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国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 A Study on
日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.11, 173-181 (2010) 国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 廣瀨 俊 日本大学大学院総合社会情報研究科 A Study on Global Human Resource Management and cooperation with Taiwanese staff in Japanese Firms HIROSE Shun Nihon University, Graduate School of Social and Cultural Studies Emerging nations such as China gain power, and the globalization of the world economy advances. Japanese-firms must change unification of the model and the system, and it is necessary for Japanese-firms to build a global human resource management. However, there are problems of the language, cultural context, job description, structure of organization and the headquarters in Japanese-firms. As one of the solutions, I suggest Japanese Firms should change to be more open to other cultures, step one is contact cooperation with Taiwanese staff. As Taiwan is ethnically Chinese but has similarities with Japanese culture. I believe the strategy should focus on using Taiwan as a step into the Chinese Market and the step to globalization for them. 1. はじめに のモジュール化の進展にともない新興国等の企業に グローバル化が進展し、世界の経済成長のポイン 後れをとっているケースも見られるようになってい トは、従来の先進国中心から、中国、インドをはじ る。更に、今次グローバル化においては、現地適応 めとした新興国市場がより重要な時代へ移行してい を 更 に 国 境 を 越 え た 協 働 を 促 進 す る Bartlett & る。その中で日系企業は新興国市場へのエネルギー Ghoshal のトランスナショナル企業モデルや Doz. 傾斜を実行しているが、競争力のある部品等の分野 Santos & Williamson のメタナショナル企業モデルを は活躍しているものの、全体としては以前の勢いを 必要とする段階に入っているという考え方も示され 失っている感がある。 る時代に突入している。 以前の国際経営理論においては、現地適応のため 表 1-1 Bartlett & Ghoshal の多国籍企業比較1 の分散化とグローバル統合のための統一化は、相反 するものと考えられていた。日系企業は統一化的手 法を採用し、海外現地法人の戦略上・事業運営上の 組織の特 マルチナシ グローバ 徴 ョナル型 ル型 意思決定の殆どをコーポレート本社が行い、現地法 インター トランス ナショナ ナショナ ル型 ル型 人の役割は、本社で定められた戦略、戦術、政策を 資源と能 分散型、国毎 中央集中 コア能力 分散・相互 実行することに集中する集権ハブ型、グローバル型 力の配分 自立 型 を中央 依存 で展開し、オペレーション効率を武器に活躍してい 海外事業 現地の機会 親会社の 親会社の 統合に向 た。