Comments
Description
Transcript
世界の自然災害保険制度からみた日本の地震保険制度
ESRI Discussion Paper Series No.178 世界の自然災害保険から見た日本の地震保険制度 by 織田 彰久 April 2007 内閣府経済社会総合研究所 Economic and Social Research Institute Cabinet Office Tokyo, Japan ESRIディスカッション・ペーパー・シリーズは、内閣府経済社会総合研究所の研 究者および外部研究者によって行われた研究成果をとりまとめたものです。学界、研究 機関等の関係する方々から幅広くコメントを頂き、今後の研究に役立てることを意図し て発表しております。 論文は、すべて研究者個人の責任で執筆されており、内閣府経済社会総合研究所の見 解を示すものではありません。 世界の自然災害保険制度から見た日本の地震保険制度1 彰久2 織田 1本稿の作成にあたって、内閣府経済社会総合研究所セミナーでは、黒田昌裕所長をはじめ出席者の方々、 とりわけ、コメンテーターである独立行政法人防災科学技術研究所坪川博彰客員研究員から有益なコメン トをいただいた。記して感謝したい。当然ながら、残された誤りは筆者のものである。 2 内閣府経済社会総合研究所 政策調査員 e-mail : [email protected] 1 要旨 本稿では、世界の自然災害保険制度の「公的関与の形態」「保険スキーム」「防災インセ ンティブ」という視点からの分類を通じて、各制度の概要を紹介・比較している。そして その比較から各制度および仕組みの含意や目的を理解することで、日本の地震保険制度の 強み・弱みを整理し、今後の地震保険のあり方を考察する。 日本の地震保険制度は、損害保険への付加保険方式により自然災害リスクを広範囲に、 かつ効率的にカバーしているなどの強みがある。反面、加入率の低さ、ベーシスリスクの 存在、リスクコントロールとの連携など、課題も考えられた。 また今後の日本の地震保険制度は、リスクの評価・分析を通じて人々のリスク認識を高 める事や、保険によってカバー出来るリスクの範囲を明確にする事で「リスクコントロー ル」の重要性を認識させる事も重要となる。そして保険以外の業界や制度などと連携する ことで、保険を中心とした防災のための幅広いサービス展開を、より一層促進していく事 が望まれる。 2 A Comparative Study of the World’s Natural Disaster Insurance Systems: Implications for the Earthquake Insurance System of Japan Akihisa Oda (Economic and Social Research Institute, Cabinet Office) Abstract In this paper, the natural catastrophe insurance systems of the world, including Japan’s, are classified and compared from three aspects: government commitment, insurance scheme, and mitigation incentives. Through the study, the strengths and weaknesses of the Japanese earthquake insurance system are implied and future improvements are suggested. The comprehensiveness of the Japanese insurance system seems to be one of the strengths. On the other hand, further improvements are expected for the system in the participation rate, basis risk and mitigation incentives. The Japanese earthquake insurance system should encourage mitigation efforts by properly assessing the magnitude of risks, and by cooperating broadly with other systems. 3 - 目次 - はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 1.自然災害保険に関する既存研究と本論の課題・・・・・・・・・・・・・・・ 6 2.公的関与の形態による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 (1) 公的保証の有無による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 a. フランスの公的保証 b. スペインの公的保証 c. ニュージーランドの公的保証 d. アメリカ(NFIP)の公的保証 e. 公的保証のない国における対応 (2) 商品・販売への強制による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 a. フランスにおける商品面・販売面などへの関与 b. スペインにおける商品面・販売面などへの関与 c. スイスにおける商品面・販売面などへの関与 d. ニュージーランドにおける商品面・販売面などへの関与 (3) 加入強制の有無による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3.担保リスクの範囲および保険料率スキームによる分類・・・・・・・・・・ 18 19 (1) 担保リスクの範囲による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 a. オールリスク的自然災害保険 b. 単独リスク的自然災害保険 (2) 保険料率スキームによる分類・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 a. 一律型の保険 b. リスク細分型の保険 (イ) 危険区分 (ロ) 物件種別 (ハ) 物件構造 (ニ) 建築年 (ホ) 災害耐性 (ヘ) 防災活動 4.保険の金額面に対する条件による分類・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 (1) 保険金額の設定条件による分類・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 (2) 支払保険金の設定条件による分類・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 a. 保険金支払方式による分類 b. 免責金額の設定方法による分類 5.海外の防災インセンティブに繋がる制度・・・・・・・・・・・・・・・ 4 32 (1) NFIP(米国連邦洪水保険制度)の取り組み・・・・・・・・・・・ 32 (2) CEA(カリフォルニア州地震保険制度)の取り組み・・・・・・・ 33 (3) フランスの PPR 制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34 6.地震保険制度への考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34 (1) 政府の関与形態からの考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 (2) 加入形態からの考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35 (3) 担保リスクの範囲からの考察・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36 (4) 保険料率スキームからの考察・・・・・・・・・・・・・・・・・ 37 (5) 保険金額の設定における制限からの考察・・・・・・・・・・・・ 37 (6) 保険金支払方法からの考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 (7) 免責金額の設定方法からの考察・・・・・・・・・・・・・・・・ 39 (8) 保険と防災インセンティブの関係からの考察・・・・・・・・・・ 40 7.まとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 40 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 (補論) Appendix1:プロスペクト理論による防災投資 ・・・・・・・・・・・・・ 45 Appendix2:免責金額設定のメリット ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46 Appendix3:防災投資インセンティブ ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 47 5 はじめに 地震大国である日本に暮らす我々にとって、地震に備える事は重要であり、効果的な地 震対策には自助・共助・公助の3つのどれが欠けてもならず、それぞれが防災に積極的に 取り組み、連携を図っていかなければならない。この手段の一つとして「地震保険」があ る。これはリスクファイナンスの一手段として、地震に伴う経済的損失を補填するために 有効である。しかし、地震保険の全世帯数に対する平均加入率は 2005 年度末時点で 20.1%、 火災保険の加入者数に対する加入率は 40.3%となっている3。この数字を海外の自然災害保 険の加入率と比較してみると、フランスでは 95%以上、スペインやスイスでもほとんどの 人が自然災害保険に加入しており4、日本の普及率は未だ不十分であると言える。 海外諸国に比べて地震保険への加入率が低い理由は、商品や制度に問題があるからなの か、それともそもそも国民の防災意識が低いからなのかなど様々な視点から研究が行われ ている。地震保険のよりいっそうの普及を図るためには何が必要なのか、海外の自然災害 保険と地震保険の比較を通じて商品・制度などの違いから考察していく。 1.自然災害保険に関する既存研究と本論の課題 自然災害保険の既存研究は、大きく 4 つに分類する事が出来る。第 1 は海外の自然災害 保険制度に関する研究である。第 2 は企業のリスクマネジメントに関する研究である。こ の中には再保険や CAT ボンド、保険デリバティブなどのリスクファイナンスの研究や事業 継続計画(以下 BCP)に関する研究が含まれる。第 3 は、人々の防災行動のインセンティブ に関する研究であり、そして最後が日本の住宅に関する地震保険にスポットを当てた研究 である。 まず、海外の自然災害保険に関する研究として、Government Accountability Office (以 下 GAO)(2004)では、米国と欧州主要国の自然災害保険とテロ保険を比較可能な形でまとめ ている。ドイツ保険協会(以下 GDV)(2004)は欧州の自然災害保険に関して、制度の概要を 紹介しており参考になる。また、損害保険料率算定会の地震保険調査報告シリーズでは「カ リフォルニア州地震保険制度」「ニュージーランドの地震保険制度」に関する研究が行われ ている。この他、Guy Carpenters(2006)では、各国の自然災害保険と政府の役割について 毎年更新している。 次に企業のリスクマネジメント手法に関する研究である。再保険市場や資本市場を活用 した新たなファイナンスの手法についての研究や、BCP に関する研究がある。理論面では、 甲斐・加藤(2005)や、齊藤(2005)さらには、吉沢(2001)や日吉(2002)などが、地震保険にお ける再保険市場の規模の限界を指摘し、それを解決するために資本市場を活用した様々な 金融手法や、BCP 等のリスクマネジメント手法の研究を行っている。また、実際の企業の 3 4 損害保険料率算出機構 HP より。地震保険のみの数値であり、各種共済は含まれていない。 GAO(2004))より。 6 取り組みなどについては野田(2005)が企業評価の観点から、内閣府(2005)5や中小企業庁 (2006)6がガイドラインを提示している。 第 3 に防災行動のインセンティブに関する研究である。保険は防災の一手段であるため、 何故保険に加入するのかという判断の研究と、如何にすれば人々が防災行動をとろうとす るのかとの研究には共通点があり、参考となる部分が多い。Kunreuther(1996)や、多田 (2003)などでは、不確実性の高いリスクに対して人々がどのような行動をとるのか、と いうことが論じられている7。さらに Kunreuther(1996)では、それらを踏まえて自然災害 に備えるための保険のあり方についても提案している。 最後に日本の地震保険に関する研究である。地震保険制度の問題点や課題を挙げて、そ れに対する解決策を提案している。齊藤(2002)、 (2005)では、地震保険に不足している点 を、1)地震リスクをより細かく反映する工夫が必要、2)地域特性を反映した保険料設 定、3)セールス・インセンティブが足りない、と指摘し、1)所得分配的な政策は防災 対策レベルで行い、2)高い公的再保険キャパシティを維持し、3)公的関与は高レイヤ ー再保険機能に純化をすることが大切としている。 黒木(2003)は地震保険に関して、1)保険方式にすべきか税方式にすべきか、2)運営主 体をどうするか、3)強制保険化するべきか、4)保険料率の低廉化を図るべきか、5) 支払保険金の限度額をどうするか、6)総支払限度額の問題をどう解決するかという項目 を問題点として掲げている。それに対して、1)保険方式を採用し、2)日本地震公社と いう運営主体を設立しリーダーシップを発揮するとともに、3)住宅所有者で火災保険加 入者の強制保険とし、4)保険料はリスク実態にあわせて設定、また強制にする以上可能 な限り低廉化をはかり、5)全損 500 万円、半損 250 万円、一部損 100 万円というように 低い金額での支払限度額を設定し、6)総支払限度額の設定は従来通り維持するというこ とを提案している。 