...

歯周治療を成功させるために: 日本歯科保存学会認定医を - J

by user

on
Category: Documents
21

views

Report

Comments

Transcript

歯周治療を成功させるために: 日本歯科保存学会認定医を - J
2016 年 8 月
311
総 説
日歯保存誌 59(4)
:311∼316,2016
歯周治療を成功させるために:
日本歯科保存学会認定医を目指す若いドクターへ
山 本 松 男
昭和大学歯学部歯周病学講座
Advice to Young Doctors about the Periodontal Treatment
YAMAMOTO Matsuo
Department of Periodontology, Showa University School of Dentistry
キーワード:治療の進め方
りの改善にいたらない場合に「治りにくい」
「面倒だ」と
は じ め に
感じるのではないだろうか.
歯周治療を進めるうえでもう一つ念頭においておきた
歯周病の治療は,(1)検査,診断と治療方針の決定,
いのが,再評価を必ず行うという点である.口腔清掃と
(2)歯周基本治療,(3)歯周外科治療,
(4)口腔機能回
歯肉縁上・縁下歯石の徹底的な除去の結果,外科処置が
復治療,(5)サポーティブペリオドンタルセラピーとメ
必要でなくなる部位が出てくる.同時に,感染した歯周
インテナンス,の 5 つのフェーズに分けて進める1).歯
ポケットの外科的除去の必要な部位が明確になる.本来
周病の特徴やそれぞれのステップで注意してほしいこと
は,その見極めのために再評価が必要である.また再評
を交えながら,治療の成功のためのヒントを述べる.
価は,組織や破壊にかかわる因子の変化に応じて治療計
「歯周病の治療は面倒だ」
「歯周病は治りにくい」など
画の修正を行う重要な機会であることを改めて強調した
という話を聞くことがあるが,よく注意して聞き分けて
い.歯周治療ではリスク因子を一つずつ除去していくこ
みると,歯周病の慢性炎症が術者の見込みどおりに改善
とが必須で,組織の変化を絶えず評価し続けることが大
していかないと感じることがあるようだ.歯周病の原因
切である.最後に,モチベーションすなわち患者の動機
除去としてスケーリングを行ってもただちにプロービン
づけにペリオドンタルメディシンの研究成果を活用する
グ深さが浅くなることはなく,組織のリモデリングを経
ことも強調しておきたい.
て治癒するのに時間が必要である.慢性炎症の原因を除
去することで炎症の程度を軽減し,それに従って組織が
変化をしていくのが歯周治療による治癒のメカニズム
で,組織の変化が本質である.ここに,歯周病治療の特
徴が表れていると考えられる.う
治療回数と術者の症状改善に対する 期待とのずれ
の治療や歯内治療は
治療回数と歯周組織の症状改善の程度にずれがあると
治療回数と治療進捗の様子が把握しやすい.歯周治療も
いうことは,歯周組織の改善・治癒に一定の時間が必要
原因除去療法の原則に則って進められるが,歯周治療の
であるということである.処置の回数に比例して歯周組
効果を治療回数に即して期待してしまうと,見込みどお
織が改善するとはかぎらない.また初学者は,歯周病以
本総説は日本歯科保存学会 2015 年度秋季学術大会(第 143 回)認定研修会での講演内容をまとめたものである.
DOI:10.11471/shikahozon.59.311
日 本 歯 科 保 存 学 雑 誌
312
第 59 巻 第 4 号
図 1 歯周治療を含む治療の進め方の例
外の歯科疾患に対する治療と歯周治療の並行した進め方
歯周病以外の歯科疾患の治療と並行して進めることにな
に戸惑うことがあるようだ.前述のとおり歯周組織の慢
る.歯周治療では,治療の進行に合わせて組織の変化を
性炎症を減退させるために,患者みずからが歯垢除去の
把握するために「再評価」(歯周検査)を必ず行う.ス
重要性を理解しプラークコントロールについて上達する
ケーリングが終了したらその次の回には必ず再評価のた
ことが必須である.疫学的な研究の結果であったプラー
めの歯周検査を行い,残存する歯周ポケットを明らかに
ク付着状況を個人の口腔清掃指導に活用しやすくしたの
してスケーリング・ルートプレーニング(SRP)ステッ
が,O Leary のプラーク指数であり,10%を目指すよう
プに進める.このときにも,歯周病以外の歯科疾患に対
に明記されている2).患者教育も数度にわたる場合があ
する治療は並行して進める.歯周治療のための治療回数
るであろう.チェアサイドでのスケーリングと患者みず
と,それ以外の歯科治療に要する回数が必ずしも一致す
からが励行するブラッシングによるプラークの減少で,
るとはかぎらないが,SRP 後の再評価のタイミングまで
