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【Fate/kaleid ocean イリヤの奇妙な冒険】 ID:96700

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【Fate/kaleid ocean イリヤの奇妙な冒険】 ID:96700
【Fate/kaleid ocean ☆
イリヤの奇妙な冒険】
荒風
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にPDF化したもので
す。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作品を引用の範囲を
超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。
︻あらすじ︼
冬木の町にばら撒かれた、7枚のカード。それは暴走した英霊││﹃黒化英霊﹄を実
体化させる、危険な魔術の道具であった。それを回収しようとした魔術協会であった
が、そこに更なる介入が起こり、事態は悪化する。
この町の裏側を駆け回るは、
魔術師。
スタンド使い。
2本のステッキ。
そして普通の女の子。
7枚のカードを媒介に、黒化英霊を操る聖杯戦争がはじまる。
◆
﹃ジョジョの奇妙な冒険﹄と﹃Fate/Kaleid liner プリズマ☆イリ
ヤ﹄のクロスオーバーです。
いております。
﹃TYPE│MOON総合板﹄の﹃型月とジョジョの奇妙な冒険﹄にも投稿させていただ
ております。こちらでの名義はメランザーネになっております。
﹃型月とジョジョの奇妙な冒険まとめサイト﹄にも別の作品ともども、まとめていただい
目 次 ﹃1:A p o c r y p h a │ │ 外 典﹄ ﹃2:Bizarre││奇妙﹄ │
﹃11:Kaleidoscope││変
幻﹄ │││││││││││││
﹃12:Line││方針﹄ │││
﹃13:Magic││魔法﹄ ││
﹃15:Observation││観察
﹃14:Nest││巣窟﹄ │││
力﹄ │││││││││││││
﹃19:Slash││斬撃﹄ ││
﹃18:Raise││蘇生﹄ ││
﹃17:Quick││神速﹄ ││
﹃16:Price││犠牲﹄ ││
﹃20:Teach││教育﹄ ││
﹃21:Unite││結合﹄ ││
430 411 394 377 350 331 298
﹃3:Card││魔符﹄ ││││
﹃4:Debut││初舞台﹄ ││
﹃5:Escape││逃走﹄ ││
﹃6:Fate││運命﹄ ││││
﹃7:Game││勝負﹄ ││││
﹃8:Hide││隠伏﹄ ││││
﹃9:Impact││衝突﹄ ││
﹃1 0:J u s t i c e │ │ 正 義﹄ 50
270 247 232 217
73
26
173 157 138 114 99
1
191
│
﹃22:View││視界﹄ │││
﹃23:Wake││覚醒﹄ │││
﹃24:Xover││交差﹄ ││
﹃25:Yarn││織糸﹄ │││
543 520 492 461
﹃2 6︵終︶:Z e r o │ │ 可 能 性﹄ 577
│
ル
ス
ピ
ン
オ
フ
﹃1:Apocrypha││外典﹄
◆
初めに、明記しておく。
これは、貴方たちの知る物語ではない。
ルー
ここは、貴女たちの知る世界ではない。
別の﹃ 設定﹄で成り立つ、﹃ 並行世界﹄である。
ゆえに、絶対に異議を唱えてはならない。
初めに、明記しておく。
これは、﹃外典﹄である。
◆
西側は深山町といい、古くからの家屋が建ち並んでいる。
によって、東西に分割されている。川の東側は新都と呼ばれ、商工業地区となっており、
冬木市││日本国の地方都市。南側は山地。北側は海。南北に渡って流れる未遠川
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
『1:Apocrypha──外典』
1
霊脈を管理するセカンドオーナーは、遠坂家。魔道元帥キシュア・ゼルリッチ・シュ
バインオーグを始祖とする魔術師の家系である。
かつては、この土地を利用して魔術儀式﹃聖杯戦争﹄が行われていたが、1930年
代に行われた第3次聖杯戦争が失敗に終わった直後、儀式の基盤となる中枢が奪われ、
儀式の継続が不可能となる。
◆
スピーカーから、女性の声が放たれる。
聞こえてるのよねコレ。どうも信じられないんだけど。電気も使わずに
?
た。およそ科学的には決して通信などできないような代物だ。
は円と文字、奇妙な図形で構成された、いわゆる﹃魔法陣﹄の中心に突きたてられてい
わけでもない。スピーカーは、古い樹木で造られた杖にくくりつけられており、その杖
女性の声が出ているスピーカーは、確かにコンセントもなく、電池が内蔵されている
通信できるなんて﹄
﹃聞こえる
回の敵となる人物の来日を見張っていたのだ。
その女性がいるのは国際線が出入りする空港である。彼女は依頼主からの指示で、今
﹃││見つけたわよ。例の︿協会﹀からの刺客とかいう二人が﹄
2
しかしそんな意見は、スピーカーの傍で女性の声を聞いている男からすれば愚かしく
思えた。
技術は持っていると言うのに︶
︵﹃我々﹄は俗世の連中が電話などというものを開発するより、遥か以前からこの程度の
どうだね
奴らの様子は﹂
嘲笑しそうになりながらも、男はスピーカーの向こう側から話している女の無知を、
寛大に許し、声をかける。
﹁ああ、通じている。問題ない。で
?
し、確認する。
女の呆れ口調の実況を聞きながら、男は事前に入手した情報が記載された書類を手に
に険悪な雰囲気で、罵りあって⋮⋮⋮あ、掴み合いの喧嘩を始めた﹄
ンテールをした東洋人。もう一人は金髪を、派手な縦ロールにした西洋人。なんかやけ
﹃うーん、どう見てもハイティーンの小娘にしか見えないけれどね。一人は黒髪のツイ
?
﹂
?
男は深く頷く。それは、男が最も知りたかった情報。
ジャパニメーションに出てくるような、玩具っぽい外見だけれど﹄
﹃見たところ、荷物の間から飛び出しているのがそれっぽいわね。なんか低学年向けの
あるか
﹁そいつらのことは取るに足りない。重要なのは﹃杖﹄だ。そいつらの荷物に、
﹃杖﹄は
『1:Apocrypha──外典』
3
敵対するであろう、二人の少女のことなどは眼中にない。自分の﹃下僕﹄の力を持っ
てすれば、相手が誰であろうと、何であろうと、確実に勝てるという自信がある。
欲していたのは﹃杖﹄。それこそは、自分の実力に絶対の自信を持つ男にさえ、未知な
る領域にある存在。彼らのような人種の悲願となる技術によって、組み上げられたも
の。
るかのように。
◆
﹁第二魔法の産物⋮⋮⋮﹃カレイドステッキ﹄よ
キーンコーンカーンコーン
﹁バイバーイ﹂
!
たなびく髪は、白銀をそのまま細い糸にしたような、セミロングのシルバーブロンド。
いで走る、少女の姿があった。
鐘の鳴る、私立穂群原学園小等部。帰宅する少年少女の声が行き交う中、ひときわ急
﹁また明日│っ﹂
﹂
男の手が、握り締められる。さながら、求める物が今その場にあり、それを掴んでい
うものか⋮⋮⋮その力、この私にこそ相応しい。必ず手に入れて見せる﹂
﹁まさか、このようなイレギュラーがあるとは思わなかったが、これこそは天の配剤とい
4
肌もまた雪のように白く、それでいて健康的な生命力に溢れている。その面立ちは、東
洋系とは別種の、北欧をルーツとした美しさによって造形されていた。今は幼い可愛ら
しさが多くを占めているが、成長すれば多くの人を魅了する美貌となるだろう。
そんな将来に大きな期待を抱くことのできる少女の、大粒のルビーのように鮮やかな
﹂
紅い瞳は、キラキラと輝きながらただ一点を見つめていた。
﹁よっ、お疲れさん、一成。生徒会の仕事か
かそうな印象がある。
ろで、自転車に乗る高等部の少年であった。オレンジに近い褐色の髪をしており、穏や
少女が見つめる先にいたのは、小等部の隣に建つ穂群原学園高等部の校門を出たとこ
?
﹁なるほど、ちょうど迎えも来たようだぞ﹂
る一成は頷いた。
褐色の髪の少年、
﹃衛宮士郎﹄の言葉に、友人として士郎の家庭事情に少しは通じてい
﹁ああ、今日の夕食当番、俺だからさ﹂
し意外そうに応えた。
声をかけられた黒髪の真面目そうな少年、高等部の生徒会長である﹃柳洞一成﹄は、少
﹁早いな衛宮。もう帰るのか﹂
『1:Apocrypha──外典』
5
﹁迎え
﹂
﹁お兄ちゃん
﹂
﹁おっ、奇遇だな。お前も今帰りか
﹂
ではな、と一成が背を向けるとほぼ同時に、
?
!
﹁イリヤ﹂
一緒に帰ろ、お兄ちゃんっ
!
には、キロメートル単位の距離があるのだが。
その視線の先には、私立穂群原学園がある。とはいえ、男が立つビルと、学園との間
﹁なるほど⋮⋮⋮﹂
男であった。
およそ、平和な街並みにありようもない、人間の姿をした一振りの剣。それが、その
その肌は褐色。その髪は白色。まとう服は血の深紅。その眼差しは猛禽の鋭さ。
冬木の町並みの中でも一際高いビルの屋上に、一人の男がいた。
◆
ように明るくそう言った。
己も名を呼ばれた少女、﹃イリヤスフィール・フォン・アインツベルン﹄は、お日様の
﹁うん
﹂
銀髪の少女が士郎を呼ぶ。士郎もまた、振り向いて笑貌を見せる。
?
!
6
﹁どうやら、ここは私が望んだ世界で⋮⋮⋮なればこそ、決して私の望みの叶わぬ世界の
ようだ﹂
けれど、その男の目は確実に、仲睦まじい兄妹のじゃれあいを捉えていた。
ゆっくりとした速度で自転車に乗る兄と、それを子犬のように嬉しげに追いかける
妹。
それは、男が手に入れられなかったもの。仮に過去のやり直しができたところで、最
初の最初からそこにいたる選択肢が存在しない、決してありえなかった光景。
その平和な光景を、哀しみと切なさと、愛しさと憧れと、複雑な感情が混ざり溶けた
﹁そうか⋮⋮⋮なら私が行うことは一つしかない﹂
眼差しで受け入れ、男は胸の内に決意を固める。
﹁うん、校門前で会えたから﹂
﹁おかえりなさいイリヤさん。シロウも一緒ですか﹂
は二十歳ほどで、長い髪を家事の邪魔にならぬよう、うなじのところで束ねている。
帰宅したイリヤを、イリヤ同様に白銀の髪、深紅の双眸の女性が迎え入れる。見た目
﹁ただーいまー﹂
◆
﹁この町を、守ろう。どこにでもいる、ありふれた、ただの正義の味方のように﹂
『1:Apocrypha──外典』
7
イリヤと良く似た特徴を持っているが、イリヤの母や姉というわけではない。このキ
リリとした真面目そうな風貌の女性はセラ。衛宮家に住み込みで働いている、二人の家
政婦の一人である。
﹁DVD⋮⋮
あ
そっかもう届いたんだ
!
﹂
!
魔法少女マジカル☆ブシドームサシ⋮⋮見参
﹄
姿で、アニメの感想を呟いているのは、この衛宮家に勤めるもう一人の家政婦であった。
テレビの前でソファーに座り、スナック菓子をつまむという、だらけを極めたような
﹁むぅ⋮⋮神作画⋮⋮﹂
悪の使者を薙ぎ払っていく。
画面では、2本のステッキを構える魔法少女が、派手な効果音を響かせて、敵対する
!
理由は、この後すぐに判明する。
﹃愛と正義と仁義の死者
﹃お前の悪行もこれまでだ
﹄
居間のテレビに、煌びやかな映像が流れていた。
!
﹃おのれムサシ⋮⋮またしても邪魔だてするか
!
!
﹄
顔に喜色を溢れさせて、廊下を駆けるイリヤに、セラは首を傾げる。イリヤの喜びの
?
Dとか書いてありましたけど⋮⋮﹂
﹁なるほど⋮⋮あ、そういえばイリヤさん。先ほど宅配便が届きましたよ。品名はDV
8
リズお姉ちゃん、勝手に見てるー
﹂
またもイリヤと同じくシルバーブロンドの髪をセミロングにした、紅い瞳の女性。
﹁あーっ
!
﹂
!
﹂
!
ギャーギャーと騒ぐ二人の様子を、士郎とセラは呆れて見ていた。
﹁そうだけどー
﹁これのお金出したの私﹂
﹁自分だけ先に見るなんてひどいー
真面目そうな家政婦であるセラとは対照的な、真面目でなさそうな家政婦である。
ゼリット。通称、リズ。
居間に駆けこんで早々、文句を口にするイリヤに、呑気に返事をする彼女の名は、リー
﹁お、イリヤ、おかえり﹂
!
﹁いやまぁ、個人の趣味の問題だし、そんな気にしなくても⋮⋮﹂
のに、これでは顔向けできません⋮⋮﹂
﹁ああ⋮⋮イリヤさんも俗世に染まってしまって⋮⋮奥様たちに留守を任されたという
前に、ハンカチを目元に当てて涙を零す。
多くの人が抱く第一印象通りに生真面目なセラは、イリヤたちのみっともない口論を
﹁アニメのDVDか﹂
﹁何かと思えば⋮⋮⋮﹂
『1:Apocrypha──外典』
9
義理とはいえ兄である貴方がしっかりしていないからこんなことに
さめざめと泣くセラをなぐさめようと、士郎が声をかけるが、それは逆にセラに火を
点けた。
﹁何を無責任な
﹂
﹂
だいたい貴方はいつも⋮⋮﹂
﹁え、怒られるの俺
!
片側の影が、もう一つの影に向かって話しかける。もう一つの影は口を結んだまま、
﹁さて、もうじき夜が来る。また戦争の時間ね﹂
そして沈む太陽と、それを見送る二つの影。
浮かび上がる月と星。
紅く染まる空。
◆
その時は。
そう、いつも通りの。この家の誰にとっても、いつも通りの時間であった。
である。
イリヤが騒ぎ、セラが気にかけ、士郎が起こられる。ここまでが、いつも通りの流れ
ガミガミという効果音がしそうな、強く激しい説教が士郎へ向けられる。
﹁当然ですっ
!?
!
!
10
何も返さなかったが、話しかけた側の影は特に気にする様子もなく、言葉を続けた。
﹁この戦争もこれで3日目。盤面に今のところ変化はなし。脱落者もゼロ⋮⋮そろそろ
様子見や小競り合いの時期も過ぎて、本格的な潰し合いが始まるでしょうね﹂
話す側は、眼鏡をかけた、年若い怜悧そうな美女。その服装や化粧は、薄い清廉なも
のであったが、纏う空気には血生臭さが濃厚に含まれていた。
﹁この3日で、今回の聖杯戦争にて召喚されたうち、6体の真名と、そのマスターが誰な
のかは﹃わかっている﹄。わからないのはアーチャーのみ。彼だけは、真名もマスターも
わからない。かなり行動的に振舞っているのにもかかわらず。この聖杯戦争のダーク
ホースは、アーチャーになるでしょうね﹂
話しかけられる側もまた女性。木陰に身をひそめ、その身の輪郭程度しか定かではな
いが、一振りの短刀を手の中で弄びながら、無言のまま影のように佇んでいた。
無数の人影は散開し、方々へと走り去る。﹃アーチャーを見張る﹄という命令を実行す
配が希薄過ぎて気付くことができなかったのだ。
出現する。瞬間移動などで突然現れたのではなく、今までそこにいたのに、あまりに気
そして眼鏡をかけた女性が手を振ると、短刀を手にした女性の背後に、無数の人影が
る鍵となる﹂
﹁今はアーチャーを重点的に見張りましょう。その異質さが、きっと盤面に影響を与え
『1:Apocrypha──外典』
11
るために。
短刀を手にした女性も共に消え、残されたのは、眼鏡の女性のみ。
ぶ魔法とか、宿題片付けちゃう魔法とか⋮⋮︶
︵さすがにもう魔法少女に憧れるような歳じゃないけど、あったら便利だよねー。空飛
顔半分を湯船に沈め、ブクブクと口元から泡を吹きながら思う。
﹁魔法かー﹂
さきほどまで鑑賞していたアニメの内容を思い返しつつ、呟く。
﹁1クール一気観は、ちょっとやりすぎだったかな⋮⋮﹂
ワーを浴びていた。
日は完全に沈み、夜の帳が下りて、イリヤスフィールは充血した目を擦りながらシャ
﹁あーうー、目が痛い⋮⋮﹂
◆
ならぬ彼女に読めるはずもなかった。
後に、異質なアーチャーよりもなお異端な、イレギュラーが投入されるということは、神
眼鏡をかけた女性のひとりごとは、さほど的外れではなかっただろう。ただ、この直
は、強力であっても恐ろしくはないわね。恐怖は未知であればこそ、なのだから﹂
﹁あとは時計塔から刺客が来るようだけど、来るとわかっていて、名も割れている刺客で
12
不可能を可能にできるならば、何を行うか。イリヤスフィールはとりとめもなく、し
たいことを脳裏に羅列していく。
て。廃工場が爆発したとか、駐車場で竜巻が起こって何十台もの車が吹き飛んだとか
︵そういえば、テレビのニュースで言ってたっけ。最近、この町で事故が多発しているっ
⋮⋮そんな事故も解決する魔法とか⋮⋮⋮それに⋮⋮︶
そしてそのうちに、少女の心に、ある男性の貌が浮かび上がり、思わずというふうに、
その言葉を紡いでいた。
﹂
今のなし
﹂
!!
﹂
カチカと瞬く光が二つ。星ではない。飛行機にしては軌道がおかしい。
そして何気なく、視線を天井へ向ける。すると、開いた窓の隙間から見える夜空に、チ
﹁はぁ⋮⋮虚しい⋮⋮⋮﹂
せてため息をつく。
しばし騒いだ後、自分で思い付き、自分で慌てる虚しさに脱力し、壁に頭をもたれさ
﹁な││なしなし
悶絶することになるのは、2秒後のことであった。
自らが口にした単語の意味を思い返し、そのあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして
﹁恋の魔法、とか
?
!
﹁何アレ⋮⋮⋮花火、じゃないよね⋮⋮まさかUFO
?
『1:Apocrypha──外典』
13
イリヤスフィールは湯船から立ち上がり、窓を開けて、不思議な光へと目を凝らした。
◆
夜空にはありえない光景があった。
獣の耳と尻尾の形をしたアクセサリーをつけ、肩を露出したミニスカワンピースをま
とった二人の少女が縦横無尽に跳び回っていた。しかも、手にしたステッキを振り回し
ながら光の弾丸を放ち、また、その弾丸を空中に描いた魔法陣を盾にして防いでいる。
その光景を、とあるビルの屋上から見上げながら、頭痛を絶えるような表情で呟いた
﹁頭が悪くなりそうな光景ね﹂
のは、長い黒髪を側頭部で、左右対称に丸めてまとめた美形の女性。
身長は174.5センチ。腕には蝶とナイフをデザインしたタトゥー。多くの四角
の鋲をつけたブーツと、長ズボンを履き、臍を出した短いシャツを着込んでいる。
それだけであれば女優顔負けの魅力に満ちた、スタイリッシュな美人ではあるが、異
﹄
常とまでは言えない。しかし、その女性の指先が、ほつれて糸となり、天に向かって伸
共同任務だってこと忘れてるんじゃないの
こんな任務、わたくし一人でどうとでもなりますわ 貴女さえ
!?
びているというのは明らかに異常だ。
﹃なんで攻撃してくんのよコイツは
﹃ホーホッホッホ
﹃まったく困ったちゃんですねー、結構な本気弾ですよアレ﹄
!
!
14
!
いなくなれば、全て丸く収まるんですのよ
﹃マスターは人でなしと、評します﹄
﹄
テッキ自体が意志を持って会話を行えるのだ。
そのあまりに強力な機能のために、みだりに使われないように精霊を宿らせており、ス
への干渉を限定的に行使でき、所有者に対して無制限に魔力を供給することができる。
道翁キシュア・ゼルリッチ・シュバインオーグが創った、桁外れの魔術礼装。並行世界
普通はステッキが喋るわけもないのだが、彼女たちの持つステッキは別格である。魔
から発せられている。
で届き、夜空に響く声を拾いあげていた。声は四種類、二人の少女と、二本のステッキ
女性が伸ばした糸は、空を飛び回りながら光弾を放ちあう二人の少女のいる高さにま
!
障壁張って障壁
﹄
!!
遠坂凛
!
!!
や、いきなり仲間同士で潰し合うというのは正気の沙汰とも思えない。
同陣営でも仲が悪いということはあるだろうが、他にも多くの敵がいる戦場に着く
﹁⋮⋮⋮あいつら仲間同士のはずよね﹂
﹄
ただし、その精霊の正確は、あまり品行方正とは言えないようだが。
ルビー
!
その様を見聞きしている女性││ランサーは、思わず呟いた。
﹃だーッ
!
﹃わたくしの輝かしい未来の為に⋮⋮ここで散りなさい
『1:Apocrypha──外典』
15
ル
ビー
サファイア
紅色を基調としたステッキを持つ、黒髪の﹃魔法少女﹄の名は遠坂凛。
碧色を基調としたステッキを持つ、金髪の﹃魔法少女﹄の名はルヴィアゼリッタ・
エーデルフェルト。
事前情報では、時計塔の中でも優秀な魔術師ということなのだが。
﹄
﹄
!! !!
で、
?
別に二人の魔法少女が攻撃をやめたわけではないらしく、ステッキに怒鳴りつけ、攻
光と音が消失し、夜空に静寂が戻る。
﹁光が、消えた
﹂
やがて二人のチャージする力が臨界点に達し、ほぼ同時に解き放とうとしたところ
呼応したルヴィアもまた、ステッキに強いエネルギーを貯めていく。
﹃こちらも手加減しませんわよ
﹃この場で引導渡してあげるわ
相手を、消し飛ばすような威力のものを。
た。おそらく、最大出力で光弾を放つ気であろう。
げる。受けた痛みを万倍にして返すがために、ステッキに今までになく、強い光を灯し
やがて、大型の光弾を受けて、やや焦げた凛が、地獄の底から響くような低い声をあ
﹃そう⋮⋮あんたの気持はよーくわかったわ⋮⋮⋮﹄
16
撃を促していた。
サファイア
だが怒れる少女たちに対し、凛の手に在るステッキが、心底呆れたというふうに、ス
テッキにあるまじきことにため息をついてみせた。
﹃やれやれですねー、もうお二人には付き合いきれません﹄
ビー
紅色のステッキが明るい声でありながらも辛辣に言い切り、 碧色のステッキが静
ル
﹃ルビー姉さんの言うとおりです﹄
かな声で淡々と冷たく同意する。
二本のステッキは、二人の魔法少女が、魔術協会から下された任務を協力して達成す
るどころか、与えられた力││﹃カレイドステッキ﹄を用いて私闘を行うという傍若無
人な行いを糾弾する。
﹄
糸を通して話を聞いていたランサーも、さもありなんと一人、頷いていた。
﹄﹄
!?
んでいく。
﹃待てやコラァ
ステッキの分際で主人に逆らう気
﹄
!?
!!
ステッキから見放された少女たちは怒声を放つが、ステッキたちは心底愉快そうに
!
言うだけ言うと、ステッキたちは魔法少女の手を勝手にスルっと離れて、勢いよく飛
﹃﹃ちょっとーッ
﹃ですので⋮⋮⋮誠に勝手ながら、しばらくの間、お暇をいただきます
『1:Apocrypha──外典』
17
笑って相手にしない。
落ちるーッ
﹄
を飛んでいられるはずがないということで。
﹃だあああああッ
サファイアーッ
!!
!!
凛たちの方は、あれでも一応優秀な魔術師だ。重力軽減魔術などを使えば、死にはし
つれていた指を元通りにして、ステッキが飛んでいった方向へと目を向ける。
別に何をしたと言うわけではないが、妙に疲れた気分になり、女性は糸を巻き戻し、ほ
﹁⋮⋮⋮やれやれね﹂
凛とルヴィアは騒ぎ怒鳴りながら落ちて行った。
!
!
﹃おのれ許しませんわよ
﹄
段の私服姿に戻っていた。魔法少女でない普通の人間に戻ったということはつまり、空
その言葉どおり、凛とルヴィアの服装は、ヒラヒラとした魔法少女の服装ではなく、普
飛び去っていくルビーが何でもないとこのようにあっさりと言う。
いとそのまま落下しますよ﹄
﹃あ、それと凛さん。ルヴィアさん。もう転身も解いておきましたので、早く何とかしな
にべも無いステッキ││ルビーとサファイアであった。
﹃失礼します元マスター﹄
﹃もっと私たちに相応しいマスターを捜してきますよー﹄
18
ないだろう。ランサーにとってはあれも敵にあたる存在であるが、今の無様さを見る限
り、評価を低くせざるをえない。凛たちに追い打ちのとどめを刺すか、ステッキを追う
かの優先順位は、ステッキの方が勝った。
﹂
﹁行くとしましょうか。本当、やれやれって感じね﹂
光ってないなぁ。もう終わっちゃった
◆
﹁あれ
?
点滅はやんでいた。
して真っ暗にしたイリヤだったが、スイッチを切って窓側に戻ってきたときには、光の
夜空で現れては消えることを繰り返す、謎の光を良く見るために、浴室の明かりを消
?
パチ
謎の発光体の接近に、イリヤが危機感を覚えた直後、
﹁近づいて⋮⋮⋮こっちに来│││﹂
そう、それは近づいてきていた。それもかなりの速度で。
﹁あ、あれ⋮⋮なんか⋮⋮﹂
うに大地に向かって動いたかと思うと、向きを変え、そして、
首を傾げていると、また強い光が夜空に灯る。しかも、今度は消えない。流れ星のよ
﹁なんだったのかなぁ⋮⋮﹂
『1:Apocrypha──外典』
19
スイッチの入る軽い音と同時に、浴室に明かりが灯り、ガララという戸を開ける音が
たつ。
イリヤが反射的に振り向くと、そこには肌色があった。
﹁うわあぁぁ
ゴ、ゴメッ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮いっ﹂
性に裸を見られたという事実を、少女は認識する。
言い訳が士郎の口から漏れるが、イリヤの耳には入らない。ただ、思春期の少女が、異
﹁で、電気、消えてたから⋮⋮もう、あがったものかと⋮⋮⋮﹂
けれど、その時間も永遠ではない。先に正気に戻ったのは、兄の方であった。
予想だにしない衝撃の対面に、双方思考を真っ白にして、言葉を失う。
精のように美しい、イリヤの生まれたままの姿がある。
そして、当然のことながら、士郎の視線の先にも、白磁のように美しい肌を見せる、妖
あった。
るが、他は一片のぼかしもない、兄・衛宮士郎の、中々に筋肉の乗った、逞しい裸体が
イリヤの視線の先には、手にした垢すり用のタオルで、一番危険な部位こそ隠してい
そして沈黙が訪れる。
﹁﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂﹂
20
!
顔を一瞬にして真っ赤にし、羞恥のあまりに涙目になった妹に、士郎がとれる行動は、
視線を閉ざし、心の底から謝ることだけであった。
﹂
しかし、イリヤには外界の情報をこれ以上受け止められるほどの余裕は無い。
﹁いやあああああああ
物体は、
ゴッオオオォォォンッ
!
イリヤがしゃがみ込まなければ、イリヤの後頭部を撃墜していたであろう空飛ぶ発光
ゴオォォォォッッ
のは、丁度イリヤが身をかがめた時であった。
開け放たれた窓から、接近していた発光物が、速度を緩めることなく飛び入ってきた
ヒュボッ
さえ込み、しゃがみこんだ。
当然のごとく悲鳴をあげ、既にほのかながらも膨らみ始めている己が胸を、両腕で押
!!
!
﹂
!?
イリヤの悲鳴は、困惑の声へと変化する。
﹁ああぁぁ⋮⋮え、えええええ
そのまま猛スピードで士郎の顔面に激突した。
﹁ンなッ﹂
『1:Apocrypha──外典』
21
﹁な、何これ、何なの
お、お兄ちゃん
﹂
!?
﹂
は、ユラリと動いた。
そんなイリヤに、その惨状を生み出した発光物体││いやもう光ってはいないソレ
仰向けに倒れ込み、鼻血を流して気絶する士郎の姿に、イリヤは慌てふためく。
!?
﹂
!?
︾
私 は 愛 と 正 義 の マ ジ カ ル ス テ ッ キ マ ジ カ ル ル ビ ー ち ゃ ん で す
!
パンパカパーン
!
どこからか、高らかにファンファーレが鳴る。
!!
︽は じ め ま し て
紅く輝くステッキは、イリヤの前に浮かび、身をくねらせてその存在をアピールする。
︽やれやれ、手っ取り早く済まそうと思ったんですが⋮⋮まあいいでしょう︾
しかも、喋っている内容があまりに不穏なものを感じさせる。
しかし、さすがにアニメの中でもステッキはアイテムであり、喋ることはなかった。
﹁喋った
︽フゥー、避けられてしまいましたか。中々の幸運の持ち主ですね︾
ようだった。
ソレは、イリヤが先ほど見ていたアニメで、主人公が振るっていた魔法のステッキの
﹁ス、ステッキ
?
22
!
わ
た
︾
し
さあ﹃ ステッキ﹄を手にとってくださ
力を合わせて、︵わたしにとっての︶悪と戦うのです
!!
︽貴女は次なる魔法少女候補に選ばれました
い
!
︶
!!
ダ ー ム・ ブ ラ ン シ ュ
ン
シー
寒 々 と し た お ぞ ま し さ は、西 洋 の 怪 談 に 登 場 す る︻ 死を告げる泣き女︼や、
バ
徹底して、夜に溶け込むかのような黒色で身を固め、肌の露出は一片もない。
い、薔薇型の装飾をつけた、幅広の黒帽子。顔を覆う、黒のベール。
光沢の無い漆黒のローブ。黒い革手袋に、黒のブーツ。髪の一本もはみ出させていな
冬木市の西側、深山町を奇妙な人影が歩いていた。
◆
︵こいつは│││うさんくさい
けれども、イリヤは突然の混沌的状況の中でも、その直感を正しく働かせていた。
ステッキ││マジカルルビーは、明るい声でイリヤスフィールを誘いかける。
!
ているらしく、不自然に甲高いものだった。
やがて影の如き人物は、目的地に辿り着く。口から漏れた声は、何らかの変質を行っ
﹁│││ココダッタナ﹂
ても、誰も注目することなく、記憶することもないということだった。
けれどもそれよりなお異常なのは、そんな怪人が、時々通行人とすれ違うことがあっ
︻ 白い貴婦人︼といった、妖霊のようであった。
『1:Apocrypha──外典』
23
﹁地上ノ建物ハ完全ニ破壊サレ、地下モ塞ガレテイルナ。当然トイエバ当然カ﹂
そこは草が生い茂るただの空き地であった。だが、その道に長けた者であれば、その
場所には人が近寄らないように、強力な﹃結界﹄が張ってあることがわかっただろう。
そこは、格の高い霊地である冬木の中でも、特に質の良い霊脈が通っている場所で
あった。200年以上前に、土地管理者の遠坂家から、ある魔術師に提供され、使用さ
れていた土地だ。だが、永き時を生きていたその魔術師も、10年前の戦いで屋敷ごと
滅びた。魔術師の血族は魔術の道から身を引き、屋敷跡の土地も手放された。
その後、土地は遠坂家の管理下に戻ったが、遠坂家の魔術とは別系統の魔術が染み付
いた霊地は、遠坂家の者が使うには不向きになっていたため、遠坂家がその霊地を利用
することはなかった。以降、誰に使われることもなく、ただ結界を張られ、管理だけさ
れていた。
あるいは他の並行世界であれば、土地を借りていた魔術師もなお健在だったかもしれ
ないが、この世界ではそうなのだ。どちらも見方によっては﹃正史﹄であり、
﹃外典﹄で
ある。
破壊した。仮にも魔術の名門、遠坂の張った結界を、一瞬にして、である。
漆黒の怪人は、張られていた結界を確認したうえで、一瞬後、それを完膚なきまでに
﹁10年││遊ンデイタ土地ダ。セイゼイ有意義ニ使ワセテモラウトシヨウ﹂
24
並みの手際ではなかった。
⋮⋮To Be Continued
かくして、﹃間桐﹄と名乗る者たちの屋敷があった地に、侵入者は足を踏み入れた。
﹁ソウ長クハカカルマイガ⋮⋮⋮世話ニナロウ﹂
『1:Apocrypha──外典』
25
﹃2:Bizarre││奇妙﹄
に、エジプトへと出発した。
現メンバーは以下の4名。
スター・プラチナ
空条承太郎││スタンド︻星の白金︼
いため、我々も﹃魔術師﹄との更なる接触が求められる。
より存在は確認されていたが、極端な秘密主義である﹃魔術師﹄の情報はあまりに乏し
が、確認されている。﹃魔術師﹄の存在は、波紋使いや、ナチス・ドイツを通して、以前
また、ディオ・ブランドーは﹃魔術師﹄と呼ばれる者たちとの接触を行っていること
め、SPW財団はジョースター一行のフォローに全力を尽くすものとする。
ディオは既に、多くのスタンド使いを配下にしており、刺客との激戦が予想されるた
花京院典明││スタンド︻教 皇 の 緑︼
ハイエロファント・グリーン
モハメド・アヴドゥル││スタンド︻魔術師の赤︼
マジシャンズ・レッド
ジョセフ・ジョースター││スタンド︻隠 者 の 紫︼
ハーミット・パープル
1988年、ジョセフ・ジョースター一行は、吸血鬼ディオ・ブランドー討伐のため
︻SPW財団最高機密書類より抜粋︼
26
現在、協力してくれている魔術関係者からの情報によると、ディオ・ブランドーが接
触している魔術組織は、エジプトを拠点とする﹃アトラス院﹄であると思われ│││
◆
ギャリンッ
ビルの建設予定地である空き地の中央で、小さな嵐が起きていた。
ギャリンッ
!
術師にも伝えられていた。その伝わった情報から、魔術師は状況を推測する。
この黒猫は、魔術師に操られる使い魔である。黒猫が見聞きしたものは、主である魔
そう思考したのは、もちろん黒猫ではない。
︵赤い方はアーチャー、黒い方はライダーだろうな︶
それを、一匹の黒猫がじっと見つめていた。
げ、砕いて散らす。
黒と赤。二つの﹃何か﹄が衝突し合うことで、衝撃波が周囲に飛び散り、土を撒き上
!
︶
?
中国風の双剣を使う
?
まり中国的とはいえない。しかし、武器はほぼ間違いなく中国の物で、その剣を、幾度
赤いアーチャーの顔は、東洋人といわれても納得はいくが、赤い外套などの格好は、あ
アーチャーなんているのか
るが⋮⋮ライダーはともかく、あのアーチャーはなんなんだ
︵今までに得た別のサーヴァントの情報と比べれば、消去法的に彼らのクラスはそうな
『2:Bizarre──奇妙』
27
弾き飛ばされても、次から次へと出してくる。
することが多いクラスであるライダー。だが、今のライダーは突撃を繰り返す野獣に過
︵一方はライダー。サーヴァントの中でも、特に高い機動力を保持し、多くの宝具を所有
と、そしてランサーは、﹃黒化﹄していない。
に起こった事態と関係があるのだろう。その事態ゆえに、この聖杯戦争で、アーチャー
けれど、アーチャーは例外的に﹃黒化﹄していない。おそらく、聖杯戦争が起こる前
実際、アーチャーの相手となっているライダーはそうだ。
き、見聞きしたことを鸚鵡返しに報告するだけの、自動的なものだ。
命令されれば、偵察を行うこともできるが、それも機械のように命じられた場所へ行
でサーヴァントは獣のように戦うことしかできず、知的な戦術を組み立てられない。
塔では、サーヴァントが理性を失う現象を、便宜上﹃黒化﹄と名付けているが、おかげ
この聖杯戦争は、ある理由から、ほとんどのサーヴァントは理性を失っている。時計
そしてもう一つ重要なことは、アーチャーは理性を保っているということだ。
いうことだけか︶
るものではない。今わかるのは、双剣を無数に使える、長距離攻撃可能な英雄であると
て、中国の英雄であるとしても、あの国の歴史は長く、英霊の数も膨大だ。特定しきれ
︵服装は偽装という推測も成り立つが⋮⋮駄目だな。まだ情報が足りない。武器からし
28
ぎない。それでも速度と破壊力は充分脅威ではあるが︶
グラマラスな肢体を、肩や太ももを露出し、体の線を強調したドレスで纏った、長身
の女。長い髪をたなびかせる彼女は、絶世の美女という評価を与えられて然るべき、容
姿の持ち主だった。たとえ、その両眼がバイザーで隠されていることを考慮に入れても
なお。
あるいは目を隠さね
けれど、その美貌も、今は撒き散らされた殺意と敵意で台無しになっている。
︶
︵美女であり、なにより目を隠していることが特徴⋮⋮⋮盲目
ばならない理由が⋮⋮
?
が、彼の思考の邪魔をした。
冷静に推察しようとする魔術師だったが、頭の片隅にこびりついている、ある苛立ち
?
力ときたらどうだ
それに引き換え、僕の召喚したランサーは⋮⋮⋮
︶
!!
︵何が﹃スタンド能力﹄だ
あんな能力、偵察程度にしか使えない
時計塔の刺客以
!
外にも、組織をバックにつけた実力者が町に入っていると聞く。よっぽど上手く立ち回
!
テータスは、一般人に毛が生えたようなものなのだ。
戦場にランサーを投入すれば、一分も持たずにバラバラにされるだろう。ランサーのス
魔術師は、己の召喚したランサーの﹃弱さ﹄に対し、怒りを抑えきれない。もしこの
?
︵それにしても⋮⋮どちらもまだ本気を出しているわけでもないだろうに、この戦闘能
『2:Bizarre──奇妙』
29
らなくちゃ、優勝なんて⋮⋮︶
内心で己がサーヴァントへの不満を吐き捨てていると、黒猫の目にする光景に変化が
あった。
ライダーの高速の猛攻を、双剣で巧みにさばいていたアーチャーが、一瞬上空に視線
を向けたかと思うと、次の瞬間にはライダーに向けて、手にしていた双剣を放っていた。
ライダーは今まで防御に徹していた相手からの唐突な攻撃に、﹃驚﹄を覚えたようで
あったが、素早く身を翻し、双剣をかわしていた。
けれど、その回避の行動だけで、アーチャーには充分な時間であったらしく、アー
チャーはライダーに背を向け、戦場を離脱していった。
チャーは夜空を見て、戦線離脱した。何かを見つけたのだ。戦闘より重要な何かを。
あまり目新しい情報は手に入らなかったが、まだするべきことは残っている。アー
︵黒猫の使い魔じゃ、こっちもアーチャーを追うことはできないか︶
のマスターが判断したのだろう。
夜の町に身を隠したアーチャーを追うのは、目立ち過ぎるし困難であると、ライダー
り声をあげて、霊体化し、消えた。
ライダーはすぐに追おうとしたが、走り出す前に動きをとめ、悔しそうに聞こえる唸
﹁ガァァァァァ﹂
30
︵あの方角は、ランサーのいる方角⋮⋮そのくらいは僕の役に立って貰わなくちゃな。
メス犬め︶
◆
紅く光り輝き、言葉を発する﹃杖﹄。
柄の先端は輪がついており、輪の中には五芒星が嵌められている。輪の外輪には3対
の羽根のような突起が生えており、それが指や手のように動いていた。
無機物的な外観でありながら、明るく喋り、クネクネと柄を動かす仕草は、魔法のス
テッキというよりは、何か奇妙な生物であるかのようだった。
︶
!?
もなく、その眼差しは非常に冷めていた。
今、貴女、私のことを胡散臭いと思いましたね
︾
イリヤの顔が、嫌そうに引きつる。ありえない超常現象を目撃しながら、混乱も興奮
︵ああ、やっぱり胡散臭い
!
いやあの⋮⋮うん﹂
!
﹁えっ
ルビーちゃんショッキン
︾
物を、指差しのようにイリヤに突き付け、言い放つ。
イリヤの内心を敏感に察知した、マジカルルビーを名乗るステッキは、羽根状の突起
︽ああ
!
!?
︽ショックです
!
『2:Bizarre──奇妙』
31
いきなり言われて、思わず素直に頷いたイリヤに対し、ルビーは盛大に嘆き始める。
ほんとに失礼だよ
﹂
!
り上げた。
ヒョイと、ルビーは柄の先端で、士郎の股間部に都合よくかかっていたタオルを、捲
︽ふーむ⋮⋮⋮⋮えい♪︾
作をする。
兄への侮辱的言葉に対し、声をあげて講義するイリヤをよそに、ルビーは考え込む動
﹁お⋮⋮お兄ちゃんは朴念仁じゃないよ
!
︽おや。これは失礼を。この朴念仁っぽい方はお兄さんでしたか︾
て倒れた士郎の顔の上に立っていたのだ。
そう。ルビーは窓を割って入ってきて、士郎の顔面に衝突してから後、ずっと気絶し
な﹂
﹁なんだか良くわからないけど⋮⋮とりあえず、お兄ちゃんの顔からどいてくれないか
なことを口にする。
ヤは、ルビーに対して同情したりはしなかった。むしろ、怒りを滲ませて、何より重要
嘆きながらも、何かたちの悪いことを言葉の影に潜ませていることが感じ取れたイリ
まったのでしょーか⋮⋮⋮︾
︽ああ嘆かわしい⋮⋮現代ではもう魔法少女に憧れる︵都合の良い︶少女は絶滅してし
32
﹁な゛ッ
﹂
変態
セクハラステッキ
﹂
!!
激に真っ赤にする。
﹁な、何をするの
!?
謝りながら、ルビーをさりげなく、イリヤの鼻血を吹き取る。
︽すみませんちょっとした出来心で︾
れ以外ではない、ということにしておこう。
ところに、更に羞恥で顔に血が昇った結果、鼻の血管から出血してしまったらしい。そ
怒鳴るイリヤの鼻から血が垂れる。湯につかっていたために血行が良くなっていた
!
ソレを、一瞬とはいえ垣間見てしまったイリヤは、発音の難しい声をあげて、顔を急
!?
﹁え
今何か言った
﹂
?
愉しいですよー、魔法少女
!
言葉を無視し、
︽さて、話を元に戻しますが、やりませんか 魔法少女
︾
﹁も、もう他を当たっ⋮⋮﹂
勧誘を再開する。
!
?
イリヤの直感が、酷く悪いことが起きていると告げる。だがルビーは華麗にイリヤの
?
︽⋮⋮⋮採血︵認証︶│││完了︾
『2:Bizarre──奇妙』
33
︽羽エフェクトで空を飛んだり
﹁あの⋮⋮﹂
︽必殺ビームで敵を殲滅したり
﹂
︾
︾
︾
とする。けれど、次の台詞で一瞬、彼女の心が揺らいでしまった。
ずいずいと迫ってくる魔法のステッキに押されながらも、イリヤは断固として断ろう
﹁ちょっ⋮⋮﹂
!
!
︽恋の魔法でラブラブになったり
﹁え
︽あ
﹂
いるんですね
そんなのいないもん
今、反応しましたね
﹁い、いない
!!
!?
意中の殿方が
!
︾
!!
︽ムキになるのがまた怪しいですね 相手は誰ですか
ベタにクラスメイトの男子
!?
︾
不良のレッテルを張られたクールガイとか、個性的な髪形のイケメンとか、急
﹂
に黒髪から金髪に変わったハンサムボーイとか
!?
﹁ち、違うってば
!!
!!
とか
!
振りまわし、風呂の湯をバシャバシャ跳ねさせて否定する。
キャーキャーと興奮しながら飛び回り、イリヤを追い詰めるルビーに、イリヤは手を
!
!
その一瞬を、この悪魔のごとくに愉悦を好むステッキは見逃さない。
?
!
34
︽ふーむ⋮⋮⋮はっ、さては
︾
ステッキは悪辣な洞察力を持って、察しをつける。
この⋮⋮﹂
!!
﹁馬鹿│││ッ
﹂
ステッキをガッシと掴み、
︾
イリヤはほとんど何も考えられないほどに正常さを失い、ただ感情のままにカレイド
﹁ちっ⋮⋮違うって言ってるでしょ
明確に、ルビーの指摘が正しいか否かを物語っていた。
イリヤの白い白い肌が、よりいっそうに赤く染まる。何も言葉を使わずとも、それが
︽貴女がフォーリンラヴってるのは⋮⋮そこで伸びてるお兄ちゃんですね
!?
!!
?
ピタリ
︶
野球部顔負けの綺麗なフォームで、窓の外へと投げ捨てようとした。が、
!!
か、体が⋮⋮⋮
?
﹂
!?
︽血液によるマスター認証。接触による使用の契約。そして起動のキーとなる⋮⋮⋮オ
イリヤの手には、不気味に笑い、勝ち誇るルビーがいた。
﹁
︽うふふふふー、予想以上にちょろかったですねー︾
投げ捨てる直前、イリヤの意志に反して、体の動きが静止する。
︵⋮⋮⋮あれ
『2:Bizarre──奇妙』
35
トメのラヴパワー
︶
すべて滞りなく頂戴いたしました
特に最後の
!
!!
︾
!!
界においても。
﹂
!!
ロリっこゲットですよー
その﹃呪文﹄によって、儀式は完成する。
いやっふー
!
プリズムトランス
︾
!!
﹁イリヤスフィール・フォン・アインツベルン
︽マスター登録完了
光が溢れ、魔力が放出される。
鏡界回廊最大展開
︾
!
!
!!
︽それじゃあこのままの勢いで、﹃多元転身︶﹄いっちゃいましょー
オープン
!
コンパクトフル
えに、名前はあらゆる文化圏において、重要なものとされているのだ。無論、魔術の世
名前。それはその存在の本質を意味する、最も基本的な﹃呪文﹄であるとされる。ゆ
﹁イ⋮⋮イリヤ⋮⋮⋮﹂
何とか抵抗しようとするが、体は勝手に動き、喉から言葉が絞り出される。
﹁あ⋮⋮う⋮⋮⋮﹂
︽さあ⋮⋮最後の仕上げといきましょうか。貴女のお名前を教えてくださいまし︾
行させていく。取り返しのつかない方向へ。
声には出せずに混乱し、そして絶望するイリヤをよそに、ルビーはどんどん事態を進
︵なにそれー
!
36
プリズマイリヤ
爆
誕
!
ですよー♪︾
!!
そして光の中から、
︽新生カレイドルビー
!!
﹂
ホ ン ト に 魔 法 少 女 な の
恥 ず か し い
やっぱり魔法少女はローティンがベスト
!
まさに、テレビアニメに登場するような魔法少女そのものであった。
︾
!?
イリヤは己が姿を見下ろし、
みっともないよー
﹁な あ あ あ あ 何 こ れ ー
!?
うろたえ叫ぶイリヤに、ルビーはまるで悪びれることなく、褒め称える。無論、イリ
マッチですね
な ん か 凄 く
銀の髪はツインテールになり、それぞれのテールの根元には羽のような飾りが。
飾りのついたシューズ。
フリル付きのスカート。膝上までを包むソックスの、ヘルメスのサンダルのような羽
背中には妖精の羽根のようなマント。
肘の上までを覆った手袋と、肩と脇を露出した、体のラインにピッチリと合った衣服。
基調は赤。
魔法少女が、現れた。
!
︽いえいえ、キマってますよ、イリヤさん
!!
!?
!!
!
﹁⋮⋮⋮な﹂
『2:Bizarre──奇妙』
37
ヤが喜ぶことではなかったが。
ルビーがそう断言した時だった。
︽どこぞの年増魔法少女モドキとは、大違いです
﹁誰が⋮⋮﹂
﹂
開かれた窓から、腕が伸びた。
﹁年増だってーッ
﹂
!?
︾
周囲に地響きのような効果音がゴゴゴと鳴り、背後に灼熱地獄が噴出しているかと錯
﹃恐怖﹄の二文字だけであろう。
かなりの美少女と評価できる容姿にも関わらず、今彼女を見た者に芽生える感情は
そこにいたのは、ルビーがついさっき見限った元マスター、遠坂凛であった。
﹁えー、おかげさまでねー⋮⋮本当に生きてるのが不思議なくらいの体験だったわ⋮⋮﹂
︽あらまぁ、誰かと思えば⋮⋮⋮凛さん、生きていたんですねー︾
打った鼻を押さえながら顔を上げると、
外 に 掴 み 出 さ れ た イ リ ヤ は、地 べ た に 落 ち て、べ シ ャ ッ と う つ 伏 せ に 倒 れ 込 ん だ。
﹁きゃあああッ
ごと、窓の外に引きずり出した。
まるで何かの妖怪のように突如現れた腕は、ルビーを掴み、ルビーを手にしたイリヤ
!?
!
38
覚させるほどの、怒りに満ちた形相は、地獄の魔王のよう。左右の手の指を組ませて、ボ
誰 が あ ん た の マ ス タ ー な の か み っ ち り 教 え て あ げ る わ
キボキと鳴らしながら、怨念の籠った言葉を吐き出す。
﹂
﹁こ っ ち へ 来 な さ い ル ビ ー
!!
るほどの助けとはならなかったようだ。
そんなの教えられるまでもありませんよ︾
そんな魔女の憤怒も嘲笑い、ステッキは自分を握る者を指し示し、
︽私のマスター、ですか
﹂
ちょっとあんた⋮⋮
﹂
ジャーンという、わざとらしい効果音がどこかで鳴る。
﹁はあ
騙されたんです
詐欺です
﹁あー⋮⋮もういいわ。大体わかったから﹂
﹁私は何も望んでないのに何か凄いトントン拍子でこんなことに⋮⋮
青筋を立てる凛に、イリヤは泡を食って弁解した。
﹁ちちちち違うよ
!
﹂
凛は怒りをかき消すほどの脱力感に襲われたらしく、ため息をついてイリヤを押しと
!
?
!
?
!
!
!?
︾
擦り傷がある。いきなり空中から落下したため、重力軽減魔術も完璧な着地を決められ
良く見れば、赤い長袖の服と、黒いミニスカートはボロボロに汚れており、肌も少々
!!
︽こちらにおわしますイリヤさん。彼女こそが私の新しいマスターです
『2:Bizarre──奇妙』
39
どめる。
?
?
が、
﹁⋮⋮⋮ん
?
﹂
!!
︾
!
ズゴンッ
!
びをあげて、魔術で増強した筋力にまかせ、壁に叩きつけた。
その言葉を聞いた瞬間、凛の理性は蒸発した。ルビーの先端についた輪を掴み、雄叫
﹁ダッシャーーーーッ
︽私が許可しない限り、マスター変更は不可能です
チッチッチと、ルビーは己の装飾を指振るように振り、非常に迷惑な現実を告げる。
済みなんです。本人の意思があろーとなかろーと⋮⋮︾
︽ふっふっふー、ダメダメ、ダメですよー、お二人さん。既にマスター情報は上書き更新
しかし、イリヤの手は、性悪ステッキから離れなかった。
﹂
﹁あ、あれ
﹂
凛が差し出した手に、イリヤは迷うことなくルビーを渡そうとする。
﹁は、はぁ⋮⋮どうぞ﹂
のよ﹂
﹁とりあえず、そのステッキを返してくれる ロクでもないものだけど、私には必要な
40
︽ゆあっしゃー
︾
にしたくなるように、かわいがってあげるわ
﹂
︾
それなら今すぐマスターを変更
!
︽相変わらず情熱的な方ですねー。そんなにあの魔法少女服が恋しいんですか
!
﹁恋しいわけあるかー
あんな姿、人に見られたら自殺モンよ
︶
﹂
!!
﹁え
こ、このやろー
﹂
?
何気なく、イリヤがルビーを振るった途端、
?
を凛さんに向かって振ってください︾
わ
た
し
︽しょうがないですねー、じゃあイリヤさん。﹃このやろー﹄と思いながら、
﹃ステッキ﹄
話しである。
ろうが、現在それになっているイリヤにとっては、それこそ目から光が失われるような
確かに高校生ほどの年齢にもなって、ヒラヒラした魔法少女姿は羞恥極まる格好であ
?
!!
地獄の鬼のような殺意にさらされて、なおからかうルビーは、もはや流石と言えよう。
?
﹁随分とナメた口利いてくれるじゃないルビー⋮⋮
ギギギという嫌な音をたてて、ルビーの輪が歪む。
のだが、更に凛は凄まじい握力で、ルビーを握り締める。
ルビーは壁にめり込んで奇声をあげる。それでも傷ついた様子が無いのは大したも
!?
︵わ、わたし、今、自殺モンの状況なのかな
『2:Bizarre──奇妙』
41
︽いよっしゃー
ズビーム
﹂
︾
!!
なんか出たーーッ
﹂
!?
ンテール﹄︾
﹁言ってない
言ってないよ、そんなこと
﹂
!!
﹂
!!
﹁うひゃああああッ
﹂
それは、相手を直接傷つける物理的破壊力を伴っていた。
﹃ガンド﹄と呼ばれる魔術である。本来は指差した相手を病気にする呪いであるが、凛の
魔弾が連続で発射される。
立ち直った凛は、激しく叫び、イリヤに人差し指を向ける。その人差し指の先端から、
﹁何すんだコラーーッ
出する、カレイドステッキの基本攻撃方法である。
ちなみに、凛へと発射されたのは﹃魔力砲﹄。無限に供給できる魔力を、弾丸として射
!
︽イリヤさんの返答はこうです。﹃ステッキは誰にも渡さねぇ⋮⋮国へ帰りな、年増ツイ
悲鳴をあげて身を焼かれる凛の惨状に、イリヤは涙目で悲鳴をあげる。
﹁きゃーーッ
威勢のいい声をあげたルビーの先端から、激しい光線が迸り、凛へと直撃した。
﹁ギャーッ
!! !!
!?
42
!!
︽おおっと仕留めそこないましたか︾
呑気なルビーと反対に、弾雨にさらされ悲鳴をあげるイリヤであったが、
︶
?
ば並みの攻撃は回避可能ということである。
﹁ちょっと
勝手に煽らないでーーッ
﹂
!!
てため息をつく。そして、何気ない仕草で、ポケットから取り出した小さな宝石を指で
調子こくステッキに対し、怒りを通り越して逆に落ちついたらしく、凛は攻撃をやめ
﹁はあ⋮⋮やれやれね⋮⋮⋮﹂
けるのもごめんである。
ことには繋がらない。いくら効かないからといって、殺気にさらされるのも、攻撃を受
自分が強くなっていることはわかったイリヤだったが、だからといって平気で戦える
!!
︾
攻撃も無効化でき、仮に傷ついたとしても、即座に再生させられる。かつ、本気で動け
すなわち、魔術であればよほど高度の大魔術でもなければ通用せず、銃弾程度の物理
の魔術障壁、物理保護、 治 癒 促 進、身体能力強化、などなどがかかっています︾
リジェネレーション
︽どうやらやる気のようですが、お忘れですか凛さん カレイドルビーには、Aランク
気付いてみると、弾丸を身にくらいながら、傷はおろか、痛みさえ感じていない。
︵⋮⋮あれ
?
!
︽今や英雄にも等しきイリヤさんに、人間ごときが敵うはずありません
『2:Bizarre──奇妙』
43
弾いた。
﹂
カッ
弾かれた宝石はイリヤの頭上へと飛び、次の瞬間、
﹁え
?
めくらまし
いえ、コレは⋮⋮﹃閃光弾﹄
︾
!!
目が⋮⋮﹂
! !?
下がってください、マスター
!
﹁なに⋮⋮何なの
いけません
!
﹂
?
障壁内部からの、零距離攻撃。
いた指先に、光が灯る。
いつの間にか、遠坂凛がイリヤの隣に立っていた。そして、イリヤに押し付けられて
﹁ごめん、少し眠っててね﹂
﹁え
イリヤのこめかみに、人差し指が押し付けられる。
ピタ
目がくらみ、何も見えなくなったイリヤに、ルビーからの指示が飛ぶが、時既に遅し。
︽
︾
そう、それ自体に破壊力は無い。けれど、その目的は完璧に達成された。
︽爆発⋮⋮
!?
視界を完全に真っ白にするほどの閃光が、宝石を中心に撒き散らされた。
!!
44
ドンッ⋮⋮
鈍い音を、どこか遠くに聞きながら、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、
その意識を失った。
◆
大人
初日から主人の命令に背くばかりか、マスター契約まで打ち切
イリヤ、凛、ルビーが出会っていた頃、別の場所でもまた、別の出会いが起きていた。
﹂
﹁おのれ、サファイア
るなんて
﹂
﹁出ていらっしゃいサファイア この辺りにいることはわかっていますのよ
しく私ともう一度契約││
!
いささかボロボロの格好で、ルヴィアは怒りを撒き散らしていた。
!
﹁⋮⋮⋮何です
貴女は﹂
?
少女とはいえ、凶悪なまでに強力な礼装であるカレイドステッキを装備している相
?
﹂
少女は、静かな声でルヴィアに問いかけた。
変身していた。
には、先ほどルヴィアから離反した、ステッキのサファイアが握られ、既に魔法少女に
夜の公園を見回しながら言うルヴィアの前に、木陰から一人の少女が現れた。その手
!?
!
!!
﹁このステッキの持ち主ですか
『2:Bizarre──奇妙』
45
手。警戒のレベルを最大にしながら、ルヴィアは問い返す。
ガシッ
れからいろいろと教育していかないといけませんねー︾
︽いやー、参りました。戦闘経験の差とはいえ、こうもあっさり負けてしまうとは⋮⋮こ
◆
そこには、褐色の肌をした、赤の男が立っていた。
﹁ひとつ、事情を説明してくれると嬉しいのだが﹂
ルヴィアと少女が、新たな声があがった方向へと顔を向ける。
﹁何やら⋮⋮⋮奇妙なことになっているようだ﹂
た。
ルヴィアが言葉を失い、少女を見つめていると、そこに横合いから新たな人物が現れ
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
少女は懇願する。血を吐くように悲愴に。
をください﹂
﹁私に住む場所をください。食べ物をください。服をください⋮⋮。私に⋮⋮⋮居場所
風で周囲の草木がざわめく中、
﹁この子から話は聞きました。カードの回収は、私がやります。だから⋮⋮﹂
46
﹁待てこのバカステッキ。どさくさに紛れて逃げようとしてんじゃないわよ﹂
︽ちッ︾
フラフラと飛んでいこうとするルビーを、凛の力強い手が捕まえる。
も
ちゃ
︾
︽ですが何度強要しようが無駄ですよー。ルビーちゃんは暴力には屈しません 私の
お
新しい﹃マスター﹄はイリヤさんに決めたんです
!
ふざけているようであったが、声には掛け値なしの本気が籠っていた。ルビーは何を
!
どうしようと、己の意志を曲げることは無いだろう。ルビー以外の全員にとって迷惑な
ことに。
﹁あっそ、それならそれでいいわ﹂
︾
?
﹁あ⋮⋮う⋮
﹂
意識ははっきりしてる
?
?
イリヤが目を開く。
?
﹁う、うん⋮⋮うわ、裸に戻ってる﹂
﹁どう
﹂
﹁ホラ起きなさい、イリヤ。手加減したんだし、怪我も無いはずよ﹂
座り、まだ眠ったままのイリヤを揺り動かした。
しかし、凛はあっさり納得すると、ルビーを放り棄てる。そして、壁に背をもたれて
︽あら
『2:Bizarre──奇妙』
47
変身が解け、魔法少女のコスチュームが消えていることを悟ったイリヤは、頬を赤く
染める。凛がかけてくれたのか、バスタオルで体は隠されているが、家の外であるべき
格好ではない。
そんなイリヤを見下ろしながら、凛は頭痛をこらえるように頭に手を当て、渋面でた
め息をついた。そのため息に、イリヤは非常に嫌な予感を覚える。
え
﹂
?
今から大事なことを言うから良く聞きなさい﹂
?
恨むならルビーを恨むこと
!
かくして│││
﹂
﹁拒否は却下よ
﹁⋮⋮⋮は
!
イリヤの奇妙な冒険が始まった。
?
﹂
﹁命じるわ││貴女は私の、﹃奴 隷﹄になりなさい﹂
サーヴァント
言わせぬ言霊で、彼女はイリヤに告げる。
ビシリと、凛は銃口を向けるかのようにイリヤを指差した。その視線は強く、有無を
﹁いい
は慌てた。
話が見えず、けれど、自分にとっていい話ではないであろうと直感的に悟り、イリヤ
﹁え
?
﹁あーあ⋮⋮こんな小さい子を巻き込むのは本意じゃないんだけどねー﹂
48
『2:Bizarre──奇妙』
49
⋮⋮To Be Continued
﹃3:Card││魔符﹄
◆
救出を目的とする風水教団の残党と戦った時などは││
両義未那、静・ジョースターという二人の幼い少女が、ステッキを使用し、
﹃教祖﹄の
しかし、これを使いこなした例が無いわけではない。
精霊の性格は非常に厄介であり、使用は容易ではない。
人間の上位存在である英霊にさえ対抗しうる、強力な礼装であるが、搭載されている
魔力を受ける容量には個人差があり、使用者によって性能には差が出る。
平行世界への干渉を限定的に行使でき、マスターへ無限の魔力供給が可能。ただし、
宿っている。
2本1セットで製造され、それぞれにルビー、サファイアという名の人工天然精霊が
第2魔法。すなわち、﹃並行世界の運用﹄を、応用して生み出された魔術礼装。
︻カレイドステッキの取扱説明書より︼
50
﹁はあ⋮⋮⋮﹂
﹂
重い重いため息をつきながら、イリヤスフィールは自室のドアを開けた。
上手く誤魔化せた
?
ろしいことです︾
︽犯人を捕まえてひき肉にして、グラム98円で出荷してやるとか言ってましたよ。恐
の怒りは凄まじいものであり、何も悪くないはずのイリヤの心身を消耗させた。
の説明を行った。凛から言い含められ、無難に納めたが、架空の犯人に対しての、セラ
凛の﹃奴 隷﹄発言の後、イリヤはルビーが割った窓や、気絶した士郎について家人へ
サーヴァント
にしたよ⋮⋮﹂
﹁なんとか⋮⋮言われた通り、通りすがりの誰かが、悪戯で石を投げたんだろうってこと
自室内には、ため息の原因を構成する要素の一つが、ベッドに腰掛けていた。
﹁どう
?
話しかけるイリヤに、凛はリンゴでも潰せそうな握力で握り締めていたルビーを離
﹁ん、そうね。あんたには色々説明しなきゃ﹂
﹁それであのー⋮⋮﹂
の後ろで青筋を浮かべた凛が、ウフフと笑う。
グラム1円でも売れやしないであろうステッキは、他人事のようにアハハと笑い、そ
﹁ああそう。できることなら今すぐ犯人を突き出してやりたいわね﹂
『3:Card──魔符』
51
し、まず自己紹介から始めた。
﹂
!
﹂
?
﹂
?
引き絞る女性の姿が描かれ、もう1枚には、幅広の帽子を被り、槍を手にした男の姿が
凛は一枚の紙を取り出す。その紙には2枚のカードが印刷されていた。1枚は弓を
要請を受けてね﹂
﹁結論から言うと、私たちはカードを回収するためにこの町に来たのよ。時計塔からの
黙って話を聞く。
そこで凛は、なぜかスチャッと眼鏡をかけた。その行為に疑問を覚えつつ、イリヤは
﹁そう。ここからが本題﹂
﹁ふーん⋮⋮それじゃ、なんで日本に帰ってきたの
する大学みたいなところで、表向きは留学って扱いで、去年からそこに通ってたわけ﹂
ンの﹃時計塔﹄じゃ、今期の主席候補なんだから。あ、時計塔っていうのは魔術を研究
﹁まー、一般人に理解しろって言う方が無茶なにかもしれないけど、これでも一応ロンド
凛はイリヤの頭に手刀を叩き込む。中々強力な衝撃に、イリヤは頭を抱えて呻いた。
﹁全然違う
﹁まほーつかい⋮⋮って、つまり、魔法少女ってこと
魔術師。ゲームや漫画ならともかく、実際の人間の口から聞くような職業ではない。
﹁まず││私は遠坂凛。魔術師よ。まあ、魔法使いって思ってくれていいわ﹂
52
アー
チャー
描かれていた。双方のカードには、絵と共に文字も書き込まれている。
ラ
ン
サー
﹁女の方のカードに書かれた文字は﹃Archer﹄、弓使い。男の方に書かれているの
は﹃Lancer﹄、槍使いって意味よ﹂
﹁タロットじゃないよね⋮⋮ ゲームで使うにしてはステータスとかも書かれてない
し⋮⋮﹂
わからない。構造を解析することもできなかった。
ただ一つわかったことは、その力。
?
る﹂
話に出るような英雄も、本当は実在していたの。そんな英雄の力もまた使うことができ
﹁それもあるわね。けど史実だけじゃなくて、ヘラクレスとか桃太郎みたいな、伝説や昔
い起こして、イリヤが言う。
大河ドラマや映画、昼間に見ていたアニメのモデルになっている剣豪などのことを思
﹁えいゆう⋮⋮宮本武蔵とか、怪力タルカスと黒騎士ブラフォードとか⋮⋮
﹂
それが、いつ、どこで、誰に、何の目的で、どのようにして生み出されたのか、全く
な魔術理論で編み上げられた、特別な力を持つカードなの﹂
﹁ええ、それはタロットでも、トレーディングカードでもないわ。それはね、極めて高度
?
﹁このカードは、英雄の力を引き出すことができるの﹂
『3:Card──魔符』
53
偉業を成し、英雄と認められた者は、死後に﹃英霊の座﹄と呼ばれる高次の場所へと
迎えられる。そうして、英霊となった者たちは、それぞれが力の象徴たる武装を持って
いる。それは武器であったり、防具であったり、特殊な能力であったり、様々であるが、
どれもが通常の武器ではなく、条理を超えた奇跡を起こすものである。
なシロモノなわけ﹂
︽ちゃんとついてきてますかイリヤさん
もうちょっと続きますよ
︾
!
﹂
!
班みたいな感じだね
﹂
﹁そっか⋮⋮つまり⋮⋮町に仕掛けられた爆弾を秘密裏に解体していく、闇の爆弾処理
凛の言葉に目を見開き、イリヤは得られた情報を頭の中で整理して、
﹁
ういう危険なものなのよ。そんな危険物が今、この冬木の町にあるの﹂
﹁あー、まあ分かりやすく言うと、このカード一枚で町一つ滅びてしまうこともある。そ
﹁う、うん。七割は理解できてる⋮⋮⋮と、思う。きっと⋮多分⋮⋮﹂
りながら、頭を抱えていた。
小学生では習っていない単語も多く含む説明に、イリヤは熱を出したような感覚に陥
!
クセスして、英霊の宝具を、短時間ではあるけど具現化することができる、常識はずれ
﹁私たちはそれらの武装のことを﹃宝具﹄と呼んでいるの。このカードは、英霊の座にア
54
!?
﹁⋮⋮⋮やけに斬新な比喩だけど、だいたい合ってるのが、ちょっと悔しいわ﹂
何とも言えないような口調と表情の凛は、けれど、と続けた。
﹂
﹁それは3日前までの状況で⋮⋮今は、より悪いことになってるわ﹂
﹁え
講師であり、﹃カード事件﹄の担当者の一人である。
長身、黒い長髪、端正な顔つき。男の通り名は、ロード・エルメロイⅡ世。時計塔の
その一室で、一人の魔術師が葉巻をくわえながら、書類に目を通していた。
イギリスの﹃時計塔﹄││凛たちが学び研究を行う、魔術協会本部。
◆
︽ちょっと戦争になってるだけですからー︾
安は的中した。
ルビーの軽い声があがるが、イリヤの心は休まらず、不安は更に膨れ上がる。その不
︽あー、別に大したことじゃないですよー︾
体なんなのか。イリヤの身が強張った。
町一つを破壊する爆弾じみた物が、町中にばら撒かれているよりも悪い状況とは、一
?
問題があるからな⋮⋮﹂
﹁あの二人は上手くやってるだろうか⋮⋮あいつら、才能や実力はあるが、性格に色々と
『3:Card──魔符』
55
凛とルヴィアゼリッタの喧嘩で、どれだけ教室が破壊されたことか。
清対象ではない。
危険ではあるが、魔術協会そのものと表だって敵対はしていないため、今のところ粛
も匹敵する実力者ぞろいだ。
師関連の事象に介入している。特に、そのエージェントとなる者は、時計塔の執行者に
魔術協会でも無視できない人数、資金、能力を持った組織。近年になり、多くの魔術
冬木への参入者の中に、気になる名前を見つける。
か凶と出るか﹂
﹁またこいつらか⋮⋮魔術協会としては、あまり好ましい輩ではないが、さて、吉と出る
ベントのために。
魔術師、異能力者、組織、様々な者たちが入り込んでいる。この町で行われている、イ
目を通していた書類には、冬木の町に入った者たちの情報があった。
﹁いや、今は胃を痛めている場合ではない⋮⋮この報告は⋮⋮﹂
べてしまい、エルメロイⅡ世の顔がしかめられる。
連鎖的に、自分が受け持っている何人もの、
﹃超優秀な問題児﹄の﹃軍団﹄を思い浮か
つもこいつも⋮⋮﹂
﹁それでもまだ魔術師の中ではマシというか、一般人よりなのだから嫌になるな。どい
56
︵まだメリットとデメリットが釣り合っていないからな。やって勝てない相手とは言わ
ないが、割に合わない︶
今回、もし彼らが凛たちの敵にまわれば、いくらカレイドステッキを持っていても、荷
が重いかもしれない。
相手には凛たちが、いまだ持ち合わせていないものがある。
﹁だが、今回の戦いで、あるいはそれを手に入れられるかもしれないな。先は見えない
が、少しは期待させてもらうか⋮⋮﹂
◆
オ
ド
﹁このカードが、この町に現れたのは約2週間前。全く何の前触れも無く、突如出現し
た。時計塔が異常な魔力の歪みを観測し、調査を行ったところ、彼らは﹃英霊﹄を発見
したわ﹂
﹂
?
﹁そう。このカードは英霊の力を引き出すことができるって言ったでしょ カードは
﹁⋮⋮⋮﹃英霊﹄を発見
『3:Card──魔符』
57
凛は更にもう1枚、折り畳まれた紙を取り出し、広げて見せる。そこには、写真のよ
過ぎず、その力も本来の英霊より格段に低いものであったみたいだけど﹂
ものを生み出していた。とはいえ、魂や心や理性は無く、擬似的な肉体を持った現象に
地脈の魔力を吸収してエネルギーにし、英霊の力を放出させ、ついには現世に英霊その
?
うに細緻な絵が、複数描かれていた。絵でありながら、周囲の全てを破壊しようという、
鬼気を撒き散らしているのがまざまざと感じ取れる、男の肖像。魔術を用いて、人間の
記憶から、見た物を寸分違わずに紙に写し描いたものだ。
褐色の肌のその男は、ある絵では弓を引き絞り、ある絵では双剣を構えていた。
うことになります。一体一体が町をも滅ぼす力を持つ存在が、ぶつかりあえば、余波だ
︽今までは個別に存在し、ぶつかり合うことなどはなかった英霊が、これからは戦争を行
サーヴァントとしてマスターに従うようになった﹂
で、聖杯戦争を発動させた。その結果、カードの力で実体化していた英霊が、そのまま
﹁とある魔術師が、時計塔に保管されていたカードを盗み出して、冬木の町に戻したうえ
る魔術儀式。この戦いに勝ち残った者には、願いを叶える万能の﹃聖杯﹄が与えられる。
7人の魔術師が、それぞれ1体ずつ、英霊をサーヴァントとして召喚し、殺し合わせ
﹃聖杯戦争﹄
し、更に残ったカードの回収に入ろうというところで、﹃聖杯戦争﹄が起こった﹂
いて、英霊を倒せばカードを回収できることがわかったわけよ。そしてカードの分析を
さっき見せたカードだった。英霊は、カードを核とし、カードを包むように実体化して
討ちとられた。そして、討ちとられた彼らは、肉体を消滅させ、そのあとに残ったのは
﹁これはアーチャーよ。このアーチャーとランサーは、時計塔のエージェントによって
58
けでどれほどの被害が出るか、見当もつきません︾
イリヤは考えをまとめる。
聖杯戦争が起こるまでは、カードとやらは、触れなければ襲いかかってくるようなこ
﹂
とはしない、不発弾のようなものだった。それが、今は﹃使い手﹄が存在し、
﹃使い手﹄
の意思次第で町や人を傷つけることもあるということか。
イリヤはそう理解して、身震いする。と、同時に疑問も覚えた。
﹁でも、なんでカードが散らばってる中で、その聖杯戦争っていうのを始めたの
その疑問に、凛は眼鏡をかけ直しながら答える。
が普通だ。何かをするにしても、既に何か起こっている場所でする必要はない。
サッカーをやっている途中で、野球をしようとする人間はいない。別の場所でやるの
?
﹁今回、聖杯戦争を起こした魔術師は、その魔力をこのカードを使って節約したわけよ。
いぜいだ。その理由の一つが魔力の用意の困難さにある。
規模である。召喚されるサーヴァントの数も本来なら7騎のところ、多くても5騎がせ
聖杯戦争は儀式として非常に優れているため、数多く行われているが、ほとんどは小
小規模にしたところで、一朝一夕で用意できるようなものじゃない﹂
に、霊地から発生する魔力を60年分蓄えてようやく発動するものだったわ。それより
﹁聖杯戦争を起こすには、魔力が必要なの。オリジナルの聖杯戦争では、一回起こすごと
『3:Card──魔符』
59
このカードは英霊の力を使える。つまり、英霊の召喚は既に半分成功しているようなも
の。後は、散らばったカードを聖杯戦争のシステムと繋げて、マスターとの間にパスを
通せば、聖杯戦争の形式である、主従の状態は整う。しかも、その後もカードが自動的
に地脈から魔力を吸収するため、存在維持のための魔力もかなり補える﹂
凛はまた更に、紙を取り出す。今度の紙には写真が添付されていた。口髭を生やし
た、中年男性の顔。際立って美形でも醜悪でもないが、目が濁っているような感じで、あ
まり近づきたくないというのが、イリヤの抱いた印象だった。
いカードを、そう簡単に聖杯戦争に利用できるとは考えられない。事前にカードを利用
だと思うんだけど⋮⋮⋮2週間前に発見された、まだ魔術協会でさえ分析しきれていな
﹁カードが散らばっている中で聖杯戦争を起こした理由は、﹃魔力の節約﹄。それは確か
そして、1ヶ月前に時計塔を離れ、来日していることもわかっている。
のシステムを造り出すくらいは可能だ。
方面に高い技術力を誇っている。もはや魔術師の世界には広く出回っている、聖杯戦争
イクス・オンケルは、パラケルススを祖とした魔術師であり、ホムンクルスの製造の
い確率でカードとも関係しているわ﹂
入る、くらいのものかしらね。こいつが今起こっている聖杯戦争の実行者で、かなり高
﹁こいつの名はイクス・オンケル。ドイツ出身の魔術師。腕はまあ⋮⋮一流にギリギリ
60
できるように準備していたと考えるのが自然。けど、このオンケルがカードを造れるほ
ど優れた魔術師とも思い難い。つまり、カードを造り、町に撒いたのは、こいつと深く
繋がっている人物と考えていい。まとめると、こいつをぶちのめせば、冬木の平和は保
たれ、カードの秘密も解けて、万事めでたしめでたしってわけ﹂
しかしながら、そのためには英霊や魔術師と戦う必要がある。
﹁それで、危険な仕事を行うために貸し出されたのが⋮⋮⋮このバカステッキってわけ﹂
その辺の空間を、ひらひら飛んでいるルビーを鷲掴みにしながら、凛は説明に区切り
をつけた。
私たちにだって︵扱いやすい︶マスターを選ぶ権利があります
︾
︽最高位の魔術礼装をバカステッキとは失礼ですねー。そんなだから反逆されるんです
よ
?
!
﹁たたか⋮⋮え
わ、私、ただの小学生なんだけど
﹂
!?
﹁悪いけど、ことは町の平和と人命がかかってるの。我慢して﹂
?
むまでは、私の代わりに戦ってもらうわよ﹂
﹁魔法少女なんてものから解放されたければ、この馬鹿を説得すること。その説得が済
凛はルビーを掴む手に、更に万力のような圧力を加えながら、
は見てのとおりの奴なのよ。だからそういうわけで、イリヤ﹂
﹁⋮⋮⋮本来なら私も無関係の人間を巻き込みたくはないんだけど、このバカステッキ
『3:Card──魔符』
61
そして説明が終わると凛は、家の人に見つかる前にと、慌てるイリヤの返事も聞き流
し、窓から去っていったのだった。
◆
︵魔法少女、かぁ⋮⋮︶
学校の授業中、イリヤは教師の声を聞き流しながら、昨夜のことを思い返す。
をかけたてるものであった。
?
◆
イリヤの顔に、悪戯っぽい微笑みが浮かんでいた。
︵⋮⋮ちょっとだけ、ワクワクする⋮⋮⋮かな
︶
けれど、頭ではわかっていても、それでもイリヤにとって、この状況は非常にロマン
戦争と名のつく状況であることは知っている。危険であることも聞いている。
たが、魔法は目の前どころか、手の中にある。
だが、実際にあったのだ。多少、思い描いていたものより、ろくでもないものであっ
ジーの領域であると、考えていた。
本当にあるなど、思ってもみなかった。鏡の中の世界のように、メルヘンやファンタ
れちゃったんだよね︶
︵想像してたのとは、ちょっと違うけど、ホントに私、ファンタジーな出来事に巻き込ま
62
ガチャリ、ガチャリ、
耳障りな音が微かに響く。
その音の主に、声は無く、呼吸も無く、そして魂さえも無い。
手に握る冷たい刃を、殺気も殺意も無く、敵として入力された者へと、振り下ろす。
そして振り下ろされた側もまた、己が手にした力を示して見せた。
シュート
杖︵ステッキ︶の先端に光が生まれ、
じた。
した龍の牙を、女神アテナのお告げに従って大地に撒いたところ、牙は兵士へと姿を変
ギリシア神話に登場する、龍の牙から生まれた兵士。テーバイの始祖カドモスが、倒
龍牙兵。
スパルトイ
士であるから。
なぜなら、彼らには最初から、血も肉もない。ただ骨によって構成された、骸骨の兵
だが、血の一滴たりと、零れはしない。肉の一片たりと、弾けはしない。
と下半身が分断される。
魔力の弾丸が放たれ、刃の持ち主を打ち砕いた。腕が圧し折れ、腰の位置で、上半身
ドンッ
﹁⋮⋮放射﹂
『3:Card──魔符』
63
その伝説を原点とした術により、この骸骨の兵士は生み出されたのだろう。
その数は今、見えるものだけで30体以上。総数は100体近くになるだろう。
それらに対峙するのは、黒髪の少女。蝶のような形のリボンで、黒い髪を束ね、青と
黒を基調とした、妖精のような服装をしている。
そして、その手には、青いステッキが握られていた。
彼女たちは、この廃ビルにキャスターを追ってやってきた。キャスターは突如、彼女
たちの前に現れ、魔術で攻撃したと思ったら、すぐに踵を返し、空を飛んで逃げて行っ
たのだ。それを追って、この無人の古いビルに入ったわけだが、どうやら誘き寄せられ
たらしい。
キャスターの姿は消え、代わりに龍牙兵が群れをなしていたのだ。
この龍牙兵たちは、﹃魔法少女﹄の敵とはなりえない。
魔の強弱にも現れる。
たちは、本来のサーヴァントと比べると格段に弱い。その力の差は、造り出される使い
キャスターによって創造された龍牙兵たちであるが、カードで発現したサーヴァント
静に対処すれば、問題無いレベルです︾
︽龍牙兵一体の戦闘能力は常人と同程度。そこまで出来がいいものではありません。冷
﹁⋮⋮⋮サファイア﹂
64
﹁確かに、数だけのようですわね。物足りなくはありますけど、本番前の練習にはなるで
しょう﹂
ガンド
少女の傍に立つ、金髪ロールのお嬢様は、気負いのない仕草で龍牙兵の一体を指差し
た。直後、放たれた魔弾が、龍牙兵の頭部を破壊。二発目で、胸部を貫通。三発目で腰
骨を粉砕。龍牙兵はバラバラになって床に転がる。僅か2秒で行った、鮮やかな手並み
であった。
ガシャッ
ゴガガガッ
圧倒的な蹂躙。
破壊音は、一つに聞こえた。3体の龍牙兵が、ほぼ同時に破壊され、消し飛んだ。
!!
のだろう。だが、
そんな男へと、3体の龍牙兵が、同時に飛びかかる。彼を最も危険な相手とみなした
!
と向かい合っていたはずだが。
は、既に一体も、跡形も無く、存在していない。30秒前までは、12体の龍牙兵が、男
声の主は、褐色の肌の男だ。ルヴィアが振り向けば、彼女の背後にいたはずの龍牙兵
少女たちの背後から声が掛けられる。
﹁では、私は遠慮していた方がよいだろうか﹂
『3:Card──魔符』
65
哀しいほどに殲滅。
たとえ龍牙兵100体が総出でかかったとしても、全滅させるのに5分とかかるかど
うか。
それがルヴィアの、男への評価だった。
︵英雄⋮⋮まあ、頼りにしてよさそうですわね︶
覆しがたい差であった。
魔術師が死を覚悟することが前提の存在とはいえ、いまだ成人してもいない彼女には、
を、殺し合いを潜り抜け、死と隣り合わせの環境を駆け抜けてきた戦士の経験。いかに
むしろ格の違いを感じるのは、力よりも精神面においてであった。真の意味での戦い
ろう。
とになれば、あらゆる手段を使って勝利するつもりであるが、それは彼とて同じことだ
純粋な戦いとなれば、全く勝ち目が無いと、判断できてしまう。無論、実際に戦うこ
う。
彼女とて、決して弱くは無い。けれど、優秀だからこそ、相手の力が理解できてしま
自慢の金髪を撫で上げながら、ルヴィアは男の凄まじい能力に畏怖を覚える。
もなりませんものね﹂
﹁⋮⋮⋮ええ、そうですわね。少し休んでいてください。貴方が参戦していては、練習に
66
◆
学校の鐘が鳴り、イリヤは駆け足で靴箱へ急ぐ。
!
﹂
︽ようやく放課後ですか。鞄の中は退屈でしたよー︾
︾
﹁お待たせルビー。早く帰って魔法の練習をしよう
やる気ですね、イリヤさん
︽おっ
!
!
﹂
?
﹁手紙⋮⋮かな
﹂
!
?
もしやこれは⋮⋮
!
せん
﹂
さあさあ早く中身を
ここは冷静にいくべきところよ⋮⋮
今時こんなピュアなことする子がいるとはー
﹁お、落ち付いてルビー
!
!
︾
!
!
ムハーッと興奮するルビーを宥めながらも、心臓を無暗に高鳴らせ、イリヤは紙片を
!
!
︽アレですね 放課後の靴箱に手紙と言えば、これはもうラヴなアレに間違いありま
それを見たルビーが、黄色い声をあげた。
︽おおっ
︾
拾い上げると、それは折り畳まれた紙片であった。
﹁ん
けると、中からヒラリと白い物が落ちた。
イリヤは今までの不安をふっ切って、健康的な精神で開き直る。笑顔で靴箱の蓋を開
折角だから楽しもうと思って﹂
﹁うん
!
『3:Card──魔符』
67
開く。
﹁そうだね⋮⋮﹂
︽何事も前向きに、ですよー︾
る虚脱感だった。
イリヤの心に宿ったのは、脅しによる恐怖よりも、何とも言いようのない、疲れによ
﹁そうだね⋮⋮﹂
︽帰りましょうか。イリヤさん︾
ルビーが、何かを思い出したというように、声をあげる。イリヤは無言だった。
︽あー、これはあの⋮⋮︾
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
あたり、これで脅しているつもりがないのなら、その方がおかしい。
しれない。﹃来なかったら﹄、の後に﹃殺す﹄と書いた後で線を引き、書き直されている
脅迫状ではないのだから、隠す意味が無い。いや、脅迫状といえば、その通りなのかも
定規を使ったらしい、直線で書かれた文字だった。筆跡を隠したらしいが、誘拐犯の
﹃今夜0時、高等部の校庭まで来るべし。来なかったら││迎えに行きます。遠坂凛﹄
振るえる指で開かれた紙片に書かれた文字は、
﹁冷静に、冷静に⋮⋮⋮﹂
68
イリヤはトボトボと帰宅するのだった。
◆
思いのほか少ないわね⋮⋮ルヴィアの馬鹿との争いで使い過ぎたか⋮⋮﹂
冬木の町、西側の深山町にある遠坂邸で、凛は手持ちの宝石を数えていた。
﹁ちっ
だから、イリヤを巻き込むことをやめるわけにはいかない。
込むのには、罪悪感を抱く。しかし、現状を冷徹に認識するリアリストでもある。
いくら人道を踏み外した魔道の担い手である凛といえど、一般の小学生を戦いに巻き
いか⋮⋮⋮﹂
﹁騙し騙しやるしかないか⋮⋮こうなると、イリヤスフィールに頑張ってもらうしかな
ければ、剣を持たない剣士と同じだ。
ことができる。つまり、単純に宝石が多ければ多いほど、強い。逆に言えば、宝石が無
遠坂の家系が使う魔術は、宝石魔術。宝石に魔力を籠め、魔力タンクとして使用する
!
端を踏みつける。
気絶したイリヤを見下ろし、凛はイリヤの手に握られたままのカレイドステッキの先
◆
凛は、昨夜の、イリヤを気絶させた後のことを思い出す。
﹁まずは、今夜の戦いを切り抜けなきゃね⋮⋮﹂
『3:Card──魔符』
69
﹁さぁて、ルビー
︾
﹂
?
﹂
とっとと帰ってきてもらおうかしら
凛は背後に気配を感じ、振り返る。
﹁ったく、どうしてくれようかしら、この駄杖は⋮⋮ッ
グリグリと踏み躙る凛に、ルビーは抵抗する。
︽グググ⋮⋮⋮ル、ルビーちゃんは屈しませんよぉ
?
︶
!
﹁でしょうね。見ていたところでは、相当ヘンテコな物みたいだけど、うちのマスターが
のよね﹂
﹁こんなステッキ、個人的には、のしをつけて献上したいところだけど、そうもいかない
凛は深呼吸を一つして、心を落ちつける。そして意を決して口を開いた。
い。まずいわね。ルビーは使えないし、人間の魔術師では英霊には勝てない⋮⋮
︵ランサー⋮⋮槍兵、速度に優れたサーヴァント。実力はわからないけど、弱いわけはな
そうは感じたことのない強い凄味。
有無を言わせぬ口調。そして、それなり修羅場をくぐったこともある凛にとっても、
らうわ﹂
﹁こんばんは、はじめまして⋮⋮私はランサー。悪いけど、そのステッキ持ってかせても
女性の姿があった。
そこには、2メートルほどの間隔を開けて立ち、どこか冷めた目でこちらを見つめる
!
!
70
欲しがってるのよ。力づくでも持ってかせてもらうわ﹂
ランサーが一歩踏み出してくる。
﹂
このステッキ、中々手に
る。さっきまで結構騒いでいたから、今すぐに誰か来てもおかしくない。神秘の秘匿を
﹁そう。でも、ここは民家の敷地内よ。ちょっと大きな音を出せば、すぐに人が飛んでく
考えて、それは良くないわよね
﹁⋮⋮⋮一瞬で終わらせることもできるけど﹂
﹁できないかもしれないわよ 見てたなら分かるでしょ
﹂
でも、そっちが譲れない、ってのも理解できる。だから提案なんだけ
?
?
ど、また改めて戦うっていうのはどう
負えないわよ
?
ランサーが二歩目を踏み出すのをやめ、動きを止める。
?
?
﹂
?