しかしながら、新興国市場の成長と共に現地適 の役割 を活用 戦略実行 能力適用 けた分化 応の対応が以前にも増して必要になっている段階で 知識の開 各ユニット 中央で知 中央で知 共同で知 ある現状では、その新興国市場でそれほどの市場シ 発と普及 内で開発 識開発 識開発 識開発 ェアをとれていないばかりか、家電製品等では部品 1 古沢昌之『グローバル人的資源管理論』白桃書房、 2008 年、P24 より筆者作成。 国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 このグローバル化経済で生き残っていくためには、 真の国際化を果たすために台湾人の活用という方法 グローバル人的資源管理において、現地適応のため が無いのかということを考察するのが本論文の目的 の現地化の推進はもちろん、それを更に国境を越え である。 た協働にするため、規範的統合‐企業文化のマネジ もちろん、過去の日系企業の海外進出の事例研究 メントと制度的統合‐グローバル人事制度を実現し は米国を筆頭に、欧州や、東南アジア諸国、そして て行くことが必要であると考えられる。しかしなが 中国と多くある。小池和男は『海外日本企業の人材 ら、日系企業の現状を見るとどうであろうか。確か 形成』において、トヨタの米国工場、英国工場、タ にソニーや日本板硝子のように外国企業に買収され イ工場の実際の調査活動結果を発表している。そこ たわけでもないのに、敢えて外国人を本社の社長に からは、地域にかかわらず中堅層が活躍している日 したり、日本においても公用語を英語にしようとす 系製造業モデルの底力が示されており、更に「日本 る企業がでてきたり、本社役員に外国人を登用した の中期的な人材開発、それも中間層やその下に力点 りとグローバル化に対応すべく各企業努力している。 を置く方式を、短期の視野で『年功的』であって非 但し、まだそれが成功しているとは言い難いのが現 競争的と断定し、そのよさを切り捨てる可能性があ 実ではないだろうか。 る」3と警鐘を鳴らしている。このように日系企業の そこで考えてみたい方法の一つが台湾人の活用で 国際人的資源管理の良い面に着目した研究もある。 ある。台湾活用型投資というと従来の研究では日本 しかしながら、日本企業の国際人的資源管理では 企業と台湾企業の合弁企業を指すケースが多い。も 「明」の工場と「暗」のオフィスや、海外通用性の ちろん、日本企業と台湾企業の良さを活用したこれ 高いブルーカラー人材に対する人的資源管理とその らの事例研究は中国が市場としての重要性が増す中、 反対のホワイトカラー人材に対する人的資源管理と 日本企業にとって重要な手段の一つとして、以前に みなされてきた。 も増して注目されている。但し、合弁企業には、意 それは、国際経営戦略・遂行の中心となるべきホ 志決定の問題等マイナス面もあり、非常に上手く行 ワイトカラーの人的資源管理にこそ問題があること っているケースがある一方で、上手く行っていない を示しているものであり、それをいかに克服してい ケースもある。伊藤信悟は「急増する『台湾活用型 くべきかを検討することが必要であると考える。 対中投資』-対中投資モデルとしての有効性」にお 2. 現地適用と日系企業 いて、「『台湾活用型中国投資』を採用すれば、対中 投資が成功するわけではない」と冷静に分析しつつ、 グローバル化が進展し、かつ新興市場が拡大する 台湾活用型中国投資のデメリット・コストを合弁先 中、現地適応するためにホワイトカラーの現地化の や台湾子会社との意見調整コストとし、メリットで 問題は更に重要性を増している。 ある学習の終焉を上回る経営資源の優位性に磨きを かけることの重要性を説いた。 現地化のメリットについては、現地のニーズへの 2 感応度の向上、現地の有用人材の活用、現地社会、 では意見調整コストを回避して、台湾を活用する 政府との融合等先行研究でも多くの利点が示されて 方法は他には無いのであろうか。