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局所 Langlands 対応の幾何的構成

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局所 Langlands 対応の幾何的構成
局所 Langlands 対応の幾何的構成
伊藤 哲史*1
1 ヒドラとの戦い
局所 Langlands 対応は比喩で説明されることが多い.まずは,p 進体上の GLn の局所
Langlands 対応を証明した記念碑的論文 [HT] の冒頭から引用しよう(下線は引用者に
よる).
The local Langlands conjecture is one of those hydra-like conjectures which
seems to grow as it gets proved. ([HT], p.1)
ここに登場する “hydra” とは,もちろん,
ギリシア神話の不死身の怪物ヒドラ(ヒュド
ラー)である.ヒドラは様々な物語・ゲーム・
アニメ等に登場する.亜種が登場することも
あればパワーアップ版が登場することもある.
苦い思い出をお持ちの方も少なくないかもし
れない.数学でヒドラと言えば [KP] であろ
うか.ヘラクレスはヒドラと戦い,そして勝
利する.しかし,ヒドラの首はいくら切り落
としても新しい首が次々と生えてくるから,
ヒドラとの戦いにはとてもとても長い年月が
参考 : 『ヘラクレスとレルネのヒュドラ』
必要である.
不死身の怪物のヒドラが局所 Langlands 対
ギュスターヴ・モロー画 (パブリック・ドメイン)
応にまで登場するのはなぜだろうか.普通の
数学の予想や定理とは異なる,局所 Langlands 対応の次のような特徴によるものかもし
れない.
*1
京都大学大学院理学研究科数学教室 (e-mail : [email protected])
1
• 局所 Langlands 対応が定式化にとても長い年月を要した予想(定理)である.一
般の簡約群 G では,予想の定式化すらなされていない.
• GLn や一部の古典群の場合のように,局所 Langlands 対応が定式化・証明されて
いる場合であっても,その証明はとても複雑で間接的である.様々な定式化・別証
明が繰り返し与えられている.
• 現在も局所 Langlands 対応の新バージョンが生まれている.まさにヒドラのよう
に倒しても倒しても(姿形を変え,強力になって!)何度でも復活する.
本稿では局所 Langlands 対応の幾何的構成についての解説を試みる.§2 で局所
Langlands 対応を復習する(予想 2.2).ひとまずは,GLn の場合や U2 , U3 の場合を念
頭におくとよい([池松], [三枝])
.一般の連結簡約群 G の局所 Langlands 対応は,一見す
ると何でこんな複雑なものを考えるのかと思われるかもしれないが,よく考えるとやはり
よくできた予想である.§3 では局所 Langlands 対応の精密化として,内部形式(inner
form)もあわせた形の予想を紹介する(予想 3.2).幾何的構成には連結簡約群 G と内部
形式 J が同時に現れるので,局所 Langlands 対応もそれに合わせてバージョンアップ
(進化)させて立ち向かう必要があるのだ.§4 において有限群 GLn (Fq ) の尖点表現の幾
何的構成(Deligne-Lusztig 理論)を紹介した後,§5 では Rapoport-Zink 空間について
解説する.§6 では Rapoport-Zink 空間のコホモロジーを用いた局所 Langlands 対応の
幾何的構成(Kottwitz 予想)について述べる.
Rapoport-Zink 空間については,特別な場合(Lubin-Tate 空間や Drinfeld 上半空間
など)に限った解説はいくつか存在するが,L パケット内の対応も含めて説明した日本
語の文献はそれほど多くはないようである.本稿では,ややこしくならない範囲で一般
的な設定で述べるように心がけた(完全に一般的な設定で述べたわけではない).著者の
不勉強・理解不足もあり,説明が不足している部分や,かえって分かりにくくなった部分
もあるだろう.あらかじめお詫びするとともに,読者の皆様は必要に応じて [RZ], [Ra],
[Far1], [SW] などで補っていただきたい.本稿の最後に関係する文献を挙げた.これはほ
んの一部である.局所 Langlands 対応の幾何的構成の周辺は手法も分野も多岐に渡る.
参考文献表は現在も(ヒドラの首のように!)増え続けているに違いない.
謝辞 「整数論サマースクール」の世話人の皆様,特に原下秀士さんには,講演の機会をい
ただきましたことに感謝致します.講演の準備および原稿の執筆が大幅に遅れてしまい,
ご迷惑をおかけしたことをお詫び致します.また,千田雅隆さん(京大白眉センター/数
学教室)には原稿に目を通してコメントをいただきましたことに感謝します.
2
2 p 進体上の局所 Langlands 対応(復習)
局所 Langlands 対応は局所類体論の一般化であり,局所体(局所コンパクト位相体)上
の簡約群の表現と,Galois 群(や Weil 群・Weil-Deligne 群などの Galois 群を修正した
群)の表現の対応である.本来ならすべての局所体で統一的に扱うべきだが,著者の力不
足により,以下では p 進体の場合のみを説明する.正標数の局所体 Fq ((t)) の場合は,技
術的な相違点はあるものの,p 進体とほぼ同様の対応が成り立つと期待されている.アル
キメデス的局所体(R または C)の場合は,いくつかの本質的な修正が必要である.様々
な局所体の局所 Langlands 対応の比較については,[Vog] が示唆に富んでいる.
p を素数とし,F を p 進数体 Qp の有限次拡大とする.このような F を p 進体あるい
は p 進局所体という.F の絶対 Galois 群を
ΓF := Gal(F /F )
とおく.F の絶対 Galois 群を GF と書く流儀もあるが,そうすると局所 Langlands 対
応が「G(F ) の表現と GF の表現の対応」となってしまい紛らわしいので ΓF の方がよ
い.F の剰余体を Fq とおく.Frobq ∈ ΓFq := Gal(Fq /Fq ) を幾何的 Frobenius 元
とする.Frobq は,Frobq (x) = x1/q (x ∈ Fq ) で定まる ΓFq の元である.自然な全射
ΓF −→ ΓFq による Frobiq ∈ ΓFq の逆像を Ui ⊂ ΓF とおく.IF := U0 を F の惰性群
⨿
という.WF := i∈Z Ui を F の Weil 群という.各 Ui ⊂ ΓF に相対位相を定める.す
べての Ui ,→ WF が連続になるもっとも強い位相を WF に入れる.この位相に関して
IF = U0 ⊂ WF は開部分群であり,WF は局所コンパクト位相群となる.局所類体論か
ら定まる位相群の同型(Artin 相互写像)を
∼
=
ArtF : F × −→ WFab
とおく(素元の像が U1 に含まれるように正規化する).右辺は WF のアーベル化,すな
わち,WF を導来群(交換子群)[WF , WF ] の閉包で割った群である.
G を F 上定義された連結簡約群とする.G の F -有理点のなす群 G(F ) は局所コンパク
ト位相群である.G(F ) の表現の構造を解明し,表現を分類することは表現論の主な目的
の一つである(もちろん本サマースクールの主目的の一つでもある).G(F ) の表現のク
ラスとしては,許容表現・p 進(ℓ 進)表現・mod p(mod ℓ)表現など様々なものがあり,
表現のクラスごとに局所 Langlands 対応が存在すると期待されているようだが,ここで
はもっとも基本的な複素数体 C 上の既約許容 (admissible) 表現の場合を述べる([高瀬])
.
保型表現の局所成分として自然に現れるのがこの場合である.
3
ArtF により次の 1 対 1 の対応が得られる :
{
}
{
}
1:1
×
GL1 (F ) の既約許容表現 π
←→ 連続準同型 ϕ : WF −→ C
/∼
=
(対応の作り方 : ϕ の像はアーベル群なので ϕ は WFab から C× への連続準同型を定める.
ϕ
Art
GL1 (F ) = F × −→F WFab −→ C× の合成を π とおく(π := ϕ ◦ ArtF ).逆を作るには,
GL1 (F ) = F × はアーベル群であるから,GL1 (F ) の既約許容表現が 1 次元であることを
用いればよい.)