﹁⋮⋮⋮﹂
れる時にやっとかないといけない。だから、約束は守るわ﹂
られたんだけど、勝手に動きまわるようになっちゃった今じゃ、見つけるのも大変。や
ちゃいけない。聖杯戦争が起こる前だったら、魔力の歪みを感知して、カードを見つけ
﹁私の目的は、貴方たちの中にあるカードを、全て手に入れること。いずれは、戦わなく
﹁⋮⋮そんな口約束を信じろって
﹁明日の夜、0時。私立穂群原学園高等部の校庭で待っていなさい。勝負するわ﹂
『3:Card──魔符』
71
ランサーは数秒考え込んだ。そして、
⋮⋮To Be Continued
凛は覚悟を決め、冬木での初戦の時を待つのであった。
﹁ぶっつけでやるしかないか﹂
てにはならない。
服装から見ると近代の英霊のようだが、服くらいは着替えられるのだから、あまりあ
女がどんな英霊かわからなかったわね︶
︵なんかあのランサーも乗り気でなかったっぽいおかげで、交渉は成功したけど、一体彼
◆
かけてから、凛の前から去っていった。
ランサーは了承し、なんだかよくわからないが、背筋が凍るような脅しの言葉を投げ
﹁わかったわ。もし来なかったら、﹃見開き﹄でぶん殴るから﹂
72
﹃4:Debut││初舞台﹄
︻ある魔術師と殺人鬼の会話︼
﹄
藤乃みたいな超能力者か
﹃敵は︻スタンド使い︼⋮⋮そう言ったか
﹃ああそうだ。どんな奴らなんだ
﹄
?
?
﹄
嫌いなんだが⋮⋮だからといって、見くびるつもりはない﹄
るが、彼女のものとは違う。私は、ああいう︻選ばれた者だけの力︼っていうのが一番
﹃私も詳しくは無いが、知っている限りのことは教えてやろう。彼らは超能力者ではあ
?
?
﹃眼に見えない力に襲われる、か。そこまでだったら、起こしていることは念動力とそう
破壊できない﹄
本的に使い手でない者に︻スタンド︼は見えないし、
︻スタンド︼は︻スタンド︼でしか
守護霊や使い魔、式神のようなものと考えればいいだろう。形や力はそれぞれだが、基
﹃まず︻スタンド︼とは、精神のエネルギーが形となり、像を作ったもの⋮⋮ひとまず、
﹃見くびれないような相手、ということか
『4:Debut──初舞台』
73
変わらないな﹄
﹄
?
?
になる。その精神が、彼らの最も恐ろしいところだ﹄
漠然としてるな。具体的にどう強いんだ
?
る。けれどそれは自分が、世界を敵に回す強さが無い、弱い人間だからそうする︾と、い
分がウイルスに感染して、それが原因で多くの人間が死ぬのなら、そうなる前に自殺す
﹃精神の強さ
幹也だったら、
︽もしも自
たりして発現するのと違い、
︻スタンド︼は能力を発現させるに足る、精神の強さが必要
ことだ。他の超能力が、別次元の法則とたまたま繋がっていたり、人外の血を引いてい
﹃︻スタンド︼と他の超能力の違いは、
︻スタンド︼は精神が形になったものであるという
﹃しかし
しかし││﹄
合的に見た力量は、今までお前が相手にしてきた奴らと比べれば、高いとはいえない。
ないし、多くの場合、単純な力なら、浅上藤乃の方がよほど強い。はっきり言って、総
﹃とはいえ、
︻スタンド︼は基本的に一人一能力の、専門馬鹿だ。魔術ほどに応用は利か
﹃なるほど⋮⋮なかなか楽しめそうだな﹄
変身したり。魔法に近い能力も存在するらしい﹄
じゃない。︻スタンド︼はそれ以外に特別な能力を所有している。炎を操ったり、鉱物に
﹃あ あ。お 前 の 魔 眼 な ら 見 え る し、そ の 死 を 突 く こ と も で き る だ ろ う。け ど そ れ だ け
74
うところだが﹄
﹄
﹃ふうん。あいつの言いそうなことだが、その話を聞いて、いい例が浮かんだぞ。︻スタ
﹄
ンド使い︼の性格に近い、歴史上の人物がいる。メアリー・マロンって女を知ってる
﹃⋮⋮⋮いいや。軍人か何かか
﹄
﹃いいや、家政婦だよ﹄
﹃は
?
?
◆
に降りかかった女性⋮⋮⋮通称︻腸チフスのメアリー︼﹄
かった、どこにでもいる平凡な賄い婦。幹也が仮定として語ったことが、実際にその身
﹃実在した究極の選択。世界を敵に回しながら、決して自分の生き方を曲げようとしな
?
﹂
﹁え
?
あの手紙で脅す気が無い方がおかしいと思ったが、どうやらおかしい方だったよう
⋮⋮⋮いや、何でもありません﹂
﹁え
?
﹁そりゃあんな脅迫状出されたら⋮⋮﹂
深夜の校庭に立つ凛は、なんら気負いなく、やってきたイリヤに声をかけた。
﹁お、ちゃんと来たわね﹂
『4:Debut──初舞台』
75
﹂
だ。悪気が無いことが免罪符になるわけでもないが、疲れるだけになりそうなので、イ
リヤは突っ込むのはやめにした。
﹁ってか、なんでもう転身してるのよ
﹂
!
﹂
?
﹂
?
イリヤがそう呟いた時だった。
﹁すっぽかされた⋮⋮⋮
凛は腕時計を見て、時間を確認する。0時は既に過ぎていた。
うに、努力するわ⋮⋮⋮まだかしらね﹂
﹁まあ、流石に一般人を巻き込んだ責任もあるし、負けても貴女の命だけは失わせないよ
めて頷く。
ルビーからランサーとの決闘の話は聞いていたイリヤは、恐怖心を抑えて、覚悟を決
﹁う、うん
しかないわ。もうじき、対戦相手が来るはず⋮⋮⋮準備はいい
﹁なんとも頼もしいお言葉ね⋮⋮正直かなり不安ではあるけど⋮⋮⋮今はあんたに頼る
トとかでどーにかするしか︾
ず基本的な魔力弾射出くらいは問題無くいけます。あとはまぁ⋮⋮タイミングとハー
︽さっきまで色々と練習してたんですよー。付け焼刃でも無いよりマシかと。とりあえ
逆に、凛はイリヤが既に魔法少女姿になっていたことに突っ込みを入れる。
?
76
﹁いいえ、ずっと前からいたわ。凛、だったかしら、貴女がここに来る前からね﹂
サッカーのゴールに持たれるように、ランサーが立っていた。先ほどまでは誰も見え
なかったのに、今は腕を組み、堂々とこちらを見つめている。
美しく、若々しく、それでいて歴戦の戦士の風格を感じさせる佇まい。その腕に施さ
れたタトゥーのように、蝶の優しさと華麗さ、ナイフの強さと鋭さを、併せ持ったよう
な女性であった。
﹁⋮⋮⋮思ったより影が薄いのね、気付かなかったわ﹂
凛は不敵に笑ったが、額には冷や汗が浮かんでいる。今まで全く気付かなかったとい
うことは、下手をすれば、気付かないうちに暗殺されていたかもしれないということだ。
﹂
?
﹂
ランサーは答えながらイリヤたちに向かい、歩を進める。
﹁で⋮⋮⋮そこの子、貴女、名前は
﹁イ、イリヤ⋮⋮イリヤスフィールです﹂
﹂
﹂
?
?
﹁イリヤ⋮⋮ね。ねえ、貴女、私と戦うことになるわけだけど、戦い、やめる気はない
﹁え
?
﹁はあ
!?
﹂
﹁適正はあるかもしれないけど、嘘は言っていないわ。私がランサーなのは間違いない﹂
﹁ランサーって言っていたけど、アサシンの間違いなんじゃない
『4:Debut──初舞台』
77
唐突な提案に、イリヤの目が丸くなり、凛の目が尖る。
どーも、巻き込まれただけみ
私も、女の子に乱暴とかしたくないし﹂
?
﹂
!?
あ ん た ま た し て も 裏 切 る 気 大 師 父 か ら の 任 務 を 何 だ と
!
!?
イリヤさん︾
?
﹁私は戦う
折角、魔法少女になったんだから
﹂
!
それは、ただの子供のわがままであったかもしれない。イリヤはまだ何も知らず、何
!
イリヤは一度、目を瞑り、深呼吸をして、目を見開く。そして、ランサーへ答えた。
﹁私⋮⋮⋮私は﹂
せますよ。どうします
︽任務を受けたのは凛さんであって私じゃないですよーだ。ま、判断はイリヤさんに任
凛は当然のごとく、ルビーに指を突きつけて怒声をあげる。
思ってんの
﹁そ こ の バ カ ス テ ッ キ
ランサーの意外な提案に、ルビーまでもが好意的な反応を示す。
いる方が私の好みですねー︾
︽ふーむ。私としても、魔法少女は血生臭い戦いよりも、夢と愛にキャッキャウフフして
ることは防げるんじゃないの
な性格しているみたいだけど、貴女が本気で抵抗すれば、少なくとも戦場に駆り出され
たいだし、貴女がそっちの味方である理由って無いじゃない。そのステッキは中々素敵
﹁貴女だって、戦って怪我したいわけじゃないでしょう
?
78
もわかっていない。ただ、魔法少女という非日常への憧れだけで、やっていると言える。
命がけの危険な作業を、そんな憧れだけでやるのは間違っているかもしれない。
けれど、それでもイリヤはやめたくないのだ。何もわからないまま、何もしないまま
で、嫌かどうか、危険かどうか、それさえ理解しないまま、やめたくはないのだ。
ランサーは、イリヤの答えに応え、両腕を胸の位置に上げて、ボクシングのような構
﹁⋮⋮⋮そう。じゃあ、仕方ないわね﹂
えをとる。
セッ
ト
﹂
対して、イリヤより先に凛が動く。
﹁Anfang││
!
﹂
凛は三つの赤い宝石を取り出し、投擲する。
!!
土と煙が蔓延して濁っていた視界が、徐々に晴れていき、校庭の土が抉れ、焼け焦げ
︽いえ、そんな甘い相手じゃありませんよー︾
﹁す、凄い、これならやったんじゃ⋮⋮﹂
轟音と閃光に、イリヤの五感が一瞬眩む。
る。
宝石は火を噴き、炎を撒き散らし、爆風を放つ。炎の宝石弾を使用した攻撃魔術であ
﹁爆炎弾三連
『4:Debut──初舞台』
79
ているのが見えた。だが、そこにランサーの姿は無い。
︾
どこに﹂
イリヤさん
﹁あ、あれ
︽
!
︶
!
カッ
確認する。
イリヤは、近くに残された足跡を見て、さっきまで、すぐ隣にランサーがいたことを
た。
腕を抑えたランサーがいた。左腕からは血が流れ落ち、傷を与えたことは確かであっ
そんな声が、イリヤの耳に届いた。首を動かせば、五、六歩ほども離れた場所に、左
﹁⋮⋮⋮やるわね﹂
の凛の魔術に匹敵するほどで、しかも数は数倍であった。
幾つもの魔力弾の光が放たれ、校庭を打ちすえる。爆発一つ一つの威力は、さきほど
!!
イメージ。侍が居合抜きをするように。
イリヤは、とっさにステッキを振るった。脳裏には、さっき練習した通りの、攻撃の
︵もう隣に││
それは、凛との││
その時、イリヤの脳裏に嫌な過去がよぎった。遠い過去じゃない。つい昨日の夜。
!
?
80
︶
︵あ、危なかった。昨日、凛さんに同じようなやり方で気絶させられてなかったら、やら
れてた
﹂
ちょっとまっ﹂
!
撃って
︽イリヤさん
︾
!
﹂
!
はないようです︾
︽いえ、確かにランサーは速度を武器とするタイプのクラスですが、彼女はそこまで速く
﹁うわっ、すばしっこい
るが、当たらない。身体能力が強化されたイリヤを持ってしても。
イリヤは背後に回られぬよう、自らも回転し、ランサーと相対し、魔力弾を放ち続け
見据え、身をかわし、イリヤの死角へと回り込もうとする。
こちらに迫るランサーに、魔力弾を放つ。しかし、ランサーは複数の魔力弾を冷静に
﹂
﹁う、うんっ
!
飛ぶ。
いきなりこちらに丸投げしてきた凛に、イリヤは泡を食うが、そこにルビーの指示が
﹁えっ
よろしくッ
﹁やっぱり魔力弾はサーヴァントに有効のようね⋮⋮というわけで、戦闘は任せるから
安堵するイリヤであったが、まだ戦いは終わっていない。ランサーが動き出す。
!
!
!
『4:Debut──初舞台』
81
ルビーには、今回の任務の為にゼルレッチ翁が取り付けた、英霊用のセンサーがある。
近くでなら英霊の気配を感じ取ることができ、ステータスを見ることもできるのだ。
勝負は始まってから一瞬でついた。だが、どう転んでもおかしくない勝負だったとい
は執行者の方だったと︶
を飛ばしたと、報告にある。執行者の攻撃が霊核を貫いていなければ、敗北していたの
︵ただし、一撃を入れられる瞬間、カウンターで執行者にも一撃入れて、数瞬、その意識
ドにされたという。
ヴァントだ。理性を失っていたというランサーは、執行者によって、一撃で倒され、カー
ランサーは、聖杯戦争が始まるより前、時計塔の執行官によって討ち取られたサー
しょうけど︶
る。弾数に限りがある私の魔術では不利⋮⋮理性を失っていれば、私だけでも勝てたで
︵ランサーは、魔術に対する耐性は低いようだけど、予知能力に近い何らかのスキルがあ
いた凛は、この戦況は不味いと判断した。
戦場から離れて、運動会で子供を見守る母親のように、校舎の影から戦闘を見守って
キルでしょうか⋮⋮⋮︾
程度、どういった攻撃が来るか、読めているようです⋮⋮︻心眼︼や︻直感︼辺りのス
︽ランサーの速度は、せいぜいCクラス。彼女の回避能力は速度というより、事前にある
82
うことだ。
︵一瞬で勝負がついたがゆえに、ランサーの手の内は不明。しかも、理性のある彼女はか
なり頭脳的なようだし⋮⋮︶
凛は宝石を手に握り、横合いから攻撃する隙を窺う。だが、イリヤの周囲を回り、飛
びかかるタイミングを見計らっているランサーは、同時に凛に対しても注意を怠ってい
ないようだった。背中からでも隙が見つからない。
﹁ど、どうしよう﹂
ない攻撃を。イメージできますか
︾
︽砲撃タイプでは捕らえきれません。散弾に切り替えましょう。見えていても避けられ
﹂
!
?
﹂
!!
﹂
?
︽いいえ、散弾にして数を多くした分、威力は下がっていますから、おそらくはまだ⋮⋮
﹁や⋮⋮やった
うに降り注いだ。耳を打つ轟音と、凄まじい土煙があがる。
校庭の半分を覆うほどの大量の魔力弾が現れ、ランサーの頭上から、まさしく雨のよ
﹁散弾
な、激しい豪雨のイメージで。
イリヤは思い切り良く、力を解放する。降り始めてから数秒でびしょ濡れになるよう
﹁やってみる
『4:Debut──初舞台』
83
追撃を︾
ルビーがイリヤに、更なる攻撃を指示した時だった。
﹁さてお嬢さん﹂
土煙の向こう側から、ランサーの声が聞こえた。戦闘経験の無い少女は、思わず敵の
言葉に耳を貸してしまう。
﹁えっ﹂
土煙が収まり、ランサーの姿がはっきり見え始める。そして、そのランサーの姿を見
﹁クイズの時間よ﹂
﹂
て、イリヤは驚き、思考を止めてしまった。
﹁え
﹂
もがり笛のような、甲高い、空気を切り裂く音が起こる。
ヒュルルルルルルルッ
そして、イリヤが混乱している中で、
かった。
だが、イリヤの魔力弾でちぎられたわけではない。痛みを堪えるような表情ではな
ランサーの、左の手首から先が失われていた。
﹁私の左手はどこへ行ったのでしょう
?
84
?
﹁何、この音は
﹂
?
イリヤだけでなく、凛もその音の正体がわからずに困惑する。そして次の瞬間、
﹂
バシィッ
﹁キャッ
!!
﹂
︽いきなり拘束プレイですか
糸が更に締め上げられる。
﹁まだって、いつかはやるつもりなの
わ。凛⋮⋮貴女の方も、動かないように﹂
﹁死にはしないわよ。けど妙な動きするようだったら、骨の2、3本は折らせてもらう
?
!
!
﹁ぐ、っぐぐ、苦し、い、息がぁっ﹂
まあ冗談はともかく﹂
まだイリヤさんには早いですよー︾
られたイリヤは、ステッキを動かすこともできない。
そして、ランサーの右手が、イリヤの襟元を掴みあげていた。ハムのように縛りあげ
﹁チェックメイトって奴ね﹂
イと引きずられ、ランサーの側へと寄せられる。
締めつけられ、拘束されたことを理解した。そして、釣り糸にかかった魚のように、グ
イリヤの体に、鞭打たれるような衝撃が与えられた。そして、彼女は自分が細い糸で
!?
﹁いたたた
『4:Debut──初舞台』
85
﹁クッ﹂
完全にイリヤは人質に取られた。凛はランサーの言葉に表情をしかめる。
凛はランサーへの認識が間違っていた事を悟った。魔術師や暗殺者でもなければ、英
雄というものは、有り余る力を持ち、正面からその圧倒的な強さを叩き込んでくるもの
と思い込んでいたのだ。このような、策を巡らし、最小限の力で最大の効果を発揮する
ような戦法をとってくるとは、思っていなかった。
イリヤを縛る糸は、ライダーの失われた腕の付け根から伸びていた。ライダーは自ら
を糸に変え、イリヤの周囲を回りながら、糸を地面に垂らして、糸の輪による結界を張っ
ていたのだ。そして、頃合いを見てイリヤに声をかけることで隙をつくったうえで、糸
を引き絞り、輪を狭めて、イリヤを捕らえた。
罠で小鳥を捕らえるように。
そんな逸話の英雄⋮⋮いえ、糸と限定しなければ、変身・変化
状況は圧倒的に不利。けど、相手は理性があり、交渉は通じる。この状況を打開し
の術を使ったという英雄はいる。まだ判断することはできない⋮⋮それより、どうする
︵腕を⋮⋮糸に変えた
?
86
が起こった。
凛がどうにか策を捻り出そうとしていると、その場の誰も、予想していなかったこと
ないと⋮⋮︶
?
﹁│││││││ッッッ
雄叫び。
獣の、雄叫び。
﹂
鉛色の巨躯が、弾丸のような鬼気迫る速度で、ランサーとイリヤへ肉薄する。
走るだけで大地が砕け、震える。雄叫びに大気が怯え、引き千切られる。
れた。
身は裸であったが、その盛り上がった筋肉は、鋼鉄の鎧よりも遥かに強固であると思わ
大岩を乱暴に削って形にしたような、荒々しい剛腕。無造作に伸ばした黒い髪。上半
も過言ではない。その眼に理性は無く、ただ破壊をもたらす狂気だけがある。
それは、凛たちの倍ほどもある巨体の益荒男。いや、いっそ二足歩行の魔獣と言って
凛の張っていた﹃人払いの結界﹄が突き破られ、暴力が振り撒かれた。
!!!
ランサーもイリヤも、ルビーでさえも、その迫力に言葉も出ない。
﹂
!!
た。
突如乱入してきた筋肉の塊のごとき人型は、ランサーとイリヤに、斧剣を振りおろし
﹁││││ッッ
『4:Debut──初舞台』
87
バゴォッ
︽イリヤさん
大丈夫ですか
﹁うっ、ううっ⋮⋮⋮﹂
︾
ぬ、剣撃で出来てはいけないような威力であった。
も巨大な音が響く。一撃で、校庭に深く大きな穴が開いた。爆発物を使ったとしか思え
ランサーとの戦いで幾度も起こった魔術や魔力弾が起こした爆音を、全て束ねたより
!!!!!
!
大口径のマグナム弾によって撃たれると、急所を外れていても、血管を衝撃が走って
身は動かない。
ランサーの口から呻きが漏れ、どうにか体を動かそうと身を震わせる。しかし、その
﹁うぐ、ぐ、ぐ⋮⋮⋮﹂
て、ほとんどちぎれかけていた。ドクドクと血が流れ出している。
地面を見れば、そこには倒れ伏したランサーがいた。その右足の脛を深く傷つけられ
﹁あ﹂
めが消え、そして地面を転がって│││
巨人の一撃が繰り出された瞬間、イリヤは空に放り出された。体を締め付けていた戒
﹁う、うん。ど、どうしたんだっけ、確か⋮⋮﹂
ルビーの声に、イリヤは震えながらも口を開く。
!?
88
心臓にまで届き、心臓麻痺を引き起こすと言う。
足を切り裂いた攻撃は、それだけでランサーの全身に凄まじい衝撃を与え、四肢を一
﹂
時的に麻痺させていた。
﹁││││ッッッ
あった。
それでもランサーの表情に諦めはなかった。最後の最後まで足掻こうとする、覚悟が
﹁ぐ、は⋮⋮やれやれ⋮⋮⋮ね﹂
原形を残さず、芥子粒のように磨り潰されるだろう。
巨人が、再び斧剣を振り上げる。今度さきほどの一撃を繰り返されれば、ランサーは
!
それが、イリヤにも理解できた。
一瞬即発、そして、動けば奇跡でも起こらない限り、ランサーは死ぬ。
それが、ランサーの戦いの常であった。
はならない。
ない可能性であっても、勝負を投げ出す理由にはならない。諦めて、死んでいい理由に
ランサーは、敵の挙動から眼を逸らさず、反撃のチャンスを待つ。たとえ1%に満た
⋮⋮⋮こいつ相手では、全力を出しても対抗できるかわからない︶
︵いけ好かないマスターに見せたく無くて、スタンドを攻撃に使ってこなかったけれど
『4:Debut──初舞台』
89
﹁こっちに来なさいイリヤ
逃げるわよ
﹂
!
けれど、
﹂
上この場にいることは、自殺行為である。
凛が叫んでいる。そう、それが正しい。イリヤは状況を見て、理解していた。これ以
!
ゴッ
一つつかず、ただ、その視線をランサーからイリヤへと移しただけだった。
撃する。今夜放った中でも、最も強力な魔力弾であった。けれど獅子の如き面相には傷
魔力弾は、赤く光る狂眼と、鋼をも食いちぎりそうな歯の並ぶ口を備えた頭部に、直
!!
だから、ランサーが死ぬことを、見過ごすわけにはいかなかった。
それらの状況は、ランサーが自分を投げ飛ばして、助けてくれたことを意味していた。
ランサーが傷つき、倒れているということ。
自分が無傷だということ。
自分が拘束から解放されているということ。
自分が放り出されたということ。
イリヤは状況を見て、理解していた。
イリヤは全力で魔力弾を放った。
﹁││駄目ッ
!
90
﹁│││││ッッ
﹂
退避です
刈り取るように。
﹁ひ⋮⋮⋮﹂
︽イリヤさん
︾
!
!
ダメ元でカウンターを当ててみる
﹂
巨人は、ランサーとイリヤを一度に切り裂くつもりなのだ。何本もの雑草をまとめて
静止する。その構えは、振り下ろすのではなく、横一文字に薙ぎ払う構えであった。
頭上にまで振り上げられた斧剣は、ゆっくりと降ろされ、肩の位置になったところで
!!!
ドゴウッ
だが、どれもが間に合わない。
ランサーもまた、痺れる四肢を強引に動かし、身を起こしていた。
りながらイリヤへ駆けよってくる。
絶体絶命のピンチに、ルビーが流石に焦った様子で指示を出し、凛も、攻撃魔術を練
﹁早くこっちへ
!!
!
﹂
!!? !!
人も動揺したようだったが、その後の反応は素早かった。瞬時にその場から、飛び退き
魔力砲も意に介さなかった巨人の腕が傷つき、血を流す。突然の出来事に、流石の巨
嵐のような一閃が放たれんとした瞬間、その武器を握りしめた腕が爆発した。
﹁│││ッ
『4:Debut──初舞台』
91
離れる。
ドォンッ
していた。
﹂
そう、印象は全く違うが、凛に初めて会った夜、見せられたサーヴァントの絵に酷似
そしてどこか見覚えがある。
逞しくも、しなやかな筋肉。
鷹のように鋭く射抜く眼光。
赤色の外套。
白色の髪。
褐色の肌。
イリヤの強化された視力には、その姿がはっきりと見える。
人のいなくなった、無灯の校舎の屋上に、人影があった。
イリヤ、凛、ランサーも同じく見上げた。
巨人が頭上を見上げる。
﹁│││││
それは、上の方から飛来した一本の矢によって、引き起こされた爆発であった。
直後、巨人のいた場所で爆発が起こる。
!!
!?
92
﹁アーチャー⋮⋮﹂
イリヤは意図せず、そう呟いていた。
◆
﹁ちい⋮⋮⋮カスみたいな弓兵が、余計な邪魔を⋮⋮ッ﹂
学校を囲む塀の外で、魔術師イクス・オンケルは、歯ぎしりして悪態をつく。
後少しで、サーヴァントを1体始末し、カレイドステッキも手に入れられたというの
に。
レイドステッキを持ってくるのだ
﹂
﹁だが、我がバーサーカーは最強だ。バーサーカー そのアーチャーも始末し、私にカ
!
バーサーカーを維持できる。
動 的 に 魔 力 を 吸 い 取 っ て 補 充 し て く れ る の で、凛 に も 及 ば な い オ ン ケ ル の 魔 力 で も、
本来なら、バーサーカーは最も魔力供給の激しいサーヴァントであるが、カードが自
にすることができた。
最も魔力の強いカードを選んで、そのカードを媒介としたサーヴァントを、自分のもの
た。冬木の町の魔力の歪みを計測し︵正確には、時計塔が計測した図表を盗み取った︶、
この聖杯戦争の主催者であるオンケルは、最初から最強の駒を引き当てることができ
!
﹁サーヴァントを始末した後は⋮⋮あの時計塔からの魔術師を﹃強制捕虜収容所﹄に入れ
『4:Debut──初舞台』
93
てやるか⋮⋮。たっぷりかわいがってやろう⋮⋮﹂
オンケルは陰惨な笑みを浮かべて、血の染み付いた愛用の鞭を撫ぜた。
◆
﹂
!!
﹁はじめまして。私の名はアーチャーという⋮⋮と、言っている場合ではないな。提案
﹁あ、貴方﹂
アーチャーは空中で3度回転し、スタリと着地する。丁度、凛の隣に。
の葉のように吹き飛ばされる。
撃で受け止めた。それでもバーサーカーの斧剣の方が威力に勝り、アーチャーの体は木
バーサーカーが振るった斧剣を、アーチャーは重力加速によって強化された双剣の斬
﹁││││ッ
サーカーが怒気を放っていた。
翼のように両腕を広げた姿勢で、重力に従い落下する。着地位置には、巨人││バー
双剣を握り、アーチャーが夜空に跳んだ。
陽を現す、雌雄一対の片刃の剣。
アーチャーの左右の手に、虚空から中華風の剣が現れる。片方は黒、片方は白。陰と
な﹂
﹁バーサーカー⋮⋮⋮いの一番に、最強を相手にすることになるとは、彼らも運が無い
94
があるのだが⋮⋮ここは私に借りをつくらないか
すました顔で、アーチャーは凛に話しかける。
﹂
時間は稼ごう。結界の張られた学校さえ出れば、町中で追いかけることはできまいよ。
﹁私がこの場を抑える。私も死にたくはないから、数分程度だが、君らが逃げるくらいの
?
﹂
無論、いずれ借りは返してもらう。幾らで返すか、は君の自由だが、しかし君の命の値
い、いきなり何を⋮⋮﹂
段だ。安くはすまいな
﹁え
?
を、バーサーカーが叩き落としている間に、アーチャーは凛を抱えて跳躍する。
跳躍したアーチャーが、今度着地したのはイリヤの傍だった。
!
﹁見ての通り、あまり余裕はない。判断と返答は迅速にお願いする﹂
わ、私はイリヤです。た、助けてくれてありがとうございましたっ
混乱しながらも、自己紹介とお礼を言うイリヤに、アーチャーは微笑み、
﹁あ、あの
?
﹁これはこれは、どういたしまして。この場で一番礼儀正しいのは君のようだ﹂
﹂
対するアーチャーは、手にした双剣をバーサーカーに投げ放った。回転して飛ぶ剣
以上の迫力で、斧剣を振り上げる。
アーチャーと凛が話している間に、バーサーカーが走り寄ってくる。暴走する機関車
?
﹁ちょっ⋮⋮﹂
『4:Debut──初舞台』
95
それより早く降ろしなさいよ
﹂
そう言って意地悪く、凛へ、次にランサーへと、視線を向ける。
﹁うっさい
﹁まったく、助けたというのに随分な言い様だな。それで、返答は
!
﹂
﹂
﹁わかった。この借りはいずれ返すわ。けど、私が踏み倒すとは考えないの
君はそんなに誇りに欠けた人間なのかね
?
あると見透かされているようだ。
﹁⋮⋮ああもう、わかった。わかったわよ
﹁それは頼もしい。期待していよう﹂
﹂
この借りは、利子付けて返してやるわ
﹂
!
﹁逃げるわよイリヤ
﹂
!
!
あ、あの、ランサーさん
!
けた。
学校の敷地内から出るために走り出す凛に返事しつつ、イリヤはランサーへと目を向
﹁う、うん
﹂
バーサーカーに、臆することもなく斬りかかっていった。
アーチャーが頷くと、彼の手からは失われた中華剣が再度出現する。そして、鉛色の
!
逆に問い返され、凛は渋面をつくる。凛というより人間が、借りっ放しを嫌う人間で
﹁ほう
?
?
顔を赤くしながら答えた。
アーチャーが手を離し、凛を解放すると、凛は怒りか羞恥か、あるいは両方の理由で
?
!
96
助けてくれてありがとうございましたっ
﹂
ランサーは、バーサーカーに斬られた脛を、糸で縫い合わせて繋ぎ、何とか立ち上がっ
ていた。
﹁貴女も
!
﹁イリヤー
早く
﹂
﹂
!
眼で追うことも敵わぬ速さで、二つの人型は激突していた。
サーカーの猛攻を、アーチャーは巧みに受け流し、紙一重で受け止めている。常人では
そこでは、まさに神話の如き戦いが展開されていた。一撃一撃が、兵器のようなバー
サーカーと戦うアーチャーを一度見る。
後ろ姿を見送っていたイリヤは凛に急かされ、自らも駆け出した。後ろ目で、バー
﹁はーい
!
痛を超えているのだろう。
動きは、足に深い傷を負っているとは思えない動きだった。精神の強靭さが、肉体的苦
照れ臭そうにそっぽを向き、ランサーは凛の走る方向とは別方向に走り出した。その
忘れないことね﹂
﹁⋮⋮⋮こっちも助けてもらったから、お互い様よ。けど、次はまた敵同士だってこと、
!
!!
イリヤはようやく自分の置かれている状況を認識した。
︵あれが、サーヴァントの、英霊同士の戦い⋮⋮私が、挑む戦い⋮⋮⋮︶
『4:Debut──初舞台』
97
死と隣り合わせの世界。
けど、それでも、
⋮⋮To Be Continued
憧れていただけだったものが、形になって見えてきていたから。
イリヤスフィールは、まだ、魔法少女をやめるつもりはなかった。
てくる︶
︵あの人も敵なんだ。敵なんだけど⋮⋮なんだろう。あの姿を思い出すと、勇気が湧い
それでもなお、その魂は、立ち向かっていた。
いた。
バーサーカーという巨大すぎる暴力を前に、倒れ伏しながら、それでもなお、抗って
︵同じ、死ぬかもしれない所にいても、あのランサーさんは⋮⋮︶
98
﹃5:Escape││逃走﹄
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
遠坂家は、遠坂永人を初代当主とする魔術の名家である。現在の当主は遠坂凛で、初
代から数えて6代目にあたる。
日本の冬木の地の霊脈を管理する、セカンド・オーナーの一族。︻魔道元帥︼キシュア・
ゼルレッチ・シュバインオーグから魔術の教えを授けられた。代々、宝石魔術を得意と
する。
1790年頃から、アインツベルン家、マキリ家と協力し、魔術儀式﹃聖杯戦争﹄を
構築した。その際、冬木の霊地を、儀式場として提供している。
加したが、敗退。その後、娘である凛に家督を譲り、現在は隠居の身として、冬木の町
である5代目継承者、遠坂時臣は、造り直された聖杯戦争に、弟子の言峰綺礼と共に参
に、半世紀をかけて冬木の町に聖杯を再構築することに尽力する。1990年代、先代
﹃冬木の大聖杯﹄は、第3次聖杯戦争の混乱の中で失われたが、遠坂家は他の御三家と共
『5:Escape──逃走』
99
からも離れて生活している。
1990年代の聖杯戦争で時臣が召喚したサーヴァントは、セイバーであったと記録
されている。セイバーでありながら、剣を使わなかったというが、詳細は不明。
なお、遠坂家には、困った性質が遺伝している。俗な言い方をすれば、それは﹃うっ
かり﹄であり、致命的なタイミングで発動してしまうことが多い。
◆
一匹のコウモリが、夜の学校を見つめていた。
校庭の真ん中で行われている、二体のサーヴァントの激戦を。
一撃一撃が兵器級の威力を炸裂させる、鉛色の巨人。
洗練された双剣を操る、褐色の青年。
この数日間で、幾度も見た超常現象。
︶
幾度見てもその光景に戦慄し、そして、自らを省みて屈辱を噛み締める。
︵なぜ、僕のランサーだけこうも弱い
︵だがその弱いサーヴァントを使うしかない。優勝は望めないが、あのカレイドステッ
してきたサーヴァントに一撃で倒される始末。
カレイドステッキを持つ少女を捕らえた時は、ようやく役に立ったかと思えば、乱入
!
100
︶
キが持ち込まれたのは最大の幸運││他のサーヴァントとの戦闘中にでも、あのステッ
キを奪って離脱すれば、今までかけた苦労に見合う収穫だ
﹁カ、ハァッ⋮⋮
◆
﹂
かびはしなかった。
ランサーのマスターの脳裏には、呼び出されたランサーの想いや願いなどは欠片も浮
!
た。
滝のように流れる汗に、蒼白となった顔。発作の起こった病人と見紛う様子であっ
オンケルは左胸を抑えて、その場に座り込む。激しい動悸と息切れ。
!
ミスター﹂
?
ケルの限界を、超えかけていた。
り、元々が大英雄だ。消費される魔力量は、どうにか一流と呼べる程度の力であるオン
らの魔力供給が必要となる。まして、バーサーカーは最も魔力消費の激しいクラスであ
いかにカードのおかげで魔力を節約できているとはいえ、激しく動かせばマスターか
﹁く、うッ⋮⋮少し、バーサーカーを暴れさせ過ぎたか⋮⋮⋮﹂
で細身のシルエットの美女である。
痙攣さえ起こしているオンケルに、声をかける女性がいた。バイクに跨る、しなやか
﹁大丈夫なの
『5:Escape──逃走』
101
﹁私を運べ⋮⋮早く本拠地に戻らねば、このようなところを襲撃されたら⋮⋮﹂
心なしか、口の中が疼くような感覚に悩まされながら、彼女はオンケルの本拠地にバ
ね︶
︵あ の 手 を 糸 に 変 え て い た 女 の サ ー ヴ ァ ン ト ⋮⋮⋮ ど こ か で 見 た よ う な 気 が す る の よ
さきほどの校庭での戦闘を思い返し、彼女は首を捻る。
よっては金目の物を適当に頂いて逃げ出すべきかしら⋮⋮⋮。それにしても︶
︵け ど こ の お っ さ ん、ど う も 勝 負 運 に 恵 ま れ て い る よ う に は 見 え な い の よ ね。場 合 に
うがどうでもいい。ただ、給料の後払い分が払われないようなことにならなければ。
彼女にとって、オンケルの野望が達成されようがされまいが、最終的に彼がどうなろ
るのだけど︶
︵しかし⋮⋮この調子で勝ち残れるのかしらね。ちゃんと報酬を払ってもらわないと困
ジンをかけた。バイクが音を立てて走り出す。
オンケルがサイドカーに倒れ込むようにして乗ったのを確認し、女性はバイクのエン
方民族の仮面のような顔がついていた。
カーの形は良く見られる普通のものだったが、ただ一つ特徴的なことに、前面には、南
女性が言った途端、バイクの脇が飴のように変形し、サイドカーが生える。サイド
﹁わかったわ。じゃあ、今サイドカーをつくるから﹂
102
イクを走らせるのだった。
│││その後を追跡する、影の存在には気付くことなく。
◆
学校から遠く離れた路地裏で、どうにか逃げ延びた遠坂凛は塀に背を持たれ、荒い息
﹁はぁ、はぁ、こ、ここまで来れば安全でしょ﹂
をつく。
イリヤの方は疲れ果てて、声も無く、地面に座り込んでいた。
﹁しっかし散々だったわねー、ちょっと甘く見ていたわ﹂
今夜の戦闘を振りかえり、凛は顔をしかめる。
ランサーには捕まり、バーサーカーには手も足も出ず、アーチャーには借りをつくる。
正直、いい所が全くない夜だった。
しょう﹂
?
﹁作戦はこれから考えるけど、まず貴方は魔力弾の精密性を上げられるよう訓練を⋮⋮﹂
ようやく声を出したイリヤに、凛は答える。
﹁ううう⋮⋮⋮前向きに、ね。それはいいけど、どうするの
﹂
﹁け ど、サ ー ヴ ァ ン ト 3 体 の 情 報 を 得 る こ と が で き た わ。物 事 は プ ラ ス 思 考 で い き ま
『5:Escape──逃走』
103
バジュッ
!!
﹂
﹂
凛が指示する途中、闇を切り裂いて、一条の光弾が放たれた。
﹁へ
﹁ちっ
?
ガンド
!!
﹁魔弾⋮⋮⋮これはひょっとして﹂
おーっほっほっほっほっほ
!!
み寄ってくる。
﹂
無様な負け戦でしたわねぇ、遠坂凛
!!
手助けでどうにか命を拾う⋮⋮⋮いいトコ丸っきり無しの、とんだ道化ですわね遠坂凛
﹁相手の思惑に見事にひっかかり、成す術を知らず、乱入者にも手も足も出ず、横からの
!!
﹁やっぱあんたか、ルヴィア
﹁ほーっほっほっほ
!!
白手袋をはめた手を凛に向け、人差し指を突きつける。
﹂
こいくらいにロールした金髪を揺らし、反り返りそうなほどに胸を張って、こちらに歩
暗い路地裏が輝くような、奇妙なほどに派手な存在感を持つ女性がそこにいた。しつ
が響き渡った。
酷く嫌な予感がした凛の表情が引きつる。その予感は的中し、周囲に高らかな笑い声
﹁おーっほっほっほっほっほ
﹂
驚くばかりのイリヤに代わり、凛が動いた。瞬時に簡易の障壁を張り、光弾を防ぐ。
!!
104
﹂
﹁やっかましいーーーッ
﹂
﹁ホウッ レ、レディの延髄によくもマジ蹴りを
﹂
これだから知性の足りない野蛮
!!
!!
!
かいきなりガンドしかけてきた奴が文句言える立場かーッ
﹂
﹁なにを偉そうに 最初っから見てたんだったら手伝うくらいしなさいよッ つー
アは怒りに顔を赤く染めて拳を放つ。
常人相手ならかなり危険な攻撃をくらっても、大したダメージも感じさせず、ルヴィ
人はーッ
!! !?
嘲笑するルヴィアの首に向けて、凛は怒りの回し蹴りを叩き込んだ。
!!
!
!!
﹂
!!
!
﹁ち⋮⋮⋮この私が攻めきれないとは⋮⋮生意気にも攻撃の精度が上がってきてますわ
人は同時に飛び退いて動きを止める。
やがて、互いの拳が互いの顔面へと炸裂する、クロスカウンターの状態になった後、二
げられ、その迫力に、イリヤは声をかけることもできなかった。
凛もまた眼にも止まらぬ速度で拳を繰り出す。無数の拳︵ラッシュ︶の応酬が繰り広
ゴガガガガガガガガッ
よ
﹁ちょっとした挨拶代わりに、心の狭いことを言うものですわね 器が小さいですわ
『5:Escape──逃走』
105
ね、貴女﹂
﹂
!
﹂
?
魔力は感じないし、呪いの類じゃなさそうだけど﹂
?
﹂
イレギュラーはありましたが、最後に勝つのは私ですわ。覚悟しておく
ことですわね遠坂凛
!
そう言い捨てて、きびすを返し、ルヴィアは夜の町へ消えて行った。
!!
﹁とにかく
そしてルヴィアはまたも、ビシリと凛に人差し指を突きつけ、
すからね。新しくつくったんですの﹂
ことですから、教えておきますわ。貴女はこの町に実家がありますけど、私にはないで
﹁ゲスの勘繰りはおやめなさいな。私のこの町での住所ですわ。一応は協力関係という
﹁何よコレ
紙片を取り出し、凛の方へ投げる。回転して飛ぶ紙片を、凛は素早く掴み取った。
呆然とするイリヤをよそに、ルヴィアは口元を伝う血を拭うと、一枚の折り畳まれた
︽大体いつもこんな感じですよ︾
﹁仲が悪い⋮⋮ってレベルじゃないね。なんなのコレ
︽おーい、そこの魔術師のお二人、肉体言語で語り合わないでください︾
互いに顔を赤く腫らし、切れた唇から血を垂らして、二人は睨みあい、火花を散らす。
策はある⋮⋮
﹁単純なタックルがいつまでも通用するとは思わないことね。来るとわかってれば対応
106
『5:Escape──逃走』
107
◆
紫のローブを羽織り、顔も見えないくらいに深く頭巾を被った人影が、地下深くにて、
その技量を振るっていた。
楽団の指揮者が指揮棒を振るように腕を振るえば、周囲の魔力が集結し、物質が構成
される。見る見るうちに土の地面が舗装され、大理石の壁によって空間が区切られる。
指を鳴らすたびに、一度に複数の﹃骸骨の兵士﹄が生み出され、滑らかに動き、陣地
内の警備を開始する。
随所に魔術による仕掛けも施され、快適さと堅牢さを両立させた﹃工房﹄が完成して
いく。
超一流の魔術師であっても一日以上かかるものを、一時間程度で行うその神業は、ま
さしく﹃神代の魔女﹄の力であった。
そうして造り上げられる﹃工房﹄の中央にある台座、その上には、冬木の地図と、地
図を取り囲む六つの水晶球が置かれていた。精緻な地図には、町の要所、龍脈や霊地の
詳細、参加者たちの現在位置までが記載されていた。
地図を囲む水晶球は、それぞれを線で結ぶと、正六角形になるように配置され、一つ
一つに、遠く離れた場所の風景が映っていた。その中には、遠坂凛の屋敷や、イリヤの
家さえも映し出されている。重要地点監視のための装置なのだろう。
その内の一つに映し出された場所。
そこは、﹃冬木市民会館﹄。
10年前に建築され、現在に至るまで大いに利用されている施設。
10年前に起こった聖杯戦争の中でも災禍を被らず、無傷で済んだ土地。
冬木新都開発のシンボルとされた建築物があるそここそは、この冬木でも五指に入
る、大霊地の一つであった。
◆
午前1時、人通りは絶え、自動車もほとんど通らなくなった夜の町を、1台のサイド
カー付きのバイクが走っていく。
そのバイクの背後を見つめる者がいた。
手にはステッキ。青を基調とした、蝶を思わせる衣服をまとう、黒髪の少女。
しかし、ただの少女ではないのは、走るバイクを追って走り、家々の屋根から屋根へ
と飛び移っていく姿を見れば、誰でもわかるというものだ。
に乗っていたオンケルがゆっくりと降りる。いまだに、魔力の消耗による疲労が残って
その言葉通り、バイクは新都の外れにある、一軒の住宅の前で停止した。サイドカー
電信柱の真上に立ち、少女が呟く。
﹁⋮⋮⋮止まった﹂
108
いることが、その動きの悪さから知ることができた。
バイクに乗っていた女性が、ガレージにバイクを運びいれた後、サイドカーがグニャ
リと歪み、折り畳まれるかのように小さくなって消え失せた。
︾
イクス・オンケルは戦闘困難の状態のようですが、仕掛けま
そして、二人はドアを開け、屋内へ入っていった。
すか
︽どうします、マスター
?
◆
憶し、その場を立ち去った。
少女はステッキ││サファイアと会話すると、オンケルが運び込まれた家の位置を記
アさんに報告する﹂
女性の力も未知数。彼女もマスターかもしれない。一人で攻め込むのは危険。ルヴィ
﹁いいえ、無理をすればサーヴァントは使えると思う。それに、オンケルを運んでいった
?
︵似た者同士のような気が⋮⋮⋮︶
いまだに怒り収まらぬ様子の凛を横目で見ながら、イリヤは思う。
﹁カード回収任務を勝負とはき違えているわ﹂
苦虫を噛み潰したような顔で、凛は愚痴を吐き捨てる。
﹁ったく、あの馬鹿は⋮⋮⋮﹂
『5:Escape──逃走』
109
﹁ねえ、あんた今、何か考えてない
た。
﹂
﹁そ、そんなことないよ
方じゃないの
﹂
それにしても、嵐みたいな人だったね⋮⋮⋮あの人って、味
肉食獣のような視線が向けられ、イリヤは凛の勘の良さに恐怖しながら慌てて否定し
?
﹂
?
?
これまでの話題には無かった単語に、イリヤは首を傾げる。
﹁サファイア
なかったですし︾
︽そう言えば、サファイアちゃんはどうしたんでしょうね ルヴィアさんは持ってい
その横で羽ばたいていたルビーが、思い出したように声をあげる。
ムムムと唸るイリヤ。
﹁ライバルキャラってことだね﹂
とりあえず、今は対抗馬⋮⋮ってとこかしら﹂
﹁ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。私と共に、カード回収の任務を帯びた魔術師。
てはまる言葉を探す。
味方だとは認めたくないらしく、凛は天を仰ぎ、下あごに手を当てて、ルヴィアに当
﹁本来はそのはずだったんだけど﹂
?
!
110
﹁ルビー、あんた話していなかったの
﹂
サファイアとやらが、どのようなステッキであれ、イリヤが願うことはただ一つ。
イリヤは、ふーんと曖昧な頷きを返す。
遠い目をする︵無論、目など無いのでそんな雰囲気が感じられるだけだが︶ルビーに、
探しにいったのですが、今どうしているのか︾
の能力を持っているのですが、私ともども、マスター契約を破棄し、新たなマスターを
︽サファイアちゃんは私の姉妹にあたる、もう一本のカレイドステッキです。私と同様
ルビーはテヘと笑って、説明する。
︽あはー、お恥ずかしい。ついうっかりと︾
?
も弱体化しているとはいえ、情けないことだな。もう1分も戦いが長引いていたら、危
﹁威力の大半を受け流していたはずなのに、この衝撃、このダメージ⋮⋮⋮いくら我が身
い痛みに震えていた。
赤い弓兵は、己の両手を眺める。実戦的に鍛えられた力強い手は、今、ビリビリと鈍
﹁ふう⋮⋮⋮どうにか凌いだか﹂
◆
それだけだった。
︵ルビーよりは大人しい性格だといいなぁ︶
『5:Escape──逃走』
111
ないところだった﹂
イリヤと凛が脱出した後、バーサーカーとの戦場から撤退したアーチャーは、学校か
ら数キロ離れたホテルの屋上にたたずんでいた。
そして、イリヤスフィールにとっての初陣が終わった、次の日、
◆
な。あの﹃マスター﹄は﹂
﹁ともかく、まずは﹃マスター﹄に報告するか⋮⋮⋮大人しくしては⋮⋮いないだろうが
思わず渋い顔になってしまうアーチャーだが、首を振って嫌な考えを振り払う。
彼女たちに⋮⋮いやしかし、あのステッキに関わらせるのは⋮⋮⋮﹂
﹁カードの力で、周囲の魔力を吸収して現界を保ち続け、暴走するのか⋮⋮。その場合、
なるのか、それはわからない。そのままサーヴァントも消滅するのか、それとも、
る。カードを核として召喚されたサーヴァントの場合、マスターが死んだらその後どう
しかし、これは通常の聖杯戦争ではなく、カードを利用した前代未聞の聖杯戦争であ
士の戦いで勝てないならば、燃料タンクであるマスターを討つのが普通だ。
マスターの魔力供給なしに、サーヴァントは存在できない。ゆえに、サーヴァント同
うのが定番だが⋮⋮﹂
﹁あのバーサーカー相手では、まず勝ち目は無いな。本来の聖杯戦争なら、マスターを狙
112
﹁はーい、みなさん﹂
イリヤたちの教室、5年1組で、担任である藤村大河が、明るい笑顔で声をあげる。
女教師が、黒板にその名を書きながら、自身の左側に立つ少女を紹介した。
﹁みんな仲良くしてあげてねー。転校生のー﹂
漆黒の髪。優れた陶器のように硬質で、整った顔︵かんばせ︶。見開かれながら、何も
映し出していないかのような虚無的な双眸。
み
ゆ
少女は名乗る。
⋮⋮To Be Continued
かくてまた一つ、運命が出会う。
﹁美遊・エーデルフェルトです﹂
『5:Escape──逃走』
113
﹃6:Fate││運命﹄
ひとつは﹃彷徨海﹄。北大西洋を彷徨う巨大な山脈そのものであり、
﹃移動石柩﹄とも
この﹃アトラス院﹄に所属していたか、ともかく何かの関係を持っていたようだ。
DIOの部下であった、
﹃プタハ神﹄の暗示のスタンド使い、
﹃書記アニ﹄を名乗る男は、
ている為、詳細は不明。この﹃アトラス院﹄はDIOと協力関係を結んでいたとされる。
穴蔵﹄という。錬金術師たちが集う研究組織であるが、徹底的なまでの秘密主義を貫い
ひとつは﹃アトラス院﹄。エジプトのアトラス山脈にある部門で、またの名を﹃巨人の
我々は彼らと幾つかの細いルートをもって、繋がっている。
館内部に存在する。西暦元年に創立され、魔術における最新の研究機関である。現在、
ひとつは﹃時計塔﹄。現在の協会本部とされる部門で、イギリスのロンドン、大英博物
魔術協会はおおまかに3つの部門に分けることができ、これを三大部門と呼ぶ。
魔術師の世界には、魔術師の互助会である魔術協会が存在している。
︻SPW財団最高機密書類より抜粋︼
114
称される。﹃神代の魔術を至高、西暦以降の魔術など児戯﹄という考えの為、魔術の更な
る 発 展 な ど は 望 ん で い な い と さ れ る。彼 ら の 情 報 は、他 の 二 つ よ り も 更 に 少 な い が、
我々が、
﹃柱の男﹄が残したと思われる遺跡を調査していた際、
﹃彷徨海﹄の魔術師を名
乗る者と接触したことがある。
◆
冬木の一角に、結界が張られていた。
一般人が、無意識のうちにその場所にいくことを、避けるようにされたそこは、まさ
しく異界。
気配も無く動くは、白い髑髏の仮面を被った、幽鬼の群れ。
その人外の中央に座すは、汚れた流血の気配をまとう、魔女が一人。
魔女は、眼鏡の向こう側から、蛇のような妖しい視線を、己が下僕たちへと向ける。正
確に言えば、その視線の先にあるのは、彼女の周囲を囲む黒い影たちではなく、彼らの
もたらす情報から窺い知れる、獲物に対して向けられたものであった。
いかに料理し、味わうかを吟味している、捕食者の眼差し。
﹁ふぅん⋮⋮ステッキの所有者の少女ねぇ。経験はまるで無いのに、これから大変だこ
『6:Fate──運命』
115
と﹂
影の一体が発見した情報は、魔女を有利にするものだった。
何せ、魔法のアイテムの所有者が、才能豊かな魔術師から、平和な国でのんびりと過
ごしていた、ごく普通の少女の手に渡ったのだ。蛇がハムスターを相手にするより容易
い相手である。
イリヤは背中からの強い視線を感じ、心臓の鼓動を高鳴らせていた。無論、その高鳴
◆
黒魔術の魔女の、性︵さが︶のままに。
求めるものは、流血と生贄。
欲するものは、苦痛と悲鳴。
魔女は気だるげに立ち上がる。
にいきましょうか﹂
ろうじて、かしら⋮⋮⋮こんな任務は、さっさと終わらせてしまわないとねぇ。真面目
﹁マスターもサーヴァントも、私の趣味とは外れたのばかり。ランサーのマスターがか
無茶な望みを口にし、つまらなそうにため息をつく。
けど、どうせなら少年ならいいのに⋮⋮⋮﹂
﹁けど少女じゃ、私の趣味じゃないのよね。仕事と趣味は一線を引くのが私のやり方だ
116
︶
りは喜びや恋情によるものではなく、畏れとまで言っては言い過ぎだが、不安ゆえのも
のだ。
このプレッシャーは何
!?
関係が
︶
︵昨日の金髪ロールの人も、エーデルフェルト⋮⋮って言ったよね。ひょっとして、何か
今は、窓際の一番後ろ、イリヤスフィールのすぐ後ろの席に座っていた。
突然の転校生。物静かな黒髪の美少女。
視線の主は、美遊・エーデルフェルト。
︵な、なんか見られてる
!?
まっている。
アニメや漫画では、こういう突然の転校生は、何かしら秘密を抱えていると相場が決
?
難シイカ﹂
﹁ナルホド⋮⋮ソチラノ事情ハワカッタ。バーサーカーハ、強力デアルガ、ヤハリ使用ガ
◆
ら。
とにかく今は、休み時間になるのを待つことにした。背中に刺さる視線に耐えなが
︵そっと、聞いてみるしかないか⋮⋮︶
『6:Fate──運命』
117
薄暗い空間で、漆黒のローブをまとった人物が、ここにはいない人間と話していた。
見たところ、電話などの通信機の類はない。しかし、間違いなく、黒い人物の機械的
な甲高い声は、相手へと伝わっていた。
黒いローブの人物も、その相手も、魔術をたしなんでいるがゆえに、この程度は造作
も無いことである。
れていた。
かつら
み
み
はじめまして。 桂 美々です﹂
をヘアピンで整えた、可愛らしい少女。美々がまず自己紹介をする。
比較的おとなしく常識人であり、だからこそ苦労と涙の絶えない、セミロングの黒髪
﹁えっと、美遊ちゃん
?
休み時間になると、イリヤが話しかけるよりも前に、美遊は、複数の少女たちに囲ま
◆
の背後には、黒い鎧と剣を身につけた女が、感情を感じさせない様子で立っていた。
そうやって、今と、これからのことについて話を続ける、肌の露出の無い黒衣の人物
スコトヲ約束シヨウ。ソウイウ契約ダカラナ﹂
﹁ワカッタ。アア、仮ニ私ノ方ガ、ソノ少女ヲ仕留メタトシテモ、ステッキハソチラニ渡
そして、カレイドステッキと、その使い手の少女についての情報を聞き、
﹁ヨカロウ。幾ツカ拠点ハ用意シテアル。場合ニヨッテハ、ソコヘ移ルトイイ﹂
118
くりはら
すずか
﹁私は栗原 雀花。んで、こっちはタツコだ。ほらタツコ、挨拶﹂
次に話しかけた雀花は、眼鏡をかけ、可愛いというよりは美人といえる、スマートな
輪郭の少女である。眼鏡をかけて知的なイメージが見られるが、実際のところ学力は相
﹂
当に低い。頭が悪いわけではないが、授業に興味が無いため、成績は全くよろしくない
のだ。
?
性ゆえ、離れて見ているだけである。
もりやま
な
な
き
たつこ
普段ならイリヤも参加しているところだが、人前で話しては不味そうな裏がある可能
る。
くっていた。転校生登場と言うことで、早速仲良くなろうと話しかけてきたようであ
この4人は、イリヤと特に仲がいいグループで、いつもイリヤを含めた五人組をつ
奈亀が龍子を押しやりながら、笑いかける。
ふにゃりと気の抜けたような、どことなく掴みどころのない印象を漂わせる少女。那
﹁ごめん。コレは気にしないで。ちなみに私は森山 那奈亀だよー﹂
そして最後に、
した少女。ドラゴン並みの体力と、爬虫類並みの頭脳を誇る、嶽間沢 龍子である。
がくまざわ
これはないと万人が思うであろう挑戦を投げかけたのは、左右の側頭部で髪を団子に
﹁おい転校生。尻小玉賭けて相撲しねえか
『6:Fate──運命』
119
︽さっそく囲まれてますねぇ︾
﹂
?
録されています。従って、正体がわかれば調査をして、その英雄の長所や短所がわかる
︽つまり、英霊の正体としての名前ですねー。英雄は、伝説や神話、歴史にその存在が記
﹁真名
︽はい。しかし、今のところまだどのサーヴァントも、真名はわかりませんねー︾
﹁あれが皆、英霊なんだね﹂
赤い衣服と褐色の肌、双剣を振るい、矢を放つ青年。アーチャー。
馬鹿馬鹿しいほどの戦闘力を吹き荒れさせる、鉛色の巨漢。バーサーカー。
肉体を糸状に解すことができ、相当に知恵も回る女性。ランサー。
﹁うん⋮⋮⋮みんな、凄かったね﹂
︽昨日、遭遇したサーヴァントは3体。ランサー、バーサーカー、アーチャーですね︾
る。
ルビーが他の生徒や教師に見つからないよう、窓の外をヒラヒラ飛びながら話し始め
︽せっかくなので、昨日に得た情報を少しまとめましょうか︾
した。
イリヤは諦め、話しかけられる状態になるまで、廊下の窓に寄り掛かり、待つことに
﹁色々聞きたいことがあったけど⋮⋮これじゃ無理だね﹂
120
わけです。ケルトの英雄クーフー・リンなら、必ず当たる槍を投げる。ギリシャ最速の
英雄アキレウスなら、踵が弱点。そんな具合ですねー︾
だから、マスターたちはサーヴァントを本当の名前ではなく、クラスで呼ぶのである。
﹁そっか、昨日は手も足も出なかったけど、正体がわかれば﹂
そう話していると、背後を誰かが通る気配がして、振り向くと、先ほどまでクラスメ
︽少しは有利に戦えるようになるかもしれませんねー︾
イトに囲まれていた美遊がいた。
﹂
名前を呼んで話しかけようとしたイリヤだったが、美遊は何の反応もせずに歩き去っ
﹁あ、美遊ちゃ﹂
ていった。
?
?
ていた。
﹁ど、どうしたのみんな
﹂
イリヤが見ると、教室の戸から、イリヤと仲のいい4人が顔を覗かせ、美遊を観察し
その呟きに応えるように、美々が言った。
﹁うーん、なかなか気難しい人みたい﹂
気まずげに汗を流し、イリヤが呟く。
﹁なんか⋮⋮声をかけづらい雰囲気
『6:Fate──運命』
121
﹁やー、美遊ちゃんにフラれちゃって⋮⋮美遊ちゃんとお話しようと思って、みんなで
色々質問とかしてたんだけどね⋮⋮⋮﹂
美々が頭を掻き、苦笑しながら説明する。そして龍子が話に混ざり、
を出ていっちゃったんだよ﹂
最後に雀花がまとめた。
﹁わあ⋮⋮⋮﹂
ちょっと新鮮
﹂
!
イリヤはそう言うことしかできなかった。
﹂
﹂
﹁ああいうクールキャラは今までクラスにいなかったな
﹁苗字とか凄いし、お嬢様系
実物初めて見たぜ
﹁とりあえず美人さんだよね∼﹂
﹁あれが噂のツンデレなのか
﹁ウチのクラスは平和でいいねー⋮⋮﹂
龍子、雀花、那奈亀は、美遊のつれない態度にも負けず、盛り上がる。
﹁頑張ってフラグ探そうか∼﹂
﹁そうね、ああいうのに限って一度落とせば尽くしてくれるのよ﹂
!
?
!?
!
﹁そして、しばらくしたら急に立ち上がって⋮⋮﹃少し、うるさいね﹄って言って、教室
﹁なんかキョトンとした感じで何も答えてくれなくてさー﹂
122
﹁ほんとだね⋮⋮﹂
イリヤは、この4人の中では比較的に常識人の美々と二人、生温かい視線で、3人を
眺めていた。
◆
穂群原学園高等部のグラウンドでは、今日も元気に生徒が汗を流していた。
あれだけ大穴を開けた校庭の修復など、そう簡単なことではない。よほど強力な術者
る。そう考えると、オンケルの協力者であると推測される。
とを嫌ったのだ。その存在は聖杯戦争が継続することを望んでいるということに繋が
ることを嫌ったということだ。つまり、騒ぎになることで、聖杯戦争に支障をきたすこ
見えざる何者かが存在する。隠蔽したということは、一般人の目に触れ、騒ぎが起こ
まで大規模な人材派遣を行っていない。
る。イクス・オンケルにはそこまでの力は無い。魔術協会や聖堂教会は、この件にそこ
明らかな隠蔽である。この異常事態に介入し、隠蔽する実力を持っている者が存在す
ていた。
昨夜、戦場となり、大穴を開けられていた高等部の校庭は、朝日が昇る前に修復され
凛は、誰にも見えない木陰で、誰にも聞こえない呟きを洩らしていた。
﹁これは⋮⋮安心したいところだけど、それだけじゃすまないわよね﹂
『6:Fate──運命』
123
が行うか、多くの人手を使うかしなければ、一夜で直しきることは不可能だ。どちらに
せよ、敵対すると危険なことになる。
人の方︶
︵けれど、サイコは所詮小物⋮⋮こんな隠蔽を行う能力も組織力もない。問題はもう一
い。
オンケルと同時期に、日本に入国しているらしいが、その後の足取りはつかめていな
る物品の管理を職務としており、カードを盗み出す協力者としては、格好の相手である。
低い。筋肉質な大男で、
﹃鎖﹄の形をした魔術礼装を所有している。時計塔が秘蔵してい
一人はサイコ・ウェストドアー。時計塔所属の魔術師であるが、魔術師としての位は
︵オンケルと親交があり、この事件に関わっているとみられる魔術師は二人⋮⋮︶
力者がいると見た方がいい。
カードを盗んだのは、オンケルである可能性が高いが、彼一人では力不足である。協
しかし、この2枚のカードは盗み出され、この冬木の地に舞い戻っている。
ンサーである。
この聖杯戦争が始まる前、時計塔はカードを2枚、手に入れていた。アーチャーとラ
遠坂凛は、魔術協会から与えられた資料の内容を、記憶の中から引っ張り出す。
︵そもそもの始まりとなったカードの存在にも、その何者かが関わっているかも⋮⋮⋮︶
124
問題のもう一人とは、オンケルが時計塔の外で接触していた相手。
全身を黒い衣装で包み、その顔も年齢も性別も、はっきりしたことはわからぬ相手。
知られた名前すらも、組織の人間としてのコードネームである。
わかるのは、その相手がとある組織││三つの魔術協会や、教会とも異なる、独自の
魔術的な秘密組織の、エージェントであるということだけ。
エージェントの名は﹃ミセス・ウィンチェスター﹄。
秘密組織の名は﹃ドレス﹄である。
◆
二時間目││算数
黒板の前に立つ美遊が、チョークを走らせる音が響く。
﹁いや、あのー、美遊ちゃん
﹂
﹁よってこの場合の面積比は、4倍。と、なります﹂
淡々とした説明を口にするが、クラスメイトの誰も、その説明を理解できてはいない。
⋮⋮﹂
等 し い。こ の こ と か ら 外 接 半 径 と 内 接 半 径 の 比 は c o s︵π / n︶と な り、面 積 比 は
﹁│││図より、外接半径と線分OBの比は、cos︵π/n︶。内接半径は線分OBに
『6:Fate──運命』
125
?
出された結論に、教師・藤村大河は恐る恐るという仕草で話しかける。
﹂
なくていいの
﹁
◆
﹂
﹂
﹂
褐色の肌の男が、紅茶を口にしながら、対面に座る女性へ話しかける
﹁さて、美遊は学校生活に馴染めているだろうか
﹂
︵なんだかよくわからないけれど⋮⋮学力は凄いらしい︶
全く内容が理解できない生徒たちに混じりながら、イリヤは思う。
文句あるのかコラァーッ
心にゆとりを持ちなさい 円周率はおよそ3よ
くれ﹄は通じない
﹁もっとゆとりを
!
きょとんとした顔の美遊に、先生は力説する。
﹁いやそんな不思議そうな顔されても
!
!
もう大活躍の大人気に違いありませんわ﹂
﹁仮にも、この私がエーデルフェルトの名を名乗ることを、許した娘ですわよ
!
!
?
品を感じる姿は、さすがに名と血筋を誇るだけのことはある。
それは
ルヴィアがクッキーをつまみ、口に運びながら答える。お菓子を食べる仕草にさえ気
?
!! !
?
﹃4つにして
﹁この問題はそんな難しく考える必要はなくて⋮⋮cosとかnとかを使って一般化し
126
﹁ふむ⋮⋮確かに彼女は、私の目から見ても優秀だと思うが、集団の中での生活と言うの
はそれだけでは⋮⋮いや、ここで心配していても仕方が無いな。美遊が帰ってきてか
﹂
ら、直接様子を聞いてみよう。話を変えるが、昨夜、美遊が突き止めたオンケルの本拠
地、叩くのかね
﹂
?
聞きたいことは山ほどある。
協力者であるサイコや、秘密組織﹃ドレス﹄の情報。
まだ凛やルヴィアが手に入れていない、サーヴァントやマスターに関する情報。
引き出すことはできるでしょうし﹂
だけで消えるとはかぎりませんが、オンケルからこの聖杯戦争における、多くの情報を
するのは難しくないでしょう。カードで具現化したサーヴァントが、マスターを倒した
る魔力も大きいようです。バーサーカーを倒せずとも、消耗したマスターを打破・捕縛
﹁本拠地に戻ったオンケルの様子からして、サーヴァントが強力であるために必要とす
﹁敵のバーサーカーは相当に強力であるが
足手まといにならない程度には、働いてもらいますわ﹂
﹁ええ、今夜にでも出ますわ。一応、遠坂凛の家にも使い魔で連絡は入れておきました。
ルヴィアは当然だと、胸を張って頷いた。
?
﹁すると、私も協力者に報告しておくべきだろうな﹂
『6:Fate──運命』
127
褐色の戦士は、自分に支援してくれている人物の姿を思い浮かべて呟いた。この戦場
となった町で、戦いには参加できないが、力を貸してくれる相手だ。
﹁自由すぎるわ つーかキュビズムは小学校の範囲外よ 子供らしく漫画のキャラ
た﹂
﹁自由に描けとのことでしたので、形態を解体して単一焦点による遠近法を放棄しまし
て狙って描かれた絵であった。
体感を表さず、方向性もない。しかし下手だから描けなかったのとは一線を画す、敢え
そこには、素人では言い表せない、斬新過ぎる作品が存在していた。陰影はなく、立
先生は、美遊が描き上げた絵を見て、絶句する。
三時間目││図工
◆
﹁残念だが、あちらも忙しい身だ。そう簡単にはいかないさ﹂
﹁その協力者とやらに、私も会いたいものですけどね﹂
128
﹂
!
イタリアでも人気のキャプテン翼とか、ピンクダークの少年と
!
!
クターでも描いてよ
か
!
﹂
﹁
?
﹁いやだからそんな顔されても
戦争に参加したのである。
﹂
その男、ロード・エルメロイⅡ世もまた、ライダーのマスターとして、かつての聖杯
たが、その資料の中には、その資料を読む男自身が行った証言も記録されていた。
その紙に書かれたことは、10年前に冬木で起こった聖杯戦争についての情報であっ
紙を並べ、紙に書かれた情報に目を通していた。
イギリスの時計塔では、葉巻をくわえた男が、木製の重厚なデスクの上に、何枚もの
◆
︵全然意味がわからないけど⋮⋮美術力も凄いらしい︶
ピカソめいた絵を覗き見ながら、イリヤは思う。
!
﹁高い完成度、優れた形式⋮⋮⋮だが、いや、だからこそ、ズルをする輩は多く、イレギュ
式ゆえに、その技術を模倣した﹃小聖杯戦争﹄は世界中で行われている。
聖杯戦争という儀式は、基礎的なものは確立されている。美しいまでに完成された儀
は無い。
そうは言っても調べる努力を怠るわけにもいかないが、エルメロイⅡ世の愚痴も無理
たしてこうして調べることに、どれほどの意味があることか﹂
﹁正体不明のカードを基盤とした聖杯戦争⋮⋮最初からその時点でイレギュラー⋮⋮果
『6:Fate──運命』
129
ラーは発生する。故に100にも及ぶ、亜種の聖杯戦争が起こっていながら、成功例は
数少ない﹂
エルメロイⅡ世が参加した第4次冬木聖杯戦争でも、多くのイレギュラーが起こっ
た。いや、ほとんど全部がイレギュラーであったと言ってもいい。
本来、力も格も桁外れ過ぎて召喚できるはずの無い神霊を召喚しようとして、悪神と
見なされた、ただの人間を召喚してしまった、エクストラクラス・アヴェンジャーの﹃ア
ンリマユ﹄。
講談や物語として創られ、実在しなかった架空の英霊の名を元に、架空の英霊の技を
使えるだけの、別存在を無理矢理召喚した、ハサンならざるアサシンの﹃佐々木小次郎﹄。
例を二つあげるだけでまともではない。
慧眼を持って知られるエルメロイⅡ世でさえも、見抜くことはできなかった。
るのか。
ていい存在である。イレギュラーとイレギュラーが噛み合ったら、どんな超反応が起こ
とはいえ、送り込まれた二人の魔術師も、ステッキも、これまたイレギュラーと言っ
がな﹂
それらを確認したうえで、更に予想外のことが起こるものだ。これは聖杯戦争に限らん
﹁こと聖杯戦争においては、イレギュラーありきで考えた方がいいからな。基本、前例、
130
﹁しかし、あの時と今回の共通点は、
﹃ドレス﹄の存在⋮⋮⋮あの組織の目的はつかめな
いが、多くの亜種の聖杯戦争に、首を突っ込んでいるという情報は入っている。それも、
亜種の聖杯戦争が始まった、かなり最初の段階から⋮⋮あるいは、冬木の大聖杯の消失
とも何か関わりが⋮⋮﹂
つらつらと考え、呟きながらも、これ以上は妄想に堕すことになりそうであったので、
いったん思考を止める。
﹁まあひとまずは⋮⋮﹃ドレス﹄の資料について、もっと集めなくては。それに⋮⋮⋮﹂
彼の脳に、休息の時間が訪れるのは、まだ先の話のようだった。
◆
四時間目││家庭科
プリン︵風︶
鮑のリゾット︵一見︶
子羊背肉の林檎ソースかけ︵的な何か︶
娼婦風スパゲティー︵っぽく見える︶
モッツァレラチーズとトマトのサラダ︵っぽいもの︶
震える先生の前には、一流レストランもかくやと思える料理が並べられていた。
﹁いや、だから⋮⋮⋮﹂
『6:Fate──運命』
131
│││以上、五品。
が喉を通るタビに幸せを感じるッ
﹁先生、少しうるさいです﹂
︵かっ⋮⋮完璧超人⋮⋮
◆
︶
こんな味がこの世にあったとはーーッ
料理
﹂
﹁もし攻められたら、あの女に足止めをさせて、その間に撤退だ。この私の崇高な使命の
いた。
方を変える。まずは、この拠点を攻められた場合の逃げ道を用意するところから始めて
それでも、オンケルはその傲慢さゆえに戦争をやめようとはしなかった。ただ、やり
るかもしれないと、ようやく考えはじめたのだ。
けるかもしれないと、魔力を消費し尽くして死ぬか、動けないところを殺されるか、す
度に消耗した結果、ようやく彼は恐怖を覚えた。オンケル自身は認めないだろうが、負
彼は、この聖杯戦争で戦闘したのは、昨夜が初めてであった。そして、実際に戦い、極
ス・ウィンチェスターに教えられた、別の拠点をチェックしていた。
イクス・オンケルは、立ち歩くことに支障はない程度に体力を回復させ、現在はミセ
!?
!
!!
!?
あらゆる方面において、異常なまでの凄味を見せる美遊に、イリヤは思う。
!
﹁なんでフライパン一個でこんな手の込んだ料理がー しかもンまぁーいっ
132
礎となるのだから、あの女も満足して死んでくれるだろう﹂
身勝手なことを言い、嗤うオンケルであったが、それは強がりに過ぎない。
この聖杯戦争、ここに至るまで、決して予定通りにいっているわけではないのだ。
本来、オンケルは協力者であるサイコ・ウェストドアー、ミセス・ウィンチェスター、
そして雇った女の3人で手を組み、外部から来た3人を潰そうとしていたのだ。
その後、オンケル以外の3人は、令呪でサーヴァントを自害させ、オンケルを優勝さ
せる。そういった計画と契約であった。
だが、サイコはアーチャーを召喚したという報告があった後、連絡がつかない。どう
やら、他の何者かにアーチャーを奪われたらしく、その後の生死を含めた現状はわから
なくなってしまった。無論、その何者かの正体も皆目不明である。
また、残った全員が、戦闘力は高くとも、諜報能力には優れないサーヴァントばかり
を召喚してしまったため、敵陣営の情報がほとんど集まっていない。
強力なサーヴァントを、数多く味方につければいいとだけ考えていた、ツケがまわっ
てきていたのだ。
れもこれも、協力者が頼りないからだッ
カスどもめッ
!
︶
マスターも、その拠点もわからない。おのれ、この私がこんな苦労をするなどと⋮⋮そ
︵ランサー、アーチャー、アサシン、キャスター⋮⋮どのサーヴァントも真名はわからず、
『6:Fate──運命』
133
!
他者に責任転嫁し、オンケルは、己の礼装である鞭をねじり上げる。
︶
!
白くない。
︵体育なら⋮⋮
︶
イリヤは美遊と並んで、スタートラインに立つ。種目は50メートル走。
﹂
ピストルの音が響き、走者は走り出す。果たして、先を行ったのは、
︵短距離走だけは今まで誰にも⋮⋮⋮男子にだって負けたこと無いんだから⋮⋮
◆
◆
︵あ、ありえないーッ
︶
縮してゴールしたのは、美遊の方だった。
小学5年生女子の50メートル走の平均タイムは9秒から10秒。それを大幅に短
﹁ろ⋮⋮6秒9
!
!
!?
︶
しかし、イリヤにもプライドはある。同世代に尽く、負けっぱなしというのは少し面
五時間目││体育
◆
が持っているのだからな
︵だが、私の勝利は揺るぎない。そうとも、この聖杯戦争における、聖杯の﹃器﹄は、私
134
!?
◆
日の沈みかけた空は、赤く染まりつつあった。
イリヤさん。早く家に帰りましょうよ︾
その空の下、通学路途中にある公園のベンチに座り、イリヤはがっくりと落ち込んで
いた。
︽いつまでいじけているんですか
遊がルヴィアや魔術の関係者なのか、聞きそびれてしまった。
更に、あの人を阻む雰囲気によって、どうにも話しかけるチャンスがなく、結局、美
ち、いい所の無い己と比べて、多少落ち込んでしまう。
リヤの自慢であった短距離走でさえも凌駕されてしまった。ルビーとの契約からこっ
突然現れた転校生が、美人で、勉強も出来て、絵も料理も上手い超優等生。更に、イ
どう見てもいじけていた。
﹁別にいじけてないよ⋮⋮ただ才能の壁ってのを見せつけられたっていうか⋮⋮﹂
?
﹂
?
﹁︽今日の選択は明日の運命︾﹂
ベンチから立ち上がり、気を取り直そうとしたイリヤに、知らない声がかかった。
﹁ふぅん、明日
﹁あー、まあ、こうしていても仕方ないってこともわかってるよ。明日こそ⋮⋮﹂
『6:Fate──運命』
135
振り向けば、そこには眼鏡をかけた、長い髪を後頭部で束ねた女性が、イリヤを見て
いた。
見たところスタイルも良く、怜悧な美貌を誇っているが、その表情は笑みの形であり
ながら冷たく、温かみや優しさが感じられない。全身から滲み出る禍々しい血の気配
が、イリヤの鼻に届く。
い
ゆえに、イリヤは、彼女の言葉を耳にしながら、その脅威を感じながら、まずこう口
﹁だからこれは⋮⋮⋮貴女の﹃運命﹄。諦めることね﹂
せ
ロンドレス。首元には蝶結びのリボン。頭には白いカチューシャ。
その姿│││黒いワンピースに、その上からまとう、清潔な、染み一つない白いエプ
﹁この、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアと出会う﹃運命﹄となった﹂
ゆえに、イリヤは、相手の姿に瞠目してしまう。
﹁貴女がステッキを手にしたという﹃選択﹄が、今ここで、この私⋮⋮﹂
しかし、人間は五感の中で何よりも、視覚をあてにして生きている動物だ。
酷く危険な女性であることを、イリヤも悟らざるを得なかった。
ター・クロウリーという男が書いた小説、︻黒魔術の娘︼の一文だけど⋮⋮﹂
﹁今のは、
﹃世界最大悪人﹄、
﹃黙示録の獣﹄などと、表世界ではあだ名された、アレイス
136
にしてしまう。
﹁なんで⋮⋮⋮メイド服
そう、
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
互いの沈黙。そして、
︽⋮⋮⋮︾
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹂
その怜悧な美貌の魔女は、メイド服姿をしていた。
?
﹂
﹁⋮⋮⋮できるだけ、残虐に殺すことにするわ﹂
!?
⋮⋮To Be Continued
更なる運命の始まりであった。
﹁ええっ
『6:Fate──運命』
137
﹃7:Game││勝負﹄
イスコル家、フォルヴェッジ家といった外国の名家の関係者も多く、レースに批判の声
華やかで壮大なレースの影には多数の死亡者が出ており、その中にはムジーク家やア
と言えた。
勝賞金5千万ドル︵60億円︶。参加者3600名以上。まさしく空前絶後の大レース
ム財閥などのスポンサーの協力で実現したもので、総距離約6000キロメートル。優
ド・ウェスト新聞社、ハーウェイ財団、ウィンチェスター連発銃製造会社、ヴァン=フェ
大会プロモーター、スティーブン・スティール氏によって企画され、イースト・アン
る、人類史上初の乗馬による北米大陸横断レースである。
タートした。太平洋﹃サンディエゴ﹄をスタートとし、ゴールを﹃ニューヨーク﹄とす
1890年9月25日、午前10時00分、﹃スティール・ボール・ラン﹄レースはス
開催である。
ヴァレンタイン大統領が行った最後の事業は、﹃スティール・ボール・ラン﹄レースの
︻偉人伝・第23代合衆国大統領ファニー・ヴァレンタイン︼
138
をあげる者も多かったが、レースによる経済効果が7兆円と発表されたこと、スティー
ブン・スティール氏が個人的利益の全額を寄付すると発表したことから、批判の声は止
んだ。
しかし、このレースの閉幕式スピーチを行うはずのヴァレンタイン大統領は現れず、
代わりにニューヨーク市長がスピーチをした。この後、ヴァレンタイン大統領は誰の前
にも姿を見せることなく、後日、心臓発作により死亡したことが発表される。
この突然の出来事から、ヴァレンタイン大統領の病死は、ケネディ大統領暗殺に並ぶ、
アメリカ大統領にまつわるミステリーや陰謀論の代表格となっている。
また、ヴァレンタイン大統領にはオカルト趣味があり、魔術師を自称する︽エインズ
ワース︾なる人物との交流があったという記録が、メモの一部から見られることが、彼
にまつわるミステリーに拍車をかけている。
◆
﹂
イリヤは、いきなり激怒し始めた、目の前の眼鏡メイドにビビりながらも、ルビーの
柄を握る。
﹁な、なんかわかんないけど、行くよルビー
!
『7:Game──勝負』
139
︽気 を つ け て く だ さ い イ リ ヤ さ ん
お そ ら く 彼 女 は、こ の 聖 杯 戦 争 の マ ス タ ー ︾
光が弾け、イリヤは瞬時に﹃多元転身﹄し、セレニケと睨みあう。
プリズムトランス
きっと近くにサーヴァントがいます
!
!
!
﹂
!!
﹂
!?
戻して、指先を見ると、ほんの少しながら赤色が付着していた。
反射的に右手をステッキから離し、首筋をさする。ほんの少しの液体の感触。右手を
﹁
た。
鈍い音が、首の後ろで鳴る。針で刺されたような痛みを覚えたのは、その直後であっ
ドッ⋮⋮
しかし、
人間であるということも忘れて魔力弾を放とうと、両手でステッキを振りかぶった。
背筋を凍りついた指で撫でられたような、おぞましい恐怖を抱いたイリヤは、相手が
﹁│││ッ
﹁弄んで、殺すのは﹂
セレニケの蛇のような眼が、ヌラリと不気味な輝きを増したようだった。
⋮⋮⋮けど性分なのよねぇ﹂
﹁ふぅん、意外と素早いわね。ステッキを使う前に殺さなかったのはまずかったかしら
140
﹂
物理保護が効きました
薄皮一枚です
︾
!
﹁な、なぁ
︽落ち着いてくださいイリヤさん
!
い短剣。
そして、
﹁⋮⋮⋮⋮ッ
﹂
その結果、発見したのは、さきほどイリヤを傷つけた凶器とおぼしき、地に落ちた、黒
イリヤは周囲を見回す。
﹁い、一体、誰が⋮⋮﹂
ルビーの声を聞き、パニックになろうとしていたイリヤの精神が、どうにか保つ。
!
!
その数、少なくとも50以上。
黒衣をまとった、怪人の群れ。
彼女が見つけたのは、周囲を完全に取り囲み、公園を埋め尽くす、白い髑髏の仮面と
イリヤの思考が吹き飛び、顔から血の気が引いていく。
!!
だ。
セレニケが鋭く長い針を取り出す。赤黒い血の浸み込んだ、年期の入った拷問用の針
﹃この後﹄が楽しみになってくるじゃない﹂
﹁あら素敵。幼女趣味や同性愛趣味はないつもりなんだけど、今の表情は中々いいわね。
『7:Game──勝負』
141
﹁その魔術礼装、カレイドステッキを頂いてから、じっくり愉しんであげましょう。まず
は、指と爪の間に、一本ずつ針を刺し込むところから⋮⋮﹂
冗談ではない。と言いたいイリヤだが、相手が本気なのが不幸にも伝わってきてし
まった。いくら多勢に無勢とはいえ、諦めてはいられない。せめて、全力で魔力弾を叩
﹂
き込もうとしたところで、
﹁あ、あれ⋮⋮⋮
︾
︽魔力循環に澱みが⋮⋮ 物理保護が維持できません
せん
げ、解毒が⋮⋮間に合いま
!!
ことにかけては、他のサーヴァントにもひけはとらない。
サーヴァントの中では弱小と見られる暗殺者。確かに、力も速さも持たないが、殺す
サーヴァント・アサシン。
リヤへと狙いを定める。
そして、数十体の髑髏の仮面たちは、更に無数の﹃毒﹄を塗られた短剣を取り出し、イ
最初にイリヤを傷つけた短剣には、﹃毒﹄が仕込まれていたのだ。
大地に崩れ落ちる少女を、セレニケと多数の怪人は、冷酷に見つめていた。
!
!?
足から力が抜けて行き、立っていることさえできなくなる。
体が、思うように動かない。
?
142
そして、動くことも守ることもできないイリヤは、もはや獲物ですらない。食卓に置
かれた、料理だ。
絶望に染まる、イリヤの表情。目じりに浮かぶ涙。
︵あ⋮⋮ああ⋮⋮⋮︶
その有様に、セレニケの胸中が、幸福感で満たされようとしたとき、
ズガァァッ
な、なにぃ
﹂
セレニケに向けて、鮮烈な魔力弾が撃ち込まれた。
!!
!?
アサシン
﹂
!!
﹂
?
突然の事態に、イリヤも混乱する。ただ、どうやら魔力弾がイリヤの倒れている位置
﹁いったい、何⋮⋮⋮
セレニケの声にアサシンが動き、短剣が放たれ、魔力弾が撃ち落とされる。
!
が、今度はアサシンの群体全てにも降り注ぐような、散弾として、放たれる。
と防御に助けられたか、痛みを堪えて立ち上がるセレニケ。そんな彼女に更なる魔力弾
盛大に吹き飛ばされ、公園内に立つ木に叩きつけられながらも、魔術による肉体強化
﹁がっ
!?
﹁チィッ
『7:Game──勝負』
143
周辺に放たれていないことから、イリヤを傷つけることは避けているとうかがえた。
﹂
とにかくサーヴァントの包囲網から脱出しましょう
シュートッ
!!
ました
えーい
!!
︾
!
あのクソガキめ⋮⋮⋮﹂
!
︵サーヴァントを戦闘で使ったのは初めてだけど、命令以外の行動はほとんど期待でき
状況を分析後、敵は完全に離脱したと判断し、セレニケもまた、撤退することにした。
はいないと見える。ここで戦うつもりはないということね︶
本のステッキによるもの。ここで畳みかけてこないということは、遠坂凛ら、他の戦力
︵イリヤスフィールが助かったと見て、攻撃をやめた⋮⋮⋮あの攻撃は、おそらくもう一
イリヤが脱出してからしばらくすると、散弾の雨もやむ。
張っていない。人目のつくところで戦闘はできなかった。
る魔法少女に、そう簡単に追い付けるものではないし、公園の外には、人払いの結界も
悪態をつくも、セレニケにイリヤを追う意思はない。走れば自動車並みの速度を出せ
﹁くっ
し、公園の外へと消えて行った。
吹き散らされた髑髏の仮面の穴を駆け抜け、イリヤはまだ重く感じる体を必死に動か
振り絞った巨大な一撃が、アサシンの壁の一部を突き破る。
﹁うん
!! !
︽とりあえずは、味方の救援と思っていいんじゃないですかねー。あ、毒の除去が終わり
144
ないようね。気配を操ることには最も長けているはずのアサシンが、不意打ちに気付か
ないなんて。次からは新手への対応を、あらかじめ命じておかないと⋮⋮︶
理性を失った黒化英霊の使い方について考えながら、メイド服の魔女は公園を出るの
だった。
◆
かつて間桐家であった場所の地下から、黒衣の人影が這い出てくる。
全身を黒で装った怪人は、沈みゆく太陽を眺め、自分たちの時間が来る事を実感して
いた。
﹁行クゾ、セイバー。狩リノ時間ダ﹂
黒衣の呼びかけに、背後にいた女性が付き従う。
女性は黒い鎧を身につけ、バイザーのようなもので目元を隠している為、顔の詳細は
わからないが、輪郭は非常に形のいい、美しいものであった。
その手には黒く唸る魔剣を握り、ただそこにいるだけで、周囲に圧迫を与えるような
存在感があった。
サーヴァント・セイバー。
高い戦闘力と魔力を誇る、サーヴァントの中でも最優とされる剣騎士のクラス。
﹁生憎、ソノ剣ヲ振ルウホドノ相手デハナイガナ。ダガ、今回ノ相手ハ、言ウナレバ﹃馬﹄
『7:Game──勝負』
145
ダ。﹃馬﹄ヲ射レバ﹃将﹄ガ怒ラナイハズガナナイ。﹃将﹄ガ出テカラガ、貴様ノ出番ダ﹂
黒いローブの怪人はその手に、黒い布で包まれた細長い物を握っていた。
それは、怪人にとっての﹃魔法使いの杖﹄。怪人の﹃象徴﹄。
﹂
!
議な決意表明であった。
それは歌うような、祈るような、挑むような、嘲るような、いずれともつかぬ、不思
意思ノママニ、生キ続ケテ見セル⋮⋮
イ。ソレデモナオ、私ハ生キテ行ク⋮⋮⋮コノ手デ殺シタ悪霊ニ呪ワレナガラモ、己ノ
﹁今ノ私ハ﹃ミセス・ウィンチェスター﹄。悪霊ニ呪ワレタ者。呪ワレルベキ悪ニ相違ナ
サラ・パーディ・ウィンチェスターも、悪霊の崇りに怯えて生きたという。
かつてそれを製造した者の家系は、ほとんどが死に絶え、最後の一人となった未亡人、
数多の救われぬ魂を怨霊へと成り果てさせた、呪われた武器。
その名は、﹃ウインチェスター・ライフル﹄。
の中で数えきれぬ命を消し去った﹃魔法使いの杖﹄。
かつて、新大陸と呼ばれた地で、無数の先住民を虐殺し、南北がぶつかり合った内乱
黒い布が剥ぎ取られた中身は、更にまた、黒い鋼によってできていた。
トデアルガ﹂
﹁勿論、
﹃馬﹄ダケデナク﹃将﹄ヲ射ル機会ガアレバ、ソノ時ハ貴様ガ出ルマデモナイコ
146
◆
公園から多少離れた、大声を出せば誰かの耳に届くだろう大きめの街道に出て、イリ
ヤはほっと息をつく。
いやぁ、昨夜といい、今といい、九死に一生続きで困りますねぇ。こういうサ
﹁はぁ∼、た、助かったみたいだね﹂
︽はい
?