台湾活用のメリッ おり、これらをベースに、Scullion & Collings が、多 トの最大の部分は、その国民性と日本との長い歴史 国籍企業における人材配置政策について、本国人 にあるものと推測される。それは米国でもなく、中 (PCNs = Parent Country Nations)、現地人(Host 国でもなく、韓国でもなく、東南アジア諸国でもな Country Nations)、第三国籍人(Third Country Nations) く、台湾なのである。その点から考えて日系企業が の各々の長所と短所を「本社」と「現地」の視点か ら次のとおり整理している。 2 伊藤信悟「急増する『台湾活用型対中投資』-対中投 資モデルとしての有効性」 みずほ総合研究所、 2004 年、 P35‐36。 3 小池和男『海外日本企業の人材形成』東洋経済新報 社、2008 年、P269‐270。 174 廣瀨 表 2‐1 本国人・現地人・第三国人の本社の視点4 長所 俊 中、現地適応は従来以上に重要になっている。また、 日系企業ではあまり使われていない第三国籍人の活 短所 用についても、欧米系企業では当然の選択肢である 高コストの可能性 ことが、この整理からもうかがえる。 PCNs 直接的人的コントロール 駐在員の失敗リスク 本国人 初期の企業文化移転形成 ホスト国政府摩擦可能性 トカラーについては、現地化はアキレス腱とも言わ 本社人材キャリア機会 家族帯同者等の問題 れ、なかなか進んでいない。その要因は何だろうか。 しかし、前にも触れたとおり、日系企業のホワイ 現地法制市場等認識不足 よく語られるのは言語の問題である。世界共通言 現地法制・市場等の知識 語の最有力なものは、やはり英語だろう。日系企業 HCNs 現地人材キャリアパス コントロールの行使困難 にも英語の使い手は多い。しかし、全ての会議を英 現地人 PCNsより低コスト PCNsキャリア機会減少 語で行っている会社はまだまだ少ないというのが現 ホスト国経営継続性確保 本社人員親交欠如可能性 実だと考えられる。新興国が発展する中における現 政府や従業員の評価向上 地適応を考えれば、更に英語に加えて現地の言語も 現地人へ脅威にならない 運営が短期に陥る危険性 必要になってくる。中国であれば中国語、ブラジル TCNs HCNs専門知識学習 国民文化の問題 であればポルトガル語等、日本語を母国語にしてい 第三国 言語・文化の壁が低い コントロール喪失危険性 る日本人にとっては厳しいが 3 ヶ国語必要というの 企業人材補充プール拡大 出身国帰任問題 が現実であろう。 PCNs より引き受ける 経営的能力不足の可能性 特に中国マーケットを考える場合これを克服して いるのに台湾人が多いことは知られているようで知 表 2‐2 本国人・現地人・第三国人の現地の視点 長所 5 られていないようだ。現地の言葉である中国語はも 短所 ちろんだが、台湾の人々は一般的に学校教育で国語 (北京語=普通話)を学び、家では台湾語、そして HCNs 専門知識学習機会 PCNs 多国籍企業へ移行容易性 HCNs 機会喪失 学校教育の第一外国語英語に加え、第二外国語で日 本国人 経験多い技術的専門知識 報酬差異の問題 本語を選択している人がかなりいる。言葉の面から みても日系企業にとって優位にある。 現地化までのリードタイム 文化的側面からは「コンテクスト(Context)」の 本社との直接的コンタクト 概念がある。 「コンテクスト」とは「文脈」や「前提 HCNs 有能人材のキャリア機会 経営的能力不足 条件」のことで、 「コミュニケーションを行う者同士 現地人 子会社運営自治権の実感 子会社内の政治的摩擦 が共有する前提条件」のことを言い、日本は高コン テクスト文化と位置付けられている。高コンテクス 専門知識の HCNs 学習機会 TCNs ト文化では、共有する前提条件の完成度が高いため、 キャリア機会の阻害 明文化・コード化された情報は必要最低限で済む。 ホスト国文化的特殊性尊重 第三国 しかしながら、その反面、低コンテクスト文化にお キャリア機会の喪失 脅威にならない可能性 けるような、明確な言語表現がされていないため、 文化的偏見の可能性 低コンテクスト文化の人との情報共有に支障をきた してしまうのである。