本稿では、これらの既存研究を踏まえ、公的関与のあり方、保険スキーム、防災インセ ンティブといった観点から、世界の自然災害保険制度を分類・比較していく。そして各国 比較からそれぞれの制度や仕組みの意図や目的を考え、それらを踏まえて日本の地震保険 の強み・弱みを整理するとともに、今後の地震保険制度のあり方を考えていきたい。なお、 分析においては以下の9カ国を対象とした。対象国とその制度は図表1を参考にしてもら いたい。 5 6 7 内閣府(2005)「民間と市場の力を活かした防災力向上に関する専門調査会」http://www.bousai.go.jp 中小企業庁(2006)「中小企業 BCP 策定運用指針」http://www.chusho.meti.go.jp/bcp/index.html 行動経済学におけるプロスペクト理論について、概要を Appendix1 で紹介している。 7 図表1:分析対象とした9カ国とその制度 国名 プログラム名 主な対象リスク 日本 地震保険制度 NFIP CEA Residential Earthquake Insurance System CAT NAT Consorcio 名称 不明 公的制度なし 公的制度なし Earhquake and Natural Disaster Insurance 地震 洪水 地震 地震 自然災害全般(特に洪水) 自然災害全般(特に洪水) 自然災害全般(特に雪崩) 自然災害全般(特に洪水) 自然災害全般(特に洪水) 地震 アメリカ 台湾 フランス スペイン スイス イギリス ドイツ ニュージーランド 2.公的関与の形態による分類 巨大地震のように、稀にしか発生しないが被害が甚大な災害は、発生確率と損害額の予 測が難しい。さらに、一旦発生すると、その損害が広範囲にわたり、損害保険の基本原理 である「大数の法則(多数集めることにより損害の期待値が収束すること)」が働かないた め、民間保険市場のみでは対応し難いリスク8とされている。そのため、多くの国の自然災 害保険制度では、中央政府をはじめとした公的機関が関与している。そこで、この公的機 関の関与形態という観点から、以下の3要件に基づいて分類した。 1) 「公的保証」の有無による分類 「公的保証」とは、政府が民間の損害保険契約に再保険を提供することや、自然災害保 険制度を直接運営する事などであり、要するに保険リスクを政府自らが引き受けることで ある。この公的保証の有無に基づいて分類する。 2) 「民間保険会社の商品販売への強制」の有無による分類 民間保険会社の自然災害保険制度への参加や保険の提供に関して、公的な強制力が存在 するか否かに基づいて分類する。 3) 「保険加入への強制」の有無による分類 国民が自然災害保険に強制的に加入しなくてはならないか否かに基づいて分類する。 この 3 要件から各国を分類したものが図表 2 である。分類要件毎に各国制度の特徴を紹 介していこう。 8 「リスク」には様々な定義があるが、本稿では「損害発生の可能性」として、保険可能なリスクを「リ スク」としている。保険可能なリスクとは日吉(2002)によると、次の必要条件を満たしたものである。 1)偶然性があること、2)金銭的価値に評価出来ること、3)被保険利益があること、4)大数の法則 が成立すること(最近の保険技術の進歩は必ずしもリスクに大数の法則を求めなくなっている)、5)純粋 リスクであること、6)個別リスクであること、7)反社会的でないこと(公序良俗に反しないこと)。 8 図表2:公的関与の有無による世界の自然災害保険の分類 公的関与の形態 による分類 公的保証あり 公的保証なし 商品販売への 商品販売への 商品販売への 商品販売への 強制あり 強制なし 強制あり 強制なし 加入への強制 加入への強制 加入への強制 あり あり あり 加入への強制 あり ニュージーランド スイス、台湾 該当なし スイス 該当なし フランス、スペイン 加入への強制 加入への強制 なし なし アメリカ(CEA) アメリカ(NFIP) 日本 ※ 加入への強制 加入への強制 なし なし 該当なし ドイツ イギリス 加入への強制に関しては、間接的な強制力がある場合は強制ありとして分類。 (該当国:フランス・スペイン・台湾) (出典)筆者作成 (1) 公的保証の有無による分類 巨大災害は損害額が甚大になる可能性が高く、その規模は保険会社の支払余力(ソルベ ンシーマージン総額)9を大きく上回る可能性がある。例えば中央防災会議よる首都直下地 震の被害想定では、18 ケースの地震を想定し、その震度分布などをもとに被害想定を行っ ている。その中でも東京湾北部を震源とするマグニチュード 7.3 の地震では、最悪のケース で直接被害(復旧費用)66.6 兆円、生産額の低下による間接被害 39 兆円、交通寸断による 9 ソルベンシーマージン総額:損害保険会社は、保険事故発生の際の保険金支払や積立保険の満期返戻金 支払い等に備えて準備金を積立てているが、巨大災害の発生や損害保険会社が保有する資産の大幅な価格 下落など、通常の予測を超える危険が発生した場合でも、十分な支払能力を保持しておく必要がある。ソ ルベンシーマージン総額とは以下の合計をいう。資産の部合計から利益処分額を控除した金額、価格変動 準備金、危険準備金、一般貸倒引当金、上場株式含み益の一定割合、土地含み益の一定割合、その他これ に準ずるもの。 9 機会損失・時間損失による間接被害 6.2兆円の合計 112 兆円の経済損失が発生するとされ ている。10 こういった巨大災害による被害に対応するために、世界では公的な関与によって保険の 総支払限度額を拡大し、自然災害保険を安定的に供給し、保険によるリスクヘッジを行え る環境を実現しているケースが多い。実際日本では、政府が再保険者としてキャパシティ の一部を提供している11。 一方国によっては、民間保険会社を介すことなく、公的機関が直接に自然災害保険制度 を運営し、実質的な元受保険会社的機能を果たしているケースもある。またこれとは対照 的に自然災害保険制度の構築には関与するものの、再保険の提供や自然災害保険制度の財 政が破綻した場合の公的資金注入などの「公的保証」を一切提供していないケースもある など、各国の自然災害リスクの特徴等によって、公的機関の介入の形態は異なっている。 以下に各国の公的関与の形態を紹介していこう。 a. フランスの公的保証 フランスでの自然災害保険制度は Cat Nat(Catastrophe Naturelles)と呼ばれ、民間保険 会社が主体となっている。これに対し政府は、国営再保険会社である CCR12を設立し、CCR が再保険を民間保険会社へ提供するという形で関与している。フランスの制度の特徴とし ては、以下の2つが考えられる。 1)自然災害によって巨額な損失が発生し、CCR の財源が尽きてしまった場合でも、政府 が CCR に公的資金を注入し、財源を補償する事で、CCR は再保険の提供を続けられ る。その結果、民間保険会社が再保険を手配できなくなる事もなく、人々は常に自然 災害保険を利用出来る。 2)民間保険会社は、必ずしも CCR から再保険を購入しなくてもよい。再保険を手配しな い、または民間再保険市場のみで再保険を手配することも可能である。ただし、CCR を通じて再保険を手配する場合には、自社が抱える自然災害リスクの半分以上を CCR へ移転する(つまり保有リスクの最低過半以上を CCR へ出再する)必要がある。 図表 3:フランスの自然災害保険制度の形態 10 日本の民間保険会社の支払余力は、2005 年度末時点の大手の3損害保険会社において合計でおよそ 13 兆円(東京海上日動火災保険(株)5,440,978 百万円、(株)損害保険ジャパン 2,378,680 百万円、三井住 友海上火災保険(株)5,239,967 百万円)である。この数字は一見多い様に見えるが、これは保険引き受け 上の危険や予定利率上の危険など様々なリスクに備えるものであり、巨大災害にかかる危険のみに対応す るものではない。仮に首都直下地震の損害を民間保険で全てカバーした場合、その地震一件で全ての支払 能力を使い果たしてしまい、その他のリスクに対応する能力を失い、保険会社として機能出来なくなる。 11 日本の地震保険制度では、政府が地震リスクのみに対して最大5兆円までの再保険を提供している。 12 CCR(la Caisse Centrale de Reassurance)は、フランスの再保険公庫のこと。北村(2000)によると、 かつては公設法人の一種であったが、現在では国がその株式の 100%を保有する株式会社となっている。 10 リスクの一部を 元受保険契約 CCR 民間保険会社 契約者 民間再保険市場 再保険契約 リスクの一部(過半以上)を再保険契約 政府 無制限の財務保証 (再保険財源を保証) (出典)筆者作成 b. スペインの公的保証 スペインは、自然災害保険を公的機関が直接国民に提供しているケースであり、公的機 関が主体となっている制度である。国営団体 Consorcio de Compensacion de Seguros (以下 Consorsio)が、直接自然災害保険を国民へ提供しており、民間保険会社は販売や支払い実 務に関与するだけである。また、民間保険会社は、徴収した保険料を毎月 Consorcio へ移 転し、その対価として 5%の手数料を受け取る事が出来る仕組みとなっている。さらに、 Consorcio の財源を枯渇させるような甚大な被害に備えて、Consorcio に対して政府から無 制限の財政保証が付されており、保険金全額の支払いが保証されている。つまり、実質的 には保険の総支払限度額は無制限となっており、人々が常に自然災害保険を利用出来る状 況が実現されている13。 13 スペインの自然災害保険制度と実質的に同様な制度として台湾の地震保険制度が挙げられる。台湾では、 元受保険会社である民間保険会社は、引き受けた地震保険契約を Central Reinsurance Corporation に全 て出再する仕組みをとっており、スペインの徴収した全保険料が Consorcio に払い込まれる仕組みと、民 間保険会社が一義的に引き受けたリスクが最終的には全て公的機関に移転されるという点で実質的に同様 であるといえる。 11 図表 4:スペインの自然災害保険の形態 元受保険契約 国民 Consorcio 政府 保険料の徴収 徴収保険料の 無制限の財務保証 (販売者として関与) 払い込み 民間保険会社 (出典)筆者作成 c. ニュージーランドの公的保証 ニュージーランドでは Crown Entity(Agent)14の Earthquake Commission(以下、地 震委員会)が地震保険制度の主体となっている。 地震委員会の地震保険は火災保険を購入する際に自動的に付帯される。そのため民間保 険会社が火災保険料と共に地震保険料を集金し、事務手数料を引いた残額を地震委員会に 払い込む仕組みとなっている。 損害保険料率算定会(2000)によると、地震委員会の保険金支払枠は、計画では自然災 害基金、再保険手当との合計で 52 億 NZ ドルとなっており、これを超えたときには政府の 保証が発動する。これに対し現状の支払能力は 49 億ドルであり、制度上の支払枠 52 億 NZ ドルに対し 3 億 NZ ドルが不足している。よって、49 億 NZ ドルを超えた分については政 府が法律に基づき全額負担する事となる。 また、ニュージーランドでは地震委員会が運営する地震保険と民間保険会社が運営する 地震保険とが併存しており、民間保険会社の地震保険は、火災保険の特約として任意に加 入する事ができ、地震委員会の地震保険を補完する役割を受け持っている。 Crown Entity は、行政組織(官庁(省庁) )ではないが、国の行政の実施組織として、国が設置するも のである。 14 12 図表 5:ニュージーランドの地震保険の形態 元受保険契約 国民 政府 地震委員会 保険料の徴収 徴収保険料の (販売者として関与) 無制限の財務保証 払い込み 民間保険会社 (出典) 筆者作成 d. アメリカ(NFIP)の公的保証 アメリカの連邦洪水保険制度(National Flood Insurance Program:以下 NFIP)は、連 邦保険局(Federal Insurance Administration:以下 FIA)が主体となって運営されている。 NFIP において特徴的なのが WYO プログラム(Write Your Own Program)である。この プログラムにより民間保険会社は自社の社名で FIA の洪水保険を販売することが可能とな っており、保険の販売に民間ノウハウを活用する事を実現している。このプログラムでは、 民間保険会社に FIA の保険販売による保険料収入を上回る保険金支払が生じた場合には、 FIA により損失補填措置が行われるため、民間保険会社は洪水損害による財政的危険から 保護されている。 また、制度への参加においては、まず自治体(community)が参加の選択を行う。そし て、参加を選択した自治体は FIA が設定したプログラムに従った最低限の氾濫源管理規制 や特別洪水危険地域における建物の洪水被害を最小限とするようにするための開発許可な どの実施をする事となる。その上で地域内の住民は、洪水保険への加入を任意で選択出来 るようになる。ただし、自治体が NFIP に参加していない場合は、その地域内の住民が如 何に保険加入を望んでも加入は認められない。 13 図表 6:アメリカ(NFIP)の洪水保険の形態 連邦保険局 NFIP プログラムへの参加申請や許可 (Federal Insurance Administration: FIA) WYO プログラムにより民間保険会社は FIA の保険を自社商品として販売。 自治体(community) FIA から補填損失措置あり。 国民 民間保険会社 民間保険会社 ・・・ 民間保険会社 国民 保険契約 国民 (WYOプログラムにより FIA の保険を販売) (出典) 筆者作成 e. 公的保証のない国における対応 公的保証がない国では、自然災害保険のキャパシティ確保は各民間保険会社の資力に委 ねられる。しかし、民間保険会社1社の資力で購入出来る再保険の額は僅かであり、確保 可能なキャパシティの額には限界がある。そのために各社で協力して制度を運用するため に基金制度を活用しているケースが多い。 