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胸痛を主訴とし,血胸を合併した肺動静脈瘻の 1 例

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胸痛を主訴とし,血胸を合併した肺動静脈瘻の 1 例
日呼吸会誌
●症
41(11),2003.
803
例
胸痛を主訴とし,血胸を合併した肺動静脈瘻の 1 例
矢野 和美
田中 泰之
宮川 洋介
荻野 英夫
要旨:症例は 26 歳女性.3 カ月前より時々右乳房付近の胸痛を自覚し,その後,痛みが持続するため,当
院乳腺外来を受診した.胸部 X 線写真にて右下肺野に腫瘤陰影および少量の胸水を認め,精査加療目的で
入院となった.胸部 CT にて肺動静脈瘻と診断し,胸水穿刺にて血性胸水を認め,胸腔内破裂による血胸が
疑われた.肺動静脈造影を行い,拡張した右 A 8 から V 8 にシャントを認めたが,その異常血管から胸腔内
への造影剤の漏洩は認めなかった.手術適応と考え切除術を施行した.
キーワード:肺動静脈瘻,胸痛,血胸,動静脈瘻核出術
Pulmonary arteriovenous fistula,Chest pain,Hemothorax,Enucleating
緒
言
は,PaO2 73.8 torr と軽度の低酸素血症を認めた(Table
1)
.胸部 X 線写真では,右下肺野に径 39×25 mm の腫
肺動静脈瘻は臨床症状として,易疲労,呼吸困難,チ
瘤陰影,少量の右胸水貯留を認めた(Fig. 1)
.胸部 CT
アノーゼなどのシャントによる低酸素血症に伴う症状を
では,右 S8 胸膜直下に拡張蛇行した肺動脈とそれに連
呈することが知られている.今回,我々は持続する胸痛
続して葉間胸膜を圧排するように造影された腫瘤陰影を
を主訴とし,以前より動静脈瘻の破裂を繰り返していた
認めた.また,少量の右胸水貯留を認めた(Fig. 2)
.
のではないかと思われる肺動静脈瘻の手術例を経験した
ので,病理所見および若干の考察を加えて報告する.
症
例
入院後経過:胸部 CT より肺動静脈瘻が疑われた.ま
た,同側の胸水貯留より瘻の胸腔内破裂の可能性が疑わ
れ,右胸腔穿刺を施行した.胸水の性状は血性で,細胞
診では異型細胞は認めず,赤血球を主体に,ヘモジデリ
症例:26 歳,女,美容師.
ンを貪食した組織球,リンパ球,少数の好中球を認め,
主訴:右胸痛.
肺動静脈瘻および胸腔内破裂による血胸と診断し,気管
家族歴,既往歴:特記すべきことはない.
支動脈造影を行った.右 S8 の肺動静脈瘻への流入血管
現病歴:1 年程前より,時々労作時息切れを自覚した.
で あ る 拡 張 し た 径 4.1 mm×4.3 mm の 右 A 8 を 1 本 認
3 カ月前より時々右乳房付近の痛みがあり,一週間前よ
め,また輸出血管として径 5.9 mm×5.8 mm の右 V 8 を
り胸痛が増悪するため,平成 13 年 7 月 28 日当院乳腺外
認めた(Fig. 3)
.気管支動脈造影にて瘻からの出血して
来を受診した.胸部 X 線写真にて右下肺野に腫瘤陰影
いる所見を認めなかったため,待機的に肺動静脈瘻核出
および右胸水貯留を認め,胸部 CT にて肺動静脈瘻が疑
術を行った.
われ入院となった.
手術所見:第 7 肋間前腋窩線上と第 6 肋間後腋窩線上
入院時 現 症:身 長 155 cm.体 重 53 kg.血 圧 110!
76
に thraco port を挿入し胸腔内を観察した.右 S8 の中下
mmHg.脈拍 64!
分,整.呼吸数 14!
分.眼瞼結膜貧血
葉間面に径 3.5 cm 大の動静脈瘻を認めた(Fig. 4)
.動
なし.眼球結膜黄疸なし.表在リンパ節触知せず.甲状
静脈瘻の壁の一部は出血の既往を疑わせる clot を認め,
腺腫大なし.胸部聴診ではラ音は聴取しなかったが,右
術中操作中に再出血する可能性が高いと判断し,第 6 肋
側胸部で呼吸音の減弱を認めた.心音正常.四肢および
間側方開胸を加え,開胸下に動静脈瘻を核出した.動静
顔面浮腫なし.チアノーゼなし.皮膚異常所見なし.
