くのテロ組織を支援するテロ支援国が物心両面で支援を行っていた が、1990年以降は、米国による締め付け等により、その支援も抑制されてお り、その面からもテロ組織による資金調達の多様化が加速している。 ⑦ 国連、EU等による国際秩序維持・回復における機能低下 冷戦の終結により、それまで米ソを中心とした大国からの援助によって経済を支 えてきた国、地域は、その後の大幅な援助の縮小によって政治が不安定化するケ ースが多く見られるようになった。そのため、1990年代初頭から、国連が中 8 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 心となり、それまでの平和維持活動の中心であった平和維持軍から、実際に平和 維持を阻害する組織に対する戦闘を目的とした「平和執行部隊」の派遣という新 しい形態の平和維持活動が展開された。しかしながら、ソマリア、ボスニア・ヘ ルツェゴビナ等における失敗、コソボ紛争における国連、EUによる紛争停止・ 調停の失敗等、国際機関等による国際秩序の維持、平和維持活動の限界が露呈す る形となった。 また、大規模な国連軍、多国籍軍を形成する場合には、従来、米国の軍隊を中心 に構成されるが一般的であった。しかしながら、多くの国連軍兵士が戦闘や待ち 伏せにより死亡したり、拉致される事件が頻発しており、派遣元の国では、その 世論が撤退を是認する場合も多いのが現状である。(例えば、1992年後半から のソマリア紛争においては、米国軍中心の多国籍軍が派遣されたが、1993年 3月にソマリア人の暴徒が米兵の遺体を車で引きずるという事件が発生した。そ の映像が米国内で放映され、全米で世論が沸騰したため、米国政府は同国軍の撤 退を決定するに至った。それ以降、米国は多国籍軍の派遣に極めて慎重な姿勢を とっている。) ⑧ 地域・国間の貧富格差の拡大 1990年代においては、市場経済が全世界的に進展したが、その恩恵は米国、 欧州等の一部の国々が享受する結果となった。市場経済の進展により、発展途上 国内(特に旧ソ連、中国、インド等)においては貧富の差が拡大し、経済的な弱 者を中心とした勢力が拡大する傾向にある。また、発展途上国における現体制に 対抗する反体制派と国内の不満分子が結合し易い状況が生まれている。これによ り、テロ組織の勢力拡大が助長されていると言える。 また、世界一の規模を誇る日本の経済援助等においても、現地国政府の一部の特 権階級が潤うという結果となっている場合が多く、経済的な弱者にとっては、欧 米のみならず、日本も敵として認知される場合が多くなって来ている。 ⑨ 中東和平・北アイルランド和平の停滞 冷戦の終結による国際社会の大きな変化としては、イスラエル、パレスチナを中 心とした中東和平の進展を挙げることが出来る。しかしながら、その解決には多 くの問題が山積しており、遅々として進まないのが実情である。また、中東和平 交渉の進展は、テロ活動の消滅につながるはずであったが、ここ数年のエルサレ ムの帰属問題、イスラエルの政権交替等による和平交渉の停滞により、イスラエ ル国内でテロ事件が多発している。 また、北アイルランドの和平も成立したが、リアル・IRA(Real IRA)等による テロ事件も頻発しており、和平問題解決の難しさが再度認識されつつある。その ため、テロ組織は、テロ活動という行為の必要性、正当性を表明し易い状況が醸 成されつつある。また、パレスチナ人、北アイルランドのカトリック教徒の間で は、テロ活動をある程度是認する風潮も醸成されている。これら和平の停滞は中 東、北アイルランドに限らず、世界的な風潮であると言える。 4. 近年におけるテロ組織の変貌 現在、全世界で数百以上のテロ組織が存在すると言われている。そのなかで、活発な 活動を行っているテロ組織は、50前後と考えられている。更にこれらの中で、規模、 テロ攻撃能力等の面で傑出した組織も存在している。米国政府が海外テロ組織(FTO : Foreign Terrorist Organization、詳細については TRC-Eye Vol.3「近年の国際テロ 9 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 動向」参照)に認定している組織がそれである。