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中国の石油産業の発展と戦略石油備蓄が世界のエネルギー地政学に

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中国の石油産業の発展と戦略石油備蓄が世界のエネルギー地政学に
JPEC レポート
2015 年度
第 28 回
平成 28 年 2 月 26 日
中国の石油産業の発展と戦略石油備蓄が世界のエネルギー地政学に与える影響
中国経済は、成長の鈍化と構造転換に伴い、
「新
常態(New Normal)
」段階に入った。一方 中国
の石油部門は、大きな変化を遂げつつある。
2013 年 中国は、米国を追い越し世界最大の石
油輸入国になった。同国の原油輸入は、油種数お
よび輸入先の多様化という点で構造的な変化を見
せている。一方、国内市場における膨大な余剰石
油精製能力による供給過剰が、国際石油市場に向
けて石油製品輸出を増加させている。
2014 年 7 月からの油価暴落に伴い、中国の戦
略石油備蓄の構築が加速している。また、20 年に
わたって海外エネルギー関連投資事業を続けてき
た同国の石油会社は、地政学上の大きな変化を受
け、遂に戦略調整を実行することになった。これ
らの動きも、全て国際石油市場とエネルギーの地
政学に影響を及ぼしている。また、今後も広範囲
な影響を生むと推定される。
1 中国の石油輸入
1
1-1 世界最大の石油輸入国
1
1-2 原油輸入先の変化
2
1-3 石油製品輸入構造の変化
3
2 戦略石油備蓄構築の加速
4
3 石油製品輸出の推進
5
4 海外投資戦略
6
4-1 海外投資のペースダウン
6
4-2 海外エネルギー資源投資戦略
6
4-3 新エネルギー戦略
7
5 世界市場と地政学への影響
7
5-1 輸入増大の影響
7
5-2 SPR 構築の効果
8
5-3 石油製品輸出の影響
8
5-4 石油の地政学上の影響
9
5-5 中国石油会社の海外投資での役割 10
6 まとめ
11
本稿では、近年から将来にわたる中国政府および同国石油産業の関係動向を報告する。
1 中国の石油輸入
1-1 世界最大の石油輸入国
中国では、同国の景気減速にもかかわらず石油需要の増大傾向が継続しており、世界市場からの
石油輸入量は増加し続けている。2015 年 同国の原油輸入量は、660 万 BPD 以上(参考:日本は
同年 338 万 BPD)であり、石油製品輸入を含めると 700 万 BPD を超えると推定される。
中国とは対照的に、米国は「シェール革命」の恩恵により原油輸入拡大の流れを逆転させ、次第
に同輸入量を減少させている。こうした条件が重なった結果、米国の原油輸入量に対し、それを追
う中国の同輸入量の差は縮小してきている。2014 年末以降 同国の月間原油純輸入量は、時折米国
を上回るようになった(図 1 参照)
。
1
JPEC レポート
Chart 1, Net Crude Oil Import in China and the United States
(Data sources: China State Statistics and EIA of USA)
(単位:百万BPD)
million
bd
中国
China
10
米国 States
United
8
6
4
2
0
Jan-11
2011 年
Jul
Jan-12
2012 年
Jul
Jan-13
2013 年
Jul
Jan-14
2014 年
Jan-15
2015 年
Jul
Jul
図 1 中国と米国の原油輸入量推移 (出所:中国国家統計局)
原油、
コンデンセート、
天然ガス液および石油製品の全てを含む石油全体で見た場合、
中国は 2013
年半ばから、前記全石油類の純輸入総量で米国を追い越し第 1 位となっている(図 2 参照)
。
Chart 2, Net Oil Import in China and the United States
(単位:百万BPD) (Data sources: China State Statistics and EIA of USA)
million
bd
中国
China
10
米国 States
United
8
6
4
2
0
2011
年
Jan-11
Jul
2012 年
Jan-12
Jul
2013 年 Jul
Jan-13
2014 年
Jan-14
Jul
2015 年 Jul
Jan-15
図 2 中国と米国の全石油類 輸入量推移 (出所:中国国家統計局)
1-2 原油輸入先の変化