例えばアメリカではハリケーン災害に対応するため、フロリダ州が 1992 年のハリケーン アンドリューの経験から 1993 年に Florida Hurricane Catastrophe Fund(以下 FHCF) を創設している。これは、フロリダ州の保険会社がこのファンドに保険料を支払い、保険 事故発生時に、あらかじめ定められた支払限度額を超えて保険金を支払った場合に、その 超えた部分をファンドから補填する仕組みであり、言わば社外に設定された異常危険準備 金の役割を果たしている15。 また、スイスの自然災害保険は、全 26 州の内、19 州では州保有の保険会社によって提供 され、残りの7州では民間保険会社によって提供されている。しかしどちらにも、財政破 綻時の政府による公的資金の投入や、再保険者としての介入などは行われていないため、 これらは独自にキャパシティを確保しなければならない。 そこで、19 州の州保有の保険会社では彼らの自然災害リスクを管理する事に特化した再 保険会社を設立している。また 7 州の民間保険会社は、スイス自然災害基金 (Elementarschaden-Pool)を設立することで、キャパシティ不足を補い、積極的な自然 15 State Board of Administration of Florida(2005)“Florida Hurricane Catastrophe Fund 2005/2006 Member Handbook”を参照。 14 災害保険の提供を行える状況を整えている。この Pool では、FHCF とは違い各保険会社は Pool へ徴収した保険料を移転する必要がない、つまり参加費用的な支払いが求められてい ないのだが、一方で支払保険金額の移転が要求されているという特徴がある。このため当 Pool では、参加保険会社は災害時に発生した支払い保険金額の 85%を Pool へ移転し、15% を自社で保有することとなっている。そして、Pool が、各社から集められた支払保険金額 を合計し、各 Pool メンバーの収入保険料の額に応じて再分配し、民間保険会社はその再分 配された支払保険金額と、自社で保有していた 15%の支払保険金額の合計額を支払うとい う仕組みになっている(図表 7 を参照)。 この仕組みは、2 つの問題点を解消したと言われている。第 1 に引き受け能力から来る制 約の緩和である。つまり、支払い保険金額の分配率が保険料収入に比例しているので、小 さな会社でも個々のキャパシティを超えた自然災害保険の販売へも積極的に取り組む事が 可能となるわけである。第 2 に保険会社が、引き受けるリスクを選別してしまう事による 保険引受の偏りの発生という「リスク選択」に関する問題を解消した。本来保険会社は損 害の発生確率が高かったり、巨大な損害が発生する可能性が高いようなリスクは引き受け たがらない傾向がある。しかし、この Pool によって全参加保険会社の支払保険金額が合計 されてから、収入保険料の比率に従って分配されるので、結果的には全てのリスクが平均 されてならされることになる。そのため、保険会社はそれらリスクの性格や、自社のソル ベンシーマージンなどを大きな問題とすることがなくなり、積極的なリスク引受が実現さ れるのである。 図表 7:スイスにおける Pool の活用方法 イメージ図 自然災害 Pool 全社合計 各社へ分配される支払保険金額 支払い保険金額 A社:15 保険会社 A 保険会社 B 保険会社 C 保険料収入 20 保険料収入 10 保険料収入 15 発生損害額 6 発生損害額 拠出支払保険金額 5※ ※(6×85%≒5) 最終支払保険金額 注: B社:7 C社:11 15 24 発生損害額 9.5 拠出支払保険金額 20 拠出支払保険金額 8 ※(24×85%≒20) ※(9.5×85%≒8) 最終支払保険金額 7 最終支払保険金額 11 各社は発生保険金額のうち損害額の 85%を支払保険金として Pool へ拠出する。 (出典) :GDV(2004)を参考に筆者作成 15 33 (2) 商品・販売への強制による分類 政府などの公的機関は、自然災害保険の商品面や販売面などへも介入している。 まず、商品面の介入の形態として「補償範囲への規制」がある。これは、民間保険会社 が販売する保険の補償範囲に、法律などによって強制的に自然災害リスクを含めさせてい る形態である。つまり、民間保険会社が自社の資力のみでは担保出来ないような自然災害 リスクを補償範囲から外す可能性があるため、法律によって自然災害補償を強制的に商品 へ組み込ませるのである。 その他に「保険料率への介入」がある。民間保険会社が独自で保険を提供する場合、キ ャパシティや損害額の規模などの要因によって、保険料率が高くなる可能性が高い。そこ で、政府などが保険料率の決定に介入する事により、自然災害保険の保険料水準を加入可 能な水準に保っている。例えば日本の地震保険では、民間保険会社による自由な料率設定 は認められていないし、海外諸国においても民間保険会社は強制的に公的に決定された料 率に従わなくてはなくてはならないケースが多い。 また、アメリカの CEA のように、民間保険会社の販売面への介入を行っているケースも あり、カリフォルニア州の保険会社は、日本の火災保険に相当するホームオーナーズ保険 を販売する場合には、必ず地震保険を販売しなければならないという規制が課せられてい る。ただし、その逆(地震保険を販売するためにはホームオーナーズ保険を販売しなけれ ばならない)の規制はないので、地震保険のみを専門に扱う会社も存在しているという特 徴がある。 ここではこれらの観点から、フランス、スペイン、ニュージーランド、スイスにおける 制度の概要を紹介する。 a. フランスにおける商品面・販売面などへの関与 フランスでは、全ての資産および自動車における火災リスクに対応した保険、またはそ の他のリスクや操業中断リスクをカバーしている保険に対して、自然災害リスクの補償が 法律により強制的に付加されている。そのためフランスでは、自然災害保険への加入を拒 否するということは、実質的に損害保険そのものの加入をあきらめなくてはならない事に 近く、強制加入に類似した形態と言う事が出来る。 また、自然災害補償の保険料率は、基本契約の保険料に対する一定率として公的に定め られるが、基本契約の保険料は各社自由に設定出来るため、実質的には自然災害補償に対 する保険料も各社毎に異なっている。 このようにフランスの民間保険会社は法律により強制的に自然災害リスクを補償するこ とが求められているため、顧客から加入希望があればそれを拒否する事は出来ない一方で、 基本契約の保険料率に関しては自由裁量を持っている。しかし保険会社とすれば、リスク の高いものは引き受けたくないので、彼らは、基本契約の保険料率における自由裁量を利 用して、リスクの高い顧客の加入意欲がなくなる水準まで基本契約の保険料を引き上げた。 16 つまり、民間保険会社は、実質的に危険地域への保険供給から手を引くような対応を取る ために、再保険の購入先を自由に選択出来るにも関わらず、低廉な保険料を実現出来る CCR を利用しなかったのである。しかし一方で公共性が求められる州営の保険会社は、CCR を 活用した従来の料率を実現しつづけなければならなかったため、結果としてリスクの高い 契約を引き受け続ける事となった。 このように、民間保険会社は自由な再保険市場を活用してリスクの低い契約者を中心と して補償を提供し、州営の保険会社は CCR を活用してリスクの高い契約者に補償を提供す るという状況が生じた結果、CCR にはリスクの高い契約が蓄積してしまったという批判が ある。 b. スペインにおける商品面・販売面などへの関与 スペインでは、建物所有者の保険契約に自然災害に対する補償が自動的に追加され、そ れに対する追加保険料(levy)を支払うことが強制されている。言い換えれば、民間保険会 社の基本契約に自然災害リスクに関する補償が強制的に含められているのであり、その仕 組みはフランスと同様と言える。なお、建物所有者は自然災害リスクに対し、補助的に民 間保険会社の保険を購入する事も可能であるが、保険料負担を抑えるため、ほとんどの人々 が Consorcio による強制的な補償のみという契約形態を選択している。 また、自然災害リスク部分の保険料率は Consorcio によって決定されており、民間保険 会社の自由裁量はない。 c. スイスにおける商品面・販売面などへの関与 スイスでは、前述の通り 26 州の内 19 州では州営の保険会社が、残りの 7 州では民間保険 会社が自然災害保険を提供しているため、商品面・販売面への関与が行われているのは 19 州のみとなる。 この 19 州では州営の保険会社が各州で自然災害保険の独占販売権を保有し、独占市場を 形成して民間保険会社の販売を制限している。そのため、民間保険会社商品の補償範囲や 料率などへの規制は特にない。ただし、逆に州営の保険会社へも自然災害リスクに対する 保険以外を販売する事を許可しないという制限があるため、その市場規模は限定的である。 d. ニュージーランドにおける商品面・販売面などへの関与 ニュージーランドでは、民間保険会社が販売する火災保険に、地震委員会の地震保険が 自動的に付帯されるという規制がある。そのため、火災保険の加入者は必ず地震保険に加 入しなければならない。 ただし、一方で民間保険会社は独自の地震保険を販売することが許可されている。この 地震保険は、地震委員会のそれと同じ危険を補償しながら、地震委員会の地震保険を補完 する役割を担っており、地震委員会の地震保険が付帯されている火災保険の 90%以上が、 17 民間の地震保険にも加入しているという現状がある。また、地震委員会の地震保険料は民 間保険会社が販売している火災保険料とともに徴収される事となっている。 (3) 加入強制の有無による分類 政府などの財政的関与がある場合、自然災害保険の公共性が強くなり、保険料の平等性 が求められてくる。そこで、全ての人に平等に保険料を負担させるための方法として「強 制加入」がある。これは文字通り、国民を強制的に保険に加入させる事である。 国民の自然災害保険への「強制加入」の形態は、以下の 3 パターンとなる。 1)直接的に建物所有者へ自然災害保険の加入を強制しているケース。 2)自然災害保険への加入が全くの任意のケース。 3)保険の加入は任意であるが、火災保険などの損害保険へ自動的に自然災害リスクに 対する補償が含まれており、結果として損害保険加入者は必ず自然災害リスクへの 補償に対する保険料を支払っているケース。また、建物購入時のローンを組むため に保険への加入を求められるなど、その他の制度によって自然災害保険への加入が 求められているケースもある。 図表 8:加入形態の分類イメージ A. 強制加入 B. 任意加入 C.任意加入であるが、 間接的な強制力が存在 (出典)筆者作成 上記Aケースに該当する国は、ニュージーランド、スイスである。ニュージーランド、 スイスでは建物所有者が地震保険をかける事が義務づけられている。 Bのケースに該当する国は、日本、アメリカ、ドイツ、イギリスである。これらの国で は、自然災害保険への加入は、個人の自由意志による。このケースでは日本の加入率約 20% や、アメリカ(CEA)の 17%などその他のケースと比較すると加入率が低いのが特徴的で あり、この結果に、個人の自由意志で自然災害のような特殊な損害に備えさせることの難 しさが顕著に表れているといえる。 そしてCに該当するのが、フランス、スペイン、台湾、スイスである。フランス、スペ 18 イン、台湾の建物所有者は、付保義務はないが、火災保険などの標準契約を締結すること によって自動的に自然災害リスクへの補償を得る事となるため、自然災害リスクへの補償 を拒否する事は出来ないという間接的な強制力が働いている。なお、スペインでは、銀行 が抵当の条件として火災保険(=自然災害保険)への加入を義務づけているため、結果と してこれは自然災害保険への加入強制と同様として考えられる。 なおスイスは、建物所有者は自然災害保険への加入が義務づけられており、さらに火災 保険で自然災害リスクをカバーしているため、AとCの両方にまたがっているケースであ り世界的に見ても稀である。 3.担保リスクの範囲および保険料率スキームによる分類 ここでは自然災害保険の補償の範囲および保険料率体系を基準に各国の分類を試みた。 これは、様々な自然災害リスクのどの範囲までを保険によってカバー出来るのか、また保 険の対象としている自然災害のリスク実態がどこまで保険料率に反映されているのかによ って、人々のリスク軽減のための取組に対するインセンティブに影響が生じると考えられ るため、分類要件としている。 まず、自然災害保険の補償範囲が、その国におけるメインリスクのみ補償している「単 独リスク的」か、もしくはその他すべてのリスクを担保している「オールリスク的」かに よる分類をした。その上で、自然災害保険の保険料率が全物件「一律」の料率であるのか、 リスクの大きさによって異なる「リスク細分型」であるのか、という分類をしたのが図表 9 である。 19 図表 9:保険料率スキームによる分類 保険スキームによる分類 単独リスク的 一律型 オールリスク的 リスク細分型 一律型 リスク細分型 ニュージーランド 台湾 ※ アメリカ(NFIP、CEA) スイス、フランス 日本 スペイン イギリス、ドイツ イギリス、ドイツに関しては公的制度が存在していないため詳細が不明である。しかし、加入形態が任意であり、 任意加入の場合はリスク細分型の保険料率を採用している事が多いことからリスク細分型として分類している。 (出典)筆者作成 (1) 担保リスクの範囲による分類 自然災害において、予想最大損害額(以下 PML)が最も高いと考えられているリスクは 各国で異なっている。日本では地震であるが、アメリカでは、むしろ洪水リスクの方が全 国的なリスクとして恐れられており、地震はカリフォルニアなど一部地域のみのリスクと 認識されている。また、フランスやスペイン、ドイツ、イギリスなどの欧州諸国でもアメ リカと同様に洪水リスクの危険度が高く、スイスでは雪崩リスクが最も危険度が高い。 これらの自然災害リスクを、単独で担保しているか、もしくはその他の自然災害リスク、 さらには他の普通災害である火災リスク等をも包括して担保しているのかによって分類出 来る。比較して把握するために、自然災害リスクを地震の揺れによる住宅の倒壊や地滑り などの「地震損害」および「地震による津波損害」、そしてその他の自然災害リスクとして 「洪水などの水災」「台風などの風災」「雪崩や豪雪などの雪災」と区分して、各国の補償 範囲を図表 10 にまとめた。 