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イノベーションと知財政策に関する研究会 報告書

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イノベーションと知財政策に関する研究会 報告書
イノベーションと知財政策に関する研究会 報告書
イノベーション促進に向けた新知財政策
New Intellectual Property Policy for Pro-Innovation
∼ グローバル・インフラストラクチャーとしての知財システムの構築に向けて ∼
Intellectual Property System as Global Infrastructure
平
成
2
0
年
8
月
イノベーションと知財政策に関する研究会
特
許
庁
目 次
はじめに................................................................................................................................................................... 4
I. 持続可能な世界の特許システムの実現 ∼ 仮想的な世界特許庁の構築に向けて ∼ ....... 8
(1) 急増する世界の特許出願 .............................................................................................................10
(2) 日本特許庁の状況 ...........................................................................................................................14
(3-1) 諸外国の状況(米国) .................................................................................................................17
(3-2) 諸外国の状況(中国) .................................................................................................................21
(4) 国際連携ネットワークの拡大 ∼ 「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて ∼ ...........26
2. 日本特許庁の現状と今後の取組 ∼ 多様なニーズに応える審査体制の構築 ∼ ........38
(1) 出願動向と今後の見通し...............................................................................................................40
(2) 多様化する出願人のニーズに応じた審査体制に向けて..................................................44
(3) 官民のワークシェアリング..............................................................................................................49
3. 制度調和の必要性 ................................................................................................................................52
(1) 特許制度の調和を巡る議論の背景と現状.............................................................................54
(2) 国際的な制度調和の推進 .............................................................................................................57
4. グローバルな知的財産基盤の確立に向けた途上国とのパートナーシップ ...................61
(1) 途上国における状況........................................................................................................................63
(2) 知財をめぐる南北の対立...............................................................................................................66
(3) 途上国における知財サイクルの確立に向けて ∼ 知財とビジネスの視点から ∼ 71
II.特許システムの不確実性の低減 ............................................................................................................76
1. 質の重視と、透明で予見性の高いメカニズムの構築 .............................................................76
(1) 特許の「軍拡競争」 ...........................................................................................................................78
(2) 米国における知財動向...................................................................................................................82
(3) 業種毎に異なるイノベーション創出構造への対応 ..............................................................87
(4) これまでの特許制度・運用の見直しの状況 ...........................................................................90
(5) 国際調和の必要性 ...........................................................................................................................95
(6) 審査・審判・裁判の状況 .................................................................................................................98
(7) 質の重視と、透明で予見性のより高い特許審査メカニズムを目指して................... 104
(参考 1) 「特許の質」の議論 ∼ 様々な観点からの「質」∼ ................................................... 109
(参考 2) 適正な審査 ............................................................................................................................ 112
(参考 3) 特許審査における品質監理の取組............................................................................. 114
2. パテントトロール問題......................................................................................................................... 117
(1) パテントトロール問題とその現状 ............................................................................................. 119
(2) 特許権の濫用行為/パテントトロール問題 ........................................................................ 121
2
III.イノベーション促進のためのインフラ整備........................................................................................ 126
1. オープンイノベーションの進展 ....................................................................................................... 126
2. 知的財産の活用・流通を円滑化するためのインフラ............................................................ 136
(1) オープンイノベーションを支えるエコシステムと知的財産ビジネス............................. 138
(2) 知的財産権の利用の円滑化を推進するためのその他の動き.................................... 144
(3) 標準化活動における知的財産権の取扱いとそれに対する独占禁止法の適用... 146
3. イノベーションと特許システムの基盤となる技術情報インフラの構築 ........................... 153
(1) オープンイノベーションの進展とグローバル化の特許システムへの影響............... 155
(2) イノベーションを促進するためのシームレスな検索環境................................................ 158
(3) 特許庁の新検索システム ........................................................................................................... 161
(4) コミュニティパテントレビューの検討 ........................................................................................ 164
(5) 著作権の問題.................................................................................................................................. 166
4. 研究開発政策と知財政策との連携 ............................................................................................. 168
(1) 研究開発の入口での「知財の目」 ........................................................................................... 170
(2) 研究開発の促進のための知財ポートフォリオの構築 ..................................................... 172
(3) 研究開発政策と知財政策の連携に必要な政策................................................................ 174
5. オープンイノベーションにおける大学・中小企業・地域の役割と支援策 ....................... 176
(1) オープンイノベーションにおける大学 ..................................................................................... 178
(2) オープンイノベーションにおける中小企業・地域 ............................................................... 181
「イノベーションと知財政策に関する研究会」 委員名簿 ............................................................... 185
検討スケジュール ........................................................................................................................................... 187
索引...................................................................................................................................................................... 188
3
はじめに
知的財産を取り巻く環境の変化
特許庁では、およそ 10 年前の 1997 年に「21 世紀の知的財産権を考える懇談会」を開催し、「プロパテント
政策」を打ち出した。
そしてこの懇談会以降、2002 年の知的財産戦略大綱の決定、知的財産基本法の制定、2003 年の知財戦略
本部の設置、2005 年の知的財産高等裁判所の設立等、我が国は、知財立国の実現に向けて、現在に至るま
でプロパテント政策を強力に推し進めてきたところである。
しかし、近年の知的財産権制度を取り巻く環境は、経済のグローバル化の進展や技術の高度化・複雑化、
オープンイノベーションの進展などを背景として、大きく変化してきている。このような知的財産権制度を取り巻
く環境の変化を受けて、世界各国において知財政策の在り方についての様々な議論が行われている。米国で
は、FTC(連邦取引委員会)による提言(2003 年 10 月)や NAS(全米科学アカデミー)による提言(2004 年 4 月)
を始めとして、特許の質の向上、出願件数の増加及び高額化する訴訟費用の問題などについて、産業界・学
界において様々な議論がなされている。また、連邦最高裁において画期的な判決が相次いで出されるとともに、
歴史的な特許改革法案が審議中であるなど、「質重視」へと進む動きが見られている。欧州では、欧州特許庁
から、今後の世界の知財政策が進む方向についてのシナリオが公表され、また、知財が途上国の発展につい
て果たす役割についても、WIPO などの国際機関において活発な議論が行われている。
「イノベーションと知財政策に関する研究会」の設置
我が国はこれまで、プロパテント政策によりイノベーションの促進を図ってきたところであるが、このような知的
財産権制度をめぐる環境が大きく変化している中で更なるイノベーションの促進を図るためには、変化に対応
した新たな知財政策について、グローバルな視点で検討することが必要となっている。
このため、2007 年 12 月 18 日、特許庁に「イノベーションと知財政策に関する研究会」(座長:野間口 有 三
菱電機株式会社取締役会長)を設置し、今後の我が国知財政策の在り方について、幅広く議論を行い、プロ
パテント政策の基本理念の下、イノベーションを促進する観点から、知的財産権制度を取り巻く環境の変化に
対応した新たなプロイノベーションの知財システムの構築に向けて、以下の観点から具体的な提言を行った。
I. 持続可能な世界特許システムの実現
II. 特許システムの不確実性の低減
III. イノベーション促進のためのインフラ整備
I. 持続可能な世界特許システムの実現
世界の特許出願は 2005 年において年間約 166 万件にまで急増している。このような状況の中、一つの発明
を効率的にグローバルな知財として保護することが重要となっており、出願人にとって、いわば「仮想的な世界
特許庁」として機能するような、実質的な国際協力の枠組みの構築が求められている。
すなわち、経済のグローバル化がますます深まる現状においては日本国内だけの対応では不充分であり、
一つの発明が効率的に世界全体で知的財産として保護されるような世界的な特許庁間の連携が以前にも増し
4
て重要になってきているのである。そのためにも、日本に閉じた知財政策ではなく、世界全体を見据えたグロ
ーバルな知財政策についての政策提言を展開することが、この研究会の狙いの一つである。
これに加え、日本国特許庁が目指すべき政策目標として、日本国特許庁に対する特許出願について、多様
化する出願人のニーズに柔軟に対応しながら、審査の迅速化・効率化を高めることが求められている。
研究会報告書の第 I 部では、こうしたグローバルな観点から、世界の知財政策がどのようにあるべきか、その
ために世界の特許庁がどのように連携を行うべきか、日本国特許庁としてどのような貢献が可能か、また多様
な出願人のニーズにどのように対応していくか、という視点から政策提言を行った。
II. 特許システムの不確実性の低減
特許制度はイノベーションを促進するためのインフラとして必要であるが、質の低い特許権の増加は、特許
紛争の増加を招くなど、ビジネスリスクを高める要因にとなるとの指摘もある。質の低い特許権は、「特許の藪」
及び「パテントトロール」といった言葉で表されるような問題の要因の一つとされ、イノベーションを阻害するので
はないかと指摘されている。また、国際的な特許庁の連携を強化するためには、特許の質の向上のための取
組が不断に行われ、各国特許庁間でその目標が共有されることが必要不可欠である。
そこで、特許権を取得する段階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、ビジネスリスクをこれまで以
上に低減するためにも、特許の質の維持・向上と、審査基準の策定プロセスの透明性を高めつつその検討内
容を充実させる等、特許制度・運用について、透明性・予見可能性のより高い特許審査メカニズムが必要とな
る。
研究会報告書の第 II 部では、特許出願段階から紛争段階に至るまで、知的財産をとりまく様々な関係者に
とって透明で予見性の高い特許システムとなるためにはどのような政策が必要か、という視点から政策提言を
行った。安定的な特許システムを構築するためには、国際的な制度とその運用の調和、さらに常に変化し続け
るイノベーションへの的確な対応が鍵となる。
III. イノベーション促進のためのインフラ整備
技術の高度化・複雑化や IT の進歩がイノベーションの創出環境にも様々な影響を与えている。特に、企業
内において全ての研究開発を垂直統合で行う従来型のイノベーション形態に代わり、新たな研究開発のタイプ
として、企業の枠を越えて大学等の様々な主体と連携しながら、他者の研究開発を積極的に活用するいわゆ
る「オープンイノベーション」への動きが世界的に進みつつある。こうしたオープンイノベーション環境の下では、
知的財産は、知識・技術の流通を円滑化する手段としての役割を担うようになってきている。また、グローバル
に存在している有益な知識や情報を効率的に獲得・処理していくことも重要となっており、オープンイノベーシ
ョン環境に対応したイノベーション促進のためのインフラの整備が必要になっている。
研究会報告書の第 III 部では、オープンイノベーション環境に対応したイノベーション促進のためのインフラ
をどのように整備していくべきか、という視点から政策提言を行った。
5
「イノベーションと知財政策に関する研究会」の検討の進め方
本研究会において検討を進めるにあたり、世界における最先端の議論を適時に取り込んでインタラクティブ
な議論を行うため、研究会の検討内容に対して日本語・英語によるパブリックコメントの募集を行った。
研究会の立ち上げ当初の第一回目のパブリックコメントでは、近年の知的財産権制度を取り巻く環境の分析
と、その環境変化に対応した新たな知財システムを構築するための課題設定について意見を募集した。第二
回目のパブリックコメントは、本研究会における検討内容を、政策提言及び報告書(原案)として取りまとめた段
階で実施した。計二回のパブリックコメントに対しては、国内だけにとどまらず、海外の特許庁、海外の知財関
係団体、企業などから広範にわたる多様な意見が寄せられた。
また、研究会における検討と並行して、事務局では個別に 100 名を越える国内外の有識者との意見交換を
実施し、イノベーションと知財政策についての検討を深めてきた。
「イノベーションと知財政策に関する研究会」の政策提言及び報告書は、こうした多様な意見を取り入れた上
で、イノベーション促進のためのグローバル・インフラストラクチャーとしての知財システムの構築に向けて取りま
とめられたものである。
なお、これらイノベーションと知財政策に関する研究会及びワーキンググループにおける委員の意見やパブ
リックコメント、有識者との意見交換においていただいた意見については、報告書において、以下の様に反映
している。
1
第1回目のパブリックコメント
で寄せられた意見
2
第2回目の
委員意見
〃
出版物等からの引用
有識者意見
プロパテントからプロイノベーションへ
歴史的に人類社会は、農業社会から工業社会に変わり、それが知識社会に変わ
る。工業社会の下での知財政策は、アンチパテントかプロパテントかの間で揺れ動いてき
た。現在は知識社会に移行しており、これにより、知的財産の価値が工業社会の時代とは
質的にも変わってきている。このため、質重視のプロパテント政策をさらに発展させて、プロ
イノベーションのための知財政策に取り組んでいく必要がある。
(荒井 寿光氏 元・内閣官房知的財産戦略推進事務局長/元特許庁長官)
6
7
I. 持続可能な世界の特許システムの実現
∼
仮想的な世界特許庁の構築に向けて ∼
ひとつの発明が、効率的にグローバルな知財となる
「仮想的な世界特許庁」の構築
A. グローバル化を背景とした世界的な特許出願の急増と出願人のニーズ
○近年、経済のグローバル化や技術の高度化・複雑化が進んでいる。また、オープンイノ
ベーションの進展により、グローバルに外部の技術力を活用しつつ研究開発や製品化
を進めていくようなイノベーション環境が広がっている。
○このような状況の変化を背景に、世界の特許出願は2005年において年間約166万件に
まで急増しており、例えば、米国や中国において顕著な増加が見られる。米国では、こ
のような状況を受け、審査官の大量増員などで対応しているが、出願が増加し続ける中
で、大統領選においても各候補者が特許制度の変革に言及している。特許出願は、途
上国でも増加しており、世界全体で急増している。
○出願人にとっては、一つの発明を効率的にグローバルな知財として保護することが重
要になってきていると考えられる。
B. ワークシェアリングの推進の必要性 ∼ グローバルな知財としての保
護を望むユーザーニーズに応えるために ∼
○出願人がグローバルな知財保護を行う場合に、第1庁のサーチ・審査結果に基づき、
第2庁において早期審査を簡易な手続で受けられるようにするなど、ワークシェアリング
を推進し、国際連携を深めることで、ユーザーニーズに応え、効率的な保護が行えるよ
うにする必要がある。
○また、ワークシェアリングは、我が国における海外出願の増加に伴うワークロードの増
加に対応するものでもある。
C. ユーザーニーズに応えるためのワークシェアリングの推進に向けた課題
○国際的には、制度や審査基準の調和が必ずしも充分ではなく、審査判断等を含めた
審査の質や審査着手時期なども不均一である。このため、他庁の結果の利用にも一定
の限界があり、ワークシェアをより有効に機能させるために、国際的に審査判断等を含
めた審査の質の高いレベルでの調和を図り、各国の審査を、ユーザーニーズに応じ、適
時に行う体制を整備し、ワークシェアリングの実効性を高めることが課題である。
○また、ワークシェアリングは、三極と、主要国等を中心とした取組であるが、出願人がより
グローバルに効率良く権利取得できるようにするため、より多くの国が参加する枠組みに
拡大していくことが課題である。また、その際、WIPOの役割は重要である。
D. 「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて
○ワークシェアリングの取組を有効に機能させるためには、①特許制度、②審査基準、③
審査判断等を含めた審査の質、④検索環境の調和を立体的に進めることが重要である。
上記②、③の調和について、実際に、ワークシェアリングの審査実務を積み重ねることで、
相互の信頼性が醸成され、特許の質の高いレベルでの調和とワークシェアリングの効率
化との好循環に繋がることが期待される。また、このような調和によって、ユーザーとして
権利取得の効率化や手続コストの低減、特許取得の予見性の向上が図れるものと考え
られる。
○また、ワークシェアリングは、現状、日米欧三極特許庁、五庁(三極に中国、韓国を加え
たもの)を中心として議論や取組を行っているが、信頼性の醸成を前提に、実施可能な
より多くの国が参加する枠組みとすることも重要である。これにより、出願人にとっては、
よりグローバルに効率の良い権利取得が可能となる。
○これらの取組により、いわば「仮想的な世界特許庁」と言えるような、より実質的な国際
協力の枠組みを構築していくことが必要である。
8
1. 急増する世界の特許出願と国際ワークシェアリング
ひとつの発明が、効率的にグローバルな知財となる
<概要>
「仮想的な世界特許庁」の構築
経済のグローバル化が進むなか、ひとつの発明が、効率的にグローバルな知財として保護さ
れることが重要となっている。
そのためには、(1)実体法から審査実務、検索環境まで様々なレベルにおける国際調和を進
めることで出願人にとっての予見性を高め、(2)特許庁間の審査ワークシェアリングを進めるこ
とで、出願人のニーズに応えるべく、効率性を高めることが必要。
これにより、世界各国の特許庁が、出願人にとっていわば「仮想的な世界特許庁」として機能
することを目指す。
ひとつの発明が、効率的にグローバルな知財となる
「仮想的な世界特許庁」の構築
出願人にとって(1)グローバルな予見性が向上し、(2)各国間での手続が効率化されることで、電子
的に結びついた各国特許庁が、いわば「仮想的な世界特許庁」の役割を果たす。
(1) 出願人にとって、出願前の予見性が向上
(2) 出願人にとって、グローバルな権利取得の効率性
グローバルな知財取得を目指す出願人にとって、
が向上
権利についての出願前の予見性が高まり、また、
出願人が特許出願をした後も、第一国での審査結
事前の検索コストも低くなる。
果を第二国で活用することができるため、グローバ
ルな手続面の効率化や審査期間の迅速化が図られ
る。
国際的な制度調和(後述)
特許審査基準の国際調和(後述)
技術が高度化するなか、各国における特許性
の判断についての「基準」の調和が必要。
ワークシェアリング
による判断の蓄積が
国際調和を進展させ、
米国の先発明主義から先願主義への移行など、
各国における特許法の調和が必要。
世界の特許庁間における
審査ワークシェアリングの推進
様々なレベルの審査ワークシェアリングを深化さ
せ、WIPOを中心として、世界各国との間で審査
協力のネットワークを拡大することが必要。
①第一国の最終審査結果を、第二国で活用
・先進国間での「特許審査ハイウェイ」の更なる拡大
②第一国での一次審査での判断を活用
個別の出願において、基準に沿って適正に審査
判断し、それを各国間で相互利用することで、相
互信頼を醸成。
国際調和の進展が
ワークシェアリング
を加速させる好循環
特許審査の質の国際調和(後述)
・JP-FIRST(日本の一次審査結果の早期発信)
・米国によるSHARE提案
・現行のPCT出願における各国の審査結果を、出
願人のニーズに応じて世界に早期発信
③第一国での先行技術の検索結果等を活用
サーチ環境のグローバルな調和
・現行の「PCT国際調査報告」の活用
④情報システムによる書類の電子交換
各国の特許庁間のITの結びつきを、さらに緊密
化する。
・先進国間での「優先権書類の電子交換」の活用
・WIPOによる、世界レベルでの書類の電子交換
Lehman 元・米国特許商標庁長官 国際的な特許の出願(増加)のほとんどが重複していることから、各国による審査ワーク
シェアリングの取組や、実体法上の制度調和が必要となる。産業界とも協働して進めていくことが重要。ゆくゆくは、「仮想的な
世界特許庁」を設置し、各国特許庁が審査を負担することも一案である。
(出典) Bruce A. Lehman Innovation, the Global Patent Crisis and a Common Patent System. WIPO Inter-Regional Forum On Leveraging Intellectual Property
For Knowledge-Based Development And National Wealth Creationにおいて提示の資料, ニューデリー, インド, 2007年11月14日∼16日
9
(1) 急増する世界の特許出願
世界的な R&D 投資の増大と経済のグローバル化などを背景に、世界の特許出願は急増している。2005
年には年間約 166 万件に達している。これは、世界全体でのイノベーションの拡大、グローバル化とともに
知的財産の保護意識や保護水準の高まりを表すものでもある。
このように、知財のグローバルな保護が求められる中で、①特許制度の調和、②審査基準の調和、③審
査判断の質の調和、④検索環境の調和が一体となり、一つの発明を効率的にグローバルな知財として保
護できる、いわば仮想的な世界特許庁と言えるような、より実質的な国際協力の枠組みの構築が求められ
ている。
世界の特許出願件数
願の増加を促していると考えられる。
世界の特許出願は急増しており、1995 年時点
急増の要因③:ゲームの変化 ∼牽制目的の特
は年間約 100 万件程度の出願件数であったもの
許∼
が、わずか 10 年間のうちに、2005 年には年間約
さらに、特許出願増加の要因としては、特許取
166 万件に達している。この世界の出願のうち、
得の目的が競合他社への牽制を目的とする面を
約 4 割は「非居住者」による出願となっている。参
強めていることも、考えられる(後述)。このような
考 I-1
特許取得を「軍拡競争」と表し、「ゲームのルール
が変化」したという見方3もある。
急増の要因①:R&Dの増大と経済のグローバル
コラム: 欧米 IT 企業と特許取得
・インテルのスウェル氏は、「我々は、マー
ケットにおける地位を守ろうとする知財利用の激
増の真っ直中にいる。」
・ドイツのソフトウエア企業である SAP のヘニン
グ・カガーマン氏は、なぜ、より多くの、より広い
特許の取得を推し進めるのか問われ、「これが
ゲームのルールだ」と答える。
・サンマイクロシステムズのパパドポラス氏は、「大
企業間には、一定レベルの相互確証破壊が存
在する。もし、相手が特許のポートフォリオを構
築するなら、核兵器をお互いに向け合うように、
自分もポートフォリオを構築しなければならな
い。」と言う。しかし、彼は、これを問題視してい
るというより、むしろ利点として見ている。
・ノキアは、1 万 2 千件を越える特許をグローバル
に保持しており、特許を得る過程で非常に多く
のイノベーションを生み出している。出願数は一
年あたり約 1500 件にのぼる。IBMは約 4 万件の
特許を保持している。一年あたり、3 千件以上の
特許を取得しており、過去 12 年間では、米国特
許商標庁において、もっとも多くの特許を取得
している企業である。HPは、グローバルに約 2
化1
世界的な R&D 投資の拡大により、居住者によ
る国内出願が増加している。これに加えて、経済
のグローバル化により、非居住者による国境を越
えた特許出願が増加している。TRIPS 協定の発
効(1995 年)を契機に、途上国への出願も増加し
つつあるが、今後、途上国経済の成長に伴い更
に増加していくものと見られる。
途上国出願人による先進国への出願の増加も
見込まれる。
急増の要因②:特許の金融資産としての価値
特許が投資対象となるなど「金融資産」的な価
値 2 を有するようになってきており、これが特許出
1
Ciaran McGinley (EPO長官室長)のレポートを参考にしている。
ここで言う金融資産とは、R&D投資への橋渡しとなるような資産
を指す。「知財はオープンイノベーション社会における通貨として
機能する」といった声もあるように、知財を通じてR&Dの資金調達
がなされるなど、知財が「金融資産」的に扱われるようになってき
ている(後述)。
2
3
The Economist. SURVEY: PATENTS AND TECHNOLOGY Oct
20th 2005
10
万 5 千件の特許を保持しており、昨年は 1783
件の特許を取得。これは、米国において、第 4
位 4 の取得件数である。マイクロソフトは、近年、
特許取得を加速しており、約 1 万件の出願が係
属中となっている。
(出典)「アイディアが流通する市場」 A market
for ideas. The Economist, (Oct 20 2005)
子技術分野とともに、高い伸びを見せている。
すなわち、世界の特許出願において、近年出
願件数の伸び率が最も高いのは医療機器分野
(32.2%増)。次に伸び率が高いのは音響機器・
映像機器分野(28.3%増)となっており、これに情
報技術分野(27.7%増)が続く。半導体分野も出
Ciaran McGinley (EPO 長官室長)「欧州から
見た世界の特許出願の動向」
A European perspective on global patent
workload (2007/04)
・第一国出願は、主に R&D 投資や追随的(右に
ならえ的)行動、教育が牽引。世界的に、R&D に
おけるリソースが、政府や企業によってささげら
れ、増え続けている。また、人口が非常に多い中
国とインドからの科学者及び技術者をはじめ、有
能な科学者及び技術者が世界的に急増してい
る。
・第二国出願は、グローバル化が牽引。他の見
方をすれば、TRIPS が機能していると言われるか
も知れない。
・金融資産としての特許が出現したことが、第一
国出願及び第二国出願の両者を牽引。
・米国裁判所は、ヒルマードクトリンのもとで、外
国語の非公開の先行技術を認めていないため、
これにより、外国の出願人はできるだけ早く米国
特許商標庁に出願することを促されている。ま
た、先発明主義が米国特許商標庁への早期の
外国出願を促している。さらに、米国特許商標庁
がソフトウエアとビジネスモデル特許を認める際
に域外(米国外)に及ぼすインパクトが(出願の
増加を)牽引している。相互接続されたインター
ネットの世界においては、1 つの主要な管轄(国)
で認められたソフトウエアが世界的なインパクトを
持つ(からである)。
( 出 典 ) Ciaran McGinley
A European
perspective on global patent workload
Intellectual Asset Management, (April/May
2007)
願件数の増加が続いており、2004 年は 2000 年と
比較して 22.5%増加している。
また遠距離通信分野(115,494 件)、音響機
器・映像機器分野(112,197 件)も高水準で推移
している。
なお、近年出願件数が減少しているのは、材
料加工・繊維・紙分野(11.2%減)や高分子分野
(9.5%減)となっている。
バイオ分野や情報電子技術分野等のイノベー
ションが活発な分野における出願増加がグロー
バルな特許出願の増加に繋がっている。 参考
I-2
世界の分野別出願動向
出願件数では、情報や電気分野が多い。すわ
なち、2004 年の世界において出願件数が最も多
いのは、情報機器分野(141,357 件)。次に多い
のは電子部品・電気工学・電力分野(127,969
件)となっている。
他方、伸び率で見ると医療分野などが情報電
4
第 4 位は 2004 年度のランキング。直近の 2007 年度は第 10 位。
11
出願件数の増加が求めるグローバルな協力の
い表現である。途上国と共有できる理念が必要
である。
(委員意見)
枠組み
こうした世界規模での特許出願件数の増加は、
特許の議論におけるグローバル化の
意味
技術が国境を越えていくという意味でのグロー
バル化と、モノが越えていくという意味でのグロー
バル化ではその意味が異なる。色々なレベルの
グローバル化を一つの観点から捉えると分かりや
すいかもしれないが、問題の本質を見逃す可能
性があり、分けた方が面白い議論になる。グロー
バル化の中での特許の議論においても、貿易の
世界で起こっていることとどう違うのかという考え
方で整理するとよいのではないか。
(委員意見)
世界全体での知的財産の保護意識や保護水準
が着実に高まっていることのあらわれでもあり、こ
れまでの知財政策が順調に成果をあげていると
考えられる。
このような状況の中、出願人にとっては、一つ
の発明をグローバルな知財として効率的に保護
することが求められている。また、各国特許庁に
とっては、審査の効率化を図り、外国出願のワー
クロードの増加に対応することも必要である。
このような観点から、国際連携を図るとともに、
併せて、①特許制度の調和、②審査基準の調和、
③審査判断の質の調和、④検索環境の調和を
進めることにより、一つの発明を効率的にグロー
バルな知財として保護できる、いわば仮想的な
世界特許庁と言えるような、より実質的な国際協
力の枠組みの構築が求められている。
特許のフィロソフィーとその世界的な
スタンダード
特許のフィロソフィーを明確化し、特許制度は
人類が知識をシェアするための公的な仕組みで
あることを明確にし、世界的なスタンダードとして
発信していく必要があるのではないか。
(委員意見)
グローバル化に対応したプロパテント
政策
日本市場は成熟し、人口も減少してきているた
め、海外市場へ目を向ける必要がある。そのため
のグローバル化に対応したプロパテント政策が
重要。
(委員意見)
知財の分野におけるグローバル
ガバナンスの視点
知財の分野についてもグローバルガバナンス
の視点が必要となるだろう。日本が積極的に貢
献していくためには、理念を提示する必要がある
が、途上国の視点から見ても、「持続可能(サス
テイナブル)な世界の特許システムの実現」は良
12
ユーザーサイドからの視点
特許庁は、ユーザーがビジネスや研究
開発を行いやすくするためにはどうあるべきか、
とのユーザーサイドの視点からの取組を進めると
共に、世界のオピニオンリーダーとして、知財に
関する議論をリードしていくべきである。
(委員意見)
参考I-1
(万件)
世界の特許出願件数
180
160
166万件
非居住者による出願
国内出願
約4割が
非居住者
140
120
100
80
60
40
20
0
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
(出典)WIPO Patent Report 2007
参考I-2
技術分野
I
1
2
3
4
5
II
6
7
8
9
III
10
11
12
13
14
15
16
17
IV
18
19
20
21
22
V
23
24
25
26
27
28
VI
29
30
電気・電子関連
電子部品・電気工学・電力
音響機器・映像機器
通信技術
情報技術
半導体
装置・機械関連
光学
分析機器・測定機器・制御機器
医療機器
原子力工学
化学・薬品関連
有機化学
高分子
薬品・化粧品
バイオ
農業・食品
石油化学・無機化学
表面処理・塗装
冶金
プロセス工学関連
化学工業
材料加工・繊維・紙
印刷
農業機械、食品加工
環境技術
機械・輸送関連
工作機械
エンジン、ポンプ、タービン
熱処理、熱機器
機械要素
輸送
宇宙技術・武器
日用品・都市工学関連
日用品
都市工学・建設・鉱業
2000年と
の比較(*)
2000
2001
2002
2003
2004
113,432
87,479
102,720
110,701
64,049
117,374
94,220
112,365
125,036
71,367
112,553
89,349
104,513
115,272
68,082
113,902
94,986
106,696
118,572
67,271
127,969
112,197
115,494
141,357
78,483
+12.8%
+28.3%
+12.4%
+27.7%
+22.5%
71,697
102,120
55,813
5,920
80,569
110,412
59,415
5,922
78,809
107,852
61,569
5,820
79,411
114,188
72,229
6,029
89,022
122,083
73,789
6,752
+24.2%
+19.5%
+32.2%
+14.1%
36,625
46,698
64,704
41,063
19,857
36,893
35,215
38,087
36,137
46,728
69,223
42,580
20,822
36,841
37,917
39,985
37,447
43,918
73,673
47,208
22,873
36,389
37,343
36,625
37,547
44,073
78,772
48,065
24,187
35,353
38,490
37,100
34,790
42,244
75,613
40,545
22,237
33,657
40,545
35,891
-5.0%
-9.5%
+16.9%
-1.3%
+12.0%
-8.8%
+15.0%
-5.8%
50,339
54,826
77,756
20,740
20,016
50,347
55,865
77,910
20,587
20,218
48,810
52,651
75,529
21,093
19,248
49,362
50,082
77,089
21,059
18,773
46,731
48,667
84,159
21,707
18,864
-7.2%
-11.2%
+8.2%
+4.7%
-5.8%
38,454
38,682
27,005
52,608
68,833
5,418
39,563
41,554
27,382
53,708
70,112
5,414
35,664
40,733
26,196
51,479
67,185
5,370
34,834
42,488
26,066
52,764
72,146
5,811
36,435
46,090
26,943
56,552
79,781
5,351
-5.2%
+19.2%
-0.2%
+7.5%
+15.9%
-1.2%
84,889
59,601
87,505
59,056
85,395
56,412
88,112
57,319
95,193
59,239
+12.1%
-0.6%
* 2000年を基準とした2004年の値の増減(%)
(出典)「WIPO PATENT REPORT 2007 Edition」より特許庁作成
13
(2) 日本特許庁の状況
日本においては、近年、特許出願の件数自体は若干減少の傾向にある。近年、産業の再編が進められ
ているため、M&A などの影響を受け、R&D 投資が活発化しているにもかかわらず、出願件数が抑制されて
いることも一因として考えられる。また、量より質をより重視する特許戦略をとる企業も少なくない。しかし、こ
のような産業再編等が一段落すれば、R&D 投資は拡大しており、今後の日本企業の特許戦略如何ではあ
るが、再び、減少から増加へ転じる可能性もある。また、出願件数自体は若干減少しているものの、審査官
のワークロード(「審査請求件数 × 請求項数」に換算)は増加傾向にある。特に、外国出願のワークロード
の増加が顕著であるので、外国出願についての審査の効率化が課題となっている。
現在は若干の減少傾向にあるが、上記のよう
日本の特許出願件数
日本においては、出願件数だけを見ると、
な再編や日本企業の出願動向の変化が一段落
1995 年の約 37 万件から 2001 年に約 44 万件の
すれば、R&D 投資は拡大しており、今後の日本
ピークに達した後、2005 年の約 43 万件へと若干
企業の特許戦略如何ではあるが、再び、減少か
の減少傾向にあり、米国のような急増が見られる
ら増加へ転じる可能性もある。
わけではない。また、近年は、出願件数が若干
ワークロードベースでの分析
の減少傾向にあるが、日本特許庁の実質的なワ
また、日本では、出願人から「審査請求」がな
ークロードは、後述するように、増加傾向にある。
されてはじめて特許審査がなされるため、審査官
参考 I-4
の業務負担(ワークロード)の実態を把握するに
は、例えば、「審査請求件数」ベースで分析する
出願動向の背景と今後
日本国内では、例えば電気電子産業などの分
必要がある。また、海外からの出願は、「出願 1
野で、選択と集中が進められるなど、産業の再編
件あたりの請求項数」が多いという傾向も見られ
が進められてきた。また、従来の欧米企業へのキ
る。
ャッチアップ過程の中で改良生産技術や横並び
そこで、日本への特許出願件数を「審査請求
の製品開発を支える目的での守りを主眼とした
件数 × 請求項数」に換算すると、特に、海外か
大量の特許出願・取得から、コアとなる事業を展
ら日本へ出願された外国出願についてのワーク
開する上で有益な質の高い特許権の取得へと、
ロードが顕著に増加していることが分かる。参考
知的財産戦略を転換する企業が増えつつあり、
I-5 そのため、国際協力を通じて、外国出願に
その結果として、出願件数の増加が抑えられ、件
係る審査の効率化を図ることも重要な課題であ
数が若干減少しているものと考えられる。
る。
また、経済のグローバル化に伴い海外での権
利化を強化する動きが高まる中、各企業内にお
日本国特許庁のこれまでの取組
ける有限の知的財産予算の配分として、国内出
日本の特許庁は、特許審査の迅速化のため
願よりも海外出願に重点が移行していることも、
に、他分野や諸外国ではあまり例を見ない先進
件数が若干減少している要因として考えられる。
的な取組を進めてきている。例えば、世界に先
14
駆け先行技術調査の外注や先進的情報システ
るため、2004 年度から 5 年間で任期付きの特許
ムによるペーパーレス化を通じた効率的な業務
審査官約 500 人の増員を行った。
体制の整備、任期付審査官の採用などを進めて
今後は、これまでの取組の強化、新たな情報
きた。外注の拡大や先進的情報システムの導入
システムの導入によってより一層の効率化を図る
の結果、一人あたりの審査処理件数が米国の 2
とともに、外国出願についての審査の効率化を
倍以上、欧州の 4 倍以上となっている。しかし、
図るため、国際的なワークシェアリング等をより一
近年、審査請求件数が増大しており、さらなる効
層推進していく必要がある。
率化が求められている。
このような国際的なワークシェアリングを通じて、
特に、2001 年 10 月から、審査請求期間を 7
海外出願の増加に見られるように内外での迅速
年から 3 年に短縮したため、いわゆる審査請求の
な特許保護を求めるユーザー(出願人)のニーズ
コブが発生しており、審査請求件数が著しく増大
に応えることが重要である。
している。参考 I-3 この増大に対応す
参考I-3
一次審査件数と審査請求件数
50.0
30.0
39.1
38.3
40.0
38.0
29.66
29.
25.2
23.0
23.6
22.0
22.9
37.8
32.0
33.6
24.5
20.0
10.0
0.0
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
(年度)
一次審査件数
審査請求件数
※2008年の一次審査件数は実施庁目標値
<審査請求期間短縮による審査請求の急増>
3年請求分
7年請求分
2001年10月
15
参考I-4
日本
(万件)
50
日本の国内出願
米欧から日本への出願
40
30
20
10
0
-10
日本から米欧への出願
-20
日本から韓・中への出願
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
五極外から
韓・中から
三極内から
国内出願
五極外へ
韓・中へ
三極内へ
0.0
0.2
3.3
33.4
0.5
1.1
5.4
0.0
0.3
3.5
33.9
0.6
1.4
5.6
0.0
0.3
4.9
34.9
0.8
0.7
5.8
0.0
0.3
4.2
35.7
0.9
2.0
6.4
0.0
0.2
4.5
35.8
0.6
1.8
6.7
0.0
0.3
3.3
38.4
0.7
2.3
7.6
0.0
0.3
5.5
38.3
0.6
2.6
8.7
0.0
0.3
5.3
36.5
0.6
2.9
8.0
0.0
0.4
5.1
35.8
0.8
3.3
8.4
0.4
0.6
4.4
36.8
0.7
4.0
9.1
0.5
0.7
4.7
36.8
0.9
4.7
9.8
0.5
0.8
4.9
34.7
1.1
5.0
10.4
※ 「三極内から」には自国の国内出願を含まない
(出典)WIPO Statistics Database 及び中国国家知識産権局(SIPO) Website
(http://www.sipo.gov.cn/sipo/sjzx/) から特許庁作成。PCT出願に関するデータに不備
があるため、日本における五極以外からの出願(∼2003)について補正を行った。
参考I-5
ワークロードの推移
(審査請求された出願件数×平均請求項数)
(万)
250
①海外から
の出願群
200
150
請100
求
項
数 50
②国内のみ
の出願群
0
③日本発の
出願群
50
100
1996
1997
1998
1999
2000
出願年
2001
2002
2003
2004
※出願年2000年、2001年については、審査
請求期間(7年:2001年9月30日以前の出願)
が満了していない。
16
※ 特許庁内のシス
テムで集計したデー
タに基づき作成
(3-1) 諸外国の状況(米国)
世界的に特許出願が増加する中、米国においても、特許出願が急増している。この要因としては、R&D
投資の増加に加えて、米国特有の事情などもあると考えられている。米国特許商標庁も、急増する出願を
円滑に審査するべく、体制の強化に努めている。
米国の特許出願件数
③米国企業が、特許の巨大なポートフォリオ
米国における特許出願は、居住者によるもの
を作り上げることで、他社よりも有利な立場
と、非居住者によるものがともに急増している。
に立とうとしている
1995 年時点は年間約 20 万件程度の出願件数
また、米国に限らず、特許が投資対象となるな
であったものが、わずか 10 年間のうちに約 2 倍に
ど「金融資産」的な価値を有するようになってきて
なっており、2005 年には年間約 40 万件となって
いることも出願増の要因として挙げられる。
いる。参考I-6 また、直近のデータ 5 では、2007
さらに、米国の一部の州では権利者に有利な
判決が出やすいことから、訴訟地として米国が選
年には年間約 44 万件6になっている。
ばれやすいとの見方があるが、このようなことが
米国での特許出願増加に影響していると考えら
急増の要因
れる。
米国では、年々R&D 投資が増加しており、こ
の旺盛な R&D 投資が特許出願を牽引していると
しかし、このような点について、米国の特許制
考えられる。また、世界経済に占める米国のウェ
度は変化しつつあり、大統領選においても、各候
イトの大きさと世界の経済成長を米国がリードし
補が特許の質の向上と特許制度の変革に言及
てきたことから、米国は、市場として、また生産拠
している。
点として大きな地位を占め、これが米国における
例えば、バラック・オバマ上院議員は、「米国
権利保護及び権利行使のニーズを高めていると
特許商標庁の体制を強化し、外部の研究者や技
も考えられる。さらに、前述の EPO 長官室長のレ
術者による特許審査への参加(レビュー)を促す
ポートでは、この米国の出願増の理由について
ことによって、イノベーションの障害となっている
以下のような要因もあげられている。
『不確実で(uncertainty)不毛な(wasteful)特許
訴訟』を減らすことができる。」8としている。
①米国の特許制度の特異性7のために、海外
また、ジョン・マケイン上院議員は、「特許の質
企業にとって米国に出願するインセンティ
を高め、訴訟を減らすために特許制度は変わる
ブがある
べきである。」9と述べている。参考I-9
②米国の特許審査が、ソフトウェアやビジネス
モデルの分野で他国に比して特許を取り
やすい
米国特許商標庁による対応策
この急激な出願増に対して、米国では「審査
5
米国特許商標庁の年報(2007 年度版)
6
Utility Patentのみの件数。
7
例えば、外国からの出願について優先権の効果が制限(ヒルマ
ー・ドクトリン)されるため、第二国出願についても早期に特許出
願しようとすることになる。優先権の効果が制限されなければ、優
先権主張が可能な期間(第一国出願から 1 年間)において外国
出願の必要性につき、十分吟味できることとなる。
順番待ち期間」も長期化傾向にあり参考 I-7、こ
8
(出典)オバマ氏のWebページ等に掲載のマニフェストを引用
(出典)BusinessWeek誌記事「Election 08: Seeking a Tech
President 」(2007/09/19)から引用
9
17
視されるようになってきている。
のような長期化を防止しつつ、特許制度の安定
性を維持するための努力が続けられている。例
えば、米国特許商標庁は、審査官を大量採用し
専門教育を施すなどの対策を講じており、また、
米国特許商標庁 2007-2012 戦略プランでは、
特許出願の高い審査の質の提供を目指し、テレ
ワークの拡大及び米国特許商標庁の支所の設
置を掲げている。
しかし、採用した審査官の相当数が短期間に
離職するといった問題も抱えていると言われる。
参考 I-8
米国特許商標庁におけるバックログを巡る議論
米国会計検査院は、2007 年 10 月に、米国特
許商標庁における特許出願のバックログの問題
について、採用による対策だけでは不十分であ
り、審査官の離職の問題に取り組むべきことを指
摘した。具体的には、2002 年から 2006 年の間に
3,672 名の特許審査官を採用しているが、1,643
人が離職しており、個々の審査官の審査処理目
標が高すぎること等に原因があるとしている。参
考 I-8
この問題は、議会においても、問題となってお
り、下院司法委員会の小委員会(2008 年 2 月 28
日の公聴会)においては、76 万件(2007 年度末)
のバックログと審査遅延の問題、審査官の離職
の問題が議論された。
さらには、上院歳出委員会の小委員会(2008
年 3 月 6 日の公聴会)においても、バックログの
問題について、増員だけでは不十分であり、出
願人自身による協力や、在宅勤務などの対策が
必要であることなどが指摘された。
以上のように、出願数が急増する状況の中で、
出願人と米国特許商標庁のいずれにとっても、イ
ノベーションを促進するために、「特許の質」が重
18
参考I-6
米国
(万件)
50
五極外から米国への出願
韓・中から米国への出願
40
日欧から米国への出願
30
米国の国内出願
20
10
0
-10
米国から韓・中への出願
米国から日欧への出願
米国から五極外への出願
-20
五極外から
韓・中から
三極内から
国内出願
五極外へ
韓・中へ
三極内へ
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
2.9
0.3
7.3
12.4
2.7
0.5
2.6
3.0
0.4
7.1
10.7
2.6
0.5
3.5
3.2
0.5
6.4
11.9
2.8
0.6
3.7
1.8
0.6
7.9
13.5
3.3
1.7
4.0
2.2
0.5
8.9
14.9
2.7
1.9
4.2
2.4
0.6
10.1
16.5
3.2
2.2
4.8
2.8
0.7
11.4
17.8
3.1
1.6
4.9
3.0
0.9
11.2
18.4
2.7
1.6
4.7
3.2
1.1
11.0
18.9
3.0
1.8
4.9
3.5
1.5
11.7
19.0
3.8
2.4
6.6
3.8
1.9
12.6
20.8
5.7
2.9
6.6
4.3
2.5
13.6
22.2
6.7
3.1
6.7
※ 「三極内から」には自国の国内出願を含まない
(出典)WIPO Statistics Database及び中国国家知識産権局(SIPO) Website
(http://www.sipo.gov.cn/sipo/sjzx/)から特許庁作成。
三極は日・米・欧。五極は三極と韓・中
参考I-7
【三極の審査順番待ち期間と最終処分期間】
50.0
JPO 審査順番待ち期間
JPO 最終処分期間
USPTO 審査順番待ち期間
USPTO 最終処分期間
EPO 審査順番待ち期間
EPO 最終処分期間
(月数)
40.0
30.0
20.0
10.0
(資料)三極統計報告
0.0
2001
2002
2003
2004
2005 (年)
【三極特許庁の審査官数推移】
6,000
(人数)
4,779
JPO
EPO
USPTO
5,000
4,177
4,000
3,449
3,000
1,358 1,468
(196) (294)
2,000
1,000
0
(備考)JPOの2005年、2006年の括弧内は任期付
審査官の占める数。
(資料)三極統計報告、USPTO Performance and
Accountability Report
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006 (年)
(出典)特許行政年次報告書2007年版
19
参考I-8
米国特許商標庁の現状と悩み:
米 国 会 計 検 査 院 報 告 書 「 Hiring Efforts Are Not Sufficient to Reduce the Patent Application
Backlog」(2007)
米国特許商標庁は2002年から2006年の間に3,672名の特許審査官を採用しているが、2,028名の特
許審査官は庁を辞職するか他のポストへ異動したため、増加した特許審査の労働力は1,644名にとど
まっている。より具体的には、同期間において、1,643名の特許審査官が庁を辞職し、385名の特許審
査官が特許審査以外のポストへ異動又は昇進した。
Bruce A. Lehman(元USPTO長官) 「イノベーション、特許の危機と、共通の特許システム」 (2007)
世界の特許システムは危機の時代を迎えている。これは、係属中の出願の増加、審査の質の低下、
複数の特許庁による重複事務、出願手続コストの増加によって特徴付けられる。例えば、米国特許商
標庁では、出願数と平均係属期間の双方が着実に増加している。現在、米国商標特許庁には、特許
出願について、約47万5千件のバックログが存在し、もしこのトレンドが続けば、審査待ちの特許出願
件数は2008年までに100万件に到達するだろう。その時には、多くの重要な技術について、米国特許
商標庁が(出願から)特許登録するまでに5年以上を要することになるであろう。この例は、世界中の特
許庁で繰り返されるだろう。
米国有識者(2007.米)
米国特許商標庁の現状について、毎年約1200人採用しているが、審査官の採用・維持は困難であり、
経験の少ない審査官がシニアと見られるような状況。米国特許商標庁では、特許弁護士に丁寧に対
応し、比較的迅速な審査を行っていたが、それが難しい時期に入っている。
米国特許商標庁 2007-2012 戦略プラン「United States Patent and Trademark Office 2007–2012
Strategic Plan」
「特許出願の高い審査の質の提供」と題して、「テレワークの拡大及び米国特許商標庁の支所の設
置」等を掲げている。
参考I-9
2008年大統領選挙
大統領選においても、特許の質の向上と特許制度の変革が話題となっている。民主党の候補と共和
党の候補が同趣旨のコメントをしている点は注目に値する。
バラック・オバマ上院議員(民主党)
技術とイノベーションを通じ、全ての米国人を結びつけ、地位向上を図る
特許制度改革: 21世紀において国際競争力を確保するためには、適時に高品質な特許を生み出し
ていくことが必要不可欠。特許の予見性(predictability)と明確性(clarity)を高めることで、イノベーショ
ンを生み出す環境を整備していく。また、米国特許商標庁の体制を強化し、外部の研究者や技術者
による特許審査への参加(レビュー)を促すことによって、イノベーションの障害となっている「不確実で
(uncertainty)不毛な(wasteful)特許訴訟」を減らすことができる。
こうした審査体制の充実により、米国特許商標庁は、出願人に対して多様な選択肢を提示すること
ができるだろう。つまり、出願人が自らの発明は特に重要だと信じる場合、特許審査の過程で厳正な
公衆によるレビューを受けることで、その後の裁判で特許無効となりにくい「金賞特許(gold-plated
patent)」を取得することができる、というものだ。
また、有効性が疑わしい特許が行使された場合に、米国特許商標庁が特許の有効性について判断
する、低廉かつ適時の行政手続を導入することも目指す。
私が大統領を目指すに当たり、米特許法が権利者の正当な権利を保護するとともに、イノベーション
や共同研究を阻害しないものとなるよう、公約する。 (オバマ氏のWebページ等に掲載のマニフェストを引用)
ジョン・マケイン上院議員(共和党)
『マケイン候補は選挙戦で「特許の質を高め、訴訟を減らすために特許制度は変わるべきである。」と
述べている』(BusinessWeek誌記事「Election 08: Seeking a Tech President 」(2007/09/19)から引用)
「私は自由貿易主義者。私が大統領となれば、その権力の全てを知的財産保護に傾ける。しかし、より
重要なことは、世界の全ての市場を、自由貿易を通じ開放することだ。」(IT分野著名ジャーナリストMichael
Arrington氏とのインタビュー(2007/11/12) ※ TechCrunch社のホームページからインタービューの議事を引用)
※ 括弧内は記事等の引用であり、引用元が著作権を保有。
20
(3-2) 諸外国の状況(中国)
世界で特許出願が増加する中、中国における特許出願も急増している。すでに中国の特許出願は世界
の 10.4%(2005 年)に達しており、中国を含め主要国の特許の質の調和が求められている。このため、三極
の国際的な協力の環に中国の参加を求めていくことも必要。また、海外の企業が中国における特許権等に
係る紛争を避けるためにも、中国語の特許文献や技術文献に容易にアクセスするための環境整備等が課
題となっている。
により訴えられるケースが増えているが、今後さら
中国の特許出願
に、海外の企業を巻き込んだ紛争事例が増える
中国における特許出願は、中国経済の成長に
のではないかと見込まれる。
伴い、居住者によるものと、非居住者によるもの
がともに急増(居住者によるものが 1995 年の約 1
そこで、中国を含め主要国の審査の質の調和
万件から 2005 年の約 9 万 3 千件へと、非居住者
が求められており、日米欧の国際的な協力の環
によるものが 1995 年の約 9 千件から 2005 年の
を中国等に広げていくことも重要である。
約 8 万件へと、10 年間でおよそ 10 倍の増加を見
せている。また、直近の 2007 年のデータでは、
海外の企業が特許権等により提訴された例
・2005 年にモトローラが中国の個人出願人より携
帯電話関連の特許権侵害で提訴された。モトロ
ーラは特許無効の訴えをおこしていたが敗訴。
上訴したものの、取り下げたため、2007 年に敗
訴が確定した。
・2006 年にフランスの大手電気機器メーカーであ
るシュナイダー系列の企業が、中国の企業よ
り、ブレーカー関連の実用新案権の侵害で提
訴され、2007 年に 3 億 3 千万元の損害賠償を
命じられた。
・2007 年に韓国のサムスン電子が、中国の携帯
電話メーカーより、通信関連の特許権侵害で提
訴された。
(報道に基づき特許庁作成)
居住者によるものが約 15 万 3 千件、非居住者に
よるものが約 9 万 2 千件に達している)している。
参考 I-11
海外から、特に日米欧三極からの出願の急増
は、製造拠点であり、かつ、巨大市場である中国
への生産と商品の流れの増加という、大きな変化
に伴うものと考えられる。
他方、中国から世界への出願は三極に対する
ものがほとんどを占める。これは、2006 年におい
て、5 千件に過ぎず、三極の審査負担となるには
至っていない。
中国語の特許文献の重要性
しかし、将来的には、中国経済の成長に伴い、
世界の企業がグローバルに事業を展開し、中
中国発の特許出願が世界での保護を求めるよう
国に生産拠点を設ける場合においては、中国の
になるものと思われ、日本を含む世界各国での
特許情報へのアクセスが重要となる。しかしなが
審査の負担が大幅に増加する可能性もある。
ら、中国国内出願しかしていないものもあり(全体
の 42%程度)、そのような文献について、中国国
審査の質の調和の重要性
家知識産権局(中国特許庁)は機械翻訳による
特許出願の大幅な増加に伴い、中国における
英訳を提供するなど、中国の特許文献へのアク
特許紛争の増加も予想される。近年、中国の企
セス改善に努めている(後述)。海外の企業が特
業間だけでなく、海外の企業が特許権等の侵害
許権等の侵害により提訴されるケースは、中国文
21
献の重要性の高まりを示す事例として指摘される
に、エンフォースメントの充実に加えて、審査の
こともあり、より確実に日本の企業が中国におけ
段階で適切な権利付与がなされることが特に重
る特許紛争を防ぐ観点から、中国機械翻訳を利
要でもある。
用して日本語で中国の特許文献や技術文献に
アクセスするなどのよりアクセス容易な環境整備
中国との協力の強化に向けて
が課題となっている。
中国は、近年の出願件数の増加に対処するた
め、中国特許庁(国家知識産権局)における審
中国での模倣品・海賊版問題
査官を急増させるなど、審査体制の増強や人材
日本企業の 2006 年度の世界における模倣被
育成に取り組んでいる。このような取組を支援し、
害率10は 23.0%であり、その被害企業のうちの多
協力するためにも、日中、日中韓による会合や、
くが、中国で模倣被害にあったと回答している。
日米欧中韓による五庁会合等が開催されている。
また、世界に流通する模倣品の製造国、経由国
これらの会合を通じて、世界的な審査の質の調
を見ても、中国で製造されたものや中国を経由し
和に向けて、中国との協力体制を維持・強化して
たものが多い状況にある。このような状況に対し
いくことが重要である。将来的にワークシェアリン
ては、中国政府としても、模倣品・海賊版対策に
グを目指していくためにも、日米欧三極と中国の
努めており、我が国としてもこうした中国政府の
審査の質の調和に向け、協力を進めていくことが
取組を支援し、また、様々な情報提供、意見交
重要である。
また、中国政府としても中国語文献に対する
換を行うとともに、中国における執行体制(エンフ
諸外国のアクセスの改善に努めているところであ
ォースメント)の充実を働きかけている。
るが、日本企業が中国における特許紛争を防ぐ
観点や、将来的なワークシェアリングの推進に向
模倣品・海賊版問題と迅速な権利取得
中国における模倣品・海賊版はその多くが意
け、我が国としても中国特許文献を参照すること
匠権や商標権の侵害事例であり、模倣品対策と
ができるような環境を整備していくことが重要であ
して意匠権や商標権の迅速な権利取得が重要
る。
である。特許権侵害の事例についても迅速な権
商標の出願・審査事情と課題
利取得が重要である点で同様である。
意匠権や商標権に比べると特許権はその内
中国においては、商標出願も 1995 年の約 17
容を外観で判断しづらい特徴がある。そのため、
万件から 2005 年の約 67 万件へと急増しており、
保護を望む者にとっては、自らの発明が特許性
これに対する審査体制の整備など、大幅な出願
を有するのか否か、権利行使を受ける者にとって
増への対応が課題となっている。参考 I-12
は、真に有効な権利による権利行使であるのか
また、我が国において著名なブランド、キャラク
否か、その判断が難しいケースが多いと考えられ
ター、農産物の名称や地名などが現地の企業等
る。したがって、特許権に係る紛争を避けるため
によって登録され、紛争となるなどの問題が生じ
ており、我が国の産業界としても早期の商標出願
が重要になっている。このような状況の中、日米
10
(出典)2006 年模倣被害調査報告書。模倣品被害率は、模倣
被害に関するアンケートに対し、有効回答があった企業中、模倣
被害有りと回答した企業の割合。
欧商標三極会合(2007 年 10 月実施)や、日中商
22
標長官会合(2007 年 10 月開催)では、中国にお
中国におけるイノベーションと特許利用
中国では、GDP の成長率が約 10%(例えば、
2005 年が 10.4%であり、2007 年は 11.4%)と急
速に増加している。また、GDP に対する研究開
発費も、2005 年度で約 1.3%であるものが、2010
年には、約 2%にまで増加する可能性があり、そ
の伸びは著しいと考えられている。そのため、特
許出願も、引き続き増加することが予想される。
また、中国では、特許件数は急増しているが、
他方、特許の利用率は、日本などと比べて、かな
り低いとも言われている。
(中国国家統計局の公表値及び有識者ヒアリ
ングに基づき特許庁作成)
ける審査の迅速化や IT 化に向けた議論が行わ
れている。
中国の専利法11改正
中国では現在、専利法の第三次改正作業中
であり、2006 年 7 月には、中国特許庁より改正案
が発表され、その後中国特許庁より国務院に改
正案が提出され、現在国務院の中で検討されて
いる。また、中国は、立法のプロセスにおいて、
各国の意見を聞くなど、丁寧な手続を踏んで、立
法手続を行ってきている。
しかし、その改正内容には、世界公知公用制
度の導入など日本企業にとって歓迎すべき点も
多いが、遺伝資源の出所開示義務の導入などに
ついて懸念される点もある。今後専利法実施細
則において詳細を規定していくことが予想される
ので、その改正状況を注視していくことが重要で
ある。参考 I-10
11
中国において、特許、実用新案、意匠について規定している
法律。
23
参考I-10
専利法の改正案(第三次改正案)の概要
・新規性判断における世界公知公用の採用
現行専利法では、「国内外公知・国内公用」(他国において公開使用された発明・意匠であっても、
中国国内において公開使用されてなければ保護される)
・医薬品等の強制許諾規定
強制許諾の規定において、流行病の治療等は、強制許諾の要件である公共の利益のための行為に
含まれる旨を明記。また、流行病治療薬の製造能力がない途上国が輸入を希望する場合に、中国か
らの輸出に強制許諾を与えることができる旨も明記。
・意匠の登録要件としての創作非容易性を追加
現行専利法では、創作非容易性を保護要件としておらず、公知意匠を僅かに変更した意匠も保護さ
れる。
・関連意匠(類似意匠)制度の導入
これにより、複数の類似する意匠(バリエーションの意匠群)を保護することができる。
・意匠権行使の際の検索報告書提示の義務化
検索報告書は権利の有効性を示すための資料。現行では、意匠登録は初歩審査(法式審査や不登
録事由に関する審査)のみで登録されており、この制度導入により、意匠権に基づく訴訟があった時に、
権利者又は利害関係人は、SIPOに検索報告書の作成を請求することができる。既に実用新案制度に
は導入されている。
・意匠の実施行為に「販売の申し出」を追加
これにより、展示会等で権利侵害品を展示する行為を禁止することができる。
・遺伝資源の出所開示義務
改正案では、遺伝資源を利用した発明について、特許出願中に遺伝資源の出所の開示を義務付け、
違反したときは出願拒絶または特許無効とすること、また、遺伝資源の取得と利用が他の関連法規に
違反した場合は、特許取得できない旨規定している。
※ 2006年12月に中国国家知識産権局から国務院法制弁公室に提出した改正案。
現在国務院にて検討中。2008年中に全国人民代表大会にて成立する見込み。
24
参考I-11
中国
(万件)
25
韓国から中国への出願
20
15
三極から中国への出願
10
中国の国内出願
5
0
中国から三極への出願
-5
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
0.0
0.8
0.1
1.0
0.0
0.0
0.0
五極以外から
三極から
韓国から
国内出願
韓国へ
三極へ
五極以外へ
0.0
0.9
0.1
1.2
0.0
0.0
0.0
0.0
1.0
0.2
1.3
0.0
0.0
0.0
0.1
3.1
0.2
1.4
0.0
0.0
0.0
0.1
3.2
0.1
1.6
0.0
0.0
0.0
0.2
3.8
0.2
2.5
0.0
0.1
0.0
0.1
3.0
0.2
3.0
0.0
0.1
0.0
0.2
3.6
0.3
4.0
0.0
0.1
0.0
0.2
4.3
0.4
5.7
0.0
0.1
0.0
0.2
5.6
0.6
6.6
0.0
0.2
0.0
0.3
6.9
0.8
9.3
0.0
0.3
0.1
0.4
7.5
0.9
12.2
0.0
0.5
0.1
(出典)WIPO Statistics Database及び中国国家知識産権局(SIPO) Website
(http://www.sipo.gov.cn/sipo/sjzx/)から特許庁作成。
三極は日・米・欧、五極は三極と韓・中を示す。
参考I-12
中国(商標)
(万件)
80
韓国から中国への出願
70
三極から中国への出願
60
50
中国の国内出願
40
30
20
10
0
中国から三極への出願
-10
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006
五極以外から 0.8
1.8
三極から
0.1
韓国から
14.5
国内出願
0.0
韓国へ
0.1
三極へ
0.1
五極以外へ
0.8
1.9
0.1
12.2
0.0
0.2
0.3
0.5
2.1
0.1
11.9
0.0
0.2
0.4
0.5
1.9
0.1
12.9
0.0
0.2
0.3
0.5
1.9
0.1
14.1
0.0
0.2
0.2
0.7
2.3
0.1
18.2
0.0
0.2
0.3
0.6
2.3
0.1
23.0
0.0
0.3
0.4
1.4
4.2
0.2
32.1
0.0
0.3
0.3
1.2
4.0
0.2
40.6
0.0
0.4
0.6
1.3
4.7
0.3
52.8
0.0
0.7
1.1
1.6
5.8
0.3
59.3
0.1
1.0
1.6
(出典)WIPO Statistics Database 、中国商標局の年報から
特許庁作成。三極は日・米・欧、五極は三極と韓・中を示す。
25
2.1
7.2
0.4
66.9
0.1
1.2
1.9
(4) 国際連携ネットワークの拡大 ∼ 「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて ∼
特許の質の高いレベルでの調和の重要性
経済のグローバル化が進む中で、出願人にとっては知財のグローバルな保護が重要になっている。また、本
来、イノベーションを促進するためには、特許手続の簡素化や安定した権利取得などの観点から、一つの発明
は、世界において同一の基準で権利付与されることが望ましい。特に、昨今、グローバル化やオープンイノベ
ーションの進展により、グローバルに外部の技術力を活用しつつ研究開発や製品化を進めていくようなイノベ
ーション環境が広がっており、これが重要になってきている。したがって、グローバルな経済活動を支える観点
から、安定した権利、いわゆる特許の質をいかに高いレベルでグローバルに調和するかが課題となる。
多様化する出願人のニーズ
また、審査の着手時期については、グローバルな出願や最先端分野の出願など、出願人が早期の審査を望
むものがある一方で、そうでないものもあり、出願人のニーズは多様化しつつある。そして、上述したようにグロ
ーバル化が進む中で、一つの発明をグローバルな知財として効率よく早期に保護するニーズも強い。海外に
おける権利取得の円滑化のためには、海外の手続において日本の審査結果が活用できるよう、ワークシェアリ
ングを推進することが有効であり、このための特許庁内でのワークシェアリングの体制の構築が重要となる。
国際連携ネットワークの必要性
特許庁にとっては、グローバル化を背景に世界的に特許出願が増加する中で、同一の発明が複数の特許庁