中国の原油輸入は、中東地域からが約半分を占める一方で、アジア・太平洋地域からの輸入量は減
少傾向である。近年 同国の原油輸入先は、アフリカの比率が大きく下がるとともに、南米、ロシア
および中央アジアの産油国の比率が著しく伸びるなど明らかな変化が見られる(図3参照)
。
2015 年 中国向け主要原油輸出国は、ロシアが短期間で第 2 位に浮上(5 年間で倍増)しており、
第 1 位のサウジアラビアを追う形となっている。また、同国の原油輸入総量の 8 分の 1 をロシアが
占めており、これは両国間を結ぶ原油 Pipeline の存在が大きく貢献している。
2015 年 ベネズエラおよびブラジル両国は、中国向け原油輸出量を短期間で拡大した。なお、両
国からの原油輸出量は、各 5%および 4%を占めている。一方、アンゴラおよびスーダンからの輸出
量の減少は、同国におけるアフリカ産原油の比率を落ち込ませた大きな要因となっている。
2
JPEC レポート
Chart 3, China's Crude Oil Import Sources
(Data source: China State Customs Office)
100%
80%
60%
40%
Middle
中東 East
Africa
アフリカ
Russia
& Central Asia
ロシア&中央アジア
20%
Asia
Pacific
アジア・太平洋
South
南米 America
Others
その他
0%
1995
1997
1999 2001
2003
2005 2007
2009 2011
2013
2015
図 3 中国の地域別 原油輸入割合の推移 (出所:中国税関)
近年 中国の原油輸入量に占めるイラクのシェアが急速に増加してきている。
2015 年 イラクから
の原油輸入量は、同国の原油輸入量の約 10%を占めるまでに拡大している(図 4 参照)
。
Chart 4, China's Main Crude Import Sources (share of total)
(Data source: China State Customs Office)
オマーン
Oman
サウジアラビア
Saudi
Arabia
Angola
アンゴラ
30%
25%
イラン
Iran
Iraq
イラク
Russia
ロシア
20%
15%
10%
5%
0%
1995
1997
1999
2001
2003
2005
2007
2009
2011
2013
2015
図 4 中国の国別 輸入先割合の推移(出所:中国税関)
1-3 石油製品輸入構造の変化
中国は、かつて LPG および重油を大量に輸入していた。2000 年代初頭 両石油製品は、石油製
品輸入総量の 80%以上を占めていた。しかしながら、その後 両石油製品の輸入量は急激に減少し
始めた。その原因は、天然ガスが LPG に代わったこと、同国の環境規制および 2 次精製能力の拡
大に伴って重油の輸入量が減少したことである。
2000 年代の終わりには、
両石油製品の輸入比率は、
50%を割り込んでいる。2010 年代になっても重油は、工業部門で大幅に減少しており、さらに小規
模独立製油所でも原料油としての利用が減少した結果、重油輸入量は減少し続けている。
一方 LPG は輸入の回復が認められ、中国の石油製品輸入構造変化の主たる特徴となっている。
この理由は、
同国では C3 および C4 炭化水素を基礎原料とする化学産業が台頭してきたためである。
前述した新産業は、高品質のプロパンおよびブタンを必要とするが、同国内製油所の大半はこれら
を供給できない。そのため LPG 輸入量は、2010 年の 300 万トン強から、2015 年には 1,200 万ト
ン近くに急増している。
3
JPEC レポート
かつて中国は、ナフサの純輸出国であったが、同国の経済発展にともない自動車利用時代に入る
とガソリン需要が増大した。供給を確保するため国内製油所は、ガソリン生産量を大幅に増やす必
要に迫られ、連産品であるナフサ供給量が圧迫された。その影響により、同国は短期間でナフサ純
輸入国に転落した。ちなみに同国のナフサ年間輸入量は、630 万トン(2015 年)に達している。
LPG およびナフサの合計輸入量が石油製品輸入量に占める割合は、2015 年に重量で約 35%、体
積で約 46%へと上昇している(図 5 参照)
。
(単位:百万トン)
million
tons
6
Chart 5, Oil Product Import in China
(Data sources: China State Statistics)
LPG
LPG