のだ。思い出しても背筋が凍る。
﹁それにしても、助けてくれたのは誰だろう
﹂
イリヤは、首筋に手を伸ばす。もう傷は再生しているが、本当に危ないところだった
ツバツとしたものはルビーちゃん好みません。日常ドタバタコメディで充分です︾
!
︽大丈夫ですか
︾
少女の姿は、イリヤのまとうものとは異なるが、本質としては同じ││魔法少女とい
頭上からかけられた声に顔を上げると、塀の上に立つ、一人の少女の姿があった。
答えの方から自ら現れた。
?
﹁⋮⋮⋮﹂
ルビーが心当たりを話しだす前に、
︽そうですね∼、攻撃の手段についてはわかるんですが⋮⋮︾
『7:Game──勝負』
147
う名称のイメージと一致する類のものであった。
﹂
お姉
そして、イリヤはその少女のことを知っていた。その硬質な可憐さを知っていた。
﹁美、美遊ちゃん
︾
︽ああ、やっぱりサファイアちゃんでしたか なんというグッドタイミング
ちゃん感激です
!!
急な転校生という展開から、なんとなくそうではないかと予想はしていたが、実際そ
﹁美遊ちゃんも⋮⋮魔法少女だったんだ﹂
た。
一方、美遊の方は、いまだに喋ることもなく、イリヤの方をじっと見つめるばかりだっ
やらルビーよりは真面目で礼儀正しそうであると、声の調子や態度から感じ取った。
以前、ルビーから同時につくられた姉妹のステッキがあることは聞いていたが、どう
﹁は、はい、どうも⋮⋮﹂
となのだろう。
美遊の手の中の青いステッキがクニャリと曲がる。イリヤにおじぎをしたというこ
︽はじめまして、イリヤ様。私はサファイアと申します。姉がお世話になっております︾
イリヤの前にスタリと降り立つ。
美遊・エーデルフェルト、今日転校してきたばかりの同級生は、塀の上から飛び降り、
!!
!
?
148
うであったという事実を前に、イリヤは結局当惑してしまう。
イリヤはおそるおそる声をかける。
﹂
﹁え、えーと、さっきはありがとう。間一髪のところで⋮⋮﹂
﹁なんで
﹂
?
﹁え
﹂
?
ああ、うん。なりゆきというか、無理矢理騙されてというか⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮貴方も、巻き込まれてカードの回収を
イリヤの表情を見て、美遊は少し黙って、言葉を変える。
う。
突然、美遊から放たれた疑問の言葉に、ついイリヤも疑問符つきの言葉で返してしま
﹁え
?
?
れた。
今度はイリヤが自分から何かを言おうとしていると、再度、美遊の質問が投げかけら
﹁⋮⋮⋮それじゃあ、貴方は﹂
﹁え、え∼と﹂
妙な居心地の悪さを覚える。
そしてまた沈黙する。この会話が続かず、途切れ途切れになるテンポに、イリヤは微
﹁⋮⋮⋮そう﹂
『7:Game──勝負』
149
﹁どうして、戦うの
﹂
どうして⋮⋮って
﹂
?
?
﹁だ⋮だってルビーが⋮⋮﹂
﹁ただ巻き込まれただけなんでしょう
貴方には、戦う義務も責任もない﹂
イリヤはぽかんとした表情で聞き返す。
﹁え⋮⋮
?
﹂
﹁ホラ、これっていかにもアニメとかゲームみたいな状況じゃない
﹁ゲーム⋮⋮
てしまったことに恐怖し、苦悩するように描かれている。
﹂
まった登場人物が描写されることがあるが、そういった人物は、大抵、特殊な力を持っ
アニメや特撮では、変身ヒーローや超能力者といった、超人に、ある日突然なってし
?
?
何も隠さずに正直に言えば、それが理由であった。
﹁ホントのこと言うとね⋮⋮ちょっとだけこういうのに憧れてたんだ﹂
けれど、イリヤは拒否しなかった。迷い、恐れながらも、戦いに乗った。
こく勧誘はするだろうが、最終的には渋々諦めるであろう。
確かに、ルビーは性悪ではあるが邪悪ではない。心から無理であると告げれば、しつ
﹁う⋮⋮﹂
﹁本気で拒否すればルビーだって諦めるはず﹂
?
150
けれど、実際に常人以上の能力を得たら、普通の人間ならラッキーと思うのではない
だろうか。特殊な状況に置かれることに恐怖もあるだろうが、未知の興奮を抱くことを
否定できるだろうか。
﹁うん。まほーを使って戦うとか⋮⋮伝説の英雄が現代に召喚された敵とか⋮⋮冗談み
たいな話しだけど、ちょっとワクワクしちゃうって言うか⋮⋮﹂
少なくとも、イリヤスフィールという人間は、2度に渡る敗北と、命の危険を実感し
ながらも、照れ笑いを浮かべながらこのように言えるほどには、強く前向きで、平穏な
日々を外れた特別を望む、夢見る少女であった。
﹁せっかくだから、このカード回収ゲームも楽しんじゃおーかなーって⋮⋮﹂
﹂
﹁もういいよ﹂
?
﹁その程度
そんな理由で戦うの
﹂
﹂
?
慌てる。イリヤの目に映る美遊の背中は、硬い拒絶の意志を宿しているように見えた。
今までよりも更に冷たい表情で、急に突き放したような態度をとる美遊に、イリヤは
﹁え⋮⋮な、なに
?
?
服姿に戻った美遊は、イリヤの脇を抜けて、道を歩み去っていく。
しかし、美遊はそんなイリヤの言葉を、冷たい声音で遮った。変身を解き、学校の制
﹁⋮⋮⋮え
『7:Game──勝負』
151
﹁遊び半分の気持ちで英霊を打倒できるとでも
という感じの。
﹂
魔な枝を見るような、煩わしげな眼だった。﹃もう少し伸びたら切り落とさなくちゃな﹄
美遊の顔が、少しだけ背後のイリヤへと向けられる。その眼は、庭木の伸び過ぎた邪
?
典型的な魔術師だ。常識の枠外の術理を操るという誇りを、驕りの域にまで肥大化さ
ランサーのマスターはまず典型的な魔術師と言っていいだろう。それも悪い方向に
﹁あのクソマスター⋮⋮⋮こんなことやらせやがって﹂
他人の家を見続けることは精神的にいいものではない。
サーヴァントである以上、空腹や疲労は無いといえど、ストーカーのように半日の間、
ばれることはない。
体を糸状に解した彼女は、枝や葉の影に身を隠すことができ、ちょっと見たくらいでは、
彼女は現在、アインツベルン家の正面玄関が見える位置に生えている木の上にいた。
ランサーは、愚痴を抑えられない心境であった。
﹁⋮⋮⋮まったく、私は何をやっているのかしらね﹂
◆
いで﹂
﹁貴方は戦わなくていい。カードの回収は全部私がやる。せめて、私の邪魔だけはしな
152
せ、他者を見下し、自分の目的のために何をしてもいいと考えている。
確かに魔術の腕は並み以上であるし、頭の切れもいい、優秀な魔術師であるが、一般
人を何人傷つけ、殺すこともいとわない姿勢は、ランサーとは相容れなかった。
︵向こうもこっちを嫌ってるでしょうけど。能力は﹃体を糸に変えられる﹄ってことしか
言っていないし、攻撃力の無い弱いサーヴァントだと思われている⋮⋮⋮切り捨てられ
るのも時間の問題でしょうね︶
あのマスターに召喚されてしまった以上、自分の聖杯戦争は詰んでいる。
もともとこんな歪んだ特殊すぎる聖杯戦争、まともに願いを叶えてくれるかわかった
ものではないが、それでも僅かにはあった期待も、もはや無い。
既に充分迷惑をかけたところではあるが、ランサーはそう思わずにいられない。
︵せめて⋮⋮⋮あの子たちに迷惑かけない形で終わりたいわね⋮⋮⋮︶
イリヤスフィール。多くの愛を受けて、健やかに育った少女。それでいて、勝ち目の
ない敵を相手に、ランサーを護ろうとする、勇気のある少女。
な真似はすまいと。
たとえ何があろうと、マスターから令呪を使われようと、イリヤたちを傷つけるよう
イルカに乗せて逃がした少年の泣き顔を思い出し、ランサーは決意を固める。
︵生前も、結局は子供に全部おしつけちゃったしね⋮⋮⋮︶
『7:Game──勝負』
153
︵しっかし⋮⋮それはそれとして⋮⋮⋮何なのかしらね。あの向かいのアレは⋮⋮⋮︶
ランサーが、アインツベルン家の向かいに建つそれに目を向けた時、ちょうど、イリ
ヤが帰宅してきた。
◆
?
は、何か困っているようであった。
何で外に
?
﹂
!?
そこに建っていたのは、並みの一戸建ての10倍以上はあろう、まさに豪邸であった。
﹁なっ、なにこの豪邸
その指の示す方を見たイリヤは、目を丸くする。
セラは、アインツベルン家の真向かいに向かって、白く細い指を向けた。
﹁あ、おかえりなさいイリヤさん。ええとですね⋮⋮あれを⋮⋮﹂
﹁ただいまー、セラ。どうしたの
﹂
イリヤが苛立ちながら帰宅すると、門の外に、メイドのセラが立っていた。その表情
とカチンとくるものである。
美遊の事情がどんなものかは知らないが、理屈ではなく上から目線でものを言われる
であんなこと言われなきゃ⋮⋮⋮﹂
﹁何よ全く⋮⋮大体、巻き込まれただけっていうんなら、あの子も一緒じゃない⋮⋮なん
154
﹂
ただ大きいだけでなく、細部までしっかりと美しく整えられた西洋風の建築。庭の手
入れも行き届いているようだった。
﹁こんなのウチの目の前に建ってたっけ
﹁いったいどんな人が住むの⋮⋮﹂
﹁昨日まで普通の民家が建ち並んでいたはずなのに⋮⋮﹂
半日以下で、どのように建てたのか、さっぱりわからない。
イリヤの疑問に、現実を認めきれない様子のセラが、乾いた声で答える。時間にして
す﹂
﹁今 朝 か ら 工 事 が 始 ま っ た と 思 っ た ら ⋮⋮ あ っ と い う 間 に お 屋 敷 が で き あ が っ た ん で
!?
あらゆる意味で謎のお屋敷を前に、二人が恐々としていると、
﹂
?
しばし、無言で顔を合わせた後、美遊はフッとイリヤから視線を逸らし、せかせかと
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
そこには、さっき手酷く突き放してきた相手、美遊・エーデルフェルトが立っていた。
背後からの声を聞き、イリヤが振り返る。
﹁ん
﹁あ﹂
『7:Game──勝負』
155
え
入っていくってことは⋮⋮この豪邸、美遊さんの家⋮⋮
?
﹂
?
した素早い動作で、目の前の﹃豪邸﹄へと入っていった。
ちょっと
!!
﹁なんだか、おかしなコトになってきたね
﹂
やはり無表情のままそう言って、門を閉め、姿を消した。
﹁⋮⋮⋮まぁ、そんな感じ﹂
リヤに向け、
その言葉に、美遊はやや気まずげに、やや気恥ずかしげに眼だけを動かし、視線をイ
﹁あ
!
⋮⋮To Be Continued
﹁今夜、また会うだろうしね﹂
﹃今夜0時、地図で示した場所まで来るべし﹄
に定規で書かれた字と、地図が記されていた。
イリヤはポケットから折り畳まれた紙を取り出し、広げる。その紙には、昨日と同様
﹁うーん、でも、ま、どっちにしろ⋮⋮﹂
か、カッコつかないですねー︾
︽しかし、ついさっきケンカ別れしたばかりだと言うのに⋮⋮なんとも間が悪いという
?
156
﹃8:Hide││隠伏﹄
︻ある魔術師と殺人鬼の会話︼
﹃1896年、ニューヨークの金持ちの家で、金持ちの家族と召使いの全員が、腸チフス
に感染した。感染しなかったのはたった一人、雇われたばかりの賄い婦⋮⋮彼女は、医
師の診察を受けることも無く、姿を消した﹄
﹃⋮⋮⋮﹄
﹃それから10年ほど、ニューヨークやニューイングランドの個人宅やレストランで、腸
チフスに感染するものが現れた。そのたび、賄い婦が一人、調査が入る前に姿を消した。
事件が続くうちに、メアリー・マロンの存在が知られるようになり、当時の衛生担当技
官であったジョージ・ソーパー博士が、メアリーに、腸チフス保菌者の疑いを告げた。メ
アリーは激昂して、包丁でソーパーに斬りかかり、警官5人がかりで取り押さえられた
そうだ﹄
﹃中々行動的だな﹄
『8:Hide──隠伏』
157
﹃一年におよぶ隔離検査の末、チフス菌は彼女の胆嚢を住処にしていて、胆嚢さえ手術で
切除すれば、全ては解決することがわかった。なぜメアリーだけが発症しないのか、と
いう謎は謎のままであったがね。だが、メアリーは手術を拒否した。痛くも痒くもない
体を、手術しなくてはいけないことが、彼女はどうしても納得できなかったのだろう﹄
た。その理由は本人にしかわからないが、不思議なほどに強力な意思を感じさせる人物
択もあったはずだ。だが、彼女はどちらもせず、逃亡しながら賄い婦の仕事につき続け
﹃そう⋮⋮⋮胆嚢を切除すれば、自由の身になれたはずだ。賄い婦以外の仕事をする、選
ろうとしなかったわけだ﹄
﹃なるほど⋮⋮確かに、幹也とは真逆だな。そいつは、世界を敵に回しながら、決して譲
隔離収容され、1938年に死ぬまで、病院を出ることは無かった﹄
拘束されるまで、累計57人を感染させ、少なくとも3人を死亡させたとして、病院に
は偽名を使って保険衛生局の目をかわし、賄い婦の仕事を続けた。1915年に身柄を
婦の仕事をすることを禁止する︻腸チフス・メアリー法︼が制定された。だがメアリー
人は死ぬ、ちょっとシャレにならない数字だ。アメリカの多くの州で、メアリーが賄い
を二つに割ることになった。とはいえ、当時の腸チフスの致死率は10%。10人に1
﹃確かに、病気であるというだけで、悪事を働いたわけでもないメアリーの処遇は、世間
﹃それはまあ、好きこのんで腸チフスになったわけでもないだろうからな﹄
158
だ﹄
﹃意思⋮⋮⋮精神か﹄
の武器は、ただの技術や能力を逸脱した、
︻彼らそのもの︼であるということ。それが、
﹃善悪を超えた強さ。いや、むしろ強い弱いの概念さえ無いかもしれん。彼らの力、彼ら
スタンドの源、︻スタンド使い︼の恐ろしさだ。ただ強いだけではなく⋮⋮奴らは己の
︻弱さ︼さえも武器に変えて攻撃してくるぞ﹄
◆
凛が、戦いを臨む緊張感を帯び、それでいて怯えの無い勇ましい声で、時を告げる。
﹁午前0時⋮⋮1分前﹂
ルヴィアと美遊もまた、泰然と戦闘の時を待っていた。
﹁はい﹂
﹁即効ですわ美遊。敵が現れたら開始と同時に距離を詰め、一撃で仕留めなさい﹂
立つ。そしてもう一組、
昨夜、美遊が尾行して見つけた、オンケルの拠点である家の前で、凛とイリヤが並び
﹁油断しないようにねイリヤ﹂
『8:Hide──隠伏』
159
﹁敵はもちろんだけど⋮⋮ルヴィアたちが、ドサクサ紛れで何をしてくるかわからない
わ﹂
ともあれ、
﹁3⋮⋮2⋮⋮1⋮⋮0、ジャスト0時
4人が、オンケル邸の門をくぐる。
突入するわ
﹂
!
﹁えっ
﹂
│││くぐったと同時に、オンケル邸が視界から掻き消えた。
!
の方であったらしい。美遊とサファイアが乗りで無いのが救いである。
ルヴィアの言っていることを聞いていると、どうやら認識が間違っているのはイリヤ
︽殺人の指示はご遠慮ください︾
﹁⋮⋮それはちょっと﹂
﹁あと可能なら、ドサクサ紛れで遠坂凛も葬ってあげなさい﹂
相変わらずの凛の態度に、ルビーも呆れ声だ。
︽お二人の喧嘩に巻き込まないでほしいものですねー︾
い。一応味方同士のはずであるが⋮⋮もしくは、イリヤの認識の方が間違いなのか。
頬に汗を伝わらせながら、イリヤはどうしてここまでと疑問に思わずにはいられな
︵なんでこんなギスギスしてるのかなぁ⋮⋮⋮︶
160
!?
さっきまで目の前にあった、多少大き目ではあったが、一見して普通の一軒家が、映
画で画像が切り替わるときのように、パッと無くなってしまったのだ。
一軒家が消えた後、イリヤたちが立っていたのは、巨大な建造物の中であった。四方
は灰色の壁、床は石畳、上も天井で閉ざされている。きょろきょろと見回したあと、何
気なく振り返ると、門が消えていて、そこにも壁があった。縦、横、高さ、全ての辺が
10メートル強ほどの、出入り口の見当たらない、立方体のドームの中。
そこに閉じ込められたのだ。
﹁これって⋮⋮﹂
﹁住宅は見せかけの幻影⋮⋮⋮合言葉か、鍵となるようなアイテムか、そういった何かを
使った、正式な入り方をしなければ、このドームに閉じ込められるようになっていたん
でしょうね。中々やってくれるわ﹂
凛がコツコツと壁を叩く。
ジャギュッ
!!
そうそう余裕のある時間を与えては貰えない。
ルヴィアも、壁を撫でながら脱出方法を検討する。しかし、ここは敵地である。
魔力弾を何度か放てば⋮⋮⋮﹂
﹁壁にも魔術的な強化をしてあるようですわね⋮⋮けど、壊せないわけではありません。
『8:Hide──隠伏』
161
﹂
イリヤたちに向かい、鎖つきの短剣が投げつけられる。
﹂
!!
!
う。消去法で、ライダーであると思われます︾
︽え え。昨 夜 の バ ー サ ー カ ー で は あ り ま せ ん。オ ン ケ ル の 仲 間 の サ ー ヴ ァ ン ト で し ょ
﹁新たなサーヴァント⋮⋮⋮﹂
思わせるものであった。
短剣を握り締め、前かがみでこちらを窺うその様は、鎌首をもたげて獲物を狙う蛇を
扇情的な姿。
漆黒のボンテージ││その材質は布や革ではなく、闇の塊のような何か││で包んだ、
高い背と、グラマラスな肢体を、肘の上までを覆う手袋と、膝の上までを覆うブーツ、
紫の長い艶やかな髪をなびかせ、双眼を奇妙な仮面で隠している。
﹁⋮⋮⋮﹂
持ち主は、沈黙しながらイリヤたちに敵意を向けていた。
れて、持ち主の手元に戻る。
短剣は、石畳の床に深く突き刺さった後、繋がった鎖を引かれることで、床から抜か
間一髪、イリヤと美遊はその一撃をかわす。
﹁っ
﹁うわっ
162
ドギャッ
﹂
!!
﹂
うに圧し折られる。
は基礎戦闘力が違う。本気で掴みかかられれば、イリヤの小さな体など、マッチ棒のよ
狙いは接近戦であろう。いかに身体強化をしているとはいえ、やはりサーヴァントと
弾をかわしていく。その上でイリヤたちの方へと距離を詰めてくる。
しかし、ライダーは機動力に優れたクラスである。長くしなやかな脚を生かし、魔力
慌ててかわしながら、イリヤはステッキを振るい、魔力弾をばら撒く。
﹁うわわわ、こ、このッ
鋭く空気を切り裂く音と共に、再び短剣が投げられる。
!!
﹂
ライダーに直撃し、その身を吹き飛ばす。
美遊の冷静な観察眼は、ライダーの走りくるルートを予測。狙いすました魔力弾は、
だが、その狙いは読まれていた。
﹁ッ
!!
!?
が不格好であるが、ギリギリと食いしばった歯は、ライダーの燃える怒りと絶えぬ戦意
ルビーの突っ込み通り、まだライダーは立ち上がる。流石に直撃は痛かったか、動き
︽イリヤさん。それ、やってないフラグですよ︾
﹁わっ、やった
『8:Hide──隠伏』
163
﹂
!!
を表しているようだった。
一気呵成に倒してしまいなさい
!
本来、男はルヴィアたちと共に、オンケルの本拠地を叩くはずだった。
男の顔を冷や汗が伝う。
﹁これは流石に⋮⋮分が悪いかな﹂
男の攻撃ははね返され、あさっての方向に飛んで行き、壁に着弾して爆発した。
振るった剣撃に弾き飛ばされた。
ぬ速さで、何かが発射された。深紅の光線のごとき一撃は、しかし2体の敵の、1体が
男はスッと右腕を上げる。すると、男の頭上の空間が揺らめいた直後、眼にもとまら
雄々しい褐色の肌の男が、2体の敵と対峙していた。
◆
微かな笑い声を、聞くことができた者はいなかった。
﹁⋮⋮⋮ケケケッ﹂
敵はサーヴァントであり、すなわち、マスターが存在することを。
しかし、やや離れて指示を出すルヴィアは失念していた。
り札を切る前に、このまま畳みかけるのは悪い手ではない。
ルヴィアが声をあげる。実際、倒せていないとはいえ、優勢に戦えている。相手が切
﹁その調子ですわ、美遊
164
だが、その直前になって、彼の協力者から連絡があった。協力者の管理下にある施設
が襲われているというのだ。救援に駆け付けないわけにはいかず、オンケルへの襲撃は
不参加となってしまった。ルヴィアは快く送り出してくれたが、このタイミングは偶然
とは思えない。
この襲撃者もオンケルと手を組んでいるのだろう。そして、男の情報も、相当に深く
つきとめている。
その施設は少し郊外にあるテナントで、この聖杯戦争における情報収集を行うための
拠点であり、負傷者が発生した際に治療するための避難所となる場所で、協力者が借り
受け、人材を幾人か派遣していたのである。
しかし、魔術関連の人間は一切通さず、簡易な外国人との交流イベントを行うためと
いう名目で短期間借りただけの物件を、いかなる情報網によって見抜いたのか。
たが、負傷者は多く、損害も大きい。もう、協力者の手助けは期待できなくなるだろう。
おかげで死人は出ることなく、協力者が派遣してくれたメンバーを逃がすことができ
していたのだろう︶
援を諦め、オンケル襲撃に参加する可能性がある。だから、私が間に合うように手加減
できただろうに。救援が間に合わないと見切りをつけるほど本気で攻撃したら、私が救
︵敵もさる者⋮⋮⋮この戦闘力から見て、私が到着するより早く、施設を潰しきることも
『8:Hide──隠伏』
165
﹁まったくやってくれる。だが⋮⋮⋮﹂
男は見据える。
漆黒の衣服で、全身を包み、禍々しい銃を構える者と、黒鎧を着込み、忌わしい長剣
を握る者を。
﹂
!!
イリヤが散弾を放つ。ドームの半分を制圧するほどの弾幕が空間を踊り、床に壁に、
﹁このっ⋮⋮⋮当たれ
その間をすり抜けて、ライダーが駈け抜けていた。
魔力弾の光が、爆ぜては消える。
◆
力強い、言葉と共に。
﹁それともいっそ、倒してしまうか﹂
それが今、その力を持ってしてなお、倒せるかわからぬ強敵を前にして、牙を剥いた。
撃。
も現れる。男の能力│││男の精神が、戦うことを諦めぬ限り繰り出される、無限の攻
猛禽よりも鋭く、男の眼が敵対者を睨みつける。周囲に、男が頼みとする武器が幾つ
の内を明かしてもらおう﹂
﹁セイバー⋮⋮そしてドレスのエージェント﹃ミセス・ウィンチェスター﹄。せいぜい手
166
﹂
天井にまで叩きつけられ、亀裂を入れる。
﹁⋮⋮⋮フッ
ヤたちの方が、早く体力切れに陥る。
このままの状態が続けば、いくら魔法少女になったとはいえ、小学生にすぎないイリ
膠着した状況に、凛が呻く。
﹁⋮⋮⋮まずいわね﹂
が生まれるチャンスを窺っているようだった。
重で見切りかわす。今は、ライダーも無理に接近しようとせず、攻撃の回避に徹して、隙
しかし、それでもライダーには当たらなかった。無数の弾幕を潜り抜け、狙撃は紙一
﹁││││ッッ﹂
ライダーの速度、進行方向を見定め、狙いをつけて砲撃を放つ美遊。
!!
けれど、その行動は完全な隙となり、ライダーに確実に狙われるだろう。
必要がある。
ら再生する時間を与えぬよう、十数秒は連続して絶え間なく、魔力弾を撃ち込み続ける
亀裂もだんだんと消えていく。ただ頑強なだけではなく、再生力があるのだ。壊すのな
外れた魔力弾が当たった壁や天井を見る。そこには確かに亀裂が走っていたが、その
﹁脱出した方がいいのか⋮⋮⋮けど﹂
『8:Hide──隠伏』
167
︵焼け石に水かもしれないけど、いっそ、私たちも参加を⋮⋮︶
手持ちの宝石を握り、凛が動こうとした背後の壁が、﹃目﹄を開いた。
ドウッ
﹂
!!
!
刺されるかわかったもんじゃないんでね﹂
私ならもっと迅速に息の根を止めていますわ
!
﹁今の、なんですの
﹂
がて溶けるように体を変形させ、壁と一体化して姿を消した。
凛が不敵に笑い、ルヴィアがずれた抗議を行う。襲撃者は壁に張り付いていたが、や
﹁失礼ですわね
﹂
﹁背後には、常に注意しているの。何せ、ルヴィアと一緒にいるんだもの。いつ後ろから
に見えた。
をかぶったような小さな塊に、
﹃顔﹄と﹃腕﹄が生えているような、奇妙な生き物のよう
アフリカの呪術的な仮面のような、くまどりのある奇妙な﹃顔﹄。足や胴体は無く、蓑
凛が振り向くと、そこには歯を剥き出しにして、悔しそうに唸る﹃顔﹄があった。
﹁ムッギイイィィ
背後も見ることなく、凛の指から放たれた魔弾が、﹃腕﹄をはじいた。
!!
﹁甘いわね﹂
﹃腕﹄が生え、凛の後ろ姿に伸びる。ナイフより鋭い爪が彼女の肌へと、
168
?
﹁魔力は感じなかった。使い魔の類じゃないわね⋮⋮⋮けどあの感じ、前も味わったこ
とがある。魔術の幻想的な神秘とは異なる、意思の伝わってくる現実感⋮⋮⋮これは
ひょっとすると﹂
凛の形のいい眉がしかめられる。
﹂
そして、はじかれたようにその場を飛び退く。
﹁くっ
﹂
れた敵が襲いかかってきても、迎撃できるように警戒しながら、短い言葉で答えた。
ルヴィアが魔術に使う宝石を準備しながら、凛に続きを話すよう促す。凛もまた、隠
すの
﹁壁や床と同化してくる⋮⋮厄介な敵のようですわね。それで、ひょっとすると、なんで
﹃腕﹄は、魔術が当たるよりも前に、床に沈み込んで消えて行った。
凛のガンド魔術が、一瞬前まで彼女が立っていた床へと放たれる。床から生えていた
!!
?
◆
﹁凛さん
﹁ルヴィアさん
!?
﹂
イリヤは、凛たちと何者かが戦いを始めたことを察し、声をあげる。
?
﹂
﹁敵は︻スタンド使い︼﹂
『8:Hide──隠伏』
169
イリヤをただ散弾発射砲台と見なし、意図的な連携を切り捨てて個人で狙撃を行って
いた美遊も、仲間の危険には反応を示した。
﹂﹂
!?
ように飛び、空間を踊り、赤い魔法陣が編み上げられる。
ライダー本人は何の痛痒も無いような無表情であった。首の傷口から鮮血が噴水の
驚愕する。
ライダーの様子が変わったことに気付き、身構えていたイリヤと美遊は、その行為に
﹁﹁
立てた。
獣の呼吸を一度行い、そしてライダーは、その手の中の刃を、勢いよく己の首に突き
﹁ォォォォォオォ﹂
つことができる。
攻撃され続けていたさきほどまでは、それを使う余裕はなかったが、今ならば解き放
故に。
そんなイリヤたちの動揺を見て、ライダーは動きを止めた。切り札を使う機を得たが
味方を信頼しろということなのだろうが、酷い言い様である。
!
!
も壊れないくらい頑丈です。割と本気で人間離れしてますから
︾
︽眼の前の敵に集中してくださいイリヤさん 凛さんたちはロードローラーが踏んで
170
︽いけません
ライダーは宝具を使う気です
︾
!
﹁な、何
﹂
ちを押し退ける。
ただ宝具が姿を表す。ただそれだけの行為が、嵐のような烈風をもたらし、イリヤた
眼も眩む閃光。
しかし、時は既に遅く、ライダーの隠された全力が迸る。
サファイアが危険を訴える。
!
︽上です
イリヤさん
﹂
︾
そして、どうしようもなく神話であった。
それは、どこまでも伝説。
それは、あまりにも幻想。
天井の近くに、その姿はあった。
イリヤが見上げる。そして、その目が大きく見開かれる。
!
差し込んできた。
にライダーはいない。どこにいったのか、探そうとするイリヤの頭上から、強い白光が
光が消えた後、イリヤは衝撃を受けた目を擦りながら、前を見る。だが、そこには既
!?
!
﹁ペガ⋮⋮サス⋮⋮
?
『8:Hide──隠伏』
171
172
翼ある白馬。ファンタジーの代表者とも言うべき、幻獣。
多くの勇者をその背に乗せ、天を駆け巡った美しい伝説の存在。
それが今、夢でも物語でもなく、現実としてそこにいた。
それも、敵対者として。
その背にまたがるライダーは、金色の手綱を握り、塞がれた眼でこちらを見下ろして
いた。
ライダーの手が手綱を握り締め、強く引かれる。その強さに応えるように、ペガサス
は首を振りまわして戦意を示し、空間を踏み締めて駆け出した。
その速さは、まるで光の矢か、流れ星のようで、はっと気がついたときには、イリヤ
たちは閃光と共に、その身を吹き飛ばされていた。
⋮⋮To Be Continued
﹃9:Impact││衝突﹄
1000年の時を生きた幻想生物であれば、魔法にも匹敵する威力を誇るだろう。
さえも破壊できるだろう。
500年も昔の武器であれば、存在するだけで、現在最高峰の魔術師が張った結界で
の方が、質として強い。
しかし、魔術や悪霊といった物理に寄らぬものに対抗するためならば、より古い武器
ろう。
たとえば武器。物理的な強度であれば、現在の技術で生み出されたものの方が強いだ
本来の力が分散されてしまうのだ。
力は5となる。5人が知れば、1人の持つ力は2に下がる。知識ある者が増えるほど、
法則がある。10の力を持つ知識があるとして、それを2人の者が知れば、1人の持つ
神秘│││魔術の概念において、古きもの、秘されているものほど強い、という基本
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
『9:Impact──衝突』
173
数世紀程度の年月の厚さでさえ、現在の魔術師にとっては圧倒的な壁となる。
かつて、
﹃柱の男﹄と仮称される、1万年から10万年という、星座の形さえ変わるほ
どの年月を生きた存在に対して、魔術協会はなんら対策を打つことはできず││
◆
ペガサス。
幻想生物として、最も有名なものの一つであろう。
ギリシャ神話を出典とし、鳥の翼を備え、自由に大空を駆ける駿馬。
その一撃││否、まだ一撃と言うほどではなく、肩慣らしに少し突っ込んでみた程度
であろう。そうでなければ、
ようだ。
進で砕け、再生もできないほどの大穴が開いており、二人はその穴からはじき出された
イリヤと美遊は、気が付けばドームの外に出ていた。ドームの壁はペガサスによる突
生きていられるはずはない。
︽ふう⋮⋮⋮全魔力を防御につぎ込んだおかげで、命拾いしましたねー︾
﹁い、いたたたた⋮⋮⋮な、何なのアレ﹂
174
﹁サファイア⋮⋮⋮あれは本当にペガサスなの
ペガサスに跨るライダーの正体を。
ルビーは考察する。
は一人しかいません︾
﹂
サスに関連する英霊で、女性。しかも、その眼を隠しているとなれば、まず該当するの
︽これはまずいですねー。しかし、どうやらライダーの正体ははっきりしました。ペガ
スを見上げ、美遊は、声に恐怖を滲ませて問いかけ、サファイアは非情な答えを返した。
一度突進し、イリヤたちを吹き飛ばし、地に転がした後、夜空に舞い上がったペガサ
銘、神話に登場し、伝説を刻んだペガサスそのものです︾
︽はい、美遊さま。残念ながら、幻でもなければ、形だけの偽物でもありません。正真正
?
雄ペルセウスについに討たれ、その時生じた血から、ペガサスは生まれたという。
やってきた戦士たちを尽く石に変え、返り討ちにしてきた。だが、神々の助けを得た英
を持つ、醜い怪物となったという。その視線には人間を石にする魔力があり、倒しに
メデューサは本来美しい女性であったが、女神アテナの呪いにより、蛇の髪と猪の牙
の魔眼を持つ、有名な反英雄です︾
ら生まれたとされています。その怪物の名は、メデューサ。ゴルゴン三姉妹の末、石化
︽天馬ペガサスは、英雄ペルセウスがとある怪物の首を切り落としたとき、その血の中か
『9:Impact──衝突』
175
神話の伝承がどこまで真実かは不明だが、特徴から考えても、ライダーの正体がメ
デューサであることは間違いあるまい。
本来、人を超えた偉業をなす者を英雄というが、その英雄と敵対することで、英雄の
力を表す存在を反英雄と呼ぶ。メデューサはその代表格と言えた。
﹂
ということですかねー。書かれたことと事実が違うと
﹁でもメデューサって、髪の毛が蛇の怪物じゃなかったっけ
!
﹂
!
﹂
!!
﹂
!!
イリヤはまさに必死であった。
ねられるよりも酷いことになるだろう。
人のいない深夜の住宅街を、二人は全力で走る。かすりでもすれば、ダンプカーに撥
﹁ひいいいいいっ
イリヤと美遊は、痛む体を動かし、まずは逃げの手に出た。
﹁くっ
﹁うわわわわわわわあっ
ガサスの鼻先がイリヤに向けられ、狙いがつけられる。
いい戦い方がまるで思い付かないイリヤに、しかし敵は待ってくれはしなかった。ペ
﹁ど、どう戦うかって言っても⋮⋮⋮﹂
いうのは良くあることですよ。今はそんなことよりも、どう戦うかに集中しましょう︾
︽今明かされる、衝撃の真実
?
176
﹁サファイア﹂
︽はい︾
美遊はもう少し、建設的な行動を取ろうとした。逃げながら、時折、ステッキを使っ
て背後に魔弾を放つ。しかし、さすがに走りながら背後の相手を狙い撃つことは難し
く、容易くかわされてしまう。
﹁駄目⋮⋮⋮どうする﹂
二人の魔法少女に、今のところ打つ手は無かった。
◆
一方、ドームの中に残された凛とルヴィアの戦いも、まだ続いていた。
﹁︻スタンド︼は一人一人全く違う能力よ。基本的な同一のルールはあるけれど、その
そんなマイナーでマニアックな異能を、ルヴィアが知っているとは思わなかった。
利ともいえず、結局は大した評価を得られていない。
術で捕縛したり観測したりすることができないのだ。しかも、魔術と比べて強いとも便
はいえない。なにせ、
︻スタンド︼は︻スタンド︼でしか干渉できないという性質上、魔
その返事に凛は少しだけ驚く。︻スタンド使い︼は珍しいうえに、魔術の研究に有用と
違うようでしたわ﹂
﹁︻スタンド使い︼⋮⋮⋮知っていますわ。けれど、私の知っている︻スタンド︼と随分
『9:Impact──衝突』
177
ルールでさえ例外は存在する。今のはおそらく、
︽遠隔操作型︾で︽物質同化型︾。力は
そ う 強 く な い け ど、遠 く か ら 操 れ る タ イ プ。本 体 は こ の 建 物 の 外 に い る で し ょ う ね。
﹂
?
﹂
!!
凛はとっさにジャンプする。強化された脚力は2メートルばかりの跳躍を見せ、床か
﹁
しかし、思い出に浸る余裕はなく、足元の床から微かな震動が走った。
凛は、少しだけ、10年前の﹃戦争﹄を思い出していた。
﹁ま、︻スタンド使い︼は10年前から知っていてね﹂
いるかわからないほどのことを、凛は知っているようだった。
今度は、ルヴィアが凛の知識量に驚く。時計塔の資料にも、それだけのことが載って
﹁⋮⋮⋮貴方、随分詳しいんですのね﹂
次に姿を見たら、派手にブッ飛ばしてやれば、身動きできなくなるわ﹂
攻撃でダメージを負うことはないけど、体を壊して戦闘不能にすることはできるはず。
なくても見えた。これは、実際にある物質と同化する、
︽物質同化型︾の特徴。こちらの
を見えるようにする魔術を使えば見えるけれど、さっきの︻スタンド︼は、魔術を使わ
﹁いいえ、今回は違うわ。︻スタンド︼は︻スタンド使い︼にしか見えない。霊的なもの
﹁こちらは防ぐことしかできないと
︻スタンド︼は︻スタンド︼でしか傷つけられないから、魔術は通用しない﹂
178
﹂
ら突き出た1メートルほどの鋭い針をかわしきっていた。
﹁このっ
費やし、周囲を探る。しかし、﹃獲物﹄をとらえることはできなかった。
黒衣の怪人はライフルを構え、銃口をゆっくりと動かす。目を、耳を、全ての感覚を
◆
間はかけていられないわ﹂
﹁けど、先に外に出て行ったイリヤたちを、早く助けてやらなきゃいけない⋮⋮あまり時
﹁なかなかいい動きをするようですわね⋮⋮⋮これは攻撃を当てるのは、中々骨ですわ﹂
用にかわし、床へと融け込むように姿を消す。
凛とルヴィアが同時に魔弾を放つ。だがその攻撃を、針はグニャリと曲がることで器
!
先ほどまで戦っていた、褐色の肌の男の協力者の戦力は充分に削れた。戦闘能力はな
﹁少シ惜シイガ、仕方ナイ。当初ノ目的ハ果タセタノダカラ、良シトスルカ﹂
いた、テナントのなれの果てだ。じきに炎に呑み込まれ、すべて灰燼と帰すだろう。
建築物の残骸が散らばっている。﹃ミセス・ウィンチェスター﹄が襲撃した一団が使って
周囲は、激戦によって生まれた炎が地を這いまわって闇夜を照らし、砕かれた機材や、
その事実を認め、﹃ミセス・ウィンチェスター﹄は銃を降ろした。
﹁│││逃ゲラレタ、カ﹂
『9:Impact──衝突』
179
い連中だったが、技術に優れ、情報収集などのサポートはとても巧みであるという話だ。
放っておくと厄介であった。
そう凛が思考を巡らせていると、またも床からスタンドの﹃腕﹄が伸びる。ナイフの
使われたらもっと厄介だっただろうけど、その心配はどうやらいらないわね︶
︵つまり、これは4対2ではなく、2対1が2組できているという構図。チームプレイを
なる。つまり、現状、ライダーからの攻撃はないと考えて問題あるまい。
ているため、凛たちへの攻撃は、周囲に隠れているスタンドも巻き込んでしまうことに
そして、今のライダーの攻撃は、手加減しても壁や床ごと、対象を破壊する威力を持っ
ら飛び道具は持たないようだ。
敵は変幻自在の厄介な相手であるが、直接攻撃ばかりを仕掛けていることからどうや
を片付け、イリヤたちの応援をしなくてはならない。
敵スタンドからの攻撃に備えて、神経を集中させる凛たち。一刻も早く、こっちの敵
◆
﹁我ガ組織﹃ドレス﹄モ、モウ少シ人手ヲ出シテホシイモノダ﹂
かさを持たない口調で呟いた。
黒衣に身を包む怪人は、耳障りな甲高い声で、聞く者の心を静かに傷つけるような、温
﹁羨マシイ話ダ。私ニモ、コンナ便利ナ手足ガアレバヨイノニナ﹂
180
ワンパターンにっ
﹂
ように鋭い爪を備えた手が、凛へと伸びる。
﹁来たわねっ
!
﹂
伸びた﹃腕﹄が生える根元の床目がけて、弾丸が機関銃のように放たれる。
凛は、敢えて飛び退くのを堪えてとどまり、ガンド魔術を放った。
!
た。
ルヴィアっ
﹂
!! !
イ
ン
Zeichen││
サ
爆炎弾七連││
﹂
この瞬間、スタンドは周囲の物体に溶け込むように変形して、逃げる手段を封じられ
形は、困惑の声をあげる。
て、スタンドは空中に投げ出され、ラグビーボールほどの大きさの、呪術人形めいた異
盛大に床が砕け、
﹃腕﹄の先にいた﹃胴体﹄の姿がさらけ出された。破壊の余波を受け
﹁ギギャッ
!?
﹁任せなさい、遠坂凛っ
!!
!
ちょっ、強過ぎ│││
﹂
!?
解き放たれた。
﹁││え
!? ?
慌てる凛とスタンドの声を呑み込むように、宝石弾は爆裂した。
﹁ギャッ
﹂
七つの宝石が、ルヴィアの手の中で光を灯す。宝石に内包された魔力は灼熱となって
!
﹁今よっ
『9:Impact──衝突』
181
魔術による指向性のある爆発は、放ったルヴィアには衝撃を与えずに、ルヴィアと逆
の方向に向けてのみ破壊をもたらした。耳がちぎれるほどの爆音。床も壁も砕け崩れ
る。あと一つ、宝石の数が多ければ、このドームに張られた再生の術式も破られ、結界
は破壊されていただろう。
少なくとも、人間が巻き込まれて死なずにすむような爆発ではなかった。
言うまでも無いことであるが、ルヴィアの放った宝石魔術の爆発は、スタンドもろと
もに凛を巻き込んでいた。いやむしろ、第三者が見ていれば、凛の方に向けて魔術を
放っていたように見えたと証言しただろう。
だが、ルヴィアは自分の成した行為に、何も後ろめたい想いは無いようであった。
﹂
!!
﹁がふぅっ
あ、貴方、死んだんじゃ
﹂
!?
倒れたルヴィアに、追いうちの蹴りを仕掛ける凛に対し、ルヴィアは辛くも攻撃を避
!!
!!
ら絶対、ついでに私も無きものにするだろうって思ってたら案の定
﹂
﹁用心のために持ってた宝石を、咄嗟に防御に使って防いだわよ あの状況、あんたな
!?
爆煙の中から飛び出て来た凛による、渾身のドロップキックが炸裂した。
﹁ざけんなコラァッ
なんともアンニュイな表情で静かに口にしたルヴィアに、
﹁ふっ⋮⋮⋮貴方の貴い犠牲、無駄にはしませんわ。遠坂凛﹂
182
私はごめんだわ
﹂
敵を倒すためなら、犠牲を恐れてはいけませんわっ
けて立ち上がり、応戦する。
﹁仕方ないでしょう
﹂
﹁ならあんたが犠牲になりなさいよっ
﹁私だって嫌ですわっ
◆
﹁⋮⋮⋮⋮
﹂
空気を読まずに。
であろう、言葉と肉体による激しいぶつかり合いは、またしても始まった。
﹂
﹂
今まで何度も行われ、そして、二人の付き合いが続く限り、これから何度でも行わる
どーいう神経してんのあんたはっ
!!
!!
!!
!!
!!
﹁自分が嫌なことを他人にやらせるなッ
!!
!!
!?
エネルギー・チャージだ。
なんかヤバげな感じなんだけどっ
﹂
イリヤはその様子に思い当たるものがあった。アニメで良く見る、大技を放つ前の、
い光を発し始めた。
固まる。そして、空中にとどまったまま、手綱をより強く握り締めると、天馬全体が、強
自分のマスターのスタンドが、やられたことを察したらしく、ライダーの動きが一瞬
!!
﹁ね、ねえルビー
?
『9:Impact──衝突』
183
︾
︽今までの攻撃は、神代の幻想種、ペガサスにとってはただ撫でていた程度⋮⋮⋮宝具の
﹂
力を使った攻撃は、ここからです
﹁やっぱりぃっ
!
︾
!
魔法少女の防御力
!
ルビーは気をつけてと言ったが、はっきり言って、気をつけようがない。
リヤたちへ襲いかかる。
などという易しいものではない。物理を超えた破壊力を示す、神話の一撃。それが、イ
直後、ペガサスが太陽のように光輝き、走り出す。生きたミサイル││否、ミサイル
ルビーの真剣な声が響く。
でも怪我じゃすみません
︽気をつけて下さい。千年単位の幻想種は、魔法に匹敵する神秘
ペガサスがいななき、その俊足を発揮しようと全身に力を込め始めた。
上げる力を持つものであることは、確かであった。
その手綱と同じものかはわからないが、ライダーの宝具が騎乗する幻想種の力を跳ね
綱により、ペガサスを自在に乗りこなしたと言う。
合成獣キマイラを退治した英雄ベルレフォーンは、女神アテナから授かった黄金の手
それがライダーの最強の宝具︻騎英の手綱︼。
ベ ル レ フォー ン
ライダーの手の中の、手綱が極限の輝きを放つ。
!?
184
﹂
!!
カッ
しかし止めるために動き回るつもりはなかった。男は巻き込まれた身であり、この町
ことを。
この一級と言っていいだろう美しい夜景の中で、命と栄光の奪い合いが行われている
男は知っている。
していた。
冬木ハイアットホテル客室最上階││地上32階から、一人の男が夜の新都を見下ろ
◆
雷撃を上回る、耳がもげるほどの爆音。
太陽のごとき、目も潰れるほどの閃光。
!!!
街道をぐるりと回って、ちょうどオンケルのドームの前に戻ってきたところで、
うてい空飛ぶ幻想種の速度を超えられるはずも無い。
イリヤは涙目になり、恥も外聞もなく、速度を更にあげてダッシュで逃げる。だが、と
﹁ヒ、ヒイイィィ
『9:Impact──衝突』
185
の住人でもない。たまたまここに立ち寄っただけの部外者だ。わざわざ足を使ってや
る気はない。他にやることもあるのだから。
ただ、
﹁ぷはっ
し、死ぬかと思ったっ
!
﹂
見ると、周囲一帯に張った消音や人払いの結界はまだ健在であるようだ。
だった場所は見事なまでに砕け散っていた。周囲の家々から、人が出てこないところを
その下、さっきまでいたはずの場所は、瓦礫の山が存在していた。オンケルの隠れ家
ドームを突き破ったライダーはペガサスに乗ったまま、町の夜空に浮かんでいる。
結界は消え、戦闘に使っていた領域も砕けた。
◆
⋮⋮⋮アーチャー﹂
﹁せ い ぜ い し っ か り や る ん だ な。仮 に も マ ス タ ー と し て、応 援 く ら い は し て や る よ
男は肩をすくめ、
﹁おっと⋮⋮⋮今夜もまた派手にやっているようだな﹂
ふと呟いたと同時に、夜景の中に眩い閃光が灯った。住宅が一つ、はじけ飛んだのだ。
﹁手が届くところに手を伸ばすくらいは、してやってもいいさ﹂
186
!!
﹁ごほっ、ごほっ
全く、髪が傷んでしまいますわっ
﹂
!!
﹂
わせようと、手綱を振るい、
ともかく、まだ標的が生きていることを確認したライダーは、駄目押しの攻撃を喰ら
ろうが、そのしぶとさはサーヴァントに匹敵するかもしれない。
ないとは、呆れかえるような生命力である。勿論、優秀な魔術で防御した結果なのであ
たが、致命傷は全然ないようだ。余波とはいえ、宝具の本気の攻撃に巻き込まれて死な
そして、瓦礫を押し退けて、凛とルヴィアが顔を出す。埃や泥に塗れ、ボロボロであっ
!
﹂
間一髪、背中を狙って放たれた攻撃を避けた。
﹁ッ
!!
!
﹂
!!
!??
て、
﹁ッッ
﹂
ライダーは勝利を確信して、凶暴な微笑みを浮かべる。一気に勝負を決めようとし
﹁⋮⋮⋮⋮
いたら、ライダーをペガサスから突き落とすくらいはできたかもしれないが。
ルヴィアに気を取られたチャンスであったが、失敗してしまった。今の攻撃があたって
悔しげな声を出したのは、瓦礫の影に隠れ、攻撃の機を窺っていた美遊だった。凛と
﹁避けられたっ⋮⋮
『9:Impact──衝突』
187
彼女の背筋を、嫌な寒気が襲った。
それは、英霊としての第六感というものであったか、本能が、危険を訴えた。
だがそんな馬鹿なと、ライダーは思う。複雑な思考のできない、黒化したライダーで
もそのくらいの判断はつく。
全力の宝具が直撃して、消し飛ばないわけがない。生きていられるはずがない。
たとえ魔法少女でも、防ぎきれるわけはない。
前後左右のどちらへ避けても、地に伏せても、衝撃によって捻り潰されるしかなかっ
たはずだ。
大体、地上のどこにも、イリヤスフィールの気配は感じられない。
﹂
地上の、どこにも。
﹁││ッ
もしなかったこと。
すなわち│││自分よりも高みへの回避と、頭上からの攻撃
!!
それは、神話世界において、天を制覇した幻想獣に跨る、ライダーだからこそ、想定
そして、ライダーは気がつく。
!!
188
﹁ッッッ
﹂
取っていた。
そう、
!!
﹂
支えなき空間に浮かぶイリヤスフィールから放たれる、渾身の一撃を。
﹁シューーーッ、トォッ
﹂
天を振り仰ぐライダー。目は封じられていても、その耳、その肌は、その存在を感じ
!!
!!
そして、空にはイリヤ一人だけが残った。
子となって消えていく。
瓦礫を更に弾き飛ばす閃光が弾け、ほぼ同時に、主人を背中から失った天馬、光の粒
さながら、ペガサスから落ちて身を滅ぼした、英雄ベルレフォーンのように。
きつけられた。
ライダーは、天馬から叩き落とされ、巨大な魔弾に押し潰されるように、大地へと叩
逃げ場なき、絶大威力。
さきほどイリヤに仕掛けたものと同じ種類の攻撃が、ライダーに降りかかる。
﹁│││││ッ
『9:Impact──衝突』
189
190
⋮⋮To Be Continued
﹃10:Justice││正義﹄
︻ある帝王と聖職者の会話︼
﹄
﹃︻歴史にIFはない︼⋮⋮⋮誰が言ったことかは知らないが、そんな言葉がある。知っ
ているか
文明、宗教、戦争、革命、歴史上の事件は、それまでの事象の積み重ねの
どることになると、そういう意味かな
﹄
結果、必然的に起こったことであり、もう一度時間を巻き戻してみても、同じ結果をた
意味かな
﹃ふむ⋮⋮⋮それは、歴史の中で起こったできごとは、そうなるべくしてなった、という
?
?
?
それが可能だったら
諦めなくてもよかったら
もしも、あの時の出会いがなかっ
?
﹄
?
﹄
?
﹃可能だ。私が友人から聞いた、
︻聖杯戦争︼という儀式を達成すればね。あるいは、
︻第
﹃過去の改変⋮⋮⋮そんなことが可能だと
も、︻歴史がIFで満ちている︼としたら⋮⋮⋮どうかな
たら。もしも、あの人物がまだ生きていたら。もしも、あの国が滅びなかったら。もし
?
﹃私は、実際に時間を巻き戻すことができない、諦めの言葉だと解釈している。しかし、
『10:Justice──正義』
191
2魔法︼という、IFの選択がなされた別世界へ移動する方法も存在するらしい。ただ
⋮⋮私は過去の改変などというものは、過去に囚われる弱い人間の考え方だと思ってい
る。人類を超越した私に、そのような短い時間をしか生きられない人間の思考は相応し
くない。私が見つめるべきは未来、いやもっと、もっとだ。重要なのは過去を改変する
﹄
こ と で は な く、も っ と 巨 大 な、過 去 か ら 未 来 ま で 含 め た、世 界 全 て を、天 地 の 法 則 を
⋮⋮⋮言ってみれば、︻真実︼を改変するということなのだ﹄
﹃︻真実︼の改変⋮⋮⋮それはもしかして、以前に言っていた︻天国︼の話なのかい
流れ星のように落ちたライダーの有様を呆然と見つめ、次に美遊は夜空に浮かぶイリ
◆
﹁そうか、ライダーは負けたか。じゃあ次はこちらが動くとしよう﹂
◆
えた、世界を造りなおす⋮⋮⋮︻真実の上書き︼に﹄
ればこそ多くの抵抗があるのだが⋮⋮⋮私はきっと到達してみせる。過去の改変を超
師たちは︻人理定礎の破壊︼と言っていたか。ともあれ、世界を破壊する行為になる。な
﹃そう⋮⋮⋮過去の改変とは、結果として、現在を滅却し、未来を消滅させる行為。魔術
?
192
ヤに視線を移した。
﹁飛んでる⋮⋮⋮まさか﹂
それは美遊にとってかなりの衝撃であった。理知的な反面、頭が硬く、常識を外れら
れない彼女には、﹃人間が空を飛ぶ﹄という非常識を受け入れきれずにいた。
立ち尽くす美遊の前へと、イリヤはゆっくり降り立ち、
﹁へへっ、やったよ、美遊さん﹂
嬉し気に笑った。少し前に、突き放す物言いをした相手に、屈託なく。
イリヤ、良くやったわ
﹂
その邪気のない笑顔に、どう返せばいいのか戸惑い、美遊は口ごもってしまう。
!!
!
﹂
!!
﹁ぎゃっ
﹂
夜の闇に紛れ、﹃糸﹄が伸びる。走る凛とルヴィアの足に絡み、引きずり倒す。
彼女たちの死角で蠢くものに。
そう、4人の少女たちは、誰も気が付かなかった。
そんな彼女を追い、ルヴィアも動いた。
﹁ちょっ、待ちなさい遠坂凛
瓦礫を払いながら、凛はライダーのカードを手にするために走り出す。
﹁よっしゃぁ
『10:Justice──正義』
193
!
﹁ひぎっ
﹂
女性らしくない悲鳴をあげて、二人は顔面から倒れこんだ。その隙を逃すことなく、
!
﹂
﹂
!!
﹂
?
≫
﹂
﹂
≪高みの見物していただけのくせに、漁夫の利だけもってくつもりですかぁ
ですよぉ
﹁私もそう思うけれどね⋮⋮こっちも色々あるのよ。で、返事は
ムムーッ
﹁そ、そんなの⋮⋮⋮﹂
﹁ムーッ
!!
?
?
!
汚い
?
し、カレイドステッキを要求する。
左腕を糸に変えて凛とルヴィアを束縛したランサーは、右手をイリヤたちの前に出
﹁ムググムグムグッ
!!
﹁モガモガモガッ
で、ステッキを渡してもらいましょうか
﹁勝ったあとが、一番気が抜けるわよね⋮⋮⋮さて、今度はこの二人が人質ということ
ランサーとの再会であった。
れた。
ける。二人が手も足も出なくなったところで、瓦礫の隙間から、見覚えのある女性が現
﹃糸﹄は二人の魔術師を縛り上げていく。呪文詠唱ができぬよう、顔まできっちり巻きつ
194
﹁フガッ
フングゥッ
フンッ
!
﹂
!
﹁ま、待ってよランサーさん
﹂
い、言っておくけど、オススメしないよ このステッ
キ持ってても、あまりいいことにはならないと思うよ
?
じゃない
それで﹂
ウーガーッ
!!
ムニュグゥッ
! !!
﹂﹂
!?
﹂
﹁月並みなセリフを言わせてもらうと、ステッキを渡さないとあらば、この二人の命は保
イリヤは子犬のように素直に頷く。
﹁あ、はい﹂
﹁静かになった⋮⋮⋮じゃ、続けましょうか﹂
気道と頸動脈を強く締めて、凛とルヴィアの意識を奪う。
﹁﹁ムキュッ
ランサーはクイと糸を引っ張る。
!!
﹁モゴモゴッ
﹁フニュウッ
﹂
﹁私 が 欲 し い わ け じ ゃ な い わ。う ち の マ ス タ ー が ね ⋮⋮⋮ 何 で も 結 構 強 い 武 器 ら し い
?
!
込む隙を伺う。
イリヤは突然現れたランサーに戸惑い、美遊ははっきりと敵対の姿勢で、攻撃を叩き
!
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
『10:Justice──正義』
195
証しない、ということよ﹂
な目に遭うこともなくなるわよ
もう大分思い知ったと思うけど
﹂
?
?
﹂
?
≪のわわっ
何ですか一体
≫
!
けどまだまだ
?
﹂
!?
き付けて魚釣りのように引き寄せた。それだけだ。単純なやり方だが、上手くやるのは
美遊が手品のタネを理解し、驚きの声をあげる。ランサーは得意の糸を、ルビーに巻
﹁いつの間に⋮⋮⋮
には、細い糸が巻き付いていた。
ルビーはランサーの方へ飛んでいき、彼女の手へと納まった。カレイドステッキの柄
﹁悪いけど、大人は嘘つきなのよ﹂
!
その動きに合わせて、イリヤの手からルビーが引きはがされた。
﹁えっ
ランサーの右腕が、猛獣使いが鞭を振るうように強く動き、
子供⋮⋮⋮まっすぐすぎる﹂
﹁ふぅ⋮⋮⋮思ったより変わり者だったようね。いえ、頑固者かしら
﹁う、うーん、それはそうなんだけど⋮⋮まだやめるつもりはないっていうか﹂
?
﹁無いわね。というか、そこまで悩むこと そのステッキがなくなれば、もう死にそう
﹁⋮⋮⋮もうちょっと交渉の余地は﹂
196
難しい。相手の警戒を潜り抜けて、糸を巻き付けなければならない。
その困難を、ランサーは凛とルヴィアを捕え、イリヤと美遊の注意を人質に引き付け
ることで、ステッキそのものへの注意を疎かにさせることでクリアしたのだ。
ルビーたちと凛たちを交換しようという交渉を持ち掛けられたことで、イリヤはこう
思いこんだ。
﹃自分がステッキを渡すか渡さないか、交渉がまとまるか決裂するか、その結果が出るま
では向こうから攻撃してくることはない。向こうの方は人質をとって有利な立場にい
るのだから、焦って無理矢理ステッキを奪おうという、抵抗されるだろう危険な行動を
とる必要はないはずだ﹄
だが、
﹃危険だからやらないだろう﹄と相手が考えるならば、だからこそ﹃危険を冒し
てでもやる﹄。それが油断を突くということであり、戦術の基本である。
イリヤたちはステッキの力で戦闘力は得られたが、そんな基本的な知識が、基本を学
ぶための経験が、圧倒的に足りなかった。
﹂
?
?
固ごめんこうむります
ルビーちゃんはサーヴァントなんかには絶対に負けたりし
≪生憎ですがルビーちゃんは 自分で直接告白もできないような人と契約なんて、断
解除して、うちのマスターと契約してくれる
﹁では次の交渉をしましょうか。えーと、ルビー 今、この子たちと結んでいる契約を
『10:Justice──正義』
197
!
ない
くっ、殺せっ
!
≫
!
敵対するのは初めてだけど、結構きついのね﹂
しか、ないのかな
私たちとランサーさんと、どっちかが残るしか、ないのかな
﹁だ、だって、ランサーさん、悪い人じゃないでしょ
﹂
?
?
﹂
!?
冷徹に断言し、美遊は追撃の魔力弾を撃ち放つ。
﹁話なんて意味がない。あいつは敵﹂
﹁み、美遊さん
は、その場を跳び上がる。ランサーがいた空間を、魔力弾が通り過ぎていった。
その言葉を紡ぐと同時に、凛たちを縛っていた糸を戻し、左腕を再構成したランサー
﹁⋮⋮⋮ないわ。残念だけど﹂
?
だから、えっと⋮⋮⋮た、戦う
﹁もうちょっと、恨みがましい目で見てほしいんだけど。こちらを嫌っていない相手と
怯えはあれど敵意のないその視線に、ランサーは思わずため息をついてしまう。
戻った少女はランサーを見つめ返す。
ランサーはルビーを無視してイリヤを見る。ルビーが離れたことで、服装ももとに
≪あ、ダメだこの人。話聞く気が最初っから無い≫
らうわ﹂
﹁あ、そう。私はどちらでもいいのだけれど、どちらにせよ、あなたは連れていかせても
198
﹁人質をとられても敵には屈さないタイプか⋮⋮それとも無理して冷徹な判断を、自分
に強いているのか。いずれにしても怖いわね﹂
美遊の内面を分析しながら、ランサーは巧みに攻撃をかわす。多くの戦いをしてきた
彼女にとって弾丸などは慣れっこである。スタンドの動体視力で射線を見定めれば、避
けるのはさほど難しくなかった。
︵し か し こ っ ち に は 飛 び 道 具 が な い。弾 幕 を 潜 り 抜 け て 近 寄 る の は 少 し 厳 し い わ ね
⋮⋮⋮さて︶
美遊の方は落ち着いていた。
人質となっていた凛たちから離れた今、ランサーとの闘いのみに集中すればいい。
糸によるトリックプレイ。普通の人間では隠れられない場所に、身を隠しての奇襲。
ランサーの能力は多様性があるが、決め手となる攻撃力にかける。奇襲や人質作戦を
とるということは、逆に言えば正攻法でなんとかできる力がないと、言っているも同然
││美遊はそう考える。
をかわしていく姿は見事と言っていいが、ライダーのように人間離れした速度や動作で
美遊はランサーの動きを見ても、そう判断する。左右に動き、しゃがみ、跳び、弾丸
い︶
︵戦い方は確かに巧いけれど、相手のペースに持っていかれなければ、強い相手じゃな
『10:Justice──正義』
199
はない。
魔法少女の能力で対処できる程度の身体能力だ。このまま弾丸の数、密度を増やして
いけば、ランサーを弾幕で押しつぶすことができる。
そう結論を下し、美遊が勝負を決める大量の弾丸を放とうとした、まさにその時、
ガズッ
﹂
美遊の額に、鈍い衝撃が響いた。
!
︶
!?
﹂
!
慌ててステッキを振るい、魔力弾を放つ。だが狙いも何もない弾が数発放たれた程度
﹁く
一瞬の空白。それはランサーにとっては、十分すぎる隙だった。
き、ランサーへの攻撃を止めてしまった。
所詮はただの石つぶて。傷や痛みは大したことはない。だが、わずかではあるが驚
︵ま、ずいっ︶
たのだ。ぶつかった衝撃で、石自体が砕けるほどの高速で。
おそらく魔力弾をしゃがんで避けたときに拾っていた石だろう。それを、美遊に放っ
︵ランサーが
痛みに霞む目でとらえたのは、砕けた石の欠片。
﹁
!?
200
で、ランサーは止められない。降り注ぐ攻撃を軽やかに避け、美遊との間合いを詰め、サ
ファイアに手を伸ばす。
︵取った︶
︵取られた︶
ランサーと美遊は、同時にその事実を認識する。
﹂
≫
が、ランサーの手がカレイドステッキを掴むその直前、
﹁取ったよ
﹂
イリヤさんったら大胆
イリヤの声があがった。
≪わお
!?
﹂
!!
﹂
!!
腹部に強烈な一撃をくらい、さしものランサーも吹き飛ばされ、瓦礫の山に突っ込ま
﹁ぐはっ
﹁零距離射撃
ダイレクト・シュート
の手からルビーを奪い返し、返す刀で力を込めた魔力弾を叩き付けた。
直後、イリヤは魔法少女へと変身する。そして強化した身体能力によって、ランサー
奪い、握っていたルビーに、手を触れている。
ランサーは思わず振り向く。その真後ろにはイリヤスフィールがいた。ランサーが
!
!
!
﹁
『10:Justice──正義』
201
される。
﹁大丈夫
美遊さんっ
﹂
!
﹁だ、大丈夫⋮⋮⋮でもいつの間に
!?
﹁勇気、か﹂
そう策でなく、
﹂
も踏み込んでいった。策も何もなく。
それがわからないほど愚かな少女ではない。むしろ利発で聡明である。だがそれで
んでいただろう。
英霊が指一本ででも攻撃すれば、魔力弾の流れ弾一発でも受けていれば、イリヤは死
ころである。
ステッキもない、魔術も使えない、ただの小学生が英霊に近づく。自殺行為もいいと
﹁アハハハ⋮⋮⋮つい体が動いて﹂
よイリヤさん≫
≪だからって魔力弾の飛び交う戦場に、単身踏み込んでくるなんて、無茶しすぎです
﹁いやその、美遊さんもランサーさんも、私のこと見てなかったし﹂
いつの間にか、ランサーの真後ろに近づいているなどと。
ランサーと攻めあっていた間、美遊はイリヤの方に注意を向けていなかった。それが
?
202
呟きながら、ランサーが立ち上がる。痛そうに腹を抑え、しかし姿勢にブレはなく、戦
うことに問題はなさそうだ。
﹁まったく、戦いたくないと言いながら、思い切ったことしてくれる⋮⋮⋮油断したわ﹂
﹁ごめんなさい、でも美遊さんが危なかったから⋮⋮⋮﹂
ランサーはちらりと、倒れた凛とルヴィアを見る。二人ともまだ伸びている。ラン
﹁友達思いなのは嫌いじゃないけど、困ったわね。二人がかりか﹂
サーとしては、彼女たちが起きて、四人がかりになる前に勝負をつけなくてはならない。
﹄
ランサーがステッキを奪う作戦を考えていると、
﹃おいランサー、いつまで手間取っているんだ
らに伝えているのだ。
﹂
う。使い魔として、ランサーのマスターにこの場の情報を伝え、向こうからの声をこち
には純粋のコウモリではなく、魔術的に作り出した疑似生物か、改造した生き物であろ
匹のコウモリがとまっている。無論、コウモリが人間の言葉を話せるわけはない。正確
ランサーは、己がマスターの声に、顔をしかめる。目線を動かすと、瓦礫の一つに一
﹁⋮⋮⋮﹂
?
なによ。このステッキをとってくるだけじゃ足りないの
?
﹃まあいい。それよりも追加の命令がある﹄
﹁
?
『10:Justice──正義』
203
﹃ああ⋮⋮⋮﹄
ランサーのマスターは、遠くの自分の陣地の中で笑う。
﹂
!?
﹂
﹁う
?
││亜光速とさえ言える速度で動いたかと思うと、何が起こったのか察知もできぬイリ
ランサーは疑問を抱えながらも、ランサー以上の機動力を持って、目にも見えぬ高速
﹂
﹁え
?
ておくはずだが。
サーが容易に動く駒ではないとマスターも理解できている。ならば一つは令呪を残し
だが三つ全部使ってどうするのか。その後でランサーをどう縛るというのか。ラン
結果、ランサーは魔法少女たちを捕えた。
くなる。
﹃殺せ﹄ではなく﹃捕えろ﹄という命令であれば、そこまで強い抵抗をする意志になれな
を殺す前に自害する気でいた。だが、三つ同時に使われては流石に無理だ。そもそも、
﹃殺せ﹄という命令になら抗う覚悟はできていた。令呪を二つ使われようとも、少女たち
その命令をランサーは理解できなかったが、体は勝手に動き出す。
﹁
﹃令呪を持って命じる。二人の魔法少女を拘束し、その場にとどまり、何もするな﹄
204
ヤと美遊を、糸の変じた左腕で、背中合わせになりまとめて縛り上げる。
﹂
命令を遂行したうえで、ランサーは問いかける。
﹁あんた⋮⋮⋮なんのつもり
ザバッ
に、使い魔を放っていてね。限定的な同盟を結んでいたんだ⋮⋮⋮﹄
﹃いや何⋮⋮⋮昨夜の戦いで、逃げ帰るオンケルの家は突き止めていたから、昼のうち
?
﹂
そして、と、ランサーのマスターは説明する。
合う。︻自己強制証明︵セルフギアス・スクロール︶︼まで用意して結んだ契約さ﹄
て、魔法少女どもを殺してステッキを奪い、オンケルと僕とで、2本のステッキを分け
テッキはオンケルが独り占めだ。だけど、ライダーが破れたら、僕がライダーに協力し
﹃オンケルの協力者であるライダーのマスターが、魔法少女を倒せたら、そこまで。ス
した。
ライダーはその声に反応したように、紫の長い髪を振り乱し、敵意と殺意を撒き散ら
イリヤが驚きの声をあげる。
!?
げて立ち上がった。
瓦礫の下から、血に濡れ、傷に塗れ、それでも五体万全なライダーが、獣の唸りをあ
!!
﹁ラ、ライダー、まだ生きて
『10:Justice──正義』
205
﹃ついでに、手綱がなくなったランサー。君は一緒にライダーに始末されてしまうとい
﹂
い。僕の聖杯戦争はここで終わりだ。まとめて死んじまえ﹄
﹁貴様⋮⋮⋮
ザガッ
この状況を覆せる者がいるとすれば、
のうえで効果的な命令をしたということだ。
ランサーのマスターは、ランサーを侮蔑していたが、その心情はよく理解しており、そ
感は薄く、従ってしまった。今から令呪の絶対命令を無理矢理破ることはできない。
﹃殺せ﹄という命令であれば、全力で抵抗していただろうが、捕えるだけの命令への抵抗
令呪で﹃何もするな﹄という命令がなされている以上、何も抵抗することはできない。
断されて死に至るだろう。
までは、ライダーの腕の一振りで、イリヤも、美遊も、ランサーも、まとめて胴体を両
動きを封じられたイリヤたちも、いまだ気絶している凛たちも何もできない。このま
る。
ほど弱ってしまったライダーだが、身動きのとれない幼子を踏み躙ることくらいはでき
いる。宝具を使う力も残っていない。魔法少女二人でかかれば、容易くとどめをさせる
ライダーが駆け出す。イリヤの攻撃で深いダメージを負い、動きもかなり鈍くなって
!!
!!
206
﹁│ │ │ I a m t h e b o n e o f m y s w o r d ︵ 我 が 骨 子 は 捻 じ
れ狂う ︶﹂
!!
通りすがりの、正義の味方くらいのものだろう。
ギュオオオオオオッ
﹂
!!
遊、ランサーの前に、立つ。
ライダーにとどめを刺したアーチャーは、電柱の上から跳び下り、動けないイリヤ、美
ろだが、イリヤたちはまだ縛られたままだ。
を初めて見るが、これがそもそもの発端となった謎のカードなのだろう。拾いたいとこ
闇夜を裂く爆発が収まったあと、抉られた大地に残った一枚のカード。イリヤは実物
した。
ライダーの最期を見送りながら、電柱の上に立つアーチャーは、構えていた弓を降ろ
に傷ついていたライダーの体は限界を迎え、瞬く間に消し飛んだ。
その﹃矢﹄はライダーに命中したと同時に爆発を起こし、ライダーを飲み込む。すで
ライダーが気づくも、その一撃は直後にライダーに到達していた。
﹁
『10:Justice──正義』
207
まあ、助かったわ。ありがとう﹂
﹁さて、また会えたな。しかしまたも君らの絶体絶命の危地に遭うとは、これもめぐり合
わせかな﹂
﹁出るタイミング、狙ってやってるんじゃないの
まっていた。
﹁痛つつつ⋮⋮⋮何
今の音﹂
上がり、周囲を見回している。
カードが
﹁って、今度はあんたたちが捕まってるの
﹂
そ、それにあんたまで
﹂
!
方ということでいいのでしょうか
﹂
﹁貴方⋮⋮昨夜のランサーとアーチャーですわね。アーチャー、貴方⋮⋮⋮私たちの味
また、ルヴィアの方は、
凛は、イリヤたちを捕まえたままのランサーと、横に立つアーチャーを指さす。
!?
アーチャーの起こした爆発で、凛とルヴィアも目を覚ましたらしい。フラフラと起き
!
?
﹁うーん⋮⋮⋮ハッ、そうですわ
!
ランサーのマスター、マナヴが操っていたコウモリは、もうどこかへ飛び去ってし
チャーが攻撃してきたらなすすべが無いが、アーチャーに敵意は見られない。
は礼を言う。しかし令呪の効果が残っているためか、体はまだ動かない。これでアー
涼し気に言う褐色の英霊に、どこか気障な仕草をうざったく思いながらも、ランサー
?
208
?
﹃褐色﹄の肌の弓兵に向けて、問いかける。彼女は昨夜の戦いを見て、アーチャーの存在
を知っていたが、実際に対面するのはこれが﹃初めて﹄であった。
◆
イリヤたちがいる、崩れた家屋の隣の家の庭に、一人の女性がいた。細身の、なかな
か美しい女性である。
彼女の名はミドラー。
先ほど、ルヴィアによって吹き飛ばされたスタンドの、本体である。いかに強力な魔
術であっても、スタンドを傷つけられるのは、基本的にスタンドのみ。彼女自身は傷一
つ負っていなかった。
精神的は少々疲労があるが、戦闘続行には何も問題はない。
拘束されたまま。ランサーも動けず、凛たちは目覚めたばかりで状況に対応できないで
だが、今ならば奇襲の最高のチャンス。魔法少女はまだ令呪が効いているランサーに
りはなかった。
らこちらからも相手を攻撃できない。ライダーが敗れた以上、彼女はこれ以上戦うつも
押し潰される。スタンドはスタンドでしか傷つけられないが、強い力で吹き飛ばされた
ランサーが言った通り、勝利の後が一番油断する。正面からでは魔法少女の魔力弾に
︵ライダーがやられて、ランサーのマスターの作戦も失敗したか⋮⋮⋮けれど今ならば︶
『10:Justice──正義』
209
いる。現れたばかりのアーチャーはこちらの存在を知りもしない。この機を逃す手は
ない。
特にあのランサーは早く倒しておいたほうがいいと、彼女の勘が告げていた。誰かと
似ているあの端正な顔立ちが、危険を強く訴えるのだ。口の中が妙に疼き、思い出した
くない何かを思い出させようとする。
ハイプリエステス
その疼きを振り払うように、彼女は己の分身を動かした。
﹂
グバァッ
﹁えっ
﹁ちょっ⋮⋮⋮
﹂
イリヤたち、全員がいた場所に、突如大穴が開く。いや、開いたのは﹃口﹄だ。
!
!?
!!
道具も。家も。そして││
のだから。
鉱物はいたる所にある。知性が生み出したこの文明は、鉱物によって建造されている
その能力は、石や金属、陶器やガラスなどの鉱物に変身すること。
司祭長。直感、安心、知性、聡明などを暗示する。
スタンド、
︻女 教 皇︼。タロットにおける2番目のカードである︻女教皇︼、または女
ハイプリエステス
︵行け⋮⋮⋮︻女 教 皇︼︶
210
ハイプリエステス
ハイプリエステス
︻女 教 皇︼の変身できるものは鉱物全般。もちろん、大地だって例外ではない。
イリヤたちがいた場所はすでに、巨大に広がった︻女 教 皇︼の顔の上だ。
﹄
ハイプリエステス
魔術で飛ぶ余裕もなく、口は閉じられる。ダイヤモンド並みの硬度を持った歯が、イ
リヤたちを噛み潰そうと迫る。
そして、
ボッ
﹂
﹂
﹃ギャアアアアアアアァァァァッ
﹁な、なぁっ
!?
その研究内容は、旧日本軍の化学細菌戦部隊が行っていたものに由来するとされてい
ベトナム戦争の時、アメリカ軍が特殊兵器開発のための秘密研究機関がつくられた。
一つは﹃ドレス﹄。
今、目を向けている書類は、冬木に侵入している二つの組織についてである。
今日も今日とて、エルメロイⅡ世は、書類と睨み合っていた。
◆
絶叫。それは、イリヤたちではなく、︻女 教 皇︼のものだった。
!
!!
!!
﹁これは⋮⋮っ
『10:Justice──正義』
211
る。しかしそれは、対外用に用意したものである。
確かに、
﹃ドレス﹄には旧日本軍の関係者や、アメリカ政府の上層部が関与しているこ
とは事実だ。兵器開発も確かに行い、アメリカ軍の強化に貢献してもいる。
けれど、それだけではすまない何かが存在している。多くの魔術師を抱え込み、無数
の聖杯戦争を引き起こし、エージェントを送り込んで、何らかの観察・研究を行ってい
る。
その根本にある目的が何なのかはわからない。だが、その目的のために手段を選ばな
い連中であることは、間違いない。
そしてもう一つの組織。
かつて、一代にして巨億の財を築いた大富豪が打ち建てた、ワシントンに本部を置く
財団。
表向きは人類の福利厚生のため、医学、薬学、考古学など、さまざまな分野に助成す
ることを目的に結成された財団であるが、その影には超常現象を取り扱う部門が存在す
る。直接には魔術協会との繋がりはないが、数名の魔術師を傘下に招いており、侮るべ
きではない力を秘めている。
一昨日、後者の組織が冬木にいると知り、敵対するか否かを案じていたエルメロイⅡ
﹁どうやら、今回は吉と出たようだな﹂
212
世は、ほっと胸をなでおろす。
もし彼らが敵に回っていたら、カレイドステッキを持っていても危ないと、気をもん
でいたのだ。
﹁これを機に、二人も学べるとよいのだが。才能も実力も、有り余るほどあるが、彼女た
ちにはまだ精神面において、足りないところがある﹂
10年前の聖杯戦争でも出会った、彼らのことを思い出しながら、エルメロイⅡ世は
葉巻に火をつける。煙を味わいながら、彼は記憶を懐かしみ、今、起こっている戦いの
ことも考える。
﹁彼女らはもう少し、落ち着きを知るべきだ﹂
﹄
﹄
彼自身がどれほど否定しようとも、弟子を思うその姿は、やはり時計塔最高の教師に
こっ、これはっ、これはぁっ
相応しいものであった。
◆
﹃アアアァァァッ
!!
こ、これはまさかぁっ
!!
大地から分離したスタンドは、焼かれながら悶え転がる。
炎に焼かれ、燃え上がる︻女 教 皇︼を。
ハイプリエステス
イリヤたちは呆然と見つめていた。
!!
﹃熱いっ、熱いぃぃっ、スタンドを焼く炎っ
!!
『10:Justice──正義』
213
ハイプリエステス
﹁ふむ⋮⋮⋮私が焼く必要もなかったかな
ハイプリエステス
﹂
そして、︻女 教 皇︼を焼いた張本人が現れる。
?
ハイプリエステス
﹃き⋮⋮貴様ッ
貴様が来ていたのかッ
﹄
!!
﹂
!
﹃スピードワゴン財団ッ
エージェントッ
﹄
!!
星屑のごとく幽かに、しかし確かな正義として輝いた、十字軍の一員。
﹃ドレス﹄に並ぶ、もう一つの組織、﹃スピードワゴン財団﹄からの使者。
!!
ちらには来られなかった男が、やっと現れたのだ。
遊と共に、キャスターの拠点を潰した盟友。先ほどまで、セイバー陣営と戦っていて、こ
ルヴィアが文句を言う。︻女 教 皇︼を焼き倒した彼こそ、彼女の協力者。ルヴィア、美
ハイプリエステス
﹁すまないな。埋め合わせはするから勘弁してくれ﹂
﹁まったく、遅いですわよ
その英雄の、名前と力を知っていた。
その男の、戦歴と栄光を知っていた。
その褐色の肌をした、赤の男を知っていた。
︻女 教 皇︼のミドラーは、その相手のことを知っていた。
!
サーとアーチャーは、一足早く︻女 教 皇︼を撃破した相手の方を見る。
ハイプリエステス
︻女 教 皇︼の口に呑まれそうになった時も、冷静に攻撃を繰り出そうとしていたラン
214
かつて、世界の支配者たらんとした巨悪を打ち破り、そして、﹃帰ってきた﹄男。
褐色の肌。逞しい肉体。美男とは言えないが、力強く頼もしい風貌。
異国風の衣服とアクセサリを身に着け、黒髪を幾つもの小さな塊にして編み上げてい
る。
ス ピ ン オ フ
﹄
そして、その背中で不死鳥のように燃え上がる、猛禽の頭を持った鳥人の像。
これは、貴方たちの知る物語ではない。
ルー ル
ここは、貴女たちの知る世界ではない。
今一度、明記しよう。
ゆえに、絶対に異議を唱えてはならない。
別の﹃設定﹄で成り立つ、﹃並行世界﹄である。
!!
その名は、
マジシャンズ・レッド
﹂
﹃︻魔術師の赤︼の⋮⋮⋮モハメド・アヴドゥル
I am
!!
!!
今一度、明記しよう。
◆
﹁YES
『10:Justice──正義』
215
216
これは、﹃外典﹄である。
⋮⋮To Be Continued
﹃11:Kaleidoscope││変幻﹄
に戻ることなく、そのまま間桐の名で生きることを選んだようだ。
衛手段として魔術を学ぶ程度の魔術使いになるのが関の山であろう。彼女は遠坂の家
最後に、遠坂からの養子である桜であるが、彼女もまた魔術師となることはなく、自
の子である慎二には魔術回路が継承されていない。
間桐鶴野・雁夜は生き残ることができたが、二人とも魔術師を継ぐ意思はなく、鶴野
となった。
使い魔の創造に長け、令呪のシステムを生み出した、魔術の名家も、ここに滅ぶこと
ながらえたおぞましい怪老も、ついに果てた。
マキリの長老、間桐臓硯は死亡。その身を、異形の蟲へと変え、他者に寄生して生き
御三家の一角を担う、間桐││マキリの一族はもはや存在しないに等しい。
第1次と記したが、おそらく第2次が開催されることはないであろう。
した、新第1次聖杯戦争の経過と結末である。
以上が、冬木にて起こった、第4次聖杯戦争、あるいは、大聖杯を失った後で再構築
︻聖堂教会本部への冬木第4次聖杯戦争における報告書︼
『11:Kaleidoscope──変幻』
217
魔術師として高すぎる資質を持つ彼女には、今後、つけ狙う者も出てこようが、そう
まだやるという
いった不埒者は、今回、雁夜の協力者となった歴戦の︻スタンド使い︼たちを相手にし
なければならないだろう。
当然、我々も手を出すべきではない。
◆
﹁さて、奇襲は防がれ、敵に囲まれ、逃げ場はないな。まだやるかね
︵この世の始まりは炎に包まれていた。始まりを暗示し、始まりである炎を操るスタン
会、意志、創造。
タロットにおける1番のカード、
﹃魔術師﹄。意味するのは、起源、開始、可能性、機
︵炎を操るスタンド⋮⋮︻魔術師の赤︼︶
マジシャンズ・レッド
それゆえに、状況が最悪であることを知っていた。
知っていた。かつて戦った敵として、彼の持つスタンド能力を知っていた。
歩み寄るモハメド・アヴドゥルの姿。スタンド使いミドラーは、その男の力を良く
大地を転がり、火を擦り消したものの、︻女 教 皇︼は安堵できなかった。
ハイプリエステス
のなら⋮⋮⋮せっかく入れたらしい差し歯を、もう一度引っこ抜かれることになるが﹂
?
218
ド。その力は、私が知るスタンドの中でもトップクラス
︶
ミドラーが知る限り、アヴドゥルの炎と正面から戦い、善戦できたのは、せいぜい﹃戦
武器。
遥かな過去、人が火を手にしたときに、総ては始まった。人類と獣を隔てる、最強の
それが炎。
焼けば終わる。
燃やせば勝てる。
正面からの戦いでは、あまりに手強すぎる相手であったから。
ミドラーにしても、狭く、全力を出せない、海中の潜水艦内部で奇襲をかけた。
るいは二人がかりで戦った。
全力で使えない飛行機の中で襲い、ある者はスタンドを使われる前に奇襲を仕掛け、あ
集団を襲う刺客は、まずアヴドゥルへの対処を第一に考えた。ある者は、スタンドを
その集団の中でも特に恐れられた一人として。
かつてミドラーの所属していた組織と敵対した、ある集団の中に、アヴドゥルはいた。
!
いや駄目だ。こいつは速さもかなりのもの。変化しようとし
車﹄の暗示のスタンド使いくらいである。
?
た瞬間に焼かれる。第一、こいつは私の射程距離も知っている。逃げ延びたところで、
︵瓦礫に紛れて逃げる
『11:Kaleidoscope──変幻』
219
探されればすぐ見つけ出される。こうなれば、不利だとしても、こいつをここで殺すし
かない⋮⋮そうなれば、あとはタイミング︶
ミドラーは覚悟を決めて、アヴドゥルの挙動を見据える。スタンドを傷つけられるの
ハイプリエステス
は ス タ ン ド だ け。ラ ン サ ー が 自 由 を 取 り 戻 す に は、あ と 少 し か か り そ う だ。今、
︶
!!
ハイプリエステス
た弓矢が、解き放たれたときのような速さでもって。
ギャリリリリリリリッ
!!
!!
けて飛来する。
﹃くたばりなぁっ
﹄
たれる。しかし、
︻女 教 皇︼の転じた刃は、その炎を蹴散らし、アヴドゥルの首元目が
ハイプリエステス
電気ノコギリのように高速で回転する︻女 教 皇︼に向けて、
︻魔術師の赤︼の炎が放
マジシャンズ・レッド
︻女 教 皇︼は円盤状の刃に変わり、弾けるように跳躍する。折れる寸前まで引き絞られ
ハイプリエステス
︵│││勝負っ
歩み来るアヴドゥル。全身全霊を集中させるミドラー。
イリヤの心臓が早鐘を打つ。
︵これって⋮⋮⋮西部劇だ。どちらが抜くのが早いか⋮⋮⋮︶
対峙する雌雄の傍で、イリヤはその勝負の行方を見守る。
︻女 教 皇︼の脅威になるのは、この褐色のエジプト人だけ。
220
変幻自在のスタンドは汚い言葉を吐き、勝利を確信する。が、
ググンッ
﹄
ハイプリエステス
!
マジシャンズ・レッド
本 来、固 体 で も な い 炎 に 物 を 押 さ え つ け る よ う な 真 似 は で き な い は ず だ が、
まり、紐状になって︻女 教 皇︼を縛り上げていたのだ。
ハイプリエステス
︻女 教 皇︼の動きが空中で静止する。蹴散らされ、バラバラになった炎が、再び寄り集
﹃
!?
スター・プラチナ
像 ﹄である特殊な炎も使うことができる。
ヴィジョン
レッド・バインド
かつて、最強のスタンド︻星の白金︼の動きさえ止めた、炎の束縛。
その名も﹃赤い荒縄﹄。
﹄
マジシャンズ・レッド
﹃アギャァァァァスッ
!?
顔面を殴り飛ばした。
メメタァァァァァッ
﹄
ハイプリエステス
心同体。スタンドに与えられたダメージは、本体にも刻まれる。
鼻をへし折られ、炎に焼かれながら吹き飛ばされた︻女 教 皇︼。スタンドと本体は一
﹃ウゲェェッ
!!
!!
