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小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり

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小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
-児童の実感を伴う理解にもとづく学習意欲の向上を目指して-
関川 絵里
奈良教育大学大学院教育学研究科教職開発専攻
Instructional Design of the 6th Year Science “Moon and Sun”
- To improve children’s motivation to learning based on deep understanding -
Eri Sekigawa
School of Professional Development in Education、Nara University of Education
<あらまし> 小学校理科において、第6学年で扱う「月と太陽」は教員にとってもっとも
指導が難しい単元であると認識されている。また、教員からは理科に関するすぐに使える優
れた教材や指導法に関する情報が求められている。そこで、本論は、児童の実感を伴った理
解にもとづく学習意欲の向上を目指し、「具体的な体験」「実際の自然や生活との関係への認
識」に着目した「月と太陽」の授業づくりを考え授業実践を行い、「月と太陽」の授業を展
開するための効果的な教材教具の開発のポイントや運用の視点を明らかにしようとした。そ
の結果、本単元の核となる学習事項「月の満ち欠けの仕組み」についてモデルを用いて考え
る際、たとえば人形のような、児童がどこから月を見ているのかを明確に把握することがで
きる媒体を用いることが、児童の実感を伴った理解につながることが分かった。
<キーワード> 月と太陽 授業づくり 学習意欲 実感を伴った理解
1. はじめに
小学校理科の目標は、小学校学習指導要領
( 2008 )によると、
「自然に親しみ、見通しをもって
観察、実験などを行い、問題解決の能力と自然を愛
する心情を育てるとともに、自然の事物・現象につ
いての実感を伴った理解を図り、科学的な見方や考
え方を養う。
」である。前回の学習指導要領ではただ
「理解」とされていた部分が、
「実感」という側面か
ら理解の質が見直されている。
実感を伴った理解とは、
「具体的な体験を通して
形づくられる理解」
「主体的な問題解決を通して得
られる理解」
「実際の自然や生活との関係への認識
を含む理解」の3つの側面から考えられると示され
ており、児童が実感を伴う中で学習内容を理解する
ことができる指導の充実が求められている。
村山( 2008 )は、理科は学習過程そのものが問
題解決であるとし、その過程は8つに分けられ、ど
の過程も省略してはならないと述べている。しかし、
単元や教師によって各過程の比重は異なり、単元に
割ける時間内で行うには熟達した教師の力量が求め
られると考える。また、児童が問題を自分事として
捉え解決していこうという意欲がなければ、主体的
な問題解決は成立しない。
そこで、児童の実感を伴った理解にもとづく学習
意欲を高めるために、
「具体的な体験」と「実際の自
然や生活との関係への認識」に着目した。
2. 研究の背景と目的
理科について現場の教員はどのように思っている
のか、平成 20 年度小学校理科教育実態調査及び中
学校理科教師実態調査に関する報告書(改訂版)を
調べたところ、学級担任の教員と理科専科の教員い
ずれも地学分野の指導への苦手意識が強く、すぐに
使える優れた教材や指導法に関する情報が求められ
33
関川 絵里
ているということが分かった。
また、小学校第6学年の学習単元である「月と太
陽」は指導者が苦手とする地学分野の内容であるだ
けでなく、小学校教員にとってもっとも教えにくい
単元であると認識されている(東京書籍 2013 )
。
これらのことから、
「月と太陽」の学習内容を児童
が実感を伴う中で理解することができる優れた教材
や指導法について、多様な手法を開発していくこと
には意義がある。そのため本研究では、小学校第6
学年理科「月と太陽」における児童の実感を伴った
理解にもとづく学習意欲を高めるために、児童が具
体的な体験や身近な自然や生活との関係を感じられ
るような教材教具を用いた授業を実践し、その授業
を展開するための効果的な教材教具の開発のポイン
トや運用の視点を明らかにすることとした。
展開とは逆の順序で、まず始めに月が球であるとい