ナフサ
Naphtha
軽油
Diesel
その他
Others
ガソリン
Gasoline
灯油
Kerosene
重油 oil
Fuel
5
4
3
2
1
0
Jan-10
Jan-11
Jan-12
2010
年 Jul 2011
年 Jul 2012
年 Jul
Jan-13
2013 年 Jul
Jan-14
2014
年 Jul
Jan-15
2015 年 Jul
図 5 中国の石油製品輸入量推移 (出所:中国国家統計局)
2 戦略石油備蓄構築の加速
2014 年後半からの世界的な油価下落は、
旺盛な需要を持つ同国消費者の石油製品購入コストを押
下げる効果があると同時に、同国が戦略石油備蓄(SPR、Strategic Petroleum Reserve)の構築を
急ぐ強い動機にもなっている。
2003 年 中国は、戦略石油備蓄基地の建設を開始した。SPR を 3
期に分けて建設し、
総計約 7,940 万 kℓを備蓄する計画である
(表 1、
図 6 参照)
。同基地の建設地は、大連(遼寧省)
、黄島(山東省)
、
鎮海(浙江省)および舟山(浙江省)の 4 カ所になる。第 1 期 SPR
基地は、ごく短期間のうちに着工し完成した。2014 年 11 月末 国
家統計局は、第 1 期 SPR の構築完了を公式発表した。
表1 SPR 構築計画
備蓄容量(万 kℓ)
第1 期
1,640
第2 期
2,680
第3 期
3,620
合計
7,940
(出所:国家発展改革委員会)
しかしながら、第 2 期 SPR 基地建設は、当初の計画よりかなり遅れている。2015 年 12 月末 中
国財政部は、国家 SPR 基地建設の進行状況を発表した。第 2 期 SPR 基地 8 カ所のうち、独山子(新
疆ウイグル自治区)
、蘭州(甘粛省)
、天津直轄市および青島(山東省)の地下備蓄基地が完成した。
この完成により、前記 4 基地および第 1 期備蓄基地を合わせて 2,680 万 kℓの SPR が構築された。
4
JPEC レポート
Map 1: China Strategic Petroleum Reserves
Heilongjiang
Jilin
Inner Mongolia
Liaoning
Xinjiang
Beijing
Tianjin
Hebei
Gansu
Shanxi
Ningxia
Shandong
Qinghai
Henan
Shaanxi
Jiangsu
Anhui
Tibet
Sichuan
Shanghai
Hubei
Chongqing
Zhejiang
Jiangxi
Guizhou
Phase 1
Hunan
Fujian
Phase 2
Phase 3
Taiwan
Yunnan
Guangxi
Guangdong
Others
Hainan
Info sources: NDRC, CNPC, Sinopec
図 6 中国の戦略石油備蓄基地 建設計画 (出所:NDRC、CNPC、Sinopec)
第 3 期 SPR 基地リストは、明確ではないが第 1 期および第 2 期基地のいくつかを拡張する計画
とされている。拡張後の第 3 期 SPR 基地の総量は、8,500 万 kℓに達する可能性がある。2015 年の
原油純輸入量を元に計算すると、中国の原油純輸入量の 80 日分を満たせる量となる。しかしなが
ら、SPR 基地建設計画全体に遅れが出ている模様で、当初予定していた 2020 年までの完成は難し
いと推定される。
3 石油製品輸出の推進
中国政府は、競争力および成長力を高めること、国内市場において市場メカニズムにより大きな
役割を担わせるため国有企業の大改革に着手した。石油・ガス部門では、同業界に民間投資家およ
び企業を呼び込むため、
「混合所有制」が推進されるようになった。同国中央政府は、地方独立製油
所が輸入原油を処理して石油製品を輸出できるように、2015 年初めから地方独立製油所 12 ヶ所以
上に割当と免許の付与を開始した。
中国では、原油処理能力の大幅余剰および国内石油製品需要量の軟化により、石油製品在庫量が
拡大してきている。そのため同国政府は、エネルギーを大量消費する工業製品の輸出を抑制から奨
励へと政策転換した。2015 年以降 鉄鋼製品、非鉄金属製品、コークス、化学肥料とともに石油製
品(特に軽油)の輸出量が増加している(図 7 参照)
。
(単位:千BPD)
1,000
bd
Chart 6, Net Gasoline and Diesel Export in China
diesel
軽油
gasoline
ガソリン
300
200
100
0
