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JC通信No.152 強まる外国人管理
特集 強まる外国人管理 日本に入国しようとする外国人に対し、入国審査で指紋採取と顔写真撮影をし、提供を拒んだ者は全 員、入国を拒否し国外退去とする――。米国の United States Visitor and Immigrant Status Indicator Technology (米国訪問者・移民現況表示技術)にならって「日本版 US-VISIT」と呼ばれる、外国人への新 たな管理と人権抑圧のシステムが、昨年 11 月 20 日から実施されています。IMADR-JC では、このシ ステムの導入を規定した改定入管法が 2006 年 5 月に国会を通過した際、これは国家による人種主義 の制度化であるとの強い懸念を表明しました(本誌 143 号特集記事を参照)。今、その問題性を改めて考え、 テロ対策の名のもとに外国人への監視がますます強まっていく現状に警鐘を鳴らします(編集部)。 スタートした日本版US-VISIT ―― ますます強化される越境する人びとへの管理 旗手 明(㈳自由人権協会) 2007 年 11 月 20 日、日本全国の国際空港 27 カ所、海港 126 カ所で、日本版 US-VISIT 日本版 US-VISIT は、米国よりも徹底したシス がスタートした。これは、外国人の入国に際 テムとなっている。 し、指紋や顔画像という生体情報を提供させ、 日本版 US-VISIT で収集される生体情報は年 ブラックリストと照合し、ヒットした者につ 間 700 万件以上にのぼると推定されるが、警 いて上陸を許さず退去させるというもので、 察等から個別照会があれば、法務省側がデー 究極の出入国管理システムといえる。米国に タベースでチェックして回答する。これは、 次ぎ世界で 2 番目の導入となるため、マスコ 「行政機関個人情報保護法」に基づく目的外 ミも高い関心を示し、新聞やTVで大きく報 利用として合法とされるが、ほかにも刑事訴 道された。 訟法・民事訴訟法・国会法などに基づく多く 私たちは、2006 年の国会審議段階からこ いずれも2007年11月20日の法務 省前抗議行動にて。取材のTVカ メラも入った。 も、ポータブルな機器で対応する。こうして、 の目的外利用が想定されている。こうして、 のシステムの問題点を指摘してきたが、実施 究極の個人情報が、行政機関を中心として自 を目前にして、2007 年 10 月 27 日のシンポ 由に利用される事態を招くことになる。 ジウム、10 月 30 日の院内集会、11 月 6 日の しかも、外国の捜査機関から生体情報提供 法務省交渉、11 月 20 日の法務省前抗議行動 の要請があれば、行政機関個人情報保護法ば と、連続した闘いを展開した。在日コリアン かりでなく、国際捜査共助等に関する法律に をはじめ、日本国内でビジネスを営む外国人 基づいて提供することも想定されている。 経営者、子や孫が日本国籍である永住者など、 この生体情報の保有期間は、「テロリスト さまざまな当事者も参加し、日本版 US-VISIT や国際犯罪組織メンバーに有益な情報を与え の廃止をアピールした。特に、在留期間や在 ることになる」として、内部基準は作成され 留活動に制限のない一般永住者にまで、こう るものの、公表はされない。いまのところ、 した管理を行なうことに対する当事者からの 法務省は「運用状況を見て決めていく」とし 反発はとても大きかった。 ているが、米国は 75 年間保有するとしてお り、日本でも同様となるおそれが強い。究極 米国よりも徹底したシステム この制度の対象から除外される外国人は、 の個人情報を膨大な人数分かつ長期間にわた り保有することの危険性(情報漏えい・目的外 特別永住者、16 歳未満の者、外交・公用、国 利用など)は言うまでもない。一般の入国者は の行政機関の長が招へいした者などである。 犯罪者ではないのであり、チェック済みの指 米国では、80 歳以上の者や一般永住者の再 紋を保有する必要性はまったくなく、入国時 入国、またカナダ人・メキシコ人・カリブ海 のチェックが済み次第、ただちに生体情報を 諸国出身者は対象とならないし、特に陸路は 廃棄すべきである。 穴だらけだ。出国時もチェックする建前だが、 実際上は対応できていないことも判明した。 