うことを学び、その後に月の形の見え方と太陽の位
置関係についての学習を進めることが、
「月の形の
見え方は,太陽と月の位置関係によって変わる」と
いう事実だけの理解に留まらず、
「月の形は球であ
り、球形であるからこそ太陽光の当たる角度によっ
て様々な月の形の見え方がある」という科学的裏付
による実感を伴った理解につながると示した。
3. 2. 本研究の位置づけ
これらの先行研究で得られた知見と実践を行う学
校環境を踏まえた上で、以下の2点を目的に迫る処
方とする。
①可能な限りの直接体験に加え、実際の自然や生
活との関わりを感じられるようなデジタルコン
テンツやモデルを効果的に使用し、体験の補完
を目指す。
②一般的に行われる単元展開とは逆の順序で、ま
ず始めに月が球形をしていることを学び、その
後に月の見え方と太陽の位置関係について学習
を進めていく。
3. 研究の方向性
「月と太陽」の単元の最大の特徴は、学習対象で
ある自然事象や事物に実際に触ることができないと
いう点であると捉えた。つまり、小林( 2008 )が提
唱する原体験1)、日置( 2007 )が提唱する近感覚2)
を通して児童の興味関心を高めたり、問題を自分事
として捉えられるような働きかけをしたりすること
ができないということである。指導が難しいと認識
されている「月と太陽」の単元に関してこれまでど
のような教材教具が用いられ、どのような知見が得
られてきたのかを先行研究から明らかにし、それを
受けて研究対象の児童の実態に合わせた授業づくり
を行う中で新たな知見を見出したい。
4. 研究対象
本研究のための授業実践は、奈良市内の公立小学
校で 2014 年 10 月6日から 10 月 31 日までの4週間
で行われた。対象児童は、第6学年1組の児童 30 名
である。
5. 授業実践
5. 1. 児童の実態把握
授業づくりを行うにあたって、対象児童の実態を
把握するため、事前に「理科の学習に関するアン
ケート」と「チェックテスト」を作成し、調査を行っ
た。
3. 1. 先行研究
「月と太陽」の単元の学習内容
栗原( 2009 )は、
を児童に理解させにくい要因を「時間や天候の制約
を受けるため、月や太陽を観察させにくい」
「月の
満ち欠けの仕組みを日常生活の体験と結び付けてと
らえさせにくい」
「教材が不十分な上、内容の指導
計画に沿って整理されていない」と3つに整理した。
この課題を解決するためには、可能な限りの直接体
験に加え、時間や天候に左右されず自然や生活と関
連付けさせやすいデジタルコンテンツやモデルを効
果的に使った体験の補完が有効であると示した。
また、石野・松本( 2013 )は教科書(学校図書・
東京書籍・啓林館)の内容分析から、
「子どもに発見
させたい単元の本質を授業の始めで教えてしまって
いる。
」
「意欲を高めていない状況で長期的観察を子
どもにさせようとしている。
」と2つの問題点を見
出した。この問題に対して、観察日数を必要最小限
に抑えられ、実際の観察よりも月のサンプル数を大
幅に増やすことができるシミュレーションソフトを
用いた実践を行った。また、一般的に行われる単元
5. 1. 1. 理科の学習に関するアンケート
理科の学習に関するアンケートは、平成 24 年度
全国学力・学習状況調査において理科の質問紙調査
で用いられた質問項目を参考に全 19 項目で作成し
た(表1)
。記述式とした最後の2項目以外は、
「当
てはまる」
「どちらかといえば当てはまる」
「どちら
かといえば当てはまらない」
「当てはまらない」の
4つの選択肢を設けた。前の2つを肯定的回答、後
の2つの否定的回答とする。
表1 理科の学習に関するアンケートの質問項目
1 . 理科の勉強は好きですか。
2 . 理科の勉強は大切だと思いますか。
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小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
かった。その要因の一つとして、児童の身近な自然
体験と理科や科学技術との乖離があるのではないか
と考えた。児童に将来理科や科学技術に関する職業
に就きたいと思ってもらうことが授業の目的ではな
いが、理科や科学技術と自分たちの生活やこれまで
の自然体験とのつながりや有用性を感じることがで
きれば、理科に対して好きではないと感じている3
割の児童を含め、児童が今よりも理科を好きになる
余地があることが分かった。
3 . 理科の授業の内容はよく分かりますか。
4 . 自然の中で遊んだことや自然観察をしたことがあり
ますか。
5 . 科学や自然について疑問をもち、その疑問について