それらに応じて歯周組織の改善が視認できるようにな
にほかの歯科治療もおおよそ目処がついていると,保存
る.主訴への対応が最優先であるが,歯周治療の必要が
可能な歯に対する処置が一巡し最終的な口腔機能回復治
ある場合には歯周検査により歯周組織の状態を正確に把
療が明確になってくる.別の表現をすれば,歯周治療以
握し,診察に関する専門的な判断を行う.保険診療に照
外の歯科治療に必要なおおよその回数や期間を見込み,
らして考えれば,上下顎 6 ブロックに残存歯が存在する
その期間に歯周治療に必要なモチベーション,TBI,
場合,焦らず初診より 6 回に分けて,TBI(Tooth Brush
SRP,プラークリテンションファクターの除去などの歯
Instruction)とスケーリングを行うことを勧める.大切
周処置を並行させるということである.歯周治療の流れ
なことは,歯科医師による原因や促進因子の除去・改善
の図のなかで「歯周基本治療」に抜歯,咬合調整,う
と,患者みずからの口腔清掃の意欲向上と技術習慣の改
治療,歯内治療,暫間修復などが含まれるのは,このこ
善であり,それに応じて歯周組織の炎症の消退が生じる
とを示しているのである(図 1).
であろうということである.もしも残存歯が 6 ブロック
初学者では,歯周組織の改善にかかる期間と歯周病以
それぞれにあるのであれば,1 回の診療で 1 ブロックに
外の歯科治療に要する時間や回数との見込みが一致して
対して丁寧にスケーリングを行いつつ,ほかの部位も超
いないことが,歯周病治療を難しく感じさせている一因
音波スケーリングもしくは洗浄を繰り返し継続すること
である場合がある.また,歯科衛生士と連携した治療ス
が大切で,一定期間デンタルプラークの付着が少なくな
タイルで進める場合に,歯科医師の統括意識が不足する
るように処置を行うと,一般に炎症の程度は軽減してい
ことに注意が必要だ.歯科医師が個々の医療行為を指示
く.歯周治療の効果は,治療回数ではなく原因や促進因
するだけではなく歯周組織変化に細かく目を配りながら
子をできるだけ除去できた期間に応じて改善することを
口腔全体の状況を把握し,治療全体の統括を行うように
再確認して,治療にあたってほしい.
取り組めば,歯周治療の成功に近づくことになる.初学
歯周治療とその他の歯科治療とを うまく並行させる
主訴への対応が一度ですまない場合には,歯周治療は
者においては,まずすべての治療をみずからの手で完結
するよう取り組むことを強く勧める.
2016 年 8 月
歯周治療を成功させるために:日本歯科保存学会認定医を目指す若いドクターへ
mm 10
頰側
10
8
6
4
2
0
8
6
4
2
0
分岐部
上顎 病変
0
2
4
6
8
mm 10
舌側
0
2
4
6
8
10
313
初診時
歯周基本
治療終了時
動揺度
舌側
10
8
6
4
2
0
頰側
mm 10
0
2
4
6
8
10
8
6
4
2
0
分岐部
下顎
病変
0
2
4
6
8
mm 10
●経過観察あるいはメインテナンス( 年 月 日) PCR22.0%
青線で記入
BOP19.3%
頰側
mm 10
10
8
6
4
2
0
8
6
4
2
0
分岐部
病変
口蓋側
上顎
動揺度
上顎 下顎
mm
0
2
4
6
8
10
0
2
4
6
8
10
舌側
mm 10
下顎
10
8
6
4
2
0
8
6
4
2
0
分岐部
病変
頰側
mm
0
2
4
6
8
10
0
2
4
6
8
10
図 2 歯周組織検査結果の変化
多因子性疾患としての歯周病, 再評価と治療計画の修正
内写真とエックス線写真を示すようになっている.歯周
基本治療後の再評価によって改善しきれなかった部位を
明確にし,歯周外科処置を修正期治療として行う.歯周
病は多因子性疾患で,原因は慢性的に付着しているデン
日本歯科保存学会の認定医・症例提出用紙は,歯周治
タルプラークであるが,その感染に起因する炎症による
療(1)
,歯周治療(2)
,歯周治療(3 1)
,歯周治療(3
組織破壊を促進するさまざまな危険因子が症例ごとに複
2)の 4 ページから成り立っている.
(1)では初診時およ
雑に関係していて,治療経過とともにそれらの影響の大
びメインテナンス時の歯周検査結果,
(2)には当初の治
きさは変化していく.再評価では,それらの因子の変化
療計画と再評価後に変更した治療計画,
(3 1)
(3 2)で
を把握し治療計画の修正も行う.リスク因子を一つずつ
は治療前後,経過観察もしくはメインテナンス時の口腔
除去していくことが必須である.
日 本 歯 科 保 存 学 雑 誌
314
治療計画
8 6 2 1 7
8 5
7
再評価後の治療計画
6 5 4
TBI
第 59 巻 第 4 号
Flap Ope
Scaling/root planing