に出願される重複出願も増加しており、これに伴う審査負担が世界的に増大している。そこで、重複出願の審
査の効率化を図るために、国際的に連携を図り、ワークシェアリングを推進することが重要である。また、国際
的にもトップクラスの出願件数を有し、世界において特許の分野で大きな影響力を有する我が国としては、国
際連携ネットワークの構築に貢献することが必要であると同時に、自国における外国出願のワークロードの増
大に対応することが必要である。
国際連携を進めるために
しかし、現状、国際的には、制度や審査基準の調和が充分ではなく、審査判断等を含めた審査の質や審査
着手時期なども不均一である。このため、他庁の結果の利用にも一定の限界があり、ワークシェアをより有効に
機能させるために、国際的に審査判断等を含めた審査の質の高いレベルでの調和を図り、各国の審査をユー
ザーニーズに応じ、適時に行う体制を整備し、ワークシェアリングの実効性を高めることが課題である。
ワークシェアリングと特許の質の調和との好循環に向けて
したがって、制度面での調和を推進するとともに、ワークシェアリングの審査実務を積み重ねることで、他国の
審査判断に対する理解を深め、相互の信頼性の醸成、審査判断等を含めた審査の質の高いレベルでの調和
を図ることが重要である。これは、ワークシェアリングの審査実務に加え、審査官協議・会合等を実施することに
より、一層、効果的なものとすることができる。このような審査判断を含めた審査の質の高いレベルでの調和に
よって、ワークシェアリングがより効率化されるため、ワークシェアリングがより一層推進されると考えられる。これ
26
が、さらなる特許の質の高いレベルでの調和とワークシェアリングの効率化との好循環に繋がることが期待され
る。
三極を中心としたワークシェアリングのグローバルなネットワークの構築
ワークシェアリングは、現在、三極などの主要国を中心として取り組んでいるが、信頼性の醸成を前提に、実
施可能なより多くの国が参加する枠組みとすることにより、国際的な連携の強化や審査判断等を含めた審査の
質の高いレベルでの世界的な調和に繋げていくことができる。また、十分な審査体制を備えていない国につい
ては、主要国の審査結果の利用を促すことで特許の質の高いレベルでの調和を図ることも重要となる。
WIPO の重要性とワークシェアリングのグローバルなネットワークの構築
また、WIPO の枠組みである PCT 国際調査の活用や、WIPO における優先権書類の電子的交換に関する取
組など、WIPO の取組を通じて、ワークシェアリングの基礎となるインフラをグローバルに整備することにより、ワ
ークシェアリングをより一層効果的にグローバルなネットワークとすることが可能となる。
「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて
そして、ワークシェアリングは、現状、三極、五庁(三極、中国、韓国)などの主要国を中心として議論や取組
を行っているが、一つの発明を、よりグローバルに効率的に保護できるというユーザーニーズに応えるため、よ
り多くの国が参加するような枠組みとするとともに、更に WIPO のネットワークを充実することが必要である。ま
た、ワークシェアリングの取組を有効に機能させるために、①特許制度、②審査基準、③審査判断等を含めた
審査の質、④検索環境の調和を進めていくことが必要である。上記②、③の調和について、実際に、ワークシ
ェアリングの審査実務を積み重ねることで、相互の信頼性が醸成され、特許の質の高いレベルでの調和とワー
クシェアリングの効率化との好循環に繋がることが期待される。
様々な制度の調和及びワークシェアリングの推進により、特許取得の予見性の向上、手続コストの低減、海
外での権利取得の効率化が図れるため、ワークシェアリングのグローバルなネットワークを構築しつつ、様々な
調和を進めることで、一つの発明を効率的にグローバルな知財として保護することが可能となる。
このような、いわば「仮想的な世界特許庁」と言えるような、より実質的な国際協力の枠組みを構築していくこ
とが必要。
グローバルな効率の良い特許取得の重要性
がある。そこで、早期の権利取得が望まれる出願
∼ グローバル化に伴う課題 ∼
について、我が国の審査結果の活用などにより、
経済のグローバル化に伴い、一つの発明を効
海外においても審査の早期化が図られるよう、ワ
率的にグローバルな知財として保護することが重
ークシェアリングを推進することが重要となってい
要になっている。国内においては、早期の権利
る。
化のニーズに応えるために、早期審査制度を実
施しているが、これに加え、第二国でも効率よく
特許の質の高いレベルでの調和の重要性 ∼
権利取得が行えるよう、国際連携を進める必要
イノベーションの促進に向けた課題 ∼
27
そのため、第 1 庁がサーチ・審査結果を発信し、
本来、イノベーションを促進するためには、特
許手続の簡素化や安定した権利取得などの観
他庁がそれを最大限に利用し得るようなワークシ
点から、一つの発明は、世界において同一の基
ェアリングを双方向に確立することが重要となる。
準で権利付与されることが望ましい。特に、昨今、
すなわち、サーチ・審査結果を利用するワーク
グローバル化やオープンイノベーションの進展に
シェアリングには、①先行技術のサーチ結果を
より、グローバルに外部の技術力を活用しつつ
利用するもの、②特許性判断のロジックまでを利
研究開発や製品化を進めていくようなイノベーシ
用するもの、③最終判断まですべて利用するも
ョン環境が広がっており、同一の基準によるグロ
のなど、様々なレベルのものがある。その利用に
ーバルな知財保護がますます重要になってきて
よる効率化の程度は異なるが、①∼③のどのレ
いる。
ベルにおいても、第 1 庁の審査結果の妥当性を
したがって、グローバルな経済活動を支える観
検討することにより、妥当である部分については
点から、安定した権利いわゆる特許の質をいか
重複作業を排除し、妥当でない部分については
に高いレベルで調和するかが課題となる。
第 2 庁が補完的にサーチ・審査を行うことにより、
審査結果をより適切なものへとすることが可能で
ユーザーニーズに応える国際連携ネットワーク
あるので、安定した権利設定、審査の効率化を
の必要性
図るために有効である。そのため、サーチ・審査
特許出願は、経済のグローバル化、技術の高
結果の様々なレベルでの相互利用を進めること
度化、オープンイノベーションの進展などによっ
が、ワークシェアリングを推進する上で重要であ
て、世界的に増加している。日本においても、外
る。
国出願についてのワークロードも顕著に増加し
しかし、質の調和の観点からは、より最終判断
つつある。このような状況の中、同じ発明につい
に近いレベル、望ましくは最終判断までを利用
て複数の特許出願が世界の特許庁に重複して
するワークシェアリングが効果的であり、また、ワ
出願されているため、グローバル出願について、
ークシェアリングによる効率化の視点からも、上
国際連携を図り、ワークシェアリングを行うことに
記③、上記②、上記①の順に有用である。
よって、審査の効率化を図ることが、今後ますま
また、ユーザーの視点から見ても、第 1 庁のサ
す重要になると考えられる。国際的にもトップクラ
ーチ・審査結果に基づき、第 2 庁において早期
スの出願件数を有し、世界において特許の分野
審査を簡易な手続で受けられるなど、効率的に
で大きな影響力を有する我が国としては、国際
グローバルな知財として保護できることが重要と
連携ネットワークの構築をリードし、またその構築
なる。その意味でも、サーチ・審査結果の有用性
に貢献することが必要である。
が高いと考えられる上記③のレベルのワークシェ
アリングが有用ではないかと考えられる。
審査の様々なレベルにおけるワークシェアリング
国際連携を進めるために ∼ ワークシェアリン
審査におけるワークシェアリングの原則は、最
グの実効性向上に向けた課題 ∼
初に出願された庁(第 1 庁)が、先にサーチ・審
現在のところ、国際的には、制度や審査実務
査結果を出し、他庁がその結果を利用するという
の調和が必ずしも十分でなく、審査判断等を含
ものである。
28
めた審査の質や審査着手時期などが不均一で
チ・審査結果を活用し、第 2 庁において早期審
あるため、他庁の結果の利用にも限界があり、ワ
査を簡易な手続で受けられることにしているので、
ークシェアが必ずしも有効に機能しない。そこで、
我が国において権利化した発明について、海外
国際的に審査判断等を含めた審査の質の高い
においても、早期に特許取得することが可能とな
レベルでの調和を図るとともに、審査着手時期の
っている。
ユーザーニーズに応える体制を整備し、各国の
このように出願人のニーズに応えるとともに、審
審査を適時に行うことで、いかにワークシェアリン
査の効率化を図っている。
グの実効性を向上するか、そしてユーザーニー
ズに応えるかが課題である。
PCT 出願
上記①のレベルの国際調査の結果を利用す
る仕組みとして、PCT 出願がある。PCT 出願は、
三極の間での質と権利取得
のタイミング
知財の「活用」を考えると、少なくとも三極の間
で、「質」と権利取得の「タイミング」が合うことが極
めて重要。一部で未審査の領域があると活用に
制限が出る。日本だけが一方的に早い、遅いと
なるのは困る。
(委員意見)
約 30 年の歴史を有し、出願件数のめざましい伸
びが示すように、世界規模での特許取得のため
の手段として今後も大きく発展することが期待さ
れている。出願人及び官庁双方にとって、PCT
制度をより利用し易いものとすべく、更なる簡素
化、効率化、経済化を目指し、検討が進められて
ワークシェアリングの実効性向上に向けた具体
いる。PCT 出願についても、グローバルな知財と
的取組
して効率的な保護を望む出願人のニーズに応え
我が国においては、出願人が一つの発明を効
るため、我が国では国際調査と国内審査の同時
率的かつ的確にグローバルな知財として保護す
着手の取組を行っている(コラム「PCT 出願につ
るため、早期審査制度やワークシェアリングの取
いての取組」参照)。
組を行っている。
これにより、上記①のレベルに加え、上記②又
審査の着手時期を整合させるなど、第 2 庁が
は③のレベルの審査の判断についても併せて活
第 1 庁のサーチ・審査結果を利用し得るようにす
用が可能となるため、海外における審査の早期
るための具体的な取組として、③のレベルの特
化に資することが期待される。
許 審 査 ハ イ ウ ェ イ ( PPH, Patent Prosecution
そして、国際調査に加え、第一国の審査判断
Highway),②のレベルの第 1 庁の早期審査結果
が第二国で活用される場合には、PCT 出願につ
発 信 ( JP-FIRST, JP-Fast Information Release
いても、JP-FIRST のような早期発信の意義と、新
STrategy) 12 や新ルート(NR, New Route)などが
ルートのような審査判断の活用が実現されるため、
挙げられる。また、①のレベルとしては、PCT国
ワークシェアリングがより一層推進される。このよう
際調査における国際調査報告(ISR) がある(後
な観点から、PCT 制度の改革が望まれるところで
述)。参考I-16
ある。
特に特許審査ハイウェイでは、第 1 庁のサー
したがって、一つの発明のグローバルな知財と
しての効率的保護を望む出願人のニーズに応え
12
特許審査ハイウェイは、これまで、米国(本年 1 月 4 日より本格
実施)、韓国、英国、独国、デンマークと実施。JP-FIRSTは、本年
4 月より実施。
ることに繋がると考えられる。
29
効率的に国際的な連携を図るためには、ワー
クシェアリングを支える情報インフラの整備・拡充
特許審査ハイウェイ(PPH, Patent Prosecution
Highway)のこれまでの実績と拡大の方向
1) 日米:2006 年 7 月に試行開始、2008 年 1 月か
ら本格実施。
利用件数:日→米 343 件(2008 年 3 月現在)
米→日 239 件(2008 年 4 月現在)
2) 日韓:2007 年 4 月から本格実施。
利用件数:日→韓 82 件(2008 年 2 月現在)
韓→日 26 件(2008 年 3 月現在)
現在、米国、韓国、英国、独国、デンマークとの
間で実施しているが、今後、カナダ、オーストラリ
アなどの国への拡大を検討している。
(出典)特許庁作成
も欠かせない。
そこで、審査結果の発信や、優先権書類の交
換を行うシステムの整備を行っている。前者につ
いては、高度産業財産権ネットワーク(AIPN) を
整備し、インターネット回線を通じて 31 もの外国
特許庁に審査結果を発信している。また、後者
については、グローバル出願(PCT 出願及び外
国出願)の基礎となる優先権書類の交換を日米
欧三極間及び日韓間で実施しており、この取組
PCT出願13についての取組
①制度の改善に向けた取組
2001 年の第 1 回 PCT リフォーム以降、様々な
改正が行われており、「国際調査及び国際予備
審査の効率化」(国際調査機関は、国際調査報
告の作成時に「見解書」を作成する。)や、「指定
制度の概念と運用の見直し」(国際出願をする出
願人は、原則として全ての加盟国に対して指定
したものとみなされる(みなし全指定制度)。)な
ど、ユーザーにとって使い勝手の良い、効率的
な制度となるよう、改善が図られている。
を全世界へ拡大することが検討されている
(WIPO における優先権書類のデジタルアクセス
サービス(DAS) )。これは、ある特許庁で電子化
された優先権書類を、世界中の特許庁が電子的
に利用可能にするシステムであり、各国庁での優
先権書類の電子化に係る事務処理負担の軽減
が期待されている。
これにより、他庁からの優先権書類の要求に
②国際調査と国内出願の同時着手の取組
現在、日本国特許庁では、PCT 出願に先だっ
て、同一の発明が国内出願されている場合に、
PCT の国際調査と国内出願とを同時に着手する
取組を行っている。これにより、審査の効率性が
高まるため、手数料を一部返還し、出願人の料
金負担の軽減に役立てている。
また、PCT 出願に先立つ国内出願がない場合
であっても、PCT 出願は、条約上、出願人の請
求により早期の国内移行が可能(特許協力条約
第 23 条)であり、早期審査を活用すれば国内出
願の審査と PCT の国際調査を同時に着手するこ
とも可能となる。このように、PCT 出願を通じて、
サーチ結果に加え、審査判断の活用が国際的
に進むよう検討を行うことも必要である。
基づき、他庁において第二国出願があった事実
をいち早く把握可能であるから、各国の着手時
期のタイミングを合わせるなど、サーチ・審査結
果の相互利用の取組が容易となる。
また、これらの情報インフラに加え、国内外の
特許情報、論文や書籍等の技術情報等をシー
ムレスに検索できる環境の整備も検討が必要で
はないかと考えられる。(第 III 部 3.(2) ,(3) 参
照)。
優先権書類の電子的交換の対象国の拡大につ
いて ∼ 特許法・実用新案法の改正(平成 20
年改正) ∼
出願人の利便性向上及び行政処理の効率化
の観点から、優先権書類の電子的交換を世界的
に実現するため、優先権書類を交換できる対象
国を拡大する。
現行は、第一国(優先権書類の発行国)で電
子化されたデータの受け入れが可能であるが、
改正後は、これに加え、第一国以外の国や国際
ワークシェアリングを支えるインフラ ∼情報シス
テムと検索環境∼
13
PCT出願: 特許協力条約(Patent Cooperation Treaty)に基づ
く国際出願。一つの出願書類を提出することにより、すべての
PCT加盟国に同時に出願したことと同じ効果が与えられる。各国
の国内審査(国内段階)に先立ち、国際調査期間による国際調査
(先行技術調査)が行われるため、各国がこの国際調査報告を利
用することにより、審査の効率化が図れる。
30
とにより、特許の質の高いレベルでの調和を図る
機関(WIPO 等)で電子化されたデータの受け入
れも可能となる。
ことも重要となる。参考 I-14、参考 I-15
ワークシェアリングと特許の質の調和との好循
WIPO の重要性とワークシェアリングのグローバ
環に向けて
ルネットワークの構築
制度調和を推進するとともに、ワークシェアリン
三極以外の審査協力の枠組みとしては、従来
グの審査実務を積み重ねることで、他国の審査
判断に対する理解を深め、相互の信頼性の醸成、
から、WIPO の PCT 国際調査がサーチ結果等の
相互利用を図る枠組みとして利用されてきた。ま
審査判断等を含めた審査の質の高いレベルで
た、上述したように、WIPO では、優先権書類の
の調和を図ることが重要である。これは、ワークシ
電子的交換の枠組みとして、優先権デジタルア
ェアリングの審査実務に加え、審査官協議・会合
クセスサービスと呼ばれるサービスが検討されて
等を実施することにより、一層、効果的なものとす
いる。
ることができる。また、グローバルな安定した権利
これらの WIPO の枠組みや取組を通じて、イン
を設定するといった観点からは、より最終判断に
フラを整備することにより、ワークシェアリングをよ
近いレベル、望ましくは最終判断までを利用する
り一層効果的にグローバルなネットワークとするこ
ワークシェアリングが効果的である。例えば、最
とが可能となる。参考 I-14、参考 I-15
終判断までを利用するものとしては、特許審査ハ
イウェイが実施されているが、このようなワークシ
「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて
ェアリングを推進することで、グローバルな安定し
以上のように、ワークシェアリングは、現状、三
た権利、いわゆる特許の質の調和がより進み、ワ
ークシェアリングがより効率化されると考えられる。
極、五庁(三極、中国、韓国)などの主要国を中
これにより、ワークシェアリングがより一層推進さ
心として議論や取組を行っているが、ユーザーニ
れ、さらなる特許の質の調和とワークシェアリング
ーズに応え、一つの発明を、よりグローバルに効
率的に保護できるよう、体制を整備するため、より
の効率化との好循環に繋がることが期待される。
多くの国が参加する枠組みとするとともに、WIPO
のネットワークを充実することが必要である。
三極を中心としたワークシェアリングのグローバ
また、ASEAN や BRICs、さらには VISTA(南ア
ルネットワークの構築
具体的には、三極を中心として、特許審査ハイ
等)に対しては、各国がお互いの法制度の違い
ウェイや第 1 庁の早期の審査結果発信などの取
や現実の状況を尊重しつつ、各国間で多くの審
組が行われているが、信頼性の醸成を前提に、
査協力関係を結ぶことにより、ワークシェアリング
これら取組を、五庁(三極、中国、韓国)など、実
を始めとする審査協力のネットワークがグローバ
施可能なより多くの国が参加する枠組みとするこ
ルに整備されるものと期待される。
そして、このような取組を有効に機能させるた
とにより、国際的な連携の強化や審査判断等を
含めた審査の質の高いレベルでの世界的な調
めに、①特許制度の調和、②審査基準の調和、
和に繋げていくことができる。十分な審査体制を
③審査判断等を含めた審査の質の高いレベル
備えていない国との間でも、審査協力を進めるこ
での調和、④検索環境の調和を図ることが重要
となる。
31
上記②、③については、実際に、ワークシェア
・国際的な出願(増加)のほとんどが重複した出
願であることから、各国によるワークシェアリング
の取組や、実体的な制度調和が必要となる。産
業界とも協働して進めることが重要。
・さらに、「アジア太平洋特許庁」を創設して、効
率性や審査の質の向上を目指すことも提言。
・仮想的な「世界特許庁」を設置し、各国特許庁
が審査を負担することも一案。
(出典) Bruce A. Lehman Innovation, the
Global Patent Crisis and a Common Patent
System. WIPO Inter-Regional Forum On
Leveraging Intellectual Property For
Knowledge-Based Development And National
Wealth Creation において提示の資料, ニューデ
リー, インド, 2007 年 11 月 14 日∼16 日
リングの審査実務を積み重ねることで、他国の審
査判断に対する理解が深まり、相互の信頼性が
醸成されると考えられる。そのため、ワークシェア
リングの審査実務の積み重ねによって特許の質
の高いレベルでの調和が進み、ワークシェアリン
グがより効率化されると考えられる。これにより、ワ
ークシェアリングがより一層推進され、さらなる特
許の質の高いレベルでの調和とワークシェアリン
グの効率化との好循環に繋がることが期待され
る。
仮想的な世界特許庁
「仮想的な世界特許庁」という構想は大
変素晴らしい。
(委員意見)
このように様々な調和が進むことによって、特
許取得の予見性が高まり、手続コストが低減され
ると考えられる。また、ワークシェアリングにより、
第一国での審査結果を第二国で活用することで、
海外での権利取得を効率化できる。
したがって、ワークシェアリングの取組をより多
くの国が参加する枠組みとしつつ、上記①∼④
のような様々な調和を図り、特許の質の高いレベ
ルでの均質化、及び、ワークシェアリングの実効
性向上を図ることで、一つの発明を効率的にグロ
出願人にとってのメリット
各国、地域特許庁間のワークシェアリン
グは、出願人にとっても各国、地域での権利取
得に費やされるワークロード、費用削減メリット
が期待され、将来的な実体面でのハーモナイゼ
ーション実現へのステップとして推進されるべきと
考える。
(日本知的財産協会)
1
ワークシェアリングと出願人側のコスト
の低減
特許庁におけるワークロードを低減し、結果的
に出願人にとっての複雑さとコストを低減するイ
ニシアティブを歓迎する。
(Microsoft)
1
ーバルな知財として保護することが可能となる。
もちろん、上記①∼④の調和が並行して進め
られるべきであるが、いずれかの調和が進まない
から、他の調和を進めないということではなく、で
きるものから進め、むしろ、ほかの調和の進展を
仮想特許庁
特許の付与は司法権の及ぶ区域ごとに
境界されているが、これは、特許出願とレビュー
(審査等)のプロセスが同様に境界されることを意
味しない。仮想特許庁は、資格を有する審査官
と専門家からなるネットワークコミュニティーであ
ろう。また、ある基本的な基準を満たし、義務を果
たす特許庁のコミュニティーが参加できるであろ
う。共通のサーチツール環境、公表された言語
に関わらず、先行技術を読み、理解する能力(自
動翻訳ツール)、共同作業向けの審査環境が挙
げられる。
(Microsoft)
1
促していくという好循環を期待したい。
このような、いわば仮想的な世界特許庁と言え
るような、より実質的な国際協力の枠組みを構築
していくことが必要である。参考 I-13、参考 I-14、
参考 I-15
Bruce A. Lehman(元 USPTO 長官)「イノベ
ーション、特許の危機と、共通の特許シス
テム」 Innovation, the Global Patent Crisis and
a Common Patent System. (2007/11)
・国際的な特許出願が急増していることにより、
世界の特許システムは危機に瀕している。
32
(カナダ知的財産庁)
1 ワークシェアリングの推進
各国特許庁間のワークシェアリングは、
各特許庁における審査ワークロード削減メリット
のみならず、出願人にとっても各国での権利取
得に費やされるワークロード削減が期待される。
また、将来的な特許制度の実体面でのハーモナ
イゼーション実現への第一歩として以下の特許
庁間の協力的な取り組みが評価され、推進され
るべきと考えます。
審査協力
知的財産権に対する需要の増加に応え
るために、さらなる協力が必要であるとの見方に
同意する。この協力は、PCT のような多国間の形
式や、PPH のような2国間の形式でもあり得るが、
特許庁が、電子的に情報を共有、又は、センタ
ーとなる情報源から情報を得るような技術協力の
分野でもあり得る。
(カナダ知的財産庁)
2
・更なる多国間特許審査ハイウェイ
・更なる多国間ニュールート
・特許庁間の審査官の交換
・仮想特許庁:多数国の特許庁審査官が対象の
特許出願をウェブ 2.0 ツールを用いて協力的に
同時に審査する仕組み
(IBM)
特許審査ハイウェイのような
イニシアティブの意義
・(PCIIP の)報告書において、特許庁間の信頼
性を構築する点、及び、出願の事務処理を効果
的に行う点に特許審査ハイウェイ(PPH)のような
イニシアティブの意義を認めていることが注目さ
れる。
・もちろん、我々は、(特許審査ハイウェイの)パイ
ロットプログラムの結果をレビューするが、小規模
な場合に、アレンジメントは成功であったことが最
初のフィードバックとなろう。
(英国知的財産庁)
2
ワークシェアリングへの期待
審査手続きの合理化や限られたリソース
の最適化のために、特許審査ハイウェイのような
プログラムを実施、推進する日本特許庁のリーダ
シップを称賛する
(AIPLA)
1
出願人にとっての「仮想的な世界特許
庁」
世界の特許庁間における審査ワークシェアリン
グの推進により、世界各国の特許庁が、出願人
にとっていわば「仮想的な世界特許庁」として機
能することは、費用削減メリット、ワークロード軽減
等の観点から出願人にとって好ましいものと考え
る。
(日本知的財産協会)
2
「仮想的な世界特許庁」の構築と特許
法等の調和
企業活動のグローバル化の進展に伴い、新し
い発明について、より効率的な手続きを通じて世
界規模で保護されることが求められており、一国
で特許が認められれば、他国でも権利が認めら
れる 世界特許制度 の実現が強く望まれる。
そのための段階的な取り組みとして、「仮想的な
世界特許庁」の構築という考え方のもと、特許
法、審査基準、特許審査の質、検索環境等の国
際的な調和を図ることを目指す構想は、今後世
界が進むべき方向であり、同構想の実現に向け
て、わが国が各国間の調整役としての役割を果
たしていくことを大いに期待する。
(日本経済団体連合会)
2
審査協力の強化
五庁での審査協力を強化することによ
り、特に、昨今特許出願が急増している中国に
おける特許の質の向上と他庁との調和を・・・(中
略)・・・働きかけて欲しい。
(日本知的財産協会)
2
審査の質及びサーチ環境に関する
グローバルな調和
(PCIIP の)報告書は、審査の質及びサーチ環境
に関するグローバルな調和の必要性を推進して
いる。質は、特許庁にとって、国内の(審査)処理
のため、及び、PCT のもとでの ISA/IPEA としての
国際的な責務の観点から最優先課題である。
我々は、同じ考えを有する特許庁において、ベ
ストプラクティスのさらなる共有、及び、国際的に
合意された審査の質に関する基準のより厳格な
順守に繋がるイニシアティブを支持する。
仮想的な特許庁に向けての課題
仮想的な世界特許庁に向けての大きな
課題の一つは言語の問題である。さらなるステッ
プとして機械翻訳の改良が必要となる。もう一つ
の課題は制度調和である。この点について、制
度調和の達成に向け、適時に日本法を改正する
ことを含め、制度調和のために積極的な役割を
果たし続ける日本の提案は称賛に値する。
(AIPLA)
2
2
33
特許審査ハイウエイと審査のレベル
日米、日独、日英、日韓等で審査ハイウ
ェイが試行されて来ているのも、審査のレベルを
合わせる意味で望ましい。この審査ハイウェイ等
を通して「仮想的な世界特許庁」が実現されるこ
とを切に希望する。
(デンソー)
2
制度調和と実務面での調和
制度調和と実務面での調和とは切り離し
て進めるべきであると考える。即ち、制度面の調
和に時間がかかる時、それがネックとなって実務
面の調和が進まなくなることを危惧する。上記し
た審査ハイウェイ等に関しては、制度調和が進
展しなくても是非推し進めるようにして欲しい。
(デンソー)
2
「仮想的な特許庁」と企業にとっての
メリット
「仮想的な世界特許庁」は、システム統一によ
るコスト削減効果と、特許の質の向上と未審査係
属出願件数の削減が期待できるという面で技術
開発を志向する企業にとってもメリットがある。
(Intellectual Ventures Asia)
2
制度調和とワークシェアリング
国際的な実体面での制度調和は重要な
ゴールであるが、パラレルに追求されるべきであ
り、これにより、特許庁間における審査の重複を
減じるワークシェアリングの取組を損ねる、又は、
減速するべきでない。
(Microsoft)
2
参考I-13
ワークシェアリングの推進
∼ 高いレベルでのグローバル
な特許の質の調和を目指した
仮想的な世界特許庁の構築に
向けて ∼
①様々な調和による特許取得
の予見性向上と、手続コスト
の低減
制度調和
審査基準の調和
審査の質の調和
ワークシェアリングの
効率化・推進
②ワークシェアリングの推進に
より、第一国の審査結果を第
二国で活用することで、海外
での権利化を効率化
信頼性の醸成が課題
出願人のニーズに対応
早期審査やワークシェアリン
グの活用により、出願人が一
つの発明をタイムリーかつ効
率的にグローバルな知財とし
て保護可能な枠組みを構築
・審査官協議・会合の実施
・ワークシェアリングの実施
検索環境の
グローバルな調和
・各国特許庁間のITの結びつ
きを、さらに緊密化する。
ワークシェアリングの実施による特許の質の調和と
ワークシェアリングの効率化との好循環
「仮想的な世界特許庁」と言えるような
実質的な国際協力の枠組み
34
国際貢献と審査の効率化
出願人のニーズに対応して、
海外に向けて審査結果を早期
発信することにより、国際連携
の枠組みで国際貢献。
ワークシェアリングの推進に
より、審査の効率化を図り、グ
ローバルな出願の増加に対応。
参考I-14
「仮想的な世界特許庁」の構築に向けての取組
ひとつの発明が、効率的にグローバルな知財となる
「仮想的な世界特許庁」の構築に向けて ∼ 構想の提唱 ∼
○ 「仮想的な世界特許庁」の構築に向けての構想を国際的な様々な場を通じて各国に働きかける。
三極(*1)や五庁(*2)等の枠組みの拡大
WIPOの枠組みの構築
(1) 効率的な保護の枠組みをよりグローバルに実現するために
ユーザーニーズに応じたワークシェアリングの推進
○特許審査ハイウェイ(PPH, Patent Prosecution
Highway)のネットワークの拡大を図る。
○また、第1庁の早期審査結果発信(JP-FIRST, JPFast Information Release STrategy)などのワークシェ
アリングへの対応を進める。
PCTの枠組みによるワークシェアリングの推進
○我が国では国際調査と国内審査の同時着手の取組
を行っているが、このようにPCT出願を通じて、サーチ
結果に加え、審査判断の活用が国際的に進むよう、
PCT改革を進める。
これにより、早期の権利取得が望まれる出願について、例えば、特許審
査ハイウェイの枠組みを利用することにより、我が国の審査結果が海外の
特許庁で利用され、海外においても審査の早期化が図られるため、一つ
の発明を効率的かつ的確にグローバルな知財として保護することが可能
となる。特許審査ハイウェイについては、米国、英国、韓国、独国に加え
て、対象の拡大を進める。
(2) 制度調和の推進 ∼ ワークシェアリングの効率性向上に向けて ∼
主要国での制度調和の推進
○先進国会合で、実体面での制度調和を進める
(3) 特許の質の高いレベルでの調和
WIPOでの制度調和の議論の継続
○WIPOでの制度調和の議論を活性化する
∼ ワークシェアリングの効率性向上と
質の調和の好循環に向けて ∼
様々な質の調和を推進
○ワークシェアリングの審査実務の積み重ねにより
質の調和を進める
①審査基準の調和、②審査判断等を含めた審査の質の
高いレベルでの調和を推進。具体的には、ワークシェアリ
ングの審査実務に加え、審査官協議・会合等を実施。これ
により、他国の審査判断に対する理解が深まり、相互の信
頼性の醸成や、審査判断等を含めた審査の質の高いレ
ベルでの調和に繋がる。様々な調和を図ることにより、
ワークシェアリングをより有効に機能させることが可能とな
るため、質の調和がワークシェアリングの効率化につなが
り、ワークシェアリングの審査実務が質の調和につながる
好循環が期待される。
審査協力を拡大
○信頼性の醸成を前提に、
ワークシェアリングの取組が
実施可能な、より多くの国の
参加を促す。
(4) 国際的なワークシェアリングを支えるITインフラの整備
三極でのインフラ整備に向けた取組
WIPOでのインフラ整備に向けた取組
○審査結果の発信(高度産業財産権ネットワーク
(AIPN)を通じて発信)や、審査書類の交換(ドシエ
システム)の取組を行っているが、取組の強化・推進
に向け、引き続き検討を行う。
○優先権書類の交換を行うシステム(WIPOにおける優
先権書類のデジタルアクセスサービス(DAS))の整備
を進めているが、WIPOにおけるこのような取組を推進
することにより、国際的なワークシェアリングを支えるイ
ンフラのグローバルな充実を図る。
これらの三極の取組やWIPOの取組を推進することにより、国際的なワークシェアリングを支えるインフラの整備
を図ることで、より効果的にワークシェアリングの取組を世界に広げる。
*1: 日米欧の三極特許庁は、1983年以降、三極長官会合を毎年開催。
*2: 日米欧韓中の5か国の特許庁は、2007年5月に長官会合を初めて開催した。これまで、主要国間の定期会合としては日米欧、日中韓のそれぞれ三極間
で開催されていたが、これらを繋ぐ五庁間での開催は初の試み。
35
参考I-15
国際的な審査
協力の環
五庁
三極
ワークシェアリングの対象となる審査︵
特許性︶判断のレベル
日本
米国
欧州
韓国
中国
ASEAN BRICs
審査協力を実施可能
な他国へ拡大
(英)
審査結果レベル
VISTA ・・・
信頼性の
醸成による
利用性
向上が課題
(独)
(英)
特許審査ハイウェイ
制度調和や審査の質の均質化
により、相互の審査結果の利用
性を高めることが重要。
早期発信の取組みの
他国への拡大に期待
一次審査レベル
JP-FIRST
SHARE
サーチレベル
PCT国際調査報告(WIPO)
システム整備
優先権書類の電子的交換
二国間
WIPO等での取組み
により、他国へ拡大
優先権書類の電子的交換(WIPOにて検討中)
多様な文献のシームレスな検索環境をグローバルに整備
36
参考I-16
○ワークシェアリングの様々な形態と取組
出願: 優先権書類電子データの相互利用に向けた取組(ワークシェアリングを支える情報ネットワーク)
○優先権書類の二国間電子的交換システム(日米欧三極特許庁間、日韓特許庁間で実施):
一方の特許庁(第一庁)が発行する優先権書類を他方の特許庁(第二庁)が電子的に直接受理するシステム
○優先権デジタルアクセスサービス(DAS)(WIPO(世界知的所有権機関)において検討中):
第一庁に限らずある特許庁で電子化された優先権書類を、世界中の特許庁が電子的に利用可能にするシステム
①サーチ: サーチ結果の相互利用に向けた取組
判断材料の活用
第1庁
サーチ
[ サーチへの利用 ]
○サーチ結果の補完や、先行技術レベルの把握
審査
判断
[取 組]
最終判断
○PCT出願における国際調査報告(ISR)の利用
利用
第2庁
判断
サーチ
最終判断
○欧州: 欧州特許庁は世界で最初となる自庁
への出願について、優先的にサーチ結果を提
供する仕組みを導入
[評 価]
特許判断の 利用可能
件数
利用性
△ △
※ PCTの国際調査では、通常
審査ほど詳細な「判断」が示され
ないため、特許判断の利用性は
高くない。
②判断: 一次審査結果の相互利用に向けた取組
審査
サーチ
判断論理の活用
判断
最終判断
利用
サーチ
最終判断
判断
[ 判断への利用 ]
○別観点の論理構成活用や、審査見通しの予測
など
[取 組]
○日本: グローバル出願について、早期に審査
着手し、審査結果をいち早く世界に発信する施
策(JP-FIRST)を平成20年4月から実施。米国も、
同様の枠組み(通称SHARE」)を提案している。
○新ルートは、パリルートの出願について、第一
庁と第二庁に同日に出願したものとみなし、第一
庁での審査結果等を第二庁に一定期間内に発
信するとともに、出願人側は第二庁への移行の
有無を判断するための時間的猶予が得られるよ
うにする取組。平成20年1月から模擬的試行を実
施。
[評 価]
特許判断の 利用可能
件数
利用性
○
○
※ グローバル出願について優
先的に審査結果を提供するス
キームであり、上記「①サーチ」
や、下記「③最終判断」よりも、
対象となる出願件数が多いと見
込まれる。
③最終判断: 最終審査結果の相互利用に向けた取組
[ 判断、最終判断への利用 ]
審査
サーチ
審査結論の活用
判断
最終判断
利用
サーチ
判断
最終判断
○特許可能な権利範囲の把握や、審査結果の
見極めなど
[取 組]
○特許審査ハイウェイ: 自国において特許に
なった出願について、その審査結果を相手国に
提供することにより、相手国で優先的に審査す
ることを約束する枠組み
[評 価]
特許判断の 利用可能
件数
利用性
◎ △
※ 特許審査ハイウエイは第1庁
で特許性が認められた発明を対
象とするため、最終判断が利用
可能であることが前提。そのため
特許判断の利用可能性が高い。
○各国間の審査を協同で推し進めるための原則とワークシェアリング活性化サイクル
第1国が最も迅速かつ的確に審査結果を出すことができるため、最初に出願された国(第1国)が、最先に
サーチ・審査結果を出し、他庁はその結果を利用する(第1国主義の原則)。第1国がサーチ審査結果を最先
に発信し、第2国がそれを最大限に利用する、様々な双方向ワークシェアリングを確立することにより、各国間
の重複出願の審査ワークロードが軽減され、世界全体で審査の効率化が促進される。
37
2. 日本特許庁の現状と今後の取組 ∼ 多様なニーズに応える審査体制の構築 ∼
特許庁における「早期審査制度」の拡充による
出願人の多様なニーズに応じた、メリハリの効いた特許審査迅速化
A. 審査を巡る現状 ∼ 出願動向 ∼
○日本における出願件数自体は若干減少の傾向(※)にあるが、他方、海外から日本への
外国出願は増加し、また、日本から海外への出願も増加していくものと見込まれる。
(※ 日本におけるR&D投資は増大しているので、日本企業の特許戦略の如何ではあるが、再び、増加に転じる可能がある)
○出願全体については、海外からの外国出願の割合が年々増加することが見込まれる。
○これは、経済のグローバル化に伴う、一つの発明をグローバルな知財として保護するニー
ズの現れとも考えられる。
○外国出願については、1件当たりのワークロードが国内出願に比べて高いことを考えると、
特許庁にとっては、外国出願の割合が高まるにつれ、ワークロードは更に増大すると考えら
れる。
B. ユーザーニーズに応える審査体制の構築に向けた課題 ∼ 多様化する出願人
のニーズ ∼
○審査の着手時期については、グローバルな出願や最先端分野の出願など、早期の審査
を望む出願がある一方で、そうでないものもある。また海外を含めた早期の権利化のニー
ズもある。
○グローバルな保護のニーズや審査着手時期に関する出願人の多様なニーズに応えるた
め、ニーズに応じたタイミングで審査が着手できるような柔軟な審査体制を構築するととも
に、海外での早期の権利化を望むニーズにも応え、海外での審査が円滑に進むよう、国際
的な連携を深めていくことも必要である。
C. ユーザーニーズに応える審査体制の構築に向けて ∼ 「スーパー早期審査制
度」の創設 ∼ (STEP1)
○現行の早期審査(2∼3か月)よりも、さらに早期(2週間∼1か月程度)の審査を行う制度と
して「スーパー早期審査制度」を創設することが考えられる。
○「スーパー早期審査制度」は、バイオ、ナノテク、環境等の先端技術分野とすることや、国
際的な審査ワークシェアリング(特許審査ハイウェイ、JP-FIRST)の利用者を対象とするこ
となどが考えられる。
D. 柔軟な審査体制の構築に向けて ∼ 料金/先行技術調査 ∼ (STEP2)
○「スーパー早期審査制度」を創設した場合、現行の早期審査と通常審査の三段階の枠組
みとなるが、併せて、審査プロセス(着手見込み時期)を透明化することにより、出願人の多
様なニーズに応じた審査を実現する。
○スーパー早期審査制度の創設により、平均的な着手時期よりも、「遅い審査」が発生する。
そこで、「遅い審査」の妥当性や、審査体制の在り方について検討する必要がある。
○また、スーパー早期審査制度においては、出願人に対して、先行技術調査の添付等を求
めることや、通常審査との公平性の観点から追加料金を求めることも検討が必要となる。
E. より柔軟な対応へ向けて ∼ ユーザーの満足度で審査時期の評価を行う必要
性 ∼ (STEP3)
○出願人のニーズに応える審査体制を目指すに際して、ユーザーの満足度により審査体制
を評価することも重要となる。すなわち、平均的な審査着手時期ではなく、ユーザーの求め
るタイミングでの審査が行えているかを評価するような新たな指標の検討を行うべきである。
○そして、ユーザーの満足度向上に向け、必要に応じて、三段階よりもきめ細かく幅広に多
段階の制度を準備し、より柔軟にユーザーニーズに対応することが考えられる。
○多段階化に伴い、納期の異なる審査案件が生じることから、現在開発中の情報システム
において、ユーザーのニーズに応じつつ、効率的な進捗管理を行うために、審査業務シス
テムなど体制面での更なる強化・整備を行うことが必要となる。
38
特許庁における「早期審査制度」の拡充による
出願人の多様なニーズに応じた、メリハリの効いた特許審査迅速化
<概要>
特許庁において現在実施している「早期審査制度」を更に拡充し、多様化することにより、様々な出願人のニーズに柔
軟に対応しながら、特許審査の一層の迅速化を進める。
<STEP 1 (当面)>
スーパー早期審査制度の創設(2008年10月試行開始)
現行の早期審査(2∼3か月)よりも早い審査を望む出願人に対しては、2週間∼
週間∼1か月程度
で審査を行う。
・バイオ、ナノテク、環境等の先端技術分野
・国際的な審査ワークシェアリング(特
審査ワークシェアリング 許審査ハイウェイ、JP-FIRST)の利用者
対象案件(案)
等
<STEP 2>
多段階の審査制度の実現へ
○多段階の制度を用意するとともに、審査プ
ロセス(着手見込み時期)の透明化により、
出願人の多様なニーズに応じた審査を実
現する。
①スーパー早期審査 2週間∼
査
週間∼1か月程度で審
か月程度
②
早期審査 2か月∼半年程度で審査
か月∼半年程度
③
通常
スーパー早期審査等の導入に伴う遅い審査の発生など、制度導入に伴う影響等を検討し、出願人のニーズ
に応える審査体制を目指して2008年10月までに制度全体の構想を策定予定。
①スーパー早期審査制度の要件
・通常審査との公平性の観点から、出願人に対して一定の要件を設定
(例えば、追加料金
や、先行技術調査
先行技術調査の添付等
の添付等)
)
例えば、追加料金や、
制度全体の構
②審査プロセス(着手見込み時期)の透明化の具体策
想(案)
<STEP 3>
ユーザーの求めるタイミングでの審査体制の構築に向けて
○平均的な審査着手時期ではなく、ユーザーの求めるタイミングでの審査が行われているかを評価するような新たな指標
の検討を行う。
○ユーザーの満足度向上に向け、必要に応じて、上記①∼③の3段階よりもきめ細かく幅広に多段階の制度を用意。
○多段階化に伴い、納期の異なる審査案件が生じることから、現在開発中の情報システムにおいて、ユーザーのニーズに
応じつつ、効率的な進捗管理を行うために、審査業務に係る情報システムなど体制面での更なる強化・整備を行う。
<参考:現行の早期審査制度(1986年∼)>
○制度の対象は、以下に該当する特許出願について、出願人が申請
をすれば、すべて早期審査の対象となる。
①事業として実施を予定しているもの
②外国にも出願しているもの
③中小企業、個人、大学等によるもの
○現在、早期審査の申請がなされてから、実際に審査結果が得られるま
での期間は2∼3か月程度。
○早期審査制度の利用実績は、年間8,500件程度。
これは、全審査件数(30万件強)の約3%。
早期審査申請件数の推移
(件 数 )
9 ,0 0 0
8 ,5 4 9 件
③中小企業、個人、
大 学 等 を対 象 に 追 加
6 ,0 0 0
②外国関連を
対象に追加
3 ,0 0 0
① 事 業 と し て 実 施 を予 定 し て
いるもの が 対 象
39
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
0
(年 )
(1) 出願動向と今後の見通し
日本においては、近年、特許出願の件数自体は若干減少の傾向にあるが、出願の傾向は業種分野によ
っても異なる。
海外から日本への出願が多い分野でもある医薬分野では今後も海外からの出願が増加する傾向にある
と予測される。また、成熟分野と見られる農業や土木などでは、グローバル出願は少なく、国内出願も減少
傾向にある。さらに、日本から海外への出願が多い電気・半導体の分野では引き続き多数の海外への出願
が見込まれる。
日本における出願件数自体は若干減少の傾向にある。近年、産業の再編が進められているため、M&A
などの影響を受け、R&D 投資の活発化にかかわらず、出願件数が抑制されていることが一因として考えら
れる。しかし、このような再編が一段落すれば、R&D 投資は拡大しており、日本企業の特許戦略の如何で
はあるが、再び、減少から増加へ転じる可能性もある。そして、海外から日本への外国出願は増加し、ま
た、日本から海外への出願も増加していくものと見込まれる。出願全体については、海外からの外国出願
の割合が年々増加することが見込まれる。
増加する海外から日本への出願と日本から海外
課題となる。また、日本から海外への出願人にと
への出願
っても、外国特許庁での審査手続きが円滑に進
むように、国際的な連携など、さらなる取組が必
我が国においては、近年、特許出願の件数自
要と考えられる。
体は若干減少の傾向にある。前述したように、日
本国内では、例えば電気電子産業などを中心に、
業種分野別の出願件数の推移
選択と集中が進められるなど、産業の再編が行
われてきた。それに伴い、守りを主眼とした大量
出願の動向は業種や分野によっても異なる。
の特許出願・取得から、コアとなる事業を展開す
海外から日本への出願が多い医薬分野では今
る上で有益な質の高い特許権の取得へと、知的
後も海外から日本への出願が増加していくものと
財産戦略を転換する企業が増えつつあり、その
予測される。他方、バイオの分野は特許対象の
結果として、R&D 投資の活発化にかかわらず、
予見可能性が高まったことや、2000 年に入ってヒ
出願件数の増加が抑えられ、件数が若干減少し
トゲノム解析が終了したことなどを受け、国際的に
ていることが考えられる。
は出願件数が減少傾向にある。成熟分野と見ら
また、日本国特許庁は、世界に先駆けた効率
れる農業や土木などでは、海外から日本への外
的な業務体制や任期付審査官の増員など、特
国出願と日本から海外の出願がともにほぼ横這
許審査迅速化のための様々な取組を行ってきた
いであり、国内出願は減少傾向にある。また、日
ところである。
本から海外への出願が多い分野としては、電気・
半導体の分野はグローバル出願と純粋国内出願
しかし、世界的に出願が増加している中で、日
本においても、海外から日本への外国出願や日
の比が現時点で 1:3 程度である。当該分野では、
本から海外への出願は、増加して行くものと見込
現在でも活発な R&D 投資が行われており、引き
まれる。そのため、外国出願の増加への対応が
続き多数の出願がなされることが見込まれる。参
40
まるものと考えられる。
考 I-17 ただし、いずれの分野についても、技術
開発動向等によって、出願の増減が大きく変動
する可能性がある。例えば、平成 19 年 11 月、京
都大学山中教授が人工多能性幹細胞(iPS 細胞)
の作成に成功したことを発表した(後述)。現在、
国をあげてこの iPS 細胞の研究を円滑に進めるた
めの環境作りが進められており、国際的にも研究
開発競争が激化していくものと考えられる。この
様な技術革新がバイオ分野の出願動向に影響を
与えることは充分考えられる。
今後も特許出願のグローバル化が加速
前述のように、日本における出願件数自体は
若干減少の傾向にある。これは、近年、産業の
再編が進められているため、M&A などの影響を
受け、R&D 投資の活発化にかかわらず、出願件
数が抑制されていることが一因として考えられる。
しかし、このような再編が一段落すれば、R&D 投
資は拡大しており、日本企業の特許戦略の如何
ではあるが、再び、減少から増加へ転じる可能性
もある。他方、海外から日本への外国出願は増
加し、また、日本から海外への出願も増加してい
くものと見込まれる。出願全体については、海外
からの外国出願の割合が年々増加することが見
込まれる。参考 I-18 外国出願については、1 件
当たりのワークロードが国内出願に比べて高いこ
とを考えると、外国出願の割合が高まるにつれ、
ワークロードは更に増大すると考えられる。
多様化する出願人のニーズ
実際に、企業の特許戦略を見ても、近年、国
内出願から海外出願に重点をシフトするなど、海
外出願に力を入れている企業が目立つ。参考
I-19 そこで、一つの発明をグローバルな知財と
して保護したいとするニーズや、グローバルな知
財の早期の保護を望むニーズが今後ますます高
41
参考I-17
業種別出願動向と出願予測
海外→国内(PCT)
海外→国内
国内出願
日本→海外
総出願件数
内国人グローバル出願率
医療機器
30,000
30,000
100%
100%
予測
予測
実測
実測
24,000
24,000
80%
80%
18,000
18,000
60%
60%
12,000
12,000
40%
40%
6,000
6,000
20%
20%
00
0%
0%
1996 1997
1997 1998
1998 1999
1999 2000
2000 2001
2001 2002
2002 2003
2003 2004
2004
1996
-20%
-20%
農業
9,000
9,000
100%
100%
90%
90%
予測
実測
8,000
8,000
80%
80%
7,000
7,000
70%
70%
6,000
6,000
60%
60%
5,000
5,000
50%
50%
4,000
4,000
40%
40%
3,000
3,000
30%
30%
2,000
2,000
20%
20%
1,000
1,000
10%
10%
0%
0%
00
1,000
1,000
1996 1997
1997 1998
1998 1999
1999 2000
2000 2001
2001 2002
2002 2003
2003 2004
2004 2005
2005 2006
2006 2007
2007 2008
2008 2009
2009 2010
2010 2011
2011 2012
2012 2013
2013
1996
自動車
50,000
50,000
①海外からの
出願群
②国内のみ
の出願群
実測
40,000
40,000
実測
実測
-10%
-10%
100%
100%
予測
80%
80%
30,000
30,000
60%
60%
20,000
20,000
40%
40%
10,000
10,000
20%
20%
00
100%
100%
予測
予測
6,000
6,000
75%
75%
4,000
4,000
50%
50%
2,000
2,000
25%
25%
00
1996 1997
1997 1998
1998 1999
1999 2000
2000 2001
2001 2002
2002 2003
2003 2004
2004 2005
2005 2006
2006 2007
2007 2008
2008 2009
2009 2010
2010 2011
2011 2012
2012 2013
2013
1996
2007 2008
2008 2009
2009 2010
2010 2011
2011 2012
2012 2013
2013
2007
6,000
6,000
10,000
10,000
バイオ
8,000
8,000
0%
0%
-25%
-25%
2,000
2,000
土木・建築
20,000
20,000
100%
100%
18,000
18,000
90%
90%
実測
16,000
16,000
予測
80%
80%
14,000
14,000
70%
70%
12,000
12,000
60%
60%
10,000
10,000
50%
50%
8,000
8,000
40%
40%
6,000
6,000
30%
30%
4,000
4,000
20%
20%
2,000
2,000
10%
10%
00
0%
0%
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
2,000 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 -10%
-10%
2,000
80,000
80,000
電子部品・半導体
実測
60,000
60,000
100%
100%
予測
75%
75%
40,000
40,000
50%
50%
20,000
20,000
25%
25%
0%
0%
0%
0%
00
1996 1997
1997 1998
1998 1999
1999 2000
2000 2001
2001 2002
2002 2003
2003 2004
2004 2005
2005 2006
2006 2007
2007 2008
2008 2009
2009 2010
2010 2011
2011 2012
2012 2013
2013
1996
10,000
1996 1997
1997 1998
1998 1999
1999 2000
2000 2001
2001 2002
2002 2003
2003 2004
2004 2005
2005 2006
2006 2007
2007 2008
2008 2009
2009 2010
2010 2011
2011 2012
2012 2013
2013
1996
-20%
20,000
20,000
-40%
-40%
-25%
-25%
20,000
20,000
※ 2005, 2006年の出願(左図、上図とも)については、集計時点(2007年11月)において、PCTの国内
段階移行期限に至っていない出願が存在するため、未確定。集計時点から、国内段階移行期限(優先
日から30月)までに国内段階に移行する出願が含まれていない。
③日本発の
出願群
※ 2007年以降の出願件数は、各ルート毎に2000年以降の実績値に基づくトレンド関数により予測。
※ 上記代表6業種の出願件数は、総出願件数の約3分の1を占めており、これらの業種の分析により出
願全体の傾向をある程度把握可能。
参考I-18
海外→国内(PCT)
海外→国内
国内出願
日本→海外
全体
総出願件数
内国人グローバル出願率
500,000
100%
実測
予測
400,000
80%
300,000
60%
200,000
40%
100,000
20%
0
100,000
0%
1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
※ 参考I-17,I-18ともに、特許庁内のシステムに集計したデータに基づき作成
42
-20%
参考I-19
日本企業の海外特許戦略
経済のグローバル化に伴い、日本企業においても外国での特許出願を積極化する動きが見られ、各社の出願全体に占める
外国出願の割合が高まりを見せている。
オムロン(出典:アニュアルレポート2007)
・「重点戦略地域と位置づける中国での特許取得も推進」。
・「知的財産法が完全に整備されていないインドにおいても、法律事情の調査にとどまらず、将来を見越して特許出願を開始」。
住友重機械(出典:アニュアルレポート2007)
・「事業国際化にあわせ、外国での特許出願を積極的に促進するよう各事業部門、関係各部への働きかけを行ってき」た。
・「2007年5月現在、住友重機械グループが所有している特許総件数3,512件のうち、海外で取得したものが39%の1,376件に達
するまでに増加」。
・「最近4年間では、PCT(特許協力条約)を活用した外国出願が増加」
武田薬品工業(出典:アニュアルレポート2007)
・『「日本発の世界的製薬企業」を目指す』。
・「医薬品市場の50%弱を占める米国(シカゴおよびサンディエゴ)、および30%弱を占める欧州(ロンドン)に知的財産セン
ターを設置」。
・「2006年度末における特許保有件数は2,988件、海外比率は92%」。
日立製作所(出典:研究開発及び知的財産報告書2007)
・「日立グループ事業のグローバル化に対応して海外出願件数の強化を図ってきました。」
・「日立グループ全体で2010年には国外出願総数が国内出願数を上回るように知財活動を推進していく予定です。」
富士通(出典:知的財産報告書2007)
・「日本を中心にしたグローバルな推進体制のもと、欧米のみならず、アジアにおいても有力特許の取得に取り組」む。
・「外国出願件数は年々着実に増加」。
・「近年は欧州、アジアの出願を増やしてい」る。
・「現在、外国出願率は60%を超えており、情報通信産業界の中では、非常に高い数値」。
JSR(出典:2007年版「知的財産報告書」)
・「グローバルな事業展開に対応して欧米に加えて韓国、台湾、中国を中心としたアジアでの知的財産権取得に注力し、知的
財産網の構築拡充」を図る。
※ 括弧内は各社の報告書からの引用であり、各社が著作権を保有。
43
(2) 多様化する出願人のニーズに応じた審査体制に向けて
審査の着手時期については、出願人が早期の審査を望む出願がある。そして、早期を望むニーズもそ
の中でも超早期を求める声があるなど、多様化してきている。一方で、事業化までに長期間を要する出願な
ど、必ずしも早期の審査を望まないものもある。これらの出願人の多様なニーズに応じたタイミングで国際ワ
ークシェアリングの要請にも調和させながら、審査の着手を行う、柔軟な審査体制を整備する必要がある。
また、グローバル化が進む中で、一つの発明をグローバルな知財として効率よく早期に保護可能とするこ
とも重要である。特に、日本から海外への出願も増加していることから、日本の出願人が、海外で効率よく
特許取得できるよう、国際的な連携を図る必要がある。
さらに、世界的に出願が増加している中で、日本においても外国出願のワークロードが増加しているた
め、日本特許庁にとっても、審査の効率化に向け、国際的なワークシェアリングを推進することが重要であ
る。これは、世界において特許の分野で大きな地位を占める日本が世界に貢献する観点からも必要であ
る。
国際的な協力を進めるにあたっては、外国の審査結果を利用し、外国出願を効率よく審査する一方で、
日本の出願を基礎として外国にも出願される重複出願を早期に審査し、海外へ発信する必要がある。日本
では審査請求制度を導入していることから、この利点を生かし、いかに柔軟な着手管理を行い、そのような
重複出願を早期に審査するかが課題となる。
なお、ワークロードが増加している中、早期の審査が可能な案件数には限りがあることから、審査着手時
期について、いかにユーザーニーズに応じて審査を行うかも課題となる。
しかし、出願人のニーズは、早期の審査を希
多様化する出願人のニーズ
出願人は、審査の着手時期について、発明の
望するものや、そうでないものなど、多様である。
内容、産業分野の固有の事情、当該発明を利用
現行の早期審査制度より更に早い超早期の審
する事業計画等の多様性に応じてさまざまなニ
査を求める声もあり、ニーズは多様化しつつある。
ーズがある。
早期審査の拡充やさらに多様な出願人に応える
体制について検討を行う必要がある。
現在、出願人のニーズに応えるため、実施予
定の発明等の出願人が早期の審査を希望する
例えば、早期の事業化を目指す発明やライフ
案件について、早期審査制度を実施している。
サイクルが短い発明、特許権を梃子にして早期
参考 I-20 この制度は、出願人から申請を受け
にスポンサーを探したい発明、日本の審査結果
た案件について、他の案件よりも優先的に着手
に基づき外国で早期の審査を求めたい発明など
を行う仕組みである。また、審判についても、同
は、出願から早期の審査結果を求める必要性が
様の制度として早期審理制度を実施している。
高い。また、早期といっても、審査を求めるタイミ
今後も、これらの制度について、イノベーション促
ングは多様である。一方で、事業化までに長期
進等の観点から制度のより一層の活用、また、制
間を要する発明、多種の応用開発を行ってから
度の改善を通じて、出願人のニーズに応えてい
特許取得することが適切な基礎的な発明、長期
く必要がある。
間を要する国際標準の策定に密接に関係する
44
発明などについては、特許取得の必要性の見極
・国家或いは公共の利益に対して重大な意義
を有する出願
・専利局が自ら実体審査を開始した出願
(規定: 審査指南(日本の審査基準に該当))
※ ○:要、 △:要(一部不要)、 ×:不要
※1 特許審査ハイウェイなど、一部の場合に不要
中
国
めや特許クレームの内容の確定に時間を要する
ため、早期の審査を望まないものも少なくない。
このように出願人のニーズは多様化しつつある。
また、グローバル化が進む中で、一つの発明
×
×
審査を取り巻く状況の変化
をグローバルな知財として効率よく早期に保護す
前述したように、特許出願は、経済のグローバ
るニーズも強い。このための特許庁間でのワーク
ル化、技術の高度化、オープンイノベーションの
シェアリングの体制の構築が重要となる。このよう
進展などによって、世界的に増加している。日本
な海外での迅速な権利化のニーズに応えるため
においても、外国出願についてのワークロードが
にも、早期審査の拡充が必要である。すなわち、
顕著に増加しているため、日本特許庁にとっても、
一つの発明を効率的にグローバルな知財として
審査の効率化と、国際的なワークシェアリングを
保護するニーズにも応え、更に出願人の多様な
進めていくことが必要である。その際、出願人の
ニーズに応じたタイミングで審査の着手を行える
多様なニーズを踏まえて進めていくことが重要で
よう、柔軟な審査体制を整備する必要がある。
ある。
また、日本から海外への出願も増加しているこ
とから、日本の出願人の一つの発明を効率的に
「多様化するニーズへの対応」の観点
グローバルな知財として保護するニーズに応える
すなわち、迅速化の取組を一律推し進めるの
ためには、海外での審査が円滑に進むよう、国
ではなく、出願人のニーズという視点から検討す
際的な連携を進める必要もある。
ることが必要と考えられる。具体的には、現在実
施している「早期審査制度」を更に拡充し、多様
各国の早期審査制度
国
/
機
関
日
本
米
国
対 象
・実施関連出願
・外国関連出願
・大学・TLO・公的研究機関の出願
・中小企業・個人の出願
(規定: ガイドライン)
公開後の第三者実施出願のうち、優先審査が
必要と認められるもの。
(規定: 特許法第48条の6)
・特許審査ハイウェイ対象出願や
・特定分野の出願、
・米国内で実施予定の出願など
(規定: 37CFR1.102(c) / (d) , MPEP 708.02)
E
P
O
全ての出願
(規定: EPO長官による通知書(2001.10))
韓
国
・公開後の第三者実施出願や
・特定分野の出願、
・ベンチャー企業出願、
・優先権主張の基礎になる特許出願、
・実施関連出願、
・特許審査ハイウェイ対象出願など
(規定: 特許法第61条、施行令、施行規則、
ガイドライン等)
化することにより、様々な出願人のニーズに柔軟
手 先行
数 技術
料 調査
に対応しながら、特許審査の一層の迅速化を進
めることが必要と考えられる。このような多様なニ
ーズに応える審査体制の実現に際しては、出願
×
△
人のニーズ動向や庁内システムの開発状況等を
踏まえ、段階的にその構築を行う必要があり、例
×
×
△
△
えば、次の三段階を経て将来の審査体制の構築
を行うことが考えられる。
(※1)
スーパー早期審査制度の創設(STEP1)
×
×
例えば、現行の早期審査よりも、さらに早期の
審査を行う制度として「スーパー早期審査制度」
を創設し、現行の早期審査(2∼3 か月)よりも早
○
×
い審査を望む出願人に対して、2 週間∼1 か月
程度で審査を行うことが考えられる。
45
行うため、審査プロセス(審査着手時期の見通
そこで、本年(2008 年)10 月より、これを試行
し)の可視化が必要となる。
することとする。
なお、スーパー早期審査制度の実施に際して
は、バイオ、ナノテク、環境等の先端技術分野と
より柔軟な対応へ向けて ∼ ユーザーの満足
することや、国際的な審査ワークシェアリング(特
度で審査時期の評価を行う必要性
許審査ハイウェイ、JP-FIRST)の利用者を対象と
(STEP3)
∼
このような出願人のニーズに応える審査体制
することなどが考えられる。
を目指すに際して、ユーザーの満足度により審
査体制を評価することも重要となる。すなわち、
早期審査制度とワークシェアリング
早期審査の枠組みにより審査結果の早期発
平均的な審査着手時期ではなく、ユーザーの求
信を可能とするとともに、ユーザーから見て、一
めるタイミングでの審査が行えているかを評価す
つの発明をグローバルな知財として効率的に保
るような指標の検討を行うべきである。
護できるよう、各国特許庁間の連携を深めるため
また、スーパー早期審査制度を創設した場合
に、ワークシェアリングの取組を進めることが必要
には、現行の早期審査や通常審査と合わせて、
である。具体的には、海外の手続において日本
3 段階の枠組みが実現するが、ユーザーの満足
の審査結果が活用できるようにすることで、海外
度向上に向け、必要に応じて、3 段階よりもきめ
での手続の円滑化を図ることが可能となる。
細かく幅広に多段階の制度を準備し、より柔軟に
ユーザーニーズに対応することが考えられる。
これにより、ワークシェアリングに弾みがつくも
のと期待され、世界において特許の分野で大き
多段階化に伴い、納期の異なる審査案件が生
な地位を占める日本が世界に貢献することにも
じることから、現在開発中の情報システムにおい
なると考えられる。
て、ユーザーのニーズに応じつつ、効率的な進
捗管理を行うために、審査業務システムなど体制
柔軟な審査体制の構築に向けて ∼ 料金/先
面での更なる強化・整備を行うことが必要となる。
行技術調査 ∼ (STEP2)
審査着手時期の早い案件や遅い案件など、納
特許審査迅速化目標は、「平成 25 年(2013
期の異なる多様な審査案件の進捗を管理するた
年)に、審査順番待ち期間を 11 か月に」すること
めに、情報システムの整備を含め、改善が必要と
であるが、スーパー早期審査制度の創設により、
なる。
平均的な着手時期よりも、「遅い審査」が発生す
このように、ユーザーニーズに応じた柔軟な審
る。そこで、「遅い審査」の妥当性や、審査体制
査体制の構築のためには、情報システムの整備
の在り方について検討する必要がある。
も重要な課題となることから、新システムの導入
時期に合わせた実現を目指し、制度全体の在り
また、スーパー早期審査のような早期の審査
方を検討する必要がある。
を実現するために、制度面では、出願人に対し
て、先行技術調査の添付等を求めることや、通
常審査との公平性の観点から追加料金を求める
ことも検討が必要となる。
さらに、ユーザーが求めるタイミングで審査を
46
2
利とならないようにすべきである。ユーザーニー
ズに応じた適時な審査の達成に焦点を当てるこ
とは、このような問題の回避に役立つと信じてい
る。この分野での日本特許庁のリーダーシップを
称賛する。
(Microsoft)
出願人の多様なニーズに応える必要性
・報告書の提言のうち、我々が共有する内容とし
ては、柔軟性、及び、利害関係人の多様なニー
ズに応える必要性に関するものがある。技術や
関連ビジネスのサイクルの違いが、知財システム
からの要求とは異なる(出願人の)要求に繋がっ
ており、特許庁は、より迅速かつ柔軟にクライアン
ト(出願人)に応答する必要がある。
そこで、当然ながら、審査全体の迅速化の取組
みを継続しつつ、早期審査等の出願人のニーズ
に応じた審査を実施することが重要となる。
・明らかに、いかに特許庁が IT をマネージするか
の進歩が、いかにクライアント(出願人)と相互に
やり取りを行い、彼らの様々な要求に応えるかに
おいて、重要な役割を負う。
(カナダ知的財産庁)
審査期間の短縮に向けた取組
特許権の審査期間の短縮に向けてさま
ざまな取り組みが行われていることを評価してお
り、こうした取り組みをさらに加速していくことが必
要と考える。
(日本経済団体連合会 )
1
特許審査のタイミングと多様化する出願人のニ
ーズ
審査プロセスの効率化と
スーパー早期審査制度への期待
JPO が審査プロセスの効率化及び限られたリソ
ースの最適化のための開発プログラムにおい
て、リーダーシップをとり続けることに感謝する。
また、スーパー早期審査制度のさらなる情報を
心待ちにしている。
(AIPLA)
2
特許審査が適時に行われることにより、ビジネ
ス上の意思決定に関するリスクの削減が期待で
きることから、早期審査を期待する声がある。
早期審査と意思決定のリスク
特許審査のタイミングが不確実なため
に、資金調達、ライセンス及び開発戦略を含む
商業化についての決定に多大な影響を与えて
いる。多くの場合、早期審査によって、将来計画
やベンチャー事業に関する経営の意思決定のリ
スクを大幅に削減させることが可能となる。別の
ケースでは、特許審査を遅らすことができれば、
事業主にとって、商取引上合理的な特許戦略が
実行可能となる段階まで製品開発を進展させる
のに必要な時間を確保することが可能になる。
(Intellectual Ventures Asia)
2
特に昨今、審査のタイミングについて、出願人
のニーズが多様化している。
出願人の多様なニーズ
早期審査を活用しているが、中には事業
化のメドがなく出願しているものもある。出願人の
ニーズで審査時期が選択可能な制度、審査が
遅くて良いものには審査請求料を割り引く等のシ
ステムも期待される。
(委員意見)
他方で、通常審査に対するニーズとして、審査
の過度の遅れを懸念し、現状の審査の滞貨の対
策を望む声もある。
権利化したい時期の多様性
各国、地域特許庁間のワークシェアリン
グには各国、地域特許庁の審査タイミングを調整
する必要があるが、発明がどの技術分野に属す
るか、また研究開発のどの段階で創出されたか
等により、個々の発明について、出願人におい
て権利化を図りたい時期が異なる
(日本知的財産協会)
1
滞貨の対策
早期審査制度に関しては、スーパー早
期審査を設けるとしても、現状の審査の滞貨に
対する対策が先だと思われる。
(IP トレーディング・ジャパン)
2
したがって、早期審査制度に加えて、スーパー
早期審査制度を創設するなど、多段階の審査体
制を整備し、多様な出願人のニーズに応えること
が必要である。
スーパー早期審査制度と通常審査
出願人は審査のタイミングに関して多様
なニーズを有しており、スーパー早期審査制度
が必要となるかもしれない。ただし、報告書でも
述べられているように、スーパー早期審査の導入
によって、通常審査を受ける出願人が過度に不
2
47
多段階の審査体制と企業にとっての
利便性
審査期間の更なる短縮化に向けた「スーパー
早期審査制度」の創設が提言されたことを評価。
将来的にユーザーの求めるタイミングでの審査
を可能とする多段階の審査体制が構築されれ
ば、中長期的な研究開発等、様々な状況を見極
めながら権利化を進める企業にとって利便性の
大きな向上につながる。
(日本経済団体連合会)
2
タイムリーな権利取得
当協会では従前より、出願人の望む時
期にタイムリーに権利取得(対応外国出願がある
場合は、すべての国でほぼ同時期に権利取得)
できることを希望しており、対応外国出願もあり国
内外においてより早く権利化を望むような案件に
ついて、現行の早期審査制度よりももっと早期に
権利化できるスーパー早期審査制度の創設を歓
迎する。また、このスーパー審査請求制度の対
象案件は、先端技術分野に限定することなく、出
願人が望む案件にまで拡大することを希望す
る。また、スーパー早期審査制度の導入に伴い、
通常審査との公平性の観点から、追加料金、先
行技術調査の提出等、一定の要件を出願人に
課すことについても異存はない。
(日本知的財産協会)
2
参考I-20
<参考:現行の早期審査制度(1986年∼)>
○制度の対象は、以下に該当する特許出願について、出願人が
申請をすれば、すべて早期審査の対象となる。
①事業として実施を予定しているもの
②外国にも出願しているもの
③中小企業、個人、大学等によるもの
○現在、早期審査の申請がなされてから、実際に審査結果が得られ
るまでの期間は2∼3か月程度。
○早期審査制度の利用実績は、年間8,500件程度。
これは、全審査件数(30万件強)の約3%。
早期審査申請件数の推移
(件 数 )
9 ,0 0 0
8 ,5 4 9 件
③中小企業、個人、
大 学 等 を対 象 に 追 加
6 ,0 0 0
②外国関連を
対 象 に追 加
3 ,0 0 0
① 事 業 と し て 実 施 を予 定 し て
い るもの が 対 象
48
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
0
(年 )
(3) 官民のワークシェアリング
世界的に出願が増加している中で、日本においても、ワークロードが増加している。また、審査を取り巻く
環境も変化している。具体的には、グローバル化やオープンイノベーションの進展により、日本の特許文献
に加え、一般の技術文献や外国文献の審査における重要度が増している。さらには、IT 技術が発展してい
る。このような状況下で、先行技術文献調査の効率化を図りつつ、ワークロードの増大や出願人のニーズに
いかに応じるかが課題となる。米国では民間の知見を活用し、先行技術調査に役立てる取組がなされてい
る。我が国においても、先行技術調査の効率化に向け、官民ワークシェアリングの在り方について検討する
必要がある。
グローバルな知識・情報の共有が進みつつあ
審査を取り巻く環境の変化
る。
経済のグローバル化やイノベーション環境の
変化、IT 技術の進歩により、審査を取り巻く環境
米国における動向
が変化している。
前述したように、米国では特許出願の急増を
背景に、特許制度の安定性を維持するため、
環境の変化①:特許出願の増加
様々な議論や取組がなされている。
世界的な R&D 投資の拡大による各国の国内
出願の増加や、経済のグローバル化による外国
米国の特許改革法案の議論においても、審査
出願の増加などにより、世界的に特許出願が増
の効率化が論点となっている。また、民間の知見
加している。
を活用する仕組みとして、米国では、コミュニティ
パテントレビュー(後述)と呼ばれる仕組みが民
環境の変化②:審査資料の多様化(非特許文献
間から提案され、米国特許商標庁との共同イニ
の重要性)
シアティブとして試行されている。
オープンイノベーションの進展により、水平分
業が進み、外部の技術力を活用しつつ研究開発
① 米 国 の 特 許 改 革 法 案 ( 第 110 議 会
や製品化を進めていくようなイノベーション環境
S1145/HR1908)
が広がっている。そのため、産業界における学術
出願人や第三者からの情報提供制度につい
文献の重要度が高まると同時に、大学において
ては、現在、米国で審議されている特許改革法
もまた特許文献の重要度が高まっている。また、
案においても重要な論点となっている。現行法に
R&D 活動のグローバル化により、外国語文献も
おいて、出願人は知っている先行技術を情報開
重要度が高まっており、審査資料に用いる文献
示申告書(IDS) によって開示する義務を負って
が多様化している。
いるが、さらに現在、早期審査において求められ
ている審査支援資料(ESD) のように、先行技術
調査報告書(サーチレポート)等の提出を義務化
環境の変化③:IT 技術の進歩
IT 技術の進歩により、多様な文献へのアクセ
す る 検 討 が な さ れ て い る 。 こ れ は 、 AQS
スの容易化や、民間における検索環境が向上し、
(Applicant Quality Submission)と呼ばれる規定
49
であり、サーチレポート、並びに特許性に関する
出願を精査することにより、審査請求を見直す余
他の情報及び分析や他の情報、特許性につい
地が残っていると考えられる。
ての解析を提出することの義務化が論点となっ
官民でのワークシェアリングの在り方
ている。
日本においても、審査の効率化を図るため、
出願人の知見を活用する取組として、平成 14 年
②コミュニティパテントレビュー
コミュニティパテントレビューは、オープンなネ
の特許法改正において、先行技術文献情報の
ットワークを活用して情報提供を促す仕組みであ
開示制度の導入を行ったが、審査の一層の効率
り、先行技術情報を民間の技術者などから広く
化を目指し、この他にも民間の知見を活用する
集めることができると期待されている。
取組や検討を行っている。
上記①の特許改革法案の議論においても、情
①第三者情報提供制度のオンライン化
報提供制度が論点となっており、これまでは情報
提供に際して先行技術文献の説明を加えること
現行の情報提供制度における情報提供は書
ができなかったが、これを許容するなど、情報提
類によるものに限られているが、情報提供制度の
供制度の充実を図るべく検討が行われている。
活用を促進するため、2008 年度までにパソコン
文献情報に加えてコメント(説明)を提供できるよ