人に質問したり、調べたりすることがありますか。
6 . 理科の授業で学習したことは、ふだんの生活の中で
使うことができると思いますか。
7 . 理科の授業で学習したことは、将来、社会に出たと
きに役に立つと思いますか。
8 . 将来、理科や科学技術に関する職業に就きたいと思
いますか。
11. 理科の授業で、自分の予想をもとに観察や実験の計
5. 1. 2. チェックテスト
チェックテストは、点数を出す試験のようなもの
ではなく、対象児童の既習事項の定着と、天体に関
する現時点での認識を把握することを目的とし、大
問6問全7問で作成した。表2はその結果である。
12. 理科の授業で、観察や実験の結果から、どのような
表2 チェックテストの結果
9 . 理科の授業で、自分の考えをまわりの人へ説明した
り発表したりしていますか。
10. 観察や実験を行うことは好きですか。
画を立てていますか。
ことが分かったのか考えていますか。
13. 理科の授業で、観察や実験の進め方や考え方がまち
がっていないかを振り返って考えていますか。
14. 理科の授業でものをつくることは好きですか。
15. 朝・昼・夕方の空の様子をよく見たりしますか。
16. 夜の月や星の様子をよく見たりしますか。
17. 学校の授業以外で、理科に関することを自分で調べ
たりしますか。
18. 1番の質問で回答した、理科の勉強が 好き / どちら
でもない / 嫌い な理由を教えてください。
質問内容
正解および知っていると
答えた児童の割合(%)
太陽は東から南の空を通って西
の方角へ沈む
60.0
月は東から南の空を通って西の
方角へ沈む
33.3
現在位置からの四方位の方角
36.7
太陽・月・地球を「大」
「中」
「小」
で表す時のおおよその大きさ
46.7
「日食」という言葉について
19. 空や星、月など、宇宙に関することについて、これ
86.7
この結果から、
「日食」という言葉について
86.7 %が知っており、2012 年5月の金冠日食の観
察経験と結び付けて記憶している児童が多いことが
分かった。しかし、第3学年での既習事項である太
陽の動きについては約4割の児童が、第4学年での
既習事項である月の動きについては約7割の児童が
忘れてしまっていることが分かった。また、天体に
ついて理解する上で重要な概念である方角について
も、理解している児童は約4割であることが分かっ
た。これらのことから、
「月と太陽」の単元の学習に
入る前に、既習事項である太陽と月の動き、方角を
全体で確認する必要があることが分かった。
までに自分で調べたことがあったら教えてください。
この結果、選択式かつ全国学力・学習状況調査と
質問内容が同様である1番から 14 番の質問項目の
うち、肯定的な回答をした児童の割合が全国学力・
学習状況調査の結果を上回った項目は、4番、6番、
7番、12 番の4項目であった。中でも4番は、肯定
的な回答をした児童の割合がもっとも多く、93 %で
あった。これは全国学力・学習状況調査の結果であ
る 85 %を上回る数値である。
反対に、10 項目において肯定的な回答をした児童
の割合が、全国学力・学習状況調査の結果よりも下
回った。中でも理科に対する率直な意識が表れるで
あろう1番と2番は、どちらもおよそ 70 %であっ
た。また、8番は全ての質問項目の中で最も低い
20 %であった。この質問項目に対する児童の肯定的
な回答は全国的にみても約 28 %と低い数値である
が、それよりも低い数値である。
これらのことから、本研究対象児童は、これまで
に自然の中で遊んだり観察をしたりする機会は豊富
であるが、それが将来理科や科学技術に関する職業
に就きたいと思うまでには至っていないことが分
5. 2. 授業計画
先行研究から明らかとなった「月と太陽」の単元
を指導する上で課題とされている事項およびアン
ケートとチェックテストから分かった対象児童の実
態を受けて、児童ができるだけ具体的な体験を通じ
て、また実際の自然や生活との関連を感じる中で学
習内容の理解ができるよう、授業づくりの際に以下
の6点を組み込み、単元計画を作成した(表3)
。
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関川 絵里
①皆既月食を取り上げる。
②既習事項を確認する。
③月が球体であることを先に学習する。
④本物の画像を用いる。
⑤太陽・地球・月のモデルを用いる。
⑥可能な限りの観察を行う。
名の児童が「見た」と答えた。あとの1名は「直接
見られなかったが、ニュースで見た」と答えた。そ
の際、
「なぜ月が赤く見えるのか」
「なぜ月が欠けて
いくのか」などの質問が挙がったことから、多くの
児童が貴重な天体ショーを通して、月に対して興味