これを一般化して,任意の連結簡約群 G に対して,G(F ) の既約許容表現と WF の表
現が対応するだろうというのが,局所 Langlands 対応の大雑把な主張である :
{
}
{
}
“対応”
G(F ) の既約許容表現 π
←→ WF の連続表現 (Galois 表現) ϕ
これはあまりにも大雑把であり数学の予想とは言えない.まずは両辺を定義して予想を定
式化することが問題となる.
局所 Langlands 対応の右辺の定式化のためには,双対群と L 群と呼ばれる位相群が用
b は,G のルート系を「逆」にして得られる C 上の連結簡約群の
いられる.G の双対群 G
b には WF が作用し,G の L 群が半
C-有理点のなす群である([Bor], [Cog],[今野 1]).G
b ⋊ WF として定義される.L G は次の完全系列を持つ.
直積 L G := G
b −−−−→
1 −−−−→ G
L
G −−−−→ WF −−−−→ 1
定義 2.1. 連続準同型
ϕ : WF × SL2 (C) −→ L G
が次の 4 つの条件をみたすとき,ϕ を G の L パラメータ(または Langlands パラメー
タ)という.
b
• ϕ(SL2 (C)) ⊂ G.
b は代数的(つまり,C 上の代数群
• ϕ の SL2 (C) への制限 ϕ|SL2 (C) : SL2 (C) −→ G
の準同型).
(id,1)
ϕ
pr
2
• WF −→ WF × SL2 (C) −→ L G −→
WF の合成は恒等写像(pri は第 i 成分への
射影).
b は半単純元.
•(Frobenius 半単純性) 任意の σ ∈ WF に対し,(pr1 ◦ ϕ)(σ) ∈ G
b 共役とは,gϕg −1 = ϕ′ をみたす g ∈ G
b が存在することをいう.
L パラメータ ϕ, ϕ′ が G4
b = GLn (C),
例えば,G = GLn のときは,G
L
G = GLn (C) × WF となり,GLn の L
パラメータは,直積群 WF × SL2 (C) の表現であって SL2 (C) への制限が代数的で WF の
元の像が半単純(対角化可能)なものと 1 対 1 に対応する.さらに G = GL1 のときは,
b = C× だから,ϕ|SL (C) : SL2 (C) −→ C× は自明である.C× の元はすべて半単純であ
G
2
る.このようにして,GL1 の L パラメータが連続準同型 ϕ : WF −→ C× と 1 対 1 に対
応する.
以上を用いて局所 Langlands 対応を次のように述べることができる.
予想 2.2 (局所 Langlands 対応). 各ファイバーが有限集合である自然な写像
{
}
LLCG : G(F ) の既約許容表現 π
/∼
=
{
}
−→ G の L パラメータ ϕ
b 共役
/G-
が存在する.左辺は G(F ) の既約許容表現の同値類の集合を表し,右辺は L パラメータ
b 共役類の集合を表す.
の GLLCG (π) を π の L パラメータ(または Langlands パラメータ)という.ϕ の逆像
(有限集合)
−1
ΠG
ϕ := LLCG (ϕ)
を L パケットという.G が準分裂 (quasi-split) のときは LLCG は全射であると予想さ
れている.一般の G に対して LLCG の像を記述する予想もある([Bor]).
G = GLn の場合は LLCGLn は全単射である(各 L パケットの位数は 1 である)が,
一般にはそうではない.今日では L パケット ΠG
ϕ の内部を記述するより精密な予想も提
唱されている(§3 を参照).
局所 Langlands 対応の特徴付けについて
予想 2.2 は大雑把な主張である.予想 2.2 をきちんとした数学の予想として定式化する
ためには,LLCG がみたすべき条件(LLCG の特徴付け)を一つ指定する必要がある.し
かし,LLCG のどのような特徴付けが「自然」であるかは,分野によっても研究者によっ
ても,また時代背景によっても異なる.ある定式化(特徴付け)において予想 2.2 は解決
されているが,別の定式化では未解決ということが実際に起こり得る.
現在広く用いられている LLCG の特徴付けとしては,次のようなものがある(もちろ
んこれがすべてではない).
• GL1 の場合には,LLCGL1 は局所類体論から誘導される写像として定める.局所
5
Langlands 対応は局所類体論の一般化なので,当然そうなるべきである.
• GLn の場合は,Zelevinsky 分類を用いて π が超尖点表現の場合に帰着し,ペアの
L 関数と ε 因子を用いて n に関する帰納法で特徴づける([近藤], [三枝]).このよ
うな特徴付けをみたす写像 LLCGLn は,存在すればただ一つであることは [He1]
で証明されていた([He3] も参照).一般の n に対する LLCGLn の存在は [HT] で
証明された(簡単な別証明も発見された([He2])).
• [HT], [He2] 以前に,等標数の非アルキメデス局所体の場合が [LRS] で証明されて
いた.等標数の場合は,GLn の大域 Langlands 対応が証明されているので,その
系として LLCGLn を構成することもできる([Laf]).
• Scholze は,形式群の変形空間を用いた LLCGLn の新しい特徴付けを提案した
(ある種の指標関係式を用いる).そして,彼自身の定式化に基づき GLn の局所
Langlands 対応の証明を与えた([Scho]).[Scho] における LLCGLn は [HT], [He2]
における LLCGLn と一致することが(結果として)証明されているので,対応の一
意性を心配する必要は無い.
• GLn と関係の深い群の場合に,G(F ) の既約許容表現を GLn (F ) の既約許容表現
と関係付けることで LLCG を特徴付けたり,証明できる場合がある.
– 古典群(特殊斜交群 Sp2n ,特殊直交群 SOn ,ユニタリ群 Un )の場合に,誘
導表現の可約点を用いた LLCG の特徴付けが [MT], [Mœ] で提案されている.
[MT], [Mœ] では,その定式化における LLCG (の候補)も構成されてる.
– 古典群の場合には,twisted endoscopy における指標関係式を用いて LLCG を
特徴付けることができる場合がある.U3 の場合は [Ro] による([池松] も参
照)
.準分裂な Sp2n , SOn の場合は [A3] を,準分裂な Un の場合は [Mo] を参
照.ただし,偶数次の特殊直交群 (SO2n ) の場合は,まだ完全に対応が証明さ
れているわけではない([A4]).
– その他のいくつかの群の場合に G(F ) の既約許容表現 π を具体的に構成する
方法を使って LLCG を構成することができる場合がある.例えば,G = SLn
(や SLn の内部形式)の場合は,GLn(や GLn の内部形式)の既約許容表現の
G への制限の分解(分岐則)を用いて LLCSLn を構成することができる([LL],
[HS]).また,G = Sp4 や GSp4 の場合は,G(F ) の既約許容表現を GL2 (F )
や GL4 (F ) の既約許容表現からテータ対応を用いて具体的に構成することで,
LLCSp4 や LLCGSp4 を構成することができる([GT1], [GT2]).
• これ以外にも表現のクラスを制限することで LLCG(の候補)が構成されている場
合がある.例えば,[DR] では,「深さ 0 の超尖点表現」に対する LLCG の候補が
6
Deligne-Lusztig 理論と Bruhat-Tits 理論を用いて構成され,指標関係式が証明さ
れている([Kal], [時本]).
• ここでは詳しくは述べないが,F がアルキメデス的局所体の場合(R, C の場合)
は,任意の連結簡約群 G に対し,G(F ) の表現を放物誘導を用いて構成・分類する
ことができる(Langlands 分類).これを用いて G(F ) の局所 Langlands 対応を
証明することができる.また,アルキメデス的局所体に特有の解析的・幾何的手法
(幾何的パラメータ空間や D 加群・偏屈層など)を用いて L パケット・A パケット
を直接構成して指標関係式を示すこともできる([ABV])
.これらの方法は GLn に
帰着させるものではない.アルキメデス的局所体上の局所 Langlands 対応の研究
は,その後の様々な精密化の動機付けとなった([Vog]).