そして、
︻魔術師の赤︼の太い腕が振り上げられ、灼熱をまとった拳が、
︻女 教 皇︼の
ハイプリエステス
︻魔術師の赤︼は普通の炎だけでなく、スタンド同様、常人の目には見えぬ﹃パワーある
『11:Kaleidoscope──変幻』
221
協力して見返りを貰うことで利益を得られる。
入れる必要はない。他の参加者の魔術を見聞きして盗み取ることや、逆に他の参加者に
聖杯戦争に参加したのも、現世的な利益を求めてのことである。必ずしも聖杯を手に
り下がった。
究対象であった﹃虚偽﹄の生み出す利得に呑まれ、
﹁﹂への到達を忘れた、魔術使いに成
だが次第に彼らは研究した虚偽を利用し、他者を騙し、利益を得るようになった。研
真実であると考え、虚偽を全て取り去った果てに﹁﹂にたどり着くと考えたのだ。
彼らの研究対象は﹃虚偽﹄。﹁﹂とは世界の始まりであり、一切の不純物が無い完全な
家もまた﹁﹂を目的として、研究をしていた。
魔術師の悲願は、この世のすべての根源である﹁﹂にたどり着くこと。ソービャーカ
ランサーのマスター、マナヴ・ソービャーカは顔を蒼褪めさせていた。
◆
移り変わる戦いは、ついに決着がついたのだった。
同時に、
︻女 教 皇︼も姿をかき消し、幾たびも幻のように、万華鏡のように、優劣が
ハイプリエステス
その意識は次第に闇へと落ち込んでいった。
悲鳴をあげる余裕ももはやなく、スタンド使いのミドラーは、その場に崩れ倒れる。
﹁ぅぅぉぉぉ⋮⋮⋮﹂
222
自分は安全な場所から動くことなく、サーヴァントを動かし、決して無理することな
く、危険を犯さず、最大限の成果を得る。それがマナヴの方針であった。
いまだに高校生にもならぬ歳の、そばかす顔の少年は、慎重さと、狡猾さと、そして、
他者を踏み躙って恥じない邪悪さを備えていた。
しかし彼は勝負に敗れた。
﹁嘘だろ⋮⋮⋮こんな横槍があるなんて⋮⋮⋮﹂
ブロークン・ファンタズム
ライダーは突然現れたアーチャーによって、今度こそ完全に打倒された。
﹁﹃壊 れ た 幻 想﹄だと⋮⋮ 宝具をあんな使い捨てにするなんて⋮⋮⋮﹂
『11:Kaleidoscope──変幻』
それを自ら破壊するなど、できようはずもない。
それを容易く実行したアーチャーは、一体何者なのか
?
何より宝具は、それぞれの英雄が持つ、誇りの結晶のようなもの。まさしく宝なのだ。
その威力は絶大だが、普通そんな真似はしない。爆発させた宝具はもう使えないし、
ことで、宝具に宿る神秘を爆発させる││﹃壊 れ た 幻 想﹄。
ブロークン・ファンタズム
アーチャーは、宝具をライダーに突き立て、そのうえで爆発させた。宝具を破壊する
?
ランサーが消える前に、自分を捨て石にしたマスターに復讐をするために戻ってくる
ランサーを縛る令呪を使い切ってしまった今、マナヴを守るものはない。
﹁いや、いや今はもうそんなこと考えている場合じゃない。早く逃げなくては﹂
223
かもしれない。
そうでなくても、サーヴァントを失った無防備なマスターなど、聖杯戦争で生かして
おく理由などない。後に別のサーヴァントと再契約する可能性もある。低い可能性で
はあるが、一応念のためという程度の理由で、あっさり殺されるくらいに、か弱い獲物
なのだ。
﹂
!
!
﹂
!?
﹁おっと﹂
術強化を施したナイフを抜き放とうとしたが、
マナヴが驚きながらも、反射的に攻撃を仕掛ける。プロの軍人も顔負けの速度で、魔
﹁
突如、ドアが開いた。
ガチャリ
だが、残念ながらそれも遅いものとなった。
た。
仕事に未練を残さず、下手に執着しないで保身を第一とする姿勢は、一貫したものだっ
愚痴を吐きながらも、さっさと最低限の荷物をまとめ、逃走の準備をする。失敗した
かっ
﹁く そ っ 聖 杯 も ス テ ッ キ も、カ ー ド も 何 も 手 に 入 ら な い と は。骨 折 り 損 じ ゃ な い
224
侵入者のそんな声を聴いたと同時に、マナヴの体は指一本動かすことができなくな
り、立ったまま硬直してしまった。
じホテルに泊まっているとは思ってもいなかったよ﹂
﹁初めまして⋮⋮僕はアーチャーのマスターだ。いやまさか、ランサーのマスターが同
嘘を研究していた一族であるマナヴは、侵入者のその言葉は嘘であると見抜いた。目
の前の男は、マナヴがこの冬木ハイアットホテルに宿泊、より正確に言えば、魔術によ
る洗脳で、一室を無料で乗っ取っていたことを知っていたのだ。知っていて、自分を仕
留めるために泊まったのだ。
ら後を追わせてもらった﹂
?
アーチャーだ。彼はとても目が良くてね﹂
﹁ランサーじゃなく、君の放っていた使い魔だ。コウモリだったか。いや、見つけたのは
﹁後を⋮⋮⋮ランサーのか
だが、奴は隠密能力だけは高い⋮⋮尾行なんて﹂
﹁確かに、町の中に人間一人が紛れ込んで、それを見つけ出すことは簡単じゃない。だか
どうやら攻撃手段は完全に封印されているらしい。逃げることも、またできない。
なる。
どうやら舌は動くようだった。だが攻撃のために呪文を唱えようとすると、動かなく
﹁なぜわかった⋮⋮﹂
『11:Kaleidoscope──変幻』
225
それは、今もランサーへと使いに出した、あのコウモリの使い魔のことだ。最初に、ラ
ンサーがイリヤと出会い戦った夜も、マナヴはコウモリの使い魔を放ち、様子を見てい
た。だが空飛ぶ使い魔を追うなど、それもまた簡単な話ではないはずだった。
時に比べれば大したことあるまい﹂
﹁なぁに、彼女はもともと、以前に私の仲間によって、歯を全部へし折られている。あの
覚えることを抑えられない、無様な顔面である。
言う。ミドラーは鼻を折られ、鼻穴から血を流し、白目を剥いていた。女ならば同情を
凛は、倒れ伏して、ピクピクと痙攣するだけのミドラーを見下ろし、若干引き気味に
﹁こりゃ酷い⋮⋮⋮女の顔に、容赦ないわね﹂
◆
そばかすの不気味少年の聖杯戦争は、こうして終焉を迎えたのだった。
その背中を見つめながら、マナヴはゆっくりと意識を失っていった。
そして話は終わりだと、マナヴの目の前の男は踵を返し、その部屋を出ていく。
﹁そう簡単に見つかるものじゃない。今わかったところで無意味だが﹂
﹁そういえば戻るのが遅かった気も⋮⋮⋮だが馬鹿な⋮⋮⋮そんな細工の痕跡など﹂
た。見つけやすく、ゆっくり飛ぶようにね﹂
﹁あのとき、僕も近くにいてね。気づかれぬうちに、コウモリに少し細工させてもらっ
226
﹁あんたの仲間も容赦ないのね⋮⋮⋮﹂
﹂
真顔で言うアヴドゥルに、凛は嫌そうなしかめっ面を更にしかめる。
た。
リ
タ
イ
ア
アヴドゥルの提案に反対する者はなく、一行は瓦礫の山となったオンケル邸を後にし
﹁さて諸君。この場を移動して、改めて自己紹介でもしないか
?
タ
イ
ア
︻CLASS︼ライダー
◆
﹃カード入手﹄
﹃ライダー︵真名:メドゥーサ︶⋮⋮⋮消滅︵リタイア︶﹄
再起不能﹄
リ
﹃ミドラー︵スタンド:︻|女教皇︵ハイプリエステス︶︼
︶:ライダーのマスター⋮⋮⋮
﹃マナヴ・ソービャーカ:ランサーのマスター⋮⋮⋮再起不能﹄
『11:Kaleidoscope──変幻』
227
︻マスター︼女教皇のミドラー
ての能力を一ランク低下させる﹁重圧﹂をかける、強力な魔眼。スキルの﹁対魔力﹂に
魔力C以下は無条件で石化、魔力Bでもセーブ判定次第で石化、魔力A以上ならば全
﹁宝石﹂に位置する高位の﹁石化の魔眼・キュベレイ﹂を持つ。
・魔眼:A+
︻保有スキル︼
ただし、竜種は該当しない。
乗騎の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。
・乗騎:A+
りな魔術を持ってしても傷付けるのは困難。
魔術への耐性。三節以下の詠唱による魔術を無効化し、大魔術・儀礼呪法など大掛か
・対魔力:B
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力B 耐久D 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A+
︻属性︼混沌・善
︻性別︼女性
︻真名︼メドゥーサ
228
よっても抵抗できる。
・単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから1日現界可能。
・怪力:B
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。 使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は〝怪力〟のランクによる。
・神性:E│
元は土着の女神であったが、魔物としての属性を得た為に殆ど退化してしまってい
る。
を聞かせられるようになる。また、乗ったものの能力を一ランク向上させる効果も持
制御できる対象は普通の乗り物だけでなく、幻想種であっても、この宝具でいうこと
キルと強力な乗り物があることで真価を発揮する。
あらゆる乗り物を御する黄金の鞭と手綱。単体では全く役に立たないが、高い騎乗ス
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:2∼50 最大捕捉:300人
◆騎英の手綱
ベ ル レ フォー ン
︻宝具︼
『11:Kaleidoscope──変幻』
229
230
つ。
真名解放すれば、限界を取っ払って時速400∼500kmという猛スピードで、流
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
星のごとき光を放った突貫となる。
◆自己封印・暗黒神殿
ランク:C│ 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
対象に絶望と歓喜の混ざった悪夢を見せ、その力が外界へ出て行くことを封じる結
界。普段のライダーはバイザーとして使用し、自身のキュベレイや魔性を封じている。
使用中、視覚は完全に絶たれるため、ライダーは視覚以外の聴覚、嗅覚、魔力探査など
ブ ラ ッ ド フ ォ ー ト・ア ン ド ロ メ ダ
を用いて外界を認識している。
◆他者封印・鮮血神殿
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:10∼40 最大捕捉:500人
形なき島を覆った血の結界。
内部に入った人間を融解し、血液の形で魔力へと還元して、使用者が吸収する。形は
ドーム状をしており、内部からは巨大な眼球に取り込まれたように見える。ただし、結
界外からは敵に察知されないようにするために、そのようには見えないようになってい
る。
231
『11:Kaleidoscope──変幻』
⋮⋮To Be Continued
﹃12:Line││方針﹄
また逆に、見られることで見た者に影響を及ぼすものも多い。
無論、これら神話級の魔眼など、現世にはほとんど残ってはいない。
通す眼などがある。
見たもの全てを滅ぼす、ケルトの魔神バロールの魔眼や、北欧神オーディンの全てを見
や、エジプト九栄神の一柱、王族の守護神ホルス神の、幸福と栄光の象徴﹃ウジャト﹄。
有名なものは、ギリシャ神話に登場する女怪メドゥーサの、石化の魔眼﹃キュベレイ﹄
に限られている。
とって魔眼が使えることは一流魔術師の証だが、真に強力な魔眼となると、生得のもの
邪 視、邪 眼 と も い う。対 象 が 見 返 す こ と で、そ の 効 果 は 飛 躍 的 に 増 大 す る。魔 術 師 に
第一に魔眼。魔眼とは﹃見る﹄という行為だけで、相手に影響をもたらす魔術である。
のがある。
ただ存在するだけで、呪文の詠唱も、魔法陣や道具も使わず、魔術効果をもたらすも
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
232
伝説においては、見た女性を魅了する、ディルムッド・オディナの﹃愛の黒子﹄など
である。
魔術的なものかはまだ確かめられていないが、フランスのルーブル美術館には、見た
者を死に至らしめる﹃この世で最も黒い絵﹄が隠されており││
◆
する気はないけれど﹂
﹁まずは、私をどうしてくれるのか、というところから話してほしいわね。私はもう敵対
﹂
イリヤたちの話し合いは、まずランサーの言葉から始まった。
?
不審として警察に通報する発想を、店員の思考から吹き飛ばしたらしい。
年齢も人種も異なるメンバー、それも全員美男美女││のインパクトが際立ち、逆に
は、店側が疑問に思うかと考えたが、杞憂に終わった。
今時、24時間開いているレストランは珍しくない。深夜にほぼ未成年だけでの来店
彼女たちがいるのは、どこにでもあるファミリーレストランだ。
イリヤは、運ばれてきた紅茶を口につけている凛に、おずおずと視線を向ける。
﹁どうする⋮⋮って言っても⋮⋮⋮凛さん
『12:Line──方針』
233
注文を済ませた後、話し合いが開始された。
﹂
?
﹂
?
?
︵やはり⋮⋮⋮彼女はどこかで見たような気がするな。誰かに似ている⋮⋮⋮
︶
アヴドゥルはそんなランサーのあり方に既視感を覚え、首をかしげる。一方、彼と組
?
あった。にもかかわらず、その物腰には、既に百戦錬磨の凄みがあった。
で召喚されるが、ランサーは生前においてもその一生は20年にも満たぬ短いもので
そう語るランサーの目には、強い力があった。英霊は、生前における、全盛期の年齢
⋮⋮⋮だから戦いに戻りたいのよ﹂
﹁⋮⋮⋮ 私 は 生 前、敵 を 倒 し き れ ず に 死 ん で し ま っ た。一 人 の 子 供 に 後 を 託 し て ね
いがあるはずでしょう
﹁貴女はどうしたいの 聖杯戦争に召喚される英霊には、聖杯に叶えてもらいたい願
に突き出されているのだが、凛にもランサーにも、それを知る術はなかった。
実際は、魔術を使えなくされたうえで、窃盗やホテルの無賃宿泊といった罪で、警察
さと逃げているだろうというのが、ランサーの弁だ。
らすると、この期に及んで戦闘を続けるタイプではない。今頃は見切りをつけて、さっ
凛の確認に頷くランサー。道すがら、マスターのことは大まかに聞いている。人柄か
﹁ええ。令呪も使い切っているしね﹂
﹁そうね⋮⋮⋮もう、元々のマスターとのパスは切れてるのよね
234
この聖杯戦争、現界
んでいるルヴィアは、獲物を前にした猫のような微笑みを浮かべていた。
﹁そういうことであれば、私が再契約してあげてもよろしくてよ
走し続ける可能性が高いということでもある。
﹂
り続けるようだ。これは同時に、仮に聖杯戦争が終わっても、サーヴァントは残り、暴
ランサーの様子からすると、マスターがいなくなっても、サーヴァントはそのまま残
戦闘でより強い力を必要としたときだけだ。
ることで、現界のための魔力を節約している。マスターからの魔力供給が必要なのは、
ルヴィアの言う通り、この聖杯戦争は、魔力を周囲から吸収する﹃カード﹄を利用す
わ﹂
において魔力供給はしないですむようですし、微量の魔力で手が増えるなら大歓迎です
?
?
﹂
!!
逃さなかった。青筋を額に浮かべ、目尻を吊り上げて鬼の形相を浮かべる。
﹃誰かさん﹄の台詞を言うとき、ルヴィアの視線が一瞬、凛の方へと向いたのを、凛は見
小さい女じゃありませんわ。誰かさんとは違ってね
﹁フッ、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。些末な恨みを引きずるような、器の
は、協力者がいた方が有利に戦えることは明白である。
ランサーとしては、現界し続けることにマスターは必要ないが、願いを叶えるために
﹁⋮⋮⋮私が敵対していたことは水に流してくれるということ
『12:Line──方針』
235
﹁勝手に話を進めんじゃないわよ
﹂
そっちにはもうスタンド使いの味方がいるっての
﹂
邪魔しないでくださいませ
に、更に戦力強化されてたまるもんですか
﹁これは私の人望というものですわ
﹂
?
げた、謎の怪人の姿が写っていた。
アヴドゥルは一枚の写真を取り出す。そこには、黒いローブをまとい、ライフルを掲
ばタッチする気はなかったのだが⋮⋮⋮﹂
は通じてはいるが、専門ではなく、聖杯戦争や﹃カード﹄に対しても、それだけであれ
する時計塔とは特別仲がいいわけではないが、敵対しているわけでもない。魔術関係に
﹁私はスピードワゴン財団という組織から派遣されてきた者だ。ルヴィア君たちが所属
じさせなかった。
だがその落ち着いた物腰と、武骨な顔ながらも優しい表情は、イリヤに恐ろしさを感
だ。
の仲間であるということ、スタンド使いという一種の超能力者であるということくらい
イリヤはまだこの異国人について、ほとんど何も知らない。名前と、ルヴィアと美遊
﹁それで、えっと、アヴドゥルさんは、いったいどういう人なんですか
も慣れてきたイリヤは喧嘩を止めようとせず、ほっといて、アヴドゥルに話しかけた。
そしてごく自然な流れで取っ組み合いの喧嘩が始まる。だんだん彼女たちの行動に
!
!
!
!
236
﹁この人物の名は﹃ミセス・ウィンチェスター﹄。この人物が所属する組織の名は﹃ドレ
ス﹄。我々と敵対する組織であり、この聖杯戦争にも参加している相手だ﹂
﹃スピードワゴン財団﹄、その設立は1910年。
﹃ドレス﹄、その設立は1960年代。
どちらもあまりに若い組織であるが、若さゆえの活力は馬鹿にできるものではない。
また、この二つの組織は、特定の分野においては他の魔術組織を凌駕する知識量を誇っ
ていた。
特に﹃スタンド能力﹄において、
﹃スピードワゴン財団﹄が持つ情報は、他の組織の追
随を許さぬものであった。
それゆえに、
﹃ドレス﹄は﹃スピードワゴン財団﹄の持つ情報を得るため、幾度もの攻
撃を﹃スピードワゴン財団﹄に仕掛けていた。その最精鋭の刺客︵エージェント︶の一
人が、﹃ミセス・ウィンチェスター﹄であった。
なすことができる。魔術においても素養があるようだ。スタンド使いではないが⋮⋮
ように得意な武器はライフルだが、格闘、ナイフ、爆発物、どれも一流レベルで使いこ
関係の人間を殺し、施設を破壊し、情報や研究成果を強奪している。写真に写っている
南米の遺跡発掘を行っていた財団の調査団を皆殺しにしたのを最初に、何百人もの財団
﹁この⋮⋮﹃ミセス・ウィンチェスター﹄が姿を見せるようになったのは8年前のことだ。
『12:Line──方針』
237
以前の戦いで、私と同じく財団のエージェントとして働いている花京院という男に手痛
い負傷を与えている﹂
アヴドゥルの声音には、油断ならない強敵に対する警戒が感じられた。しかし怯えは
見られなかった。
たところ無傷で生き延びただけでも僥倖というものだ﹂
?
アヴドゥルからの報告に応じ、アーチャーも口を開く。
私としてはむしろ、君らの陣営の情報を知りたいのだが
?
﹁私の方からも情報を提供しよう。キャスターについてだ﹂
﹁ふむ
﹂
﹁無理もない。セイバーのクラスは、聖杯戦争において最優のクラスとされている。見
団の支援は期待できまい﹂
人相手に、正直手も足も出なかった。財団の運び込んだ物資や施設も破壊され、今後、財
剣に纏わせて振りぬくことで飛ぶ刃となる。遠距離攻撃も可能ということだ。彼ら二
﹁近距離戦では私のスタンドと互角以上のパワーがある。黒い霧は私の炎を阻み、更に
イリヤの全く知らなかった、セイバーの情報がアヴドゥルの口から語られる。
髪の女戦士。黒い剣を持ち、周囲に黒い霧を展開する﹂
ントである⋮⋮おそらくセイバーであろうが⋮⋮⋮黒い鎧と黒いバイザーをつけた、金
﹁私はさきほどまで、この﹃ミセス・ウィンチェスター﹄と戦っていたが、奴のサーヴァ
238
アヴドゥルの探るような視線を、アーチャーは軽く受け流すように肩をすくめ、
﹁すまないが私のマスターは、極力この聖杯戦争にかかわる気はないのだよ。彼は巻き
込まれただけの一般人でね。魔術も学んでいないし、戦闘の術も習っていない。行動に
ついては私の好きにさせてくれるが、積極的にかかわる気もない。聖杯を求めることも
なく、自分に被害のないうちに、この聖杯戦争が終わってほしいと思っている。気が向
けば多少の手助けくらいしてくれるだろうが、基本いないものと扱ってほしい﹂
マスターに願いがないなら、君自身の願いは
﹂
アーチャーの言葉に偽りはなかった。言っていないことは多くあったが、嘘はなかっ
﹂
?
た。
﹁では君自身の目的は
?
﹁うむ⋮⋮⋮それが実を言うと、聖杯にかけるほどの願いは無いんだ﹂
?
﹁どういうこと
勿体ぶらずに言いなさいよ﹂
とか、そんな理由で召喚されるものもいるのだ。ただ、私の方はそれらとも違うが﹂
自分が生きていた時代の未来の姿を見たいだとか、他の英霊と戦って腕試しがしたいだ
﹁おかしいと思うかもしれないが、英霊によっては聖杯に願いがあるからではなく、ただ
に応じるのは、聖杯によって叶えたい願いがあるからのはずだ。
アヴドゥルは戸惑う。イリヤたちもまた首を傾げた。聖杯戦争において、英霊が召喚
﹁⋮⋮⋮なに
『12:Line──方針』
239
?
﹁まずこの聖杯戦争は││私が独自に調べた結果で、詳しい情報元についてまで説明は
しないが││カードがあってから生み出されたものだ。このカードというものを誰が
作ったか知らないが、聖杯戦争とは関係がない。それを便利だからと英霊を召喚する媒
﹂
介にしてしまったんだ。おかげで、私は聖杯にかける願いはないのに無理に召喚されて
しまったというわけさ﹂
私たちの味方をして、戦いに参加する
急かすランサーに、アーチャーは説明する。
﹁ではなぜ戦う
?
﹂
?
アヴドゥルは懐かし気な眼差しをアーチャーに向け、強く断言した。
﹁いや⋮⋮⋮信用しよう。﹃正義の味方﹄なら、信用できる﹂
﹁なに
﹁⋮⋮⋮﹃そこんとこだが、俺にもようわからん﹄⋮⋮か﹂
けれど、
ないような、視野の狭い人間ならば、何か裏があると疑念を持つに違いなかった。
うな、自分自身でさえ信じていないような、奇妙な態度だった。自分の価値観しか知ら
そう言ってアーチャーは、どこか自嘲気味に笑った。聞く者の信用を求めていないよ
だから私は⋮⋮⋮﹃正義の味方﹄をやってやろうと、そう思っただけさ﹂
﹁⋮⋮⋮聖杯戦争をほっておけば、この町が、罪もない人々が傷つくことになるだろう。
?
240
そんなアヴドゥルに、アーチャーは束の間驚いたように目を見開き、やがて照れたよ
うに顔を逸らし、苛立たし気に言葉を紡ぐ。
切られたとしても自分の責任だぞ
﹂
﹁そちらがそう思うなら、私から何か言う義理もないが⋮⋮⋮安易に他者を信用して、裏
見られずにいるとしたら、おそらく地下だろう﹂
民会館にいるらしい。一般人が多く出入りする、隠れ住むのに適さない場所だ。誰にも
﹁⋮⋮⋮とにかくキャスターについての情報を渡しておこう。今、キャスターは冬木市
その様子に、イリヤもまた、アーチャーを信じると心に決めたのだった。
︵あ、これ知ってる。ツンデレってやつだ︶
?
木市民会館だ。
第一に円蔵山。第二に、凛の本家である遠坂邸。第三に冬木教会。そして四番目が冬
は4つである。
完成させるには、聖杯を降臨させる場所もまた重要であり、候補としてあげられる霊地
質の高い霊脈の通る冬木市の中でも、特に良い霊地になっている場所がある。聖杯を
が拠点としても不思議ではありません≫
≪はい、美遊さま。この冬木の中でも5本の指に入る優良な大霊地です。キャスター
﹁冬木市民会館⋮⋮⋮サファイア﹂
『12:Line──方針』
241
今のところ、冬木市民会館以外の霊地に、マスターやサーヴァントが手を付けた形跡
はない。
だが、今後の方針についてはまだ決められない。決める人物二人が、会議に参加して
こうして、出せるだけの情報が出終わった。
ば、かなり追い詰められる﹂
ろう。だが霊地の格から考えて、冬木市民会館以上の重要拠点はあるまい。そこを潰せ
﹁いくつもの拠点を次々と生み出せる腕。キャスターの中でも最高の達人と見ていいだ
た拠点は潰しているが、あとどれだけ拠点があることか﹂
﹁どれも強敵と言えようが、情報を見せないキャスターが特に厄介だな。各所につくっ
そして正体不明のキャスター。
セレニケとアサシン。
ミセス・ウィンチェスターとセイバー。
オンケルとバーサーカー。
ライダーが脱落、ランサーとアーチャーが味方になり、残りは4組。
アーチャーとアヴドゥルがそろって肩をすくめる。
﹁私も同じくだ﹂
﹁キャスターのマスターについては、いまだに情報がまるでない﹂
242
いないのだ。
≪ちょっとお二人さん、いつまで喧嘩してるんですかー
≫
ルビーがうんざりした声で、取っ組み合いを続ける凛とルヴィアに言う。
?
代わりにさっき手に入れたライダーのカードはルヴィアに渡す
﹂
ランサーは私とイリヤの側についてもら
すると二人は、お互いの頬をつねり合った状態で答えた。
う
﹁うぎぎぎぎ⋮⋮⋮は、話はついたわよっ
!
!
﹁ええっ
﹂
わ、私が
!? !
回ってきて驚いた。
﹂
てっきり凛が契約することになるだろうと思って聞いていたイリヤは、自分にお鉢が
?
ルですわ
﹁にゅぐぐぐぐ⋮⋮⋮なおランサーが契約する相手は、遠坂凛ではなくイリヤスフィー
!
ほぼ無限に供給できる
契 約 は ル ビ ー が や っ て く れ る で し ょ
﹂
ア サ シ ン の マ ス
ターに襲われたって聞いたし、普段の護衛としてついていた方がいいという判断よ
!
﹂
この女ほど性悪ではないと見込んでのことですから、信頼を裏切
!
らないことですわイリヤスフィール
!
らたまりませんわ
﹁おごごごご⋮⋮⋮私としても遠坂凛の直属にして、私の寝首をかく刺客にでもされた
!
!
﹁ぬがががが⋮⋮⋮通常時、魔力供給は必要ないし、戦闘時ならステッキがあれば魔力は
『12:Line──方針』
243
﹁誰が刺客にするかっ
坂凛
﹂
﹁なんですってぇっ
このド低能がァ│││ッ
﹂
低能って言いましたわねっ 殺して差し上げますわっ
!? !!
コレの後輩⋮⋮⋮
﹂
がね。ルビーちゃんとしても後輩ができるのは嬉しいですし≫
遠
≪あー、もう喧嘩はいいかげんやめにしてくださいよー。まあ契約自体は構いません
!
!!
!?
そして再び激しい拳と蹴りの応酬が開催される。
!!
?
﹂
?
私の真名は徐倫⋮⋮ジョリーンよ。普段はランサーとだけ呼
?
しくお願いします、ランサーさん
﹂
﹁私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです。こちらこそよろ
んで﹂
﹁これからよろしくね
かくて、イリヤスフィールはランサーのマスターになることが決定した。
覚悟を決めるわよ﹂
﹁⋮⋮⋮かなりヘビーだけど仕方ないわ。今更やめましたっていうのもカッコ悪いし、
﹁あー、その、やっぱしやめる⋮⋮
輩後輩の関係が成り立たなくもない。
思い切り嫌そうな顔をするランサーだったが、イリヤと契約した者同士としては、先
﹁えっ
!?
244
!
じゃあ、よろしく
ランサー
﹂
﹁かしこまんなくてもいいわ、あと、ランサーって呼び捨てでいいわよ﹂
﹁あっ、うん
!
!
が、どうしてもその残念さは拭えない。
あんな喧嘩しながらも、イリヤたちの話も聞いていたらしい。やはり優秀なのだろう
﹁キャスターを⋮⋮⋮仕留めてやりますわ⋮⋮⋮ぐふっ﹂
﹁くっ⋮⋮⋮あ、明日の夜0時、冬木市民会館前に集合⋮⋮⋮﹂
人が倒れ伏しながら言った。
ルビーが、凛とルヴィアに問うと、もはや精根尽き果て、ダブルノックダウンした二
≪そろそろいいですかお二人さん。今後の方針についてですがー≫
そして、
かもしれない。
あるいは、イリヤにとってこの時が、真の意味で聖杯戦争に参加した瞬間であったの
!
のだった。
こうして、方針は決定された。イリヤたちは最強の戦力で、明日、キャスターに挑む
アーチャーも戦力に加わってくれた。
するかわからん﹂
﹁私も参加しよう。キャスターが何を企んでいるかわからないが、時間を与えたら何を
『12:Line──方針』
245
246
⋮⋮To Be Continued
﹃13:Magic││魔法﹄
この二つである。
・第3魔法││魂の物質化。肉体を超えた不死の完成。
・第2魔法││平行世界の運用。別世界への移動。
とだった。そんな彼が教えてくれたのは、
協力者はそれほど位の高い魔術師ではないため、魔法についての知識は薄いというこ
在、残されている魔法は5つのみだという。
かつては飛行なども魔法に区分されたが、飛行機などを作り出せるようになった現
魔法とは﹃他の手段ではその結果を出せないもの﹄のことなのだという。
協力者たる魔術師によると、魔術とは﹃他の手段でも同じ結果を出せるもの﹄であり、
やこのようなものが本当にあるとは思いもよらなかった。
超常の現象・存在にかかわり続けてきたSPW財団の一員である私にとっても、よも
魔術。
︻SPW財団研究員の日記より︼
『13:Magic──魔法』
247
第2魔法はまだわかりやすいが、第3魔法の方は理解しづらい。
そもそも﹃魂﹄という非科学的な概念をどう定義したらいいのかもわからない。SP
W財団のデータには、賭け事を通して魂を取り出し、コインに変えてしまうスタンド使
いが確認されているが、それとはまた違うのか。ことが命にもかかわるため、実験する
わけにもいかないが。
ただ、あの﹃D﹄の屋敷を調査した中に、乱雑なメモではあったが、
﹃多くの魂﹄をた
だ一人で保有・吸収するということについて書かれた書類が存在していたことを思い出
す。
私程度の権限では、
﹃D﹄の研究内容全てを閲覧することはできないが、妄想するに、
◆
ない。
ら見れば、我々は魔術の歴史に名を残しうる逸材を滅ぼしてしまった罪人なのかもしれ
だが、感触からして﹃D﹄の研究は非常に有望な部類だったようである。ある視点か
粋な、敬意なき動機で。
か。無論、魔術師たちが狂気的ではあっても純粋に﹁﹂を求める心とは真逆の、俗で無
﹃D﹄もまた魔法へ、更に魔術師たちが言うところの﹁﹂へ至ろうとしていたのではない
248
最初に見たイメージは広い背中だった。大きく、強く、頼もしく、誇り高い││そん
な想いを抱かせる背中だった。
イリヤスフィールは夢を見ていた。
﹃父さん│││﹄
自分のものではない夢を。
﹃│││ッ│││ゥゥゥ││ッ﹄
体が燃える。汗も涸れ、息をすることも苦痛になるほどの高熱が、少女の身を襲って
いた。
﹃父│││さん││││﹄
声も出ぬ喉。それでも少女の心は呼び続けていた。最も信頼する人を。
そして場面が移り変わる。
力が芽生えていたことを。
ただ少女は気づかない。その灼熱の苦しみの果てに、求める父との繋がりを象徴する
それが最初の哀しみであった。
族を残して、父親は戻ってこなかった。
けれど彼は来なかった。42度の高熱に苦しむ、6歳の娘を置いて、待ち焦がれる家
﹃│││││ッ﹄
『13:Magic──魔法』
249
14歳になった少女は、留置所にいた。
罪状は、金銭と自動車の窃盗罪など。
それは間違いなく、少女が働いた悪事であったが、少女には自分が犯した罪や、受け
る罰についてはどうでもよかった。自分を必死に心配し、警察と話をしている母親のこ
とさえ、あまり興味がなかった。
彼女の心は酷く乾いていた。それでも彼女は待っていた。最も信頼したい人を。
れから東京行きの飛行機に乗るですって
無実の罪。
もしもし
﹄
﹄
19歳になった少女は、刑務所にいた。
そして場面が移り変わる。
戻ってこなかった。
切らないでッ もしもし
けれど彼は来なかった。罪を犯した娘を置いて、待ち焦がれる家族を残して、父親は
!!
母が、父と電話している。
それでも父親
!!
!
!?
﹃そうでしょうよ、大切な急用でしょうとも 待って
!?
一応、手錠を解かれた少女は、母親に連れられて留置所を出る。
!
!
﹃あなた⋮⋮なんて人なの⋮⋮自分の娘がこんなことになっているというのに⋮⋮⋮こ
250
ストーン
悪徳弁護士の罠にかかり、恋人の罪を被った。
罪状、殺人・死体遺棄・自動車の窃盗。
懲役15年。
父は守ってくれなかった。
父は助けてくれなかった。
父は叱ってくれなかった。
ス タ ン ド・ バ イ・ ミ ー
父は共にいてくれなかった。
私の傍に立つ。
ただ、それだけでよかったのに。
◆
◆
の時は、そう思っていた。
結局、父が少女にくれたのは︻お守り︼が一つと、
︻指の先の傷︼だけだった│││そ
のお父さんが、娘の君が困った時に渡すようにと、お母さんに言ったらしい﹄
﹃︻お守り︼のようだよ。フタを開けると小さな︻石︼が入っている。何でも離婚した君
『13:Magic──魔法』
251
◆
イリヤスフィールは目を覚ました。
先ほどまでの夢は鮮明に覚えている。自分自身が体験したことのようにはっきりと
していた。
﹂
﹂
﹁⋮⋮⋮ランサー﹂
﹁呼んだ
?
﹁う、ううん
﹂
?
なんでもないよ
?
﹁どうしたのよ
﹂
慌てながら声のした方を見ると、ランサーが首をかしげてこちらを見ていた。
珍妙な声をあげて、イリヤがベッドの上で飛びあがる。
﹁ひょわっ
!?
サーの真っ直ぐな人柄に好感を抱いていた。身近な年上の女性ということなら比較対
2度も戦い、縛り上げられもした相手に対して奇妙かもしれないが、イリヤはラン
感はなかった。
マスターなのだから傍にいるのは当然である。イリヤとしても、ランサー相手に忌避
いていった。
あの後、ルビーの助けで無事にイリヤと契約を結んだランサーは、イリヤの部屋につ
?
252
象になるのはセラやリズであるが、セラほど硬くはなく、リズほどだれてもいない。
主従関係をきっちりさせたがるセラや、年上にしてはゆるすぎるリズとは違い、程よ
く歳月の差を感じさせる、姉的女性と思えた。更に凛やルヴィアのように残念でもな
い。
てない
﹂
﹁とりあえずおはよう、マスター。ところで起きた早々悪いんだけど、この漫画の続きっ
聖杯へ願いに最終巻まですぐ読ませてほしいっていうのも付け加えよう
ああそれが最新刊なんだ。次のが出るのは来月だよ﹂
かしら﹂
﹁そうなの
﹁え
?
を呟く。
ランサーはイリヤの部屋の本棚に、漫画を戻しながら冗談か本気かわからない独り言
?
?
かイリヤは悩む。
お互いまだ何も知らない同士、コミュニケーションを取りたかったが、どう切り出す
とはほとんど何も話していない。
昨日は疲れていたこともあり、帰ったらすぐに眠ってしまった。そのため、ランサー
よね︶
︵英雄が漫画読むなんて、おかしな気がするけど、英雄っていってもやっぱり人間なんだ
『13:Magic──魔法』
253
︵ジョリーンって言ったっけ⋮⋮⋮正直聞いたことのない名前なんだけど、知らないっ
て言ったら気を悪くするかなぁ︶
英雄というからには当然名の知られた存在であり、己が知名度に、それ相応の自信や
イリヤさん、ランサーさん
︾
プライドというものもあるだろう。面と向かって、生前どんなことをしたのか聞くのは
はばかられた。
︽やあやあおはようございます
!
ジョリーンって英雄のこと﹂
?
﹁それは私もそう思うけど⋮⋮⋮もうちょっと詳しく知りたいなぁ﹂
ことはしないでしょう︾
⋮⋮⋮信頼はして大丈夫だと思いますね。イリヤさんが善人である限り、裏切るような
︽ま あ ル ビ ー ち ゃ ん と し て は、ボ ケ 殺 し に 長 け た ち ょ っ と 苦 手 な 方 で は あ り ま す が
残念ながら役に立たなかった。
わけじゃないですしー︾
︽うーん、私も知りませんねぇ。さすがのルビーちゃんでも全ての英雄を網羅している
﹁ルビーは、ランサーのこと知ってる
イリヤは小声でルビーに話しかける。
﹁おはようルビー⋮⋮⋮ねえルビー﹂
うーむと唸るイリヤに、底抜けに明るい声がかけられる。ルビーのご登場である。
!
254
︾
︽普通に話せばいい気もしますが、きっかけは欲しいというのもわかります。そうです
ね、訓練にでも付き合ってもらったらどうです
ああ、魔法少女の特訓だね﹂
?
︾
?
﹁⋮⋮⋮うん、今日は学校も休みだし。早速いってみようか
◆
﹂
!
わった方がいいでしょう。頼んでみたらどうですかー
︽魔 法 少 女 と し て の 能 力 に つ い て は 私 が 教 え ま す が、戦 闘 の 技 術 は そ の 道 の プ ロ に 教
まだまだ先は長い。
しだったため、訓練をしなくてはと思っていたのだ。ライダーにはどうにか勝てたが、
魔法少女になってから、ライダー、バーサーカー、アサシンと、ほとんど負けっぱな
﹁訓練
?
﹁
何が問題だとおっしゃるの
﹂
?
せていた。
その背後では、エンジンを唸らせるヘリコプターが、猛烈な勢いでプロペラを回転さ
完璧ではありませんか、と、真顔で返し、ルヴィアは首を傾げた。
?
歴戦の勇者がである。
アヴドゥルは真剣に困っていた。あの豪胆で、どんな危機にも決して怯むことのない
﹁⋮⋮⋮ルヴィアくん。これは少しその⋮⋮⋮あまり上手くいかない気がするのだが﹂
『13:Magic──魔法』
255
﹁これからの戦いのため、美遊はより強くならねばなりません。そのために、イリヤス
フィールがライダー戦の最後に見せた飛行を、美遊も身に着ける必要があります。です
が、美遊は空を飛ぶイメージがつかめないとのこと⋮⋮⋮ならば空を飛ぶ感覚を実感さ
せればいいのです﹂
を突き落とすといいます⋮⋮⋮見事這い上がってみせなさい
美遊
﹂
!
◆
れが上手くいかなかった後にしてくれないか
﹂
﹁⋮⋮⋮まずは私が美遊くんの訓練に付き合う。ヘリコプターから突き落とすのは、そ
首を振る。あまりに哀れな様子に、アヴドゥルは手で顔を覆い、ルヴィアに頼み込んだ。
ビシッと指を突きつけ、ポーズを決めるルヴィアに、しかし美遊は無言でフルフルと
!
﹁危険を覚悟しなくては、人は壁を乗り越えられないのです。獅子は千尋の谷に我が子
くても死ぬと思うのだが﹂
﹁いきなり、最初の時点で、高度数千メートルからの自由落下というのは⋮⋮⋮下手しな
その顔色は、既に真っ青になり、いつものクールな様子を忘れて、恐怖に震えていた。
アヴドゥルは隣に立つ美遊の様子をうかがう。
イデアがあるわけじゃない、ただ⋮⋮⋮﹂
﹁うむ⋮⋮⋮空を飛ぶ感覚をつかませるというのは、悪くないと思う。私もより良いア
256
?
イリヤたちは郊外の雑木林にやってきていた。ランサーも特訓に付き合ってほしい
という頼みに、二つ返事で了承してくれた。
﹁うーん、林の中で特訓とか⋮⋮⋮魔法少女にしては地味だよね﹂
︽舞台裏なんてそんなものですよー、日々の地道な努力がいつか実を結ぶものです。そ
れではチャチャッと転身して、特訓開始といきましょうか︾
﹂
イリヤは、早速魔法少女姿に変わると、ランサーに向かい合う。
﹁よろしくお願いします
行えるというのが到底信じられない。
ランサーはそう言うが、イリヤからすれば、あの鮮やかな動きや捕縛術を訓練なしで
いたわけじゃないし﹂
ないわ。降りかかる火の粉を死にもの狂いで払い続けていただけで、特別な訓練をして
﹁お願いされました。って言っても、私も戦いについて教えられるほど詳しいわけじゃ
!
︽何か心構えでも教えてくれますか 魔法少女に重要なのはイメージです。攻撃や防
『13:Magic──魔法』
257
ルビーの言葉に、ランサーはなるほどと頷き、ちょっと考えてから語りだす。
心構えが必要でしょう︾
イメージしてくれなければなりません。イメージを安定して強くする、戦闘においての
御、動きは私がお膳立てしますが、どういったことを行うかは、イリヤさんがしっかり
?
﹁私の経験から教えられるのは二つよ。一つは、自分の力を知ること。自分の持つ能力
を把握し、何ができるか、何ができないか、長所や短所をしっかりわきまえておくこと。
貴方が使う魔力弾の威力や、防御、速度、さまざまあるけど、そういったものを理解し
ておきなさい。たとえば私の体を糸に変える能力だけど﹂
ランサーの腕がほつれ、服ごと毛糸の玉のように丸まっていく。
勇気をもって戦うこと⋮⋮⋮偉そうなこと言っちゃったけど、私から教えられるのはこ
降りかかってくることもある。けど、めそめそ泣いてても、助かりはしない。怖がらず
い。思い切って﹃立ち向かって﹄いくこと。世の中、理不尽にどうしようもない不幸が
﹁で、二つ目は、勇気を持ちなさい。おっかなびっくりやってちゃ本来の力を出し切れな
赤くした。
同時に、何も知らないまま戦場に躍り出た自分の迂闊さが若干恥ずかしくなり、頬を
らなくては。そう考え納得する。
確かに自分は魔法少女として何ができるか何も知らない。ちゃんと何ができるか知
﹁な⋮⋮なるほど⋮⋮⋮﹂
わ。貴方も自分の力を調べてみなさい﹂
まで、どのくらい遠くまで伸ばせるのか。力や丈夫さはどのくらいか。色々試してみた
﹁この能力を手に入れた直後は、体のどこまでを糸にできるか。糸はどのくらいの長さ
258
ありがとうございます
﹂
れくらいよ。後できるのは模擬戦に付き合うことくらいね﹂
﹁は、はい
!
﹂
?
か
あと私の力で魔力は無限に供給できますが、一度に使える魔力には限りがありま
︽そーですねー、ランサーさんの言った﹃己を知ること﹄を踏まえて模擬戦闘でもします
﹁でも戦闘訓練って具体的には
うと、感動して当然の状況である。
││その本物が目の前にいて、自分に教えてくれている。夢見る少女であろうとなかろ
心なしか、イリヤの目がキラキラしている。アニメや漫画で憧れるしかなかった英雄
︵おおーー、やっぱり英雄なんだなぁ。カッコいいよ︶
最敬礼でもしそうな勢いでイリヤはお礼を言った。
!
に︾
がります。そういった魔力の調節を体で覚えて、効率的な魔力の使い方をできるよう
す。魔力を攻撃に割り振ると、防御が薄くなり、防御を厚くすると、魔力弾の威力が下
?
先端はすぐに見えなくなった。
えて、木々が邪魔をして見えない奥の方へと、糸を飛ばす。糸はスルスルと伸び、その
ルビーの台詞をランサーが遮った。彼女は林の中に耳を澄まし、そして指先を糸に変
﹁ちょっと待って﹂
『13:Magic──魔法』
259
﹁それは
﹂
?
れるまでもなく終わった。
マジシャンズ・レッド
!
担ぎ上げ、空高く投げ飛ばしていた。
林の奥には開けた原っぱがあり、そこで掛け声とともに逞しい鳥人が、可憐な少女を
﹁行くぞ⋮⋮⋮︻魔術師の赤
︼﹂
誰がいるのかという質問は、すぐに声の主たちがイリヤの目にも入ったため、答えら
﹁ねえ一体誰が││﹂
イリヤも後を追う。
﹁ま、待ってよ﹂
ない。歩く先にいるのが危険な相手ではないということだ。
ランサーは糸を巻き戻すと、林の奥へと踏み入っていく。その物腰に気負い、緊張は
﹁この声⋮⋮彼らも来ているのね﹂
先の音を拾い、ランサーは人の声を捕えた。
ランサーの糸は、糸電話と同じように音を伝え、会話や盗聴を行える。数十メートル
﹃││駄目││もう一度﹄
﹃どうだ│││何か││││﹄
﹁この糸を通じて、遠くの音が私に伝わる。何か、人のいる気配が⋮⋮⋮﹂
260
︽おおー、高いですね︾
少女は、ルビーが思わず感心するくらいの高さまで放り投げられた。10メートルほ
ども放り投げられた後、少女は放物線を描き、クルクルと回転しながら落下し、脚から
メダルもんですねー
︾
着地。数メートルほどザリザリと地を削り、止まった。
﹁おーーー﹂
︽見事なアクロバット
!
暗い顔で落ち込んでいた。
﹁⋮⋮⋮また失敗﹂
?
﹁うわぁ﹂
アヴドゥルの話を聞き、ルヴィアがやらせようとしていた無茶な訓練を知り、
﹁うむ⋮⋮⋮美遊くんの空を飛ぶ練習に付き合っていたのだ﹂
美遊は鈍い動作で顔をあげたが、その顔色は依然悪かった。
もなく、イリヤに顔を向ける。
褐色の戦士は、彼女たちが近づいてきていたことに気づいていたようで、慌てる様子
イリヤは二人に声をかけた。
美遊さん、アヴドゥルさん﹂
イリヤが思わず拍手する。しかし拍手を贈られた相手はというと、
!
﹁あーっと、一体何をしてるの
『13:Magic──魔法』
261
イリヤは自然と声をあげる。
でも飛ぶってこんな感じでしょ
﹂
?
れた空中で、静止して見せる。
イリヤはそう言って、何気なくフワフワと浮かび上がり、地表から5メートルほど離
﹁え
?
中戦闘をやらかした経験もあるのだが、などと言いながら、アヴドゥルは首を振る。
私の仲間だったら宿敵との最終決戦で、殴り合いながら勢いに任せて、空中浮遊や空
いかと考えたのだが⋮⋮⋮上手くいかない﹂
スタンドで高く放り投げて、ヘリコプターよりは安全に、飛行の感覚をつかませられな
だが⋮⋮⋮いかんせん、私も空を飛ぶことはできないからな。アドバイスもできない。
﹁とにかく、その無茶な訓練はどうにかやめさせて、私がついて練習することになったの
で肩を落とし、
ルビーとサファイアがアヴドゥルを褒めたたえる。しかし、アヴドゥルは疲れた様子
た︾
︽実際、アヴドゥルさまには感謝しております。常識的な方に出会えて、本当に幸運でし
︽いやーアヴドゥルさん、グッジョブです。まったくあの人は相変わらず残念ですねー︾
流石のランサーも引いていた。
﹁雲の上から落とすって、普通じゃなくてもそれは死ぬわ﹂
262
﹁⋮⋮⋮飛んでる﹂
︽はい。ごく自然に飛んでいらっしゃいます︾
だって、魔法少女って、飛ぶものでしょ
﹂
イリヤは、自分を見上げる美遊とサファイアへ、不思議そうに言った。
﹁え
?
﹂
を逸らしたものの、やがて、
美遊が思わずという風に口にし、イリヤがそれに反応する。美遊は少し気まずげに目
﹁え
﹁⋮⋮⋮どうすれば﹂
然とする。
美遊を飛ばせるために努力し、悩んでいたアヴドゥルもまた、イリヤの返事に少し愕
﹁⋮⋮⋮なんと頼もしい思い込み﹂
あっさりと言い切った。
?
?
を、教えてくれと言われても、どうすればいいのかわからない。
イリヤはそのことを気にするほど狭量ではなかったが、何の気なしにできていること
しいようだったが、美遊は意を決して頼み込んだ。
前に、
﹃戦わなくていい﹄
﹃邪魔しないで﹄などと言った手前、教えを乞うのは恥ずか
﹁その⋮⋮⋮できれば⋮⋮教えてほしい。飛び方⋮⋮⋮﹂
『13:Magic──魔法』
263
﹁飛び方って、言われても⋮⋮⋮﹂
着地しながら頭をひねるイリヤ。そんな中、ランサーが自分の考えを述べた。
﹁うーん、要するに考え方の問題なのよね 魔法少女は空を飛べて当たり前って考え
264
この空で散れ
﹁え⋮⋮⋮あ、それなら⋮⋮⋮⋮﹂
◆
﹃雲の中に逃げても無駄だ
﹄
メージを形作った元があるのではないでしょうか
︾
︽イリヤ様は﹃魔法少女は飛ぶもの﹄という確固たるイメージがある。ならば、そのイ
アヴドゥルがランサーの言葉に同意する。すると、サファイアが一つ、案を出した。
ように、できて当然という安定した精神が、できるという結果をもたらすものだ﹂
﹁⋮⋮⋮そうだね。息を吸って吐くことのように、アルミ製の空き缶を握り潰すことの
信が力になる﹂
ているから、イリヤは気軽に空を飛べる。スタンドと同じね。できて当たり前という自
?
!!
?
﹁こ⋮⋮これ⋮⋮⋮
﹂
服を着こんだ少女が、両手にステッキを持って空を飛んでいた。
テレビ画面には、ポニーテールをリボンで結び、和服を魔改造したような可愛らしい
!
その映像を見て、美遊は絞り出すように声を出す。今までアニメとか見たことないの
?
か、愕然とした様子だった。
﹁う⋮⋮うん⋮⋮﹃マジカル・ブシドー﹄。私の魔法少女のイメージの大元だと思う﹂
イリヤは恥ずかしそうに頬を掻く。横ではランサーが﹃日本のアニメって変わってる
わよね﹄と、呟きながら、それでも結構面白そうに見ていた。
﹁航空力学はおろか、重力も慣性も作用反作用すらも無視したでたらめな動き⋮⋮⋮﹂
﹂
﹁いやー⋮⋮そこはアニメなんで固く考えずに見てほしいんだけど⋮⋮⋮他にも魔法少
女ものはあるけど、見てみる
少年が絡めとられて引っ張りまわされている。
長い髪を振り乱した美少女が空を飛ぶ姿が描かれていた。少女の髪の毛には、背の低い
美遊はイリヤに見せられた、
﹃ラブリー・ユカコ﹄のDVDを手に取る。そこには黒く
的な飛行イメージには繋がらない﹂
﹁ううん⋮⋮⋮たぶん全部見ても無理。これを見ても飛んでる原理がわからない。具体
イリヤは﹃ラブリー・ユカコ﹄というタイトルのDVDを手に取って見せる。
?
﹁美遊さん落ち着いて
﹂
でもそんなことあまりに非現実すぎてとてもじゃないけどイメージなんて﹂
だから移動するには更に別の力を加えるか重力ベクトルを制御するしかないんだけど
﹁必要なのは揚力ではなく浮力だってことまではわかるけどそれだけではただ浮くだけ
『13:Magic──魔法』
265
!
抑揚無く起伏無く平坦に連ね続けられる言葉。思考の迷路に遭難したような美遊の
︾
様子にイリヤは慌てる。
﹂
︽ルビーデコピン
﹁はフッ
︾
?
﹂
?
では魔法少女は務まりませんよー
ルビーはイリヤを指し示すと、
︾
︾
なんだか酷い言われようなんだけどっ
﹂
そのくらい能天気な頭の方が魔法少女には向いているんです
い
﹁あれルビー
シンプルな方が強
︽イリヤさんを見てください 理屈や工程をすっ飛ばして結果だけをイメージする
?
イリヤの抗議を無視し、ルビーは気取った様子で言う。
!?
!
!
︽ですので⋮⋮美遊さんにはこの言葉を贈りましょう︾
?
!
!
︽まったくもー、美遊さんは、基本性能は素晴らしいみたいですが、そんなコチコチの頭
ルビーはやれやれだぜと言わんばかりに首を振るような動きをし、
︽姉さん
﹁な⋮⋮⋮何を⋮⋮⋮
そんな美遊にルビーは、羽を使ってズビシと突っ込みを入れた。
!?
!!
266
︽﹃人が空想できること全ては、起こり得る魔法事象﹄││私たちの創造主たる魔法使い
の言葉です︾
﹂
美遊は言われた言葉を脳内で咀嚼し、疑問を返す。
﹁⋮⋮⋮物理事象じゃなくて
﹂
もしれません。それを魔法と呼ぶのか物理と呼ぶのかの違いです︾
︽同じことです。現代では実現できないような空想も遠い未来では常識的な事象なのか
?
?
とかいう⋮⋮⋮ってうわー⋮⋮凄く納得いかないって顔で
﹁まぁ⋮⋮⋮つまりアレでしょ
イリヤは拳を握り、
﹁考えるな 空想しろ
すね⋮⋮﹂
!
て、握った拳を降ろしていく。
カッコよく言ったつもりのイリヤだったが、美遊の今までにない味のある表情を見
!
﹁⋮⋮⋮そう。少しは考え方がわかった気がする﹂
までどおりのことをやって上手くいかないのなら、今までと逆をやってみるのである。
ランサーも一つ助言を投げる。昔、友人であったプランクトンのやり方である。それ
?
?
屈を考えてイメージができなくなってしまうなら、逆にとことんまで考えてみたら
﹂
﹁まあ⋮⋮⋮私からはそうね。いっそ逆に考えるのも手だと思うわよ どうしても理
『13:Magic──魔法』
267
﹂
イリヤとランサーの言葉を聞き、嘘か真か、そう言うと、美遊は立ち上がる。
﹁あ⋮⋮⋮帰るの
た。
その後ろ姿を見送り、イリヤは呟く。
﹁また今夜⋮⋮⋮か。﹃あなたは戦うな﹄とか言われた昨日より、大分前進
﹁ふーん、そんなこと言われてたの﹂
﹂
美遊はやはり言葉数少なく、アヴドゥルは真面目に礼を言って、イリヤの家を後にし
﹁うむ⋮⋮では、今日はありがとう。付き合ってくれて感謝する﹂
﹁ええ⋮⋮⋮また今夜﹂
?
っていう奴ですかねー。なかなか萌えます。サ
?
﹂
!
そして、時は過ぎ││舞台は冬木市民会館へ。
﹁よっし⋮⋮⋮勝つぞぉ
イリヤはグッと拳を握り、気合を込める。
ね﹂
﹁いや萌えとかはともかく⋮⋮⋮もっと頑張れば、もっと仲良くなれそうな感触はある
ファイアちゃんも趣味がいい︾
︽いわゆるツンデレ、いやクーデレ
仲が悪いようには見えなかったけど、とランサーは感じたことを口にする。
?
268
『13:Magic──魔法』
269
⋮⋮To Be Continued
﹃14:Nest││巣窟﹄
だが、俺の眼は幽霊や、不可視の力でも見ることができるんだろう
﹄
?
ができなければ意味をなさない﹄
﹃ふん
る以上は見える。見えれば殺せるはずじゃないか
?
い﹄
?
⋮⋮⋮逃げ隠れしているものは見えない﹄
﹃可能性は無限だ、なんてな。それよりもう少し現実的な、見えないものをあげるとだ
﹃めんどくさいな。だがそういったものと敵対するということがあるのか
﹄
定まらぬ事象は、まだそこにない。まだ生まれていないものは殺せない。未来は殺せな
あってもそれ自体は存在していない。言語や哲学は殺せない。また、不確定ないまだに
﹃例外はある。まず、存在しないものは見えない。思想上の概念は、人間の頭の中には
?
存在す
﹃お前の眼は凶悪だ。どんなものでも殺せる。だがな、忘れるな。眼は眼だ。見ること
︻ある魔術師と殺人鬼の会話︼
270
﹃逃げ隠れ そりゃ確かに見えないようにしているものは見えにくいだろうが、こち
﹃精神
﹄
その意味では弱いといえるが││逃げ隠れする精神の強さはまた別物だ﹄
めた方がいい。確かに、逃げ隠れする側は、見つかったら勝てないから逃げ隠れする。
だそうとする執念と││だがね、逃げ隠れする側が、弱い方だと考えるなら、それはや
﹃そう、その場合、どちらが勝つかという話になる。見つかるまいとする執念と、見つけ
らだって探そうとすれば見つかるだろう﹄
?
お前と出会ったときに襲ってきたアレか
﹄
をあげるとするなら⋮⋮⋮ひとつ、悪霊から逃げ続けた女の話をしてみようか﹄
﹃そう。見つかれば死ぬんだ。まさに死にもの狂いだよ。逃げ隠れの代表格として、例
?
?
?
◆
ハウス︼﹄
宅である、カルフォルニア州歴史的名所868番││︻ウィンチェスター・ミステリー・
死で逃げ続け、戦い続けた女││サラ・パーディ・ウィンチェスター。そして彼女の邸
それから逃げるために、家を建て続けた未亡人。38年間、約65億円を費やして、必
﹃ああ⋮⋮⋮ただ少し狡猾で、執念深いモノからだ。武器商人の一族を呪った悪霊⋮⋮
﹃悪霊
『14:Nest──巣窟』
271
﹃冬木市民会館﹄と名付けられた大きな建物があるッ
シンボルとなった建築物
総工費80億円あまりを費やされ、駅前センタービル計画と並んで、冬木新都開発の
!
﹂
﹂
階の建造物。2階層式のコンサートホールの収容人数は1300人余り
﹂
﹁これからこの建物は消滅しますわッ
﹁縁起でもないこと言うなっ
ルヴィアの一言に、凛が頭をはたく。
﹁だってっ、そんな感じじゃないですのっ
﹁言わんとすることはわからんでもない﹂
﹁わかりやすくていいんじゃない
﹂
ルヴィアがわめき、アーチャーとアヴドゥルが、目の前の光景に顔をしかめる。
!
敷地面積6600平方メートル、建設面積4700平方メートル。地上4階、地下1
を窺わせるものと言えた
殿を彷彿とさせる趣があり、その壮麗さは、当時の新都開発にかける冬木市の意気込み
有名建築家の設計による斬新なデザインは、近代的な公民館というよりは、古代の神
!!
!
﹁しかしこいつはまあ⋮⋮⋮﹂
!
!
!!
272
?
ランサーの物言いどおり、確かにわかりやすくはあった。
冬木会館の敷地内に入り込んだとたん、そこら中から湧いて出てきた竜牙兵が、剣を
振るって襲い掛かってきた。
数は十体、二十体、三十体││更に増えていく。
私たちが来たのを見つけて、送り込んできたのか﹂
﹁魔術師かサーヴァントか、一般人と区別して反応するトラップか。あるいはどこかで
﹂
凛が敵の行動を推理する。彼らに共通するのは、焦りは全くないということだ。
﹁ルビー
マジシャンズ・レッド
﹂
竜牙兵が吹き飛ばされた。
イリヤと美遊が、それぞれステッキに呼びかけながら振るう。閃光が放たれ、前衛の
﹁サファイア﹂
!
!!
﹁それで ここがキャスターめの根城であることは証明されたが、キャスターはどこ
体を超える竜牙兵を鎧袖一触でなぎ倒していく。
凛、ルヴィア、ランサーに至っては出番すらない。もはや戦力過多なほどだ。100
前列に立つアーチャーが、手にした二振りの剣で切り倒す。
アヴドゥルの放った炎が追い打ちをかけて竜牙兵を燃やし、僅かな撃ち漏らしは、最
﹁︻魔術師の赤︼
『14:Nest──巣窟』
273
?
にいると思う
なった。
﹂
ついに竜牙兵も尽きたのか、役に立たないと見切りをつけたのか、竜牙兵は現れなく
十分ほど剣を振るい続けたアーチャーが、竜牙兵最後の一体を切り倒しながら言う。
?
﹂
市民会館なんて、無関係の人間も多く出入
りできる、隠れ住むには向かないところでしょ
?
枚。﹃ライダー﹄のカード。
美遊は、ルヴィアの呼びかけに応じて、カードを取り出す。昨夜手に入れた最初の一
﹁はい、ルヴィアさん﹂
﹁ふっ、どうやら私たちがやるしかないようですわね。美遊﹂
り口をどうやって見つけるかが問題だ。
ランサーの意見に賛同した凛だが、地下に隠れ家があるとしても、そこへ通じる出入
わけだけど⋮⋮⋮﹂
い住処を造った方が簡単でしょうね。となると⋮⋮地下の出入り口を探す必要がある
﹁確かにもともと住居として作られていない建築物⋮⋮⋮無理に隠れ住むよりは、新し
?
できない限り、地下が怪しいんじゃない
在しない﹃部屋の幽霊﹄の中に住んでいたりしたけど⋮⋮⋮そんなことをキャスターが
﹁私の友人は﹃物の幽霊を利用する能力﹄を持っていて、昔、火事で焼けて、今はもう存
274
︽ほう、ここで使いますか。イリヤさん、いい機会ですから見ててください。英霊のカー
ドの使い方を︾
美遊は、戦車︵チャリオッツ︶を駆る鎧騎士の絵柄を施されたカードを、ステッキに
イ ン ク ルー ド
ブ ラ ッ ド フ ォ ー ト・ア ン ド ロ メ ダ
当てる。すると、カードが光を放ち、ステッキと融合していく。同時にステッキの形が
変化していく。
﹁クラスカード・ライダー。﹃限定展開﹄││︻他者封印・鮮血神殿︼﹂
一瞬、ステッキから紅い光が放たれたかと思うと、冬木市民会館の建物、敷地をまと
めて飲み込むドーム状の結界が展開される。その結界こそは、ステッキ││サファイア
が姿を変えたものであった。その様は、血走った巨大な眼球に取り込まれたかのように
見えた。
﹁ミスター・アヴドゥル。動かしてもらえますこと
﹂
ントの下には、穴が開いており、下り階段となって地下へと続いていた。
炎の鳥人が、その逞しい両腕をモニュメントにまわし、一気に持ち上げる。モニュメ
﹁任された﹂
?
かれていた。
美遊の指さした方向には、女神を象った、2メートルほどの高さのモニュメントが置
﹁わかった。そのモニュメントの下﹂
『14:Nest──巣窟』
275
﹁なるほど⋮⋮⋮さっきの宝具は結界をつくるもの。既にキャスターの結界が張られた
上に、結界を上書きすれば結界同士が衝突し合う。衝突の感触を、宝具を使った美遊は
感じ取ることができる。つまり、違和感を覚えた場所が、結界で隠しているキャスター
の工房への出入り口になる⋮⋮⋮ルヴィアにしちゃ考えたわね﹂
凛は今行われたことを解析し、納得する。
同時に、周囲に張られた不気味な血の色の結界が消え、サファイアが美遊の手元に戻
﹂
り、カードがステッキから分離し、弾き出された。
﹁い、今の何
﹁行きますわよ皆さん
﹂
あんなことができるカードなら、それは確かに誰もが求めるだろう。
で理解できた。
知識もないイリヤでも、さきほどの事象が桁違いのものであることは、言葉ではなく心
話には一応聞いていたが、実際に見せられると、その力に呆然としてしまう。なんの
︽はい。かつてメドゥーサが住んでいた島を覆っていたという結界です︾
ライダー││メドゥーサの宝具ですね︾
をも言える、奇跡をなすほどの強力な兵器を使うことができるというものです。今のは
︽今のが英霊のカードの使い方。魔力を消費する代わりに、英霊の宝具、英霊の力の象徴
?
276
!
相手はキャスターよ
どんな罠があるかわからないっての
﹂
!
ルヴィアが威勢よく言い、自ら先陣切って階段を降りようとする。
﹁ちょっとこら
!
﹂
?
下へと降りて行った。
そして、アーチャー、アヴドゥル、凛とルヴィア、イリヤと美遊、ランサーの順で地
力強く了承した。
アーチャーが前衛を申し出て、ランサーには最後尾の守りをお願いする。ランサーは
﹁わかった。任せて﹂
行こう。ランサー、しんがりを頼んでいいかな
﹁確かにレディファーストの精神を発揮するような場所ではない⋮⋮⋮ここは私が先に
!
れるか﹂
﹂
!
強力なエネルギーの塊だからわかりやすい。これを見て進もう﹂
タンドのエネルギーの動き⋮⋮⋮サーヴァントもだ。サーヴァントはスタンド以上の
﹁この炎は生物探知機だ。人間、動物の呼吸や皮膚呼吸、物体の動く気配を感じ取る。ス
に浮かび、進んでいく。
六つの炎の塊が出現し、通路を明るく照らし出す。炎はアーチャーより数メートル先
﹁ああ。それとついでに⋮⋮⋮︻魔術師の赤︼
マジシャンズ・レッド
﹁真っ暗だな。私はこの程度ならわかるが⋮⋮⋮アヴドゥル、一応明かりを用意してく
『14:Nest──巣窟』
277
前後・左右・上下の対となる炎は、それぞれ細い炎の紐で繋がっている。さらにそれ
ら三本の炎の紐は、六つの炎の中央で交わって、一体となっている。
﹂
﹁褒めてくれてありがたいが、魔術の罠や結界などは門外漢だからな。そちらは頼むぞ
である。
の戦いを見ていても、その強さは理解できていたが、このうえ探索までできるなど反則
炎を操ると聞き、ただ武器として攻撃に使うだけかと思っていた。昨夜のミドラーと
イリヤは感心を通り越して呆れるほどである。
︽チートですねー︾
﹁凄い便利⋮⋮炎を操るってそんなことまでできるんだ⋮⋮﹂
のなら、どの方向にどんな大きさの物が隠れているかわかる﹂
﹁この六つの炎はそれぞれ前後・左右・上下の方向に対応し、半径15メートルにいるも
278
それから地下へと降り続け、普通のビルであれば地下10階くらいになるまで降りた
チームになりそうだとイリヤは安心していた。
アヴドゥルに言われ、凛とルヴィアは胸を張って頷く。急造ながら、なかなかいい
﹁よろしくてよ﹂
﹁ええ﹂
?
ところで、広い空間へと出た。
﹁ほう⋮⋮⋮﹂
ドーム球場のような広い空間。その中央は盛り上がり、丘のようになっている。その
周囲には民家のような、祭りの出店程度の小屋が幾つも建てられているが、それらは規
則的に並べられており、その配置には魔術的な意味があると思われた。丘に備え付けら
れた階段の先、小山の頂点には古代ギリシャのパルテノン神殿によく似た、太い柱が特
徴的な、大理石造りの荘厳な建築物が座している。
でしょうね。見たままなら、ギリシャ辺りの英霊みたいだけど﹂
﹁これは凄いわね⋮⋮これをつくったキャスターは、魔術師の中でも相当な有名どころ
凛の言う通り、もはやこれは工房だの隠れ家だのというレベルではない。キャスター
のクラスには固有のスキルとして、
︻陣地作成︼を持っている。自らの有利な陣地を作り
出す能力だが、これは度を越している。﹃工房﹄どころではなく、まさに﹃神殿﹄。
アーチャーが油断なく、気を引き締めて言う。
ないな﹂
﹁うむ⋮⋮⋮自分の陣地に深く誘い寄せて、逃げ場を失くしてから仕留める気かもしれ
地上ではあれほど竜牙兵が湧いてでてきたというのに。
﹁けど⋮⋮⋮邪魔も何もなかったね﹂
『14:Nest──巣窟』
279
そして彼らが丘にまで来た時、ついにアヴドゥルの炎の探知機に反応があった。前方
﹂
と上方を指し示す二つの炎が、ボウボウと燃え盛る。
﹁丘の上⋮⋮⋮神殿だ
﹂
!
キュゴッ
﹂
﹂
﹁魔術障壁
!
だが、
げつけ、敵の攻撃を迎撃する。
イリヤと美遊、凛とルヴィアが急いで魔術の壁を張り、アヴドゥルもとっさに炎を投
!
﹁まずっ
リヤたちへと放たれた。
ガラスを擦る音に似た、しかしより重みのある音が鳴り、同時に無数の光が生まれ、イ
!!
周囲に十を超える、大きな魔法陣が輝いた。
呪文はこちらにまで届かなかった。だが、手を前方にかざすと同時に、キャスターの
何かを唱えた。ようだった。
﹁│││
紫のローブを纏い、顔を隠した謎の人物。キャスターだ。
見上げれば、神殿の前に人影が現れていた。
!
280
ドドドドドドドドドッ
﹂
﹁ちょっ⋮⋮⋮なんだかどんどん続いてるんだけどっ
﹁なんって魔術⋮⋮⋮
﹂
いつ終わるかと知れぬ豪雨のような連撃。魔弾の嵐。
痛いっ
﹂
次が来たらやばいわよ
だがそれも決して無限ではなく、途絶える時が来た。
﹁あ、熱いっ
﹁Aランクの魔術障壁を突破されてるっ
!!
ドウッ
弓とは思えぬ勢いで、砲弾のように﹃矢﹄は発射された。
!!
た。アーチャーはそれを手慣れた動きで弓につがえ、弦を引き絞り、撃ち放った。
低い声で厳かな詠唱がなされる。すると虚空より、ドリルのような剣が生み出され
﹁I am the born of my sword︵我が骨子は捻じれ狂う︶﹂
アーチャーはその時既に、弓を構えていた。
﹂
︽恐らく失われた神代の魔術と思われます。現在の魔術では太刀打ちできません︾
︽あれらの魔法陣は現在のどの系統にも属さないものですねー︾
!!
!?
!!
!
イリヤが軽い火傷を負って悶え、凛も焦りに怒鳴る。
!?
!
﹁ならば先に討たねばならないな﹂
『14:Nest──巣窟』
281
アーチャー
弓騎士の名に恥じぬ一撃は、寸分たがわず、キャスターへと突き刺さる││直前、
﹂
﹂
本圧し折れ、半壊状態となった。
﹂﹂﹂
アヴドゥルが叫ぶ。
﹁﹁﹁
﹁大規模攻撃が来るわ
全力で魔術障壁を
!!
﹂
魔力を内包し、稲妻を周囲に飛び散らせている。
﹂
既に自分自身より大きな魔法陣を三つ展開していた。魔法陣はさきほどよりも強力な
一同が上を見上げる。そこには10メートルほど上の方に浮かぶ、キャスターの姿。
!!
!?
﹁瞬間移動っ
﹂
マジシャンズ・レッド
!!
だが︻魔術師の赤︼の炎の探知機には反応があった。
﹁上だっ
見つからない。
イリヤたちは、消えたキャスターを、円陣を組んで探す。
どんだけ高位のキャスターだというんですの
標的を失った矢は、キャスターの背後の神殿に突き刺さり、爆発する。屋根や柱が数
キャスターの姿が、瞬時に搔き消えた。
﹁消えたっ
!?
﹁魔法クラスの超魔術ですわよっ
?
!?
!!
282
﹂
凛はそう言いながらも、理解していた。次の一撃は、カレイドステッキの魔術障壁で
も耐えきれないと。
待て、まだ炎の探知機に反応がっ
!!
マジシャンズ・レッド
取っていた。
﹁︻魔術師の赤︼
クロス・ファイアー・ハリケーン
﹂
!!
ドゴォッ
一瞬見えた髑髏の仮面は、まぎれもなくイリヤを襲ったアサシンのそれだった。
え尽き、光と化して消える。
その爆撃のような炎は、確かに人型を焼き払った。人型は悲鳴をあげる余裕もなく燃
!!
炎の威力は、通常の炎を凌駕する。
の塊を飛ばす﹃クロス・ファイアー・ハリケーン﹄が放たれる。凝縮された一極集中の
十字架の上に輪をつけた形。♀マークにも似た、アンク︵エジプト十字︶に象った、炎
!!
更に悪いことに、炎の探知機は右後方に、キャスターとは別の何者かの存在を感じ
﹁っ
!!
なぜかメイド服を着た、眼鏡の女性。
周囲に並ぶ小屋の一つから、女性が一人顔を出す。
﹁危ないわね⋮⋮⋮アサシンを盾にしなけりゃ死んでいたわよ﹂
『14:Nest──巣窟』
283
︾
︽あ れ は こ の 前 の ア サ シ ン の マ ス タ ー ⋮⋮⋮ 確 か セ レ ニ ケ さ ん と お っ し ゃ い ま し た か
ね。キャスター陣営と組んでいましたか
酷薄な笑みを浮かべ、切り札を放った。
﹂
彼女、セレニケ・アイスコル・ユグドミレニアはルビーに答えることなく、以前同様、
?
﹂
!?
﹂
!!
竜牙兵より多少上という程度か。だがいかに凛とルヴィアが優れた魔術師とはいえ、相
アサシンが、更に何十体に分裂しているのだ。力も当然、何十分の一ということになる。
アサシン一体一体はさほど強くはない。元より、サーヴァントとしては戦闘力の低い
アサシンたちは現れてから一秒もせぬうちに、一斉に攻撃を仕掛けた。
﹁さあかかれ
アサシンの集団と、キャスターの魔術。両方に対処している余裕は到底無い。
凛が思わず叫ぶ。
﹁この状況でっ
暗殺者という単語の語源そのものとなった名を、襲名せし者の一人。
ア サ シ ン
クラス・アサシン。その真名は決まっている。ハサン・サッバーハ。山の翁。
が、イリヤたちを取り囲んでいた。
その命令はすぐさま実行される。一瞬後、亜光速で転移した何十体もの黒衣の怪人
﹁令呪をもって命じる⋮⋮⋮即参じ、対象を抹殺しなさい
!
284
手が比較的に弱いとはいえ、多勢に無勢。1体や2体ならともかく10体以上に一斉に
かかってこられては、とてもではないが対処しきれない。
アーチャーやアヴドゥルならば瞬殺できるだろうが、彼らは強すぎて、下手をすれば
味方を巻き込む。全員を守るには手が足りない。もう一人強い戦士がいればなんとか
なるが、ランサーの身体能力では弱い。
何より、アサシンをどうにかできたとしても、もうすぐ降ってくるキャスターの魔術
はどうにもならない。
イリヤたちが、迫る死に焦燥を胸に抱いたとき、
か、縦横無尽、自由自在。細く長く、そして時に、太く強い。
彼女の能力は、ただ自分を糸状にするだけではない。糸のスタンド││強くしなや
様のように散りばめられている。
ショルダーパッド、足にはシューズ。胸部以外の全身には鋲を打ったような凹凸が、模
髪はなく、耳の部位は突起がついている。サングラスをかけ、肩にはパイソン柄の
成していく。
ランサーの背後に、大量の糸が現れ、その糸は蠢き、編み上げられ、やがて人型を形
見せるわ﹂
﹁前のいけ好かないマスターには見せなかった私の力⋮⋮⋮教えそびれていたから、今、
『14:Nest──巣窟』
285
彼女の精神の像︵ヴィジョン︶は、完全な姿でそこに現れた。
ス
トー
ン・
フ
リー
﹂
今こそ、彼女は己の分身の名を呼ぶ。
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
﹂
!!!
﹂
!!!
さっきのアサシンのマスターと同じことをするわよ
!
抜けできない。
﹁あんたたち
﹁なるほど、そういうことか﹂
!
﹁なるほど⋮⋮しかし容赦がないな﹂
﹂
サシンをがんじがらめに縛り上げる。念入りに巻き付いた糸は、さしものアサシンも縄
かない。しかし、ランサーは倒れたアサシンにとどめを刺さず、糸によって、2体のア
髑髏の仮面は割れ砕け、黒衣の体は床に倒れる。暗殺者の刃はイリヤたちにまでは届
い。今、必要な手が足りた。
幾度もの危機を打ち破ってきた、彼女の精神力の具現したその拳を受けきれはしな
﹁オラァッ
にも分裂し、力を分散させた状態では、
いかに、英霊であろうとも、恐怖を歴史に刻み付けた暗殺者であろうとも、80ほど
﹁オラオラオラオラオラオラオラオラァァァ
人型は拳を放つ。一瞬にして幾発も放たれる連撃。
!!
286
アーチャーとアヴドゥルは、ランサーの行動の意味を理解し、自分たちもそれに倣っ
た。
スタンドの赤熱の炎が、アーチャーの技に長けた剣が、次々とアサシンたちを討ち倒
す。3体いれば2体は焼くなり斬るなりしてとどめを刺すが、1体は原型を保ったま
な、何を
﹂
ま、ランサーの傍へと放り投げる。ランサーは飛んできたアサシンを素早く縛りあげ
る。
﹁えっ
?
﹂
﹂
﹂
!!
﹁うわわわわわっ
﹁っ
!!
﹁来ましたわっ
雷撃よりも激しい閃光が、イリヤたちに向けて放たれる。
カッ
そこに、ついにキャスターの魔砲が放たれた。
完全に倒すのではなく、ただ縛り上げるだけ。その行為に疑問を感じる凛。
?
!!!!!!
!
なんとも心もとない。
こいつらの影に隠れて
﹂
イリヤが慌て、美遊が身構える。魔術障壁は張ったが、目に映る極大の光線の前には、
!!
﹁あんたたちっ
!!
『14:Nest──巣窟』
287
ス
トー
ン・
フ
リー
そんな彼女たちに、ランサーが黒いドーム状の物体を指差す。その黒い﹃かまくら﹄の
ようなものは、
︻運命の石牢に自由を求めて︼の糸に縛り上げられ、動けなくなった十数
﹂
人のアサシンだった。
﹂
ちょっ
﹁えっ
﹁うえええ
﹂
﹁ひっ
?
!?
﹂
!!
れるごとに、少しずつ砲撃の威力は弱まっていった。
そして次々に投げ飛ばされ、キャスターの砲撃の贄となる。そして、アサシンが焼か
ることはできなかった。無為な戦いに、彼らは投入されていく。
とてもアサシンに勝ち目はないが、令呪の命令により﹃殺せ﹄と言われた以上、逃げ
更に弱くなっていた。
めか単調で、元よりサーヴァントとしては低い身体能力が、それを使う思考能力を失い、
げ飛ばしていく。アーチャーたちも同様だ。アサシンたちの動きは黒化しているがた
ランサーはそう言って、更に飛びかかってくるアサシンたちを捕え、魔砲めがけて投
﹁まだまだっ
く、4人はアサシンでつくられたドームの中に入る。
イリヤはもちろん、凛やルヴィア、美遊さえも狼狽の声を上げる。だが、他に手もな
!?
!
288
﹁これで最後っ
﹂
ズアガァァァッ
ジジジジジジッ
﹂
ズジャッッッ
!!
﹂
﹂
﹂
!?
︶
悲鳴を上げるイリヤに、ランサーの叱責が飛ぶ。
﹁諦めないでっ
﹁も、もう駄目っ
そしてついに、アサシンの身が砕かれ、砲撃がイリヤたちの身を直接焼かんとする。
えたが、正直イリヤにそこまで気にする心の余裕はない。
アサシンが焼かれる悲鳴があがる。敵とはいえ身代わりにするのは非道の極みと言
﹁│││││ッ
れたアサシンを襲う。
そしてついにカレイドステッキの魔術障壁が破られた。更に第2の壁となった、縛ら
!!
魔術障壁がジリジリと嫌な音をたてて削られる。
﹁うひいいいいいっ
!! !!
手に構えて盾とする。直後、キャスターの砲撃がイリヤたちに届いた。
最後に、ランサー、アーチャー、アヴドゥルは、それぞれアサシンを2体ずつ捕え、両
!!
!!
!!
︵いざとなったら、私の宝具を使うしか⋮⋮⋮
!
『14:Nest──巣窟』
289
ランサーが内心覚悟を決めた瞬間、キャスターの魔術の力が途絶えた。本当にギリギ
﹂
リで、魔術に耐えたのだ。
﹂
﹁た、助かった
﹁まだよっ
!
度。
﹁キャスターはっ
﹂
しく、床に倒れたと同時に光の粒子になって崩れ消えた。残ったアサシンは20体程
ランサーは、砲撃の壁にしたアサシンを投げ捨てる。アサシンは既に限界であったら
安堵するイリヤに、再度、ランサーの叱責がかかる。安心した瞬間が最も危ないのだ。
!
ない。
!!
﹂
!!
だが、
ルビーを振るい、全力の魔力弾を放った。
﹁狙射
シュート
の浮かぶ上空にあがると、
イリヤが飛んだ。数の減ったアサシンではそれを止められない。高速で、キャスター
﹁やらせないっ
﹂
見上げれば、魔法陣はもう一度、魔力を貯めているようだった。次の攻撃は防ぎきれ
!
290
ドバァァァァッ
﹁狙射
シュート
﹂
キャスターは魔術の狙いを変更し、イリヤを攻撃しようとして、
れてしまう。
する魔法陣である。どれだけ魔力弾を撃とうと、この防御の前には受け流されて反射さ
魔力弾が障壁に阻まれて、はじき返される。魔力指向制御平面││魔力の流れを制御
!!
﹂
防御の無い背後からの攻撃を、まともに受けた。
!!
飛べるようになったんだ
﹂
!!
にいたれば、飛ぶのと同じ効果を得られるという寸法だ。
魔力を固めて上空に足場をつくり、それを使って﹃跳ぶ﹄。ジャンプを繰り返し、高み
のなら、飛べなくてもいいや﹄と。
美遊は、ランサーの助言、
﹃逆に考えてみる﹄からヒントを得て、考えた。﹃飛べない
﹁正確には違うけど⋮⋮⋮空中戦はできる﹂
!
戦のイリヤのように、攻撃を行ったのだ。
それをなしたのは、美遊。キャスターの浮かぶよりも更に高みから、昨夜のライダー
キャスターは吹き飛び、弧を描いて落下する。
﹁
!!?
﹁美遊さん
『14:Nest──巣窟』
291
﹂
│││実は考えた方法は﹃もう一つ﹄あったが、今回は使わなくて良さそうだ。
行くぞぉっ
﹁まだ終わってない﹂
﹁うんっ
!!
﹂﹂
イリヤと美遊は共にステッキを掲げ、
!!
ドゴゴゴォォォォッッ
ていたか⋮⋮⋮どっちにしろ⋮⋮⋮﹂
セレニケは令呪をかざし、
﹁令呪をもって命ずる。私が逃げるまでの時間を稼ぎなさい
﹂
そして、メイド服を翻し、背を向けて走り出した。
﹁待ちなさいこのっ
!
凛が人差し指を伸ばしガンドを放つ。指差した相手に病をもたらす呪い。凛のそれ
!!
﹂
れば⋮⋮⋮いえ、アサシンの足止めがなければ、魔法陣が発動する前に空中戦でやられ
﹁ちっ⋮⋮⋮まさかアサシンを盾に使うなんて⋮⋮こんなことならアサシンを使わなけ
丘の周囲に建てられた小屋を五つほど吹き飛ばしながら、キャスターを撃ちすえた。
!!!
落下するキャスターに向かい、二重の一撃が襲い掛かる。
とびきりの砲撃を放った。
﹁﹁砲撃︵シュート︶
!!
292
﹂
はあまりに強力がゆえに、物理的な破壊力を伴う。だが、
ドウンッ
効かないわねっ
!
!!
﹁何あれっ
あのメイド服は魔術礼装だっていうの
﹂
!?
︽残念ながら、逃げられましたね。転移も使える魔術師なら、逃げる方法はいくらでもあ
まま消滅したわけでもないでしょう︾
︽どこに行ってしまったのか影も形もないですねー。カードも見当たらないので、あの
アサシンを倒し終えたとき、イリヤと美遊が戻ってきた。
﹁申し訳ありませんルヴィアさん⋮⋮⋮キャスターの姿がどこにも⋮⋮⋮﹂
!!
いた。
﹂
を殴り倒し、アサシンのカードへと転じた時には、セレニケを追える時間はなくなって
チャーたちを殺すには至らないが、足止めならば正しく行えた。ランサーが最後の一体
アーチャーは追おうするが、アサシンに阻まれる。20体のアサシンの力は、アー
﹁だとすれば、つくった奴は相当の趣味人だな﹂
!
去っていった。
セレニケのメイド服は傷一つ負わなかった。そのまま、彼女は小屋の影に隠れて逃げ
﹁は
!
﹁凛さーんっ
『14:Nest──巣窟』
293
るでしょうし︾
﹂
?
イリヤはほっと一息つく。
︽ギリギリの滑り込みセーフでしたねー︾
﹁セーフ
まさにお約束の展開である。
どうにか地上に出るとほぼ同時に、地下への階段も崩れ落ちた。
瓦礫が落ちる音に急かされ、全力で走る。
凛たちは勝利しきれなかったことに歯噛みしながらも、走り出した。
﹁⋮⋮⋮仕方ありませんわね﹂
う﹂
﹁ルヴィアくん、ここは脱出しよう。アサシンのカードは手に入った。それで我慢しよ
﹁悔しいがそのようだな。早く逃げねば生き埋めだ﹂
ら﹂
﹁ど う や ら そ ん な 余 裕 は な い み た い ね。悪 役 の ア ジ ト の 定 番。証 拠 隠 滅 っ て と こ か し
グラと揺れだし、地響きが起き、小屋や床に罅が入り、頭上から岩の欠片が落ちてきた。
ルヴィアが丘の上の、アーチャーに爆破された神殿を見上げたと同時に、周囲がグラ
﹁くっ⋮⋮⋮せめてこの神殿を調べれば⋮⋮⋮﹂
294
一方、凛とルヴィアは、
﹂
﹁ち ょ っ と あ ん た ん と こ は も う ラ イ ダ ー の カ ー ド 持 っ て ん で し ょ
カードはこっちに渡しなさいよっ
シンのカードは私の物ですわっ
﹂
アサ
ア サ シ ン の
﹁そもそも私たちが地下への出入り口を見つけたから手に入ったんですのよっ
!
﹁あ、はい、今日はありがとうございました
た。
﹂
リタイア
その後、どうにか凛がアサシンのカードを勝ち取り、その夜の戦いは終結したのだっ
アーチャーは礼を言い、頭を下げるイリヤに笑って手を振り、その場を後にした。
﹁なに、お互いさまだ。ではまた、良い共闘を﹂
!
去るとするよ﹂
﹁余裕をもって優雅⋮⋮⋮とは言えないな。仕方ない。挨拶はできないが、私はここで
またいつものように言い合いと殴り合いを行っていた。これもまたお約束である。
!!
!!
!!
!
﹃カード入手﹄
﹃アサシン︵真名:ハサン・サッバーハ︶⋮⋮⋮消滅﹄
『14:Nest──巣窟』
295
◆
・専科百般:A+
報を、例え認識していなかった場合でも明確に記憶に再現できる。
多重人格による記憶の分散処理。LUC判定に成功すると、過去に知覚した知識、情
・蔵知の司書:C
︻保有スキル︼
気配遮断のランクは大きく落ちる。
完全に気配と断てば発見することは不可能に近い。ただし、自らが攻撃体勢に移ると
・気配遮断:A+
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力C 耐久D 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具B
︻属性︼秩序・善
︻性別︼│
︻真名︼ハサン・サッバーハ
︻マスター︼セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア
︻CLASS︼アサシン
296
多重人格の恣意的な切り替えによる専門スキルの使い分け。戦術、学術、隠密術、暗
殺術、詐術、話術、その他総数32種類に及ぶ専業スキルについて、Bランク以上の習
熟度を発揮できる。
⋮⋮To Be Continued
さらに無自覚な自我が出現する可能性もある。
最大で80人にまで分裂可能。
シャルを細分化し、複数のサーヴァントとして現界できる。
│││単一の個体でありながら複数に分断された魂を持つことで、自らの霊体ポテン
ランク:B 種別:対人︵自身︶宝具 レンジ:│
◆妄想幻像
ザ バー ニー ヤ
︻宝具︼
『14:Nest──巣窟』
297
﹃15:Observation││観察力﹄
作型﹄と称されるものは、サーヴァントに迫る性能を見せた。
ルスや合成獣を上回る強靭な怪物には、魔術師たちも恐れおののいた。特に﹃バオー試
一方、帝国陸軍は特殊研究部隊によって開発した生物兵器を投入││戦闘用ホムンク
させたものである。
聖別された機械によって執行者の改造強化を行っているが、それもナチスの技術を発展
後にさらなる改良がなされ、
﹃柱の男事件﹄にも登場することになる。現在、教会では、
ナチス・ドイツは当時研究中であった﹃機械化兵士﹄を派遣││この﹃機械化兵士﹄は
ちだけでなく、帝国陸軍とナチス・ドイツもその手を伸ばしていた。
どこからその情報を仕入れたのかは不明であるが、この聖杯戦争には純粋な魔術師た
その開催は、奇しくも第2次世界大戦前夜であった。
第3次聖杯戦争。
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
298
なお、この第3次聖杯戦争で聖杯が失われた後、流出した技術により無数の亜種聖杯
戦争が起こるのは周知の事実であるが、その中でも完成度の高い聖杯戦争の一つが、太
平洋戦争末期の日本で起こっている。
日本陸軍が聖杯を開発し、それを奪わんとナチスも介入。技術流出からわずか数年で
行われた、記録上最初の亜種聖杯戦争である。当時の記録は不正確で、その内容はほと
んどわかっていないが、スピードワゴン財団が動いていたという話も││
◆
糸があった。
長い長い糸。どこへ繋がっているのか。それが、己の魂の形であった。
﹃聖書にも書いてあるだろ
≪ヨハネによる福音書・第一章2│3節≫││︻言葉は初
いや違う。自分の方が小さいのだ。ネズミや小鳥のように。
巨大な女が喋っている。
めに神様と共にあり、総ての物はこれによってできた︼﹄
?