8
8
非外科的消炎処置(SPT)
抜歯したくないという本人の希望・申し出あり
4
消炎処置(抗生剤投与)
7
感染根管処置
4
抜歯
3
抜髄(補綴科との相談による)
⑤ 4 ③
8 6 2 1 7
8 5 3 7
暫間被覆冠
4 5
8
8
Ⅴ級窩洞・レジン充塡
6 2 1 7
5 3 7
2
〃
ブリッジ補綴
再評価
メインテナンス
Flap Ope
6 2 1 7
5 3 7
再評価
⑤ 4 ③
ブリッジ補綴
6 2 1 7
5 3 7
再評価
〃
⑤ 4 ③
再評価
再評価
歯冠修復 5 (4/5 冠)
6 5
8 6 2 1 7
8 5 3 7
抜歯
Ⅴ級窩洞・レジン充塡
抜髄
6 5
感染根管処置
5
6
4 3
5 4 1 1 2 3 6
メインテナンス
図 3 歯周基本治療後の再評価による治療計画の変更の例
歯周病による組織破壊に影響を与えるものには,喫
いえる.また,テレビをはじめマスコミ媒体などにおい
煙 ,糖尿病 や自己免疫疾患など全身の因子や,早期接
て歯科に関する話題提供も多いために,以前に比較する
触5)
・ブラキシズム6)による咬合性の外傷などが歯周病変
と患者が知っている歯科関連用語は増えていると感じる
を急速に悪化させることが知られている.先にも述べた
ようになった.しかし正確に意味が理解されていなかっ
ように,歯周組織の改善にはある一定の時間が必要であ
たり,歯科医療者の説明が患者に新鮮なインパクトを
る.たとえば,禁煙に成功しても翌日から歯周組織が急
伴って伝わらない状況があるのではないかと感じること
速に改善することは期待できない.このように遅速さま
がある.う
ざまな多くの影響を,一歯ごとの観察に基づき対応し,
なく,歯科治療と健康増進に関する話題を積極的に取り
最終的には一口腔単位の再評価と治療計画の修正に反映
込むと患者の意識を高めやすいことがある.たとえば,
するようにする.来院ごとに歯の状態は変化しているの
糖尿病患者で歯周治療を行うと HbA1c 値の低下に貢献
3)
4)
や歯周病といった歯科疾患の話題だけでは
で,メインテナンスや SPT の期間にわたり,毎回観察を
するという Simpson らのメタ解析の報告が知られてい
していくことが,長期の良好な予後を獲得する基盤にな
る7).炎症性サイトカインなどを血中に供給し糖尿病病
る.
態に影響を与える可能性が考察されている.歯周病の結
果として歯の喪失が挙げられているが,歯の喪失は咀嚼
歯・口腔の健康とヘルスケアの関係を 患者動機づけに応用する
の有無9)に対して野菜類や魚介類の摂取,すなわちビタ
初学者にとって,患者の動機づけも苦手なものの一つ
どの摂取の関係が調査され,脳血管障害などの寿命や
ではないだろうか.わが国では歯科医療体制が高度に整
QOL への影響が報告されている.そもそもう
備され,歯科医療の現場での情報提供は充実していると
病が歯を失う二大原因疾患である.咀嚼という機能につ
機能の低下を意味する.咀嚼と歯の本数8)や総義歯装着
ミン B1,B6,C,D,E,カロテン類,不飽和脂肪酸な
や歯周
2016 年 8 月
歯周治療を成功させるために:日本歯科保存学会認定医を目指す若いドクターへ
図 4 基本治療前口腔内写真とエックス線写真
図 5 経過観察あるいはメインテナンスの口腔内写真とエックス線写真
315
日 本 歯 科 保 存 学 雑 誌
316
第 59 巻 第 4 号
いて体全体の健康に与える影響の面から事実に基づいて
なげて線とするように,解決すべき原因を洗い出し,包
説明を行うと,TBI に対する高い関心を引き出すことが
括的な計画の下,丁寧な治療を心がけていただきたい.
できる.健康長寿社会に寄与する歯科医療・口腔保健の
エビデンス 2015(公益社団法人日本歯科医師会編)に,
謝 辞
口腔の健康と全身の疾患や健康状態との関連について知
今回,認定研修会講演においてこのような発表の機会をお
識が集約され,深く考察されている10).しかし,それら
与えくださいました日本歯科保存学会関係各位に,この場を
について社会全体のコンセンサスを得るには,これから
も歯科界全体が調査研究を継続しエビデンスを蓄積して
いかなければならない.また,このような疫学調査結果
は個人の健康状態や症状に直接的に当てはまるものでは
なく,
「症状の説明」と「一般論としての歯科と全身の関
連性」は明確に区別することに注意が必要である.
症 例
下顎右側第一小臼歯部の歯肉腫脹を主訴に来院した
54 歳男性の症例を示す.初診時,歯周基本治療終了時お
よびメインテナンス時の歯周ポケットチャート,口腔内
写真およびエックス線写真は図 2∼5 のとおりである.初
診時 Plaque Control Record(PCR)は 79.4%,Bleeding