LLCG に複数の構成法(の候補)が存在する場合は,それらが同一の写像であることが
証明されていない場合もあるので,応用する際には注意が必要である.
3 局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応
局所 Langlands 対応には様々なバージョン(進化形)が知られている.ここでは,連
結簡約群 G だけでなく,G の内部形式 (inner form) もあわせた形の対応を紹介する.こ
のような形の局所 Langlands 対応は Vogan による([Vog])
.同様の予想は,志村多様体
の Hasse-Weil ゼータ関数の計算とも関連して Kottwitz によっても考察されていたので,
以下では局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応と呼ぶ([Ko3]).ただし,Kottwitz
自身により予想が定式化された論文は存在しないようである.本節の記述は [Ra], [Kal]
を参考にした.古典群の場合の Vogan の予想については [GGP] も参照.
以下では予想 2.2 (局所 Langlands 対応) を仮定する.G を p 進体 F 上の連結簡約
群とする.G は F 上準分裂と仮定する.予想 2.2 より,自然な全単射
{
LLCG :
{
}
−→ G の L パラメータ ϕ
}
G(F ) の L パケット
∼
=
ΠG
ϕ
b 共役
/G-
が存在する.
J を G の内部形式とする(例えば,G = GLn の場合は J ∼
= GLm (D) である.m は n
の約数,D は F 上の中心的斜体で dimF D = n2 /m2 をみたす).このとき,標準的な同
b∼
b
型G
= J,
L
G∼
= L J が存在し,G の L パラメータと J の L パラメータは同一視できる.
7
J に対する予想 2.2 より,自然な単射
}
{
}
{
J
LLCJ : J(F ) の L パケット Πϕ ,→ G の L パラメータ ϕ
b 共役
/G-
の存在が期待される.J は準分裂とは限らないので(もし J が準分裂なら G ∼
= J であ
る),LLCJ は全射とは限らない.この 2 つの写像を組み合わせることで,単射
LLC−1
G
{
}
{
}
J
G
◦ LLCJ : J(F ) の L パケット Πϕ ,→ G(F ) の L パケット Πϕ
を得る.これを一般化された局所 Jacquet-Langlands 対応という.これは,endoscopic
transfer の特別な場合であり,指標関係式により,LLCG , LLCJ の存在とは独立に特徴付
けられると期待されている([池松]).
J
では,各 L パラメータ ϕ に対し,有限集合 ΠG
ϕ , Πϕ の「内部」はどのように記述され
るだろうか.L パケットの中身を内視鏡 (endoscope) で覗くのが endoscopy である.
Arthur は,S 群と呼ばれる有限群を
(
)
b WF
SϕArthur := π0 CentGb (Im ϕ)/Z(G)
で定義し,これを用いて L パケット内の表現のパラメータ付けや保型表現の重複度に関
する一連の予想 — Arthur 予想 — を提出した([A1])
.S 群の定義についてもう少し詳
しく説明する.まず,L パラメータ ϕ : WF × SL2 (C) −→ L G の像 Im ϕ は L G の部分群
b も L G の部分群であるので,その中心化群が
であり,G
{
}
b ∀x ∈ Im ϕ, gx = xg
CentGb (Im ϕ) := g ∈ G
L
b
で定義される.CentG
b (Im ϕ) は G の代数的な部分群である.G の L 群は半直積 G =
b ⋊ WF であるから,WF の G
b への外部自己同型としての作用が標準的に定まっている.
G
b (G
b の中心)への共役作用が標準的に定まっている.この作用
したがって,WF の Z(G)
の固定部分群を
{
}
b WF := g ∈ Z(G)
b ∀w ∈ WF , wgw−1 = g
Z(G)
b WF は G
b の代数的部分群であり,剰余群 H := Cent b (Im ϕ)/Z(G)
b WF は
とおく.Z(G)
G
C 上の代数群である.H は連結とは限らない.単位元を含む連結成分を H 0 ⊂ H とお
き,剰余群をとったものが Arthur の S 群 SϕArthur = π0 (H) = H/H 0 である(より一般
に,位相群 H に対して,H の連結成分のなす群を π0 (H) で表す).
8
Arthur
Arthur は,L パケット ΠG
の既約表現の同値類と 1 対 1 に対応する
ϕ の元が,Sϕ
と予想した :
{
}
Arthur
Sϕ
の既約表現
1:1 (?)
←→ ΠG
ϕ
/∼
=
Arthur
特に,L パケット ΠG
の共役類の個数と等しいことが予想され
ϕ の位数は,有限群 Sϕ
る(SϕArthur は多くの場合はアーベル群だが,G が例外群の場合に非可換群になることも
ある).G = GLn の場合,Schur の補題より SϕArthur は自明群となるので,すべての L
パケットの位数は 1 であることが期待される.もちろんこれは [HT], [He2], [Scho] の結
果と合致する.G = U2 , U3 の場合の Arthur の予想については [池松] を参照.一般の G
では,上記の対応は標準的には定まらず,Whittaker データと呼ばれる付加的データを
1 つ固定する必要があると考えられている([Vog], [GGP]).
Vogan は,内部形式 J の L パケットも統一的に扱うために,G の純内部形式 (pure
inner form) の概念を導入した.ここでは定義は省略するが,純内部形式とは,その同型
類の集合が G の Galois コホモロジーとぴったり一致するものである :
{
J
}
J は G の純内部形式
/∼
=
(
)
= H 1 ΓF , G(F )
一方,G の内部形式の同型類の集合は,随伴群 Gad := G/Z(G) の Galois コホモロジー
と一致する :
{
J
}
J は G の内部形式
/∼
=
)
(
= H 1 ΓF , Gad (F )
純内部形式から内部形式を作ることができるが,その対応は一般には全射でも単射でも
)
(
(
)
ない(Galois コホモロジーの写像 H 1 ΓF , G(F ) −→ H 1 ΓF , Gad (F ) が,一般には
全射でも単射でもないことに対応する).そして,Vogan は,Arthur の S 群を修正した
群を
(
)
SϕVogan := π0 CentGb (Im ϕ)
で定め,次のような 1 対 1 の対応
{
}
Vogan
Sϕ
の既約表現
1:1 (?)
/∼
=
←→
⨿
ΠJϕ
J は G の純内部形式
の存在を予想した.
Arthur, Vogan の予想をさらに精密化して,すべての内部形式が登場するように一般化
したものが局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応である.簡単のため,以下では次を仮
定する.
9
仮定 3.1. G の中心 Z(G) は連結である.
b の導来群 G
b der := [G,
b G]
b は単連結かつ半単純であり,
仮定 3.1 の下で,双対群 G
Kottwitz 同型と呼ばれる標準的な全単射が存在する([Ko1, Proposition 6.4]) :
{
}
{ }
(
)
1:1
W
×
1
F
b der )
準同型 Z(G
−→ C
←→ H ΓF , Gad (F ) = J J は G の内部形式
/∼
=
b WF −→ C× を部分群 Z(G
b der )WF ⊂ Z(G)
b WF に制限することで,全射
χ : Z(G)
{
}
{ }
W
×
b F −→ C
χ : Z(G)
↠ J J は G の内部形式
/∼
=
b WF は有限群
を得る.この写像において χ に対応する G の内部形式を Jχ とおく.Z(G)
b der )WF は
とは限らないので,χ は位数有限とは限らないことに注意しよう(一方,Z(G
有限群である).写像 χ 7→ Jχ は,一般には無限集合から有限集合への全射となる(例え
ば G = GLn の場合を考えよ).
予想 3.2 (局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応). 以下を仮定する.
• G の中心 Z(G) は連結である(仮定 3.1).
b WF は有限群である(このような ϕ を楕円的 (elliptic) という).
• Cent b (Im ϕ)/Z(G)
G
b WF −→ C× に対し,次のような自然な全単射が存在
このとき,任意の準同型 χ : Z(G)
する.