自覚していた。
イリヤスフィールはふと気が付くと、また自分のものではない夢を見ていることを、
﹃何でも︻名前︼はある﹄
『15:Observation──観察力』
299
﹃よろしくね。あたしはグェス﹄
彼女との出会い。
手乗りインコを飼う、同室の囚人。
初めての、﹃敵﹄との出会い。
︽小さい︾⋮⋮︽人間︾⋮⋮殺されてる⋮⋮スデニ⋮⋮﹄
そして、もがれた手足││滴る血。
それは恐怖。
あたしの体ッ⋮⋮
己の身に降りかかった、能力。
別の、能力者││︻スタンド使い︼。
!
牙の並ぶ、大きく裂けた口。
パプリカのような形の頭部。生物らしくない格子模様の入った丸い目。鮫のような
﹃心を動かすだけで︻人を小さくできるこの能力︼
﹄
ただ目に映るは、自分の顔よりも大きなコンセントの穴と、血みどろの死体。
!!
初めて触れた、﹃殺意﹄。
まさかッ
!?
いつの間にかわからない。
﹃こ、これは
﹄
手乗りインコの﹃中身﹄。それは、ありえない大きさの、﹃人間﹄。
﹃なに⋮⋮これは⋮⋮︽手︾
?
!!
300
鋭い爪に、長い腕。頭と胴体は棘に覆われている。
動きは猿のようで、すばしこく、そして凶暴。
グェスの︻心のパワー︼の形。
﹃︻グーグー・ドールズ︼⋮⋮これがあたしの精神力の名前﹄
それは彼女の、最初の戦い。
ス
トー
ン・
フ
リー
それは彼女の、決意の時。
﹃︻運命の石牢に自由を求めて︼﹄
それは彼女の、命名の儀式。
ス
トー
ン・
フ
リー
﹃あ た し は ⋮⋮ こ の ﹃石 の 海﹄ か ら 自 由 に な る ⋮⋮ 聞 こ え た
◆
︻運命の石牢に自由を求めて︼よ⋮⋮これが名前﹄
夢から醒めた後、イリヤは学校に行く準備をしていた。
サーの過去を知ることに対し、プライバシーを侵害する罪悪感がないわけではない。だ
ランサーには、彼女の体験を夢で見ていることについては何も言っていない。ラン
?
﹃何にでも名前はあるって言ったわよね。あたしも名前を付けるわ﹄
『15:Observation──観察力』
301
がそれ以上に、彼女の過去に対する強い興味があった。
その興味の対象は、ベッドに座り、ルビーと話をしていた。
ら、その応用よ﹂
?
ユグドミレニア家。ユグドミレニア一族。
︽ユグドミレニアと言っていましたねー。凛さん、ルヴィアさんから話を聞きましたが︾
つまりは、よくいる類の悪党だ。
めつけ、相手に貧乏くじをつかませ、自分だけが利益を貪る、卑怯卑劣な私利私欲の塊。
囲気を纏うものが少なくなかった。自分は安全なまま優位な立場で、一方的に相手を痛
ランサーは、無実の罪で刑務所に送られたが、その中の囚人にはセレニケのような雰
は生前良くみた顔よ。人を傷つけるのが大好きな顔だわ﹂
﹁けどマスターには逃げられたのはしくじったわね⋮⋮セレニケって言ったっけ。あれ
た。
あのルビーを絶句させるとは、やはりランサーは只者ではないと改めてイリヤは思っ
︽⋮⋮あの、どういう状況ですかそれ
︾
﹁昔、毒蛙の雨を防ぐために、蛙をつなぎ合わせてクッションを作ったことがあったか
容赦なさすぎです︾
︽それにしても昨夜は凄いことしましたねー、まさか敵を縛り上げて肉壁つくるなんて
302
魔術の名門から弾かれた一族。魔術の王道から外れた一族。
百年近くを生きるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを当主とした集団。
無論、その取り込まれた者たち中から、魔法を使える者が出たところで、根源に到達
与え、ユグドミレニア一族に取り込んだのだ。
至るまで、力なくも野望を燃やし続ける者たちに誘いをかけ、ユグドミレニアの刻印を
くなった一族。更に、魔術師として罪を犯し、罰を受けて追われる身になった賞金首に
衰退がはじまり、力が弱まりつつある一族。権力闘争に負け、主流の助力を受けられな
その奇妙な魔術刻印によって、彼らは誘いをかけた。魔術回路が弱い、新興の一族。
印を所持している者であろうと移植できる。
み。たが本来近親者にしか適合しない魔術刻印が彼らの場合、赤の他人や、他の魔術刻
ニア一族の物対するわずかな同調観念と、ユグドミレニア一族であるかどうかの判別の
ユグドミレニアの魔術刻印は魔術的にはほとんど何の力もない。効力は、ユグドミレ
くの魔術系統、多くの血筋を集めた。
だがユグドミレニア一族は、一つの魔術系統、一つの血統にこだわることをやめ、多
に根源へと到達することが通常である。
本来、魔術師は初代の選んだ魔術系統を、代を重ねて学び、研究し続け、極めた果て
﹃八枚舌﹄のダーニックと呼ばれる、一流の詐欺師にまとめられた者たち。
『15:Observation──観察力』
303
した者が生まれたところで、ユグドミレニアの栄光にはならない。せいぜい多少深い関
係者となるだけだ。だが、名は残る。広く浅くばらまかれた名は膨大で、その全てが滅
ぶことはないだろう。
無数の血統、無数の魔術がかき集められた、弱小魔術師の連合。内実は問題ではなく、
ただユグドミレニア家の名という、外殻を滅ぼさぬために││それがユグドミレニア家
の在りようであった。
そんなユグドミレニア家の、凛たちの感想は、
確かにユグドミレニア一族の力は弱く、数を頼りになんとか存在を維持してはいる
で、あった。
ろで、真の実力者には敵いませんわ﹄
貴な義務も知らぬ者たちの寄せ集めですわ。二流三流の有象無象が降り積もったとこ
けれど、なんてことはないですわね。魔術師としての在りようを忘れ、貴族としての高
﹃あの政治感覚だけで成り立つ、下品な一族がこの聖杯戦争に首を突っ込んでいたとは。
恐れるような相手じゃないわ﹄
だけ。しっかりと根付いた血統による基盤と、磨き抜かれた魔術の実力を持つ名門が、
自体は確かに多いから、そこは侮らない方がいいかもしれないけど、注目すべきはそこ
﹃数だけの烏合の衆よ。結局は負け犬の弱みに付け込んで、自分の傘下にしただけ。数
304
が、千年かけても名門貴族の席に座ることはないだろう。
︽だからこそ、そんな苦しい現状から脱出するために、聖杯を求めたのかもしれません
ね︾
﹁でも負けちゃったんだよね アサシンを倒してカードも手に入ったし⋮⋮⋮もう気
にしなくてもいいんじゃない
﹂
?
?
ちょっと困った人たちだが、凄腕の魔術師である凛とルヴィア。
少し距離はあるが、徐々にその距離も縮まっている気がする、魔法少女の美遊。
ランサーの助言で、イリヤは勇気づけられ、笑顔を浮かべる。
﹁う⋮⋮うん、そうだよね﹂
﹁敵ばかりじゃないわ。味方もたくさんいるんだから、明るい方向に行きましょうよ﹂
イリヤは嗜虐の魔女の、冷たい顔を思い出し、朝っぱらから重いため息をついた。
﹁そっかぁ⋮⋮もう会いたくないけどなぁ﹂
を奪って戦えばいい。
ランサーがマスターを変えて戦いに参加しているのと逆に、セレニケはサーヴァント
れば戦線復帰できるわけだし﹂
ないことはない。マスターを殺して、マスターがいなくなったサーヴァントと再契約す
﹁いえ、油断はしない方がいいわ。マスターの暗殺だけなら、サーヴァントなしでもやれ
『15:Observation──観察力』
305
歴戦の頼れるスタンド使いであり、何より常識人であるモハメド・アヴドゥル。
そして、謎の多いツンデレの英霊、アーチャー。
最後に浮かんだアーチャーの顔に、イリヤは引っかかるものを感じていた。
アーチャーは階段を降り続ける。
いると、そう考えたりはするだろうか﹂
﹁人間の心理として⋮⋮一度戦場となり、崩れ落ちた隠れ家に、まだ隠れ住み続ける者が
アーチャーは携帯電話を耳にあて、マスターと話していた。
ヴァントの目には昼間同様だ。
闇の中でアーチャーは呟く。人の目では何も見えない明かり無き地下深くだが、サー
﹁⋮⋮一度調べた場所は、それ以上調べないものだ﹂
◆
アーチャーは決してイリヤを裏切らず、強い味方であってくれると。
根拠はないが、イリヤはその勘は間違っていないと信じていた。
︵でも、いい人だよね。きっと︶
見たのかもしれないが、少し気になる。
彼も英霊であり、世界的有名人であるはずだ。写真か肖像画でも残っていて、それを
︵なんだか見たことのあるような気がするんだよね、あの人︶
306
﹁そこに、ただ拠点として以上の何かがあると、そう考えることはあるだろうか﹂
階段を降り終わった。
アーチャーの目には、まったく崩れ落ちていない、キャスターの拠点があった。
﹁私は考えた﹂
魔術的な配置で並べられた家々。その中央にある丘と、半壊した神殿。昨夜、脱出し
た時のままだ。あの後、崩落し、潰れたと思われたキャスターの神殿は、潰れていなかっ
た。あの時の揺れや、ひび割れや、地響きは、見せかけだったのだ。今はもうひび一つ
無い。
を利用することも調べることもできない││そう思うだろう。
結界で隠していた方の通路が潰れたら、もう地下の神殿へは行けないし、誰も、神殿
結界で隠されていない別の通路があるなど、思いつかないだろう。
通路は、魔術師の目を引き付けるための囮。結界で隠された通路があるとわかったら、
ておらず、そのため、昨夜の美遊のやり方では見つからなかった。結界で隠された方の
アーチャーが降りてきた階段は、昨夜とは別の通路だ。しかも、魔術的な隠蔽はされ
を向けなくなれば、それで良かったのだ﹂
一番良かったのだろうが、勝てなくてもそれは本命ではなかった。この場所に誰も感心
﹁あそこでの戦いは、我々に勝つことに重点を置いていなかった。勝てるのならそれが
『15:Observation──観察力』
307
実際、凛たちはそう思った。ただ、アーチャーだけが、生前、魔術師の裏をかき続け
た実体験から、そういった﹃魔術師殺し﹄のやり口に通じていたがゆえに、勘付いたの
だ。
るということは、5陣営が手を組んでいるということになる。
そして、キャスターの拠点を、ミセス・ウィンチェスターのサーヴァントが守ってい
ドレスのミセス・ウィンチェスターとオンケル、ミドラーは繋がっていた。
ユグドミレニア家のセレニケとキャスターは繋がっていた。
﹁⋮⋮私の感傷はともかく⋮⋮悪い事態だな﹂
ただ、言わずはいられなかっただけだ。
アーチャーもわかってもらいたいわけではなかった。
アーチャーの言葉の真意を、理解できるものはこの世にはいないだろう。
﹁いやはや⋮⋮こんな出会い方はしたくなかったよ、セイバー﹂
アーチャーの前には、漆黒の鎧を装備し、禍々しい剣を握った戦士の姿があった。
正直、分が悪い。誰かがいるとしても、キャスターだと思っていたのだ。だが違った。
失態だと自嘲しながら、アーチャーは通話を終え、目の前の相手を見据える。
見つけた時点で、彼女たちを呼ぶべきだったな││生き延びたら、また会おう﹂
﹁確証があったわけではないから、凛たちは誘わなかった。だが、昨夜とは別の抜け穴を
308
5陣営がそろって行動している様子はなく、全員で力を合わせてイリヤたちを襲わな
かったことを考えるに、強い信頼関係はないようだが、ことの進み方によっては、セイ
バー、キャスター、バーサーカーが一度に襲い掛かってくることもあり得る。
﹁さて⋮⋮どうしたものかな。この場を切り抜けるにしても、正直、数字の上では勝てる
部分が無い﹂
セイバーは聖杯戦争において、最優のクラスとされる。過去に冬木で行われた聖杯戦
争においても、セイバーのクラスは最後まで勝ち残った。
正面対決では勝ち目は薄い。こうして邂逅した以上、容易く逃げられもしないだろ
う。
﹁フッ
﹂
基づく陰と陽、雌雄一対の剣。
かんしょう
ばくや
オ
ン
そして作り出されたのは、黒い剣と白い剣││ 干 将・莫耶。中国に伝わる、陰陽説に
質を含めて、完全な武器を複製できる。
投影魔術。自身の内部にあるイメージを、現実に映し出す魔術。アーチャーは構成物
アーチャーは両手に剣を生み出す。
か。手綱をとる御者がいないならば、勝機はある。││投影、開始﹂
トレース
﹁幸運とすれば⋮⋮マスター⋮⋮ミセス・ウィンチェスターとやらがいないということ
『15:Observation──観察力』
309
!!
アーチャーはその名剣を投げ放つ。二つの剣は回転しながら、丘の階段の下に立つ、
ギィンッ
セイバーへと飛来する。その速度と威力は、鉄をも切り裂くに足るものであった。
が、
ガィンッ
!!
手元に戻ってきた双剣を受け止め、アーチャーは思考する。
セイバーが発生させた、黒い霧によって阻まれ、弾き返された。
!!
﹂
!
!
掛かる。
﹁お返しかっ
﹂
霧を、刃の形に変えて、鋭く薙ぎ払った。魔力の霧は、斬撃となってアーチャーに襲い
セイバーが己の剣に、周囲に展開する黒い霧を纏わせる。そして、凝縮された魔力の
﹁⋮⋮⋮⋮
しかも悪いことが、また一つ。
相手に弓兵が接近戦を仕掛けるなど愚の骨頂。
投げ放つのではなく、直接切りかかれば霧を突破できるかもしれない。だが、剣騎士
ということか。あれを突破するには、こんな小手先の技では無理だな︶
の炎を防ぐということは、つまり、
﹃一瞬で鉄をも蒸発させる灼熱﹄さえ防げるシロモノ
︵あれがアヴドゥルから聞いた、黒い霧か。どうやら、高密度の魔力でできているな。彼
310
悪いことに、セイバーの方も遠距離攻撃ができる。これもアヴドゥルから聞いていた
が、実際に見ると、その威力と切断範囲に寒気を覚える。
石製の床をバターのように刻みながら飛んでくる黒い刃を、アーチャーは紙一重でか
わす。
セイバーの剣技は卓越しているが、心が無いゆえか、機械的で太刀筋が読みやすい。
︵遠近自在⋮⋮そして強力。一撃で真っ二つだ。距離をとらねば︶
自分の知る﹃セイバー﹄の動きと大分違うことを認識し、その動きを観察し、推し量る。
︶
アーチャーが地を蹴り、後方に跳んで間合いを広げようとする。だがセイバーもまた
︻魔力放出︼か
!
地を蹴り、前へと詰める。
爆発的な動き⋮⋮足の踏み込みだけではない
!
る。
︶
薙ぎ振るわれる剣を受けるも、アーチャーの手の剣が圧し折られそうな衝撃が走る。
﹁くっ
﹂
ているとはいえない、子供のような小柄な体躯に見合わぬ力と速度が、アーチャーに迫
るスキル。それが︻魔力放出︼。特に、セイバーのそれはAランクのものである。恵まれ
武器や自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって、能力を向上させ
︵早い
!
!!
︵駄目だ。下手に退けばその隙を叩き潰される
!
『15:Observation──観察力』
311
逃げ腰では体勢が安定せず、セイバーの攻撃を受けきれない。と言って、体勢が安定
︶
していたところで少しはマシというだけで、敵うわけではない。
︵持ちこたえられないのなら⋮⋮逆にっ
﹂
!?
﹂
!!
の神殿に向けて。
!
ザックリと突き刺さり、その瞬間、激しく爆発を起こした。
アーチャーは黒と白の中華剣を投げ放つ。回転する二振りの剣は丘の壁に、同時に
︵キャスターが造ったこの神殿。セイバーに守らせるほどのもの⋮⋮一体何が
︶
だがアーチャーはひるまず走った。セイバーをすり抜け、セイバーの守っていた、丘
﹁ぐぅっ
その予測は正確で、アーチャーは避けきれず、左肩を切り裂かれる。
セイバーはその場で反転し、アーチャーがいると予測される位置に、黒い刃を飛ばす。
抜けて、セイバーの後ろに回ることに成功した。
アーチャーは、倒れたと見せかけて、前方にスライディングし、セイバーの脇をすり
セイバーが驚いたように見えた。
﹁⋮⋮⋮⋮
止めきれずに、仰向けに倒れてしまう。計算通りに。
セイバーの上段からの振り下ろし。それを白い剣で止めたアーチャーは、衝撃を受け
!
312
神秘の崩壊。蓄積された物理ならざるエネルギーが、破壊力へと移り変わる。丘に
は、大人が楽に入れるだけの穴が開き、向こう側には空洞が広がっていた。
は重要じゃないということだ。ならセイバーが守っていたのは何か
下の丘の方で
︵昨夜のキャスター、私の攻撃で神殿を攻撃されても動じた様子が無かった⋮⋮。神殿
はないかと考えたが、当たりだったようだな︶
ゴガッ
裏をついたフェイクだ。この丘の中にこそ、秘密があるのだ。
普通なら、丘の上の神殿の方が重要な施設に思えるだろう。だが、それもまた心理の
?
ザスッ
﹂
傷の深さは
?
背中を強い熱が走る。斬られた。
﹁ガッ
!!
!!
アーチャーは、振り向いて背後を確認したい衝動を抑え、必死で駆ける。
!
から、追いついて直接アーチャーを切り倒すつもりだ。
︶
セイバーが跳躍したのだ。黒刃を飛ばすと、アーチャーごと丘まで切り裂いてしまう
後方で、床が砕ける音がした。
!!
︵なら、丘の中に入れば、セイバーの動きは更に制限される
『15:Observation──観察力』
313
まだ走れる。ならば問題ない。
︶
そして丘の穴の中に。
︵届いたっ
薄ら寒い輝きを帯びる魔力の光。
いや、これはホムンクルス⋮⋮
﹁なんのために
戦闘用⋮⋮いや、衛兵として出てきたのは竜牙兵だけで、ホムンクル
この丘は、ホムンクルス製造工場であったのだ。
い。
アーチャーの猛禽類のように鋭い視力でも、ホムンクルス以外のものは見いだせな
多くのホムンクルスが浮かんでいる。そしてそれだけだ。
男の姿をしたもの。女の姿をしたもの。人の形さえしていないもの。
?
液体に浮かぶのは病的に白い肌の││
﹁人⋮⋮
ホムンクルス。
!?
人造生物。魔造人間。
﹂
そこに並ぶのは強化ガラスで造られた水槽。
アーチャーは丘の内側へと、その身を投げ出すように飛び込んだ。
!!
?
314
スが出たことはなかった。別の目的⋮⋮竜牙兵とは違う⋮⋮﹂
ホムンクルスは作り方によっては、サーヴァント並みの身体能力を持たせたものも、
﹂
生み出せる。それを戦闘に使うことは普通に考えられるが、どうやら違うようだ。
﹁⋮⋮
︶
ぎれたホムンクルスの血肉を被る。
ごと、撃ち砕かれる。身をかがめて直撃を避けたサーチャーは、ガラスの破片と液体、ち
黒い魔力の刃と、引き裂かれた大気の震えにより、周囲の水槽が中身のホムンクルス
そこに追いついたセイバーが鋭く剣撃を放つ。
!!
!!
トレース
オ
ン
﹁投影、開始⋮⋮
﹂
アーチャーは己が手に、先ほど爆発させた干将・莫耶を再び複製させ、斬りつける。だ
!!
みを考える。
だがアーチャーはそれらを切り捨てる。焼けた思考を凍らせ、ただ、今必要なことの
頭の奥で火花が起こる。
は浅からぬ縁を思い出させる。
過去の思い出がよぎる。今、殺した者と、殺された者の双方が、アーチャーにとって
ホムンクルス。造られた命だが、その血は熱が宿っていた。
︵⋮⋮⋮⋮⋮
『15:Observation──観察力』
315
が、セイバーの纏う魔力の霧は、やはりその剣撃の威力をほとんど受け止めてしまう。
だがこれほどの魔力の霧、いくら剣騎士のクラスといえど
アーチャーの剣は、セイバーの鎧を傷つけるにとどまり、その肉にまでは及ばない。
︵くっ⋮⋮やはり駄目か
︶
硬すぎる⋮⋮己だけの性能とは思えない。マスターからの魔力供給を上乗せ⋮⋮
待て、魔力供給、だと⋮⋮
?
!?
とができる⋮⋮
︶
つまり燃料、電池、工場、発電所だ
自前ではなくここで作り出していた⋮⋮
サーヴァントに使う魔力を、
!
︵ただのひらめきに過ぎないが、これはおそらく間違いない。魔力製造工場⋮⋮それが
理を無視して使えるものは使うことは正しい。
私利のために命を造り、私欲のために命を使い潰す。非道であるが、魔術師として、倫
魔力を好きなだけ使えれば、聖杯戦争において相当に有利になる。
それならばつじつまが合う。念入りに隠し、最強の英霊に守らせるに足る秘密だ。
!!
!!
る。特に魔術回路を備えたホムンクルスを製造すれば、効率的に魔力を生み出させるこ
ンクルスは人造とはいえ紛れもない生命体。生命体であれば多かれ少なかれ、魔力があ
︵ホムンクルスと竜牙兵の違い⋮⋮完全な操り人形である竜牙兵には命はないが、ホム
がらも思考を止めない。
アーチャーは目を閉じることなく、セイバーの動きを見据え、紙一重で剣をかわしな
?
316
この神殿の正体⋮⋮だが︶
アーチャーは、一つの疑問を抱く。
アーチャーはキャスターの正体にも一つの予測を立てていた。
ギリシャ風の神殿を作り出す、神代の高名な魔術師。
竜牙兵︵スパルトイ︶を生み出す、
﹃英雄カドモスが討ち取った竜の牙﹄の半分を手に
していた、コルキス王アイエテスの娘。
ギリシャ神話には多くの魔術師や予言者が登場するが、その中でも高位の存在。
がそこまで変わるだろうか
マスターの発案
だが黒化している状態で、きめ細か
?
体にしみ込んだ自分流のやり方ならば、心や思考がなくと
?
だが、そもそもキャスターは顔さえ隠し、生身を一切露出させていない。
黒化していても、マスターの命令どおりの施設を造れるのかもしれない。
考えすぎかもしれない。
もできるかもしれないが、他人からの命令でこれは⋮⋮︶
い施設造りを行えるのか
?
︵俺の知っている、あの﹃魔女﹄のやり方ではない⋮⋮黒化しているとはいえ⋮⋮やり方
知っていたからこそ、今、アーチャーは疑問を抱いた。
紫の衣服で身を包んだ、あの姿をアーチャーは知っていた。
﹃裏切りの魔女﹄。
『15:Observation──観察力』
317
アーチャーの知る顔を、キャスターは見せていない。
︶
?
︶
!!
!
﹂
?
︶
?
そう考えるアーチャーに、セイバーは遥かに上のスケールの行動を起こした。
︵また魔力を刃にして飛ばすか
セイバーの剣の長さでは届かない、射程外まで下がると、何をする気かと身構えた。
アーチャーはいぶかしく思いながらも身を引き、距離を置き、間合いを広げる。
セイバーが剣を止めて、足を止めて、攻撃を止めた。
思わず、アーチャーは声に出してしまう。それほど意外なことだった。
﹁む
けれど、セイバーはアーチャーの予想外の行動をとった。
だが、時間を稼ぎ、好機を窺うことはまだできる。
るのか、ともかく今ならばしのげる。しのぎ続けられるかと言われれば、おそらく無理
しづらいのか、重要施設の中であるため本気を出して破壊しすぎることを禁じられてい
幸い、セイバーの剣技は先ほどより精度が下がっている。狭い空間の中で剣を取り回
⋮⋮
︵これ以上の考察は難しいな⋮⋮ このセイバーをどうにか切り抜けて、脱出せねば
謎が解かれ、また新たな謎が浮かび上がる。
︵あのキャスターは、本当に俺が考えている、あのキャスターなのか⋮⋮
318
ゴウッ
﹂
る。魔力がその命ごと、搾り取られているのだ。
まだ破壊されていないホムンクルスが悶え、苦痛にのたうち、音の無い断末魔をあげ
とく吹き荒れ、周囲の水槽を次々と砕き、床を液体で濡らしていく。
今までにない、嵐のような魔力の奔流が巻き起こる。剣に黒い霧が渦巻き、竜巻のご
!!
!?
に生み出さんとする。
そしてセイバーは、マスターの命令通り、渾身の、最強の、究極無比の破壊を、ここ
たということだ。
い。それが、セイバーをここに置いたマスター、ミセス・ウィンチェスターの判断だっ
今、アーチャーという敵を倒すことと引き換えならば、この場所が消滅しても構わな
すなわち、敵を倒すための施設。
だが、この施設は聖杯戦争に勝利するための施設。
るだろうと。
似は、よもやすまいと。セイバーのマスターも、そんな攻撃はしないように命令してい
この重要施設を使用不可能にまで破壊しつくすような、大威力の攻撃を放つような真
アーチャーは油断していた。
﹁ま、まさか
『15:Observation──観察力』
319
エ
ク
できない。
ス
!!
リ
バー
﹂
!!
唸る黒い魔力の嵐が、一筋に収束され、そして、再び一つの方向に、一つの対象に向
を注視していたが、何か効力を発揮する様子はない。
剣の中の剣の名が、高らかに解放された。セイバーは最後まで、アーチャーの握る剣
﹁⋮⋮︻勝利の剣︼
カ
己の宝具を開放させることに全力を注いだ。
殊な能力が秘められている可能性が高い。セイバーはアーチャーを近づけるより前に、
干将・莫耶よりよほど小さな剣。だが、あえてその剣を出したということは、何か特
﹁おぉぉぉぉぉぉ
﹂
アーチャーが何をしようと、この短時間で準備できる攻撃で、セイバーを崩すことは
確かにそれしかないが、心の無いセイバーにも理解できていた。
セイバーの攻撃が完成する前に、セイバーを仕留める気か。
右手にその剣を握り、真っ直ぐに進む。
アーチャーは手にした干将・莫耶を投げ捨て、代わりに新たな剣を一振り、投影する。
それを聞かずに、聞かずともわかっているがゆえに、アーチャーは走り出していた。
セイバーが、初めて言葉を口にした。
﹁︻約束された︼⋮⋮﹂
320
けて、解き放たれようとした││そのまさに刹那。
キュオッ
﹂
否。
?
手を警戒しなかったのは間違いだった。
セイバーはアーチャーの右手の剣を警戒していた。それは間違いではなかったが、左
実力を隠していた
アーチャーが加速した。それまでのアーチャーの動きからは、考えられない速度。
﹁⋮⋮⋮⋮
!? !!
剣を上段に構えていたセイバーの胸に突き立てた。
セイバーの反応を超える速度でアーチャーは間合いを詰め、そして、右手の切り札を、
えすればよかった。
く、長時間は続かない。だが、アーチャーにとってはこの一時のための奥の手になりさ
一画の令呪を使い、具体的な目的はなく、ただ強化のみを命じた場合、その効力は薄
アーチャーからの電話があったら、令呪を使い、アーチャーを強化することを。
最初から、ここに来る前に決めておいた。
へと電話する。それだけ。
アーチャーの左手には、携帯電話があった。アーチャーが行ったのはただ、マスター
﹁ベストだ。マスター﹂
『15:Observation──観察力』
321
ルー
ズッ⋮⋮⋮
ル
ブ
!
﹂
!?
レ
イ
﹂
!!
カー
そして、魔力供給のパイプが失われた今、宝具のための膨大な魔力は、セイバーだけ
バーとサーヴァント、そしてホムンクルスたちを一組に繋ぐ、契約でさえも。
アーチャーの投影したその宝具は、あらゆる魔術効果を消し去ることができた。セイ
セイバーのマスターとのパスが断たれた。
今までセイバーに与えられていた魔力供給が途絶えた。
切断される。
魔力が切れる。
﹁⋮⋮⋮⋮ッ⋮⋮ッ
だが、効果ははっきり表れた。
たっていない。
セイバーに突き立てたといっても、鎧に突き刺さっただけで、到底傷つけるまではい
アーチャーの剣。稲妻のようにジグザグで、とても戦いに使えないであろう短剣。
﹁⋮⋮⋮ッ
それが致命的となる。
セイバーの一瞬の動揺。一瞬遅れた、山をも薙ぎ払う一振り。
﹁││︻破戒すべき全ての符︼﹂
322
で賄わなければならない。
それでも既に真名開放した宝具を止めることはできない。己の内の魔力を絞り出し
ながら、セイバーはアーチャーに向けて剣を振るった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ
黒い極光がほとばしる。
エ
ク
ス
カ
リ
バー
アーチャーの視界が黒く染まり、周囲の全てが砕け散る音が耳に響く。
て、神速の一振りをかわしたが、剣から放たれた暗黒の光線はどうしようもなかった。
頭から剣を叩き付けられようとしたアーチャーは、令呪によって上昇した速度でもっ
!!!!!
﹁も し も し ⋮⋮⋮ あ あ、私 だ。メ ー ル は 見 た か や ら れ た よ。私 は も う す ぐ 消 え る。
足を引きずる歩き方││もはや、まともに歩く力もない。
ザリザリと地を削る音がしていた。
◆
た剣の一撃は、一瞬にして神殿の全てを薙ぎ払った。
一人の国王と、一つの王国の伝説││その始まりから終わりまでの全てを象徴してき
間違いなく、この聖杯戦争における最大の力。
︻約束された勝利の剣︼│ │ 星 の 造 り し 聖 剣。人 々 の 願 い を 結 晶 化 さ せ た 至 高 の 幻 想。
『15:Observation──観察力』
?
︻盾︼を投影することに成功しなければ、とっくに消し飛んでいただろうな﹂
323
携帯電話が壊れなかったのは奇跡だろう。壊れたとしても投影魔術を使えば複製く
らいできたが、今は少しの魔力を使いたくない。
全身に大小無数の傷を負っているが、特に大きいのは右側の腹。抉られて背骨まで届
きそうなほどだ。霊核が直接傷ついていないのが救いだが、残り時間が多少長引いただ
けのこと。
サーヴァントでなければ、とっくにこの世から去っている。いや、さすがの英霊とは
いえ、もう去りつつある。どうにか耐えているだけだ。
爆発のどさくさに紛れ、地上に逃げ帰ったが、セイバーはどうなったのか。マスター
とのパスが切れたとはいえ、一発宝具を撃っただけで自滅したと考えるのは、むしが良
すぎるだろう。だが、早めにマスターとのパスを繋げなおす必要はあるはず。
できれば残りの令呪を⋮⋮﹂
アーチャーを追うより、そちらを優先するだろうというのがアーチャーの考えだ。
の姿があった。
ゆっくり振り向くと、そこには魔力の霧を漂わせてはいないものの、健在なセイバー
﹁⋮⋮⋮また油断だったようだな。そこまで私を斬りたいか。セイバー﹂
背後に気配がした。
アーチャーが言葉を途切れさせる。
﹁今どこにいる
?
324
魔力の霧が無いのは、魔力消費を抑えているためだろう。今なら、一撃切り込めば倒
せる。だが、それはアーチャーも同じことであるし、アーチャーの方が傷は深く、消耗
も激しい。剣一本の投影もできない。できたとして、斬りかかれるほど軽傷ではない。
﹁⋮⋮いいところがなかったな。これで終わりか﹂
言葉を返すことなく、セイバーはただ剣を振り上げ、
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
﹂
!?
﹂
?
トと呼ばれる、錬金術師パラケルススが使っていたという伝説のある短剣だ。魔術礼装
アーチャーは令呪の力でわずかながら魔力を回復し、剣を投影する。その剣はアゾッ
﹁なんだ⋮⋮そこにいたのか、マスター﹂
彼は冷静に、アーチャーの一番してほしかったことをやってのけてくれた。
セイバーの後ろから、人影が姿を現す。アーチャーのよく知るその人影。
﹁そいつは止めた。そして令呪をもって命じる。﹃セイバーを倒せ﹄﹂
はなかった。
アーチャーはまったく理解できずに、つい問いかける。それに答えたのはセイバーで
﹁⋮⋮どうした
そのまま動かなくなった。
﹁ッ
『15:Observation──観察力』
325
としてはオーソドックスなもので、そんなに強い力はない。
だが、動けぬ敵に突き立てるのに不自由はない。
そしてあっけなく、セイバーの霊核は貫かれ、この聖杯戦争でも最上位に位置する大
英雄は、カード一枚を残して消滅した。
カードは、地に落ちる前に、アーチャーの手で受け止められる。
﹂
?
?
ないしな﹂
﹁勘違いするなよ 僕は僕の好きなようにやっているだけだ。見返りがないわけじゃ
﹁それは助かる⋮⋮ふふ、手は貸さないと言っていた割に、動いてくれるじゃないか﹂
にしてやるんだな﹂
﹁そうかい⋮⋮ついでに、さっきわかった別の隠れ家のことを教えてやる。一緒に土産
んだ騎士が、剣を掲げる姿が描かれていた。
アーチャーは手の中の、クラスカードに視線を落とす。カードには、甲冑で全身を包
つくれたのがせめてもの幸いかな﹂
﹁ああ、残念ながら。この後は彼女たちに託さねばならないのが情けないが、置き土産を
残るのは無理そうなのか
ら、止めることはできなかっただろう⋮⋮で、どうだ 最後の令呪を使っても、もう
﹁上手くいってよかったな。流石に英霊なんてシロモノ、あれほど消耗していなかった
326
?
﹁そうか⋮⋮では好きにしてくれ﹂
﹁そうさせてもらうさ⋮⋮令呪をもって命ずる、﹃心残りのないように行動しろ﹄﹂
令呪の力により、アーチャーの体に活力が宿る。消滅はもはや止められないが、遅ら
せることはできたようだ。
命令を破らないよう、早く行くんだな﹂
﹁⋮⋮改めて感謝する。ありがとう、マスター﹂
﹁礼を言っている暇があるのかい
その背中を見送り、アーチャーのマスターは呟く。
アーチャーは頷くと、走り出す。目的地は決まっていた。
?
︻CLASS︼セイバー
◆
﹃カード入手﹄
リタイア
﹃セイバー︵真名:アルトリア︶⋮⋮⋮消滅﹄
きそうだな。ま、どうなってもこんな町のことは、僕に関係ないがね⋮⋮﹂
﹁聖杯戦争に巻き込まれたときは、またかよって思ったが、今回はそこそこ平和に片が付
『15:Observation──観察力』
327
︻マスター︼ミセス・ウィンチェスター
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって、能力を向
・魔力放出:A
はもはや未来予知に近い。視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を〝感じ取る〟能力。研ぎ澄まされた第六感
・直感:A
︻保有スキル︼
幻獣・神獣ランクを除く、すべての獣、乗り物を自在に操れる。
・騎乗:A
ない。
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられ
・対魔力:A
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力B 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具A++
︻属性︼秩序・善
︻性別︼女性
︻真名︼アルトリア
328
上させる。
・カリスマ:B
軍団を指揮する天性の才能。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで
十分と言える。
ク
ス
ヴァ
カ
ロ
リ
ン
バー
ランク:EX 種別:結界宝具 最大捕捉:1人
◆全て遠き理想郷
ア
霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。
所有者の魔力を〝光〟に変換し、収束・加速させることにより運動量を増大させ、神
聖剣というカテゴリーの中では頂点に立つ宝具である。
光の剣。人造による武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:2∼3 最大捕捉:1人 ◆約束された勝利の剣
エ
術によって守護された宝具で、剣自体が透明という訳ではない。 不可視の剣。シンプルではあるが白兵戦において絶大な効果を発揮する。強力な魔
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:2∼4 最大捕捉:1個 ◆ 風 王 結 界 インビジブル・エア
︻宝具︼
『15:Observation──観察力』
329
330
エクスカリバーの鞘の能力。
鞘を展開し、自身を妖精郷に置くことであらゆる物理干渉をシャットアウトする。
⋮⋮To Be Continued
﹃16:Price││犠牲﹄
︻SPW財団最高機密書類より抜粋︼
そもそも我々、SPW財団という組織が設立された根本には、
﹃吸血鬼﹄の存在があっ
た。
古代の遺産、
﹃石仮面﹄によって肉体を変化させて生み出される怪物。その恐怖と戦う
ために、我々はつくられた。
我々の祖、ロバート・E・O・スピードワゴン氏が、戦友から教わった言葉、︽勇気と
は、恐怖を知ること。恐怖を理解すること︾││﹃吸血鬼﹄という恐怖を知り、乗り越
える勇気を持つために、我々は研究を重ねてきた。
その年月の果てに、我々は多くのことを知ってきた。
その中でも、やはり我々は﹃吸血鬼﹄にこそ、常に目を向けてきた。我々が得てきた
そして、人類史の裏で動いてきた、科学と双璧をなすもう一つの世界││﹃魔術﹄。
ンド﹄を発現させる﹃矢﹄。
﹃石仮面﹄同様、人間の秘められた力︵善悪の区別なく︶を無理矢理呼び起こし、
﹃スタ
﹃石仮面﹄を発明した、﹃吸血鬼﹄以上の恐怖である﹃柱の男﹄。
『16:Price──犠牲』
331
332
知識の中には、﹃石仮面﹄や﹃柱の男﹄とは別の﹃吸血鬼﹄の存在があった。
それは﹃真祖﹄と﹃死徒﹄。﹃真祖﹄は生まれた時から吸血鬼であったもので、星が人
間に対抗するために造りだした、肉体をもった精霊であるという。精霊というとメルヘ
ンチックで信じがたいが、我々とつながりを持つ、とある漫画家が接触したという﹃山
の神々﹄もそんな精霊の一つなのかもしれない。
そして、
﹃真祖﹄には人の血を吸いたくなるという欲求があり、そのために﹃真祖﹄に
血を吸われた人間が、吸血鬼と化したものが﹃死徒﹄である。永遠の命を持つが、その
肉体を維持するためには人間の血液を必要とする。魔術によって、
﹃真祖﹄に噛まれずと
も、﹃死徒﹄になる者もいるようだ。
これらの知識は、チベットやヴェネチアの波紋使いたちを通し、
﹃聖堂教会﹄から学ん
だものである。彼らの目的は人の道を外れた異端を滅ぼし、人に害なす神秘を管理する
ことである。彼らはSPW財団を、財力、技術力、影響力、組織力、人員、知識の質と
量、いずれの面においても高水準にあると評価してくれているが、だからこそ道を踏み
外し、異端となった時の脅威も高いとして、警戒している。我々としては地道な交渉で
信頼関係を築いていきたいものだ。
◆
﹁おはよー、美遊さん﹂
学校の教室で、明るく挨拶をしたイリヤに、美遊はややぎこちなく挨拶を返す。
﹁イリヤスフィール⋮⋮⋮おはよう﹂
役に立たなかったけど、したりしたし、ちょっとは仲良くなれたんじゃないかって、期
︵ううーん⋮⋮⋮まだ打ち解けてもらえないのかなぁ。特訓の手伝いを⋮⋮⋮そんなに
待したんだけど⋮⋮⋮︶
最初に﹃戦うな﹄と否定された時より、悪感情はないとはいえ、まだ壁が感じられる。
な、なに
!
!
美遊さん
﹂
︵肩を並べて戦ううちに、芽生える絆 とか、実際は難しいのかなぁ。でもそれじゃど
わ
?
うすれば⋮⋮⋮︶
﹁⋮⋮⋮え
!
をする。
﹁まだ戦うつもり
?
こちらを真っ直ぐ見つめる澄んだ瞳。美遊の真剣な眼差しに気圧されるイリヤだっ
﹁え⋮⋮⋮﹂
﹂
考え事にふけっていると、考え事の対象本人から話しかけられ、イリヤは慌てて返事
?
﹁イリヤスフィール﹂
『16:Price──犠牲』
333
たが、相手の真剣な問に答えるために、口を開く。
そ、それは確かに
?
﹁知っているかもしれないけど、理解はしているの 敵は組織、それもそこらのギャン
怖いし、悪い人たちが本気で殺しにかかってるってことも知ってるけど﹂
﹁や、やっぱりまだ、遊び半分で戦うなって、思ってるかな⋮⋮⋮
334
続けるの
﹂
るかもしれない。これからの人生に、黒い澱みが残るかもしれない。それでも、戦いを
組織に目をつけられたら、たとえカード回収が終わっても、邪魔者された復讐をしてく
グなんてものじゃない。警察も役に立たない、世界の裏の集団。このまま戦い続けて、
?
︶
?
その真心に対し、イリヤは素直な気持ちを口にする。
た。そうでなければ、イリヤに現状の不味さを丁寧に説明しようとはしないから。
だが、今のこの問いは、イリヤの今と未来を、慮って言ってくれているのだとわかっ
らで、イリヤ自身への興味は薄かったのだと思う。
最初になぜ戦うかと問われたときは、もっと単純にイリヤの行動目的が疑問だったか
︵心配、してくれている⋮⋮⋮
それでもいいのかと美遊は言っている。つまりは、
狙われ続けるかもしれない。
戦って死ぬかもしれない。死ななくても、この聖杯戦争を起こした黒幕である組織に
?
﹁美遊さんだって、戦ってるじゃない﹂
﹁それは⋮⋮⋮私とあなたとでは違う﹂
同い年で、同じ学校に通ってて、同じ魔法少女で、同じ女の子でしょ
﹂
?
﹂
?
また突き放されちゃう
︶
?
﹂
?
﹁そ り ゃ ⋮⋮⋮ 出 会 っ た の は た ま た ま か も し れ な い け ど ⋮⋮⋮ で も そ ん な こ と 言 っ た
新たな問いがかけられた。
ただけのはず。それでも
﹁⋮⋮⋮本来、ルヴィアさんも、凛さんも、誰も、あなたと関係ないはず。たまたま出会っ
イリヤが不安に思っていると、
?
へへへと笑うイリヤを、美遊は何も言わずに、じっと見つめている。
逃げるのは、やっぱりカッコ悪いじゃない
危ないからっていうのは、逃げる理由にはならないかなって思う。それにさ、このまま
アさんも、アヴドゥルさんも、みんな危ないって知っていても、戦っているから⋮⋮⋮
でもやっぱり同じことは同じだと思うんだ。美遊さんだけじゃなくて、凛さんもルヴィ
﹁そ、そりゃ、私は美遊さんのこと何も知らないし、何か事情があるのかもしれないけど、
な驚く要素があったのかとイリヤは戸惑うが、言葉を続ける。
そう言ったイリヤを、美遊はどこか驚いたように見つめる。その反応に、どこにそん
﹁違わないよ
!
︵ううう⋮⋮⋮だ、駄目だった
『16:Price──犠牲』
335
ら、たまたまじゃないことなんてないよ。それを言ったら友達なんて、みんなたまたま
出会っただけだし﹂
そしてイリヤは何気なく言葉を返した。美遊は、返された言葉を拾い、小さく呟く。
﹂
イリヤの耳にも届かないくらい、小さく。
今、なんか言った
﹁⋮⋮⋮友達﹂
﹁え
?
﹂
?
﹁あんた⋮⋮⋮﹂
◆
美遊の態度を捕えかね、イリヤはむぅと唸りながらも席に着いた。
﹁⋮⋮⋮わかってくれたのかな
同時に鐘がなり、席に着く時間が訪れたことを知らせる。
終わらせた。
最後にそう言って、美遊は最初から最後まで静かなまま、自分の席へと座り、会話を
﹁何でもない﹂
イリヤが首をかしげるが、
?
336
帰宅した遠坂凛を玄関の前で出迎えたのは、座り込むアーチャーであった。
シュレッダーにでもかけられたような、ズタズタの体。無数の傷から血が流れ、重体
どころではない負傷だと一目でわかる。
﹂
﹁思 っ た よ り 早 い 帰 宅 だ っ た 幸 運 に 感 謝 し よ う。い つ 消 え て し ま う か と 気 が 気 で は な
かった﹂
﹁⋮⋮⋮誰にも見られていないでしょうね
いいからさっさとしなさい
!
魔術師だ。
﹁な⋮⋮なに言ってんのよ
﹂
はあるが、根は人一倍、感情豊かな少女だ。心の贅肉がどうしても取れない、不覚悟な
ことさら冷静に言ってくれる凛が、アーチャーにはありがたかった。冷たい素振りで
﹁そ⋮⋮⋮じゃあ、早く用を済ませなさい﹂
見えない位置に座っている。セールスや郵便配達、宗教勧誘の類も来てはいない﹂
﹁安心したまえ、敷地内に入るときは注意したし、君もわかっているだろうが、外からは
?
﹁ああ、すまない⋮⋮⋮では話すとしよう。まずこれを受け取ってくれ﹂
は、顔を赤くして急かす。
アーチャーが素直に浮かべた微笑みと、言葉から感じ取れる純粋な親愛を受けた凛
?
﹁まったく⋮⋮好ましいな﹂
『16:Price──犠牲』
337
アーチャーは右手を凛へと差し出す。その右手が持っていたのは、
これって⋮⋮⋮﹂
!
こまで深いかはわからないが、協力関係にある。バックにいる、ドレスとユグドミレニ
まり、セイバー陣営とキャスター陣営、バーサーカー陣営、アサシン陣営の4陣営は、ど
﹁それより問題は、セイバーがキャスター陣営のいた神殿を護っていたということ。つ
戦って勝利をつかめるだろう。
こまでできる魔術師なら、魔力補給用のホムンクルスなどつくるまでもなく、正攻法で
ス製造所を、二つ以上造るというのは考えづらい。そこまでできる余裕があるなら、そ
いかにキャスターといえ、幾つもダミーの拠点を造りながら、あの規模のホムンクル
だろう﹂
を別に用意しておけたとも思えないから、魔力供給の優位性は、もう気にしなくていい
﹁ホムンクルスの製造所はもう機能していないだろう。時間を考えても、同規模のもの
実際、アーチャーはいつ消えてしまうかわからないほど消耗していた。
アーチャーの説明を中断している余裕はないという判断であった。
も目の色を変え、口を開きかけ、そのたびに冷静さを取り戻して、話を聞いた。質問で
そして、セイバーのいた神殿や、その神殿の役割を、端的に説明していく。凛は幾度
﹁セイバーのクラスカード。なんとか倒したが⋮⋮⋮このざまだ﹂
﹁
338
アも、おそらく⋮⋮⋮﹂
既に脱落したライダー陣営も入れれば、7陣営のうち、5陣営が手を組んでいたわけ
だ。アーチャーもオンケルの関係者が召喚するはずだったことを考えると、上手くいっ
ていれば6陣営であったわけだ。八百長というレベルではない。
埋めることのできなかった、たった1つの陣営である、ランサー陣営︵ランサーのマ
スターも、最終的にはオンケルと手を組んだが︶を倒し、やってくるであろう時計塔の
追手を倒した後、オンケルのバーサーカー以外のサーヴァントを自害させて、オンケル
を優勝者にする計画だったのだろう。他の者たちに裏切るつもりがえなかったかはわ
からないが、ともかく、カレイドステッキという予想外に強力な魔術礼装の参戦により、
その計画は現在破綻している。
魔術の実力もなく、政治力だけでそこそこの勢力を保っている、弱小魔術師集団という
ドレスの方は良く知らないが、ユグドミレニア家の方は凛も聞き及んでいる。大した
凛も頷き、同意を示す。
ちらかの計画だったのかもしれない﹂
カードを利用した聖杯戦争という発想自体、オンケルのものではなく、二つの組織のど
思えない。オンケルの方が利用されていると考えた方が自然だろう。そもそもクラス
﹁どうも調べた限り、オンケルがドレスやユグドミレニアを利用できるような大物とは
『16:Price──犠牲』
339
のが、凛の認識であり、その認識は間違っていない。ただ、逆に言えば、大した実力も
ないのに勢力を保てる、その政治力と謀略だけは注意しないわけにはいかない。
少なくとも、ギリギリ一流に引っかかっている程度の力しかないオンケル・イクスが
どうこうできるような、容易な相手では決してない。
クラスカードを媒体とした英霊召喚、ホムンクルスを使った魔力補給││どれも斬新
忘れてくれ。今重要な考察は、奴らのこの聖杯戦争に対する姿勢だ﹂
めて、失われた本来の聖杯を完成させるつもりか││いや、これは妄想にすぎないな。
う簡単には生み出せないだろうが。あるいはドレスは、多くの亜種聖杯戦争で情報を集
のは副次的な効果にすぎない││もっとも、本来の目的を達成できるような聖杯は、そ
座に返るエネルギーを利用し、根源への道を開く。それが目的だ。願いを叶えるという
座より召喚した七体の英霊すべての魂を聖杯に束ね、一気に開放⋮⋮英霊たちが一度に
﹁どうも今あちこちで行われている亜種聖杯戦争は、根本で勘違いをしている。本来は
じった複雑な表情であった。
アーチャーは苦笑に似た表情を浮かべる。怒り、悲しみ、嘲り、色々な感情が入り混
とは、聖杯戦争も安くなったものだ﹂
いというが、今回も、やはり実験なのだろう。それにしても││実験ごときで行われる
﹁ドレスは、今までも幾つもの聖杯戦争に介入していて、何らかの実験を行っているらし
340
な試みだが、全身全霊を尽くして行ったとは考えにくい。セレニケの引き際など、生き
るか死ぬかの博打をしている人間の行動と見るには、あっさりしすぎている。実際にで
きるかどうかの実験にすぎないと考えた方が自然だ。
おそらく、本当に本気なのはオンケルだけだ。他は、たとえ負けても逃げ延びること
ができれば、それで十分という考えであろう。
﹁だ が 本 気 で な い か ら く み し や す い と は 思 わ な い 方 が い い。勝 敗 を 度 外 視 す る か ら こ
そ、常識外の手を打ってくるかもしれない﹂
勝利を計算に入れないからこそ、後先を考えない、無謀な真似ができる。普通の戦闘
なら、一つの戦いに全力を投入することはない。力を使い果たしたら、次の戦いに負け
るためだ。余力は残しておかねばならない。だが、その普通が今回は通用しないかもし
れない。
﹁⋮⋮⋮しまったわね。私としたことが迂闊だったわ﹂
ぼろげになっているが、その場所は良く知っている。魔術師として。
その住所は凛の記憶にあった。留学してそれなりに時間も経過し、故郷の土地勘もお
アーチャーがその位置に当てはまる住所を口にすると、凛の目が見開かれる。
ターであった、ミセス・ウィンチェスターが根城としている場所がわかった﹂
﹁そして⋮⋮⋮これは俺のマスターが、最後に調べてくれた情報だが、セイバーのマス
『16:Price──犠牲』
341
﹁どうやら知っているようだな。これで、私が伝えられる有益な情報も品切れだ。ちょ
うど、時間になったようだし、私は暇を貰うことにするよ﹂
そう言うアーチャーの体からは、光の粒が立ち昇り、その体がだんだんと薄らぎ、後
ろ側の扉が透けて見えるようになっていく。
もう、アーチャーは消滅するのだ。
な。君は本当にうっかりだから﹂
!
一人になった凛は、残されたアーチャーのクラスカードを拾い。
凛の心の内を知ってか知らずか、弓騎士のサーヴァントは、穏やかに消滅した。
﹁いつも済まない⋮⋮⋮後を頼む⋮⋮⋮﹂
うのだ。
本当に知っているかのような態度をとられると、何だか本気で怒りきれなくなってしま
知った風なことを言われるなど好きではないはずなのだが、このアーチャーに、まるで
凛は顔を赤くして怒鳴ろうとするが、アーチャーの温かな眼差しを受けて押し黙る。
﹁なっ⋮⋮⋮あんたに何が⋮⋮⋮
﹂
﹁フ ッ ⋮⋮⋮ ル ヴ ィ ア 嬢 に 美 味 し い と こ ろ を も っ て い か れ な い よ う に 注 意 す る こ と だ
いておくから﹂
﹁⋮⋮⋮結構、使える奴だったわよ、あんた。後のことは任せなさい。手柄はちゃんと頂
342
﹁いつもって⋮⋮⋮会ってからちょっとも経ってないじゃないの。結局、全然自分のこ
とを教えてくれないままだったわね⋮⋮⋮別にいいけどさ﹂
﹂
︶⋮⋮⋮消滅﹄
リタイア
言葉とは裏腹に、凛の顔は悔し気で、ちょっと拗ねているかのようだった。
﹃アーチャー︵真名:
﹃カード入手﹄
﹁⋮⋮⋮セイバーが敗れただと
んでいるのだろう。
とうとしたが、内心の動揺は、細かく震える手に表れていた。恐怖と混乱が彼を襲い、弄
オンケルはその報告に愕然とし、すぐに慌てふためくようなことはなく、冷静さを保
?
◆
?
﹂
!!
脅されるようなミセス・ウィンチェスターではない。
オンケルは冷静さを保ち切れず、壁を強く殴り、怒りを表現する。だが、その程度で
﹁ふざけるなっ
ヲ嗅ギマワル使イ魔ノ気配ガアル。ドウヤラ、コノ拠点モバレタナ﹂
﹁残念ダガ事実ダ。ダガ、アーチャーモマタ倒レタ。ソコハ痛ミ分ケダ。ダガ、コノ周囲
『16:Price──犠牲』
343
﹁最強ノサーヴァントハ、マダ健在ダロウ
ナニヲ恐レル
?
﹂
?
だが、だが私のバーサーカーは確かに最強だが、だか
!
﹂
?
うということではないか
﹂
﹁⋮⋮⋮ま、待て、それでは貴様らが魔力供給を断てば、バーサーカーは弱体化してしま
数ノ魔術師デ1体ノサーヴァントニ魔力供給ガデキル﹂
ノト、魔力ヲ供給スルモノニ分ケル。魔力供給ノパスハ、更ニ多クノパスニ分ケレバ、複
盗ミ取リ研究シタ成果││魔術師ト英霊ヲツナグ魔力ノパスヲ、令呪ヲ使イ支配スルモ
﹁パスヲ分ケル。カツテ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトガ開発シ、ソレヲ見テ、
﹁手助けとは、どうやってだ
スターのマスターについても、何も聞かされていないのだ。
そう言われても、オンケルは容易く頷けない。オンケルはキャスターの正体も、キャ
ヤロウ。我々ノ魔力製造施設ハ破壊サレタガ、他ニモ準備ハシテアル﹂
﹁ナルホド、確カニ、勝テテモ自滅シテハ意味ガナイナ。ナラバ魔力供給ノ手助ケモシテ
行いきれず、魔力不足で敗退している。
た聖杯戦争の記録でも、バーサーカーが終盤まで持った記録はない。多くが魔力供給を
バーサーカーは並外れて魔力を大量に消費するサーヴァントである。冬木で行われ
らこそ多くの魔力を必要とする⋮⋮⋮﹂
﹁お、お、恐れてなどはいない
344
!!
キャスターが残っている現状で自分のサーヴァントに対する権利の半分を譲渡する
など、冗談ではなかった。いくら命令権を持っていても、補給を他者に握られていては
おしまいだ。
イリヤたちを倒したとしても、バーサーカーは疲弊するだろう。そんな弱体化した状
態で魔力供給を断たれれば、最弱のキャスター相手とはいえ、勝利できるかどうかわか
らない。
ライダーのマスターとして雇ったミドラーがリタイアした今、直接の味方は誰もいな
い。オンケルが裏切られても、助けてくれる者はいない。
︶
︵くそっ、せめてサイコ・ウェストドアーが、計画通りにアーチャーを召喚していれば
⋮⋮⋮
給。奪われた相手は当然、死に至る││をさせて、最後の利用をしたうえで始末した。
出せぬ状態だったため、バーサーカーに﹃魂喰い﹄││生命力を奪うことによる魔力補
サイコは記憶を失って、呆然自失としているところを見つけたが、情報の一つも聞き
イコを倒してしまった。
た。だが、召喚時にトラブルが起こり、別の何者かがアーチャーのマスターになり、サ
本来、アーチャーは味方として、オンケルの同志であるサイコが召喚する手はずだっ
!!
︵所詮、時計塔の物品管理をしていただけの2流魔術師。クラスカードを盗み出すのに
『16:Price──犠牲』
345
︶
都合がいいから仲間に引き入れたが⋮⋮⋮こんなことなら、もう少し優秀な者を選ぶべ
きだった
︵もう仕方ない⋮⋮⋮提案を受けるとしよう。いや、いや違うぞ
これは、私が﹃ドレ
裏切られるわけはない
︶
だから、存分に利用すればいいのだ⋮⋮⋮そう、
﹃ド
こいつらとて、私が必要であるからこそ協力しているのだ
私がいなければ困るからだ
!
レス﹄とて、優秀な私を失いたくはないのだからな
!
!
ス﹄を利用しているのだ
!
した。
が、オンケルは心の内でひたすら、もはやこの世にいないサイコの間抜けさをこき下ろ
その優秀な者とやらがいたとして、オンケル程度に従うかどうか知れたものではない
!!
丈高に言い放つ。
﹂
オンケルは苦い顔つきを、急に得意げな笑みに変え、ミセス・ウィンチェスターに居
!
!
は、ナチスの特殊研究部で働いていた。当時、同じようにナチスと関係を持っていたユ
始祖は、ゲルマンの魔術師に基本程度の魔術を習った。三代目であるオンケルの祖父
オンケル・イクスの魔術師の家系は五代まで遡る。
ると、自己暗示をかけ、しっかりと悦に浸るオンケル。
自分が﹃ドレス﹄に操られているのではない。﹃ドレス﹄を利用しているのは自分であ
﹁いいだろう⋮⋮⋮その案を呑んでやる。急いで準備をするがいい
!
346
グドミレニア現当主であるダーニックは、オンケルの祖父と顔見知りであった。
その繋がりも、ユグドミレニアがオンケルに声をかけた理由の一つである。その時か
ら、ユグドミレニアは知っていた。イクス一族が、いかに魔術師に向いていないかを。
イクス一族は、それなりに魔術の才能はある。魔術回路の数も、五代程度にしてはか
なり多く、オンケルもその腕前はギリギリとはいえ一流に入るほどのもの。
だが、その精神性は、我儘な子供のようなものだ。ある程度までは成功できる。だが、
勢いだけで登り切れる位置の限界まで行き当たり、慎重や忍耐を必要とする段階に至る
と、それ以上進めないのだ。
そして、自分のやり方は正しいと思い込む傲慢さゆえ、先に進めぬ自分を顧みて反省
することができない。ゆえにそこでいつまでも止まってしまうのだ。
オンケルの祖父も、その未熟な精神ゆえに、魔術の才能を使いこなせなかった。ユグ
ドミレニアはそれを知っていたし、オンケルが祖父によく似ていることも知っていた。
そんな傲慢で無様な彼に、ミセス・ウィンチェスターは文句の一つを言うこともなく、
事務的な返事をした。
実際、ここで臆病風に吹かれ、聖杯戦争から降りると言われると困っていたところ
ウ﹂
﹁深夜ニナレバ、オソラク早速シカケテクル。ソレマデニ、魔力供給員ハ用意シテオコ
『16:Price──犠牲』
347
だった。
そうそう、すぐに用意できるものではないのだ。
いつでも切り捨てることができて、死んでも全く惜しくない、利用しやすい馬鹿とい
うのは。
◆
﹂
!
知らないところで戦い、知らない所で消えてしまった彼を想い、イリヤは今宵も、戦
﹁行こう﹂
もう会えない仲間が、遺したカード。
弓を引き絞る女戦士の姿を描いたカード。
イリヤは凛から受け取ったカードに目を向ける。
﹁うん⋮⋮⋮
﹁行くわよイリヤ、ひょっとしたら最終決戦になるわ﹂
ター、セレニケも共にいる。
待つのはオンケルとバーサーカー。もしかしたらキャスターやミセス・ウィンチェス
かつて張られていた結界は消え、新たな結界が張られている。
凛は一目で、かつて彼女の管理下にあった場所が、敵地になっているとわかった。
﹁あー、本当に結界が破られてるみたいね﹂
348
『16:Price──犠牲』
349
場に立つ。
⋮⋮To Be Continued
﹃17:Quick││神速﹄
﹃ナチスは人間の肉体を改造した︻機械人間︼を生み出す技術を持っており、実戦に投入
その中で、戦時中に囁かれていた噂を一つ紹介しよう。
曰く、世界的に有名なスピードワゴン財団は、ナチスに技術協力を行っていた。
る。
曰く、ナチスの総統ヒトラーは死んではいない。影武者を残して逃げ、今も生きてい
曰く、ナチスはキリスト殺しの聖槍、ロンギヌスの槍を手に入れていた。
曰く、いいや、ナチスが逃げ延びたのは、夜空に浮かぶ、あの月の裏側だ。
曰く、ナチスの残党は、南米や南極に逃げ、UFOを開発している。
彼らにまつわる都市伝説も数多い。
技術を保持し、現代に至るまで、この世に自らの爪痕を残している。
近代における、負の面の象徴であり、代表。この奇形の組織は、歪んだ思想と優れた
ナチス・ドイツ││悪の華、理性と狂気の結晶、人類史の忌み子。
︻とあるオカルト雑誌の特集︼
350
している﹄
とても信じられない、荒唐無稽な噂だ。
だが実は︻機械人間︼に関しては、敵であったソ連の報告書にそれらしきものがある
のだ。
かのスターリングラード戦線において、
﹃戦車を素手で破壊する男﹄や﹃腹部に機銃を
備え、全身を金属で造られた男﹄の目撃例が、多数存在する。
一族が使っていた土地であった。
イリヤたちが前にしている、荒れ果てた空き地は、間桐││マキリという、魔術師の
◆
ある。
時の戦場で、この︻機械人間︼が恐怖と共に語られ、信じられていたことは確かなので
などと書かれた、ソ連軍人の日記は流石に、何かの暗号か創作小説の類であろうが、当
た﹄
消滅した。その際ととどめとなったのは、あの︻機械人間︼の眼から放たれた光線であっ
﹃血を吸う化け物が突如現れ、敵味方関係なく兵士たちを殺傷した後、両軍の攻撃を受け
『17:Quick──神速』
351
10年前の、第4次冬木聖杯戦争で敗退し、当主の間桐臓硯が死亡。館もその時の戦
いで全壊。臓硯の息子たちも後を継がず、魔術師としての血筋はそこで終わった。
その後、残された土地は封印され、遠坂家の当主となった凛は、土地の利用を考える
こともなく海外に留学。そうしてこれまで、忘れ去られてきたのだ。
﹂
魔術師としての土地利用に
くらい関心を向けなさい。そんなだから貴方はいつも貧乏なのですわ
﹁遠坂凛⋮⋮⋮貴方それでもセカンド・オーナーですの
あった。
お、お金なんて、こ、心の贅肉だしっ
﹂
凛の父親の代までは、冬木の土地の所有者である立場から、土地を他人に貸し出して
のだ。もちろん、凛だって四六時中、お金のことには頭を悩ませざるを得ない。
従って、宝石魔術を極めようとすれば、どうあがいても金銭問題からは離れられない
く勿体ない魔術なのである。
くなってしまう。宝石商や職人に見られたら、延髄に蹴りをかまされても仕方ない、酷
ある。何せ、魔力を貯めこむために使う媒体が宝石である。しかも魔力を開放すればな
はっきり負け惜しみである。遠坂やエーデルフェルトが使う宝石魔術は、金食い虫で
﹁うっせーわ
!
角である凛とルヴィアだが、金銭的な裕福さにおいては、完璧にルヴィアの方が上で
ルヴィアはジト目で、凛に蔑みの視線を送る。魔術や学業、体術などの能力はほぼ互
!
?
!
352
儲けていたのだが、凛が家督を譲られてから、ついうっかりそれらの土地を安値で売り
出してしまったのである。
気が付いた時には後の祭り。我が子でも殺さんばかりに狂い猛り、血の涙を流して後
悔したが、もうどうしようもなかった。
救いは父親がその大失敗をあまり怒ることなく、
﹃やっぱり血筋なのかなぁ﹄などと何
かを諦めたらしい呟きと共に、生暖かい視線を送るだけですませてくれたことくらい
だ。救いと言って本当にいいのかは、疑問が残るところだが。
今にも殴り合いを始めそうな︵いつでもそんな感じだが︶二人を押しとどめ、アヴドゥ
﹁落ち着くんだ二人とも。敵地での喧嘩など危険すぎる﹂
ルは周囲を警戒する。
アヴドゥルは前も使った﹃炎の探知機﹄を生み出し、空中に浮かべる。
﹂
﹁罠などあったところで、食い破るのみですわ
!
い、堂々と野性的な態度で臨む。
ルヴィアは己が家名につけられた二つ名、﹃この世で最も優美なハイエナ﹄に相応し
﹂
先にどんどん行くんじゃない
!
﹁って、こら
!
﹁結界もそれほど攻撃的ではない⋮⋮⋮罠もなさそうね﹂
︽反応はないようですねー︾
『17:Quick──神速』
353
先陣を切るルヴィアを、凛が怒鳴りながら追いかける。
り、あのこわもてと睨み合うことを、覚悟をしておくことね﹂
イリヤは、最初の戦いの時のことを思い出す。
﹁う、うん﹂
﹂
鉛色の巨人。人型の嵐。まったく手も足も出なかった、暴力の化身。
﹁勝てるかな⋮⋮⋮
ランサーは何でもないことだと、イリヤの肩を軽く叩く。
だって。真っ直ぐ相手を見ていれば、戦い方も見えてくる﹂
﹁⋮⋮⋮ ビ ク ビ ク す る ん じ ゃ な い わ。教 え た で し ょ う。﹃立 ち 向 か う﹄こ と が 大 事 な ん
イリヤの怯えは影のように張り付き、消えなかった。
は、多少の量でどうにかなるような相手とも思えない。
ルビーは明るく励ます。確かに理屈はわかるが、あの日出会った狂戦士の凄まじさ
!
?
︽なぁに、前回より倍以上も多いんですから大丈夫ですって。戦いは数ですよ
︾
むしろ、あの夜のバーサーカーがいるのなら、正面から叩き潰しにくるでしょう。罠よ
ンド使い、ついでにサーヴァントと揃ってる私たちなら、生半可な小細工は通用しない。
﹁罠があるかどうかは多分平気よ。ルヴィアの言うとおり、魔法少女に凄腕魔術師、スタ
﹁だ、大丈夫かな⋮⋮⋮﹂
354
﹁バーサーカーはそりゃ、でたらめに力が強くて、あんたの魔力砲にも無傷で耐えた怪物
だけど、アーチャーが放った攻撃には血を流していた。決して無敵じゃない。ただ強い
だけなら、いくらでもなんとかなるわ﹂
﹂
死線を死ぬほど潜り抜けてきた女戦士の言葉は、イリヤの心に勇気を与えた。
私、頑張るよっ
!
︶
!
そんなイリヤのことを見ていた凛は、ニッと笑う。
チャーの姿を思い起こし、イリヤは想いを新たにし、戦う者の誇り高さを奮い起した。
気 取 っ た 態 度、偽 悪 的 な 物 腰、し か し 見 え 隠 れ す る 優 し さ と 正 義 感。そ ん な ア ー
さんの力があれば、きっと⋮⋮⋮
︵そうだよ、アーチャーさんはバーサーカーと戦えた。なら、このカードで、アーチャー
る。
できる限り元気のいい声を出し、イリヤはアーチャーのカードを握る手の力を強め
﹁は、はいっ
!
ボッゴオォォォンッッ
!!
︵市民会館と同じように、地下室の入り口があると思うんだけど⋮⋮⋮︶
ら、草が茂り、若木も育っている。かき分けて進むのも一苦労だ。
かつての間桐が使っていた敷地は中々の広さだ。それを何年もほっといたものだか
︵軽いトラウマになってたみたいだけど、大丈夫そうね⋮⋮⋮しかしどこにいるのか︶
『17:Quick──神速』
355
出入り口を探していた凛の耳に、凄まじい轟音が響く。
そして、吹き上がる土砂と、大地の震動。その中央に立つ、巨人の姿。
﹂
﹂
!!!
ボゴォオオオオッッ
!!
これこそ、アヴドゥルの﹃最強﹄の必殺技であった。
が、バーサーカーを包囲し、全方向から襲い掛かる。
アヴドゥルの声と共に、十個もの巨大な灼熱のアンクが、空中に踊る。赤い爆炎の塊
﹁﹃クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル﹄
一方、より経験豊富であった男は、更に一歩先を行った。
が、態度を強気に保てただけで褒めるべきだろう。
凛は、つとめて不敵な笑みを浮かべる。それでも、体がかすかに震えてしまっていた
たのかしら﹂
﹁⋮⋮⋮やっこさん、向こうから現れてくれたみたいね。工房を戦場にはしたくなかっ
あった。
大気を引き裂き、それだけでイリヤたちの心臓を止めようかという、強烈な咆哮で
先ほどの爆音よりも大きく、重く、響き渡る狂戦士の雄叫び。
﹁││││││││││││ッ
!!!!!
﹃炎の探知機﹄も反応しない、地下からの出現。
356
鉄をも蒸発させる炎は、巨人を覆い包み、焼き焦がす。周囲の草木は灰も残さず煙に
なって消え、大地は高熱で溶けてドロドロになる。
﹂
﹂
アヴドゥルの呟きに応え、サファイアが推測する。
ランクに達しない全ての攻撃を無効化する鋼の肉体︾
︽ただ防御力が高いというわけではないでしょう。あれが敵の宝具⋮⋮⋮おそらく一定
﹁炎が肌で止まっている⋮⋮⋮なんという肉体﹂
あった。
炎に呑まれ、燃え上がるバーサーカーを見ながら、アヴドゥルは冷や汗を流す思いで
﹁││││││││││ッッッ
!!!
?
人を超えた、﹃英霊﹄の力を。
人の﹃規格﹄を逸脱したその力を。
外﹄を使うしかない。
手札として﹃最強﹄を切り、それが無効化されたのだ。もはや﹃最強﹄を超える﹃規格
イリヤの質問に対してのルビーの回答は、戦法を大幅に狭めるものであった。最初の
もないですね。それこそ、宝具でないと︾
︽アヴドゥルさんの炎を弾くほどとなると⋮⋮⋮正直、私たちの魔力砲ではどうしよう
﹁一定ランクって⋮⋮⋮どの程度
『17:Quick──神速』
357
現状、イリヤたちが持つクラスカードは4枚。
ライダー。
アサシン。
セイバー。
そして、アーチャー。
アサシンの宝具は攻撃力に乏しい。そうなると使えるのは3枚である。
﹂
!!
﹂
!!
凄まじい速度は、ただ通り過ぎるだけで彼らの体に衝撃を浴びせた。
凛が地を蹴る。全員、同じように地を蹴って跳び、八方に散ってその突進をかわす。
﹁くっ
る機関車のように一直線にこちらに向かってくる。
アヴドゥルが叫んだ直後、バーサーカーが炎を吹き飛ばして突進を開始した。暴走す
﹁⋮⋮⋮来るぞっ
機を探る、頼もしいものであったから。
そう言うランサーの声に怖気は無く、その眼差しは、しっかり現実を見つめたうえで、勝
ランサーが質問するより先に、期待を潰す。だが、イリヤはがっかりしたりはしない。
力で駄目なら、私の拳も無理でしょうね﹂
﹁先に言っておくけど、私の宝具は補助するタイプだから、攻撃力は無いわ。あの炎の威
358
﹁ビッ、ビリビリ来ますわねっ
﹂
﹂
?
凛に対するイリヤとルビーの返答は、自信に乏しい。
てられるかなぁ⋮⋮⋮﹂
﹁アーチャーさんのは弓矢で、セイバーのは剣だよね⋮⋮⋮あのスピードがちゃんと当
︽実際に出した経験もないですからねー。迅速に、となると難しいかと︾
﹁イリヤ、ルビー、宝具を出して攻撃できる
ルヴィア、美遊、サファイアが、バーサーカーの桁外れの怪力に慄く。
︽直接殴られたら、とても持ちません。注意してください︾
﹁魔術防御があっても、結構響く⋮⋮⋮﹂
!
﹁いい案だけど⋮⋮⋮いつまでも逃げ回れるかどうか⋮⋮⋮。狂っているくせに、結構
判断をする。
この現状から、ランサーとアヴドゥルは、上手く当てられる機が来るまで粘るという
い。
決め手になるのは宝具で攻撃すること。だが、その攻撃を上手く当てられる保証はな
こちらの攻撃は効かない。敵の攻撃は一発でこちらを殺せる。
﹁ああ、チャンスが来るのを待つべきだろうな﹂
﹁焦って攻撃しても良くないみたいね﹂
『17:Quick──神速』
359
狙いは正確みたいだし﹂
凛は、バーサーカーの動きが、乱暴であると同時に研ぎ澄まされたものであることを
理解する。乱暴に振り回されているように見える拳だが、ちゃんと体全体を使って捻
り、回転、遠心力などの力を加えて、より攻撃力や速度を高めている。その物腰には武
術面から見て、隙が見当たらない。姿勢も良く、安定している。
凛も中国武術を嗜む身。素人ならどんなに大男で体重があっても、少し的確な方向か
ら力をかけてやれば、簡単にバランスを崩し転ばせられる自信があるが、バーサーカー
はそうはいかない。
ただ馬鹿力ではなく、その馬鹿力を効率よく、武術的に正しく運用しているのだ。
﹁わかった
︾
いくよルビー
︽ラジャーですっ
﹂
!
﹁おお、いい感じ
﹂
だが、それはその分、拳を振るう機を失うということだ。
つ。さすがにバーサーカーも目をやられるのは嫌がったか、腕を構えて、ガードする。
イリヤはカレイドステッキを振るい、バーサーカーの目を狙って十数発の魔力砲を放
!
!
を狙って魔力砲を撃って。効きはしなくても、眩しいはずよ﹂
﹁器用なことね⋮⋮⋮じゃあ、ひとまずは目くらましをして惑わせましょう。イリヤ、目
360
?
バーサーカーが攻撃から防御に動きを変えたのを見て、イリヤが喜びの声をあげる。
﹂
しかし、それは気が早かった。
けてくる。
﹁うひいいいいいいっ
﹂
がどれほど当たっても、何の痛痒もなく、動きが鈍る様子さえなく、恐ろしい速さで駆
バーサーカーは吠え、目をガードしたままの体勢で、イリヤに向かって走り出す。弾
﹁│││││││ッ
!!!
﹂
て、イリヤに向かって再度走り出す。
リヤ。だがバーサーカーはその巨体にしては機敏にストップをかけ、すぐに方向転換し
その突進を、闘牛士が身をひるがえして、牛の角をかわすように、紙一重でかわすイ
!!
﹂
このぉっ
マ ジ シ ャ ン ズ・レ ッ ド
﹁イリヤっ
﹁︻魔術師の赤︼
﹂
!!
!!
で、それらの炎を振り払ってしまう。
の炎を雨のように降らせた。だが、バーサーカーは少々煩わし気に腕を振り回すだけ
凛もまた、宝石を投げて魔術の炎をバーサーカーに浴びせかける。アヴドゥルも自慢
!
!!
それをイリヤはまた紙一重でかわす。
﹁わわわわわわわわぁぁぁぁっ
『17:Quick──神速』
361
イリヤたちの命がけの戦いは、しかし本当に時間稼ぎ程度にしかならない。それほど
ライダーのクラスカードを使って、宝具で攻撃を
﹂
そのまま囮の役目をまっ
にバーサーカーは強いのだと、イリヤたちは改めて思い知っていた。
美遊
!
﹁フッ、それでよろしいですわ遠坂凛に、イリヤスフィール
とうなさい
!
﹂
!!
ベ ル レ フォー ン
に頷き返し、手綱に力を加える。その動きを合図に、ペガサスは滑走を、否、滑空を開
美遊の呼びかけに、イリヤは準備が整っていることに気が付き、頷く。美遊はイリヤ
﹁イリヤスフィール
数秒後、美遊は、翼ある白馬に跨り、神々しい手綱を握っていた。
足獣の姿を形成していく。
カードが輝き、ステッキが黄金の手綱へと姿を変える。そして溢れ出す光は大きな四
﹁クラスカード・ライダー。﹃限定展開﹄││︻騎英の手綱︼﹂
イ ン ク ルー ド
であったが、チャンスではあるので、ルヴィアの指図に従う。
とは言いながらも、美味しいところだけ持っていくことに、少し気が引けている美遊
﹁⋮⋮⋮戦術としては間違っていない﹂
︽漁夫の利を得るわけですね︾
な身振りと共に指示を下していた。
そんなイリヤたちとバーサーカーの攻防を、少し離れて見ながら、ルヴィアは大げさ
!
!
362
始した。その速度は、バーサーカーの爆走と比べても遥かに速い。
キュガッ
﹂
!!?
本当に、一瞬の出来事だった。
想種の突撃を受けた衝撃で吹き飛び、大地に転がった。
凶獣の左腕が飛び、左胸がごっそりと抉れて、顔面も半分潰れる。そしてそのまま幻
﹁│││││││ッ
体に、風穴を開けていた。
瞬きするほどの時間で、美遊はバーサーカーとの間合いを詰め、そしてその強靭な身
まさに神速。
!!
イリヤスフィール﹂
?
たイリヤの前に立ち、声をかける。
美遊は手綱とペガサスを消し、カードに戻すと、やや呆然として戦友の戦果を見てい
﹁⋮⋮無事
く、そしてやっぱり強すぎる威力が恐ろしい。
敵として追いかけ回されていた時は生きた心地がしなかったが、味方になると頼もし
リヤスフィールは、その威力に呆然とする。
天馬の突進が始まる直前に跳んで、できる限りバーサーカーとの距離をとっていたイ
﹁す、すっご⋮⋮⋮﹂
『17:Quick──神速』
363
﹁え、あ、うんっ
﹂
!
美遊さんのおかげで⋮⋮凄いね、あんな大きな相手を一撃だなんて
!
﹂
!!
﹂
!?
﹂
!!
ギュガァッッッ
バッグオォォォンッ
﹁うぇええええ
﹂
必殺の一振りが美遊を引きちぎるよりも前に、美遊の足元が爆発した。
!!
岩のような腕が振り回され、空気を引き裂く音をまとわせて美遊に迫り、
!!
無傷で吠え猛るバーサーカーが立っていた。
﹁││││││││ッ
美遊もまた、背後で気配が動くのを感じた。振り向いた美遊の目には、
﹁
美遊の言い終わる前に、血相を変えたイリヤが叫び声をあげた。
﹁美遊さんっ
﹁それに⋮⋮イリヤスフィールが引き付けていてくれたから﹂
逡巡する様子を見せ、唇を動かす。
美遊は興奮して褒めるイリヤに、冷静な声を返す。そして、少し目を泳がせ、珍しく
﹁別に、カードが凄いだけで⋮⋮それに﹂
364
!?
﹂
突然の爆発に、イリヤも吹き飛び、地面を転がる。
﹁マスター、大丈夫
﹂
!?
ランサーをして無茶と言わせる美遊の行為に、イリヤは目を丸くする。
いだけど、無茶するわね﹂
﹁ええ⋮⋮その爆発の風を受けて、あそこまで飛んだのよ。魔力を防御にまわしたみた
︽どうやらさっきの爆発は、美遊さんの魔力砲によるものであったようですねー︾
ランサーが空を指差すと、そこに美遊が浮かんでいた。
﹁あそこ﹂
﹁うん、なんとか⋮⋮って、美遊は
まだまだ転がりそうだったイリヤを抱き留め、助け起こしたランサーが言う。
?
ドゴウッ
﹁⋮⋮ねえあれってひょっとして﹂
離の外にまで飛んで、大地に降り立つ。
でもない速度で飛ばされながら、美遊は落ち着いた様子で身をひるがえし、敵の射程距
イリヤが見ていると、またも美遊の近くで爆発が起き、美遊が吹き飛ばされる。とん
!!
︽無茶はイリヤさんの専売特許だと思ってたんですがねー︾
﹁あの美遊さんが⋮⋮﹂
『17:Quick──神速』
365
︽美遊さんが考えに考え抜いた飛行方法の一つ、でしょうね。どうやら美遊さんは可愛
い顔して、酷い方向にぶっ飛ぶタイプだったみたいですねー。ルヴィアさんが考えたと
いう無茶な飛行訓練より、もっと酷いアイデアです。自分でやってる分、威力やタイミ
ングを調節できるとはいえ、ほとんど自爆みたいなもんです。ああいう殺伐とした考え
方はルビーちゃんの好みじゃありませんねー︾
今回はイリヤもルビーに同感だった。
常に冷静な美遊を、頼もしいと思っていたイリヤだったが、今は危うさを感じる。夢
で見たランサーは、恐怖しながらもその恐怖を、勇気と決意で乗り越えていたが、美遊
はどこか違う。恐怖を乗り越えているというような、前向きな姿勢ではなく、
﹂
?
防御力なんかじゃありません。︻蘇生能力︼⋮⋮それがバーサーカーの真の力です︾
︽これは⋮⋮思った以上にヤバイですねー。バーサーカーの宝具は、攻撃を無効化する
る。シュウシュウと煙のようなものを体から発しているが、全然元気そうだ。
イリヤは先ほど腕を落とされ、どう考えても致命傷を負ったはずのバーサーカーを見
﹁それにしても、一体どうなってるの
だが、イリヤも今は美遊のことだけ慮ってはいられない。
気になる。
︵恐怖を、他の感情ごと、無理矢理に凍らせているような⋮⋮︶
366
﹁そ、それって⋮⋮つまり、死んでも生き返っちゃうっていうこと
﹂
いや、しかし、私の知る吸血鬼は、五体を粉みじんにされ
口にして、イリヤは自分の言ったことの絶望的な意味を思い知り、顔を蒼褪めさせる。
?
加護が得られず、背中を刺されて死に至った。
る。彼は、血を浴びたとき、菩提樹の葉が背中に張り付いていたため、背中だけは血の
ネーデルランドには、竜の血を浴びて不死身になったジークフリートという英雄がい
サファイアがアヴドゥルに答える。
かかとのように、どんなに無敵に見えても、限界はあるはずです︾
いきません。アキレス腱という言葉にもなった、トロイア戦争最強の英雄アキレウスの
︽神話の英霊には、不死身の者や、決して傷を負わない者もいますが、誰も完全無欠とは
ンタジーやメルヘンだとしても、不死身などそうやすやすと存在するはずはない﹂
ようが、首だけになろうが生きていられるが、それでも脳を破壊されたら死ぬぞ。ファ
﹁不死身だというのか⋮⋮
?
だけのこと
﹂
このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト
!!
!
負けるなどありえません
に敗北は似合いませんもの
!!
!!
﹁難しく考えることはありませんわ 殺しても生き返るのなら、死ぬまで殺し続ける
⋮⋮﹂
﹁こ の 世 に 完 璧 は 無 い と い う の は、確 か に 道 理 だ が、い か ん せ ん 情 報 が 少 な す ぎ る な
『17:Quick──神速』
367
ルヴィアは相変わらずだったが、この能天気ともとれる我の強さは、今は強みだ。く
だらない絶望で、まごついている暇はない。
カーはイリヤを睨み、
!!
﹁ヒイッ
︾
き、来たよルビー
︽飛んでください
﹁あっ、そっか﹂
﹂
!!
イリヤは大地を離れ、空中へ逃れる。見たところ、バーサーカーに飛行能力も、遠距
!!
!
狙いを定めて、襲い掛かってきた。
﹁││││││││ッ
﹂
迷うイリヤだったが、戦場において、迷いは隙だ。その隙を感じ取ったのか、バーサー
バーの剣ならまだわかりやすいかも⋮⋮﹂
んが弓道しているのはカッコよかったけど、あんな風にできる気はしないなぁ。セイ
﹁うーん、アーチャーさんのカードを使いたいけど、弓矢を射たことないし⋮⋮お兄ちゃ
アーチャー、セイバー、アサシン。
イリヤは自分の持つカードを見る。
︽イリヤさんもカードを使いましょう。こちらには3枚もカードがあるんですし︾
﹁ええっと、わ、私はどうすればいいかな﹂
368
﹂
離攻撃能力もないようだ。どんなに強くても攻撃が当たらないところにいれば安全で
ある。
﹁ふぅ、一安心﹂
﹁││││││││ッ
﹂
!!
﹁│││││││││││││ッ
!?
トー
ギギンッ
ン・
フ
リー
﹂
﹂
!!
﹁ッ
﹂
できないまま落下し、地面へと戻っていった。
その腕が、糸に縛り付けられて動きを止める。そしてバーサーカーは、イリヤを撃墜
!!
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
ス
泣くイリヤに向かい、バーサーカーは容赦なく腕を叩き付けようとし、
!!
﹂
んのことはない。ただジャンプしただけである。
バーサーカーは、イリヤと同じ位置にいた。イリヤを殴りつけられる位置に来た。な
い魔獣じみた顔があった。
地上から10メートルほど上空を浮遊していたイリヤの前に、バーサーカーの恐ろし
﹁へ
?
﹁嘘∼∼∼ッ
『17:Quick──神速』
369
!!
﹁ランサーさんっ
﹁つ、強いっ
だが、
﹂
﹂
サーもバーサーカーに飛び乗り、ついてきたのだろう。
如き腕に絡みつき、動きを抑えている。バーサーカーが跳躍する瞬間、すかさずラン
イリヤが見たのは、バーサーカーの肩に乗る女性の姿。ランサーのスタンドが巨木の
!!
﹁大変っ
ルビー
︾
セイバーでっ
!
﹂
!
﹂
!
る。
﹂
イリヤは全力で高速飛行を行う。流れ星のように、地上のバーサーカーへと突撃す
﹁今度こそ
うな鋭い切れ味が見るだけでわかった。
光り輝く聖剣がイリヤの手に現れる。持っているだけで、空気を切り裂いてしまいそ
﹁﹃限定展開﹄
イ ン ク ルー ド
イリヤは決断し、アーサー王のカードを手に取る。
︽了解です
!
!
スタンドの糸が引きちぎられれば、本体のランサーも同様に引きちぎられてしまう。
編み束ねて、太く強固にした糸が、今にも引きちぎれそうだ。
!!
!!
370
﹁オラァッ
﹂
ザンッッッッッ
﹁や、やった
﹂
バーサーカーは声もなく絶命し、両断された肉体はそれぞれ左右に倒れる。
肉体を、頭頂部から股にかけて、真っ二つにしてのけた。
ランサーを真似た掛け声と共に、イリヤの手にした究極の剣は、バーサーカーの鋼の
!!!
!!
﹂
ギョロッ
﹁ッッッ
ルビーのこの期に及んで緊迫感のないツッコミは、しかし正しかった。
︽あ、イリヤさん、それやってないフラグ︾
?
そして、
ブォンッ
ギュゴッ
!!
ズガガガッガガァァァァァンッ
ただそれだけのことで、大地が爆散し、拳の威力に弾き跳ばれた砂利が、イリヤの方
!!
ランサーが縛り上げてない方の腕が持ち上がり、大地に叩き付けられた。
!!
視線だけで、心臓を穿ちかねない凶眼がイリヤを射すくめる。
﹂
!! !!
!!