をもった様子が見受けられた。
皆既月食を取り上げたことによって、対象児童の
全員が皆既月食を知っている、夜空に浮かぶ月を実
際に見たことがある状態で単元の学習を始めた。
表3 単元計画
時
学習内容
1
・これまで見たことのある月の形を
思い出す。
2
・月が球体であることを知る。
3
4
月の形の
見え方
・月の形が日によって変わるのはな
ぜか考える。
・月と太陽をモデルに見立てた実験
を行う。
5
・月の形の見え方は、太陽と月の位
置に関係にすることを知る。
6
月と太陽の ・月の表面は太陽と比べてどんな様
子になっているのかを知る。
表面
7
チャレンジ ・日食・月食が起こる仕組みを知る。
8
まとめ
②既習事項を確認する(単元導入時)
チェックテストから分かった児童の実態を基に、
既習事項である太陽と月の通り道、方角の確認を
行った。その際全体で確認ができるよう、スマート
フォンの方位磁針機能を大型テレビに映した。また、
太陽と月はどちらの方角から昇りどちらの方角に沈
むのか、ペープサートを用いて確認を行った(写真
1)
。児童には指を使って確認をしてもらったが、中
には自分が思っていた方角が違い、驚いている児童
が見られた。
・月と太陽の位置関係から、見える
月の形を予想する。
5. 3. 手続きの内容
このような計画のもと実践した授業が、児童の実
感を伴った理解にもとづく学習意欲の向上に効果的
であったのかを判断するために、3つの手続きを
とった。
1つ目は授業実践の前と後における理科の学習に
関するアンケート、2つ目は各授業終了時の感想記
述、3つ目は単元終了時の感想記述である。
写真1 方角を確認している様子
5. 4. 授業の実際
授業づくりの際に組み込んだ6点が、実際の授業
の中で取り入れられた場面、内容についてそれぞれ
述べる。
③月が球体であることを先に学習する(第2時)
石野・松本( 2013 )の先行研究から、月の形の見
え方と太陽の位置関係について学習する前に月が球
体であることを学習することが、単元の核となる学
習内容である「月の満ち欠けの仕組み」に気付くた
めの下地になるとして、教具を用いて月が球体であ
ることを全体で確認した。
「月はそもそもどんな形をしているのだろうか。
」
と発問を行い、
「丸い形」という児童の返答から、さ
らに「丸いといっても2種類ある。円形だろうか、球
形だろうか。
」と聞くと、全員が「球形」と答えた。
なぜそう考えるのか話し合う活動をさせた後に聞い
てみると、
「知っているから。
」
「人が行ったことが
あるから。
」とこれまでの生活の中ですでに知って
いることを理由に挙げた児童の他に、
「円だったら
①皆既月食を取り上げる(単元授業開始前)
実践期間中である 2014 年 10 月8日、18 時 14 分
頃から部分食、19 時 24 分頃からは皆既食となり 21
時 35 分頃に元通りになるという貴重な自然現象が
見られた。太陽と地球と月の位置関係により起こる
この自然現象は、本単元の学習と大きな関連性があ
るといえる。児童が自宅で観察できる時間帯に見ら
れるため、児童が学習対象の自然事象を身近に感じ
ることのできる絶好の機会をいかすべく、当日の理
科の時間を割いて皆既月食についてのアナウンスを
行った。その次の日に皆既月食を見たかという質問
をしたところ、挙手での確認ではあるが、30 名中 29
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小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
横になった時に見えない。
」という地球からの見え
方と関わった物理的な理由を挙げた児童もいた。月
は丸いといっても円形ではない、球形であるからこ
そ月の満ち欠けという現象が起こるという科学的な
側面からの理解を確実にするために、照明、ボール、
段ボールで作成した円形のボードを用いて演示実験
を行った(写真2)
。この時照明にあたるのは太陽で
あり、月は太陽に照らされて光っているということ
を、児童の発言から引き出す中で確認した。
写真2 演示実験の様子
④本物の画像を用いる(第1時、第6時)
学習対象である自然事象や事物に実際に触る中で
理解することができないため、できるだけ本物の姿
を見る中で理解につなげたいと考えた。そのため、
NASA(アメリカ航空宇宙局)や JAXA(宇宙航空
研究開発機構)などで公式に示されている宇宙探査
機や宇宙望遠鏡がとらえた太陽や月などの画像を示
し、授業を行った。
第1時では、単元導入として、月と太陽に限定す
るのではなく、まずは広く天体や宇宙について知る
ことが、単元の学習内容に対しての児童の興味や関