Jan-05 Jan-06 Jan-07 Jan-08 Jan-09 Jan-10 Jan-11 Jan-12 Jan-13 Jan-14 Jan-15
-100
-200
Data source: China State Customs
-300
図 7 中国のガソリンと軽油の輸出量推移(出所:中国税関)
5
JPEC レポート
この政策転換により、2015 年 中国の軽油輸出量は 700 万トン超に急増した。また JET 燃料輸
出量も、世界の航空会社が便数の拡大したことを背景にこの 2 年間で大きく増加している。
4 海外投資戦略
4-1 海外投資のペースダウン
中国の国有石油会社は、1993 年から海外での資源開発のため投資を開始した。その後 長年にわ
たって同国は、世界各地で積極的な資源探査を開始した。なお、同年 中国は、石油輸出国から純輸
入国になっている。
中国のエネルギー資源向け投資規模は、急速かつ劇的に拡大し他の大手国際石油企業に衝撃を与
えた。ピーク時には、中国海洋石油総公司(CNOOC)は、Unocal 社(米国)買収にあたって 185
億 US ドルを提示したが、2005 年に同買収は失敗に終わった。その後 2013 年 CNOOC は、151
億 US ドルを投じて Nexen 社(カナダ)を買収した。
中国の投資範囲は、ロイヤルティ、利権契約、生産分与契約、持分購入、企業買収、
「貸款換石
油(Loans for Oil、融資金の石油による返済)
」契約および海外事業をサポートする国有銀行の融資
など多岐にわたる。2015 年 同国企業の投資額は、海外石油・ガス資産への累積投資額および支払
金利が 4,000 億 US ドル前後に膨らんだ。この結果、同国企業が獲得した海外の石油および天然ガ
ス生産量取り分は、年間総計 1 億 4,000 万トンに近づいた。
2013 年 中国企業の海外石油・ガス資源への投資額は、総計 300 億 US ドルに達していた。しか
しながら、翌年には、わずか 52 億 US ドルに急減し、さらに 2015 年も投資は減少している。具体
例として、2015 年 中国石油天然気集団(CNPC、同国最大の国営石油会社であり最大の海外投資
企業)は、海外投資を実施しなかった。2014~2015 年の世界的な物価下落に乗じて、海外の合併・
買収活動を大いに活発化させた他部門の中国企業とは対照的な動きである。
4-2 海外エネルギー資源投資戦略
海外での石油および天然ガスに対する中国の投資熱を冷ました主な要因としては、下記項目が挙
げられる。
・継続中の海外プロジェクトの投資リターンが平均して芳しくないこと
・中国の国有石油企業の経営状態が悪化したこと
・中国共産党が石油部門にも大がかりな腐敗撲滅運動を開始したこと
・国有財産の管理・監督が強化されたこと
長年 中国の国有石油企業は、
海外でのエネルギー資源投資および操業に関しては営利目的事業と
して活動していた。しかしながら、同国政府の意向を受け、国内へのエネルギー供給を確保するた
め、世界市場で可能な限り大量の石油資源を確保するという行動に変化していった。一部の競争入
札では、同国入札業者が他の国際石油会社よりはるかに高額を提示するなど、入札に勝つためなら
金に糸目をつけないということも時折見られた。
中国企業は、多くの国際石油会社がリスク回避する政治的に不安定な産油国(スーダン、リビア、
6
JPEC レポート
ナイジェリア、エチオピア、フセイン政権下のイラク)などにも積極的に進出した。また、財政難
で地政学的な位置づけが微妙な産油国(ベネズエラ、イラン、ロシア)においても、強力な国有銀
行の後ろ盾を得た同国国有石油企業は、
「貸款換石油」プログラムを介した気前のよい経済支援を現
地企業などに申し出た。上記産油国およびブラジルにおいて、同プログラムで提供された融資累積
総額は 1,000 億 US ドル近くにのぼる規模になった。
しかしながら、中国の海外石油・ガス投資プロジェクトのうち、かなりの案件が産油国の政治的
混乱などで事業継続が困難になったり、完全に不採算事業となった。Petroleum Intelligence
Weekly 誌の「主要国際石油・ガス投資企業比較調査報告書」によると、他の大手国際石油会社と
比べて、同国の三大国有石油企業(CNPC、Sinopec、CNOOC)は、海外資産獲得・運営コスト
が非常に高くなったにもかかわらず、そのリターンは少なくかつ地政学的リスクが高いと指摘して
いる。前述した油価急落で、中国の石油会社の経営状態は悪化し、海外投資意欲は大きくそがれた。
4-3 新エネルギー戦略