﹁うひぃっ
『17:Quick──神速』
371
へと降りかかる。
きゃぁっ
﹂
!!
︾
そして、起き上がらない。
める。
ばした。トラックに撥ねられたかのように宙に飛んだ少女は、地面を転がり、動きを止
ただの土砂とはいえ、常軌を逸する力で叩き付けられたそれは、イリヤを軽く吹き飛
﹁っ
!
﹂
﹂
!
﹂
!!
狂気のままに、傷が癒えきらぬうちに攻撃を再開しようとするが、
き、見る見るうちに再生していく。
バーサーカーの体はシュウシュウという音と煙を立てながら、切断面がくっついてい
﹁│││││ッ
凛と、バーサーカーからスタンドを離したランサーが、走ってイリヤに駆け寄る。
﹁マスターっ
﹁イリヤっ
が一ということもある。
いくら魔法少女とはいえ、魔力による防御があるとはいえ、打ちどころが悪ければ、万
ルビーでさえ、悲鳴じみた声を出す。
︽イリヤさん
!
!
372
シュート
﹁砲撃
﹂
ルヴィアは、顎に手を当てながら考え、
石に弱点を見抜くのは難しい。
だが、それを調べるには情報が少ない。バーサーカーの真名がわからないのでは、流
考えられる弱点は、無効化できない攻撃。あるいは蘇生回数の限界といったところ。
アキレウスやジークフリートのように、そこを突けば殺せるという弱点はない。あと
無いかもしれませんわね﹂
﹁心臓を抉っても、頭部から真っ二つにしても生き返るとは⋮⋮これは肉体的な急所は
えるよう準備する。
そんな美遊のフォローをするため、ルヴィアもまた宝石を手に取り、いつでも術を使
イリヤへの追撃をさせないため、美遊は必死で、バーサーカーの気をこちらに向ける。
﹁そう、こっち、こっち⋮⋮﹂
美遊だ。
魔力砲を顔面に当てられ、そちらに気を取られて動きを止める。
!!
オンケルを探して捕まえ、脅して令呪を使わせ、バーサーカーを自害させるのが手っ
⋮⋮﹂
﹁こ れ は 流 石 に き つ い で す わ ね。マ ス タ ー の オ ン ケ ル を 探 し て 叩 く 方 に 変 え る べ き か
『17:Quick──神速』
373
取り早いと判断する。
正直、ここまで規格外の怪物とは思っていなかったのだ。
マジシャンズ・レッド
﹂
らぐことのない、行動力と自信。それがアヴドゥルの強さであった。
﹁︻魔術師の赤︼
!!
ひとまずは動けなくなったバーサーカーを確認し、束の間なれど余裕ができた美遊
じた、﹃赤い荒縄﹄だ。
レッド・バインド
再生し立ち上がるバーサーカーを、スタンドの炎が取り巻き、縛る。︻女 教 皇︼を封
ハイプリエステス
のために役立つことをする。たとえ自分を上回る強敵が現れたとしても、確固としてゆ
己の力及ばぬことを、否定するでも、卑下するでもなく、ただ認め、そのうえで勝利
なそう﹂
﹁囮、目くらまし、足止め、その程度しかできんが、それだけでもできるのなら、それを
そして、彼の誇る炎を支配するスタンドを傍に立たせる。
︵ないものねだりをしても仕方ない。今あるもので、できる限りのことをするしかない︶
でもどうにかできる最高の必殺技││﹃逃亡﹄を決めてのけるのだろうが。
アヴドゥルは首を振る。アヴドゥルの友人である、老戦士であれば、こんな状況から
簡単に、バーサーカーを潜り抜けて、オンケルのいるところまではいけまいよ﹂
﹁そうしたいのはやまやまだが⋮⋮敵もそれをされたら危険なのはわかっている。そう
374
は、
﹁凛さん⋮⋮イリヤスフィールの様子は
﹂
脳震盪で気絶してますが、それだけで、怪我もありません
珍しく、大きな声をあげてイリヤの容態を訪ねる。
︽大丈夫です
︾
!
!
目に強い闘志を込め、手を伸ばす。
イ ン ク ルー ド
ルヴィアもそう悪い気はしないようで、温かい目を向けていたが、今は非常時である。
た。何時であれ、大人としては、子供には仲良くしていてほしいのだ。
その様子を見ていたアヴドゥルは、こんなピンチの中でありながら、微笑みを浮かべ
イリヤの体をスキャンしたルビーから答えが得られ、美遊はほっと息をつく。
!
﹂
!!
をつけた、魔法少女姿のルヴィアが立っていた。その手には当然のごとく、カレイドサ
一瞬、ルヴィアの身が閃光に包まれ、光が消えると、犬耳のカチューシャと犬の尻尾
﹁﹃多元転身﹄⋮⋮
プリズムトランス
は、ルヴィアの手に渡された。
サファイアはしぶしぶという感じで答え、美遊も頷く。そして、カレイドサファイア
︽││仕方ありませんね︾
カードなしで戦うしかないのならば⋮⋮わかりますわね﹂
﹁サファイア。美遊はもう一度カードを使ってしまい、数時間は﹃限定展開﹄できない。
『17:Quick──神速』
375
ファイア。そしてその先端には魔力を凝縮して造りだした刃が展開されている。
﹂
!!
⋮⋮To Be Continued
││夢を見ていた。
﹃お前の事は⋮⋮いつだって大切に思っていた﹄
◆
◆
◆
戦いは、いまだ序盤に過ぎなかった。
その不死身、その無敵、いまだにそれを破る術は見つからない。
2度殺されたバーサーカーは、殺される前よりも強壮になったように見えた。
﹁││││││││││ッ
バーサーカーを迂回しつつ、イリヤの方へと走った。
チ ャ キ リ と 剣 先 を 巨 人 に 向 け、ル ヴ ィ ア は 美 遊 に 指 示 を 出 す。美 遊 は そ れ に 従 い、
﹁美遊、貴方はイリヤスフィールの方へ。目が覚めるまではついていてあげなさい﹂
376
﹃18:Raise││蘇生﹄
︻ある魔術師と殺人鬼の会話︼
﹃サラ・パーディ・ウィンチェスター⋮⋮ウィンチェスター夫人は22歳のときにウィリ
アム・ワート・ウィンチェスターと結婚した。24歳の時に娘であるアニー・パーディ
を出産、まさに絵に描いたような幸せな結婚生活を送っていた。その時まではな﹄
﹃そ ん な 彼 女 に 近 づ い た 者 が い た。死 者 の 交 霊 を 行 う 霊 媒 師 さ。そ の 霊 媒 師 が 本 物 で
﹃金があっても幸せにはなれない、か﹄
た﹄
一日1000ドル以上、年間約5億円の収入があったが、ひとりぼっちになってしまっ
れた資産は現在の価値で約240億円、他人にまかせたウィンチェスターの会社からは
自身の両親も、義父のオリバーも次々と死んでしまった。ウィンチェスター夫人に残さ
﹃そう⋮⋮愛娘は生後一か月で病死、その15年後に夫ウィリアムも肺結核で亡くなり、
﹃不穏な言い方だな﹄
『18:Raise──蘇生』
377
あったかは今となってはわからないが、霊媒師はウィンチェスター夫人に告げた。ウィ
﹄
ンチェスター夫人の周囲の人間の死は、ウィンチェスターの会社が開発したウィンチェ
銃かい
スター・ライフルの呪いであると﹄
﹃ウィンチェスター・ライフル
?
﹃刀剣には詳しくても銃は知らないよな 故障のリスクがない、13連発の名銃。良
?
378
が死ぬまでずっと﹄
﹃それはどんな家なんだ
﹄
悪霊に追いつかれないように、増築し続けながら⋮⋮39年間、ウィンチェスター夫人
霊から︽逃げる︾ための家。悪霊が迷うような迷宮を。悪霊も混乱する不可思議な家を。
﹃そういうことだ。ウィンチェスター夫人は霊媒師の言葉を信じ、館を建て始めた。悪
﹃真実かどうかは、この際関係ないか。問題は、信じるか、どうかだ﹄
開発したウィンチェスター家に祟っていると、霊媒師は言ったのさ﹄
民を、南北戦争で多くの軍人を、殺戮した銃││その銃で殺された悪霊の怨念が、銃を
い銃であるということは、多くの死傷者を出した銃ということだ。多くのアメリカ先住
?
だけ。煙の出ない煙突に、天井に突き当たる階段、床にあるドア、3階の外に通じるド
47のデザインの違う暖炉。40の階段に40の寝室、6つの金庫室。しかし鏡は2枚
﹃部屋は最初8部屋から始まり、160にまで増えた。2千枚のドアに1万以上の窓。
?
ア、どこにもたどり着けない廊下、隠し通路、隠し部屋││材質は超一級、ステンドグ
ラスはティファニー製。しかし、金と銀に豪華に飾られたダンスホールは一度も使われ
たことはなく、正面玄関は一度も開けられず、セオドア・ルーズベルト大統領が来館し
た時も裏口から入った。すべては徹底して、悪霊から︽逃げる︾ために││使った金は
﹄
現在の価値で、65億円を超える﹄
﹃彼女は逃げられたのかい
げられたら私の眼でも見ることができるかどうか﹄
﹃悪霊の眼から隠れ続けた、歴史に残るほどの︽逃亡劇︾か││確かに、そんな執念で逃
切っていてほしいものだ。彼女の執念は、報われるに足るものだったと思うよ﹄
﹃死んだとき、彼女は82歳だったが、悪霊から逃げ切ったのかはわからない。だが逃げ
?
﹃明日の昼、貴方に面会人が来る。でも会ってはいけないよ︻その人︼に⋮⋮﹄
それは、一つの予言から始まった。
◆
ろうと、生きて戦うという覚悟の道なのさ﹄
﹃そういうことだ。︽逃げる︾というのは弱者の選択ではない。たとえ行く先が荒野であ
『18:Raise──蘇生』
379
刑務所の中にいるはずのない人間││野球帽を被り、野球ボールとグローブを持っ
た、小さな子供。
◆
ザグンッ
を受けた感想は
﹂
!!
?
﹁フッ
ゴキブリ並みの生命力は遠坂凛だけで十分ですわ 力尽きるまで、何度で
恐ろしいことに、断たれた首が、切断面から生え変わってきている。
勝ち誇るルヴィアに、バーサーカーは咆哮を持って答えた。
!!
!
﹁│││││││││││ッ
﹂
﹁おーほっほっほっほ どうですか 遠坂凛では到底真似できない美しい剣さばき
│バーサーカーにも通じる攻撃を可能にしたのだ。
高密度の魔力で編まれた刃により、面ではなく線の攻撃をすることで、威力を集中│
ルヴィアのステッキに生み出された魔力の刃は、バーサーカーの首を切り落とした。
!!
﹃死ぬ事以上に、不幸なことが起こるんだよ﹄
彼は告げる。
﹃もし⋮⋮会えば﹄
380
!
!
も首を落としてさしあげてよ
ガギィィィンッ
が、
﹂
品性のない野蛮な獣など、幾度なりとも首を飛ばすことは容易であると。
ルヴィアは、カレイドサファイアで再度斬りかかる。どれほど強く凶暴であろうと、
!
さなかった。
トー
ン・
フ
リー
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
ス
﹁そんな⋮⋮
﹂
﹂
肉に剣を当てた音とは思えぬ、硬い響き。狂戦士の肌は、今度はルヴィアの一撃を通
!!
﹂
ランサーはバーサーカーと距離を取りつつ、さきほどの現象をルヴィアに尋ねる。
ばれる。
手繰り寄せられたルヴィアは、ランサーに受け止められた後、ランサーに抱えられて運
しその前に、ランサーが横から伸ばした糸がルヴィアの身に絡まり、グイと引き寄せる。
愕然とするルヴィアに、バーサーカーが炎の縄をちぎり、手が伸びようとする。しか
!!
!?
?
前より硬くなっています﹂
﹁⋮⋮残念ですが、私の剣の腕の問題じゃありませんわ。明らかに、バーサーカーは蘇生
﹁今の、斬り方が悪かったって、言ってくれたりしない
『18:Raise──蘇生』
381
﹁やっぱりね⋮⋮つまり殺せば殺すほど強くなると﹂
﹂
﹂
蘇生するうえに、一度効いた攻撃には耐性をつける。冗談ではないと、もはや笑いた
くなる。
﹁ランサー
﹂
ランサーに声をかけたのは、凛であった。
﹁その格好、あんたも
?
﹂
!!
﹂
?
び、護りながら戦う余裕もない。それゆえに、凛が魔法少女となったのだ。意識の無い
凛はイリヤと美遊がいる方を指差す。気絶したイリヤを戦力にできないが、彼女を運
カーを行かせないようにして﹂
﹁少 し 離 れ た 方 に 寝 か せ て き た わ。美 遊 が つ い て く れ て る。あ っ ち の 方 に は バ ー サ ー
﹁余裕ねー。ところで私のマスターは大丈夫なんでしょうね
乙女がしてはいけない形相で、凛が吠える。バーサーカーといい勝負だ。
﹁お前が着させてるんだろーがーッ
︽いやー、まあ仕方ないですよー。いい歳して恥ずかしい格好してんですからー︾
ていた。
凛もまた、カレイドルビーを手に、黒い猫耳と猫しっぽをした、魔法少女へと変身し
﹁この格好のことはお願いだから言わないでッ
!
!!
382
イリヤを一人残すのは心配だったが、しっかり者の美遊がいてくれるなら大丈夫だろ
う。
らない
﹂
﹁それで、あいつの倒し方だけど、もう宝具は効かないわ。貴方たちの魔術でなんとかな
◆
﹄
マジシャンズ・レッド
彼女は面会室に入り、初めて面会人の正体を知った。
来るなんて思っていなかった。
?
!
﹃母さんに預けておいたペンダントは⋮⋮受け取ったか⋮⋮
諦めていた。
﹄
払い、自由の身になる。そしてまた、追いつ追われつの、戦闘が再開された。
相談しているうちに、ついにバーサーカーが、
︻魔術師の赤︼の炎の戒めを完全に振り
必要ですわ﹂
﹁それなりの時間。それに、一瞬でもいいから、バーサーカーが動きを完全に止める隙が
れない⋮⋮でも、タイミングが上手く決まるかどうか﹂
﹁私たちがカレイドステッキを使って、準備したうえで全力を注ぎ込めば、いけるかもし
ランサーが、ルヴィアを抱えていた腕から降ろしながら問う。
?
﹃こ、こいつは⋮⋮こいつはッ
『18:Raise──蘇生』
383
﹄
﹃お前と知ってたらここには来なかったッ
││││ッ
信じられなかった。
!!
のこのこ父親面して来てんじゃねェ││
!
た﹄
そして告げられる││陰謀││宿命││そして、怨敵。
﹄
﹄
お前は窓へ進めッ
﹃ジョンガリ・A│││ッ
﹃徐倫
!!
ど⋮⋮どこをよッ
なんでかわせなかったのよッ
!
襲い掛かる││殺意││銃撃││そして、別離。
!!
ああ、なぜこんなにも声が、体が震えるのか。
﹃う⋮⋮⋮撃たれたの
?
﹃海岸に行くだけで、潜水艇はお前の所にくる⋮⋮。そしてスピードワゴン財団という
それは、他の何よりも求めていた言葉だった。
水艇は自動的にこれを追尾してくるよう⋮⋮既にセットされている﹄
は発信機が内蔵されているんだ。お前の位置がいつでもわかるように⋮⋮。そして潜
﹃先に行くんだ。このペンダントを持って⋮⋮落とすなよ。一見わからないが、これに
!
!!
もう、この心に、彼のことなど残っていない、はずなのに。
﹄
﹃や れ や れ だ ⋮⋮⋮。し か し お 前 を こ こ か ら ⋮⋮ 出 す。す ぐ に ⋮⋮。そ の た め に ⋮ 来
384
所が、潜水艇を見つけてくれる⋮⋮。わかったなら、行け⋮⋮徐倫﹄
それは、涙が出るほど欲しかった言葉だった。
フ
リー
﹂
﹄
なのに⋮⋮どうしてこんなに、聞いていたくないのだろうか。
﹃お前の事は⋮⋮いつだって大切に思っていた﹄
ン・
!!
﹃どぉして︻心臓︼が止まっているのよォォォォォ
トー
死ぬ事より⋮⋮恐ろしい事が起こる。
◆
ス
!
﹁││││││ッ
﹂
無茶苦茶な破壊を受け流すことに成功していた。
認し、瞬時に糸をマットのように編み込んで防御できる精密な動きは、バーサーカーの
へし折る程度の力はあるが、それでもバーサーカーには敵わない。それでも、銃弾を視
ランサーの︻運命の石牢に自由を求めて︵ストーン・フリー︶︼は岩を砕き、鉄の棒を
をいなしていく。
ランサーのスタンドが、バーサーカーの前に立ちふさがり、闘牛士のようにその暴力
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
『18:Raise──蘇生』
385
!!
バーサーカーが振り下ろす巨腕を、糸のしなやかさをもってかわし、
﹂
!!
﹂
!!
ランサーは己のスタンドを解きほぐして糸に変え、更に編んで太いロープにすると、
﹁ちぃっ
め、体の向きを変えて、凛たちの方に走ろうと足に力を込めた、
狂気に支配された脳であれ、何か怪しいと勘付いたらしい。ランサーへの攻撃を止
﹁│││ッ﹂
魔法少女︵そう呼んだら怒るだろうが︶がいる。
た。その方向には、ステッキを手に、バーサーカーを仕留める用意を行っている二人の
だがそうそう都合よくことは運ばないもので、バーサーカーはクイと視線を横に向け
﹁あと少し⋮⋮﹂
アが、魔術を使うベストのタイミングを作り出すために。
だが、このバーサーカーを引き付ける役目は、ランサーにしかできない。凛とルヴィ
かなり綱渡りだわ︶
︵まあ、一歩間違えば捕まって直撃食らって潰されるか、捕まって捻りちぎられるか⋮⋮
たくは思っているのだろう。現状、攻撃対象はランサーに絞られている。
拳の連打を浴びせ、注意を引き付ける。攻撃はまるで効いていないようだが、うざっ
﹁オラオラオラオラオラッ
386
バーサーカーの右足に絡みつける。
それは、この怪物の足を止めるためのものではない。彼女のパワーでは到底止めるこ
とはできない。だが、左足を持ち上げた瞬間、バーサーカーが走る直前に、グルグルに
絡んだロープを思い切り引けば、
グルゥンッ
﹂
﹁│││││││││ッ
﹂
﹂
ゆえに、この巨人はその本能に導かれるままに、ランサーを踏み躙ることにした。
しての本能が、侮ってはいけないと、訴えたのだ。
うことか、このメンバーの中でおそらく最も火力の弱い相手に、バーサーカーの戦士と
だが、バーサーカーはランサーの行為に、苛立ち以上の、微かな警戒を覚えた。あろ
く、ランサーを引きずりまわして走ることができる。
されると思っていなかったからだ。何をされるかわかっていれば、回転されることもな
無視しようと思えば、バーサーカーはできただろう。体の向きを戻されたのは、そう
﹁││││ッ
﹁こっちを見なさい⋮⋮
たちからランサーに戻った。
コマのように、バーサーカーの体が、右足を軸に回る。バーサーカーの体の向きは、凛
!!
!!
!
!!
『18:Raise──蘇生』
387
バーサーカーは拳を振りかぶる。それは、今夜繰り出した中で、最大威力の攻撃を生
み出す構えだ。そして、狂戦士は右足を力強く踏み込む。より強く、より重い一撃を放
つために行った踏み込みであった。
だが、
﹂
ズボォッ
﹁ッ
!!
﹁よくやってくれましたわ
ミスター・アヴドゥル
ルヴィアが褒めたのも当然。
!
﹂
!!
の時代から衰えることを知らない。
古典的、いや原始的とさえ言ってもいい、ありきたりな罠。だが、その有効性は原始
落とし穴。
﹁はまってくれたわね﹂
そうそれは、
ない。
であれ、地面が砕けるだけならともかく、その巨体がすべて沈むような穴が開くわけが
彼の足元が急に崩れ、その巨体が土中に沈む。いかにバーサーカーの踏み込みが強力
バーサーカーが、一瞬ではあるが驚きを顔に浮かべた。
!??
388
マジシャンズ・レッド
この落とし穴を掘ったのはアヴドゥルであり、彼だけがそれを行えた。
︻魔術師の赤︼の優れた能力により、炎を地中に流し込み、土を焼き掘ったのだ。ただ手
を地面に当てて、誰からも見えず、誰にも気づかれず、下の土をグズグズに焼き、スカ
スカの空洞にしたのだ。
さあ、あとは頼むぞ
﹂
そして、その落とし穴までランサーが誘導したという寸法。
﹂
﹁チッ、チッ、チッ
﹁当然
﹂
!
!
分、一つ一つの魔法陣に、魔力砲がチャージされているのだ。
その上空には、七つの巨大な魔法陣が、空間に浮かんでいる。ランサーが稼いだ時間
人差し指を振って決めるアヴドゥルに応え、凛とルヴィアが動き出す。
﹁お任せなさい
!!
!!
﹁斉射
フォイア
﹁斉射
シュート
﹂
気に解き放つ。
凛とルヴィアが構える。互いにステッキを振りかぶり、準備したすべての魔力を、一
﹁跡形もなく、粉々にしてあげるわ﹂
﹁チャージ完了⋮⋮心臓を貫いても、頭から真っ二つにしても死なないなら﹂
『18:Raise──蘇生』
389
﹂
!! !!
太陽が堕ちてきたかのような閃光。重ねに重ねた魔力の爆発。
それらがバーサーカーの身を包み、飲み込み、押し潰す。
ゴッガァァァァアアアア
﹁どうよ
﹂
返り、旧間桐邸の敷地の半分以上は、まさに根こそぎに破壊しつくされてしまっていた。
ほんの数秒で、辺り一帯は焼け野原になる。草木は一本残らず消失し、地面はめくり
巨体は消え去った。
なく粉々になっていった。悲鳴をあげる暇もなく、光と熱に蹂躙され、灰も残らずその
耳がちぎれるような爆音と共に、バーサーカーが吹き飛び、そして宣言通り、跡形も
!!
いかに不死身のサーヴァントといえど、これをくらえばひとたまりも⋮⋮﹂
!
﹁反則すぎでしょ
プラナリアだって、もうちょっと可愛げあるっての⋮⋮﹂
の巨人へと戻っていく。
ていく。そして、シュウシュウと煙を噴き出しながら、肉塊に手足や目玉が生まれ、元
塵は人型を形成し、やがて色を濃くし、質感を伴い、果てに鉛色の肉の塊へと変わっ
の形をなしていく。
空気に漂う塵││バーサーカーの存在の残り香が、渦巻き、逆巻き、飛び交って一つ
髪をかき上げて決めポーズらしき姿勢をとるルヴィアだったが、言葉が途切れる。
﹁ふっ
!!
?
390
﹂
凛の悪態も力が無い。もう全ての力を出し切ってしまったのだ。
もはや手段は使い切った。
﹄
外へではなくッ
中へッ
!
﹄
なぜ逃げなかったん
!
◆
再生した口から、今までで最も力強いバーサーカーの雄叫びが放たれた。
﹁││││││││││││││││││ッ
!!!
﹃お姉ちゃんはギリギリで生き残れたんだよッ それなのに
だ
!
野球帽の少年の問いに、彼女は強い言葉で答える。
﹃犯人が中に逃げたからよッ
!
ではなく、刑務所の中にいる。
﹄
!!
﹄
!!
父親と、同じように。
わッ
﹃生きてはいないけど死んだわけでもないッ スタンドを取り返せば、必ず生き返る
彼女は気高く、強く、その目は前へと向いていた。
﹃そのために戻るのよ⋮⋮中へ
!
﹄
父から﹃スタンド﹄と﹃記憶﹄を奪った敵は、刑務所の中へと逃げて行った。敵は外
!!
!!
﹃スタンドを取り返せば、お⋮⋮お父さんは生き返るとでもッ⋮⋮
『18:Raise──蘇生』
391
!!
◆
﹁美遊さん⋮⋮
﹂
!
⋮⋮
戦いはっ
!!
﹂
!?
﹁││││││││││││││││││ッ
﹁ああ⋮⋮⋮﹂
殺しても殺しても立ち上がる、黒い絶望。
﹂
だがバーサーカーはその当たり前のことを覆す。
敵は、まさに最強。今までの敵は、どれほど強くても、殺せば死んだ。
もう、どうにもできないのだということが。
見ただけで、もはや理屈抜きで理解できた。
﹁あ⋮⋮⋮﹂
﹂
バッと勢いよく身を起こすと、すぐに視界に飛び込んできた。
?
目を開けて、まず見えたのは美遊の顔。
﹁イリヤスフィール
夢を断ち切ったのは、人型の喉から出たものとは思えぬ轟音であった。
﹁││││││││││││││││││ッ
!!!
!!!
392
『18:Raise──蘇生』
393
もう駄目だと、イリヤがそう結論した瞬間、
カチリ
イリヤの中で、何かが小さく、しかし確かに、外れる音がした。
⋮⋮To Be Continued
﹃19:Slash││斬撃﹄
人のそれではなかったことである。
郎﹄として召喚されておきながら、そのサーヴァントの人種や服装が、どう見ても日本
だが、それもまた、やり方によっては歪めることもできる。問題なのは、
﹃佐々木小次
召喚されるはずのない英雄である。
本の伝説に残る英霊であり、本来、西洋のサーヴァントしか呼び出せない聖杯戦争では
だが、召喚されたアサシンは﹃佐々木小次郎﹄という名を持っていた。その人物は日
ば、まだイレギュラーというほどではない。
そこで、ハサン以外のサーヴァントをアサシンとして召喚した││それだけであれ
は全て解析されてしまっている。
継承した誰かになる。しかし、数多くの聖杯戦争が起こった現在、ハサンの能力や宝具
本来、アサシンのクラスを召喚すると、呼び出されるのはハサン・サッバーハの名を
ラーであったが、その極めつけはアサシンのサーヴァントである。
この聖杯戦争において、召喚されたほぼ全てのサーヴァントが何かしらのイレギュ
︻聖堂教会本部への冬木第4次聖杯戦争における報告書︼
394
『19:Slash──斬撃』
395
彫りの深い顔立ち。後頭部で束ねた黒髪。外套に黒いズボン。そして、冷たく輝く、
恐ろしいほどに美しい片刃の剣。
これはそもそも﹃佐々木小次郎﹄をいかにして召喚したかに関係してくる。本来﹃佐々
木小次郎﹄という英霊は存在しない。伝承は残っているが、実在することのなかった架
空の英霊なのだ。シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパン同様に。
今回呼び出された﹃佐々木小次郎﹄は、
﹃佐々木小次郎﹄が使ったとされる技、
﹃ツバ
メ返し﹄を使うことができるという理由で、
﹃佐々木小次郎﹄の名を与えられ、無理矢理
召喚された無名の亡霊なのである。
更に更にイレギュラーなことに、外国人でありながら、
﹃ツバメ返し﹄を使えるその男
は、アサシンでありながら凄まじい白兵戦能力を誇り、三騎士のサーヴァントでさえ、正
面から圧倒したのだ。
今も、私の耳にはこびりついている。
あの恐ろしい、﹃覚えたぞ﹄の台詞が。
◆
イリヤの胸の奥に、恐怖と悲痛が渦巻き、その抗いようのない絶望の中、それでも抗
わねばならないという更なる絶望に苛まれ、
﹁あ⋮⋮⋮⋮
ように。
﹂
﹁イリヤスフィール
﹂
外れた何かが、外側へと溢れ出す。檻から放たれた獣のように、牙剥く相手を求める
?
︶
イリヤスフィールは魔術師ではなかった。魔力を持たないはず⋮⋮いやそれ
以前に、こんなの一人の人間が許容できる魔力量じゃない⋮⋮
?
﹂
?
﹁│││││││││ッ
﹂
つ一つに込められた、心を焦がすような意志は、決して機械のものではなかった。
俯きながら、口にする。壊れたレコード・プレーヤーのようであったが、その言葉一
﹁倒さなきゃ⋮⋮倒さなきゃ⋮⋮倒さなきゃ⋮⋮倒さなきゃ⋮⋮﹂
イリヤが、ポツリと呟いた。
﹁えっ⋮⋮
﹁⋮⋮倒さなきゃ﹂
未知の事態に、美遊の顔が引きつる。しかし、美遊の困惑をよそに、事態は進行する。
!
︵なぜ
大気を圧倒し、周囲に大風を巻き起こしていた。
その背中から、まるで翼のように膨大なエネルギーが噴き出している。エネルギーは
気づいた美遊が見たものは、荒れ狂う魔力。
!?
396
!!
唸り吠える最悪。鉛色の絶望。いつでも動き出し、凛たち全員を皆殺しにできる、暴
虐の怪物。もうあらゆる手で殺したのに、どうしても殺しきれない不死身の存在。
だが、倒さなければ、みんなが死ぬ。
アーチャーのように、もう会えなくなる。
たお
﹂
誰もが、もうこれ以上殺せないと諦める中、ただ一人、イリヤだけが、
﹁殺さなきゃ⋮⋮
たった一つの感情以外の全てを排した眼。
感情が全く無い、機械の眼ではない。
感情の壊れた、亡者の眼ではない。
感情を、嵐のように強くしすぎた眼。
感情を、刃のように研ぎ澄まさせすぎた眼
バーサーカー
狂気の眼。
手段⋮⋮方法⋮⋮力⋮⋮
?
狂戦士の眼。
﹂
だが、その眼はあまりにも澄みすぎていて、人間の眼ではなかった。
顔をあげ、バーサーカーを見据えていた。
!!
?
呪文を唱えるように口にする。誰に聞かせるわけではなく、ただ己に問う。
﹁⋮⋮どうやって
『19:Slash──斬撃』
397
答えがあるかないかは、どうでもいい。
答えがないとしても、何も問題ない。
ドアッ
その姿は、あの赤い弓兵の衣装によく似ていた。
長袖の赤い外套に、胸部を覆う鎧。手に握るのは、長大な黒い弓。
ていく。
イリヤの身が、光り輝く。カードを通して、イリヤの中に強い力が、大きな存在が入っ
!!
静かに、何でもない事のように、イリヤは宣言する。
﹁﹃夢幻召喚﹄﹂
イ ン ス トー ル
な魔力が魔法陣に注ぎ込まれ、
イリヤは、右手のカードを地に置いた。途端に、大地に魔法陣が浮かび上がる。巨大
﹁力なら⋮⋮ここにあった﹂
さっきは選ばなかったクラスカードだ。
書かれた絵と文字は、﹃弓騎士﹄。
アーチャー
イリヤはポケットから、一枚のカードを取り出す。
﹁ある﹂
398
タッ
キャゴッ
キャゴッ
キャゴッ
!
!
﹂
も射ぬけたであろう射撃が、いささかの効果もあげられなかった。
だが、それをくらったバーサーカーは、それこそ近代兵器など及びもつかぬ怪物。戦車
矢によるものとは思えぬ、近代兵器並みの破壊力が、音を耳にしただけで感じ取れた。
繰り返される。
耳に痛みを与える甲高い音の直後、岩を強く突いたような鈍い音が響き、それが三度
!
り取り出された矢を弓につがえ、手慣れた動作で撃ち放つ。
宙を行く彼女が右手を伸ばすと、その空の右手に、三本の矢が生み出された。虚空よ
イリヤは大地を蹴り、軽やかに跳ぶ。魔法少女となってさえ出せない、運動能力。
!!
!!
﹂
!!!
その太い腕が見えなくなるほどの速さで、拳が叩き付けられる。しかしイリヤは、そ
﹁ッ
アーチャーが愛用していた、干将・莫耶である。
ら、今度は両手に、一対の中華剣を出現させた。
対するイリヤは能面のようになんの感情も浮かんでいない顔で、その拳を眺めなが
そして狂戦士は、重力に従って落下してくるイリヤを殴り飛ばそうと拳を握る。
﹁│││││ッ
『19:Slash──斬撃』
399
れより早く、剣を投げ放っていた。二振りの剣が、バーサーカーの胸に当たった瞬間、剣
は激しく爆発する。
ドッゴォォォォンッ
到底、弓兵という言葉で表していい戦い方ではない。
だ。
その矢もまた、バーサーカーに当たると爆発を起こす。さながら小型ミサイルのよう
そして、地に降りたイリヤは、再び弓を出し、鋭く尖った螺旋状の矢をつがえ、放つ。
も、その拳がイリヤに当たらない程度の距離まで、巨人を移動させることに成功する。
バーサーカーの肌を焼き焦がし、その巨体を吹き飛ばす。死にまでは至らないまで
!!
どうやって⋮⋮﹂
!
﹁そんな、まさか⋮⋮﹂
だが、にもかかわらず、その都合のいい答えはそこにある。
りえない。
そんな奇跡を起こす方程式などない。そんな都合のいい答えを導き出す、過程などあ
ことは起こせっこないのだ。
その戦いを、その姿を見て、美遊はただ困惑するしかない。彼女の常識では、そんな
⋮⋮
﹁信じられない⋮⋮あの姿⋮⋮あの戦闘能力⋮⋮。彼女は今、完全に英霊と化している
400
﹂
答えがあるかないかは、どうでもいい。答えがないとしても、何も問題ない。
││答えがないなら、つくればいい。
過程を力づくでねじ伏せ、結果に直結させる。
﹁手順も知らないまま、膨大な魔力のみで強引に召喚した
いる。
﹁││││││││││││││ッ
﹂
あまりにも出鱈目で、常軌を逸した現象。だが、その常識外れが、目の前で起こって
!?
いくら英霊の力とはいえ、あのバーサーカーを殺し尽す方法は⋮⋮
だが、その常識外れが相対している敵も、ひたすらに常識を覆してきた化け物であっ
!!
オ
ン
ゴオォォォォォォッ
魔力が唸る。
!!
││答えがないなら、つくればいい。
﹁投影、開始﹂
トレース
殺し尽す方法││その答え。
美遊はないと思った。だが、常識外の片割れの行動は、それに異を唱えた。
!
!
た。
﹂
﹁いけない⋮⋮
『19:Slash──斬撃』
401
﹂
現世のものとも思えぬ、恐るべき量の魔力が、イリヤの手の中で結晶し、それは生ま
れた。
﹁そんな⋮⋮
リ
バー
ン
﹂
!!
イ ン ク ルー ド
それが放たれた以上、もはや、勝利の二文字以外があってはならない。
勝利を約束するなどという、温いものではない。
かつて在り、やがて来るべき王を定めた、選定の剣。
かつて在り、今は失われた、究極の剣。
やして生み出された剣。
イリヤスフィールの、人の身で持っているべきでない、馬鹿げた量の魔力の全てを費
﹁︻勝利すべき黄金の剣︼││
カ
奇跡のような光景であるとしか。
その違いを的確に表現する術を、美遊は知らなかった。ただ、それはあまりにも遠く、
聖剣によく似ていた。だが、決定的に違うものが感じられた。
イリヤの手に生み出された剣は、セイバーのクラスカードを使って﹃限定召喚﹄した
も、全員が、その幻夢のような光景に見惚れていた。
美遊だけではなく、ルビーもサファイアも、凛もルヴィアも、ランサーもアヴドゥル
美遊の目は、その神々しいほどの光景をはっきりと見ていた。
!?
402
そして正しく、それは役目を果たした。
黄金の光が軌道を描き、剣は、バーサーカーの鋼の筋肉を、空気を薙ぐように容易く
断ち裂く。
そして、そのただの一撃で、死して蘇るその肉体を、ことごとく殺し尽した。
その斬られた一瞬、バーサーカーは雄叫びをあげることはなかった。
断末魔ごと切り裂かれたように、静寂のまま、絶望の化身としか思えぬサーヴァント
は、ついに消滅したのだった。
カラリと、バーサーカーのクラスカードが大地に転がる。
﹁あ⋮⋮ああ⋮⋮﹂
呆気ない。ただ見ている分には、あまりにも呆気ない終わりであった。
だからこそ恐ろしい。
どうしようもない不死の大英雄を、呆気なく滅ぼしてしまった力が、あまりにも圧倒
的な奇跡が、声も出ないほど恐ろしい。
だが何よりも、美遊が思うことは、
︶
?
狂戦士を超えた、狂戦士となったイリヤスフィールは、一体どうなってしまうのか
美遊だけでなく、その場の全員の想いだった。
?
︵イリヤスフィールは││どうなってしまったの
『19:Slash──斬撃』
403
果たして、戦いを終えたイリヤは、その手から剣を消し、英霊としての力も解き、た
だの少女の姿に戻る。その後、ただ立っていた。
静かに、その場の全員が見守る中、彼女は微動だにせず、ただ立っていた。
あ、あの、美遊さん、私、何して⋮⋮
﹂
やがて、1分もそうしていた後、イリヤはクイと首を曲げ、美遊の方を見る。
私⋮⋮
?
その顔は、
﹁あれ⋮⋮
?
﹂
﹁オノレオノレオノレオノレオノレェッ
がァッ
!!
あんな小娘どもにっ、わ、私のバーサーカー
!!
れているように見えた。
心の嵐のような動揺を表している。その失意ゆえか、手入れされた口ひげが心なしか萎
パスが途絶え、サーヴァントが失われたことを理解したオンケルは、拳を震わせて内
状を噛みしめていた。
オンケルは、間桐の地下蟲倉跡を改造した工房の、自分に割り当てられた部屋で、現
◆
笑い出したくなるくらい、いつものイリヤスフィールであった。
?
404
机を激しく殴り、その怒りを示す。しかしどんなに周囲に当たり散らそうと、結果は
変わらない。
や、奴の、ウィン
傍にはミセス・ウィンチェスターもいたが、宥める様子はなかった。宥めたとしても、
こ、これは私のせいではないっ
!
奴のとりなしが悪いせいでッ、奴がもっと魔力供給をして
!
逆効果だっただろうが。
︶
チェスターめのせいだッ
︵この私がこのような屈辱を
いれば⋮⋮おのれっ
!
のともせず引き裂く一流の魔術礼装である。
!
聖杯の正確な場所さえ、この私に教えないとは
それに聖杯も、この私が用意したというのに
優遇して扱うべきだというのに
︶
こいつらは、もっと私を
強い恨みと憎しみが籠った、黒魔術的に強力な逸品。生半可な結界でも、強化でも、も
この鞭はオンケルの祖父が、ナチスで使われた拷問用の鞭を素材につくったものだ。
叩き付けられ、分厚い木材を鋭く切り裂く。
懐から鞭を抜き、感情のままに鋭く振るう。魔力の込められた、オンケルの鞭が机に
!!
ト・コレクションの一つであった。
それは、オンケルの祖父が、ドイツ敗戦のドサクサで持ち出した、ヒトラーのオカル
!!
!
今回の聖杯戦争で、聖杯の素となる器。
!
︵カードも
『19:Slash──斬撃』
405
来歴はよくわかっていないが、聖杯となるに足る、神秘を内包していた。だがそれを
聖杯に調整する技術をオンケルは持っていなかったため、
﹃ドレス﹄の手に渡り、
﹃ドレ
ス﹄が完成させた。
要するに、オンケルは材料の調達以上のことはしておらず、聖杯もオンケルが渡さな
ければ別に用意することも可能だったわけで、そんなに大層な手柄ではない。
しかしオンケルはそんな客観視のできる人格ではなかった。
︶
奴らはまだキャスターを持っているはず
奴らを殺して、キャスターを奪えば、私はまだ戦えるぞっ
︵まだだ⋮⋮まだ私は⋮⋮そ、そうだ
!
︶
!!
それに聖杯の場所も⋮⋮ そしてカレイドステッキもわ
!
!
まずは腕の一本でも切り落としてやろうと、鞭を振りかぶり、
の笑みを浮かべる。
ナチス・ドイツで、祖父が教わり、自分が受け継いだ拷問方法を脳裏に浮かべ、嗜虐
しのものだッ
なくてはならない⋮⋮
︵まずはこいつだ。こいつを捕え、拷問し、キャスターとそのマスターの居所を聞き出さ
その手には武器を持っていないことを確認し、オンケルは声も無く嗤う。
顔を反らし、今後の行動を考えているのか、オンケルには関心がないようだった。
そう考えたオンケルは、ミセス・ウィンチェスターへと視線を動かす。オンケルから
!
!
406
︵くらうがいいッ
︶
︻CLASS︼バーサーカー
◆
自慢の一撃を放った。
!!
︻マスター︼イクス・オンケル
︻真名︼
︻属性︼混沌・狂
︻性別︼男性
?
生還能力。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延び
・戦闘続行:A
︻保有スキル︼ パラメーターを1ランクアップさせるが、理性の大半を奪われる。 ・狂化:B
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力A+ 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運B 宝具A
『19:Slash──斬撃』
407
る。
・心眼︵偽︶:B
直感・第六感による危険回避。
・勇猛:A+
威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する能力。また、格闘ダメージを向上さ
せる。ただし狂化している為、能力を発揮できない。
・神性:A
生前は主神ゼウスの息子であり、死後は神に迎えられた為、最高レベルの神霊適正を
持つ。
︻CLASS︼アーチャー
◆
一度受けたダメージを学習し、その克服の為に新しい耐性を肉体に付加する。
掛けすることで代替生命を十一個保有している。
生前の偉業で得た祝福であり呪い。Bランク以下の攻撃を無効化し、蘇生魔術を重ね
ランク:B 種別:対人︵自身︶宝具 レンジ:│ 最大補足:1人
◆十二の試練
ゴッ ド ハ ン ド
︻宝具︼
408
︻マスター︼
︻真名︼
︻性別︼男性
・単独行動:B
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
一 工 程による魔術行使を無効化する。 シングルアクション
・対魔力:D
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力D 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運E 宝具
︻属性︼中立・中庸
?
ランクBならば、マスター不在でも2日間現界可能。
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
?
?
し、その場で残された活路を導き出す
・千里眼:C
戦闘論理
"
。
修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握
・心眼︵真︶:B
︻保有スキル︼
『19:Slash──斬撃』
409
"
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になる。
・魔術:C│
最大補足:
オーソドックスな魔術を習得。得意なカテゴリーは不明。
アンリミテッド・ブレイドワークス
◆ 無 限 の 剣 製
レンジ:
⋮⋮To Be Continued
防具も可能だが、その場合は通常投影の二倍∼三倍の魔力を必要とする。
視認した武器を複製する。ただし、複製した武器はランクが一つ下がる。
?
︻宝具︼
ランク:E∼A++ 種別:
?
アーチャーが可能とする、固有結界と呼ばれる特殊魔術。
?
410
﹃20:Teach││教育﹄
君や、埋葬機関の代行者、アトラス院の院長候補が常駐する混沌の町と成り果てた。
事柄は狂気の一言である。死徒27祖が2体、番外位が1体、この町で滅び、真祖の姫
元々、人ならざる者との混血﹃遠野﹄が治める地ではあったが、ここ数年で起こった
だが特に恐れられている地は、死徒の墓場││三咲である。
異能者の集う奇妙な町、杜王。
4度の聖杯戦争が行われた都市、冬木。
しれない。
大陸と切り離された島国は、神秘が比較的多く残っている説があるが、正しいのかも
忌を保有する国は珍しい。
ば、広い世界に幾らでも同等以上の禁忌は存在するが、小さな国土に集中的に多量の禁
あの地は運命に呪われているかのように、禁忌の事象が多すぎる。禁忌の質であれ
軽んじながらも、その中に不気味さを感じる者も多い。
日本。極東の島国として、西洋の魔術師には蔑まれる傾向にある地であるが、しかし
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
『20:Teach──教育』
411
最新の情報では、
﹃パッショーネ﹄の組員が、三咲に入ったという報告があげられてい
る。﹃パッショーネ﹄は表向き、イタリア最大のギャング組織││それすらも裏だが││
であるが、その実﹃教会﹄すらも警戒する、異能者によって構成された組織である。
力と力が接触すれば、必ず大きな波紋が起こる。近いうちに、また我々が耳と正気を
疑う報告があることと予測される。
◆
初めは何もわかっていなかった。
ただ、吠えるバーサーカーの黒い巨体を見ていたところまでしか、記憶が無い。
気が付けば、巨人は消えていた。砕け散らされた大地が煙をあげており、その中心に
カードが見えた。
首を動かせば、美遊や凛たちもいて、無事であったことにほっとする。しかし、彼女
たちの視線が、いつもと違うのに気が付く。
みんな⋮⋮﹂
気遣うような、慄くような、退いた視線を送っている。
﹁どうしたの
口にしようとした瞬間、
?
412
﹁あ⋮⋮⋮⋮﹂
記憶が、蘇る。堰き止められた川の水が、決壊して一気に流れ出すように、さきほど
までの現象が、自分がなしてしまったことが、すべて思い出された。
﹁なに⋮⋮これ⋮⋮﹂
魔力の奔流。自分の中身。
英雄の力。勝手に動く体。
弓騎士の戦闘。人外の領域。
狂戦士の撃破。化け物を超えた化け物。
﹁いや⋮⋮なんで⋮⋮なんで私がこんな⋮⋮﹂
ガクガクと体が震える。見知らぬ自分。壊れる普通。
今までは、どれだけ不思議なことが起きても、あくまで自分の外のことだった。自分
とは関係の無い場所からやってきた、束の間の来訪者だった。
だが今回は違う。自分自身が、不思議で、不自然で、不明瞭で、不可解で、不条理な
?
ものとなり果てた。巻き込まれただけの一般人であった自分が、変わってしまった。
自分は何をしたのか
自分は何なのか
?
あんなことをした自分は││本当に自分なのか
?
『20:Teach──教育』
413
﹂
﹁私は⋮⋮私。私は絶対に私のはず⋮⋮私は私以外の誰でもない⋮⋮
私は⋮⋮
落ち着いてください
えてる私は、絶対に私
︽イリヤさん
!
帰る⋮⋮帰るの
﹂
!
︾
! !!
こうして、考
!
⋮⋮
まるで
︶
ス テ ッ キ に 騙 さ れ て ち ょ っ と 魔 法 少 女 を や っ た だ け
なのに、そのはずなのに
!
!
!
帰らなきゃ
︶
!!
速く
!
速く
!
もっと速く
!
﹂
!
グインッ
トー
ン・
フ
リー
その前に、いつの間にか引っ掛けられていた紐に足を引っ張られ、大地に引きずり戻
!!
﹁⋮⋮︻運命の石牢に自由を求めて︼﹂
ス
神は、ついに魔法にも近い大魔術││転移││瞬間移動にまで達する││
イリヤスフィールの足が地から離れる。己が最高速度で飛び、その追い詰められた精
﹁早く家に
!
ただただ恐ろしく、ただただ目を背け、ただただ日常へと帰るために。
︵私が私じゃなくなるような感覚
目には何も映らず、耳には何も聞こえず、ただ走り、ただ逃げる。
!!
︵私 は 普 通 の 人 間 な の に ⋮⋮
イリヤは聞く耳を持たない。イリヤは美遊たちに背を向け、闇雲に走り出す。
﹁もういや
!
ルビーが呼びかけ、宥める。だが、
!
414
された。
﹁ギャフンッ
メメタァッ
﹂
とりあえず、もうイリヤに逃げる気配はない。地面に座り込み、動く様子はない。
は、周囲の人間の心を落ち着かせ、勇気づけるものがあった。
落ち着いた声で話しかけられ、イリヤも少しは冷静になる。ランサーのまとう雰囲気
﹁だ、だって⋮⋮﹂
﹁パニック起こしてもいいことないわよ。落ち着きなさい﹂
ランサーは、顔に手を当てて泣くイリヤに、呆れ顔で言う。
﹁いや、逃げるんじゃないわよ。﹃立ち向かえ﹄って教えたでしょうが﹂
﹁い、痛たたたたたたた⋮⋮﹂
クピク震える。かくてシリアスめいた逃避行は、ギャグ的な落下によって潰された。
地面に落っこちて顔から叩き付けられ、腹ばいの蛙のような、みっともない格好でピ
!! !!
?
ランサーの友人にせよ、敵にせよ、能力を持って思い悩むような者はいなかった。良
るなんて、ラッキーじゃない﹂
﹁まあ普通じゃないけど、悪いことでもないでしょ 他の人が持っていない力持って
﹁だ、だって、あんな力持ってるなんて、その、普通じゃないし⋮⋮﹂
『20:Teach──教育』
415
かれ悪しかれ、手に入れた超能力を便利に使っていたものだ。
ポリポリと頭を掻くランサーには、なんでそこまで動揺するのかがそもそも理解でき
ない様子だ。その困惑顔を見ていると、イリヤも自分の方が変なのかと思ってしまう。
﹁い、いや⋮⋮でもこんな力⋮⋮大きすぎて﹂
怖がろうが、嫌がろうが、その
ランサーは手を引き、イリヤを立たせた。そして手を離す。イリヤは、ランサーの手
ランサーは手を差し伸べる。イリヤはその手を見つめ、やがてその手を握る。
﹃傍に立って﹄いてあげるから﹂
﹁でもまあ⋮⋮そう怖がることないわ。﹃マスター﹄には﹃サーヴァント﹄がいる。私が
その体験を思い返すと、イリヤの小さな胸に勇気が湧いてくる。
言葉通り、その力を受け入れ、使いこなしていた。その力で危機に立ち向かっていった。
夢で見たから。ランサーの体験を、眠りの中で共有していたから。ランサーは確かに
る以上に理解していた。
実感の籠った言葉だった。イリヤは、ランサーの言葉の意味を、ランサーが思ってい
わ。そういうものなのよ⋮⋮宿命っていうものはね﹂
かったことにして、忘れてしまうって手もあるけど⋮⋮いずれは向き合うことになる
力は貴方の物で、そこにあるんだから、ちゃんと見なくちゃ始まらないわ。無視して無
﹁﹃自分の力を知って使いこなせ﹄とも教えたはずよ
?
416
﹂
を、少し名残惜し気に見てから、顔を上げて、ランサーの目を見て、言う。
﹁こんな力を持っていても⋮⋮私は、私でいいのかな
恐る恐ると言う風に、彼女はイリヤに近寄る。
今度呼びかけてきたのは、美遊だった。
﹁イリヤスフィール﹂
なかった。
イリはようやく笑みを浮かべる。目じりから涙が零れるが、それは悪い意味の涙では
﹁アハハ⋮⋮酷いなぁ﹂
変わったようには見えないわ。ちょっと、おっちょこちょいなところも含めてね﹂
﹁そんな哲学的なことに答えられるほど、頭は良くないけど⋮⋮私から見て、貴方が何か
?
イリヤスフィール﹂
?
心配してくれたんだ⋮⋮ありがとう﹂
!
顔をあげたイリヤは、いつもの笑顔を見せる。その様子に安心しながらも、美遊は視
﹁そ、それは、そんなの当然の、お礼を言われるようなことじゃ⋮⋮﹂
﹁うん
とを表す。
イリヤは頭を下げて謝る。そんなイリヤに美遊は首を振り、気を悪くしてはいないこ
﹁ううん⋮⋮それより、もう大丈夫なの
﹁あ⋮⋮美遊さん。ごめん⋮⋮一人でパニくって、逃げようとして⋮⋮恥ずかしいなぁ﹂
『20:Teach──教育』
417
線を逸らし、照れる。そんな美遊にイリヤはふと思ったことを口にする。
﹂
私の片思い
ら、イリヤでいいよ。友達はみんなそう呼んでるから﹂
﹂
そうじゃなくて⋮⋮
友達って思われてなかったの
!?
﹁⋮⋮友達
﹁えっ
﹁あ、いや
!?
﹂
!
﹁うん
それじゃ改めてよろしくね、ミユ
﹂
!
そして、少し離れて様子を見ていたルビーがマイペースに言い、凛もほっと息をつく。
﹁どうなることかと思ったけど、雨降って地固まるってことかしらね﹂
︽いい光景ですね∼︾
その様子を、ランサーは静かに、嬉しそうに見ていた。
そして二人はどちらからともなく、手を差し伸べ合い、握手する。
﹁こ、こちらこそよろしく⋮⋮イリヤ﹂
!
たどたどしくも、はっきりと言った美遊に、イリヤの表情はパァーッと明るくなる。
﹁││
﹁それなら私も⋮⋮美遊さんじゃなくて、美遊って、呼び捨てで⋮⋮いい﹂
ショックを受けるイリヤに、美遊は顔を赤らめ、おずおずと、
!
!?
?
!
﹂
﹁それからさ⋮⋮前から思ってたんだけど、イリヤスフィールじゃちょっと堅苦しいか
418
﹁けど⋮⋮あのイリヤは一体﹂
﹂
︽わかりません。わかるのは、イリヤさんは間違いなく、
﹃英霊﹄になっていたというこ
とです︾
﹁そんなことができるんですの
を具現化させる力がある││というところまで︾
︽魔術協会がカードを解析したときわかったのは、カードには英霊の力の一端たる宝具
を超えて見せた。
英霊とは、人間より上の段階にある存在。つまり今、イリヤは一時的に人間の枠組み
ルヴィアは流石に信じられない様子だった。
?
その闇の一端を、イリヤは無理矢理こじ開けたのだ。
だ半分以上が闇のままだ。
勿論、使い方もわからず、魔術協会が回収、解析して、ようやく少し解明されたが、ま
ただ突如現れ、ばらまかれた。
誰が、どうやって、何の目的で造ったのか。誰も知らない。
クラスカード。
︽おそらく⋮⋮それこそが本当の、カードの使い方なんでしょうね︾
︽けれど、イリヤ様は自分の体を媒体に、英霊の能力を召喚したした︾
『20:Teach──教育』
419
﹁カードの異常性は今更だけど、今はイリヤの方よ。なんでイリヤは、カードの使い方を
︾
知ることができたのか⋮⋮いいえ、知ったんじゃない。知らないままに、使ってみせた﹂
︽手順をすっ飛ばして⋮⋮結果だけ導いた、とか
ものとなった。
自分の責任ではなく背負わされた宿命││その重みを想い、アヴドゥルの表情は苦い
関わってくる。
在の裏に、何かがあることになる。そして、そうなればことはイリヤの過去と、人生に
イリヤの能力が天然のものであればまだいいが、そうでなかったら、イリヤという存
ちの大敵であった男は、ある道具を使って、後天的にスタンド能力を手に入れた。
アヴドゥル自身のスタンドは、生まれついての、偶然の産物だ。だが、アヴドゥルた
イリヤ君が能力を持つようにしたのか⋮⋮﹂
君は、生まれついて偶然、そんな能力を手に入れたのか。あるいは││誰かが意図的に、
ではない。スタンド使い以外にも、いわゆる超能力者、異能力者は存在するが、イリヤ
﹁スタンド能力の中には││そういった無茶な能力もある。だが、彼女はスタンド使い
だ。
それがイリヤの力だとすれば、なぜそんな力を持っているのかという謎が増えるだけ
凛の言葉に、ルビーは答える。とはいえ、答えといっていいものか。
?
420
︽ま
今、気にしても仕方ないでしょう
︾
!
︽人間万事結果オーライよー 勝てたんだからよしとしましょう。過去や未来を思い
︽姉さんは前向きね︾
そんな暗く重いものになりかけた空気を、ルビーは明るくぶっ壊す。
!
題に取り掛かるべきだろう。
戦いは終わっていないのだ。まずは目の前の敵を全力で倒して、余裕を得てから次の問
今どんなに考察しても、何ができるわけでもない。まだ第一関門を突破しただけで、
いい加減なようで、実際いい加減なのであろうが、一理ある。
悩むより、今するべきことを、するべきですよー︾
!
﹁イリヤ
美遊
二人とも、先に進むわよー
!
﹂
!
◆
バーサーカーのカードを拾い、誰も欠けることなく、一行は決戦へと挑む。
!
していた結界が破壊されたらしい。
工房への通路に違いない。バーサーカーとの激しい戦いの中、地下への出入り口を隠
凛は周囲を見回すと、滅茶苦茶になった地面に、深い穴が開いているのを発見した。
﹁さて、そうすると⋮⋮﹂
『20:Teach──教育』
421
ドウゥンッ
﹁あっがぁああぁぁぁっ
﹂
ただ一発で肩の骨は砕け、オンケルの手から自慢の鞭が転がり落ちる。
めの踏み込みとし、オンケルへと殴りかかる。
方の空間を薙いだだけで終わる。そして、鞭をかわした踏み込みを、そのまま打撃のた
右前に足を踏み出しただけで鞭の軌道の外へずれ、鞭はミセス・ウィンチェスターの後
音速を超える鞭の一撃をミセス・ウィンチェスターは、呆気なくかわした。ただ一歩、
拳の一撃が、オンケルの肩を撃ち抜いた。
!!
﹂
!?
例エバ⋮⋮懺悔ノ言葉ナドハ﹂
貴様とて、どうせサーヴァントを失った私を始末するつもりに決まっ
﹁ハハッ⋮⋮モット他ニ言ウベキコトハナイノカ
﹁だっ、黙れっ
?
ところだった。
を持っていない今、戦闘力は乏しいはずだと踏んでいたオンケルには、不意打ちもいい
ミセス・ウィンチェスターは戦場にいつもライフル銃を持って赴いていた。ならば銃
オンケルは泡を食って怒鳴る。
﹁きっ、貴様っ、じゅ、銃もなしにっ
オンケルは悲鳴をあげ、残った左手で肩を抑え、後ずさる。
!?
422
!
て⋮⋮﹂
嘲笑を多量に含んだ声で、ミセス・ウィンチェスターはオンケルを弄ぶ。オンケルは
屈辱と怒りに、顔を真っ赤にしていた。
︶
︵くっ⋮⋮こけにしおって⋮⋮だが、鞭を失ったくらいで勝ったと思っている愚か者に、
負けるものか
︶
ズダンッ
︵くらえ
!
﹁ひいいいいいいっ
﹂
トル弱の投擲剣││が、さっき砕いた右とは逆、左肩を刺し貫いた。
ゆえに、魔術を放つ直前、ミセス・ウィンチェスターの放った黒鍵││刃渡り1メー
!!
いては全くの素人であった。
詠唱無しに魔術を完成させたオンケルは、流石にいい腕だといえよう。ただ戦闘にお
!
なく、必要十分な威力を、的確に命中させること。
︶
ゆえに求められるのは、スピードと精密性。無駄に過剰な破壊を撒き散らすことでは
必要ない。針の一刺しでも人は殺せる。
オンケルは魔術を行使する。気づかれぬよう、手の内で雷を作り出す。殺人に威力は
!
︵その良く回る舌に、雷を叩き込み、脳まで焼いてやる
『20:Teach──教育』
423
!?
戦闘において重要なことは、当てるよりも前に、まず攻撃を悟られないこと。どんな
必殺の攻撃も、放たれる前に察知されれば容易くかわされる。先ほどの鞭と同じだ。
﹁あああ⋮⋮﹂
だから命だけは
﹂
あ、謝る
悪かった
!
何でも言うこと
魔術は霧散し、両腕を使えなくなったオンケルに、抵抗する力はない。
を聞く
﹁ま、待て、待ってくれ、殺さないでくれ
!!
!
﹂
!
﹂
!?
ドクンッ
!!
自分は、刺されただけではないということを。
オンケルはその脈動に、漠然とだが己の運命を感じ取った。
﹁⋮⋮⋮⋮
同時に、オンケルの中で何かが蠢いた。
ドクン
ミセス・ウィンチェスターの言葉に、オンケルは喜び、笑顔を浮かべて顔をあげる。
﹁ほっ、本当かっ
﹁安心シロ⋮⋮命ヲ奪ウツモリハ、最初カラ無イ﹂
しかし、そんな無様なオンケルを見つめる視線に、温かみは一欠けらもない。
恥も外聞もなく、その場に座り込み、床に頭をこすりつけて哀願する。
!
!
424
また脈動。さきほどよりも強い。
オンケルにもよりはっきりとわかった。この脈動は、ただ、自分の体で起こっている
のではない。
セ
ミ
タ
セ
ミ
タ
セ
ミ
タ
セ
ミ
タ
﹁命ハ奪ワンヨ、オンケル。ダガ、命以外ノ全テヲ奪ウゾ、オンケル﹂
﹂
オンケルは恐怖に叫ぶ。
﹁あっ、ああっ
タ
セ
ミセス・ウィンチェスターの口より、呪文が唱えられる。
刻ヲ破却スル﹂
﹁閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。閉ジヨ。繰 リ 返 ス ツ ド ニ 五 度。タ ダ、満 タ サ レ ル
ミ
自分の、魔術回路で何かが蠢いている
!!
!?
やめてくれぇっ
﹂
!!
ニ従ウナラバ応エヨ﹂
なんかわからんがそれはっ
それは聖杯戦争の始まりに唱えられる呪文。
﹁や、やめろっ
!!
﹁やめっ、ろぉっ
がっ、があああっ
!!
﹂
霊ヲ纏ウ七天、抑止ノ輪ヨリ来タレ、天秤ノ守リ手ヨ﹂
﹁誓イヲ此処ニ。我ハ常世総テノ善ト成ル者、我ハ常世総テノ悪ヲ敷ク者。汝三大ノ言
!
﹁告ゲル。汝ノ身ハ彼ノ肉ニ、汝ノ剣ハ彼ノ骨ニ。聖杯ノヨルベニ従イ、コノ意、コノ理
『20:Teach──教育』
425
!!
ドクンッ
ドクンッ
ドクンッ
!!
!!
オンケルの中で起こる脈動はより強く、活発になる。
わ、私はっ、私がっ、私のぉぉぉぉぉっ
!!
馬鹿なっ、サーヴァントは既に7体揃ってぇぇぇぇぇ うぐああっ
﹂
!?
ダ﹂
﹁しょ、召喚
おぉぉおぉぉぉ
!?
が、実際にミセス・ウィンチェスターの思惑は成功しつつある。
サーヴァントの枠は埋まっており、新たなサーヴァントの召喚などできないはず。だ
!!
!?
カラ魔力ヲ吸収シテ英霊ノ力ヲ自動的ニ召喚││更ニ、魔術師ト同化スルトイウモノ
クラスカードト同ジ、英霊ノ媒介ニナル。魔術回路ニ直接撃チ込ンダコトデ、魔術回路
﹁コノ先ハ、イワユル冥途ノ土産イウ奴ダガ⋮⋮オ前ニ撃チ込ンダ黒鍵ハ特別性デナ。
話しかける。
ウィンチェスターは静かに見つめながら、それまでとやや質の違う、少し楽し気な声で
ただ、本能的な恐怖が、オンケルを蝕んでいく。そんなオンケルの様子を、ミセス・
オンケルは悶え狂う。悶え苦しむ、ではない。苦痛の類はない。
﹂
そして、その呪文は効果を発揮する。正しいかどうかは、また別の問題であるが。
英霊召喚の儀式。
!!
﹁アガアアァァァァッ
!!
426
オンケルの傷口から、怪光が漏れる。流れ出す赤い血が、黒く滑ったオイルに代わり、
肉は金属のそれと変わっていく。
ウ。﹃私ヲ実験動物ニスルツモリ﹄、コウ言エバ満点ダッタ﹂
﹁先ホド、コウ言オウトシタナ。﹃私ヲ始末スルツモリ﹄、ト。大体合ッテイルガ少シ違
﹂
ヨリ遥カニ優レテイル。コノカードヲ造ッタ者ト接触スルタメ、カードハ全テ我々ドレ
﹁今回バラマカレタカードハ我々ノ預カリ知ラヌモノダ。ソノ完成度ハ我々ノ持ツ技術
別の何かと、オンケルの体が、融合していく。
オンケルの体が、彼のそれとは別の物に変わっていく。いや、それは正確ではない。
﹁こっ、これっ、はぁっ、がっ、私っ、私が、き、消えていくぅぅぅぅ
!?
カ、カカカカ
!!
!!
│﹃デミ・サーヴァント化﹄ノ実験モ。マアコイツハ⋮⋮⋮マダマダ研究シナクテハイ
試ス実験場トサセテモラッテイルダケダ。今マデ同様ニ。ソシテ、英霊ト人間ノ融合│
﹁カードヲ媒介ニシタ、聖杯戦争ノ実験。ホムンクルスニヨル、魔力補給ノ実践。色々ト
腕がギュルギュルと音を立てて、人間の関節ではありえない動きをする。
﹂
スガ手ニ入レル。ソレガ目的ノ一ツデハアルガ││絶対達成シナケレバイケナイ目的
ドイ、ツのぉぉぉぉ
!!
ナドハナインダヨ。全テハ実験ニ過ギナインダ﹂
ど、ど、どいぃぃぃ
!!
オンケルの顔が奇妙な形のコルセットに覆われ、全身が金属に侵食された。
﹁ど、どぉぉぉぉ
『20:Teach──教育』
427
ケナイヨウダナ﹂
ドックン⋮⋮⋮
﹂
ドイツのぉぉぉぉ
科学、力はぁぁぁぁ
!!
聖杯ハ﹂
ナカッタガ、気ニスルナ。ドウセ、誰ノ願イモ叶ワナイヨウニデキテイルノダ。今回ノ
﹁ダガマダ、一番ノオ楽シミガ残ッテイル。サア、行コウカ、オンケル。君ノ願イハ叶ワ
ミ・サーヴァント実験﹄も終えて、ノルマの半分以上はこなすことができた。
﹃人間の魂の研究﹄を行い、
﹃英霊と人間の融合﹄に興味を持つ協力者に依頼された﹃デ
ミセス・ウィンチェスターは目の前の結果に満足する。
オウ。コレデ戦力モ増エタ。サテ、オ出迎エトイコウカ﹂
﹁ヤハリ失敗カ。ダガ、データハトレタシ⋮⋮﹃ダーニック﹄ニハ、コレデ満足シテモラ
サーヴァントのお決まりの台詞を、九官鳥のように喋っているだけだ。
自分が何を言っているのかなど、わかっていない。ただ、オンケルの身を侵食した
!!
オンケルはスックと立ち上がり、右腕をビシッと頭上にかざすと、
一ィィィィィ
﹁オオオオオォォォォッ
世界ィィィ、
ひときわ強い脈動が起き、そして途絶えたとき、儀式は完了していた。
!!
狂気じみた笑みを顔に貼り付け、叫んだ。その叫びに意味はない。
!!
!!
428
そして最後にミセス・ウィンチェスターは、最も致命的な事実を口にした。
﹁勝者ノ願イヲ叶エルトイウノハ⋮⋮スマン、アレハ嘘ダッタ。ツマリ、マア、詐欺ダッ
﹂
タワケダガ⋮⋮聖杯戦争ニハ、ヨクアルコトサ。堪エテクレ﹂
!!
⋮⋮To Be Continued
てもとても愉し気だった。
もう何もわからないであろうオンケルに話しかけながら、戦いへ赴くその様子は、と
﹁で、で、で、できんことはぁぁぁ、なぁいぃぃぃ
『20:Teach──教育』
429
﹃21:Unite││結合﹄
長い黒髪の、ちょっとヤキモチ焼きの魔法少女を主人公に、どこにでもいるような気
タイトルは﹃ラブリー・ユカコ﹄。
けれど、これは事実だ。本当に、あの岸部露伴が魔法少女を描く。
なイメージを持つテーマとは合わないと、誰もが思うだろう。
しかし彼の作風はサスペンス・ホラー⋮⋮魔法少女というメルヘンチックでキュート
人物によって人気を集めている。
来、独特の絵柄と迫ってくるようなスリル、魅力的でいながら実在するかのような登場
岸部露伴といえば、代表作﹃ピンクダークの少年﹄を描き、16歳でデビューして以
岸部露伴と魔法少女││違和感しか覚えない並びである。
そのテーマに、あの岸部露伴が挑戦することとなった。
包し、現在に至ってなお進化し続けているテーマである。
魔法少女ものといえば、ギャグにラブコメ、バトルにホラー、あらゆるジャンルを内
︻とあるアニメ雑誌より抜粋︼
430
の優しい少年を語り部に、展開していく物語。もちろん、あの岸部露伴のやることだ。
ただではすむまい。
﹄⋮⋮。
岸部露伴から極秘に入手したメモに並ぶ文字は﹃一晩で手編みのセーター﹄﹃英単語
カードのコーンフレーク﹄﹃内臓ブチまけてやるわッ
実に⋮⋮実に、不穏である。
最初に断言しておこう。
貴方の予想は││決して﹃当たらない﹄と。
◆
ボボボボッ
!
ミセス・ウィンチェスター。
燃え盛る炎の向こうに、顔も肌も全て隠した怪人が、ライフル銃を片手に立っていた。
ドゥルの﹃炎の探知機﹄が反応を示す。
地下の底、かつての間桐の蟲倉││今や何一つ物の無い、殺風景な広間おいて、アヴ
!
﹂
?
﹁飛び抜けた戦闘能力があるわけではない。だが、戦場に慣れ、基本を押さえている。銃
﹁こうして顔を合わせるのは初めてだけど⋮⋮どんな奴なの
その口調には余裕があった。戦力の質も、量も、勝っている面は無いはずなのに。
﹁ヨウコソ⋮⋮イヨイヨ最終局面トイウトコロカ﹂
『21:Unite──結合』
431
の腕、身のこなし││超一流とまではいかないが、どの能力も一流前後まで鍛え上げら
れている。何よりその精神性、一度の戦いから感じ取っただけだが⋮⋮﹂
アヴドゥルは言葉を探し、自分の感想を話す。
ダニエル・J・ダービーのように、己の美学を持ち、戦うことそれ自体が喜びであり
で縛られているわけではない。
グレーフライやホル・ホースのような、金銭などへの欲望や、殺されることへの恐怖
たすためなら、なんでもする意志がある。
いが、気質は近しい。心に、他者の共感を得られぬような、歪みがある。その歪みを満
ミセス・ウィンチェスターには己の組織や上位者への、狂信的忠誠などは感じられな
彼らと同じ││悪に、魂を売った者。
自分の命を犠牲にすることもいとわない者たち。
スのような、心に虚無を持つ者。心の隙間をDIOへの忠誠で埋め、DIOのためなら
DIOに忠誠を誓った者たち。かつて、アヴドゥルを﹃殺しかけた﹄、ヴァニラ・アイ
が、それに近い。心が歪み、虚ろを抱えた者たちに似ていた﹂
大切にしていないのだ。かつて、自分のボスに狂信的に心酔している者たちを見てきた
分が傷つくことを恐れない動きをする。それは、自己犠牲や勇気などではない。自分を
﹁自身の命を勘定に入れていないような動きをする。防御よりも攻撃に重点を置く。自
432
目的となっている者とも違う。
彼らはまだまともで、自分の体や命を大切にしている。一般常識で測れる相手だ。
このミセス・ウィンチェスターのような手合いは、もっと異質である。
他に生き方を知らないのだ。ヴァニラ・アイスやエンヤ婆、ンドゥールといった者た
ちが、DIOへの忠誠を示すことでしか生きられなかったように、ミセス・ウィンチェ
スターもまた、何か、己の歪みを満たすものがある。心に空いた穴を埋める、人生の指
針がある。そして、それを変えるくらいなら、人生を終わらせた方がいいと、そう考え
ているのだろう。
その己を満たす何かが、何なのかはわからないが。
﹂
?
彼女は優しい少女で、悪意や暴力にさらされることなく暮らしてきた小学生だ。既に
た。
イリヤは、初めて﹃サーヴァント﹄ではなく﹃人間﹄を相手にすることに及び腰であっ
﹁その⋮⋮でも相手は人間なんだよね
え、先陣を切るのは、イリヤと美遊だ。
凛とルヴィアは淑女らしからぬ戦闘狂的な笑みを浮かべ、宝石を準備する。とはい
﹁ええ、泣くまで叩きのめしてあげますわ﹂
﹁つまり、﹃命が惜しければ降伏しろ﹄は通用しないのね。ならそれでもいいわ﹂
『21:Unite──結合』
433
死んでいる幽霊、意志疎通のできないモンスターに向けて攻撃はできても、生きている
人間は、いかに悪人といえど、心情的に傷つけにくい。
お願い﹂
!
肩透かしだった。ミセス・ウィンチェスターは今回、攻撃に対しては消極的のようだ。
スタンドを出し、ミセス・ウィンチェスターの出方をうかがっていたアヴドゥルだが、
︵攻撃を仕掛けてきても、応戦する体勢はとっていたが⋮⋮完全に待ちの体勢か︶
かくて話はまとまった。その間、ミセス・ウィンチェスターは何の行動もしなかった。
美遊に﹃お願い﹄されて、申し訳なさそうだったイリヤの表情が明るくなる。
﹁う⋮⋮うん
﹂
﹁貴方に無理に人を攻撃させる負担よりはマシ。気にしないで⋮⋮それよりフォローを
﹁で、でもそれじゃ美遊さ││ミユに負担が﹂
凛も、イリヤに無理にやらせるより、その方がいいと指示を出す。
﹁そうね、美遊が攻撃して。イリヤは相手からの攻撃を、魔力砲で迎撃すること﹂
﹁で、でも﹂
ルビーが肩の力を抜かせるためか、軽く言い、美遊が前衛を買ってでる。
﹁イリヤ⋮⋮は、サポートしていてくれればいい。直接戦闘するのは私がやる﹂
︽私も殺伐した戦闘なんて嫌いなんですが、まあ死なない程度にしばき倒しましょう︾
434
確かに今回はアヴドゥル一人の時と違う。アヴドゥルの味方には豊富な火力が揃えら
れ、逆にミセス・ウィンチェスター側にはセイバーがいない。
守りに入るのもわかる。だが、守ってばかりでも勝てない。
︵凛くんが聞いたアーチャーの考察からすると、彼らは勝利を重要視していない可能性
がある。とはいえ、できるならば勝ちたいだろう。なら、ただ守るだけでなく、何か攻
撃手段を考えていると見た方がいい︶
セイバーの代わりになるような、何かを用意していると、アヴドゥルは見る。その眼
シュート
﹂
光に油断は無かった。
﹁行くよ⋮⋮砲射
だが、魔力砲がミセス・ウィンチェスターを飲み込む直前、
うこともしなかった。
対して、ミセス・ウィンチェスターは何も動きはしない。身構えることも、魔術を使
のものだ。
たれる。このあまりに単純な攻撃が決まるとは思っていない。これは反応を見るため
一発で放てる最大値の魔力を詰めた、美遊に撃てる最強の魔力砲。それが正面から放
!!
どこからともなく、新たな人影が現れた。その人物はミセス・ウィンチェスターの前
﹁││││﹂
『21:Unite──結合』
435
に立ちはだかると、片手を掲げた。すると、その人物の前に壁が現れる。
バシュンッ
﹁砲射
シュート
﹂
魔力砲は容易く弾かれ、美遊の方に向かって跳ね返る。
!!
ターをここで潰してしまえば、それですむことなのだから。
凛はそんな推測をたてたが、今は意味の無い推測だ。誰がマスターであれ、キャス
持っていたミセス・ウィンチェスターなら問題なく2体のサーヴァントを保持できる︶
ドを用いて魔力消費を節約できるシステム。それに、ホムンクルスによる魔力工場を
可能。普通の魔術師では、魔力供給の負荷で干からびるのがオチだけど、もともと、カー
ターを兼任していたのかしら。魔力さえあれば、複数のサーヴァントを抱え込むことも
︵もしかしたら、ミセス・ウィンチェスターがセイバーのマスターと、キャスターのマス
いまだに、そのマスターが誰なのかもわかっていないサーヴァント、キャスター。
﹁ま⋮⋮来るかもとは、思ってたけどね﹂
黒ずくめの怪人の前に、紫ずくめの怪人││キャスターが立つ。
﹁⋮⋮キャスター﹂
しかし、無事にすんだ美遊の表情は、無論のことながら険しい。
その魔力砲は、美遊に当たる前に、イリヤが放った魔力砲によって相殺された。
!
436
﹁イリヤ、美遊、貴方たちはキャスターの方をお願い。私たちがミセス・ウィンチェス
ターの相手をする﹂
﹂
バキャアアアアアッ
﹁えっ
何アレ
ロボット
?
﹂
壁を突き破って広間に躍り出てきたのは、首から下が金属で構成された男であった。
!!
しかしそこに、更なる敵がやってくる。
人、ステッキをキャスターに向ける。
生身の人間を相手にしなくていいことになり、イリヤは気が軽くなった。美遊と二
﹁わかった
!
?
﹂
一方、美遊の方は、そのサイボーグ戦士の顔に驚いた。
魔術師の戦いにいきなりSF的なサイボーグ戦士が登場し、イリヤは混乱する。
?
!?
科学力はぁぁぁ、世界ぃぃ一ぃぃぃぃ
﹂
唾を飛ばしながら叫ぶと、オンケルの腹部が変形し、銃口が姿を現した。
!!
眼は澱み、正気を保っているとは到底思えない。
!
んことはぁぁ、なぁぁいぃぃぃぃ
﹁ドッ ドドドドドイツのぉぉぉ
!
!!
でき
ちょび髭の、細長い顔をした中年男。間違いなく、オンケルの顔であった。だがその
﹁オンケル・イクス
『21:Unite──結合』
437
バババババババババッ
マジシャンズ・レッド
る。
ス
トー
﹁︻魔術師の赤︼
﹂
ン・
フ
リー
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
﹂
炎が弾丸を空中で溶かし、蒸発させる。
糸が弾丸を反らし、弾く。
﹁この感触⋮⋮この弾丸は、物理的な物質ではないわね﹂
﹂
﹂
弾丸を防ぎながら、二人のスタンド使いは冷静に分析する。
﹁うむ、こいつは見た目通りの機械人間ではないな。こいつもサーヴァントなのか
凛
?
﹂
00発。吸血鬼さえ殺傷可能と計算された人類の英知が、魔力を込められて撃ち放たれ
轟音をたて、分厚い鉄板も突き破る弾丸がばら撒かれる。その数は、一分間につき6
!!
﹁まさか⋮⋮デミ・サーヴァント
﹁知っているの
!
喚されているし、その英霊を使って実験するのも魔術師なら当然思いつくこと⋮⋮英霊
に融合させる実験が行われたことがあるそうよ。この聖杯戦争時代、英霊は何百体も召
﹁クラスカードの説明の時に、ついでとして教えられただけだけど、人間と英霊を、霊的
凛の呟きに、ランサーが反応する。凛は記憶を掘り返して、説明を行う。
?
?
!!
!!
438
と融合すれば、当然、能力は人間以上になる。理論上、魔術回路の質や量も向上する計
算になる。けど、成功した例はないわ﹂
﹂
な許可をするメリットは英霊にはありませんし、令呪を使ってもさすがに無理があった
﹁人間が、格上の英霊と融合するためには、英霊側の許可が必要になるそうですわ。そん
そうですわ⋮⋮様子を見るに、これも失敗例になるのではなくて
を出す。
かつきながらも、それ以上に、その答えに聞き捨てならないものを聞き取った凛は、口
オンケルが﹃犠牲﹄になってしまったことを愉しむような響きがあった。その様子にむ
親切にもミセス・ウィンチェスターが答えを教えてくれた。その口ぶりは、
﹃失敗﹄し、
ヲ侵食サレテシマッタヨウダ﹂
ラバ、人間トノ融合モ反発シナイノデハナイカト行ッタガ、反発ハシナカッタガ、精神
﹁ソノトオリ、
﹃デミ・サーヴァント﹄ダ。ソシテ、
﹃失敗作﹄ダ。意志ノナイ黒化英霊ナ
て、暴走している。
ルヴィアの言う通り、オンケルは完全に正気ではない。強力な英霊の力に侵食され
?
わ﹂
こいつが﹃デミ・サーヴァント﹄ってことは、サーヴァントが8体いるってことになる
﹁待ちなさい⋮⋮。聖杯戦争で召喚できるサーヴァントの数は7体のはずよ。なのに、
『21:Unite──結合』
439
頻発している亜種聖杯戦争では、多くても5体程度しかサーヴァントを召喚できな
い。容量の限界だ。本家本元の冬木の聖杯戦争でも基本7体まで。その上の8体とな
ると、本家以上のシステムを構築していることになってしまう。
いくらカードを使って容量を節約しているとはいえ、1体サーヴァントを増やすこと
などできるのか
じゃあ、勝つとしましょうか﹂
﹁ソレハ、勝テバワカルサ⋮⋮勝テバナ﹂
?
ても素敵な笑みだった。
﹁オンケルの方は、私が相手をするわ﹂
﹁相手は飛び道具を持っている。私も手伝った方がいいと思うが⋮⋮ルヴィア君
ランサーがデミ・サーヴァント紛いとなったオンケルの相手を買って出る。
﹁問題ありませんわ。ミセス・ウィンチェスターは任せてください﹂
﹂
凛は強烈な笑みを浮かべた。ルヴィアも同様だ。雌のライオンが浮かべるような、と
﹁ふぅん
?
﹁私も文句はないわ。はからずも、どの組み合わせも2対1になるしね﹂
そして、ルヴィアもアヴドゥルの行動を了承する。
うな相手は厳しいと見たアヴドゥルが助っ人を申し出た。
しかし、強力とはいえ、肉弾戦しか攻撃方法が無いランサーに、機関銃を掃射するよ
?
440
﹁数ノ暴力カ
セッ
イ
ト
酷イ奴ラダ。マア構ワナイガネ﹂
ン
﹂
﹂
特大の魔術をぶちかました。
サ
﹁Anfang││
﹁Zeichen││
!!
◆
︶
そして豪快な爆発が起こり、本格的な戦いの幕開けとなった。
ルヴィアも同時にだ。やはり似た者同士、考えることも同じということか。
!!
!!
がら、
凛は警戒を強めながら、宝石を握り、ミセス・ウィンチェスターの方へ向かい走りな
危険な奴ね。足元掬われないようにしなくちゃいけないわね︶
うか、視点というか、そういったものが私たちと違う。アーチャーも言っていたけれど、
︵なるほど⋮⋮こりゃ心が歪んでいるってアヴドゥルの評価もわかるわ。立ち位置とい
はたまた、勝利など最初から求めていないのか。
なお勝てる自信があるのか。
裕の態度を崩さない。
凛もその布陣を是とした。一方、ミセス・ウィンチェスターは多勢に無勢ながらも余
?
︵つまり⋮⋮足元を掬う余裕もない勢いで、徹底的にぶっ潰す
『21:Unite──結合』
441
﹁ジィィィィイクッ
ハイルゥゥゥ
﹂
!!
﹂
ガギィィィィッ
﹁なっ
マジシャンズ・レッド
しかしその攻撃に本能的な危険を感じ、アヴドゥルはスタンドを使ってガードする。
姿勢から、手刀が繰り出された。
アヴドゥルに狙いをつける。間合いは詰められ、運動力学に見て、効果的とは言い難い
何をしたのかと訝しむアヴドゥルたちだったが、オンケルはお構いなしに走り出し、
身を赤く光り輝かせた。赤い光は地下の広間全体を照らし、消える。
凛たちが起こした爆発を合図にしたかのように、オンケルは絶叫したと同時に、その
!!
!!
したなど、彼のホラではないかと半分疑っていたが。
戦友から冗談交じりに聞いた、昔話を思い返す。そのときは当時に機械化兵士が存在
︵やはり⋮⋮こいつのサーヴァントの部分は、ジョースターさんから聞いた、あの男か︶
体を直接狙えるほどのパワーは脅威である。
ても︻魔術師の赤︼がダメージを負うことはないが、スタンドの防御を振り切って、本
マジシャンズ・レッド
スタンドはスタンドでしか傷つけられないというルールのため、どれほどの力であっ
オンケルの手刀の威力を殺しきれず、体勢を崩してしまったのだ。
アヴドゥルの驚きの声が漏れる。岩をも砕く、
︻魔術師の赤︼の剛腕をもってしても、
!?
442
﹁だとすれば⋮⋮こいつの力は吸血鬼のそれをも凌駕している。ならばっ
マジシャンズ・レッド
アヴドゥルはすぐさま、自分の最強の能力を発揮する。
﹂
得意の必殺技を繰り出そうとしたアヴドゥルだったが、
﹁クロス・ファイヤー││﹂
スタンドの炎を防ぐ手段はない。
﹂
かす。第二次世界大戦中という近代の英雄では、その神秘も弱く、物理的な防御以外に、
いかに、今のオンケルの体が鋼鉄と化していようと、
︻魔術師の赤︼の炎はそれさえ溶
!
そして、
も、爛々と輝く狂気の眼は、アヴドゥルを見つめていた。
オンケルは衝撃で、アヴドゥルのスタンドの射程距離範囲外まで飛んでいく。その間
で、オンケルを突き飛ばしていた。
突如、背中に氷を入れられたような、ぞっとする恐怖を覚え、思わずスタンドの蹴り
﹁ッ
!!
シュバアアアァァァァァッッ
オンケルの左目││機械的なコルセットに覆われた、顔の左半分の中央にある目か
!!
不明瞭な声が、オンケルの唇から漏れると同時だった。
﹁シシシシシシシ﹂
『21:Unite──結合』
443
ら、一条の光線が放たれた。
﹂
話ではこれは、強力とはいえ紫外線にすぎないはず⋮⋮信仰の効
それは、アヴドゥルの右肩を苦も無く貫通し、その威力を見せつけた。
﹁くっ これは
果で、威力が上がったのか
!
︵意表を突かれたが、今ので急所を抉られなかったのは幸運だった。近づきすぎない程
持たせている。
場合は、強化されているようだ。目から光線を放つという信仰が、本来以上の破壊力を
無論、逆に弱くなってしまうこともあるが、このオンケルと同化したサーヴァントの
を手にして召喚されることがある。
信じることで、英霊は実際には強くなくても強くなり、史実では持っていなかった装備
﹃あの英雄は強かったに違いない﹄
﹃あの英雄はこんな武器を持っていたに違いない﹄と、
しかし、生前より強くなる場合が無いわけではない。それは信仰││多くの人々が、
きないということだ。
クラスという枠組みの中で、矮小化してでしか英霊を召喚するなどという離れ業はで
ていた槍のロンゴミニアドを使うことはできない。
アーサー王であれば、セイバーとして召喚されれば、使えるのは剣だけで、生前使っ
基本的に、サーヴァントは生前より限定的な存在としてしか力を発揮できない。
!!
!
444
度の距離から、炎で焼くとしよう︶
アヴドゥルは傷ついても冷静であった。今度こそ、オンケルを仕留めようと、包み込
むように炎を放つ。
けれど、オンケルは更にアヴドゥルを驚愕させる。
ギャガッ
﹂
ピードも凌駕した、音速の領域。
強い足音を残し、オンケルが瞬間移動じみた速度で動いた。スポーツカーのトップス
!!
﹂
クでひかれるよりも強い衝撃を受け、意識が飛びそうになる。
今度はアヴドゥルが突き飛ばされた。咄嗟にスタンドで防御したが、暴走するトラッ
﹁がはっ
!?
!!
︵そうか、令呪⋮⋮
デミ・サーヴァントという奴であっても、こいつもサーヴァント
はずだ。あの速度は何かイカサマに近いものがあるに違いない。
う考えても、急にあんな速度を出したのはおかしい。出せるのなら最初からやっている
その不愉快な声を聴きながら、今のオンケルの速度についてアヴドゥルは考える。ど
ことを好む嗜好があげさせたものだった。
オンケルが叫ぶ。それは失敗作と化したオンケルの意志の残り香、他者を痛めつける
﹁叫び声をあげろぉぉぉぉッ
『21:Unite──結合』
445
!
なら令呪による強化はできる
上している。
︶
呪により強化されたのだ。パワーもスピードも、全ての能力が短時間であるが大幅に向
アヴドゥルの考察は当たっていた。オンケルは、ミセス・ウィンチェスターからの令
!
﹂
!!
トー
ン・
フ
リー
﹂
!!
﹂
!?
﹂
!?
ランサーの安否を問う声に、アヴドゥルは頷く。さきほど吹き飛ばされた衝撃の痺れ
﹁大丈夫
﹁うげぇっ
横合いから、ランサーのスタンドに殴り倒された。
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼
ス
オンケルの絶叫と共に、文字通りの鉄拳が放たれ、
﹁汚らしいカスがぁぁっぁぁあ
スタンドの防御さえ弾き飛ばし、アヴドゥルの胸板をぶち抜く拳を。
一撃で10センチもある鉄板も貫ける拳を。
が、そこにオンケルが迫る。目的は単純、拳を叩き付けようというのだ。
酷く不利な状況になりながらも、考えを止めず諦めようとしないアヴドゥルだった
気にかかる︶
︵だが、令呪を消すことはできない。どう対抗すれば。それに、先ほどの赤い光のことも
446
は残っていたが、もう動くことはできる。
﹂
﹁そう⋮⋮じゃあお願いがあるんだけど﹂
﹁何か策が
﹁ええ﹂
︶
?