からの情報提供を可能とするとともに、匿名での
うになるため、コミュニティパテントレビューのよう
情報提供も可能とする。
な仕組みが円滑に行えるようになると考えられる
②コミュニティパテントレビュー
(第 III 部 3. (4) 参照)。
今後、この制度が世界各国に拡がり、知財シ
ステムにおけるグローバルなインフラの一つと位
産業界に期待される取組
置づけられる可能性もある。そうした場合に備え、
特許出願が増加する中で、特許審査の迅速
化を図るためには、先行技術調査の効率化が重
日本でも、コミュニティパテントレビューの試行を
要な課題であるが、先行技術については、出願
行うこととしている(第 III 部 3. (4) 参照)。
人などの民間の知財関係者や技術者にも多くの
③早期審査制度と自己調査
知見があると考えられる。そして、昨今、IT 技術
の進展により、民間においても容易に先行技術
出願人のニーズに応えるため他の出願に優先
を検索できるようになってきているため、民間の
して審査を行う早期審査において、出願人に先
知見を活用することにより、審査の一層の効率化
行技術調査を求め、出願人のニーズに応じた審
が期待できる。
査の実現と審査の効率化を図っている。
特に、審査資料としての文献が多様化してい
今後、多様化を続けるユーザーニーズにさら
る現状においては、民間の知見の活用が効果的
に柔軟に応じる審査体制の構築を目指し、スー
と考えられる。また、現状、国内のみへの出願に
パー早期審査制度を創設するなど、多様なニー
ついて、拒絶理由通知後に出願明細書の補正
ズに応じる審査体制の整備に向けた構想を策定
等を行わずに権利取得を諦めるケースがグロー
する(第 I 部 2. (2) 参照)。
バル出願よりも高いことをみても、出願人自らが
50
すなわち、特に前述したような出願人の多様な
ニーズに応じた体制を実現するために、例えば、
官民ワークシェアリング
米国で試行されているコミュニティパテン
トレビューは、オープンなコミュニティの英知を特
許審査に活用する制度として期待されている。
一方、日本においては第三者の知見を特許審
査に活用する制度として情報提供制度がある
が、情報提供制度の見直しや、コミュニティパテ
ントレビューと情報提供制度の得失を熟慮した上
での両制度併存についても検討すべきではない
かと考える。
(日本知的財産協会)
1
出願人に、出願人自身による先行技術調査や、
特定登録調査機関による先行技術調査結果の
添付を求めることなども検討すべきかもしれな
い。
先行技術文献情報開示制度について
先行技術文献情報開示制度は、特許を受けよ
うとする発明に関連した先行技術文献の開示を
出願人に求める制度で、審査の迅速化を目的と
して導入されたものである(平成 14 年 9 月施
行)。
また、出願人が先行技術を把握することによ
り、特許を受けようとする発明と先行技術との関
係の的確な評価ができるため、権利の安定化に
も資することとなる。
第三者による情報提供制度も、審査の的確性
及び迅速性の向上を目的として導入されたもの
である。情報提供件数は年々増加しており、ま
た、提供された情報の 76%が拒絶理由通知にお
いて利用されている。
これらの制度は、審査の効率化に寄与すると
同時に、安定した権利の設定に資するものであ
り、今後も、出願人や第三者によるこれらの制度
の積極的な活用が期待される。
官民を通じた共通のグローバルな検索環境の
必要性
官民のワークシェアリングを推進するためには
民間においても十分な先行技術調査が行える環
境整備が重要である。特許情報に加え、大学や
民間企業等の技術情報、さらには外国語の文献
をシームレスに検索できるシステムの実現に向け
て検討する必要がある。これは、出願人にとって
も、特許庁にとっても効率的な検索を行う環境と
して必要である。
またこれは、企業における研究開発現状や大
学における研究開発を行う際にも重要な基盤と
なるものである(第 III 部 3.(2) ,(3) 参照)。
51
3. 制度調和の必要性
米国と欧州の制度面の歩み寄りに向けて日本が働きかける
国際的な制度調和の推進
A. 国際的な制度調和を推進する必要性
○「仮想的な世界特許庁」を支えるひとつの要素として、各国間の特許実体法の内
容面での調和が求められる。これにより、グローバルな知財保護を行う際に、特許取
得の予見性が高まり、手続コストが低減される。
○制度調和は、ワークシェアリングの基盤となるため、急増するグローバル出願に対
応する観点からも重要である。
B. 制度調和の現状
○特許制度の国際的な実体調和は、1985年にWIPOで議論が開始されて以降、20
年以上にわたり議論されているが、1991年の外交会議では、米国が先願主義への
移行を拒否したため、成果が得られなかった。
○また、2004年にWIPOにおいて、日米欧三極が議論項目を主要な4項目(新規性、
進歩性、先行技術の定義(先願主義等)、グレースピリオド)に限定し議論を促進し
たいと提案したことに対して、途上国から遺伝資源等が議論されなくなるとの反対が
あり、その後議論が進んでいない。
○2005年以降、日米欧を中心とした先進国会合において上述の4項目を検討してい
るが、米国が発明者の利益を重視する一方、欧州が第三者の法的安定性を重視す
る立場から、グレースピリオドや18か月公開制度を巡って対立が続いている。
C. 制度調和の推進に向けて
○日本は米欧間の中庸な制度を有しているという特徴を最大限活用し、米国の先願
主義移行の動きを後押しするとともに、欧州に柔軟性を示すよう働きかけを継続し、
制度調和の議論をリードしていくことが求められる。
○先進国において議論されている実体規定(特許性に関する規定など)の調和に加
え、途上国の知財制度の環境整備など、グローバルな制度調和に向けたWIPOに
よる貢献を促すことも重要である。
○また、制度調和を進めるにあたって、各国特許庁は産業界の意見・ニーズに耳を
傾け、意見の統一が図られるよう、調和を進めていくことが必要である。
D. 日本国内法の対応
○日本は米欧間の中庸な制度を有しているが、先進国間での特許制度調和の合意
を実現するためには、交渉の進展に応じて、我が国も所要の法改正を行う必要が出
てくる。法改正の必要となる可能性のある項目として、例えば、①グレースピリオド、
②PCT秘密先願、③第三者の権利(先使用権)があるが、いずれにせよ、制度調和
を進めるため、柔軟な対応が求められよう。
52
米国と欧州の制度面の歩み寄りに向けて日本が働きかける
国際的な制度調和の推進
<概要>
「仮想的な世界特許庁」を支えるひとつの要素として、各国間の特許実体法の内容面での調
和が求められる。しかし、日米欧の間でも実体的な調和は実現されておらず、ひとつの発明に
ついてグローバルな知財としての保護を求める場合の効率性を阻害している。
日本の特許法は、米国と欧州の制度のちょうど中間に位置している。そこで、この利点を活
かし、日本が積極的に世界の制度調和の議論をリードすることで、米国と欧州の制度面での
歩み寄りを促すことを目指す。
<現在の構図>
米国・・・特許法改正を審議中
欧州・・・意見が統一されていない
「先発明主義」から「先願主義」への歴史的転換。 お互いに様子見の状態 グレースピリオド緩和については、ドイツ・
ただし、これは日欧のグレースピリオド緩和が条件。
英国が消極的。
中庸な制度を有する日本の特長を生かし、日本が制度調和の議論をリードすることによる
国際的な制度調和の推進
(1) 先願主義への統一
日本から、欧州内の意見統一を促し、グ
レースピリオド緩和について柔軟な姿勢を引
き出す。これにより、米国の「先願主義」への
移行を後押しする。
(2) その他の論点についての検討
制度調和に向けて残された以下の3つの論点に
ついて、日本はちょうど中庸に位置する。この利点
を活かし、日本が制度調和の議論をリードする(※)。
※ 交渉の進展に応じて速やかに特許法を改正するためにも、これらの論点に
ついての国内法上の問題点について、あらかじめ検討を進めておく。
①グレースピリオドの程度(発明の公表から特許出願までに認められる猶予期間)
米国
日本
欧州
いかなる公表であっても、12か月以
内であれば、特許出願が可能(特段
の申請は不要)
学会・学術誌等での発表に限り、公
表から6か月以内であれば、特許出
願が可能(ただし申請が必要)
万国博覧会など限定的な発表に限
り、公表から6か月以内であれば、特
許出願が可能(ただし申請が必要)
②PCT秘密先願の導入(PCT出願であっても自国の言語で公開されていないものは、その技術の内容を知り得ない
(秘密)が、これに「先願」としての地位を与えて後願を拒絶することにするか)
米国・日本・欧州
(あるべき姿)
自国の言語で公開されていない
PCT出願は、審査において考慮しな
い。したがって、後願でも特許になる。
自国にとって秘密状態にあるPCT出
願であっても、秘密先願としての地位
を与え、後願を拒絶する。
③特許の権利者以外の第三者への先使用権
米国
日本
欧州
原則、権利者が差止め可能。ただし、
ビジネス方法の特許に限り、独自に
発明した第三者に先使用権を認める。
いかなる特許も、独自に発明して、
事業を実施している第三者には先使
用権を認める。
独自発明に限らず、単に公表され
た発明を見聞きして事業を実施して
いる第三者でも、先使用権を認める。
53
(1) 特許制度の調和を巡る議論の背景と現状
グローバル化が進む中で、一つの発明を効率的にグローバルな知財として保護できるようにするため、
特許取得の予見性を高め、手続コストを低減する観点から、制度調和が必要となる。また、急増するグロー
バル出願と重複審査に対し、各特許庁間のワークシェアリングを進めていくことが喫緊の課題となる中、ワ
ークシェアリングを推進するためのインフラとなる各国の実体的特許法の制度調和を早期に実現することが
重要な課題となる。制度調和の早期実現に向けては、米国が国内法改正において先願主義移行に柔軟
姿勢を見せているタイミングを捉え、議論を加速化していくことが必要と考えられる。
日本は米欧間の中庸な制度を有しているという特徴を最大限活用し、制度調和の議論をリードしていくこ
とが求められる。
パリ条約における制度調和 ∼ 残された実体
整合するよう、各国の特許法が改正された。欧州
面での制度調和 ∼
特許条約では、適法に付与された特許が締約国
知的財産に関する国際的な協定が存在する
で後に無効とならないよう厳格な新規性が採用さ
前の 18 世紀においては、各国法の相違により
れ、グレースピリオドも極めて限定的に規定され
様々な国で権利を取得することは困難であった。
たことから、以前は一定程度のグレースピリオドを
特に特許は、ある国での公開によって他の国で
認めていた(旧)西ドイツ等の国々もグレースピリ
の新規性が阻害されないよう、ほぼ同時期に各
オドを極めて限定的とする法改正を行い、現在
国に出願する必要があった。このような問題を回
に至っている。
避するため、1883 年に制定されたパリ条約では、
優先権や内国民待遇といった国際的な特許の
特許制度調和を巡る最近の議論(WIPO/先進
取得を可能とする仕組みが導入された。しかしな
国会合)
がら、国内法を拘束する実体規定は多く盛り込ま
このように長年、国毎に異なる特許制度が維
れなかったため、現在においても各国毎に異な
持されてきたが、グローバル化が一層進展する
る法律に基づいて出願、審査、権利付与すると
現代においては、企業等の国境を越えた活動を
いう枠組が基本的に維持されており、日米欧等
支援するための国際的な制度設計が求められて
先進国間においても特許制度の実体面には大
いる。
特許制度の国際的な実体調和は、1985 年に
きな相違が見られる。
WIPO で議論が開始されて以降、20 年以上にわ
たり議論されている。しかしながら、1991 年の外
欧米の特許制度の相違
米国は特許法を整備した初期から先発明主
交会議では、米が先願主義への移行を拒否した
義を採用し、現在では世界で唯一これを維持し
ため、成果が得られなかった。また、2004 年に
ている。また、米国では先発明主義との関係で
WIPO において、日米欧三極が議論項目を主要
広範なグレースピリオド規定を有している。一方、
な 4 項目(新規性、進歩性、先行技術の定義(先
欧州は 20 世紀中頃まで国毎に異なる制度を有
願主義等)、グレースピリオド)に限定し議論を促
していたが、1977 年に発効した欧州特許条約に
進したいと提案したことに対して、途上国から遺
54
伝資源等が議論されなくなるとの反対があり、そ
制度調和の議論のリードを
の後議論が進んでいない。
制度調和の早期実現に向けては、米国が国
2005 年以降、日米欧を中心とした先進国会合
内法改正との関係で先願主義移行に柔軟姿勢
において上述の 4 項目を検討しているが、米国
を見せているタイミングを捉え、議論を加速化し
が発明者の利益を重視する一方、欧州が第三者
ていくことが必要と考えられる。
の法的安定性を重視する立場から、グレースピリ
日本は米欧間の中庸な制度を有しているとい
オドや 18 か月公開制度を巡って対立が続いて
う特徴を最大限活用し、米国の先願主義移行の
いる。参考 I-22
動きを後押しするとともに、欧州に柔軟性を示す
よう働きかけを継続し、制度調和の議論をリード
していくことが求められる(詳細は後述)。
制度調和の必要性
グローバル化が進む中で、ユーザーニーズに
応じ、一つの発明を効率的にグローバルな知財
制度調和
基本的には、バイ、日米欧、先進諸国、
日米欧中韓、WIPO 等、それぞれのレベルで調
和できるところから推進して行くという考えで取り
組むことが重要であると考える。現に、産業界か
らの提案に基づいて、特許出願フォーマットの統
一に向けての日米欧三極特許庁の取り組みがな
されており、さらに One Search、One Examination
の実現に向けての三極特許庁での取り組みを期
待すると共に、産業界からも具体的な提案を行っ
て行きたい。また、これらの制度を他の国、地域
に拡大するような積極的な取り組みもお願いした
い。
(日本知的財産協会)
1
として保護できるようにするため、特許取得の予
見性を高め、手続コストを低減する観点から、制
度調和が必要となる。
また、経済のグローバル化に伴い、諸外国で
特許権を取得したいというユーザーのニーズが
高まりつつある。一方、世界の特許出願は急増し
ており、2005 年には約 166 万件に達している。そ
のうち約 4 割が非居住者による出願であることは、
世界の特許庁には同じ内容の出願が重複して
出されていることを示しており、この傾向は今後も
続くものと考えられる。
このように急増するグローバル出願と重複審査
に対応し、また、ユーザーのニーズに応えるため、
各特許庁間のワークシェアリングを進めていくこ
とが喫緊の課題となる中、ワークシェアリングを推
進するための基本となる各国の実体的特許法の
制度調和を早期に実現することが重要な課題と
なる。参考 I-21
グローバルな権利行使の予測可能性
医薬品は特許が一番機能しやすい分
野ではないか。権利取得もグローバルにしなけ
ればならない。グローバルな権利行使の予測可
能性を高めるために、世界の基準を日本がリード
して欲しい。
(委員意見)
55
米国特許改革法案 2007
2007 年 9 月 7 日下院を通過し、上院本会議の
審議を待っているところ(2008 年 4 月現在)
・「先願主義」への移行(一部例外条項あり)
・「先願主義」移行は日欧のグレースピリオド
拡大が条件とするトリガー条項
・18 か月出願公開(緩和策あり)
・ヒルマードクトリンの廃止
・付与後異議申立制度の導入
・損害賠償額の見直し
・出願時のサーチ添付義務、など。
※損害賠償関連の規定を中心に、IT 業界と製
薬業界との間で争いあり。
参考I-21(再掲)
ワークシェアリングの推進
と制度調和の位置付け
∼ 高いレベルでのグローバル
な特許の質の調和を目指した
仮想的な世界特許庁の構築に
向けて ∼
①様々な調和による特許取得
の予見性向上と、手続コスト
の低減
制度調和
審査基準の調和
審査判断の質の調和
ワークシェアリングの
効率化・推進
②ワークシェアリングの推進に
より、第一国の審査結果を第
二国で活用することで、海外
での権利化を効率化
信頼性の醸成が課題
出願人のニーズに対応
早期審査やワークシェアリン
グの活用により、出願人が一
つの発明をタイムリーかつ効
率的にグローバルな知財とし
て保護可能な枠組みを構築
・審査官協議・会合の実施
・ワークシェアリングの実施
検索環境の
グローバルな調和
・各国特許庁間のITの結びつ
きを、さらに緊密化する。
ワークシェアリングの実施による特許の質の調和と
ワークシェアリングの効率化との好循環
「仮想的な世界特許庁」と言えるような
実質的な国際協力の枠組み
国際貢献と審査の効率化
出願人のニーズに対応して、
海外に向けて審査結果を早期
発信することにより、国際連携
の枠組みで国際貢献。
ワークシェアリングの推進に
より、審査の効率化を図り、グ
ローバルな出願の増加に対応。
参考I-22
WIPOにおける特許制度調和の停滞と、先進国会合の発足
1985年、特許制度調和の議論が世界知的所有権機関(WIPO)で開始。
1991年、米が先発明主義から先願主義への移行を拒否したため、失敗。
2000年に再開するも、2004年に途上国がWIPOでの議論をブロック。
2005年以降、主要な項目(※)に絞って、先進国を中心に検討。
(※)「新規性」、「進歩性」、「先願主義」、「グレースピリオド (注)」など。
(注)発明の公表から特許出願までに認めら
れる猶予期間。
2006年9月先進国会合:包括妥協案に沿った条文作成に合意。
− 米国は、グレースピリオド拡大を条件に先願主義移行に柔軟姿勢。
− 欧州の一部の国(独・英)はグレースピリオド拡大に消極的。
2007年6月G8ハイリゲンダム・サミット/日-EUサミット, 2008年7月G8洞爺湖・サミット
− 首脳宣言(G8)にて、特許の国際的な制度調和と、協調の拡大の重要性に言及。
2007年9月先進国会合:
先願主義への移行やグレースピリオドの拡大を含む作業部会議長提案の項目リストについ
て、各国間で一定の共通理解が得られ、今後作業部会で更なる議論が行われる見通し。
56
(2) 国際的な制度調和の推進
グローバル化が進む中で、一つの発明を複数国で効率的に特許取得できるようにするため、特許取得
の予見性を高め、手続コストを低減する観点から、制度調和が必要となる。また、急増するグローバル出願
とこれに伴う各国への重複出願の増加に対応するため、ワークシェアリングの推進に必要な各国の実体的
特許法の制度調和を早期に実現することが課題となっている。日本は米欧間の中庸な制度を有していると
いう特徴を最大限活用し、米国の先願主義移行の動きを後押しするとともに、欧州に柔軟性を示すよう働き
かけを継続し、制度調和の議論をリードしていくことが求められる。日本の制度は米欧間の中庸な制度では
あるが、先進国間での特許制度調和の合意を実現するためには、交渉の進展に応じ、我が国も①グレース
ピリオド、②PCT 秘密先願、③第三者の権利(先使用権)などについて、制度の改正(法改正)が必要となる
ことが予想される。いずれにせよ制度調和を進めるために柔軟な対応が求められよう。
特に、欧州では、欧州各国特許庁の意見をま
制度調和を巡る状況と議論の加速化
グローバル化が進む中で、一つの発明を複数
とめ、EC (European Commission)や EPO (The
国で効率的に特許取得できるようにするため、特
European Patent Office)が世界的な議論におけ
許取得の予見性を高め、手続コストを低減する
る欧州の代表としての役割をより積極的に担い、
観点から、制度調和が必要となる。また、急増す
欧州内の意見統一が図られることが期待される。
るグローバル出願とこれに伴う重複出願の増加
産業界のニーズを踏まえた制度調和に向けて
に対応するため、各特許庁間のワークシェアリン
グを進めていくことが課題となっている。このよう
制度調和は、一つの発明をグローバルな知財
なワークシェアリングを推進し、一つの発明を効
として効率的に保護することを望むユーザーにと
率的にグローバルな知財として保護できる、「い
って、特許取得の予見性を高め、手続コストを低
わば仮想的な世界特許庁」と言えるような、より実
減するなどの利益をもたらすものである。そこで、
質的な国際協力の枠組みを構築する上でも、そ
制度調和を進めるにあたって、各国特許庁は産
の基盤となる各国の実体的特許法の制度調和を
業界の意見・ニーズに耳を傾け、意見の統一が
早期に実現することが重要である。米国が国内
図られるよう、調和を進めていくことが必要であ
法改正の中で先願主義移行に柔軟姿勢を見せ
る。
また、他方、産業界自身も、制度調和に向け
ているタイミングを捉え、議論を加速化していくこ
て、国際的な議論を行い、その意見の反映を求
とが必要と考えられる。
めていくべきである。
多数国間での制度調和の議論の促進
産業界からの制度調和
当協会としては、三極ユーザー会議等の
場において積極的に制度調和の議論をリード
し、欧米の制度面での相互歩み寄りを欧米産業
界に対して促すこととしたい。
(日本知的財産協会)
2
日本は米欧間の中庸な制度を有しているとい
う特徴を最大限活用し、米国の先願主義移行の
動きを後押しするとともに、欧州に柔軟性を示す
よう働きかけを継続し、制度調和の議論をリード
していくことが求められる。
57
が認められる要件(期間・適用対象・宣言の
WIPO の役割の重要性
要否)は、各国ごとに異なっている。
世界全体の知財政策が錯綜する中、経済はグ
ローバル化しており、特許出願が急増している。
仮に、現在、先進国間で検討されている内
この急増に各国の力を合わせて適切に対処して
容で合意がなされる場合、宣言の要件を廃し、
いくためには、先進国における制度調和の議論
期間を 6 か月から 12 か月に延長し、対象を拡
を進展させるとともに、WIPO における議論を活
大する法改正が必要となる。
性化させ、世界全体での取組を進める必要があ
②PCT 秘密先願(要件緩和)の問題
言語や国内移行の有無によらず、指定国
る。
そのため、先進国において議論されている実
において、秘密先願(ここでいう「秘密」とは、
体規定(特許性に関する規定など)の調和に加
後願の出願時点で先願が非公開であることを
え、途上国の知的財産権制度の環境整備など、
意味)の地位を与えるか否かの問題である。
グローバルな制度調和に向けた WIPO による貢
国際公開された PCT 出願は、日本に係属せ
献を促すことも肝要である。
ず、他国にのみ係属する場合であっても、日
本の他の出願に対する秘密先行技術として
取り扱うことが必要と考えられる。この場合、
我が国の国内制度との調整
日本は米欧間の中庸な制度を有しているが、
日本語以外の言語で公開された PCT 出願で
先進国間での特許制度調和の合意を実現する
あっても、日本において秘密先行技術とな
ためには、交渉の進展に応じて、我が国も所要
る。
の法改正を行う必要が出てくる。法改正の必要と
③第三者の権利(先使用権)
なる可能性のある項目として、例えば、①グレー
発明が出願される前に、第三者が同一内
スピリオド、②PCT 秘密先願(ここでいう「秘密」と
容の発明を実施等した場合に、この第三者に
は、後願の出願時点で先願が非公開であること
認められる実施権が第三者の権利である。
を意味)、③第三者の権利(先使用権)があるが、
現在検討されている、各国の任意とする方
いずれにせよ、制度調和を推進するために、柔
向で合意がなされる場合は、法改正は不要と
軟な対応が求められよう。参考 I-23
考えられる。(しかし、仮に、欧州が主張する、
発明者から発明を知得して実施した第三者
にも権利を認める態様で合意がなされれば、
①グレースピリオドの問題
法改正が必要となる。)
先願主義のもとでは、出願日よりも前に、同
じ発明が公知となっている場合には、原則、
制度調和に向けて
国際的な制度調和を一挙に推し進める
ことは困難かもしれないが、現在、日本は制度調
和の問題を主導的に進められる立場にあるた
め、しっかりと進めていってもらいたい。
(委員意見)
これにより新規性を失うため、例えば、論文発
表後に出願する場合など、公表後に出願す
る場合には、自己の公表により特許性が否定
される可能性がある。しかし、一定の要件を満
たす場合には、自己の発表により特許性が否
定されないという例外が認められる。この例外
の適用期間がグレースピリオドであるが、例外
58
定されているかは各国によって大きく異なること
が指摘されている。
1 WIPO の役割
近年、WIPO にとって実体的特許法の調
和などの規範作りは、解決の難しい問題となって
いる。WIPO は、開発アジェンダの議論を抱えて
いる。開発アジェンダは、知財が、経済及び社会
発展において、いかに途上国や後発発展途上
国の利益にかなうかについて、もっともな懸念を
提起している。WIPO が知財保護という中心的な
役割を担いつつ、WIPO と加盟国は、日本を含
め、途上国の利益にも配慮できると信じている。
(Microsoft)
職務発明の関連法令
職務発明の問題は、国によっては、労働
法や契約の問題になっていたり、労働法と特許
法との中間の問題になっていたりするなど、純粋
な特許法の問題ではないこともある。労働条件や
契約制度については、各国独自であり、国際的
な制度調和は難しい。世界の状況を知ることは
大事かもしれないが、もし何か手当を行うのであ
れば、職務発明の問題は日本としてどうしてゆく
かを考えるべきである。
(委員意見)
制度調和と職務発明制度
また、我が国においては、職務発明の対価を
巡って、職務発明制度の在り方が問題となり、平
成 16 年に法改正を行った。新職務発明制度は、
職務発明に係る「相当の対価」を使用者等と従
業者等の間の「自主的な取決め」にゆだねること
を原則とするものである。現状においては、次の
指摘のように、国際的な制度の比較を行うなど、
グローバルな視点から職務発明制度の理解を深
めつつ、海外との共同研究など、民間企業等に
おけるグローバルな R&D 活動が阻害されないよ
うに、イノベーション促進の観点から現行制度の
運用の状況を評価し、見守っていくことが重要で
ある。
制度調和の問題として国際的に議論されてい
る主要項目以外にも、各国が固有の規定を有し
ている制度として、職務発明の制度がある。
職務発明に係る権利の帰属・対価(補償)につ
いては、各国ごとに固有の制度となっている。我
が国においては、職務発明に係る特許を受ける
権利は原始的に発明者(従業者等)に帰属し、
発明者(従業者等)がその特許を受ける権利又
は特許権を使用者等に承継させたときは相当の
対価の支払いを受ける権利を有している旨が定
められている(特許法第 35 条)。
R&D をグローバルに展開する企業等では、日
本の従業者と海外の従業者とで、職務発明の扱
いが異なるケースも生じうるため、職務発明制度
については、以下のような意見がある。
職務発明とイノベーション
職務発明は、本来のイノベーションをど
のように評価するかであり、落ち着いて議論する
べきと考える。現時点では、海外の職務発明制
度への情報不足になっている可能性があり、海
外の状況を知るだけでも良い影響はあるのでは
ないか。
(委員意見)
日本の職務発明制度
特許法第 35 条の職務発明の規定につ
いては、発明者への報奨金について規定されて
いるが、グローバルに研究開発を行う際に、海外
の従業員と日本の従業員で処遇について比較
すると、日本の職務発明の規定は特異なケース
であると感じている。
(委員意見)
職務発明制度の調和
特許制度の調和を考えるのであれば、
検討対象に職務発明も入れるべき。企業がグロ
ーバル展開をしていく中で、各国の職務発明制
度がばらばらであることは問題。
(個人)
2
一方で、職務発明は、雇用の問題が絡むた
め、特許制度のみならず、契約や労働政策の問
題に密接に関係する問題である。それらの各観
点において、職務発明の取扱いがどのように規
59
参考I-23
特許制度調和についての先進国間における議論の状況
先進国会合で協議の
対象となりうる主要項目
発明者の利益を重視
第三者の法的安定性を重視
欧州(※)
日本
米国
先願主義
先発明主義
ヒルマードクトリン廃止
ヒルマードクトリンあり
宣言なし/12か月の
グレースピリオド
宣言あり/6か月(博覧
会の展示等、限定的)
宣言あり/6か月(刊行
物、学会発表等も対象)
第三者の権利
知得実施も含める
独自発明者の実施のみ
ビジネス方法のみ
要約書は秘密先願を
構成しない
出願人作成の要約書は
秘密先願を構成(判例)
誤発行の公開公報を
グレースピリオド対象化
通常の公開公報も対象
PCT秘密先願
(要件緩和)
限定的
限定的
国内のみの出願は例外
18か月全件公開
(注)
制度調和の方向と合致
限定的
国内制度との調整が
必要となる可能性あり
(※)特許制度調和の先進国会合に参加している欧州各国は、EU
加盟国及び欧州特許条約加盟国(加盟予定国含む)。欧州委員会
及び欧州特許庁も参加。
特許制度調和を巡る日米欧のスタンスの背景
日本:柔軟性を示すよう、欧州に働きかけを継続
■米欧を参考に自国の制度を構築してきたことから、中庸な制度となっている。
欧州内の利害調整の
政治メカニズムが課題
欧州:グレースピリオドの拡大に消極的、出願後18か月公開の義務づけを主張
■EC(欧州委員会):欧州共同体の統一特許制度を検討中。
■EPO(欧州特許庁):欧州域内の特許取得手続きを一本化する
「欧州特許条約(EPC)」を管轄。
※ロンドンアグリーメント(2008年5月発効):翻訳言語の調和
■欧州各国(交渉のメインプレーヤー)
各国の特許法を管轄。制度調和を巡る各国のスタンスは様々。
- 英、仏、北欧などは制度調和の実現重視。
- 独、スイス、ハンガリーは、自国の利益を主張。(化学業界の利益が背景)
各国首脳や産業界ハイレベル
より早期実現の要請あり。
G8ハイリゲンダム・サミット
(07年6月)、日EUサミット(07
年6月)、G8洞爺湖・サミット
(08年7月)
日EU•BDRT(07年6月)、米EU
サミット(07年4月)、など。
米国:先願主義への移行に前向きな姿勢(日欧のグレースピリオドの拡大が条件)
■グローバル化の進展に伴い、制度を世界のベストプラクティスに合わせる動き。パテントトロール対策も
背景。
■米国特許改革法案2007
2007年9月7日下院通過、上院本会議審議待ち
・「先願主義」への移行(一部例外条項あり)
・「先願主義」移行は日欧のグレースピリオド
拡大が条件とするトリガー条項
・18か月出願公開(緩和策あり)
・ヒルマードクトリンの廃止
・付与後異議申立制度の導入
・損害賠償額の見直し
・出願時のサーチ添付義務、など。
※損害賠償関連の規定を中心に、IT業界と製薬業界との間で争いあり。
今後の見通しと制度調和の早期実現に向けた戦略
■WIPOでの議論は南北問題の影響を受けて停滞しており、まずは先進国間で合意を形成することが重要。
■主要な項目に絞って検討を行うも、欧米の法哲学の根幹を変更する部分があり、対立が継続。今後の議論の行方は予断を許さない。
■米国特許法が改正されようとしている今の機会を捉えて、国際的な制度調和を推進すべき。
60
4. グローバルな知的財産基盤の確立に向けた途上国とのパートナーシップ
グローバルな知的財産基盤の確立に向けた
途上国における知的創造サイクルの確立の支援
∼ 知財を活用したビジネスの成功事例の共有 ∼
A. 先進国・途上国にとっての知財制度のグローバル基盤の必要性
○経済のグローバル化に伴い、途上国でも特許出願が増加しているが、かかる出願のほとんど
が先進国からのものとなっており、これが知財政策を巡る南北対立の背景のひとつになってい
る。途上国がこうした状況を変革し、途上国における創造活動に基づく知財制度活用を通じて
経済発展を実現するためには、途上国自身の知財制度の整備が必須である。
○強固なグローバル知財基盤のためには、効果的な法の執行が必要である。また、特許出願
の増加に伴い、知財紛争が増加する恐れがある。このため、先進国・途上国を問わず、特許
の質を向上させることが重要であり、それによって、低質の特許により生ずる不要な紛争を低
減させることが可能となる。知財法の効果的な執行は、模倣品・海賊版等に係るただ乗り行為
のない、公正な競争を担保するものでもある。模倣・海賊行為は、グローバルな事業者が途上
国の地元事業者と提携するうえで妨げになるばかりでなく、途上国における国内の未成熟産
業をも破壊する。
○グローバルな知的財産基盤には、知財管理に精通した人材やグローバルな人的及びビジネ
ス上のネットワークといった「ソフト要素」が含まれる。かかる基盤は、世界規模の事業者と地元
の提携先とが同等の活躍の場で活動しグローバルなビジネス協力を推進することを可能にし、
もって、途上国の事業者が知財の所有を増やしグローバル市場において競争力及びブランド
力を高めることにつながる。したがって、模倣品・海賊版対策に熱心な先進国の観点のみなら
ず、上記のようなビジネス上の協力機会を探している途上国の観点からも、グローバルな知財
基盤の確立が望まれる。
B. 途上国の経済発展に向けて ∼ 知的創造サイクルの確立の重要性 ∼
○知財制度は途上国の経済発展に有効なツールであり、不可欠な基盤である。
○各国の自立的経済発展を促していくために、途上国において知的創造サイクルを確立するこ
とが重要である。このことが、地場産業を含めて現地産業の発展に繋がっていくものと期待され
る。
○知財の保護は、(上記A項でも述べた) ビジネス上の協力を通じ、先進国からの直接投資や技
術移転等の基礎となるものであり、この意味でも途上国の自立的発展に不可欠なものである。
C. 今後の取組 ∼ 知財を活用したビジネスの成功事例の共有 ∼
○知的創造サイクルを推進し、途上国の自立的経済発展を促すため、我が国の経験を含め知
財とビジネスの連携により成功した事例について、途上国との共有を進めることが必要ではな
いかと考えられる。具体的には、次のような取組をWIPOで提言。
①(i) 知財とビジネスを連携させた成功事例と、(ii) 知的財産分野における中小企業支援策を、
先進国・途上国を含め全世界で継続的に共有。この中には、一村一品運動のような地域
産業の振興策における知財活用の成功事例が含まれることが有用である。
②特に先進国は、知財とビジネスの連携により成功した事例を収集し、WIPOと協力し情報共
有。
③先進国と途上国は協調して、知財とビジネスの連携により成功した事例や中小企業支援策
に係る知識を、途上国経済の文脈に適合させつつ、発信し普及させる。
④このほか、例えば、WIPOで関係機関(世界銀行、UNCTAD等)や専門家を集めて会合を
もったり、セミナーを行う。
○また、途上国において、知財制度の整備を促すため、ASEANを含むアジア諸国に対し、各国
の発展段階に応じた情報化や人材育成などの支援やワークシェアリングの導入促進を行って
きたが、今後は、ASEANへの関係を一層深めるとともに、上記を念頭に、アフリカの支援等にも
取り組むことが重要と考えられる。
61
<概要>
グローバルな知的財産基盤の確立に向けた
途上国における知的創造サイクルの確立の支援
∼ 知財を活用したビジネスの成功事例の共有 ∼
経済のグローバル化に伴い、途上国でも特許出願が増加しているが、ほとんどが先進国からのもの
となっており、これが知財政策を巡る南北対立の背景のひとつになっている。
途上国がこうした状況を変革し、途上国における創造活動に基づく知的財産権制度活用を通じて経
済発展を実現するためには、途上国自身の知的財産権制度の整備が必須である。その際、次の点に
留意すべきである。すなわち、かかる制度整備は、グローバルな知的財産基盤の確立につながり、世
界規模の事業者と地元の提携先とが同等の活躍の場で活動しつつ、よりよく協力することを可能にし、
もって、先進国ばかりか途上国にも利益をもたらす点である。
我が国は、知的財産権制度の整備等により、知的財産の創造・保護・活用といった知的創造サイク
ルの推進を行い、経済を発展させてきた経験を有する。
そこで、途上国の支援において、知的財産権制度の整備を促すと共に、知的財産を活用して成功し
た事例を途上国と共有することで、知的創造サイクルを推進し、途上国の自立的経済発展を促すこと
が有効と考えられる。
知的創造サイクルの推進により、我が国が発展してきた経験を生かし、支援を行う
途上国の経済発展に向けた支援
(1) 知的創造サイクルの推進の重要性
(2) 技術移転等の基盤としての知財保護の重要性
知財の保護は先進国からの直接投資や技術移転
等の基盤となるものであり、この意味でも途上国の自
立的発展に不可欠なものである。
各国の自立的経済発展を促していくために、
途上国において知的創造サイクルを確立する
ことが重要である。このことが、地場産業を含
めて現地産業の発展に繋がっていくものと期
待される。
∼ 知財を活用したビジネスの成功事例の共有 ∼
①知的創造サイクルの推進 ∼ 知財とビジネスの連携により成功した事例の共有 ∼
知的創造サイクルを推進し、途上国の自立的経済発展を促すため、我が国の経験を含め
知財とビジネスの連携により成功した事例について、途上国との共有を進めることが必要で
はないかと考えられる。具体的には、次のような取組をWIPOで提言。
i) (i) 知財とビジネスを連携させた成功事例と、(ii) 知的財産分野における中小企業支援
策を、先進国・途上国を含め全世界で継続的に共有。この中には、一村一品運動の
ような地域産業の振興策における知財活用の成功事例が含まれることが有用である。
ii)特に先進国は、知財とビジネスの連携により成功した事例を収集し、WIPOと協力し情報
共有。
iii)先進国と途上国は協調して、知財とビジネスの連携により成功した事例や中小企業支援
策に係る知識を、途上国経済の文脈に適合させつつ、発信し普及させる。
iv)このほか、例えば、WIPOで関係機関(世界銀行、UNCTAD等)や専門家を集めて会合
をもったり、セミナーを行う。
②情報化や人材育成などの支援
また、途上国において、知財制度の整備を促すため、アジア諸国に対し、各国の発展段階
に応じた情報化や人材育成などの支援やワークシェアリングの導入促進を行ってきた。今後
は、上記を念頭に、アフリカの支援等にも取り組むことが重要と考えられる。
62
(1) 途上国における状況
特許出願のグローバル化により、途上国においても特許出願が増加しているが、特許出願のほとんどが
先進国からのものとなっており、これが知財政策を巡る深刻な南北対立の背景のひとつになっている。
しかしながら、知的財産権制度は途上国にとってもビジネスの発展に有効なツールで、また必要なインフ
ラであり、各国の自立的経済発展を促していくために、知的創造サイクルの確立を途上国において成す取
組を支援していくことが必要である。このことが、地場産業を含めて現地産業の発展に繋がっていくことが期
待される。加えて知的財産の保護は先進国からの直接投資や技術移転等の基盤となるものであり、途上国
の自立的発展に不可欠なものである。
また、グローバル化に伴いグローバルな知財インフラが重要となっているため、途上国においても日米欧
と同水準の質が確保されるよう、グローバルな特許の質の調和が必要である。
さらには、経済のグローバル化が進む中で、権利保護の不十分な国があると、その国をループホールと
して技術が盗用され、模倣品・海賊版が世界に流通する恐れもある。
これらの観点から、知財インフラのグローバルな整備が重要であり、途上国における知財インフラの整備
支援を行っている。
より、地場産業を含めた現地産業の発展に繋が
途上国の特許出願
っていくことが期待される。
特許出願のグローバル化により、途上国にお
いても、特許出願が増加している。そして、途上
また、知的財産の保護は、先進国からの直接
国においては、特許出願のほとんどが先進国か
投資や技術移転等の基盤となるものである。権
らのものとなっている。もちろん、知的財産権制
利が適切に保護されていない状況では、先進国
度は投資促進や経済発展に必要不可欠なもの
からの技術移転等を呼び込むことが困難となる
であるが、途上国にとっては「他国の特許権を保
ため、知的財産の保護は、途上国の自立的発展
護するために特許制度を導入している」という状
に不可欠なものである。
況にあり、これが、知財政策を巡る深刻な南北対
立の背景のひとつになっている。参考 I-24、参
知的創造サイクル
考 I-25
技術などの
知的財産
創造
途上国での知的創造サイクルの確立に向けて
保護
(新技術開発等)
途上国においても、イノベーション、デザイン、
(権利化等)
ブランドといった知財についての知的創造活動
のより一層の拡大は、途上国経済の発展にとっ
知的
財産権
資本
て重要である。そして、途上国の自立的経済発
活用
展を促す上で、知的創造活動を育て、知財を活
(ライセンス契約等)
用していく知的創造サイクルの確立に向けての
取組を支援していくことが重要である。このことに
グローバルな知財インフラの確立に向けて
63
途上国での知財インフラの整備を促す取組
グローバル化に伴い、グローバルな経済活動
の予見可能性や安定性を確保するため、途上国
以上の観点から、我が国では、アジア・アフリ
を含め、知財インフラがグローバルに整備される
カを始めとする途上国を含めた知財インフラの整
ことが重要となっている。
備への支援が必要であり、各国の発展段階に応
途上国においても特許出願が増加する中で、
じて、情報化や人材育成などの支援やワークシ
途上国においても特許権に係る紛争が増加する
ェアリングの導入促進を行う必要があると考えて
とも考えられる。
いる(詳細は後述)。
そこで、途上国においても日米欧と同水準の
しかし、何より必要なのは、途上国のイノベー
質が確保されるよう、グローバルな特許の質の調
ション、デザイン、ブランドを創造・保護・活用す
和が必要である。そのため、途上国各国に、他
る知財創造サイクルを途上国において確立させ
国の審査結果を利用するワークシェアリングの導
ることである。日本は、知的創造サイクルの推進
入も含めた、発展段階に応じた適切な権利付与
により、経済発展を行った経験を有するので、知
体制の整備が必要となる。
財とビジネスの連携によって成功した経験などを
途上国と共有することが重要である。
グローバル化と模倣品・海賊版対策/ACTA の
早期締結を
生産拠点がグローバルに展開される中では、
世界のいずれかの国において、技術が盗用され、
模倣品・海賊版が世界に流通する恐れがあるた
途上国での知的財産権制度の整備も
重要
世界中でビジネスは拡大し、途上国にも広がっ
ている。将来におけるビジネスを見越して、途上
国での知的財産権制度の整備も重要。
(委員意見)
め、グローバルの知財インフラは、模倣品対策の
観点からも重要となる。
特に、特許権は、商標権や意匠権とは異なり、
その内容を外観で判断しづらい権利であるため、
侵害・非侵害を適切に判断する上で、出願明細
途上国における物作りと知的財産権
制度
途上国も急速に物作りの力が増してきたが、不
明確な制度のため、権利行使できないという状
況もあり、先進国の裁判所で争うこともある。
(委員意見)
書の適切な審査がより重要性を持つ。
模倣品問題
発展途上国における模倣品問題につい
て、途上国の模倣の技術は非常に高く、すぐに
模倣されてしまうため、それへの対応が課題。
(委員意見)
そのため、模倣品対策の観点からも、適切な
権利付与体制の整備を含め、知的財産権制度
をグローバルに整備することが途上国を含めて
展開するグローバルな産業にとって必要である。
洗練されたパテントポリシー
「プロパテントポリシー」を「洗練されたパ
テントポリシー」と再解釈すべきとした背景文書の
結論に賛成する。これは、特許権が役立つ場合
だけでなく、特許権の行使が研究活動を鈍らせ
る場合、又は、途上国に対する差別的な負のイ
ンパクトを与える場合をも考慮するもの。世界中
の多くの特許庁を含めて、特許政策を展開する
ことは、それ故、賢明であり、途上国と先進国の
特許庁が最良の実務と政策を学ぶことに繋が
また、知的財産権の執行強化の観点からは、
1
国際的な法的枠組みが必要であるとの認識のも
と 、 模 倣 品 ・ 海 賊 版 防 止 条 約
(Anti-Counterfeiting Trade Agreement, ACTA)
(仮称)の早期締結を目指し、国際的な働きかけ
などの取組を行っている。
64
る。
(McGill 大学教授)
参考I-24
各国の非居住者出願比率(2005年)
メキシコ
96%
シン ガ ポール
93%
タイ
86%
イン ド
82%
ブラジル
76%
欧 州 (EPO)
51%
途上国における出
願のほとんどが非
居住者によるもの
47%
米国
46%
中国
38%
世界平均
24%
韓国
14%
日本
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(出典)WIPO Patent Report 2007
※ アフリカ(ARIPO,OAPI)は約97%と言われている。
参考I-25
海外から
国内から
非居住者の出願率 メキシコ
海外から
インド
国内から
非居住者の出願率
[%]
100
[件]
[%]
100
90
90
[件]
20000
80
20000
80
70
70
60
60
50
10000
50
40
10000
40
30
30
20
20
10
0
10
0
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
0
[年]
0
1996
(出典)WIPO統計から特許庁作成
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
インドネシア
海外から
国内から
非居住者の出願率
海外から
ベトナム
国内から
非居住者の出願率
[%]
100
[件]
20000
[%]
100
[件]
90
80
90
80
20000
70
70
60
60
50
10000
50
40
10000
40
30
30
20
20
10
0
10
0
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
[年]
(出典)インド特許庁年報 2000-2001 ∼ 2005-2006から特許庁作成
2005
2006
2007
0
[年]
(出典)インドネシア特許庁ホームページから特許庁作成
0
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
(出典)ベトナム特許庁年報2007年版から特許庁作成
65
2007
[年]
(2) 知財をめぐる南北の対立
先進国と途上国の間には、深刻な技術格差、特許格差の問題があり、1960 年代に、途上国より、「特許
制度は途上国の発展に寄与しないのではないか」、という問題提起がなされ、その後 WIPO などで議論が
なされてきている。国連におけるミレニアム宣言(2000 年)で開発目標がコミットされたことを受け、途上国は
国際的なルールメーキングを進めるにあたり、開発の観点で見直すべきと強く主張し、WIPO においては開
発問題に関するアクションプランを定める「開発アジェンダ」を提案。開発問題は WIPO における南北対立
を激化させ、 WIPO における特許制度調和の議論の停滞を招き、ルールメーキングを阻害する結果となっ
ている。
このような状況において、途上国は自らの要求を実現すべく様々なフォーラへ議論を拡散させている。こ
れに対し、先進国は、例えば制度調和に関する議論を WIPO とは別に先進国間の会合(いわゆる B+会合)
を非公式に設立し議論を進めたり、EPA 等の二国間交渉で知財に関する条項を取り上げる等、マルチから
プルリ、バイの議論を行う動きが見られる。
しかしながら、知財を巡る南北問題には、知的財産の専門的な観点からの検討を要する問題があること
から、本来は知財の専門機関である WIPO において十分な議論が行われる必要がある。WIPO に提案され
ている開発アジェンダは、2007 年の WIPO 総会での勧告採択を受け、合意項目の具体的実施に向けた議
論が開始されるため、このモーメンタムを維持し、WIPO において知財の側面からどのような貢献ができるか
検討を進めていくべきである。
知的財産権制度の確立は、イノベーションの促進や独自ブランドの創出等を通じた現地産業の発展や、
海外資本による研究開発や投資を促す環境整備につながるものであるため、開発アジェンダで合意され
た、特に、人材育成協力等のキャパシティ・ビルディングを支援することは重要である。また、遺伝資源アク
セス問題に関して、生物多様性条約の目的を達成すべく、公正かつ衡平な利益配分が行われるために
は、ボン・ガイドラインの遵守が有効である。我が国は、ボン・ガイドラインに基づいた各国当局との協力活
動を進めており、アジアの国々と遺伝資源アクセスに関するワークショップを開催するなどしている。このよう
な取組を進めて、遺伝資源アクセスのための理解・普及を深め、途上国との協力関係を築くことが肝要であ
る。
進められたが、いずれも失敗に終わった。
1970 年代の知財分野での南北問題の提起
先進国と途上国の間には、深刻な技術格差、
南北問題に係る議論の WTO への移行
特許格差の問題があり、1960 年代には、途上国
より、「特許制度は途上国の発展に寄与しないの
そこで、知財を貿易交渉の側面から包括的な
ではないか」、という問題提起がなされた。その後
バランスの中に位置付けて合意を目指すべく、
UNCTAD の設置等、国際的に検討する環境が
GATT ウルグアイ・ラウンドの場において、新たな
整えられてきた。その中で、WIPO においてこの
ルールである TRIPS 協定が貿易交渉の全体の
問題を解決すべくパリ条約改正が試みられ、
パッケージの中で南北双方に受諾された。これ
UNCTAD でも技術移転に関する行動規範作りが
により、最低限の知財保護水準が定められるなど、
66
執行面を中心として知財保護において一定の前
(GRTKF)を自らの強みとすべく国際的な保
進が見られた。
護の枠組みの設定を先進国に要求。生物多
様性条約の成立を契機として、GRTKF の知
途上国における開発に対する問題意識の高まり
財の側面からの保護による利益の享受を目
とマルチフォーラ化
指し、政治的決着を求め WIPO、WTO を含む
①WTO、WIPO における開発アジェンダの議
様々なフォーラにおいて議論を展開するなど、
論
南北問題の解決は困難さを増している。また、
国連におけるミレニアム宣言(2000 年)で
医薬品アクセスの問題についても知財と関連
開発目標がコミットされたことを受け、途上国
して議論されるようになり、WTO では、医薬品
は国際的なルールメーキングを進めるにあた
アクセスに係る TRIPS 協定改正に合意(2005
り、開発の観点で見直すべきと強く主張。
年)といった一定の成果が得られているもの
WTO ドーハ閣僚宣言(2001 年)では、開発
の、途上国はさらなる権利主張を求めており、
問題がとりあげられ、公衆衛生、医薬品への
WHO 等、知財の専門機関以外のフォーラに
アクセス問題、生物多様性条約(CBD) との
議論が波及し、南北問題が激化している。参
関係等が盛り込まれた。
考 I-26
さらに、途上国は WIPO においても開発問
題に関するアクションプランを定める「開発ア
開発と知財の問題
タイ: エイズ治療薬に対する強制実施権の発動
など、国内で様々な議論がおこっている。
(2006/11∼)
インドネシア: 鳥インフルエンザのワクチンへの
アクセスが十分でないことに反発し、検体ウィル
スの提供を拒否。その中で、検体ウィルスへの知
財権に関する議論がある。(2007/7)
(報道に基づき特許庁作成)
ジ ェ ン ダ 」 を 提 案 ( 2004 年 ) 。 開 発 問 題 は
WIPO における南北対立を激化させ、WIPO
における特許制度調和の議論を停滞させる
など、ルールメーキングを阻害する結果となっ
ている。
しかし、「開発アジェンダ」は、2007 年の
WIPO 総会で勧告が採択された。現在、この
南北問題を巡る課題
開発アジェンダの具体的実施に向けた検討
知的財産権制度のグローバル化が進展する
が開始されており、大きな前進がみられつつ
中で、各国ごとの発展段階に応じた制度を求め
ある。
る動きとの両立が課題となっている。また、イノベ
②遺伝資源・伝統的知識・フォークロア
ーションを必要としない遺伝資源等に基づいた
(GRTKF)14の議論
権利主張は既存の知的財産権制度と相容れな
途上国は、先進国と遜色なく豊富に存在し
い部分を有しており、強制実施権の拡大や関連
ている遺伝資源・伝統的知識・フォークロア
する知財権の制約を課すことは、我が国を含む
国際的なイノベーションの創出に影響を与える可
14
遺伝資源・伝統的知識・フォークロア(GRTKF): 定義自体が
保護の対象となる範囲に直接連動するため、定義を明確化する
こと自体が大きな論点となっている。とりわけ、伝統的知識とフォ
ークロアに関しては明確な定義を定めることは困難ではあるが、
例えば伝統的知識とは、原住民等が伝統的に継承してきた知識
を指し、フォークロアとは、伝統陶芸、伝統舞踊等の芸術的表現
を指すと考えられている。
能性がある。
このような状況において、南北問題における知
財に関する議論は、知財の専門機関である
WIPOにおいて膠着化し、途上国は自らの要求
67
を実現すべく様々なフォーラへ議論を拡散させ
の環境整備、キャパシティビルディングが重要で
ている。これに対し、先進国は、例えば制度調和
あることから、南北の利害対立を緩和しつつ、知
に関する議論をWIPOとは別に先進国間の会合
財インフラ整備に貢献が可能な WIPO の役割が
15
一層重要となっている。
(いわゆるB+会合)を非公式に設立し議論を進
めたり、EPA等の二国間交渉で知財に関する条
項を取り上げる等、マルチからプルリ、バイの議
知的創造サイクルの確立の重要性
論を行う動きが見られる。参考I-26
①開発アジェンダへの取組 ∼ 今後の対応
∼
WIPO に提案されている開発アジェンダは、
南北問題における WIPO の重要性 ∼ 知的創
造サイクルの確立に向けて ∼
2007 年の WIPO 総会での勧告採択を受け、合意
①WIPO の重要性
項目の具体的実施に向けた議論が開始されるこ
しかしながら、知財を巡る南北問題の解決に
とになり、前進の兆候がみられる。このモーメンタ
あたっては、グローバル化する知的財産権制度
ムを維持し、WIPO において知財の側面からどの
が南北問題にどのような役割を果たすのかを検
ような貢献ができるか個別具体的に検討を進め
討するとともに、GRTKF や医薬品アクセス等の
ていくべきである。
問題の中には知的財産の専門的な観点からの
検討を要するものがあることから、本来は知財の
②知的創造サイクル確立への日本特許庁の貢
専門機関である WIPO において十分な議論が行
献の可能性
特に、日本は、知的財産権制度を利用しつつ
われる必要がある。
経済発展を成し遂げた国の一つであり、貢献で
きる分野は非常に大きい。知的創造活動は途上
②知的創造サイクルの確立に向けて
国においても重要であり、途上国における経済
さらに、南北問題の本質的な解決には、イノベ
の自立、発展の機会を与えるものである。
ーション、デザイン、ブランド等の知的創造活動
が先進国だけではなく、途上国においても重要
我が国は、産業発展と知財の関係を重視し、
である。途上国の自立的経済発展を促すために
例えば、知財分野における中小企業支援にも力
も、知的創造活動を育て、知財を活用していく知
を入れており、この分野での貢献も可能である。
的創造サイクルの確立が、途上国産業自身の発
また、最近では、農林水産分野との連携も進める
展のためにも重要であるとの認識を途上国と共
ことで、知財の活用を農林水産業や食品産業の
有するとともに、途上国において知的創造サイク
国際競争力の強化や収益性向上に役立ててい
ルを確立することが必要である。また、技術移転
る。
知的財産権制度の確立、そしてそれを利用し
や外国直接投資を呼び込む知的財産権制度等
た知財とビジネスのリンケージの強化が、適切な
15
今後の制度調和を巡る議論の進め方につき先進国間で共通
の見解を持つことを目的に、米国特許商標庁(USPTO)が 2005 年
に特許制度調和予備的会合を主催したのが先進国会合の始まり。
先進国会合は、WIPO・Bグループ(先進国)メンバー、EUメンバ
ー国、欧州特許条約(EPC) メンバー国、欧州特許庁(EPO) 、欧
州委員会(EC) の 42 ヵ国、2 機関で構成されており、構成メンバー
として、WIPO・Bグループに他のメンバーが加わっているため、
「B+会合」と呼ばれている。
68
権利保護の下でのイノベーションの促進や独自
ブランドの創出等を通じた現地産業の発展や、
海外資本による研究開発や投資を促す環境整
備につながるものである。
この観点からも、開発アジェンダで合意された、
特に、人材育成協力等のキャパシティ・ビルディ
ングを支援することは重要である。
③途上国資源の問題への対応
また、遺伝資源アクセス問題に関して、生物多
様性条約の目的を達成すべく、公正かつ衡平な
利益配分が行われるためには、ボン・ガイドライ
の発展段階の違いを考慮に入れて、特に開発指
向で、メンバー国の要請に基づく透明性のあるも
のでなければならず、その活動には完成期限を
含まなければならない、
・規範設定を含むその活動において、WIPO
は、国際的知財関連条約、特に途上国や後発
途上国の利害に関係する知財関連条約の柔軟
性を考慮しなければならない、
・加盟国の要請に応じて、知的財産制度の使
用が当該国にもたらす経済的・社会的・文化的
影響についての研究を行うよう WIPO に要請する
こと、などが挙げられている。
ンの遵守が有効である。我が国は、ボン・ガイドラ
特許制度とイノベーション
途上国では、公衆衛生の問題などがあ
り、特許制度に対してネガティブなスタンスをとっ
ているかも知れないが、特許制度はイノベーショ
ンにつながる重要な制度であることを世界に発
信して欲しい。
(委員意見)
インに基づいた各国当局との協力活動を進めて
おり、アジアの国々と遺伝資源アクセスに関する
ワークショップを開催するなどしている。このよう
な取組を進めて、遺伝資源アクセスのための理
解・普及を深め、途上国との協力関係を築くこと
環境問題での対立
南北問題については、今後、環境問題
での対立が予想されている。先進国は途上国に
対して資金援助等様々な形で貢献しているが、
知財政策を越えた大きな取組の一環で捉えるこ
とが必要となっており、これは今後の議論の課
題。
(委員意見)
によって、双方にとっての WIN-WIN の関係を目
指すことが肝要である。
WIPO 開発アジェンダについて
開発アジェンダの議論とは、WIPO において開
発問題(途上国の経済発展に係る問題)に関す
るアクションプランを策定しようというもの。2004 年
総会時に、開発フレンズ(ブラジル、アルゼンチ
ン等の計 14 ヵ国から構成されるグループ)が提
案を行い、議論がスタート。「ミレニアム開発目標
(Millennium Development Goals)」を掲げる国際
連合の専門機関として、WIPO も開発問題に積
極的に取り組むべきであるとの問題意識が背景
にある。具体的提案の数は 111 項目に上り、その
内容は、既に WIPO が取り組んでいる途上国へ
の技術支援やキャパシティービルディングに関
するものだけでなく、途上国の経済的発展を考
慮した条約等の作成に関するもの、技術移転に
関するものなど、広範囲に及んでいる。
これまでに、2005 年に 3 回、2006 年に 2 回、
及び 2007 年に 2 回(2006 年及び 2007 年は「開
発アジェンダ関連提案に関する暫定委員会
( PCDA:Provisional Committee on Proposals
related to a WIPO Development Agenda)」にお
いて議論)会合が開催され、2007 年の WIPO 加
盟国総会ではこれらの会合において合意の得ら
れた 45 項目及びその内即実施可能な 19 項目に
ついて勧告がなされ採択された。当該 19 項目の
うち、主なものとして、
・WIPO の技術支援は、途上国、特に後発開
発途上国の優先項目・特別なニーズ及び加盟国
政治全体の枠組みでの対応
エイズの薬に関する問題は政治全体と
いう大きな枠組みの中で位置づける必要があり、
特許単独で考えることはできない。様々なレベル
の国がある中で、エイズ薬を製造することができ
ない国もある。インドでは製造は可能かも知れな
いが、アフリカ諸国の末端にまで届くデリバリーシ
ステムもないし、処方も難しいだろう。つまり、特
許をアフリカ諸国に対して権利行使しないように
すればよいという問題ではない。援助を始めとし
て国際政治全体の中で捉えるべき。(委員意見)
南北問題の議論をリード
WTO や WHO の場において基本コンセ
プトの論争が行われており、こうした論争に対し
て日本が法制度の論点等から積極的に議論をリ
ードして欲しいところであるが、こうした議論に参
加する日本の代表者が少ないと感じている。そ
のためこうした議論の場に日本から代表者を派
遣すると共に、日本が世界の議論をリードして欲
しい。
(委員意見)
69
UNCTAD決議「技術移転」(1972)
70
結果利用
¾PCT加盟国は138か国(2007年11月現在)。途上国も多く加盟。
¾国際調査のシステムにより、国際調査機関(一定の規模を有する特許庁が担
当)が責任を持って調査・予備的見解を作成し、その結果を利用するワークシェア
リングの仕組みを内在。
¾一つの国際出願、一つの出願様式により、各国において出願日を確保できる。
PCTに基づく国際出願の枠組み
1970年 PCT採択(1978年発効)
1985年 制度調和の議論開始(1991年に米国の反対により停滞)。
2000年 PLT採択(PLT: 特許法の方式面での調和を図る条約)
2000年 特許法の実体面における調和の議論(SPLT)再開に合意。
2004年 加盟国総会
三極特許庁から、議論を4項目(新規性、進歩性、先行技術の定義(先願主
義等)、グレースピリオド)に集中させることを提案。
しかし、遺伝資源等の議論を欲する途上国の反対により、失敗。
特許制度調和
2007年9月 加盟国総会
開発アジェンダに関する勧告の採択
2004年 WIPO開発アジェンダ(アルゼンチン・ブラジル提案)
開発促進の観点からWIPOの任務・統治を見直し
2000年 WIPO/IGC(知的財産とGRTKFに関する政府間委員会)
途上国への資金援助・技術協力を組み込んだWIPOシステム強化にて南
北問題を解決する動き
TRIPS以上の知財保護はWIPO・WTOでは困難との問題意識。
2007年5月 日印間協力MOU
¾人材育成・制度整備支援・機械化協力
¾模倣品対策
¾審査協力の議論も開始
米国(USPTO):ブラジル、中国、エジプト、インド、メキシコおよびフィリピンの研修生をグローバルIPアカ
デミーに受け入れ。また、ブラジル、中国、エジプト、インド、ロシアおよびタイに知財アタッシェを置き、研修等の
協力支援を実施。
近年、知的財産重視の方向に政策転換し近代化や審査官の大幅増員等を推進中。
→ 新興市場として注目されるインドに対し、当該覚書を元に知財の側面から環境整備を図っている。
中国
¾特許審査ハイウェイ等の審査協力
韓国 ¾機械化協力
2007年 :
五庁会合初開催
・特許出願増加への対応に向けた、ワークシェア、手続簡素化、審査の質の維持・
向上等の課題についての協力の必要性について確認。
日米欧中韓
三極間でのワークシェアや、出願様式共通化等の制度・
運用調和、IT化等について議論。
日米欧三極
2005年2月∼ WIPO・SCPが頓挫しているため、米国の提唱により、先進国(WIPOのBグ
ループ他)で制度調和に向けた共通の見解を持つことを目的に開催。42カ国2機関で構
成される。
特許制度調和に関するB+先進国会合
●途上国に対してTRIPS以上の知財保護(TRIPSプラス)を求める動き。
・米国は、モロッコ、ヨルダン、バーレーン、シンガポール、ペルーとの間で、知財保護強
化(動植物に関する特許権の保護や、強制実施権の制限など)に関する条項を盛り込み。
・我が国は、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシア等との間で、知財
保護強化(外国周知商標の保護や刑事罰対象権利の拡大など)に関する条項を盛り込
み。
EPA/FTA
その他BRICs
結果
発信
と
利用
先進国
の動き
先
進
の 国
動
き
サーチツールの提供を中心に協力支援を実施。また、EUの枠で、中国、モンゴル、CIS諸国、ASEAN、インド、パキス
タン、スリランカ、バルカン諸国、中央アジア、中央アメリカ等に対し知財協力を実施。
・人材育成支援:WIPOジャパンファンド等を活用し、ア太地域中心に過去11年間で
2500人以上の研修生を受入れ。
・ASEANとの包括的な知的財産協力プログラム
ASEAN:知財の経済発展への活用を模索
結果
利用
途上国
の動き
●知財を貿易交渉の側面から包括的なバランスの中に位置付けて国際合意を目指す動き
先進国のスタンスの変化:マルチからプルリ、バイの議論へ
制度調和:先進国の間だけでも制度間の調和を図るべく、WIPOとは別に、「B
+会合」が非公式に設立され、協議が進められている。また、日米欧三極に
おいても出願様式共通化による手続上の調和や実務上の運用調和の取組
が進められている。
エンフォースメント:日・米では、EPA/FTA交渉の中で知財に関する条項を盛
り込む、いわゆる「TRIPS plus」が増えており、二国間関係において途上国に
おける知財強化を進めている。(欧州は消極的)
1986年 GATTウルグアイラウンドへ知財問題が持ち込まれる
1994年 WTO/TRIPS協定成立 知的財産権全般(著作権、商標、GI、意匠、特許、集積回路配置、非開示情報)の保護をする協定
パリ・ベルヌ+の最低限保護水準、最恵国待遇(MFN)規定、権利執行規定、紛争処理規定
+公益のための例外(27条など)、開発条項(7条目的(技術移転促進)、8条原則(公益保護、技術移転促進)など)
2001年 ドーハ閣僚宣言(ドーハ開発アジェンダ)
世界経済の安定的発展のためのWTO制度強化/途上国の世界貿易体制への取込みの緊急性の認識/知財:公衆衛生、CBD関連
WTO/TRIPS
19世紀 パリ条約(1883)ベルヌ条約(1886)
1967年 WIPO設立条約
1970年 PCT採択(1978年発効)
途上国の経済発展を前文に謳い、途上国技術援助規定を導入
1980-84年 パリ条約改正外交会議
強制実施権条項などを交渉、終結に至らず
WIPO
欧州(EU・EPO):EPOは欧州特許アカデミーを設置。 ARIPO、南ア、ブラジル、メキシコ、インド等に対し、
・アフリカ・LDCの自発的経済成長に向けた協力に係る国際的協調
・知財保護による日系企業の投資環境整備
→ WIPOジャパンファンドによる支援事業をアフリカ・後発途上国に拡大
・開発問題
・知財分野における、公衆衛生・遺伝資源保護等を巡る課題の深刻化
南北問題におけるいわゆる「南」
アフリカ・LDC:知財は発展に寄与しないとの懸念
その他、UNPFII、UPOV、UNCSD、UNDP、UNU、OHCHR、WB、
IFAD等により知財に関する議論がなされている。
2003年「無形文化遺産の保護に関する条約」
2005年「文化多様性条約」
UNESCO(国連教育科学文化機関)
2001年 「食料および農業に用いられる植物遺伝資源に関する国際条約」採択
(2004年発効)
FAO(国連食糧農業機関)
1992年 「生物の多様性に関する条約(CBD)」採択
遺伝資源へのアクセスと利益配分等が課題。
2006年 第8回締約国会議:遺伝資源の出所等の認証に関する専門家会合の
開催、遺伝資源等を利用した知的財産権申請に関する原産国/出所開示等の
問題について、作業部会での議論を継続すること等が決議。
UNEP/SCBD(国連環境計画/生物多様性条約事務局)
2003年 知財・技術革新・公衆衛生委員会 設置
2006年:途上国向け新薬開発奨励策に関する報告書
WHO(世界保健機関)
WIPO以外のフォーラムへの拡大
2000年 国連:ミレニアム宣言、開発目標
南北問題の顕在化
1974年 国連、WIPO、UNCTAD共同報告書
「開発途上国への技術移転における特許制度の役割」
1970年代:途上国グループから「特許制度は途上国の発展に寄与していないの
ではないか」との問題提起。
UNCTAD(国連貿易開発会議)
マルチフォーラ化する世界の議論
参考I-26
(3) 途上国における知財サイクルの確立に向けて ∼ 知財とビジネスの視点から ∼
経済のグローバル化に伴い、途上国を含むグローバルな知的財産制度の整備、換言すれば、知財のグ
ローバルネットワークの構築がますます重要になってきている(前述)。そのため、途上国における知的財産
制度の整備が必要であるが、支援にあたっては、自立的な経済発展を促すことにより、途上国での知的財
産に対する意識の向上や、途上国自らによる積極的な知的財産制度の整備に繋げることが重要である。
我が国では、途上国の自立的経済発展を促す支援として、各国の自助努力を前提として、地域の特色
を生かした特産品など、地域に根付く特産品を発掘し、競争力のある商品に育てる活動等の支援(「一村
一品」キャンペーン)が知られている。現地に芽生えた産業を持続的に発展させるため、知財を育て、活用
することで、現地発のイノベーションや独自ブランドを振興するよう支援することが重要である。
我が国は、知的財産制度の整備等により、知的財産の創造・保護・活用といった知的創造サイクルの推
進を行い、国際競争力を高めてきた経験を有する。そこで、途上国の支援において、知的財産制度の整備
を促すと共に、知的財産を活用して成功した事例を途上国と共有することで、知的創造サイクルを推進し、
途上国の自立的経済発展を促すことが有効と考えられる。
我が国では、このような観点から、ASEAN への関係を一層深めるとともに、アフリカの支援等にも取り組
むことが重要と考えている。
の WIPO 総会時での勧告採択を受け、合意項目
途上国の現状
前述のように、先進国と途上国の間には、深刻
の具体的実施に向けた議論が続けられ、途上国
な技術格差、特許格差の問題があり、1960 年代
への技術支援やキャパシティービルディングに
には、途上国より、「特許制度は途上国の発展に
関するものだけでなく、技術移転に関するものな
寄与しないのではないか」、という問題提起がな
ど、その内容は広範囲に及んでいる。
された。国連のミレニアム宣言(2000 年)で開発
目標がコミットされたことを契機に、途上国におけ
途上国の自立的経済発展に向けた課題 ∼ 途
る開発に対する問題意識が高まり、知財の南北
上国における知的創造サイクルの確立に向けて
問題が顕在化している。
∼
このような状況の中、途上国においても、特許
途上国においても、イノベーション、デザイン、
出願が増加している。そして、一部の途上国では
ブランドといった知財についての知的創造活動
特許出願のほとんどが先進国からのものとなって
のより一層の拡大は、途上国経済の発展にとっ
いる。もちろん、知的財産制度は投資促進や経
て重要である。そして、途上国の自立的経済発
済発展に必要不可欠なものであるが、途上国に
展を促す上で、知的創造活動を育て、知財を活
とっては「他国の特許権を保護するために特許
用していく知的創造サイクルの確立に向けての
制度を導入している」という状況にある。
取組を支援するなど、途上国の産業発展の観点
から知的財産権制度の整備を促すことが課題と
WIPO においては、途上国の経済発展に係る
なる。
問題に関するアクションプランを策定するという
また、外国企業や外国研究機関からの円滑な
開発アジェンダの議論が行われており、2007 年
71
技術移転や直接投資の促進も重要であるが、そ
製造技術やブランド等を他者による模倣行為等
れらを呼び込むためにも、移転された技術や、投
から保護することも重要である。地域に根付く産
資により開発された技術などが模倣等から保護さ
業であれば地域ブランドとして保護することも必
れる知的財産権制度の整備が課題となる。
要となる。このように、現地における地域発のイノ
ベーションや、独自ブランドを振興する観点から、
知財分野の支援に取り組むことが必要と考えら
グローバルな知財インフラの必要性
途上国においても特許出願が増加する中で、
れる。国際競争力を備えた独創的なブランドとし
途上国における特許権によって海外の企業が提
て発展すれば、国内産業だけでなく、輸出産業
訴されるケースも増加すると考えられる。
の育成に繋がることも期待される。
そこで、途上国においても日米欧と同水準の
質が確保されるよう、グローバルな特許の質の調
途上国経済の持続的成長と知的財産権制度整
和が必要である。
備
そのため、途上国各国に、他国の審査結果を
現地において創造され、育まれた技術や、先
利用するワークシェアリングの導入も含めた、発
進国からの移転された技術が、知的財産権制度
展段階に応じた適切な権利付与体制の整備が
の整備により、保護・活用され(知的創造サイク
必要となる。
ル)、現地経済のさらなる発展に繋がることが期
待される。これが、現地における R&D 拠点の育
成や現地経済への投資に繋がり、現地経済の持
グローバル化と模倣品・海賊版対策
生産拠点がグローバルに展開される中では、
続的な成長が促されれば、現地におけるイノベ
世界のいずれかの国において、技術が盗用され、
ーションの知財による保護の要請も強まるものと
模倣品・海賊版が世界に流通する恐れがあるた
考えられる。これにより、特許庁の審査体制の整
め、グローバルな知財インフラは、模倣品対策の
備など、知的財産権制度インフラの整備・拡充が
観点からも重要となる。
進めば、経済発展と制度整備の好循環が期待さ
れる。
途上国の自立的経済発展を促す観点から、知
途上国の自立的発展に向けた取組
財分野における支援は重要である。
我が国では、世界経済の安定的発展等の観
点から、途上国の自立的発展を図るべく、途上
知財活用ビジネスの成功事例の共有
国支援を行ってきた。例えば、各国の自助努力
を前提に、地域の特色を生かした特産品など、
我が国は、これまでの経済発展の過程におい
地域に根付く特産品を発掘し、競争力のある商
て、知財を有効に活用して国際競争力を強化し、
品に育てる活動等の支援(「一村一品」キャンペ
経済大国として成長した経験を有する。知的財
ーン)が知られている。
産の創造・保護・活用といった知的創造サイクル
このように新たに創造された産業を維持・発展
の推進など、日本における知財活用の経験は、
させるためには、創造された産業で産み出され
経済成長の過程にある途上国にとっても有益と
たイノベーション、デザイン、ブランドについての
考えられる。
知的創造活動を活性化させ、特許や商標により、
72
WIPO においても、開発アジェンダを議論する
中で、知財の側面からどのような貢献をおこなっ
功した事例を収集し、WIPO と協力し情報共
ていくべきかを考えていくことが重要であり、我が
有。
③先進国は、知財とビジネスの連携により成功し
国における知財活用の経験の共有をはかること
た事例や中小企業支援策の発信に貢献。
などにより、途上国各国における自立的発展を
④このほか、例えば、WIPO で関係機関(世界銀
支援することが肝要である。
行、UNCTAD 等)や専門家を集めて会合をも
具体的には、日本政府の中小企業支援策、及
ったり、セミナーを行う。
び、独自技術や独自ブランドを有する中小企業
の知財活動等を事例として共有することが考えら
れる。その最初の取組として、東アジアにおける
グローバルな知財制度のネットワークの構築の
情報の共有を図るため、平成 20 年 3 月に、「日
観点からの支援
中韓特許庁共催中小企業支援セミナー」を開催
途上国を含め、適切な権利付与が行える体制
した。また、我が国で継続して行っている研修や
を備えた、グローバルな知財制度のネットワーク
WIPO と協力して開催しているセミナーを通じて、
を整備し、民間企業等のグローバルな経済活動
支援を行っていく。
を支えることが重要であるだけでなく、WIPO の開
発アジェンダにおいても議論がされているように、
途上国各国における自立的経済発展への重要
成功事例の共有に向けた WIPO との連携
知財分野における中小企業支援を含む、ビジ
性にも鑑み、模倣品の流通が現に問題となって
ネスと知財との関連に係る経験共有を行っていく
いるような国に限らず、アフリカなどの国々を含め
ことが重要であることは前述のとおりであり、この
て、各国の発展段階に応じた支援を行うことが重
分野で多くの経験を有している先進国は、途上
要と考えている。
国との経験共有を促進し、ひいては途上国での
成功経験を途上国間で共有させることにより、途
以上の観点から、我が国では、途上国を含め
上国の経済の自立・発展への貢献を図るべきで
た知財制度のグローバルネットワークの整備が重
ある。
要である。ASEAN を含むアジア諸国に対し、各
このようなビジネスと知的財産との関連に係る
国の発展段階に応じた情報化や人材育成など
経験・ベストプラクティスを各国で収集し、全世界
の支援やワークシェアリングの導入促進を行って
的に普及させるべく、知財に関する経験共有の
きたが、今後は、ASEAN への関係を一層深めて
国際的なハブとなりうる WIPO 等の国際機関を活
いくことも必要である。また、アフリカの支援等に
用するとともに、開発援助機関等の関連機関との
も取り組むことが重要と考えている。参考 I-27
協力を進めることが重要である。
このため、次のようなことを進める必要があるの
ではないかと考えられる。
①知的財産分野における中小企業支援策も含
め、知財とビジネスを連携させた成功事例を先
進国、途上国を含め全世界で継続的に共有。
②特に先進国は、知財とビジネスの連携により成
73
途上国とのサクセスストーリーの共有と
WIPO の役割
我々は、先進国は、ビジネスにおける知財の活
用のベストプラクティスについてのサクセスストー