これら諸般の事情を受け、中国の国有石油会社および同国政府は、海外投資の目標および戦略を
徹底的に見直す必要に迫られた。議論の焦点は、下記 2 点である。
・エネルギー安全保障を担保するためには、どんな犠牲を払ってでも海外の資源確保する
ことが妥当か否か
・世界のエネルギー市場において、中国の国有石油会社はどのような役割を果たすべきか
過去 20 年間 中国の投資家が海外で獲得した膨大な原油および天然ガス資源は、同国に持ち帰ら
れることなく国際市場で売却されている。経済およびエネルギー供給の安全保障という観点から、
海外資源開発への投資が国際市場で石油および天然ガスを購入するよりもはるかに有利であるよう
には今までのところ見えない。一方 同国国有石油会社は、非常に過大な政治的使命を負わされ、国
家エネルギー安全保障を担わされてきた。
新エネルギー戦略により、中国中央政府は抜本的な経済改革を開始した。同国国内市場で市場メ
カニズムの機能を高めるとともに、国際市場でより強い競争力を持たせることによって、国有企業
を強化する政策が組まれている。さらに、石油需要の伸びの減退、在庫の増加および世界的な油価
下落により、同国の海外石油・ガス投資は重要な分岐点に差し掛かっている。これは、エネルギー
投資目標の修正および戦略調整を伴う、新段階への転換が起きたことを意味することになる。
5 世界市場と地政学への影響
5-1 輸入増大の影響
ガソリンおよび JET 燃料を中心とした輸送用燃料の継続的な高需要により、
中国全土の石油消費
量は今後も増大し続けている。しかしながら、
「新常態」に伴って同国の石油需要の伸びは鈍化する
と予測されている。
3E 社のエネルギー需要予測によると、中国の石油需要の伸びは約 3.5%であり、2015~2020 年
にかけて年間石油消費量は、5 億 6,600 万トンから 6 億 7,000 万トン強に増加する見通しであると
している。しかしながら、世界の石油価格が長期間に渡って超低水準を維持した場合、同国原油生
産量は横ばいか、あるいは年間 2 億 1,000 万~2 億 2,000 万トンレベルまで減少する可能性が高い
7
JPEC レポート
としている。
中国の大手国有石油会社は、すでに 2016 年の国内原油生産計画を縮小している。その結果、同
国の原油輸入量の拡大は不可避となってきている。同国の原油輸入依存度は、現在 60%を若干上回
っているが、今後も同依存度は上昇の一途をたどり、2020 年には最大で 3 分の 2 以上を輸入依存
するようになると予測している。
3E 社は、国際エネルギー機関(IEA)
、米国エネルギー情報局(EIA)および BP 社など複数の
信頼できるデータ情報源を参考にして推定したところ、2010~2015 年の 5 年間に生じた世界の石
油需要増加分の半分は、中国によってもたらされたものであるとしている。向こう 5 年間を見た場
合、世界の石油需要増大に対する同国の関与度は、需要の伸びの減退に伴い平均 40%強へと若干低
下する見通しである(ただし、世界の石油需要の伸びも同様に鈍化する)
。
それでも、米国が次第に石油の自給体制へと移行し、さらに石油の純輸出国になろうとしている
ことを考慮すると、中国が世界最大の石油輸入国となり、世界のエネルギー市場における同国の重
要度がさらに高まる可能性はある。さらに、供給過剰が続く世界の石油市場では、今後 買い手側に
交渉権が移りつつある。結果として、世界の石油取引市場だけでなく、国際的なエネルギー関連投
資、協力協定さらには地政学においても同国の優位性が増すことが考えられる。
中国の石油輸入先については、今後も引き続き中東地域が主たる供給源になると推定される。特
にイランおよびイラク両国は、同国向け原油輸出を拡大し続ける可能性が高いと考える。一方、同
国の原油輸入量増加分の大半は、ロシア、中央アジア諸国、ブラジル、ベネズエラなどの産油国か
ら供給される。さらに、同国の石油精製業者と石油トレーダーは、石油価格と海上輸送費に経済性
があれば、将来的に米国からの原油輸入を増やすことに強い関心を持っている。
2015 年 12 月 米国は、原油輸出禁止措置を解除した。2016 年 1 月 Sinopec は、米国から原油
を早速買い付けた。比較的軽質であるの米国産原油を、他産油国から購入した重質高硫黄原油とブ
レンドし処理する計画である。
5-2 SPR 構築の効果
前述したように石油価格の下落は、原油の購入と備蓄面では大きなチャンスである。しかしなが
ら、深刻な問題を抱える中国経済および国有石油会社の厳しい経営難を背景に、戦略石油備蓄基地