on Probing(BOP)は 57.1%であり,4 mm 以上の歯周
ポケットは 19%であった.下顎右側第一小臼歯は保存不
可能であった.歯周基本治療後に再評価・治療方針の修
正を行い,歯周外科治療を行った.もう一度再評価を
行った後に口腔機能回復処置として陶材焼付ブリッジを
装着し,メインテナンスに移行した.初診時は口腔清掃
に対する関心が低かったが,歯周基本治療期間に,前医
にて下顎右側大臼歯部にインプラントによる治療を受け
るにいたった原因や内科における高血圧の治療など健康
に関する情報の提供を行った結果,口腔に対する関心が
高まり,メインテナンス移行後も PCR 約 20%,BOP
19.3%と良好な経過をたどっている症例である(図 2∼
5).
お わ り に
一口腔単位の治療を成功させ,長期の良好な予後を獲
得するためには,個々の治療技術だけでなく時間のかか
る歯周組織の改善を見届け,患者本人の口腔への関心を
強めることが必須である.臨床経験が長くない時期に
は,口腔全体を把握することが十分でないままに治療に
追われてしまうことがあるかもしれない.複数の点をつ
借りて深く感謝申し上げます.
文 献
1)日本歯周病学会.歯周病の診断と治療の指針 2008.第 1
版.医歯薬出版:東京;2009.9 13.
2)O Leary TJ, Drake RB, Naylor JE. The plaque control
record. J Periodontol 1972; 43: 38.
3)Grossi SG, Zambon J, Machtei EE, Schifferle R, Andreana S, Genco RJ, Cummins D, Harrap G. Effects of
smoking and smoking cessation on healing after
mechanical periodontal therapy. J Am Dent Assoc 1997;
128: 599 607.
4)Nelson RG, Shlossman M, Budding LM, Pettitt DJ, Saad
MF, Genco RJ, Knowler WC. Periodontal disease and
NIDDM in Pima Indians. Diabetes Care 1990; 13: 836
840.
5)Polson AM, Meitner SW, Zander HA. Trauma and progression of marginal periodontitis in squirrel monkeys.
Ⅲ Adaption of interproximal alveolar bone to repetitive
injury. J Periodontal Res 1976; 11: 279 289.
6)Polson AM, Meitner SW, Zander HA. Trauma and progression of marginal periodontitis in squirrel monkeys.
Ⅳ Reversibility of bone loss due to trauma alone and
trauma superimposed upon periodontitis. J Periodontal
Res 1976; 11: 290 298.
7)Simpson TC, Needleman I, Wild SH, Moles DR, Mills EJ.
Treatment of periodontal disease for glycaemic control
in people with diabetes. The Cochrane database of systematic reviews 2010; CD004714.
8)Yoshihara A, Watanabe R, Nishimuta M, Hanada N,
Miyazaki H. The relationship between dietary intake
and the number of teeth in elderly Japanese subjects.
Gerodontology 2005; 22: 211 218.
9)Nowjack-Raymer RE, Sheiham A. Association of edentulism and diet and nutrition in US adults. J Dent Res
2003; 82: 123 126.
10)日本歯科医師会.健康長寿社会に寄与する歯科医療・口
腔保健のエビデンス 2015.https://www.jda.or.jp/pdf/
ebm2015Ja.pdf(2016 年 4 月 30 日アクセス)
Fly UP