リーを途上国と共有すべき旨の提案を支持す
る。これは、途上国の中小企業に対し、彼らが知
財を利用することで、いかに彼らが効果的に利
益を得られるか、具体的な例を提供できる。示唆
されているように、WIPO は、これらのサクセススト
ーリーを途上国と共有するために先導的な役割
を担うべきである。
(カナダ知的財産庁)
2
産業界の成功体験
日本の産業界の成功体験(のみならず
失敗体験も)を途上国・地域の産業界に伝えるこ
とも重要であり、当協会では、引き続き、当協会
の代表団派遣時に実施している現地セミナー等
の開催、他機関主催によるセミナー等への講師
の派遣等について、更に強力に推進して行く所
存である。
(日本知的財産協会)
2
途上国による知財制度の活用と
グローバルな知識経済への参加
開発途上国において知財制度を活用すること
で、開発途上国が、公正なメカニズムと動機づけ
を持って、グローバルな知識経済に参加して、経
済成長や国際共同社会の増進を図るためのグロ
ーバルレベルでのアイデアの交換に寄与する一
助となると確信。
(Intellectual Ventures Asia)
2
成功事例の共有と技術移転の活性化
海外からの直接投資やライセンシングを
通じた技術移転の活性化するために、知的財産
権が積極的な役割を果たすことが指摘されてい
るが、知財保護の連携による成功事例の共有が
これに役立つことに同意する。当社は、PCIIP や
JPO と自らの経験を喜んで共有したい。
(Microsoft)
2
74
参考I-27
南北問題に関する我が国の試み
◎ ASEAN支援の強化
我が国は、ASEANの一層の開発と繁栄のため、ASEAN統合の努力を強力に支持し続ける立場であり、日
ASEAN包括的経済連携協定の締結に象徴される経済連携強化も念頭に、ASEAN知的財産庁との積年の協力実
績を基礎に、その協力の一層の強化を図り、域内の知的財産基盤の向上と調和を推進。
日本−ASEAN
包括的知的財産協力プログラム (JACIP) 提案
日本−ASEAN包括的知的財産協力プログラム
I. 背 景
日本特許庁は、テーラーメイドの協力の伝統を損なわないよう留意しつつ、様々な形の二国間及び広域の協力を、「日本−
ASEAN包括的知的財産協力プログラム」(JACIP) の名のもと、より系統的な形に再編することを提案。
JACIPの計画にあたっては、JPOは次の基本的考え方を重視する。
¾ASEAN知的財産アクション・プラン2004−2010のもとでのASEANの努力の尊重。
¾公平な機会の提供。
¾柔軟性と個別ニーズへの応答。協力活動の選択肢の提示。
II. JACIPとして検討している協力の構想と、JPOのこれまでの実績の要点
¾情報技術の利用
(将来)ASEAN知的財産庁のコンピュータ・システムを十全に機能せしめるための支援に焦点。
¾知的財産権登録過程における相互協力及び合理化への支援
ASEAN知的財産庁とのIT協力の実績や、世界の一部特許庁との協力の経験に基づき、ASEANの庁間における、
知的財産権登録過程 (特許・商標審査を含む) での相互協力を支援。
¾人材開発
(将来)人材開発プログラムとIT分野の協力との相乗効果を高めるべく努力。ASEAN知的財産庁同士の経験共有
や、一般公衆を含む知的財産専門家以外の層における意識向上にも注力。
¾知財活用事例の共有
ASEANの自立的経済発展を促すため、ASEANにおける知的創造サイクルの確立を図るべく、知財を有効に活用して経済
発展した日本の知財活用事例を共有。
¾より強固な協力枠組みの構築
ASEAN知的財産庁の協力ニーズを聞くための、高レベルの会合を開催する用意。JACIPの実施にあたっては、
WIPO、特に日本政府拠出ファンドの協力プログラム、AEM-METI、JICA技術協力といった、関係の機関及び
協力枠組みと協調。
◎ アフリカ支援の強化
我が国は、アフリカ等LDC諸国の自立的経済発展を促すためには、技術移転や外国直接投資を呼び込む知財
制度等の環境整備、キャパシティビルディングが重要であると認識。WIPOへの拠出金によりWIPOジャパンファ
ンド事業を再編成し、アフリカ等LDC諸国を対象国に含め、知的財産関連の制度、執行面の整備、情報化等を推
進。
WIPO(世界知的所有権機関)
WIPO(世界知的所有権機関)
日本国特許庁
分担金 0.8億円
0.8億円
任意拠出金 1.8億円
1.8億円
WIPOジャパン・ファンド
WIPOジャパン・ファンド
アジア・
太平洋
・人材育成支援(研修生受入、専門家派遣等
人材育成支援(研修生受入、専門家派遣等)
・知財庁における近代化支援(情報化等)
知財庁における近代化支援(情報化等)
・制度、執行面の体制
整備
制度、執行面の体制整備
・知財による
途上国開発に関する検討・研究
知財による途上国開発に関する検討・研究
任意拠出金 1.1億円
1.1億円
平成20
年度よりWIPO
WIPO
平成20年度より
ジャパンファンドによる支
援事業をアフリカ・後発途
上国に拡大
アフリカ・
LDC(後発途上国)
LDC(後発途上国)
(WIPOジャパン・オフィスの開設(
18年
年9月)
WIPOジャパン・オフィスの開設(18
・アフリカ・LDCの自発的経済成長に向けた協力に係る国際的協調
(G8洞爺湖サミット、TICAD(アフリカ開発会議)でのアフリカ・LDC支援提唱)
・知財分野における遺伝資源保護等を巡る南北問題の解消
・アジア等からの模倣品流入が進む中で知財保護による日系企業の投資環境整備
75
II.特許システムの不確実性の低減
1. 質の重視と、透明で予見性の高いメカニズムの構築
審査基準を恒常的に見直し、特許制度の安定性を高めるために
透明で予見性の高い特許審査メカニズムを構築する
A. 特許を巡る企業間競争の熾烈化による不確実性とビジネスリスクの増大
○グローバル化や技術の高度化を背景とした特許紛争の増加により、知財訴訟のコストが高額になって
きており、米国では、化学・製薬以外の産業では、特許権から得られる収入を訴訟コストが上回ってし
まっているとの研究もある。
○特許紛争増の結果、競合他社の牽制を目的として、特に情報、電子分野の各社が特許権を争うように
取得し、特許取得のためのコスト増を招いているほか、半導体、電子機器、ソフトウェアなどの関連技術
が錯綜する分野では、権利範囲の解釈を巡る紛争も生じており、さらなるコスト増に繋がっている。
○特許への需要増加に起因する質の低い特許権の増加は、「特許の藪」及び「パテントトロール」を引き
起こす一因となり、一層ビジネスリスクを高めている。
○そこで、 特許権を取得する段階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、特許にまつわるビジネ
スリスクを低減させるためにも、「特許の質」の向上と、「透明性・予見性の高い特許メカニズム」が必要と
なる。
B. 透明で予見性の高い特許審査メカニズムの必要性
○我が国では、これまでも、特許制度・運用について、①技術、産業、社会の動向を踏まえた制度・運用
の検討、②国際的動向を踏まえた調和、③審査、審判、裁判における判断の調和、といった観点から見
直しを行ってきたが、技術の動向、産業の実態、国際的な動向は常に変化しており、上述のような不確
実な特許によるビジネスリスクをこれまで以上に低減させるためには、これらの変化に迅速に対応して、
審査・審判に関する運用を適正化していくことにより、権利取得についての予見性をより高めるとともに、
権利の安定性を確保することが重要である
○ そのためにも、審査基準の策定・見直しプロセスを透明化し、議論を積極的に発信することにより、審
査基準を核とした特許制度のコミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)を整備し、特許制度の運用
の安定性と特許の質の確保を図る必要がある。
C. 産業構造審議会に「審査基準専門委員会(仮称)」を新設
○審査基準を含む特許審査に関する運用の在り方の検討に際しては、出願・審査・審判・裁判における
関係者、法律や経済そして技術の専門家等を含む幅広いメンバーの参画を得る。
○具体的な検討の場としては、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の下部に新たな
組織を設け、今後、審査基準を含む特許審査に関する運用の在り方については、この検討組織に諮る。
○年数回程度、定期的に開催し、検討結果や措置の情報を国内・海外に発信し、また、英語でもパブリッ
クコメントを実施し内外の意見を求めることで、より透明性の高い検討の枠組みとする。
D. 「審査基準」を核とした、特許制度のコミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)
の確保
○審査基準は、出願から審査、審判、裁判の一連のプロセスにおいては、知財システムの安定性と特許
の質を確保する柱として、法律の適用と運用についての基本的な考え方を示すとともに、各レベルにお
ける判断や指摘を反映すべきものである。また、審査基準は、技術、産業、社会の動向を制度・運用に
反映させ、その適用を明確化していく際の手段でもある。加えて、国際調和への取組において各国制
度・運用を比較・調和させていく際にも、審査基準がその手段の一つとなるものである。
○様々なレベルでの特許判断の調和を進める際や、様々な国内外の動向を特許制度・運用に反映させ
る際に、コミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)の核としての役割を担っている審査基準を柱とし
て、知財システムの安定性と特許の質を確保する。
○また、審査基準等について視覚化・構造化を進める。すなわち、審査基準等について、発明者・出願
人・代理人・法曹関係者等にとって一層理解しやすいものとするため、例えば具体的には、審査基準の
ハイパーテキスト化等により、審査基準の各項目間及びそれらと関係の深い事項への参照を容易にし、
公表する。
76
審査基準を恒常的に見直し、特許制度の安定性を高めるために
透明で予見性の高い特許審査メカニズムを構築する
<概要>
特許権を取得する段階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、特許にまつわるビジ
ネスリスクを低減させるためにも、「特許の質」の向上と、「透明性・予見性の高い特許メカニズ
ム」が必要となる。
そのためにも、審査基準の策定・見直しプロセスを透明化し、議論を積極的に発信すること
により、審査基準を核とした特許制度のコミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)を整備し、
特許制度の運用の安定性と特許の質の確保を図る。
<具体的取組>
1. 審査基準の策定・見直しプロセスを透明化/産業構造審議会における新組織の設置
特許制度の運用の安定性と特許の質の確保を図るため、審査基準の策定・見直しプロセスを透明化し、議
論を積極的に発信し、英語でもパブリックコメントを実施する等を通じて、審査基準を核とした特許制度のコ
ミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)を整える。
このために、産業構造審議会・知的財産政策部会・特許制度小委員会の下部組織として、以下の組織を新
設する。
<産業構造審議会に新しい委員会を設置(審査基準専門委員会(仮称))>
„審査基準の策定も含め、特許審査に関する運用の在り方を検討する。
„構成メンバーのイメージ:
法学者
経済学者
弁理士
科学者
法曹
産業界
„年数回程度、定期的に開催する。
„議論を国内・海外に発信することで、透明性を確保する。
„審査基準については、日本語に加えて原則英語でもパブリックコメントを実施する。
<「審査基準」を核とした、特許制度のコミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)>
技術、産業、社会の動向
を制度・運用に反映させ、
その適用を明確化してい
く際の手段として
新技術が生み出された場
合などにおける、特許性の
審査基準の見直し
オープンイノベーションに
伴う産業・社会の変化や、企
業の競争環境の変化に伴う
審査基準の見直し
裁 判
審 判
審 査
日
本
特
許
制
度
審査基準
出 願
出願から審査、審判、裁判の一連の
プロセスにおいて知財システムの安
定性と特許の質を確保する柱として
法律の適用と運用についての基本的な
考え方を示すとともに、各レベルにおける
判断や指摘を反映
国際調和への取組みにお
いて各国制度・運用を比
較・調和させていく際の手
段の一つとして
2. 審査基準等の視覚化・構造化(ハイパーテキスト化等)
審査基準等について視覚化・構造化を進める。すなわち、審査基準等について、発明者・出願人・代理
人・法曹関係者等にとって一層理解しやすいものとするため、例えば具体的には、審査基準のハイパー
テキスト化等により、審査基準の各項目間及びそれらと関係の深い事項への参照を容易にし、公表する。
77
(1) 特許の「軍拡競争」
特許を巡る企業間競争の熾烈化による不確実性とビジネスリスクの増大が懸念されている。例えば、グロ
ーバル化や技術の高度化を背景とした特許紛争の増加により、知財訴訟のコストが高額になってきており、
米国では、化学・製薬以外の産業では、特許権から得られる収入を訴訟コストが上回ってしまっているとの
研究もある。また、特許紛争増の結果、競合他社の牽制を目的として、特に情報、電子分野の各社が特許
権を争うように取得し、特許取得のためのコスト増を招いているほか、半導体、電子機器、ソフトウェアなど
他の技術が錯綜する分野では、権利範囲の解釈を巡る紛争も生じており、更なるコスト増に繋がっている。
加えて、特許への需要増加に起因する質の低い特許権の増加は、「特許の藪」及び「パテントトロール」を
引き起こす一因となり、一層ビジネスリスクも高まる。
そこで、特許権を取得する段階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、ビジネスリスクをこれまで
以上に低減するためにも、特許の質の維持・向上が求められている。このため、特許制度・運用について、
審査基準の策定プロセスの透明性を高めつつその検討内容を充実させる等、透明性・予見可能性のより
高い特許審査メカニズムが必要となる。パテントトロール問題については、知財制度のみならず標準化や独
占禁止法の観点をも踏まえた、多様な観点からの検討を行うことが必要である。
損害賠償額が 2,500 万ドル(約 25 億円)以上の
ゲームの変化 ∼牽制目的の特許出願∼
知的財産を製品とさほど変わらぬビジネスの
特許訴訟においては、原告と被告のそれぞれが
資産として扱う企業も増えてきている。すなわち、
平均 400 万ドル(約 4 億円)を法廷費用として負
研究開発に投資し、開発した技術を特許出願し、
担しているとの概算もある17。また、訴訟において
取得した特許権をもとに事業やライセンスを行い、
特許の有効性に疑義を唱えるには約 3.5 年かか
必要があれば侵害訴訟を提起する、というように
り、特許が認可されてから約 8.5 年目に訴訟が行
である。米国では、特許紛争増を背景に競合他
われるという調査結果がある18。すなわち、そもそ
社の牽制を目的として、特に情報、電子分野の
も特許性がないものについても、特許期間 20 年
各社が特許権を争うように取得している。その最
のうち 12 年にも及んで、特許として権利が付与さ
大の理由は、他社が同じことをしているからであ
れていることになる。
り、特許をより多くそして広く押さえること、それが
一方、米国では、1990 年代から、R&D 投資の
ゲームのルールとなり、一種の「軍拡競争(The
推移に比して、特許出願の件数が急増しており、
16
arms race)」を招いているとの見方もある 。
それ以前にあった両者の相関関係が崩れている。
参考 II-1 その原因として、上述のように、特許紛
特許のコストとリスクの増加
争増の結果、競合他社の牽制を目的として、特
グローバル化や技術の高度化を背景とした特
に情報、電子分野の各社が特許権を争うように
許紛争の増加により、知財訴訟のコストが高額に
取得していることが挙げられる。また他にも、1990
なってきている。例えば、米国では、特許の有効
年代に起こった電気機器、電子機器、コンピュー
性に疑義を唱える場合、コストと時間がかかり、
タ、通信機器等の各産業の出願増加が挙げられ、
17
16
“SURVEYS: PATENTS AND TECHNOLOGY. The arms race.”
The Economist, Oct. 20, 2005.
18
78
Annual Report of the Council of Economic Advisers, 2006.
同書
さらに、特許対象がソフトウェア関連発明へ拡大
ある。このように、一種の「軍拡競争」により、特許
されたことも関係しているかもしれないとの指摘も
取得のためのコストの増加を招いている。
参考II-1
かい離の理由
「ソフトウェア特許」の 75%を、製造業の
会社が取得しており、そのような会社はソフトウェ
ア以外の特許取得傾向も高いとの研究がある。
また、ソフトウェア会社が取得した特許の質は、
その他の分野の特許と同じかそれ以上であると
の研究もある。これは、R&D 投資と出願数とのか
い離が、ある根本的な問題を反映しているとして
も、ソフトウェア特許やソフトウェア産業と特に関
連した問題ではないと思われることを示唆してい
る。むしろ、そのような乖離は、新規性及び非自
明性の評価基準が低いこととも相まって、特定の
非ソフトウェア産業の高い特許取得傾向と関係し
ているように思われる。
(Microsoft)
1
米国の特許出願件数とR&D投資との比較
米国への出願件数
R&D投資
R&D投資(百万USドル)
特許出願件数
1990年代半ばから
大きな乖離がみられる
(継続出願件数)
参考 II-3
Patent Failure の概要
(出典)Bessen and Meurer, Patent Failure (2008)
参考II-2
・特許権は研究、開発、商業化へ投資するインセ
ンティブを確かに与えている。
・医薬の分野などでは、コストよりも利益が上回っ
ているが、現在の多くの会社において、特許制
度は、所有権制度として機能しておらず、その
ような積極的なインセンティブよりもコストのかか
る紛争と訴訟が勝るような事態を生み出してい
る。
・そのような問題の原因として挙げられるのは、現
在の特許権が明確な所有権として許可されたも
のではないことが多いことである。境界が明確で
なければ、所有権とは言えない。
・過去 20 年以上にわたって、裁判所は、特に漠
然とした特許請求項をより多く認めることによっ
て、また、より多くの自明な(進歩性のない)発明
に特許権を許容することによって、特許権の境
界を不明確にしてきた。
( 出 典 ) Bessen, James and Meurer, Michael.
“Patent Failure: How Judges, Bureaucrats and
Lawyers Put Innovators at Risk”, 2008.
米国企業における特許からの利益と訴訟コストとの比較
10億ドル
化学、医薬品
特許から得られる利益合計
特許の訴訟コスト合計
10億ドル
その他の産業
(出典)Bessen and Meurer, Patent Failure (2008)
(その他の産業のグラフは)ゲーム理論で言えば、「囚人のジレンマ」
の状態に陥っていると理解すべき。つまり、訴訟コストは「他者の特
許」のせいで増加する。収入は「自分の特許」により得られる。した
がって、他人との関係で、常に特許を取得し続けなければならない、
というゲームになってしまっている。そのゲームの結果として、全体とし
て非合理な結果を生んでいる(ナッシュ均衡になってしまっている)。
(出典)RIETI International workshop on software innovationにおける
Bessen氏の発言から。(2008年3月11日)
79
参考 II-4
特許の藪の問題と重複特許の発行を
制限する重要性
特許の藪の問題は、複数の知的財産権が同一
の技術を対象とし、その結果重複(不用意に特
許が付与されたことによるか、又は、均等論の効
果によるもの)する場合に発生する。特許の藪の
理論は、重複する特許の発行及び対象範囲の
双方を制限することの重要性、並びに、特許権
の効率的な整理を可能にする交渉メカニズムの
特許への需要増加に起因する質の低い特許付
必要性について強調する。
( 出 典 ) Burk and Lemley Policy Levers in
Patent Law (2003) 山崎昇(訳) 知的財産法
政策学研究 Vol.14, 15 (2007)
与の増加懸念
加えて、世界の特許出願は近年急増している
(第 I 部参照)。このような特許取得という需要増
また、特許権から得られる利益と、紛争コストを
加に対して、特許制度が十分に質の高い審査体
比較すると、化学や医薬品では特許の取得は割
制をとることができず、結果として質の低い特許
に合うが、それ以外の分野ではコストが利益を上
を付与することが増えてしまうのではないかという
回る状態となっている。参考 II-2 この理由として、
懸念も指摘される。参考 II-5 質の低い特許付与
化学や医薬品の分野では特許権の権利範囲は
は、「特許の藪」及び「パテントトロール」の発生を
明確であるのに対して、半導体、電子機器、ソフ
引き起こす理由の一つであって、一層ビジネスリ
トウェア分野などの複雑な技術分野では権利範
スクを高めている。一般的に特許の質が高いと言
囲は曖昧で権利の公示機能が低下し得る点が
われている欧州においてさえ、特許への需要の
挙げられる。この公示機能の低下について、漠
増加による質の低い特許付与の増加が懸念され
然とした用語や過度に抽象的な内容によるもの
ており、質の高い特許制度は、イノベーションの
ばかりでなく、新規性や非自明性の判断等の特
阻害及び破壊的行為を避けるために必須の手
許審査の質の低下と関係するとの指摘もある。
段と指摘される。参考 II-5
参考 II-2,3 また、特に、半導体、電子機器、ソフ
トウェア分野については、いわゆる特許の藪(や
参考 II-5
特許制度の質
欧州特許の質は、世界の他の地域と比
較して、一般的に高いとされているが、2006 年の
協議に参加した諸国は、厳密な審査、先行技術
調査及び特許性判断基準の厳格な適用の重要
性を強調している。しかし、急増している特許へ
の需要は質の低い特許付与の増加をまねく可能
性があるという懸念を引き起こしている。これは、
欧州において、「特許の藪」及び「パテントトロー
ル」の発生を引き起こす可能性のある理由のひと
つである。EU における質の高い特許制度は、欧
州におけるイノベーションの阻害及び破壊的行
為を避けるために必須の手段である。
(出典)欧州共同体委員会, 「欧州議会及び欧
州理事会に向けた欧州共同体委員会からのコミ
ュニケーションペーパー-欧州における特許制度
の強化(Enhancing the patent system in Europe)
-,(2007 年 4 月 3 日)
ぶ)の問題(後述)が関係しており、重複する技術
内容に対して重複して特許が付与されることによ
る弊害が指摘され、リスクの増加を招いている。
参考 II-4
R&D 投資の理解の不足
多くの研究は、特に特許出願と特許侵
害訴訟が急増していることがよく知られているソフ
トウェアやサービス中心の分野において R&D 投
資の理解がが不足していることを示している。例
えば、2005 年 3 月に RTI インターナショナルが米
国国立科学財団と米国標準技術局に提出したレ
ポートは、これらの分野における現在の R&D 額
は実際の R&D 投資を著しく過小評価する系統的
な理由があることを見出した。以下を参照。プラ
ンニングレポート 05-1、「サービス分野の研究開
発の評価」、http://www.nist.gov/director/progofc/report05-1.pdf で入手可能。従って、AIPLA
は、Bessen と Meurer の見解の正しさをさらに研
究することなく彼らの見解に基づいて政策提言を
行うことは注意を要する。
(AIPLA)
2
80
このような不確実な特許権によるビジネスリスク
不確実な特許権によるビジネスリスク
低減のため、質の高い特許制度の維持・向上が
このように、本来特許制度はビジネスに役立つ
重要である。
ためのものであるはずが、不確実な特許権による
そこで、特許権を取得する段階や、保護の段
ビジネスリスクの増大が懸念されている。
グローバル化や技術の高度化を背景とした特
階における不確実性を極力抑え、ビジネスリスク
許紛争の増加により、知財訴訟のコストが高額に
をこれまで以上に低減するためにも、特許の質
なってきており、米国では、化学・製薬以外の産
の維持・向上が求められている。このため、特許
業では、特許権から得られる収入を訴訟コストが
制度・運用について、審査基準の策定プロセス
上回るという研究もあり、ビジネスリスクが高まっ
の透明性を高めつつその検討内容を充実させる
てきている。また、特許紛争増の結果、競合他社
等、透明性・予見可能性のより高い特許審査メカ
に対して不利とならないために特許の大量取得
ニズムが必要となる。
を強いるものとなり、特許取得のためのコスト増を
招いているほか、半導体や IT など技術が錯綜す
る分野では、特許権の範囲を巡って紛争が生じ
ており、さらなるコスト増に繋がっている。
また、特許の藪の問題に関しては、複数の企
業が類似の複数の特許を「重複的」に所有する
結果、既存企業同士は所有する特許を防衛的
に使用して広範なクロス・ライセンス契約を結び、
訴訟を回避する。しかし、特許権者が製品を製
造していない場合、クロス・ライセンスする必要性
がなく、訴訟の可能性は高まることになる。
さらに、日本においては、出願件数自体は世
界や米国の特許出願ほどに急増しているわけで
はない(第 I 部参照)が、審査請求件数は、2001
年に審査請求期間を短縮した影響で、いわゆる
審査請求のコブが発生し近年著しく増大しており、
特許出願件数を「審査請求件数 × 請求項数」
に換算したワークロードで考えると、顕著に増加
している。参考 I-5 このような特許審査のワーク
ロードの増加に起因して質の低い特許を付与す
ることがないようにしなければ、指摘されるような
「特許の藪」や「パテントトロール」を引き起こすこ
とにもつながり、イノベーションを阻害し、一層ビ
ジネスリスクを高めることとなる。
81
(2) 米国における知財動向
2000 年以降、特許の質の低下、訴訟コストの増大等によりイノベーションが阻害されているのではないか
との批判的な見解がみられ、また、特許の質を重視し強力な権利を調整するような判例が出されるなど、米
国の特許制度は「質の重視」の方向へ大きな転換を見せつつある。
米国では、特許保護政策と反トラスト法(日本
の台頭を経て、貿易収支が赤字に陥り、米国経
でいう独占禁止法)による競争強化政策のバラン
済は減速していった。
そこで、1970 年代後半、産業界の国際的競争
スが歴史的に変化してきたと言われる。参考 II-6
力強化の対策として、1980 年代に知的財産の保
合衆国憲法、連邦特許法の成立とプロパテント
護強化が強く提唱されるとともに(例えば、ヤン
時代
グ・レポート)、米国特許商標庁の審決及び特許
合衆国憲法には、発明者に一定期間の排他
侵害事件の控訴審を専属的に審理する連邦巡
的権利を与える権限を議会が有する旨が独立後
回控訴裁判所(CAFC) を新設する等様々な特
の制定時から規定されている 19 。1790 年に連邦
許保護強化の取組が進められ、プロパテントの
特許法が成立。1800 年代後半から世界恐慌ま
時代へ転換していった。
での時期は、エジソン、ライト兄弟等の著名な発
この時期、特許保護対象も拡大の方向へと進
明家達が活躍し、特許強化策のもと産業が発展
んだ。例えば人工微生物を特許対象と認めた
した。
Chakrabarty 最高裁判決(1980 年)は、「議会は
特許対象として人類が太陽の下で作ったあらゆ
るものを含めることを意図している」と判示した。
反トラスト法とアンチパテント時代
また Diehr 最高裁判決(1981 年)は、ソフトウェア
その後、大恐慌の一因に大企業による市場独
関連技術も特許対象となり得ると判示した。
占が挙げられ、反トラスト法違反の取り締まり強化
を重視するアンチパテント時代へと移行する。特
許訴訟で特許の 70%が無効にされる時期もあり、
21 世紀からの質を重視する新たな動き
最高裁は Jungersen 判決の付帯意見において、
しかし、2000 年以降、現行特許システムが特
「この世の有効な特許は最高裁に来るまでの特
許の質の低下等によりイノベーションを阻害して
許である」と記載するほどであった。
いるとの批判的な見解が見られるようになる。例
えば、連邦取引委員会(FTC) 報告書(2003 年)
では、妥当性の疑わしい特許は競争政策上問題
ヤング・レポートとプロパテント時代
であり、技術革新の妨げになると述べ、具体的な
しかし、1970 年代に石油危機や日本の産業界
解決策として、特許の質の確保等を提言した。ま
た、全米科学アカデミー(NAS) 報告書(2004 年)
19
合衆国憲法第 1 編 8 節 8 項。連邦議会に、科学と有用
な技芸(useful arts)の発展を促進させるために、著作者及
び発明者の著作及び発見に対し、一定期間、排他的権利
を確保する立法権限を認めている。"The Congress shall
have power … to promote the progress of science and
useful arts, by securing for limited times to authors and
inventors the exclusive right to their respective writings and
discoveries" (U.S. Constitution, Article I, Section 8).
では、特許の質の低下と審査期間の長期化が特
許制度の問題と指摘した。さらに、ヤング・レポー
トと対比されるパルミサーノ・レポート(イノベート・
82
アメリカ)では、イノベーションこそが米国の成長
の源泉であるとし、インフラ整備として特許審査
の質の向上等を提案した。
加えて、特許の強力な権利を調整するような
判例も出てきている。例えば、eBay 最高裁判決
(2006 年)では、特許侵害行為が認定された場
合に裁判所は原則として自動的に差止めを認め
ていたが、エクイティ(衡平法)を勘案して決定す
べき事項であるとして侵害差止めの判断を厳格
化した。この判決により、自ら製品を製造しない
パテントトロールには差止めが認められることが
なくなるので、訴えられた製品の製造者は交渉
が容易になると考えられている。
また、KSR 最高裁判決(2007 年)では、CAFC
が発展させてきた「動機付けテスト(TSM テスト、
teaching ‒ suggestion ‒ motivation test)」という
非自明性の判断手法について、厳格に適用した
場合に組み合わせ発明の自明性の証明が事実
上困難になり、結果的に非自明性(進歩性)の水
準の低い特許を認める原因となっていると言わ
れていたところ、「動機付けテスト」の硬直的な適
用を批判し、非自明性(進歩性)の判断を適正化
した。この判決により、近年の米国において問題
となっていた些末な発明に対して、自明であると
して拒絶または無効とすることが容易となり、些末
な発明が特許となることでイノベーションが阻害さ
れるという問題への対応も可能になると見られて
いる。
さらに、2008 年の米国大統領選では、民主・
共和両党の各候補が、特許の質向上と特許制
度の変革について言及している。
このように、米国では、質重視の方向へと大き
な転換を見せつつある。
83
参考II-6
米国特許政策・判例の歴史
政策
判例
プロパテント時代
特許強化策のもと、電機、自動車、鉄道、
航空機等が発展へ。世界恐慌まで続く。
•1787 合衆国憲法成立。翌88年発行
•1790 初めての連邦特許法
•1802 米国特許庁設立
•1859 リンカーン演説
•1865 南北戦争終結
•1880 エジソン白熱灯特許(電灯市場独占へ)
•1906 ライト兄弟特許(飛行機製造独占図る)
•1914∼1918 第一次世界大戦
•1929 世界恐慌
1930
アンチパテント時代
大恐慌の一因は大企業による市場独占
→ 反トラスト法(独占禁止法)違反の取締り強化
→ 独占権付与の特許制度に大きな影響
•1940s 反トラスト法による規制本格化
•1952 現行の特許法
•1939∼1945 第二次世界大戦
•1958 マッハルプ・レポート
•1960∼1975 ベトナム戦争
•1969∼1977 反トラスト政策を重視
(ニクソン、フォード両大統領時代)
•1973,1979 石油危機
•1979 貿易収支が赤字に
(産業界の競争力が喪失。日本の脅威)
1980
プロパテント時代
カーター教書
バイ・ドール法
CAFCの設立
ハッチ・ワックスマン法
ヤング・レポート
GATTにおいて米国主導
でTRIPS交渉開始
•1988 包括通商競争力法
•1994 GATT TRIPS合意。翌95年発効
•1999 発明者保護法(特許法改正)
•1979
•1980
•1982
•1984
•1985
•1986
2000
„1850 Hotchkiss最判(初めて
非自明性の特許要件が判例
法で確立)
„1941 Cuno最判(非自明の要
件を厳格化。天才のひらめき
を要求)
„1949 Jungersen判決(この世
の有効な特許は最高裁に来
るまでの特許との記載)
„1966 Graham最判(非自明性
判断の4基準を明示)
„1966 Brenner最判(有用性の
証明のない化合物の製造法
特許を認めず)
„1972 Benson最判(数学的ア
ルゴリズムを特許保護対象と
認めず)
„1980 Chakrabarty最判(人工
微生物を特許対象と認める)
„1981 Diehr最判(ソフトウエア
関連技術も特許対象となり得
る)
„1998 State Street Bank
CAFC判決(発明の成立性は
有用、具体的、有形の結果を
生じるかで判断。ビジネス方
法の例外を否定)
質を重視する流れ
•2003 連邦取引委員会(FTC)報告書
「技術革新の促進のために:競争と
特許の適正なバランス」(妥当性の疑わ
„2003 Festo最判(均等論の適
用を厳格化)
しい特許は競争政策上問題であり、技術革
新の妨げになると述べ、具体的な解決策とし
て、特許の質の確保を提言した。)
•2004 全米科学アカデミー(NAS) 報告書
「21世紀の特許制度」(特許の質の
低下と審査期間の長期化が特許制
度の問題と指摘。)
パルミサーノ・レポート(競争力協議
会報告書)「イノベートアメリカ」(知財
制度のインフラ整備としては特許審
査の質の向上等を提案。)
84
„2006 eBay最判(侵害差止の
判断の厳格化)
„2007 KSR最判(進歩性の判
断の適正化)
主要特許政策・報告書等の概要
ヤング・レポート(レーガン大統領産業競争力委員会
報告) (1985)
„世界市場における米国の競争力強化に向けたレ
ポート。知的財産の保護強化の提言を挙げ、後の
知的財産保護強化へ大きな影響を与えた。
„知的財産権保護強化のための国内法改正の勧告
や、GATT等の多国間交渉または二国間交渉によ
る国際的な知的財産権保護の改善の提言。
合衆国憲法(1787)
„連邦議会に、科学と有用な技芸(useful arts)の発展
を促進させるために、著作者及び発明者の著作及
び発見に対し、一定期間、排他的権利を確保する
立法権限を認めている。
リンカーン演説(1859)
„リンカーンが「特許制度は天才の炎に利益の油を
注いだ」と演説。イリノイ大学で発見と発明について
演説した際のフレーズ。 「特許制度ができる以前
は、発明されたアイデアは誰でも使うことができ、発
明者には特段のメリットはなかった。特許制度はこ
の状況を大きく変えた。発明者に一定期間の独占
権を与えることで、天才の炎に利益という油を注ぎ、
新しく便利な物の発見や製造を促したのだ。」
„現在、米国商務省(旧特許庁)の玄関には、上述の
フレーズが刻まれている。
包括通商競争力法(1988)
„通商法301条に関して貿易相手国の知的財産権問
題を包括的に調査し、制裁措置の発動を決定する
スペシャル301条を制定。二国間交渉の有効な手
段として利用。多数国において「医薬品特許」と「著
作物としてのコンピュータプログラム保護」を実現。
TRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関す
る協定)GATTウルグアイ・ラウンド (1995)
„先進国、途上国を問わず加盟国が遵守すべき知的
財産権保護の最低基準の明確化等について合意
がなされTRIPS協定が成立。1995年に世界貿易機
関(WTO)の創設にあわせて発効した。
反トラスト法による規制本格化(1940s)
„独占企業についての規制は1940年代から本格的
に開始。独占力そのものを罪悪視して広範な内容
の行為是正を命じた。
発明者保護法(特許法改正)(1999)
„1994年の日米包括経済協議の日米合意4事項のう
ち、出願公開制度導入及び再審査制度改善(当事
者系再審査導入)に加えて、ビジネス方法特許の
先使用権、特許期間の調整制度等について改正。
マッハルプ・レポート(1958)
„経済学的見地から特許制度を分析した古典で、特
許制度に対して否定的な見解。アンチパテント時代
の1958年の報告書。
連邦取引委員会(FTC) 「技術革新の促進のために:
競争と特許の適正なバランス」(2003/10)
„300人有識者ヒアリングと独自調査による米国特許
制度への提言。
„妥当性の疑わしい特許は競争政策上問題であり、
技術革新の妨げになると述べた上で、具体的な解
決策として、①付与後異議申立制度の創設による
特許の質の確保、②USPTOへの十分な資金の提
供、③3倍賠償責任の適用範囲の見直し、④特許
出願の18月全件公開、を提言した。
カーター教書 「産業技術革新政策に関する教書」
(1979/1)
„産業の技術革新の振興に向け知的財産権の保護
強化等を提唱。特に、連邦高裁間での特許法解釈
のばらつきを是正するための連邦巡回区控訴裁判
所の設立、後のバイ・ドール法、特許審査の質の向
上に向けた再審査制度の導入等を提唱。
バイ・ドール法(1980)
„政府資金による研究開発の成果である発明に対し
て大学、非営利機関及び中小企業が所有権を取
得することを許容。これにより、新技術の商業化が
促進されたと評価。その後、官民技術移転のインセ
ンティブを一層高めるべく種々の技術移転法が成
立。
全米科学アカデミー(NAS) 「21世紀の特許制度」
(2004/4)
„産学官の有識者が4年間にわたって特許制度の在
り方について検討した。特許の質の低下と審査期
間の長期化が特許制度の問題であると述べ、具体
的には、FTCにおいて提言されたものに加え、①先
願主義への移行、②グレースピリオドの統一、③ヒ
ルマードクトリンの廃止などを提言。
CAFC(連邦巡回控訴裁判所)設立(1982)
„特許法の適用における判決の統一性と、特許事件
審理の迅速・低コスト化を目的として、米国特許商
標庁の審決及び特許侵害事件の控訴審を専属的
に審理するCAFCを新設。
パルミサーノ・レポート(競争力協議会 「イノベート・
アメリカ」 Innovate America) (2004/12)
„イノベーションこそがアメリカの成長の源泉であると
し①教育戦略②R&D投資の活性化③知財制度等
のインフラ整備を提言。
„インフラ整備としては、特許審査の質の向上(出願
人によるサーチ結果の提出へのインセンティブ付
与、公衆による先行技術のオンライン情報提供な
ど)、特許データベースの充実・産学官による利用
促進、標準策定を企業が協力して行えるような土壌
作り、などを提案している。
ハッチ・ワックスマン法(1984)
„薬品価格競争及び特許期間回復法(通称、ハッ
チ・ワックスマン法)が制定され、後発医薬品の承認
申請に必要な臨床試験は権利侵害に当たらないと
する明文の規定が追加された。
85
米国の裁判プロセスはすでに過剰さを修
正し始めている(例えば、eBay 及び KSR
の最高裁判決並びに Seagate CAFC 判決)。訴
訟の急増を引き起こした原因の多くはすでに米
国裁判所によって解決されようとしているのであ
って、現在の訴訟の増加が、長期間にわたり続く
とか他の先進国へ広がっていくといった傾向を反
映するものと予想すべき理由はほとんどないと信
じている。
(Microsoft)
2008 年大統領選挙:特許の質向上と
特許制度の変革が話題に。
1
バラック・オバマ上院議員(民主党)
「技術とイノベーションを通じ、全ての米国人を結
びつけ、地位向上を図る
特許制度改革: 21 世紀において国際競争力
を確保するためには、適時に高品質な特許を生
み出していくことが必要不可欠。特許の予見性
(predictability)と明確性(clarity)を高めること
で、イノベーションを生み出す環境を整備してい
く。また、USPTO の体制を強化し、外部の研究者
や技術者による特許審査への参加(レビュー)を
促すことによって、イノベーションの障害となって
いる「不確実で(uncertainty)不毛な(wasteful)特
許訴訟」を減らすことができる。
こうした審査体制の充実により、USPTO は、出
願人に対して多様な選択肢を提示することがで
きるだろう。つまり、出願人が自らの発明は特に
重要だと信じる場合、特許審査の過程で厳正な
公衆によるレビューを受けることで、その後の裁
判で特許無効となりにくい「金賞特許
(gold-plated patent)」を取得することができる、と
いうものだ。
また、有効性が疑わしい特許が行使された場
合に、USPTO が特許の有効性について判断す
る、低廉かつ適時の行政手続を導入することも
目指す。
私が大統領を目指すに当たり、米特許法が権
利者の正当な権利を保護するとともに、イノベー
ションや共同研究を阻害しないものとなるよう、公
約する。」(出典)オバマ氏のマニフェスト。
USPTO の現状と悩み:
米国会計検査院報告書「Hiring Efforts
Are Not Sufficient to Reduce the Patent
Application Backlog」(2007)
米国特許庁は 2002 年から 2006 年の間に 3,672
名の特許審査官を採用しているが、2,028 名の
特許審査官は庁を辞職するか他のポストへ異動
したため、増加した特許審査の労働力は 1,644
名にとどまっている。より具体的には、同期間に
おいて、1,643 名の特許審査官が庁を辞職し、
385 名の特許審査官が特許審査以外のポストへ
異動又は昇進した。
Bruce A. Lehman(元 USPTO 長官)
「イノベーション、特許の危機と、共通の特
許システム」 (2007)
世界の特許システムは危機の時代を迎えてい
る。これは、係属中の出願の増加、審査の質の
低下、複数の特許庁による重複事務、出願手続
コストの増加によって特徴付けられる。例えば、
米国特許庁では、出願数と平均係属期間の双
方が着実に増加している。現在、米国特許庁に
は、特許出願について、約 47 万 5 千件のバック
ログが存在し、もしこのトレンドが続けば、審査待
ちの特許出願件数は 2008 年までに 100 万件に
到達するだろう。その時には、多くの重要な技術
について、米国特許庁が(出願から)特許登録す
るまでに 5 年以上を要することになるであろう。こ
の例は、世界中の特許庁で繰り返されるだろう。
ジョン・マケイン上院議員(共和党)
『マケイン候補は選挙戦で「特許の質を高め、
訴訟を減らすために特許制度は変わるべきであ
る 。 」 と 述 べ て い る 』 ( 出 典 ) Election 08:
Seeking a Tech President
BusinessWeek
(2007/09/19)
「私は自由貿易主義者。私が大統領となれば、
その権力の全てを知的財産保護に傾ける。しか
し、より重要なことは、世界の全ての市場を、自由
貿 易 を 通 じ 開 放 す るこ とだ 。 」 ( 出 典 ) Michael
Arrington 氏(IT 分野著名ジャーナリスト)のインタ
ビ ュ ー 記 事 、 TechCrunch 社 の ホ ー ム ペ ー ジ
(2007/11/12)
※括弧内は記事等の引用であり、引用元が著作
権を保有。
86
(3) 業種毎に異なるイノベーション創出構造への対応
業種毎にイノベーション創出構造が異なるとの見方が広がりつつある。米国では裁判所に対して、一般的
な特許法の規定を状況に合わせて適応させる裁量を、「ポリシーレバー」によって与えているとも言われる。
我が国では特許のポリシーレバーは、どのように調整するべきであろうか。
知財がイノベーションの創出に果たす役割の変
化
グローバル化・技術の高度化・複雑化という変
化に伴い、知財システムがイノベーションの創出
に果たす役割についても新たな議論や動きが見
られる。すなわち、業種毎に異なるイノベーション
の創出構造と知財の果たす役割について理論
面から様々な説明がなされている。例えば、医薬
品産業に適用されるプロスペクト理論、ビジネス
モデルに適用される競争的イノベーション理論、
ソフトウェア産業に適用される累積的イノベーショ
ン理論、バイオテクノロジー産業に適用されるア
ンチコモンズ理論、そして半導体産業に適用さ
れる特許の藪(やぶ)理論といった分野毎にイノ
ベーション構造を変えるべきであるとの議論があ
る。参考 II-7
特許の判断はイノベーションの創出・促進を左
右する。また、不確実な特許はビジネス戦略へも
大きな影響を与え、逆にイノベーションを阻害す
る恐れもある。そのような、不確実な特許によるビ
ジネスリスクを低減させるためには、常に変化す
る技術の動向や、産業の実態、国際調和の状況、
審査、審判、裁判における判断の調和、といった
観点から見直しを行い、適正な特許制度を実現
するとともに、特許審査の運用も明確化し、権利
取得の予見可能性の確保と、付与された特許権
の安定性の確保に努める必要がある。
87
参考 II-7
イノベーションの創出に知財が果たす役
割に関する理論
技術の高度化・複雑化に伴い、イノベーション
の創出に知財が果たす役割について様々な理
論的説明がされている。
„ プロスペクト理論 【医薬品】 発明プロセス
の初期段階で特許を付与することで、研究者
が特許を「期待」するようになり、イノベーション
が促進されるというもの
„ 競争的イノベーション理論 【ビジネスモデ
ル】 特許による保護がなくとも、競争的な環境
によりイノベーションが促進されるというもの
„ 累積的イノベーション理論 【ソフトウェア】
発明は単独でなされるのではなく過去の技術
に累積してなされるため、基本発明と改良発
明の双方にインセンティブを与えることでイノ
ベーションが促進されるというもの
„ アンチコモンズ理論 【バイオテクノロジー】
DNA 特許など、それぞれの特許の範囲は狭
いにも関わらず、技術がこうした特許により細
分化されてしまっているため、ライセンスコスト
の高騰などによりイノベーションが阻害されると
いうもの
„ 特許の藪(やぶ)理論 【半導体】 多くの企
業が同時に同じ技術を達成しようとするため、
類似の複数の特許が「重複的」に存在すること
になる。その結果、既存企業同士は広範なク
ロス・ライセンス契約を結び、新規参入企業を
事実上排除することになるため、イノベーショ
ンが阻害されるというもの
(出典)Burk and Lemley Policy Levers in Patent
Law (2003) 山崎昇(訳) 知的財産法政策学
研究 Vol.14, 15 (2007) を参考に特許庁まとめ。
特許法及び特許政策のカスタマイズ ∼ポリシ
参考 II-8
特許法及び特許政策のカスタマイズ
特許権の最適な数、範囲及び区分の方
法が産業毎に異なっているならば、産業毎に異
なった特許法が必要であると結論づけることは容
易である。しかしながら、・・・我々は、そのような
結論に反論する。・・・単一の特許法は、裁判所
がその判決においてそれぞれの産業の特徴を
捉えた政策的な分析を構築するという実質的な
裁量を既に与えており、・・・こうした「ポリシーレ
バー」によって、特許法は、専門化した法制度に
よって助長されることになりかねない過度の利益
追求や細分化といった状況を招くことなしに、特
許制度の技術固有の性質を考慮することが可
能である。
( 出 典 ) Burk and Lemley Policy Levers in
Patent Law (2003) 山崎昇(訳) 知的財産法
政策学研究 Vol.14 , 15(2007)
ーレバー(政策の舵取り)∼
上述のように、業種毎にイノベーションの創出
構造と知財の果たす役割が異なるが、知的所有
権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS 協定)
は加盟国に対して技術分野に基づく特許の付与
に関する差別を禁じている(第 27 条 1 項)。この
TRIPS 協定に違反しないように、例えば、米国で
は、法理に基づくポリシーレバーによって、一般
的な特許法の規定をそれぞれの業種の特性や
様々な状況に合わせて適応させる裁量を裁判所
に対して与えているとの意見がある。参考 II-8
ポリシーレバーの具体例としては、当業者の技術
水準、明細書の記載要件、特許の保護対象等が
日本のポリシーレバー
立法には政策形成過程にバイアスが働
き や す い と い う 問 題 が あ り 、 他 方 で 、 Burk =
Lemley が推奨する司法は、なるほどロビイイング
には相対的に強いと思慮される。しかし、政策形
成をなすに足りる情報収集能力に限界がないわ
けではなく、それを代替する民主的な正統性も
相対的に弱いことに鑑みると、少なくとも日本の
制度としては、第三の選択肢として行政、すなわ
ち特許庁による政策の舵取りに一定の期待を置
くことになろう。現に事実として、特許庁は、分野
毎に専門化された審査官の下で、事実として技
術分野毎に特許制度が運用されており、また特
定の分野に関してはその取扱いを審査基準の形
で明示することもある。このような特許庁の役割に
期待して、伝統的な法治主義のモデル、つまり
司法による審査基準のフル・レヴューという考え
方を見直すべきではないかということは、既に述
べたところである。
(出典)田村善之,「知的財産法政策学の試み」,
知的財産法政策学研究 Vol. 20 (2008)
挙げられている。
日本でも、時代の要請に応え累次の法改正及
び審査基準の改訂等を行ってきたところであるが
(第 II 部 1. (4) で後述)、我が国における特許の
ポリシーレバーについて、どのように調整してい
けばよいのだろうか。
特許庁においては、分野毎に専門知識を有
する審査官が特許制度を運用しており、また、具
体的な法律の適用についての基本的な考え方
を審査基準として明らかにしており、特許庁は技
術的な専門性と法律的な専門性を併せ持つ組
織といえることから、特許のポリシーレバーの少
なくとも一部を担うことが期待されよう。その際、
審査基準を含む特許審査の運用の在り方を検
現在はプロパテントの中身を吟味する
時代
これまでは知的財産権の強化のみがプロパテ
ント政策だとされていたが、現在はプロパテントの
中身を吟味する時代となった。特に現在のイノベ
ーション構造においては、オープンにするという
ことが重要である。コモンズもその大きな流れの
ひとつ。費用と時間を節約するためにもオープン
は必要。オープンの流れを広めていくべき。
(委員意見)
討するにあたり、透明で予見性のより高い特許審
査メカニズムが求められる。その具体的な内容は
第 II 部 1. (7) で後述する。
88
ソフト IP 検討の動き
る。さらに、標準策定の際にソフト IP を利用した
場合、LOR、OSS(Open Source Software)や GPL
(General Public License)と同様にアウトサイダー
が通常の特許権を主張した際に無力なことは、
通常の特許による標準策定と変わらない。
(出典) European Patent Office, Scenarios for
the Future, 2007, Jonathan Sage, Soft IP ,
Presentation at EPO conference, Brussels, July5,
2007 等をもとに特許庁作成。
なお、欧州では、特許制度を、情報通信技術
のような複合的な技術分野に対して差止め請求
権のないソフト IP(「弱い」IP、ソフト特許)と、製薬
分野のような領域における伝統的な特許の二つ
に分けるような考え方も提案されている。 参考
II-9 前者は、欧州で既にあるライセンス・オブ・ラ
イト(LOR,実施許諾用意)の性質を併せ持つもの
参考 II-10
「ライセンス・オブ・ライト(License of
right)」、あるいは「実施許諾用意(Declare
a readiness to grant licenses 又は Declaration
of willingness to license)」
ライセンス・オブ・ライト制度とは、特許権者が当
該特許発明について第三者の実施許諾を拒否
しない旨を宣言又は登録した場合に、これと引き
換えに特許維持料を所定割合で減額するという
制度をいう。本制度は、独占的実施を希望しな
い特許発明についてその実施を公衆に開放し
特許発明の利用を促進するものであるが、ユー
ザーにとっても維持料削減の利益を享受できる
制度である。英国、ドイツ及びフランスで同制度
がある。
(出典) 財団法人 知的財産研究所、平成 14
年度特許庁産業財産権制度問題調査研究報告
書「諸外国の産業財産権の料金施策及び財政
運用に関する調査研究報告書」、平成 15 年 3 月
も提案されており、既存の LOR をさらに進めたも
のといえる。参考 II-10 しかし、どのような技術分
野にソフト IP を認めるか、その分野を他の分野と
区別できるのか、また、そもそも上述の TRIPS 協
定に違反しないのか等の問題点も多く、これらの
考え方については引き続き議論が必要である。
参考 II-9
ソフト IP(Soft IP)
ソフト IP とは、差止め請求権がないが損
害賠償請求は可能なソフトな(弱い)知的財産権
のこと。欧州特許庁の「未来のシナリオ」の中の
「青い空(Blue Skies」というシナリオにも登場して
いる。そこでは、クリーンエネルギーと温室効果
ガスの削減の急速な技術開発のため、関連する
複合的な技術への保護を緩和しソフト IP として保
護し、その成功が他の分野へ広がり、その後、特
許制度は情報通信技術のような複合的な技術分
野に対するソフト特許と、製薬分野のような領域
における伝統的な特許とに分かれるという世界を
描いている。
欧州では共同体特許(Community Patent)を目
指す過程で議論されており、出願人が、通常の
特許権か、ライセンス・オブ・ライトを保証したソフ
ト IP かを選択できるという制度が提案されてい
る。この制度の効果は、ソフト IP の場合、EU 内で
翻訳不要とし、低額の権利維持年金となる一方
で、通常の特許を選択した場合、差止め請求が
可能となる等である。第三者としてはソフト IP に
対して一定の条件と料金に基づきライセンスが受
けられる点が大きい。
問題点としては、欧州特許庁のシナリオのよう
に複合的な技術分野に対してのみソフト特許を
認めるとした場合、どの技術分野に認めるかを決
定するのは相当困難である。また、ソフト IP に対
して面倒な事前のライセンス契約を結ばずに、第
三者による確信犯的な侵害の増加が懸念され
89
(4) これまでの特許制度・運用の見直しの状況
これまで、技術、産業、社会の動向等に対応し、特許法等の法改正や審査基準の見直し等を行ってきた。
このような特許制度・運用については、技術、産業、社会の動向等に柔軟に対応したものであるべきであ
り、その在り方についての検討は不断に行っていく必要がある。
技術、産業、社会の動向等に対応し、特許法
基準の作成を行った。参考II-11
等の法改正や審査基準の見直し等を行ってきて
いる。参考 II-11
現在の見直しの議論
現在も特許制度・運用の見直しについて、
様々な内容について議論が提起されている。例
これまでの見直し状況
近年の特許制度・運用の見直しは、具体的に
えば、発明の定義変更・純粋ビジネス方法の特
は以下のような内容について行われており、審査
許保護、コンピュータ・ソフトウェアの特許保護、
基準の策定に際してはパブリックコメントによる意
医療方法の特許保護の在り方、特許権存続期間
見聴取の機会も設けて、一定の透明性も確保し
の延長制度の在り方、記載要件、進歩性等につ
ている。
いて、検討が必要との議論が提起されている。
特許の保護対象 先端医療技術の保護、生物
参考 II-11
関連発明の保護、及び用途発明の保護対象の
なお、コンピュータ・ソフトウェアの特許保護の
明確化や事例の追加等の審査基準の改訂を行
欧米との比較は、参考 II-12 を参照。米国が純粋
った。また、発明の定義変更・純粋ビジネス方法、
ビジネス方法を保護対象とする以外は日米欧の
ソフトウェア関連発明の保護については保護対
三極で一致している。また最近米国においては、
象の明確化の審査基準改訂及び特許法の「物」
ビジネス方法特許の保護の見直しが連邦巡回控
に「プログラム等」が含まれることを規定する等の
訴裁判所大法廷においてなされているところで
法改正も行った。
ある(Bilski 事件)。
明細書及び特許請求の範囲 実質的対応要件
また、医療方法の特許保護の検討経緯や日
の明確化及び事例の作成等の記載要件の審査
米欧の保護範囲については、参考 II-13 を参照。
基準の改訂を行った。また、先行技術文献情報
医療関連の特許保護についても、日米欧の三極
開示要件の法改正及び審査基準を作成した。さ
でほぼ一致している。しかし、米国では、医療方
らに、発明の単一性の要件に関して法改正及び
法を特許保護の対象としている。ただし、医師の
審査基準の改訂を行い、加えて優先権の審査基
免責規定により一部の例外を除いて、権利行使
準を作成した。
できないことになっている。(医師の免責規定の
補正・特殊な出願等 補正が許される範囲を明
例外については参考 II-13 の注を参照。)
確化する基準改訂を行い、また特許請求の範囲
の補正に関して単一性の要件を満たすものに制
限する法改正及び審査基準の作成を行った。ま
た、出願の分割・変更に関して法改正及び審査
90
際しては、イノベーションの推進、国際的な調和、
特許制度・運用の見直しの在り方
このような特許制度・運用については、技術、
審査・審判・裁判を通じた判断と権利の安定性の
産業、社会の動向等に柔軟に対応したものであ
調和等の視点も考慮する必要があり、そのプロセ
るべきであり、その在り方についての検討を不断
スの透明性もより求められる(第 II 部 1. (7) 後
に行っていく必要がある。技術、産業、社会の動
述)。
向に対応した制度・運用の在り方を議論するに
参考 II-11
制度・運用の見直し
技術、社会の動向等に対応した、法改正と審査基準の見直しの現状。
これまでの見直し(2001 年以降)
„ 先端医療技術の保護(2003, 2005 年審査基準改訂)
„ 生物関連発明の保護(2001, 2003 年審査基準改訂)
„ 用途発明の保護範囲の明確化(2006 年審査基準改訂)
„ 発明の定義変更・純粋ビジネス方法、ソフトウエア関連発明の保護(2000 年審査基準改訂。2002 年特許法
改正)
„ 記載要件(2001 及び 2003 年、明細書または特許請求の範囲について審査基準改訂。2002 年、先行技術
文献情報開示要件追加の特許法改正。2002 年審査基準作成)
„ 発明の単一性の要件(2003 年特許法改正。2003 年及び 2007 年審査基準改訂。)
„ 優先権(2004 年審査基準作成)
„ 補正(2003 年審査基準改訂。2007 年、特許請求の範囲の補正を制限する特許法改正及び審査基準作
成)
„ 出願の分割・変更(2004 年、出願の変更について特許法・実用新案法改正。2005 年、その審査基準の作
成。2006 年、出願の分割の時期的要件を緩和する等の特許法改正。2007 年、その審査基準作成。)
現在の議論
„ 発明の定義変更・純粋ビジネス方法の特許保護
(純粋ビジネス方法の保護について、特許法 2 条の発明の定義を変更し、純粋ビジネス方法を保護対象と
すべきか否か。 )
„ コンピュータ・ソフトウェアの特許保護
(ソフトウエアのハードウエア利用要件の見直しについて、「ソフトウエアによる情報処理が、ハードウエア資
源を用いて具体的に実現されている」場合、当該ソフトウエアは自然法則を利用した技術的思想の創作で
ある、とする現在の審査基準を変更すべきか否か。)
„ 医療方法の特許保護の在り方
(医薬の投与方法の保護など、医療方法の特許保護について、特許法 69 条に医師の免責規定を追加す
るか否か。また、医療方法の特許保護に関する事情変更の有無。)
„ 特許権存続期間の延長制度の在り方
(対象の拡大(例、遺伝子組換え生物)、DDS など剤型の保護など、制度の在り方について、特許法 68 条
の 2 に物と用途に加え、剤型も対象とするか否か。施行令 3 条の対象を拡大するべきか否か。)
„ 記載要件
(記載要件についての審査基準・運用の適否について、欧米に比べ厳しいとの指摘がある、記載要件に関
する現在の審査基準又は運用を変更する必要があるか否か。)
„ 進歩性
(進歩性基準の改訂をすべきか否か)
91
断の水準が低い方がよいという意見は少数で
あった。
„ また、日本におけるサーチの水準の高さによ
って進歩性が否定されるとの意見も多かっ
た。
(出典)日本国際知的財産保護協会「進歩性等
に関する各国運用等の調査研究報告書」(平成
19 年 3 月)をもとに特許庁抜粋
司法、行政、民間が参加しての議論
発明の進歩性は、どの程度進歩した発
明に特許を与えるべきかという、産業政策として
の特許制度の根幹に関わる問題であります。で
あれば、司法、行政、さらには民間サイドも参画
し、進歩性の問題について活発な議論や研究を
行い、それを通じて国全体として整合性のある判
断、予見性のある判断が行われるようにすること
が考えられましょう。そういった会議体ないし研究
機関の創設を真剣に考えるべきではないか。
(日本弁理士会)
1
予見可能性を高めるための議論
これまで 2 年間行って来た進歩性検討
会での検討、議論を通じて、結果的に出願人サ
イド、弁理士・弁護士サイド、特許庁サイドにおけ
る判断レベル合わせ、予見可能性を高めること
が行われているものと考える。従って、今後とも、
検討案件数を減らしてでも、このような検討会を
継続実施することを希望する。なお、裁判所関係
者もこのような検討会に加わることになれば、権
利の安定性、予見可能性の観点から、もっと有
益であろうと考えるので、前向きの検討をお願い
したい。
(日本知的財産協会)
1
ユーザーの声
進歩性判断についてのヒアリング結果を
以下に列挙する。
„ 特に多数の意見が示されたのは、拒絶理由
通知や拒絶査定における起案上の表現や記
載に関するものであった。具体的には、・・・拒
絶理由における記載の少なさ、不十分さを指
摘するものが目立っていた。
„ また、判断内容に関する評価という点で
は、・・・厳しめの判断がなされているのでは
ないかとの評価が多く見られる一方、・・・技術
分野や審査官による判断で生じる幅の存在
が問題である」と、判断の厳しさとは別の観点
からの意見も多く寄せられた。
„ 進歩性の判断手法・判断結果の近年の変化
について、一般的な評価として、進歩性判断
が最近厳しくなったと評価する意見が多かっ
た一方、特に厳しくなったとは考えていないと
する意見も少なからずあり、一定の方向性が
示されるほどには回答が集約されなかった。
„ 日本と欧米間の進歩性の判断手法・判断結
果の異同に対する評価として、日本の進歩性
判断に対しては、米国や欧州での判断よりも
厳しいと評価する意見が多かった。この点に
つき、我が国における進歩性判断の水準をそ
れなりに高いものとしてほしいとする意見も少
なからずあり、一方で日本における進歩性判
92
参考II-12
コンピュータ・ソフトウェア関連発明の特許保護
三極比較 概要
米国が純粋ビジネス方法を保護対象とする以外は日米欧の三極で一致している。
(注)米国においては、連邦巡回控訴裁判所大法廷において、ビジネス方法特許の保護の見直しがなさ
れているところ(上記Bilski事件)。最近ではこれに限らず、行きすぎた特許保護の揺り戻しがあり、特許
要件等の見直しがなされている。
日本
欧州
米国
○
○
○
○
○
○
(ソフトウェアによ
る情報処理が、
ハードウェア資源
を用いて具体的に
実現されていれば
保護対象)
(技術的効果を
有するプログラム
は実務上保護対
象)
×
×
装置
方法
媒体
コンピュータ
・プログラム
プログラム
純粋ビジネス
方法
ビジネス
方法
コンピュータにより
実現される
ビジネス方法
○(注)
○
○
(ソフトウェアによ
る情報処理が、
ハードウェア資源
を用いて具体的に
実現されていれば
保護対象)
(ビジネス方法自
体に技術的特徴
があれば保護対
象)
(コンピュータ技
術の有無にかか
わらず、
「実際的応用
(=有用、具体的、
有形の結果)」
があれば保護対
象)
日米比較 経緯
日本
1993 審査基準改訂
請求項に係る発明にハードウェア資源が利用さ
れているときは、その発明は自然法則を利用した
ものといえる。
1997 審査基準改訂
「コンピュータプログラムを記録した記録媒体」は
特許の対象。
2000 審査基準改訂
「媒体に記録されていないコンピュータプログラ
ム」も特許の対象。
2002 特許法改正
コンピュータプログラム自体は、特許の対象であ
ることを規定。
米国
1972 Benson事件判決
アルゴリズム自体は特許の対象でない。
1994 Alappat 事件判決
「有用、具体的かつ有形の結果」 を生み出す数
学的アルゴリズムの実際的応用は特許の対象。
1998 State Street Bank事件判決
ビジネス方法も特許の対象。
2007 Comiskey事件判決
コンピュータによる演算を含まない人間の精神活
動の発明は特許の対象でない。
2008 Bilski事件
消費リスクの管理方法の発明が特許の対象であ
るかにつき、連邦巡回控訴裁判所大法廷で審理
することを2008年2月に決定。
93
参考II-13
医療関連行為の特許保護
三極比較 概要
○医療方法等の特許保護は、以下の二点を除き日米欧の三極で一致している。
(1) 米国では、医療行為を特許保護の対象としている。ただし、米国には、医療方法について特許保護され
ても、医師の免責規定があり一部の例外を除いて(注)、権利行使できない。
(2) 米国では、既に知られている物質を用途で特定しても、物質としては同一であると判断するため「物の発
明」としては保護されない。なお、新しい用途を見出した場合は「方法の発明」として保護され得る。
○日本においても、物の発明、製造方法の発明とすることにより、医療行為に関連する発明の相当の部分が
特許保護可能である。
○その一方、手術方法、医療材料の移植方法など、米国において保護可能であるが、日本においては実質
的に保護できない部分があるのは事実。
日本
欧州
×
×
○(1)
新規物質
○
○
○
第一用途
○
○
×(2)
第二以降の用途
○
○
×(2)
○
○
○
医療方法
医薬品
医療機器
米国
(注)医師の免責規定の例外:医薬の投与方法の特許を侵害する行為は、医師であっても免責されない可能性があり、製薬企業が医師に医薬を提供す
る行為も間接侵害に該当する可能性がある。また、バイオテクノロジー特許を侵害する行為は、医師であっても免責されない。(米国特許法第287条第c
項(1)(2)参照)。
日本におけるこれまでの検討経緯
これまでの検討経緯
日本における
日本におけるこれまでの検討経緯
○産業構造審議会知的財産
政策部会特許制度小委員
会医療行為WG
(第1回:平成14年 10月 16日 ∼
第4回:平成15年 4月 2日)
平成15年6月3日 報告書
「医療関連行為に関する特
許法上の取扱いについて」
・医療関連行為一般を特許対象と
することの是非については、その
政策的必要性、現実的影響等に
ついて議論の積み重ねが必要で
あると考えられ、合意を形成する
には至らなかった。
・現在の特許審査基準におい
て、・・・「人間に由来するものを
原料又は材料として医薬品又は
医療材料(例:培養皮膚シート、
人工骨)を製造する方法」につい
ては、・・・特許付与の対象とする
ことを明示するよう、速やかに同
基準の改訂を行うことが適当であ
ると考える。
○平成15年8月7日 特許審査
基準の改訂
・遺伝子組換え製剤などの医薬品及
び培養皮膚シート等の医療材料を
製造するための方法は、同一人に
戻すことを前提としている場合で
あっても特許の対象とすることを明
示した。
○知的財産戦略本部 医療関連行為
の特許保護の在り方に関する専門
調査会(第1回:平成15年10月31日 ∼
第11回:平成16年11月22日)
平成16年11月22日 報告書
「医療関連行為の特許保護の在り方
について(とりまとめ)」
・医師の行為に係る技術については、「医療」
の特質にかんがみ慎重な配慮が必要であり、
検討の対象から除外する。
・「医療機器の作動方法」と「医薬の製造・販
売のために医薬の新しい効能・効果を発現
させる方法」の技術は、その発明に対するイ
ンセンティブを付与することにより、今までに
なかったような開発が促進され、先進的な医
療技術の具体化やその普及が実現すること
が期待されるものである。
・これらの技術を新たに特許保護の対象とす
る際には、現時点では予見し難いような影響
や懸念もありうるということにもかんがみ、医
療に悪影響を及ぼさないようフォローアップ
を行うなど引き続き慎重に配慮していくこと
が必要である。
○知的財産戦略本
部 知的財産による
競争力強化専門調
査会
(第1回:平成19年8月30
日、第2回:平成19年10
月30日、第3回:平成19
年11月21日)
平成19年11月21日
報告書
「知財フロンティアの
開拓に向けて」(分野
別知的財産戦略)
医療分野における特許
権の保護対象の在り方に
ついては、医療技術の発
展を図る必要がある一方
で、本分野が国民の生命
や健康に関わり社会経済
的にも重要な問題である
ことから、慎重な配慮が
必要である。
○平成17年4月15日 特許審査基準の改訂
i) 「医療機器の作動方法」は、医療機器自体に備わる機能を方法と
して表現したものであって、特許の対象であることを明示した。
ii) 複数の医薬の組合せや投与間隔・投与量等の治療の態様で特
定しようとする医薬発明についても、「物の発明」であるので「産
業上利用することができる発明」として扱うことを明示するとともに、
新規性・進歩性等の特許性の判断手法を明確化した。
94
(5) 国際調和の必要性
諸外国の制度・運用の国際調和は、グローバル化が進む中で、一つの発明が効率的にグローバルに保
護されるようにするため、特許取得の予見性を高め、手続コストを低減する観点から必要となっている。その
ような国際調和へ向けて、特許制度の調和、審査基準の調和、審査判断の質の調和、といった様々な取組
が行われている。ワークシェアリングの実効性向上の観点からもこのような様々な調和の取組が必要であっ
て、三極を中心としたワークシェアリングの取組を拡大していくことにより、一つの発明が効率的に審査さ
れ、出願人にとってみれば、一つの発明をグローバルに効率よく特許取得できる、いわば仮想的な世界特
許庁と言えるような、より実質的な国際協力の枠組みを構築していくことが必要である。
諸外国の制度・運用の国際調和は、グローバ
の制度の違い、出願構造、企業の知財管理の状
ル化が進む中で、一つの発明を効率的にグロー
況等の様々な要素に左右されるものであるが、
バルに保護されるようにするため、特許取得の予
近年の米国の特許の質に対する取組の成果が
見性を高め、手続コストを低減する観点から必要
その特許査定率に反映されつつあるのではない
となっている。そのような国際調和へ向けて、特
か。参考 II-14
許制度の調和、審査基準の調和、審査判断の質
参考II-14
の調和、といった様々な取組が行われている。
特許査定率
日米欧三極で特許査定率は減少傾向。
特許の質を重視する動き(主要特許庁)
特許査定率
国際的な特許システムの実現のために、そし
JPO
USPTO
EPO
80%
特許査定率
てグローバルに展開されるイノベーション・研究
開発活動を支える基盤として、特許の質が益々
重視されつつある。特許権を取得する段階や、
保護の段階における不確実性を極力抑え、不確
70%
60%
50%
40%
2002
2004
2005
2006
暦年
(出典)Trilateral Statistical Report (http://www.trilateral.net/tsr/)から特
許庁作成。
実な特許権によるビジネスリスクをこれまで以上
に低減するためにも、特許の質の維持・向上が
2003
求められている。
また、世界の特許出願が急増する中、主要な
審査・運用のグローバルな調和に向けて(審査
特許庁間のワークシェアリングに向けた取組が進
基準の調和、審査判断の質の調和)
められているが、サーチ・審査の信頼性を向上さ
審査基準の調和、審査判断の質の調和に関
せるべく、我が国を始め、品質監理等の取組を
しては、実体判断の調和に向けた審査結果・審
強化する特許庁が増えている(参考 3 後述)。
査実務の比較研究や、審査実務に関する日欧、
一方、米国では、特許の質の低下等がイノベ
三極等の審査官会合を実施することにより、他庁
ーションを阻害しているとの批判から、特許の質
の実務への認識を深め、信頼性の醸成に努めて
を重視・向上する取組が進められている(第 II 部
きている。
1. (2) 前述)。各庁の特許査定率は、それぞれ
例えば、審査結果の日米欧三極比較研究に
95
よれば、米国が日欧に比べて特許の割合が高い
日米欧の三極特許庁が、2007 年 11 月、出願明
が、7 割の案件で三極の結果が一致という調査
細書の共通様式について合意した。これにより
結果(参考 II-15)があり、実体判断はおおむね
各特許庁に対して出願する際のコストの削減が
調和している。しかし、一つの発明が効率的にグ
期待される。参考 II-16
ローバルに保護されるようにするためにも、更な
参考 II-16
る調和を求める声も多い。したがって、上述のよう
特許に関する国際的動向
世界特許システム構築に向け、特許
制度の実体的調和、出願様式の統一等
が進みつつある。
な審査・運用のグローバルな調和に向けた取組
は今後も重要である。
参考II-15
審査結果の三極比較研究
米国が日欧に比べて特許の割合が高いが、
7割の案件で三極の結果が一致という調査
結果から、実体判断はおおむね調和。
三極ともに出願された案件(**)の結果の比較
2-2-1
1%
2-1-2
7%
1-2-2
2%
1-1-2
6%
1-2-1
1%
2-1-1
10%
2-2-2
6%
結果の一致率
三極で一致 72%
(1-1-1:66%, 2-2-2:6%)
日米で一致 79%
日欧で一致 80%
米欧で一致 84%
„ 【特許制度の実体的調和】 南北問題等の影
響もあり、WIPO における特許制度調和の議
論は停滞気味であるものの、先進国会合で
の議論が進行中であり、制度調和へ向けた
提案、対応は重要。
„ 【出願様式の統一】 日米欧の三極特許庁
は、2007 年 11 月、出願明細書の共通様式に
ついて合意。各特許庁に対して出願する際
のコストの削減が期待される。
実体特許法の調和
AIPPI US は、ますますグローバル化する
経済により、特許権の国際的な一貫性が求めら
れており、その結果として実体特許法の調和の
推進が必要とされている、と信じている。実体特
許法の一層の調和により、国際的に権利行使の
予見性と透明性が促進され、ビジネスからリスク
をより効果的に軽減し高額な訴訟を可能な限り
避けることができるようになるだろう。また、実体特
許法の調和により、特許庁に対して他の特許庁
の結果を信頼する機会を与えることになるだろ
う。
(AIPPI US)
1
1-1-1
67%
66%
左から、日本-米国-欧州の順。
1は特許、2は、日本においては拒絶、米国においては拒絶または放棄、欧州
においては拒絶または取下げ、を意味する。
**2002年4月米国出願を含む案件群で三極いずれかで分割出願・継続出願
等がなされた場合を含む。
(出典)日本国際知的財産保護協会「進歩性等に関する各国
運用等の調査研究報告書」(平成19年3月)から特許庁作成。
グローバルな権利化の質の確保と効率的
な審査体制の推進
日本での権利化の質・手続の透明性を高め、
かつ迅速で効率的な審査体制の推進を要望す
る。また、グローバル化の進行に伴い、世界特許
が時代の流れとなっていることを鑑みれば、究極
的には世界特許庁による透明性・質の高い審査
による権利の安定性の確保をお願いしたい。ま
た、グローバルな権利行使を容易とする各国の
司法判断の統一性(例えば、国状によらない権
利行使の予見可能性の向上)を確保していただ
きたい。
(日本製薬工業協会)
1
特許制度の調和に向けた動き
特許制度の調和に向けた動きとして、特許制
度の実体的調和については、WIPO における議
論は停滞し、先進国会合での議論も進行中では
あるが対立もあるところ、日本は米欧間の中庸な
制度を有しているという特徴を最大限活用し、米
国の先願主義移行の動きを後押しするとともに、
欧州に柔軟性を示すよう働きかけを継続し、制度
調和の議論をリードしていくことが求められる(I3.