!!
情報を瞬時にやり取りできる︶、そして乗った。
!!
﹁来いッ
﹂
けで容易に倒せただろうが、アヴドゥルたちには別の方策が必要になる。
アヴドゥルたちを殺すのには十分な力があった。イリヤたちなら上空から爆撃するだ
大声を張り上げ突進してくるオンケル。バーサーカーほど圧倒的なパワーはないが、
すべての人間を越えたのだァァァァァァァァ
﹂
聞き︵スタンド使い同士であれば、スタンドを通すことで、テレパシーのように大量の
少し不思議に思えたが、アヴドゥルはそれ以上、気にすることなく、ランサーの策を
︵馬が合うということなのか⋮⋮
ないランサーに向けている自分に、アヴドゥルは気づく。
と同じようなことをしたが、苦楽を共にしてきた仲間たち同様の信頼を、出会って間も
ピッタリと合った呼吸。アヴドゥルは、その受け答えに既視感を覚えた。幾度も仲間
﹁聞かせてくれ﹂
?
﹁俺の体はァァァ
『21:Unite──結合』
447
!!
身構えるランサーがオンケルの前に立ちふさがり、
﹂
﹁ブァカ者がァアアアアアッ
﹂
オンケルの拳に、その身を貫かれた。
﹁くらえェェェェッェ
!!
﹂
!?
る。
ス
トー
ン・
フ
リー
られたオンケルの体を粉砕するには、何度もパンチを叩き込まねばならず、時間がかか
ても近距離パワー型の中では比較的、破壊力の低い方だ。軍事兵器用の鋼鉄によって造
一方、ランサー本体の身体能力は低い。スタンド、
︻運命の石牢に自由を求めて︼にし
くつもりだ。
ている。ならばと、オンケルの左目がランサーを見据える。ランサーの脳を、光線で貫
オンケルが腕を抜き取ろうにも、糸に変わった胴が腕を締め付け、縛り上げて固定し
となど、いとも容易く行える。
ランサーの能力は、己を糸にすること。胴を糸に変えてほつれさせ、隙間をつくるこ
﹁ぬわにぃぃぃッ
ランサーは不敵な笑みを浮かべていた。穴の開いた胴からは血の一滴も出ていない。
﹁ニヤリ﹂
胴体を貫いたことで勝ち誇るオンケルだったが、
!!
448
少なくとも、光線を撃たれる前にオンケルを仕留めるのは、ランサーだけでは無理だ。
﹂
﹂
ほぼ生身の頭部を狙った場合は、拳は光線に破壊されるだろう。
だから、
クロス・ファイヤー・ハリケーン
﹁アヴドゥルお願い
マジシャンズ・レッド
!!
!
し、炎へと、糸を一本伸ばした。
ボボッ
ス
トー
ス
ン・
トー
フ
リー
ン・
フ
リー
放たれた︻魔術師の赤︼のアンク型の炎に、
︻運命の石牢に自由を求めて︼の腕をかざ
マジシャンズ・レッド
てしまう。しかし、ランサーの表情には、恐怖も、諦めもない。
だが、アヴドゥルの炎のパワーは強すぎる。オンケルとまとめて、ランサーまで殺し
仲間の力に頼る。今度こそ、アヴドゥル最強の必殺技が放たれた。
﹁︻魔術師の赤︼
!!
腕にまで燃え移る。
糸は、炎に触れたとたん燃え上がる。炎は糸を伝い、
︻運命の石牢に自由を求めて︼の
!!
否、腕は燃えているのではない。グローブのように炎をまとっているのだ。
﹂
!?
鋼鉄をも溶かす炎を拳に灯しながら、ランサーには何の痛痒も見られない。
オンケルは愕然とする。ほとんど失われた思考能力が、その異常事態を認識した。
﹁ッ
『21:Unite──結合』
449
ス
トー
ン・
フ
リー
クロス・ファイヤー・ハリケーンの炎は全て︻運命の石牢に自由を求めて︼の拳に吸
﹂
い込まれ、燃え盛る﹃炎の拳﹄をつくりだした。
﹁オラァッ
︶
?
の拳﹄をつくれたのかは、わからない。
のかは聞いていなかった。そのため、ランサーがどうやって己の身を焼くことなく、
﹃炎
アヴドゥルはただ、炎をランサーに向けて撃つように頼まれただけで、何をどうする
︵しかし⋮⋮私の炎を、己の武器にするとは。あれはスタンド能力なのか
これで、利用されて踊り続けた、哀れな愚者も最期を迎えることとなった。
サーヴァントごと消滅し、死体も残ることはないようだ。
オンケルが消えていく。デミ・サーヴァントとなったためか、生身だったオンケルも、
﹁うむ﹂
﹁消滅⋮⋮どうやら勝てたようね﹂
空気中に散っていく。
とした表情のまま、その意識を途絶えさせた。オンケルの体は光に包まれ、チラチラと
ランサーの胴に挟み込まれていた腕が離され、オンケルの上半身は床に転がり、愕然
ルの胴体が貫かれ、そのまま炎が鋼鉄を焼き、溶かし、上半身と下半身を切断する。
アヴドゥルの炎の威力を伴った拳は、オンケルの胴体へ叩き込まれた。今度はオンケ
!!
450
︵しかし糸のスタンドに、﹃他者のパワーを吸収する能力﹄まであるとは考えづらい︶
例外はあれど、基本的にスタンドというのは一芸特化の専門バカである。あまりかけ
離れた能力を幾つも持ち合わせることは少ない。
︵︻エコーズ︼のような例外も存在するが、彼女はサーヴァントだ。あれはおそらく、宝
具の類。確か、サポートのための宝具を持っていると言っていたが︶
敵に知られないために、仲間にも話さずにいたのだろう。
キャスター・アサシン戦では使うまでもなかった。
バーサーカー戦では使う前に、イリヤが倒した。
ここにきて、ついに真価を見せたのだろう。ランサーが能力を秘密にしていたこと
を、不快には思わない。能力がばれれば、対策を取られる。実際、アヴドゥルもやって
くる刺客には悉く対策を取られ、苦労したのだ。
その苦労をしないために、多少念入りに秘密にしていても、責めることはできない。
◆
スターの方へと目を向けた。
オンケルを倒したアヴドゥルは、いまだ戦闘途中の凛とルヴィア、ミセス・ウィンチェ
それはそうと︶
︵ポルナレフも、剣先を飛ばす技を奥の手として秘密にしていたっけな⋮⋮。さて⋮⋮
『21:Unite──結合』
451
他の戦闘に目を向けるが、凛とルヴィア、ランサーとアヴドゥル、共にまだ決着はつ
いておらず、援助は望めない。
やはり自力で道を切り開くしかない。
︵一つ、思いつくものはある︶
そのために、
でも早くお願いね
﹂
!
一分と少しくらい﹂
い、いいけど、これそんなに強くないんじゃ⋮⋮﹂
﹁イリヤ、カードを貸して﹂
﹁え
﹁わかったよ
﹁やってみたいことがある。それと時間を稼いでくれる
?
﹂
!
詠唱を開始した。
﹁││告げる
美遊はクラスカードを床に置き、
﹁英霊には││英霊﹂
始する。
キャスターへ単身ステッキを振るうイリヤの後ろ姿を見送り、美遊は早速、行動を開
びを味わっている余裕はない。
二つ返事で了承するイリヤ、自分への信頼を感じ、照れくさくなる美遊であったが、喜
!
?
452
﹁汝の身は我に
汝の剣は我が手に
﹂
!
﹂
!
﹁させない
放つ。
﹂
その行動を危険と見たか、キャスターはイリヤから狙いを変え、美遊に向けて魔術を
﹁聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うならば応えよ
カードが光り輝き、魔法陣が生まれ、サファイアの魔力が注ぎ込まれる。
!
﹂
が、イリヤの肌を焼く。
ぶつかり合うが、しかしやはりキャスターの方が強い。矛は盾に罅を入れ、漏れ出た熱
イリヤは美遊とキャスターの間に割り込み、魔術防御を最大にする。魔術の矛と盾が
!
!!
ために。
︶
イリヤの痛みを自分の痛みのように思いながら、美遊は必死で詠唱を急ぐ。
︵イリヤ││っく、早くっ
!
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ
﹂
!
!
我は常世総ての善と成る者 我は常世総ての悪を敷く者
大の言霊を纏う七天
﹁誓いを此処に
!
!
そして、詠唱は完成する。
!
汝三
だが、イリヤはそれを耐える。背後の美遊を、友達を護るために。お願いを、叶える
﹁くっ、くううううっ
『21:Unite──結合』
453
イ ン ス トー ル
﹁﹃夢幻召喚﹄
﹁きゃあっ
﹂
パキィィッ
﹂
高らかな締めくくりの言葉とともに、美遊の狙いが達成され、
!!
!!
﹁││ッ
﹂
同時に、魔術防御が砕け、イリヤが吹き飛ばされた。
!
ゾグゥッ
﹁ミ、ミユゥ∼∼∼∼∼ッ
簡単に、ブチ抜いた。
!!
﹂
それはまさに、鉄の盾をも貫く、光の矛。ましてや少女の柔肌など。
そして、神代の魔術が、盾を失った美遊へと牙を剥く。
!!
状は。
!
声。その声を聴き、イリヤの胸の奥から、憤怒と殺意がこみ上げ、爆発しそうになった
思わず、という風に、キャスターが笑い声をあげた。人を嘲り、見下す、邪悪な笑い
﹁ハハッ
﹂
だがその目の前の光景は変わらない。心臓を貫かれ、鮮血を飛び散らせた、美遊の惨
イリヤの目から涙が零れ堕ちる。その顔はショックに歪む。
!!
454
瞬間、
ギュオンッ
﹁﹁
﹂﹂
心臓を貫かれた美遊の姿が、消失した。
!
ドズッ
﹂
!?
﹂
そしてそれを投げた者は、
その短剣の名称はダーク。暗殺用に、闇夜で見えづらいよう、黒く塗られている。
﹁カハッ
キャスターの胸に、一本の短剣が突き刺さった。
!!
イリヤもキャスターも驚き、混乱する。その混乱の中、
!?
!!
﹂
!
キャスターは魔術をばら撒くが、美遊の敏捷性は向上している。狙いの甘い爆撃な
﹁っ
キャスターは今、十人の美遊に取り囲まれていた。
人││﹃百の貌﹄のハサン。
今の美遊は紛れもなく、英雄と化していた。﹃アサシン﹄ハサン・ザッバーハの内の一
身にまとうは、飾り気のない黒衣。頭にかぶった頭巾には髑髏を模した白仮面。
﹁ミユっ
『21:Unite──結合』
455
チェックメイト
ど、かすりもしない。そして、十の方向から、ダガ│の雨が降り注ぐ。
並みのサーヴァントであれば詰 みであったが、キャスターは並みではない。まだ、回
避の手段はあった。百の刃が突き刺さる直前、キャスターの姿が消える。
魔法に近い大魔術。空間転移である。
だが、二十に増えた眼からは、瞬間移動をもってしても逃げきれない。十人の美遊は
﹂
即座に広間の全てを見回し、
あそこっ
!
﹁ルビー﹂
!
﹂
!!
ズォォォォォンッ
く。
ドスンと床に叩き付けられ、キャスターの衣服の端が光の粒子となって分解してい
爆発が起こり、キャスターを飲み込む。一瞬の間を置き、紫の人影が力なく落下する。
!!
転移したばかりのキャスターは続けて転移する余裕はない。
﹁砲射ッ
シュート
戦友の期待に応え、イリヤは張り切って全力の魔力砲を撃ち放つ。
︽ガッテンですよ
︾
美遊の一人が、天井の右隅を指差した。
﹁イリヤ
!
456
﹁これで⋮⋮6体﹂
︽デミ・サーヴァントも倒したようですし、残ったのはランサーさんだけ。聖杯戦争は我
らの勝利ってことですねー︾
話の通りなら、何でも願いを叶えるマジックアイテムが手に入るという。大変な戦い
の連続で考える余裕もなかったが、実際願いを叶えられるならどうしようかと、イリヤ
は頭を悩ませる。
︵願いかぁ。そういえば、ルビーに会う前には、魔法を使えたらって思っていたけど、実
際使ってみたら、思っていたのとかなり違うしなぁ⋮⋮︶
あの日、お風呂の中で願っていたこと。
︶
空飛ぶ魔法。宿題を片付ける魔法。事故を解決する魔法。それに││
!!
﹁⋮⋮えっ﹂
だけど、今回は少し違った。
た。
が消えた後に、カードが残るのを今まで見てきたイリヤは、今回もそうなると思ってい
そうしているうちに、キャスターを包む光がひときわ強くなり、眩しく輝く。その光
考えていて、ついつい顔を真っ赤にしてしまうイリヤ。
︵こ、こ、恋の魔法、とか⋮⋮いやそれは流石に⋮⋮
『21:Unite──結合』
457
光が消えた後、確かにキャスターは消えていた。
カードも、残されていた。
だが、残されていたのはそれだけではなかった。
﹁くっ⋮⋮痛⋮⋮やってくれるじゃない﹂
そうして、軋む体に鞭打って起き上がったのは、一人の女性。
光が消え、キャスターが消え、そして彼女が残された。
その手にはキャスターのクラスカード。
︾
身にまとうメイド服の胸部は小さな破れがあり、赤く染まっている。しかし深い傷で
はないようだ。
﹁貴女は⋮⋮そんな﹂
イ ン ス トー ル
︽セレニケ・アイスコル・ユグドミレニア⋮⋮
今まで、セレニケより遥かに強いサーヴァントと戦ってきたけれど、それでもイリヤ
その殺意にさらされ。その悪意を浴びせられ。
うな目に合わせないと、気が済まないわね﹂
﹁まったく⋮⋮お嬢ちゃん⋮⋮貴方だけはどうしても、生まれてきたことを後悔するよ
沼のようにドロドロとした視線。粘つく呪いの声。
キャスターを﹃夢幻召喚﹄していた魔術師は、憎々し気にイリヤを睨んでいた。死の
!
458
は、セレニケこそが、最も怖いと思えた。
◆
︻CLASS︼キャスター
︻マスター︼
︻真名︼
?
疑似的ながら不死の薬さえ作り上げられる。
魔力を帯びた器具を作成できる。
・道具作成:A
神代の魔女である彼女は、﹃工房﹄を上回る﹃神殿﹄を形成することが可能。
魔術師として、有利な陣地を作り上げる。
・陣地作成:A
︻クラス別能力︼
︻ステータス︼筋力E 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具C
︻属性︼中立・悪
︻性別︼女性
?
︻保有スキル︼ 『21:Unite──結合』
459
・高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。
大魔術であろうとも一工程︵シングルアクション︶で起動させられる。
神代の言葉なので、現代人には発音できない。
・金羊の皮:EX
ブ
レ
イ
カー
竜を召喚できるとされるが、キャスターには幻獣召喚能力はないのでこの用途では使
用不能。
ル
⋮⋮To Be Continued
その外見通り攻撃力は微弱で、ナイフ程度の殺傷力しか持たない。
裏切りの魔女の神性を具現化させた魔術兵装。
られる前﹄の状態に戻す究極の対魔術宝具。
魔力で強化された物体、契約で繋がった関係、魔力によって生み出された生命を﹃作
あらゆる魔術を破戒する短刀。
ランク:C 種別:対魔術宝具 レンジ:1 最大補足:1人
◆破戒すべき全ての符
ルー
︻宝具︼
460
﹃22:View││視界﹄
できる存在ではない。
英霊の更に上の存在。神代が終わると共に、地上から姿を消した。無論、人間に制御
神霊。
を犯した。アインツベルンは、神霊を召喚しようとし、失敗したのだ。
傭兵の側は、この時にアーチャーを召喚した。一方、追手側は、二番目に大きな誤算
杯戦争で戦うこととなった。
任務とした追手を差し向けた。裏切り者と追手、二つに分かれたアインツベルンは、聖
当然、アインツベルンは裏切り者の粛清と、新たな聖杯戦争のマスターとなることを
て派遣されるはずであったホムンクルスの女と共に離反したのだ。
は聖杯戦争が始まる前に、アインツベルンを裏切った。アインツベルンのマスターとし
ろう。戦闘に疎い、アインツベルンの弱点を補うために彼らは傭兵を雇ったのだが、彼
最大の誤算は、アインツベルンから参加者として派遣するはずであった者の離反であ
冬木の第4次聖杯戦争において、アインツベルン家は幾つもの誤算を犯した。
︻魔術協会所蔵の一資料より︼
『22:View──視界』
461
それでもアインツベルンは、ゾロアスター教における絶対悪、
︻この世全ての悪︼とさ
れる、邪神アンリマユを召喚しようとしたのだ。
通常の七つのクラスに当てはまらない、稀に召喚される、イレギュラークラス。
凛、ルヴィアの二人と、ミセス・ウィンチェスターの戦いは、凛たちに分がある。ミ
◆
に敗退した。
身勝手な信仰の犠牲者に過ぎない存在に、戦う力があるわけはなく、聖杯戦争の最初
うだ。
せられたときは、その代わりとして共通項を満たす別の存在を、召喚する傾向があるよ
どうやら聖杯は、
﹃存在しない架空の者﹄や﹃存在はしても召喚できない者﹄を召喚さ
贄とされた普通の人間であったことがわかった。
以外は清浄で罪なき身であれる、という考えにより、全ての悪の責任を押し付けられ、生
後の調査で、このとき召喚されたのは、その男が全ての悪を受け持つことで、その男
れた、スキルや宝具さえ持たない、ただの男であった。
しかし、召喚されたのは、全身に拷問の傷を刻まれ、肉体の幾つもの部位を切り取ら
破壊と殺戮に最も長けた神霊を召喚し、他の全ての英霊を倒そうとしたのだろう。
﹃アヴェンジャー﹄││復讐者のサーヴァントとして。
462
セス・ウィンチェスターは確かに強い。凛たちの魔術は巧みにかわし、距離が開けば魔
術強化を施したライフル銃を撃ってくる。接近戦を仕掛ければ、凛たちにも劣らぬ武術
を持って応戦する。そして、アヴドゥルの言ったとおり、傷つくことをいとわず、危険
な間合いに踏み込んでくる。かわしきれなければ致命傷となるような攻撃であっても、
ギリギリまで引き付けカウンターを狙ってくる。
だが、若いとはいえ凄腕の魔術師が二人がかりでは、ミセス・ウィンチェスターでも
攻めきれない。まだどちらも決定打は与えられていないが、有利に戦いを進めていたの
﹂
は凛たちの方であった。
﹁⋮⋮どういうこと
カードになっていたというのか。
ランサーを除けば、キャスターが最後のサーヴァントであったはず。それが、既に
知った凛が、ミセス・ウィンチェスターへの攻撃の手を止めて呟いた。
そして、イリヤがキャスターを撃ち、キャスターの正体がセレニケであったことを
?
凛は、その性格から、いささか残念に見えるが、頭脳の明晰さは確かである。その頭
と融合したのは、﹃7体目﹄のサーヴァントだったのね﹂
⋮⋮いや、デミ・サーヴァント⋮⋮8体目のサーヴァント⋮⋮違う、そうか、オンケル
﹁以前、キャスターと戦った時にはセレニケもいたはず。彼女はアサシンのマスターで
『22:View──視界』
463
脳を持って、正解を導きだした。
かった﹂
なるほどと、ルヴィアもどういうことか察し、頷いた。
?
て、聖杯戦争は始まっていると思っていた。けど、違った。今まで、デミ・サーヴァン
﹁私たちは、そしてきっとオンケルも、キャスターを含め7体のサーヴァントがそろっ
から魔力を搾ればよかった。
ければ、生贄を使うこともしただろう。ホムンクルス工場ができた後は、ホムンクルス
ドレスの組織力を持ってすれば、魔力供給要員は幾人も用意できるし、それで足りな
けなかったカードの使用法、英霊化をやってのけるとは﹂
ス・ウィンチェスターだったのでしょう。﹃ドレス﹄も侮れませんわね。協会でも辿り着
ムンクルス製造工場を造り出した。冬木市民会館地下にいたキャスターの正体は、ミセ
フィールと同じように、英霊化することでキャスターの力を振るい、幾つもの工房や、ホ
﹁キ ャ ス タ ー の カ ー ド は と っ て お い て、自 分 た ち が 使 っ た の で す わ ね
イ リ ヤ ス
し、サーヴァントの媒体として利用したのは6枚だけ。キャスターのカードは使わな
計塔が手に入れた2枚のカードを盗ませて、カードを利用して聖杯戦争を開いた。ただ
キャスターを倒し、クラスカードを手に入れて、解析していた。その後、オンケルに時
﹁最初から、キャスターはカードだった。貴方たち﹃ドレス﹄は、聖杯戦争を行う前に、
464
トにされたサーヴァントが召喚されるまで、ずっと6体だけで戦いを行っていたのね
まだ聖杯戦争本番は、始まってさえいなかった﹂
﹁ソコマデ見事ニ推理サレテハ、隠シテモ仕方ナイナ。ソノトオリダ。私ガ使ッテイタ
?
強い力を持つ組織であるからできる作戦だ。
できることではなかった。
だから、ミセス・ウィンチェスターが本来のセイバーのマスターでないなどと、想像
のだから、なおさらサーヴァントを譲渡などできない。
まして、サーヴァントを失えば、他のサーヴァントから身を護る術を失うことになる
通、選ばれない。
そ、聖杯に選ばれてマスターの権利を得るのだ。その権利をすぐに捨てられる者は普
とではない。マスターとなる者は、聖杯戦争に参加する動機があると見込まれるからこ
召喚したサーヴァントを他者に譲るというのは、本来、聖杯戦争ではそうそうあるこ
ミセス・ウィンチェスターはあっさりと認めた。
召喚シタノハ、ツイサッキノコトダ﹂
来ノサーヴァントハ、マダ召喚シテイナカッタ。サーヴァント⋮⋮﹃シュトロハイム﹄ヲ
タダケノコト。本来ノ﹃セイバー﹄ノマスターハ既ニ、コノ町カラハ離レテイル。私本
﹃セイバー﹄ハ、
﹃ドレス﹄ノ一員ガ召喚シタモノデ、ソレヲ私ガ令呪ゴト譲ッテモラッ
『22:View──視界』
465
﹁本来ハ、オンケルノ﹃バーサーカー﹄ガ勝チ残ッタ時、
﹃バーサーカーヲ倒スタメノ隠
シ玉トシテ、トッテオイタノダガネ。力ハ発揮デキズニ終ワッテシマッタガ、アノサー
ヴァントハ、
﹃セイバー﹄ヤ﹃バーサーカー﹄ヲモ排除スルコトガデキタ。ソノ必要モナ
クナッタカラ、実験ト、魔力ノ消耗ヲ少ナクスルタメニ、デミ・サーヴァントニシタガ。
オンケルノ魔術回路カラ魔力ヲ供給サセレバ、私ノ負担ガ減ルカラナ﹂
デミ・サーヴァントの本来の真名は、ルドル・フォン・シュトロハイム。
クラスは、イレギュラークラス││﹃ランチャー﹄。
宝具、︻火閃祝砲・邪神追放︼。
ヴ ォ ル ガ ノ・ ラ ン チ ャ ー
ていたかもしれない。
稼ぐことができず不発に終わってしまったが、発動させていたら、その場の全員を倒せ
の時間、その場にとどまることが宝具を使う条件となる。結局、宝具発動までの時間を
ランサーたちと戦う前に放った赤い光は、宝具を使う準備であり、あの行動から一定
ろうが、ランチャーとして召喚された彼には隠し玉があった。
ステータスを強くするなら、アーチャーやバーサーカーで召喚した方が強くできただ
具ハ特殊ナモノダッタカラナ﹂
バ、
﹃アサシン﹄ヤ﹃キャスター﹄ニサエ負ケカネヌ弱小ノサーヴァントデアッタガ、宝
﹁近代ノ英霊デアルガユエニ、神秘ハ弱ク、クラスモ最適トハ言エナイ。マトモニ戦エ
466
かつて、教会も協会も、真祖でさえ打つ手のなかった、
﹃柱の男﹄と呼ばれる究極生命
体と戦ったランチャー。彼は、究極生命体の最後を見送った、ただ二人の内の一人で
あった。
その事実ゆえ、彼は究極生命体を、地球から追放した火山の噴火を再現する宝具を手
にした。ランチャー自身は、究極生命体との戦いでの主力ではなく協力者にすぎなかっ
たし、その噴火を起こしたわけでもなかったため、自在に使える宝具ではないが、上手
ラ ン チャー
く嵌めれば、敵を宇宙にまで吹き飛ばすことができる。
まさに﹃発射装置﹄の名に相応しい切り札であったのだ。
﹁けど、ホムンクルス工場もアーチャーが壊したし、セレニケがキャスター化できていた
そのサーヴァントとセイバーのマスターとして、貴方
の は ⋮⋮ あ あ そ う か、こ れ は 聖 杯 戦 争、令 呪 が あ っ た わ ね。令 呪 は 強 力 な 魔 力 の 塊。
シュトロハイムだったかしら
?
﹂
は多くの令呪を持っていた。そのうちの令呪を幾つか譲渡して、キャスター化の魔力に
まわしたのね
?
私の推理が当たっているなら、貴方たち、もうジリ貧っ
﹁そんな余裕でいいのかしら
?
﹂
てことじゃない。ランサー
!
ミセス・ウィンチェスターは堂々とした態度で、凛の推測を肯定する。
﹁ソコマデ見抜カレルトハナ。ソノトオリダ﹂
『22:View──視界』
467
﹁ええ、わかっているわ﹂
ランサーが答えた時には、既に行動は終わっていた。セレニケの持っていたキャス
﹂
ターのクラスカードに、シュルシュルと糸が巻き付く。
﹁あっ
﹂
!
﹂
!
凛とルヴィアはガンド魔術を放つが、ミセス・ウィンチェスターは走りながら、その
﹁待ちなさい
よりも身軽な動きで駆け抜ける。
ミセス・ウィンチェスターは床を強く蹴って跳び、凛とルヴィアの頭上を飛び越え、猿
聖杯が必要となる。
は消滅してしまう。聖杯の力で受肉すれば、カードを分離しても問題ないため、まずは
残るはランサーのカードだが、ランサーの核になっている以上、はぎ取ればランサー
﹁これで6枚⋮⋮
着こんだ、いかにも魔術師という感じの絵柄を見つめる。
言って、イリヤにカードを投げ渡す。それをキャッチし、イリヤはフードとマントを
﹁とりあえず勝者として⋮⋮こいつは貰っておくわ﹂
ランサーによって奪われていた。
と、セレニケが言ったときには、彼女の手からカードは引きはがされ、糸の先にいた
!
468
魔弾を手にしたライフルを振るって、ガンドを弾き、防御する。ライフルはガンドを受
けてボロボロになり、最期には銃身が圧し折れ、使い物にならなくなったが、ミセス・
ウィンチェスターは傷を負うことなく、セレニケの隣に立った。
そして使い物にならなくなった、ライフルの残骸を投げ捨てる。
ミセス・ウィンチェスターが呟いたとき、ミセス・ウィンチェスターの真横の床がひ
﹁サテ⋮⋮実験ハホトンド終エタ。ソレデハ最後ノ実験トイコウカ。ソロソロ時間ダ﹂
び割れる。割れ目から光が漏れだし、だんだんと床が砕け落ちていく。砕けた床の下に
は空洞があり、そこからゆっくりと、光り輝く円盤状のものが浮かび上がってきた。
間違いなく、﹃聖杯﹄である。
﹂
?
﹁⋮⋮ああそういうこと。まあ、貴様らみたいな奴らが準備した聖杯、そのくらいのズル
貯メコミ、アルコトヲ自動的ニ行ウ設定ニシテアル﹂
初カラ、願イヲ叶エル機能ハツイテイナイノダ。コノ聖杯ニハ。敗北シタ英霊ノ魔力ヲ
﹁今回ノ聖杯戦争、最後マデ勝チ残ッタノハ確カニ君ダ。ダガ、君ノ願イハ叶ワナイ。最
ついた。
急に呼ばれて、ランサーが眉をひそめる。最悪の類の話であることは、容易に想像が
﹁⋮⋮何
﹁一ツ謝ッテオクコトガアル、ランサー﹂
『22:View──視界』
469
はあるわよね﹂
ランサーは、自分の願いが叶わないと言われても、あまり残念そうではなかった。こ
の聖杯戦争はまともではないと、早い段階で勘付いていたためだろう。こんなことだろ
うとは予想していた。もちろん、怒らないというわけではないし、ミセス・ウィンチェ
スターやセレニケは、見開きで数ページにわたって殴り倒すつもりではあったが。
﹂
!?
﹁モチロン、通常ハ神霊ヲ召喚スルコトナドデキナイ。過去ニ行ワレタ実験デモ、不発ニ
行為など、いくら聖杯でも行えるはずがない。
聖杯が願いを叶えると言っても、神霊は聖杯より上位のものだ。等価交換を超越した
そんなことはいくら聖杯でもできるはずがない。神霊とは、顕現した自然の化身。
凛は心底馬鹿にした声をあげる。
﹁はあ
﹁最後ノ実験ハ﹃神霊﹄ノ召喚ダ﹂
ミセス・ウィンチェスターは聖杯を指差して、解説する。
ママデ聖杯戦争ヲ行ウトイウ戦術ノ試シ、ソシテコイツダ﹂
房制作、ホムンクルスニヨル魔力供給、デミ・サーヴァント実験、7体目ヲ召喚シナイ
聖杯戦争ハ我ラ﹃ドレス﹄ノ実験ダ。カードヲ媒体ニシタ召喚、キャスターヲ使ッタ工
﹁言ワレテモ仕方ナイガ、真ッ当ニ願イガ叶ウ聖杯ノ方ガ珍シイノダヨ。トモアレ、コノ
470
終ワッタ。ダガ純粋ナ神霊デハナク、零落シ、魔物ト見ラレルヨウニナッタ神霊ナラ、ソ
ノ格モ下ガリ召喚デキルノデハナイカ⋮⋮ソンナ発案ガ出タ﹂
﹂
た。日本の河童なども、水神が信仰を失ったために妖怪になったという。
ライダーとして召喚されていたメドゥーサも、かつては地母神として崇拝されてい
がある。
ルトの神々もまた、キリスト教の力に負けて、ピクシーなどの妖精になったという伝説
西洋の悪魔、ベリアルやベルゼブブは、シュメールの主神バールが零落した姿だ。ケ
しい神に敵対していた悪魔にされることは珍しくない。
かつて神として崇められたものが、時代が移り変わり、新しい宗教が広まることで、新
﹁零落した神霊
?
﹂
?
後ニ神霊ニナッタトイウ存在モ、英霊ニ戻シテ召喚サレテイル。召喚ハデキル││中身
タ元神霊ノ召喚マデハ可能ダ。今回ノバーサーカー││大勇者ヘラクレスノヨウニ、死
﹁ダカラコソ、英霊複数ノ力ヲ貯メコンダ聖杯ヲ使ウノダヨ。零落シ、英霊ニマデ弱マッ
ルヴィアが問題点を指摘する。
えないのではなくて
としても、ライダーのように英霊クラスに劣化されたものに過ぎず、神霊の召喚とは言
﹁確かに、魔に堕ちた神なら召喚の難度は下がるかもしれませんが、それでは召喚できた
『22:View──視界』
471
ガ劣化シテシマウダケダ。ナラ、十分ナ力ガアレバ召喚デキルハズダ⋮⋮言ッテオク
大人
ガ、壊ソウトシテモ無駄ダ。オ前タチノ魔術、スタンド、宝具デ壊セルホド脆クハナイ。
クラスカードデ英霊化スレバ別ダガ、マダカードヲ使ウニハ時間ガ必要ダロウ
シクシテイルトイイ﹂
神霊
?
?
││﹃バロール﹄。
レルハズダ﹂
準備ガ整ウマデノ時間稼ギダ。コレ以上ハ必要ナイ。成功スレバ、
﹃バロール﹄ガ召喚サ
テイタカモシレナイガ、ワザワザ推理ヲ聞キ、説明ヤ質疑応答ヲシテイタノハ、召喚ノ
模ナ被害ヲモタラスコトハアリウルガ⋮⋮。サテ、ソロソロ質問ハ打チ切リダ。ワカッ
力デモ、スグニ尽キル。長ク持ッテ一日デ、コノ世カラ消エル。ソノ一日ノ間ニ、大規
⋮⋮。ナニ、スグ終ワル。召喚マデハ可能デモ、現界サセ続ケルコトハ無理ダ。聖杯ノ
﹁実験、ソシテ研究ダ。神霊ソノモノガ我ラノ目的、神霊ニツイテ、深ク知ルコトガナ
的を。
凛の問いに、ミセス・ウィンチェスターは答える。彼ら﹃ドレス﹄の、最初からの目
いい。わざわざ神霊を呼び出す意味がないわ﹂
を呼び出してまでやりたいことがあるなら、そのやりたいことを聖杯に叶えてもらえば
﹁⋮⋮理屈はわかるけれど、その意味は 神霊を呼び出して、どうするつもり
?
472
アイルランドに伝わる神話において、神々の敵とされる﹃フォモール族﹄││それら
を束ねる長がバロールである。
姿は隻眼の老人で、閉じられた側の眼は、4人の部下が滑車でまぶたを引き上げない
と開かない。そして開かれると、見た者すべてに死を与える、恐るべき魔眼となってい
るのだ。
トゥアハ・デ・ダナンの神々を打ち破り、神の王ヌァザをも倒し、彼らを奴隷へと落
とした。実の孫である光明神ルーによって倒されるまで、誰も敵わなかった、最強の魔
神だ。
本当にそんなものが召喚されたら、世界中の軍隊を集めても、まとめて滅ぼされるだ
ろう。
撒き散らした。
パキィィィィィンッ
黒い髪の美人。その肌、体や顔のつくりから、おそらくは日本人。
のは一人の女性だった。
聖杯が砕ける音がし、そして光と風とが収まった後、聖杯は消え、そこに立っていた
!!
ミセス・ウィンチェスターが一言、口にした瞬間、聖杯は目も眩む光と、魔力の風を
﹁来ルゾ﹂
『22:View──視界』
473
靴は編み上げブーツ。日本の着物を着て、なぜかその上から赤い皮ジャンを羽織って
いる。
そして、その眼││碧い双眼。
ミセス・ウィンチェスター﹂
?
ス
トー
ン・
フ
リー
︻運命の石牢に自由を求めて︼
﹂
!
ランサーはスタンドを出して防御する。腕を構えてガードするスタンドに対し、召喚
﹁くっ
!
一足飛びで数メートルの間合いを詰め、襲い掛かる。狙いは、ランサー。
一方、召喚された女性は沈黙を保っていたが、何の前触れもなく、突如動いた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
そう答えた。
﹁⋮⋮確カニ神霊デハナイガ、コレハ危険ダナ﹂
るミセス・ウィンチェスターは、
セレニケも結果を知るため、召喚主であるミセス・ウィンチェスターに尋ねる。対す
﹁どうなの
はないのだ。
少しほっとする凛だが、気は抜けない。召喚された女性が、危険ではないという保証
﹁ええ。何者かわからないけど、どうやらバロール召喚は失敗したようね﹂
﹁変わった格好ね﹂
474
された女性は、一振りの短刀を抜いて、斬りかかった。
ザグンッ
︶
?
トー
ン・
フ
リー
それとも⋮⋮スタンドでさえ傷つけられるス
?
マジシャンズ・レッド
﹂
とされて床に転がった。
スタンドが傷つけば本体も傷つく。ランサーの左腕もまた、スタンド同様に、切り落
キルか宝具を持っている
︵彼女もスタンド使いのサーヴァント
のルールを覆し、短刀で︻運命の石牢に自由を求めて︼の左腕を切断してしまった。
ス
スタンドはスタンド以外では傷つけられない。それがルール。なのにこの女性は、そ
スタンドの腕が容易く切り裂かれた。ランサーが目を見開く。
!!
!!
斬った⋮⋮違う。斬ったからと言って、炎自体が消えるわけでは
!?
その相手は、鋭い剣さばきにより、空気に断層をつくることで、炎をも切り裂けた。だ
かつて、アヴドゥルの炎は、剣を得意とするスタンドに苦戦を強いられたことがある。
ない。もっと別の⋮⋮﹂
﹁な⋮⋮何をした
それだけで、炎は活力を失い、弱まり、消えてしまった。
した。
アヴドゥルが炎を放ち、女性を包みこむ。だが女性は冷静に炎を一瞥し、短刀を一閃
﹁︻魔術師の赤︼
『22:View──視界』
475
が、今のは違う。パワーやスピードや、テクニックではない。
﹂
炎を消滅させた。強い力でかき消したのでも、冷気で相殺したのでもない。
﹁よくもランサーをっ
﹂
!
︾
!
﹁ヤハリナ。アノ女ノ眼ハ魔眼ダ。シカモ、アラユル存在ノ﹃死﹄ヲ見ルコトガデキル﹃直
それは、神様をも殺す力。
それは、あるいは神霊よりも稀な存在。
そして、ルビーはその様子から、ある力に思い当たった。
︽魔力砲を消している⋮⋮いえ、あの眼は、まさか⋮⋮
短剣はもちろん、その体に決して触れないように防戦に徹する。
女性の能力がまだわからない以上、下手に攻め込めず、ランサーはひとまず、女性の
﹁こいつ⋮⋮
すべてを切り払った後、女性はまたランサーに向かい斬りかかる。
そして爆発することもなく消滅した。
い攻撃は無視し、当たる魔力砲だけを的確に薙ぎ払う。そのたびに、魔力砲は切断され、
女性は冷静に散弾を見つめ、短剣を無造作にも見える動きで振るう。自分に当たらな
の散弾が放たれる。
次に動いたのは、ランサーが傷ついた衝撃から醒めたイリヤだった。十数発の魔力砲
!
476
死ノ魔眼﹄││三咲町デ、真祖ヤ死徒27祖ヲ殺シタ力ダ﹂
この世の全てのモノは、その中に﹃死﹄を内包している。
なぜならこの世のすべてのものは、その身を滅ぼして新たにつくりかえられたいとい
う、願望を抱いているがゆえに。
存在した以上、いつかは必ず滅ぶ。誰でも、どんなものでも。
そのいずれ来る﹃死﹄を具体化し、
﹃線﹄や﹃点﹄の形で浮かびあがらせ、見ることが
できる﹃魔眼﹄││それが﹃直死の魔眼﹄。
その眼で見える﹃線﹄や﹃点﹄をなぞり、突くだけで、その物体は線に沿って切り分
け、破壊し、殺すことができる。
﹁実験は失敗ってこと
﹂
ナッタノガ失敗ダッタカ ダガ聖杯ノ機能ハ彼女ノ中ニ残ッテイル。ランサーヲ執
﹁ソノヨウダナ⋮⋮本来ハ7騎全テヲ聖杯ニクベテカラノ予定ダッタノヲ、6騎デオコ
?
召喚サレタヨウニ﹂
﹃ツバメ返シ﹄トイウ技ヲ使エルトイウ理由デ、全クノ別人ガ、
﹃佐々木小次郎﹄トシテ
ヲ共通項トシテ、彼女ハ﹃バロール﹄トシテ召喚サレタノカ。第4次聖杯戦争ニオイテ
﹁魔神バロールハ、万物ヲ殺ス眼ヲ持ッテイタトイウ。全テニ死ヲ与エル眼トイウ一点
『22:View──視界』
477
拗ニ狙ッテイルノハ、ランサーヲ殺シテ、自分ニ取リ込ミ、己ヲ完成サセルツモリダロ
?
ウ﹂
﹂
ミセス・ウィンチェスターとセレニケは、先ほどよりもイリヤたちから離れ、傍観し
あいつらが言ってることマジなの
ながら話している。
﹁ルビー
!?
一方、そもそもの原因であり、黒幕は、
﹁⋮⋮あんたのその無駄な自信が、時々羨ましいわ﹂
くなる相手の名前なんて、どうだって構いませんもの
﹂
﹁ネーミングセンスにも乏しいのですわね、貴方は。まあいいですわ。どうせすぐいな
﹁怪物⋮⋮とりあえず﹃モンスター﹄と呼ぶことにするわ﹂
凛はうんざりした様子で、新たな強敵の名前を考える。何にしても、名前は必要だ。
⋮⋮えーっと、なんて呼べばいいかしら﹂
﹁最 強 と か 無 敵 と か ⋮⋮ さ ん ざ ん や り あ っ て き た け ど、こ れ ま た と ん で も な い 怪 物 ね
目に対応するほどの能力なのかと、イリヤは内心びびる。
す。ルビーは肯定したが、応える声にいつもの呑気さがない。あのルビーでさえ、真面
ミセス・ウィンチェスターの言うことに聞き耳を立てていた凛が、ルビーに問いただ
なると、彼女はこちらの攻撃も防御も、容易く無効化できるってことになります︾
︽どうやらそのようですね。私の持っているデータと、彼女の能力が一致します。そう
!
478
!
﹁ランサーヲ取リ込ンダ後ハ、ドウナルカワカラナイ。暴虐ノ君主デアッタ﹃バロール﹄
トシテ召喚シタ以上、彼女ノ本来ノ性格ハ消エテイル。オソラク、役割ニ従イ、魔眼ヲ
全力デ使イ、無差別ニ死ヲ振リ撒クダロウ﹂
今後の展開を予想し、
﹁矛先ガコチラニ向ク前ニ、逃ゲルトシヨウ﹂
﹁仕方ないわね。あのお嬢ちゃんが惨たらしく死ぬ様を見ていたかったんだけどねぇ﹂
﹂
﹂
イリヤたちが戦っている間に、さっさと逃げていく。
﹁待てあんたらっ
﹁ずるいですわよっ
衣服のポケットから、薄い長方形の物体を取り出す。それは、その場の全員に見覚え
ミセス・ウィンチェスターとセレニケは、同時に同じ行動をとった。
凛とルヴィアが、怒声と共に、ガンド魔術を乱射する。機関銃にも等しい攻撃に対し、
!!
!!
﹂
があるものだった。
?
﹁令呪ハマダ残ッテイタナ﹂
ミセス・ウィンチェスターは、横のセレニケに言った。
﹁まさか⋮⋮﹂
﹁え⋮⋮
『22:View──視界』
479
﹁ええ、一回分はね﹂
セレニケは頷き、二人は同時に唱えた。
﹁8枚目と、9枚目
﹂
﹁︻我が愛と逃亡の日々︼﹂
ウィンチェスター・ミステリー・ハウス
イ ン ス トー ル
そして、﹃ミセス・ウィンチェスター﹄は﹃彼女﹄の宝具を使う。
ことがばれないように。
イ ン ス トー ル
﹃夢幻召喚﹄する前と後で、姿が変わらないように。姿の変化で、
﹃夢幻召喚﹄が行える
イ ン ス トー ル
たのだろう。
もそもその奇抜な格好は、
﹃夢幻召喚﹄したときの衣装と同じものを、あえてまとってい
イ ン ス トー ル
だが、今までの戦いによって多少汚れ、傷ついたはずの衣服が綺麗になっている。そ
メイド服のセレニケ。
黒衣に包まれ、新しいライフル銃を持ったミセス・ウィンチェスター。
光が消えた後も、二人の姿は変わらない。
凛とルヴィアが騒ぐ中、カードから光が放たれ、そして消える。
!?
﹁そんなっ﹂
ミセス・ウィンチェスターとセレニケが持つ﹃クラスカード﹄が反応する。
﹁﹁令呪を持って、我がカードより招く││﹃夢幻召喚﹄﹂﹂
480
その言葉と同時に、地下室の様相が一転する。
一級品の木材で造られ、天井にはシャンデリアが飾られた、美しい広間へと変わり、凛
たちやモンスターは広間の中央に置かれ、ミセス・ウィンチェスターたちの前には壁と
開かれたドアがあった。
﹁デハ、御機嫌ヨウ﹂
﹁冥福を祈るわ。せめてね﹂
そう言い残し、ドアの向こう側へ消え、そしてドアは閉められる。
凛たちはそれを見送るしかなく、モンスターはミセス・ウィンチェスターたちにも、変
!
少 な く と も 向 こ う か ら は 攻 撃 で き な い は ず よ
化した景色にも興味は見せず、ランサーだけに視線を向けていた。
﹂
!
!
そして女性││凛に﹃モンスター﹄と命名された彼女は、陶器の人形じみた無表情を
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
も早くサポートをしなくてはならないと、焦る。
て、慌てて浮かび上がる。今にもランサーが切り殺されそうで、気が気ではない。一刻
追う余裕はないと判断した凛は、怒りながらもイリヤに指示をする。イリヤは頷い
!
!
﹁わ、わかった
﹂
﹁く そ っ イ リ ヤ 飛 び な さ い
『22:View──視界』
481
崩さぬまま、イリヤの行動に勘付き、動きを止めた。
﹂
﹁みんな気をつけて
こいつ、何かする気よ
﹂
!
が短刀を構えた瞬間、
警戒を感じているのかいないのか、まるで内面を悟らせぬ氷の美貌のまま、モンスター
ランサーは攻撃をやめたモンスターを警戒し、下手に攻勢に出ず、様子を見る。その
﹁
?
シュバッ
武器の変化に伴う、モンスター自身の変質。
だが、重要なのは武器の変化ではない。
数百年の時を経ていると感じられる、業物。
短剣が、瞬時にして、一振りの日本刀に変化した。
!!
しかし次の瞬間、劇的な変化が起こる。
たが、それ以外に変わった様子はない。
イリヤはモンスターの様子を観察する。その碧眼の輝きが、強くなったような気がし
﹁何かって⋮⋮﹂
何かを仕掛けてくると。
ランサーが叫ぶ。研ぎ澄まされたランサーの﹃凄み﹄が感じ取ったのだ。
!
482
モンスターの持つ存在感がそのまま広がり、地下室全体を満たす。その場にいた者は
全員が、本能的に理解した。この感じ取れるモンスターの気配そのものが、モンスター
の視線であり、すなわち││今、自分たちは﹃死﹄を見られているのだと。
﹁あ⋮⋮﹂
イリヤが震えた声を出した。理屈ではなく、本能が悟ったのだ。
死ぬ、と。
モンスターが日本刀を振るった時、モンスターの宝具が解き放たれる。
仮初なれど、魔神﹃バロール﹄の名に恥じぬ、殺戮の宝具。
む く し き
から
きょうかい
﹃直死の魔眼﹄が具現化した死の線を、空間ごと切り裂き、目に映る全てに死を与える絶
技。
││︻無垢識・空の境 界︼。
たとえ刃が届かぬ場所にいようと、その眼に見えている限り逃れられはしない。
その眼に見えている限り、その場の全員が、殺されるしかない。
﹁大丈夫よ、マスター﹂
ただ一人を除いて。
イリヤはそう思った。誰もが、そう思った。
︵もう駄目だ︶
『22:View──視界』
483
落ち着いた、ランサーの声が聞こえた。
ス
トー
ン・
フ
ランサーの横に、光が灯り、何かが呼び出された。
リー
スタンドではない。スタンド︻運命の石牢に自由を求めて︼は、ランサーの背後にずっ
と立っている。
光の中から現れたのは、流線形の美しいフォルム。
ラ ン サー
しなる体に、強く振るわれる尾ひれ。
それは一頭のイルカであった。
そして、それが、ランサーが﹃槍騎士﹄となった宝具。最速の﹃槍﹄であった。
シュパパパパパッ
付いた。
そのイルカから、5本の糸が伸び、イリヤ、美遊、凛、ルヴィア、アヴドゥルに結び
!
﹂
?
﹁⋮⋮私は、行けないわ、マスター、いえ⋮⋮イリヤ﹂
が、どうしてもわかりたくなかった。
イリヤは恐怖を堪えて、勇気を振り絞ってたずねた。答えは、既にわかっていた。だ
﹁⋮⋮ランサー、は
連れて行ってくれる﹂
﹁このイルカが、貴方たちを引っ張っていく。このイルカが貴方たちを安全な場所まで
484
﹁や、やめてっ
やめてよランサー⋮⋮お願いだからっ
﹂
!
イリヤを死なせないために。
宝具の真名を口にする。
ン・
シャ
それはランサーの最後の具現。
トー
オー
ランサーの人生の証。
ス
その宝具の名は││
ン
その懇願を、ランサーは断ち切る。
のを耐えるなど、少女の身には重すぎた。
だが、目の前で、失うと理解したうえで、仲間が﹃死んでしまう﹄と、わかっている
アーチャーとの別離は、知らない所で起こったから、まだ喪失感だけですんだ。
蒼白になってイリヤは止める。
!
る。モンスターの宝具から逃げる方法は、これ以外になかった。
かつて仲間を﹃別の宇宙﹄まで逃した宝具は、たとえ世界を殺す力からでも逃げられ
見えなくなる。
岩や土をもすり抜けて飛んでいく。まさに槍のように鋭く空中を泳ぎ、あっという間に
それを合図に、イルカは仲間たちを引っ張って、目にも止まらぬ速さで空を突っ切り、
﹁││︻運命の荒海に希望を託して︼﹂
『22:View──視界』
485
微笑を浮かべて見送った後、ランサーはすっと表情を引き締め、後ろを振り向く。振
り向いたと同時に、木造の広間が消え、元の石造りの暗い地下室に戻った。
背後には、幽鬼のようにたたずむ、最後のサーヴァントが待っていた。チャキリと刃
を振り、万物を殺す﹃魔眼﹄をランサーに向けている。
もともと、モンスターは全てのサーヴァントを取り込むために、ランサーを狙ってい
たのだ。他が逃げても問題はない。ランサーさえ殺せれば。
付けてしまう最後など、とても認められなかった。
けれど、ランサーは仲間や父親、自分自身さえ敵に殺され、子供に全ての責任を押し
やり直したい過去にも、気づいていないだけで価値があるのだと言う者もいる。
やり直せないからこそ、人生には価値があるのだと言う者がいるだろう。
それをやり直したかった。
それでも仲間たちも、自分も、生き残れなかった。
あの時の中で、ランサーは最善を尽くした。誰もが必死で戦った。
彼女の願いは、あの戦場に戻ること。
己の不甲斐なさをランサーは自嘲する。
いわ﹂
﹁また⋮⋮同じことをしちゃったわね。小さな子供を泣かせるなんて、まったく情けな
486
だが結局、生前と同じことになってしまった。最後まで戦うことはできなかった。
あの子と、最後まで一緒にいることはできなかった。
⋮⋮仕方ないか。願いは叶えられなかったけど、願いのために別の子を犠牲にするわけ
﹁イリヤだけでなく、みんなを逃がせたのだから、大分マシになった方ではあるけどね
にはいかないもの﹂
モンスター
﹂
そして、日本刀が動き、神をも殺す一閃が放たれる。
﹁来いッ
!!
その眼には、絶望も諦観もない。迫りくる確実な﹃死﹄に対して、欠片の恐怖もなく
ランサーは身構える。
!!
︻属性︼混沌・悪
︻性別︼女性
︻真名︼バロール︵偽︶
︻マスター︼なし
︻CLASS︼モンスター
◆
﹃立ち向かう﹄強さがあった。﹃直死の魔眼﹄に勝るとも劣らぬ、輝きがあった。
『22:View──視界』
487
︻ステータス︼筋力D 耐久A 敏捷C 魔力A 幸運A 宝具EX
・再生:A
全てが他生物を殺すことにのみ向けられる。精神干渉系の魔術やスキルが通用しない。
魔神バロールの名に縛られていることによって付与されたスキル。思考能力はほぼ
・殺戮の化身:A
れる。
無機・有機を問わず、対象の﹃死﹄を読み取る魔眼。魔眼の中でも最上級のものとさ
・直死の魔眼:A
︻保有スキル︼
またモンスターは聖杯をその身に取り込んでおり、更に長時間、行動できる。
ランクCならば、マスター不在でも1日間現界可能。
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
・単独行動:C++
れない。
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではモンスターに傷をつけら
・対魔力:A
︻クラス別能力︼
488
モンスターは6体の英霊を取り込んだ聖杯を核として、この世に存在している。した
きょうかい
がって、サーヴァントを6回分殺す力を与えるまで、致命傷を負わせても再生する。
から
◆無垢識・空の境 界
む く し き
︻宝具︼
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1∼100 最大捕捉:1000
直死の魔眼の理論を応用し、対象の﹃死の線﹄を切断する全体攻撃。彼岸より放たれ
る幽世の一太刀は、あらゆる生命に安寧を与える。
魔神バロールの名で縛られた結果、幾らかの変異が生じている。一度、この宝具を使
われ、見られた以上、どこに逃げようと、どう防御しようと、空間を超えて斬り殺され
る。この世界の根源に通じる力への対処は、この世界の存在である限り不可能。異世界
に逃げるくらいのことをしなければ、どうにもならない。無敵。
◆
︻属性︼秩序・悪
︻性別︼男性
︻真名︼ルドル・フォン・シュトロハイム
︻マスター︼ミセス・ウィンチェスター
︻CLASS︼ランチャー
『22:View──視界』
489
︻ステータス︼筋力C 耐久B 敏捷C 魔力E 幸運B 宝具A+
のを見届けた逸話が宝具となったもの。
かつて神にも等しい究極生命体との戦いに協力し、究極生命体が地球外に追放される
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:10∼50 最大捕捉:50人
︻火閃祝砲・邪神追放︼
ヴ ォ ル ガ ノ・ ラ ン チ ャ ー
︻宝具︼
果、強力な破壊光線へと変化した。
男のための武器であり、他の存在には通用しない。しかし、英雄として信仰を受けた結
左目に取り付けられた武器。高出力の紫外線を発射するもので、本来は吸血鬼や柱の
・紫外線照射装置:A
備えている。
機械的に改造された肉体。人間ではなしえぬパワー、スピード、機動性、各種武装を
・改造人間:B
はなく、自己の忠誠心から生まれる精神・肉体の絶対性。
一つの国家に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても国家からの支援などで
・愛国心:A
︻保有スキル︼
490
『22:View──視界』
491
一定時間、一つの場所にいるという条件が整うと、その場所が火山の噴火口に変質し、
その場にいる者を噴火に巻き込み、地球外にまで打ち上げる。ただし、敵味方の区別は
なく、ランチャー自身巻き添えになる可能性がある。
宝具が使えるまでの準備時間は、マスターからの供給魔力の量に反比例する。
⋮⋮To Be Continued
﹃23:Wake││覚醒﹄
バラにならないのは、重力によって引かれ合っているためだ。
あらゆる物質は、原子が寄り集まってできているが、その原子の集合が崩れず、バラ
重力のように引かれ合い、運命のように出会う。
まるで、リンゴが木から落ちるように、必然として偶然が起こるのだ。
なく、出会ってしまうものなのだ。
かもしれないし、交通事故を起こした相手側かもしれない。だが、偶然、なんの作為も
ある。運命のように、いつかどこかで出会うのだ。敵か、友人か、バスで隣に座った者
スタンド使い同士は、正体を知らずとも、知らず知らずのうちに、近づき合う性質が
﹃スタンド使いは引かれ合う﹄
タンド使いの誰もが、その法則の実在を肯定している。
﹃スタンド﹄という能力には、奇妙な法則が存在する。確かめられたわけではないが、ス
キーワードは重力である。
︻エジプトの古い館に残されたノートより︼
492
『23:Wake──覚醒』
493
時間もまた、重力と密接な繋がりがあり、重力が乱れれば、時間の流れもまた乱れる
だろう。
重力とは﹃引かれ合う力﹄であり﹃支える力﹄なのだ。この力を人間同士に当てはめ
れば、﹃運命﹄と表すしかないだろう。
重力とは、運命である。重力を、真に支配することができれば、それは運命を支配す
ることに通じる。
重力を支配する力の一端を、私は持っている。重力と時間は密接な繋がりがあると書
いたが、時間に干渉する能力を通じて、重力に干渉できるかもしれない。
ならば││必要なものは﹃私のスタンド﹄である。
◆
夢を見ていた。
彼女は戦い、勝ち、そして進んでいく。
父を救うために、己の命を賭けて。
けれど決して一人ではなかった。
彼女の勇気に、優しさに魅せられ、共に戦ってくれた、心強い仲間たちがいたのだ。
494
姉の復讐を果たすため、あえて刑務所に投獄された女傑、エルメェス・コステロ。
敵として出会いながらも友となった、知性あるプランクトンの集合体、F・F。
自分を裏切った恋人を﹃分解﹄した、愛を求める殺人鬼、ナルシソ・アナスイ。
天候を操る力を、己の名前とした記憶喪失者、ウェザー・リポート。
幽霊の部屋に住む、ありえざる監獄の少年、エンポリオ・アルニーニョ。
彼女は多くの敵と戦った。
賭けを交わし、罠にはめ、負け分を死ぬまで取り立てる、ミラション。
無重力を生み出し、独壇場で奇襲を仕掛ける、ラング・ラングラー。
死のエネルギーを操り、自分自身も透明な動く死人として彷徨う、スポーツ・マック
ス。
空の彼方より隕石を降らせる、差別的な暴力看守、ヴィヴァーノ・ウエストウッド。
記憶障害を引き起こす、刑務所の真の看守、ミュッチャー・ミューラー。
未確認生物を操作する、ドン底から高みを目指す者、リキエル。
大地に刻まれた記憶を掘り起こす、心を捻じれさせた男、ドナテロ・ヴェルサス。
そして、最初から全てを仕組んでいた男。
心と力を奪う、白い蛇。
世界を変え、天国に至らんとした一人の神父。
彼女の血統に関わる宿敵が、後を託した友。
エンリコ・プッチ。
邪悪な遺産の力により、新たな力を手に入れた彼は、無限の速さを手に入れ、世界の
時間を加速させた。目まぐるしく過ぎていく時間の激流の中で、仲間たちは次々と敗れ
ていった。
F・Fとウェザー・リポートは最後の戦いを前に、命を落とした。
エルメェスとアナスイ、そして再び戦場に戻ってきた父、空条承太郎も、プッチのス
タンド││︻メイド・イン・ヘヴン︼によって打倒されてしまった。
その力を前に、彼女はエンポリオを海のイルカに縛り付けて逃がした。どれほど速く
とも、海の中で、溺れずに追いかけ続けることはできない。
﹃あたしがいたら、あんたは逃げられない﹄
だから、
場所を教えてしまうのだ。
けれど、プッチ神父は彼女がどこにいるか知覚できた。彼女の中に流れる﹃血﹄が、居
える間が出来た﹄
生きている。エルメェスが神父を攻撃してくれたから、ロープを伸ばしてイルカを捕ま
﹃アナスイが自分を犠牲にして父さんを守ってくれたから、あたしは今⋮⋮かろうじて
『23:Wake──覚醒』
495
﹃⋮⋮⋮⋮え
﹄
エンポリオの呆然とする顔を、真剣に見つめ返しながら、彼女は言う。
?
﹄
待って お姉ちゃん
エエ│││ッ
﹃待って
!!
や⋮⋮やめて
!
けれど、
﹃ここはあたしが食い止める﹄
プッチ神父
﹄
彼女は自ら、イルカに繋がるロープを切った。
﹃来いッ
!!
◆
!!
﹁ランサァァァァァァッ
﹂
﹃お姉ちゃあああああああ│││ん
﹄
夢の中で、イリヤはエンポリオと共に叫んでいた。
!!
!!
﹄
!!
ロープを早く手繰り寄せてェ
!!
少年が、泣きながら止める。その犠牲を、必死でやめさせようとする。
!!
!!
あり、あたしのお父さん、空条承太郎⋮⋮。生き延びるのよ。あんたは︽希望︾
﹃一人で行くのよ、エンポリオ。あんたを逃がすのは、アナスイであり⋮⋮エルメェスで
496
バッと、掛け布団を突き飛ばして、イリヤは手を伸ばした。
見開いた目が、見慣れた天井を映す。
﹂
そしてイリヤは、
泣いた。
!!
︾
︽うーん、ルビーちゃんイヤーの鋭い聴覚が、イリヤさんの泣き声をとらえていますよ
◆
﹂
らせる心臓が、どこかへ行ってしまったかのようだ。
胸に穴が空いたようだという表現は、正確なものだったのだと思い知る。体に血を巡
何を失くしたのかを、思い出す。
そして、イリヤは現実を思い出す。
一瞬の混乱。
﹁あ⋮⋮
?
﹁あ⋮⋮ああ⋮⋮ううっ、うぁぁぁぁぁぁっ
『23:Wake──覚醒』
?
凛の表情も暗い。魔術師として心を鍛えている彼女も、見知った顔がいなくなって何
イリヤの家の屋根の上で、ルビーは凛と話していた。
﹁私にも聞こえているわよ⋮⋮﹂
497
も感じないほど、人間味を捨ててはいない。
ランサーの宝具は、イリヤたちをイリヤの家の前まで連れて行って消えた。
イリヤは半狂乱で旧間桐邸に戻ろうとしたが、凛は最初に出会った日と同じように、
﹂
魔弾の零距離射撃で気絶させた。その後、家に忍び込み、イリヤの部屋のベッドに、着
替えさせて寝かせ、各々、明日また集合すると約束して解散した。
﹁イリヤはどうするかしらね⋮⋮。まだ戦う気力が残ってると思う
﹁今何時
あの子、学校に行けるのかしら
﹂
?
キイイイイイイイィィィィッ
︽あと30分もしたら家を出なくちゃいけない時間ですねー︾
グォォォォォンッ
!!
そんな折、
ブロロロロロッ
!!
いで響き渡った。
空気を突っ切り、大地を抉り、鋭く急停止する音が、イリヤの泣き声をもかき消す勢
!!
?
戦うことを嫌がっても不思議ではない。むしろ、トラウマになっても当然である。
ランサーを失った悲しみと、死を与えられる実感を味わったイリヤが、戦場を恐怖し、
イリヤがランサーに憧れ、良く懐いていたことは誰の眼にも明らかだ。
ものルビーちゃんも、楽観はできません︾
︽どうでしょうねー。仲のいい人がいなくなるのは、人生最大の悲劇ですから⋮⋮さし
?
498
﹁え
︾
何
︽さあ
?
﹂
?
◆
?
の拠点である。
とはいえ、何者かに襲撃された場合、防戦能力はほとんどない。無いよりマシな程度
らの目を免れた。
て造ったうちの一つ。ほとんどは、ルヴィアたちやアーチャーに潰されたが、ここは彼
来の重要拠点である、冬木市民会館地下や、旧間桐邸地下から目を逸らすための囮とし
術師でも一週間で造れる程度の工房、神代のキャスターであれば一日もかからない。本
彼らがいるのは、キャスターのカードを使って作った、急造の拠点の一つ。現代の魔
セレニケが、ミセス・ウィンチェスターに問う。
﹁で⋮⋮私たちはこの町を出なくていいの
﹂
それは凛たちも驚く、新たな人物の来訪││否、帰還であった。
?
?
?
役目は召喚の実行だけで、結果がどうあれ、あんたの責任じゃないでしょう
﹂
あの魔眼は強力だけど、神霊召喚は無理だったってことは確かなんだし。あんたの
﹁あいつ⋮⋮私たちもモンスターって呼ぶことにするけど、別にもういいんじゃないの
﹁マダ待テ。モウ少シ、経緯ヲ見届ケテカラニシタイ﹂
『23:Wake──覚醒』
499
あの後の状況は、残していた使い魔からの視点で、ある程度わかっている。モンス
ターは、使い魔一匹一匹を始末する気はないようだ。鷹揚というべきか、無神経という
べきか。
ランサーが身を捨てて、他の者たちを逃がしたことも││その後、ランサーが切り殺
されたこともわかっている。
今、モンスターは大人しくしている。旧間桐邸地下を出てもいない。ただじっと動か
ず、立っていた。だがいつまでも大人しくしているとは限らない。邪悪な怪物の親玉と
して呼ばれたサーヴァントが、何もしないでいる方がおかしいのだ。いつ町に出て、周
囲一帯の人間を殺し始めてもおかしくない。
巻き込まれる前に、逃げた方が無難だ。二人以外の﹃ドレス﹄の構成員は、既に町を
出ている。規格外の怪物が野放しになろうと、神秘の秘匿が破られようと、彼らは気に
しない。後の始末は、教会なり協会なりに押し付ければいい。
﹂
?
セレニケは下あごに人差し指を当て、
しても﹂
﹁そうね⋮⋮私も残るわ。イリヤお嬢ちゃんがどうなるか知りたいし⋮⋮ふふ、それに
コレヨリドウ対処スルカ。見テミタイ。別ニ、オ前ハ先ニ帰還シテモイイノダゾ
﹁ドレスノ実験トハ関係ナイ。コレハ私ノ興味ダ。趣味ト言ッタ方ガ正確カナ。彼ラガ
500
﹁ランサーを失って、さぞ悲しんだんでしょうね。見たかったわ⋮⋮あの子の泣き顔﹂
夢見る乙女のようにうっとりと、イリヤの悲嘆と絶望を想うのだった。
◆
どれほど泣いたのか。
悲しみが尽きたわけではないが、どうやら悲しむにも力がいるものらしい。
喉が痛み、涙が涸れ、疲れ果て、イリヤはただベッドに横たわる。
なんとはなしに、視線を巡らせると、床に一冊の漫画本が落ちているのを見つける。
セラが見たら、だらしないと怒って片付けさせるだろう。
ランサーが、続きを読みたがっていた本だ。
それでも涙は流れる。
零れる涙を拭い、新たに溢れる涙を必死で我慢しようとする。
﹁うん⋮⋮うん⋮⋮そうだったね﹂
のようだった。
昨日言われたばかりの言葉が、脳内に蘇る。呆れているランサーの声が、聞こえたか
﹃いや、逃げるんじゃないわよ。﹃立ち向かえ﹄って教えたでしょうが﹄
涸れたはずの涙が、また滲んでくる。
﹁ランサー⋮⋮﹂
『23:Wake──覚醒』
501
﹁立ち向かわなきゃ⋮⋮もうランサーはいないんだ。自分で、立たなきゃ⋮⋮﹂
グシグシと顔を擦り、イリヤは立ち上がろうとするが、立ち上がれない。
足に力が入らない。いや違う。力が入らないのは、心にだ。
おひさ∼∼
!!
声と共に、
﹁ちゃんっ
バァンッ
激しくドアが開いた。
!! !!
﹁うん
﹁ママ
﹂
長く伸ばした、雪のようなシルバーブロンド。イリヤによく似た、美しい成人女性。
ドアの向こうから、輝く笑顔が向けられている。
一瞬、イリヤは悲しみを忘れた。
﹁マ⋮⋮﹂
﹂
﹁イ∼∼リ∼∼ヤ∼∼⋮⋮﹂
そして、そんなイリヤは、誰かが近づいてくる足音がするのに気が付かなかった。
何度拭っても、涙が零れ、涙と共に力が抜けていくようだった。
﹁ランサー⋮⋮﹂
502
ただいまイリヤ♪﹂
! !?
一家の神、アイリスフィール・フォン・アインツベルンのご帰還であった。
◆
旧間桐邸。元々草木に覆われた空き地に過ぎなかったが、昨夜の戦いで、更に酷いこ
とになっている。特に聖剣ビームをぶっ放した影響は大きく、草木は焼き払われ、大穴
は空き、敷地内だけの被害で済んだのは幸運としか言いようがない。
そして、その地下の方はといえば、
﹁動きはないですわね﹂
滅茶苦茶になった旧間桐邸敷地に立ち、ルヴィアは使い魔から得た情報を口にする。
﹂
?
その情報に、アヴドゥルは首を傾げる。
いやそもそも、奴には何か行動目的はあるのか
?
ていたところで何をするというのか。
だ。マスターなしでも、長時間、この世界にあり続けることができる。しかし、現界し
モンスターが現界するための魔力は、彼女の核となっている聖杯から得ているはず
いのはなぜか⋮⋮﹂
ら、ただ暴虐と殺戮を振り撒くことになる可能性が高いですが、今、それを行っていな
ての振る舞い。暴虐な支配││今は、支配できるような理性を持っていないようですか
﹁ないでしょうね。しいて言えば、
﹃バロール﹄の名を与えられたことによる、魔王とし
﹁なぜ動かないのだろうな
『23:Wake──覚醒』
503
元々実験のために召喚されたに過ぎない存在。呼び出したミセス・ウィンチェスター
によって支配されているわけでもないようだ。元々、神霊を呼び出して、支配できるな
どと考えていたわけではないのだろう。維持できずに一日で消えると考えていたよう
だし、自分たちの被害が抑える以外の対策はとっていないだろう。
自分たち以外が、もっと言えば﹃自分﹄以外が、どんな目に遭っても構わないという
考えなのだ。たとえ、その一日で日本という国が滅びたとしても。
それが﹃ドレス﹄のやり方なのだ。
ゆえに、平穏に済ませる努力は皆無だ。逆に積極的に被害を出す気もないようだが。
つまり、神霊に対しても、召喚する以外の何もしてはいないだろうということ。
﹁え∼∼
いいじゃない、これくらい。親子のスキンシップよ﹂
﹁マ、ママ⋮⋮は、恥ずかしいよ﹂
の全身を撫でまわす。
ベッドの上、パジャマ姿のイリヤを背中から抱きかかえ、アイリスフィールはイリヤ
﹁久しぶり∼∼イリヤ∼∼﹂
◆
ルヴィアは、地下室へと潜入している美遊を想って呟いた。
﹁そのわけを知るためにも、頼みましたわよ⋮⋮美遊﹂
504
?
立派な大人ながら、子供のような笑顔でアイリスフィール││アイリはイリヤの小さ
﹂
な胸をフニフニと揉みまわす。母親でなければ通報ものの手つきである。
﹁ママ⋮⋮その、私、これから学校なんだけど⋮⋮
ううん、別に﹂
﹁ねぇ、私が留守の間、何か変わったことあった
﹂
うときの母は、滅茶苦茶強引で、決して己を曲げることはないのだ。
母親が娘に学校をサボらせるのはいかがなものかと思うが、イリヤは諦める。こうい
られないから﹂
嗣はまだ向こうにいるからすぐ戻らなきゃいけないの。学校から帰ってくるまではい
﹁今日はお休みしちゃいなさい♪ 仕事がひと段落したから私だけ帰ってきたけど、切
?
すっご∼∼く、変わったことが﹂
どこ行ったのかな︶
﹂
﹁またまたー。あったでしょ
﹁⋮⋮えっ
?
﹂
返った。しかし、アイリは呑気な笑顔で、
ルビーのことを考えていたイリヤは、母のツッコミに、血の気を引かせながら振り
!?
?
︵あれ
一瞬、部屋を見回すが、ルビーはいない。
﹁えっ
?
?
﹁ほら、ウチの目の前に建った豪邸
!
『23:Wake──覚醒』
505
﹁あ、そっちね﹂
張っていた気が、一気に緩む。
と は い え、確 か に 普 通 に 考 え れ ば、あ ん な 大 き な お 屋 敷 が 建 っ て い る の は 中 々 の
ニュースだろう。
﹂
?
そういえば、彼女はどうしているだろう
友達にはなれた
﹁ミユちゃんか∼∼。転校生なんでしょう
?
﹁⋮⋮うん﹂
?
﹂
若干、返事が遅れた。イリヤは目が覚めてから、初めて美遊のことを思い出した。
﹁⋮⋮ミユ﹂
﹁なんていう子なの
に話したことがあった。
流石に魔法少女仲間などとは言えないが、クラスメイトであることは夕食のときなど
﹁セラから聞いたけど、イリヤのクラスメイトが住んでるんですってね﹂
何を言うわけにもいかず、笑ってごまかす。
﹁あはは⋮⋮﹂
ちゃったかと思ったわ﹂
﹁ち ょ っ と 見 な か っ た う ち に、あ ん な の が 建 っ ち ゃ う な ん て ね ー。一 瞬 帰 り 道 間 違 え
506
?
﹁ね、どんな子
く調べられる。
﹂
美 遊 さ ま。敵 は 危 険 で す。戦 闘 力 や 宝 具 の 威 力 な ら 今 ま で の サ ー
使い魔では、モンスターの現状を調べきれない。だが、クラスカードを使えば、詳し
いが、やらねばならない。
あの﹃死﹄そのもののような碧い輝きに見つめられるのは、吐き気がするほど恐ろし
さんは来れない︶
︵これを使えば、あの魔眼からも逃げられる。けど、私だけ。ルヴィアさんやアヴドゥル
んと断ったのかは聞いていない。
手には、イリヤが寝ている間にルヴィアが借りてきたクラスカード3枚││凛にちゃ
旧間桐邸の地下。美遊はサファイアと共に潜入していた。
◆
﹁どんな子って⋮⋮えっと⋮⋮ミユは﹂
?
?
ている。
サファイアと話しながら進む美遊も、モンスターの﹃直死の魔眼﹄の危険性は理解し
﹁⋮⋮確かに。でも﹂
ヴァントにも高いものがいましたが、殺傷力という点では随一です︾
︽大 丈 夫 で す か
『23:Wake──覚醒』
507
しかし、
﹁﹃夢 幻﹄﹂
インス⋮⋮
美遊の手にしたカードは、アーチャー。
︵はい︶
︵サファイア、お願い︶
モンスターの目は、こちらを向いていない。
間違いなく、ランサーのものだろう。
︵クラスカード︶
右手には抜き身の短刀。左手には││
暗闇の中に静かに立つモンスターの姿は、ぞっとするほど美しかった。
された目に映る。
地下室の広間の出入り口から、そっと身を乗り出す。モンスターの姿が、美遊の強化
﹁⋮⋮いた﹂
のだ。
大事な人が、自分を守るためにいなくなってしまう辛さは、それ以上に理解している
︽⋮⋮美遊さま︾
﹁今、イリヤはそっとしておきたい﹂
508
ダッ
砲射
シュート
﹂
突如、モンスターが動いた。一跳びで、出入り口までの距離を詰める。
!!
イ ン ス トー ル
!!
イ ン ス トー ル
い掛かってくる。
はない。悪意や憎しみ、怒気さえ無い、ひたすらな殺意が、冷たく研ぎ澄まされて、襲
るようだ。しかし、その動きもまた正確。今までの黒化英霊のように獣じみた獰猛さで
サファイアがモンスターの突然の行動を読み取る。機械のように自動的な存在であ
魔は無視すれど、英霊化する魔法少女は殺害対象ということでしょう︾
︽どうやら、自分に害を加えられると判断した存在に関しては、反応するようです。使い
た床を蹴り、モンスターの頭上を跳び越えて、反対側に降り立つ。
モンスターは迷いなくそれを切って捨てた。その刃がこちらを切り裂く前に、美遊もま
咄嗟に﹃夢幻召喚﹄を中断し、魔力砲を放つ。近距離から放たれた魔力砲であったが、
﹁
!?
︵これは⋮⋮仕方ありません。申し訳ありません、美遊さま︶
一方、サファイアは、
なかった。
こちらに碧い双眼を向けるモンスターを見返しながら、美遊はなお目的を諦めてはい
﹁﹃夢幻召喚﹄の隙を、つくらないと⋮⋮﹂
『23:Wake──覚醒』
509
声に出さず、美遊に謝罪し、己の中の機能を秘密裏に動かしていた。
◆
﹂
﹁本当に、そう思っている
﹁えっ⋮⋮
﹂
?
?
?
﹁だって貴方、全然﹃大丈夫﹄って顔してないじゃない
﹂
なんでもできるんじゃない。なんでもできるようになろうと、一生懸命に⋮⋮。
﹃その⋮⋮⋮できれば⋮⋮教えてほしい。飛び方⋮⋮⋮﹄
なんでもできる。そう⋮⋮だっただろうか。
﹁うん、なんでもできる。ミユはなんでも、一人でできる⋮⋮﹂
﹁なんでもできる子なのね﹂
を、アイリは微笑んで聞いていた。
イリヤは自分のことのように、美遊のことを誇らしげに褒める。そんなイリヤの説明
てないの﹂
﹁あ、でも、運動も勉強もすっごいんだよ。一気に一番になっちゃった。誰もミユには勝
﹁ふーん﹂
とに、あんまり慣れてないのかも﹂
﹁ミユは⋮⋮なんていうか、静かな子。必要なことしか喋らないし⋮⋮て言うか、喋るこ
510
何もかも見透かしたように、母は言う。ごまかしは通用しないと悟る。同時に、自分
が自分自身をごまかしていたことを悟る。
ギーは﹃思い出﹄なんだって﹂
﹁ねえ、これは、ママがお友達から教えてもらったことなんだけどね⋮⋮人間のエネル
アイリは、イリヤを見ながら、同時にここにいない誰かを見つめていた。
過去の誰かを。
﹁生きるということは、変なラクガキを見たり、毛布の臭いを嗅いだり、トイレの水が流
れる音を聞くこと⋮⋮友達と世間話をしたり、笑ったりすること。そんな﹃思い出﹄が
細胞に勇気を与えてくれるんだって。今まで生きてきたことが、これから生きるための
力になる⋮⋮それが﹃思い出﹄なんだって。そして、一番いい﹃思い出﹄は、誰かと出
会って、誰かと一緒につくった﹃思い出﹄なんだって。一人じゃなくて、ね﹂
イリヤスフィール﹄
?
一人でなんでもできる人なんて、いない。
﹃こ、こちらこそよろしく⋮⋮イリヤ﹄
﹃それなら私も⋮⋮美遊さんじゃなくて、美遊って、呼び捨てで⋮⋮いい﹄
﹃もう大丈夫なの
イリヤは、﹃思い出﹄を、思い出す。
﹁﹃思い出﹄⋮⋮﹂
『23:Wake──覚醒』
511
イリヤは一人ではなんにもできない。ランサーはそんなイリヤを助けてくれた。
でも、ランサーだって、一人で戦い抜いたわけじゃない。夢を見て知っている。
そして、ミユだってそれは同じはずだ。ミユはなんでもできるように思えるけど、そ
んなことはない。どんなに力があっても、一人ではその力さえ出てこない。一人では、
心がとても空っぽで、なんだか酷く寒くなる。いい﹃思い出﹄にはならない。
ランサーを失ったイリヤのように。ならば、きっとミユも今、辛いはずだ。
ちょ、ママに見つかっちゃうよ
﹂
!
﹂
!!
︾
!
猫科の大型肉食獣のように、敏捷に跳ね動き、モンスターは美遊を追い詰めていく。
◆
﹁⋮⋮
で、美遊さんがピンチっぽいです
︽すみません、聞き耳立てていまして。それより、ちょっとサファイアちゃんから連絡
つ来るかもわからない。慌てて、小声で話しかけるイリヤだったが、
母がドアを開けた隙間から見てしまうかもしれないし、兄の士郎や、セラ、リズが、い
﹁ル、ルビー
?
笑顔で部屋を出るイリヤだったが、ドアを開けた外には、ルビーが待ち構えていた。
﹁そう⋮⋮行ってらっしゃい、イリヤ﹂
﹁ママ⋮⋮やっぱり私、学校行くよ。きっと心配してるから﹂
512
魔力砲が足止めにもならない。
下手に空中に逃れるわけにはいかない。また宝具を放たれては、逃げ切れるかわから
ない。
武器を日本刀に変えていたが、あの刀自体は宝具ではないだろう。サファイアの鑑定
によると、名刀であるのは間違いない。
銘は﹃九字兼定﹄。1500年代の刀鍛冶、兼定によって鍛えられた刀で、名の通り﹃臨
兵闘者皆陣烈在前﹄の九字が彫られている。森長可ら、戦国武将も使用した名刀だ。
動させるスイッチに過ぎない。武器を変えることで意識を変化させ、魔眼の力をより引
︵それだけでも宝具に成り得る逸品であるけれど、おそらくあの武器の変化は、宝具を発
き出している︶
それが生前から持っていた力なのか、
﹃バロール﹄として召喚されたことで付与された
ものかはわからないが、あのとき襲われた感覚から本能的にわかった。刀が届かない位
置にいても殺されると。
どうやらあの宝具は、
﹃見た物全て﹄を、距離や範囲に関係なく、斬り殺すことができ
る。もし、高所から俯瞰して宝具を発動すれば、町一つをまとめて殺せるかもしれない。
とか﹃夢幻召喚︵インストール︶﹄する余裕を││︶
︵あれを出されたら、どんな防御でも殺される。けど、まだ役目を果たしていない。なん
『23:Wake──覚醒』
513
こちらの攻撃は当たらない。どれほど多くの散弾をばら撒いても、全て避けられる
︶
か、切り捨てられる。なら、別の足止めを考えなくてはいけない。
︵目くらましを
ドッ
こほっ
かはぁっ
!
﹂
!!
イ ン ス トー ル
物理防御のおかげで致命傷にはならなかったが、それがなければ内臓が破裂してい
気配を感じ取り、いるであろう場所に向かって、打撃を叩き込んだだけ︶
︵はっきりと、見えてはいかなかったはず⋮⋮見えていたら、今頃、殺されていた。ただ、
をする。倒れこみたがる体を、どうにか踏ん張って耐える。
呼気が乱れ、悶え苦しむ美遊だったが、必死で飛びそうになる意識を繋ぎ留め、思考
﹁げふっ
!
鳩尾を打突され、吹き飛ばされた。カードが手から離れる。
!!
美遊はカードをかざし、
モンスターがこちらを探している間に、﹃夢幻召喚﹄を完了すればいい。
視界を塞げばその効力は削げるはず︶
︵魔眼はどれほど強力でも﹃見る﹄ことで効果を発揮する。透視や千里眼でもない限り、
上げる。美遊とモンスターを、煙が覆い隠す。
美遊は、周囲一帯の床に向けて魔力砲を放つ。魔力砲は爆発して床を砕き、煙を巻き
!
514
た。
︵カードは⋮⋮
﹂
︶
︶
︶
美遊が、蛇に睨まれた蛙のように、死を待つのみとなった時、
︵死ぬ⋮⋮︶
モンスターが後ろで動く気配を感じる。どう動いても、もはや手遅れ。
たのか。モンスターの位置を見失うとは。
背骨が氷に変わったような感覚。冷静に思考していたつもりでも、やはり混乱してい
︵見られている
煙は、早くも薄れ始めている。そして、背後に立つ者の気配。
美遊は絶望した。
︵⋮⋮しまった
ドを拾い上げたとき、
えながら、美遊は探す。幸いなことに、カードはすぐに見つかった。身をかがめ、カー
そう遠くに転がったわけではないはず。吐き戻しそうな内臓の呻きを抑え、呼吸を整
!
!
!
とてもいいタイミングで、援軍が現れた。
﹁ミユっ
!!
ドゴォッ
!!
『23:Wake──覚醒』
515
高速で飛んできた援軍は、高出力の魔力砲をモンスターに撃ち放つ。美遊へと刃を向
﹂
けていたモンスターは、その魔力砲への対応が間に合わず、まともに喰らった。
﹁大丈夫
﹂
!
答えは決まっている。
﹁友達を、助けに来たんだよ
もう、失いたくないから。
!
﹂
?
セラは、イリヤの内に眠っていた力について、知っていた。ずっと前から、ずっと、
とは⋮⋮。奥様は、なぜわかったのですか
﹁⋮⋮力の封印が解けるなんて、よっぽどのことだとは思いましたが、まさか、聖杯戦争
﹁心配性ね、セラは。イリヤなら大丈夫よ。私の子だもの﹂
鞄を手に、玄関に立つアイリスフィールを見送るセラは、やや沈んだ表情だった。
◆
﹂
その問いは、イリヤにはむしろ意外だった。
﹁なんでってそりゃ⋮⋮﹂
﹁イリヤ⋮⋮なんで
援軍の名はもちろん、
!?
516
眠ったままでいてほしいと祈っていた。だが、その祈りはついに届かず、力は目覚めた。
聖杯戦争││セラたちにとって、あまりに因縁深い儀式によって。
﹁⋮⋮ツテがあってね。教えてもらったのよ﹂
﹂
﹁私は、イリヤさんには普通の女の子として生きてほしい。魔術とは関わりのない世界
で平穏に⋮⋮奥様もそう考えたから、アインツベルンを出て⋮⋮
たいだし、もう守られるだけの子供じゃないわ。親としてはちょっと寂しいけどねー﹂
﹁あの子はちゃんと自分の意志で前へ進んでいる。﹃立ち向かい方﹄も教えてもらったみ
その静かに悟った、覚悟を決めた眼に見つめられ、セラは言葉を失う。
た、戦いの一つの方法に過ぎないの。決して、安楽な道じゃない﹂
﹁そうね、でも⋮⋮逃げ出すことで守れるものなんてないわ。いえ⋮⋮逃げることもま
!
﹁ど、どうか安全運転で⋮⋮﹂
嗣が待ってる﹂
﹁さてと⋮⋮それじゃ、そろそろ行くわね。飛ばせば、昼には空港に着くわ。向こうで切
と。
んなアイリに感謝する。この優しい人が、自分の主人であるのは幸運なことなのだろう
セラを元気づけ、励ましながらも、ちょっと困ったような微笑みを向ける。セラはそ
﹁奥様⋮⋮﹂
『23:Wake──覚醒』
517
アイリの運転を思い出し、セラの声が震える。かつて、英霊でさえ血の気が引いた彼
女の運転は、セラの忠誠心をしても同乗したくないものだった。
﹂
!
﹃思い出﹄を力にして、一人ではなく、家族と共に。
﹃思い出﹄を胸に、アイリは未来へ進む。
⋮⋮ねぇ、﹃F・F﹄﹂
﹁私も、イリヤのサーヴァントに会いたかったな⋮⋮。会って、貴方の話をしたかったわ
女のことを、思い出す。
10年前、アイリのサーヴァントであり、生まれてから最初の友達になってくれた彼
を強くしてくれたでしょうから﹂
﹁でも、良かったわ。彼女の友達が、イリヤのサーヴァントだったのなら、きっとイリヤ
アイリは、10年前を思い出す。
﹁ちゃんと生きて、﹃思い出﹄をつくっていかないと、彼女に申し訳ないものね﹂
ドアを開け、アイリは外へと踏み出す。新たな戦いの待つ世界へ。
﹁はい⋮⋮行ってらっしゃいませ、奥様
﹁私も戦ってくるわ。イリヤの⋮⋮ううん、私たちの日常を護るために﹂
518
『23:Wake──覚醒』
519
⋮⋮To Be Continued
﹃24:Xover││交差﹄
遠坂時臣は生き残ったが、戦友の死が堪えたのか、早々に娘に当主の座を譲り、隠居
体も見つかっていない。
しかし、第4次冬木聖杯戦争の中で、言峰璃正は死亡。言峰綺礼は行方不明となり、死
いいと考え、遠坂家に全面的に協力した。
渡すよりは、親交があり、根源を目指すことのみを目的とした遠坂時臣の手に渡す方が
聖堂教会は、世界を乱す可能性のある聖杯を、何を考えているかわからない魔術師に
いた。彼は聖堂教会から魔術協会に派遣され、時臣の弟子として魔術を学んでいる。
行者として動いていた人物。聖遺物の管理・回収を使命とする第八秘蹟会に席を置いて
言峰璃正の息子、言峰綺礼もまた、遠坂時臣と関係が深い。言峰綺礼は聖堂教会の代
信徒であったことを縁とし、5代目当主遠坂時臣と言峰璃正も友人関係である。
が深い。数百年前、聖堂教会が日本において禁教とされていた頃、遠坂家が聖堂教会の
冬木のセカンドオーナー、遠坂家は、聖堂教会から派遣されている言峰璃正との関係
︻聖堂教会の一資料より︼
520
している。
なおこの時、聖堂教会からは聖杯戦争を監督するための人員が多く派遣されたが、運
命の嵐のように凄まじい、英霊同士のぶつかり合いに巻き込まれ、命を落とした者も少
なくない。
後日収集された情報も、あまりの危険と混乱の中では、どうしても抜けが多く、不正
確である。それでも第4次冬木聖杯戦争についての情報は魔術協会よりも我々の方が
多く集めている。これは、我々が所有しているの資料の半分以上を持ち帰った、エンリ
コ・プッチ神父の功績が大である。
◆
なので責めるわけにはいかない。
イリヤに仕事をさせたくなかった美遊は、文句を言おうとしたが、助かったのは事実
い﹂
﹁サファイア⋮⋮イリヤには言わないでと⋮⋮ううん⋮⋮きっと、これで正解だから、い
ファイアはルビーに救援を乞うたのだ。
カ レ イ ド ス テ ッ キ に は 電 話 の よ う に 無 線 連 絡 を 行 う 機 能 も あ る。そ れ を 使 っ て サ
︽申し訳ありません、美遊さま。私が姉さんに連絡したのです︾
『24:Xover──交差』
521
﹁
なんでサファイアが謝ってるのか、よくわからないけど⋮⋮﹂
︽しまらないですねー、イリヤさん︾
﹁えっと⋮⋮カッコつけて来たのはいいけど、私、何すればいいのかな
を見つめていた。
﹂
傷はなく、その顔には怒りをはじめとした表情は何一つない。ただ静かに、新たな敵
モンスターは何事もなかったように立ち上がる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
に、
美遊とサファイアの会話の内容がよくわからず、首を傾げるイリヤ。そうしている間
?