心につながると考えた。2014 年 10 月6日に打ち上
げられたひまわり8号や太陽系の惑星などの画像
(写真3)を示し、児童がこれまでに知っていること
を話し合った。その中で、数多くある星の中からな
ぜ月と太陽を学習するのだろうかと問いかけ、もし
今月や太陽が無くなったらどうなるかを考える中で、
月と太陽は私達の生活に欠かせない存在であること
を確認した。
第6時では、太陽と月の表面の様子が詳細に分か
る画像(写真4)を示し、同じ画像を示した資料を
1人1枚配布し、資料による観察を行った。児童の
「爆発しそう」
「まわりがもやもやしている」
「さむ
そう」
「ぼこぼこしている」といった意見を全体で
共有する中で、太陽と月の表面の特徴をまとめた。
写真3 第1時で用いた画像の一部
写真4 第6時でも用いた画像①
また、月と太陽の表面についての学習を終えるに
あたって、これまでに人類が月に行ったことがある
という事実を知ることは、これまでの児童の月に対
する認識をより身近なものに変える話題であると考
えたため、教科書にも関連する記載のある、アポロ
11 号についての画像(写真5)を示しながら紹介を
行った。
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関川 絵里
写真5 第6時で用いた画像②
形から見るとどんな形の月が見えるか」という発問
に変えることによって、児童が前時で理解すること
が難しかった、地球から月を見ることの意味を理解
することができている様子が見受けられた。
また、写真8のモデル実験補助教具を用いて、月
は地球の周りのどの位置においても常に片側が太陽
から照らされているということを全員で確認したこ
とによって、児童から「そういうことかー!」という
発言が上がった。その後、第3時、第4時でのワー
クシートの記述から学習内容の理解が難しかったと
判断した児童数人に、写真8のモデル実験補助教具
の中央部分に頭を入れて月の満ち欠けの様子を確認
してもらった。
⑤太陽・地球・月のモデルを用いる(第3時、第4
時、第5時)
第3時、第4時では、暗幕を張った理科室におい
てボールを月に、照明を太陽に見立てたモデル実験
を行った。その際、児童には自分達を地球に見立て
て実験を行ってもらったが、地球から月を見るとい
う意味を理解することが難しい様子であった。この
ことを受け、第5時では地球と月のモデルと、地球
に挿すことのできる人形(写真6)を用いて実験結
果の確認を全体で行った(写真7)
。
第3時、第4時では「地球から見た視点」という表
現を用いていたが、モデルの地球に人形を立て、
「人
写真8 モデル実験補助教具
⑥可能な限りの観察を行う(第6時)
可能な限りの観察の一環として、遮光板と太陽グ
ラスを用いた太陽の観察と目視による月の観察を
行った(写真9)
。遮光板や太陽グラスを通して見た
太陽の姿に児童は大変驚いている様子であった。ま
た、月の観察の際には、太陽に照らされている側が
光っていることを確認した。その観察結果を全体で
共有した後、月と太陽の表面の様子についての学習
を進めた。
写真6 第5時で用いた教具
写真9 太陽と月の観察をしている様子
写真7 モデルを用いて考えている様子
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小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
6. 結果の検証
このような授業実践の前後で児童の意識にどのよ
うな変容がみられたのか、アンケート結果の比較、
ノート等の感想の記述から定量的、定性的に分析を
行った。
に記述してもらった。なお、児童の記述はそのまま
引用する。
【単元終了時】
月の実験をしたことです。自分で動いて、見て
確かめたりして、すごく分かりやすかったし、楽
しかったです。今までのモヤモヤがスッキリしま
した。また、宇宙にかんしても興味を持ちました。
6. 1. 定量的分析
筆者の授業実践に対する定量的な分析として、授
業実践前と実践後の理科の学習に関するアンケート
結果の比較分析を行った。この時、4つの選択肢の
うち「当てはまる」を4点、
「どちらかといえば当て
はまる」を3点、
「どちらかと言えば当てはまらな
い」を2点、
「当てはまらない」を1点とし、各質問
項目における平均数値を算出し比較を行った。図 10
はその結果である。
地球から、宇宙から月を見たときの形(の実
験)です。なぜなら、宇宙からの視点を考えるこ
とで、月と太陽の「しくみ」をよく分かったから
です。この授業があったから、月、太陽、地球の
位置関係などに興味をもてました。ありがとうご