参照)。
また、特許制度の様式面での調和については、
96
ワークシェアリングの実効性向上にも必要
び統一的な開示要件のような点において共通の
基準を確立する努力が必要である。PCIIP の提
言案にあるような、「国際調和への取組において
各国制度・運用を比較・調和させていく際の手段
の一つ」という見解に賛成する。
(Microsoft)
急増するグローバル出願と重複審査に対し、
各特許庁間のワークシェアリングを進めていくこ
とが緊急課題となる中、三極を中心として特許審
査ハイウェイや第 1 庁の早期の審査結果発信等
のワークシェアリングの取組が行われている(第 I
部参照)。これらの取組により、信頼性の醸成を
前提に、国際的な連携の強化や世界的な審査
の質の調和に繋げていくことができる。特に、他
国の特許性判断のレベルまで活用するワークシ
ェアリングは、審査実務を積み重ねることで他国
の審査基準の理解が深まる等、信頼性の醸成や
質の均質化を図ることができる。このような三極を
中心としたワークシェアリングの取組を拡大し、更
に WIPO のネットワークを充実しつつ、(i) 特許制
度の調和、(ii) 審査基準の調和、(iii) 審査判断
等を含めた審査の質の高いレベルの調和、(iv)
検索環境の調和のような様々な調和を図り、グロ
ーバルな特許の質の均一化、及び、ワークシェ
アリングの実効性向上を図ることで、出願人にと
ってみれば、一つの発明を効率的にグローバル
な知財として保護することが可能となる、いわば
仮想的な世界特許庁と言えるような、より実質的
な国際協力の枠組みを構築していくことが必要
である(第 I 部 3.、参考 I-22 等参照)。
特許庁の役割
特許庁は、ユーザーがビジネスや研究
開発を行いやすくするためにはどうあるべきか、
とのユーザーサイドの視点からの取組を進めると
共に、世界のオピニオンリーダーとして、知財に
関する議論をリードしていくべきである。
(委員意見)
世界共通の審査基準と規範
審査のワークシェアを進めるために、各
国特許庁はできる限り世界共通の審査基準と規
範を作り上げる必要がある。審査の質の統一性と
均一性を確立するために、進歩性基準、サーチ
結果の拡大、審査官のサーチ情報の完全性、及
2
97
(6) 審査・審判・裁判の状況
ビジネスリスクを低減させるためには、出願人にとって特許権取得の可否についての予見性が高いこと
や、審査・審判・裁判における判断が調和していることが望まれる。拒絶の判断に関しては、審査・審判と裁
判との判断の乖離が減少しており、結果の予測性が高まっている。他方、権利の有効性についての審判・
裁判の判断に対し予見性が高いとはいえない状況にある。
審査・審判・裁判の判断の調和
したがって、拒絶の判断に関しては、審査・審
権利取得後に無効となるような不確実な特許
判と裁判との判断の乖離が減少しており、また、
によるビジネスリスクを低減させるためには、特許
審査及び審判での拒絶の判断が訴訟でも支持
審査・審判の質の維持向上に努め、結果として、
されていることから、結果の予測性が高まってい
出願人にとって特許権取得の可否についての予
るといえる。
見性が高いことや、権利の安定性が確保されるこ
出願人の審判請求及び出訴の適否判断にこ
と、そして、紛争時の審判・裁判における判断が
のような状況がより反映されるよう、上記状況を対
調和していることが望まれる。
外的にもっと周知することを検討すべきである。
そのためにも、審査・審判・裁判における判断
参考II-17
基準の統一に努めつつ、最新の判断基準がわ
審査結果支持の状況
審査結果は引き続き審判で支持さ
れる傾向にある。
かりやすい形で発信され、それを出願・審査・審
判・裁判における関係者が共有することで、権利
拒絶査定不服審判の審理結果
の取得予見性と権利の安定性が確保されること
が、引き続き求められる。
即原査定維
持(即拒絶
維持)が増
加
特許権取得の可否(拒絶の判断)についての予
見性(拒絶査定不服審判及び審決取消訴訟の
状況から)
(出典)産業構造審議会 第11回知的財産政策部会 配付資料4
「審判制度の現状と課題について」
審査の結果は審判で支持され、また、審決も
参考II-18
裁判で支持される傾向が引き続き進んでいる。
審決(審判結果)支持の状況
審決は引き続き裁判で支持される
傾向にある。
例えば、拒絶査定不服審判において、審査段階
の拒絶査定が維持できないと判断されて、特許と
なる比率は減少し、反対に拒絶査定が維持され
審決取消訴訟における審決支持率
る比率が増加している。したがって、審査と審判
の 判 断 基 準 の 乖 離 は 縮 小 傾 向 に ある 。 参 考
II-17 また、同審判の審決取消訴訟の審決支持
率は、80%以上という高い水準で維持されており、
審査及び審判での拒絶の判断が訴訟でも支持
されている。参考 II-18
(出典)産業構造審議会 第11回知的財産政策部会 配付資料4
「審判制度の現状と課題について」
98
権利有効性についての審判・裁判の判断の予
見性の向上へ(無効審判及び侵害訴訟における
参考II-19
無効の抗弁の状況から)
権利の有効性の状況
特許無効審判の審決取消率は概ね
減少傾向にあるが、特に権利有効審
決の取消率が依然として高いレベル。
現行制度において、特許の有効性を争う手段
には、何人でも利用することが可能な特許庁に
おける特許無効審判と、侵害訴訟における当事
者間の紛争解決のために設けられた特許法第
無効審判の審決取消訴訟
全体
104 条の 3 に基づく無効の抗弁という、性格の異
無効審決
有効審決(特許権有効の審決)
80%
審決取消率
なる二つの制度がある。
(a) 特許無効審判
特許庁における審判の一つである特許無効
60%
40%
20%
0%
審判について、無効審決が取り消される率は低
2000
い水準(2007 年度で 12.1%)にあるが、権利有効
2002
2004
会計年
2006
(出典)産業構造審議会 第11回知的財産政策部会 配付資料4「審
判制度の現状と課題について」及び庁内データより特許庁作成。
審決の取消率は依然として高いレベル(2007 年
度で 55.9%)にあることから、権利の有効性につ
いての審判・裁判の判断に対し予見性が高いと
はいえない状況にある。参考 II-19 特許無効審
判は、特許庁の審判合議体により判断される一
方で、その審決取消訴訟は当事者間で争われる
ことになり、特許庁が関与できない性質のもので
あることにも鑑みれば、上記問題の原因を特定
することは容易ではないものの、権利有効性の
予見性向上への対処が求められる。
そこで、裁判を通じた権利の安定性を確保し、
特許有効性についての予見性を高めるために、
無効審判の有効審決が裁判で取り消されている
ことの要因を多面的に精査し、必要な対策を講じ
ていくことも必要である。
99
(b) 侵害訴訟における特許法第 104 条の 3 に
(b-i) 裁判所と特許庁の判断齟齬回避
基づく無効の抗弁
裁判所と特許庁が、同じ特許の無効理由の存
平成 12 年のいわゆるキルビー判決を受けて、
否について、それぞれ判断することとなると、両
平成 16 年に成立した「裁判所法等の一部を改正
者の判断が齟齬する可能性もあり得ることから、
する法律」において特許法が改正され、侵害裁
このような判断齟齬を極力防止するための方策と
判において、当事者間の紛争解決のために、相
して、特許法第 168 条が改正され、特許庁にお
対効としての特許の有効・無効の判断を可能とし
いて侵害訴訟における関係資料の入手を可能と
た第 104 条の 3 が新設された(立法経緯は、
するとともに、その資料を無効審判の審理におい
II-20 参照)。
て活用するようにしている。
また、特許庁審判部では、無効審判の審理を
早期に行い、特許庁の判断が、侵害訴訟におけ
参考 II-20
侵害訴訟における特許法第 104 条の 3 に基づく
無効の抗弁の立法経緯
従来、特許の有効・無効の判断は、特許無効
審判を通じて決定される事項であり、侵害訴訟に
おいて特許が無効であるとの判断をすることはで
きないものと理解されていたが、最高裁判所は、
平成 12 年のいわゆるキルビー判決において、特
許に無効理由が存在することが明らかであると認
められるときは、その特許権に基づく差止や損害
賠償請求は、特段の事情がない限り、権利の濫
用に当たり許されない旨を判示した。
産業界は、この判決を評価する一方で、特許
無効の理由があることが「明らか」と認められるか
否かの予測が困難なため、明らかか否かに関わ
らず、侵害訴訟において特許の有効性の判断が
なされることが望ましい旨の要望が出された。そ
して、上述のキルビー判決と、それに対する産業
界の要望を踏まえて司法制度改革推進本部に
おいて検討がなされ、平成 16 年に成立した「裁
判所法等の一部を改正する法律」において特許
法が改正され、無効審判制度とともに、侵害裁判
においても相対効としての特許の有効・無効の
判断を可能とした第 104 条の 3 が新設された。
検討の過程では、無効審判の廃止の議論もあ
ったが、①簡易・迅速に対世効のある結論が得ら
れる無効審判は、存在意義があること、②無効審
判は、職権探知等、民事訴訟とは相違する機能
を有していること、③件数としては、侵害訴訟と無
関係に請求される無効審判が多数であり、一定
のニーズがあること 等の理由から、無効審判も
存続させるべきとの結論となった。
る裁判所の判断の参考となるような取組や、侵害
訴訟の判決を分析し、審判官にフィードバックす
ることにより判断の齟齬を極力減らすべく運用を
行っているところ。
今後も侵害訴訟と無効審判における特許の有
効・無効性の判断の齟齬を減らすべく、このよう
な措置を一層強化する必要がある。
(b-ii) 侵害訴訟における権利の有効性
キルビー判決以降の特許権・実用新案権に基
づく侵害訴訟において、地方裁判所で判決が出
たもののうち、権利者敗訴の原因として、権利無
効によるものは約 4 割と高いレベルにある。II-21
(なお、最大の敗訴理由は非侵害。また、和解や
取下げなどにより終局したものは調査対象からは
除いているので、注意が必要である。和解により
終局したものも判決と同程度の件数がある。)
しかしながら、以下のような事情にも十分留意
する必要がある。すなわち、侵害訴訟は、当事者
間で争われ特許庁が関与できない性質のもので
あり、当事者の攻撃・防御の優劣に結果が左右
される側面がある点、また、無効の抗弁をする際
に人的、時間的、経済的経費を存分にかけて再
度徹底的に先行技術文献調査を行うことから、
新たに発見された先行技術文献が、特許の無効
100
を主張する有力な証拠として提示されると言われ
参考II-21
ている点、加えて、侵害訴訟で判決の出るものは
侵害訴訟における権利者敗訴原因
事前の交渉で当事者双方にとって予見が難しく
ある点等である。これらの点に鑑みれば、権利者
地方裁判所で判決が出たもののうち、
権利者敗訴の原因として、権利無効
によるものは約4割(和解等を除く)。
敗訴率が高いとの問題の原因を特定することは
権利者敗訴原因(*)
和解に至ることができなかった微妙なケースでも
容易ではないものの、審査基準等のコミュニケー
13%
ション・チャネルも利用しながら、権利有効性の
59
予見性向上への対処が期待される。
24%
104
276
63%
侵害訴訟の統計のみから審査の質の判
断は早計
侵害訴訟で無効となるから審査の質が低いと
いうが、裁判所で争われるということは原告と被
告の双方にとって判断(予見)が難しく、事前の
交渉で決着できなかった微妙なケースというこ
と。訴訟となったものだけの統計で、審査の質が
低いと判断するのは早計ではないか。
(委員意見)
非侵害
権利無効
権利無効及び非侵害
*平成12年4月∼平成19年12月まで総計のうち、権利者敗訴と一部勝
訴の総数439件(その他原因16件を除く)。
(出典)最高裁HPに掲載された地方裁判所の判決を特
許庁分析。
101
前置審査段階における早期権利取得の促進
参考II-22
審判請求時に補正がなされる割合、及び、審
前置審査段階の補正による早期
権利取得
判請求時に補正がなされた際に行われる前置審
査において特許される割合は、いずれも漸増し
審判請求時の補正割合の推移
100%
ている状況。参考 II-22 これは、審判段階で必
95%
要以上に補正の機会を認めないという 2005 年 4
90%
85%
月以来の厳正化方針を踏まえ、請求人が早い段
80%
補
正
な
し
補
正
あ
り
75%
階で補正をより深く検討するようになり、前置審
70%
65%
査段階で特許される傾向が拡大したことが一つ
60%
2004
の要因として考えられる。また、審査と審判の判
2005
2006
暦年
断基準の乖離が縮小傾向にある中、権利取得の
2007
(暫定値)
前置審査における特許率の推移
前置審査を経て審判へ移管
ためには出願内容の補正の適正化が重要な要
前置審査で特許
前置審査にお け る特許率
50%
30
素となる。今後も、上記請求人の対応を促進して
件数*1000
いくことで、前置審査段階での早期権利取得の
促進、及び、審判における審理の全体的促進が
望まれる。また、平成 20 年法改正による審判請
40%
20
15
10
30%
5
求期間(現行 30 日)を 3 月に延長する措置により、
審判請求時の補正に対する検討がさらに深まり、
早期権利取得の一層の促進が期待される。
しかしながら、審判請求時の補正を十分に検
討することで、前置審査段階での早期権利取得
を可能とする請求人のプラクティスが十分確立さ
れている状況にあるとはいえないところ、上記改
正の趣旨等も踏まえ、補正内容の十分な検討を
促すべきである。
102
0
前置審査にお
ける特許率
25
20%
2005
2006
2007
(暫定値)
暦年
※特許庁内のシステムで審判請求年毎に集計したデータ
に基づき作成。
2004
参考II-23
審判の役割
(1)審査の上級審
→
①拒絶の妥当性判断(拒絶査定不服審判)
②権利の信頼性向上(異議申立)
(2)紛争の早期解決
→
①特許の有効性の判断(無効審判)
②権利範囲の公的鑑定(判定)
審判の位置づけ
拒絶査定不服審判(約29,000件/年)
異議申立(約700件/年)
特許庁審査部
・特許・実用・意匠・商標合計
・2006年の数値
特許庁審判部
審決取消訴訟(約570件/年)
無効審判(約500件/年)
判定(約70件/年)
訂正審判(特許)(約200件/年)
取消審判(商標)(約1,600件/年)
知的財産高等裁判所
情報交換
特・実
知財紛争
地方裁判所
高等裁判所
控訴(約70件/年)
意・商
侵害訴訟(約270件/年)
(出典)産業構造審議会 第11回知的財産政策部会 配付資料4「審判制度の現状と課題について」
103
最高
裁判所
(7) 質の重視と、透明で予見性のより高い特許審査メカニズムを目指して
特許権を取得する段階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、ビジネスリスクをこれまで以上に低
減するためにも特許の質の維持・向上が求められる。このため、特許制度・運用について、審査基準の策
定プロセスの透明性を高める等、透明性・予見可能性のより高い特許審査メカニズムが必要となる。
そのためには、特に、審査基準を含む特許審査に関する運用の在り方の検討に際しては、検討の場とし
て、産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会の下部に新たな組織(「審査基準専門委員会
(仮称)」)を設け、出願・審査・審判・裁判における関係者、法律や経済そして技術の専門家等を含む幅広
いメンバーによって、イノベーションの促進、国際調和の促進等、技術や産業の動向を踏まえて検討される
ことで、審査基準を含む特許審査に関する運用の在り方を充実した内容とし、しかもその検討プロセスに定
期的チェック・アップ(点検)機能と透明性をもたせることで、特許の質を重視し、権利取得の予見性と権利
の安定性を確保することが可能となる。
これにより、様々なレベルでの特許判断の調和を進める際や、様々な国内外の動向を特許制度・運用に
反映させる際に、コミュニケーション・チャネル(意思疎通経路)の核としての役割を担っている審査基準を
柱として、知財システムの安定性と特許の質を確保するべきである。
また、審査基準等について視覚化・構造化を進める。すなわち、審査基準等について、発明者・出願人・
代理人・法曹関係者等にとって一層理解しやすいものとするため、例えば具体的には、審査基準のハイパ
ーテキスト化等により、審査基準の各項目間及びそれらと関係の深い事項への参照を容易にし、公表す
る。
透明性・予見可能性のより高い特許審査メカニ
際的な実体的側面・手続き的側面の制度調和や、
ズムの構築
審査官会合・比較研究を通じた審査実務の調和
(a) 特許制度・運用の検討の視点
といった、国際調和への取組も反映させながら、
我が国では、これまでも、特許制度・運用につ
様々なレベルでの特許性判断の調和を進めてき
たところである。
いて、①技術、産業、社会の動向を踏まえた制
度・運用の検討、②国際的動向を踏まえた調和、
このような中、審査基準は、上述のような様々
③審査、審判、裁判を通じた判断と権利の安定
なレベルでの特許判断の調和を進める際や、
性の調和、といった観点から見直しを行ってきて
様々な国内外の動向を特許制度・運用に反映さ
いる。このような見直しを通じて、適正な特許制
せる際に、コミュニケーション・チャネル(意思疎
度を実現するとともに、特許審査の運用も明確化
通経路)の核としての役割を担うことが期待される。
し、権利取得の予見可能性の確保と、付与され
参考 II-24
た特許権の安定性の確保に努め、ビジネスリスク
すなわち、審査基準は、出願から審査、審判、
の低減を図っている。
裁判の一連のプロセスにおいては、知財システ
すなわち、審査から裁判にまで至る一連のプ
ムの安定性と特許の質を確保する柱として、法律
ロセスに対して、技術、産業、社会の動向を踏ま
の適用と運用についての基本的な考え方を示す
えた新たな制度・運用を反映させるとともに、国
とともに、各レベルにおける判断や指摘を反映す
104
そのためには、審査基準を恒常的に見直し、
べきものである。
また、審査基準は、技術、産業、社会の動向を
その内容を明確にまた理解しやすく示すことによ
制度・運用に反映させ、その適用を明確化して
り、関係者間の一定程度の予見可能性の共有を
いく際の手段でもある。加えて、国際調和への取
目指すこと、すなわち相場観を醸成することで、
組において各国制度・運用を比較・調和させて
安定した権利を付与できるような透明で予見性
いく際にも、審査基準がその手段の一つとなるも
の高い特許審査メカニズムを構築することが必要
のである。
である。
このような透明性・予見可能性のより高い特許
(b) 特許制度・運用の検討の必要性
審査メカニズムの実現は、特許権を取得する段
しかし、技術の動向、産業の実態、国際的な
階や、保護の段階における不確実性を極力抑え、
動向は常に変化しており、不確実な特許によるビ
ビジネスリスクをこれまで以上に低減することを可
ジネスリスクをこれまで以上に低減させるために
能とする。
は、これらの変化に迅速に対応して、審査・審判
に関する運用を適正化していくことにより、権利
取得についての予見性をより高めるとともに、権
利の安定性を確保することが重要である。
参考II-24
審査基準を核とした、特許制度のコミュニケーション・チャネル
(意思疎通経路)の確保
技術、産業、社会の動向
を制度・運用に反映させ、
その適用を明確化してい
く際の手段として
新技術が生み出された場
合などにおける、特許性の
審査基準の見直し
オープンイノベーションに
伴う産業・社会の変化や、企
業の競争環境の変化に伴う
審査基準の見直し
裁 判
審 判
審 査
審査基準
出 願
105
日
本
特
許
制
度
出願から審査、審判、裁判の一
連のプロセスにおいて知財シス
テムの安定性と特許の質を確
保する柱として
法律の適用と運用についての基
本的な考え方を示すとともに、各レ
ベルにおける判断や指摘を反映
国際調和への取組みにお
いて各国制度・運用を比
較・調和させていく際の手
段の一つとして
(c-iii) 審査基準等の視覚化・構造化
(c) 審査基準の策定プロセスを含む特許審査
また、審査基準等について視覚化・構造化を
の運用の在り方についての検討プロセス
進める。すなわち、審査基準等について、発明
変更の必要性
者・出願人・代理人・法曹関係者等にとって一層
理解しやすいものとするため、例えば審査基準
(c-i) 検討メンバー及び組織
審査基準を含む特許審査に関する運用の在り
の構造、階層及び審査手順等を視覚化すること
方の検討に際しては、法律や経済そして技術の
や判決との関連付け等について検討し、その成
専門家を含む幅広いメンバーの参画を得ること
果を庁内外に発信する。具体的には、審査基準
で、技術の動向、産業の実態、国際的な動向、
のハイパーテキスト化等により、審査基準の各項
及び審査・審判・裁判における判断の調和といっ
目間及びそれらと関係の深い事項への参照を容
た幅広い観点からの、より充実した検討が可能と
易にした上で公表する。
このことにより、審査官の通知する内容(査定
なる。
文等の内容)が出願人にとって、より分かり易いも
その具体的な検討の場としては、例えば、産
のとなることが期待される。
業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委
員会の下部に新たな組織(「審査基準専門委員
(c-iv) まとめ
会(仮称)」)を設けることとする。今後、審査基準
このように、出願・審査・審判・裁判における関
を含む特許審査に関する運用の在り方について
は、この検討組織に諮ることとする。また、加えて、
係者、法律や経済そして技術の専門家等を含む
このような検討は定期的に行い、特許庁はその
幅広いメンバーによって、イノベーションの促進、
検討結果を受けて、適切な措置をより迅速に講
国際調和の促進等、技術や産業の動向を踏まえ
じることとする。そして、検討結果や措置の情報
て検討することで、審査基準を含む特許審査に
を国内外へ適時に発信し、また内外の意見を求
関する運用の在り方を充実した内容とし、しかも
めることで、より透明性の高い検討の枠組みとな
その検討プロセスに定期的チェック・アップ機能
ることが期待される。
と透明性をもたせることで、特許の質を重視し、
権利取得の予見性と権利の安定性を確保するこ
とが可能となる。これにより、様々なレベルでの特
(c-ii) 内外へのパブリックコメント実施
さらに、審査基準を含む特許審査に関する運
許判断の調和を進める際や、様々な国内外の動
用の在り方についてはパブリックコメントを通じて
向を特許制度・運用に反映させる際に、コミュニ
意見募集を行うこととし、その際、日本語だけで
ケーション・チャネル(意思疎通経路)の核として
なく、原則英語でも審査基準等の運用案を示し
の役割を担っている審査基準を柱として、知財シ
て意見を募集することとする。これにより、世界か
ステムの安定性と特許の質を確保するべきであ
ら幅広く意見を集めることができると同時に、日
る。
なお、ここでいう「特許審査の運用」には、後述
本の特許審査に関する運用の在り方を世界へ積
の「(参考 2) 適正な審査」における 3 つの観点、
極的に発信することも可能となる。
①法令、審査基準等の適切性、②審査段階に
おける先行技術文献調査、③法令、審査基準等
106
の審査への当てはめ、が含まれる。特許審査の
運用の在り方の検討に際しては、後述の参考 2
「審査基準専門委員会(仮称)」の設置に
賛同
審査基準を恒常的に見直し、審査の安定性を
高めるために、出願・審査・審判・裁判における
関係者、法律や経済、技術の専門家等を含む幅
広いメンバーからなる「審査基準専門委員会(仮
称)」を設置することに賛同する。特に、行政(特
許庁)と司法(裁判所)における判断が、基本的
に審査基準という同じ尺度でなされることは、貴
庁での特許無効審判における権利有効審決が
裁判所で取り消される率が高いレベルにあるこ
と等に鑑み、権利者、第三者双方にとって、権利
取得の予見可能性、取得した権利の安定性の
観点から、透明で予見性の高い特許システムと
なり望ましい。・・・当協会としても委員派遣等の
面で協力をしたい。また、委員会には、法曹界か
らの関係者、できれば裁判所関係者が構成メン
バーの一員として参画することが安定性向上の
観点から望ましい。
・・かかる目的を達成するには、審査基準内容
そのものの充実化、とくに記載をできるだけ具体
化するとともに、具体的事例を豊富にして審査基
準内容そのものの理解度を上げることも重要であ
ると考える。
(日本知的財産協会)
2
で上記①∼③について詳述する項目に留意す
ることが有益である。
審査基準の策定メンバー
裁判所は法律に従っても、行政の作成し
た審査基準(ガイドライン)に従う道理はないと思
っているだろう。そこで、審査基準を策定するに
あたっては、司法の関係者も参加してもらう等、
裁判所のコンセンサスを得られる仕組を考えて
頂きたい。
(委員意見)
基準の向上
特許制度に対するプレッシャーにより、
高い質の基準を維持する能力についての懸念も
生じている。・・・共通の目標は、十分な進歩性を
もつイノベーションにのみ独占権を付与すること
により、欧州特許制度がその主要目標とするイノ
ベーションの促進を引き続き達成できるようにす
ることである。
(出典)欧州特許庁管理理事会「将来のワークロ
ード 」(2007 年 11 月)
透明性と予見性のある審査基準
日本特許庁が現在行っている特許審査
の高い質をこれからも維持していくことは、日本
特許庁がどのような新しいパテントポリシーを採
ろうとも第一の目的とすべきことである。透明性
と予見性のある審査基準と特許後のレビュープロ
セスに基づく特許出願の厳格な審査が、新規で
発明性のある貢献に対してのみ特許による保護
を与えることを確実にし、公共の利益をもたらす。
特許性のない特許権が市場に存在すると、技術
的進歩で埋め合わせることができず公共資産に
影響を与えてしまい、イノベーションを阻害する。
有効性に疑問のある特許が世界に蔓延すると、
ビジネスリスクは増加し、コストのかかる訴訟を通
じてそのような有効性に問題のある特許に対する
責任を民間へ転嫁することになる。日本特許庁と
他の主要特許庁の協力により、審査の効率性だ
けでなく審査の質も改善されることが期待され
る。
(AIPPI US)
1
具体的な提言として大いに賛成し、期待
この提言の推進にあたっては、行政が中
心となって強力に牽引することを期待する。むろ
ん、日本弁理士会においても、その作業に積極
的に関与、協力する。
「審査基準の策定メンバー」における委員の意
見にもあるように、「法曹」という曖昧な記載とす
るのではなく、「裁判所」を含むことを明らかにす
べきである。
審査基準専門委員会(仮称)では、「審査基準
を含む特許審査に関する運用の在り方」につい
て諮られ、そこには、「適正な審査」における3つ
の観点(①法令・審査基準の適切性、②審査段
階における先行技術文献調査、③法令、審査基
準等の審査への当てはめ)が含まれるとある。こ
のような観点から審査の質を向上する取り組みは
重要であり、これらはいずれも特許の質を担保
し、権利行使の予見性を高めるのに有効に機能
するものであるから、当該専門委員会において
は審査基準の策定・見直しにとどまらず、このよう
に幅広く検討されることに賛成する。
(日本弁理士会)
2
スピード感をもった制度・基準の設定
審査基準を透明化するのは良いことであ
る。過去の傾向では、新しい技術については基
準の対応が遅れがちである。スピード感をもった
制度・基準の設定を希望する。
(委員意見)
審査基準専門委員会(仮称)の設置の意
義は大きい
審査基準の変更による企業の知財戦略への影
2
107
響は大きく、場合によってはリスク要因ともなりか
ねない。また、司法判決が特許庁の審査判断と
異なる場合もあり、実務上、混乱を来たしかねな
い。その意味で、今回、審査基準の策定・見直し
プロセスの透明化を図るべく、幅広い関係者から
なる審査基準専門委員会(仮称)の設置が提言
された意義は大きく、今後、同委員会が審査基
準に対するチェック機関としての役割を果たし、
審査基準の透明性、予見性が高まることを期待
する。
(日本経済団体連合会)
Practice)の包括的な見直しを始めたところであ
る。そのマニュアルは、法律と法律学の長官の解
釈について職員と利害関係者の双方にガイダン
スを与えるだろう。
(カナダ知的財産庁)
審査基準の恒常的見直しを高く評価
審査基準を恒常的に見直し、制度の安
定性を図る取組みは、日々刻々と進歩する技術
水準への迅速な対応実現に資するものであり、
高く評価。
(日本製薬工業協会 知的財産委員会)
2
裁判所との特許性等の判断のディスカス
等も有用
審査基準等の視覚化・構造化は、重要であると
思う。しかしながら、裁判所では、特許法等の法
律は尊重するが、特許庁の内部指針である審査
基準は実施的な根拠として扱われない状況であ
る。特許庁内部の事柄や、同じ立場の各国特許
庁との審査協力といった事柄から、もっと広げ
て、司法の立場の裁判所との特許性等の判断
のディスカス等も有用ではないかと思う。
審査基準を核とした、特許制度のコミューニケ
ーション・チャネルとして、審査基準を核とする図
が示されている。今後の取り組みの中で、審査基
準がグローバルで調和され、更に司法において
も尊重されるような方向になればよいと思う。
(日本機械輸出組合 知的財産権問題専門委員
会)
2
不安定性の低減に関心がある
カナダ知的財産庁(CIPO)は日本特許庁
と同様に特許制度に現在する不安定性の低減
に関心がある。この点については、我々の戦略
的方針でも述べられており、そこでは、国際的に
競争力のために、また、カナダにおけるビジネス
と外国の投資に利益となるために知的財産の行
政枠組みを改善しようとしている。ビジネスは予
見性と透明性を通じたリスクの最小化を求めてい
る。レポートで述べられているように、予見可能な
結果は、品質プロセスと基準を導入することによ
って得られるのであって、CIPO は品質監理のリ
ーダーになるべく尽力している。また、レポートは
公表された審査基準の透明性の重要性を議論し
ている。CIPO もこの点の重要性を認識しており、
当 庁 の 審 査 基 準 (Manual of Patent Office
2
108
(参考 1) 「特許の質」の議論 ∼ 様々な観点からの「質」∼
一般的に「特許の質」を議論する際、様々な観点があり、例えば以下の観点をあげることができる。(a) 技
術的、経済的観点からの価値。技術的な価値が高く、収益を生み出すこと。(b) 法律的観点からの法的要
件の充足。無効理由を含まない、安定した権利。(c) 経営的観点からの利用価値。特許権を利用する際の
ビジネスモデルの構築等。第 II 部で「特許の質」という場合、イノベーション促進等を考慮する際は上記(a)
の意味で、また、権利の安定性等を考慮する際は上記(b) の意味で用いられることが多い。
一般的に特許の「質」を議論する際、様々な観
上記観点について、以下詳述する。特に、特
点があり、発明が生まれ、特許として保護され、
許の実体審査に関係する(b) (ii) の「適正な審
その後利用されるという時系列で考えてみると、
査」については参考 2 で後述する。
(a) 技術的、経済的観点からの価値、
(b) 法律的観点からの法的要件の充足、及び
(a) 技術的、経済的観点:技術的、経済的価値
(c) 経営的観点からの利用価値
研究開発に際して、価値が高く、収益を生み
といったものをあげることができる。
出す技術を創出するには、例えば、以下の取
また、一方で、(a) 技術的経済的価値及び(c)
組が有効であろう。
利用価値の観点から、(b) の法的要件が変更さ
(i) 研究開発を行う分野の的確な選定。特許情
れるという側面も持っている。本資料第 II 部で
報等も活用した戦略的研究開発や、研究開
「特許の質」という場合、イノベーション促進等を
発政策と知財政策との提携は後述。
考慮する際は上記(a) の意味で、また、権利の
(ii) 企業の研究開発成果を特許出願する際の
安定性等を考慮する際は上記(b) の意味で用い
選択。例えば、企業戦略上、強い特許とな
られることが多い。
るもののみ出願する等。特許で保護すべき
特許の質の価値要素
一般に、特許を含めて知的財産の質の評価
には、主に 3 つの価値要素(視点)があると思われま
す。第一にその特許が権利範囲としている技術の価
値です。技術が実際に事業に利用されて収益を生む
かどうかは不確実であり、特に研究開発途上における
技術を対象とした場合は不確実性が高く評価は難し
いわけです。・・
第二に、・・出願されたものが、特許要件を満たして
有効な特許になるかどうかという視点でみたときの質
で、この場合は第一の技術の質が高いか低いかは関
係なく、産業上意味のない技術であっても、特許の法
的要件を満たしていれば質が高いと考えられます。
第三にその特許を活用する視点においての質でしょ
う。その特許が事業に利用されてどれだけのキャッシュ
フローを生むか、あるいはライセンスした場合どれだけ
のロイヤリティーを獲得できるか、証券化した際にどの
程度の資金が調達できるのかといった評価です。この
第三の特許の質は、第一の対象技術の質と第二の特
許の法的な質との組み合わせで決まると考えられま
す。
知財専門調査会で議論するべきなのは、この中で第
二の法的な質だと思います。・・無効な特許を出願す
るコストの壮大な無駄と技術流出のリスクを考えれば、
このような特許の法的な質の問題は看過できないもの
でしょう。・・
(出典)第 38 回総合科学技術会議知的財産戦略専
門調査会資料 3(渡部委員提出資料)
技術、ノウハウで秘匿する技術、公開する技
術等を選別。
(iii) 技術のロードマップの作成。具体的なアウト
プットを意識した研究開発。
109
(b) 法律的観点:法的要件の充足
異議申立制度の議論
特許庁における審査を経て、法律的な要件を
満たしたものに限り、特許を受けることができる。
瑕疵のある特許権は、権利行使の際に問題と
なる等ビジネスリスクも高まるから、法的要件を
充足した安定した権利のためには、例えば、
以下の取組が有効であろう。
(i) 出願前の出願人による先行技術調査(前
述)。先行技術については、出願人となる技
術者や知財関係者に多くの知見があると考
えられ、研究開発を始める際に十分な先行
平成 15 年法改正により、特許の有効性を争う手続きとし
て併設されていた異議申立制度と無効審判制度は、前者
が後者に吸収統合されて、新たな無効審判制度に一本
化された。これにより、紛争解決の短縮化、両制度の併用
に係る当事者負担の軽減、 (従前の無効審判制度に備
わる)無効を主張する者の手続きへの関与の保障を図っ
た。
現在、特許の有効性を争う手段としては、原則誰でもい
つでも請求が可能な無効審判制度の他、特許付与後の
情報提供制度(関連する先行技術文献等の無効理由の
情報をいつでも匿名で提供可能で、無効審判が請求され
た際に、併せて審理対象となり得るのみでなく、提供情報
が閲覧可能となるため不要な紛争の事前の抑止にも貢献
するもの)も用意されている。
一方、異議申立制度について以下のような意見もある。
異議申立制度の復活
異議申立制度の復活をお願いしたい。労力等の
点から、異議申立に比べると無効審判は提起しにくい。ま
た、情報提供制度を利用しても、審査官が実際に検討し
ているのか不安になる。
(委員意見)
付与後異議申立制度の再検討
1
AIPLA は、世界的に統一された特許の有効性を
争う制度により、予見性と効率性が増すと考えている。そ
のために、AIPLA は、イノベーションと知財政策に関する
研究会が付与後異議申立制度を再検討することを薦め
る。AIPLA は、審査官による特許の決定が公衆の参加可
能なオープンレビュープロセスにさらされるべきと考えてい
る。
(AIPLA)
技術調査を行うことは、効率的な研究開発
に繋がるばかりでなく、その調査結果を提供
することにより、適切な先行技術に基づく審
査にも資するものとなる。
(ii) 適正な審査。特許庁における実体審査にお
いて、適正な審査は、特許の質を担う重要
な要素の一つである。特に、①法令、審査
基準等の適切性、②審査段階における先
行技術文献調査、③法令、審査基準等の
審査への当てはめ、という 3 つの観点が重
無効を主張する者が手続きへ関与しなければならない
労力を問題とする点については、現在の無効審判制度と
特許付与後の情報提供制度のうち、無効とすべき特許の
重要性や制度利用のコスト負担等の観点から、どちらを利
用するか判断することで有効な対応が可能ではないか。
また、現在の無効審判制度は、原則誰でも請求が可能
であるという点及び無効を主張する者が特許権者と対立
する当事者対立構造において行われるという点におい
て、欧州の異議申立制度及び米国特許改革法案 2007 の
異議申立制度と調和するものであり、すでに「公衆の参加
可能なオープンレビュープロセス」が確立されている。
要であり、参考 2 で詳述する。
(iii) 瑕疵のある特許を無効とする手段(無効審
判制度)等。第三者の立場からは、瑕疵の
ある特許を無効とする手段、瑕疵のある特
許の是正に役立つ手段も重要である。我が
国では、前者については無効審判があり、
原則誰でもいつでも請求が可能である。ま
そうしてみると、確かに平成 15 年改正法前の異議申立
制度は比較的簡易な手続きを採用していた点に特色があ
ったが、現在の無効審判制度については、従前の異議申
立の機能も果たすとともに、上述のような効果(紛争解決
の短縮化、当事者負担の軽減、無効を主張する者の手続
きへの関与の保障)があることにも十分留意しつつ、今後
の状況を見守っていくべきである。
た後者については特許付与後の情報提供
制度があり、関連する先行技術文献の情報
をいつでも匿名で提供可能である。
110
(c) 経営的観点:利用価値
特許のポジション的な価値
実際の企業活動において、特許権の意味
(影響)をビジネスから切り離して考えるべきではな
い。特許権はビジネス上の独占権であるが、不動産
のように単独で価値を有するものではなく、一種の
「ポジション」的な価値・性質を有する。ビジネスにお
いて、その特許がどういう力を発揮するか、というとこ
ろにも視点を広げる必要がある。
(委員意見)
知財の競争を優位に進めるためには、単独の
特許を取得するだけでは十分でなく、ビジネ
スモデルの構築、戦略的ポートフォリオ、利用
を前提とした特許クレームの作成といった視点
が必要であり、例えば、以下の取組が有効で
あろう。
知財と経営を一体に
大企業になればなるほど、知財と経営とを一
体として考えており、①知財となる技術、②知財・技
術をビジネス(経営)に如何に繋げるか、③市場環
境の変化が著しい中、如何に将来を見据えるか(予
見洞察力)の三つの軸が重要。これには、技術のロ
ードマップの作成、ビジネスモデルの構築、知財の
保護の三位一体が重要。
(委員意見)
(i) ビジネス上のポジション的な価値・性質を考
慮。如何に知財をビジネスへ繋げるかという
ビジネスモデルの構築と、将来的な市場変
化も見据えた視点が必要である。
(ii) 戦略的ポートフォリオの構築(後述)。研究
成果のコアとなる部分について特許を取得
するだけではなく、周辺部分も含めて複数
特許の質の確保が重要
特許出願の増加やパテント・トロール等の
様々な問題が起こっているが、特許の質を確保する
ことが重要。現行の TRIPs 協定には、この質を確保
するための仕組みが欠けている。プロパテント政策
を推し進めるためには、こうした観点が必要。質の低
い特許の増加は本当に良い発明をした者の特許を
弱め、イノベーションの低下を引き起こす。特許の質
の確保手段については、様々な観点からの検討が
必要。
(委員意見)
の特許を群としておさえて、戦略的なポート
フォリオを構築することが重要である。
(iii) クレーム・明細書の書き方の工夫。利用する
際の価値を見据えて的確な権利範囲となる
ような特許クレームの作成や、将来の市場
変化にも対応し得る十分な内容の明細書の
作成といった出願書類の書き方にも、戦略
的な視点が重要である。
111
(参考 2) 適正な審査
適正な審査は、特許の質(参考 1 を参照)を担う重要な要素の一つであり、以下が重要である。
(a) 法令、審査基準等の適切性
(b) 審査段階における先行技術文献調査
(c) 法令、審査基準等の審査への当てはめ
部 1. (7) で上述したように、透明性を確保し予見
適正な審査は、特許の質(参考 1 を参照)を担
性を高めるための枠組みが必要ではないか。
う重要な要素の一つであるが、以下のような点に
留意することが重要である。
(b) 先行技術文献調査
(a) 法令、審査基準等の適切性
審査官は、自らの知識・経験に基づき、関連
(b) 審査段階における先行技術文献調査
(c) 法令、審査基準等の審査への当てはめ
する先行技術文献が発見される蓋然性が高いと
上記(a) ∼(c) をさらに検討すると以下の通
判断される範囲の文献を調査している。
したがって、審査において先行技術文献調査
り。
を効率的に行うためには、例えば以下の取組が
重要ではないか。
(a) 法令、審査基準等の適切性
まず、特許法等の法令が社会に適合したもの
(i) 先行技術文献の調査環境の充実(後述)。
であることが重要である。また法令を運用する際
特許文献と学術論文をまとめて調査する
の指針として審査基準がある。審査基準は、法
ことが可能な環境の構築や、外国語文献
律の適用についての基本的考え方をまとめたも
について機械翻訳により容易にアクセス
のであり、審査における判断基準としてだけでは
可能とする環境の構築。
(ii) 先行技術の際に利用する分類(国際特許
なく、出願人による特許管理等の指標としても広
分類、FI、F ターム等)の体系、解釈、運用
く利用され定着している。
の充実。
この法令や審査基準は、従来から、常に変化
する技術の動向や産業の実態、わが国の判決、
(iii) 情報提供制度の利用奨励。同制度は、あ
国際調和の状況等に応じて、見直しを行ってき
る出願に関する先行技術文献情報の提
たところ。
供がいつでも匿名でも可能。
しかし、近年「オープンイノベーション」といった
(iv) 新しい動きとして、米国で試行が開始され
言葉に代表されるような経済社会構造の変化に
たコミュニティパテントレビューもその実効
ともない、ビジネスリスクの要因の一つとして不確
性について今後注目していくべき(後
実な特許に焦点が当てられるようになってきた。
述)。
このような状況の中、審査に関する運用につ
なお、無効審判や侵害訴訟で、特許侵害によ
いての取組を更に推進するため、それらの在り方
る損害賠償請求回避のために第三者が特許の
について定期的なチェック・アップを行うことが重
無効を主張する場合、対象となる特許権につい
要である。そして、このような取組のために、第 II
て、人的、時間的、経済的経費を存分にかけて、
112
(c) 法令、審査基準等の審査への当てはめ
再度徹底的に調査を行った結果、特許庁の審査
段階でなされた先行技術文献調査では見つから
特許庁内の第三者による審査内容のサンプ
なかった文献が発見される場合があるとの指摘
ルチェック、制度ユーザによる審査に対する評価
がある。したがって、このような観点からも、審査
の分析といった品質監理(例えば、日米欧特許
において先行技術文献調査を効率的に行うため
庁及び特許協力条約に基づく出願の取組につ
には、上記(i) ∼(iv) の取組は重要である。
いては後述)等の取組の結果を踏まえつつ、必
要な施策を講じた上で、個別案件に対する審査
を確実に行っていくことが重要である。また、当該
特許庁の審査における先行技術調査
の限界
特許庁では大量の出願を審査しなければいけ
ないので調査する文献にも限界があるが、いざ
審判や訴訟となると弁護士・弁理士が先行文献
を丹念に探してくることになる。こうした状況の違
いでも結果になるべく差が出ないように、官民が
共同で先行技術を検索するための検索エンジン
の開発が重要。
(委員意見)
個別案件の審査の透明性を確保し予見性を高め
ていくためには、以下(i) ∼(vi) 等の観点を踏ま
えつつ、施策を講じる必要がある。
(i) 法令、規則、基準に基づいた判断・手続き
がなされているか。
(ii) 上述の②先行技術文献調査が適切に行
われたか。
(iii) 審査過程における審査官と出願人との意
思疎通は十分か、例えば、特許にならない
場合の理由が出願人に十分伝わっている
か。
(iv) 判断基準とその運用への一貫性。すなわ
ち、審査官の違いや審査時期の違いによる
バラツキがないか。
(v) 第三者との関係で公平な審査手続き、判
断内容か。
(vi) 第三者に対して、審査過程の透明性が担
保されているか。
113
(参考 3) 特許審査における品質監理の取組
日米欧の特許庁では、適正な審査(参考 2 を参照)を担保するために、特許庁内の第三者による審査内
容のサンプルチェックや制度ユーザによる審査に対する評価の分析等の品質監理の推進を含め、様々な
取組を行っている。
我が国特許庁の特許審査の質の維持・向上の
特許審査の質を巡る国際的な動向
取組
質の高い特許審査の実現は、日米欧三極、日
中韓の各特許庁間をはじめとした、国際的なワ
我が国特許庁では、(a) 各技術単位にて行わ
ークシェアリングを目的として、他庁が行った先
れ て い る 個 々 の 案 件 の 「 品 質 管 理 」 ( Quality
行技術調査・審査の結果を活用するために進め
Control)、(b) 技術分野横断的な「品質監理」
られている各種検討の前提となるものである。そ
(Quality Management)の両者を実行することに
のような質の高い特許審査を実現するための体
より、審査の質の維持・向上を図っている。
制、手法の整備は各国特許庁に共通の課題とな
(a) 個別案件の審査の品質管理
っており、各国特許庁において、特許審査の質
それぞれの技術分野の審査を担当する約
の維持・向上に向けた取組が進められている。
また、特許協力条約(PCT) に基づく国際特許
90 の技術単位では、複数の審査官による協
出願についても、「PCT 国際調査及び国際予備
議や管理職等による内容チェックを通じて、
審査ガイドライン(以下、「PCT ガイドライン」)」に、
審査官相互の判断基準の統一的運用を図る
国際調査及び国際予備審査の品質向上のため
等、個々の案件について審査基準に基づい
の要件(要求事項)について規定 されており、我
た的確な審査がなされるよう審査の「品質管
が国特許庁を含む、すべての国際調査・国際予
理」に努めている。
備審査機関(ISA・IPEA)は、質の高い国際調査・
(b) 技術分野横断的な品質監理
国際予備審査を実施することが求められている。
さらに、特許庁全体として審査の質の継続
的な改善を図るための品質監理体制及び手
法の整備を、2007 年 4 月に設置された「品質
監理室」が中心となって進めている。この取組
は、審査の質の継続的改善を図るための特
許審査の品質監理サイクル(PDCA サイクル)
の考え方に基づいており、審査の結果を事後
的、客観的に測定・分析し、その結果を審査
の品質の維持・向上のための施策に反映さ
せることによって、特許庁全体として審査の質
の継続的な改善に努めている。参考 II-25
品質監理の取組としては、例えば、特許庁
114
審査官にフィードバックしている。
内の第三者によって個別案件の審査結果に
ついて内部チェックを実施するとともに、ユー
このように、審査の品質を PDCA サイクル
ザ評価を収集し、内部チェックの評価基準に
で監理しつつ、それによって各技術単位で実
反映させている。内部チェックの分析結果は、
施されている審査の品質管理を支援してい
各技術単位における「品質管理」や、審査官
る。
による自己管理に活用するために、技術単位、
参考II-25
Act:
Plan:
関連施策の検討・実施
実施計画の策定
品質関連施策担当部署
審査部
Check:
継続的
改善
審査の事後的測定・分析
Do: 審査、「品質管理」の実施 技術単位
関連施策
の検討・実施
品質監理室
決裁者による
チェック
実施計画の策定
審査、国際調査等
(審査官の自己管理)
審査の質の継続的改善のための品質監理サイクル(PDCAサイクル)概念図 (出典)特許庁作成
Rate21)」を利用している。
欧米等の「質」の取組等
(a) 米国特許商標庁(USPTO)
- デュダス長官の発言:「特許の質とは、法令
- 「2007-2012 戦略計画」において、「特許の
及び庁手続きに従って審査が遂行されたも
の」22
品質及び適時性の最適化」を三つの目標
のうちの第一に挙げ、その具体的な目的の
第一に、「高品質な特許出願審査の提供」
(b) 欧州特許庁(EPO)
を掲げ、審査官の能力向上や、審査のレビ
- EPO は近年特許の品質向上を重視している。
ュー等の品質保証システムの構築・実行に
2005 年に、新たに設置した品質マネジメン
ついて述べている。
トの組織が、ISO9001 基準に基づく検索・審
- 2007 年年報において、特許の質の評価指標
査業務の品質マネジメントシステムの構築
として、「特許許可コンプライアンス率
に着手し、品質監理体制を充実させた。そ
20
(Patent Allowance compliance Rate )」と
れまでも特許査定となった出願をレビューし
「特許審査過程コンプライアンス率(Patent
21
In-Process
Examination
特許となる前の審査過程をレビューし、瑕疵がな
かった出願のパーセンテージ。
22
「特許の質」向上に向けた米国特許商標庁の今
日の取組について、デュダスUSPTO長官の公聴会
向け議場配付資料(06 年 4 月 5 日付)
compliance
20
審査官が特許許可した出願をレビューし、瑕疵が
なかったもののパーセンテージ。
115
ており、顧客満足度調査も定期的に実施し
ている。2006 年には、特許の質に関する情
報と意見の交換を目的とした、特許弁護士
と産業界の代表による専門家会合が行われ
た。
- ポンピドゥ前長官による 2005 年年報の序文
タイトル:「質は欧州特許庁の未来へのカギ
だ」
(c) 特許協力条約(PCT) のガイドライン
- PCT ガイドライン第 21 章は「国際調査及び国
際予備審査のための共通の品質枠組み」
について規定している。我が国を含む国際
調査機関・国際予備審査機関は、同規定に
ある、品質監理体制の監視・測定、その継
続的改善、顧客の満足度等を含む「品質マ
ネジメントシステム」を構築し、質の高い国
際調査・国際予備審査を実施することが求
められている。
116
2. パテントトロール問題
イノベーションを阻害する要因との指摘もある
パテントトロール問題とその考え方
A. パテントトロール問題
○パテントトロールについて、明確な定義は存在しないものの、例えば、自らは研究開発や
製品の製造販売等を行わないにもかかわらず特許権を保有し、その特許権を行使して他
者から高額な和解金・ライセンス料を得ることを目的とする個人や団体等を指すとする見方
がある。
○パテントトロールは米国を中心に問題となっており、その対応に係る高額な法定費用や敗
訴した際の莫大な損害賠償費用や差止め命令等による事業活動に与える影響の大きさか
ら、イノベーションを阻害する要因になっているとの指摘がある。
○日本におけるパテントトロール問題としては、例えば、電子部品に関するパテントポート
フォリオ(米国特許を中心に、その他日本特許、欧州特許等からなるポートフォリオ)を用い
て、当該特許に係る電子部品を製造する電子部品メーカーではなく、自動車業界等も含
む、当該電子部品を組み込んだ最終製品の販売会社を主なターゲットにして権利行使し
てくるケース等があげられる。
B. パテントトロール問題の考え方
○パテントトロール問題については、知財制度のみならず標準化や独占禁止法等の観点
からの検討を行うことも必要である。このため、パテントトロール問題を、民法上の権利濫
用が適用されると考えられる態様(狭義のパテントトロール問題)に限らず、民法上の権利
濫用が適用されるとまでは言えないがイノベーションを阻害するおそれがあると考えられる
態様(広義のパテントトロール問題)を含めた多様な観点から検討していく必要がある。
○狭義のパテントトロール問題の対応として、特許権の行使に対する民法上の権利濫用法
理の適用の考え方の明確化を図る等、特許権の濫用行為を抑止する環境を整備すること
が重要である。
○広義のパテントトロール問題の対応として、特許権の付与段階から、ライセンス等の活用
段階、さらには紛争段階に至るまで、各段階で総合的な対応を検討する必要がある。具
体的には、
・特許権の付与段階では、特許の質に関する問題、
・特許権の活用段階では、ライセンス料の相場観の醸成やライセンス行為に対する独占
禁止法の適用等に関する問題、
・紛争段階では、特許権の行使に対する独占禁止法や権利濫用法理の適用に関する
問題、
等について検討を行う必要がある。
C. パテントトロール問題の対応策の検討
○特許権の行使における民法上の権利濫用について、「電子商取引及び情報財取引等に関
する準則」(経済産業省)を参考にし、ソフトウェア以外の技術も含む特許権の濫用と認めら
れる可能性のある権利行使の態様に関するガイドラインを策定する等、その明確化を図るこ
とで特許権の濫用行為を抑止する環境を整備する。
○標準化の推進を阻害するような態様で特許権が取得・行使されることを抑止するため、公開
可能な標準作成段階における技術提案書へのアクセスを改善すること等により、標準関連
技術に関する特許の質を向上させるための環境整備を促進すること等も重要と考えられる。
117
パテントトロール問題への対応のためのガイドライン
<概要>
パテントトロール問題がイノベーションを阻害する要因になっているとして、米国を中心に注目
されてきている。パテントトロール問題といってもその権利行使態様は様々であることから、パ
テントトロールを一義的に定義することは困難であり、その対応については、知財制度のみなら
ず民法上の権利濫用法理や標準化の観点等、多様な観点からの検討が必要である。
<パテントトロールの定義>
パテントトロールについての明確な定義は存在しないが、例
えば、自らは研究開発や製品の製造販売等を行わないにもか
かわらず特許権を保有し、その特許権を行使して他者から高額
な和解金・ライセンス料を得ることを目的とする個人や団体等を
指すとする見方がある。また他方、パテントトロールの定義付け
は難しく、個別の事例毎に判断すべきとの意見も多い。
<パテントトロール問題への対応>
特許
特許出願∼権利化段階
パテントトロール問題の前提・問題の所在
„侵害部分が対象製品に占める割合が小さい(が、対
象製品全体の製造、販売の差止となる)。
„権利者自らは実施していない。実施のつもりもない。
„差止による相手方等の影響が極めて大きい。権利者
は金銭を得るのみでその他の損害はない。
„ライセンスが当初からの目的で権利を取得する。
„既に大きな市場が形成された後の権利行使である。
(出典)美勢克彦 「特許法における差止請求権のあり
方」日本知的財産協会エンフォースメントPJ プレゼン
資料 2008/1
特許活用段階(ライセンス)
標準化プロセス
技術提案書/特許声明書
パテントトロールの例としてよく取り上げ
られるケース
„ワイヤレス通信端末の「ブラックベリー」
を製造しているRIM社は、特許管理会
社NTPに対して約650億円の賠償金を
支払うことで和解した。
„日本でも、電子部品に関する特許群を
用いて、自動車会社など、電子部品
メーカー以外の企業をもターゲットにし
て権利行使してくるケースが問題に
なっていると言われている。
係争段階
パテントプール
特許の質の向上
標準化におけるパテントポリシーの明確化
技術提案書の公知化
パテントプールにおけるライセンスポリシー
権利濫用
価値評価
独占禁止法
¾権利取得段階:標準化に係る技術情報への特許審査プロセスでのアクセスの改善等を通じた権利の更なる質の向上
¾権利活用段階:パテントプール関連特許のライセンスポリシー/ライセンス条件等の情報へのアクセス環境整備等
を通じた特許の利用の円滑化
¾係争段階:特許権の行使に対する権利濫用法理の適用の考え方の明確化
検討委員会を設置
特許権の行使に対する権利濫用法理適用の考え方の明確化に関するガイドラインについ
て、その作成の必要性の有無も含め検討を行う。
„ 構成メンバーのイメージ:
弁理士
法学者(知財)
法曹
法学者(独禁)
経済学者
企業関係者
„ 具体的検討内容:
権利濫用法理適用の考え方の明確化
「電子商取引及び情報財取引等に関する準則※」(経済産
業省 2007年3月)においてソフトウェアに係る特許権の行使
に対する権利濫用法理適用の考え方が示されているが、こ
うした権利濫用法理適用の考え方についてソフトウェア以
外の技術に係る特許権についても明確化するガイドライン
の策定等について検討する。
(※)経済産業省「電子商取引及び情報財取引等
に関する準則(2007年3月)
ソフトウェアに係る特許権の行使について、以下
の①∼③のいずれか若しくは複数に該当する場
合には、権利濫用と認められる可能性があるという
法解釈の指針を提示している。
①権利行使者の主観において加害意思等の悪
質性が認められる場合
②権利行使の態様において権利行使の相手方に
対して不当に不利益を被らせる等の悪質性が認
められる場合
③権利行使により権利行使者が得る利益と比較し
て著しく大きな不利益を権利行使の相手方及び
社会に対して与える場合
<スケジュール>
2008年夏以降に検討委員会を設置する。
2008年度中に検討委員会において、ガイドライン又は検討報告書を取りまとめる。
118
(1) パテントトロール問題とその現状
知的財産の活用・流通市場の成長促進の重要性が増す一方で、パテントトロール問題が、ビジネス上の
不確実性を高め、イノベーションを阻害する要因として、注目を集めている。
(a) 見方が分かれるパテントトロール問題
(日本経済団体連合会)
パテントトロールについての明確な定義は存在
パテントトロール事例の実際はより複雑
多くの研究は、特に特許出願と特許侵
害訴訟が払うことを薦める。NPEs は、時に「パテ
ントトロール」という軽蔑的な用語によって言及さ
れることもある。「パテントトロール」という用語に
ついて異論なく一般に認められた定義はない。
提言案は、NTP と RIM の訴訟が「トロール事例」
としてよく引用される、と指摘するが、実際にはよ
り複雑である。確かに、自らの特許権を行使しよ
うとするすべての NPE がトロールとして非難され
るべきというわけではない(例えば大学)。大学が
侵害者へ特許権を主張することが、特許権の不
適切な行使になると考える者はいないだろう。
(AIPLA)
2
しないが、例えば、自らは研究開発や製品の製造
販売等を行わないにもかかわらず特許権を保有
し、その特許権を行使して他者から高額な和解
金・ライセンス料を得ることを目的とする個人や団
体等を指すとする見方がある。他方、パテントトロ
ールの定義付けは難しく、個別の事例毎に判断
すべきとの意見も多い。
ここでは、特許権の濫用的な行使(ここでいう
「濫用的な行使」とは必ずしも民法上の権利濫用
に該当する行為のみを指すものではなく、より広
い行為態様を念頭においている。)に関する問題
(b) 知財ビジネス拡大の重要性とパテントトロー
をパテントトロール問題と呼ぶことにする。
ル問題
知的財産の活用・流通市場を支える知財ビジ
パテントトロール問題の前提・
問題の所在
• 侵害部分が対象製品に占める割合が小さい
(が、対象製品全体の製造、販売の差止とな
る)。
• 権利者自らは実施していない。実施のつもり
もない。
• 差止による相手方等の影響が極めて大き
い。権利者は金銭を得るのみでその他の損害
はない。
• ライセンスが当初からの目的で権利を取得
する。
• 既に大きな市場が形成された後の権利行使
である。
(出典)美勢克彦 「特許法における差止請求権
のあり方」日本知的財産協会エンフォースメント
PJ プレゼン資料 2008/1
ネスの担い手の更なる拡大が期待される一方で、
標準化におけるアウトサイダー問題や、パテントト
ロール問題が、ビジネス上の不確実性を高め、イ
ノベーションを阻害する要因になっているとして、
米国を中心に注目されてきている。
参考 II-26,27
海外に事業展開している日系企業は現実にパ
テントトロール問題に直面しており、また日本国内
においても同様の問題が発生しつつあるといわれ
ている。
(c) 日本におけるパテントトロール問題の検討状
自らは研究開発投資を行わず他人の特許
を買い、その特許権を濫用して利益を得る
ような者に対して、イノベーション促進の観点か
ら、米国の裁判例などを参考に、差し止め請求
権や損害賠償の範囲等について、何らかの制限
を行うべきであると考える。
況
1
我が国でも、知的財産戦略本部・分野別知的
財産戦略情報通信分野 PT 等において、正当な
知的財産権の権利行使を尊重しつつも、その濫
119
用的な行使にどのように対処していくべきかにつ
用いて、当該特許に係る電子部品を製造する電
いて検討がなされた。
子部品メーカーのみならず、自動車業界等も含む、
なお、日本では、例えば、電子部品に関するパ
当該電子部品を組み込んだ最終製品の販売会
テントポートフォリオ(米国特許を中心に、その他
社をもターゲットにして権利行使してくるケース等
日本特許、欧州特許等からなるポートフォリオ)を
が問題となっているようである。
参考II-26
米国におけるパテントトロール問題と関連する制度
○ 損害賠償の高額化
¾ Entire Market Value Ruleの採用
米国では、製品の一部分についての特許を侵害
した場合であっても、その部分が製品の販売に不
可欠な要素である場合、製品全体の価格を基準と
して賠償額を算出するルールが存在するため、賠
償額が非常に高額になる。
¾ 3倍賠償規定の存在
侵害者が特許製品を故意に侵害した場合、裁判
所は、賠償額を3倍まで増額できる。
○ 質の低い特許
質の低い又は疑わしい特許は、無効か広範すぎ
るクレームを含んでいる。
特許の藪の中の疑わしい特許は、潜在的参入企
業と同様に既存の企業による競争を妨げる。
企業はその製品をカバーしている特許の全てに
ライセンスを必要とするので、別の企業は高額の
ロイヤルティを搾取するか又は、訴訟をすると脅か
すために疑わしい特許を使用する。
(出典)FTC, To Promote Innovation : The Proper Balance
of Competition and Patent Law and Policy (Executive
Summary), 2003
○ 特許権者に有利にはたらく米国訴訟
¾ 有効性の推定
米国の侵害訴訟において特許無効を主張するため
には、「明白かつ確信に足る証拠(Clear and
convincing evidence)」による高い基準での立証が求
められる。
¾ 裁判籍(Forum Shopping)
パテントトロール問題においては、テキサス東部地区
裁判所のように特許権者に有利な判決が出やすいと
いわれる裁判所が選択されることが多い。
¾ 差止命令
米国特許法283条の差止命令は、特許侵害が認定さ
れると、ほぼ自動的に下されていた。
¾ 訴訟予見性の低さ
最近の報告によれば、連邦裁判所は地方裁判所に
よる特許侵害判決の53%の全部又は一部を覆してい
る。
(出典)Cecil D. Quillen, Jr. The U.S. Patent System: Is It
Broke?: And Who Can Fix It If It Is?