日系企業の経営手法は分かり にくいと言われることが多いがこれに起因するとこ 前の表からも解るようにグローバル化が益々進む ろもあるものと考えられる。よく日系企業の暗黙知 4 古沢昌之『グローバル人的資源管理論』白桃書房、 2008 年、P63 より筆者作成。 5 古沢昌之『グローバル人的資源管理論』白桃書房、 2008 年、P64 より筆者作成。 を形式知に転換する必要があると言われるのがこれ である。 この点でも、おそらく台湾人は世界の中で最も日 175 国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 本のことをよく理解していると言っても過言ではな いことはもちろん、第三国籍人の登用が上手くでき いだろう。もちろん過信は禁物であるが、戦前 50 ていないことも明白である。IBM が台湾の人を活用 年にわたる日本統治の影響のみならず、その後の国 しているのをはじめ、欧米の企業では文化と言葉の 民党政権下でも続いた人々の親日的な気持ちは、現 トランスレーターになりうる華僑を有効に登用して 在でも戦後生まれの若者の世代に日本のドラマや映 いる点が日系企業と大きく違う。日系企業も現地化 画等の文化とともに、他国に比べればはるかに根付 はもちろん、二国籍企業からの脱出が求められる。 いている。もちろん日本人同士とまではいかないだ ろうが(もっとも日本人同士でも若者世代との世代 表 2‐3 間ギャップがあることは見逃せないが)日本人的な 社 暗黙知をある程度理解してくれる可能性があると言 ってもよいだろう。 また、 「職務・組織構造」にも注意を要する。日本 中国進出主要外資企業の幹部構成 6 名 総経理 執行副 販売副 技術副 上海 VW 中国 ドイツ 中国 ドイツ 上海 GM 中国 豪州 中国 中国 長安 FORD 豪州 中国 中国 中国 では職務観は良く言えば柔軟で融通性があり、組織 広州 HONDA 日本 中国 中国 日本 メンバーは周囲の状況に合わせて、相互協力する自 一汽 TOYOTA 日本 中国 中国 日本 発性と弾力性が期待されるが、その反面職務・組織 東風汽車(日 の役割分担が不明確になりがちな点がある。そのた 日本 中国 中国 日本 産) め、職務を明確化するのが当然とされる海外におい NOKIA 中国 中国 中国 豪州 中国 ては現地化がなかなか進まないという面があること MOTOROLA 中 も見逃せないだろう。 米籍華僑 米国 米籍華僑 米国 国 韓国 韓国 中国 韓国 ドイツ SPO 中国 中国 松下中国 日本 中国 日本 中国 NEC 中国 中国 日本 中国 日本 IBM 中国 米籍華僑 台湾 米国 中国 APPLE 中国 中国 中国 中国 中国 DELL 中国 SPO 中国 中国 不詳 東芝中国 日本 日本 中国 日本 SONY 中国 日本 日本 日本 日本 CANON 中国 日本 日本 中国 日本 これについては台湾でもなかなか厳しいかもしれ SAMSUNG 中 ないが、他国に比べれば、まだ受け入れられる素地 国 はあるものと考えられる。 SIEMENS 中国 更に本社の国際化問題である。グローバル化社会 と言われて久しいものの、日本の本社には海外勤務 を経験したことのない役職員が多い。また、日本本 社における外国人社員も極めて限定的な会社がまだ まだ多い。その点では、現地が現地化を進めように も、その連絡先である本社が国際化されていなけれ ば、自ら海外の現地の現地化は制限されてしまうの である。 これについては、日本の本社の問題であり、台湾 だから例外とは言い難い。しかしながら、言葉や文 しかし、後ろを振り返っていても何もはじまらな 化面を克服しやすい台湾の人々の場合、本社がその い。望む望まざるにかかわらず、世界経済のグロー 気になりさえすれば、これを切り崩す最初の有力な バル化は着実に進んでおり、現地適応のためのホワ 要員になりうるものと考えられる。後程紹介するが イトカラーの現地化のみならず、現地化を乗り越え 三菱商事などは現地法人の社員の本社への異動を積 た国際人的資源管理の構築は必須である。 極的に行っており、要は実際に行動に移せるかがポ ではどのようにすれば、この難題を克服できるの インだと考えられる。 