脈瘻を健常肺との境界で!離し,小さい流出入血管を結
入院時検査成績:血液検査にて小球性低色素性貧血を
紮し核出した.
認めた.また,軽度の炎症所見を認めた.LDH の上昇
病理組織所見:胸膜に接して拡張した動静脈が併走し
を認め,γ-GTP の軽度上昇を認めた.動脈血ガス分析で
て見られ,動静脈瘻を形成する血管壁には厚い部分と菲
〒830―8522 福岡県久留米市天神町 106―1
天神会古賀病院呼吸器内科
(受付日平成 14 年 9 月 18 日)
薄な部分とを認めた.胸膜の肥厚と胸膜に接して静脈様
の血管を認め部分的にその走行が断裂しており,周囲に
フィブリンや赤血球を認めた.胸膜には,肥厚所見と炎
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日呼吸会誌
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Table 1 Laboratory findings
Hematology
WBC
RBC
Hb
Ht
MCV
MCH
MCHC
PLT
Blood gas analysis
PH
PaCO2
PaO2
HCO3−
BE
SaO2
6,300/mm3
4.40 × 106/mm3
10.1 g/dl
32.8%
74μm3
23.7 pg
30.7%
34.63 × 104/mm3
7.417
40.1 torr
73.8 torr
25.4 mEq/l
1.3 mEq/l
96.5%
Blood chemistry
TP
GOT
GPT
LDH
ALP
γ-GTP
T-Cho
BUN
Cr
Na
K
Cl
Fe
CRP
Urinalysis
Stool
7.5 g/dl
18 IU/l
24 IU/l
478 IU/l
147 IU/l
36 IU/l
172 mg/dl
8 mg/dl
0.7 mg/dl
138 mEq/l
4.3 mEq/l
104 mEq/l
13 μg/dl
1.2 mg/dl
OB(−)
OB(−)
(Underlined items show abnormalities)
Fig. 1 Chest radiograph showing a nodular lesion in
the right lower lung field.
症細胞浸潤が認められた(Fig. 5)
.
Fig. 2 Enhanced chest CT showing a nodular lesion
communicating with a dilated pulmonary artery in
the subpleural region of S8 with pleural effusion.
ト量が増加すると低酸素血症の症状を呈し,チアノーゼ,
術後経過:術後合併症もなく,順調に回復し,血ガス
ばち状指,赤血球増多,労作時呼吸困難などを来すよう
所見も room air にて PaO2 87.4 torr と低酸素血症は改善
になる.脳膿瘍,脳塞栓,破裂による喀血や血胸を合併
した.退院後の胸部 X 線写真では異常所見は認めなかっ
することがあるが,Brummelkamp によれば,喀血は
た.
25% で,血胸の頻度は低く,2.3% にすぎなかった5).
考
察
肺動静脈瘻は,肺動脈と肺静脈が異常短絡をきたした
1)
斉藤らの報告によれば,血胸の頻度は約 1%4)と肺動静
脈瘻の胸腔内破裂の合併頻度は低く,本邦では,過去 10
数例が報告されている.肺動静脈瘻の胸腔内破裂の原因
血管奇形である .大部分は先天性であるが,後天性も
として,肺動静脈瘻は瘻壁が菲薄化しているため破裂し
まれにあり,外傷,肝硬変,住血吸虫などに合併するこ
やすく,肺表面に存在するものは特に薄いため血胸を来
2)
ともある .欧米では,Rendu-Osler-Weber 病の合併が
しやすいとの報告や6)肺動静脈瘻の破裂により血胸とな
高率であるが3),本邦では,3.2% と少ない4).臨床症状
り,ショックを起こしたり,致死的な状態に陥った症例
は,肺動静脈瘻が右左シャントであることより,シャン
の報告もみられ7),土島らは,文献的に,血胸をきたし
血胸を合併した肺動静脈瘻の手術例
Fig. 3 A pulmonary angiogram showing arteriovenous
shunting with simultaneous opacification of the pulmonary artery and the draining vein.
805
Fig. 5 Photomicrograph of resected specimen showing
abnormal dilatation of the blood vessels, suggesting an
arteriovenous fistula formation(AVF)
. The wall of
the dilated blood vessel appears partially discontinuous(arrow)
, suggesting rupture of the AVF. Fibrous
thickening of the pleural wall is observed around the
fistula(double arrows)
.