20 図表 10:自然災害保険の補償範囲比較表 ー オ ル リ ス ク 単 独 リ ス ク 地震関連損害 その他の自然災害損害 国名 イギリス 保険種目 自然災害保険 地震災害 津波災害 ○ ○ ◎ ○ ○ スペイン 自然災害保険 ○ ○ ◎ ○ × ドイツ フランス スイス 日本 ニュージーランド アメリカ(NFIP) 日本 アメリカ(CEA) 台湾 自然災害保険 自然災害保険 自然災害保険 火災保険 地震保険 洪水保険 地震保険 地震保険 地震保険 ○ ○ × × ◎ × ◎ ◎ ◎ × ○ × × ○ ○ ○ ○ × ◎ ◎ ○ ○ ○ ◎ × × × ○ × ○ ○ ○ × × × × ○ ○ ◎ ○ × × × × × 洪水などの水災 台風などの風災 雪崩などの雪災 注 ○および◎は担保しているリスク、×はカバーされない損害を示している。 なお、◎はメインリスクとして担保しているリスクを表している (出典) 筆者作成 a. オールリスク的自然災害保険 ある地域において、最も危険な自然災害のみならずその他の自然災害もカバーしている のは、スペイン16、フランス、イギリス、ドイツ、ニュージーランド、スイスである。この うちイギリスだけは、地震や水災、風災、雪災の全てをカバーしているが、それ以外の国 は、オールリスク的であるとはいえ、一部の災害に対しては補償を提供していない保険も ある。例えばニュージーランドの地震保険はオールリスク的と分類しているが、住宅およ び家財においては地震、地滑り、噴火、地熱活動、津波およびこれらによる火災損害に対 する補償のみが提供されており、実際、暴風や洪水による地盤損害として風災と水災に対 する補償が提供されているのは宅地だけである。また、スイスでは地震リスクは自然災害 保険としては補償されておらず、地震保険単体で存在している。 また、自然災害リスクへの補償の提供方法も様々である。フランス、スペイン、スイス では火災保険などの基本契約の補償範囲に自然災害リスクの補償を含めているが、ニュー ジーランドでは、基本契約である火災保険の特約として地震保険を提供し、その地震保険 の補償範囲の中で他の自然災害リスクへの補償を提供している。こうした細かい違いはあ るが、これらの国々では、自然災害保険へ加入する事が実質的に強制されていることから 人々に補償選択の余地はなく、自然災害リスクが基本契約と特約のどちらで補償されてい ても結果的には同義となっている。 16 スペインでは「引責などの無人飛行物体の影響と墜落」というユニークな補償や、「テロを含んだ社会 的行為による損害をカバーしているという特徴がある。 21 b. 単独リスク的自然災害保険 地震リスクや洪水リスクなどを単独リスクとしてカバーしている国は、日本、アメリカ、 台湾である17。これらの国の補償提供方法は、国によって異なっている。アメリカの CEA および NFIP では、自然災害保険は単体の保険として提供され、台湾では基本契約である 火災保険(住宅保険)に地震保険としての補償が自動的に含まれており、日本では火災保 険の特約として提供されている。 また同じリスクを補償している保険であっても、その補償範囲にも若干の差異が見られ る。例えば日本の地震保険は地震に加え津波による損害もカバーしているが、台湾の地震 保険では、津波による損害は免責となっている。また日本の地震保険では「地震による損 壊」も、 「地震による火災」も地震保険でカバーしているが、CEA の地震保険は「地震によ る損壊」のみをカバーしており、 「地震による火災」は火災保険における補償となっている。 さらに、アメリカの洪水では 2005 年のハリケーンカトリーナが記憶に新しいが、NFIP の 洪水保険は水による被害は補償しているが、風による被害は補償していない。しかしハリ ケーン被害では、風の被害と水の被害が同時に発生する事が多いため、どちらに起因して 発生した損害なのかによって、契約者とのトラブルになりやすいという問題点もある。 (2) 保険料率スキームによる分類 保険料率は本来リスク実態を極力反映したものであることが望ましい。しかしその程度 によってはリスクの高い契約者の保険料が高くなり、保険加入が困難になる場合がある。 そのため、自然災害保険のように公共的な関与が強い保険の場合、なるべく多くの人が加 入出来るようにすることも期待されるので、リスク実態に応じた保険料率の格差をつけな い国もある。 こうした観点から、ここでは主要国の自然災害保険を、リスクに関わりなく一律の保険 料率を適用している「一律型」と、リスクを反映して保険料率が変わる「リスク細分型」 の2つに大別して比較検討する。 a. 一律型の保険 「一律型」に該当する国は、ニュージーランド、台湾、スイス、スペイン、フランスで あるが、「一律型」の中でも、そのスキームは大きく二つに分かれる。 ニュージーランド、台湾、スイス、スペインでは、基本となる契約の「保険金額」に一 律の保険料率を乗じて保険料が算出される。この保険料率には地域や建物の構造などによ る区分もなく、リスクの高い契約者にも、低い契約者にも一律の保険料率を適用し、加入 17 世界の自然災害保険制度の中でも、アメリカの CEA および台湾の地震保険制度のみが、生活費用など の経済的損害である間接被害に対する補償を提供している。CEA では、住居が居住不能になった場合に臨 時費用として 1,500 ドルが支払われ、台湾では、保険の目的に保険事故が発生した場合に、18 万台湾ドル の「臨時住宿費用(臨時住居費用)」が支払われる。その他の国々では建物と生活用動産に対する直接損害 への補償のみの提供となっている。 22 機会の公平性を保っている。 一方フランスでは、基本契約の「保険料」に対して、一律の保険料率を乗じて保険料が 算出されるが、このスキームには次の問題点が指摘されている。例えば基本契約で火災リ スク+水道管破裂リスクをカバーしていた契約者と、火災リスクのみの基本契約を結んで いる契約者がいたとする。この場合、補償範囲に差異があるため両者の基本保険料には差 が生じる。これに対し、フランスの自然災害保険の料率は基本契約の「保険料」に対して 一定料率が乗じられるため、両者の自然災害リスクに関する補償は同じであるにもかかわ らず、自然災害リスク部分の保険料に差異が生じてしまっているのである。 スペインも過去はフランスと同様に「保険料」に対する料率であったが、同様の問題を 解決するために、「保険金額」に対する料率へと変更している。なお、スペインの自然災害 保険は基本契約に付帯される形であるが、その料率は基本契約の種目によって異なってい る。基本契約となるべき種目は、火災保険、自動車総合保険、その他の財物保険、傷害保 険の4つであり、さらにその各種目の中で、保険の目的の種類によって分類される。例え ば火災保険であれば、住宅・事務所、商業施設、工場の 3 分類となる。 図表 11:一律型における保険料率スキームの2分類 「一律型」 基本契約の「保険金額」に対して 基本契約の「保険料」に対して 一律の料率を乗じた保険料を採用 一律の料率を乗じた保険料を採用 ニュージーランド、台湾、スイス、スペイン フランス (出典)筆者作成 b. リスク細分型の保険 「リスク細分型」に該当する国は日本、アメリカ、ドイツ18であるが、その細分化の区分 には国ごとに違いがある。詳細には様々な区分があるが、ここでは簡易的に「危険区分」 「物 件種別」 「建物構造」 「建築年」 「災耐性」 「防災活動」の7つに分類し、図表 12 のように各 国別に比較した。 18 ドイツに関しては一部でリスク細分型を採用していると判断できる部分があるため、リスク細分型とし て分類している。 23 図表 12:「リスク細分型」の細分化基準 比較表 危険区分 物件種別 物件構造 建築年 災害耐性 防災活動 アメリカ(NFIP) アメリカ(CEA) 日本 ドイツ ○ ○ ○ ○ ○ ○ × × ○ ○ ○ ○ ○ ○ × ○ ○ × × 自由市場であるため不明 ( 出典 ) 筆者作成 (イ) 危険区分 「危険区分」とは、地震や洪水といった自然災害の発生確率や損害強度などから想定さ れる危険度別に設けられた区分である。日本の場合は、地震の発生確率や地震時の火災危 険度などによって全国を 1 等地から 4 等地まで 4 区分して料率に反映させている。 アメリカの NFIP では、1 年間にある一定位以上の洪水位が発生する確率が 1%であると いう事を意味する“100 年確率洪水”の可能性のある「特別洪水危険地域」が 8 ゾーン設定 されている。さらに“100 年確率洪水”の境界線と“500 年確率洪水”の境界線に挟まれた 「中位洪水危険地域」と、“500 年確率洪水”よりも洪水発生確率の低い地域である「最小 洪水危険地域」がそれぞれ 1 ゾーン設定され、合計 10 ゾーンの危険地域区分に分かれてい る。 また、CEA では、2,000 以上の ZIP コードを、危険度などを基準として 19 に区分けし、 料率が定められている。 ドイツでは、ドイツ保険連盟が全国の洪水危険度別デジタルマッピングシステムを整備 しており、200 年に一度以上の浸水確率の地域である ZONE1、50 年~200 年に一度の浸水 確率の地域である ZONE2、10~50 年に一度の浸水確率の地域である ZONE3、さらに 10 年に1度以上の浸水確率の地域である ZONE4 の 4 区分に危険区分しており、民間保険会 社がこのデータを保険料の算出時に活用している。 (ロ) 物件種別 「物件種別」とは、その建物が工場物件か住宅物件か、またはマンションか戸建てであ るかなど建物の用途やその建築様式による違いであり、この種別によるリスクの差を料率 に反映させているかを見る。日本では、こういった物件種別による分類はなく、むしろ地 震保険は住宅物件のみに限定されている19。 NFIP では、建物の占有形態として一般物件と区分所有物件(Condominiums)に分類さ れる。一般物件ではさらに階数によって区分され、平屋か 2 階建て以上か、また地下室を 19 工場物件や一般物件に対する地震保険は民間保険会社が独自で提供しており、住宅向けの地震保険制度 とは別制度として考えられている。 24 有しているかによって違いがある。その上、1 世帯、2~4 世帯、その他の住宅、非住宅(商 業用)によっても分類されている。モービルホームなどのプレハブ住宅の場合は、1世帯 用と非住宅に分類される。区分所有建物などの共同住宅の料率は 3 階以上 5 区画以上ある 高層建物と 2 階以下または 4 区画以下の低層建物の、大きく 2 種類に分かれる。この区分 所有建物については、個々の区分所有者が単独で契約するよりも安い保険料で保険提供を 受けられるようにと、1994 年より新共同住宅一括契約が実施されており、現在は5種類の 契約形態がある。 また、CEA では、料率を算出するために、戸建て、コンドミニアム、モービルホームの 3 分類での地震シミュレーションを行っている。 (ハ) 物件構造 「物件構造」とは、その建物の建築様式などによる危険度の差異を料率に反映させてい るかという点である。日本の場合は木造であるか、非木造であるかによって料率に違いが ある。 CEA では、 「物件種別」と同様に、料率算出前段階である地震シミュレーションの時点で、 建築基礎に関連する項目を設けてリスク評価を行っている。これらには「一連の柱(a series of posts)」「平らなコンクリート土台(flat concrete slabs)」「連続壁(continuous wall)」 「周囲・周辺(perimeter)」の 4 項目があり、それぞれへの評価が料率に反映されている。 (ニ) 建築年 「建築年」とは、その建物がいつ建てられたかによって、その当時の建築基準による災 害への耐性や、年月の経過による老朽化の影響を料率に反映しているかと言う事である。 日本の場合は、割引制度として、建築年割引が用いられている。これは、建築基準が変更 された昭和 56 年 6 月以降の新築建物である場合であれば、10%の割引が適用されるという ものである。 NFIP では、プログラムに参加した自治体に対して、洪水保険料率地図(Flood Insurance Rate Map : 以下 FIRM)が発行され、この地区区分に基づいた料率が適用される。ただし、 この料率は FIRM 発行日以後の建物に対して有効であり、FIRM 発行日以前の建物につい ては別体系の料率となる。つまり、建物の竣工日が料率におけるリスクの判断基準であり、 FIRM 発行日以後に新しく建築される、もしくは大幅に改築される建物にこの料率は適用さ れる点で、建築年を反映させていると言える。また、沿岸部の高潮や津波などによる被害 を受けやすい地域では、FIRM 発行日以降であっても、建築年によって 1975 年~1981 年 および 1981 年以降の建築物という 2 分類をしている。 CEA では、料率算出前段階である地震シミュレーションの時点で「建築年」による分類 を反映させている。1978 年以前、1979 年~1990 年、1991 年以降の 3 区分がある。 25 (ホ) 災害耐性 「災害耐性」とは、建物が特定の災害に対する耐性を備えることによってリスクを軽減 させる事を料率に反映させているかどうかという点である。日本では耐震等級割引として、 耐震等級1~3に併せて、それぞれ 10~30%の割引が適用される20。NFIP では、FIRM 発 行日以降の建物について、洪水への耐性の評価の料率への反映として、基準洪水位からの 最低床面高の高低によって料率が区分されている。 (ヘ) 防災活動 「防災活動」とは、建物の災害耐性などハードの側面ではなく、たとえば自治体単位で 行っている防災活動などソフトの側面によって、災害発生時の被害が軽減されていると判 断出来る場合に、その取り組みを料率に反映させるものである。 この制度が導入されているのは世界でも NFIP のみである。NFIP では 1991 年よりコミ ュニティ料率システム(CRS)を導入している。これは、そのコミュニティにおける防災 の取り組みによるリスクの軽減効果を保険料に反映させ、最大 45%の保険料割引までを可 能にするというシステムである。この目的は、 「洪水損失の軽減」、 「保険料算定精度の向上」、 「洪水保険の周知徹底」である。CRS を利用する場合には、FEMA に申請を行い、適格審 査を受ける。