﹁申し訳ないけど、なるべく急いで。正直、1分持ちこたえられるか自信がない﹂
﹁﹃夢幻召喚﹄って、ええっと、どうすれば⋮⋮﹂
イ ン ス トー ル
まで、モンスター相手に時間を稼いでほしい﹂
女のままで戦える相手じゃない﹃夢幻召喚﹄したら、今度はイリヤが、私がいいと言う
イ ン ス トー ル
﹁もう少し、私が時間を稼ぐから、セイバーを﹃夢幻召喚﹄して。あれは、通常の魔法少
イ ン ス トー ル
美遊は、持って来ていた3枚のうちの1枚、セイバーのクラスカードをイリヤに渡し、
リヤに、少し気が抜け、そしてとても安堵した。
イリヤは美遊に向かって、恥ずかし気にたずねる。美遊はそのいつもと同じ様子のイ
?
522
イ ン ス トー ル
﹁あっ、ちょっ、ええっ
﹂
自分で言ったじゃありませんか。﹃考えるな
空想しろ
﹄って︾
!
そして、飛行訓練の時の、アヴドゥルの言葉を思い出す。
イリヤは、セイバーのカードを手に取る。
﹁よぉし⋮⋮﹂
しまったのだ。その足取りは、先ほどよりも機敏で、力強く踏み込んでいた。
そうは言っても、イリヤにはやる以外ない。既に美遊はモンスターに向かっていって
﹁ううーん、我ながら、いい加減なこと言ったもんだなぁ﹂
!
︽一度できたんですから、またできて当然と思うんですよ。美遊さんの飛行訓練の時、ご
でやったという気がしない。どうすれば﹃夢幻召喚﹄できるのかわからないのだ。
イ ン ス トー ル
最初に﹃夢幻召喚﹄を行ったのはイリヤだが、その時のことは夢の中のようで、自分
?
ゴウッ
!!
﹁﹃夢幻召喚﹄
イ ン ス トー ル
﹂
イ ン ク ルー ド
魔力を浸透させ、カードの奥にある力を手繰り寄せるイメージで││
そして、かつてセイバーのカードで﹃限定展開﹄した時より、もっと深く、カードに
きて当然﹄⋮⋮︶
︵﹃息を吸って吐くことのように、アルミ製の空き缶を握り潰すことのように﹄⋮⋮﹃で
『24:Xover──交差』
523
!!
魔力を注ぎ込んだ瞬間、イリヤは美しい鎧をまとい、ルビーが聖剣へと変身する。
これこそは、アーサー王。過去の王にして、未来の王。ブリテンに最後の輝きをもた
らした、誉れ高き騎士王。
聖杯戦争において最優のクラスとされる﹃セイバー﹄に当てはめられ、クラスカード
となった英霊の中でも、バーサーカーと並ぶ戦闘能力を誇る、大英雄。
﹂
﹂
︾
この力でなら、モンスターにも対抗できる。いや、このくらいの力でなければ、対抗
成功した
できない。
!
!
けなしたの
!
﹁やった
︽さすがはイリヤさん
?
頭の作りがシンプルなのは強いですね
﹁⋮⋮今の、褒めたの
!
が斬り殺されるということになりますので⋮⋮セイバーの身体能力を活かして、逃げ惑
︽下手に剣を打ち合わせたら、剣を斬り殺されるかもしれません。つまり、この場合、私
が途方もない存在であることはわかる。
イリヤには魔眼のことなどわからないが、ルビーが真面目であるという時点で、相手
ら、あれは魔眼というカテゴリーにさえ収まらないシロモノかもしれません︾
持っています。魔眼のクラスで言えば、
﹃宝石﹄を超えた最高位の﹃虹﹄││もしかした
︽それより、気をつけてください、イリヤさん。あの眼は、それだけで英霊を超える力を
?
524
う方向で時間稼ぎしてくれると、その、とても助かります︾
ルビーの声はちょっと怯えている。今までも凛によく叩きのめされて、英霊相手にも
しぶとく耐えてきたルビーだが、今回ばかりは本気で破壊されるかもしれないのだから
無理もない。
インビジブル・エア
イリヤは聖剣を上段に構える。同時に、聖剣を中心に風が渦を巻く。魔力を伴い、激
﹁うん。私も怖いから、その方向でいいよ。相手が、許してくれればだけど⋮⋮﹂
しく咆哮をあげる。
それは聖剣に施された風の加護││︻風 王 結 界︼。本来は、風を纏うことで光を屈折さ
せ、剣身を見えなくするために使うもの。だが、風を凝縮するという特性を利用し、凝
ストライク・エア
﹂
縮した風を一気に解き放つことで、一度だけ、攻撃に使うことができる。
!!
﹂
!!
﹁⋮⋮やっぱり﹂
それだけで、風の槌は急速に力を失い、そよ風となって消えていく。
小規模の嵐に等しい攻撃に、モンスターはスッと短刀を突きつけ、クイと手首を捻る。
対して、モンスターは見えざる風を、鋭く見据え、短刀をかざす。
﹁っ
烈風がモンスターに向けて叩き付けられる。
﹁︻風王鉄槌︼
『24:Xover──交差』
525
︽空気を斬る⋮⋮いえ、殺す、ですか。アヴドゥルさんの炎を殺せた時点で、これくらい
はできると思っていましたが、いやはや、これじゃどんな攻撃も届きませんよ︾
エ
ク
ス
カ
リ
バー
モンスターの﹃直死の魔眼﹄の前には、どんなに威力のある攻撃も殺されてしまう。
たとえ、セイバーの最強の宝具︻約束された勝利の剣︼を放ったとしても、あの膨大
な光の奔流に、小さな短刀を少し当てるだけで、切り裂き、無効化してしまうに違いな
い。
あの、幾度殺しても蘇ったバーサーカーでさえ、その蘇生の力ごと一度に殺されて、復
活できないようにされてしまうだろう。
全ての息の根を絶つ最強の﹃矛﹄にして、あらゆる攻撃を無に帰す無敵の﹃盾﹄。﹃死﹄
ストライク・エア
という名前の完璧な﹃矛盾﹄を持つ者││それがモンスターだ。
しかし、︻風王鉄槌︼が無意味であったわけではない。
﹂
モンスターの碧い眼は、美遊から離れ、イリヤの方へ向けられていた。
﹁あとはミユが役目を果たすまでの時間を稼ぐ、と⋮⋮どれくらい
﹁ええい
やってやるぅッ
!
﹂
恐ろしい。だが、やるしかない。
でしょうけれど︾
︽サファイアちゃんによれば、3分あれば充分とのことです⋮⋮極めて長い、3分になる
?
526
!!
◆
イリヤが前に出て、モンスターに斬りかかると同時に、美遊が後ろに下がる。
﹂
戦いよりも、恐ろしい。その恐怖が動きを鈍らせている。
てしまっている。それが、身をすくませる。心を怯ませる。今までのサーヴァントとの
あの魔眼に見られ、自身の﹃死﹄が浮き上がっていることを、理屈ではなく感じ取っ
が、感じているんだ。﹃死﹄を︶
︵今までのサーヴァントに比べ、際立って身体能力が高いわけではない⋮⋮ただ、本能
届いていただろう。
美遊としては実に良いタイミングだった。あと数秒遅れていたら、美遊の身に、刃が
﹁はあっ、はあっ
!
﹂
!!
イ ン ス トー ル
︵アーチャーの力。実際に使っているのを見た。イリヤが﹃夢幻召喚﹄したのを見た。あ
最初にイリヤが﹃夢幻召喚﹄して見せた英霊の力。
イ ン ス トー ル
カードから光がほとばしり、赤い外套をまとう、弓騎士の力が呼び出される。
﹁﹃夢幻召喚﹄
イ ン ス トー ル
美遊は、クラスカードを手にし、
ない。早く、対策を見つけないと︶
︵それに純粋な戦闘力も向上している気がする。これ以上強くなったら、手が付けられ
『24:Xover──交差』
527
の武器を次々と出現させる力の本質は﹃投影魔術﹄︶
ルヴィアやサファイアの考えであるが、アーチャーの使っていたのが投影魔術である
とすれば、それは既存の物体を解析し、それとそっくり同じものを魔力によって構成す
る魔術。本来は、効率が悪いうえに、長続きせず、すぐに消滅してしまうもので、とて
もアーチャーのようには使えないものだ。
アーチャーのそれは規格外なのであろう。流石に英霊となっただけのことはあると
いうことだ。しかしそれは今、重要なことではない。重要なのは、
﹃投影魔術﹄には前段
階に﹃解析﹄があるということ。
︶
!
!
られない。すぐに離脱しなければ。
イ ン ス トー ル
知るべきことを知ったら、美遊はすぐに﹃夢幻召喚﹄を解いた。イリヤに無理はさせ
﹁⋮⋮わかった﹂
ンスターがなぜ動かないのか、理解することに成功する。
モンスターの、その内部に秘められた聖杯の構成を見通し、そして、一番重要な、モ
たが、友の命がかかっている美遊には、酷く長く思えた。
そしてアーチャーと同化した美遊は、解析を行う。せいぜい百と数十秒の時間であっ
ントは無理でも、核となっている聖杯ならば
︵アーチャーの力を得た今なら、モンスターを解析できるはず 召喚されたサーヴァ
528
︵彼のことが分からなかったのは、少し残念だけれど︶
英霊化した時は、英霊の人生や想いが、微かに見えたり、感じ取れたりするようなの
だが、それを見る暇も余裕もなかった。
美遊にはそれが心残りだ。何か、少し、アーチャーからは奇妙な既視感を感じていた
のだが。それも悪くはない何かを。
︵今は、それどころじゃないか︶
﹂
終わったよ
﹂
美遊は後ろ髪を引かれる気分だったが、もっと大事なことに意識を集中させる。
﹁イリヤ
﹁わかった
!
!
成長というのではなく、本来の動きを取り戻しているのだろう。昨日は魔眼で見る
モンスターの動きがみるみるうちに、良くなっているのがわかるのだ。
イリヤは内心、安堵した。
!
ているとはいえ、所詮、使っているのは小娘にすぎない。
いかにセイバーを﹃夢幻召喚﹄しているとはいえ、限界は近かった。英霊の力を借り
イ ン ス トー ル
経をすり減らしてくる。
になり、技を使ってきている。時折、拳や蹴りを使い、フェイントも混ぜ、イリヤの神
﹃死﹄を、ただ狙って斬りかかるだけの、単調な動きだったが、今は短刀の振り方も多様
『24:Xover──交差』
529
﹁で、でもどうするの
昨日はランサーの宝具でやっと逃げたのに⋮⋮﹂
?
﹂
!
イ ン ス トー ル
そして、逃亡用のカード。
イ ン ス トー ル
美遊は床を蹴り、イリヤへ体当たりするように抱き着く。
早く逃げ延びねばならない。
限界がある。
つい。カレイドステッキで無限に供給されるとはいえ、美遊が使い続けられる魔力には
鮮やかな速度で﹃夢幻召喚﹄を行う美遊。﹃夢幻召喚﹄を行うための魔力もそろそろき
﹁﹃夢幻召喚﹄﹂
イ ン ス トー ル
モンスターと渡り合う接近戦能力を持つセイバー。
解析のためのアーチャー。
カードは、3枚。
駆使してかわすイリヤを見守りながら、美遊は新たなカードを出す。今回、持ってきた
魔眼に関係なく必殺の威力を持つであろう突きを、セイバーのスキルである︻直感︼を
だす余裕はなくなった。
聞きとがめるイリヤだったが、モンスターの短刀が鋭く突きつけられたので、問いた
﹁えっ、今、多分って、ひいっ
﹁モンスターは宝具を出していない。そして私たち二人だけなら逃げられる⋮⋮多分﹂
530
﹁え
﹂
を貫く前に、
シュバァッ
去った。
桜の花が散るように、イリヤと、そして美遊の姿がばらばらに弾け、その場から消え
!!
ターの刃がイリヤの顔目がけて迫る。悲鳴をあげる間もなく、迫る死の切っ先がイリヤ
美遊に抱き着かれ、戸惑ったイリヤは、足を止めてしまう。その隙を逃さず、モンス
!?
ダッ
◆
彼女は、静かに時を待つ。
者のいなくなった広間で、モンスターはまた静かに佇む体勢に戻った。
どうやら、この戦いによって警戒レベルが引き上げられたらしい。そして、誰も見る
床を蹴って跳びまわり、使い魔を一匹残らず斬殺した。
!!
ただ、広間に何匹か、使い魔がいるのを視認し、
を見回し、イリヤたちがいないことを確認した。
モンスターは空間を抉るにとどまった刃を、無感情に降ろす。そして、いったん周囲
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
『24:Xover──交差』
531
﹁え
あれ
こ、ここは
?
﹂
?
美遊は紫色のローブをまとっていた。
﹁それ⋮⋮キャスター﹂
﹁そう。魔術でここまで逃げてきた﹂
私まで連れて瞬間移動できたんだ
!
いきれなかったようだ。
﹁凄い⋮⋮
﹂
能となった、魔法に近い大魔術。空間を超えての逃亡には、流石にモンスターの眼も追
瞬間移動。神代の大魔術師であるキャスターのカードを﹃夢幻召喚﹄したからこそ可
イ ン ス トー ル
しいとわかり、ほっとして、いまだに抱き着いている美遊を見る。
イリヤは気が付けば、地下から日の当たる地上にいた。どうやら無事に逃げられたら
?
ともあれ、無事に帰ってきた二人に、地上で待っていたアヴドゥルが声をかける。
﹁おかえり、美遊くん、イリヤくん﹂
られたが、手の内を知られた以上、次もモンスターから逃げられるとは期待できない。
イリヤは感心するが、美遊は自分の使った魔術の限界を感じ取っていた。今回は逃げ
の、逃がすことに特化した宝具だからこそ、逃げきれたんだと思う﹂
は、逃げきれないと思う。あの宝具は、きっと空間も斬り殺して追ってくる。ランサー
﹁私の力じゃ、多分これが限界だけど⋮⋮それに、モンスターが前に使った宝具が相手で
!
532
﹂
﹁ふっ、まあ礼を言ってあげてもよろしいですわよ、イリヤスフィール。いっそ遠坂凛か
ら私の陣営に移りませんこと
を謝りなさいよ
﹂
﹁勝手に勧誘するんじゃない それより勝手に私のクラスカードを持っていったこと
て、イリヤを追ってきた凛が、ルヴィアをジト目で見ている。
傲慢ではあるが、それが妙に映える態度でルヴィアが言う。イリヤは苦笑する。そし
?
!
のですか
﹂
﹁そもそも全部私の収穫になる予定だからいいのですわ。それより美遊。上手くいった
!
ルヴィアの問いかけに、美遊は頷く。
?
ので、運転手は魔術で洗脳した一般人である。
い色の、どこにでも走っている国産の乗用車。﹃ドレス﹄の構成員はもう皆、脱出済みな
うちの一台が、二人の前で停まる。﹃ドレス﹄が調達した、町を出るための自動車だ。黒
深夜の町では、多くの人々は寝静まり、自動車の数も少ない。その数少ない自動車の
冬木の郊外に、黒ローブの怪人と、血生臭いメイドがいた。
◆
ミットは、明日の日の出までです﹂
﹁わかりました⋮⋮なぜモンスターが動かないのか。そして、結論から言えば、タイムリ
『24:Xover──交差』
533
﹁残念ね。折角待っていたのに、結果を見れずに出ていくなんて﹂
﹂
!?
に防御されているはず。常人であれば、声をかけるなどありえない。
セレニケは動揺して振り返る。彼らの姿は、魔術によって、誰の関心も引かないよう
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁誰
背後から声がかかった。
﹁まあ、そう焦るなよ﹂
ミセス・ウィンチェスターが自動車のドアを開けた時、
﹁行クゾ﹂
実に無念であった。
セレニケは残念そうだった。イリヤたちが無残な屍をさらすところを見れないのが、
﹁仕方ないか⋮⋮﹂
それがわかるくらい、楽しそうだった。
ミセス・ウィンチェスターの声は、むしろ滅びた方が面白いと感じているとわかった。
ノ町ハ滅ブダロウカラナ⋮⋮﹂
聞クコトハデキタ。アノ話ドオリナラ、今日ノウチニ決着ハツク。奴ラガ敗レタラ、コ
﹁コレ以上ハ、無理ダロウカラナ。使イ魔モ消サレテシマッタ。ソレデモ、凛タチノ話ハ
534
一方、ミセス・ウィンチェスターは落ち着いたものだった。隙を見せぬ動きで、振り
返る。
開じゃないか。こんなのちっとも面白くないね﹂
﹁よぉ、さんざんやってくれた挙句、自分たちだけ尻尾巻いて逃げるなんて、興醒めな展
現れたのは男だった。まだ20代の若さだが、自信に満ちた様子である。
﹁まあお前らに面白さなんか期待していないから、別にいいさ。とっとと情けなく逃げ
ていいぜ。主役は別にいるんだしな﹂
先ほどまでの楽し気な様子は消え、ミセス・ウィンチェスターは苛立たし気に、男と
﹁⋮⋮外側カラ見テイタダケデ、動カナカッタ男ガ、ヨク煽レルモノダ﹂
向かい合う。
いだろ
﹂
﹁それに、アーチャーを召喚するはずだったサイコや、ランサーの元マスターが記憶をい
﹃男﹄のものだった。
ミセス・ウィンチェスターの声が、偽物のものから肉声へと切り替わる。その声は
桐の土地にたどり着くことができたのは不思議だったが、それは⋮⋮﹂
?
?
﹁⋮⋮ふん。なぜここにいる
いや待て⋮⋮そうか、セイバーが敗れてから、すぐに間
﹁なんだ、そのキンキン甲高い声は。本当の声で話せよ。僕はもう知っているんだか、い
『24:Xover──交差』
535
﹂
じられていたこと⋮⋮なるほど、貴様ならばできる。貴様が、アーチャーのマスターに
なっていたのか
!
折角、サーヴァントという手駒もあったのに﹂
?
レス﹄の意志に反するがゆえに殺せない。それが悔しく、非常に面白くないのだ。
スターであるという理由で殺せただろうに、今からでは殺しても無駄な殺しになり、
﹃ド
えば、ミセス・ウィンチェスターは従わなくてはいけない。聖杯戦争中であれば、敵マ
﹃ドレス﹄の所属である以上、
﹃ドレス﹄が揉み消す手間をかけたくないから殺すなと言
アーチャーのマスターのことを、非常に忌み嫌い、即刻殺したいと思っている。だが、
マスターを小物だと思っているだろうが、ミセス・ウィンチェスターは違う。
い顔であった。確かにミセス・ウィンチェスターの言う通り、
﹃ドレス﹄はアーチャーの
その男││アーチャーのマスターは、ミセス・ウィンチェスターに侮辱されても涼し
いるにすぎない﹂
さなければいけないほど、貴様に危険性はない。取るに足らない小物だから、見逃して
であり、殺した後で騒ぎにならぬよう揉み消す手間がかかる。その手間をかけてまで殺
﹁⋮⋮うぬぼれるな。貴様を殺すのはいつでもできる。ただ貴様は表社会で多少、有名
たんじゃないか
ではないと切り捨てていたんだろうが、わかっていたのなら、この機会に僕を殺してい
﹁気づくのが遅かったな。所詮、実験⋮⋮勝利が目的ではないため、わからなくても重要
536
そして、アーチャーのマスターは、ミセス・ウィンチェスターが悔しがっていること
を、とても小気味よく思っている。
アーチャーのマスターも、ミセス・ウィンチェスターのことを非常に忌み嫌っている
のだ。
﹁勤め人は辛いな。まあ趣味を楽しむにも仕事はしなくちゃいけないからな﹂
﹁⋮⋮朝、アイリスフィールが日本に戻ったという報告があったが、アイリスフィールに
聖杯戦争と、娘のことを教えたのも貴様か﹂
るくらいの義理はあるさ﹂
﹁ああ、アイリスフィールとは、10年来の知り合いだし、娘が無茶していることを教え
10年前。ミセス・ウィンチェスターも思い出す。
あの頃に、ミセス・ウィンチェスターも、アーチャーのマスターと出会った。あの戦
争の中で。
?
﹂
﹁くだらない挑発には乗らない。だが貴様、一体なぜアーチャーのマスターになった
?
﹂
﹁この聖杯戦争に参加することになったのは偶然さ。この町には別の目的で来たんだ。
?
人じゃな。けど、一人なら相打ちに持ち込む自信はある⋮⋮試すか
僕だって、別にここでお前をどうこうできると思っちゃいない。一人ならまだしも二
﹁そう殺気立つなよ。ここでやり合う気はない、とっとと逃げていいって言っただろ
『24:Xover──交差』
537
蝉菜マンションの怪談という噂を調べに。そちらはそれなりに調査したけどね﹂
しかし、たまたまサイコ・ウェストドアーのアーチャー召喚を目撃して、口封じに殺
されそうになったために返り討ちにし、サーヴァントと令呪を譲渡させ、サイコの記憶
を消した。
ランサーの元マスター、マナヴ・ソービャーカの放ったコウモリを操り、根城を突き
止め、マナヴもまた操って警察に突き出した。
セイバーと戦うアーチャーを支援し、最後にはセイバーを止めて、アーチャーにとど
めを刺させ、情報も奪い、オンケルの居場所を突き止めた。
イリヤスフィールが何に巻き込まれているかを、母のアイリスフィールに教えた。
これらのことは、全てその場の流れで行われたことで、アーチャーのマスターにとっ
てはボランティアに過ぎない。教会も協会もスピードワゴン財団も、関係ない。
﹁お前たちが意気揚々と脱出するのがムカついたから、嫌な気分にしてやろうと思って
で、情報を得られずに終わっただろうに。
そうすれば、ミセス・ウィンチェスターはアーチャーのマスターの正体を知らぬまま
﹁⋮⋮そもそも、なぜここにいる。なぜ、私の前に姿を現した﹂
あったがな﹂
﹁まあ、お前が参加しているってわかったから、ちょっと邪魔してやろうという悪意は
538
な﹂
純粋な嫌がらせであった。
までもなく、破滅するぞ﹂
﹁ち⋮⋮好奇心を抑えることも、身の程を弁えることもできないようでは、私が手を下す
破滅するか⋮⋮それはそれで、いい経験になりそうじゃないか﹂
ミセス・ウィンチェスターは、殺意を込めて睨む。
愉快で、忌々しい奴だ﹂
聖杯戦争で、あの時のこの町で、貴様を殺せなかったのがつくづく悔やまれる。全く不
の邪悪も醜悪も貪り喰らって、より大きく、より強くなる。決して潰れぬ。10年前の
れてさらけ出されようが、貴様は蘇ってくる。与えられた苦痛も屈辱も糧として、自身
﹁⋮⋮つくづく、嫌な奴だ。どれほどその身と心を痛めつけようが、己の醜さを腑分けさ
いる。たとえ身を滅ぼすことになっても、彼は滅びっぱなしで終わりはしない。
アーチャーのマスターは本気だった。本気で破滅しても、それはそれでいいと考えて
﹁そうかい
?
道を外れた。快楽のために人を殺すことを受け入れたお前が、僕は大嫌いだ﹂
いが、そんなことは僕の知ったことじゃない。だがお前は道を外れた。あの10年前に
に呪われた人生を送った結果なのか⋮⋮お前なりの悲劇や葛藤があったのかもしれな
﹁僕もお前が嫌いだ。お前が生まれついての悪なのか、ミセス・ウィンチェスターのよう
『24:Xover──交差』
539
アーチャーのマスターは、嫌悪をこめて吐き捨てる。
きしべろはん
イリヤたちは、間桐の地下室に戻ってきた。
◆
﹁魔法少女ものか⋮⋮ちょうど連載中なんだから、いいネタになってもらいたいものだ﹂
かった。
イリヤたちが負ければ、自分も死ぬかもしれないのに、彼はこの町から動く気はな
帰ろうと。
で、能力もパワー型でない自分では、戦闘には参加できないが、せめて結果を見届けて
アーチャーのマスター、岸部露伴はそれを見送りもせず、冬木のホテルに戻る。生身
木の町を去っていく。
ミセス・ウィンチェスターこと、言峰綺礼は、セレニケと共に自動車に乗り込み、冬
互いの名を呼んで、会話を終えた。
﹁お前に⋮⋮できるものならな。言峰綺礼﹂
ことみね き れ い
﹁いずれ⋮⋮貴様を殺すのは私だ。岸部露伴﹂
不倶戴天の二人は、
﹁外道神父め﹂
﹁漫画家如きが﹂
540
相変わらず、モンスターは静かに佇んでいる。手には短刀と、クラスカード。何も変
わっていない。だが、内部では少しずつ、変化が進んでいるはずだ。
モンスターはまだ完全ではない。ランサーを取り込みきっていないのだ。
︵ミユが解析したモンスターの内部⋮⋮モンスターは聖杯と一体化していて、倒したラ
ンサーを取り込んでいる。けれど、ランサーが抵抗している︶
普通だったら幾ら英霊とはいえ聖杯に吸収されるのを、抵抗することはできない。だ
が、モンスターと一体化したことで、聖杯の機能が歪んだため、抵抗の余地ができた。ラ
ンサーが精神の化身であるスタンドを操る能力を持っていたことも理由の一つだ。
アヴドゥルの話によれば、彼の仲間は、夢の中から攻撃してくるスタンド使いと戦っ
たことがあるという。夢を通じて、他者の精神を自分のつくった﹃悪夢の世界﹄に取り
込み、攻撃する。悪夢に取り込まれた精神は無防備状態で、スタンドを出して抵抗する
こともできない。だが、最初からスタンドを出したまま眠りにつけば、戦える状態の精
神で夢の中に入ることができるのだという。
それと同じように、スタンドを使いながら倒れ、聖杯に吸収されたランサーは、無防
︶
備ではなく戦える精神であった。だから聖杯とも戦い、吸収に抵抗できているのだとい
うのが、アヴドゥルの推測だ。
︵推測が当たっているかはともかく⋮⋮ランサーはまだ戦っている
!
『24:Xover──交差』
541
それでも、聖杯に勝つことはできない。最後には吸収される。抵抗の限界は、朝日が
昇る頃。そしてランサーが完全に吸収されれば、モンスターが完成する。
能力は数倍に跳ね上がり、何より宝具の力が飛躍的に上昇する。一目で町全体の﹃死﹄
を見つめ、その全てを切り裂けるだろう。冬木の町を滅ぼすのに、数分程度であろうか。
その力で暴れられれば、本気で日本が壊滅しかねない。
⋮⋮To Be Continued
これが最後の、決して負けられない戦いの幕開けであった。
イリヤはクラスカードを取る。
︵その前に、倒すしかない︶
542
﹃25:Yarn││織糸﹄
これらは本家以上の規模で行われた聖杯戦争であるが、聖杯を完成させ、儀式が達成
世界を終わらせる黙示録を達成させかねなかった﹃東京聖杯戦争﹄
魔術と異能の混然一体﹃杜王町聖杯戦争﹄
夢と悪夢の競演﹃スノーフィールド聖杯戦争﹄
かのアルカトラスの第七迷宮を舞台とした﹃迷宮聖杯戦争﹄
太平洋戦争末期の日本で行われた﹃帝都聖杯戦争﹄。
中には本家にも匹敵する儀式を成功させたこともある。
そんな下手な鉄砲数撃てば当たるという言葉で評価される、これらの儀式であるが、
形で、何とか儀式として成立する。
込んでいる段階で聖杯が爆発。最後の一つが本家の冬木聖杯戦争より遥かに劣化した
百の聖杯戦争のうち、九十五は準備段階で頓挫、残りの五つの内、四つは魔力を注ぎ
争が行われてきた。
この数十年、聖杯戦争という儀式の仕組みが流出し、数えきれないほどの亜種聖杯戦
︻ある魔術師のノートより︼
『25:Yarn──織糸』
543
できたかと問われれば、ほぼノーである。
結局、どれほど有望に見えていようと、聖杯戦争は参加に値する賭けではないと結論
するしかないのだ。
それでも、聖杯戦争を行う者、参加する者は後を絶たないだろう。そもそも、魔術師
という生きざま自体が、根源に到達できるか否かという、ほぼ勝ち目の無いギャンブル
﹂
であるのだから。
◆
マジシャンズ・レッド
﹁︻魔術師の赤︼
﹂
!
だがアヴドゥルはひるまず、スタンドで蹴りを放つ。確かにモンスターの速度は目に
﹁フンッ
床を蹴って一瞬で間合いを詰める。狙いはアヴドゥル。
に移る。
る。炎の檻の中に空いた穴を抜け、アヴドゥルの攻撃を切り抜けたモンスターは、攻勢
スターは、短刀を一閃する。モンスターから見て右側の炎が全て殺され、揺らいで消え
ターを囲み、逃げる隙間をなくす。だが、あらゆる方向から襲い掛かる炎を睨んだモン
まず攻撃を仕掛けたのはアヴドゥルであった。10個の炎の十字が放たれ、モンス
!!
544
マジシャンズ・レッド
も止まらぬものだが、彼女より遥かに速いスタンドとも戦ったことがあるアヴドゥルに
とって、とらえることは容易い。
モンスターは再度床を蹴りつけ、天井近くまで跳んで︻魔術師の赤︼の、炎をまとっ
﹂
たキックをかわした。そして、跳んだモンスターは、当然落下する。落下地点にいるの
は、イリヤ。
﹁ランサーのカードを、渡してっ
魔力砲もさきほどの炎同様、炎で炙られた雪のように、形を失って消える。
モンスターは短刀ではなく、カードを持った方の手を、魔力砲へ突きつける。すると、
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
スターに、叩き付けられる。
イリヤもまた勇んで攻撃を仕掛ける。極大の魔力砲が、空中で動きの自由がないモン
!
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
素手よりも正確に﹃死の線﹄をなぞり切れる。
持つ方の手で殺さなかったのは、イリヤの方をより確実に殺すために。鋭い切っ先は、
ルビーが冷静に分析する中、モンスターが頭上からイリヤを襲う。魔力砲を、短刀を
ができるようですね︾
︽やっぱり、短刀であろうと拳であろうと、
﹃死﹄に触れさえすれば、対象を滅ぼすこと
『25:Yarn──織糸』
545
無言のままに、モンスターはイリヤの前に降り立ち、流れるような動きで短刀を振り
﹂
下ろし、
﹁⋮⋮
﹂
﹁魔眼には魔眼⋮⋮
﹂
キュ
ベ
レ
神話伝説の中に語られる中でも、特に有名なもの。
!!
クスを身にまとった少女。ライダーを﹃夢幻召喚﹄した美遊であった。
イ ン ス トー ル
その眼差しをモンスターに投げかけるのは、肩を露出したドレスと、長い手袋とソッ
ギリシア神話に語られる、メドゥーサの﹃石化の魔眼﹄。
イ
ただ見るだけで奇跡を起こす、堂々たる反則。すなわち、﹃魔眼﹄。
魔力を秘めた、四角い瞳。
そして見つけた。
囲を見据える。
ンスターは、その原因を探す。まだかろうじて動く首を、ゴリゴリと無理矢理動かし、周
モンスターの表情に驚きの色が、微かに混じる。獲物を前にして、体が固定されたモ
﹁⋮⋮
ギシギシと、油の切れた玩具のように、四肢の動きが鈍い。いや、動かない。
イリヤを切り裂く前に、動きを止めた。
?
!
546
﹁やったよミユ
ゴゴウッ
﹂
イリヤは戦友に声をかけながら、ルビーを振りかぶり、至近距離から魔力砲を放った。
!!
﹁駄目押し⋮⋮
﹂
初めて、モンスターにまともな攻撃が当たる。衝撃で宙を舞うモンスターに、
!!
﹂
!! !
て襲い掛かる。
ボボボボボォォォォオオッ
けれど、凛たちの魔術で封印するのはタイミングを合わせるのが難しい。だが、手持
じられれば無力。つまり、動きを封印すればいい。
モンスターの魔眼は強力だが、魔眼で浮かび上がった﹃死の線﹄を攻撃する手段が封
引き付け、その隙に、美遊がライダーの力を﹃夢幻召喚﹄する。
イ ン ス トー ル
これが、イリヤたちの最初の作戦。アヴドゥルやイリヤの攻撃でモンスターの注意を
イリヤは、この機を逃さず更に魔力砲を放とうと、ステッキを振りかぶる。
スターは高く打ち上げられた。
並みのサーヴァントならそのまま消滅する威力を持った、更なる爆風に煽られ、モン
!!
凛とルヴィアが、宝石の魔力を開放する。灼熱と烈風が、モンスターへの追撃となっ
﹁行きますわよ
『25:Yarn──織糸』
547
ちのカードには、一睨みするだけで、動きを封印できるものがあったわけだ。
ライダーの﹃石化の魔眼﹄はイリヤの魔力砲を殺した直後から、モンスターに向けら
れており、徐々にその動きを鈍らせ、イリヤが殺されかけるギリギリで完全に静止させ
ることができた。
ギリギリで静止させられたのは完全に運であり、あとちょっとでイリヤは死んでいた
ところだ。モンスターが止まった時には、全員が心から安堵した。イリヤに至っては泣
きそうだった。
﹂
ともあれ、
シュート
﹁砲射ッ
キュガッ
﹁痛ッ
﹂
刀で薙いだ。
美遊はもう一度、モンスターの動きを止めようとするが、対するモンスターは空を短
り、わずかながらも効果が弱まってしまったのだろう。
魔力砲が両断される。爆炎で、
﹃石化の魔眼﹄がモンスターの姿を正確に捉えられなくな
モンスターを覆っていた爆炎が切り払われた。そして、再度振るわれた短刀により、
!!
極大の魔力砲が再び、放たれる。だが、またも魔力砲が当たる前に、
!!
548
!
美遊が目を抑える。両目に鋭い痛みが走り、モンスターの姿が視界から弾けるように
消えた。もう一度モンスターを見るが、白い霧がかかったように、ぼやけて見える。他
︶
の物は普通に見えているのに、モンスターだけがはっきり見えない。
視線を殺されたのだ。
ろうが、常識外れなことに違いない。
見ることにより発動する魔術である以上、魔術的に存在しているといってもいいのだ
︵物理的に存在しないものを殺せるというの⋮⋮
?
美遊は今更ながらに、﹃直死の魔眼﹄の力が恐ろしくなる。
次の作戦を
!
﹂
だが恐ろしがってばかりはいられない。まだ戦いは始まったばかりだ。
﹂
!
!
ヴァントを贄として召喚された。一番単純に考えても、サーヴァント6体を殺しきるだ
だが、この結果は予想されたことだ。モンスターは、聖杯にくべられた6体のサー
た様子もない。
サーヴァントでも無事では済まない、相当な威力の攻撃であったはずだが、まるで堪え
落下したモンスターは、猫のように軽やかに身を捻り、着地する。その身に傷はない。
美遊が叫び、イリヤは頷く。
﹁わかったっ
﹁﹃石化の魔眼﹄を破られた
『25:Yarn──織糸』
549
けのダメージを与えなくては、倒すことはできない。
︶
!
﹁っ
ミユっ
﹂
!
ラと鎖が音を立てて振り回され、遠心力で速度と威力を増した杭剣が、モンスターへ突
美遊は、ライダーの武器であった、鎖付きの杭剣を取り出し、投げ放つ。ジャラジャ
今度の狙いは美遊。﹃石化の魔眼﹄を煩わしく思ったか、先に潰す判断をくだした。
!
しかしカードを選ぶ前に、モンスターが動く。
︵作戦に有効なカードは⋮⋮︶
まだ﹃夢幻召喚﹄をしていない未知数の、バーサーカーのカード。
イ ン ス トー ル
多くの武器を投影できる、アーチャーのカード。
様々な魔術を行使できる、キャスターのカード。
分身と気配遮断を行える、アサシンのカード。
一番強力な戦闘能力を得られる、セイバーのカード。
美遊が使っているライダー以外の、5枚のカードはイリヤが持っている。
︵クラスカードを⋮⋮︶
る。
あの鉛色の巨人は、もはやイリヤにとって若干トラウマになってしまったようであ
︵でも6回分やっつければ済むなら、バーサーカーよりはまだマシだね
550
き付けられる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
杭剣は美遊が鎖を動かして操作し、蛇のようにうねって、死角である背後から迫った。
背中に眼はついておらず、﹃死の線﹄を見ることもできない。だが、
背後からの一刺しを、モンスターは杭剣を見ることもなく、紙一重でかわした。完璧
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
な見切り。そして外れた杭剣は、モンスターの短刀の一撃を浴び、破壊された。
美遊は狙いが外れたことを、悔しがりながらも、一方でやはりと思う。
︵彼女の魔眼は強力。だけど、魔眼に頼り切ってはいない。武術を体に染み込ませてい
る⋮⋮モンスターは、眼が無くても、強い︶
美遊は今、英霊の戦闘能力を身に着けている。だからこそ、いつも以上に相手の強さ
が感じ取れた。美遊の頬を冷や汗が伝う。
︶
一方、モンスターは緩やかな動きで足を動かし、美遊の視線の死角に回り込んでくる。
せることはできず、敵味方区別なく、全員束縛してしまう。
魔眼は強力だが、そこまで自由に使いこなせるものではない。見た物を選んで石化さ
︵下手に視線を巡らせたら、イリヤたちまで石化させてしまう⋮⋮
!
﹃石化の魔眼﹄は回復しているが、これでは使えない。
『25:Yarn──織糸』
551
﹁この
シュート
砲射
!
﹂
!
ザッ
﹂
﹂
﹂
5体の竜牙兵が、一斉にモンスターへ襲い掛かる。前後左右から囲んで斬りかかる傀
!!
るゴーレムの亜種。かつてはイリヤたちを襲った、魔術の産物だ。
イリヤの周囲に、5体の影が現れる。剣を持った、骸骨の兵士。神話の時代から伝わ
﹁竜牙兵││
る。
イリヤは、自分と一体となった魔女の記憶を感じ取り、その能力を汲み上げ、行使す
カード。
それは、神代の魔女の姿。ランサーが、セレニケから奪取したキャスターのクラス
イリヤは、紫のローブをまとい、長い杖を持った姿へ変わる。
﹁﹃夢幻召喚﹄
イ ン ス トー ル
イリヤはクラスカードを取る。
﹁なら⋮⋮
だけの攻撃など、魔眼で見るまでもないということだ。
アヴドゥルの炎のように自在に動かせるものならともかく、放たれた後は真っ直ぐ飛ぶ
見かねたイリヤが魔力砲を放つも、モンスターは数歩動くだけで、それらをかわす。
!
!!
!!
552
ズタッ
儡に対し、モンスターもかわすばかりではいられない。
ヒュパッ
!
モンスターの魔眼は、あらゆるものの﹃死﹄を見る。
だが、魔力砲より遥かに高速で動く物体の﹃死﹄を正確に捉え切れるか
目で捉えられたとしても、正確に﹃死﹄を突き刺せるか
︵おそらく⋮⋮突き刺せる︶
まだ、足りない。
も、大きな隙をつくるには至らない。
ライダーの宝具だけでは、モンスターに対抗しきれない。イリヤが横から攻撃して
?
?
一度はバーサーカーを屠った、幻獣の疾走が再び放たれようとしていた。
る。
美遊がその手に光り輝く手綱を出現させる。そして同時に、白く輝く獣が召喚され
﹁来て││﹂
だがそのわずかな時間が稼げれば、勝機をつかめるかもしれない。
ばらばらに崩れ落ちる。この調子では、竜牙兵が全滅するまで3秒も持てばいい方だ。
モンスターは一瞬で竜牙兵2体を斬り裂いた。骸骨の剣士は、積み木細工のように、
!
︵これで当たれば、モンスターを倒せるかもしれない。けれど︶
『25:Yarn──織糸』
553
︵だから⋮⋮頼みます。ルヴィアさん、凛さん、アヴドゥルさん
ベ ル レ フォー ン
﹂
このまま突進しても返り討ちだ。だがそれでも、
︶
ペガサスの突進が、いつかかってきてもカウンターで殺しにかかる準備をしている。
と戦いながら、視線はペガサスから外していない。
モンスターから距離を置き、狙いを定める。だが、それはモンスターも同じだ。竜牙兵
三人を信じ、美遊は手綱を握り、ペガサスを地より離す。浮かび上がったペガサスは、
!
地下に太陽が生まれたようだった。
そして、その閃光が生まれると同時に、
!!
アヴドゥルの指が鳴り、炎全てが搔き消えた。
パチリ
だがその刃が、炎の一つを殺す直前、
も効率の良い動きでもって、炎を殺そうとする。
しかし、その程度では無論、モンスターは怯みもしない。冷静に炎の動きを見極め、最
アヴドゥルは十個の炎の十字を放つ。十字一つ一つが、身の丈ほどもある。
﹁﹃クロス・ファイヤー・ハリケーン・スペシャル﹄
﹂
美遊は、勇気をもって、突撃を決意する。ペガサスの力が開放され、黄金の光が弾け、
﹁││︻騎英の手綱︼
!!
554
アヴドゥルの力は、
﹃炎を操る能力﹄。自在に炎を生み出し、操り、そして消すことも
セッ
イ
ト
ン
﹂
﹂
できる。そして、消えた炎の中から、
サ
﹁Anfang││
﹁Zeichen││
!!
短刀を空振りさせたモンスターは、炎を着ぐるみのようにまとって目くらましとして
る。
アヴドゥルの力は、
﹃炎を操る能力﹄。自在に対象を焼き、そして焼かないこともでき
一つ無い。
宝石を手にした、凛とルヴィアが現れた。炎に包まれていたというのに、肌には火傷
!!
グ レ イ プ ニ ル
﹂﹂
いた、魔術師二人への対応が一瞬遅れる。その間に彼女たちは、強力な魔術を行使する。
!!
だが、まだだ。指一本動けば、封印を殺して自由になるかもしれない。だから、凛は
﹁更にッ﹂
縛った封印の名をつけられた大魔術。あのバーサーカーの怪力でも押さえつけられる。
かつて北欧神話で、世界を滅ぼすことを運命づけられた最強の魔獣、フェンリル狼を
なリボンにも見えるその帯は、しかしサーヴァントの力でもびくともしない。
柔らかに見える薄布が幾つも生み出され、モンスターの五体を拘束する。一見、清潔
﹁﹁﹃獣縛の六枷﹄
『25:Yarn──織糸』
555
﹂
﹃本命の切り札﹄を持ち、モンスターに近づき、その碧い双眸に幅のある帯状の物を巻き
付けた。
﹁⋮⋮⋮⋮
﹂
!
ベ
レ
イ
﹂
!
進が執行される。
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
そして、魔眼と戦闘術││全ての武器を奪われたモンスターに向かい、ペガサスの突
れる。
凛に急かされ、ルヴィアはちょっとムッとした顔をしつつも、モンスターの傍から離
﹁無駄に威張ってないで、退くわよ
魔眼を抑えるのに、これ以上のものはあるまい。
﹃石化の魔眼﹄を封印していた、魔眼封じ││︻自己封印・暗黒神殿︼である。
キュ
と も あ れ、そ の 目 隠 し こ そ は 美 遊 が カ ー ド で 呼 び 出 し た メ ド ゥ ー サ の 宝 具。
なぜか自分のことのように誇らしげに、ルヴィアが言い放つ。
﹁ふっ⋮⋮︻自己封印・暗黒神殿︼、ですわ
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
したら特別な││そう、宝具でもなければ。
を覆う物は、ただの目隠しではない。そんなもので﹃直死の魔眼﹄は遮れない。遮ると
外から見れば、今のモンスターは、顔にバイザーをつけているようであった。その眼
眼を覆われ、隠されたモンスターの驚愕が、その場にいる者たちにまで伝わってきた。
!?
556
ガオンッ
﹁こふっ
﹂
に叩き付けられる。壁が砕けるほどの衝撃が響き、骨が砕け、肉が潰れる。
モンスターを縛る﹃獣縛の六枷﹄があまりの衝撃に引きちぎられ、その身は飛んで、壁
グ レ イ プ ニ ル
そして、天馬の前足の蹄が、モンスターを撥ね飛ばした。
する。空間を貫き、大気を引き裂き、一秒の間もなく、モンスターとの距離を零にする。
有翼の白馬があまりの速さに一条の線となり、金色の矢のように、まっしぐらに滑空
!!
!
メージが通った。
︶
モンスターが口を開き、呼気と共に血を噴き出す。初めて、彼女にダメージらしいダ
!
もう一撃
!
﹂
!?
︵これは⋮⋮昨夜の︶
今更突進はやめられず、モンスターに向かって突き進む。
ペガサスもまた、同じおぞましさを感じたらしく、手綱を通して震えが伝わる。だが、
﹁ッ
そして突進を始めた時、美遊の身をおぞましい寒気が襲った。
たかせ、モンスターに鼻先を向ける。
美遊は手綱を引き、ペガサスを動かす。白馬は一度いななくと、再び翼を力強く羽ば
︵よし
『25:Yarn──織糸』
557
美遊は本能でその寒気の意味を悟る。
﹂
?
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
大それたことを成し遂げたモンスターは、ただ冷たく美遊を見つめ、静かに手にした
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
は世界を一つ殺したようなものだ。
対し、一つの世界をぶつけることで封印している。それを破壊したのなら、モンスター
あの宝具は、強力な結界であり、いわば小さいながらも一つの世界そのもの。魔眼に
︵信じられない││︶
ンスターの周囲を漂っていた。
その碧い眼を覆う物は無く、十数の破片に斬り裂かれた︻自己封印・暗黒神殿︼が、モ
とどめを刺そうとしている、モンスターの姿を。
倒れたペガサスから投げ出された美遊は、、床に落ちるより前にそれを見た。自分に
噴き出し、存在を維持できずに消えていく。
天馬の首が斬り落とされた。ガクリと脚が折れ、転倒する。美しい獣は、無惨に血を
﹁ペガ││ッ
惑う彼女の目の前で、鮮血が舞い上がった。
︵けど、魔眼は︻自己封印・暗黒神殿︼で封印されているはず︶
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
﹃死﹄が浮かび上がっているのだ。﹃直死の魔眼﹄によって。
558
獲物を振りかぶる。その手の武器は、既に短刀ではなく、長い日本刀に変わっていた。
天馬の突進で受けた全身の傷を、全く気にかけていない素振りだ。
︶
﹁││││ッ
﹂
ブ レ ー カ ー・ ゴ ル ゴ ー ン
今度は、美遊の番だ。
間を超えて斬り裂き、破壊。その後、反す刀でペガサスの首を撥ねた。
顔につけられた︻自己封印・暗黒神殿︼を、目隠しの内側に現れた﹃死の線﹄を、空
い。
とによって変質したものなのかわからないが、目の届く場所にいる限り、避けようがな
れることができる。それが生前から持っていた力なのか、バロールとして召喚されたこ
剣が届かないところであっても、距離という概念を﹃殺し﹄、空間を超えて、
﹃死﹄に触
より精密に、より高次元に﹃死の線﹄を見ることで繰り出される、全体攻撃。たとえ
︵宝具││
!!
遊は、鎖付きの剣となっていたサファイアから手を離してしまう。カードの効果も切
蛇に睨まれた蛙のように、
﹃死﹄に飲み込まれていく。そのうえペガサスから落ちた美
動けなかった。筋肉が、恐怖にすくんでいる。
!!
こ、こいつでっ
!!
﹂
れ、ライダーの姿から、ただの少女に戻ってしまう。もう身を護る術はない。
﹁ミユっ
!
『25:Yarn──織糸』
559
友達を護らんがため、イリヤはキャスターの魔術により、空間を超越し瞬間移動を行
う。美遊の目の前に現れると、美遊に触れて、再度瞬間移動しようとする。しかし、そ
﹂
﹂
イ ン ス トー ル
れよりも早く、モンスターの刀は振り下ろされていた。
﹁きゃあっ
イリヤっ
!!
!!
早く別のクラスカードを使ってください
﹂
︽イリヤさん
!
﹂
!
﹁││﹃限定展開﹄
イ ン ク ルー ド
﹂
だが、そのちょっとした邪魔が、一瞬の猶予をイリヤに与える。
どれもちょっとした邪魔にしかならない。
凛が無傷のモンスターに対し、悔し気に唸る。凛とルヴィアの魔術、アヴドゥルの炎、
﹁くうっ
を動かす。その刀はイリヤではなく、降りかかってきた炎と魔術を斬り裂いていた。
ルビーと美遊が必死で呼びかける。モンスターはその必死の声を聴き流しながら、刀
!
︾
イリヤは﹃死の線﹄を狙われたわけではなかったため、致命傷ではなかったのが救いか。
る。倒れた拍子に持っていたクラスカードが零れ落ち、床にばら撒かれる。突如現れた
イリヤの背が斬られ、血が流れる。キャスターの﹃夢幻召喚﹄が解け、その身は倒れ
﹁
!!
﹁イリヤっ
!
!!
560
イ ン ク ルー ド
イ ン ス トー ル
イ ン ス トー ル
痛 み で 霞 む 意 識 で、目 に つ い た カ ー ド を ス テ ッ キ で 突 く。﹃夢幻召喚﹄よ り は 楽 な
﹃限定展開﹄を選択したのは、傷を負った体で﹃夢幻召喚﹄できる自信がないためだ。
︾
だが、ルビーはその行為を、
︽まずっ
て
︾
!
!
﹂
!!
イリヤは、ルビーのアドバイスに従って、出現した物体を思い切りモンスターに向け
﹁││えいっ
テッキが、いったい何に祈るのかはわからないが。
れ く ら い し か ア ド バ イ ス で き な い。ル ビ ー は 天 に 祈 る 気 持 ち で あ っ た。人 な ら ぬ ス
弓を投げつけた程度で怯むような相手ではないが、逃げることもできないのでは、そ
!!
イリヤさんっ せめてブン投げて牽制してから、次のカードを使っ
ない。武器として完全に役立たずなのだ。
アーチャーのカードで出現するのは﹃弓﹄である。だが、それだけだ。矢は造り出せ
既にわかっていた。
魔術協会が事前に回収したカードであったアーチャーは、
﹃限定展開﹄した時の効果が
イ ン ク ルー ド
なぜなら、﹃限定展開﹄を行うために選んだカードがアーチャーであったからだ。
イ ン ク ルー ド
失敗であると焦った。
!
︽ああもうっ
『25:Yarn──織糸』
561
て投げつけた。
﹂
!!
﹂
!!
その事実が、イリヤに傷の痛みも忘れる勇気を与える。掛け声とともに、彼女は残さ
アーチャーの持っていた剣。それを自分が持っている。
﹁ハッ
それでも、美遊から受けたダメージが無ければ、通用しなかっただろうが。
く牽制にすぎないつもりだったのだから、無理もない。
つけるほどの攻撃が来るとは思わず、対抗できなかったのだ。イリヤ自身、攻撃ではな
イリヤのまとう空気に殺気が感じられなかったために、モンスターはまさか自分を傷
の剣を持つ腕に突き立ち、動きを止めることに成功する。
イリヤが投げつけたのは、そのうちの一方、莫耶であった。その鋭い刃は、モンスター
││干将・莫耶であった。
アーチャーのカードを﹃限定展開﹄して現れたのは、
﹃弓﹄ではなく、二振りの中華剣
イ ン ク ルー ド
ルビーが驚きに思わず声をあげる。
﹁あ⋮⋮﹂
︽えっ︾
モンスターの血が滴った。
﹁っ
562
れた剣、干将を振り抜いた。狙うは、モンスターの、日本刀を持たない方の手。
研ぎ澄まされた剣は、驚くほど鮮やかに、モンスターの手首を切り落とした。その手
は、床に落ちる前に、咄嗟に手を伸ばした美遊によって受け止められる。
﹂
手っ
﹂
ランサーのクラスカードと共に。
﹁イリヤっ
﹁うわわわっ、手っ
!
︾
!!
︵お願いランサー⋮⋮
︶
そして3つ目。ランサーのクラスカードを使う作戦。
ライダーの宝具を使った、魔眼を遮る作戦。
ライダーの石化の魔眼を使った、動きを封じる作戦。
︽どんと来いですよー
!!
﹂
イリヤたちは悟った。昨夜、最後に見せた宝具を、今こそ使おうとしているのだと。
リヤたちから離れ、凛たちを含めて、全員の姿が目に映る場所に着地する。
対するモンスターは、イリヤに剣を振るいはしなかった、タンと床を蹴って跳び、イ
した。
手ごと渡されて、イリヤは慌てふためくが、何とかカードを取り、手の方は床に落と
!
!
﹁ルビー⋮⋮行くよ。最終作戦っ
『25:Yarn──織糸』
563
!!
﹂
ランサーの力が、想定していたものではなければ、作戦は失敗する。だが、賭けるし
イ ン ス トー ル
かない。
﹁﹃夢幻召喚﹄
トー
ン・
フ
リー
生きている。エルメェスが神父を攻撃してくれたから、ロープを伸ばしてイルカを捕ま
﹃アナスイが自分を犠牲にして父さんを守ってくれたから、あたしは今⋮⋮かろうじて
イリヤが見た、ランサーの生きざま。
︵ランサー⋮⋮貴方の夢を見たよ︶
そして、ランサーの宝具を展開する。
イリヤは、すぐにランサーの魂の像││糸のスタンドを出現させる。
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼﹂
ス
ランサーという存在が、イリヤスフィールと一体になった瞬間であった。
そして、首の背中の付け根に現れた、星型の痣。
たタンクトップ。
四角い鋲を打ったズボンに、ブーツ。腕のタトゥーと同じデザインを胸部にあしらっ
トゥー。
髪 は 編 ま れ、両 側 頭 部 で 球 状 の 膨 ら み を つ く る。腕 に は 蝶 と ナ イ フ を 象 っ た タ
そして、イリヤの姿が変わる。
!!
564
える間が出来た﹄
トー
ン・
オー
シャ
﹄
﹃一人で行くのよ、エンポリオ。あんたを逃がすのは、アナスイであり⋮⋮エルメェスで
ス
あり、あたしのお父さん、空条承太郎⋮⋮。生き延びるのよ。あんたは︽希望︾
彼女の最期は、二つの宝具を生み出した。
ン
!!
トー
ン・
フ
リー
一つは、自分自身を犠牲に、仲間を逃がす宝具││︻運命の荒海に希望を託して︼。
ス
そしてもう一つ、
﹂
!!
バーサーカー。
アサシン。
キャスター。
ライダー。
アーチャー。
セイバー。
6本は、イリヤの手にあるクラスカードに伸びる。
糸の数は、6本と4本。
宝具の力を発揮するために。
スタンド、︻運命の石牢に自由を求めて︼から糸が伸びる。
﹁みんな
『25:Yarn──織糸』
565
苦闘の末に手に入れた、6体の英霊。
そして4本は、仲間たちへと伸びる。
◆
美遊・エーデルフェルトが、伸びてきた糸を自ら手に取る。
もう一方の手には、先ほど拾い上げたサファイアがある。
﹃イリヤスフィールじゃちょっと堅苦しいから、イリヤでいいよ。友達はみんなそう呼
だけど、
して、自分の力だけで、やってきた。
場所を、役割を。失われたものを埋めるように。進んで力を示し、報酬を求めた。そう
だから、サファイアが現れた時は、遮二無二すがった。ルヴィアに求めた。自分の居
えがたかった。
幸福であったからこそ、傍にいてくれた人がいたからこそ、独りになった悲しみは耐
だからこそ、それが失われたことは、臓腑が掻き毟られるような苦しみだった。
かった。
むしろ、胸を張って幸福といえる。愛されていた。優しくしてもらった。孤独ではな
美遊は過去を想う。過去が不幸であったわけでは決してない。
﹁イリヤ⋮⋮私の友達﹂
566
んでるから﹄
向こうから、与えられたのは初めてだった。
美遊は微笑みを浮かべる。不安はなかった。
﹁初めての、友達﹂
◆
遠坂凛が、伸びてきた糸をつかみ取る。
﹂
﹁貴女なら勝てるわ。何てったって、貴方はこの私のサーヴァントなんだから、最強じゃ
ないわけがないわ
﹂
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが、伸びてきた糸を、胸を張って迎え入れる。
!
!
そして、今はいないランサーにも、心の中で呼びかける。
に賭けよう﹂
﹁イリヤ君。熱くなりやすい私は賭け事が苦手なのだが、この勝負には自信がある。君
モハメド・アヴドゥルが、伸びてきた糸に、己がスタンドの炎を纏わせる。
◆
このおかしな二人がいたから、この聖杯戦争は楽しかった。
二人はどこまでも自分勝手で、迷惑で、けど、楽しかった。
﹁フッ、これも貴族の義務⋮⋮力を貸して差し上げますわ
『25:Yarn──織糸』
567
︵ランサー⋮⋮実を言えば、感じるものはあった。君に流れる血はおそらく⋮⋮いつ、ど
の時代にいたのかわからないが、君も﹃彼ら﹄の血統なのだろう。ならば、私に君を信
じないという選択はない︶
アヴドゥルは、自分で見た彼女の戦いから、彼女の宝具の力を推測していた。
オンケルを殴り倒した、炎の拳をつくり出した宝具。
自分と仲間の力を、融合させ、より強い力へと昇華する宝具。
ホ ワ ッ ト・ ア・ ワ ン ダ フ ル・ ワ ー ル ド
﹁︻運命の重力に世界を繋げて︼
世界が雄叫びをあげる。
﹂
その特別が重ね合わされば、もはや物質的圧力さえ感じさせる。空間が唸りをあげ、
やまない存在感がある。
空気が変わるのが、明らかに分かった。英霊一人でも、人の眼を引き付け、魅了して
4人の仲間と、7体の英霊の力が、イリヤの中で一つとなった。
!!
人と人の﹃出会い﹄という名の﹃重力﹄を、一つの力へと変える宝具が││完成する。
◆
﹁君たちの、星のごとき輝きに、万華鏡の如き鮮やかさに、賭けよう﹂
568
英霊を超えた力を持ったイリヤを前に、モンスターはやはり、何も変わらなかった。
左手は既に生え変わり、何の痛痒もない。
静かに、ただ静かに、﹃死﹄を見つめ、刀を構え、
﹁︻無垢識︼││﹂
初めて、モンスターの声を聴いた。おそらく、ランサーも聞いた声だ。
良い声だと思えた。
﹁︻空の境界︼﹂
戦国の英雄も手にした名刀が振るわれ、モンスターの宝具の真価が発揮される。
時間と空間を超え、いかなる防御も回避も無駄になる、根源からの襲撃が、イリヤに、
そしてこの場にいる全員に襲い掛かる。
ン・
フ
リー
﹂
だが、イリヤは絶対の死を与える刀を、死を見据える魔眼を真っ直ぐ見つめ返す。そ
トー
して背後で、スタンドが動き、
ス
!!!
そもそも、
﹃直死の魔眼﹄の本質は、全ての魔術の悲願、この世界の全ての源である﹃根
れれば殺される。
しかし、モンスターの宝具は単純な物理攻撃では相殺できない。強度に関係なく、触
幾度もの勝利をつかみ取った拳を、繰り出した。
﹁︻運命の石牢に自由を求めて︼││ッ
『25:Yarn──織糸』
569
源﹄である。モンスターの魔眼はこの根源に通じている。この世界に存在するものであ
る限り、この世界の全てを生み出した根源の力には、敵わない。一度見られたら、もう
逃れられない。空間を、距離を、殺して刃が追いかけてくる。
・・
・・
セイバーであれ、バーサーカーであれ、この聖杯戦争に召喚された強大なサーヴァン
トたちでさえ対抗できない、必殺││無敵。
・・・・・・・
・・・・・・
世界をも滅ぼす魔王の力は、慈悲無くイリヤに斬りかかり、
・・・・・・・・
バギィィィィッ
﹁⋮⋮⋮⋮
﹂
根源より放たれた、神をも殺す刃を、圧し折られた。
!!
ていた。
?
!
のようだった。
﹂
﹁これからもっと砕かれるんだから⋮⋮貴方の中の聖杯が
﹁⋮⋮⋮⋮
モンスターの身が僅かながら退いた。
!
﹂
イリヤは強い声で言い放つ。強敵に対して、毅然としたその様子は、まるでランサー
﹁刀が砕かれて悔しい
けど、気にすることはないよ﹂
初めて、モンスターの表情が変わる。愕然と、自分の必殺が否定された有様を見つめ
!?
570
モンスターは知ったのだ。
目の前の少女には、自分を倒せる力がある。自分に通じる力がある。
今、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、﹃根源﹄と繋がっている
﹁⋮⋮あとルビーとサファイアも﹂
︽誰か大切な名前をお忘れでないですかー
︾
んであり、アヴドゥルさんであり、アーチャーさんでもある⋮⋮﹂
﹁貴方を倒すのは、私であり、ランサーであり、ミユであり、凛さんであり、ルヴィアさ
!!
だが、英霊の力を束ねたのはランサーの宝具だとしても、それで根源に通じるものか
そう、イリヤ自身気づいてはいない。彼女は今、根源に繋がっていた。
ならば、七つの英霊の力が重なっている今のイリヤの力もまた、根源に届く力となる。
の道を生み出す儀式。
本来、聖杯戦争は、七つの英霊の力を束ね、その力を一度に放出することで、根源へ
?
・・・・・・・
英 霊 の 力 を 一 つ の 体 で 飲 み 込 み、根 源 に 繋 が る こ と な ど │ │ ま る で、
イリヤ以外が使って、同じことができたかどうか││何も知らずに。
?
彼女が持つ力││普通人にはありえぬことを引き起こした力。
﹃そのための機能﹄が、もともと備わっていたかのように。
『25:Yarn──織糸』
571
それはそもそも何なのか
そもそも彼女は││否。
﹂
ゆえに、ただ彼女は力を恐れず、歓迎する。
彼女は、今はただ、友のために戦う魔法少女。今はそれだけでいい。
?
﹂
!
﹂
!!
撃ち抜く。モンスターが拳を撃ち放つ隙も無く、無数の拳がモンスターを蹂躙する。
全ての力を合わせた拳の連打が、機関銃よりもなお激しく放たれ、モンスターの身を
﹁オラオラオラオラオラオラァ││││ッ
数の差を考えれば、イリヤの勝利は必然であった。
更に、イリヤにはもう4人分の力が上乗せされている。
ターの方は、まだランサーを取り込みきっていない。
イリヤとモンスター。どちらも、7体分の英霊の力を内部に秘めているが、モンス
に、戦い以外の発想など無いのだろう。
最後まで戦う気のようだ。いやそもそも、荒ぶる魔神として召喚されたモンスター
宝具を破られたモンスターは、折れた日本刀を放り捨て、古武術の構えを取る。
﹁⋮⋮⋮⋮
死さえ覆し、神をも超える、力を振るう。自分の力を受け入れ、立ち向かう。
﹁みんなで、貴方に勝つ
!
572
バッグオオオオォォォォォッ
◆
モンスター﹃バロール﹄││完全敗北⋮⋮消滅
リタイア
こうして、イリヤたちの聖杯戦争は、幕を下ろしたのだった。
微かな光の粒子を残し、後には砕けた器の欠片が残るのみ。
から消滅する。
魔王として召喚されたサーヴァントは、やはり最後まで静かな表情のままに、この世
﹁⋮⋮⋮⋮││││﹂
その身の内にある聖杯が砕け散り、存在を維持していた力が流出する。
!!
︻ステータス︼筋力D 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運E 宝具A+
︻属性︼中立・善
︻性別︼女性
︻真名︼空条徐倫
︻マスター︼マナヴ・ソービャーカ↓イリヤスフィール
︻CLASS︼ランサー
『25:Yarn──織糸』
573
︻クラス別能力︼
シングルアクション
・対魔力:D
一 工 程による魔術行使を無効化する。 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
・気配遮断:C
し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握
・心眼︵真︶:A
もなると、︻勇猛︼、︻直感︼、︻心眼︵偽︶︼の効果を兼ね揃える。
研ぎ澄まされた強靭な精神力によって生み出される、理屈抜きの超感覚。Aランクと
・凄味:A
きる。本人以外にも影響を与え、周囲の味方の精神状態を安定させる。
常に十全の精神状態で戦うことができ、本来の実力以上の能力を発揮させることがで
人間として、正しい道を歩もうとする精神の在り方。
・黄金の精神:A
︻保有スキル︼
574
自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく下がる。
・スタンド能力:EX
ス
トー
ン・
フ
リー
スタンド能力の保有。スタンドは特殊な才能であり、ランクは全てEXとなる。
︻運命の石牢に自由を求めて︼
破壊力A スピードB 射程距離C 持続力A 精密動作性C 成長性A
糸が集まってできた塊のようなスタンド。人型の時は、力は強いが、本体からの距離
オー
シャ
ン
は2メートルが限界。また、糸状になれば遠い距離まで行けるが、その分、力は弱くな
ン・
り、ダメージも受けやすい。
トー
◆運命の重力に世界を繋げて
ホ ワ ッ ト・ ア・ ワ ン ダ フ ル・ ワ ー ル ド
の﹃槍﹄である。
限大の速さを持つ敵を相手に、最終的に仲間を﹃次の宇宙﹄にまで逃した、まさに最速
宝具の形はイルカの形で表され、仲間はイルカに引っ張られてその場を離脱する。無
己が危機の中、一人残ることで、他の仲間全員を安全地帯に逃がすことができる。
己を犠牲として、仲間を逃がした逸話が宝具となったもの。
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:10∼40 最大捕捉:100
◆運命の荒海に希望を託して
ス
︻宝具︼
『25:Yarn──織糸』
575
576
ランク:E∼A++ 種別:対人宝具 レンジ:10∼40 最大捕捉:100
自分と仲間たち全員の力を合わせて、強敵と戦った逸話が宝具となったもの。
自分と仲間を糸で繋ぐことで、自分に仲間の力を上乗せすることができる。
⋮⋮To Be Continued
﹃26︵終︶:Zero││可能性﹄
︻とある漫画本より抜粋︼
だがそれはかつての話だ。現代の物理学では、まったくなにもない﹃無﹄=﹃絶対真
﹃無﹄から﹃有﹄は生まれない、という表現がよくなされる。
空﹄の中で、
﹃素粒子﹄という超とてつもなく小さい粒子が、突然発生することが証明さ
れている。
そしてその﹃素粒子﹄はエネルギーに変身、化ける事ができる。エネルギーになって
突然発生したり、突然消えたりするそうなのだ。
この﹃素粒子﹄は宇宙の彼方の理論や話ではなく、この地球上の日常でも満ち溢れる
ように行われている出来事だ。
◆
つまり﹃無﹄から﹃有﹄は生まれ、﹃無﹄とは﹃可能性﹄の事だというのだ。
﹃引力﹄とか﹃質量﹄もこれが原因らしい。
『26(終):Zero──可能性』
577
﹁これは⋮⋮なんだ
﹂
これは⋮⋮﹂
した美遊がコアラのようにしがみ付いていた。
﹁な、なんというデレっぷり⋮⋮
俺たちの知らないところで美遊ルート攻略しやがったのか
!
﹁ま⋮⋮まぁ仲がいいのはいいことじゃない﹂
﹂
日本育ちスキルの代表格、曖昧スマイルを浮かべるイリヤの右腕には、少し頬を赤く
﹁やー⋮⋮なんだと言われても、私にもよくわからないんだけどさ﹂
雀花の問いに、イリヤは答えられない。
?
那奈亀が戦慄し、龍子がハンカチを絞り上げて唸り声をあげる。
﹁イリ子のやろー
!
一体何があったのか
◆
?
イリヤは髪の毛をいじりながら、自分でも悩む。
﹁う、うん⋮⋮﹂
を貫いていた転校生が、ある日いきなりご覧の有様だ。
学友たちの疑問は当然である。ついこの間まで、決してクラス内でなれ合わず、孤高
イリヤに返す。
今にも興奮に身を任せて襲い掛かりそうな龍子を宥めながら、美々が曖昧スマイルを
!!
578
﹁ライダー、アサシン、セイバー、アーチャー、バーサーカー、キャスター、そして⋮⋮
ランサー﹂
昨夜、モンスターを討ち果たしたイリヤたちは、地上に上がって地面にカードを並べ
ていた。
盛大に息をつく凛。そしてイリヤも美遊も、全員が、全てを終わらせた後の深い息を
﹁はあああああああ⋮⋮⋮⋮すべてのカードを回収完了。これで⋮⋮コンプリートよ﹂
ついていた。
全員、ようやく生きている実感が湧いてきたのだ。まだ朝日が昇るには遠く、冷えた
夜の空気に満ちていたが、死に晒されていた寒気に比べれば、非常に暖かく感じられる。
声をかけられ、二人の魔法少女が振り向く。
﹁美遊﹂
﹁イリヤ﹂
い、姉が妹を慈しむような眼で見つめながら、凛とルヴィアは、
嬉しそうでいて、どこか切なさを含んだイリヤ。そんな彼女の顔を、母が子を、もと
︵ランサー、アーチャーさん⋮⋮終わったよ︶
息を尽き終えたイリヤは、ランサーのカードと、アーチャーのカードを見つめる。
﹁終わったんだ⋮⋮﹂
『26(終):Zero──可能性』
579
﹁⋮⋮勝手に巻き込んでおいてなんだけど、貴方たちがいてくれてよかった﹂
﹂
?
凛の手からカードが消える。
﹁ん
ヒョイ
そして、束ねた7枚のカードを掲げた凛であったが、
﹁それじゃ、このカードは私がロンドンに⋮⋮﹂
た。
イリヤはもちろん、美遊もその真正面からの感謝に、むず痒そうに照れた様子であっ
二人は、尊敬さえ込めて頭を下げた。
する義務はなかった、それでも戦い抜いてくれた小さな子供に、プライドの高い魔術師
だから凛とルヴィアは、心からの感謝を口にする。命を賭した聖杯戦争になど、参加
﹁私からも、お礼を言わせていただきますわ﹂
﹁最後まで戦ってくれて⋮⋮ありがとう﹂
仮にも英霊を敵とした戦い││これほど厳しいものになるとは思わなかった。
は慢心であったのだろう。
舐めていたつもりではなかったが、できない任務ではないと思っていた。だが、それ
﹁私たちだけでは、おそらく勝てなかったでしょう﹂
580
ババババババッババババッ
直後、盛大な音が響き渡り、凛が頭上を見上げると、
最後の最後に油断しましたわね
﹂
!!
!!
﹁ご安心なさい
﹂
カードは全て私が大師父の元へ届けて差し上げますわ∼∼っ
﹁んなああああああッ
手柄独り占めする気かコノォォォッ
﹂
﹂
﹂
あれから一度、疲れ切った体を休めるために家に戻り、朝になったら美遊が玄関まで
して、今朝になったら突然この状況なんだよね⋮⋮︶
︵⋮⋮そのままルヴィアさんは逃走。朝まで二人はおいかけっこをしていたそーな。そ
◆
最後まで仲の悪い二人は、朝日が昇る前の暗い町を駆け抜けていった。
放ちながら追いかける凛。
天高く飛んでいくヘリコプターをすぐさま追いかけ、魔弾をズギュンズギュンと撃ち
﹁ホ│││ッ、ホッホッホ
!!
!!
ろん、縄梯子を掴むのとは逆の手には、しっかりとカードがあった。
ヘリコプターから降ろされた縄梯子に手足をかけ、高笑いするルヴィアがいた。もち
﹁ホ│││ッ、ホッホッホ
!!
!! !!
どうやら、事前に魔術で音を消したヘリコプターを待機させていたらしい。
!!
!
﹁ちょ、ちょっとあんたっ
『26(終):Zero──可能性』
581
迎えに来ていた。
それから一緒に学校に来たわけだが、通学路でもずっと引っ付きっぱなしなのだ。正
直恥ずかしいが、振りほどくほど迷惑というわけではない。
ただわけがわからないだけだ。
﹂
﹁まーいいや ミユキチも丸くなったってことで 今後とも仲良くしていこーぜっ
イリヤの葛藤に気づいているのかいないのか、美遊はベタベタと離れない。
︵何がなんだか⋮⋮や、別にいいんだけど︶
582
!
!
親愛を込めて、軽いチョップをベシベシと入れる。
?
が、
どうして貴方と仲良くしなくちゃいけないの
?
?
殺気さえ感じさせる冷たい声に、雀花たちは血の気が引いた。本気だとわかった。
で﹂
﹁私の友達はイリヤだけ。貴方たちに関係ないでしょう もうイリヤには近づかない
氷の針のような眼差しが、龍子を、クラスメートたちを突き刺す。
美遊は、そんな気安い龍子の手をはじき、冷酷に言い放った。
﹁は
﹂
細かいことを考えるのをやめた龍子が、能天気な笑い声をあげて、美遊にベシベシと
!!
﹂
﹁う⋮⋮うおおアアアアアアッ
﹁な⋮⋮泣かせたぞーッ
﹂
!!
﹂
﹁ちょ、ちょっとミユ∼∼ッ
﹂
龍子がギャーギャー泣き出し、雀花が慌てる。しかし、誰より慌てたのはイリヤだ。
!!
!?
しょ
﹂
﹂
私 の 友 達 は 生 涯 イ リ ヤ だ け。他 の 人 な ん て ど う で も い い で
?
ていうか友達の解釈ヘンじゃない
!?
﹁何 を 怒 っ て る の ⋮⋮
い様子で小首を傾げる。
ガッと美遊の肩を掴んで迫るイリヤに、美遊は自分の行動にまるで疑問を持っていな
﹁
?
抱える。
のかわからない⋮⋮っ
誰か助けてっ
︶
ルヴィアさんは⋮⋮駄目だっ
ア、アヴ
唯一の常識人、モハメド・アヴドゥルは、もう日本を出てしまったのだから。
!!
︵わっ、わからない⋮⋮っ
ドゥルさんっ⋮⋮戻ってきてぇっ
!
!
胸の奥で、真剣に呼びかけるが、それは無理である。
!!
!!
イヤ、結構前からそうだったけど、この子が何考えている
困惑の色を浮かべ、イリヤの方こそおかしいと言わんばかりの美遊に、イリヤは頭を
!?
?
﹁何それ重ッ
『26(終):Zero──可能性』
583
◆
凛とルヴィアが去ってしまった後、ポカーンとしていたイリヤたちに、アヴドゥルは
声をかけた。
つもあった。
﹁い、いいえっ、私こそ、お世話になりましたっ
!
﹁ふふ⋮⋮いつまでも仲良くするんだぞ
また縁があったら会おう﹂
イリヤが慌てて頭を下げる。美遊もまた、クールに礼をする。
﹁ミスター・アヴドゥルには、助けられました﹂
﹂
補助にしても、彼の炎が注意を引き、時間を稼いでくれなければ詰んでいた局面は幾
うのが恐ろしい。
外の輩だ。むしろそれら以外のサーヴァントになら正面から戦えて、勝ち目もあるとい
申し訳ないと謝罪するアヴドゥルであったが、その3体はサーヴァントの中でも規格
とは。補助程度の役割しかできなくてすまなかった﹂
﹁セイバーにバーサーカーに、モンスター⋮⋮私の炎が通用しない相手があれほどいる
の中で、少し言いづらそうであったが、アヴドゥルは真摯に感謝の言葉を述べる。
決戦を終え、強敵を倒したハッピーエンドの空気とは思えぬ、コメディチックな空気
﹁あー⋮⋮それでは、私もこの町を去るとしよう。君たちには世話になった﹂
584
?
赤き炎を操る、褐色の戦士││モハメド・アヴドゥル。
最後まで、頼れる大人のイメージであった。
◆
エジプトに帰ってしまったアヴドゥルが、ジャジャ∼∼ン、待ってましたと助けにき
﹂
﹂
﹂
てくれるはずもなく、混迷は深まっていく。
タッツンがマジ泣きだ
﹁オギャアアアアアアァァァ
﹁いかん
!
立襟の祭服、カソック。
背は高く、逞しい体格。やや長い後ろ髪。まとっているのは、教会の神父が着用する
カツカツと音を立て、男はユグドミレニア家の館を闊歩する。
◆
日常に帰ってきたはずのイリヤは、別種の戦いに身を投じるのだった。
れない⋮⋮︶
︵ああ⋮⋮戦いは終わったけど⋮⋮もしかしたら本当に大変なのかこれからなのかもし
教室中がざわめき、パニックは収まらない。
!?
!
!!
なんとかしれー
﹂
﹁ちょっとイリヤ
!
!
﹁わ、わたしー
『26(終):Zero──可能性』
585
イリヤたちに、ミセス・ウィンチェスターと名乗っていた男である。
彼は、一つのドアの前で立ち止まり、ノックをする。数秒後、
﹁開いているわ。入っていいわよ﹂
ドアの向こうから許可を貰い、彼は入室する。
セレニケ﹂
いつも通りよ﹂
中にいた女性、セレニケに声をかけると、彼女は頬に飛んだ鮮血を拭いながら答えた。
﹁やあ、その後どうだね
?
似合っていたのに﹂
あんなものは、任務だから着ていただけ﹂
﹁もうメイド服は着ていないのかね
セレニケは物言わぬ肉塊に成り果てた生贄から、ナイフを抜き取る。
﹁別に
?
?
﹂
?
自滅を起こさないこと。その点で、己が身に死病を抱えて、自分だけ生きながらえた者
魔術において最も注意すべきは、負の力や、他者からの怨恨を貯め込みすぎて、暴走や
﹁ちっ⋮⋮確かにそれなりに使えはするわ。癪だけど。生贄によって力を得る、私の黒
という点で喜ぶべきではないか
れたのだから。ドレス製クラスカードに適正があったのは、魔術師としての力が増える
﹁仕方なかろう、クラスカードで﹃夢幻召喚﹄したときと、同じ衣装を着こむように言わ
イ ン ス トー ル
クックッと笑う男にナイフを向けるセレニケの眼には、殺意があった。
﹁殺すわよ
?
586
││他者からの呪いを受けながら、己を曲げなかった女││﹃腸チフスのメアリー﹄は、
手本にすべき存在と言えなくもない﹂
サーヴァント
セレニケが所持していたクラスカードは﹃腸チフスのメアリー﹄。クラスはイレギュ
ラークラス、﹃使用人﹄のサーヴァント。
ステータスは全く大したものではないが、逃げ続けて賄い婦の職に就き続けたという
逸話から、逃走能力は中々のものだ。また、チフス菌を持ちながら発病しなかった逸話
により、病気をもたらす呪いなどの魔術は通用しない。冬木市民会館で戦った後、凛に
ガンド魔術で攻撃されて、無事でいられた理由がこれである。
﹁ああでも⋮⋮あの小娘に着せて、儀式をしてみたいものね。生き延びたんでしょう
イリヤちゃんは﹂
レス﹄研究陣は、クラスカードが聖杯戦争以前より強化されていることに関心をもった
﹁ああ。あのモンスターに打ち勝ったらしい。その時に見せた力もさることながら、
﹃ド
た。よほどの執着をしているのだろう。
イリヤの名を口にするとき、彼女の口からは同時に瘴気が放たれたように感じられ
?
ちなみに、セレニケが人間を生贄とする場合、彼女が好みとするのは美少年である。
うえで儀式をしてみようかしら﹂
﹁けどメイド服は私に似合わないわ⋮⋮見るのはいいけど。そうね、今度、生贄に着せた
『26(終):Zero──可能性』
587
らしいな。アーチャーのカードが、聖杯戦争前は役立たずの弓した﹃限定展開︵インク
ルード︶﹄できなかったのに、サーヴァントの核となった後では、二振りの中華剣を﹃限
定展開︵インクルード︶﹄してみせた﹂
そう言われ、セレニケは不思議に思った。最後の戦いにおいて、使い魔の類はモンス
ターによって始末されており、セレニケたちも脱出していた。一体、誰がその情報を
持ってきたのか。
あいつら、何を隠しているのか⋮⋮︶
?
﹂
?
だ。しばらく、あの町には監視が向けられるだろうな﹂
﹁まあな。だが、冬木にばら撒かれたカードの正体や、誰が造ったのかはわからずじまい
ば、もっと強いカードになるかもしれないって
﹁へえ⋮⋮つまり、ドレスが造った弱いクラスカードも、それを使って聖杯戦争をすれ
だ﹂
スをする力が、サーヴァント召喚を経て強化されたのだろうというのが、研究陣の推測
﹁クラスカードは根源にアクセスしてサーヴァントの力を降ろしているが、そのアクセ
め、セレニケは続きを聞く。
秘密があることは不満だったが、魔術師は隠すことが基本である。仕方がないと諦
力者がいたってことかしらね
︵魔術か、サーヴァントか、それともスタンド使いか。私たち以外にも、送り込まれた実
588
眼鏡の魔女は、ナイフの血を拭き取りながら話を聞き、
﹁ふぅん⋮⋮じゃあ、まだ機会はあるわけね﹂
何の機会かなど、聞くまでもなかろう。その、血に酔い、残酷な死を想ってうっとり
とほほ笑む彼女の様を見れば。
同志に向かって男││言峰綺礼は頷く。その顔は、未来に胸をときめかせ、とても愉
﹁ああ⋮⋮魔法少女を愛でる機会は、まだあるさ﹂
﹂
しそうだった。
◆
?
ないが⋮⋮﹄
﹃カード回収はご苦労じゃった。約束通り、お前たちを弟子に迎えるのはやぶさかでは
グは、聞き違いであってほしいと願う凛を、絶望させた。
電話の向こうで言葉を返す男││魔道元帥キシュア・ゼルレチッチ・シュバインオー
﹃言ったままの意味じゃ﹄
﹁どういう⋮⋮意味ですか。大師父﹂
た。
携帯電話を耳に当てる凛は、嫌な汗を流し、死んだ魚のような目をしながら聞き返し
﹁はい⋮⋮
『26(終):Zero──可能性』
589
魔術の世界で最高峰に立つ男は、残念な事実を口にした。
バキィッ
携帯電話を片手の握力で握りつぶし、
﹂
だしばらくこの町にとどまることになったという話を聞き、イリヤは正直、嬉しかった。
騒動の多々あった学校から帰る途中に、憤懣やるかたないという様子の凛に会い、ま
◆
バックに、吠えるのだった。
墜落し燃え上がるヘリコプターと、顔面から大地に叩きつけられて眠るルヴィアを
﹁ふッッッざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁッッ
!!!
!!
けれど、凛の立場では、散々苦労して得られた権利を、直前で反故にされたに等しい。
は許可したのだから慈悲はあるのだろう。
言うべきことを言い終えると、無慈悲に電話を切る。いや、条件付きにせよ弟子入り
性格を直してこい。弟子にするのは⋮⋮それからじゃな﹄
﹃幸い、日本は︽和︾を重んじる国じゃ。留学期間は一年。喧嘩で講堂をブチ壊すような
凛は反論しようとしたが、客観的に見て、宝石翁の言うことはもっともである。
﹁なっ⋮⋮﹂
﹃魔術を学ぶ以前に、お前らには一般常識が足りておらん﹄
590
凛には悪いが、クラスカードがもう一年だけでも近くにあることが、嬉しかった。
︵私はランサーの夢を見た︶
イリヤは回想する。ランサーの生涯を││そして、知っている。ランサーが、いつど
こで生まれ、どこで育ったか。断片であるが、知っている。
彼女が、未来から来た英雄であったことも、知っている。
︵ランサーは、今この時間なら、まだ生きている︶
︵もしかしたら、今から準備して、彼女の手助けをすれば⋮⋮彼女は死なずにすむかもし
れない︶
ランサーの願いは﹃敵と戦うため、戦場に戻ること﹄。けれど、イリヤの行動によって
は、その願いを、願わなくてもよくなるかもしれない。
ランサーが、戦場で死ななくてもよくなるかもしれない。
彼女が育ったのは、アメリカということしかわからない。広いアメリカで、一人の子
供を探すなど、どれだけ難しいかはわかっている。
でも、非日常を知ったイリヤには、﹃可能性﹄はあると思えた。
︶
?
分大丈夫だろう。
今日の態度を見ると、ちょっと怖いが、ランサーには美遊も世話になっていたし、多
︵ミユにも相談⋮⋮していいのかな
『26(終):Zero──可能性』
591
︵でも少し、様子を見ながら相談しよう︶
ルビーにせよ凛にせよ、どうも真剣な相談をするのが、ちょっと怖い相手しかいない。
イリヤは頭を悩ませる。
その歩みはまだまだ鈍く、いつ辿り着けるかわからない。
それでも、イリヤが立ち止まることは、無いだろう。
◆
◆
◆
︻Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険︼││完
そう││きっと、また会える。
︵今、ランサーは私と⋮⋮同い年︶
592
エジプト、カイロ国際空港。
エジプト航空の拠点であり、アフリカで2番目に搭乗客の多い空港である。
その空港にモハメド・アヴドゥルの姿はあった。
﹁やはり、故郷に帰ると落ち着くな﹂
しみじみとアヴドゥルは呟き、時間を確認する。この後、スピードワゴン財団の人間
と会う予定であるが、それまでまだ1時間ほど間がある。
﹁カフェででも時間を潰すか⋮⋮﹂
そうして歩き出したアヴドゥルの視界の片隅を、一人の女性が横切った。
重心がブレることのない、武術を心得た者の歩き方。どの方向から襲われても対応で
アヴドゥルは女性の姿勢、歩き方から、その力量を看破する。
︵強い⋮⋮な︶
はない。
目で追うのも致し方ない美女であるが、アヴドゥルの注意を引いたのは美しさだけで
士のように颯爽としていながら、同時に重々しい落ち着きを兼ね備えている。
短髪の赤毛、皮の手袋にスーツ。顔立ちは凛々しく、美しい。まるで物語の中の女騎
無意識に、アヴドゥルはその女性を目で追う。
︵⋮⋮⋮⋮︶
『26(終):Zero──可能性』
593
きるようにしている。
顔の広いアヴドゥルは、武の達人たちも何人か知っているが、そんな中に入れても彼
女はトップクラスだろう。
女性は、ロンドンにあるヒースロー空港行きの飛行機の、搭乗口に向かっていった。
︶
イリヤくん﹂
?
けはしないだろう﹂
﹁ふむ⋮⋮どうやら、彼女の冒険は、まだこれからのようだな。だが、彼女たちなら、負
﹃秘められた本能﹄││彼女の中に眠っている力。
﹁あるいは、これは君のカードなのか
日まで共にいた少女の姿が脳裏に浮かんだ。
わからないが、このカードを抜いた時、なぜか、あの赤い短髪の女性ではなく、つい昨
それがあの女性を意味するカードなのか、あの女性と関わる誰かの方を意味するのか
た本能﹄⋮⋮か﹂
﹁︻ 力 ︼⋮⋮タロット8番目のカード。暗示するのは、
﹃挑戦﹄、
﹃強い意志﹄、
﹃秘められ
ストレングス
そして表を見ると、獅子を屠る大男が描かれていた。
カード。カードの束を幾度か切った後、束の中から一枚抜く。
ふと思い立って、アヴドゥルは荷物から商売道具を取り出す。占いに使う、タロット
︵何者⋮⋮あの雰囲気は、傭兵か⋮⋮
?
594
『26(終):Zero──可能性』
595
窓からヒースロー行きの飛行機を見つめながら、アヴドゥルは予言するのだった。
⋮⋮To Be Continued
?
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