http://www.ftc.gov/os/comments/intelpropertycomments/quill
enattachments/isitbrokewhocanfixit.pdf
参考II-27
米国における訴訟例
MercExchange v. eBay
MercExchange社は、eBay社がオンラインオークションに関するMercExchange社の特許を故意に侵害したとし
てeBay社を訴え、地裁は2900万ドルの賠償金を命じるが、MercExchange社のeBay社に対する差止め申請は
棄却。その後、控訴審において差止め却下の判決は覆るが、eBay社は最高裁に上訴し、審理を決定した最
高裁は、差止めを認めるためには以下の4要件を満たす必要があるとし、事件を差し戻した。
①差止めを認めないと取り返しのつかない損害を原告が被る。
②その損害が損害賠償請求だけでは十分に救済できない。
③原告・被告の双方の損害のバランスを考慮し差止めが適切である。
④差止めを認めても公共の利益に反しない。
NTP v. RIM
製品の製造・販売等を行っていない特許管理会社NTP社は、RIM社のワイヤレス通信端末「ブラックベリー」
が自社の特許を侵害しているとして、2001年に同社を提訴した。裁判においては、差止が認められるか否か
が争点の一つになっていた。その後、両社の争いは長期化していたが、2006年、RIM社がNTP社に6億1250
万ドルの賠償金を支払うことで和解が成立した。
2500万ドル以上の損害賠償が求められている特許関連訴訟においては、原告/被告それぞれが平均400万
ドルもの法定費用を負担し、平均3.5年の訴訟期間を費やしている。
(出典)CEA, Economic Report of the President, 2006
120
(2) 特許権の濫用行為/パテントトロール問題
パテントトロール問題については、知的財産権制度のみならず、民法上の権利濫用法理、標準化、独占
禁止法等、様々な観点から検討を行うことが必要である。
ばこうした権利濫用法理適用の考え方についてソ
(a) パテントトロール問題の考え方
こうしたパテントトロール問題については、知的
フトウェア以外の技術に係る特許権についても明
財産権制度のみならず、民法上の権利濫用法理、
確化するガイドラインの策定を検討する等、特許権
標準化、独占禁止法等、様々な観点から検討を
の濫用行為を抑止するための環境整備を推進す
行うことが必要である。参考 II-28
ることも重要と考えられる。
以下、パテントトロール問題を、狭義のパテント
権利の濫用とされた事例
平成 17(ワ)3089 特許権侵害差止請求権
不存在確認特許権 民事訴訟(平成 18 年 03 月
24 日 東京地方裁判所)
「当該仮処分の申立てが権利の濫用となるか
否かは、当該申立てに至るまでの競業者との交
渉の経緯、当該申立ての相手方の業種・特許侵
害仮処分への対応能力等の事情を総合して判
断するのが相当である。」
「特に、原告のどの製品が被告の有するどの特
許権をどのように侵害しているかを個別に指摘す
ることなく、ライセンス契約の締結を求める交渉態
度(上記イ(ウ))によれば、原告を相手方として日本
で提訴する適切な方法がなかったことを考慮して
も、被告は,専ら自己の有する複数の特許権を背
景に原告に圧力をかけ、被告に有利な内容の包
括的なライセンス契約を締結させることを目的と
して本件仮処分申立てを行ったものと認められ,
本件仮処分申立ては、権利の濫用として違法と
なるというべきである。」
なお、本件については、平成 19 年 10 月 31 日
に知財高裁判決が出されている。(平成 18 年
(ネ)10040 号、平成 19 年(ネ)10052 号 平成 19
年 10 月 31 日 知的財産高等裁判所)
トロール問題と、広義のパテントトロール問題とに
分けて検討していくこととする。
なお、狭義のパテントトロール問題、及び広義
のパテントトロール問題は、それぞれ以下のように
定義する。
・
狭義のパテントトロール問題とは、民法上
の権利濫用が適用されると考えられる態様
で特許権を行使する者に関する問題をい
う。
・
広義のパテントトロール問題とは、民法上
の権利濫用が適用されるとまでは言えない
が、イノベーションを阻害するおそれがある
と考えられる態様で特許権を行使する者に
関する問題をいう。
(b) 狭義のパテントトロール問題について
権利濫用の考え方の明確化
(c) 広義のパテントトロール問題について
狭義のパテントトロール問題については、特許権
の行使に対する民法上の権利濫用法理の適用の
広義のパテントトロール問題については、特許
考え方の明確化を図る等、特許権の濫用行為を
権の付与段階から、ライセンス等の活用段階、さ
行いづらい環境を整備することが重要である。
らには係争段階に至るまで、各段階で総合的な
対応を検討する必要がある。具体的には、(i) 特
この点、経済産業省では、「電子商取引及び情
報財取引等に関する準則」を公表し(平成 19 年 3
許権の付与段階では、特許権の質に関する問題、
月)、ソフトウェアに係る特許権の行使について、行
(ii) 特許権の活用段階では、ライセンス料の相場
観の醸成やライセンス行為に対する独占禁止法
使の仕方によっては権利濫用と認められる可能性
の適用等に関する問題、そして、(iii) 係争段階で
があるという法解釈の指針を提示しているが、例え
121
ii) 独占禁止法適用の考え方の明確化
は、特許権の行使に対する権利濫用法理や独占
また、例えば、公正取引委員会が公表している
禁止法の適用等に関する問題について検討を行
「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指
う必要がある。
針」(2007 年 9 月)、及び「標準化に伴うパテントプ
ールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」
(i) 特許権の付与段階における検討
(2005 年 6 月)の周知を図ることや、2007 年 4 月に
i) グローバルな観点からの特許の質の向上
質の低い特許がパテントトロール問題を引き起
DOJ(米国司法省)と FTC(米国連邦取引委員会)
こしているといった指摘もあることから、制度調和
とによって公表された「反トラスト法と知的財産権:
の取組、ワークシェアリングの推進、審査官会合
イ ノ ベ ー シ ョ ン と 競 争 の 促 進 (Antitrust
の推進等を通じて、グローバルな観点からの特許
Enforcement and Intellectual Property Rights:
権の質の調和と向上を図ることが重要である(第 I
Promoting Innovation and Competition)」や、DOJ
部 1. 参照)。
から VITA(オープンテクノロジー促進のための非
営利標準化機関)や IEEE(米国電気電子学会
ii) 的確な先行技術情報の取得を通じた特許の
The Institute of Electrical and Electronics
質の向上
Engineers, Inc.)に対して出されたビジネスレター
また、特許文献のみならず論文等の非特許文
(それぞれ 2006 年 10 月、2007 年 4 月)の考え方を
献をも簡易かつ効率的に調査できる検索環境を
参考に、我が国競争当局も、特許権のライセンス
整備するとともに、コミュニティパテントレビューの
行為等に対する独占禁止法の適用の考え方をよ
ような仕組みを通じて民間の研究者等の有してい
り明確にする等して、イノベーションを阻害するよ
る知見を特許審査に活用することによって、特許
うな態様での特許権の利用の抑制に努めることも
の質を向上させることも重要である。
重要である(第 III 部 2. (3) 参照)。
さらに、公開可能な標準作成段階における技
術提案書へのアクセスを改善すること等により、標
(iii) 係争段階における検討
準関連技術に関する特許の質を向上させるため
i) 損害賠償額算定の考え方の整理
係争段階における対応としては、特許権侵害
の環境整備を促進することも重要である(第 III 部
訴訟における裁判所の損害賠償額の算出方法に
2. (3) 参照)。
ついての考え方を整理する等して、訴訟リスクの
透明化を図ることが重要と考えられる。
(ii) 特許権の活用段階における検討
i) 標準関連技術のライセンス料の相場観の醸成
ii) 独占禁止法適用の考え方の明確化
標準化の推進を阻害するような態様で特許権
が行使されることを抑止するため、標準技術を利
また、前述の権利活用段階での対応と同様に
用したい者がパテントプール関連特許のライセン
特許権の行使に対する独占禁止法の適用の考え
スポリシーに容易にアクセスできるようにする等し
方を明確化することも重要である。
て、標準関連特許のライセンス料の相場観の醸成
iii) 権利濫用の考え方の明確化
を図ることが重要と考えられる(第 III 部 2. (3) 参
さらに、狭義のパテントトロール問題についての
照)。
122
対応で論じたように、特許権の行使に対する民法
「電子商取引等に関する準則」の内容の
般化の検討
本報告書案が提唱する「特許権の行使に対す
る権利濫用法理適用の考え方に関するガイドラ
イン」については十分に検討のうえ、推進される
べきであると考えます。2007年3月公表の経済
産業省「電子商取引および情報財取引等に関
する準則」においては、特にソフトウェア間の相
互運用性を不当に阻害する態様にて行われる権
利行使について、権利濫用法理の適用の可能
性があるものと解されております。今後検討され
るガイドラインにおいては、かかる検討内容を一
般的な形でさらに明確化する方向にて策定さ
れ、差止請求が否定される具体的な要件が規定
されることが望ましいものと考えます。
(IBM)
2
上の権利濫用法理の適用の考え方に関するガイ
ドラインの策定を検討する等、特許権の濫用的な
行使を抑制する環境を整備することが重要であ
る。
特に、権利濫用法理の考え方の明確化は、狭
義のパテントロール問題の対応策の一つとなり得
ることから、法律や経済の専門家や企業関係者か
らなる検討委員会を設置し、ガイドラインの策定等
について、検討を行うこととする。
このように、広義のパテントトロール問題につい
しかし一方では、ガイドライン策定等による影響
について慎重に検討すべきとの意見もある。
ては、権利付与段階から係争段階に至るまでの
各段階で取り得る対応を様々な観点から総合的
現況ではガイドラインの作成には反対
本提言案が提言するガイドラインの作成
は慎重であるべきであり、現況ではガイドラインの
作成について以下の理由により反対。
①我が国においてパテントトロールが米国と同じ
ように問題になっているわけではない。
②ガイドラインは特許権の濫用を抑制することは
なく、却ってイノベーションの促進を阻害する。
③裁定実施権の活用その他の方法
(大阪弁護士会)
2
に検討することが必要である。
パテントロール問題への対応のためのガイドライ
ンについて
パテントロール問題に対しては、権利濫用法理
適用の考え方の明確化が対応策の一つとなり得
ることから、電子商取引等に関する準則のような
ガイドラインの策定等の対応を望む意見がある。
ガイドライン作成は注意深く検討すべき
日本においていわゆる「パテントトロー
ル」の懸念に対処する事前の措置は、今のところ
時期尚早なのかもしれない。
特許の質の重視は長期の訴訟増加傾向に取り
組む際、重要となる。
(Microsoft)
2
抑止力の一つとして機能することを期待
検討委員会を設置し、権利濫用法理の
考え方に関するガイドラインの策定について検討
することが提言されたことは有意義であり、ガイド
ラインの策定が実現した場合には、パテントトロ
ールに対する抑止力の一つとして機能すること
が望まれる。
(日本経済団体連合会)
2
パテントトロールに対しては権利濫用の適
用しか対策はない
ガイドラインの策定について、慎重な立場の意
見もあるが、パテントトロールに対しては権利濫
用の適用しか対策はないと考えている。何が権
利の濫用にあたるかについては明確でないた
め、関係者の多くはその明確化を望んでいる。
(委員意見)
ガイドラインの成果を期待
ガイドラインの策定にあたっては、各国で
パテントトロールとして今までに問題となった案件
について争点、問題点等の解説も含めた事例集
の作成や公表が望ましい。
(日本弁理士会)
2
「権利の濫用」の明確化により投資と
資本の流入を促進
「権利の濫用」の明確で公正な定義が策定され
ることによって、イノベーションが促進されると共
に、投資と資本がイノベーションを創造するビジ
ネスへ流入していくのを促進していく。
(Intellectual Ventures Asia)
2
以上のように、権利濫用法理の考え方を明確
化するガイドラインの策定に対しては慎重な意見
があるものの、他方で、その策定等の検討を強く
望む意見もあることから、専門家を含めてガイドラ
インの策定等について、検討を行うこととする。
123
参考II-28
パテントトロール問題の考え方
¾標準化や独占禁止法の観点をも踏まえた、多様な観点からの検討を行うことが必要
¾例えば、ライセンス料の相場観の醸成や訴訟リスクの透明化等を推進することも重要
特許
特許出願∼権利化段階
特許活用段階(ライセンス)
係争段階
技術提案書/特許声明書
標準化プロセス
特許の質の向上
特許の質の向上
パテントプール
標準化におけるパテントポリシーの明確化
標準化におけるパテントポリシーの明確化
z 制度調和の取組、ワーク z RAND条件による個々のライセンス料が高
シェアリングの推進、審
額になり、円滑なライセンス活動が妨げら
査官協議の推進等を通
れると、技術の利用と普及を促進するとい
じて、グローバルな観点
う標準化の趣旨が全うできないため、
からの特許の質の向上を
RAND条件の明確化を図ることが重要。
図る。
z 簡便かつ効果的な先行
技術調査ができる環境を パテントプールにおけるライセンスポリシー
パテントプールにおけるライセンスポリシー
整備するとともに、コミュ
z 各パテントプール団体における特許情報
ニティパテントレビューの
やライセンス条件等を蓄積・公開することで
ような仕組みを通じて外
実施料率の相場観を醸成し、円滑なライセ
部ソースの知見を活用す
ンス活動を促進することが重要。
ることにより、特許の質の
向上を図る。
権利濫用
権利濫用
z 個別具体的な事案毎に、原告側の事情、被告側の事
情、社会的事情等について、権利主張の正当性・悪質
性の評価分析と権利行使を認める場合・認めない場合
の利益・不利益の比較考量を行うことにより、総合的に
検討し、権利濫用の適用可能性を判断。 ※1、※2
損害賠償請算定規定の見直し
[米]法改正: Entire
Market Value 適用要件の
限定化。
[米] Seagate Tech CAFC
判決(故意侵害の立証厳格
化)
差止請求の条件の見直し
[米]eBay事件:原則自動差
止を否定し、四要素試験を
基に判断する必要があると
判示。
[米] KSR最高裁判決(進
価値評価
価値評価
歩性の判断の厳格化)
自明性の判断において、 z 知的財産のライセンスや知的財産に関する訴訟の場面などでは、知的財産の金銭評価額を決定す
る必要がある。
TSM(教示、示唆、動機)テ
ストの緩和が求められた。 z 知的財産の価値評価の考え方を明確化することによって、ライセンス料の相場観や裁判で算定さ
れる損害賠償額の予測可能性を高め、ライセンス活動の円滑化や訴訟リスクの透明化を推進する
ことが重要。
技術提案書の公知化
技術提案書の公知化
独占禁止法
独占禁止法
z 公開可能な標準作成段
階における技術提案書 z 技術の利用に係る制限行為のうち、特許法等による「権利の行使と認められる行為」については、独占禁
の公知化を促進すること
止法は適用されない。
により、標準関連技術に z 外形上、権利の行使とみられる場合であっても、知的財産制度の趣旨を逸脱し又は同制度の目的に反
関する特許の質の向上
すると認められる場合には、独占禁止法が適用される。
を図る。
z 公正取引委員会が公表している「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(H19.9)、「標準化に
(欧州のEPOQUEと呼ば
伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(H17.6)の周知を図ることが重要。
れるデータベースは、技 ¾米国においても、2007年4月に DOJとFTCが 共同でAntitrust Enforcement and Intellectual Property
術標準情報を含んでい
Rights: Promoting Innovation and Competitionを公表するなど、競争法と知財の問題についての検討がな
る。)
されている。
¾また欧州でも、欧州委員会が、OS市場の独占的な地位の乱用を理由としてEU競争法に基づいて下した
特許使用料の大幅引き下げ等を含む是正命令を、今年10月にマイクロソフトが全面的に受け入れるなど、
競争法の適用が注目を集めている。
124
125
III.イノベーション促進のためのインフラ整備
1. オープンイノベーションの進展
イノベーション環境の変化を背景とする
オープンイノベーションの進展
A. イノベーションを取り巻く環境の変化
○技術の高度化・複雑化や技術の融合を背景として、製品に関する全ての研究開発を
一企業内で行うことは、負担が大きく、かえって非効率となってしまう、あるいは、製品
を作るにあたって、従来は自社の技術と全く別分野に属すると考えられていた技術を
利用することが不可欠となるといった状況が生まれてきている。
○顧客層や顧客ニーズの多様化とともに、製品のライフサイクルも短縮化しており、こう
した市場ニーズの変化に的確に対応していくために、外部のリソースを活用することも
重要になっている。
○インターネット等のIT技術の進歩により、有益な情報に世界中の研究者等がアクセス
し共有できる環境が整ってきている。
B. クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ
○イノベーションを取り巻く環境の変化を受けて、従来の垂直統合型のイノベーション戦
略に代わり、自社の技術を他社に利用させることで利益を追求したり、他社の技術を
活用しつつ自社の研究開発や製品化を進めていくオープンイノベーションが広がりつ
つある。
○一方では、技術の種類や産業構造によっては、従来の垂直統合型のイノベーション
戦略の方が適している場合もあり、企業においては、技術の種類や競合他社の状況
等の要素を総合的に勘案し、イノベーション戦略を選択していく必要がある。
C. オープンイノベーションが知財システムに与える影響
○オープンイノベーションの下での知財は、クローズドイノベーションの下での自社技術
の模倣を防止するための役割に加え、他社にライセンスする等して利益を得ることや
他社から技術を導入し、効率的な研究開発を図ること等、知識・技術の流通の円滑化
を推進するためのインフラとして機能している。このため、知財はオープンイノベーショ
ン下での「通貨」のような役割を果たしているとの見方もある。
○オープンイノベーションの進展とともに知財の流動性が高まっており、それを担うビジ
ネスも広がりを見せている。米国においては、知財の活用・流通を支援するという従来
のビジネスモデルをさらに発展させたビジネスモデルを有する機関が現れている。
○多様な主体によるイノベーションをつなぐ標準化の重要性が高まる中で、標準化され
た技術に特許等の知財が含まれる場合その取扱が重要になっている。特に、標準化
された技術についての知財を有する者がその特許について不当に高額のライセンス
料を要求する等して、標準化が阻害される問題(ホールドアップ問題)の防止のために
も、知財の円滑な利用を促進する必要がある。
○知財ビジネスが拡大する一方で、標準化におけるアウトサイダー問題や米国を中心と
したパテントトロール問題がイノベーションを阻害する要因になっているとして、その対
応が求められている。
126
イノベーション環境の変化を背景とする
オープンイノベーションの進展
<イノベーション環境の変化>
技術の高度化・複雑化と製品のライフサ
イクルの短縮化
ITの進歩と世界的な知識共有
ITの進歩等によって、技術に関する知識に世
界中の技術者が容易にアクセスし共有できる環
境が整ってきている。それに伴い、多様な主体
により地理的にも広がりを持って研究開発が行
われるようになり、有用な知識・情報等が世界中
に豊富に存在する状況が生じつつある。
近年、技術の高度化・複雑化に伴い、産業構
造が水平分業型へと変化し、製品のモジュール
化等が進んでいる分野もある。
また、顧客ニーズの多様化が進み、製品のライ
フサイクルが短縮化傾向にある。
こうしたイノベーション活動を取り巻く環境の変化を背景として、従来からの垂直統合型のイノベーション形態に代
わり、自己の技術を外部の者に利用させることで利益を得たり、外部の技術力を活用しつつ迅速に研究開発や製
品化を進めていくオープンイノベーションが広がりつつある。
<オープンイノベーションの進展>
○オープンイノベーションにおいては、外部の優れた技術を積極的に導入して自社の研究開発を効率的に推進
したり、自社内に眠っている技術を外部のプレーヤーにライセンスする等して利益を得る等、外部のプレー
ヤーとの知識・技術の流通をいかに円滑に行うかが重要なファクターとなる。
○企業においては、それぞれが直面する市場・競争環境や技術の種類に応じて、クローズ型やオープン型のそ
れぞれの特長を活かした最適な研究開発体制の選択が重要。
○海外企業は、クローズ型とオープン型それぞれの強みを活かした事業活動を世界的に行っている。
海外のオープンイノベーションの事例
(1) 自社のR&D体制をオープンにしている企業
IBMはオープンイノベーションを明確な方針として打ち出しており、社内と社外の両方のソースを自社の研究開発機能と捉えて、社
外の技術を活用した研究開発を進めている。特に、オープンソースの開発に力を入れており、オープンソースの開発を支援するため
に、500件におよぶ特許をオープンソースコミニュティに提供する決定を行うなど、オープンソースソフトウェアの開発を支援している。
(2) R&Dの観点から他社の買収・投資を積極的に行っている企業
インテルは外部のリソースを積極的に活用することで技術力強化を図っている。特に、大学との研究協力に力を入れており、インテ
ル研究委員会(Intel Research Council)という組織を設け、インテルの戦略的技術分野に寄与すると判断した大学プロジェクトに対して
研究開発への金銭的支援を行っている。また、社内ベンチャーキャピタル(インテルキャピタル)を立ち上げ、ベンチャー企業の成果を
インテルの戦略に取り入れることを容易にしている。
(3) 他社の研究開発や知財取得等のプロデュース機能に特化するファンド
インテレクチュアル・ベンチャーズは、先端分野における技術者とノーベル賞級の科学者が、特定の技術的課題について議論し、そ
の技術の将来の方向性を見定める。この会議には特許弁護士も同席しており、議論の結果を踏まえて知財戦略を立案している。
日本経済団体連合会から研究会へのコメント
イノベーションを推進し、経済や社会の課題を解決していくには、さまざまな関係者が連携するオープンイノベーションも重要な選
択肢である。一方、知的財産権制度は、権利を独占することを中心に組み立てられているが、個々の権利の主張を強めた場合には、
イノベーションが効果的に機能しない恐れもある。
<知的財産権の役割の変化>
オープンイノベーションの下での知的財産権は、知識・技術の
流動化を促進するためのいわば「通貨」のような役割を果たす
との見方もあるなど、クローズドイノベーションの下での技術を
独占的に利用する手段としての役割に加え、知識・技術の流通
を円滑化するためのインフラとしての役割が求められる。
Microsoft社から研究会へのコメント
オープンイノベーションは今後重要な役割を果た
す。オープンイノベーションの促進においては、知財
を強く保護することが必要不可欠。特に、特許は
オープンイノベーションの通貨として機能する。
<オープンイノベーションのエコシステムを支える知財システムの構築>
オープンイノベーション環境に対応したイノベーション促進のための知財システムの構築という観点から、
¾ 知財ビジネスの活発化を促す環境整備、
¾ 標準技術に関する知財のライセンスの円滑化を促す環境整備、
¾ 論文情報と特許情報をシームレスに検索できる技術情報検索環境整備、
等を推進していくことも必要である。
127
向にある等、製品市場をとりまく環境も大きく変化
(a) 伝統的な垂直統合型のイノベーション形態
してきている。
従来、研究開発型の企業の多くは、社内に大き
な研究所を設立し、優秀な研究開発人材を集め
企業が、こうした市場ニーズの変化に的確に対
ることで、優れた新技術の創造からその製品化ま
応していくためには、外部のリソースを効果的に
での全てを自社内で行うという極めて効率性の高
活用するなどして、製品をマーケットに出すまでの
い垂直統合型のイノベーションサイクルを構築し、
スピードを速めることも重要となってきている。
それによって競争力を高め価値を創造してきた。
(iii) 情報通信技術(IT) の進歩と世界的な情報共
有
(b) イノベーション環境の変化
しかし、近年、技術の高度化・複雑化や経済の
さらに、インターネット等の情報技術(IT) の進
グローバル化の進展等を背景に、イノベーション
歩により、かつては大企業内の研究所にのみ独
活動を取り巻く環境が急速に変化してきている。
占されていたようなテクノロジーに関する知識が
世の中に広がり、そうした知識に世界中の技術
者が容易にアクセスし共有できる環境が整ってき
(i) 技術の高度化・複雑化と技術融合の進展
近年、技術の高度化・複雑化や技術の融合が
ている。そして、多様な主体により地理的にも広
進みつつある。このような変化を背景に、製品に
がりをもって研究開発が行われるようになり、大企
関する全ての研究開発を一企業内で行うと、あま
業の外部にも有用な知識・情報等が豊富に存在
りに負担が大きく、かえって非効率となってしまう、
する状況が生じつつある。換言すれば、ITの進
あるいは、製品を作るにあたって、従来は自社の
歩が、様々な主体の関与の下にイノベーションが
技術と全く別分野に属すると考えられていた技術
生みだされる環境を支える基盤となっている。こう
を利用することが不可欠となるといった状況が生じ
した中、企業等においては、外部において生ま
ている技術分野もある。
れる知識・技術等を有効に取り込めるようなネット
ワークや社内体制の構築が課題となっている。
こうした製品に関する全ての技術を自社内で開
発することが困難な分野を中心に、産業構造が水
平分業型へと変化し、また、技術や製品のモジュ
(c) クローズドイノベーションからオープンイノベ
ール化等が進んでいる。
ーションへ
企業等が高度な新技術を迅速に生み出して自
このようなイノベーションを取り巻く環境の変化
社の競争力を強化していくためには、自社の力に
を受けて、従来の垂直統合型のイノベーション形
頼るだけでなく、外部の知識・技術等、様々なリソ
態に代わり、自己の技術を外部の者に利用させる
ースを適切に組み合わせることにより、研究開発
ことで利益を追求したり、外部の技術力を活用し
の効率性を向上させることも重要になってきてい
つつ研究開発や製品化を進めていくオープンイノ
る。
ベーションが広がりつつある。参考III-1
例えば、IBMは、技術の複雑化によって研究開
(ii) 製品サイクルの短縮
発の在り方が変わってきており、今後は、自社内
また、顧客層の多様化や顧客ニーズの多様化
のみで研究開発を進めるのではなく、有用な知識
が進んでおり、製品のライフサイクルが短縮化傾
を有する外部機関との連携をさらに深めつつ研究
128
開 発 を 進 め て い く べ き で あ る と し
て、 collaboratories と呼ばれる共同研究開発プ
ロジェクトの構想を発表(2008年2月)した。
このように、大企業の中にも、オープンイノベー
ション型の戦略を採用する企業が現れてきており、
イノベーションを推進するための手段として、オー
プンイノベーションも重要な選択肢となってきてい
オープンの流れを広めていく
これまでは知的財産権の強化のみがプ
ロパテント政策だとされていたが、現在はプロパ
テントの中身を吟味する時代となった。特に現在
のイノベーション構造においては、オープンにす
るということが重要である。コモンズもその大きな
流れのひとつ。費用と時間を節約するためにもオ
ープンは必要。オープンの流れを広めていくべ
き。
(委員意見)
る。
ロードマップを軸にして技術を認識し合う
海外の大学・研究機関と共同研究を増
やすことも想定しており、その対応を考えている。
そのためにも例えば、ロードマップを軸にして早
期に技術を認識し合うことが共通のキーとして考
えている。
(委員意見)
研究自体の性質が変化している。
素晴らしいアイデアはあらゆる場所で生ま
れている。大企業内での研究開発から協同の外
部プログラムをより多く持つことにシフトする必要
がある。(John E. Kelly III(IBM R&D director))
( 出 典 ) Big Blue Goes for the Big Win
Business Week, Feb, 28, 2008
オープンイノベーションは重要な選択肢
イノベーションを推進し、経済や社会の
課題を解決していくには、さまざまな関係者が連
携するオープンイノベーションも重要な選択肢で
ある。
一方、知的財産権制度は、権利を独占すること
を中心に組み立てられているが、個々の権利の
主張を強めた場合には、イノベーションが効果的
に機能しない恐れもある。
最近では、パテント・コモンズのような動きも生ま
れてきている中、広くライセンスを行う意志をもっ
ている者が連携し、イノベーションの成果を普及
させるための仕組みづくりに向けた検討を行うこ
とが、オープンイノベーションを促進する上でも
必要である。
(日本経済団体連合会)
1
もちろん、技術の種類や市場の状況等によって
は、従来の垂直統合型のイノベーション戦略のほ
うが適している場合もあり、また我が国企業が垂直
統合型のモデルによる効率的な技術開発を強み
としてきたことも事実である。しかし、他方で、上記
のようにオープンイノベーションが広がりつつある
のも事実である。
今後、企業等がイノベーションを促進して競争
力を更に高めていくためには、技術内容、自社の
状況、競合他社の状況、市場の状況等の様々な
要素を総合的に勘案したうえで、垂直統合型の戦
略をとるか、オープンイノベーション戦略をとるか、
それとも両者を融合した戦略をとるか等を、的確
に選択していくことが重要であろう。
129
参考III-1
オープンイノベーションの海外の事例
(1) 自社のR&D体制をオープンにしている企業
デュポン社の例
デュポンでは、社内における研究
開発を利用して製品開発を実施する
という従来の方法を改め、自社以外
の研究ソースからアイデアを取り入れ、
さらに社内研究開発チームが生み出
すアイデアを外部に提供していくこと
で、製品作りと収入源の拡大につな
げることを目標としている。
P&G社の例
P&Gは、社外リソースの力を商品開発に生かす「コネクト アンド デベロップメント」と呼ばれる戦略を推進しており、社外技術から
生まれた製品の割合を、50%以上にまで高めることを目指している。
社外から広くイノベーションのヒントを集める手段として、様々な科学技術分野に通じた約8万人の専門家と企業ニーズをマッチン
グする、仲介会社イノセンティブやナインシグマ等のサービスを利用している。
IBM社の例
IBMはオープンイノベーションを明確な方針として打ち出しており、社内と社外の両方のソースを自社の研究開発機能と捉えて、
社外の技術を活用した研究開発を進めている。
特に、オープンソースの開発に力を入れており、オープンソースの開発を支援するために、500件におよぶ特許をオープンソース
コミニュティに提供する決定を行うなど、オープンソースソフトウェアの開発を支援している。
これらにより、エンタープライズ・コンピューティング市場における重要なコントロール・ポイントを獲得するとともに、IBMの製品や
サービスとうまく適合できる安価な代替案を提供による、IBM製品の拡大を図っている。
(2) R&Dの観点から他社の買収・投資を積極的に行っている企業
インテル社の例
インテルは社内の研究開発部門をごく小規模にとどめ、他企業、大学、ベンチャー企業といった外部のリソースを積極的に活用す
ることで技術力強化を図っている。特に、大学との研究協力に力を入れており、インテル研究委員会(Intel Research Council)という
組織を設け、インテルの戦略的技術分野に寄与すると判断した大学プロジェクトに対して研究開発への金銭的支援を行っており、現
在世界各国で約250件のプロジェクトが実施中。 また、社内ベンチャーキャピタル(インテルキャピタル)を立ち上げ、周辺のベン
チャー企業とのネットワークを作ることで、ベンチャー企業の成果をインテルの戦略に取り入れることを容易にしている。
これらにより、インテルはコアとなる製品であるマイクロプロセッサに注力し、後はそれに関連する製品を提供するベンチャー企業等
に投資することで、プラットフォーム・テクノロジーにおいて有利な地位を築き、そのバリユーチェーンの拡大を図っている。
インテルキャピタル
○ビデオ、オーディオ、映像機器メーカなどに投資することにより、インテル製品を利用した製品の開発を促進し、インテル製品
の需要を拡大を図る。
○将来の戦略的に興味のある分野にのみ投資することで、投資先から将来の技術に関する知識を吸収する。そのため、投資に
あたり多くのエンジニアやマーケティング担当者を動員してデューディリジェンスを行う。
○外部のベンチャーキャピタルと協力して投資をすることにより、投資リスクを軽減するとともに、投資先企業の管理は外部ベン
チャーキャピタルに委ね、インテルは投資先企業の技術や製品がインテルの戦略と合っているか指導する。
○1991年以来、40ヵ国以上、約1000社に60億ドル以上を投資。2005年だけでも、約 110件の投資を行い 1億 3,000万ドル以上
を投資し、そのうちの約 40% は米国以外で実施している。
(3) 他社の研究開発や知財取得等のプロデュース機能に特化するファンド
インテレクチュアル・ベンチャーズ社の例
先端分野における技術者とノーベル賞級の科学者が、特定の技術的課題について議論し、その技術の将来の方向性を見定める。こ
の会議には特許弁護士も同席しており、議論の結果を踏まえて知財戦略を立案している。
(出典)
JETRO NY知的財産部委託調査:米国企業の新・知財戦略∼『オープンイノベーション時代』における知財管理∼(ワシントンコア2006年12月作成)
Henry W. Chesbrough 大前恵一朗訳 『OPEN INNOVATION ハーバード流 イノベーション戦略のすべて』 産業能率大学出版部 2004
Henry W. Chesbrough 栗原潔訳 『オープンビジネスモデル』 翔泳社 2007
平野 正雄、本田 桂子 「ニュー・エコノミー時代の競争戦略」 Diamond Harvard Business Review 2001
インテル社HP http://www.intel.co.jp/
130
(d) オープンイノベーションが知財システムに与え
のインフラとしての役割が求められる。オープンイ
る影響
ノベーションの下では、知的財産権は知識・技術
の流動化を促進するための、いわば「通貨」のよう
こうしたオープンイノベーションの広がりは、知
な役割を果たすとの見方もある。
的財産権自体の役割の変化、新たな知財ビジネ
スの出現、標準化における知財の取扱に関する
特許はオープンイノベーションの通貨とし
て機能する
オープンイノベーションは今後重要な役割を果
たす。オープンイノベーションの促進において
は、知財を強く保護することが必要不可欠。特
に、特許はオープンイノベーションの通貨として
機能する。
(Microsoft)
1
独占禁止法上の問題、パテントトロール問題等、
知財システム自体に、更には、知財システムとそ
れを取り巻く周囲のシステムとの関係にも、様々な
影響を与えつつある。
(i) 知的財産権の役割の変化∼知識・技術の流
動化の手段としての知財∼
知的財産関連の取引をより柔軟に保護
し得る新たな制度枠組みの検討
オープンイノベーションの動きは、技術の高度
化複雑化に伴い、グローバル・レベルでの水平
分業化の流れへと進み、個別事業の分離・統合
による企業間での事業再編が頻繁に生じてお
り、これに付随した知的財産権およびライセンス
の譲渡等の取引機会も著しく増加しています。法
が当初想定した水準をはるかに超える規模の知
的財産権に係わる取引が繰り返される現在の状
況においては、知的財産関連の取引をより柔軟
に保護し得る新たな制度枠組みの検討が求めら
れているものと考えます。
(IBM)
1
従来のクローズドイノベーションの下では、知的
財産権は主として、自己の技術を競争相手が模
倣することを防止し、当該技術を独占的に利用で
きるようにするための手段として用いられることが
多かった。したがって、多くの権利は、企業が自
社内で保持するのみで、その流動性は高くなかっ
た。また、例えライセンス活動を行うとしても、自社
の事業の妨げになる権利についてクロスライセン
ス契約を結ぶなど、自社の事業を守ることに主眼
をおいた戦略が中心となっていた。
知財がオープンイノベーションの通貨として機能
するという考え方を支持
2 知的財産権を適格に言い当てたものと言
えるが、そのためには、知的財産権が安
定性を具えたものであること、さらには、知的財産
権の価値評価を行い易いものとする環境の整備
が必要である。
(日本弁理士会)
しかし、オープンイノベーション型のビジネスモ
デルが広がりを見せる中、企業経営において知
的財産権が担う役割も変化してきている。
オープンイノベーション型のビジネスモデルにお
いては、外部の優れた技術を積極的に導入して
自社のイノベーションを効率的に推進したり、自社
知財と特許がオープンイノベーションの通
貨としての役割を果たすという日本特許庁
に認められた考え方を支持。従来、イノベーショ
ンは、個別の発明や製品化に大きく依存してい
た。しかし、最近、技術、発明および発明者の交
流が新たに重要視され始めたことがきっかけとな
って、世界にイノベーション・ブームが起きてい
る。異技術間および地理的境界を超えた物理的
および知識の交流が促進されれば、新技術の研
究、開発、商業化という面で大きな前進に通じて
いくはず。
(Intellectual Ventures Asia)
2
内に眠っている技術を社外のプレーヤーにライセ
ンスする等して利益を得る等、外部のプレーヤー
との知識・技術の流通をいかに円滑に行うかが重
要なファクターとなる。そのため、知的財産権には、
クローズドイノベーションの下での自己の技術を
競争相手が模倣することを防止し、当該技術を独
占的に利用できるようにする手段としての役割に
加え、知識・技術の流通の円滑化を推進するため
131
(ii) オープンイノベーションのエコシステムを支え
トを与えることが出来ると考える。(Donald Merino
(Intellectual
Ventures
General
Manager,
Acquisition))
(出典)(独)工業所有権情報・研修館 「米国の
技術移転市場に関する調査研究報告書」 2007
る新たな知財ビジネスの拡大
上記のように、オープンイノベーションの動きが
大企業においても広がりを見せ、また、知的財産
権の役割が変化するのに伴い、知的財産の活用
今後は、従来型の知財ビジネスの担い手だけ
や流通を支えるインフラとしての知的財産ビジネ
でなく、研究開発から事業化までのシナリオを「知
スの重要性が高まっている。そして、その重要性
財の視点」から総合的にプロデュースする機能を
が高まるにつれ、知的財産担保投融資、知的財
備え、そして金融と結びついた新たな知財ビジネ
産信託等の従来からの知的財産に関するビジネ
スの拡大も予想される(第III部 2. (1) 参照)。
スが広がりを見せている。
また、オープンイノベーションの広がりの中で、
(iii) 標準化と知財の問題
米国を中心に、従来の知財ビジネスをさらに発展
オープンイノベーションの進展に伴って、多様
させたビジネスモデルも現れつつある。例えば、
な主体によるイノベーションをつなぐ標準化の重
一定の技術分野において研究開発の方向性から
要性がますます高まっている。ここでの標準化と
その成果の事業化に至るまでのシナリオを描き、
は、デジュール標準だけでなく、デファクト標準や
そのシナリオに合致する研究開発に投資する代
コンソーシアムによる標準も含み、オープンイノベ
わりに、その研究成果である知財を取得して、価
ーションの下では、むしろ後者のデファクト標準や
値の高い特許ポートフォリオを戦略的に構築する
コンソーシアムによる標準化が広がりつつある。
新たな知財ビジネスが現れている。参考III-2
そして、標準化された技術に特許等の知的財
産権が含まれる場合に、それらの知的財産権の
昔、ソフトウェアはハードの付属物に過
ぎなかったが、それが今では一大産業だ。
今後は、発明もそれ自体がビジネスの対象にな
っ て い く と 信 じ て い る 。 (Nathan Myhrvold
(Intellectual Ventures CEO))
(出典)Testimony of Nathan Myhrvold, Patent
Quality and Improvement
before the
Subcommittee on the Courts, the Internet and
Intellectual Property, Committee on the
Judiciary, House of Representatives, Congress of
the United States, April 28, 2005
利用の円滑化をどのように確保するべきかという
問題が注目されてきている。すなわち、標準化さ
れた技術について特許権を有する者がその特許
について不当に高額のライセンス料を要求する等
して、標準化が阻害されるといった事態(例えばホ
ールドアップ問題)が生じることをどのように防止す
るべきかという問題である(第III部 2.(3) 参照)。
こうした問題に関する主な検討課題としては、
以下のような点があげられる。
Intellectual Ventures は独自の発明の
創造とともに、購入やライセンスにより外部
の発明成果も積極的に導入している。独自の活
動から生み出される発明成果や知財と、外部か
ら導入される知財をもとに、より幅広いポートフォ
リオを形成することで、ライセンス対象企業はひと
つの企業から多くの技術、知財を導入することが
可能となり、また、発明者は自身の発明成果が幅
広いポートフォリオに組み込まれることで、ライセ
ンス等の商業的成功を得る可能性が高くなる。ラ
イセンス対象企業、発明者の双方に対してメリッ
・ 標準化団体において標準化活動を行う際の
知財取扱ルール(パテントポリシー)の内容の
明確化や透明性の確保
・ 標準に係る特許権のライセンス活動の円滑
化を促進する仕組み(パテントプール等)作り
に資する環境の整備
132
特に、上記のように標準化の重要性の高まりを
(iv) 独占禁止法と知財の問題
また、オープンイノベーションが広がり、技術の
うけて、今後は、標準技術に係る特許のライセンス
流通とそれに伴う知財取引が活発になってきたこ
条件決定プロセスや、ライセンス態様等について
と等を背景として、知財に関する独占禁止法上の
の独占禁止法適用の考え方のより一層の明確化
問題も重要性を増している(第III部 2. (3) 参照)。
が求められている。
参考III-2
インテレクチュアル・ベンチャーズ(Intellectual Ventures LLC)
企業概要
Nathan Myhrvold社長
„ 2000年設立。米国ワシントン州に所在。
„ 従業員数:約200人
„ 23歳でプリンストン大、数理物理学博士号を取得。英国ケン
ブリッジ大でスティーブン・ホーキング博士の助手。
„ 米国に戻り、シリコンバレーでソフトウェア会社を設立。
„ マイクロソフト社に会社を売却し、14年間にわたって技術を
担当。CTOにも就任。
„ 2000年、マイクロソフト社を退社し、IV社を設立。
資金規模
„ 最大20億ドル(約2,000億円)
(1)アメリカ国内向けファンド:Patent Defense Fund
資金規模は最大10億ドル(約1,000億円)。2005年時点で3億ドル(約300億円)を調達。
大手出資者には、マイクロソフト、インテル、アップル、グーグル、ノキア、ソニーなどが含まれていると報道されている。
(2)アジア向けファンド:Invention Development Fund I
最大10億ドル(約1,000億円)。2007年8月時点で3億5,500万ドル(約355億円)を調達(米国SEC届出ベース)。
出資者には、ノートルダム大、ペンシルバニア大、ウィリアム&フローラ・ヒューレット財団が含まれていると報道されている。
投資対象
„
„
„
„
数千件にのぼる特許権を、他者から購入して保有。IV社が独自に取得した特許は26件。
これまで投資してきた技術分野は、デジタル画像、医療機器、固体物理(材料)が多い。
関係者によれば、2006年だけで数億ドル(数百億円)のライセンス料収入を得ているとのこと。
通常のファンドが10年で投資を回収するのに対し、IV社は25∼30年の回収を想定している。
対アジア戦略
„ アジアの拠点:中国、インド、日本、韓国、シンガポール。
ミアヴォルド社長「アジアの大学は技術力が高く、また、特許ライセンスのためのインフラがあまり整っていないため、当社
の貢献できる余地は大きい。」
„ アジアにおいて戦略的に投資する技術分野は、ITに加え、バイオ、材料、エネルギー、環境技術。特に日本では材料
分野に強みがあると認識。
ビジョン・戦略
„ 特許権のポートフォリオを組成する際には、デリバティブなど既存の金融技術を応用してリスクヘッジに努めている。
IV社幹部「日本の企業は、資本政策(capital structure)においては、金融技術を駆使してリスクをヘッジしている。その
ためには多額の手数料を支払うことも厭わない。R&D政策にも、ポートフォリオの観点やリスク管理を導入してもよいので
はないか。」
„ 今後は、特許になる前段階のアイデアの段階から関与したい、との戦略。これにより、新規ビジネスなどの市
場をにらんで、ライセンスしやすい戦略的な特許出願ができるため。
„ また、IV社は独自の「技術ロードマップ」を作成することで、大学の研究者などとロードマップを共有し、長
期的な協力関係を作り上げようとしている。
„ 発明のアイデアを産み出すために、「インベンションセッション」と呼ばれるブレインストーミングを実施し
ている。数名の先端分野の研究者や異なる分野の研究者も参加することで、技術の将来の方向性や異なる技術
領域の中間領域について議論する。このセッションには特許弁護士も同席しており、提起されたアイデアを先
行技術と対比しつつ、特許出願や商品化の可能性について検討している。
„ 技術の高度化・複雑化、オープンイノベーションの進展に応じて、知的財産が流通する市場を目指す。
IV社幹部「「技術の生産者」である大学やベンチャー企業と、「技術の消費者」である大企業との間で、橋渡
しをする役割を担いたい。」
(出典)
Rebecca Buckman, “Patent Firm Lays Global Plans: Intellectual Ventures Is Seeking $2 Billion As Strategy Shifts,” Wall Street Journal, November 12, 2007
Nicholas Varchaver, “Who’s afraid of Nathan Myhrvold?: The giants of tech, that’s who. And they have a nasty name for the former Microsoft honcho: “patent troll,”” Fortune, June 26,
2006
Dan Farber, “Nathan Myhrvold: Invention capitalist,” ZD Net.com, April 19, 2006
Nathan Myhrvold, “Inventors Have Rights, Too!,” Wall Street Journal, March 30, 2006
Testimony of Nathan Myhrvold, A hearing before the Subcommittee on Intellectual Property, Committee on the Judiciary, United States Senate, “Perspectives on Patents: Post-Grant Review
Procedures and Other Litigation Reforms,” May 23, 2006
“Voracious venture,” Economist, October 20, 2005
Testimony of Nathan Myhrvold, “Patent Quality and Improvement” before the Subcommittee on the Courts, the Internet and Intellectual Property, Committee on the Judiciary, House of
Representatives, Congress of the United States, April 28, 2005
(独)工業所有権情報・研修館 「米国の技術移転市場に関する調査研究報告書」 2007
133
他方、諸外国においては、ライセンスの存在を
(e) パテントトロール問題
オープンイノベーションの広がりをうけて、上記
立証すれば、そのライセンスを登録なくして特許
のように知財ビジネスの担い手の拡大等が期待さ
権等の譲受人たる第三者に主張できる制度とな
れる一方で、標準化におけるアウトサイダー問題
っており、我が国においても、こうした制度設計に
や、パテントトロール問題が、イノベーションを阻
ついての要望も出されている。しかし、このような
害する要因になっているとして、米国を中心に注
制度については、「売買は賃貸借を破る」との考
目されてきている。
え方を基本とする法体系との整合性や、特許権
我が国においても、イノベーション促進の観点
等の譲受人の保護とのバランス等の点で、法律
から、こうしたパテントトロール問題等への対応に
専門家や実務家等の間でコンセンサスが得られ
ついて検討を行う必要が出てきている(第II部 2.