だろうか。 では実際の中国における主要企業の国籍別管理職 の状況を見てみたい。結果は次表のとおりである。 6 薛軍『跨国公司全球一体化条件下的当地化戦略研究』 人民出版社、2008 年、P275‐276 より筆者作成。 日系企業が欧米系企業に比べて現地化が進んでいな 176 廣瀨 3. 規範的統合と制度的統合 俊 会社を買収し、人事制度を海外の制度に切り替える といった特例はあるものの、まだ一般的とは言えな 国際人的資源管理理論は、現地適応のための分散 いのが現実である。 化とグローバル統合のための統一化が相反するもの と考えられていた時代から、現地適応のみならず、 ではどのようにグローバルに統合された人事制度 それを更に国境を越えた協働へと結び付ける時代へ を構築するかである。ヘイコンサルティンググルー と移行しようとしている。そこで必要となるのは、 プはその具体的施策として①グローバル・ジョブ・ 規範的統合と制度的統合であると考えられる。 グレーティングを各ポジションに設定し、②リーダ 今日では世界的学習能力をグローバル・イノベー ーシップモデルを作るとともに、③それに応じて業 ションとして創造・移転・活用して行くことが求め 績評価だけでなく成果を上げる能力因子も評価する られている。その為には規範的統合を通じて本社、 ようなバランスド・スコアカードを用意して評価し、 各海外拠点が相互に信頼関係を構築する必要があり、 ④ロングターム・インセンティブとグローバル・ベ それはグローバルな経営理念として捉えることがで ネフィット・スキームのある報酬体系を構築し、単 きよう。 にパフォーマンスに応える形での報酬だけではなく、 また、規範的統合では現地適応とグローバル統合 優秀な人材の確保を図るべく心の報酬やベネフィッ を同時に考え、その両立を可能にするグローバル・ トプログラムを構築し、⑤サクセッション・プラン マインドセットも必要である。 ニングの下でグローバル・ローテーションやコーチ ングで育成していくことが必要だとしている。7 日系企業の場合、従来終身雇用制度に裏打ちされ た規範的統合の強い組織という見方をされることが 多かった。しかしながら、国際人的資源管理となる 表 3‐1 グローバル人事制度の構成要素8 と話は別である。日本人の間では規範的統合の強さ が競争力の源泉になっているにもかかわらず、海外 プラットフォ においては、これはあまり機能しているとは言えな ーム い。その原因には先にふれた高コンテクストな文化 ハードな構造 ソフトな仕掛け Global Job-Grading Leadership Model Balanced Scorecard Competency Assessment Long term Incentive Pay for Performance Global Benefit Scheme Emotional Reward Mgt. Succession Planning Global Rotation 評 があるであろうし、言葉の問題、組織の問題、本社 価 の問題もあるだろう。特に経営理念を浸透させて行 く上で本社の問題は致命的とも考えられ、現地から 人事マ 報 本社への派遣を増やす等経営理念を浸透させること ネジメ 酬 は急務であると考えられる。 ント この点についても世界のどこでも通用する普遍的 育 な経営理念が必要であることはもちろんであるが、 成 日本的考え方の良き理解者である台湾の人々につい Coaching/Mentoring ては早期の段階から入れ込んで考えるのも一案であ る。 また、こう考えてくると本社採用の日本人もこれに 次に制度的統合である。一般に日系企業の場合、 適合しているのかという疑問も湧いてくる。最近で 本社人事制度と現地人事制度は違うケースが多い。 はグローバル化の時代でもあるにもかかわらず、海 この点については欧米系企業でも同様のケースは想 外勤務を希望しない若者も多くなっていると報道さ 定される。しかしながら、問題のポイントは日系企 れているのを目にする。それは、日本の本社人事制 業の場合、本社人事制度の中に外国人の比率が極端 7 ヘイコンサルティンググループ『グローバル人事 課題と現実』日本経団連出版、2007 年、P91‐140。 