{
LLCϕ,χ : ρ : CentGb (Im ϕ) の既約表現
}
ρ| b W = χ⊕ dim ρ
Z(G) F
1:1
/∼
=
J
←→ Πϕχ
χ が自明表現の場合は ρ は SϕArthur の既約表現とみなせる.このときの予想 3.2 の対応
は Arthur の対応であると期待される.この意味で,予想 3.2 は,予想 2.2 の Arthur,
Vogan による精密化のさらなる精密化である.
Kottwitz によるこの定式化(予想 3.2)の特徴は,L パケットのパラメータ付け
に CentG
b (Im ϕ) を用いる点にある.CentG
b (Im ϕ) は有限群とは限らないから(一方,
SϕArthur , SϕVogan は有限群である),一般に χ には無限個の選択肢が存在する.χ を一つ選
ぶごとに “自然な” 全単射 LLCϕ,χ が一つ定まると考えるのである(逆の見方をすれば,
χ のようなデータを一つ固定しなければ LLCϕ は自然には定まらない,という主張とも言
える).有限集合のパラメータ付けに無限集合を使うので,一見 “不自然” な定式化にも
思えるが,局所 Langlands 対応の幾何的構成のためにはこのバージョンの方が扱いやす
い(§5, §6).
10
注意 3.3. 予想 3.2 の仮定がみたされない場合にも同様の予想を定式化することは重要な
問題である.しかし,状況は一般には単純ではない.SLn の内部形式の L パケットに関
b der の普遍被覆を
する [HS] の結果を踏まえると,G の中心が連結でない場合は左辺を G
用いる形に修正する必要がある([A2], [A3, Chapter 9]).正しい予想を定式化するため
には,何らかの「標準的でないデータ」を一つ固定する必要があるのかもしれない(例え
bsc −→ C× のように).
ば [A2, pp. 209, Conjecture] における準同型 ζbρ : Z
J
注意 3.4. ρ の性質と,ρ に対応する LLCϕ,χ (ρ) ∈ Πϕχ の性質の関係を調べることは,局
所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応を理解する上で基本的な問題である.どの程度一般
的な予想が定式化されているのか著者は知らないが,少なくとも Jχ が準分裂のときは,
専門家の間では次が同値であると予想されているようである.
1. ϕ が楕円的である.
J
2. Πϕχ が少なくとも一つの離散系列表現(二乗可積分表現)を含む.
J
3. Πϕχ に含まれる表現が,すべて離散系列表現である.
さらに ϕ が楕円的のときは,次が同値であると予想されているようである.
1. 制限 ϕ|SL2 (C) は自明である.
J
2. Πϕχ に含まれる表現が,すべて超尖点的である.
J
ϕ|SL2 (C) が非自明な場合は,L パケット Πϕχ は超尖点的表現と超尖点的でない離散系列
表現の両方を含むと予想される(U2 , U3 の場合は [池松] を参照)
.G が準分裂な古典群の
場合には,Mœglin, Tadić により,ρ が「交代的で穴が無い」ことと LLCϕ,χ (ρ) が超尖点
的であることが同値であると予想されている.実際,彼らの構成した局所 Langlands 対
応の候補(誘導表現の可約点を用いる)においては,それが成り立つことが確かめられて
いる([MT], [Mœ]).一般の G に対して(例えば例外群の場合に),L パケット内の超尖
点的表現のパラメータ付けを調べることは興味深い問題である.
4 GLn (Fq ) の尖点表現 — 幾何的構成の “おもちゃ” として
局所 Langlands 対応の幾何的構成の “おもちゃのモデル” (toy model) として,有限群
GLn (Fq ) の表現の構成法を紹介する.本節では q を素数の巾とし,Fq を位数 q の有限体
とする.本節で「表現」と言えば,複素数体上の有限次元ベクトル空間への表現のことを
意味する.
11
有限群 GLn (Fq ) の表現論の研究の歴史は長い.GL2 (Fq )(や SL2 (Fq ))の既約表現の
分類と既約指標の計算は,今から 100 年以上前に Frobenius, H. Jordan, Schur により
完成していた([Jo], [Schu])
.その結果は,Green により 60 年ほど前に GLn (Fq ) に一般
化された([Gr1]).
放物誘導について復習する([今野 2]).n = n1 + · · · + nr (r ≥ 2) を n の分割とする.
対角的に埋め込むことで GLn1 × · · · × GLnr を GLn の閉部分代数群とみなし,この群と
上半行列で生成された代数群を Pn1 ,...,nr ⊂ GLn とおく.Pn1 ,...,nr を GLn の標準的放物
部分群という.i = 1, . . . , r に対し,(ρi , Vi ) を各 GLni (Fq ) の有限次元表現とする.合成
Pn1 ,...,nr (Fq ) −→ GLn1 (Fq ) × · · · × GLnr (Fq )
GL (F )
q
を ρe とおく.誘導表現 IndPn n,...,n
r (Fq )
1
ρ1 ⊗···⊗ρr
−→
GL(V1 ⊗ · · · Vr )
ρe を,(ρ1 , . . . , ρr ) からの放物誘導表現という.放
物誘導表現は既約とは限らないが,有限群 GLn (Fq ) の複素数体上の有限次元表現なので
完全可約である.GLn (Fq ) の有限次元既約表現のうち,どのような放物誘導表現の組成
因子にも現れないものを尖点表現という.
×
q
q
θ : F×
q n −→ C を準同型とする.θ, θ , . . . , θ
′
′
n−1
が相異なるとき,θ は一般の位置にあ
qi
となる i ≥ 1 が存在するとき,θ ∼ θ′
るという.一般の位置にある θ, θ に対し,θ = θ
q
とおく.x ∈ F×
= x なので θq = θ が成り立つ.したがって,関係 ∼ は同
q n に対し x
n
n
値関係である.
以下に述べるのが,Green による GLn (Fq ) の尖点表現の分類定理である.
定理 4.1 (Green ([Gr1])). 次の自然な全単射がある
{
}
GLn (Fq ) の尖点表現
{
1:1
/∼
=
←→
一般の位置にある準同型 θ :
F×
qn
−→ C
×
}
/∼
左辺は GLn (Fq ) の尖点表現の同値類の集合を表す.右辺は上で定義した同値関係 ∼ によ
る同値類の集合を表す.
θ に対応する GLn (Fq ) の尖点表現を πθ で表す.
定理 4.1 には様々な解釈があると思われるが,ここでは定理 4.1 を局所 Langlands 対
応(2.2)の “おもちゃ” とみなすことにしよう(Harish-Chandra による実 Lie 群の離散
系列表現の分類の “おもちゃ” と思った方が正統的かもしれない).準同型 θ を “L パラ
メータのおもちゃ” とみなし,定理 4.1 を GLn (Fq ) の尖点表現に対する “局所 Langlands
対応のおもちゃ” とみなす.与えられた θ に対して,πθ を具体的に構成することは,それ
ほどやさしいことではない.Green による証明は,Brauer 持ち上げなどの表現論的手法
12
と組合わせ的議論を用いた複雑なものであり,πθ の表現空間を直接構成するものではな
い.(興味のある人は [原下] を参考に GL2 (Fq ) の尖点表現の表現空間の構成を試みよ.)
Deligne-Lusztig は,GLn (Fq ) の尖点表現の表現空間の幾何的構成法を発見した([DL]).
Deligne-Lusztig の理論は,Un の場合の Tate-Thompson の結果([Ta, pp. 102])や SL2
の場合の Drinfeld の結果の壮大な一般化であり,Fq 上の任意の連結簡約群 G に対して,
有限群 G(Fq ) の(尖点的とは限らない)すべての既約表現の表現空間を,エタールコホモ
ロジーの中に構成することができる.
ここでは簡単のため GLn (Fq ) の尖点表現の場合を説明する.まず,
{
DL :=
q j−1
とおく(det(Xi
( X1 )
v=
.
.
.