これにより、クレジットと呼ばれるポイントを受け取る事が出来る。このク レジットは図表 12 のように全 4 シリーズ、計 18 種類の項目が用意されている。 クレジットとしては以下の様なものがある。コミュニティの住民に洪水リスクを認識さ せるための取り組みとして、「ダイレクトメールを使ってリスクを伝達する」、「洪水注意週 間を実施する」、「新聞へ折り込みチラシを入れる」、「公共料金の領収書などに洪水のリス クに関する情報を添付する」などの活動や、「コミュニティ内の公共図書館に水害関係の資 料を整備する」ことなどが評価の対象となっており、これらを実行する事で保険料の割引 も享受出来る。個人の努力による自助と、自治体といったコミュニティによる共助を、上 手く組み合わせた特色ある制度であると言えよう。 20 耐震等級割引は建築年割引との併用がされず、耐震等級割引を適用する場合には、建築年割引は適用さ れない事となる。 26 図表 13:CRS のクレジット シリーズ 300 400 500 600 クレジット名 310 建築物へのFEMAによる海抜の証明の保持 (Elevation Certificate) 320 精度の高いハザードマップの作成 (Map Determinations) 330 啓発広告活動 (Outreach Project) 340 危険情報の開示 (Hazard Disclosure) 350 地域図書館における洪水関連情報資料の保持 (Flood Protection Library) 360 洪水防止の技術的助言や利用可能サービスのPR (Flood Protection Assistance) 410 FEMAの洪水情報への追加的な情報提供 (Additional Flood Data) 420 空地の維持 (Open Space Preservation) 430 より厳しい規制基準の策定 (Higher Regulatory Standards) 440 洪水情報管理 (Flood Data Maintenance) 450 雨水管理 (Stormwater Management) 510 包括的な洪水管理計画 (Floodplain Management Planning ) 520 建物の洪水危険地域以外での取得および地域への移転 (Acquisition and Relocation) 530 洪水被害軽減のための建物改修など (Flood Protection) 540 排水システムの管理 (Drainage System Maintenance) 610 洪水警報プログラムの実施 (Flood Warning Program) 620 堤防による安全管理の実施 (Levee Safety) 630 ダムによる安全管理の実施 (Dam Safety) 最高 クレジット ポイント 162 140 380 81 102 71 1,346 900 2,740 239 670 359 3,200 2,800 330 225 900 175 出典:NEIDニューズレター 第9号 (2004年12月)および FEMAホームページ(CRSの概要) http://training.fema.gov/EMIWeb/CRS/index.htmを参考に筆者作成 4.保険の金額面に対する設定条件による分類 自然災害保険は保険金額の設定方法、保険金の支払方法などからも分類が可能である。 これは契約者が保険にリスクを幾らまで移転できるのかという金額面の条件であり、この 金額の多少によって契約者のリスクに対する意識に影響があると考えられるため、分類要 件として採用した。 一般に大規模自然災害は一度に発生する被害が巨大になる可能性があるため、リスクの 全てを保険の対象として引き受けず、保険金額を一定水準に抑えるような制限を設定する 場合がある。そこで、保険金額の設定方法として、「付保割合方式」と「縮小割合方式」に 大別している。さらに、支払保険金額に対しても、支払額を縮小するような制限や、少額 損害などを免責とするケースもある。この観点から保険金の支払い方法として「実損填補 方式」「縮小填補方式」に、さらに免責金額の設定方法として「ディダクティブル」「フラ ンチャイズ」に分類した。この分類を図表 14 に示している。 27 図表 14:契約上の各種制限による分類 保険の金額面に対する設定条件による分類 付保割合方式 実損填補方式 支払限度額方式 縮小填補割合方式 フランチャイズ フランチャイズ 台湾 ディダクティブル 実損填補方式 フランチャイズ 日本 ディダクティブル 該当なし 日本 ディダクティブル 該当なし ニュージーランド スイス アメリカ(CEA・NFIP) ※ フランチャイズ 該当なし ディダクティブル スペイン、フランス 縮小填補割合方式 スペインおよびフランスは基本契約に自然災害補償が含まれているため、保険金額は基本契約と共通であり、 基本契約は保険金額を自由に設定できると考えられるため付保割合方式として分類している。 (出典)筆者作成 (1) 保険金額の設定条件よる分類 保険金額の設定方法には様々な方法があるが、ここでは大きく「付保割合方式」と「支 払限度額方式」の 2 種類に大別した。「付保割合方式」とは、保険金額の設定に際して、保 険金額を保険価額の一定割合までしか設定出来ないという「割合による制限」をかけるも のである。ちなみに CEA は付保割合が 100%となっている。 また、「支払限度額方式」は付保割合が 100%、つまり保険価額=保険金額として設定し た保険金額に対して、いくらの損害までは保険金を支払えるという「金額の制限」を設け る方式である。それぞれの方式のイメージを示したのが図表 15 である。 28 図表 15:付保割合方式と支払限度額方式のイメージ <付保割合方式> <支払限度額方式> 保険価額 保険金額 保険価額 (付保割合 60%) 支払限度額 (ex:3,000 万円) = 保険金額 (出典)筆者作成 さて図表 16 では各国の採用方式の状況を示しているが、アメリカ(NFIP)、ニュージー ランド、台湾が「支払限度額方式」を用いている事が分かる。 一方で「付保割合方式」を用いているのは日本だけであり、付保割合を 30%~50%とし て上限のみならず下限も設定されている。さらに特徴的なことは、日本だけが「付保割合 方式」と併せて「支払限度額方式」も採用していることであり、支払限度額として加入限 度額 5,000 万円が設定されている。 図表 16:保険金額の設定における制限 各国比較 保険金額の設定における制限の形態 アメリカ(CEA) 建物は「付保割合方式(付保割合100%)」 生活用動産、臨時生活費用は「支払限度額方式」 アメリカ(NFIP) ニュージーランド 台湾 スペイン フランス ドイツ スイス イギリス 日本 支払限度額方式 支払限度額方式 (標準住宅価額の約55%程度) 支払限度額方式 基本契約と同額の保険金額 基本契約と同額の保険金額 完全自由市場であるため各民間保険会社によって異なる 支払限度額方式 完全自由市場であるため各民間保険会社によって異なる 付保割合方式(30%~50%)+支払限度額方式(5,000万円) ( 出典) 筆者作成 (2) 保険金支払の設定条件による分類 保険事故が発生した際の支払保険金に設定される条件としては、発生損害額に対する支 払保険金の金額を比率的に縮小させる手法や、支払保険金から一定金額を差し引く手法が などある。そこで、保険金支払方式として「実損填補方式」と「縮小填補方式」 、さらに免 29 責金額の設定方法として「ディダクティブル」と「フランチャイズ」の 2 段階で分類した。 各国が採用している保険金支払に対する設定条件を図表 17 に示した。 図表 17:保険金支払い時における制限 各国比較 保険金支払い時における制限 国名 保険金支払方式 免責金額 アメリカ(CEA) 実損填補 ディダクティブル方式 (保険金額の15%) アメリカ(NFIP) 実損填補 ディダクティブル方式 (500ドルから設定可能) ニュージーランド 実損填補 ディダクティブル方式 (保険金額の1%) 台湾 実損填補 フランチャイズ方式 (全損時のみ担保) スペイン 実損填補 ディダクティブル方式 フランス 実損填補 ディダクティブル方式 スイス 実損填補 ディダクティブル方式 日本 (建物の損壊度合いに応じて、 保険金額に一定割合を乗じる) 縮小填補割合方式 フランチャイズ方式 (3%以上の損壊から担保) (出典) 筆者作成 a. 保険金支払方式による分類21 「実損填補方式」とは、保険金額の範囲内で実際に発生した損害額を保険金として支払 う方法である。また、「縮小填補割合方式」とは、実際に発生した損害額に対して契約時に 設定した縮小割合を乗じた額を保険金として、保険金額の範囲内で支払う方法である。 海外の多くの国が「実損填補方式」を用いている中で、日本の地震保険制度だけが「縮 小填補割合方式」をとっている。この日本が採用している「縮小填補割合方式」には特徴 がある。それは一般的な損害保険における縮小填補割合方式は、発生した「実損額」に対 して縮小填補割合を乗じたものを保険金として支払うのに対し、日本の制度では「保険金 額」に対して、損壊程度に基づいて 3 段階に設定された縮小填補割合(全損 100%、半損 50%、一部損 5%)を乗じる方式という点である。 一般的な縮小填補方式: 日本の地震保険制度: 「損害額」 × 縮小填補割合 = 支払保険金 「保険金額」× 縮小填補割合 = 支払保険金 21 日本と台湾は「比例填補方式」も併せて採用している。これは総キャパシティに上限を設定し、災害 発生時の総支払保険金が総キャパシティを超えてしまった場合に、その割合に応じて契約者に支払われる 保険金を削減する手法である。総キャパシティは 2006 年末時点で日本では 5 兆円、台湾では 500 億 NT ドルと設定されている。これによって、総キャパシティを超えてしまうような大規模な災害による財政的 な破綻可能性を軽減していると考えられる。 30 日本損害保険協会(2006)によれば、日本がこの方式を選択した理由は、自然災害時は他の 普通災害時よりも保険金に緊急性が求められ、保険金を素早く支払う事が、災害後の人々 の生活の安定を早期に実現し、復興を促進するものと考えているからである。「実損填補方 式」では、その損害額が確定するまで保険金の支払いが出来ないため、建物の修理などが 終了し、実際に幾らかかったのか等がきちんと判明しなければならない。それに対して日 本の方式であれば、修理などを行っていようがなかろうが、被害が発生したと認められた 時点で保険金を支払う事が出来る。また、この主旨を踏まえれば、トリガーは複雑であっ てはならず、容易に判断出来るような簡易性を持ち合わせていなくてはいけなかったため、 建物の損壊度合いをトリガーとしたと考える事も出来る。 しかし一方では、緊急性を重視していない制度もある。例えばフランスでは保険金支払 の可否を保険会社ではなく国が行っている。つまり、洪水などの「自然現象」が発生し、 当該地域の知事が「自然災害」であると判断したときは、知事は内務省にその旨を通知す る。これを受けて内務省の主宰により、財務省や環境省、CCR の代表を交えた省庁横断的 な委員会が開催され、委員会での審議により「自然災害」に該当すると認定されて官報に 告示された後、保険会社が被害者に保険金を払う事となる。このように、保険事故と認定 されるまでかなりの期間を要する可能性があるため、日本と比較すると緊急性を重視して いないと考えられる。 b. 免責金額の設定方法による分類 図表 17 の通り、ほとんどの国が「免責金額」制度を導入している。 「免責金額」とは損 害額の一部分を契約者に負担させる方法であり、契約者は少額損害を自己保有することと なる22。 アメリカ、ニュージーランド、スペイン、スイスが適用している方法が、「ディダクティ ブル方式」である。これは、一定金額以下の小損害を保険金支払の対象外とし、契約者が 保有するという仕組みである。免責金額は一律の金額で設定するものや、保険金額の何% という形で設定するものなど様々な手法がある。 一方では「フランチャイズ方式」という手法もある。これは、損害があらかじめ定めた 一定金額を超えなければ保険金を支払わないが、いったんそれを越えた場合は、損害の全 額を填補する旨の約定である。例えば台湾では、損害が全損と認定されない限り保険金が 支払われないため、全損までの損害は契約者が保有していることとなる。また、日本の地 震保険も、建物時価の 3%以上の損害となって初めて「一部損壊」と認定されることから、 実質的には 3%以下の損害は契約者が保有する「フランチャイズ方式」を導入していると言 える。 22 免責金額を設定することのメリットについて Appendix2 で議論している。 31 図表 18:免責金額のイメージ図 損害額 1,000 万円 免責金額 100 万円 <ディダクティブル方式> 発生損害額 <フランチャイズ方式> 1,000 万円 発生損害額 免責金額 100 万円 免責金額 支払保険金額 900 万円 支払保険金額 1,000 万円 100 万円 1,000 万円 (出典)筆者作成 5.海外の防災インセンティブに繋がる制度 保険は、災害が発生した後の損失を分かち合う仕組みであり、事前の防災とは別のもの として扱われる事が多い。しかし、自然災害保険には、保険加入が防災インセンティブに つながる仕組みが存在するものがある。この観点から海外の自然災害保険の防災インセン ティブを整理する。 (1) NFIP(米国連邦洪水保険制度)の取り組み NFIP では、加入を自治体(Community)単位とすることによって、地域全体の防災を 促進する仕組みを構築している。 NFIP には全ての自治体が自由に制度に参加出来るわけではなく、参加条件には、洪水頻 発地域の自治体が、その地域に新築される建物における将来の洪水危険性を軽減するため の措置をとっている事というものがある。これは、個人ベースでは建築規制などが実施さ れにくいものである事や、誰かが洪水被害を減らす努力をしても、他の人の不注意な建築 行為でその効果が減殺されてしまったり、無効になってしまったりする恐れをなくすこと を目的としている。さらに、実際に洪水災害が確認され、FIRM が発行された後1年以内に NFIP に参加しない事を決めた自治体では、その地域住民は洪水保険に加入出来なくなる事 のみならず、洪水発生宣言が出された場合に、特別洪水危険地域(100 年確率洪水地域)に おける建物の改修や修理、および再建に関する連邦政府からの経済的援助が一切受けられ なくなるという様な、保険制度と災害時の援助が連結した規制もある。 