【図表5】は、現在(2001年6 月末現在)米国が FTO に認定している30組織の一覧である。 【図表5】(米国 FTO 認定組織一覧) 名 略称 設立 年 称 分類 根拠地 1 アブ・ニダル組織 ANO 1974 民族主義 2 アブ・サヤフ・グループ ASG 1991 3 武装イスラム・グループ GIA 1992 分離独立、宗教(スンニーイ スラム原理主義) 革命、宗教(スンニーイスラ ム原理主義) 4 オウム真理教 Aum 1987 宗教、世界革命 日本 5 バスク祖国と自由 ETA 1959 分離独立、共産主義 スペイン 6 ハマス(イスラム抵抗運動) HAMAS 1987 7 ハラカット・ウム・ムジャヒディン HUM 1979 8 ヒズボッラー(神の党) Hizballah 1982 9 ガーマト・アル・イスラミヤ IG 1970 革命、宗教(スンニーイスラ ム原理主義) 分離独立、宗教(スンニーイ スラム原理主義) 革命、宗教(シーアイスラム 原理主義) 革命、宗教(スンニーイスラ ム原理主義) 、反米主義 10 日本赤軍 JRA 1971 世界革命 レバノン 11 アル・ジハード 1970 革命、宗教(スンニーイスラ ム原理主義) 、反米主義 エジプト 12 カク 1990 宗教(ユダヤ主義) イスラエル 13 カハネ・カイ 1990 宗教(ユダヤ主義) イスラエル 14 クルド労働者党 PKK 1974 分離独立、共産主義 トルコ 15 タミール・イーラム解放の虎 LTTE 1976 分離独立 スリランカ 16 ムジャヒディーン・ハルク組織 MEK,MKO 1960 共産主義 イラク 17 コロンビア国民解放軍 ELN 1965 共産主義 コロンビア 18 パレスチナ・イスラム・ジハード PIJ 1971 革命、宗教(スンニーイスラ ム原理主義) 、反米主義 イスラエル占領地 19 パレスチナ解放戦線 PLF 1975 民族主義 イラク 20 パレスチナ解放人民戦線 PFLP 1967 民族主義、共産主義 シリア 21 パレスチナ解放人民戦線総司令部 PFLP-GC 1968 民族主義 シリア/レバノン 22 アル・カイーダ 1990 宗教(スンニーイスラム原理 主義) 、反米主義 アフガニスタン 23 コロンビア革命武装軍 FARC 1964 共産主義 コロンビア 24 革命組織「11月17日」 17 November 1975 共産主義 ギリシャ 25 革命人民解放軍/戦線 DHKP/C 1978 共産主義 トルコ 26 革命人民闘争 ELA 1971 共産主義 ギリシャ 27 センデル・ルミノッソ(輝ける路) SL 1960 反政府 ペルー 28 ツパクアマル革命運動 MRTA 1983 共産主義 ペルー 29 ウズベキスタン・イスラム運動 IMU 1996 民族主義、宗教(スンニーイ スラム原理主義) ウズベキスタン 30 リアル・IRA RIRA 1998 分離独立 北アイルランド イラク/レバノン フィリピン アルジェリア イスラエル占領地 パキスタン レバノン エジプト (出典:”Patterns of Global Terrorism 2000”, U.S. Department of States 等より作成、なお、分類については筆者) 10 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 上記テロ組織の活動は、国際政治における環境の変化に伴い、1990年代から大き く変化して来ている。下記はテロ組織の目的、活動の面から、その変化をまとめたも のである。 ① 政治的目的から宗教的目的への変化 近年、特に1990年以降におけるテロ組織の変化のうち、最も象徴的なのが宗 教的目的を標榜したテロ組織の活動が活発化していることである。それまでは政 治的目的、例えば独立、自治権の獲得、現政権の転覆等を標榜するテロ組織が一 般的であったが、近年においては宗教的目的、つまり宗教に基づいた活動を正当 化するためのテロを標榜するテロ組織が数多く出現している。