め,病理所見においても,破裂したと思われる肺動静脈
瘻の血管壁に菲薄した部分を認めた.以上のことより血
胸の原因は,血流の負荷に耐えきれず,瘻の一部が破綻
したためと考えた.そして,解剖学的に中葉と下葉に挟
まれて S8 胸膜表面に存在していたことより,瘻を圧迫
し,止血の役割を果たしていたのではないかと推測され
た.病理所見で,肺動静脈瘻が破裂したと考えられる部
位の胸膜に繊維性の肥厚を認め,急性の変化とは考えに
くく,ある程度時間が経過した変化と考えられた.以上
Fig. 4 Photogragh obtained during surgery showing
pulmonary arteriovenous fistula. It was located in the
right S8, protruding as a single, large sac from the
surface of the lung.
のことから考えると,以前より時々自覚していた胸痛は,
瘻の破裂及び出血が原因による胸膜の炎症による可能性
が考えられ,出血と止血を繰り返し,胸膜が肥厚したの
ではないかと推測された.肺動静脈瘻胸腔内破裂の危険
因子について小塚は 1)Rendu-Osler-Weber 症の合併,
た肺動静脈瘻の症例の多くの場合は,瘻が胸膜直下か肺
2)
女性,3)
妊娠を挙げている10).本症例において Rendu-
表面に突出して存在していると検討しており8),佐々木
Osler-Weber 症は家族歴,鼻出血や毛細血管拡張などの
らは肺切除の病理所見より,病変が肺の表面で動静脈瘻
所見がないことより否定的であった.また,妊娠も否定
を形成している場合に,瘻壁が薄くなっていることを指
されている.血胸のその他の要因として,月経随伴性気
摘しており,放置すると破裂の危険性が高いと述べてい
胸が鑑別に挙げられるが,問診より月経周期と症状が関
る9).このため,術中に瘻が破裂した報告も見られる.
連なく,子宮内膜症の既往,症状はなかった.病理所見
肺動静脈瘻は,胸部 X 線写真,胸部 CT で肺内の腫瘤
でも子宮内膜症の所見は認めず,否定的である.今まで
陰影として描出され,確定診断は肺動脈造影によって行
報告された血胸例は,そのほとんどが,主訴に呼吸困難
われる.本症例は,気管支動脈造影および術中所見では,
が挙げられているのに対し,本症例は美容師という比較
出血は認められなかった.しかし,術中所見で瘻は胸膜
的労働力が多い職業でありながら,呼吸困難の自覚症状
表面にあり,肉眼的に壁が一部菲薄化しており,そこに
が軽度であった.100% 酸素吸入法によるシャント率測
clot 様の物質が付着していたこと,瘻内で渦を巻くよう
定を行っていないため,シャント量は不明であるが,比
に血液が流れ込んでいた所見より,瘻の菲薄化した部位
較的シャント量が少なかったか,もしくは瘻がゆっくり
からの出血が最も考えられた.病理肉眼的所見でも,動
増大し,シャント量が徐々に増えたため,長期間かけて
静脈瘻を形成する血管壁には厚い部分と菲薄な部分を認
比較的低酸素状態に慣れ,症状がでにくかったのかもし
806
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れない.しかし,10 年前の就職時の検診では,異常所
fistula of the lung. Ann Thorac Surg 1983 ; 36 : 231―
見は指摘されておらず,それ以降の胸部 X 線写真がな
239.
いため,瘻がいつから存在したのかははっきりしない.
3)Haitjema T, Disch, F, Overtoom TTc, et al : Screen-
なお,血液検査で LDH の上昇を認めたが,出血による
ing family members of patients with hereditary
ものではないかと考えている.また,γ-GTP が軽度上昇
していたが,今回の病変とは関連はないと考えている.
肺動静脈瘻の治療については, Taylor らの報告11)以来,
カテーテルを利用したバルーンや金属コイルによる塞栓
術が行われるようになっている.しかし,金属コイルや
離脱式バルーンなどの塞栓物質の大循環への逸脱が,塞
hemorrhagic telangiectasia. Am J Med 1995 ; 99
(5):519―524.
4)斉藤道顕,戸田 央,小野田万丈,他:肺動静脈瘻
の臨床的検討.日臨外会誌 1993 ; 44 : 1147―1152.
5)Brummelkamp WH : Unusual complication of pulmonary arteriovenous aneurysm intrapleural rupture. Dis Chest 1961 ; 39 : 218―221.
栓術の 1∼2% で報告されている.手技的には太い輸入
6)安孫子正美,大泉弘幸,青山克彦,他:血胸にて発
動脈と輸出静脈を有する high flow のものや流入動脈の
症 し た 肺 動 静 脈 瘻 の 1 例.胸 部 外 科 1993 ; 46 :
12)
短いもの(3 cm 以下)は,塞栓術が困難である .塞
721―723.