このように、NFIP の洪水保険に住民が加入するためには、当該自治体の取り組み(共助) が行われている事が大前提であるが、その取り組みを実施するのは地域住民(自助)自身 32 図表 18:免責金額のイメージ図 損害額 1,000 万円 免責金額 100 万円 <ディダクティブル方式> 発生損害額 <フランチャイズ方式> 1,000 万円 発生損害額 免責金額 100 万円 免責金額 支払保険金額 900 万円 支払保険金額 1,000 万円 100 万円 1,000 万円 (出典)筆者作成 5.海外の防災インセンティブに繋がる制度 保険は、災害が発生した後の損失を分かち合う仕組みであり、事前の防災とは別のもの として扱われる事が多い。しかし、自然災害保険には、保険加入が防災インセンティブに つながる仕組みが存在するものがある。この観点から海外の自然災害保険の防災インセン ティブを整理する。 (1) NFIP(米国連邦洪水保険制度)の取り組み NFIP では、加入を自治体(Community)単位とすることによって、地域全体の防災を 促進する仕組みを構築している。 NFIP には全ての自治体が自由に制度に参加出来るわけではなく、参加条件には、洪水頻 発地域の自治体が、その地域に新築される建物における将来の洪水危険性を軽減するため の措置をとっている事というものがある。これは、個人ベースでは建築規制などが実施さ れにくいものである事や、誰かが洪水被害を減らす努力をしても、他の人の不注意な建築 行為でその効果が減殺されてしまったり、無効になってしまったりする恐れをなくすこと を目的としている。さらに、実際に洪水災害が確認され、FIRM が発行された後1年以内に NFIP に参加しない事を決めた自治体では、その地域住民は洪水保険に加入出来なくなる事 のみならず、洪水発生宣言が出された場合に、特別洪水危険地域(100 年確率洪水地域)に おける建物の改修や修理、および再建に関する連邦政府からの経済的援助が一切受けられ なくなるという様な、保険制度と災害時の援助が連結した規制もある。 このように、NFIP の洪水保険に住民が加入するためには、当該自治体の取り組み(共助) が行われている事が大前提であるが、その取り組みを実施するのは地域住民(自助)自身 32 であり、つまりは地域住民が自主的に行動しなければ地域の取組の実現はなく、保険加入 は不可能となってくる。一方で、地域によっては制度に参加しなければ、連邦政府からの 援助(公助)を受けられなくなるという規制を受けているため、自治体も地域住民に対し 取り組みを推進していかなくてはならない。このように、NFIP は、自助と共助の相乗効果 を実現させ、そこにさらに公的な強制力(公助)を上手く結びつけた制度として参考にな ろう。なお、その取組を評価するシステムが前述の CRS となっている。 (2) CEA(カリフォルニア州地震保険制度)の取り組み CEA では、SAFER(State Assistance for Earthquake Retrofitting)という消費者向け のプログラムが提供されている。このプログラムは CEA が窓口となり、住宅所有者に住宅 の検査(inspection)を行う専門会社(engineering firm)を紹介し、その会社が行った検 査結果のレポート(診断証明書)をもとに、住宅所有者が耐震改修を行えば CEA の地震保 険料の 5%のディスカウントを受けられるというものである。 このプログラムの利点は、単にCEAが住宅の耐震改修指導を行うだけに留まらず、耐 震改修プランの作成、建築業者紹介、診断証明書に基づく作業が実施されているかの確認 作業、さらには金融機関と協力して改善資金の融資・斡旋など一貫したシステムになって いる点である。 プログラムでは 1978 年以前に建築された木造住宅を対象とし、例えば検査による診断書 発行には 800 ドル相当かかるところを無料としている上に、診断証明書を受領しても、耐 震改修を行うか否かは住宅所有者の任意としている。これは所有者の自発的な耐震改修を 促進するためであり、このプログラムの普及に毎年その年の投資収入の 5%(500 万ドル限 度)が充てられている。 では、このプログラムの実施状況はどうであるか。中島(2000)によると、このプログ ラムは 1998 年 6 月から試験的に導入され、カリフォルニア州で加入率の最も高い 3 群 (Santa Clara, Ventura, Humboldt)が対象とされた。この時は 500 人を超える建物所有 者から問い合わせがあり、およそ 100 人の対象建物所有者が診断証明書を受領した。ただ し、その中で実際に耐震改修まで行ったのは僅か 10 件と少数であった。そこで 1999 年 10 月にはプログラム適用対象地域を 8 つのベイエリアの群(Alabama, Contra Costa, Marin, Napa, San Francisco, San Mateo, Santa Clara, Sonoma)へと拡大し、ロマ・プリエタ地 震 10 周年記念と併せて FEMA と共同でメディアプレゼンテーションを行った。その結果、 問い合わせのあった 8,000 件を対象として、検査技術会社 4 社と建築会社 10 社が協力し、 2000 年時点で 3,000 件以上の検査が終了している。しかし CEA 担当者によると、その中 で実際に耐震改修を実施したのは 128 件であり、プログラムによって診断証明書を受け取 っても、数千ドルないし数万ドルをかけてまで耐震改修を行う人は少ないようである。 33 (3) フランスの PPR 制度23 フランスには、自然災害の危険性が高い地域を地図によって示し、住民に危険を知らせ たり、あるいは都市計画法や建築規制に関する法制度とリンクさせ、危険地域の都市化な ど開発を抑制することによって災害の危険を軽減しようという制度がある。 それが Plan de prevention des risques naturels previsibles(以下 PPR)である。これ は Plan d’exposition aux risques naturels(以下 PER)という制度がバルニエ法(1995 年) によって改革された制度である。PER の特徴の一つは、土地の自然災害に対する危険度合 いを図面上で示す点であった。この図面には3つのカテゴリーの土地が表示される。第1 に非常に危険性が高く全ての建築が禁止される赤地域がある。この地域では建築を行う事 が出来ず、既存の建物を守るための整備工事のみが許可されている。第2に一定の工事を 行う事を条件として建築が認められる青地域がある。ここでは、土地利用の形態、被る危 険、コスト、推奨される災害予防措置の性質に応じた防災工事を行う事を条件に建築を行 う事が出来る。第3が予期すべき危険が無い白地域である。ここでは特に条件を付される ことなく、建築を行う事が出来る。 この PER におけるハザードマップは保険とリンクしていた。それは、自然災害の危険の ある地域の住民は任意で保険加入が可能であり、保険会社は法律によって原則として加入 を拒否する事は出来ない仕組みとなっていたが、例えば赤地域で建築を強行した場合、保 険会社はその建物に対する保険の引受義務が免除される。また、青地域で、課せられた建 築条件などを遵守せずに PER に反する建築を行った場合も同様である。このように、PER に違反をして建築を行うと保険に加入できないというペナルティを与え、危険地域への建 築を規制することで、自然災害による被害そのものを軽減しようとした。 しかし、PER の欠点として、作成手続きの煩雑さや、制度財政面が不十分であった事や、 他の制度との統合が図れていなかった事などが問題視され、PPR へ改訂された。この PPR は PER の基本的な目的を引き継いだまま、他の様々な制度と統一され単純化されている。 また、PPR の規制に違反した者に対する刑事罰も科せられる事となり、より実効性が増し たと言える。 6.地震保険制度への考察 ここまで海外の自然災害保険の特徴を様々な角度から見てきた。そこで、この章では、 (1)政府の関与形態、 (2)加入形態、 (3)担保リスクの範囲、 (4)保険料率スキーム、 (5)保険金額設定における制限、 (6)保険金の支払方法、 (7)免責金額の設定方法、 (8) 保険と防災インセンティブの関係、の8つの観点から各国の自然災害保険制度の違いを考 察し、それぞれの意図・目的などを探ると共に、日本の地震保険制度をより防災インセン ティブに繋がるものとするために検討すべきポイントを考察していきたい。 23 北村(2000)を参照。 34 (1) 政府の関与形態からの考察 世界の自然災害保険制度の仕組みにおいて、政府の公的関与の形態は大きく分けて 2 種 類あった。一つは、日本やフランスのように、政府と民間保険会社が共に自然災害リスク を負担する形態であり、もう一方はアメリカやスペインのように政府が全ての自然災害リ スクを負担しているケースである。 自然災害に対する防災を進めていくためには、自助、共助、公助の連携が重要であると いわれている。そういった観点から、日本などのように民間保険会社と公的機関が共に自 然災害リスクを負担する事は、それぞれの主体にリスク意識を維持させることに繋がり、 各主体の連携を進める上でも効果的と考えられる。また、多くの主体がリスクを背負った 形で仕組みに参画している事によって、各主体に常に保険制度をより良いものにしていこ うというインセンティブを与える効果もある。 また保険料率の決定や、保険の提供への関与を行うことも効果的と考えられる。例えば フランスでは、料率の決定に関して一部保険会社の自由裁量の部分を設けてしまった結果、 保険会社が意図的にリスクの高い契約者の保険を引き受けなくする様な動きを見せている。 こういった事実を考えれば、保険会社がそもそも引受を敬遠したくなるような自然災害な どのリスクに対する補償を安定的に供給するには、公的な強制力を働かせる事が重要であ る事がわかる。 よって、日本の地震保険制度において、ある程度の規模の災害までは主として民間に任 せ、政府は巨大な災害への補償をすることで制度の安定を確保するという構造は、防災イ ンセンティブや制度運営の安定に繋がりやすい仕組みと言えよう。 (2) 加入形態からの考察 自然災害保険の加入形態は、強制力の存在によって分類された。 日本やアメリカのような任意加入に対して、スイスやニュージーランドが採用している 「強制加入」の形態を用いることは、その加入率に大きな差を生じさせていた。実際日本 やアメリカのような任意加入の国々の加入率は低く、自主性に任せていても加入率は伸び にくい現状がある。そのため任意加入では加入促進のために、より努力が必要となる。一 方の強制加入ではそういったコストが比較的低くなる事が期待できる。そしてそれは、保 険料における付加保険料を抑えることを可能にする事を意味しており、保険料水準に与え る影響も大きいと考えられる。 また、自然災害リスクは地域によって曝されているリスクの程度に違いがあるため、任 意加入の場合ではリスクの高い地域は保険加入の意志が強く、低い地域では保険加入の意 志が弱いという傾向になりやすく、その結果、契約がリスクの高い地域に一極集中する可 能性が考えられる。しかし強制加入では、結果的に国民全体が加入する事で、その問題を 解決し、地震リスクの「地理的分散」を可能にする。 35 ところが一方で、「強制加入」の形態を用いると、全ての人に保険加入をさせるために、 リスク細分型の料率を用いる事が難しくなることも考えられる。その結果として、人々が 耐震化などのリスク軽減の取組を行っても、それが料率に反映されないため、防災取組へ の意欲を弱まらせる可能性にもつながる。 日本の地震保険は任意加入の形態ではあるが、ここ数年は相次ぐ災害の発生の影響もあ ってか加入率を伸ばしてはいるものの、このトレンドがいつまでも続くという確証はなく、 更なる普及のためには、今後も様々な努力が必要とされよう。災害による経済的損失から 人々を守るための保険として、今後もさらに多くの人々に活用してもらうためにはどうい った加入形態を用いることが望ましいのか、各加入形態の特徴を踏まえながら、防災力を 高めるための仕組みを検討する事が望まれよう。 (3) 担保リスクの範囲からの考察 リスクの担保範囲には「オールリスク型」から「単独リスク型」までの幅がある。 オールリスク的な保険の担保範囲を見ると、イギリス以外は一部のリスクへの補償が免 責となっているものが多い。このようにオールリスク的な補償を提供している保険におい て、ある一部のリスクだけが免責となっている場合、その免責対象リスクで損失が発生す ると保険金支払に関するトラブルになりやすい。 また、単独リスク的な自然災害保険制度においても、例えば CEA では地震リスクに対す る保険であるにもかかわらず、地震による倒壊はカバーしても火災を補償していないし、 また NFIP ではハリケーンに伴う水災はカバーしても風災をカバーしていないというケース がある。このように、一つの自然災害において発生可能性のあるいくつかの損害に対して、 一部の損害への補償しか提供されていない場合も、保険金支払のトラブルに発展する可能 性が高くなると考えられる。 さらに、例えば NFIP の様に、ハリケーンにおける損害で風災と水災の両災害が発生する 可能性があるにもかかわらず、NFIP では洪水に対する補償しか提供しておらず、風災に対 する保険が別契約とされている。この結果、ひとつのハリケーン損害に対して水災損害へ の査定者、風災損害への査定者が別々に必要となり、無駄なコストが発生し非効率である。 これに対し Kunreuther(1996)は、ハリケーンによって発生する可能性のある損失に対する 保険は1つに統合した方が効率的であるとしている。 これらの観点から考えると、例えばフランスやスペイン、台湾のように基本契約そのも のに自然災害への補償を含めて提供する方法が最も効率的ではあるが、日本の地震保険制 度のように、基本契約の特約として地震保険を提供する形態も効率的と言える。何故なら、 例えば補償範囲で見れば、基本契約である火災保険(住宅総合保険の場合)で風・水・雪災 の全てのカバーを提供し、特約である地震保険で地震による損壊および火災に対する補償 を提供しているため担保範囲の面でトラブルが発生する可能性は低くなっている。