8 ヘイコンサルティンググループ『グローバル人事 課題と現実』日本経団連出版、2007 年、P92。 に低いと思われること、また現地人事制度から本社 人事制度への移行するパターンが確立されていない ことと考えられる。最近では野村証券が海外の証券 177 国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 度というよりも、日本も一つの現地法人とみなして る。その後本社のグローバル人事機能の一部を日本 もよいのではないかという考えが浮かんでくる。も 以外にアウトソースするため 1996 年に香港にグロ ちろん、企業によって国内マーケット、国内開発部 ーバル・ヒューマン・ネットワークを設立し、アジ 門のその企業におけるウェイトは違う。よってこれ ア地域のリージョナルなグローバル人事機能を整え を日系企業全てにあてはめることは危険である。し る体制を作っている。そして 1998 年以降は世界の主 かしながら、グローバル展開を進めようとしている な海外オフィスの人事担当者に対しナレッジマネジ 企業において、その位置づけが小さくなりつつある メントを開始し現在では社内文書の 90%を英語化 国内マーケットと拡大が見込まれる海外マーケット、 することに成功。また、2000 年には日本サイドも大 海外現地法人の社員の人数が日本の社員の人数を上 幅な人事制度改革を行い、2001 年にはまず地域のプ 回るケース等既に多国籍化が相当進んでいる企業も ロ人材として中国プロフェッショナル制度を導入し、 あり、また、これから海外比率が増加する方向に向 更に現在は日本人の新人に対するグローバル意識醸 かう企業も増えることが予想される。 成も含めた各種研修制度の充実を図っている。 グローバル人事体制構築を早めに対応することは しかし、三菱商事の場合はその後更にグローバル もちろん、その過程においても台湾の人々を活用す 人事制度を進めているようである。日本経済新聞に るのは一つの有効な方法と考えられる。 掲載された記事によると、10 年ほど前から外国籍社 員を本社に出向させる試みを開始し、2008 年には制 4. 日系企業のグローバル人事への取組 度化、1~3 年間本社で実務経験を積む体制を整えて 本格的な国際人的資源管理が求められる中、日系 いる。また、7 人ごとのチームが 3 か月にわたり、 企業でも具体的動きをしている企業はでてきている。 インターネットやテレビ会議で議論を重ね新たなビ ここでは、ヘイコンサルティンググループの『グ ジネスプランを作成する海外の優秀な人材の育成を ローバル人事 目的とした「グローバル・リーダーシップ・プログ 課題と現実』で紹介されていた事例 ラム(GLP)も充実させ、本社への出向経験者や GLP を中心に三菱商事、トヨタの例を紹介したい。 参加者をもとにした三菱商事の優秀外国籍社員デー 三菱商事は将に大手総合商社の一つとして日系企 タベースは 300 人を超しているという。 業の輸出入のサポート役として活躍してきているこ とは衆目の一致するところであるが、その三菱商事 なかでも、2010 年 4 月 1 日の人事異動で、三菱商 ですらグローバル人事の導入は着実に進めているも 事でははじめての 100 人以上の社員を率いる「場所 のの、簡単には行かないようである。1994 年には槙 長」に台湾出身の鍾維永氏を登用、台湾三菱商事の 原稔社長の指示の下、国際人材開発部門を本社につ 董事長とした点については特筆できる。9 くり非日本人のゼネラルマネジャーを配置したもの では世界に冠たるトヨタではどうであろうか。ト の、それが社長直轄だったため、人事部の一部にも ヨタではグローバル人事を担当するプロジェクトチ ならず、戦略部門の一部にもならず、結果的には「ナ ームを 1998 年にスタートさせ、それを約 3 年で 100 ショナルスタッフだけを対象とする組織」になって 人強の大組織にまでしている。そして、これだけビ しまったということである。