Xn
∈
) は (i, j) 成分が Xiq
n
Fq
j−1
{
}
}q−1
(
)
j−1
q
=1
det Xi
となる n 次正方行列の行列式を表す)
.DL は
Fq 上定義された (n − 1) 次元アフィン代数多様体(GLn の Deligne-Lusztig 多様体の
一例)である.正確には,ここで定義した DL は代数多様体の Fq -有理点の集合であるが,
ここでは簡単のため代数多様体と代数多様体の幾何的点の集合を区別しない.DL は滑ら
かだが,(q = 2 の場合を除き)幾何的に連結ではない.例えば n = 2 の場合,DL の定
義方程式は
{
}q−1
j−1
det(Xiq )
{
=
(
X1
det
X2
X1q
X2q
) }q−1
(
)q−1
= X1 X2q − X1q X2
=1
となり,Drinfeld が考察した代数曲線(SL2 の Deligne-Lusztig 多様体)の定義方程式
XY q − X q Y = 1 の (q − 1) 乗に等しい.
さて,ここで大切なことは,有限群 GLn (Fq ) × F×
q n が DL に作用するということであ
る.実際,(g, α) ∈ GLn (Fq ) × F×
q n ,v ∈ DL に対し,
( αX1 )
(g, α) · v = g
.
.
.
αXn
とおけば(GLn (Fq ) を行列として左から作用させて,F×
q n をスカラー倍で作用させる.両
者の作用は可換である)
,(g, α) · v ∈ DL が成り立つ(各自確かめよ)
.コホモロジーの関
(
)
手性より,コンパクト台付き ℓ 進エタールコホモロジー Hci DL, Qℓ は GLn (Fq ) × F×
qn
の作用する有限次元 Qℓ ベクトル空間となる.この空間を使って尖点表現 πθ を構成する
のが Deligne-Lusztig 理論である.
13
定理 4.2 (Deligne-Lusztig ([DL])). ℓ を q を割らない素数とし,体同型 Qℓ ∼
= C を固定
する.このとき,GLn (Fq ) の表現としての同型
HomF×n
q
(
) {
(
)
πθ
Hci DL, Qℓ , θ ∼
=
0
i=n−1
i ̸= n − 1
が存在する(簡単のため,1 次元表現 θ の表現空間も,同じ記号を用いて θ と書いた).
DL のコホモロジーを用いて,“L パラメータのおもちゃ” θ から出発して,尖点表現
πθ の表現空間が「自動的」に構成されるわけである.DL の定義自体は単純な幾何的・線
形代数的なものである.DL がいわば「自動翻訳機」の役割を果たしている.
Green は尖点表現 πθ の指標を具体的に計算しているので,これについても述べる.
定理 4.3 (Green ([Gr1])). 定理 4.1 において θ に対応する尖点表現を πθ とおく.
g ∈ GLn (Fq ) の固有多項式を Pg (T ) = det(T − g) ∈ Fq [T ] とおく.
1. Pg (T ) = Q(T )e(Q(T ) ∈ Fq [T ] は既約多項式)と書けるとき,d = deg Q(T ) とお
(
)
Ker
g
−
α
·
id
とおく.こ
く.Q(T ) の根の一つを α ∈ F×
とおく.
m
=
dim
F
d
d
q
q
のとき,次が成り立つ.
Tr πθ (g) = (−1)
n−1
{∑
d−1
·
} m−1
)
∏(
jd
θ (α) ·
1−q
qi
i=0
j=1
2. Pg (T ) が Q(T )e (Q(T ) ∈ Fq [T ] は既約多項式)の形でないときは,Tr πθ (g) = 0.
演習問題
GL2 (Fq ) の場合に定理 4.1, 定理 4.3 が成り立っていることを,[原下] の指標
表を見て確かめよ.
定理 4.3 において,g の Jordan 標準形における固有値 α の Jordan ブロックの個数が
m である.“L パラメータのおもちゃ” θ の値と
m−1
∏(
)
1−S
jd
j=1
という g の「Jordan ブロックの形」にしか依存しない多項式(Green 多項式)に S = q
を代入したものを組み合わせることで,指標 Tr πθ (g) が書けることは注目に値する.こ
のような形の指標公式が,Fq 上の任意の連結簡約群で成り立つことは,Deligne-Lusztig
理論の(極めて非自明な!)帰結である.
14
ここでは局所 Langlands 対応の “おもちゃ” として Green の定理や Deligne-Lusztig
理論(のごく一部)を紹介した.これは単なる “おもちゃ” にとどまらない.例えば次の
ような結果が知られている.
• §2 でも述べたように,[DR] では,
「深さ 0 の超尖点表現」に対する局所 LanglandsVogan-Kottwitz 対応が,Deligne-Lusztig 理論(と Bruhat-Tits 理論)を用いて
構成されている([Kal] も参照).
• 適当な条件下で,局所 Langlands 対応は Rapoport-Zink 空間のコホモロジーに
実現されると期待されている(§5).一方,Rapoport-Zink 空間の形式モデルの特
殊ファイバーに Deligne-Lusztig 多様体(やその変種)が現れるという観察がある
([Yo1], [Hara], [Vol], [VW])
.これを用いて,Rapoport-Zink 空間のコホモロジー
が計算できる場合がある([Yo1], [ImT]).
しかし,一般には,Deligne-Lusztig 理論と局所 Langlands 対応の関係はそれほど単純で
はない.まだまだ未解明の部分も多い.
本節の記述は [Lu1], [Lu2] を参考にした.現在では Green の定理(定理 4.1, 定理 4.3)
を Deligne-Lusztig 理論の特別な場合として証明することもできる.[DL] は任意の連結
簡約群を扱っているため,定理 4.1 や定理 4.3 を論文 [DL] から抽出するには眼力が必
要だろう.Green 多項式については [Ma] も参照.[Lu1] は Green の定理の幾何的側面
を([DL] 以前に)論じた小冊子である.GLn (Fq ) の尖点表現の指標については,[Gr1]
から 44 年後に出版された [Gr2] も参照.Lusztig は,Deligne-Lusztig 理論をさらに発
展させて,任意の連結簡約群 G に対して G(Fq ) の有限次元表現を統一的に分類した.
Deligne-Lusztig 理論に関する日本語の文献としては,迫力満点の解説が [庄司] にある.
Green の定理や Deligne-Lusztig 理論は,岩波数学辞典(第 4 版)では「無限次元表現」
の項目内で解説されているので注意されたし.
歴史的には,Deligne-Lusztig 理論の完成後にその p 進版として Rapoport-Zink 空間
が導入されたわけではない.奇しくも,Deligne-Lusztig 理論の誕生と Rapoport-Zink 空
間(の前身の Lubin-Tate 空間や Drinfeld 上半空間)の誕生はほぼ同時期であった(1970
年台初頭.[De], [Dr3], [Dr1], [Dr2]).Deligne-Lusztig 理論に関する Drinfeld の先駆的
研究(SL2 の場合)は,おそらく,Drinfeld 自身による Drinfeld 上半空間の研究に示唆
されたものである(一方,Tate-Thompson の研究([Ta, pp. 102])は代数的サイクルの
「Tate 予想」に端を発する)
.G(Fq ) の表現論は Langlands 対応の直接の対象ではないに
も関わらず,[DL] に Langlands 対応を参考にしたと思われる記述(双対群など)が随所
に見られるのは興味深い.
15
5 Rapoport-Zink 空間とそのコホモロジー
Rapoport-Zink 空間の一般的な定義は複雑なので,ここではいくつかの典型的な例を
中心に説明する.要点をかいつまんで説明すると次の通り.
1. Rapoport-Zink データと呼ばれる(やや複雑な)線形代数的データから,RapoportZink 空間 M∞ が定義される.
2. Rapoport-Zink データからは,Qp 上の簡約群 G とその内部形式 J および有限次
拡大 E/Qp (局所レフレックス体)が定義される.
(
)
3. Rapoport-Zink 空間 M∞ のコホモロジー Hci M∞ , Qℓ には直積群 G(Qp ) ×
J(Qp ) × WE が作用する.