また基 本契約の特約としていることから、保険の契約実務や損害査定に対応する人間が共通とな 36 るため、コスト面のデメリットも少ない。さらに、地震リスクの保険料は比較的高いと考 えられているが、加入を特約とすることで人々に加入に対する選択の余地を与えると共に、 総合保険とすることによる基本契約の保険料の増加を防いでいるというメリットも考えら れる。 これらの特徴は、日本の地震保険制度の強みとして捉えることが出来そうである。 (4) 保険料率スキームからの考察 強制加入を適用しているニュージーランド、スイス、台湾は共通して、保険料率を「一 律型」としている。また、制度的には強制加入ではないものの、実質的には強制加入に近 いフランスやスペインも、「一律型」の料率スキームである。これに対して加入を自主性に 任せているアメリカや日本では「リスク細分型」をとっている。このように、強制加入の 場合には「一律型」を採用し、任意加入の場合には「リスク細分型」を採用している事が 多い。 強制加入では、保険制度の公共的要素を重視しているため、「一律型」の保険料率を用い る場合が多いと考えられる。ただし「一律型」では、リスクが小さい物件で、リスク実態 以上の保険料を支払う、つまりリスクの低い契約者からリスクの高い契約者への内部補助 がされているような形になり、個別のリスク実態に合わせた料率ではなくなるデメリット がある。 一方、任意加入の場合は、各々の主体が保有しているリスクに対する保険料率の平等性 が求められる為、「リスク細分型」を用いていることが多いと考えられる。また任意加入で は、その加入形態の特徴によって生じる「逆選択」を避けるためにも、細分化によるリス ク実態を反映させた適切な料率設定が必要となる。しかし、リスク実態の料率への反映の 程度によっては、リスクの高い物件の保険料負担がかなり重くなる可能性もあり、人々を 保険に加入出来なくさせる。さらに、細分化の項目が増えることは、その分リスク実態の 確認作業などの手間や、システム対応の費用などを増大させるため、結果として保険料を 引き上げる事に繋がる可能性も考えられるため、これらメリットとデメリットとのバラン スを考えた上での、細分化が重要となる。 日本の地震保険制度が今後も任意加入であるならば、建築技術の発展などによるリスク 環境の変化に対応していくためにも、更なるリスクの細分化が必要となる可能性がある。 その時には、各料率体系のメリット・デメリットを踏まえた検討が求められよう。 (5) 保険金額の設定方法からの考察 保険金額の設定方式においては、「支払限度額方式」と「付保割合方式」がある。これら の方式の性格を考えると「支払限度額方式」は付保対象となる物件の保険価額の大小にか かわらず、一定金額の上限を設ける方式であるため「シビルミニマム」的な要素が強く、 「付 保割合方式」は、金額的な制限がなく、どの物件であっても一定割合までは必ず保険をか 37 ける事が出来るため、比較的「セーフティネット」としての色が強いと言える。 実際に「シビルミニマム」的な要素を持った制度の例としては、ニュージーランドが挙 げられる。ここでは「支払限度額方式」を用いると共に、強制加入の形態を用いているた め、市民の生活に最低限必要な生活水準を守らせる為の制度として存在しているものと捉 えられる。こういった「シビルミニマム」的な仕組みは、全ての人々が保険に移転できる リスクの金額が同じであり公平感が強いため、強制加入をさせるなど保険制度に公的な色 合いが強い場合に効果的となろう。しかし金額による制限の場合、一部保険となる可能性 が高いというデメリットもある。 一方で、「セーフティネット」としての要素を持った制度の例としては CEA が挙げられ る。ここでは「付保割合方式」として付保割合 100%まで設定可能としていると共に、任意 加入の形態としているため、人々が「自主的」に自分の生活水準を守る為のセーフティネ ットを組むことが出来る環境を整える為の制度として存在していると捉えられる。 「付保割合方式」における割合による制限では、例えば CEA のように付保割合 100%と することによって一部保険となることを回避することが出来るため、全損時などの建て替 え費用をカバーすることも可能となる。そういった意味からも、任意加入のように、人々 が「自主的」に保険加入を行う際のインセンティブとなるような仕組みとする場合に効果 的となろう。しかし一方で、付保割合の限度を上げる事はキャパシティへの負担も大きく する点は考慮が必要である。 ところで日本の地震保険制度では、上記の両方式が併存しており、こういったケースは 世界的に見ても稀である24。しかし実質的には、 「支払限度額方式」の制限が 5 千万円まで 引き上げられているため、「付保割合方式」による制限の方が強く働くケースが多いと考え られる。その結果、現在の日本の地震保険制度では、十分な耐震性を確保した建物でも付 保上限は 50%となっている。キャパシティ全体への負担を抑えつつ、保険機能を充実させ る事が重要である。 (6) 保険金支払方法からの考察 世界の自然災害保険の多くが「実損払い」を用いているのに対し、日本では「保険金額 に定率を乗じて保険金を算出する方式」をとっている。これは言い換えると、海外の自然 災害保険制度は保険金の支払に損害額の「確定」を要件としているが、日本の地震保険制 度は損害額の「確定」ではなく、あくまでも発生した損壊の「程度」に応じて定率を保険 金額に乗じて支払保険金額を決定する方式をとっていると言える。 これらの違いから考えられる事は、その制度における保険金の役割をどのように位置づ けているかという事である。つまり、海外の場合は保険金の支払いに「緊急性」よりも「確 実性」を重視しており、一方日本では「確実性」より「緊急性」により重点を置いている 24 日本の地震保険制度における保険金額の上限は、火災保険の保険金額の 50%以下、かつ 5,000 万円以下 となっている 38 という違いである。 しかし、この仕組みの結果、日本の地震保険制度では、 「ベーシスリスク」が生じている。 これは保険金額が主契約である火災保険の 50%までしか付保できない「一部保険」である ことに加え、損害の認定による定率が 3 段階しかなく(50%・20%・5%)、その幅も大きい 事から、支払保険金によって実際に発生する損害額と同額とならないことである。このた め、現状では、地震災害への自主防災として地震保険のみでは十分といは言えない。 海外の自然災害保険が何故日本ほど保険金に「緊急性」を要求していないのかについて はこの情報だけでは明確な事は言えないが、日本も「ベーシスリスク」を許容してまで「緊 急性」を求めるべきなのかという点については検討の余地はあろう。今後は、政府が行っ ている被災者支援に関する各種制度や、建築技術の向上などを勘案し、改善に向けた検討 を行うことも重要である。 (7) 免責金額の設定方法からの考察 各国の自然災害保険制度が設定している免責金額の方法には「ディダクティブル」と「フ ランチャイズ」がある。まず、防災へのインセンティブという観点からは、「ディダクティ ブル」の方が防災意識を高めやすいと考えられる。それは、「ディダクティブル」は損害額 の多少に関わらず一定金額を契約者が保有するのに対し、 「フランチャイズ」では一定基準 までに損害額が達した場合には保険会社が損害額を保有するため、一定基準より僅かに損 害額が少なかった場合には、故意に損害額を広げようとしたり、一定基準まで損害が発生 するように防災の努力を怠ろうとするといった「モラルリスク」が考えられるからである。 例えば台湾のように、全損でなければ保険金が支払われない場合、もう少しで全損という 被害判定がされる可能性のある人は、故意に損害を拡大する可能性もあるだろう。 また「ディダクティブル」は、常に契約者が一定のリスクを保有する事になるわけであ るから、保険会社が全額保有する場合もある「フランチャイズ」よりも、保険料を低く抑 えるという意味において、料率に与える影響も大きい。またその影響も、契約者が保有す る額が高いほど大きくなる。ただし、黒木(2003)にあるような、アメリカの CEA において 「ディダクティブル」で設定されている保有金額の水準が高い事への不満や批判が依然と して残っている問題もある事などを考えると、水準が高すぎる事は加入率にマイナスの影 響を与える可能性も考えられる。よって、水準の設定には加入率への影響も含めた検討を 要するだろう。 日本の地震保険制度は、実質的に「フランチャイズ」を用いている。しかし、今後保険 を通じて国民の防災インセンティブを高めるということを目指すには、「ディダクティブ ル」という方法を検討する余地もある。公的関与において、政府と民間保険会社が共にリ スクを保有する事のメリットと同じように、契約者も共にリスクを保有する事の意義は大 きいはずである。 39 (8) 保険と防災インセンティブの関係からの考察 保険と防災インセンティブとの関係から見てみると、1)保険以外の他の制度との連携 が取られている、2)規制やペナルティなどを課す事で強制力を働かせる仕組みがある、 3)取り組みを行った事によるメリットがある、4)制度を推進するために様々なサービ ス提供を行っているなどの特徴が挙げられる。 NFIP では、自治体がプログラムに参加しなかった場合のペナルティを設けると共に、防 災に対する個々人の努力と自治体の努力を上手く連携させる仕組みがあり、その連携の結 果が割引率に反映されるというメリットがある。 CEA では、耐震改修と保険を一貫した制度として確立しており、耐震改修を行うまで様々 な手助けを行うと共に、プログラムを利用すれば低金利のローンが組めたり、保険料が割 引されるなどのメリットがある。 PPR では、政府が発行したハザードマップにおける危険地域内に建築を強行した場合に は保険加入が出来ないなど規制やペナルティを明確に課す事によって、強制力を行使して 被害そのものの軽減を図っている。その代わり、保険で自然災害リスクをきちんとカバー していることや、CCR を通じて低廉な再保険を提供する事で、国民がきちんとリスクを保 険へ移転できる環境を整えており、メリハリの取れた制度と言えよう。 日本の地震保険制度では、耐震等級による保険料の割引はある。しかし、耐震改修を行 うための耐震診断や資金提供関連のサービスなど、耐震改修に関連するサービスは保険制 度と連携していない。また PPR のように公的な仕組みと保険との連携によるペナルティも 無く、こうした仕組みに比して強制力は弱いと言える。このように、海外の保険制度に見 られるような防災インセンティブに繋がる仕組みには学ぶ余地がある。 7.まとめ 以上のように世界の自然災害保険の比較から、日本の地震保険に参考となる制度や仕組 みを考察してきた。 日本の地震保険では、そのキャパシティを確保するために政府による再保険がなされて いるが、民間と政府が共にリスクを負担する事で、それぞれの主体のリスクに対する意識 の維持が実現されている。 また火災保険の特約として地震保険に加入する形態をとることで、補償範囲における契 約者とのトラブルを軽減していると共に、保険料水準やコスト面でのメリットも発揮して いた。 これらの側面は、日本の地震保険の強みと考えられそうである。 しかし、一方では他国の自然災害保険においても、日本の地震保険への参考とすべき制 度や仕組みも見受けられた。 まず世界の自然災害保険の多くが「実損払い」を用いていた。そこでは、契約者はベー 40 シスリスクを負うことなく、より「確実性」が高い補償を保険から得られていた。ただし、 日本の地震保険制度が重視している損害査定実務における簡便性や、自然災害被害に対し て求められる緊急性などとのバランスを考えていく必要はある。 次に免責金額の設定において、多くの国が「ディダクティブル」を採用していた。防災 インセンティブに繋がる可能性という観点では、この制度は契約者が必ず一定程度のリス クを保有するため、その効果は高く、またモラルリスクを逓減させる効果や保険料を低く 抑える効果も考えられた。しかし、契約者に必ず一定割合を保有させる関係上、どの程度 の割合が望ましいかについては契約率に対する影響なども含め、難しい問題である。 そして「強制加入」で「一律型」の加入形態を選択している国もあった。日本の地震保 険が抱えている加入率の低さや、地理的分散の困難さという問題を解消するには効果的な 方法であると考えられるが、自然災害の特徴や、構造物の耐震技術、さらには国民性など を考える必要もある。一方で「リスク細分型」も十分にメリットはあるが、よりきめ細や かな細分が求められる一方で、細かく評価するために増大する事務やシステムコストなど 実務面とのバランス感覚も求められるであろう。 保険金額の設定方法では、多くの国が「支払限度額方式」を用いていた。自然災害保険 制度において強制加入などの形態を採用しており、制度に公平性という観点が求められる 場合には、「シビルミニマム」的な要素を持つことは効果的ではあるが、一部保険となる可 能性が高いというデメリットもある。一方 CEA のように付保割合 100%での付保によって 一部保険を回避し、全損時建て替え費用のカバーを実現している制度もある。日本では、 「支 払限度額方式」と「付保割合方式」が併存しているが、実質的には 50%の付保割合が効い ているケースが多い。結果的に十分な耐震性を備えた建物でも被害を補填できないという 問題が考えられる。キャパシティ全体への負担を抑えつつ、保険機能を拡充させてゆく必 要がある。 最後に保険が人々の防災行動を促進するためのインセンティブとなるために、公的な規 制との連携や、自助努力をきちんと評価する制度、さらには他の業界などとの連携によっ て積極的にサービス展開を行っているケースがあった。地震被害に対しても、様々な対応 が求められており、これらは連携することが重要であるが、まだそういった仕組みは数多 くは見られていない。 これまでの世界の自然災害保険と日本の地震保険との比較からも考えられるように、地 震保険は今後、従来通りの「リスクファイナンス」としての補償機能を提供するだけでは 不十分である。例えば、保険によってリスクをきちんと評価・分析することで人々のリス ク認識を高める事25や、また保険によってカバーできるリスクの範囲を明確にする事で、リ スクの軽減・予防といった「リスクコントロール」の必要性を認識させる事も重要となる。 