それによって、インタ ジネスが世界中に広がっている現状において、すべ ーナショナリー・モバイルといった世界中どこへで ての情報を日本に持ち寄ってトップが意思決定する も異動ありや、リージョナリー・モバイルといった ことは限界があり、やはり海外子会社に対して十分 周辺国への異動ありといった人材を本社から任命す な権限委譲をして、それぞれがしかるべき決定をし るシステムはできたものの、その本質はナショナル ていけるように、分権化のために何を集中化できる スタッフであり、人事部が管理する日本人とは別物 のかという観点から幹部のグローバル人事管理を捉 として管理されたということなのである。更に 1996 えている。国籍も宗教も過去のキャリアも問わず、 年にはグローバル・リーダーシップ・プログラムが 作られたが日本人参加者は少なかったというのであ 9 178 日本経済新聞国際版、2010 年 7 月 5 日、13 面。 廣瀨 俊 一定レベル以上のベースがあり、かつ能力があれば、 ーバル・ジョブ・グレーティングを各ポジションに その人材を本社で管理し、子会社の管理能力がある 設定し、短期の業績管理とトヨタのフィロソフィー と考えれば、グローバルなトヨタの経営幹部として であるトヨタウェイの理解度に関するコンピテンシ 登用し、そのパフォーマンスを評価しようというの ー評価をしていく体制を整え、1999 年からアメリカ である。これを実行するため、トヨタのコアバリュ のペンシルバニア大学ウォートン校で、幹部向けの ーを抽出すべく「トヨタウェイ 2001」という小冊子 2 週間のプログラムや 2000 年からシニアの現地幹部 をまとめ、トヨタのバリューとは何なのか、トヨタ と日本の社長以下のトップ役員のディスカッショ の子会社を経営する幹部は何を知っていなければな ン・ミーティングを実施し幹部育成プログラムも充 らず、どのように行動しなければいけないのかを解 実させている。また、サクセッションプログラムを 説し、全世界に展開するとともに、その評価基準に 作り、グローバル・サクセッション・コミッティ、 している。 「トヨタウェイ」は「知恵と改善」、 「人間 リージョナル・サクセッション・コミッティ、ロー 性 尊 重 」 を 2 本 柱 に Challenge, Kaizen, Genchi カル・サクセッション・コミッティの 3 段階に分け、 Genbutsu, Respect, Teamwork という 5 項目で構成さ 運営しているという。 れている。将に日本流の OJT 式徒弟制度による暗黙 尚、台湾においては、トヨタは台湾企業かつ総代 知的やり方からグローバル人事に適した形式知化へ 理店である和泰汽車と日野自動車の合弁の国瑞汽車 大きく舵をきったのである。 で製造している。更に新興国の中でも最重要と考え られる中国においても和泰汽車はトヨタ車の販売デ 表 4-1 トヨタの GLOBAL21 の活動ステップ 10 ィラーの一部を担っている。 人選・配置の枠 育成プログラ The Toyota 組み ム Way/評価制度 海外事業体幹 海外事業体優 日系企業で国際人的資源管理の導入が求められる ①対象の把 部ポストの職 秀者の人事情 中、なぜ台湾の活用が有効と考えるのか、ここで再 握 務要件のデー 報のデータベ タベース化 ース化 5. 台湾の歴史・民族性・文化と人的資源管理 度整理したい。 共有すべき価 台湾大学の柯瑞藤名誉教授によると、台湾の民族 値観・行動基準 ②対象の層 性の基礎は統治史にあると言っている。台湾の歴史 の策定 幹部ポストの 幹部候補の特 は統治前の先史時代にはじまり、オランダ・スペイ 定 ン・イギリスの植民地時代(1624~1662 年) 、鄭氏 グレーティン 別 グ 政権時代(1662~1683 年)、清朝統治時代(1683~ 1895 年)、そして日本統治時代(1895~1945 年) 、南 サクセッショ ③育成配置 幹部育成プロ グローバル評 京国民政府時代(1945~1949 年) 、台湾国民政府時 グラムの開 価制度への落 代(1949~1996 年)、台湾総統選挙時代(1996~現 発・実施 し込み 代)に大別できる。将に統治の歴史なのである。そ ンプログラム の枠組みづ 制度設計と審 くり 議機関立上げ して勤勉、誠実、節約、礼儀正しい、義理人情等異 ④ グローバル評価制度や育成プロ GLOBAL21 報酬制度への 文化が残した精神が民族性に影響を与えていると言 反映 われている。