4. この作用が局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応と局所 Jacquet-Langlands 対応
を実現していると予想される(Kottwitz 予想).
任意の連結簡約群 G に対して G に伴う Rapoport-Zink 空間が存在するわけではない
ことに注意しよう(例えば G が例外群となる Rapoport-Zink データは存在しない).こ
れは,任意の連結簡約群に対して適用できる Deligne-Lusztig 理論との大きな違いであり
欠点でもある.
なお,[RZ] では,Rapoport-Zink 空間以外にも p 進対称空間と呼ばれる p 進解析空間
も構成されている.Rapoport-Zink 空間と p 進対称空間は p 進周期写像で繋がる.p 進
対称空間やそのコホモロジーについては [DOR] を参照.p 進対称空間のコホモロジーは
貧弱であり,局所 Langlands 対応の幾何的構成に応用できるほど強力なものではない.
Rapoport-Zink 空間の定義の出発点となるのが,Rapoport-Zink データと呼ばれる
9 つ組のデータ
(
F, B, ∗, OB , V, ⟨, ⟩, b, µ, L
)
である.これらはおよそ次のようなものである(正確な定義はとても複雑なので省略す
る.[RZ], [Ra], [Far1], [SW] を参照).
• F は p 進体(Qp の有限次拡大).
• B は F 上の中心的単純環.
• ∗ : B −→ B は対合(すなわち,(xy)∗ = y ∗ x∗ (∀x, y ∈ B), ∗2 = id をみたす Qp 線形写像).
16
• OB ⊂ B は ∗ の作用で安定な OF -整環.
• V は有限生成自由 B 加群.
• ⟨, ⟩ : V × V −→ Qp は交代形式で,任意の b ∈ B, v, w ∈ V に対し ⟨bv, w⟩ =
⟨v, b∗ w⟩ をみたすもの.
• b ∈ B(G) は basic isocrystal.(定義は次の通り: G については「中間生成物」
ur とおく.体自己同型 σ ∈
d
を参照.Qp の最大不分岐拡大の p 進完備化を Q
p
(
)
p
ur /Q
ur
d
d
Aut Q
p であって,Qp の整数環の任意の元 x ∈ OQ
ur に対し,σ(x) ≡ x
d
p
p
(
)
′
ur が σ-共役とは,
d
(mod pOQd
ur ) をみたすものがただ一つ存在する.b, b ∈ G Qp
p
(
)
(
)
′
−1
ur が存在することをいう.G Q
ur の σ-共役類
d
d
b = g bσ(g) をみたす g ∈ G Q
p
p
を isocrystal という.isocrystal の集合を B(G) で表す.T ⊂ G を楕円的な代数
的トーラスとする.自然な写像 B(T ) −→ B(G) の像は T の選び方によらないこ
とが証明できる.B(T ) の像に属す B(G) の元を basic isocrystal という([Ko2,
§5]).)
• µ : Gm −→ G は Qp の有限次拡大上で定義された準同型.µ は Hodge 分解に相当
する線形代数的データである.(ここでは isocrystal や Hodge 分解の説明はしな
い.ひとまずは,Fp 上定義された p 可除群 X0 を定める線形代数的データと思え
ば十分である.)
• L は V の OB -格子の列.Rapoport-Zink 空間の parahoric レベル構造に対応
する.
ここでは状況を単純化して説明した.実際には [RZ] ではもう少し一般的な設定で定義さ
れている.Rapoport-Zink データには EL 型と PEL 型の二種類がある.ここに述べた
9 つ組は PEL 型の場合である.EL 型の場合は交代形式 ⟨, ⟩ は不要である.
これらのデータから中間生成物として 7 つ組のデータ
(
E, G, J, χb , rµ , X0 , λ
)
が定まる.
• E は µ の共役類の定義体として定義される Qp の有限次拡大であり,局所レフレッ
クス体と呼ばれる(局所志村体ともいう).
• G は Qp 上の簡約群.PEL 型の場合は,
{
G(Qp ) =
(x, a) ∈ GLB (V ) ×
Q×
p
17
}
∀v, w ∈ V, ⟨gv, gw⟩ = a⟨v, w⟩
で定義される.EL 型の場合は,交代形式に関する条件は無いので,G(Qp ) =
GLB (V ) と定義する.Rapoport-Zink データに関する適当な仮定(“直交型でな
い” など)の下で,G は連結である.
• J は G の内部形式.(b が basic でないときも Rapoport-Zink 空間は定義される.
一般には J は G の Levi 部分群の内部形式となる.)
b WF −→ C× は,Kottwitz による全単射
• χb : Z(G)
{
}
{
}
1:1
W
×
F
b
準同型 Z(G)
−→ C
←→ B(G)basic := b ∈ B(G) basic isocrystal
により b に対応する準同型(この全単射は Kottwitz 同型の一種である.[Ko2,
Proposition 5.6] を参照).
b −→ GL(Vµ ) は G の双対群 G
b の有限次元表現.rµ の最高ウェイトが,
• rµ : G
Hodge 分解を定める準同型 µ : Gm −→ G の双対となるものとして定まる.Vµ は
有限次元 C-ベクトル空間.
• X0 は Fp 上定義された p 可除群で B が準同種として作用するもの.(Fp 上定義さ
)
(
れた p 可除群 X0 , X0′ に対し,f ∈ Hom X0 , X0′ ⊗Zp Qp が準同種 (quasi-isogeny)
)
(
とは,g ◦ f = id をみたす g ∈ Hom X0′ , X0 ⊗Zp Qp が存在することをいう.Qp (
)
代数準同型 B −→ End X ⊗Zp Qp が与えられているとき,B は準同種として
X に作用するという.ここでは説明しないが,Rapoport-Zink データの b, µ から
Dieudonné 理論により p 可除群 X0 が定まる.)
•(PEL 型の場合のみ)λ0 : X0 −→ X0∨ は X0 の準偏極.(準偏極の定義は次の通
り: X0 の双対 p 可除群を X0∨ とおく.準同種 λ0 : X0 −→ X0∨ に対し,その双対
(
∨
を λ∨
0 : X0
)∨
= X0 −→ X0∨ とおく.λ0 = −λ∨
0 が成り立つとき,λ0 を準偏極
(quasi-polarization) という.)
これらの中間生成物から Rapoport-Zink 空間 M∞ が定義され,局所 Langlands 対応
の幾何的構成の予想が述べられる.
いくつかの例を挙げて,もう少し説明しよう.以下では,p ̸= 2 は奇素数とする.
18
(例 1) EL 型
(例 2) PEL 型
(例 3) PEL 型
F
Qp
Qp
Qp
B
Qp
Qp
Qp の不分岐 2 次拡大
OB
Zp
Zp
B の整数環
V
Qrp
Q2r
p
B r+s
⟨, ⟩
(なし)
V 上の交代形式
V 上のエルミート形式
から定まる交代形式
L
E
{
pi Zrp
}
i∈Z
Qp
{
pi Q2r
p
}
{
i∈Z
Qp
r+s
pi OB
}
i∈Z
B (r ̸= s のとき)
または Qp (r = s のとき)
G
GLr
GSp2r
GUr,s
Rapoport-Zink データおよび中間生成物の例
(b, µ は省略.この表は Rapoport-Zink データの定義としては不十分である.)
(例 1) は Lubin-Tate 空間に対応する.この空間は,[HT] において GLn の局所
Langlands 対応の証明に用いられた.
(例 2) は主偏極アーベル多様体のモジュライ空間(Siegel モジュラー多様体)の超特異
部分に対応する([KO], [LO], [Hara] などで研究されている).
(例 3) はユニタリ型志村多様体の超特異部分に対応する([Vol], [VW], [Zh] などで研
究されている).
これらの例において,対応する p 可除群 X0 は次のようになる(正確には,X0 は以下
のものと同種である).