日本では、臨時に上陸地となる海港・空港で 2 IMADR-JC通信 No.152 / 2007.12&2008.1 本当の目的はテロ対策ではない? そもそも照合すべきテロリストの指紋情報 を、日本政府はほとんど持っていないと言わ 部外秘かつ個人の特定が可能な情報が、権限 れている。国会論議では、テロリストのリス のない者に読み取られ、改ざん、あるいは悪 トとして、 「国連安保理制裁委員会に指定さ 用、破壊され、場合によってはそのことが察 れたタリバンの関係者等約 480 の個人、団体 知されることなく行なわれるおそれが増して がございます」としていた。これは、資産凍 いる」との指摘がなされた。したがって、日 結に関連したリストで、多くが団体と推測さ 本版 US-VISIT を米国 US-VISIT に連動させるの れる。したがって、テロリスト個人のリスト はとても危険なことであり、決して実施して は少なく、かつその指紋情報まで有するケー はならない。 スはきわめて限られたものでしかないと考え られる。 他方、日本版 US-VISIT に対しては、法的に か総務省行政評価局によるほかない。テロ対 照合するのだろうか。結局、退去強制処分を 策となると、関連する情報が事実上秘密扱い 受けた者のリスト 80 万件以上、ICPO(国際刑 となって、国民によるチェックが効きにくく 事警察機構)手配を含む指名手配者 1 万数千件 なる傾向が増大する。現に、2007 年 11 月の との照合ということになる。実際、スタート 法務省との交渉で「テロリストの認定に係る して1カ月間で 95 人(うち 40 人ほどは入国を認 関係省庁連絡会議」の開催状況について問い められた)が上陸拒否事案になったと報道され ただしたが回答は拒否されたし、すでにテロ ているが、テロリストではなく、過去の被退 リストとして退去強制された者がいるかどう 去強制者リストと一致したからである。米国 かという質問に対しても同様であった。また、 でも、2004 年 1 月からの実施後 3 年間で一 スカイマーシャル(注)の運用状況についても、 般犯罪者・入管法違反者を約 1,800 人摘発し 情報公開されていない。テロ対策という名目 ているが、テロリストが含まれていたという で権力作用がブラックボックス化すること 情報はなく、US-VISIT のテロ対策としての有 は、民主主義の原則に反するばかりでなく人 効性は大いに疑問である。 権への脅威を高めることにつながる。日本版 はテロリスト対策ではなく、被退去強制者の (2007年11月20日、法務省前) 確立されたチェック体制はなく、会計検査院 では、一体、どのようなブラックリストと したがって、日本版 US-VISIT の本当の目的 子や孫が日本国籍を持つ永住者 からの訴え US-VISIT をはじめ、テロ対策全体に対する市 民からの監視体制の確立は急務である。 再入国対策や指名手配者対策であると考えざ るを得ない。しかし、生体情報を提供させる 徹底した出入国管理を実施するには、テロ対 策を標榜するほかないのである。 国際的な監視強化の奔流の中で このように、日本版 US-VISIT は疑問だら けのままスタートを切った。そして、越境 米国では、US-VISIT に密接に関係する外国 する人びとに対する国家による管理強化は、 人ブラックリストとして「ウォッチリスト」 と ど ま る と こ ろ を 知 ら な い。 米 国 政 府 は、 が作成され、そこにはテロリスト 75 万人分 US-VISIT の 運 用 を 変 更 し、2007 年 11 月 29 を含め、一般犯罪者・入管法違反者等 350 万 日からワシントン・ダレス空港において「両 人分ものリストとなっている。こんなに多く 手すべての指紋採取」を開始し、段階的に全 のテロリストがいるとはまったく信じられな 米で実施するとしている。英国では、11 月 8 いのであり、現に米国政府に批判的な学者が 日から、ビザ申請して入国する外国人から、 リストに掲載され、米国への再入国を拒否さ 指紋 10 指とデジタル顔写真をとることにし れたケースも報告されている。 た。また、最近、中国でも出入国管理に生 このようなずさんなリストを、日本政府が 体認証を取り入れることを積極的に検討して そのまま退去処分の根拠として利用すること いる、との報道が流れた。さらに、EU では、 は考えづらいが、内々の参考資料として使い、 e パスポート(IC 旅券化) の第 2 段階として、 リストに掲載された外国人に対して慎重な入 2009 年 6 月 28 日を期限に 2 指の指紋情報を搭 国審査を行なうことはあり得るであろう。 