ていないのが現状である。
したがって、同制度については、今後、我が国
参照)。
の特許権等の流通やライセンスの状況、今回見
直しを行った新たな登録制度の運用状況等を勘
(f) 知財の流動性の高まりとライセンシーの保護
案して、引き続き検討が必要な課題である。
オープンイノベーションの動きが広がり、権利の
移転等、知的財産の流動性が高まる中、仮に従
前の権利者からライセンスの供与を受けて事業を
ライセンス契約の保護制度の更なる見直し
2 知的財産の活用、流通の促進において重
要となる知的財産権ライセンスの保護制度
についても、積極的な見直しが図られるべきと考
える。昨今、産業構造の変化に伴う活発な事業
再編、オープンイノベーションの拡大による知財
ビジネスの多様化が進んでおり、その結果として
知的財産の流通が加速しつつある。しかしなが
ら、かかる状況に柔軟に対応できるライセンス保
護制度の実現が期待されているにもかかわら
ず、登録を前提とする現行の保護制度のみでは
十分なライセンシーの保護を図ることは難しい。
(日本知的財産協会)
行っていた者が新権利者からそのライセンスの供
与を受けられなくなった場合には、当該事業を継
続できなくなり、企業経営が立ち行かなくなるとい
う事態に陥る恐れもある。
このため、包括的ライセンス契約に係る通常実
施権について、平成19年に産業活力再生特別措
置法の改正が行われ、新たな登録制度が導入さ
れたところであるが、オープンイノベーションの進
展を受けて、一層の発明の活用とライセンシーの
オープンイノベーションの動きは、技術の
高度化複雑化に伴い、グローバル・レベル
での水平分業化の流れへと進んでおり、個別事
業の分離・統合による企業間での事業再編が頻
繁に生じております。また、これに付随した知的
財産権およびライセンスの譲渡等の取引機会も
著しく増加しています。法が当初想定した水準を
はるかに超える規模の知的財産権に係わる取引
が繰り返される現在の状況においては、知的財
産権のラインセンサ、ラインセンシおよびサブライ
センシをより柔軟に保護し得る新たな制度枠組
みの検討が求められているものと考えます。よっ
て産業界に要望に応える形で、何らの登録無し
にライセンスが保護される制度を導入する方向に
てライセンス契約の保護制度の更なる見直しが
検討されるべきと考えます。
(IBM)
2
保護の必要性が高まっていることから、特許の出
願段階におけるライセンスを保護するための登録
制度の創設や、特許権・実用新案権に係る通常
実施権の登録事項のうち、対外的に非開示にし
たいとの要望が強い登録事項((a) ライセンシー
の氏名等、(b) 通常実施権の範囲)の開示を一定
の利害関係人に限定することなどを含む、特許法
等の一部を改正する法律案が、第169回通常国
会で成立したところである。参考III-3
134
この他にも、オープンイノベーションの広がりに
伴って、大学の知財戦略の在り方や、技術情報に
関するインフラの在り方等の様々な分野に影響が
出てきており、知財システムを巡る状況は大きく変
化している。
以下、オープンイノベーションの進展に的確に
対応した知財システムの在り方を考えるにあたっ
ての、主要な課題について検討を行う。
参考III-3
通常実施権等登録制度の見直し
○特許の出願段階におけるライセンスに係る登録制
○現行の通常実施権登録制度の見直し
度の創設 〈特許法〉
〈特許法・実用新案法〉
・特許の出願段階におけるライセンス(他者への実施
・通常実施権の登録事項のうち、対外的に非開示にし
許諾)に係る登録制度を創設。(登録により第三者対
たいとの要望が強い登録事項(①ライセンシーの氏名
抗力を具備。)
等、②通常実施権の範囲)の開示を制限。
現行の通常実施権登録制度
破産、事業譲渡等
権利の移転
特許権者
(ライセンサー)
譲受人等
差止・損害賠償請求
契約解除
通常実施権許諾契約
(ライセンス契約)
登録
通常実施権者
(ライセンシー)
135
(事前に特許庁に登録すれ
ば第三者対抗力を具備)
特許庁
2. 知的財産の活用・流通を円滑化するためのインフラ
複数の大学や企業における研究開発の架け橋となる
新たな知的財産ビジネス
A. 知的財産ビジネスの広がり
○オープンイノベーションが進展する中で、知財の役割や目的は多様化している。企業
は、従来の自社技術の模倣防止に加え、他社にライセンスして利益を得ること、他社
から技術を導入し効率的な研究開発を図ること、知財を開放することでイノベーション
を促進し製品市場の活性化を図ること等、知的財産を戦略的に活用している。
○知的財産の役割が多様化する中、知的財産の活用や流通を支えるインフラとしての
知的財産ビジネスの重要性が高まっており、知的財産の管理や活用を支援するビジ
ネスが広がりを見せている。
B. 発展が予想される新たな知的財産ビジネス
○知的財産ビジネスが拡大する中で、研究開発を支えるビジネスや研究開発の成果で
ある知的財産の流通を促進するビジネスが注目されている。
○米国においては、一定の技術分野において研究開発の方向性からその成果の事業
化に至るまでのシナリオを描き、そのシナリオに合致する研究開発に投資する代わり
に、その研究成果である知財を取得して、価値の高い特許ポートフォリオを戦略的に
構築する機能を備えた、研究開発・知財を総合的にプロデュースするビジネスが現れ
ている。
○こうしたビジネスを担う企業の中には、技術に係るシナリオを、ノーベル賞級のサイエ
ンティストをはじめとする多数のサイエンティストの参加のもとに描く企業もある。
○近年、こうした海外企業が日本に進出し、日本の大学等との連携を深めようとしている
動きもあるが、日本においてこのようなビジネスは立ち後れている状況にある。
C. 総合プロデュース型知的財産ビジネスの育成
○研究開発・知財を総合的にプロデュースするビジネスは、大学や企業とを結びつける
研究開発の架け橋として機能し、知財の流通の円滑化を促進すると考えられることか
ら、その必要性は高まっている。
○こうした機能・人材を有するビジネスは、民間の叡智を結集して事業主体を組成し、
民間ベースで資本を構成することで、競争的に運営されることが必要である。しかし、
日本において、こうしたビジネスが立ち遅れている状況を鑑み、このようなビジネスが
活発化するための環境整備やその育成等の施策について検討することが必要と考え
られる。
136
複数の大学や企業における研究開発の架け橋となる
民間ベースで運営される総合プロデュース型知財ビジネス
<概要>
オープンイノベーションへの動きが進むなか、複数の大学や企業の架け橋として、研究開発
と知財のプロデュースを行う事業の重要性が増している。
米国を中心として、もはや特許権だけをビジネスの対象とするのではなく、オープンイノベー
ション環境の下で「知財を産み出すメカニズム自体」をビジネスモデルとする、プラットフォーム
としての事業が生まれつつあり、アジアなどに進出しはじめている。
日本においても、民間ベースで、複数の大学や企業の研究開発段階まで広くカバーする、
新しい知財ビジネスを生み出すための環境整備が必要ではないか。
■米国インテレクチュアル・ベンチャーズが主催する発明会議(invention session)
先端分野における技術者とノーベル賞級の科学者が、特定の技術的課題について議論することで、そ
の技術の将来の方向性を見定める。この会議には特許弁護士も同席しており、議論の結果を踏まえて特許
出願の戦略を立案する。
そして、インテレクチュアル・ベンチャーズは、この「発明会議」を通じて、総額2,000億円の資金を用いて
米国やアジアにおける研究開発を支援し、生み出された知財を戦略的に運用している。
<総合プロデュース型知財ビジネスに必要な4つの機能>
機能1 : ブレークスルーで知財を産み出す
学際的・先進的な技術課題について、
様々な分野の研究者・技術者が一同に
会して集中的にアイデアを出し合うことで、
研究開発のブレークスルーを図る。
また、ここで同時に、将来の事業化段
階を見据えて、広くカバーするための知
的財産戦略を決定する。
機能4 : 複数のポートフォリオを保有するこ
とで、研究開発リスクを管理する
リスクが高い研究開発について、ポート
フォリオを複数保有することで、リスクを適
正に管理しつつ、積極果敢な研究開発を
行うことができる。
機能2 : 将来の研究開発ロードマップを共
有する
幅広い分野の事業者・研究者・技術者
との活発な議論を通じて、将来のロード
マップを共有することができる。
機能3 : 知財をポートフォリオ管理する
ブレークスルーにより産み出された知
的財産をまとめて管理し、戦略的なポート
フォリオを構築する。これにより知財の価
値も高まり、将来の研究開発の自由度も
高まる。
このポートフォリオは、他者から特許権
を譲り受けたり、ライセンスを受けたりする
ことで、大きくできる。
これらの機能を、ある程度まとまった資金によって総合的に管理・運用することで、知財・
研究開発を総合的にプロデュースすることができる。
<民間と政府との役割分担>
○研究開発から知財プロデュースまでを一体的
に行うには、民間の叡智を結集して事業主体
を組成し、民間ベースで資本を構成すること
で、競争的に運営されることが必要。
■民間の叡智を結集したチームの構成メンバー案
①技術に精通した者(製造業技術者、若手研究者・
ポスドク等)
②事業化ニーズなどを収集できる者(商社等)
③金融技術に精通した者(投資銀行、証券等)、
④知財戦略に精通した者(弁理士等)
○また、政府の役割として、このような事業主体が民間主導で設立され、新たなビジネスモデル
が創造されていくためにも、「イノベーション創造機構」(仮称)の創設など、人材・長期資金の
集中を促す公的な後押しが必要ではないか。
137
(1) オープンイノベーションを支えるエコシステムと知的財産ビジネス
○オープンイノベーションの環境の下で、研究開発形態も多様化。
○今後は研究開発において重要な役割を担う大学等にも対象を広げた知財インフラを構築していくことが
必要。
○また、従来型の知財ビジネスが広がりを見せるとともに、新たな知財ビジネスが現れてきた。
○こうした知的財産の活用・流通等を円滑化するための環境を整備することも重要。
○研究開発成果についての戦略的な知財ポー
(a) 研究開発コンソーシアムと知財戦略
トフォリオの構築の支援
オープンイノベーションの広がりに伴い、大学
や研究機関等における研究開発の形態も多様化
知財ポートフォリオの構築に際しては、研究
しており、複数の大学・研究機関等が「研究開発
開発のコアの部分だけでなく周辺部分も特許と
コンソーシアム」を形成して、連携して研究開発を
しておさえることが重要である。
○ライセンス戦略等、知財活用戦略の策定の支
行うケースが増えてきている。こうした形態での研
援
究開発を活性化させていくことは、今後我が国が
ライセンス戦略としては、例えば、リサーチツ
イノベーションを促進していく上で重要になってく
ール特許ポートフォリオについては、研究開発
ると考えられる。
一方、こうしたコンソーシアムが、円滑に研究開
の自由度を高めるためにも、合理的な対価で
発を行い、その研究成果をイノベーションの促進
のライセンスを行い、事業につながる可能性の
につなげていくためには、関係者間の知財に関
高い特許ポートフォリオについては、利益を上
する権利関係を明確化したり、研究成果について
げることを念頭においたライセンス戦略をとると
戦略的な知財ポートフォリオを構築する等、適切
いった使い分けも必要と考えられる。
な知財戦略を策定することが必要不可欠である。
(b) 従来型知財ビジネスの広がり
このため、例えば、複数の大学・研究機関が連
携して取り組んでいる研究開発コンソーシアムを
オープンイノベーションの動きが大企業におい
対象にして、知財プロデューサーをリーダーとす
ても広がりを見せ、またこれに伴い、知的財産権
る知財戦略構築の専門家チームを派遣すること
の性質にも変化が見られる中、知的財産権の活
により、当該コンソーシアムにおける戦略的な知
用や流通を支えるインフラとしての知財ビジネスの
財ポートフォリオの構築や知財活用戦略の策定
重要性が高まっている。そして、その重要性が高
等を支援し、さらなる研究開発の促進を図るとい
まるにつれ、知的財産担保投融資、知的財産信
った取組を検討することも重要と考えられる。
託等の従来からの知財ビジネスが広がりを見せて
なお、この派遣チームによる支援内容としては、
いる。
以下のようなものが考えられる。
(i) 知財管理支援ビジネス
○「特許マップ」や「特許出願技術動向調査」等
i) 知的財産情報提供会社
の特許情報を活用することによる、研究開発戦
特許情報を分析して各企業の知財力を評価
略策定の支援
138
し、企業等の知財戦略の構築を支援するサー
現れている。そして、こうしたビジネスを担う企業の
ビス等、特許情報を活用した多様なサービスを
中には、技術に係るシナリオを、ノーベル賞級の
提供している。
サイエンティストをはじめとする多数のサイエンテ
特許情報等を提供する情報サービスの市場
ィストの参加のもとに描く企業もあり、我が国にお
規模は、2005 年に 930 億円まで拡大しており、
ける大学等の有力な研究者も、この動きに加わり
その提供するサービスも専門性が高いものに
つつある。
移行してきている。23
このように、新たな知財ビジネスが広がりを見せ
ているが、以下に、いくつかの代表的なビジネス
モデルを紹介する。
ii) 侵害調査会社 参考 III-4
特許権者等から依頼を受けて、他社の製品
(i) パテントプール型ビジネス 参考 III-7
が依頼者の特許権を侵害していないか等を調
査するサービスを提供している。
一般にパテントプールとは、複数の権利者が、
それぞれの所有する特許等又は特許等のライセン
(ii) 知財活用支援ビジネス
スをする権限を一定の企業体や組織体に集中し、
当該企業体や組織体を通じてライセンスの一括供
i) 知的財産信託 参考 III-5
信託された知的財産を活用してライセンス料
与や使用料の一括徴収を行う仕組みである。権利
などの収益をあげるとともに、収益の一部を受
者側はパテントプールを利用することによって、他
益者に還元するサービス等を提供している。
者の権利が円滑に利用可能になるとともに、迅速
に製品の普及や市場の拡大を図ることができる。ま
た、ライセンシー側は、パテントプールに含まれる
ii) 知的財産担保投融資 参考 III-6
特許を合理的なラインセンス料で一括して利用可
知的財産権を担保として、資金調達が困難
能となる。
な企業等に対して資金を提供する手法が活用
一方、オープンイノベーションの拡大により知財
されつつある。
ビジネスの多様化が進む中、このようなパテントプ
ール型のビジネスモデルを採用して、標準関連特
(c) 新たな知財ビジネスの広がり
また、オープンイノベーション環境が広がる中
許等を一元的に管理し、それらを戦略的に一括ラ
で、米国を中心に、従来型の知財ビジネスモデル
イセンスすることで利益をあげるビジネスが注目さ
をさらに発展させた新たな知財ビジネスモデルも
れてきている。こうしたビジネスモデルに対しては
現れつつある。例えば、一定の技術分野におい
否定的な見方もあるものの、今後発展が予想され
て研究開発の方向性からその成果の事業化に至
るところである。
るまでのシナリオを描き、そのシナリオに合致する
研究開発に投資する代わりに、その研究成果で
ある知的財産権を取得して、価値の高い特許ポ
ートフォリオを戦略的に構築する知財ビジネスが
23
特許庁 「特許行政年次報告書 2007 年版」 2007
139
参考III-4
チップワークス
リバースエンジニアリング技術を駆使し、最先端半導体デバイスから複雑なエレクトロニクス・システムまであらゆ
る製品や最新技術を解析するサービスを生かし、ライバルメーカが所有する特許を侵害していないかの調査を実
施。過去には、ライセンス料を支払うよう請求された企業の製品について、同社の調査によりライセンスが及ぶ領
域が限られた範囲であることを明らかにし、要求されたライセンス料を減額することに成功した実績もある。
(出典)IPNEXT 2007.4.2「ライセンス交渉や特許訴訟に勝つための知財戦略策定に向けて」、チップワークスHP、朝日新聞2007.7.26朝刊)
参考III-5
三菱UFJ信託銀行(管理型信託)
各企業は特許権等を三菱UFJ信託銀行に信託すること
により、人材不足等による知的財産権管理における時間
的・能力的限界を克服でき、法律事務所との連携による
権利侵害時の法的対応も含めた知的財産権の十分な管
理を行うことが可能となる。
また、知的財産権のライセンス供与先の選定等にあたり
三菱UFJ 信託銀行及びそのグループ機関のネットワーク
を利用した効率的かつ有効的な運用も期待できる。
さらに副次的な(かつ、重要な)効果として、大田区産業
振興協会及び三菱UFJ信託銀行及び提携法律事務所が
企業の知的財産権管理の専門的バックアップを行ってい
ることが外部へアナウンスされることで、他企業からの権
利侵害に対する抑止力を生む効果も期待できる。
(財)大田区産業振興協会
外部企業
ライセンシー
実施権付与
窓口・パイプ的役割
権利侵害対応
実施料
信託
三菱UFJ
信託銀行
大田区内企業
提携
提携法律事務所
受益権・
実施権
(出典)近畿経済産業局 「近畿地域における中小・ベンチャー企業の知的財産権戦略基礎調査」 2005
参考III-6
パテント・ファイナンス・コンサルティング
中小・ベンチャー企業に直接投資する形ではなく、投資対象企業の保
有する知的財産権及び技術開発事業を切り出した形態で投融資する「プ
ロジェクト・ファイナンス」の方式を採用している。
<具体例>ロボキャッチャー開発事業
メカトラックス社の開発した「ロボキャッチャー」の事業化を行う特定目的
会社(SPC)を設立。九州技術開発1号投資事業有限責任組合(九州技術
開発ファンド)は特許権・商標権等の知的財産権及び開発権・販売権に
対して、知財証券化のスキームにより、総額1億円の投資。メカトラックス社
と九州技術開発ファンドは、SPCの事業収益の分配を受け取る。
「上場どころか売り上げも立っていない段階で、既存のベンチャーキャピタ
ルを使うことはできなかった。資産もないので銀行の融資も難しい。その中
で唯一価値のある技術を評価してもらえるのはありがたかったし、資金調
達の選択肢は他になかった。」
(出典)日経ビジネス2007.10.22「カネになる知財」、株式会社パテント・ファイナンス・コンサルティングHP
参考III-7
シズベル
製品の製造に必要な関連特許をまとめて一括供与し、使用料も一括徴収する「パテントプール」の運営・管理
を行っている。必要な特許を厳選してまとめることで、ライセンス対象企業は各特許権者との個別の交渉をおこ
なう必要がなくなり、また、特許の提供企業はシズベルが定めた適当なライセンス料を確実に得ることができる。
1000件以上の特許が関係している製品も珍しくない中、特許権を所有する者が複数化し、複数ヶ国にまたがる
ことも多く、個別に契約を結んでいくことが困難になっていること等から、シズベルの創設者であるRobert Dini氏
は「従来、日本では特許について個々のメーカー同士がそれぞれクロスライセンスを結ぶ場合が多かったが、今
後はパテントプールの考え方が主流になる。」と強調する。
権利者
フィリップス
フランス
テレコム
・・・200件の特許
管理を委託
シ ズ ベ ル
ライセンス一括供与
アップル
ライセンス料
マイクロソフト
ノキア
東芝
・・・800社が製品化
利用者
お金の流れ
権利の流れ
(出典)日経BP Tech-On2007.3.16記事、日経ビジネス2007.4.9「強面で戦う「知財の番人」、2007.10.22「カネになる知財」)
140
(ii) 総合プロデュース型知財ビジネス
参考 III-2,8
産業構造の改革が必要
知財ビジネスも重要だが、それに限らず
産業構造の改革をしないとイノベーション創出に
繋がっていかない。知財ビジネスが事業化まで
見据えた技術ロードマップを共有するためのイン
フラにもなるというのはその通りだが、それから先
のビジネスに繋げていくためには、具体的にそれ
がどのような製品・サービスになって、どのような
市場に出て行くか、どのようなビジネスモデルで
事業を行うかを見据えないと資金もつかない。
(委員意見)
近年、米国を中心に、知財の活用・流通を支
援するという従来型の知財ビジネスモデルをさら
に発展させたビジネスモデルが現れている。例え
ば、研究開発の方向性からその成果の事業化に
至るまでの優れたシナリオを描き、そのシナリオ
に合致する研究開発や特許権に戦略的に投資
することで、価値の高い特許ポートフォリオを構
築する機能を備えたファンド等が現れている。
中小企業と大企業との架け橋
知的財産の創造とライセンスを主な業務
とするビジネスがあるが、流動性の高い知的財産
市場の設立を促すようなビジネスの創出も重要
である。このようなビジネスは大学と企業間ばかり
でなく、小企業と大企業間の架け橋となる。
(Microsoft)
2
こうした企業の中には、技術に係るシナリオを、
ノーベル賞級のサイエンティストをはじめとする多
数のサイエンティストの参加のもとに描く企業もあ
り、我が国における大学の有力な研究者等も、こ
の動きに加わりつつある。
オープンイノベーションが進展していく中で、こ
のような研究開発から事業化までのシナリオを
「知財の視点」から総合的にプロデュースするビ
ジネスは、大学等の研究機関と市場を結びつけ
るインフラの一つとして、イノベーションの促進の
ために重要な役割を果たすものと考えられる。
参考III-8
Utek社
Utek社は、特別に創設されたベンチャー企業を通して、大
学のプロジェクトを選ばれた企業でさらに開発させるための
技術移転ビジネスの立案・実施を行っている。
学界の研究者と広範囲な連絡網を構築することで、米国
のさまざまな大学で開発されている有望技術について、常
に最新情報を入手している。広範囲なアカデミックなネット
ワークと並行に、技術の注入から恩恵を受けるさまざまな中
小企業も開拓している。
そのような企業と協力し、その主要な技術能力を確認し、
その技術水準に見合った研究プロジェクトを大学で探し、そ
のような企業に製品化を行わせる。
Utek社が管理する技術取得会社は、キャッシュを大学に
支払い、研究に係わるIPの権利を受け取り、次いでその権
利を技術系企業に移転し、それと引き換えに株式を受け取
る。技術系企業は当該技術を自社の業務に応用するという
点で営業的なリスクを負い、また、技術に対する継続的な
ニーズを喚起することも求められる。
Utek社
Utek社が創設した
技術取得企業
IP
キャッシュ
株式
IP
ロイヤルティ
大学
技術系の公開会社
研究
(出典)Henry Chesbrough 平成17年度 (独)工業所有権情報・研修館請負調査 「知的財産のための流通市場に関するレポート」(日米の企業を
対象として) 2006
141
i) 総合プロデュース型知財ビジネスの機能
ii) 研究開発・知財の総合プロデュースのため
・ ブレークスルーで知的財産権を産み出す
に必要な人材像
先進的な技術課題について、様々な分野
こうした機能を担うためには、例えば以下のよ
の研究者・技術者が一同に会する場を設け、
うな専門家を結集する必要があると考えられる。
集中的にアイデアを出し合ってもらうことで、
・ 技術に精通した者(製造業技術者、若手研究
研究開発のブレークスルーを図る。また、研
者・ポスドク等)
究開発の段階から将来の事業化を見据えて、
・ 事業化ニーズなどを収集できる者(商社等)
それを広くカバーする知財戦略を策定する。
・金融技術に精通した者(投資銀行、証券等)
・ 知的財産権のポートフォリオ管理
・ 知財戦略に精通した者(弁理士等)
等
ブレークスルーにより産み出された知的財
産権について戦略的な特許ポートフォリオを
研究成果を活用するためには、これを事
業化に繋げる者が必要
これは中小企業の知財をどのように活用する
か、と同じ問題であって、日本の場合は技術的
知見をもった商社が中小企業のノウハウ・権利を
活用するためのつなぎをしている。彼らのような
役割をする者が大学に目を配れば活用・知財の
掘り起こしにつながるかもしれない。
(委員意見)
構築する。これにより知財の価値も高まり、将
来の研究開発の自由度も高まる。
・ 研究開発のリスク管理
複数のポートフォリオを保有することで、研
究開発に伴うリスクを適正に管理しつつ、積
極果敢な研究開発を行うことができる。
・ 将来の研究開発ロードマップを共有
iii) 総合プロデュース型知財ビジネスの支援
上記のような取組を通じて、研究開発から
こうした機能・人材を有する機関は、民間の
事業化までのシナリオを知財の視点から構
叡智を結集して組成し、民間ベースで資本を
築し、そのシナリオを幅広い分野の事業者・
構成することで、競争的に運営されることが必
研究者・技術者との間で共有する。
要である。
しかし、我が国においては、このような今後の
研究開発・知財プロデュース事業におい
ては、「金融」がキーワード
金融が産業と結びついて全面に出た場合、そ
の産業はガラッと変化する。
イノベーションの 3 つのキーワードはリスクと時
間差と複雑な活動のコーディネーションであろ
う。これは金融の得意な分野であり、リスクを管理
して資金を獲得して、まとめあげて活動することを
容易にする。今後 5∼10 年先の活動に対して
は、金融という要素を含めて考えることも必要。
(委員意見)
オープンイノベーションのエコシステムを中心
になって支える可能性のあるビジネスが立ち遅
れている状況にある。
そこで、こうした民間の叡智を結集し、研究
開発から事業化までのシナリオを「知財の視
点」から総合的にプロデュースできる機能を有
するビジネスの育成を支援するためにも、「イノ
ベーション創造機構」(仮称)の創設など、人
材・長期資金の集中を促す公的な後押しが必
要ではないか。
142
の過程で創造される知財を蓄積し、管理する資
源やノウハウを持たない機関や事業体)に対して
資本を集め、知財管理能力を提供する新規の知
財プロデュース型ビジネスを発展させ、育ててい
ける。資本が集まり、研究開発によって創造され
る知財をうまく管理していければ、それを機に、
追加の研究開発やイノベーションをさらに促進、
創造していくことが可能になる。
(Intellectual Ventures Asia)
国策レベルでの対応が必要
金融と知財の仕組みと投資から収益まで
のタイムラグがわかる人材投入と長期的な投資が
可能なファンド規模を実現するには、国策レベル
での大規模な対応が必要である。
(委員意見)
知財と経営を一体に
大企業になればなるほど、知財と経営と
を一体として考えており、①知財となる技術、②
知財・技術をビジネス(経営)に如何に繋げるか、
③市場環境の変化が著しい中、如何に将来を見
据えるか(予見洞察力)の三つの軸が重要。これ
には、技術のロードマップの作成、ビジネスモデ
ルの構築、知財の保護の三位一体が重要。
(委員意見)
金融と産業の溝が大きい
銀行を主流とする現在の市場では、担
保とキャッシュフローを元にした融資を行ってい
る。一方、キャッシュフローの要求は、イノベーシ
ョンの創出の観点には馴染まない。本質的にイノ
ベーションや事業や技術をしっかりと評価し資金
を付けられるようにする必要がある。
(委員意見)
アウトサイダーになるおそれ
研究開発・知財をプロデュースする企業
は、特許と商品が密接にかかわる分野において
は、その開発自体がクリエイティブな活動であり、
産業の発展にも資するだろう。しかし、組み合わ
せ型のような一つの技術に多数の特許が絡む分
野においては、標準化活動におけるアウトサイダ
ーになるおそれがあるのではないか。
(委員意見)
健全且つ公平な知財の活用・流通の促
進が重要
国際産業競争力強化に繋がる有用な知的財
産の活用、流通の促進は、今後とも、官民共に
力を入れるべきであると考えるが、パテントトロー
ルなどの参入は逆の効果をもたらすことになり兼
ねない。このため、健全且つ公正な担い手の拡
大のための検討が望まれる。
(日本知的財産協会)
1
知財プロデュース型ビジネスの設立と環
境整備を支持
この環境整備によって、研究開発能力のある機
関や事業体(しかし、多くの場合、研究開発作業
2
143
(2) 知的財産権の利用の円滑化を推進するためのその他の動き
(a) OSS(Open Source Software)
力を強化していくためには、付加価値のない部分
OSSとは、ソースコードが公開され、誰でも自
については OSS を利用し、付加価値の高い部分
由にコピーし、改変し、そして配布することができ
については OSS を用いない等、OSS のような仕組
るといった原則に基づいて利用されるソフトウェア
みを利用することも有効と考えられる。
を指す24。OSSの考え方は、ソフトウェアのソースコ
(b) パテントコモンズの取組
ードを共有することによりソフトウェアの自由な利
用を促進するというものであり、オープンな開発ス
ソフトウェア等のように、多層構造を有していて
タイルにより、効率的に知識・知見を集約できる利
(OS、ミドルソフトウェア、アプリケーションソフトウェ
点がある。OSSは、プロプライエタリな(占有権のあ
ア等というように多層構造となっている)、技術の相
る)商用ソフトウェアなど、多様なソフトウェア開発
互依存性が高い分野において技術開発を促進し
のうちの一形態として、ソフトウェア開発の推進に
ていくためには、技術の相互利用を推進すること
寄与してきた。
が重要である。
OSS のライセンス方式は数多く存在するが、そ
欧米などでは、一部の企業が、企業等の所有
の代表的なものが GPL(General Public License)で
に係る特許権を開放(ここでいう開放とは、特許権
あり、Linux も GPL にのっとって利用されている。
は企業が保持し続けるが、当該特許を OSS のル
GPL については、2007 年 6 月に、特許の非係争
ールに従って利用するならば、権利行使を行わな
義務(NAP 条項)等を新たに含む GPL version3 が
いということを意味する。)することにより、OSS 分野
公表されたところである。
のイノベーションの促進を図るという、パテントコモ
GPL の特徴は「伝藩性」の強さにある。GPL は、
ンズの取組が進められている。
ライセンシーに対し、改変部分のソースコードを公
また、環境分野においても、環境に関する技術
開し、同一条件で誰でも利用できるようにすること
開発を促進するために、環境に対して有益な特
を条件に当該ソフトウェアのコピー、改変、配布を
許を無償開放するエコ・パテントコモンズの取組
認める。したがって、例えば、GPL でライセンスさ
が、一部の企業等によって進められている。
れたソフトウェアと自社で独自に開発し知的財産
こうしたパテントコモンズのような取組も、特許権
権等で保護しているソフトウェアとをリンクさせて機
の円滑な利用を促進していくためのメカニズムの
能を発揮させる製品を構築した場合、その態様に
一つとして、今後有効活用されることが期待され
よっては両者が一体とみなされ、独自開発のソフト
る。
にも GPL のルールが適用されて、そのソースコー
ドを公開しなければならなくなる恐れもある。また、
最近では、パテントコモンズのような動きも
生まれてきている中、広くライセンスを行う
意志をもっている者が連携し、イノベーションの
成果を普及させるための仕組みづくりに向けた
検討を行うことが、オープンイノベーションを促進
する上でも必要である。
(日本経済団体連合会)
1
その独自開発ソフトに含まれる自己の特許の行使
が制限される恐れもある。
以上のような点に留意する必要はあるものの、
オープンイノベーション環境の下、企業等が競争
24
OSSの定義については、OSI(Open Source Initiative)により、公
表されている定義が一般的に知られている。
144
標準化戦略の推進を支える知財システム
<概要>
オープンイノベーションの進展に伴い、標準化の重要性が高まっている。特にオープンイノベーションの下では、
デファクト標準やコンソーシアムによる標準化が広がりつつある。
一方、先端技術分野等においては、特許技術を排除した標準化は事実上不可能となっており、標準化戦略を
推進していくためには、標準技術に関する権利の更なる質の向上を図ることや、標準技術に関する特許が円滑
に利用される環境を整備することが重要である。
標準規定型パテントプールの例と適用ロイヤルティの換算パーセント
パテントプー
ルの名称
MPEG2
DVD6C
管理者、
発足時点
プールに所属してい
る企業
必須特許
MPEG LA、
1977年
22企業と1大学
(2004年4月)
644特許(127ファミ
リー)
(2004年7月)
6Cグループ、
東芝、
1988年
東芝、松下電機、三菱
電機、タイムターナー、
日立、日本ヴィクター、
IBM
プレーヤーにつき180
の米国特許、
レコーダーで166の米
国特許
DVD
プールの非メ
ンバー
ルーセント、
IBM
ライセンシー
換算ロ
適用ロ
代表機種
イヤリ
イヤリ
(出荷価格)
ティ
ティ
レート
DVD
(100ドル)
734企業
2.5ドル
2.5%
/台
ハードウェア(デ
コーダー、エンコー
同上
ダー)が245企業、
ディスクが157企業
3.0ドル
3.0%
/台
ハードウェア(デ
コーダー、エンコー
同上
ダー)が179企業、
ディスクが216企業
3.5ドル
3.5%
/台
トムソン
DVD3C
3Cグループ、
フィリップス、
1998年
3G Patent
3Gパテントプ
Platform、
ラットフォーム
2003年
プレーヤーにつき131
フィリップス、ソニー、
の米国特許、
パイオニア、LGE(書き
レコーダーで106の米
込み型についてHP)
国特許
W-CDMAについて7社
(ETRI、富士通、KPN、
NEC、NTTドコモ、三菱
電機、シーメンス)
メンバー企業特許の認
証中(標準期間には多
数の必須特許が自己
申告されている)
クアルコム、モ
トローラ、エリク
ソン、ノキアな
ど多数
第三世代携
帯電話
(250ドル)
¾標準に係る必須特
許数は拡大しており、
関係企業が増加して
いる。
¾パテントプールに
入っている企業数も
増加している。
¾パテントプールに
入っていない必須特
許保有企業の数も多
くなっている。
2∼4ド
1.2%
ル/台
※出荷価格は変動が大きく参考値である。適用ロイヤルティに幅のあるものは中間値をとった。
(出典) 加藤 恒 「パテントプール概説」 (社)発明協会 2006、
長岡貞男、山根裕子、青木玲子、和久井理子、「技術標準と競争政策-コンソーシアム型技術標準に焦点を当てて-」 競争政策研究センター 2005 より特許庁作成
<具体的取組>
○ 標準関連技術に関する権利の質を更に向上させるための環境整備の促進
標準化機関等と連携して公開可能な標準作成段階における技術提案書等への特許審査プロセスでのアクセスを改善する等、標
準関連技術に関する権利の質を向上させるための環境整備を促進する。
○ 標準関連技術の利用を円滑化するための環境整備
特許庁ホームページに各標準化機関のホームページやパテントプール管理機関のホームページへのリンクを貼る等、標準技
術を利用したい者が、標準に係る特許やパテントプールに含まれる特許のライセンスポリシー/ライセンス条件等の情報に容易
にアクセスできるようにし、標準技術に関する特許が円滑に利用される環境整備を推進する。
標準化機関のホームページ
„標準化技術
„技術提案書 等
標準化機関・パテントプール管理機関への
ポータルサイト(特許庁ホームページ内)
„パテントポリシー
パテントプール管理機関のホームページ
リンク
„ライセンス条件 „特許権者
„必須特許
„サブライセンシー 等
„標準化機関A
„標準化機関B
„パテントプール管理機関C
„パテントプール管理機関D
„ライセンス条件
等の情報を掲載
○ 知財取引に対する独占禁止法適用の考え方の更なる明確化
公正取引委員会では、知財取引に対する独占禁止法の適用の考え方を明確にするため「知的財産の利用に関する独占禁止法
上の指針」(2007年9月)、「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(2005年6月)という2つのガイド
ラインを公表しているところである。
しかし近年、米国等では標準化における特許問題に対する競争政策の在り方についての競争当局の考え方がかなり明確に打ち
出されている。こうした動きを踏まえ、我が国においても、知財を含んだ標準化活動においてライセンサー及びライセンシーが独占
禁止法の適用を過度に恐れることなくライセンス活動を行えるように、独占禁止法の適用関係の更なる明確化が望まれる。
<スケジュール>
2008年度に、標準化機関、パテントプール管理機関等との連携を図り、標準関連技術に関する権利の質を
更に向上させるための環境整備や、標準関連技術の利用を円滑化するための環境整備を進める。
145
(3) 標準化活動における知的財産権の取扱いとそれに対する独占禁止法の適用
○オープンイノベーションの動きが進む分野を中心に製品のモジュール化等が進展していることを受けて、
標準化の重要性が高まっている。
○標準化を推進していくためには、標準に係る特許権の利用の円滑化を図ることが非常に重要。
○他方、標準に係る特許権のライセンス活動等の円滑化を促進するためには、標準化活動時に行われる
知財取引に対する独占禁止法上の考え方の一層の明確化を図ることも重要。
(a) 標準化の重要性の高まりと知的財産権
して、そもそも市場に参入することが重要。どのよ
うにして標準化を自らのビジネスにひきつけてい
くかが重要。標準化に失敗した場合、これまでの
研究開発の資金が回収できないばかりか、市場
に参入するためにライセンス料を支払う必要があ
り、非常に不利になる。
(委員意見)
オープンイノベーションが拡大しつつある分野
を中心に技術や製品のモジュール化等が進みつ
つある。このような環境変化の中、仕様の統一に
よるコストダウン、互換性確保による利便性の向上
や市場の拡大等を図るため、標準化の重要性が
標準化を推進できる人材の育成を期待
標準技術に関する特許の質向上および
権利の活用に関する環境整備は我が国の標準
化活動の活性化に大いに役立つと思われる。そ
の一方で、それらの環境が整ったときに標準化
活動のリーダーとなる人材が我が国には少ない
ことが課題のひとつであると認識している。そこ
で、標準化を推進できる人材の育成の検討を、
関連機関とも連携の上、あわせて進められること
を期待する。
(日本電気株式会社 知的資産統括本部)
2
一層高まっている。特に情報通信の分野におい
ては、標準化による相互接続性の確保が求めら
れている。
他方、オープンイノベーションを背景として、研
究開発の分業化が進み、ある製品に対応する特
許権を有する者が多数存在する状況が生じてお
り、先端技術分野等においては特許技術を排除
した標準化は事実上不可能となっている。
(b) 標準化に係る特許権の円滑な利用の促進
このように標準化と知的財産権の関連性が密
接になるにつれ、標準化された技術について特
参考 III-9
許権を有する者が、その特許について、不当に高
(i) RAND 条件の明確化
額なライセンス料を要求したり、ライセンスを拒絶
標準化に係る特許権の円滑な利用を促進する
したりする等して、標準化活動が阻害されるので
ために検討すべき事項として、第一に、標準化団
はないかという懸念も出てきている。
体において標準化活動を行う際の知財取扱ルー
ル(パテントポリシー)の内容の明確化や透明性の
標準化戦略を推進していくためには、標準に係
確保があげられる。
る特許のライセンスの円滑化を推進することも重
要な要素となるため、今後は、標準関連特許の利
例えば、近年、標準に係る必須特許の中には、
用の円滑化に関する問題にどのように対応してい
特許権者が標準化機関にパテントポリシーを提出
くべきか検討を行う必要がある。
する際に、RAND 条件(合理的かつ非差別的な条
件)でライセンスすることをコミットしたものが増えて
いるが、この RAND 条件の内容が明確ではないた
技術の標準化はビジネスにおいて重要
仮に自社技術の標準化に失敗すると、
いくら良い技術をもっていてもその市場に参入す
ることが困難になる。イノベーション以前の問題と
めに、標準に係る特許権のライセンス取引が不安
定なものになっているとの懸念が示されている。
146
そこで、標準に係る特許のライセンス条件等の
標準関連技術の権利者による濫用的な
権利行使に対する対応策の検討が必要
標準化過程におけるオープン性および透明性
を担保するための一定の規範が確立されるべき
であり、特に、「早期の特許存否とライセンス条件
の開示」、「取り消し不能のライセンス宣言」、「譲
受人に対しても同様の条件を課す義務」ならび
に「時機に遅れた脱退の禁止」などについては、
標準化過程に参画した特許権者の義務に関す
る基本原則として確立されるべきと考えます。
以上に加え、自らは標準化過程には参画しな
い権利者が、標準への権利の採択ならびにユー
ザーのロックインを待ち、これを確認した後に権
利行使を開始する状況が大きな問題とされてい
ます。判断の難しい問題ではありますが、特許庁
は標準に参加しない権利者による権利行使のあ
るべき態様について、委員会等の設置を検討
し、権利者が 権利の上に眠る ことのないよう、
権利者による保有権利の早期開示を促すガイド
ラインの策定を推進すべきと考えます。
(IBM)
2
相場観を醸成していくことも重要と考えられる。
このため、例えば、特許庁のウェブサイトを通じ
て、標準に係る特許のライセンスポリシーに関する
情報を提供していくといった検討を行うことも重要
と考えられる。参考 III-10
国際間で契約が結びやすいような環境整
備が必要
ライセンスポリシーの透明化を検討する際に重
要なのは、ライセンス契約が結びやすいか、とい
う点。技術の適正な評価という点に加えて、国際
間で契約が結びやすいような環境整備が必要で
はないか。
(委員意見)
標準団体の情報を集めたプラットフォーム
海外の研究者と研究のための標準団体
の情報等を集めたプラットフォームを作るという話
がでている。欧州において国策として進める動き
がある中で、特許庁が率先してこれらの情報を収
集・整備するのは良いことである。
(委員意見)
RAND 条件での特許ライセンス契約を求
める政策を支持
日本特許庁のウェブサイトにおいて標準化機
関及びパテントプールのウェブサイトへのリンクを
含むことを支持する。しかし、標準化機関が個別
のライセンス条項や必須特許のリストをウェブサ
イトに公表すべきことを意図しているなら、懸念が
ある。標準化機関の場合、知的財産を公表した
会社と RAND 条件に関する情報を提供すれば十
分とすべきである。
(Microsoft)
2
特許のライセンス料は目的により異なる
特許のライセンス料は、事業独占を目的
とした場合とオープンポリシーによる事業への活
用を目的とした場合では、考え方も異なってく
る。また、技術分野でもライセンス料には差が出
る。オープンポリシーを目的とした場合には、ライ
センス料の相場観の醸成については、一般的に
は望ましいものであると考える。しかしながら、そ
れ以外の場合もあり、これによりライセンサー、裁
判所等が拘束されるものではなく、逆に、技術の
進歩、産業の発展に対してマイナスに働くケース
もあり得るので、慎重に検討すべきであると考え
る。
(日本知的財産協会)
1
(ii) パテントプール等のインフラの整備
標準に係る特許権の円滑な利用を推進するた
めに検討すべき事項として、第二に、パテントプ
ールやコンソーシアム等の活用を促進することが
考えられる。
パテントプール等は、標準に係る特許の特許権
客観的に合理性のあるライセンス料が想
定できる情報の提供
標準関連技術のライセンス料の相場観の醸成
については、ライセンス料に関して、前例(ホーム
ページなどの情報から得られる現時点での実
例)に基づいた相場観の醸成ということだけでは
なく、ある程度客観的に合理性のあるライセンス
料が想定できるような情報が提供されることが望
ましい。
(日本機械輸出組合 知的財産権問題専門委員
会)
2
者と標準技術を利用したい者との間のバランスを
とりつつ、標準化を促進して市場の拡大を推進す
るという機能を有している。そのため、こうしたイン
フラを活用することは、標準に係る特許の特許権
者が、その特許をライセンスするにあたって、不当
に高額なライセンス料を要求したり、ライセンスを
拒絶したりするといったことを防止するうえで非常
147
リシーに関する情報を提供する等して、パテントプ
に有効な手法である。
ール等を形成しやすい環境の整備を推進してい
したがって、今後は、例えば特許庁のウェブサ
くことも重要であると考える。
イトに各パテントプール管理機関のホームページ
へのリンクを貼り、標準に係る特許のライセンスポ
参考III-9
標準化と知的財産権
仕様の統一によるコストダウン、互換性確保による製品の利便性の向上とそれに伴う市場の拡大
を図るためも標準化は重要となっている。
オープンイノベーションを背景とした研究開発の分業化の進展もあり、ある製品に対応する特許
権を有する者が多数存在する状況が生じており、特に先端技術分野においては特許技術を排
除した標準化は事実上不可能となっている。
標準化と知的財産権の関連性が密接になるにつれ、標準化された技術について特許権を有す
る者が、その特許のについて、高額なライセンス料を要求したり、ライセンス拒絶する等して、標
準化活動が阻害される問題(ホールドアップ問題)が懸念されている。
標準化活動を促進するためには、標準化に係る特許権の円滑な利用が重要
○標準関連技術に関する権利の質を更に向上させるための環境整備の促進
標準化団体等と連携して公開可能な標準作成段階における技術提案書等への特許審査プロセスでのアクセスを
改善する等、標準関連技術に関する権利の質を向上させるための環境整備を促進する。
○標準関連技術の利用を円滑化するための環境整備
特許庁ホームページに各標準化機関のホームページやパテントプール管理機関のホームページへのリンクを貼る
等、標準技術を利用したい者が、標準に係る特許やパテントプールに含まれる特許のライセンスポリシー/ライセンス
条件等の情報に容易にアクセスできるようにし、標準技術に関する特許が円滑に利用される環境整備を推進する。
○パテントプール等のインフラ整備
パテントプールは標準技術に必要となる知的財産権のライセンスを一元化することで、ライセンス取引にかかる取
引費用の低減、ブロッキング特許の回避などを図れることから、パテントプール等を形成しやすい環境整備を促進。
○独占禁止法の適用関係の明確化
ホールドアップ問題を抑制し、かつ知的財産権を含んだ標準化活動においてライセンサー及びライセンシーが独
占禁止法の適用を過度に恐れることなくライセンス活動を行えるよう独占禁止法の適用関係の更なる明確化が期待さ
れる。
参考III-10
技術の重要性
基盤技術
パテントプールの適用ロイヤルティの換算パーセント
MPEG2
DVD(100ドル)
2.5ドル/台
換算ロイヤリ
ティレート
2.5%
DVD-6C
同上
3.0ドル/台
3.0%
DVD-3C
同上
パテントプールの名称
代表機種(出荷価格)
3Gパテントプラットフォーム 第三世代携帯電話(250ドル)
改良技術
付加価値技術
適用ロイヤリティ
3.5ドル/台
3.5%
2∼4ドル/台
1.2%
G.729
第二世代携帯電話(200ドル)
2.5ドル/台
0.4%
MPEG4ビジュアル
第三世代携帯電話(250ドル)
0.25ドル/台
0.1%
AVC/H.264
第三世代携帯電話(250ドル)
0.25ドル/台
0.1%
IEEE1394
PC(500ドル)
0.25ドル/台
0.05%
MPEG4オーディオ
第三世代携帯電話(250ドル)
0.5∼0.12ドル/台
0.12%
注) 出荷価格は変動が大きく参考値である。適用ロイヤルティに幅のあるものは中間値をとった。
(出典) 加藤 恒 「パテントプール概説」 (社)発明協会 2006
148
(i) 日本における競争法と知財に関する動向
(c) 標準化における知財の取扱いと独占禁止法
我が国においては、独占禁止法第 21 条に規定
の適用
また、標準に係る特許権のライセンス活動等の
されているように、原則として、特許法等による「権
円滑化を促進するためには、標準策定の際の知
利の行使と認められる行為」には、独占禁止法は
的財産権に関する取引行為に対する独占禁止法
適用されない。
の適用の考え方を明確にする等、ライセンサーや
しかし、外形上、権利の行使とみられる場合で
ライセンシーの独占禁止法の適用についての予
あっても、知的財産権制度の趣旨を逸脱し又は
見性を高め、円滑なライセンス活動を行えるような
同制度の目的に反すると認められる場合には、独
環境整備を促進することも重要である。
占禁止法が適用される。
以下、知的財産権の取引行為に対する独占禁
この点、公正取引委員会では、知的財産権取
止法の適用の考え方について、特に標準化という
引についての独占禁止法の適用関係を明確化す
観点を中心に、欧米の状況も踏まえつつ検討す
ることを目的として「知的財産の利用に関する独
る。
占禁止法上の指針」(2007 年 9 月)、「標準化に伴
うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上
の考え方」(2005 年 6 月)という 2 つのガイドライン
を公表している。
公正取引委員会「標準化に伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方」(2005年6月)
標準化活動は、参加者に一定の制限を課すものであるが、互換性の確保や市場の拡大が図れるとともに、消費者の
利便性の向上に資する面もあり、活動自体が独占禁止法上直ちに問題となるものではないとしている。しかしながら、制限に
より市場における競争が実施的に制限される、あるいは公正な競争が阻害されるおそれがある場合には独占禁止法上問題
があるとし、標準化活動とそれに伴うパテントプールの形成等に関する独占禁止法上の考え方を明らかにしている。
公正取引委員会「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(2007年9月)
技術の利用に係る制限行為についての独占禁止法の運用においては、知的財産制度に期待される競争促進効果を
生かしつつ、知的財産制度の趣旨を逸脱した行為によって、競争に悪影響が及ぶことのないようにすることが競争政策上重
要であるとの考えから、技術の利用に係る制限行為に独占禁止法を適用する際の基本的な考え方、私的独占又は不当な
取引制限の観点及び不公正な取引方法の観点から、独占禁止法上の考え方を明らかにしている。
許のライセンス条件について議論すべきか否かに
(ii) 米国における競争法と知財に関する動向
米国に目を向けると、2007 年 4 月に DOJ(米国
ついては態度を明示していないものの、標準策定
司法省)と FTC(米国連邦取引委員会)により「反ト
に参加するメンバーによる標準策定前の共同のラ
ラスト法と知的財産権:イノベーションと競争の促
イセンス条件の設定については、それ自体が独
進 (Antitrust
禁法違反になるわけではないとしている。この点
Enforcement
and
Intellectual
and
については、2005 年 10 月にスタンフォード大学で
Competition)」が公表されて、知的財産権のライセ
行われた FTC のマジョラス委員長による講演にお
ンス取引等に対する反トラスト法の適用に関する
いても、同様の見解が示されている。
Property
Rights:
Promoting
Innovation
また、DOJ から VITA(オープンテクノロジー促進
競争当局の見解が示された。
のための非営利標準化機関)や IEEE(米国電気電
例えば、上記報告書において、競争当局は、
子 学 会
標準化団体自身が、標準策定前に標準に係る特
149
The Institute of Electrical and
Electronics Engineers, Inc.)に対して出されたビジ
競争政策の在り方についての米国競争当局の考
ネスレター(それぞれ 2006 年 10 月、2007 年 4 月)
え方が、かなり明確に打ち出されている。
等によって、標準化における特許問題についての
「標準策定におけるロイヤルティ協議の競争的な可能性」
連邦取引委員会のマジョラス委員長による講演(2005年10月 於 スタンフォード大学)
標準設定組織のメンバーの共同の事前ロイヤルティ協議(joint ex ante royalty discussions)は、共同の価格固定に影響が及
び、反競争法の価格固定の禁止に触れる懸念はあるとしつつも、ホールドアップを避けるために必要な共同の事前ロイヤル
ティ協議は、合理の原則が適用され、それ自体非難されないと述べている。そして、ホールドアップを軽減することにより、共同
の事前ロイヤルティ協議はよりタイムリーかつ効率的な標準の発展を可能にし、事後の訴訟から生じる標準の実施の遅延防止
になるとしている。
(出典)The Federal Trade Commission, Recognizing the Procompetitive Potential of Royalty Discussions in Standard Setting,
Deborah Platt Majoras, Stanford University, Stanford, California, 2005
イーサネット標準に関する特許のライセンス活動に対するFTCの動き
Negotiated data Solutions LLC(N-data社)は、IEEEのEthernet標準技術に関する特許権を有している。これらの特許は
もともとNational Semiconductor社が所有していたもので、その後、Vertical Network社を経てN-data社に譲渡されたものである。
National Semiconductor社は元々IEEEに対して、自社技術が標準として採用とされるならば、1000ドルのロイヤリティを1回支払
えばよいとの条件で各社にライセンスすると確約していた。N-data社もこれを認識していたにも関わらず、それを上回る高額な
実施料で各社にライセンスを行い、その条件を拒否した者に対しては訴訟を起こしている。
このため、FTC(米国連邦取引委員会)は、N-data社の行為が米連邦取引委員会法5条違反(不公正な競争方法と不公正な
行為または慣行)である可能性があるとして、N-data社に対する訴状と和解案を公開(2008年1月23日)してパブリックコメントを
募っている(2008年4月24日までの予定)。実際に提訴を行うか否かはパブリックコメント後に決定される。
(出典)The Federal Trade Commission, FTC Challenges Patent Holder s Refusal to Meet Commitment to License Patents
Covering 'Ethernet' Standard Used in Virtually All Personal Computers in U.S, 2008.
司法省は、技術標準設定団体が特許保有者に義務を課すことについての反トラスト法上の問題の有無に関するビ
ジネス・レビュー・レターを公表(2006年10月)
コンピュータシステム内の情報伝達経路等に関する技術標準設定団体であるVITAが、同団体に加盟する会員で技術標準の
必須特許を保有する者に対し、
①当該特許及び特許出願について早期に公開すること。
②当該特許の最大のロイヤルティ及び最も制限的な条件を明確にすること。
を義務付けることが適法か否かについて、当該ポリシーは、VITA内の標準設定組織が技術条件だけではなくライセンス条件
をも考慮して技術の選択をすることを可能とすることから、競争を制限するものではなく保護するものであり、反トラスト法上問
題はないとするビジネスレターを公表。
司法省は、標準設定団体の情報公開及びライセンス条件等を定めた内部規則についての反トラスト法上の問題の
有無に関するビジネス・レビュー・レターを公表(2007年4月)
広範な分野における技術標準の設定を行っているIEEEの必須特許に関する情報公開、ライセンス条件等に関する内部規則
について、反対しない旨をビジネス・レビュー・レターにおいて回答した。 提案された規則では、技術標準に採用される見込
みのある特許を有する会員は、
①特許情報について何ら情報提供を行わない。
②必須特許に採用されそうな特許を持っていないことを表明する。
③採用された技術を実施する者に対して特許権を行使しないことを表明する。
④無償又は合理的かつ非差別的な条件でライセンスを行うことを表明する。
⑤④に加え詳細なライセンス条件を表明する。
という5つの手段のいずれかを選択しなければならず、会員は選択した内容を遵守する必要がある。これに対し、レターは、同
規則は、会員に最も制限的なライセンス条件の公表を義務付けていないが、会員は最も魅力的な技術とライセンス条件を提
供するために競争することができ,利益をもたらし得るとしている。また、同規則が予見可能性を高め、早期の技術標準の開
発、採用及び実施が可能となるとともに、設定後の訴訟を回避し得ると述べている。
司法省と連邦取引委員会が共同で「反トラスト法と知的財産権:イノベーションと競争の促進」を公表(2007年4月)
同報告書は、①ライセンス拒絶、②標準設定、③パテントプール、④知的財産権ライセンシング、⑤抱き合わせ及び一
括ライセンス、⑥特許権消滅以降の特許により獲得した市場支配力の拡大の6つの章に分かれている。 ライセンス拒絶に関
しては、単なる単独かつ無条件のライセンス拒絶は特許権と反トラスト法の接点において意味のある役割を演じない(not play
a meaningful part)とする一方、競争上の損害を引き起こす条件付ライセンス拒絶は反トラスト法による訴追に服するとしている。
標準設定に関しては、共同の事前のライセンス条件の設定は競争促進的になり得、当然違法となる可能性は低いとしつつも、
標準設定団体が事前のライセンス条件を議論すべきかについては態度を明示していない。また、知的財産権の抱き合わせ
及び一括ライセンスについては、①抱き合わされる商品について市場支配力を持っていること、②抱き合わせる商品の市場
において反競争的効果を持つこと、③効率化が反競争的効果に勝るものではないことの3条件を満たす場合は当局による訴
追を受ける可能性が高いとしている。特許権消滅後も特許使用料を徴収する行為については、長期間にわたって低い特許
使用料を徴収することにより、死荷重損失(the deadweight loss: 独占企業がもたらす過小生産によって生じる総余剰の減少
分)を減少させるとともに技術革新を促進させるとして,効率的となり得るとの判断を示している。
(概要出典)公正取引委員会HP http://www.jftc.go.jp/
150
日本及び米国における競争政策の歴史
特許法
日本
独占禁止法
特許法
米国
反トラスト法
プロパテント時代
1790 連邦特許法
1802 Patent Office(米国特許
庁)設立
1850 Hotchiss最判(初めて非
自明性の特許要件が判例
法で確立)
1859 リンカーン演説、
プロパテント政策
1880 エジソン白熱灯特許
1890 シャーマン法制定(取引制
限、独占化を禁止)
1914 クレイトン法制定(違反行為
の明確化)
連邦取引委員会法制定
1885 専売特許条例
専売特許所設立
1905 実用新案法
アンチパテント時代
1959 特許法等改正
1941 Cuno最判(非自明の要件 1940∼独占企業への規制が本格
実施。独占力そのものを罪
を厳格化。天才のひらめき
悪視。
を要求)
1947 私的独占の禁止及び公正取
1966 Graham最判(非自明性判 1960∼独占企業分割によって独
引の確保に関する法律(いわ
占力を解体する試み
断の4基準明示)
ゆる「独占禁止法」)制定
1966 Brenner最判(有用性の証
明のない化合物の製造法
特許を認めず)
1967 WIPO(世界知的所有権機関)設立
1970 特許協力条約(PCT)
1974 コーエン・ボイヤー特許
(DNA特許)
1975 司法省(DOJ)が厳格なライ
センス規制方針「ナイン・
ノー・ノーズ(nine no no s 9
1979 貿易収支が赤字(競争力
種類の当然違法条項)」表
低下)
明
1975 WIPOへ加盟
1978 PCTに基づく国際出願開始
プロパテント時代
1980 バイドール法
1981 ディーア判決(ソフトウェア
特許)
1982 連邦巡回区控訴裁判所 1980年代前半
DOJがナイン・ノー・ノーズを
(CAFC)設立
1989 公正取引委員会が「特許・ノ
修正
1985 ヤングレポート(レーガン
ウハウライセンス契約における
大統領産業競争力委員
1990 世界初の電子出願受付開
不公正な取引方法の規制に
会)
始
関する運用基準」の公表
1995 TRIPS協定発効(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)
加盟国が遵守すべき知財保護の最低基準が明確化された。
1997 特許庁「21世紀の知的財産
権を考える懇談会報告書
∼これからは日本も知的創
造時代∼」
2000 キルビー最判(侵害訴訟で
特許権の無効性に関し、権
利乱用の抗弁が可能に)
2002 知的財産基本法成立
2003 知的財産戦略本部発足
2004 青色発光LED東京地裁判
決(200億円判決)。後に東京
高裁で約8.4億円(含、遅延
損害金)で和解
2004 特許法改正(無効理由によ
る権利行使制限、職務発明
の相当の対価見直し)
2005 知的財産高等裁判所設立
2005 一太郎事件(知財高裁初の
大合議事件)
2007 特許庁「イノベーションと知
財政策に関する研究会」
1998 ステートストリート判決(ビ
ジネスモデル特許)
1999 公正取引委員会が「特許・ノ
ウハウライセンス契約に関す
る独占禁止法上の指針」の公
表
1995 DOJが「知的財産権のライ
センスに関する反トラスト法
ガイドライン」を公表
2003 連邦取引委員会「技術革新の促進のために:競争と特
許の適正なバランス」
2004 全米科学アカデミー
「21世紀の特許制度」
2005 課徴金減免制度を導入した
独占禁止法改正成立。2006
年1月から施行。
2005 公正取引委員会が「標準化
に伴うパテントプールの形成
等に関する独占禁止法上の
考え方」を公表
2007 公正取引委員会が「知的財
産の利用に関する独占禁止
法上の指針」の公表
151
2004 競争力協議会「イノベートアメリカ」
2006 eBay判決(差止判断の厳 2006 DOJがVITAへのビジネスレ
ビューレター
格化)
2007 KSR判決(進歩性判断の 2007 DOJとFTCが 共同で
Antitrust Enforcement and
適正化)
Intellectual Property Rights:
連邦特許法改正案を審議
Promoting Innovation and
中
Competition を公表
2007 DOJがIEEEへのビジネスレ
ビューレター
の大幅引き下げ等を含む是正命令を、2007 年 10
(iii) 欧州における競争法と知財に関する動向
月にマイクロソフトが全面的に受け入れるなど、競
また欧州でも、欧州委員会が、OS(オペレーテ
争法の適用が注目を集めている。
ィングシステム)市場の独占的な地位の濫用を理
由として EU 競争法に基づいて下した特許使用料
欧州委員会は、クアルコムによる市場支配的地位の濫用行為に対する調査を開始(2007年10月1日)
クアルコムによる第3世代携帯電話技術の特許ライセンスに関する条件が、公正、合理的及び非差別(FRAND)では
なく、市場支配的地位の濫用に抵触するおそれがあるとして、ノキアやブロードコム、パナソニック等携帯電話メーカや製造
業者の申し立てにより、調査を開始。
(出典) The European Commission, Commission initiates formal proceedings against Qualcomm,
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=MEMO/07/389&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLangu
age=en
欧州委員会は、マイクロソフトに対する2004年の決定の遵守を保証(2007年10月22日)
OS市場の独占的な地位の乱用を理由としてEU競争法に基づいて下した特許使用料の大幅引き下げ等を含む是正
命令を、2007年10月にマイクロソフトが全面的に受け入れるなど、競争法の適用が注目を集めている。欧州委員会からの発
表によると、マイクロソフトは以下の3点の本質的な変更に合意。
(1) オープンソースソフトウェア開発者に互換性情報へのアクセスと利用を許可
(2) 特許を含まない互換性情報のロイヤリティを1回限りの1万ユーロに減額
(3) 特許を含む国際ライセンスのロイヤリティを5.95%から0.4%に減額
(出典) The European Commission, Commission ensures compliance with 2004 Decision against Microsoft,
http://europa.eu/rapid/pressReleasesAction.do?reference=IP/07/1567&format=HTML&aged=0&language=EN&guiLanguage
=en
(d) 独占禁止法の適用関係の更なる明確化
標準化された技術のライセンス
パテントプールだけが、RAND 条件により
ライセンス条件を公表している。標準団体では、
無料かどうかは公表しているが RAND 条件の中
身まで公表していない。事前(ex ante)にライセン
ス料を決めるときに、協議を行いライセンス料を
公表することは、独占禁止法上直ちに違反となる
ものではないとされていることから、そういうことが
明確化されると、ライセンス料の公表が促進さ
れ、ライセンスポリシーの明確化に資するかもし
れない。
(委員意見)
オープンイノベーションの動きを背景に、技術
とその技術に関連する知的財産権の流動性が高
まる中、知的財産権取引に対する独占禁止法の
適用に関する問題は今後ますます重要となること
が予想される。
我が国においても、上記の 2 つのガイドライン
が公表されるなど、これまでも知的財産権取引に
ついての独占禁止法の適用関係の明確化が図
られてきたところであるが、近年のこうした動きをう
規制されるべき行為態様の明確化
権利行使の態様については、2007年9
月の公正取引委員会「知的財産の利用に関する
独占禁止法上の指針」においても一定の行為が
私的独占または不公正な取引方法に該当するこ
とが指摘されている。今後、さらなるガイドライン
の策定により、規制されるべき行為態様がより具
体的な形で明確化されていくことが望ましい。
(IBM)
2
け、知的財産に対する競争政策の在り方につい
て、更なる方針の明確化が望まれるところであ
る。
152
3. イノベーションと特許システムの基盤となる技術情報インフラの構築
イノベーションと特許システムの基盤となる
技術情報インフラの構築
A. オープンイノベーションの進展とグローバル化の特許システムへの影響
○グローバル化やIT技術の進歩により、グローバルに知識・情報の共有が進み、有益な
知識が世界中に豊富に存在する環境が生まれつつある。こうした環境においては、効率
的な研究開発と特許出願、さらには的確な特許審査のため、内外の特許文献や論文・
雑誌等の技術情報を効率的に獲得していく必要がある。
○企業活動がグローバルに展開することにより、世界の特許出願は増加しており、特に、
中国と韓国の特許庁への出願が増加している。研究開発動向や先行技術情報を得るた
めにも特許情報は重要であることから、海外の特許情報の重要性は高まっている。
B. イノベーションを促進するためのシームレスな検索環境
○海外の特許情報や論文・雑誌等の技術情報へのアクセス環境については、言語の壁
や著作権の問題により、必ずしも整備されているとはいえない。
○このため、研究開発と特許システムの双方にとって、イノベーションのグローバル化や
技術分野毎の情報構造の相違等に対応した、世界中の特許情報や論文等の技術情
報をシームレスに検索・参照できる環境整備が必要となっている。
C. 特許庁の新検索システム
○特許庁の検索システムは「知的創造サイクル」を支えるインフラとしての役割を有してお
り、オープンイノベーションの進展やグローバル化などによる爆発的な情報量の増加に
対応したイノベーションインフラとしての整備・拡充が求められている。
○このため、2014年の稼働を予定している特許庁の新検索システムについて、このような
環境に対応した開発を行うことにより、特許庁のシステムを通じた、官民全体のイノベー
ションインフラとしての整備・拡充を図る。
○特許庁の新検索システム(2014年稼働予定)の開発における、基本方針は次のとおり。
(i) 企業・大学におけるイノベーションの促進のためのインフラ整備に資するように、可能
な限りオープンな形を採用する。
(ii) 特許庁が保有している特許情報のコンテンツとグローバルに存在している技術情報
をシームレス(横一列)に検索できる環境(データ、システム(検索機能))を外部で利用可
能とする。
D. コミュニティパテントレビュー(CPR)の検討
○CPRとは、企業や大学等の研究者・技術者等をはじめとする民間のコミュニティが、イン
ターネット上で、特許出願に対するレビュー(最適な先行技術についての情報開示、議
論等)を行い、その結果有益な先行技術であるとされた文献等を審査用資料として特許
庁に提出するという取組である。
○CPRは、企業や大学等の研究者・技術者等が有している知識を特許審査に活用し、特
許審査における官民のワークシェアリングを進めるものであり、特許審査の更なる効率化
や質の向上を図る上で有効と考えられる。現在、米国において試行が始まっており、今
後、世界各国に広がることも予想されることから、我が国においても、米国の試行状況を
踏まえ、試行を行う。
153
グローバルなイノベーションインフラとしてのシームレスな検索環境
官民のWSにも資する特許庁の新検索システム開発
<概要>
特許庁新検索システムの開発に際して、大学・企業等のイノベーション促進にも資するように
可能な限りオープンな形を採用し、特許情報とグローバルに存在している技術情報をシームレ
スに(継ぎ目なく)検索できる環境を整備する。
特許文献以外の情報により特許が拒絶された比率※
<背景>
30%
バイオ分野(学術論文が多い)
20%
交通輸送
生活福祉
光学
生産基盤
素材
社会基盤
画像
平均
応用化学
※一次審査において特許文献以外の情報を引用して拒絶理由が通知され
た比率
(出典)2006年の審査実績から特許庁作成
中国のみに出願した文献
(海外ファミリ文献無)比率
韓国のみに出願した文献
(海外ファミリ文献無)比率
海外ファミリ 海外ファミリ
文献無
文献有
海外ファミリ 海外ファミリ
文献無
文献有
学術論文、企業内技術情報、内外特許文献等の様々な情報を
一括して検索できるシームレスな(継ぎ目のない)検索環境を実
現する。
59%
41%
42%
58%
※中国・韓国の特許文献においては、機械翻訳に
よる英訳の提供などの取組がなされている。
(出典)DerwentWorld PatentIndex(1985∼2007)から特許庁作成
2. システム(検索機能等)のオープン化
/共有
¾大学・企業等との技術情報データの共有
大学・企業等が保有する外部データベースと特許
庁のデータベースとの連携を強化する等、大学・
企業等との技術情報データの共有を図る。
¾特許庁の保有するコンテンツの拡充
中国語・韓国語の特許文献や民間ではデータ
ベース化されない技術情報等の収集・蓄積を図る。
効率的な検索を可能とするツールを開発し、
外部ユーザーと共有する。
・概念検索、図形イメージ検索、
・検索エンジンの強化ルール、
・翻訳辞書・シソーラス辞書 等
特許庁のコンテンツとシス
テムを外部にオープンに
ポジティブなフィードバック
物理
情報
通信
0%
<具体的取組>
1. コンテンツの共有と拡充
IT分野(情報分野は雑誌・書籍が、
通信分野は学術論文が多い)
10%
生 命 ・環 境
近年の経済のグローバル化やITの進歩等により、イノベーション
活動は、その主体が多様化するとともに、地理的にもグローバルに
広がってきている。
こうしたイノベーションをとりまく環境の変化に伴い、論文と特許の
垣根が低くなってきており、大学等が効率的に研究開発を推進して
いくためには、論文情報と特許情報とに一括してアクセスできる環
境を整備することが重要となっている。
また、特許審査においても、特許文献以外の情報や海外の特許
文献情報の重要性が高まっており、これらの情報に容易にアクセ
スできるインフラの整備が必要不可欠となっている。
ポジティブなフィードバック
3. フィードバックメカニズムの構築
特許庁が保有するコンテンツ、システムについては、可能
な限り外部にオープンにすることで、公共財として民間の利
用に供すると共に、民間による更なる研究開発を促進し、そ
れをさらに特許庁のシステムにも反映するというポジティブ
フィードバックが可能な仕組みを構築。
大学・研究機関
企業
社内
データ
学内
データ
許諾に基づく参照
特許情報へのアクセス
Web情報
商用データベース
学術文献
マニュアル・カタログ等
非特許文献
国内外特許文献
中国・韓国特許文献
(機械翻訳)
特許庁
<スケジュール>
2008年秋頃、特許庁の新検索システムの基本的な計画の策定公表。大学・企業等を含めた検討の場を設ける。
2014年1月、新検索システムリリース予定。
154
(1) オープンイノベーションの進展とグローバル化の特許システムへの影響
○オープンイノベーションの拡大とグローバル化に伴い、世界的に情報の共有、共通の検索環境が必要と
なってきている。
○イノベーション(研究開発)と世界の特許システムにとって、効率的な先行技術調査を可能とする、官民を
通じたグローバルな検索環境が重要となっている。
○世界の特許情報へのアクセスの必要性が増しており、例えば、中国と韓国等の特許情報へのアクセスの
重要性は、これらの国の特許出願の急増とともに増しつつある。
(a) オープンイノベーションの進展とグローバル化
術事項に基づいて当事者が容易に発明できたも
する情報へのアクセス環境
のであり、特許として無効とすべきであると認定さ
オープンイノベーションの進展やグローバル化、
れた。この英語の刊行物は、ヒューレット・パッカー
IT技術の進歩により、グローバルに知識・情報の
ド社が提供するコンピューター用のアプリケーショ
共有が進みつつあり、有用な知識が世界中に豊
ンの実装について説明するものであった。
また、人工多能性幹細胞(iPS細胞)に関する研
富に存在する環境が生まれつつある。こうした環
境において、限られた経営資源により研究開発を
究開発を見ても、特許出願のみならず複数の論
行うためには、グローバルな知識や情報を効率的
文発表がなされているように(後述)、ライフサイエ
に獲得・処理していく必要がある。
ンス分野における特許文献以外の技術情報の重
要性をうかがい知ることができる。
こうしたことは、企業や大学等における研究開
発及び特許審査の双方に共通の課題としてみら
技術情報へのアクセス環境
先行技術の網羅的な調査をする場合、
現在は、国内外の特許系の DB、国内外の文献
系の DB、さらには、必要に応じて学会情報、パ
ンフレットやカタログ類、Web の記載等を個々に
チェックする必要があり、煩雑である上に、時間も
かかる。
(東京医薬品工業協会 知的財産研究会 特許
情報部会)
2
れるようになっている。
すなわち、研究開発を促進するためには、研究
者等が日本国内の論文だけではなく、世界中の
特許文献や論文情報に容易にアクセスできる環
境が整備されていることが非常に重要であるし、
特許審査においても、より質の高い特許権を付与
していくためには、内外の特許文献や論文情報
(b) イノベーションと特許システムのグローバル化
等に効率的にアクセスできる環境の整備が進むこ
とが必要不可欠である。特に、生命・環境、情報・
企業活動がグローバル化することにより、世界
通信等の分野の特許審査においては、論文や技
規模でイノベーションが進展している。特許出願
術雑誌等が先行技術情報として非常に重要とな
を見ても、世界の特許出願は急増しており、1995
っている。参考III-11
年時点は年間約100万件程度の出願件数であっ
たものが、2005年には年間約166万件に達してい
こうしたことを裏付ける事実として、例えば、「一
る。中でも、五庁(日本、米国、欧州、中国、韓国)
太郎」のアイコン訴訟(平成17年(ネ)第10040号)が
に対する出願は、世界の特許出願件数約166万
挙げられる。訴訟では、松下電産の特許は出願
件のうちの約77%を占めている。特に、中国と韓国
前に公開されていた英語の刊行物及び周知の技
の特許庁への特許出願件数が近年伸びてきてお
155
り、すでに欧州への出願件数を上回っている。参
様化している現状においては、民間の研究者等
考III-12
が有する先行技術情報を特許審査に有効活用す
ることも重要となっている。
他方、中国と韓国の特許庁に出願されているも
このため、特許庁と研究開発現場の双方にお
のの中には、海外ファミリ出願を伴わない出願、
つまり中国語や韓国語のみでしか公開されていな
いて、同水準の検索結果を得られるような検索環
い出願も多数存在している。参考III-13
境が整備されることが重要になってくる。このよう
な環境が整備されることで、より効率的かつ的確
中国特許庁は機械翻訳を利用した英訳による
情報発信に努めているが、我が国がイノベーショ
な先行技術調査が民間において可能になるととも
ンを推進していくためには、このような機械翻訳を
に、出願人自らが出願を精査することや他の出願
利用して海外の特許情報へのアクセスを改善して
に対する的確な情報提供などの取組が進むことも
いくことも必要である。
期待されるからである(第I部 2. 参照)。
これはすなわち、研究開発のための検索環境と
(c) 特許システムのためのグローバルな検索環
特許出願のための検索環境の共通化が求められ
境
ているということでもある。
(i) 各国内のワークシェアリングと仮想的な特許
検索システムは使用者に依存する
特許庁は、技術を検索する一流の検索
集団であり、民間のサーチャーとのコミュニティが
できるといいのではないか。特許庁のシステムの
アルゴリズムや検索式、検索結果等を公開し、シ
ェアすることで、それ自体にも意見をもらいフィー
ドバックしていくのも良いのではないか。効率的
な検索を可能とするシステムは、民間における的
確な先行技術調査を促進し、質の高い特許を可
能とするなど、官民のワークシェアにつながるも
のである。
(委員意見)
庁に向けて
企業活動がグローバルに展開することにより、
同じ発明について複数の特許出願が世界の特許
庁に重複して出願されているため、これらのワーク
ロードを軽減し、審査の効率化を図ることが重要
になっている。このため、各国の特許庁との間に
おいて、様々なワークシェアリングの取組が行わ
れている。(第I部 1. 参照)
ワークシェアリングの取組を効果的に実施する
ためには、各国特許庁において、いずれもが同水
(d) 中国・韓国の特許情報へのアクセスの必要
準の検索結果を得られるような検索環境がグロー
性
世界の特許出願は急増している。特に中国と
バルに整備されることが望ましい。
韓国の特許庁への特許出願件数が近年伸びてき
こうした環境が整備されることにより、各国特許
庁の審査の質の均一化にもつながり、ワークシェ
ており、今後も増加することが予想されている。中
アリングの実効性が向上すると考えられる。
国と韓国の技術力の向上を考慮すれば、研究開
発動向や先行技術情報を得る上でも、これらの国
の特許情報の重要性は高まっている。
(ii) 官民の役割分担
また、海外の企業が特許権者の侵害により提
イノベーション促進のためには、迅速かつ的確
な特許審査の推進が必要であるが、そのために
訴されるケースは、中国文献の重要性の高まりを
は、先行技術調査が重要なポイントとなる。そして、
示す事例として指摘されることもあるが、中国にお
先行技術情報が海外の特許文献や論文等に多
ける特許紛争に巻き込まれるのを防ぐ観点からも
156
日本語でのアクセス等を含め、中国語の特許文
中韓特許情報へのアクセス環境
特に中国語・韓国語の知財権文献の情
報の収集・蓄積・日本語での公開は、早急に取り
組んでもらいたい。中国・韓国の現地企業から日
本企業が侵害訴訟を起こされるリスクが高まって
おり、障害可能性のある現地知財権の存在を知
り無害化(クリアランス)する手立てを打つため
に、現地知財権に係る日本語 DB が整備される
必要性は高まっている。
(日本知的財産協会)
2
献や技術文献に容易にアクセスするための環境
整備が課題となっている。
参考III-11
特許文献以外の情報により特許が拒絶された比率※
30%
バイオ分野(学術論文が多い)
20%
IT分野(コンピュータ・ソフトウェアは雑誌・書籍等が、通信は学術論文が多い)
10%
生活福祉
交通輸送
生産基盤
光学
社会基盤
素材
画像
応用化学
平均
物理
通信
情報
生 命 ・環 境
0%
※一次審査において特許文献以外の情報を引用して拒絶理由が通知された比率
(出典)2006年の審査実績から特許庁作成
参考III-13
参考III-12
中国・韓国の特許文献の海外ファミリ文献の有無
世界の特許庁の出願受理件数
中国のみに出願した文献(海外 韓国のみに出願した文献(海外
ファミリ文献無)比率
ファミリ文献無)比率
(1985∼2007)総件数118万件 (1985∼2007)総件数159万件
180
その
他 160
中国
140
韓国 120
欧州 100
米国 80
海外ファミリ
文献有
58%
日本 60
40
海外ファミリ
文献無
42%
海外ファミリ
文献有
41%
海外ファミリ
文献無
59%
万 20
件
0
2001
2002
2003
2004
2005
(出典)WIPO統計から特許庁作成
※中国・韓国の特許文献においては、機械翻訳による英訳の提供などの取組がなされている。
(出典)Derwent World Patent Index(1985∼2007)から特許庁作成
157
(2) イノベーションを促進するためのシームレスな検索環境
○海外の特許情報や論文などの特許情報以外の技術情報へのアクセス環境については、言語の壁や
著作権の問題により、必ずしも整備されているとはいえない。
○特許システムと研究開発の双方の観点から、内外の特許情報や論文等の技術情報等をシームレスに
検索・参照できる環境整備が必要となっている。
○特許庁の新検索システムの開発においては、民間の知見を活用するとともに、開発したものを可能な