例えば、【図表5】 の FTO に認定された組織の内、宗教的目的・主義を標榜するテロ組織が全体の3 分の1以上(13組織)に上っていることも、これを裏付けている。 また、FTO に認定された組織で宗教的目的・主義を持った13組織のうち、イス ラム原理主義に基づくテロ組織が10組織に上っていることは、現在宗教的目的 を標榜するテロ組織のなかでイスラム原理主義を標榜する組織が突出しているこ とを示している。なお、宗教的目的・主義を持ったテロ組織の特徴として、設立 された時期が比較的最近(多くが冷戦終結後)であることも注目に値する。 ② 宗教的目的における一般大衆からの反感の無視 これまでのテロ組織は、政治的目的のためにテロという手段を用い、主に政府高 官、警察当局等の設備、要人を破壊、暗殺することにより、社会大衆に影響を与 え、世論により要求を達成させることを目的にすることが一般的であった。その ため、一般大衆を標的にすることに躊躇する傾向があった。しかしながら、宗教 的目的を標榜するテロ組織においては、テロ実行において一般社会、大衆を標的 にするための理論が成り立つため、狙い易い一般大衆を標的にする頻度が増加し ている。また、そのため、一つのテロによる被害の大きさは、近年大幅に増大し ている。(例えば、世界貿易センタービル爆破事件、東京地下鉄サリン事件、オク ラホマ連邦ビル爆破事件、在ケニア・タンザニア米国大使館同時爆破事件等) ③ テロ組織の誕生母体の変化 テロは「弱者の中の弱者の戦争」と言われるように、社会的な弱者が中心となり、 組織が形成されることがこれまで一般的であったが、ウサマ・ビン・ラーデン氏 (Usama Bin Ladin)のようにサウジアラビア有数の財閥の子弟が宗教的目的で 設立したアル・カイーダのような組織が近年誕生して来ている。同組織は、豊富 な資金力と世界的ネットワークを有し、他のテロ組織に対し資金援助、テロリス トの養成、教育等の面で支援を行っている。テロ支援国の援助が減少している現 在においては、特異な存在となっており、イスラム原理主義テロ組織のネットワ ークにおいて特殊な地位を占めている。このような形態のテロ組織は過去に前例 がなく、今後イスラム原理主義テロ組織のネットワークの中心的存在になるもの と考えられる。(なお、アル・カイーダは、1998年2月、イスラム教の教義に 基づきファトワ(Fatwa:イスラム法学者の教示)を発表し、米国およびその同盟 国の全ての人を殲滅するのがイスラム教徒の義務であると表明している。) ④ 国際的なネットワークの形成 テロ組織の目的が単一的な目的から多面的な目的を持つようになってきているた め、国際的な連携が拡大する傾向にある。特に、この傾向は宗教的目的・主義を 持ったテロ組織において顕著である。これは、政治的目的を標榜するテロ組織の 目的が限定的であるのに対し、宗教的目的を持ったテロ組織の場合には、広範な 目的をもっていることが多いことに起因していると言える。例えば、アル・カイ ーダが1998年2月に発表したファトワは、5つのテロ組織(その内3組織が 11 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 FTO に認定されている)の連名で発表されており、国際的な提携が進んでいるこ とを物語っている。 ⑤ 多様な資金調達方法 テロ支援国による物心両面による支援が減少しているため、テロ組織の資金源の 多様化が進んでいる。このことは、逆に米国等によるテロ支援国に対する経済封 鎖の効果が薄らいでいることも物語っている。1980年代までは、テロ組織の 資金源としては、テロ支援国からの資金援助が大きな比重を占めていたが、19 90年以降、多様化が進んでいる。 例えば、中央アジアや南米を根拠地としているテロ組織(IMU、FARC、ELN 等) の多くが麻薬の栽培・精製・密売、その他物資の密輸、誘拐等を資金源としてい ると言われており、資金源の多様化を図っていることが伺われる。また、合法的 な事業活動を行っているテロ組織も多いと言われており、比較的潤沢な資金を有 していると言われている。また、近年の特徴としては、テロ組織が他のテロ組織 を支援する例が挙げられる。