(SPR)の建設は、同国政府が当初策定した 3 期の計画(2020 年まで)よりかなり遅れた状態が
続くと推測される。
考えられるのは、第 2 期 SPR 計画の全体および第 3 期同計画の半分について、2020 年までに基
地建設および備蓄が完了するというシナリオである。これにより、SPR および民生用在庫が、合計
3,400 万トン強積みされる。この合計を 2016~2020 年の 5 年間に分散させると、中国の年間石油
需要は 1%、年間石油輸入量は平均 1.6%上昇することになる。全体として、同国の将来的な戦略石
油備蓄基地の構築が世界の石油市場に及ぼす影響はむしろ限定的になると推測される。
5-3 石油製品輸出の影響
中国石油精製業界の製油所操業環境は、大きな変化を遂げつつある。自動車燃料の品質向上(低
硫黄化)が加速しており、2017 年には全国で Euro 5 基準に相当する燃料品質が適用される。その
8
JPEC レポート
ため同国主力製油所の大半は、先進国の近代的な製油所に匹敵する処理能力増強と技術革新を完了
済である。
中国中央政府は、下流市場を開放し条件を満たす国内製油所が競争に参加できるようにする一方
で、非効率な小規模製油所には相次いで閉鎖を命じている。この改革により、同国国内石油製品価
格は、国際石油市場とほぼ連動するようになった。これら全体の流れを受け、同国の石油精製産業
は新たな発展段階に入ったことになる。石油精製部門にはかなりの余剰処理能力があるが、今後同
国では大規模な業界再編が必然的に進み、市場メカニズムの果たす役割が広がりつつある。
中国では、多数の国内製油所が原油輸入枠を与えられたり、原油輸入権を入手したりできるよう
になり、さらに非効率な小規模製油所の廃業が進んでいる。前述したが、小規模独立製油所の再加
工用原料として使われる重油の輸入量が大幅に減少しており、最終的にはなくなる可能性もある。
LPG およびナフサの輸入は、引き続き増大するが石油製品輸入量は減少するものと予測される。
一方 中国では、
石油製品の輸出が今後増加するため、
新しい石油製品輸出国となる可能性がある。
同国では、石油精製部門で処理能力が余剰になり競争が激化しているため、同国からの石油製品(特
に軽油)の輸出は短・中期的に増加を続けるものの、長期にはならないと推定される。
その理由は、中国が石油製品を輸出するメリットは非常に小さいためである。アジア・太平洋市場
は、石油製品が供給過剰であり同国からの石油輸出拡大を促す環境にはなっていない。石油製品市
況が高値状態であったとしても、同国の石油製品輸出は往々にして赤字または薄利であることは多
くのコスト計算によって示されている。長期的には、同国の石油会社は、製油所の製品輸出を支え
るだけのメリットを継続的に生み出すことはできず、石油製品の生産量と国内市場の需給のバラン
スを見て精製処理量を調整することになると推測される。
中国では、すでに石油産業の再編成および新規処理能力増強の延期が行われている。こうした状
況下で、石油精製能力の過剰による石油製品の在庫増加は次第に緩和されると推測されている。同
国は、かつて「世界の工場」と呼ばれたが、石油製品の大輸出国になる可能性は小さいと考えられ
る。
5-4 石油の地政学上の影響
石油は、過去から世界のエネルギー地政学の重要な一大要素である。したがって、ある国が海外
の石油資源にどれだけの関心を持っているかが、当該国のエネルギー地政学への関与に大きく影響
を与える。
シェール革命を主体とする要因に促され、各国の役割の変化という新しい流れが世界のエネルギ
ー地政学において形成されつつある。ただし、これが明らかな兆候として現れるまでにはまだ数年
~何十年も要すると推測される。激しい紛争が繰り広げられている一部の地域では、米国の役割は
次第に小さくなり、エネルギー地政学の問題に今後 中国が大きく関わることが考えられる。
米国および南米地域は、今後も中国の重要な原油供給源と考えられる。一方、中東、中央アジア
およびロシアは、世界のエネルギー地政学に関する同国の戦略の中核となる可能性が高い。中国指
導部は、将来的な国家開発構想を描き「一帯一路」戦略を策定した。同戦略は、中国を起点として
アジア・太平洋、中央アジア、中東、欧州および東アフリカに至る広大な経済圏を構築し、同国が核
9
JPEC レポート
心的利益(自国の本質的な利益に直結すると見なし、自国を維持するために必要と見なす最重要の
事柄)を得るという戦略である(図 8 参照)
。
図 8 中国の一帯一路戦略
図 8 中国の一帯一路戦略構想図 (出所:中国中央テレビ)