(例 1) X0 は Fp 上の高さ r の 1 次元 p 可除群.例えば,r = 1 なら X0 ∼
= Gm [p∞ ] で
あり,r = 2 なら X0 ∼
= Ess [p∞ ](Ess は Fp 上の超特異楕円曲線)である.
(例 2) X0 = (Ess [p∞ ])⊕r .λ0 : X0 −→ X0∨ は楕円曲線 Ess の主偏極から定まる準偏極.
(例 3) X0 = (Ess [p∞ ])⊕(r+s) .λ0 : X0 −→ X0∨ は (例 2) と同様.B の準同種としての
19
(
)
作用 ι : B ,→ End X0 ⊗Zp Qp は,任意の x ∈ OB に対し,ι(x) の Lie 環 LieX0
への作用が行列
(
)
diag ϕ(x), . . . , ϕ(x), ϕ(x)p , . . . , ϕ(x)p
|
{z
} |
{z
}
r個
s個
で表されるもの(この例において,B/Qp は不分岐 2 次拡大であった.ϕ : OB −→
Fp2 は mod p 写像.diag(· · · ) は ϕ(x) が r 個,ϕ(x)p が s 個並んだ対角行列).
G の内部形式 J は p 可除群 X0 を用いて次のように定義される.X0 から X0 への準同
種であって,B の作用と可換で,準偏極 λ0 を Q×
p の元倍を除いて保つもののなす群を
( )
J(Qp ) := q-IsogOB , Q×
X0
p λ0
とおく.Dieudonné 理論により,J(Qp ) を isocrystal を用いて線形代数的に記述するこ
ともできる.その記述を用いることで,J(Qp ) が G の内部形式の Qp -有理点のなす群で
あることが証明できる.
Rapoport-Zink 空間 M∞ は,ここでは正確な定義はしないが,だいたい次のようなも
のである.まず,p 可除群の準同種のモジュライ空間として Spf OE
ur 上の形式スキーム
d
ur の整数環)
d
M̆ が定義される(OEd
.M̆ の生成ファイバーとして “p 進解析空間”
ur は E
M0 (レベル 0 の Rapoport-Zink 空間)が定義される.普遍 p 可除群の pn 等分点上の
レベル構造を付加構造として考えることで,レベルの n の Rapoport-Zink 空間 Mn が
定義される.Mn −→ M0 は p 進解析空間のエタール被覆である.そして,射影極限に
より,無限レベルの Rapoport-Zink 空間が
M∞ := lim Mn
←−
n
ur 上
d
として定義される.射影系 {Mn }n≥0 を Rapoport-Zink 塔ともいう.M∞ は E
の p 進解析空間(の射影極限または射影系)である.ここでは大雑把に “p 進解析空間”
や “射影極限” と述べた.Rapoport-Zink 空間の定式化に用いられる p 進解析空間の枠
組みとしては,リジッド解析空間・Berkovich 空間・adic 空間・(pre-)perfectoid 空間な
どのいくつかの理論があり,その選択は技術的に大切なポイントではあるが,ここでは省
略する.
さて,Rapoport-Zink 空間 M∞ の雰囲気を説明するために,Cp -有理点の集合 M∞ (Cp )
(Cp は E の代数閉包の p 進完備化)について述べる(もちろん,M∞ (Cp ) を集合として
定めただけでは,p 進解析空間として M∞ を定義したことにはならないが).M∞ (Cp )
20
は次のような 5 つ組の同値類の集合である.
M∞ (Cp ) =
{
(
X, ι, λ, ρ, η
)
}
/∼
5 つ組 (X, ι, λ, ρ, η) は以下をみたす.
• X は OCp 上の p 可除群(OCp は Cp の整数環).
(
)
• ι : B ,→ End X ⊗Zp Qp は Qp -代数の準同型で,Lie 環への作用がある条件
(Kottwitz 条件)をみたすもの.(ここでは説明しないが,この条件は Hodge 分
解 µ を用いて定式化される.)
•(PEL 型の場合のみ) λ : X −→ X ∨ は準偏極.
(
)
(
)
(
)
• ρ : X0 ⊗Fp OCp /pOCp −→ X ⊗OCp OCp /pOCp は Spec OCp /pOCp 上の p 可
除群の準同種で,B の作用と可換で,準偏極 λ0 の像が λ の Q×
p の元倍となるもの.
∼
=
• η : V −→ Vp X は X のレベル構造.(定義は以下の通り : X の Tate 加群を
(
)
Vp X := lims X[ps ](OCp ) ⊗Zp Qp とおく.EL 型の場合,レベル構造とは B 加
←−
群の同型のことである.PEL 型の場合は,さらに,交代形式に関する次の条件を
(
)
課す.準偏極 λ より Vp X 上の交代形式 Vp X × Vp X −→ Vp Gm [p∞ ] =: Qp (1)
が定まるから,1 次元 Qp ベクトル空間の同型 Qp (1) ∼
= Qp を固定することで交代
形式 Vp X × Vp X −→ Qp が定まる.この交代形式が,η により V 上の ⟨, ⟩ から誘
導される交代形式と Q×
p の元倍を除いて等しいとき,η をレベル構造という(Qp ∼
=
同型 η : V −→ Vp X がレベル構造であるかどうかは,同型 Qp (1) ∼
= Qp のとりか
たによらない).)
(X, ι, λ, ρ, η) と (X ′ , ι′ , λ′ , ρ′ , η ′ ) が同値とは,準同種 f : X −→ X ′ であって,ι′ =
(
)
f ◦ ι, λ′ = f ∨ ◦ λ ◦ f −1 , ρ′ = f (mod pOCp ) ◦ ρ, η ′ = f ◦ η をみたすものが存在する
ことをいう.
直積 G(Qp ) × J(Qp ) × WE が Rapooprt-Zink 空間の ℓ 進エタールコホモロジー(ℓ は
p と異なる素数)
(
)
(
)
bd
Hci M∞ , Qℓ := lim Hci Mn ⊗
C
,
Q
p
ur
ℓ
E
−→
n
に作用する.G(Qp ) × J(Qp ) の M∞ への作用は,Cp -有理点のレベルでは次のように
書ける.G(Qp ) は V に線形に作用し J(Qp ) は X0 に自己準同種として作用するから,
(g, j) ∈ G(Qp ) × J(Qp ) に対し,
(
) (
)
(g, j) · X, ι, λ, ρ, η = X, ι, λ, ρ ◦ j −1 , η ◦ g −1
21
が作用を与える.WE のコホモロジーへの作用は次の通りである.惰性群 IE ⊂ WE につ
いては,
)
(
ur /E
ur
d
d
IE ∼
= ΓEd
ur := Gal E
で あ り ,ΓE
ur は Cp に 自 然 に 作 用 す る か ら ,コ ホ モ ロ ジ ー の 関 手 性 に よ り IE は
d
(
)
bd
Hci M∞ ⊗
C , Qℓ に作用する.この作用は絶対 Galois 群 ΓE の作用には延びな
E ur p
いが,
「Weil 降下データ」を用いることで Weil 群 WE の作用に延長できる([RZ, p.100,
3.48], [Far1, p.71, 4.4]).
6 局所 Langlands 対応の幾何的構成 — Kottwitz 予想をめ
ぐって
(
)
Rapoport-Zink 空間のコホモロジー Hci M∞ , Qℓ への G(Qp ) × J(Qp ) × WE の作
用を用いて,局所 Langlands 対応を構成するのが目的であった.これに関する Kottwitz
の予想を紹介する.
以下では ℓ は p と異なる素数とし,体同型 Qℓ ∼
= C を固定する.
§5 と同様,(適当な仮定をみたす)Rapoport-Zink データ
(F, B, ∗, OB , V, ⟨, ⟩, b, µ, L)
を固定する.このデータの定める中間生成物を
(E, G, J, χb , rµ , X0 , λ)
とおき,これから定まる Rapoport-Zink 空間を M∞ とおく.
ϕ : WF × SL2 (C) −→ L G を G の L パラメータとし,次を仮定する.