載したパスポートへの移行を呼びかけている。 米国の US-VISIT に対しては、連邦議会に属 私たちは、越境する人びとに対する国際的 (注) テロ・ハイジャック等を防止する する GAO(行政監査院)が毎年厳しい監査を行 な監視強化の奔流の中におかれていることを ため武装した私服警察官が航空機 なっている。2007 年 7 月の報告では、 「US-VISIT 再確認するとともに、国際的な連帯もめざし 計画を支援する各システムには情報の安全性 ながら、その突破口を探っていかなければな 管理に関して重大な脆弱性があり、このため らない。 (はたて あきら) に 同 乗 す る 制 度。 2004年6月 の G 8サミットでスカイマーシャルに 関する国際協力の強化が合意され、 日本政府は同年12月、導入を公表 した。 IMADR-JC通信 No.152 / 2007.12&2008.1 3 指紋・顔写真の収集という人権侵害の復活 李 美葉(NPO法人・多民族共生人権教育センター理事長) 「安全の面から考えたら当たり前じゃね ンという私自身の立場から、まずは在日コリ えか! 指紋だけじゃなくて全身の型とれ アンによる指紋押捺拒否運動とその成果を振 よ!」 り返り、本システムの問題点を考えてみたい。 「反対しているやつって日本がテロリスト の巣になってもいいの?」 指紋押捺拒否運動の歴史と成果 顔写真・指紋と聞けば、在日コリアンを中 これはインターネットにおけるさまざまな 心とする人びとによる指紋押捺拒否運動が思 掲示板で毎日大量に書き込まれている意見で い起こされる。少し詳しく振り返ると、日本 ある。もちろん、今回話題となっている出入 における指紋押捺制度の歴史は戦後すぐにま 国管理法改定、通称「日本版 US-VISIT」につ でさかのぼる。1947 年 5 月の外国人登録令 いてである。 の施行によって、在日コリアンは当時、法的 「US-VISIT」はアメリカ合衆国における出入 には「日本国籍者」とされながら「外国人登 国管理システムの 1 つであり、入国の際に両 録」制度のもとに置かれ、1949 年には外国 手人差し指の指紋のスキャンと顔写真の撮影 人登録証明書の常時携帯が義務づけられた。 が行なわれるというものである。ブラックリ そして 1952 年にサンフランシスコ平和条約 ストと合致した者はもちろん入国できない。 が発効し、それまでの外国人登録令に代わる このシステムが日本においても 2007 年 11 月 外国人登録法が同年 4 月から施行されると、 20 日から導入された。日本に入国する際、外 登録時の指紋押捺が義務化された。しかし、 国人にはこれら一連の「作業」が行なわれる。 反対が強かったためか指紋押捺の実際の導入 ただし、外交・公用の来訪者や私を含む特別 は 1955 年からとなった。当時、在日外国人 永住者および 16 歳未満の外国人には適用さ の 90% 以上は在日コリアンであり、その在 れない。自分に適用されないんだったら別に 日コリアンを管理するために生まれたのが外 いいかなあ、なんて多くの人が思っていない 国人登録法なのである。当時の指紋押捺は左 だろうか。 「危ないやつが入ってこなくてい 手の人差し指を 180 度回転させて押す回転押 いんじゃない?」 「日本がテロリストの基地 捺方式であり、かなり屈辱的なものであった。 になったらいやだし仕方ないんじゃない?」 また、導入から 1971 年に廃止されるまでは、 などと早計な意見が聞こえてきそうである。 初回登録時(当時は 14 歳) と再交付時(紛失な 一体このシステムのどこが問題なのか。何が どによる) には 10 指指紋押捺が行なわれてい いけないのか。 「特別永住者」の在日コリア たのである。 指紋押捺拒否という行為そのものは制度導 入翌年の 1956 年から始まっている。その後 も押捺拒否は続くのであるが、1980 年、1 人 の在日コリアンによる意思表明が指紋押捺拒 否運動の火付け役となった。人としての尊厳 を守りたい、この屈辱を子どもたちに継承さ せたくないという強い思いが多くの人を突き 動かすことになる。その後運動は本格化し、 1985 年には全国で 2 万人以上もの押捺拒否・ 留保者を出すほどの大きなうねりが起こっ た。こうした抵抗の結果、① 1988 年、外国 人登録証明書の切り替えごとの押捺から 1 回 きりの押捺に変更、② 1993 年、永住者は指 紋押捺免除、③ 2000 年、指紋押捺全廃に至る。 