中国にとって、これらの近隣諸国からの原油輸入が比較的便利で低コストであることは明らかで
ある。近年 同国は、ロシアと多数の大型石油・ガス契約案件を締結した。また、中央アジア諸国と
もエネルギー協力協定を結んでいる。2016 年 1 月 習近平国家主席は、同年初の外遊としてサウジ
アラビア、エジプトおよびイランを歴訪した。同国の最優先事項は、国家のエネルギー地政学的利
益の確保である。また、石油輸送ルートの確保も、南シナ海における領土紛争で同国が強硬な姿勢
を取り続けることの大きな理由の一つと推測される。
中国は、かねてより第 3 国間の国際紛争関係に介入しない方針を貫いてきた。同国は、世界のエ
ネルギー地政学に関与し、経済力をもってその影響力を高めようとしているように思われる。同国
は、今後とも資源確保の道のりを細心の注意をもって進んでいくと考える。
5-5 中国石油会社の海外投資での役割
世界のエネルギー地政学において、中国の石油会社、特に国有石油会社が将来的に果たす役割と
潜在的影響力には 2 つの側面がある。国有石油会社は、真に競争力のあるグローバル化された石油
会社になるために、国際的な大手エネルギー企業にならって次第に営利優先で運営されるようにな
り、資源重視の姿勢および同国のエネルギー安全保障の役割から離れていくと推定される。
しかしながら、他方で国有石油会社は、今後も同国政府が推し進める「一帯一路」戦略の遂行に
向けた同国政府の一機関としての役割をある程度担い、エネルギーとの関係が深い国々で存在感お
よび影響力を高めていくと推定される。
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JPEC レポート
6 まとめ
中国の景気後退と構造改革は、同国経済の発展を「新常態」の段階へと進めた。さらに、同国の
石油部門は大きな変化を遂げようとしている。
中国は米国を追い越し、世界最大の石油輸入国になろうとしている。その結果、同国は主要石油
輸出国において、存在感および影響力を高める必要に迫られると推定される。
中国は、2014 年後半からの世界的な油価下落に促され、戦略石油備蓄基地の構築を加速させた。
しかしながら、この計画の実施は、当初のスケジュールよりも遅れた状態が継続する推定される。
同国の戦略石油備蓄が世界の石油市場に与える潜在的影響は限定的である。
世界のエネルギー・ファンダメンタルズの大きな変化に伴って資金難が悪化し、経済的課題が増
える中で、中国の石油会社は 20 年にわたる海外投資事業後の戦略調整を進めている。
中国では、最近 石油製品(特に軽油)の輸出増加の動きが見られるものの、長期的には持続しな
い可能性がある。
同国の石油製品輸出の利益幅は限られており、
製油所は赤字になる場合すらある。
同国の石油精製部門では今後、産業再編成を通じて生産量と需給のバランスが取れるようになると
予測される。
中国は、今後の同国の発展に向けて「一帯一路」戦略を打ち立てた。同国では、この路線に沿っ
て、中東、中央アジアおよびロシアを世界のエネルギー地政学に関する国家戦略の中心と位置づけ
ている。しかしながら、世界のエネルギー地政学への同国の関与とその影響力の増大は、長く漸進
的な道のりになると考える。
大きく変化する世界情勢および悪化する資金難という圧力の下で、中国の国有石油会社は重大な
分岐点にさしかかっている。同国の国有石油会社は、海外投資戦略の調整を進め、営利優先の運営
に向かい、資源重視の姿勢および国家エネルギー供給安全保障の役割からは離れていくが、一方で
エネルギー地政学における役割を今後も担わざるをえないと考える。
<参考資料>
・本報告書中のデータは別途特記されている場合を除き、すべて 3E Information Development &
Consultants 社のデータベースから得たものである。http://www.3-eee.net/
・中国中央政府の各部門、地方政府の各部門の HP を参照
本資料は、一般財団法人 石油エネルギー技術センターの情報探査で得られた情報を、整理、分析
したものです。無断転載、複製を禁止します。本資料に関するお問い合わせは[email protected]
までお願いします。
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次回の JPEC レポート(2015 年度 第 29 回)は、
「カンボジアのエネルギー事情と離陸前の石油
産業」を予定しています。
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