仮定 6.1.
• G は準分裂な連結簡約群である.
• G の中心 Z(G) は連結である.
• G および J に対して予想 3.2(局所 Langlands-Vogan-Kottwitz 対応)が成立する.
• ϕ は楕円的である(予想 3.2 を参照).
• L パラメータ ϕ の SL2 (C) への制限 ϕ|SL2 (C) は自明である.
b の L 群は半直積
双対群 G
定義より WE
b ⋊ WQ であるが,局所レフレックス体 E の
G = G
p
b ⋊ WE = G
b × WE ).中間生成物の一つである
への制限は分裂する(G
L
b −→ GL(Vµ ) と合成することで,WE の有限次元表現
rµ : G
ϕ|W
WE −→E
L
rµ
pr1
b −→
G −→
G
GL(Vµ )
22
が得られる.Im(pr1 ◦ ϕ|WE ) と CentG
b (Im ϕ) は互いに可換であるから,直積群 WE ×
CentGb (Im ϕ) は Vµ に作用する :
WE × CentGb (Im ϕ) −→ GL(Vµ )
そこで,CentG
b (Im ϕ) の有限次元表現 ρ に対し,
(
)
W (ρ) := HomCentGb (Im ϕ) ρ, Vµ
とおく.Vµ は WE × CentG
b (Im ϕ) の表現なので,W (ρ) は WE の表現である.
τ ∈ ΠJϕ を L パラメータ ϕ に対応する J の L パケットの元とする.ρτ を予想 3.2 で τ
⊕ dim ρτ
に対応する CentG
b (Im ϕ) の既約表現であって,ρτ |Z(G)
b WF = χb
をみたすとする.
(χb は Rapoport-Zink データより定まる準同型(中間生成物の一つ)である.上に述べ
た様々な仮定の下で,χb に対応する G の内部形式は J である.)
予想 6.2 (Kottwitz ([Ra], Conjecture 5.1)). G(Qp ) × WE の表現としての同型
)
(
)
(
i
HomJ(Qp ) Hc M∞ , Qℓ , τ
∼
=
G(Qp )-smooth
⊕

π ⊗ W (ρτ ⊗ ρπ )

0
i = dim M∞
π
i ̸= dim M∞
が存在する.ここで,左辺の “G(Qp )-smooth” は,G(Qp ) が滑らかに作用するベクトル
のなす部分空間を表す.右辺の π は,G の L パケットの元 π ∈ ΠG
ϕ であって,予想 3.2
で π に対応する CentG
b (Im ϕ) の既約表現が ρτ |Z(G)
b WF = 1 をみたすものを渡る.
最後の条件 “ρτ |Z(G)
b WF = 1” は「G が準分裂」という仮定に対応する.G が準分裂で
ないときは,この部分をさらに修正する必要がある.
ある程度一般的な設定で述べたため,予想 6.2 はやや複雑に見えるかもしれない.要
するに,J(Qp ) の L パケットの元 τ ∈ ΠJϕ を「入力」すると,M∞ のコホモロジーを
通して,G(Qp ) の L パケットの元 π ∈ ΠG
ϕ と局所レフレックス体の Weil 群 WE の有
限次元表現 W (ρτ ⊗ ρπ ) が「自動的に出力」されるという点が大切である.M∞ が局所
Langlands 対応の「自動翻訳機」の役割を果たす.Deligne-Lusztig 理論(定理 4.2)と
比較すると面白いだろう.
G が準分裂でない場合(例えば Drinfeld 上半空間の場合)の予想を定式化すること
は大切な問題である.部分的な結果はいくつか知られているが,一般の Rapoport-Zink
データについて正確な予想を定式化するためには,技術的な困難がある.決定版の予想と
呼べるものはまだ提出されていないようである.
23
[Ra, Conjecture 5.1] では,i に関する交代和をとった仮想表現としての予想が述べら
れている.Deligne-Lusztig 理論の結果との類似や,Lubin-Tate 空間の場合の Boyer の
定理([Boy]),階数の小さな群の場合の研究結果(GSp4 や GU1,2 など)を勘案すると
([ItM1], [ItM2], [It]),予想 6.2 の設定下では,π は超尖点的であって,π は中間次数の
コホモロジー Hcdim M∞ のみに現れると期待するのが自然である(注意 3.4 を参照).
7 分かってきたこと,まだまだ分からないこと
最近になって局所 Langlands 予想については大きな進展があったが([A3], [Mo]),残
念ながら,その幾何的構成にあたる Kottwitz 予想(予想 6.2)については,まだまだ分
からないことも多い.ここでは知られている結果のいくつかを紹介する.
もっとも基本的なのが,Lubin-Tate 空間の場合である(§5 の (例 1).ただし F は
Qp とは限らない一般の p 進体でよい).この場合は,G = GLn であり J = D× は F
上の Hasse 不変量 1/n の中心的斜体の乗法群である.L パケットの位数は 1 なので
Langlands-Vogan-Kottwitz 予想は不要である.GL2 の場合の先駆的研究 [De], [Ca1],
[Ca2] を踏まえて,一般の n については,コホモロジーの交代和のレベルでは [HT] により
解決されている.交代和を取る前の各次数のコホモロジーの決定は [Boy] による(Boyer
は,楕円的とも ϕ|SL2 (C) が自明とも限らない ϕ に対しても,コホモロジーの計算を行って
いる).[HT] 以前に Drinfeld 上半空間の場合(この場合は G = D × ,J = GLn となり
G, J の役割が入れ替わる([Fal], [Far2], [SW]))のコホモロジーの計算が [Harr] で行わ
れている.特別な G(主に G = GLn )の場合の予想 6.2 への大域的手法を使わないアプ
ローチとしては,[Yo2], [ImT] を参照.
G が GLn (やその内部形式)以外の群の場合に予想 6.2 が知られている場合はそれほ
ど多くはない.ユニタリ型の場合((§5 の (例 3) の場合,特に U1,2 の場合)の研究が
[Far1] にある.また,GSp4 および GU1,2 の場合の研究が,[ItM1], [ItM2], [It], [Mi1],
[Mi2] にある.一般に,ϕ|SL2 (C) が自明でない楕円的な L パラメータについては,超尖点
表現が中間次数以外のコホモロジーにも現れるようである.予想 6.2 をより精密に定式化
し直すことが望まれる.
Rapoport-Zink 空間の幾何学やコホモロジーの研究については,予想 6.2 と関係のあ
るものから直接の関係は無さそうなものまで含めて,最近は様々な方向への進展があるら
しい.著者にはその詳細について解説する能力も無いし,紙数も体力も尽きたので,いく
つかの参考文献 [Fal], [Far2], [Ked], [RV], [SW], [Zh] を挙げるに留める.
24
最後に,局所類体論について振り返ってみよう.局所類体論は,まず大域類体論の系と
して証明され(Hasse, 1930 年代),その後,局所的証明が発見された.現在の教科書で
は,大域類体論の証明の途中のステップとして局所類体論が証明されることが多い.局所
類体論を幾何的方法(Lubin-Tate 形式群の理論 = GL1 の Rapoport-Zink 空間の理論)
を用いて証明することもできるが,そのような証明が与えられたのは比較的最近のことで
ある(1970 年代の「Coleman ノルム作用素」以降.[Iw], [Yo1]).局所 Langlands 対応
については,GL1 , GL2 の場合は純局所的証明が知られているものの([BH]),それ以外
の群ではどこかの段階で大域的手法(保型表現など)や幾何的手法(志村多様体など)が
必要となる.GLn 以外の簡約群の局所 Langlands 対応は何らかの形で LLCGLn を経由
して間接的に特徴付けられることが多い([DR] のように直接的構成法を与える場合や,
非アルキメデス局所体の場合は例外である).LLCG を G のみによる内在的な方法で特
徴付けることが必要かもしれない.一般の簡約群に対する局所 Langlands 対応の理解が
GL1 のレベルに達するには,もう少し時間がかかりそうである.
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