例えば、アル・カイーダは、IMU、ASG を物心両面 で支援しており、更にチェチェンゲリラも支援していると言われている。 ⑥ 情報収集・伝達能力の向上 インターネット、e-mail 等の情報技術が発達していることにより、迅速な通信が 可能となって来ている。これにより、テロ組織の情報伝達・収集能力が格段に向 上してきている。また、時間的、物理的にも情報伝達が効率化して来ており、テ ロ組織にとって、大規模なテロ活動を行う上で大きな手段となって来ている。ま た、インターネット普及の急速な拡大に伴い、テロ組織による情報発信能力も拡 大しており、直接的、間接的な方法でホームページを開設しているテロ組織も多 く見られる。 ⑦ 大量破壊兵器への接近 現在、テロ組織による CBRN 兵器(Chemical:化学兵器、Biological:生物兵器、 Radiological:放射性物質兵器、Nuclear:核兵器)の開発、製造、輸送が現実的 に可能な段階に来ている。その要因としては、テロ支援国の多くが大量破壊兵器 の開発を行っていることが挙げられる。テロ支援国(イラン、イラク、シリア、 リビア、キューバ、北朝鮮、スーダン:7カ国)のうち、5カ国がその開発をし ていると言われており、その点からもテロ組織の大量破壊兵器への接近が明確に 進んでいる。例えば、1995年のチェチェン紛争においては、チェチェンゲリ ラがモスクワの公園に核物質を置く事件が発生している。更に、最近のインター ネット普及の急激な拡大、伝達情報の巨大化、多様化に伴い、大量破壊兵器に関 する高度な情報が比較的簡単に入手できる状況となっており、その点でもテロ組 織の大量破壊兵器へのアクセスが容易な状況となって来ている。 ⑧ 兵器調達の多様化 ソ連崩壊や冷戦の終結に伴い、通常兵器、特殊兵器等、大量の余剰兵器が国際兵 器市場へ流入して来ており、一部には国際的な闇市場が形成される状況となって いる。また、インターネット上のオンライン・マーケット、e-mail 等での取引に おける容易性、匿名性等により、比較的簡単に兵器を調達できる環境となりつつ ある。これらの要因を背景として、冷戦時代には同盟国であっても入手困難であ った兵器をテロ組織が簡単に取引できる状況となっている。そのため、テロ組織 の武器が極めて高度化、多様化しており、それに伴い攻撃能力も格段に上昇して いる状況である。 12 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001 5. 今後のテロ組織の活動 既述のとおり、国際政治環境の変化、テロ組織自体の変化等により、テロ組織の活動 も大きく変貌しているが、今後のテロ組織の活動においては、更に新しい危険性が潜 んでいると言える。下記は今後のテロ組織による活動の変化についてまとめたもので ある。 ① 同時並行テロの可能性 インターネット、e-mail 等による情報技術が発達していることに伴い、その脆弱 性が大幅に増大している。そのため、サイバーテロの危険性と共にテロ組織によ る大規模なテロの危険性がある。また、サイバーテロと一般武器による同時並行 的なテロの可能性も否定出来ない。 ② 米国内でのテロの可能性 米国への合法的な入国者は1日平均約100万人であり、非合法の入国者数は1 日平均数千人に達する。これを利用し、多くのテロ組織、テロリストが入国して いると考えられている。そのため、これまでは、米国を対象とするテロは米国以 外の海外で発生するのが一般的であったが、今後は米国内でも起こる可能性が高 い。 ③ 大量虐殺テロの可能性 テロ組織の目的が政治的目的から宗教的目的に変化している。そのため、これま では一般大衆への攻撃には一定の抑制があったが、宗教的目的においてはその抑 制がなく、更に大量殺戮も是認される傾向である。そのため、テロ活動の効率化 のため、行動の目的が一般市民の殺戮に変化しつつあり、今後その傾向が顕著と なる可能性がある。その場合、1事件あたりの被害者数が更に増加する可能性が ある。 以 上 === 以下、第2部につづく === 第 16 号(2001 年 9 月発行) 13 ©東京海上リスクコンサルティング株式会社 2001