また、東アジアの社会の中でも日本と グラムを反映した任免・配置によ の総合的な る最適配置の実施 台湾は海洋文化だが、韓国・北朝鮮は半島文化、中 成果発揮 国は大陸文化である点で違うという見方もある。 また、日本が残した文化としては北京語にはない また、この過程で経営幹部を明確にすべく、グロ ものの、台湾語では「駅」、 「看板」、 「出張」、 「案内」、 「風呂」、「背広」、「食堂」といった言葉も残ってい 10 ヘイコンサルティンググループ『グローバル人事 課題と現実』日本経団連出版、2007 年、P227。 る。現代社会においても、温泉旅行の流行(但し水 179 国際人的資源管理と日系企業の台湾活用に関する研究 着着用のところも多い) 、日系デパートの興隆(今で 白木三秀「アジアにおける日系企業の HRM 上の諸 は日本資本のなくなったそごう、合弁の新光三越、 課題と対応諸施策」 『在アジア日系企業における現地 大葉高島屋等)、コンビニの普及(トップはセブンイ スタッフの給料と待遇に関する調査』日経アジア社、 レブン、2 位はファミリーマート、郊外にまで広が 日経リサーチ、2007 年、P9-20 っている)、日本旅行等かなり日本の文化が入りこん 長谷川啓之「中国進出日系企業の現地化問題とその でいる。衣類では若者は西洋ファッションより日本 背景要因:ヒトの現地化を中心として」『商学集志』 の流行を追いかけているとも言われているし、食で Vol.76, No.1、日本大学商学研究会、2006 年、P1-26 はカレー、トンカツ、オムレツ、ラーメン、回転寿 古沢昌之「日本企業における国際人的資源管理の変 司、うな重、納豆などかなり日本食も普通に浸透し 革:『統合-現地適応』の両立に向けて」『国際ビジ ている。 ネス研究学会年報』第 11 号、国際ビジネス研究学会、 2005 年、P13-27 こういった歴史的、民族的、文化的背景の下、世 界の中では特殊視されやすい日本にかなり親近感の 加護野忠男「『グローバルスタンダード』の妄想『日 ある地域になっていると言えるだろう。 本らしさ』を失えば世界市場では生き残れない」 『エ コノミスト』Vol.81, No.55、毎日新聞社、2003 年、 もちろん、これから築いていかなければならない 国際人的資源管理は国籍を問わない体制を如何に作 P22-23 って行くことが重要であることは言うまでもない。 中井壽「日本企業とグローバル人材育成・活用-成 しかし、その一方で国際人的資源管理の重要性もさ 果を出すための本社の役割」 『中京経営研究』Vol.10, ることながら、小池和男や加護野忠男も指摘してい No.2、中京大学経営学会、2001 年、P141-156 るように、日系企業の良さも入れ込まなければ、却 佐藤幸人『多層経済発展中的日本・台湾及中国大陸 って競争力も失いかねない。そういう意味からも日 之間的投資関係』中華経済研究院、1997 年 本のことを良い意味でよく理解している台湾の人々 飯田史彦『日本的経営の論点』PHP 研究所、1998 年 を活用して行くことは、これからグローバル化を本 馬成三『中国進出企業の労働問題』ジェトロ、2000 格化しようとする日系企業にとっては有力な方法の 年 一つと考えられる。 M.E.ポーター、竹内弘高『日本の競争戦略』ダ イヤモンド社、2000 年 参考文献 吉原英樹『国際経営』有斐閣、2001 年 柯瑞藤「台湾の歴史・民族性・文化について」 、2010 渡辺泰三、廣瀬俊『大連で経験した現地化への試み 年 と教育面から見た中国人活用論』日本インダストリ 呉銀澤、劉仁傑「中国進出における日台企業の共創 アル協会、IE レビュー228 号、2002 年 の発展」日本経営学会誌第 22 号、2008 年、P53‐65 ジョイ 池島政広、唐恵秋「日台企業アライアンスによる中 社、2003 年 国市場の開拓に関する実証研究」研究・技術計画学 ジェトロ『中国市場に挑む日系企業』、2004 年 会 2007 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