そして、人々が「リスクファイナンス」と「リスクコントロール」を融合した、総合的な 「リスクマネジメント」としての防災行動を起こすための機会を提供する仕組みとならな 25 人々の防災投資への判断に関する議論を Appendix3 で紹介している. 41 ければならない。その実現のためには、世界の自然災害保険制度を参考として日本の地震 保険制度の強みや弱みを点検しながら、日本の国民性や地震リスク環境に適した地震保険 制度への改革を行うことや、自然災害リスクに対して、様々な業界、そして制度やサービ スが相互に連携して対応していく環境を作り出す事が求められる。 42 参考文献 甲斐良隆・加藤進弘(2004)『リスクファイナンス入門: 事業リスクの移転と金融・保険 の融合』金融財政事情研究会 北出公英・田中鉄・佐藤龍司(2006)『勝者の保険リスクマネジメント入門』東洋経済 北村和生『フランスにおける都市計画と自然災害防止制度 政策科学 7 巻 3 号 -PERとPPRを中心に』 立命館大学 黒木松男(2004)『地震保険の法理と課題』成文堂 齊藤誠(2002)『シリーズ・現代経済研究 20 不動産市場の経済分析』日本経済新聞社 齊藤誠(2005)「リスクファイナンスの役割:災害リスクマネジメントにおける市場システ ムと防災政策」,『防災の経済分析 リスクマネジメントの施策と評価 』,88-106,勁草 書房 財務総合政策研究所(2006) 『地震保険改善思案-高まる地震リスクと財政との調和を目 指して-』財務省 澤田康幸(2004)『家計分析から見た生活復興のあり方』神戸大学阪神・淡路大震災 10 周 年学術シンポジウム スイス再保険会社(2005)『sigma 2005 年第4号 保険引き受け不能リスクを引き受け るための技術革新』スイス再保険会社 損害保険料率算定会(1999)『カリフォルニア州地震保険制度』損害保険料率算定会 損害保険料率算定会(2000)『ニュージーランドの地震保険制度』損害保険料率算定会 損害保険料率算出機構(2004)『大規模地震危険に関する消費者意識調査』損害保険料率算 出機構 損害保険料率算出機構(2005)『日本の地震保険』損害保険料率算出機構 棚瀬桜子(2006)『保険に頼らないリスクマネジメント』日刊工業新聞社 多田洋介(2003)『行動経済学入門』日本経済新聞社 多々納裕一(2003)『災害リスクの特徴とそのマネジメント戦略』社会技術研究論文集 坪川博彰(2004)『ニューズレター 第9号 米国の国家洪水保険制度について』防災科学 技術研究所 トーア再保険(株)(2001)『再保険: その理論と実務』損害保険事業総合研究所 内閣府(2006)『平成 18 年度版 防災白書』内閣府 内閣府(2005)『平成 17 年度版 防災白書』内閣府 中島創(2000) 『米国カリフォルニア州地震保険制度-その 3:最新の状況-』損害保険 料率算定会 日本総合研究所(2006)『Business & Economic Review』日本総合研究所 日本損害保険協会(2006)『損害保険 ナットクガイド』日本損害保険協会 日吉信弘(2002)『損害保険とリスクマネジメント』損害保険事業総合研究所 藤見俊夫・多々納裕一(2005)『災害保険購入行動における曖昧性回避傾向の実証分析』第 43 19 回 ARSC 研究発表大会 身崎成紀・城山秀明(2005)『安全確保に向けた損害保険制度設計オプションと評価の視点 の検討』社会技術研究論文集 矢代晴実(2002) 『住宅の耐震性を促進させる社会システムと保険制度のあり方に関する 研究』大都市大震災軽減化特別プロジェクト平成 16 年度成果報告書 文部科学省 吉沢卓哉(2001)『企業のリスク・ファイナンスと保険』千倉書房 ヨーロッパ水害調査団(2002) 『2002 年ヨーロッパ水害調査 報告書』 (財)河川環境管 理財団 湧川勝己、柳澤修(2003)『今後の治水対策の方向性に関する研究』JICE REPORT Federal Emergency Management Agency Federal Insurance and Mitigating Administration (2002) “NATIONAL FLOOD INSURANCE PROGRAM PROGRAM DESCRIPTION” A. Froot, K. (2001) “THE MARKET FOR CATASTROPHE RISK: A CLINICAL EXAMINATION” In NBER WORKING PAPER SERIES A. Froot, K. (2003) “RISK MANAGEMENT, CAPITAL BUDGETING AND CAPITAL STRUCTURE POLICY FOR INSURERS AND REINSURERS” In NBER WORKING PAPER SERIES GDV(2004) “EU-CHINA Financial Services Co-operation Project Policy Advice on Insurance against Natural Catastrophes” Kunreuther, H. (1996) “Mitigating Disaster Losses through Insurance” Kunreuther, H.・V Pauly M.・Russell T. (2004) “Demand and Supply Side Anomalies in Catastrophe Insurance Markets: The Role of the Public and Private Sectors” Kunreuther,H. (2006) “Has the time comes for Catastrophe Natural Disaster Insurance?” In Daniels, R.J., D.F. Kettl, and H. Kunreuther, eds., On Risk and Disaster: Lessons from Hurricane Katrina, Philadelphia: University of Pennsylvania Press P. Hartwig R.・ Wilkinson C. (2005) “The National Flood Insurance Program” Vallet S. (2004) “Insuring the Uninsurable: The French Natural Catastrophe Insurance System” In E.N. Gurenko, Catastrophe Risk and Reinsurance: A country Risk Management Perspective. United States Government Accountability Office (2005) “CATASTROPHE RISK U.S. and European Approaches to insure Natural Catastrophe and Terrorism Risks” 44 Appendix1:プロスペクト理論による防災投資 不確実性下の意志決定モデルの1つに「プロスペクト(見込み)理論」がある。多田(2003) によると、これは人々がくじ引きや株式投資など結果が確実ではなくリスクが存在する商 品を購入する際に、そのリスクに対してどのような行動をとるか説明したモデルである。 人々は得する場合にはリスクを回避し、損をする場合にはリスクを追い求めるという選択 をする事が多く、損失をそれと同規模の利得よりも重大に受け止め、わずかな確率であっ ても発生する可能性があるケースを強く意識するという行動パターンを理論的に分析する。 図表 1 はプロスペクト理論における価値関数であり、利得よりも同じ規模の損失を価値 ベースでより深刻に感じるという「損失回避性」と、利得であろうと損失であろうと参照 点26から離れれば離れるほど、僅かな額の変化から生じる価値の変化分が小さくなるという 「感応度逓減」の性質を併せ持っている。 図表1:プロスペクト価値関数 V 損失 利得 (出典)多田(2003) では、地震などの不確実性のあるイベントに対する行動もこの理論で考えられるか。現 時点では、行動経済学を用いて災害時の行動を分析したような研究はほとんど見られない が、数少ない研究の1つとして藤見・多々納(2005)がある。ここでは地震保険の購入問題を 例にとって分析しているが、結論として地震保険購入行動の説明モデルとしてプロスペク ト理論はあまり妥当しないとされている。それは、賭け事のように損得の発生する基準が 明確なものに対して、地震保険の購入行動を決める基準となる地震リスクに関する情報は 非常に曖昧なものであり、意志決定に影響を及ぼす情報が欠けすぎている事を要因として いる。 しかし、地震のように発生確率自体が曖昧性を持っているリスクに対する人々の行動は、 経済合理性よりも、災害に対する心理面や人々の経験則などが大きく影響してくる事は十 分考えられる。その為、今後人々の防災インセンティブに繋がる保険制度を構築するため にも、こういった分野の研究が進む事が重要となってくることは間違いなさそうである。 26 価値の対象となる変数であり、人々が物事を評価する際の出発点ないし基準点を形成するもの。例えば、ギャンブル に参加するか否かの決定の際の参照点は、ギャンブル開始前のプラスマイナス 0 円であることが多いと考えられる。 45 Appendix2:免責金額設定のメリット 各国の自然災害保険制度「免責金額」を設定している。この免責金額の設定によって、 契約者はリスクの一部分を自己保有することになるが、これは図表1における少規模損 害に対して設定されることが多い。少規模損害は、発生頻度は高いが損害額は小さい損 害であるため、自己の経済力で賄うことも出来る被害であるため保有する事となる。 しかし、一方で少額損害は発生可能性が高いため、保険会社における事故処理コスト が高く、保険料に与える影響が大きい。よって、この部分を契約者が自己保有すること は、保険料を軽減することにつながる。 また、リスクを自己保有することによって、契約者のリスク意識が高まる。地震リス クに絞って考えれば、地震による少規模損害の発生頻度は、例えば自動車事故などの様 に高くはないものの、一旦地震が起きれば発生する可能性の高い損害ということになる。 そのため、少額損害を保有することは、契約者に小さな地震であっても、地震が発生す る度に損害が発生していないかなどを意識させる事に繋がる。また実際に事故が発生す れば、その処理に手間を取られるなど余計なコストもかかるため、契約者はリスクコン トロールを行い、損害発生要因そのものを見つめ直すことで発生可能性や損害額の軽減 図ろうとする。そして、その結果リスクそのものの大きさが小さくなり、保険金額の見 直しも可能となり、更なる保険料の削減効果に繋がる。 図表 1:イベントのリスクカーブ 発生確率 損害強度 小規模損害 中規模損害 大規模損害 (出典)筆者作成 このように、免責金額の設定は、保険料の削減効果を発生させるだけではなく、長期 的に見ればリスクそのものを縮小する可能性を秘めており、契約者にとっても保険会社 にとってもメリットの高い仕組みと言える。ただし、免責金額の設定に関しては、自己 保有可能なリスク水準や加入率への影響などを十分に考慮しなければならない。 46 Appendix3:防災投資インセンティブ 家計が防災投資を行う際の判断基準と、地震保険への加入するための判断基準には共通 の意識があるものと考えられる。そこで、家計の防災投資インセンティブはどこにあるの かという点に関する研究を紹介する。 Kunreuther(1996)によると、家計の防災投資における許容最大支払額(WPT)は、事前 の防災投資の費用(C)と投資による減少損失額との比較の結果、および家計がその住宅に 何年間居住するかという計画期間からの影響を受けるとされている。例えば、住宅に被害 を及ぼす強力なハリケーンの科学的な年間発生確率(p)が 0.04 もしくは 1/25 であるなら ば、家計が$1,200 の事前防災投資によって住宅を強化した結果、$10,000 の被害軽減が 実現する場合、家計に対する事前投資による年間の期待便益は$400 となる。この時、その 家計がその住宅に今後何年間居住する計画があるかによって、投資を行うか否かの判断が なされる。そこで、この判断に影響を与える効果的な項目を考えたのが図表 1 であり、こ れは家計が防災投資を行う判断基準となる便益と費用の比率を示している。比率が 1 を超 えると人々は防災投資を行う。なお、time horizon は家計の住宅への居住計画期間を示し、 (p)は災害の発生確率、Discount Rate(d)は防災投資の効果に対する割引率を示してい る。 図表 1:防災投資を行う判断基準 Time horizon (in years) 1 2 3 4 5 10 15 20 25 Discount rate(10%) p=1/25 p=1/75 0.3 0.1 0.58 0.19 0.83 0.28 1.06 0.35 1.26 0.42 2.05 0.68 2.54 0.84 2.83 0.94 3.03 1.01 Discount Rate(20%) p=1/25 p=1/75 0.28 0.09 0.51 0.17 0.7 0.23 0.86 0.29 1 0.33 1.4 0.47 1.56 0.52 1.62 0.54 1.65 0.55 (出典)Kunreuther(1996) 例えば(d)=10%で(p)=1/25 の場合、防災投資を行うと判断するには、今後4年以上 の居住計画期間があれば良い。しかし(p)=1/75 の場合は、25 年以上もの計画期間が必要 となり、その差は大きく、人々の災害への認知度合いが判断基準に大きな影響を与えてい る事が分かる。そもそも人々は、災害を「自分には起きない」リスクとして認識する傾向 があるため(p)を科学的な発生確率よりも低く認識する可能性が高い。 一方で、(p)=1/25 の場合に(d)=20%が 10%となったとしても、計画期間が 5 年から 4 年 になるだけで、その影響は小さい事も分かる。 つまり防災投資を促進するためには、金利の引き下げ等よりも、人々の災害リスクに対 する意識を向上する仕組みを構築する方が、効果が高いという事がわかる。これは同様に、 地震保険の普及にも人々のリスク意識を向上させる仕組みが重要となってくる事を意味し ているとも考えられるだろう。 47