2007年11月20日の法務省前抗議 行動でも「指紋押捺復活反対」が スローガンとなった(次頁写真も同) 4 IMADR-JC通信 No.152 / 2007.12&2008.1 当時、在日コリアンという立場から日本の 国家や制度に抵抗するという意味で運動に参 加していた人もいただろう。しかし、やはり 「指紋をとる」という行為そのものが持つ意 味の大きさを想像すると愕然とせざるを得な い。国家が、その人が「日本国籍を持ってい ない」という理由だけで指紋を採取するので ある。「あれ? 指紋というのは犯罪者が再 犯の可能性があるからという理由でとられる ものじゃなかったの?」 「なんで何もやって ないのに指紋とられるの?」と考えるのが普 通だろう。しかしながら、外国人は犯罪者と 障はどこにもない。すなわち、これは明白な みなされ、邪魔者として扱われ、常に疑いの 外国人差別だと言えるだろう。また、照合す 目を向けられてきた。指紋押捺拒否運動は、 るテロリストの指紋情報も乏しい中で、非正 そのような尊厳を奪われた状態に対する在日 規滞在者を締め出すために利用されるのは明 コリアンの人びとの積年の思いを背景とした らかだ。そして、今後収集される個人情報は 抵抗だったのではなかっただろうか。 犯罪捜査にも使用され、指紋や顔写真が明ら なるほど、確かに今回の「日本版 US-VISIT」 かである外国人から疑うということになるだ は特別永住者に適用されない。よって、旧植 ろう。これも非常に不当な扱いである。アメ 民地出身者とその子孫であるわれわれ在日コ リカ合衆国においても本システムはテロリス リアンには関係のない話ではないか、と言わ ト対策よりも日常的な犯罪捜査に使われてい れるかもしれない。しかし、外国人登録法に るという。明らかに外国人に焦点をあてた取 おける指紋押捺撤廃に至るまでの、多くの人 り締まりとなっている。 たちの勇気ある行動と良識ある日本人との共 最 後 に、 排 外 主 義 的 イ デ オ ロ ギ ー の 再 同の闘いの歴史を、いとも簡単に覆したこと 燃 に つ な が る こ と が あ げ ら れ る。「 日 本 版 を私たちは看過することはできない。 US-VISIT」は「外国人 = 犯罪者」という図式 を前提として成り立つシステムである。それ 一度保障した人権を再び奪う日本政府 は裏返してみると「日本人 = 安全」という さて、以上のような立場に立った上で「日 図式を助長することにもなる。犯罪者が「ど 本版 US-VISIT」の問題点について考えてみよ のような人か」ではなく「ナニジンか」と う。 して扱われる今、日本人でない者は危険であ まず 1 つ目は指紋押捺全廃に至った経緯が るという認識がさらに広まり、この「日本版 今回まったく考慮されていないことである。 US-VISIT」がそのことに拍車をかけることに 前述のように、永住者に限らずすべての外国 なるのである。このような自ら敵をつくる行 人は 2000 年に指紋押捺義務がなくなった。 為は日本を逆に窮地に追い込むことになるだ これはもちろん在日コリアンだけではなく多 ろう。 くの人びとの運動による成果である。にも 「多種多様な民族がおたがいを認め合いな かかわらず、日本政府は彼 / 彼女たちに一度 がら暮らす」という言葉は理想にすぎないの 保障した人権を再び奪おうとしているのであ だろうか。多民族・多文化共生社会は実現不 る。しかも、拒否すれば強制退去というおま 可能なのだろうか。アメリカ合衆国のあと追 けつきである。特に、日本において仕事や家 いばかりで、現在の国際化の流れに逆行して 族を持っている在日外国人、その中でもとり いるこの国家に対して、われわれはどのよう わけ一般永住者の人にとってはまさに踏み絵 に対処すればよいのだろう。 であろう。潜在的犯罪者として見られるだけ この国が舵を大きく右へきっている今、 「ち ではなく退去命令という実力行使も受けるの がい」を排除する動きが緩和されるとは思え である。 ない。逆に、外国人を取り巻く状況はますま 2 つ目は、実際にテロリスト対策になるの す厳しさを増すだろう。でも私たちも歩みを かということである。このシステムは「テロ 止めるわけにはいかない。自分たちにできる リスト = 外国人」という認識からスタートし ことを、粛々と続けるのみ。この国にとって、 ている。当然のことだが、日本国籍を持って 外国人が邪魔でなくなる日まで。 いる者がテロリストにならないなどという保 (い みよぷ) IMADR-JC通信 No.152 / 2007.12&2008.1 5