ざいました。
理科室で、宇宙から見た視点と地球から見た視
点を実験、観察したのが一番印象に残っていま
す。最初は全然分からなかったけど、関川先生の
説明でくわしく知れました。関川先生が作ってき
たやつでもう一度説明してくれて実際に視点を
みれたので、とても分かりやすかったです。
「月は形が変わるのだろうか」というところで、
光をボールに当てて、理科室で実験したとき。よ
く月は見るので、形が変わるということは知って
いたけど、どうして変わるというのは知らなかっ
たので、それで、なぞが解けたから印象に残って
いる。
図 10 理科の学習に関するアンケート結果
全 17 項目のうち、16 項目において実践後の数値
が上昇した。特に質問項目1番、5番、13 番、17 番
の変容が顕著であった。それぞれの質問内容は、1
番「理科の勉強は好きですか。
」
、5番「科学や自然
について疑問をもち、その疑問について人に質問し
たり、調べたりすることがありますか。
」
、13 番「理
科の授業で、観察や実験の進め方や考え方がまち
がっていないかを振り返って考えていますか。
」
、17
番「学校の授業以外で、理科に関することを自分で
調べたりしますか。
」である。この質問内容の項目
の変容が顕著であったことから、筆者が行った授業
を通して、児童はこれまでよりも理科を好きになり、
科学や自然について疑問を抱き、その疑問を学校の
授業以外においても人に聞いたり自分で調べたりす
るようになったといえる。
実際に自分で動いて確かめられたから分かった、
楽しかった、太陽・地球・月や宇宙のことにも興味
をもった、教具を用いたから分かりやすかった、疑
問に思っていたことが解決できたといった記述から、
用いた教具や設定した体験の機会が、児童の興味や
関心といった学習意欲の向上、学習内容の理解につ
ながったといえる。
また、宇宙からの視点を考えることで月と太陽の
仕組みがよくわかったとの記述から、宇宙を俯瞰す
る見方を理解することは、太陽・月・地球の位置関
係を正確に捉えられることにつながり、単元の核と
なる問題である「月の満ち欠けの仕組み」への理解
にもつながることが分かった。
6. 2. 定性的分析
筆者の授業実践に対する定性的な分析として、第
2時、第4時、第5時の授業終了時における感想記
述と単元終了時における感想記述の分析を行った。
ここでは単元終了時における感想記述の一部を抜粋
して示す。感想記述の際は、
「私と勉強した理科の授
業で一番印象に残っていることは何か」を理由と共
7. 実感を伴う理解へ導く道具の開発と活用につ
いて
本研究では、児童が具体的な体験や身近な自然や
生活との関係を感じられるような教材教具を用いた
授業実践を行った。それぞれの教材教具の開発のポ
イントや運用の視点を以下に示す。
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関川 絵里
7. 1. デジタルコンテンツ
授業実践の中で、NASA(アメリカ航空宇宙局)
や JAXA(宇宙航空研究開発機構)などが公式に
示している宇宙探査機や宇宙望遠鏡がとらえた画像
を用いた。
「太陽ってとても美しいですね。
」
「月は
足あとがつくぐらいちょっとやわらかいんだな~と
思った。
」
「宇宙はさむいから、月の色もさむそうな
色になっているの?」
「なぜ太陽は燃えているのだ
ろうか」という児童の感想や疑問から、宇宙開発最
前線で活躍する探査機や望遠鏡が示す最新の月や太
陽を始めとする天体の姿は、それだけで美しさや不
思議さを存分に感じさせ、児童の興味関心を引き出
すこと、学習意欲を高めることに大いに有効であっ
た。
験補助教具を作成し用いた。あらゆる教材教具には
必ずメリットとデメリットがあるが、この教具のメ
リットは、宇宙空間を俯瞰できる点である。そのた
め、太陽・月・地球の位置関係、また、宇宙から見
ると月は地球の周りのどの位置においても常に片側
が太陽に照らされていることが見て分かる。反対に
この教具のデメリットは、中央の穴に頭を入れて地
球からの視点で月の満ち欠けの様子を確認する際に
は1人ずつしかできない点である。また、モデルの
月を数か所のポイントに立てるため、月は常に地球
の周りを回っているという認識に至りにくい。
第3時と第4時のモデル実験の際には、児童に
「地球からの視点」
「宇宙からの視点」を同時に考え
させたため混乱を招いた。その後第5時にてモデル
を用いて地球からの視点を確認した後、宇宙からの
視点、つまり宇宙を俯瞰する視点を全員で確認する
ために本教具を用いた。宇宙を俯瞰すると、月は地
球の周りのどの位置においても常に片側が太陽に照
らされているということに児童は大変驚いている様