限りオープンにすることで、官民全体での技術情報のインフラの向上を図る。
(a) 技術情報のインフラを巡る課題
文献へのアクセスのキーツール
言語の壁により、文献へのアクセスが不
十分になることで、特許の質の低下や法的不確
実性が増大する。これは、翻訳するための資源
を有しない中小企業に影響するだろう。
言葉ではなく、概念に基づいた分類のスキー
ムが必要。分類は文献へのより良いアクセスのキ
ーツールである。
(European Patent Office)
1
イノベーションのグローバル化によりテクノロジ
ーに関する知識が世界的に普及したことを背景と
して、海外の特許情報の重要性が高まっている。
また、技術分野によっては、特許情報以外の先行
技術情報が数多く散在するなどの理由から、他の
分野よりも論文や雑誌等の重要性が相対的に高
い分野がある。
OSS が先行技術として活用されるべき
研究論文や特許情報に加えて、例えば
オープン・ソース・ソフトウェア(OSS)のような情報
の新たな形態がオープンイノベーションの進展と
共に世界的に広がり、その重要性を増していま
す。したがって、OSS が研究論文や特許情報と
同様に、重要な先行技術の源として活用される
べき。
(IBM)
2
これはすなわち、今後、我が国がイノベーション
を促進していくためには、「日本の特許情報」の枠
を越えて、海外の特許文献や、論文や書籍等の
特許以外の技術情報等をも考慮に入れなくては
ならないことを示している。内外の特許文献や論
文等へのアクセス環境の整備は、研究開発と特
許システムの双方のために必要となってきてい
(b) 大学の検索システムの現状
る。
大学においては、論文情報の検索ツールとして
海外の特許情報を効率的かつ的確に調査する
は、有料ではあるがJDreamII25 や学会が提供する
ためには、国際特許分類(IPC)を使用することや、
検索システムなどが利用されており、また世界的
さらに全文検索を行って絞り込むことが有効であ
なオープンアクセス運動により論文については自
る。しかしながら、全文検索をするためには、その
由に閲覧できる方向に動いているといわれている。
国の言語で行わざる得ないため、言語の壁が高
他方、特許情報の検索ツールとしては、主として
い。
特許電子図書館(IPDL)が使用されているが、特
また、論文や雑誌等の技術情報については、
許情報の調査方法の困難さ等の理由から、約 4
その種類は多様であり、著作権の許諾がとれてい
割の研究者は、特許情報の調査を自ら行ってい
ないなどの理由により、Web 上で公開されていな
いものもあり、その入手が困難であったり、入手す
るのに時間がかかる場合がある。
25
科学技術振興機構(JST) が作成した科学技術や医学・薬学関
係の文献情報を検索できる日本最大級の科学技術文献情報の
データベース。収録記事は約 4,700 万件。
158
ない。26
備が進んでいないというのが現状。
(大学有識者意見)
大学内の情報管理については、学内の研究者
が生産する研究成果、教育用資料等の組織化・
(c) 企業の検索システムの現状
保存・管理・利用に対応するシステムの整備は不
企業は、技術情報の検索にあたって、IPDL や
十分であるとの指摘がある。27
商用データベース、社内のデータベースなど様々
その一方で、一部の大学において、学内に分
なツールを活用している。
散している情報を、いくつかの区分に融合・移転
企業が独自に保有する社内データベースの中
するデータベースを構築する等、大学全体として
心的機能は、出願等管理と検索データベースで
協調する情報システムの構築に取り組む動きも見
ある。管理に関する機能には、権利維持・管理等
られる。
の出願等管理のみに留まらず、経営情報を含め
また、こうしたシステムの構築に加えて、データ
た管理機能や、社外事務所とのデータ交換機能
ベースに、研究者が保有する研究成果等のコン
などがある。検索データベースに関する機能は、
テンツを自ら積極的に蓄積するインセンティブを
概念検索機能や特定の分野に特化した情報を調
確保することも重要との意見もある。
査・分析できる機能など、独自の思想に基づいて
整備されている。
学術学内の情報のオープン化
学術情報として公開されているもの以
外、例えば卒業論文や修士論文などは、公開許
諾がとれていても著作権上の問題があり公開で
きないものが多い。東京大学では、文献・特許・
HP・ブログ等、複数あるものを可視化し、リンク関
係をみることによって、パラレルに構造化すること
を予定している。他の情報化の動きとも協調して
いきたい。
(委員意見)
一方で、商用データベースの充実やメンテナン
ス費用等の理由により、社内データベースを導入
している企業は約 6 割に留まっている。28
エンタープライズ・サーチ・プラットフォーム
企業では特許情報 DB は使いこなしてい
るが、非特許文献についても、どのように使いこ
なしていくか、どのように経営の意思決定に活か
していくかに重点を置いている動きもある。自社
内外の情報を結合するため、エンタープライズ・
サーチ・プラットフォーム(企業内統合検索基盤)
と呼ばれる技術を活用し構築するという動きもあ
る。
(委員意見)
研究者のインセンティブの確保
データベースのようなものを大学におい
て構築することは可能かもしれないが、それ以上
に、個々の研究者が収集したコンテンツをデータ
ベースにどれだけ入れてもらえるかが重要とな
る。そのためには研究者がデータベースにコンテ
ンツを入れるようにするインセンティブが必要。
(委員意見)
先行技術調査の質の向上
①学会文献情報②特許情報③マーケッ
ト情報(新聞報道等)の全てを調査対象とする。
多くの企業は「①学会文献情報」までは見ていな
いと感じている。これは、図書の管理部門と特許
情報の管理部門が別であることが原因と考えら
れる。このため、当社では、この両部門を連携さ
せる体制に変更し、学術文献情報と特許情報を
学内の情報の一括管理
論文情報などをデータベースで一括して
管理する体制を整備している大学もわずかに存
在するが、ほとんどの大学ではそうしたデータ整
26
(独)工業所有権情報・研修館 「科学技術研究者のための特許
文献検索システムに関する調査研究報告書」 2007
27
科学技術・学術審議会 学術分科会 研究環境基盤部会
学術情報基盤作業部会 「学術情報基盤の今後の在り方につい
て(報告)」 2006
28
特許庁 「戦略的な知的財産管理に向けて-技術経営力を高
めるために-」 2007
159
一度に検索出来るようにしている。
(出典)特許庁 「戦略的な知的財産管理に向け
て-技術経営力を高めるために-」 2007
(d) 技術情報のインフラ構築
こうしたイノベーションのグローバル化や技術分
野毎の情報構造の相違等に対応するためには、
世界中の特許情報や論文等の技術情報に容易
にアクセス出来るような技術情報の検索環境を整
備することが必要である。
例えば、将来的に全ての技術者・研究者が、国
内外の特許情報、論文や書籍等の特許情報以外
の技術情報、さらには出願に関する経過情報等
について、機械翻訳や外部データベースと内部
データベースの連携を強化することなどにより、シ
ームレスに検索、参照できるような環境を整備す
ることが望まれる。
このようなシームレスな検索を可能とする検索
環境が構築されることにより、世界中に膨大に存
在する技術情報の中から有益な情報を獲得しつ
つ、他社の研究開発動向を踏まえた効率的かつ
戦略的な研究開発が促進される。さらに特許審査
の過程においてもより効率的な先行技術調査が
可能となり、特許権の安定性を高めることにつな
がると考えられる。
160
(3) 特許庁の新検索システム
(a) 開発の基本方向
特許庁の検索システムは「知的創造サイクル」
(i) 企業・大学におけるイノベーションの促進のた
を支えるインフラとしての役割を有しており、近年
めのインフラ整備に資するように、可能な限りオー
のオープンイノベーションの進展やグローバル化
プンな形を採用する。
などによる爆発的な情報量の増加に対応したイノ
ベーションインフラとしての整備・拡充が求められ
(ii) 特許庁が保有している特許情報のコンテンツ
ている。
とグローバルに存在している技術情報をシームレ
このため、特許庁の新検索システム(2014 年稼
ス(横一列)に検索できる環境(データ、システム
働予定)の開発は、このような環境整備に資する
(検索機能))を外部で利用可能とする。
ため、次のような基本方針の下で行われるべきで
ある。参考 III-14
参考III-14
情報量が爆発するなかで、日本のイノベーションを支える環境として、より広
範で多面的な検索環境が求められている。
- 特許庁新検索システムをその一部として、またその環境整備につな
がるように構築することを目指す -
【内部利用者のインフラ整備】
・中国・韓国特許文献
・非特許文献
・インターネット上のWeb情報
・商用データベース
既存の10TB、7千
万件の特許文献等
に加えて
①データ共有の可能性
②システム(検索機能)のオープン
化/共有の可能性
ソフトウェア/ データのオープン化の流れ
庁外に開かれたシステムへ
大学・研究機関
【外部利用者のインフラ整備】
・学術情報、特許情報のシームレ
スな検索
・大学・企業等とのデータ共有
・大学・企業等とのシステム(検索
機能)の共有
検索技術の動向
企業
・学術情報と特許情報とのデータ共有
・シームレスな検索環境の実現
社内
データ
学内
データ
許諾に基づく参照
Web情報
商用データベース
特許情報へのアクセス
学術文献
非特許文献
国内外特許文献
中国・韓国特許文献
(機械翻訳)
161
特許庁
マニュアル・カタログ等
(b) コンテンツの共有と拡充
求められる。
(日本経済団体連合会)
イノベーションのインフラとして技術情報をシー
ムレスに検索する場を提供すべく、共通の API 等
(c) IT 技術の進歩に応じた提供機能の詳細化
を構築し共有化することで、大学、企業等の外部
さらなる先行技術情報の増大に対応するため
のデータベースと内部のデータベースとの連携を
には、効率的な検索を可能とするツールが必要と
強化することが重要である。
なる。
例えば、概念検索、図形イメージ検索が可能と
統合データベースの構築
バイオテクノロジー関係において、特に
米国は進んでおり、国立医学図書館、NCBI(国
立バイオテクノロジー情報センター)に非常に広
範なデータがある。各大学・研究機関のデータベ
ースにハイパーリンクを張って統合データベース
を構築している。これは、図書館の仕事として行
っているが、日本においては、国立国会図書館
がやっているとは聞いたことがない。どこかが、デ
ータベースのためのデータベースを構築しなくて
はならない。日本でも遺伝学研究所や京都大学
など良いデータベースを持っている研究機関は
多い。
(委員意見)
なるツールや、機械翻訳を利用した検索に必要な
外国語の翻訳辞書や技術分野別のシソーラス辞
書の整備、検索エンジンの強化ルールの開発が
有効であると考えられる。
そのため、これらのツールの開発にあたっては、
その有効性等について検討していく必要がある。
検索エンジン・アルゴリズムは重要
技術についての先行技術を検索する際
に有効なより優れた検索能力を有するアルゴリズ
ムを開発できる余地があるのではないか。
(委員意見)
一方では、英語圏の特許文献のみならず、中
国・韓国を含む非英語圏の特許文献や、収益性
(d) 官民協働による共同開発・共同メンテナンス
に乏しく民間ではデータベース化されないが公益
これら検索環境の整備にあたっては、全てを特
性の高い資料などについて、そのニーズや重要
許庁独自で開発することは困難であり、また適切
性に応じて積極的な収集・蓄積を特許庁としても
でもなく、共同開発・共同メンテナンスにより、民間
図っていく必要もある。
の有する知恵の活用を図ることが重要である。
また、Web 上で公開されている技術情報の爆
そのためには、ポジティブフィードバックが可能
発的な増大に鑑みれば、Web 上の技術情報を収
な仕組みを構築するなど、官民が協同してイノベ
集し、タイムスタンプを押してアーカイブ化するイ
ーションインフラの整備・拡充を図っていくことが
ンターネット・アーカイブの構築も有効と考えられ
重要である。具体的には、特許庁が蓄積した情報
る。
や開発したシステムを可能な限りオープンにし、
公共財として民間の利用に供することによって、
情報インフラの機能向上
技術の高度化、複雑化に伴い、非特許
文献を含めて、参照すべき関連文献の数が増加
している。わが国におけるイノベーションを促進
する観点から、特許庁は、文献に容易にアクセス
できる環境の整備に取り組むべきである。特に、
民間自身の取り組みでは限界がある中国や韓国
等の文献について、機械翻訳の機能向上を含め
て、容易にアクセスできる情報インフラの整備が
1
民間によるさらなる開発を促進し、それをさらに特
許庁のシステムにも反映する仕組みの構築を目
指す。
162
全てを特許庁で開発することは困難
民間のシステムの活用を図っていく必要
があると考えている。特許庁が開発したものはオ
ープンソースとし、民間のそれを利用したサービ
スもオープン化させるというのも一案。現状にお
いても、先行技術調査において、人の目でみな
いとわからない部分は多く、官全体でのシステム
の機能向上は必要である。
(委員意見)
シームレスな検索環境の実現
全ての技術者・研究者が国内外の特許
情報、論文や書籍等の特許情報以外の技術情
報、さらには出願に関する経過情報等をシーム
レスに検索、参照できるようなインフラの整備は、
1 企業ではなしえないものであり、イノベーション
の促進、先行技術調査の観点から、早期の実現
に向けて検討をお願いしたい。
(日本知的財産協会)
1
特許庁の開発したシステムの利用
2 特許庁の審査官が用いる検索システムと
同様のシステム、検索方法を企業が使え
るようになることは非常に有用。
(日本電気株式会社 知的資産統括本部)
特許庁の使用のために開発されたソフトウ
ェアや機器については、独占されずに、制
限やロイヤルティの支払い無しに利用可能とし、
ユーザによる改良と統合が自由にできることを要
請する。
(AIPLA)
2
163
(4) コミュニティパテントレビューの検討
日本版コミュニティパテントレビューの試行
<概要>
「コミュニティパテントレビュー」(CPR)とは、企業や大学等の研究者・技術者等からなるコミュ
ニティが、インターネット上で、審査継続中のある特許出願に対するレビュー(最適な先行技術
についての情報開示、議論等)を行い、その結果有益な先行技術であるとされた文献等を審査
用資料として特許庁に提出するという民間主導の取組である。
CPRは現在米国で試行されているが、イギリスでも試行が検討されている等、今後、グロー
バルなインフラの一つとなることも予想されることから、我が国においても試行を開始する。
<背景>
ITの進歩やイノベーションのグローバル化等に伴い、技術情報が、特
許文献、論文等の様々な形態で世界中に散在するようになっている。
こうした状況において特許権をより安定したものとするためには、散在
する技術情報を研究者等の知識を通じて集約し、特許審査に活用する
ことも重要である。
このような背景の下、米国では特許の質を向上させる取組の一環とし
て「コミュニティパテントレビュー」が提案され、試行が開始されている。
米国のCPRの試行状況
z 米国特許商標庁はソフトウェア分野の出
願(継続中の250件)を対象にパイロット
プロジェクトを試行開始(2007年6月∼1
年間)。
z これに対して、GE、HP、IBM、Intel、
International Characters、Microsoft、
Oracle、Out of the Box Computing、Red
Hat などがパイロットへの参加を表明。
z コミュニティへの登録者数は2040人。
z 56件の出願に対して183件の先行技術
の例が引用されている。
(2008年5月11日現在)
(出典) Peer-to-Patent Project HP
<具体的取組>
CPRの有効性等についての検証を行うため、日本版CPRの試行を開始する。
①日本版CPRの試行
„ CPRを運営する事務局を選定し、商用ポータルサイトを活用したウェブサイトを立ち上げる。
„ 企業数社からレビュー対象として提供された出願(30∼40件程度を想定)を、CPRのウェブサイトに一定期
間掲載し、レビュアーからの先行技術文献やコメントの提出を受ける。
„ 事務局は、提出された先行技術文献について、コメントを踏まえつつ審査に資すると判断したものを情報
提供制度を通じて特許庁に提出する。
企業から提供さ
れた特許出願
特許出願
特許出願
特許出願
CPR運営事務局
特許庁
zレビュー対象出願の掲載
z企業や大学、学会等にレビュ
アーを募集
zレビュアーへのID/PW発行
zウェブサイトの管理
z提出された技術文献を特許庁
へ提出
ID/PWの発行
先行技術文献提出
文献
先行技術文献提出
コメント提出
文献
レビュアー (企業内研究者、大学教員、
ポスドク等を想定)
②コミュニティパテントレビュー検討委員会
„大学教授(知財、工学系)、企業実務者(知財・法務)、企業研究者、弁理士等の有識者7名程度で構成。
„先行している米国のCPRの試行状況や日本版CPRの試行状況、特許法・著作権法上の論点等を整理・分析。
<スケジュール>
2008年度夏までに日本版CPRの試行を開始(∼2009年3月)。
試行結果と検討委員会による検討をもとに本格移行について検討。
164
者等が有している知識を特許審査に活用し、特
(a) 「コミュニティパテントレビュー」とは
「コミュニティパテントレビュー」とは、企業や大
許審査における官民のワークシェアリングを進め
学等の研究者・技術者等をはじめとする民間のコ
るものであり、特許庁における特許審査の更なる
ミュニティが、インターネット上で、審査継続中の
効率化や、特許審査の更なる質の向上を図る上
ある特許出願に対するレビュー(最適な先行技術
で有効と考えられる。
についての情報開示、議論等)を行い、その結果
また、コミュニティパテントレビューは、特許庁だ
有益な先行技術であるとされた文献等を審査用
けではなく、出願人にとっても多くのメリットがある
資料として特許庁に提出するという民間主導の取
制度だと考えられる。
第 1 に、自己の出願を公衆にレビューしてもらう
組である。参考 III-15
ことにより、出願人は、より安定した強い特許を取
1
コミュニティパテントレビューと情報提供制度
得することが可能になる。
米国で試行されているコミュニティパテン
トレビューは、オープンなコミュニティの英知を特
許審査に活用する制度として期待されている。一
方、日本においては第三者の知見を特許審査に
活用する制度として情報提供制度があるが、情
報提供制度の見直し(例:インターネットを利用し
た情報提供-この場合、情報の篩いをいかに掛
けるかが課題)や、コミュニティパテントレビューと
情報提供制度の得失を熟慮した上での両制度
併存についても検討すべきではないかと考える。
(日本知的財産協会)
第 2 に、自己の出願に対する世の中の反応を
見ることが可能になるため、当該出願が世の中で
どの程度注目されているのかを把握することが可
能になる。
第 3 に、コミュニティパテントレビューの取組が、
現行の米国での試行の枠を超えて発展し、例え
ば審査継続中の出願だけではなく、権利化後の
ものもレビュー対象とするようになった場合、出願
(b) コミュニティパテントレビューが生み出された
人は、第三者に対して権利行使したいと考えてい
背景
る自己の特許をレビューしてもらうことで、無効理
情報通信技術の進歩やイノベーションのグロ
由となる先行技術文献等が存在するか否かを事
ーバル化等を背景に、テクノロジーに関する有用
前に確認すること等も可能になる。
な情報が、特許文献、論文、書籍等の様々な形
さらにレビュアーにとってもメリットがあると考え
態で世界中に散在するようになっている。
られる。具体的には、レビュー対象となる特許出
このような状況において、より安定した特許権
願に含まれる先端技術についてレビュアー同士
を得るためには、散在する技術情報を、効率的
がお互いの知識を出し合って議論することで、有
に集約し、特許審査に活用するといった仕組み
益な知識や情報を交換・吸収できる可能性がある
も非常に重要である。
こと、自己の研究の妨げになるような特許の成立
こうした背景の下、研究者等の第三者の持つ
を防ぎ、研究開発の自由度を高めること等が考え
知見を活用する「コミュニティパテントレビュー」シ
られる。
ステムが提案され、現在米国において試行が開
始されている。
(d) レビュアーの確保
コミュニティパテントレビューを効果的に機能さ
(c) コミュニティパテントレビューのメリット
せるためには、レビュアーによる適切な先行技術
こうした取組は、企業や大学等の研究者・技術
情報の提出が欠かせない。このため、大学や企業
165
等における研究者等の参加が不可欠であることか
関する出願のみに関心がいくのではないか。
(委員意見)
ら、彼らの積極的かつ自発的な参加が必要とな
る。
質の悪い特許は勉強にならないかもしれ
ないが、それが特許として成立したら困る
人ならみるのではないか。どのように試行を設計
していくかは重要。
(委員意見)
レビュアーのインセンティブの確保が重要
試行においては、他の人の論文を読むた
めのインセンティブをどのように確保する
か、また、企業においては競業他社の出願動向
をウォッチングしていることから、ある程度の匿名
性を確保した制度とすることも重要ではないか。
(委員意見)
先行技術文献調査の選択肢を広げる
審査における先行技術文献調査の選択
肢を拡げる一手段としてのコミュニティパテントレ
ビューはそのひとつの解であると考え賛同する。
ただし、レビュアーの見解により逆に判断基準が
ぶれたりしないよう配慮いただきたい。例えば、
審査における先行技術文献調査が困難な分野
について採用する等、適用分野を考慮すること
も、必要に応じて配慮いただきたい。
(日本知的財産協会)
2
企業、大学等の研究者・技術者等から有
効な情報提供を受けるには、研究者・技術
者に対して、モチベーションあるいはインセンティ
ブを与えるような制度設計が必要。
(日本弁理士会)
2
(e) コミュニティパテントレビューの試行
(5) 著作権の問題
英国でもコミュニティパテントレビューの試行が
なお、特許庁の保有する非特許文献データベ
検討されていること等に鑑みると、今後、この制度
ースを外部に提供する行為や、コミュニティパテン
が世界各国に広がり、知財システムにおけるグロ
トレビュー等の民間のオープンソースコミニュティ
ーバルなインフラの一つと位置づけられる可能性
においてインターネット上に論文を提供する行為
がある。そうした場合に、我が国企業等が、当制
等については、著作権法上の問題の検討が必要
度を有効活用して知財戦略で他国の企業よりも
である。参考 III-16
優位に立てるようにするため、早期に当制度を経
験し、研究開発における技術情報や文書の管理
著作権法のデジタル化の時代への対応
著作権法は現在のデジタル化の時代に
対応できていないため、非常に使いづらい制度
となっている。著作権の世界は昔から権利者が
強くデジタル化の対応に向けた改正が進んでい
ない。
(委員意見)
の徹底等、体制を強化しておく必要がある。
以上のことから、日本版コミュニティパテントレビ
ューの試行を行うことする。また、レビュアーにとっ
てどのようなインセンティブがあるかについても、
課題の一つとして検討していくこととする。
非特許文献の取扱
著作権の問題を抱えている特許庁保有
の非特許文献 DB の外部への提供等、非特許文
献の取り扱いについては、これらの先行技術文
献調査結果による無駄な出願の抑制の観点から
も、文化庁他の関係当局とも協議・調整し、早期
に解決を図って欲しい。
(日本知的財産協会)
1
コミュニティパテントレビューへの懸念
コミュニティパテントレビューの試行は賛
成だが、懸念事項もある。研究者・技術者などが
参加するインセンティブをどう上げるかがわから
ない。研究者が参加しようとするインセンティブと
しては、ある種の評価(名声)を得たいということ
はあるのかもしれないが、ビジネスに直結しない
ことに参加しようとするだろうか。また、質の悪い
特許出願は誰も読みたくなく、良いものを読みた
いのが技術者の傾向であることから、良い技術に
166
参考III-15
コミュニティパテントレビューのイメージ
特許出願
出願人
特許出願
①出願人がコミュニティパテント
レビューへの参加を要求。
特許庁
コミュニティパテントレビュー実施機関
②参加要求のあった特許出願をWeb上に掲載し、
レビュアーはそれに対して、先行技術文献を提出
する。
レビュアー
提出・コメント
特許出願
特許出願
文献
評価
③レビュアーは提出された先行技
術文献に対して評価を行う。
・・・
文献
○ ○・・・
×
・・・
文献
○ ○・・・
××
特許庁での審査
・
・・
⑥優秀なレビュアーは認識・評価される。
文献
④提出された文献を厳選して特許庁に提出。
⑤審査官は特許
性の判断にあたり
提出された先行技
術文献を考慮。
「特許制度の改良」 A patent improvement. The Economist, (2007/9)
科学技術の高度化・複雑化により先行技術の調査が困難に。バイオ分野ではクレームが数千に上る出願
や数ギガバイトのデータが添付されているものもある。また、出願の約1/4は先行技術を記載しておらず、また、
約1/4は先行技術を25件以上も記載してしまっているため、審査官の判断には全く役に立っていない。
USPTOのデュダス長官は、コミュニティパテントレビュー (CPR) は自然な流れと評価。しかし、ゼロックスのコステ
ロ氏は、「競合他社が参加しても公平性・客観性を確保できるか注視しなければならない」と指摘。大企業が、個
人発明家を閉め出そうとする手段に使われるおそれがある。
コミュニティが熱意を持ってCPRに参加すれば、特許制度は変革するだろう。逆に、コミュニティがCPRに興味を
失ってしまえば変革の力は失われる。しかし、いずれにせよ破綻に瀕している制度の現状を踏まえ、CPRを試し
てみる価値があることには間違いない。
参考III-16
米国におけるコミュニティパテントレビューと著作権
コミニュティパテントレビューに提出するための文献の抜粋(excerpt)・引用(quote)は「フェアユース」に該当
すると考えられているが、提出された文献が、特許庁への提出と切り離されて使用される場合には著作権侵
害の可能性があるとされており、コミュニティパテントレビュー事務局は、利用者に対して、以下のことを行って
いくと述べている。
¾ 著作権のある参照が、USPTOと分かれているシステムへ提出される場合、著作権侵害の可能性が生じる。
著作権に関して仲間を教育し、著作権者に同意を要請し、著作権のある文献へのリンクの提出により、著
作権問題を縮小する。
¾ 先行技術がオンラインで一般公衆が入手できる場合、投稿者はリンクを提供することにより、それを他の人
に対して明らかにすることができる。
¾ オンラインで自由に利用可能できない場合、抜粋又は引用をフェアユースの下で公に共有される。
(出典) Peer-to-Patent Project HP http://dotank.nyls.edu/communitypatent/index.php
(出典) Beth Simone Noveck PEER TO PATENT :COLLECTIVE INTELLIGENCE, OPEN REVIEW, AND
PATENT REFORM Harvard Journal of Law & Technology Volume 20, Number 1 Fall 2006
167
4. 研究開発政策と知財政策との連携
研究開発政策と知財政策との連携
∼ 「知財の目」で研究開発をみる ∼
A. 研究開発政策と知財政策の連携の必要性
○iPS細胞の例にみられるように、研究開発の過程においては、論文の競争と知財の競争が
重なり合いながら起こっており、どちらの競争にも勝利をおさめなければ、世界をリードして
いくことはできない。したがって、研究開発と知財を常に一緒に結びつける、研究開発政策
と知財政策の連携が必要となっている。
○研究開発の成果が経済・社会にどのようなインパクトを与えるかについて、研究開発の入り
口で見通しを立て布石を打っていくことが重要。そのためには、研究開発成果と経済・社会
とをつなぐための「知財の目」が研究開発の入り口から必要である。
B. 知財ポートフォリオ構築とライセンス戦略
○研究成果を効果的に活用し、かつ、それ以後の研究の自由度を確保するためには、研
究成果のコアとなる部分について特許を取得するだけではなく、周辺部分も含めて複数
の特許を群としておさえておくことが、すなわち戦略的なポートフォリオの構築が必要。
○研究開発は、複数の研究者によって共同で、または連携し、情報を共有しながら進めら
れている。したがって、研究開発を加速的に進めるとともに幅広く展開していくためには、
既存の組織を越えた連携も必要である。その場合、各研究成果から生まれる知財を個々
に捉えるのではなく、知財群としてまとめ、例えばパテントプールやパテントコンソーシアム
の形成を検討することも必要である。
○また、研究開発の成果である知財を活用する際には、ライセンス戦略も重要である。たと
えば、リサーチツール特許に関しては、さらなる研究促進が図られるよう合理的な対価で
のライセンスを確保したり、他方、事業化に繋がる可能性の高い特許については、利益を
最大化するようにポートフォリオを構築してライセンスするなどの方策が考えられる。
C. 研究開発政策と知財政策の連携に必要な政策
○複数の大学・企業等が連携して取り組んでいる研究開発コンソーシアムを対象に、知財プ
ロデューサーをリーダーとする知財戦略構築の専門家チームを派遣することにより、当該コ
ンソーシアムにおける戦略的な知財戦略の策定や知財ポートフォリオの構築等を支援し、
さらなる研究開発の促進を図ることも重要と考えられる。
○研究開発の場に継続的に「知財の目」をもつ人材が配置されることが望ましいため、「知
財の目」を持つ人材の育成を行なっていくことも重要である。具体的には、ポスドク等を「知
財の目」を持つように育成して、将来的に知財プロデューサーとして活用していくことも一案
と考えられる。
○リサーチツール特許の円滑な利用を促進するため、ライセンス条件等に関する情報を広く
公開するリサーチツール特許統合データベースを構築する。
168
研究開発と知的財産政策の連携
∼ 「知財の目」で研究開発をみる ∼
<概要>
iPS細胞の例にみられるように、研究開発の過程においては論文発表の競争と知財の競争が重なり合いな
がら起こっており、論文のみならず知財の競争にも勝利しなければイノベーションを促進して世界をリードして
いくことはできない。すなわち、研究開発成果と経済・社会とをつなぐための「知財の目」が研究開発の入り口
から必要である。
このため、「知財の目」をもつ専門家を研究開発コンソーシアム等に派遣し、研究開発や知財戦略の策定を
支援する。さらに、知財のライセンス条件等を含めたライセンス戦略の策定を支援し、策定されたライセンス条
件等を広く公開することで、リサーチツール特許等の知財の円滑な利用を促進する 。
<具体的取組>
1. 知財プロデューサー派遣事業
„複数の大学・研究機関が連携して取り組んでいる「研究開発コンソーシアム」等のプロジェクトに知財プロ
デューサーをリーダーとする専門家チームを派遣。
„特許情報を活用した研究開発戦略を策定するとともに、研究開発の成果である知財のポートフォリオを
形成するための知財戦略を策定する。さらに、複数の機関、研究者が関わることで複雑になる知財の権
利帰属やライセンス条件等の明確化を図ることで、知財の円滑な利用の促進を図る。
2. 「知財の目」をもつ人材の育成
„研究開発の場に継続的に、「知財の目」をもつ人材が配置されることが望ましいため、知財プロデュー
サー等を派遣する先において、若手研究者やポスドク等の育成についても同時並行で実施する。
3. リサーチツール特許等(リサーチツール特許及び特許に係る有体物)データベースの構築
„ 研究に使用するリサーチツールに代替性がなく、それが特許の場合、当該リサーチツールを使用する
研究には、当該リサーチツールのライセンスが必要となる。リサーチツール特許のライセンス交渉にお
いては、権利者と使用者のライセンス条件に乖離がありライセンス交渉が難航する場合も多い。
„ このため、リサーチツール特許等データベースを構築し、大学や民間企業等が保有するリサーチツー
ル特許及びそのライセンス条件等に関する情報を蓄積し、広く公開することで、リサーチツール特許の
円滑な活用の促進を図る。なお、こうしたデータベースは、将来的にはパテントコモンズの取組を支える
インフラとしても活用される可能性がある。
(「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針」(2007年3月1日総合科学技術会議)を参照)
リンク
各リサーチツール
関連データベース
リサーチツール特許等
データベース
提供
リサーチツール特許等データベース表示情報
zリサーチツールの種類
z使用条件
zライセンス対価
z交渉のための連絡先
zライセンス期間
z支払条件 等
<スケジュール>
2008年度からリサーチツール特許等データベースの構築を開始。
ライセンス情報等を収集・蓄積し、早期リリースを目指す。
169
ライセンス関連情報等
(1) 研究開発の入口での「知財の目」
国際的な知の創造の拠点として日本が世界を
政策立案者が技術、社会・経済的な側面のみな
リードするとともに、日本の研究開発の競争力を
らず、知財の切り口で研究開発を捉える、すなわ
高めるためには、研究開発投資を効果的に行っ
ち「知財の目」をもって政策立案を行うことが可能
て、イノベーションを興していくことが必要である。
となる。
さらに、研究資金の配分も、同様に「知財の目」
iPS 細胞の例にみられるように、研究開発の過
を通して行われることが重要である。
程においては、論文発表の競争と、知財(権利獲
得)の競争が、重なり合いながら起こっており、こ
こうした知財の視点により、研究開発が経済・社
のどちらの競争にも勝利をおさめなければ、世界
会の中により有意にかつ明確に位置付けられると
をリードしていくことはできない。参考 III-17
ともに、研究開発にとってもより網羅的で充足した
成果が導き出される可能性が高まることが期待で
したがって、研究開発と経済・社会を常に一緒
きる。
に結びつける、研究開発政策と知財政策との連
携が必要である。
知財の視点をもった研究者は少ない
研究者のなかで、知財という観点での戦
略をもつ人や、知財の仕組みを理解している人
はまれである。ごく一部の大きな機関であれば、
知財の視点をもった者を置く等の体制整備をす
ることが予算的にも可能であると思うが、それ以
外の多くの大学では整備は現実的に難しい。
(委員意見)
(a) 研究成果と経済・社会をつなぐ知財の視点
研究開発において、サイエンスとしての成果を
得ることが重要であることは誰もが認めるところで
はあるが、研究開発における知財の重要性は常
に意識されているというわけではない。このような
傾向は、特に研究成果が未だ得られていない研
ライフサイエンス分野の知財専門家が少
ない
大学の研究資金の 4 割がライフサイエンスで占
められている中で、ライフサイエンス分野での知
財の専門家、知財プロデューサーとなりうる人材
が少ない。
(委員意見)
究開発の入口において顕著である。
しかし、我が国が国際的な競争力を高めていく
ためには、研究開発の入口の段階から、研究成
果が経済・社会にどのようなインパクトを与えるの
かが意識されていることが必要な場合もある。その
ため、研究開発プロジェクトの立案段階から研究
知財をプロデュースするためにはチーム
を組むことが必要
知財プロデューサーに求められるのは、事業を
プロデュースする中で、知財の知識を活用するこ
と、事業を知財の面から助けることである。事業を
マネジメントする知識と技術の知識、そして知財
の知識が必要であり、これら全てをカバーするに
はチームを組まないことには難しいだろう。
(委員意見)
成果を効果的に経済・社会に還元する知財戦略
が策定されていることが、すなわち「知財の目」を
通して研究開発を行っていくことが望ましい。参
考III-18
(b) 研究開発政策立案段階における知財の目
まず、研究開発政策の立案の際に、立案者自
身が特許マップ等の特許情報を活用できる、ある
いは、研究開発を知財の視点で捉えることができ
る人材が投入されることが望ましい。これにより、
170
参考III-17
iPS細胞に関連する特許出願と主要論文
山中教授のチーム
優先日:2004.02.19 (出願日:2005.02.16) 2004
国際出願JP2005/002842
(体細胞核初期化物質のスクリーニング方法)
優先日:2005.12.13 (出願日:2006.12.06) 2005
国際出願JP2006/324881
(マウスiPS細胞、ヒトiPS細胞)
2006
2006.08.10 Cell誌に論文発表
(マウスiPS細胞の作製)
2007
2007.11.20 Cell誌に論文発表
(ヒトiPS細胞の作製)
山中教授による
iPS細胞の作製以降、
米国との知財・研究開発
競争が激化
米国のチーム
2007.11.20 Science誌に論文発表
Thomson J.A.(ウィスコンシン大学)
(ヒトiPS細胞の作製)
2007.11.30 Nature Biotech.誌に論文発表
(発癌性の低いマウス・ヒトiPS細胞)
2007.12.06 Science誌に論文発表
Jaenisch R. (MIT)
(マウスiPS細胞を用いた貧血症の改善)
一般に、特許出願の後に、論文発表がなされる。
*特許出願は、出願から18ヶ月後に公開される。
2007.12.23 Nature誌に論文発表
Daley G.Q. (ハーバード大学)
(ヒトiPS細胞の作製)
参考III-18
研究開発プロジェクト立案段階での「知財の目」
研究開発プロジェクト政策の立案
知財
関係費
知財の視点
研究資金配分機関
研究資金
+
大学・研究機関
171
知財プロデューサー
(2) 研究開発の促進のための知財ポートフォリオの構築
られる。このようにして取得した特許群によって知
(a) 論文と知的財産権
財ポートフォリオを形成することで、知財の価値を
大学や研究機関(以下、大学等という。) にお
より向上させることができる。
いて行われる研究開発は、サイエンスとしての成
果が重要であることは言うまでもない。
(c) 組織を超えた連携と知財の取扱い
しかしながら、この研究開発の出口として、成果
を論文にして発表するという以外にも、その成果
研究開発は、特に先端技術分野においては、
に関して知的財産権を取得し活用するという道が
単独の研究者によって閉じた世界で行われるも
あることは見過ごすことができない。実際に論文発
のではなく、複数の研究者によって共同で、また
表によって学術的な成果のみを得るか、それとも
は連携し、情報を共有しながら進められている。
論文発表と並行して権利を取得するのかは、研究
したがって研究開発を加速的に進めるとともに幅
開発の成果をどのように発展させ活用するのかと
広く展開していくためには、既存の組織を越えた
いった戦略によって異なる。したがって、そのよう
連携も必要である。その場合、各研究成果から
な戦略なくして研究開発成果を論文でのみ公表
生まれる知財を個々に捉えるのではなく、知財群
したり、権利を日本のみで取得するような行動は
としてまとめ、例えばパテントプールやパテントコ
慎むべきである。
ンソーシアムの形成を検討することも必要であ
る。
(b) 知財ポートフォリオの形成 参考 III-19
論文の競争においては研究成果をいち早く公
(d) ライセンス戦略
表することが求められるが、知財の競争において
例えば、ライフサイエンス分野におけるリサーチ
は、出願のタイミングのみならず、取得される権利
ツール特許について、合理的な対価でのライセン
の範囲も重要となる。特に先端技術において、研
スを保証することができれば、これはリサーチツー
究成果を効果的に活用し、かつ、それ以後の研
ルの使用を円滑化することに繋がり、ひいては当
究の自由度を確保するためには、研究成果のコ
該分野における研究開発の促進をもたらす。した
アとなる部分について特許を取得するだけでは
がって、リサーチツール特許及びそのライセンス
なく、周辺部分も含めて複数の特許を群としてお
条件等に関する情報を広く公開し、活用されるた
さえておくことが、すなわち戦略的なポートフォリ
めのデータベースが構築されることによって、合
オの構築が必要である。このような戦略的ポート
理的な対価でのライセンスを推進することは、我
フォリオの構築はすでに企業において行われつ
が国の国際競争力を向上していくうえで重要であ
つあるが、大学等においては未だ不十分であるこ
る(「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール
とから、今後このような動きが大学にも拡大してい
特許の使用の円滑化に関する指針」平成 19 年 3
くことが期待される。
月 1 日総合科学技術会議)。参考III-20
以上に鑑みると、研究開発の成果が具体的に
どのように活用されるのかを視野に入れつつ、特
他方、事業につながる可能性の高い特許につ
許の出願や審査のプロセスで特許のクレーム範
いては、戦略的ポートフォリオを構築したうえで、
囲を決定していくことは非常に重要であると考え
早期の事業化を通じて利益を最大化するようなラ
172
イセンス戦略をとることも重要である。
参考III-19
研究開発において知財戦略・ポートフォリオを構築するための基盤整備
パテントプール
論文
情報
研究者A
研究者B
リサーチツール
特許等データ
ベース
特許
B
特許
C
特許
A-B
知財プロデューサー
技術情報・文書管理
特許
情報
特許
A
研究者C
論文
知財ポートフォリオ
参考III-20
リサーチツール特許等データベース
総合科学技術会議にて全体調整
リサーチツール特許等に係る統合データベースの構築に取り組んでいく。
リンク
各リサーチツール
関連データベース
リサーチツール特許等
データベース
提供
リサーチツール特許等データベース表示情報
zリサーチツールの種類
z使用条件
zライセンス対価
z交渉のための連絡先
zライセンス期間
z支払条件 等
173
ライセンス関連情報等
(3) 研究開発政策と知財政策の連携に必要な政策
要である(第 III 部 2. (1) 参照)。
(a) 「知財の目」を持つ人材の投入
研究開発政策と知財政策の連携のためには、
「知財の目」を持つ人物を研究開発の各段階に適
色々な研究を一つの出口へ集約していく
プロデューサーが必要
産学連携から出てきた発明は産業化に結びつ
いて初めて役に立つと思うが、一つだけのシーズ
で産業化に結びつくものは多くない。そこで、
色々な研究を一つの出口へ集約していくプロデ
ューサーが必要。イノベーション創出のために
は、プロデュース機能が必要であり、その結果い
い知財が生まれてくるのではないか。
(委員意見)
切に投入して、知財戦略を常に意識した行動を
促してゆくことが重要である。その際、場面によっ
ては、知財戦略と技術戦略の双方について知財
の観点からプロデュースできる能力を有する人材
(以下、 知財プロデューサー という)が配備され
ていることが望ましい。
(b) 研究開発資金からの知財関係経費の支出
(i) 研究開発政策の立案時
国や独立行政法人等の研究開発資金配分機
研究開発の成果として論文が求められるのと同
関において研究開発プロジェクトの政策を立案す
様に、国外も視野に入れた知財の獲得もなされる
る際には、「知財の目」で見てみることが必要であ
べきであるという観点から、知財の獲得に際して
る。そのために、研究開発政策立案者にとって有
必要な経費はあらかじめ研究開発資金の中に見
用な、特許情報を分析した特許マップや特許出
込まれているべきであると考えられる。
願技術動向調査を提供するとともに、「知財の目」
(c) 研究開発における情報や人の新たな連携
をもつ人材を投入することが必要である。
(i) イノベーションの基盤としての論文情報と特許
(ii) 研究資金配分時
情報のシームレスな検索環境(第 III 部 3. 参照)
研究開発資金配分機関が研究開発プロジェク
i) 大学等において
トに研究資金を配分する際、配分先の研究プロジ
大学等の研究開発において、論文と特許の競
ェクトに関する知財戦略が十分に構築されていな
争が同時併行でおこっている状況では、論文情
い場合、当該研究プロジェクトに知財プロデュー
報と特許情報とを、両情報の違いを意識すること
サーを配備し、しっかりとした知財戦略を立てて進
なくシームレスに検索でき、両情報にアクセスでき
めることが必要である。
ることが、大学等の研究者にとって有益であると考
えられる。
(iii) 「知財の目」を持つ人材の情報
「知財の目」を持つ人材あるいは知財プロデュ
ii) 企業において
ーサーとなり得る人材として、どのような人がどこ
また論文情報と特許情報とをシームレスに検索
にいるのかがすぐにわかるように、技術に精通し
しアクセスできる環境は、企業にとっても必要であ
た者(製造業技術者、若手研究者・ポスドク等)、事
る。したがって、企業及び大学等が保有する情報
業化ニーズなどを収集できる者(商社等)、知財戦
にアクセスできるシームレスな環境を整備すること
略に精通した者(弁理士等)など、国内外の人材の
は、国全体としてイノベーションを促進するための
データベースが必要と考えられる。また人材を適
基盤として必要である。
切に配備するためにはお見合いさせる仲人も必
174
(iii) 大学等における情報・文書管理
iii) 特許マップと研究テーマ
さらに特許情報にアクセスするだけでなく、研
企業では、実験データ等の研究開発における
究者が特許マップを作成できると、より発展性のあ
技術情報や文書の管理を徹底する取組が行われ
る研究テーマを設定でき、研究者自身が「知財の
ており、大学等においても同様の取組が必要であ
目」で研究開発をみることが可能となる。
る。また研究の進捗管理、発明者や発明日の特
定等のために、研究ノートに記録を残すことを徹
底させることも必要である。
(ii) 研究連携体制と知財の取扱
i) 連携における知財の取扱
(iv) 「知財の目」を持つ人材の育成
複数の研究者が共同で、または連携し、情報を
研究開発政策立案者や研究現場で研究を陣
共有しながら研究開発を進めるための研究体制
頭指揮する者(ポスドク等)、さらには研究に携わ
を、特に既存の組織を越えて構築する場合(例え
ば iPS 細胞研究におけるコンソーシアムの構築等)、
研究開発成果の両輪の一つである知財の取扱は、
る学生等、研究開発に関与する者が「知財の目」
を持つことが必要である。そのため研究管理者等
のための知財研修を行うことが必要であると考え
誰に知財が帰属し、誰が知財を管理するのか、研
られる。また、研究開発政策立案・資金配分の場
究体制を解散した場合に知財をどう取り扱うのか
のみならず、研究開発の場にも、知財プロデュー
等、複雑な問題を生じさせている。このため、知財
サーが継続的に配備されていることが望ましい。
プロデューサーを配備することにより、知財の取扱
そのためには、ポスドク等を「知財の目」を持つよう
を明確にすることが必要である。
に育成して、将来的には知財プロデューサーとし
て活用することも一つの可能性として考えられる。
ii) パテントプール及びコンソーシアム
経営レベルで知財戦略を立案できる人材
の育成が必要
現在、日本企業は、海外研修、海外実務経験
により優秀な知財部門担当者の育成に努めてい
る段階に留まっているが、WIPO での企業のエグ
ゼキュティブ向けのセミナーには中国、インドが
熱心であると言われており、経営レベルで知財
戦略を立案、遂行出来る人材の育成に産学官
連携して当たるべき時期を迎えている。
われわれ民間企業、当協会としても取り組みを
始めるので、国としても支援、協力をお願いした
い。
(日本知的財産協会)
また、複数の企業と大学により共同で産み出され
1
る知的財産についても、ポートフォリオを形成する
ことが重要である。その際には、パテントプールや
コンソーシアムなどを活用して、関係者間での権
利・利用に関する明確なルールを整備することも
考慮されるべきである。
iii) リサーチツール特許統合データベースの活用
さらに、例えばライフサイエンス分野におけるリ
サーチツール特許について、リサーチツール特許
(v) 「技術移転」機関に、研究開発全般を「知財の
及びそのライセンス条件等に関する情報を広く公
目」でみる機能を
開するリサーチツール特許統合データベースを構
産学連携の橋渡し機能を有する技術移転機関
築し、その円滑な利用を促進させることが必要であ
(TLO)も、研究成果を特許化し、産業界へ技術移転
る(前掲)。
する機能のみならず、研究開発の入口から出口まで
知財の観点で支援した上で、その成果を次なる研究
開発に結びつける機能をもつことが期待される。
175
5. オープンイノベーションにおける大学・中小企業・地域の役割と支援策
オープンイノベーションの下での
大学・中小企業・地域の知財戦略の広がり
A. オープンイノベーションにおける大学の役割
○近年の産学連携の推進とオープンイノベーションの進展を背景に、大学等と企業との
共同研究や受託研究は、件数・金額共に増加している。大学等においてもオープンイ
ノベーションに対応した産学連携を行うことは、大学の教育・研究の活性化に資するこ
とから、企業等との共同研究は今後も増加していくものと推測される。
○また、大学による研究成果には、将来的に基本特許につながる可能性があるものが
含まれていることから、企業からは技術分野や産業分野に合致した産学連携が求めら
れている。また同時に、地域におけるイノベーション創出に関しても大学等との連携に
対する期待は高く、単なるシーズ提供にとどまらず、シーズの評価や知財人材の育成
など大学には多様な役割が求められている。
B. オープンイノベーションにおける中小企業・地域の役割
○我が国製造業の企業間取引は、「系列取引」から多数の取引先との多面的な取引関
係(取引関係の「メッシュ化」)へと変化しており、研究開発を行う上で他の企業や大学
等と連携するケースも少なくない。このような状況の下、中小企業がイノベーション創出
の中で果たすべき役割にも多様性が求められている。
○経済のグローバル化により、中小企業の知的財産活動においても、製品の製造国や
マーケットとなる国々へのグローバルな対応が必要となっている。
○地域におけるイノベーションを創出するために、地域の特色を生かした事業展開が望
まれている。
C. オープンイノベーションの下での知財戦略の広がり
○オープンイノベーションが進展する分野を中心に、社外に存在する知識の活用が重
要となっている。中小企業においても、社外の知識の活用や自社の有する知識の活
用のために積極的な知的財産のライセンスイン、ライセンスアウト等が求められている。
このため、中小企業と大学、中小企業と大企業間などのマッチングの促進が重要に
なっている。
○米国においては、研究開発から事業化までのシナリオを「知財の視点」から総合的に
プロデュースするビジネスが現れており、大学や中小企業においては、こうしたビジネ
スを活用しつつ戦略的な知財管理の促進や保有する技術の活用につなげることも重
要であると考えられる。
○複数の大学・企業等が「研究開発コンソーシアム」を形成して、連携して研究開発を
行うといったケースが増えてきており、今後、こうした形態での研究開発を活性化させ
ていくことは、イノベーションを促進していく上で重要になってくると考えられる。
○一方、こうしたコンソーシアムが、円滑に研究開発を行い、その研究成果をイノベー
ションにつなげていくためには、適切な知財戦略を策定することが必要不可欠である。
そのため、知財戦略構築の専門家チームを派遣することにより、当該コンソーシアムに
おける知財活用戦略の策定等を支援することも重要と考えられる。
176
国の資金が投入された研究開発コンソーシアムを対象にした
特許庁・INPITによる知財プロデューサー派遣事業
<概要>
国の資金が投入され、複数の大学・研究機関が連携して取り組んでいる「研究開発コンソー
シアム」を対象にして、特許庁・INPIT((独)工業所有権情報・研修館)が一定期間集中的に知的財産戦
略の専門家を派遣することにより、研究コンソーシアムにおける特許出願戦略、特許活用戦略
等の知財戦略の策定を支援し、さらなる研究開発の促進を図る。
<具体的取組>
1. 対象となる研究開発コンソーシアム
国の資金が投入され、複数の大学・研究機関が連携して取り組んでいる「研究開発コンソー
シアム」 等のプロジェクトで、特許庁・INPITに対して、知財プロデューサー派遣事業による支
援の要請があったもの、又は公募(検討中)。
2. 派遣チームの構成
INPIT
((独)工業所有権情報・研修館)において、例えば、以下のような派遣チームを組織する。
支援チームリーダーとして知財戦略を統括する
関連技術・特許の動向についての知見が豊富な
知財プロデューサー(新設)
特許情報活用支援アドバイザー
知財プロデューサーは、経営と技術
の双方の観点からプロジェクトを
リードできる人材を選任。
(選任されるまでの間は、INPITの大
学知的財産アドバイザーを充てる)
企業などの事業化ニーズをよく把握している
特許流通アドバイザー
出願手続において強い特許権を作り上げることができる
特定の技術分野に専門性を有した
弁理士
3. 派遣チームによる支援内容
①「特許マップ」や「特許出願技術動向調査」等の特許情報を活用することによる、研究
開発戦略の策定の支援
②研究開発の成果についての知財戦略の策定(コアの部分だけでなく周辺部分も特許と
しておさえ、戦略的な知財ポートフォリオを構築)
③将来の事業化段階で必要となる「ライセンス契約」の整備などの、特許の活用・事業化
戦略の策定
ライセンス戦略としては、例えば、
„ リサーチツール特許ポートフォリオについては、研究開発の自由度を高めるためにも、合理的な対価でのライセンス
が明確になることが必要であり、リサーチツール特許等データベース等の活用も必要。
„ 事業につながる可能性の高い特許ポートフォリオについては、戦略的ポートフォリオを構築したうえで、利益を上げる
ことを念頭においたライセンス戦略をとることも重要。
4. 派遣期間
原則、1年間。
この間に、知財戦略上の課題を集中的に洗い出し、中長期の戦略を策定する。
<スケジュール>
2008年度から、事業を試行する予定。
2009年度に向けた予算要求を行い、事業の更なる拡充を図る。
177
(1) オープンイノベーションにおける大学
産学連携や大学等における知的財産活動は着実に増加しており、イノベーションを促進するため、大学
が果たすべき役割は重要である。
(a) 産学連携
(b) 大学の知的財産活動
近年の産学連携の推進とオープンイノベーショ
大学知財本部やTLOの整備等の影響もあり、こ
ンの進展を背景に、大学等と企業との共同研究
れまで急増していた大学からの特許出願件数の
や受託研究は、件数・金額共に増加しており、平
伸びは、2005 年から 2006 年にかけて微増と、一
成 18 年度における企業等との共同研究は 14,000
段落している。各大学別にみると、特許出願件数
件を突破している。参考 III-21
が増加した大学と減少した大学とは半々であるこ
とから、大学は研究成果を特許出願することの奨
励から、選別して特許出願する行動に移行してき
研究開発のグローバル化が進む中で大学等に
ていることが推測される。29
おいてオープンイノベーションに対応した産学連
なお、審査の結果、特許となる比率は、約 60%
携を行うことは、大学の教育・研究の活性化に資
とほぼ一定である。参考 III-22
することから、企業等との共同研究は今後も増加
していくものと推測される。
大学等における特許権の実施料収入について
は、平成 17 年度から急増しており、平成 14 年度
の 2 億 5200 万円から平成 18 年度の 8 億 100 万
大学の知財に対する権利意識
昔の大学は、知財に対して中立的な立
場を守ってきた。大学の権利意識だけが強くなっ
てくると、イノベーションを生み出す力が落ちてし
まうという懸念もある。大学の知財に対する「正し
い姿勢」というものを作り上げていく必要がある。
(委員意見)
と約 3 倍に増加している。参考 III-23
大学等による研究成果には、長期間を経た後
に実用化され、将来的に基本特許につながる可
能性があるものが含まれていることから、企業から
産業界の意見を積極的に取り入れる
仕組み作り
大学における研究成果についての権利化を図
るに当たって、産業界の意見をより積極的に取り
入れる仕組み作り(例えば、研究成果に関心を
持つ企業と守秘契約を交わすことにより事業化を
想定した権利化への協力を得る等)を検討すべ
きではないか。これにより、いい研究成果であれ
ば、企業が海外出願の費用を補助するケースも
出てくることもあり得、グローバル知財戦略の観
点からも望ましいものと考える。事業化の視点を
持たない出願では、権利化しても活用されること
が少ないばかりか、国際産業競争力強化の観点
からも有益であるとは考えられない。
(日本知的財産協会)
は技術分野や産業分野に合致した産学連携が求
1
められている。また同時に、地域におけるイノベー
ション創出に関しても大学等との連携に対する期
待は高く、単なるシーズ提供にとどまらず、シーズ
の評価や知財人材の育成など大学には多様な役
割が求められている。
29
178
特許庁 「特許行政年次報告書 2008 年版」 2008
参考III-21
国立大学等における共同研究実績
平成18年度国公私立大学等における共同研究・受託研究実績
(出典)文部科学省 「イノベーションの創出に向けた産学官連携の戦略的な展開に向けて 参考資料」 2007
参考III-22
大学の知的財産活動(特許出願・審査請求・特許率)
特許出願件数
(件)
9,000
27%
8,000
7,569
7,352
25%
7,000
20%
7,859
26%
100%
25% 1,200
25%
80%
69%
1,000
6,000
60%
20%
800
4,604
5,000
15%
4,000
400
5%
200
0
0
出願件数
58%
364
600
10%
1,000
2003
501
60% 60%
60%
1,979
2002
60%
40%
253
2,775
3,000
2,000
特許審査の状況
(件)
30% 1,400
2004
2005
2006
2007
0%
(年)
111
153
101
149
242
208
2002
2003
特許査定
グローバル出願率※
744
379
535
20%
0%
2006
2007
(年:発送日ベース)
拒絶査定、FA後取下げ・放棄
特許査定率
2004
2005
※自国への出願のうち国外にも出願される発明の比率
(備考)出願人が大学長又は大学を有する学校法人名の案件、及び、承認TLOの案件を検索・集計(企業等との共同出願で、筆頭出願人が大学・承認TLOではない案件も含む
(出展)特許庁 「特許行政年次報告書2008年版」 2008
参考III-23
大学等における特許実施料収入の推移
(出典)文部科学省 「イノベーションの創出に向けた産学官連携の戦略的な展開に向けて 参考資料」 2007
179
(c) オープンイノベーションの下での大学の知財戦
れているようだが、こうした体制のみならず、一大
学のみであっても、国として重要な大規模プロジ
ェクトであれば、広く派遣対象として欲しい。
(委員意見)
略の広がり
(i) コンソーシアムによる研究開発促進と知財プロ
デューサーの活用
(ii) 研究開発・知財の総合プロデュースビジネス
オープンイノベーションの広がりに伴い、大学や
の活用
研究機関等における研究開発の形態も多様化して
おり、複数の大学・研究機関等が「研究開発コンソ
近年、米国を中心に、知財の活用・流通を支
ーシアム」を形成して、連携して研究開発を行うとい
援するという従来のビジネス形態をさらに発展さ
ったケースが増えてきている。こうした形態での研究
せたビジネスモデルを有する機関が現れている。
開発を活性化させていくことは、今後我が国がイノベ
例えば、研究開発の方向性からその成果の事業
ーションを促進していく上で重要になってくると考え
化に至るまでの優れたシナリオを描き、そのシナ
られる。
リオに合致する特許権に戦略的に投資すること
で、価値の高い特許ポートフォリオを構築する機
例えば、iPS 細胞研究においては、京都大学が中
能を備えたファンド等が現れている。
心となって、コンソーシアムを形成し、複数の大学等
こうした企業の中には、技術に係るシナリオを、
と共同研究を行っており、それに多数の企業側も参
ノーベル賞級のサイエンティストをはじめとする多
加している。
また、東京大学、慶応大学、電気通信大学は、光
数のサイエンティストの参加のもとに描く企業もあ
学系に強い企業 11 社と共同して、先端光科学にお
り、我が国における大学等の有力な研究者も、こ
けるイノベーションに実践的に取り組んでいる。
の動きに加わりつつある。
一方、こうしたコンソーシアムが、円滑に研究開発
オープンイノベーションが進展していく中で、
を行い、その研究成果をイノベーションの促進につ
研究開発から事業化までのシナリオを「知財の視
なげていくためには、関係者間の知財に関する権利
点」から総合的にプロデュースするビジネスは、
関係や取扱いを明確化したり、研究成果について戦
大学等の研究機関と市場を結びつけるインフラ
略的な知財ポートフォリオを構築する等、適切な知
の一つとして、イノベーションの促進のために重
財戦略を策定することが必要不可欠である。
要な役割を果たすと考えられる。よって、今後大
よって、例えば、知財プロデューサーをリーダーと
学においては、こうしたインフラを活用しつつ戦
する知財戦略構築の専門家チームの派遣を要請し、
略的な知財管理を促進するといったことを検討
することも重要であると考えられる。
これを活用することによって、当該コンソーシアムに
おける戦略的な知財ポートフォリオの構築や知財活
大学のパテントトロール化の懸念
ファンドビジネスといっても様々であり、ラ
イセンス料収入を伸ばすのにファンドビジネスを
活用するという側面が強調されると、大学がパテ
ントトロールと化すことも懸念される。
(委員意見)
用戦略の策定等を進め、さらなる研究開発の促進を
図るといったことを検討することも重要と考えられる。
知財プロデューサー派遣は必要
知財プロデューサーを大型の研究プロジ
ェクトに派遣することは必要であり、是非実現して
欲しい。一点注文があるとすれば、派遣対象が
複数大学や企業とのコンソーシアム型に限定さ
180
(2) オープンイノベーションにおける中小企業・地域
中小企業がイノベーション創出の過程で果たすべき役割には多様性が求められており、知財を活用した
積極的な事業展開が望まれる。
しかしながら、外国への出願については、外国
(a) 中小企業の役割
我が国製造業の企業間取引は、「系列取引」か
への出願費用(現地代理人費用、翻訳費用等)や
ら多数の取引先との多面的な取引関係(取引関係
各国毎に異なっている知的財産権制度に関する
の「メッシュ化」)へと変化している。
知識が必要となるなど、中小企業にとってそのハ
参考 III-24
ードルは高いものとなっている。参考 III-26
また、研究開発を行う上で他の企業や大学等
このため、中小企業のグローバルな活動を支
援するため、海外へ出願するための費用助成や
と連携するケースも少なくない。参考 III-25
海外の制度の情報提供などを拡充する必要があ
このような状況の下、中小企業がイノベーショ
る。
ン創出の中で果たすべき役割にも多様性が求め
られている。例えば、
・ 専ら長期安定的な取引関係を前提とした下
請け的な役割から脱却することが必要である
とともに、取引先が拡大する中で多数の取
引先のイノベーションの担い手となり得るケ
ースがある。
・ 技術の高度化や複雑化は、中小企業自身
のイノベーションのあり方にも変化をもたらし、
大学や公設試等との技術交流等一層の連
携が必要となる。
外国出願支援
中小企業の多くは、現在、特許を取得す
ることはコストパフォーマンスが悪く、利益が期待
できないと感じている。しかし、より大きな不利益
を被らないためにも特許を取得せざるを得ないと
いう状況である。また、グローバル化の対応も、
中小企業には難しい。日本だけでも大変なの
に、海外出願は言語や制度の違いもあり対応が
難しい。このため、今後は海外出願への支援策
などを検討して欲しい。
(委員意見)
また、各国毎に異なる複雑な知的財産権制度
このように中小企業の役割が多様化する中で、
中小企業の知的財産に対する意識も高まりつつ
については、その複雑さを減少させることが、出
願人の出願コストの削減にもつながることから、実
ある。このような流れを加速し、より多くの中小企
体面と形式面の両面から積極的に国際的な制度
業が知的財産を創造し、イノベーションの創出を
調和を働きかけていく必要がある(第 I 部 3. 参
加速化していくことが重要である。
照)。
(b) グローバルな知的財産活動
特許制度の複雑さの改善
主要特許庁はそれぞれ独自の法律及び
規則に基づいて様々な言語による特許出願、特
許文献を増加させており、これにより、特許制度
の複雑さを増大させてきた。中小企業のために
も、この複雑さは改善する必要がある。
(European Patent Office)
1
経済のグローバル化の進展により、海外の工場
で製品を製造するケースや、販路を海外市場へと
求めるケースが増加している。このため、中小企
業の知的財産活動においても、製品の製造国や
マーケットとなる国々へのグローバルな対応が必
要となっている。
181
参考III-24
製造業14万社の取引構造(企業数・取引数)
層を下るごとに企業数は減少し、企業規模が小さくなる。独立型企業は最も小規模。
上場企業
2,496
773社
6,482
東証一部上場企業
82,167
1次取引企業
1次取引企業
20,228
4,224
独立型企業
60,638社
6次取引企業まで
に含まれない企業
1,544
71,664
40,880社
16,253
13,798
50,721
27,580
12,672
2次取引企業
13,816
29,305社
5,432
13,841
3∼6次取引企業
6,672
1,220
12,032社
(出典)2007版中小企業白書より(㈱東京商工リサーチ「TSR企業情報ファイル」再編加工)
1次∼6次については、上場企業を直接・
間接的に主要販売先とする企業
参考III-25
%
100
6,113
(注):数値は、それぞれの層における取引数。
中小企業の研究開発時における他との連携割合
90
80.0
80
72.6
71.3
70
69.8
60
50
∼20人
21∼50人
51∼100人
101人∼
従業員数
(注)研究開発を行っている中小企業を対象に集計した。
(出典)みずほ総合研究所(株) 「企業間取引慣行実態調査」 2006年11月
参考III-26
中小企業の感じる外国出願の問題点
(出典)「諸外国の中小企業等の知的財産制度の支援策の比較に関する調査研究報告書」 2008.3 特許庁委託調査
182
に、マッチングのみならず、戦略的な知財のポー
(c) 中小企業に対する支援の強化
中小企業が知的財産活動を行うにあたり、現実
トフォリオの構築により個々の知財の価値を向上
には、資金力、人材等の面で様々な障害や困難
させるなど、中小企業における研究開発戦略や
に直面している。
知財戦略の支援にもつながるものと考えられる。
このため、大学と同様に、中小企業においても、
このため、中小企業が革新的な技術を創造し、
それを知的財産として戦略的に活用した事業展
こうしたビジネスを活用しつつ戦略的な知財管理
開ができるよう中小企業の課題に応じた知的財産
を促進するといったことを検討することも重要であ
の「知的創造」から「権利活用」まで、「地方」から
ると考えられる。
「海外」まで、中小企業のニーズに応じて網羅的
資金提供以外のアライアンスも必要
知財プロデュース事業では、資金を付け
ることが主眼にあるようだが、ベンチャー企業や
中小企業には、資金だけではなく、ライセンス交
渉や製造委託等の広い意味でのアライアンスが
必要である。ベンチャー企業や中小企業は技術
の開発はできても、製造、販路等の事業として成
り立つベースに乏しいケースが多い。そのため、
これらを確立している大企業側とのアライアンス
が必要である。
(委員意見)
かつきめ細かな支援を充実していくことが求めら
れている。参考 III-27
中小企業支援
昨今、事業のグローバル展開を視野に
入れた権利化を図る等、中小企業においても、
グローバル知財戦略を考えることが重要であるこ
とは言うまでもない。このため、必要な国、地域へ
の出願に要する費用補助(補助金制度による出
世払い等)について、国、地方公共団体でもより
積極的に行うべきである。なお、これに関連し
て、事業化の観点からの、費用補助のための審
査、評価体制の構築も重要であることは言うまで
もない。
(日本知的財産協会)
1
中立の第三者による利害調整
知識・技術流通の取引当事者が大企業
と中小・ベンチャー企業の場合、経営資源に大き
な格差があるため、中小・ベンチャー企業に著し
く不利な条件となるおそれがある。この点につい
ては、基本的に知財流通業者が中立の第三者と
して利害を調整し、場合によっては「知財駆け込
み寺」等の公的機関との連携により対処する必
要がある。
(IP トレーディング・ジャパン)
2
(d) 知的財産の流動化と知財ビジネス
オープンイノベーションが進展する分野を中心
に、社外に存在する知識の活用が重要となってい
る。中小企業においても、社外の知識の活用や自
社の有する知識の活用のために積極的な知的財
(e) 地域の役割
産のライセンスイン、ライセンスアウト等が求められ
また、新たな知的財産ビジネスの発展のため
ている。これにより、中小企業と大学、中小企業と
には専門的な知識を有している人材が必要であ
大企業間などのマッチングが促進され、知的財産
る。例えば、知的財産権を核とした投融資を行う
の流動化が見込まれる。
場合には、ビジネスとなるような知的財産権の発
また、研究開発から事業化までのシナリオを
掘や当該知的財産権を活用する事業を管理・運
「知財の視点」から総合的にプロデュースする新し
営する専門人材等が地域にも必要である。しかし
いビジネスも出現してきている(第 III 部 2. (1) 参
ながら、こうした専門人材については地域的な偏
照)。このようなビジネスは、中小企業と大学間、中
在が存在している。
小企業と大企業間などのマッチングを促進する研
このため、地域における知財デバイドを是正し、
究開発の架け橋として機能すると考えられる。さら
多様化する知財支援人材の確保に資するために
183
も、地域・中小企業知財支援人材のデータベース
るために、地域の特色を生かした事業展開が望ま
を構築するなど地域における知的財産のインフラ
れる。このためには、企業、公設試験研究機関を
整備を進めるとともに、その利用を支援していくこ
含む地方公共団体、大学、商工会議所・商工会、
とが重要となる。
金融機関等による連携を強化すべきである。
さらに、地域におけるイノベーションを創出す
参考III-27
地域・中小企業に対する知的財産支援策の現状
○ 知的財産権の「知的創造」から「権利活用」まで、「地方」から「海外」まで、「網羅的」か
つ「きめ細かな」支援を実施。
○ 地域・中小企業支援等の知財戦略策定及び活動拠点として地域知財戦略本部を設置
(2005∼,全国9ヶ所)。
出
願
審査請求
○無料の先行技術調
査の支援
○出願アドバイザー
○特許情報活用支援アド
○早期審査・審理
録
○特許料の減免
制度
○審査請求料の減免
バイザーの活用
登
審査・審判
措置
○出張面接審査・
措置
巡回審判
○特許電子図書館(IPDL)
<出願に向けた準備や出願
手続き等を支援>
<審査請求料の節約に向け <権利取得の容易化に向
た支援>
けた支援>
○出願アドバイザーによる出願
手続支援。
○特許情報活用支援アドバイ
ザーによる特許情報検索等の
指導。
→中小企業の個別訪問も実施
○類似の出願の有無を無料で
調査し審査請求の判断の適
正化を支援。
○研究開発型の企業や資力に
乏しい法人に対しては、審査
請求料を軽減。
[約20万円→10万円]
○中小企業であれば、早期審 ○研究開発型の企業
査制度の活用が容易。
等には、特許料を軽
[審査順番待ち期間:約27ヶ 減・猶予。
月→申出から2∼3ヶ月]
○出願人の要請により、審査
官が訪問して直接面談する
ことも可能。
出願から活用まで
出願の各段階での施
策展開
地方から海外まで
幅広い視野での施策展開
人材育成・相談
○総合相談
○個別無料相談会
<特許料(年金)の軽
減>
海外出願等
○国内外における専門家等によ
る相談支援
○知財駆け込み寺
○模倣対策セミナー・マニュアル
○制度説明会(初心者・実務者)等
○費用助成制度
<中小企業の知的財産の悩み相
談や社内人材育成の支援>
<海外への出願及び模倣品対
策への支援>
○工業所有権情報・研修館、各経済産
業局、産業財産権専門官による総合
相談。
○弁理士等専門家による個別無料相
談会。
○全国商工会・商工会議所2500ヶ所
の知財駆け込み寺による相談支援。
○国内拠点(発明協会)
○海外拠点(知財専門スタッフ派遣)
:欧米・中国・韓国・台湾等
○出願助成(中小・ベンチャー企業挑
戦支援事業の一環)
外国侵害調査助成(JETRO海外調
査機関を活用)を実施。
※08年度から中小企業支援センター
を通じた出願助成制度を新設。
184
活用・事業化支援
○特許流通アドバイザーの活用
○地域知財戦略支援事業
○知財で元気な企業2007 等
<権利取得後の活用等の支援>
○特許流通アドバイザーによる特許ラ
イセンス等のマッチングを支援。
○知的財産を活用したビジネスプラン
や知的財産戦略づくりを支援。
○110社の中小企業等の先進的な取
組事例を紹介。
「イノベーションと知財政策に関する研究会」 委員名簿
イノベーションと知財政策に関する研究会
座長
青木
初夫 アステラス製薬株式会社相談役
伊藤
元重 東京大学大学院経済学研究科長・教授
齋藤
明彦 株式会社デンソー取締役会長
後藤
卓也 花王株式会社顧問
長岡
貞男 一橋大学イノベーション研究センター教授
中山
信弘 弁護士、西村あさひ法律事務所顧問
野間口
藤田
有 三菱電機株式会社取締役会長
隆史 東京大学生産技術研究所教授・産学連携本部長
(五十音順、敬称略)
185
イノベーションと知財政策に関する研究会
ワーキンググループ
青木 玲子
一橋大学経済研究所教授
伊藤 耕三
東京大学新領域創成科学研究科教授
江崎 正啓
トヨタ自動車株式会社理事、知的財産部主査
大津山 秀樹
SBI インテクストラ株式会社代表取締役社長
岡部
讓
岡部国際特許事務所副所長、弁理士
加藤
幹之
富士通株式会社経営執行役、法務・知的財産権本部長
五神
真
東京大学大学院工学系研究科教授
座長 長岡 貞男
一橋大学イノベーション研究センター長・教授
長谷川 卓也
長谷川綜合法律事務所弁護士・弁理士
松沢 隆嗣
根本特殊化学株式会社常務取締役
山田
一橋大学国際・公共政策大学院教授
敦
和田 哲夫
学習院大学経済学部経営学科教授
渡辺 裕二
アステラス製薬株式会社知的財産部長
(五十音順、敬称略)
186
検討スケジュール
◇
第 1 回研究会
平成 19 年 12 月 18 日(火)
イノベーションと知的財産を巡る課題について問題提起。
第 1 回ワーキンググループ 平成 20 年 1 月 23 日(水)
研究会での課題を踏まえた討議、論点整理。
○ 検討課題について日本語・英語によるパブリックコメント募集。
平成 20 年 1 月 23 日(水)∼ 2 月 25 日(月)
第 2 回ワーキンググループ 平成 20 年 2 月 28 日(木)
パブリックコメントの結果等を踏まえ、取りまとめの方向について討議。
◇
第 2 回研究会
平成 20 年 4 月 14 日(月)
とりまとめの方向、今後の知財政策の方向性について。
第 3 回ワーキンググループ 平成 20 年 5 月 23 日(金)
これまでの議論を踏まえ、政策提言・報告書(原案)について討議。
○ 政策提言・報告書(原案)について日本語・英語によるパブリッ
クコメント募集。
日本語:平成 20 年 5 月 30 日(金)∼ 6 月 26 日(木)
英 語:平成 20 年 6 月 16 日(月)∼ 7 月 11 日(金)
◇
第 3 回研究会
平成 20 年 6 月 30 日(月)
政策提言・報告書取りまとめ。
187
索引
A
お
ACTA, 64
ASEAN, 31, 71, 73
オープンイノベーション, 4, 5, 10, 26, 28, 45, 49,
112, 126, 128, 129, 131, 132, 133, 134, 135, 138,
139, 141, 142, 144, 146, 152, 155, 158, 161, 176,
178, 180, 181, 183
Open Source Software, 89, 144, 158
B
B+会合, 66, 68
か
C
開発アジェンダ, 59, 66, 67, 68, 69, 71, 72, 73
仮想的な世界特許庁, 4, 8, 10, 12, 26, 27, 31, 32, 33,
34, 57, 95, 97
官民, 49, 50, 51, 113, 143, 155, 156, 158, 162, 165
CBD, 67
E
き
EPA, 66, 68
金融資産, 10, 11, 17
G
く
GATT, 66
グレースピリオド, 54, 55, 57, 58
グローバル出願, 28, 30, 40, 50, 54, 55, 57, 97
グローバル・インフラストラクチャー, 1, 6
軍拡競争, 10, 78, 79
J
JP-FIRST, 29, 46
P
け
PCT, 27, 29, 30, 31, 33, 57, 58, 114, 116
研究開発政策, 109, 168, 170, 174, 175
権利濫用, 119, 121, 122, 123
R
R&D 投資, 10, 11, 14, 17, 40, 41, 49, 80
こ
公衆衛生, 67, 69
好循環, 26, 27, 31, 32, 72
国際的な制度調和, 57, 58, 59, 181
コミュニティパテントレビュー, 49, 50, 51, 112,
122, 164, 165, 166
T
TRIPs, 111
W
し
WTO, 66, 67, 69
シームレスな検索環境, 158, 163, 174
持続可能な世界特許システム, 4
実体的特許法, 54, 55, 57, 59
柔軟な審査体制, 44, 45, 46
出願動向, 11, 14, 40, 41, 166
出願人のニーズ, 5, 26, 29, 41, 44, 45, 46, 47, 49, 50
情報提供, 22, 49, 50, 51, 110, 112, 138, 156, 165,
166, 181
職務発明, 59
自立的経済発展, 63, 68, 71, 72, 73
審査基準専門委員会, 104, 106, 107, 108
審査実務, 26, 27, 28, 31, 32, 95, 97, 104
審査迅速化, 40, 46
審査請求, 14, 15, 44, 47, 48, 50, 81
あ
アジア, 32, 64, 66, 69, 73
アフリカ, 64, 69, 71, 73
い
医薬品アクセス, 67, 68
インフラ整備, 4, 5, 83, 126, 161, 184
え
エコシステム, 132, 138, 142
188
審査の質, 18, 21, 22, 26, 27, 29, 31, 32, 33, 80, 83,
86, 97, 101, 107, 114, 156
新ルート, 29
は
ハイパーテキスト化, 104, 106
(出願の)バックログ, 18, 86
パテントコモンズ, 144
パテントトロール, 5, 78, 80, 81, 83, 117, 119, 121,
122, 123, 131, 134, 143, 180
す
(出願件数の)推移, 11, 40, 78
垂直統合型, 128, 129
ひ
せ
非居住者による出願, 55
ビジネスリスク, 5, 78, 80, 81, 87, 95, 98, 104, 105,
107, 110, 112
標準技術, 80, 122, 133, 146, 147
成功事例, 72, 73, 74
生物多様性条約, 66, 67, 69
先願主義, 54, 55, 57, 58, 96
先発明主義, 11, 54
ふ
そ
不確実性, 4, 5, 76, 78, 81, 95, 104, 105, 109, 119,
158
プロイノベーション, 4, 6
早期審査制度, 27, 29, 44, 45, 46, 47, 48, 50
総合プロデュース型知財ビジネス, 141, 142
へ
た
米国特許改革法案, 55, 110
滞貨, 47
第三者の権利, 57, 58
多様なニーズ, 38, 44, 45, 47, 50, 51
ほ
ボン・ガイドライン, 66, 69
ち
知財インフラ, 63, 64, 68, 72, 138
知財とビジネスの連携, 64, 73
知財の目, 170, 174, 175
知的創造サイクル, 63, 64, 68, 71, 72, 161
重複出願, 26, 44, 57
ま
マルチフォーラ, 67
も
模倣品・海賊版, 22, 63, 64, 72
模倣品・海賊版防止条約, 64
と
独占禁止法, 78, 82, 121, 122, 131, 133, 146, 149,
152
特許審査ハイウェイ, 29, 30, 31, 33, 45, 46, 97
特許の質, 4, 5, 17, 18, 21, 26, 27, 28, 31, 32, 33, 34,
63, 64, 72, 78, 79, 80, 81, 82, 83, 86, 95, 97, 104,
106, 107, 109, 110, 111, 112, 115, 116, 122, 123,
146, 158
ゆ
ユーザーの満足度, 46
優先権デジタルアクセスサービス, 31
り
な
リサーチツール, 138, 172, 175
南北問題, 66, 67, 68, 69, 71, 96
わ
に
ワークシェアリング, 9, 15, 22, 26, 27, 28, 29, 30,
31, 32, 33, 34, 44, 45, 46, 47, 49, 50, 51, 54, 55,
57, 64, 72, 73, 95, 97, 114, 122, 156, 165
二国間交渉, 66, 68
189
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