栓物質の肺動脈13),瘻14),肺静脈,大循環系15)への流出
7)片山良彦,山川洋右,丹羽 宏,他:胸腔内破裂の
の合併症が報告されており,カテーテルによる塞栓術を
既往を有する肺動静脈瘻の一例.日胸 1992 ; 51 :
行うに当たっては,動静脈の正確な径の測定,適切なコ
イルの選択,技術的に熟練していることなど,専門の施
設での治療が望ましいと考えられる.手術療法は,肺葉
切除,区域切除,部分切除などがあるが,現在は縮小手
術が主流となっている.本症例は若い女性であり,また
単発例であることより,コスメチックな面ではカテーテ
ル法が望ましかった.しかし,血胸を合併しており,再
破裂する危険性があったこと,切除による肺機能への影
606―611.
8)土島秀次,松島純一,坂本 滋,佐々木規之:血胸
でショック状態を呈した肺動静脈瘻の一例.金医大
誌 1999 ; 24 : 182―187.
9)佐々木隆志,原 信之,一瀬幸人,他:肺動静脈瘻
8 症例の検討.日胸 1989 ; 48 : 580―585.
10)小塚 裕,小西敏郎,藤田道夫,他:血胸を呈した
肺動静脈瘻の 1 治験例.胸部外科 1991 ; 34 : 146―
149.
響が少ないこと,確実に治療できること,カテーテル法
11)Taylor BG, Cockerill EM, Manfredi F, et al : Thera-
では技術的な経験やコイルの選択などが当院では不確実
peutic embolization of the pulmonary arteriovenous
であったこと,などより外科的療法を選択した.
本論文の要旨は第 47 回日本呼吸器病学会九州地方会総会
(2001 年 11 月熊本)にて報告した.
謝辞:本症例の手術を担当していただきました新古賀病院
胸部外科松尾敏弘先生,大塚祥司先生,並びに久留米大学医
学部病理学教室矢野博久先生に深謝致します.
文
献
fistula. Am J Med 1978 ; 64 : 360―365.
12)Coley SC, Jackson JE : Pulmonary arteriovenous
malformations. Clin Radiol 1998 ; 53 : 396―404.
13)廣田省三,佐古正雄,藤田義弘,他:肺動静脈瘻に
対するコイル塞栓術の検討―金属スパイダーの応用
を含めて―.臨放 1992 ; 37 : 809―815.
14)正岡俊明,由岐義広,大泉弘幸,他:経カテーテル
塞栓術療法後緊急手術治療を施行した肺動静脈瘻の
1 例.胸部外科 1995 ; 48 : 941―944.
1)伊藤 進,長谷川英之,後藤隆人,他:肺動静脈瘻
の 1 例 と 本 邦 66 例 の 臨 床 的 検 討.日 臨 外 会 誌
1978 ; 39 : 735―742.
2)Prager RL, Laws KH, Bender HW : Arteriovenous
15)Dutton JAE, Jackson JE, Hughes LMB, et al : Pulmonary arteriovenous malformations : results of treatment with coil embolization in 53 patients. AJR
1995 ; 165 : 1119―1125.
血胸を合併した肺動静脈瘻の手術例
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Abstract
A Rare Case of Hemothorax Due to Rupture of an Arteriovenous
Fistula : Successful Treatment by Enucleation
Kazumi Yano, Yasuyuki Tanaka, Yousuke Miyakawa and Hideo Ogino
Department of Respiratory Medicine. Koga Hospital. 106―1 Tenjin-cho Kurume, Fukuoka 830―8522, Japan
Hemothorax due to a rupture in an arteriovenous fistula is rare. We report a case in a 26-year-old woman who
presented with continuous right chest pain. On admission, chest radiography revealed a nodular shadow in the
right lower lung field with right pleural effusion. The pleural effusion aspirated was blood, suggesting a hemothorax due to the rupture of a pulmonary arteriovenous fistula. The shunt between A 8 and V 8 was confirmed in pulmonary arteriograms. A photomicrograph of the resected specimen showed a dilated arteriovenous fistula, part of
whose inner wall was abnormally thin. The pleural wall surrounding the fistula was hypertrophic in parts, suggesting possible repetitive inflammation related with the rupture. Although transcatheter embolization is useful
in the treatment of arteriovenous fistulae, it is technically difficult, and cases of fatal complications have been reported. While surgical resection is the most reliable treatment available, the present patient was already at high
risk of dying. Accordingly, we chose to perform enucleation, and this was successful.
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