子であった。授業終了時の感想には、
「地球から見る
と月の形は変わって宇宙から見ると変わらない事が
わかった。月の形は変わるけど宇宙から見ると半月
のままで形は変わらない。
」という内容の記述が多
く、本教具を用いたことで地球からの視点と宇宙か
らの視点を分けて理解することにつながったことが
分かった。
また、本教具は中央の穴に頭を入れて回ることで
月が満ち欠けしていく様子を見ることができるが、
今回は前時の実験のワークシートで理解が難しかっ
たと思われる児童に実際に体験してもらった。この
児童は授業終了後の感想に「実際に道具で見てみて
月は位置によって見える形が違うんだなあと思いま
した。
」と記述していることから、月の満ち欠けの仕
組みを理解するための補助教具としては有効である
といえる。
7. 2. モデル
7. 2. 1. 人形
月の満ち欠けというのは、私達が地球上にいるか
らこそ見える自然現象の一つである。本単元で唯一
設けられている実験では、ほとんどの場合、照明を
太陽に、ボールを月に、児童を地球に見立てたモデ
ル実験が示されている。この時、児童は地球上の人
間の代表者となって月を見ている立場に自分を置く
必要がある。本研究における授業実践でも同様のモ
デル実験を行ったが、児童は自分を地球というモデ
ルに置き換えて、地球から見た月の満ち欠けの様子
を見ているという認識をもつことが難しい様子で
あった。その原因は筆者の授業力やワークシートの
構成など他にも様々考えられるが、次の時間に発砲
スチロールで作成したモデルの地球に人形を立たせ
て説明を行うと、授業終了時の感想に多くの児童が
「地球から見ると月の形は変わって宇宙から見ると
変わらない事がわかった。
」という内容の記述をし
ていた。
このことから、モデル実験を行う際には、例えば
人形のような、児童が地球というモデルに自分を重
ね合わせることのできる媒体を用いることで、自分
は一体どこにいるのか、どこから月を見ているのか
という理解を促すことができ、本単元の目標である
月の満ち欠けの仕組みの理解に有効であることが分
かった。
今回は筆者が人形を1体作成し、全体に向けて説
明を行う際に用いただけに留まったが、例えば他教
科との関連が可能ならば、図工等の時間で児童一人
ひとりに自分の人形を作成させることで、より児童
が主体となるモデル実験につながると考える。
7. 3. ワークシート
月の満ち欠けの仕組みを理解するにあたって、唯
一設けられているモデル実験を行う際には、その結
果を記すワークシートの在り方も大きな鍵となって
くることが分かった。
図 11 は第3時、第4時で用いたワークシートであ
る。このワークシートは、実践例を参考に作成した
ものであるが、筆者が選択した実験環境および方法
で用いる際には、児童を混乱させる問題点があった。
第1に、このワークシートにはタイトルがない。
何を明らかにする実験なのか、何を記入するための
ワークシートなのかが児童には伝わらない。第2に、
それぞれの丸が何を示し、何を書いてよいのかが児
童には分かりにくい構成となっている。矢印は、
「俯
7. 2. 2. モデル実験補助教具
授業実践の中で、ボールと照明を用いたモデル実
験を行った後、確認の際の補助教具としてモデル実
40
小学校第6学年理科「月と太陽」の授業づくり
瞰すると月は地球の周りのどの位置においても常に
片側が太陽に照らされているが、それを地球から見
るとこう見える。
」という意図で表現したが、その際
に矢印の表現が適切であるかは疑問である。
これらのことを受け、第5時で用いたワークシー
トが図 12 である。
「太陽・月・地球の位置と、地球
から見た月の見え方」とタイトルを示した。また、
地球の上に紙とペンを持った人型を書き入れ、地球
から見た月の形を紙に書いている表現として、四角
の枠の中に点線の丸を示した。実は教科書ではこの
ような構成がとられているのだが、
「人間が地球に
立っていて、この人が観察している月の形を書くと
どんな形の月を書くか」という表現が、モデル実験
を行う際のワークシートとして重要な鍵となること
が分かった。
やモデルなどの教具を開発し授業の中で用いた。
授業実践前と後のアンケート結果の比較分析によ
る4項目の顕著な変容から、筆者が行った授業を通
して児童はこれまでよりも理科を好きになり、科学
や自然について疑問を抱き、その疑問を学校の授業
以外においても人に聞いたり自分で調べたりするよ
うになったことが分かった。また、実際に自分で
やってみたから分かりやすかった、楽しかったなど
の児童の感想記述から、実際に自分の身体を使って
考え、確かめる体験を授業の中に設定したことが、
児童の学習意欲の向上、学習内容の理解につながっ
たことが分かった。
中でも、単元導入時や表面の様子を学習する際に、
月や太陽をはじめとする天体の実際の姿が分かる画
像を示すことが、学習内容をはじめ天体や宇宙に対
する児童の学習意欲を高めることが、月と太陽以外
の天体にも興味をもったという児童の記述から明ら
かとなった。また、第5時において筆者が作成した
人形を用いて「人形から見た月の形」を考えること
で月の満ち欠けの仕組みをようやく理解することが
できたという児童の記述から、本単元の核となる学
習事項「月の満ち欠けの仕組み」についてモデルを
用いて考える際、たとえば人形のような、児童がど
こから月を見ているのかを明確に把握することがで
きる媒体を用いることが、実感を伴った理解につな
がることが明らかとなった。
ただし、筆者が開発した教材教具はあくまでも
「月と太陽」という一つの単元において、本研究の対
象児童に効果がみられただけであり、児童の実態や
学習環境が変わった際の効果に対して言及すること
はできない。また、筆者の現段階での授業力の課題
でもあるが、小学校理科を通して児童に身につけさ
せたい力の中心となるのは問題解決の力である。児
童の学習意欲の向上だけでなく、児童が主体的に問
題解決していくことができ、自然事象や事物に対し
て科学的な見方や考え方を養うことのできる授業を
目指していく必要がある。
理科における他の単元、他教科においてどのよう
な授業が児童の実感を伴った理解につながるのか、
今後大いに研究の余地がある課題であることが分
かった。
図 11 第3時、第4時に用いたワークシート
図 12 第5時に用いたワークシート
7. まとめ
本研究は、小学校第6学年理科「月と太陽」とい
う、学習対象の自然事象や事物に対して直接触るこ
とができない単元を取り扱うにあたって、児童の実
感を伴う理解にもとづく学習意欲を向上させること
ができる授業づくりを考え実践を行った。具体的に
は、児童にとって身近な自然や生活との関わりを感
じられ、直接体験を補完できるデジタルコンテンツ
8. 謝辞
本研究をまとめることができたのは、懇切丁寧な
ご指導をいただきました奈良教育大学教職大学院の
小柳和喜雄先生はじめ、先生方、連携協力校の校長
先生、教職員の皆さま、児童の皆さんのお陰です。心
より感謝申し上げます。
41
関川 絵里
註
1)触覚・嗅覚・味覚をはじめとする感覚を通して
直接自然の事物や現象に触れる活動を通して意識
化する体験のことである(小林 2008 )
。
2)自分が対象の近くに寄ることによって情報
を得ることができる感覚のことである(日置 2007 )
。
-原体験から仮説設定まで-』梓出版社
『教師の意識からとらえる学習内
東京書籍( 2013 )
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(2014 年 12 月 15 日アク
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館出版社
村山哲哉( 2013 )
『小学校理科「問題解決」8つの
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文部科学省( 2008 )
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文部科学省( 2008 )
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(大日本図書)
山田えりな( 2012 )
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科(教職大学院)修了報告論集3,161-170
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を深める指導の工夫-指導資料『
「 Moon&Sun 」
セット』の作成と活用を通して-」群馬県総合
教育センター平成 21 年度長期研修員研究報告
書,F03-01
国立教育政策研究所ホームページ( 2012 )
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24 年度全国学力・学習状況調査の調査問題に
ついて」
〈 http://www.nier.go.jp/12chousa/
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( 2015 年1月 18 日アクセス)
小林辰至( 2008 )
『問題解決能力を育てる理科教育
42
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